ダイヤのAたち! (傍観者改め、介入者)
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番外編
番外編 2011年 架空ドラフト


本作の高校生はどこに向かうか。

来年以降はまだ未定です。


神木の新人王を変更。岡本達郎を新人王にしました。




10月27日。

 

それは若者たちの運命を決める日でもあった。2011年ドラフト会議。今年は社会人、大学生に即戦力がそろっており、高校生組には厳しい年になるかもしれないといわれている。

 

特に、大学ビッグスリーを中心に大学生投手は即戦力投手がずらり。野手のほうでは六大学野球屈指のスラッガーが頭一つ抜けているか。他にはパンチ力と走力を兼ね備えた野手や、リードオフマンタイプがいる。上位候補は限られているが、今年もタレントぞろいの大学生野手。しかし、やはり今年の大学生は投手が育っていた。

 

 

社会人では守備に強みを持つ選手が多く、センターラインで苦労している球団は是非とも獲得したいところ。守備の名手が特に多く、即戦力候補。一方投手にもパワーピッチャーや変則投手の実力派がずらり。今年も社会人は即戦力の看板に偽りなしといえる。

 

最後に高校生だが、今年の夏は下級生の台頭が目立つ大会となったことは否めない。やはり、高校生ドラフトの軸を握るのは、今年のNO1右腕の神木鉄平だろう。最速152キロのストレートに加え、切れ味鋭い変化球を誇りつつも、制球力の評判総じて高い。

 

ついで評価の高い右腕は甲子園でSFFの名手といわれた歳原、最速153キロの速球が武器の蒲田、甲子園出場こそないものの、高い評価を得ているのは九州の健田翔太だろう。一方左腕は甲子園未出場の松元、今本らがいる。しかし、右の充実ぶりに比べるとスケールの小ささは否めない。後は一芸に秀でた原石が埋まっている高校生投手。磨き方次第でいくらでも化ける魅力はある。

 

一つ残念なのは、今大会で評価を上げた丹波光一郎の進学だろう。上記の候補者の大半を燃やし尽くした横浦打線相手にHQSを達成した投手であるからだ。横浦打線を抑え込めた投手は、公式戦では神木鉄平以外に例がなく、指名届を出せば、面白い結果になっていただろう。東都リーグへの進学を決め、4年後に成長した姿を見たいものである。

 

 

この記事を読んだ丹波は、驚きのあまり顎が外れそうになったという。

 

「うぉい!! 丹波のあごがぁぁ!!!」

 

「2回目は洒落にならんぞ!!!」

結城らが何とか落ち着かせることで事なきを得たが、丹波はこれをモチベーションに、大学での飛躍を誓った。

 

 

 

そして、高校生野手の中でも上半身一つ抜け出ているのは横浦高校の坂田久遠だろう。あの松井秀喜以来の逸材といわれる超高校級スラッガーは上位指名が必至といわれている。将来の大砲候補どころか、来年にはデビューができるほどの実力者だ。坂田に次ぐ評価を受けているのが、甲子園経験はない強打の内野手鷹橋周平、坂田のチームメイトの岡本を中心に、スラッガー候補も充実。なかなか面白い世代といっていいだろう。

 

 

「うーむ、気難しい説明だな。」

岡本が知恵熱を出しながら今年のドラフトの総評を見て、唸っていた。

 

「そうだな。社会人や大卒辺りは飛ばし読みをしていたからよくわからんが、高校生組にとっては厳しいものになりそうだ」

坂田久遠も前評判では即戦力に流れる傾向にあるため、上位指名は厳しいという見方だった。

 

「始まりますよ、先輩方!!」

黒羽はカメラが写っていますよ、と声かけをして二人に注意を促す。

 

『第一巡選択希望選手 千葉ロッテ』

 

 

ここで、やはり大学ビッグスリー、最速153キロ左腕を指名した千葉ロッテマーリンズ。先頭をきったのは、やはり大学ビッグスリー。

 

『第一巡選択希望選手 広島デミオーズ』

 

次いで大学ビッグスリーの一角。大学通算30勝300奪三振の即戦力投手を指名。ドラフト前から一位指名濃厚といわれていた。

 

『第一巡選択希望選手 楽天ゴールデンファルコンズ』

 

ここでロッテと重複。大学No1左腕がここで重複してしまう。

 

「やっぱ、あの投手の球は速いしなぁ」

 

「達郎、カメラは動いているんだぞ」

 

「あ、悪い」

 

 

こんな二人のやり取りを見て、なんJはサーバー落ち寸前を繰り返していた。

 

―――こいつら、マジで俺らと同じ感覚でドラフト見てやがる

 

――――緊張感なさすぎだろ

 

――――大物だろ、こいつら大成するぞ

 

などといったコメントが多数寄せられた。

 

 

『第一巡選択希望選手 大阪サーベルタイガース』

 

『神木鉄平 投手 前橋学園高校』

 

 

「おっ!! やっぱり一位指名か!! さすがだな、神木!!」

坂田が神木の一位指名に興奮し、思わず立ち上がったのだ。

 

 

何度も言うが、彼らの前にはカメラがあります。

 

「おまっ!! 人には言っておいてそれかよ!! こんなの、俺もテンション上がるに決まってんだろ!!」

 

 

ネット上では爆笑の渦。放送事故寸前というか、放送事故すぎる。

 

 

ちなみに、監督はその様子を見て、ニコニコしているだけだった。

 

「だめだ、俺が何とかしないと」

 

黒羽が何度も落ち着いてくださいと注意するシーンがカメラに写っており、2年後のドラフトまでに「フォローの達人。強肩強打の天才捕手、黒羽金一。しかし苦労人気質」として微妙な説明書きを付けられ、全国区の知名度を誇ってしまうことになる。

 

しかし、黒羽の胃が現在進行形で破壊されつつも、ドラフトは進む。

 

 

『第一巡選択希望選手 大阪ブルーバファローズ』

 

『神木 鉄平 投手 前橋学園高校』

 

 

「これで2球団目か。やるな鉄平!」

 

「うまくいけば、いきなり対戦だな、久遠」

横浦の大砲コンビは、2連続で神木が呼ばれたことで、テンションが上がっていた。

 

 

 

『第一巡選択希望選手 横浜ビースターズ』

 

『さぁ、横浜ビースターズ最後のドラフト。どこに行くか』

 

 

『坂田 久遠 外野手 横浦高校』

 

会場からどよめきの声が。ここで横浜は前年の東清国に続き、高卒野手の上位指名を断行。最後の最後に大胆な指名になった。

 

「横浜だ、家から近いぞ」

 

「そりゃ横浜だから近いだろ」

 

 

「違うだろ!? 違うだろォォォ!!! 違うだろォォォ!!!!」

黒羽は涙目だった。なんで自分はこんなに叫んでいるのか。

 

 

プロの関係者たちも、

 

「幸が薄い感じがするな。」

 

 

散々な評価である。

 

 

『第一巡選択希望選手 西部ホワイトライオンズ』

 

ここで、社会人の即戦力右腕を指名した西武。変則のサイドスロー。

 

 

『第一巡選択希望選手 読売キャッツ』

 

読売キャッツは、現在の監督の甥が指名されていた。彼は大学ビッグスリーの一角を担っており、その中でも抜きんでている。

 

 

『第一巡選択希望選手 北海道ソルジャーズ』

 

ここでキャッツが指名した投手を指名することになったソルジャーズ。会場内では大きなどよめきが起きた。そして、拍手すら。

 

「うお、なんか盛り上がっているぞ」

 

「そうだな。まあいいか」

 

「頼みますから何も発言しないでください、先輩方」

 

 

 

『第一巡選択希望選手 名古屋ドラゴンズ』

 

『坂田 久遠 外野手 横浦高校』

 

「うおい! 俺、重複だぞ」

 

「俺、まだ呼ばれてない」

 

「黙っててください!! なんで漫才みたいになってんだろう……」

 

哀愁が漂い始めている黒羽の背中。

 

『第一巡選択希望選手 福岡トマホークス 』

 

 

『神木 鉄平 投手 前橋学園高校』

 

「さすがだな、鉄平。これで3球団目か」

 

「俺の指名がない……」

 

 

「もう知らない……」

 

 

 

なお、現在進行形で神木鉄平も二人の醜態を見ており、

 

「うわぁぁ……、凄い恥ずかしい。もうやめてくれ、久遠……」

 

現在顔を真っ赤にしながらカメラの前に臨んでいた。坂田に高く評価されて、自分の指名の時に喜んでくれたのはうれしいが、その。すごい恥ずかしい。

 

後の神木きゅん誕生の瞬間である。

 

 

『第一巡選択希望選手 東京ビヒダス』

 

『坂田 久遠 外野手 横浦高校』

 

「うおっ、二つ家から近いぞ。全部東日本だ」

 

「宿舎があるし、心配ないだろ」

 

「なんで家からの近さで球団を判断しているんですかねぇ……」

 

 

この結果、広島、西武が単独交渉権を獲得。残るチームは抽選となる。

 

まずは大学ナンバーワン左腕の抽選。引いたのは

 

 

『千葉ロッテだぁぁ!!! 交渉権獲得!!』

 

そこから監督からの指名選手への挨拶が終わり、次は坂田久遠の抽選になる。

 

 

 

 

 

『まずは横浜ビースターズ球団社長が、左手で掴みました』

 

『大塚和正の復帰で2枚ローテがそろいましたが、先発はいまだ不安定。打撃陣も高齢化が目立つ今、ここで未来の大砲、坂田久遠に特攻したのは、並々ならぬ意思を感じますね』

 

『最後まで先発陣の問題が解決できませんでしたからね』

 

『1位以降の指名が大事になりますよ』

 

 

重苦しい雰囲気。絶対に引かないとまずい、後がなさそうな表情で、抽選くじを取り出した。

 

 

『ドラゴンズの落野監督は、右手でそのまま行きました』

 

『ドラゴンズにとっては、まさかまさかのシーズンとなりましたね』

 

『そうですね。一時期は5位に転落しながら、後半戦では怒涛の追い上げ。ついに首位に立つかと思われた矢先の大塚和正復帰でしたからね』

 

『そうですね。ローテの関係上、横浜のエース梅木投手と、大塚投手に何度もぶつかったのは、想定外だったでしょう』

 

『失礼な言い方ですが、やはり勝ち星を横浜で計算していたでしょうし、手痛い誤算でした』

 

 

続いて、名古屋ドラゴンズ。比較的余裕そうな表情で、抽選くじを取り出した。

 

 

『ビヒダスの小河監督は、左手で行きました』

 

『余り物といえば、大塚和正投手との対戦がなかったんですよね。それが後半戦でのドラゴンズ失速を引き起こし、陥落寸前だった首位の座を守ったことになりました』

 

『ビヒダスにとっては、運も味方したシーズンだったでしょう』

 

 

抽選の結果。

 

 

 

『横浜だぁぁぁ!!! 会場が湧きます! ここで地元横浜のスター選手を獲得しました!!』

 

身売り騒動に揺れた球団社長が最後の最後に大仕事をやってのけた。ここで、指名あいさつが行われる。

 

 

『率直に今の気持ちをお願いします。』

 

『絶対に引くんだという強い気持ちで、左手で抽選くじを引かせていただきました。無事にくじを引くことができて今は、ほっとしています』

 

『この結果を現在坂田選手も見ています。一言二言お願いします』

 

『坂田君。横浜にようこそ、と言える状況ではないけれど、来年新しく生まれ変わる新たな横浜の顔になれるような選手になることを、期待しています。』

 

 

 

 

 

 

「――――――――」

 

「先輩?」

黙り込んでしまった坂田を見て、黒羽がつい声をかけてしまう。

 

「やってやるさ。あそこまで言われたら、頑張るしかないだろ。男として」

 

 

「かっこいいことを言っているところ申し訳ないですが、もう格好がつきません」

 

 

この発言と来年度のセ・リーグ新人王レースを爆走することで、坂田久遠の愛称が「坂田ニキ」になることを、本人はまだ知らない。

 

 

 

『さぁ、今年の高校生ナンバーワン投手、神木鉄平投手の交渉権を獲得するのは、どの球団か』

 

 

関西ダービー勃発。絶対に負けられない戦いがそこにある。そこへ、福岡トマホークスが割って入る、三つ巴の争いとなった。

 

まずは、昨年5位の大阪サーベルタイガー。左手でくじを引く黛明信監督。後の黄金の左手は、当たりくじを引くのか。

 

『さぁ、Bクラスからの巻き返しを図るタイガース、黛監督が左手で引きました。』

 

 

『セリーグは、大塚和正の現役復帰で順位が荒れましたからね。』

 

 

『大塚和正お得意の上位叩き。これさえなければ、タイガースとドラゴンズの順位は違ったものになっていたでしょう』

 

 

『優勝とAクラスが消えたのですからね。ノーマークだったビヒダスが、失速したドラゴンズに引導を渡しましたが、来年はどうなるのか』

 

 

 

続いて、昨年4位のブルーバファローズ岡田監督が緊張した面持ちで、左手でくじを引く。

 

 

『今年は1毛差で惜しくもAクラス入りを逃したバファローズ。さらなる先発投手、未来のエース候補を引き当てられるか』

 

『二けた勝利を挙げた投手はいましたが、絶対的なエースがいないことが、最後の最後に響きましたからね』

 

 

 

最後に、福岡トマホークス、世界のホームラン王が左手で引いた。

 

『今シーズンは圧倒的な打撃陣、先発投手を揃えたパリーグ覇者が、この甲子園のエースを獲得するのか』

 

『クライマックスシリーズでは、秋の風物詩を乗り越え、このドラフトでもその勢いは健在か?』

 

 

 

 

「――――――――――」

 

坂田たちもこのくじの運命を見守っていた。

 

 

そして――――――――――――――――――

 

 

『バファローズだぁぁぁぁぁ!!!!! ブルーバファローズが神木鉄平の交渉権をもぎ取りました!!』

 

 

そして、岡田監督からの指名あいさつ。

 

 

『当たりくじを引き当てた瞬間の心境はどのようなものでしたか?』

 

『ええ。今年度のトップクラスを引き当てたことに、達成感を感じています。』

 

『神木投手に一言二言お願いします』

 

『未来のバファローズを担うだけではなく、世代を代表するような投手を目指して、プロの世界で頑張ってもらいたい。来年から、一緒に頑張ろう』

 

 

 

テレビで神木の運命を見届けた坂田たちは、

 

 

「決まったな。日本シリーズで再戦だ」

坂田は王者決定戦での再戦を夢見ていた。

 

「まだ交流戦でもあたりそうだけどな」

岡本がその坂田の夢に、冷静に突っ込む。

 

 

「日本シリーズでの再戦のほうが、燃えるだろ?」

岡本の物言いに、わかっていないな、と坂田は肩をすくめる。

 

「日本シリーズは簡単じゃないだろ。勝つのも、そこまで進むのも」

 

 

「だからこそ、燃えるだろ?」

 

 

 

「―――――なるほど!!」

そして結局納得してしまった岡本。黒羽はそっぽを向いた。

 

 

 

 

 

 

その後、名古屋ドラゴンズが周平を引き当て、これはこれでと納得していた。

 

 

ビヒダスは2連続でくじを外して迷走し、満塁HRとランニングHRを達成した外野手を指名。

 

 

タイガースは六大学野球の天才スラッガーを引き当てた。来季の即戦力として大いに期待された。が、神木を獲得できなかったのは痛いとファンは感じていた。

 

 

 

キャッツは監督の甥の選手を引き当てられず、高校生の松元投手の指名になる。

 

 

楽天は社会人投手を指名し、1位指名が終了した。

 

 

2位指名で主に会場が湧いたと言えば、

 

東京ビヒダスは日本庄野大学の投手を指名。リカバリーに努めているが、間に合うか。ファンは戦々恐々としている。

 

 

福岡トマホークスは知名度がいまいちらしく、玄人しか理解できない。しかし、ファンは気にしていなかった。どうせ勝手に育つから。

 

 

中日は、ファンがドラフト前の放送で耳にした2位指名の高卒投手を知っていたので、「案外活躍するんじゃないか」という楽観的な意見が多かった。

 

 

北海道ソルジャーズは、向井の先輩の内野手を指名。俊足巧打、パンチ力もある選手だ。しかし、全ては甥の説得にかかっている。

 

 

読売は、甥のショックで二連続の高卒左腕に特攻。ファンは少しだけ心配していた。

 

 

西武は2連続で社会人投手を指名。独自路線を突き進む。ファンからは困惑の声も。しかし、その認識が間違っていると、再来年にファンは思い知ることになる。

 

 

横浜はここで、今年の甲子園出場を果たせなかった最速153キロ右腕の北形を2位指名。制球難が指摘され、原石の投手だが、ポテンシャル重視の指名となった。しかし、梅木祐樹、大塚和正という偉大な先輩投手の指導を受けることで運命が変わる。

 

ここで北形は、野心を隠さない発言を行う。

 

「尊敬する投手は大塚和正選手です。そして、1年目から開幕ローテを勝ち取りたいと考えています」

 

つまり、最速158キロ、150キロ前後でストレートを動かす大塚和正、ハマの皇子梅木祐樹に次ぐ者として、名乗りを上げたことになる。

 

これには大塚和正も、

 

「生きのいい投手が来たな。改造し甲斐がある」

ニタァ、と笑う大塚。

 

 

「お前の改造はトラウマ製造機だ。やりすぎるなよ」

同僚の梅木にやりすぎるなよと、注意されるほどゆがんだ笑みを隠そうともしない大塚和正。

 

 

それを見ていた久保コーチは、

 

「やべぇよ。量産型和正さんは、量産型でも強すぎる。他の量産型とは格が違いすぎるんだ……」

 

 

 

 

 

ブルーバファローズは、社会人ナンバーワン内野手の阿達を指名。今のところ順調な滑り出しで、4位からの逆襲を狙っている。ファンは当然テンションが上がっている。

 

 

大阪サーベルタイガースは、首を傾げつつも、今年の甲子園に出場した歳原を獲得したことで、正気を保っていた。横浦戦は何かの間違いだったと自己暗示をかけていた。

 

 

楽天ゴールデンファルコンズは、2位に北陸の剛腕蒲田を指名。横浦戦のトラウマがないので、精神衛生的にクリーンだった。

 

 

大塚和正の現役復帰が原因で最下位に沈んだ広島は、なぜか残っていた未来の怪物セカンドを指名。スカウト陣も「取れるとは思っていなかった」と零しており、神のいたずらだと納得していた。後の大正義ドラフトである。

 

 

今シーズンのデミオーズ、5位のペースでシーズンを過ごしていたら、泥沼にいたはずの横浜が、サイヤング賞8回の化け物を呼び戻したのだ。結果横浜と入れ替わってしまった。

 

 

 

しかし、それでも4位というチーム状況が、横浜の悲惨さを物語っている。

 

 

 

 

 

ロッテは変則左腕の如何にも後ろを任されるために生まれてきた名字の投手を指名。「なんだか即戦力っぽい」という妙な期待感があった。

 

 

「まだ呼ばれない」

 

「落ち着け、達郎」

 

 

3位指名。今度は下位のチームから。

 

 

ロッテは大卒野手を指名。キャプテンシー、パンチ力、守備力、走力を買われての指名。後に、ロッテの全てを背負うことに。

 

 

広島は、ここで大阪桐生の舘広美を指名。ファンからは謎ドラフトと強烈なブローを食らう。

 

 

楽天は、九州の強豪高校のエースを指名。野手として評価しているらしい。

 

 

 

サーベルタイガースは舘のチームメイトが指名された。が、ファンは地味ドラフトと騒ぎ始めた。

 

 

大阪ブルーバファローズは3位に即戦力社会人右腕を指名。パワーピッチャー。ファンは神ドラフトに泣いた。

 

 

横浜は、九州の強豪高校の捕手を指名。スローイングと強肩が武器。坂田久遠を獲得できたことで、ファンはあまり気にしていなかった。

 

 

西武はここで岡本達郎を指名。

 

「テンション上がったぁぁ!!!」

 

「うるさいです。先輩」

 

ファンは大砲の後釜を獲得できたことで、満足していた。が、謎路線に首を傾げていた。

 

 

読売は、社会人の投手を獲得。迷走が本格化してきた。しかし、巨大戦力なのであまり心配していなかった。

 

 

北海道は甲子園出場の外野手を獲得。後のダイナマイトが名前の前にくる選手である。

 

 

名古屋は大卒投手を指名。地味だが、数年後に心強い抑え投手になる。

 

 

福岡は、大卒野手を指名。ファンは他球団の動向を見ていた。どうせ育つから。

 

 

東京ビヒダスの迷走が止まらない。社会人の外野手を獲得。ファンは球団を信じるしかなかった。

 

しかし来年のドラフトで、神宮が似合う白髪のサウスポーを獲得し、暗黒時代突入を回避することになる。

 

 

 

 

「そろそろ消そうぜ、忙しくなりそうだし。」

 

「まだ見たい」

 

黒羽の霊圧が消えた。

 

 

4位指名は上位から。

 

ビヒダス→社会人投手。即戦力投手に頼り、終盤から崩壊気味のローテを立て直せるか。

 

 

トマホークス→社会人左腕を指名。ファンは平常心。どうせ育つから。後の左打者抹殺マシーン。左はノーチャンス。

 

 

名古屋→大卒。全国区と言えるほどの知名度はない。地味ドラフトになりつつあることを自覚し始めたファンが不安に襲われる。

 

 

北海道→ここで稲実の原田を指名。指名漏れが不安視されたが、ここで指名となった。この世界線では4割打者の代わりに生粋の捕手。

 

 

読売→大卒左腕を指名。無敗のまま消えそう。

 

 

西武→高卒、甲子園経験なしのスラッガー。

 

 

横浜は後のガッツマンを4位指名。数年後に強力打線の切り込み隊長を務めることに。

 

 

大阪ブルーバファローズは4位に社会人左腕を指名。彩のある指名にファンは、「来年は行ける」と確信する。

 

 

大阪タイガースは大卒右腕を指名。ファンは上位指名の彩に不満顔。

 

 

楽天→大卒外野手を指名。無難といえば無難。

 

 

広島→キレのいいボールを投げる高卒左腕を指名。左打者に弱い弱点を内包していた。

 

 

千葉→変則投手を指名。ロッテはとがっている。

 

 

 

5位指名は下位から。

 

ロッテは選択終了。

 

 

広島は5位に右の大砲、大卒外野手を指名。バランスのいいドラフトだった。

 

 

楽天は妙徳義塾の浦部を指名(架空高校と実際のものが被ってしまいました)。数年後に主軸の後ろ(6番で3割を打てる打者)を任されることに。

 

 

タイガース→横浦被害者の会の一員である高卒投手を獲得。神木をなぜ指名しなかったとファンは憤っていた。

 

 

ブルーバファローズは社会人捕手を指名。隙の無さすぎるドラフト巧者ぶりに、ファンは頬を抓った。そして、来季こそ優勝争いができると信じた。

 

 

 

横浜は、5位指名に乙坂を指名。横浜愛の高い選手。ファンからは坂田同様にレギュラーになることを期待されている。

 

(夏の甲子園編で2番青木だったのを、2番乙坂に変更しています。どうしても乙坂選手を架空でもいいから登場させたかったのです。まだ直していなかったらごめんなさい)

 

 

西武は肩の強い遊撃手を獲得。ファンからは不満はなかった。

 

 

読売は、日本庄野高校の俊足野手を獲得。大分落ち着いてきたか。

 

 

北海道は、社会人投手を指名。甥の説得は成功するのか。

 

 

名古屋→甲子園経験なしの高卒右腕を指名。これはロマンだと納得するファンもいた。

 

 

福岡→通称ジャイアンを獲得。将来性を一番感じる選手だとファンは言い張る。

 

 

東京ビヒダスは大卒投手を指名。とにかく即戦力を取ろうという意欲は感じられた。ファンは心を打たれて応援していた。

 

 

「眠い」

 

「せめて支配下までは見たい」

 

黒羽は帰ったようです。

 

 

6位指名は上位から。

 

ビヒダスはまたしても即戦力社会人投手を指名。努力は認めるしかないと、ファンは拍手を送る。

 

 

福岡は選択終了。

 

名古屋は選択終了。

 

北海道も選択終了。

 

読売は6位に社会人投手を指名。なんだかんだいいドラフトではないのかと納得し始めるファン。

 

 

西武は大卒野手を指名。一部歓声が上がった。

 

 

横浜は6位に最後の夏は怪我で出場できなかった向井の先輩を指名。回復しているとのことなので、指名に踏み切ったと思われる。来年オフは大塚和正の自主トレに強制参加の模様。

 

 

大阪ブルーバファローズは6位に高卒内野手を指名。念願のプロ入りを果たした彼は、知人から祝福のメッセージを多数受け取った。

 

 

タイガースは選択終了。いったい何だったんだと憤るファンが多数。主に、神木と坂田は一位で取るべきだったという意見が多数存在していた。

 

甲子園のスターやん、虎はいかんとあかんねん!

 

 

 

 

楽天は大卒外野手を指名。後のレギュラーを獲得。

 

 

広島も選択終了。中々実りあるドラフトだったとファンは語る。

 

 

「あと少しだ。」

 

「眠い」

 

7位からは球団ごとにまとめよう。

 

横浜は7位、8位に高卒投手を指名。9位に高卒社会人内野手を指名して選択終了。坂田久遠、北形に希望を託していた。

 

 

大阪ブルーバファローズは、7位、8位を社会人野手で固めた。近年稀にみる神ドラフトと騒いでいた。

 

読売は7位に社会人のサイド右腕を獲得。地味ドラフトとして、不満げだった。

 

「―――――なかなか面白いドラフトだったな」

 

「ああ。いやぁ、すごかったな、今年のドラフトは」

 

 

来年の成績。

 

坂田久遠 背番号6

143試合 .335(587打席)(530打数178安打) 20二塁打 2三塁打 27本塁打 

101打点 6盗塁(9-6)

得点圏 .367 三振72四球47 死球4 犠飛6 併殺6 犠打0 

出塁率 .390 長打率 .533 OPS .923 失策3 

 

主にライトで先発出場。セ・リーグの新人王レースを爆走。しかし、チームはまたしてもAクラス入りを逃し、4位。2年目にして打点王の東清国(一塁手)とともに、かつての首位打者、本塁打王が抜けた穴を埋め、助っ人のアーロン・ラミレス(左翼手)、ベテランの中村紀(三塁手)とともにリーグ一のチーム打率、得点を記録した。

 

坂田は2位に大差をつける堂々の新人王を受賞。直接対決でもライバルを寄せ付けなかった。

リーグ2位の打率、打点、出塁率、長打率をマークし、同率一位のホームラン王のタイトルを受賞。

 

 

しかし、投手陣は悲惨の一言。

 

横浜投手陣は昨年から続く崩壊ローテ。規定投球回数に到達したのが18勝の大塚和正、13勝の梅木祐樹のみとなる。他の先発陣はほぼ焼け野原状態だった。順位が4位に沈んだ最大の原因である。12球団ワーストの失点数。

 

 

シーズン終了後に大塚和正の提案で、若手投手は彼の自主トレに強制参加が確定。オークランド送り、オークランド暮らしとなった。その自主トレ期間中、天津商の北形は何かをつかんだようだ。

 

 

 

岡本達郎 背番号8

110試合 .278(384打席)(327打数91安打) 8二塁打 1三塁打 23本塁打

70打点 0盗塁(0―0)  

得点圏.298 三振44 四球50 死球2 犠打0 犠飛5 併殺8 

出塁率.372 長打率.520 OPS.892 失策4 

 

西武ホワイトライオンズ期待の若手として1年を通して活躍。規定打席には届かなかったが、新人王争いに参加。坂田久遠とともに、野球界に衝撃を与えた。

リーグ優勝、日本一の完全制覇に大きく貢献。特に日本シリーズでは、負ければ王手をかけられる3戦目で逆転弾を放ち、チームの流れを変えた。その後5戦目、6戦目でもホームランを放ち、史上初となる高卒野手での日本シリーズMVPを受賞。

 

チームを優勝に導いたことで、新人王争いで優位に立ち、パリーグでは山口高志以来、高卒野手としては初の新人王、日本シリーズMVPのダブル受賞を果たす。

 

 

 

神木鉄平 背番号27

24先発登板 投球回197回 防御率2.28 勝率.600 12勝8敗 完投8 完封4 

QS19回(率79.2) HQS14回(率58.3)

奪三振177 四球44 死球2 被本塁打7 被安打159 

失点52 自責点50 WHIP1.03

 

新人ながら、驚異的な投球を披露。しかし、バファローズはリーグ最下位のチーム打率をマークし、援護に恵まれず、孤軍奮闘となった。さらに、チーム唯一の二桁勝利を挙げた投手であった。

 

リーグ2位の投球回数、リーグ5位の防御率、同率一位の4完封、そして最多奪三振のタイトルを獲得。HQSを下回る勝ち星を見て、バファローズの悲しみを背負うことになった。

 

 

新人王争いは、バファローズの神木、西武の岡本、ロッテの舛田の3人に絞られ、西武岡本とのし烈な投票争いとなったが、ポストシーズンでの岡本の活躍により、新人王を逃してしまった。

 

 

岡本と神木。二人の明暗を分けたのは、チーム成績とポストシーズンの差だった。

 

 

 

 

 

 

 

原田雅功 背番号57

昨年に、メジャー移籍の大エースが抜けた北海道。原田は前半戦終了間際に昇格を果たし、秋頃に主戦捕手候補に名乗りを上げる。課題の打撃も終盤で成長を見せ、高卒捕手としては順調な滑り出し。

 

74試合 .189(111打数21安打) 2二塁打 0三塁打 4本塁打 12打点 0盗塁(.000)

得点圏.172 三振30 四球20 死球1 犠打0 出塁率.316 長打率.315 OPS.631

失策0 守備率1.00 盗塁阻止率.333(被盗塁企図3-盗塁阻止数1)

 

 

舘広美 背番号50

開幕一軍を勝ち取ったが、役割は安定せず。後半からは先発ローテに入ったが、球種の少なさから、スライダーを狙い撃たれるなど、12本の本塁打を献上。それでも、高卒ルーキーではかなり順調な滑り出しといえよう。

 

35登板 76回2/3 防3.29 勝率.333 3勝6敗 1S 6H 奪三振45 QS3 QS率42.9

四球14 死球0 被本塁打12 失点32 自責28 WHIP1.22

 

 

 

来年の高校生の目玉は、今年の夏の甲子園優勝投手柿崎則春、稲実の成宮、市大三高の天久だが、なんといっても注目は台湾人投手、楊瞬臣をどこが指名するかだろう。1位指名の可能性は薄いが、国際大会での投球が出来れば、二桁は固い。どこまで試合勘を維持できるかが焦点となる。野手では美馬が面白い存在だ。

 

 

大学にも実力者は勢ぞろい。社会人もレベルが高く、来年もハイレベルな駆け引きが発生するだろう。

 

 

 




良い投手がいても、ペナントは甘くなかった。
大砲が増えても、あの暗黒は打開出来ない。

これぞ暗黒、これが暗黒。これが横浜……

御幸は何色が似合うかな。応援歌が良いところに入れたいね。


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番外編 2012年架空ドラフト編

原作では有力二年生が出ると思うので、まだ確定ではないかも。

原作次第でまた変わるかも。


※2017年10月24日 沖縄光南高校権藤のチームをロッテに変更しました。




2011年ドラフト会議から一年が過ぎ、再びアマチュア選手たちの運命を決める日がやってきた。

 

春夏甲子園出場の青道高校もまた、秋季大会を戦う最中ではあるが、充実の一年を過ごした先輩の進路に興味がわかないわけがなかった。

 

「――――まあ、どこでもいいんだけどなぁ。」

ニヤニヤしながら教室で自分の名前が呼ばれるのを待つ御幸一也。あまり特定の球団に執着する理由がない。御幸は自分が目玉になれる器ではないと悟っていた。

 

敵として、最後まで立ちはだかった柿崎則春。横浦の楠。八戸成巧学園のスラッガーコンビなど、強敵揃いの甲子園。

 

同じ高校生でも、伸びしろの差を感じずにはいられなかった。

 

―――けど、柿崎以外は隙もあったけどな

 

「ワイは、大学で守備も打撃もレベルアップせんと、プロレベルやない」

 

同学年で、春夏甲子園出場に大きく貢献した前園は、明治大学への進学が決まっている。前園がプロで食うためには、外野守備、最悪サードも守れないと話にならない。

 

それでも、そのポジションを外国人と競うことになる。

 

川上は丹波経由で駒大への進学が決まり、白洲は明治大学へ。他の選手も東都、六大学野球と進路に不自由はしていなかった。

 

「そろそろ始まるぞ。御幸がどこで呼ばれるのか。それは今後の俺たちの指針にもなるからな」

白洲がスマートフォン片手に映像を見つめている。

 

 

今回の2012年架空ドラフトのおさらいをしておこう。

 

高校生の目玉は、なんといっても今年のナンバーワン左腕、柿崎則春だろう。春の決勝、大塚栄治との死闘、夏の甲子園準決勝、横浦のエース楠と投手戦を演じるなど、大舞台に常に出てきた琉球のサウスポー。

 

それに次いで評価を受けているのが大阪桐生の大浪晋太郎だろう。春の選抜では青道に、夏の甲子園では横浦と対戦。その将来性を疑う余地はない。

 

そして彼に比肩する大型右腕、藤谷翔平。Max160キロという高校野球ではありえない球速をたたき出し、目玉候補に。残念ながら夏の甲子園予選敗退と甲子園での記録更新はかなわなかった。前例のない選手なだけに、指名が重複するかと思われていたが、メジャー挑戦を表明。進路が不透明になっている。

 

それに次ぐ評価として、稲実の成宮鳴、市大三高の天久、春ベスト4、夏準優勝に貢献した横浦の楠が挙げられる。

 

最後に、今年の夏の甲子園後に開催された、U-18野球ワールドカップで日本を苦しめた台湾のエース、楊舜臣がついにドラフト参戦。日本に予選ラウンドで勝利、決勝戦では大塚栄治との球史に残る死闘を演じ、失われた1年間をものともしない復活ぶりをアピール。

 

高校生投手の中では、即戦力として期待されている逸材だ。

 

 

野手では今年の高校野球を席巻した青道の要、御幸一也が筆頭だろう。たぐいまれな強肩と、勝負強さ、守備面でも高く評価されており、上位指名が予想されている。

 

打撃面で御幸を上回る、横浦の多村、後藤のスラッガーコンビ、光南の4番権藤は、甲子園出場の原動力となった強打者である。

 

 

 

次ぐ評価に俊足強打の外野手美馬、八戸成巧学園の北城、田村が続く。今年は高校生が豊作と言っていいだろう。

 

 

一方大学生では、速球投手がずらり、日体の松羽、中京大の則元、僧価大の小河、亜大の南浜がいる。やはり今年も投手豊作か。野手では駒大の白崎に、亜大の貴田、紅海大の伏美など、役者はそろっている。が、投手に比べて寂しさは否めない。

 

最後に社会人、独立リーグでは、一芸に秀でた選手が多く、個性豊かな面々。リリーフで高い評価を得ている末永、増田、高齢ながら即戦力の先発ともいわれる井納、即戦力候補の石山、左キラーの公門。野手でも一発のある打者、バットコントロールが魅力な好打者も多く、近年社会人野球復権か?

 

 

まずは下位チームからの指名が始まる。今年はパリーグの西武ホワイトライオンズの躍進、セリーグ覇者東京読売キャッツを破り、完全優勝を果たしたので、パリーグからの指名となる。

 

『第一巡選択希望選手 大阪ブルーバファローズ』

 

今年はルーキー神木が唯一の二桁勝利など、厳しいシーズンとなったバファローズ。

 

『柿崎則春 投手 光南高校』

 

 

会場が沸いた。2年連続で甲子園ナンバーワン投手に攻めに行く。

 

『やはり柿崎君が呼ばれましたね。』

 

『引き出しの多さ、そしてあの精神力と鉄腕ぶり。近年稀にみる逸材ですよ』

 

 

『第一巡選択希望選手 大阪サーベルタイガース』

 

『大浪晋太郎 投手 大阪桐生高校』

 

ここで地元のスター大浪に特攻のタイガース。拍手が沸いた。

 

『将来性ならピカ一ですし、今もすごいですよ』

 

『投げおろす異質な速球は、プロでも対応は簡単ではないと思います』

 

 

『第一巡選択希望選手 千葉ロッテ』

 

『大浪晋太郎 投手 大阪桐生高校』

 

ここで重複。この早い段階で大浪をめぐる戦いが勃発した。

 

 

『第一巡選択希望選手 広島デミオーズ』

 

ここで甲子園出場はなかったが、高卒左腕を指名。単独使命になるだろうと予想される。

 

『第一巡選択希望選手 楽天ゴールデンファルコンズ』

 

ここで広島の指名した選手と重複。まさかまさかの競合となる。

 

 

『第一巡選択希望選手 横浜denaビースターズ』

 

『柿崎則春 投手 光南高校』

 

『ここで柿崎投手が競合!!』

 

『行きますよねぇ。横浜は打線こそ12球団で上位ですが、投手不足が原因で、Aクラスを逃しましたからね』

 

 

『第一巡選択希望選手 福岡トマホークス』

 

『南浜巨 投手 亜細亜大学』

 

『ここで大学ナンバーワン右腕の南浜が出てきました!!』

 

大卒、それも柿崎の先輩にあたる人物。そのクレバーな投球で、プロの世界で飛躍を遂げるか。

 

 

『第一巡選択希望選手 東京ビヒダス』

 

『柿崎則春 投手 光南高校』

 

『柿崎3球団目!! これはすごい』

 

『ええ。指名がどんどん重なるのではないでしょうか』

 

 

これを見ていた御幸は、

 

「――――俺たち、こんな投手に勝ったのか…」

 

「一番隙がなかった投手やし、楠に次いで手強かったんは知っとるし、今更やろ」

 

「むしろ、楠はどうして呼ばれない」

前園はそんなに不思議なことか、と首を傾げ、白洲は楠が呼ばれないことに疑問を覚えていた。

 

「まあ、1得点を打ち崩した範囲と言えたらそうですけど…正直…今でも左腕なら彼がナンバーワンかな。」

春市は柿崎は成長した沢村と比べても、まだ届かない存在だと、暗に言っていた。

 

 

『第一巡選択希望選手 北海道ソルジャーズ』

 

『藤谷翔平 投手 花田東高校』

 

『おぉぉ!! ここでメジャー挑戦表明の藤谷を強行指名のソルジャーズ。会場がまたしても拍手です』

 

『それなりの自信があってのことでしょう。交渉後が楽しみですね』

 

 

そして、

 

『第一巡選択希望選手 名古屋ドラゴンズ』

 

『南浜巨 投手 亜細亜大学』

 

『南浜2球団目! ばらけましたねぇ』

 

『前評判は高かったんですが』

 

 

セリーグ1位の巨人

 

『第一巡選択希望選手 読売キャッツ』

 

ここで1年越しの甥の指名。果たして念願はかなうのか。

 

 

『第一巡選択希望選手 西武ホワイトライオンズ』

 

『南浜巨 投手 亜細亜大学』

 

『南浜3球団目!! 大卒投手への評価は高いということでしょうか』

 

『プロ向きではありますね。』

 

 

そして抽選。まずは柿崎則春

 

横浜、東京、大阪の3球団がくじを引く、

 

 

結果は―――

 

 

 

 

『横浜だぁぁぁ!! ここで2年連続単独交渉権獲得!! 高校ナンバーワン左腕を獲得しました!』

 

『来ますねぇ。仲畑監督は初めてのくじでしたが、豪運ですね』

 

 

『今の気持ちをお聞かせください』

 

『ええ! この左手に当たりくじですよ! 本当にびっくりした! そして今の私は絶好調! 勝負ネクタイが良かったんでしょうね!』

 

失笑が漏れる会場。

 

『さて、今年の新人王にしてHR王の坂田久遠に、打点王東清国、打線はいいだけに、若いエース候補が生まれなかったビースターズに、目玉が来ました。彼に期待することは?』

 

『そうですね! 横浜の新たな柱になってほしい! この一言です! ゆくゆくはカズとユウキの次を担える投手になってほしい! それぐらいの期待が許される選手ですから!』

 

ウキウキが止まらない仲畑監督。

 

 

その後、ファルコンズとデミオーズの抽選が行われ、意中だったはずのデミオーズがくじを外し、会場が騒然となった。

 

 

続く南浜巨の抽選。史実通りトマホークスが獲得。今年は猫の餌と化した若鷹軍団。新人王の岡本を迎え撃つ。

 

大浪晋太郎はタイガースが獲得。長らく不在だった、地元のスター候補が地元球団に入団するという素晴らしい結果となった。

 

きっと虎の未来を担ってくれる。

 

 

 

 

ここからは外れ一位の抽選になる。

 

 

ここで、大阪ブルーバファローズの意気込みが11球団に示された。

 

 

『第一巡選択希望選手 大阪ブルーバファローズ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『楊舜臣 投手 明川学園』

 

 

 

その瞬間、会場は今日一番の大歓声に包まれた。柿崎投手の時の比ではない。今年もっとも日本を苦しめた投手が、最下位の球団の救世主になるかもしれない。

 

『やはり来ました、楊舜臣!! 台湾のエースが、浪速の関西球団を救うのか! その圧倒的な投球は、全国の野球ファンの度肝を抜いたでしょう!』

 

『2年間の国際試合で、日本相手に1点しか奪われていませんからね。対策の上をいく能力の高さ。僕は柿崎投手に並ぶかそれ以上だと思いますよ』

 

 

その実力は、折り紙つきどころではない。全日本の高校チームを相手に、今期も2試合を投げて自責1点の男だ。当然野球通ならば知っている。

 

 

そして中日は大卒投手を指名。投球動作における球の出所の見づらさの定量化を研究する、異色の頭脳派剛腕投手だ。

 

千葉ロッテマーリンズは社会人左腕を指名、これも単独使命となった。

 

 

西武、東京、広島が社卒投手で重複。結果西武入り。後々の抑え。

 

東京は社会人投手を指名し、広島は高卒野手を指名。

 

 

大波乱の1巡目が終わりを告げた。

 

 

 

「毎年なぜビヒダスに目玉は入らない…」

 

「来年大塚が来てくれるよ、金丸。」

 

 

 

 

「トマホークスは来期優勝だろ、戦力が違う」

 

「西武もやばいだろ。打力は負けてない」

 

「ロッテに目玉をくれ、特攻しても当たらないじゃないか…」

 

「なぜ楊に行かなかった、馬鹿野郎…」

 

「あんまりだ、やり直しだ、やり直し! ふざけるな! ふざけるな! 馬鹿野郎!!」

 

「泣くなよ、こっちは意中の選手掠め取られたんだぞ…泣きたいのはこっちだ」

 

殺伐とした空気が青道を襲う。

 

 

 

 

「ああ。バファローズかぁ」

バファローズファンの新田は、大塚の尊敬する選手が贔屓に入ったことで、頰が緩んでいた。

 

 

「セ・パ両法に目玉がいった感じだな(しかし、地元は何を考えている? 柿崎一択だろ、こんなん。)」

沖田は地元広島の指名について、肩身の狭い思いをしていた。別にファンではないのだが…

 

 

 

「あそこで名前を呼ばれたいな。」

 

「メジャーとドラフト、ん? どういうことだ? 志望届あるぞ? ん? え?」

降谷はドラフト指名に夢を見て、沢村は彼がメジャー挑戦を表明したことで、混乱していた。

 

「色々高校生には規則がついて回るんだよ。後で説明する」

沖田が後で説明して、その話を聞いた沢村は難しい顔をして、

 

「大人の世界は世知辛いなあ」

と、唸っていた。

 

 

 

――――楊さんはパリーグか。

 

大塚栄治は、何かを感じていた。横浜は去年に坂田、今年は柿崎と、投打の柱を獲得した。ならば、彼らが次に狙うのは―――――

 

 

「大塚先輩!! 楊さんがバファローズ! 何か一言ありますよね!!」

 

「ああ。まさかまさかの指名だ。驚いたよ」

 

後輩の新田君に突然話しかけられたことで、先ほどの考えが吹き飛んだ大塚。

 

しばらく大塚は、新田に家族の広島推しの愚痴をぶつけられる。

 

「むしろ君はなぜ、地元ファンではないのか?」

 

「押し付けるのが嫌なんですよ!」

 

「温かい印象なんだけどなあ、広島のファンは。」

 

 

 

ここでは高校生にフォーカスを置いたダイジェスト形式で進行していく。

 

バファローズは続いて大卒左腕の松羽を指名、ドラフトはいいのにと嘆くファンの姿。

 

タイガースは八戸成巧学園の北城を指名。ショートの有望選手を獲得。

 

 

そしてロッテが

 

『第二巡選択希望選手 千葉ロッテ』

 

 

『天久光聖 投手 市川大学第三高校』

 

 

つまり市大三高では

 

 

「お、おぉぉ!!!! 俺が二位指名かよ!!」

 

「落ち着け光聖!!」

 

「いやぁ、甲子園出られなかったし、4位ぐらいかなぁと思ってたし。手始めに新人王を狙うとするか」

 

 

キャンプまでにテンションのヒートアップした光聖は、自主トレを敢行。地獄の練習を耐え抜き、世間を驚かせることになる。ゆるゆるなキャラクター性で、球団の新たな顔になる。

 

 

広島は後の神ってる男を指名。大正義ドラフト再びなるか。

 

楽天は全国大会で1試合で20奪三振の投手を獲得。この男がきっかけで、地方リーグが再評価されることに。

 

横浜は大卒投手。いつになったら俺たちのハートを奪ってくれるんですかね。

 

 

福岡は大卒投手。どうせ育つよ、どうせ育つから。

 

 

東京はライアン投法の投手を獲得。史実新人王の未来はどっちだ。

 

 

北海道は高卒内野手。独特な指名路線だ。

 

名古屋は高卒左腕。成宮を回避。これも歴史の修正力か。

 

そして、今年の1位、西武ホワイトライオンズは、

 

 

『第二巡選択希望選手 西武ホワイトライオンズ』

 

『楠慎吾 投手 横浦高校』

 

 

横浦では、

 

「岡本先輩と同じチームだ、心強いし、チャンピオンチームだ。いいところだと思う」

 

「ああ。いいところに入ったな。くっ、俺はまだなのか」

 

後藤がそわそわしていた。

 

「落ち着け後藤。ドラフトは俺たちではどうにもならん」

 

多村が後藤を諌めるが、口は冷静でも、足のほうは貧乏ゆすりだった模様。

 

 

「ブーメランって言葉を知っていますか、多村先輩」

黒羽が呆れた目で多村を見ていた。

 

巨人は足の速い大卒野手を指名。そして3位指名に後の二塁候補。

 

 

西武の指名がやってくる。

 

『第三巡選択希望選手 西武ホワイトライオンズ』

 

『多村省吾 外野手 横浦高校』

 

 

「お先」

 

「てめぇ!! 多村、お前もか!! くっそう、指名されたいなぁ」

 

 

名古屋は大卒野手、北海道は大卒投手を指名。

 

 

東京ビヒダスの指名が始まる。

 

 

『第三巡選択希望選手 東京ビヒダス』

 

 

『成宮鳴 投手 稲城実業高校』

 

 

ここで東都のプリンス、成宮が指名。残念ながら北海道入りはならず。

 

「3位かぁ。けど、ドラフトの順位は関係ねぇし、評価を逆転させてやる!」

 

――――お前はどこに行くんだ、一也

 

 

そして、同学年ナンバーワン捕手の行方を気にしていた。

 

 

 

福岡はここ驚きの指名を

 

 

『第三巡選択希望選手 福岡トマホークス』

 

 

『神谷カルロス俊樹 外野手 稲城実業高校』

 

 

「そうこう言っているうちにカルロス来たじゃん」

 

「別リーグか。交流戦、ガチでやらせてもらうぜ、鳴」

 

「へ、望むこところだよ」

 

 

 

そして横浜の3位指名。社会人の井納を指名。まさかまさかの指名となるが、のちの宇宙人。

 

 

楽天は3位指名に横浦の強打者の後藤を指名。

 

 

「真打ち登場!」

 

「ではないです」

 

 

広島は大卒内野手、ロッテは八戸成巧学園の捕手を指名。タイガースは社会人投手。

 

 

そしてブルーバファローズの三位指名が来ることになる。

 

 

『第三巡選択希望選手 大阪ブルーバファローズ』

 

 

 

 

 

 

『御幸一也 捕手 青道高校』

 

 

『ここでついに青道の要、御幸一也が指名されました!』

 

『ええ。ブルーバファローズが彼にかける期待は大きいですよ』

 

 

 

「――――――俺が、プロ―――――」

 

最高の1年間を過ごした彼への贈り物。それがプロという新たな世界へのチケット。しかも、正捕手として育てる意気を感じられる指名順位。

 

「おめでとうございます!! 御幸先輩!」

大塚からの祝福の声。と同時に青心寮では大歓声が響き渡る。

 

「やったな、御幸!!」

 

「ワイはすぐに呼ばれるとおもっとったで!!」

 

「青道の代表として、頼むぞ!」

 

 

「ああ。プロの世界で、行けるところまで頑張るさ」

 

 

 

 

続いて4位に2017年あたりにブレイクしそうな高卒外野手を指名。

 

タイガースは社会人捕手を指名。

 

 

『第四巡選択希望選手 千葉ロッテ』

 

 

『美馬総一郎 外野手 白龍高校』

 

 

「―――――広い球場か、守り甲斐があるな」

 

彼は静かに闘志を燃やしていた。

 

 

広島は社会人外野手、横浦OBの選手を指名。楽天は高卒捕手を指名。

 

 

横浜の4位指名。ここで、社会人外野手を指名の横浜。

 

 

福岡は高卒外野手、かなりの可能性を秘めているらしい。

 

東京ビヒダスは社会人左腕。ビヒダスはここまで4人連続の投手を指名。

 

 

北海道は高卒内野手、光陵の壁が厚かったのだ。全国ならず。

 

 

名古屋は大卒捕手。打てる捕手になれるか。

 

 

西武は社会人投手を指名。数年後、抑え投手を任されることに。

 

読売は左キラーの公門を指名。

 

5位指名からは一括りにしよう。

 

キャッツは5位指名に大卒野手を指名。ここで指名が終わる。来年こそ日本一。

 

 

西武は5位指名に大卒野手を指名。ここで選択終了。横浦のスター選手を獲得し、戦力も充実。連覇を狙う布陣は盤石だ。

 

 

名古屋は7位指名まで。その最後の高卒投手の緩い球は、本当にすごいものだった。陰りが見える常勝軍団。立て直しなるか。

 

 

北海道も7位指名まで。社会人投手を連続して指名。即戦力で固めたいいドラフトだったといえる。二刀流藤谷との交渉は成功するのか。

 

 

東京ビヒダスも7巡目まで。名古屋と同じく若手の押上が待たれる。

 

 

福岡は7位指名まで。亜大の貴田はまさかの7位指名。後は投手指名で無難に終わった。さぁ、魔改造が君を待っている。最多4人の育成指名が発生。

 

 

横浜は6位指名まで。後のハマのプーさんと社会人投手を指名。

 

楽天も6位指名までとなる。高卒選手を複数指名し、若手の底上げに期待。来年オフにはメジャー挑戦が濃厚なエースに優勝を。2人育成指名があった。

 

 

広島は5位指名で終了。投手、のちに野手転向する。エースを中心に守り勝つ野球が必要になるだろう。

 

 

ロッテは6位指名で終了。大学生の実力者を指名し、手堅く大胆な使命に。Aクラスへの逆襲を狙う。その指名の中で、あの男が呼ばれる。

 

 

『第五巡選択希望選手 千葉ロッテマーリンズ』

 

 

『権藤豊 内野手 光南高校』

 

 

「今度は敵同士だな、豊」

 

「ああ。交流戦で会おうぜ」

 

「そこは日本シリーズじゃないのか?」

 

「直近はそこだろ?」

 

 

 

大阪サーベルタイガースは6位で選択終了。若虎と言われる他球団の中堅のイメージを払拭し、最下位からの逆襲なるか。世代最大サイズの投手大浪晋太郎は、チームを救えるか。

 

 

大阪ブルーバファローズは7位で選択終了。大卒捕手の伏美、大卒、社会人の速球投手を獲得。台湾史上最強のアマチュア投手、楊舜臣は救世主になれるのか。そして、3位指名の御幸一也は、長らく続いた正捕手問題を解決できる実力を示せるか。

 

 

 

2013年シーズン。そんな若造共に主役は譲らないと、43歳の大塚和正が元気に投手9冠を獲得。

 

最多勝、最多奪三振、最優秀防御率、最優秀勝率、リーグMVP、ベストナイン、最多完投、最多完封、沢村賞

 

さらに今期は、各球団のチーム防御率が破壊され、2点台のバファローズ以外、3点台中盤から始まるという打高投低の年でもあった。

 

 

早くメジャーに戻れ、おじさん。

 

 

 

 

 

西武ホワイトライオンズ 2013年シーズン1位 V2達成

1番秋山、2番形岡、三番岡本、4番朝村(打点王)、5番仲村、6番多村のリーグ一の強力打線をバックに、エース岸、サブマリン槙田、右の野仲、ルーキー楠、左の菊地と投手陣も充実。リーグ2連覇、日本シリーズ連覇を果たす。リーグ一位のチーム打率、総得点を記録し、チーム防御率3位と、ほぼ死角がなかった。

 

唯一の穴は、救援防御率が悪いことか。

 

しかし、多少中継ぎが爆発炎上しても、打線がリカバリーしてしまう。

 

最後はワクワクさんが劇場しつつ抑える。一年を通し、リーグ最凶のエンタメピッチングを披露した。

 

誰も笑顔にならないよ。

 

 

それでも西武黄金時代到来と言われ、今後もパリーグの盟主として、リーグを盛り上げていくだろう。

 

2013年シーズンオフ、形岡が巨人にFA移籍。

 

 

多村省吾 背番号41

101試合.264(329打数87安打)6二塁打 0三塁打 12本塁打 69打点 2盗塁

得点圏.320 45三振  21四球 2死球 4犠打 出塁率.308 長打率.392 

失策4 守備率.986

昨年の新人王3番サード岡本達郎に続き、二桁本塁打を達成。主に6番レフトを守る。勝負強い打撃で西武の日本一連覇に大きく貢献。新人王は逃した。来年から更なる飛躍を期待されている。

 

楠慎吾 背番号19

24先発登板169回 2.60 勝率.894 17勝2敗 完投4 完封2 

QS16回(率.666) HQS5回(率.208)

奪三振179 四球49 死球3  被本塁打6 被安打154 

失点54 自責点49 WHIP1.24

新人ながら、オープン戦の好投で信頼を勝ち取り、開幕ローテを任された。打線の援護もあり、勝ち星に恵まれる。

西武黄金時代の次世代エースとして、ファンからの信頼が高まっている。チームの現エース直伝のカーブを習得。これがブレイクのきっかけと語る。

今シーズンの分岐点だった対楽天戦、彼は前半戦最後のカードに先発した。ここで彼の投球はピリッとせず、4失点を喫してしまう。

しかし、合計12点の大量援護を貰い、無敗エースを止めた男として大きな話題を提供した。

 

新人ながら、最多勝のタイトルを獲得。なお新人王。

 

 

 

 

楽天ゴールデンファルコンズ 2013年シーズン2位

前半戦は首位を走っていたが、西武戦でのエースの惨敗、大阪戦での続けざまの完投負けが響き、徐々に失速。8月に首位の座を西武に明け渡し、レギュラーシーズンを終えた。ポストシーズンではCSファーストステージで姿を消し、エースの有終の美を飾ることが出来なかった。ここから西武と楽天のカードは、宿命の戦いと言われるようになる。ルーキー則元は二桁勝利を達成し、次期エースとして、しっかりと立っている。今後も目を離せない。

 

しかし、外国人4人衆と地元帰りのカーブ使いがやってくるまで戦力が足らない。

 

 

 

 

後藤武 背番号38

113試合 .270(411打数111安打)14二塁打 0三塁打 12本塁打 67打点 0盗塁

得点圏.300 59三振 34四球 0死球 5犠打 出塁率.323 長打率.391 

失策2 守備率.988

主にレフトで先発出場。パンチ力を武器に、高卒二桁本塁打を達成。球団初の生え抜き二桁本塁打到達者となる。しかし、課題を多く感じたようで、二桁本塁打に喜びの表情を出すことなく、来季に向けてトレーニングを行うストイックな面を見せた。

 

 

大阪ブルーバファローズ 2013年シーズン3位

 これまでの苦難の時代を耐え抜いた末に、猛牛軍団に雪解けが訪れた。エース金子、2年目の神木、ルーキーの楊、笑顔のエース西が奮闘。扇の要にも御幸一也が座り、大きく成長した。まだまだ課題も多いが、来季に向けて期待が大きく膨らむチームになった。

 

最多奪三振の楊、最優秀防御率、最優秀勝率の神木らの奮闘により、唯一のチーム防御率2点台を記録。来季は神戸でのCSシリーズ開催を目指す。

 

 猛牛の春はまだ訪れておらず、2013年ドラフトで春を迎えることになる。西武黄金時代に次ぐ存在として2014年シーズン、パリーグの意地を見せる。

 

御幸一也 背番号2

143試合 .279(531打数148安打) 30二塁打 0三塁打 8本塁打 78打点 2盗塁

得点圏.331 三振106 四球52 死球3 犠打1 出塁率.343 長打率.380 OPS.723

失策1 守備率.999 盗塁阻止率.313

紅白戦、オープン戦から打撃好調、リーグワーストのバッテリーエラーを解消する堅守を周囲に見せつけ、そのまま開幕スタメンを勝ち取る。その後疲労から調子を崩すが、何とか1年間を乗り切った。まさかのGG受賞。リーグ3位に大きく貢献する。二桁本塁打には届かなかったが、8本塁打とパワーを見せつけた。オールスターファン投票で選出される。

 

猛牛の二枚目捕手として、熱狂的な人気を獲得。翌シーズンのバレンタインチョコの数は球団記録に迫る勢いだった。しかし、スキャンダルのスの字も出なかった。

 

 

楊舜臣 背番号17

26先発登板205回 1.67 勝率.833 15勝3敗 完投11 完封6 

QS24回(率92.3) HQS18回(率69.2)

奪三振219 四球42 死球2 被本塁打5 被安打168 

失点44 自責点38 WHIP1.02

驚異的なイニングイーター兼、絶対的な安定感を誇り、無敗記録が途絶えた楽天のエースに対し、2敗目をつけた。ファーストステージでは因縁の楽天戦に登板。メジャー濃厚のエースに投げ勝った。最速154キロのストレートに、決め球のツーシームスプリットで三振を奪い続け、最多奪三振のタイトルを獲得。しかし、スライダー、ツーシームなど他の変化球も一級品で、投げる芸術家と言われている。

 

女性ファンから人気を得るが、彼の引き攣った笑みが話題となった。

 

オールスター出場、MVPを獲得。登板時は、御幸との猛牛バッテリーだった。このMVPが、彼の新人王をアシストした。

 

 

 

 

千葉ロッテマーリンズ 2013年シーズン4位

序盤は楽天、後半戦は西武、大阪の勢いに圧倒されていたが、こつこつと勝ち星を積み重ねた。育成期間と言われた今期は、期待の天久光聖、美馬総一郎が成長。今後に向けて下克上が期待される。外野の陣容が固まり、次期キャプテン候補の成長、ベテランが意地を見せるなど、若手とベテランの融合がうまく進んでいるロッテ。

 

一度爆発すれば、マリンガン打線は止まらない。そんな奮闘を続ける彼らに、マリンの風は祝福の風となるのか。2014年シーズン戦前は、二強時代のパリーグの、台風の目として注目される。

 

天久光聖 背番号15

24先発登板158回 3.07 勝率.529 9勝8敗 完投3 完封2 

QS10回(率35.7) HQS5回(率17.9)

奪三振153 四球41 死球2 被本塁打6 被安打157 

失点54 自責点46 WHIP1.26

ホーム球場の特性に最初は戸惑い、ボールをコントロールすることに苦労していたが、徐々に適応。後半戦の安定感は圧巻。二桁勝利こそ逃したが、チームの将来を背負う存在と目されるようになった。しかし、決め球のスライダーをバットに当てられるなど、プロのレベルの高さを感じた1年でもあった。ルーキーながら、オールスターに選ばれた。

 

この男の辞書に、ジンクスという文字はない。2年目から本領発揮。

 

 

権藤豊 背番号44

100試合 .284 (302打数86安打)10二塁打 0三塁打 17本塁打 56打点 2盗塁

得点圏.330 59三振  30四球 1死球 犠飛7 出塁率.344 長打率.490 

失策4 守備率.980

開幕直後は野手の選手層に押されかけていたが、後半からはレギュラーに定着。和製大砲不在のチーム状況下で徐々に台頭。ブレイクの機運が高まりつつある。

 

 

 

美馬総一郎 背番号51

101試合.244(356打数87安打)24二塁打 7三塁打 2本塁打 35打点 41盗塁

得点圏. 267 67三振  36四球 2死球 犠打1 犠飛2 出塁率.314 長打率.367 

失策3 守備率.988

その抜群の守備力と、脚力を活かし、一軍入りを果たす。しかし、プロの投手との対戦に苦労し、思ったほど打率を残すことが出来なかった。それでも、後半戦はほぼレギュラーに定着し、期待の若手野手の一角になる。

 

塁に出ると、盗塁マシーンと化す。

 

 

福岡トマホークス 2013年シーズン5位 

優勝が期待されていたが、強力打線がまさかの不発。シーズン序盤から苦戦を強いられた。絶対的なエースの不在が響き、序盤で試合が決まってしまうことも。投手陣の不調、秋の大失速が響き、一度もAクラスを経験することなくシーズンを終えた。

2013年オフのストーブリーグで、3位ブルーバファローズの助っ人外国人を獲得。しかし、黄金時代西武、リーグ最高投手陣の大阪が壁となり、苦しいシーズンが続くことになる。

 

神谷カルロス俊樹 背番号59

 

一軍出場なし。

 

一軍外野手の壁に苦しむ。一軍出場はなかったが、早々に三軍から二軍に昇格。強靭なフィジカルをより効率的に制御することが一層求められる。抜群の広い守備範囲と走塁技術はすでに一流。あとは塁に出ることが課題。

 

 

 

 

 

 

横浜denaビースターズ 2013年シーズン2位

読売キャッツとの優勝争いに敗れた。下位叩きを出来なかったことが、両チームの明暗を分けた。投手陣ではエース大塚、左のエース柿崎、ハマの永遠王子こと梅木が二桁勝利を達成。4年目の國吉が9勝と勝ち越し、3年目に発生した多額の借金返済に動き始めた。

打線は3番ライト坂田(首位打者、初受賞)、4番ファースト東(打点王、2年連続)、5番レフトラミレス、6番ショート梶前の強力打線が機能し、チーム打率リーグトップ、交流戦勝ち越しを決める。来期、梶前は外野へコンバート。

数年ぶりのAクラス入りを果たし、球団初のCSシリーズに参戦。ホームファーストステージを勝利するも、続くファイナルステージで2勝した後に敗戦。。

 

シーズン終了後にラミレスが現役引退を表明。優勝の夢をチームに託した。

 

2014年。新人記録を次々と塗り替える、史上最強のルーキー遊撃手が暴れることに。

 

 

柿崎則春 背番号17

24先発登板187回 1.97 勝率.761 16勝5敗 完投9 完封3 QS18回(率.750) HQS15回(率.625)

奪三振211 四球48 死球3 被本塁打4 被安打155

失点48 自責点41 WHIP1.10

 大塚和正に次ぐエース格として、左のエースの称号を得る。豪速球を武器に、並み居る強打者相手に真っ向勝負。オールスターにも選ばれ、交流戦ではパリーグ相手に無敗、無失点。リーグ2位に大きく貢献した。リーグ2位の奪三振、防御率を記録。CSファーストステージで大阪戦の初戦、後がないファイナルステージ第3戦に先発。その大役を見事果たした。

 

2014年、オーナーに気に入られ、背番号46をつけたルーキー降谷を可愛がる。

 

2015年、ヤスアキジャンプに対抗し、ノリハルジャンプを流行させようとするが、不評だった。

 

 

この世界線ではヒサノリ引退後、タナケンが47番になっています。

 

 

 

 

東京ビヒダス 2013年シーズン4位

ホームラン数の日本記録を更新した4番が居座り、リーグ2位のチーム打率を記録。しかし対照的に投手陣がぱっとせず、ルーキーに負担を強いる結果に。けが人が帰国することが最大の補強とさえ言われているチーム状況ではあるが、本領発揮すればAクラスも夢ではなかった。ルーキー成宮は、神宮での登板がアマチュアから続いていたために、神宮のプリンスという異名をつけられることになる。

 

2015年にトリプルスリーのセリーグ二遊間が完成。プレミア12、2017年WBCで両者爆発。日本代表、完全優勝の原動力に。

 

お前ら早くメジャー行け。

 

 

 

 

成宮鳴 背番号22

23先発登板146回 3.36 勝率.473 9勝10敗 完投3 完封2

QS8回(率28.6) HQS4回(率14.3)

奪三振137 四球53 死球3 被本塁打14 被安打155 

失点65 自責点56 WHIP1.44

ビヒダス投手崩壊の危機を小河とともに救う。しかし、神宮球場特有の飛翔癖に抗うことが出来ず、14本のホームランを打たれてしまった。速球とチェンジアップのコンビネーションは目を引いたが、速球を力で持っていかれることも多く、ストレートの強化を課題にしていた。タイガースとのCS争いに敗れたが、若い投手が揃うビヒダスは、上昇機運が溢れている。

 

 

 




大塚、沖田の入る球団は察しがついたと思います。

まだ未登場のキャラもいますが、中でも楠投手は手強い投手で、打者大塚の天敵です。

カーブ投手に脆かった沖田並に打てません。

作者的には、選抜までいけたらいいな。


最後に、降谷の背番号46には大きな意味があります。

横浜ファンには意味が分かるはず。


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番外編 2013年ドラフト

ついに大塚世代。


2013年シーズン。圧倒的な戦力で高校野球を席巻した青道高校の投打の柱が注目だ。

 

史上初となる、2年連続春夏連覇、2年連続神宮大会優勝、3年連続国体優勝という輝かしい実績をひっさげ、伝説の後継者が運命の日を迎える。

 

 

「―――――すごいカメラの数だね、沖田」

 

大量のレンズを見て苦笑いする大塚。隣には、同じく笑みを浮かべている沖田。

 

「ああ。注目度はお前には負けるけどな」

大塚には父親がいるだろ、怪物の息子は怪物なのか、とかさ、笑みが苦笑いに代わる沖田。

 

「安打数、本塁打数、打率、打点などなど。その全てで2年連続記録更新の沖田には言われたくないね」

 

「甲子園で通算3試合完全試合をした男が言うセリフではないだろ」

 

お互いとんでもないことをしたと笑いあう。

 

「俺だって1回甲子園で完全試合を達成したんだけどなぁ。すぐ奪われちまった……」

 

「悔しいけど、未熟。自分を評価してくれている球団に入りたい」

横では甲子園を荒らした怪物二人の会話を聞いて表情が引きつる沢村と降谷。

 

「みんなおかしいと思う。」

 

「ああ。同じチームでよかったって毎回思ったぞ」

東条と金丸は、4人に対して君らも同類だと認識していた。ちなみに、東条、狩場は明治大学、春市と金丸は駒大への進学が決まった。

 

ちなみに、駒大へは丹波、クリス、川上が進学しており、明治大には前園、白洲、結城が進学し、横浦の黒羽、辻原も進学予定だという。

 

彼らの一部には、4年後のドラフトを目指し、大化けする選手がいたりする。

 

高校野球は今年も激戦。神奈川県予選は熾烈を極めた。神奈川のドクターK、末井は横浦という高い壁に阻まれ、最後まで甲子園に出場することが出来なかった。

 

そして、予選大会7連覇中だった光陵がまさかの決勝戦敗退。世代を代表する投手成瀬達也が最後の甲子園に届かなかったのだ。サヨナラパスボールというまさかの展開だった。

 

しかし、今年の高校野球の主役は西東京代表、青道高校なのは間違いなく、数多の強豪を撃破しての優勝。

 

有無を言わせない横綱野球で史上初の偉業を達成した。その中心は間違いなく高校史上最高の遊撃手、沖田道広。その攻守にわたる活躍で青道を牽引。4番大塚の前を打つ者として、数多の投手のボールを痛打する活躍を見せた。

 

投手は大塚栄治が圧倒的な投球を披露。2年間自責点ゼロで引退することに。沢村も通算防御率が0点台、降谷は春の選抜でノーヒットノーランを達成し、勢いそのままに打者を圧倒。

 

史上最強の三本柱と謳われた。

 

他の強豪校にも有望な選手がいたのだが、青道の前では霞んでしまうほど、彼らは鮮烈だった。

 

一方大学は九州の雄、大世良大地が頭一つ抜けているか。国学院の杉甫、山梨の剛腕、富士重のエースといった本格派右腕、左には横商の岩定か。しかし、今年は有望な捕手に恵まれた年と言っていいだろう。必ずやチームの命運を決める選手であることは間違いない。

 

社会人、独立リーグではJR東の吉田、セガサミーの裏野、エネオスのサイドスローの速球派が存在し、野手も近年ではナンバーワンといえるショート、キャッチャーがそれぞれ一人ずつ名乗りを上げ、楽しみな年となっている。

 

まずは下位チームからの指名が始まる。今年もパリーグの西武ホワイトライオンズがリーグ優勝、2連覇を達成し、勢いそのままに読売を粉砕。

 

パリーグからの指名となる。

 

 

『第一巡選択希望選手 北海道ソルジャーズ』

 

『大塚栄治 投手 青道高校』

 

その瞬間、会場からは異様な声が出た。ざわざわとした空気が流れる。大塚は特に希望球団を出さなかったのだが、横浜にいる大塚和正の所属する球団へと入るのが既定路線と考えられていた。

 

『来ますねぇ、いきなりレジェンドの後継者ですか』

 

『まさかとは言えませんよ。大塚栄治は、日本プロ野球を将来担う選手ですからね。』

 

『打撃もかなりいいですからね。二刀流を育てた球団がどのような舵取りをするのか注目です』

 

一応、二刀流を育てた実績のある北海道。しかし、前年の印象を良く思わない声もあり、会場は尚もざわついていた。

 

さらに混乱は続く。

 

『第一巡選択希望選手 名古屋ドラゴンズ』

 

 

『大塚栄治 投手 青道高校』

 

『ここで大塚栄治二球団目!! これ、会議直前の予想に近づいてきましたよ!!』

 

『活躍が約束されているようなものですからね。高校野球でもレベルの高さを見せていましたから』

 

 

そして――――

 

『第一巡選択希望選手 福岡トマホークス』

 

 

『大塚栄治 投手 青道高校』

 

 

指名が止まらない。

 

 

 

 

 

『第一巡選択希望選手 広島デミオーズ』

 

『大塚栄治 投手 青道高校』

 

前代未聞のドラフト会議。ここまで一巡目の選手が一人しか呼ばれていない。

 

 

『第一巡選択希望選手 千葉ロッテマーリンズ』

 

 

青道高校では、大塚が驚いた顔をしていたがそこまでではなかった。が、他の3人はそうではなかった。

 

「おい、これ全部大塚じゃねぇか!」

 

「いうなよ、まじでなりそうだから」

 

「なかなかできることじゃないよ」

 

 

 

『大塚栄治 投手 青道高校』

 

 

「またかよぉぉ!!! これで何球団目だよ」

沖田は突っ込むしかなかった。なんだこれは、と。

 

「5球団目? すごいと思う」

 

 

「俺の名前来ないじゃねぇか!!」

 

 

その後、東京ビヒダスが指名をして、近年投手力が充実している大阪。

 

『第一巡選択希望選手 大阪ブルーバファローズ』

 

『大塚栄治 投手 青道高校』

 

 

『これで7球団目!! 大塚栄治の名前しか呼ばれていません!! こんなことは初めてです!!』

 

『大阪は欲張りですねぇ。神木君、楊君を当てて、さらに大塚君まで欲しがりますか』

 

 

さらに指名は続く。

 

大阪サーベルタイガース、楽天ゴールデンファルコンズも大塚栄治を指名し、これで9球団が同じ選手を指名。

 

大塚和正のいる横浜denaビースターズ。この球団の動向に注目が集まる。

 

『第一巡選択希望選手 横浜denaビースターズ』

 

 

 

 

 

 

 

 

『沖田道広 内野手 青道高校』

 

 

 

 

 

怒号のような歓声が、悲鳴が、そして戸惑いの声が――――

 

 

掲示板すらサーバーが落ちた。ほぼすべての2チャンネルもフリーズした。

 

 

全国の野球ファンを驚愕させる、後の神の一手が下された瞬間だった。

 

 

『横浜は大塚を指名しません!! なんということだ!! なんということなんだぁ!!』

 

 

『こ、これは――――現実、なのでしょうか――――』

 

『この瞬間、大塚栄治の横浜入りは完全に消滅しました!! そして選ばれたのは、高校史上最強の遊撃手、沖田道広!! これだけの逸材が指名されてなお、ざわつきが収まりません!!』

 

 

『会場ちょっと大変なことになっていますよ!! ああっ!! 席を立つ人がいる!!』

 

カメラの向こうには、席を立つファンの姿がいた。衝撃を受けているファンもいた。悲鳴を上げる。

 

混乱のせいでドラフト会議が一時中断される事態となった。

 

 

事態収拾まで約30分もかかる異例の事態だったのだ。

 

 

こんな混乱を映像で見ていた大塚は、

 

「いやぁ、すごいことが起きているね~~」

 

「おまっ、他人ごとじゃねぇって!! まさか俺が12球団制覇を阻止するのかよ!! えぇ!? 開幕前からプレッシャーをかけるなよ、野球の神様!!」

 

沖田は12球団制覇する勢いだった大塚の記録を阻止した自分が横浜ファンに何を言われるのか心配だった。ある意味大塚以上のプレッシャーだ。

 

 

そしてドラフトが再開される。

 

残った西武、読売も大塚栄治を指名。なんと11球団が同じ選手を指名という前代未聞の展開。

 

 

 

ざわつきが尚も続く会場。

 

11球団の代表が抽選へと向かう。横浜の仲畑監督はそれを見ていた。

 

「ここまで集中するのは読めなかったなぁ」

モニターに表示される11球団の指名した選手が大塚栄治という名前で埋め尽くされる光景は、彼にとっても驚きだった。

 

「ええ。本人はどこでもいいと言っていたんですけどね」

今季からピッチングコーチも兼任することになった背番号19梅木祐樹。今年も二桁勝利を達成し、実績も十分。

 

大塚和正氏もコーチに近い立ち位置で今回の会議に出席している。本人は乗り気ではなかったが、飛田GMに強く勧められ、今回姿を見せていた。

 

「まあ、競合は予想されていましたからね」

ファンよりも落ち着いてその光景を見ていた和正。むしろ、

 

―――横浜以外でよかったかもしれないな

 

『さぁ、まずは沖田道広を獲得した横浜の仲畑監督にお話を伺います!!』

 

『どうでしたか? まさかの単独使命! 残り全ては大塚栄治に集中しました!』

 

『沖田君も沖田君で間違いなくチームを背負うことが出来る選手ですよ! 彼は間違いなく横浜の看板を背負える選手です! 彼にはこれからたくさんのことを成し遂げてほしい!!』

 

『沖田選手! 仲畑監督の熱い思いを聞いて、どのような心境でしょうか!?』

 

「ええっと、まさか単独とは思っていなかったので。隣の栄治が12球団制覇するだろうなと。ですが、キャンプまでにしっかりと準備をして、開幕一軍を目指します」

 

『そこは開幕スタメンだぞ! 一年目だからこそ、いろいろ言えるんだぞ!』

 

沖田のコメントが冷静だったので、仲畑監督は沖田に無茶ぶりを期待する。

 

「開幕一軍! 規定打席を達成できるよう頑張ります!!」

意を決して沖田は規定打席達成を目標に掲げる。タイトルはさすがに言えない。まだそこは言えないのだ。

 

『よく言った!!』

 

 

『以上、横浜仲畑監督と、ドラフト一位沖田選手でした!』

 

 

インタビュー、挨拶が終わった沖田はふぅ、と息を吐いた。

 

「いい監督だったね」

 

「あそこまで期待されているんだ。お前に負けないよう頑張るさ」

 

お互いの健闘を誓いあい、史上最強の遊撃手はライバルに宣戦布告。

 

「日本シリーズで会おうぜ」

 

 

沖田の指名が確定し、今度は大塚の抽選が始まる。

 

 

各球団の代表がそれぞれくじを引いていく。11人が一斉に居並ぶ姿はまさに異様。

 

『さぁ、くじ引きがすべて終わりました!!』

 

『誰が、どこが大塚栄治を引くのか、さぁ。どこだ!』

 

 

 

一斉に封筒を開ける11人の野望を秘める大人たち。

 

 

 

 

『バファローズだぁぁァァァ!!! なんということだ!! なんということだ!!』

 

『まさか3年連続で引き当てますかぁあ。なんという神通力、としか言えないですね』

 

『大阪ブルーバファローズが大塚栄治を引き当てた!! これで神木、楊に続く、大きな、大きなローテの柱を補強することに成功しました!!』

 

 

大歓声。大興奮。ここ数年のバファローズのドラフトは神がかっていた。さらに、先輩捕手の御幸一也は、押しも押されぬパリーグの正捕手。

 

先輩後輩バッテリーが実現するのは確実と言えた。

 

『さぁ、まずは大塚栄治投手の交渉権を獲得したバファローズ監督、守脇監督にお話を伺います!』

 

『まずはほっとしています。今年最高クラスの選手の交渉権を獲得できたことは、よかったと考えています』

 

『大塚選手に期待することはなんでしょう?』

 

『まずは地に足をつけて、万全の状態でキャンプを迎えてほしいと考えています。素質は誰もが認めていますが、やはり一年目の選手なので。』

 

 

『今は、一年間怪我無くシーズンを乗り越えてほしい。その思いが強いですね』

 

 

『なるほどぉ! ありがとうございます!! では大塚選手、大塚選手のインタビューに移りたいと思います!』

 

ここで、全野球ファンの視線が集まる。横浜からの指名はなく、地元から遠く離れた大阪の地でプロ野球人生を始めることになりそうな彼の動向に、注目が集まっている。

 

 

しかし、テレビに映る大塚栄治の姿は信じられないほど晴れやかだった。

 

『大塚選手、このドラフト結果についての感想をまずお伺いします。史上初、11球団の指名となりました!』

 

 

「そうですね。まずは多くの球団からの指名が集中したことに驚きました。一番目に自分を獲りたいと考える球団が多かった、その結果が11球団からの指名になったので。そこはうれしいですね」

 

大塚は、複数球団からの指名に対する驚きと、実力を評価してくれたことに感謝の意を示した。

 

『そんな中、大阪ブルーバファローズが交渉権を引き当てました! バファローズに対して、どんなイメージがありますか?』

 

「投手陣がいいイメージがあります。後は若い選手が多い印象です。」

 

『最後に一言何かお願いします』

 

大塚栄治の言葉に注目が集まる。果たして、大塚栄治は交渉に応じるのか。

 

 

 

「そうですね。今はもう来年のキャンプに向けて準備を進めようと考えています。まずはキャンプ、オープン戦を乗り切って、開幕一軍目指して頑張ります。」

言葉をいったん切った大塚。そして最後に、

 

 

 

 

「初めまして、バファローズファンの皆さん。ドラフト一位指名を受けた大塚栄治です。すぐに名前を覚えてもらえるよう、精いっぱい頑張ります。」

カメラの前で、にっこりと微笑んだ大塚。それは間違いなく、バファローズに来るというサインだ。

 

この一言で、またサーバーが落ちた。大塚栄治は確実にバファローズに来る。日本の未来のスター候補は浪速の関西球団に足りない最後のピースとなり得るのか。

 

 

『大塚栄治選手でした!!』

 

 

中継が終わり、解説と実況へとマイクが戻る。

 

 

『清々しいくらいの対応でしたね』

 

『プロ野球界もさらに盛り上がるでしょう。入団拒否の可能性もあっただけに、大塚君の対応は気持ちのいいものでしたね。』

 

『来年のバファローズはさらに投手陣が盤石なものとなるでしょう』

 

 

 

青道高校では、二人のドラフト一位候補が出てきたことに歓喜の輪が出来ていた。

 

「おめでとうございます、沖田先輩!!」

 

 

「さすがだな、沖田ぁ!!」

新田直信と金丸から祝福を受ける沖田。ただ一人の単独指名。横浜を背負うだろう彼に対して、多大な期待がのしかかるだろう。

 

「開幕一軍、規定打席! それが出来たら結果はついてくるさ! まずは暴れてくるぞ。浅田は左の大塚になれるかもな! 来年も頑張れよ! エース!」

 

 

「ぼ、僕――――はいっ! 頑張ります!! 絶対選抜も投げ切ってみせます!!」

弱気な投手、浅田は初々しさが抜けていない。だが、大塚の背中を追い続けたことで大きく成長した。マウンドになるとスイッチが入り、気持ちを前面に出すようになった。

 

夏の甲子園でも先発を経験。九鬼とともに秋季予選でも活躍を見せている。

 

「大塚先輩も11球団競合! 来年から応援しています!」

 

「活躍、期待しています!!」

 

 

 

「沖田ではないけど、プレッシャーがすごいね。そして浅田君は興奮しすぎ。ごめんね、ちょっと目が怖い」

 

「先輩は僕をどういう目で見ているんですか!?」

 

 

 

 

その後、北海道ソルジャーズが本郷の獲得に成功。複数球団競合だったが、ここで勝負強さを見せた。

 

ソルジャーズはその後、高卒遊撃手、注目の社会人投手裏野、大卒投手城村、高梨を指名したソルジャーズ。

 

そして6番目の指名に――――――

 

『第六巡選択希望選手 北海道ソルジャーズ』

 

 

『小川常松 投手 成孔学園高校』

 

 

東京で名を轟かせたサウスポー、小川がソルジャーズの最後の指名となった。全国区ではない為か、指名順位は落ちたものの、その潜在能力は侮れない。

 

「――――――なんで俺が呼ばれたんですかねぇ」

 

驚きのあまり、小川はぽかんとしていた。

 

「ツネ。ここからが本当の勝負だぞ。」

 

「――――うっす。このままじゃ、俺も終われないっス。プロでまたあいつと勝負して、今度は勝ちます」

 

「その意気だ、ツネ!」

 

熊切監督に檄を飛ばされ、左の剛腕はプロの世界に足を踏み入れる。

 

 

その後はバランスのいい野手をとり、来季に向けて最下位脱出を目指す。

 

 

 

5位に終わった福岡トマホークスは、本郷の獲得に失敗し、社会人投手を指名。社会人投手中心の指名となった。今年も有力な高卒選手の獲得に失敗した若鷹軍団。既存の戦力の底上げが期待される。しかし、ドラフトでの影響が大いに心配されていた。

 

 

4位千葉ロッテマーリンズは社会人ナンバーワン右腕を獲得し、内野手、捕手とバランスのいい指名。2年目でブレイクの予感を秘める天久光聖、美馬総一郎を中心に据え、下克上を狙う。

 

 

3位大阪バファローズは、大塚栄治獲得と拒否の印象が欠片も見られない彼の様子に大興奮。上位は実力者の大社投手を指名し、下位には高卒野手を指名。ロマンと実績を融合したドラフト戦略となり、前評判が高い部類に入る。合計6人の選手を獲得。

 

そして、その4番目の指名にあの男が呼ばれる。

 

『第四巡選択希望選手 ブルーバファローズ』

 

 

『轟雷市 内野手 薬師高校』

 

 

薬師高校では、

 

「うおぉぉぉ!!! ライチがドラフトにかかりやがった!!」

 

「――――まだ。まだ戦えるんだ。すごい奴らとまだまだ戦えるっ!!」

 

この3年間で精悍さが増した轟。どこか天然も入っていた彼だが、この高校三年間で大きく成長した。食の環境も改善され、体格もやや改善された。

 

プロとして、プロの投手相手に戦うことのできるボディを手に入れ、持ち前のフルスイングで開幕一軍を目指す。

 

 

 

 

2位楽天ゴールデンファルコンズは神奈川のドクターKを獲得。左投手を合わせて3人指名し、高卒選手も指名。優勝を目指していたシーズンだった今季。エースが抜ける来期はどういった戦いをするのか。

 

 

そして1位西武は高卒トップクラスの大阪桐生の捕手を指名。上位には一発のある打者と横浦の右投手諸星和巳を指名。今年のエースナンバーを背負った彼は、先輩楠慎吾に続くことが出来るのか。そして、来季優勝という目標を達成できるのか。

 

 

 

そしてセリーグ。

 

最下位に沈んだ名古屋ドラゴンズは度重なる競合でくじを外し、高卒投手を指名。以降の指名で持ち直したものの、まだまだローテの枚数が足りない。

 

 

5位に沈んだ広島デミオーズは大学ナンバーワン右腕大世良大地の獲得に成功。2位指名に成瀬を考えていたが、東京ビヒダスに一位指名で奪われ獲得できず。日本一厳しい練習を誇る大卒右腕を指名した。

 

その頃、光陵では

 

「ほら見ろ! 成瀬を一位で指名しないから――――」

 

「甲子園出てないからなぁ俺……出たかったなぁ」

 

「東京かぁ。土産に東京バナナを期待するぜ、成瀬」

 

 

「もっとおいしいものにしておくさ。東京に必要なものは何だっけ? 後で沖田に電話しよ!」

 

「東京を何だと思っているんだ」

 

 

その後3位指名には社会人ナンバーワン遊撃手など、チームの根幹が揃ってきた。巻き返しになるか。

 

 

 

4位東京ビヒダスは一位指名に広島の名門、光陵のエース成瀬達也を指名。社会人、大学生の選手を多数指名し、即戦力が揃う。Aクラス入りを目指す。

 

 

 

 

3位大阪サーベルタイガースは大学ナンバーワン左腕を指名。その後は一発のあるパワーと走力を誇る選手を次々と指名し、下位指名にもしっかりと左投手を指名。今年こそ、今年こそ優勝と強い気持ちを掲げてきた関西球団は、日本一という野望に届くのか。

 

 

 

2位横浜denaビースターズは――――

 

 

『第二巡選択希望選手 横浜dena』

 

 

 

 

『降谷暁 投手 青道高校』

 

 

「!!!」

ここで、ついに青道の剛腕が呼ばれた。大きく目を見開き、沖田とチームメートになったことを知る。

 

「またよろしくな、降谷!」

隣には、彼を祝福する沖田の姿。

 

 

 

 

3位には――――

 

 

『第三巡選択希望選手 横浜dena』

 

 

 

『沢村栄純 投手 青道高校』

 

 

「うおぉぉぉ!!! 俺来たァァァ!!」

 

隣にいる降谷と沖田を見てびっくりする沢村。高校ナンバーワン左腕と言われていたが、全国屈指の投手陣を誇る青道の中で登板機会が減少したのだ。

 

エース大塚、剛腕降谷、2年生左腕浅田と右の九鬼。沢村を入れてレベルの高い投手が5人もいる状態。片岡監督も色気を出して下級生たちに経験を積ませたかったのだ。

 

 

ゆえに、わかりやすい武器が見えにくかった彼は崩れたわけではないが評価が薄くなっていた。

 

左のエース柿崎、右にはあの大塚和正と、梅木祐樹、4年目にブレイクを果たした國吉がローテに加わっている。

 

先発争いをめぐる残り2つの椅子を既存選手と争うことになる沢村と降谷。

 

 

4位には亜大の正捕手が指名された。一族というキーワードがちらつく強打を誇る選手に。

 

 

5位にはサイドスロー、オーバースローを使い分ける投手が指名される。

 

6位には社会人で評価の高い右投手。しかし、メンタルに課題あり。後にビハインド神となる。

 

7位は甲子園出場がなかった高卒外野手を指名。層の厚い外野陣に食い込めるか。

 

 

 

東京キャッツは、社会人ナンバーワン捕手を指名するなど、終始バランスのあるドラフト戦略。しかし、全体的に原石の選手が多く、ハマれば面白いと言われている。

 

 

 

 

 

大阪ブルーバファローズ 一位 CSファイナルステージ敗退

 

 

今シーズンは開幕戦に3年目の神木が先発。続く二戦目には大塚栄治、三戦目には楊舜臣が先発。開幕三連勝と、前半戦首位ターンの原動力となる。裏ローテにも笑顔のエース西、ベテランの金子、6番手は熾烈な争いになり、投手陣は12球団屈指のレベルに。

 

しかし後半戦の中頃、神木が足首の故障で離脱。裏ローテも疲労から崩壊し、表ローテの頭をルーキーの大塚、2戦目に楊舜臣を配置することで首位陥落は免れた。不幸中の幸いは、神木が来年のキャンプには間に合う見通しだということだ。

 

それでも神木が抜けた穴は大きく、CSシリーズでは圧倒的に有利な状況を作り出したにもかかわらず、まさかの敗退。

 

打線も後半戦になると貧打が深刻になり、3番轟、6番御幸は3割を達成することができたものの、打線がつながらなかったことが日本シリーズを逃した要因となる。

 

リーグ最弱の攻撃力は、最後の最後に最強の投手陣に引導を渡したのだ。

 

この事態を重く見たバファローズフロントは、キャッツから放出された外国人一塁手を獲得。彼の入団は、大阪の悲願につながっていくことになる。

 

 

 

 

大塚栄治 背番号18

 

28先発登板230回 1.13 勝率.954 21勝1敗 完投16 完封11 

QS 28回(率100) HQS28回(率100)

奪三振281 四球28 死球1 被本塁打1 被安打148 

失点34 自責点29 WHIP0.76

 

96試合 .401(192打数77安打) 19二塁打 3三塁打 24本塁打 79打点 3盗塁

得点圏.431 三振12 四球23 死球1 犠打4 出塁率.450 長打率.906 OPS.1.35

 

開幕から驚異的な投球を継続。後半戦は投手に野手と大車輪の働きをする羽目に。HQSを下回る勝ち星を積み重ね、ブルーバファローズの躍進を支える。

交流戦で初めて打席に入った大阪タイガース戦、4打数3安打4打点、ホームラン1本をぶち込んだ大塚。その後の活躍により、交流戦から代打の切り札として、野手としての出場が増える。後半戦での貧打解消のために、7番DH大塚が解禁。後半戦失速を阻止した。このころから、「休日出勤の大塚」という不名誉なあだ名がなんJで広まる。

CSファイナルステージでは、勝ち上がってきた西武ホワイトライオンズを相手に二塁すら踏ませず、1安打無四球完封、19奪三振で勝利投手に。しかし3戦目から西武の打線が本領発揮。

最後は塁上で西武の下克上に立ち会うことになる。来季に向けて二刀流の期待も高まるが、「スタメンはありません。コンディションが良ければ出場します」とのこと。

 二桁勝利、二桁本塁打を達成した新人は例がなく、プロ野球界を困惑させた。歴代でもレベルの高いルーキーが揃った年だったが、その遥か頭上を行く新人王。大塚がいなければ新人王、という言葉が各球団に大量発生した。

 

 3年目のオフに同い年の女子大生と結婚。女性ファンの血涙を大量発生させた。

 

 

轟雷市 背番号4

143試合 .315(447打数141安打) 20二塁打 3三塁打 27本塁打 81打点 15盗塁

得点圏.282 三振48 四球58 死球4 犠打2 犠飛7 出塁率.393 長打率.554 OPS.947

失策4 守備率.987 

 

開幕からサードスタメンの座を勝ち取る。高校三年間で、攻守ともに弱点が消えた男は、プロの世界で躍動。新人王こそ獲得できなかったが、一年間レギュラーの座を守ったことで、今後のチームの顔となる準備は出来ている。契約更改の時に、うれし涙を見せた。が、得点圏での勝負弱さが少しだけ目についた。初年度や彼のエピソードが明るみに出ると、食いしん坊キャラとして露出が多くなり、幅広いファン層に支持されるようになる。

 

 

 

西武ホワイトライオンズ 2位 日本シリーズ進出

 

今年は開幕から大阪ブルーバファローズに水をあけられることになった獅子軍団。しかし、打線はリーグ最強の破壊力を誇り、交流戦でも勝ち越しを決め、2位を死守した。しかし、2年目のエース楠が幾度となく大塚栄治と轟雷市の一撃に沈み、勝ち頭が貯金を稼ぐことが出来なかった。

 高校時代の苦い経験を覚えていたであろう大塚は、12打数8安打5HRと楠を圧倒。そのことから、大塚さんは畜生、というワードが生まれるきっかけとなった。

 

 CSシリーズでは3位ロッテに苦戦を強いられ、初戦はロッテのエース天久光聖に完封負けを喫した。しかし、その後は息を吹き返し、エース神木を欠くブルーバファローズに逆転勝利。3年連続で日本シリーズに進む。

 しかし、後に同時受賞となる新人王の片割れ、沖田道広の活躍により、横浜に日本シリーズ開幕4連敗を喫し、シーズンが終了。横浜黄金時代の幕開けを象徴する頂上決戦となってしまう。

 

諸星和巳 背番号66

16先発登板 102回 2.91 勝率.667 7勝5敗 完投0 完封0

QS12回(率.705)HQS7回(率.437)

奪三振120 四球36 死球2 被本塁打7 被安打106

失点44 自責点33 WHIP1.41

 

新人離れした冷静な投球で順調に勝ち星を積み重ねる。落差のあるチェンジアップが冴え渡り、大きなカーブは打者の意表を突いた。日本シリーズでは大舞台に呑まれたのか、初回に沖田のツーランホームランから打者一巡の猛攻で2回持たずKO。シリーズ終了後、涙ながらに来季の飛躍を誓う。

 

 

 

千葉ロッテマーリンズ 第三位 CSファーストステージ敗退。

 

エース天久が一気にブレイク。大塚栄治に初めて黒星をつけた投手としてその名を注目される。美馬総一郎も脚力を活かし、盗塁王のタイトルと打率三割を達成。若い力が躍動した千葉の下克上軍団はAクラスに返り咲いた。

 投打の若き柱が出来つつある千葉の旋風は、来期にもつながっていく。

 

 

第四位 北海道ソルジャーズ

 

後一歩Aクラスには届かなかったが、二刀流の覚醒とともにチームは成長を続けることに。高卒左腕小川の出番は来期以降に持ち越しとなったが、ファームで順調に成長しているらしい。Aクラスにはあと1ゲーム差だったが、5位との差はかなり開いており、来季もそこまで順位を落とすことはないと言われている。

 

小川常松 一軍出場無し

 

ファームで一年間ローテを投げ切る体力を獲得。新球種、パワーカーブは対左において有効なボールとなり、来季へのブレイクを予感させる。さらに最速153キロのストレートも球質が良化し、より強いボールに変貌。チーム事情と将来のために一軍登板は最後までなかったが、熱心なファンなら彼を知らない者はいない。

 

 

本郷正宗 背番号22

 

14先発登板 94.3回 3.53 勝率.500 5勝5敗 完投2 完封1

QS5回(率.357)HQS2回(率.142)

奪三振52 四球48 死球1 被本塁打7 被安打97

失点37 自責点37 WHIP1.54

 

リーグ中盤辺りから登板数が増えていった。球威はトップクラスだが、プロのゾーンに悩まされ、課題と可能性が見えた一年となった。しかし課題として浮かび上がったのは、ストレートの空振り率の悪さだった。決め球として考えていたスプリットの痛打が目立ち、決め球のなさが浮き彫りに。ストレートと変化球のレベルアップが要求されることになる。

 

 

 

横浜denaビースターズ リーグ優勝、日本シリーズ制覇

 

当初は疑問視された2番沖田が大爆発。優勝の原動力となる。

 本塁打王坂田、打点王東に加え、最高出塁率と首位打者、三割三十本を達成した沖田、盗塁王を獲得した梶前。その勢いはシーズン終了まで衰えず、下克上で日本シリーズに勝ち上がった西武相手に3戦連続二けた得点を達成、4連勝で日本一に。

44歳の大塚和正は無冠ながらすべてのタイトルで2位。無冠でシーズンを終えることで球界に激震が走る。

エース柿崎則春は最優秀防御率、最多勝、最多奪三振、最優秀勝率の投手四冠を獲得し、ルーキー沢村、降谷が二桁勝利を達成。大塚、柿崎、沢村、國吉、降谷の二桁クインテットを形成した。リリーフも中継ぎ転向の洲田、剛腕北形、ルーキー三神が台頭。

 

一気に芽吹いた投手陣の光景に、自分の体の限界と、その役目が終わったことを悟った梅木祐樹は現役引退を表明。

 

 

 

沖田道広 背番号6 

143試合 .383(552打数200安打) 26二塁打 6三塁打 38本塁打 103打点 27盗塁

得点圏.451 三振28 四球45 死球2 犠打2 犠飛7 出塁率.440 長打率.693 OPS1.133 失策3 守備率.995

 当初は疑問視された単独指名。その論調を吹き飛ばす大活躍で、一気に横浜ファンのハートをつかんだ。史上二人目となるルーキー三割三十本を達成し、あと少しでトリプルスリーも目前だった。広大な守備範囲と送球の正確性からハマのアキレスと呼ばれる。新人記録を悉く更新し、大塚栄治とのダブル新人王となった。ホームラン数2位、打点5位、盗塁数3位と、ハイレベルな成績を達成。

 日本シリーズでも大車輪の活躍を見せる。その活躍が認められ、日本シリーズ最優秀選手に選ばれることになり、翌年以降も規格外な成績を収め続けることになる。

 しかし、毎年のように売名被害に遭遇し、「まるで意味が分かりません」という発言が有名となった。

 玉の輿を狙う異性が多いことにショックを受けた彼は、数年間女性不信を患っていたかに見えたが、大塚綾子の再来と謳われたアイドルと婚約する。

 

そしてこれは極めて異例なことだが、ルーキーイヤーにもかかわらず、メジャーリーグのスカウトが彼を追う姿も見受けられ、彼の周囲は一年中騒がしくなりそうだ。

 

 

 

沢村栄純 背番号11

24先発登板 170.6回 2.42 勝率.947 17勝3敗 完投4 完封3

QS23回(率.958)HQS17回(率.708)

奪三振179 四球23 死球2 被本塁打7 被安打155

失点49 自責点46 WHIP1.05

入団時、空席となっていた背番号11を継承。金属バットから木製バットに代わったことで、高校時代では二番手に甘んじていた彼の本領が発揮。変幻自在の癖玉は、七色の変化球と呼ばれるようになり、判別不可能とさえ言われた。圧倒的なスターターとしての能力と、横浜強力打線の援護力により、柿崎則春に次ぐ勝ち頭となる。日本シリーズでは第三戦に先発。西武打線を翻弄し、7回無失点と好投。

数年後、付き合いの長い幼馴染と入籍し、女性ファンの涙を大量発生させることに。

 

梅木祐樹曰く、「メジャー向きの性格と球質をしている」と言わしめた。

 

 

 

降谷暁 背番号46

20先発登板 132.6回 1.56 勝率.666 12勝6敗 完投5 完封3

QS17回(率.850)HQS13回(率.650)

奪三振182 四球54 死球2 被本塁打1 被安打123

失点25 自責点23 WHIP1.34

沢村にやや遅れをとったものの、一軍に定着。最速158キロのストレートと、切れ味鋭い縦スライダー、SFF、チェンジアップなど多彩な変化球も駆使し、打者を圧倒。時折、四球で自滅しかけることもあるが、粘りの投球を見せ、成長を感じさせる一年となった。

日本シリーズでは第四戦に先発。1失点完投で、日本シリーズ優勝投手となる。

 

女性との交流であまり笑顔を見られなかったが、子供との交流になるとはじけたような笑顔を見せる等、子供好きな一面を見せた。

 

 

 

2位 大阪タイガース CSファイナルステージ敗退

リーグ二位のチーム防御率を誇る一方、チーム打率は4位とイマイチだった。しかし秋の風物詩を乗り越え、Aクラスを死守。若きエース大浪を中心とした守り勝つ野球で堅実な戦いを展開。ファーストステージでは、初戦に成宮の前に零封負けを喫するものの、2戦目を最少得点で勝利し、続く第3戦目は引き分けに持ち込み、ファーストステージ突破を決めた。

 しかし、リーグ最高の遊撃手沖田道広が攻守で大きく立ちはだかり、あと一歩届かず惜敗。

 

 

3位東京ビヒダス

左のエース成宮、右の小河が二桁勝利を達成。さらに新加入の成瀬がレベルの高い投球を披露。成瀬も新人二桁勝利を達成し、三本柱が形成されたことがAクラスに躍進した大きな要因となった。

 

2年目の成宮は、昨季に比べ被本塁打数を大幅に改善し、一気に防御率を下げ、ハマのレジェンド大塚に投げ勝つなど、何かをつかんだ一年となった。

 

成瀬達也 背番号22

24先発登板 162回 2.55 勝率.666 12勝7敗 完投2 完封2

QS18回(率.750)HQS10回(率.416)

奪三振174 四球31 死球2 被本塁打8 被安打169

失点50 自責点46 WHIP1.25

 

成宮に次ぐ勝ち星を挙げる等、チームのAクラス入りに大きく貢献。切れ味鋭いスクリューボールに加え、降谷の握りを参考にしたという縦スライダーが猛威を振るい、左右関係なく通用した。CSファーストステージでは、第三戦目に先発後がない状況で8回無失点と好投するも、チームはファーストステージ敗退となってしまう。

 

 




沖田は翌シーズンからトリプルスリーを継続。

球界の革命児と言われるように。

大塚は野球界のやばいやつと言われるかも。


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人物紹介 原作キャラについて

分割しています。


原作から変化した主な者達

 

沢村栄純

 原作よりもはるかに恵まれている。本作入学当初と秋季大会終盤が拮抗するぐらいのレベル。関東大会で強豪を驚かすなど、降谷と立場が完全に逆転している。

 

スライダーを投げられないんじゃなぁ⇒スライダー投げられるよ!!

 

 現在長野の元同級生と遠距離恋愛中と同級生に囃し立てられている。原作とは違い、甲子園出場を果たし、全国区になるが、予選で猛威を振るったスライダーの癖を見抜かれ、打ちこまれるケースが目立った。しかし、チームで最もイニング数を稼いでおり、大塚以上の貢献度を誇る。秋大会で横スラを習得。その過程で高速縦スライダーの弱点も克服。準々決勝では青道史上初となる完全試合を達成。来年に向け自他ともに飛躍が期待されている。

 

 

 

降谷暁

 夏予選は体力面での不安を抱え、リリーフ登板が主となる。春の関東大会ではリリーフでデビューするも、横浦のドラフトスラッガーコンビと黒羽に、高校野球の洗礼を受けた。夏予選、甲子園では好リリーフを見せていたが、準決勝で因縁の横浦戦に登板。満塁のピンチを脱するも、岡本との勝負で痛恨のフォアボールを与え、満塁のピンチを作り、大塚に後を託す。その後熱中症で倒れ、決勝戦は大塚同様ベンチを外れた状態で終戦を知ることになる。原作と違い、アウトローの投球を意識しており、SFFに加えて、チェンジアップを習得。秋季大会で安定した成績を残している。

 しかし、準決勝では成孔戦で中盤に崩れ、大量失点を招いてしまう。伸びしろは十分なだけに、投球のムラをなくしたい。

 

 

東条秀明

 沖田と交友関係を作ったことが彼の才能開花のきっかけだった。門田、坂井を押しのけてのレギュラー奪取。向井には中学3年時には抑えられたが、きっちりと翌年に雪辱を果たしている。沖田が打てない時は、彼が活躍するケースが目立つ。予選では楊舜臣相手に代打で対戦。四球で出塁の大塚を進塁させるクリーンヒットを打つなど、かなり勝負強い。予選、本選を通じ、安定した打率を残す。特に低めのボールを捉えることに長けており、迂闊な落ちるボールを痛打する技術はもっている。

 

 

丹波光一郎

 漢にクラスチェンジ。頼もしさがインフレ。予選は投げられなかったが、本選ではエースの投球を披露。あの横浦最強打線に真っ向勝負を挑み、7回2失点と好投。決勝戦ではリリーフ登板ながらパーフェクトリリーフを見せる。大学進学を決意し、さらなるレベルアップを狙うため、東都の強豪に進学予定。スカウトも、4年後の成長に期待しているとか。

 沢村からスライダーの握りを教えてもらい、東都リーグで一年目から猛威を振るうことになる。

 

 

結城哲也

 沖田とともに主軸を形成。変則投手(明川の楊、妙徳の新見)に弱い欠点があったが、4番の責務を果たす。大学進学を決めた。とある悩みを抱えた御幸の助けになる。

 

伊佐敷純

大塚のアドバイスにより、投手の目が微かだが光る? 打撃も安定し、強肩強打の外野手になれる素質がある。

 

 

楊舜臣

 原作で大量点を奪われた青道戦でタイムリーを許さなかった。春市の犠牲フライがなければ、本当にわからなかった。夏の甲子園は最期だが、台湾代表に選出される。最速147キロを叩きだし、手始めに韓国打線を圧倒。その後決勝戦で日本を完膚なきまでに叩きのめし、一躍ドラフト候補に。しかし、1年間の空白期間の間、どうなるかが分からず、指名については慎重な姿勢を見せる球団も多い。しかし、大阪の球団、ブルーバファローズが徹底マークをかけている。

 

 

 

大阪の面々

 

大阪桐生第一高校

舘さんに成長フラグがあったけど、青道に練習試合で惜敗。原作よりすごいことになっていたが、横浦が化け物過ぎたし、リードに問題があった。2006年に横浦に悔しい思いをさせていた設定をここで出すことが出来た。

 

清正社

まだ何とも。たぶん神宮にはいたんだろう。対戦する機会はないと思う。

 

 

巨摩大藤巻

原作では夏の王者だが、初戦の相手が悪すぎた。自慢の投手陣と継投策を粉砕され、予選で惨敗した140キロカルテットの紅海大相模と同じ目にあう。選抜でもたぶん対戦はない。本郷と円城君、西君しか名前ありキャラがいないからね。迂闊に手を出すと後が難しくなりそうなので。

 




最新話の話を挿入しました。


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人物紹介 他県のライバルについて

あまりにも長すぎるので、分割することにしました。


広島県のライバルたち

 

光陵高校

 

広島の名門校の一つ。沖田が通っていたかもしれない。攻守のバランスに優れ、甲子園準決勝まで勝ち進んだ。しかし、選抜覇者、光南柿崎の前にノーヒットノーランに抑えられ、敗退する。1年生と2年生に主力メンバーを残し、依然評価の高いライバル校である。秋季大会、中国大会を制し、神宮にも出場予定。

 

 

成瀬達也 出身 広島 左投げ左打ち 投手 身長174cm→176cm

 

 沖田道広の幼馴染。陽気な性格で、友達思いの肝っ玉サウスポー。常に強気の投球を意識しており、弱気とは無縁そうに見える。中学大会では2年時に優勝するも、沖田が広島を去ったことに心を痛めていた。光陵高校では主戦力として1年生から一軍に。そのままエースの座を掴みとり、光陵の大会5連覇に貢献。甲子園では好投を続けるが、王者光南の前に8回1失点と好投を披露するも、打線の援護なく敗退。試合後は悔しさを露わにするなど、同じ左腕として柿崎を意識していた。

 投球スタイルは最速141キロのストレートに加え、決め球のスクリューボールはすでにプロレベル。スライダーの変化も横に鋭く、左右関係なく有効である。彼の強気を象徴するカットボールは、右打者には攻略困難なレベルの球威を誇る。この球があるからこそ、右打者へのスクリューが活きてくる。カーブと高速チェンジアップはまだ前述の3球種に比べ物足りない。沢村に比べ、出所は見やすいが、投手としての完成度は彼の上をいっている。実は、現段階でサウスポーの中で最も制球力のある投手。

 

※モデルは山本昌だったはずだが、カットボールの存在感で、イメージが違う。フォームもセクシーではない。制球がよく、カッターがよく、スクリュー、スライダーもいい。誰だろう。

 

 

 

山田鉄太郎 出身 広島 右投げ左打ち 外野手  

2年生。左の巧打者。レベルスイングの軌道で高いミート力を誇る。典型的な切り込み隊長だが、長打力もあり、緩い変化球を投げるのは危険。左投手を苦手としているが、それでも粘る事は出来る。しかし、準決勝では柿崎に2三振とねじ伏せられている。

 

 

高須洋二 出身 香川 右投げ左打ち 二塁手

 2年生、尾道シニアのセカンド。鉄壁の守備を誇り、光陵高校では7番セカンドとしてレギュラーを張っている。

 

木村琢磨 出身 山口 右投げ右打ち 捕手

2年生。尾道シニアの元キャプテン。光陵高校では2年生で5番を務め、正捕手の座も射止めている。強肩捕手で、成瀬とのコンビでは盗塁企画0の離れ業を実現させる。本人は強打を目指しているが、まだその領域ではないとして、努力を続けている。

 

 

広島の面々は勉強ができる。赤点とは無縁。

 

 

 

横浦高校

 

神奈川の名門校。OBに数多くのプロ野球選手を抱え、主人公の父親、大塚和正もかつては在籍していた。ここ数年は圧倒的な強さを誇り、県内の強豪を寄せ付けない。紅海大相模相手に圧倒、140キロカルテットを打ち砕き、県内に大きな衝撃を与える強打は甲子園でも火を噴いていた。青道と当たるまでは二桁得点を続けていたが、青道のエース、丹波の熱投の前に2得点と抑え込まれる。その後、川上、降谷を攻めたて、1点差とするも最後はチームの4番坂田久遠が大塚栄治の前に倒れ、続く黒羽金一が見逃し三振に打ち取られ、準決勝敗退となる。野球ファンの間では、光南の柿崎を攻略できたと言われるほどの打撃力を誇り、下馬評は高いままである。

 

黒羽金一 出身 神奈川 右投げ右打ち 捕手 175cm→176cm

 大塚栄治の元バッテリー。横浦高校の5番にして正捕手。相手打者の狙いを見抜く曖昧だが油断できない素質を誇り、巧みなリードで存在感を出している。守備シフトを積極的にとっていたが、青道にそこを逆につかれ、3年生和田の不調も重なり失点を重ねてしまう。

 中学時代は3年時に大塚不在ながら横浜シニアを全国優勝に導くなど、クリス以来の天才と言われるほどの実力を誇る。送球もうまく、強肩である為、投手の信頼は厚い。打撃面では基本読み打ちだが、センスに任せた打法もしてくるため、つかみどころがない。

 最近、沖田と交友関係を持ち、彼ともわだかまりがない様子。ビースターズの大ファンで、いつか大塚和正ともバッテリーを組みたいと考えている。栄治が神奈川在住時は、彼の家によく入り浸っていた。勉強は出来る方で、横浦野球部の命運(補習回避)を託されている。そのため、心労が絶えない。

 

 

 

高木和也 出身 千葉 右投げ右打ち 二塁手 

強打のセカンド。大塚との対戦を心待ちにしていた横浜シニアの同僚。覚悟完了の丹波の前に翻弄される。勉強はそこそこできる方、だと自惚れている。

 

 

多村省吾 出身 東京 右投げ右打ち 外野手

荒いが強打の打者。大塚曰く、おっかないパワーを秘めた危険な打者。シニア時代は東条から特大のホームランを打っている。全日本にも選ばれ、実力は言うまでもないが、台湾戦で楊の前に完璧に抑え込まれた。黒羽に勉学で助けられている。

 

後藤武 出身 千葉 右投げ右打ち 内野手

穴の少ない強打者。リストが強く、とっさの変化球にも対応できる。東条を打ち込んだ過去がある。全日本ではスタメンではないが選出されている。大塚の事を気にしている。勉学は悲惨。

 

岡本達郎 出身神奈川 右投げ 左打ち 三塁手

プロ注目のスラッガー。降谷のストレートを軽々とスタンドに叩き込むパワーを誇り、選球眼もいい。しかし、ミスショットが気になる。丹波の前にヒットは打ったが、坂田久遠が抑え込まれた時は驚愕していた。勉学は一部を除いて及第点(英語と歴史、国語は壊滅状態)。パ・リーグが下位指名で狙っている。結局西部ホワイトライオンズが3位指名することに。

 

 

 

坂田久遠 出身 神奈川 右投げ右打ち 外野手

プロ注目の怪物打者。穴が少なく、フルスイングで選球眼がいい、驚異の打者。前橋学園のエース、神木鉄平をライバル視している。柿崎の事はあまり印象には残っていなかった。甲子園準決勝の青道戦では、2打席目までは丹波に抑え込まれたが、3打席目で丹波のストレートを軽々とスタンドに突き刺し、川上の甘く入った変化球もスタンドに運び、一人で4打点の活躍をする。最終回では一死満塁のチャンスで大塚との真っ向勝負の末、最後は伝家の宝刀SFFの前に空振り三振。しかし、その三振の後の彼はどこか満足していた様子だった。ドラフトでは競合必至と言われている。一部の教科では、洒落にならないレベルの学力。歴史が大の苦手。かつての往年の超一流は覚えているが、OBの名前をあんまり知らない。横浜ビースターズが一本釣りを画策している。ドラフト会議では、重複の末、横浜が交渉権を獲得。

 

 

楠慎吾 出身 埼玉 右投げ右打ち 投手

最速147キロのストレートに加え、スライダー、シュート、カーブ、フォークの本格派。スぺ体質。が、黒羽のフォーム改造が功を奏し、安定感が増す。夏の大会ではリハビリ中だった。

 

 

小坂守 出身 茨木 右投げ左打ち 遊撃手

抜群の小回りを誇る、横浦のショート。沖田、大塚には対抗心を見せている。守備範囲の広さは高校屈指の範囲を誇る。

 

※乙坂選手が同世代なので、2番センター青木選手を2番センター乙坂選手に変更しました。史実通り、同じ順位で横浜入りさせました。

 

※近藤選手が稲実原田選手と被りそうになったので、ここは断念しました。ファイターズ好きにはすいません。

 

諸星和己

黒羽が発掘した1年生右腕。140キロ前後の速球にカーブとチェンジアップを投げ分ける。特にチェンジアップが大塚に瓜二つと、今後も可能性を秘める1年生。青道の追加点を許さないリリーフを見せ、ノーヒットに抑えた。

 

辻原公康

黒羽が横浦に誘った1年生左腕。140キロ前後の速球にドロップカーブを投げ分ける本格派。沖田や結城を三振に打ち取るなど、青道の追加点を完全に防ぐ投球を見せる。スタミナに課題があるが、今後は解消されるだろうとみられている。

 

妙徳義塾 

 

西国の雄。奔放な育成方針だが、選手がのびのびプレーできる土壌があり、実力以上のモノを出す選手がよくいたりする。今年はナックルボーラーにして、今大会最速のクイックを誇る新見を中心とした接戦をものにする戦い方を展開した。3回戦の青道戦では丹波から先制打を挙げ、リリーフの沢村のスライダーの癖を見抜き、同点ホームランを捥ぎ取るなど、油断も隙もない強かなチームだった。最後は御幸のサヨナラホームランによって終止符を打たれ、2年生中田の奮起に期待がかかる。

 

3年生 浦部 倫太郎

楽天にドラフト5位で指名を受ける。

 

※ここも史実で同じような強打の選手がいたので苦労しました。

 

 

 

 

宝徳高校

兵庫の強豪。地元甲子園で準々決勝まで駒を進める。エース平松は変幻自在のカーブを駆使し、緩急を使った巧い投球が売り。しかし、連投の疲労もあり青道戦では序盤に失点を喫する。しかし、最後まで味方打線の援護を信じ、その後は粘りの投球。野手陣もスライダーの癖が完全に見抜かれている沢村を攻めたて、一時は同点に追い付くも、御幸、伊佐敷の活躍によりリードを奪われ、リリーフ登板の降谷の前に抑え込まれ、無念の敗退。しかし、沢村攻略の衝撃は、青道にとってあまりに大きなものだった。

 

光南高校

 

沖縄の強豪。近年全国でも結果を出していたが、今年は勢いが違った。守備が堅く、エース柿崎は完成度が高い。しかしパワーのあるバッターが揃っており、決勝戦では突然のホームランでリードを取るなど、油断の出来ない打線。選抜では柿崎が横浦に打ち込まれるも、何とか振り切り、決勝戦では神木鉄平から得点を捥ぎ取り、優勝を果たす。選抜の勢いそのままに青道高校を破り、春夏連覇の偉業を達成した。青道にとっては倒すべきライバル校であり、神宮大会での再戦を望まれている。しかし、エース柿崎が不調に陥り、チーム力が落ちている。

 

柿崎則春 出身 鹿児島 左投げ左打ち 投手 身長177cm

琉球のトルネード左腕。ドクターKとも言われており、多彩な変化球を兼ね備えた変化球投手にして本格派。しかしそれぞれの変化球の完成度は物足りなく、総合力で打者を躱している印象。相手の事を観察する癖があり、その技術を模倣する術に長けている。決勝戦では沢村の投げた方を参考にし、フォームを変化させ、力投につなげる離れ業まで披露。その試合では毎回ランナーを許すも、青道打線を2点に抑え、史上6校目、2度目の春夏連覇を成し遂げる。日本代表のエースと期待されたが、決勝戦の台湾戦でノックアウト。不調の兆候が見られ始めている。

 しかし、秋季大会で不調を乗り越え、九州大会ではチーム力向上による負担軽減もあり、完全復調どころか、さらなる進化を遂げる。球種はストレート、スライダー、カーブ、フォーク、ツーシーム、カットボール、チェンジアップと多彩で、最近はフォークとスライダーの精度が上がってきている。

 

 

権藤豊 出身 福岡 右投げ左打ち 一塁手

琉球の4番。準決勝では成瀬から、決勝では川上から殊勲打を放ち、優勝に大きく貢献。新チームの主将を任されている。国際大会は高熱の風邪により辞退。

 

木場勇人 出身 佐賀 右投げ右打ち 投手

新チームの2番手投手。下手投げのアンダースローの変則投手。多彩な間を操り、打者を幻惑し、西日本では一躍脚光を浴びることに。ついたあだ名は「投げる催眠術師」。柿崎をライバル視しているが、彼のことは認めている。

 

 

浜中智也 出身 沖縄 左投げ左打ち 投手

左のサイドスローとスリークォーターを投げ分ける。スライダーとスクリュー、シュート、カットボールが武器。柿崎をエースとして認めており、職人気質。しかし、監督に期待されると尻尾を振るように笑顔になる。

 

 

岩田一郎 出身 熊本 右投げ右打ち 投手

右のトルネード投法を駆使し、決め球のフォークと落差のあるカーブ、緩いカーブが武器。雲の上の存在である大塚と沖田を尊敬するも、チームとして乗り越えたいと考える熱血系の選手。

 

 

 

前橋学園

青道が夏予選前の練習試合で対戦した今年の選抜準優勝校。エース神木を中心とした守り勝つ野球がモットー。他の高校に比べて打線の厚みは薄い。そのチーム構造が神木の負担を増やし、故障の原因に繋がり、準々決勝に進むことが出来なかった。兵庫の宝徳に打ち込まれる神木の姿は、間接的に大塚への疑念を向けるきっかけとなった。

 

神木鉄平 出身 群馬 右投げ右打ち 投手 身長183cm

前橋学園のエース。高校生ナンバーワン右腕の称号を誇る、今年のドラフト候補。最速152キロのストレートに、伝家の宝刀でもある高速シンカー、スライダー、スローカーブなど、多彩な変化球を高いレベルで投げ込める本格派。練習試合では沖田に満塁打を打たれたが、配球を読まなければまず勝負にならない。ドラフト候補の坂田久遠を唯一抑え込んだ投手でもあり、その存在は他校でも轟いている。福岡トマホークスと大阪ブルーバファローズの競合の末、ブルーバファローズが獲得。即戦力投手として期待されている。

 

 

※150キロを平然と投げてくる摂津投手だとイメージに合うかも。



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人物紹介 オリキャラ 主要人物

ようやくまとめました


青道高校 オリキャラ

 

大塚栄治 出身アメリカ オークランド 右打ち右投げ 投手 身長179cm→185cm 

 

 本作の主人公。日本人だが、アメリカ育ちの帰国子女。下に妹と弟がいる。横浜のレジェンド、大塚和正と元人気アイドルの長男坊。面倒見がよく、仲間にアドバイスを送るが、自分の努力と結果で相手に勝とうとする節がある。搦め手をよく使うくせに、こういうところは真面目なので信頼もされている。練習の虫。恋愛ごとに鈍いのではなく、必要性を感じないタイプ。顔立ちも母親譲りの端麗な容姿に、父親譲りの男らしさが融合しており、女性人気はあるが、動くことに億劫になっている。

 

 中学時代に沖田との対戦で大けがを負い、その後表舞台から退く。1年以上のリハビリを経て、青道からの唯一のスカウトを受け、入学を決意する。その際、沖田と再会し、彼の野球に対する熱意を取り戻すきっかけを作り、かつての遺恨を乗り越え、意気投合。沢村とはこの時に出会い、彼の成長に大きなきっかけを与える。

 

 夏予選ではエースを務め、後の同僚である楊舜臣と運命的な邂逅を果たし、生涯のライバルの一人であると認める。しかし、その試合で負傷し、自覚症状が現れたのは決勝戦での稲実戦。異変を感じつつも好投を続け、8回無失点に抑え、青道高校の6年ぶりの甲子園出場に大きく貢献。その後は登板間隔を空けながら好投を続けるも、準決勝前に怪我が発覚。試合後に戦線を離脱し、決勝戦ではスタンドで青道の終戦を見届ける。

 

 練習は勿論、勉学でも加減を知らないために、周りとのギャップが出てくるときがある。現在、大塚和正の息子という肩書に囚われ、体の急激な成長、決勝戦で登板できなかったことへの負い目から、心身共に弱体化し、秋季大会序盤では伸び悩んでいる。

 

絶不調の中、鵜久森戦で先発し中盤に3失点を喫するが吉川の檄で持ち直し、覚醒。最後は鵜久森エース梅宮のストレートを完ぺきにとらえる特大弾で勝利ももぎ取る。現在は心身ともに安定し、吉川と公然の仲になる。

 

 

 

沖田道広 出身 広島 右打ち右投げ 内野手 身長177cm→180cm

 

 大塚栄治の影に隠れているが、青道の攻守の要。1年生にして内野全てを守れるユーティリティを誇る一方で、独自の打撃理論と練習を編み出し、部内でもずば抜けた実力を誇る。真面目な性格だが、残念な面も抱えており、なかなかモテない。(女性にいじられている)

 

 中学時代、大塚栄治に大けがを負わせる打球を打ったことで、常日頃から彼を影で僻んでいた者達に叩かれる。そして父親の仕事の都合もあり、解決すらままならないまま、失意のうちに広島を去った暗い過去がある。

しかし、大塚栄治との再会がきっかけで、野球に対する情熱を取り戻し、青道で天下を取ることを決意。青道でもその事件は有名ではあったが、大塚の一喝で解決。

 

 予選では主に3番を務め、ルーキーながら獅子奮迅の活躍を見せる。稲実戦では先制打にバントヒット、ソロホームランと成宮相手に個人成績で圧倒。勝利に大きく貢献する。甲子園本選では妙徳戦で一時は逆転となるスリーランホームランを放つなど、3本のホームランを放ち、一躍有名に。秋季大会ではマークが厳しくなるため、彼以外の打者がより重要になると言われている。広角に打ち分け、穴が少ない打者であり、大抵の投手を叩いているが、楊舜臣や大巨人真木などを苦手としている。

 

最近、ドルオタに進化?し、大塚を超える存在感を出し始めている。が、最近彼女ができたらしく、行動を控えている。

準決勝で、成孔小川に頭部への死球を受け、意識障害に陥る。しかしその日のうちに意識を回復させ、選抜出場に意欲を見せている。しかし、神宮大会出場は絶望的。

 

 

 




追加されたり、削除されたりと、今後も変化する項目です。



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過去編 終わる栄冠。始まる栄冠
第1話 憧れの背中


ホント、リハビリ小説なので、過度な期待は慎んでもらおう・・・・(ゲス顔)




鳴り止まない歓声。ボールパーク一杯に詰めかけた観客の地鳴りのような声が響いている。

 

 

彼が父親の雄姿を初めてみたのは、日本から遠く離れた異国の地だった。

 

野球。ベースボール。内野―――

 

その中心を指す言葉はマウンド。そこにいるのは自分の父親。背番号18を背負い、打席に立つ屈強な男たちを次々と手玉に取っていく。

 

それを彼は、26人連続で成し遂げた。Hのランプは未だつかず、Eのランプさえつかない。

 

彼の許した四死球もない。

 

それが5歳の頃の記憶。あのマウンドで投げ続ける父の姿に、憧れた。

 

「………」

その息子は、その最期の打者を相手に淡々と投げ続けている父の動きの一つ一つに注視する。彼の母親は言う。

 

「こんな日はめったにないわ。だからこそ、その目に焼き付けておいてね」

ひどく興奮した顔で、彼にそう説明する母親。VIP席にて、彼ら二人は父の活躍を見ているのだ。

 

その後ろには、まだ幼い彼の弟たち。見ることに疲れたのか、途中で寝てしまっている。

 

後に彼女は、その日偉業を成し遂げた彼の予感を感じ取っていたという。何かを成し遂げるオーラが漂っていたという。

 

『とんでもない記録が生まれようとしています!!! 渡米3年目にして、初の完全試合まであとアウト一つ!! 日本のエース大塚が、とてつもない記録を打ち立てようとしています!!』

 

『野手ではイチロー君が頑張っていますが、ここにきて大塚君も殿堂入りの大きな足掛かりをつかみそうですね。それに、今日は圧巻といっていいでしょう』

 

 

最後の打者への初球。

 

ドゴォォォォンッッッ!!!

 

「ストライクっ!!!」

バッターは手が出ない。制球された剛速球がアウトコースに決まったのだ。

 

その球速は98マイル。158キロ。その一球に観客の声援も大きくなる。

 

続く二球目。

 

ククッ、ギュインッッ!!

 

「!?」

 

打者の手元で鋭く、大きく沈む、彼の伝家の宝刀。

 

『落ちたッ!! 空振り!!! これでツーストライクと追い込んだ大塚!! 完全試合達成まで、後一球!!!』

 

しかし三球目は、

 

「ボ、ボール!!!!」

 

インコースの際どい所に投げ込んだストレートではなく―――右打者の内角をえぐるカットボール、通称カッターがボールゾーンへとはずれる。打者はこの150キロ前後の動く球に、思いっきり仰け反ってしまう。

 

審判も、カッターの軌道が鋭すぎて、判定を間違えるほどだった。いや、もしかすればストライクゾーンを掠った可能性もあったかもしれないと。

 

余裕をなくしつつある打者。外角ストレートに手を出さず、二球目のSFF。内角のカッター。完全にペースを握られている。

 

 

――――カズッ!! 後アウト一つだ!!!

 

捕手も、大塚のラストボールを期待する。その偉大な記録に立ち会えると、信じて疑わない。日本語は彼に教えてもらった。だからこそ、日常会話ぐらいははっきりと、

 

野球に関して言えば、それ以上に。

 

 

そして捕手のサインに首を振る大塚。

 

―――どうしたんだ、カズッ? ストレートじゃないのか?

 

そして彼にカズと呼ばれた男―――日本のエース大塚和正は、マッケローのサインに首を振る。

 

―――ならSFFか?

 

だがそれにも首を振る。

 

――――ここでこいつを使うのか?

 

その変化球のサインに対し、大塚は首を縦に振る。打者は絶対的な決め球でもある大塚のSFFが来ると判断していた。

 

『さぁカウントワンボールツーストライクからの4球目!!!』

 

大塚が最後の球を投げる。観客の手拍子が大きくなる。ボールパーク最大の興奮の瞬間が訪れようとしている。

 

 

「!!!!」

 

ククッ、フワッ!!

 

最期のボールは、打者の目測よりもかなり遅かった。いや、打者から見れば、ストレートの軌道から、急激に減速し、縦へと大きく沈むボール。

 

メジャーの名投手が投げていたボール。チェンジアップの中でも最高峰の球種の一つ。

 

パラシュートチェンジ。

 

バッターのスイングを打ち崩し、そのワンバウンドのボールに手が出てしまった。

 

「ストラックアウトっ!! ゲームセットっ!!!」

審判のコールが響いた瞬間、一斉に爆音のような歓声がボールパークを飲み込んだ。

 

「凄い………」

彼はその姿に憧れた。

 

三振を奪った瞬間、ひじを曲げ、拳を突き上げて見せた父の雄姿は、彼にとって色褪せない記憶の一つとなるだろう。

 

『大塚やりました!!! 初の完全試合達成!!! この敵地ヤンキーススタジアムで、日米通算自身2度目の完全試合!! 奪った三振は12個。もちろん四死球もエラーもありません!!!』

 

オークランドナインからの手荒い祝福。そして敵地であるにもかかわらず、アウェーファンからの惜しみない拍手と声援。

 

この瞬間は、大塚のためにあった。

 

――――こんな風に、偉業を前にして敵味方関係なく祝福する――――

 

これが野球なのかと、ベースボールなのかと、感じ入った彼は決意する。

 

――――どのポジションも面白いと思った。どこでも野球のだいご味は味わえると思っていた・・・・けど俺は―――

 

あのマウンドにいる父親の姿と自分を重ねた。

 

――――俺は、投手がやりたい!!!

 

 

 

それからだ。彼が投手を志したのは。幼かった自分にはわからない日本の野球。彼はメジャーの野球しか知らない。

 

だからこそ、彼はアメリカの野球には染まっていった。父親も、背は186cmとアメリカのメジャーリーグの中では大きい方ではない。だが、それでもあの屈強な男達相手に、ナイスピッチを続けていた。自分も技と力の両方で、打者を抑えたい。

 

いつしかそれが、彼の目標であり、投手としての在り方だと思うようになった。

 

最初に覚えたのは、父親が最後に投げたあのボール――チェンジアップ。しかし、コーチからはあのチェンジアップは特別だと言われ、彼のチェンジアップはそれには程遠いと言われ、少しショックを受けた彼は、その後もこの球種を磨き続けた。

 

そして動くボール。日本とは覚えさせる変化球の順番が違う。故に、彼は独自に握りを調べ、ある時は父親に教えて貰ったりと、色々な曲げる球を習得していった。

 

「父さん顔負けだよ。ここまで変化球を覚えるのが速いなんてね・・・」

現役メジャーリーガーの父は、息子の成長速度に舌を巻く。

 

両サイドの動く球種。カッターとツーシーム。後にシンキングファストへと変わり、チェンジアップを二種類投げるようになった。

 

ストレートもアメリカの食事であったためか、少しずつ体格も逞しくなっていった。太っているわけではない、急激に縦へと体が伸び始めたのだ。

 

だがオフシーズンのある日、息子はこんなことを言ったのだ。

 

「……父さんのもう一つの決め球を教えてほしい。」

 

和正は、その問いに対し、困り果てた。SFFを投げる投手は少ない。大塚と、その後、入れ違いでメジャーにやってきた楽天の大投手が広めたとはいえ、まだこのSFFの怪我のリスクが高い風潮は、消し切れていない。そして大塚も、この球種ではなく、パラシュートチェンジの方が多い。

 

 

SFFは強打者への決め球。故に本来は動く球と縦横の変化球、緩急で打ち取っている。SFFは主に超一流と呼ばれる打者にしかあまり投げない。

 

 

「…まだ早い。それは…うーん…日本に帰ったあとぐらいになるかな?」

父親としても、SFFはあまりお勧めはしたくない。フォークほど負担はないとはいえ、大塚のSFFはやはりキレも落差も段違い。

 

「…メジャーで活躍する父さんは見たいけど…ハァ、仕方ないね……」

息子も彼の言い分は納得した様で、SFFの習得を諦める。

 

「けどさ!! スロースライダーは教えてよ!! あとスライダーも!!」

 

「スライダーならいいけど……まあ、今はそんなに変化球を覚えなくていいんだけどね…」

 

しかしわずか数週間でスロースライダーを会得した息子の呑み込みの早さには、さすがの大塚も舌を巻いた。

 

「俺は半年かかったんだけど……制球力込みでここまで投げるの……」

 

 

その後、時を経て――――

 

緩急と縦横の変化球を覚えた息子は、すぐにチームの中心人物になった。ストレートも12歳で120キロ台を記録し、もうすぐ130キロに迫る勢いである。

 

そしてそのフォームは、父親に僅かに似ていた。

 

故に、アメリカのクラブでも彼の事を大塚二世と呼ぶ者もおり、それは決して親の七光りではないことを実力で証明してみせた。

 

「ヘイ、エイジッ!! 今日も凄い投球だったぜ!!」

 

「ナイスボール!! エイジっ!!」

 

「ありがとう! けど、後ろは心強かったよ!」

 

英語も、チームメイトと話すために自然と身についた。英語はあまり得意ではなかったが、野球があったから身につけることが出来た。

 

ただ、下二人は英語に慣れ過ぎて、日本語が少し下手。2ヶ国語を話せる栄治が異常なだけである。

 

「そういや、今年は戻ることが確定なんだってな・・・」

チームメイトの一人が、エイジ――――大塚栄治に父が日本復帰する可能性が高いことを言う。

 

「……うん。メジャーでは粗方やったから。今度は日本に戻って野球をしたいんだって。」

 

「サイヤング賞複数。連続での最多勝以外のタイトル。俺達は忘れないぜ、お前の父親の活躍も、お前の努力も」

父親と比較されがちだったエイジだが、それでも彼はそれを光栄だと言った。偉大な父親に追いつきたい野球少年はどこにでもいる。だからこそ、はっきりと自分は彼に憧れていると口に出来た。

 

「お前はいつかこっちで野球をすると確信している!! 今度会うのはメジャーのボールパークだ!!!」

 

 

そして最終戦。父親の最終登板。ワールドシリーズ第6戦。ここで勝てば、優勝の大一番で、大塚和正は―――

 

ズバァァァンッッッ!!

 

「ストラックアウトっ!!!」

 

『試合終了~~~!!! 大塚、アメリカでの最後の登板を!! 完封で締めくくりました!!!! オークランドアスレチックス優勝~~~!!! これで2連覇達成!!!』

 

マウンドでは、ラスト登板を終えた大塚が少し涙ぐんでいるのが見えた。これがおそらく人生最後となるメジャーでの登板。その節目で最高の投球が出来た。

 

37歳にして、未だ堂々たる投球。

 

 

『ナイスゲームでした。メジャー最後の登板がワールドシリーズ! そしてその大一番で完封試合。今の心境はどうですか?』

 

「そうですね。本当に自分に信じられないですね……防御率も2点台後半まで下がってしまって、いろいろチームに迷惑をかけてしまったし、第1戦の悔しさを少しは晴らせたかなと思います。」

 

『第1戦は7回1失点で敗戦投手。しかしこの第6戦で9回無失点!! 5度目のワールドシリーズMVP!! 誇っていいと思いますよ!!』

 

「はい……本当に、最高のメジャー人生でした……最後の最後に、家族にも、チームメイトにも、応援してくださっているファンにも、最後の最後で恩返しが出来たと思います!」

 

『来年は日本復帰という事ですが、それについて何か一言お願いします』

 

「そうですね……また古巣に戻ろうかと思います。やっぱりあのチームから僕は始まったので。」

 

『大塚和正選手でした!! 放送席どうぞ!!』

 

 

そしてこのオフ、大塚和正は日本球界へと12年ぶりに復帰し、オークランドにワールドチャンピオンという最高の置き土産を置いて、アメリカを去っていった。

 

 

そしてその翌年、

 

「ええっと、アメリカの日本人学校、その後は現地の普通の学校にいました、大塚栄治です!! 好きなスポーツは野球、ポジションは勿論投手!! 初めての日本の学校ですけど、3年間よろしくお願いします!!」

 

神奈川在住、大塚和正の息子、大塚栄治の物語は、横浜から始まっていく。

 




セイルさんご指摘ありがとうございます。本当に、中途半端に野球知識があると痛い目にあいますね。

スポーツはファンタジーよりもデリケートだし、これは感覚が戻るか?


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第2話 大塚の再来

半年ぶりの小説なんで、過度な期待はしないでね。

この話は、大塚視点だけではなく、もう一人の主要人物が含まれます。


シニアリトル日本選手権。それは中学生年代のシニアリーグの頂点を決める大会。

 

俺の名は沖田道広。中学2年生。

 

広島県の尾道シニアの一員として、この大会に臨む選手の一人だ。ポジションはショート。チームの守備の要を任され、打順は3番。右投げ右打ちの中距離打者だ

 

 

準決勝。相手は俺達にとって各上の、千葉シニア。機動力と打撃力が売りのチーム。

 

 

カアァァァンッ!!

 

 

初回から俺達の投手は打ち込まれ、4イニングを投げて5失点。やはり全国クラスの打撃陣では力不足は否めない。

 

初回に、ワイルドピッチがらみで失点し、こらえ切れずに初回2失点。毎回の如くランナーを出して、投手としては苦しい展開。

 

カァァァァン!!!

 

「ってまたかよ!!!」

強い打球がセンター方向に伸びていく。セカンドランナーは無論、ファーストランナーも帰りそうだな、と諦めていたが………

 

 

パシッ!

 

守備の名手の山田先輩がダイビングキャッチ。まさにギリギリのところで取ったそのワンプレーは確実に流れが来ることを予期させた。

 

「ナイス山田!!」

 

「テメェ!! さっきから打たれすぎだろ!! もっと低めを意識しろよ~~!!」

 

 

 

「ハァ………俺が出ていればなぁ………」

そしてベンチに帰ると、うちのエースこと成瀬が戦況を口惜しそうに眺めていた。

 

「連投規制が何だ!! 今すぐにでも………!!」

 

「反則だからやめろ」

主将に引っ張られていく成瀬。いとあわれなり。

 

 

今日の試合、エースが連投規制で出ることが出来ず、決勝には投げることができるが、ここで負けてしまっては意味がない。

 

しかし、こちらも負けてはいない。初回に1点を返し、3回には3点を奪い、一点差に詰め寄る。そして5回の裏、俺の打席が回ってきた。

 

1死、2塁1塁。一点を追う展開で俺の打席。ここで打つと打たないでは、今後のゲーム展開に関わる。

 

「ボールっ!!」

まず初球はアウトコースに外れるストレート。やはり初回の先制打と、二打席目のセカンドライナーを見て、俺のことを警戒しているのだろう。やはり初球のストレートを引っ張った先制二塁打を見る限り、速球系でまともに勝負をする気がないのか、それともより厳しいコースを狙うのか………

 

投手が振り被る。そして繰り出されるボールは、

 

「ストライクっ!!」

二球目はタイミングを外してくるカーブ。それがアウトコースの際どいコースに入り、ストライクを奪われた。タイミングを狂わせに来ている。そうみて間違いがない。

 

 

次は恐らく変化球なのだろうか。早い変化球でアウトコースに振らせる球。先ほど2番打者を三振に打ち取ったシンカー系のボールか。いや、そのボールを上手くコースを見極めたものの、結果はセカンドライナーと打ち取られたあの時と同じ球か?

 

だとすれば―――

 

「ボールツーッ!!」

 

しかし予想とは異なり、シンカーを投げてきたが、コースを外れ、ボールカウントを悪くする。

 

「……………」

 

変化球でストライクが入らない、というわけではないが、制球が定まっていない。序盤から変化球が入らないケースが多い。ストレートは見せ球と思うのも早計。

 

うちの四番五番には変化球の多投が多かった。なら俺には―――

 

カッ!!!

 

四球目、沖田は迷わずに振り抜いた。

 

 

やはり先程カウントを取ったカーブ。しかし今度はインコース低めへの甘い球。迷わず振り抜き、ボールはレフトスタンドへと突き刺さった。

 

「…………くそっ………!!」

 

ダイヤモンドの中心にたたずむ相手投手は悔しそうな顔でこちらを見て、打球が飛んで行った方向を見る。アレは恐らく彼の失投。それを逃さず打った俺の勝ちという事だ。

 

 

これで逆転スリーラン。5対7とリードを今度は奪い、主導権と流れを引き寄せただろう。

 

 

「いいぞ、沖田!!」

 

「ナイスバッティング!!」

チームメイトからの祝福を受け、ベンチへと帰ると、監督から

 

「お前の一打は本当に欲しい時に来るなぁ。心強いし、この次も頼むぞ」

 

監督は俺の事をクラッチヒッターでプルヒッターだと言っているが、俺は広角に打ち分けるのが好きだ。俺は正直なところ、ホームランバッターではない。今のも緩い球を芯で当てただけだ。

 

「うっす」

 

 

試合はその後一時は追い付かれかけたものの、乱打戦を制し、決勝にコマを進めた。尚、スコアは6対8という酷い馬鹿スコアだった。

 

 

「悪い………今日は本当に打たれに打たれて…………あそこの制球さえ上手くいけば…………」

今日の投手、2年の佐藤は、くやしそうに語る。結局今日は5回5失点で降板した先発の内容に納得がいかないようだ。

 

 

「次の試合はどことどこだっけ?」

 

「確か、大阪の難波シニアと、神奈川の横浜シニアだろ? けど、横浜のあの投手、当たるなら大阪の難波シニアの方がいいな。」

佐藤がそんなことを言う。やはりビデオでも見る限り、あの投手は今大会でナンバーワン右腕だ。

 

何といっても、あの中学ナンバーワン左腕の成宮鳴に投げ勝った男だ。今日はイニング規制があるから先発をしていないが、リリーフで出ることは十分考えられる。

 

「確かに、あの投手は厄介だな。」

沖田もその投手の事はデータやビデオで十分見ているし、勝ち進む有力なチームの一つとしてマークはしていた。

 

だが、これほどの成績を残すとは思っていなかった。

 

 

4試合に登板し、防御率0,00。13イニングを投げて奪三振20。四死球は1。ロングリリーフと先発を任されている関東NO,1右腕。

 

横浜シニアのエース、大塚栄治。

 

Max137キロのストレートに加え、被打率ゼロの絶対的なウイニングショット、SFF(スプリットフィンガーファースト)に加え、スライダー、チェンジアップが武器の本格派右腕。その右腕から放たれたボールは手元でかなり伸びる為、ストレートに詰まらされるバッターが多い。

 

フォームはワインドアップからテイクバックの小さいスタイル。直前まで左肩で隠しており、突然右腕が現れ、ボールが放たれる。そのため、球持ちがよく、捉えにくい。

 

そして尾道シニアの試合後に行われた準決勝第二試合。試合はこちらも同じく乱打戦だが、横浜が僅差で逃げており、7対5とリードを広げていた。

 

当然、この展開で奴の出番がないわけがない。

 

6回裏、ノーアウト一塁二塁。このピンチでついに奴は現れた。

 

 

「宇喜多君に変わりまして、ピッチャー、大塚君。背番号1」

 

そして一斉に大人たちがスピードガンを手に構え、彼の第一頭を今か今かと待ち構えていた。

 

だが、その様子に大阪ベンチが闘争心を掻き立て、あのダイヤモンドに居座る期待の投手を打ち込んで来いと、監督が檄を飛ばす。

 

左バッターボックスに立った打者も、打つ気満々だ。被打率ゼロのSFFをどのように攻略するのかはわからないが、他の変化球も一級品。ストレートもいいので、的を絞りづらい。

 

ノーワイドアップ、セットポジションから第一球が投げ込まれた。

 

 

パァァァァン!!!

 

大きな、そして気持ちのいいミットの鳴る音が響き渡り、打者はスイングをできなかった。

 

「…………速いな………今のもマックスではないが、130ぐらいは出ているな………」

 

やはり初見ではあのタイミングの取りづらいフォームでは、苦労するのだろう。

 

続く第二球。

 

 

ククッ、

 

外へと逃げながらタイミングを狂わせるサークルチェンジが決まる。ビデオでは見たことのない球種だ。

 

「シンカー気味に変化するチェンジアップ………そして、パームボールのように縦へと落ちるチェンジアップ。二種類のチェンジアップがあるのか」

 

しかし報告ではカーブは投げられないので、そこは安心できるポイントだ。

 

それでもこの相手打者は簡単に追い込まれ、あの様子では決め球のSFFを警戒している。

 

そう、大塚はラストショットにSFFを投げる印象が強い。しかしデータを見る限り、SFFが決め球になる割合は少ない。

 

ここ数試合を見る限り、低めのストレートが狙い目か。しかし、SFFには対応できない。

 

三球目。少し警戒したのか、インコースのストレートのボール球を見せる大塚。あそこに投げられると、外のボールが遠く感じるだろうな。

 

「第四球、お前なら何を待つ………?」

主将木村は、沖田にそれを尋ねる。

 

「低目は捨てますね。アウトコースの甘い球がきたら打ちますが、厳しいところは届くところはカット、ですね………」

 

大塚がセットポジションからクイックモーションで投げる。

 

「!!」

木村が驚く。そして、沖田も今の大塚のフォームに衝撃を受ける。

 

「腕の振りが違うのは解る。中学レベルでそれはバラバラになるのは頷ける。だが、今のは…………」

 

タイミングを変えたフォーム。リリースポイントがずれることで、タイミングの取り方も違ってくる。

 

ゆったりとしたフォームではなく、物凄く速いフォーム。明らかに、膝の上げ方の最中に、打者のタイミングを崩している。

 

「…………あんな真似を中学生で出来るのかよ…………」

 

最期は低めのワンバンドのパームボールもどき。タイミングを崩され、ボールを呼び込むのではなく、当てにくる上体を崩されたフォームではバットにボールが当たらず、三振。早いフォームからの緩い球。あんなものを見せられたら、本当に、警戒しなければならない。

 

 

 

後続を一球でゲッツーに打ち取り、ピンチを脱出する。最後の球は速球だが、なぜかタイミングが詰まらされていた。

 

 

その試合は結局、大塚が2イニングをパーフェクトに抑え、横浜が勝利。試合は明後日に予定されている。

 

「とんでもない奴に当たることになるな………だが、あの投手を打ちに行くぞ!!」

 

 

おおおおおおおお!!!!

 

一同は宿舎に戻り、打倒大塚に燃えるのだった。

 

 

 

 

「ふぅ……………」

2イニングを投げ、あの大ピンチを抑えた大塚栄治は、試合後に嘆息する。

 

「さすがエースだ! お前なら、あのピンチを抑えるって信じていたぞ!」

捕手で相棒、幼馴染の黒羽金一が声をかける。

 

「ああ、さすがはあの成宮に投げ勝った我らのエース!」

そこへ、主将の後藤武が声をかける

 

「いえ、やっぱり相手も焦っていたし、マークされているから逆にそれが功を奏したみたいです。相手はSFFを警戒していましたし」

 

「次の試合、万全の状態でお前に任せるぞ!」

 

「そうですね、あの成宮鳴に勝ったんだ。なら、やっぱり勝ちたい」

試合後に色々と突っかかってきたし、相当に悔しかったのだろう。僕個人としても、彼は凄い投手だと思う。しかし、苦手でもある。

 

僕は、ビッグマウスがあまり好きじゃない。それに、なんだかあの試合の後、しばらく絡まれたので少し苦手意識もある。

 

「そうだな。お前と俺のバッテリー、それが頂点に立つ。小さな夢みたいだぜ」

黒羽がそう言う。そんな風に上手くいって慢心すると、痛い目見るよ。準決勝はそれを相手がやってくれたから勝てたようなものだから。

 

「金一はそういうところが捕手に向かないよね。集中力を持続させてくれよ。相手打者は必ず、マークして配球を考えてる。サインがあわないことが多いよ」

 

「うっ、すまねぇ………」

 

「まあでも、僕が熱くなっている時は、止めてくれよ」

 

大塚はそう言ってポンポンと黒羽の肩を叩き、先に風呂へと向かう。

 

しかし、明後日は大雨の為に試合が延期され、その次の日という事になる。

 

仲間に恵まれ、それぞれのチームで奮闘する二人の中心選手。

 

大塚と沖田。二人の運命を変える戦いが始まる。

 




尾道の怪童、沖田道広。

タイプ的には右の強打者ですね。モデルは今年セ・リーグで、安打記録を更新した人ですね。足もそれなりに速いです。

尾道シニアの3番として、大塚君と次回激突します。






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第3話 怪童対天才!! 

今回は広島と神奈川の決戦です。この過去話で出てきたキャラは大体が再び出てくるので、覚えておいて損はないかも。

後、ついに通常投稿にしました。



ついに始まる全国中学生野球選手権決勝。大塚は、並み居る格上との試合に接戦で勝ち進んだ尾道の打線を警戒する。

 

「金一。相手は初回からバッドを短く持っているようだね。」

一回の表。投球練習を終え、迎えるバッターのグリップの位置を見て、大塚はそうつぶやいた。

 

「一回の表、尾道シニアの攻撃。一番、センター、山田君」

 

「来い、おらぁぁぁ!!」

威嚇する山田だが、大塚はそれを意に介さず、投球に集中する。

 

黒羽からのサインが送られ、

 

―――まずは、右打者アウトコースのストレート。一球様子を見るぞ。

 

大塚はサインに頷き、ストレートを外角ギリギリに投げ込む。

 

スパァァァン!!

 

「ストライィィィクッ!」

 

黒羽のミットは気持ちいくらい乾いた音をたて、ボールはその中に納まる。相手は全くタイミングをとれなかったのか、バットをだせなかった。

 

「…………(おいおい、なんだよそりゃ)………」

一番打者は、初球のストレートを意識している素振りを見せた。大塚のストレートに強烈な印象を浮かべた尾道サイド。

 

続く二球目。

 

パアァァァン!!

 

「ストライクツーッ!」

 

今度はボール球の高めの釣り玉に手を出し、空振りを奪う。初球のアウトロー一杯が目に焼き付いており、制球の良さを考えに入れていたのだろう。

 

「ちっ………」

先程の威勢はない。明らかに動揺し、二球目の高めの釣り玉で冷静さを欠いている。

 

――――もうストライクはいらない、後は決め球のSFFで行くぞ。

 

しかし、大塚はここで首を横に振る。

 

――――じゃあ、なんだ? スライダーか?

 

 

大塚はまたしても首を振る。

 

――――まさか………アウトコースのストレートか?

 

そのサインに大塚は首を縦に振った。さすがに黒羽もこの攻撃的なリードには戸惑いもあった。が、大塚の調子を考えれば、初回から変化球の多投は避けた方がいい。

 

大塚、ワインドアップから振り被って三球目。

 

パァァアァァン!!!

 

「ストライクスリーッ!! バッターアウトォォォ!!」

 

見事な制球力で、掲示板に表示された135キロのストレートがアウトロー一杯に決まり、バッターは手を出すことが出来なかった。二球目の高めの真直ぐによるスイングの迷いを誘ったのだ。

 

「二番、セカンド、高須君」

 

続く二番打者も、変化球を警戒している打者の裏をかく配球で見逃し三振を奪う。

 

「くっ…………」

二番打者も最後はアウトドアのスライダーに手が出ず三振を奪われた。3球目の高めのストレートが軌道上にあり、外から曲げてきたボールに対応できなかった。

 

しかし、これを可能にしているのは、黒羽のリードだけではない。

 

大塚お得意のフォームチェンジオブペース。膝を上げている時間を調節し、バッターのタイミングを図り、それに合わせてボールを投げ込んでいるのだ。

 

この大塚有利の流れを断ち切るべく、続く3番打者の沖田がさっそく仕掛ける。

 

「三番、ショート、沖田君。」

 

球場がざわめく。いきなりの今大会ナンバーワン右腕大塚と、今大会ナンバーワンのショートにして、驚異的な打撃力を見せる尾道の怪童、沖田。

 

一番二番が後ろ寄りにバッターボックスに立っていたのに対し、この沖田は敢えて前に位置を置くことで、変化球が変化する前に仕留める算段なのだ。

 

「…………………」

 

――――真っ向勝負、か。まさかこんなあからさまにストレートを待つなんてね。

 

生憎、大塚には速球系の動く球は使えない。アメリカのボールとは全く違う軌道、さらに言えば制球が定まらない時があり、まだ実戦で使えない。さらに言えば、捕手の黒羽が取れない。

 

それでも、数か月で動く球以外の球種を制御出来た彼は、努力はした。

 

 

こうなるとSFFもコントロールミスをすれば、変化する前にやられる可能性もある。以前もそれをやってきた打者がいて、かすりもしなかったのだが、今回は違う。

 

相手は今大会ナンバーワンショートにして、尾道の怪童、沖田道広。

 

まず第一球。大塚の選択したボールはストレート。

 

ズバァァァン!!!

 

「ストライィィィク!!」

 

初見で合わせるのはやはり厳しかったようで、沖田はタイミングが遅れ、空振りを喫する。しかし、沖田は先ほどのバッターのように表情を変えることはなく、こちらをまっすぐ見ていた。

 

――――このバッターは明らかにレベルが違うね。

 

大塚は、その沖田が醸し出すオーラを感じ取っていた。

 

――――やっぱ、初めのスイングで捉えようなんて虫が良すぎたか。だが、まだボールの下か………

 

一方の沖田。さすがはナンバーワン右腕であると認め、その事実を弁えつつ、どうすればいいのかを考え、バッティングを修正する。

 

そして続く第二球。

 

カァァァァン。

 

しかし二球目で沖田は大塚のストレートに合わせてきたのだ。しかし、結果は―――

 

ぱし、

 

「アウト! スリーアウト、チェンジっ!!」

 

大塚へのピッチャーフライ。難なくそのフライを掴み、ベンチへと戻る投手の姿を見て、沖田はまだ表情を変えずに見つめる。

 

――――まだ手元で伸びるな。

 

そして一方の大塚も、

 

――――二球目で合わせられるなんて、ストレートのみだったけど、こんなバッターは初めてだ。前にバッターボックスを置いた打者には掠らせなかったのに………やっぱりこの人は危険だね。

 

大塚も、最初の勝負で勝ったものの、沖田というバッターの脅威を認識し、改めて以降の勝負での糧にする。

 

大塚はこの回、10球で尾道打撃陣を三者凡退に抑える。

 

「おっしゃ、この裏のディフェンスは任せろ!!」

しかし、その横浜シニア相手に、この技巧派左腕、成瀬が立ちはだかる。

 

 

「大塚ほどではないけど、やはりコントロールがいいな………」

主将の後藤は、投球練習での印象と、ビデオの映像から、彼の投手としての力量を再確認する。

 

「一回の裏、横浜シニアの攻撃は、一番、ライト、高木君」

 

―――まずは左打者、アウトローのスライダー。こいつは初球から振ってくるぞ。甘いところだと持っていかれる。

 

主将にして、捕手の木村は、成瀬にサインを送る。

 

―――投手戦にしてやるしっ!!

 

成瀬が投げ込んだボールは、手元で大きく沈みながら曲がり、高木のバットは空を切る。

 

「ストライィィクッ!!」

 

「………(想定していたよりもずっとキレがある。けど、ボールゾーンだった。)」

高木は冷静に今のコースを分析し、打席に臨む。確かにキレがあるが、技巧派という名にふさわしくない大きなスライダー。甘いところに来れば、打ち返す自信はあった。

 

しかし、

 

パァァァァン!!

 

「ストライクツーッ!!」

 

「!!!(曲りの幅を変えてきた? スライダーに関しては、見極めがしづらい。せめて、何球か粘らないと………)」

曲りをコントロールするスライダーピッチャー。左打者の高木に対し、あのスクリューは投げづらいだろうが、それでも、あのスリークォーター気味のフォームから繰り出されるスライダーとストレートのみでも、十分脅威だ。

 

続く第三球。

 

かぁぁん!!

 

「ファウルっ!!」

なんとか高めの真直ぐに不利おくれなかった高木。しかし今のはボールゾーン。

 

「(思わずつられてしまった。コントロールの良さを大塚と同様に利用しているなぁ………やりづらい)」

高木は苦い顔をしながら、それでも笑みを浮かべてバッターボックスに入る。まだ打ち取られていない。少しでも多く球数を稼ぎ、相手のデータを絞り出す。

 

続く第四球。

 

「(甘い球!! 貰ったッ!!)」

高木から見て内寄りのストレート。狙い球ではないが、打てないコースではない。確実にヒットコースに出来ると意気込む。

 

ストンッ

 

しかし、急激にそのボールは沈み、高木のバットは空を切る。

 

「シャぁぁぁ!!!!」

雄叫びを上げる成瀬。そして今の球を思い出す高木。第一打席、チームの切り込み隊長として、スライダー、ストレート以外の球種を見ることが出来た。そして今のは恐らく―――

 

「お前が空振りするとはな。そんなに手元で沈んでいたのか?」

主将の後藤が高木に尋ねる。

 

「はい。フォーク系だと思いましたが、フォーク特有の無回転軌道ではなく、速くやや回転もしていました。恐らく、チェンジアップ系のボール。あの球速を考えると――」

 

「高速チェンジアップ、だね………僕のパラシュートチェンジとは違う種類の」

そこへ、大塚が話に入ってくる。

 

「…………それに、スライダーも大きなスライダーと、縦スライダーの二種類がありますね。右打者にスクリューを多投するでしょうが、縦スライダー、クロスファイア-は頭に入れたほうがいいと思います。しかし、このチェンジアップは厄介ですね。」

 

 

「技巧派というだけあって、テンポも良いな………」

 

グラウンドを見ると、すでにツーアウトになっており、高木の三振、二番打者はアウトコースのスクリューからのクロスファイア-に詰まらされ、ゴロを打たされたのだ。

 

「三番、ライト、多村君」

 

「かっ飛ばせー、多村!!」

 

「(俺も広島を背負ってんじゃ。食らえ、クロスファイアーッ!!)」

 

ガァァァン!!

 

ボールは多村のバットに当たるものの、ボールは勢いよく真後ろへと飛んでいく。

 

右バッターボックスに体を入れた多村は、成瀬の初球、クロスファイア-をファウルであてたのだ。しかもコースさえ合えば、タイミングは合っていた。

 

「へぇ………」

 

「(次はアウトコースのストレートか、いや、あの様子だと、インコースにまた来るのか?)」

多村はマウンドで不敵な笑みを浮かべている成瀬の表情を見て、考える。

 

続く第二球、

 

パァァァン!!

 

「ボ、ボール!!」

審判すら危うく間違いそうになるほど際どい球。ストライクとコールされてもおかしくはない。実際、多村も手が出かかっていた。

 

「(スライド気味に、カット系と似たような軌道で切り込んでくるな。これは基本に忠実に打たないと、まずヒットには出来ない)」

 

このクロスファイア-に振りおくれないようにするのに対し、あの高速チェンジがある。故に、成瀬は両サイドの球種を揃えることで、それを防ぎに来ている。

 

第三球。

 

ストンッ

 

「!!!!」

 

そしてカウントを取りに来た球種、インコース、ボール球の高速チェンジにタイミングが合わず、バットは空を切る。

 

そして続く第四球は、遠くなったアウトコースにストレートを決められ、見逃し三振。

 

「おっしゃぁァァァ!!」

こちらも三者凡退に抑えた成瀬。意気揚々とベンチに帰る。

 

 

お互いに譲らないエース同士の投げ合い、結局両チームとも一巡目で互いにランナーを出せない状況。

 

大塚はコントロールの良い力のあるストレートを軸に、三振を奪い、成瀬はコースを丁寧につく、テンポのいい投球で横浜打線に的を絞らせない。

 

まさに対照的な両投手の立ち上がり。しかし、どちらも見事な投手だった。

 

 

二巡目、4回の表、ツーアウト。

 

二回目のバッターボックスに立った沖田。

 

同じように前に立つ沖田のバッターボックスの様子に、

 

――――初球はストレート、インコースのボール球。ボールでもいいから奴を踏み込ませるな。

 

内に構える黒羽。

 

「ボ、ボール!!」

この試合は際どいコースにボールが来ることが多く、審判のジャッジもやや遅れる。それほど両投手ともにコントロールに優れた投手であるという事だ。

 

「…………(外の球が狙い目か………一打席目でストレートでの嫌なイメージを植え付けたな)」

沖田は冷静に、大塚の表情を見る。グローブで口元が見えず、目はこちらを探るような目で視線を向けている。

 

「…………(動揺なしか。この程度で崩れるわけないか)」

 

―――次はアウトコース、パラシュートチェンジ。今のタイミングなら確実に振る

 

ブゥゥゥン!!!!

 

「!!!!」

第二球の外へ逃げるチェンジアップにバットが空を切る沖田。これが準決勝で見せたアラタのSFF、スライダー、サークルチェンジに次ぐ、四番目の球種。

 

「(予想以上に手元で沈むな。ストレートのタイミングで打つと、どうしてもプルヒッターの軌道になる………)」

成瀬と同じように緩急を自在に操るピッチング。さらに成瀬が会得していない、フォームのチェンジオブペース。膝の動きで、最後までバッターの動きを見て、タイミングをずらしている。

 

そして三球目、高めの威力のあるまっすぐが、沖田のバットを誘い出す。

 

「ボールツー!!」

危うく手を出すところではあったが、何とかバットを止めた沖田。しかし、この高めでも伸び上るような軌道に見える為、本当に脅威だ。

 

――――やっぱ、一筋縄ではいかないね。

 

――――どうする? ストレートにはタイミングがあってきている。ここはもう一球パラシュートチェンジか?

 

サインによる会話。大塚と黒羽は無言でコミュニケーションをとる。

 

「……………」

首を振る大塚。そしてその雰囲気だけで、球場のだれもが次の球種を予期した。

 

そしてそのオーラを一番肌で感じている一人でもある沖田も、強烈な威圧感を感じていた。

 

「(来るか、大塚のウイニングショット)」

この試合では、まだ一球も投げていない絶対的な大塚の決め球。

 

ワインドアップから振り被る大塚。構える沖田。

 

 

 

スパァァァァァン!!!!

 

「……………これほど、とは…………」

 

ストレートと同じ球速から鋭く曲がり落ちたボールはベース前でワンバウンド。大塚は敢えて変化を速くする投げた形で、前に立っている沖田の打ち気を誘ったのだ。

 

バレバレの雰囲気で、あえて変化球を投げることで。

 

この強烈な闘争心、そして冷静さを持ち合わせているこの投手は、強敵であると感じた沖田。

 

「ストライィィィクッ!!!! バッターアウトォォォ!!!」

 

――――世の中には、同年代にこんな投手がいるのか………

 

だが沖田は、歓喜に打ち震えていた。今までピンチに呑まれて自分のピッチングが出来ない、元々の地力が違う投手、ムラがあるので早い段階で勝負がつく投手とばかり対戦し、本当の怪物との対戦が少なかった。

 

――――だが、第3打席で絶対にヒットを打つ。ここで決め球を見れたのは大きい。

 

「すみません。何とか決め球を投げさせるのが限界でした」

 

「いや、これでSFFの軌道を俺達も見ることが出来た………相当な落差とスピードだな」

木村主将は、プロテクターとレガースを付けた状態で、沖田にフォローの言葉を入れる。

 

「第3打席で必ず強い打球を打ちます」

沖田には自信があった。確かに一流だ。だが、自分が全く対応できないほどの差は感じていなかった。

 

 

「ナイスピッチ、栄治!!」

同年代のショートの安田が大塚に声をかける。

 

「けど、やっぱり紙一重だよ、あのバッターとの対戦は。やっぱりあの打線の核は、あのショートとキャッチャーだね。」

大塚はやり難さを感じていた。あの三番と四番のプレッシャー。さらにその他のバッターはボールを当てに来ている。追い込まれるまで際どい球には手を出さず、ファウルもいとわない。チームとしてそれを徹底できている辺り、接戦を勝ち上がってきただけはある。

 

「それに、うちの打線も、あの左腕からヒットがわずか1本。後藤主将の長打があったけど、得点にはならない。情けないが、あの投手も本物だ」

 

マウンドで次々とテンポよく打者を料理していく成瀬を見て、大塚も頷く。

 

そして早くもツーアウトを取って、第一打席で長打を浴びた四番ファースト、右の強打者、後藤との勝負に臨む、尾道のエース成瀬達也。

 

ブゥゥゥゥン!!!

 

物凄い威圧感を感じるスイングだが、バットは空を切る。だが、当たれば成瀬の球威ではホームランにされかねない。

 

「…………チェンジアップか」

後藤はそれだけを言うと、目線を成瀬に向ける。

 

――――まるっきり動揺していないな。だが、こういう冷静なバッターは、

 

成瀬が頷く。とにかく低めにボールを投げる。パワーのあるバッターにはそれが必要。

 

ガァァァン!!!

 

続く高めのストレートに押し負けた後藤。打球は真後ろに飛び、バックネットに当たる。

 

「(キレが増している………尻上がりに調子が良くなるタイプか………)」

 

 

続く、第三球は外に外れるスクリューを冷静に見極めた後藤。カウントをワンボールツーストライクにする。

 

「ボールっ!!」

 

 

 

―――やっぱ、こいつは沖田クラスだな。こいつも相当だ。ここはワンバウンドの縦スライダー。絶対に止めてやる!

 

 

成瀬はそのサインに頷く。いい加減前の打席の借りを返したい。成瀬はリベンジに燃えていた。

 

グォォォォン!

 

 

キィィィィン!!

 

キレのあるスライダーが地面を抉り、砂埃を小規模に発生させる。対する後藤も最後まで食らいつき、ファウルで逃れる。

 

「………………(なんてキレだ。)」

素直に称賛する後藤。

 

 

―――こいつ、当てやがった…………

 

木村は動揺する。完全にうちとっているはずのコースと球のキレだった。だが、目の前の四番はそれを当てた。体勢を崩しながらファウルで逃れたのだ。

 

思わずマスクの下で顔をしかめる木村。

 

―――先輩、ここは腹を括りますよ?

 

 

――――ああ、正攻法ではもう通じない。なら、理の外に、活路を見出す!!

 

木村はミットを内に構える。それを見た成瀬は笑みを浮かべる。

 

――――インコース、クロスファイアー。お前の一番の球種で、こいつをねじ伏せろ!!

 

ノーワインドアップから振り被って第四球。

 

がァァァァん!!

 

 

打球は力なくセンターへと飛んでいき、

 

 

ぱしっ、

 

「アウトっ!! スリーアウト、チェンジっ!!」

 

「シャァァァァ!!!!」

審判のアウトコールを聞き、雄叫びを上げる成瀬。そして、完全に詰まらされた打球を見て、思わず苦笑いの後藤。

 

「かなりハートの強い投手だな。そして、手強い」

 

「俺達のエースは、まだまだこんなものではないぞ?」

 

「……………ふっ」

主将同士の短い会話。後藤はそれに無言ではあったが、口元を歪ませていた。そして木村もまた、食えない奴だと感じていた。

 

――――勝つのは俺達だ。

 

4回終わって両チーム未だ無得点。中学2年生のエース同士の戦いに相応しい、決戦の様相を呈してきた。

 




成瀬君は、イメージ的に山本昌投手ですね。スライダーとスクリューを操る技巧派もどきの本格派。違うのは、強烈なクロスファイアーと、球速ですね。

で、なんか見覚えのある人たちと、実在の人は関係ないです。



一部、大塚の球種の説明を改訂しました。


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第4話 神様は少しだけ厳しい

鬱要素含みます。




白熱するエース同士の対決。試合は6回を終わって尚、互いにスコアボードにゼロを並べていた。

 

ここまで大塚は6回を投げ、被安打0、四死球ゼロ、11奪三振。球数は65球と、やや快調なペースでパーフェクトを継続中。

 

圧巻だったのは、第二打席での四番木村との真っ向勝負。

 

ストレート、スライダーを続け、木村もファウルで粘ったが、7球目の137キロのストレートの前に空振り三振

 

この試合で自己最速137キロを計測。その時球場はどよめき、流れは横浜に向くかと思われていた。

 

しかし、広島の尾道。エース成瀬がその流れを相殺する。被安打3、四死球ゼロ、7奪三振、球数も63球とエースの責任を果たすピッチング。

 

尻上がりにスライダーの切れが増していき、見極めが難しくなる一方で、右打者へのクロスファイア-が非常に有効で、スクリューとのコンビネーションで両サイドを使われ、横浜打線も彼を攻略できずにいた。

 

 

試合は7回の表、ランナーなしの一死の場面から。

 

 

「二番、セカンド、高須君」

今日ここまでノーヒットの高須。何としても大塚のパーフェクトを阻止し、ランナーを溜めた状況で3番沖田4番木村に打順を回したい。

 

ドゴォォォォン!!!!!

 

「ストライィィィィクッ!!!」

 

スピードガン表示では、ここにきての初球135キロ。エンジンがかかりっぱなしなのか、それともかかり始めたのか、大塚の勢いは増すばかりだった。

 

「………(どんな形でもいい。塁にさえ出れば………)」

 

ここで高須はバントの構え。ゆさぶりをかけてきたが、絶対的な優位さは覆らない。

 

キィィィン!!!

 

バントしようとした球を、とらえ切れることが出来ず、後ろへと打球は飛んでいく。バントすらさせない、そして前に飛んでも―――

 

「!!!!」

 

バントした瞬間に猛ダッシュをかけてきた大塚。フィールディングはいいと言われていたが、そのチャージの威圧感とスピードは、バントですらプレッシャーをかける。

 

「(なんで投手のくせに、俊足バッター並に足が速いんだよ!? チートだろ!? それに前の下位打線もバントを転がしても、あの強肩………いや、めげるな!!)」

 

きっ、と睨むように高須はダイヤモンドの中心にたたずむ大塚をロックオンする。まずはどんな形でもいい、ヒットでも四死球でも、エラーでも、

 

「…………!!」

ここで高須、バッターボックスギリギリの場所へと立つ。デットボール覚悟の構えに、大塚は口元を歪める。

 

―――――エイジ! ここは一球中にストレート。お前のストレートを見せてやれ。

 

黒羽のサインに対し、

 

――――解った。けど、これで決めるつもりだからね

 

 

ワインドアップからの強烈なストレートが高須の胸元を襲う。

 

「!!!!!」

思わずそのストレートの圧倒的な威圧感に呑まれ、のけぞってしまう。そして―――

 

 

「ストライィィィィクッ!! バッターアウトォォ!!!」

 

コースすれすれのゾーンに迷わず決めにきたのだ。デットボールのリスクもあるにもかかわらず、寸分たがわないコントロールで高須のもくろみを打ち砕いた。

 

 

「………ごめん…………」

 

代わりにバッターボックスへと向かう沖田に対し、謝る高須。

 

「ここで強い打球を打って、反撃ののろしを上げるさ」

 

 

 

「…………来たね…………」

大塚はマウンドで言葉を発した。迎え撃つは、この試合最大の難関。

 

 

三打席目の沖田。

 

 

初球の入りは、

 

「ボールっ!!」

 

大塚、黒羽バッテリーは初球からスプリットを選択。しかし、配球を読んでいた沖田がこれをスルー。

 

「…………(やはりスプリット。このボールは確かにキレもある。だが、カットするだけなら…………)」

 

 

―――ヤバいな、スプリットを配球とはいえ、見切ってきやがった。

 

黒羽もこの沖田の集中力と読みに感服するほかない。ここで初球をあえて見逃す勇気は凄い。

 

続く第二球。

 

 

キィィィィン!!!

 

体勢を崩しながらも、沖田はスライダーに手を出した。ファウルの打球もだんだん前に飛ぶようになり、今のはファーストへのファウル。強烈な流し打ちだった。

 

―――あぶねぇぇ………今のもう少し高かったらやられていたな…………

 

ひやりとする場面で、流石に大塚からも余裕が消え、目つきが変わる。

 

――――抑えるッ!!

 

鬼の形相へと変わる大塚。

 

第3球。

 

 

ドゴォォォォンッッッ!!!!!!!!

 

「!!!!!」

 

強烈なストレートがアウトハイに投げ込まれ、スイングをするも空振りを奪われてしまう。

 

 

―――138キロ――――

 

会場がどよめいた。この7回にきて、自己最速の138を計測。強打者との対戦で力を温存していたことが分かる。だが、大塚のスタミナがもはや尋常ではない。

 

「ここにきてそれかよ…………」

 

 

連投規定、恐らくこの回までだろう。故に、大塚はこのイニング、沖田に全てをぶつけに来ている。

 

 

――――ここで俺が打ち取られれば、完全にヤバい。今度はサヨナラのリスクもある。

 

 

成瀬が安定しているとはいえ、彼も7回で降板する。控えの投手は幾分も落ちるだろう。故に、延長戦はどうしても避けたい。

 

 

第4球

 

 

キィィィィン!!!

 

なんとか今度はこの試合誰も当てるのことのできなかった魔球スプリットに掠り、バックネットに飛ぶ。

 

「!!」

大塚は少し驚いたような顔をしていたが、すぐに目は真剣になる。それも大して動揺もしていない。

 

――――こいつ、3打席でスプリットに掠りやがった。

 

 

一度ここでタイムを獲る黒羽。マウンドの大塚に駆け寄る。

 

「アイツ、まさかお前のスプリットに当ててくるとはな。けど、ストレートは今まで以上だ。力押しで、高めで最後は仕留めるぞ」

今の球速とキレ、球質ならば行けるという黒羽。

 

「いや、あくまでストレートは高めだけど、それでは足りない。やっぱり散らしていくよ。」

 

 

「エイジ?」

 

「全球種をかけて、アイツには勝負しないと。一本化するとそのうちやられる。けど今アイツはファウルで逃げている。」

事実、ストレートには振り負けている。彼はそのバットコントロールでボールに当てているが、それでもまだストレートはタイミングが合わない。

 

「………解った。俺もそれが妥当だと思う。外にパラシュートチェンジを見せて、緩急を使おう。」

 

 

 

そしてマウンドから捕手が下りていき、ホームベースの後ろに座る。

 

「(配球の確認か? だが、俺のやることは変わらない………)」

 

集中しろ―――

 

第5球。

 

フワン、

 

「!!!!!」

バットが思わず出ない球速差。タイミングを狂わされ、バットのヘッドが上手く出てこない。

 

キィン!

 

かろうじてバットに当てた沖田。ここで緩い外の球を使う度胸に、沖田は獰猛な笑みを浮かべる。

 

強打者と対戦する時、一番勇気が要るのは緩い球を使う時といわれている。一歩間違えば、ホームランボール。だが、はまれば勝負を決められる非常にリスキーな球種。

 

揺れながら落ちるあのパームの軌道をしたチェンジアップは、先程までの沖田のバッティングの調子に影響する。

 

「(頭を整理しろ………狙うのはあくまでスプリット。いずれ絶対にその球が来る。後のボールはクサイところをカットするだけ)」

 

そう、奴はいつか決め球で打ち取ろうとするだろう。そこが最後のチャンス。

 

 

あの時に当てることが出来たが、ここは自分のバットを信じることにした沖田。出来なければ延長戦。サヨナラの危険は避けたい。

 

 

 

「凄いわね…………この試合………成瀬君もいいけど、大塚君と沖田君…………」

 

青道高校野球部副部長、高島 礼(たかしま れい)。ロングヘアーでふくよかな胸囲と眼鏡が外見的特徴の女性であり、英語の教員でもあるので、万能である。少し天然な部分はあるが、野球の知識はそれなりにあり、その熱意も人一倍強い。

 

その彼女だが、あの成宮鳴を破った右腕を見る為だけにここへやってきたのだが広島のエース成瀬もまた、素晴らしいピッチングで大塚に対して、堂々たるピッチングで返している。

 

さらに、尾道の怪童をこの目で見ることが出来た。

 

 

そしてこの勝負。もうこれで8球目になる。

 

「ファウルっ!!!」

 

両エースとも、イニング制限があるため7回で降りなければならない。故に、少しでもエースとしてチームを勢いづけるプレーが一層求められる。

 

―――ここで大塚君が沖田君を抑えれば流れは横浜に。けど、沖田君が出塁すれば球数制限で大塚君は降板しなければならない。そうなれば、後続の木村君を抑えられるかが不安。

 

キィィィン!!!!

 

「ファウルボールっ!!!」

 

若干息を切らし始めた大塚。顔には汗が少し滲んでいるが、球威は微塵も衰えていない。

 

―――中学2年生でこの体力…………彼は間違いなく化けるわね。けど、その大塚君に食らいついている沖田君のバッティング技術は凄まじいわね。

 

沖田の方も集中力を切らすまいと鬼のような目で闘争心を失わせていなかった。

 

気を抜けばやられる。その言葉がどちらにも頭に浮かんでいた。

 

 

そしてこれで10球目。

 

 

カッ!!!!

 

沖田君が体勢を崩しながらついに大塚のスプリットを捉えた。だが、打球が低く投手の大塚へ―――――

 

 

球場に鈍い音が響いた。

 

「…………あ……………!!」

思わず声を上げてしまった礼。沖田の放った打球が大塚の左足に直撃したのだ。右足が宙に浮いている為、その体重を支えていた無防備な左足に打球が襲った。

 

「ぐっ!!!」

 

「…………!!!!」

 

苦悶の表情を浮かべる大塚。そして、打った瞬間に呆然としている沖田。観客のだれもが息をのみ、沈黙してしまった。

 

 

「ッ!!!」

そして走るのが遅れた沖田は当然一塁ベースに間に合うわけでもなく、打ち取られる。カバーに入ったのはキャッチャーの黒羽であり、スローイング後に大塚の元へ駆け寄る。

 

「エイジっ!! 足は大丈夫なのかよ!!」

 

「エイジッ!!」

 

「エイジッ!!」

 

「大塚先輩!!!」

チームメイトが駆け寄るも、まだ苦悶の表情を浮かべた彼は立ち上がることが出来ない。

 

観客もその惨状に黙り込んでしまいざわざわと不安定な雰囲気に。そして、一塁キャンパスの前で沖田は硬直したまま大塚の方を呆然とした表情で見ていた。

 

「……………………………」

その惨状を黙って見ていることしか出来ない礼。だがそうしているわけにもいかず、未だに立ち上がることのできない大塚を見かねて、スマートフォンを取り出し救急車を呼ぶ。

 

 

その後、大塚栄治は病院に直行。沖田道広はチームメイトにもその精神状態を心配され、7回終了時点でベンチに退いた。

 

結局、延長の9回に二番手の投手に分があった尾道のリリーフ投手が不安定な精神状態の横浜の打線を抑え込み、尾道も沖田の交代で動揺があったが、打順が回ってきた木村が最後に勝ち越しを決め、広島の尾道が優勝を決めた。

 

しかし、チームメイト一同は相手投手の大塚、そして顔面蒼白の沖田の手前、喜ぶことが出来ず、最も悲劇的な決勝戦として人々の記憶と記録に刻まれることになった。

 

 

横浜ナインも尾道の監督からの直接の謝罪と目に涙を浮かべて土下座する沖田を責めきれず、プレー中に起こった事故であるという事で一致した。

 

尾道のエース成瀬達也は地元の強豪校へと進学が決まり、広島のエースとしての道を歩むことになる。3年後、青道高校最大の敵として君臨するのはまだ先の話。

 

 

準優勝メンバーの多くは神奈川県内の高校に進学を決め、特に黒羽金一は横浦高校へと進学し将来のスタメンキャッチャーとしての道を歩むことになる。

 

 

その後、沖田道広はバッティングの調子を落とし、メンタル面で長い長い精神的なスランプに陥り、地元のチームメイト以外のライバルチームからのヤジに耐えられず他県へと転校していった。

 

そしてこの大会を最後に大塚栄治は中学時代での登板がなくなり、人々の記憶から忘れ去られていった。

 

 

しかし、野球の神様はそんな二人を忘れない。

 

 

天才ではない怪童は憂き目にあいながらもそれでも譲れない想いを秘め続ける。

 

本物の天才は苦難の道でさえも乗り越える勇気を未来に示すだろう。

 

 

しばしの眠りの後、彼らを再び知る時が来るだろう。

 

 

 

 

 




大塚君の怪我の度合いはですね・・・・

踝あたりを骨折して、結構重いです。次の全中には間に合わないぐらいの。

沖田君はマジでトラウマになっています。イップスほどではありませんが、尾を引いている状態で、まあ心無いことを言われてメンタルがぼろぼろになるという・・・

そして成瀬達也君は全中二連覇投手として広島の光陵入り。

準優勝捕手の黒羽金一は神奈川の名門、横浦入り。

この二人は、後々のライバルになります。





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躍動の前夜祭
第5話 再会(怪童)と邂逅(原石)


ついに原作主人公が登場するよ!

現時点の沢村は原作とほぼ同じ。しかし来年以降は・・・・


全てはあの試合で狂った。その責任はすべておれで、アイツは負うべきではなかった。アイツの野球を終わらせてしまった。

 

「壊し屋!! 壊し屋!!」

 

確かに俺はアイツの足を壊した。

 

「沖田君のこと、見損なったわ」

 

「さよなら」

 

プレー中に打球があの方向に行ってしまった。けど、俺の責任だ。

 

「やーい壊し屋~~!!」

 

俺は、アイツを壊したかったわけじゃない…………

 

「卑怯者~~~!!」

 

…………俺は……………

 

「恥を知れ~~~!!」

 

…………………俺は………ッ!!

 

 

 

「!!!!」

目が覚めるとベッドの上だった。いつかの苦い記憶を思い出したのか、沖田は嫌な汗をかいていた。休日の寝起きに相当悪い夢を見た彼は顔をしかめ、ベッドから出ることにした。

 

もしもう一度眠ってしまえば、またあの夢を見るかもしれないと。

 

「…………酷い寝覚めだ。」

沖田は洗面所へ向かい顔を洗う。だが、心の傷は未だ洗い流せない。

 

「………………もう一年になるのか………」

あの夏から一年。親の仕事の都合と重なり、東京へと転校することになった沖田はその選択に迷いがあった。このまま彼らにあんなことを言われて、それでもどうすることもできないことをなんとかしたくて。

 

しかし、いくら考えても何も名案は見つからず、日に日にそのストレスが練習試合に現れていった。

 

「道広…………その、でもお前は!!」

チームメイトもかける言葉を見つけられない。どうせなら責めてほしかった。自分のせいで折角の優勝が台無しになったのだと。

 

「アレは不幸な事故だったんだ!! だから!! だから!!」

その優しさが今は痛くて、そんな風にチームメイトにまで迷惑をかけたくなかった。だからもう広島で野球を続けることが出来ないのは解っていた。

 

「いつかっ!! いつか野球やろうぜ!! 甲子園で待ってるからな!!」

 

やめてくれ………

 

「今は無理でも、お前なら絶対這い上がれる!!! 俺達と戦うために、全国に来てみせろ!!」

 

やめてくれ………俺にそんな言葉をかけられる資格なんて…………

 

「お前の事、お前の才能、解っているさ。それでも俺はお前を見てみたい。離れていても、お前がまた野球と向き合える日が来るのを信じている。先に甲子園で暴れてくるさ」

 

主将………俺はそれでも、野球を続けて良いんですか? 

 

苦しいんですよ、バッティングをするのが!!

 

あの光景がフラッシュバックして、また誰かの野球を終わらせるんじゃないかって。

 

だから俺は、もう……………

 

 

「道広!!」

 

大声で自分を呼ぶ母親の声が聞こえる。こんな休日にいったいどんな問題が起こったのやら。

 

「…………母さん………?」

 

「野球部のスカウトさんから連絡が来てね。青道野球部っていうところなんだけれど、道広を特待生でほしいっていうのよ」

母親が半分嬉しそうに、半分複雑な感情を抱きながら、その報告を息子にした。

 

「…………俺は、惰性で野球をやっているだけだよ。やめないといけないのに、やめたくないって思う自分がいる…………けどそれが苦しい…………」

 

あれから神奈川には一度も行っていない。もしかすればまたアイツに出会うかもしれない。しかし、どんな顔をして彼に会えばいいのだろうか。

 

「けど、せっかく頑張ってきたのよ。話を聞くだけでも聞いてみれば? 門前払いはさすがに失礼よ」

 

「………解ったよ、母さん。」

明らかに鬱陶しそうに沖田は体を起こす。そして、母親に詳しい連絡先を聞く。

 

「けど、どんな人なの。俺みたいな爪弾き者を欲しいなんて言う物好き。」

 

「青道高校野球部副部長。高島礼さんよ。女性で普段は英語の教師をしていらっしゃるのよ。まあとにかく旅費を渡すから、一度行ってきなさい」

 

そして、母親に言われるがままに準備をし、当日。

 

 

「行ってくるよ、母さん。期待しないで待っていてね」

 

「息子の判断よ。これ以上私は何も言わない。けど、こんな形で野球を諦めるのはダメだと絶対に思うのよ。だからこれは私の我儘よ」

年甲斐もなくウインクをする母親。確かに見た目は若く見えるが、そんなに若くはないのだから正直似合わない。

 

「でも、自分の気持ちに正直になって。それが母さんからのお願い。お父さんもそう思っているから、無理にでも中堅のクラブにいれたのよ。」

 

そう、父さんは自分を東京のチームにいれたのだ。色々な事情があることを説明し、受け入れてくれる監督を探してきてくれたらしい。たまたま弱小だが、こんな自分を受け入れてくれるチームがあり、大会に出ることは出来なかったが、野球への執着が完全に途切れることはなかった。

 

だからこそ、俺がこうしてあきらめが悪く野球への執着を忘れられないわけだが。

 

「お兄ちゃん。どこにいくの?」

そこへ、妹と弟がやってきた。一年前のあの日から、妹にも弟にも辛い思いをさせてしまった。友達もいたのに、あの日のせいで関係のない二人まで後ろ指を指されてしまった。

 

「ちょっと、忘れ物を取りに行くんだよ。その忘れ物を取れるかどうかはわからないけど………」

 

「お兄ちゃん頑張って!! またホームランが見たい!!」

外出前だというのに、目が霞んで、何も見えない。目頭が熱く、こんな顔では笑われてしまうかもしれない。

 

振り払ったつもりなのにこうして縋りついて、こんな言葉で自分は揺れている。

 

「うん! お兄ちゃんに憧れて俺は野球を始めたんだ!だから、諦めないで!! 俺の目標でいてよ!! 兄ちゃんの凄いプレーが見たい!!」

 

だから今、そんなことを言わないでくれ。堪えきれない。

 

「…………ああ、そうだな………ありがとうな…………兄ちゃん、ちょっと頑張ってくるよ………」

 

 

 

こうして俺は、家族に後押しされて、強豪の門を今一度潜ることになる。そこで、何が起きるのか、あの事故のせいで後ろ指を指されるのは覚悟している。けど、やめられない理由も出来てしまった。

 

 

「辛い………辛い筈なのに、なんで…………」

 

ほっとしている自分がいるのか。

 

 

 

青道野球部。過去6年間は甲子園出場はなし。現時点では打撃が売りのチームであり、今年はドラフト上位候補にも挙がっている選手がいるほどなのだが、市大三高、稲城実業というライバルに大きく水を空けられている状態。投手に課題があり、絶対的なエースがいない。

 

 

「エース、か……………」

 

あのたった一試合だけだったが、そんな言葉が似合う選手を俺は一人しか知らない。

 

チームを背負い、バックを信じ、常にピンチでは闘争心を見せ、その修羅場を潜り抜けた者。

 

そして、アイツほど責任感の強そうな男は見たことがない。

 

 

それはあっという間だった。東京で地下鉄の電車に乗り、青道野球部にやってきた俺は、その校門に足を踏み入れていたが、中々その高島礼という人物が来ない。

 

「………時間にルーズなのだろうか…………」

沖田は頭を抱え、校門の前で座り込む。こうして立っているのも疲れるので、楽な姿勢でいようと思ったのだ。

 

「君も青道の入学希望?」

そこへ、どこかで聞いたことのある声がした。そういえば、俺のような物好きを見つけたんだ。同じようにいわくつきの選手を連れてきたのだろう。それに、ここで野球をすると決めているわけではない。

 

正直、あまり関わりたくないが、背を向けたままというのも失礼か。

 

「まだ決まったわけじゃないけどな…………あ…………」

 

その瞬間、呼吸が止まった。

 

「あ……君は一年前の………元気だった? あれから何の情報もないから心配したんだよ?」

 

なんで………お前がここにいるんだ………?

 

「あれ? なんか固まっているね。自己紹介もちゃんとしていなかったね。初めまして、俺は大塚栄治。一応、青道に呼ばれたんだ」

目の前にいる、かつてのエースは、地に足がついており、足に問題があるように見えなかった。

 

「お前………脚は………大丈夫なのか?」

 

「うん。今ではもう完治しているよ。リハビリも終わったし、今はもう一度鍛え直しているところかな?」

ケロッとそんなことを言う大塚の言葉に、沖田は居た堪れない気持ちになった。

 

「俺を恨んでいるのか………それとも憐れんでいるのか?」

 

「えっと………君の名前は? 俺はまだ、君の名前を知らないんだ」

苦笑いの大塚。本当に彼は自分の事を気にもしていなかったのか。

 

「沖田道広だ。これでいいだろう……お前に合わせる顔なんて………」

 

「同情しているのかい? それは俺への侮辱だよ」

声色を突然強めた大塚に、沖田は思わず足を止めてしまう。

 

「だが…………」

 

「あの時、俺も沖田君も全力を出していた。それは紛れもない事実だよ。だから、あの時の沖田君と俺を否定しないでほしい」

真剣な瞳で大塚はそんなことを言ってきた。

 

「…………………俺がいれば、青道にも迷惑がかかるかもしれない。それはお前にも………」

 

「それでもだよ。沖田君が野球をやっちゃダメなんて誰が言ったんだよ。俺が野球を止めるなって言ったら、君は続ける? 俺以外に、そこまで言える人はいると思う?」

意地悪な質問だ。沖田は案外この大塚は食えない男であると悟る。

 

「いない、な………そうか…………」

 

「まあ、俺も一年を無駄にしていたわけじゃないし、野球をしたい気持ちで一杯さ。これでまた戻れる。遠回りもあったけど、精神的にも強くなれたし、野球が好きなんだっていう本心を改めて知ることが出来た………無理やりだけど、マイナスばかりではなかったんだよ?」

 

「強いんだな、お前」

 

「強くなりたいから、かな? エースっていう名前で呼ばれたい、そういう人になりたい。お父さんは何も語らずにエースって言われるようになったんだ。」

 

「大塚…………もしかして、元プロ野球選手の………」

 

大塚正。元横浜のエース。どんな時でも不屈の精神でバッターに立ち向かい、優勝に貢献した、横浜最高のエース。

 

晩年もタイトル争いをし、去年現役引退を表明。現在はコメンテーターとして、幅広いスポーツ番組に出演し、人気を誇る。一方で、ベイスターズのコーチの打診を受けている噂もある。

 

何よりもマウンド以外での穏やかな性格と理路整然とした説明がファンに受けているという。あの同じく元プロ野球選手のアニマルとも公私で仲が良いとも言われている。

 

「そうか………それにしても…………」

 

沖田は大塚を見る。それを不思議に思う大塚。

 

「ど、どうしたのかな?」

少し慌てる栄治。沖田が自分に興味を持ってくれたことは嬉しそうだが、何を見られているのか恥ずかしがっている。

 

「背伸びたんだな、あの時と比べて」

 

「まあね、色々美味しい食事を食べていたらこうなりました♪」

栄治はそんなことを言って、少し大きくなった体で胸を張る。

 

「遅れてごめんねー。ちょっとこの子、大都市が初めてで…………」ぜェ、ぜぇ

 

そこへ、すごく息を切らしている女性と、神妙な顔の少年がいた。

 

「えっと………貴方が高島礼さん?」

沖田が恐る恐る尋ねる。

 

「そうよ、ごめんね、遅れちゃって。すべては私の責任ね。こういうことも予測するべきだったわ」

頭を下げる礼。

 

「大丈夫ですよ。女性はいろいろ時間を使うのだとおじいちゃんは言っていましたし、30分ぐらいどうってことないです。」

フォローしたつもりなのだが、最後が余計だった。

 

「30分も待っていたの? ごめんなさい!!」

礼は具体的な時間を聞いてさらに平謝りする。

 

「あれ!? 逆効果!?」

そんな様子に栄治は慌てる。

 

 

「………………………………(気まずい…………)」

そこにいる少年、この中では一番小柄な体格の少年が黙り込んでいる。

 

「(あ、こいつは馬鹿の匂いがする…………)」

沖田は出会った瞬間に原作主人公の性格を悟った。

 

 

 

そんなひと悶着があったが、一同はまず青道のグラウンドを見学し、その大規模な敷地に件の少年こと沢村栄純以外はあまり驚かなかった。

 

一応二人は強豪チーム、もしくは強豪にしたことがあるので、あまり驚いていないのだ。

 

「どうかしら? 沢村君。青道野球部の雰囲気は?」

 

「すげぇけど…………なんか気に入らん!!」

 

「沖田君と、大塚君はどう?」

 

「やはり強豪というだけあって、施設はいい。それなりにレベルアップも出来そうな環境だと思います。」

 

「グラウンドは整備されていますし、しっかりとルールやマナーが徹底されているのを感じました。」

 

「………このグランドとか練習道具とか凄いってのはお前らの言う通りだ。でもな、こんなに金かけなくても野球は出来るし、どーせ選手だってうまい奴ばっかり集めてんだろ? それなら強くて当たり前じゃねぇか!!だから俺はこういう名門校のエリート軍団には絶対負けたくない!!!」

 

「まあ、強豪がヒールになりやすいのは漫画の影響もあるし、その方が面白いからなんだけどね。それに見合う努力をしたのだから上手いに決まっているよ。」

大塚がさらりと毒を吐き、黒い笑みを浮かべていた。

 

「なんだと!!」

沢村が大塚の言葉に食って掛かる。沖田と礼は頭を抱える。

 

「現実は漫画ほど優しくはないよ、沢村君。」

更に火に油を注ぐ大塚。

 

「まあまあ二人とも落ち着いて。確かに沢村君の言う通り、野球をするために他県から選手を集めているところはあるわ。」

 

「ほらな!」

沢村が勝ち誇るように大塚に叫ぶ。

 

「ハァ………」

大塚は話にならないと首を横に振る。

 

「けど、野球が上手くなりたいために他県の学校へと入る覚悟を決めた選手もいるという事を忘れないでほしいの。それに、他県でいろいろあって野球をしづらくなった子たちの為にも、こういう仕組みは時に受け皿にもなるのよ」

礼がそういう言う風に説明をすると、沢村は「ムムム」と顔をしかめ、何も言わなくなった。

 

「こらァァァ!!! ピッチャー!! 何腑抜けた投球してんじゃァ!! 」

 

 

「「「あ」」」

 

 

「?」

 

青道高校の明日はどっちだ!?

 




次回予告

東氏との対決。なお結果・・・・

御幸捕手、痛恨の残念ぶりを発揮。沖田に晒される

沖田、はしゃぐ。





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第6話 原石と伝説と……

ついに沢村君の出番です。


「こらァァァ!!! ピッチャー!! 何腑抜けた投球してんじゃァ!! 」

 

「す、すいません!!」

 

「ん?」

沢村がまず気づき、一同はその騒動が起こった方へと目を向けると、

 

「すいません。ちょっと礼儀のなっていない人はいたようですね。」

嘆息しながら大塚は高島に謝罪する。

 

 

「こんな球じゃ練習にもならんやろが! もっと活きた球投げんれんのかい! アホんだらぁ!!」

一同はその様子にそれぞれの反応をする。沢村は今にも飛び出しそうな状態になり、沖田がそれを止める。大塚は彼を冷ややかな目で見ている。高島はそんなカオスな状況を収集することに躍起になる。

 

「ハァハァ、すいません大………丈………夫です。ちゃんと投げます」

小柄でサイドスローの投手がヘロヘロになりながらも投球を続けている。

 

 

「わかったならさっさと投げんか川上!!」

その川上と呼ばれた人物が先程から打撃投手をしているが、それでも彼は不満らしく、

 

「東清国、高校通算は42本塁打で今年のドラフト候補生のパワーヒッターよ。まあ、ちょっと練習でヒートアップしているけど、そろそろ止めないと川上君がまずいわね………」

冷や汗をかきながら、高島は嘆息する。これで青道に悪いイメージを抱かれたら、もう入ってくれないのではないかと思えてしまうからだ。

 

「アレが!?」

沢村は思わずその説明で身体の動きを止める。

 

「……………アレを三振にとれば、すぐにプロに行けますね」

大塚は目がぎらついており、闘争心を剥き出しにしていた。

 

「(お父さん、お母さん、薫、雅彦。なんか入るところ間違えたんじゃないかな、かな?)」

沖田は遠い目をしており、達観の領域に入っていた。

 

その後も彼の求める球というものを投げることが出来ず、メタボリックな体型の上級生が怒っている。

 

「あーあ、またこんぐらいでばてて、やる気あんのか、自分? いつまで経っても今のままやとベンチ入りすらも駄目に決まっとるわ。そのぐらいの実力のピッチャーはごろごろおるんやからな、やる気なかったら田舎帰れや!!」

 

流石にあれは言い過ぎだろうと思った沖田が、思わずその言葉に反応し、沢村の拘束が緩くなる。大塚は、「沢村君の言うこともあるようだよ。ちょっとごめんね」と謝罪をし、沖田の穴をカバーしていた。

 

「すいません………ちゃんと投げます」

しかし、もうあの投手が限界なのは目に見えている。体力的にも精神的にもかなりぐらついている。同じ投手として、沢村と大塚はあまり歓迎できない光景だ。

 

「だったらさっさと投げーや!いちいち何回も同じこと言わせるなや」

 

 

 

「そんな体でプロに行くぐらいなんですから、あまり期待できそうもないですね。その図体で内角をどうやって捌くのやら」

 

「だよな大塚、あいつあんな体でプロ行くってよ! マジでありえねぇよな。あんなだったらプロなんか絶対止めた方がいいって! 思わねぇ?」

先程喧嘩していた二人が意気投合。投手というのは案外単純なのではないかと思う沖田。

 

 

「ちょっ………栄純やめろ!!」

沖田が止めるがもう遅い。この言葉ははっきりと東選手に聞こえたようで、

 

「だってあのお腹みたら完全に中年の腹じゃねぇーか! あんな親父みたいな体格で高校生なんだとよ!!」

しかしとまらない栄純。さらに禁句を連発し、東選手のスコアボードにどんどん得点を入れていく。

 

「だ………誰や………こらぁああああ!!! さっきから人のチャームポイントを笑うとる馬鹿は~~~出てこいや!!」

 

「「「は?」」」

これにはさすがの沖田も疑問符が付いた。アレはチャームポイントではない。生活習慣の賜物?

 

沖田まで参加していると勘違いした高島は「もう終わりだわ………」と意気消沈していた。

 

沖田視点で見ると、どうやらあの後輩たちも薄々それを感じていたらしく、ひそひそ声で話をしていた。この人は怒るとめんどくさいのか。

 

「………チャームポイント!? あれが? 短所だろ、短所!!!」

先程まで怒っていたはずなのに、沢村は、今度は馬鹿笑いをしていた。

 

「何が野球留学だよ。覚悟や向上心は立派だけどよ、 ここじゃあ、力がある奴は何しても許されんのかよ!!」

 

「何か問題があるかもしれないけど、頭ごなしに叱っても逆効果ですよ、先輩」

厭味ったらしく大塚もそれに続く。

 

「名門と呼ばれるこの学校じゃあ、練習に付き合ってくれる大事な仲間に対して、罵倒してその挙句の果てに田舎に帰れなんて言うのかよ!?」

沢村がさらにヒートアップ。大塚も何かを言おうとするが、悉く沢村に言いたいことを言われ続けている。

 

「そうだね、だか「もしそれを世間が認めても………俺は絶対にお前を認めねぇぞ!わかんねぇのかよ?たった一人じゃ野球は出来ないんだよ、この糞デブ」右に同じです」

最期カッコつかないな、と苦笑いの大塚と、激怒している沢村。

 

そこへ遂に東選手がやってきた。

 

「ああ~さっきから黙って聞いてりゃ、………この糞ガキどもが」

威圧しているが、沢村と大塚は退かない。というより退く気がそもそもない。

 

「終わりだわ………日程をずらせば………いえ、それは隠蔽だわ。でも…………」

そして意気消沈状態の高島礼、そして彼女を励ます沖田。

 

「あ、あの大丈夫ですよ。あの先輩以外はまあまともだと思いますし…………」

そして息をするように失言をする沖田。

 

「ああん!? てめえも舐めてんのかぁ、コラァァ!!」

 

「しまったぁぁぁ!!!!」

自分にも矛先が向けられ、失敗したことを自覚する沖田。

 

 

その後、話し合いの結果一対一の打席勝負をすることになった大塚と沢村。仮にもドラフト指名候補。なので、沖田は止めにかかるが、

 

「絶対倒す!!」

そう言って何も聞かない沢村と、

 

「道広君には、見せちゃおっかな、今の俺の球。どう言い訳をするのかな、あの人♪」

不敵な雰囲気で何かを含んでいる大塚の笑顔は、ある意味沢村よりも怖かった。スイッチが入ってしまっているようで、こちらもどうしようも出来ない。

 

「ははっ、面白そうだね礼ちゃん、そいつらの球、俺が受けていい?」

そこへ、サングラスの伊達男がやってくる。何やら真打登場って感じで登場してきたが、

 

「先輩、恰好ついていないっすよ。そんなポーズなんてしなくていいのに」

沖田が冷静に突っ込む。

 

「へ、へぇ~~(震え声) 今年の仮一年生は面白そうなやつばかりなんすね、アハハハ………」

若干顔が引きつっているサングラス先輩。明らかに怒っている、そしてまたしても失言をした沖田は、

「しまった、また突っ込んでしまった!?」

 

「ギャグかよ!! 道広もやる気満々じゃねェか!!」

沢村も笑い、

 

「そういうのはいいと思うよ(笑)」

大塚は満面の笑みだった。

 

「まあ、とにかく。受けるキャッチャーがいないそうだし、ここはこの仮一年生を見てみたいっていう俺の好奇心もあるわけなんですよ。それに、東さん、最近天狗気味だから若者とプレーをすれば初心に振り返れるんじゃないかと思って~~~」

 

「だ、だ、誰が天狗じゃァァッ!!!!!」

 

 

「もう収集つかない………どうすればいいのよ…………」

この惨状に、礼は項垂れるしかなかった。

 

 

 

その後、サングラス先輩こと、御幸一也2年生が、大塚と沢村の球を受ける事になった。順番はまず沢村からという事で、

 

「なんで俺まで………」

沖田は審判をやらされていた。

 

「あの一言のささやかなお返しだぜ♪ まあ、運が悪かったと思ってくれな♪」

この先輩、ノリノリである。

 

しかし、沢村がいったいどんな球を投げるのか興味がないわけではない。

 

果たして奴はどんな球を―――

 

「準備は出来てるか小僧?それともここでリタイアして詫び入れるなら今のうちやぞ。一度そのマウンドに上がってプレー開始したらどこにも逃げ場はないんやぞあぁ」

 

あれ、勝負は?

 

大塚はあくびをしながらその汚いセリフの応酬を見守っていた。沖田はいつまでもたっても始まらない勝負に悶々としていた。

 

「上等だっつーの! 逃げ場だと? そんなのてめぇの方なんじゃねぇーの? 今からてめぇはぶちのめされんだからな? つーかボールぶつけられても文句言うなよ、このメタボン」

 

勝負は…………?

 

「ククク、なんだよ。メタボンって………やっぱ面白れぇよ ………。」

 

…………勝負……………

 

何か沖田の頭の中で何かが切れそうな気がする。これ以上は危険だと自分でも解った。

 

「おい御幸、何笑っとるんじゃ! これ以上なめとんならいてこますぞ? われ!」

 

……………………ねぇ…………

 

もはや目のハイライトが消えかかっている沖田。高島礼は、そんな沖田の目が淀んでいくのを見て、さらに項垂れる。

 

「プッ、後輩にも舐められてんのかよ。やっぱり豚みたいな体してるからか?」

 

……………………おい……………(怒)

 

「黙れや糞ガキ! 殺すぞ」

 

 

「おい…………いつまで遊んどるんやァ………さっさとはじめろや、ボケ共ッ!! それともなんや? 勝負やらんのなら、こっちが全員イテまうぞ、ゴラァ!!!」

ついに沖田の堪忍袋が切れた。広島県出身の怖い言葉を羅列していく沖田。

 

「なっ………」

一同が凍る。それまではあの温厚な沖田がこれほど切れたのだ。

 

「さっさとはじめろやァッ!!! いい加減うんざりしとるんやァ!!! おんどりゃには付き合いきれんッ!! 勝手に勝負して、全員野垂れ死んどけやァ!! ワテが引導渡したろうかァッ!?」

 

「やっと元気になったようだね。どう、すっきりした?」

そんな中で、軽口を言える大塚は異常だった。

 

「…ッ…悪い………後悔はしているが、それでもまあ、一年分吐き出した気分だな。失礼しました……」

 

「それはよかった♪」

 

「……………………」

一同がシンとしてしまったので、大塚が困ったので、

 

「勝負、始めてもいいと思いますよ。」

 

「お、おお………(あの坊主、あんなに怖くなるとはなぁ、それに、あの餓鬼も何で平気なんだ?)」

東は沖田の豹変と、大塚の平常心が気になって仕方ないが、それは目の前の少年を打ち込んでからにすると決めた。

 

「プレイボール」

少しトーンの落ちた声で始まるの合図をする沖田。

 

そして初球、

 

―――真ん中? こんなパワーバッターにそんなインコースの甘いところを要求?何考えてんだ、この人…………

 

沖田がそう思った瞬間、

 

「なっ!?」

 

沖田の顔面にボールが飛んできたのだ。しかし、御幸がそれをキャッチし、寸前で顔面を強打する事態はなくなった。

 

「おっと失礼」

 

――――今のは、サイン違い? いや、沢村が明らかに嫌がっていた? それにこれはストレートなのか?

 

沖田が審判目線で見た沢村のボールは不規則な回転がかけられており、非常に軌道が読みにくかった。

 

 

 

「ふぅん。そういうことか。」

大塚は高島とともに沢村のボールを見ていた。そして大塚は一球でそのボールが何なのかを看破した。

 

「どう? 面白いボールでしょ?」

 

「そうですね。あれしか知らないのは致命的ですが、ダイヤの原石のようです。文字通り荒削りな。なんだか指導したくなるような選手です。いろいろ才能はあるのに、何もかもが足りなくて」

 

「そうよ! 貴方も解るのね! そうなのよ、それでね―――」

 

「(あ、地雷ふんだ)」

大塚はしばらくの間、高島の野球談議に巻き込まれた。

 

 

キィィィィン!!!

 

「ナイスボールっ!! 球は来てるぞ!」

 

沖田は何球も投げているにもかかわらず、この人がいまだに沢村のボールを捉えきれていない理由に気づき始めていた。

 

―――まさか………いや、そんな馬鹿な………天然のムービングがここまで………だが、この程度のストレートを芯でとらえきれない理由は…………

 

普通はフォームや握り方を教えられるはず。だが、沢村はそれがない。故に、それは偶然が重なってできた沢村の唯一無二のボール。

 

―――伸び代だけなら、全然わからないぞ、こいつ………

 

沖田はこの沢村の底知れぬ伸び代に戦慄を覚えた。これでもし、ちゃんとした指導を受けて、自在にボールを変化させられれば…………

 

キィィィィン!!!

 

「ファウルっ!!」

 

またファウルか…………

 

そして――――

 

 

ズバンッ!!

 

「………へ?」

 

「ちょい審判。コールは~?」

御幸先輩に急かされ、

 

「ストライク! バッターアウト!!」

信じられない。いくら慢心があったとしても、このバッターを抑えた。

 

「シャァァァァ!!!!!」

そしてマウンドで雄叫びを上げた沢村。

 

「何や、最後のボール………最後は動いて………」

 

「ムービングファースト………まさかこんなに早くお目にかかれるなんて………」

沖田はその球種を知っているし、沢村以外も知っている。

 

「…………それが、このガキの………それに、そっちのガキ、名前は?」

 

「大塚栄治です。横浜シニアで投手をやっていました。」

 

ざわざわ………

 

まさか、あの大塚って…………

 

間違いない、あの伝説の…………

 

「エイジ? お前ってすごいやつなのか?」

 

「凄いも何も、全中準優勝投手よ。」

 

「え、えぇぇぇぇ!!!! こいつが!?」

沢村が驚く。まさか、自分の手のとどかない場所で戦っていた投手が近くにいることに。

 

「まあね、運がよかったんだよ」

へらへらしながら白状する大塚。

 

 

「そうかァ………怪我からのカムバック。まあええわ。お前もその実力を見せてもらうわ」

 

「ご期待に沿えるよう努力はしますね」

 

 

「なんだか、黒くなったわね、あの子………どうしてこうなった…………」

高島礼がまたしても落ち込む。

 

「うっ……ごめんなさい…………」

思い当たることが多すぎるので、一応謝る沖田。

 

 

 

 

「プレイボール!!」

 

―――けど、アイツの球はどうなっているのかな…………

 

 

あの頃と変わらないワインドアップ―――いや、違う。

 

歩幅が少し狭い。これでは手投げに―――

 

 

ズバンッ!!!

 

しかし、沖田の不安とは裏腹に、大塚はキレのいいボールをアウトロー一杯に決めてみせた。

 

―――それに角度もあるし、あの膝の動きが。そうか、軸足を怪我したが、右足は無事だった。だから感覚が残っていたのか。

 

そして、お得意のフォームチェンジオブペース。打者のタイミングを探り、それを外す動き。

 

「(おいおい。こんな高等技術を持ってんのか、それにコントロールも反則レベル。さすがは、あの成宮に一度投げ勝っただけはあるな。)」

知り合いの左腕が昔、いけ好かない右腕に負けたと抜かしていたので、それが彼なのだろう。

 

―――おいおい、ここでそれを使うのかよ。まあ、試したいという気持ちがあるのは解るけどさぁ

 

御幸はそのどこまでも攻撃的で繊細な投球こそが、大塚の真骨頂だという事を知る。

 

第二球。

 

 

ククッ!

 

ガキンッ!!

 

「ぐっ!!?」

かろうじてファウルになったが、明らかに東は差し込まれていたというより、詰まらされていた。

 

「何だ今のは………これはツーシーム? いや、この軌道は………」

沖田はあの時会得しているはずのない球を投げていることに驚いていた。僅かに右バッターの膝元に沈み、芯を外したのだ。

 

 

「(たった一年で、そないなシュート系とはなぁ、ああいうのを天才いうんやろうな。)」

東には大塚のボールがはっきりと胸元からやや膝上に沈んでいたことを感覚で分かった。そして見事なコースを突いたそのボールを打っても、今のはファウルにしかならない。

 

シンキングファストボール。速球系の変化球の一つであり、通称「沈むストレート」。シュート系にスライドするのではなく、おちながら切り込んでくるため、高速シンカーといわれることもある。

 

「……………(早く勝負を決めるか)」

 

第三球。その瞬間、御幸と東には何か悪寒がした。それは大塚から放たれたオーラ。目に見えないはずなのに、彼の体からそんなものが見えるようになる。

 

―――来る、アイツの決め球が…………

 

直感で分かった。今から奴は、自分の一番自信のある変化球を投げるのだと。そしてそれは、彼の代名詞―――

 

 

「(なんや………何が来る………?)」

東も沢村の時の様な油断はない。だが――これは明らかにおかしい。

 

 

そして放たれたボールは――――

 

「捉え―――!?」

 

東の視界から消え、東のスイングは空を切り、

 

「ぐっ!?」

御幸のミットからこぼれ、彼が後ろに逸らしたのだ。彼が逸らすところを見たことのなかった選手たちはいっせいに動きを止め、その光景を目の当たりにする。

 

「おい………御幸が後ろに逸らしたぞ………」

 

「なんだ、あれは…………」

 

 

「今、ボールが沈んだ………? 何だよ、今の球?」

沢村はその名を知らない。いや、変化球すら知らないのだろう。だからこそ、沖田が審判の防具を脱いで答える。

 

「大塚の決め球。SFF(スプリット・フィンガー・ファーストボール)だ」

 

 

ここから始まる逆襲の時。かつての天才は地獄を潜り、怪物として表の世界にたった。

 

 

 




沢村のことを気に入った大塚。戦慄を覚えた沖田。

次回が入学前最後の話になります。

時期的にはオリジナルの話になると思います。


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第7話 躍動の前夜祭

文化祭が始まっています。この話は完全にオリジナルとご都合主義です。


東を三振に取ったことに今は一様に驚いていた。しかし、それはその前に投げた沢村が彼を三振に取っているので、それも解らなくもない。

 

だが、あの御幸一也が後ろに逸らしたという事実が、グラウンドの空気を凍らせた。

 

「角度をつけすぎたかな。すいません、まだ本調子でなくて、制球に不安があるんですよ。」

大塚がそのように説明する。

 

「………………すげぇぇ………何だよ今の球。フォークなのか?」

沢村が感嘆の声を上げる。

 

「まあフォーク系の落ちるボールだ。通常のSFFは落差が小さく、打ち取るためのボール。だが、アイツのSFFはフォークと同等の落差だ」

 

しかも、歩幅が以前よりも小さくリリースポイントが高い為、より角度がつくSFFはそれだけ落差もでかくなる。

 

「初見であれは厳しいかぁ~。けど、次は止めてやるよ」

御幸もすぐに気分を切り替え、大塚の変化球を称賛しつつ、捕手としてのプライドを口にする。

 

「アイツよりも結構キャッチング上手そうだし。あの時よりも早くとってくれそうですね。」

大塚は以前に再会したかつてのチームメイトの事を思い出していた。

 

 

 

――――本気なのか、東京で野球をやるって………

 

――――うん、いいリハビリの先生がいるようで、東京に引っ越すことになったんだ。親の都合も兼ねてね。

 

――――確かに………今の栄治を取ろうという学校は神奈川にはいない。あんな大怪我をして…………くっ! 俺が横浦に掛け合う!! あの人たちもお前のポテンシャルを!!

 

 

―――これ以上世話になる事は出来ないよ。こうして、キャッチボールしてくれるだけでもね。

 

まだ球速はあの時に届かない。まだあの時のMaxに満たないストレート。やはりリハビリで下半身の粘りが消えかかっている。それに、最近骨がようやくつながったところなのだ。

 

――――………そんな顔をしないでよ、同じチームにはなれないけど、甲子園まで勝ち進んだら、また会えるさ。

 

――――エイジ…………約束だぞ!! 俺は横高の捕手のスタメンを勝ち取る!! だから、また野球をしよう!! 今度はバッターとピッチャーとして!!!

 

かつての相棒にこう言われたのを覚えている。

 

――――ああ、約束だ

 

 

 

「……………ようやく第一歩、なのかな…………」

三振に取った後、大塚はこのダイヤモンドの中心に戻れたことに万感の思いを感じていた。

 

 

またこの懐かしい場所に戻ってこれた。それがうれしくて、勝負をしているうちに、投げていること自体に感動していた。

 

「……………栄治…………」

沖田は、彼が名残惜しそうにマウンドにいる姿に、何を思うのだろう。

 

悔恨の念? それとも彼が復活した事への歓喜?

 

「…………あ、そろそろ戻りますね。」

 

大塚がマウンドを降りた後、一同は改めて学校見学を再開するのだった。

 

 

 

 

「ただいま…………」

家に帰った沖田は、ひどく疲れた様子で、妹の薫にも心配されていた。

 

「お兄ちゃんただいま!! でもすごい疲れてそう………」

 

「いや、ちょっといろいろとな……本当に、いろんなことがあった」

今日その日起きたことを思い出すように、目を閉じ、感慨にふける沖田。

 

「あ、帰ったのね、道広。」

母親も帰宅した息子を出迎える。そして、疲れているが、充実した顔、何かに吹っ切れた顔を見て、笑顔になる。

 

「どうだった、青道高校」

 

「…………いろんなことがあった。何か言わなきゃいけない相手が、でもその勇気がなくて………でも、俺は今日、ちゃんと向き合う事が出来た」

 

「そう…………」

 

まさに奇跡だった。彼がこうしてあの頃と同じように投手をして、あの打者を三振にとって、自分と同じように第一歩を踏み出したこと。

 

それが同じ高校であるという偶然。

 

「俺………やっぱり野球を続けたい。アイツと一緒に、野球をやってみたくなった。野球を諦めるという選択肢がなくなったんだ。そしてプロの世界で、アイツと改めて勝負がしたい…………」

 

この3年間は同じチームで、そしてプロ入り後はまた違うチームになる可能性が高い。だが、今度は彼からホームランを打ちたい。

 

「………野球、続けていてよかったわね」

 

「はい…………」

 

 

 

 

「そうか………お前は青道に行くんだな………」

電話の主、黒羽金一は、盟友が他県の強豪校に行くことを聞いた。

 

「ああ。それに今日は懐かしい選手にも会えた。あの時、一番強いと感じた選手だったんだ」

大塚がライバルと感じた選手。それはあの試合で唯一彼から強い打球を放った選手―――

 

 

 

「沖田が!? けど、なんでまた………アイツも、野球を続けていたんだな。」

黒羽とて、盟友を壊されて何も思わないわけではなかった。まるで自分が犯罪をしたかのように、懺悔する彼の姿に、何も言えなかったのだ。その後再び全国大会で尾道と巡り合った時、彼が他県へと転校したことを気にかけていたのだ。そこまで彼の心に影を落としていたのだと。

 

「なんだか、一人にすると心配だから、アイツの面倒も見ようと思うんだ。彼、凄い真面目そうな性格しているし、損をよくしそうなタイプだろうから」

大塚も普通に話してみて、沖田の事を気に入っていた。

 

 

「まっ、推薦が結局青道以外ないのがなぁ………世の中見る目ないぜ………」

黒羽はこの世間の評判に色々と文句があるようだ。

 

「仕方ないさ。実戦を離れて久しい投手が、そんな争奪戦になるわけがない。公式戦はおろか、練習試合にも出ていないのだからね。」

 

実戦はその後磨けばいい。今は、体力をとにかくつける事。失った体力を取り戻すことに重きを置いていた。

 

成長期のこの時期に、そうしたランニングや体作りは効果があったようで、黒羽と再会した時に「お前、背が伸びたな…………」といわれるぐらいに高身長を得たのだ。

 

「まあ、無事推薦を受けたし、後は甲子園で戦うだけだな」

 

「そっちも、東海大に不覚を取るなよ?」

 

「そっちも稲実を倒してこいよ」

 

「「………アハハハハハ!!!!」」

考えていることは同じだったらしく、二人は大笑いした。

 

その夜、久しぶりの長電話でスマートフォンの電源が危険ゾーンに入ったが、盟友二人のキャッチボールは二人の今後が明るいことを互いに示していた。

 

「けど、俺は寮じゃないぞ」

 

「え?」

黒羽は意外だった。大塚はすむところは最低限あればいいと常日頃から言っていたのだ。

 

「だって、家近いし。まあ、友人の部屋に泊まるかもね」

自転車ですぐであり、友人の部屋に突入するのは楽しみだしされるのは嫌なのだ。

 

「お前、性格悪くなったなぁ………」

苦笑いの黒羽。

 

「図太くなっただけだよ。」

 

 

こうして青道にかつて名を轟かせていた二人の選手が入学する。

 

 

そして11月に青道の文化祭が開催されていた(同時並行でオープンキャンパスが今年のみ同じ日に。特別進学クラス受験者対象)。このシーズンにはどの高校も文化祭を開催。何はともあれ、3年生の最後の思い出づくりの一つであったり、新入生には初めての文化祭。東京という地理もあって、人手で賑わっていた。

 

「お前、普通に飯食いに来ただけだろ………」

 

「いいじゃないか。お祭りごとは楽しいだろうしさ」

 

「って、お前ら来てたのかよ!!」

そこには、沖田、大塚、沢村の三人が青道高校にやってきていたのだ。

 

「むしろ長野のお前がここにいることに驚いているんだが」

 

「うんうん」

 

「ディズニーの帰りに、なんかあの女の人に誘われた」

 

「「は?」」

 

なんでも、沢村は青道への推薦が決まってお祭り騒ぎらしい。だから、沢村はガールフレンド兼お目付きの蒼月若菜と一緒に東京にきたという。

 

「お前、リア充だったのか………」

沖田が衝撃を受けた顔をしている。

 

「うん、栄純がモテるとは思ってなかった」

大塚もあのバカみたいな性格で女にもてることに驚いていた。大塚は女性とデートをする時間もなかったので、リア充ではない。ただ単に忙しかったのだ。

 

「リア充? モテる? 何を言ってるんだ?」

そして沢村は鈍感男の典型みたいなセリフを吐きやがった。

 

「一遍爆発しようか、なぁ栄純!? 全国のモテない男に謝れ!!」

 

 

「栄純~~~!! こんなところにいた………」

そこへ、栄純の目付兼彼女?の女の子がやってきた。

 

「(か、可愛い………)」

沖田はその彼女を見た第一印象がそうだった。そして、そんな女子と知り合いの沢村に嫉妬する。

 

「へぇ、結構可愛いね」

大塚もまあ笑顔のまま。というより、あまり沖田ほどきにしていないようだ。

 

 

「あの……栄純とは、知り合いなんですか?」

 

「そうだよ、一応推薦組。まあ、テストでよほどのことをしない限り大丈夫な身分」

大塚が説明を入れる。

 

「そうなんだぁ………さっそく友達が出来たんだね、栄純!」

ニカッ、と太陽のような綺麗で純粋な笑顔に、沖田は顔を赤くする。

 

「どうしたんだよ、道広? 顔がトマトみたいになっているぞ?」

煽る気満々の、煽る気は実際にはないという罠。沢村は、沢村だった。

 

「五月蠅い黙れェェェ!!」

そんなことを言いながら沖田はどこかへ走り去ってしまった。

 

「????」

沢村は、なぜ沖田が怒ったのかを理解できなかった。

 

「あの……うちの栄純が迷惑をかけます………」

苦笑いの女性。

 

「大丈夫、大丈夫。アイツはすぐに戻ってきますよ。ところで、君は栄純の何なの? 恋人?(黒い笑み)」

大塚が沖田不在の中、暴走した質問をする。そんな質問を振られて、その彼女もまた、赤面してしまう。

 

「おい若菜? お前もおかしいぞ?」

沢村もさすがに心配して、若菜と呼ばれた女子に飲み物を買いに行くと声をかける。だが、かみ合わない親切を見た大塚は、顔がにやけるのを我慢している。

 

「う、ううん!! 私は大丈夫!! えっと、私は蒼月若菜。栄純とは同じ中学で、今日は日程が空いたので、東京にやってきたんです」

 

「初めまして、俺は大塚栄治。まあ、エースの座は渡さないけどね」

 

「なんだと!? 俺が絶対エースになるんだ!!! いくらお前でも絶対に負けねぇぞ!!」

怒っているわけではないのだが、沢村は大塚の発言に食って掛かる。

 

「まあ、中学3年時の実績はほとんど同じ。後は実力。入学前からの競争だな」

大塚が煽る煽る。

 

「望むところだ!!」

沢村も闘志に目を燃え上がらせ、大塚を見る。

 

「栄純……大塚君…………」

 

「とまぁ、見ていて飽きないし、楽しい奴は歓迎だよ」

 

「ほっ………」

 

「けど、今のままではハンデがありすぎる。栄純には“野球知識”が圧倒的に足りない。プレーはどうかはわからないが、それでも知識だけでも詰め込んでここに来いよ」

 

そして、大塚はバッグの中から、一冊の本を取り出す。

 

「………野球入門書?」

沢村がタイトルを読む。そして、大塚はもう一つのA4のホッチキス止めの紙をクリアファイルの中に入れて手渡す。

 

「あと、栄純の投げ方を見て、改良できる部分があると思った。後は俺の趣味かな」

本当は高島礼に預けようと思っていたが、本人がちょうどそこにいたので、手間が省けた。

 

「うわぁぁ………これ、写真つき………それに握り方まで………」

若菜はすぐに紙を見て分かったようで、感嘆の声をもらす。

 

「いいんですか、栄純に渡しても?」

ライバルに塩を送る行為に、若菜は戸惑う。

 

「まあ、体が出来ていない奴でも負担無く投げられる変化球は覚えていて損はないよ。エースを争う投手が変化球無しなのは、なんか恰好がつかない」

 

「うっ………」

凄い変化球をいくつも持っている大塚にそう言われ、沢村は何も言えない。実際、大塚の決め球に衝撃を受けた彼は自分も何か変化球が欲しいと思っていたのだ。

 

大塚の東を空振りに取った―――そもそも勝負にすらなっていなかったあの変化球。

 

「まぁ、来年の初日が楽しみだね。それにそろそろ沖田を探しにいくよ。栄純はまぁ、彼女さんとデートでもすればいいと思うよ」

 

「///////////」

若菜は最後にそう言われ、顔を赤くする。

 

「お、おう!! 見てろよ!! 絶対に驚かせてやるからな!!!」

 

 

その後、沢村は彼女を連れて文化祭に来ていることがばれ(御幸が第一目撃者なのでお察し)。特に上級生の選手に散々追い回されたらしい。

 

しかし、一緒にいた若菜はその状況をどこか楽しんでいたりもしていた。それもそうだろう、その内野手が言うには逃げる時もずっと手を繋いで逃げていたというから。

 

 

 

大塚は、食堂でいろいろと食事をして家に帰ろうとしたが、御幸に捕まった。沖田は少し壊れたのか、可愛い女子をナンパをしようとしたが、野球部の太田部長に捕まった。

 

 

「まったく、いたいけな後輩を捕まえてどうしたんですか、御幸先輩?」

 

「どこが可愛げのある後輩だ………文化祭に来ているんだ、それならいろいろ案内してやったのにな」

 

「はは、すいません。ところで、沢村がなんか追い回されているんですけど、どうしたんですか?」

遠くでは、沢村が若菜とともに小さい高校生に追い回されていた。そして若菜は少し笑みをこぼしていた。

 

「うん? リア充撲滅キャンペーン」

さらっとそんなことを言う御幸。自分もモテていることを棚に上げて、この仕打ちである。

 

「うわぁ………先輩もワルですね(笑)」

大塚はそれ以上何も言わず、ニヤニヤしていた。

 

「あっはっはっは! お前も捕手が向いているかもなぁ」

御幸も、それを咎めない大塚の物言いに満足したのか、大笑いする。

 

「そう褒められるのは嬉しくないですね(笑)」

 

「笑ってるぞ?」

 

「ねぇねぇ、御幸。何少年と悪巧みしているの? 俺も混ぜてくれない?」

 

そこへ、桃色の髪の学生が二人の前にやってきたのだ。背も御幸に比べ低いが、彼の言動を聞く限り先輩のようである。

 

「あ、小湊先輩お疲れ様です。それが聞いてくださいよ、先輩」

ニヤニヤしっぱなしの御幸。

 

話を聞いた小湊先輩は、

 

「いいねぇ、そういうノリは嫌いじゃないね。これは来年が楽しみだよ。君のスプリット、確実に当ててみせるから精々今は笑ってなよ」

そしてこの黒い笑みである。

 

「これは宣戦布告ですかぁ。来年が楽しみであると同時に怖いですね、アハハハ(笑)」

 

「フフフフフ(笑)」

 

「やべぇぇ、来年が楽しみ過ぎるwwww!!」

 

 

私服の少年に、巷で話題の御幸一也、背は小さいがイケメンの小湊先輩が揃って黒い笑みを浮かべているのが文化祭後に話題になった。

 

 

混ぜるな、危険

 

 

「今日は楽しかったよ。入学後は色々と手を貸してあげることにするよ。」

 

「それは心強い。実力を示してからチームに貢献しますね。その時はよろしくお願いします」

 

「俺、アイツらをリードするのかよ。やっば、興奮するwwww」

 

 

その後、沖田は間違って直前の特別進学コースの説明会に紛れ込んでしまい(イベントを短縮するために、今年のみ並行して実施している)

 

「(なんで、こんなピリピリしたところに入ってしまったんだ、俺のバカァァァ!!)」

互いに互いをけん制し合う受験生の中に放り込まれた、この中では草食動物の沖田。そのでかい図体のくせして、縮こまってしまう。

 

 

「沖田がいない。帰ったのかな?」

普通科を見学していた大塚は、辺りを散策することに。すると、

 

「ん? ハンカチ? こんなところになんであるのかな?」

女物のハンカチが床に落ちており、大塚はそれを拾う。

 

「不用心だなぁ、でも、こういうのはこういう場所でよくあるよね」

落し物は学校の学務課に持っていけばいい。もしくは職員室に届ければいいと考えた大塚は、それをポケットにしまい、職員室を目指す。

 

そこで、

「すいません高島先生。今度はこんな面倒事を」

 

「いいのよ、あの時はその………私が悪かったわ。こういう面倒事を解決するのが先生の役目よ。落し物ありがとうね」

たまたま職員室にいた高島先生にハンカチを手渡し、大塚は職員室を後にする。

 

 

「うーーん、午前は悪巧みだったけど、いいことをすると気持ちが晴れるなぁ」

大塚はこれでもう帰ろうと思ったのだが、

 

バーーン!!!

 

「え?」どしん

曲がり角で何か柔らかいモノにぶつかり、少し衝撃を受けるが倒れるほどではない。

 

「きゃぁぁぁ!!!!」ずてん

対する当たった物体―――女子生徒は、転んでしまい、しりもちをついている。どうやら知らない制服のようなので、今日の文化祭に来ていた学生なのだろう。

 

「……………」

尻餅をついている女子生徒は、「イタタ………」と呻き、まだ視界がふらついているのか、起き上がれていない。

 

大塚はその女子生徒に手を指し伸ばそうと、手を差し出し、体勢を低くするが、

「あ………」

大股を開いていたので、スカートの中が見えてしまったのは不可抗力である。とりあえず視線を外し、女子生徒を起こすと、

 

「す、すいません! 急いでいたので………そ、それでは!!」

すぐに立ち上がり、大塚に謝るとその場を急いで走り去ってしまった。嵐のような出来事で、嵐のような子だったと思った大塚。

 

「うん、沢村ならビンタだったね、アレ。沖田なら急所を蹴りあげられるところだったかも。」

やはり大塚も大塚だった。

 

 

なお、色々と逃げるのに時間のかかった沢村と若菜は、予定の電車に乗り遅れ、今日は東京で過ごすことに。

 

仕方ないので、ホテルで一泊をすることになり、テレビの使い方がよくわからない沢村がスイッチを片っ端から押して、とんでもないのを出してしまったが、そんなことは大塚も沖田も知らない。

 

「ニュースが見れない!! 天気予報も見れない!! どうなってんだこのテレビ!! つかえねぇじゃねェか!!」

ポチポチとボタンを押すが、自分が思っていないところへといくので、沢村のイライラはたまる。

 

「うん……私も詳しかったらいいんだけど、説明書見よう?」

 

「あともうちょっとなんだ!! あともうちょっとで………(ぽちっ) ……………あれ?」

 

「…………ひ……………あ…………」

 

「…………………………ナニコレ………?」

沢村は目が点になる。あまりのことに、理解が追い付いていない。

 

「…………………あ…あ…………あ……………」

一方の若菜。とんでもないのを見せられて、思考が硬直している。

 

 

「イヤァァァァァァ!!!!!!!!」バシンッ!

 

「フゲラッ!!!」

 

沢村が手痛いビンタをされたのはお約束。

 

しかし、この事がきっかけでお互いを意識するようになったのでよかったのか悪かったのか。

 

 




沢村が大塚の魔の手により、野球入門書を手に取った!

沢村の野球レベルが上がった!

やる気が上がった。疲れがたまった。


沢村がリモコンの操作ミスをした。

沢村のやる気が下がった。疲れがたまった。若菜の評価が上がった。

次回から入学編ですね。








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第8話 入部初日 

ここから青道伝説の始まり?




そして年が明けて月日のたった翌年の4月。

 

新入生はグラウンドにいた。

 

「…………栄純の奴どこだ…………?」

沖田が焦っている。栄純は確かに入学をしたと聞いている。しかしここにいない。

 

「いないね、まさかまだ長野にいるのかな…………」

冗談半分でそんなことを言っている大塚も、全然気が気ではない。栄純という友人がここにいないことに不安を感じている為、軽口を言って精神を落ち着かせているのだ。

 

「ねぇだろ。てか、お前も不安がってるのか。」

 

「当たり前だよ。あれだけのことをしたんだ。来てくれないと困る」

 

そして次々と、出身中学もしくはシニアチーム、名前、ポジション、一言を言う流れになり、

 

「国分寺市立第一中学校出身、大塚栄治です。ポジションは投手を希望しています。一秒でも早く、エースナンバーをつけられる選手になります」

 

ざわざわ………

 

まさか、あの大塚栄治?

 

怪我で一年いなかったあの伝説の………

 

そして紹介は続き、

 

「国分寺第二中学出身、沖田道広! ピッチャーとキャッチャー以外、どこでも守れます!! 今年一軍に行きます!!」

 

ざわざわ………

 

今度は壊し屋かよ

 

というか、なんで大塚と一緒の高校なんだよ

 

「うっ………俺は…………」

その声を聞いてしまい沖田は表情を苦しくする。それは事実であり、受け止めなければならないこと。

 

 

「黙れッ!!」

大塚がその瞬間、彼らしくない怒った声で周りを一喝した。大塚の怒鳴り声は響き渡り、辺りがしーんとした。

 

「…………俺と沖田の勝負は中学で一番心躍るものだった。だからこそ、俺のライバルを貶める言動はだれであろうと許さないよ?」

はっきりと言い放った大塚。沖田を庇うようにして前に出てそう宣言した。これでは誰も何も言えない。被害を受けた彼がこうなのだから、だれも言える資格はなくなる。

 

「すみません。俺の言いたいことはこれだけです」

一礼して、列に戻る大塚。周りを気にすることなく、彼は自然体で戻る。

 

「悪い………やっぱりおれのせいで………」

 

「それは言わない約束だよ、道広。」

 

「すまん………」

 

 

そして一年生の紹介が終わる時間が迫った時、ついにそれは起きてしまった。

 

「あっ! 誰か割り込もうとしてるぞ!!」

 

 

「「あ……………」」

沖田と大塚がハモッた。例の友人が今になって姿を現したのだ。

 

「初日から遅刻とはいい度胸だな?おい小僧、練習が終わるまで走ってろ! あと、もう一人紛れていた奴と同室の者も同罪だ」

 

「げぇ!?」

そこへ御幸先輩も名指しされた。同室の先輩も一緒で、見覚えのある小さい先輩と横にも縦にもでかい先輩もいた。

 

「「(あ~~~あ…………)」」

二人は沢村を残念そうに見て、練習に参加するのだった。

 

 

 

「うっ、すまねぇ。」

 

「ほら、俺も一緒に謝りにいくから、な?」

大塚がフォローするが、余程あの言葉が響いたのか沢村はショックを受けている。

 

「ハァ………うっし! まぁ、やるしかねぇぇ!」

 

その後沖田と大塚は、沢村が一人でグラサンの監督のもとを訪れ、謝りに行っているのを確認し

 

「自主練か、道広?」

一人黙々と素振りをしている沖田を見て、大塚が声をかける。

 

「そういえばあいつらは今頃寮で夕食かな? さっき見たけど、凄い量だった。アレを食べるのは少しきつそうだ。」

そして彼の言う通り、一年生はその量を食べきることが出来ず、死屍累々としている。

 

「まぁ、俺もタオルでシャドーするし、近くでやっても構わないよね?」

 

「ああ、俺が独り占めするようなことはしないぞ」

 

 

 

 

「ふっ、あの一年生。中々見所があるようだな。それに素振りのセンスもシャドーのフォームもいい。今日はこれからランニングだが、次に会う時は奴らも誘う事にしよう」

眼光の鋭い先輩が、二人を虎視眈々と狙っていた。

 

 

 

 

 

 

そして次の日

 

「これよりお前達の希望ポジション毎に別れてテストをする!!アップシューズからスパイクに履きかえて第二グラウンドに集まれ!!」

 

「おっしゃぁぁぁ!! ついにこの時がやってきた!!!」

意気揚々と第二グラウンドへと向かう沢村。

 

「まあ、どれだけ成長したのか見せてもらおうかな?」

大塚もあの紙を見て、沢村がどの程度化けているのかを見たい願望もあるので非常に楽しみである。

 

―――彼には何か人を引き寄せる力がある、そう思うのは気のせいなのかな?

 

 

まずは遠投。投手の肩をそれぞれ見るつもりなのだろう。そこには、あの時の御幸先輩と複数の上級生が見守っていた。

 

遠投はあまり好きではないんだけどね………

 

大塚の出番が来てボールを受け取ると、ステップを踏みながらゆったりとした綺麗なフォームで、その右腕を振り抜いた。

 

グォォォォォォンッ!!!!

 

唸るような剛球が、空を切り裂くように投げ込まれ、そのままフェンスに直撃した。

 

「……………!!!」

その光景にグラウンドの人間は騒然とする。大塚としては、まだ足が完治しているとはいえ、フォームに物足りなさを感じている。だからこそ、こんなもので驚かれては困るという思いだった。

 

 

「うおりゃァァァァ!!!!」

 

グォォォォン!!!!

 

そして沢村の番。沢村も遠投96mとまずまずの成績を残し、手ごたえを感じていた。

 

「(フォームもだいぶ変わっているね。右手の壁を意識していなかったからそれについて教えていたけど、まさかあんな変則フォームになるなんて………)」

教えていたというより、アドバイスをしていたのだが、沢村の豹変ぶりに驚いていた。

 

グオォォォォォォォンッ!!!!!!!!

 

「「!!」」

しかしその次の投手希望の選手が大塚以上の遠投の肩の強さを見せたために、辺りはまたもや騒然となった。その中には沢村と大塚も入っていた。

 

「(凄いね。速球だけならかなりのモノを感じる。確か彼は………降谷暁(ふるや さとる))」

体格も大塚と同じ程度あり、沢村よりもがっちりとした性格。下半身の粘りではなく、指先の感覚と、スナップの強さがモノを言っている。まだ上体で投げているところがあるが、ここにも原石は存在した。

 

 

そして次は的当て。一番わかりやすく言うと、ストラックアウトだろう。番号にかかれたコースを言われるがままに狙って当てるというモノである。

 

 

「このパワーアップした俺の力を見せてやるぜェ!!!」

沢村が意気揚々とテストに入るのだが、

 

その初球。

 

カァァァンッ!! ドゴッ!!

 

 

「あ…………」

 

ストラックアウトのフレームに球が直撃し、跳ね返ったボールがグラサンの監督こと、片岡鉄心監督に直撃したのだ。

 

「うわあぁぁぁ…………」

大塚もこれには引かざるを得ない。だが、彼は宣言通り、初日からとんでもないことを実現している。

 

「なんでさぁぁぁぁ!!!!!!」

 

結局、沢村の成績は20球中、10球を当てるにとどまった。どうやら、あのフォームは幾分も球威を増したようだが、その分コントロールがまだ定まっていないように見えた。

 

そして、大塚の番だが、

 

「当てるだけなんて、打者がいない中で投げるのは楽だね………」

 

20球中、最後にスライダーで当てようとしたのが失敗して19球。最後にやらかしたので、反省する大塚。

 

 

その一方で、

 

「降谷ァァァ!! どこに投げているんだァ!!!」

 

制球力テストで、20球中6球と散々な成績の模様。ガックリと項垂れる。

 

「難しい……壁投げと全然違う」

 

「当たり前だ、馬鹿野郎~~~!!!!」

 

 

その頃、野手の練習では、

 

パシッ、

 

「ファーストっ!!」

 

「シッ!!」

上手く厳しい打球を捕球した沖田は、そのまま反転スローイングで、ノーバウンドでファーストに矢のような送球を送る。

 

「つぎっ!!」

 

カァァン!!

 

パシッ、

 

シュッ!!

 

 

沖田は並外れた身体能力で打球に追いつき、そのほとんどを捕って見せた。

 

最後―――

 

カァァァン!!

 

「あっ!!」

 

ノックを打っていた先輩が打球を上げ過ぎて、ライナーを打ってしまう。三遊間、深いところ、だが―――

 

「うおっ!!!」

 

パシッ!!

 

ダイビングキャッチをして、倒れながらもボールを放さなかった沖田。クラブを上にあげて、捕ったというアピールをする。

 

「おぉぉ!! ナイスガッツっ!!」

 

「(俺にはもう、実績なんてない………だから、やるしかない………!!)」

沖田は目に見えて燃えていた。

 

 

バッティングでも、

 

カキィィィン!!!

 

「おい、アイツ何メートル飛ばす気だ!!」

 

フリースイングでも沖田の勢いは止まらず、快音を連発していた。

 

 

 

 

その後、全体練習に参加し今日の練習が終わった後

 

「………もう終わりなのか………?」

沢村は呆然とした顔で、辺りを見回す。

 

「そうだね。早く今日は寮で夕食を食べなよ。」

そしてケロッとしている大塚と、

 

「おい大塚。お前も今日は素振りをしないか。お前のバッティングもあの頃は上手かったし、やってみるのもいいだろ?」

沖田がこの練習後に自主練に大塚を誘う。

 

「そうだね。9番目の打者としての心構えは必要かな」

大塚もバッティングを磨く必要があると感じており、彼の誘いを蹴らない。

 

「ぜェ、ぜぇ………なんであいつ等ばてないんだ…………」

 

「し、し……死ぬ…………」

 

「……………………」ちーん

 

しかし他の同級生は息も絶え絶えで、倒れ込んでいる者が半数だった。

 

 

そしてこの一年生の初練習初日の夜。片岡監督はおでこに湿布を張りながら、今日の体力テストの結果を、高島副部長と太田部長とともに見ていた。

 

「投手の成績が終わったようですね。野手は例年に比べ、複数のポジションに自信のある子が多いので、まだ続いていますが………」

 

「うむ。」

鉄心は、高島の報告を受け、投手のデータを見ていく。

 

しかし、彼が満足を覚える、目に留まる選手はなかなかいない。どれも平均、球速もそこそこ。変化球も持っている者と持っていない者がいるが、それでも実戦で使えるかは未知数。

 

エースの不在

 

青道高校は打撃や守備などを見ればそれこそ全国トップクラスの評価であることは間違いない。去年もドラフトで指名される野手が存在し、その打撃力は西東京の中でもトップクラスの実力を誇っているだろう。

 

しかし、毎年青道高校には打撃力や守備力のいい選手があつまるものの、エースと呼べる投手が滅多に出てこない。

 

丹波、川上は確かにいい投手ではある。しかし、弱点が致命的であるために、それを克服しない限りはエースにはなりえない。

 

丹波の場合は、中盤にかけてコースが甘くなり、打たれ出したら止まらない。要は集中力とメンタルの問題だが、それが長年の彼の課題となっている。

 

川上は右バッターには通用する。一方で、左バッターの被打率が高いのだ。以前左に対する有効な球種を持っていたが、それが実戦で使えるものではなく、とてもまだ間に合っていない。さらにはコントロールを気にし過ぎるあまり、四球を連発することもある。

 

そして、そんな弱点を持つ投手たちを抱えてるために、青道の試合は毎年打撃戦となるのだ。

稲城実業や市大三校という強敵がいる中で、やはりエースと呼べる投手がいない現状では甲子園に行くことなど不可能であり、ましてや目標の全国制覇には程遠いだろう。

 

しかし、今年は目につく投手が複数現れたのだ。

 

 

 

「長野からの野球留学生。沢村栄純。遠投96m。制球20分の10。評価B。私が見ていた時よりもだいぶフォームが変わっていて、球威を増していました。その分制球を乱しているようですが、まだフォームが固まっていないからでしょう。」

 

理由 レベルの高いところで、エースになる!!

 

「…………小学生か何かか………?」

残念そうな目で、沢村の写真を見つめる片岡。言動が物凄くバカっぽい。それは一同も思ったことだ。

 

「東京に在住、その前は神奈川の横浜シニアに在籍していた大塚栄治。遠投115m。制球20分の19。評価はA。復活したといううわさを聞いてスカウトしたのですが、やはり持っているものが違います。」

 

理由 けがをした自分をスカウトしてくれた青道のスカウトの目が節穴でないことを証明したい。東京というレベルの高い場所で自分の実力を磨くことは、プロに行くための最善の環境であること。今年、甲子園に行きたいです。

 

「………スカウト泣かせだな。」

それ以上は何も言わず、片岡は次の紙を見る。

 

「北海道出身、降谷暁。遠投120m、制球20分の6。評価B。この子はまだ上体で投げてはいますが、非常に肩が強く身体能力も高そうです」

 

理由 野球特集に載っていた御幸一也さんなら、自分のボールを捕ってくれると思ったから。早くマウンドで投げたい。

 

「…………」

残念そうな目で、片岡は沢村と降谷のレポートを見る。

 

「すいません…………」

高島が謝罪する。沢村は彼女が連れてきた選手なのだ。

 

「胃薬を今度紹介する。ストレスはためない方がいい」

 

「心遣い感謝します」

 

 

しかし後に片岡は、今年こそ甲子園に出られる可能性をこの時に感じていたらしい。

 

 

 




次回

おや、沢村の様子が・・・・





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第9話 伝染する闘志

沢村はやはり主人公。

大塚ノートの片鱗がががが


初練習から数日が経ち、練習に、少しずつではあるが慣れてきた一年生たち。

 

 

「もっとペースを上げようか」

 

「オーバーワークは怪我の元だよ」

 

「お前らには負けねェェェ!!」

 

先頭集団に沢村、大塚、沖田が並び、後続の集団から離れていた。

 

「けど、沢村。去年から見違えたな。何かあったのか?」

沖田が尋ねる。去年はただ曲りが凄いだけの癖球が、今では綺麗なストレートも織り交ぜられるようになっている。あの遠投でも、一年生で4番目の成績らしい。

 

「それな、エイジが俺に色々指南書をくれたんだよ! おかげでスゲェ野球が上手くなったんだぜ」

 

「ストレートだけなのはさすがにね。まあ、フェアじゃないって」

大塚が何でもないように沖田に説明する。

 

「まったく、お前は本当にお節介だな。だが、俺はそのお節介に救われたがな」

沖田もそれを聞いて苦笑いしつつ、大塚の行為を責めるつもりはない。

 

「??」

沢村はあの場にはいなかったので、それを理解していないらしい。

 

 

ランニングで軽く汗を流した後、彼らはいつも通りにメニューをこなすのだった。

 

「凄いね、みんな。あれで息が荒くならないなんて。」

そこへピンク色の髪の毛の少年がやってきた。

 

「おっ、君は確か小湊春市君だったっけ? お兄さんにはお世話になったよ、一日だけだけど」

 

大塚は小湊から彼には出来のいい弟がいることを知り、彼曰く「そいつに追い抜かれないようにするのは苦労する」と笑っていたことを思いだした。

 

そして「この事は内緒だからね」と釘を刺されていることも同時に思い出す。大塚もそのことを言うつもりはさらさらない。小湊先輩とは親交が少なからずある。

 

 

「じゃあ兄貴が言っていた下級生って大塚君の事だったんだ。あ、僕はちなみにポジションは内野手。これから3年間よろしくね」

 

「ああ、よろしく。自己紹介は……まあ、俺達はいい意味でも悪い意味でも目立っているし…………知っているか………」

 

「…………………」

そして降谷がこちらを羨ましそうに見つめていた。さらに見てみると、こちらに入りたそうにしていた。

 

 

「こいよ、降谷! ここはまだ席が空いているぞ!」

沖田が降谷を誘う。

 

「ありがとう」

少し表情を柔らかくした彼は、そのまま彼らの輪に入る。

 

沢村グループこと、この集団はさらに二人を入れて、沢村軍団(沢村が一番目立っているから)となり、仲良くなるのだった。

 

 

 

しかし、野球をするだけが高校球児に非ず。クラス発表が先日に行われ―――

 

「おっ! 俺はC組か! 俺がクラス一番乗りだぁ!」

そして当然の如く目だっている沢村。そして教室へと直行し、一般学生に先を越され意気消沈する。

 

「騒ぎ過ぎだよ、栄純。どうやら俺もC組だね」

大塚が沢村を落ち着かせつつ、クラスメートであることを申告する。

 

「俺もC組だ。」

沖田もそこへ現れ、クラスメートであることを教える。なお、このクラスには金丸信二とマネージャーの吉川春乃がいたりする。

 

他のクラスには小湊先輩の弟の小湊春市と、東条秀明、降谷暁がいる。

 

「意外と固まったね。日ごろの行いがいいからかな?」

大塚がそんなことを言う。

 

「そうだな。そう言うのはあまりわからないが、同じクラスなのは素直にうれしい」

沖田もそれに続き、野球以外での学生生活を楽しみたいと感じていた。

 

 

「(すっっげぇぇ気まずい!! なんであの化け物集団の中にいるんだよ!!!)」

しかし金丸は、一年生でも並はずれているあの集団と同じクラスメートになったことを少し気負っていた。

 

「………………………」

違う教室の降谷は、沢村たちが騒いでいるのを見てなんだか羨ましそうに見つめていた。

 

 

 

そんなこともあり、その視線に最初に気づいたのが沖田なのだ。

 

 

場面はかえってグラウンド。

 

「…………ん? あの子、どこかで見たような………?」

大塚はマネージャーの中で初々しい反応を見せている女子生徒を見て、何か忘れているような気がすると感じる。しかし、記憶にあまり残っていないことなので、大塚はそれを無視し練習を続ける。

 

――――どうせ、大したことなんかないだろうし。

 

 

「…………俺を見ているのかな? あの子にあったことなんてなかったと思うし」

しかし尚も視線を送る女子生徒を見て深く考え込むが、やはり思い出せず大塚は今度こそ練習に集中するのだった。

 

 

 

 

あの人は、あの時ぶつかった人で急いでいた私が迷惑をかけた人。

 

「あのっ!! すいません! ハンカチを落としたんですけど、それが落としたと思った場所になくて………届けられていませんか?」

初めてはいる職員室に緊張してしまい、声が裏返って顔を赤くしてしまう少女、吉川春乃。

 

「ええ、さっき男の子が届けてくれたわよ。運がよかったわね。もう二度と無くさないようにね」

そこで、春乃の反応を少し微笑ましいと笑いながら、女性教師がハンカチを手渡した。

 

「さっきのって…………」

思い当たる節があった。確かあの男子が通った道の向こうには、職員室があった。ということは―――

 

「あぁ………そんな…………私、なんてことを…………」

さきほど、ぶつかってしまった男子こそが春乃のハンカチを届けた人物なのだろう。紛失物を届けだしてくれたばかりか、自分は彼にぶつかってしまったのだ。

 

「どうしたのかしら?」

そんな彼女の様子に、女性教師―――高島礼は尋ねるのだった。

 

 

それから、「特別にだけどなんだか縁がありそうだから」という理由でその人の事を教えてもらいました。

 

名前は、大塚栄治。あの伝説の投手、沢村栄治と同じ名前を持つ野球選手。補足で、その彼と対を為すように、沢村の姓を名乗る少年も入学予定だという。

 

なんでも、中学2年生の時に大会の決勝戦で大けがをして、そこから這い上がってきた人だという。

 

その話を聞いて素直に凄い人だと思いました。でもその話を聞く限り、私と彼では明らかに釣り合わない、住む世界が違うと感じました。

 

「けど、彼は想像以上にフランクよ。少し黒いところもあるけど、基本はまじめな子よ。」

 

「少し黒いって…………」

何があったのかな……………

 

 

その彼は、すでに一年生の中で頭角を現して、投手としての評価が高いです。けど、私からは声をかけません。

 

彼は野球をするために、ここにきているんです。だから、今は野球に集中するべきなんだと思います。私はドジだから、また迷惑をかけるかもしれない。

 

だから私は仕事以外で声をかけない。あの人は、私の憧れの人でいてほしいから。

 

 

 

そして一年生の練習の密度が徐々に濃くなった頃、春季大会があり見学をしたいものは明日のバスの予約を済ませるようにと言われた。

 

「行かないのか、沢村は?」

沖田は沢村が試合を見に行かないことについて尋ねる。

 

「いかねぇ!! 俺はまだ投げていないし、今は少しでも練習がしたい!! 」

とのこと。自分本位だが、野球本位というべきか。

 

「僕も人が投げる試合はあまり見たくない。」

降谷も同じらしく、課題の体力を鍛えるために走るそうだ。

 

 

「俺達は見にいくよ。少しでも強豪の特色とやらを見ておきたいしね」

大塚はこれから夏で投げるであろう相手チームの打撃を見ておきたかった。全国屈指の実力を誇る市大三高の打線。それに興味がないわけではなかった。

 

 

「キャッチャー!! 誰かキャッチャーいねぇのか!?」

沢村がキャッチャーを呼ぶが、だれもいない。

 

「じゃ、じゃあ俺が………」

そこへちょび髭の一年生が、沢村たちの捕手を願い出る。

 

「お、おおお!!!ここに救世主がいたぁ!!」

沢村はその捕手の手を両手で握る。

 

「ありがとう、ありがとう!! これで思う存分投げられるぜ!!!」

 

「僕もお願いするね」

そこへ降谷も加わり、捕手の人は若干青い顔をしている。

 

「(この人の球を受けることは、間違いじゃない!!絶対にあきらめないぞ!!)」

捕手の人はそのように闘志を燃やし、一年生の中で実力が抜きん出ている3人のうちの二人の投手の球を受けることは、一軍への近道だと考えているのだ。それに、沢村の根性は自分も見直すところでもある。

 

 

その後、大塚と沖田はバスに乗って球場へと向かい、沢村たち3人はグラウンドで自主練習をすることになる。

 

 

球場入りをして、一塁スタンド側にて大塚と沖田は試合の状況を眺めていた。

 

「………いいスライダーを持っているけど、それだけだと心もとないね」

大塚は青道打線に捕まっている市大三高のエース真中を見て、やや残念そうな表情で見つめていた。いい変化球とストレートを持っているにも拘らず、このスコアは酷い。

 

「あのスライダーは中々いいと思うけどな。だがお前のスプリット程、絶望感を感じない。」

 

試合は2回途中で7失点。制球が定まっていない初回に得点を重ねられ、二回に完全に崩れている。調子が良ければというのは、驕りであり、慢心であり、自分の実力不足。

 

調子をコントロールできないようでは、全国では安定してやっていけないだろう。

 

「もうスプリットだけの俺ではないけどね。」

だからこそ、大塚は球種の豊富さはその調子を補えるものだと考えている。スプリットがダメでもスライダーがよければそれを軸に、速球が走らないなら速球系の変化球で打たせて取る、どの変化球もダメなら緩急を軸にする。

 

投手は常に最悪を考え、それに対抗する技術と勇気は必要。

 

かきぃぃん!!

 

「だけど、青道のエース不在がどう影響するのか、それが不安だけどね…………」

 

大塚はそれでも、勝負は9回のスリーアウトが取られるまでわからないと気持ちを切り替える。

 

 

 

その頃、

 

「うぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

スパァァァン!!!

 

「くっ………(さすが、一年生で台頭した左投手…………俺達の年代では、本当に並外れている………それに、制球が悪い印象だったが、それなりにまとまっている?)」

 

「次!! ムービングファーストっ!!」

 

沢村の球種の宣言の通りに、捕手―――狩場航(かりばわたる)のミットへと不規則な変化をするストレートが襲い掛かる。

 

「ぐっ!!!」

ミットでボールを捉える事は出来たが、捕球することが出来ず、ボールは後ろへと転がってしまう。

 

「悪い!! コースはずれちまった!! 大丈夫か!!」

沢村が駆け寄るが、狩場は手で制す。

 

「大丈夫だ!! 次、頼む!!(なんて球だ、キャッチャーが取れないほどのボールなんて………こいつのボール、相当暴れるぞ…………)」

 

「くっ!!」

しかし、ムービングだけが取りづらく、狩場は沢村に申し訳なさそうに頭を下げる。

 

「悪い。お前のボールを取れなくて………」

 

「ドンマイドンマイ!! 次行くぞっ!! スリーフィンガーファストボール!!!」

 

「!? (スリーフィンガー!? なんだその球は!?)」

聞いたことのない球を聞き、狩場は身構える。見たことも聞いたこともない球。

 

「うおぉぉぉ!!!!」

沢村の雄たけびとともに左の腕からボールが放たれる。

 

「(こいつのフォームも、打者はタイミングを取りづらそうだ。それに、この速球の変化。マジで相当な癖球………!?)」

 

そして、そのボールは不規則に変化し、今度は揺れながら落ちたのだ。尚且つ速度もあり、パーム変化でもあり、ナックルのような不規則に揺れる、まさに魔球。

 

「ぐっ!!!!」

狩場はそれを今度は体で止めた。ミットで止める自信がなかったために、とっさに体を壁代わりにして、ボールを止めたのだ。キャッチャーとして、二度もボールを後ろに逸らしたくないというプライドがあった。

 

「大丈夫か!!」

 

そして沢村の柔らかい肩の関節がさらにムービングのキレと変化を凶暴化させている。

 

「ああ!! 次来い!!」

 

「ねぇ、後一球で僕の番だよね。早くしてくれないかな」

 

「うるせぇぇ!!言われなくても解ってるって!! ラスト!! フォーシーム!!」

 

沢村の本気のボール。フォーシーム。沢村は相手が自分のボールを取れていないことに、何かを感じていた。

 

―――けど、自分から球威を落としたくはねぇ、だったら!!

 

狩場が構えている場所を見る。

 

―――どうなるかわかんねェけど、やってみるぜ!!

 

右打者のアウトローのストレート。

 

「おぉぉぉぉぉ!!!」

 

彼の左腕から放たれたボールは、その鞭のようにし為る腕からそれ以上の加速を誇るストレートを生み出し、そのまま狩場の構えたコースへと決まったのだ。

 

「…………(スゲェ…………本気でこいつの球は…………全国が狙えるんじゃねェか………!?)!!!」

狩場は自分のキャッチング技術が足りないことを自覚していた。だからこそ、沢村は最後コースを狙い、且つこの球威を維持したのだ。

 

「じゃあ、次は僕の番」

そこへ今度は自分の番だと言わんばかりに、降谷がマウンドにやってきた。

 

そして今度は彼の投球。非常にオーソドックスなワインドアップのフォーム。そして―――

 

「(タイミングを取りやすいフォームだな。けど、こいつの遠投は―――!?)」

 

しかし次の瞬間、轟音と共にミットを弾き飛ばされたのだ。

 

「!?」

それには見ている沢村も驚く。とんでもない剛球が狩場のミットを弾き飛ばしたのだ。

 

「………あ、ごめん。次は力加減するから」

しかしその発言は狩場の闘争心を掻き立てた。

 

「上等だ………もっとこい!!(絶対に捕ってやる!!)」

 

しかし、

 

ズバンッ!!

 

「くっ」

 

ズバンッ!!

 

「うわっ!?」

 

 

降谷暁は不思議に思った。取れないくせに、この捕手は自分のボールを嫌がらない。むしろ、絶対に取ると意気込んでいる。

 

地元にも取れない捕手はたくさんいた。その誰もが自分を化けもの扱いして離れていった。

 

しかし、強豪校に入れば自分の球を受けてくれる人がいるかもしれないとその可能性にかけた。

 

「怪我するよ。後はいつも通りに壁当てでもするから………」

とれないくせに、彼は気丈に自分に向かってくる。

 

 

「捕手として!! 俺は投手の球を必ず取るッ!!あと、7球!! 絶対に一球でも多くとってやる!!」

狩場は沢村の一生懸命さに感銘を受けていた。あんなに野球を一生懸命出来る人種は少ないと。体力もあり、練習には積極的で、学校では馬鹿で………

 

だが、平凡な自分にはないものを持っていた。あの初日の練習から、いつの間にか彼の声が鳴り響くことに違和感を覚えないでいる自分がいた。あの声があるから安心できる。そんなことを考えていた。

 

絶対に――――

 

ズバンッっ!!!!

 

「…………とっ………た…………?」

そして今、まぐれでもあるかもしれない。狩場は彼の球を一回だけ取ったのだ。

 

「はは………やったぞ………」ふらっ………

 

そうして緊張の糸が切れたのか、尻餅をついた狩場。そこへ慌てて駆け寄る沢村と降谷。

 

「おい、あんな玉取って、手はいたくないのかよ!!」

沢村が急いで狩場の手を見る。すると、やはり彼のボールを受けて、手が赤くはれていた。

 

「どうしてやめなかったんだよ!!」

 

 

「うらやましく、思ったんだ。野球にそんなに一生懸命で、常に本気のお前が」

狩場はうわ言のように言う。

 

「それに俺は捕手だ。投手の球を捕れないなんて、屈辱以外の何物でもない………だから、絶対に捕りたかったんだ………」

 

「狩場…………」

沢村も捕手としての本気と覚悟を見せられ、後の言葉が続かない。

 

「………捕れる人がいるかもしれないと思ったけど、こんなに嬉しいと思った捕手は、初めてかな………」

ぽつりと、降谷はそう狩場に言い放った。彼は捕手に拒絶されてきて、野球をする場所を求めて、ここにきた。そしてここでも、同年代の捕手は自分の球を中々取れなかった。だが、気持ちだけは自分を拒絶しなかった。

 

「………僕がエースになった時、いつか君が受けてほしいな。」

 

捕手にとって、最高の言葉だった。

 

「俺がエースになるんだァァ!!!! 球だけ速くても、エースなんて名乗るのは早い!! せめて一つくらい構えたミットに入れろよ!!」

 

「五月蠅い」

 

「まあまあ…落ち着けよお前ら(………俺はまだそっちにはいけない……だが、いつか追い付いてみせる)」

こうして狩場もまた、彼らに感化され、夏に向けて自主練を積極的に参加するようになったという。

 

 




沢村は生来の癖球に加え、速球系の変化球を持っています。

今回見せた高速パームについて

人指し指、中指、薬指の三本の指を浮かせるのではなく、縫い目にかけて、残り二本の指で支えます。投げ方はストレートと同じ。

ムービングをさらに凶悪化させた沢村の決め球の一つ。不規則変化のパーム。ナックルほど変化量がないのが救い。



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第10話 紅白戦前篇

お察し状態の当時の丹波さんがだらしないので、紅白戦が行われます。




試合は終わった。何とか青道が乱打戦を制し、13対9で勝利。だが、大塚としては歯痒い気持ちが強まった。

 

「…………打者にとってのお前なら、一杯打てそうで楽しそうだけどね………」

苦笑いの大塚。春の選抜に出たとはいえ、相手エースがここまで崩れるとは、投げ合うのにはやや不満が多かった。

 

「………強いスイングをしていたけど、相手の揺さぶりに惑わされず、自分の投球をすれば在りえなかった失点。どちらもランナーを置いた場面での投球に課題があるね」

コースを狙いすぎて、フォアボール。それを続けて満塁にして、置きにいった球を痛打される。まさに最悪の打たれ方だ。

 

「……………うーん………」

 

 

 

そしてダグアウトの中では、

 

「エースの丹波君は故障明けですし、きっかけさえあれば、すぐに立ち直ると思います。」

言葉ではそう言っているが、彼女の顔はあまりすぐれない。そうなってほしいという希望的な観測も含まれているからだ。

 

「しかし、今日の試合の調子では…………」

太田部長も現時点での投手陣に不安を覚える。

 

「太田部長の心配も解りますが、夏の予選までもう3カ月しかありません。ここは全学年を対象とした、性急な投手陣の整備が必要かと思われます。」

高島曰く、最早形振り構っていられないから、全学年から掘り出し物を掘り起こす気でいるのだ。

 

 

そして翌日のブルペンでは―――

 

ズバァァァァン!!!!

 

 

「北海道出身、苫小牧中学出身。降谷暁。遠投120mを記録し、何よりも驚いたのが、この選手は一般入試で入学した事です。自己最速は現時点では153キロを計測しています。」

 

その掘り出し物。それが一つ目のピース。

 

「こんな子が一般で…………これだから野球は面白い!! 球種はどうなんだね!?」

 

「すみません……まだストレートしかありません」

 

「ストレート一本………だが、将来が楽しみな投手だ………」

ストレート一本であることに若干気落ちした太田部長だが、それでもこの将来性を感じるボールに、惚れ込んだ。

 

「次に、あの横浜の大塚栄治。遠投は降谷君に次いで115m。怪我明けですが、安定した制球力と、怪我前とは変わり、豊富な変化球を持ち合わせています。」

 

スパァァァァン!!

 

キレのあるスライダーを投げ込んだ際、そのフォームと腕の振りが変わらず、片岡はその一連の動作に息をのんだ。

 

「球種は豊富というが、実際にどれくらいある?」

片岡は高島に尋ねた。

 

「彼が使えると判断したボールは、スライダー、SFF、サークルチェンジ、パラシュートチェンジ(急激に沈んでいく空振りを奪いやすいチェンジアップ。)、カットボール、シンキングファーストのようです。」

 

沖田が以前、パーム気味のチェンジといっていたが、そのチェンジアップが進化することで、その球種を読んでいても空振りを奪える強力なウイニングショットに変貌していた。

 

さらに、元々覚えていた動くボールを完全解禁している為、打たせて取る投球も出来るようになっている。故に隙もなくなりつつある。

 

 

弱点は、弱体化しているストレートだが、初見で打てるほど柔ではなく、彼はフォームでタイミングを崩してくるで、攻略も至難の業である。

 

今はそれぞれの球種のレベルアップに重きを置いているらしい。

 

「…………夢でも私は見ているのかね…………そんな素晴らしい投手がうちに…………」

 

「そして現時点での自己最速、142キロ。コントロールもよく、夏前には十分戦力になると思われます」

 

「素晴らしい…………」

太田部長は満足げな表情を浮かべている。

 

「最後に、長野県赤城中学出身の沢村栄純。遠投は96mですが、キレのある癖球を投げ込みます」

 

「オイッショォォォォ!!!!」

叫び声を上げながら、沢村は投げ込んでいる。捕手も彼の癖球を取るのに苦労しているようだ。

 

「球速はほかの二人に比べ、最速131キロとやや物足りませんが、それでも左腕では十分速いクラスです。この三人の中で最も成長速度がずば抜けているのは彼です。フォームも変則のオーバースロー。タイミングが取りづらく、肩の関節が柔らかいので、彼のムービングファーストはよく動きます。球種も速球系にいくつか変化球を持ち、チェンジアップ系を覚えているようです」

 

「ぐ、具体的には………?」

 

「本来の癖球に加え、スリーフィンガーファスト(通称高速パーム)、カットボール、チェンジアップ、サークルチェンジです。」

 

沢村は、チェンジアップを先に習得していたが、スリーフィンガーファーストは、縦に沈む速球の変化球。沢村は速い縦の変化球を欲し、この球種の会得にチャレンジしたのだ。

 

 

全ては大塚の悪魔のノートのせいである。これがなければ、沢村は化けなかっただろう。

 

マウンドで試行錯誤をする、使える球種を探る。高度な技であり、当初は沢村の頭では理解できなかったが、蒼月若菜の翻訳(日本語ではあるが)により、無事に理解することが出来た。

 

さらに、大塚の球種の一つであるサークルチェンジをこの短期間で会得し、そのセンスも侮れない。

 

しかし、彼にとって変化球を覚える原点は、大塚が投じた最後の一球。

 

強打者をねじ伏せた現代の魔球SFF。

 

蒼月若菜の説得により、それを習得しようとするのは断念したが、変化球を覚えることに積極的になっているのだ。

 

 

「……………これは凄い…………こんな有望な一年生がいるなんて…………」

太田部長は興奮気味である。何かもう、色々といたってしまうぐらいに。

 

「…………話を聞いているだけでは凄まじいものを感じるな。だが、実践で使えるかどうかを試すには、試合をするしかない。」

 

「では………」

 

「ああ、一年生を集め、チームを作るぞ。投手は基本2イニングずつ、あの三人を使う。スターターは沢村にするぞ」

片岡の行動は速かった。その後、体力テストと本人の希望を記した紙を見て、早急にチームを作り上げたのだ。高島と太田もそれぞれ選手をポジション別に分けるなど、テンションのあがっている青道スタッフの力は侮れない。

 

 

その翌日に、来週の土曜日に一年生のチームと一軍以外の上級生のチームとで、練習試合を行うことが決定した。

 

 

 

 

 

「おっしゃぁぁぁ!! 俺が先発ぅぅ!! これでエースへの道が一歩近づいたぜ!!!」

沢村は監督から先発で使われることを明言され、有頂天に。だが、自惚れではなく、テンションを上げているだけなのが沢村である。

 

「けど、所詮2イニングずつだし、あまり関係なさそうだね」

片岡監督は、投手としての実践での能力を見たいのだろう。

 

「お!? ということは、俺達一年の中でも、一軍のチャンスがあるのか!?」

沢村は目を輝かせながら尋ねる。

 

「まあ、あの惨状ではな………」

あまり大きい声は言えないが、丹波とその他上級生の不甲斐無い投球を見ていた沖田は、この一年生たちが重宝される理由も解る気がした。

 

「何でもいいから早くマウンドで投げたい」

 

「降谷はマイペースだなぁ。けど、投手は自分のリズムで投げることが大事だし、ある意味投手向きかもね」

大塚はいつもと変わらない彼の様子に、投手向きであるという。

 

「……………」ほくほく

そして表情がホクホクし出す降谷。やはりわかりやすい。

 

 

しかし、この試合は一年生だけのモノではない。一軍の当落線、二軍の選手が一軍入りをめざし、死ぬ気で戦ってくるのだ。

 

故に、彼らにとってこれ以上のない実戦である。

 

 

そして夕方になり、全体練習が終了すると、

 

「待っていたぞ、大塚、沖田、それに―――」

そこに現れた眼光の鋭い先輩。大塚と沖田は彼の雰囲気が只者ではないことに気づいた。

 

「一年生! 沢村栄純!! 明後日は胸を借りるつもりで頑張ります!! よろしくお願いします!!」

 

「降谷暁。よろしくお願いします。けど僕は、だれにも打たせるつもりはありません」

 

「………一軍主力は出ないが、その心意気は面白い。一軍で待っているぞ」ゴゴゴゴゴッ!

何かオーラが出ている。今までと雰囲気の違う上級生に、大塚と沖田は冷や汗をかく。

 

「(この人と対戦したら、勝てるかな…………)」にやり

大塚はこの先輩のプレッシャーを感じ取っていた。明らかに別格であることを本能で悟った。

 

「俺は結城哲也。3年生だ。このチームの主将をさせてもらっている。明日の先発は沢村の様だが、油断するとつるべ打ちを食らうぞ。何しろ奴らもまた、一軍をめざし、練習に励んでいるお前たちの先輩たちだ。」

 

「けど、それを乗り越えてこそ、一軍の資格がある。そういうことでしょう?」

大塚はそのように言い放った。

 

「ふっ、今年の一年はかなり有望のようだ。これから自主練をするつもりなのだろう。俺と一緒にランニングをしないか?」

そしてチームの主将からの自主練の申し出。当然、だれも断る理由はなく、

 

「待ってください!!」

そこへ、捕手の狩場航がやってきた。

 

「………誰だ?」

 

「一年生、狩場航! ポジションは捕手!! 俺もお願いします!!」

 

「いいだろう、人数が多ければそれだけ賑やかになる」ゴゴゴゴゴゴッ

 

 

その夜、結城のランニングにかろうじてついてこれたのは沖田だけだった。

 

「まさか、ここまで差を見せられるとはね…………ブランク明けはきつかったか………」

大塚は息を見出し、苦笑い。それでも何とかやや遅れてゴールしたので、

 

「初めてにしては上出来だ。」

そんな大塚の根性を褒める。一年にしては本当に骨のあるメンバーばかりであり、主将として彼はそれを喜んでいた。だが眼光は鋭いままだ。

 

「しかし、以外と体力がないのだな、降谷は。」

 

「」ちーん

狩場航は大の字で突っ伏し、集団から遅れたが、彼のノルマを達成した。しかし、ご覧の有様である。

 

「ぜぇ……ぜぇ………ぜぇ…………くっそ、絶対に負けねぇ………」

沢村は汗だくになりながらも、未だに闘志を失っていなかった。

 

「ハァ……ハァ……ハァ………これを続ければ、体力はつきますか………?」

降谷は、それを尋ねる。自分にスタミナがないのは、事実であり、受け入れがたい弱点。

 

「ああ、経験者の言葉だ。俺もこのコースは最初はリタイアしかけた。が、今ではそれが当たり前になっている。」

 

「そうですか…………」

 

 

「良し、少し休めば、次はストレッチを行った後、素振りを行うぞ」

 

「「「おおおお!!!!」」」」

最早気合で、その指示に返事をする一同。

 

結城主催の合同自主練習の夜はとても長かった。

 

だがそれでも、ここにいるメンバーのプレーへの集中力は少しずつではあるが、磨かれていくのだろう。

 

 

そして数日後の練習試合を迎えることになる。

 

「けど、上級生と下級生をいきなりぶつけるのか。」

 

「まあ、丹波があの調子じゃ、片岡監督も不安になるだろう。一年生に有望なのがいたらの話だがな」

 

OBたちが、本年度の部内紅白戦を見に来たのだ。春の丹波の乱調を見る限り、やはり彼等も夏の戦いが不安でしょうがない。

 

「青道の救世主が出てきたら、最高なんだけどなぁ」

 

 

そして一方のマネージャーの間でも、

 

 

「けど、監督も思い切ったことをするわね。一年生を一軍抜きとはいえ、上級生にぶつけるなんて………いい掘り出し物が出そうな予感ね」

マネージャーの3年生藤原貴子は、そんな今日の練習試合について色々な可能性を考える。結城が珍しく「今年は骨のある奴がたくさんいる」と笑っていたので、そのような予感があった。

 

 

「けど、そう簡単に出てくるかなぁ………あの一年生の投手たちは評判の様だけれど、」

2年生の夏川唯は、あの噂の一年生の投手陣が真っ向勝負をすると聞いていたが、流石に上級生相手では厳しいのではと、考えている。

 

「まあ、なるようになるわよ。結果を出した方が一軍に上がる。学年は関係ないわよ」

そして同じく2年の梅本幸子がその話題の結論を下す。そう、彼女の言う通り、結果を出したものがチャンスを得るのだ。

 

「…………(大塚君…………)」

吉川春乃は、ここで彼が結果を出すことを祈っていた。

 

しかし彼女はまだ、仕事以外で彼に声をかけていない。

 

そして一年生のオーダー

 

一番小湊 春市 セカンド

二番金田 忠大 センター

三番金丸 信二 サード

四番沖田 道広 ショート

五番東条 秀明 ライト

六番モブ1号  レフト

七番狩場 航  キャッチャー

八番モブ2号  ファースト

九番沢村 栄純 ピッチャー

 

「特訓の成果だ! 大体とれるようになったぞ!!」

狩場は何とかあの三人の球を何とかとれるようになった。だが、ロングイニングは無理で、持って6回ぐらいだと思われる。だが、それだけあれば、今日は事足りる。

 

 

「今日の試合、全ての一年生に出場の機会がある。各自アップを済ませておけ」

 

はいっ!!

 

 

そして一回の表、一年生の攻撃が始まる。

 

一番小湊。ミート力のあるバッターで、選球眼のあるタイプ。一年生は彼を一番に置いたのだ。

 

「(ここは一番として、少しでも丹波先輩の球を見極める!!)」

 

ククッ!!

 

「ストライィィクッ!!」

しかし、初球はまずカーブから入る。内角のボールからストライクに来る球に、流石の彼も初球は手が出なかった。

 

「(だいぶ曲がるね…………これは当てるのが精一杯かな?)」

 

 

その後ワンボールツーストライクと追い込まれた春市。二球続けてのストレート、一つは外れているが、もう一つは振りに行ったが捉えきれなかった。

 

「…………(けど、次に来るのは………いや、ここは………)」

春市はクローズドスタンスで、あえて誘いをかけてきた。

 

「はっ?(何だこの一年。勝負を外のカーブにしやがったのか? まあ、あれだけのカーブ、意識するようなぁ………なら内のストレートで終わりにしてやる)」

 

捕手は内に構える。そして丹波もそれに従い、決め球をインコースストレートにする。

 

だが―――

 

ざっ、

 

 

春市は突如としてクローズドスタンスから、オープンスタンスに変えたのだ。

 

「なっ!?」

捕手は驚き、丹波も口には出さないが、目を見開く。

 

「(狙い撃ちだよ―――!!)」

 

インコースのストレートを迷わず振り抜いた打球はレフト戦に痛烈に抜けるツーベース。

 

「おっしゃぁぁぁ!! まわれ廻れ!!!」

沢村がベンチ前で声を上げる。

 

「しっ!! さすが曲者だね!!」

大塚は二塁ベースで可愛くガッツポーズをしている春市に親指を立てる。

 

「…………………」

そして四番として抜擢された沖田は、練習での姿勢から、次第に一年生からの信頼を掴みつつあった。だが、今日はなぜか元気がない。

 

「…………沖田………?」

大塚はそんな彼の様子に気にかけながら、ブルペンにてアップを行う。

 

続く二番金田が見事送りバントを決め、得点圏で3番サード金丸。

 

「(初球からストレートを振りにいく………俺ならできると信じろ!!)」

強い気持ちを持って金丸は打席に立つ。

 

そして初球、動揺している丹波の不用意な一球を痛打する金丸。

 

「おし……ヒット―――」

 

 

ぱしんっ!!

 

 

しかし、強烈なライナーは、サードの3年生増子によって好捕される。

 

「おっしゃぁぁぁ!! ナイスサードっ!!」

 

「増子先輩っ!!」

 

彼は元々レギュラーではあったが、前回の試合でのエラーが絡み、今はこうしてこの試合に出ている。この試合で結果を残す必要があるのだ。

 

故に、彼の守備への集中力は今日は一段と高い。

 

 

そして――――

 

四番ショート、 沖田道広

 

 

「…………………」

バッターボックスへ向かう動作が鈍い。そんな彼の様子に気づいた、大塚が、

 

「沖田!!」

 

「!!」

 

 

「あのことを思っているなら、気にするな!! アレは最善と最善がぶつかった結果だ!! だから、お前はお前のバッティングをしろ!! もう一度、戦いたいと思える俺のライバルでいてくれ!! お前のバットを見せてくれ!!」

大声で、はっきりと大塚は言い放った。それは彼にかなりの勇気を与えるものだった。

 

「エイジ?」

沢村は大塚と沖田の因縁を知らない。

 

「沢村は知らなかったんだよね。実はね………」

 

 

 

「………そんなことが………」

話を聞いた沢村は、何も言えなかった。そんな過去が二人にあったことを。だからこそ、何も言えなかった。

 

「けど、そう言うのは起こり得ることだから。アレは不幸な事故だった。だからアイツが自分を許せなくなるのは間違っているんだ。俺はもうアイツの事を理解している。だから、アイツには自分の打撃を思い出してほしい。」

 

 

 

「ストライィィィクッ!!」

 

ここで打てば、一軍は近づくのだろうな。

 

ぼんやりと穏やかなリズムで、彼はボールを見送った。

 

しかし、彼が許しても。またあの映像がフラッシュバックする。

 

「…………!!!」

表情が歪む。解っている。解っているはずなのに、体が動かない。

 

「………(四番で練習中も凄いと思ったら、扇風機かよ。楽に仕留められそうだな)」

 

内側のストレートが決まり

 

「ストライクツーっ!!」

追い込まれてしまった沖田。決して当たらないわけではないが、あの日の光景が、彼の脳裏を霞む。

 

「…………!!」

それでも何とか自分を振りたたせようとするが、それでも――――

 

かきぃぃん!!

 

流し打ちでゴロを打つのが精一杯の沖田。明らかに撃ち損じたボール。あのトラウマと、打たなくてはならないという「力み」が、相乗になって沖田に襲い掛かったのだ。

 

「すまん…………」

沖田は、申し訳なさそうにベンチへと帰る。

 

「いや、ドンマイドンマイ! まだ初回だ!! まだチャンスはあるぞ!!」

そして一年生の一人が沖田に声をかけ、声を張り上げる。

 

「お前ら…………」

沖田はこの代わり様に、やや驚く。

 

「俺達は何にも知らなかったんだな。お前がどれだけ苦しんだのか。そして、お前が一生懸命になる理由もな」

 

「自分がその立場になったら………想像が出来ない………」

 

沖田の人となり、まだ短期間ではあるが、日常生活でも真面目で、練習にひたむきに汗を流す姿に、一年生たちは次第に沖田を信頼するようになったのだ。

 

しかし、

 

「けど、本当のお前はこんなものでは無い筈だろ!!」

 

「次は魅せてくれよ!! 沖田!!」

 

 

 

 

 

 

一年生チーム、先制のチャンスもそれを活かせず無得点。序盤、丹波は崩れかけたが、味方の好守もあり、この回を0失点にまとめた。

 

「おし、今度は俺の番だ!! ディフェンスは任せろッ!!」

そして沢村栄純、出陣。

 




沖田君はまだ眠れる獅子のまま。

そしてついに、沢村の初陣!! 

速球系変化を極めつつある彼は、どんな投球を見せるのか?



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第11話 紅白戦後編 青道の穴

さぁ、沢村の無双タイムです。




一番小湊 春市 セカンド

二番金田 忠大 センター

三番金丸 信二 サード

四番沖田 道広 ショート

五番東条 秀明 ライト

六番モブ1号  レフト

七番狩場 航  キャッチャー

八番モブ2号  ファースト

九番沢村 栄純 ピッチャー

 

 

 

「(行くぞ、沢村!! お前のボールを見せつけてやれ!!)」

狩場は右打者へのインコースのストレートを要求。

 

沢村はその強気なリードに笑みをこぼす。

 

「行くぜっ」

 

ワインドアップから振り被る。そして足を大きく上げるピッチング。

 

「(こいつ、何だこの投げ方…………!!)」

先頭打者は、その沢村の独特なフォームに戸惑う。

 

そして右手を壁に、左足に体重を乗せ、

 

 

―――その左腕が姿を現す。

 

「!?」

 

 

ずバァァァッァン!!!!

 

「ストライィィィクッ!!」

インコースに内側一杯のストレート。それが決まりワンナッシング。この強気の攻めに、そしてそれに応えた相手投手に、上級生は衝撃を受ける。

 

「(何だ今のは…………体に隠れた腕が、突然…………!)」

 

 

ズバァァッァアンン!!!!

 

「ストライクツーっ!!」

 

そして、今度は一転してアウトコース一杯のストレート。両サイドを上手く使う事で、この沢村のコントロールとフォームを最大限利用している狩場。

 

「くっ!! そうポンポンっ―――」

 

―――ここはあれを使うぞ、サークルチェンジっ!!

 

 

「おらァァァ!!!」

沢村の変則フォームからの投げ込まれたボールは外に、そして―――

 

ククッ!!

 

「なっ!!」

 

パシンッ!!

 

「ストライィィィクッ!! バッターアウトっ!!」

 

「おっしゃぁぁぁ!!!」

 

外へ逃げるサークルチェンジが決まり、三振を奪う沢村。

 

続くバッターへもインコースを続け、

 

「ファウルボールっ!!」

二球目はインコースの高めボール球で上手くカウントを稼いだ沢村、狩場バッテリー。

 

―――インコース、ワンバウンドの高速パームで様子を見るぞ。

 

 

シュンッ!

 

沢村が振り被り、その変則フォームで投げ込んだ高速パームが手元で膝へと縦に沈み、

 

キィン!

 

「うぐっ!!」

 

ボール球を打たされた二番打者はあえなくセカンドゴロに打ち取る。

 

これ以降沢村はテンポに乗り、続く三番打者、初球から振ってきたために、ムービングファーストを打ち上げてしまい、サードフライに打ち取られる。

 

 

「おっしゃぁぁ!! 三者凡退っ!!」

ガッツポーズを決め、沢村は意気揚々とベンチへと帰る。

 

「うずうず………」

降谷は、そんな沢村の様子に、かなり我慢がきかなくなったようだ。

 

「大丈夫だって、降谷にも必ず出番はあるよ」

 

 

そして2回の表、先頭バッターの東条。

 

―――あのカーブは右打者にとっては向かってくるようなボール。コントロールがまあまあいいから、当たる危険は少ないと思う。踏み込みを恐れちゃだめだ。

 

沖田も、ただでは打ち取られず、この丹波のスタイルを、一年生に伝達する。

 

そして―――

 

カァァァン!!

 

低目ボール球の様子見のカーブを上手く掬い上げ、長打を打つ東条。ライト線へと転がるツーベースヒット。

 

「くっ! (あの低めのボールにバットを当てるだと!? どういうセンスをしているんだ!?)」

全ては沢村の強気な投球である。彼が一年生にムードと流れを呼び込んだのだ。

 

「打たせていけ、丹波!!」

 

「バッター集中!!」

バックからの声に少し笑みをこぼす丹波。

 

「ふしっ!!」

 

そして続く6番打者をカーブで見逃し三振に切って取り、

 

「しゃぁぁぁ!!!」

まずワンアウトを取る丹波。カーブの精度も、あの前の試合に比べて上がっており、復調の兆しがみられる。

 

 

しかし、ここで7番捕手狩場航。

 

「(沢村が作った流れ、ここで打たなきゃキャッチャーじゃねぇ!!)」

何が何でも出塁する。その強い意志を持って、狩場はバッターボックスに立つ。

 

シュンッ、ギュイン!!

 

右打者へ向かってくるように、そして急激に曲がるカーブに、初球手が出ない狩場。

「ストライィィィクッ!!」

 

「くっ………」

思っていたよりも曲り、そのキレに驚く狩場。

 

続く二球目のインコースストレートは外れてボール。

 

「(勝負球は………いや、ここで配球を読むなんて出来ない! 来た球を打つ!! デットボールでも儲けモノだ!!)」

 

「(このバッター。カーブが怖くねぇのか!?)」

三年生捕手のリードする宮内は、この狩場の気迫に気圧される。

 

そして三球目、様子見の外角ボール球のストレートを

 

カキィィンッ!!!

 

「なっ!!」

何とボール球でも当ててきたのだ。打球は強く跳ね上がり、一塁手の頭上を越えた。

 

「ランナー廻れ廻れッ!!」

二塁ランナー東条は三塁を回る。ライトの処理も思ったより打球が転がらず、ボールは転々とする。

 

「バックホームっ!」

 

ザシュッ!!

 

「しゃぁあアァァ先制っ!!!」

 

「いいぞ狩場ッ!!」

 

「ナイスガッツっ!!」

 

まさかの一年生の先制。三年生の丹波、不運な当たりではあったが、それでも結果はタイムリーツーベース。バックホームの間に、二塁を陥れた狩場。

 

しかし後続が倒れ、沢村は三振で、結局は一点どまり。

 

 

 

圧巻だったのが2回裏、同室対決で四番増子との対戦。

 

「増子先輩…………」

沢村は昨日のことをもい出していた。

 

―――あの人、今日は喋ること禁止しているんだぜ

 

 

―――たった一度のエラーで、レギュラーを外されたんだぞ。

 

「…………ッ!」

同室でお世話になった先輩とはいえ、ここは勝負の場、沢村も逃げるわけにはいかなかった。

 

「俺はレギュラーに返り咲くぞ。全力で来い!!」

 

「………はいっ!!!」

 

―――けど、俺だって………エースになるんだッ!!

 

 

「同室対決か。沢村の投球には驚愕の連続だけど、ここでお前の真価が試されるな。」

 

他の一軍はまだ来ていない。今のうちに、彼の全てを見ていたい。捕手としての欲求が、どうしようもないくらいに高まっていた。

 

御幸は最初から沢村の投球を見ていた。去年まではあのムービングボールだけだったのに対し、今年の沢村は速球系の変化球を併せ持ち、チェンジアップをわずか数日で会得したのだ。

 

―――増子先輩、奴は相当のやり手ですよ。

 

 

 

 

―――この人はパワーがある、一球外にボール球のチェンジアップ。

 

「ボールっ!」

まず外してきたのを見て、増子は相手バッテリーがこちらのパワーを警戒しているのを悟る。

 

―――甘いところは持っていかれるぞ、厳しく行け!

 

キィィィィンッ!!

 

インコースへのストレートをファウルにし、ワンストライクを奪う。

 

―――これで、ストレートの軌道を見せた、後はムービングボールで詰まらせるぞ!

 

キィィィンっ!!!!

 

しかしこの打球はレフトに切れてファウル。さすがの沢村も冷や汗をかく、

 

「へっ………(なんつーパワー………さすが一軍…………)」

しかし闘争心は微塵も衰えない。

 

―――これでインコースを意識する。ここは敢えてインコースもあるが、一発もあるし怖い………だが外が広くなったはず、ここは外の高速パームで空振りを奪う―――

 

しかしここで沢村、首を振る。

 

「!?」

 

―――まさか、インコース、カットボールか!?

 

そのサインに、沢村は頷く。本気で沢村は力でねじ伏せに来ているのだ。

 

―――OK、乗った。どうなってもしらねぇぞ(笑)

 

しかし狩場は不思議とやられる予感がしなかった。

 

そして―――

 

がきぃぃんっ!!

 

増子も狙っていたかのようにインコースを振り抜くが、カット気味にスライドしたボールにさらに詰まらされ、ボールは高ーく打ち上げられる。

 

 

そして最後は沖田のグローブへとおさまり、増子をインコース勝負で打ち取って見せたのだ。

 

「しゃぁぁぁ!!!!」

 

強気のインコース攻めに、速球を動かす技術。それに応えた制球力と度胸。

 

沢村の気迫勝ちだった。

 

「(沢村ちゃん………気持ちの籠った、いいボールだったな………)」

そして敗れた増子もまた、ここ待っての真っ向勝負をして、負けはしたものの、なぜか気分は晴れやかだった。

 

 

そして―――

 

「合格だ、沢村。今日から二軍へいき、その後の調整で、一軍に上げる。」

 

「うっす………!!! (くっそぉぉ、まだ足りないのかよ………!!)」

二軍行きを言われた。一軍のチャンスは、かなり近づいたが、調整後という制限つきだ。故に、速くても春の関東大会からになるだろう。

 

しかし、2回をパーフェクトに抑えた沢村のピッチングは、堂々たるものだった。狩場のリードもさえ、打たせて取る、三振を奪う緩急自在のピッチングで、つけ入るすきを与えなかった。

 

2回を投げ、被安打0。奪三振2。四死球ゼロ。

 

ただ、難点なのは、

 

「リードして分かったけど、チェンジアップが左打者には浮いて見える。ここは改良点か………」

 

 

 

さらに、3回の表は丹波が上級生の意地を見せつけ、それ以上の得点を許さない。

 

 

そして次にマウンドに上がるのは、

 

「ピッチャー、降谷!!!」

 

そしてここで三回から降谷登場。大塚と沖田は知らないが、昨日彼は上級生と騒ぎを起こしたらしく、「明日の試合、ここにいる全員に打たせる気はない」と言い放ったそうだ。

 

故に、上級生の闘争心を煽っている。

 

さらに、この一年生投手陣を前に、未だに無失点、ヒットはおろか、四死球もゼロ。

このまま終わるわけにはいかない。

 

―――ここはストレートだ、というより、お前はストレートしかない。思いっきり腕をふれ!!

 

ワインドアップから振り被り、

 

ドゴォォォォォォん!!!!!

 

「くっはぁぁ………痛いなぁもう………!」

狩場は監督に当たるはずだった上に外れたボールを何とかキャッチするも、腕に痛みを覚える。

 

「……………合格だ、降谷。お前も今日から二軍へいき、調整を経て一軍入りを果たせ。」

 

「え…………?でもまだ一球しか………」

 

「このまま続ければ、一年生の捕手がつぶれる。取れるのだろうが、まだまだ頑張ってもらわなければ困る。」

 

 

「すまん………降谷…………」

狩場が申し訳なさそうに謝る。しかし、降谷はそんなことを気にしておらず、

 

「大丈夫。僕のボールを短期間で取れるようになったし、まあ、後で御幸先輩に取ってもらうことにするよ」

 

「ああ、(この剛速球をあの人は取れるのか? 取れるのなら、試合後に聞きに行きたいな)」

狩場も試合後の目標が増えた。

 

「監督、絶対にアイツの球を打ちます!! いくらなんでもそれは………!!」

 

「だが捕手の負担が大きい。今怪我をしてもらっては困る。貴重な、奴のボールを取れる一年生だ。そして、経験も積ませたい」

 

「う…………」

 

 

 

そしてマネージャーサイドでは、

 

「凄いわね、あの子。沢村栄純って、言ったかしら。初練習試合で二回をパーフェクト。狩場君も強気のリードで上級生を抑えちゃうなんて…………」

貴子は、有望な一年生投手の出現に、心を躍らせる。これで三年生の夢がかなう道がまた一つ近づいたのだと。

 

「………凄いですよ。あんなにコントロールがいいなんて………体力テストはそうでもなかったのに………」

春乃は、体力テストでの沢村の制球が並だったことを知っているので、今の沢村の制球力に驚いていた。

 

「実戦で力を発揮するタイプね。強心臓の変則オーバースロー投手………」

 

「これでまだ、降谷君と大塚君が控えているのよね、この世代………」

唯は投球練習での降谷と大塚の球を見ていた。はっきり言うが、やはりこの世代はモノが違った。

 

更に野手では、今日は結果の出ていない強肩強打、守備の名人、ショート沖田と巧打のセカンド小湊の二遊間、サードにはストレートに強い金丸、制限はあるが、降谷の球を取ることのできるキャッチャー狩場。

 

豊作どころではない。黄金世代といっても過言ではない。特に投手陣は三本柱。沖田はあの結城の雰囲気すら醸し出していた。

 

 

その後、二番手の降谷が、一球でマウンドを降りると、

 

「………とんでもないわね、この世代は…………」

貴子は乾いた笑みすら浮かべていた。

 

あの剛速球もそうだが、狩場のあのファインキャッチも見事だった。上体を逸らしながらの捕球で、監督の頭を守ったのだ。

 

「………………凄すぎて、もうわかんないです………」

春乃は、今の球を見てもう驚かないことにした。

 

それに狩場もあの丹波のカーブに粘っていたのだ。ここにきて、結城キャンプの効力が出ていた。

 

そして三番手、ついに大本命登場。

 

「ピッチャー、大塚ッ!!」

 

この三回からの登板だが、いつでも行ける調整はしていたので大して問題がない。

 

「この試合、SFFは一度も投げないよ」

大塚はここで決め球の封印を言い放った。

 

「マジか、まああれを取るには体で止めるしかないしな………」

狩場もアレをキャッチすることは無理でも、体で止める事ならできるようになった。絶対に後ろに逸らしたくない。その強い気持ちが、狩場をまた成長させたのだ。

 

 

「後、スライダーとパラシュートチェンジを使いたいし、実戦でどうなるのかを確認したい。ストレートの球威も確認したいし」

 

「解った」

 

 

そして3回の裏が再開され、7番からの攻撃。カウントは先ほどのはノーカウントとなる。

 

シュッ!!

 

ワインドアップからのテイクバックの小さいフォームから繰り出されるストレートが、アウトローへと決まる。

 

「ストライィィクッ!!」

 

「こいつも取りづらい………!!」

 

バッターの足元を見ている大塚。バッターへのアプローチを怠らない彼は、そのタイミングを外す動きにより、バッターに踏み込ませない。

 

ぐいんっ!!

 

そして、今度は横へと大きく曲がるスライダー。ストレートを待っていたために、アウトローのボールコースを空振りしてしまう。

 

―――遊び球に一球アウトハイのボールのストレート。これで空振るなら丁度いいか

 

ズバァァアン!!

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

 

三球三振。パラシュートチェンジを投げるまでもなかった。大塚は何でもないように次の打者へと集中する。

 

続く打者も、ストレートに詰まらされ、カウントを整えられると、

 

フワッ、

 

「あ!!!」

沢村はその瞬間に叫んだ。あの球種は自分が投げているチェンジアップと違うことに。

 

しかも打者はまたしても三振。急激にブレーキがかかり、手元で大きく沈むこのチェンジアップの前に、打者のバットは空を切る。

 

「……………………」

沢村も、そして降谷も、そしてこの大塚もまた、上級生相手に寄せ付けない投球。圧倒的な投手を前に沈黙してしまう。

 

この回は三者三振に抑えられ、その裏についに、未だに上級生チームは一年生チームから得点を奪えない。

 

なお4回の表、丹波は結局4回1失点で降板し、川上がマウンドに。川上は左打者にヒットを許すも、右打者の多いこの一年生チームをゼロに抑える。

 

 

 

 

そして試合展開を見守るOBたちの間でも、一年生の奮闘が目に映る。

 

「先発の左腕……アイツもいい球を投げていたよな」

 

「あの程度の速度にやられるようじゃ、上級生もまだまだだけどな」

 

「それに、あの剛球右腕。すごいな、一球で終わったぞ」

 

「ああ。150キロは越えているな。」

 

 

そして、彼らの話を聞いていた御幸は心の中である一点を否定する。

 

―――あの程度のストレート、か。左で130は相当早いんだけどな。けど、奴の球質をわかっていないようじゃ、あの結果は残当だな。

 

 

 

 

「けど、やはり結果を出しているな、大塚栄治。」

 

「ああ。アイツは本物だ。青道の弱点が解消されるかもしれないぞ」

 

 

 

カァァン!

 

そして4回の裏。初球カットボールに詰まらされ、一番がファーストゴロに終わり、球数を稼げず、打ち取られると、

 

ククッ、フワッ!

 

ブゥゥゥン!!

「何だ、この変化球………これではまるで…………っ」

上級生の中でも気づいたモノがいるだろう。明らかに普通のチェンジアップではないことに。

 

二番はパラシュートチェンジの後の低めの真直ぐに振りおくれて三振。緩急をつけた投球に掠りもしなかった。

 

 

三番もストレートにタイミングを合わせるも、タイミングを僅かにずらされ、ピッチャーフライに抑えられる。

 

「くっそっぉ!! あの一年生。本当に中学卒業したての坊主なのかよ……!!」

 

「これでまだ、SFFを投げていないだと…………」

そして彼は決め球を封印している。ラストボールはスライダーか、チェンジアップ、ストレート。

 

 

増子はまだノーヒット。だが、あの沢村に食らいつき、次の回で大塚と対戦することになる。

 

「大塚、次の回はいけるか?」

片岡監督の声がかかる。

 

「行けます。リリーフで投げている感覚ではないですから」

 

 

そして、この回。増子対大塚。

 

「―――!」

 

吼える増子。そしてそれを見つめる大塚。

 

――――先ほども沢村にいったが、こいつだけは気を付けていけ。初球インコースのシンキングファースト。外れてもいい。インコースに厳しく攻めろ

 

「ボールっ!!」

 

続く第二球。強気なリードを続ける狩場のリードを読みにかかる増子。

 

「(このキャッチャーならどうするか、これほどの投手、強気になるだろう)」

 

 

しかし、今度は一転して、カーブ気味に逃げるパラシュートチェンジで外へのボール球。しかし益子、何とかバットを止める。

 

「ボールツーッ!!」

 

―――やっべぇぇ。緩急を使いすぎた。いいコースなのに見極められたという事は、そういうこと。

 

――――力押しで行くぞ、狩場

 

――――解った。

 

 

そしてここで、インハイのストレートっ。

 

 

ズバァァァァン!!!

 

「…………ッ!!」

明らかにボールの下を振り、タイミングが遅れた。益子は大塚が相手のタイミングを崩しに行っていると知り、警戒して踏み込みが遅れたのだ。故に、左足の踏み込みが遅れた。

 

―――ここはもう力押しでいい。抑え込むぞ!

 

ズバァァァンッ!!

 

「ストライクツーっ!!」

そしてインロー際どい所へと決まり、ボールツーから益子を追い込んだ大塚、狩場バッテリー。

 

――――封印すると言ったね、あれは嘘だ。この人相手に、手加減はキツイ

 

 

――――解った。俺の練習にもなる。

 

 

「…………………ッ」

増子は二球での状況では上手く見極めていたが、力押しで来られ、後がない状況。焦りが見え隠れしていた。

 

そして繰り出される必殺の決め球。

 

ブゥゥン!!!

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

最期は落とすボール。SFFで三振に打ち取った大塚。空振りを取られた増子は、悔しそうにするが、彼にだけ、あのSFFを投げたという事、そして、あの大塚に投げさせたという事を片岡監督は評価した。

 

―――大塚を本気にさせた増子………奴の打撃は捨てがたいし、守備でも好守を連発した。一軍に戻す頃合いか………

 

その後、3イニングを投げてパーフェクトの大塚もマウンドを降り、試合は終了となった。

 

その後、大塚と降谷の一軍昇格が決まった。沖田と沢村は二軍で調整し、折りを見て一軍に上がることになる。他にも小湊春市、東条秀明、狩場航の2人も二軍でも一軍に近い選手として見られ、金丸、金田もそれに続く。

 

「おい、秀明! 今日はどうして投手をやらなかったんだよ!!」

金丸は、試合後に東条に尋ねた。

 

「……あいつらに比べると、俺の実力は及ばない。俺だって投手は諦めていないけど、まだその時じゃない」

 

東条は、ベスト4が自分のおかげではないことを知っていた。アレは先輩がすごかっただけ。投手をしているから解った。

 

―――やっぱりあの3人は凄い。いつか俺も……

 

 

 

 

そして青道OB。一年生の台頭が印象強かったこの試合での感想は

 

「一転して投手王国じゃないか、今年の青道は」

 

「ああ、大塚があんな投球をするのは想定内だが、沢村、降谷と、いい投手が複数見つかった。これで夏予選の投手層が厚くなるぞ。」

一年生投手の台頭を喜ぶ声が多かった。

 

「これで丹波、川上、大塚、降谷、沢村………凄いエース争いになるな」

 

そして、これで青道のエース争いも混沌としてきた。

 

「野手陣も沖田がいい守備を見せていたし、第二打席は逆方向への流し打ちのヒット。小湊も1打数1安打。狩場は先制打、いいキャッチングとリードをしていたな」

 

打撃陣も小粒揃い、青道の黄金世代であるという認識で一致した。

 

試合は1-0で、まさかの一年生チームの勝利。投手陣の差が出た形となった。

 

 

「ふぅ…………まあ、初実戦で出来過ぎかな…………」

大塚はアイシングをした後、クールダウンをしていた。

 

「お疲れ様。はい、これ」

そこへ吉川が飲み物を差し出した。

 

「ありがとう。(あれ、この子は………うーん、どこかでやっぱりあったのかな……?)」

大塚は、何か忘れているような気がすると思いだそうとする。

 

「あのさ、俺と君、どこかであったことがある?」

渋い表情をしながら、大塚は敢えての覚悟で聞いてみた。

 

「え………? うん………」

 

「そうなのか? (やっぱりあったことがあるのか…………女子、うちの学校でこんな人はいなかったけど………あ)」

そして、やや薄っすらと汗でTシャツが濡れており、そこからうっすらと見える桃色の下着を見て、

 

そしてここで大塚は思い出した。

 

 

「あの時オープンキャンパスでぶつかった人だ。」

下着を見て、思い出すという破廉恥極まりない思い出し方をする大塚。

 

「あの……あの時はすいませんでした。」

 

「いいよ。でも、何で焦っていたの?」

 

「えっと、ハンカチを落としちゃって、それで職員室に………お祖母ちゃんから貰ったハンカチだから、無くしたくなくて………」

そしてすべてが繋がる。

 

「ああ、あのハンカチかぁ……そうか、君のだったんだね。いやぁ、見つかってよかった、よかった。」

 

「今日は、今日は凄い投球だったね。あの上級生を寄せ付けないなんて、すごいです!」

 

 

「まあ、そんな俺を見出してくれた青道には感謝、感謝だね。だから、この恩にはこの学校を全国大会に出場させなきゃいけない。スカウトがこの高校しか、こなかったわけだし」

そして、青道への恩を語る大塚。

 

「けが、ですか………」

 

「女性というのは、噂に聡いね。でも、沖田の事は責めないでくれよ。アイツも好きでああなったわけではないから。けど、運命を感じちゃうね」

人懐っこく笑顔を見せる大塚。その笑顔にドキリとしてしまう春乃。

 

まさか、自分と再会した事? そんな少し自意識過剰なことをつい考えてしまう春乃。だが、

 

「沖田と巡り合えるなんて思っていなかったし」

 

「……う、うん………そうですね………」

望んでいた答えとは違っていたが、それも運命だと思う春乃。不思議と苛立ちはなかった。女子として、望んでしまうシチュエーションだったが、それでも大塚の言葉は許してしまえる雰囲気だった。

 

「ん? どうしたの………えっと………」

そして大塚はまだ彼女の名前を知らない。故にそこで言葉に詰まる。

 

「同じ一年生の、吉川春乃です!えっと、今年の夏、絶対に甲子園に行きましょう!!」

そして春乃は自分で言った言葉を改めて数秒間考え、そしてしだいに顔を赤くしてしまう。

 

「………!!」

 

「…………はっ!!  あわわわわ…………」

 

「危ないッ!!」

気が動転して、慌てて走り去ろうとする春乃。だが、大塚がその手をつかみ彼女を逃さない。

 

「ふえぇ!? え、えぇぇぇ!?」

いきなり掴まれたことに、さらに混乱する春乃。しかし彼の力は強く、抜け出すことは出来ない。

 

「危ないじゃないか!!! それにその先は階段で、踏み外して怪我をするかもしれないぞ! それにまた、誰かにぶつかる気か?」

大声で怒ったような口調で言い放つ大塚。それを聞いて大人しくなる吉川。確かに冷静になれば、その先は階段で前方不注意な自分は、大怪我をしてしまっていたかもしれない。

 

「………まったく、何というか、見ていて飽きないね、君」

身長差の為か、やや見下ろす形にはなるが、春乃はそんな言葉を大塚にかけられた。

 

「え…………」

 

「今時珍しいよ、君のようなタイプ。まあ、嫌いではないね」

 

そして彼女を掴んだ手を離し、彼女を自由にする。

 

「あ…………」

少し名残惜しいと思ってしまった春乃。あんな風に手を掴まれたのは初めての経験だ。それになんだか背の高い男子にこういう風に見下ろされ、手を掴まれ、安心してしまったのだ。

 

「じゃあ、また明日。もう誰かに迷惑をかけるなよ」

そう言って、大塚はその場を後にしていった。彼の姿が見えなくなった後、力が抜け、軽く放心状態の吉川。

 

「………………………………」

 

その後、他のマネージャーが声をかけても、しばらく反応がなかったのであった。

 

 

 

5月中旬での、降谷、大塚、沢村のデビューが決まった。

 

そして、沢村はこの知らせを聞き、速球とチェンジアップ系などの変化球の精度を上げる練習に励み、小湊春市以下、その他の一年生は、課題の体力を鍛えることに邁進するのだった。

 

そして、そんな将来性豊かな、タイプの違う投手陣を見ていた上級生………

 

「……………今年の一年は、中々見所があるようだな………」

彼はこの練習試合を見るまで、淡々と野球をこなし、リハビリを続けていた、悲運の選手である。

 

しかし、レギュラーに戻ることが出来なくなった彼を慕う選手が多く、あの片岡監督に自らお願いされ、選手として諦めることを引きとめられ、マネージャー兼、記録員として、チームに残ることをお願いされるほど、彼の野球センスは並外れていた。

 

それこそ、怪我さえなければ、彼が今頃は不動の、扇の要だった。

 

―――まだ粗削りな投手二人と、かつての己を追い求める投手か………

 

「そんな未完の大器たちを導く、か…………監督も無茶を言う」

そしてそんな彼らを目の当たりにし、指導することをお願いされ、彼―――滝川…クリス…優は苦笑いを浮かべていた。

 

 




沢村の無双タイムだと聞いていた。

しかし、大塚もなんだかんだ活躍していた件について。

降谷には悪いことをした。変わっているのは、捕手がまともに捕球できたぐらいか。





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第11.5話 紅白戦 裏

急遽作ったお話です。何とかこれで違和感がなくなるといいのですが・・・・


試合を最初から見ていた御幸は、夏の大会が楽しみで仕方なかった。

 

「やっべぇぇ……」

思わず頬が緩んでしまう。あのまだまだ未熟だった沢村が、1年生の先発を任されていた。去年はムービングボールしか投げることのできなかった中学生が、速球系の変化球を携え、この青道に再びやってきた。

 

先頭打者を抑え込んだ右打者の外へ逃げるサークルチェンジ。あれだけタイミングの取りづらいフォームで130キロ前後の速球を織り交ぜられれば、そう簡単にタイミングを合わせられない。

 

だが、彼が驚いたのは緩い変化球ばかりではない。

 

「ムービングの軌道から、変化した?」

揺れながら高速に落ちる縦の変化球。速球のように速く、揺れながら変化する。ナックルの軌道にも通ずる御幸の知らないボール。

 

 

「……大塚だな、アイツを仕込ませたのは」

御幸は直感で悟った。ベンチで腕組みをし、不敵な笑みと、やや驚いた表情をしている彼―――大塚を見て、彼が沢村に野球を教えたのだと。

 

フォームも、足を大きく上げる従来のフォームと、上半身で壁を作るフォーム。まさに変則オーバースローとして、完成されつつある沢村の投球モーション。

 

初回の攻撃は、やや期待していた沖田が、自分のスイングをすることが出来ずに終わった。スイングに無理がありすぎる。途中までは理想的なフォーム、なのに直前で彼は力んでいた。

 

「あのことを思っているなら、気にするな!! アレは最善と最善がぶつかった結果だ!!だから、お前はお前のバッティングをしろ!! もう一度、戦いたいと思える俺のライバルでいてくれ!! お前のバットを見せてくれ!!」

 

大塚の大きな声。彼が沖田と何かがあったことは明白であり、二人の因縁を高島礼から聞いていた御幸は、彼の檄によって沖田が目覚めることを期待した。

 

 

しかし、結果は流し打ちのゴロ。上手くミートしたが、センター方向に打たないように意識し過ぎたあまり、無理に流しているのは明白。無理に引っ張るようなコースでもなく、彼は為す術なく虚しく一塁を目指す。

 

「いいスイングしているのにな。」

 

大塚から言われれば、もう何も気負う事はない筈。いや、彼が沖田を励ましていることを察し、余計に力んだのか。

 

そして2回の上級生の攻撃。増子との戦いは圧巻だった。この場に一軍の面々がいないことが、御幸の「面白いものを最初に見つけた」優越感を擽らせる。

 

ストレートに初見でタイミングを合わせてくる増子もさすがだが、臆することなく攻めてくる下級生バッテリーも勇敢に見えた。

 

――――ホント、面白い1年生ばかりだなぁ。アイツにはスタメンは奪われそうにないけど。

 

狩場は強気のリードで沢村の特徴を活かしている。投手の力を最大限に引きだし、気持ちをのらせるタイプ。おだてるのが上手い。

 

――――お互いがお互いを刺激し合えるバッテリー。こういう面白い奴らもいるんだな

 

そして最後にはインコースを続けてのリードに増子が打ち取られた。OBからは、1年生の奮闘が新鮮に見えているだろう。

 

「あの1年生、増子を打ち取ったぞ!」

 

「続けざまのインコース攻め!! けど、あの程度の速球に増子が打ち取られるなんてな」

 

「やっぱりスタメン落ちってのは、そういうことなのか?」

 

OBたちは、沢村の事を理解していない。だが、チーム内でも屈指のパワーを誇る彼が、タイミングがあって尚、打ち取られる要因は、限られてくる。

 

 

―――――沢村のボールが相当に暴れている。しかも最後のボールは、癖球なんかじゃない。

 

 

御幸は、鳥肌が立っていた。あの沢村に目を付けた自分の勘は間違っていなかったと。

 

―――――最後のボールは、恐らく意図的に右打者の胸元に切り込ませ、詰まらせた。

 

考えられるボールは一つしかない。

 

―――――カットボール……ッ! どんだけ進化してんだよ!! まだ入学して間もないぞ!!

 

打者を詰まらせるために考案されたムービングの一つでもあるカットボール。さらに、沢村のフォームの効果もあり、タイミングも取りづらい。

 

右打者殺しのカッター。これで球速が増していけば、右打者の被打率はどんどん低くなっていくだろう。そしてそのカッターをさらに生かしているのがチェンジアップ系。あそこまで両サイドを意識されれば、打者は狙い球を絞りづらく、タイミングも取りづらい。

 

 

そしてその両サイドを活かすために不可欠な、この試合での沢村の制球力は、今のところコントロールミスが少ない。癖球に慣れていない上級生は悉く打ち損じているのだ。

 

だが、強打者相手だとその制球力もかなり上がる。この癖球とカッター、緩い球が威力を発揮する。

 

―――― 一軍レベルではない上級生には、打つのは難しそうだな。

 

そして、2回で降板した沢村。上級生たちは増子をのぞき、沢村の球筋を解っていない。最後まで球筋を見なければ、ヒットに出来る確率もかなり下がるのは明白。

 

「あ~あ。やっぱりベンチは荒れてんなぁ……」

御幸は困ったようにつぶやいた。あの程度の真直ぐをヒットに出来なかった面々を叱咤する声。増子はその中で、打てなかったのは実力だと悟っているが、あの様子ではまだ沢村の事を癖球としか解っていない。

 

そのベンチでは―――――

 

 

「おいおい!! 先制点を取られ、一年生には2イニングを抑えられてんぞ!! このままじゃ、上級生のプライドがねぇだろ!!!」

 

「あの程度の真直ぐに、なんで俺は……」

 

「そうだ、そうだ!! あの程度の真直ぐはマシンで打ち込んだだろう!! なのに、お前らだらしないぞ!!」

 

 

「……沢村のボールが動いている。それは間違いなかった」

増子はただ一人、そう答えた。

 

 

「増子先輩?」

2年生の野手が、不思議そうに尋ねる。

 

「沢村ちゃんのボールは手元で相当暴れている。ムービング、癖球のように俺達のバットの芯を外しているんだ。最後に俺が打ち取られたボールも、カッターだったのは間違いない。」

そして彼は、沢村の投じた最後のボールを悟る事が出来た。アレは癖球ではなかったのだと。

 

「カットボールっ!? なんでそんな球を覚えているんだよ!!!」

 

「アイツ、一度もスライダー系や、カーブも投げなかったぞ。癖球と緩い球で俺達を抑えたっていうのかよ……」

 

今まで日本にはあまりいないタイプ。ポピュラーな変化球ではなく、チェンジアップや速球系の変化球を習得している彼は、日本でも異質な存在。

 

上級生たちは思う。

 

――――まるで、米国仕込みの投手の様だと。

 

 

「と、とにかく!! あの投手は降板するぞ。次の紅白戦では種も解っている状態だ。絶対に打ち崩す!!」

 

監督に言われ、沢村は降板。沢村はやや驚いた顔をしていたが、渋々マウンドを降り――

 

「あの野郎が次の投手か」

 

それは、散々上級生を煽っていた1年生。

 

降谷暁。遠投新記録に迫る実力を示した怪物。

 

『自分は明日、ここにいるだれにも打たせる気はありません』

 

『そうすれば、僕のボールを捕ってくれますか?』

 

彼は上級生など眼中になかった。御幸に受けてもらう事しか考えていなかったのだ。だからこそ、彼の見下した発言は、上級生のハートに火をつけていた。

 

 

だが――――

 

 

ドゴォォォォォォンッッッっ!!!!!!

 

「な、何だよ……」

ベンチにいる誰かがつぶやいた。

 

「何だってんだよ!!!!」

 

 

1年生捕手は、彼のボールを何とか捕球した。しかし、あまりにも強烈なストレートに、打者は体をのけぞらせてしまった。

 

 

それをOBたちと一緒に見ていた御幸は、彼の言葉がフロックではないことを悟る。

 

――――変則左腕の次は、剛球右腕か。なんていうか、まあこうも才能を見せられると、ヤバいな。

 

御幸は上級生ベンチを見る。丹波、川上は衝撃を受けた顔をしており、野手陣はそのたった一球で、動揺が広がっている。

 

――――たった一球で、打者の心を折る圧倒的な球威。こいつも天才か。

 

恐らく、全体重を指先に集約して放たれるストレート。故にその球威は並のそれではない。だが、御幸の懸案はそれを1年生がやっていることだ。

 

――――まだ体の線も細いアイツが、それを何球も投げられる身体かどうかは、見ればわかる。俺達はコントロールしないと、あの手のタイプはすぐに無茶をする。

 

沢村の投球に触発されているのか、降谷の一球はすさまじかった。彼はその一球で監督を認めさせた。

 

「監督、絶対にアイツの球を打ちます!! いくらなんでもそれは………!!」

 

「だが捕手の負担が大きい。今怪我をしてもらっては困る。貴重な、奴のボールを取れる一年生だ。そして、経験も積ませたい」

 

監督の言う通り、降谷の球を受け続ければ、あの捕手は潰れてしまう。故に、御幸も自分が捕手に名乗り出たい気になったが、下級生だけのチームと言われていたため、あの時のようにはいかない。

 

その後、ついに本命が現れた。

 

「ピッチャー、大塚ッ!!」

 

御幸が一番見たかった投手。大塚栄治。あの時のような圧倒的な投球を見せる大塚。上級生を、決め球のスプリットなしで次々と打ち取っていく。

 

――――あんなスライダー、持っていたんだな。

 

横に大きく曲がるスライダー。球速が遅く、スロースライダーといっていいその球種は、140キロ前後の速球と合わさり、脅威であり、その2球種で緩急を担えるほど。

 

そして両横を抉る動く球。沢村はカッターだけだが、大塚にはシンキングファストがある。相手のバットの芯を外すのも楽そうだと感じた。

 

――――マジで、立ち振る舞いが堂々としている。臆することなく、マウンドで自分の出来る事だけに集中している。

 

風格が漂っていた。それは、御幸が渇望していたエースの姿。

 

――――アイツが出てきた瞬間、下級生全員の動きもよくなっている。打たせて取るテンポのいい投球が、全体の調子を上げているのか!?

 

初打席ノーヒットの沖田も流し打ちで出塁するなど、川上を後一歩のところまで追い詰めたのだ。しかし、増子が最後は立ち塞がり、追加点を奪えなかった。

 

だが、下級生が1点のリードを守っている。上級生が一点も奪えない。そんな強豪ではありえない図式が現実のものとなっている。

 

「おいおい、何だこのスコアは!? 下級生から一点も奪えてねェじゃねェか!!!」

この大声は、3年生の伊佐敷先輩。センターの外野手であり、強肩強打の青道の主軸。どうやら、スコアを見て不満があったらしい。

 

「うん、100点差くらいつけとかないと。でも、彼からは点を奪えそうにないね」

小湊は、スプリットを増子にだけ見せた大塚の投球を見て、手を抜かれていることが明白だと悟る。

 

「ああ。あの大塚という投手。初日から自主練を始めていた。他にも有望な新入生も自主練に参加している。今年の20人は、相当な変化があるだろう」

主将の結城は、沖田と大塚が初日から頑張っているのを知っている。故に、この結果を鑑みれば、1年生のメンバーが増えることを予期していた。

 

「哲のお気に入りか!? あいつがぁ!?」

伊佐敷は、マウンドにいる大塚を見て笑みを浮かべている結城に食って掛かる。

 

「最善を尽くす努力をしている。俺には、あの成宮よりも手強いと感じた。」

 

主将の口から、宿敵よりも厄介と言わしめるほどの実力。鋭い眼光を向け、彼は静かに戦況を眺めていた。

 

結城も感じたのだろう。彼がいるだけで、下級生の動きがよくなっていることに。

 

「丹波もケツに火がついただろうな、こりゃあ」

レフトのレギュラーである坂井は、大塚の堂々とした投球を見て、現エースの丹波も危機感を感じるのではないかと考えた。

 

「けど、成宮よりも手強いってのは言い過ぎじゃないの?」

小湊は、さすがにあの宿敵よりもまだ凄みを見せていないと言い張る。

 

「彼が凄いのは認めるけどさ。増子を三振に取ったあのボール。素直に凄いと感じたよ。けど、ストレートはまだ、成宮には及ばない」

続けて今度は彼の長所と短所を指摘する小湊。

 

「小湊。アイツは今何年生だ?」

結城は小湊に尋ねる。

 

「え? 今は1年生だけど」

何を当たり前のことを言っているんだと、小湊は不思議そうな顔をする。

 

「まだ奴は、“1年生”だという事だ。それに、はっきりとは言えないが、何か違和感を覚えるフォームでもある。」

 

結城は最後まで言葉を続けなかった。ここにいる青道ナインが彼の次の言葉を感じ取ったのだ。

 

――――大塚栄治はまだ、底を見せていない。

 

恐らく、彼は最善を尽くしているつもりなのだろう。だが、まだ彼は彼の真の最善に達していない。投手の事はからっきしだが、結城は直感で大塚の欠点を見抜いていた。

 

それが何なのかすらわからず、ただただ予感というだけだが。

 

「けど、やっぱり上級生も大塚の前に一人もランナーを出せていませんね……」

御幸がやや厳しい表情で戦況を眺めている。

 

「いつからアイツらはランナーを出せていない、御幸。お前は最初から見ていたんだろう?」

伊佐敷は、御幸に尋ねる。そして信じられないような目でスコアを見て、そして御幸を見るのだ。

 

ヒットゼロ。あのスタメンではないにしろ、上級生たちが一人もランナーを出せていないという事実。

 

「最初は東先輩を三振に取った沢村が、2回をパーフェクト。続く降谷は150キロ近いボールで一発合格。大塚はお察しの通りです」

御幸が簡潔に戦況を全員に説明した。

 

「……これが、今年の新入生の実力か……」

門田は、呻くようにつぶやいた。

 

 

 

そして6回終了時。

 

「(実戦初登板ながら、才能と実力を見せた1年生投手陣。丹波も意地の投球。点を取られはしたが、まずまずの出来だった。川上も最後は増子の好守もあり、崩れなかった。頃合いだろう)」

 

ベンチでは、1年生投手陣からヒットを打てていない現実に打ちのめされた上級生を見て、これ以上は再起不能になりかねないと考えた片岡監督は、この紅白戦を切り上げることを決めた。

 

「集合!! 6回終了を以て、この紅白戦を終了とする!! 両チーム整列!!!」

 

「か、監督!! 俺達はまだ!! 俺達はまだヒット一本も!!!」

 

「まだ俺達は戦えます!! まだ俺達はッ!!!」

上級生の嘆願。下級生に完全試合を食らわされたままでは、やはりプライドが許さない。その気持ちは痛いほどわかる。だが、投手出身の片岡にはわかってしまった。

 

――――仮にヒットを打っても、この投手陣からはまだ打てないという事が。

 

「……お前たちの気持ちもわかる。だが、この6回の終了の結果がすべてだ。」

 

「っ」

 

「確かに、お前たち上級生にとってみれば、絶好のアピールにもなっただろう。だが、相手を侮り、沢村の球筋に増子以外気づかず、良い様に弄ばれたのはなぜだ?」

 

「そ、それは……」

 

「降谷のことは、俺も想定外だった。あのまま続行すれば、第2のクリスを生むことになっていたかもしれん。」

 

クリスの名を出されて、上級生たちは沈黙する。1年生捕手が入学早々に怪我でもすれば、やはりあの青道のトラウマが蘇ってしまう。

 

将来を嘱望された、天才捕手の離脱。彼は凡人だ。だが、その凡人はあの球を捕球したのだ。それは彼がこの青道に来て最初に出した結果でもあった。

 

「大塚には、決め球のSFFを増子以外に投げることがなかった。奴の舐めた態度は、流石に後で一言を入れるつもりだ。しかし、厳しいことを言えば、それだけの差があったという事だ。」

 

「か、監督……」

 

それが事実だった。その大塚からヒットを打てていない。簡単にうたされていた。

 

 

「そして、下級生の球はヒットに出来るという驕りが、お前たちにあったんじゃないか?」

 

その一言で、上級生は黙ってしまった。沢村と大塚は、パワーでは勝てないことを知っていた。だからこそ、動く球を有効に使い、打ち気に逸る上級生を封じ込めたのだ。

 

 

文字通り、相手を抑えるためにがむしゃらに、そして計算高い確かな作戦で。

 

「試合後、好きなだけバットを振ってこい。今日の悔しさを忘れるな。この悔しさをばねに、絶対に後悔するな」

 

片岡監督は、暗に強くなることを期待した。彼ら上級生に、さらなる奮起を促したのだ。その悔しさを忘れず、奢りを捨て、謙虚になる事を示した。

 

はいっ!!!!

 

 

 

 

「……大変なことだと思うぜ、これは」

倉持は、やや震えた声でこの結果に驚いている。あの沢村が、上級生相手に、増子先輩を相手に勝ったという事実。

 

「今年の青道は、よりレギュラー争いが激しくなるな。」

結城は、この試合で活躍した沖田、東条、小湊、狩場に注目した。この4人はいずれ青道の核を担う存在になる。あの強力投手陣と対を為す、史上最強の青道を全国に示す可能性がある。

 

「エース争いも、厳しくなるね。丹波も川上も、凄い後輩がいると苦労しそうだね」

俺もだけど、と最期に小さく言った小湊は、Bグラウンドを後にする。

 

「あの野郎、今度は俺がスタンドインしてやる。やっぱ先輩がいろいろと手本を見せないとな!!」

伊佐敷は、大塚が天狗になる可能性があるので、紅白戦で絶対に打ち込んでやると決意する。

 

闘志を剥き出しにする先輩が帰った後、御幸はその後ろ姿を見て、

 

「結果的に、監督の思い描いたシナリオ通りだな。」

 

下級生を当てて、上級背の闘争心を煽る結果となった今日の試合。それ以上に収穫だったのは――――

 

 

「即戦力が2人もいることだな、やっぱ」

 

野手は調子を上げればという面々がいる中、沢村と大塚は、実戦で長いイニングを任せられる可能性を見せつけた。

 

降谷は変化球がなく、ストレート一本は不安だが、その将来性は疑いようがない。この二人が彼を刺激し、お互いを高め合えば――――

 

「見えてくるな、全国の舞台が――――」

 

未だ見えない、甲子園の大舞台。

 

『後悔すればいい。10年後も、20年後も』

 

とある知り合いの言葉がやはり胸の中には残っていた。だが―――

 

――――やっぱり俺、青道に入ってよかったかもしれないぜ。

 

青道の扇の要は、青道の飛躍を期待するのだった。

 

 

 




時系列的にも12話ではなく、あえて11.5話にさせてもらいました。

ベンチの様子と、レギュラーメンバーの視点。

原作では指摘されなかった「下級生の球くらい軽く打ち込める傲り」に着目した結果となりました。

下級生と言えど、全力で叩き潰す気概が足りず、その判断が出来なかったことを、片岡監督は指摘したのですが、大丈夫かな、これ・・・・


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春の関東大会篇
第12話 エース争い勃発!


タイトルは前半のみ。後半は何て言えばいいのかわからない。


衝撃の紅白戦の次の日、大塚、沢村、降谷は高島に呼ばれたのだが、

 

「大塚君は一軍正捕手の御幸君とセットプレーやサインの確認。調整を行ってもらうわ」

 

「解りました。」

 

一軍昇格を決めた大塚。沢村と降谷が羨ましそうに見るが、

 

「降谷君は二軍のクリス君から野球のイロハを教えてもらいなさい。上手くいけば、来週の関東大会に登板機会があると思うわ。」

 

「はい」

 

降谷も来週の関東大会で登板機会を示唆され、少し目を見開きつつも内心では燃えているのが外見からも丸わかりの気合の入れよう。

 

そして最後に、

 

「沢村君は大塚君と同様に長い回を投げてもらう可能性が高いわ。野球のイロハはどういうことか、去年よりもマシになっているけど、まだまだ原石。クリス君には今の実力をさらに昇華させるために、御幸君からは大塚君と同様に細かなサインの確認をしてもらうわ。」

 

「はいっ!!」

 

沢村は大塚と今同じスタートラインに立っている。自分たちが行くことさえ叶わなかった全中決勝の舞台。彼はこの中で経験値が圧倒的に上である。

 

――――けど、諦めるって選択肢なんて一番面白くねえッ!

 

沢村は、大塚を見る。

 

―――もしこいつに勝って、エースになれば俺はどんな景色が見られるんだ?

 

このそびえる壁が、沢村の闘争心を煽る。大塚が彼を煽ったわけではない。だが、沢村は格上との競争を歓迎していた。

 

「というか、まえから面白そうな面々だったと思っていたけど、マジで末恐ろしいわ。紅白戦でいきなり結果出すとは俺も予想してなかったし」

苦笑いの御幸。一年でこの時期に一軍入り。3投手が成熟した時はどうなるのか。

 

――――まあ、一番驚いたのは沢村だけどな。

 

彼の成長速度は、この中で一番上である。大塚は持っているモノがほか二人とは違う。投手としての地力は一番。降谷は二人にはない剛球という大きな武器がある。

 

「ああ。紅白戦でも見ていた。大事に育てていきたいが、やはり大きく成長してほしいと思える投手陣。やりがいはあるな」

3年生捕手のクリスは、紅白戦での3投手の投球に触発されていた。

 

両サイドを丁寧に突きつつも、強気の姿勢を崩さなかった変則左腕には勇気を貰った。

 

剛速球を投げ込んだ怪物には、驚ろかされた。

 

そして最後の男には、捕手としてリードしたいという欲求が、高まった。

 

「練習内容は変わるが、投手として一枚も二枚もレベルを上げてやる。大塚は御幸に任せるが――――」

 

クリスは、大塚を見て、

 

「この二人の成長速度をお前は肌で感じているだろう。一試合も無駄にするなよ」

敢えて大塚の尻に火をつけるような物言い。彼が半分冗談、半分本気で言っているのは間違いなかった。

 

「それは紅白戦で嫌というほど味わっていますよ。俺も負けてられない」

 

大塚も、この二人が虎視眈々と自分の背中を狙っていることぐらいわかっている。今は変化球の数でも制球力も上ではあるが、気を抜けば追い抜かれかねない。

 

こうして、1年生投手陣を含めた夏に向けた青道のエース争いが勃発する。

 

クリスから激励を貰っている大塚らを見た丹波は

 

「…………………………」

 

「どうした、丹波?」

一軍捕手の宮内が、クリスと御幸から説明を受けている1年生投手陣を見詰めている丹波を気遣うように声をかける。

 

「………………いや、なんでもない。練習を続けるぞ、宮内」

首を横に振りながら、丹波はブルペンにて投球練習を行う。1年生であれだけの力を備えた投手が3人も来る。それは青道全体でみればいいことなのだろう。

 

しかし現エース、丹波は危機感を感じた試合でもあった。自分は不運な当たりとはいえタイムリーヒットを打たれた。片や相手は継投とはいえ、一軍メンバーをのぞいた上級生相手にヒットを打たせなかったのだ。

 

宮内は、あの3人を強く意識している丹波を見て、

 

「心配するな。自分の投球が出来れば、エースは奪われん。カーブとストレートのコンビネーション。それがお前の持ち味だろう?」

 

そう言われても、丹波は大塚と沢村が自分よりも多くの変化球を持っていることを気にしていた。

 

沢村はカッターで右打者を封じ込め、チェンジアップ系でタイミングを外すという投球が出来ている。高速パームも、風の状況によってはウイニングショットになりかねない。

 

そしてその沢村を超越している大塚。彼は縦横の変化と緩急、両サイドの動く球を持っている。悔しいが認めるしかない。

 

――――それでも俺がエースだ。この背番号だけは渡さない。

 

「宮内。話がある」

 

「ん? 丹波?」

 

丹波がエース争いで一歩抜け出す為の秘策。それは――――

 

 

 

 

 

パァァァァンッッ!!

 

「ナイスボール!!」

 

「ああ! ありがとう」

 

隣では川上が投げていた。あの紅白戦では無失点とはいえ、沖田には外のスライダーを芯で捉えられたのだ。

 

自分が自信を持って空振りを奪えると信じていたコース。それを彼はいとも簡単に運んでみせた。

 

その後の練習でも守備では強肩を見せつけ、守備範囲の広さと身体能力をも見せつけている。あの大塚が目をつけている選手なだけはあると彼は悟る。

 

しかも、守備も体力もこの時期の1年生にしては規格外。間違いなくベンチ入りが有力視されている。

 

――――このままじゃ20人に、その先の18人に……………

 

 

そんな悶々とした気持ちを抱えつつも、彼は踏みとどまるしかない。一軍から押し出されないために。

 

 

台頭を狙う1年生投手陣、その座は譲らないと意地を見せる上級生の投手陣。二軍で徐々に調子を上げてきたかつての怪童沖田道広と小湊、東条ら野手陣。

 

屋内ブルペンにて、

 

「けど、今の球種以外になんか使えそうな球はないの?」

御幸がいきなり大塚にそんなことを尋ねてきた。

 

「………難しいですね。基本俺が使えると判断した球ですし、カーブはまだコントロールが定まらないし………一応、投げ方は意識しているんですけど」

 

大塚は未だにカーブが投げられない。故に、丹波の球種がカーブだけというのに驚いてもいる。なぜあんな難易度の高い球種を持ち得ながら、他の球種を習得しないのかと。

 

「こういうところは、丹波先輩が羨ましいです。」

 

 

「へぇ、お前でも羨ましいところはあるんだな。」

ボールを投げ返しながら、御幸は笑いながらそう言う。

 

「沢村はサウスポーだし、降谷はあんな怪物みたいな剛速球。あれよこれよと欲しいモノだらけですよ。」

なんでもなく大塚はそう言う。そして御幸はそんな彼の言動を聞いて心の中で安心する。

 

――――普通は天狗になるんだけどな。これだけあれば1年生では十分。けど、こうも貪欲なら怪我しない限り心配ないな。

 

御幸は沢村と降谷が、そして大塚が甲子園のマウンドで投げている姿を想像する。そしてその3人をリードする自分。

 

――――ここまでハートを熱くさせてくれる奴らは初めてだ。先輩として、バットの方で見せ場を作るとするか。

 

近日に控えた関東大会で、活躍を誓った御幸。

 

「御幸先輩?」

少し考え事をしていたため返球が遅れていた。故に、大塚が何か戸惑いを見せるような表情で御幸に声をかける。

 

「ちょっとな、お前らを全国の舞台でどんなふうにリードしようかと考えていたところさ」

 

その後、ちょっと強めのボールが大塚から返ってきた。

 

 

「うーん、なんか変化球欲しいなぁ…………」

沢村は丹波のカーブと川上のスライダーを見て、大きな変化を持つ球種が欲しいと考え始めていた。

 

「大会が近いし、フォームを崩す危険性のあることはお勧めしないな。俺が巻物に記した練習はもう終えたか?」

馬鹿正直な沢村の事だ、敢えて聞かなくてもやっていると考えていたクリス。

 

 

 

「はい!!! 基礎練習という事で倍近くやってきました!! 結構体力使ったっす!」

 

 

少し予想の斜め上だった。

 

「沢村。体を休めること、それも体を作る事だ。オーバーワークは怪我の元。お前たちはまだ1年生だ。その細い体を鑑みても焦る気持ちもわかる」

 

――――自分のように、怪我で泣かされる選手にだけはなってほしくない。

 

二人には悪いが、今年の新入生には本気で期待しているクリス。それが上級生二人にとっての、殻を破るきっかけになればいいとさえも考えている。

 

――――御幸、こいつらを活かすも殺すもお前次第だぞ。

 

「すいません!! 次はメニュー通りやります!!!!」

 

「そうだ。そびえる壁は高いが、お前には奴にはないものを持っている。そして、体を作っていけばお前はもっと高みにいけるだろう。だからこそ、怪我のリスクには注意してくれ。」

 

「はいっ!!!」

 

倍近くやって自分が注意するような場面はなかなかなかったので、中々に鍛えがいのある選手だなと彼は思う。練習をさぼって怒るケースは珍しくはなかったが、本当に奇妙で面白い選手だ。

 

それでいて、何かをやってくれそうなタイプでもある。

 

大塚は安心感。降谷は将来への期待。綺麗に別れたと彼は考えた。

 

「ぜェ………ぜぇ………終わりました」

 

そこへ、息を切らしながら降谷が戻ってきた。やはり体力づくり中心のトレーニングは正解だったと思うクリス。彼の体力の無さはやはり致命的だ。

 

――――体力がつけば先発を期待したいが………この球威を活かすのはやはり

 

クリスが考えている降谷の起用。それはセットアッパー。短いイニングならばそこまで球威を気にすることもない。今年は体力づくりをみっちりやり、来年から先発を任せるべきだというのが片岡の方針でありクリスもそれには同意見だった。

 

「降谷。ブルペンでは軽めに投げろ。力の抜けた今では、力むことも少ないだろう。速いボールを投げようとするな。」

 

「はい………(力みを無くす?)」

今まで壁投げをしていた降谷には未知の言葉。

 

「脱力投法っすね!! 0から100の!!! リリースを意識した練習だぞ、降谷!!」

 

半端ではあるが、沢村は野球知識を覚えている分基礎がちゃんとしているので応用の覚えも早い。

 

―――まあ、横で散々言われている奴にはイライラだろうが。

 

しかし間違いではないので、そこまでいうつもりがないクリス。

 

 

ズバァァァァンッッッ!!!!!

 

「あれ…………?(軽く振ったつもりなのに………球が伸びた?)」

降谷も、この体力が厳しい中でここまでボールが伸びるのは初の経験。

 

「それでいい、降谷。お前の球威を生み出しているのはその指先に全体重を集約したリリースの力。故に、腕の振りさえ安定すればそこまで球威が落ちるわけではないんだ。」

 

「……!!! はい。」

丁寧に教えてくれているクリスの事を信用し始めている降谷。御幸という捕手に受けてもらいたかったが、クリスから学ぶことは多い。

 

「俺のフォームはどうっすか!!!」

横ではネットスローに切り替えた沢村が、クリスにアピールをしている。

 

「お前は力み過ぎた。お前の良さがそれでは消えるぞ」

 

「了解っす!!!」

 

 

しかし、夏に向けて頑張っているのは投手陣だけではない。

 

ある日の練習。春市、東条の一軍昇格を狙う一年生たちは、沖田とともに合同自主トレを行っていた。なお、金丸と狩場も希望により参加している。

 

そして、結城は練習初日から沖田が奇妙な練習を同級生の斉藤と桑田に提案していることを知りここにいるのだ。

 

「夏まではあと3カ月を切っている。フォームが固まっているし、ミート力のある二人にはいずれ教えようとは思っていたんだ。」

沖田は上級生の桑田、斉藤とともに一風変わったティーバッティングをしていたという。

 

「まあ、俺達は一軍の目は完全にないが、大学でも野球を続けるつもりだ。だからこそ沖田の練習は本当にためになるからな」

惜しくも一軍昇格は厳しそうな斉藤が彼らの前でそう話す。結城としても、沖田と桑田を合わせ3人で秘密の練習を行っていたことに異論をはさむつもりはなかったが、沖田の打撃センスは並外れている。

 

「で、右打者の俺達になんでまた……」

東条もそうだが、一年生でここに呼ばれたのはいずれも右打者。

 

「今回は俺が指導に回るから桑田先輩と斉藤先輩、俺の3人。だから結城先輩と東条、春市に教えられるし、金丸と狩場も見ていて損はないと思う。」

 

そして春市の担当は沖田がすることになり、斉藤は東条、桑田は結城に入ることになり、金丸と狩場は春市の練習風景を見ることになったのだが―――

 

「これ……難しい……!!」

春市の表情が少し歪む。沖田は何でもないかのようにトスを上げていく。そして見学している二人もその異様な練習風景に驚いていた。

 

「歩きながらティーバッティング!? 何だそりゃ……」

動きながらトスを打つ。通常トスバッティングは斜めから投げるものであり、このように位置をずらしながらの練習など見たことがない。

 

そして一方の結城、桑田ペア。

 

カァァァン!! カァァァン!!

 

「すげぇぇ……もう順応してきている…」

桑田はさすが主将だと考えた。歩きながらのティーバッティングに既に対応しつつある。

 

「感謝しかないな。スイングの数は誰にも負けないと考えていたが、力みが取れた瞬間に生きた打球を打てそうなくらい充実している。」

 

「東条も片手の打撃をするぐらいだし、体のバランスはよさそうだね。」

沖田は、東条も歩くティーバッティングに順応しているのを見るとそろそろ次の段階に移行するべきだと考えた。

 

ティーバッティングその2.

 

「これでバットに当たるの?」

春市はバットを十字にバットを振りながら、沖田がタイミングよくトスを行うのだ。十字を意識した春市は、ややタイミングが遅れる。

 

「何の意味があるんだ? これは」

狩場が練習風景を見て、沖田に指摘する。

 

「そうだな。打者にはそれぞれ打撃のポイントがあるんだ。そのポイントで打てば非力な打者でも長打を打てるし、鋭い打球を飛ばすことが出来る。十字の真ん中を意識して今度は打ってみてくれ」

 

それを意識した瞬間に、

 

「あっ! なんだか違う……感触が少しずつ変わってる?」

春市の打球がさらに鋭さを増し、快音が聞かれるようになる。

 

「そうか。打者を抑える時、俺はとにかくタイミングとポイントをずらすことを意識していたが、そういうことなのか。打者の最適なタイミングとポイントでその球に対応する。そうすることで、強い打球を打てるようになる。最短距離でバットを出すのか」

捕手の狩場は沖田の意図を完全に理解した。そしてこの二つのティーをメモに書き込んだ。

 

「そういうこと。左はレベルスイング、フラットにバットを出すのが多いっていうけど、右は押し出すような感じでいいんだよ。」

 

なお、結城はポイントを元々持っていたのか、快音を連発させていた。

 

「主将には何も言うことがないです……」

 

東条は崩されてもバットを出せる利点があったが、この練習は目から鱗だった。しかし難しいティーであることも確か。

 

「確かに、フォーム固めてないと無理だわ、これ」

 

 

そしてまだ続くその3のティー。

 

「よし、行くぞ」 ポイッ、バーンッ

 

沖田の上げたトスが、地面へとバウンドする。春市はいきなり理解できないことが起こり、硬直してしまう。

 

「え」

 

「あぁ、すまんすまん。バウントしたボールに合わせて。打球は問わないから、先程確認した打撃ポイントでこのバウンドしたボールを打っていくんだよ。」

 

「えぇぇぇ!!!」

 

 

「なかなか難しいな、これは」カキィィンッッッ!!!

結城は苦い顔で言いながら、真芯で捉えている。そして一番早くにこの練習の意図を理解した。

 

「それで難しいは冗談が過ぎるぞ、主将。」

桑田は見ていて格が違うと感じた。

 

「そういえば、微妙に手元で変化する投手がうちにもいたな。」

 

「正解です、主将。手元の動く球に芯で合わせる練習なんです。高校生ではまだフォームがばらばらでナチュラルシュートする投手や沢村のような癖球を投げ込む投手もいます。本人はフォーシームを投げている感覚でも、変な回転がかけられていることもあります。」

 

つまりこれは癖球を打つ対策。変化球への対応力を養う感覚。

 

「木製の俺は、なお頑張らなきゃいけないね。」

春市も意図を理解し主将に続く。意図を理解した途端に打球の質も上がるので、彼のセンスはやはり高いと感じる沖田。

 

しかしここで対応力を見せたのは―――

 

「初めてにしては凄いじゃないか、東条」

 

「うっす。けど、なんだか自分の実践の打撃をしている感覚っすね」

低めのボールを掬えるローボールヒッターの彼は、こういう変化のティーへの対応力が無意識に養われていた。

 

 

そして、第4のティーバッティング。

 

「これは普通のティーの位置だけど、ルールがあります。それは徹底して右打ちを行う事です。」

 

「右打ち、けどそれって俺達が普通にやっていることだよね。」

春市がそう言うと、

 

「まあ、主将や春市は広角に打てるからあまり問題じゃないけど、これも重要なことかな。」

 

結城と春市は難なく右打ちを物にし、東条がやや遅れる。

 

「右打ちの理由は、投手の生命線であるアウトコースへの対応。最短距離でストライクコースのボールを逆方向に打ち返すこと。無理に引っ張って引っ掛けるよりも、無駄なく力を集中させて一球で狙い撃つ。投手はこれが嫌だろうから」

 

そして東条が手古摺る中、結城と春市が次のティーに入る。

 

 

第5のティーバッティング。

 

 

「え? なんでそこに立っているの、沖田君?」

 

沖田の位置は先ほどの右打ちよりも前の、春市の真横だった。沖田はそれが当然だと言わんばかりにそこに立っていた。

 

「今までのティーバッティングで、右打者のスムーズな体重移動、打撃ポイントを養う、右打ちへの対応、変化する球への対応と、俺の考えた段階を踏んでいると思う。まあ、最初はとにかく何も言わないから、ただ実践してほしい。」

 

 

春市と結城はやや疑問に思いつつも、練習をするのだが、

 

「今度は引っ張る打球が多いね、右打ちなんて出来ないし、インコースを捌いているような感覚だよ。」

春市は、一転してプルヒッター気味の打球が多くなったことを意識する。

 

「このコースは打者にとっては厳しい」カキィィィンッッッ!!!!

 

「いや、主将はマジで無意識に対応してますわ……」

桑田は、意図を理解せずとも強い打球を打っている結城に感服せざるを得ない。

 

「そうそれ。右打ちで結構アウトコースを意識してくれたから、今度はアウトコースではなくて、配球でインコースに来られた時の対応。みんなも、アウトコースを待っていて、インコースに来られて詰まらされた経験はあるよね?」

 

「あるね」

春市もその時の映像が浮かんだのか、やや苦い表情。

 

「確かに」

結城は力でタイムリーにしているが、いやな打撃だったと感じてはいた。

 

「あるな。打球が全然飛ばなくて、打ち取られることの方がほとんどだった。」

 

「そういうことなんです。特に、内角と外角を投げ分ける技巧派にはたまらないでしょうね」

両サイドを上手く使った投球。技巧派にとってみれば、アウトコース待ちでも、インコースを反射的に打ち返せる打者は脅威だ。

 

 

そした、次は第6のティーバッティング。

 

「次は自分の打席ではない打席で、ティーを行ってください。」

 

つまり、右打者は左打席で、左バッターの構えで打つことになる。

 

「うん、わかった」

春市は元々左で打ったことがないというわけではない。遊び感覚で打ったことがある。

 

「げぇ……」

東条は慣れない左打席に、快音が響かない。

 

「むっ……」

結城も、無双を誇っていた右打席ではいざ知らず、左ではあまり快音が残せない。

 

「これって、投手でも右投げの人が左をするのと同じ原理?」

 

「まあな。体のバランスを整えるためのモノといっていい。右で慣れた分、偏ったバランスを修正する意味でも、大きいと思う。」

 

夏の予選、本選で投手が疲労を溜めこむのと同じように、野手も打撃の調子を落とすことがある。それは偏ったバランスと体の疲労が蓄積することが原因。

 

「だが、体の力みも取れて良いな、これはこれで」

結城は慣れない形にも左打席を行っていく。

 

「沖田。これをお前はいつごろから始めていたんだ?」

結城はこれほどのティーをやっていたのはいつごろかと尋ねる。

 

「小学5年生のころからですね。仲間とともにやっていました。まあ俺以外誰もやろうとはしませんでしたけど。青道に入ってからは、あの上級生との試合後に、桑田先輩たちにお願いしました。」

 

「なるほど……」

 

その後、今日は実践していなかった低めのティー打撃、バランスボールに座りながらのティー、後ろ片足ティーバッティング、連続ティーバッティング、ツイストティーバッティングもあることを紹介し、全部で12種類のティーバッティングを伝授した沖田。

 

「後ろ片足打法って、効果は何?」

 

「ほら、よく打撃で『体を開くな』というだろ。でもどうしても開いてしまう。だから、俺なりに考えて、閃いたんだ。体を開かなくすればいいと」

 

「???」

結城はその言葉の意味を理解できなかった。

 

「今日はするつもりはなかったんだけど、一応紹介だけはしておきます。桑田先輩お願いします」

 

「おう」

 

バットを手に、沖田が打席にはいる。すると、前足に当たる左足を上げ、右足一本で立ったのだ。

 

「けど、それじゃあまともにスイングなんて出来ないよ!」

春市は片足で打撃することの難しさはよく解っている。だからこそ、その難しさを知っている。

 

「無理に良い打球を飛ばす必要はないんだ。ただ、体を開かないように撃てばいいんだよ」

 

片足で立ちながら、通常のティーと同じ位置でトスバッティングを行う沖田。そして意外なことに、体は一度も開かない。バランスが悪い体勢であるにもかかわらずだ。

 

「なんで……」

驚く春市。

 

「片足で立っていると、やっぱりここまでもう片方を上げると、軸足方向に体がずれそうになるんだ。だからこそ、この軸足方向に体が少し傾きそうな状態で打てば、体が開くという事は起こりえない。」

 

「あ」

春市はそこで合点が言った。よく見ると、沖田の体勢はやや後ろ向き。まるで、来た球を呼び込んでいるような打撃フォームだった。

 

「かなり勉強になるな。」

結城は闘志を燃やし、その練習を網膜に刻み付けるぐらいの目で凝視していた。

 

なお、連続ティーと、低めティーは説明を省き、バランスボールは夏以降にやるべきだと沖田は感じていた。バランスボールに乗った打撃はかなりの難易度で、最悪フォームを崩しかねない。しかし、会得すればかなり打てるようになるだろう。

 

「なんていうか。沖田君の事を勘違いしてたなぁ。天才かなって思っていたけど、練習の天才だよ。」

春市も、バリエーション豊かな練習方法で打撃を極めていた沖田に、感嘆する。

 

「俺より凄い人はいるからな。だから技で勝負しないと。」

 

 

「最後にツイストティーバッティングとは何だ?」

結城が最後のツイストについて尋ねる。

 

「巨人の選手の人がやっていた打法なんですけど、以前崩されそうになった時も対応するっていったじゃないですか。」

 

沖田はまず一打を見せてみる。

 

「下半身の両ひざに意識してみてください。」

 

そうして、沖田はトスを真芯で捉え、かなり強い打球を飛ばす。

 

「「「!!!!!」」」

春市、結城、東条は衝撃を受けた顔をする。狩場と金丸も、遅れてリアクションを取る。

 

「体のひねりがすげえ……。どうやったらあんなに。」

 

「ツイストの意味ですけど、両膝を内に動かすんです。前足が上手く体をブレーキするので、自然と腰の回転がスムーズになるんです。だから力まずに強い打球が―――」

 

カキィィィィィンッッッッ!!!!!

 

まるで鞭のように腰がしなり、ヘッドが加速するようなスイング。トスのボールが一瞬消えたようにも錯覚させた、驚くべきスイングスピード。

 

「まあ、こんなところです。体を開かないようにする後ろ足ティーバッティング。ツイスト打法をもし取り入れたいのなら、このティーを始めたら、自然と身につきますね」

 

 

ということもあり、合宿前では合同の自主トレを行った結城達。後にレギュラー陣にも教えたのだが、一部の練習が取り入れられることになった。

 

「天性の打撃ではなく、練習によって積み重ねた確かな打撃。そして理に適った練習。この夏合宿で、本格的に取り入れるとしよう。」

 

片岡監督は、結城からの報告を受け、このトスバッティングを行うことを決めた。

 

 




野球って、科学ですね。

なんか調べれば力学とか、体の使い方とか、なんかすごいと感じた。

野球選手って、すごい。


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第13話 開幕!! 関東大会!

???「1年生には負けていられない」

????「俺も頑張らなきゃ」


さて、この二人は誰だ!?



5月18日。春の関東地区高校野球大会。

 

春季大会は東京都を含む8都県の春季大会優勝…準優勝校および開催県の3、4位の2校を加えた合計18校が基本の出場校を合わせた大会であった。

 

 

これに1973年の第25回大会からは直前の選抜高等学校野球大会でベスト4に進出した高校が関東高野連推薦枠として出場し、その数はさらに増えていった。

 

 

なお、推薦出場校は各都県予選にも参加するが成績に係わらず1位校として出場する。このため推薦出場校以外の高校が各都県予選において優勝した場合は2位校として出場することになる。

 

また、推薦出場校が各都県予選で関東大会出場権の圏内の成績まで勝ち上がった場合は当該成績の次点校が繰り上げ出場することが決められており、東京都については本大会に参加はするが、開催はしないため秋同様の7県で持ち回り開催を行う。

 

この大会の勝者が必ずしも夏を制するわけでもなく、その権利もない。だが――――

 

 

数多の関東の強豪校は、古豪青道高校の復権に震撼する。

 

ガキィィィン!!!!!

 

『は、入ったァァっぁ!!! 今日ファーストで先発の3年生結城哲也!! 二打席連発のホームランっ!! これで4打点を挙げ、この3回で常葉水川のエース、松原を引きずりおろしました!!』

 

淡々とダイヤモンドを廻り、打った投手へは見向きもしない結城。打たれた投手はそんな飄々とした彼を睨みつけようとするが、打たれた打球の大きさを前にし、それは負け犬の遠吠えと何ら変わりはなかった。

 

これでスコアを5-0とし、圧倒的リードを作る青道高校。相手は千葉の上位ランクに位置する高校だが、その投手陣の中心を粉砕して見せた。

 

「ふしっ!!!」

 

 

そして、そんな大量リードを貰った丹波は、落ち着いた球を投げることが出来、4回まで3安打無失点。球数もまだ60球と少し多いが、及第点といえる滑り出し。

 

「打線が力強く丹波君を援護したのか、今日は調子がいいですね」

高島礼は、この丹波の復調は、大きいと監督に申し出る。丹波は最高学年で、これまでの青道を背負ってきた自負があるとはいえ、一年生に才能豊かな投手が複数入り込んだのだ。彼にも危機感というのが働いた。

 

「調子いいですねぇ、丹波は。これなら6回までいけそうですね。」

太田部長は、いい意味で開き直っている丹波の投球に、手放しの称賛を送る。

 

「そうですね。腕の振りがいいので、打者はタイミングを合わせづらいでしょう。これまでは彼の代わりがいませんでしたが、1年生の台頭が彼にもプラスに働いたようです。」

 

「うむうむ。今までの炎上はなんだったのか」

とにかく勝負所で炎上することが多かった丹波。青道のエースと言われてはいるが、調子に左右される不安定な投手。

 

「ですが、次の試合の大塚君、その次の沢村君の出来次第では、まだエース争いは続きそうですね」

高島は、ロングイニングを投げられる3人の投手にエース争いは絞られたと言ってもいいと断言する。公式戦初先発で、2人がどんな投球をするのか。

 

「実力だけではエースとは認めん。エースの振る舞いは、チームに多大な影響を与える。あまり言いたくはないが、バカすぎるのも考え物だ」

スタンドで何やら騒いでいる沢村を見つけ、片岡は溜息をつく。

 

スタンドでは、

 

「すっげぇぇぇぇ!!! 何だあのカーブ!? 紅白戦の時よりスゲェェェェ!!!」

 

「腕の振りがいい。やっぱり、すんなりエースナンバーは貰えるわけないか」

流石の投球をしている丹波に、大塚も舌を巻く。

 

 

しかし、魔の6回。丹波は先頭打者に四球を与え、続く打者をフライに打ち取るも、

 

「ボールフォア!!」

 

 

これで一死一塁二塁。ここまで無失点の丹波。エース争いで一歩抜け出すためにはここを抑える必要がある。

 

「どんまいどんまい!! 球は走ってますよ、丹波さん!!!」

ホームからは御幸の声が聞こえてくる。だが、丹波の精神状態は今までと同じく、追い詰められていた。

 

――――フォアボールで走者を出し、置きに行った球を痛打される。

 

あの時の言葉が蘇る。

 

―――――丹波、お前は3年間、何をやってきた?

 

その通りだった。そんな弱い自分を変えたくて、市大にはいかず、敢えてこの青道に入った。

 

――――かっちゃんに勝つために、後ろをただついていくのは、もう嫌なんだ!!!

 

 

丹波の目に光が戻る。何のために、何をしてここまで結果を出せた?

 

この試合はこれまで、自分がどういう風な意識で投球をしていた?

 

 

――――開き直れ………ッ 腕を振り抜け!!

 

自分に言い聞かせるように丹波は心の中で呟いた。

 

 

――――丹波さんの悪い癖が出始めている。今は厳しいコースを要求すると甘く入るかもしれない。

 

御幸も、いつもの炎上の予兆を感じ取ったのか、内に構えづらくなっている。

 

――――仕方ない、この右打者には外のストレート、ボール球で、反応次第で次の球を………

 

しかしマウンドの丹波。ここで御幸のサインに首を振る。

 

―――――丹波さん?

 

 

――――逃げるわけにはいかない。3年間の意地、エースとして、俺は逃げない。

 

丹波の集中力がまだ切れていないことを確認した御幸。

 

――――いい意味で触発されてますね、先輩方。アイツの加入はやっぱ大きいわ

 

 

躊躇いなく御幸は内にミットを構える。

 

――――丹波さんの納得できる球を、このコースに!!

 

丹波がセットポジションから投げる――――

 

「ふしっ!!!」

 

 

コースは完璧。インコースの際どいボール。ストライク判定されてもおかしくなく、置きに行った球でもない。

 

カァァァァンッッ!!!!

 

「ぐっ!!!」

相手打者も、そのストレートに押し負け、打球を打ち上げてしまう。

 

 

「ショートっ!!!」

 

御幸の鋭い声。完全に打ち取った球。何とかとってほしいと祈るが、

 

 

ダンッ!!

 

僅かに倉持が捕球できず、二塁ランナーがスタートを切っているのも重なり、1点を返される。

 

センターへのタイムリーヒット。これで一死一塁三塁。尚もピンチが続く。

 

「……………っ!!!」

悔しそうにする丹波。リードに応えた、そして最後までコースを突いた投球が出来ていた。だが、結果打たれてしまった。

 

「丹波さん。球は来ていました!! 落ち着いてアウトを一つずつ取ってきましょう」

御幸がフォローをすかさず入れる。最終的にコースを選択したのは捕手である自分。自分のミスでもあることを伝え、投手のショックを和らげる言葉を送る。

 

「すまん。熱くなりすぎた。」

 

「けど、まだピッチングは崩れていないですよ。」

 

 

内野陣も2人の方へと近づき、

 

「気持ちが乗っている。大丈夫だ、丹波(いつもと違う。まだ切れていないぞ、丹波)」

増子も、丹波が気合を入れていることを感じ取っている。この試合で彼が変われるのであれば、その力になりたいと思う増子。

 

「落ち着こうよ、丹波。闘志は十分伝わっているし」

小湊が笑みを浮かべながら丹波の左肩をポンポンと叩く。

 

「ああ。コントロールミスではない。不運な当たりだった。」

結城も、丹波がこの試合で一皮むけるのではないかと期待してしまう先程の勝負を、責める気持ちなどない。

「すいません。打ち取った当たりだったのに……」

謝罪する倉持。丹波の気持ちの乗ったボールであったことは確か。

 

「気にすんな。お前の足で捕れなきゃ、うちのチームじゃ誰にも取れないよ、あれは」

御幸がフォローを入れる。

 

「……こういう時は優しいのな」

日常生活では意地の悪い悪友である御幸からの優しい言葉。倉持は思わずそう言ってしまうが、

 

「捕手ですから♪」

と微笑む御幸。この言葉で説明できてしまうほど、御幸は捕手なのだ。

 

 

「みんな…………」

 

「納得のいくボールを投げこめ。御幸なら取ってくれるだろう」

 

「アハハ、全力を尽くします………」

パスボールやワイルドピッチは厳しいなぁ、と内心思う御幸だが、そんなことは間違っても口に出さない。折角腕を振りきっている今、そんな言葉で腕を縮こまるようになれば逆効果。

 

――――丹波さんの成長が、夏を戦ううえでの大きな収穫。その炎を俺が消すわけにはいかない。

 

 

続く左打者。今度は一転して、

 

ククッ、クイッ!!

 

「くっ!!」

 

二球続けてのカーブの連投。初球カーブで入り、二球目のカーブもバットを出してくれたのだ。これであっさりと追い込んだ丹波、御幸バッテリー。

 

――――これで外のボールが気になるはず。うちのストレートで詰まらせる。

 

 

カァァッァンッっ!!

 

「ファウルボールっ!!」

 

左打者はその厳しいボールをカットすることで、御幸のもくろみから逃れる。

 

――――インコース高め。ボール球。振ってくれれば儲けものだ。その後対角線で外のストレートで打ち取る!

 

 

ズバァァァァンッッ!!!

 

「うっ!!」

反射的に反応してしまった打者。しかしバットまでは出すことはなく、

 

 

「ボ、ボールっ!!」

審判もスイングを取るかどうか迷うほどの瀬戸際。

 

――――ちっ、ここでけりがつけば楽だったんだがな。アウトローの真直ぐ。これで決めますよ、丹波さん!!

 

 

「ふしっ!!」

 

 

アウトローへの理想的なストレート。当たってもヒットになる確率は低い。

 

 

「グッ」

 

かァァァァァンッッッ!!!

 

 

「なっ!!!」

打たれた瞬間、丹波はその打球の方向へと視線を移した。

 

レフト方向へのフライ。犠牲フライには十分の距離。3塁ランナーがタッチアップ。

 

これでこの回2失点の丹波。だが、今までと比べてもその内容は悪くはない。

 

「ドンマイ、丹波さん!! 球に負けてましたよ、あの打者!」

 

「あ、ああ…………」

 

――――さすがに、そこまで理想通りにはならないか。

 

丹波は自分の投球をしても、こういう不運な当たりが出てくることを自覚した。

 

―――――…………だが、この試合で俺の課題が見つかった。

 

2失点してもなお、丹波の目には闘志が燃え滾っている。

 

 

 

続く打者は、

 

 

ズバァァァァンッッ!!!

 

「ストライィィィクッ!! バッターアウト!!!」

 

カーブがコースに決まり見逃し三振にとって斬る丹波。後続を打ち取り、何とか6回2失点で切り抜けたのだ。

 

「しっ!!!」

ガッツポーズを見せる丹波。

 

「ナイスピッチ、丹波!!」

 

「うがぁぁぁ!!!」

 

「バカ野郎!! 心配したじゃねェか!!!」

 

「大きな一歩になるな、丹波」

 

「ああ………っ!!」

 

同期の上級生たちは、今まで見たことがないほど充実している表情を見せている丹波を目の当たりにした。

 

――――俺達のエースは進化する。

 

――――まだ丹波はこんなものではない。

 

――――夏までにまだまだ進化してくれる。

 

各々考えていることは違うが、この試合を機に、彼の纏う空気が変わりつつあることをナインは悟る。

 

「崩れるかと思いましたが、踏みとどまりましたね」

それはベンチの面々も気づいていた。あの状況での精神力こそが、丹波の一番の弱点であり、欠点だった。だが、彼は集中力を切らさなかった。

 

「ああ。この試合の価値は、奴にとって本当に大きなものになるだろう。」

片岡も、一皮むけてベンチに帰ってきた丹波を出迎える。

 

「攻めの姿勢、そして集中力を切らさない。ようやく一本立ちしてきたな」

 

「!!!!!」

片岡監督からの賛辞。丹波はその言葉に驚いた。

 

「今日の投球と、今日の意識を忘れるな。それがお前を大きく成長させる。」

 

「はいっ!!!」

弱い自分を変えるためにこの3年間、何度も壁にぶつかってきた。だからこそ、壁を乗り越えた喜びを誰よりも知っている。

 

 

「次の回も投げられるか、丹波?」

 

 

「行けますよ、俺は!!」

丹波の7回も続投する意志を聞き、片岡は短く「3人で料理して来い」というのだった。

 

 

 

結局、4打席目で結城はベンチに退き、試合は最後まで青道ペースに。スコアは8-2と圧勝。エースを打ち込まれた常葉水川にとっては、夏に向けて厳しい結果となった。

 

この試合、丹波は7回を投げて106球。被安打5。7つの三振を奪い、2失点。四死球は2だった。彼自身の中で、今の投球に限界を感じたらしく、丹波は試合後に試したいことがあるらしい。

 

それでも完全に崩れることなく、持ち直すことが出来、成長を見せた。

 

 

続く二番手川上は、2回を投げ、被安打2、1三振。四死球1と、課題を残したが、何とか無失点に抑えた。

 

しかし、長年崩れることが多かった二人の投手が踏ん張ったことは、青道にとってはとても有意義な試合だった。青道は準々決勝へ、弾みをつける大勝となった。

 

 

 

「ピンチだったけど、あの人崩れなかったね」

大塚はあの時とは雲泥の差だと感じた。彼はマウンドで投手が一番示さなくてはならいことを成し遂げたのだ。

 

「ああ。あの時は勝負する前から負けていた。だが、今は違う」

沖田も、丹波がこの試合で一歩先へ進んだことを感じていた。

 

「倉持先輩だらしない!! あの打球は投手からしたらとってくれないと」

沢村はあんな不運ヒットは倉持の足を鑑みれば捕れていた打球だった。なので、

 

「2失点だったけど、1失点すね、アレは」

なお、この発言を聞いた倉持が後で沢村を締めた模様。

 

「まあまあ。あの振りを考えると、外野までいくと一瞬考えたんだろうね。よくあるポテンヒットだよ。投手ならあれは避けられない。」

大塚も、やけにバットの振りが鋭く感じられた。だからこそ、彼は打球の飛距離を勘違いしたのだろう。

 

「けど、これでエースは厳しいな、大塚、沢村」

沖田は、丹波がエースらしい投球をしたことで、1年生の二人は余程でかいことをしないとエース争いから脱落すると考えていた。

 

 

―――同じ成績、同じイニングでは恐らくエース争いに終止符が打たれる。

 

沢村は、丹波に負けない投球をすることを意識する。

 

――――完封、完投ぐらいしたら、まだ振り切られないかな。

 

それだけの投球をすれば、まだエース争いで取り残されないと考えた大塚。

 

次の試合。横浜北学園との試合で、先発を言い渡されている大塚。ここでの投球が、夏の背番号との距離を測る試合になるのは明白。

 

――――18番か、それとも11番か。はたまた1番か…………

 

 

それを決めるのは自分の力。

 

 

 

 

そして青道首脳陣サイドでは、

 

「丹波が復調したのは喜ばしい事ですが、明日は大塚が投げますからね」

 

「ええ。明後日の地元の朝刊に載るのが目に見えていますね」

 

「実力通りならな。奴が自分の投球をすれば、それほど難しい事ではない。問題はそれをできるかどうか。」

 

片岡監督は、自分とは違って理知的な大塚に少なからず興味を持っていた。自分は入部当初は問題児だったことを鑑みれば、あれほど手のかからない学生は逆に心配になるモノだ。

 

――――奴が結果を出せば、エース争いは継続。もし打たれれば、奴の課題が見つかり、今後に活きる。

 

 

故に、片岡は明日の試合で大塚に結果をそれほど求めているわけではない。逆に、悪いモノが出て、今後に活きる試合ならばそれで十分なのだ。

 

だが――――

 

――――野球人として、奴の高みを見てみたいのは、否定は出来んな。

 

試合の前日、ここまで落ち着いていられる夜を過ごしたのは、久しぶりな気がした監督であった。

 

 

 




たんば「もうメンタルが弱いなんて言わせない」

異議なし


かわかみ「川上んゴとは言わせない」

なお、毎回劇場を開場するエンターテイナーの鑑、川上劇場。今日は印象が薄すぎた模様。


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第14話 青道の二人目

たぶん、厄介な投手が二人も現れたという世間の認識。




そして、その準々決勝。横浦、東海大に並ぶ強豪とされる、横浜北学園との対決。その初マウンドに――――

 

パァァァァン!!!

 

 

6回が終わり、未だ横浜北学園からは快音が聞かれない。対する青道高校は、力投を続けていた横学のエース、岸田を攻めたて、6回に集中打を集め、5点を奪う攻撃。

 

 

そして7回の裏、横学のスコアボードにはヒットの数が3と記されていた。

 

「ストライィィィクッ!!! バッターアウトっ!!!」

マウンドで悠々と投げる大塚。相手は神奈川の名門チーム。そのチーム相手に大塚は完封ペースを続けていた。

 

この右打者は、大塚のスロースライダーにバットが出てしまう。ゾーンを自在に操る大塚の投球が打者の打ち気を誘う。故にバットが止まらない。

 

 

高校野球ではめったにお目にかかれない、コントロールが良く、フォームを潰しに来る投手。下手をすれば、スランプを誘発させかねないその圧倒的な総合力と、投手としての力に、横学の打線は完全に沈黙し、その心が折れかかっていた。

 

「なんなんだよ………アイツ…………なんであんな化け物が青道なんかに…………!!!」

ベンチはそんな理不尽な存在への恨みが募るが、この先頭バッターの三振で、声すら出なくなっていた。

 

横学の監督も、この怪物を前に、打線が沈黙し、バントで揺さぶろうにも、フィールディングまでいい大塚相手には無力であり、ゆさぶりも何も効かない彼の投球に打つ手なし。

 

試合前は、1年生が先発という事で、

 

「随分と舐められたものだな。まさか入部したての1年を先発にあげるとはな。」

 

監督は一同を見回し、初回から檄を飛ばす。

 

「お前ら!! あの投手に高校野球の厳しさを教えてやれ!!」

 

だが、ここまでのゼロ行進。監督の勢いも、選手の勢いもなく、大塚の前に、完全に闘志を捻り潰されていた。

 

 

奪った三振は7個。ヒットは3、四死球もゼロ。ストレートとスライダー、動く球を使って投げており、打たせて取る投球を続けていた序盤から、相手がボールを見てくるようになり、必然的に三振数が増えた。

 

不運なポテンヒットこそあるが、まともに撃たれていない。

 

もっとも、誰一人としてストレートにあわず、合わそうと対応してくる打者をあざ笑うかのようにタイミングを代えてくる大塚は、まさに高校野球では悪魔に近い存在だった。

 

「行けるか、大塚?」

球数は序盤の早打ちのおかげで、79球と少なく、完投ペースである。

 

「撃たれるかもしれないけど、完投は狙えますね。そこは割り切って投げるので」

完封はあくまで付属品というスタンスの大塚。そのまま八回のマウンドに上がる。

 

 

「こい、おらぁぁぁ!!!!」

最早気力だけで叫ぶ、横学のバッター。5回の場面で屈辱三者三振を喫した横学ナイン。選手として、彼はなんとしても塁に出る決意を滲ませていた。

 

シュッ!!

 

スパァァァン!!!

 

「うっ………!」

アウトローへと息をするように決めてくる大塚、御幸のバッテリー。思い通りに投げてくれるコントロールの良い投手をリードしている御幸は、

 

――――本当にコントロールがいいと、リードがしやすい。さらに、多少タイミングが合っても、それをずらす技術があるなんて、反則だぜ。ホント、うちのスカウトよくやった

 

有頂天になりつつも、

 

―――けど、大塚には絶対に決め球とチェンジアップ系は投げさせない。そう簡単に対応できるとは考えられないが、それでも使わないに越したことはない。動く球を有効に使い、両サイドを広く使うぞ

 

SFF、パラシュートチェンジ禁止を試合前に言い渡された大塚は、

 

「チームのために最善の努力をするのがエース。その注文を要の監督と捕手がするのであれば、自分はそれに従います。先は長いですから」

と、抵抗感なくそれを受け入れたのだ。

 

常にチームの勝利を求め、自分がどういう投球をすればいいのかを考えてくれる、尚且つ総合力が高い。

 

――――普通にいけば、エースはこいつかもしれねぇな…………けど、そうなると問題なのは―――

 

御幸はバックを全て見回す。ここで試合に出ているのはほぼ3年生。自分と倉持、白洲以外は3年生である。

 

―――この人たちにエースとしての覚悟と実力を見せつけないと、ちょっと不安だな。けど、それを示してみろ、大塚!!

 

ククッ、スパァァァァン!!

 

「スイングっ!!」

凛とした声で、大塚は審判に回ったというアピールをする。

 

「ストラックアウトっ!!」

横へのタイミングをずらす外のスライダーに手が出て、スイングを取られてしまう。打者はストレートをファウルで粘り、だんだんとタイミングがあってきていた。そこへのスロースライダー(御幸命名)が外へと滑り落ち、手が出てしまったのだ。

 

 

アウトローの生命線を存分に使いつつも、両サイドを広く使う投球。プロ野球よりも甘いストライクゾーンは、大塚には広すぎた。

 

 

 

 

結局、8回まで投げることになった大塚。球数は90球を超えてもなお、ストレートに衰えがなかった。というより、そこまで彼は力を投げてない。タイミングをずらせば、ストレートをうつときは手打ちになるため、高めのストレートを打ち上げることが多くなる。

 

何しろ、彼の今日のMaxは、139キロ。癖球とタイミングを外す躱す投球で、横学打線を3安打に抑えている。

 

彼らは捉える事は出来るが、タイミングを外されていることに、違和感を覚えるだろう。そして、その強烈なタイミングを外す技術に目が行くだろう。

 

――――打てないのは、タイミングが合っていないからだと。

 

だから余計にバッターボックスで後ろに下がる。変化する速球を上手く隠し、相手を騙している。

 

 

―――けど、これで奴のフォーム殺しは世間に広まっただろうな。これを真似する投手なら現れそうだが、ここまで完璧にフォームを代えつつ、それぞれの球種の投げ方が同じな奴は、出てこないだろうな。

 

御幸はそんな高度なテクニックは、高校生が本来覚えるものではないと考えていた。

 

 

――――真似をして、フォームを崩すのが関の山だろう。アイツは力投派だし、力を抜くことはあるが、ここまでの事は出来ないだろうし、

 

そして彼は知り合いの白髪頭の左腕を思い出すが、あの性格では無理だと判断した。

 

そして9回の裏。あっさりと無四球完封を達成した大塚は、ついに世間の目の前に復活した。

 

「バカな………こんなこと………こんな1年生…………有り得てたまるかァァ!!!!!」

横学は、1年生の怪物投手を前に、叫び声を上げるのだった

 

「ナイスピッチ、大塚!」

 

「ひゃはっ!! 初先発とは思えねぇぜ!!」

鉄壁の二遊間からお褒めの言葉を貰った大塚。

 

「今日は出来過ぎなだけですよ。相手が悉く打ち損じてくれたので」

とはいえ、全国区と言われた横学の脆さに、大塚は拍子抜けしているのも事実。

 

――――こんな体たらくじゃ、いつまでたっても横浦に勝てるわけないね。

 

強打で名をはせた選抜ベスト4の強豪校を引合いにだし、自分が在籍する間は全国で対戦する機会もないだろうと感じた。いい投球をされて、少しエースが乱れたぐらいであの慌て振り。もし優勢でも、相手の一選手に過大評価をしてしまうようなメンタルの脆さ。流れを悉く支配できない強豪モドキ。

 

何より、大塚は7,8回でマウンドを降りるだろうと予想していたのだ。切り札を温存しての試合。苦しいことになるだろうと考えていた。

 

「両サイドの制球も乱れることがなかったな。ナイスピッチ、大塚」

正捕手の御幸からも制球に関する点では合格だと言われた。大塚がどことなく不完全燃焼であることをすぐに見抜き、フォローを忘れない正捕手の鏡。

 

 

――――まったく、これで決め球二つを温存しているとアイツらが知れば、どんな顔をするのやら

 

球を動かし、打たせて取る投球。これは予選でも必ず必要になってくる技術である。もし万が一、連投をしなくてはいけない時も、この投球で力を温存できる可能性もある。それが何よりも青道の投手陣に安定感を与えることを御幸は解っていた。

 

さらに、当初の予定通り、スプリットとパラシュートチェンジを使わずに済んだ。夏まで情報を隠し、スライダーが十分に使えることが分かったのも収穫だった。

 

「初先発にしては派手な景色だが、この一戦で結果を残しただけで、自惚れることのないように」

しかし片岡監督からは、釘を刺される言葉を言われる大塚。周りの上級生が大塚を褒める言葉が多い中、監督は敢えて大塚に更なる進化を求める。

 

彼はこの程度の投手ではないのだから。

 

大塚も

 

「次の出番に向けて、調整をするだけです。」

とだけ答えるのだった。

 

こんな風に、1年生で初先発、初の無四球完封を成し遂げた存在は、やはり観衆を沸かせていた。

 

 

「相手も強豪なんでしょ? 凄い1年生。それにちょっとカッコいいかも」

 

 

「もしかして、エースナンバーを貰える人かも。」

 

「今のうちにメアドもゲットしたいな~。」

 

「大塚君~~~~!!」

 

「キャ~~~、こっち向いたよ~~~!!」

 

「可愛い~~~!!」

 

 

期待の1年生、そして顔も悪くないレベルであれば、黄色い声援はつきものである。早くもターゲットにされた大塚を見て、茶化す上級生。

 

「女に声をかけられたぐらいで、舞い上がるんじゃねェぞ?」

伊佐敷は、羨ましい気持ちと、この1年生が自分を見失わないでほしいという願いから、敢えてそう口にする。

 

「アハハ……了解です。それに俺は苦手なんですよね、こういうの」

 

「苦手?」

 

「知らない女性に声をかけられるのはちょっと警戒してしまうので。中学時代はミーハーなトラブルで苦労したんです。」

 

苦笑いの大塚。中学時代、大塚栄治は大塚和正の息子であるというだけでいろいろと祭り上げられかけたことがある。やはり二世の宿命なのか、父親の存在はアメリカよりも強烈だった。

 

――――アメリカだと、父さんは父さん。俺は俺って認めてくれたんだけどね。

 

アメリカで過ごした年数が多い所為か、イマイチ日本のミーハーについていけない大塚。

 

「ん? 中学時代? 一回決勝にいったぐらいでそこまでミーハーはくるわけないだろ?」

伊佐敷は、大塚の物言いが何か深刻そうなものだったので、ふと疑問に思う。

 

「いえ。こちらの話です。今のは、流しても問題ないです」

 

ここでもし、大塚和正の息子であることがばれたら、また煩わしいことになりかねない。ここの上級生たちがそう簡単に態度が変わることは有り得ないが、また面倒なことになりかねない。

 

――――日本を訪れて、自宅に忍び込まれるのはもう勘弁。間違えてバットで殴ってしまった俺は悪くない。

 

ある日、パパラッチが海を渡って来たのかと思った大塚は、バットを持って怪しい存在を追い払ったのだが、何と日本の週刊誌の記者だったことを思いだしていた。

 

――――あの時は、ホント焦ったよ。不法侵入するなんて、パパラッチどももしなかったのに。

 

なお、和正がいろいろとコネを使って脅したので、大事には至らなかった。栄治のことに配慮して、和正は参観日にさえ出ない程だったのだ。

 

「まあ、ホント息苦しいよね。」

沖田は信頼できるからこそ、あの時に伝えているが、いつかはばれることなのだろうと思う。

 

「どうしたの、栄治君」

春市が、スタンドの黄色い声援に苦笑いだった大塚に駆け寄ったのだ。

 

「春市はいいよね。顔を赤くするだけで済むんだから」

ただ可愛いだけなら、そこまでではないのだが、と嘆息する大塚と、

 

「えぇぇぇ!?! いきなりその一声は酷いよ、栄治君!!!」

いきなりそんなことを言われて動揺する春市だった。

 

 

 

―――青道高校に新星現る!! 驚異の黄金ルーキー、大塚栄治!!

 

 

―――横浜北学園を相手に無四球完封! 10Kの活躍!!

 

 

――――大塚、「味方が先に点を取ってくれたので、冷静に投げることが出来ました」

 

 

―――驚異の技巧派! チームを準決勝へ導く!!

 

 

そんな新聞が出回り、大塚は約2年ぶりに表舞台に立った。そして、横浦高校の一年生捕手の黒羽は、そんな盟友の活躍に心躍らせる。

 

「ド派手な復活劇だよな………まさか高校初先発で、あの横北打線を完封に抑えるなんてね………」

 

映像を見る限り、明らかにあの時よりも力を抜いて投げていた。力投派ではなく、技巧派として、復活を遂げ、フォームにばかり目がいっている中、動く球の精度とキレも上がっている。

 

―――技巧派にしては、相当打ちづらいなぁ、アレ。まあ、本当は本格派なんだけど。

 

現在彼は、横浦高校のブルペン捕手を務めており、多くの主力投手の球を受けることが多い。そして持ち前の観察力で、その投球スタイルを理解し、練習試合などで、信頼を掴みつつあった。

 

「…………全国で会おうな、エイジ!」

 

 

そして、スポーツ面の記事で、大塚の事を技巧派右腕と大々的に報じている新聞を見て、一同は―――

 

「この一年坊主、世間を欺きやがったぞ!! なんて野郎だ!!」

3年生、外野手のレギュラーの一人、伊佐敷純は、カメラの前にて大塚が澄ました顔で、「自分は技巧派の投手なので」という場面で大笑いをしていた。

 

「ホント、性格悪いよね。けどそう言うのは大歓迎かな?」

小湊亮介もまた、あの時であった投手がここまでの実力をつけていることに驚きつつ、世間を欺き、実力を隠す器用さに感心し、黒い笑みを浮かべていた。

 

「まあ、データがこの2年間全くなくて、あのレベルだからな。大塚の実力なら、できなくもないだろうさ。ただ、研究されてからが勝負だぞ」

そしてほとんどの人間が称賛しているのに対し、御幸だけが彼に釘を指す。その言葉に反応した大塚はそれを解っていると真剣な表情になり、

 

「ええ。今日は序盤で俺を舐めていたのか、早打ちをしていましたし、癖球を有効に使えました。さらに中盤はスライダーを交えることで、相手のタイミングを狂わし、ストレートをより生かすことが出来ました………今日はすべておれの方向へと風が吹いただけですよ」

そしてそんな実績を残しつつも、謙遜の大塚。そして、そんな大塚の言葉に突っ込むのは、

 

「そうだっ!! 俺だってタイミングを外せるぞ!! その初心は大事だよな!!!」

沢村が突っかかる。準決勝という大一番で、先発を任された彼は、大塚には負けないという気持ちに溢れていた。しかし―――

 

「だが、そうやって気負いすぎると、お前のボールは来なくなる。お前の場合は、ピンチでも平常心で投げる事。」

 

 

「うっす、クリス先輩!!」

沢村や降谷の細かなフォームチェックを行っている3年生の滝川…クリス…優。彼は元々レギュラーの捕手ではあったが、けがにより戦列を離れ、半年間練習に参加できなかった。現在は、この将来性豊かな一年生投手陣の教育係を任されている。

 

特に沢村や降谷は、フォームでの細かなチェックにより、調子を上げ、クリスの観察眼に舌を巻いているのだ。

 

「明日の試合。相手は横浦高校だけど、投手はあまり大したことがない。うちの打線なら十分打ち崩すことは可能です。問題は―――その打撃陣。今日の横北が可愛くなるぐらいの強打のチームです。タイプ的に、一昔前のうちに似ていますね」

大塚視点で、大したことがないと言い張る横浦のエース。140キロ前半で、変化球もまあまあ、特筆すべきはスライダーのキレだが、それ以外は並である。

 

彼が注意しているのは、その強打のチームカラー。9人全員が勝負強く、選球眼がいい。どこからでも得点を取れるチームであり、きっかけさえあればいつでも爆発できるだけの力を兼ね備えている。

 

そんな打線を相手に、沢村は挑むことになる。

 

 

そしてその夜、沖田は黙々と自主練習を行っていた。

 

「さすがだなぁ、アイツらは………」

 

広角に打ち分ける技術はある。打力も調子を取り戻した。だが、脳裏にはあの光景がまだ焼き付き、浮かない表情が多い沖田。

 

「スイングもいい。崩された時を考えているお前のバッティング理論は、確かに理にかなっている………そこの問題は、お前自身が納得しないと解決しない」

 

そして、彼とともに自主練習をしている結城と、その目付けをしているクリス。沖田という逸材をメンタル面で治す必要があると、あの試合で判明し、心身ともに鍛えるのだが、

 

「…………クリス先輩は、大怪我をしていたんですよね………」

 

「ああ。だが今は完治し、リハビリを行っている段階だ。怪我というのは、やはり遠回りになるが、それだけメンタルは強くなったという感覚はある。」

リハビリ生活は長くつらいものだ。大好きな野球が出来ず、もくもくと同じ作業を繰り返す。思い通りにならない体を見て、ストレスを感じることもあるかもしれない。

 

だがそれに腐らず頑張ったことで、ここまで這い上がったのだ。クリスも、そして大塚も。

 

「…………」

 

「………俺から言えるのは、もう楽になっていいんじゃないか?」

クリスは沖田にそうはっきりという。

 

「…………」

 

「こんなことを言うのもあれだが、全力プレーが出来るのに、それを怠るお前が少し許せない。その理由を鑑みても」

少し厳しめの言葉を投げかけるクリス。

 

「そう、ですね………そう言われても仕方ありません………」

 

「お前は真面目だ。一年生の中でも、かなりのな。だから責任感を強く感じやすいし、練習もマジメ、こうやって自主練もする。」

まるで来日した父親のように、練習に躍起になり、自らを追い込んでいるようだった。何かに逃げるように。そして野球が好きで、真面目な癖に、雑念が入り混じっている。

 

「主将として、俺はお前に的確にアドバイスをすることは出来ない。だが、一つだけ言えることがある」

結城は素振りをやめて、沖田の前に立つ。

 

「野球に正直になれ。それだけで、だいぶ変わるだろう」

 

「…………!!!」

 

その後、沖田はその言葉を聞き、結城とともにバットを振り続けるのだった。

 

 

 

 

5月20日の準決勝第一試合。

 

相手は、選抜ベスト4の横浦高校。

 

 

相手にとって不足はない。

 

 

前日から沢村は、この大舞台のチャンスで武者震いをしていた。

 

「俺がついに明日あのマウンドに…………!!」

大歓声が響き渡り、大塚効果なのか、観客はほぼ満員だった今日の試合。そしてデビューが決まった後、沢村は地元の仲間に自分が試合に出ることを教えた。

 

――――準決勝に出るぞ!! 俺は先発だ!!

 

――――すっげぇっぇ!! 栄ちゃん!! こんなに早く一軍で投げるなんて!!

 

―――栄純、やったね!

 

―――あ、ああッ!! 若菜がいろいろ教えてくれたおかげだぜ!! あいつ、本当に難しい本を渡しやがって………アレ全然入門書じゃないだろ!!

 

――――う、うん……でもいきなりだから、全員は無理かもしれない。けど、行ける人は応援に行くね!!

 

 

蒼月若菜の応援に行く宣言で、かなり精神的に気にしている沢村。特に去年のあの一件以来、意識しており、青道への受験勉強でも本当にお世話になっているのだ。

 

入学後はそれぞれの学校に分かれ、遠距離になってしまったが、彼女が東京へと足を運ぶことに喜んでいる自分がいることを悟る。

 

―――なんかしらねェけど、仲間が来るよりもアイツが来ることがうれしい自分がいる…………何なんだ、このモヤモヤ感…………

 

しかし理解できていない沢村。

 

 

―――ええいっ!! 今日は早く寝るッ!! 寝て、明日完封してやるぜ!!

 

しかし、結局寝たのは寝たのだが、夢にまで彼女が出てきたという。

 




横学は小物。はっきり分かんだね。

沢村が次に対峙するのは怪物打線の横浦高校。横浜高校筒香と大阪桐蔭中田クラスがいると考えてもらって構いません。なお、ベストメンバーは3,4番のみ。


大塚はあまり目立たないけど、中学から日本に来ている設定。まだ沖田しか和正との繋がりを知りません。












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第15話 神奈川の王者

ついに全国でのライバル校の一つが登場。

モデルは勿論あの高校です。


しかも、この高校以外にやばい高校は後3つほどいるという事実。






5月20日。ついに当日を迎え、青道高校対横浦高校の試合が始まる。

 

 

まず先攻めの横浦高校。相手も新戦力を試しているのか、ベストメンバーではない。

 

だが―――

 

スパァァァァンっ!!

 

「ストラックアウトォォォ!!」

先頭バッターを高速パームで三振に切って取ると、

 

カァァァァン

 

インコースのクロスファイア-に詰まらされ、ショートゴロに打ち取られる二番打者を見て、沢村は次の打者を見る。

 

『さぁ、ここで選抜4ホーマーと大当たりした、今年のドラフト上位候補!! 高校通算76本塁打の男、岡本達郎を迎えます!! この一年生投手がどのような投球をするのか!!』

 

 

左バッターボックスにその大柄な体を入れ、沢村を睨む3番サード、岡本達郎。まさにスラッガーという言葉が似合う、威圧感を出す雰囲気はプロ予備軍である。

 

――――こいつは明らかに違う。選抜でも140キロの速球をホームランにしているし、甘くいけばやられる。クサイところをせめるぞ

 

「ボールっ!!」

まず、インコースのムービングボール。外れるが、しっかりとインコースに投げ込むことが出来た。

 

カキィィィィンッ!!!

 

「ファウルっ!!」

そして続くアウトコースのストレートをファウルにし、レフト線に切れる強烈なライナーをお見舞いする岡本。

 

「いい投手だな、」

そんなことを呟く岡本。

 

「もっと驚かせてやりますよ」

そんな岡本に対し、御幸は不敵な笑みを浮かべ、挑発する。沢村の実力はこんなものではないと。

 

――――まさかフォーシームをあんな完璧に捉えられるとはな………動揺は―――

 

マウンドの沢村を見ると、彼は未だに笑っていた。そしてその闘争心は衰えていなかった。

 

―――大丈夫そうだな。踏み込みをされれば、外も流される。だが、この内角に強いバッターボックスのスタイル。迂闊には投げられない。

 

―――先輩っ?

 

 

――――ここは、高速パームでタイミングを外して上手く打ち取れれば…………ワンバウンドのボール、低めの厳しい場所だ

 

沢村は大きく振り被る。明らかに格上の相手。だからこそ、失うものは何もない。

 

シュッ!

 

その一段と左腕が遅れて出てくるフォームに、戸惑う岡本。必然的に左足の重心バランスにぐらつきが出る。

 

そしてさらに、そのタイミングを外す高速パームの縦へと沈む軌道。

 

「むっ!!」

 

カキィィィンっ!!!

 

しかし、体勢を崩しながらも打球は外野へ!!

 

「なっ!?」

沢村も三振を取れたとイメージしていたのだろう。まさか前に飛ばされるとは思っていなかったので、驚いている。

 

しかし打球は結局失速し、フェンス前でセンターの伊佐敷がボールを捕球する。

 

「アウトっ!! スリーアウトチェンジ!」

 

「…………(手元で動いたか、ムービング以外に、縦軌道の速球系………もう少し見る必要があるな)」

岡本は、うちとられはしたものの、次の打席に向けて彼への対策を練ることにするのだった。

 

 

―――うっはぁぁ…………あの人、本能で打ちやがったよ。さすがプロ予備軍。だが、最後はタイミングをずらせたし、沢村のフォームにばらつきがあったから救われたな。

 

御幸は冷や汗をかく。大塚と同じようにフォームのタイミングはずれた。それを無意識にやっていることは凄い事であり、それがあったからこそ、外野で打球はとまり、フェンスオーバーにならなかったのだ。

 

 

しかし、体の限界で言うと、沢村は大塚に比肩する才能があることを見抜いた。

 

――――マジで、大塚と肩を並べる………いや、アイツはある程度完成しているから、どうなるのかわかるけど………こいつほど将来が楽しみな投手はいないな………

 

その後、小湊が四球で出塁し、結城が―――

 

カキィィィンっ!!!

 

『打ったァァァ!! 打球はライトへ!!!』

 

結城の球足の速い打球はライトとセンターの間を抜け、小湊は一塁からホームまで生還。打った結城は、二塁に進んだ。

 

『青道高校先制!! 四番結城のバットで、今日も先制点を奪いました!!』

 

二塁上では、小さくガッツポーズをする結城。まさに頼れる四番。低めのスライダーをうまく運んだのだ。

 

―――五番、サード、増子君。

 

「ん!!」

その巨体を右バッターボックスに入れ、威圧感たっぷりに、初回の岡本同様に見せつける。

 

先程、自慢のスライダーを打たれた横浦の3年生エースは、捕手とのサインがあわず、不容易な一球を投げる。

 

ストレート、それは増子がプリンに次いで大好きなモノ。

 

カキィィィンッッッ!!!!

 

動揺している投手の初球を容赦なく痛打し、増子の放った打球はレフトポールを直撃した。

 

『は、入ったァァっぁ!! 五番増子のツーランホームランっ!! 初回から畳み掛けます青道高校!! 横浦のエース和田のストレートをレフトポールに叩きつけました!! ガックリと項垂れる和田!! 打った増子がダイヤモンドを一周します!!』

 

しかし、次の回の御幸がショートゴロに倒れ、この会は3点どまりとなった。

 

強力な援護点を貰った沢村は、それに乗ったのか、快調なピッチングを続ける。

 

2回―――

 

 

ここで横浦の主砲、右投げ右打ちの坂田を迎える沢村。彼もまた、高校通算56ホーマーの大砲。3番の岡本に比べ、足は遅いが、その分全国随一のミート力を誇り、チーム一の勝負強い打撃が持ち味である。

 

「よろしくお願いします」

強面ではあるが、伊佐敷と同じように、バッターボックス前で礼をする坂田。

 

そしてその威圧感が沢村を襲う。

 

――――全国にはこんなバッターがごろごろいるのかよ…………ゾク、ゾクッ!!

 

今まで対戦した事のなかったレベルの打者が続き、沢村は野球を楽しんでいた。

 

―――初球ムービングをアウトローに、癖球を利用して、最後はサークルチェンジで仕留める。

 

「ストライィィィクッ!!」

その初球をただ見ているだけの坂田。その嫌な見逃し方に、御幸は少し目を細める。

 

―――悠然と見送っちゃって………けど、これが全国クラスの四番。次は外角の厳しいところにフォーシーム。

 

「ボ、ボールっ!!」

かなりきわどいところを通り過ぎ、判定が遅れる。実戦で制球がよくなる沢村の力量に、御幸は口元に笑みを浮かべる。

 

―――この試合無失点で抑えられはしないだろう。だが、今のところは自分の投球が出来ているぞ!

 

しかし御幸は、世の中がそううまくいかないことを知っている。初登板初先発で、穴がない筈がない。

 

――――次はカットボールで内角を切り込むぞ! ボールになっても構わない。思いっきり腕を振って来い!

 

「ファウルっ!!!」

しかし内角の球絵に反応した坂田は、そのボールをカットする、そしてそのフォロースルーの後の貫録のある動作に、御幸は苦笑い。

 

――――マジで動じていないな、こいつ………さすがは、高校ナンバーワンスラッガー。うちの哲さんと比べれば、どうなるか…………

 

 

「……………………」ゴゴゴゴゴゴゴッ!!!

そしてその坂田を見ているのは、同じくスラッガーの結城。どうやらかなりの対抗心を燃やしており、闘争心を掻き立てられている。

 

 

――――これで追い込んだ。後はサークルチェンジで止めだ!

 

ククッ、フワッ!!

 

「!!」

 

カキィィンッ!!

 

しかし、坂田は体勢を崩されながらも、腕を伸ばし、膝を曲げながらヒットゾーンを変更し、外へ逃げるサークルチェンジを捉えた。

 

「なっ!!」

 

『撃った――!!! 打球はライトへーーー!! ライト白洲っ!! 一歩も、動けない~~~~ッ!!』

 

そしてそのまま打球はライトへと突き刺さったのだ。

 

『入ったァァっ!!! 横浦高校追撃の一発!! 四番坂田のソロホームランで、差を2点に縮めます!!』

 

打たれた沢村は驚き、御幸もあそこまで飛ばされるのかと苦笑い。

 

「すまん、要求通りに投げてこの有様だ。すまない」

 

「…………アレが、全国のレベルっすか?」

打たれた方向を見る沢村。よほどショックなのだろう。決め球のサークルチェンジをまさか流してスタンドに叩き込まれるとは思っていなかったはずだ。

 

「ああ。俺達が頂点に行くには、お前たち投手が、ねじ伏せなきゃいけない相手だ」

敢えて真実を容赦なく言う御幸。これで崩れるなら、それまでの投手。それを自覚させ、前に進むかどうかは、沢村次第なのだ。

 

「今日、俺は迷惑をかけるかもしれません………けど、俺のボールをもっと多く受けてください!!」

そして、沢村はこう言い放った。一年生でこのメンタル。打たれたショックはあるが、彼はあの本に書かれたことを思いだしていた。

 

――――打たれた後の投球が大事。

 

人のふりを見て我が身を直せ。青道の上級生たちがやっていたあの地区大会の試合。この大会の前、市大三高の投手の打たれ方をビデオで見ていた沢村。

 

その後、攻めた結果で続く五番には四死球を出すも、6番をキャッチャーフライ、7番をセカンドダブルプレーに抑え込んだ沢村。粘り強く投げるのは難しかったが、それでも愚直に低めへの制球を貫いたことで、天が沢村に味方した。

 

「ヒャッハー!! 崩れるかと思ったぜ!! あんなホームラン打たれたらなぁ!!」

 

「ナイスピッチ! けど、打球をこっちに飛ばしたらアウトに出来たのにね」

二遊間に弄られ、

 

「ナイスガッツだ、沢村ちゃん」

そしてそんな時にフォローをしてくれるいい人、増子先輩。

 

「うっす! けど、アレが全国なんすよね………あんなのがいるのかよ………」  

 

 

3回はバッターを三者凡退に抑え、横浦にとって初めて見るであろうこの変則本格派投手は打ちづらかった。

 

その後、青道高校は追加点を挙げることが出来ず、3回が終わって3対1とリードを取っていた。横浦エース和田もその後立ち直り、ランナーを出さない投球。

 

 

「今年の青道は、一気にウィークポイントが解消された感じだな」

月刊、野球王国のスポーツライター、峰富士夫が快投を続ける沢村を見て、そうつぶやく。

 

「そうですね! あの打線をバックに、投げる堂々とした投手が今まで確立できませんでしたし、その前の試合には、同級生の大塚君と3年生の丹波君が揃って好投しましたし、チームカラーも変わりそうですね」

 

女性にしては大柄な体格の大和田秋子は、同僚の峰の言葉に同意し、この地区大会で躍動している青道投手陣を褒め称える。

 

「これで、全国屈指の捕手である、御幸君のリードに応えられる投手が出てきているために、この大会は結果を残す投手が増えている。今年の夏は、大塚君と沢村君、丹波君の3本柱に、抑えに川上君。そう言う流れなのだろうね。」

 

 

彼らと同じく、そして栄純を見に来た彼の地元の友人たちは、沢村の力投を喜んでいた。

 

「凄い凄いッ!! 栄ちゃんがあの選抜ベスト4を相手に1失点だよ!!」

まさに雲の上の存在だった相手に、去年一年修業を積んだ沢村の力が通用している。

 

「うん! ホームランは撃たれたけど、栄純の動く球に相当苦しんでそうね。」

あの癖球を彼らは誰一人として取ることは出来なかったが、アレを存分に活かす捕手がいることで、彼のポテンシャルはかなり高まっていた。

 

その中でも、特に効いているのは高速パームの存在。ワンバウンドでも、相手は沢村の低めのストレート系に苦労しているために、そのボールを見極めることが出来ずにいる。

 

スピードも速球と変わらず、直前で失速するため、まさに沢村の序盤の決め球になっていた。

 

そして4回一死。バッターは再び3番の岡本。

 

―――ムービングで押すぞ、沢村!!

 

カキィィンッ!!!

 

「ファウルっ!!」

 

――――フォームが所々乱れるのが邪魔をして、タイミングを取りづらい。こういう投手ほど、いやだな

 

カキィィンッ!!

 

「ファウルっ!!」

 

そしてついに、ライト方向への引っ張る打球で鋭い当たりが飛ぶ。

 

――――ムービングに慣れてきているな、それに、バッターボックスを前にしたか。変化する前に癖球を叩くつもりだな。そして――――

 

御幸は沢村を見つめる。

 

―――この程度のストレートなら、振りおくれないと言われているようなものだ。左なら十分速いんだがなぁ………ここはひとつ、高めの真直ぐで高低を利用して、アウトハイのボール球で打ち気を逸らす。

 

「ボールっ!!」

 

しかし、しっかりと見極め、際どい所を見逃す岡本。

 

―――…………この場面でチェンジアップは浮く可能性もあるし怖い。特にサークルチェンジは使えない。となると―――

 

御幸は外に構える。

 

―――だが、あえてのチェンジアップ。ボール球でも相手が反応するだけでも儲けモノだ。それに、さきほどの打席の結果で、高速パームを警戒しているはずだ。

 

「…………へ…………ッ!!」

沢村ももうここは覚悟を決めている。絶対に投げ込む、絶対にそのミッドめがけて投げると。

 

ククッ、フワンッ!!!

 

そして沢村のチェンジアップは要求通りにボールゾーンに来て――――

 

「っ!!!」

高速パームとは違い、緩やかに変化するチェンジアップ。だが―――

 

――――これはっ………!!!

 

そして要求した御幸も驚く、その変化―――!!

 

打者の手前で、急激に速度を落とし、ストレートのタイミングで待っていたバットを空振らせたのだ。

 

「ストライィィィクッ!! バッターアウトっ!!」

 

「しゃぁぁぁぁ!!!!」

沢村は恐らくわかっていない。自分が今、何を投げたのかを。しかし打ち取られた岡本、そして、そのボールを零しながらも受け止めた御幸にはわかる。

 

――――こいつのチェンジアップが、進化している。

 

それも、あの大塚の投げているパラシュートチェンジに近い軌道を描き、且つ左投手の、沢村の独特のフォームで繰り出される、いわば―――

 

魔球。

 

そのように表現するしかないだろう。

 

「…………………」

岡本は、悔しそうに、そしてそれと同じく衝撃を受けた顔をしていた。

 

そして二死。ランナーなしで、前の打席ホームランを食らっている坂田との対戦。

 

「………………ッ!」

7回からは降谷が投げる。故に、沢村には、後2イニングを粘ってほしい。それを解っているからこそ、沢村と御幸は、この打者にリベンジを果たしたいと考えている。

 

―――恐れるな、打たれてもソロだ。うちの打線なら十分引き離せる。

 

「ストライィィクッ!!」

 

カットボールが厳しいところに決まり、ワンストライク。審判も沢村の制球力に惑わされ始め、ボールゾーンをストライクとコールすることが多くなる。

 

「…………!!(審判まで味方につけやがった………ここまでゾーンが広いと………)」

 

 

ズバァァァァンっ!!

 

「ストライクツーっ!!」

 

アウトローにフォーシームが決まり、あっさりと追い込まれた坂田。

 

――――ここからが大事だ。このバッターは、3番の三振を見ているはずだ。それに、初めて投げた球種。右打者へのサークルチェンジも警戒しているはずだ。

 

 

そして尚且つストレートにも。だが、ここに来てのパラシュートチェンジ。だが御幸は、ここで流れを引き寄せるための強気なリードを貫く。

 

 

―――― 一気に決めるぞ、沢村!! 考える余裕を与えるな!!

 

そして、沢村の投げたボールは―――――

 

 

ズバァァァァァんっ!!!!

 

「ストライィィィクッ!!! バッターアウトっ!!! チェンジっ!!」

 

続けてのアウトローのフォーシームに手が出ず、見逃し三振にとって斬る沢村。今日一番の投球に、ガッツポーズの沢村。

 

『二者連続三振!!! この回の横浦打線!! 上位打線でしたが、このルーキー一年生の前に、三者凡退に抑え込まれました!!』

 

 

 

「あの場面で、アウトローに続ける勇気と、その度胸と、制球力………大塚君もそうだが、メンタル面で強い選手が入ってきたようだ」

 

 

これで勢いに乗った沢村。5回は一死からヒットを出すも、テンポのいい投球で後続をゲッツーに打ち取る。

 

「ナイスセカンド!!」

 

「行った通りでしょ? こっちに打たせたら、アウトにするって」

小湊が沢村の右肩をグローブでポンポンと叩きながら囁く。

 

「そうだぜ、沢村!! 無理に三振取るんじゃねェぞ!!」

 

「えぇぇぇ!!!」

 

6回は連打を久しぶりに許すも、

 

カァァッァンッ!

 

「サードっ!!」

 

詰まらされた打球をサード増子が捕球、三塁フォースアウト、一塁転送でダブルプレー。風の影響か、高速パームの制球力が落ちたが、その変化量が大きくなる事で、その球種の威力もさらに強まった。

 

「パームは捕球するのがメンドクサイなぁ」

 

――――といってのパームの連投。

 

「この、野郎ッ・・・!!!」

打席で惑わされ、ゲッツーに打ち取られた打者は、御幸を睨むが彼が反則をしたわけでない。

 

 

この高校2年生、この年齢で囁き戦術?モドキをやるとはいい度胸である。

 

 

7回も高速パームがさえわたり、3番には大きなフライを打たれ、厄介な4番打者には四球を与えるも、攻めた結果なので沢村は割り切った。

 

「風の影響で癖球にも変化が生じているのか、」

岡本は、悔しそうにベンチへと帰る。

 

「危ねぇ・・・マジでいったかと思った。」

御幸は3打席目で真芯で捉えられたと思ったので、フェンス前で打球が死んでくれて助かったと考えた。

 

「しかし、制球力がよかったな、1年生の割には」

坂田は際どいボールを悉く見逃し、四球を選んだが、後続のアウトには対処できなかった。5番、6番がやはり高速パームとチェンジアップに打ち取られた。

 

――――中々に面白い投手がいるようだな、青道高校

 

坂田は、沢村の名を胸に刻み、夏での雪辱を誓う。

 

 

 

後続を抑え、7回までを抑えた沢村。

 

被安打5、四死球2、三振は5つ。1失点にまとめ、あの全国屈指の横浦打線相手に堂々とした投球を披露した。

 

7回のスリーアウト後にマウンドを降りる沢村へ、観客は大声援で出迎える。

 

「………え………!? で、でも……俺は結局あの時ホームラン打たれて………それに予定とはいえ、完封も出来なかったし…………」

 

「出来過ぎだよ、バカ野郎! 横北の打線と比べんな! ここは掛け値なしの化け物打線だ。もっと自信を持っていいぞ!」

沢村が、横浦打線相手に、完封できなかったことを悔しがっていたが、御幸がそこはフォローする。

 

何しろ、投手陣で勝ち上がってきたチームと、打撃で勝ち上がってきたチームだ。タイプも違うし、レベルも違う。

 

 

そして、8回表から―――

 

「やっと投げられる…………」

満を持しての登場。本人はようやく長かった公式戦のマウンドを待ちくたびれていた。

 

剛腕、降谷出陣。

 

 

 

 




岡本は、惜しい当たりが何度ありましたが、おそらく次の打席で沢村の球をスタンドインするぐらいですね。

坂田はそんな岡本を見ていたので、沢村のサークルチェンジを叩きこみました。マジでこいつは怪物。


次の回に、ついにあの男の出番が来ます。



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第16話 王者の一撃

このタイトルを見て、不穏な空気を感じ取ったと思う。

彼等の打棒は、サービスだから、まずは対峙してほしい。

このタイトルを見た時、彼は、

言葉では言い表せない衝撃を受けただろう。

それでも、厳しい全国の舞台で、そういう気持ちを忘れないでほしい。

そう思って、彼らをけしかけたんだ。

さぁ、飛翔の時間だ。




劣勢の中、横浦のブルペンでは天才を知る者が投手のボールを受けていた。

 

「あの投手………中々やるね………エイジと同じような緩い球まで………」

ブルペンで投手の球を受けていた黒羽は、沢村の投球を称賛し、彼が投げている球種の一部に、盟友の投げていた球種を2つほど見つけた。

 

―――パラシュートチェンジって、本来習得が難しい筈なんだけどね………あの大塚でも決め球に使うにはそれなりだったし………彼はいったいどのくらいの時間を………

 

「黒羽!! 次の回から行くぞ!! 準備をしろ!!」

その言葉を聞いただけで、黒羽は笑みを浮かべる。

 

「はいっ!!」

 

―――親友にも負けない活躍でもするとしよう。

 

公式戦初の出場。胸が躍らないわけがなかった。

 

 

ドゴォォォォォォんっ!!!!

 

そして8回表の降谷。150キロを超す剛速球が唸りを上げ、この回の7番、8番、9番を三者連続三振に切って取る。

 

「………………………………」

ベンチで岡本と坂田が降谷のボールを見ていた。

 

「速いな、あの真直ぐは」

坂田は1年生であれだけのボールを投げ込んでくる投手が青道にいたことに驚いていた。しかし、控えメンバーをねじ伏せたあのボールに対し、絶望感を漂わせていたわけでもない。

 

和田は結局7回3失点で降板。後続の二番手が打たれ、すでに点差は4点。ラストイニングでフルメンバーならば解らないが、勝負はつきつつあった。

 

「次の回、あの1年生に高校野球の厳しさを教えてやるとしよう。」

岡本が不敵に笑う、今日はここまで彼はノーヒット。沢村の球種や、彼がどういう投手なのかすらわからなかったとはいえ、このままでは終われない。

 

「甲子園で戦うかもしれん相手だ。いいイメージで終わらせるわけにはいかんな」

 

 

そして、8回の裏。ここで横浦は選手を交代させる。

 

3年生の捕手に代わり、1年生の捕手がコールされたのだ。

 

「金一……………」

大塚には、その選手が誰なのかがはっきりとわかっていた。大幅にメンバーを入れ替えた横浦高校。次の回、2番の打順に居座る黒羽。つまり、横浦ベンチは降谷に彼をぶつける算段なのだ。

 

 

「追加点とっちまぇ、結城ィィ!!!」

先頭打者の結城。この試合は2打点と今日も得点圏での勝負強さを見せる。しかし第2打席では、和田に意地のスライダーで空振り三振に抑えられたりもしている。

 

――――右打者、広角に打てる。こちらの投手は右のスリークォーター。

 

黒羽は前の打席での和田が奪った三振とそれまでの打席を思い出す。

 

―――――第1打席は初球のストレートを弾き返した。外を待っているような素振り。第2打席は外のスライダーに手が出ていた。第3打席は低めのナチュラルシュートした球を詰まりながらも外野に運んでいる。

 

 

―――――この打者は最悪歩かせてもいい。となると、次はパワーヒッター。この打者は変化球が苦手だ。

 

 

「ボールっ!!」

 

アウトコース様子見の変化球が外れる。結城としては、彼が勝負をしないのかと感じた。

 

――――スリーボールになるまでに、どこかで反応してくれれば儲けモノ。厳しくいきましょう、前原。

 

マウンドの1年生投手、前原はこの9回にマウンドに上がった投手。130キロ台前半のストレートと横スライダー、縦スライダー、チェンジアップが武器の投手。

 

 

「ファウルっ!!」

そして、2球目のチェンジアップを引っ張った打球はファウルゾーンに飛ぶ。彼のチェンジアップで空振りは奪えないが、インコースを意識している打者のタイミングを外し、芯を外すぐらいは出来る。

 

――――それに、この打者は外に意識があるけど、うちにも反応できる。

 

黒羽は思う。確かに隙の少ない打者だと。彼には多くのヒットゾーンがある。

 

――――なら、手当たり次第にそこへつけ込むのが捕手。

 

2ボール1ストライク。このカウントで、先程のチェンジアップに手を出した結城。

 

―――――インコース。縦スライダー。ボールの低めでもいいです。アウトコース待ちの雰囲気で、インコースを迷わずスイングしているこの打者は、ボールでも振ってくれる。

 

前原のボールがうちへと切り込んでくる。先ほどのチェンジアップよりも早く見えるボール。結城はストレートが来ると感じたが、

 

「むっ!!」

 

ボールになる縦スライダーに空振りする。スイングを見ても、今のは変化球を待っているようには見えなかった。

 

――――これで平行カウント。ここまでは全て変化球攻め。そろそろストレートが来ると思うはず。

 

 

追い込まれた結城は、少し厳しい顔をしていた。

 

 

青道ベンチでは、大塚が旧友のリードに舌を巻く。

 

「ヤバいな、相変わらず」

苦々しい表情で、その戦況を見つめる大塚。

 

「えっ!? あの捕手が凄いのか?」

 

「アイツは、データをもとに、打者の苦手ゾーンや、打者の狙い球を本能でかぎ分ける才能がある。」

バッテリーを組んでいたからこそ、解る。中学3年時に、大塚不在でありながらも、横浜シニアをまた決勝の舞台へと導いた主将なだけはある。

 

「つまり、御幸があっちにいるって感覚?」

小湊は、御幸を例えに出す。

 

「…………比較はできませんが、厄介な捕手ですよ。」

 

 

ククッ、フワッ!!!

 

ストレート待ちだった結城のバッティングを崩し、最後まで変化球攻めの横浦バッテリー。

 

「ストライクっ!!! バッターアウトっ!!」

 

四番結城を三振に打ち取った。あの前原は確かにいい投手だ。だが、彼を抑えられるだけの力があるかと言われれば、断言はできない。

 

「捕手の力、か…………」

 

続く増子は三球三振に打ち取られ、7番の御幸もストレートに詰まらされ、内野ゴロに打ち取られた。

 

 

「三者凡退!!! まだまだ行けますよ!!」

 

「初マスクでいい度胸をしているな、黒羽」

主将の坂田にそう言われている黒羽。

 

「日本一の投手がいたからですよ。アイツの背中を追って、アイツを追い越す。それが当面の目標です。」

 

 

「ならば、あの投手からヒットを打たないとな。」

 

青道ベンチから出てくる1年生投手、降谷を顎で指す坂田。そして黒羽は、不敵に微笑む。

 

「ストレート一本の投手ほど、打ちやすいカモはいませんよ」

 

 

 

 

 

そして9回の表、先頭打者の1番打者を三振に打ち取り、次は例の1年生、黒羽金一。

 

ここまで4者連続三振の降谷。

 

『さぁ、最後の攻撃になってしまうのか。それとも延長戦、もしくは逆転で、選抜で見せた爆発力を見せつけられるか!? 先頭打者は打ち取られ、2番は途中出場の1年生黒羽!! この剛球投手にどのような打撃を見せるか!?』

 

――――こいつが出てきてから、横浦に流れが戻り始めている。こいつを抑えねぇと。

 

御幸はこの黒羽の打力はまだ未知数であることが気になる。

 

――――横浜シニアの主砲で4番。勝負強い打撃が売り。最後の年で全国優勝を果たす。同時にハイアベレージを残し、高い出塁率を誇る。

 

マウンドの降谷も、やはり黒羽の異様な雰囲気は感じ取っているのだろう。表情が引き締まっている。

 

――――だができることは一つだ。高めの真直ぐ。威力のあるストレートで押し通るしかない。

 

 

ドゴォォォォぉんっっ!!

 

「ボールっ!!」

 

悠々と高めのボール球を見逃す黒羽。初球は振ってこなかった。

 

――――凄いストレート。だけど、制球力のないこの球だけ。今後の為に、変化球もありと想定して狙ってみよう。

 

 

「ボールツー!!!」

 

続く二球目も外れ、カウントが悪くなる。

 

『これも見た黒羽!! 剛速球を見切っています!!』

 

『コース的にも少し高いですね。カウントを取るための変化球があればいいのですが。』

 

――――くっ、高めのストレートに全然反応してこねぇ。こうなったら、低めのストレートで、カウントを稼ぐしかない。

 

御幸としても、降谷のボールを見切られ始めたら危うい事は解っていた。だからこそ、同じ一年生で、こうも見切られるのは衝撃だった。

 

 

――――そろそろカウントを取りに来るはず。高めにカウントを取るにはこの制球力ではコントロールミスが怖い。ならばヒットゾーンを狭め、且つゴロに打ち取りやすい低目。高めは見逃すつもりで。

 

 

降谷が振り被る。コースは珍しく狙い通り。低めへと威力のあるまっすぐが迫る。

 

 

かァァァァァんっっ!!!

 

「ファウルっ!!!」

 

 

しかし、タイミングを合わせたとはいえ、捉えきれなかった黒羽。一振りで合わせられたことに、動揺を隠せない青道バッテリー、青道ベンチ。

 

 

「なっ!!」

金丸が身を乗り出して今の光景に驚く。あの降谷のボールを一振りで合わせてきたのだ。

 

「…………当然だ。変化球がない投手ほど、狙いやすいものはいない。」

沖田は、スタンドから黒羽が当ててきたことにそう驚いてはいなかった。

 

「けど、あのストレートは…………」

東条が尚も言いたそうにしているが、

 

「ストレートだけでは、リードできることが限られる。沢村は緩急と癖球で何とか打ち取れたが、ストレート一本であの打線を抑えようなんざ、10年早い」

 

それも、次に控えるのはドラフト候補のクリーンナップ。

 

 

――――こいつ、降谷のボールに…………

 

御幸としても、いずれぶつかったであろう壁があまりに速過ぎる事、そしてそれを為したのが1年生であることに少なからず動揺がある。

 

そしてマウンドの降谷も、これほど苦しいマウンドは初めてだった。

 

―――――打たせないッ

 

だからこそ、負けたくないと感じた。暴走する降谷を抑えられるほど、御幸もまだ頭の整理がついていなかった。

 

かぁァァァァァンッッッ!!!!

 

 

黒羽は高めの真直ぐを振り抜いた。打球はレフトへとぐんぐん伸びていった。

 

 

「なっ!!!! レフトォォォ!!」

御幸はマスクを取って思わず声を出してしまう。

 

ダンッ!!

 

レフトフェンス直撃のツーベースヒットを打たれた降谷。広角に芯で捉えられた、狙い澄ましたかのような一撃。

 

「…………………………………」

打たれた降谷は呆然としている。あの真直ぐは、だれにも打たせるつもりはない。8回の投球でもそうだったのだ。

 

『物凄い当たりがレフトへと飛んでいきました!! 150キロを超えるストレートですよ!!』

 

『それだけなら、マシーンを打っているのと変わりありませんよ。』

 

 

そしてここで3番岡本。

 

 

――――落ち着け、降谷。だがこの場面、ストレート一本で、どうリードするべきだ?

 

御幸としても、降谷の剛球が打ち返される状況、彼をどう生かせばいいのかわからなかった。

 

――――こいつ、本当にストレートしかないのか。

 

甘く入った初球のストレートを捉えた岡本。

 

カキィィィィンッッッ!!!!!

 

降谷は、またしても自分の速球を捉えられたことに驚く。しかも前の打者よりも鋭い打球。

 

 

「ファウル!!!」

 

 

ライト線に切れるファウル。だが、切れなければ特大のホームラン。

 

――――少し早かったか。思いの外、伸びがなかったな。

 

「くっ!!」

 

 

――――待て、投げ急ぐな、降谷!!

 

「ボールっ!!!」

 

外れて1ボール1ストライク。

 

「ボールツー!!」

 

御幸にもどうすればいいかわからない。自慢のストレートが通用しない打線。それがないとは言えなかった。だが、横浦は降谷のボールを怖がっていない。

 

 

そして4球目の高めの真直ぐ。高めのボール球だ。

 

―――反応した!? これで外野フライに――――

 

 

カキィィィィンッッッッ!!!!!!

 

 

その瞬間、空気が震えた。観客の声援すら切り裂くような一撃が、ライトスタンドに突き刺さった。

 

 

『入ったァァァァァ!!!!! 横浦高校追撃の一撃!! 今日ノーヒットの岡本、この打席でついにスタンドに叩き込みました!!! これで点差は5対3!! 5対3!!』

 

『甘く入りましたねぇ。ストレートをあれだけ続ければ、やはり打ち込まれますよ』

 

 

そして続く坂田には――――

 

 

初球の高めボール球のストレートが―――――

 

カキィィィィィンッッッッ!!!!!!

 

『二者連続~~~!!!!! 岡本、坂田の連続ホームランで差は一点差~~~!!!! ここでも魅せるか、横浦野球!!! 主砲の一撃で、剛球投手を攻略~~~!!!!』

 

 

「降谷………………」

沢村は、あの降谷が打ちこまれていることに驚いていた。そして、無意識に拳を震わせていた。

 

「………投手交代だ。」

片岡が投手の交代をコールする。降谷のボールが8回から落ちているわけではない。

 

――――150キロのボールですら、あそこまで運ぶか。

 

岡本はライトスタンド上段、坂田はセンターバックスクリーン直撃の一発。

 

マウンドから動かない降谷。やはりショックだったのだろう。放心状態のまま、川上にボールを渡し、マウンドを降りるのだった。

 

なお、川上が何とか後続を抑えた。

 

 

「…………丹波さんは昨日の試合で前向きに課題に取り組んだ。けど、この打たれ方は………」

御幸は、降谷の精神状態が不安だった。

 

相手はドラフト上位候補。簡単に抑えられるとは思っていなかった。だが、ここまで力の差を見せつけられたら言い訳のしようがない。

 

「……………」

沢村も、あそこまで打ち込まれた降谷を初めてみた。自分も癖球オンリーで挑んでいれば、想像もしたくない現実が待っていたことは容易に想像できた。

 

 

「だ、大丈夫なのでしょうか………降谷があそこまで炎上するとは………」

太田部長は、オールストレートとはいえ、降谷が炎上したことに不安を覚えていた。

 

「…………私の采配ミスだな。ここで降谷を使うべきではなかった。“このまま奴が立ち直れなかったのなら”」

 

片岡監督はそう言うと。

 

「今まではストレート一本でも抑えられただろう。だが、レベルが上がればそうもいかなくなる。同期の沢村、大塚が全国区を抑えた一方で、自分に何が足りないのかを、身を持って知ったはずだ。」

 

「監督………それでは……!!」

太田部長は思わず声を上げる。降谷が炎上することは予期していたというのかと。

 

「天賦の才に胡坐をかくか、それとも前に進むか。それは奴次第だ。」

 

青道ナインは、勝ったにもかかわらず、横浦の攻撃力を前に言葉を失っていた。まるで自分たちのお株を奪われたような戦い。最後の集中打は、危く逆転をされそうなほどだった。

 

「…………俺も冷静じゃなかったな」

御幸は自戒の意味も込めて、この試合を忘れない。

 

「ひゃっはっ………マジで半端ないな、神奈川のあの怪物打線は。あのボールをスタンドまで運ぶ奴が3人もいるなんてな」

 

そして、横浦の3,4番以外は控えメンバー。ベストメンバーならば、沢村も5回すら持たなかった可能性がある。

 

「…………」

降谷は不完全燃焼だった。打たれた時は動揺していたが、今では打たれた自分に怒りを感じていた。

 

「そうだな。今日の初登板を忘れるな。お前に足りなかった物。沢村と川上が持っているモノを考えろ。」

 

「足りない、もの…………」

 

「ああ、今のお前はストレート一本。今まではそれだけで抑えられたが、今はそうではない。お前がもう一段階上に行くには、変化球が重要になってくる。」

 

「夏までに2球種。いや、1球種覚えるだけで、お前の投球は変わる。」

 

「!!!!」

 

降谷はこの御幸の言葉で、本格的に変化球を覚える気持ちを固めるのだった。

 

 

そして決勝戦。その流れを保ちながら、打線が一気に相手投手陣を打ち込み、5点リードを奪うと、投手陣が2失点で纏め、春の関東地区大会を優勝で終える青道高校であった。

 

その日先発した丹波は、6回を2失点にまとめる好投。大塚、沢村と川上が一イニングずつ投げ、それぞれが無失点。

 

攻守ともに隙のない総合力を関東に見せつけ、夏のナンバーワン候補に名乗りを上げた。

 

 

 




降谷、飛翔。

けど、沢村も飛翔したし、問題ないよね。


変化球をこれで覚える理由付けは、十分すぎるほどだよね。







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青道の野望
第17話 大投手への道


お話パートです。




春の関東地区大会を制し、青道高校の注目度は日に日に増している。そして、あの全国随一の打線相手に好投した一年生沢村、横浜北学園相手に4安打無四球完封を披露した大塚、最終イニングに打ち込まれたとはいえ、その将来性を感じさせる剛速球を持つ降谷。

 

 

今年の青道には怪物が巣食う。一年生で即戦力の投手を2人も獲得した青道高校。彼らの出現に、青道OBやファンからは、熱いお祝いのメールや餞別を頂く片岡監督。

 

「いやはや、まさかうちがあの関東地区を制するとは思いませんでしたなぁ、監督。」

太田部長は、ホクホク顏である。まさに夢のような、タイプのそれぞれ違うピッチャーが揃ったことで、何度も言うが、青道の弱点が解消されたように見えた。

 

「ええ。特に沢村君と大塚君にはプロに早くも目をつけられているようですよ。」

高島礼は決勝戦で、背広を着た大人が多数バックネット裏にいるのを見つけ、その彼らがメモなどを取り、スピードガン片手に投手をつぶさに観察しているのを悟ったのだ。

 

そして、大塚の登板時には一斉にスピードガンを構え、彼らのフォームや一挙一足に注視し、食い入るように見つめていたのだ。準決勝では、大塚目当てに来ていたスカウトたちもいたが、沢村の思わぬ快投に、度肝を抜かれたスカウトたちも多く、あの独特のフォームから繰り出す、キレのある球は、まさにギフトだというモノもいる。

 

つまり一言でいえば、青道高校が凄いらしい、ある。

 

「ふしっ!!」

ブルペンでは、丹波は一球一球に集中力を切らさず、そのフォームと腕の振りを確認しながら投げ込んでいた。

 

バァァァン!!

 

キレと角度のある直球が低めに制球される。コントロールよく、ストライクゾーンぎりぎりに集まるボールに、彼の球を受けている宮内は、

 

「ナイスボールっ!!」

この3年間で最も成長していると感じた。一年生の戦力の押上げはかなり彼に危機感を齎した。このまま崩れるようでは、エースの座は危ういと。

 

故に、彼は一球一球に集中力を高めることを主眼に置いた。そして、腕の振りに関しては開き直り、思い切ったことにより、余計な力も入らなくなり、カーブの切れも増した。

 

――――だがまだだ………まだ足りない…………

 

しかし、制球とキレのパワーアップを実感した丹波は、それでも足りないと感じる。彼がエース争いを演じるのは、

 

 

球種豊かで、直球の威力、変幻自在のフォームを持つ大塚。

 

独特のフォームで、キレのある癖球を投げ込む沢村。さらには、あの地区大会でコツをつかんだらしく、入部当初のサークルチェンジに加え、大塚の決め球であるパラシュートチェンジを再現したのだ。そして、一番手の大塚でさえ、危機感を覚える成長速度。

 

そして、スタミナとコントロールでは劣るものの、圧倒的な球威と、球速で、打者をねじ伏せる降谷。これで制球力と変化球を覚えれば、これも化ける。唸りを上げるような浮き上がる直球は、大塚も沢村も投げることが出来ない。

 

――――俺もそろそろ、いや、遅すぎるな。もう一球種。覚える必要がある。

 

カーブと速球の組み合わせでは足りない。丹波は夏前までに新たな変化球の取得をめざし、尚且つ全ての球種を高いレベルに纏め上げることを目標に掲げた。

 

 

そしてその横、沢村はキレのいいカーブを投げる丹波を前にして、あることを考えていた。

 

「ボール来てるぞ、沢村」

3年生のクリスがボールを投げ返す。ストレートの切れもよく、癖球も変化している。パラシュートチェンジもコースはまだ甘いが、十分空振りを奪える変化量を持ち、サークルチェンジも内に入らなければ、有効な球種なのだ。

 

しかし、沢村には、速くて変化量の多い球種がない。あの試合では、緩急自在、癖のある球で打ち取れることが出来、尚且つリードで助けられたことを自覚する沢村。

 

――――丹波先輩にはカーブ、大塚にはSFFとパラシュートチェンジ、降谷にはストレート、川上先輩にはスライダー………俺にも何か、空振りを奪える球種が欲しい。

 

高速パームを当てられたことにより、より変化のある球を求めている沢村。故に、SFF以外の変化球を欲している。

 

 

――――俺のフォームを活かせる、俺の投球を広げられる変化球って、なんだ!?

 

沢村の苦悩は続く。

 

 

ドゴォォォォンっ!!

 

「速いなぁ、やっぱ」

苦笑いの御幸。彼が受けているのは、降谷の浮き上がるストレートである。しかし、今日は妙に大人しい。

 

「どうしたんだ、降谷? どっか調子が悪いのか?」

ブルペンを一時中断し、御幸は降谷の元を訪れる。

 

「いえ、自分はいつになれば変化球を覚えられるのかと………」

その発言に、思わず御幸はリアクションがとまる。

 

「…………へ……?」

 

「自分も彼らの様な変化球が欲しいと感じているんです。あの大会で、長いイニングを投げるには、球種が必要なのだと自分は感じました」

強い決意に満ちた瞳で、降谷は真直ぐに御幸に宣言する。あの最終イニングで打ち込まれた苦い記憶は、降谷に変化球の重要性を、身を以て教え込んだのだ。

 

――――プライドだけで、勝てる相手じゃない。けど僕は勝ちたい。この人たちに勝って、僕がエースになる

 

「自分に、変化球を教えてください。」

 

 

「……………解った。だが、焦って変化球を練習し過ぎるなよ? 変化球の多投は、まだ体の出来ていない高校生にはリスクが大きい。フォームが安定していない今のお前じゃ、そう何度も投げさせることは出来ない。」

 

「…………!」

ショックを受けたような顔をする降谷。しかしそんな彼を御幸は気遣うように、

 

「そんな顔をするなって。何も教えないわけじゃない。けどそれは、フォームを固めてからだ。そのほうが、お前のストレートの制球も増すし、スタミナを抑えることだってできる。」

 

「………はいっ!」

 

その後、降谷は制球を意識した投球で、尚且つ力を入れた投球、フォームを意識するようになり、着々と安定したフォームへと近づいていった。

 

 

そして、リリーフで無失点とはいえ、一番危機感を持っている川上。サイドスローでスライダー投手という、数の少ない投手ではあるが、彼らのポテンシャルが凄いのは、彼が一番感じていた。

 

――――このまま押し出されるわけにはいかない。俺だって、抑えをやってきた自負があるんだ!!

 

スパァァッァン!

 

「ナイスボールっ!」

2年生の捕手に球を受けてもらい、スライダーのキレを確認する川上だが、自分の長年の課題を考えていた。

 

――――左打者への対応。それが出来ないから、俺は先発を任されていない。だから、夏までに左投手への対応を身に付けないと!!

 

故に、彼はあの球種の封印を解く決意を固める。それが吉と出るか凶と出るか。それはその時までわからない。

 

 

最期に、このブルペンにはいない大塚だが――――

 

 

「……………」イライラ

大塚は記者陣に囲まれていた。片岡監督も練習中で、あまり無理をさせたくないと言っているのだが、OBからの声があまりにも大きく、報道陣も神奈川の強豪を完封に抑え込んだ一年生を見逃すほど甘くはない。

 

故に練習の邪魔をされ、沢村と降谷という目下最大のライバルたちが練習しているのにもかかわらず、練習が出来ない、その原因を作った彼らにイライラを隠そうともしていなかった。

 

――――この前の横浜北学園の試合で、公式戦初先発だったけど、緊張はなかったのかな?

 

「…………意識することが苦手なので、自分の力を試すことだけに集中しました。」

不機嫌オーラ丸出しの大塚。記者陣も大塚がブルペンの方をちらちらと見つめているのが解っており、彼が早く練習に行きたいことを察した。

 

だが、質問が終わるまで返さないのが記者の魂である。

 

――――完封、何回から意識しましたか?

 

「8回ですね。7回で打たれるかもしれないと考えていたので、そのイニングを凌げば見えてくると感じていました。」

淡々と表情もなくなっていく大塚。まるで機械のように、言われたことを言うだけのマシーンと化している。

 

――――青道以外にスカウトが来なかったというのは?

 

「…………単なる怪我で、実戦から離れていただけです。」

素っ気ない一言で終わらす大塚。

 

―――夏についての意気込みは?―――

 

「一試合でも多く、このチームで勝ち続ける事です。もういいですか? 」イライラ

大塚はそれだけ言うと、記者陣には目もくれず、ブルペンへと戻っていった。

 

「申し訳ありません。何分、まだ指導が行き届いてなく―――」

そしてフォローをする片岡監督。彼を誤解されるのは彼としても本意ではない。彼はただ練習がしたかったのだ。

 

この青道には、油断できる投手がいない。自分が努力を怠れば、他の投手にエースナンバーを掻っ攫われることを本能的に感じ取っている。

 

だからこその焦り。実戦復帰し、実績も十分だが、彼は病み上がりなのだ。そして、彼の目指している過去の自分には追いついていない。

 

怪我をしなかったであろう自分は、遥か前方を走っている。そして、自分のすぐ後ろには、その影すら飲み込もうとする才能豊かな同級生たち。

 

「今年の一年生は、練習の虫のようですね。まあ、彼のほかにあんなのがいたんじゃ、うかうか休むことも出来なさそうですが、」

しかしここに野球経験者の記者がいることで、大塚のイライラを解りやすく説明できるものがいたのは幸いだった。相手にもされなかった記者は、彼の横柄な態度に怒り心頭であり、彼が自分たちに欠片の興味も示さなかったのは、相当ご立腹だったようだ。

 

故に、彼は一刻も早く練習に行きたい、ライバルに差を詰められたくない、という想いを、この記者が明かしたことで、事態は沈静に向かう。

 

「そのようです。一年生にあれほどの投手陣が加わったことは、大きなメリットであり、今後の可能性を大きくします。」

 

「では、今年の目標は6年ぶりの甲子園という事で?」

 

「我々はそれをいつも目指して努力をしているつもりです。有望な選手がいるからといって、目指す目指さないを決めることはしたくありません。」

凛としてそれを否定する片岡監督。どの学年、どの年も、部員たちを甲子園に連れて行きたい。それが片岡監督の願いである。

 

 

 

 

 

「ハァ…………」

夕食、親の帰りが遅い事で、大塚は青心寮に入り込み、食事をとることにしたのだが、

 

「…………ナニコレ…………?」

目の前に出されたのは、大量のごはん。大量の食べ物。大塚には未知の領域だった。何しろ今までとは格が違う。

 

「………お? そういやお前! 自宅通学だったよな? まあ、この食べ物の量はさすがに驚くかぁ」

御幸が絶句する大塚を尻目に、ご飯を食べている。彼の1.5倍ほどの量である。

 

「…………無理だって。こんな量、食べられないって…………」

 

しかし―――

 

「これ無料なのか!? こんなにご飯を食べられるなんて!?」

むしゃむしゃと夕食にありついている沖田を前にして、大塚はさらに言葉を失う。沖田はあっという間に茶わん3杯を平らげ、4杯目に向かっている。野菜もきちんと好き嫌いなく食べており、量こそ多いが、バランスよく食べている。

 

「お、沖田………?」

大塚は恐る恐る尋ねる。

 

「何だ、エイジ?」

食べる手と箸を置き、沖田は彼の質問に反応する。

 

「これ………一軍は食べるの…………?」

 

「夕食に参加した時に、なんかこれを食べて体を作るらしいぞ? まあ、お前も頑張って食べろよ、食費が浮くぞ?」

 

「……………たまげたなぁ…………」

その後、泣く泣くなんとか食べきった大塚。カロリーを消費するべく、今日は自主トレの量を3倍にするのだった。

 

 

「うっぷ………食べ過ぎた…………気持ち悪い、なんかいつも以上につかれる…………」

最期のクールダウンで、もう日はすっかり暗くなっており、大塚は終電にさえ間に合えばいいと、気楽に夜道を歩いていた。

 

「ううっ、けど、アレをアイツらは食べているのか…………」

大塚は、カロリーの量で負けていることを悟る。

 

「よし…………沖田の言う通り、次からはあの量に慣れよう。アレをこなすには、基礎トレーニングが一番だ!」

投球練習ではなく、基礎練習に重点を置くことを決意した大塚。基礎を疎かにしたわけではないが、あのカロリーを怪我のリスクのある練習ではなく、怪我の少ない練習に回すことで身体を作り変えられると考えたのだ。

 

「けど……アレを食べるのかぁ…………」

だが、基礎練習をするよりも、あの量を食べることを苦痛に感じるのだった。

 

 

その後、5月中旬を超えた辺り、これで10度目を超える結城との自主練習。

 

最初は屍を生み出すだけのモノであったが、沖田、沢村、大塚、狩場の順に、彼のペースについてこられるようになり、降谷と小湊の体力もついてきたのだ。

 

「………ぜぇ……ぜぇ………ぜぇ………」

打撃練習、守備練習では見せなかった苦悶の表情を見せる小湊。基礎練習、体力づくりの練習ではセンスは関係ない。やった分だけ体力と体が出来上がる。

 

「ハァ……ハァ………ハァ…………」

降谷はまだペースから遅れているが、それでも根性はつくようになり、時間はかかっても、コースをいつも走りきれるようになってきた。

 

「………まだちょっとつかれるけど、体力はついてくるかな…………」

息の少し荒い大塚。沖田と沢村のバカ体力に隠れてはいるが、彼も怪我復帰の割に、体力はついていた。

 

「」ちーん

狩場はペースに遅れることは少なくなり、完走はするのだが、終わった瞬間にこの有様である。

 

「………骨のある一年生がこんなにいることは、俺としても鼻が高い。各自クールダウンをして、今日は早く上がれ」

結城はマネージャーから渡されたスポーツドリンクを下級生たちに配り、彼は黙々と基礎練習を続けに、この場を後にした。

 

 

「………おいおい……あの人まだ走れるのか…………行けるけど、あれにはまだ追い付けないな…………」

沖田も、まだまだ余裕そうな結城の体力に、舌を巻く。他の一年生たちも、彼の体力には驚き、自分たちが手をついている現状で、まだまだ元気のある彼に、驚愕していた。

 

 

「とりあえず、クールダウンをするぞ。ここを怠れば、明日の練習に響く」

 

「しっかりしろ! 狩場! まだ死ぬの速いぞ!」

 

「」ちーん

 

「狩場ァァ!!」

 

「誰か………手を…………」がくっ

 

「うわぁぁぁ!! 降谷ァァァ!!!」

 

結局、降谷と狩場を除く面々はクールダウンをし、彼ら二人の筋肉痛を取る為に、大塚と沖田がマッサージを施すのだった。ちなみに、意識を失っているので、二人はそれに後から気づいたという。

 

 

そして5月下旬の練習試合。

 

先発は大塚。この日は夏予選のタイトなスケジュールを一人で投げ抜くと想定したうえでの投球。故に力をそれほど入れない、打たせて取る投球。

 

この日の最速は、マックス140キロ。しかしこれは勝負どころで投げている球速の最速であり、ランナーなしの状態では133から137の間である。一年生でこれは早い部類だが、彼は軽く投げてこの球速を出している。

 

しかし、沢村ほどではないにしろ、意図的に曲げている速球の変化球に打たされ、芯でとらえられていない。

 

カキィィンッ!

 

「あ!」

しかし、球威がそれほどないというのは、同時にヒットを打たれやすいという事。

 

この5回の裏。一死二塁三塁。三塁スイッチが入ったことで、大塚は決め球こそまだ投げていないが、それでも決め球になっていないスライダーで降らせに行き、簡単にアウトカウントを増やし、二死にカウントが変わる。

 

「あの野郎! 手を抜いているぞ!! 練習試合でもなんでも、アイツから点を奪え!!」

相手ベンチからは、あの試合での威圧感を感じられず、ヒットを打たれても淡々としている大塚の態度を見て、絶対に打ち崩すと息巻いている。

 

しかし、

 

 

ズバァァァン!!

 

 

アウトローへのストレート。左打者の泣き所でもある、インローボール球のスライダーをコースに投げ込まれ、スイングを取られ追い込まれると、アウトハイの釣り玉の後の精度を高めたボールに、手も足も出なかった。

 

「ストライィィィクッ バッターアウトっ!!」

 

この省エネピッチで、彼は何とか8回を投げ、6安打を打たれながらも、8つの三振を奪う力投。無失点に抑え、スタミナ面でも他校へプレッシャーをかける。

 

「は! 未だに技巧派を騙るのかよ、大塚!」

伊佐敷は、打球が外野まで飛んでくることもあり、その打球がどれも死んでいるために、取りやすく、丁度いいリズムで守備をすることが出来ており、打撃にもそのテンポのいい投球が好影響を与えていた。

 

「けど、案外板についているかもね。本格派であるけど。御幸のリードも冴えているし、こりゃあ、安心して打席に入れそうだ」

小湊亮介も、大塚の打たせて取る投球と御幸のリードに舌を巻きつつ、大塚のコントロールの良さを褒め称える。

 

「しかし、今は最速何キロ出るんだ?」

一軍の一人が大塚に質問する。彼は病み上がりで、まだ誰も本気のストレートを見た者はいない。

 

「まだ怖いんですよね。足のバランスとか、完治はしているんですけど。」

 

9回の表の攻撃が終わる。この回ですでに6点を奪う猛攻。もはや勝利は確実の場面。

 

「そろそろ、力を入れて投げ込んでもいいんじゃないか?」

御幸は、大塚に声を駆ける。

 

「先輩………」

 

「足はもう完治しているし、庇う必要はない。なら、思い切りミットめがけて投げ込んで来い。」

 

 

「…………はい」

大塚とて、あの力投型のフォームで投げるのが怖い。筋力が足りないから、今の歩場の小さい角度のあるフォームになり、フォームのタイミングを外すこともできるようになった。

 

 

――――やれるのか………?

 

 

 

9回の最後の攻撃。打順は4番から。今日ノーヒットであり、打ちたいという気持ちがあふれているのが解る。

 

 

大塚が振り被る。大きく足を掲げ、歩幅の大きい、下半身の粘りの力が合わさった、あの時のフォーム。

 

「おぉぉぉ!!!!」

そして思い切り投げ込む。

 

「うっ!」

 

ずバァァァッァン!!!

 

「ボールっ!!」

 

アウトコースに外れたボール。インコースに投げたはずの感覚で、まだずれている。しかも尋常ではないコースの乱れっぷり。

 

「…………まだ、だめなのか…………」

大塚は自分に落胆する。

 

ざわざわ…………

 

しかし最期、勝敗の決した試合、8回まで崩れる気配のない彼を見る者は少なかった。だが、この9回にこの一球。

 

「何だ、今の球…………」

スピードガンを構えていた一人のスカウトが、声を震わせる。

 

今叩き出した球速は―――

 

 

その後、その一球だけで終わった大塚。また技巧派に戻った彼は、その回を三者凡退に抑え、9回完封でまた一つエースへの階段を駆け上った。

 

「………………大塚。(やっぱり、本気で一球だけ投げさせたのは正解だな。今のフォームもいいが、やっぱ力投派でフォームを代える投手が見たい。それにあのボールは、140キロを優に超えていた。体感的には成宮を超えるほどの………)」

 

その彼の一球を受けた御幸は、大塚に伸び代がまだあると考えていた。今のままでも、十分エースは望める。だが、大塚にはもっと大きな存在になってほしい。

 

「……………」

完封をしたのにもかかわらず、大塚の目には不完全燃焼の意思がありありと表示されていた。やはり御幸の誘ったあの一球が、彼の心に働いている。

 

あの球をコントロールするだけの技術が足りない。いや、彼は失っているのだ。

 

「…………監督」

 

「どうした、大塚。完封したのにうかない表情だな」

 

「フォームについて、いろいろご指南いただけないでしょうか。頭では理想のフォームは出来上がっているんです。ですが、それを再現できない。誰かに見てもらう事で、これが解消されるかもしれない。投手経験のある監督から、アドバイスが欲しいです」

真っ直ぐな目で、大塚は片岡監督の目を見る。

 

「………いいだろう。だが、俺もいつも見られるわけではない。しかし時間の空いている時に、お前のフォームを見せてもらう。それまでは、沢村と降谷と同じように、クリスの指導を受けろ。そのクリスも、今頃は沢村と降谷の面倒を見ているだろう。」

 

「解りました」

 

最期の一人、大塚は思う。他の投手陣がそれぞれに互いを刺激している中、彼は過去の自分を超えることを目指す。あのフォームで自在にタイミングを外し、力投派の投手に戻ることを。

 

青道高校で、いわば目標という立場に立たされた一年生は、自らの手で目標を立て、より高い次元へと足を、もう一度踏み入れようとしていた。

 




速球Level

川上<沢村<丹波<大塚<降谷

制球Level

降谷<沢村=丹波<川上<大塚

変化球Level

降谷<川上=丹波<沢村<大塚

先発適性

降谷=川上<丹波=沢村=大塚



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第18話 加速するサバイバル

野手陣もいるんだ!


6月。大塚が新たな次元へと至る為に、壁へとぶつかっている中、

 

「くっ………!」

 

沢村もまた、壁にぶつかっていた。

 

それは6月の紅白戦。一軍フルメンバー相手に、6回を投げ、3失点。特に、警戒していた結城にホームランを打たれ、ランナーを置いた状態で、その結城と増子を三振に取った二死で御幸に打たれた追加点。

 

そして、降谷は7回からマウンドに上がり、2イニングは圧巻のピッチング。しかし最終イニングでスタミナが切れ、打たれ出しては止まらない。結局3回3失点というふがいないピッチングを晒すことになった。

 

 

沢村が打たれたのは、いずれもサークルチェンジとフォーシーム。緩急自在の投球の弱点である、緩い球。そして慣れてくればボールに当てられるという欠点。

 

勝負所で、チェンジアップ系を投げ切れなかったという自分の力不足を痛感した沢村。

 

なお、沢村の投球スタイルは、とある投手の攻略にとても有意義だったと後に主将が語っているが、本人は幅の限界を常に考えていた。

 

ーーー打たれて当然? そんなんでアイツからエースを奪えるかよ!!

 

 

まさに闘争心の塊。

 

 

そして、スタミナ面、ペース配分の経験の無さを痛感した降谷。

 

「クオリティスタートを達成したというのに、浮かない顔だな」

沢村のボールを受けていたクリスは、そんな悔しそうな沢村の顔を見て、声をかける。彼も解っているのだが、あえてその理由を尋ねる。

 

「球速は焦っても簡単に伸びない………それは、知っています………けど、それでもまだ、あの打線に俺は………」

 

「確かに、キレのある癖球、伸びのあるストレート、現状決め球として頼らなければならないサークルチェンジ。未だにパラシュートチェンジの制球が甘く、中々投げ込めていない。だが、今の球種では、夏を見越して甘いと考えているのだろう?」

 

「…………はい………」

 

「自分もスタミナの無さを痛感しました……そして、ストレート一本では厳しいことも」

降谷もまた、ストレート全休で投げ抜けるほど甘くない打線とぶつかったことにより、自分の中で変化を求めていた。

 

また、横浦戦の時と同じようなことになるわけにはいかないのだ。

 

 

「…………いいだろう。沢村と降谷。お前らにうってつけの球種がそれぞれある。そして、お前らはそれを習得していない。」

クリスは、そう言うとクールダウンをしている二人に向けて一言。

 

「二日後、アップと肩を温めて、屋内練習場に入れ。そこで、お前らに決め球を覚えさせる」

試合後に変化球習得をさせるつもりはない。本人たちはその気だが、無茶をして故障する選手を何人も見てきた彼は、それをさせない。

 

「「はいっ!!」」

元気よく返事をし、クールダウンをする二人を見て、その場を後にするクリス。

 

 

そして今日の屋内練習場には、

 

「ちょっと、左肩が上がりすぎているぞ。もう少し意識を薄めろ。イメージはいいが、制球をまた乱しているぞ」

 

「はい………」

大塚と御幸が、投球練習を行っていた。大塚は一刻も早く元の自分に戻る為に、試行錯誤を行っている。やはり理想のフォームでは今の体にフィットせず、腕や足の長さも違う。故にタイミングも変わってくる。

 

「くっ…………」

球速がベストに届かない。中学2年生で140キロ近くに届いていた投手とは思えない程、改造フォームでも球速が伸びない。

 

大塚は、その原因が解っている。だからこそ、力み、フォームのバランスが悪くなっていた。

 

「抱え込むように投げるんだ。左肩を意識するな」

 

 

ズバァァァンッ

 

「…………」

しかし、まだ下半身と上半身のバランスに違いがあり、両方ともイメージに近い動きをすると、球威を増す代わりに制球を乱す。

 

「………………イメージをあえて変えてみるのもいいだろう」

そこへ壁にぶつかっている大塚の前にクリスが現れる。

 

「クリス先輩………」

 

「けがをした選手が完治をして、元の状態に戻るのは難しい。怪我をすれば、もう二度とその選手に戻ることは出来ない。お前は、無意識に過去に縋っている。あの時に戻れば、また出来るはずだと」

 

「……………それは………」

 

「けがをした選手は皆そう言う。俺だってそうだった。だが、今のお前はあの時よりも体は出来ている。感覚も変わっている。だからこそ、フォームを見直せ。一から作り上げろ」

 

「……………糸口が、解らないんです。どこが悪いのか、指針がないと、どこを直せばいいのかが………」

 

「…………何球か投げてみろ。俺がそのフォームの欠点を見定めてやる」

 

大塚が振り被り、右足に体重をかける。そして、左肩を僅かにあげ、より球威を求めるように体を抱え込む。

 

そして歩幅は大きくし、下半身の粘りを使った、その右腕から繰り出されるストレート。

 

 

ドゴォォォォンッッッ!!!!

 

「くっ………!!」

御幸は僅かにコースの浮いたストレートを何とかとるも、別次元の球速に、衝撃を受ける。

 

「……………(これが、未完成ながら、けがをしていた選手の投げる球か?)」

そのクリスも、大塚の投げた一球に衝撃を受けていた。

 

横学相手の完封試合?

 

打たせて取る技巧派?

 

そのイメージすら甘すぎる、大塚の一球。

 

「右足の曲げるタイミングが早い。体重をかけるのはいいが、それが悪くなっている。それに、左足のつき方も悪い。やはり、上半身と下半身が少しずれている。もっと普通に投げろ」

 

そうして、クリスのアドバイスによるフォーム改造が行われるのだった。大塚の中にある球速への焦りが、フォームのバランスを崩していた。

 

その夜、大塚が帰宅した後、クリスは監督のもとを訪れる。

 

「大塚はどうなんだ、クリス」

今日の試合で感じていたのは、何も御幸と大塚、クリスだけではない。彼もあの一球で大塚のイメージは変わり、彼が何に対して悩んでいるのかもわかっていた。

 

「コツをもう少しで掴めそうです。センスがいいのか、話した通りにフォームを修正しつつあります。後は、技巧派でついてしまった感覚を切り離せば、彼は化けますよ」

 

「…………そうか。ならば、大塚は対外試合に投げない方がいいか?」

 

「いいえ。夏合宿での最後の試合で、先発させるべきでしょう。それも相手は強豪クラス。そこで彼の進化を促すのがいいでしょう。」

 

 

「それまでは、フォーム改造というわけか………よし、大塚は1軍でお前に任せる。夏前までに奴らを仕上げてくれ」

 

「解りました」

 

 

 

その後、大塚は1軍にてフォーム改造に集中することになり、守備練習をしたりと、実戦に近い練習をより多くとるようになる。

 

 

順風満々だった一年生投手陣にとっての初めての壁。これを乗り越えることで、投手としての真価が試されるだろう。

 

 

そんな将来を嘱望されるルーキーが壁にぶつかる中、監督はある決断をする。

 

 

壁を感じた大塚の言葉。その問題を解消すべく、クリスと御幸が立ち上がったのだ。

 

次の日の夜。大塚、沢村、降谷は、クリス監修の投球フォームの矯正に励んでいた。

 

大塚がフォームを改善したいという話を聞きつけた沢村が、まず大塚を訪ね、降谷もそこを訪れたのだ。

 

「まず大塚だが、新フォームの体重移動に違和感がある。コツをつかみやすいだろうから、今回は大きく三つの要素を含んだそれぞれの練習で、取り組んでもらう。」

 

 

そして今回クリスが取り出したのは、やけに長いチューブだった。

 

「あ、あの……!! 言われた通り、チューブを繋ぎました!!」

なお、マネージャー陣が丁寧に作っているので、その出来はかなりいい。

 

「普通はこの半分だが、日頃からお前たちは下半身を鍛えていたからな。なので、それに見合わせて特別にこの長さにさせてもらった。」

 

そして、それぞれ3人が腰辺りにそれを巻くと、

 

「すまないな、御幸、それに監督も。」

今回登場したのは、正捕手の御幸、さらには片岡監督直々にやってきたのだ。

 

「けど、基本に立ち帰る、いいきっかけだと思いますけどね。重心が高い大塚にはうってつけだと思います」

御幸としても、大塚の新フォームがモノにならなければ、タイミングだけを外す投球で抑えきれないことをよく解っている。

 

「すみません。」

大塚が私事であるにもかかわらず、監督がやってきたことに申し訳なさを感じていた。

 

「いいや、お前たち1年生にも一本立ちしてもらわなければ、夏も危ない。チームの為に、俺はここにいるだけだ。」

 

 

「精々やる気を見せろよ、小僧ども」

 

 

そして一同はチューブを腰に巻きつけ、練習を開始するのだが、

 

「降谷!! 下半身の粘りがなっていないぞ!!」

 

「キッツ……」

下半身を鍛えたとはいえ、降谷は御幸に引っ張られ、思うように前に進めない。

 

 

「うっ、くっ!!」

 

「キャッチャー方向に足を向けるんだ、沢村。踏ん張りたいのは解るが、それでは練習の意味がない。」

沢村もクリスに指導を受け、体重移動こそできているが、右足のつけ方を意識しているにも拘らず、中々爪先を前に向けずにいた。

 

「もっと腰を落とせ、大塚!! 立ち投げではないフォームにするのだろう?」

 

「はいっ!!」

 

大塚の場合は、腰がやや高く、それでもある程度のレベルを抑えてきたことにより、体にその感覚がへばりついていた。

 

 

「太ももの内側がきついな、これ……!!」

沢村は、フォームを改造し、入学前にそれを仕上げてきた。だが、このように球速を伸ばす練習はほとんど手付かずといっていい。

 

それほど、フォームと変化球に重きを置いていたのだ。守備練習も入学当初は落ち着いていない。頭ではわかっており、体も順応しつつあるが、まだ動きがぎこちないのだ。

 

それを30分経過すると、

 

 

「……」

 

降谷がダウン。少し立てないぐらいに疲労を覚えたのだ。上体の力が強い彼には、まだ下半身の強化が足りていなかったのだ。

 

「くっ、日ごろ使っていない筋肉が痛い。けど、なんか下半身がスッとした感じだ…」

沢村は何とかコツをつかんだらしく、フォームに粘りが現れ始めていた。さすがタイヤのエース。下半身の強さは、この練習に耐えられるだけの力を備えていた。

 

「重心が落ちてきた感じはありますね。使い方が変わっているのが解ります」

 

「落ちた筋力は夏合宿前までには、取り戻しておけ。この基礎練習で、お前たちの夏が決まると言ってもいい。」

片岡監督は大塚に結んでいるチューブを引き、彼のフォームを見つつ、大塚たちにそう宣言した。

 

「ですが、大塚の場合は深刻ですね。やはり一日では治せない。これから毎日この基礎練習は必要でしょう。」

クリスも、一番進んでいない大塚の出来にやや不安を覚える。生半可に痛くない、軽いフォームがしみ込んでいる大塚。何もない沢村と降谷に比べ、苦労するのは目に見えていた。

 

「うっす。」

 

そして次の練習。

 

「メディスンボール? インナーマッスルを鍛えるんですか、クリス先輩? けどそれは…」

あの巻物にもあったはず、と沢村は言おうとしたが、

 

「もちろんインナーを鍛える効果がある。だが今回は、これを使って遠心力を利用した腰の回転の動き方を馴染ませていく。」

 

なお、大塚は監督に最初のチューブトレーニングをやらされながらの説明である。

 

「沢村には感覚が染み付いているはずだ。腰の回転で腕が遅れてやってくるのは知っているな?」

クリスの言葉に縦に頷く沢村。

 

「はい! 腰と下半身の粘りで、ギュイーン、ってなって、クイッ、って感じです!!」

 

体で表現する沢村。リリースポイントに誤差こそあったが、腰の動きは正確性がある沢村は、この練習を意識せずとも、その本質に近づいていた。

 

「メディスンボールは見かけによらず重いのは解っていると思うが、これを投球する感覚で、腰を動かしながら投げてほしい。」

 

まずクリスが御幸と実践する。御幸が腰の回転を使って、ハンマー投げの感覚で両手を使ってゆっくりとメディスンボールを投げる。飛距離もなく、すぐにバウンドしたボールを手に取るクリス。

 

「今回は二人組になった方がいいな。大塚! その練習を切り上げて、こっちにこい」

 

「はい」

 

沢村、大塚のペアと、御幸、降谷のペアをクリスと監督がそれぞれ監視する。沢村と降谷を離したのは英断だった。

 

「ゆっくりでいい。腰の回転を意識するんだ。」

 

「「「はい(!)」」」

 

 

この練習はあくまで感覚を養う物である為、それほど難易度があるわけではない。先ほどのチューブトレーニングの方が疲労はたまる。

 

しかし―――

 

「降谷。俺はここにいるぞ? ここにメディスンボールを投げるんだ」

御幸の方へと中々ボールが投げられない降谷。ノーバウンドで届いてこそいるが、腰の回転が安定せず、中々ボールのコントロールが定まらない。

 

「地味に難しい……」

 

一方、沢村、大塚ペアは……

 

「うわぁぁぁ!!」

 

「ちょっ!」

沢村の投げたボールが癖球同様に変化していた。大塚はそのたびに走り回り、いらない体力が消費されていく。

 

しかし、それを見たクリスが沢村に冷静に指摘する。

 

「沢村。お前はメディスンボールを投げるフォームで、体とボールの距離が離れすぎている。もう少し距離を短くしてみるんだ」

 

先程よりも、沢村はボールと体の位置を短くする。すると、

 

「あれ?」

 

ボールは真直ぐに大塚の方へと届いたのだ。大塚も勢いのある速いボールに驚く。

 

「遠心力と沢村の体幹の現状のバランスの良い距離がそれという事ですか」

 

「ああ。遠心力を体感する練習ではあるが、それに負けては元も子もない。遠心力を使いつつ、先程の練習の体重移動を意識するんだ」

つまり、クリス式の練習は繋がっているのだ。

 

「……だいぶ慣れてきたな。よし、今度は逆に投げてみろ」

クリスは頃合いを見て、次は逆の回転で投げることを指示する。つまり、大塚と降谷は左投手の回転で、沢村は右投手の回転に変わる。

 

「感覚が、合わないッ!」

 

「確かに偏っているのが解る」

 

「あれ、なんかあんまり変わらねェぞ。」

 

降谷は苦戦し、大塚はそれを意識して修正をしていく。だが、沢村はなぜか右も上手かった。

 

「なんか、バントしている時とおんなじなんすよ。バントも俺は腰を入れてやっているんスけど…」

つまり、沢村は本能で、140キロを超えるボールに対して、腰を入れながら、絶妙な力加減をして、ボールの勢いを殺している。そして上半身の柔らかさにより、ボールを殺す技術に長けていると推測される。

 

だが御幸が注目しているのは、そこだけではない。

 

「沢村のバントでいいのは、ボールとバットと、目の位置が絶妙なところだよな。」

 

「?? うっす」

 

無自覚なところも沢村だった。

 

 

 

そして、練習其の2までが終了した。

 

「最後に、今度は利き腕とは違う腕の使い方についてだが……」

 

クリスが言うにはこう言うことだ。

 

通常投手の投球時には、体の回転軸と呼ばれるものが発生し、それが安定すれば投球がよくなると言われている。なお、この体の回転軸は、二つ目の練習にて、遠心力を体感する際に、自然とできていたのだ。

 

解りやすく、てこの原理で説明すると、支点は大体の場合体の中心となる。そして力点はグローブを持った手になる事が多い。

 

そして、作用点が利き腕、つまりはボールを投げる腕になる。

 

「???????」

沢村はここから理解が追い付かなくなった。

 

「???????」

降谷も同様だった。

 

「つまりだ。単純に片腕だけの力で、腕の振りを意識すれば、やはり大きな力が必要になる。しかし、回転することによって―――」

 

クリスが振り被り、投げる瞬間に左腕を引く動きを見せる。

 

「この回転の時に、左腕が後ろへと行くのは解るな?」

 

「うっす」

 

「はい」

 

「つまり、この動作に利き腕だけではなく、もう片方の腕の力を使う事で、腰と腕の振りをよくする効果があるんだ。この腕を体重移動、遠心力を使う腰の動きに取り入れることで、ボールを伝える動きは断然変わってくる。」

 

「今回は、監督に実演してもらいます。御幸、頼めるか?」

 

「はい! では―――」

 

沢村と降谷は、覗き込むように監督の投球フォームを見る。大塚もそこまで凝視はしていないが、やはり見ていた。

 

監督が振り被る。理想的な体重移動、利き腕ではない方の手の壁、それが投げられる直前に後ろに引いているのが解る。そしてその遠心力を使った腰の動きも合わさり、

 

ズバァァァァァァァンッッッっ!!!!

 

「くは~~~! いいボールっすね、監督っ!! 現役でも全然通用しますよ!」

 

「今のが、この練習全ての動きを集約したフォームだ。全身の力を上手く合わせ、ボールへと無駄なく力を伝える。特に降谷はこの動きをマスターしてもらう。」

 

「???」

 

「確かに、降谷のボールは今でも相当な速さだ。だが、早いボールを力いっぱいに投げるのは、やはり故障に繋がりやすい。だからこそ、限界ギリギリの力で投げ続けるのではなく、7,8割の力で投げて150キロを出せる。そういう投手になってもらいたい」

 

この練習で大切なのは、もちろん大塚の球威回復もあるが、降谷のスピードボールによる故障のリスクを減らすためだ。

 

「降谷は力まない方か良いボールがきやすい。全体重を指先に集約するお前のフォームは、腰の回転、体重移動がより重要になる。」

 

「? 力を入れるよりも、ですか?」

降谷はクリスの言葉に驚く。何故なら、力をいれなくても球が走ると言うことをイマイチ分かっていないからだ。

 

「そうだ。無論力をいれた場合、球威は上がる。しかし、それでは打者には当てやすい棒球になる確率が高くなる。まあ、先ずはこの練習を体感して欲しい」

 

 

 

 

「梃子の原理の重要性は理解してくれたと思う。そしてそれを養う練習だが、」

 

タオルを3本用意するクリス。沢村はシャドーかな、と考えたが、

 

「シャドーピッチじゃないぞ。」

 

大塚には利き腕ではない方の腕でタオルを持ってもらい、

 

「では先程の1と2、練習の動きを取り入れてみてくれ」

 

「はい……っ!? あれ!?」

 

自然と左手後ろへとひかれる。いや、そうでなければ腕を振り抜けない。

 

「凄い練習です。」

 

「だが、数回で感覚は掴んだだろう。沢村、降谷にもやってもらうぞ」

 

タオルを使ったてこの原理を体感し、利き腕ではない方の腕の使い方。それを3人は体感していく。

 

「引けば勝手に出てくるぞ。利き手ではない手の動きに少し意識を傾るんだ。」

 

その後、

 

「とりあえず、合宿までこれを続けてもらう。沢村のストレートの球威とスピードもさらに上がるから、ここのいる全員がやっておかなければならない練習だ。」

 

「うっす!! これで俺も140キロの仲間入りとかできたら(エースの道が!!!)」

 

球速が上がると、クリスは断言する。この中で一番遅い球速の沢村。だからこそ、この練習の意図を理解し、やる気がみなぎる。

 

「だが、確実に10キロもあげられるわけではない。後は体を作る練習も怠るなよ。数日後、ブルペンで結果を見させてもらうからな。」

 

 

そして、その成果が表れるのは、大塚は合宿中に、そして沢村と降谷は、夏予選で発揮されることになる。

 

 

そしてさらに翌日――――

 

沢村と降谷は、御幸とともにクリスの待つ屋内練習場へと足を運んでいた。

 

「御幸。降谷には指示を出しているな?」

 

 

「あ、はい。変化球に飢えているんで、すぐに癖になってますよ。沢村の方はどうですか?」

クリスの指令により、御幸は降谷にある癖を身に付けさせていたのだ。そして、その手の感覚が馴染んだ頃合いだろうと二人は感じていた。

 

「まだ実戦では使えんな。ムービング以上に暴れるこの球は、やはり捕球が困難だ。」

厳しい表情のクリス。まだ沢村の決め球は制球さえままならないらしい。

 

 

「クリス先輩でも捕るのに手古摺る球ですか・・・・いや、マジで制球できたらヤバいですね」

御幸は、尊敬する男ですら捕球がままならない時があるという沢村の決め球に驚く。

 

「それでだ。沢村は例の球速アップの練習をさせるから、降谷の球を受けてやってくれ。恐らく、実戦では使えるだろう」

 

「解りました。」

 

 

 

そして屋外練習場では、

 

 

「だいぶうまくなってきたな、東条。」

 

「強い打球が打てる・・・こんなに嬉しいことはない・・・」

明らかに感触が違うことを東条は実感していた。ツイストティー打法は取り入れていないものの、それでもミートする力のある彼に、長打が組み合わさることは、今後を考えてもプラスである。

 

「木製バットがしなる感じだよ。右打ちの方が飛ぶんじゃないかってぐらい凄い」

春市も、この練習で自身の充実を感じていた。広角に打つ事が、苦痛ではない。むしろ楽しいとさえ感じるようになったのだ。

 

「先輩はもう俺が教えることがないけど、やっぱ教え甲斐があるわ、お前ら」

 

「俺達も負けねぇ!! まだ俺達に目はある!!」

金丸と狩場も、3人と同じような練習を取り入れている最中である。しかし、やはり右打ちで手古摺り、練習が今のところ停滞している。彼らも近日の国土館との試合に賭けている。東条と小湊に一歩リードされているとはいえ、このままでは終わりたくない。

 

――――まだ俺達のチャンスがある!!

 

感化された同期の一年生が多く、他の場所で自主練習をしている生徒もいる。沖田の加入は、この世代の野手陣の活性化を促していた。

 

 

「ポイントはもうつかんでいるんだ。ボールを呼び込むようにスイングして。ボールは勝手に来るんだから」

沖田が丁寧に打撃フォームを見て二人にレクチャーをする。

 

しかし、中々上手くいかない。脇が甘く、体が開いているのだ。つまりあの練習の出番である。

 

「そうだね。二人は右打ちを強く意識してバランスを崩しているから、後ろ片足ティー練習だね」

 

「げっ!! あの練習めっちゃ疲れるんだよなぁ!!」

 

「足腰は捕手の基本・・・足腰は捕手の基本・・・」

 

1年生野手陣も、着々と練習の成果が発揮され始めていた。

 

 




140キロ届くんだ!

by沢村

2年目の秋ぐらいだろ、基礎球速低いし。

by作者


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第19話 怪童の目覚めと……

タイトル通りです。黒土館戦前に、練習試合を組みました。

相手は、原作でも青道を苦しめていた投手です。


なお、原作とは違い、怪童が一人いたり、怪童に魅入られた選手がいます。






国土館より前の、2軍主体の練習試合。先発は川上。二遊間には―――

 

 

「俺、一年生なんだが…………」

1年生二人のうちの一人、先発出場の沖田。上級生ばかりに囲まれており、控えにも沖田の入った遊撃手のポジションを狙う選手はいる。なお、白州と御幸は、一軍からの出向に近い形で出場。

 

 

(右)1番白洲

(二)2番木島

(遊)3番沖田

(一)4番前園

(左)5番東条

(三)6番田中

(捕)7番御幸

(中)8番山崎

(投)9番川上

 

「よ、よし! 絶対にやってやる………やってやる。やるしかないんだ…………」

東条の声がおかしいことになっていた。2年生主体の中で野手陣の中で、沖田に次ぐ評価を貰っている東条。ここで活躍することが、ベンチ入り、またはレギュラーへの道。

 

そして、沖田が覚醒することを望んでいる一人――――

 

 

「言うべきことは言った。後はお前が這い上がるかどうかだ。」

主将の結城は、沖田の試合を観戦しつつ、試合前夜にいったことを思いだしていた。

 

 

――――野球に正直になれ――――

 

 

あの言葉以来、沖田は変わった。長打が増え、引っ張る打球も多くなった。無理に流す打撃が多かった沖田が、変わろうとしていた。

 

 

―――ようやく、本当の奴を見ることが出来る

 

それは、試合前でのアップからも感じられていた。

 

「なんつうオーラだよ、アイツ」

麻生は、圧迫感こそ感じないが、

 

 

 

 

 

「俺が先発か………(ここでシンカーを投げ切れるかどうか。それで俺は…………)」

今日の先発は川上。今日の先発には並々ならぬ思い入れがあった。

 

 

 

―――沢村の決め球は、クリスでさえ難儀するような、強烈な曲りをする。

 

 

大塚の決め球、SFFは御幸も半分の確率で捕れるようになっている。制球がいい投手であるために、彼の決め球は強烈な変化こそあれ、絶対にとれないボールではない。

 

 

だが制球が未だ不十分とはいえ、沢村のボールはあのクリスをして「かなり捕りづらい」と言わしめるほどのボール。

 

 

ただの面白い1年生投手。それが一気に、夏予選の秘密兵器とも言われるようになった。降谷が後ろに固定されたことで、川上の抑えの座すら危うい。

 

 

 

今日の相手は、帝東高校。東東京の強豪の一つ。その投手力は現在東京で最もレベルが高いと言われている。

 

しかし、相手エースは先発せず、こちらも1年生投手を送り込んできた。名を、向井太陽。左のサイドスロー。練習試合やクリスメモの情報では、スライダー、スクリューを投げるらしい。ストレートも130キロ台と沢村よりもやや早い。制球力は、いいという。

 

 

試合前、帝東の先発向井はこのように豪語していた。

 

「県外出身の奴らには負けません。ましてや、神奈川のアイツよりも上だったことを証明してやりますよ」

 

県外からやってきた、中学の輝きを失っているかつてのエース。一度も投げ合う機会はなかったが、自分たちの世代でナンバーワン投手と言われていた彼にずっと対抗心を抱いていた。

 

――――球威すら失ったアイツは、技巧派になった。だが―――

 

向井は自分の制球力に絶対の信頼を寄せている。

 

―――俺の方がコントロールは格上だ。

 

軟投派、左右の動く球すら操り、スライダー投手になっている大塚。中学時代を思い出させる決め球すら投げられない今の彼に、負ける気はしなかった。

 

 

なお、大塚はベンチ入りすらしていなかった。やはり関東大会や、その前の練習試合での結果から、ベンチ入りは確実と見られている。

 

――――二軍主体のレベルを抑えても、なぁ

 

一軍級が数人混じっているが、向井はそんなことは知らない。

 

 

「こら、向井。あまりそんな顔をするな。何があっても全力で打者を仕留めに行け。」

主将の捕手からそう注意される向井。彼としては、大塚が投げないことでやや不機嫌になっている向井を諌めるつもりで放った言葉。

 

「甲子園に行けていない高校の二軍に打たれるようじゃ、甲子園は夢のまた夢ですよ」

 

 

 

 

「あの選手。見ない顔だが、アイツは何者だ?」

岡本一八監督は、沖田を見て何かを感じていた。2年生主体のチームの中で、二人の1年生の一人。あの片岡監督が2年生のチームに入れることを許している程の選手。

 

――――気をつけれよ、向井っ!! あの男は得体が知れんぞ。

 

 

 

初回は3人で退けた川上。今日は弱気な態度が消え、強気の投球。気持ちが乗っているのか、制球力にも陰りがない。

 

―――今日はまずまずの投球。けど、やや飛ばし気味だな

 

受ける捕手の御幸は、川上の手ごたえをつかむと同時に、彼のペースにやや困惑していた。

 

「ノリ。初回はよかったけど、ちょっと飛ばし気味だぞ。お前の今日のコントロールはいいんだから、ミットめがけて投げ込んで来い」

 

そして初回裏の攻撃。白洲が8球粘るも、

 

「!?」

 

外へと逃げるスクリューにバットが空を切ってしまった。白洲は今、確実にストライクゾーンに来た球を打とうとしていた。

 

―――ストライクからボールになる球、にしては精度が高い。外のボール球………

 

続く木島はスライダーに空振り三振。そして、岡本監督が警戒していた3番沖田。

 

「……………………」

無言で右のバッターボックスに立つ沖田。1年生にしては異様なプレッシャーを感じる向井は、怪訝そうな顔をする。

 

 

―――なんだこいつ?

 

「ストライクっ!!」

 

外のストレートが決まる。沖田はそれを悠々と見送る。

 

――――内を狙っているのかよ? けど、それじゃあ、外の球は届かないぜ

 

 

「ボールっ!!」

 

際どいボール。外のボールに反応しない沖田。一球の出し入れが容易な向井は、嫌な見逃しをする沖田に少し見方を変える。

 

――――手が出ねぇのか、それとも見切ってんのか? 

 

帝東バッテリーの選択は一つ。

 

 

―――外のスクリューはどうするんだ、おいっ!?

 

やや見せつけるかのようなスクリュー。白洲を三振に打ち取ったボール。それを―――

 

 

「ボールツー!!」

 

沖田は直前でバットを止めた。

 

――――見たのか、それとも見逃ししか出来なかったのか、こいつで確かめてやる!!

 

 

3球続けての外の配球。4球目の入り方が重要になってくる。

 

――――嫌な見逃しをされる。インローのストレート。厳しいところをついてこい

 

 

4球目の置き所。ここはかなり重要になってくる。ここで敢えて続けるか、それとも配球を変えてくるかの分かれ目。帝東バッテリーは内に見せる球を選択した。

 

帝東の捕手は、沖田のバットが出るのが解った。

 

――――かかった!! これで内野ゴロだ!!

 

 

 

カキィィィィンッッッッ!!!!!

 

 

鋭い金属音と、風を切る音すら聞こえたグラウンド。沖田のフォロースルーに、グラウンドの視線が集中する。

 

「………は………?」

向井は、内に投げたはずのボールが、いつの間にか消えていたという感覚に陥る。バットに当たった瞬間、打球が消えたのだ。

 

 

「…………思い出すね、結城君」

マネージャーの貴子は、結城の隣で沖田のはなった一打を見て、結城に問いかける。

 

「俺にはわからないが………」

いきなり話を振られ、困惑する結城。自覚がないというのはやはり主将だからか。

 

「君が初めて打席に立った日。そんな風に考えてしまうわ」

 

彼らが一年生で、新チームとして始動した初めての練習試合。結城はそこで初打席にもかかわらず、右中間へのホームランを叩きこんだ。

 

「…………アイツは俺よりも大きい存在になる。だからこそ、言わずにはいられなかった。」

 

 

――――心置きなくアイツには野球をしてほしいと感じていた。

 

 

沖田の打球は風にも乗って飛距離を伸ばしていく。まだ誰も、あの打球がどこを飛んでいるのかに気づいていない。

 

そして―――

 

 

「ファ、ファウルっ!!!!」

 

僅かにレフトポールを切れてファウルとなってしまう。インコースの早い球をうまくさばいた一撃は、帝東バッテリーに衝撃を与えた。

 

―――バカな………今の動き、外の構えだったはず……なのに、何だ、今のは………

 

 

――――……………………………

 

3年生の捕手は、インコースをいとも簡単にさばいた一撃に戦慄を覚えた。向井は、沖田が顔色一つ変えないことに、不気味さを感じていた。

 

外を見極められ、うちの厳しいコースすらあそこまで飛ばす。ここで下手に勝負は出来なかった。

 

 

「ボールフォア!!」

 

沖田は結局四球で一塁へ。続く前園はフライを打ち上げ、スリーアウト。

 

 

2回はお互いにランナーを出さない投球。川上は右打者ばかりが続く帝東打線に助けられてはいるものの、制球力を乱していない。

 

―――行ける……俺だって行けるんだ…………!!

 

 

気迫を見せている川上。御幸は調子のいい川上に安心感を覚えてはいなかった。

 

――――沢村たちの台頭がノリに何を与えているのか。

 

御幸は敢えて何も言わない。公式戦ならば何かを言うつもりだったが、今は自分からは絶対に何も言わない。

 

――――闘争心ならいい。だが、気負いなら―――

 

 

スライダーの切れもいい。ストレートも低めに制球されている。文句はなかった。

 

 

お互いに連打が出ないまま、二巡目をむかえ、8、9、1番を料理する向井。ベンチに座る大塚は、未だにブルペンですら投げていない。

 

――――今すぐ引きずり出してやる!!

 

強烈な対抗心を見せている向井。その闘志は青道2年生たちを抑え込んでいた。

 

 

川上は3回に初ヒットを出すものの、課題だった左投手にはインコースのストレートでゲッツーに打ち取るなど、安定した投球が続いていた。

 

好投を続ける川上だが、その表情に笑顔はない。

 

 

そして、4回の裏。先頭打者を打ち取った向井は、二度目の沖田との対戦を迎える。

 

――――インコースに強い強打者。ならば内を見せ球に、外で勝負だ。

 

この1年生は得体がしれない。あの長打力が火を噴けば、スタンドまで叩き込まれる恐れがあるのは解っていた。

 

――――真ん中低め、スクリューで様子を見る。ボール球になる変化球だ。

 

 

奥行きを掠る程度のスクリュー。この向井の制球力には、3次元のストライクゾーンが存在する。それは大塚でさえいまだに届いていない領域。

 

一瞬でもストライクゾーンを霞めれば、それはストライク。

 

 

――――2球目、厳しい内のスライダー。インローの泣き所だ。打撃を崩すぞ。

 

 

確かにストライクからボールになるいい球だ。キレもあり、変化量もある。

 

 

「ボールっ!!」

 

初球を悠々と見逃す沖田。あの当たりをされて、まともに勝負をしてくるわけがない沖田は考えていた。この厳しいボールは、先程の状態で打ってもファウルになるだけだ。

 

――――外だ。とにかく外のストレート。ここでカウントを稼ぐぞ。

 

 

だが、彼らは一つ、重要なことを忘れていた。しかも、それは初対戦でもそれは見られていた。

 

 

――――沖田の狙い球は基本的にアウトコースであるという事。

 

 

 

カウントを取るにしてはややいいストレート。だが、その程度の球速の真直ぐで、

 

 

 

カキィィィィィンッッッッっ!!!!!

 

 

 

この沖田は止めることは出来ない。

 

「―――――――あっ」

 

 

今度は右に流した当たり。

 

「……………綺麗な当たり…………」

貴子は、流れるようなスイングを見せた沖田の構えにうっとりとしていた。

 

「………………」

結城は、奇しくも自分と同じような打球を飛ばした沖田の可能性を、そして―――

 

 

 

 

怪童が

 

 

 

 

永い眠りから覚めたことを悟った。

 

 

 

 

 

 

確実に向井のストレートを捉えた当たりは、右中間へと吸い込まれていった。

 

青道ベンチでは、好投手を打ち砕く一発をお見舞いした沖田への賛辞が止まない。

 

「うぉぉぉぉぉ!!!! 打ちやがったぞ、あの野郎!!!」

 

 

「右中間!!!!!!」

 

 

「完璧に捉えたぞ、アイツっ!!!」

 

 

「怪童!! 青道の怪童~~~!!!!」

 

 

「つづけ、ゾノォォォォ!!!!!」

 

先制打。公式戦ではないとはいえ、彼の一打は青道に流れを呼び込む。

 

 

「クソッ!!」

警戒していた。あの最初の打席で沖田の力は解っていたはずだった。だがそれでも抑えられなかった。

 

帝東バッテリーは、沖田の力を測り間違えていた。

 

 

 

続く前園はスクリューで三振。ツーアウト。次は5番打者、向井にとってみれば、なぜ外野手で出ているのかわからない選手。

 

 

――――夏でもう脱落したのかよ。だらしのない奴

 

 

向井は、全国ベスト4になったこともある東条が、外野手に甘んじていることが気に入らなかった。倒し甲斐のある投手が消えたことが残念でならない。

 

 

――――投手を諦めたわけじゃない。けど、あの舞台に出るにはこれしかなかった。

 

東条は向井の冷めた目を見て理解した。第一打席はライトライナー。練習の成果、右打ちのおかげか、ボール球のスクリューに当てることが出来た。

 

 

「ボールっ!!」

 

初球スクリュー。手を出さない東条。積極的な打撃をしていたが、外の球がより鮮明に見えるようになっていた。

 

 

――――こんなにストライクゾーンって、届いたっけ?

 

 

自分が確実にミートできる場所が増えた。だからこそ、どんな球にも当てられそうな気がした東条。

 

カァァァンッッッ

 

「ファウルっ!!!」

 

インコースストレートも当てる東条。どんな球にも対応する東条の打撃に、向井も表情を変える。

 

―――野郎ッ、打撃も中々かよ。

 

カァァァンッッッ

 

「ファウルっ!!!」

 

 

インローのスライダーにも手を出した東条。手を出すこと自体は不思議ではないが、その泣き所に当てることのできる技術は異常だった。

 

続く5球目は外のストレート。

 

かぁァァァンッッッ

 

「ファウルっ!!!」

 

 

1ボール2ストライク。追い込まれているにもかかわらず、東条は冷静だった。

 

――――見える……………体が勝手に動く。

 

 

6球目の球も外れ、平行カウント。向井も、この東条相手に余裕がなくなりつつあった。

 

――――何だこいつ………本当にこいつは東条なのかよ!!

 

 

いやらしい打撃、コンパクトでミートしてくる。センスで打っていた東条とは比較にならないほどやりづらかった。

 

 

「ボールッッッ!!!!!」

 

 

これでフルカウント。制球力が自慢のはずが、すでにフォアボールを一つ許している向井。これ以上の四球は本人のプライドも許さなかった。

 

 

――――力でねじ伏せる。ここで勝負ですよ、先輩

 

 

――――おい、ここは歩かせてもいい。この打者は異常だ。

 

さっきの1年生といい、今年の青道はどうなっているのか。投手だけではなかったのだ。

 

特に、この内野と外野の1年生。明らかに異常だった。

 

 

 

「東条君もよく粘っているわ。あの投手相手だと、うちの一軍でも苦労するかもしれないわね」

 

「ああ………だが、東条なら打てる」

確信めいたものを感じていた結城。この打席で東条は打つ予感があった。

 

「その理由はどこから来るの?」

貴子は、ここまで下級生の結果を断言する彼を初めてみた。しかし、彼なら何かをやってくれそうな雰囲気があった。

 

 

 

「直感だ」

 

 

 

 

結城はこの二人の打撃をずっと入学当初から見ていた。

 

 

 

毎日、愚直なまでに練習を続けていた沖田。彼に追いつこうと、1年生たちもまた愚直に彼に追いつこうとした。

 

 

――――簡単に引き離されるな、東条。

 

 

 

ベンチにて、沖田は東条と向井の対戦を見ていた。

 

――――お前が投手を諦めていないこと、それは解ってる。

 

 

外野を勧めたのは、ほかならぬ自分だった。降谷と沢村、大塚のいる世代だ。エースの道は厳しい。

 

――――けど、お前のそれまでは決して無駄じゃない。

 

第1打席はライトへの強い当たり。下半身の粘りが効いた、良い打撃だった。投手をやってきた者にはある、下半身の強さ。

 

投球の基本である下半身の粘りは、投手にとっては重要な物。

 

 

つまりは―――そう言うことなのだ。

 

 

 

インローへの鋭い変化。スライダーが確実にコースにきていた。まるでゴルフ打ちのように、東条はアッパースイングのバット軌道で、向井のボールへと叩きつけた。

 

 

カキィィィィィィンッッッっ!!!!!!!!

 

 

掬い上げた打球は、今度はレフトへと勢いよく飛んでいく。

 

 

今回は、天を見上げる向井。

 

「――――――――」

 

天を見上げ、何も言わない。ここも最高のボールのはずだった。だが、それでも東条に打たれた。

 

 

 

その打球は左中間へと飛び込んだ。

 

 

 

「東条がやったぞォォォォ!!!!!!」

 

「これで2点目だァァァ!!!!」

 

「いいぞ、東条ォォォォ!!!!!!」

 

 

ベースを一周する際、東条にはこみ上げるものがあった。

 

――――あの時は、俺の力があってもなくても同じだった。

 

ベスト4。大塚が躍動した年はそこには届かなかった。先輩がいなくなり、自分の力ではないことを改めて思い知った。

 

 

だからこそ、投手でチームに貢献できない自分がずっと嫌だった。

 

――――外野への転向。

 

 

スイングを見て、初めて投球よりも打撃を先に褒めてくれたのは、沖田だった。

 

 

――――いいスイングしているな。下半身の粘りが効いている。

 

口数は少なかった。彼は当初、部内でも白い目で見られていた。自分はその事についてあまりよく知らないため、どう行動すればいいかすらも解らなかった。

 

だが、いつの間にか青道は彼を認めていた。一日の練習態度、彼の野球への情熱、それを皆が感じたのだ。

 

――――挫折することは、恥ずかしい事じゃない。

 

彼らはそう言っていた。

 

――――挫折したのなら、お前は挑戦したんだろ? 

 

3人はきっとプロで活躍するのだろう。同じ投手出身として、それが何よりも解ってしまった。けど、そんな言葉を沖田は笑わなかった。

 

――――胸を張れよ、東条。

 

 

東条はようやく、チームに何か貢献できたという、強い実感を得たのだった。

 

 

 

 

「あの野郎ッ!! いいスイングするじゃねェか!!!!」

 

「へぇ、外野手もいいんだね、今年は」

 

いつの間にか、一軍メンバーもいた。結城と貴子だけではなく、東条の一撃は、片岡監督へのこれ以上ないアピールになるだろう。

 

そして、川上。

 

6回に、やはり気負いから制球を突如乱し、左打者の代打でリズムを狂わされてしまう。

 

そして甘く入った球を運ばれ、一死、一塁三塁のピンチ。

 

 

―――――ノリの制球が突然………こんなに早く崩れるなんて………っ

 

御幸も、まさか一死から代打でリズムが崩れるとは思っていなかった。左アレルギーが深刻な川上。

 

「タイムお願いします」

 

―――中間守備、本塁で刺せるか………いや、ゲッツーでアウトにするにはこの打者は足が速い。

 

「ノリ………お前がアイツらの台頭で焦っているのは解る。」

 

「………すまん………」

自分の不甲斐無さが招いたピンチ。川上は自分の至らなさを感じていた。

 

「けど、マウンドに上がるのは一人なんだぜ?」

 

「…………!!」

劣等感を抱かなかったわけではない。あんな才能が自分にもあればと思うこともあった。

 

 

だが、投手としての自分を、危うく見失うところだった。

 

 

「胸を張れよ、ノリ! 今はお前がマウンドに上がっている投手だろ?」

御幸の言葉に、川上は心が震えた。

 

彼にも、あの3人からマウンドを譲りたくない気持ちはある。無論、エース候補の丹波先輩にも。

 

「思い切り腕を振れ。俺が絶対に止めてやる」

 

 

それで落ち着いたのか、川上は憑き物が落ちたような顔で、ある決意を固める。

 

「なぁ………御幸、一ついいか?」

 

川上の決断とは――――

 

 

 

 




三下になってしまった向井君。向井ファンはすまないと思う。まさか東条選手にも打たれるとは思っていなかったでしょうね。

本作では、大塚に対してライバル心の強い向井君。プライドの高い彼が大塚をライバル視するのは当然かなと。関東で名を馳せていた余波ですね。

原作でも沢村君と降谷君を過小評価とまではいかないけど、それなりだったし(総合力的には間違いなく正解)。


次回、ノリさんは一軍に生き残れるのか。


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第20話 それぞれの決意

メンタルの強いノリさんは、ノリさんじゃない。


けど、ノリさんは出来る子なんです。


勝負どころの一死一塁三塁。このピンチで御幸は川上の決意をしっかりと受け止め、全てを見渡せる場所へと戻る。

 

捕手として、チームの要でもあるポジションへ。

 

――――お前の覚悟、受け取ったぜ。

 

マウンドの川上。もう気負いも不安もない。

 

セットポジションからの初球――――

 

外側に構える御幸。

 

――――外のストレート!! 貰った!!!

 

 

ククッ、ギュインッッ!!!!!

 

 

しかし、川上の外のボールはさらに外へと逃げたのだ。

 

 

「ストライクッッッ!!!!!!」

 

 

外へと逃げながら沈む、川上の封印した球種――――

 

 

 

 

シンカーが、また日の出を見ることになったのだ。

 

 

 

 

 

――――ノリ先輩、これは俺の友人が言った言葉ですけど………

 

怪童の言葉が川上の脳裏に浮かぶ。

 

 

 

―――変化球を曲げようとしたら、曲げられないそうです。

 

 

ぶっつけ本番で、川上は握りを意識するだけで、腕を振りきることを意識した。

 

 

――――何だ……今の球は!?

 

帝東のベンチはざわついていた。

 

――――ノリ、今の感覚でもう一球だ!!

 

「ストライクツーっ!!!」

 

真ん中低目から、アウトコースへ逃げるシンカー。まだ制球は心もとないが、腕の振り自体に問題はなかった。

 

其の未知の軌道が、帝東の打線を抑えているのだ。

 

しかし、この間に一塁ランナーが二塁へ盗塁。御幸の捕球が遅れた隙をついたのだ。

 

 

だが、そんなの関係ない。

 

この打者さえ抑えられればいいと、二人は覚悟を決めていた。

 

 

――――高めのストレート。躍動感を込めて、腕を振りきれ!!

 

サイドスローからの高めの釣り玉。上手投げとは違う軌道。川上のこのボールは―――

 

 

ズバァァァァンッッ!!

 

「ストライクっ!!! バッターアウトォォォ!!!!」

 

サイドスローの、浮き上がるボール。この釣り玉にバットが出てしまった。

 

 

「ツーアウトっ!!!」

 

 

「いいぞ、ノリ―――!!!」

 

 

そして初球にシンカーを選択する御幸。

 

――――ここで思いっきり腕を振れ、ノリ。責任は全部俺が取る!!!

 

ここでリードをする際に御幸は両手を広げ、川上に思う存分投げろとジェスチャーを繰り返していた。

 

 

しかし、ここで痛恨の真ん中低めのシンカー。

 

「あっ!!」

 

投げた瞬間に川上も悟ったのだろう。

 

「ぐっ!!」

 

しかし、キレがある分打ち損じた打球。二遊間へと転々と転がる。

 

ダッ!!

 

 

猛ダッシュをする沖田。この打ち取った当たりを走りながら捕球―――難しい体勢ながら、反転せずに素早く送球したのだ。

 

「追い付いた!!!」

 

 

そしてその沖田自慢の強肩から矢のような送球が一塁へと転送され―――

 

 

「アウトォォォ!!!!!」

 

センターへと抜ける辺りだったはずが、この沖田の守備範囲がそれを阻んだ。

 

「ナイスショートっ!!!」

 

「打って守って、大活躍じゃねェか、この野郎ッ!!!!」

 

「ひゃはっ………ヤバいかも…………」

 

打撃で先制打。守備ではピンチの場面で好守。川上を救った。

 

「ありがとうな、沖田」

 

「完封食らわしてやりましょう、ノリさん」

沖田は不敵に川上に微笑み返した。

 

その後、丹波が最終イニングに投げ、3者凡退に抑えた。上級生の完封リレー。下級生に背番号は譲らない。

 

 

その強い気持ちを見せつけた。

 

完封負けの帝東岡本監督は、

 

「去年の左腕のおるチームよりも手強い」

とだけ言い残し、夏での再戦、リベンジの機会をうかがうのだった。

 

 

ベンチ入りメンバーの争いが熾烈を極める青道高校。一軍所属でも、この新入生の台頭によっては、ベンチ入りメンバーすら危うい。

 

 

この日は結局3打数3安打、2打点、ホームラン2発を含む猛打賞の沖田。

 

守備範囲の広さとその強肩は、甲子園で戦う上で重要になるだろう。何よりも、怪童がこの試合で目覚めたことが、何よりも収穫だった。だが、この試合で沖田が一軍入りを決めたのは、それだけではない。

 

当落線上の上級生が、あの好投手向井に抑え込まれていたことも起因する。その中で沖田は結果を出したのだ。

 

 

文句なしの一軍確定。2枠から彼は除外された。と言っても、レギュラー9人以外は、まだ固定されていないの現状。降格もあり得るのだ。

 

 

川上もまだ制球が甘いものの、シンカーを投げ込めるようになったことで課題の左打者への対応がマシになったのだ。これは大きな成長である。

 

未だレギュラー陣以外のメンバーが固定されていない現状、東条はこの試合でマルチヒットを記録。ホームラン一発を含む、2打点で一軍外野手への挑戦権を叩き付けた。

 

尚、東条の合否はこの試合の結果と、次の国土館との練習試合での遠藤の出来によって決まる。

 

 

背番号11を手にしていた大塚は、この沖田の復活を心から喜んでいたという。

 

 

 

 

そして、彼らと同じく一軍の沢村、降谷も、沖田の実力を目の当たりにし―――

 

「タイミング外してもやばい(あの球を何とか………)」

沢村は決め球習得を急ぐ。

 

「ねじ伏せられるかな?」

降谷は、自分の球威と沖田のスイングはどちらが上なのかを確かめたくなったという。

 

 

例年以上に一軍メンバーが多くなった青道。走塁以外で劣っている倉持は気が気ではない。外野手も、伊佐敷以外は未確定。白洲、坂井、門田が争う形になっている。

 

野手登録の田中、山崎、遠藤も、活きの良い一年生野手陣の台頭は刺激になっていた。

 

そこへ、東条が入り込むのか、それとも届かないのか。それは遠藤が先発出場予定の国土館戦がキーになってくるだろう。

 

 

そして国土館戦をついにむかえることになる。

 

先発は降谷。リリースの大切さを感じてもらうため、その重要性を説いたクリスの発案で片岡監督もそれを決めたのだ。

 

「今日はリリースの入れ方を意識して投げろ。お前のボールは、力まなければキレが増すからな」

 

「はい。」

クリスの言うことを聞いて、自分が成長したという実感はあった。イニングと制球の問題が解決することは――――

 

―――同級生に置き去りにされるわけにはいかない。

 

先発として信用を得つつある沢村と大塚。彼らのように先発へのこだわりは強い。

 

 

なお、沢村はテスト登板で残り3イニングを投げることになった。

 

「俺だって先発できるのに!!!」

 

沢村は不満があったが、

 

「公式戦になれば、先発する機会もある。我慢してくれ」

 

「ハイッ!! クリス先輩!!」

 

クリスの一声で静かになった。

 

 

その立ち上がり―――――

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!!」

 

3者凡退。力みが減ったことで、腕がしなるようになったフォームは、確実にキレのあるボールを投げる割合を増やしていた。

 

力感のないフォームから繰り出される剛速球。リリースのタイミングをつかめば、降谷が化けるのは当然だった。

 

――――ミットが広い。こんなにストライクを投げるのは楽だったのかな?

 

クリスが大きくミットを広げ、構えてくれている。降谷が投げやすいように、的が小さくなく、とても大きく感じられた。

 

 

―――課題はリリースロール。そしてスタミナ………っ!!

 

 

「バッターアウトっ!!!!」

 

テンポのいい投球で、自分が今4回を投げ切ったことを改めて確認した降谷は―――

 

「こんなに野球は、早く終わるモノなの?」

 

あまりにも早かった。自分は丁寧に投げて、球数もかさんでいるはずなのに、いつもよりも守備の時間が短く感じられた。

 

「ナイスボールっ!」

 

4回を投げ切り57球。入学一番の投球を見せている降谷。確かにストレートのキレが増したのも一因だろう。

 

 

だがその中で最も効いているのが、

 

ククッ、シュッ!

 

「ぐっ…………」

 

付け焼刃だが、SFFが効力を発揮し、打者のスイングに迷いを生じさせる。そして、そんな迷いを抱えたまま、彼のストレートは打てない。

 

結局6回を投げ切り、3安打無失点に抑え込んだ降谷。三振も9個を奪い、上々の結果を出した。

 

打線も初回3番の春市が先制打を含む、猛打賞、3打点の活躍で、打線にリズムを与える。その後5回には1年金丸のソロホームランも飛び出し、最後はクリスのタイムリーでダメ押し。

 

リリーフでは、沢村がパーフェクトピッチでその後3回を投げ切り、試合は5-0で勝利。

 

しかしこの時点でもまだ沢村はクリスに教えてもらった球種を物に出来ず、実戦で投げ込むことが出来ないでいた。

 

そして降谷は、初めて実戦で使ったSFFがよく落ちたため、それに無四球という奇跡の結果に、驚きを隠せない。まさか自分が死四球を出さないなんて思っていなかったからだ。

 

「(制球力が増したストレート。まだボールに荒れは見られるが、今日の打者のレベルは全国屈指に比べれば、まだ甘い…………)」

一応ストライクゾーンに集まりだしたため、運が良ければコースの四隅に集まる。しかし、今日はフルカウントになるケースが非常に多く、最後は甘いところでも、この程度の打者相手なら打ち損じてくれるので助かっているが、

 

―――そこは追々だな。

 

リードしていたクリスも、降谷には、制球へのコンプレックスを無くすことが大事だと考えていた。だからこそ、敢えてストライクゾーンへと構え、真っ向勝負のリードをしていた。

 

選手にメンタルは大きな影響を及ぼす。自分は制球力が悪いと常日頃感じていれば、そのままである。そこに変化の余地がない。故にそこを改善していくためには、ポジティブなイメージを焼きつかせる必要がある。

 

「ありがとうございました、クリス先輩」

試合後、降谷がクリスに礼を言う。

 

「どうした、降谷?」

 

 

「今までで一番投げやすかった。ストライクを取るのに苦労しませんでした。」

 

「投手の能力を引き出すのが捕手の仕事だ。それは任せてもらっていい」

そんな風に捕手の仕事だとクリスが答えると、

 

「一軍で待っています、クリス先輩」

それだけ言うと、降谷はこの場を後にした。

 

「・・・・・ああ。」

一瞬表情が崩れたように見えたクリスだが、その異変に降谷は気づかなかった。

 

 

「てめぇ!! それは俺のセリフだっつうの!!! お疲れ様でした、クリス先輩!!」

そこへ、沢村がやってきた。

 

「俺の心配をするよりも、お前の決め球が重要だ。明日もアレの練習をするぞ」

 

 

「俺も待ってるッすからね!! クリス先輩の方が、スイング鋭い感じがしたし!!」

 

沢村も最後に御幸が聞けば、「ランナーいたら俺だって」と思わず言いそうなセリフを残し、この場を後にするのだ。

 

 

一軍ですでに頑張っている3人の投手。タイプこそ違えど、彼らは絶対に化けるという確信めいたものがあった。

 

「・・・・・・悔しいなぁ・・・・」

苦笑いのクリス。微笑んでいるような、今にも表情が崩れそうな、切ない顔になっていた。

 

 

「ちょっといいか?」

そこへ、国土館の選手がやってきた。だがよく見るとその選手は―――

 

 

 

「いい投手がたくさんいるようだな………クリス」

そこへ、試合に敗れた国土館にいた、クリスの旧友、財前がやってきたのだ。

 

「ああ。青道自慢の投手陣だ。ああ、本当に……」

誇らしげに語るクリス。恐らく自分がいなくても、壁を乗り越えていただろう。自分はその時間を短くしただけ。

 

だからこそ―――

 

 

だからこそ、その次の言葉は言わなかった。

 

財前もクリスの事はよく解っていたのか、やや気遣い気味に白状した。それは、彼の事をよく知る者達が見れば、一目瞭然だった。

 

 

「肩の方は………まだ万全とは言えないみたいだな。」

 

やはりライバルの彼にはすぐにばれていた。筋が繋がっているとはいえ、やはり満足のいくような動きには程遠かったのだ。

 

 

「ああ。スローイングにずれがあった。まだまだ甘いな。」

ポーカーフェイスのまま、クリスは淡々と語る。

 

 

「だが、アイツらを見ていると、なんか昔を思い出すな」

財前は、沢村と降谷が言い争い、東条と沖田がフォローに回る姿を見ていた。自分も元々我の強い投手であり、他の選手と衝突はしていた。

 

「そうだな………だが、お前の方がまだ素直だったさ」

 

「ふん………」

 

「そっちの怪我は………どうなんだ………代打で出た時は驚いたぞ」

クリスも、打席での彼の様子と、足の痙攣。それらを見る限り、彼の足が思わしくないのは簡単に分かった。

 

「…………夏までには間に合わないな。お前と甲子園で戦う約束は、厳しいな」

彼らはシニアリーグからのライバルだった。打のクリス、投の財前。関東でも有名な二人の選手は、けがに泣かされたのだ。

 

クリスは肩を、財前は足を痛めた。奇しくも大塚と同じ、足の故障だった。

 

「…………クリス先輩…………それにあの人は…………」

その二人の話を、物陰から大塚は聞いていた。

 

 

「…………俺も、この様ではな。レギュラーはおろか、ベンチ入りも難しい。」

 

―――だから、かなわない夢だ。

 

 

この投手陣を相手に、リードしたかった。甲子園で戦いたかった。

 

それでもクリスは嘆くことは決してしない。こんな苦しみを青道の誰かに背負わせるわけにはいかない。一度でもいいから甲子園で栄冠を手にしたい。

 

「…………ホント、野球の神様は厳しいな………けど、それでやめるぐらいなら、俺はまだ野球に縋りついてねぇよ。」

 

「……………それは俺も同じだ。この試合で一応自分に出来ることは果たした。後は………天頼みだな」

 

その確率は低いだろう。この怪我明けの体では、クロスプレーで踏ん張れないだろう。怪我が完治していない今、自分に出来ることは限られていた。

 

 

「そうかよ。なら、精々野球をお互いに続けようぜ!」

 

 

 

そう言って、財前はチームメイトとともに、練習グラウンドを後にするのだった。

 

 

「よぉぉしっ!! 帰ったら早速練習だ、テメェら!! こんなんで甲子園に行けると思ったら大間違いだ!! 俺自らノックをしてやる!!」

 

「財前!! 俺達が打ち勝っていくって!!! ノックなんていくらでもやってやる!!」

 

「そうだぜ、財前!! 俺達、頑張るからさ!!」

 

「次の練習、合宿で、強くなるぞ!!」

 

 

おぉぉぉぉぉ!!!!!

 

 

国土館は負けたのにもかかわらず、意気揚々と今度こそこの場を後にするのだった。

 

「………ヨクココマデガンバッタ、ユウ!」

片言の日本語で、息子の勇姿をその目に刻み付けたアニマル。

 

「………ああ、オヤジ。出来ることはやったつもりだよ」

そして、家族に見せる息子特有の柔らかい笑顔。あんな笑顔を大塚は見たことがなかった。

 

「ケド、サイゴノナツ、ワタシハマニアワナイトオモッテイタ。アマリ、コウコウヤキュウヲヤラセタクナカッタノモジジツ。」

高校野球。それは外国人から見れば、過酷なスポーツに見えるだろう。タイトな日程、そして体の出来ていない高校生にとってはキツイもの。息子もそれが原因で怪我をした。

 

「親父…………」

 

「タトエイチグンデハナクテモ、ドンナカタチデアレ、サイゴノナツヲ…………」

だがそれでも、一つのプレーに必死で、今日の試合に活躍した息子を見て、彼はプレーヤーとしての記憶を思い出した。

 

あの頃の自分も野球に必死だったのだと。

 

「頑張れ………頑張れ!!」

片言ではない日本語を息子に送るアニマル。

 

 

 

そして今夜の投球練習。

 

「……………………………」

大塚は黙々と投げ込んでいた。

 

無理をせず、一から基礎を習い、フォームを固めていく。右足のタイミング、左足の足のつけ方。色々なことを考えながら、集中力を持続させ、クリスのミットめがけて投げ込んでいく。

 

――――怪我は……本当に怖い。

 

あの二人の事をスマートフォンで調べた大塚。かつてシニアを賑わせた、二人の大物選手。彼らは活躍を期待されていた。

 

―――もしかすれば、自分も同じようになっていたかもしれない。

 

あの時、前に進むことをやめていたらと思うと、背筋が凍る。

 

 

その後、財前についていろいろ話しを聞きたかった大塚ではあったが、練習に集中するのだった。

 

そして、ついに一軍昇格メンバーが決まる。そして、例年に比べて有望な一年生が多い中、一軍メンバーから漏れる選手も出てくるという事だ。

 

一軍入りをしている沢村たちも、誰が呼ばれるのかがとても気になっていた。

 

既に1年生投手3人、内野手1人が一軍入り。だからこそ、そのしわ寄せは一軍メンバーに来る。

 

 

そう――――代わりに降格してしまった上級生たちもいるのだ。

 

 

沢村は親友の小湊が呼ばれることを友人以外の、実力の面でも願う。そして、師匠のクリス、友達の東条、狩場、金丸と、迷うのだった。

 

故に、残る背番号19、背番号20を争うのに、1年グループに小湊春市、狩場航、東条秀明、金丸らがいて、3年はクリスに加え、一軍控えだった遠藤、山崎、田中ら上級生の実力者、2年生に前園健太、日笠昭二など、2年生にも有望株がいる。

 

 

運命の一軍昇格メンバーが発表される。

 

 

 

「背番号19!! 小湊春市!!」

 

「!!!」

 

「背番号20!! 東条秀明!!」

 

「…………俺…………?」

帝東戦では大活躍の東条。だが、それでも自分が呼ばれるとは思っていなかった。3年遠藤がヒットを1本打った姿を見ていたのだ。

 

序列的に自分は選ばれないかもしれないと。

 

「………」

片岡は東条の様子を眺めながら、こう考えていた。

片岡監督は、彼をずっと見ていた。新入生対上級生でも、上手いヒットを見せ、特に低めの球を打ち返す技術に優れ、ミート力がある。守備もセンスがあり、上達もしている。この前は、あの好投手向井太陽からホームランも打った。

 

扇の要の狩場は体力づくり、秋以降に戦力に加え、将来の内野の要である小湊と沖田、投手は言うまでもなく、外野に一年生の有望株を入れたかった。

 

そして選ばれたのが、東条。最後の番号を託したのは、彼が今年の夏のラッキーボーイになれる可能性があると感じたからである。

 

 

「選ばれなかった3年生は残れ。後は解散しろ」

 

しかし、この昇格に衝撃を受けているのは東条だけではない。

 

「(うそ………だろ…………なんであの人が………)」

 

「(僕のボールを取れる人が………なんで…………)」

 

特にクリスにはお世話になっていた、沢村、降谷にはあまりにも大きな衝撃。沢村はショックを受け、降谷は、なぜ彼が選ばれないのかについて、形容しがたい感情が生まれる。

 

「来年か………」

狩場にはブルペン捕手としての仕事があるが、それでも願わくば、あの上級生たちと共に戦いたかった気持ちは強い。

 

 

「(やっぱり…………間に合わなかったのか…………)」

大塚は、彼の肩が万全ではないことを知っている。恐らく、今日の試合でも、盗塁を許したことで、肩の調子が万全ではないことを監督は見抜いたのだろう。

 

「行くぞ、沢村、降谷」

沖田に連れられ、二人は屋内練習場を後にする。生気を失った顔で、何も言わずに出ていく二人の姿に目を伏せる大塚。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間を俺は解っていた。

 

背番号19!! 小湊春市!!!

 

 

二塁レギュラーの小湊の弟がまず選ばれた。二塁手としても、さらにはある程度二遊間を守れるだけの守備力があると見込んだ片岡監督は、まずこの巧打の野手を選んだ。

 

背番号20!! 東条秀明!!!

 

本人は驚いていた。恐らくは自分だとは思っていなかったのだろう。だが、帝東との練習試合で見せたあのホームランは、今後の彼の活躍を嫌でも期待してしまう。

 

「………」

降谷が衝撃を受けたような表情で、こちらを見ていた。

 

「――――――」

沢村は、何か信じられないものでも見ているような、何か壊れそうな雰囲気を漂わせていた。

 

「―――――」

大塚は、唇を噛み締めつつも、東条と小湊に声をかけていた。友人二人の昇格を喜んでくれているのだろう。

 

――――最初から言えばよかったのだろうか。

 

「選ばれなかった3年生は残れ。後は解散しろ」

 

放心状態のまま、沢村は沖田に連れられ、この場を後にする。降谷もそれを追ってこの場を後にした。

 

ここに残ったのは3年生。やはり3年生だけだと、この屋内グラウンドは広く感じられた。

 

「――――」

3年生たちを見回し、片岡監督は深く息を吸い―――

 

「これまでの2年間。本当によく頑張った―――」

全員を見れる位置に立ち、まっすぐに視線を向ける片岡監督。

 

クリス達は黙って片岡監督の言葉を聞いていた。

 

「厳しい練習、し烈なレギュラー争い。辛く、悔しい思いなど、いくらでもしたことだろう。」

3年生たちの表情は暗い。最後の年、レギュラーから外れた者もいる。しかしそれぞれに違いはあれど、その悔しさは変わらない。

 

「だがお前たちは、決してくじけず、最後までこの俺について来てくれた」

 

 

 

「お前たちは、お前たち自身の努力を大切にしてくれ。本当にお前らは―――」

 

 

 

 

「俺の誇りだ――――」

 

 

そして頭を下げた監督の姿――――

 

 

――――やり遂げられなかったことはある。悔いももちろんある。

 

 

それでもクリスは後悔だけはしない。崩れ落ちる同級生たちも、それは同じだろう。だからこそ、悔しいのだ。自分の本気をぶつけて、届かなかった。

 

だから彼らは――――

 

――――悔しい・・・凄い悔しい・・・・けど――――

 

 

だがそれでも――――

 

 

―――――悔いはない。

 

誰からかもわからず、そんな言葉が漏れた。

 

 

――――この先の青道が、楽しみでしょうがない。

 

クリスは涙を流さず、清々しい顔で脳裏に映る3人の投手を見た。

 

あの国土館との試合で、先が見たいと思える―――素晴らしい投手を最後に、

 

――――リードすることが出来た。

 

 

「クリス――――」

 

不意に、監督からの声がかかる。

 

「お前にもこの先、選手としての道が必ずある。だからまずは、その肩を完全に治すことだけを考えろ。」

心苦しい筈だ。しかし片岡監督はその事実から逃げない。自分の犯したミスで、選手生命を脅かす怪我があったことを。

 

――――監督、俺にはまだ―――

 

そう言いかけたクリスよりも先に、監督は言葉を続ける。

 

「その上で、沢村と降谷ら、投手陣を纏めてみてもらいたい。出来るか?」

 

クリスが最後にやり残したこと。それは――――

 

――――お前たちの壁は、とても大きい。

 

大塚という投手は、恐らくこれから先、とんでもないことをやってのけるだろう。だがそれでも、彼らには前を向いて走り続けてほしい。

 

――――お前たちはまだまだ成長出来る。だから、先に夢を見せてくれ。

 

あの凸凹な二人の投手。その荒削りな原石がクリスには輝き始めていたのだから。

 

ダイヤのようなエースたちが、この学校を甲子園に導く。それがクリスの理想だった。互いに刺激し合い、高め合うライバルの存在がいてこそ、自分の力量が上がるのだ。

 

「自分の指導は、監督よりも厳しいかもしれませんよ。」

だからこそ、手は抜かない。自分に出来る最高の、集大成の全てを、彼らに託すのだ。

 

「ああ―――よろしく頼む」

監督もクリスの言葉に笑みを浮かべ、改めてお願いした。

 

その後、3年生たちは顔を赤くさせていたものの、最後は笑顔で寮へと戻っていくのだった。

 

 

なぜならダイヤのエースたちが、マウンドで躍動する姿を―――――――――――――――――――――――――

 

 

彼等も見たいのだから。

 

 

 

 

 

 

自分が選ばれたことが信じられず、小湊と別れた彼は、辺りをさまよっていた。

 

 

そして自動販売機のすぐそばで、お茶を買った東条を待っていたのは、

 

「おっ、東条じゃないか。どうした?」

御幸だった。

 

「一軍なんですね……」

東条はぽつりとそうつぶやいた。

 

「ああ。お前は、背番号20。青道の貴重な戦力だ」

はっきりと御幸は言い放つ。

 

「中学だと、こんな経験がありませんでした。けど―――」

 

東条は喜んでいいのか解らないのだ。御幸はそんな東条に―――

 

 

「だから―――レギュラーは重いんだぜ」

 

 

その言葉は、東条の心に合った隙間を埋め合わせてしまった。

 

自然と笑みがこぼれるようになった東条。背番号の重みが、彼を落ち着かせたのだ。

 

だから彼は最後に―――

 

「打棒で期待に応えないと――――不味いですね。みんなの為に」

 

吹っ切れたようだ。

 

 

 

 

 

 

そして、そのすぐ近くでは、降谷が部屋へと戻り、沢村が泣き崩れている姿があった。

 

「どうして………なんであの人が………自分の練習だけじゃなくて、俺達の練習に…………」

 

クリスは沢村たちの練習を見ていた。監督とも親しげに話していた。彼は一軍昇格が見えていたのではないかと、どこか安心していた自分がいたのだ。しかし、彼は一軍に昇格できなかった。

 

「沢村…………」

御幸は、クリスの真実を教える。彼の肩はまだ万全ではなく、まだリハビリの段階であること。そして、あの試合で出場したのも、回復力を考えれば奇跡のような物だという事。

 

 

「そんな………じゃあ、最初から…………」

沢村はその衝撃の事実に、さらに衝撃を受ける。

 

「…………一軍へは行けない。夏の本選に間に合うかどうかだろうな………」

 

「…………沢村。少しでもクリス先輩の夏を伸ばす可能性はただ一つ。甲子園だ」

御幸は真剣な瞳で、自動販売機の光で反射する眼鏡を光らせながら、その可能性を囁く。

 

「俺達が強くなって、勝ち進むことだよ。クリス先輩の回復力に左右されるけど、それでも、可能性がないわけじゃない。」

そして、沖田が甲子園出場を暗に言い放つ。そう、甲子園まで期間が延びれば、クリスの回復次第では、メンバー登録される可能性もある。

 

「…………だから、強くなれ、沢村」

 

「……………っ」

 

「――――強くなれ」

 

その後、泣きながら沢村は部屋へと戻り、沖田は家へと帰る。

 

 

 

 

「あの………一軍、おめでとうございます」

そこへ、この夜遅くまでマネージャーの仕事を頑張っていた一人でもある吉川が、制服に着替えた大塚を見つけた。

 

「そっちも夜遅くまで、ご苦労様。………一軍昇格メンバーが決まったよ」

 

「そうなんですか?」

 

「一軍入りをしている俺と沢村、沖田、降谷とは別に、小湊と東条が選ばれたんだ。」

 

「凄い………一年生がそんなに………」

 

「………だからこそ、努力を怠るわけにはいかない。上級生たちの涙と無念を背負っているんだ。不甲斐無い投球なんて出来ない」

肩に力の入る大塚。そう、彼とてあの光景に対して、何も思わないなんてことはない。

 

――――怪我の理不尽さは、身を持って知っている。だからこそ、それが哀しい。

 

――――3年間レギュラーに選ばれなかった人の気持ちなんて理解できない。軽々しく、理解なんて出来ない。

 

だからこそ、あの背番号1は重いのだと。みんなの期待を背負った投手が付けることを許されるエースナンバー。

 

「ダメですよ!」

ぴしっ、と口の方を指さされて大塚は何事かと驚く。

 

「また無茶をして、頑張りすぎちゃいけないです! 大塚君がオーバーワークをして壊れたら、それこそどう先輩たちに顔向けするんですか!?」

当たり前のことを指摘された。そして同時に、彼は驚いた。彼女はこんなにも、物をはっきりという人であったかと。

 

「そうだね……悪かったよ。」

 

「い、いえ………」

そして大声を出したことに、今更恥ずかしがる吉川。だが、嫌いではない。

 

「行きたいな、甲子園」

 

「………はい………」

その後、夜道は危険という事で、大塚が吉川は送り届け、その後帰宅をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アレは……」

 

クリスは大塚がグラウンドを眺めていたのを見かけた。複雑な心境なのかもしれない。隣には、同級生らしきマネージャーの女子が立っていた。

 

「………だからこそ、努力を怠るわけにはいかない。上級生たちの涙と無念を背負っているんだ。不甲斐無い投球なんて出来ない」

 

声がうっすらと聞こえた。責任感の強い男らしいセリフだった。それがどうにも自分に重なって見えた。

 

「ダメですよ!」

ぴしっ、と口の方を指さされて大塚は何事かと驚く。クリスも自分が声をかけるよりも先に、少女が大きな声を上げたことに驚いた。

 

「また無茶をして、頑張りすぎちゃいけないです! 大塚君がオーバーワークをして壊れたら、それこそどう先輩たちに顔向けするんですか!?」

 

大塚はその言葉に呆然としていた。少女も少女で、今頃になって恥ずかしがっていた。

 

――――どうやら、大丈夫そうだな。

 

自分が言いたいことは全部言ってくれた。それがまさか入部したてのマネージャーとは思わなかったが。

 

そして先頭を走り続ける男に、クリスはこう思うのだ。

 

 

――――お前は、俺にはならないでくれよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青道高校の夏合宿が始まる。

 

 




背番号11 大塚 投手

背番号16 沖田 内野手

背番号17 沢村 投手

背番号18 降谷 投手

背番号19 小湊 内野手

背番号20 東条 外野手


名前だけ登場した先輩3人と入れ替わりました。



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第21話 合宿で強くなろう

あけましておめでとうございます。

とりあえず、新年最初の投稿?

オリジナル要素満載でスタートしたいと思います。


夏合宿前、沢村が奇行を繰り返していたが、それは練習での絶叫、オーバーワーク、気負いすぎている雰囲気など、少し危険なこともあった。

 

クリスと御幸が説得し、何とかオーバーワークは控えたが、その気持ちは未だに燻っている。

 

だからこそ、自分も言われた言葉を送る大塚。

 

「気負うなよ。怪我をしたら、それこそ先輩たちの想いを裏切ることだぞ。俺もその言葉は身に染みた」

 

「お! さすが故障経験者! そうだぜ、沢村。怪我をすればチームに迷惑がかかる。そして監督は、お前を戦力として見ている。最後に呼ばれたあの二人も、一緒なんだぜ」

御幸が諭すように沢村を宥める。

 

「だから、俺達に出来ることは、調子を維持して、レベルアップをして、万全の状態で夏を臨むことだけなんだぜ?」

 

「…………御幸先輩………」

 

「御幸は甘いことを言ったから、俺からは厳しめで、効果覿面の言葉を送ろう」

 

「は、はい!!」

敬愛する先輩からの厳しい一言、そう言われ、沢村は身構える。

 

「お前は、俺のようになりたいのか?」

 

「………っ」ぞくっ

震えるような声で、震えるような言葉を言い放ったクリス。そう、怪我で泣かされた選手でもある彼の言葉は、重かった。

 

「とにかくだ。夏合宿前なんだ。調子と体は維持しておけよ」

 

「そういえば、大塚。お前、入学当初に比べて、表情が柔らかくなったよな? それに、その言葉ってことは、だれに言われたんだ?」

少々意地の悪い笑顔で御幸は大塚に質問する。しかし、デフォルトをよく知らない哀れな大塚は、先輩が普通に聞いているのだと勘違いをしてしまう。

 

「えっと、マネージャーの人に怪我をするのはNGと」

 

「そうかそうか。それはよかったな。お前もお前で無茶をするタイプだし」黒い笑み

御幸は意地の悪い笑顔を維持しており、クリスは嘆息しつつも、その後の展開を望んでいるかのように苦笑いをする。

 

「??? クリス先輩? 御幸先輩?」

沢村は、二人の笑みの真意を解っていない。

 

「そういやぁ、お前って長野に彼女いるんだよな?」にやり

 

 

「なっ!? 若菜はそんなんじゃ…………」顔を赤くする。

自分の話を振られ、慌てる沢村。意識していないわけではないので、いざその事実を前にすると、混乱を起こすようだ。

 

「??? どうしたの? 見たこともない顔だよ」

降谷は、そんなライバルの意外な一面を見て、不思議そうにする。

 

「う、うるせぇぇ! 今日は早く寝ます!! 失礼しやした、クリス先輩!!」

そして急いで部屋へと戻るのだが、

 

 

ここからは沢村視点

 

「さ~~わ~~~む~~~ら~~~~!!」

部屋の中では、倉持が彼を待ち構えていた。オーバーワークと、泣いていたことを指摘されるのは仕方ないが、それでも何か違う。

 

「く、倉持先輩!?」

 

「携帯が鳴りっぱなしで、仕方なく処理をしてやろうと思ったが………なんだこれは!!」

悔し涙を流す倉持。練習試合でも、3打数無安打に抑えてはいたが、試合のことを言われると思った沢村は、キョトンとする。

 

それは、若菜からのメールであった。

 

「…………あ…………」

沢村は、去年忘れていたことを思いだす。

 

―――まあ、気をつけろよ。彼女持ちは何かと苦労するし、嫉妬の対象だからな。

 

――――まだ彼女とか………そんなんわかんないっす!!

 

御幸の言葉を思い出す。そして、最早直視できない程に、凶悪な顔になっていた倉持。

 

「沢村~~~~!!!」

 

「ひえぇぇ!! 藪蛇だァァァ!!」

 

その後、部屋の中で五月蠅くし過ぎたため、沢村は部屋を飛び出し、その後丁度いいタイミングで隣部屋からの苦情によって駆けつけた片岡監督が登場。

 

沢村は不在で、倉持が下手な言い訳をするのでこってり絞られたそうだ…………

 

さらに、原因を知った時の片岡監督のやや引き攣った顔は、逆の意味でその場に居合わせた部員にとって珍しいものだった。

 

 

視点終了。

 

 

「沢村の話は置いといて、だれなの? 誰にそう言われたの? お前にそこまでいえるのって、貴子先輩ぐらいかな?」

 

「いえ、違いますよ。同級生の人です」

 

「………ん? そうかそうか、それは面白い話を聞けた。今日はもう帰っていいぞ」

 

「??? お疲れ様です」

最期まで何も解っていなかった大塚。降谷もそんな大塚と同様、「何を騒いでいるんだ、あの先輩」と不思議そうにしながら部屋へと戻る。

 

「まあ、…………コホン………程ほどにな」

クリスも、御幸の言っていることを理解できたのか、苦笑交じりに、今年の合宿は楽しくなりそうだという。

 

「苦しいだけじゃ、ダメですからね。合宿なんすから♪」

 

 

その後、元の調子に戻った沢村が授業で盛大に寝て、先生の胃を破壊しつつついに合宿初日が始まる。

 

 

そして合宿当日、

 

「………ここか………」

沖田はいつもの練習場とは違って、何か広く感じた。

 

「……………」ゴゴゴゴゴゴゴッ

大塚は無言のままだ。

 

「………(絶対に強くなるんだ………! 絶対に)」ゴゴゴゴゴッ

沢村も気負いはしているが、気合十分。

 

「(早く投げたい………)」ゴゴゴゴゴゴッ

降谷は投げることを意識していた。

 

そして片岡監督の合宿挨拶が始まる。

 

「これから1週間、一軍の選手をメインに予選前の合宿が始まる。色々伝えたいことはあるが、取り合えず一つ、この合宿で過去に色んな理由で何人かは怪我をしている。だから合宿の練習後に無理な自主練習や投げ込みはするなよ。いや、出来なくなるから覚悟しておけ、一年生」

 

「…………」ゴゴゴゴゴゴゴッ!!!

大塚はその話を聞いて、過酷な練習であることを肌で感じ、闘争心が増す。

 

「因みに今年も他校を招待して最終日と最終日前に練習試合を組むこととなった。もう一度言うが、各自怪我の無いようにこの合宿を乗り切るぞ! それでは結城、声だしを始めろ」

 

その後、ランニングを行う一軍メンバー。アップをして体が温まった後、各自実戦守備練習に入る。

 

バシッ、 

 

「………ッ!」

 

ギュオォォォンッ!!

 

深い飛球を廻り込んでキャッチし、そのままその自慢の肩を活かして、レーザービームを連発する大塚。送球も正確で、日頃投球練習を重点的に行っていた大塚には久しぶりの外野ノック。

 

ポロっ

 

「あ………………ッ!」

飛球を落球し、急いでボールを投げ込む降谷。

 

「当たり前のように落球するんじゃねぇっぇ!!!」

外野ノックを行っている降谷は、渋い表情で守備練習を続行するのだった。しかしその肩は健在で、打力もある彼をベンチで眠らせておくのはもったいないので、

 

「この合宿で外野を様にさせたる!!! 覚悟しぃぃや、降谷ァァァ!!!」

 

そしてもう一人の投手、沢村は

 

パシッ!

 

ギュインっ!!

 

「送球を何とかしろォォォ!! ここで曲げる必要なんてないぞ!!!!」

 

「す、すいません!!」

不規則なムービング送球を繰り返す沢村。捕球は様になっているが、送球が壊滅的に曲がり続ける。

 

カキィィィン!!

 

「いったぞ、おらぁぁ!!」

 

「おっしゃぁぁぁ!!」

パシッ、

 

「えっと、にぎりは…………」

そしてフォーシームの握りをし始め、時間をロスする沢村。

 

「なにやっとんじゃぁぁぁ!!! 走者はまってくれへんぞ!!!!」

前園の胃が段階的に破壊されていく。

 

 

「す、すいませんっ!!!」ギュイン

 

「なんでお前の送球は曲がるんじゃァァァァ!!!!」

 

 

「………………ホント、何かをしでかすね、二人とも…………」

大塚は黙々と外野ノックを受けるのだった。

 

一方内野では、

 

「ボールファースト!!」

 

シュッ、パシッ

 

 

「強いの行くぞ!!」

 

キィィンッ!

 

「くっ!!」

沖田はその恵まれた身体能力でその速い深い打球に対し体をホームから横にしながら片手で取り、

 

パシッ、ギュオォォォンッ!!

 

「ナイスボールっ!!」

ジャンピングスローで身体の反動を利用したストライク送球。しかし沖田は今のに対しても、

 

―――反応が遅かった………くそっ………

 

身体能力に任せた守備では上達しないと、悔しがっていた。

 

その後、セカンド小湊とのゲッツーの練習、ホームフォースアウトなど、様々な局面での実戦守備練習を行う。

 

そして狩場もまた二軍からではあるが、初めてづくしの合宿に、ついていくのが精一杯だった。

 

 

「マウンドでおろおろするなぁぁ!!! 迷いながら走るんじゃねぇ!!」

ランナー一塁二塁。外野からのバックホーム。本塁カバーは出来ていたが、動きがぎこちない。

 

一応野球を学んでいたので、どういう時に何をすればいいのかはわかっていた。だが、あの容量の割に、あまり使われていない沢村の頭を回転させるには、熱が足りない。

 

「す、すいません!!」

 

「理屈わかっとるんやから自信を持て!! 判断が遅い!!」

 

 

その後、沢村は頭でわかっている動きを、体でわからせることに重点を置いた投手の実戦守備練習を行った。

 

ポロっ

 

「さっきからぽろぽろし過ぎや!!! 息をするようにエラーすんなぁぁぁ!!!」

 

「すみません………」しゅん

 

しかしセンスがあるのか、投手の守備練習は初日で様になっては来ている。まだ送球と一塁カバーに問題があるが。

 

 

その後、夕方前の休憩が入り、野球部員の大規模な食事が始まる。

 

「美味そう………これ、食べていいんですよね! ですよね!?」

目をキラキラさせている沢村。明らかに整った形に、美味しそうな匂い。沢村はすでに食欲の化身に乗っ取られていた。

 

「おいしそう………」ぽぉぉぉ………

降谷も、日頃は見られない少し嬉しそうな表情。鼻がひくついている。

 

「………適度な食事………適度な食事だ。クールになれ、俺(美味そう………あれならいくらでも食べられそうだ………)」

沖田も、食べることは好きなので、これを見た瞬間に涎を我慢している。喉が何度もゴクリといっている程だ。

 

「…………3人とも………少し落ち着こう…………」

大塚は冷静さを失っている3人に声をかけるも、あまり意味がなかった。

 

そして、沢村が倉持先輩に食べ物を散々恵んでもらっている中、大塚は自分のペースで食べていた。

 

「…………(あんなに食べて大丈夫なのだろうか。夜の練習は基礎中心だし、吐かなきゃいいけど………)」

 

沖田、東条、小湊とともに、食事をとっている面々。

 

そこへ…………

 

「ヒャハハハッ!! 食が細いぞ、一年坊主!!」

沢村の所にいた倉持先輩の登場である。彼も適度に食べている。だが、その彼は一年生たちに何かを言いたそうだ。

 

「夕方の練習はもっときついぞ! 今のうちに食べておかなきゃやばいんだぜ!!」

 

「そ、そうなんすか!? 」ぱくっ

その言葉を信じた東条が食べ始める。

 

「………けど、余ったらもったいないし………」ぱくっ

馬鹿食いをしている3人に加え、そこそこ食べ始める東条と春市。倉持の瞳が怪しく光っているのを大塚は見逃さなかった。

 

「すいません、お腹いっぱいです(ここでこの先輩は優しくなるような人じゃない。逃げよう………)」

大塚は、この場を後にするのだった。

 

「頑張って食べているぞ、他の一年生。良いのか、お前は?」

 

「カロリーを計算して、これぐらいが自分の許容量です。投手として自己管理をするのは当然です。それに、夕方の練習は暗くなるし、走るメニューが多くなりそうです。基礎練習中心ならば、エネルギー補給は無論必要ですが、体を動かしやすい適度な食事が必要です。さらに…………(バレルナバレルナバレルナバレルナ………)」

とりあえず、もっともらしいことを言って、何とか逃げることに専念する大塚。自分でも何を言っているかわからない程に、訳が分からない自分の理論に、内心ではかなり焦っている大塚。

 

「わ、わかった…………(なんだ、こいつ………マジで隙がねぇぞ……)」

倉持は、彼を地獄に突き落すことを諦めた。これ以上構っていると、話が長くなりそうだと。

 

「失礼します。それと、合宿を乗り切りましょう、倉持先輩(ごめん、みんな。吐いたらみんなの責任。けど、助けられなくてごめんなさい。)」

 

倉持が去った後、

 

「なんだかこれが合宿って感じですね。あ、これどうぞ」

フルーツ系を取り忘れていた大塚に、吉川が差し入れを持ってきた。

 

「フルーツは取り忘れていたんだよね。助かるよ。まあ、これで済むわけがないだろうなぁ………」

嘆息する大塚。日中の練習を無難にこなしていた大塚だが、夜の事を考えると鬱になる。

 

「大丈夫です!! 練習で死ぬ人なんてほとんどいませんし、大塚君なら大丈夫です!」

 

「死ぬ瀬戸際なのか………」

さらに落ち込む大塚。そんな彼に振った話がマイナスだったことに気づく吉川は慌てて謝る。

 

「ご、ごめんなさい!!」

 

「いや、まあホント、やるしかないよね………(明日ちゃんと起きれるかな………)」

 

「で、では………!!」

急いでその場を後にしようとする吉川だが、

 

「気をつけなよ~~」

今度は前方を確認しながら走り去る彼女。そんな彼女が学習していることに地味に感動しつつ、自分の定めた摂取量を食べるのだった。

 

そして、まあこの大所帯だ。二人のやり取りを見ている部員はいっぱいいて、

 

「…………」

 

「………二人ってなんで仲が良いんだろうね?」

沢村は地元のガールフレンドを思い出し、降谷は接点がないのであまり気にしていなかった。

 

「ちゃんと気づいているのかな、栄治君」

春市は、そんな光景を温かい目で見守っていた。

 

「というか自然体で女子とあんな風に………うらやまけしからん………」

狩場は、この時だけ大塚に殺意を覚えた。

 

 

 

「アイツ………マネと結構話していたな………」

伊佐敷はリア充であった大塚を凝視していた。

 

「大丈夫だ。問題はない」

結城は何かを勘違いしていた。

 

「へぇ、そういうことね。」

 

「修学旅行で苦労するぞ、あいつ………」

 

「(夜が楽しみだなぁ、うしし………)」

御幸は、そんな大塚と吉川のやり取りを見て、嫉妬の炎と、何もよく解っていない主将が場に流されて燃えているのを見て、してやったりな目をしている。

 

 

そして夕方後の練習に突入すると、

 

ポール間ダッシュ20本。

 

「タイヤは伊達じゃねぇっぇ!!」

沢村は元気よくダッシュをする。インターバルが短いが、それでも足腰は相当この日まで鍛え上げられている。

 

「キツイ………」

降谷はなんだかんだ言いながら、さほどペースはおちていない。

「……………」

 

「……………」

 

「………二人とも黙々としてるなぁ……」

小湊は、黙々と走る沖田と大塚を見て声をかける。

 

「(俺、ホントに一軍なのかな…………)」

東条は、場に圧倒されていた。

 

まだまだ元気そうな一年生ズ。

 

 

ベースランニング100本。

 

「おっしゃぁぁぁ!! まだまだ行けるぜェぇぇ!!」

 

「沢村は相変わらずだね………」

 

「まあ、奴は体力だけはあるからな」

 

 

「うん。僕もまだまだ(あの時結城先輩の自主練に参加しててよかったぁ………)」

 

「………きつい………」

 

「………ゼェ………ゼェ………ゼェ…………(こいつら、特に沢村と沖田………どういう身体してんだ………)」

 

 

最期のランニング20周で、

 

「おっしゃぁっぁ!! 終了!! 沖田? なんか顔が蒼いぞ?」

沢村はいつもなら余裕な表情の沖田が蒼い顔をしているのを気にしていた。

 

「そのようだな。大丈夫だ、問題ない(ここで吐くな、吐くな、吐くな、吐くな)」

 

「ちょっときついね。これ(ああ。やっぱり吐きそうなんだ……沢村はなんで平気なの!?)」

沢村、沖田、大塚がクールダウンをして上がる中、

 

「」

白くなっていた東条が発見された。

 

「しっかりしろ、東条!!」

狩場に指圧を受けている東条。とにかく動き元気がないようだ。

 

「ゼェ……ゼェ………吐きそう……」

 

「ハァ……ハァ………ハァ………お腹が、苦しい……ウエッ」

 

降谷も小湊と肩を貸し合いながら歩いている。やはり体力に劣る二人は3人ほど楽ではなかったようだ。

 

 

 

そして、その後道端で倒れている二人を発見した大塚は、

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!! 誰かぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

慌てて同級生たちを呼び、二人を看病するのだった。尚、沖田はトイレで無事に吐き出した模様。

 

 

そんなこんなで合宿初日が終了すると。

 

「…………俺からの一軍昇格…………ン?」

金丸が沢村にご飯を食べさせようとするが、

 

「おかわりっ!! 」ひょい

金丸から差し出された野菜をあっさりと取って食べ尽くす沢村。

 

「俺は……これぐらいでいいや………」

沖田は、やはり食べ過ぎで気分が悪いのか、食が進んでいない。ノルマは達成しているが、沢村ほど余力はない。

 

「沢村君、二日目も飛ばしすぎでしょ………」

大塚はそんなバカ体力なライバルに呆れる。

 

「……………」もぐもぐ

 

「エア食事するなぁあぁ!!」

 

「…………(これを食べるのか…………)」ちーん

 

「(朝から重いなぁ………)」

東条と小湊は、目の前に出された食事量に、圧倒されていた。

 

「おう、沢村!! 元気そうじゃねェか!! もっと練習量増やすか!?」

伊佐敷が騒がしい一年生テーブルを見て、冗談半分にそんな恐ろしいことを言い放つ。

 

「勘弁です!! 自主練できないほど疲れているッす!!」

 

「余裕ありそうだなぁ、メニュー追加な、マネさん!」

 

「先輩ぃィィ!!!」

 

結局冗談であることを知り、悶々とする沢村であった。

 

 

二日目、外野は送球以外様になっている沢村。大分様になってきているが、プレーが荒い降谷、外野手として最低限問題ない程度の大塚と、投手陣のセンスがいかんなく発揮された。

 

「負けない!!」

 

「負けません!!」

 

しかし上級生にはいい刺激になったようで、長打力のある降谷、ミートのうまい大塚はやはり侮れない。

 

そして……

 

 

「くそっ!! ゴロばっか!!」

内野ゴロを量産する沢村。しかしどこかの世界ではバットにすら当たらない時間軸もあり、凄い進歩なのだろう。

 

「フォローが、それにスイングが滅茶苦茶すぎる。どうやって当てているんだ………」

大塚は、沢村のよくわからないセンスに、困惑していた。

 

その後、フィールディングに難のある降谷と、送球に難のある沢村を差し置いて、大塚は本格的にブルペン練習へと入っていった。

 

カキィィンッ!!

 

大分打撃の調子を上げてきた沖田。左に引っ張る打球と、右に引っ張ったような逆方向への打球の伸びが鋭く、守備も今のところ穴がなく、守備範囲も広い。

 

「へっ! やるじゃねぇか!!ヒャハッ!(ライバル登場ってか!? まけねぇよ!!)」

ショートを任されている倉持は、沖田の総合力に少し気圧されつつも、走塁と小技では負けないと、闘争心を掻き立てる。

 

「沖田!! いつものアレをするのか?」

斎藤ら上級生とともに、トスバッティングを行う沖田。体が動かない他の同級生野手陣とは違い、バランスボールに乗った練習を開始する。

 

 

バランスボールに乗ることで、腰の回転とバランス感覚を養う練習。腰の回転と下半身のバランスがなければ、まともにスイングすることすら難しい練習。

 

あえて彼はこれを選択していた。

 

「奴の練習は相変わらず特殊だよな」

倉持は、そんな沖田のトスバッティングを見て、その原理をいまいち理解していなかった。それに、あの練習を会得するのはそんな短時間で出来るものではないことだけが解った。

 

「アレが、彼の打撃の原点なんだろうね。」

右打ちや、連続ティーなどの練習は行っていた小湊。だが、バランスボールは初耳だ。

 

 

そして、それを見ているのはレギュラー陣だけではない。

 

 

「良く続けられるよな、アレ」

 

 

「ああ。アレを一度やってみたが、短い時間でも相当だぜ、アレ」

 

 

2年生のベンチ外メンバーは、沖田の練習を真似てはみたのだ。だが、やはり今までとは違う練習、地味にきつい練習、バリエーションに富んだこの方法を使いこなせず、未だに彼のようにこの練習の本懐を為し得ていない。

 

 

――――俺はもう迷わない。自分の打撃をするだけだ。

 

結城主将のあの言葉に、自分はどこか救われた。野球に対して、大塚に対してあの時まで引け目を感じていた。

 

―――俺はもう、迷わないッ!!

 

もう一度、自分に言い聞かせるように、沖田はバットを振るい続ける。

 

 

――――自分の打撃をして、期待してくれているみんなの為に、プロを目指す!!

 

トスを地道に続ける事で、あの頃の感覚に戻れた。物事をある意味シンプルに見つめ直すことが出来た。そして自分に正直になれたのだ。

 

きぃぃんッッ!!

 

そして沖田の打球はネットへと叩きつけられる。その打球の鋭さも、一打ごとに上がっている。

 

「ウエッ……やっぱ腹が気持ち悪い……」

青い顔をしながら、沖田は何とかこの合宿の疲労で崩れたフォームの整備を行うのだった。

 

 

「………ふっ(吹っ切れたようだな、沖田)」

結城は、そんな沖田の打撃を見て、笑みを浮かべる。

 

あの試合以降、明らかに好調な沖田。夏予選でも出番が増えるかもしれない。

 

 

「沖田君……どうやら吹っ切れたようね」

 

「ああ。これで内野の争いも活性化されるな」

貴子も結城も、後輩がついに完全に吹っ切れたことを本当に喜んでいるのだ。

 

 

倉持、小湊の二遊間は優秀だ。だが、倉持に比べ、沖田は天性の素質を備えている。ばねのようにしなやかな体。ミート力のある打撃に、一発もある。

 

そして走塁も悪くはなく、足も遅いわけではない。それでいた上半身の強さと、それを支える下半身の粘り。打撃の調子が守備にも影響を与えていた。

 

その頃、東条も打力を上げ、長打も増えていた。低めの球は、ボールでも強引に運ぶ力は持っており、センスもある。これが投手の外野守備に次いで、上級生たちの危機感を煽っている。

 

だが三日目、一年生たちは、限界が近いことを身を持って知る。

 

「ハハ………ちょっと疲れてきたな………けど、まだまだァァ!!!」

少し息の荒い沢村。ここでほんの少しだけ、苦しそうな顔をするようになる。

 

「…………………(体力だけは、勝てる気がしないね)」

無駄口を叩かなくなった大塚。沢村と同様に、何とかついていくことは出来ているが、3年生の中心には及ばない。

 

「楽な顔をしているな、先輩たち………」

沖田も、少し顔をゆがめていた。青い顔が進化して、白い顔になっている模様。お腹さえ万全ならば。

 

 

 

「(足が動かない………!!)」

 

「(くそっ………下半身に相当来てやがる………)」

 

東条と小湊は疲労から、プレーにばらつきが目立つようになる。

 

「もう終わりか、一年生?」

 

「練習は続きますよ?」

坂井と白洲から声をかけられる東条。

 

「(俺はまだ負けない。負けたくない………!!)畜生っ………!」

東条はその日、これが極限状態なのだと思い知った。だが、やっとつかみ取った感触をこのまま手放したくない。あの時の一打を放ったからこそ、東条はまだ倒れることを拒絶していた。

 

――――ここで止まったら、あの時の俺は何だったんだ……だからッ!!!

 

 

 

「まだ、僕は出来る………ッ!」

苦痛に顔を歪め、春市は尚もノックを受ける。

 

「(主将と自主トレしていたからかな? 多少は粘るね)」

そんな弟の姿に、小湊は笑みをこぼす。

 

「ッ!!」

そして未だ衰えない沖田。打撃も無駄な力が入らないせいか鋭さを増し、打球の質も上がってきていた。

 

―――これだ………これが打撃の極致なのか?

 

沖田はまるで、自分の体が扉を開いている感覚に陥る。今まで力んでいたコースも、力まずに適度な力で振り抜き、スイングによどみがない。疲労から崩れていたフォームが息を吹き返したのだ。

 

 

「この感覚だ………あの人に近づくには………これを………!!」

ちらりと、沖田は打球を澄ました顔で飛ばす結城を見た。

 

「打球もよくなってきたな。沖田」

 

「はいっ!!」

 

―――あの人の前か後ろ………そのどちらかを打たせてもらえるような、そんな強打者になってやる!!

 

「け、けど、もう限界……」バタン

お腹を抑え、沖田がその場でダウンし、

 

「うわぁぁぁ!!! 沖田が倒れたぞ!!!」

 

「マネージャーを呼べェェェ!!!!」

 

 

疲れが見える中、この合宿三日目も終了。成長著しい若き野手陣達。

 

 

そして、若き投手陣の中で外野守備がまともになった大塚は、監督命令で別メニュー、例のフォームの試行錯誤を行ってたが――――――――――

 

 

ドゴォォォォォンッッッッ!!!!!!

 

 

「――――――――――ナイスボール………」

 

 

屋内練習場に響き渡る轟音。唸りを上げるストレートが、クリスのミットに収まる。

 

「――――――っ」

その隣にいた、川上は何も言えなかった。その横で行われた極限の集中力をぶつけ合う投球練習。

 

「おいおい。マジかよ」

その川上のボールを受けていた御幸は、クリスのミットに収まった彼のボールを見て、乾いた笑みを漏らす、そうせざるを得ない。

 

 

――――彼の持てるすべての力が、この瞬間にすべてつながった。

 

 

 

彼らの視線の先にいるのは、エースを狙う者。

 

 

 

今年の夏の頂を、欲する者。

 

 

「ようやく、掴んだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




・・・・・いろいろとやらかし過ぎな大塚。ボケ役の沢村がああなるほどの失態。通常なら凹られても文句は言えない。

沖田もお腹には勝てなかった。他の一年生はお察し。

大塚の危険察知能力(物理)は伊達ではない。


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第22話 磨かれる原石

川上の出番が地味に多い件について。


野手陣が奮闘している中、投手陣も何もしていなかったわけではない。

 

捕手陣、上級生投手陣が見守る中、一年生投手陣の中で唯一別メニューの男、大塚栄治。

 

入部初日。いや、歯車が狂いだした時から追い求めていたかつての自分の背中に、ようやく追いついた瞬間だった。

 

 

それは3日目の事だった。彼のオーバースローのフォームが安定しなかった理由―――――――

 

それは精神面からくる、フォームの崩壊。

 

 

ドゴォォォンッッッッ!!!!

 

「…………これは…………!!」

 

そして、この瞬間の彼のフォーム。雑念が消えた、彼に適応した形に回帰したのだ。

 

 

ブルペンに入って36球目のストレート。フォームがうまく組み合わさり、無駄な力が入らないフォームで、キレも球威もスピードも、格段に上がったストレートが投げ込まれた。

 

しかも、それがアウトコース低めいっぱいを狙い、寸分の狂わずに。

 

より速い球速を得るためには、より大きな力が必要になる。今まで以上の腰の回転、今まで以上の回旋運動、今まで以上の腕の振りの鋭さ。

 

技巧派のフォームは、その全ての動きのバランスを御しやすいフォームだった。だからこそ、投球の理想に近づくことが容易だった。

 

「どういう意図で投球するかを、自分は疎かにしていた。球速よりも大切なことがあることを忘れ、視野を狭めていた」

 

――――何のためにその一球を投げ込むのか、どういう意図で投げる必要なのかを解った上で、その理想に近いボールを実現できていた。

 

しかしあろうことか、彼は球速を求めてしまうあまり、その基本がおろそかになっていた。故に、体のバランスが崩壊し、理想のボールを投げるための準備がままならなかった。

 

彼は一度、球速への意識を捨てたのだ。そして、ワインドアップの動作を省いた。体を大きく使うのではなく、体の使い方を考えながら一からフォームを固めた。

 

ノーワインドアップからの投球フォーム。これが大塚の現在出した答え。

 

「おいおい。ホントに高校1年生かよ」

川上が笑う。だが、それは畏怖と尊敬を含めたもの。

 

 

さらに、クリスの球速アップトレーニング。彼が怪我によって失ってしまった感覚を取り戻すきっかけとなった。

 

大塚の力の全てが、点から線へと繋がり、彼だけのフォームが完成した。

 

「…………大分力が抜けて、フォームも逆に安定したな、大塚」

 

大塚には確かな手ごたえがあった。だからこそ、この感覚を無駄にしたくなかった。制球とキレへの回帰。

 

球速を取り戻すために、その意識を捨てる事こそが、彼の失われた2年間を取り戻す、最後のカギだった。

 

「………とりあえず、今日はこの感覚を覚えるまで、よろしくお願いします。フォームチェンジは後日、感覚が現実になった後で」

 

「解った。だが無理をするなよ。」

 

 

その後、80球前後ほど投げこんだ大塚は、自分の体と相談しつつ、フォームチェンジを試そうとしたのだが、

 

 

「フォームと腕の角度で、投げやすい球があるのか―――」

大塚は川上のいる部屋にお泊りし、フォーム研究を行っていた。

 

「部屋を提供させてもらってすいません。」

大塚が申し訳なさそうに言うが、

 

「大丈夫。俺も結構勉強になるからさ。シンカーの握りはこんな風でも大丈夫なのか……」

大塚がフォーム理論を模索する中、川上はシンカーの握りでしっくりするモノを吟味していた。この前はキレこそよかったシンカーだが、まだ制球が甘い。だからこそ、更なる進化が必要だった。

 

「フォームをあそこまで変えると、今のフォームが崩れそうなんだよね」

 

この新フォームでは、フォームチェンジのようにタイミングを変えることは出来なかったのだ。ゆえに、フォームで相手を困惑するには何が必要かを模索していた。将来的には解らないが、それでも今は無理だということがわかる。

 

だからこそ、フォームチェンジへの未練なのか、大塚はフォームを限定的に変えて、相手を幻惑したい気持ちが強かった。

 

一応、春の関東大会までお世話になった技術だったのだ。だからこそ、大塚はこの技術に未練がたらたらなのだ。

 

 

そして――――――――

 

 

「この人、凄いオーバースローですね………腕の傾きが5度しかないなんて。」

大塚は、動画に出ていた、とある抑え投手のフォームに驚愕していた。

 

リリーフ投手ではあるが、47イニングほど無失点だったちょっとおかしい成績をたたき出したとある投手を見つけたのだ。

 

「ああ。なんでもこの角度の傾きが小さければ、ホップする力が強くなるらしいぜ。まあ、サイドスローの俺にはあまり関係ないけど。」

川上が説明する。大塚は、リリーフで数か月間点を奪われないことがどれほどすごい事なのかを知っているので、この選手に夢中になった。

 

さらにフォームについて調べていくと―――――

 

 

4人目に見つけた、北海道ソルジャーズに所属する投手のインタビューを見ていると

 

『縦変化と速球の変化球が投げやすいフォームと、横変化の投げやすいフォームがあるんですよ』

 

『………ええっと、フォームがいろいろある?』

 

『………いろいろフォームがあるんですよ』

 

そして、その投手はこうも言ったのだ。

 

『いろんなフォームで、いろんなコースに投げるのが面白い』

 

「!!!!!」

大塚はかなりの衝撃を受けた。大塚にとってフォームチェンジは技巧派時代でタイミングを外すための武器だった。だが、彼はそれを楽しみ、あえて実行していたのだ。

 

彼は大塚と違い、そもそもフォーム自体が異なっているという。それぞれの球種を投げるためにフォームを開発し、その日の自分の調子と球種の状態を確かめつつ、うまく修正するのだという。

 

投手にとって引き出しが多いというのは、それだけ調子を維持する術が増えるという事だ。それは、安定した投球を求めている大塚にとって、目から鱗が落ちる物だった。

 

 

「………なるほど。試してみる価値はあるかな」

大塚は、この夏合宿で試してみるのもいいだろうと考え、

 

「サイドとサイドに近いアンダーで投げ分ける………夏以降にやってみようかな…………」

川上は、まずシンカーの問題があるため、夏以降に取り組もうと考えた。

 

 

合宿4日目。

 

コツを覚えてからが早いのが天才。フォームが安定していた。

 

ドゴォォォォンッッ!!!

 

「ナイスボールっ………」

変化球の制球にも乱れがなかった。しかしながら、膝の上げ方と動作速度を変えることでしか、フォームチェンジが出来ない。つまり、彼が持ち合わせていた従来のフォームの全てが消えた。

 

 

何度も言うが、技巧派の技術を新フォームに持ち込めばフォームがまた崩壊することを彼は解っている。

 

とにかく今は、球威を回復したい大塚にとって従来のフォームチェンジを捨てるのか、それともこの新フォームに切り替えるのかの取捨選択を迫られていた。

 

「今は手放すしかない。けど、もう一度取り戻す。この経験は無駄じゃない。」

 

 

そして、大塚は球威を選んだ。

 

 

 

剛球投手への変貌は、それまで4つのフォームで相手を幻惑した武器の消失とまではいかないが、大塚のフォームチェンジの消失を意味する。理論的に可能ではあるが、それでは球威やリリースポイントにばらつきがみられるのだ。

 

故に、その両立はほぼ不可能。

 

 

 

嘗て大塚を支えたフォームチェンジ。技巧派の名残は、膝の動きに辛うじて残るだけとなった。

 

 

 

 

「………おいおい。マジかよ………」

川上は、綺麗なフォームで剛速球を投げおろす大塚の姿を見て畏怖を覚える。昨日見ただけで、すぐに体が理解しているかのような大塚。

 

今までの技巧派で少し球速が早い程度だった投手が、剛速球を覚えたハイブリットになっていた。

 

エース争いで、また一段と成長した姿を見せている大塚。まるで子供のように、新しい技術に手をだし、自分のものにしようと努力をしている。その姿勢は、他の投手陣にも影響を与えていた。

 

「ふしっ!!」

 

その横では、丹波も球質が全然違う大塚の球を今日初めて目の当たりにしていた。そして驚いてはいたが、

 

―――今は俺の出来ることをやる。エースは渡さん!!

 

新球種のフォークに加え、キレのあるカーブを投げ込む丹波。この合宿までに形にはなったのだ。

 

「へぇ…………(丹波さん、フォークを覚えたのか)」

横で見ていた御幸は、フォークの軌道を見て使えると判断した。チェックゾーンをこえる時もあるため、上手くいけば空振りを奪える。

 

 

※チェックゾーンを越えて変化する変化球は、相当打ちにくいそうです。

 

そして初日と同様の練習をこなす部員たち。

 

「………………」

大塚は今日も言葉を発さない。汗を流してはいるが、力強くマウンドに立っていた。だが、今日は大塚の口元がわずかに歪んでいた。ようやく長かったフォームの安定感の習得。それが現実になったからだ。

 

従来のフォームは消失したが、それでも今度は腕の振りの角度に注目している大塚。それによって投げやすい変化球が変わるのであれば、いつかは試したいと考えたのだ。

 

――――通常の腕の角度と、あの投手の極端なオーバースロー。俺に出来るかな?

 

しっくりこなければ、今は頭の片隅に置けばいいのだ。

 

 

 

「………まだいけるな………」

そして沖田も、打撃がさらに進化していることを肌で感じ興奮していた。お腹の調子を取り戻した沖田は健在のようだ。

 

「」

「」

東条と小湊はついにダウン。地面に倒れ込んでいた。それでも、よく頑張っている方である。

 

「投げたい………投げたい………投げたい…………!!」

最早妄執の域にまで取りつかれた怨念集合体と化した降谷。投球へのこだわりが忘れられない。

 

「送球が上手くなった~~~!!!」

沢村も課題の送球が内野の中では安定し、外野も曲がる送球が減っていった。

 

加えて、一年生の惨状に加え上級生にも疲れが見えてきた。

 

「そろそろ限界かぁ…………ゼェ、ゼェ………」

 

「ハァ……ハァ…………」

 

そしてその後、倒れている一年生二人を運び、練習を終える部員たち。

 

その夜、降谷と沢村は御幸を探していた。

 

「で、何しに来たんだ?」

御幸は風呂上がりでもう寝ようとしていたのだが、沢村と降谷は普段着に着替え、ボールとグローブを持っていた。

 

「「ボールを受けてください!!」」

 

「………そうきたかぁ…………」

 

さらに、その御言い争いを始めた二人を見て御幸は頭を抱える。

 

「(究極のエゴイストだよなぁ、投手って)」

 

「解った。とりあえず、今から俺の部屋に来い。元気が有り余っているなら打って付けの仕事がある」

 

「部屋で投げるのかよ!?」

 

「投げたい………」

 

 

「まあ、そいつは来てからのお楽しみ」

 

 

そして二人を待っていたのは、

 

 

「………………」

 

「………………」

 

足を揉めとせがむ上級生。

 

下級生にジュースを買いに行かせる上級生。

 

 

「御幸、まだ勝負はついていないぞ?」ゴゴゴゴゴゴッ!!

 

「何なんだこれ? ブルペンは!?」

沢村は、この惨状に困惑する。降谷は思考を停止した。

 

「とりあえず、元気余ってんだろ? この人たちの相手を頼む。いやぁぁ、哲さんには将棋は敵いません(弱すぎてwwww)。なので、沢村にやらせてみようと」

御幸は沢村を名指しする。いきなりの無茶ぶりである。

 

「沢村、お前は将棋をやったことがあるか?」ゴゴゴゴゴゴッ

結城は沢村を名指しで指名した。

 

「え!? じ、じいちゃんと何度か………」

 

「では始めよう」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!

 

――――すべてはこのためかァァァァァ!!!!

 

沢村と降谷は理解した。あの人はこの人たちを押し付けたのだ。

 

「くっ………」

御幸を追いかけようとした沢村は、

 

がちゃん、

 

「御幸先輩? 呼んだ理由を教えてくださいよ~」

大塚がやってきたのだ。フォーム研究をしようという言葉につられた模様。

 

 

「まあ落ち着けよ、沢村。バックで守っている人を理解するのは悪くないことだと思うぜ。」

 

「確かに………」

 

「???(どういう話の流れ? てか、密度高っ………)」

大塚は話についていけてない。

 

「俺はゾノの部屋で寝る! じゃあな!!」

 

「御幸先輩、話とは?」

 

「そいつらの相手をして欲しい!! 以上!!」

がちゃ、バタンっ!!

 

御幸は逃げ出した。

 

「…………は、は、嵌められた…………」

 

大塚はわなわなと震える。ようやく理解したのだ。どうして自分が呼ばれたのかを。そして研究は真っ赤な嘘だということも。

 

「ん? これは御幸の置手紙………?」

伊佐敷がメモ用紙を手に取った。そこに書かれていたのは―――

 

実は、沢村には田舎の彼女がいます♪ 親指を立てた御幸の似顔絵付き。

 

後、大塚もリア充ですよ♪ 

 

 

 

「沢村~~~。お前田舎に彼女いるんだってな」

 

「か、彼女違いますって!! 若菜はただの幼馴染みで………それで………その………」

若菜の顔を思い出して、沢村は思いっきり赤面する。しかし沢村は、彼女を名前呼びで晒すという失態を犯す。

 

「ほほぉぉぉ~~~~それで大塚はあの一年のマネといい感じじゃないかぁ? 初日もいろいろ話をしてたしなぁ?」

伊佐敷が爆弾発言をする。

 

「アレは彼女が危なっかしいからです。オープンキャンパスでぶつかって、入学早々にもぶつかって、いろいろ話をするようになっただけです。それに、ここは共学なので女子と話す機会なんていくらでもあると思いますよ?」

大塚は的確に上級生たちの急所に、そして心の痛みに、塩を塗る行為を平然と行う。悪意がないので始末が悪いのだが、それに気づいてフォローする御幸がいないのが不幸なのかもしれない。

 

その瞬間、場の空気が凍った。

 

ゲームをしている手も、将棋を指している手も、指圧をされていた伊佐敷の体の動きも止まった。

 

「…………? どうしたんですか、先輩?」

 

「ほぉほぉ………ッ!! てめえにはいろいろと一から教える必要があるなぁ♪」

伊佐敷の悪魔染みた笑み。

 

「沢村ァァァ、地元の彼女について、今日はゆっくり聞かせてもらうぞ!!」

倉持の尋問が始まる。

 

「………沢村ちゃん………それに大塚ちゃん………それは言ってはいけない約束なんだ」

増子先輩は、張りつめた空気の中で顔を引き攣らせながらしゃべる。

 

「詳しく聞かせてもらおう」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!!!!!

 

「大塚ァァァ!! 場を乱しに来ただけなら帰れェェェェ!!!」

沢村の絶叫が響いた。

 

なお、将棋は沢村の圧勝。長期戦をしないために王手をかけようとするが、悉く逃げ延びるので駒が王将だけになってしまう失態。

 

「あわわわわ………………」

震えが止まらない沢村。いつの間にかこうなっていただけなのだ。投了もしないので、盤上が酷いことに。

 

「こいつ………出来る…………!!」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!

普通なら勝負を諦めるのだが、この後も酷い将棋の結果が嵩んでいくだけだった。

 

「ですから自然体ですよ。何でもない話から始めてみると、自然に女子とも話せますよ。たとえば世間話とか」

 

「その世間話ってどうすりゃあいいんだ……」

 

「増子先輩や伊佐敷先輩はかなり面倒見がいい方なので、絶対できますよ!!」

 

大塚が伊佐敷らに色々と女子との話し方をレクチャーし、

 

「あ、また負けた………」

降谷はゲームをするも、惨敗を喫し続ける。

 

「弱すぎるんだなぁ………」

 

合宿が始まり、ついていくことに精いっぱいだった一年生。御幸の策略により、多少は落ち着くことが出来ただろう。

 

 

「全部おれのおかげでしょ?」

 

「納得がいきません」

 

とある天才投手は、天才捕手に何か言いたそうな目でブルペンで投げ込むのだった。

 

 

そこへ沢村とクリスがブルペン入りをする。沢村達は何か緊張した様子だった。

 

「どうしたんですか、クリス先輩?」

 

 

「ふっ。沢村の決め球がある程度形になったからな。ついに本格的に投げ込ませるべきと考えた。あいつの球は、とにかく暴れるぞ」

 

 

「ウイニングショット……」

 

大塚は沢村が得た武器を前に、何を思うのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




とにかく次号は沢村の決め球お披露目回です。


まあ、がっかりする感じの球かもしれませんけどね。






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第23話 七色の軌跡

決め球を手に入れた沢村。

明確な目標と計画があると、人って化けるんだよね。

変化球凄い! 俺も欲しい!
    ↓
ストレートを磨かないとやばい!!
    ↓
決め球を手に入れて奴(大塚)に追いつくぜ! ←今ここ

クリス先輩万能説。



大塚が新たなフォームを会得し、一年生投手陣もブルペンに遅れながらもやって来た。

 

 

そして、クリスの沢村に伝授した決め球がどのようなモノであるか、それが知りたくていつの間にか投球練習を中断していた。

 

「ウイニングショット……」

自分にも試したいボールがあったが、沢村の決め球がどれほどのものか。決め球を覚えた投手は打者を抑えるための形が出来る。ゆえに一気に化ける可能性もあるのだ。

 

―――抜かれるかも……

 

沢村の成長を感じた大塚だった。

 

 

 

 

そして御幸、クリス、沢村の間では、

 

 

「今日は“アレ”を投げてもらうぞ、沢村」

 

クリスからのゴーサインに、沢村は頷く。

 

「おっ! ついに沢村の新球種ですか!?」

御幸はやけに楽しそうに聞いてくる。

 

「ネタをばらすとスライダーだ。だが、簡単に取れる球ではないぞ、御幸。」

クリスがそこまでいうボール。御幸は何か衝撃を受ける顔をしていた。

 

「へぇ………どんな球なんですか? キレが相当凄いとかでしょうか?」

 

「ムービングと同じだ。相当暴れるぞ、奴のスライダーは」

 

その後御幸の希望で、沢村、降谷、大塚の順番に投げることになり、

 

「スライダー行きますッ!!」

 

独特のフォームから繰り出されるスライダー。御幸はある程度の予測をつけていた。

 

―――恐らく、あの剛腕左腕と同じような真横に滑り落ちるスライダー。かなり暴れるという事は、縦軌道もあるのか?

 

ギュインっ!!

 

ボールはチェックゾーン辺りを越えて、物凄い軌道で曲がり落ちたのだ。このストレートとあまり変わらない球速で曲がり落ちるスライダーに、思わずボールを後ろに逸らしてしまう。

 

「!!!!」

 

 

―――………おいおい……初見とはいえ、俺が取れないボール………

 

御幸は歓喜に打ち震えていた。ここまでのボール、大塚以外で見たことがなかった。

 

「どうっすか!!! 俺のスライダー!? ていうか、これスライダーなのかよ!!」

沢村は、スライダーの軌道が横に曲がる球だと考えているために(パワプロ脳)、縦軌道を含んだこの球をスライダーではないと誤認していたが、クリス曰くスライダーだと言うのでそれを信じている。

 

――――初めてのボールを零すのは仕方ないし、クリス先輩も苦労したんだ。簡単に捕られてたまるか

 

そしてちょっとした些末な感情が入り乱れる沢村。

 

 

圧倒的な決め球。ウイニングショットに相応しいスライダー。それも、プロでも投げる投手の少ないタイプ。

 

 

――――これは、ただの縦スライダーじゃない!!!

 

 

 

高速縦スライダー。あの伝説的な記録をプロ野球界に残し、メジャーでも活躍しているあの投手のウイニングショットの一つ。

 

だが、沢村のスライダーはその枠に収まりきらず、彼の柔軟な間接により、不規則な回転すら取り込んでいる。

 

故に、ムービングの時と同様に変化量が常に変化しそのデフォルトの変化量が通常の高速縦スライダーであるという事。

 

彼の変化球を正確に記すのなら、七色の高速縦スライダーと呼ぶべきだろう。

 

「まさか、こんな決め球があるとはな、沢村。これは間違いなく試合で使える。」

 

空振りを奪える変化球を覚えた沢村。しかも、ムービングのように不規則に暴れる為、軌道を非常に読みづらい。

 

―――沢村の柔らかい関節が可能とした、変幻自在の高速スライダー。いわば、アイツの為の魔球だな………

 

「どうだ、大塚!!!! 俺も決め球を覚えたぞ!!!」

 

大塚に吼える沢村。これでスタートラインに立ったと言わんばかりの勢い。

 

「肩の可動域が広いが故の変幻自在の高速スライダー。これは沢村だけのウイニングショットかもしれないな」

 

大塚も認めざるを得ない。大塚がこのスライダーを投げることはほぼ不可能。縦スライダーを投げることは出来るかもしれないが、沢村のようなタイプの魔球と言えるようなモノにはならない。

 

 

「もう一球スライダー行きますッ!!!」

 

ククッ、ギュインっ!! ズバァァァンッっ!!

 

「くっ!!(また違う変化かよ!!)」

 

やや浮きながら、鋭く真横へとおちるスライダー。急ブレーキしたかのように急激に曲がるスライダー。

 

 

――――怪物スライダー。七色のスライダーとでも呼べばいいのだろうか。

 

体が重い為か、無駄な力が抜けてキレもいい。一段と成長した姿を見せている。

 

しかし、ストライクが入らない。

 

「………」

降谷は、自分がようやく変化球を一球種覚えたにもかかわらず、沢村が決め球を覚えたことに対抗心を覚える。

 

「次は僕。僕も夏合宿でただ体力を消費した訳じゃない」ゴゴゴゴゴッッッ!!

 

 

 

ドゴォォォォォんっっ!!

 

 

「っ(魔球の次は、剛速球かよ!! マジで捕球がしんどい)!!」

 

しかし、捕手の御幸はたまったものではない。扱いづらい暴れ馬が二頭もいるのだ。それでも―――

 

 

「ふっ。捕手冥利に尽きる投手ばかりなので我慢してもらう。これも試練だ、御幸」

クリスはその光景を温かく見守るのだった。

 

「そりゃあないっすよ、クリス先輩!! どちらかかまってくださいよ(泣)!!」

 

 

その後、降谷は体力に問題があるのか、思うような球威のストレートを投げ込めていないことに苛立ちを覚える。

 

「けど……コースに決まっている割合が……多く、なっているぞ。制球は、また一段とよくなっている」げっそり

やや疲れ気味の御幸。この二人の投手を相手に補給するだけでもかなりの労力を割いたのだ。

 

――――大阪桐生戦まで体力持つのかな、俺。

 

欠場の危機すら脳裏に浮かぶ御幸。

 

 

「はい……(スタミナリリースロール、スタミナリリースロールをものにしないと)」

 

 

そこへとどめを刺すように、

 

 

――――あのスライダー。昔見たバニッシュボールみたいな感じだね。けど負けられない!

 

とある暴れ馬のような制球力の投手が投げていたスライダー。沢村がもし本物の制球力を身につければ、これはヤバいと思った大塚。

 

――――降谷も、最低限のコントロールは身に着けつつあるし、胡坐をかく暇なんて一秒もない!!

 

 

闘争心をみなぎらせながら、自分の合宿中での成果を捕手陣にアピールする。

 

 

 

「次、いいですか? ちょっと試したいフォームがあるんです」

 

大塚が御幸に球を受けてほしいと強請る。フォームチェンジではないが、大塚は何かを考えついたということがその場にいるだれもが悟る。

 

「構わねェよ(やべぇよ、やべぇよ)。けど、フォームを変えるとか、普通はフォームを固めるっていうのが常識的なんだけどなぁ(けど、正捕手として逃げるわけにはいかねェ)」

内心ではもう勘弁してほしいくらいに捕球を続けている御幸。どうせ怪物染みたことをしでかすに違いないと悟っている。

 

――――というか、クリス先輩は沢村のスライダーが取れるのかよ!? マジで尊敬ですよ、だから―――

 

「ダメならやめますよ。けど、面白いって思ったんです」

不敵な笑みを浮かべる大塚。沢村や降谷とは違い、きっと何か意図があるのだと御幸は思いつつ、ミットを構える。

 

「い、いや!! 大丈夫だ。それとクリス先輩、俺一人だと3人は捌き切れないので助けてください」(懇願)

大塚の試みを否定する気にはなれないし、つい最近騙したという後ろめたさもある。断れない御幸。

 

助けを求めるようにクリスに視線を向けるが、

 

 

「すまんな。俺は監督から体を治すよう言われている。俺に出来るのはここまでだ(太陽のような笑み)」

クリスは、温かい目で御幸を見守っていた。そして―――

 

「沢村、降谷、大塚。御幸はやる気に満ちているようだ。練習試合に支障が出ない程度に感覚を確かめるんだ」

悪魔のような言葉をこの場に叩き付けたクリス。

 

クリスの目が語っている。

 

――――あの夜のツケは、ここで払うべきだろう?

 

いつかの沢村らに押し付けたアレを結城経由で知ったクリス。素敵な笑顔だった。

 

なお、丹波は大塚が川上とともに投手論について語り合ったことを知り、その輪に入りたかったと漏らしている。

 

 

「このスライダーを絶対のものにして、エースになるんだ!!!」うおぉぉぉぉぉぉ!!

 

 

「スタミナリリースロール、スタミナリリースロール、スタミナリリースロール。」以下繰り返し

 

まさに火山の如く活発的な二人の投手、御幸のSAN値が削られてくのを感じた。

 

 

 

「マジですか……」

御幸は一言、そして一息をいれると、

 

 

「ハハハハハ、面白れぇ。面白い投手をリードする前に、捕れなきゃ話になんねぇよなぁ(白目)!!」

御幸は吹っ切れたようだ。

 

 

「み、御幸先輩!? あの、ダメでしたら宮内先輩に―――「心配すんなって(白目)」は、はい!!」

静かにいつもの口調で話してはいるが、少し雰囲気がヤバい御幸。大塚はさすがに可哀想だなぁ、と思いつつ、

 

 

「右打者のインコースギリギリストライクゾーンの高め。ストレートで」

マジモードで御幸のミットめがけて投げこむことを全力で決意した。

 

 

 

 

 

沢村は、大塚の様子を見ていた。自分はただ投げ込んでいるだけ。それも、いい感触があればそれを思い出そうと投げているだけ。しかし彼は一球一球にどう投げるのかを考えて投げている。

 

――――けど、フォームチェンジはなくなったって――――

 

大塚のノーワインドアップから投球動作を始める。そして、沢村は大塚の腕の角度に注目した。

 

 

――――腕があんなに真上から、あんなんで腕を振り抜けるのかよ!?

 

明らかに腕の角度をほぼなくしたオーバースロー。オーバースローはオーソドックスな投球スタイルだ。だが、目の前のそれは、正統派というには異様な腕の角度。

 

―――おいおい。腕の角度を変えているのかよ。膝の次はそれとか―――ッ!!!

 

 

ドゴォォォォンッッッ!!!!

 

 

「っ!?」

 

 

御幸は今、もしコース通りにストレートがこなかった場合、取れる自信が全くなかった。先ほどまでの錯乱していた彼の意識すら一瞬で覚ます一球に感謝しつつも―――――

 

 

 

―――――何だ、今のストレート。降谷の重い剛速球とは違う。いや―――――

 

御幸は、捕球したミットを見つめる。

 

 

「あの、やっぱり駄目でしたか? 自分の感覚では、いい感じのボールだったんですけど」

御幸がいつまでもリアクションを取らずに呆然としているので、大塚が声をかける。

 

 

―――――――今のは、本当にストレートだったのか?

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、大塚の目途は立ったか」

クリスらの報告を聞いて、片岡監督は満足げに笑う。

 

「はい。大塚の球威は以前の比ではありません。制球力も、フォームが安定するのが早く、新たな取り組みを行っています。」

 

思い切って、ノーワインドアップにすることで、制球が逆に安定した大塚。グローブを顔の正面に構えることで、「ミットに集中しやすい」と本人も言っており、さらなる飛躍が期待できる。クリスはフォーム改造後の経過を片岡監督に伝える。

 

「…………」

 

御幸は、未だにあの感覚を思い出していた。そのためか、少しいつもの彼らしくなく、口数も少ない。

 

 

「そうか。では沢村の件はどうなった。新たな球種を覚えた様だが」

 

「ええ、一級品ですよ。捕手を限定させますが、あのキレはけた違いです。それこそ、大塚のSFFに匹敵するぐらいの」

 

七色の高速スライダー。極めれば、この一球種だけで高校野球で通用してしまう程のボールで、捕手の御幸ですらボールの軌道に戸惑うほどだ。

 

 

「ほう………お前がそこまでいう球か」

片岡監督もクリスの説明の中で大塚の最高の決め球を例えに出すほどの傑作だと聞き、口元を歪める。

 

「降谷も、球威と制球力のバランスを掴みつつあります。SFFも大塚程ではありませんが、試合で使えます」

 

「一年生投手陣の方はそう言うことか。丹波と川上は?」

 

「川上は、制球力が維持されています。調子もよく、スライダーの切れもいいです。シンカーも少しずつですが制球が安定しつつあります。」

今日の川上を見ていた宮内は、御幸がいつもの調子ではないことを気にしつつ説明を続ける。今日の彼はどうやらポンコツ状態から直るのが少し遅くなるのが目に見えているからだ。

 

 

「丹波は制球もキレもよく、新球種も精度が上がってきています。」

御幸に黙ってフォークを投げていたことに少し後ろめたさはあるが、今の御幸には話が通じそうにないし、今は説明の方が先決だと彼は考えた。

 

 

「………よし、土曜の試合の先発は大塚に託そう。練習試合は3つある。その開幕を担ってもらう。」

 

 

「そして日曜日のダブルヘッダーは、第一試合を沢村、降谷に任せ、最後の試合は丹波と川上を試す。」

 

「大塚を、ですか?」

宮内は、一年生で彼を一人で投げ切らせることに反応する。相手はあの、夏常連の大阪桐生。

 

「疲労は多少あるだろう。勝敗は問わない。この状況でどれだけ戦えるかを見たい。」

 

 

 

 

その後ミーティングが終わり、

 

「どうした、御幸? いつものお前らしくなかったな」

 

「宮内先輩」

宮内に呼び止められて、やっと御幸は口を開いた。

 

「いつもの不敵な笑みはどうした? そんなお前は初めて見たぞ」

 

「ちょっと信じられない体験をしたんですよ。捕れないと一瞬でも思ってしまったストレート。アイツの力を果たして生かし切れるのか……」

 

宮内は、ストレートを捕れないと御幸に感じさせた投手にまず降谷を思い浮かべたが、今日の練習でもコントロールに毛が生えた程度。そこまでのイメージではなかったと考えた。

 

故に、御幸をうならせる可能性のあるのはただ一人。

 

「大塚。今日の投球。お前はストレートを零していなかっただろ?」

 

後半、川上が上がった後、宮内は彼らの様子を見に来ていた。

 

大塚らのボールを受けていた御幸は、球をあまり零してはいなかった。ストレートも難なくとっていたのだ。

 

 

「――――コースが解っているからですよ。軌道がストレートじゃないように感じたんです。ストレートなんですけど、ストレートではなくて……」

まるでなぞなぞのような御幸の独白。

 

「????? なんだそりゃ」

 

 

「――――大阪桐生戦。大塚よりも、俺の方が気合をいれなきゃヤバいですね」

 

御幸は、腕の振りだけでこうも変わる者かと逆に笑みを浮かべていた。無論、それはまだ乾いた笑みだ。

 

 

――――マジで、練習試合はどうなんのかな……

 

 

御幸は、大塚が打者相手に投げた時にはどうなるのかを知りたくてしょうがなかった。

 

 

 

 

また次の日、内野陣は結城と小湊、沖田と増子が未だに立っていた。

 

「…………沖田君…………」

あの中には割り込めず、結局一年生の中で独りだけ生き残っている沖田。東条もその光景をじっと見つめていた。お腹の調子を取り戻した彼は、本来の調子を取り戻したのだ。

 

シュ

 

「……………」

極限状態の中、沖田は神経が鋭敏になっていることを感じていた。

 

―――今なら、どんな打球でも取れそうなほど、充実している。

 

「…………ほう…………」

沖田の予想を超える粘りに、片岡監督は驚きの声を上げる。

 

「一年に負けるなッ!! いつもの威勢の良さはどうした、伊佐敷!!」

 

外野ですでに足が追い付いていない伊佐敷は、沖田の奮闘を見て、まだまだ息を切らしながらも気迫で捕球する。

 

「いつもの笑顔はどうした、小湊ォォォッ!!」

セカンドで、動きの多いショートの沖田が頑張っている。だからこそ、まだ自分は倒れるわけにはいかない。

 

―――きついけど………レギュラーの意地が、あるからね………ッ♪

 

 

「休みたいなら休んでいいんだぞ、増子ォォォォ!!」

 

「う、う、う、ウガァァァァァァ!!!!」

自分を奮い立たせるかのように、叫び声を上げる増子。その巨体の割に、体の動きはキレていた。

 

 

「まだまだお願いしますッ!!!」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッッ!!!!!

満身創痍の中、結城はまだ闘気を衰えさせていなかった。自主練についてきた沖田が頑張っている。なら自分もここで倒れるわけにはいかないと。

 

「(沖田の台頭は、上級生に更なる力を与えるか………)」

 

その日、倒れ込むまで練習は続けられた。

 

「……………ハァ………ハァ…………ハァ…………どうだ、沖田。」

 

「ハァ………ゼェ……ゼェ…………きついっすね………ホント………」

結城と沖田はこの後二人でクールダウンを行い、今日は前園の部屋で少し休むことになる二人。結城と沖田は寮生ではないが、今日は本当に疲れ果てており、前園が部屋を提供したのだ。

 

沖田には、打撃についていろいろ教えてもらいたいとのこと。

 

大塚は、土曜の先発を任されたことで、このバックを背に投げることを意識していた。

 

――――燃えてくるね………この人たちの前で無様な投球は出来ない。

 

例え打たれたとしても、最後まで崩れない。それが今の自分にできる最大限の事。

 

―――諦めない………沖田、結城先輩。明日はよろしくお願いします

 

 

 

 

そしてその夜、小湊は前園にスイングを見てもらいたいと言われ、その流れで自分もバットを振りたいと考えるようになったのだ。なお、沖田はぐっすりと寝ており結城は何とか気力で帰宅した。

 

 

「………力のない者は努力するしかない………それは僕も同じです。正直、一軍のレギュラーにはまだ勝てない………だから、僕も努力したいんです!!」

 

丁度自主練をしていた東条も、二人の自主練に合流し、

 

「ああ………一緒にレギュラーを奪うぞ!!」

東条も今の自分ではあの3人に勝てないことを痛感していた。今日のノックを見てもそうだ。

 

沖田以外、野手はまだ実力不足。だからこそ少しでも早く、彼の隣に立ちたいと。

 

「あぁあぁぁ!! 余計なことを言ってもうたァァ…!!!」

前園はやる気になってしまった二人を見て、頼もしく思いつつも、悔しがっていたりする。

 

そして、3人の漫才を見ていた兄の亮介は口元に笑みを浮かべている。

 

――――頑張れよ、春市

 

だが、

 

―――お兄ちゃんはレギュラーを明け渡すほど、甘くないけどね♪

 

夜が明け、次の日が来る

 

 

「御幸君。必要になったらいつでも私に言いに来なさい。そのポジションは何かと苦労が絶えないだろうから」

 

 

「はい。何から何まですみません、礼ちゃん」

 

その夜、御幸は高島から片岡監督経由で手に入れた胃薬を紹介されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




沢村の決め球は、典型的な高速スライダーでした(大嘘、怪物スライダー)。

右打者へのサークルチェンジ、左打者へのスライダーと、外へ逃げるボールを手に入れた沢村。モデルになったであろう和田投手に近づいてきた模様。

次回、大阪の強豪校とぶつかることになった大塚。昨年夏の準優勝校相手にどんな投球をするのか。

打ち込まれるのか、それとも抑えるのか。

御幸さんにはきっちりあの夜の借りを返すべきだと思った(使命感)

まあ150キロ越え投手、変則本格派、天才投手と相手にするのはかなりしんどそうですね。


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第24話 至る者

けど、大阪もやられっ放しではないんだよね。


今日の試合、相手は大阪桐生第一。全国屈指の西の名門。

 

「今日は朝も早い時間からわざわざお越しくださってありがとうございます」

「いやいや、ウチにとってもいい経験になります。礼なんていりまへん」

 

 横に大きい体に大きな福耳。まるでどこかの教えに出てくるような中年の男は大阪桐生高校監督、松本隆広である。

 

ほくほくした顔で、片岡のねぎらいの言葉をやんわりと断った。

 

 試合前ということで雑談もそこそこに、二人の監督は固く握手を交わし、持っていたオーダー表を交換した。

 

「夏も近いですし、お互い良い試合にしましょう」

まずは無難な受け答えをする片岡監督。だが、相手はそれを無難とは思っていないようで。

 

「いい試合………それにしては一試合目の青道さんのオーダーに1年生がまじっとるようですが?」

青道のオーダーは、本気なのか、それとも試しているのかすらわからないモノだった。

 

1番 小湊亮介 (3年) セカンド 

2番 白洲健次郎(2年) ライト  

3番 沖田道広 (1年) ショート

4番 結城哲也 (3年) ファースト

5番 増子 透 (3年) サード

6番 伊佐敷純 (3年) センター

7番 御幸一也 (2年) キャッチャー

8番 大塚栄治 (1年) ピッチャー

9番 東条秀明 (1年) レフト

 

「松本監督」

 

「しかも一試合目に出すあたり、余程将来性のある選手………特に、大塚君はそうやろうなぁ………」

大塚は関東地区大会で目覚ましい活躍を上げている。故に、マークされるのは必然。

 

「彼は並の投手ではありません。他の1年生二人も、私に飛躍を予感させてくれる選手たちです。そちらを侮っているわけではありません」

 

 

「そう言う事ですか。まあ、この話はこれくらいにして今日はよろしくお願いしますなぁ、片岡はん」

 

両校の選手が試合前の礼を終え、それぞれの持ち場へと向かっていく。先攻である大阪桐生はベンチに戻って素振りを行い、逆に後攻めとなる青道のスターティングメンバー九名はグラウンドへと散らばった。

 

特に、東条は初の一軍のスタメン。強い気持ちを持ってこの場に臨んでいた。

 

 

そしてベンチ前にて沢村と降谷は、黙って大塚の投球を見ているだけだった。

 

 

それは二日前のブルペン。

 

ドゴォォォォンっ!!!!

 

キュインッ!! ククッッ!!

 

唸りを上げる直球に切れ味鋭い変化球。そんな姿を見せつけられ、一瞬でも彼に敵わないと思ってしまった。

 

だからこそそんな彼の先発試合、相手は昨年の準優勝校。どういう投球をするのか投手として興味があった。

 

 

 

 

まず第一球。大塚が投球動作を始める。

 

そして放たれたボールは、

 

ズバァァァァンっ!!!

 

「…………は…………?」

データとは違う直球を投げ込まれた一番打者は、驚きを隠せない。

 

「………な……………!!」

松本監督も、これには驚いた。

 

大阪ベンチもこの一球で目の色が変わる。

「1年であのスピード!?」

 

「だが、あの降谷って奴はもっと速いって話だぞ!!」

 

「今年の青道のルーキーはどうなっているんだ!?」

 

青道高校の投手陣の活躍は、春の関東大会でのデータを入手しているために、おおよそを把握しているつもりだった。

 

しかし、彼はもうあの時の大塚ではない。

 

 

 

――――140キロを軽く越しとるやないか、確か地区大会までは前後やったのに………

 

あっさりとツーストライクと追い込まれた先頭打者。

 

ギュインっ!!

 

「あっ………」

 

ズバンッ!

 

「ストライィィクッ!! バッターアウト!!」

 

最後はスライダー。横に滑り落ちる、タイミングを外すスロースライダー系。打撃を完全に崩され、タイミングの合わないスイングで打ち取られる。

 

ズバァァァァンッッ!!

 

続く打者には癖球を切れ込ませ、簡単に内野ゴロに打ち取る。右打者の内角をえぐるカットボールが打者のバットをねじ伏せた。

 

 

 

 

ドゴォォォンッ!!

 

「くっ!?」

当たらない。腕の振りが鋭く、手元でかなり伸びている。さらには力感を感じないフォームである為、タイミングも取りづらくなっている。

 

ドゴォォォォンッッッ!!

 

 

三番打者を速球で空振りを二つ奪うと、大塚は御幸からあるサインを送られた。

 

――――ここで解禁しろとお達しだぜ。もう我慢はいらねぇぞ

 

「…………!!」

そのサインを見て、大塚はこの打者は完膚なきまでにねじ伏せると決意する。

 

「!!」

既に余裕をなくしている相手打者。ベンチのムードも慌ただしくなり、地区大会とは別人の大塚の投球に圧倒されていた。

 

ギュイィィンッッ!!!

 

ストンッ!!

 

「………な…………(ボールが………消えた…………!?)」

まさに打者の視界から消えたと錯覚させるようなボール。そして、バットを持った手すら震えさせるその圧倒的な決め球。思わず後ろを見てしまうほどの圧倒的なボール。

 

 

大塚のスプリットが帰ってきた。

 

 

「おい………今のは…………フォークか!?」

 

「あんな直球に、縦の変化だと………!!」

 

「なんで去年名前すら聞かれなかったんだ………それにあの球、地区大会で一球も投げていなかったぞ!!」

 

「地区大会は本気じゃなかったのかよ………」

 

圧巻の投球で、大阪桐生の出鼻をくじく大塚。その投球の前に、大阪桐生は動揺が広がる。140キロを優に超えるストレート、キレのいい癖球、スライダー、そして、SFF。

 

どう見ても一年生のレベルではない。

 

「怪物…………」

 

その名が相応しい。

 

逆に青道高校は勢いづく。

 

初回、先頭打者の小湊はまずゴロに打ち取られ二番の白洲も三振。二死ランナーなしの場面で、

 

三番、ショート、沖田。

 

―――相手は一年生だ、お前の球威で押して行け、舘!

 

マウンド上で投げる3年生投手、舘広美は、青道に行きかけている流れを取り戻すべくこの1年生を打ち取ることに闘志を燃やす。

 

―――沖田………沖田………どこかで聞いたことのある名やなぁ………

 

松本監督は、沖田道広についてかなり引っ掛かっていた。

 

彼はその名前をどこかで聞いている。そしてあの雰囲気、風格は、ただの一年生ではないことを。

 

――――沖田………ショート………まさかっ!?

 

カキィィィンッッ!!!!

 

特大のファウルが撃たれた瞬間に、松本は思い出した。

 

「ファ、ファウルっ!!」

際どい当たり。初球のストレートを簡単に運んで行ったのだ。バッターボックスでは、仕留めそこなったと、やや表情が苦い沖田。

 

「………!!!!」

そして、舘は自慢の重い球質のストレートを初見であそこまで飛ばす一年生に衝撃を受けていた。

 

「思い出したわ………尾道の怪童………沖田道広………!! なんで青道に………!」

 

全国制覇原動力となった広島のシニアでは伝説的な遊撃手。中学3年時には姿を現さず、そのまま消えたと思われていた。

 

だが、彼は青道にいた。

 

「ふぅぅ…………」

軽く息を吐く沖田。そして、その様子をバッターボックスで見守っている結城。

 

――――お前の努力が無駄ではなかったことを、お前の今を見せつけてやれ。

 

カキィィィンっ!!!!

 

そして、外角のスライダーを広角に捉えられた当たりは、ライト線フェアグラウンドに落ちる長打。

 

ダッ

 

当然沖田は二塁を蹴る。

 

「いきなり三塁打にさせるか!!!」

外野からの好返球。しかし、打球のコースがよかったため、沖田は悠々と三塁ベースに到達する。

 

 

「よし………」

スライダーをうまく運んだ沖田は、三塁に到達。ランナーなしの場面から一気にチャンスメイク。ストレートに合わせられ、変化球にも対応する打撃。

 

なによりも勝負強いその特徴的な打者。ここまでくれば、彼が本当に尾道の怪童に偽りなしと言わざる得ないだろう。

 

 

 

「あの逸材………そういや、行方をくらます前にうちも誘ってたわ………けど、広島からなんで東京なんや………」

 

そのあまりにも接点のない土地同士の移動に、松本監督は困惑するしかない。怪童がなぜ関東にやって来ているのか。青道はどんな魔法を使ったのかと。

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴッ!!!

 

そして、後輩がホームランしなかったことで、三塁にランナーがいる状況で打席が回った結城がバッターボックスに入る。

 

―――頼みます、先輩!!

 

そして――――

 

 

カキィィィンッッ!!!

 

「くっ!!(センター前!? クソッ、捕ってくれ!!)」

打たれた舘は、センターへと飛んだ打球を見て、センターの捕球を期待した。

 

「!!(コースに入った!! それにしても舘の奴、初回から打たれすぎやねぇか?)」

外野手が捕球体勢に入る。眼前には強い打球が飛んでくる。

 

しかし――――

 

ギュゥゥゥゥゥンッッッ!!!!!

 

「なっ!? ば、ばかなっ!?」

外野手が勢いを失わない打球を見て驚愕する。まだまだ矢のように打球が伸びていくのだ。

 

「うわっ!!」

 

そしてそのまま打球は―――――

 

ダンッ!!!

 

 

結城の放った一撃は、センターへのフェンス直撃の先制ツーベース。初球ストレートをセンター返しに打った打球がとんでもなく伸びたのだ。

 

沖田の十字ティーバッティングをする前から、彼はすでに自分のポイントをある程度持っていた。だが、その感覚がさらに鋭敏になった場合、

 

さらに、力を逃がさない、強い打球を打てるようになった場合。

 

 

右に引っ張るかのような、痛烈な打球が飛ぶようになったのだ。

 

「センター前やと思った打球が、フェンス直撃!? 意味の分からん打者や……」

岡本監督の表情が引き攣っていた。というより、大阪ベンチも、あまりの打球の鋭さに、言葉をなくしていた。

 

 

一方青道ベンチでは、

 

 

「ナイスバッティング、哲!!」

 

「初回から半端ねぇぞ!!」

 

「頼もしすぎますね、うちの打線」

大塚もベンチへと帰ってきた結城主将に声をかける。

 

「お前がいい投球をしているんだ。俺達もそれに応えなければな」

 

 

 

そして回は2回の表。バッターはエースで四番の舘。初回1失点。続く増子をスライダーで三振に打ち取り、後続を断ったものの、自分のバットで取り返そうと意気込んでいた。

 

しかし―――

 

大塚の纏う空気が変わった。彼は他の選手と比べても別格の選手であることを感じ取った。

 

 

――――遠慮はいらねェ。あの球でねじ伏せに行け!!

 

御幸は、そんな彼の様子を見て、あのフォームを使うことを指示する。

 

それを見た大塚は―――

 

――――いいでんすか? ここまでのバーゲンセールは本選で厄介な相手を作りかねませんよ?

 

大塚としても、そのフォームを使わずに抑えられる可能性が高いと感じていた。SFFを見せて尚、このフォームまで晒すというのか。

 

―――――とりあえず、打者に向かって、どれほどの威力なのかを確かめたい。

 

御幸は実践こそ最大の成長だと考えていた。大塚には実戦でどんどん自分の力を試してほしい。

 

この試合を最後に、もう試せる機会はないのだから。

 

 

――――――でもまあ、試してみたいというのは、俺も同じかな?

 

御幸の要求に応える大塚。絶対にねじ伏せたいという気持ちが強くなる。

 

 

ドゴォォォォォォォンッッッッ!!!!!

 

「!?」

 

初球まずは高めのストレートに振り遅れた舘。さらにはボールの下を振っているという屈辱的な空振り。

 

唸りを上げるようなストレートでもない。だが、自分はストレートを打ちにいき、掠ることすらできなかった。これは、彼にとっては久しぶりの経験である。

 

――――何だ、このストレートは………浮き上がるような。それでいて、初速と終速があまり変わらない…………

 

まさに弾丸を相手にしているような感覚。ベンチで見ていたボールとは少し違う。いや、打席とベンチでは見え方が違うのだ。だからこそ、これは異常なストレート――――

 

第二球。

 

ドゴォォォォォンッッッ!!

 

 

続くインコースの際どいストレート。これがストライクに。アウトハイの真直ぐを続けず、インコースに切り込ませてきて、バッターにスイングをさせなかった。

 

舘はバットを出す事すら出来なかったのだ。

 

 

―――追い込まれれば、あのSFFが来る。何としても低めの見極めを………

 

ズバァァッァンッっ!!

 

しかし最期は高めの真直ぐ。低めの意識に比重を置きすぎて、高めに反応できなかった。そして、最後はかすりもしなかった。

 

―――なんや、腕の出すフォームのずれも少ない………

 

松本監督は、大塚のフォームがわずかに違うことを見抜いていた。

 

 

綺麗なバックスピンをかけられる投手は少ない。大半は軸がずれており、そのずれがあればあるほど、球のホップする力は失われていく。

 

だが、大塚のストレートは違う。彼は今、腕の角度を変化させているのだ。初回のフォームとは異なる投球フォーム。

 

 

今の腕の傾きは、“5度よりも小さい”のだ。

 

 

これは、プロ野球界にもそうはいない、異常な数値である。

 

かつて、西日本を本拠地とするある伝説的な抑え投手の軸のずれは、僅かに5度。大半の投手のずれが、30度付近であることを考えて、彼のフォームとストレートの回転は異常な数値を示している。

 

 

さらに、大塚のリリースからミットへの到達までの回転数はその彼に匹敵している。

 

バックスピンの掛かった、ズレの少ないストレートはホップする力が増し、玉がお辞儀しなくなるのだ。

 

 

故に、他の投手に比べて、ストレートを投げたとして、その軌道も全然違う。大塚が参考にした投手と平均を比べた場合、その差は30cmを計測することもあると言われている。

 

更に恐ろしいのは、大塚は腕の角度をある程度変えることが出来るという点。故に、腕の角度によって配球も変わってくる。そう確信できるのは、舘相手に投げるボールの威力と、他の打者へのアプローチが違うことにある。

 

 

通常フォームはバランスの良いフォーム。そしてこの極端なオーバースローは、ストレートと縦変化の球を存分に生かしたフォーム。

 

フォームチェンジという4つのフォームを失った大塚だが、その「フォームを変える」という発想は死んでいない。

 

というよりも、フォームチェンジは膝の動きに吸収され、見えなくなっているだけで、実はまだ大塚の中で生きている。

 

技巧派の全ては受け継がれなかったが、それは彼にとっての回り道ではなかった。

 

 

そして、舘を仕留めるためのこの極端なオーバースローのストレートは、デフォルトの通常フォームのストレートとは軌道が違う。

 

 

故に、通常の伸びのある大塚のストレートを打ちに行った感覚では、

 

 

ヒットにするどころか、

 

 

ズバァァァァンッッ!!!!

 

 

掠りもしない。

 

「ストライク!! バッターアウトっ!!」

 

しかし、ストレートのキレと伸びを爆発的に伸ばすこのフォームは負担がかかり、かつ横の変化球を投げにくいフォームである。

 

故に、大塚はこの2種類のフォームを投げ分けることで、上手く特性を利用しているのだ。

 

続く打者にも、舘相手に投げ込んだこの感覚を思い出すために、試しながら投げて三振を奪った。それでようやく、大塚はこの二つ目のフォームに手ごたえを感じた。

 

――――これは、いけるね。御幸先輩に後で違いについて聞いてみよう。ボールの軌道はたぶん違うと思うけど、どう違うのか。捕手視点だと何か発見もあるかも。

 

しかし当の本人は呑気なことを考えていた。

 

「ストレートの威力が違う。」

降谷とは別の方向性で、一級品のストレート。未だに球威だけなら降谷が上だろう。だが、大塚のストレートには伸びがある。

 

「ああ。降谷のストレートを剛球というならば、大塚のアレは、伸びのある球持ちの良いストレート。」

クリス曰く、球持ちの良さはあのフォームの恩恵を受けているからだという。

 

力感を感じさせず、スムーズな動作で投げ込まれるボール。キレが出ないわけがない。

 

 

 

「…………」

沢村は、食い入るように大塚の投球を凝視していた。リリースの瞬間、フォームの出来、腰の回旋運動。さらには腕の振り、角度。それらを操り、打者を翻弄する姿。

 

方法は違うが、沢村と同じくフォームで相手打者を手玉に取っていた。

 

沢村の熱心な様子に、クリスは微笑ましく思う。

 

―――――大塚の全てを真似する必要はない。だが、奴から学ぶべきことは多い。

 

片岡監督が常々言っている、チームとしての力。チーム全員が刺激し合うことで、チーム力の向上に直結させる。

 

そのチームを成り立たせるためには、沢村のような強い気持ちを持った選手が必要不可欠。

 

―――――お前たちの闘志が、どれだけチームを救っているのか。

 

大塚が先頭を走り、沢村が食い下がる。降谷もそれに感化され、川上と丹波にも自覚が芽生えた。競争によるチーム力の向上が現実となっている。

 

 

2回の表が終了し、大塚は絶好調の投球。しかし、野手陣も負けられない。

 

 

2回の裏、先頭打者の伊佐敷。

 

 

カァァァァンッッ!!

 

 

「だらっしゃァァァァ!!!」

伊佐敷が、3球目のストレートを捉えた。打球は―――――

 

 

ポテンッ

 

ライト前へと墜ちるヒット。スイングの割には上手く落ちてくれた。

 

「振り抜いたからこそ、内野の頭を超えた。スイング自体は問題ありません。」

クリスが冷静に分析する。

 

「(ミートするポイントがずれている。本来ならスタンドインですよ。)」

沖田は、伊佐敷の最適なポイントで打てば、アレはホームランボールだったと推察する。あのパワーで右打ちもできるので、確かに惜しい気がした。

 

 

しかし続く御幸がゲッツー。

 

「だはっ……」

 

呻くように一塁ベースへと駆け抜ける御幸だが、大阪内野手陣の守備の前に、ゲッツーに打ちとられる。

 

 

一二塁間を抜けるあたりをダイビング捕球され、そのままバックトスを上げられたのだ。その鍛え抜かれた守備は、伊達ではなく、昨年準優勝チームの意地が垣間見られた。

 

 

「あの人いつも打てないよね」

ぼそりと降谷がつぶやく。

 

「俺ならここは送りバントだな!!」

沢村は、自慢の送りバントでスコアリングポジションに進められると自信を持っていた。

 

続くランナーなしの場面で、

 

「ストレートは重そうだなぁ」

投手の大塚。あの球威のあるストレートで手をしびれさせられたらたまらないので、変化球待ちで対応するのだが、

 

――――ストレートを意識しているな、ここで変化球か?

 

 

初球変化球を見極めた後、もう一球外の変化球に、

 

「あっ」

 

かァァァァぁんっっ!!

 

外角のスライダーを狙ったあたりがポテンとライト前に墜ちる。伊佐敷の打球と酷似した当たりに、

 

「ラッキー、ラッキー!」

一塁ベースで、小さくガッツポーズをする大塚。

 

 

続く打者は、9番レフト東条。

 

 

舘は、じわりじわりとリードする大塚に違和感を覚える。

 

――――投手があんなにリードを大きく、だと。

 

初回から青道ペースになっている現状。あの高飛車な1年生投手に勢いを与えないために、舘はこの目の前の打者を抑える事、万が一走ってくるかもしれないことを備えた。

 

ランナーからのプレッシャーを感じ取った大阪バッテリー。

 

初球のストレート。

 

カァァァァンッッ!

 

「!!」

舘は打球の方向へ、東条は打った瞬間に走るが、

 

 

パシッ

 

打球はショートのグラブに入ってしまう。ショートライナー。ここで攻撃は終了。

 

「ああ、惜しい!!」

春市が口惜しそうな声を出す。

 

 

「っ!!」

東条は悔しそうな顔をしながら、ベンチへと帰るが、

 

「飛んだ場所が悪かったな、気持ちを切らすなよ。準優勝投手相手に良い打席の入り方だった。」

と、片岡監督からの一言。

 

 

「は、はいっ!!!」

 

青道対大阪桐生

 

互いに全国屈指の激戦区であり、強豪校対決。

 

 

前半戦は、タイムリー一本の静かなスタートとなった。

 

 




原作よりも舘さんが青道打線を抑えています。

原作のような打ち合いにならない静かな試合です。







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第25話 関西最強の意地

沢村君が強化されているから、舘先輩が強化されても文句はないはず。

昨年準優勝投手は伊達ではない。


もう一度言おう。


昨年準優勝チームは伊達ではないと。



青道高校対大阪桐生第一。大塚の投球に変化が生じ始めていた。

 

「スライダーを要求することが多いですけど、どうしたんですか」

大塚が尋ねる。御幸がなぜスライダーを要求することが多いのかと。

 

「チェンジアップ使えねぇからな。緩急にうってつけで、且つ横変化。これほど有効なボールはないぜ」

 

 

 

続く3回からは大塚の独壇場。ストレートに合わせようにも、意外にスロースライダーが猛威を振るっていた。

 

横変化と緩急を、この一球種が担っているのだ。やはり大塚にとってスライダーは重要なモノだった。

 

故に、球威を増したストレートがさらに威力を発揮。決め球のスプリットよりも重要な球種となったスロースライダーは、いつしか大塚にとってなくてはならないものとなった。

 

それでもストレートに合わせようとしてきた大阪桐生打線に対し、カットボール、シンキングファストが効力を発揮したのだ。

 

二重三重にも張り巡らされた、大塚の投球術の前に、大阪桐生打線はチャンスすら演出することが出来ず、前半戦を終了。

 

 

 

 

 

 

かァァァァぁぁンッッッ!!!

 

 

大塚が守りで力を見せている中、打撃陣ではホームランを打った結城に続きたいとばかりに、3回には特大のフライを打った沖田。

 

「手応えばっちり!!! 行っただろ、おらァァ!!!!」

雄叫びとともに、打球はどんどんと進んでいく。今度はストレートを運ばれた舘は、この怪物1年生に唖然とするしかなかった。

 

「なんや、このルーキー。これが怪童なのか」

大阪桐生ベンチは、この異常な打力をみせつける一年生に頭を抱える。そのまま打球はフェンスを越えていくと思われていたが、

 

ぱしっ

 

「あぶねぇぇ……入ったかと思った」

センターが何とか捕球。沖田の打球はフェンス手前で失速した。

 

「なぜだぁぁぁぁぁ!!!!!」

二塁ベース上で絶叫する沖田。相当な悔しがり方である。

 

結局このままスリーアウトチェンジ。4回も結城が歩かされたものの、増子がゲッツー。御幸は三振といいところがなかった。

 

4回もお互いに三者凡退。試合は1-0としまったスコアになっていた。

 

ドゴォォォォォンっ!!

 

「ストライクっ!!」

 

各打者が大塚のストレートに手を出せない。初球は癖球、追い込まれるとキレのいいストレートとSFF。単純だが、これを攻略できないでいる。

 

ククッ、フワッ

 

「ぐっ!!」

 

キィィンッっ

 

 

そして時折投げるスロースライダーにタイミングを外され、ポップフライを連発。癖球にすら手を焼いているのに、このスロースライダーが猛威を振るう。

 

結局内野ゴロ、内野フライ、三振で片付けた大塚。乱れる素振りすら見せない。

 

「打球がこねぇぞ、おい!!」

センターから声が出るほどだ。外野に運ばれた打球があまりにも少なく、守備機会がなかったのだ。

 

 

5回表時点で、1-0と青道がリード。4回に初ヒットを許すも、投手のグラブをはじく内野安打のみで終わった大阪桐生。

 

5回1安打8奪三振。無四球。

 

序盤と前半は全く隙を作らなかった大塚。さらに、強烈な三振のイメージを植え付けた、SFFの影響か低めのストレートに対して手が出なくなり、制球を乱すこともないので本当に手の打ちようがない。

 

「いやはや、参った。」

御幸はベンチにて大塚にそんなことを言う。

 

「??? どうしたんですか? それと、オーバースローのフォームのストレートはどんな感じですか?」

 

「浮き上がって見えたな。取り難くて、相当当てにくいだろうな」

 

「やっぱり、腕の角度とかは関係あったんですね。今度はスリークォーター気味に投げようかな。」

 

フォームを試合中に変えようかと思案する大塚。御幸はそれを見て、あることを感じた。

 

 

――――鳴。俺は青道に来て後悔はしていない。どこまでも投手なこいつに、巡り会えたんだからな。

 

今まで出会ったことがないタイプだ。沢村、降谷も面白いが、投手としてここまで面白い部類は初めてだと改めて思う。

 

―――クリス先輩以外に「追い付きたい」とか思ったこと、ねぇんだけどなぁ

 

 

 

更に試合は進み、5回の裏、

 

先頭打者の白州が低めのスライダーに空振り三振。そして一死ランナーなしの場面で

 

「………………」

初回に三塁打を打った1年生沖田。

 

スライダーを外にはずす桐生バッテリー。コースもきわどい場所、だが沖田はそれを悠々と見逃す。

 

「ボールっ!!」

 

―――――選球眼もええな、こいつ。青道の秘蔵っ子は伊達やない。

 

大阪桐生バッテリーは、沖田の打力だけではなく、その選球眼にも舌を巻く。

 

「ストライクっ!」

 

今度はきわどい場所。一転してインコースにストレートをいれられた沖田。思わず見逃してしまう。

 

「きっつ。ルーキーへの対応じゃないでしょ」

沖田がそうつぶやくと。

 

「最大級に警戒させてもらっとるから、大人しく凡退してくれや♪」

捕手は笑顔でさらりと流す。相手も捕手らしく、御幸に負けず劣らず黒い笑みである。

 

 

1ボール1ストライクからの外角の直球を流す沖田。またしても先制の場面と同じ様な打球。

 

カキィィィィンッっ!!

 

「ファウルっ!」

 

―――――ホンマ、外に踏み込むんか、それで。外一点の読み待ちか?

 

大阪桐生の捕手は、沖田の狙いが外だということを判断する。

 

 

しかし、第2打席はインコースのストレートをフェンス手前まで運んだのだ。

 

「ファウルっ!!」

 

 

二球続けて外のボール。追い込んではいるが、食らいつく沖田。

 

2球目以外は外。3球続けての外もありうるかもしれない。

 

――――こういう時は、来た球を打つ。外待ちだけど、中も反応する準備は――――

 

 

そして投げ込まれたのは、インコースのストレート。

 

 

かァァァァァァァンッッッっ!!

 

―――――できているっ!!

 

 

「なっ(ここに来てのインコースうち!? あんなスイング、張っとったんか!?)!?」

打球の行方を追う捕手。

 

「!?」

しかし沖田にも驚くべきことはあった。

 

――――球が、重いッ!!

 

「ファウルっ!!」

 

身体の使い方はほぼ理想形だった。だが、沖田の能力が舘の力によってねじ伏せられた。

 

ビリビリビリ

 

「くっ」

 

沖田の腕が痺れていた。あまりの球威に手の感覚が時々消えるほどに。

 

 

故に――――

 

勝負はこの一球ですでに決していた。

 

 

ククッ、ギュインッッッ!!

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!!」

 

 

怪童墜つ―――――――

 

 

関西最強の投手にひれ伏す。その自慢の長打を力でねじ伏せ、続く彼のウイニングショットが容赦なく怪童を喰らったのだ。

 

―――――っ!

 

 

ここまで力で敗北感を感じたのは久しぶりの感覚。沖田は肩を落とし、ベンチへと下がる。

 

 

「怪童から三振を奪ったぞ!!!」

 

 

「次もねじ伏せろ~~~!!!!」

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴッッッ

 

舘のほとばしる闘志が、ダイヤモンドを制圧しつつあった。

 

 

 

次の打者は青道の4番、結城。

 

 

「――――――沖田が詰まらされた(ということは、初回とは違うということか)」

 

油断する要素はない。結城はバットを振り抜くことを考えた。最後のファウルボールで、彼が手を気にしていたことから、初回とは全くの別物であると考えた。

 

ズバァァァァァンッッっ!!

 

まず初球。舘は臆さずインコースへと投げ込んできた。いきなりのインコースに、結城は反応が遅れた。

 

――――それや、舘!! その強気の投球で、相手の主砲をねじ伏せえぇぇい!!

 

松本監督も、マウンドで怖い笑顔をし始めた舘が、やっと本気の投球になっていることを悟る。

 

――――こうなった舘は、そう簡単に撃てないぜ!!

 

 

続く第二球。

 

 

きぃんっ!!

 

「くっ!」

 

結城がストレートに振り遅れた。タイミングは合っていたはず。だが、それでもバットでとらえきれなかった。

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!

 

 

 

「―――――!!!」

結城は、理屈ではない舘の闘気を感じていた。これが甲子園に出た者と出ていない者の明確な差なのかと。

 

 

昨年の準優勝投手。その活躍は伊達ではない。その闘志も、全国で2番目に熱かった。

 

キィィンッ!!

 

 

「ファウルボール!!」

結城がストレートを捉え切れない。その事実が、青道ベンチを浮足立たせる。

 

「ストレートですよね!? アレ!? 結城があのスピードに詰まらされる!?」

太田部長は、チーム一の強打者が追い込まれているということに驚きを隠せない。

 

「結城先輩……」

東条は、その打席をただ見つめていた。応援することしかできない。

 

 

「ファウルボールっ!!!」

 

またしてもストレートを捉え切れない。3球連続のストレート。未だに結城は、打球を前に飛ばすことが出来ない。

 

そして優位に立っている関西最強バッテリー。

 

――――アレを投げさせてくれ、近藤。

 

舘が、相方の近藤に対し、あの球を要求する。

 

 

―――――おいおい、ここでネタばらしさせるほど安くはねェぞ。

 

それでも、舘は首を横に振る。

 

 

――――あの大塚、アイツは決め球のSFFを晒した。そして、まだ手札はあるだろう。

 

舘は投げ合っている相手、ベンチでじっと戦況を眺めている大塚に一瞬視線を移す。

 

 

―――――1年生の投手の独壇場にしたくない。相手のムードを消してこそ―――――

 

 

―――――チームに勢いを与えることの出来る投手こそ、

 

それは自分勝手な投手に非ず。自ら考え、自分が最善だと思ったことを為す。チームの為に、何が必要か。

 

 

――――それが俺のエース像だ

 

 

舘は一歩も引かない。すると近藤はため息をして、

 

「タイムお願いします!!」

 

マウンドへと駆け寄る。そして舘に一言、

 

「自分で決めたんやから、あの打者をねじ伏せるんやで? 心配すんな、舘のボールは絶対受け止めたる!」

 

「ああ!!」

 

 

二言のみのタイム。だが、これがこの勝負における絶対の分岐点。

 

 

――――何かくるッ!!

 

結城は本能で感じ取った。取りに来ていると。

 

舘の右腕から放たれたボール――――それが――――

 

 

フワッ、フワワギュインッッッ!!!!!

 

「!?」

 

 

 

その球はストレートよりも、スライダーよりも遅かった。しかし、一瞬浮いたように見えた後、急激に沈み、縦へと結城のストライクゾーンを抉る。

 

 

その滅多にお目にかかれない軌道、通常のカーブではないそれが、

 

 

その予測困難なボールが結城に襲い掛かる!!

 

「!!!!」

 

 

ブゥゥンッッッ!!!!

 

 

そして、舘の放った決め球が、近藤のミットから零れる。

 

「うぉ!!!!」

 

しかし、こぼれたボールを素手で掴み、結城に間髪入れずにタッチする。

 

「ストライクっ!!! バッターアウトっ!!!」

 

 

青道の4番をねじ伏せた。完膚なきまでに、打てるというイメージを掻き消した。

 

「しゃぁぁぁぁ!!!! 舘ぃぃぃぃぃ!!!!」

 

「あの四番を三振に取ったぞ!!!」

 

 

「まだまだ勝負は解らんで!!!!」

 

 

タイムリーを打った打者にやり返す。それは投手としては絶対に成し遂げたいことだろう。だからこそ、こう言う事をした後の投手は――――

 

 

「なんだったんです? 今の球……」

東条が尋ねる。

 

「……おそらく、ナックルカーブ」

クリスがその問いに答える。だが、その彼も少し動揺を隠せないでいる。

 

「ナックルカーブ!? それは本当ですか、クリス先輩っ?」

東条がその決め球に、驚きを隠せない。

 

 

「ナックルカーブ? カーブの亜種ですか、クリス先輩?」

沢村は、ナックルカーブをカーブの亜種とまでしかわからない。

 

ナックルカーブは、普通のカーブよりも大きく縦に落ち鋭く曲がる。その独特な曲り、ナックルの出来損ないともいわれるこのカーブは、見せ球にも非常に有効である。

 

だが、彼が今投げたナックルカーブは違う。

 

 

通常、この球種はカーブとは違い、変化の大小や緩急の投げわけが難しく、握り方も特殊なため、制球も難しい。

 

だが、舘はそのウイニングショットを制御する技術を持っていた。

 

 

球質の重いストレートに、空振りを奪えるスライダー、打者の打撃そのものを破壊しに来るナックルカーブ。

 

 

これが準優勝投手舘広美の、高校最後の実力であり、彼の覚悟である。

 

 

 

 

青道は、舘の本気の投球で叩きのめされた結城の姿に衝撃を隠せない。

 

――――あの結城が、手も足も出なかった。

 

一打席で対応する方が難しい。だが、ここに来て切り札を使ってきた舘の闘志に、真っ向から挑んだ結城が負けたのだ。

 

彼らしくない腰の砕け散ったスイング。青道から大阪へと流れかけた流れを――――

 

 

 

 

 

 

「久方ぶりに震えましたね、アレを見ると」

そんな中、大塚は笑顔のままだった。横にいた御幸は、目を大きく見開く。

 

「やっぱりああいう投手を打ち崩してこそでしょ。それに、俺だって圧倒するから心配いりませんよ」

不敵な笑みを浮かべ、マウンドへと向かう大塚。

 

 

――――高校3年間の重みを感じた。

 

だが、大塚も彼の闘志を感じていた。だが、それで動揺するほどではない。

 

 

――――理解しているけど、はっきり口には出せない。だけど、自然と頬が緩む。

 

 

目の前の打者を狩るために、大塚も自分の最善を尽くすことを誓う。

 

 

――――今度は俺の番。先輩だけが見せつけるのは、フェアじゃないでしょ?

 

 

大塚は、舘にウィンクした。それに気づいた舘は――――――

 

 

「………ふっ」

とっても怖い笑顔で、大塚に返すのだった。

 

 

そう、彼も――――

 

 

大塚の方も、止まらない。

 

 

「ストライクっ!!! バッターアウトっ!!! チェンジッ!!」

 

6回も早々と2死をとると、続く打者には外角直球で見逃し三振を奪う。

 

 

大阪桐生は未だ綺麗なヒットすら打つことが叶わない。この怪物の踏み台にされている感がひしひし伝わる。

 

 

――――ようやく思い出した………横浜シニアの、大塚栄治。

 

 

横浜シニアでは、快速球投手として、そして彼の持つ伝説的な決め球の前では、全ての打者が一度は三振を奪われるという。

 

そして、現在の球速はマックス147キロ。あの降谷には及ばないが、キレ、コントロール共に高いレベルでまとまっており、そのストレートを攻略できないようでは、変化球にも対応できない。ましてや、低め、両サイドには癖球を投げ込み、内野ゴロを量産することで、スタミナ面でも余裕だ。

 

 

―――――舘もええ投球をしとるが、大塚はそれ以上や。うちの打線を寄せ付けんとは。

 

松本監督は、いい投球では勝てないことをわかっていた。だからこそ、勝てる投球というのを求めていた。普段から口を酸っぱく言っていたことを、大塚にされてしまった。

 

舘も、初回を除けばそれが出来ている。事実、あのイニングは分岐点になる筈だった。しかし、その守備からくるプレッシャー、追われている物が感じるその追い込まれる感を感じさせない大塚の投球。

 

 

まるで山の如く、動じないメンタリティ。

 

 

―――――こないな器が、プロで大成するんやろうなぁぁ

 

 

投げ合いで崩れない投手こそが、本当のエースなんだと。

 

 

最高の投球を続ける大塚を見つめる松本監督。まるで、投げることに喜びを感じているかのようにそのフォームは躍動感が出ていた。

 

 

大阪桐生は、結局最後まで大塚を攻略することが出来ず、内野安打2本に抑えられる屈辱の無四球完封を喫することになる。

 

しかしスコアは1-0。舘は8回でマウンドを降り、後続の投手も青道打線を抑えた。

 

 

 

沖田は1安打、あの全国屈指の投手のストレートを打ち返せるだけのパワーを見せつけ、ショートのレギュラー争いに名乗りを上げる。だが、最後の凡退が最悪に近い。

 

結城は1安打と物足りないが、打点は1、四球を選んでいるので、調子自体を崩しているわけではなかった。アレは舘が結城の実力をはるかに凌駕していただけだっただけのこと。

 

東条は1安打を放つなど、一応の結果は残し、7回の第3打席で自分の打撃を監督にアピールした。

 

 

まさかの投手戦。打撃戦が予想されていた試合は、スミ一という壮絶な投げ合いになった。

 

 

 

「………今日はうちの敗けですわ。まさか、期待の一年生が、これだけの投球をするなんて、思ってもいませんでしたわ」

ここまで完膚なきまでに打ちのめされては、ぐうの音も出ない。スコア的には完敗というほどではないが、それでも打線の方は大塚に完敗だった。

 

彼等は、大塚を打ち崩せなかったこと、舘を援護してやることが出来なかったことを悔いていた。だからこそ、この敗戦を受け止めていた。

 

――――彼を日本一の投手にするために、絶対に叩かなければならない投手だったと。

 

 

計15個の三振を奪われながら、球数は117球。三振と内野ゴロとはっきりと決めているのか、癖球に翻弄されていたのが如実に出ている。

 

「アレはまだまだ成長するでしょう。私の想像を超えた投手に」

 

「今度会うのは甲子園になりそうですわな。ほな、また」

 

片岡監督と別れた後、松本監督はあの大塚栄治の投球に衝撃を覚えていた。一年生であの完成度。まだ成長する余地がある。だからこそ、これ以上成長すれば高校レベルでは攻略が不可能な投手になるのではと考えていた。

 

3年後、果たしてこの投手の姿はどうなっているのか。自チームの監督ですら把握していない圧倒的なスケールの大きさ。

 

―――お得意のフォームチェンジは姿を変えとったし、球威とキレが増した分、お手上げやった。

 

フォームチェンジが変化していることを見抜いた松本監督。今は膝の動きに違いがあるだけだが、高校生レベルでこれを完全に会得しているだけでも恐ろしいことだ。

 

フォームのどれかにタイミングを合わせれば、4分の1で確実に痛打できていたのが、今度は大塚の本能で変わってくるのだ。むしろこちらのフォームチェンジが厄介だ。

 

さらには、舘への投球と他のメンバーとでは腕の角度も違っていたことで、フォームチェンジが進化していることを見抜いた松本監督。

 

あの一級品のストレートを変化球に対応しつつ打てと言われれば、それは厳しい。高校生に求める内容ではない。

 

―――あんなルーキー、文字通りの10年に、いや………100年に一度の天才やわ………

 

だが、そんな投手を叩かなければ、甲子園優勝はこの先3年はないという事。あの投手を打ち崩すことが出来る打線が果たしてこの日本に何チームあるのか。

 

―――帰ったらビデオやな。あのルーキーの攻略法を見つけて、夏にリベンジや。

 

松本監督は知らない。

 

まだ彼がチェンジアップ系を投げられることを。この試合でチェンジアップは一球も投げていないのだ。

 

 

この試合で御幸がSFFを解禁したのは、彼を調べていくうちにSFFの存在が明るみに出てくるからだ。チェンジアップ系はまだ対外試合では試しておらず、中学時代に比べてもその威力は凶悪化している。

 

そして、これは夏予選前のデータであり、この先何かの拍子で彼が成長することは有り得るのだ。

 

 

なぜなら彼は、まだ高校1年生なのだから。

 

 

「…………圧巻だったな…………」

クリスのつぶやきがあまり聞こえていない沢村。

 

9回完封内野安打2本のみ。四死球ゼロ。15奪三振。この試合で全国屈指といわれていた大阪桐生の打線を完全にねじ伏せたのだ。

 

「…………………………」

相手チームのムードすら掻き消す圧倒的な投球。味方を勢いづかせる三振、それでいて打者を打ち損じさせる癖球で球数を節約する投球術。

 

序盤のフォーシームに強いイメージを植え付けた大塚は、後半どんどん癖球を投げ込み相手をうちとっていった。球威がある分、内野の頭を越さないその打球を無難にさばく内野陣。

 

それで運よく2球粘った打者には、その粘りを打ち砕くフォーシーム、SFFが襲い掛かる。粘っても無駄。初球を捉えられない。悪循環になり、後半はバットを振ることのできる選手が少なかった。

 

しかし何よりも、全国クラスの投手との投げ合いで崩れない強いメンタリティが、この試合での青道の勝因となった。

 

大塚は投げ合いに強い。その事実を前に、

 

 

「けど、明日の試合……俺だって俺の力を存分に出してやる………!! あいつは凄い投手だよ……けど、俺は負けられねぇ!!」

 

沢村もまた、夏前の最後の練習試合で、新球を試す。彼に匹敵するほどのストレートはまだない。だが、彼に連なるウイニングショットを手にした。

 

日曜第1試合、先発は沢村栄純。

 

試合後、

 

「ふぅ………復活を勝利で飾れたのは大きいかな。」

とんでもないことをやってのけた大塚は自然体で、勝利を得たことに安堵を覚える。

 

「俺にとっては大きな勝利で、大きな試合だったけどな。」

沖田は本人に比べてとてもこの試合を感慨深いものだと言う。全国レベルの投手相手に、ヒットは打てたがそれは本気ではなかった舘の時。悔しい思いをしたのだが、今は大塚の快投の方が喜ばしい事だった。

 

「本当の大塚栄治の復活第1試合を、スタメンで出た事。そしてお前を勝利投手にできたことだ」

彼にとってみれば、今までの技巧派の大塚は活躍していても心から喜べるものではなかった。自分が壊したために、球威も落ちた力で投げ続けている彼の姿は、正直苦しかったのだ。

 

だが、ここで彼は真の姿に戻った。それが沖田には嬉しくて仕方ないのだ。

 

「喜び過ぎだよ。まだ俺達の夏は始まっていないんだぞ」

 

「………俺は、お前がエースになると思うぞ。だから、背番号1のお前を援護して、甲子園を制する。それが俺の夢だ。まあ、丹波先輩の出来次第だが………」

 

そうなのだ、現エースの丹波の投球次第では一年時の大塚のエースは望めない。丹波先輩がエースとして頼りない投球をすれば、大塚にも目が出るかもしれないが、それは現状望めないし、調子を上げている仲間をそう思うのは、沖田も大塚もあまり考えたくはない。

 

「可能性は薄いだろうね。丹波先輩、結構いい投球をしていたし、あの時のように崩れることも少ない。」

 

そして早々に背番号1を諦めている大塚。自分に出来ることはやった。これで後は丹波投手の投球次第でエースが決まる。彼がエースの名にふさわしい投球をすれば、序列的に自分はエースにはなれない。

 

「まあ、明日の試合で沢村も入り込んでくるかもしれないぞ?」

 

「…………栄純か………そうだね、沢村も俺にはないモノを持っているしね。正直、3年生になった時、球速差がなくなればエースを奪われるかもしれない。そんな強敵だよ」

 

「奴に塩を送ったのはどこの誰だよ?」

 

「ハハハハ………だって俺一人で東京予選を勝ち抜けるほど甘くないでしょ? それに、投手は替えが効いた方がいい。強豪校になると、二番手の存在や複数の投手は必須だよ」

 

こういうところは名門にいたせいか、シビアな大塚。片岡監督は一人のエースにこだわり過ぎている傾向もある。大塚にはチームのここ一番を任されるという心意気こそ感じてはいるが、エース一人では甲子園を制することは出来ないと達観していた。

 

 

「まあ、明日の試合、ダブルヘッダーだがどうなることやら………」

 

 

 

 

復活の剛腕。闘志を燃やす左腕。

 

 

そしてその闘志をぶつける相手が決まる。

 

 

相手は今年の選抜準優勝チーム。選抜での自責点はわずかに2点。予選からの無失点記録が決勝で途絶えるほど、スコアボードにゼロを並べた男を擁する関東の新星―――――

 

前橋学園。

 

 

その中心の男は、今年の高校ドラフト世代でナンバーワンの称号を冠する男。

 

 

今年最も評価の高い好投手との対戦は――――

 

青道に、

 

そして沢村に、

 

何を齎すのか。

 

 

「とりあえず、あの凡退はないだろ、沖田」

 

 

「すまん」

 

「いや、せめて当てよう。先輩たちは全国に出ていない人の方が多いんだから」

 

大塚は、本選で戦ううえで全国経験者との経験値の差をチーム単位で感じていた。

 

青道は甲子園を離れて久しいチーム。ゆえに、全国の恐ろしさを知らない。

 

―――――出来るだけ手遅れにならない時期に感じ取ってほしいけど、大丈夫なのだろうか。

 

 

大塚の不安は、遠くない未来で的中してしまうことになる。

 

 




原作とは違い、最後まで投手戦となった大阪との練習試合。

舘先輩は、ナックルカーブを覚えているので、緩急+もう一つ決め球がある状態です。

初めから使われた場合、青道は一点も奪えなかったでしょう。やはり甲子園を経験した昨年準優勝高は踏み台にはできないし、むしろ青道の方が格下ですからね。

とまあ、次は今年の選抜準優勝投手を擁する高校ですね。2009年選抜の今村よりも絶望感を覚える投手と言って過言ではないでしょう。

そんな全国の怪物にプライドを潰されるか否か、沢村の運命は!?


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第26話 粘る者

さて、沢村の運命は


衝撃の練習試合の翌日。沢村の先発にして、エースの資格を持つに相応しいかどうかの試練。

 

次の相手は選抜準優勝の前橋学園。攻撃的な走塁と、ミート力のある強豪。しかしその主軸はつなぎの3、4番とも言われるほどにチームバッティングが上手い。

 

そして、春の覇者沖縄光南高校相手に2失点完投をしたものの、惜しくも破れた3年生投手、神木鉄平。ストレートは最速150キロを誇り、切れ味鋭いスライダーと2種類のシンカー、タイミングを外すカーブと、今年のドラフトでも上位候補といわれる逸材。

 

だが、彼がもっとも注目されている理由は、その150キロのストレートでも、決め球のシンカーでもない。

 

 

彼の真骨頂は、150キロ前後のストレートだけではなく、全ての変化球をコントロールできていることにある。

 

選抜での四死球の数は僅かに2つ。大会を一人で投げ抜いたタフネスさに、この速球投手特有の制球力のもろさすら皆無。

 

そして、彼が目指す投手像は――――――

 

 

――――大塚和正選手のような、両方を兼ね備えた投手になりたい。

 

サイヤング賞最多受賞を誇る大投手を目標に掲げ、今年の夏で活躍が期待されている。

 

 

その静かなエースは、巨人、横浜、ヤクルト、西武などから熱い視線を向けられている。

 

 

「………青道の打線とやり合うのか………そいつは楽しみだ」

彼は不敵な笑みを浮かべながら、初回表の守備に就く。

 

一方の青道ベンチでは、

 

「相手は全国屈指の好投手だ。大阪桐生の舘の比ではない。最初は球筋を確認するだけでいい。勝負を仕掛けるのは2巡目だ。」

 

選抜準優勝投手。恐らく夏の本選で避けられない相手。青道はこの投手を少しでも知る必要があるのだ。

 

「けど、制球がよさそうに見えるね、あの投手。」

大塚は、神木の投球を見て、制球とキレを重視しているように見える彼が、自分に近しいと感じていた。フォームが安定しており、球が荒れていないのだ。それでいて調子もよさそうではなく、安定していると言っていい。

 

 

「ああ。雰囲気も、なんだかお前に似ているような、そんな感じがするな」

先発出場の沖田も、神木の尋常ではないオーラを感じていた。

 

大塚も神木も、同じ大投手を目標としているのだ。似てくるのは頷ける。

 

 

「……アレが、本当の全国レベル……」

沢村は、この神木の投球を目に焼き付ける。この青道に来てから、格上ばかりの投手を見てきた沢村。だがそれでも、彼はここまで這い上がった。ここで投球を見ただけで折れるような精神は持ち合わせていない。

 

舘は青道の打線を1点でしのぐ。だがこの投手はさらに格上の投手。大量点どころか、ヒットすら期待できるかわからない。

 

「ああ。右腕だが、投手にとって何が重要なのかをあの選手は理解している。大塚や神木の投球は、お前にとっての教科書だ。といっても、意識し過ぎるなよ。」

と、御幸が沢村の横で、しっかり見ていくようにと一言を入れておく。正直本選で当たりたくない相手。だが、頂点を目指すうえで、いつかは叩かなければならない相手。

 

―――――その前哨戦。奴から点を取れれば――――

 

御幸は、成宮すら凌駕する超高校級投手を前に、表情がすぐれない。

 

 

 

そしてそのマウンドの神木―――――

 

ノーワインドアップから繰り出される速球がコースに投げ込まれ、先頭打者の小湊を2ストライクとぽんぽんと追い込んだ。

 

――――うちの大塚程じゃないけど、コントロールはそれ以上だ………! 厄介だね……

 

ストレートの球威とキレでは、大塚だろう。だが―――

 

ククッ、ストンっ!!

 

「っ!!!」

 

神木の高速シンカーが切れに切れる。低めへの制球がよく、この必殺の決め球の前に、バットは空を切る。

 

軌道こそ違うが、大塚の決め球に次ぐ威力を誇る球種。

 

続く白洲も、最後はインコース低めのストレートに手を出すものの、あえなくゴロに打ち取られる。

 

そして、目下売出し中の3番沖田がバッターボックスに立つ。

 

――――シンカーの切れは段違い。最初は見に行くべきか?

 

ズバンッ!

 

「ストライクっ!!」

 

息をするように制球の良いストレートがストライクを稼ぐ。最初にアウトロー一杯のストレート。

 

そして次は―――

 

「また同じ球!? っ!?」

 

ブゥゥンッ!

 

直前で曲がり落ちたスライダーにバットは空を切る。外角へと逃げるスライダー。簡単に追い込まれた。

 

―――ここで得意のシンカーか?

 

考える間も与えない神木の第3球。

 

ククッ、フワンッ!

 

「なっ!?」

 

丹波のような大きく曲がるカーブがインサイドからアウトコースへと決まり、沖田のバットが出なかった。

 

「ストライクっ!! バッターアウト!!」

 

―――これが、高校上位クラスの投手…………

 

屈辱の見逃し三振を奪われ、守備に就く沖田ら。

 

そして次は沢村の出番。

 

 

「…………すげえな………あんなレベルが全国にはごろごろいるのかよ………」

沢村は、沖田があんな風に三振を取られるところを見たことがなかった。故に、そのキレに驚愕しつつ、そんな投手と投げ合える喜びに震えている。

 

「ビビったか?」

故に御幸の軽口にも、

 

「全然!! 燃えてきたっすよ!!」

 

――――ホント、こいつは面白いなぁ………

 

御幸はマスクを被ると、沢村にサインを送る。

 

第1球。

 

ズバァァァンッ!!

 

130キロ前後のストレートながら、打者の外角へと制球されるストレート。その後、ムービングでカウントを稼ぎ、

 

――――外角にボール球のストレート。

 

「ボールっ!」

 

 

―――これでストレートの軌道を見せた。次は、インコースのカットボールで詰まらせる。

 

ガァァンッ!!

 

右打者の内角をえぐり、力のない打球はゴロとなり、ショート沖田が無難に処理をする。

 

「ワンアウト!!」

沢村が高らかに宣言する。こういう風に何でもいいから流れを呼び込む仕草は時に重要である。

 

続く打者は、インコースのストレートで見逃し三振。特に左には見えづらいフォーム、アウトコースのチェンジアップにはどうしても手が出てしまい、バットが及び腰になっていたのを見逃さない御幸。

 

そして問題の3番。ミート力のある左の巧打者、天見順平である。彼はバッターボックスを前にすると、バットを短く持ったのだ。

 

―――初回から動いてくるとはな、球質に気づくのが早すぎ

 

「………」

 

初球、高めの真直ぐで空振りを奪おうとするも、それを見切る天見。

 

「ボールっ」

 

続く第二球はアウトコースに手を出さず、悠然と見送る。見逃し方も様になっているために、中々打者の弱みを見つけにくい御幸は、対応に苦慮する。

 

カキィィンッ!!

 

「あっ!」

 

そしてアウトコース、ややボール気味の高速パームを逆方向に打ち返した天見。タイミングは外したが、軽打に切り替えていた彼のバットからは逃れられず、膝を我慢したいいスイングにより、内野の頭を越されたのだ。

 

「続け、大地ッ!! 打てない球じゃないぞ!!」

 

――――微妙に変化している。軽打なら捉え切れるが、コンパクトにスイングしないと厄介だな。

 

 

そしてここで、4番右の強打者、北原大地。

 

 

「ストライクっ!!」

初球ムービングでカウントを稼ぐも、しっかりと球質を見てきた北原。

 

続く第二球を、

 

カキィィンッっ!!

 

「ファウルっ!!」

 

レフトに引っ張られ、何とかファウルになるも、カットボールを捉えられたのだ。コース自体はファウルになるコースではあったが、それでもタイミングが合っている。

 

――――ここで一球、アウトコースのサークルチェンジ。ボールでいい。少しでも変化球を意識させるぞ。

 

フワッ、ククッ!

 

キィィンッ!

 

しかしバットの先に当て、ファウルへと逃れる北原。その後、ファウルが5球続き、

 

「ボール、フォア!!」

 

3番のヒット、4番への四球で、ピンチを拡大させてしまう沢村。

 

「くっそ………! 」

驚異的な粘りの前に、沢村は歯噛みする。

 

―――落ち着けよ、沢村。まずは1球外して様子を見る。

 

ツーアウトとはいえ、何もしかけないわけがない。前橋のストロングポイントは、攻撃的な走塁とミート力。

 

「ボールっ!!」

 

僅かに外れたストレートを悠然と見送る5番打者。全員が全員、選球がよく、程よい集中力を保っている。

 

――――ムービングでインコースだ。癖球でひっかけさせろ

 

ダッ!!

 

その瞬間、ランナーが一斉に走り出したのだ。

 

「エンドランっ!?」

御幸と沢村の驚きの声。ここで仕掛けられた青道バッテリー。

 

「……っ!!!」

ここで沢村は投げるリリースの瞬間にウエストをし、アウトハイへとボールが外れる。尚、打者はスイングをしていた。故に、御幸への守備妨害すれすれの行為。

 

「ッ!!!(ナイスだ沢村!!)」

そのやや暴投に近いボールを捕球した瞬間に三塁へと横手で投げる御幸。

 

――――後輩のこのプレー。活かさない手はないでしょッ!!

 

矢のような送球。白い閃光が三塁増子のグローブへとおさまり―――

 

「アウトォォォ!!!!」

 

寸前で二塁ランナーを刺すことのできた御幸。だが、初回から仕掛けてきた前橋。

 

 

そして2回裏、

 

青道の4番結城との対戦。

 

 

ドゴォォォォォンッッッ!!!!

 

 

150キロ前後の球がいきなり結城のインコースを抉り抜いた。

 

「!!!!」

思わずのけぞるほどの威力。結城は全くバットを出せなかった。

 

「ストライクっ!!」

 

続く2球目――――

 

 

ククッ、ギュインっ!!

 

今度は鋭く縦におちるスライダー。前情報では通常の横変化のスライダーと言われていたが、ここに来て縦スライダーを投じてきたのだ。

 

全くバットに掠りもしない。青道の打の中心が全く相手にならない。

 

「ストライクツー!!」

 

「――――!!」

初めてだった。ここまで2球、バットに掠りもしなかったのは。あの成宮と対戦した時も、ここまでの威圧感は感じなかった。

 

 

――――遊び球を投じる必要がない。ストレートで打ち取る。

 

神木はアウトコースへのストレートを要求する。そしてその相方の山崎は――――

 

 

――――ボール気味でもいい。この打者は飛ばす能力はあるからな。見極められてもシンカーで空振りだ。

 

 

ドゴォォォォォォンッッッ!!!!

 

アウトコース一杯のストレートに辛うじて反応した結城。だが、バットはボールの下、タイミングもあわず、三球三振を喫する。

 

「結城が――――手も足も出ない……だと?」

全くタイミングが合わなかった彼の打席を見て、青道に動揺が隠せない。舘の時のような初見の球に抑えられたのではない。

 

 

―――――純粋な力の差によって、結城はねじ伏せられたのだ。

 

続く増子は――――

 

 

ギュギュインッッ!!!

 

通常シンカーにバットが空を切り、連続三振。これで前の回から3者連続三振。青道の主軸が序盤手も足も出なかった。

 

 

「ぐっ!」

そして最後の伊佐敷も、インコースという得意なコースのストレートを完全に詰まらされ、ピッチャーゴロに抑え付けられる。

 

 

 

「―――――――――」

そんな先輩たちが何もできずに凡退する姿を見て、沢村が何かを感じていた。

 

――――勝てるのか? 打てるのか?

 

そんな疑問が湧いて出る。これほどの投手、攻略もそう簡単にいかない。投手の知識をある程度持っているがために、彼の力量が解ってしまう。

 

―――――クソッ!! 今それを考えている場合かよ!! 俺は俺の仕事をやるだけだろう!!!

 

沢村はその考えを無理やり頭の外へと追いやる。今は自分の投球に集中しないといけない。

 

 

だが、2回も初回の攻撃が尾を引いているのか、沢村の投球が安定せず、二つ目の四球を献上するも、何とか無失点に抑える。

 

ここは集中力を切らさない沢村に軍配が上がる。だが、前橋は確実に沢村に球数を投げさせ、かつ彼の球質をじっくりと研究していた。

 

塁上から常にプレッシャーをかけてくる前橋学園。さらには全打者が非常に粘り強くバッティングをしてくるのだ。

 

―――各打者が本当に粘り強い。横浦のような強打とは違い、沢村には一番相性の悪い相手だ………

 

御幸も、力押しの打者よりもやりづらいと感じつつあった。

 

 

「(本当にボールが動いているな。意図的に来るのはインコースのカットボール。チェンジアップはそう何度も来ることはない。あくまで狙い球はカットボール。)」

3回、打順は戻って1番のセンター太田に戻る。これまでの投球パターンから、インコースはカットかストレート。ムービングボールは外に来ている。

 

この事から、ムービングファーストは意図して曲げているわけではなく、癖球の延長だという事。変化を自在にできるレベルではないということだ。

 

しかし、カッターは違う。これは意図して投げられるボール。フォーシームもまっすぐに伸びてくる。だからこそ、インコースの狙い球が絞られてくる。

 

「ファウルボールっ!!」

 

とにかくインコースに対しては臆せずバットを出してくる。とにかく各打者が沢村のフォームの間合いを計ってきているのだ。じっくり粘って粘って凡退するケースが多く、

 

 

カァァンっ!!

 

「セカンドっ!!」

 

小湊からの送球が結城へと送られ、

 

「アウトっ!!」

 

何とかゴロで打ち取るが、球数以上に精神的に削られている沢村。

 

続く打者にはインコースへのチェンジアップで何とかタイミングを外し、球数を稼がれなかった。しかし、初めての三者凡退にも沢村には笑顔がなかった。

 

「――――――――」

沢村には余裕がなかった。これなら振ってくる横浦の方がマシだと思った。前橋の打線はとにかく粘る。そして、3番のヒット、4番のフォアボールが脳裏に残っていた。

 

 

かァァァァぁんっっ

 

 

甘い球は痛打される。そんなプレッシャーから、沢村は絶対に甘い球は投げないと、自分に言い聞かせていた。

 

しかし、さえない表情ながら抑えている沢村よりも、青道打線の方が深刻だった。

 

先頭打者の御幸は―――

 

ドゴォォォォンッッッ!!

 

「ッ!!」

ストレートの球威に根負けし、4球目のストレートにより、ゴロで簡単に打ち取られたのだ。

 

「クッ!!」

 

カァァァンッッ!!!

 

「アウト!!」

 

 

だが、青道サイドも何もしないわけではない。

 

「なぁ、あのストレートは相当なんだよな」

 

「ああ。正直、ストレートとスライダー、シンカーだけでも手一杯なのに、あのカーブが想像以上にやばい。」

唯一カーブを使われた沖田は、あのカーブが神木の攻略をさらに難しくしているという。

 

「ということはさ、」

東条は吹っ切れたように打席へと向かう。

 

―――――俺にはカーブがこない。

 

マークされていない分、自分にはチャンスがあると意気込んだ。

 

東条が右打席に入る。

 

―――――甘い球は来ない。けど、ストライクには来る。この投手が制球がいいのなら。きわどいコース、早いカウントは取ってくる。

 

下位打線相手に、無駄球は放りたくないはず。

 

 

―――――甘い球は一球で仕留める。力を見せたら警戒されてさらに狙い球が絞れない。

 

ズバァァァァンッッ!!

 

「ストライクっ!!」

初球インローのストレート。厳しいが判定はストライク。

 

「ボールっ!!」

 

――――正直、初打席は見に行っていい。打てると思ったポイントをスイングすればいい。

 

2球目はシンカーが外れた。というよりも、ストライクからボールになる球だった。ここにきて、山崎は東条の実力を警戒しだす。

 

――――早いカウントから手を出してくると思ったが、そうではないな。こいつから焦りが見えない。

 

「ファウルっ!!」

 

続く3球目はスライダー。結城が空振りした低めのボールに当てる。

 

 

――――桁違い。けど、俺達の世代のエースよりも怖くない!

 

大塚のSFFほど絶望的ではない!

 

4球5球とカウントを稼いだ東条。神木に食らいつく。これで平衡カウント。

 

―――――ここで決め球の高速シンカー。低めに落ちるボールで三振だ。

 

東条は大塚から話を聞いていた。

 

「いい投手ってのは、大抵核となる球種が存在するんだ」

 

「お前のSFFやチェンジアップみたいなのか?」

 

「ああ。豊富な球種を駆使するタイプもいるけど、変化球を生かすのはストレートだからね。もしくはそれぞれの投手の考えの核があるはずなんだ。確固たる核がないと、頼れる武器がないのだから」

 

 

「本当の好投手を打ち崩すには、核となる武器を叩くか、相手の自滅しかないんだよな」

 

 

 

――――俺の想像でしかない。けど、制球よくボールを投げ込んでいる。下位打線に変化球が見極められている今、来るのは――――

 

 

ゴゴゴゴゴッッッ!!!

 

 

やってきたのはストレート。東条の読み違いだった。

 

 

カシュッ

 

ズバァァァァンッッ!!!

 

 

「ストライクっ、バッターアウトっ!!」

ボールには掠ることはあったが、東条のスイングをねじ伏せた神木。だが、この打席で彼への見方が変わる。

 

――――この一年生は要警戒だな。

 

続く沢村は三球三振。青道はランナーを出せていない。

 

 

 

3回表、打席には再び初回ヒットの天見。

 

―――――ここはまず初球チェンジアップ。組み立てを変えるぞ。

 

「!?」

 

タイミングを外された天見。いきなりチェンジアップから入る青道バッテリーに驚きを隠せない。

 

――――次はストレートか?

 

フワッ

 

 

ここで次もパラシュートチェンジ。今度はボールゾーン。

 

「ボールっ!!」

 

しかし、緩い球を使いだした青道バッテリーの意図が読めない。

 

――――次は高速パーム。芯を外せばいいんだ。高さはインローより少し高めでも構わない。

 

カァァァンッッ!!

 

「!?」

 

バットの芯を外された天見。絶好の甘い球だと思ったボールが縦変化し、芯を外されたのだ。あえなく投手ゴロに打ち取られる。

 

――――そうだ。こういう相手は、甘い球を強くスイングする。なら甘いコースで芯を外し、打者の打ち気を逸らせる。

 

 

ある意味主軸にこれを行うのは結構なリスキーだ。当たれば長打。だが、沢村のムービング変化が為し得るリードでもある。

 

続く4番にも――――

 

 

「!!」

 

最後はインコースのカッター。初球3番天見を打ち取ったパームから、横変化のカッター。打球は高く打ち上げられ、御幸がミットを構える。

 

「アウトっ!!」

 

「ツーアウトっ、ツーアウトっ!!!」

沢村が声を張り上げる。守備で奪われた流れは守備で取り返す。この投手を打てないことは仕方ない。だから、自分に出来るやり方で、チームを盛り上げよう。

 

「沢村……」

沖田が孤軍奮闘する沢村に何かを感じた。彼の為に、何とかヒットを打ちたいと。

 

だが、触発されたのは彼だけではない。

 

「ツーアウト!!! みんな集中するぞ!!」

結城が声を張る。主将で4番の自分が気落ちするわけにはいかない。空元気でも自分を奮い立たせる必要があるのだ。

 

「しゃぁぁぁ!! ツーアウトっ!!!」

 

 

 

そして、前橋ベンチでは――――

 

「甲子園から離れて久しいけど、精神力はあるみたいだ」

この回打ち取られた天見は、青道のムードが蘇ったことに、苦笑いする。

 

「いい投手をぶつけられたぐらいじゃ、崩れないな。けど、今のムードは彼が背負っていると言っていい」

神木は、青道の切れかかった闘志を繋ぎ止めたのが沢村であることを知っている。だからこそ―――

 

「悪いが、俺達も今年を譲る気はない。」

 

勝負は3順目。

 

前橋を指揮して5年の岡田監督は、

 

「ああ。確かに彼の癖球はただの癖球ではない。だが、あの球コンパクトにスイングする、あるいはバッターボックスを前にして、前のポイントで変化する前に打つかのどちらかだ」

 

5番打者がフォーシームに空振り三振を奪われ、3回が終了する。

 

怪物神木に対し、一歩も譲らないルーキー沢村。この超高校級投手を前に、青道に打つ手はあるのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




何とか粘りの投球を続ける沢村。

後、3月まで暇になりました。何とか卒業できそうです。



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第27話 バースト!!

????「タイトル奪われた!?」




両者全く譲らない投手戦。全国屈指の投手、片や高校初年度のルーキー。しかし、この投手は伊達ではない。

 

4回の表、打順は返り小湊から始まる。未だノーヒットの青道打線。何とか沢村を援護したいが――――

 

クク、ギュギュイン!!

 

 

「ストライクっ!! バッターアウト!!!」

3球目の高速シンカーをかろうじてバットに当てた小湊だが、続く4球目のシンカーにタイミングが合わず、空振り三振。

 

 

2番白洲もストレートに詰まらされ、あっさりとツーアウト。だが、青道はここから主軸。

 

 

3番沖田。前の打席は屈辱の見逃し三振。ここで何とか一発を打ちたい。

 

――――この打者は厄介な雰囲気。まずアウトコースへ一球――――

 

神木が投じたストレート、それが寸分の違いもなく、アウトコースへと迫る。

 

 

カキィィィィィンッッッ!!!!!

 

「え!?」

神木は信じがたい光景を目にした。打球音は聞こえた。しかし、彼は目の前にあったはずの打球を見失ったのだ。

 

「ッ」

苦い顔をしている沖田のみがその眼球に映り、バットは振り抜かれていたのだ。

 

 

神木が目にしたのは、レフト方向へと痛烈な打球が伸びていくこと。

 

 

「ファウルっ!!」

 

しかし、150キロ前後のストレートを撃ち返した打球は僅かに切れてホームランとならず。沖田が仕留め損ねたことに自分を戒める。

 

 

―――――前の打席はこの投手を意識し過ぎていた。けど、俺は元々考えるタイプではない。

 

 

沖田は、このレベルになると待ち球を考えることは出来ないと考えた。

 

――――センスで打つ。なけなしのセンスで、こいつを打ち砕く!!!

 

 

続く二球目、縦スライダーを見極めた沖田。これで1ボール1ストライク。この一連の勝負の結果に、前橋バッテリーは、焦りを感じ始めた。

 

――――この打者、確実に対応してきている。ここはシンカーで。

 

 

――――ボール気味でいい、神木。こいつは横浦のアイツと同等だ。

 

山崎の脳裏に浮かぶのは、横浦の最強スラッガー、岡本達郎、坂田久遠の恐怖の3番4番コンビ。あのレベルにすら匹敵している。

 

 

続く三球目、2ボールにはしたくないバッテリー。選択したボールは――――

 

 

クク、ギュギュイン!!!

 

「ストライクツー!!」

 

沖田のバットが空を切る。ボール球からボールのシンカー。これで追い込まれた沖田、追い込んだ前橋バッテリー。

 

 

―――アウトコース高め、一球釣り球。バットが出ても、次は対角線のスライダー、ボール球で打ち取る。

 

ドゴォォォォンッッッ!!

 

「ボールっ!!」

 

沖田はピクとも反応しなかった。完全に神木のボールを見切り始めていた。

 

これで平衡カウント。勝負球は――――

 

 

「ボールスリー!」

 

縦スライダーも冷静に見極めた沖田。これでフルカウント。

 

 

―――――――っ

 

今の沖田は、神木の投球にしか目が入っていない。青道ベンチの声援、前橋ベンチの盛り立て、それらが耳に入るが、それらを意識していなかった。

 

 

無駄な雑念すらなく、神木を打ち砕く、そのことだけを考えていた。

 

 

 

そしてラストボールは――――――

 

 

「ボール!! フォアボールっ!!!」

 

ストレートがコースから外れ、四球。沖田との勝負を避けた形となった。続く結城は――――

 

 

「いい度胸だ。次は打つ」

 

 

沖田の打席は、間近で見ていた結城に、十分に球筋を見極める材料となった。

 

 

―――――来た球を打つ。自分のスイングを信じろ。

 

これまでスイングした数、数えきれないほどの練習。

 

 

一塁ランナーにいる沖田を見た。

 

 

――――奴から教わった、あの練習方法。

 

 

沢村が今年の選抜覇者相手に堂々と投げている。にも拘らず、上級生は凡退し、自分は三振に打ち取られている。

 

 

これは、1年生だけの独壇場ではない。青道チーム全体で戦う必要がある。なのに、主将として、プレーでチームを引っ張れていない。

 

―――――キャプテンとして、4番として―――――

 

 

そして前橋バッテリーは、この4番も警戒していた。

 

――――変化球から入るぞ、

 

 

――――――ああ

 

神木の初球。スライダーを―――――

 

 

「ボール!!」

 

冷静に見極める結城。一塁ランナー沖田は動かず。

 

 

ズンッ!!

 

 

しかしランナーとしてのプレッシャーが、神木を襲う。広いリードと、こちらを常にみられているという感覚。隙あらば盗塁を試みようとしている。

 

 

――――ランナーは気にするな! ここはシンカーで行くぞ!

 

累上の沖田は、

 

――――盗塁をしないとは言っていない!!

 

 

ダッ!!

 

 

一塁ランナー沖田がスタート。4番への警戒心を突かれ、二盗を許す。

 

「ランナー、スコアリングポジションに進んだぞ!!」

 

そしてカウントは2ボール。苦しいカウントになり始めていた。

 

―――――ここは勝負に行くべきじゃない。ボール気味でいい。次の打者で勝負だ。

 

しかしここで冷静に前橋バッテリーは5番増子との勝負を選択する。このカウントで、タイミングがあってきている打者との勝負はあまりにも危険だ。

 

「ボールっフォア!!」

 

 

連続フォアボール。3,4番との勝負を避けた形となった結果。二死ながら、二塁一塁のチャンス。

 

ここで5番の増子。

 

 

ズンッ!!

 

 

そして、二塁ベース上でもプレッシャーをかけてくる沖田。隙あらば三盗塁をも試みるほどの気迫。

 

―――落ち着け、神木。この打者を打ち取れば、得点を奪うことが出来ないのは、青道だ。

 

山崎はなおも続ける。

 

――――奴らにはこれしか方法がない。

 

青道の得点源は、この主軸。この二人との勝負を避けた場合、確実とは言わないが、かなりの得点を防げるのだ。

 

「ストライクっ!!」

 

シンカーに空振り。増子はこの投手とのタイミングがいまだに合わない。やはり変化球に弱い増子と、制球力がよく、その上変化球も多彩な神木には相性が悪い。

 

「ストライクツー!」

 

続くカーブにはバットすら出せない。タイミングを狂わされた増子。あっさりと追い込まれ―――

 

 

ドゴォォォォォンッッ!!

 

「ストライクっ!! バッターアウト!!」

 

ここで最後は高めのボール球のストレート。この回初めてランナーを出した青道だが、無得点。

 

 

「ドンマイドンマイ!」

マウンド上で気迫を出し続ける沢村。

 

「とりあえず、一つずつ行きましょう!!!」

 

ここでこの回は捕手の山崎から始まる前橋の攻撃。そしてこの青道の守備の前に――――

 

 

「よし、あの球を投げてみろ。」

片岡監督からの指示。それは、沢村の決め球を試すこと。

 

「うっす!!」

 

「とりあえず、使えそうなら続けます。決め球にこだわり過ぎて、自分の投球を見失うなよ?」

御幸の心配しているのは決め球が機能しなかった時の沢村のモチベーション。ようやく大塚に追いつき始めたと感じている彼のことだ。その決め球が使えないのはかなりショックだろう。

 

 

――――まずは、初球スライダーな。

 

そして御幸は当然、回の頭の初球に、スライダーを要求する。

 

――――いきなりっすか?

 

御幸の脳裏には、

 

――――使えないなら使えないで、初球に試すべきだろうな。球数を投げさせている相手だ。追い込んだ時にはまだ使えない。

 

ククッ、ギュワンッッッ!!!!!

 

 

前橋山崎のバットから、ボールが消えた。

 

「―――――――――――――え?」

 

視界からボールが消えた。ボールが文字通り消えたのだ。何が起こったのかを理解できていない山崎。

 

――――沢村のタイミングの取りづらいフォームに、同じ腕の振りでスライダーが来るんだ。見極める事なんかできないだろうよ。

 

そして、サインミスの場合は御幸も取れないと考えているほどのボールだ。

 

 

ククッ、ギュギュワワンっっ!!

 

「ストライクツー!!」

 

手も足も出ない山崎。今度はバットすら出せなかった。しかし軌道を辛うじて見ることが出来た。

 

――――縦変化がつきながら、横へと鋭く沈むボール。しかも、このフォームのせいで、見分けがつかないッ!!

 

 

反応が遅れた場合は――――

 

 

ズバアァァァァァァンッッ!!!

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

 

三球三振。神木が圧倒するなら、沢村も前橋をねじ伏せる。スライダーを意識したことで、沢村のストレートがより強力な武器となった。

 

 

見えづらいフォームで放たれるストレートだけでも手一杯なはずだ。それに、緩急と空振りを奪うボール。

 

 

これが沢村の形になるのかどうか、この試合が終わった後になるだろう。

 

「一死!!! 一死!!」

沢村が気合を入れる様に吠える。3年生投手だが、上に行く以上――――

 

あの大塚に勝負を挑んでいる以上、

 

 

――――この投手に勝てなくて、何がエースになるだ!!!

 

沢村の闘争心が投球フォームに躍動感を与える。

 

続く7番神木には―――

 

ククッ、ぎゅぎゅわんっっ!!

 

「ストライクっ!! バッターアウト!!」

 

スライダーで三振を奪った沢村。前橋学園の狙いだった、粘ることが出来なくなった。

 

――――ストレートの制球がいいから、コースにこそ行くスライダーがボールになっても相手は手を出してくれる。

 

だが、御幸の不安材料は、スライダーがコースに入るケースが少ない事。あの時一球ゾーンに入ったが、真ん中低めは危ない。

 

最後の打者には――――

 

ズバァァァァンッッッ!!

 

「ストライクっ、バッターアウトっ!!」

 

アウトコース一杯のストレートに手が出ない。この回は3者連続三振に切って取る沢村。

 

 

「しゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

 

吠える沢村。前橋のリズムを狂わせる一撃。この1年生投手の躍動がさらに次元を突破していく。

 

 

「しっかりストライクゾーンのきわどい所に投げられたら、合格だな。」

 

「うっす!!」

 

しかし甘いコースにしかスライダーが制球できていない。これが沢村の課題。

 

――――けど、ここまで通用するか、お前は。

 

去年のムービングのみの投手ではない。これでさらに体が出来てきた場合はいよいよ大塚を抜きかねない。

 

 

そして5回――――

 

6番伊佐敷が打ちとられ、

 

 

御幸が――――

 

 

カキィィィンッッ!!

 

 

「へっ?」

 

自然にバットが出たのだが、ストレートを弾き返したヒットを打つ。といっても、内野の頭を超えるポテンヒット。

 

「ついに打ったぞ、御幸の奴!!」

 

「この回は何が起こるかわからないぞ!!!」

 

チームでいちばん打撃が期待できない(ランナーがいる時は別)御幸が塁に出た。これは何かの兆候だと考えた青道バッテリー。

 

そして8番東条。

 

「ボールっ!!」

 

シンカーを見極めた東条。この打席の前、沖田からアドバイスを貰っていた。

 

「低目はとにかく、必要以上に意識しないこと。外と内の制球はいいけど、高さにはまだ隙がある。」

 

―――ゾーンに来た球を弾き返す!!!

 

カキィィィンッッッ!!

 

ランナーがいる時のストレートを確実に軽打、流し打ちの東条。一二塁間を抜けるヒットで、これで一死一塁三塁の大チャンス。

 

「連打来たァァァァ!!!」

 

「ビッグイニングにするぞ!!!」

 

「続けェェェ!! 沢村ぁぁぁぁ!!!」

 

前橋ベンチは、御幸のヒットから始まったこのピンチに、あわてる。

 

「まだまだ!! 確実にアウトを取るぞ!!!」

 

「しまっていくぞ!!」

 

だが、この局面で投手が打席なのは助かっていると感じていた。自動アウトの投手であるからだ。

 

 

 

 

この局面で沢村は―――――

 

「しゃぁぁぁぁ!!! 気合入れていくぜェェェ!!!」

 

 

コンッ

 

「初球スクイズ来たァァァァ!!!!!」

 

 

「ナイススクイズ沢村ぁぁぁぁ!!!!」

 

ザシュッ!!

 

 

「先制点来たぞ!!」

 

「あの投手から得点を奪ったぞ!!!」

 

 

盛り上がる青道ベンチ。そして先制点をもぎ取ったのは、沢村のスクイズ。

 

「うははははは!!! 俺が本気出せばこんなもんだ!!!!」

 

「くっそぉぉぉ!! 調子に乗るなと言いたいが、何もいえねェ!!!」

金丸は、外野から沢村を諌めることも出来ない。投球に集中してもらいたいのだ。

 

「沢村、この得点を奪った次のイニングが重要になる。しっかりやれよ」

クリスの言葉に、

 

「はいっ!! クリス先輩っ!!」

 

 

しかし青道の攻撃が止まらない。まだ二死二塁。二塁ランナー東条が帰れば2点目。打順は返って小湊だが、

 

――――3打席目はさすがにね

 

 

「ボール、フォアボール!!」

 

球筋をだいぶ見れた小湊が、出塁する。これで一死、二塁一塁。

 

 

「うおぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

ここで、白州が気迫のヘッドスライディング。詰まった打球にも助けられ、送球がそれてセーフ。前橋学園はここで痛恨のエラー。

 

これで満塁。

 

「行けェェェェ、沖田ぁぁぁぁぁ!!!」

 

「青道のO(沖田)Y(結城)砲!!」

 

「青道の怪童!!!」

 

 

このチャンスの場面で、主軸にまわってきた青道。

 

――――高速シンカーで行くぞ、この前はこれを空振りしていた!

 

 

 

山崎は第2打席で空振りをしていたシンカー系を選択していた。だが、あの油断できない集中力で入った沖田が、あのコースのシンカーに空振りしたことに、彼らは気づくべきだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガキィィィィィィィンッッッッッ!!!!!!

 

 

今回も、神木は打球を追うことが出来なかった。

 

 

ダンッッッ!!!

 

 

レフトフェンスを悠々と超えていった、グランドスラム。選抜準優勝チームの投手を、

 

 

ドラフト最高峰と言われていた投手を打ち砕いた。

 

「―――――――――――――――――――――え?」

神木は打たれた方向を呆然と眺める。前橋学園のナインも、監督も、絶対的エースだった、選抜を投げ抜き、自責点2のエースが大量失点する光景を、信じがたいものと感じていた。

 

 

青道ベンチも、ナインも、この打球に未だ誰も声を発せられない。その打球を放った男――――

 

 

沖田が右手を高々に突き上げて――――――

 

「や………やった!!」

 

 

誰からともなく声が出る。それが合図だった。

 

 

「いったぁぁぁっぁ!!!!!! いったぞぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 

「さすが沖田!!! 怪童!! 青道の怪童!!!」

 

 

「満塁ホームラン!!!満塁ホームランっ!! さすがすぎるぜ、あの野郎!!!」

 

 

「青道の3番!!!」

 

「沖田ぁぁぁぁ!!! うわぁぁぁぁ!!!」

 

「沖田のバットはナイスバット!!!」

 

 

「ついに仕留めたぞ、あの野郎!!」

 

当然、ベンチ前でも大盛り上がりだ。全国屈指の投手から5点。これは夏直前の最高の結果となるだろう。

 

「打ちやがったぞ、あの野郎ッ!!!」

伊佐敷が吠えるが、目も顔も笑っている。

 

「これはでかい。これでリードもしやすくなるな」

御幸も、リードは1点どまりだと考えていたので、本当に朗報だと感じていた。

 

「さすが沖田!」

三塁ランナー東条は、本塁で沖田を待つ。

 

「ホント、ここぞという場面で打ってくれるね。頼りになるよ」

二塁ランナー小湊も、沖田の一撃には攻める要素はないので、ニコニコ顔だ。

 

「繋げてよかった」ほっ

エラーでもなんでもいいので、何とか出塁できたことに、ほっとする白洲。

 

 

「やりました、先輩方。やったぜ、東条!」

 

ベンチへと帰る沖田は、

 

「シンカーを狙っていたのか?」

御幸が沖田に尋ねる。第2打席での沖田の奇行に一番に気づいたのは大塚。そして、御幸も彼の集中していた打席であんなボールを振ること自体おかしいと感じていたのだ。

 

 

そして彼は、第2打席で空振りをしていたボールを、スタンドに叩きこんだ。

 

 

「ええ、次の打席はそれを軸にすると思っていたでしょうし。空振りをすれば、糸口があそこに絞れますしね。」

 

「俺以上にエゲツナイな」

沖田は、あえて第2打席にシンカーを空振りしたのだ。それがまき餌、次の打席への布石。御幸は、

 

―――――打席での配球と結果すら駆け引きに持ち込むお前がすげぇよ。

 

そして、自分もこれを配球に取り入れたいと考えるようになる。相手の手を誘導する。相手が落としてくれる隙を、その一球を逃さない。それは捕手にとって気を付けなければならないことであると同時に、理解しなければならないことだ。

 

 

 

これで5-0。神木を打ち込んだ青道打線。この5回の集中打で、大量得点を実現した。

 

「アレを打つのか…あの1年生は」

自信のあるシンカーを狙われていた。第2打席の空振りは今考えてもおかしかった。苦笑いの神木。

 

「神木………」

 

「切り替えるぞ。と言っても、まだ俺も動揺しているから、迷惑をかけるかもしれない。」

 

 

 

 

続く結城も痛烈なヒットを打ち返し、これで二死二塁。

 

「ッ!」

 

しかし、増子がスライダーにタイミングを泳がされ、レフトへのフライに打ち取られて攻撃終了。

 

 

ここで、沢村に頼もしい援護が加わる。

 

 

5回の裏、沢村のスライダーの切れが冴えわたる。

 

「ストライクっ、バッターアウト!!」

 

ボール球でも関わらず、急激に曲がるスライダーに手が出てしまう。まだ未完成のスライダーでも、このフォームの恩恵がバットを出させるのだ。

 

遅れたらストレートに空振りを奪われるためだ。

 

そしてそれは、他の変化球を生かすことにもつながる。

 

「グッ」

カッターが威力を上げる。太田をゴロに打ち取り、最後は――――

 

ククッ、フワッ!

 

「ッ」

 

ここでパラシュートチェンジによってタイミングを狂わされた2番早田も空振り三振。これで8つ目の三振を奪う沢村。得点した直後のイニング。この課題をしっかりとクリアした沢村。

 

 

6回の表は立ち直った神木に抑え込まれ、三者凡退。そして、沢村の最終イニング。

 

打席には、3番天見。初回にヒットを打った打者だ。以後は御幸がリードを飼えて第2打席は打ちとったが、それでも警戒しなければならない打者だ。

 

―――――まずスライダー。このボールを有効に使うぞ。

 

「ボールっ」

 

しかし、スライダーを見切った天見。やはり、フォームだけでは限界がある。

 

――――これでいい。同じコースにムービングボール。

 

「!!」

 

カァァァンッッ!!

 

「ファウルっ!!」

 

芯を外された天見。この御幸の強気なリードに、前橋が対応できなくなってきたのだ。

 

「ファウルっ!!」

そして、続けての速球系の変化球に追い込まれる天見。沢村も大分気持ちに余裕が出てきたのか、表情もぎこちなさが消えていた。

 

 

―――――ここでパラシュートチェンジ。ボールでもいい。

 

「ボールっ!!」

 

しかし、天見はバットがでかかったのだ。この意味は大きい。

 

――――あとはアウトコースのフォーシーム。

 

ズバァァァァンッッッ!!

 

「ストライクっ、バッターアウトっ!!」

 

これで9つ目の三振。スライダーというまだ未完成の決め球が、沢村を成長させている。

 

続く、4番北原には――――

 

カァァンッッ

 

「!!」

 

カッターが胸元を抉り、ゴロに打ち取る。だが――――

 

 

「(あ、れ……? なんで、こんなに疲れているんだ、俺?)」

身体がとても怠い。5点を貰い、得点した後のイニングも抑えた。なのに、体がだるさを感じていた。

 

「(まだ、100球に、達していないのに……)」

 

 

―――――不味いな、沢村の疲労は肉体的なモノばかりじゃない。

 

御幸は、息が上がり始めている沢村に気づく。

 

 

沢村に疲労が見られてきた。

 

やはり球数を投げさせられた影響か、6回前後で疲労が見られている。この最後のカッターも、高めの難しいコースにいったから良かったものの、要求したコースは低めだった。

 

肉体的な疲労には耐性がある沢村。だが、こうした精神的な疲労への耐性が脆い。それは短期決戦での継投で命取りになりかねない。

 

 

――――沢村は先発もいけるけど、やはりまだ完投能力がないな。

 

先発で安定した投球ができるが、まだイニングを食うことが出来ない。それが沢村のもう一つの課題。

 

 

しかし最後の打者もきっちり打ち取り、6回零封。10奪三振で切り抜けた沢村。合宿の疲労もあり、ストレートは130キロを下回ったが、それでも結果を残した。

 

「交代、か……」

最長イニングは7回。だからこそ、前日に完封を成し遂げた大塚には届かない。悔しさはある。もっと先発としてイニングを食う必要があると。

 

「まあ、お前なりに粘る相手にも頑張ったと思うぜ」

 

御幸が沢村に労いの言葉をかける。今までは投手陣が6回で崩れることが多かったので、沢村たちの好投は、今後の将来を明るくさせるものだ。

 

東京屈指の投手陣。それを狙えると。

 

「僕も、二人には負けたくない。」

だが、大塚、沢村の台頭に待ったをかける男。

 

剛腕は、静かな闘志を燃やしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




相手の裏の裏をかくことで、球種を絞り、

狙い撃ち 

実力ではなく、あくまで読み勝ちなのです。

次は、安定感を求める剛腕。短いイニングは余裕か?


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第28話 着火!!

やる気スイッチが入ったようですね。




1 小湊亮介  二 1右 太田 中

2 白洲健次郎 右 2左 早田 二

3 沖田道広  遊 3左 天見 遊

4 結城哲也  一 4右 北原 左

5 増子 透  三 5左 原  三

6 伊佐敷純  中 6右 山崎 捕

7 御幸一也  捕 7右 神木 投

8 東条秀明  左 8左 杉山 一 

9 沢村栄純  投 9左 榊  右

 

6回が終了し、勝負は後半戦に入る。7回の表、片岡監督は沢村に代打を送る。

 

「タイム、代打!! 小湊」

 

ここで1年生の小湊春市。木製バットの1年生野手に、前橋は――――

 

「木製バット? 1年生?」

 

――――沢村君の代わりの打席。ここで何とか出塁したい。

 

「ストライク!」

 

ここでスライダー。やはり、あのホームランを打たれても、簡単には崩れない。

 

――――試してみるべきかな

 

小湊がインコースに寄る。インコースを明らかに捨てているような打席。かなりベースに寄っているので、インコースは捌きにくい。

 

―――――いい度胸だ。この点差で余裕だというのか?

 

神木は、自分の不甲斐無さに怒っている。ゆえに、

 

カッ!

 

レフトへのシングルヒットを、小湊の予測通り打たれた。彼の狙い通り、インコースのストレートを運んだのだ。

 

――――くっ、この野郎、曲者か!

 

しかし10球粘った小湊亮介を外野フライに打ち取り、白州は三振。

 

ここで、ホームランを打った沖田、なのだが―――――

 

「代打! 倉持!!」

 

ここで、沖田を下がらせた片岡監督。

 

「ひゃっは、打ってくるぜ」

 

 

ズバァァァァンッッ!!

 

「ストライクっ、バッターアウトっ!!!」

 

 

「良く打ったな、あれ……」

 

 

攻撃が終わり、守備に就く倉持。

 

「抑える。絶対に抑える」

 

「肩の力を抜けよ~~~~」

 

マウンドには降谷。闘志を燃やし、前橋学園に剛球を投げ込む。

 

 

ドゴォォォォォンッッッ!!!

 

 

ドゴォォォォォンッッッ!!

 

ストライク二つを奪うと、

 

―――――好きに投げろ。お前の投げたいようにな

 

御幸のサインに、

 

―――――そういえば、彼はアレをあんな風な握りで投げていた

 

 

降谷は、大塚のとある球種を見よう見まねで握り、

 

シュッ、

 

 

フワンッ!

 

 

「!?」

 

 

「え!?」

 

 

打者と捕手、両者が戸惑い、空振りを奪われた。

 

――――なんだか手抜きボール、みたいだね。

 

降谷は、ボールがいかないことへの違和感を覚えていた。

 

しかし、御幸はそれどころではない。

 

「タイムっ!!」

 

――――マジかよ、好きに投げろとはいったが、チェンジアップ投げるなんて聞いてないぞ!!

 

「降谷! 今のはなんだ?」

 

「いえ、好きに投げろと言われたので、それに大塚の握りを見よう見まねで――――」

 

――――えぇぇぇぇ!!! 見よう見まねで覚えたのかよ!? そんなのありかよ?

 

「ハハハ……もうツッコまねぇぞ。突っ込んでたまるか」

 

「?」

 

「おーけい、解った。チェンジアップのサインはこれな。しっかりと投げ込んで来いよ。」

やや呆れた顔で、御幸は本塁へと戻る。

 

何はともあれ、見よう見まねのチェンジアップが猛威を振るい。この回は3者凡退。

 

「あの野郎、二球種目を覚えたのかよ!!!」

沢村が、降谷がチェンジアップを覚えたことに焦りを感じる。

 

「けど、腕が緩んでいるから見分けがつきやすいな」

御幸はこの1イニングで、降谷の癖を見抜いた。チェンジアップの時は、叩き付けないように腕がやや緩んでいるのだ。

 

「フォームを一緒にしないと、その球は使えないぞ。」

御幸の手厳しい指摘に、

 

「はい」

降谷は2球種目の変化球取得はならなかったが、それでも進歩を感じていた。

 

課題はこれから取り組めばいいのだから。

 

 

その後、8,9回も三者凡退に抑え、前橋学園を圧倒した青道高校。

 

といっても、得点は5回の表のみ。エラーがなければ1点差の試合だ。

 

結城は長打こそあったが、打点はなかった。沖田はその代りに4打点をたたき出した。東条は2安打と、調子を維持した。

 

深刻なのは、増子の不調。やはり3,4番があるかされた場合、彼との勝負が多くなる。

 

「きっちりやられた。夏はこうもいかないからね」

悔しそうな顔をしている神木。沖田という誤算があったとはいえ、5失点は言い訳できない。

 

「夏の本選で会おう。そこでリベンジをさせてもらう」

 

前橋学園の神木はこの練習試合での敗北で、さらなる飛躍を誓う。

 

 

一方、沢村は―――――

 

「完封できなかった。」

 

「上出来だと思うぜ」

 

無理に完封を狙えとは言わない。だが、イニングで6回前後しかもたないのは先発として心もとない。惜しかったが、沢村のエースは来年に持ち越される。

 

「今年のエースはお前だけど、次は負けねぇからな!!!」

 

大塚に宣言する。来年こそはエースだと言わんばかりに。9回完封と、6回零封。投球内容も大塚が圧倒的だった。

 

「何度でもこい。俺もエースを譲る気はないよ」

 

 

 

 

選抜準優勝投手と青道の試合。他県との試合ではあったこの試合を偵察していた者がいた。

 

「監督は目立つからダメだけど、俺等なら帽子をかぶっただけでばれないだろう」

 

「春の関東大会で、手酷くやられたからな。打撃力がすごいと思っていたが、まさか神木を打ち崩すとは」

 

一つは、市大三高。エースの真中が注目していたのはむしろ1年生投手陣。丹波のことは気がかりだが、それでも勢いのあるこの世代は油断できない。

 

そして、あの神木に投げ勝った1年生。

 

「沢村栄純、か。大塚のほかに、あんな投手がいるのは少し羨ましいな」

 

「中学の実績はゼロ。というより、一回戦負け。それがどうしてこうなるのか」

 

そして、2番手で出てきた剛腕投手。

 

「変化球を覚えて、手が付けられなくなったな」

主将の大前は、降谷の球種を全て目に焼き付けた。制球も、春の関東大会とは成長している。

 

ライバル校の新戦力の台頭は、やはり脅威だった。

 

 

だが、彼らは気づかない。同じように青道を偵察に来ている人物がいることに。

 

そして、最後にスカウト陣。神木を目当てに来ていたが、青道の投手陣の凄さを目の当たりにしたのだ。

 

「球速こそまだないが、あの投手は将来が楽しみだな」

 

「青道の左腕、あのスライダーにはキレがあり、ストレートのスピードが上がれば、夏は必ず化ける」

 

「だが、あの剛球投手も縦変化を覚え、投球の幅が広がっている。」

 

関東大会ではオールストレートだったが、今ではSFFを交えている。1年生に有望な投手が突然現れるのは現代では本当に稀、とはいかないが、珍しい事である。

 

青道はそれを3度成し遂げた。それが異常。青道の夏での飛躍が注目されるのはそれだ。

 

 

「2年後は皆さんに譲りませんよ。」

 

「それは我々とて同じだ」

 

「その発言は、大卒の選手を諦めるとみていいのかな?」

 

「それこそまさかだ。」

 

 

 

修北戦は、1年生が全員ベンチ外。2,3年生を中心としたチーム。そのため、1年生は手が空くことになる。

 

 

「倉持先輩も気合を入れているだろうね。」

故に、久しぶりのレギュラー争い。大塚はどちらがショートにいるのかを考える。

 

―――バックにいる時は倉持先輩の方が心強いかな? 打撃は沖田だけど。

 

「けど、沖田のホームランは凄かったぜ。援護はないと思っていたから、アレは嬉しかった」

沢村は得点が期待できなくても、自分の投球を続けるつもりだった。だからこそ、あの援護は嬉しかった。

 

あっても1点か2点。そう意識していた彼は、まさか満塁打までが飛び出してくるとは考えていなかった。あの一撃で勝負は決まったと言っていい。

 

「東条もしっかりマルチだし、スタメンもいけるんじゃね?」

 

「まだまだ。もう少し頑張らないと。白州先輩と伊佐敷先輩、坂井先輩に守備力で負けているし」

打力では引けを取らないどころか、引っ張り気味の東条。課題は上級生に劣る守備力。やはり短期間で外野は会得できるものではなく、そこにいるレベルの大塚や降谷と違って、彼に求められるのは野手の守備である。

 

 

「けど、沖田はスタメン確定だろ。東条もはるっちも、狙えるって!!」

小湊もしっかりヒットを打っているのだ。だからこそ、チャンスがあれば、いけるかもしれない。

 

 

 

1年生には出番のない第3試合、青道にはちょっとした問題が起きていた。

 

 

夏合宿終盤になると備品が少しずつ心もとなくなってきたのだ。片岡監督も、備品について無知に等しい沢村と降谷をいかせることに意味を見出している。そのため―――

 

「ごめんね。下級生とはいえ、買い出しの手伝いを頼んじゃって………」

マネージャー長の貴子が申し訳なさそうにしているが、一同は気にしていない。

 

「主将が言うのであれば、喜んで手伝います。それに、結構量も多いので、大変だと思います」

沖田は結城の言うことはほぼ大抵聞いている。それほど尊敬しているのだ。

 

 

その手伝いの理由なのだが、最近備品が不足しており、思い切って買い出しを決行するマネージャー一同だった。が、荷物が多いことを気にして、ホンの少しだけ弱音を呟いただけで、

 

 

「では暇そうな下級生を何人か連れていけ。」

と主将にいわれ、沖田と大塚も断る理由がなかったのだ。尚、沢村には「足腰のトレーニング」降谷は「体力を鍛えたいんだろう?」と唆し、巻き込んでいる。

 

「(あわわわわ…………大塚君とこんなところで一緒に買い物だなんて………)」

 

「(あらあら。吉川さんは彼を意識し過ぎているようね。となれば………)」

貴子は一計を案じる。もしこのまま大塚がいれば、吉川が何かドジを踏む可能性は十分にあり得る。彼女は沖田と目配せした。

 

「(なるほど、そういうことですか、先輩。任せてください)」

 

そして、沖田は沢村と降谷に、「これから3年間の備品をよく知っておけよ」と自分を監視につけ、マネージャーとともに店内にて説明を受けることになり、大塚は外で全員分のジュースでも買うと言い、外で待つことにしたのだが…………

 

ここで、沢村たちがいなかったのは幸いなのか、それとも大塚にとっては災難だったのか。

 

 

「……………あっ!!」

そこへ、白い髪の私服の少年が大塚を見つけた瞬間に、声を上げるのだ。大塚は記憶にないので、いきなり声をかけられて怪訝そうな顔をする。

 

「…………?」

 

「お前! そうか、青道にいたのか!! 神奈川で探したのにいないから。まさか青道なんてなぁ!」

いきなり話を進める白髪の少年。大塚は本当に記憶に残っていないので、渋い表情をして、

 

「あの………貴方は?」

素朴な疑問を口にするのだった。

 

「………へ? 俺を知らない!? 2年前投げ合った仲じゃん!! あの後、中学で音信不通だったの、結構気にしていたんだぜ?」

どうやら彼は自分のことをよく知っているようだ。そして彼の言う2年前。

 

それは中学2年生の全国大会。

 

「失礼………利き腕は?」

 

「ハァ………そこからかよ………この俺、成宮鳴を忘れるなんて、なんて奴だよ! 一応去年は甲子園に行ったんだぞ? お前のいる青道を倒して。それと俺は左腕な」

その名前と利き腕、甲子園に行った投手。有名どころ。それらをキーワードに記憶から記録を抽出し、大塚はようやく思い出した。

 

あの時の準々決勝の年上の左腕…………

 

「あの時の左腕投手………稲城実業のエース、ですか」

 

最速148キロのストレート、スライダー、フォークを持つ快速球投手と世間では取り上げられている男。そういえば、甲子園でプロ上位指名が数年後に期待できる投手が現れたと報じていた。

 

「そうだぜ。それに、今日の試合は偵察させてもらったよ」

そして成宮の言葉に、大塚は少し動揺する。

 

「!!」

まさか見られていたとは思っていなかった大塚は、顔を歪める。

 

「当たり前だろ? お前ら青道は仮にも関東地区大会で頭角を出した、うちのライバル校の強敵なんだぜ? 見に行かない方がおかしいだろ? まあ、心配すんなよ。他校には流したりはしないからさ。」

何言ってんだよ、当たり前の事だろ、と成宮に突っ込まれる。そしてそれくらいの節度は守る、とやや膨れっ面のご様子。

 

どうやら、大塚のことはばれていないようだ。彼らがやって来たの今日のみ。つまり、沢村と降谷のことしか知らない。

 

「けがをしたというから安心したよ。元通りのお前に今年はリベンジするから、決勝まで来いよ」

 

「何やっているんだ、鳴」

そこへ、巌のような体をした成宮の連れと思われる男が現れる。

 

「…………でかい」

一応179cmの大塚。だが、彼はそれよりもさらに大きい。

 

「ぷっ、言われてますよ、原田先輩♪」

 

「ハァ………こいつがお前に一度投げ勝った男か。だからといって、すぐ絡むな。お前を見つけるのに何分かかったと思っているんだ?」

あきれ顔の原田。しかし大塚には、彼が只者ではないことは明らかに分かった。

 

――――稲実の主将にして、4番捕手の原田。チームの精神的な要。

 

「ハァ!? そういうの関係ないし!! 同じ地区のライバルだし、一言二言ぐらい当然だと思いますけど!!」

 

「とりあえず、邪魔をしたな。青道のゴールデンルーキー。次に会う時は試合だろう。」

 

そして残された大塚は、二人の選手を見て、冷や汗を流していた。

 

――――帰って先輩たちに聞こう。彼がいったいどんな選手になったのか。そして、青道と稲実の因縁………

 

「買ってきたぞ!! 備品つっても、いろいろあるのな!! って、どうしたんだ?」

沢村は厳しい目をして、彼方を見つめている大塚に声をかける。大塚が渋い表情をする時は、大変なことが起こったというサイン。彼がこういう顔をするのは、やはり珍しいのだ。

 

「………大塚君?」

吉川の試合以外で見せない厳しい瞳に、何かあったのだと悟る。

 

「………今年の予選、最後の最後に一山有りそうですね………」

そして不敵な笑みを浮かべ、大塚は心の中で決意する。

 

―――この2年で、水を大きくあけられている。だが、あそこまで勝負を吹っ掛けられて、俺が黙るとでも?

 

大塚は、成宮との対決が必ず来ることを予感する。甲子園を行くには絶対に倒さなくてはならない相手。それを強く意識した。

 

 

そして、そんな彼の様子に、貴子は全てを察した。

 

「(………そう、彼に会ったのね、大塚君)」

青道の最大のライバルにして、その中心と、彼は出会ったのだと。

 

 

そして事情を知らない一年生たちは―――

 

 

「大塚がなんからしくない凶悪な顔をしているぞ」

沖田も、これはただ事ではないと感じていた。が、聞くことが出来ない。

 

「彼が怒る?所は珍しいよね」

春市も、大塚の獰猛な側面を見て不思議に思った。

 

「並の打者は、打席に入れるかわかんねェな。あれ」

 

「投げたい」

 

「話聞いてた、降谷!?」

突っ込まれる立場のはずの沢村が、降谷にツッコむ。

 

 

マネージャーのリーダー的な存在である貴子は―――

 

「どう、甲子園のスターと対面してみた感想は?」

 

「別に、劣っているとは思っていませんし、自分の力をぶつけて勝つだけです」

成宮のことを思いだして、ややムキになっている大塚。甲子園の光を浴びているからと言って、こちらが負ける確率が高いだなんて認めない。

 

――――今年は俺達が本選に行く。負けたくないッ

 

 

青道のエースをねらう男は、静かに燃えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




降谷のチェンジアップ。原作ではスローボールを投げていました。なお、夏では投げることは完全に無理です。

降谷はこの夏はSFFとストレートで頑張ってもらいます。


そして、西東京最大のライバルの稲実成宮が初登場。原作との違いは、チェンジアップを知るのは夏予選直前になるということです。今回、稲実との試合はなかったので。

時期が遅れると、やっぱり対策と意識が変わりますからね。


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第29話 青道の柱

遅れて申し訳ない。


ところで、沖田のヒッティングマーチは何にしよう。なんかこう、イメージが湧かない。


応援歌とか何がいいのかな。



時間は遡り、大塚が稲実のエースにケンカを売られる前、もしくは売られている中、

 

 

「ほぇぇぇぇ!!! 野球道具って色々あるんっすね!!」

 

「覚えきれない――――」

馬鹿丸出しの二人の投手が、そんなことを言いながら、買いだしのメニューを見ながらそれぞれ感想を言う。

 

「けど、いつもお世話になる道具だし、OBたちからも送られるし、覚えて損はないよ。」

東条はそんな投手二人にレクチャーする。

 

「今までどうやって野球してきたんだよ、お前ら」

沖田があまりにも道具を知らなさすぎる二人に尋ねると、

 

「一応公式戦1回戦負け―――くそっ!! あの時のくそ野郎を思い出したら、頭に来る!!」

 

「壁投げ――――」ズーン

 

「うっ―――悪かった。そんな顔をしないでくれお願いします申し訳ありませんでした。」

 

なんとか、この空気の悪さを打開するために、沖田は必至に話題を探す。だが思い浮かばない。

 

「アタシに振られても――――」

幸子も幸子で言葉はそう言いつつも、必死に何かを考える。

 

「うん―――これは難しいね――――」

唯も、力に慣れなくてごめんね、と謝る。

 

ここで、東条が何とかこの空気を打開するために、

 

「ていうか、吉川さんは大塚のどこがいいのかな――――あっ」

 

盛大に地雷を踏んだ。

 

「~~~~~~~~!!!!!」

そして、暴露された吉川は、思いっきり赤面する。だが、耐性がついているのか、手に持った荷物に被害はない。

 

「―――――えっと、それはまさか俺とアイツのような――――はっ!!」

危うく沢村も、吉川に釣られて爆死しかけたが、何とかそれを阻止する。

 

「へぇ、沢村君も気になる子がいるんだ。」

 

「面白そうな話~~~」

 

「そうだ!!ちょっと聞かせてくれよ(ゴメン、沢村。俺の力の無さを許してくれ)」

東条は吉川の話から話題を逸らすために、沢村を生贄に捧げる。

 

「だぁぁぁ!!! 俺と若菜そんなんじゃない~~~~~!!! あっ!?」

そして、どんどん墓穴を掘る沢村。もはや様式美である。

 

「若菜ちゃんっていうんだ。その子。」

 

「沢村君も隅に置けないね~~~~」

マネージャー陣も、ちゃんと女の子に興味があるんだと安心した様子。

 

「リア充め。あんなくそ可愛い子と未だに遠距離恋愛とか、ふざけんなもげろ他の女の子を紹介してくださいお願いします」

そして沖田が呪詛のように非リア充への叫びを口にする。だが、誰も彼に反応しない。

 

「へぇ、なんだかロマンチック~~~~」

貴子も、そんな沢村の恋愛模様に加わる。

 

「だぁぁぁ!! 勘弁してください~~~~!!」

 

2年生マネージャー陣と、沖田に話に迫られる沢村を放置し、

 

「けど、大塚君は人気が出ると思うし、すぐに行動しないと。春乃ちゃんはとっても奥手だから心配なのよ。」

 

「た、貴子先輩。」

 

「貴女らしくしなさい。いつもいつも、自然体でいるの。大塚君もああ見えて鈍感だし、ストレートな子は好きかもしれないわね~~~」

 

「~~~~~~~~!!!!」

面倒を見ている可愛い後輩の姿に、何とか報われて欲しいなぁ、と思う貴子。そして、目の前で身悶えする吉川が可愛いなぁ、とも思う。

 

「―――――恋愛、ですか」

降谷は、恋愛話で色めき立つ彼ら、彼女らを見て、不思議に思う。

 

――――誰かに必死になる、それはどういう意味なんだろう。

 

「まあ、お前もいつか分かるさ」

金丸が、ポンポンと彼の左肩を叩く。

 

「なんだか楽しそう。けど――――」

 

―――なんか気に入らない

 

そして冒頭に戻り、少し時間が経過して―――――

 

 

「吉川さん? 荷物が重そうだから持つよ」

 

「う、うん。ありがとう――――」

顔を赤くして、もじもじする吉川に、若干の違和感を覚えた大塚。

 

――――まあ、今は夏だからね―――っていうのは、理由ではないね―――

 

案外わかっていた大塚。自分が近づくと、不自然な行動がやや多くなる事が解っていた。自意識過剰ではないが、相当自分は意識されていることが分かる。

 

―――けど、惚れられるようなことをした覚えはないよ。むしろ、避けられるようなことをした覚えはある。

 

しかし肝心の詰めの甘さが残る模様。大塚はなぜ自分に惚れているのかを解らない。

 

思春期の恋愛は、複雑ではあるが、案外単純でもあるのだ。

 

「リア充爆発しろ~~~~~~」

青道高校へと戻る際、沢村と大塚は、沖田から呪詛の言葉を吐かれ続けることになる。

 

「お、沖田!? なんかすごい顔になってる!!」

 

「沖田はこういうところが残念だよね~~~~」

沢村と大塚はそんなことを言う。そして大塚は思いついたように、

 

「梅本先輩。沖田の隣が空いていますよ。」

幸子に話を振る。

 

「残念なイケメンは願い下げね」

 

沖田「」

沖田のハートに110000のダメージ。沖田は轟沈した。

 

「容赦のない言葉!! でも、言いたいことは言ってくれました!!」

唯はそんな幸子に同調する。そして白くなった沖田は荷物を運ぶ機械と化し、二人の命令を聞くマシーンになっていた。というより、意識はあるのだろうか。

 

「―――――」ぼんっ

 

「あらあら。ホント可愛いなぁ、もう……」

そして突然吉川が暴発し、貴子が介抱するという流れが出来つつある今、

 

 

「恋愛って、大変そう」

 

「まあ、お前も解る時が来るさ(ホント、こいつは馬鹿な女に騙されなきゃいいが)」

金丸は、そんないい意味でも悪い意味でも無垢な降谷を少し心配する。

 

「ハァ、恋愛かぁ―――実現しそうもないから虚しいなぁ―――」

東条は生粋のドルオタでもあるので、ただただ嘆いていた。

 

そして全員が荷物を倉庫に運んでいる最中、沖田と大塚が先に「もう戻っていいわよ、沢村君と降谷君には私がレクチャーするから」と貴子に言われ戻るのだが

 

「大丈夫か、沖田」

ようやく意識がはっきりした沖田に声をかける大塚。

 

「すまん。ハァ―――羨ましい。」

 

「けど、そういう余裕が出来てよかった。1年前はホント、どうなるかと思ったけど。」

もうすぐ1年前になるのだろうか。あの時沖田が大塚に出会わなければ、彼は野球をやめていたかもしれないのだ。

 

あんな風に、余裕のなくなった沖田は、もう見たくないなぁと思う大塚。

 

「それだけ、俺も吹っ切れたのかな」

沖田は感慨深そうに自身の変化を口にする。

 

「お前のおかげだ、栄治。けど、今度可愛い子を紹介してくれ、お願いします。あ、でもまじめな子がいいなぁ」

 

「うん、キミにとってはよかったけど、俺にとっては少し良くなかったような―――というか、沖田君って女好きなんだね。最初にそれをまじめな子に伝えておくよ」

 

「大塚ァァァァっ!!!!!」

 

 

 

 

そして最後の試合、修北戦。序盤から青道打線は相手投手を打ち崩し、大量リードを奪うと、先発丹波も打たせて取る投球で球数の少ないここまでの試合運び。

 

4回を投げ、被安打3、四死球ゼロの投球。大塚程圧倒的な投球ではないが、それでも安定している。

 

下級生たちが帰ってきたときにはすでに試合が始まっていた。倉持も、沖田に負けじと劣らずヒットを量産。ショートのポジションを譲る気はないようだ。

 

激戦区外野手は、伊佐敷、白洲以外はほぼ固定されていない。坂井、門田、東条の3人が最後のイスを争う。

 

そして内野手は二塁と一塁は固定されている。残るは三塁手と遊撃手。

 

増子が不調というわけではない。全国クラスに変化球を軸にする投手が多く、相性が悪いのだ。ここにきて、内野全てを守れる沖田のユーティリティーさが、倉持と沖田の併用というプランすら浮上している。

 

長打力のある沖田と、走力と守備が持ち味の倉持。打率もそこそこいいので、倉持をスタメンに起用したい。ただ、増子の長打も捨てきれない。

 

故に、結城と小湊以外は安泰ではないのだ。それはベンチ組にも希望があるという事。

 

スコアボードは酷いことになっており、完全に相手を圧倒している先輩方。

 

「宮内先輩から見て、丹波先輩のフォークはどういう感触ですか?」

ブルペンで待機している宮内先輩に話しかける大塚。

 

「ふぅぅ!! シンカー気味に鋭く落ちる変化だな。お前が課題に挙げていた、チェックゾーンの問題もだいぶ修正できた。」

大きく息を吸い、大塚に現状を伝える宮内。

 

「シンカーもあんなことにならないし、お前には感謝することしかないな」

川上がそんな二人の横にひょっこり顔を出す。

 

 

「あんなこと?」

大塚は、川上の含みのある言い方にキョトンとする。

 

「い、いや。なんでもないんだ。(言えない。1イニングで3四死球とか、言えない!)」

 

「けど、降谷がチェンジアップを覚えたいらしいし、まだまだ忙しそうだけど」

大塚は降谷に、

 

「なんでスローボールを投げる必要があるの?」

と、質問されたのだ。

 

「それはまあ、緩急かな。いくら早いストレートでも、それだけなら対応されるし、その速球をより速く見せたりする技術も必要。」

 

「――――――」じ――――

実際、あの時相手の反応を見ようとただ投げただけなのだ。降谷はただチェンジアップがどういったものかを考えずに投げていたのだ。だから、同じ投手で知識のある大塚に教えを求めていた。

 

「うっ、まあ。その他にもあって、チェンジアップの抜く感覚は、やっぱりリリースの感覚を養うし、今後変化球を他にも覚えると思うから、その感覚を養う事も出来るしね。」

 

だが、大塚も解説モードに熱が入り――――

 

「そもそも打撃っていうのは、ポイントと、タイミングと、スイング軌道の3大要素が基本なんだけど、これがとても繊細なんだ。」

 

「――――――――――――――」じ――――――

 

「打撃はこのどれかが欠けてしまった場合、十全に機能しない。スイング軌道が安定しなければ、ポイントをそもそも安定させられないし、ボールに当てる事すら困難。ポイントがずれたら、ボールに力を伝えることが出来ない。野手組の東条君は、この事をよく理解していると思う。」

 

横にいた東条に声をかける大塚。

 

「ああ。このポイントがしっかりしないと、強い打球を打てないんだよな」

 

「後、最後のタイミング。ポイントとバット軌道が安定しても、そのボールのタイミングを掴まなければ、この二つの工程が台無しになるんだ。ここを俺は以前、フォームチェンジで狂わせて、打者を打ち取っていたんだけどね」

 

「難しい。」

降谷が唸るようにつぶやく。

 

「出来るだけ噛み砕いて説明したつもりなんだけどね……まあ、とにかく、チェンジアップはそのタイミングを狂わせることが出来て、相手にスイングをさせない、よりストレートの威力を上げる適切なボールでもある。勿論合わせられたらスタンドインされる可能性もあるリスキーなボールだけどね」

 

「うーん。で、さっき聞きたいことがあったんだけど」

降谷がチェンジアップについて思案している中、突然話題を変える降谷。

 

「吉川さんが、大塚を意識しているのはどういう――――」

 

「この場は任せたよ、東条君。」

 

「お、おう」

振られた東条は、恋愛とは何なのかを骨の髄まで尋ねられ、くたくたになった模様。

 

 

そして、降谷の質問を回避した大塚は、何やら、あちらで沢村が大声を出していたので何となく忍び寄るのだった。

 

 

その問題の沢村だが―――――

 

 

「…………こりゃあ、エースは丹波先輩で決まりかな………」

沖田はこの5回の投球を見て、穴がないのを感じ、丹波が一番を手に取るのだと悟った。

 

「なっ!! けど、栄治の方が凄い投球をしていただろ!? なんで!?」

沢村は、その前の試合で圧巻の投球の大塚がエースナンバーではないことに、違和感を覚える。自分は今年、エースではないが、それでも確実に格上と感じる大塚が、もらえないのはおかしいと反論する。

 

「大塚と丹波先輩。二人とも結果を出したとき、チームの事を考えれば、3年間投げてきた丹波先輩が来るのは順当だ」

沖田としては、それが恐らく順当で、チームの雰囲気も崩れない最善の方法だと考えていた。丹波投手の投球に、今のところ穴がない。

 

 

「だね。それに、青道への思いで負けたくはないけど、丹波さんはそれと同等の想いを、俺よりも長く持っているから。」

大塚はやや苦笑いしながら、丹波が背負ってきたものを沢村に説明する。

 

しかし彼の手は固くに握られていた。

 

――――悔しいなぁ

 

けど、そういう流れは必要だ。チームにも。

 

 

 

マウンドにいる丹波と目が合う大塚。

 

――――ナイスピッチ、丹波先輩。

 

――――ふん…………

 

そして6回には、いつもブルペンの横で見ていたあの決め球の威力を見せつけられる。

 

「ストライィィクっ!! バッターアウトっ!!」

 

初球からフォークボール。シンカー気味に鋭く落ちるその変化球の前に、タイミングを狂わされ、最後は高めの真直ぐで空振りを奪われる。

 

次の打者も、フォークを意識してか、低めのストレートに手が出せず、見逃し三振。

 

この回は3者連続三振に切って取る。

 

「ふしッ!!!!」

 

そして6回にも追加点。これ以上ない得点に、これでもう丹波が失点することはないだろう。

 

「…………」

 

―――あんな姿を見せられたら悔しいけど、認めるしかないですね………

 

7回、先頭打者の坂井がランナーに、白洲が送りバントで一死二塁のチャンス。そこへ、9番の丹波が向かう。

 

「打っていけよ、丹波!!」

 

「まあ、投球の事を考えて、三振だと助かるんだけど…………」

 

「おら、御幸ぃぃ!! テンション下げるようなこと言うなぁ!!」

 

―――俺なら、ああいうムードは出せたかな?

 

大塚はこの絶好の場面で打つ気満々の丹波を見てそう思った。今の自分がそれを為せないのが解ってしまった。

 

ゾクッ、

 

「!?」

その時どうしようもないほどの震えが、そして悪寒が、大塚を襲った。

 

―――な、なんだ………これ……………

 

丹波がバッターボックスへと向かう。いつもの何気ない動作に、自分が先程感じた感覚が何なのかを、理解できない。

 

――――…………丹波先輩………?

 

修北の投手は打ち込まれ、最早息絶え絶え。気力だけで投げているようなものだ。だが、その目の色の闘志は、色褪せていない。

 

「どうしたんだよ、大塚? そんな青い顔をして」

沖田がそんな調子の悪そうにしている大塚を気遣う。だが、大塚はこの打席に目が集中していた。

 

 

 

そしてそれは一瞬の出来事だった。

 

 

 

投手の初球がすっぽ抜けた。いや、正確に言えば水気を含んだ手が滑ったと形容するべきか。

 

 

そのすっぽ抜けたボールは、

 

 

グシャッ!!!!!

 

 

丹波の顔面を直撃した。

 

 




ああぁ・・・・・原作よりもはるかにいいメンタルを持っているのに・・・・・結構、本作中でも丹波株は上がっているのに。頑張る丹波さんを描くのは楽しいと感じていたけど、


丹波先輩、ここで無念のリタイヤ。


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第30話 出来る事とは

前半シリアス。後半シリアル。

この話は作風が少し変わっていますので、ご注意ください。

ダイヤのA自体、女性キャラが出ることが少ないので、イメージが難しい。


突然の事で、青道、修北ベンチにいるほとんどの人間はとっさに動けなかった。

 

「あ………っ!!!」

 

「………ばっ!!」

 

「なっ…………!!」

 

衝撃を隠せない青道ナイン。そして、だれもが停止したその時、

 

片岡監督は真っ先にベンチを飛び出し、バッターボックスへと向かっていた。それを見た大塚も、監督に続く。

 

「丹波先輩っ!!!」

 

「おい大塚!!」

沢村も大塚の後を追うように追いかけ、上級生たちも一斉に飛び出した。

 

 

グラウンドは騒然としていた。3年生丹波がここに来ての負傷。未だに起き上がることが出来ていない丹波。

 

「早く車を!! 担架だ、担架を持ってこいッ!!」

大声で、しかし冷静に、片岡監督は指示を飛ばす。一番気が気でないのは監督だというのに、彼は気丈にも動揺を見せず、ナインに指示を飛ばしていく。

 

「…………………」

大塚は、言えばよかったと後悔していた。変なことを言うなと、このようなことが起きずに冷やかされてもよかったから、注意だけはしておくべきだった。

 

大塚は、マウンドにいた投手へと詰め寄る。

 

「なぜ………投手にインコース………この点差で厳しくする必要があったんですか?」

 

「………うっ…………」

相手の投手は何も言わず、顔を伏せる。故意ではないのだろう。あの時の沖田もそんな気持ちだったのだろう。だが、そう言わざるを得ない。

 

大量リードされている練習試合で、打力の低い投手相手にインコースを厳しく攻める必要などないのだ。

 

「なんで……………いや、ごめん。」

声をかける事すら出来ない。沖田も自分を怪我させて、野球をやめてしまうほどの心の傷を負った。

「い、いや。俺の所為だ。俺の―――」

大塚はその顔を見て、ここで彼がつぶれることを恐れた。

 

 

――――俺は、誰かが野球を続けられなくなる姿が、嫌なんだ。

 

 

「プレー中の事故。ここで何を言ってもどうにもなりません。今すぐは無理かもしれない。けど、先輩の事を考えるなら、絶対に切り替えてください」

心の中にある何かを抑えつつ、相手投手を気遣う言葉をかける大塚。

 

――――丹波先輩も、誰かの野球を潰すのは本意ではないはず

 

納得しようと、彼は心を落ち着かせる。

 

――――本意ではないはずなんだ。

 

心が軋む。そんな音は聞こえないはずなのに、大塚の心はどこか軋んでいた。

 

―――――目を見れば、顔を見ればすぐにわかる。あの投手が意図した結果ではないことも。

 

それでも、目の前の理不尽を認めたくなかった。ようやく這い上がった選手が怪我や故障で下へと叩き落とされる。そんな光景は見たくなかった。

 

その選手から目を離し、辺りを見回すと―――

 

「沖田…………?」

沖田は、口元を手で覆い膝をついていた。顔も青白く、息も荒い事に気づいた。

 

 

「沖田!!!」

大塚はその瞬間、沖田が意識を失うのを見てしまった。先輩たちも、なぜ沖田の体調が急変したのかを理解できず、

 

「沖田!?」

 

「どうしたんだ、いったい!!!」

 

――――どうして息が荒いんだ………喘息!? いや、違う!! これは――――ッ!!

 

混乱する思考を無視し、大塚はまず沖田に語り掛ける。何か対処法があるわけではない。だが、声をかけてやることが大事だと考えていた。

 

「しっかりしろ、ゆっくり息をしろ!! 沖田!!」

 

しかし呼吸が正常に戻らない。目が半ば開いているような顔で、意識を失いかけている沖田。

 

それは、彼の過去に原因があった。

 

大塚が知りもしない沖田への中傷と罵倒、反論することすら許されずに半年を過ごしていればどうなるか。彼の妹と弟への被害の拡大、野球をやめる事すら考えていた彼の苦難。

 

丹波投手が動けないその光景が、沖田の過去にあったトラウマを切り開いたのだ。

 

 

それを後に知った大塚は、あの時の自分に何もできなかったことを痛感した。彼の事を理解したつもりになっていただけだったことを思い知らされた。

 

沖田の急変は、丹波の負傷以上にグラウンドの空気を氷漬けにした。まさしく悪夢の連続。投打の柱が倒れる異常事態。

 

 

 

その後、練習試合はここで打ち切りとなり丹波と沖田は病院へと移送された。ナイン全員も、ショックの色を隠せない。

 

部活が終了した後、というより今日の練習が打ち切られたので、早く帰宅することになった大塚。

 

「何も、何もできなかった…………ッ!!!」

あの投手のあの顔が、沖田に重なる。何か一言いうべきだった。沖田の豹変にすぐに気付くべきだった。グラウンドでの怪我に敏感なことは、解り切っていたことなのに。

 

「丹波先輩、沖田も、あの人も………けど俺に何が出来た………?」

何かするべきだった。なのに何も思い浮かばない。そんな自分の不甲斐無さを呪う大塚。

 

――――もう自分と、同じ目に合う選手は見たくなかった。

 

沖田もその後、病院で意識を回復させ体に異常は見当たらなかった。だが、鬱の兆候が見られつつあると医者は宣告したのだ。このまま放っておけば、うつ病の危険性すらあると。

 

――――今はそれほどではないが、彼の性格に起因する症状だ。乗り越えるしかない。

 

精神面で現状は落ち着いているが、やはり沖田はまだ自分を責め続けている。半年間の中傷と罵倒に耐え続けていたのだ。中学生でそれは酷だろう。

 

――――親御さんの話では、下に二人の妹と弟がいる。その二人の為にも無理をしていたのかもしれないと。

 

友達として、そんな事すら気づかなかったことに大塚は自分自身を責める。どうしてわかってあげられなかったのかと。

 

 

更に丹波先輩は予選には間に合わないとはっきり言われた。長年の夢も、予選を通過しない限り終わってしまう。最後の夏が、こんな形で終わっていいはずがない。

 

その事が解ったのは昨夜の事だった。

 

「栄ちゃん? 難しい顔をして。それに今日は早かったのね」

大塚の母親―――綾子が難しそうな顔をする大塚の横に座る。

 

「先輩が怪我をしたんだ。だから練習も切り上げ、夏の予選に間に合いそうにないんだ」

未だに混乱しているのか、いつもの理路整然とした言葉になっていない大塚。とぎれとぎれになっている大塚の言葉を聞いた綾子は―――

 

「―――――そう。」

彼女は何も言わない。怪我とは無縁だった和正から、同僚の怪我の話を知る事しかなかった。だからこそ、余計なことは言えない。

 

「最後の夏が、あんな―――あんな風に――――」

 

「栄ちゃんは、どうしたいの?」

 

「――――解らない。ううん、解っている。けど、納得できない。」

機械的に考えれば、やることは決まっている。丹波投手を除く投手陣で青道を支える。それが道理であると。

 

「けど、栄ちゃんのそういうところは母さん嬉しいな。」

綾子は大塚の悩みを聞いて笑顔になる。

 

「え?」

 

「相手の痛みを解ってあげられるところ。野球をする前に、そういうところが解っているから私は安心。だからきっと大丈夫。」

 

「母さん―――――」

 

 

―――――――――ただいま~~~~!!!!!

 

そこへ、玄関の方から声が響く。

 

「兄さん、今日は早かったんですね」

 

「兄ちゃん、今日は早いね! あとで野球ゲームしようよ~~!!!」

中学3年生の長女美鈴と小学4年生の次男裕作。過去話では触れられていなかったが、彼女らは後から生まれている。

 

「ごめんな、裕作。今日はちょっといろいろあってね。ちょっと疲れているんだ。」

 

「ええ!!! ウメッチはノリがいいのに、兄ちゃん~~~!!」

裕作が駄々をこねる。そして、ウメッチとは、大塚裕作の親友でもある梅木新太郎のことである。裕作は、この梅木新太郎とその双子の弟の篤志と仲が良い。

 

現横浜、2番目の年長投手の梅木祐樹。通称「ハマの王子」。現在41歳。18年間で積み上げてきた勝ち星は168勝。かつては大塚和正と二枚看板を背負った男。六大学野球で通算30勝300奪三振を達成し、鳴り物入りでプロ入り。しかし初年度こそ9勝を挙げたものの、次の年は故障で戦線離脱。

 

怪我に苦しんでいた梅木に手を差し伸べたのが、大塚だった。

 

この梅木祐樹、実は高校3年の夏で、大塚和正との投げ合いを制しているのだ。当時、プロ注目の投手と言われていた横浦のエース、大塚和正は延長12回の裏にサヨナラヒットで敗戦。彼によって、甲子園最強にして最高の無冠のエースと言われるようになる大塚。

 

後に大塚はプロ入りし、梅木は大学進学。ドラフトでは7球団競合の末、横浜が手繰り寄せた。

 

和正曰く、

 

「俺を負かした奴が、この程度のはずがない。」

 

2年目を終えた梅木、6年目を終えた大塚。大塚が若手の投手陣との合同自主トレに、梅木を誘ったのだ。この時はすでに、2度の沢村賞を受賞し、5年連続の防御率一点台を記録。だが、同時に特筆されるのは、イニング数の割に怪我をしないという事。

 

梅木は怪我をしない秘訣について大塚に尋ねる。それは奇しくも、クリスが沢村たちに指導した方法に近しいものだった。クリスがこれを知っているのは、横浜にアニマルが在籍したこともあるからだ。

 

「そういや、梅木さんは今年で41歳。父さんが引退したけどまだまだ頑張るなぁ。」

不屈の闘志で横浜を牽引する。現横浜エース。背番号22は、今年のペナントでもフル回転。現在ハーラートップだから恐ろしいものだ。

 

「というより兄さん、どうかした? 飴食べる?」

美鈴の手にはレモンキャンディーがあった。

 

「大丈夫だよ美鈴。ううん、そうだな。裕作、今日は気分転換にゲームでもしようか」

 

―――部活の事をいうのはNG。

 

それは仕事の愚痴を父が口にしないからだ。仕事の愚痴やいろいろな悩みはきりがない。話すべき時はあるだろうが、いつもいつも話しては、空気が淀んでしまう。

 

――――苦しくても、歯を食いしばる姿すら見せない親父には、まだまだ届かないなぁ。

 

メジャーで一点台の記録が途切れた時は、いろいろ騒がれてたけど、家の中ではナイーブな姿を見せなかったのだ。

 

話を戻そう。彼の弟がハマっているのは、とある有名な某野球ゲームだ。

 

「いや、170キロでこんなコントロールっていないだろ?」

弟が使う投手は滅茶苦茶早い。というより、軽く現実離れしている。

 

「作れるから仕方ないよ!!」

一方大塚が使うのは、自分に似せて作った投手。しかし、結構連打を食らう。尚、特殊能力は無し。

 

「140キロのカーブとか、ちょっと考えられないんだけど。いや、ありえないって!!」

 

「兄さん。それについてはよくわからないけど、所詮野球ゲームです」

冷静に美鈴が突っ込む。

 

結果は7-2で裕作の勝利。とにかく170キロでリアルスピード、総変化MAXから翌2点を奪ったと褒めるべきか、所詮2点しか奪えない素人なのか。

 

「そのチート投手はやめてくれ。打てない(震え声)」

 

「勝つためには手段を選ばないのだ!!!」

 

「はぁ……。兄さんを困らせるのもほどほどにね」

勝利宣言の裕作。降参の栄治。溜息の美鈴。

 

「あ!! そろそろ夏予選始まるね!! 兄ちゃんの応援に行くからね!!」

 

 

ズキッ、

 

「あ、ああ。出来るところまで頑張るよ」

一瞬表情が崩れかけた大塚。だが、弟に悟らせないように笑顔を作る。

 

「…………」

そんな様子を、母綾子と妹の美鈴はしっかりと見ていた。

 

 

 

その後、夕食と風呂を済ませた栄治は自分の部屋で休んでいたのだが――――

 

「兄さん。ちょっといい?」

 

 

「夜遅くに兄の部屋に来るのは危ないと思うんだけどね」

今は一人でいたかったので、軽口を言って追い払おうとした大塚。

 

「そんな度胸もないのに強い言葉を使わないで。弱く見えるわよ?」

痛烈なカウンター。大塚の心がハートブレイク。沖田同様、兄の威厳などどぶに捨てられているようだ。

 

「うっ。ホント、どうしてこうなったのかな」

思わぬ切り返しに、エイジの心はボロボロである。

 

「母さんから聞いたわ。」

 

「鋭さも母親譲りだ。出来の良い妹がいると、とっても困る。」

こういうお節介なところも、本当に似ている。

 

「兄さんは出来ることをする。それでいいじゃない。」

 

「人はそう簡単ではないよ。やっぱりこんな形でエースが―――いだだっ!? いだっ!」

頬を思いっきり引っ張られる栄治。悲鳴を上げる。1歳年下の妹に頬を引っ張られる兄の構図はどうにも情けない姿である。

 

「うじうじしない!! 男らしくないわよ!!」

 

「いふぁい――――予選までには切り替えとくよ。心配かけてごめんね。」

少し涙目になりつつも、そう約束する栄治。

 

「まあ、ホント。丹波先輩の分まで頑張らないといけないのは当然だし! 俺がしょんぼりしていたら、誰も大声を出せないだろうし――――あれ?」

 

気づいたら、美鈴が涙目になっていたので栄治は当然慌てる。

 

「――――私は、リハビリしている時のような苦しそうな顔を見たくないの」

リハビリ中の栄治を見てきた。

 

――――もう一セットだ。あんまり急ぐな。

 

――――っ!! はいっ!!

 

二本の棒を掴み、ゆっくりと怪我をした足を動かしている兄の姿。苦悶に満ちた表情で、思い通りに動かない体を動かす姿。

 

 

――――どうして兄さんは、あの人を恨んでいないの?

 

美鈴はそれが不思議だった。2年間、絶対に取り戻せない時間を奪った沖田をあまり好きではない。だが、学校の話で沖田との野球の話をする兄は楽しそうだった。

 

けど、それを彼女は聞くことが出来ない。聞きたくない。

 

「大丈夫。もう一回怪我をすると、今度こそ酷い目に合いそうだ。」

文句を言わずに、栄治は前を見ていた。それが羨ましかった。

 

だから、今の彼が気に入らないのだ。

 

「兄さんはそれでいいのよ。そういう兄さんを、いつか参ったと言わせるために頑張っているんだから!」

 

弟の裕作は勿論野球。しかし、妹の美鈴は違う。彼女は水泳をやっており、兄に劣らず、水泳界のホープとまで呼ばれている。この父親と、兄にして、この妹ありと言えるだろう。

 

だがすでに伝説を残した父親と、不屈の心で這い上がった兄のように自分が強くないことを自覚している。だからこそ、ちょっとしたコンプレックスと、重圧を感じていた。

 

 

 

「千葉に進学する予定のアイツにだけは負けたくないし……ああ、もう。今は私のことはいいの!!」

 

バンバンと、兄の机を叩く美鈴。

 

「私は、いつだって前に進む兄さんが羨ましかった!! だから頑張れた!! 兄さんに追いつきたいって!!」

 

「―――――!!」

久しぶりに妹が爆発した。栄治は妹が爆発する理由に納得が出来るから、何も言えない。

 

そうこうしているうちに、栄治の話だけではなく、自分が期待を抱かれていることへの不安についても語りだし、

 

「兄さんが、兄さんがぁ……」

とうとう感情が爆発して涙目になり始めていたので、

 

「はい、ストップ」

蹴られること覚悟で、敢えて栄治は妹を前から抱き締めた。

 

「なんていうか、自分の事ばかりで、周りを見ていなかったね、まったく(これ、大丈夫なのかな。勢いでしたけど、反撃されたら終了だよね、俺。どうしよう、不味いって。どうか大人しくしてくれ……)。」

 

「うっ……(わっ! に、兄さんがハグをぉぉぉ!? けど、なんで急に―――)」

 

渠をつかれると内心ではぶるぶる震えながら、栄治は美鈴を落ち着かせる。失敗すれば、意識を失うことになるだろう危険な賭けだが、やるしかない。この状態に入った妹を放置すると、長期間のスランプに陥る長距離打者のように深刻なことになりかねない。

 

妹の方は兄と同様にパニックになっているが、兄のように後ろめたい事なんて何一つない。兄は自然と頭に思い浮かんだ言葉を形にしていく。

 

 

「今は、そういうことに関しては考えなくていい。美鈴がやりたいようにやればいい。俺も、なんだかここまでボコボコにされると、悩んでいるのが馬鹿らしくなった。父さんや俺は関係ないし、美鈴は美鈴。けど、俺は頑張っている美鈴を見るのは好きだけどなぁ(あっ、最後の言葉はヤバいッ。何を考えているんだ俺は!!)」

 

「!!!!」

美鈴の反応を見て、意識を失うことを覚悟した栄治。だが、その衝撃はいつまでたっても来ない。というより、無意識に彼女を抱きしめる力が入ったので、抗いようもなかったのだが。

 

 

「――――いつもなら蹴り飛ばしてあげたところです。でも、今は――――」

 

顔を見せない彼女に、苦笑いの栄治。部屋着の胸辺りが濡れているのが解る。そして兄に背を向けて、顔を見せない妹。

 

「この話は終わり。ところで、その千葉には誰がいるんだい? 友達、それともライバル?」

沖田みたいなライバルなのだろうか、と考えた栄治。高め合う友人がいるのは財産。孤高であり続けた父が渇望した存在なのだ。どうか大事にしてほしいと願う栄治。

 

 

「そ、それは―――!! 兄さんには会わせません!!」

美鈴はそれだけを言うと、

 

「おやすみなさい、兄さん!!」

部屋から急いで出ていってしまったのだ。

 

「なんだったんだろう、今の。」

部屋に残された栄治はポカーンとすることしか出来なかった。

 

その妹だが、

 

――――鈍感な兄さん、野球バカな兄さんを、アイツに会わせる事は阻止しないと。

 

と、いうことを考えていたらしい。

 

 

「まさか、美鈴の奴。男でもできたのか? 美鈴を大事にしてくれるなら、まあいいけど。兄としては少しさびしいなぁ」

大塚は、やはり大塚だった。

 

 

 

 

 




本当は、マネージャー(主に貴子先輩)に喝を入れてもらおうと思ったんですが、大塚君は自宅通学なので、家族に喝を入れてもらいました。

自分は一人っ子なので、兄弟姉妹の気持ちは理解できないのですが、優秀な兄や姉がいると、皆さんプレッシャーを感じた入りするんでしょうか。


さて、丹波君と沖田君は間に合うのか。




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初めての夏
第31話 心を一つに


東条君が本当に使いやすい。ドルオタ設定とか、狙っているとしか思えない。




次の日、大塚は決意を持って学校に登校した。野球部に降りかかった悲劇。エース丹波の怪我は、学校中に広まっていた。

 

「大塚君……その、大丈夫?」

マネージャーの春乃が気遣いながら話しかけてきた。あの場に居合わせた者として、大塚と沖田の事を特に心配していたのだ。

 

「大丈夫だよ、吉川さん。上級生の先輩の方が、余程堪えていると思うから。俺たち若い力が引っ張らないとね」

微笑を浮かべながら、大塚はその気づいかいに感謝しつつ、自分は大丈夫だと彼女に伝える

 

「う、うん」

それでも、やはりまだ心配なのか、含みのあるしどろもどろな言葉。

 

「沖田も、帰ってきたときに敗退して終わっている、では驚いてしまうからね。吉川さんは心配し過ぎ」

沖田は早めに帰ってくる。丹波先輩は予選は厳しい。ならば、やることはすでに――――

 

 

「大塚!! ちょっと話がある!!」

そこへ、沢村が何か決意を秘めた表情でやってきた。

 

「沢村君……」

吉川は驚いた顔で、沢村の方を向く。この時期にいったい何があるのか、と思っているようだった。

 

「えっと、ごめんね、吉川さん。ちょっと席を外すよ。」

沢村の表情が何か覚悟を決めているような雰囲気があったので、大塚は席を立つ。

 

「ううん。私は大丈夫だから……」

しかし吉川は、そんな大塚の背中を見送りつつ、さびしい気持ちを隠せなかった。それに気づいていないのは、死角になっている大塚と、鈍感な栄純のみ。

 

 

吉川と別れ、大塚が廊下に出るとそこには、

 

 

 

「僕も、今は君に用があるから」

そこへ降谷も現れ、

 

「結局揃うんだよね、このメンバー。」

春市が、

 

「まあ、この際答えは解りきっているんだ。大して変わらねェよ。」

金丸が、

 

「ああ。そうだな」

東条。

 

「沖田と丹波先輩は絶対に戻る。」

狩場が大塚の下に集まっていた。

 

 

ホームルーム間近、彼らは集まっていた。

 

 

「話って? まあ、色々と予想はついているけど」

大塚は1年生たちに尋ねる。そこへ、何と川上先輩までいることで、何を話しに来たのかが分かる。

 

「エースについてだ。丹波さんがいない以上、誰かが背番号1をつけないといけない。」

川上が厳しい表情で大塚に問う。

 

「俺達は、お前にこの番号を託したいと思っている。これは、青道投手陣の総意なんだ」

代表して、川上が大塚に宣言する。丹波が戻るまでの間は、大塚がエースであると。

 

ざわざわ、

 

「おい、あれはなんか先生に伝えたほうがいいのか?」

 

「なんかヤバい雰囲気だぞ」

 

野球部以外の生徒が、その異様な雰囲気を醸し出す1年生野球部の中心人物と投手陣が集まる廊下を見て、ひそひそ声をする。

 

「……川上先輩はリリーフ経験が豊富。先発もリリーフも出来る。後ろは恐らく先輩、ですね。」

 

「ああ。監督からは最初に言い渡された。抑えは俺だ」

川上が抑え。強い気持ちを持つ事が大事とされるポジション。

 

「だからこそ、俺はエースとは言えない。スターターの適性のある沢村と大塚。お前らのどちらかに託したいと思ったんだ。」

 

「監督はなんと?」

 

―――――投手陣の中で、それをまず教えてほしい。学年は問わない。

 

「だってさ。俺は、まだお前を越えてないからエースにならない。お前になら任せられる。」

沢村は真直ぐな瞳を大塚に向ける。

 

――――期待をされていること、それを苦しいとアイツは言っていたな。

 

大塚は、妹の悩みを思い出していた。期待されて、もし結果を出せなかった時の失望の目が怖いと。偉大な父親と、文武両道、エース候補の兄。弟は、リトルリーグに入る直前。だが、遊撃手として非凡な才能を持っていた。

 

自分も取り残されたくないと、泣きわめいていた。

 

――――妹の不安を取り除くことも、その座をつかむ理由の一つに加えても、罰は当たらないよね?

 

「ああ。もし俺でよければ、その責任を果たす。」

 

エースとして、青道を全国の舞台へ。その想いが大塚をゆるぎないものへと――――

 

「まあ、とにかく、沢村は赤点回避な。」

 

「とにかく赤点だけはやめろよ。」

 

「降谷、お前もだぞ」

 

1年生たちは、迫り来る期末テストでの健闘をまずたたえ合うのだった。

 

 

そして学校が終わり、練習がやってくる。いつも通りブルペンに入る投手陣。そこへ、

 

「伊佐敷先輩?」

 

「主将!? どうしてここに?」

 

ブルペンには、伊佐敷と結城がいたのだ。何と野手の彼らが投球練習を行っていたのだ。

 

「とにかく、なんか身が入らなくてよ。まあ、延長戦とかがねェわけじゃねェンだ。スクランブルなら任せろ!!」

 

「そういうことだ。伊佐敷は、元々投手志望だったからな」

 

「!!!」

東条はそれを聞いて驚いた顔をしている。そして、伊佐敷の顔を見る。

 

「全中ベスト4。まだ諦めるのは早いぜ!!」

 

「お、俺もブルペン練習をさせてください!!」

東条も伊佐敷らに触発され、投球練習を行うことを決めるのだが、

 

「いつの間にか投手が増えている件について」

 

「そういうな。全員で戦う意識というのが高められていいと思うがな。伊佐敷の場合は、案外馬鹿にならないかもしれないぞ」

クリスは、温かい目で大塚が伊佐敷に指示を与えている姿を見ていた。

 

「3年間直らなかったノーコンですよ? アレがそう簡単に――――」

宮内は、クリスの言葉に懐疑的だった。意識が戻すのが目的なので、あまり高望みはしていないのだ。

 

「どう転ぶかはわかりませんよ。俺達は、俺達の仕事をやるだけです」

小野と、

 

「とにかく、たくさんの投手の球を受けるのは悪くないはず」

狩場も気合を入れ、捕手陣にも火がついていた。

 

 

その問題の伊佐敷と大塚だが、

 

「まずはステップの位置です。下半身が安定しなければ、肩や肘にも影響が出ますし、何よりも制球が定まりません。まずは基本ステップからです。」

 

「お、おう」

 

「両肩の高さを水平にするのではなくて、少し遊びを与えてはどうでしょう。自然と腕が振り抜かれます。」

 

「む、難しいな。」

 

「後は、軽くまずは投げてください。力を入れるのではなくて、まずは腕を軽く振る感覚です。腰の回転があれば、自然と腕は出てきます。」

 

「うっ!!」

 

シュッ、

 

「え!?」

小野が驚いた顔をしながら、伊佐敷のボールを捕球する。ストライクゾーンではないが、なんとボールゾーン気味のコースに入ったのだ。

 

「腕の力で投げるのではないんです。あくまで腕は腰の動きに合わせたもの。上半身が前に出たり、バランスを崩せば投球はすぐに崩れます。」ゴゴゴゴッッッ!!

 

大塚が語る投手理論が伊佐敷に炸裂。伊佐敷の制球難が少しずつではあるが、改善されている光景に片岡監督は―――

 

「――――(あと3年早く来ていれば――――)」

と思わずにはいられない。ここまで手のかからないどころか、技術面で優れた選手は、それだけでチーム力を向上させる。

 

「まさか、フォームを少しいじっただけで、こうも変わるとは―――」

太田部長は、伊佐敷のボールが少しずつ集まりだしていることに驚いていた。一日でこれだ。故に、後卒業まで練習をした場合、どうなってしまうのかが少し楽しみだった。

 

いや、夏本番までに下手をすれば間に合う可能性もあった。

 

「まあ、投げられるボールは、チェンジアップですかね。まずはこれですね。もし万が一、伊佐敷先輩が今後投手をまた志すのであれば、フォームを大切にしてください。」

 

「ああ。今日はありがとな。監督の気遣いだったのは解っていたが、まさかこうも指導されて球が集まるとはなぁ」

人生で初めてストライクゾーンに入った。それも行くと解ってゾーンに入ったボール。

 

「指導者の道も全然心配ないな」

 

「まだ現役ですよ、主将!」

 

主将とチームの主力選手の目に力が戻った。その後二人はこの場を後にし、東条もそれに続く。

 

「俺も、投手も諦めていないからな」

 

 

其の3人が与えた影響は大きかった。練習に活気が戻り、レギュラー陣を含めた動きにキレが戻った。

 

片岡監督は、投手陣と捕手陣を呼び寄せた。

 

「川上。現時点での投手陣のリーダーはお前だ。そして―――この若い投手陣の中で、お前と、投手陣が下した判断を尋ねたい。」

 

「大塚です。沢村も先発として安定していますけど、やはりイニングを食える投手がエースになるべきです。」

 

「沢村は?」

 

「悔しいけど、今は大塚に任せます! 秋は解りませんけど!!」

異論はない。沢村はこの夏予選では大塚と川上が軸だという事が解っていた。

 

「降谷は?」

 

「イニングを投げられない自分は柱ではありません」

 

投手陣の総意を聞いた。次に、

 

「御幸はどうだ? 正捕手として聞きたい。」

 

「この夏予選は、経験や実績ではなく、大塚と沢村の二枚看板で行くべきだと思います。」

 

きっぱりと御幸はそう言い切った。大塚と沢村の二枚看板。1年生投手を軸に、この夏の予選を乗り切るという御幸の大胆な戦力転換。

 

「そして、川上には最後を任せます。降谷は、相手の勢いを消すセットアッパーが適任だと考えます。彼のストレートとSFFは、むしろそれに向いています」

 

「そうか――――――」

 

「今夜、部員を集める。その場所で、今後の事を全員に話す。」

 

 

 

そして、今夜の全体の集まりにて丹波の怪我の度合い、そして戻ってくるには本選まで勝ち進む必要があるという事を突きつけられた。

 

その事実を知る者、知らない者、色々な表情を見せる部員たちの視線が片岡監督へと集中する。

 

「………予選まであと少し、そんな時期にエースとして目覚めつつあったアイツの夏を、俺は終わらせるつもりなどない。そして負傷している丹波は、怪我が治り次第本選で背番号1をつけさせる」

本選での丹波の背番号1の確定。3年生は、それを聞いて驚いた顔をする。

 

「そして、予選を戦い抜くうえで、エースナンバーは大塚に任せたいと思う」

 

上級生は監督の言葉にうなずく。丹波が抜けた今、柱になれる可能性は大塚と、先発能力に優れる沢村のどちらか。

 

「俺はまだ皆さんに、この背番号をつけられるほどの信頼を得ていない。結果だけじゃない、そんな光景を、俺はあの時見ていた」

バックと投手の馴れ合いではない、真の信頼関係。それを見た気がする。ただそれは、短期間で、一年弱で身に着けられるモノではない。

 

「だから俺は、俺が、青道の柱になります!! このチームの夏を、一番長くするために!!!」

これは嘘偽りのない本音。予選で形式的に一番をつけることにはなるだろう。だが、それは本選までの繋ぎ。

 

自分はただの代役。本当のエースは彼なのだ。

 

「言うじゃねェか、大塚!」

伊佐敷がそんな決意を見せた彼に、声をかける。

 

「青道の柱になる、か………大塚。無理はするなよ?」

主将の結城も、ここまで感情をあらわにした大塚を見て驚いてはいるが、彼のこの雰囲気が嫌いではなかった。

 

「沢村も馬鹿だけど、大塚は大馬鹿のようだったな、ヒャハッ!!」

倉持も、エースという括りを超えたチームへの貢献だけを貫く、大塚の啖呵に笑い、その心中では、心強くも思っていた。

 

「………あの時冷静さを失ったお前を見て、難しいと思った。だが、その言葉は変わらないか?」

クリスが念を押すように尋ねる。どうやらあの時の、現場での一件を見られていたらしい。

 

「はい」

力強く、それでも大きな声でもなく、大塚ははっきりとそう答えた。

 

 

「…………解った。大塚本人の了解を聞き、俺は正式に予選の戦いのみ、彼をエースに据える。異論はないだろうか?」

 

 

上級生から、監督の決定に異論を唱える者はいない。そして同級生の沢村たちも、異論はなかった。

 

「……………ないようなら、正式に大塚を予選のみエースナンバーをつけることを決定する。」

 

こうして、大塚はエースナンバーを一時的に背負うことになった。

 

 

その後、個別ミーティングでは、

 

「沢村、降谷、そして川上。」

捕手陣と大塚、丹波を除く投手陣は、監督に呼び止められたのだ。

 

「大塚にはああ言ったが、俺も奴だけに負担を押し付けるつもりはない。奴が責任感の強い男であることは皆も解っているだろう」

 

「うっす…………」

認めないわけにはいかない。沢村は、あんなに悔しそうにエースに指名された大塚の姿を見て、何も思わないわけがなかった。

 

チームを背負う。自分は代役だと宣言し、青道の柱になると言い放った。丹波の事を一年生の中で一番評価していたのも、大塚だった。

 

「沢村には、大塚の代わりに先発を任せることも多くなる。奴の負担を軽減させる代わりに、お前には負担を強いることになる。」

つまり、ライバルである市大三高、稲城実業との戦いで大塚をフル回転させる代わりに、中堅校との試合を任せることが多くなることを意味する。

 

「うっす!! 解りました、ボスッ!!」

 

「…………ボスはやめろ。だが、解っているようだな。」

ボスという物言いに戸惑いの表情の監督だが、沢村がその事さえ理解しているなら話はない。そのボスについては追々直していけばいいのだ。

 

「降谷。お前には短いイニングを任せるが、接戦の場面が増えることになるだろう。川上には抑えを任せる。基本的に、8回降谷、9回は川上。だが、あの時の様な緊急時には、二人のどちらかには、第2先発をしてもらうこともある。」

 

「はい」

 

「はいっ!!」

 

「そして予選まで時間がない。御幸には、沢村の決め球の修正と川上の調整を、クリスには、降谷の制球力とフィールディングの強化を頼む」

 

「解りました。沢村、あの短期間でスライダーを覚えたお前はセンスがある。だからこそ最後の仕上げ、俺も手を貸してやる。死ぬ気でものにしろよ?」

御幸はやや脅すように言うが、こんなことでビビるような投手ではないことを知っているし、沢村も御幸の性格をだんだんつかんでいる。

 

「うっす!!」

 

「頼むぜ、一也。お前のリードと小言は信用できるからな」

 

「はっはっはっ。」

 

「降谷。接戦の場面のリリーフ。いわば現代で言うところのセットアッパーには、スタミナよりもコントロールと決め球が必要になってくる。さらにいえば、隙のないフィールディングで、チャンスを潰すことも要求される。」

 

「はい…………(セットアッパー…………?)」

セットアッパーの重要性を解っていない降谷。重要なのだろうが、知らない単語なのだ。

 

「現代、抑えよりもセットアッパーの事を火消しというが、それは理由がある。先発の残したランナーを背負った場面、僅差のピンチに登板が多いのがセットアッパーだ。そこで打者をねじ伏せることが要求されるこの役割には、お前の空振りを奪えるストレートと、その変化球は非常に重要になる」

 

つまり、ピンチの場面でその芽を摘み取るのが、セットアッパーであるのだ。

 

「解りました。エースとは違う、役割…………セットアッパー」

何となくイメージが出来た降谷。自分がピンチに出てきて、三振を奪って無得点に抑えるイメージが浮かんだ。

 

 

「川上。お前には大塚と同様に予選から厳しい場面を任せることも多くなるかもしれない。だが、強い心を持って、マウンドへ向かってほしい。」

 

「はいっ!!」

 

 

こうして、役割をしっかりと決めた青道投手陣。だが、そのうちの二人にかつてないほどの試練が襲い掛かっていた。

 

大塚はその責任を果たせるのか。そして、沢村のウイングショットは完成するのか。

 

 

そして、

 

「心配をおかけしました。」

 

丹波よりも一足先に、沖田が帰還。意識を失いはしたものの、沖田はやはり問題がない。

 

「本当だよ!! あの時は俺達も焦ったんだからね」

小湊も、沖田が離脱しかけたのは衝撃だった。なので、予選直前ですぐに戻ってきてくれたのは幸いだった。

 

「何はともあれ、沖田」

大塚は神妙な顔で、沖田にあることを提案する。

 

 

「な、なんだ?!」

大塚が真面目な顔で何かを言おうとしている。いつも的確なことを述べているので、緊張している沖田。

 

 

 

「沖田は―――――――」

 

 

 

「俺は……」

 

 

 

「彼女を作るべき。もっと心に余裕を持つべきだと思う。」

あえて地雷を踏み鳴らしていくスタイルの大塚。やはり天然の畜生の素質がある。

 

 

「できないから苦労してるんだよ、畜生~~~~~~!!!!」

 

 

 

やはり沖田は離脱しても超沖田だった。沖田には残念さが超似合う。

 

 

「―――――沖田君って、本当に残念だよねぇ。すぐにモテそうなのに」

春市も、そんな二人を見て、この感想。

 

「はるっちは小動物的な可愛さで、先輩たちに食われないように、ってお兄さんが言ってたぜ!」

沢村は、女性関係で何やら忠告しているのかと勘違いし、春市に助言する。しかも自信満々に言うところがたちが悪い。

 

 

「何を!? く、食われる!? ていうか、栄純君、な、何を言っているの!?」

慌てる春市。女性関係に首をあまりツッコまない彼は、鈍感ではないが自分がそこまで狙われていたとは考えておらず、衝撃の事実に戦慄を覚える。

 

「わかんねェ……財布の中身?」

しかし、沢村は沢村だった。リア充のくせに、この発言である。

 

 

「うん。栄純君の言葉で慌てた俺の負けでいいよ」

 

 

 

「はぁ……」

東条は恋愛の話になっている現状に嘆息する。

 

「ハァ、予選直前なのに、呑気な奴らだぜ。まあ、大塚のことはあんまり心配してねェけどな。アイツは、俺達の世代の中心。やってもらわないと困る」

金丸は、大塚が発端で起こったこの恋愛話に少し呆れつつも、この親友を気遣う。そして渦中の大塚への叱咤激励を込めた独り言を吐く。

 

 

「プロになったら、会えるかなぁ」

何か上の空の東条。

 

 

「ああ、いつものか。」

東条の悪い癖だ。おそらく、青道随一のドルオタである東条。センスは認める、性格もいい。だが、

 

 

「心配すんな、アイドルと恋愛なんて、普通の奴は考えないから」

東条を諌める金丸。現在、東条の中でとあるアイドルグループのセンターにご執心であり、先輩らの反対を押し切り、ポスターを張るほどである。その他以外は聞き訳がいいのに、どうしてこうなった。

 

ちなみに東条は、同室の先輩たちを洗脳―――もとい、入信させた実績がある。金丸は、もし同じ部屋のクリスが東条に入信させられたらと想像し、身震いを何度したことか。

 

 

 

「ハァ、楓様萌え~」

 

 

「東条ォォォォ!!!!」

 

 

本当に、ちょっと親友としてとても心配なところがあり過ぎて怖い。プロに為れたらいいかもしれないが、プロになったらなったで大変そうだなぁ、と思う金丸だった。

 

 

 

 




沖田は彼女を作るべき。春市は原作より黒い。金丸は必ず主将の器だと思う。



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第32話 俺達は誰だ?

王者青道!!

誰より汗を流したのは

青道!!

以下略


青道のエース、丹波が負傷で離脱したものの、その代役に大塚を据えた片岡監督。チームも落ち着きを取り戻しつつある、彼の覚悟がチームに響いた結果だろう。

 

 

そして組み合わせよりさらに数日、ついに背番号を渡す日がやってきた。

 

「これから背番号を渡す。呼ばれた者から順に取りに来い。まずは背番号1、大塚栄治!!」

 

「はい!」

片岡監督に言われ、大塚は前に進む。それでも己は予選では青道の柱になるのだと。

 

沢村も番号がくると元気よく返事をする。ちなみに、背番号は11。先発の一角を任される。

 

そして、背番号6は沖田が付けることになった。これで、ショートのポジション、そして状況に応じてサードも守れ、強打で勝負強い沖田が担うことになる。

 

「ヒャハ、本選で取り返してやるぜ」

あまり堪えてはいない様子。というのは見せかけで、相当悔しいようだ。

 

そして背番号17に降谷暁。背番号18に小湊春市。背番号19に東条秀明、背番号20には前園健太が呼ばれた。

 

「わ。ワイですか!?」

 

「内野で、一塁と三塁を守れる、強打のお前を追加で一軍へと昇格させる。予選で一軍に生き残れるかどうかは、お前自身の力でモノにしろ」

 

 

「……………はいっ!!!」

ようやくの一軍。だが、前園が呼ばれた意味はほかの一年生に比べて重い。だからこそ、喜ぶこともせず、黙々とその背番号を貰う。

 

緊急事態もあったが、これで予選限定のメンバーがそろう。

 

 

投手は背番号1の大塚(1年生)、背番号10の川上(2年生)、背番号11の沢村(1年生)、背番号17に降谷(1年生)

 

捕手登録は背番号2の御幸、背番号12の宮内

 

内野には、背番号3の結城(3年生一塁)、背番号4の小湊兄(3年生…二塁)背番号5の増子(3年生…三塁)、背番号6の沖田(1年生…遊撃手…ユーティリティ)、背番号14の倉持(2年生…遊撃手)、背番号16の楠木(3年生…遊撃手)、背番号18の小湊弟(1年生…二塁手)、背番号20の前園(2年生…一塁手…三塁手)

 

外野は、背番号7の坂井(3年…レフト)背番号8の伊佐敷(3年…センター)、背番号9の白洲(2年…ライト)、背番号13の門田(3年)、背番号19の東条(1年生)

 

全ての選手を読み上げた後、片岡監督はマネージャーへと向き直る。

 

「それからマネージャー、お前達も本当によく手伝ってくれた。お前達もチームの一員として、スタンドから選手と一緒に応援してほしい」

 

そう言って手渡したのは、試合用のユニフォーム。この粋な計らいに、3年生の貴子は感極まり、2年生たちはしみじみとユニフォームを抱き寄せ、1年生の春乃はもらい泣きしていた。

 

「(………やっぱり重いな、この背番号は…………)」

大塚は夏川先輩から聞いた。青道のブラスバンド部が、ダンス部が、その他有志の人が、野球部を応援しているという事。

 

そしてマネージャーの様子を見て、大塚は思うのだ。

 

――――予選限定だけど、チームのためのエースに。チームを勝利に導く投球を。

 

そして、あの掛け声が始まる。

 

「俺達は誰だ?」

結城の言葉に集う青道レギュラー陣。

 

『青道!!』

 

 

「誰よりも汗を流したのは?」

 

『青道!!』

 

「誰よりも涙を流したのは?」

 

『青道!!』

 

「戦う準備はできているか?」

 

『おおおおおおおおおおお!!』

「我が校の誇りを胸に、狙うはただ一つ、全国制覇のみ!!」

声高らかに、結城は全国を制することを宣誓する。

 

「行くぞォォォォ!!!!」

 

『おおおおおおおおおおお!!』

 

 

ついに始まる夏の予選。3年生にとっては最期の夏。大塚たちには初めての夏。

 

 

そして――――

 

 

舞台は明治神宮球場。関東を本拠地とするプロ野球球団のホームスタジアムであり、神宮大会の決戦の地。

 

夏の甲子園、東京代表、その椅子を争う地でもある。

 

開会式は、東西合同で行われ、230校を超える学校のうち、甲子園の切符を手に入れられるのは、僅かに2校のみ。

 

「…………これが夏の西東京予選………」

沢村は、真剣な瞳でそうつぶやいていた。二人目の先発として、青道の命運を握る存在として、そのプレッシャーは相当だろう。

 

しかし―――

 

―――悔しいけど、お前がいるから、落ち着いていられる俺がいる。

 

背番号1を背負う、大塚の後姿を見て、沢村はそう思う。あれほどのプレッシャーを受けてなお、力に変えられる彼は凄いと素直に思った。

 

 

―――秋季大会からは、俺がその背番号をつけてやる。だから、俺がエースになるまで、だれにも負けるな!!

 

だからこそ、その壁が厚くても、沢村は越えたくて仕方がないのだ。

 

 

「あ、熱い…………」

降谷は、この密集の中で、人酔いになりかけていた。

 

 

その後、開会式が終わり神宮を後にする青道ナイン。そこへ、

 

「また会ったね、大塚」

そこへ、成宮鳴が現れる。

 

「成宮先輩…………」

彼の目には、背番号1を付けた左腕が、笑みを浮かべながら近づいてくるのが見えた。

 

「丹波さんはどうしたの? というか、お前がエースナンバーなの?」

 

「……………それについて言うことはないよ。」

大塚は何も言わない。

 

「まあいいさ。俺とお前、当たるとすれば決勝。あの時のリベンジでもさせてもらうから。首を長くして待っときなよ」

そう言って、成宮は去るのだが、

 

「俺達のリベンジはまだ済んでねぇぞ」

伊佐敷が吼えると、

 

「お前ら元気だな」ややぐったり、

降谷と同様に、少し人に酔っていた原田。

 

「昨年のリベンジ、今年は果たさせてもらうぜ」

伊佐敷としては、尊敬する東の前に立ちはだかったこの投手への闘争心は強い。

 

「言ってろ。また抑えてやんよ」

年上に対しても、強気な発言の成宮。昨年は本当に手が付けられなかった相手であり、結城の一撃以外はまともに撃たれていない。

 

青道が甲子園に行くための、最大の関門である。

 

「……」

売り言葉に買い言葉なので、大塚は早々に引き下がる。それに、妙にこちらを睨んでいる稲実のメンバーが複数いるので、この場所に居づらい。

 

――――黒い人に、目つきの鋭い人、赤い髪の人、髪が立っている人。俺、なにかしたのかな。すごい睨まれているんだけど。初対面だと思うし、初対面はいろいろと気遣う傾向なんだけど。

 

 

特に、この4人からは凄い目で見られているので、大塚は関わらない方がいいと判断した。大塚は、この4人のことを知らないのだ。だが、大塚は他の可能性を考えるべきだった。

 

そのことについて知るのは、少し先である。

 

 

 

その後、主将同士が決勝で会うという約束を交わし、青道と稲白は神宮を今度こそ後にするのだった。

 

 

そして抽選の結果、青道は2回戦からの登場となり、1回戦の試合の勝者と当たることになる。

 

 

初戦の相手は米門西高校。

 

エースは120キロ後半のストレートに、スライダー、カーブの投手。制球は沢村に劣る。

 

打線は中堅よりもやや下。守りのチームである。

 

初戦を迎える青道高校。その初戦の先発マウンドに上がるのは、

 

「沢村に任せたいと思う。」

 

「はい!!」

 

初戦の2回戦のマウンドには沢村、3回戦には大塚。4回戦は調子のいい方を。

 

そこへ、セットアッパー降谷、抑えの川上を投入し、継投を用意している。リリーフ専門でもある川上への信頼は大きい。

 

だが、やはり丹波不在という問題は、二人の1年生投手に重くのしかかっている。

 

 

「頼んだぞ、沢村」

 

「はいっ!!」

 

 

そして、一方の米門西高校は、

 

「ビデオを回していたが、アイツらは絶対俺達の事を舐めているよなぁ」

米門西高校監督、千葉は青道には、強豪特有の驕りがあると考えていた。

 

青道の投手事情が解決されつつある事さえ知らない彼は、当日思い知るだろう。

 

「青道高校、恐れるに足らず」

 

そしてトーナメントで不安要素を覚えている虎こそ、一番用心しなければならないという事を。

 

 

 

試合当日、

 

1番 小湊亮介 (3年) セカンド 

2番 白洲健次郎(2年) ライト  

3番 沖田道広 (1年) ショート

4番 結城哲也 (3年) ファースト

5番 増子 透 (3年) サード

6番 伊佐敷純 (3年) センター

7番 御幸一也 (2年) キャッチャー

8番 坂井一郎 (3年) レフト

9番 沢村栄純 (1年) ピッチャー

 

「なにぃぃぃっ!? 一年生の先発だと!?」

衝撃を覚える千葉監督。強豪だとはいえ、まさか一年生を持ってくるとは思っていなかったのだ。

 

「この勝負貰ったぞ!!」

 

 

 

そしてスタンドでは、

 

「みんな大丈夫かな………特に沢村君………」

春乃は、先発の重圧を当然感じているであろう、沢村を気遣う。

 

「まあ、心配いらないわよ。そう言う時に頼りになるのが上級生なのだから」

 

 

しかし、先頭打者の小湊がサードライナーに打ち取られる。

 

「(うぅぅ、引きつけ過ぎた………)」

 

白洲もタイミングが合わず、カーブを打ち上げてしまい、レフトフライ。

 

この二死の場面、ランナーなしで3番の沖田に回る。

 

「(浮き上がり、少し沈むストレートに、スローカーブ並に遅い変化球。もう見る必要はない)」

二人から情報を貰った沖田。情報の球が来れば、迷わず振るつもりだ。

 

 

「ハハハッ!! 青道め、浮足立っているぞ!!」

スタンドでは溜息など、打者の表情を見るなどして、そんなことを言っている千葉監督。

 

「だ、大丈夫でしょうか。1年生で、3番を任せられる選手です………一応警戒した方が………」

 

「そうだな。バッテリーには厳しく攻めるよう言っておくか」

 

だが、彼らは一つ見落としている。青道は自分たちの事を見くびっていると言うが、実はそうではない。彼らのその思考こそが――――

 

 

それが慢心であり、敗因である―――

 

 

 

カキィィィンッッッ!!!!!!

 

 

沖田のバットがその初球のストレートを一閃する。センター方向へと伸びていった打球はそのまま

 

ダンッ!

 

センターのフェンスオーバー、外野の越えた先へと吸い込まれていったのだ。

 

 

「………なっ…………!!」

まさかの初球ホームラン。悠々とベースを回っていく沖田。そして唖然とする千葉監督。

 

打たれた投手も、あまりの飛距離と勢いに、動揺している。まさか1年生にあそこまで飛ばされるとは考えていなかったのだ。

 

 

 

だが彼らは知らない。その3番と同等に怪物な打者が、待っていることを。

 

 

4番結城がバッターボックスに入ると、

 

ガキィィィンッッ!!!!

 

今度は初球緩いカーブを見送った後のストレートに振り負けず、レフトスタンドへと打球は消えていく。

 

「なぁ!?!」

初回2者連続ホームラン。3番4番の一撃に、唖然とする千葉。

 

 

しかし、5番増子が長打で出るも、6番伊佐敷が打ち取られ、初回は2点どまり。

 

 

そして青道先発を見て、まだ勝機があると考える千葉。

 

「相手は一年生。この初戦の重圧に耐えられるかな!?」

 

 

ズバァァァァンっ!!

 

130キロ前後ながら、出所の見えにくいフォームに加え、キレのいい癖球に翻弄される米門西の選手。

 

さらに、

 

ククッ、

 

「あっ!」

 

ブゥゥンッ!!

 

右打者へのサークルチェンジがさえ、この回は2者連続三振でスタートし、最後は

 

カァァァン

 

力のないピッチャーゴロで、三者凡退に抑える沢村。

 

「しゃぁぁぁ!!!」

 

 

「まあ、コースも狙っていたし、初回は及第点だな」

御幸の辛口採点。

 

「及第点!?」

そしてそれにショックを受ける沢村。

 

その後、主軸の勢いに乗った青道打線は止まらず、4回までに10点を奪う猛攻。沖田の満塁ホームランもあり、奇跡的に沢村が出塁したりもした。

 

そして守備では沢村が4回までヒットゼロに抑える好投。まだ相手打者にランナーを出してない。

 

―――とりあえず、スライダーを使わずにすみそうだ。

 

御幸はストレートのキレが一段といい沢村を口ではああいっていたが、称賛している。

 

――――球速が増しているし、腕の振りもいい。今日は調子がいいな

 

 

そして、5回の表、先頭バッターを高速パームで空振り三振に抑え、続く打者をムービングでセカンドゴロに抑える。

 

「??? 何だ? まだ5回なのに、なんで必死に………?」

コールドゲームを知らない沢村。相手の余裕のない視線を受け、そして打者を見る。

 

「…………ッ!」

打者ももう後がないような顔をしていた。しかし沢村はそれを気にせず、自分の投球を続ける。

 

そして――――

 

ズバァァァァンっ!!

 

「あ…………」

 

「ストライィィィクッ!! バッターアウトっ!! ゲームセットっ!!」

 

「え………?」

審判が試合終了を宣言したのだ。沢村は訳が分からずベンチへと帰ろうとするが、

 

「コールドゲームのこと忘れてたわ。5回に10点差以上ついていると、今みたいに試合が終わるんだよ。」

御幸が小声でそう説明する。

 

「そ、そうなんすか?」

 

そして整列した沢村の前には、号泣している選手が。

 

「……………っ………」

 

少し考えればわかる事だった。相手も3年生。後がないのは、どちらも同じなのだと。

 

「…………余計なことを言うなよ、沢村」

底冷えするような声で、沖田が動く仕草をした沢村を手で制す。

 

「なっ………でも………」

 

「勝者が敗者にかける言葉はない。お前が言っても、あまり意味はない」

 

「……………………けど………」

 

モヤモヤとするまま、整列をして、挨拶を行った直後、

 

「頑張れよ、もっと勝ち進めよ!!」

泣きながら握手を求める相手選手。それを見た沢村は驚いた顔をする。

 

「…………はいっ…………」

何も言えない。何も言えるわけがない。ただ、勝ち進めよという言葉に、応えるしかないのだ。

 

公式戦デビュー。

 

沢村 5イニングを投げて、被安打ゼロ。7奪三振。無四球。

 

 

――――初めて味わった勝利は、とても苦かった。

 

沢村にとって、この戦いは一生心に残るだろう。

 

 

青道高校、3回戦進出。

 

 

 

 

 

 

 

続く第3回戦。

 

ズバァァァンッ!!!

 

140キロ前後の球を動かす大塚の前に、ランナーを進めるどころか、ランナーすら出せず、打線も初戦の勢いそのままに、相手投手を圧倒。

 

試合は12-0で勝利するのだった。

 

「俺の出番、ダイジェスト過ぎるでしょ………」

 

なお、大塚は4イニングを投げて、被安打ゼロ、2奪三振。最後は降谷が登板し、三者凡退に抑えた。

 

試合後、

 

「兄さん!」

試合の終わりに、妹の美鈴が一人でやってきたのだ。母親は風邪を引いた裕作を連れて病院にいっているために、ここにはいない。

 

「美鈴!? ていうか、会場まで遠かったろうに。」

ここまで一人で来たことに、気が気でなかった大塚。彼にとっては可愛い妹に何かあれば野球どころではないのだ。

 

「ううん。だって、試合を応援しにいくって決めていたもん」

彼女の決意に秘めた言葉にたじたじになる大塚。その光景は、当然青道の面々も見ていた。

 

 

「おい、あの子は………誰だ?」

 

「今大塚の事を兄さんって………」

 

「というか、滅茶苦茶可愛くねぇか、あの子。」

 

ざわざわ、

 

「あ~~えっと、妹の「美鈴です。いつも兄がお世話になっています。」というわけです。」

相変わらず兄のペースを考えない。内外でも妹に弱い大塚という面が知れた瞬間だった。

 

「い、い、妹!?」

 

「聞いていねぇぞ、大塚ァァ!!」

 

「え!? だって、聞かれなかったし。」

倉持の叫びに、大塚は困惑しながらそう答える。

 

「そうだけどな!!」

 

「うん? 大塚……それに美鈴って……まさか、」

楠木文哉が美鈴の名前に何か思い当たる節があるらしい。

 

「知っているのか、文哉?」

結城が彼に尋ねる。彼は野球部の面々の他とも交流が深く、色々な雑学や情報にも詳しいのだ。

 

「友人の話から聞いたことがある。水泳界の若きホープって呼ばれているのが確か大塚美鈴。まさか、大塚の妹だとは思っていなかった。」

 

「水泳界のホープ……何者だよ、大塚家って」

 

「あの、妹が心配なので、送るのはなしですか? 今日はきっちりと一言入れておきますので。」

頭を下げる大塚。見てくれが周囲の目を集めるので、兄としては心配で仕方ない。

 

「兄さんは応援に来ちゃだめなの?」

 

 

「いや、そうではなくて。ただ、東京を一人で歩くのは心配というか……」

話しが先に進まない両者。結城が監督の方を見る。

 

「………ハァ、次からは親御さんとともに応援に来てもらいたい。次はない。」

 

なお、

 

「(この子可愛いなぁ)」

沖田は沖田だった。

 

そして、そんな親友の姿を見て、

 

――――お前にだけは絶対に嫁に出したくないな。

 

 

 

 

そして、その試合での活躍は日頃の学校生活にも少し影響を与える。

 

「沢村君~~~!!」

 

「大塚君~~!!」

 

「沖田君!!」

 

「小湊君!!」

 

「………お、俺には…………」

沢村には地元に意識している彼女がいる。故に、何かとその視線を何となく理解はしているが、それでも苦手意識を覚えていた。

 

「栄純君はホント一途だよね」

小湊春市は、そんな親友の様子に笑みを浮かべる。彼には、それが好ましく思えるし、まっすぐな性格の彼らしいと言える。

 

「大塚君が消えた!?」

 

「エイジっ!! 俺を生贄にしたな!!!」

沖田が女子に囲まれ身動きが取れない中、大塚は雲隠れしたのだ。

 

「あははは………大塚君は相変わらずだね…………」

 

 

屋上にて、

 

「沖田もこれを機に、いい人を見つければいいんだけどねぇ」

あえて自分が雲隠れすることで、沖田へ集中することを狙った大塚。何気に2枚目である沖田。残念さを受け入れてくれる人がいればと願う大塚。

 

 

順調に2試合連続コールドで勝ち上がる青道。

 

 

だが、青道にとって最初の、夏予選の試練が訪れる。

 

コールド勝ちした際の試合を見ていた明川学園の選手たち。

 

「うわっ、えげつない球を投げるな。アイツ…………」

大塚はコントロールよく両サイドに投げ、癖球で球数を節約している。球速の割に三振が少なく、コースコースへと癖球を投げて、スタミナを節約しているのが解る。

 

「(………まだ力を抑えている………2、3回戦は全力を出す必要がないというかのように)」

明川のエース、楊舜臣はそんな大塚の投球を見て思う事があった。明らかに癖球を利用し、軽めの力で投げている。本来の彼は、もっと速い球速を出すだろうことが、フォームを見て一瞬で分かった。

 

「…………けど、青道の起用は、この前の沢村とかいう左腕がうちに当たると思うぜ。キレの良いストレートに高速パームと、チェンジアップを投げる、技巧派だ」

 

「………そうか、」

エースナンバーをつける一年生投手。未だに底を見せていない実力を隠し、打たせて取る投球をしている。

 

さらには、後ろには剛腕投手と、サイドスローの投手が控えている。まさに鉄壁といっていいほどに、投手が揃っている。

 

総合力でも、自分たちがまけているが、試合にならないと解らないこともある。

 

――――打たれなければ負けない…………

 

だが、楊は思った。

 

――――出来る事なら、あの背番号1と、投げ合いたいと。

 

だが楊の独り言を聞けたものは、だれもいなかった。

 

 

――――――大塚、俺が追い求めた投手の理想。

 

 

彼が幼少のころに見た、最強にして最高の投手。日本に来たのも野球の為なのだが、あの伝説の投手に会いたいという気持ちもあったのだ。

 

300勝投手、至高の精密機械、世界の制球王、大塚和正。

 

 

それが彼の原点だった。22年連続で二桁勝利を達成した、生ける伝説。昨年現役を引退したが、近ごろ古巣の横須賀にて、ブルペンで投球練習をしている噂のあるこの有名人。

 

 

関係者しか、その真相を知らないと言うが――――――

 

 

 

 

 

 

一方で、沢村は恐らく投げ合うであろう投手を見て、衝撃を受けていた。

 

「ミットが動かない…………」

自分でも6、7割コースにいけばいい方。なのに、彼は寸分の狂いもなく、ミットへとボールが吸い込まれていく。

 

「投手としてのコントロールは、大塚以上かもな。どうですか、ご本人?」

御幸はちらりと大塚の方を見る。

 

「悔しいですが、制球力は少し彼の方が上かもしれません。あれほどの制球力、凄い投手ですね、彼。」

大塚が手放しで称賛し、一部分で負けを認めた。それが沢村には驚きだった。球威を得た分、若干制球力が落ちた大塚。本人がやや意識しているだけで、周囲は変わりがないと考えているようだが。

 

「恐らく9分割でのコントロールは、揺さぶりをかけない限り、乱れないでしょうね。しかし、つけ入るすきはただ一つ。」

大塚は投手ではなく、捕手の方を見る。

 

「御幸先輩のような意地の悪い捕手でなければ、その脅威は半減します」

 

「おいおい、本人の前でいうことかよ。まあ、捕手としては褒め言葉だけどな。」

 

「………ああいう投手をリードしたら、楽しいだろうなぁ………」

御幸は楽しそうにその投手、楊舜臣を見ていた。

 

「大塚。」

するとそこへ片岡監督がやってきた。

 

「次の試合、お前が投げろ。あれほどの投手相手だ。大量リードがない限り、お前に投げてもらう。」

中堅校相手に、沢村をぶつけるつもりだったが、この投手だけは次元が違う。まさにダークホース。未だに彼は死四球を出していないのだ。

 

 

「…………解りました。正直、コントロールは凄いですし、投げ合えるのは少しだけ光栄に感じますね。けど、勝ちは譲る気はありません」

大塚の投手としての正直な物言いに、監督は笑みをこぼす。

 

「そうか。お前は、今のまま、階段を上がり続けろ」

 

 

その後、試合は楊舜臣が1安打無四球完封で締めくくり、6-0で相手チームを破った。

 

 

 

 

その一方で、大手スポーツ雑誌、野球王国所属の峰は、大塚に違和感を覚えていた。

 

「あの程度の投手なわけがない………力を抜いているな」

 

「どうしたんですか、峰さん? 大塚君が?」

 

「ああ、彼は本来、フォーシーム主体の投手だ。球速も140キロを超えることもある本格派に近い技巧派。だが、今日は球速が140キロにほとんど届かなかった。それがどうにもね」

140キロに到達したストレートはわずかに3球。それ以外は、癖球とスライダーで抑え込んでいるのだ。その投球術に、若者離れした何かを感じていたのだ。

 

――――大塚、この名前で投手をしている高校生。まさか、いやーーーそんな偶然があるわけがない。

 

峰は、大塚栄治と大塚和正の関係性を考えたが、それについては断定できないと考えた。

 

――――だがもし、大塚和正の関係者だというのなら、青道はとんでもない怪物を呼び寄せたかもしれない。

 

「実力を隠しているんですか!? このトーナメントで!?」

 

「ああ、彼の真価が見られるのは、恐らく次の次に当たるであろう、市大三高戦だろう………」

 

未だ底知れぬ、大塚の実力。それを野球に携わる仕事をしている者たちは、それを予見していた。

 

彼は、何かが違うと。

 




大塚和正。二つ名は制球王、至高の精密機械。主人公の父親が楊瞬臣に影響を与えたという事実。

和正の劣化コピーもどきである楊瞬臣。けど、劣化コピーでも恐ろしい実力です。オリジナルが化け物過ぎて。ある意味成宮よりも危険すぎる。

ちょい投稿が遅れるかも。


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第33話 伝説に迫る者

精密機械がやばいことに。


2,3回戦をコールド勝ちしている青道。例年投手が課題のこの高校に、3人の投手陣が現れる。

 

一人は初先発で初完封の男、大塚栄治。

 

最速142キロのストレートに加え、スライダー、カットボール、シンキングファーストの動く球を使い、打たせて取る技巧派。

 

噂では、それは真っ赤な嘘だと言われているが、公式戦ではまだ技巧派のまま。(最速は147キロ)

 

漏れていない理由は、大阪桐生がリークしていないためである。

 

二人目は沢村栄純。大塚の影に隠れているが、130キロ前後のストレートに加え、多彩な癖球と、高速パーム、チェンジアップ系を駆使し、緩急自在の技巧派にして、本格派。未だに判別が出来ていない。

 

三人目は降谷暁。最速153キロのストレートに、落差のあるSFFを駆使し、三振の山を築く剛腕。

 

だが、ここにきて降谷の弱点が青道首脳陣に露見した。

 

「………気温か………」

御幸からの報告で、片岡監督は腕組みをする。彼は北海道出身。初めて経験する東京の夏に体力を奪われているのだ。

 

「これは、体が慣れるまで、ですね………」

有効な対策が取れない。故に、水分補給をしっかり取るようにしか言えない。

 

「先発で起用しなくて正解でしたね………この弱点を知らずに先発で使っていれば………」

太田部長は青ざめた顔で、そう発言する。

 

「大塚を先発させる。あの投手相手に、投手戦になれば、対抗できるのは大塚しかいない。」

きっぱりと片岡は言い放った。

 

「では万が一大量リードが望めたら、大塚君は温存という事でしょうか?」

 

「可能ならな。あの投手を打ち崩せば、それだけ市大三高戦が楽になる。」

上に進む為に、楊の攻略は至上命題。しかし、ここで大塚を刺激させる投手。

 

「もしここで、奴がもう一段階扉を開くなら、甲子園はぐっと近づく」

大塚が投げ勝った時、彼にはそれが、大きな財産になるだろうと。

 

 

そして屋内ブルペンでは―――

 

ズバァァァンッ!!

 

「よし、いいコースに決まりだしたぞ」

クリスは沢村の球を見て、ようやくこの球種を使えるようになってきたとある種感動を覚えていた。

 

「はいっ!!」

これは非公開の練習。沢村が会得し、武器にしようとしている球。

 

ギュインっ!! ククッ!!

 

高速に沈みながら横へと滑る、高速縦スライダー。その制球のコツをつかんだらしく、今のところコースの6割に来るようになっている。そして、速球系のコントロールもそれに影響されたのか、一段と磨きがかかっている。

 

特に、右打者のインロー、左打者のアウトローへの変化は打者に消えたと錯覚させるほどのモノだろう。

 

この球種の制球に、一カ月しかかからなかったのだ。ここまで実戦で使えるようになるまでが。

 

 

その成長速度は、大塚をも脅かす。

 

 

―――焦るな、沢村。お前は確実に一段一段、上へと昇っているんだからな。

 

そんなことを思いながら、クリスは沢村の決め球を、受けるのだった。

 

 

 

そして、試合前日。楊は日本のとある投手の事を思い出していた。自分の原点でもある投手の名を。

 

大塚和正。日本のハイブリット投手と言われ、沢村賞を2回受賞した、世界最高の制球力を持つ投手。

 

多彩な変化球を併せ持ち、コースを投げ分ける正確さ、それに加えての強烈な球威。

 

日本の怪童。ミスタービースターズ。世界の制球王。

 

嘗てはメジャーでも活躍し、日本人初のサイヤング賞を受賞したこともある、日本球界最高峰に位置する彼は、まさに世界に衝撃を与え続けた。7年目のシーズンオフに渡米。アスレチックスに12年在籍。

 

不良債権になるケースが多い一流選手の中で、「年俸の割に、働きすぎている投手」と呼ばれるほどの男。

 

アジア人で初めて、メジャーリーグで投手4冠(最多勝、最多奪三振、最優秀防御率、最優秀投手)を獲得。完全試合3回。ワールドシリーズMVP2回。タイトルは毎年必ず取り、毎年可笑しな記録を作る男。

 

彼が世界に衝撃を与えたのはその圧倒的な制球力。彼が渡米するまでは、1994年の規定投球回以上でK/BBの記録は11である。しかもそれは1994年のストライクのあったシーズンであり、投球回数も200イニングに満たない。

 

しかし、彼はそれを上回る。プロ11年目に防御率一点台を記録したシーズン。彼は300奪三振を記録し、数十年ぶりの偉業達成を為したばかりか、K/BBの記録を大幅に塗り替えた。彼が死四球を出すだけで、ちょっとした騒ぎになり、不滅の記録を打ち立てた。

 

圧倒的な制球力、多彩な変化球、かつ球威もある投手。

 

――――それからだ、投手に憧れ始めたのは。

 

かれは、日本時代は勿論、メジャーに行ってからも彼の事を応援し続けていた。目標である投手の活躍を見ていたい。そんな思いがあった。

 

並み居る強打者を、力と技で抑えていく姿に心を打たれた。どんな逆境でも、折れないハートの強さを学んだ気がした。

 

そして、一球の大切さを教えてもらった。

 

晩年に日本へと帰り、それでも打者を技で抑え続ける彼の姿に、真の投手を見た気がした。

 

次に当たる青道には、その投手の息子がいるかもしれない。彼も、技巧派として名を馳せてはいるが、未だ彼の領域には至っていない。

 

血のつながりがあるとか、そういった情報を知っているわけではない。だが、楊には解っているのだ。彼は間違いなく、大塚和正に近しい人間であることが。

 

彼の投球は、力を抜いた、技で抑え続けた大塚和正そのもの。誰よりも彼の投球を見てきたという楊の自負が、彼がその後継であることを悟らせる。

 

 

――――俺は興奮している。どこかで、彼も息子の試合を見ているのだろうか。

 

自分の投球を彼に見てもらいたい。そして、会って話がしたい。

 

 

伝説の投手を父に持つ男は、いつも通りのペース。

 

家に帰った大塚。妹の美鈴と弟裕作はすでに寝ている。

 

「まあ、シーズン中だし、二軍の育成が忙しいだろうしなぁ………」

父は、二軍の臨時投手コーチを務めている。数年前まではプロ野球選手として、いろいろ飛び回ることも多かったが、今度は横浜の二軍コーチ。横浜としては、この大物を手元に置くことに成功したのだ。コーチの人材で苦労した過去があるのか、こういった動きは手が早い。さらには、元アスレチックスの同僚を雇う計画もあるとかないとか。

 

 

 

「けど、二軍にも結構いい投手がいるって、言っていたわよ」

 

「まあ、どんな魔法を使ったのやら…………」

 

横浜は現在2位と僅差の第3位。防御率は2位とやや結果を出している。しかし、二軍出身の選手が一軍で少し活躍していることから、父の功績に数えられている。

 

―――かつてのサイヤング投手に教わって、選手は光栄だろうなぁ

 

どうせなら早く生まれたかった。もっと全盛期の父の姿を見ていたかった。

 

「どうして俺を早く生んでくれなかったんだよ。俺も父さんの活躍はもっと見たかったのになぁ」

 

「それは無茶ぶりよ。結構早く生まれたはずなんだけど」

母親は息子の無茶ぶりに苦笑い。大塚夫人は現在38歳。栄治は15歳。無茶を言うべきではない。さらに二人を生んでいるのだ。

 

「………明日の試合………父さんはくるの?」

 

「なんだかブルペンでやることがあるらしくて、これないって。やっぱり忙しいのかしらね。」

父親は観戦に行くことが出来ないようだった。当然だろう、今はシーズン中で、優勝争いに参加しているチーム事情。少しでも活きの良い投手を送り込むのが彼の仕事だ。

 

「そっか………美鈴たちも来るのかな?」

 

「美鈴は水泳の大会なのよ。だから来られるのは裕作だけよ」

 

その後規則正しい生活をしている栄治は、そのままベッドへと向かうのだった。

 

 

試合当日。

 

1番 倉持洋一 (2年) ショート

2番 小湊亮介 (3年) セカンド  

3番 伊佐敷純 (3年) センター

4番 結城哲也 (3年) ファースト

5番 増子 透 (3年) サード

6番 御幸一也 (2年) キャッチャー

7番 大塚栄治 (1年) ピッチャー

8番 坂井一郎 (3年) レフト

9番 白洲健次郎(2年) ライト

 

 

「おい、ここで二連続のエース先発かよ」

 

「左の技巧派じゃないのか!?」

 

観客も今日のスターティングオーダーを見て、あの怪物ショートがいないことに驚く。

 

「………来たか………っ!」

楊は、彼が先発し歓喜する。これで奴と投げ合えると。

 

青道応援団は当然打力の爆発を期待する。2試合連続コールド勝ち。その勢いで、今日もすかっとする勝ち方をしてほしいと。

 

その上で、まず必要になるのは、エース大塚の立ち上がり。

 

 

先頭打者への初球。左打者のインコースを抉るシンキングファースト。

 

「ボールッ」

 

続く第2球。外角のスライダーでカウントを取ると、3球目。

 

カァァン

 

「くっ………!」

 

低目のシンキングファーストを引っかけ、ファーストゴロ。続く打者も内野ゴロで打ち取られ、簡単にツーアウトを奪われる。

 

そして最後の打者には、

 

ズバァァァンッ!

 

「うっ……!」

アウトコースギリギリの球を、二球続けての見逃し三振。

 

 

――――さぁ、どう出る、精密機械………?

 

大塚はマウンドへと向かう楊に目を向ける。

 

――――面白い………

 

制球力を見せつけ、自分のお株を奪おうとする投球。明らかに自分を意識している。

 

「………………」

 

ズバァァンッ!

 

「(インコースっ…………いきなりかよ………)」

倉持はいきなり内角を突いてくる投球に、思わずマウンドを見てしまい、

 

ククッ、

 

今度は緩いカーブが外角に決まり、タイミングをずらす。

 

小気味いいテンポで、追い込まれると、

 

ストンッ、

 

最期はフォークボールに当てることが出来ず、倉持は三球三振。変化球での緩急も自在。上手く攻められた。

 

 

続く小湊も追い込まれた後も粘るが、

 

ズバアァァンッ!

 

「ボールっ」

 

「(大丈夫、そこはストライクじゃない………)」

ボール一個分外れているが、恐ろしい制球力である。思わず顔をしかめる小湊。

 

そして第5球。

 

「(また同じところ? 甘い、そこはボールだ!)」

 

ズバァァァンッ!

 

「ストライクっ! バッターアウト!!」

 

「なっ………」

コースは小湊の目から見ても僅かにボール。だが、審判の決定は絶対である。

 

――――あんなところをストライクコールされたら、クサイところも…………

 

「こいや、おらァァァっ!!!」

 

そんな威勢のいい伊佐敷を見て、楊は思った。

 

―――威勢のいい、積極性のある打者。特に内角の高めのボール球をヒットにすることもあり、内角へのボール球さえ注意が必要…………

 

 

楊の頭には、最初に無様に三振したショート以外のヒットゾーンをイメージしていた。

 

――――悪球打ちか………厄介だな

 

故に、勝負は外角。

 

ストンッ!

 

「うっ!?」

アウトコースの右打ちシフトを見越して、伊佐敷はアウトコースを狙いにいくが、フォークに空振り。

 

 

初球からフォークボールで空振りを奪うと、続くインコースのストレートに手が出ない伊佐敷。

 

「ぐっ!?(インコースの際どい球………この野郎……ッ!)」

 

―――最後は打たせて取るぞ、関口

 

そして、捕手の関口にあるサインを出す。そして守備シフトも通常になると、

 

 

―――またアウトコースかよ!

 

しかし、このボールはスピードを落とさずフォークほどの変化量ではないが、鋭く縦に落ちた。

 

「なっ」カァァンっ

 

ファーストへの力のないゴロが転がり、青道打線も3者凡退。

 

「………今のは………SFF?」

大塚は今の球を見て、そうつぶやいた。

 

「…………厄介だな。変化の大きいフォークに、落差が小さく、打たせて取るSFF。」

御幸もまさか2種類のフォーク系を持つ投手だとは思っていなかったらしく、冷や汗を少し流す。

 

2回の表、4番をショートフライに打ち取ると、

 

「…………………」

五番投手、楊舜臣。

 

―――全ての得点に絡んでいる。だからこいつには要注意だ。

 

「…………」

無言でうなずく大塚。

 

まずはアウトコースのストレートでカウントを取ると、続く2球目はスライダー。バットが出かかるも、バットを止める楊。

 

「ボールっ!!」

 

―――おいおい、打者としても選球良すぎだろ………

 

御幸はスロースライダーを見切られ焦るが、2段構えの配球。

 

ズバァァァンッ

 

―――外を見逃すなら、とことん攻めるぜ?

 

「ストライクっ!!」

 

その配球と、それに応える大塚の投球に楊は考える。

 

――――いい投手だ。それに、ここに来てのアウトコースの連続。この攻撃的な捕手ならば、アウトコースを―――ッ

 

カァァァンっ!!!

 

―――あえて続けると思っていたぞ!!

 

「なっ!?」

 

アウトコースのストレートを弾き返した楊。思わず御幸は驚き、大塚はライトへと目を向ける。

 

長打コース。ライトツーベースを打たれた大塚。

 

「なるほど…………読み合いか…………」

大塚は最期の思い切り踏み込んだ打撃を思い出し、彼がアウトコースを狙っていたと悟る。

 

しかし後続の打者を打ち取り、ピンチを脱する。そして、大塚が見たかった勝負が始まる。

 

四番結城との対決。

 

ズバァァァァンっ!!

 

先程の小湊を見逃し三振にした球。審判はそれをストライクとコールする。

 

「ストライィィクっ!!」

 

「………………」

それを悠然と見送る結城。

 

―――やはりこの打者は別格だ。見逃し方といい、オーラが違う。少し中へ、フォークボールを見せるぞ。

 

精密機械といわれる楊だが、変化球が一級品でないとは言えない。確実にチェックゾーンを超えるフォークボールに手が出てしまう結城。

 

「ストライクツーっ!!」

 

大塚ほど強烈ではないが、視界から消える。どれも際どいコース。結城はコースを考える。

 

 

しかし、彼が考える間も与えずに、楊は振り被る。

 

そして―――

 

ズバァァァァンッッッ!!!

 

「!!!!」

制球の良さをアピールしていた楊が、高めのボール球を投げ込んだのだ。思わずその腕の振りと、制球の良さを信じてしまった結城は、明らかに甘そうに見えたボール球に釣られてしまった。

 

「ストライィィィクッ!! バッターアウトっ!!」

 

「哲が………三振………!?」

伊佐敷はあんな高めのボール球を振らされた結城を見たことがなかった。

 

「…………厳しいところにカウントを稼がれ、甘いと思った場所に手が出てしまった………次は打つ………」ゴゴゴゴゴゴゴゴッ

 

リードも変わっている。対角線を利用したものではない。明らかに攻め方を変えている。

 

続く増子はSFFを引っかけ、内野ゴロに打ち取られ、

 

ズバァァァァンっ!!

 

「ストライィィクっ!! バッターアウトっ!!」

 

「うは………厳し過ぎでしょ…………」

あえなく3球で見逃し三振の御幸。初球カーブからの連続インコースに手が出なかった。全く相手にならなかったことで、肩を落とす御幸。

 

―――といっても、何球種持っているんだ………!?

 

この試合以前は、フォークとカーブのみ。それがスライダー、SFFもあると言い、大塚と同様に、力をセーブしていた節がある。

 

お互いヒットは出すものの、要所、要所で抑える両投手。

 

強力青道打線を相手に、一歩も引かない楊に対し、大塚も楊以外に詰まりながらも癖球を運ばれた2本のヒット以外は許していない。

 

―――しっかりとスイングをすることで、癖球があまり有効じゃない。

 

特にカットボールが有効ではなくなっている。内角は引っ張り、外角は流す。そんな無理をしない打撃で、確実に芯に当てに来ている。

 

―――スライダーの不十分な沢村なら、きっかけさえあれば炎上していたかもしれない………

 

無理をしないという点では、明川はすぐれていた。確実にヒットゾーンへと強い打球を意識しており、技巧派にはちょっと苦しい相手かもしれない。

 

タイミングを外し、騙し騙しやっているが、このレベルの球速なら攻略できる実力を持っていると痛感する。

 

――――それに彼は球種を解禁しているし………

 

大塚がお返しとばかりにヒットを打つも、後続の坂井がSFFを引っかけ、ダブルプレー。続く打者も打ち上げてしまい、この回も結局3人で終了。

 

3回は下位打線をきっちり料理し、大塚は3者凡退に抑える投球。カットボールを見せ球にするリードが機能し、内角のボール球に手を出してくれたので、球数も減らせたのだ。楊とは対照的に、打たせて取る投球に徹する大塚。

 

こうして前半の3回が終了し、お互いにこう着状態が続く。

 

応援に駆け付けていた母綾子は、青道がいいようにタイミングを外されていることに気づく。

 

大塚和正がよく打者のフォームを潰しにかかっていたあのスキルを、この年ですでに会得しているという事実。

 

 

「和正さんそっくり。なんだか思い出しちゃうかも」

楊舜臣。フォームこそ違うが、この時すでに、この母親は彼がタイミングを微妙に変えていることに気づいている。

 

「うーん。なんか気持ち悪いフォーム。打席に立ちたくないかも」

裕作も、理屈を解っていなかったが、本能で楊舜臣の本領を見抜いた。

 

「(早く気づかないと、いつまでたっても打てないわよ、栄ちゃん)」

 

 

そして、コールド勝ちで勝ち上がってきた青道を抑えている明川学園は序盤3回での戦いぶりに手ごたえを感じている。

 

「全然やれているぞ!! 俺達!」

 

「ああ! あの投手も、そんな絶望感を出すような雰囲気がない!!」

 

「何とか楊を援護するぞ!!」

そして明川ベンチ。大塚の球にバットを当て、癖球をヒットにするが、後一歩が出ない。関口も、勝負どころで制球と球威が良くなると言い、一筋縄ではいかないと断言する。

 

「くそっ!! あと一歩なのに!!」

 

「勝負所で、変化球の精度が格段に上がる。あんなにコースに決められたら、そう簡単に打てねぇよ!!」

 

「ああ。手加減ばかりが正解でないことを教えてやる。舜には1点で十分だからな!!」

チームのエース、楊舜臣への信頼は厚い。彼が打席に立てば、何かが起こる。自分たちのエースは簡単には崩れないと。

 

 

まさに、強者に対し、一歩も引かない挑戦者。明川学園は、この大塚をリスペクトしつつ、挑戦者として打ち崩す気満々であった。

 

対照的なのが青道ベンチ。

 

やはり楊舜臣に抑えられて、若干ムードが停滞している青道。相手のベンチが明るいことに、良い様にやられていることへの悔しさを隠さない。

 

「大塚!! さっさと力投しろよ!! 舐められているぞ!!」

伊佐敷は、尚も頑なにうたせて取る投球を続ける大塚に、ベンチの明るい明川を黙らせろ、と言うが。

 

「………市大と当たるまではみせませんよ。隠せられるなら、隠せるまで隠します(後ろの心配をすれば、出来る限り俺が投げ抜かないと。正直、守備のプレッシャーで崩れるタイプじゃない。)」

 

 

そして息をするように4回も3者凡退に抑える大塚。試合は、両投手のテンポの良さもあり、すでに4回裏に入っていた。

 

――――大塚の言うことも解る………俺達が点を取ればいいだけの話だ!!

 

しかし、両サイドを広く使われ、さらにストライクゾーンの広い現状。的を非常に絞りづらく、

 

カァァンっ!!

 

「あっ!」

その制球力を前にまともにバットを振れず、内野フライを打ち上げてしまう。

 

 

未だにヒットは大塚の一本のみ。そして、続く小湊も内野ゴロに打ち取られる。

 

「ストラィィィクッ!! バッターアウトっ!!」

 

そして伊佐敷は、フォークに手が出て三振。

 

 

―――伊佐敷先輩の言うことも解る。だが、この投手はそんなことをしても崩れない。

 

この投手は、相手投手の威圧感のききにくいタイプだと。

 

―――この感じ、まるで父さんと投げ合っている感じがする。

 

全盛期よりも後の、父の投球。サイドを広く使い、テンポのいい投球。それは大塚にとっては理想であり、基本である。さらに制球の良さは、針の糸を通すほどに正確無比。

 

――――勝つべき相手だけど………投げ合ってわかる、その凄み………

 

こう着状態のまま、ついに5回に入ってしまう。

 

 

スタンドは騒然としていた。あの強打を誇る青道打線を、5回までヒット1本に抑える快投。

 

対する大塚も、ヒット3本に抑える好投。息詰まる投手戦に、観客の手は自然と汗が出始めていた。

 

 

「なんだよこれ………先輩たちが…………」

金丸は、この状況に驚愕していた。あの今まで打ちまくっていた打線が、あの台湾の投手に抑え込まれている。

 

海を渡った男の投球の前に、まるで歯が立たない。特に結城に至っては、ヒットの気配すら感じられない。

 

チームの主砲が、楊舜臣に歯が立たない。本選や稲実との試合ではありえたかもしれない。だが、こんな予選でそれを見ることになるとは、青道スタンドの焦りを誘発する。

 

 

「大塚君…………」

メガホンを握りしめ、心配そうに見つめる夏川。この膠着状態、投手に襲い掛かるプレッシャーはどれほどのモノだろうか。

 

この試合の勝敗は、素人でも解る。

 

 

―――――先制されたチームが負ける。

 

 

 

「大丈夫よ。うちのエースを信じなさい。」

貴子が心配そうに見つめる夏川に大塚を信じるように言う。

 

「で、でも………打線が全く打てる雰囲気がなくて…………このままじゃ………」

 

「私達には、選手を信じて応援することしか出来ないもの。」

 

「!!」

貴子のこの一言で、夏川ははっとする。そうだ、自分に出来るのは声を出すことだけ。応援することしか出来ないのだ。

 

「うん。私達に出来るのは、たぶんそれしかないから」

春乃は、大塚の勝利を信じていた。彼女は決意したのだ。

 

――――私は、最後まで大塚君を信じるんだって。

 

 

その頃、市大三高は次の試合に向け、準備をしていた。

 

 

「おい真中! 青道と明川の試合はまだ動きがないぞ!」

 

「なんだと………」

大前は偵察メンバーからの情報で、未だに明川の投手に無得点に抑えられていると知り、勝負が解らないことを悟る。

 

「1年生の大塚と、2年生の楊の投げあいだ。凄い勝負になってきたぞ」

 

「光一郎…………」

レギュラーには入っていなかった丹波。そしてそれは、噂の怪我が真実であることを立証する何よりの証拠だった。

 

こう着状態が続く試合。試合は6回の表へと移っていく。

 

ざっ、

 

「お兄ちゃん、出てこないよ~」

沖田雅彦こと、沖田の弟はスタンドにて、青道が無得点であること、兄がベンチスタートであることを気にしていた。

 

「お兄ちゃんなら打てるのに」

そして妹の薫は辛辣な言葉を呟く。まだ子供なので許してほしい。

 

「こらこら、青道の監督さんもきっと何かあるのよ。そんなこと言わないの」

 そこへ、母親の和江が二人を諌める。出てきている選手に失礼であると。

 

「あれ? 沖田さんじゃないですか?」

そして先に観戦していた大塚一家と巡り合う沖田一家。

 

「あら、大塚さん。」

 

授業参観などですでに面識のある二人。こうして家族連れで会うのは初めてだ。

 

試合を見て、

 

「なかなか入りませんね。」

 

「ええ。そうですねぇ。」

 

息子たちの戦いぶりを見つめる母親たち。年の割に若く見える二人。青道の応援スタンドでは見ない顔なので、当然目立つ。

 

「(あのお姉さんたちは誰だ? まさか、大塚の姉か!?)」

金丸は壮大な勘違いをしていた。

 

動かない試合。回が進むにつれて重たくなる試合展開。楊舜臣たち明川学園は、青道相手に予想以上の善戦。

 

青道は4番結城を筆頭に、強打が完全になりを潜め、大塚の1安打に抑えられている。

 

試合の流れは、明川学園だった。

 

 

 




ついに楊の出番。原作でも秋に対戦して欲しかったなあ。

あのふくよかな投手と、フルスイング打線は絶対に許さない。


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第34話 意地があるんです。

静かなエースが目を覚ます。


1番 倉持洋一 (2年)遊   1番二宮

2番 小湊亮介 (3年)二   2番橋本

3番 伊佐敷純 (3年)中   3番大西

4番 結城哲也 (3年)一   4番白鳥

5番 増子 透 (3年)三   5番楊舜臣

6番 御幸一也 (2年)捕   6番対馬

7番 大塚栄治 (1年)投   7番国見

8番 坂井一郎 (3年)左   8番関口

9番 白洲健次郎(2年)右   9番高田

 

夏の予選2回戦、3回戦を順調に勝ち進んだ青道に、巨大な荒波が襲い掛かる。その名は明川学園。エース楊舜臣を擁する中堅校。

 

だが、そのエースは強豪校のエースに見劣りしないどころか、近年稀に見る実力を見せつけている。

 

小技をしようにも、まずヒットにすることが出来ない。フィールディングに優れる楊は、その悉くを封殺し続けているのだ。

 

 

5回に入り、結城との2回目の対決。

 

――――この打者との対決をいかに少なくするか、この打者よりも上な打者はいない。

 

外角のスライダーでまず様子を見てくる楊。

 

「ボールっ!」

 

しかし初球を見逃す結城。かなり集中しており、威圧感を如何なく見せている。

 

なら次は、

 

カキィィィンっ!!

 

一塁線への鋭いファウル。楊は、それを見て、

 

―――ストレートを流し打ち、あそこまで鋭い打球………広角に長打が打てる厄介なタイプだとは思っていたが、これほどとは………

 

―――だがどうする? 当然、フォークを意識しているだろう。だが―――

 

ククッ!

 

「むっ!」

カキィィンッ!!

 

今度は強引に振りに行き、SFFに当てる結城。しかし、またしてもタイミングが外れる。

 

「…………(タイミング、たとえ変化球でも十分にヒットゾーンに出来る球だった。だが、捉えきれなかった?)」

 

「!!!!!」

 

それをベンチで見ていた大塚は、恐ろしいモノでも見たような、笑みを浮かべる。

 

―――今のフォーム、伊佐敷先輩とは違う。さらに言えば、追い込む前と微妙に違う。

 

大塚の恐れていたことが現実となった。

 

「御幸先輩………以前、俺のフォームチェンジを物に出来る投手がほとんどいない、といっていましたよね?」

 

「!? あ、ああ……まさか………!」

察しの良い御幸は、驚愕した顔で大塚をそして楊舜臣を見る。

 

「ええ。少なくとも、フォームは大きく分けて3つ持っていますよ。あの人………俺が確認しただけでも、3つ。結城先輩を完全に潰しに来ています。」

 

この時点で、フォームチェンジを物にし、かつ球威すら維持できている楊舜臣は、この分野において大塚を圧倒していた。

 

そう、あの天才大塚を、フォームの分野で完全に圧倒しているという異常事態。ことタイミングを外す技術では、恐らく、アマチュア最高クラス。かつ、誰をイメージしているかはもう言うまでもない。乱れることのない制球力。

 

その投球術と投球力は、あの伝説の投手を彷彿とさせる。

 

――――まるで大塚和正の再来だと。

 

 

 

「…………フォームチェンジ………あの制球力で、多彩な変化球………まるで父さんと投げ合っている気になってしまう。そんな事、在りえないのに…………」

 

まるで父の鏡と戦っている気分だ。だが、その鏡はオリジナルにはまだ及ばない。だからこそ、

 

―――ここで足踏みはしてられない。

 

そうこうしているうちに、結城は楊舜臣に圧倒されていた。

 

カァァァンっ!!

 

「ファウルっ!!!」

 

「くっ…………」

結城が押されている。微妙なタイミングの誤差で、バッティングを崩されかけているのだ。

 

その勝負は、明らかに――――

 

ストンッ!!

 

「ストライィィィクッ!! バッターアウトォォ!!!」

 

ワンバウンドのボール。一番結城のタイミングにあっていたフォームで敢えて投げ、反射的に手を出させたのだ。

 

青道ベンチでは――――

 

「ウソ、だろ!? 哲が二打席連続三振!?」

 

「――――フォームは外から見てオーソドックス、でも捉えられない……」

 

「こんな投手が、中堅校に――――」

 

 

そして、ベンチの動揺はスタンドにも伝染する。

 

「結城先輩がまた三振。あんなボール球に―――」

 

「そんな、結城主将が打てないなら、誰が打てるの?」

 

「そんな、バカな」

 

「先輩たちが、まるで相手になってねぇ。何なんだこの投手は」

 

 

「海を渡ってきたエース。思いの力でも負けてるっていうのかよ!?」

 

上位打線がまるで歯が立たない。青道が誇るリードオフマンたちも封じられ、主軸にも快音が聞かれない。

 

大塚が失点をしていないからまだましとはいえ、確実に青道を追い込んでいた。そして、楊舜臣のスタミナ切れさえ願うようになるほどに、彼らは追い詰められていた。

 

この空気を打開するために、片岡監督は当たっていない増子に代打を送る。そして、その代打は―――

 

「…………お前がそこまでいうほどの完成度か?」

片岡監督は、大塚の言葉を聞き、そう尋ねる。大塚の言葉の真意が本当ならば、彼をこの試合に先発させたことは間違いではなかった。

 

1点でも奪われたら、その瞬間に負ける。この投手相手に、連打や攻略を期待していた戦前の予想は、あまりにも稚拙だったことを痛感せざるを得ない。

 

「………フォームに関して言えば、俺よりも上です。俺が求めていたことを、彼は体現しています」

この状況で冷静な大塚。東条も、食い入るように楊舜臣のフォームを見ており、いつでも準備は出来ていると言わんばかりの顔だ。

 

そして、一同は大塚の発言に驚く。フォーム研究に余念のない大塚が、楊舜臣に対し、その分野での負けを認めたのだ。球速や変化球の切れに関してはまだわからないが、大塚が重要視する打者のタイミングを外す能力は、アマチュアのレベルではなく、

 

「アレはプロがやるようなレベルです。状況に応じて、自身を変化させることで、的を絞らせない。3人の投手が一球ずつ交代しているような精巧さですね」

しかも、それがフォームの始動までわからない。大塚は3つに分けられていると説明しているが実は違う。そこへ、さらに膝の動きで打者のタイミングを図っているのだ。だからこそ、打者はタイミングを狂わされる。常に楊舜臣に先手を打たれ続けている。

 

事態は急を要する。片岡監督が仕掛ける。

 

「…………そうか………代打を出す。お前をして“厄介といわれる打者”を、もっと早くに投入するべきだった。」

 

五番増子に代打が送られ、ここでピンチヒッター。

 

 

ズンッ!

 

沖田道広。この停滞した状況を打開するために、増子への代打。

 

「まだだ!! まだ青道の怪童なら!!!」

 

「頼むぞ、沖田ァァ!!!」

 

「何とか打ち崩してくれ!!!」

 

「お前が打てなきゃ誰が打つ!!!」

 

最早懇願に近い声援。ここで怪童を投入する青道。タイミングと多彩な変化球を操る楊舜臣に対して、相性最悪の増子を下げ、ここで強打の沖田。

 

沖田自身、自分のバットが打開策になるか、さらなるドツボになるかの分岐点であることが分かる。

 

沖田は打席に立つ前に、大塚から投手の特徴をつぶさに教えられていた。そこには彼の期待を含む言葉もあった。

 

――――奴は俺と同じフォームチェンジの使い手。それでも、あの時俺の球を捉えた沖田君なら…………

 

ざっ、

 

そして、もう一度頭の中を整理する沖田。

 

―――球種はストレートにスライダー、フォーク、落差の浅いスピードのあるSFF、カーブ………緩急自在にそれぞれがストライクを取れるボール…………まったくふざけた実力だ。

 

 

これほどの投手。長打は望めない。それに、ストレート中心かと思われていたが、縦変化の球の割合が多い。

 

沖田は後ろへとバッターボックスをかえる。

 

―――あの噂の一年生か。ここはどう攻めるか………

 

 

―――とりあえず、外角のストレートのボール球で様子を見る。

 

バッテリー間で得体のしれない打者相手に、ボール球で様子を見る。

 

「ボールっ」

 

ピクリとも動かない沖田。だが、次の一球。

 

ブゥゥゥゥンっ!!

 

「くっ!」

 

「ストライクっ!!」

 

打ち気を逸らす、振らせる技術に優れている。さっきのはフォークボール。丹波のフォークボールよりもスピードがあり、尚且つ打者の視界から消えるボール。

 

恐らく、この球種が楊舜臣の核。

 

―――あれが楊の決め球。なら、落ち際を狙うまで。

 

しかしそれを見た楊は、容赦なくアウトハイへと投げ込み、ファウルでカウントを稼ぐ。

 

「ファウルっ!!」

 

―――追い込まれた………先輩たちの打席を見ると、カーブ系はまずない。注意するのはスライダー系とフォーク系。ストレートを見せ球にしている。

 

 

「ボールっ!!」

外側際どいところを見極める沖田。

 

―――これで終わりだ、フォークでけりをつける。

 

 

―――この感じ、アイツと対戦しているような感じだ。ストレートに食らいつくのが精一杯で、最後にSFF。

 

 

ククッ!!

 

――――ああ、やはりそう来るよな!!

 

 

カキィィィンっ!!!!

 

「なっ!!」

楊は思わず打たれた方を見る。打球はライトへと伸びていき―――

 

 

 

「ファウルっ!!!!」

特大のファウル。あわやホームランの当たり。命拾いした楊。

 

――――あれに当ててくるか………だが、今のは決め打ちか。

 

明らかに落ち際を狙った打撃。ならば―――

 

そう、このフォークを仕留め切れなかった段階で、沖田は待ち球を失った。読み打ちも込みの彼の打法で、この初見の投手相手に、それは致命的なケース。

 

このフォークを仕留め切れなかった沖田に、

 

 

ズバァァァァンっ!!!

 

「ストライィィィクッ!!! バッターアウトっ!!」

 

勝機は訪れない。怪童すら屠る、台湾のエース。青道に絶望が襲い掛かる。あの怪童すら打つ事が出来なかった。

 

この強打者相手にインハイのストレート。度胸満点のピッチング。その度胸に裏打ちされる、実戦感覚を磨く練習の積み重ね。

 

それは毎日、バッター相手に何百球も投げ込み、磨かれた絶対的な制球力。

 

ーーーー打者相手に投げたいという、俺の我儘を聞いてくれた。

 

何よりも海を渡り、野球をする覚悟。だが、自分を信じてくれた仲間に報いたい。

 

毎日打撃投手を務め、実戦を常に意識し続けた。その毎日の意識が、精密機械と言われつつも、度胸満点の投球の根幹に位置する。

 

それこそが、彼の理想。球威と制球が両立されることは、最低限のラインなのだ。

 

 

ーーーあの投手に俺は迫る。お前はどうする、ルーキー?

 

楊は、ベンチ前でこの対決を見届けた大塚を見る。

 

 

「そんな――――沖田まで――――」

 

「ウソだろ――――」

 

「こんなところで、終わるのかよ―――」

 

「どうすれば打てるんだよ、この投手――――」

 

絶望が、スタンドを埋め尽くす。沖田、結城にあったはずの声援すら飲み込む楊舜臣の投球。

 

「(くはぁ………そこを投げられるとキツイな………けど、)」

しかし、沖田はこの初見ではいい線までいっていた。恐らく次の打席は、楊舜臣のボールを射抜く。

 

――――けど、絶望的なほどじゃない。大塚よりも球速は遅い、変化球もフォークが凄いだけ。まったく手が出ないわけではない。

 

この時、沖田にはさほど絶望的なイメージはなかった。球筋を見られただけで、タイミングも、ミートすればヒットには出来るというイメージもつかみかけていた。

 

だが、それでは遅すぎる。沖田が打席を稼いでいれば、違っていたかもしれない。

 

 

 

その後、御幸もピッチャーゴロに打ち取られ、この回も無得点。沖田はそのままサードの守備に就く。

 

明川学園はこの回三者凡退。チームの主砲を二度も抑え込み、切り札的な存在だった沖田も打ち取り、俄然テンションのあがるこのダークホース。

 

「しゃぁぁぁぁ!!! いけるぞォォォ!!!」

 

「俺達のエースは負けない!!!」

 

「この回大事だぞ!!!」

 

「何とか塁に出ろよ、お前らァァ!!!」

 

声が絶えないベンチ。監督も、この青道相手にロースコア、投手戦という自分たちが望んでいた展開であることに、手ごたえを感じていた。

 

「ええ。とにかく、ファーストストライクを狙って、積極的に撃っていきましょう。ボールやコースに逆らわない打撃で、連打を生めば勝機は必ずあります」

 

――――青道の打線を完全に封じた舜臣。まずは先制点を取らないことには―――

 

しかし、明川学園の監督は、大塚が前の回までは打たせて取る投球に徹していることに、若干の違和感を覚えていた。

 

 

そして中立の立場から両チームを見ていた記者陣では――――

 

「凄い投手戦ですね…………特に楊君………130キロ後半だったはずなのに………」

大和田はこの投手戦に息をのむ。まさか青道の打線が、ここまで抑え込まれるとは思っていなかったのだ。

 

球場のスピードガンが先程の沖田を三振に取ったストレートの球速は145キロ。

 

強豪との対決で、進化し始めている楊。それに対し、悠々と打たせて取る投球をしている大塚。

 

試合は明らかに明川の流れ。それを何とか受け流しているのは大塚。プレッシャーはあるはずなのに、青道では唯一、この一年生が冷静なままだ。

 

そして、抑えられたはずの沖田も、それほど険しい表情をしていない。

 

峰は思う。

 

―――やはり、全国経験者は場数を踏んでいるという事か。

 

さらに、ベンチで楊舜臣のフォームを凝視していた東条。仕掛ける時に、まだこの男がいる。

 

見ての通り、明川学園が押している試合展開。それでも総合戦力で言えば、

 

「…………だが、このままでは明川が不利だな」

峰は大和田とは逆のことを考えていた。明川学園が不利な理由は、大塚が原因である。

 

「え?」

 

「延長を考えれば、楊君一人の明川は不利だ。今は抑えているけど、彼の代わりはいない。」

そう、明川には、代わりの投手が青道を抑えられる実力を持ってはいない。

 

「対する大塚君は、打たせて取る投球。楊君は一杯一杯だ。正直スタミナが最後まで持つかどうか………」

大塚は、明川学園を、手を抜いて抑えられることを証明している。彼には恐らく疲労はほとんどないだろう。そして、青道ベンチの中で、彼の表情はそれほど追い込まれているわけではない。

 

 

その頃、知らせを聞いた妹の美鈴が、兄のいる会場へと向かっていた。

 

「もうっ!! 試合が終わるかもしれないのに!!」

母親からは今日試合があることを聞かされていたが、日程的に厳しいだろうと言われていた。なので、弟とともに先に観戦しているという。

 

―――私だって、兄さんの投げている試合が見たいのに!!

 

そして、会場へとやってきた彼女は、6回表の青道の守りが始まるところから見ることが出来た。そして、強豪と言われた学校が、あまり名を知られていない高校に抑えられている現状に、彼女は驚く。

 

「うそっ!? 0に抑えられてる!? けど、兄さんも零封。どうなっているの!?」

 

しかし、彼女は幸運だ。試合が動き出す前兆が始まる瞬間を見逃すことがなかったのだから。

 

大塚は、ベンチの様子、スタンドの様子を見ていた。

 

――――劣勢なわけではないのに、これはいただけない。

 

まだ先制すら許していない。だが、チームの主軸を抑えられ、波に載れないのはまずい流れである。

 

ーーーそれに、まあ、これは俺のエゴもあるかな。

 

大塚はベンチにいる楊を見る。投手として、燃えないわけにはいかない。

 

 

そして、応援団も声を失いつつあり、楊の投球に呑まれている。

 

 

――――何とかして、流れを引き寄せたい、いや、引き寄せる!

 

大塚は、明るい雰囲気を保っている相手ベンチをもう一度見やる。

 

――――まずはそこからだね。

 

 

御幸は、大塚の明確な変化を捕手の視点から感じ取っていた。

 

―――雰囲気が変わった?

 

 

劣勢の状況、とまではいかないが、楊舜臣の前にランナーをほとんど出せない状況。先輩たちの表情も硬く、このままでは嫌な流れが続きかねない。

 

――――この流れをお前は変えられるのか?

 

 

そしてその彼の変貌は、彼の家族にもわかった。

 

いつもの、少し家族にはだらしない兄の姿ではなく、何かスイッチが入った時の表情。それは現役時代の父のそれとよく似ていた。

 

 

彼の母親である綾子は、まるで若い頃の和正が二人投げているような感覚に陥った。

 

 

 

ベンチから出てきた栄治の醸し出す雰囲気が変わった。ここまで奪った三振は4つ。

 

7回の表、先頭打者の二宮。

 

―――……………正直、市大を意識していた。

 

大塚は、エースとしての投球ではなく、ゼロに抑えることにこだわり過ぎていた。

 

―――たくさん三振を取り、相手を威圧する。それも攻撃的な守備だったはず。

 

沖田への投球を見て、大塚の中で何かが変わり始めていた。

 

――――御幸先輩、もう隠す必要、ないですね………いえ、なかった。

 

栄治は、御幸に対し、ストレートを本気で投げ込むと、サインを送る。

 

 

――――………解った……全力で捕ってやるさ

 

 

ドゴォォォンッッ!!!

 

「なっ…………」

先頭打者の二宮は、大塚の球質が明らかに変わったことに驚いていた。そして球場のスピードガンには―――

 

――――145キロ―――

 

技巧派どころではない、本格派の直球が姿を現した。

 

中堅校をねじ伏せるために、ついに天才が牙をむく。

 




勝つには、彼を打つしかないが、打てる人が少ない。

守備では乱れない。


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第35話 執念

剥き出しの感情丸出し!

ついに明川戦決着です!


その一球で、球場はどよめいた。

 

「何だ今の球!」

 

「今までと違うぞ?!」

 

「どうなっているんだ!?」

 

スタンドは明らかに色めき立っていた。偵察に訪れていた他校の生徒たちも、大塚の変貌に驚いていた。声が出ていた明川ベンチが唖然としていた。

 

そして、この本格派の投球を目の当たりにした彼らは知るのだ。

 

――――今までは本気ではなかったのかよ。

 

そう、大塚にはもう一段階どころではなく――――

 

本来の投球を選択した彼の前に、明川学園がつけ入る隙などない、と言い切るかのように、大塚は打者を制圧する。

 

 

ズバァァァンッ!!!!

 

続く144キロのストレートにも空振り。最後も―――

 

ズバァァァァンっ!!!

 

「くっそぉぉぉ!!!」

悔しそうにうめく明川のバッター。アウトハイのストライクコース。

 

圧倒的な力の差、才能の差が、努力の差が、この打者をオールストレートでねじ伏せたのだ。

 

 

144キロのストレートにかすりもせず、三球三振。大塚は、打線に期待するのではなく、自分の投球で、相手を瓦解させることにした。そのための、投球。

 

勝利への布石。

 

 

「…………とうとう姿を現したか、剛腕ルーキー」

楊も大塚が実力を隠していたという事は解っていた。だが、1年生でこれだけ速い投手はそうはいない。自分と比べて、圧倒的な総合力と力の差を見せつける大塚に、初めて彼は冷や汗を流す。

 

 

続く打者も、

 

フワッ、ククッ!!

 

「なっ!」ブゥゥゥンッ!!

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

今度はチェンジアップ。それも、打者の前で、急激に球速を落とす、チェンジアップの中でも最高位クラスといわれるパラシュートチェンジ。

 

「さらに緩急か………っ!!」

制球力は球威を上げても衰えない。むしろ、球威が増した分、手が付けられない。この終盤に来て、明川学園の打者が、大塚のボールに当てることすら難しくなってきた。

 

投手戦という試合展開が、自分たちの思惑通りだと考えてきた彼らにとってみれば、楊舜臣が抑えていなければ、ワンサイドゲームになっていたという事を思い知らされる。

 

「春の地区大会で見せていない決め球…………」

 

「何だ今の変化球…………」

 

次々と明るみに出る変化球。その精度の高さに、観客は唖然とする。そして大塚は、明川のムードを全力で消しに来ていた。

 

最後の打者も、

 

ズバァァッァンッ!!!

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

アウトコース一杯の145キロストレートで見逃し三振。バットすら出なかった。

 

 

そして6回裏、唯一のヒットを放っている大塚。彼も精通しているフォームチェンジ。理屈を解っているからこそ、どこで我慢が出来ないのかを解っていた。

 

――――調子づかせるわけにはいかない。この打者を打ち取る!

 

楊は、本腰を入れてきた大塚をねじ伏せるために、覚悟を決める。この回が次の分岐点。

 

――――俺が先頭で出れば、流れはうちに来るっ!! 何が何でも、出塁する!!

 

自分が流れを呼び寄せるのだと、強い決意で打席に入る大塚。

 

「ファウルっ!!」

初球ストレートに手を出した大塚。

 

――――だいぶ手元で伸びている。スピードガンは見ない方がいいかも。

 

スピードガンが当てにならない体感速度。それは縦の鋭い変化を強く意識しているためだ。

 

「ボールっ!!」

 

―――そしてここで外に外れるスライダー、か。

 

俗にいう縦のスライダー。低目に外れて1ボール1ストライク。横スラの他に、縦すら隠し持っていた楊舜臣。まさにそこがしれない。そして、彼は考えた。

 

――――このカウント、楊の自信のある球は――――

 

「ボールツー!!!」

 

ここでフォークを見切られた楊は、少し衝撃を覚える。

 

――――見切られた? いや、配球で読んできたのか?

 

楊はひたすらに愚直な投手だ。打者を打ち取る為に、最も効率のいい、最も打者をねじ伏せる選択を取る。

 

その愚直な性格が、この恐るべき制球力を彼に授けた。

 

「ファウルっ!!!」

 

――――ヒット狙いで攻略できる相手じゃない。何が何でも出塁する。

 

低めのスライダーに手が出てしまった大塚。ここで続けざまの変化球攻め。平行カウント。

 

「ファウルっ!!!」

 

続くボールは高めのストレート。ボール球にまた手を出してしまった大塚。

 

―――よしっ!! これでストレートを意識させられた。フォークで打ち取るぞ!!

 

関口のサインに頷く楊。

 

――――愚直な性格が見て取れる。本当に彼は凄い努力家で、投手だ。

 

大塚は、予想ではなく、彼をそのように断定した。この配球で、彼が何を選んでくるのかが分かった。

 

「ボールっ!!!」

 

マウンドの楊は、またしてもフォークを見切られたことに驚いていた。

 

――――ならば、ストレート。あのコースならば―――

 

 

外寄りに構える関口。それは、この試合で小湊の打撃を狂わせたアウトコースのボール。

 

 

――――低目は捨てる。たぶん、ここで俺を歩かせても次を打ち取ればいい。そう思っているはず。となるとフォークの連投か?

 

 

そして勝負の7球目。

 

ズバァァァァンッッッ!!!!!

 

「!?(しまった……ッ!)」

思わず顔をしかめる大塚。そのコースは小湊先輩の打撃を狂わせたアウトコースのゾーン。そして審判は悉くストライクの判定を下していた。

 

――――これで―――!!

 

 

「ボール、フォア!」

 

しかし、彼らが思い描いていた現実は永遠に来なかった。

 

「!!!」

 

「!!!!」

 

やられたと考えていた大塚。やったと思っていた楊。ここで、審判はゾーンを変えたのだ。いや、今度はよく見たというべきか。

 

――――けど、これで出塁。次は―――

 

大塚は片岡監督の方を見る。

 

 

「タイム!! 代打!」

ここで片岡監督動く、代打に東条を起用。

 

「落ち着けよ、東条。」

 

――――東条にとって、初見なら絶対―――

 

 

 

―――まさかこんな大事な場面で代打!? 落ち着け、後続を打ち取ればいいだけだ。

 

「東条、お前なら打てるぞ!!」

一塁ベース上で、大塚が鼓舞する。

 

―――初球フォークでカウントを稼ぐ。手短に終わらせるぞ

 

だが、東条はベンチで彼の決め球を何度も意識していた。大塚が嫌な形で四球。手早く抑えるために、最も自信のある球で、翻弄しに来ると解っていた。

 

 

ククッ! 

 

カキィィンッ!!

 

「なっ! (片手一本だと!?)」

低目のボールゾーンの変化球に手が出た。それまでは理解できる。だが、それを片手一本で掬い上げたのだ。

 

ポテンっ、

 

「おっしゃぁぁ!!! ライトへのヒット!!」

 

「しゃあ!!」

塁上でガッツポーズの東条。沖田の打席を見ていた彼は、如何に試合展開を読み、配球を読むかを学んでいた。沖田も、楊舜臣の喉元まで迫っていた。

 

――――配球を読むのって、すごい楽しいな。

 

何はともあれ、これで無死一塁二塁。初めての連打、ではないが、続けての出塁。この回が勝負の山場であることは、両チーム解っていた。

 

「いいぞ、東条!!!!」

3番の悪球打ちを見抜いていたが、出番の少なかった東条の低めの掬い上げる技術までは、調べ上げることが出来なかった。

 

 

「東条と大塚が連続で出たぞ!!」

 

「東条!! ナイスバッチ!!!」

 

「この回で決めるぞ!!!」

 

大塚の出塁、東条のヒット。これで息を吹き返した青道スタンド。この試合初めてのチャンス。

 

 

無死一塁二塁。ここで9番白洲。

 

サインは言うまでもなく、

 

コンっ

 

 

「ファーストっ!!!」

捕手の声通りに、ファーストへと送球。これで一死二塁三塁。

 

「タイム!! 代打!!」

 

ここに来ての片岡監督の代打攻勢。倉持に代え、ここで小湊春市。

 

―――木製のバット………こいつ………警戒すべきだな………

 

楊は直感でこの打者が只者ではないことを悟る。そして、バットを短く持ち、インコースを打つにはもってこいのフォーム。

 

―――誘っているのか? それとも………これは…………

 

―――楊?

 

関口が楊の迷いに戸惑う。これまではすぐに配球を考えていたが、ここにきて楊に迷いが生じていた。明らかに誘いを狙っているこの小柄な打者。日本らしい、弱点を突く小技の出来る選手。

 

―――― 一死、二塁三塁。スクイズもある場面。迂闊には投げられない。一球ウエストするぞ。

 

「ボールっ!!」

 

一球ウエストする楊、関口のバッテリー。

 

「(誘いには応じないか………でもこれで、次は入れてくるかも………)」

 

カっ!

 

「ファウルっ!」

木製独特の打球音。小湊は何とかストレートに当てるが、上級生と同様、タイミングを狂わされた。

 

―――これが楊投手のフォームチェンジ………一筋縄ではいかないね………

 

次はどこに来るかを思案した瞬間。

 

ククッ、

 

丹波のような、向かってくるカーブに思わず仰け反らされた小湊。

 

「ストライクツーっ!!」

 

――――くっ………追い込まれた…………これでもう兄貴と同様、クサイところはカットするしか………それにあのカーブを見せられたら………

 

「勇気を見せろッ、小湊っ!!!」

 

そこでスタンドからの狩場の声。小湊はハッとした。

 

―――負けたら終わりの高校野球に次はない。

 

監督の言葉が重くのしかかる。

 

「タイムお願いします!!」

慌てて間を取った小湊。その短い時間が、とても長く見えた。

 

―――あの時、狩場君は丹波先輩のカーブを恐れずに、気持ちでタイムリーを打った。当たるかもしれない恐怖に打ち勝って、決勝点を叩き出したんだ。

 

何が何でも打つという気迫。それが自分と上級生の違いだった。頭では分かっていたのに、それを肌で初めて感じ、体現できそうな気がした。

 

 

――――打つ……必ず………っ!!

 

小湊の目に力が宿る。

 

――――カーブを見せた、これで…………いや違う、まったく先程のカーブを恐れていない。死球が怖くないのか?

 

楊は目に力が宿っている小湊を見て、彼の心の変化を読み取った。あの目は怯えていない。

 

かっ!!

 

「ファウルっ!!」

 

そしてストレートに食らいつく春市。デットボールで出塁しても、次は自分の兄。

 

―――この流れは渡さない。兄貴と一緒に、甲子園に!!

 

 

―――アウトコースのフォーク。これで―――

 

 

楊が振り被り、小湊はバットを構える。

 

―――終わりだッ!!!

 

正確無比なコントロール。この局面でも制球力に微塵の狂いもない。だが、

 

―――フォーク!?

 

カッ!

 

「ファウルっ!!!」

 

―――まだ粘るか…………ッ!!

 

楊はこの異様なしぶとさに、あの四番よりも手強いと感じた。確かに一発はない。だが、ここまで粘られたのは、この試合では初めて。

 

「ハァ………ハァ…………」

高すぎる集中力を維持し続けるのは難しい。だが、それでもこの打席だけはと、春市は無理やり持続させる。

 

 

――――インハイのストレート。木製のバットごと、圧し折るッ!

 

 

―――来るなら来い!! 絶対に打ち返す!!

 

ゴゴゴゴゴゴゴッ!

 

この日最高のボールが、関口のミットへと進む。この時でさえ、まだまだ制球力は衰えない。

 

―――――!!

 

それはコンマの世界。春市は自分のバットが折れかかっている感覚を感じ取っていた。

 

―――それでもっ!!

 

カッ!!!

 

「なっ!!」

 

打球は右中間へ。浅く守っていた外野の壁を――――

 

パシッ!!

 

しかしここで、回り込んで捕ったライトのファインプレーで、ヒットにならない。しかしこれを見た大塚がタッチアップ。

 

「バックホームっ!!」

そして春市の打球もそれほど深くはない。このタッチアップは博打に近い。

 

―――なっ!

 

大塚が物凄い勢いでホームに突っ込んでいた。その表情からは鬼気迫る何かを感じ取っていた楊。バックホームのカバーにはいる際、彼の走っている姿を見ていた楊は

 

――――際どいタイミングだ。止めてくれ、関口っ!!

 

 

 

ストライク送球が関口のキャッチャーミットへと届き、後は大塚へとタッチをするだけ。

 

―――暴走…………アウトだッ!!

 

タイミング的にはアウトに近いようにも見えた。だが、向かってくるミットを目前に、大塚は全速力の状態で無理に体を捻り、体を地面にたたきつけながら回転させ、そのタッチを躱し、

 

 

フッ、

 

彼の右腕が、ホームベースを触ったのだ。

 

「なっ………(なんて奴だ………あんなスライディング。利き腕を差し出した………ッ)」

下手をすれば、怪我の可能性もある危険なプレイ。それを躊躇わずにやってのけた大塚。

 

「ハァ、ハァ…………これで、先制か………?」

息を乱しながらも、大塚はベンチへと帰る。一瞬目を伏せた大塚だが、それを気にするそぶりもない。そしてその背中を見るしかない楊。

 

その瞬間、スタンドが湧いた。

 

「先制っ!! ついに均衡が破れたぞ!!」

 

「投手なのに、なんて奴だ! あんなスライディング、プロでも見ないぞ………!」

 

「春市君がやってのけたわ!!」

 

「それに大塚君も凄いスライディングでした!!!」

 

「ここで一気にたたみかけるぞ!!!」

 

「ナイスバッティング、小湊!! ナイスラン、大塚!!!」

 

ようやく欲しかった欲しかった先制点。青道は苦しみながら、この6回裏のワンチャンスをものにした。

 

兄の激走に、興奮する裕作。

 

「やったァァァ!! 兄ちゃんがやった!! 凄いよ母さん!!」

自分の事のように喜んでいる裕作。そして、

 

「うん!! うん!! 帰ったら美味しいものを作ってあげないとね。けど、後で注意ね。あんな危ないことは見てられないわ」

満面の笑みで息子の得点を喜ぶ綾子。しかし、怪我に繋がるプレイなので、しっかり試合後に叱ってやろうと決意する模様。

 

「大丈夫なのかしら、確か大塚君、右手が利き腕よね?」

沖田の母親が心配そうに大塚の様子をうかがう。大塚が怪我をした事情を知るだけに、また怪我をしてほしくないのだ。

 

「そうね。後で病院に行かせるべきかしら?」

 

 

「(マジかよ、姉だと思ったら、母親なのかよ!? というか、大塚の母親って、どっかで見たことがある気がする。)」

金丸は東条が昔何か喚いていたような記憶があり、その時に彼女に似た女性を見たことがあることを思いだした。しかし思い出せない。

 

「(どっかで見たことがある気がするんだよなぁ、あの人)」

狩場も、腑に落ちないといった顔だった。なので二人は東条に後で問いただそうと決意する。

 

しかし、初得点、先制の喜びもつかの間。

 

ズバァァァァンっ!!!

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!!」

 

続く小湊亮介は三振。未だ闘志の衰えない楊は、この回を1失点に抑えた。

 

 

「…………8回までだ。行けるな、大塚?」

 

「…………何なら、9回まで行きますけど?」

 

 

「そうか…………」

 

7回表も止まらない大塚。技巧派の仮面をかなぐり捨てた彼の前に歯が立たない。

 

ズバァァァンッ!!!

 

「ストラックアウトっ!!!」

 

二球目のパラシュートチェンジを意識し過ぎた4番白鳥は続く高めの真直ぐに手が出てしまった。

 

「まだだ!!」

楊との対決。初打席こそ痛打を浴びたが、第2打席はきっちり内野ゴロに打ち取っている。この第3打席はどうか。

 

 

「ファウルっ!!!」

いきなり初球のストレートに合わせてきた楊。まさか初見で当てられるとは思っていなかった大塚は、笑みをこぼす。

 

―――凄いな………この人…………

 

続く第2球。

 

カキィィィンっ!!!!

 

「ファウルっ!!」

 

そして今の球速も146キロを計測した。だが楊も、振り負けていない。

 

ククッ、フワッ!

 

「ぐっ!?」

 

パラシュートチェンジにバットが止まる。ここまで来たらもはや意地である。

 

―――おいおい、打者としても怪物か? 

 

 

―――危なかった。頭に入れてなければ、もっと力を入れ、三振していた。

 

楊もパラシュートチェンジは頭に入っていた。だからこそ、バットを止めることが出来た。

 

 

その後もストレートに食らいつき、大塚に対して負けていない楊。

 

―――すごい勝負だ………

 

この回からショートの守備位置にいる楠木も、内野から彼らの勝負を見ていた。

 

カァァァンっ!!

 

「ファウルっ!!!」

 

その後も彼は大塚のボールに食らいつき、これでもう8球目。2ボール2ストライク。

 

――――なんて奴だ…………ここでもう一回パラシュートチェンジだ!

 

「ボール!!」

 

しかしバットが出ない。御幸には、今何を投げても食らいつかれるような錯覚を起こしていた。

 

―――あれを投げましょう。もうあれをするしかない

 

大塚のサインに、思わず御幸は監督の方を見た。

 

―――構わん。ここで出塁を許せば、流れが変わる。

 

 

―――勝負球…………ッ!

 

楊もそのバッテリーを様子から、決め球が来ると察した。だからこそ、その目の鋭さも一段と強くなる。

 

そしてノーワインドアップからの10球目。

 

―――ストレート!! これでっ………!?

 

捉えたと思った瞬間、視界からボールが消えたのだ。

 

ストンッ!!

 

「ストライィィィクッ!!! バッターアウトっ!!!!」

 

――――最後はSFF………俺のあこがれた投手の息子は、親に似るのか…………

 

楊にとっては思い入れのあるSFF。だが、彼は和正のように、スピードと落差を両立できなかった。打たせて取る、その為の球種にしかならなかった。

 

しかし大塚の最後の球。それは自分が憧れていたSFFと同じような軌道だった。

 

 

――――これが、大塚栄治か…………

 

勝負に負けたというのに、楊の心中は酷く晴れやかだった。

 

 

そして7回の裏、二死。打者は沖田。

 

――――最初は驚いたが、彼には大塚程の球威もない。当たれば飛ぶ。

 

カキィィィンッッ!!

 

「ファウル!!」

鋭い打球が切れてファウル。沖田は表情を崩さず、打席に入り直す。

 

「――――こいつ」

楊舜臣も、この打者だけは格が違うと感じていた。自分に対して、追い込まれた感情すら抱いていない。

 

――――ここはスライダー。一球外に

 

「ボール!!」

 

ストライクゾーンすら見切られているが、今のは外したボール。通常の投手ならばいいコースにいった場面。それでも沖田は動かなかった。

 

―――――歩かせるか、それとも―――

 

沖田は、楊舜臣の意志がこの次の球で分かると考えていた。この局面、明らかに自分は有利だ。一点差を守り、最後のイニングに望みをつなげるなら―――

 

 

「ボール、フォア!!」

 

ノーヒットだが、最後は負けたような感覚を覚える楊。

 

――――この打者が早い段階で出ていれば、危なかった。

 

伊佐敷と結城を抑え込んだ楊ではあったが、最後に沖田との勝負を避けた。しかし後続を打ち取り、残りのイニングに望みを託す。

 

 

 

 

そして―――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

9回二死ランナーなし。

 

「ボールをよく見ていけ!!!」

 

「まだまだ諦めんなぁ!!」

 

「試合は9回二死から!!!!」

一点ビハインド。差はわずかに一点。だが、それがどうしようもなく遠かった。

 

「よく見ていけぇぇ!! 高田ァァア!!!」

 

 

ドゴォォォンッ!!!

 

「ストライィクッ!!」

 

だが微塵の衰えも見せない、大塚のストレート。140キロを超えてきている。依然として衰えを知らない大塚の投球に、一本が出ない。

 

「遠い…………うっくっ…………」

ベンチで応援している選手の一人が、涙を滲ませていた。

 

差はわずかに一点。連打があればチャンスは生まれる。だが、

 

 

 

目の前には伝説の後継、大塚栄治が立ち塞がる。

 

 

 

「泣くなッ! まだ試合は終わってねえ!!」

 

「まだだ!! まだっ!!!」

 

 

ドゴォォォンッ!!!

 

そしてここにきて、最速147キロに到達する。

 

――――ここで、俺が出て………――――

 

ククッ、ストンッ!!

 

「ストライィィクッ!! バッターアウトッ!! ゲーム、セット!!」

 

最後はSFF。その切れ味鋭い変化球を前に、最後の打者は空振りを喫するのだった。その瞬間試合が終わり、青道は犠牲フライの一点を最後まで守りきり、1-0の投手戦を制した。

 

大塚は9回を投げ、被安打3、11奪三振。後半の三振のペースが上がり、二桁に到達した。

 

対する楊舜臣。8回を投げ、被安打2、四死球2、1失点。15奪三振。強豪相手に最後まで強気の投球を崩さなかった。

 

その試合を見た観客の1人は語る。

 

ーーーー二人がプロに入る予感が確信に変わった。

 

海を渡ったエースは、確かに足跡を残したのだ。

 




最後に弟君が成し遂げました。

予選4回戦がこれだと、万が一甲子園の舞台では……

自責点1で、大会を去る楊……


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第36話 ダークホースの挑戦状

現実は強いのに、なぜこうなった。




その瞬間を、楊はベンチで見つめていた。

 

――――ああ………負けたのか…………

 

楊は、ドロドロのユニフォームでもなお、衰えを感じさせない剛速球を投げる投手―――

 

背番号1の大塚を見て、そう感じた。

 

「ごめん………舜…………」

泣きじゃくるチームメイト。

 

「最後まで、お前の力になれなかった…………!!」

悔しいのだろう。そして勝ちたかったのだろう。その想いは自分も負けていないはずなのに、自分の目からはまだ涙が出ない。

 

「さぁ! 胸を張って整列しましょう!! 最後まで、チームとして」

監督に促され、明川ナインは整列する。

 

そして、背番号1の姿もそこにあった。

 

「1-0で青道!! 礼っ!!」

 

 

ありがとうございました!!!

 

「ナイスピッチ、大塚ァァァァ!!!!」

 

「ナイスバッティング、春市ィィィ!!」

 

「代打俺、最高~~~~!!!」

 

「片岡さん~~~~!!!!」

 

青道にとっては胃が痛くなるような試合だった。1点差の勝利、大塚の勝負強さが光った。

 

「凄いです。栄治君がやりました!!」

春乃は、この試合を前に呆然としていた夏川に抱き着く。

 

「………う、うん。すごく、胃が痛かった試合だったよね。」

打撃戦ばかりだったのか、夏川は投手戦の息苦しさに慣れていなかった。

 

「春乃はよく平気だったわね。」

貴子も、未だに元気いっぱいの吉川を見て、尋ねる。

 

「大塚君を信じてましたから!」

 

春乃は力強く、そう言うのだった。

 

 

 

「あそこで打ててよかったぁ……」

春市は、自身の打点が決勝点になったことで少し震えていた。自分の打棒で、勝利に貢献できたことを実感しているのだ。

 

「ナイス援護、春市」

未だに興奮が治まらない春市に、大塚が声をかける。

 

「そんな。あれは打ち取られていた当たりだったし、大塚君の走塁のおかげだよ。」

 

「けど、春市の犠牲フライで勝てた。」

 

「それはそうと、大塚君は大丈夫なの!? あんなスライディング、一歩間違えたら――」

春市も、一塁付近にて、大塚の突入シーンは見ていた。投手にとっては本当に危険なスライディング。

 

「大丈夫だって。怪我なんてしている暇はないよ」

大塚は大丈夫そうだった。

 

「おぉぉぉぉ!!! ナイスピッチ大塚ァァァ!!!!」

沢村は投手として見ごたえのある、この緊迫のゲームを制した大塚に声援を送る。

 

「ありがとな、栄純」

そして野手陣、

 

「最後、初球から仕留めるべきだった。」

投手を追い込んでいくスタイルの沖田は、投球の組み立てよりも先に、ストライクのボールをスタンドに叩き込むべきだったと考えていた。今の彼に、もし3打席目があれば、スタンドインは出来ていただろう。

 

だが、それを肌で感じた楊が、まともに勝負をしてくるとは思えない。第2打席のストレートを仕留めるべきだったのだ。

 

――――まだまだ甘いなぁ、俺。

 

貪欲さが足りないと考えた沖田。一方で、

 

 

上級生も、楊舜臣の実力を見せつけられ、

 

「次は打棒復活だ、ゴラァァァ!!!」

 

「大塚には大きな借りが出来た。ならば今度は俺達が次の試合に示すべきだ。」

 

両チームのあいさつが終わると、どちらともベンチへと引き返すのだが、

 

明川のベンチ前では、

 

「よくやったぞ、明川!!!」

 

「ナイスピッチ、楊!!」

 

「凄かったぞ~~~~!!!」

 

――――敗れた選手への賛辞も忘れず、か。

 

楊は不思議な感覚だった。嬉しいのだが、まだ満たされていない。何が満たされていなかったのかが分からない。

 

そこへ

 

「楊先輩。」

大塚が声をかける。

 

「…………大塚栄治…………」

自分が憧れた大投手の息子。この試合ではっきり分かった。彼はあの投手の息子だと。

 

「なんだか、俺を見る視線がなんか違う感じがしたんですよね。」

 

「お前は、大塚和正を知っているのか?」

 

「そりゃ、まあ、日本の誇る大投手ですよ。そして、俺が越えたいと思っている投手。」

当たり前でしょ、と彼は言う。

 

「お前は、彼の息子なのか?」

楊舜臣は話の核心に迫る。

 

「……驚いた。何も話していないのに。エスパー?」

驚いた顔をする大塚。まさか、投手として見られただけで、関係を見透かされるとは思わなかった。

 

「同じ名字で、同じような投球スタイル。ならば意識しないわけがない。俺にとっても、尊敬の対象だからな。投手を志したきっかけも彼だった」

 

「……俺は、そうだね。あの時の完全試合かな。」

 

「俺もそうだ。あのダイヤモンドの中心で投げる姿にあこがれた。いつか自分もそうありたいと。」

 

それぞれの投手像を語る二人。投げ合ったからこそ生まれた縁。楊舜臣もそうだが、大塚は彼が他人には見えなかった。

 

――――これから先、絶対に何度も会いそうな気がする。

 

お互いに、それぞれ優れた点がある。だからこそ、互いを彼らは意識していた。大塚は、彼とはプロで投げ合う時が来るのではないかと予感する。

 

彼はいずれプロが放っておかない。あの制球力は、この世代ナンバーワン。球速もそこそこ。だからこそ、これから成長期、恵まれた体格。

 

―――――嬉しいけど、この先しんどいだろうなぁ

 

「…………楊さん。」

大塚は楊の顔を見る。大塚は、敢えて彼に其の道を提示する。彼が野球を続けるのかどうかはわからない。彼のこの先を知らない。けれど、投手としてのエゴと、チームメイト以外のライバルに対し、ある言葉を投げかける。

 

「なんだ?」

楊舜臣は、これから大塚が言うことを想像できていない。きっとスケールが違う。彼は野球がどこまでも好きで、どこまでも愚直で、どこまでも真摯だ。だからこそ、今に全力、一球の重みを知っている。

 

「………先にプロで暴れといてください。で、もう一度勝負しましょう。今日のように、結果の分からないハラハラする試合を」

握手を求めた大塚。その手を見た楊は、

 

「ああ。2年後。お前の挑戦ではなく、俺がお前に挑戦し、リベンジする。」

そう言って、固く握手を交わすのだった。楊舜臣も、このままでは終われない気持ちがあった。素晴らしい投手と巡り合えたことに感謝すると同時に、日本のプロでやりたいという気持ちも芽生えた。

 

プロでの再戦を誓い合う二人。だが、その夢は長い長い年月がかかることになる。

 

 

その数年後、楊と大塚は同じチーム同士になり、エース争いを演じつつ、所属チームの黄金時代を築くのだが、それは遠い話。

 

だからこそ、きっと彼らが戦うのは、プロ野球の先だろう―――――

 

 

 

 

「凄い試合だった…………」

市大三高の真中は、スタンドにてこの壮絶な投手戦を見ていた。決死の覚悟で、死力を尽くし、8回1失点。完投負けながら、その力を存分に見せつけた楊舜臣。

 

そして、その投球に触発され、剛球投手へと変貌した、大塚栄治。こちらは9回無失点完封。

 

両チーム合わせて被安打は5という、投手戦。しかも楊舜臣は強打の青道を、大塚はそれまで力をかなりセーブしていた。

 

「ええ………明川の精密機械も、よく青道ハイスクールを抑えてはいたがね。最後は大塚ボーイの走塁に勝負を決められたようだ。あれほど気迫を前面に出す投手も珍しい。」

田原監督は、最後の勝負の決め手になった大塚の走塁を見て、とても気持ちの強い投手であることを知った。

 

「丹波ボーイが怪我で離脱にせよ、彼よりもとても厄介な相手であることは、間違いない。」

 

「そうですね………判明しただけでも、解らないで当たるよりもマシなほどです………」

 

147キロにまで到達するストレート。スライダー、パラシュートチェンジ、SFF、カットボール、シンキングファースト。

 

それにまだ底を出し尽くしていない気がする。

 

「…………楽しみかい、真中ボーイ?」

田原監督は、あれほどチームの事を考え、全力でプレーする大塚を好ましく思っている。同時に、厄介な難敵であると。だからこそ、そんな投手と投げ合える真中が、薄ら笑みを浮かべているのを見て、そう尋ねたのだ。

 

「光一郎と投げ合えたらと、思っていたのも事実でした。ですが………鳥肌が立ちますね。あんな凄い投手と戦えることが」

 

「その意気だ、真中ボーイっ!!」

 

 

そしてスタンドでは、大塚と楊舜臣の握手を見ていた大塚の家族。

 

「すっげぇ試合だった。でも、二人ともいつかスタンドに叩き込んでやりたい!!」

中々にえげつないことを言う裕作。兄であろうと容赦はしないという弟。そして、楊舜臣もその打ち砕く対象にされた模様。何というとばっちり。

 

「うちの子たちは栄治以外どうしてこう、好戦的なのかしら?」

苦笑いの綾子。けど、目標がしっかりしており、努力するのは間違いではないし、「仮に親子でも、手加減はしないぞ」と和正が言っているし、問題がないと考えた。

 

「なんかすごい。けど、負けたくないなぁ」

沖田雅彦も、そんな裕作を抑えられるかどうかわからないと考える。兄が遊撃手で、彼は投手なのだ。あの成瀬にもかわいがられていたし、素質はあるらしい。

 

 

「ふう、みんな探しているだろうし、早く合流しないと」

大塚は楊舜臣と別れた後、会場へと戻る途中、

 

「兄さん。」

 

「うわぁぁ!? 今日試合じゃないの!?」

 

「終わったし、県大会行きは決まりました! それに、行けない距離じゃないもん。」

どうやら、県大会いきを決めた妹。残すは県大会のみらしい。水泳はよく知らないので、よく分からない大塚。

 

「兄さんも、その、カッコ良かったよ」

 

「来ていたと知っていたら、もっと頑張っていたかもしれないな」

日頃から主導権を握られているので、日頃の仕返しがてらに仕掛けてみる大塚。

 

「や、やだっ! 変なこと言わないでよ!! このバカ兄貴!!」

あっさりと落したが、

 

「あだっ、痛いッ!! イタイって!! 照れ隠しに叩くのはやめろぉ!!」

妹の攻撃を防ぐ兄。一矢報いたが、さらなるしっぺ返しを食らった模様。

 

「あ、大塚君!! 説明はあったけど、みんな探していた――――よ?」

春乃はそんな兄と妹の光景を目撃した。

 

「―――――え?」

春乃は呆然とした目で二人を見る。少し涙目になっている大塚と、見知らぬ女子。というより、

 

ーーーー知らない女の子に抱き着かれてる!?

 

「えっと、うん――――みんな、呼んでるよ。」

何か遠い目でいろいろというべきことを言う春乃。

 

「!? なんかすごい勘違いをしていると思うけど、妹だよ。」

 

「!? あ……ええええ!!! そ、そうなんだ―――うん、(大丈夫、妹は対象外、だよね? 大塚君に限ってそういことはないよね!?  けど、もしそうならどうしよう」

心の声が少し漏れている春乃。大塚は苦笑い、

 

「うわぁぁ……」

思いっきり警戒している美鈴。兄を狙う女子が絶えないことは、彼女が中2の時に知っている。かなりのバレンタインチョコを貰っており、困惑した兄に何度溜息をついたことか。

 

だが、その先に踏み込む人はいなかった。

 

 

ーーーーこの人も、いつか兄さんを見限るのかな

 

やや懐疑的に構える美鈴。

 

「はっ!! えっと、その、早くスタンドで昼食をとるようにって、」

警戒色を強める美鈴に、吉川はオロオロする。年下に気圧されるとは。

 

「兄さんは渡しません。」

 

「え!?」

 

 

「(この修羅場は予想していなかった)」

めんどくさそうなので、大塚はそそくさとこの場を後にしようとするのだが、

 

「逃がしません」がしっ、

 

「ぐえっ」

車に轢かれたカエルのような声を出す大塚。

 

 

「兄ちゃんが修羅場だよ!! メシウマ!!メシウマ!!!」

裕作は相変わらず畜生的なセリフを吐き続ける。

 

「なんだろう、この家族。めっちゃ怖い」

沖田雅彦は、この光景に遠い目をする。

 

「若いわね」

 

「うんうん」

母親たちは助けない。

 

其の数十分後、

 

「酷い目にあった。」

きっぱりとそう独白する大塚。

 

 

その後、大塚の知らない場所で、春乃と美鈴が何故か意気投合しており、裕作が畜生発言を繰り返して、鬱になったのと、あまりよく覚えていない。何か、涙目の少年がいた気がするが、あんまり気にしなくていいと思った。

 

ーーーーこのパターンで、美鈴が仲良くなるのは珍しい。

 

そんなことを考えながら、彼は会場に戻ったが、

 

 

「それで、試合は………って、何があったの?」

 

スコアは物凄い乱打戦になっていた。あの市大三高のエースはそんなに柔ではなかったはず。

 

「………あの一年生の三塁手が真中投手の心を折ったんだ。特大の弾丸ホームランでな。ていうか、どうした? 凄い疲れた顔をしているぞ?」

沖田がそんな大塚の疑問に答える。その表情は渋く、市大が食われる可能性があると言っているようなものだった。

 

「気にしないでくれ」

 

 

「え、でもなんか顔も若干青いし、」

 

 

「気にしないでくれ」

 

 

「お、おう」

 

 

 

大塚が来る前、

 

「あの投手、中々いいスライダーですね。春に比べ、立ち上がりもよくなっています。見極めが難しいですね」

沖田は市大三高のエースを見て、唸るようにつぶやく。

 

「俺のスライダー程じゃねェし!!」

 

「栄純君はまずスライダーをコントロールしようね♪」

まずは春市にそう突っ込まれ、

 

「そうだぞ、取るのだけでも精一杯なんだからな………」

正捕手の御幸にも小言を言われた沢村。

 

「なぬ~~~!!」

納得がいかない沢村は、唸るしかなかった。

 

しかし、4番の轟の打席で―――

 

ガキィィィンッッッ!!!

 

「え…………」

 

だれもが驚く、特大の飛距離とその勢い。今彼が撃ったのは、間違いなく真中の決め球である高速スライダー。

 

「…………(一年生のスイングか……こいつ………)」

御幸はこの轟の一撃に、驚愕をしていた。今まで見たことがないタイプであり、いとも簡単にスライダーを運んだのだ。

 

それから試合は荒れ模様。そのまま真中は立ち直れないまま、いったん外野へと移され、継投で何とかリードこそしているが、薬師高校の勢いが止まらない。

 

1番から9番までバットを迷わずに振ってくる。

 

「………あのチーム、相当バットを振り込んでいるな………それにあの一年生の主軸………」

 

大塚を途中で交代できなかったのが痛すぎた。楊舜臣相手に、僅差の場面。何があるかわからない。だからこそ、次の先発は―――

 

「次の先発。その出来次第で試合運びが難しくなるだろうな」

 

片岡監督は、向こうで薬師ベンチを睨みつけている沢村を見た。

 

「監督!? まさか―――」

太田部長が監督の考えていることを悟る。それはあまりにも―――

 

「だが、ここで奴が戦力として、あの打線に耐えられないようならば、大塚を使い潰すことになる。それだけは出来ん」

 

 

試合はその後13対10とリードしていた市大三高。この回も一点を返され緊迫した場面が続くが、三塁手大前のファインプレーもあり、最少失点でしのぎ切る。

 

「…………」

 

リードしているのは市大三高。だが、薬師はそれに食らいつき、勢いはどう見ても彼らにあった。

 

 

そんなゲーム展開であり、大塚は、沖田から言われた説明を聞き、

 

「…………打力が凄い……か。だが、打者としての彼を見ていない。それを見なければ、俺も危ないかもね」

 

そう言って、まずは守備をしている三塁の動きを見て、大塚は思わず沢村を見た。

 

「??? どうしたんだよ、大塚?」

 

―――ああ、やはり感じ取ったか、大塚も。

 

沖田は、一瞬で見抜いた大塚を称賛するべきなのか、あの三塁手がバカすぎるのか、どちらなのかを迷う。

 

「………公式戦を経験すれば、あんなふうには普通なれないはずだが………彼の守備はどうなんだ?」

大塚は守備の最中も笑い続けている轟を見て、不気味だと感じつつ、彼の守備力を尋ねる。

 

「アイツ、3つもエラーしていたぞ。それに、ホームランは2本。まさに攻撃特化って感じだな………アイツ、エラーしたのに笑っていやがったし、俺には考えられないな」

沖田は守備にプライドがある。エラーをすれば全力で自分を責め、そのエラーがどうして起きたのかを理解する。そして、挽回できるチャンスを探る。

 

だが、沖田にはエラーをしても笑顔の彼の感情を理解できない。打撃は自分以上と感じるが、それでも。

 

「……………まあ、投手としたら、案外笑われたら力みも取れるかもしれないけど」

大塚はやや楽しそうに轟を見ていた。

 

「お前ほどの寛容な投手じゃないと、マウンドの選手はやってられないだろうな」

そんな風に彼を許容してしまう大塚の言動に、沖田は苦笑い。

 

「けど、エラー分の仕事はきっちり返してほしいですね」

 

「お、おう・・・・」

沖田は、そこははっきりしている大塚に苦笑いする。

 

「ホント、いい顔するようになったな、お前も沖田も。」

御幸は、二人を見て笑みを浮かべる。

 

そして薬師は、真田という投手が登板し、市大三高打線を三者凡退に抑えると、真中が外野からマウンドへと戻ってきた。

 

「………投手としては、抑えられる能力がなければ、最悪歩かしてもいい気がしますけどね」

大塚は、あれほど打ち込まれた真中が、無理に勝負をする必要はないという。

 

「だが、あの打者を抑えない限り、勢いは止められないぞ。」

御幸の言う通り、続く打者も侮れないバッターが並ぶ。ここで不用意にランナーを溜めるのも、危険なのかもしれない。

 

「………………それに、打席で見ると、まあアッパースイングですね。見事な。」

タイミングの取り方、動きが一定。だが、そのスイングのスピードで、打球を飛ばしている。

 

大塚は鷹のような瞳で、打席に立っている轟を見ていた。その様子に、マウンドで威圧感といふを与える大塚に成り代わっているのが解る。

 

「………栄治君……?」

春市も、何かを探しているような大塚の尋常ではない瞳に、冷や汗をかいていた。

 

そしてその視線は――――

 

ゾクッ

 

「!?」

打席の轟まで届いていた。

 

―――今、スタンドのどこかで、誰かに見られた? 

 

 

しかし気を取り直した轟。その視線はすぐに消え、またしても立ち塞がる真中と相対する。

 

 

 

「……………」

降谷は、彼がパワー自慢のヒッターであること、そして自分が剛腕投手であることを考え、力では負けたくないと、強く感じるようになった。

 

「…………………」

そして、尚も大塚は轟のスイングを見ていた。二球続けてのインローの厳しい高速スライダー。

 

「追い込んだ!!」

沢村は思わず声が出る。

 

「…………ここで3球続けるか、それともストレートか。いずれにせよ、コースは甘く入るとやられるな…………」

沖田は、自分ならばここはまずストレートを待つと考えていた。2球目にあのスライダーに当てたのだ。相手も少しは考える。それに、3球続けて同じボールはまず投げない。

 

そして第3球。

 

「「「!!!!」」」

東条、春市、沢村は声を出して驚愕した。

 

「なっ……………」

沖田は信じられないものを見ていた。そして、それは自分の忌むべき記憶を呼び覚ました。

 

――――打球が……肩に…………ッ!

 

強烈な投手へのライナー。それがそのまま真中に直撃したのだ。かつて自分の時と同じように、

 

「…………………」

しかし大塚は、それを見てもまだ表情を崩していなかった。

 

 

その後、真中は負傷退場し、柱を失った市大三高は完全に崩れ、9回裏にサヨナラ負け。

 

この瞬間、次の対戦相手は薬師に決まった。

 

 

「………………変化球の後のストレート。それも140キロ前後の球に振り負けなかったか」

クリスは、その尋常ではないヘッドスピードに、驚くしかない。

 

「………………ッ!」

沖田はスタンドから出ていった。顔を歪め、何かに耐えるような表情で、その場を後にしたのだ。

 

「沖田っ!?」

沢村は慌てて彼の後を追いかけようとしたが、大塚が手で制す。

 

「彼のコントロールは俺に任せて。アイツは馬鹿ではないけど、解りやすい奴だから」

 

そう言って大塚は監督に一言言い、スタンドを後にするのだった。

 

「…………栄治…………道広…………」

東条は、そんな二人の行動に、どうすることも出来なかった。

 

 

その後、降谷、沢村、春市、東条の一年生陣は、バスの居場所に迷い、球場をウロウロするのだが、

 

「今日の投手! 凄い気迫だった………あんな闘志剥き出しの投手が全国にはいっぱいいるんだよな!? もっともっともっと打ちてぇ! 全国にいる投手、全部打ちてェ~!! まとめてブッ飛ばしてぇ!!」

 

「お前はプロの世界でメシ食いたいんだろ?そうなりゃ色んな投手と毎日戦えるさ」

監督の轟は、そんな息子の心意気に満足げだった。

 

「凄いね………大塚君や沖田君並の高い意識かも………」

小湊も数年後、確実にドラフトに選ばれるであろう二人に匹敵する意識に舌を巻く。

 

「とりあえずセンバツ投手の真中は打ち砕いたんだ。あと西東京でお前の相手になりそうな投手は…………稲城実業の成宮 鳴。こいつ位しかいねーな」

 

――――ぶちっ

 

春市は、沢村、降谷以外からの何かの切れる音を聞いた。そしてその二人もその音が聞こえていたらしく、辺りを見回す。

 

東条に至っては、顔面蒼白だった。彼は一番にその視線の先にある威圧感を見つけていた。

 

「アハハハハ…………スイッチ入っちゃったね………彼…………」

大塚は苦笑いだが、目はあまり笑っていない。だがその威圧感は彼ではない。

 

「……………………」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!!

沖田はまさに鬼のような形相で、あの二人を見ていた。しかし、彼はすぐに表情を直すと、裏表がない素敵な人のようなスマイルで、二人の前に出ていく。

 

「どうも。」

 

「お前……確か青道の………」

息子に比べ、がっちりとした体格に、バランスのよさそうな筋肉。雷蔵は、この沖田も只者ではないと知る。

 

「次に当たる薬師に一応挨拶に来ました。そして、宣戦布告もかねて、次は覚悟してもらうことも。」

そして普通のスマイルが、黒い笑みに変わる。沢村たちは、普段温厚で真面目な奴ほど怒らせてはならないと、悟る。

 

「………すいません。うちの同僚が暴走しちゃって」

そこへ大塚がフォローに入る。あたかも、沖田の威圧感を感じていないように、普通にその場へと入ってきたのだ。

 

「まさか………そうか、そう言えばこいつもいたな、雷市。春の地区大会で結果を出している男、大塚栄治。こいつを打たないと全国にはいけないぞ」

 

「………本人の前で、それを言いますか………」

やや苦笑いの大塚。

 

「………まあ、今日の投球は見せてもらったさ。世間を騙すキツネにも勝るな、お前さんは」

 

「騙すとは人聞きの悪い。“出す必要”がそれまでなかったと言っておきましょう」

大塚もだんだんとヒートアップしていた。しかし、沖田のように威圧感を感じさせない自然体のまま。

 

「…………そうか。対戦を楽しみにしているぜ」

 

「ではこの場は失礼します」

 

そうして、青道一年生たちは、先輩たちに先んじて、薬師へのあいさつを済ませるのだった。

 

「絶対に三振に取ってやる!!」

沢村。先発濃厚のこの人は、絶対に抑えると意気込んでいた。

 

「ねじ伏せる」

降谷、自分の名前すらコールされなかった。

 

「打っちゃおうかな?」

春市も兄にだんだん近づいているのか、黒い笑みを浮かべ始めた。

 

「お前ら元気だな………」

東条。

 

「ぶっ潰す」

物騒な言葉を並べる沖田。投手へのライナーも許せないが、大塚の名をも忘れているという事に腹が立っていたし、何よりも青道を舐められている気がした。

 

「みんな肩の力を抜こうよ~~」

大塚はヒートアップしている一年生たちを宥め続けるのだった。

 

 

 

「所で、吉川さん。美鈴とは何を話していたの?」

 

「ひ、秘密です!!」

 

数日間彼女に避けられて、女心はよくわからないと感じた大塚。

 

だが、何か変わった気がした。

 

 




沖田、トラウマ回避。しかし、野蛮な言葉を使う。

沢村、火だるまか、それとも……

大塚については、全国大会で徐々に過去を明かしたいと思います。全てではありませんが。一応、彼は主人公?ですし。



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第37話 名乗りを上げろ!!

なんか、沢村が主人公になってしまう。

轟の打順は変更しています。降谷の弱点が露見していないからです。


その後、沢村は自分が何をするべきかを考え、決め球の制球を意識していた。左打者にとっての左のスライダーは逃げる変化。自分があの打線をねじ伏せるのだと意気込んでいた。

 

「ふぅ…………!」

クリスもまた、沢村の気迫と集中力がいつも以上であることに気づいていた。

 

―――あの試合がいい刺激になったのか。コントロールもよくなっているし、いい状態で薬師戦を迎えそうだな。

 

課題の高速縦スライダーも、低めに決まり、コースも決まり始めている。これなら十分試合で使える。

 

降谷も、ストレートの制球力を磨き、コースコースにいけば打たれない自信があった。

 

大塚は、

 

「調整ですね。明川の時は少し疲れましたし」

軽めの調整で、ブルペンで20球。球の感触を確認するだけで終わった。

 

「…………」

 

沢村が冷静に闘志を燃やしている姿にめずらしいと感じていた上級生は、一球一球に集中し、声すら出さない彼の姿に驚く。

 

「アイツ………声を出してないぞ………」

 

「何か変な物でも食べたのか?」

 

「(言うべきなのかな…………)実は…………」

 

春市は、バスに遅れた時に偶然轟親子に出会い、沖田が宣戦布告、大塚が挨拶に出たことを伝えた。ちなみに、沢村はそれを聞いてからあの調子だということも。

 

「ふざけんなあ!!あの親子そんな舐めたことを言ってやがったのかぁ!!青道なんざ全く眼中にねえだと!?」

伊佐敷は予想通りのリアクション。血管が浮き出るほどに燃えていた。

 

「上等………ならその打撃で圧倒してやるしかねぇよなぁ!?」

 

「でさ! 春市はちゃんと殴った? 兄としてそこは聞きたいんだけど♪」

小湊の黒い笑みを見て、まだ自分はその域に到達していないことを痛感する春市。

 

「市大であれ、薬師であれ俺たちの目の前の敵は倒すべきもの―――答えはグラウンドの上で出してやればいい」

結城もこの前のノーヒットが相当きているのか、この発言に燃えていた。

 

「全打席ホームラン。それをすれば薬師を黙らせられるでしょう………」

黙々と結城張りのスイングをしている沖田。楊舜臣には完膚なきまでに抑えられたが、それでも、彼はあのチームには負けたくない気持ちが強かった。

 

その後、沢村は先発濃厚なので、自分を鍛えたいと言いだし、

 

「おいおい、俺達相手にシートバッティング? 本気か?」

伊佐敷は、沢村の申し出に戸惑っていたが、

 

「お願いします!! アレを見て思ったんです!! 俺たち投手は、どんな時も集中力を切らしちゃいけないんだって!! だから、その為の練習っす!!」

 

ヒットを浴びるものの、この青道相手にコースを突く丁寧な投球。特に、インコースの精度、アウトコースの球を磨いていた。

 

しかし、増子に唯一ムービングをフェンス越えされた。そのスイングを見た沢村、

 

ーーーー何か変えねぇと、ダメだ!

 

このままでは同じだと考える沢村。ふと、彼は大塚を見た。

 

ーーーー打者のタイミングを外す技術、あいつも…

 

 

 

沢村の投球の基本である両サイドをついた投球。ランナーを出したときのクイック投法。だが、それでは足りない。

 

薬師を抑えるには。

 

 

 

 

 

「ぐっ!?」

伊佐敷の胸元に、カットボールが来る。だが、伊佐敷が呻いた理由は、それではない。

 

――――クイックのタイミングを変えてきやがった!!

 

クイックは上手い方である沢村。だが、タイミングを変えてきたのは初だった。その反応を見た御幸は、そんな沢村の実践を意識した投球に感心する。

 

 

――――大塚のフォームチェンジ程じゃないが、これは絶対に必要になる技術。

 

ランナーを出さない投手はいない。ランナーを出した状況で本領を発揮できる、その為に手札を増やそうとする沢村の取り組みは間違っていない。

 

連打を浴びつつも、クイックとセットポジションの間を図り、フォームのスピードをもずらす。

 

――――丁度いい、この球を先輩に試してみるか。

 

ククッギュインッ!!

 

「むっ!!」

結城はこの沢村の制球されたスライダーに空振りを奪われたのだ。右打者に食い込む変化。

それでいて縦へと沈む魔球がついに完成した。

 

「なっ!? アレはスライダー!!」

倉持は沢村が投げたことに、沢村がスライダーをコントロールしたことに驚く。

 

「真中のスライダー並か、アレは……」

伊佐敷も、あの夏合宿からさらに磨かれた決め球の姿に、驚愕しっぱなしだった。

 

「ここに来ての秘密兵器か、御幸?」

空振り三振を奪われた結城が尋ねる。

 

「ええ。薬師もこの球の事は知らないでしょうし、これを勝負所で使えば必ず流れを一回は奪い取れます。」

恐らくは、第2打席での轟との対戦。その瞬間だろう。御幸は一打席で沢村は打たれないという自信があった。

 

――――どんな打者も、一度はこいつには驚く。

 

故に、決め球がないことが本当に惜しかった。チェンジアップ系も、決め球にするには心もとない。だからこそ、この時期にスライダーが完成したことはまさに沢村が上に行くための布石。

 

その後、スライダーを交えた沢村の投球は冴えわたり、ヒットすら許さなくなった。

 

「ここにきて、強力な決め球はヤバいな」

見事にスライダーで三振を奪われ、掠りもしなかった沖田は、沢村の投球に心強さを覚える。だが、無論選手としては悔しい気持ちが強まる。

 

「ああ、最後までヒットにする事すら出来なかった」

結城もこのスライダーを捉えきれず、ヒットを打つ事が出来なかった。

 

上級生相手に快投をつづけた沢村。いい雰囲気で薬師戦を迎え入れられそうだった。

 

「僕も参加したかった…………」

降谷は、まだ体力づくりと制球力のアップ。

 

「大丈夫だよ、たぶん降谷にも出番はあると思うし、その時に薬師を抑えればいいと思う。」

投手陣の緩衝材になっている大塚。色々と喋ることが多い投手たちの相談相手にもなっている。特に、川上とは話すことが多くなり―――

 

「スライダーなんだけど、やっぱり横変化で基本の球だと思うんですよね。」

 

「ああ。俺はシンカーを取り戻せたけど、やっぱりスライダーには特別な思いがあるんだよな」

川上が今取り組んでいるのは、シンカーの制球アップではあったが、スライダーの変化に進化を求めていた。

 

「スライダーへの想い?」

 

「スライダーはやっぱり左打者へと入るボールだから、どうしてもミートされる確率は高い。けど―――」

川上が求めているのは、スライダーの横変化だけではなく―――

 

「沢村の高速縦スライダーのこと?」

大塚は瞬時に思い立った。沢村は左投手だ。なのに、あの結城主将を、沖田を圧倒したのだ。それだけではない、青道メンバーが初見とはいえ、沢村のスライダーに当てる事すら出来なかったのだ。

 

縦変化をも兼ね備える沢村のスライダーは、その系統の変化球から外れてもいいほどの威力。故に川上は、スライダーの進化を求めていた。

 

「先輩のスライダーは、俗にいう大きく曲がるスライダーです。だからこそ、自分は川上先輩こそ、カットボールを習得するべきだと思います。」

サイドスローのカットボール。それは、川上の頭にはなかった発想。

 

「カットボール!?」

 

「サイドスローは横変化に強いフォームです。さらに、カットボールの変化が増すことも十分予想できます。左打者へと真横から向かう球筋上、カットボールはシンカーの威力をさらに上げるでしょう」

 

真横から襲い掛かる鎌のような一撃。威力を上げるには、球速が求められる。だが、ないよりはマシだ。

 

左打者への対応に、シンカーだけではなく、カッターを覚えることで、踏み込みをある程度防ぐ効果があるかもしれないのだ。

 

「やっぱり発想が違うな。俺は打者を何とか打ち取ろうと、当てられるのを恐れていたんだ。」

当てられることを恐れていた川上。だからこそ、逃げる変化ばかりが多い球種。右打者へのスライダー、左打者へのシンカー。だからこそ、カッターへの思考に繋がらなかった。

 

「芯を外し、さらに詰まらせれば、ゴロやフライで打ち取れると思います。」

 

速球系の変化球に求められる一番の資質は勇気。一つ間違えれば長打もあり得る球種。

 

「ありがとうな、大塚。夏の本選には間に合わないだろうけど、この球種を物にするさ」

 

「俺も、スロースライダー以外に何か一つスライダーが欲しいかなと思いますね。」

そして大塚もまた、もう一球種スライダー系を覚えたいと感じたのだった。

 

 

その後ミーティングでは、

 

「次に当たる薬師高校は超攻撃型のチームです。バントではなく、盗塁やエンドランで攻めるなど派手なイメージが強く、この上位打線も全員が一年生に交代するなど、それぞれの打撃陣の実力を掴めにくいチームです」

クリスメモに書かれていることを暗唱していくクリス。その記憶力の良さに驚く者はいない。それはいつもの日常だからだ。

 

「今回一番の課題は、市大三校の打線を相手に打ち勝つ打撃力です。はっきりいって、脅威でしょう。特に四番の轟雷市は要注意です。この試合1本のホームランを打っていますし、警戒は十分必要です。」

そして例の怪物打者、轟の話になると青道投手陣の表情が引き締まる。

 

「………一番手っ取り早いのは、打ち勝つ事ですね。薬師の投手陣を叩けばいい。うちの投手陣がそれほど失点を重ねるとは思いません。最悪、轟は歩かせてもいい」

沖田は冷静にそう言い放った。無理に勝負をして痛い目を見る必要はないと。

 

「だけど、他のクリーンナップも侮れないよ。下手に相手に弱みを出して、つけ入るすきを与えたら………」

春市がそれに反論する。

 

「…………タイミングの取り方が、理想形ですね。彼のイメージ通りといっていいでしょう。試合経験が明らかに少ないと予想できるにもかかわらず、あの打撃力とセンス。どうもかみ合わない。選手として、まだ調べないと解りにくいです」

大塚は、轟についてこう分析する。あれほどのスイングとセンスがありながら、守備でのエラー。その後の態度など、公式戦の重みを解っているようには見えなかった。

 

「………けどそれは、自分のタイミングでしか打てないという事です。カメラで見る限り、彼のスイングは、この試合でも崩れていません。たとえ打ち取られても」

大塚はクリスからリモコンを借り、轟の全打席をみんなに説明する。膝のタイミング、初動の動きなど、まるでプロのスコアラーのような口ぶりで、轟の打撃フォームを解明していく。

 

そして―――

 

「…………つまり、沢村のフォームは有効だという事です。しかし、恐らくそれで打ち取れるのは精々一回。癖球に本能で対応してくるでしょう。スイングの力で持っていかれる可能性は高いです」

沢村はムービングを力で持っていかれると聞いて、昨日増子に撃たれたホームランを思い出した。

 

「マジかよ…………」

 

「さらに言えば、降谷の球威でも外野には確実に運ばれるでしょう。後は風の向き次第ですね。ストレート系に強く、変化球はコースに決まれば打てていません。今日の最後の打席、真中投手との対決でも、いずれもインローのスライダーをとらえきれていません。彼は恐らくインローの泣き所が弱点です。後は外へと逃げるボール。あまり求められていない場面とはいえ、第3打席では空振りを奪われています」

 

そして轟の打席で、彼が打ち取られた最初の打席。強烈なライナーだったが、その前の外へと逃げるボールに空振りを取られ、対応できていなかった。

 

「打撃そのものも確実性がなく、荒いところもあります。」

クリスとともにスコアラーとしての説明を続ける大塚。

 

「正直に言えば、左投手の逃げる変化球で空振りを奪えれば、抑えることは可能です」

 

「ちなみにお前ならどうなんだよ?先発じゃないだろうけどさ」

倉持が大塚に尋ねる。

 

「どうでしょうね。五分五分じゃないでしょうか………」

大塚も少し解らないと首をひねり、答えをはぐらかす。

 

「…………明日の先発は、大塚ではなく、沢村を持っていくことにする。第2先発は降谷、次に川上か大塚のどちらかを投入する。継投のタイミングがカギになると思う。」

 

「俺が先発…………」

あの強力打線。大阪桐生を思い出す。そして、横浦と前橋といった打線を思い出す。

 

 

横浦ほどではないにしろ、沢村は気を引き締める。

 

「沢村。ゼロに抑えようなんて思うなよ。投手はいつか打たれるモノ。だから、必要以上に自分を抑え込んじゃいけない。先輩たちを信じるんだ。」

 

大塚の言葉で沢村も落ち着くことが出来た。開き直って、腕を振れば、確実にいいコースに決まるタイプである沢村に、まだメンタルコントロールをそこまで要求するのは酷だ。だからこそ、同じ投手がフォローするべきなのだ。

 

「この試合、打たれた後の投球が重要になる」

 

―――相変わらず、投手陣を纏めるのが上手いな、大塚。予選限定とか言っているけど、マジで本選のエースもあるかもな

 

御幸もそんな投手内でのキャプテンシーを発揮する大塚を見て、頼もしく思う。

 

その夜、

 

「すまないな、俺がいない代わりに大変な役目を任せて………」

怪我の丹波が退院したのだ。そこで、大塚は彼にそんな労いの言葉をかけられた。

 

「いえ、予選だけですし。本選に先輩が来るのを信じていますから」

 

「…………試合は見た。まさか真中があそこまで打たれるとは思っていなかった。」

旧知の中だという彼のことを思う先輩。詳しくは知らないが、彼らとの戦いに熱いものを秘めていたはず。

 

悔しくないわけがない。

 

 

「…………丹波先輩。俺はこんなところで、先輩たちの夏を終わらせるつもりなんてないですよ。薬師も稲実も抑える。それが予選でこの番号を貰った俺の責任です」

 

「…………その試合を楽しみにしている。稲実相手に完封できたら、俺はお前をエースとして認めるさ。」

 

「いえ、本選のエースは丹波先輩です。これだけは譲れません」

断固として丹波のエース復帰しかありえないと言い張る大塚。

 

「本当に、お前は面白い奴だな。エースになりたいくせに、義理堅いし、責任感が無駄にある。」

そんな後輩を丹波は頼もしく思っていた。本当に、言い方は悪いが、彼に連れて行ってもらえる気がしてならない。

 

――――こいつなら何とかしてくれる。そんなオーラがある。それが俺には遠かった。

 

いつか見た、エースの理想の姿。

 

――――監督がもし、彼をエースに据えても………こいつなら、俺達の3年間を、任せられる……………

 

―――――――もし夏が続くなら、俺も出来るだろうか? いや、

 

 

―――――やるんだ。

 

 

大塚がこの場を後にした後、丹波は貴子に遭遇した。

 

「心配をかけた、すまん」

どうやら、丹波の退院の知らせを結城から聞いたらしい。

 

 

「ううん。それでもよかったわ。うん……」

本選に彼の名はない。だが、彼らが勝ち進み、本選に届いたとき、丹波の出番は必ずある。

 

 

「―――――俺は信じることにした。アイツが俺達を甲子園に導いてくれることを」

今日腹を割って話した。だからこそ、大塚のことを理解できた。彼は本当にチームのことを考えていることが。

 

――――その心の強さが羨ましい。だが、頼もしい。

 

「うん。きっとできる。だから、あの子を信じて、丹波君は――――」

 

 

「解ってる。あいつの覚悟を前に、寝ている暇はない。」

 

 

来るべき時の為、彼は出来る事をするのだった。

 

 

 

 

 

 

そして薬師戦当日。オーダーは全試合と少しオーダーを切り替えている。

 

()はクリスメモ

 

1番 山内(右) ライト   (積極性がある)

2番 福田(左) セカンド  (小技の出来る)

3番 秋葉(左) レフト   (ミート力のある強打者)

4番 轟 (左) サード   (強打者)

5番 三島(右) ファースト (穴はあるがパワーはある)

6番 三野(右) ピッチャー (スライダーを持っている投手)

7番 渡辺(右) キャッチャー(リードは脅威ではない)

8番 小林(右) ショート  (守備は上手く、スイングもいい)

9番 大田(右) センター  (足が速い)

 

1番 小湊亮介  (右)  セカンド 

2番 白洲健次郎 (右)  ライト  

3番 沖田道広  (右)  ショート

4番 結城哲也  (右)  ファースト

5番 増子 透  (右)  サード

6番 伊佐敷純  (右)  センター

7番 御幸一也  (左)  キャッチャー

8番 坂井一郎  (右)  レフト

9番 沢村栄純  (左)  ピッチャー

 

 

そして観客は、大塚が先発しなかったことに驚き、代わりに技巧派左腕が出てきたことにややざわついていた。

 

「おいおい。エースを最初に出さないとか、青道は何を考えているんだ」

 

「あの投手、可哀相に。火だるまにされるな」

 

「そもそも打撃戦で勝負を仕掛けるつもりなのか!?」

 

観客から漏れる言葉に、沢村の肩がピクリと反応する。沢村は確かに馬鹿だが、自分が薬師を抑えることが出来ないと、はなっから言われているのは相当に頭に来ることだ。

 

「――――――――」

沢村が珍しく無言だ。だが、その瞳はまさに観客を射殺すような目で、いつもの掛け声すらなかった。

 

――――日頃騒がしいアイツが、ここまで静かになるなんてな。

 

御幸は、ブルペンでも安定した投球をしていた沢村をさほど心配はしていない。

 

「少し打たれても、僕が代わりにねじ伏せる。」

降谷も、沢村にそう声をかけるが、沢村はずっと薬師ベンチを睨みつけたままだ。

 

 

「まあ、最初からあのエースを出さないなら、あの投手を打ち崩すまでだな。」

轟監督も、あの投手の事を知らないわけではない。春の関東大会で、横浦を抑え込んだ投手。パームボールと、両サイドをつく技巧派。さらにはチェンジアップ系を持つので、タイミングに苦労はするが、その球質自体は大したことがないのだ。

 

「初回からどんどんバットを回して行け!! 初回から点を取りに行くぞ!!」

 

―――うちの打線でまず初回、タイミングが取りづらいだけの投手なら打ち崩せる。

 

だが、それだけではないとしたら、と彼は考える。

 

―――何はともあれ、ストライクゾーン以外にはてをだすなとしか言えんな。

 

 

 

 

 

そしてまずは青道の守備。この日の集中力が違う沢村。闘志を剥き出しにして、マウンドに立つ。

 

 

――――先頭打者を打ち取れ。轟の前にランナーを出すな。

 

初球はカットボール。食い込ませるボールで内に切れ込んだ。

 

ズバァァァァンッッッ!!

 

「ストライクっ!」

 

「!!!!」

懐に容赦なく食い込んできた速球に、思わずのけぞり反応することすらできなかった薬師の先頭打者。

 

 

この夏までに、実力を磨き続けた左腕。今こそ本領を発揮できるか。

 




進化した沢村は、どこまで通用するのか。

アニメで、雷市と真中の最後の対決。ストレートを打たれましたが、その前の変化球への対応とコースを見る限り、あそこはやや苦手だろうと推察。

あの体格を考えれば、アウトコースの変化球には当てる事はできるが、仕留めるには至らないと判断しました。

あくまで、彼の私見です。どうなるかはわかりません。


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第38話 炸裂!! フォーシーム!

お待たせしました。


薬師の誤算は、沢村の実力を測り間違えたことだろう。積極的に触れと指示をされていたにもかかわらず、先頭打者はバットを出すことが出来なかった。あの程度のスピードであるにも拘らず。

 

 

「おいおい!! なんだよ!! うち頃のスピードだぞ!!」

 

「バット出していこうぜ!!」

 

「雷市の前にランナーをためようぜ!!」

 

――――馬鹿野郎ッ!! そんなんじゃねェぞ。こいつの球、相当手元で伸びてくるというか、

 

 

沢村と初対戦特有の反応。まさに、彼のフォームは異質だろう。それに、反応して振りに行くはいいが、内角のコースへと切り込まれたボールに手を出す事すら出来なかった。

 

カウントを作ると、

 

ククッ!!

「ちっ!」

 

――――違うんだよ!! こいつの腕が隠れて、いきなり――――

 

高速パームでタイミングを外し、空振りを奪い、2球で追い込む。

 

―――今日は高速パームがよく落ちるな。序盤の決め球にするべきか?

 

御幸は高速パームの落ち具合がいいので、ゴロ用ではなく、ウイニングショットにしてもいいかと考える。しかし二球続けてこの球はまだ投げられない。

 

 

――――これで追い込んだ。ここは、強気で行くぞ。

 

フワッ!! 

 

「なっ!…………チェンジアップ………ッ」ブゥゥゥンッ!!

外へのチェンジアップにタイミングを外され、空振りを奪われた一番打者。沢村、まずは先頭から三振を奪う。

 

続く打者にはムービングを多用し、最後は―――

 

―――インコースのフォーシーム。球威で詰まらせるッ!

 

かぁんっ!!

 

「あっ(またタイミングがずれた!! どんな腕の関節をしているんだ、あの投手!!)!!」

 

球威に押され、まともなスイングが出来なかった二番打者は内野フライに打ち取る。

 

「…………(この打者……今までと違う……この感じ………)」

沢村はオーラで分かった。このタイプの打者は、あの時の前橋の主軸と同じ匂いがした。

 

―――まずはアウトローストレート。厳しく攻めるぞ。

 

ズバァァンッ!

 

「ストライクっ!」

小気味いいテンポから次はムービングでインコースを詰まらせる。

 

―――凄い暴れてるぞ、この球………タイミングも取りづらい………

 

3番打者の秋葉は、この沢村のムービングに気づく。彼はフォームだけではない。その癖球も、相当な武器であることが分かる。

 

 

そして、御幸はインコースへと構える。

 

―――― 一球、ボールでもいい。内角でスイングをさせるな!

 

「ボールっ!!」

 

思わず仰け反らされたような、フォームのタイミングの取りづらさからくる恐怖感。鞭のように左腕がしなり、突如として現れるフォームに、秋葉はバットが出ない。

 

――――最後はインコース、高速パームでタイミングを外すぞ。

 

「っ! (来た、甘い球ッ………なっ!?)」

絶好球と思っていたボールが縦に手元で沈んだのだ。軌道を修正することも出来ず、

 

カァァンっ

 

力のない打球が、ファースト方面へと転がり、結城がそれを捕球。そのままベースへと足を入れ、初回の立ち上がりを無難に終わらせる沢村。

 

「あの投手、相当球持ちがいいです。それでいて、ムービングボール、カッターを意図的に曲げられるようです。」

 

「その上あのチェンジアップが相当打ちづらい。カッターがあるから、右打者は踏み込みがなかなか出来ない」

 

「そうか、だがそれだけ序盤に解れば上出来だ。ストライクとボール、しっかり見極めていけ!!」

轟は、沢村の球質にある程度予想はついていたが、ここまで出来るとは考えていなかった。

 

―――青道さんも、この投手で打撃戦を考えていないってことかよ

 

 

 

そして、相手の先発はクリス曰く、スライダーを持っているが、大したことはないという。

 

先頭打者の小湊はヒットで出塁し、白洲は送りバント。これがあっさりと決まり、

 

一死二塁。

 

 

ここで3番ショート沖田。

 

「………………」

無表情でバッターボックスへと立ち、沖田はバットを構える。やはりスラッガー特有の威圧感というモノが、薬師の先発に襲い掛かる。

 

「いきなりのピンチかよ。敬遠しても、次の打者は要注意人物だし………」

雷蔵は、この沖田を敬遠しても、一番怖い打者である結城哲也に回ることを気にしていた。というより、この沖田が1年生にしては化け物過ぎる。

 

――――初回高確率で4番まで回るのは嫌だなぁ、おい

 

そんな青道の強打者を前に、

 

 

まずは外角で様子を見るバッテリー。

 

「ボールっ!!」

外側に外れるストレート。あまり球速を感じず、打ち頃の球。だが、沖田は真剣な目で投手の球を見ていた。

 

そして続く二球目もスライダーが外れ、2ボールと苦しい状況。最後に甘く入った3球目のスライダーを、

 

カキィィィンッッッッ!!!!

 

「――――おいおい。」

薬師の柱でもある真田は、滞空時間の長い打球に、冷や汗をかく。

 

「うっはぁぁぁ!! すげぇぇぞ、あの打者!!」

雷市は、自分と同じような飛距離をたたき出した沖田を前に騒ぐ。

 

 

レフトスタンドへと突き刺さる先制ツーランホームラン。腕を掲げ、ダイヤモンドを一周する沖田。

 

「ちっ。とんでもねぇな、アイツ…………(うちの雷市程じゃねェが、あの体格と頭の良さ、それに守備の技術は全部負けてる。打撃だけは負けるな、雷市)」

 

そして、三塁ベースを回る沖田に対し、

 

「お前凄い奴だなぁ!! あんなに飛ばすなんてな!!」

 

 

「――――いいのか、早く打たないとコールド食らわすぞ(何考えているんだ、こいつは)」

沖田は、彼の思考が理解できなかった。味方の投手が打たれてへらへらしていることが何か気に食わない。

 

―――へらへらしているのは、自分の集中を保つためなのか、それとも単に俺をほめているだけなのか。

 

考えれば考えるほど、解らない。沖田は彼に対して思考することは諦めた。

 

――――だめだな、こういうタイプは理解できない。

 

同じ強打者タイプだが、理論派の沖田と感覚で打つようなタイプの轟は、全くタイプが違う。相いれないのは当然だった。

 

 

そして続く結城は強烈なサードライナーになり、二死。続く増子はソロホームランでさらに追加点を上げる。

 

ガァァァァンッッ!!!

 

「だらっしゃぁぁぁ!!!!」

伊佐敷の叫び声に反比例するような打球はライトへのフライ。

 

この回の青道は、3点を先制。しかし、続く2回の表が本当の勝負の始まりである。

 

―――4番サード、轟雷市

 

「ぶちかませ~~~~!! 雷市~~~!!!」

 

「お前のバットで、流れを変えてくれ~~~!!」

 

「1年生投手を引きずり出せ~~~!!」

 

市大三高戦の勢いそのままに、彼に期待する観客は多い。一年生で万人を魅了するライナー性のホームランを叩きこんだのだ。そのインパクトは、まさにスターの可能性を感じさせる。

 

御幸はこの打者を見る。背はそれほど大きくなく、小柄な体格のくせして、スイングスピードは怪物並。このアンバランスな打者をどう打ち取るかを考えていた。

 

――――甘く入ったら持ってかれるぞ、沢村。まずはアウトコースのカットボールで、球質を見せるぞ

 

「ボールっ!」

外側へとわずかに逃げるカットボールを見て、轟はピクリとも動かない。

 

――――スライドしながら、外へ逃げた!! やっぱ秋葉の言う通り、ただのストレートじゃない!!

 

轟も、秋葉からの情報で、沢村の球質を教えられていた。だが、この鋭さは予想外だった。

 

 

―――ちっ、こいつ、選球眼もいいのか? 次は、ムービングボール。インコース、厳しく行け…………

 

カァァァンッッ!!!

 

フォーシームよりも球速は落ちるものの、基礎球速がある程度速い沢村の速球。そして沈みながらシュート系の変化をしたその球を、

 

轟は打ち損じた。

 

「ファウルっ!!」

 

――――今度はシュート気味に変化した!! やべぇ、やべぇよこいつ!!

 

「カハハハハ!! スゲェェェ、スゲェェェゾォォォ!!!!!!」

 

厳しいコースを投げ込まれているにもかかわらず、轟は笑い声を上げる。

 

――――ポテンシャルがタケェェェェ!!!!

 

勝負を楽しんでいる轟、そして―――

 

後ろへと転がっていくボールを見て、御幸は確信した。

 

―――こいつ、インコースは何でも振ってくるな………あの真中のインローのスライダー。アレはボールだった。そして今のムービングも、ボール1個分ほど外れている。

 

内角打ちが上手い。初見であのムービングに合わせてきたことを考えると、内角は相当厳しくいかなければならない。

 

―――とにかく、これでムービングの軌道を見せた。今の奴は、同じようなムービングを、同じように反応するだろう。だからこいつだ、

 

 

沢村は御幸のサインに頷く。

 

 

ククッ、

 

「ハハハハっ!!!」

 

カァァァン

 

 

アウトコースの高速パーム。それを合わせてきたのだ。しかし、バットの先、しかも掠った程度。体勢をかなり崩されており、高速パームの為に、フォームを崩した。

 

「ファウルッッ!!」

 

ーーーー今度はナックル変化!? ヤベェよ、まじで!!

 

興奮が押さえきれない雷市。

 

 

――――二巡目もこのボールは有効だな。速球と織り交ぜれば、この打者を抑えられる。

 

今の打撃を見て、御幸は確信した。

 

―――だがこれで、ムービングの癖球を見せた。ここで、インコース懐、一番手の出にくい場所だ!

 

一段と沢村のフォームが鈍くなる事に気付いた轟。

 

―――ボールが来ない!? フォームがより遅く―――ッ!!

 

いつまでたってもボールが来ないと思わせるほど、腕がかなり遅れてやってきた。その通常の投手ではありえないフォーム、タイミング。

 

彼の打撃に僅かだが狂いが生じる。

 

 

放たれるキレのいいフォーシーム。未だフォームが完全に安定しない沢村のフォーム。だが、よりリリースポイントを遅く設定したそれは、

 

 

通常のストレートよりもはるかな球威と伸びを生み出すっ!!

 

 

ガァァァンっ!!

 

「なっ!? (差し込まれた………ッ!)」

打った轟も、そして薬師ベンチも、彼がこの程度の球速のストレートに詰まらせるという現象に驚いていた。

 

「雷市が詰まらされた!?」

チームメイトが信じられない目で、その光景を見る。

 

そして力のない打球は沢村の頭上へとやってきて、彼のグローブの中へと納まる。

 

 

 

「しゃぁぁぁ!!!」

吠える沢村。この初対決で闘志を見せた。

 

 

見事、初対決で轟を打ち取った沢村。これで気持ちが乗ったのか、続く右打者には決め球のサークルチェンジがはまり、三振を奪う。強く振ってくることは、それだけプルヒッター特有の外角へと逃げるボールが有効となる。

 

――――黙っていたのは、轟を抑えるまで奴も不安だったんだな

 

今まで叫び声を出さなかった沢村。あれは、奴のサインだったという事。

 

――――いい集中をしていたんじゃない。もっとアイツをケアするべきだったな。

 

だが、と御幸はこう思う。

 

―――お前の実力を見せた。後は圧倒するだけだぞ、沢村!!

 

 

カットボールとサークルチェンジの両サイドを使った、広いストライクゾーンでの勝負は、一打席で攻略できるものではない。

 

2回を3奪三振。素晴らしい立ち上がりの沢村。

 

その後、青道打線も2回はランナーのいない御幸が簡単に打ち取られ、坂井もサードライナーに倒れ、

 

「おいっしょぉぉぉぉ!!!」

 

ズバンッ、

 

「ストライクっ、バッターアウトっ!!」

 

沢村は三球三振。ボールの見極めは出来ていたが、最後スライダーにタイミングが合わなかった。

 

しかし3回は沢村の独壇場。右打者へのサークルチェンジを意識したのか、アウトローの速球についてこられず、三者凡退。三振も早くも4つ目を奪う。

 

そして3回の裏。小湊がインローのスライダーを捉えるも、ライナーに打ち取られ、白洲が四球で出塁。11球粘り、粘り勝ち。

 

そして沖田は―――

 

 

ガァァッァンッ!!

 

外へと逃げる外角スライダーを広角に捉え、右中間へのタイムリースリーベース。

 

「おっしゃぁぁ!! 沖田のバットはナイスバットォォォォ!!!」

 

「いいぞ、沖田!!」

 

三塁ベース上で、腕を掲げる沖田。この回ですでに5-0とリードしている場面。

 

「投手交代だ!」

轟雷蔵が動く。ここで薬師は先発の三野を諦め、背番号18、真田がマウンドに上がる。

 

迎えるのは、青道の主砲、結城哲也。

 

――ここまでこの投手に抑え込まれるとは予想外だ。大塚を引きずり出す前に手遅れになる。

 

 

薬師打線は、未だに沢村からヒットを打てていない。彼の癖球が予想以上に変化していること。そして彼は意図してそれを投げ込んでいることが分かった今、

 

―――早い回だが、ここでの失点は致命的。頼むぜ、真田ぁ!!

 

「一死三塁。相手チームの主砲・・・」

 

―――ここを抑えたら、マジで激熱だろ!!

 

薬師のリリーフエースがついに姿を現す。そして、青道ベンチも彼が出てきたことで薬師の雰囲気が変わったことを感じ取る。

 

「出てきましたね。」

クリスが監督にいうと、

 

「小細工はなしだ。結城のバットで得点を期待する。ここは動く場面ではないからな。」

 

 

大塚はクリスの情報に疑いはないと信じている。だが、どうにもあの投手はそれだけではないように思える。

 

「140キロを超えるストレートに、シュートボールを持つ投手。投手としての意見ですが―――」

 

「どうした、大塚」

 

「彼がインコースへの攻めの投球をするのなら、シュートだけではない気がしてならないですね。自分なら迷わずカッターを覚えます。」

 

インコースを攻める攻めの投球。だが、コントロールミスの許されない場面。彼がどういう投球をするのかは投手として気になるところ。

 

「シュートって、肘を痛めやすいって・・・大塚?」

沢村が大塚に質問する。シュートだけは自分に覚えさせなかった大塚は知っているのだろうかと。

 

「投げ方が合わなかった時はね。けど大抵、変化やスピードを求めてフォームを崩すのが故障の原因になるね。芯を外すボールなんだから、少しずれれば合格なんだけどね」

 

「彼のシュートが何なのか。それを見て、判断するしかないね」

 

前半戦最後の山場が訪れる。

 

 




沢村はまだ力を蓄えている……

大塚らに出番はあるのか?


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第39話 要を築く者

沢村対轟、第2ラウンド!

そして、あの男は止まらない。


大量リードとは言えないものの、試合は明らかに青道が押していた。その理由は沢村栄純の青道以外に衝撃を与えた好投にある。

 

観客は、エース大塚を先発させなかったことで、青道が打撃戦に持ち込むものと考えていた。だがそれは違う。

 

青道は、このダークホース相手にワンサイドゲームを狙っているのだ。市大三高を叩きのめした薬師相手に。

 

 

 

 

4回裏、一死三塁。三塁ランナーはチームで3番目に足の速い沖田。打者は青道で最も頼りになる男、結城哲也。

 

ここで投手は二人目の真田。データでは、内角への強気の投球と、シュートを投げる投手。

 

そして初球――――

 

グイッ!

 

「!?」

結城は内角へのボールを予測していた。しかし―――

 

フッ、

 

寸前で避ける事の出来た、切れ味鋭いシュート。結城は今の球を見て、シュートをかなり意識するのだが、

 

「デットボールっ!!」

 

「…………?」

当たった感触を感じなかった結城。しかし審判は、結城の服に掠ったボールを見ていた。

 

「初球デットボールかよ!!」

 

「何考えてんだ、あの投手!!」

青道からは非難の声。そして観客からも一部初球デットボールは印象が悪すぎた。

 

「これで一死、一塁三塁!! ここで増子先輩だ!!」

そして、第一打席でホームランを打っている増子。

 

「んが――ッ!!」

気持ちを整理し、打席へと入る増子。バットは短く、確実性を求める。だが、短く持ったところで、力みのない増子のパワーは死なない。

 

「やっべぇ………」

少し苦笑いをしている真田。

 

ズバアァァンッッ!!!

 

「!?」

 

しかし初球。厳しいところにストレートが決まる。

「ストライクっ!!」

インコースの厳しいボール。初球デットボールの影響を感じさせない投球に増子は衝撃を受ける。

 

―――ぜんぜん堪えていないみたいだな。

 

そして、沢村相手に試したムービング対策の打席、バッターボックスをあえて前に設定した増子。

 

「…………(おいおい、俺のシュートを狙うかわりに、ストレートのタイミングは早くなるんだぜ? 俺程度のストレートは内野の頭へと運べると?)」

それが真田の闘争心に火をつけた。

 

「(上等っ!!)」

 

続く第二球。ストレートが内側にやってきて、増子はそのストレートに振り遅れる。

 

「ファウルっ!!」

 

「………ッ!!」

捉えきれない。140キロを超しているであろう、内角のシュート持ちの投手の速球。だが、シュートを封じても、ストレートに対応できていない。

 

そして―――

 

ガっ!!

 

 

「クッ………!!」

 

内角に詰まらされた打球はゲッツーコース。4球目のシュートが予想以上のキレを誇り、増子のバットをねじ伏せたのだ。

 

一瞬にしてスリーアウトの青道の攻撃。

 

 

そして、一巡目を終了し、2巡目へと入る薬師の打線。ここからが正念場である。

 

――― 一巡目でお前のフォームを意識しているだろう。それに、初見はタイミングが合っていなかったが、ここからは解らない。もっと厳しくいくぞ

 

―――先頭打者の山内には、チェンジアップが意識にあるはず。それが最後に来ると思っているだろう。だが、初球のカットボールも意識しているはず。

 

御幸は一打席目での打席を思い出す。相手が最も意識しているボールを。心理学では、終わりと始まりは人間の記憶に残りやすい傾向にあると言われている。

 

御幸はそれを狙い、まず初球は―――

 

「うっ!?」

高速パームで空振りを奪う。ストレートの軌道から縦へと沈むボール。さらに低めに投げれば投げるほど、角度もついて落ち幅も錯覚させることが出来る。

 

続く第二球目は、低めのボール球へと手を出した打者の弱みにとことん付けこむ―――

 

 

――――低めのストレートだ、沢村っ!

 

ズバァァァンッ!

 

「くっそ………!」

先程の低めを意識していた打者は手が出ない。高速パームとストレートの判別がしづらいのだ。

 

―――これでもうストライクはいらない。後は、高めのボール球、釣り玉で空振りを奪うぞ。

 

そして高めへとボールを要求する御幸。

 

「あっ!」

 

反射的に厳しい低めからの高めに、手が出てしまい、

 

「スイングっ!!」

御幸の鋭い声が響くと、

 

「バッターアウトっ!!」

審判も先頭打者のスイングを取り、またしても先頭打者を打ち取った沢村。

 

―――だが、この回はなんとしても3人で攻撃を終わらせる。轟相手に、ランナーを溜めた状態で対戦はしたくない。

 

そして次の打者は、フォーシームを意識させたリードで打ち取った。そして、相手もこちらのリードが変わることを予測していると彼は推測する。

 

―――どんどん投げこんでこい! テンポよく腕を振れ!

 

やはりまだフォームのタイミングを取りづらいのか、あっさりと2ストライクと追い込まれ、

 

―――ここはワンバウンドの高速パーム。腕を振って、振らせに行け!

 

ストンッ、

 

「ストラック、アウト!!」

御幸がスイングをアピールする前に、バットが出たと判断した審判が、アウトを宣告する。

 

「しゃぁぁぁ!! ツーアウトっ!!」

 

「どんどん投げこめ、沢村!!」

 

「完全くらわせてやれ!!!」

 

バックの上級生たちも、未だに快調な投球を続ける沢村を声で鼓舞する。それは青道のスタンドも同じで、

 

「いいぞ、沢村!!」

 

「絶好調だ!!!」

金丸はスタンドで、狩場もスタンドにて、彼の投球を応援していた。

 

しかし―――

 

カキィィンッ!!

 

「あっ!」

 

3番秋葉の痛烈なヒット。初球のムービングを強く叩いた当たりは、一二塁間を抜けていく。

 

「ちっ………(アイツの前にランナーを出したか………)」

あまり歓迎したくない局面を迎えている。

 

「すいません、タイムお願いします」

御幸は急いでマウンドへと向かう。そして――

 

「沢村。二巡目だ。この轟相手に、一打席目と同じような攻めは厳しい。」

 

「……うっす………」

沢村も尋常ではないオーラを感じているのか、御幸の指示に従う。

 

「ここであれを使うぞ、サインも出すからちゃんと投げろよ」

 

「は、はい!!」

 

そしてついに二度目の解禁宣言。轟との対決で、ついに形になった決め球を試す時がやってきた。

 

 

「おっしゃっぁ!! 初ヒット!! それも雷市の前に溜めたぞ!!」

 

「雷市ぃぃ!!!」

ようやく初ヒットが生まれた薬師のベンチは明るくなる。あの沢村のムービングを打ち返したとはいえ、上手くコースへととんだのだ。

 

 

「しゃぁぁ!! かっ飛ばせェぇ!!」

 

「あの投手のボールをスタンドに叩き込め!!」

 

そして、市大三高を倒した実力に惚れてしまった観客からも、沢村の球を打ち返せと言わんばかりの声援。特に、轟への期待は大きい。

 

「っ」

沢村は、その明らかに薬師を応援する声援に顔をしかめていた。確かに、今までの自分も新興の高校が強豪を食らうのは面白いと思っていた。

 

だが、強豪校にいる今の自分には、それは絶対に阻止しなくてはならないことだ。

 

 

―――落ち着けよ、沢村。それに、黙らせてやろうじゃないか

 

ニヤリとする御幸の顔を見て、沢村も自信を持ってマウンドに立つ。

 

――――初球は低目ボールの高速パーム。反応させれば、儲けものだ!

 

しかし完全ボールコースのパームを轟は反応するだけではなく、

 

「ストライクっ!!」

 

 

最高の形である空振りを奪えたのだ。あの轟から空振りを奪えるほどに、高速パームの変化量が大きくなっている。いや、風の影響で、変化量に変化が生じているのだ。

 

 

――――まあ、パームは気まぐれな変化球だからなぁ。次の試合も使えることを祈りたい

 

 

「っ!!!!」

轟は先ほどからこの球種に手古摺っているので、イライラしている。このナックル変化するパームボール。しかも球速が速く、沢村のこの球は独特だ。今の“高速パーム”を、1試合程度で攻略などできるはずもない。

 

カァァァンっ!!

 

続くアウトコースのカットボールも、軌道がずれているために、三塁スタンドに切れるファウルとなる。

 

――――形はなんであれ、あれを使わずに追い込めた。けど、ムービングに手を出して、選球が悪くなっている。恐らく、フォーシームを待っているんだろう。

 

あれだけ、芯でとらえようと引き付けて打つのだ。確実に真芯で捉えれば、沢村のボールはスタンドへと運ばれてしまう可能性は高い。

 

―――― 一球、アウトハイのボール球。外すくらいでいい。ストレートを投げこめ!

 

思い切り外により、ベースからも遠い場所へと要求する御幸。恐らく狙い球がきたら一段と力を入れるはず。ここで高めの釣り玉に手を出してくれれば、第3打席までに決め球をとっておける。

 

振らなければ決め球で三振を奪う。

 

「(きたァァ!!!)」

轟は、自分が狙っていたボール、初打席で自分を打ち取ったフォーシームを待っていた。

 

だが、明らかにコースを外している球。明らかに冷静ではないその体は、フォーシームに反応し、

 

ズバァァァァァんッッッ!!

 

「うっ!!」

しかし寸前でバットを止める轟。狙い球とはいえ、フォーシーム狙いであることを晒す。

 

――――やはり、フォーシームに反応したか。これで外のコースを意識している。今までの球種で左打者に見せたのはサークルチェンジ以外の球種。

 

御幸は沢村の決め球を、どこに投げ込むかを考える。

 

――――アウトコース、ボールになる縦スライダー。文字通り、お前のウイニングショットで三振を奪ってみせろ!!

 

 

ざわざわ…………

 

沢村の纏う気が変わったこと、それは素人の観客でさえ分かった。故に、そのプレーヤーたちは沢村の変化に気づく。

 

「沢村…………」

内野から見た沢村の後姿は、どこか頼もしかった。沖田には、彼の背中が大きく見えた。

 

「ふっ………決めてきなよ。」

小湊も、沢村のその後ろ姿に笑みをこぼす。

 

 

――――ストライクはいらない。最高のスライダーを、ここに投げ込んで来いッ!!

 

「うおぉぉぉぉ!!!!!!」

一際ダイナミックなフォーム。それは一打席目の轟を打ち取ったフォーシームを投げた時と同じ。

 

――――来るっ!!

 

轟も沢村がここで決めに来ていることを悟る。そしてその球をスタンドへとブチ込むイメージが浮かび上がる。

 

右肩に隠れていた腕が、突然振り下ろされ、勢いよくバッターボックスへと迫っていく。

 

――――外の甘い球!!! 貰った!!!

 

ククッ、ギュインッッ!!!!

 

しかし、ストレートと途中まで同じだった軌道が、手元で鋭く、縦と横に大きく沈んだのだ。

 

「!!!」

バットとボールが大きく離れ、轟の打撃を切り裂いて見せたのは沢村。轟は、沢村のスライダーを捉えきれなかった。

 

「ストライクっ!!! バッターアウトォォォ!!!!」

 

 

その瞬間あの馬鹿げた飛距離を期待した観客の歓声がなくなった。轟の空振り三振。

 

あの怪物打者相手に、沢村は真っ向勝負を選択して、二打席目も抑え込んで見せたのだ。同じ一年生が、とんでもないことをやってのけた。

 

 

 

沢村の決め球が通用した瞬間だった。

 

 

 

 

 

「しゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

大きな雄叫びを挙げる沢村。

 

 

沢村の雄たけびと共に、青道応援席を中心とした歓声が沸き起こった。

 

「沢村が抑えたぞぉぉぉぉ!!!」

 

「野郎ッ!! マジでかっこよすぎだぞ、この野郎ッ!!」

 

「凄い、すごすぎるよ!!! 沢村君!!!」

 

「とんでもないことをやりやがったぞ、アイツ!!!!」

 

「いいぞ、沢村~~~!!!」

 

「キタキタキタ~~~!!! 沢村の伝家の宝刀!!!」

 

この試合のキーポイントだった轟封じ。沢村が見事に期待に応える活躍。金丸らベンチの1年生たちも、同い年の投手が大仕事を成し遂げたことに、自分のことのように喜ぶ。

 

「逞しくなったわね、沢村君」

貴子も、この夏まで成長をし続けた沢村に、惜しみない賛辞を贈る。本当に、

 

――――この子たちは、本当に凄いわ。本当に――――

 

だからこそ、貴子は思う。

 

――――あの子にあそこまで言わせたのよ。だから必ず戻ってきなさい、丹波君。

 

丹波と大塚のやり取りを見ていた貴子は、そう強く思うのだった。

 

 

 

 

 

「何だ………今の………あの時の投手と同じ………違う………更に曲がって…………」

真中のスライダーを思い出しているのだろう。だが、それよりもキレの段違いで、次元が違った。

 

轟は初めて、投手に負けたと痛感した。初めて完膚なきまでに負けたと感じた。

 

しかも―――

 

「凄い………沢村のスライダー…………あんなに曲がるなんて………」

ベンチには、まだ登板していないエースの姿。同じ一年生ながら、エースナンバーを背負い、この前の完封試合の男。

 

轟は、彼を打つ前に、沢村に打ち取られてしまったのだ。

 

「何だ、今の球は(ここで新球かよ。雷市の打撃は責められねぇ。追い込まれた瞬間に、勝負はついていたのか…………)」

轟雷蔵監督は、沢村の高速縦スライダーにバットが空を切った息子を責められない。初見であそこまでキレのあるウイニングショットを捉えるのは、プロでも難しいだろう。

 

「監督!!!」

太田部長は、怪物を抑え込んだ沢村を見て笑みを浮かべ、片岡監督を見る。

 

「ああ。確実に流れはうちに来たな(実戦2度目。この勝負所で新球種を投げさせるか、御幸。だが、それに応えた沢村も、いい投球をしていたな)」

まだ表情には出さない監督。彼ら二人を褒めるのは、試合が終わってからだ。

 

 

しかし打線は、6番伊佐敷が打ち取られた後、7番8番と快音が聞かれず、4回の裏も速い時間で終わった。

 

対照的に、沢村は安定感?のある投球。

 

 

5回表

 

沢村はその後、

 

――――――――――――畜生!! 大きいのはいらねェ!! とにかく芯に当てれば――――

 

 

先頭打者の三島。とにかく当てればどうにかなると考えていた。そして――――

 

 

3球目のムービング。

 

カァァァンッッ!!

 

「ショート!!」

ショート方向に転がる当たり、難なく沖田が処理をしようとするが、

 

ダンッ

 

「―――――ちっ!!(こんな時にイレギュラーかよ!!)」

 

寸前でイレギュラーのバウンド。沖田が少し待って捕球体勢に入ってしまう。

 

「セーフっ!! セーフっ!!」

ここで三島の内野安打。

 

 

「うおぉぉぉぉ!!!!」

吠える三島。ヒットすら打てていない相手。少しでも相手を威圧する、プレッシャーをかけるような行動に出る。

 

 

 

「沖田、どんとマインド!!」

沢村からの一声。先制ホームラン、タイムリーヒットなど、打撃で大きく貢献してはいるが、守備にプライドを持っている沖田。やはり気落ちしてしまう。

 

 

「悪い!! (足を引っ張るとか、何やってんだよ俺は)」

沖田は、自分を責めるが、

 

 

「次、そっちに打たすからな!!」

御幸が黒い笑みで沖田にそんなことを言い放つ。

 

「しゃぁぁ!! どんな打球も止めてやるっ!!」

 

 

――――ハハハ! アイツ、単純すぎ―――

 

御幸は心配がいらないと感じた。ああいう風に声が出ているので、大丈夫だろうと。そもそも、打撃の方で調子がいいのだ。

 

 

カァァァァンッッ!

 

「ぐっ!!(相変わらず、球持ちがいい上に――――)」

ムービングファーストをインコースに投げ込まれ、詰まらされる6番真田。

 

 

「いったぞ、沖田!!」

御幸が笑顔で畜生発言を繰り返す。

 

「しゃぁぁ!!」

今度は逆シングルで素早く二塁へ転送。

 

 

「ったく、羨ましいね、その体格!」

二塁手小湊が沖田からの正確な送球を捕球、その直後にはすでに送球体勢に入り、

 

 

「アウトォォォォ!!!」

 

ここで真田をショートゴロゲッツーに打ち取る。やはり、青道の二遊間は固い。

 

 

――――すげぇぇ、あんな体勢で素早い送球するとか、すげぇぇよ、沖田!

 

沖田の守備には華がある。だからこそ、自分も負けない投球をしたいと考えた沢村。

 

 

しかし、

 

「ボール、フォア!!」

 

7番渡辺にツーアウトからフォアボールを出してしまった沢村。

 

「気持ちが入り過ぎだっつうの!! スライダーの制球が甘いぞ!!」

 

 

「すいません!!」

最後決め球にスライダーを持ってきたが、相手は手を出さなかった。やはり、ストライクゾーンに投げるのは難しい球種であることに変わりはない。

 

 

――――よく轟にはコースに決まったなぁ。スライダーの制球に不安が残るな。

 

御幸は、スライダーが不安定な決め球であることを感じる。強打者相手じゃないと、制球すらままならないらしい。

 

 

しかし、

 

ズバァァァンッ!!

 

「ストラィィィクッ!! バッターアウトっ!!」

 

 

8番打者をアウトローのストレート、ボール球を振らせ、この回も無得点。薬師の攻撃を食い止める。

 

 

「ナイスピッチ、沢村ァァ!!!」

 

「ナイスピー!!」

青道応援席を中心とした声援が沢村に向かう。大仕事を成し遂げた沢村は充実の投球に満足げだった。

 

 

 

 

スタンドの峰は、この沢村の快調なピッチングは、もちろん彼の地力もあるが、リード面で成長した御幸の力も大きいと感じていた。

 

「予選を勝ち抜くうえで、御幸君のリードと、沢村君の投手としての成長が著しい。大塚君という絶対的エースがいるのも影響している。恐らく、他の投手陣にも刺激を与えているんだろう」

 

「そうですよね。なんだか沢村投手、のびのびと投げ込んでいるように見えますよ?」

大和田も、最後にボール球ではあるが、新球種で轟を三振に打ち取るときなどは、まさに彼の気迫が出ていた。

 

「だが、かなり飛ばしているようにも見える。沢村君をどこまで引っ張るか。それが勝負の分かれ目になるな」

 

そして一方の打線。9番から始まる、青道の5回裏の攻撃。

 

「監督。沢村はどこまで引っ張らせますか?」

 

「…………6回までを目安にしよう。下位打線の8,9,1を三人で片付ければ、7回もいかせる。厳しいようなら、降谷をマウンドへと向かわせる。」

 

そして沢村は当たり前のように、三球三振。バットを一度振るなという御幸の言葉通り、見逃し三振。

 

「くっそぉぉぉ!!(何で振らせてもらえないんだ!?)」

 

「まあまあ。あの球威でコントロールを奪われるのは致命的だぜ? 6回までは一応投げてもらわないと」

御幸に今日の投球を褒められ、沢村は少し有頂天になりかけるが、相手にしている打線のスイングを思い出し、

 

「え――うっす…………」

声のトーンを落とすのだった。

 

「???」

 

 

5回裏。1番小湊が四球で出ると、白洲は送りバント。二死ではあるが、スコアリングポジションで、3番の沖田に回る。

 

 

――――稲実の、成宮鳴。

 

あの投手はもっと早く、もっと鋭い変化球を持っている。そして、あの時自分を三振に取った楊舜臣は強かった。そして、次の打席でも結局塁に出ることしか出来なかった。

 

――――打者として情けない試合だった。大塚と春市、東条の3人で奪った得点。代打で凡退して、アイツを助けてやれなかった。

 

そのようにあの光景を思い出すと、沖田の目に力が入る。

 

―――打つッ、ここでこの投手を打って、試合にけりをつけてやるッ!!

 

 

「(二死二塁………けど、この打者は要注意人物の一人………)」

真田も、この打者のポテンシャルを認めている。自分よりもはるかに格上だった楊舜臣にあそこまで食らいついた打者。

 

他の、低めをヒットにする東条、ミートのうまいセンスのいい小湊、フォームチェンジの特性を知る大塚は楊から出塁を奪ったが、この3番と、4番の地力は明らかに違う。

 

 

―――甘い球はもってのほか。内角へのシュートでどんどん抉るッ!!

 

「ファウルっ!!」

 

そしてその内角への恐怖感の中、懸命にバットを振る沖田。彼は小湊のあの決勝打を思い出していた。

 

――――俺達はあの時見ていたはずだ。最初の練習試合。狩場の気迫を。

 

実力とセンスは、一流とは言いにくい。現時点で彼は、まだ一軍に行くにはまだ足りないものがある。

 

だが、その心意気だけは、一軍クラスだった。

 

――――負けたら終わりの一発勝負。ここでデットボールを恐れてなんになるッ!!

 

沖田は甘く入った(沖田の感覚)ボール球のシュートを、

 

 

ガキィィィィンンッッ!!

 

打ち返したのだ。

 

「なっ!?」

真田としても、打ってもファウルになるはずだったボールがレフトスタンドへとぐんぐん伸びて行き、

 

 

レフトスタンドへの今日二本目となるツーランホームランを放った、沖田を信じられない目で見ていた。

 

彼が撃ったのは、インコースのボール球のシュート。このコースを普通に撃つのであれば、タイミング的にもほとんどファウルになるのがふつうである。

 

しかし、沖田はインコースのシュートに対し、バットを投手の正面に向けるように、もっと言うと押し出すようにバットの面を向けたのだ。

 

脇を締め、肘をたたんで繰り出された一撃は、その通常ファウルになるコースの球をフェアゾーンへと強引に運んだのだ。

 

「なんつう野郎だ…………(あのコースをフェアゾーンに飛ばすだけじゃなく、スタンドまで叩き込みやがった………ッ!! )」

とんでもないインコースの捌き方。この野球界でも稀な技術。あのコースをあそこまで打てる打者は、彼の3度の三冠王に輝いた伝説の男ぐらいだ。

 

真田はこの沖田に、轟とは違う凄みを感じた。この打者は、強打の青道の中でも何かが違う。轟のような野性的なバッティングではない。

 

今のボールを一撃で仕留める技術に、沖田の凄さを感じたのだ。

 

「怪物ではなく、怪童、か。戦ってみて、解った気がするな」

彼がなぜ、怪童という名で東京に名を轟かせているのかが分かった気がした。

 

 

 

 

続く打者の結城はまたしても歩かされ、増子が外野フライに打ち取られ、5回の両チームの攻撃が終了。

 

スコアはさらに広がり、7-0と青道がリードを奪う。

 

6回もテンポのいい投球で一死から1番打者に意地でヒットを許すも、併殺打を取り、後続を抑えることに成功する。この回も無得点。

 

沢村はここまで6回を投げ、被安打3、四死球1、7つの三振を奪う力投。

 

ここまで、青道の左腕があの強力薬師打線を零点に抑えている事態に、観客はざわめき立つ。

 

「おいおい。あの薬師が一点も奪えないぞ………」

 

「あの左腕は何なんだ…………」

 

「大塚以外にも、ここまでの投手がいるのかよ………」

 

他校の偵察要員も、この沢村の出現に、脅威を感じていた。

 

ただでさえ攻略の難しい大塚がいるのに、さらに2番手投手も力がある。トーナメントでもこの2人の投手を軸に、ここまで有利に投げている。

 

大塚は、楊舜臣との投手戦での高い集中力と、真の実力を見せつけ、沢村という新たな左腕は、薬師を抑える。

 

そして、沖田のツーランホームランで、6回終了時点で7点差。7回の表の攻撃で、薬師が一点以上奪わなければ、コールドが成立する。

 

そしてここで、抑えのエース川上を投入する片岡監督。

 

「きっちり抑えていけ。負けることは有り得ん。」

 

「はいっ!!」

マウンドへと勢いよく駆け出す川上。そして、マウンドで川上へとボールを渡す沢村。

 

「やっぱ、疲れた………なんかいつも以上にしんどかった………」

やや疲れ気味の沢村。球数はまだそれほどではない。精神的にかなり消耗していた沢村。体力面では問題がなくても、やはり薬師をゼロに抑えた代償はそれなりにあった。

 

「勇気を貰ったぜ、お前の投球。先輩として、俺も頑張らなきゃな」

にこっ、と笑い、川上はマウンドに立つ。

 

 

 

 

――――ここまで沢村が頑張ったんだ、弱気は、最大の敵っ!!!

 

ズバァァァンッ!!

 

 

「ストライィィクっ!!」

躊躇いなくインコースを攻めてきた川上。いきなりきわどいインコースに投げ込んできた彼の投球に、秋葉は驚きを覚える。

 

――――サイドスローなのに、初球インコース!? この投手、なんなんだ!!

 

続く2球目

 

――――スライダーで、ひっかけさせるぞ

 

カァァァンッッ!!

 

「ちっ!!」

 

 

3番秋葉をインコースの泣き所に食い込んでくるスライダーで内野ゴロに打ち取る。制球、球威ともに今日は良好な川上。

 

 

ここで4番轟との対決。

 

 

――――ここで、打たなきゃ、終わってしまう

 

 

この楽しい時間が終わってしまう。轟のバットを握る力が強くなる。

 

 

―――――初球ボール球のスライダー。外角のボールから。

 

 

ククッ、ギュインっ!

 

 

カァァァンッッ!!

 

「ファウルっ!!」

ボール球のスライダーに手を出した轟。やはり焦りからか、選球眼が悪くなっていた。

 

 

―――――ここで、次はインコースの完全なボール球。体に近いと、反応するだろうしな

 

カァァァンッッ!!

 

「ファウルっ!!」

上手くボール球を打たせた川上、御幸のバッテリー。制球の良さが成せるリードである。

 

――――一球、外のストレート。

 

 

「ボールっ!!」

 

 

ピクリと動いたが、バットを出さない轟。表情からは焦りが、焦燥が見えた。

 

 

――――こいつも、人間だったんだな。

 

 

川上は相手を見下ろして、投げていた。自分としては、相手を見下しているわけではない。だが、相手の様子すら見られるように、彼には余裕があった。

 

 

ククッ、ストトトンッッ!

 

 

「!?」ブゥゥゥンッッッ

初めてみるボール。ここで外へと逃げるシンカー。轟はまたしても空振りを奪われた。

 

「ストライク!!! バッターアウトォォ!!」

 

轟が二打席連続三振。青道投手陣に、最後まで抑え込まれた。

 

「雷市……」

チームメイトも、彼が異常なまでにマークされていること、新球種を駆使して封じ込められていることに、何を思うのだろうか。

 

 

薬師にとって、この試合は誤算が大きすぎた。

 

 

変則左腕の次は、サイドスローの投手を投入され、打者が慣れることもなく、先手を打たれている。

 

 

 

 

この試合は全て、青道のシナリオ通りの展開となったのだ。

 

 

 

 

 

「(ここまで両サイドを広く使われたら、高校生では攻略は厳しいか………!! それにしても両サイドの制球力が半端じゃねぇ………なんであんな奴が今まで無名だったんだ!?)」

雷蔵は万事休す寸前のチームと、ベンチで休んでいる、雷市に2度も勝った男を見つめていた。

 

「(沢村栄純………その名前、覚えさせてもらうぜ………)」

 

 

そして薬師ベンチの目の前で、最後の打者、三島を三振に打ち取り、マウンドで吠える川上を見つめる雷蔵以下薬師ナインだった。

 

試合は、7-0のコールドゲームで、青道の圧勝。沢村は6回を投げ、被安打3、四死球1、7奪三振、無失点の快投。

 

打線も沖田の3安打、結城の1安打と1散歩、小湊の複数出塁など、主軸と上位打線の打撃が復調した。特に沖田は何かをつかんだらしく、好感触だったようだ。

 

課題は下位打線がつながらないこと。ランナーがいる状況で回らない御幸はノーヒット。リード面で投手を纏めているために、スタメンを外せないが、8番坂井の不調も深刻。9番は許容範囲なので問題なかった。

 

6番の伊佐敷も安打こそはなっているが、序盤の長打は鳴りを潜めている。

 

「俺の出番はありませんでしたね」

大塚はベンチで温存されていた。降谷も沖田のホームランが出るまでは出番があると思っていたが、コールドになり、出番が消えたことを嘆いていた。

 

「投げたい…………」

 

「まあまあ、沢村が頑張ったし、十分じゃないかな?」

川上も、今回はきっちり三人で締める事が出来、この投球に何かをつかんでいた。

 

 

市大三高を飲み込んだダークホースではあったが、それ以上の勢いと実力を持った青道に逆にねじ伏せられた。

 

いつしか、稲城実業を超える、今年の大本命といわれるようになる青道。

 

右の大塚、左の沢村。後ろには剛腕降谷と、技巧派の川上。

 

エース級4人の、強力投手陣を擁する青道高校。夏の甲子園出場まで、あと2勝と迫っている。

 

 




大塚には出番がありませんでした。

沢村の課題はスタミナ。完投能力がないことです。原作よりも技術はありますが、スタミナがその分ありません。

あと、川上がしれっと三凡。彼だけが今の所、代償なしに進化している模様。



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第40話 光に纏う影

野球関係ないようなタイトルになってしまった。だけど、今回はこれです。




試合は終わった。

 

その直後に沢村ら、スタメンと、ベンチ組は、薬師の選手達と整列する。

 

「…………………………………」

轟は押し黙ったまま、何も言わない。あれほどあった元気がない。

 

「………………(なんだ………これ………)」

騒いでいた方が解りやすかった。ここまで静かなのはかえって不気味である。この試合では完勝した沢村だが、それが続くとも限らない。それほどの脅威を感じた相手である。

 

――――こいつと、これから3年間…………

 

3年間、同じブロックにこの怪物がいる。果たして御幸がいなくなる最後の年は、勝てるのだろかと。

 

「…………おい、お前!!」

 

「次はお前のストレート、絶対スタンドに運んでやるッ! 秋は覚悟しとけ!!」

そして主軸の一人である三島は、沢村からヒットを打った打者の一人。

 

「…………勝つのは俺達だ………ッ!」

次はどうなるかわからない。リードがはまり、初見のスライダーで打ち取った。それでも確実に言えるのは―――

 

―――スライダーを完全にものにしないと、次は打たれる………

 

轟と握手した時、自分の手のひらとはあまりにも違う固さに、沢村は戦慄を覚えた。いったいどれだけバットを握り、振り続ければ、ここまで固くなるのかと。

 

「アイツだけは………ヤバい………」

沢村は元気を失ってこそいるが、轟の打者としての力を認めざるを得なかった。

 

「栄純君」

日頃は能天気なセリフが多い彼を見ていた春市だが、投手の本能が彼に警鐘を鳴らし、彼の意識を高めていることに、彼のさらなる成長を期待した。

 

「また強くなろう。後二つ勝って、甲子園に行こう」

 

「ああっ! あの舞台に俺達は立つんだ………」

 

 

そして今夜の全体ミーティング。

 

稲城実業が準決勝に勝ち上がり、ベスト4が出そろった。

 

やはり成宮は温存し、継投で逃げ切った稲実。そのライバルが準決勝で当たるのは、格上の高校を次々と破ってきた都立の桜沢高校。エースの長緒は、ナックルボーラーであり、守備の堅いチームである。

 

そして一方で青道が当たるのは―――

 

「仙泉学園………」

 

西東京の地区では、稲実、青道、市大三高のトップ3が君臨している現状。そこへ割って入ろうとするのがこの高校である。

 

「部員数は80名を超え、ベスト8常連の強豪校。今年の春、市大三高と1点差の投手戦の末、敗れてはいますね」

 

市大三高の真中と投げ合った投手力。その中心にいるのは、大巨人…真木 洋介。

 

身長は2mを越え、その長身から繰り出される威力があるボールが決め球。カーブは日本一の高さから放たれると言われている。

 

そして、その体格の良さと、将来性の高さは、プロも注目している。

 

「明後日、準決勝の先発は沢村で行く。そして川上、降谷には、しっかりと心の準備をしてほしい。そして最後のイニングには、調整も兼ねて、大塚に投げてもらう。」

 

「はいっ!!」

2戦連続の先発。ここが甲子園に行く最後の采配。明川学園相手に完封の大塚。彼には、相当の負担を強いていた。故に、決勝の先発は万全にしてもらう。

 

片岡監督も、チームも、決勝の先発は大塚だと悟っているのだ。あの宿敵成宮に投げ合える投手は彼しかいない。

 

「この試合では、全ての球種を解禁してもいい。」

 

 

「解りました」

大塚も本番前のテスト登板であることを悟る。

 

「特に、沢村には今日の試合は相当頑張ってもらった。だからこそ、早い回からの継投になる。降谷にはロングリリーフを任せる。」

 

片岡監督の理想としては、5回まで沢村が持ってくれれば合格である。6回7回に降谷をマウンドに上げ、調子云々によっては8回も続投させ、9回は大塚の大一番前の登板。

 

ベンチに川上を温存しておきたいのも事実。

 

ミーティングは終了し、レギュラー陣を含む部員たちは部屋を後にするのだが、

 

「監督」

一軍に選ばれなかった上級生らが監督に話があるようで――――

 

 

 

「…………すいません! あの球の感触を確かめたくて………」

沢村は、クリスと御幸にお願いして、高速縦スライダーの感触を確かめつつ、客観的な意見を求めていた。

 

「ああ。大分コースに決まっている。俺も、ここまで上達するとは思っていなかったぞ。」

クリスも驚く沢村の投手としてのポテンシャル。

 

「というか、ほんと取りにくいな、この球………急激に曲がるから、打つ方も相当ヤバそうだな。」

御幸も無難にとってはいるが、その表情に余裕はない。ムービング以上に暴れるこの球種は、明日の先発、そして決勝の場面で大塚に何らかの緊急事態が起きた場合、沢村のこの球は有効である。

 

「そういえば、今日は珍しくネットスローだったな、大塚」

 

「明川の相手に完投して、その上本格派のフォームに戻ったんだ。疲労はそれなりだろう。フォームも乱れていないし、大丈夫だとは思うが」

クリスも、顔色一つ変えずに、笑顔を見せる大塚の調整を見て、御幸の疑問は問題ないという。

 

「まあ、アイツは自分のコントロールは出来るだろうし、それほど心配はしていないが………」

一年生投手陣の中で、あれほど手のかからない投手はやりやすいし、御幸も彼に刺激を受けている部分もある。

 

「ただ俺も、大塚が必要以上にチームを背負いすぎていている傾向はあると思う。だから、今日の試合の沢村の快投は、奴の重荷を幾分も軽くさせただろう」

クリスも、責任感の強い大塚の事は心配している。だが、そこへ沢村が独り立ちした。

 

甲子園本選でも、これは十分に大塚と復帰予定の丹波のプレッシャーを軽減してくれるだろうと。

 

「そう、ですよね…………」

 

御幸の脳裏には、明川戦の決勝点を導いた、大塚の走塁が目に焼き付いていた。

 

―――あれほどの体の捻りと、回転しながらのスライディング。投手では考えられないプレーでもある。

 

それをさせざるを得なかったのは、打線が抑えられていたからで、結局その一点どまり。

 

―――あのプレーを見て、俺はいつまで気にしているんだ……? 

 

それは、クリスがけがをする直前の、言いようのない悪寒。

 

だが御幸は、大塚に何も聞く勇気がなかった。

 

 

 

そして一方の仙泉学園。戦前の予想では、一年生投手陣豊富な青道に軍配が上がっているが、

 

これは青道のミーティングよりも時系列を遡った時間帯。

 

記者たちの前でも、仙泉の監督、鵜飼 一良監督は青道に胸を借りるつもりで戦うと言ってはいた。

 

「それにしても、何やねん。青道はどうやってあれほどの投手を揃えたんかなぁ」

そして旋風を巻き起こす大塚は有名だ。しかし沢村、降谷はいずれも無名。しかも大塚は中学2年生の時の大怪我で、実戦から長く離れていた。

 

――――大塚がモノになる可能性はあったんやろう………せやけど、あの二人は無名で、最初からあんな投球ができたんか?

 

特に沢村は、夏予選でかなり評価を上げてきている。降谷も登板機会が少ないが、それでもあの剛速球はかなりの武器。

 

そして上級生の川上もコントロール抜群のサイドスロー。現在どの投手も無失点を継続中。

 

「青道は、練習量も多いし、毎年バランスのいいチームに仕上げています。うちの連中なんて、ケツを叩かな、動きませんよ。」

あくまで日頃の実力では劣っていることを認める監督。

 

「ただ勝負っちゅうんは、やってみんとわかりません。結果が見えとるなら、誰も努力なんてしませんわ」

 

「(本音が出た………?)」

大和田は、監督のつかみどころのない言葉の中に本音を見た気がした。

 

「まあ、片岡監督は熱血指導で有名やけど、選手を信じすぎとるきらいがあると、わしは思うなぁ」

 

「というと?」

峰は片岡監督の采配に疑問を口にする鵜飼監督に、質問する。

 

「この夏の予選。まさか1年生を軸に勝ち進もうとするなんて、思ってもいませんでしたわ。それが今のところは機能しとるけど、まだ1年生。投手事情を細部まで知らんわしは、青道さんの事はようわからんけど、1年生にエースナンバーを託すのも、博打やろうし」

 

大塚のエースナンバー。けがから復帰し、実戦で今のところ課題を見つけていないゴールデンルーキー。

 

試合とともに、成長を続ける沢村は背番号11。そこへ、剛腕降谷も入り込んでくる。

 

しかし、上級生の投手は2年の川上のみ。3年の丹波は噂の怪我が真実味を帯びている。

 

「確かに………」

峰も、大塚にそれだけの力があるから託されているのだと思うが、見方を変え、一年生であることを考えると、大塚がいつ崩れるかもわからないという予感もある。

 

それが本選なのか、それともあと二試合………準決勝か、決勝のどちらかはわからない。

 

それが出る可能性は考えられる。

 

「まあ、うちが付けこむのはそこやな」

やんわりとそう言ってはいるが、峰と大和田は、監督歴40年の鵜飼の冷たい闘志を感じ取っていた。

 

ズドォォォンッッ!!

 

そしてブルペンでは、エースナンバーの真木が、投球練習を行っていた。

 

低めへと威圧感もある、球威の重い速球がキャッチャーミットをいい音で響かせている。

 

「ナイスボールっ! 今日は一段と凄いな」

 

「日野さんはどうして、仙泉にきたんですか? 市大や青道に………」

真木は自分の横で練習を行う控え投手に尋ねる。それを言われた彼は笑って、

 

「そんなの決まってんだろ。声がかからなかったんだよ。声がかかってれば、俺も入っていたかもな」

それを聞いて僅かに顔をしかめる真木。

「自分もです」

ひくい声で、真木は初めて心情を吐露した。

 

「え………?」

日野は驚いた顔をしていた。まさか、この投手も声がかからなかったというのかと。

 

「自分も、本当は青道で投げたかったんです。」

 

―――でも、結局、声は一度もかからなかった。

 

ミットを大きく鳴らせる、球質の重いストレートが、周囲の目をくぎ付けにした。

 

 

そのボールは低目ではなく、高めへと吸い込まれ、威力のあるまっすぐを投げ込んだ真木。

 

―――青道高校。あの高校には、絶対負けたくない。

 

大巨人は、かつて夢見た高校を前に、闘志を燃やす。そして青道高校には、その主力となっている3人の投手陣がいる。

 

大塚栄治。沢村栄純。降谷暁。いずれ東京のビッグスリーといわれること間違いなしの、掛け値なしのエース級投手陣。

 

特に彼は、大塚を目の敵にしていた。

 

――――早いんだよ………お前が、エースナンバーを背負うのはッ!

 

1年足らずで信頼を得て、エースを名乗ることを許されている。それほどの実力に、彼は嫉妬した。

 

――――投打でお前に勝っていることを証明してやる。

 

大巨人の暗い闘志。それは果たして何を齎すか。

 

 

 

準決勝を控えた夜。沢村はミーティング終了後、携帯にて、メールが届いていることを確認した。

 

―――栄純ベスト4おめでとう!!

 

「は、早いなぁ………」

何時の間に調べたのか、沢村は幼馴染の情報の速さに驚く。

 

―――昨日の試合投げたんでしょ? それも先発で無失点!!

 

そして体がかゆくなる沢村。ここまではべた褒めである。

 

―――後二つ勝てば甲子園だよ、甲子園!!

 

「………後二つ…………」

沢村は、その少なくなった勝利が難しいのだと考える。彼は先輩たちの去年を耳にし、複雑な感情で、その文面を読んでいく。

 

―――私たちは3回戦負けで、夏休みに入っているけど、新チームでみんな頑張っているよ!!

 

「………みんな…………」

今の自分がいれば、もしかすればと思うこともあった。だが、あの時みんなの期待を胸に、青道でエースを目指すことを決意した。だから、今更謝るわけにはいかない。

 

なのに―――

 

――――明後日の試合、みんなで応援に行くからね。

 

「…………!!!」

だからこそ、仲間の応援は、何よりも心強かった。そして、明日の試合は、丁度先発である。

 

―――栄純の登板、楽しみにしています。

 

―――若菜より

 

「………俺、頑張るからな。絶対に、みんなの期待に…………ッ」

携帯の文面を最後まで読んで、沢村はどことなく救われた気がした。

 

 

 

沖田家では、

 

「今度は出番あるの、兄ちゃん?」

 

「たぶんある。オーダーにも名前はあったし、倉持先輩との併用も見えるけど。サードかショート、どうなるやら」

このままいけば、三塁をやる可能性も出てきた沖田。決勝の成宮を考えると、倉持、小湊の二遊間は必須。変化球に弱い増子先輩がこの準決勝でどれだけ打つか。

 

「兄ちゃんのホームランが見たい!!」

 

「うんうん!! お兄ちゃん頑張って!!」

弟と妹からのエール。心が燃えないわけがなかった。

 

「ああ。しっかり沢村を援護するさ」

 

 

そして大塚家、

 

「とりあえず、準決勝まで。父さんはブルペンの調子はどう?」

 

『まずまずだな。150キロ前後まで球速は戻ったし、まあまあかな。』

 

「41歳でふざけているよ、父さん。そんな中年投手はいないよ」

 

『なら俺がその第一号だ。お前は二号な』

 

「はぁ……それぐらい言える投手にはなるよ。俺も」

道のりは気が遠くなるほどに長く、険しい。

 

だからこそ、時々苦しいとおもえる。無理だ、出来ないと。

 

『新聞で吉報を待っているからな、栄治』

 

 

しかし、何も知らない父の笑顔を見ると、黒い感情が湧き上がってしまう。

 

――――――俺は、追いつけるのかな…

 

偉大過ぎる存在に苦悩しているのは、美鈴だけではなかったのだ。

 

 

 

 

その後、家族がすでに寝ているのを確認した大塚は、

 

「美鈴も県大会が終わってくたくただろうし、応援は期待できないかも。裕作もなんだか騒ぎ疲れたみたいだしね」

 

いつの間にか、自分のベッドを弟と妹に占領されている大塚は、とりあえずソファーで寝ることにするのだった。

 

―――――まったく。兄さんに遠慮なんてないなあ。

 

癖のある妹と弟がいると苦労する。それを痛感してしまう。

 

―――――まあ、兄が泣き言なんて、情けなくてできないな……あいつには約束をしてしまったし。

 

意識が薄れる中、栄治はそんな事を思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「――――まったく、不器用なところは似るのね」

 

そんな大塚に毛布を掛けてあげる綾子。父とは違い、真面目過ぎる所がある息子の、一番の理解者。

 

 

―――――昔から、泣き言をあまり言わない……

 

だが、彼女も息子の深層に辿り着けていない。あれほどの怪我をした時も、親の前で涙すら見せなかった。悔しいはずなのに、何も見せてくれなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薬師戦が終わった翌日―――

 

大巨人対策に、監督と一部の上級生の提案があり、彼に対する対策を施した実戦打撃練習を行うレギュラー陣。

 

「本気で打っていいんですよね?」ゴゴゴゴゴゴゴッッッ!

 

「打てるものならな」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ!!

 

そして、いきなりの結城と監督の対決など、青道打線は、大巨人攻略に向け、汗を流すのだった。

 

「まさか投手の俺まで巻き込まれるなんて…………」

大塚は、その実戦練習に巻き込まれ、やや疲れた表情。

 

「抜かせ。芯でとらえていたくせに。」

ミート力のセンスは、部内でも高いレベル。確実に芯に当て、コンパクトなスイングが持ち味の大塚。大きいのはないが、監督の球を何度も打ち返していた。

 

「……っ、まあホント、熱血というか、悪くないよね」

大塚が笑いながらそう言う。

 

「栄治?」

一瞬表情が硬くなったように見えた沖田。だが大塚は、

 

「自分の心配でもしろよ。倉持先輩にすぐにレギュラーを奪い返されるよ」

 

「打力で貢献し、守備でも負けるつもりはない」

そうやって大塚のペースへと引きずり込まれていく沖田。

 

 

その後、沖田と別れた大塚は、少し汗を顔から流しながら、親友の鋭さに苦笑いする。

 

「………まったく、勘が鋭いというか。人をよく見ているというか………」

 

「…」

自分の胸、もっと厳密に言えば、右あばら骨の近辺を触る大塚。そこに違和感を覚えているのだ。痛みではないが、やはり投球の際に気になる部位でもある。

 

 

薬師戦の後、その違和感が日に日に増していくような気がする。そして大塚はその原因がなんなのか、心当たりがある。

 

 

――――やっぱり、無茶をしたのかなぁ。

 

明川戦の危険なスライディング。あれで胸を打ったのだろう。打撲とはいえ、今度からは気を付けようと考えた大塚。そうでなければ、妹にまた迷惑をかけてしまうし、あの約束を破ることになる。

 

――――怪我をまたしたっていえば、あいつが今度こそ泣くからね。

 

だが、大塚は青道の戦力を考えて、ある一言を言ってしまう。

 

 

「まあ、俺がいなくても、沢村も、降谷もいる。丹波先輩が戻れば――――」

戦力的には十分だと。甲子園も勝ち進めるはずだと、半ば冗談気につぶやいた一言。

 

彼は、人気のない場所でこれをしゃべってしまった。人気がない場所では、声は響きやすいのだ。

 

彼は、その一言を聞いた人物に気づくことができなかった。

 

 

 

 

大塚に異変が起き始めている中、翌日

 

 

 

 

早朝の自主練をしていた小湊春市は、同じく自主練に参加していた東条と別れ、屋内練習場にて兄の亮介に遭遇する。

 

 

「昨日は眠れた、春市?」

 

「うん………」

久しぶりの兄弟の会話。東条は機を利かせて出ていったのだろう。

 

「今日が29日、決勝は31日。明後日に全てが決まるな」

 

「………終わらせない。」

 

「春市?」

強い言葉に、亮介は一瞬戸惑い、春市を見つめる。

 

「兄貴の夏も、先輩の夏も、絶対に終わらせない。」

強い決意の籠った言葉。

 

「様になってきたじゃん。そういうビッグマウスの発言も。」

春市がここまで逞しくなったことを、兄としては嬉しい気分に、同じポジションのライバルとしては壁が高くなったと思う、複雑な面持ち。

 

「その気持ち、3年間、ずっと忘れるなよ」

 

 

背番号も19番、本当にこのチームの戦力になっている弟。最初で最後の、兄と弟の甲子園。

 

「春市! もうすぐ朝食だぞ!」

そこへ、タイミングよく入ってきたような東条が春市を迎えに来た。

 

――――何かをしてくれそうなやつが、この世代は多すぎて、つい期待してしまうよね。

 

 

アハハハハハハハハハ!!!!!

 

そして朝食、増子がなぜかスキンヘッドになっており、不意をつかれた亮介は、

 

―――ここは盲点だったね…………

 

唖然としている沖田、大塚を除くメンバーが笑っているのを見て、亮介は黙々とご飯を食べるのだった。

 

 

そして準決勝第1試合。仙泉学園と、青道高校が試合会場に姿を現した。

 

「でかい…………」

これから投げ合うであろう、大巨人…真木の身長は軽く自分を超えていた。立っているだけでも威圧感のある恵まれた体格。

 

―――俺は負けない! クリス先輩から教わったこのスライダーで、絶対に抑える!!

 

 

だが負ける気はさらさらない。沢村は、こちらを睨んでいた真木を睨み返した。絶対の自信を持つ決め球を駆使し、結果を出すことを考えていた。

 

―――― 一年坊主。お前がそのマウンドに上がるのは早いんだよ

 

威勢のいい一年生を見て、真木も闘争心を増す。

 

 

甲子園へあと2勝。この大一番で、沢村はどんな投球を見せるのか。

 

 




巨大戦力の青道ですが、大正義に蔓延る影。まあ、全く穴がないわけではありません。


勝ち進めば勝ち進むほど、影は強まります。

果たして、夏を駆け抜けた末に得る物は・・・



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第41話 全国の目が捉える時

沢村が予選で絶好調過ぎる。だが……


東京神宮球場。あの約束通り、彼らは東京のこの歴史ある球場へと足を踏み入れたのだが、

 

「急がないと栄ちゃんの出番が終わっちゃうよ!!」

 

「今日先発なのに、初回から見れないなんて………」

 

彼らは、沢村の応援に駆け付けた地元長野の旧友たちである。

 

「栄純………」

若菜もまた、沢村が先発を任されているというのに、その時間に遅れていることに心を痛める。

 

その後一同は、球場のスタンドへと足を運び、スコアを見る。

 

「2回が終わって、まだ0-0………ヒット一本は撃たれているけど、栄ちゃんが抑えたんだ!!」

 

そして相手高校の仙泉学園の守備が終わる。相手投手は2mを超える長身投手。青道の打者はタイミングのズレと、球威に押され、ゴロを量産していた。

 

そして、3回の表、沢村の出番が来る。

 

ダイヤモンドで背番号11をつけて、投げているのは自分たちのヒーロー。

 

『初回に一死二塁のピンチを迎えるも、切れ味鋭い変化球で、二者連続三振で切り抜けた一年生投手沢村!! 2回も仙泉打線を三者凡退に抑え、勢いに乗っています』

 

アナウンサーも、ここまでいきの良い一年生の登場に、心が躍っている。解説者も、

 

『立ち上がりの投手の状態を確かめる前に、先制を仕掛けた仙泉の攻めも悪くはありませんでしたが、これまで癖球やチェンジアップ系が主体の沢村君に、あれほどの切れの変化球があるとは思ってもいませんでしたね』

 

 

 

時間は初回のピンチに遡る。

 

 

「あっ!!」

初球ムービングがピッチャー返しになり、バックアップをした沖田がスローイングするも、内野安打で出塁を許すと、

 

コンっ、

 

「ボールセカンッ!!」

御幸の指示に従い、ランナーをスコアリングポジションに進められてしまい、いきなりのピンチを迎える。

 

3番の中軸との試合で、御幸は迷わず、勝負球に、勿論あの決め球。

 

目の前に見えたはずのボールが直前で視界から外れていく。

 

 

「なっ………!!?」

左打者には消えたと錯覚させるような球。バッターの視界から球を消すレベルのウイングショット。

 

高速縦スライダーがまたもや猛威を振るい、絶対的な球種として、その威力を見せつけた。

 

『三振~~~~!!! 三番森のバットがとまりませんでした!! 今のボールは………何でしょう?』

実況も沢村のデータに一応目を通していた。だが、その予想以上のキレに、驚いている。アナウンサーには、恐らく高速フォークにも見えただろう。

 

『………スライダー、のようですね。縦に沈みながら、左打者へと逃げていくボール。それでいてストレートの球速で変化する、縦スライダー………あんなキレ、本当に今年の青道の1年生は豊作どころではありませんね。』

 

ベンチ前にて、投球練習を行っていた真木も、この沢村の特徴は掴んでいた。

 

出所の見えにくいフォームに、キレのいいフォーシームと癖球、カットボール。右打者から逃げながら沈む、タイミングを狂わせるサークルチェンジ。そして縦軌道の高速パーム。

 

そして、ここで左打者の視界から消える、高速縦スライダー。

 

これはプロ野球界でもめったにお目にかかれないスライダー系最高の球種の一つ。ほぼ初見のこの決め球に対策を講じきれなかった仙泉の打者は対応できない。

 

「ッ…………!」

 

この回は、二者連続三振で抑え込まれ、先制のチャンスも無得点。真木もそれに触発され、三者凡退に抑えたのだった。

 

 

場面は戻り、3回。

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

 

『三振~~~!!! 3回、先頭打者の8番八木をスライダーで三振に打ち取ります!! これで早くも3つ目の三振!』

 

『タイミングの取りづらいストレートがあるので、ストレートに対応しにくいんですよね。しかし、ストレートを待っていると、このスライダーにバットが止まらない。』

 

ざわざわ、

 

「アレが沢村のスライダー………」

 

「あの一年生は癖球とチェンジアップだけじゃないのかよ………」

 

「あのスライダー………どうやったら打てるんだよ」

 

観客の中でも、特に仙泉を応援していた人々から、切り札を初めから出してきた沢村の投球に、初回以降誰もランナーに出ることが出来ていない仙泉を不安に思い始める。

 

「凄い………栄純が強豪相手に圧倒してる………」

若菜も、ここまでの投球を栄純がやっているとはイマイチ信じられない。

 

「しゃぁぁぁっ!!!」

そして続く9番打者もスライダーで打ち取り、3回で3つの三振を奪う快投。特に力んでいるわけでもなく、スライダーをちらつかせることで、低めのストレートへの振りが弱くなっている。

 

こうなっては、沢村の流れである。鵜飼監督も、沢村がここにきて切り札を使ってきたことで、打線が機能しない現状にどうすることも出来ない。

 

――――真木が抑えとるから目立ってはおらんが、あの沢村とかいう一年。データ以上の投手やないか………こいつも10年に一度の投手……大塚と同じ………いや違う。

 

出所の見えにくいフォームから繰り出される、球持ちの良いストレートがコースに決まる。乾いたいい音をさせながら、相手の士気を下げていく。

 

 

「うっ!」

 

1番東のバットが出ない。初球のスライダーで完全に打撃を崩されたのか、待ち球を整理し切れず、あっさりとストレートで追い込まれた。

 

――――こいつは試合をこなす事に進化しとる………大塚は30年に一度の天才。せやけど、この沢村は10年に一度からさらに上の次元へと足を踏み入れようとしとる。

 

沢村の恐るべき成長力。今の評価が10年に一度のいい投手なら、このまま伸びていけばそれが何年単位の投手になるかわからない。

 

 

カァン!!

 

「アウトっ!!」

最期はサークルチェンジ。ストレートに振り負けないことを意識していた打者の意表を突くタイミングを外すボール。体勢を崩された打者の地価のない打球がファーストに転がり、結城が難なく捕球。

 

『アウト~~~!!!! 沢村、この回も危なげなく抑えた!! とんでもない一年生が現れましたね』

 

 

『去年は成宮君。そして今年は青道に大塚君、沢村君、降谷君。本当にこの先が楽しみですね』

 

 

 

「へぇ………大塚以外に面白い投手がいるじゃん。けど、俺には負けているけどね」

稲実の成宮は、沢村のことを評価するも、自分よりは下だと断言する。

 

「どうだろうな。あの投手、タイミングが取りづらく、ストレートと思った球種がスライダーになる………それに、お前ほど手がかからなそうだからな。リードするなら楽そうだ」

しかし原田は成宮の言葉を真に受けず、沢村は成宮よりもリードしやすいと断言する。

 

「ひどっ!?」

ショックを受けたような顔をする成宮。

 

「球速こそお前が上だが、両サイドを大胆に使える制球力。球速が同等になったら、解らねェぞ、鳴。」

だが原田は目が笑っていない。あの投手と、決勝で当たる可能性は高い。故に、ここで彼がスライダーを使ったのは幸いだった。

 

右打者から逃げるサークルチェンジに、左打者にも外へ逃げる高速縦スライダー。そしてそれらを活かすストレートと癖球。

 

カットボールがあるため、右打者は決め打ちで運がよくなければ、まず攻略は不可能。これでシュート系のボールを習得すれば、文字通り弱点が消える。

 

「けど、負ける気はないよ………ッ」

 

 

3回1安打無失点、3奪三振の沢村。飛躍はまだまだ止まらない。

 

4回、沢村の投球。

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

 

『見逃し三振~~~!!! アウトコース一杯、手が出ない!! これで4つ目の三振!! この一年生の勢いが止まりません!!』

 

アウトコース一杯の真直ぐに手が出ず、バッターは三振に取られる。サークルチェンジがあるだけで、そして沢村の厳しいコースを突く投球に、仙泉は手も足も出ない。

 

この回さらに三振を一つ奪った沢村。続く打者にはゴロで打ち取る投球。低めの高速パームとスライダーがさえわたり、この回も三者凡退。1安打投球を継続。

 

そんなルーキーの好投に打線が応えたのは4回。

 

 

4回の裏、ノーアウト。打者は沖田。前の打席は四球。

 

―――危険なバッターやけど、次の打者もまともに勝負する必要はあらへん。

 

「…………………」

沖田には甘い球が一球も来ない。だが、タイミングもだんだんと掴めてきたし、前の打席に粘った甲斐があった。

 

――――角度も今日はついているし、低めに球が集まっている。難しいボールだが、それは続ければ続けるほど効力を無くすぞ

 

そして自分に対し、同じ高さに何球もぽんぽんと投げ込んでいる真木の球を。

 

 

ガァァァァンッッっ!!!

 

アウトコースの真直ぐを流し打ちしたのだ。

 

「なっ!?」

だがしかし、当たりはライトライナー。野手の正面をついてしまい一死。

 

「くっ………狙いすぎたのか………」

悔しそうにベンチへと帰る沖田。

 

続く4番結城。

 

「すいません、主将。」

沖田がベンチへ帰る際に一言いう。

 

「気にするな。あの球にはもう慣れている。ランナーを溜めて、先輩の意地を見せることにしよう」

 

右バッターボックスへと立つ結城。1打席目に凡退したために、その闘志はかなりのモノだ。

 

この回以前の初ヒットは東条のカーブ打ち。ライト線へと転がるヒットだったが、ライトの好返球にタッチアウト。なお、続く沢村は三球三振。バットに掠りもしなかった。

 

「哲~~!!!」

 

 

―――この打者、前の打席は打ち取って入るけど、バットが振れていた。初球アウトコースのストレート。

 

「ストライクっ!」

 

悠然と見送る結城。それを見た捕手はその不気味な見逃し方の奥にあるモノを感じる。

 

――――ボールが見えているのか? もう一球アウトコース。今度はボール球。

 

「ボールっ」

そして同じように見逃す結城。明らかにタイミングを取っていた。

 

――――くそっ、ストレートはもう見えているのかよ。ならここでカーブだ。

 

カキィィンッ!!

 

狙い澄ましたような打撃で、インコースからアウトコースへ逃げるカーブを真芯で捉えた結城。

 

『打ったぁぁぁ!! 4番結城の当たりは、右中間へ!!』

 

綺麗に右中間真っ二つの当たり。打った結城は二塁へ。

 

『打った結城は二塁へ! この回初めての長打!! 一死二塁のチャンスメイクっ!! ここで青道は5番増子!!』

 

「哲さんッ!!!」

 

「ナイスバッティング哲~~~!!!」

 

「青道の主砲!!!」

 

スタンドもこの回の初めての長打に沸く。

 

「ナイスバッティングリーダー!!!」

そして、得点圏のランナーで、5番6番という打順。

 

真木のカーブに慣れてきた増子。変化球投手とは言い難い彼の球筋に慣れてきた。そのため―――

 

 

「ボールフォア!!」

コースに最後は外れる。

 

 

増子がそのガタイに似合わない粘りで四球を選ぶと、ここまで低調な打撃が続く御幸。

 

――――ホント、本当に初戦や3回戦以来のランナー置いた状態の場面。

 

リード面や守備面で信頼を勝ち得ているが、それでもこのチャンス。

 

―――ここで打って、沢村を楽にしたい。

 

『ここで6番の御幸。ここまでは低調な打撃が続いていますが、去年同様、勝負強い打撃を見せられるか!?』

 

打率は、去年を下回る。

 

 

 

19打数4安打。打率は2割1分。まさに、なぜここでこの打者を6番に据えるかはわからないだろう。鵜飼監督も去年は勝負強い打撃で引っ張ってきた彼を怖いと感じていたが、今年は得点圏でも、快音が少ない。

 

鵜飼監督もダークホースの明川学園と当たったのが影響していると考えているが、

 

――――勝負や。前の打席も三振で、タイミングが当っとらん

 

 

唸りを上げるような速球が、真上から襲いかかる。その威圧感はまさに日本一。

 

 

「ストライクっ!!」

インコースへの球威のある球。御幸のバットは出ない。応援席からも、御幸に不安を覚え始める者もいる。

 

 

――――俺に対しては球威で打ち取る? 確かに、今までの打席は無残だけどさ………

 

そしてそれが解っているからこそ、御幸は次の球を容易に予測できた。

 

 

カキィィィンッッッ!!!!!

 

「なっ!?」

打たれた真木は、思わず打った打球の先を見てしまう。そして捕手もまた、御幸が真木の重いストレートを引っ張ったことに、衝撃を覚える。

 

―――何だ、この打者………ッ!! 今まではそんなに打ってなかったのに………ッ!!

 

打球はそのまま、ライトフェンス直撃のタイムリースリーベース。ライトフェンスにぶつかった球がクッションボールとなり、処理が遅れたのだ。

 

『ああっと!! 取れないッ!! 取れない!! 仙泉の守備が遅れている中、二塁ランナー結城はホームに生還!!』

 

ザシュッ、

 

結城が悠々とホームベースを踏むと、

 

『三塁ランナー増子も帰ってきたァァァァ!!!! ホームは………セーフ!! セーフ!! 4回の裏、青道先制!! 今日6番抜擢の御幸!! この大一番で先制のタイムリースリーベースっ!!! 2-0!!』

 

「いいとこもっていきやがったぞ、アイツっ!!!」

 

「ナイスバッチ、御幸~~!!!」

 

「やっと目が覚めたか!!!」

 

スタンドでも、御幸の復調をアピールするこの長打に湧きかえる。

 

「しゃあぁぁ!! ここは俺も大きいのを狙ってやるぜ!!!」

そして続く7番伊佐敷。

 

「どりゃぁぁぁぁ!!!」カキィィィンッッ!!

 

「あっ!」

 

伊佐敷の打った打球はライトへ伸びる。そしてそのまま―――

 

 

パシッ、

 

「うがっ!?」

伊佐敷は項垂れ、三塁ランナーの御幸はタッチアップ。肩の強いライト東だが、ここは距離があったので、危険もなく、御幸はホームに生還。

 

『三塁ランナータッチアップ!! ホームイン~~~!! 青道ここで追加点!! 3-0!! 7番伊佐敷の犠牲フライ!! この回3点目!!』

 

だが真木も続く打者の東条を高めの真直ぐで空振りに奪い、後続を抑える。

 

しかし、沢村には頼もしすぎる援護点。

 

 

4回が終わって、3-0とリードする青道高校。

 

「小湊。降谷には、6回から行くことを伝え、心の準備をするように言っておけ」

 

「は、はいっ!!」

予定通り、沢村を5回で降板させる。登板間隔が空けば、降谷を決勝ぶっつけで使うことになりかねない。

 

 

そして5回。

 

一死からヒットを浴びた沢村。続く打者は、7番真木。

 

―――ここで絶対に打つ!! このまま終われない。

 

御幸は真木の表情から、焦っていることを確認する。

 

――――恐らく選球眼も悪くなっている。ボールゾーンで勝負をして、後は低めのスライダー。

 

 

キィィィンッッ!!

 

まず高めのボール球に合わせてきた真木。振らされたとしかめっ面をする。芯に当たっていないのか、高い音をさせながら、ボールは真後ろに飛んでいく。

 

――――二球目。アウトコースの外れるボール球。

 

「ボール!!」

 

サークルチェンジを見極めた真木。

 

――――ここは予想範囲内だ。内角へのカットボール。腕の長い打者に有効なのはこのインコースのボール。

 

沢村は御幸の強気なリードに驚くが、すぐに首を縦に頷き――――

 

カァァァァンンッッ!!

 

 

「グッ!!」

最後の打者の真木も、内角への厳しいボールに詰まらされ、ゴロに打ち取られる。まさか1年生にここまで抑え込まれる自分たちを想像していなかった仙泉は、呆然とするしかない。

 

ここで痛恨のショートゴロゲッツー。

 

ここも三者凡退に打ち取った沢村。ここまで5つの三振を奪い、ベンチへと帰るのだが、ここでベンチから監督が出て、右肩をポンポンと叩くことから、沢村はこの回でお役御免という事になる。

 

「栄純………」

5回でマウンドを降りることに、やや納得もいかないが、若菜はここまでの投球を見せた沢村を見て、嬉しさでいっぱいだった。

 

「栄ちゃんさすが!! さすが俺達のヒーローだよ!!」

 

「あの仙泉打線を5回2安打5奪三振!! 去年から変化球を覚えて見違えたけど、凄いよ栄ちゃん!!」

 

思えば、あの巻物と資料をくれた人物が誰なのかを、若菜以外は知らない。その誰かのおかげで、沢村はここまで飛躍している。実際、自分たちの環境が野球をやるのにあまり適していないことは解っていた。

 

だからこそ、本当に才能が有りそうな沢村に、知識を与えてくれた名も知らぬ人物に感謝していた。

 

「若菜ちゃん。本当にあの資料を渡してくれた人は誰なの?」

友人一人が、若菜に改めて聞く。

 

―――でも、ここで隠す必要はもうないかな………

 

「ほら、あそこで背番号1をつけている人が栄純にくれたのよ。」

若菜が指差した方角には、背番号1を付けた大塚が、投球練習を行っていた。

 

「あれって………まさか…………」

とんでもない人物だとは思った。あの資料を見て、自分たちも短期間であそこまで野球が出来るようになった。

 

だからこそ、一回戦負けではなく、優勝候補と最期まで僅差のゲームが出来た。運が悪かったと思えばそれまでだが、あの努力が無駄ではなかったのは実感できた。

 

「うん。栄ちゃんの投球を見て、色々といいたいことがあったんだって。だから、いろいろ指南をしてくれたの」

 

―――ライバルがストレートだけなのはいただけない。入学前にいろいろ勉強してきてほしいね。これから3年間、エース争いをするのだから

 

彼は沢村のことを認め、ライバルと認定した。原石の状態同然の彼を見抜くだけの眼力があった。そして沢村は今もなお磨かれ続けている。

 

 

右肩上がりの成長率。それが途切れる時はいったいいつなのだろうか。




沢村を狙う、強豪の007は存在します。

西東京は間に合わないけど……


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第42話 夏が齎す事

真木君、青道に来れば、原作ならエースなんじゃ……

仮に大塚に青道で出会ったら、ヤバイことになってただろうなあ。


沢村が薬師戦に続き、好投を見せる。観客は沢村の続投を望んでいたが、

 

 

「あの投手が代わる………次はまさか大塚か……?」

ブルペンには現在3人の投手がいる。ここでまさか大塚を登板させることになれば、勝負は厳しくなる。

 

しかし、6回の表のマウンドに上がったのは――――

 

『6回から青道は継投に入ります。ここで背番号17、青道の剛腕、降谷がマウンドに上がります』

 

 

 

「ここで青道の剛腕ルーキーかよ」

仙泉も、ここでのパワーピッチャーの投入に、青い顔をする。ここで青道は完全に流れを断ち切りに来ている。

 

 

――――お前のボールが強豪相手にどこまで通用するのかはわかっている。思いっきり腕を振ってこい!

 

ドゴォォォンッ!!

 

力の抜けた、バランスの良いフォーム。その放たれたボールは低めへと決まり、打者に手を出させない。

 

「ストライクっ!!!」

148キロの真直ぐがいきなり低めに決まったのだ。打者としても、制球に不安があったはずの投手が、ここまで制球が良くなっていることに驚愕する。

 

ズバァァッァアンッ!!!

 

「ストライクツーっ!!」

 

ストライクに苦労しないテンポのいい投球で、2球で追い込むバッテリー。

 

―――最後は高めの釣り玉。振らせに行け!!

 

ズバァァァァァンッッッ!!!

 

これまでの鬱憤を晴らし、気持ちの良いストレート。

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

高めの釣り玉に手が出て、三振を喫する先頭打者の8番八木。

 

この6回はフライアウト1つに、三振二つの降谷。まだSFFは使っていない。

 

6回裏にも追加点を狙う青道。打順は3番沖田から。否が応でも得点を期待させてくれる。

 

先頭打者の沖田。序盤から飛ばし過ぎていた、調子が良かった分、少しばててきている真木を見て、

 

――――やはりな。どういう理由かは知らないが、投げ急いでいたか

 

沖田は、真木の球威が落ちていることを悟る。

 

「ストライクっ!!」

 

アウトコースの難しい球。ボール気味だが、審判はストライクとコールした。

 

――――ここを取れると考えた捕手。そしてこの投手の調子を鑑みれば―――

 

カキィィィンッッッ!!!

 

 

真木の外角直球を捉えた。打たれた真木はライト方向へと視線を移す。

 

――――そこを連続して2球までは狙う事がな!!

 

 

打球はぐんぐん伸びていく。打った感触もいい。これはスタンドに入るか。

 

「また大きいのが来たぞ!!」

 

「いっけぇェェェェ!!!!!」

 

スタンドからの声援も力になったのか、打球は――――――

 

 

パシッ!

 

 

「なっ!!!!」

 

向かい風に押し戻されて、外野フライになってしまった模様。今日は後半から運に見放されている沖田。

 

 

「惜しいぃぃぃ!!!!」

 

「行ったと思ったのになぁ」

 

スタンドの歓声もため息に変わる。

 

「くっそぉぉぉ!!!!」

自分を責める沖田。今日は当たりがいいはずなのに、ヒットが生まれない。

 

 

続く結城はセンター前へのクリーンヒット。しかし、増子が痛恨のゲッツーに打ち取られる。

 

「うがっ!!!」

 

低めのカーブの後のアウトコースのストレートに詰まらされたのだ。

 

そして7回の表。降谷の投球。

 

ドゴォォォンッッ!!

 

低めへと制球された剛速球に詰まらされ、まず先頭打者2番天谷を打ち取る。だが……

 

 

 

ドゴォォォォンッッッ!!!

 

初球大きく外れる。ストレートが高めに浮き、抑えがきいていない。

 

 

――――また制球が乱れ始めた。上体に力みが――――

 

御幸は、肩の力を抜けというジェスチャーを見せるも、

 

 

 

「ボールフォア!!!」

3番森にはストレートのフォアボールを与えてしまう降谷。少し顔色が青く、汗がにじんでいた。

 

「だからそのくせやめろって!!!」

ベンチで沢村が騒ぐ。

 

 

一死でフォアボールのランナーを出した降谷。しかし、粘り強い投球を展開。

 

ククッ!!

 

「うっ!!」

 

 

スプリットの連投。ツーストライクに追い込む降谷、御幸の青道バッテリー。

 

――――アウトコースのボール球のストレート。外れてもいい。アウトコースに投げ込んで来い。

 

ドゴォォォォンッッ!!

 

 

ややボール気味の球に振らされてしまった仙泉のバッター。ややボールは高かったが、それでも相手が振ってくれた。

 

これで何はともあれ、二死。

 

「そうだ、それでいいんだ!! お前はコースを突けば大丈夫なんだからな!!!」

ベンチで騒ぐ沢村。

 

続く打者は、フルカウントにしてしまうも、最後は高めのボールを振ってくれて三振。あわやフォアボールのラストボールだったので。

 

「肩の力を抜けって。お前の長所はその剛速球、それを生み出すリリースの感覚が肝なんだから」

 

「――――はい。」

やや疲れが見える降谷。スタミナがまだ足りないのか、汗が少し多く見られた。

 

―――やっぱり、だんだん気温が上がっている環境に、対応が難しくなっているのか?

 

御幸は常々指摘されていた降谷の暑さへの適応を不安視していた。本選はさらに暑い環境で投げることになる。だからこそ、今のうちに適応してくれればいいのだが。

 

 

 

「タイム、投手交代や」

 

ここで鵜飼監督。先発の真木を7回の裏に降板させる。二番手の投手が回の頭から出てきた。真木は外野に下がった。

 

先頭打者は、先制タイムリーの御幸。

 

 

ズバァァァンッっ!!

 

「ストライク!! バッターアウト!!」

 

「ありゃ?」

あっさりと自動アウトになった御幸。ランナーがいないとほとんど打たない。打てない。

 

伊佐敷が無駄に滞空時間の長いフライを打ち上げ、続く東条。

 

「うがァァァ!!! なんでだ、チキショーッ!!!」

 

「……(どうコメントするべきだろう)」

凡退し、ベンチへと帰る伊佐敷に、苦笑いの東条。しかしこの回から登板した投手のデータを整理する東条。

 

――――左投手。こういう相手には、体を開かないように、呼び込むように。

 

持ち球は、カーブとフォーク。球速は沢村よりもやや早い。

 

 

そしてカウント1ボール1ストライクの3球目の高めのストレートを強打した東条。

 

左中間へと落ちるツーベースヒット。二塁ベースでガッツポーズの東条。

 

「しっ!! つづけ、降谷!!」

 

このチャンスで迎えるは、投手の9番降谷。

 

――――ランナーを返す。絶対に。

 

そう意気込んだ降谷。

 

ククッ、ストンッ!!

 

「ストライクっ!! バッターアウト!!」

 

打ち急いだのか、フォークの連投で三振に倒れてしまう。やはり打撃も投球も冷静でいなければならない。

 

 

8回の表、降谷がまた制球を乱す。

 

カァァンッッ!!

 

「おっしゃぁぁ!! あの剛速球投手からヒットだ!!」

甘く入ったストレートを痛打され、センター前にクリーンヒット。球速は150キロに迫っていたが、きれいに弾き返された。

 

――――ストレートのタイミングがあっていた? 

 

リード面で若干の変更が求められたと感じた御幸。降谷のほうは汗をぬぐうシーンが多くなってきた。

 

――――降谷、お前―――

 

 

 

「まだ3点差!! いけるぞ!!」

 

 

 

今度は先頭打者を出してしまう降谷。力みが最終イニングに近づくにつれて悪化しているようにも見える。

 

続く打者は送りバントを試みるが、

 

「うっ!!」

降谷のストレートに押され、打球は投手の目の前へと転がり、

 

「セカンドっ!!」

御幸の鋭い声が響き渡り、降谷は二塁へと送球し、

 

「アウトっ!!」

二塁フォースアウト。小湊の送球が一塁へ伸びて行き、

 

「セーフ!! セーフっ!!」

 

しかし一塁はセーフ。制球が乱れ始めているのか、それとも暑さによる体力の消耗が激しいのかはわからない。だが、降谷の投球が狂い始めている。

 

「投手交代!! 大塚!!」

 

ここで7番真木を迎えたところで、片岡監督は大塚へとスイッチ。

 

『さぁ、ここで青道高校ピッチャー交代!! 3人目は1年生エース大塚!!』

 

『この終盤でリリーフとしてくるのは予想外でしたね。確かに3点差、ランナーが一人いる状況で、今の降谷君は厳しいかもしれませんが』

 

 

 

 

――――ここでの巡り会わせ、必ず打つ

 

真木はこの終盤でリリーフとして出てきた大塚に対し、闘争心を燃やす。

 

「ゴメン。ランナーを出してしまった」

降谷は汗がにじむ顔で、苦々しく大塚に謝罪する。大塚は、他の選手と比べても、降谷の汗の量に違和感を覚える。

 

――――降谷? けど、なんでこんなに汗を?

 

大塚はその事については後回しと考え込み、今は真木を抑える事だけに集中する。

 

「アイツの弱点はインコースの胸元。シンキングファストで打ち取ればいい。緩い球には当ててくるからな。パラシュートチェンジは丁寧に投げてくれ。」

 

 

『さぁ注目の初球!!』

 

 

右打者の内角を抉るシュート系のボールが真木に襲いかかる。

 

 

「!!」

いきなりインコースにシンキングファストを投げ込んできた大塚。躊躇いもなく、迷わずに胸元を抉ってきた。そして思わず真木はのけ反る。

 

「ストライクっ!!!」

 

コースもストライク。だが、真木にはそれ以上の何かを感じていた。

 

――――あの剛速球投手に負けず劣らず、圧力が……っ!

 

続く二球目。

 

フワッ!! ククッ!!

 

 

低目、内角ボール球のパラシュートチェンジ。タイミングを狂わされ、空振りをする。

 

『ここでチェンジアップですか。内角の速い球がきいていますね』

 

『ここの緩急と制球ミスをしないのが彼の強みの一つですからね。』

 

大塚は緩急だけで彼を追い込むと、

 

――――SFFで決めるぞ。

 

 

大塚がセットポジションから投球を開始する。

 

ゴゴゴゴゴゴッッッ!!

 

――――低めのボール、だが、捉えきれないボールでは―――

 

ククッ、ストンッ!

 

しかし寸前でボールが消えた。バットは空を切り、三振を喫する。真木には、ボールが突然消えたような感覚で、フォーク系にはあまり見られない、落ちる寸前の軌道が見られなかったのだ。

 

 

まるで、ストレートのまま、重力が働いているかのように。

 

 

「ストライクっ、バッターアウトっ!!」

 

『空振り三振~~~!!! 最後は落ちるボール!! ここで伝家の宝刀、SFF!!』

 

『低めのストレートがいいですからね、バットは止まらないですよ』

 

真木は外野へと下がっており、この次も守備機会がある。だが、

 

――――まったく、掠らなかった。それに―――

 

ショックを受けていた、衝撃を受けていた。だが、それは為す術なく打ち取られたことだけではない。それは――――

 

 

「やはりさすがだな、栄治は」

結城は、このランナーがいる状況を切り抜けた大塚を褒め、

 

「ナイスボールっ、大塚!」

小湊からは、手放しの称賛。

 

「ナイスボールっ!!」

 

内野外野の選手から言葉をかけられている大塚をじっと眺める真木だった。

 

 

その後、9回のマウンドにも挙がる大塚。

 

そして、9回の表。

 

 

 

 

 

 

 

「さすがですねえ、大塚は。見ていて一番安心できますよ」

太田部長も、堂々としたマウンドの様子、そして内容に、いつもの動転振りは見られない。

 

「ああ。本当に惜しいことをした」

 

「???」

 

―――丹波の本選エースは決まりだ。だが、大塚のエースナンバーも見てみたかったのも事実だな。

 

 

 

「ここにきて、下位打線が機能したのは収穫だったな」

低調なパフォーマンスが見えた、御幸の1安打2打点。今日の試合では勝負強い打撃が蘇り、今日の勝因の一つになった。

 

東条も、不調の坂井に代わり、安打を放つなど、下位打線の目途もついた。

 

沢村の三振は予想範囲内なので、気にしない片岡。

 

「大塚の状態もよさそうなので、これはもしかしたら…………」

太田部長は、次の決勝で先発予定の大塚の投球に安心し、その先を考え始める。

 

「ここで浮足立つのはあまりよくはない。だが、大塚の今日の投球を見る限り、成宮と投げ合える実力があるのは、事実だ」

 

 

 

――――あれが、大塚栄治…………

 

打者として真木は大塚に打ち取られた。大塚の気迫のこもった球に、最後は当てられなかった。

 

――― 一年生に見えない気迫と、マウンド度胸。その投球。

 

何もかも、1年生の時の自分の全てよりも勝っていた。チームの為に何をするべきなのかを考えて、投げている。無駄な雑念もなく、自分を抑えるために何をすればいいのかを考えていた。

 

――――本当は、違う…………

 

上級生にハイタッチを交わしている大塚を見て、真木は思う。

 

―――飛び込んでいく勇気がなかったんだ。

 

青道で果たして自分は通用するのか、レギュラーになれるかを。

 

――――それなのに、俺はいつまでも……………

 

大粒の涙を流し、真木は思う。

 

――――すいませんっ………すいませんっ!!!

 

だからこそ、誓う。

 

―――だから………ッ………もう青道の事で、うじうじ考えない………仙泉の一員として、次は勝つッ………!!

 

悔しさであふれる涙の奥で、真木の心には、本当の闘争心が芽生えたのだった。

 

沢村5回     2安打無四球5奪三振。無失点

降谷2回3分の2 1安打1四球2奪三振。無失点

大塚1回3分の1 無安打無四球2奪三振。無失点

 

キープレイヤー 御幸一也 4打数1安打2打点。

 

ついに打棒復活。決勝戦に向け、勝負強い打撃を見せた。

 

 

『試合終了~~~~!!! 青道高校決勝進出!! これで3年ぶりの決勝の舞台に立ちます!! 見事な投手リレーで完封!!』

 

『大塚君の起用は、明らかに決勝を意識したものですね。降谷君が少し乱れたのは気になりますが、それでもポテンシャルを見せてくれました。』

 

『さぁ、青道高校。6年ぶりの甲子園まであと一勝!! 決勝の相手は、稲実か、ダークホースの桜沢か!?』

 

夢の舞台へあと一勝。青道の相手は果たして――――

 




降谷は暑さが天敵。丹波は怪我明け。沢村が崩れたら、大塚と川上の酷使ががが。

後、真木さんはお疲れ。


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第43話 節穴? それとも慧眼か?

試合終了。大塚は小さくガッツポーズを上げ、笑みを見せていた。

 

『試合終了~~~!!! 一年生沢村から、同じく一年生降谷!! 最後はエース大塚へ!! 見事な完封リレーで、決勝にコマを進めたのは、青道高校!! 3年ぶりの決勝進出です!!』

 

マウンドの中心へと集まる青道ナイン。悲願の甲子園出場まで、あと2勝と迫る試合で、またしても一年生が躍動した。

 

「ナイスバッティング、御幸先輩。今日の勝利は先輩のおかげです。」

そして今日2打点の御幸に声をかける大塚。彼の先制点は大きい。その後の得点が望めない中、あの先制点の意味はより重要な意味を持つ。

 

「何、あそこで打てば、勝利に近づくと思っていたからな。捕手としての自覚って奴?」

ややはにかみながらも、笑顔の御幸。ようやくバットで結果を出すことが出来たので、安心している様子だった。

 

「そうだぞ、御幸!! 今日の試合まで散々凡退しやがって!! 大舞台でしかお前は打てないのかよ!!」

と、伊佐敷に突っ込まれる。

 

「アハハハ………善処します………」

 

「3-0で青道!! 礼っ!!」

審判がスコアと勝者の名を宣言し、試合は終わる。

 

そしてOB、現役の高校生で埋まっている青道側の応援スタンド側では、3年ぶりの決勝進出に、喜びの声が上がっていた。

 

「しゃぁぁぁあ!! 3年ぶりの決勝進出!! 沢村がやりやがったぞ!!」

特にこの大一番で先発を任された沢村が躍動。あの仙泉打線を完全に抑え込んだのだ。

 

当初の期待値は低かった。だが、一戦ごとに成長を続ける彼の軌跡は、それまで彼に否定的だったものさえ、虜にしてしまう。

 

「あの野郎!! ホントどんどん前に行きやがって!! 秋に追いついてやるからな、ちょくしょーー!!!」

金丸は、一軍で活躍する同級生の姿に喜んではいるが、それと同じくらいに悔しさを感じている。

 

自分もあの場所に立つのだと。その為に体を動かしたくなった。

 

「………ああ。俺もアイツの球を受けてみたい。練習じゃなくて、本気の球を………だが、」

狩場も、沢村がどんどん上に上るのを見て、歯痒い気持ちだった。だからこそ、秋のメンバーには必ず入ると決意する。

 

だからこそ、遠いのだ。彼らが今は。今彼が思っているのはどんなことなのだろう。

 

 

「3年ぶりの決勝………長かった…………」

貴子先輩は、決勝へと進むことになった青道ナインを、感慨深い気持ちで眺めていた。

 

3年前、去年は決勝へと進んでいたチームが、自分たちの入学年度で決勝に進むことが出来なかった。それ以降甲子園は遠ざかり、決勝にすら届かない時間が続いた。それが悔しくて、しかし選手はそれ以上に悔しい思いをしていたのだと感じていた。

 

だが、今年決勝に出ることが出来た。それだけでもう嬉しい。だからこそ、甲子園に行きたい。同級生たちの最後の夏、存分に本選で暴れてほしい。

 

「貴子先輩!! やりましたね!」

夏川は、感極まっている貴子に声をかける。彼女もまた、甲子園にはおろか、決勝に行ったところを見ていない。だからこそ、初めての経験に喜んでいる様子だった。

 

「この勢いで甲子園目指すわよ!!!」

そして幸子も夏川と同じように、ここまで来たら甲子園しか頭にない。相手が何であろうと、勝ってくれることを信じていた。

 

「………………」

しかし、一番素人の吉川は実感がないのか、ポカーンとしていた。

 

「春乃?何しているの? 決勝に進んだのよ?」

準々決勝の時は、あれほどぴょんぴょん喜んでいたのに、今日は大人しい。

 

「い、いえ………次が決勝、そう思うと………なんだか緊張して………」

そして珍しく冷静な吉川を見て貴子は柔かい笑みを浮かべ、

 

「………ここまで来たら、私たちもみんなを信じましょ。決勝は凄い緊張感だと思うけれど、みんなならきっと…………」

 

「は、はい…………」

 

試合後、両チームが撤収した後、

 

「準決勝で完封リレー…………凄い。その立役者が栄純…………」

 

「栄ちゃんもまだこの会場にいると思う!! 試合後に余裕があれば会いに行こうよ!!」

 

若菜も、数か月ぶりの沢村との再会に、少し落ち着きがなかった。会って何を話すべきなのか、そしてこれからどう声をかければいいのか。

 

会う前は思いついていたのに、今は全く思い浮かばない。

 

「あっ!! 栄ちゃんだ!!!」

 

すると神宮球場前に佇んでいた沢村を仲間が発見。仲間の声に反応した沢村は大きく手を振る。

 

「お前ら~~!!!久しぶりだな!!」

沢村はいつもと変わらない様子だった。そのことに少し安心する若菜。

 

「栄ちゃんナイスピッチ!! 強豪相手にも一歩もひかなかったね!」

 

「何とかだけどな。明後日は大塚が先発だ。だから、最高の形でバトンを渡したかったんだよ」

そして、あの頃の沢村では考えもつかなかった自分と同等の相手への信頼の言葉。沢村にはもう、お互いの力と、人として信頼できる仲間が出来ていたのだ。

 

「けど、栄ちゃんがそんな有名人と知り合いなんて凄いよね! 栄ちゃんも、もう有名になりつつあるけど!」

そして夏予選では、沢村が特にピックアップされている。成宮、大塚、楊舜臣に次ぐ評価を受け、他県の強豪からもマークをされる存在だ。

 

「栄ちゃんのフォーム、かなり安定しているよね! 去年のフォームの改造でどうなるかと思ったけど、やっぱりあれは凄いんだね」

 

「ああ。足を上げるフォームと、上半身、右手で壁を作るフォーム。投手の基本までアイツに教わった。素人同然の俺を、信じてくれたんだ…………」

沢村を信じた人物。それはここにいる一同が皆知る者である。

 

「そして、教えてくれた変化球はすぐに馴染んだ。まるで、アイツよりも俺の体を知っているように。問い詰めてみれば、「これは予想外」といってくれたけど、アイツはやっぱり天才だ………」

大塚も驚く成長速度。沢村はまさに水を無限に吸い取る砂のように、野球の知識を蓄えていく。

 

「うん。でも、決勝も絶対に見るからね!! みんなで一緒に!」

若菜のこの声に、沢村は初めて笑みを崩し、

 

「あ、ああ!! 出番があるかどうかわからねェけど、俺に出来ることをして、甲子園に行くぜ!!」

やや顔を赤くしながら、沢村は若菜の激励を受けていた。

 

そして、そんな沢村の旧友たちとの再会を見て、

 

「………うらやましくなんかない…………けど、うらやまけしからん………」

沖田が泣きそうな顔で、沢村と若菜、その他大勢を見ていた。

 

――――幼馴染で、沢村の事を信頼し切っていて、そしてここまで遠路はるばる応援………

 

地元でも、かつて自分を応援してくれた人はいたが、あの事件のせいでうやむやに。だからこそ仕方ない面はあるが、それでも―――

 

「………決勝活躍すれば、モテるかな…………」

 

 

「沖田ってば、大体の面は良いのに、こういうところでは残念だよな………」

 

そして、そんな彼を呆れた目で見る狩場。動こうとしないので、沖田をそのまま引きずって集合場所へと詰め込んだ。

 

は、はなせーーー!!! 俺にはまだ、やるべき事がァァ!!!

 

ハイハイ、言い訳は監督の前でいおうか♪

 

 

 

「?? なんか知り合いの声が…………」

聞いてはいけない声を聞いたような沢村。一方若菜はその声の主を知っているので、

 

「アハハハ………栄純は気にしないで………」汗が少しダラダラ

 

 

「どうしたんだよ、若菜? 何か困ったことでもあるのか!?」

そしてそんな彼女の異変に気付かないわけがない沢村。彼女に近づいてその真意を尋ねる。

 

「あ………ううん。大丈夫。私は大丈夫だよ……」

迫られて、少し緊張したが、最近こうしたこともなかったので、満更でもない若菜。やや恥らいを見せつつも、満面の笑みで大丈夫であることを彼に伝える。

 

「そ、そうか………悪かった………その………いきなり近づいて………」

顔を赤くして、沢村は距離を少しとる。

 

「栄ちゃん顔真っ赤~~!!」

 

「栄ちゃんもいい加減覚悟を決めなよ!!」

 

「栄ちゃん、ファイト!!」

 

「一足前に、おめでた~~!!」

 

そして仲間たちも、去年から二人のお付き合いを応援していたのでそれに嫉妬を覚える者はいない。この仲間をつなげたのは、ほかならぬ沢村栄純だからだ。

 

 

マネージャン陣からも、沢村の地元での人望に驚きの声が、

 

「地元からの応援ですって。凄いね」

 

「あの子意外に人望あるんだ。」

貴子と幸子からは驚きの声が。

 

「あの人、どこかで見たような――――」

オープンキャンパスで逃げ回っていたカップルがいたという噂、それを遠目から見ていたのだが、はっきりしない吉川。

 

 

 

そして沖田がハートブレイク、マネージャー陣が談笑している中、

 

「わ……わ…わ………わ………」

こちらは思考が停止寸前の倉持。

 

「??? どうした、倉持?」

伊佐敷が、倉持の様子がおかしいことに気づく。

 

綺麗な瞳、すらりと伸びる健康的な美脚、平均を超えるスタイル、そして夏特有の活動的な服装が似合う、ショートカットの美少女。

 

そしてそんな美少女と、あのバカ村がまるで恋人のような雰囲気を作り出していた。というよりも、親密な仲であることは間違いない。

 

「………………………」

実際に見るのは初めてで、メールのやり取りの相手としか認識していなかった。だが倉持はいよいよ抑えが利かなくなっているようだ。

 

主に、嫉妬のメーターが。

 

「倉持、行くぞ。沢村の事は、一年生の中であれを使いこなせる大塚に任せる。」

そして放心状態の倉持を、結城が運んでいく。伊佐敷も何か言いたそうだったが、あそこまで仲睦まじい様子を見せられれば、突っ込む気すら失せていた。

 

―――ぐはぁ!!! 甘過ぎんだよ、沢村っ!!! 今夜の壁が足りなくなるじゃねェか!!!

 

しかしその心中はまさにマグマであった。

 

 

 

「フフフ………後で何を聞こうかな? あられもないことも、冷静さを無くした沢村なら、口が滑るかもね」

そして黒笑みが一段と素晴らしくなっている小湊が、後が怖そうなことを呟いていた。

 

その後、大体のメンバーがスタンドへと移動していくのだが、

 

 

「沢村~~。そろそろ俺達も移動するぞ。」

大塚が沢村たちの輪の方へと入ってきた。

 

「大塚! 稲実の試合だよな? ああっと………悪い、これから偵察なんだ! 大塚も急げよ!」

 

「大丈夫、沖田に担がせているから」

仲間たちに一言を入れて、沢村はその場を後にするのだが、

 

「あの……栄ちゃんに野球を教えてくれて……ありがとうございました」

仲間の一人が、大塚に礼を言う。

 

「どういたしまして。まあ、心の贅肉でもあるんだけどね」

大塚が苦笑いしながら、そう白状する。

 

「栄純のことを評価していましたよね、出会った時から。」

若菜は真直ぐな瞳で、大塚を見る。

 

「あれほどの原石。手を出したくなるのは野球をする者として………まあ、衝動的にね。そして沢村は今も化け続けている。俺もうかうかしてられないね」

エースナンバーを取られかねない、と笑う大塚。

 

「けど、明川学園戦。凄かったです。1-0の投手戦。」

 

「ありがとう。あの戦いは俺にとっても特別なものだったからね。あの戦いで、俺はまた一歩を踏み出せた。」

 

そして大塚は軽く咳払いをすると、

 

「そろそろ俺もこの場をお暇させてもらうよ。沢村の監視役を任されて、自分が試合に遅れては本末転倒だからね」

 

「は、はい!! ご活躍、期待しています!!」

 

「絶対勝てよ!!」

 

 

 

 

 

そして準決勝第2試合。都立桜沢学園対稲城実業。前者はこれまで各上との対決を制してきた最後のダークホース。片や後者は今大会の優勝候補。

 

「いい音させやがって………」

伊佐敷は、ブルペンで快調な調子である成宮を見ていた。

 

 

「スライダーは打てるな。フォークも何とか………だが……あのチェンジアップは厄介だ………」

沖田は、ストレートとさらにいい組み合わせであるあのスクリュー気味に沈むチェンジアップを見ていた。

 

チェンジアップの存在が明るみに出たのは、夏直前の練習試合。今年練習試合をしなかったが、偵察にてチェンジアップの存在は解っていた。ゆえに、偵察部隊はその後も稲実の試合をチェックしていたそうだ。

 

しかも、休日返上で。

 

成宮はチェンジアップを投げた後に降板していたが、あの球は確実に制球出来ていることが分かる。

 

レギュラー組は、この献身的な偵察部隊に感謝しつつ、彼の球に関してだが、

 

 

――――沢村が投げているし、そこまで驚きはない。

 

日頃から沢村の投球で緩急を強く意識しているし、慣れてもいる。体感速度も成宮とほぼ変わらない。球速にはさすがに差はあるが、沢村との対戦で対応できるというのが偵察班の見解である。

 

 

―――沢村のストレートを強化させ、キレが劣化した感じか………だが、あのストレートがある分だけ、厄介だ。

 

何としても、一球でも多くあの球を見て、軌道を覚える。

 

「スライダーとフォークを何とかといえる沖田君が凄いよ…………」

春市は、そんな沖田の物言いに苦笑い。

 

「だが、一番厄介なのは、あの緩急。最悪あの二球種は対応できても、あのチェンジアップが攻略の邪魔をするだろう。」

結城は、縦横の変化とあの速球の対応が出来たとしても、あの緩急のせいで打撃そのものを崩されると言っている。事実、あの球の前に打者は打撃を崩されている。

 

 

「…………チェンジアップではなく、サークルチェンジといった方が正確ですね。アレは」

大塚は冷静にあの球種のメカニズムを分析する。

 

あのボールはスクリュー気味に落ちているのだ。一概に、チェンジアップと命名すれば、ギャップが大きくなる。

 

「サークルチェンジを投げる上で、注意するのはその制球が甘くなり、高めに浮いてしまった時。中学1年生の時に経験があるんですけど、球数が多くなると浮いてしまうんですよね、あの球。」

 

大塚は経験談からチェンジアップのリスクを述べていく。

 

「そうなのかよ………俺はあんまり………」

沢村はそれを今まで意識していないのか、大塚の説明を聞いて驚く。

 

「それは、まあ――――そもそも長い回持たないからね、沢村は」

ここ最近は、6回前後しか持たない沢村。

 

「うっ!!  けど、いつか完投してやるよ!!」

 

しかし、完投能力がない沢村。自覚していることであり、疲労が見えた瞬間にすぐに代えられているのは事実。

 

 

「フォークほど負担はないんですけど、多投はお勧めしないし、それをすれば相手が緩急になれてしまいますから」

 

「なるほど………」

クリスも大塚の説明に感心する。投手の分野になると、青道では右に出る者はいない。あの監督よりも知識が豊富で、変化球に精通している彼はやはり天才ではなく秀才に近い天才だという事が解る。素質があるので手が付けられないが。

 

 

「ということは、サークルチェンジはあまり多投しないという事か?」

 

「ええ。サークルチェンジを投げる上で注意するべきなのは、まず左打者への対応です。スクリュー気味に沈む為に、インローの泣き所に決まらない限り、確実にミートされます。さらに、右打者には引っ張るスイングをされなければ、外側で当てられて、ライト線へと抜けてしまうでしょう。」

そして大塚は説明を続け、沢村を見ると、

 

「沢村が前橋戦で捕まりかけた時も、外のサークルチェンジを上手く運ばれています。となると今度は一転して、左のクロスファイアーが厄介ですが、ここはファウルで逃げるべきでしょうね。決め打ちをする際に、ストライクはカットして、ひたすら粘るべきです」

 

つまり大塚は、外の決め球は粘れば粘るほど、1球は投げてくるという結論に達した。

 

「徹底的に右打ちをさせるべきです。球数が増えれば増えるほど、甘い球が来る可能性は高くなります。幸い、成宮には右打者を詰まらせるためのボール、カットボール系や動く球がありません。綺麗な球筋なので、カットするのは問題ないかと。」

 

大塚の容赦のない指摘、まるでアマチュア相手にプロが弱点を探り出しているような感覚さえ覚えた御幸は、戦慄を覚えた。

 

「打席はとにかく、フォークの落ち際を狙う後ろ側での打席をお勧めします。それだけあれば、フォークを見切ることも出来ますし、スライダーは右打者の多い青道には多投できません。運が悪ければ長打もありますからね。こちらにはその運が悪ければホームランになる打者が複数いますし。まあ、カウントを取るときに外から曲げてくることもあり得るでしょう。」

 

「マジで何者だよ、大塚。ホント、お前が味方でよかったよ」

御幸は、自分と同等なほどにデータと配球に関して心得のある大塚に胸をなでおろす。読み合いになれば、自分でも勝てるかどうかわからない程に彼の理論は穴があまりないように見えた。

 

「…………球数さえ稼げれば、それだけ成宮を降板させる可能性が高まります。あそこの監督が勝ちを優先して、130球越えても投げさせるかは知りませんが。まあ、ヘロヘロの状態で、うちの打線を抑え込めるほど甘くもありませんけどね。」

先輩に褒められて、コホンと軽く咳払いをしつつ、大塚はその二次効果を挙げる。成宮降板こそが、稲城実業の恐れる最悪のシナリオ。故に、成宮を攻略することは、青道の勝利を呼び込むことになる。

 

「…………立ち上がりである初回。相手に的を絞らせず、上位打線は思い切り振り抜いていくべきでしょう。投手は初回にバットを思い切り振られるのは嫌ですから」

投手目線で最後にこう締めくくった大塚。

 

「…………となると、初回上位打線の仕掛け。下位打線の粘りが重要であることは間違いないな。2巡目であるであろう、5回6回。後は大塚が最少失点で切り抜けられるかどうかだ」

片岡監督も、クリスとともにいつの間にか参謀の一人になっている大塚の発言を聞き、話をまとめた。

 

「監督。」

しかし大塚はここでとんでもないことを言う。

 

「なんだ?」

 

「俺は稲実に、一点も譲る気はないですよ。」

 

監督を含めた青道ナインの前で、エースとして闘志を燃やす大塚。

 

準決勝第2試合が始まる。

 

 

大塚の眼光はこの試合で何を見抜くのか。

 




大塚がフラグを立てました。回収来るか?

沖田は結局無安打でした。あの練習を今頃しているでしょうね。

小湊さんの怪我は起こりませんでした。

次回、今年の夏最初の魔球使いとの邂逅です。


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第44話 幕はすでに上がっている

大人げないなぁ、どちらも。




準決勝第2試合が始まる。恐らくは、稲実だろうが、興味深い変化球が大塚の投手本能をくすぐる。

 

桜沢高校の守備。初回は緩い球に翻弄された稲実打線が凡退に抑えられた。

 

「面白い球だね………」

大塚は、あの投手に視線が釘付けになる。

 

不規則に変化し、揺れながら落ちる。稲実の打者はその変化に困惑していた。それは、この神宮球場にいるだれもが思う事であろう。

 

 

 

この変化球はまさに担い手を選ぶ、魔球である。

 

 

 

「………アレは………チェンジアップ? いや違う………何だあの球………!? パームボール!?」

沢村は緩い球といえば、パームかチェンジアップだと考えたが、どう見てもその変化は違うように見えた。だが、その変化球の変化をよく見ていた彼は、ただそのボールに驚くのではなく、驚きながらもコメントを残していた。

 

 

「…………まさか、高校野球でナックルに出会うとはな…………」

沖田は、衝撃を受けたような顔をする。

 

稲実の打者は、タイミングが合わない。

 

「最後のダークホース、か…………」

大塚はこれまで打ち破ってきたダークホースを考える。

 

―――楊舜臣も、この試合を見ているのだろうか。

 

青道を一番追いつめた男。海を渡ってきたエースも、同類に近いこの高校に何を思うのだろうか。

 

そして、初回の成宮の投球。

 

ズバァァァァンッッ!!

 

初回から飛ばしている成宮。大塚はアウト一つを見て確信した。

 

「…………思い切ったことをするね。だが、一番効果的だよ、こういうチームには。」

少々苦笑いの大塚。

 

「何だあれ。スタミナがあれで持つかよ。」

沢村はペース配分がなっちゃいないと批判的に見る。

 

「いや、あれで十分なんだ。桜沢を投打で追い詰めるには。」

 

「…………鳴もあくどい事をするなぁ。」

御幸も真意をすぐに読み取った。

 

――――この試合、9イニングまでする気がないらしい。

 

この回は、ストレート主体の投球で、3者連続三振スタートの成宮。

 

成宮は、スタンドで悠然と眺めている大塚を見て、笑みを浮かべる。

 

―――どうよ、お前にはこの投球が出来ないだろ?

 

成宮はチーム力をバックに、絶対にコールドすると信じ切っている。そして、成宮に任されたのは、相手に威圧感を与えて、ミスを誘い、一気に崩すこと。

 

だが、大塚の目線はナックルの軌道、投げた方の方へと傾いていた。やはり、彼は異質なものに惹かれやすい。研究者な面が一部垣間見られる彼には、やはり真新しいモノの方がいいらしい。

 

実力は完全に成宮だが、それでもナックルボーラーを直に見られる日は貴重である。

 

 

主軸の原田を三振に奪い、続く成宮も三振に打ち取られ、桜沢も負けていない。

 

 

「なんて試合だよ………ナックル一つだけで…………」

沢村もたった一球種だけで、あの稲実を抑えていることに驚愕する。

 

「…………沢村はナックルを知っているのか?」

クリスは一応聞いてみた。

 

「見たところですけど、不規則な変化をしてて、凄い打ちづらそうです。ナックルは初めて知りました!」

 

「だが投手としてよく見ているようだな。アレがナックル。現代の魔球とさえ言われている球種で、だれにでもできるものではない。」

 

「………魔球…………」

沢村は絶対的な自信とはいかないが、高速縦スライダーに自信は持っていた。

 

 

そして大塚にはパラシュートチェンジとSFF。降谷には剛速球。丹波先輩にはカーブ。

 

 

2回が終わり、両チーム無得点。

 

しかし、成宮の投球を前にランナー一人でない桜沢にはプレッシャーが忍び寄る。

 

内野手がなんと、ゴロをトンネルしてしまったのだ。

 

 

このダークホースは守備が固いという報告を受けていた。しかし、ここに来てまさかの単調なミス。

 

 

「あっ!!」

投手もその光景に動揺を隠せない。だが大塚は投手としての力量がそこまでではない投手に、それを求めるのは酷だと考えた。

 

――――やはり、エラーで顔に表情を出すのはよくない。そういう時は俺にも難しいけどね。だから轟君のように笑ってくれたら、だいぶ楽なんだけどね――――

 

 

頭では分かることだが、これは難しい。エラーをすれば反射的に表情は出るものだ。だが、その表情で味方のプレッシャーを軽減させることが出来る。

 

「どうして………!?」

沢村は突如として崩れた守備に驚きを隠せない。

 

「相手投手の攻めの投球に桜沢が呑まれたんだ。」

御幸が沢村に解説する。

 

「以前、先輩が大塚に圧倒的な投球をしろと言っていただろう。アレはそういう意味で言ったんだ。だが、奴にはそれは通じず、明川も特攻覚悟できていた。だからそれはむしろ逆効果。大塚が先にスタミナ切れを起こし、負けていた可能性もあった。だが、桜沢にはその威圧が効果的だった」

 

「投手が守備から………」

 

「まあ、お前もどんどん三振奪って、知らず知らずのうちにプレッシャーかけてたんだけどな!!」

 

 

そして、3回の守備の崩壊から失点を重ねた桜沢高校。

 

 

そして―――――

 

「14-0で稲城実業!! 礼っ!!」

 

ありがとうございました!!

 

 

準決勝第2試合はコールド。攻守ともに隙のない稲実が、甲子園を阻む最後の壁となる。

 

 

思わず、目を覆いたくなるようなスコア。準決勝でまさかのワンサイドゲーム。地力が違うといえばそれまでだが、第一試合は3-0という前半戦は投手戦だった試合に比べ、この結果は鮮烈である。

 

 

昨年の王者が、青道にプレッシャーをかける。

 

 

「ふふっ、見てたかな、アイツ」

記録とはいえ、ノーヒットに抑えていたのだ。そしてその投球を見て、大塚が驚く姿を見たかった成宮。

 

「………………いいナックルボーラーだった。」

大塚は、敗れた桜沢高校の投手を見ていた。どこまでも投手な大塚は、試合後の成宮ではなく、桜沢の投手のナックルに目をつけていた。

 

――――ナックル、投げてみたいな

 

 

そんな風に、マイペースな大塚を放置し青道の選手たちは――――

 

 

「甲子園に行くのは俺達だからな!!!」

 

「甲子園には俺達が行くっ!! 決勝は俺達が勝ァァツっ!!!」

沢村は、優越感に浸っているであろう成宮の相手をして、そんな啖呵を切って見せた。

 

「昨年の雪辱と、甲子園行き。上等………ッ!」

伊佐敷もここでもうすでにアクセル全開。

 

 

「うわ、テンション激熱じゃないですか。あ、薬師の二枚目の口癖が」

闘志を見せる先輩や仲間に触発され大塚が言葉を口にするが、思わずキャラがぶれた。そして―――

 

 

 

「御幸先輩。決勝についていろいろ話すことがあります。時間よろしいでしょうか?」

大塚は試合後に御幸を呼び止め、決勝の戦い方について相談する時間を申し出た。

 

「リード面や配球か?」

 

「そうですね。ちゃんと意思疎通が取れていないとヤバいですから」

 

 

――――あと一つ、絶対に勝つ。

 

 

 

その後、大塚は御幸とともに球場内を歩いていたが―――

 

 

「一也! それに大塚もいるのか! ちょうどいい」

御幸を見た時は笑顔だが、大塚を見た瞬間にホクホク顔の成宮。

 

「………いろいろ見させてもらいました。」

大塚はそれだけ言うと、面倒事は嫌いなのでここから立ち去ろうとする。

 

「まあそう言うなよ。今日の投球を見た? ピッチャーは緩急も必要だし、ああいった相手にプレッシャーを与えることも重要なんだぜ。むしろエースならそれは当然の仕事だし。ゼロに抑えること自体がエースではないんだぜ?」

そんな当たり前で基本的なことを今更言われてもと大塚はほとんど聞き流していた。話を否定することも出来ず大塚は首を縦に振る、もしくは無言でいるしかなかった。

 

 

さらに、大塚に降りかかる容赦のない過去の因縁。

 

 

「やっぱり間違いないな。1年消えていたからどうしたのかと思ったが、まさかあの時の奴だとはな。」

肌黒の上級生が大塚に話しかけてきた。年上とはいえあった覚えがない選手に馴れ馴れしく喋られるのはあまり好きではない。

 

「?? 貴方と会ったことはありましたか?」

大塚としては、あまり覚えていないので本当に知らない。あの時に睨まれて、若干苦手意識がある大塚。

 

「…………ッ 鳴の言うとおりだなぁ。いい神経しやがる」

 

「ええぇぇ!?」

驚く大塚。

 

御幸はその様子から、肌黒の選手―――神谷カルロス俊樹に尋ねる。

 

「カルロスは対戦したことがあるのか?」

 

「ああ………二度程な。練習試合と公式戦。こいつには3つも三振を奪われた。ずっとリベンジしたかった。覚悟しておけよ」

悔しそうな顔をするカルロス。そして大塚はそんな顔をされても、と困った様子だった。

 

 

「白河もそうなのか? てか俺だけ?」

御幸は大塚との対戦経験がない。全国行きを経験していないのだ。

 

 

「俺はないけど。嫌な投手が入ってきたものだな。」

対抗心を隠そうともしない白河。当時の丸亀シニアは、尾道シニアに初戦で敗れているのだ。その試合では沖田が2ホーマー、他の打者も躍動し、丸亀シニア投手陣を粉砕。沖田がここにいればまたややこしいことになっていただろう。

 

 

「ああ。お前を見ていると、あの頃の記憶がよみがえる」

 

「次は打つからな」

 

山岡陸。矢部浩二も、練習試合で横浜と対戦したことがあり、いずれもヒットすら出せていない。2年時しか彼は存在せず、その後リベンジすることも出来なかったのだ。

 

自分に身に覚えがないもしくはすぐに抑えた、あまり記憶に残る選手でもないので、ここまで陰険なことを言われて大人しくしている大塚でもなく、

 

ブチっ

 

御幸の横で変な音が聞こえた。

 

「…………この際、アンタたちがどういう存在かはどうでもいいです。1点も譲る気はありません。それに、うちの打線は先輩から点を取るので思い通りになるなんて大間違いです」

成宮に劣らずのビッグマウス。準決勝でああいう試合をされて、挑発されて、過去の因縁を勝手に持ち込まれて、自分の未熟さを感じつつも大塚は静かに闘志が燃え上がっていた。

 

――――言葉はいらない。ねじ伏せる。

 

若干イライラしている大塚。相手のことを気にも留めていない自分の態度は失礼なのは解るが、ここまで言われれば止まるわけにはいかない。

 

 

「やっと本性表したな。良い性格してるよ、ホント」

獰猛な目つきをする鳴。投手として大塚の発言は聞き捨てならない。

 

「御幸。この投手一人で、俺達に勝てるだなんて思っていないよね。去年と結果は同じだ」

 

 

白河は御幸の横で最後に、

「ウチに来なかったこと、後悔すればいい。10年後も20年後もずっと………」

 

「まあ、アイツの陰気は勘弁してくれ。じゃ、決勝でな」

 

「お互い全力でやろうぜ」

 

山岡と矢部にそう言われ、大塚は彼らに対し挨拶もしなかった。御幸は一応知り合いなので、軽口を言いつつ最後にあいさつをするのだが、

 

 

「…………やるぞ、栄治。絶対にアイツらを抑えようぜ」

闘志に満ち溢れた顔。御幸はこの時ほど絶対に勝ちたいと思ったことはなかった。

 

「やっと名前で呼んでくれましたね。俺もそのつもりです。あそこまで言われて、俺が黙るわけないでしょう?」

大塚も、訳も分からずに(試合で覚えていないだけ)いろいろ絡まれて何も思わないわけがない。

 

――――父さんなら軽く受け流しているんだろうなぁ

 

まだまだ偉大な父には届かない。父さんは笑うだろう。いや、むしろ笑顔のまま畜生発言を繰り返すかもしれない。

 

自分は、父親のように図太い性格ではない。現役引退したのに、現役復帰を半年たたずにするという暴挙。自分ならできない。

 

 

―――うん、やっぱりここは見習う必要はないや――――

 

 

 

 

その後、大塚と御幸が珍しくバスに遅れ、最後に乗ると

 

「どうした、御幸、大塚」

片岡監督が理由を尋ねると

 

「稲実に会いました」

 

「同じく。あったというより、絡まれました。言うべきことはちゃんと言ったので。」

 

「そうか……闘志は十分という事だな。」

それ以上は聞かず、片岡はバスに出発の準備を促す。

 

「大塚……アイツと何を話していたんだ?」

沢村は少し疑っているような目で大塚を見る。

 

「昔、俺と対戦経験があるんだよ。それについていろいろ言われただけ。」

 

「初耳だぞおい! あいつと戦ったことあるのかよ! それで、勝ったのか?」

伊佐敷は、大塚の意外なエピソードに驚く。

 

「成宮先輩にはまだ緩急がありませんでしたし、そのころの試合はあまり参考になりません。左は珍しいですけど、今みたいに絶望感を覚えるような投手でもなかったですしね、当時は」

かろうじて成宮だけは覚えていた大塚。後の面子は知らない。

 

「成宮の攻略法は? それは昔も使っていたのか? 今も使えるのか?」

白州が熱心に尋ねる。影が薄い先輩だが、やけに熱い性格だということを最近知った大塚。

 

 

「いいえ。あの時はチェンジアップがなかったので、スライダーとフォークの投手でした。なので、少し直球が早いぐらい。マシンを打っていたので、なんとか勝てましたね」

 

「なんだよ、ぬか喜びさせやがって~」

倉持が軽く大塚を小突く。白州は苦笑い。

 

「すいません。それだけ成宮投手が進化しているので、過去の攻略法は役に立たないということです。」

 

早い話、あの頃の成宮にはチェンジアップがなかった。だがそれでも当時からポテンシャルは認めていた、と思う。大塚もはっきりとは覚えていないが、投手戦ではなかったような気がする。

 

しかし、あまり記憶がはっきりしないので、投手戦だったと結論づけることにした。それに、あまり彼を意識したくないので

 

 

「それを考えたら、神奈川のあの打線なら火だるまですよ。正直、俺も対戦したくないなぁ、と思うほどですし」

大塚は、成宮の話から神奈川の横浦の話にすり替える。選抜優勝投手すら燃やした打線だ。はっきり言って怖すぎる。

 

一応知り合いの選手もいるし、その実力も認めている。さらには彼らが認める主軸の選手である、岡本と坂田。

 

――――甲子園で当たりたくないなぁ

 

冗談抜きで、あの打線との対決では、失点を覚悟しないといけない。

 

 

 

 

「春の地区大会、データの無かった沢村が横浦を抑えられたのは、本当に幸運だっただけの様だな…………」

クリスは全国の強豪の強さを大塚経由で聞き、その彼が失点を覚悟しなければいけない打力だと白状したことに驚いている。過大評価はダメだが、過小評価できる相手ではないのだ。

 

 

確かに、沢村は横浦にとって、あの時球種すら判別できていない変化球投手。まったくデータのない一線級。球種に翻弄されていただけで、この予選でのデータは念入りに調べているはず。

 

そして、成宮に引導を渡した横浜シニアの主力メンバーは横浦に進学している。神奈川最強の打線ともいわれるフルメンバーの実力。それがどれほどかはわからない。

 

 

「………………うっす…………」

データがない未知の相手と戦っていた。沢村もそれを考えるとやりづらいと考えていた。だから、あの時思い切り投げるだけで勝てた。

 

慢心は存在しない。むしろ、横浦と戦った時、次は危険だという事を認識した。

 

 

その横浦だが、神奈川で凄まじいことを起こし続けている。

 

 

神奈川県予選で、扇の要に一年生捕手が台頭し、防御率の良くなった横浦は、安定した強さで神奈川を無双中。ライバルの東海大相手にコールド勝ちするなど、向かうところ敵なしである。

 

全国随一の打撃力。1試合平均得点9.6点。他県を震え上がらせるのは、主軸3番4番5番の選球眼と長打力。むしろ8番まではホームランが狙える超重量打線。

 

そして広島には、完封試合を成し遂げたゴールデンルーキーが台頭。キレのある変化球で、三振を奪い、その左腕から繰り出される魔球高速スクリューに、バットは廻る。

 

 

「まあ、気にすんな。すぐに上にいけるだろうしさ。」

 

「御幸もだんだん沢村や大塚の大物発言がうつってきたな」

倉持が御幸も一年生に毒されてきたと発言する。彼は根拠もなしにそんなことを言わない。だが、自身に満ち溢れていた。

 

「捕手は虚勢を張って何ぼ。相手をビビらせたら、それで儲けもの。ディフェンスは任せてくださいよ?」

 

 

青道はその後、打倒稲実を誓い、バスの中でも闘志を燃やすのだった。

 

 

 

「……………」

学校へと買ってきた春乃はアレが見間違いなのか、それとも本当に現実だったのかを未だに判断できなかった。

 

――大塚君の独り言―――大丈夫、だよね?

 

 

大塚栄治がけがを隠していている可能性がある。だが、仙泉相手に貫録の投球。その後も異変など感じさせなかった。

 

「…………大塚君?」

 

彼が練習を切り上げ、どこかへと行く。

 

 

春乃はそれを追う事は出来ない。彼女にも任された仕事があった。

 

だが、

 

「………気になるの?」

 

「思い過ごしならいいんですけど…………って、貴子先輩っ!?」

後ろで彼女の言葉を聞いていたのは貴子だった。

 

「そうね。貴方の勘が当たるかはわからないけど、貴女が異変を感じるのは相当ね。だから様子を見に行って。」

 

 

「は、はい!!」

 

 

彼女は大塚を追うことになった。

 

 

 

そして―――

 

 

「あれ!? 見失っちゃった?」

 

大塚を見失った春乃。結局、彼を見つけることは出来なかった。

 

言いようのないざわめきを覚えつつ、春乃は仕方なく青道高校へと戻るのだった。

 

 

 




ナックルボーラーさんの出番が・・・・・・

大塚の畜生度が上がっただけですね。最初は悪気はなかったんですよ、悪気は。けど、それが人を怒らせるんですよね・・・現実では気を付けましょう。

それと、横浦のイメージはセンターラインが整備された2014年ヤクルト。そして、原作丹波さんの上位互換的な実力のエースがいます。しかし、好不調が激しい致命的な欠陥が。

仮に横浦相手に大塚も完投を目指すなら失点は確実にします。ソロムランを絶対に食らいます。リリーフなら零点でしょうが。


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第45話 抱えるモノ

完璧に見えた主人公だが……

二世は辛いよ。


決勝に向け、調整を続ける青道の仮エース大塚栄治。

 

 

「ナイスボールっ!」

 

いつもと変わらないフォームで、大塚の投球は続く。明後日の試合に向け、万全の様子。

 

球の調子を見ただけで、御幸と大塚は練習を切り上げ、当日の配球や攻め方を確認していく。

 

だが、その話を聞いた者はいない。二人こそこそと話をしており、だれもそれを知らない。

 

そうして、今夜のミーティングが始まる。

 

「結局この試合はあくまでストレート主体の組み立てだったな」

 

桜沢高校は、青道が戦ってきた薬師や春の市大三高に比べ、劣っているのは言うまでもないが、それでも圧巻の投球だった。警戒していた緩い球をあまり投げなかったのだ。映像で見る限り、スクリュー気味に落ちているのはわかるが、それでも生で見たかった。

 

しかし、対策がないわけではない。沢村のサークルチェンジがすこし成宮のボールに似ていたのが救い。仮想敵として、これほどの適任はいない。

 

 

 

 

そして当日の作戦だが、

 

「とにかく、バットを振りぬくことだ。長打ではなくても、振りぬいた分内野の頭は越える。特に、一点を争う場面での前進守備の時は、内野と外野の隙間に落ちてくれる可能性が高いからな。あとは低めの変化球に手を出さないことだ。」

確実に引きつけてミートすることを心がけるよう伝える片岡監督。それでいて、低めの見極めが重要になる。

 

「沖田と結城にはマークが厳しくなるはず。やはり下位打線からのチャンスメイクが一番理想的ですね。」

クリス曰く、マークが厳しいと予想される主軸対策を考慮し、下位打線からのチャンスが一番の理想的。

 

 

「右打者は徹底して右打ち。両打ちの倉持は左で、御幸が如何にリズムを乱すかだろう。センター返しを理想とした打撃をチームで統一できるかがポイントだ。」

 

 

「御幸」

片岡に名前を呼ばれると、

 

「はい」

 

「この試合。ヒットはそう多くは求めん。数少ない左打者。十分に揺さぶればいい。この投手をマウンドから引きずり下ろすことを考えておけ」

 

西東京代表を決める戦い。下馬評では稲実だが、勢いと投手層の厚さは青道が勝るという結果を出している。

 

稲実は、成宮以外の投手は二線級である。青道の主軸を抑えられるほどの力はない。

 

そして、ここまで大塚の温存策がはまり、沢村も中継ぎ陣がいたのでそれほど負担もない。スクランブルにも一応対応できるだろう。

 

 

降谷の登板機会こそ少ないが、この予選の間で制球力はだいぶ改善されていた。スタミナの問題こそあるが、短いイニングならば、問題なく頼ることが出来る。

 

「大塚には成宮に負けない投球をしてほしい。といいたいが、とにかく稲実を最少失点に抑えることに集中してほしい。」

 

「解りました。」

 

「打順も変える。ここで1番は倉持、2番は小湊、3番は沖田、4番は結城、5番は大塚、6番は御幸、7番は伊佐敷、8番は東条、9番は白洲で行く」

 

「はいっ!!」

倉持はトップバッターを任され、ショートの守備。1番ショートで先発出場。自慢の快足で仕掛ける。

 

「元のさやに納まったね」

2番打者には小湊。小技など、何でも出来る。

 

「………右打ちは得意だ。」

3番には沖田。広角打法なら部内ナンバーワン。それに、沖田も好投手相手には開きなおることも必要だと悟っている。決め球を打ち砕き、チームに流れを呼び込めるか。今回は肩の強さとユーティリティを活かし、サードへ。

 

4番は結城。去年ホームランを打った男。無論力を入れられるだろうが、それでも負けないスイングを求められる。

 

5番は大塚。長打はないが、繋ぐことを期待されている。ある意味、チェンジアップを一番理解しているので、この試合のキーマン。

 

 

「6番は御幸だ。とにかくランナーがいれば、狙っても構わんぞ。御幸には内角は引っ張り、外角は流す打撃の基本を実践してほしい。」

 

「解りました。」

 

「7番は伊佐敷。右打ちで力まず、自分の打撃をしてほしい。内角は本能で打て。」

内角や悪球には強い伊佐敷。クロスファイアーへの対応が一番いいと予想される。

 

8番には東条。レフトで先発出場。

 

9番には白洲。ライトで、トップに回す打撃を求められる。

 

「8,9番こそ、奴は一番力を抜くだろう。だが、決して打てない球ではない。右打ちで球数を粘りつつ、四球での出塁を目指してほしい。打線が繋がれば、ムラが出てくるはずだ」

 

 

 

そしてマネージャーからの部員への贈り物には―――

 

「これ、吹奏楽部のみんなからだって」

 

そこには鶴を無数に連結させた、千羽鶴を両手に抱えていた貴子の姿と、彼女の横にいるマネージャーたち。

 

「おっ、千羽鶴じゃん。」

よくできているなぁ、と細部まで見ている伊佐敷。

 

その事を伝えにきたマネージャーは、帰ろうとするが、

 

「後二日、よろしくな。俺達も死ぬ気で頑張るからよ。」

いつもと変わらない彼の声で、この二日にかける思いを口にする伊佐敷。

 

「伊佐敷君………」

 

「とりあえず、完封するんでよろしく、先輩」

大塚も伊佐敷に乗ったのか、それに便乗する。

 

「大塚君………」

吉川は、あれ以来大塚から距離を少しおいているのか、物理的に遠くに立っていた。だが、やはり気になるのか、心の中でモヤモヤが残っていた。

 

「??(吉川さんの様子が最近おかしい。日頃明るい奴とか、馬鹿な奴が黙ると本当に何か深刻なことがあったのかと思いたくなる)」

大塚はそんな彼女の気も知らず、能天気なことを考えていた。

 

「頼もしいわね、大塚君。残り1試合になるけど、背番号1の感想はどう?」

貴子が、大塚に尋ねる。背番号1は彼にとってどういうモノだったのかを。

 

「身が引き締まる思いがしましたね。絶対に負けないんだという気持ちが強くなって、大きくなれたんじゃないかと思います」

この背番号は、人を大きくする。良くも悪くもこの背番号の意味は大きいことが分かった。自分には身に余る光栄だと思ったこともあったが、それでもわるくはなかった。

 

「ふふ、そうなんだ。期待しているわ」

貴子からの激励。大塚はやや顔を赤くしてしまう。

 

「なんだか先輩に激励を貰うと、照れくさいですね」

横髪を少しさわりながら、照れくさそうに白状する大塚。

 

そんな空気のところへ、

 

「というより、後二日ではないぞ、藤原、それに伊佐敷。その次も戦う準備をしなければならない。」

結城が伊佐敷に冷静に突っ込む。

 

―――これで終わりではないといわばかりに、

 

「うるせぇよ。というかこう言うことは、まず哲が言うべきだろ!」

 

「夏休みも短くなるだろう。8月は休みがないと思ってくれ。」

淡々と口にしていく結城。一同は思った。

 

―――それって全国制覇しているんじゃないかと。

 

「結城君。当日もバッティングを期待しているわ。」

 

「そうだぜ! まずは一本、あの野郎の球をスタンドインしてからだな!!」

 

はははははっ!!!

 

部内の雰囲気もいい。決戦に向けて、青道は一つになっていた。

 

「………やっぱり勝ちたい。このチームが一番長く野球をするんだと。それを全国に示したい。」

大塚は思う。

 

いろいろ言えるほど、このチームにいたわけではない。

 

しかし、自分に足りないモノが分かった。

 

素晴らしい再会と出逢いがあった。

 

だからこそ、勝ちたい。先輩たちの最後の夏を、最高の夏にしたいと。

 

丹波さんを、絶対甲子園に連れて行くんだ。

 

 

「………でも、大塚君にとってもこれが始まりなんだよ?」

春乃はそう意気込む栄治に釘をさす。表情はさえないが、大塚は理由を聞かない。

 

「はは………3年間。改めてよろしくね、吉川さん」

栄治もそれは弁えているらしく、3年間という言葉を付け加え、改めてその道を目指し力を合わせようと彼女に伝える。

 

 

まだ、かみ合わない。

 

 

 

「は、はい。」

 

――――私の、私の聞き間違いなのかな?

 

彼がとても怪我をしているようには見えない。

 

自分がドジでいろいろと間違えることが多いことを自覚している春乃。だからこそ、アレはもしかしたら自分の幻聴。目立った怪我をしているようには見えなかった。

 

「―――――。」

大塚は、春乃の様子がおかしい理由に最後まで気づかなかった。

 

 

 

そして稲実では―――

 

「ホント、注意するべき打者が多くて……やりがいを感じるね」

 

 

3番に座ることも多い沖田。4番結城………チャンスでの御幸。

 

そして打順こそわからないが、下位打線にいるであろう大塚。大きいのは上記の3人ほどはない。だが、チェンジアップの軌道を一番理解しているのは、彼なのだ。

 

彼は青道のバッターの中でも一番注意しなければならない。投手の目線からチェンジアップを意識している彼に対しては、ランナーを置いた状態で迎えたくない。

 

―――悔しいけど、チェンジアップ系で負けているからね………

 

パラシュートチェンジ。メジャーの名投手が投げているチェンジアップ系最高の決め球の一つ。打席の手前で急激に沈み、空振りを奪いやすい。その変化は下手なフォークやスライダーよりも強力だ。ある意味、フォークのように落ちているとさえ感じてしまうほどのキレも備わっている。

 

 

 

さらに、シンカー気味に沈むサークルチェンジも覚えており、軌道も複数ある。

 

 

 

「というより、野手陣こそ気を抜いていると、大塚にノーノー食らわせられるよ。」

成宮は先ほどから原田に青道の打者へのサーチが足らないと怒られており、逆にそういうことを言ったのだ。データこそ集めているが、データを集めたから打てるというわけではない。

 

 

「確かに………一年生であの球威と制球力。多彩な変化球の中で輝く絶対的な球種、SFF、パラシュートチェンジ………」

 

緩急自在の要と、打者の心をへし折るSFF。投げる回数は少ないが、あの球の被打率は、考えるのが馬鹿らしくなるほどクレイジーだ。

 

 

なお、痛烈な打球を飛ばした野手は青道にいるという二重苦。

 

 

「ああ。とにかく投手戦が予想されるからな。明川戦で、緊迫した場面でも制球を乱さないのはリサーチ済みだ。」

原田は、大塚が完封を達成した時に彼と投手戦を演じた投手のことを考えていた。

 

 

―――楊舜臣。もしこの投手が青道ではなく、自分たちが先に当たっていれば、どうなっていたのか。

 

 

青道を追い詰めた唯一の投手。大塚がいなければ確実に青道は敗れていた。西東京の中でも、その実力はトップクラス。強豪校のエースを今すぐ張れるほどだ。

 

それこそ、稲実にいればエースになれたかもしれない。

 

 

 

だからこそ、それほどの投手。もし―――先に楊瞬臣と稲実が当たっていた場合、どうなっていただろう。

 

 

 

ムラのある成宮が先に、万が一失点すれば、負けていたかもしれない、そう思えてならない。

 

 

 

そして稲実の監督、国友広重は先発の大塚について難儀していた。

 

春の地区大会では、力をセーブして投げて完封。夏予選も終盤に力を発揮するなど、スタミナやペース配分にも優れている。

 

成宮を超える多彩な変化球。癖球をうまく活用し、打たせて取る投球も可能。

 

 

――――四死球はゼロ。片岡監督は大塚に無理をさせず、沢村投手に準決勝を託し、1イニング試運転で大塚に投げさせた。

 

完全に決勝戦のために調整させている。負担も疲労も少ない大塚は、果たしてどれだけの威力なのかと。

 

―――さらに後ろには、制球力の増した剛腕降谷、サイドスロー川上。早い回で降板した影響か、沢村も短いイニングなら投げられる可能性もある。

 

沢村栄純。まるで去年の成宮を彷彿とさせる左腕。違うのは、その成長速度。次々と変化球を覚え、制球力が増している。薬師戦で見せたあの決め球は初見ではまず打てないだろう。

 

――――奴か。

 

国友は沢村の背後にいる影に、大塚を見た。原石同然の彼を磨き上げたのは、その原因は間違いなく彼だと。

 

「あの大塚………温存策が見事にはまり、決勝は間違いなく投げてきます。あの投手を相手にどうすれば攻略を………」

林田が国友に尋ねる。文字通り穴がないように見える。その多彩な変化球に目が行きがちだが、彼には膝の動きでタイミングを変えるという離れ業がある。

 

プロ野球でもフォームを変えて投球する投手はいる。だが、それを扱えるのは一握りである。6年連続防御率1点台のあの男。

 

膝の上げ方だけでも、彼が一流であることは解る。そこには間があるのだ。

 

一流の中の一流こそ、タイミングを操り、自分の体を制御できる。

 

「恐らくそう得点は望めん。守り勝つ野球で、足を絡めて揺さぶるしかない」

 

 

 

 

 

そして翌日の青道。

 

150キロのフリーバッティングにて、快音を残す選手たち。

 

 

「大塚と沖田、御幸……それに結城はあんまり快音がないな」

 

先程から、バットには当たるが、スイングが鈍い三人。準決勝では当たりのあった二人までこうなっているのは、青道のファンにとっては不安要素ではあるのだが、

 

 

――――チェンジアップを待ち、ストレートをファウル、もしくは単打にする。そして右打ちの準備を行う。特に御幸はコースによって打球の方向が違う。

 

広角に打てる結城と沖田は、すぐに慣れ始め、逆方向への鋭い当たりが増えてきた。一方の御幸はまだ単打のみ。大塚は安定して単打のみ。

 

「これが150キロ………」

東条も低めの球はヒットには出来ているが、高めに振り遅れている。変化球への対応は予想できるが、ストレートはカットするのが精一杯。

 

そして打撃練習の終わった御幸と大塚は完全非公開の屋内へと入っていった。

 

 

 

一方の稲実、

 

サイドスローの川上、降谷を意識した打撃練習は行っているが、大塚程の球種の豊富な投手は存在せず、140キロオーバーの変化球投手を担えるものはいなかった。

 

故に、マシンによる打撃練習。無論SFFやパラシュートチェンジは再現することは出来ない。

 

最速147キロ。この大舞台で化ける可能性もある。

 

 

沢村の存在も不気味で、万が一大塚を打ち崩しても、この投手の攻略は至難の業である。

 

出所の見えにくいフォームで、130キロ前後から前半に球速を増していた。左打者には縦に沈むか、もしくは食い込んでくるスライダー。まだフォームが整っていないのか、沢村の腕間接の柔軟性のおかげか、違った変化をすることもある。さらにはチェンジアップ系、癖球と変幻自在。

 

 

ムービングとカットボールが左右の打者にかなり効いている。それに、あそこまで動く球を投げ、且つ制球のいい投手など、稲実には存在しない。

 

精々変則の投手で練習することしか出来ない。

 

 

練習場の外で見ていた峰は、稲実の大塚攻略があまり進んでいないことを悟る。

 

―――あれほどの投手だ。両サイドに投げ分けられるだけではなく、膝でタイミングを外してくる。さらには、初球打ちで打ち損じ、追い込まれれば三振。

 

峰は思う。この夏、甲子園は荒れると。

 

―――あんな怪物投手、甲子園にはいないだろう。速球が速いと言われた投手はたくさんいた。だが、一番”勝てる”投手は彼の右に出る者はいないだろう。

 

さらに言えば、沢村の癖球を再現することも、あのフォームを再現することも無理な話。

 

あのフォームは沢村だけの、唯一無二のフォームと言えるだろう。

 

 

故に、稲実は成宮の出来次第という事になる。

 

 

―――昨年夏の甲子園で鮮烈なデビューを果たした、成宮鳴。関東1の投手であるとされているが、大塚、沢村、降谷などの新戦力に果たして格の違いを見せつけられるか。

 

しかし昨秋は調子を崩し、春の選抜出場を逃すなど、力を発揮できない時期もあった。

 

 

そしてその甲子園の夏での敗戦が、彼を大きくさせている。スクイズのウエストが失敗し、暴投に。それが決勝点になってしまったのである。

 

だが国友は彼にはいい転機だったと述べていた。

 

―――天狗になりかけていた一年坊主が、野球の怖さを知ることが出来た。

 

 

だからこそ、国友は成宮に全てを託す。大塚から大量点を臨めない中、投手が踏ん張らなければ甲子園は夢と消える。

 

 

 

 

場面は戻り、青道へ。

 

 

「1、2番は足を絡めた小技が得意だ。バントで揺さぶってくるかもしれない。大塚一応フィールディングの練習も少しやるぞ。まあ、問題ないとは思うけど」

 

「そうですね。フィールディングには特に気を付けようと思います」

 

物凄いチャージでセーフティ気味の当たりを一塁へ転送。送りバントも二塁へ転送し、相変わらず刺され役に指名される倉持。

 

「マジで自信無くすわ………」

刺された倉持は自信を無くす。

 

「すいません。部で一番足の速い先輩にしか頼めないことです」

 

「大塚って足も速いよな。明川戦のタッチアップも凄かったし………」

 

「やっぱ投手って、足腰がいいんだろうな」

 

 

「沢村、今日は軽めの調整だ。フィールディングの後、ブルペンで調整だ。大塚もキリが良いところでブルペンに来い。」

クリスに促され、フィールディングで8割倉持を刺した後、大塚と御幸もブルペンへと向かう。

 

「4人の投手に教えること。それぞれの打者の特性は教えたが、稲実は勝利への執念というより、それに裏打ちされた采配がある。主軸でも送るべきところで送る。それが出来るチームだ」

 

「面白い。フィールディングで刺してやりますよ」

大塚はかかってこいといった感じだった。

 

「けど、やっぱり守備の陣形も影響するし、やっぱ投手が一番気をつけなきゃいけないんすよね」

沢村も長い回を投げる可能性があるので、クリスの話に耳を傾けている。

 

「………まあひとつ朗報なのは、成宮が大塚を意識し過ぎているところだ。だからこそ、大塚は自然体で投げろ。」

 

 

「言うまでもないですね。投げ合いは意識しますけど、打者にならない限り、出すつもりはありませんよ。」

投手対投手。本来野球は打者対投手なのだが、エースという言葉を正しく理解できていないマスメディアの罪状だと大塚は思う。

 

―――エースは、本当のエースは強いハートを持っている。だから、相手投手を気にして、崩れるのは愚の骨頂。自分に出来る最善をし、結果を出してこそエース。

 

 

今は、それを強く意識しなければならない。言葉に出して言わないと、落ち着けない。

 

 

それを考えたら、自分は父にはまだ遠く及ばない。彼のいた高みにすら届いていない。まるで、星を掴むような、そんな途方も無い壁、距離がある。

 

ーーーーまだ俺は、父さんに比べれば……

 

 

 

父親は、いい意味でマイペースだった。のらりくらりとバッターを抑えて、簡単に打ち取る。形容し難いオーラを纏っていた。

 

「まあ相手がエースだと、点を許したくない気持ちはありますが、それで崩れるのはつまんないじゃないですか。」

 

だから、こんな事しか言えない。自分は父のような覚悟には至らない。それは恐らく、一生……

 

 

 

「……………………」

沢村はその横でメモを取っていた。それを見た御幸は笑みを浮かべ、

 

―――まさに沢村にとっては格上で、教科書だよな、こいつは。

 

沢村の成長を手助けしているのは紛れもなく大塚である。

 

――――そして奴もメモを持ってはいないが、ちゃんと話を聞いているようで………

 

降谷も、メモを持ってはいないが、大塚の話とクリスの話を聞いている。

 

 

そしてそんな決勝に向けて調整を続けるナインに思わぬ来客が現れる。

 

去年のドラフト3位。東清国である。どうやらまた太ったように見えなくもない。

 

「あの人…………」

大塚が三振に打ち取った人。

 

「アイツは………」

沢村が三振に打ち取った人。

 

伊佐敷は、東の腹を見て、

「なんで太ったんですか…………?」

少し信じられない目で見ていた。

 

「やかましい!試合に出れへんストレス太りや!! てかわしの事はいいんや! 大事なんはお前等やろが!!」

そうなのだ。彼がここにきたのは決勝へと駒を進めたナインへの激励。

 

そして丁度ブルペンにいた沢村たち

 

「おいおいお前あん時のクソガキどもやないかい。なんでブルペンに入っているねん」

大塚と沢村を見て、少し驚いた眼をしている東。

 

「ア、アンタは、かつて俺が完膚なきまでに抑えこんだメタボリック先輩」

 

「あって早々相変わらず失礼な奴やな、オノレ!!」

 

色々あったが、沢村と大塚、降谷のボールを見てもらうことにした。

 

 

ドゴォォォォンッッ!!

 

低めへとストレートが決まり、満足げな笑みを浮かべる降谷。続けて制球よく際どい所へ半分の確率ぐらいまで投げられるようになり、練習とはいえ、ほくほくが止まらない。右左関係なく、この剛速球は凄まじい。

 

――――せやけど、フォームはタイミングとりやすいんやな。

 

降谷のフォームには癖がない。全身をうまく使えているとは言い難いが、腕をしっかり振り切ることは出来ているので球は伸びてくる。だが、

 

1,2,3のタイミングで投げてきており、プロ入りした東には、見慣れた光景でもあった。さらに気になるところを挙げていけばきりがないので、後でクリスに伝えることにした東。

 

 

「この制球力でこの球威………やるやないか、坊主」

 

 

 

そして沢村の高速縦スライダー

 

「………ホンマ、あんときの小僧か、こいつは………」

キレのあるウイニングショットを手にし、沢村も多彩な変化球を見せる。

 

右打者に対しても猛威を振るい続けるこの決め球。スピードも速く、右打者のひざ下へと急激に消えるので、セオリーが通用しにくいのだ。

 

右左に有効に使えるほどのスライダー。だが、東はすぐにスライダーの欠点を見抜いた。

 

 

「お願いしやすっ!」

 

スライダーのことを気に留めつつ、沢村が繰り出した右打者の外角低めにストレートが収まる。投手の生命線であるアウトコースを意識した投球に、東は感心する。

 

――――今度はフォーシーム、アウトコースにええ球来るやないか

 

 

対照的に出所が見えにくく、非常に粘りのあるフォームを会得している沢村は、東の目から見てもタイミングは取りづらい。降谷ほどではないにしろ、捕手のミットを鳴らせている。

 

――――フォームは変則に見えとるが、理にかなったフォームや。

 

大きく足を上げることにより、打者への威圧もかかる。そして、軸足から右足にうまく体重が乗っており、理想的な体重移動が可能となっていたのだ。

 

 

―――――さらに選択した変化球が、癖球、緩急の順番に来て、空振りを奪える球

 

腕の振りがほとんど同じの速球系、チェンジアップ系に関していえば注文はない。ただ、試合後半で球が浮き始めるというクリスの証言もあり、降谷とは対照的に上体がやや弱いのではないかと推測する。

 

「…………まあ、想像通り半端ないなオノレ………」

しかし、むしろその特異性をいかし、沢村はプロのバッターを驚かせるぐらいはできると考えた。

 

 

「ホンマ、この世代は凄いやんけ。まあ、目当ては他にもたくさんおるし、青道のカラーがかわっとるやん」

 

東は、この厚い投手陣を前に何を口にするのだろうか。

 

 

 

 

 




私事ですが、インターネットの接続の際に問題があり、新生活の二週目辺り、4月中旬までパソコンが使えません。

そのため、投稿が遅れます。すいません。


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第46話 渇望のエース

ストックが出来たから、出さないのは甘えだと思った。

しかし、タイトル未定。


「どうでしたか、東先輩」

クリスが沢村らの評価をプロとしての東に尋ねる。

 

「正直、あのサウスポーのガキは、ここまで伸びるとは思わへんかった。右バッターへのカットボール、そして変幻自在の癖球、チェンジアップ系、空振りを奪えるスライダー? 正直に言わさせてもらうと、球速が伸びれば化けるで、アイツ……」

 

沢村の評価は高い。球速さえ伸びれば即戦力。

 

制球力がいいので、球速さえつけば、すぐに使えそうだと東は言った。

 

しかし、同時に東が気になったのは……

 

――――スライダーのフォームが違うことぐらいやな。

 

「クリスは教えんのは上手いが、全国やプロクラスになると、あのスライダーはアカンかもしれんな」

 

「??」

プロ入りをしていない者と、した者の明確な差。

 

「率を残せるバッターは、相手のフォームの違いや投手の癖だけで球を見切るんや。1年生やし、そこまでのレベルを求めるのは酷かもしれへん。せやけど、プロ予備軍が集う甲子園は見逃してくれへんぞ」

 

「―――――では今すぐ、フォームの修正を――――」

クリスは、その欠点について違和感程度でしか感じていなかった。突貫工事でもあり、沢村の成長スピードを前に見逃していたのだ。

 

「――――アカン。ここでフォームを矯正すんのは時間がかかる。それに、ここでフォームを変えて崩すことになれば、ほかの球種にも影響が出る」

 

 

「――――スライダーが使えなくなる時が来る、ということですか――――」

 

評価が高い沢村の欠点。球速以上に深刻な欠点。クリスは、秋大会でも沢村がスライダーで苦労しているなら、必ず手を貸す決意をした。

 

 

次に、

 

 

「あの降谷とかいうやつは、大事に育てんと。スピードボールは才能や。制球はイマイチやが、アイツも楽しみや。変化球を覚えれば、鬼に金棒やな。課題はフォームや。俺らのレベルになると、合わせるのは苦労せんわ。じゃけん―――」

 

「――――フォーム、ですか」

沢村と同様に、やはりフォームにまだ改善の余地があった。

 

「そうや。これもまだ上体だけで投げているからなんやろうな。体重移動は出来とるんやから。後は下半身の使い方やな」

 

沢村、降谷を見て、今度は大塚へと目を向ける。

 

 

「アイツは規格外や。正直に言わせてもらうが、あの成宮よりも恐ろしゅう感じるわ。アイツの成長限界が見えん……青道のエースなんは確かやが、その完成形が見えんのは初めてや。うちのチームも今投手がおらへんから、大塚コーチも苦労しとるし……うん? 大塚?」

 

東は自分の言葉に突っ込む。そして―――

 

「はい。二世ですよ、彼」

沖田が実はそうであることを彼に紹介した。

 

「……あの化け物投手の息子なら、納得やで………あの年でまだ140キロ投げられるだけで恐ろしいわ……時々三振してしもうて『俺の球に三振するようじゃ、この先ヤバいぞ!! 老体を打ち込めなくてどうする!!』となぁ……正直、ノーコンの投手よりもずっと使えるやろ………」

 

何やっているんですか大塚コーチ。そして40を超えているのに、140キロ後半を投げ込むおじさん。現役復帰してもいいのでは、とコーチ陣、選手からの声。

 

ちなみに、変化球も打撃投手を務めることによって戻ってきている。一軍監督は、「今すぐ選手として契約しよう。」と考えていたりする。リリーフならば使えるだろうと。

 

 

故に各種スポーツ新聞では、大塚和正、現役復帰か?という記事まで出ている。

 

「せやけど、なんやろ? 高い実力があるのに、苦しそうに見えるんわ……」

東が唯一、大塚に苦言を呈したのは、雰囲気。

 

「苦しい、ですか?」

クリスが尋ねる。

 

「奴は、お前によく似た境遇や。プロ野球選手の二世、大きな怪我、そしてあの指導力、お人好しな面」

 

高い実力なのに、まるで自分は未熟だと、考えている傾向が強い。理想が高過ぎる。

 

 

 

その理想は、アマチュアの選手には重過ぎる。並の選手なら潰れてもおかしくない。

 

 

 

 

 

「わいには、奴が悩みを抱えてない事の方が異常に見えるんや」

 

 

空元気に見えない。だが、慢心やエゴが無さ過ぎる。

 

 

「大塚が、自分と……」

 

 

 

「わいは、もうクリスのような事は勘弁や。奴は高校野球で終わる器やない。」

 

 

東は、大塚の目標と対決した。だからこそ、分かる。

 

 

ーーーーあれは本物の唯一無二。

 

 

 

後にも先にも、投手としての実力は世界最強。速いとか、キレがいいという事ではない。

 

 

 

大塚和正ほど、打者の心を簡単に壊してしまう投手を、東は知らない。

 

 

 

 

そんなシリアスな雰囲気とは知らない大塚。

 

 

 

 

彼は御幸と屋内ブルペンにもう一度入っていた。

 

 

何が起きているかは二人しか知らない。だが、御幸がノートを持って、大塚と話していることから、御幸が作ったスコアブックを見て、配球面での打ち合わせをしていることがわかる。

 

「緊張感がすごすぎて、入れなかった」

東条曰く、あれはアマチュアの空気ではなかったらしい。

 

 

かなり濃密な夜だったと、大塚と御幸は語った。

 

 

 

 

そして翌日―――――決戦の日。

 

 

スタメンが改めて発表され、

 

1番 両(遊)倉持

2番 左(二)小湊

3番 右(三)沖田

4番 右(一)結城

5番 右(投)大塚

6番 左(捕)御幸

7番 右(中)伊佐敷

8番 左(右)白洲

9番 右(左)東条

 

今大会のベスト布陣。増子も代打で控え、守備に坂井が回る。解ってはいたが、沖田と倉持を外せない以上、増子はスタメンから外れた。坂井も結果を出している東条に決勝のスタメンを奪われたが、「声だけは出す」といい、監督から出番はあるから準備しておけと言われていた。

 

 

「調子は?」

バスに乗り込んだ御幸は、大塚に尋ねる。

 

「絶好調♪」

そう言って阿吽の呼吸で、片手でグータッチの大塚と御幸。

 

 

そしてバスに揺られ、ついに訪れた決勝の舞台。

 

西東京大会決勝、神宮球場。

 

そこには長年のライバル、稲実が待ち構えていた。

 

先攻めは青道、後攻めは稲実。試合前に両チームの主将ががっちりと握手をする。

 

「今日はどうも」

 

「いい試合を」

 

それだけいい、青道はベンチへ、そして稲実はグラウンドへ。ここから初回青道の攻撃が始まる。

 

稲実の先発は勿論成宮鳴。左のエースにして、関東1の投手。その彼がコールされた瞬間に、鳴り止まない拍手と歓声が響き渡る。

 

稲実の次に、青道のスターティングメンバーがコールされていく。

 

 

そして、電光掲示板に大塚の名がコールされると、成宮と同等の歓声が彼を出迎える。

 

関東1の称号をかけて、ゴールデンルーキー対稲実のエースの対決。どちらも未だ自責点ゼロ。安定した投球を続けている。

 

「青道、勝つかな……」

 

「大丈夫。あの人を信じよう……」

若菜たちはまたしても応援に駆け付けていた。そこには、沢村の家族もお忍びで参加している。

 

尚、沢村は恐らく出番がないかもしれないと断りを入れた模様。

 

『さぁ始まります、西東京大会決勝!!』

 

『この一戦に相応しい青空の下、両ベンチから選手が出てまいりました』

 

『夏2連覇を狙う去年の覇者稲城実業と、』

 

『去年の雪辱を果たし6年ぶりの甲子園に返り咲くか、青道高校!!』

 

『稲実の先発は成宮鳴!! この左腕を相手に、青道はどんな攻撃をするのでしょうか』

 

1右(中)神谷   1番 両(遊)倉持 

2右(遊)白河   2番 左(二)小湊  

3右(三)吉沢   3番 右(三)沖田

4右(捕)原田   4番 右(一)結城

5左(投)成宮   5番 右(投)大塚

6右(一)山岡   6番 左(捕)御幸

7左(右)富士川  7番 右(中)伊佐敷

8右(左)梵    8番 左(右)白洲

9左(二)平井   9番 右(左)東条

 

一番倉持。左打席に構え、まずは粘る事だけを優先する倉持。当てれば左打者特有の一塁への到達スピードの速さを利用し、塁に出る魂胆。

 

―――ヒットを出しても構わんが、とにかく粘れ、立ち上がりなら―――

 

 

バットを短めに、打席に立つ倉持。冷静にボールを見極めるのだが、やはりムラっ気があるのか成宮の球は高い。

 

―――やっぱ、立ち上がりは冷静になるのが一番だな――――

 

まだチェンジアップは使ってこない。フォークがワンバウンドしており、スライダーを投げづらい。

 

「―――――」

マウンドの成宮。表情こそ無表情だが、ストレート以外の制球が少し乱れている。

 

 

――――左だからスライダーが逃げる。けど、カウントは2ボール1ストライク。仕掛けにはもってこい!

 

 

スッ

 

バントの構えを見せる倉持

 

 

「ボールっ!!」

これでスリーボール。外角のストレートが浮いてしまう。打者有利のカウント。ここでバントを見せられたことが大きく、このカウントも理想的である。

 

成宮もここまで足の脅威を見せられては、当たった時が怖いと考える。

 

しかし――――

 

 

「ボールフォア!!」

 

「ちっ……」

倉持の足を警戒した成宮は、先頭打者に四球を与えてしまう。

 

 

二番小湊。どこかでは足を負傷しているが、ここでは全快の小湊。バントのサインを見せ、揺さぶりをかけに来る。

 

―――またバントかよ…っ!!

 

成宮はイラつきを抑えつつ、一塁ランナーを目で刺す。

 

―――ひゃはッ! ビデオで見たぜ、お前のクイック。

 

そして初球―――

 

ダッ!!

 

大塚の足と肩には防がれた倉持の俊足。捕手の原田もそんなことはさせない二塁へ送球。

 

「セーフっ!!!」

 

―――ヒャハッ!! 御幸と大塚で散々やられてんだ!! その程度の肩で防げるかよ!!!

 

あの日の屈辱よりも、という倉持の力も解放され、倉持の単独スチールが成功。

 

『初球単独スチール成功!! 倉持は二塁へ!!』

 

そして、小湊も徹底したレフト方向を意識した打撃で粘る。ストレートにはファウルで逃げ、変化球を待っているかのようなスイング。

 

―――こいつら……ッ!!

 

成宮は真っ向勝負をしようとしない青道に腹を立て、最後は球威の乗ったストレートで小湊を詰まらせる。

 

「くっ……(でもこれで結構粘らせてもらったよ。倉持と合わせてもう10球は超える。最初の役目は果たしたよ、沖田)」

 

打ち取られはしたが、進塁打で倉持は三塁へ。後は、

 

 

怪童に託す。

 

 

スタンドにいる台湾の無名投手の楊は、この初回の局面について、

 

「沖田の実力を考えるなら、外は見せ球。奴はアウトコースに不用意に投げるのが一番怖い。」

 

 

半端に決まるアウトローは、彼の絶好機でもある。準決勝を見る限り、インコースで詰まらされた場面もあった。

 

球威だけなら、真木の方が上背がある分重い。この局面、緩い球を上手く使わなければ、打たれるだろうと、彼は心の中で思う。

 

 

「舜臣と大塚だけだよ、そう言えるの……」

明川のチームメートは苦笑い。

 

 

 

 

 

 

『さぁ、一死三塁で3番沖田! 一年生ながら、青道の主軸を任されています!! このルーキーバッターは、都のプリンスを相手に、どういった打撃を見せるのでしょうか』

 

 

ゾワッ、

 

成宮の投手としての本能が、危険を察知する。この打者はある意味結城よりも危険だと。

 

3番沖田道広。広角打法の達人。あの大塚に名前を覚えさせた打者。懐が広く、手足が長い。それでいてインコース、アウトコースと隙がない。

 

―――まずはスライダー。様子を見るぞ。

 

「ボールっ!!」

僅かに外れたインコースのスライダーを見切る沖田。

 

―――この野郎、簡単に見切りやがって

 

成宮は球種の一つを悠然と見送られ、敵愾心を燃やす。

 

―――ここでインコースならばストレート、もしくは外角の変化球の確率が高い。先ほどのスライダーを無駄にしたくないだろう。

 

狙うは外の球。

 

「ッ!!」

そして投じた二球目のボール。

 

それはビデオでも確認されたチェンジアップ。スクリュー気味に沈むタイミングをずらす球。

 

―――こういう軌道か

 

「ストライクっ!!」

 

スクリュー気味に右打者の外へと逃げていくボール。タイミングを外すだけではなく、相当な変化をしている。狙っていても、なかなかできる事ではない。

 

 

――――中々出来る事ではない。チェンジアップはやはり一つ抜けている

 

沖田は、成宮の変化球の核がこれであることを見抜く。

 

 

「へっ!」

見送った沖田だが、成宮は外へと決まったこのボールに手が出ない沖田を見て笑みをこぼす。

 

―――なら仕掛けてみるか。見せつけられるばかりは好きではないので。

 

 

外の球に対応するべくイン寄りに立つことを決めた沖田。さっそく打席で仕掛けてきた。だが、ここで内角を狙う確率が高くなるだろう。

 

 

―――今のビビっちゃった? 外のボールが気になるよね?

 

―――鳴、ここは奴の顔を見ろ、全然ビビッていないぞ!

 

原田としても誘いをかけているのは解る。だが、本当に外を待っているのか、それともうちなのか、判断がつかない。

 

―――攻めにくいな、見送られ、打席を変える。セオリー通りなら、内か?

 

―――いいよ、クロスファイア-で仕留めてあげる

 

そして内角への厳しい球。その球に何と沖田は―――

 

ざっ、

 

「!?」

成宮も驚く沖田の選択は―――

 

「スクイズッ?!」

ダッ、慌てて本塁へと駆け寄る鳴。だがバットをひき、クロスファイア-はボールコースへとはずれる。

 

「ボールっ!!」

 

これでカウントは2ボール1ストライク。次はストライクが欲しいところ。

 

―――こいつら、徹底的に鳴を初回に消耗させる気か

 

原田としても、小技が使えたかどうかを知る機会はない。だが、沖田はそれを行おうとした。それが重要である。

 

――――生意気な一年生に目にモノ見せてやるよッ!

 

対する成宮は、徹底して主軸にも球数を稼がせる方針の青道の思惑を食い破りたい一心である。

 

――――ここで、成宮の様子を見るに、怒っているな。だからこそ、次は自信のある球で来るはず。序盤に緩急を見せる投球。スライダー、チェンジアップ、クロスファイア-、次は恐らく―――

 

 

成宮が繰り出したのは、外角のストレート。それも結城相手に投げるような球速。

 

 

 

―――敢えて裏を突いたストレート。賢い捕手なら、そうするだろうさ。

 

カキィィィンッッ!!!!

 

 

鮮やかなフォロースルー。その姿を見た誰もが、沖田の思惑通りの勝負であったことを肌で感じた。

 

『沖田の当たりはライトへ~~~!!!』

 

右方向への外角直球を捉えた当たりは、ぐんぐん伸びていく。まさか外角のストレートをあのように流すとは考えていなかった。それほどの難しい球なのだ。

 

それこそ、狙い撃ちでもしない限り、あのコースは打てない。成宮のスピードに負けてしまうはずなのだ。

 

 

「ライトっ!!!」

原田が鋭い声で声を上げる。

 

 

「くっ!」

ライト富士川が懸命に走るが打球伸びが鋭く、全然追い付いていない。一死三塁。バックホーム体勢ではないが、沖田の実力を見誤っていた。

 

 

『抜けた~~~!!! 三塁ランナー倉持はホームに還り、打った沖田は二塁を蹴る!!』

 

ダンッ!

 

結局富士川の頭を抜け、長打コース。それを見た三塁ランナーの倉持はホームイン。打った沖田は三塁へと到達する。

 

「こいつっ!!」

カルロスは、打った打球にしては、早過ぎる脚に驚いていた。こう見えても、部内で倉持に次いで早くなった沖田。

 

 

そして送球よりも先にスライディングで三塁へと到達した沖田。

 

『青道高校先制~~~!!! 1年生三番沖田のライトへのタイムリースリーベースでまずは先手を取りました!! 今の打球どうですか!? 逆方向ですよ!?』

 

 

『外角を捌くのが上手いですね。内角の球を以前はホームランにしているので、この完成度は再来年が楽しみですね』

 

三塁ベースでガッツポーズの沖田。

 

カメラ席の峰たちも、この先制には驚いていた。

 

「大きいですよ、これ……」

大和田が驚く。今大会無失点の成宮から先制を奪ったのだ。

 

「ああ……」

 

 

「沖田君凄い。それにあんな広角な打ち形……」

 

若菜たちはあの資料を読み漁り、色々と広角打ちについての知識はある。だが、それを実践し、長打にした沖田には、凄さが解るがゆえに驚嘆していた。

 

 

 

 

初回に大きい当たりを食らった成宮。少し動揺が見られる。

 

―――おいおい、外角の難しいコースだぞ、なんでそこに手が届くんだよ……

 

―――山はってやがったのか? それとも本能か?

 

 

続く4番結城。

 

―――けど、こいつにはヒットは打たせない!

 

 

――――……このサインだと? しらねぇぞ!!

 

 

初球チェンジアップで、結城の出鼻をくじく作戦。この先制の流れ、如何に結城といえど、平常心ではないはず。

 

カァァァン!!

 

『初球打ち~~!!!』

 

「なっ!?(結城が軽打だと!?)」

原田は明らかに右打ちを狙った打撃の結城に驚愕する。ここで4番ならば積極的にスイングをすると見込んでいた。

 

そして打った打球はライトの前へと落ちる。当然三塁ランナーの沖田は生還する。

 

大塚の作戦、片岡の作戦がハーモニーを生み、初回で鮮やかな得点劇を演出する青道高校。

 

 

『打球はライトの前に落ちるッ!! 三塁ランナー沖田は余裕でホームイン!! 連続タイムリーで、青道が2点目!!』

 

 

「……ッ!!」

迂闊だった。結城がまさかここでチームバッティングをするとは思わなかった。そして打った結城はというと。

 

―――危なかった。ストレートなら空振りだった。

 

と、妙にそわそわしていた。

 

「たて続けのタイムリーッ!!」

 

「畳み掛けろォォォ!!」

 

ムードがよくなる青道スタンド。

 

 

そしてここで打順は5番大塚。チェンジアップを使いづらい、厄介なバッターである。

 

 

『畳み掛ける青道高校!! ここで今日5番に座る投手の大塚!! 自らのバットで、貢献できるか!?』

 

 

―――打たせねぇよ!!

 

ズバァァァンッ!!

 

「ストライクッ!!」

 

内角へと決まり、まずカウントを取る成宮。大塚は反応しない。

 

―――へっ!

 

続く二球目は外角のスライダー。大塚、何とかバットがとまる。

 

―――変化球狙いか。ストレートで押すぞ、鳴!

 

カァァァンっ!

 

軽打でカットする大塚。打球はバックネット裏へと飛んでいく。大塚は打球を見て苦笑いをする。

 

―――そこは反応するか……フォークで空振りを奪うぞ。

 

しかし最初から振る気の無かった大塚。それを悠然と見送る。

 

「えっ!?」

まさに狙い球が解らない。大塚は一球目のストレートを見逃し、二球目の変化球に手が出る。3球目のストレートには手をだし、フォークを見切った。一見すると凡庸な打者にも見えなくはない。

 

 

しかし、大塚には追い込まれているのに、余裕が消えていない。成宮の球数は、初回ですでに相当数に達していた。

 

―――ストレート外角で空振りを奪うぞ、鳴! お前のストレートなら負けない。

 

ズバァァァンッ!!

 

最期は見逃し三振で手を出さなかった大塚。外角いっぱいのアウトローの球に手が出ない。

 

「しゃぁぁぁ!!!」

ツーアウト一塁となる。大塚を三振に抑え、ガッツポーズの成宮。

 

原田はちらりと電光掲示板を見る。そこに書かれている成宮の球数は初回にしてはかさんでいた。

 

「!!!!」

原田は驚愕する。やけに長いとは感じていた。だが、ここまでひどいことになっているとは思いもしなかった。

 

――――初回だけで、20球を超えている―――――

 

 

6番捕手、御幸

 

―――大きいのはいらん。とにかく追い込まれるまではボールを見て、甘い球だけを狙い撃て。

 

「ストライクっ!!」

 

内側一杯の厳しい球。左打者のそこは厳しい。

 

「ッ……(くはぁ……エンジン全開だな……手が出ない」」

続く二球目も入り、これで二球で追い込まれた御幸。

 

―――けど初回はただで凡退するつもりはねぇぞ、鳴!

 

カァァァンっ!!

 

「ファウルっ!!」

三球目のスライダーをカットする御幸。

 

―――こいつら、ボールに食らいついて来ている。高めの釣り玉。振らせに行け!!

 

「ボ、ボールっ!!」

 

思わず手を出しそうな御幸、何とか体を捻り、よろめきながら止める。

 

―――これで4球目…ノルマは……後一球……

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

御幸は結局ストレートで三振。長い長い初回の攻撃が終わった。

 

「ふぅ…………さんざん粘りやがって……」

成宮も嫌になるほど粘られた。初回だけで20球を超える球数。

 

そして裏の回。ついに大塚がその姿を現す。

 

 

「しまっていきましょう!!」

マウンドで声をかける大塚。背番号1をスタンドで見ていた丹波は、祈るような目で見ていた。

 

―――任せたぞ、大塚

 

 

『さぁ、1回の表は青道の攻撃が機能し、2点を先制。成宮も少し球数を要している立ち上がり。稲実の攻撃はどうか!?』

 

 

一番神谷カルロス・俊樹(以下カルロスと略す)。

 

―――こいつはパンチ力がある。それに、緩い球には強いぞ。ここはまず、シンキングファーストで――――

 

 

しかしここで大塚、首を振る。

 

―――こういう時は、繊細に、かつ大胆に、でしょ?

 

 

大塚はある変化球を要求する。

 

――――いきなりかよ……マジでお前も疲れるなぁ……

 

御幸は、強気なエースの要求に頼もしさを感じていた。

 

 

一方、カルロスは大塚の投球を調べていた。

 

―――基本は打たせて取る投球。右打者には食い込みながら沈むシンキングファースト。左打者にはカットボール。内角を攻めることの多いバッテリー。

 

そして初球のボールは、

 

 

ククッ、ストンッ!!

 

ストレートの球速で、フォークと同等の落差、フォーク以上のスピードを見せる大塚の十八番。まさか、初回の初球に投じてくるとは考えていなかった。

 

これまでにないデータである。

 

 

「なっ!?」

 

初球からスプリット。まずはカルロスの出鼻をくじく、インコースボール球のSFFを投げ込んできた大塚、御幸バッテリー。

 

―――んっ!? ここでSFFかよ

 

カルロスも読みが外れ、目を鋭くさせる。

 

―――次は外角のスロースライダー。タイミングを外すぞ。

 

「ちっ!」

 

「スイングっ!」

御幸の凛とした声が響き、審判も御幸の訴えを聞き入れ、ストライクをコールする。

 

―――シンキングファストがこないだと? ならここで、外のパラシュートチェンジ? それとももう一球SFFか?

 

そしてすでに投球動作を始めている大塚。テンポがよく、打者に考える余裕を与えない。

 

 

「っ!!」

 

そして心技体の準備が揃っていないカルロスのバットを詰まらせるシンキングファースト。

 

「ぐっ!?(ここで来るのかよ……ッ!)」

 

 

力無い打球は大塚の前に転がり、ピッチャーゴロ。

 

「まず一つっ!!」

大塚がコールする。それにつられ、コールをする内野陣だが、士気は上がっている。

 

二番の白河。

 

―――こいつにパワーはない。小湊先輩を思い浮かべればいい。

 

―――了解です。

 

「(カルロスを捻った。次は何が来る)」

バットを構えた白河。大塚は振り被り、まだボールが来ない。

 

「(くそっ、なんて間だ。これでは……!!)」

 

ゆったりとしたフォーム、今度はテンポ良く投げ込むのではなく、マイペースに投げ込んできた。

 

 

その力感を感じさせないフォームから繰り出される140キロのボールが、白河のタイミングを崩す。

 

「ぐっ!」

タメが長く、タイミングを再度図ろうとした白河の間を奪った大塚。フォームがカルロスの初球とは違っていた。

 

―――こいつら、一打席ずつ、いや、一球ずつ対策を練ってやがる…………

 

続く二球目はための長さを警戒した白河の意表を突く速いフォームでストレート2球で追い込む。

 

―――クッ、手が出ないッ!!

 

ポンポンと追い込まれ、続く三球目は―――

 

ククッ、フワッ!

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

 

今度はテンポのよいフォームからのパラシュートチェンジ。タイミングがあわず、空振り三振に打ち取られる白河。

 

―――…………フォームを崩す? フォームを変える? なんだそれは…………っ!

 

続く3番打者の吉沢は、初球のストレートに詰まらされ、ショートフライに打ち取られる。

 

――――ストレートが相当伸びてきた。こいつは本当に、1年生なのか?

 

異常な実力だ。成宮もまたオーラのようなモノはある。だが、目の前のエースは何かが違う。

 

 

――――――――まるで何かに……

 

目の前のエースが異常に見えた。

 

―――――奴は、何かに取り憑かれているようだ……

 

成宮とは違う、何かへの執着心。

 

 

 

『青道高校、大塚!! 成宮とは対照的な、素晴らしいスタートを切りました!!』

 

「ナイスピー!」

 

「いいぞ、大塚ァァ!!」

 

「まだ初回ですよ。後アウト24個とらないと。先は長いです」

 

「この野郎。信頼しちまうじゃねェか!!」

 

 

初回明暗の分かれた立ち上がり。彼は何を見ているのだろうか。

 

 




次話は未定。

この試合の投手のレベルはほぼ互角。

命運を分けるのは、あるポジションです。

ただ、沢村の強化が影響を与えています。


沖田の応援歌は何がいいかな……



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第47話 機動力

タイトルが稚拙。


初回2点先制し、初回の攻撃で成宮から球数を稼いだ青道高校。2回の表、攻撃は

 

「伊佐敷~~~!」

 

「塁に出ろ~~~!!」

 

 

「しゃぁぁぁぁ!!!」

打席に立った伊佐敷。作戦は変わらない。

 

―――気合入りまくりだね! すぐに三振でおわらせてあげるよ!

 

ズバァァァンッ!

 

「ストライクっ!」

あっさりと初球ストライク。手を出してこない伊佐敷。右打者に対し、アウトコースへと投げ込む傾向が強くなってきている。成宮の球威も込みで、なかなかヒットにするのは難しいだろう。

 

 

―――次もストライクを入れるぞ、鳴

 

「ストライクツーっ!」

 

―――今度はスライダーかよ。

 

外角から入り込んでくるカウントを稼ぐスライダー。これを確認しただけでも儲けモノだと伊佐敷は考える。

 

―――後はどこまで粘れるかだなァ…………

 

フワッ、ククッ、

 

 

そして、成宮の要でもあるチェンジアップが放たれる。腕の振りが同じなので、バットが出かかる。

 

 

「ボールっ!」

 

「ちっ…………(なんつう変化だ…………待っていたとはいえ、哲はこれを初球で打ったのかよ!)」

 

ちなみに結城が打ち返したのは真ん中のコース。今のボールと結城に投げた球では、比べ物にならないほどの難易度がある。

 

―――こいつらウザい! 粘ってばっかで!!

 

 

―――フォークで落とすぞ。

 

 

寸前で地面に突き刺さるような落ちるボール。チェンジアップだけではない。このスピードのある落ちる球はやはり脅威なのだ。

 

「ぐっ!?」

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

伊佐敷、粘ることが出来ず、4球目で三振に打ち取られる。粘ることが青道のこの試合のテーマ。すべては成宮攻略のための布石の先、

 

――――青道の勝利―――――

 

 

 

 

8番白洲は6球粘り、最後はチェンジアップに三振。どうやらエンジンがかかり始めたようで、初回の沖田の一撃で動揺していた成宮とは別人である。

 

この回は10球でツーアウト。9番東条へと打順が回る。

 

「ヒャハッ!! ランナー出てもいいんだぜ!! 俺が返してやるぜ!!」

ネクストバッターサークルの倉持が声を飛ばす。

 

―――させないけどねっ!!

 

成宮もこの声に腹を立てて、東条相手にやや力を入れる成宮。

 

―――チェンジアップで三球三振ッ!

 

カァァァンっ

 

低めへのボールを片手一本で合わせた東条。タイミングは外されており、芯もずれているが、かろうじて生き残った。

 

「ふぅ…………(低目はいける…………)」

東条も名投手相手に自分の持ち味は消えていないと感じていた。

 

―――ストレートで空振りを奪うぞ!!

 

「クッ」キィィンッ!

バットに何とか当てた東条。これで4球目。高めのストレートに何とか当たったというべきスイング。

 

―――ストレートとあってないじゃん。次は外角かな

 

ズバァァンッ!

 

「ストライクっ! バッターアウトっ!」

そして成宮の思惑通り、外角直球に手がでず、三振。

 

しかしこの回も15球と粘った青道。これで初回と合わせると、相当な球数となる。

 

「むぅ」

国友監督も、ここまで徹底して粘ることに費やしている青道に、やり難さを感じていた。初回の攻撃の明暗が分かれた際、国友は悪い予感が当たってしまった。

 

―――成宮というエースを打ち崩すことは難しい。だが、何があるかわからないのが高校野球。後ろにまだ投手はいるが、それでも不味い流れだ。

 

「原田。とにかくまずは大塚を見て来い。」

 

「はい。」

 

 

そして四番原田との勝負。

 

―――扇の要、主将、4番…………このチームの根幹でもあるこの選手を抑えれば、試合を有利に出来る。こいつ相手には全力で投げろ。

 

 

大塚は頷いた。

 

「!!!」

 

ドゴォォォォォンッッッ!!!!!!

 

神宮の球速は、出やすいと言われている。成宮の最速も、今日は148キロ。さらに言えば、力を入れて投げる場面が増えているという事。沖田、結城の強力な上位打線は、やはり成宮の隙を見逃さなかったといえる。

 

対する大塚。彼もまた、この主軸相手には力で押す投球が必要であることを感じていた。

 

 

 

そして今の大塚の球速は―――

 

 

神宮の球速表示を見た観客はその事実を目の当たりにし、息をのむ。

 

147キロ。

 

おぉぉぉぉぉぉ!!!!!

 

 

そして程なくして会場がどよめいた。ここで四番との勝負でアクセルを入れてくる大塚の初球。原田は大塚のフォームが変わったことを悟る。

 

―――更に腕が縦にしなっているだと…………

 

 

縦のフォーム。縦の回転力が増したこのフォームは、ストレート系とおちる球の威力を底上げしている。大きく分けて2種類に狭まった大塚のフォームだが、それでも変幻自在である。

 

 

続く2球目に反応した原田。しかし、その球にも空振りを奪われる。

 

ズバァァァァァんっっ!!

 

原田のバットは、ボールの下を振っていた。予想以上に手元で伸びている。

 

―――カルロスたちとは違い、俺を徹底マークか!?

 

真っ直ぐにこちらに来ているはずなのに、まるでバットから逃げているような、そんな感覚が原田を襲う。

 

 

二球で追い込んだ青道バッテリー。

 

ククッ、ストンッ!!

 

しかし原田はここで本当のボールが逃げるという感覚を思い知る。縦に落ちる大塚の決め球。チェックゾーンを超えて変化するので、やはり見極めが難しい。

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!!」

 

―――くっ、ここでSFF…………ッ!?

 

球速表示は134キロ。SFFでこれだけの球速。高校生の平均球速を上回るSFFの球速。

 

そして、成宮に対しては―――

 

 

―――舐めやがって!! ここで俺がうってやる!!

 

カァァァンっ!

 

初球シンキングファーストに詰まらされ、セカンドゴロ。あっさりとツーアウトを献上する。

 

「ツーアウトっ!!(後、アウトは22個か)」

何やら雑念が入り混じっている大塚。もはやアウトを製造する機械になったかのような意識で、淡々と投げる。

 

 

―――ここは、初球ボール球のパラシュートチェンジだ。こいつはぶんぶん振ってくる奴だ。

 

「くあっ!?」

長打力が魅力の山岡。御幸にも無論知られているが、長打がある分荒い部分もある。

 

―――もう一球今度はサークルチェンジで、振らせに行くぞ。

 

「またッ!! ッ!?」

軌道の違うチェンジアップに合わず、追い込まれる山岡。明らかに動揺しているのが解る大塚と御幸。

 

―――さて、外角直球だな。際どい所に投げろ。ボール球でも振ってくれる。

 

「うっ!!」

最後は腰砕け。力のないスイングが空を切る。

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!! チェンジっ!!」

この回は二つの三振を奪う大塚。最後の打者にはこの緩い変化球の後の直球が効果的だった。

 

 

『空振り三振~~~!!! 大塚、見事な投球で稲実に得点を許しません!! 最後は直球!!』

 

『いやぁぁ、いい投球をするというか、考えて投げていますね。彼らは。』

 

『大塚、御幸バッテリーですか?』

 

『球種を豊富に持っているという事で、配球は一辺倒になりがちですが、一人一人に対して丁寧に投げていますね』

 

 

3回の表、打順は早くも二巡目。打者は倉持。今度は右打席にバッターボックスを構える。

 

―――揺さぶりのきっかけなら、なんだってするさ!!

 

 

―――こいつっ!!!

 

明らかにまた仕掛けてきた倉持。右打者の彼との初打席。前の打席の攻めでは打たれる可能性がある。

 

 

―――スライダーとフォークは打てる!! そう思い込め!! ストレートがセオリー。どうせ仕掛けるなら―――

 

カァァァンっ!!

 

右方向への打撃。ファースト切れてファウルになる。今のはチェンジアップ。倉持はかろうじて当ててきたのだ。

 

「!!!」

マウンドの成宮も、まさかこんな速い回からチェンジアップを当てられるとは思っておらず、動揺が見られる。だが、倉持がチェンジアップを強く意識していることが分かる。

 

だが、青道がチェンジアップに反応できている最大の理由は、沢村という理想的な仮想投手がいたのが大きい。

 

「惜しい!!」

ベンチで思わずそう叫んだ沢村。苦戦が予想されていた成宮のチェンジアップ。自分がまさか攻略の糸口になっていることも知らず、ベンチで騒いでいる。

 

 

―――くそっ、予想より沈んだか…………ッ。けど、軌道は解ってきたぞ。

 

ズバァァァンッ!!!

 

しかし右のインコースのクロスファイア-。手が出ず追い込まれる。

 

―――どっちだ? けど、こいつ相手に出塁できたら儲けもの。仕掛けるって決めたんだ!

 

もし、今の自分を見ればどう対応するか。今の自分は当てに来ている。

 

 

 

チェンジアップを意識する局面。彼を追い込んだのはストレート。倉持には焦りの表情。倉持は表情から始めるフェイクを演じることを意識する。

 

一番怖いのは、緩い変化球を当てられること。

 

 

 

―――打席の一挙一動を捕手は見ている。ただ配球を読むのではなく、打席が始まる前から駆け引きは始まっているんですよ、倉持先輩。

 

後輩のこの言葉、倉持はそれが頭の中に強く浸透していた。

 

 

そして来たのは、ストレート。外側のややボール球。

 

―――天は俺に味方した!!!

 

カキィィンッ!!

 

「えっ!?」

 

狙い撃ち、というには乱暴な決め打ち。倉持の当たりはファーストの頭を超えて長打コース。

 

「廻れ廻れ~~~!!!」

 

そして一気に二塁へ到達した倉持。

 

「しゃぁぁぁ!! 二塁打!!」

 

「青道のスピードスターっ!!!」

そして沖田以来の長打に青道スタンドは湧きかえる。

 

ここで二番小湊。

 

―――そろそろ俺も出たいからさ、躊躇いなく粘るよ?

 

そしてフルカウントまで粘った小湊。すでに球数は50球に達していた。

 

「ボールフォアっ!!」

 

小湊が粘り、これでノーアウト一塁二塁。

 

ここで長打を打った沖田が打席に立つ。外野内野共に深めの守備位置。ゲッツー体勢気味でもある。

 

『またしても成宮を攻めたてる青道高校!! ここで先制タイムリースリーベースの沖田が打席に立ちます!外野内野共に深めの守備位置です』

 

―――嫌なバッターと当たったな…………ここはまず内角のストレートでファウルを誘う。

 

 

「カァァァァンッッ!!」

内角を思いっきり引っ張ったあたりは、レフト線へと切れる大ファウル。

 

―――インコースも捌くのか、こいつは…………ッ

 

 

―――次はチェンジアップだ。ボールでいい。相手が反応してくれれば――

 

すっ、

 

「!?」

成宮は沖田の行動に驚愕する。沖田はバントの構えを突如として見せてきたのだ。

 

かんっ、

 

打球は三塁方向へと転がる。ここで長打を警戒していたサードは間に合わない。成宮が捕球し、

 

「待て!! なげるなっ!!!」

 

成宮は明らかに厳しい体勢だった。故に、ここで投げれば暴投になっていた可能性も高い。だからこそ、原田は制止したのだ。

 

「っ!!」

投げようと思っていた成宮だが、すでに沖田は一塁へ到達。左投手にはきつい、三塁方向へのセーフティバント。

 

これでノーアウト満塁。バッターは4番結城。

 

『投げられない~~~!!! これで青道、ノーアウト満塁のチャンスを迎えます!! ここで4番の結城を迎えたところで、稲実初めてのタイムを取ります。』

 

内野陣が集まる。この大ピンチ、これ以上の失点は致命的である。ここで原田は中間守備を選択。

 

 

『外野は浅く守っています。稲実、やや内野は中間守備、ホームゲッツー。外野はバックホーム体勢です。』

 

深い大飛球なら間違いなく奪われる。だが、低めで転がせば、いや……

 

ここは内野フライ、三振しかない。

 

 

 

 

スタンドの長緒アキラは、自分達では攻めたてることも出来なかった成宮相手に、ついにノーアウトフルベースという大チャンスを演出した青道に戦慄を覚える。

 

「あの成宮からこんなにランナーを出せるなんて…………」

 

「徹底して右打ちだね。チェンジアップにタイミングが合えば、長打もあり得る…………」

仲間たちも、青道の狙いが右打ちと粘りであることが分かった。

 

そして今の送球が出来なかった時の成宮。このピンチをエースがどうやって凌ぐかが問題である。

 

―――ノーアウト満塁。監督の指示は右打ちか…………

 

―――甘い球を待て、ここで下手に撃って凡退して球数を稼げないのは辛い。甘い球が来れば自分の打撃をしろ。

 

あくまで球数を稼ぐことを厳命する片岡監督。三振でも構わず、甘い球は強く振り抜けと言われる。

 

 

ズバァァァンッ!!

 

 

「ストライクっ!!」

 

そして厳しい球には手を出さない。結城。その反応だけに、追い込まれている気持がますます表面化する成宮。

 

―――まともにやれば、お前らなんか…………ッ!!

 

搦め手を次々と仕掛けてくる青道高校。成宮の精神状態にかなりのダメージを与えている。投手がこの局面で冷静であれというのは酷だろうが、それを招いたのは稲実バッテリーの上を行く青道の攻めが原因である。

 

 

「ファウルっ!!」

ストレートを二球続けた成宮。これで追い込んだバッテリー。気迫を前面にだしている成宮。

 

 

―――ここで、フォークボールだ。ここは俺が止めてやる。

 

 

「ッ!?」

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

このワイルドピッチが許されない場面でフォークボールを選択し、結城を三振に打ち取った稲実バッテリー。

 

 

『三振~~~!!! まずはアウトを一つとった成宮!! 四番結城を三球三振に取りました!! この場面で決め球をフォークにしたバッテリーを褒めるべきでしょうか?』

 

『ここは痺れましたね。しかしまだピンチは続きますよ』

 

5番投手。大塚。成宮としては、ここも力の入る場面。彼にヒットを許さない、許したくない思いが強くなる。

 

同じ投手に、初回の打席はあまり引きずる様な表情すら見せなかった大塚。あの勝負は自分が勝っていたのに、大塚は悔しさを露わにすることもなかったのだ。

 

自分の術中にはまり、相手の驚く表情が大好きな彼にとって、大塚の反応はまさに気に入らないものだった。

 

『さぁここで勝利を決定づける一打を打てるか?』

 

「大塚~~~!!!」

 

「うて~~~!!!」

 

「ボールっ!!」

チェンジアップを見てきた大塚。コースに外れたのだ。積極的に振りに来ない大塚。あくまで成宮を潰しにかかっていることに、原田は戦慄を覚える。

 

―――この場面でも徹底して球数を稼ぐのかよ…………ッ

 

原田は、このような徹底して勝負に徹する冷静な選手ほど怖いものはないと考えた。原田の焦った表情をちらりと見た大塚は、

 

「――――」

 

口元が少し崩れた。彼の作戦に、術中にはまっていることが、解ってしまった。

 

 

大塚は振らない。それが成宮の心に火をつけた。

 

ズバァァァンッ!!

 

「ストライクっ」

 

ズバァァァンッ

 

「ストライクツーっ!」

 

あっさりと3球で追い込まれた大塚。

 

―――この勝負所。力勝負で来るか? チェンジアップで三振ならいいと言われているけど。

 

 

―――絶対にねじ伏せる! ここで、抑える!!

 

 

そして勝負の4球目は高めの浮いてしまったストレート。それは投げてはならなかったボール。大塚は、この精神状態でコントロールミスをすることを解っていた。

 

―――――ノーアウト満塁、一死満塁。この局面では、冷静な選手が勝つのが道理ですよ、成宮先輩。

 

カァァァンっ!!!

 

打球は、成宮の頭上を越えていく。

 

 

 

『打った~~~!!! センター前ッ!! 三塁ランナー倉持はホームに!! 二塁ランナーも帰ってくる~~~!!!』

球に逆らわずにミートだけを狙ったセンター返し。それがセンター前へと落ちる。

 

「これ以上させるかよ!!!」

カルロスからの好返球がホームへと迫る。

 

「!?」

ホームへと突っ込んだ小湊。判定は――

 

「アウトっ!!」

審判の判断はアウトだった。

 

『アウトっ~~~!!! 稲実、4点目は防ぎました!! しかし大塚のタイムリーヒットで3点目を捥ぎ取った青道高校!! なおもツーアウト一塁三塁!! ホームクロスプレーの最中、三塁へと陥れた沖田!』

 

抜け目なく次の塁を狙っていた沖田。判定が遅れたために、沖田はその間を確実に狙っていた。まだピンチは続く。次の得点を許せば、本当にこの試合が決まってしまう。

 

 

『さぁ味方の好守もあり、これ以上の失点は防ぎたいところ!! バッターは、6番捕手の御幸!! 準決勝は2打点と活躍!!』

 

 

成宮が大きく足を上げ、バッター集中のフォームになっていた。それを読んでいた大塚は投手で初球スチールを狙ってきたのだ。

 

『一塁ランナーがスチールっ!! 原田投げられないッ~~~!! 初球はストライクっ!!』

 

二塁へと陥れた大塚。これで、一打で2点入ってしまう。勝負強い御幸との対決を避ければ、確実に球数は稼がれ、次のバッターも恐らく3球は必要となる。

 

7番はそれなりにパワーもある。間違いが起きれば取り返しのつかないことになる。球数も遂にあり得ないレベルに到達しようとしている。それに加えて、このピンチの連続。精神的、肉体的に厳しい場面が続く。

 

まだ3回の表である。ここまで徹底的な攻めに、青道の本気がうかがえる。

 

こうなると、6回で100球を超える可能性が高い。

 

―――この盗塁はどう転ぶのだろうか、けど、これで一塁を見ることも視野に入れているはず。ここは頼みますよ、御幸先輩。

 

9人目の野手として、自分も彼にプレッシャーをかける大塚。一塁が空いており、打者は勝負強い御幸。

 

―――追い込んできたぞ、稲実のエースッ

 

御幸はこのチャンスで無理はしないと決めていたが、後輩が複数得点をおぜん立てしたのだ。

 

―――ここは狙うとしますか。

 

御幸は配球を考える。読み打ちこそが彼の勝負強い打撃を支える武器である。

 

―――初球はストレート。スチールされる可能性も低い。先ほどフォークを投げたことを考えると、俺を速く追い込みたいバッテリーは―――

 

「ボールっ!!」

 

すでに息を切らし始めている成宮。度重なる仕掛けで、成宮の集中力にも陰りが見え始めていた。

 

―――鳴…………ッ

 

しかし、気迫を見せるマウンドの成宮。

 

――――ねじ…………伏せるッ…………!!

 

ズバァァァァンッッ!

 

「うっ!?」

しかしここで御幸、手が出ない。ストレートは147キロを計測。

 

―――ここでそれが来ますか……やっぱりすげぇぇよ、鳴。

 

追い込まれた御幸。追い込んだ成宮。

 

ドゴォォォォンッッ!!!

 

「ッ!!」

このストレートを前に、さすがの御幸もどうしようもなかった。自分のスイングをしたが、成宮を仕留めるどころか、仕留められてしまう。

 

――――そう簡単に勝たせてくれないか――――

 

 

悔しさを強く感じる御幸。初回と同様に畳み掛けることが出来なかった。御幸はこの結果に渋い顔。これが稲実の力につながることを恐れていたのだ。

 

 

「ストライクッ!! バッターアウトっ!!」

 

『三振~~~!! ノーアウト満塁のチャンス。しかし青道は一点どまり!! ここで自己最速の148キロを出した成宮!!』

 

『青道側も珍しく攻めに失敗したように見えますね。』

 

実況も解説も、これで稲実に流れが行くと思っていた。ノーアウト満塁を最少失点で切り抜けた。だが、青道のこの攻めは、確実に成宮に対して、ボディブローの如く後半戦で効いてくるだろう。

 

だが、稲実のスタンドは気づかない。満塁のピンチで一点どまりの青道。相手の攻撃を何とか防いだ成宮への賛辞が飛ぶ。

 

「一点で防いだぞっ!!」

 

「まだまだ行けるぞ!!」

 

稲実のボルテージが上がっていく。そう、ここは上げるしかない。そうでなければ勝負がついてしまう。

 

それが解っているからこそ、稲実ベンチは是が非でも、この回にランナーを出さなければならなかった。

 

稲実ナインはそれに乗らなければ、不味い展開になるのだから。

 

「ハァ…………ハァ…………」

初回からの度重なる仕掛けで、成宮の体力は相当削られていた。集中力も削られ、青道の狙いが一貫しているからこそ、一点どまりに収まったのだ。

 

ピンチこそ脱したが、成宮は限界が近い。

 

「井口を準備させろ。平野にも、出番があることを伝えておけ」

 

 

こうなると早い回で成宮を降ろす必要になってくる。打ちこまれる前に、限界を迎える前に交代させなければ、試合自体が壊れる。

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

 

「くっそ…………ッ」

最期はSFFで三振に打ち取られた富士川。先頭打者を出さない大塚。シンキングファーストを二球続け、ファウルを稼ぐと、最後にSFF。バットが止まらない。

 

続く梵にも、

 

「あっ!」

 

三球目のカットボール打ち上げてしまい、ファーストフライ。簡単にツーアウトを取られてしまう。

 

『これでツーアウトっ!! 未だランナー一人出ていません、稲城実業!!』

 

 

9番平井には―――

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトォォォ!!」

低目低めを丁寧についた投球。その仕上げに、最後はアウトコースに糸を引くようなストレート。ミットに吸い込まれるようにボールは収まり、バッターには内角を癖球で攻められたために、かなり遠くに感じてしまう。

 

 

『見逃し三振~~~!!! 外角のストレートに手が出ない!! この3回の裏もランナーを出せない稲城実業!! 時代の新風を巻き起こすか、青道高校!!』

 

3回が終了し、3-0とリードする青道高校。

 

 

昨年の雪辱を果たす時が来たのか。

 

 

 




次回、主人公の様子が……


残業に慣れたじぶんがいる。残業が無いわけがない、と思えるようになった。


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第48話 影は光に隠れて……

厨二乙。


そして、4回の表、青道高校の攻撃は7番の伊佐敷から始まる。

 

しかし、前の回のピンチで目覚めた成宮に三球三振に抑えられ、続く8番の白洲もインコースに詰まらされる。

 

9番東条も三振に取られ、なりふり構わなくなった成宮の鬼気迫る投球に、歯が立たなくなった。

 

「あの野郎…………開き直りやがった…………」

伊佐敷は、球威が戻ってきたことを認め、成宮は気持ちが切れていないことを確認する。

 

 

4回の裏。未だヒットのない稲実。先頭打者のカルロスは要注意打者。

 

―――まずはヒット打ってからだな、中学分の借りをここで返させてもらうぜ

 

ズバァッァアンっ!!

 

先頭打者と主軸に対しては、力を入れている大塚。9イニング計算で9回とおよそ3~4回。

 

ストレートも143キロアウトローと、厳しい球である。

 

―――追い込まれればSFFとパラシュートチェンジ。この二球種だけで緩急も自在。

 

 

―――カルロスはトリッキーな打撃フォームだが、惑わされるなよ?

 

御幸はカルロスが脱力した感じのフォームになってきたことで、警戒レベルを引き上げる。

 

 

―――ここでアレだ!

 

 

―――ここですか。解りました。

 

外側へのボール。しかしそれまでとは多少中に入ってきている。

 

―――甘い球!!

 

ククッ、フワッ!

 

「ッ!?」

 

パラシュートチェンジがまたしても視界から消え、急激なスピードダウン。狙っていてもなかなか難しいボール。

 

―――このボールが特に効いてやがる。次は緩急か? このパターンだと、最後は落としてくるのか? いや、SFFはあまり投げてこない

 

カァァッァンッ!!

 

「ファウルっ!!」

かろうじて低めのボールに手を出すカルロス。ここはシンプルに緩急で攻めてきた。

 

――――このままヒットなしで終われるかよ!

 

カルロスのバットを握る力が強くなる。

 

 

「っ」

投げた瞬間、静電気に似た感覚が、大塚を襲う。リリースのタイミングが微妙に崩れたため、ボールが中に入る。

 

 

 

カァァァァンっ!!

 

外角スロースライダーを真芯で捉えた当たり。珍しく中に入ったコースに、カルロスはタイミングを外されながらもセンター前へと運んだ。

 

『打った~~~!!! センター前!! 稲城実業!! ここで初ヒットが生まれます!! 成宮が建て直している中、バットで青道に迫れるか!!』

 

「しっ!! 打ったぜ、ルーキーッ!」

一塁でガッツポーズするカルロス。大塚はマウンドへ駆け寄る御幸に、

 

「すいません、失投でした。」

 

――――今のは、けど今は体を言い訳にはできない。

 

 

 

「気にするな。長打を浴びるよりはいい。カルロスは仕掛けてくるぞ。クイック」

 

 

スタンドにいる丹波は一瞬、違和感を覚える。

 

「大塚らしくない、追い込んでから制球を崩したのは初めて見たな……」

 

厳しい表情の丹波。横にいた真中は、

 

「けど、ミスするのが普通の高校生じゃないのか?」

 

 

追い込んでからミスをするのが普通だと言う。

 

 

ーーーー大塚? だが、今の違和感は一体…

 

妙な胸騒ぎがした丹波。

 

 

 

 

 

そして、試合が動き始める。

 

 

ダッ!

 

カルロスの初球単独スチールが決まる。これはカルロスの十八番である。大塚のクイックも平均以上、その前に牽制を2回入れていたが、それでもいいスタートを切られてしまった。

 

 

――ここで送りバント…………けど、この投手を追い詰めるなら…………

 

白河はここで送りバント。一死三塁の場面を作り上げる。

 

『送りバント決まる~~!! これで一死三塁!! 稲実初めてのチャンスで主軸へとまわります!!』

 

マウンドに駆け寄る御幸。

 

「無死三塁よりはマシですよ、先輩」

大塚がそんなことを言う。ぜんぜん堪えている様子もなく、落ち着いていた。

 

――――マウンドに上がったからには、仕事を果たすべきなんだ。投げられないわけじゃない。

 

胸辺りの違和感が増すが、今は引き合いにだすべきではない。

 

 

「ああ。とりあえず、こいつは小技も出来るから注意しろ。」

 

 

3番吉沢、4番原田の打順。

 

「3番には勝負だが、4番には厳しいところで歩かせてもいい。5番はお前なら三振に打ち取れる。」

 

「はいっ!」

この初めてのピンチ。三塁に進められ、普通ならば失点をする可能性は高い。

 

――― 一球ウエストするぞ。この場面、何があるかわからない。

 

すっ、

 

やはりバントの構えを見せ、揺さぶりをかけてきた稲実。初回のお返しとばかりに、大塚を攻めたてる。

 

「――――――――――――――――――――」

ダッシュをして、コースを消しにかかる大塚。それを見た吉沢は―――

 

―――なんてチャージだ、この投手。盗塁もしていたし、相当足が速い・・・

 

「っ」

一瞬顔を歪める大塚。しかし、誰も見ていない。

 

誰も気づかない。

 

 

 

――――球威のある高めのストレート。思いっきり来い!!

 

御幸は高めの球威あるボールでスクイズすらさせるなとサインを送る。

 

―――ここでスクイズを決め、一点を捥ぎ取るぞ、吉沢

 

国友監督の勝利への執念を見せる采配。

 

キィィィィンッッッ!!

 

「ぐっ!?(球筋が…………何だこれはッ!?)」

吉沢はバットを当てるので精一杯。飛び出していたカルロスもスクイズを失敗した今の光景に呆然とする。

 

―――今の球は…………なっ!?

 

148キロ。

 

場内がまたどよめいた。このピンチで148キロ。先ほどの4番との勝負でも147キロを計測し、この自己最速でバントをさせなかった。

 

 

――――あの吉沢が仕留めそこなった? それにあのフォーム。相当に浮き上がって見えるのかッ

 

ストレートの球威とキレが違う。それまでは力をセーブしていたような投げ方。

 

そして―――

 

 

ドゴォォォォォンッッッっ!!!!

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!!!」

 

『三振~~~ッ!! 3番吉沢のバットをねじ伏せた大塚!!』

 

「ツーアウトォォ!!」

叫ぶように、鼓舞するように高らかに宣言する大塚。

 

 

 

「行けるぞ、大塚ァァァ!!!」

 

ゾワッ

 

バッターボックスに来るのは、四番の原田。だが御幸が感じたざわめきの理由ではなかった。

 

 

――――大塚?

 

「とにかくツーアウト、勝負しに行きますよ」

 

 

マウンドで立つ彼の姿は大きく見えた。まさに、上級生原田に対して、何の敬意も払っていないかのような、闘争心剥き出しの表情。

 

大塚が投球動作を始める。観客よりも近く、審判よりも近くにいる二人―――御幸と原田には、その剥き出しの闘気が襲い掛かる。

 

 

ドゴォォォォォンッッッ!!!!

 

「ッ!」ブゥゥゥンッ!!

 

初球から振りに来る原田。この球相手に初球から振りに来るスイングはさすがといえるだろう。だがその球速は―

 

149キロ

 

ピンチで4番打者との勝負で、さらに自己最速をマーク。二人はこの1年生のポテンシャルに戦慄を覚える。

 

―――うっは。これはストレートだけで打者を打ち取る、ねじ伏せる顔ですわ

 

―――扇の要、主将、4番。この打者さえ完全に抑えれば、稲実の流れは摘み取れる。

 

 

「――――っ」

小さく息を吐く大塚。全身に神経を研ぎ澄ませ、マウンドから見える打者を見る瞳。

 

打者しか見えていない。

 

――――相当バットを短く持っている。だが、短く持てばいいわけではないよ……っ

 

 

 

余計な力もなく、打者との真剣勝負。このツーアウトでセーフティスクイズは有り得ない。むしろやった場合は大塚の肩と足で即座に刺されるだろう。

 

三塁ランナーのカルロスは動けなかった。

 

―――主将相手になんなんだ、こいつは―――――

 

原田が初球のストレートにフルスイングして当たらない。一打席目からまだストレートに当てることが出来ていない。

 

続く二球目―――

 

ドゴォォォォンッッ!!

 

149キロのストレートが低めに決まり、原田は手が出ない。低め外れると思ったボールが浮き上がったように見え、ストライクゾーンを通過したのだ。

 

 

 

チャンスであるにもかかわらず、稲実の応援歌が掻き消された。どうすれば打てるのかわからない。力を抜いている時でしかヒットが出ない。原田は徹底マークをされている今、

 

 

稲実にあったはずの得点の匂いが消えていた。

 

 

――――どこに投げるべきか? ここでもう一球ストレート。掠りもしていないからな。

 

 

打席での汗をぬぐう原田の表情には余裕はまるでない。まさに、プロ予備軍―――プロの一軍級の投手と対決しているように錯覚する。

 

 

そして―――

 

『2球連続149キロの大塚! セットポジションから3球目!』

 

大塚が息を吐き、セットポジションから第3球を投げる。原田もあのストレートにタイミングを合わそうと構える。

 

 

ドゴォォォォォンッッッ!!!!

 

 

「…………」

自分のスイングをした。しかし最期まで当たらなかった。すべて今度はストレート。解っていても当てられなかった。

 

崩れ落ちる原田。それをネクストバッターズサークルで見た成宮。

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ」

 

 

『三振~~~!!! 一死三塁のピンチ!! 3番4番を二者連続三振でねじ伏せ、ピンチ脱出の大塚!! 原田は2打席連続三振!!』

 

これ以降、稲実の打撃が大人しくなった。ネクストバッターサークルにいた成宮にもほんの少しだけ影響を与えていた。

 

 

「大丈夫だったじゃないか、光一郎。あいつは」

 

 

「ああ、ランナーが出たら、戻っていた。稲実相手に何時も通りとはいかないか……」

 

「あいつに求めすぎだぜ」

 

 

 

 

 

 

 

―――これ以上点はやれないッ!!

 

 

 

5回の表、二死ランナーなし。ここで迎えるは、3番の沖田。今日はタイムリースリーベース、バントヒットと、当たっている。

 

「ストライクっ」

まず143キロの真直ぐが、内側のコーナーに決まる。外に上手く流されたタイムリースリーベースを意識しているのか、内角攻めが顕著になる。

 

――――球威も落ちてきたな。球数もそろそろ100球。精神的にも今大会で経験していない劣勢。大塚もあくどい事をする。

 

 

そして続く二球目のスライダーが外れ、1ボール1ストライク。狙い球は基本アウトコースのボール。

 

そして内を攻めたストレートのボール球。警戒するべきバッター。原田は歩かせてさえいいと思っていた。

 

――――今までの事を考えれば、外のチェンジアップ。俺は第一打席で外のストレートを流し、第二打席ではチェンジアップのバントヒット。ここから辿り着く答えは―――

 

今の原田には、外のストレートを綺麗に流す沖田が脅威に見えるだろう。

 

 

カキィィィィィンッッッッ!!!!!!

 

 

だからこそ、沖田の狙いと、そのカウントを整えるボールが合致するのは、それほど難しい事ではなかった。

 

 

外角低めのチェンジアップ。

 

 

 

後ろを向く成宮。マスクを外し、打球を目で追う原田。

 

右と中の外野手は、一歩も動けなかった。

 

 

『入ったァァァァ!!!!! 沖田のソロホームラン!!!成宮打たれました!!! 青道!! 優勝へのダメ押しの一発!!! 外の緩い球を完璧に運びました!!』

 

『狙われていましたね。バットの出方を見ると、本当に狙い球が予想通りにきたという感じですね。』

 

これで4-0となり、稲実の応援が沈黙する。後続の結城をサードライナーに抑えるも、許してはならなかった追加点。

 

 

ズバァァァンッ!!

 

「ッ!!」

しかし成宮は力投を続ける。6回終わって100球に到達。しかし、それでもマウンドで闘志を見せ続ける。

 

初回から尻上がりに調子を上げてくる成宮。だが、この一発勝負のトーナメントでそれは致命的だった。

 

 

6回までに3本のヒットを打たれる大塚。しかし後続を悉く抑え、ピンチの芽を摘み取る。カルロスの当たり以外は詰まった打球が内野の頭を超える物ばかりで、6回の梵、平井の連続ヒットで流れはきたかに見えた。

 

ーーーーまだ、大丈夫……っ

 

 

苦い表情を出す大塚。甘く入ったボールは見逃してくれない。成宮のように下位に手を抜くではなく、

 

 

大塚の身体を、何かが蝕んでいた。

 

 

ーーーーさっきからランナー無しの時に甘い球が増えている。球威があるから仕留められていないが、後半は大丈夫か?

 

御幸も、大塚の異変に気づいた。だが、稲実相手になげているのが理由だと判断した。

 

 

 

 

 

コンっ、

 

「ぐっ―――」

カルロスは大塚のボールの球威に押され、打球がやや強く転がったのだ。

 

 

一応フェアゾーンに運び、セーフティバントが決まるかに見えた。

 

 

ダッ、

 

カルロスは一塁へと走る中、素早く打球を捕球し、無駄のない動きで三塁へ送球、フォースアウトを取る大塚を見てしまった。

 

「任せろ、エイジ!!」

三塁手沖田は強肩。矢のような送球が一塁へと迫る。

 

 

「アウトっ!!!」

 

「――――」

送りバントを防がれ、さらには自分の足すら刺された。カルロスは、化け物でも見るような目で、大塚、沖田を見ていた。

 

これで無死一塁二塁が、一瞬にして二死二塁に変わった。そしてここで白河を迎えたところで、

 

―――今は、マウンドを降りるつもりなんてない!!

 

鬼気迫る闘志をむき出しに、投げ続けるエース。

 

 

 

ドゴォォォンッッ!!

 

 

「ストライク!! バッターアウトっ!!!」

 

 

「」

 

チャンスの後の一本を許さない大塚。ホームベースが遠い。それが確実に稲実のバットから力を奪っていた。

 

味方には、絶対エースの風格を感じさせ、安心を与え続ける。

 

何かが彼に起きている事など、気づけない。

 

 

そして7回の表。4回以降のランナーを出すものの、後続を抑えた成宮。すでに体力の限界は目前まで迫っていた。

 

「ハァ、ハァ、ハァ」

息の荒い成宮。100球を既に超えている。集中力も体力も消耗した。もう続投させる意味はない。

 

国友は成宮が限界だと悟り、控え投手の方へと目を向けるが―――

 

「まだ投げれますよ、俺」

 

「成宮」

 

「ここで降りるわけには―――いかないんすよ、俺はエースだ」

 

 

青道ベンチも、7回のマウンドにまだ立っている成宮に驚く。そして、東条にヒットを許すも、後続を抑えた投球に、エースの姿を見た。

 

「あの野郎、まだマウンドに立ってられるのかよ。」

伊佐敷も、彼の精神力を認めるしかない。そしてその高すぎる壁から4点を奪ったことは、本当に幸運なことだと痛感する。

 

「凄いね、100球越えているのに――――」

小湊もバットを振って準備している。

 

 

そしてこの7回の裏。主軸からの攻撃。マウンドへと向かう前、片岡監督に呼び止められる大塚。これまで被安打3、無四球、10奪三振と完璧な内容。球数も80球前後と安定していた。

 

 

「この回。この回を完全に抑えろ。ここで流れを止めれば、勝利はぐっと近づく」

主軸との真っ向勝負。もしここで勢いに乗られれば、4点差はあっという間になくなる。

 

「心得ています」

表情が硬い。それに気づいた片岡は、

 

「どうした?」

 

「…………完封は厳しいですね、もっと楽に投げるべきでした……」

苦笑いをよく浮かべる大塚。稲実を圧倒しているが、やはりそれだけの代償もあるかに見える。

 

 

「8回までだ。ランナーが出たら川上に代える。ここまでよく頑張ってくれた。来年もこの背番号を取り戻してこい」

 

 

 

 

 

 

 

3番吉沢との勝負。今日は2打数無安打2三振。完璧に抑え込んでいた。

 

「来い、おらぁぁ!!!」

 

吉沢との対決。今日は上手く決め球で攻略した第1打席と第2打席。パラシュートチェンジとランナーがいる時のストレート。

 

―――気合十分。スロースライダーを一球見せるぞ

 

 

ククッ、ギュンッ

 

緩やかに、そして鋭く変化の大きいスロースライダーにタイミングを狂わされ、外のコースにバットが出てしまう。

 

「ッ(こんな、なんでこんなやつが東京に!!)」

彼は神奈川出身。大塚の話を聞いていなければ、どうして彼が神奈川から東京へと移動したかを知る由もない。

 

だが、そんな雑念を感じてしまった時点で、彼の負けは確定した。

 

『最後は落として空振り三振!! 11個目の三振を奪った大塚!! あの稲実を追い詰めています!!』

もう一球ボールコースのスライダーを見切れず、最後はうちに入ってきたボールコースへと落ちるSFFに手が出て三振。ガックリと項垂れ、ベンチへと帰る吉沢。

 

『さぁ、ここで3度目の対決。原田対大塚!! 4番対1年生エース。今日は2打数無安打、2三振とこちらも完全に抑え込まれています。』

 

『どう打てばいいんですかねぇ。彼にだけは150キロ前後のストレートに、スライダー、2種類のチェンジアップ、SFFを使いますからね。狙い球を絞るのも難しいでしょう。まずはストレートにタイミングを合わせたいのですが』

 

大塚の投じた初球はパラシュートチェンジ。バットは空を切る原田。

 

「――――ッ!!」

ストレート待ちの状態。ストレートにタイミングを合わせるべき時に、この球が来たのだ。

 

『今のようなチェンジアップがかなり効いてきますよね。一方の青道は、成宮君に対して徹底的に右打ちをしたおかげで、彼を攻略できました。チーム打撃、それを徹底できたかを考えると、青道はその分明確な作戦を感じられました。』

 

そして続く二球目は外へと逃げるスロースライダー。

 

カァァァァンっ!

 

何とか当てたものの、フェアゾーンには飛ばない。これであのSFFが来るのか、それともストレートか。

 

アウトハイの球が多く、インコースのボールは曲げてくる。照準を構えた原田。

 

―――余裕のない打者は、俺も含めてこんなんだろうな

 

御幸も原田の思考が手に取るようにわかった。だからこそ―――

 

 

ズバァァァァンッッ!!

 

145キロの真直ぐが、インコース低め一杯に決まった瞬間、原田は負けを覚悟した。

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

 

『前の回から合わせて、3者連続三振~~~!! これで12個目の三振を奪います!! 最後はインコースのストレート!! ズバッと決まりました!』

 

 

「終わらせねぇ!! こんなところで、俺達が・・・!!」

打席に立つ成宮。稲実では、彼一人だけが未だに目に見えた危険な闘志を見せている。彼はまだ折れてなどいなかった。

 

キィィィンっ!!

 

「ファウルっ!!」

ストレートに初球当ててきた成宮。まさに好球必打。ストライクゾーンはどんどん振ってくる。

 

―――外角のスライダー。これで引っ掛けさせるぞ!

 

そしてややゾーンよりも低いスロースライダーがコースへと決まり―――

 

カァァァァンっ!!

 

「ちっ――――!!」

打った打球はボテボテ。三遊間へと転がる。そして何気に深い場所へと転がってしまう。

 

「ちっ!!」

ワンバウンドの送球は―――

 

「セーフっ!! セーフっ!!」

 

送球が逸れ、倉持のエラー。打った成宮は一塁でガッツポーズを上げる。

 

「大塚! 落ち着いていくぞ!! すでにツーアウトだ!」

大塚はエラーでの出塁を許し、御幸は度々マウンドへと向かい、大塚とコミュニケーションをとる。

 

「大丈夫です。後続を抑えれば問題ないです。」

大塚はあくまで冷静だった。だが、若干汗をかき始めていた。渋い顔をしており、やはり彼も三者凡退を強く意識していたのだろう。

 

 

だがそれでも、大塚はそれでも冷静だった。

 

 

―――力んでいる打者は、詰まらせやすい……っ

 

明らかに気負いすぎている。エースが作ったランナー。それを何としても次につなげたい気持ちが解る。恐らく自分もそうだろうから。

 

成宮の闘志も虚しく、続く6番山岡はタイミングを外されたストレートにつまり、セカンドゴロ。

 

二塁フォースアウトでスリーアウトチェンジ。

 

『エラーでランナーを出しましたが、後続を抑えた大塚!! 6年ぶりの甲子園まであとアウト6つです。』

 

「これで後アウト6つ!! いけます、行けますよ、先輩!!」

スタンドにて、夏川は7回まで無失点の大塚を見て表情を明るくさせていた。

 

「そうね。この決勝でここまでの投球。期待してしまうのは無理もないわ」

貴子はまずここまでの大塚の投球を称賛する。だが、その後「けど」と補足する

 

「それは7回までの大塚君。8回と9回の大塚君はどうなるかわからないわ」

 

 

7回が終了し、8回―――

 

「投手交代だ。」

 

ついに青道は、成宮をマウンドから引きずり下ろすことに成功する。ベンチには、タオルで汗をぬぐう成宮の姿。

 

7回4失点。先発としては責務を果たしたとは言えないが、イニングはもってくれた。だが、球数を考えれば、これ以上成宮をこの試合で消耗させるわけにはいかない。

 

『おおっと、稲城実業、ここで投手の交代です! エース成宮に代わり、2番手には井口がマウンドへ向かいます。』

 

背番号11の井口。やや球威のある直球に、スライダー、フォークを繰り出すオーソドックスな投手である。

 

「とうとう成宮がマウンドを降りたか。」

片岡監督は、今回の作戦のテーマである「成宮を降板させる」という目標を達成した事を認識する。序盤にあった隙をつき、エース対策の打撃をしたことで、試合を有利に運んでいる現状に満足する。

 

「――――ここからは、自分達の打撃をして来い。相手のエースを全員の力で引きずりおろした。お前たちは、もっと自信を持っていい。お前の持ち味はなんだ、小湊?」

 

これから打席へと向かう小湊に声をかける監督。

 

「相手投手の球に食らいつくことです!」

体格に他の選手に劣りながらも、小湊の声は鋭く、ベンチのメンバーにもはっきりと聞こえた。

 

「打席で見せてみろ!」

片岡監督も選手に高揚感を与え、この回の得点を期待している。変わったばかりの投手に、小湊がぶつかったのは幸いだった。

 

 

 

――――鳴の降板、それは俺のリードミスだ。奴らがチェンジアップに予想以上当ててきたこと―――

 

そして徹底したチームバッティングをし、鳴の弱点を確実に攻めたて、その攻撃の途中で確信を得た事である。だが、チームが負けている一番の理由は―――

 

―――大塚栄治―――あの投手を攻略できていねぇ。

 

 

そして8回の表、先頭打者の小湊を見た原田。彼も彼の打撃は注意しているし、変わったばかりの井口には酷な相手かもしれない。

 

 

―――どうするのかな、相手は稲実の2番手投手。データは一応あるけど、とりあえず初球―――脅しをかけてみるかな?

 

原田が選択したのは、外角スライダー。しかし外れてボール。原田も、初球から狙ってくる今の反応に、戸惑いを感じた。

 

―――こいつ、初球から振ってくるのか? 前の打席とは違う。鳴の変化球を捉えられ、こいつには一番球数を投げさせられた。しかし――

 

原田は続けて勝負を続行。次はインコースを突く投球で、小湊にバットを振らせなかった。

 

――――ストレートは140キロ前後。一年生のボールを見ていると、そこまで絶望感はないね。

 

ベンチの中で、打席を見つめている大塚、投球練習中の沢村、降谷を見て、笑みを浮かべる小湊。

 

 

――――クッ、やはり食らいついてくるか。

 

その後、8球目まで粘っている小湊。そして―――

 

 

「ボール、フォア!!」

 

先頭打者の小湊が塁に出る。最後はフォークがボールゾーンへと行ってしまったのだ。

 

『マウンドを代わったばかりの井口。小湊に粘られ、先頭打者を歩かせてしまいました。この回の追加点は、青道にとってはかなり大きいでしょう!!』

 

 

3番、サード沖田。

 

ここで青道の怪童が姿を現す。バットを持って、打席へと入る。

 

―――ここでこいつは何を狙う? バントも出来るぞ、こいつは

 

カキィィィィンッっ!!

 

一二塁間を狙う打球。この鋭い当たりはライトへと転がりかけたかに見えたがセカンドの好捕に阻まれる。

 

しかし、スタートを切っていた小湊は二塁に到達。沖田が進塁打を打つ形となった。一死二塁。

 

またしても青道はチャンスを作る。

 

 

「―――お前と主軸を組むのが、これほど頼もしいと思えるとはな。」

 

塁上には、小湊。ベンチでは、好守備に阻まれた沖田。どちらも青道が誇るレベルの高い打者。それが自分に期待したような目を向けている。

 

 

―――4番、ファースト、結城哲也

 

「(沖田と小湊がお膳立てしたチャンス、ここは是非とも決めたい)」ゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!

 

3度目のチャンス。

 

 

一度目はヒット、二度目は三振。そしてこの三度目は―――

 

―――打つッ

 

 

結果が出るのは、意外とかからなかった。

 

 

 

カキィィィィィンッッッッ!!!!

 

 

2ボールからの3球目。甘く入ったフォークを捉えた当たりは、左翼席へと突き刺さったのだ。

 

右手を高々と突き上げる結城。優勝を決定づける、稲実の夢を打ち砕く最後の一打。

 

 

『入ったァァァァ!!!!! 4番結城の、優勝を決定づける一撃!! レフトスタンドへと突き刺さるツーランホームランで、差を6点差に広げます!!』

 

その後、大塚、御幸らが凡退。しかし8回の裏もきっちり三者凡退に抑えた大塚、御幸バッテリー。これで14個目の三振を手にしている。

 

9回の表も倉持まで回るが、倉持の惜しい当たりをカルロスが好捕。無得点となり―――

 

クライマックスの9回の裏。そのマウンドへと上がるのは―――

 

 




関東No.1撃破。もう勝つしかない。

彼がどんな故障をしたかについては、決勝後に判明します。

沖田こそ、狙い撃ちに相応しいような……



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第49話 壁を越える瞬間

遅れました。


「本当に栄純は投げんのか?」

沢村の祖父、栄徳はこの8回も一年生投手が投げていることで、孫の出番があるかも知れないと考えていたが、どうにもそういう雰囲気ではない。

 

「だから、今日は予定がないって言っていたじゃないですか。」

娘からも注意される栄徳。

 

「うん。この調子なら大塚君のままだと思います」

若菜も、大塚がここまで素晴らしい投球で稲実相手に無失点。変える理由がないのだ。

 

「けど、何で練習しているのかな」

 

 

6点差がついたことで、大塚はなんと東条がいたレフトへ向かっていく。選手交代。5番投手大塚が、左翼手大塚になり、東条の場所には―――

 

 

 

『選手の交代をお知らせいたします。ピッチャーの大塚君がレフト。レフトの東条君に変わりまして、降谷君。ピッチャー、降谷君』

 

 

 

この場面で、準決勝登板の青道の剛腕降谷。大塚に最後まで投げ抜くことをさせなかった片岡監督。

 

「必死に点を取ろうとする強豪相手に、降谷がどこまでできるか。これは甲子園の本番までしかわからないことだ。だからこそ、大塚以外の投手に、それを乗り越えてもらいたい。幸い、結城のバットで6点差をつけた」

 

強豪相手に、沢村は結果を出した。そして大塚も先発の役目を果たした。

 

―――やっと投げられる。

 

マウンドへと向かい、捕手の御幸からボールを受け取ると、

 

「ここは、アイツが8回まで守った場所だ。攻める気持ちでどんどんボールを投げ込んで来い!」

ここまでいわれて、何も思わないわけがない。降谷も、大塚のことは認めていた。

 

「全部三振でも構わないですよね」

 

ゾクッ、

 

御幸は、降谷の冷たく、そして尋常ではない闘気を感じ取った。この場面、強豪相手にこの点差、生半可な気持ちではなかったことを喜びつつ、

 

―――マジで投手だよな、こいつらは、捕手冥利に尽きるってもんだぜ

 

1番のカルロスから始まる打線。稲実はなんとしてもランナーを溜めたい。あの厄介な大塚がレフトへと下がったのだ。彼が出てくるまでに、点を取ることを期待した。

 

 

ドゴォォォォォンッッッ!!!

 

「…………何の冗談だ…………御幸…………」

震えた声で、カルロスはつぶやいた。

 

151キロ。

 

いきなりの球速に、会場がどよめいた。大塚が149キロでピンチを脱出したのも見せ場ではあった。だが、この降谷は軽々と大塚の最高球速を越えてきたのだ。

 

「…………(力が抜けていい感じ、調子もいい)」

肩に力が入っていない。その為に力むことなく、降谷のボールはさらに球威と伸びを増していく。

 

続く150キロのボールに手を出すカルロス。しかしファウルチップで追い込まれると、

 

―――大塚のとは違って、かなり球質の重いストレート。何だ青道は・・・なんでこのレベルの投手がリリーフにいる!?

 

ドゴォォォォンッッッ!

 

「ボ、ボール!!」

かなりきわどいところのコースに決まり、手を上げたかけた審判。しかしボールと判断した。

 

「そこは入らないんだ」

降谷はマウンドで特に不満を見せるわけでもなく、自分で納得するように頷いた。

 

―――手が出ない。アウトコースにポンポン入れられるのか、こいつは!?

 

しかし――

 

最後は高めのストレートに空振りを奪われ、一死を奪う青道バッテリー。

 

『三振ッ!!! 高めのストレートに手が出てしまったカルロス!! これで後二人の青道!!』

 

 

「後アウト二人ですよ、先輩っ!!」

夏川は、残りアウト二つで優勝が決まると騒ぐ。そのグラウンドには、2人の一年生がいる。この頼もしい後輩がとても誇らしいのだ。

 

「ええ――降谷君も調子がいいし、まさか―――」

 

しかし、吉川は心配そうに大塚を見つめていた。

 

 

「……っ」

レフトの守備位置に下がった大塚は、顔を歪めていた。胸辺りの違和感が、ついに痛みに変わってきたのだ。

 

「まだ、大丈夫……」

 

優勝がかかったイニング、青道はそこに集中していた。彼を気に留める者も、彼に気づける人もいない。

 

しかし、優勝の瞬間は近づく。

 

 

 

二番白河も―――

 

ククッ、ストンッ!!

 

 

「なっ!?」

 

4球粘った白河だが、5球目の低めのSFFにゴロを打ってしまい、これでツーアウト。

 

「しゃぁぁぁ!! ツーアウトだぞ、降谷!!!!」

 

「ここまで来たら優勝だぞ!!!」

 

青道の応援スタンドからは大きな声援。その声援を力に変える降谷。

 

―――後、一つのアウト

 

これまでの人生で、これほどの声援を受けたことはなかった。決勝以前の、登板している時にも、声援はあった。

 

しかし、この決勝の大舞台で、ここまでの声援は経験したことがなかった。

 

―――取りたい、みんなの為にっ

 

ドゴォォォォンッッッ!!!

 

「ストライクっ!!!」

3番吉沢は手が出ない。低めへと投げ込まれた剛速球に。

 

「ふぅ――――」

浅く息を吐いた降谷。汗が滴り落ちる。続く第2球目に―――

 

ククッ、ストンッ!

 

ここで落ちる球。ストレートだけではない。この縦の変化球がある。

 

「あっ!」

吉沢のバットが出てしまった。これでツーストライク。

 

 

――――力も抜けて、いい投球が出来ている。軽く投げて150キロを出せて、ストライクが取れる、お前も成長したな。

 

――――ま、1イニング限定だが。

 

 

 

 

そしてその彼にサインを送る御幸。

 

―――ここだ、ここで勝負をつけるぞ!

 

御幸が要求したのは、高めのストレート。降谷の一番得意なコース。アウトハイの真直ぐ。

 

マウンドの投手は頷き、大きく振り被る。打者はその一挙一足に目が向いている。

 

観客はその最後の一球に集中し、神宮の視線がこの対決に向けられていた。

 

 

ドゴォォォォォンッッッ!!!!!!

 

ミットの低い音、バットが回る音。そして投げ終えた瞬間の投手の笑顔。

 

 

一瞬の静寂、そして―――

 

ワァァァァァ!!!!!!!!!!

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!! ゲームセットっ!!」

審判のコールを聞いた瞬間、御幸はマウンドへと駆け寄る。

 

『試合終了~~!!!!! 西東京大会決勝!! 甲子園行きを決めたのは、青道高校!! 6年ぶりの甲子園です!!! 稲実、連覇ならず!!!』

 

「しゃぁぁぁぁ!!! 勝ったぞ、おらァァァ!!!!!」

伊佐敷はすぐにマウンドへと来ていた。これまでいくことが出来なかった夢の舞台。最後の夏に、その夢がかなった。

 

「ああ、ようやく、ようやくだ…………」

主将の結城も、こみ上げるものがあり、その口数は少ない。まだ涙を見せてはいないが、周りは察しており、だれも指摘しない。

 

「本当に行ける。俺達の夏は続くんだ」

小湊も、ベンチで待機していた春市を見て、微笑んだ。

 

「――――春市――――」

 

「お前があっさり代わったのは意外だったけどな。完封は意識していただろう?」

御幸がレフトからやってきた大塚に尋ねる。

 

「―――――俺だけのチームではないです。本選で、このマウンドを経験する投手は多くいないと。」

そう、このイメージ、この感覚を、二人目の投手に感じてほしかった。若干疲れもあるのか、目を伏せがちに大塚はそう答える。

 

実際、甲子園の決勝はこれの比ではない。沢村は大舞台で仙泉を抑え、川上先輩はそれまで抑えで頑張っていた。

 

降谷はリリーフで、ひたすらに制球を磨き続けた。その結果がこれである。

 

1回を投げ、被安打ゼロ、2奪三振。無失点、無四球。

 

まさに、完璧な内容だった。

 

「6-0で青道!! 礼っ!!」

 

ありがとうございました!!!!

 

 

「また、お前には負けたよ」

成宮は大塚、沖田を見て、

 

「今度こそリベンジさせてもらうよ―――今度は、俺が勝つから」

相手エースは泣かない。歯を食いしばってはいたが、涙は見せない。それが意地なのだろう。

 

「――――来年も、また投げ合うことになるかもしれません。でも、俺はチームのみんなの為に、またゼロに抑える。」

大塚も負けていない。チームの為にという言葉を先にだし、得点を許す気は今後もないと言い切った。

 

 

 

「――――フン、甲子園で無様な試合をするなよ。俺に投げ勝ったんだから。その称号も、秋には奪い返すから」

それだけ言い、成宮は稲実ベンチへと帰っていった。

 

この試合によって関東最高の投手の座は、大塚へと渡ったのだ。

 

「ホント、プレッシャーが凄いですね。」

成宮からの彼なりの激励、関東ナンバーワンの称号が、成宮から大塚へと移ったことを考え、この先の戦いの一つも、苦労しないことはないのだと悟る。

 

「この試合で8回無失点のお前が言ってもあんまり説得力ねぇよ!! けど、ナイスピッチだったぜ、大塚」

 

「捕手が一也先輩でよかったですよ。」

グータッチを交わす青道に勝利に導いたバッテリー。彼にとっては初めての全国、彼にとっては3度目の全国。

 

「下の名前かよ。まあ、今日は無礼講だ。許してやるよ」

大塚の言葉に笑顔のままの御幸。本当にお似合いのバッテリーだった。

 

 

 

これが終わりではないことを、彼らは解っている。ここまでくれば、もう優勝しかない。それに向かって突っ走る事が出来る。

 

 

「クソッ…………あんなの、投手におんぶに抱っこの…………くっそ…………くそくそくそ…………」

 

「止せよ、白河。俺達は負けたんだ」

白河は悔しさを露わにしており、山岡と矢部が制している。

 

「アイツらが強かった。それだけだ、それだけなんだ」

 

 

「大塚?」

御幸は止めたが、大塚は白河に言わなければならないことがあった。

 

「――――白河先輩。」

 

「なんだ―――?」

大塚の顔を見たくもないと言わんばかりの表情。

 

「捕手は投手の壁なんかじゃない」

 

捕手を過小評価していた白河に対しての言葉。さらに、

 

 

「御幸先輩が青道に入った事、俺が後悔させません。」

 

 

大塚はそれだけを言って、背中を見せる。それが白河には理解できなかった。奴は自分を快く思っていないはず。なのに、それだけを言って立ち去るその姿。

 

 

「…………次は必ず打つ…………どんな球にも…………食らいついてやる…………!!」

大塚の言葉が身を持って証明された試合でもあった。リードの差がもろに出て、その恩恵を受けたのは大塚。劣っていたのは稲実のバッテリー。

 

もしここに、御幸が入っていれば―――

 

だからこそ、理解しなければならない。捕手は試合の要であったことを。そして捕手の御幸を罵倒した自分に対し、それだけを言ったあのエースを認めるほかなかった。

 

 

「ナイスピッチ、大塚ァァァ!!!!!」

 

「お前ら最高~~!~!!!」

 

「片岡監督~~~!!!!」

 

「御幸~~~!!!!」

 

「哲さん~~~!!!!!」

 

「おめでとうお前ら!! 甲子園も頑張れよ!!!!」

 

「…………っ」

そしてついに、結城は堪えきれず、涙を流す。だが、だれも彼を茶化す者はいない。

 

「やったな、テツ!!!」

伊佐敷は肩をポンポンと叩き、結城を落ち着かせる。そして伊佐敷はすでに泣いていた。だが、その顔はとても晴れやかだ。

 

「胸を張ってよ、キャプテン!! 西東京一番のチームの主将なんだよ?」

その反対側に、小湊もやってきた。こちらはまだ涙を見せていないし、その気配すらなかった。ただ、その顔はとても穏やかだった。

 

「ああ…………やはり…………この時が来るのは…………嬉しいの一言だ」

そしてようやく、涙はまだ止まってはいない結城だが、笑顔を見せる。

 

「甲子園でも暴れましょう、結城キャプテン!!」

 

「俺達が投げ抜いて、先輩たちのバットで勝利をつかみとれば、夢じゃないですよ」

 

「投げたい」

 

「しゃぁぁああ!!!! 甲子園だァァァ!!!!」

 

「俺たちも頑張らないと…………」

 

一年生たちのはしゃぎ振りと、激励。そして―――

 

優勝監督インタビューと、活躍した選手のインタビューが行われる。

 

「放送席、放送席、そして神宮球場の高校野球ファンのみなさん。今年の西東京のチャンピオン。青道高校監督片岡さんに来ていただきました。今日はナイスゲームでしたね」

 

サングラスを取り、片岡監督は綺麗な姿勢で立っていた。

 

「成宮投手を序盤で上手く攻め立て、先制点、中押し、ダメ押しと、効果的な得点を得られたことが大きいです」

淡々と説明する片岡監督。

 

「特に大塚君の投球は、目を見張るものでしたね?」

アナウンサーも若干片岡監督の威圧感に押されていたが、臆せずに質問を行う。

 

「ええ。彼の投球は、間違いなくうちに勢いを与えてくれました。初回に主将の結城、沖田が先制点を挙げられたのが、よかったと思います。ただ、私から見てもあの投球は素晴らしいモノでした。」

 

「では9回。その大塚君が降板した理由は?」

 

「8回まで大塚には頑張ってもらいました。ただ疲れが見えたので、降谷にスイッチしただけです。その剛速球でねじ伏せて来いと言ってきました」

 

「その降谷君ですが、最後はシャットアウトでしたね。」

 

「それだけの結果と実力があったという事です。彼の投球もまだまだ進化するでしょう」

 

「最後に、6年ぶりの甲子園について、何か一言。」

 

「甲子園でも、うちの野球を貫くことで、優勝を目指して頑張りたいと思います。」

 

「片岡監督でした!!!!」

 

 

そして室内でのインタビューに大塚と結城主将が呼ばれ、報道陣に気遣われながら結城は移動し、大塚はそんな彼の横で声をかけていたりしていた。

 

「といっても、どういうことを言えばいいのだろうか」

 

「自然体ですよ」

 

 

 

そして未だ興奮冷めやらぬ神宮球場。

 

「栄治君…………」

春乃は、8回まで投げ切った大塚の名前を呟く。

 

「そうね…………大塚君の活躍、粘り強い打撃が勝因だったわ。あの成宮投手から4点を奪って、結城君も…………」

 

変わった直後の稲実を突き放す一発。あれで勝利が確定した。

 

「シャァァァ!! 勝った~~~!!!」

テンションの高い幸子。他の部員が嬉し涙を流す中、気合が入りまくりの様子。

 

「…………先輩、涙が…………凄い、出て…………ますよ?」

 

「唯こそ。ハンカチで、拭きな、さいよ―――」

そして二年生の夏川と、三年生の貴子は涙を流しながら、神宮のグラウンドを見ていた。

 

マネージャーたちも抱き合いながら喜び、その歓喜の瞬間、ついにやってきた優勝の二文字と、甲子園の切符を手にしたこと。

 

―――おめでとう、みんな。この夏は、とてもとても、忙しそうです。

 

 

 

「…………大塚君………」

 

グラウンドに再び現れた大塚を見つめる春乃。彼はかなり疲れた顔をしていた。

 

 

――――怪我なんて、していなかったんだ……

 

その事に、彼女は安堵していた。かれが長いイニングを投げ、無失点。調子も良かった。

 

試合に勝ったことよりも、彼が無事だった事を喜んでいた。

 

――――お疲れ様、大塚君……凄かったよ……

 

 

 

 

 

そして丹波は、この光景をスタンドで見ていた。

 

「……………………やったな、お前ら」

 

あの場所にいられなかったことが辛い。だが、もしエースが自分で彼がいなかった場合、どうなっていたかを考える。

 

―――だが、そのギャップを少しでも埋める。アイツは俺を待っている。

 

 

―――先輩をエースにするために、予選の柱になるッ!!

 

彼はそう言った。だからこそ、あの力投は自分の事のように喜んだ。

 

「いいのか、光一郎?」

 

そしての横には市大三高のエース、真中がいる。彼もまた、道半ばで甲子園の夢がついえた。だが、丹波にはまだ可能性が残っているのだ。

 

「かっちゃん。甲子園って、どういうところなんだ?」

 

「凄いぞ、あのマウンドに立てるだけでも、投手は鳥肌モノだ。もう一度、立ちたいぐらいに」

ややさびしそうに笑う真中。

 

「けど、光一郎に全部託す。最後の夏、絶対に優勝してくれ。俺達3年間の集大成、お前ならできる」

真中はそう言って席を立ちあがる。

 

「――――――かっちゃん」

 

「本選も見ているからな。春のような投球じゃ、一瞬で捕まるぞ?」

最後まで親友へ笑みを絶やさず、自分にエールを送り続けた。それを見て燃えない男ではない丹波。

 

―――仲間たちが待っている。甲子園が先にある。

 

丹波の目に力が戻る。

 

 

「少し遅れちゃったけど、兄さんも全国に行くのね」

大塚家と沖田家は、6回あたりから会場を訪れていた。東京特有の渋滞に巻き込まれ、大幅に遅れてしまったのだが、最後に6,7,8回と大塚栄治の雄姿を見ることが出来たので、少しは満足しているようだ。

 

「そういえば、お父さんも甲子園に行ったんだよね?」

 

「そうよ。私が下積みをしていた時、同じ地元出身で、さらに面識があったの。だから、特に応援していたわ。」

 

馴れ初めを語る綾子。違う世界ではあるが、頑張る和正の姿を目で追い、彼も意識していたらしい。

 

当時のファンは卒倒モノである。

 

話は続き、今度は野球の話。

 

「全試合を投げ抜いたわけではないし、和正さんがいた横浦には後2人いい投手がいたの」

 

それを聞いた彼女は、どうして父親が優勝できなかったのか気になった。目の前で歓喜の瞬間を掴んだ青道のチームと、何となく似ていると感じたからだ。

 

大塚和正と、いい投手2人。

 

大塚栄治と、沢村栄純、降谷暁。

 

何かが似ているように感じた。

 

「お父さんはどうして優勝できなかったのかな」

 

「甲子園は難しいのよ、絶対に勝てるチームなんていないし、優勝候補なんて、意外と脆いのよ。」

ずっと和正を応援していた綾子にはわかったのだ。あれだけの戦力でも、あれだけ努力をしても、

 

大塚和正は届かなかったのだ。

 

世界最高峰の投手でも、成し遂げることが出来なかった甲子園の栄冠。その頂に、今度は息子と彼の仲間が挑む。

 

「まあ親としては、無事に初めての夏を乗り切って欲しいし、楽しんでほしいわ」

 

 

そう、せっかくのチャンスなのだから。

 

 

 

 

 

 

西東京大会決勝 青道 6 - 0 稲城実業

 

 

試合総評

初回に沖田のスリーベース、結城のヒットで2点を先制した青道高校。さらに4回には投手の大塚のセンター前へのタイムリーで追加点、5回には沖田のソロホームランで4点差とする。一方、稲実は3回までパーフェクト、6回までにヒット3本と抑えられる。先発成宮は、7回4失点と粘りの投球を見せるも、二番手井口が結城にダメ押しのツーランホームランを浴び、最後まで投手の調子が上がらず。投げては先発大塚が8回3安打無失点、9回は降谷が三人で抑え、青道が最後までリードを守り、完封リレー。

 

青道高校 西東京大会優勝 6年ぶりの甲子園行きを決める。

 




豪腕降谷が三凡。あっさり終わりました。

本作の丹波は、漢になれるか。


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初の全国
第50話 全国の猛者


大塚君の怪我が軽い気がする。まあ、ゴローのようなのはいかんのですが・・・


2017年 6月28日

2011年シーズンと本作で想定したため、若干の史実設定が織り込まれます。


翌朝のスポーツ面ではやはり稲実の予選敗退の記事は少し取り上げられていた。

 

各新聞では――

 

『稲実、まさかの予選敗退。成宮、7回4失点の粘投も………』

 

『青道、6年ぶりの甲子園。1年生エース大塚、大舞台で躍動。8回3安打無失点14K!』

 

『一年生完封リレー!! 大塚&降谷!!  稲実をねじ伏せた!』

 

地元の新聞では、それまで市大三高、稲実に後れを取っていた古豪復活は大きな話題を生んだ。大塚の出自についてはまだ明らかにされてはいないが、いずれあの神奈川の大投手、大塚和正の息子であることも甲子園前にリークされるのだが、大塚にとってみれば、

 

「俺のやることは変わりませんよ」

と、青道の食堂にて仲間と雑談していた。

 

「くっそ~~~!! 俺だって活躍してやる~~!!!」

新聞に写真つきで載っている二人を見て、沢村はかなりの闘志を見せる。だが本人に自覚がないようだが、大塚に次いでのチームへの貢献を果たしている沢村。長い回を投げられない降谷よりはイニング数で貢献しているのだが、彼にそんな考えはない。

 

「(二人目の先発投手って、優勝にはかなり大事なんだけどな………)まあ、甲子園で頑張ればいいじゃん」

御幸はそんな沢村を宥め、甲子園で活躍さえすれば、すぐに名前を売れるという。

 

―――ホント、こいつらには助けられっぱなしだよなぁ

 

御幸も、この3人の投手がもし青道に入っていなかったらと考えるとゾッとする。最悪、川上先発で、他の投手を使う―――リードも大変だっただろう。

 

―――まあ俺も、あの大会でかなり学んだ気がするな。カルロスがそれまでの配球を読んでいて、大塚がそれに気づくところも。

 

初回先頭打者。大胆に、そして繊細に行くべきだった。決勝の舞台で固くなっていたのは自分だった。

 

いずれ、丹波が復帰すればエースは彼に渡るだろう。そうなると大塚の背番号は恐らく11。

 

それが惜しい気がした。大塚ははっきりとエースナンバーを丹波に託すと言っていた。自分は予選までの代役だと。

 

 

「………………………………」ジーン、

珍しく食が遅い結城。今朝の新聞を見て、未だに実感が続いているのか、結城の箸は遅い。

 

「結城のあんな面が見られるなんて。甲子園に行けたのもうれしいけど、ああいう哲も悪くないかも」

小湊兄(亮介)も、結城がここまで甲子園への秘めた思いがあったことに驚いていた。しかし、

 

「さっさと食べろって、テツ!! 練習が始まっちまうぞ!!」

なお、その後伊佐敷に無理やり食べさせられた。

 

 

そして今朝の練習では、ついに丹波が完全復帰し、全体練習に加わった。

 

「これで完全復活? いや、してくれないと困るけどね」

小湊が完治した丹波を茶化す。

 

「丹波先輩、お疲れ様です」

頭を下げ、挨拶をする大塚。基本礼儀正しい大塚は投手である丹波には一際敬意を払っているのだ。

 

「ああ。迷惑をかけた。予選の投球は全部見ていたぞ。ナイスピッチだった」

 

「あ、ありがとうございます………」

そして彼からのお褒めの言葉に、やや頬がかゆくなる大塚。

 

「コホン……そろそろ始めるぞ」

片岡監督が軽く咳払いをし、二人にそう促す。

 

「はい」

 

そうして、全体が聞く姿勢になると、

 

「昨日は本当によくやってくれた。お前たちが甲子園の土を踏むことになっただけでも私は嬉しく思う。」

まずは甲子園出場が決まって、片岡監督からの賛辞。しかし彼は「だが………」と続ける。

 

「我々の目標は常に全国制覇だ。観光気分で行くわけではないことを頭に置いておいてほしい………いや、それはもう解っているようだな」

 

誰一人として、全国の頂きに行くことを夢で終わらせる気ではないことに、片岡監督は少し笑みをこぼす。

 

「今朝の集合でも解るとおり、丹波がついに復帰した。そして予定通りエースナンバーを渡したいと思う。そして、本選の18名を選びたいと思う。」

 

「!!!」

予選よりも2人少ないメンバーに驚く沢村。しかし、お前が驚いてどうするんだと一同が呆れる。

 

すでに、大塚と丹波、降谷、川上、沢村は当確。この5人の投手は本選でも如何なく力を発揮することになる。その上、降谷と大塚は外野手も出来る。まず削られるのは外野。

 

「………………」

東条も、自分が当落線上にいることを弁えている。喉を鳴らし、緊張した面持ち。しかし――

 

「………………………」

今度は結城に呆れられている東条。楊舜臣のフォークを一撃で仕留めた打席は、青道に流れを呼び込んだ。堅実でスマートな打撃は、上級生にも劣らない。

 

「本選は、予選とは段違いに苛酷な試合になるだろう。ベンチ入り候補20名の中で選ばれなかった者も、心の準備だけはしておいてほしい。」

 

 

投手

背番号1  丹波光一郎 (投手3年)

背番号10 川上 憲史 (投手2年)

背番号11 沢村 栄純 (投手1年)

背番号17 降谷 暁  (投手外野手1年)

背番号18 大塚 栄治 (投手外野手1年)

 

捕手

背番号2  御幸 一也 (捕手2年)

背番号12 宮内 啓介 (捕手3年)

 

内野手

背番号3  結城 哲也 (一塁手3年)

背番号4  小湊 亮介 (二塁手2年)

背番号5  沖田 道広 (内野手1年)

背番号6  倉持 洋一 (遊撃手2年)

背番号14 増子 透  (三塁手3年)

背番号15 小湊 春市 (二塁手1年)

背番号16 楠木 文哉 (内野手3年)

 

外野手

背番号8  伊佐敷 純 (外野手3年)

背番号7   東条 秀明 (外野手1年)

背番号9  白洲 健次郎(外野手2年)

背番号13 坂井 一郎 (外野手3年)

 

門田と前園がメンバーから漏れた。ベンチ入りメンバーの中に、1年生が6人。全体の3分の1を占める新戦力の台頭。落選した門田はそれでも笑顔で、衝撃を受けている東条に「頑張れよ」と声をかける。

 

一方、前園は悔しさもあるが、沖田にあらゆる面で負け、小湊には巧打で負けていると知っており、秋への巻き返しを図る。

 

「絶対に生き残るで………秋には活躍するんや!!」

 

大塚の背番号は不可解ではあったが、

 

「父さんと同じ背番号をつけて、甲子園に行ってみたい」

という発言で、

 

「背番号18………大塚…………まさか………!!?」

伊佐敷が衝撃を受けた顔で大塚を見る。マネージャーの貴子はだいぶ前に知っていたので、あまり驚いていない。

 

「あの大投手………大塚和正の………そうなのか?」

結城もまさかあの大投手の息子とは思っていなかったらしく、衝撃を受けていた。

 

「………うーん、あまりこう………そんな畏まらなくても大丈夫ですよ………」

大塚は皆のこの態度に少し苦笑い。何度目かのリアクションにやや辟易している。

 

「サインとか無理か!? 現役じゃないけど!!!」

伊佐敷がサインをねだる。実は、真逆の存在とはいえ、伊佐敷のあこがれている投手の一人に、彼がいたりする。

 

野茂の後に渡米し、野茂の記録を全て塗り替え、アメリカでも伝説となっている日本最高峰の投手。

 

日本では6年連続最優秀防御率(1点台継続)を記録。さらには4回の最多奪三振(6年連続200奪三振)を記録し、沢村賞2回の怪物。

 

25歳まで日本に在籍し、歴代最速の1000奪三振を記録。7年目の最終シーズンでは、投手シーズン記録第6位の11完封を記録、プロ通算100勝を達成。防御率0点台を数十年ぶりに達成。勝率10割を達成し、投手タイトルを総なめにして、最後までポストシーズンも負けなし。日本一を置き土産に渡米。

 

沢村賞が2回のみなのは、完投数の問題があった。いずれも沢村賞受賞した時は10完投をクリアしたが、それ以外はクリアできなかった。故に、「まあ、このレベルの投手はいつもで捕れるだろ」ということで、あえて厳しい視線の中で審査を受けていた。1年目にして最多奪三振と最優秀防御率の2冠を取ったことがすべての原因である。

 

 

渡米1年目から最多勝争いを演じ、2年目にサイヤング賞を受賞。防御率1点台を通算で5回達成。37歳まで現役を張り続け、メジャー通算200勝目を達成。ワールドシリーズMVPを2回受賞。最多奪三振5回、と最優秀防御率9回と全米を震え上がらせた。最多勝は2回と、このタイトルはライバルが多かった。

 

だが、サイヤング賞8回とあのメジャーの大投手を超えた。

 

 

 

日本復帰38歳で最多奪三振と最優秀防御率を受賞。2度目の日本野球では、最多勝は最後まで取ることが出来ず、40歳に引退。

 

 

文字通り、最後まで基地外染みた活躍をした。

 

しかし、引退から半年。復活に向けて動き出しているとのこと。現在41歳。本人曰く

 

「老け込むには早過ぎた」

セ・リーグの監督たちは、その言葉を聞いて卒倒しかけた模様。

 

本当にセ・リーグは戦々恐々としている模様。関係者からは、「ただの充電期間だったのでは」との声も。大きなけがもなく、連続して活躍していたので、長期間休養が欲しかったのではという声も。

 

その後、ブルペン入りしていた丹波は、大塚の投球を見ながら、

 

「…………まあ、それを言われたらわかる気がする………」

顔を青くしながら、大塚の早すぎる引退の裏にはこんなことがあったのかと納得していた。

 

「そこのところどうなんだよ? 大塚選手は復活するのか?」

 

「父さんは、決勝の投球を見ていたらしいです。なので、なんだか触発されたようで………今頃はブルペンに入っていると思いますよ」

昨日の息子の投球を見て、和正は触発されたそうで、今頃はブルペンに入っているであろうという大塚の見解。

 

しかし、今は打撃投手で実戦感覚を慣らし、二軍の野手陣に悲鳴を上げさせているらしい。一方投手コーチの一人の久保は、「引退するのは早過ぎた。明日から一軍行っていいぞ」と言われたりする。

 

「………マジかよ………」

伊佐敷は、大投手が形はどうあれ復活する可能性がある、現実味を帯びてきていることに、冷や汗をかく。

 

「とりあえず、練習終わったんで、授業行きましょう」

 

朝練が終わり、いつもの学校生活へと戻る青道投手たちと伊佐敷。

 

 

 

「おめでとう、大塚君!!」

 

「決勝戦、凄かったよ!!」

 

「沖田君のヒットも、とっても大きかった!!」

 

教室へと入ると、大塚はクラスメイトにもみくちゃにされた。

 

「えっと……………」

囲まれて身動きできない大塚。苦笑いのまま、荷物を降ろさせて、とお願いするが、女子は退こうとせず、大塚は動けない。

 

「降谷君も三凡でセーブ!! 最後の雄たけびもカッコ良かったよ!!」

 

「………………ありがとう。」

人の声援や期待を浴びることに慣れていない降谷はその大塚程ではない声援の前ではにかんでいた。

 

「……………若菜じゃねぇし、俺はどうでもいいし」

沢村はちらちら二人の様子を見て、自分には彼女がいるので、アレを自分が受ければ裏切りになると、空気を装っていた。

 

「栄純君は、ホント純粋だな~~」

春市もそんな親友の純情ぶりを褒めていたりする、ここまで来ると。

 

「はるっち。」

そして彼からの言葉。沢村が何やら真剣な瞳で尋ねてきたのだ。

 

「?? どうしたの?」

 

 

「彼女に色々とメールを貰ったんだけど、どう返事すりゃぁいい?」

 

何か春市の頭のどこかの線が切れた。

 

「…………栄純君は、一回爆死すればいいと思うよ」

 

「えぇぇっぇ!??!?」

 

 

 

「またかよ!? 大塚どこいったァァァ!!!」

沖田を身代りにして、またしても逃げた大塚。

 

「高いし、イケメン!!」

 

「一年でレギュラーよ!!」

 

「先制タイムリーの沖田君だ!!!」

 

「…………こ、こら………今度は俺が通れない!(少しだけ、グッジョブ、大塚ァァ!!)」

頭の中がぶっ壊れた沖田。先生が来るまでその状態が続いた。

 

 

「………まあ俺、影薄いからな………」

レギュラーの外野手の東条。そんな三人の様子を見て、ため息をつく。

 

「お、おれはちゃんと見ているぞ!!」

金丸が秀明を慰める。

 

「あわわわ………マネージャーとして何かしなきゃ………っ」

沖田と大塚の日常生活が脅かされている。マネージャーとして「一軍の主力メンバーの生活リズムを守る使命があるんです!」と意気込んだ春乃だが、あまりの密集地帯にキョドっていた。

 

 

 

「………とか、やっているんだろうな。マジで冷やかしにいけばよかった」

2年の教室では、御幸が机を囲まれ、身動きが出来ない状態。御幸もたった今、伊佐敷らに冷やかされ、かなり疲れていたので、年下の彼らに八つ当たりしたい気分だったのだ。

 

「…………モテる奴は死ねばいいのに………ヒャハッ…………」

倉持の周りにはあまり来ない。男子はくるのだが、女子はあまり来ない。

 

「まあ、顔が怖いしな、お前……」

 

 

「てめ、言ってはならないことを………! 俺は絶対に彼女作ってやるからなァァァ!!!」

 

 

「あ~あ。大丈夫かな、倉持君」

夏川はついに部屋を飛び出していった倉持を見て、幸子に尋ねる。

 

「大丈夫じゃないの? またふらっと戻ってきて、いつも通りよ。」

 

 

2年の教室も同じような感じだった。

 

 

 

そして、姿を消した大塚は―――――

 

「―――――――やっば……」

誰もいない屋上で、一人息を荒くしていた。その表情は少し歪んでおり、何かを我慢しているようだった。

 

明川学園戦でのスライディングで胸部を痛めた大塚。ただそれが原因かはわからない。だが、薬師戦以降から胸に違和感を覚え始めた大塚。

 

 

そして、決勝戦後に違和感が痛みに変わった。

 

 

 

病院に行ったときに診断されたのは――――――

 

 

 

「右の5本目の肋骨が傷ついている。君は何かスポーツをしているのかい?」

レントゲン検査の結果、彼はやはり怪我があった。それも、原因は、彼の長所からくるものだった。そして含みのある表情で、何のスポーツをやっているかを尋ねる。

 

「――――野球で、投手をしています。」

嘘をつくわけにはいかない。大塚は素直に話した。

 

「ここを怪我するのは、腰の回転が速いか、相当な衝撃を与えた時のみだ。何か心当たりはあるかい?」

 

 

 

大塚の腰の回転の良さが、その未完成の体に相当な負荷を与えていた。フォームチェンジというもろ刃の剣も加わり、複数のフォームがあることも、彼の体を蝕む原因だった。通常は、フォームを崩した場合、そのまま成績も不調になるケースが多いが、彼は敢えてフォームを変えている。

 

故に、高い場所にまでいってしまった。彼を止める者はいなかった。

 

「まだ軽傷だが、これ以上投げればその骨が持たない。完治が遅れるかもしれないぞ」

彼にとってはまだ最初の夏。秋季大会までに体を作ればいずれ偉大な投手になれると彼ははっきりと口にした。

 

「―――――――――――――――――」

大塚はそれを聞いて沈黙してしまう。

 

その医者は、大塚が東京のアマチュア界では有名な投手であることを知っていたのだ。だから敢えて、最初は深く尋ねなかった。だが、この診断で彼を止める必要があると考えた。

 

この若き天才投手の芽を怪我で摘むわけにはいかないと。

 

「――――――中途半端な怪我だ。だが、悪化すれば治りは遅くなる。痛み止めだけでは、いずれ限界が来るよ?」

決勝以降に発覚したこの怪我。本選でのフル回転は絶対に避けるべきだと宣告した。

 

「―――――それでも、リミットはありますか? 騙し騙しするには、何が必要か、何が出来ないのか」

 

「――――――――5イニング以上は絶対に投げるな。それも、5イニングに到達するのは出来れば控えてほしい。痛み止めも万能ではない。使えば使うほど、効力は弱くなる。」

 

 

「―――――それは、痛みが消える時間が短くなるという事だ。マウンドで倒れる気なのかい?」

 

「――――それでも、自分に出来ることをしたい。お願いします」

だが、大塚は無理を承知で頭を下げる。あのチームで少しでも長く、全国を戦いたい。体が動く限り、自分は貢献したいと考えていた。

 

 

 

「―――――っ」

 

使えば使うほど、効力が弱まる。ならば、彼は日常生活での使用を完全に捨てたのだ。

 

使うのは試合の時のみ。それが、効力の希薄化を遅らせる大塚の選択だった。

 

――――なんか、吉川さんの様子がおかしかったけど、ばれているのかな?

 

優勝した時も、彼女だけはなぜかあまり元気がなかった。そして、自分を見ていたのだ。

 

―――――けど、チャンスなんだ

 

父が届かなかった栄冠がすぐ近くに見えている。そして、中心人物としての責任。

 

 

――――全国の恐ろしさ、研究される事がどういう事か

 

 

沖田、東条以外の選手が心配なのだ。全国大会の経験の無さが、チームに与える不安要素。

 

――全国大会は、予選のように生温くはない。

 

稲実を倒せたのは、研究したからだ。だからこそ、今度は青道がされる側になることが不安なのだ。

 

 

――勢いだけでは、栄冠は夢のまた夢……

 

 

 

 

悲壮な覚悟を胸に、大塚は本選に挑む。

 

 

そしてビースターズ二軍グラウンド、横須賀では―――

 

ズバァァァァンッッッッ!!

 

「ナイスボールッ!」

 

ブルペンに入っているのは、かつての背番号18。伝説の男。

 

「明日には支配下登録されるらしい。阪神の地獄のロードに合わせて、4位の阪神を一気に追い抜く。大塚さんの出番はそのぐらいですね」

投手コーチの久保が、大塚にそう話した。

 

「ありがとう。まさか私の頼みごとをここまで聞いてくれるとは………これで結果を出さないと話にならないな。」

意気揚々と140キロ後半のストレートと、切れ味鋭い変化球を投げ込む大塚。年月を重ねた変化球の切れは、健在だった。いや、晩年の時よりもかなり状態はいい。故に、晩年の力を超越する可能性は高い。

 

「息子さんも嬉しいんじゃないですか? 大塚さんの雄姿が見られて」

 

「ああ………私は先に見せてもらったからな。」

 

「ラスト一球!!」

 

ズバァァァァンッッッッ!!

 

「うひゃぁぁ…………ナイスボールっ!!」

二軍捕手も驚くストレートが投げ込まれた。しかもミットは動かなかった。

 

―――待っているぞ、栄治。俺からエースナンバーを奪ってみせろ。

 

大塚和正の眼光は、そのはるか先を見据えていた。

 

 

そして、ついに4日の移動日が迫っていた。6日に始まる今年の甲子園。例年通りに開催されるこの大会。

 

青道は稲実を破った高校として、全国に注目されていた。

 

 

横浦高校では―――

 

「あの左腕を打ち崩した? いや、青道の核は間違いなく投手。だが甲子園の舞台は、そう甘くはないぞ」

 

「…………嬉しそうですね、監督。」

背番号2を付けた選手が、仰木監督の笑みを見て、そのように言う。

 

「………敵チームとはいえ、あれほどの投手。どうして見つけられなかったと、悔いてならない。だが、甲子園で見てみたい投手の一人だ」

 

「…………ええ。アイツの凄さは、2年間だけでしたが、身に染みていますから」

 

「………今度は奴に打棒で勝って見せろよ、ルーキー?」

監督に難しいミッションを送られ、苦笑する一年生捕手。

 

 

「しかし、データなしとはいえ、アイツに借りを返す機会が出来たのは嬉しいな」

高校通算82本塁打。岡本達郎。彼はデータのない沢村に抑えられた左の強打者の一人。

 

「それは俺も同じだ。春の借りを返さないとな」

そして横浦の主砲、坂田久遠が現れる。高校通算66本塁打だが、通算打率は驚異の4割越え。勝負強く、ここぞの場面で打てる男。

 

「俺も次は抑えてやる!」

エース和田が青道へのリベンジを誓う。

 

――――ここには、頼もしい先輩たちがいる。けど、お前らにもいるんだろう?

 

黒羽は、沖田と大塚にも自分と同じような先輩がいることを知っている。彼は捕手だ。相手の打者の記録を見るのは仕事のような物。青道に警戒すべき打者が数多くいることは知っている。

 

―――今度はお前の球を受けられないけど、俺がお前の―――

 

背番号2黒羽金一は、かつての親友に挑む。

 

 

 

そして西の雄の一角。広島光陵高校のエースとベンチ入りメンバー。

 

「どうやら、また奴と戦う時が来たようだ」

あの時の優勝メンバーの一人、2年生木村は、再び関東の地で蘇ったエースを知り、歓喜に震える。

 

5番捕手木村。勝負強く、得点圏脅威の4割越え。まさにクラッチヒッターとして光陵の5連覇に打撃で、そしてその強肩で守備でも貢献した。

 

「あの時は引き分けみたいなもんだ………だが、次は決着をつけてやる!」

背番号1を付けた光陵の1年生エース、左腕の成瀬達也。ゴールデンルーキーとして広島予選を自責点ゼロで駆け抜け、光陵の5連覇に貢献。

 

「アイツからヒットは打っていないんだ。俺も挑戦者の気持ちで、奴に挑む。」

センターのレギュラーである2年山田昭二。俊足にして、強肩強打の凄い奴、と言われるような大型選手に成長。

 

秋大会では、打率4割を達成し、選抜でもデビューを果たした。

 

「マックス149キロに緩急か………そしてそれに加えてあの微塵も衰えていないSFF。」

 

「いや、大塚だけじゃない。沢村栄純、降谷暁………そして―――」

 

彼らの輪の中にいない、あの大きな柱。

 

 

「甲子園で会おうぜ、沖田」

 

彼らのチームの中心だった、あのショートは東京にいる。あの関東1の左腕からタイムリーを打った。

 

最高のチームメイトが、今度は最強のライバルの一人として、立ちはだかる。

 

「ああ。打たせる気はねェけどな」

成瀬の気合も、十分だった。

 

 

 

そして大阪―――

 

「やはり来たんか、青道はん。」

 

青道が稲実を破ったことに、大阪桐生は驚いていない。むしろ、隙の多い成宮が崩れたことは想定内だった。

 

「投手としてはええけど、ハートはまだまだやからなぁ、白髪の子は。大塚君が来るのは解るわ。」

 

―――ホンマ、あれほど冷静で、熱い男は頼もしいやろうなぁ。

 

「せやけど、うちもただやられに行くわけちゃうで、なぁ舘?」

 

「はい」

大阪桐生のエース、舘は練習試合の雪辱を晴らすべく、甲子園へと向かう。年下だが、格上のあの投手に投げ勝つために。そして、チームとして勝つために。

 

「それに、曲者もおるしな」

背番号18を付けた一年生内野手。右投げ右打ち。

 

名を、笹川始。大阪桐生の秘蔵っ子。夏予選では打率6割を達成。激戦区の大阪で、数多の投手をその一打で崩してきた。

 

「今度はあの時のようにはいきまへんで?」

 

 

 

前橋―――

 

「………そうか…………青道が来るのか。」

前橋学園のエース、神木鉄平は、大塚が成宮に投げ勝ったことを新聞で知った。練習試合で彼は投げてはいなかったが、それでもあの高校とはもう一度戦う機会があるかもしれない、そんな予感があった。

 

青道の戦いぶりは、4試合はコールド勝ち。

 

コールドではないのは2試合。だがそれでも、あの成宮が4点を奪われたことも、油断のならない存在であることを悟らせる。

 

そんな安定した戦いをしていた青道が唯一苦戦した高校。

 

明川学園。打力も強豪には劣る中堅に届くかどうかのチーム。だがそのチームのエース、楊舜臣はあの打線を一点に抑えたのだ。

 

―――――楊舜臣に出来て、成宮に出来なかったこと。それは一体――――

 

神木はそれを掴んでいれば、青道を確実に抑えられただろうと考えた。そんな彼が一番警戒しているのは――――

 

沖田道広。

 

彼に打ち込まれた満塁弾は、その練習試合での勝敗を分かつ一撃だった。だからこそ、リベンジをしなければならない。

 

そうでなければ、気持ちよく高校野球を終えることは出来ない。

 

 

今年の選抜準優勝投手は去年の夏、ベスト4に散っている。だからこそ、あの夢をもう一度目指す。

 

 

最後に、春夏連覇を目指す沖縄の覇者。

 

「へぇ、あの白い子が来ないんだ」

柿崎則春。今年の選抜優勝投手。2年生世代最高の左投手。多彩な変化球を兼ね備え、目標の投手はK.カーショー。

 

憧れは利き腕こそ違うが、ビースターズの大塚和正。

 

 

「その青道には、大塚の名字の投手がいるんだってよ。もしかしたら息子かもしれないぜ」

 

「うわ。投げ合ってみたいな。もしそれが本当なら。試合後にサインは絶対にもらわないと。ていうか、大塚投手が現役復帰したら、絶対に優勝したいし、それを手土産にサインをねだる。これが理想」

 

「相変わらず誰に向かって話しかけているんだ、お前は」

主将の垣屋は、そんな柿崎にあきれる。

 

こんななりだが、一応2年生世代最強らしい。

 

 

 

 

 

続々と姿を見せる、全国の強豪。青道を待ち受ける試練はまだまだ続く。

 

 




実際の症例を基にして考えました。そして、全国で青道と当たるかもしれない面々。

なお、ここで当たる予定の高校は2校のみの模様。


横浦、光陵、大阪、前橋、沖縄勢。青道が激突する高校ははたしてどこなのか。



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第51話 王者出陣(東京の)!!

さぁ、ついに青道の甲子園デビューです。

1回戦は甲子園の記憶にも残るあの高校がモデルです。


8月4日。ついに青道野球部は甲子園入りを果たし、その野球の聖地を前に、その闘争心を高めていた。

 

「………ここが、甲子園………」

伊佐敷は、初めて見る生の甲子園に鳥肌が立っていた。

 

「ここが………俺達の目指していた場所」

小湊も、初めてくる甲子園に胸を躍らせていた。

 

「………………」じーん

結城は言葉にすることもなく、その球場を見ていた。

 

「どこまで自分の投球をするか………俺に必要なのは、それだけだ」

丹波は、この中で意外に冷静だった。自分が予選を投げていないという事もあり、丹波には絶対に勝つための投球をするという強い心があった。

 

「……………父さんも、ここで投げたことがあるんだよね………」

 

大塚和正は、甲子園に4度出場した。だが、甲子園の魔物によって準優勝どまり。

 

サヨナラフィルダースチョイス。無援護。二番手の失点。

 

まさにトラウマに近い敗戦を経て、プロで躍動した大塚和正。制球への意欲は、その挫折からかなり意識したという。

 

父が果たせなかった栄冠。自分はどこまで栄冠に近づけるのか。

 

「…………ああ。凄い投手だった」

片岡監督も、彼の現役の姿に憧れた。だが、自分にはまねできない投手であることはすぐに分かった。

 

「すぐに宿に向かうぞ。このまま運転手を待たせるわけにはいかん」

 

一同は宿舎へと向かうことになり、ほんの少しだけ、甲子園を後にした。

 

この夏で一番、多くの試合をするために、今は英気を養うのだ。

 

そして宿舎にて、

 

「……………」ポチポチ、

沢村はメールが来たらしく、返信作業を行っていた。倉持はその動きに、頭の中で何かが光る。

 

「ムムムム…………沢村めぇ…………」

彼の顔をよく見ると、なんだか照れくさそうにしながら、文字を打ち込んでいた。ほぼ間違いなく。

 

―――若菜か!!!! 若菜なんだな!! ちくしょぉぉぉぉ!!!!

 

「あらら………」

御幸も何気に沢村が可愛い彼女を作っていること、遠距離でも全然赤い糸が切れていないことを羨ましく思っていたりする。顔には自信があるが、なぜか同年代の女性が来ないことに悩んでいたりする。

 

「俺も何でモテないのかな………」

 

「テメェの性格だよ!! テメェの!!」

倉持が突っ込む。

 

しかし、沢村がリア充なのは部内での周知の事実。特に何かをするつもりもなく、倉持はある決意をする。

 

 

「……………やるぞ、御幸…………」

倉持が何かを言った。

 

「甲子園で活躍して、モテる………絶対モテてやる………」

 

「動機が不純すぎだろ………」

下級生に先を越され、倉持にラブパワーが付加された。甲子園で彼はきっと活躍してくれるだろう。

 

「甲子園もいただくのは当然だし!!」

 

 

 

「大丈夫かな………吉川さん………」

大塚はついそんなことを口にする。自分が見ていないとやや不安ではあるのだ。先に宿舎に来て、後からやってくることは解る。だが、その道中でトラブルがなければいいのだが。

 

「心配し過ぎ。道中で10回目」

隣の席の降谷が大塚の言葉にそう反応する。彼もあの少女があぶなっかしいのは知っているが、ここまで心配することなのだろうかと。

 

「沖田はなんかその話をすると、人外の言葉を発するし、東条君は苦笑いするだけだし、春市は黒い笑みを見せるし、沢村はリア充中だし………」

大塚が他の1年生の状況を説明すると、

 

「僕は呆れた言葉を君に返すよ」

降谷も大塚のいつもの頼りある姿ではない今に、嘆息する。

 

「こうなったら到着後に御幸先輩に相談しようかな。」

 

「…………勝手にすればいいと思う(あの人、案外モテないからな)」

かなり失礼なことを考えている一年生コンビだった。

 

 

なお、到着後の落ち着いた時間帯、御幸、倉持に春乃の様子が心配だと反射的に名前呼びした大塚は、倉持に追いかけられる模様。

 

「何で怒っているんですか!!!!」

 

「寝言を言うからだ、ヒャッハァァァ!!!!(泣)」

 

「マジで疲れるなぁ、泣けるなぁ………」

御幸の言葉は切実だったと、白洲、川上は語る。

 

 

 

 

初めての夏初日は、なんだか騒がしかった。

 

 

「この大舞台を前にして、緊張感がありすぎるのもな。締めるところは締めてくれるだろう。」

片岡監督は、迷惑行為がなければ傍観する模様。

 

「初戦の先発は対戦相手が決まってから、ですね」

 

「ああ。少しでも長く、アイツらに野球をやらせたい。」

 

 

自分にとっても久しぶりの甲子園。故に、その聖地の味を、最後まで味あわせてやりたいのだ。

 

 

そして運命の抽選会。毎年番狂わせが起こりかねない抽選。強豪校との潰し合い、ジャイアントキリング。ここから甲子園のドラマは始まるのだ。

 

そのドラマの幕開けは、大阪市北区のOSAKAフェスティバルホールで行われる。ここには全国の予選を勝ち上がってきた猛者たちが一同に集い、各チームの主将が抽選を引くことになっている。

 

一方、残りの一軍メンバーたちは、座席にてその様子を見守っていた。

 

「……………」

緊張した面持ちの伊佐敷。

 

「どこと当たっても、結局はやり合うし、強い奴を先に潰すのが楽かな」

挑戦的な言葉で余裕を見せる小湊。

 

「…………(さてさて、どこと当たることになるやら)」

御幸も壇上から目を逸らさなかった。

 

「………主将………」

沖田は師匠でもある結城のくじ運を何気に信じていたりする。

 

「登板間隔を考えると、優勝候補を先に潰しておきたいんだけどね」

大塚も小湊と同意見のようである。

 

「どこも何か一味違う………これまでの奴らとは………」

沢村は強烈なプレッシャーを感じていた。強敵揃いの予選だったが、ここにいる選手たちの雰囲気はどこか違う。全国からやってきたチームは、予選で当たってきたチームと何かが違う。

 

予選でも青道を苦しめたチームは2チームいたが、その雰囲気とも違う。

 

 

「まあ、ここにいるチームは、全員あの予選を勝ち上がったチームだからな。」

御幸が沢村の疑問にそう答える。

 

「だが、お前たちはあの激戦区を勝ち上がったんだ。自信は持っていい」

クリスの言葉に、沢村は

 

「うっす………」

自分に気合を入れるように、声を出すのだった。

 

ついに始まる。

 

 

「ただいまより第93回全国高等学校野球選手権大会の組み合わせ抽選会を行います。私PWテレビアナウンサーの堂前一郎です。本日はよろしくお願いします」

 

次々と番号を取っていく各チームの代表。結城もそれに倣い、番号を取り出す。

 

 

その結果――――

 

「なっ!!!」

伊佐敷は立ち上がり、

 

「そう来たか」

小湊、大塚は笑みをこぼす。

 

その日程はなんと、大会初日の開幕試合。そして対戦するのは―――

 

「………佐賀の作間西高校か。」

佐賀の古豪、作間西高校。予選から接戦に強いチームと言われ、前評判を覆したチームの一つ。

 

初戦の相手は全国区での強豪ではなかった。だが―――

 

「難しい試合が待っているな…………」

御幸の顔はすぐれない。順当通りにいけば―――

 

2回戦は岡山の観西高校と愛知西邦の勝者。西邦には佐野修造という強打者がいるが、彼だけのチームではない。

 

3回戦はどこが来るかもわからない程拮抗している。

 

 

恐らく、準々決勝では―――

 

「神木鉄平…………」

 

勝ち進めば、前橋学園のエースにして、プロ注目の今大会注目の右腕と名高い男。予選でも進化を見せ、球速は151キロまで上がっている。その上彼の最大の特徴は球速ではなく、その制球力。成宮よりも明らかに格上の投手であり、立ち上がりの隙もあまり見せない。

 

 

本格派にして、制球力もあるハイブリット投手。

 

練習試合とはいえ、青道を序盤は抑え込み、沖田の読み打ちがなければロースコアだった投手だ。

 

準決勝は間違いなく、横浦と巨摩大の勝者がやってくるだろう。プロ注目の神奈川県下の投手の全てに対し、自責点6以上を与える打線。神奈川県下で最速147キロのプロ注目の速球派投手相手に8点を奪う猛攻、後続の投手からも得点を重ね、その試合は17-1で完勝。

 

巨摩大にも有望な選手はたくさんいる。青道に匹敵する投手陣を前に、横浦がどこまで食いつくかは、今後の参考になるのは間違いない。

 

どちらも優勝候補、あまりにも早い対決に、甲子園ファンは衝撃を受けた。しかも準々決勝で大阪桐生と対戦するかもしれないのだ。

 

 

 

青道とは逆のブロックには、広島光陵高校が入る。そして、その光陵が順当通りに勝てば、準決勝では今年の選抜を制した琉球旋風――――

 

選抜優勝校の沖縄光南高校。あの前橋学園のエース、神木と決勝で対決。決勝は延長11回の死闘の末、2-0で投げ勝った大会ナンバーワン左腕の2年生エース柿崎則春を擁している。

 

 

彼の最速は150キロで、140キロ前半の球を平常時に投げ込んでくる。球種はスライダー、カーブ、フォーク、ツーシーム、カットボールと、多彩な変化球で的を絞らせない。多彩な変化球を誇るが、神木と比べると、制球力は雲泥の差。圧倒的な決め球はないというのがクリスの見解だ。

 

だが、彼には投手としての幅が広く、その切り替えの早さが売りである。制球力や球威だけではない。

 

投手としての実力は、あの神木に匹敵する。

 

 

 

 

打線は春選抜の大会記録を更新する勢いだった光南。1番から6番までが強打者であり、横浦高校の恐怖の3番4番には劣るが、それぞれが長打を誇るバッターで組まれている。

 

更にその打撃力は、ベスト8の市大三高の真中を相手に6得点をあげるなど、並の投手では抑え込めない。その試合は市大三高が10-3と大敗を喫している。なお、柿崎は7回無失点で降板しており、あの市大三高が一点も奪えなかった。

 

しかし、その自慢の投手力も、横浦打線の前に12失点を喫するなど、青道の最大の敵は横浦であるのかもしれない。その選抜の試合ではその柿崎が6回途中6失点で降板している。特に坂田久遠には2打席連続で長打を浴び、うち1つはホームラン。スリーランホームランを打たれている。結局その試合は16-12で辛くも光南が勝利した。

 

つまり、準決勝でぶつかる横浦は、全国最強の打線であること、そのディフェンスも、ルーキー捕手の黒羽によってカバーされている。

 

世間の目では、横浦が光南の春夏連覇を防ぐとみられている。

 

 

「いいじゃねぇか」

伊佐敷はこの抽選は不利だと感じているのが普通だと思うが、逆にチャンスでもあるという。

 

「強い奴を倒してこそ、王者じゃねェのか?」

 

「ははっ………そうだよね。そうだよ、純」

小湊も、伊佐敷の物言いに共感する。

 

「………俺達が踏ん張れば、負けはしない………」

大塚は無失点で抑えられるとは思っていない。だが、チームに勝利を与えられる投球をすることに徹する。

 

 

こうして、日程が決まり、宿舎へと戻る一同。クリスの解説が始まる。

 

「初戦の相手は佐賀の作間西高校。とにかくスモールベースボールで、ミート、走塁重視のチームですね。大きいのはこの3番の大泉、5番の立川、6番尾崎以外はいません。」

 

3番と5番は左打者。6番は右打者。主軸からは右打者と左打者のジグザグ打線。継投もしにくい。

 

「エースは3年の大田原。マックス142キロのストレートに、スライダー、シンカーを投げますね。良い時はいいですが、悪い時は所々制球がかなり甘くなり、イニングごとに調子がかわるようです。」

 

スコアを見ると、四死球の酷さが見て取れる。大塚は思わず、

 

「酷いな…………これは………フォームはどうなんです?」

フォームがばらばらなのか、それとも体に染みついたフォームが悪いのか。大塚の言葉に、

 

「お前からすれば、卒倒ものだ。あまり意識はするなよ。」

クリスもさりげなく毒を吐き、大塚は意識するなと忠告する。

 

「1番2番はスモールベースボールというだけあって、かなりの俊足です。選球眼については、追い込まれてから粘る傾向ですね。後は1塁にランナーがいる場合は、徹底して送りバントです。予選の犠打の数もかなりのモノで、大体の打者が俊足といっても過言ではないでしょう。」

 

小技と足技を絡めた攻撃で、相手のリズムを崩しに行くタイプなのだろう。

 

「………先発は沢村で行く。点差がつけば丹波を投入し、何事もなければそのまま行かせる。」

 

初戦開幕試合。先発は1年生の沢村。目安は恐らく7回まで。だが、セーブして投げることを言われ、次戦に向けての連投の準備もしてほしいとのこと。川上、降谷はリリーフとしてピンチを摘み取ってもらう。

 

「解りました! ボ……監督!!」

 

1回戦は佐賀西。

 

 

8月9日。その青道の初陣、開幕戦がやってくる――――

 

『さぁ、今年もこの夏の甲子園でどんなドラマが起こるのでしょうか。夏の甲子園一回戦第一試合。西東京青道高校対、佐賀の作間西高校の試合。今年の西東京、まさに総合力で勝ち上がってきた青道高校。今大会ナンバーワンのチーム投手成績を引っさげ、この夏にやってきました!』

 

一塁アルプススタンド側のベンチから出てきた青道ナインと、三塁アルプス側から選手を送り出す作間西高校。明らかに、佐賀代表は西東京を意識していた。

 

『今大会の初陣に、青道は1年生投手を送り込んできました!! 背番号11、沢村栄純!! 予選では市大三高の真中を打ち破った薬師打線を無失点に抑え込み、続く仙泉学園戦では5回を無失点、8つの三振を奪う力投!! 青道一年生の3本の矢の一角!! ついに甲子園デビューです!!』

 

マウンドには、冷静な表情で淡々と投球練習を行う沢村。気負いもなく、焦りもない。

 

『予選での詳しい成績をご紹介しましょう。3年生の丹波は、予選での登板がありませんでした。2年生の川上はリリーフ登板が多く、いずれも無失点。』

 

まずは上級生の成績が紹介される。背番号1の丹波は予選での成績がない為、表示はされないが、川上は主にリリーフ登板。準決勝、決勝戦は登板機会がなかったが、安定感は抜群。

 

そして―――

 

『そしてマウンドの沢村。予選では驚異の防御率0点台! 後ろに控えるは最速153キロの剛腕、降谷暁!! その伸びのあるストレートで、強打者をねじ伏せていきました。』

 

ベンチで待機している降谷がアップされ、最後に――

 

『今大会注目の1年生投手、大塚栄治!! 初戦はベンチ入りですが、果たして登板機会はあるのか!?』

 

 

その後、作間西高校の紹介が流れ、

 

『さぁ、始まります。夏の甲子園開幕です!!』

 

 

けたたましいサイレンの音とともに、甲子園の戦いが始まる。

 

 

 

初回先頭打者に対し、西東京の強打者を抑えてきた根幹、沢村の変則フォームが牙をむく。

 

 

球持ちの良いストレートがいきなりアウトコースに入る。最初の先頭打者は、フォームに翻弄され結局、

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

外角のストレートに手が出ず三振。その前のサークルチェンジにタイミングを狂わされた右打者の一番遠い所に、キレのあるストレート。

 

続く右打者にはカットボールで詰まらせ、ゴロに打ち取ると―――

 

―――ここは要注意だぞ、沢村!

 

マークしていた3番の大泉。左打席に立ち、沢村を睨んでいる。御幸としても、予選で当たっていた打者であるこの男に甘い球は禁物だと、低めのジェスチャーをする。

 

―――まずは、インコースムービングで出方を見る。ボールでいい。厳しいコースに投げ込んで来い!! 

 

「ボールっ!!」

 

内角に僅かに外れたムービングファースト。しかし、そのあまりの暴れっぷりに、思わず大泉はのけ反った。

 

―――これが、沢村の癖球か………ッ!

 

続く2球目は大塚の見様見真似のパラシュートチェンジ。タイミングを狂わされ、バットは空を切る。

 

――――ここで高速パームだ。タイミングを外して、ゴロを打たせる。低めのボール球。お前のパームは―――

 

ククッ、ストンッ

 

「!!!」

大泉もバットを出した瞬間に感じ取った。

 

―――角度があればあるほど活きるってな!!

 

「セカンッ!!!」

 

小湊への力のない打球。難なくさばき、この回は素晴らしい立ち上がりの沢村。

 

 

そして初回の裏―――

 

先頭打者の倉持が内野安打で出塁し、小湊が送りバント。続くのは右の強打者、沖田道広。

 

ストレートが外れて二球目の変化球を―――

 

カキィィィィンッッッッ!!!!!

 

スライダーが甘く入り、レフトスタンドへと叩き込んだ沖田。ライナーでその打球は吸い込まれていった。

 

『入ったァァァァ!!!! 1年生沖田の、先制ツーランホームラン!!!! 青道先制!! 2-0!!』

 

さらに続く結城も、

 

カキィィィンッッッッ!!!!

 

『ライト伸びる!! 伸びる、伸びていく~~~!!!!!! 二者連続ホームラン!!! 3番4番脅威の破壊力!!! 初回からエンジン全開の青道高校!!! ホームラン攻勢で3点目!!!!!』

 

小さくガッツポーズをしながら、結城はベースを回っていく。

 

結局この回は3点を取り、一年生沢村を援護する心強い得点。これでさらに力みが取れたのか、緩急自在の投球を披露する。

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!!」

 

『4回終わって、まだヒットを打たれていない沢村!!! 奪った三振は5つ!! 素晴らしい投球を続けています!!』

 

未だ四死球もゼロ。

 

しかし5回二死。

 

カァァァン!!

 

『ああっと!! 沢村の股間を擦り抜けたセンター返し!!! 遂に初ヒットの作間西高校!!』

 

一塁ベース上で、沢村に打ったぞ、と吠える6番打者。しかし続く7番打者には――

 

クク、ギュインっ!!

 

ここで、沢村の宝刀が右打者に炸裂する。右左関係ないこの決め球は、右打者のインコースに迫り、同時に泣き所へと進んでいくのだ。

 

『落ちたぁぁぁ!!! 空振り三振!! 沢村の決め球、スライダーにバットが出てしまった森木!! この回初ヒットでしたが、スリーアウトチェンジ! 一年生沢村を攻略できません!!』

 

その後、6回にムービングに慣れ始めた作間西高校。連続ヒットで一死二塁一塁のチャンスを作り、バッターは2番山口。右打者として打席に立つが、

 

『打ち取られた!! 詰まらされた!! 6-4-3のゲッツー!!! この得点圏で強硬策の作間西!! チャンスを生かし切れませんでした!!!』

 

沢村の内角をえぐるカットボールに詰まらされ、痛恨のショートゴロゲッツー。得点圏で後一歩が出ない。

 

打線も初回から相手エース大田原を捉え、7回表終了時に8点を奪う猛攻。すでに太田原は6回で降板。結城の打棒が止まらない。

 

ワンサイドゲームで、攻略の糸口すらつかめない作間西高校。7回も沢村自慢のスライダーにバットは空を切り、9つの三振を献上してしまう。

 

そして8回―――

 

 

――――青道高校、選手の交代をお知らせします。沢村君に変わりまして、川上君。投手、川上君。背番号10。

 

ここでサイドスロー川上をマウンドへと送り出す片岡監督。変則投手を次々に投入し、作間西に的を絞らせない気である。さらに言えば、降谷、大塚を温存したいというのもあった。

 

川上はシンカーを軸に、左打者にも臆せず挑み、パーフェクトリリーフとはいかなかったが、1回を1安打無失点。1つの三振を奪う力投。最期は丹波がこの夏最初の登板、合宿の時の丹波に戻っており、三者凡退で試合終了。

 

打撃陣も最後までアクセルを緩めず、11点の猛攻で圧勝。結城の4打点の活躍もあり、初戦の重圧を力でねじ伏せた。

 

沢村 7回3安打無失点 9奪三振。

川上 1回1安打無失点 1奪三振。

丹波 1回無安打無失点 2奪三振。

 

打撃陣

結城  5打数3安打4打点。2ホーマー&猛打賞。一気にドラフト候補に。

沖田  5打数4安打3打点。1ホームラン。大型内野手として一躍全国区へ

 

試合は青道終始リードの展開。6回までに3本のホームランが飛び出し、大量得点を奪った青道。作間西のエース大田原は6回でKO。一方対照的に1年生左腕沢村は快調なピッチング。7回3安打無失点で川上、丹波にバトンを渡し、完封リレー。11-0で西東京の代表の強さを存分に見せつけた。

 




これは酷い。


しかし、横浦の方が情け容赦がないので許される筈。

結城さんがハッスルし過ぎてヤバい。そして何食わぬ顔で三凡に抑える丹波投手。

取りあえず、酷い誤字と失敗を見た by作者


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第52話 狂いだした歯車

狂いだしたと言っているが、すでにくるっているという。


危なげなく初戦を突破した青道高校。

 

最後のマウンドにはこの男がいた。

 

「これが、甲子園のマウンドか……」

人生で初めて立つこの場所に、思いを馳せる。ここまで来られたのは、自分以外の仲間が、あの西東京を勝ち抜いてきたから。

 

「ナイスピッチ、丹波!」

小湊が丹波の横でポンポンと左肩を叩く。やはり、元祖エースの復活登板。この登板と勝ちは、やはり大きい。

 

丹波が無事な姿で登板すること。それは3年生の懸案事項でもあった。

 

「3者凡退。悪くない投球で安心した」

結城も、丹波が夏直前と変わらぬ調子を取り戻していることに、安堵している。

 

『試合終了~~~!!! 猛攻を見せた青道が11-0で作間西高校を撃破!! 1年生投手沢村の好投が光ります!! さらに、1年生沖田は初打席でホームランを含む3安打猛打賞!! 8回、9回は川上、丹波が締めくくり、盤石の発進!! 作間西高校は初戦敗退!! がばい旋風は吹かなかった!!』

 

終わってみれば、青道高校の大勝。つけ入る隙など見せず、投打で相手高校を圧倒。エース太田原は、ベンチで終戦を見る羽目になる。

 

敗れた作間西高校は、甲子園の土を袋に入れている。この甲子園の土を土産に、敗退したチームはこの場所を去らなければならない。

 

「……すげぇな、甲子園……」

 

沢村は、作間西のその光景を見て、何か形容しがたい感情を抱いていた。あんな姿を、上級生にさせるわけにはいかない。自分たちがいい投球をして、先輩が打つ。この夏を少しでも長く過ごしたい。

 

「全国の舞台はどうだった?」

ベンチから大塚が沢村に尋ねる。初の全国の舞台。その開幕戦を任された沢村に、その心境はどうなのかと。

 

「なんだか、いつも以上の力が出たような気がする。やってやるって気持ちが、ここまで来たら、俺の全てをぶつけるんだって……うえ、後になったら、吐きそう……」

そして遅れて緊張で気持ち悪くなった沢村。今頃緊張をしてどうするのだと、大塚は苦笑いをする。

 

「おいおい。7回無失点のルーキーがどうしたんだよ? しっかりしてくれ」

 

「……投げたい。次は投げる」

そして、甲子園を後にする際に、降谷がマウンドに立つことなく初戦を終えたことに不満を口にするが、1年生その他、青道の間では日常茶飯事なので、大して気にしていない。

 

「まあまあ。次は投げられるって」

御幸がそしていつものようにフォローするのは様式美。

 

 

その後、宿舎へと戻る青道ナインだが、応援団とともに甲子園入りをしたマネージャー陣と合流する。

 

「盤石な試合だったわね。お疲れ様」

貴子先輩らマネージャーらがナインとのしばらくぶりの再会。甲子園初戦、しかも開幕戦で大勝。大塚と降谷を温存することが出来たのは大きい。

 

「ああ。大塚と降谷にはもっと先で頑張ってもらわないとな。俺達が打てば、それだけ勝利が近づく。」

 

強打の上級生と、守りの下級生。恐らく、新チームは投手力主体のチームになるだろう。だが、今はまだここに自分たちがいる。

 

上級生たちは予選を戦い抜いたうえで、皆こう考えている。

 

 

―――ここまで1年生投手陣が奮闘したからこそ、この場所に立っている。

 

――――自分たちの夢は勿論、彼らにも栄冠を捧げたい。

 

 

甲子園では、今大会も魔物と呼ばずにはいられないほどの試合が多数見受けられた。

 

「巨摩大が負けたのか? あの打線に巨摩大投手陣が――――」

 

 

トーナメントによるドラマ。相手は横浦。15点の猛攻で巨摩大投手陣はノックアウト。坂田がなんと満塁ホームランを打ち、そのまま勢いに乗る横浦打線。

 

巨摩大は期待の1年生投手を登板させるも、坂田に2打席連発となるスリーランを喰らい、リズムを作れず滅多打ち。

 

得点を積み重ね、巨摩大投手陣を悉く打ち崩し、試合を有利に進める。投げては先発和田、6回からは1年生リリーバー二人がリードを守りきり、初戦で7安打完封リレーと鮮烈な活躍を見せた。

 

巨摩大を粉砕。優勝候補の力を見せつけた。

 

 

続く試合では大阪の横綱が本領を発揮。舘が5安打完封で白星発進。

 

 

大阪桐生第一の1年生内野手が、相手の投手に引導を渡しているのが気になった大塚。

 

――――彼とはこの大会の後、3年間戦うかもしれない。

 

 

「けど、光南は強いな。エースがリリーフに出せるだけの2番手3番手がいる。」

 

投打ともにバランスの良い沖縄は、8-0で快勝。エース柿崎は、7回から登板。リードを守りきり、こちらも圧勝。

 

なかでも目を引いたのは、初戦から打線が爆発した横浦だろう。優勝候補北海道の巨摩大が15失点と炎上。自慢の攻撃力を見せつける。

 

 

「前橋はやはり神木のチームか」

 

8回零封。リードが広がった瞬間にライトへと守備位置を移動。二番手が崩れかけたが、何とか勝利。6-3と最終イニングに1点を奪われるなど、2番手投手に課題を残す。

 

だが、神木の制球力にむらがあることを御幸は気にしていた。

 

 

しかし、予想通り――――

 

 

『西邦!! 2回戦進出!! 高校通算67本塁打目を打った佐野!! 今大会は高校級スラッガーたちが暴れに暴れます!!』

 

 

テレビの前には、佐野修造その人が映っており、彼のホームラン映像が飛び出している。

 

いずれも内角、外角のストレートを引っ張り、パワーで外野まで運んでいる。

 

 

『次に当たるのは西東京予選、驚異の防御率の青道高校!! 大会屈指の投手陣を擁します!!』

 

『最高峰の西邦の怪物打者対青道投手陣。次の試合も中々に楽しみですね』

 

 

この瞬間、次の相手は西邦に決まった。

 

「とんでもないパワーだな。」

結城は、外の140キロのストレートをあそこまで引っ張ることのできる左の強打者、佐野を意識した。

 

「沢村だと、甘い球に投げたら間違いなくスタンドインだな」

倉持が沢村を煽るが、

 

「甘いとこに投げなきゃ、三振ッすよ!!」

コースに投げれば三振に打ち取れる自信が彼にはあった。それは虚勢でもなんでもない。

 

 

この程度の才能の強打者もどきより、凄いのが同じ地区にいたのだから

 

 

沢村にとってみれば、轟よりも彼は脅威ではない。あの肌を突き刺すような雰囲気を感じ取れない。

 

「今回、沢村は先発ではない。」

 

「え?」

 

監督からの次戦は投げないという指令。沢村は2戦連続の先発は予選でもあったが丹波が復活した今、そこまで追い詰められてはいないのだ。

 

「先発は、大塚だ。リリーフに降谷、川上。横浦戦には、丹波を先発に、リリーフ陣、沢村にも頑張ってもらう必要がある。」

 

 

「はい!」

そして甲子園のファンも、青道の応援団も、そして彼自身も待ち望んだ初陣。

 

大塚栄治が来る。

 

 

 

試合は2日後。先発を言い渡された大塚は、興奮していた。

 

「やっと投げられる。全国の舞台。相手は大会を代表する強打者」

 

佐野修造。典型的なプルヒッター。外のボールすらそのパワーで運ぼうとする打者である。しかし―――

 

「けど、彼を抑えなければ、西邦を止められない。」

 

大塚は投手として佐野を全打席抑えるつもりだった。他は動く球で料理をして、佐野は確実に抑える。

 

試合前のミーティングでは、

 

「佐野のスイングはアッパー気味のスイングで、打球方向から見ると完全な左のプルヒッター。外の変化球で空振りを奪えるでしょう」

 

クリスが大塚とともに西邦の戦力分析を行う。

 

「エースの木下は、サイドスローの投手。130キロを超えてきており、ストレートがナチュラルにシュートします。右打者へは食い込むボール、左はフロントドアに気を付けるべきでしょう。まずストレートですが、右は引っ張り気味に、左は流し気味に行くべきでしょう。」

 

「球種はスライダーとチェンジアップ、スローカーブ。止まったと錯覚させるような緩い球には注意が必要です。スライダーはサイドスロー特有のスライダーの変化が大きく、外の見極めが大事になるでしょう」

 

映像でも見る限り、やはりストレートはかなりシュート回転をしたような軌道。蛇直球というべきボールで、回転が汚い。

 

「やはり佐野の前にランナーを溜めることに重きを置いているようですね。彼の得点圏打率は4割を超えています。如何にランナーを出さず、彼と対戦する回数を増やすかがこの試合のポイントであり、西邦の得点力を弱めることが出来るでしょう」

 

如何に彼の前にランナーを出さないか。これは、かつて薬師高校と戦った時と同じ作戦である。

 

「大塚の後には降谷、川上を登板させるかもしれん。リリーフ陣はいつでも行けるように、心の準備をしておいてくれ」

 

 

ミーティングから1日が過ぎ、試合前のもうすぐ夕方になる頃。

 

「どうだ、調子は?」

御幸から調子を聞かれる大塚。ミーティング後に佐野を意識した実戦投球を確認し、早々とブルペンを後にした大塚。

 

「悪くはないですね。フォームが崩れてもいませんし、監督の起用で体力は有り余っていますよ」

肩の消耗を抑える起用法。片岡は、大塚と沢村、降谷は間違いなくプロに行けると考えていた。だからこそ、この3人をいかにうまく使い、彼らの体を守るかを考えている。

 

だからこそ、川上、降谷を待機させているのだ。それは球数が増えれば代えるという事。

 

「ノーワインドにしてから、制球も球威も安定しているな……」

御幸はその御言葉が途切れる。眼鏡が一瞬光ったようにも見えた。

 

「??? どうしたんですか、御幸先輩?」

大塚としては、こうもしんみりした御幸を初めてみるので、少し戸惑っている。

 

「なんでもねぇや。ただ、お前が全国で投げて、そのピッチングを俺が受ける。そう考えると興奮して眠れねぇんだよ」

 

何でもないと言いつつ、色々と喋ってしまっている御幸。明らかに気負っているような雰囲気。

 

「ていっ」

大塚は御幸の左肩を叩く。

 

「なっ!? 何すんだよ??」

いきなりの大塚の行動に、戸惑う御幸。

 

「全国の舞台は初めてなんですよね。なんだかこういう先輩を見るのも意外です」

 

「わ、悪いかよ。俺も全国なんて舞台、遠かったからな」

 

中学時代はクリス、そして去年までは成宮が立ちふさがっていた。

 

「見せてやろうぜ、俺達の強さを。」

 

「当然!」

 

西邦戦を前に、奮起を誓い合う事実上の1年生エースと正捕手。

 

 

だが、初の全国、強豪との試合で燃えているのは二人だけではない。

 

「明日の試合。後悔のないスイングをする。」

 

「当たり前だ、俺らの夏はここで終わらねぇ!」

 

「うん。俺達の夏休みを短くするために」

 

「後輩たちが宿題で泣きそうだけどね」

結城、伊佐敷、益子、小湊は闘志を燃やす。だが――――

 

ズキッ「!!」

 

突然、小湊が足辺りを抑えたのだ。やや顰めっ面を見せる小湊に、一同の顔に緊張が走る。

 

「小湊っ!?」

伊佐敷が慌てて、小湊に駆け寄る。

 

「……最初は違和感だったんだ。けど、今日辺りから痛みに変わった」

小湊の独白。

 

「……まさかっ……」

結城は思い出した。稲実との試合。4点目を取りに行った際のクロスプレー。あの時の痛みが、ここに来て―――

 

「ヤバいね。少し痛み止めを塗って――――」

 

 

そして、少し歩いた数秒後に小湊が崩れ落ちた。

 

 

「小湊っ!!!」

 

「小湊っ!!!!」

 

 

膝をついた小湊の体からは、いやな汗が流れていた。

 

 

夕方であることが幸いし、小湊はすぐに病院へと搬送された。やはり足を痛めていたらしく、彼の足には、赤くはれ上がった個所があった。

 

 

故に、片岡監督は小湊の戦線離脱を受け止める必要があった。

 

 

「……」

片岡はこの時期での怪我の発覚。そして小湊の自覚症状が遅れた事。クリスから続く呪いのような物でもあるのではないかと考えた。が、そんな戯言は一瞬で切り捨てる。

 

「か、監督。小湊の怪我の具合は……」

太田部長も、これまで鉄壁の二遊間を守ってきた彼の離脱は相当の痛手だと痛感している。恐らくこの大会は微妙。

 

「ここで、二塁手を任せられるのは、一人しかいません」

高島副部長は、そう断言する。

 

「そうだな。チームにはそう伝えておこう。」

その彼が誰なのかを、彼もまた名前を言われなくても解っていた。

 

そして片岡監督から伝えられた小湊亮介の離脱は、やはりショックが大きい。

 

「そんな、亮介が…」

丹波は怪我から復帰した。だが、入れ違いに近い形で亮介が消えた。動揺を隠せない。

 

「だからこそ、即興ではあるが、二遊間を任せられる選手、小湊春市。お前に頼みたい」

 

「!!!!!」

監督からの指名。代わりに出ることが出来なくなった兄のポジション。

 

「そのポジション、絶対に守ります」

本当は、ポジション争いをして、兄に勝ちたかった。尊敬する彼に勝ってこそ、二塁手のレギュラーであると。

 

――――兄貴……

 

唐突な兄の離脱。めぐってきたチャンス。彼は複雑な心境だった。だがそれでも、このチャンスをものにする必要があるのだ。

 

 

「倉持。お前にかかる負担は大きくなるが、大丈夫か?」

 

「大丈夫っす。亮さんの分まで、頑張りますよ」

倉持も何も感じていないわけではない。だが、ここでは表情を出さない。ここで嘆くことが彼のやるべき事ではない。

 

この夏メンバーのスタメンに、1年生が4人連なることになるであろう夏2回戦。東条、小湊、沖田、大塚は苦い顔をする。

 

「小湊先輩の分まで、俺達がこの夏の一番だって、証明するために」

沖田は内野手として短い間だが、彼に教わることは多かった。だからと何としても彼を頂点に連れて行きたい。

 

「俺達がラッキーボーイになれば、それだけ青道の勝ちにつながる」

兄の代わりに、ついに甲子園デビューを果たす弟。このバットで絶対に貢献して見せると意気込む。

 

「先輩たちの夢を、夢で終わらせない」

東条も、結城や沖田に学んだところは大きい。だからこそ、最後の恩返しをする機会になるであろう主将に、上級生たちの力になりたい。

 

「俺は予選のように、相手を抑えて見せるさ」

そして一同熱くなっている中、大塚は冷たい闘志をあらわにしていた。

 

 

 

予選の時から何度も逆境と下馬評を跳ね除けてきた青道高校。丹波が離脱しても、クリスがいなくても、そして小湊がいなくても、

 

彼らは頂へと突き進む。

 

 

 

しかし、すでに青道の歯車は狂いだしていたのだ。

 

 

 

 




原作の因果か小湊が無事、足を負傷。原因は予選決勝のスライディングです。





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第53話 異次元

文字通り異次元。西邦は泣いていい。


そして2回戦。青道高校対西邦高校。先発は1年生大塚と3年生木下。威信をかけた戦いが始まる。

 

 

 

『全国高等学校野球選手権大会5日目。2回戦第1試合、球場には既に満員の観客が入っております。優勝候補としてあげられている名門校同士の対決。青道高校対西邦高校の試合。』

 

 

『強力投手陣のまさに頂点。稲実をねじ伏せた大会屈指の右腕、大塚栄治がマウンドに上がります。予選では4試合に登板。圧巻は3回戦の完封、決勝で見せた稲実を8回零封に抑える投球。水野さん、やはり彼はモノが違いますか?』

 

『1年生にしては、あまりにも完成度が高く、まだ伸び代を感じさせます。球速ももっと上がるでしょう。今日は彼の多彩な変化球の制球力に注目したいですね』

 

 

『一方の西邦高校。4番佐野修造を中心とした強打が売りのチーム。この青道きっての超高校級右腕を攻略できるか?』

 

 

1回戦の巨摩大対大阪桐生のような超満員の甲子園。ベンチで見ていた沢村は、この大観衆に少し気圧されていた。

 

「大塚………………」

こんな大観衆を意識してしまえば、やはり沢村とて落ち着かない。だが、彼はあまりにも、

 

「いつもと変わらないね」

降谷も、大塚の様子が変わらないことに少し驚いている。

 

伊佐敷がクリーンナップに復帰。大塚が打順を上げ、3番沖田は変わらず。東条、白洲など、堅実な打者が下位打線を担うことになる。

 

1番倉持 (遊)

2番小湊 (二)

3番沖田 (三)

4番結城 (一)

5番伊佐敷(中)

6番大塚 (投)

7番御幸 (捕)

8番東条 (左)

9番白洲 (右)

 

円陣を組み、結城はナインに檄を飛ばす。

 

「俺達は観光気分でここに来てはいない。俺達が目指すのはどこだ!?」

 

頂点っ!!

 

「俺達は誰だ!?」

結城の掛け声に、ナインだけではなく、応援団からも声が重なる。

 

王者青道ッ!!!

 

「誰よりも汗を流したのは?」

 

青道ッ!!

 

応援団すら取り込んだ、青道の試合前の掛け声。まさに異様な雰囲気を醸し出し、

 

「誰よりも涙を流したのは?」

結城の肩も、だんだんと軽くなっていく。

 

青道ッ!!

 

「誰よりも野球を愛しているのは―――」

 

青道ッ!!

 

この強豪との試合。ナインだけではない。青道全体が気合を入れ、応援団はその声で力を送っているのだ。

 

「戦う準備はできているか?」

 

 

おぉォォォォォォォッッッ!!

 

最後は青道再度の大観衆を味方につけ、ナインはベンチ前から飛び出していく。

 

 

『凄い気迫です!! これが勝利に飢えた強豪の姿なのかぁぁ!!!』

 

 

まずは先攻めの西邦。先発は大塚。

 

「プレイボールっ!!」

審判の手が上がり、けたたましいサイレンが鳴り響く。

 

 

――――行けッ!! お前の力を見せてやれ!!

 

 

まず注目の初球―――――

 

 

ズバァァァァァンッッ!!!!

 

ノーワインドから投げた球は気持ちいいくらいの音を立てながら、アウトコースへと決まる。

 

144キロ。打者は手が出ない。

 

 

続く二球目は外側のスライダー。スロースライダーにバット出てしまった右打者。苦い顔をする。

 

――― 一球際どいところか?

 

打者としては、ここで遊び球があると考えていた。だが―――

 

――― 一気に決めるぞ、エイジ

 

 

――――了解です

 

阿吽の呼吸のあったバッテリー。投じた三球目。

 

 

ズバァァァァンッッッ!!!

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

 

インコース見逃し三振。ストレートに手が出なかった。最後は142キロ。思わず一転して内側の厳しいコースにのけ反ってしまった。当然バットも出せない。

 

『先頭打者を見逃し三振!! 幸先のいいアウトを取った大塚!!』

 

『糸を引くストレートとはこういうことですね。アレは手が出ませんね』

 

 

続く打者は動く球で打ち取りあっさりツーアウト。

 

最後の打者も、

 

ククッ、フワッ!!

 

「あっ!!」

 

パラシュートチェンジの前に空振り三振。まさに難攻不落の印象を与えて、マウンドを去っていく大塚。大舞台慣れしている彼は、気負いなど一切なかった。

 

一方の先発の木下。その独特の蛇直球と評されるストレートに倉持がまず挑む。

 

 

「ぐっ!?」

予想以上に手元で食い込んでくるストレートに、4球目を詰まらされてしまう倉持。自慢の足で何とか内野安打を狙うも、判定はアウト。

 

「ちっ…………」

悔しそうにベンチへと帰る倉持。

 

続く小湊も、

 

「くっ!!」

 

スライダーにバットが回り、ストライクからボールになる切れ味鋭いボールにバットが出てしまった。やはりヒットゾーンが広い彼には、やや荒れている木下のボールは、初見では分が悪い。

 

そして3番沖田。

 

――――倉持先輩が言うには、アレはもうストレートではないらしい。スライダーはコース的にストライクになる事があまりない。外のスライダーはほぼボールへとはずれる。となると…………

 

「ボールっ!!」

 

初球スライダーが外れる。やはりスライダーの制球に苦労しているようで、木下も苦い顔をしている。

 

――――投手がそう簡単に表情を出すな。丸わかりだぞ

 

「ボールツー!!」

内側の蛇直球。シュート気味に変化するストレートは、やはり内側のストライクゾーンからボールへとはずれる。

 

「………………(まさか、こいつら………)」

沖田は最悪が脳裏をよぎる。

 

「ボールスリーっ!!」

 

一球もストライクが入らない。際どいボールにも手を出さない沖田。そして最後は―――

 

「ボールフォア!!!」

 

最後はウエストして歩かせた西邦バッテリー。やや不満げな顔をする沖田だが、何をすることも出来ず、一塁へと向かう。

 

――――けど、俺の次は先輩だという事を忘れるな

 

 

初球、シュート気味のストレートを結城は迷わず振り抜いた。

 

 

音が遅れてやってくるほどに、鋭いスイング、早い打球。西邦の投手木下は、その打球を目で追う事が出来なかった。

 

「へ?」

 

バットを振った瞬間に、ボールがその場から消えていたのだ。彼にはボールが消えたように見えたのだろう。

 

打球は、ライナーでレフトスタンドへと消えていった。

 

 

 

『入ったァァァァァ!!!! 4番結城の先制ツーランホームラン!!!! 今大会3本目!! 3番沖田を歩かせても、この4番がいるのが青道高校!!! 大塚に援護点が入ります!!』

 

そして注目の2回表。

 

『さぁ、今大会楽しみな対決である、大塚対佐野!! ゴールデンルーキーは、この怪物打者に対し、どのような投球を見せるのでしょうか!!』

 

 

ドゴォォォォンッッッッ!!!!

 

148キロ。その瞬間、会場がどよめいた。インコースにいきなりストライクコースギリギリのストレート。

 

佐野のバットは出なかった。

 

――――な、何だ、こいつの球……………

 

佐野はいきなりインコースに躊躇いもなく投げてきた大塚に戦慄を覚える。そして、その球速と球威。

 

続く二球目。

 

ククッ、ストンッ!!

 

バットに当たらない。スプリットが猛威を振るう。佐野のバットは止まらず、かすりもせず、あっさりと追い込まれた。

 

「ナイスボールっ!!」

御幸は強打者相手にエンジンをかけた大塚に声をかける。佐野はマウンドの大塚を見た。

 

「……………………」

明らかに見下されている。たかが1年生投手に、この佐野修造が見下されているのだ。

 

――――舐めるな、このガキぃぃぃ!!!!

 

 

ズバァァァァァンッッッ!!!!

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

 

最後は打ち気を利用した、高めボール球のストレート。バットが出てしまった佐野。明らかに状況でも実力でも完敗だった。

 

 

佐野が相手にならない投手。続く打者にもそのプレッシャーは容赦なくやってきており、続く打者は力みが生まれたのか、大塚の術中にはまり、動く球でいずれも初球アウト。

 

大塚を止めることが出来ない。しかし相手先発木下も粘りの投球。沖田と結城には手古摺ったが、四球で出た大塚の後の御幸を併殺打に打ち取り、東条をレフトライナーに打ち取る。

 

 

3回表。大塚は打たせて取る投球で7,8,9番をゴロアウト三つで料理する。カットボールとシンキングファストがさえわたり、球数を節約する投球。

 

しかし粘る西邦。だが――――

 

カキィィィィンッッッ!!!!

 

『レフト動けない~~~~!!!!! 沖田のツーランホームランで、さらに得点を重ねます、青道高校!!!!』

 

真ん中に浮いたスライダーを見逃さなかった沖田の渾身の一振り。スライダーは高々とレフトスタンドへと吸い込まれていった。

 

マウンドの木下は、動くがことが出来ない。4失点。ツーアウトから沖田との勝負を選んだ結果。だが、沖田はその失投を見逃さなかった。

 

 

続く第二打席では結城をサードゴロに打ち取るものの、大塚を未だ打ち崩せないどころか、ヒットも死四球も出すことが出来ない。

 

 

4回の表。打順は帰って1番打者との対決。

 

――――ここで出すぞ、新球

 

―――あれですか?

 

 

大塚が御幸のサインに戸惑う。もっと上で見せるべき球だと感じていたが、御幸にはこれ以上の狙いがあるという。

 

―――そうだ、アレだ。

 

そして大塚の投じた初球。

 

「なっ!?」

 

高めへと抜けたと感じたボールが、そのまま縦へと大きく曲がりながらミットへとおさまったのだ。

 

「マジで投げやがったよ、あの野郎」

御幸は微笑みとともに、大塚へとボールを投げる。

 

 

「アレは………ドロップカーブ!?」

沢村がベンチから身を乗り出して叫ぶ。あの変化はカーブの軌道に近いことを即座に見抜き、さらには縦へと落ちながら割れる変化。アレは間違いなく縦カーブ。

 

「沢村は知っていたのか!?」

クリスは、沢村がドロップカーブを知っていることに驚いている。

 

「俺もチェンジアップ以外の緩い球が欲しくて、覚えようとしていたんすよ!! くっそぉぉぉ!!! 先を越されたぁぁぁ!!!!!」

悔しがる沢村。しかし、ベンチメンバーは、沢村の貪欲な一面を改めて見せつけられた。

 

――――まだまだ進化したいと言わんばかりだな、今年のルーキーは。

 

片岡監督は、大塚の投じた一球、そして沢村の発言を聞き、頼もしさを感じていた。

 

互いに切磋琢磨し、力を高め合う。これが求めていたチームの在り方だった。

 

ドロップカーブを見せられた西邦はさらにストレートへの反応が出来なくなり、この回は二つの三振を奪われるなど、打線の勢いが死んでいく。

 

『ここにきてあれほどのカーブ。ボールの切れも抜群でしたね。水野さんはあのカーブをどう思いますか?』

 

『決め球にも、カウントを取るのにも使えますよ………縦横の変化に緩急、間合いすら操るんです。さらには目線すら操ってしまう。ちょっと高校野球では考えられないですね』

 

 

変幻自在。七色の変化球を持つ大塚。このカーブの登場により、西邦はランナーを出すことが出来ない。

 

「おいおい!! 打球全部死んでるじゃねェか!!!」

伊佐敷が暇そうに外野から声を出す。先ほどから力のない打球しか飛んでこないのだ。

 

圧倒的なゴロアウト率、そして2ストライクからは高確率の三振。

 

「ナイスピッチ、大塚」

 

「球走ってるよ、栄治君!!!」

 

「ひゃっは!!! いいぞ、大塚ァァ!!!」

 

「どんどん投げていけ、エイジ!!!」

 

内野陣からも声が出てくる。それらを背に受けながら、大塚はさらに躍動する。

 

5回表、先頭打者は佐野。ノーヒットはおろか、完全ペースで抑えられている現状。彼の表情に焦りが見え隠れしていた。

 

 

そしてそんな彼の打撃を壊すかのように、初球パラシュートチェンジ。バットはストレートに合わせていたらしく、タイミングが合わない。

 

続く2球目は外のドロップカーブ。今度もバットすら出ない。簡単に追い込まれた佐野。

 

ククッ、ストンッ!!

 

「ストライクっ!! バッターアウト!!」

 

最後はスプリット。ストレートに近い球速。緩い球2球の後の早い変化球。ストレートだと思いたくなっても仕方ない。

 

続く打者も、

 

「ぐっ!!」

5番打者はカットボールに詰まらされ、ピッチャーゴロ。

 

初球のパラシュートチェンジが猛威を振るったのだ。途中まではストレートの球速。だが、急激にスピードダウンするこの球に、バットは空を切り続けるのだ。

 

これがパラシュートチェンジの力。ストレートの球速があればあるほど、それはそのままこの球種をウイニングショットに昇華させるのだ。

 

普通なら、この球種だけでも打者を抑えられる。だが大塚の場合は――――

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!!」

 

最後の打者は、アウトコース低めのドロップカーブに見逃し三振。インコースを厳しく攻められた後の外の緩い球。頭にはなかっただろう。

 

 

大塚には、複数の変化球がある。それも決め球になりうる変化球がいくつも存在する。

 

 

だからこそ、打席に入っても、打席に入るときも、頭の整理が追い付かない。絶対の切り札スプリットは佐野以外にはほとんど投げないことだけが救い。

 

しかし、その他の変化球を使い分けることのできる力。

 

未だに西邦はヒットゼロ。観客はざわめきを抑えられない。

 

「いいぞ!!! 大塚ァァっ!!」

 

「このまま決めてしまえェェェェ!!!」

金丸と狩場の声援が聞こえた大塚。その声に気づいた彼は、ふっと笑みを浮かべる。

 

「なら、その期待に応えられるまで、頑張ってみようかな?」

 

 

 

内野陣も、大塚の圧巻の投球に気分が高揚していた。

 

――――凄い、こんなすごい人の後ろで、俺は守っているんだ。

 

――――やはり、お前は凄い奴だ、エイジ。

 

1年生内野手たちは、彼とともにこれから3年間を戦う事が出来ると感じ、頼もしさを感じていた。

 

 

―――――本当に夢を見させてくれる、お前なら届くだろう、父の背中に。

 

――――ははっ、これは想定外だぜ。

 

上級生たちは、この大塚の背中を目に焼き付けようと、全力で守備をすることに徹する。

 

 

大塚ッ!! 大塚ッ!! 大塚ッ!!!

 

いつしか大観衆すら味方に付けた大塚。彼らはその歴史的記録を待ち望んでいる。

 

 

その声援に後押しされ、大塚の快投は止まらない。

 

 

 

 

『とんでもないことが起ころうとしています!!! 高校に入ったばかりのこの1年生投手は、名門西邦相手に完全投球を継続!! 7回までヒットはおろか、四死球、エラーすら許していません!!! マウンドの大塚!!』

 

 

『とりあえず、西邦の打線は的を絞ることが出来ていませんね。両サイドに全ての変化球を投げ込んでくる大塚君は、明らかに高校レベルではありません。ちょっと西邦側からすれば、苦しい展開ですね』

 

解説の水野は、苦しい展開と評していたが、余程の事がない限り、西邦は最後までランナーを出せないで終わると考えていた。

 

この投手相手に、ヒットをどう打てばいいのかが、彼にもわからないからだ。

 

『さぁ、ここで三度目の対決となるであろう、大塚対佐野!!! 今日は2三振と全く良いところを見せていない佐野!! ここで初ヒットを生むことが出来るか!!』

 

 

そして初球――――

 

ドゴォォォォォンッッッ!!!!

 

147キロ。やはり佐野相手になると、エンジンがかかる大塚。球数も78球。しかし息一つ乱れない大塚。対する佐野は、そのストレートにかすりもしない。

 

「(何がどうなっているんだ!? 確かにコースを振っているのに!)」

打席で衝撃を受けている佐野。それを見ていた御幸は、心の中でほくそ笑む。

 

――――普通のストレートだと思っているから、バットに当たらないなんだよ。

 

今の大塚のフォームは、明らかに縦のフォーム。通常のストレートではない。

 

――――ボールの下を振っていたら、どちらにしてもあたるわけがないんだから。

 

続く高めのストレートも空振り。146キロ。

 

「くっそっ!!!」

 

ヘルメットにこんこんと、バットを当てる佐野。ボールの下を振っている感覚はある。だが、彼を相手に、ストレートだけを相手に出来るほど、余裕ではない。

 

――――追い込まれれば、スプリット、チェンジアップ、カーブ、スライダー。どれを待てばいいんだ!?

 

そしてインコースのストレートがやってきたのだ。

 

――――きたっ!! ストレートっ!!!

 

ガァァァンっ!

 

 

バットがボールに当たった瞬間、かなりの球威を感じた佐野。インコースのストレート。確かに大塚のストレートは球威があるが、それでも外野に運べる自信はあった。

 

――――カット、ボール…………ッ!!!

 

力のない打球がファーストへと転がり、先頭打者を打ち取った大塚。

 

 

大塚は、佐野を相手に完璧な投球を続けた。そしてその戦いを振り返り、

 

 

―――――金一よりも歯応えがないな

 

 

ドラフト候補と騒がれているスラッガーすら眼中にない。粗さが目立ち、スイングも沖田に比べれば確実性もない。

 

 

 

そんな原石に過ぎない打者では、大塚は打てない。

 

 

 

 

 

『3度目の対決で軍配が上がったのは大塚だァァァ!!!! 佐野との直接対決で完全に抑え込みます、大塚ッ!! 大変なことがもうすぐ起ころうとしています!! ここで私たちは歴史の証人になるかもしれません!!』

 

 

止まらない大塚の快投。5点差。青道を阻む者はなかった。その大塚の投球は、甲子園の魔物すら屈服させるほどの力を見せ、西邦にチャンスすら与えない。

 

 

 

そして9回ツーアウト。

 

 

『ここまで奪った三振は15個。打たれたヒットはゼロ、四死球もゼロ!! さぁ、ここで決めるか、大塚!!!』

 

ベンチでは、沢村が最後の打者を手玉に取る大塚の姿を凝視していた。

 

「俺のライバルだ!! だったら、そんくらい決めて見せろ!!!」

 

「………………………」

 

「すげぇな、大塚は」

 

「それでこそ、大塚だ」

 

1年生投手陣は刺激を受け、川上は感嘆の言葉しか出ない。丹波に至っては、大塚の力を完全に認めているのか、笑みすら浮かべている。

 

9回二死。

 

3球で追い込んだ大塚。3球目はアウトコースのストレート。バッターはインコースを意識しており、手が出ない。

 

『さぁ、次が最後のボールになるか!! マウンドの大塚。1年生で完全試合という、史上初の快挙を達成することが出来るか!?』

 

 

大塚が投球モーションに入る。9番ラストバッターには代打。だが、その代打も大塚の前に追い込まれ、最後の一球を待つ状態。

 

――――やっぱ、お前は父親似だな、エイジ

 

御幸はそのラストボールに、笑みを浮かべる。

 

 

 

 

「―――――――――っ」

 

 

 

ククッ、フワッ!!

 

 

 

ここで、決め球のパラシュートチェンジ。だが――――

 

カァァァンッッ!!

 

「!!!」

大塚の真上へと打球は飛び――――

 

『落ちたァァっぁ!!! 9回二死で!! 何と大塚!! ここでヒットを許します!! 完全試合まであとアウト一つ!! しかし、西邦がその大記録を阻止しました!!』

 

『やはり、最後は球が少し浮きましたね。この大記録の中、流石の大塚君も、人の子でしたね』

 

 

「大塚君――――」

吉川は、最後の球がやけに高かったことを気にしていた。いつも通り、いつも通りの彼ならば、コースに落ちたチェンジアップのはず。それに、あの球は大塚が最も自信を持っている球種の一つ。

 

それをコントロールミスするのは、吉川から見て不自然だった。

 

――――御幸先輩は外角の低めにミットを動かしていました。けど、ボールは真ん中やや低め、やっぱりおかしい。おかしいよ――――

 

吉川は、大塚に異変が起きているのだとまた考えてしまう。

 

 

しかし後続を抑え、大塚は無四球完封勝利を挙げる。

 

『試合終了~~~~!!!!!! 大塚、初の甲子園の舞台で、見事な投球!! 無四球完封勝利!!! 最後にヒットを許しましたが、堂々たる内容! 新たな時代を切り開く主役になれるか!?』

 

『5-0!! 強豪校同士の対決は、若き才能の産声を上げる一戦となりました! 新たな怪物!! 誕生の瞬間です!!!!』

 

大塚は若干苦笑いの表情、御幸には小突かれており、先輩たちには「完全逃してんじゃねェよ!!」と囃し立てられている。

 

当の本人は―――

 

「最後に甘い球―――まだ父さんには追いつかないなぁ―――」

彼にとってメジャーで見た完全試合の時と同じ決め球は、あの時のようにコースには決まらなかった。だが、そう簡単につかめるものではない、そう割り切った大塚であった。

 

ベンチの投手陣も、その大記録が打ちたてられる寸前まで来たことに驚いていた。だが、沢村を筆頭に、

 

 

 

「…………ホント、これだからこそ、越えたくなる………栄治!! 俺も負けねェからな!!!」

 

沢村は、それでも闘志を剥き出しにしていた。だからこそ、超えたい。だからこそ、自分もあの次元に立ちたい。その為にこの高校にやってきたのだ。

 

「―――――――」

 

降谷は、沢村の言葉に衝撃を受けていた。あんな投球をされても、ぜんぜん堪えていない。むしろ彼は燃えていた。

 

「…………僕も、負けるつもりはないよ」

 

少しだけの感謝。降谷は、沢村の言葉に救われたのだった。

 

 

5-0

 

試合総評

試合は大塚の躍動に尽きる。初回に結城の先制ツーラン、その後も沖田のツーランホームラン、東条のタイムリーも飛び出し、西邦のエース木下を引きずりおろす。その後は得点が途絶えるものの、最後までリードを守った青道が3回戦へと駒を進めた。大塚は1安打無四球の投球で完封勝利、16奪三振で衝撃的な甲子園デビューを果たした。

 

 




万全なら記録達成確実。


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第54話 余波

あと一歩で最高の初先発初登板だった大塚がやらかした後から。



※2017年6月28日

ダイヤのAの時系列とこの作品では2011年ぐらい設定しようかなと思います。

完ぺきに似せることはできませんが、それに似た選手、当時の選手に描写を変更します。


衝撃的な甲子園デビューを果たした大塚栄治。その試合を見ていた横浦高校――――

 

準決勝で当たる確率の高いライバル。関東大会でも活躍していた彼は、まさに今後数年間は、高い壁になる事が解る。

 

「とんでもない男だな……………」

仰木監督は、このルーキーの投球の幅が、この試合を一気に広がったことを悟る。

 

140キロ後半を記録するストレートに加え、緩いスライダー、両サイドを抉る動く球。決め球にはチェンジアップ、スプリット。さらにはドロップカーブまで覚えている。

 

「やはり怪物だな。奴は」

岡本主将は、この怪物を前に、やはり気負ってしまう。自分がこの冬飛び込むかもしれない世界にもあまりいない、同じフォームで多彩な変化球を投げるばかりか、フォームチェンジをしても崩れないその耐久度。膝の動きによって、打者を見透かすその投球。

 

同じ振りで多彩な変化球を投げ分け、尚且つ針の糸を通す制球力。さらには最速149キロのストレート。それらの初動がすべて一緒で、尚且つ変化する。

 

 

今までも、ペース配分が上手かった剛腕、155キロを投げた男、160キロを投げる、左で150キロを超える剛腕、三振をいくつも取れる男、怪物と呼ばれた投手はたくさんいた。

 

 

まるで、彼の再来だと。いや、高校野球でのインパクトはすでに彼を超えている。

 

 

高校野球史上最高の制球力を誇る速球派投手という、どのカテゴリーに入れればいいのかわからないスケールの大きさ。

 

 

恐らく、最も高校野球で“勝てる”投手だという事は、間違いない。

 

 

170回を超える甲子園の戦いの歴史の中で、ここまで圧倒的な1年生はいただろうか。

 

 

 

「正直、奴が出てくる前に先制点を取るか、奴がマウンドを降りるまで点を許さない限り、ヤバいですね。セオリー通りなら」

坂田は、青道に勝つにはそれしかないという。だが、

 

「プロの舞台に入る覚悟を俺達は背負っている。だったら打ち崩すしかないだろ、あの男を」

岡本は、大塚に対抗心をむき出しにする。もはやあれだけの実力で、学年がどうといえるレベルではない。

 

もはや、投手と打者。下級生と見下して戦えば、西邦の二の舞になるだろう。

 

ネット速報でも、大塚の歴史的快投は大きな話題を生んでいる。

 

『完全試合寸前!! スーパー1年生大塚栄治!! 西邦をねじ伏せた!!!』

 

『夏では史上初、春選抜でわずか2回。惜しくも伝説には届かず!!』

 

『完全試合逃してもマイペース!? 大塚「しょうがないです」と苦笑い』

 

 

 

だが、そんな息子の活躍に負けじと劣らず、ついにあの男が横浜球場で復活を果たした。

 

ナイターの試合5位横浜ビースターズとゲーム差2の4位大阪サーベルタイガース。その初戦のカードに、伝説の男が登板した。

 

背番号18。大塚和正。

 

 

レジェンドの復活登板。横浜ナインは大阪先発、スタンコートを7回途中4失点で引き摺り下ろすなど、大塚を援護する。

 

その大塚も、打線の奮起に引っ張られるように、41歳とは思えない140キロオーバーの速球と、切れ味鋭い多彩な変化球で阪神打線を翻弄。2塁すら踏ませなかった。

 

 

結局散発2安打無四球完封に抑えられ、大塚の復活登板での完封を許してしまう。これで4位大阪とのゲーム差が1ゲーム差。

 

4年連続最下位阻止が現実味を増してきた横浜。

 

 

今日のヒーローに呼ばれたのは当然無四球完封の大塚。

 

『ところで、今日の投球はどこがよかったのでしょうか?』

 

『俺からすれば、制球力がよかったぐらいですね。キレも今一つだし、名前で抑えられたのかもしれませんね。』

 

『大塚選手の復活登板!! まさに鮮烈な印象を見せつけた試合になりました!!  最後の一言お願いします』

 

『俺に憧れている投手にも一言―――――』

 

『この老体の投手から、背番号18を奪ってみせろ! 以上!!』

 

『お、大塚和正投手でした!!!! 放送席、放送席っ!!!』

 

 

テレビで見ていた大塚は、苦い顔をしていた。40越えても、バリバリ投げている家族に、あきれてものが言えないのだ。

 

「父さん、何やっているんですか」

大塚は少し呆れていた。いい年をして非常識なことをやらかしていると、感じていた。

 

 

中年の人間離れである。

 

 

「復活登板で9回2安打完封。恐ろしいわ、このおっさん。」

御幸もやや青い顔をしていた。ちなみに、当然の如く無四球。

 

 

無四球は和正の代名詞と言っていい。

 

 

「しかも最速156キロだろ? ありえねぇだろ………」

伊佐敷も41歳で非常識な存在になりつつあるこの大投手に、衝撃を覚えている。

 

9回2安打無失点。8奪三振。現代野球を否定するような存在。メジャーでK/BB通算14以上を記録した鬼畜投手は伊達ではない。

 

初登板では速球系の変化球を序盤に投げ、2巡目からは満を持してSFF、高速スライダー、パラシュートチェンジ、ナックルカーブなど、かつての決め球中心の投球に移行。恐らく、スコア以上に絶望感を相手に与えただろう。

 

更にこの試合で目を引いたのは、相手打者のバットをへし折るシーンが何度も見られたこと。

 

結局、この日はバットを8本折った。

 

 

 

メジャーでも、彼の復活は大きく取り上げられ、41歳にして96マイルを投げる男として、またメジャーに来るのではないかとも報じられるほどだ。

 

 

「この人が大塚のオヤジ………すげぇな、」

沢村は、この人に教えを乞いたいと思うようになった。だが、プロアマ規制の法律が邪魔するのでそれはプロにならない限り実現しない。

 

「僕より早い…………」

降谷は、41歳という衰えが目立つ年齢で、あっさりと自分の球速が追い抜かれたことに衝撃を受ける。最盛期は160キロを投げていた人だし、多少はね、ということだ。

 

「やっぱり、俺はプロになりたい。父さんとエース争いをしたい。全盛期ではないけれど、今だからこそ、持っているものもあるはず。」

栄治は、父の投球に目をキラキラさせていた。横浜に、自分が超えるべき投手がいる。この世界の全ての投手の栄光を手にした男が、自分を待っている。

 

「俺、3年目で絶対に奪ってみせます。」

 

「3年……1年目は無理なのかよ?」

沢村が、なぜ3年なのかと尋ねる。

 

「プロで3年連続活躍して、初めて一人前。だから、絶対に初年度から防御率1点台。狙えるなら0点台を目指す。それで投手タイトルを総なめにする。たとえ、お前であっても新人王は渡さないぞ、沢村」

 

栄治の鋭い眼光、挑戦的な目。沢村がプロに入ること前提で、彼には新人王を渡さないと宣言したのだ。

 

「俺は今からでもアンタからエースを奪いたいほどなんだぜ!! 秋の背番号は、絶対に俺が貰うからな!!!」

そして沢村も、負けじと大塚から秋の大会でエースを奪うと宣言する。予選でのエースは確かに大塚だった。だが、沢村にもこの夏の予選は手ごたえを感じさせる大会でもあった。

 

――――やっぱすげぇよ、エイジは。けど、憧れているからこそ、越えたくなるもんだぜ!!

 

 

そして2回戦では、横浦が初戦の15得点に続く、20安打、17得点で島根の開聖を圧倒。2試合連続となる二桁得点を記録する。

 

今年の最強打線はどこが相手だろうと情け容赦なく燃やす。

 

 

しかし、だからこそ高校野球ファンは準決勝での横浦とこの投手の対戦が見てみたいという気持ちが燻られる。

 

 

高校野球で完全試合寸前の投球、夏の甲子園で史上初の快挙に迫った事実は伊達ではない。

 

連日の報道陣、野球ファン、さらには大塚が1年生という事もあり、

 

 

「宿舎から見えたわ~~!!」

 

「こっち向いて~~~!」

 

黄色い声援が宿舎に来ており、青道ナインは少し辟易していた。

 

「眠れませんね。」

 

「眠れないな」

 

「ああ」

上から大塚、沖田、結城。夕陽が沈みかけている頃、彼女らは未だに青道のホテルの前に集まるのだが、

 

「正直なところ、これはこれで仕方ない気がしますね」

大塚は諦めの境地に辿り着いていた。早く寝させてほしい、休ませてほしい。それが彼の願いだ。

 

「自分を見失わないことはいいが、少しは自分の価値を認めたらどうだ」

結城は、ミーハーに対し、あまりいい顔をしない大塚に苦笑いをしつつ、苦言を呈す。

 

「有名税ですね。あまりいい気はしませんが、それだけのことをしてしまったのでしょう」

大塚の表情が今度は無表情になった。

 

「次の試合はどこが来ても危ないですからね。主将はどこが来ると思いますか」

 

「四国の強豪、妙徳だろうな。あそこは存在が不気味だ」

 

やや不機嫌になりつつある大塚を差し置き、結城は沖田とともに対戦校の見解について語り合うのだった。

 

 

 

 

そして2回戦も終盤、広島の光陵対奈良の天麗高校の一戦。どちらも県を代表する名門である。

 

テレビにて、沖田は食い入るような目で、その戦況を伺っていた。

 

「沖田君?」

春市は他県の対戦ではデータを見るような感じで、所々呟いていた彼の様子とは違う、今の状態に首をかしげる。

 

「小湊君。光陵には沖田の昔の馴染みがいるんだよ。そっか、横浦が来た時もなんか嬉しいと思う自分がいたけど、沖田にとってもそうだよね?」

大塚が小湊に説明しつつ、地元の仲間が勝ち進んできたことについての感想を尋ねる。

 

「ああ。何とも言えない。けど、アイツらとまた野球が出来る。それがうれしいと思う自分がいる。」

 

『さぁ、光陵高校のエースナンバーを背負うは1年生左腕、成瀬達也!! 最速141キロのストレートに加え、スライダー、スクリュー、カーブを操る制球派の好投手です!!』

 

『3年生や2年生にもいい投手はいるんですけど、ここ数年は軸となる投手を固定できなかった光陵。今年のドラフトは投打ともに目玉がいると言われていますが、この世代も将来が楽しみですね』

 

『帝東高校の向井君といい、青道の三本の矢といい、凄いことだと思います。』

 

「そういえば、帝東の彼も、奥行きを明らかに使っていたね。沖田と東条にボコボコにされたけど」

何でもないように大塚が思い出したように言う。

 

「なっ!? 1年生で奥行だと!? ハハハ………マジでどうなっているんだよ、この世代は。」

乾いた笑みをこぼす御幸。1年生でそこそこ制球がいいとは感じていたが、奥行きの意識すら既に持っている投手。逆ブロックなので幸いだったと感じた御幸。

 

「まあ、タイミングを外す能力はないでしょうがね」

 

タイミングを外すばかりか、まったく同じ腕の振りで球種を操れる人間など、父と楊舜臣、自分を含め、名を挙げるならメジャーの超一流や日本の超一流を上げなければならないほどの技術。

 

『一回の表、まずは3者凡退スタートの成瀬。コースを丁寧につく投球でしたね。』

 

「アイツには負けたくない…………なんか、ムカつく………」

沢村は思い出したようにそんな言葉を出した。いきなり向井を好きになれないと発言した沢村の発言に、一同はポカンとする。

 

『一回の裏、天麗高校の守備。こちらは3年生エース、杉山弘樹の先発。予選でも安定した投球を披露しています。』

 

「なんか、舌なんか出してさ。ああいう風に相手をバカにしているような奴にだけは、投げ負けたくない!」

 

「喉が渇いたかもしれないよ。あのマウンドは熱いし(それぐらいのエゴは許してやれよ)」

たぶん勘違いしてくれるかな、と大塚がそんな言葉を言って沢村を落ち着かせようとするが、

 

「いいや!! あいつ!! 絶対バッターをバカにしてる!! ああいうタイプは好きじゃねえ!!」

 

『打ち取った!! センターファインプレー!! 3番木村のあわや右中間に抜ける打球を見事にキャッチ!! 大きいですねぇ、これは』

 

「降谷は見下すように投げているけど。」

降谷の投球を具体例に出す沖田。降谷的には相手を見下すという感情すらないので、慌てて手をぶんぶんと振る。

 

『そうですね。抜けていれば、チャンスで4番の貴城君ですから。』

 

『一回の裏、両チームとも三者凡退のスタートとなりました。』

 

「けど、それでも限度があるでしょう!! 限度が!! 絶対打てよ、沖田!!」

そして沖田に沢村は、対戦した時は必ず打てと厳命する。

 

「なんか任されたし…………」

沖田としては、何がどうなって自分の名前が挙げられたのかわからなかった。打てない球ではないので、あまり動揺していない沖田。尚東条も沢村に厳命された。

 

「沢村。今年の夏、アイツと投げ合う機会は恐らくない。」

冷静に、御幸は沢村にいう。

 

「へ!? なんで!?」

沢村は口では気に入らないと言っていたが、彼の投手としての力量は認めていた。だからこそ、あっさりと逆ブロックの帝東が来ることはないと断言する御幸の言葉に疑問符が付く。

 

「甲子園は何があるかわからないというけど、9割9分、帝東は光南高校に負ける。」

 

「…………光南か………」

東条が厳しい表情でその名を口に出す。

 

春の選抜の王者、沖縄光南高校。二度目の春夏連覇に向け、初戦は大勝。投打ともにバランスがよく、前評判通りなら間違いなく上位に食い込んでくる強豪。

 

「光南?」

沢村は初めて聞いた様らしく、その名前を聞いてもピンと来ていない。

 

「春の選抜覇者光南。数多の好投手を打ち砕く総合打撃力を誇り、神木に勝ったチームだ」

 

「!!!!!」

神木の名を口にした瞬間、沢村の表情がこわばる。前橋のエース、神木鉄平を打ち砕いた、とは言えないが、

 

「光南にもエースがいる。あの強力打線をバックにした、選抜優勝投手」

 

琉球の黄金左腕、2年生エース柿崎則春。今大会で自己最速150キロを投げ込む掛け値なしの大会ナンバーワン左腕。

 

さらには二番手には技巧派の2年生投手と、左の速球派の1年生が存在し、恐らくは来年も甲子園に出てくる可能性があると考えられる。

 

 

 

『打ったァァ!! 左中間、上がったぞ!! 上がったぞぉぉ!!!』

 

沖田が見たのは、かつてのチームメイト、山田の一撃が奈良の天麗高校のエースの変化球を捉えたところだった。

 

「課題の打撃が、改善されて、選手として隙が少なくなりましたね」

 

俊足と守備だけではない。総合的彼は変わっていた。

 

「左の巧打者。スイング軌道も良いな。レベルスイングか」

クリスは、この山田のバット軌道がレベルスイングになっていることに気づく。

 

「レベルスイング?」

打撃に関しては無知な沢村。

 

「バットの面をフラットに、そして水平にして、その状態でボールにアプローチするスイング軌道を指すんだ。」

 

「左打者には必要な技術で、これが出来れば打率はかなり上がるだろう。」

 

その後――――

 

『アウトコース一杯見逃し三振!! 成瀬にはこの真直ぐがあります!!』

 

『両サイドをついたいい投球ですねぇ。』

 

「沢村とは違って、空振りを奪える球が多いな」

素直に分析する御幸。この成瀬と沢村は、両サイドをつくという共通点があるが、その投球スタイルは全く違う。

 

沢村は強気の投球と癖球を織り交ぜたテンポのいい投球。成瀬はテンポを重視しておらず、打者を多彩な変化球で打ち取ろうとしている。

 

「沢村よりも変化球の比率が多く、ストレートの比率が低い。」

 

沢村がストレートを多く投げ込める一方、成瀬が多投できないのは―――

 

 

彼のフォームは、沢村よりもタイミングが取りやすい事だ。

 

オーソドックスなスタイルなために、青道打者も慣れている。あの成宮で散々慣らしていたのだから。

 

「低目の見極めさえできていれば、なんとかなる、かな」

 

 

『試合終了~~~!! 6-0で光陵高校2回戦突破!! 1年生成瀬は7回無失点! 見事な投球でした!!』

 

「反対ブロックに、沖田の仲間、か。」

御幸はそういうこともあるのか、と沖田と彼らの縁を感じた。

 

「けど、かつての仲間が甲子園に来ることは、とても珍しいな。」

川上も、御幸と同様の事を感じていた。そういう経験はとても貴重だと思うのだ。

 

「………」

大塚はただじっと、クリスからのメモを読んでいた。それは次の対戦相手だ。

 

「まあ、アイツらはアイツらだ……です。とにかく次の相手を打ち崩さない限り、先には進めません。」

沖田も、それ以上自分の過去の仲間を気にする必要はないと言い含め、次の対戦相手の話になる。次の相手に勝たないと、そんな未来もない。

 

 

甲子園でかつての盟友と巡り合う機会を得た天才と怪童。

 

 

しかし、次の試合で青道はこの夏2度目の大きな試練を経験することになる。

 

 




次の相手はかなりの曲者です。正直、作った作者も「なんなのこいつら」です。


一年生に先発の連投を基本許さない片岡監督。


次の先発は



「ふしっ!!」



あれは、青道の大エース 丹波光一郎!?



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第55話 西国の挑戦者

相手チームの口調がめちゃくちゃだ・・・・・




甲子園が開幕してから数日が経ち、順調にスケジュールを昇華する各校。

 

 

巨摩大が敗退すること以外は、全てが順当通りのトーナメント。

 

我らが青道、次に当たるのは――――

 

 

 

「高知の妙徳義塾。」

 

初戦は危なげなく勝利、2回戦は宮崎の日大学院を僅差で破っている。エースの新見隆弘は、左投げ左打ちの選手。本選での戦いを見るに、クイックが上手い投手だといえる。

 

 

そして打線の方は、一球に対する集中度が違うと彼は考えている。常にストライクゾーンの球とボールの球を見極め、一球で仕留めている印象があると彼は分析している。

 

日大のエースが崩れたのは、カウントを取りに行った球を痛打され、投げ急いだところを確実に捉えていた。日大学院との対戦では、終盤の甘い球を逃さずに強打し、逆転勝利を挙げている。いずれも、走塁からひずみが出始めているようにも感じられる。

 

「つまり、甘い球は容赦なく打ってくるぞ。」

 

 

「だが、その次はとうとうアイツらのチームか」

 

「ん?」

 

「どこが相手だろうと、やることをやるだけっすよ。」

倉持としても、伊佐敷が気にしているのは、トーナメントの巡りあわせ。

 

準々決勝は、神木鉄平との対決。彼には練習試合では勝利したが、相手もそれは重々わかっている。対策は当然立ててくるだろう。

 

何より、沖田の満塁弾以外は、まともに痛打できていない。

 

そこから準決勝は、横浦高校。今大会最大の山場。

 

79本塁打の左の大砲、岡本達郎、右の大砲といわれ、通算打率4割越え、68本塁打の坂田久遠。さらには東海大付属相手にコールド勝ちした大きな要因と言われている1年生捕手の黒羽金一。

 

「関東でもトップクラスの打線だ。今名前の上げられなかった選手も二桁に届いている選手もいる。」

丹波も、あの打線は怖いと感じていた。東海大が為す術もなく敗れ去ったのだ。それがどれだけ異常かを彼らは考えているのだ。

 

恐ろしいのはこの3人だけではないという事。当たれば長打が生まれる可能性を思わせるフルスイング。

 

まさに3回戦を過ぎたあたりからは、連続して強豪との戦いが続くことになる青道高校。

 

3回戦を突破した場合、準決勝はあの神木との対決の可能性が高い。あれほどの投手を打ち崩せるチームは限られ、今年の最多失点は選抜決勝の2失点。

 

だが、沖田に対しては苦手意識があるだろう。

 

「だが、どこが相手だろうと、俺達の野球をする。一戦一戦を大事に行くぞ。」

結城は、トーナメントをあまり今は気にするべきではないと考えた。どうせ勝ち進めば当たることは避けられない。そう言った情報面はクリスに任せている。

 

「うむ。とにかく、次を勝たないといけない」

増子もときどき3塁を沖田に譲ることがあるが、それでも調子を落とさないように、練習を怠らない。

 

詳しいミーティングで、

 

「この妙徳義塾は四国でもトップクラスの実力を誇る。特に投手陣はより丁寧に投げなければ、あっという間に打ち込まれるぞ」

クリスは、無難な勝ち上がりをしている青道を不安に思っていた。投手陣の調子がよく、先制されることも少ない。だからこそ、投手陣が崩れた時を恐れていた。

 

特に、エース新見はナックルボーラーにして、クイックも大会最速を誇る。オールナックルボーラーではないが、ストレートにも力があるのが厄介だ。

 

特に、クイックでタイミングを外すこともあるので、青道にとっては悪夢のような試合が思い出される。

 

最速140キロ。スライダー、チェンジアップ、ナックル。その他にも球種があるという。初見殺しも良いところだ。右ではなく、左の変則タイプであることも、青道の次戦に向けての取り組みが重要になってくる。

 

 

「やはり、先制点はやれません。全国では、強いと言われているチームが沈むことなんてよくある事です。チームのバランスが失われたら、どのチームも敗戦の憂き目を見るでしょう」

大塚も、完全試合で浮かれるつもりなどない。自分がするべき事は、青道を決勝に導くこと。いい投球をして流れを呼び込むことだ。

 

「楽に勝ち上がるのはいいです。苦しい勝ち形ばかりをしたいわけではありません。勝ちに慣れていると、劣勢の時が心配なところです。」

一発勝負で常勝チームが如何に儚いかを彼らは知っている。世間でいうAクラスのチームも、何十敗もしているのだから。

 

そこへ、沢村がやってきた。

 

「沢村?」

 

「なんか、予選のあの時以来、苦しい時がないから、逆に不安っていうか。」

沢村が考えていたことは、二人に近しいものだった。あの胃がよじれるような状況で、果たして自分はマウンドに上がれるか、その考えは消えなかった。

 

「……だが、楽に勝てるならそれに越したことはない。どんな状況でも、自分の投球をすればいい。」

 

「……俺も思う。有名になればなるほどマークは厳しくなる。全中の時も散々スコアラーの真似事をした奴らが俺の打席を見ていたからな。」

やや苦い表情の沖田。スコアラーの手により、完全に抑えられた時は幸いなかったが、嫌いなコースを多投されて冷静さを失いかけたことはあった。

 

「全国の舞台は、中学と高校とで違うかもしれない。けど、やっぱり全国は全然甘くない。」

 

「ああ。そうだな。このまま何も起こらなければいいが。その時にどうするか、お前らにかかる負担は大きくなるかもしれない。だが頼むぞ」

 

全国経験のある大塚、クリス、沖田は今の青道の状況にやや違和感を覚えつつも、自分に出来ることをしようと心に決めた。

 

そして、別室にて

 

「どうしたの、東条君?」

東条は、何か心の中にあるしこりがあった。春市が東条の口数が少ないことを気づいたのだ。

 

「悪い。けど、全国は甘くないって、そう思ってきたからさ。だから慣れない。」

 

「……うん。今まで出来過ぎなくらい、順調だから。」

東条の言葉に、春市も納得していた。一度うまくいかないことが起こった時、チームが危ないかもしれない、そんな気がしてならないのだ。

 

「俺はずっと全国で苦汁を飲んできたから、よくわかる。一戦一戦、気なんて抜けないんだ」

渋い表情の東条。春市には漠然としか解らない。全国大会出場経験のあるモノにしかわからない、全国の重み。

 

 

 

そして一方、

 

 

そして一方の妙徳義塾。大会前はどれだけ暴れるのだろうと期待されていた佐野修造をねじ伏せた怪物を擁する青道高校。

 

「凄か投手いよるけど、勝負の目ちゅうのはのるかそるかよ」

 

――――どもこもならん。どーしょーかなー

 

心の中でそうつぶやくも、大森監督は勝負の目は27個のアウトを取られるまでわからないと考えている。

 

「監督!! あの投手凄か!! しんから凄か(本当に凄い)!!」

そこへ、主将の浦部が地元出身の監督である大森監督に大塚のことを話す。

 

「スプリットしんからしんきい(本当に面倒)!! おいにうてっかな?」

 

「相変わらず、方言解らんちゅーねん!!」

妙徳意義塾の投手、2年生中田は相変わらず訛りの酷い浦部に突っ込む。

 

「悪かった。悪かった。つい興奮すると、方言が出ちまうよ。けど、こんな投手がどんどん出てくるとはなぁ」

 

東京には、てっきり成宮が出てくると思っていた。あの暴投で敗退したとはいえ、才能を感じる投手だったのは間違いない。

 

「舘から聞いとる。あの投手はタイミングを外してきよるらしい。」

舘とは知り合いであり、元中学のチームメイト。1学年下の中田は、彼の背中を見ていたというのはなく、自分を野球で追い込める環境が欲しかった。

 

だからこそ、大阪ではなく、敢えて愛媛を選び、越境入学をしたのだ。

 

「タイミング!? チェンジアップ?」

 

「ちゃうねん。フォームで微妙に変えてくるらしいねん。」

出来る限りのデータは全部そろえる。少しでも勝率を上げるために。

 

「ほえ~~~~それに勝ったら俺らはとんでもなくねェか?」

エースの新見が、中田にそんなことを言った。やるからには勝つという決意が滲み出ていた。

 

「大塚はええ投手。おどれらはおもっさま楽しみゃあええんや。甲子園やけん。おもっしょい夢は、ええもんやけんね。」

大森監督は、新見の大物食い発言に、笑みを浮かべ、肯定する。自分たちはその大塚の挑戦者として、対戦者として、堂々とするべきだと朗らかに言う。

 

「己らも、そう思わん? 世間の目、かやらせようや(ひっくり返そう)!!」

でっかい夢。甲子園で少しでも長く思い出を作る時間を延ばす。ここに来たことが、本当に凄い事なのだと。

 

「やるけん!! 大塚打つねん!!!」

 

「おもっさま打つんや!!」

 

「まとめて青道打ち崩すねん!!」

 

大塚という高校級を相手に、浮足立っていた妙徳義塾はすぐに落ち着いた。

 

「方言がわけわからんちゅー話をさっきしとったんやけど!! しとったんやけど!!!」

中田は突っ込むが、これはいつもの恒例なのでみんな気にしない。標準語やら関西弁やらの混成なのだ。

 

 

「新見先輩には秘策があるん?」

中田は、新見に尋ねる。青道の投手ばかり目立っているが、打撃陣も相当だ。その打撃陣を封じる手立てはあるのかと。

 

「青道の弱点、苦手な投手っつうのは、もう明らかやん。」

新見の不敵に笑う。

 

「見てみ。青道の予選の戦いや」

新見が注目したのは、明川学園との試合。

 

「これホンマなん!? 青道が1点しか取れへんかったん!?」

この試合に限って言えば、ヒットは僅かに2本。代打の一振りでけりがついたらしい。そしてその選手は―――

 

「小湊春市ちゅー1年や。せやかて他の打者は、この投手を打てておらんかったんや。」

 

新見が指摘する、楊舜臣との青道の相性の悪さ。

 

「台湾でこの投手は有名になっとるらしいからな。台湾の動画サイトいったら、見つけたんで。」

 

楊舜臣。青道の打者をまるで手玉に取っていた。次々とタイミングを外され、コントロールよくコースに決まり、スイングをまともにさせていない。

 

「春から俺が取り組んどることに近いんや。」

 

「それが、あのセットポジションからのタイミングの変化?」

 

打者はフォームに幻惑され、スイングに迷いがあった。事実あの結城がまともにスイングできずに、3三振を食らっていた。

 

さらに言えば、あの怪童沖田がヒットを最後まで打てなかった投手であるという事実。

 

 

「これで騙し騙しやろうな。タイミングが合えば、即スタンドインや。せや、中田」

新見は、自分がこの技を使い、ある程度青道を抑えるつもりだった。だが、それでは足りないことを、彼は理解していた。

 

「先輩?」

 

「己のアレは、完成したん?」

 

「コントロールはちょい不安やけど、一応形には」

 

「ホンマ、俺の決め球教えてほしい言うた時はバリ驚いたわ。けんど、2カ月でマスターとは恐れ入ったで」

 

中田が会得した新見直伝の変化球。だが、その変化球は彼の変化球系というだけで、その変化は別のモノになっていた。

 

「タコ焼きばっか食っとる先輩の、数少ない長所やし」

 

「たこ焼きは美味いんやで。大阪から材料を取り寄せて作るんは、骨が入るでまったく。」

 

 

青道が強い? だからどうした。

 

倒してやるよ。

 

大塚が凄い? 凄い奴を打ち崩したら、自分たちは凄いじゃないか。

 

失うものは何もない。大方予想通りの結末が高確率で来るだけ。

 

だが、未来永劫、何回やっても、青道の勝利は絶対?

 

妙徳義塾はいい意味で集中していた。

 

 

誰かが言った言葉だ。

 

甲子園の魔物。

 

その言葉が消えないのはなぜなのか。それはなぜ起こるのか。プロではないから? 雰囲気にのまれてしまうから?

 

解らない。だからこそ魔物なのかもしれない。

 

 

不退転の覚悟で臨む、四国の強豪が牙をむく。

 

 

 




正直、曲者色物な相手エース新見君。

横浜の久保投手を左にしたうえに、ナックルを習得。球速は高校生で速い部類。


今大会でいちばんの初見殺しの名にふさわしい投手だと思います。


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第56話 四国の雄

特にタイトルが思いつかなかった。




青道3回戦の相手は西国の強豪、妙徳義塾。名将大森監督率いるこのチームは、今大会でも異色の面子を揃えている。

 

先発オーダー

1番石清水  左(左)

2番田井   右(中)

3番赤城   左(右)

4番浦部   右(一)

5番新見   左(投)

6番萩生   右(捕)

7番福原   右(二)

8番高梨   左(三)

9番森久保  左(遊)

 

ここまで左と右の打者が入り乱れた打線は今大会でもこのチームぐらいだろう。チーム打率はそこそこだが、目が光るのはエースの新見。大会最速のクイック使い。

 

なんと、彼の高速クイックは始動から1.1秒前後である。さらには強肩捕手の萩生とのコンビを組んでおり、盗塁を許すことはないとされている。

 

そのうえ、彼の球速は140キロ前後。スライダー、カーブ、チェンジアップ、高速パームといった球種の豊富さもだが、彼の魅力はクイックだけではない。

 

彼の決め球は、あの魔球ナックル。ランダム変化の最高峰にして、捕手泣かせのウイニングショット。そして、その球種に対応するために、捕手の萩生は通常よりも大きめのミットを用意するほどだ。

 

 

「早い回から丹波を援護するぞ。」

 

対する青道高校。沢村、大塚の先発ではなく、3年生丹波の初先発。3本柱の最後の一人が先発として甲子園デビュー。

 

上級生にとってみれば、ようやく出遅れた男が帰ってきたというもの。ベンチに座っている小湊はやや悔しそうな顔をしているが、ベンチを外れることなく、この間近で声を張り上げることはできると考えていた。

 

1番倉持 (遊)

2番白洲 (右)

3番沖田 (三)

4番結城 (一)

5番伊佐敷(中)

6番東条 (左)

7番小湊 (二)

8番御幸 (捕)

9番丹波 (投)

 

青道のオーダー。主軸に変更はないが、今大会当たっている東条を6番に抜擢。小湊亮介の怪我の具合によるが、それまでは2番は白洲が担うことになる。

 

『夏の甲子園3回戦。第1試合。一塁側、西東京代表、青道高校、三塁側には高知代表、妙徳義塾。大会屈指の投手陣対、大会最速のクイック使い。特に青道は盗塁の出来る選手がいますから、その対決も楽しみですね』

 

『プロも舌を巻く、高速クイックを誇る新見君。彼の投球スタイルも、どこまで青道に通用するかがポイントになるでしょう。一方の青道高校は、3年生投手をマウンドにあげます。やはり1年生に連投をさせない方針なのか、片岡監督はこの投手を送り込んできましたね。』

 

 

『資料によりますと、大きなカーブと、フォークボールがあるそうです。マックスは140キロ。オーソドックスな印象を受けますが、解説の牧原さん。どう思いますか』

 

『そうですね。今大会初先発の丹波君は、胸を借りるつもりで投球してほしいですね。相手は今大会で、フィールディングは恐らく一番上手い新見君。その華麗なグラブさばきにも注目したいですね。』

 

 

先攻の妙徳義塾。1番石清水は非常に足の速い選手。選球眼もよく、軽打を仕掛けることが多い。

 

マウンド上の丹波には、今のところ緊張している様子は見られない。

 

 

――――まずは一球。カーブから行きますよ、ボールでも構いません。

 

「ふしっ!」

 

御幸、丹波選択したのは初球カーブ。カーブは一瞬浮いたように見えた瞬間に、鋭く曲がり落ち、外側のストライクコースに決まる。

 

「ストライクっ!!」

 

――――よし、カーブの調子もいい。序盤はストレートとカーブを中心に組み立てよう。

 

続くボールはストレート。妙徳サイドは丹波のフォークを警戒してか、追い込まれるまではあまり積極的ではない。

 

「ボールっ!!」

 

――――次はインローのストレート。フォークを警戒しているなら、ストレートで押すまで

 

ズバァァァンッ!

 

「ストライクっ!!」

 

空振り。やはりフォークを待っているような感覚の御幸。マウンドの丹波も、フォークを意識している打者に何かを感じていた。

 

しかし、続くボールはカットされ、2球を粘られる。しかし最期は―――

 

ククッ、フワッ!!

 

「っ!!」

 

大きく変化するカーブに手が出ず見逃し三振。これ以降丹波は自信を掴んだのか、続く打者をストレート一球で内野ゴロに打ち取り、最後の打者には―――

 

 

ガっ!

 

「くっ!」

 

3番赤城には、カーブに手を出されたが、腰砕けのようなスイングで内野ゴロに打ち取る。

 

『さぁ、本選初先発の丹波、上々の滑り出し、裏の攻撃につなげられるか!?』

 

まずは1回。上々の滑り出しの丹波。そして裏の攻撃にいい流れを呼び込む投球に対し、立ちはだかるのは――

 

『さぁ、注目の好投手、新見に対し、青道打線はどういった攻撃を見せるのか!?』

 

『初回の攻撃が大事になりますからね。彼のフォームチェンジに惑わされないようにしないと。』

 

妙徳義塾のエース、新見。

 

先頭打者の倉持は、球種に関して考えていた。

 

――――ナックル、か。球数を投げさせるのがセオリーだけど、この投手はナックル以外も持っているし

 

ナックルボーラーにしては異色の多彩な変化球投手。故に、球数を投げさせるという作戦はあまり有効ではない。

 

初球はゆったりとしたフォームのストレート。

 

ズバァァンッっ!

 

低目に決まりカウントを奪われる。続く二球目のスライダーにもタイミングが合わない。

 

ククッ

 

「っ!!(スライダーも良いな、この投手)」

 

滑り落ちるようなスライダーではなく、真横へと切れるタイプのスライダー。右打席で臨んだ倉持だが、食い込むように曲がるこの球種に難儀した。

 

ラストボールは――――

 

新見の投球モーションが格段に早くなった。

 

「!?」

 

その急激なチェンジペースに、倉持は打席で間合いを測る事すら出来ずに――――

 

ズバァァァンッっ!!

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

 

『出たぁぁぁ!! 新見の高速クイック!!! 倉持手が出ない!! 見逃し三振!!』

 

『1.1秒前後のモーションから繰り出されるボールはきついですよ。2球までのあのフォームがかなり効いていますね』

 

インコースのストレートにバットを動かすことが出来ずに三振。ゆったりとしたフォームに、通常フォーム、高速クイックを、ランナーなしの状況でも使い分けた新見。

 

「――――(あの時以来の厄介なタイプかもしれねェな)」

御幸は、予選で青道を苦しめた明川学園の楊舜臣を思い出した。さらにナックル使いでもあるため、見極めが難しくなるだろう。

 

続く白洲も明らかにタイミングを狂わされ、キャッチャーファールフライに打ち取られ―――

 

「あの投手を苦しめたお前なら―――」

初回、完全に抑えられるのは丹波へのプレッシャーが大きくなる。何とか粘ってほしいと考えた御幸。

 

――――とにかく、半端ないな。今年の夏は役者が豊富だ。

 

沖田は、白洲と倉持が手も足も出ない投手―――新見を見据える。

 

持ち球はスライダー、フォーク、カーブ、チェンジアップ、ナックル。そしてセットポジションで投げていることから、クイックと通常フォームの初動の見分けがしづらい。

 

――――何とか球筋を見極めたい。

 

フワワワワワッッッ!!!

 

『そしてこれが新見のナックル!! 不規則に変化したボールに、まずは手を出さない沖田!! いや、手を出せないのか!?』

 

そして初球は彼の決め球ナックル。不規則な変化をした軌道がミットに収まる。当然、捕手の萩生はやや慌てたような動作から捕球するも、沖田から見てもこの球種は捕手でも難儀するほどだという事が解る。何よりも――――

 

――――まったく軌道が読めない。予選のナックルボーラーとは雲泥の差だな。

 

あのナックルよりも球速がやや早く、それでいて変化も大きい。

 

続く二球目も、ナックル。

 

カァァンっ!!

 

「―――ッ!!」

かろうじてバットに当てた沖田。しかし体勢を崩され、ヒットに出来るフォームではない。

 

『当てた!! かろうじてバットに当てた沖田!! ナックルに二球目に当てる辺り、センスがありますね!!』

 

『普通のナックルボーラーならそれで充分ですが、彼はそれすら取り込んだ変則の中の変則ですからね。他の変化球へのアプローチに注意する必要がありますね』

 

――――こいつ、俺には徹底してナックルの多投か!!

 

ナックルはほかの変化球のように多投したとしても、それほど影響が少ない。常に変化が変わってしまう球種に慣れることを許さない。

 

そして、妙徳義塾は一番青道で警戒しなければならない打者を弁えている。

 

 

カァァァンっ!!

 

「ファウルボール!!」

 

続く三球目もナックル。ボールゾーンに手が出てしまった沖田。

 

――――ナックルの多投、追い込んだときには倉持先輩に見せたクイックもある。何が来る!?

 

そして新見の初動がまたギアチェンジした。

 

――――ストレートっ!?

 

フワッ、ククッ!!

 

「!?」

 

しかしやってきたのは、チェンジアップ。早いモーションに惑わされた沖田は、その鋭い腕の振りからストレートを予測してしまったのだ。

 

――――ここで、緩い球だと――――っ!?

 

しかし、ボールは揺れながら落ちるチェンジアップ。

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

 

『高速クイックからのチェンジアップ!! ストレートを待っていたのか沖田、空振り三振です!!』

 

『いやぁあ、投球術というのを解っていますね、彼は。フォームとボールの両方で緩急を扱う彼の技術には脱帽です。』

 

1回の裏、エース新見は青道上位打線を圧倒する立ち上がり。手も足も出なかった光景は、エース楊舜臣との戦い以来。成宮相手には2点を先制、ここまでは全て先制。だが、ここまでの変則投手との対戦は、初めてといっていい。

 

楊舜臣はあれでも本格派なのだから。

 

まだ早い回ではあるが、早くも投手戦の予感がするこの第3試合。2回は初ヒットを許した丹波だが、倉持のファインプレーで辛くも2死にし、

 

 

カァァァンッッ!!

 

サード方向へと打球が比がる。サードには沖田―――

 

 

パシュッ、

 

グオォォォォォぉんッッッ!!!

 

難なくゴロを処理し、沖田の右腕から矢のような送球が一塁結城へと放たれる。

 

「アウトォォォ!!!」

矢のような送球ではあったが、正確無比なこの送球を難なく捕球する結城。このスタンドプレーともいえるプレーだったが、この嫌な流れを変えようと、沖田なりに考えた行動。

 

『三塁沖田からの矢のような送球!!! 物凄い送球ですね!! 甲子園が湧きます!!』

 

『内野手であの強肩。さらにデータでは内野全てを守れるあたり、守備にも定評がありますからね。見事な強肩、流れを変える狙いがあるのでしょうか』

 

そして彼の予想した通り、妙徳義塾ベンチでは―――

 

「な、なんじゃありゃぁぁ!!?」

 

「なんつう肩をしているんだ、あの一年生!!」

 

「それなら投手やれよ、なに内野守っているんだぁ!!!」

 

どうやらあまり堪えてはいない。むしろ、気持ちが乗ってしまっている。

 

そして観客の間でも、

 

「あの一年生のっているな!!」

 

「矢のような送球!!」

 

「メジャーリーグみたいだぜ、アレ!!」

 

「兄ちゃん頑張れ!!!」

 

「兄ちゃん!? 君はまさか―――」

 

 

青道の守備に沸く甲子園球場。丹波もその空気によってやや落ち着きを取り戻したのか、

 

「悪い、助かった」

自分を盛り立てるために、ああいうプレーをしたのだと解っている丹波。自分がメンタルに課題を抱えていることは解っている。

 

だからこそ、こうしてバックの堅守を見せつけることで、丹波のプレッシャーを和らげる狙いが沖田にはあった。

 

「嫌な凡退したので、何とか取り返そうと思ったんです。これでチャラにしてくれますか?」

 

「ふん」

 

「沖田、ケースバイケースだが―――」

やや苦笑いの片岡監督。

 

「心得ています。流れを変えるために色々と工夫は必要だと思いました」

自分が目立とうとは思っていない。守備で盛り立てるプレーは必要。攻撃で流れをなかなか作れない以上、守備がより重要になるのは明白。

 

「だが、幾分か丹波の表情から緊張が取れた。よくやった」

 

 

2回の裏、結城に対しては

 

「ストライクっ!! バッターアウト!!」

 

最後はナックルボール。初球から高速クイックを使い、タイミングを外しにかかった新見の投球に歯が立たない。

 

続く伊佐敷はストレートに詰まらされ、セカンドフライ。タイミングを合わせることを悉く封じる新見。

 

『新見の前にタイミングを狂わされている青道打線! ここで迎えるは、6番レフト東条!! 一年生ながら、レギュラーを張ります!』

 

ここで、6番に昇格の東条。

 

――――狙いはまず通常フォーム。真ん中のフォームに合わせる必要がある。

 

まず初球、クイックのストレート。

 

「ストライクっ!」

 

いいとこに決まる直球。制球も悪くなく、むしろ大塚や楊舜臣よりやや落ちる程度の制球力。

 

――――いいや、とりあえず―――

 

続くボールはクイックからのカーブ。ややボール気味だが、そのゾーンは東条の得意な低め。

 

 

――――来た球を打つッ!!!

 

カキィィィンッッッ!!!

 

「なっ!? (ボールゾーンのカーブを思い切りミート? なんやこいつ!?)」

 

打たれた新見もびっくりの東条の痛打。緩い変化球に合わせつつも、ポイントの合った打球はそのまま右中間方向へと伸びていく。

 

『おぉぉぉ!!!』

 

『カーブ、掬い上げたッ!!! 右中間へと打球が伸びる!! 伸びていく~~!!!』

 

『風も無風、いや、風に乗るのか!?』

 

「うおぉっぉ!!! 東条が打った!!!」

ベンチの沢村も、東条の一撃に身を乗り出して打球を追う。

 

「行けェェェ!!!!」

春市も、同級生の打球に祈るように声を張り上げる。

 

ダンッ!!

 

『フェンスダイレクトっ!! 東条の当たりは、惜しくもスタンドには届かない!!! しかし、打球処理に手間取る妙徳外野陣の動きを見た東条は三塁へ!!!』

 

躊躇いなく三塁を蹴る東条。一気にスピードアップする。

 

『到達~~~~!!! 青道初ヒットは1年生東条のスリーベース!!! 一気に二死三塁のチャンスメイク!! シングルヒットで先制!! ここで迎えるは7番セカンドの小湊!!』

 

このチャンスの場面で曲者の出番。7番小湊。

 

『予選での成績は、主に代打起用!! 小技も使えるという小湊!! さぁ、同じく1年生の東条をホームに迎え入れることが出来るか!?』

 

新見と萩生のバッテリーがタイムを要求。

 

「あの一年生は低目が好きだとは聞いとったけど、ボールゾーンをあそこまで飛ばすんか」

 

「何はともあれ、この打者はほかの上級生よりも厄介だ。ナックルもしっかり取るから、腕を振り抜いてくれよ」

 

「あいよっと」

 

 

マウンドでのバッテリーの意思疎通を明確にした妙徳サイドはすぐに守備位置に戻る。

 

『さぁ、注目の初球!!』

 

 

ゆったりとしたフォームから繰り出されるカーブ。まずはアウトコース一杯に決まる。

 

『緩いフォームからの緩い変化球!! 大胆にそして、繊細に行きますねぇ』

 

『意図をもって投球をしているのが解ります。あの集中力はいいですよ。』

 

続く二球目は―――

 

「!!」

 

ここでナックル。真ん中のコースだが、ランダム変化に対応できず、掠るのが精一杯の小湊。

 

『やや高めに来ましたが、ファウルボール、いや、ストライクか?』

 

『スライダー気味から落ちましたね。』

 

――――ナックルがここまで―――

 

妙徳バッテリーは―――

 

―――もう一球ナックル。ここは安全に打ち取るぞ。

 

――――取ってくれんかったら、安全じゃないけん、しっかり取ってェな

 

フワワワワワワワッッッッ!!!!

 

ランダム変化のナックル、しかも決めにきたナックルに小湊は最後まで捉えることが出来なかった。

 

――――当たらないッ

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

 

『空振り三振~~~!!! ここは新見の勝ち!! このピンチ、三塁ランナーがいる場面でナックルを投げ込んできました!!』

 

『バッテリーの信頼が為せる業ですね。あそこまでナックルを投げられると、きついですよ』

 

 

そして速いテンポで、3回の表へと投入する。丹波もヒットを一本許しているが、状態が悪いわけではない。だが、相手打線は何か自信に満ち溢れていた。

 

「この回に仕掛けんよ、あの投手は3年ちゅうても、甲子園初先発。なんかの拍子で、崩れるんはおかしなことやない」

 

妙徳の大森監督、ここでベンチにて丹波を揺さぶるよう指示を与える。

 

―――唯一の不安要素は、大塚をどのタイミングで登板させるかや。正直、あの投手は一巡では崩し切れん。

 

 

3回の表、打順は7番の福原。荒いが一撃のある打者。

 

――――ぶんぶん振ってくる相手。ならフォークの連投。当たると少し怖いからな。

 

「ストライクっ!!」

やはり予想通り、フォークに空振りする。

 

――――続けますよ、丹波さん。甘いところは厳禁。低めを意識してください

 

「ストライクツー!!」

 

フォークの連投。これであっさりと追い込んだバッテリー。

 

――――また表情が硬くなってる。さきほどの凡退が原因か?

 

――――落ち着いてください、丹波先輩。ここは一球、アウトコースにはずします。

 

「ボールっ!!」

 

ボールゾーンに外れるストレート。コースもそれほど甘くはなく、いいコースに来ている。

 

――――大丈夫です。今の丹波さんなら投げ込めます。

 

両手を大きく広げ、腕を振るように、と指示を与える御幸。低目は大丈夫だと。

 

――――………ああ。

 

そして4球目のフォーク。それが御幸の外寄りの構えよりも内に入る。

 

――――大丈夫だ、ここからさらに落ちて――――

 

しかしフォークが落ちない。球威のない棒球が、内寄りに進んでくる。

 

―――落ちないッ!?  甘いコースッ!! やられる!!

 

カキィィィィィンッッッ!!!!!

 

 

甘いゾーンに来た球を容赦なく引っ張った打球は、レフト方向へと伸びていく。マスクを取って御幸が外野に指示をしようとしたが、

 

「―――――あっ」

 

レフトの東条はその大飛球を下から見るだけ。動くことが出来ない。伊佐敷も動けない。

 

ダンッ!!!

 

『入った――!!!!! 妙徳先制!!! 7番福原の一撃!!! 甘く入ったボールを見逃しませんでした!!』

 

 

この夏の大会で、初めて先制を許した青道。ここから立て直せるかが、チーム力の強さを示すことになる。

 

「丹波――――!」

伊佐敷は打たれた打球方向を見て、呆然としている丹波に声をかける。

 

「!!」

 

「しっかりしろー!! まだ試合は終わってねェぞ!!!」

 

「切り替えるぞ、丹波!!」

 

そして主将の結城もマウンドへと声を送る。

 

「切り替えです。まだ無死。ここから切り替えて、打者を打ち取っていきましょう」

 

捕手の御幸がマウンドへ行くことは、何度も許されている。だからこそ、打たれた後に彼がフォローに回るのはとても重要である。

 

「あ、ああ。(何をやっているんだ、俺は。)」

自分を責める丹波。ここで崩れれば、あの時の悔しさも後悔も、無駄になる。

 

 

続く打者を打ち取り、ラストバッターの森久保。

 

すっ、

 

「!!!」

セーフティバントを試みる森久保。無警戒の青道内野陣は、彼に上手く三塁方向へと転がされる。

 

――――甘いッ、俺の所に転がしたら、何度でも刺してやる!!

 

沖田は舐められたものだな、と一塁へと走っている森久保に毒づく。2回の守備を見た上で、それをやってくるというのであれば、愚か者であると。

 

しかし――――

 

沖田の目の前に、丹波がチャージを既にかけていたのだ。

 

「!!」

 

シュッ、

 

「!?!」

しかし焦ったのか、丹波の送球は大きくそれてしまう。

 

『あああああああ!!!!! 送球が逸れる!!! 森久保は二塁へ!!! 送球がバックネット裏へと飛び込んだので、自動的に二塁へ進みます!!』

 

「―――――――!!!」

 

一死二塁。追加点を取られるのはキツイ。このミスによる失点はなんとしてでも阻止しなければならない。

 

打順は帰って先頭の石清水。

 

―――――ここはセーフティもある。けど、ここで沖田を前に出すのは、あまりにもリスキー。

 

かといって、今の丹波に処理を任せるのは怖い。

 

スッ

 

「ボールっ!!」

守備の隙をついてくる妙徳義塾。思わず外れるボール。尚もバントの動きをやめない石清水。

 

――――インコースにストレート。アウトコースは待たれている可能性が高い。ファウルを奪えれば、

 

 

カァァァン

 

「ファウルっ!!」

 

バント失敗。ラインを割ってファウルになる。だが、追い込まれた様子はない。

 

――――カーブを見せます。その後にフォーク。

 

ボールゾーンへのカーブ。だが、やや甘く入ったカーブが、

 

「ストライクっ、バッターアウトっ!!!」

 

逆に手が出なかった石清水。安堵する表情の丹波。これで二死。

 

続く2番田井。

 

『これで二死!! 何とか追加点は防ぎたい青道高校!! ここで妙徳のバッターは、予選での得点圏打率5割の田井!!!』

 

―――――どうする、ここは―――

 

御幸は自分を落ち着かせるように心の中で言い聞かせる。

 

――――フォークボールでお願いします。

 

「ストライクっ!!」

 

今の良いコースから落ちたフォーク。今日はフォークの調子がイマイチわからない。良い時はいいが、よくない時は落ち切らない時がある。

 

――――アウトコースのストレート! ボール気味でも

 

頷く丹波。表情も硬くなっているが、まだ球威自体がそれほど落ちているわけではない。

 

 

『第2球!! 』

 

丹波から投げ込まれたボールは、御幸の理想通り、ボール気味のストレート。審判もボールという事が間違いないコース。

 

かァァァァァンッッッ!!!

 

完全に山を張られていたのか、強引にセンター返し。御幸と丹波の表情が驚愕に染まる。

 

 

『センター前―――!!!! 二塁ランナー帰ってくる!!! 』

 

 

 

「舐めてんじゃねェぞぉぉぉぉ!!!!」

しかしここで意地の好返球。伊佐敷のレーザービームが二塁ランナーの森久保の足を止めさせた。

 

『いや、止まった!! 止まった!! センター伊佐敷からの好返球で、ランナー帰れず!!! しかし、二死一塁三塁と、ピンチが続きます!!』

 

 

そして次の打者は―――

 

『ここで3番赤城!! 強打で予選では破壊力を見せつけた主軸の一角!! このピンチを3年生エースの丹波はどう凌ぐか?』

 

――――強打の癖に、巧打もうまいと、どう打ち取るべきか。さっきは軽率過ぎた…!

 

御幸としては、ここではむかえたくなかった打者。

 

先制され、尚もピンチが続く青道高校。ここで食い止めるか。

 

 

 




ここまでは原作の丹波さん。だが、丹波さんなら何とかしてくれるはず(錯乱)



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第57話 青道の怪童

逆境でこそ、この男は何かをやってくれる!

そして、この男のヒッティングマーチが決まりました。賛否はあるかもしれません。




ピンチが続く青道高校。3回の表、二死一塁三塁のピンチ。片岡監督は早くもブルペンにて、

 

「沢村に準備させるよう伝えてくれ。予想以上にはやい回で登板するかもしれんと」

 

「不味いですね、丹波の球にあれだけタイミングが合うとは、」

クリスも、丹波があそこまで打ち込まれかけるとは考えていなかった。初回の入りは悪くなかった。だが、それは彼らの巻いたチーム全体でのまき餌だったことを痛感させられた。

 

初回は球筋の見極め、消極的な打撃だった妙徳がここにきて一気にスイッチが入った。全体のチーム打撃が出来ている。故に、共同作業である連打が高確率で可能。

 

丹波はもしかすれば5回持たない可能性も出てきた。

 

――――何とかこの回は耐えてくれ、丹波!

 

3回持たない可能性もないわけではない。

 

 

御幸はこの打者相手に、何をするべきなのかを考える。

 

 

――――後ろに立つスタイル。さらにはプルヒッター気味の打球が多く、インコースの制球ミスは命取り

 

 

 

――――フォークに難のある丹波さんのストレートの投球を狙い、アウトコースを待つようなスタイル。

 

 

しかし、御幸はさらに考える。

 

――――アウトコースはあくまで見せ球。勝負はインコースと決められないが、強く意識はさせないと。

 

相手がどこまで考えているのかを読まなければならない。御幸は捕手として相手の考えを打席だけで判断できないと考えていた。

 

 

――――アウトコースのフォーク。ワンバウンド、ボール球でもいいです。

 

「ストライクっ!!」

 

ワンバウンドするフォークに振ってくる赤城。この後ろに立つスタイルは、フォークの落ち気味の時を狙う事があり、ワンバウンドするボールにも手を出してくる。縦の変化球が有効なのだ。

 

 

―――――アウトコースを広く見せる。そして、今は大胆に攻めるべき。

 

 

 

――――アウトコースにカーブ。タイミングを外しますよ。

 

 

「ストライクツー!!!」

アウトコースへのカーブが今日は調子がいい。ストレートの制球もそれほど悪くはなく、カーブを織り交ぜたスタイルで行くべきだと判断する。

 

 

――――釣り玉を一回見せます。ストレートボール球。強く腕を振ってください!

 

「ボ、ボールっ!!」

 

危うく手が出かけた赤城。だが、審判のジャッジはボール。スイングを取らなかった。

 

――――ここで不安定なフォークを選ぶか、それともストレートか―――

 

 

――――っ。

 

このピンチでまだ集中力が切れていない丹波。だが、やはりこの回のゆさぶりで消耗している。

 

―――この打者も得点圏で打率が高い。リスクは避けるべきか?

 

 

 

―――――違うよな、良い捕手ってのは、どれだけリスクを背負って、相手を封じられるかだよな。

 

御幸は、捕手のポジションは業が深いと知っている。チームの要、敗戦に大きくかかわり、勝利に大きく貢献する。

 

――――インコース、ストレート。打者のインハイへと向かってくるボール。

 

胸元よりも上のコース。御幸はここで高めのボール球を要求。

 

――――ッ!!

 

 

丹波が意を決し、インハイボール球のコースへと投げ込む!

 

「!!!!」

 

この局面でまさかインハイに投げ込んでくるとは思っていなかった赤城。反射的に高めに手を出してしまい、

 

「スイングっ!!!!」

 

御幸の鋭い声が響き、

 

「ストラック、アウトっ!!」

 

『高め振らせた~~~~!!!! 三振!!! ここは追加点を許さなかった青道高校!! しかし、この回は7番福原のソロホームランで先制の妙徳義塾!!』

 

御幸は若干息の荒い丹波を見て、目を伏せる。

 

――――次の回、ランナーが出れば交代もあり得るかもな。

 

 

 

そして、先頭打者の御幸。とりあえずクイックに関してはその時の状況に対応するしかない。

 

ズバァァンッ!!

 

「ストライクっ!」

球威は感じない。むしろ、沢村よりも劣るようにも思える。だが、沢村とは別のベクトルで相当打ちづらい。

 

 

―――けど、恐らくナックルは多投できない。下位打線が早い段階から出れば――

 

カキィィィンッッ!!

 

スライダー低目を捉えた当たりが痛烈に一塁線を抜ける。

 

『一塁線、フェア!! 打った御幸は悠々と二塁到達――いや、二塁を蹴る!!』

 

グオォォォォォんっっ!!

 

しかし青道に伊佐敷がいるように、妙徳の外野陣は強肩揃い。三塁を陥れようとした御幸の足を阻む、矢のような送球。

 

『止まった!! この試合は外野からの好返球がかなり目立っています!! 先頭打者の御幸、ツーベースヒットでチャンスメイク!!』

 

 

当然9番丹波は送りバント。

 

『見事な送りバントでランナーを三塁へと進めた青道高校!! ここで打順は俊足の倉持に帰ります』

 

倉持は、監督に言われたことを考えていた。

 

――――叩きつけるような打球、バウンドの大きい打球で構わない。とにかく三塁の御幸を返せる打撃をしろ。

 

 

そして願わくば、その足を活かしてフィルダースチョイスを誘発させ、出塁すら狙えということだ。

 

――――なら積極的に行くだけだろうが!!

 

カァァァンッッ!!

 

「くっ!」

 

スライダーにタイミングが僅かにずれた倉持。狙うべき球はアレだった。

 

 

そしてここで片岡監督からあるサインが送られた。

 

「―――」

 

倉持はしっかりとサインを確認し、改めて打席に立つ。

 

一方、妙徳バッテリー。

 

―――スクイズも警戒しつつだが、処理はお前に任せるぞ

 

 

――――そやな。けんど、本塁で刺してもえかろう?

 

 

ダッ、

 

御幸が三塁から本塁へと突入する。それは新見の投球モーションが始まった瞬間。

 

――――スクイズッ!!

 

 

 

―――アカン、間に合わない!!

 

倉持へとボールは向かう。ストライクゾーン、バントにはしやすいコース。

 

コンっ、

 

「舐めんな、東京もん!!」

 

新見がクラブにボールを捕球すると、そのままグラブトスで本塁へと転送。それとほぼ同時に御幸が本塁に突入。

 

――――マジかよ!!

 

驚きをもって今のプレーに執念を感じた御幸。左腕からは三塁の動きなど見えていないはず。見えたとしてもほぼ手遅れと言っていい。それでもこの速さに追いついてきたのだ。

 

 

クロスプレー。判定は―――――

 

 

「アウトォォォォぉ!!!!」

 

 

『エース新見の見事なフィールディングで得点許さず!! これで二死一塁となります。』

 

『いやぁぁ、フィールディングは相変わらずいいですね』

 

――――マジかよ、あれでアウトになるか。

 

悔しそうな顔をしてベンチへと下がる御幸。同点のチャンスを不意にしてしまった自分に憤りを感じていた。

 

「白洲先輩。ちょっといいですか?」

そこへ、大塚が一言入れに来る。

 

 

「なんだ、大塚?」

大塚の言うことだ。きっと何か秘策があるのだろうと考えた。

 

「実は――――」

 

 

それを聞いた白洲はそれに頷くと、打席へと向かっていく。

 

「何を教えたんだ、栄治?」

御幸が大塚に尋ねる。

 

「あの投手をあの瞬間に打つ方法ですね」

さらりととんでもないことを言ってのけた大塚。ベンチの間でも大塚が放った言葉は象徴的だった。

 

「――――けど、状況が限定されますがいいですか?」

大塚は一言入れると、

 

「とはいえ、沖田はそれをしなくてもいい気がしますがね。ここは白洲先輩の打席をよく見てください。」

 

 

 

 

妙徳ベンチは俊足のランナーがいても、気にならない。新見はクイックが持ち味。だからこそ、そのクイックで走らせることはおろか、タイミングすらつかめさせない。

 

大森監督は、倉持に盗塁をされる心配はないと感じていた。

 

 

マウンドの新見も、倉持が青道一の俊足であることは解っていたが、自分のクイックがあれば、余裕で刺せると考えていた。

 

――――クイックでストレート。初球スチールの可能性がある。カウントを悪くしないように、この打者にはゾーンで勝負だ。

 

 

だが――――

 

 

カキィィィィンッッッ!!!

 

クイック投法でのストレートを簡単に弾き返されたのだ。あまりにも痛烈な打球。三遊間を抜け、倉持はスタートを切っていたために、三塁へと進んでいた。

 

「なっ!?」

流石の新見も、この一打は驚いた。まるで狙い澄ましたかのような、一撃。

 

 

――――大塚の言った通りだ。軽く振っても簡単に痛打できる。

 

白洲は大塚の言葉を思い出していた。

 

 

「彼のクイック投法時のストレートは、あまり力を入れなくてもいいです。ミートできれば高い確率でヒットに出来ます。」

 

 

彼曰く、クイック投法のデメリットを指摘していたのだ。彼もフォームチェンジを試行錯誤していたが、彼の求めるのは球威を落とさないフォームの改造。故に、極端なクイックの改造はしない。

 

それは、クイックの高速化による球威低下を招き、打者を打ち取る能力を下げるのを嫌ったためだ。

 

そのクイックを来ると解っていれば、タイミングを取るのも容易。当てれば確実に飛ぶ。

 

 

――――お膳立てはしたよ、道広。後は決めて来い。

 

ベンチで沖田の打席を見守る大塚。

 

 

ここで、沖田の応援歌、某野球ゲームのOPである。曲名は確か、「START」。

 

弟にせがまれた曲ではあったが、ブラスバンド部もかなり気に入ったらしく、一年生でありながら力を入れてもらっている。

 

当初、沖田はもっと熱い曲がいいと考えていたが、歌詞を聞くと一転、彼はこの曲を気に入ったのだ。

 

 

――――何となく、自分に合っていた気がした。

 

なんだか力が湧く曲であることはこの応援歌を聞く前からわかっていた。彼は弟にこの曲の原曲を一度だけ聞かせてもらっていた。

 

記憶から再生される曲と、今この瞬間に流れる応援歌が同時に再生されていた。

 

――――応援歌って、案外馬鹿にならないよな。

 

体にあった力みが取れていく。沖田は予選の時を思い出す。

 

これを予選では難しいから演奏できなかったと謝ってきたブラスバンド部には申し訳ないと感じていた。その為、汎用曲での応援だった。

 

 

だが、この甲子園3回戦で初のお披露目。そして第一打席ではなく、このチャンスでの応援歌の起用に、青道ブラスバンド部の粋な計らいを感じた。

 

 

沖田は、自分の活躍を期待し、応援してくれている人の力と努力を感じ、打席に立った。

 

――――なら、もう少し強がってみよう。

 

 

今に至る為の痛みも強がりも、言い訳も背負い込んで。

 

 

 

『ああ、なんでしょう。あまり聞き慣れない応援歌ですね』

 

『そうですね。独特な演奏ですが、この局面にはあっている気がしますね。一点を追う青道高校はこの回二死一塁三塁のチャンス。ここで何としても同点、逆転を狙いたい!』

 

 

ブラスバンドの親近感に隠れがちだが、その音色は甲子園を包み込む。何とも言いようのない力が働いているような、

 

魔物と呼ぶには、あまりに似合わない何か。

 

 

―――呑まれるなよ、新見! ナックルで打ち取るぞ!!

 

 

――――ああ!!

 

カキィィィンッッ!!

 

「ファウルボールっ!!」

 

初球からナックルに当ててくる沖田。ナックルを毛ほども恐れていない表情。いや、恐れという心すらイメージしていない、無我の境地。

 

 

「っ!(ナックルで空振りが取れない!? だが、カウントは稼げてる!!)」

 

 

マウンドの新見も、沖田の気迫を感じつつも、

 

「(追い込んどるのは俺らや!!)」

 

第2球、クイックのタイミングを変えたナックル。沖田は若干その動きに翻弄されるが、

 

 

―――――――見えるッ

 

「ボールっ」

ナックルが外角に外れる。冷静に見極めている沖田。変幻自在の魔球と言われたナックルに、その喉元に迫っている。

 

 

―――――目先の事に惑わされるな!

 

カキィィィンッッッ!!!

 

「ファウルボールっ!!!」

 

 

そして今の打球。痛烈なライト方向への打球。ナックルを捉え始めている、ナックルに慣れるという言葉は、ナックルの前では意味をなさない。常に変化する変化球に、少しずつ合わせるなど、在りえないことだ。

 

 

そう、在りえないはずなのだ。

 

 

 

――――ここで他の変化球なら間違いなくやられる。歩かせてもいい。

 

 

 

―――――クサイところに投げて空振りを誘うしかあらへん!!

 

 

 

「ボールツー!!!」

ここで今度はスライダー。ナックル以外のボールも冷静に見極める。外から曲げてきたこの一球に手を出さない。

 

追い込まれているにもかかわらず、妙徳バッテリーに強烈なプレッシャーをかけている沖田。

 

 

『好投手新見に食らいつく沖田!! 物凄い集中力ですね、あれは』

 

 

『ナックルにタイミングを合わせていくというのが少し高校クラスではありえないんですがね。他の変化球も交えているこの状態で。けど、それすら出来るのは、最早センスだけではありません』

 

 

『バッティングフォームに高校生離れした深み、引き出しの多さを感じますね』

 

 

 

 

カキィィィンッッ!!!

 

「ファウルボールっ!!!」

 

 

少し中に入ったナックル。今度はレフト方向へと切れていく大飛球。

 

 

さらに―――――

 

 

ここで一番早いクイックで投げ込む妙徳バッテリー。先ほどの第一打席では、チェンジアップだったが―――――

 

 

 

「!!」

 

 

キィィンッっ!!

 

「――――っ!(ここでストレートを要求してくるこのバッテリーっ!! さすがは全国の強豪かっ!!)」

 

対する沖田もその球威のあるまっすぐに振り負けず、ファウル。打球は真後ろに飛ぶ。

 

その驚異的な反応に、妙徳バッテリーも驚きを隠せない。

 

――――こいつ、ホンマに一年生なんか!?

 

――――急な真直ぐに遅れながらもバット出しやがった!! 

 

先程のチェンジアップは頭にあるはず。なのに、この真直ぐに振り負けない振りの良さ。バットコントロール。

 

 

 

とんでもない集中力だと、誰もが感じた。

 

 

 

―――――打つッ! ここでッ!! 

 

沖田が今最も考えていたのは、

 

 

――――ナックルの変化に惑わされるな。自分のポイントで、ボールはこっちに近づいてくる。ボールは逃げない。ボールはコースを通過する

 

身体を開かないように、自分のミートポイント、最も力を入れることが出来るポイントで撃つ事を心掛ける沖田。

 

だからこそ、ナックルの変化に惑わされて、バッティングフォームを見失う事だけは避けなければならない。

 

 

 

沖田の目に力が入る。

 

 

 

そして7球目にナックル。ここまで来ると、もう見慣れている変化球。バットの始動が早く、尚且つ、縫い目すら見える今の集中力。

 

 

そして、自分のポイントに入ってきたその魔球を――――

 

 

ガキィィィィィっぃンッッッっ!!!

 

痛烈な打球音とともに、沖田のバットから放たれた打球が新見の視界から、そして妙徳ナインの視界から消えた。

 

「―――――ッ」

 

 

 

打球音よりも早く、甲子園の空を切り裂く白球が、スコアボードに直撃したのだ。

 

 

ダンッ!!

 

 

スコアボードに叩きつけられたボールは、ゆっくりと重力に従って落ちていく。そのボールが外野手の届かない場所へと落ちたことは、つまりそういうことなのだ。

 

 

 

 

 

 

あまりに一瞬の出来事で、観客も何が来たのかを理解できなかった。それをまず最初に認識したのは、打った沖田。

 

 

―――――捉えたぞ、ナックルボーラー。

 

 

 

 

 

遅れて実況と解説が反応した。

 

 

 

 

『打ったぁぁぁ!!! センター、ライト、レフト動かない!! 弾丸ライナーで、甲子園の深い場所を軽々と越え、そのスコアボードに叩き付けた~~~~~!!!!!』

 

 

久しく見られなかった伝説級の一撃。ビハインドで魅せたこの鮮烈な打席は、観客の心を鷲掴みにした。

 

 

 

 

『物凄い弾道ですね――――ちょっと松井以来かもしれませんね。こんな打球を見たのは―――』

 

 

彼らの視界には打った本人が打球を確認、とはいえ感触でどこに飛んだのかはわかっている。

 

 

 

改めて右手を高々と掲げ、自分が成し遂げたことを証明する。

 

 

 

 

そして、その瞬間に地鳴りのような観客の歓声が甲子園球場を包み込む。

 

 

沖田の一撃に酔いしれたもの。沖田のあまりにも劇的な一撃に、感動したもの。この劣勢の中で見せた一年生の強心臓振り。

 

その理由は様々だが、予選を超える大規模な歓声がこだまし、その声援と厚い視線は沖田に注がれる。

 

当然、青道ベンチ、応援席はその盛り上がりの中心だった。

 

 

「うわぁぁぁぁぁ!!! 逆転スリーランよ!!! 凄い、凄すぎるわ!!!」

夏川は感動のあまり、感極まってしまい、涙を流しながら絶叫した。

 

「凄い、これが沖田君。ううん、沖田君の実力――――」

吉川は、見事としか言えない沖田の一撃に、言葉は少ないが、とんでもないことだと理解している。

 

 

「兄ちゃん凄い! 俺もいつかあんな―――」

 

「お兄ちゃん~~~!!!!!」

そして応援に駆け付けた沖田家も、この大舞台で再び光を浴びた息子に感動していた。

 

 

 

「お姉ちゃんも来たかったのかな」

美鈴は同じく全中の大会があるため、ここには不在だが(恐らく甲子園期間中はいない)、きっとテレビで青道の戦いは見ているだろうと、大塚裕作は妄想する。

 

 

ここにいるのは裕作と母親の綾子のみ。その母親も、輝きを感じさせるスラッガーに視線を向けた。

 

 

「けど、近い将来、確実に栄ちゃんのライバルになるわね。公私ともに」

彼もまたプロを志している。だからこそ、いずれ彼と息子の道は分かれる。今度は違うチームで、切磋琢磨することになるだろう。

 

かの大塚和正には及ばないが、彼もまた、スター性を持っているように感じた大塚綾子。本物のスターを間近で見続けていたものとして、彼がこの先も飛躍し続けるのが手に取るようにわかる。

 

「兄ちゃんからホームランを先に打つのは俺だけどね!」

そして、メンタル面では誰に似たのか、いや、大塚栄治が父親に似ておらず、その資質はこの弟に受け継がれたのだと判断する綾子。

 

――――栄ちゃんは闘争心を隠す時は本当にわからないもんね。

 

反対に、和正は気迫を前面に押し出すタイプ。その対比が面白いなぁ、と思う彼女だった。

 

 

当然と言えば当然だが、青道応援席はまだ興奮の嵐。

 

 

「やりやがったぞ、沖田ぁぁぁ!!!!」

 

「逆転!! 逆転だァァァァ!!!!!」

 

 

「青道の怪童!!」

 

 

「見たか~~~~!!! これが青道の怪童だ!!!!」

 

「つづいてくれ、キャプテン~~~~!!!!」

 

「ちゃんと踏めよ、しっかりとふめよ!!!」

 

「3-1!! 3-1!! やったぁぁぁぁぁっぁあ!!!!!!」

 

 

『何という――――なんという打球でしょうか!! これが高校生の打球なのか!? センターへと飛んでいく打球は、バックスクリーンを軽々と越え、スコアボードに直撃!!』

 

実況も唖然とするこの沖田の一打。

 

 

 

『一年生、初出場の一年生がこの3回戦で大きな仕事を成し遂げました!!! 3番沖田、逆転スリーランホームラン~~~!!』

 

『妙徳ナインはまず初めてのタイムを取ります。当然でしょう、あれほどの当たりは投手にもダメージが大きいですからね。あのナックルを攻略するとは思っていませんでした。』

 

 

「―――――――――――っ!!」

先制された悪い流れを一蹴する下級生の一撃。その一撃に、丹波は目を見開いていた。

 

「まだ俺達の夏は終わらないようだな、丹波」

そしてベンチの増子。スタメンを外れているとはいえ、ともに戦っている気持であることに代わりはない。

 

「―――――っ」

無言のまま、丹波は何も言えない。申し訳ないと思っていた、先に先制を許し、悪い流れだった。

 

 

だが、彼が――――

 

 

 

 

彼がかえてくれたのだ。

 

 

 

 

 

「安心するのはまだ早いですよ、丹波先輩。」

隣にやってきた大塚が丹波にそう囁く。

 

「まだ5回までは最低投げてもらわないと。3年生の意地、見届けさせてもらいますからね」

 

「――――ああっ!!」

 

 

目に力が戻る丹波。あの場面、気力で凌いだのは成長だった。そう思っていた片岡監督。

 

――――モチベーターとしても優秀で、尚且つ技術に長けた―――

 

 

 

 

 

自分に出来るのは、日々の練習で選手を鍛え、采配を執る事。それは体力であり、精神力である。

 

――――流れを変えられる、プレーだけではない。ベンチの中にいてもなお、攻略の糸口を見出す。

 

 

だが、と片岡監督はその感動の余韻をすぐに隅に追いやる。

 

「丹波」

 

「はいっ。」

 

「あと2イニング。お前の意地を見せてくれ」

 

――――私が最後に出来るのは、選手を信じて送り出すことだけだ。

 

 

目標の5イニングに到達することが出来るのか。それとも、

 

 

 

「まだ、終わってねェよ」

 

「取り返すぞ、まだまだ試合が終わった顔をするなんて早い。」

 

続く結城をナックルで空振り三振に打ち取り、立ち直りつつある新見。

 

――――さすがや。さすがは全国屈指の激戦区を制したことはある。

 

 

――――簡単に届かないからこそ、目指したくなるもんだ。

 

――――その栄光が欲しいから、頑張れる。

 

 

「腑抜けた采配をするなら、あっという間にひっくり返したる!!」

 

 

そして四国の強豪はまだ死んでいない。

 

 

 

 

 




ポイントで打つことを心掛けていた沖田に、スローボール(ナックルなど)を投げるとこうなります。


まあ、いくら魔球でも同じボールを続けると彼には打たれるということです。プロでは3球続けて同じコースとボールなら打たれるといいますが、彼は一体・・・・


次回、青道得意の継投は功を奏すのか?




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第58話 すり抜けた勝機

タイトルが不穏過ぎる。


沖田の試合をひっくり返す逆転スリーランホームランで突き放す青道。しかし妙徳も後続を打ち取り、差はまだ2点差。逆転した直後の丹波の投球が注目される。

 

 

3回が終了し、4回の表。

 

相手は4番だが―――

 

「――――ッ!!」

 

目に力が宿った丹波。緊張で固くなっていた顔も、本来の野武士のような精悍な顔つきに戻り、マウンドでの目力を取り戻す。

 

ズバァァァンッっ!!

 

そして、それは意外なところで彼の変化を生み出していた。

 

「――――?」

 

御幸が何気なくスコアボードを見た。やけにいい球だったので、少し確認するつもりだった。

 

 

141キロ。

 

 

「!?」

これには驚いた御幸。丹波の球速が自己最速を超えていたのだ。これには青道ベンチも、

 

 

「また一皮むけたか、丹波」

 

続くボールも、

 

ズバァァァァンッッ!!!

 

「ストライクツー!!!」

 

142キロ。さらに球速を更新。その投球フォームにも、若干の躍動感、さらには沢村、降谷、大塚に見られた逆の手の動きが関係していた。

 

 

「丹波先輩にも試したんですか、アレ?」

 

「なに、お前たちだけなのはフェアじゃない。アイツらも会得できると信じていたからな」

 

 

そして、ここにきて球威があがってきたことに、戸惑いを隠せない妙徳ベンチ。

 

――――なんや、この投手。ここにきて球威があがって来とる。

 

そして、その蘇るどころか、一球ごとに進化したストレートが走ることにより―――

 

ククッ、ギュインっ!!

 

その他の変化球が活きてくるのだ。

 

――――ここにきてキレも上がってきている、だと!?

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

 

キレのある大きな変化を叩きつけた丹波のカーブ。バットを出すことが出来ずに先頭打者を打ち取る。

 

――――俺に出来ることを、もっと腕を振り抜け!! 

 

 

ずばぁぁぁっんッッ!!!

 

「ストライクっ!!!」

 

――――仲間の為に、取り返してくれたみんなの為に!!!

 

カァァァンッッ!!

 

「ファウルボールっ!!!」

 

「ぐっ(この投手はカーブとフォーク、せやけど、なんやこいつ。一打席目とは雲泥の差やないか!)」

打席に立つ打者は、丹波が初打席とは違うと感じていた。緊張して表情が硬かった時に比べ、いい意味で開き直っている。

 

だからこそ、捉えきれない。しっかりと腕を振り抜くことで、ボールが見えづらくなっているのだ。

 

 

 

御幸は、沖田の一撃で力を受け取ったかのように飛躍を遂げている丹波の力投に、目を輝かせる。

 

――――さっきまでの不調が嘘みたいだ。腕も振れているし、フォームも綺麗になってきている。これなら―――

 

 

ククッ、ストンッっ!!!

 

 

「ストライクっ、バッターアウトっ!!」

 

ワンバウンドだが、ボールの勢いと腕の振りが功を奏し、三振に打ち取る青道バッテリー。まだフォークは万全とは言い切れないが、それでも今の配球に間違いはなかった。

 

 

 

『三振~~~~!!!! これで4つ目の三振を奪う力投!! 3年生丹波、これで立ち直ったのか!?』

 

4回被安打は3。ホームランを浴びたものの、崩れかけた自分を立ち直らせた。

 

最後の打者も、

 

カァァンッッ

 

『打ち上げた!! 捕手の御幸が手を上げます!!』

 

「オーライ!! オーライッ!!」

 

そして難なくキャッチャーフライを処理し、これでスリーアウトチェンジ。

 

『三者凡退!!! これで初回以来の三者凡退の丹波!! ギアがあがってきました!!』

 

このリズムを攻撃に生かしたい青道。

 

そして4回の裏、新見は続投。伊佐敷を三振に打ち取られるものの、次の打者は当たっている。

 

6番東条との対決。前の打席はカーブを掬い上げられ、長打を浴びている。

 

 

新見の手から放たれたボールは、通常ではありえない変化を描き、低目のストライクコースへと揺れながら落ちていく。

 

 

初球ナックル。沖田に打ち砕かれたとはいえ、この球種が有効ではなくなるわけではない。だが、新見は打たれたコースを考えるべきだった。

 

一球目を見逃した東条。だが、かなりの確率で下へと落ちることを確認した東条は、

 

――――低目は俺にとってヒットゾーン。打つッ!! 何が何でもっ!!

 

その低目に対する強烈な自己暗示は、伊達ではない。

 

 

 

カァァァンッッッ!!!

 

 

 

二球目の落ち際のナックルを掬い上げた打球。内野の頭を越え、今度はセンター前へのポテンヒット。

 

『二打席連続安打!!! 1年生東条!! 今度はナックルを捉えてセンター前!!! 青道の1年生は活きが良いぞ!!!』

 

『ボールを呼び込み、ナックルの最大の弱点である落ち際を狙いましたね。そして自分のポイントで打てば、最低限内野の頭は超えますからね。』

 

口で言うのは簡単だが、その落ち際を予測するのが難しいのがナックル。だが、東条と沖田はそれを為すだけの力がある。

 

 

しかし続く7番小湊から快音が聞かれない。進塁打になったものの、まだヒットが出ない。

 

「っ!!(みんな頑張っているのに!! 俺だけ力になってない!!)」

 

悔しがる春市。東条はマルチヒット、沖田は逆転スリーラン。なのに、自分は二打席ノーヒット。悔しさよりも、情けなさの方が上回った。

 

「切り替えるぞ、春市」

 

「せっかく勝ち越しているんだ。二遊間は特に忙しくなるかもしれないんだからな」

 

なお、8番御幸は―――

 

カキィィィィンッッッ!!!

 

「おっ!! 行ったでしょ、これ!!」

打球を目で追う御幸。

 

 

パシッ!!

 

「げぇぇぇぇ!!!!」

しかし当たりの鋭いセンターライナー。センターのファインプレーに阻まれる。

 

 

しかし、勢いを取り戻した丹波には、5回までを投げ切る体力が残っていた。

 

ズバァァァァンッッッ!!!

 

「ストライクっ!!」

 

5回二死。ランナーなし。立ち直った丹波は、快投を続け、5回で降りることすらもったいないくらいの出来だった。

 

―――――これが最後になるかもしれない、だからこそ―――

 

 

最後になるかもしれないこの一投に、丹波は今持てるすべての力を込める。

 

 

 

――――この一球に、魂を込めるッ!!!

 

 

ズバァァァァァンッッッ!!!!

 

「ストライクっ、バッターアウトっ!!!」

 

 

『空振り三振~~~!!! 立ち直ったのかのように、快投を続けます、3年生丹波!!』

 

球速表示に表示された球速は――――

 

142キロ。マックス140キロだった男が、ついに自分の殻を割った瞬間だった。

 

 

「ふぅ……」

最後のイニングを終え、大きく息を吐く丹波。今までは悔しさすらあったにもかかわらず、課題を見つけ、少しばかりの苛立ちを感じていたにもかかわらず、

 

―――今は、なんだか気分がいいな

 

 

「お疲れ様、丹波」

小湊が出迎える。この彼の力投は、チームに大きな力を生むだろう。病み上がりでここまで人を引き付ける力投は、きっと青道に受け継がれるだろう。

 

「ナイスピッチ、丹波!」

 

「もっと投げてほしかったけど、文句はねぇぜ!!」

 

結城も伊佐敷も、丹波が強豪相手にここまで投げた事に労いの声をかける。

 

「後は、任せたぞ。」

そして降板した投手に出来るのは、後続の投手に、グラウンドで戦い続ける盟友たちに声援を送り続けること。

 

―――――後は頼んだぞ、お前ら

 

何はともあれ、これで5回表が終了。3回のスリーランで逆転に成功した青道高校。

 

5回の裏は、倉持、小湊が抑えられ、前の打席ホームランの沖田。

 

――――まともに勝負する必要はない。4番勝負だ

 

「ボールっ」

クサイところを攻めることしかしないバッテリー。明らかに勝負を避けている姿勢に、沖田はやや苛立ちを隠せない。

 

――――当然だが、打撃をさせてもらえないのはきついな。

 

そして妙徳の思惑通り、結城を打ち取りこの回は無得点。

 

「勝負しろ~~~!!」

 

「沖田と勝負しろ~~~!」

 

決め球のナックルはおろか、新見の全球種が通用しない怪物。まともに勝負すれば、またしても特大の一撃を食らうことになるだろう。

 

 

ここで先発の丹波を下げ、投手交代。

 

 

『選手の交代をお知らせします。丹波君に変わりまして、沢村君。ピッチャー、沢村君。背番号11』

 

 

ここで、青道の進撃を支える変則左腕の登場。

 

 

『ここで青道は継投に入ります!! 3年生丹波を下げ、1年生沢村をマウンドに送ります!!! 開幕戦では7回無失点の好投!! 9奪三振を奪い、今大会無失点!! キレのあるスライダーがさえわたります!!』

 

『ここで変則左腕ですか、投手陣の厚い青道ならではの継投ですね。さぁ、この継投で試合は動きますよ』

 

青道がさらに流れに乗るのか、妙徳が追いすがるのかが決まる。

 

 

6回の表、妙徳の先頭打者は打順返って石清水。

 

沢村のリリーフはこの夏初めてではある。彼が投げる試合はすべて先発。先発とは違い、リリーフは一球の重みが違う。

 

――――先輩が5回まで投げたんだ!! 俺は絶対に抑える!!

 

 

沢村は強い決意でマウンドに臨んでいた。

 

 

妙徳ベンチでは―――

 

 

「青道の中でも、攻略しやすい投手が来てくれるとはなぁ」

大森監督の第一声はそれだった。

 

「あの作戦の通りやで? 普通にやれば攻略できるけん」

 

「うっす!!」

 

妙徳としては、速球と速い変化球の降谷は、対応できると考えていた。川上は初見では難しいし、丹波に至ってはデータがなかった。大塚は出てきた瞬間に厳しい。

 

しかし、沢村には明確な弱点が存在していた。

 

 

――――スライダーのフォームと、他のフォームが違うやないか。

 

妙徳は、この急造の変化球のデメリットを見抜いていた。

 

 

――――フォームさえ分かっていれば、スライダーを打ってくださいと言っているようなもんや。

 

 

 

一方の青道側。

 

 

――――よし、球は走ってる。あの時と同じ沢村なら、この打線相手にも通用する。

 

ズバァァァンッっ!!

 

「ストライクっ!!」

 

ムービングファーストがアウトコースに決まり、まずストライクを取る沢村。

 

キィィンッっ!!

 

「ファウルボールっ」

続くムービングの連投で、追い込んだ沢村。

 

『やはり彼のフォームに惑わされているんでしょうか。』

 

 

『ええ。腕が遅れて出る所為か、かなり球持ちがいいでしょうからね。解りやすい速球派投手よりも厄介ですよ』

 

――――ここでスライダーだ。

 

ククッ、ギュギュインッッッ!!!

 

石清水のバットがとまる。墜ち際もよく、完璧なコースだった。だが、彼はバットを止めてきたのだ。

 

「!!」

 

――――な!? いいコースだったはず。スライダーにバットが止まった?

 

しかし、続く癖球で打ち損じを誘い、アウトにとる沢村。

 

 

 

続いて2番田井を迎える。今日は丹波からヒットを打っている。要注意の打者。

 

 

――――ここは初球パームボールを使うぞ。

 

ギュインっ、フワッ!

 

縦にナックル気味に落ちる高速パーム。今日は風もあるのか、変化もやや不規則になっている。

 

――――風のおかげで変化も出ている。パームも困ったら使えるかもな。

 

そして3球目のフォーシームでファウルを奪い、追い込んだ沢村。

 

 

ギュギュインッッ!!!

 

「ボールっ!!」

 

『見た!! よく見た田井!!! 沢村のスライダーを見切りました!!』

 

――――まただ。スライダーが見極められている。けど、他の球種なら―――

 

 

ククッ、フワッ!!

 

「!?」

 

ここでパラシュートチェンジ。ストレート待ちだったのか。タイミングが合わずに三振。

 

『空振り三振、二者連続!!! 今日も変化球のコントロールはいいようです、この沢村!!』

 

「―――――」

沢村は、どこか落ち着きがなかった。決めに入ったスライダーを悠然と見送られていることに。他の球種では、打ち取れるのに、自信のあるスライダーが見切られている。

 

 

ここで、主軸ながらノーヒットの3番赤城。この局面はかえって不気味だ。

 

――――大丈夫、抑えられる。バトンを絶対―――

 

ズバァァァンッっ

 

「ボールっ!!」

まずはムービングファーストが際どい所から外れてボール。制球は悪くない。

 

ククッ、ギュインっ!

 

「ストライクっ!!」

続くスライダーで空振りを奪う沢村。コースに決まっているのでそう簡単に撃てるわけではない。

 

――――表情が硬いが、いつも通りなのか? 球自体の調子はいいし、何とかなるか?

 

いつもの先発での勢いをやや感じられない御幸。気迫の溢れる投球ではなく、何か固い。

 

「ボールツー!!」

 

「!!」

決めにいったボールが外に外れる。まるで何かに怯えているように。

 

 

そんな沢村の豹変に驚く御幸。何とか捕球するも、沢村のこの乱れ方は何か尋常ではない。

 

 

――――だが、時々らしくない外れ方をする。アイツのボールは浮くというより、低めに外れるケースが大きい。

 

 

そして、このボールは珍しく高めの浮くボール。体が力んでいるのか、やや上体が高いように見える。

 

「タイムっ!!」

 

―――― 一応声をかけた方がいいな。

 

御幸はマウンドの沢村へと駆け寄る。

 

「御幸先輩? どうしたんすか? ランナーはいないっすよ?」

 

「表情がかてぇよ。もっと開き直って投げろ。その方がお前の場合はボールが来るからな。それに、上体がやや高い。」

 

「うっす―――」

 

 

――――ヤバい。力んでいるのか、俺は

 

開き直り、笑顔になろうとしても、笑顔になれない。表情がまるで石になったかのように動かない。

 

――――何なんだよ、先発の時は何にも感じなかったのに!! なんなんだよ、これ!!

 

体が重くて仕方ない。いいボールを投げているのに――――

 

 

 

スライダーが見られていることで、沢村の中で何かが崩れ始めていた。

 

 

「ボール、フォア!!」

 

そして、二死からフォアボールのランナーを出してしまった沢村。最後はインコースに外れるボール。コントロールにさほどの乱れはないが、御幸には妙に沢村の荒れ球が怖く感じた。

 

――――今はいかない方がいいな。捕手が頻繁に出向いたら、投手の方が不安になっちまう。

 

そして、続く打者は妙徳の主砲。4番浦部。

 

―――――まずはアウトコースにムービングファースト。一球で引っ掛けてくれれば儲けモノだが。

 

 

クイックモーションからの初球。

 

 

「!!!!!(なっ!? 内に入った!?)」

御幸の目が大きく見開いた。外に構えたコースとは逆の、やや外の内に寄ったコース。

 

―――けど、沢村の癖球は動く!! 動いてくれ!!

 

そしてシュート気味に逃げるようにアウトコースへと向かう。

 

――――バットが出る、これでスリーアウト―――

 

 

 

 

ガキィィィィィィンッッッっ!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――――え?」

 

沢村の視界から打球が消えた。

 

「なっ、レフトォォォ!!!」

 

 

まさかの痛打。沢村がリリーフ登板でここまで崩れるとは青道のだれもが想定していなかった。開幕戦の出来から、調子のいい投手をスクランブルで投入するのが間違いではないが、沢村の今日の出来はおかしかった。

 

 

 

 

 

 

「良かった、この深さまで下がって」

 

東条はバックしながら打球を追う。投手の目線でも今日の沢村は何かがおかしい。特にスライダーを見極められるケースが多く、それを見た彼は嫌な予感がしていた。

 

 

さらに、ツーアウトからのフォアボール。嫌な走者の出し方だったのだ。

 

 

 

 

 

レフト東条がフェンス際まで走る。飛球はまだ伸びる。レフト方向へと伸びる

 

 

「え?」

背中に固いものが当たった。それは外野のフェンスだった。東条はどうすることも出来ず、打球を見上げる。

 

 

 

 

 

金属音が響いた。それは、青道にとって利きたくなかった音であり、現実だった。

 

 

 

 

打球はレフトポールに直撃した。直撃してしまった。

 

 

 

 

 

『ここで妙徳意地の一発!! 同点ツーランホームランっ!!!! 4番のバットがチームを救うか!?』

 

『風に乗った良い打球でしたね。素晴らしい当たりでした。』

 

『開幕戦とは少し違うようですが、いったいどういう事なのでしょうか。』

 

『どうでしょう、何とも言えませんね。ただ、リリーフの時の彼の表情が何となく硬かったなかな、と感じましたね』

 

 

レフト方向を見つめて呆然としている沢村。

 

――――打たれちゃいけない。いけなかったのに!!

 

「ハァ……ハァ……ハァ………」

 

 

息が疲れてもいないのに、苦しい。地鳴りのような声援、甲子園の雰囲気。異常なムード。

 

 

甲子園のマウンドに初めて沢村は恐れを抱いた。

 

 

「沢村っ!!」

 

すると、いつの間にかまた御幸がマウンドにやってきていた。

 

「あ、御幸、先輩―――」

 

「しっかりしろ、まだ試合は終わっていないぞ」

 

「でも、せっかくの沖田のホームランが――――」

 

「また打ち込めばいい話。打たれない投手なんていない。」

そこへ、沖田がすかさずフォローに入る。またホームランで突き放してやると、

 

「すいません……」

 

その後沢村は同点の場面では力を発揮し、この回の後続は抑える。しかし、沖田の勝利打点を台無しにする痛恨の被弾。

 

 

 

 

 

 

 

そして6回の裏も新見続投の妙徳。もはや温存する気がないのか、ナックルと速い球主体の投球で伊佐敷をまず

 

カァァァンッッ!

 

「ちっくしょぉぉぉ!!!!」

 

セカンドゴロ、当てることは出来たが、弾道が低すぎて、内野の頭を超えることはない。ナックルの変化に対応できていない。

 

そしてなんと東条には――――

 

 

 

「!?」

東条は目を見開き、マウンドを見つめる。

 

初球の入りが完全にボールゾーン。

 

『今日2安打の東条。まず初球見送ってボール。今の球はどうですか?』

 

『勝負を避けているかもしれませんね』

 

「ボールツー!!」

 

「ちくしょう、沖田だけじゃなくて、東条も敬遠かよ!!」

 

「勝負しろ~~~!!!」

 

沖田に続き、今日は当たっている東条がここで敬遠気味の投球を受けている。

 

「ボールスリー!!!」

 

「―――――(解っていること、けど、クサイところを攻めてくる結果の敬遠だと思ってた―――)」

目を伏せつつも、打席に意を決し、立つ東条。集中力だけは切らしたくない。

 

「ボール、フォア!!」

 

『フォアボール!! これで一死一塁、今日ノーヒットの小湊!! 何とか意地を見せられるか』

 

――――試合終盤になるにつれて、沖田君と東条君へのボールが多くなってる。けど、俺だって――――

 

恐らく、この試合を見た者達も、今大会まともに起きたと勝負をする投手はいるのかと、そう考えてしまう。あの魔球ナックルすら飲み込んだ怪物バッター。

 

そして春市は、された側とする側の両方の意味を理解できるからこそ、余計に力んだ。

 

カッ!

 

そんな状態の春市の打球は上がらず、難なく新見の前に打ち取られてしまう。痛恨のショートゴロゲッツー。

 

『ああっと、打たされた~~~!!! ショートとって、二塁へ、一塁転送~~~!! アウトォォォ!!!ゲッツー!! ランナー出しましたが得点に繋がりません!!』

 

同点に追いつかれ、嫌な流れが続く青道サイド。

 

 

「――――リリーフの沢村は、やはり悪手だったのかもしれません。」

クリスは、リリーフ経験のない沢村を送り出した采配に悔いをもらす。

 

「――――沢村の力を活かすのは先発。調子がいいからつぎ込むのは間違っていた。」

片岡監督も、沢村にリリーフを頼む場面ではなかったと考えていた。

 

「さらに一番の懸念材料は、スライダーが見極められていることです」

 

「スライダーだと?」

 

沢村のウイニングショット。それが機能しなくなっているのだ。御幸の話では、決めに入ったスライダーは、どちらもコースに決まっていた。だが、悉く見極められたという。

 

「――――スライダーを投げる比率を薄める必要がある。原因は恐らく―――」

 

 

スライダーのフォームと、他の球種のフォームが違う事。データを集められ、研究をされたことによって、沢村の弱点が明らかになったのだ。

 

以前は、球持ちの良いフォームのおかげで非常に球種を絞りづらかった。だが、ここまで長期間放置していれば、やはり研究され尽くされたのだろう。

 

さらに、リリーフ経験のない沢村を送った采配にも問題がある。

 

 

打たれたのは沢村。だが、リリーフ適正のない彼をマウンドへと送ったのは自分。

 

「ランナーが出れば、降谷にリリーフをさせる。本人には心の準備を頼む。」

 

 

そして一方のブルペン、降谷は沢村のらしくない被弾に、首をかしげていた。

 

――――いつもの彼らしくない。けど、先発とは何か違う。

 

良い意味で鈍感な降谷は、リリーフをしようが先発をしようが変わらない。彼の課題は体力とコントロールだからだ。

 

だがそれよりも問題なのは、打線の方だ。4番結城は相性が悪いのか、このフォームチェンジの投手にタイミングが合っていない。伊佐敷も打つ事が出来ず、ラッキーボーイ的な存在だった小湊も結果を出せない。

 

もし次があるならば、大幅な打線の見直しが必要になる。かつて、あのような飛距離を誇る怪物スラッガーと予選で対戦したことはあるが、青道は逃げずに秘策&秘策を用いて封じ込めた。沢村が新しい変化球を使って轟のリズムを崩し、最後は変則投手の川上で完全に崩壊させたが、もし沖田と対戦した場合はどうするべきなのかを考えた。

 

――――初打席で見てくる相手であるならば、徹底的になれさせない。一巡ごとに投手を変えるしかない。

 

 

そしてあるいは――――

 

――――全打席とはいかないが、敬遠をされる可能性は高くなる。

 

 

片岡監督の不安とは裏腹に、沢村は同点になった後は、素晴らしい投球を続ける。

 

6番萩生をチェンジアップで空振り三振に打ち取り、

 

 

キィィンッっ!

 

「(同点になったのに、どうなっているんだ、こいつ!?)」

球威に押された7番打者が、呻く。フォーシームのキレが戻り、彼特有のフォームによってタイミングが遅れる。

 

 

――――よかった、ちゃんと投げられる――――

 

マウンドの沢村はほっとしていた。リリーフでリードしている場面。その時に比べ、今は安定した投球が出来ていた。

 

しかし、沢村にとって、リリーフ登板はこの日から鬼門になり、後の青道投手事情に大きくかかわっていくことになる。

 

 

8番打者も打ち取ることで、三者凡退。7回の表が終了し、7回の裏。ここで妙徳は新見を降板させる。

 

『新見君に変わりまして、中田君。ピッチャー中田君。』

 

ここで妙徳ベンチは3年生エースの新見を下げ、2年生の中田を持ってきた。右の本格派。

 

『ここで2年生の本格派、中田をマウンドに送ります、妙徳ベンチ。』

 

『地方大会では4試合に登板。カッターにツーシーム、2種類のスライダーがあります! 球速も140キロに迫るそうですね』

 

なお、マックスは137キロ。それでも2年生の部類では相当早いほうである。

 

「ここで2年生の投手、か」

 

――――この交代で試合は良くも悪くも変わる。何とか流れを呼び込む一撃を。

 

 

 

同学年対決。果たして軍配は―――

 

 




球質の軽い沢村が制球を乱した途端にこれです。抑えは川上ですが、降谷のロングリリーフへの不安から、彼を投入しました。丹波が5イニングでマウンドを降りることになったせいです。

沢村の挫折は、これだけではないです(白目)。








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第59話 甲子園を戦うという事

大塚が先発しないだけでここまで接戦になるとは・・・・


7回の裏、先頭打者は御幸。

 

マウンド上の中田。

 

――――この選手訳が分からんけど、初っ端から飛ばしたる!

 

マウンドの中田の右腕から繰り出されたボール。御幸は、そのボールに何度目かわからないほどの衝撃を受けた。

 

 

「!!?」

 

スローボール、チェンジアップ系、そう思ったのもつかの間、あの新見に比べてより速い球速で進み、縦に落ちていくボール。

 

――――パームボールっ!? これは―――!?

 

 

空振りを奪われる御幸。この一振りでも、まだ球種の判別が出来ない御幸。

 

続く二球目はツーシーム。

 

「―――」

今度は内角をえぐる変化をしたこの速球系変化であっさりと追い込まれる御幸。初球の衝撃が目に焼き付く。

 

そして、未だ正体がわからぬまま、そのボールに強制的に立ち向かわされた御幸。彼の理解の範疇を超えたボール。

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

 

そして、訳も分からず問答無用で打ち取られた御幸。悔しさよりも、何を投げられたのかを知りたいと思うのは、無理もないだろう。

 

だが、御幸はこの謎のボールの正体をすぐに看破した。

 

 

 

――――今年は本当にどうなっているんだよ、ナックルの次は、

 

その現代最高の魔球の一つとされる。

 

――――高速ナックル―――

 

ここにきて、もう一つの魔球との遭遇。高速クイック付の変則ナックル投手を降ろしたと思えば、次は本格派の高速ナックル使い。

 

正直、沖田の一撃がなければ、継投でほぼ逃げ切られていた可能性が高い。

 

 

沖田の一撃がなければ、完封負けを食らっていた。それほどの投手力の充実さを見せる妙徳の力。御幸は戦慄を覚える。

 

 

 

続く9番沢村には代打、増子が送られるが三振。二死となったところで、倉持に回る。

 

――――ナックルって、今年はブームなのかよ。

 

青道の目の前で、3度。ナックル使いは現れた。オールナックルボーラー、変則ナックルボーラー、最後にやってきたのは、本格派の高速ナックル使い。

 

――――けど、ここで俺が出れば、少しでも情報を沖田、主将に渡せば―――

 

精神的な打の柱、沖田、結城に回せば何かが起こる。そう考えている青道ベンチ。

 

 

しかし――――

 

 

このボールを相手に、初見で打とうなど虫が良すぎる話だ。

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

 

高速ナックルの前に、6球粘った末に三振。この初見の魔球を相手に、よく頑張ったともいえるが、それでも本人には悔しさしか残らない。

 

 

何よりも、高速ナックルには掠りもしなかったのだ。

 

 

 

7回の裏が終了。試合はついに8回の表へと移る。

 

ここで青道ベンチは降谷を投入。

 

『選手の交代をお知らせします。沢村君に変わりまして、降谷君。ピッチャー降谷君』

 

ここで青道の剛腕降谷登場。立て直したとはいえ、今の沢村に3イニングを任せるのはリスキーである。

 

 

『ここで青道は3人目、降谷をマウンドに送ります! 最速153キロの剛腕!! この妙徳義塾はどういった攻撃を見せるか!?』

 

 

観客も、1年生で150キロを超えるストレートを誇る降谷に注目していた。素人目で見て、最も目立つ特徴のあるのがこの彼である。

 

完全試合寸前(詰めの甘い)の大塚も凄いが、彼はその球速を優に超える。

 

甲子園の大観衆が見守る中、注目の初球。

 

ドゴォォォォォンッッッ!!!!!!

 

妙徳の9番森久保は、バットを出すことが出来なかった。

 

「――――ストライィィィィクっ!!!!!」

 

そして球速は――――

 

150キロ。まず、1年生最速をあっさりと初球で並んだ降谷。甲子園にどよめきの声が上がる。

 

「はえぇぇぇぇ!!!」

 

「こいつは本物だ!!」

 

「何だあの球速は!!」

 

大観衆のざわめきとどよめき。この一球で、青道に流れを呼び込み始めている降谷。

 

続く二球目――――

 

ドゴォォォォンッッッ!!!

 

 

ひくめに146キロのボールが決まり、森久保にバットを出させない降谷。

 

――――投手陣が厚すぎるだろ――――

 

丹波から1得点、沢村から2得点、だが、青道にはこの目の前にいる降谷だけではなく、完全試合寸前の大塚がいる。妙徳に次の得点は許さないといった采配を繰り出す青道サイド。

 

――――これでいい。次もアウトコース低め。お前の二番目に好きなコース。

 

ドゴォォォォンッッッ!!!!

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!!」

 

高めのコースと、低めのアウトロー。これは、予選から取り組んでいたコースでもある。

 

右左のアウトローへの球。これが出来れば、より安定した投手になれる。

 

続く打者も―――

 

ドゴォォォォンッッッ!!!

 

右肩を下げたフォームから繰り出されるワインドアップ投法が力を発揮する。

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!!」

 

最後は147キロアウトローで見逃し三振。二者連続見逃し三振。

 

「降谷――――」

ベンチでライバルの投球を見つめる沢村。

 

「今日は抑え気味に投げているな。制球を重視しているのか、腕の振りもいい。」

 

そうなのだ。いつもの降谷なら、150キロ連発。だが、どういうわけか、彼の今の球速は150キロ前後。それでも、140キロオーバーを軽く出せる一年生が突出しているわけではあるが、彼を知る者は彼がどう言った意図で投げているのかを理解する。

 

140キロ中盤から後半を制球されれば、並の高校生が打ち崩せるものではない。

 

そして最後の打者、2番田井に対しては1ボール1ストライクからの3球目。

 

ククッ、ストンッっ!!

 

「!? (落ちる球ッ!! 縦変化の球種っ)」

 

ここでSFF。低めのストレートの制球がいい場面、ここで低めへとボールになるSFF。これは振ってしまう。

 

――――最後はここだ、お前の好きなコースで決めるぞ。

 

 

ドゴォォォォォンッッッ!!!!

 

「!!!」

 

「ストライクっ、バッターアウトっ!!!!」

 

 

最後は低目アウトローの147キロ。見事な投球で三者連続見逃し三振にとって斬る降谷。

 

 

『三者連続~~~~!!!! 降谷、この局面で見事な投球!! 妙徳打線を完全に黙らせました!!!』

 

『あれほどのスピードボールを制球されると、そう簡単には打てないですよ。低めのストレートとSFF。これは一巡では苦労しますよ』

 

 

8回の裏、流れに乗りたい青道は2番白洲からの打順。後輩ばかりが目立つ中、何とか塁に出たい白洲。

 

――――まともにあの決め球を打てるとは思えない。

 

「ストライクっ!!」

 

ここで135キロの真直ぐ。ナックルをちらつかせることで、他の球種も打ちにくい。

 

――――まだ、まだだ―――

 

「ボールっ!!」

 

縦スライダーを見切って1ボール1ストライク。当然妙徳も、白洲が何かを仕掛けるかもしれないという予感はあった。

 

コンっ

 

「!?」

 

ここで三塁方向へのバント。とっさのセーフティ気味のバントではあったので、勢いがやや強い。

 

「うぉぉぉ!!」

一塁キャンバスへと激走する白洲。口を堅く横に結び、必死の形相で走る。

 

妙徳の三塁手、高梨がその打球を捕球、そのまま一塁へと転送するが―――

 

 

『あぁぁぁぁ!!!!! 送球高いッ!!! 白洲は二塁へ!!!』

 

バックネット裏に飛んで行ってしまった送球により、白洲が自動的に二塁へ。ここで無死二塁という大チャンス。

 

そしてここで打席には、今日はホームランとフォアボールを選んでいる沖田。

 

妙徳サイド、ここで当然ながら沖田を敬遠。

 

「――――――――――(くっ、やはり目立ち過ぎると碌なことにならんな)」

神妙な顔で、打席に立ち続ける沖田。構えだけはとかないが、中田のボールはストライクゾーンには来ない。

 

「くっそぉぉ。この場面の沖田は怖いけどさ―――」

 

「沖田にビビるのは仕方ねぇよ!! 頼みます主将!!!」

 

「哲~~~~!!!」

 

「絶対に打ち崩せ~~~!!!」

青道サイドとしても、この場面で沖田が敵で出てきた場合、迷わず敬遠だ。妙徳がチャンスで彼を警戒するのは仕方ない。

 

さらに、今日は当たっていない4番の結城。この采配は当然といえる。

 

『ここは歩かせるようです、敬遠です!』

 

『この局面では勝負は出来ませんね。4番の結城君はこれで相当力が入ると思いますよ』

 

「――――――」

そしてこの局面で燃えないわけがない。敬遠されることはあっても、敬遠で回されるという経験は久しぶりの結城。俄然あの投手を打ち崩したい気持ちが強まった。

 

ルパンの曲が流れる。ここで打ってこそ4番。ここで打てば、恐らくはプロの道も見えてくる。

 

高速ナックル使い。それを打ち崩し、勝利を導くことこそがこの場面でもとめられる。

 

『無死一塁二塁!! 打席には4番の結城!! これ以上ない展開!! さぁ第一球!!』

 

キィィンッっ!!

 

ナックルが繰り出される。かろうじてバットに当てた結城。だが、初見でこのナックルに当てることが出来たのは大きい。

 

―――― 一振りで当てやがった!? ナックルにはタイミングが合ってなかったのに!?

 

――――どういうことや、ナックルが苦手じゃないんか、この打者は

 

今の今まで、高速ナックルに掠る事すら出来なかった青道バッター陣の中で、いきなり掠ってきた結城。新見に良い様に蹴散らされた打者であるにもかかわらず。

 

 

 

結城はナックルの変化に苦労したのもあるが、何よりもフォームチェンジに相当苦労していた。彼にとってそれは天敵と言っていい。

 

さらに、ナックルとストレートの緩急にも苦労し、彼にとって新見は楊舜臣に次ぐ天敵。

 

だが、中田のナックルは余計に早い。早くてランダム変化する球種は、やはり打ちづらい球種ではあるが、タイミングは通常のナックルよりもストレートに近い。球速差が縮まったことにより、結城のタイミングをとれる領域に入っているのだ。

 

よく速いフォークにタイミングを合わせることが出来た、余計に早いからバットに当てられやすいとはよく言うモノだ。

 

かのパ・リーグで二度の沢村賞を受賞した投手は、そのようなことを語る。

 

 

二球目―――

 

「ボールっ!!」

 

それだけではない、このナックルはランダム変化の球種。ということは、制球力は他の変化球に比べて格段に落ちる。捕手泣かせの球を逸らす可能性すらあるのだ。

 

捕手の萩生も、体で止めるケースが多くなる。

 

1ボール1ストライク。次の球も当然―――

 

「ボールっ!!!」

 

打席でナックルを見た結城。2球続けてナックルが外れ、これで2ボール。

 

――――ストライクが欲しい。無死満塁はヤバい。

 

 

――――ここで、ストレート、インコース。詰まらせてゲッツー。

 

 

対する結城は―――

 

――――何が来ても打つ。集中しろ。

 

そして運命の4球目―――――

 

「!!!」

結城はここに来ての強気のインコースのストレートに目を見開いた。だが、体は反応している。

 

カキィィィンッッッ!!!!

 

――――このコースを打ち返すんかっ!?

 

捕手の萩生はマスクを外し、打球が投手前へと飛ぶのを見た。

 

――――中田っ!!!

 

そして、その打球をとろうと、グラブを上に差し出す中田。

 

パシッ!!

 

入った、グローブに入ったかに見えた打球―――――

 

 

「――――っ!!!!」

中田のグローブは、結城の打球の勢いに負け、彼のグローブごと弾き飛ばした。

 

宙を舞うグローブ、まだ勢いを失わない打球。

 

それを見た二塁ランナー白洲は二塁を蹴る。センター前へと落ちる。そうだと信じ、

 

 

 

「させるかぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

しかしここで、先制ホームランの二塁手の福原が飛び込んできた。そして――――

 

 

 

「!?」

 

誰もがそう思うだろう。この局面で痛烈な打球がセンター前へ。ここで勝負がつくものだと。

 

 

妙徳がその運命を阻む。

 

 

 

 

身を投げ出しての大捕球。福原はグラブごとボールをキャッチしたのだ。

 

 

「なっ!?」

 

「!?」

 

 

打った結城、そしてスタートした白洲を絶望に突き落す、セカンドライナー。センター前へと抜けると思われた打球に、福原が追い付いたのだ。

 

 

二塁ベース付近に倒れ込む福原。その打球を見て必死に戻る白洲。必死に手を伸ばし、二塁ベースへと迫る。

 

「ッ!!」

 

ダンッ!

 

「アウトォォォォォォ!!!!!!!」

二塁ベースにグローブを叩きつけた福原。白洲は戻りきれなかった。

 

 

崩れ落ちる結城、二塁ベース上、ヘッドスライディングも間に合わなかった白洲がグラウンドに伏せる。動けない。

 

『アウトォォォ!!!! アウトォォォォ!!! 守ります妙徳義塾!!! セカンド福原が大きな仕事を成し遂げました!! 』

 

「――――――そんなバカな――――」

誰かがつぶやく、青道応援席が瞬く間に沈黙した。当たりは痛烈、抜けてもおかしくない打球。

 

「ウソ、だろ――――」

 

ここまで来て、ここにきて。このチャンスで相手のファインプレー。青道の攻撃の流れを止めたプレー。

 

だが、そんな青道の立場など関係なく―――――

 

 

甲子園球場に何度目かわからないほどの歓声とどよめきが沸き起こる。

 

「あのセカンド凄い!! 凄すぎるよ!!」

 

「妙徳が防いだぞ!!!」

 

「ビッグプレーだ!! これで流れが変わるぞ!!」

 

中立の立場、一般客はこのプレーに沸き返る。当然だろう、良いプレーにはそれなりの評価が得られる。それはどのスポーツでも変わらない。

 

『ここに来てなんという!!!! 何というビッグプレー!!! セカンド福原のナイスプレー!!! いや、大ファインプレー!! これで一瞬にしてツーアウトっ!!! 大きいですね、これは!!』

 

『中田君のグローブを弾き飛ばしたときは抜けた、と思ったんですがねぇ。いやぁ、高校野球ですねぇ。打ちも打ったり、守りも守ったり。この3回戦は目が離せませんね』

 

「まだだ!! まだ終わりじゃねぇ!!!」

吼えるように打席に向かう伊佐敷。だが、その彼は、結城に声をかけることが出来なかった。

 

――――口数がすくねぇが、それでもこれは―――これはッ!!!

 

結城のあんな顔は、初めて見た。悔しさに表情を歪め、何も言わない。

 

 

 

そしてそのファインプレーの福原は、

 

「ナイスプレー、じゃねぇよ!!! ビッグプレーだよ、福原!!」

 

「カズッ!! マジで凄いッ!!! お前がいてよかった!!!」

 

「うっわ、抜けるかと思った。けど、頼りにしてまっせ、先輩方!!」

 

「無我夢中だった―――マジでおれがやったの、これ?」

 

 

ノーアウト満塁になりかけたピンチを見事に防いだ妙徳。

 

そして二死一塁の場面―――

 

カァァァンッッ!

 

「くっそぉぉぉぉ!!!!」

悔しさをあらわにしながら、高速ナックルの後のストレートに詰まらされ、一塁へと激走を見せる伊佐敷。

 

だが、結果はセカンドゴロ。先ほどのヒーロー福原に無難に捌かれた。

 

「しゃぁぁぁ!!!!!」

マウンドの中田は、吼える。この大ピンチを抑え、俄然勝利も見えてきた。

 

あの大会屈指の投手陣を誇る青道を自分たちが追いつめている。完全にムードを変えたプレー。流れを引き寄せる妙徳の守り。

 

観客はすでに大正義投手陣の青道ではなく、大物食いを狙う妙徳に傾いていた。タレントが揃う西東京の覇者を相手に互角の勝負を繰り広げる。

 

 

 

 

 

だがそれでも、それでもといい続ける者が青道にいないわけではない。

 

 

「――――――ドンマイドンマイっ!!! 9回の守り!! 抑えて裏で勝ち越しだ、こら――!! 絶対俺らが勝~~~~~つッ」

その時、ベンチの沢村が吠える。もう彼は再びこの試合でマウンドに立つことはない。だからこそ、意気消沈しているベンチに声を響かせる。

 

「沢村――――」

暗い顔の伊佐敷が、沢村の方を見る。よく見ると、沢村の目元も若干赤い。

 

――――まだ、グラウンドにいる選手が、気持ち折れてどうすんだ、この野郎ッ!!

 

バチンッッ!!!

 

思わず、伊佐敷は自分の頬を両手で叩いた。

 

「しゃぁぁあ!!! まだ同点!! ここでさらに守備でプレッシャーかけて、サヨナラ食らわしてやろうぜ!!!」

 

「伊佐敷――――俺は―――」

凡退した結城が、伊佐敷に声をかけようとする。が、彼はそれを手で制する。

 

「あんな守備をされちゃ、誰だって凡退してた―――悔しいが、奴らの執念も半端ねぇ―――それに気圧されちまったんだ、俺らはッ」

あの時の自分をぶん殴りたいほどに、憤りを感じている伊佐敷。

 

「すいません、戻りきれませんでした―――」

白洲も若干青い顔をしながら、伊佐敷に謝ると、

 

「しゃぁあねぇ。切り替えだ。まずは相手に負けねぇ守備の流れを作るぞ。」

 

「とにかく、あのナックルは制球が悪いし、相当握力を消耗しているはず。新見投手が特定の打者にナックルの多投をしていることから、連投は厳しい。ファーストストライク、コースに来た球を打ち返す。そういう方針でいきましょう」

沖田が具体的に、あのナックルを打ち止めにするよりは、ファーストストライクから他の球種を狙うべきだという。

 

「ああ。ナックルは相当握力がいります。だから、絶対裏の攻撃にチャンスはあります!!」

大塚も盛り立てる。まだマウンドに上がっていない彼も。

 

「結城先輩が打ち取られたなら仕方ない。あれは逆に切り替えられる、かな」

川上も、あんな守備だと逆にあきらめがついて、切り替えられると言う。

 

 

「自分のバットでけりをつけます。9回裏まで回してください、御幸先輩。」

そして投手の降谷。9回裏に回してほしいと、御幸にせがむ。

 

「って、俺!? 俺ヒットを打っているよ、今日!!」

 

 

「―――大丈夫そうだな、」

そしてここで、片岡監督の言葉。

 

「監督っ、すいませんでした」

 

「甲子園では日常茶飯事だ。気にするな。」

 

「え、えぇぇ!?」

珍しく結城が変な声を上げる。あまりに珍しい光景なので、一同は笑う。

 

「この大舞台は、お前たちだけではなく、相手にも力を発揮させる。だからこそ、より一層相手のワンプレーに呑まれるな。自分たちの野球を貫け。お前たちの3年間は、こんなところでは終わらん!」

 

 

はいっ!!!

 

 

 

 

「ファーストストライクを打ちに行くのではなく、自分のコースに来た球を確実に撃て。ナックルは多投できない。そこにつけ込むぞ」

 

 

はいっ!!!!

 

 

そしてグラウンドへと散って行く青道ナイン。マウンドに向かう1年生投手は、気持ちを切り替えたとは言っても、あのビッグプレーの影響が完全に抜けきっていないことを容易に理解していた。

 

 

あれほどの守備をされて、何も思わないわけがない。彼は悔しかった。自分が何かをされたわけではない。だが、仲間の悔しがる姿を見て、

 

 

 

彼はいつも以上に燃えていた。

 

 

 

――――それでも、アレは大きかった。だから――――

 

 

ドゴォォォォォンッッッ!!!!!

 

「ストライクっ!!!!」

 

マウンドの降谷は、心が燃え盛っていた。むしろあのプレーを見せつけられて、彼の闘志はさらに熱くなったのだ。

 

――――僕の投球で、このチームを勝利に導く!!! 青道の柱になる為にッ!!

 

 

ドゴォォォォォンッッッ!!!

 

『空振り~~~!!! 147キロっ!! この降谷の剛速球に掠りません、妙徳義塾!!』

 

『コースを突くだけではなく、ボールの下を振っているのを見る限り、相当伸びてきているようですね』

 

 

そして、ストレート2球で追い込んだ降谷。チームに勢いをつけるならストレート。

 

――――行きますッ!!

 

カンッ

 

完全に詰まらされた打球は、降谷の前に転がり、冷静に一塁へと送球。難なくアウトにしてみせる。

 

――――いいコースにいい球来てるぞ、降谷!!

 

最後の球も、インコースの厳しい場所に決まった。あのコースのストレートは、中々打てない。

 

『剛腕未だ衰えず!!! 最後は147キロっ!! 青道の剛腕が燃えています!!』

 

『コントロールもさほど悪くありませんね。長い回を投げられないそうですが、それでも凄い投球です。』

 

その後、続く打者もピッチャーゴロに打ち取り、二死。

 

 

妙徳が素晴らしい守備をするのなら、その勢いを倍にして返そう。

 

 

投球でしっかりと見せつけよう。

 

 

自分たちの夏は、彼らを越えてまだ続くのだと。

 

 

 

鬼のような形相で、マウンドに君臨する降谷。妙徳にヒットの匂いすら掻き消す制圧力。

 

ドゴォォォォンッッッ!!!!

 

「ストライクっ!!! バッターアウトっ!!!!」

 

 

「あの剛腕、どうやったら打てるんだよ―――」

 

「マジで速い―――あんな一年がいるなんて―――」

妙徳サイドは降谷の投球に畏怖を抱く。1年生にしてこのスケール、一球の影響力。エースに必要な素養を十分に満たし、次のステージでの活躍を確約するその器。

 

そして今この瞬間も、彼は高みに上っている。

 

 

『三振ッ!!! これで4つ目!! この難攻不落の剛腕から得点を奪えない!! 8,9回と三者凡退の降谷。圧巻の投球です!!! 青道の剛腕、降谷暁!! ここにあり!!』

 

 

そして運命の9回裏、打順は6番東条から。

 

「僕まで回してね、秀明」

 

「まあ、一人出ればいいんだけどな、この場合。」

 

「んじゃ、延長阻止でもしてくるよ。」

 

バットを片手に、東条が踏み出す。

 

 

延長か、それとも決着か。

 

『さぁ、ついに9回の裏まで来ました!! ここで先頭バッターは今日2安打の東条。中田、踏ん張れるか!?』

 

6番東条は、今日はマルチヒットを打つなど当たっている。ここで先頭打者をだし、何とかサヨナラのチャンスメイクをしたい。

 

――――高速ナックル。けど、打たないとサヨナラにはならない。

 

だが、この強烈な変化をする高速ナックルは、如何に東条と言えども打てるものではない。

 

「ストライィィクッッ!!!」

 

「!!」

空振り。低めのコースであるにもかかわらず、バットで捉えることが出来ない。

 

 

ランダム変化するこの球種にタイミングというよりポイントを定めきれない。さすがの東条も、この変化球には苦労した。

 

――――主将は初球からよく当てられた―――。なんて変化だ

 

中田は開き直ってコースを狙っていない。ど真ん中だろうとなんだろうと、ストライクボールならそれでいいと考えていた。

 

「――――ッ」

 

東条は典型的なローボールヒッター。このように―――

 

――――スライドした!? シュート変化しながら、カット気味に落ちる!?

 

手が出ない。インハイからそのままアウトローへと行くとみられたボールが、アウトコースからさらに変化した。

 

 

そして妙徳バッテリーが選択したこのボールに―――

 

―――ストレートっ!? 

 

この高めの真直ぐに手が出てしまった。

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!」

 

「っ!!」

誘い出された。東条は歯噛みする。高めのストレート。このイニングで高めのボールはまさにリスキーなボール。だが、それすら逆手に取り、東条を抑え込んだ。

 

 

続く小湊春市――――

 

――――どこで俺は打つんだ!? ここで打たなきゃ、俺は何のためにここに――

 

まだこの試合で何もしていない。何も貢献できていない。

 

「ストライクっ!!」

 

縦スライダーボール球に空振り。ナックルをちらつかせることで、選球眼が悪くなっている青道打線。小湊は特にその打撃を崩されていた。

 

繊細で精密な打撃は、ちょっとしたことで崩れやすい。だが、微妙な誤差に対しても対応できるだけの力はあった。

 

 

カァァンっ!!

 

『打ち上げた~~~!!! ショート手を上げるッ!! 取りました!! これで二死!!』

 

最後は内野フライ。小湊亮介の代わりに抜擢された春市、4打数ノーヒット。そのセンスを見せつけることが出来ない。

 

 

――――ここまで来られたのは、アイツらのおかげだ

 

ランナーなし、二死の場面で打席に向かう御幸は、それを痛いほど痛感していた。

 

――――沢村は確かに撃たれた。けど、アイツの起用法を理解し切れなかった俺達が悪い。

 

それまで彼がどれだけ青道に貢献したのかは、言うまでもない。

 

――――ナックル、この球種はまるで甲子園の様だ。

 

何が起きるかわからない。何が起きてもおかしくない。

 

「ストライクっ!!!」

 

初球ナックルに空振り。御幸はそれでも表情を崩さない。落胆した表情も見せない。

 

――――この打者は、打ち気を逸らせ、ナックルで仕留める。次はストレート、ボール球。

 

妙徳も、この打者の威圧感ではなく、奇妙な感覚を感じていた。打てる気配はないのに、油断できない気配がする。

 

――――匂いがない。

 

「ボール!!」

ストレートが外れる。御幸はボールゾーンに反応しない。

 

 

その眼鏡の奥の瞳にある、真意を決して読み取らせない。

 

 

――――シンプルに、来た球を打つ。

 

 

自分のリズムで、自分の感覚に、自分らしくない打撃で。そんな打撃をするのは、野球をやり始めた頃に戻った気がした。

 

 

――――ここで縦スライダー。ボールでいい。振らせれば十分!

 

 

――――サヨナラなんかさせへん、まだ続けるんや―――俺達の――――

 

 

何が起きるかわからない。それは今、この瞬間を指しているのだろう。

 

 

 

御幸の目の前には浮いた変化球。明らかにコースを間違えたたった一球。

 

アウトコースのやや甘いボール。

 

 

――――ッ

 

 

 

萩生の表情がこわばる。マウンドの中田の顔も驚愕に染まる。

 

 

――――ホント、何が起きるか、わかんねェな

 

 

ガキィィィィィンッッッっ!!

 

御幸は躊躇うことなく、そのボールに自分のスイングの全てをぶつけた。

 

 

その一振りの行方は――――

 

 




気になる終わり方で申し訳ない。

1年生が目立っていた中、上級生たちが次第に頼もしくなるかな?



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第60話 予期せぬこと

さて、御幸君の打球は・・・・・

まあ、もうお分かり頂けているでしょうが・・・・


一方、3回戦を明日に控える光陵高校は、青道対妙徳の試合をテレビで観戦していた。

 

「まさか、ここまでの試合になるとは」

主将の坂本厚憲は、妙徳がここまで食い下がるとは考えていなかった。

 

「初見でナックルから3点を奪えている青道もよく頑張っていますが、あの投手陣から3点、妙徳も根性ありますね」

そして2年生の木村も、妙徳が決して弱くないこと、ナックルが相当に脅威であることを言い放つ。

 

互いに彼らは力を出し尽くしているのだ。

 

「けど、沖田が敬遠されるのはまあ、解るわ。成瀬みたいな馬鹿じゃない限り、真っ向勝負だろうな」

2年山田昭二は、あの沖田が2回も敬遠されている事実に、苦笑いする。

 

「抑えてこそエース。相手の主軸からは逃げたくないですよ。普通は」

1年生エース成瀬も、沖田とは別チームだが、彼の事は今も認めている。もし、こちらにいれば春夏連覇も夢ではなかったが、あの時は仕方のない事だった。

 

『打ち上げた~~~!!! ショート手を上げるッ!! 取りました!! これで二死!!』

 

「――――延長か?」

主将の坂本は、このランナーなしの場面、ホームランでも出ない限りそれはないと考えていたし、ナックルを打ち返すことは出来ないと考えていた。

 

 

 

 

場所は戻って甲子園――――

 

降谷はその打球を最初に捉えていた。

 

―――しゃあねぇな、何とか俺なりに出塁してみるわ

 

打席に向かう前、ネクストバッターサークルに座る自分にそんなことを言った。だが、降谷もそこまで馬鹿ではない。

 

 

――――あの投手は、とても厄介。

 

 

それが解っているからこそ、モヤモヤしていたのだ。

 

 

それでも――――

 

「うわっ!?」

 

スイングの反動で、御幸は一塁側に転んでしまったのだ。だから彼もその打球がどこに行ったのかをよく解っていなかった。打球を確認せずに、まず一塁へと駆け出そうとした御幸を見て、少し滑稽に思えた。

 

それだけ彼も、かなりのプレッシャーを感じていたのだろう。それをしたのは自分。だから笑わない。

 

 

「―――――走る必要なんて、ないのに―――――」

 

ただただ、その一言を、言えばいいだけの話だった。

 

 

『打球ライトへ―――!!! 上がったぞ!!! 上がったぞっ!!』

 

青道ベンチも、そしてグラウンドの妙徳ナインも、その打球の行方を追う。それを打ち返した御幸ではなく、あくまでその打球に。

 

 

「――――――御幸先輩」

大塚も目で追う。その大きなあたりに。

 

歓声とともに青空へと飛んでいく打球。

 

 

 

 

 

打球はそのまま――――

 

 

『入ったァァァァ!!!! サヨナラ~~!!!!! サヨナラです!!!サヨナラホームラン~~~~~!!!』

 

 

 

ライトスタンド中段に飛び込む、豪快で、劇的な一撃。叩き込んだ御幸はまだ何が起きているのかわからず、一塁方向へと全力で走ろうとしている。

 

「御幸~~~!! もう走らなくていいぞ!!!!」

伊佐敷が大声で彼に声をかける。

 

「―――――え?」

周りをきょろきょろして、御幸は状況が解らず混乱していた。

 

 

「ナイスバッティング、ナイスホームラン、御幸先輩」

沖田がサムズアップを見せ、笑顔で打球が消えた方向を示す。

 

 

「――――――あ」

その先を見せられた御幸は、ようやく自分が何をしたのかを理解し、緊張感から解放された自然な笑顔を見せる。

 

 

 

 

『ここで8番御幸一也の一撃ッ!!!  最後まで、最後までもつれる展開となったこの三回戦第1試合!! あまりにも劇的な幕切れっ!!!』

 

 

マウンドの中田は、最後の最後で制球ミスを犯した。度重なるナックルの連投、1割すら下回る失投を、御幸は見逃さなかった。

 

 

呆然とした表情の中田。ホームベース上で動けない萩生。

 

だがそんな彼らにとって残酷な幕切れであっても、甲子園の時間は進んでいく。

 

「サヨナラホームランっ!? サヨナラっ!? あのキャッチャー凄いッ!!」

 

「イケメンで最後に決めるなんて、なんて選手!?」

 

「サヨナラなんて凄いな、あの選手ッ!!」

 

最後までどよめき続けた甲子園。この3回戦第1試合は、それだけの激戦だった。

 

 

青道ベンチも、応援席も総立ちだ。

 

「御幸~~~~!!!!」

 

「どこまで役者なんだよ、あの野郎は~~!!! かっこよすぎるぞ、お前ッ!!!」

 

「プレッシャーのかかる場面しか打てないのかよっ!!」

 

「青道のクラッチヒッター!!」

 

「一也君~~~!!!!」

 

「御幸君~~~~!!!!!」

 

 

やはり黄色い声援も飛び交う青道応援席。二枚目で、野球の要である捕手。そして最後に決めたサヨナラホームラン。これは仕方ない。

 

――――なんというか、入っちゃった―――

 

ベースを回る御幸は、何が何やら、といった様子。だがそれを口に出せる雰囲気ではない。

 

「―――――――――――っ」

マウンドで蹲る中田、ホームベースで崩れている萩生。内野も外野も、膝をついてしまっている。

 

「――――――」

 

「――――――――」

何を言っているのか、よくわからない。甲子園の歓声のせいで、彼らが交わしている言葉は聞き取れない。だが、蹲る中田に萩生が声をかけ、ポンポンと背中を叩いている。御幸はこういう時に自分はなんて声をかけるべきなのだろうかと考えてしまう。

 

――――俺は、アイツらにこんな姿をさせたくない―――――

 

彼らはもっと、もっと高い場所へと昇って行けるはず。そう信じているから。

 

 

 

そして、御幸が三塁ベースを回った時、ホームベースには降谷が立っていた。

 

「?」

 

 

「ナイスバッティング。それは考えていませんでした」

 

「俺もだ」

グータッチの御幸と降谷。サヨナラのホームを踏む。

 

「ホームインっ!!」

 

「この野郎、美味しいところを持っていきやがって!!」

 

「整列するぞ、御幸」

伊佐敷、結城から声をかけられ、その周囲の青道ナインにもみくちゃにされる御幸。

 

「なんつう打撃……ホントに本人!?」

沢村も、御幸のサヨナラ弾に驚いており、同点ツーランのショックが幾らか和らいでいた。

 

そして青道と妙徳が整列をするのだが、やはり両者の表情は対照的だった。

 

 

「4-3で青道!! 礼っ!!」

 

ありがとうございました!!

 

 

この夏、最も熱い3回戦が終わった。青道にとって、自分たちの地力を感じさせるゲームとなった。

 

 

同時に、最も脆さを出してしまったゲームでもあった。

 

 

『試合終了~~~!!! 西東京代表、青道高校。サヨナラ勝ちで準々決勝進出です!!』

 

 

『見ごたえのある試合でしたね。高校野球の熱さというのを再認識できたと思います。』

 

『最後は8番御幸のサヨナラホームランで、駒を進めた青道高校。次の対戦相手は、兵庫代表、宝徳学園と、群馬代表、前橋学園の勝者となります』

 

 

そして、激闘を終えた監督インタビュー。

 

「選手たちは最後まで強い気持ちを維持できていたと思います。この大舞台で臆せず、よく前を向いていました」

 

「最後、御幸選手の一発ですが、素晴らしいホームランでしたね」

 

「最後まで甘い球を逃さず打った、彼の集中力を褒めてあげたいと思います。予選では結果が中々でなくて、それでもここぞという場面でやってくれると信じていました」

 

予選では打撃で見せ場があまりなかった御幸。しかしこの大舞台で好調を維持。

 

 

「次は前橋学園と宝徳学園の勝者が相手となります。準々決勝に向けて何か一言。」

 

「どちらが勝ちあがってきても良いように、分析を行いたいと思います。」

 

「片岡監督でした」

 

 

 

そして続いて今日のヒーローである御幸一也が音声なしではあるが、呼ばれたのだ。

 

「打った感触はどうでしたか?」

 

「ええっと、とてもいい感触でした」

やや緊張している御幸。やはり初の全国で、このような舞台。さしもの彼も緊張しないわけがない。

 

「ナックルに大分苦戦をしていた今日の試合ですが、振り返ってみてどうでしたか?」

 

「かなり変化をするボールで、打線全体に停滞感がありました。それでも、それを打ち返してくれた沖田にまず感謝ですね。あれで流れが戻りました。」

 

「次の試合に向けて何か一言。」

 

「一戦一戦、集中して、少しでも長く、夏を戦いたいと思います」

 

「御幸選手でした」

 

 

 

そして、それを見ていたのは何も甲子園のライバルたちだけではない。

 

「青道もここにきてタフな試合があったな」

市大三高の大前は、苦しみながらもなんとか勝利を手にした青道を振り返る。中々のシーソーゲーム。先制を許し、何度も流れが変わる試合。

 

「丹波も崩れるかと思ったんだけどな。だけど、よくやっているよ、アイツは」

真中も、ライバルの躍動に少し安堵する。打ちこまれている丹波の姿は見たくないのだ。

 

「けど、青道はどこまで行くか。大塚を使わずに済んだのはいいが、丹波じゃ、横浦の打線は止めきれないだろ」

平川は準決勝、当たるであろう横浦、大阪桐生相手に青道はどうするのかを考えていた。丹波では荷が重すぎるし、沢村はこの試合リリーフで失点。降谷は春の関東大会で横浦に2本のホームランを許している。

 

大塚と川上のリレーで逃げ切れないと、かなりしんどい。

 

準決勝は恐らく苦しい試合になる。決勝も光南が待ち構えるだろう。

 

横浦、光南、そして準々決勝は好投手神木、あるいは地元の宝徳。この3つの試合は想像を絶する苦しい戦いになる事は容易に予測できた。

 

「だが、宝徳も侮れない。前橋は言うに語らず。」

 

宝徳には青道程突出した選手はいない。しかし、堅い守りと粘り強い打撃力で、ここまで2試合で15得点を叩き出す攻撃力を有している。

 

中でも、7番から3番までの俊足打者がダイヤモンドを駆け、4番5番が返すという戦術だけではなく、盗塁と攻撃的な走塁で勝ち上がってきている。

 

そして、2年生エース平松は、スリークォーター気味に投げる本格派。

 

「どうなるか、だな――――」

 

 

激闘を制した青道高校。次ぎの相手は恐らく前橋学園。宝徳も強豪校、地元であり、油断できない相手ではある。だが、神木がそう簡単に崩れるとは思えない。

 

 

「やっぱ、神木の制球力は良いな」

伊佐敷がテレビの前で唸っている。アウトコースを中心とした制球重視の攻め。一方、宝徳の先発平松は、横変化を駆使し、打たせて取る投球で得点を許さない。

 

「それだけではないのは、カーブを使って緩急をうまく使えていることですね」

 

このカーブに時折反応できない打者が見受けられている。投球の基本に忠実で、大胆な投球。やはり、強豪校の中に、優秀な捕手がいる。

 

優秀な捕手がいるチームは、そのチーム力を安定させることが出来る。エースはチームに爆発力を齎すが、監督の立場や、全体の視点で見ると、やはり必要なのは捕手。

 

 

「御幸先輩がいて本当に助かりましたよ。」

大塚は何度もそういう。

 

「へ?」

 

 

回は進み、重たい雰囲気に包まれる第2試合。第1試合と比べ、静かな前半戦。

 

「投球の割合の中ではおよそ30パーセント。だが、これが利くんだよな。」

そして前橋学園は、この大きく変化するカーブに翻弄されていた。

 

『カーブ~~~!!! 手が出ない、見逃し三振!!』

 

「縦横と緩急、やはり投球の基本が出来ていますし、シュート回転している為か、余計に撃ちづらいですね」

 

綺麗な球筋ではなく、やや横変化の入ったストレートがよく、前橋打線が捉えきれていない。

 

「!? カーブの変化が違う!?」

 

北原を三振に奪った時のカーブ、それは通常のカーブとは違い、物凄く遅い球種。

 

「スローカーブ―――」

 

だがそれだけではない。

 

「―――通常のカーブに加えて、スローカーブ。スライダーとシュートの横変化に、この変幻自在のカーブ。」

 

この縦変化を自在に操る好投手平松は、淡々とコースを狙い、タイミングを外している。力投を続ける神木とは違い、テンポがいい。

 

このカーブを強く意識することにより、早い変化球である横変化とまっすぐに対応するのが難しくなっている。調子の悪いスライダーを狙い撃ちしたい中、この縦変化が物凄くじゃまだ。

 

 

試合はテンポのいい投球で5回に入る。未だ散発2安打に抑えられている宝徳だが、ここで6番の佐々木。

 

「球数を粘られるね。これを1番から9番がしてくるのは辛い。」

 

神木の球をカットすることが多く、球数もそれだけ嵩んでいく。

 

しかし、ここで高速シンカーに空振り三振。

 

目立った攻撃もなく、この回は終了。8番が死四球で出るも、9番が見逃し三振。良いところがない両チーム。

 

 

6回は先頭打者から。ここで宝徳の1番鈴木がセーフティバントを決める。

 

「足も相当速いな―――」

倉持には劣るが、それでも何というスピード。フィールディングは決して悪くない神木の送球に競り勝った。

 

二番は送りバントかに見えたが―――

 

「バスター!?」

 

しかもバウンドの高い打球。ショートが捕球するも投げられない。ここでバスターエンドラン。不意を突かれた前橋は内野の間を狙われ、足によるゆさぶりに襲われる。

 

 

 

驚異的なスピード野球。倉持程ではないにしろ、俊足揃いの打者たちが、前橋の守りに皹を入れていく。

 

 

「足速すぎるだろ―――こいつら―――」

 

 

 

三番もここでバスター。更にここで堅い守りを誇る前橋にエラーが出てしまう。

 

 

 

あっさりと満塁に追い込まれた神木。

 

 

 

『足で攻めたて無死満塁ッ!ここで4番の足利っ!』

 

そして、ここで積極だった宝徳の打法が変わり、足利はボールを見る。初球から手を出してきた1,2,3番とは違い、警戒し過ぎた神木がカウントを悪くする。

 

『フォアボールっ!!! 押し出しっ!! ここでついに失点。神木! 今大会初失点です。』

 

「なんて粘りだ。あんな―――」

宝徳の打線は神木を打ち崩そうと考えていない。むしろ粘って崩れるのを待っている。

 

沢村は、こんな攻め方をする相手高校を見るのが初めてだった。自分がうたれたのも、実力が足りなかったからだと解っている。しかし目の前のこれはそうではない。

 

 

 

相手のミスを誘うような攻撃。常にプレッシャーをかけ続けることで、投手だけではなく、内野にもミスを誘発させ、一気に崩壊させる。

 

もし自分がされたらと思うと、沢村は想像もしたくなかった。

 

 

一度狂った歯車を、元に戻す力のある高校生は、やはり少ないのだ。

 

 

 

「神木をまともに撃っているわけじゃない。だけど、真綿で締めるどころか、ワイヤーで締める様な速さと威力を誇る作戦。これが地元甲子園代表の力か―――――」

 

 

 

エースを打って、全国に出ているチームの特徴に、チームバッティングのレベルがはっきりと出る。

 

ここまで足の速い打者がそれをやられれば、神木にとって打たせるのでさえ、リスクを伴いかねない。

 

 

何よりも、1番2番の打撃の残像が、神木に襲い掛かっているのだ。

 

――――こんなところで、前橋が負ける?

 

沢村は、苦しい表情でマウンドに立つライバル高校のエースを見て、信じられない顔をする。

 

その後、二死をとるも――――

 

『左中間っ!!! 抜けた~~~!!! 三塁ランナーホームイン、二塁ランナーも帰ってくる~~~!!! 一塁ランナーも三塁を蹴る!!』

 

これで走者一掃のタイムリースリーベース。

 

 

その光景を見て、前橋というチームの欠陥を御幸は考えていた。

 

―――良くも悪くも、チームの中心は神木。それが崩れたら、それほど脆いものはない。

 

稲実と同じだ。成宮が降板した後の稲実は、イニングさえあれば、もっと得点できた。エースに依存し過ぎたチームは、それだけ浮沈が激しい。しっかりとした守備と打撃がなければ、やはり安定感はない。

 

それでも、エースはチームに爆発的な力を与えるのは否定できない。

 

 

『ここでエース神木が打たれました!!』

 

「―――俺達の予想は、悉く外れるな」

 

マウンドで天を仰ぐ神木。そして、前橋ベンチから監督が出てきて、投手交代を告げる。ここであの神木がマウンドを降りるのだ。

 

 

大会屈指の右腕の夏は、ここで終わった。

 

 

試合終了。準々決勝の相手は、宝徳学園に決まった。スコアは8-3。エースが降板した後の前橋は見る影もなくなり、後続の投手も勢いを止められない。その後、天見の2点タイムリーで食い下がるも、直後の裏の回でツーランホームランを浴び、ついに力尽きた。

 

如何に優秀な投手と言えど、それだけでは勝てないことを突きつけられた青道。

 

あっさりと負けた。沖田以外が手も足も出なかったこの投手がいとも簡単に、他愛なく、容赦なく散った。

 

 

 

その後、横浦が3試合連続二けた得点で、青森の八戸成巧学園を粉砕。八戸成巧学園には好投手スプリッター歳原を擁していたが、その歳原は7回途中9失点で降板。横浦の攻撃を食い止めることが出来なかった。

これで、初戦の15得点、2回戦17得点、さらにはこの3回戦では14得点と、総得点数は46得点を記録。大会記録4試合で75得点の1921年の和歌山中に迫る勢いである。

 

 

大阪桐生第一も、舘が好リリーフを見せて準々決勝へと駒を進める。よって、準決勝の相手は大阪桐生対横浦の強力打線のどちらか。目に見えるエースがいないが、防御率の良い横浦の方が危険ではある。

 

逆ブロックも、沖縄光南高校が東東京の帝東を10―5で下し、継投で問題を抱えながらも最後は柿崎が締めた。

 

そして、光陵高校も徳島の神田高校との延長11回の激戦を制し、準々決勝にコマを進めた。

 

 

これで甲子園のベスト8が出そろった。

 

準々決勝第1試合は西東京代表の青道高校対地元兵庫の強豪、宝徳学園。接戦を勝ち上がり、ついにはドラフトの目玉とさえ言われた神木すら食らい尽くした。

 

1年生大塚を中心とした今大会屈指の投手陣を誇りつつ、怪物スラッガー沖田道広を擁する青道と、地元の熱い声援を受けて奮い立つ宝徳。魔物すら呼んだように見えた3回戦。好投手神木を打ち砕いた勢いに乗れるか。

 

準々決勝第2試合は大阪代表大阪桐生第一対神奈川代表の横浦高校。大会屈指の強力打線同士の対決。エース舘の出来によって、結果が決まると言っていい。

 

 

準々決勝二日目第3試合は沖縄光南高校対宮城の導北高校。注目は、光南の2年生エース、柿崎則春の投球。右の神木が消えた中、彼の投球がより一層注目される。

 

準々決勝最後の試合は、広島光陵高校対福岡九州外国大付属。九州勢の新鋭が、スーパー一年生成瀬達也に挑む。新黄金世代ナンバーワン左腕の呼び声も高い成瀬を攻略できるか。

 

 

好カードが揃う準々決勝。特に、タフな試合を演じた青道と、神木を打ち砕いた宝徳の一戦、大阪と神奈川の激突は、死闘が予想される。更にこのどちらかが進んでも、またしても死闘が待っているだろうとも言われた。

 

 

 

前橋の敗退が決まった翌朝。神木が足を痛めていたことが発覚。投手にとってみれば致命的ともいえる下半身の安定感の欠如。

 

 

中盤から制球が乱れるのはそういう事だったのだろう。

 

「―――――エースの故障―――それでも投げなければならない責任――――」

 

新聞を読んだ御幸は、怪我を押して、エースが撃ち込まれる姿を見たくないと考えていた。神木の投球が狂い始めたのは、恐らく痛み止めが切れたことによるモノだろう。

 

6回あたりから神木の投球に異変を感じていた御幸は、この翌日の記事を見て納得していた。

 

「けど、最初から出ないわけにはいかないよね。エースの立場なら」

そこへ、離脱中だった小湊が現れた。御幸は彼を見た瞬間にこの癖のある2番打者が戻ってきたことに安堵する。

 

「亮さん!? もうけがは大丈夫なんですか!?」

 

「痛めただけだし。無理に動かした分、回復が遅れただけ。」

笑みを浮かべ、小湊はその術後の経過を簡単に説明する。

 

「けど、意外だったな。」

小湊はぼそりと呟く。

 

「どうしたんですか、亮さん?」

 

「アイツが甲子園のプレッシャーであそこまで崩れるなんてね。」

その横顔は少し寂しそうだった。彼が気にしているのは、小湊春市の打撃が一気に不調に入ったこと。

 

「アイツのセンスは凄い。ずっと見てきたから解る。けど、なんていうか、3年生たちの闘志は伊達じゃないってことかな」

 

小湊は、春市の実力を認めていた。だからこそ、自分が戻る間に彼がポジションを奪うかもしれないと考えていたので、この結果に寂しさを感じている。

 

「けど、亮さんの為に、絶対に打ちたいって、しきりに言っていましたね。」

不調になるたびに、代わりに出ている自分の不甲斐無さを悔いていた春市。その悪循環で、春市は打撃の調子を完全に崩していた。

 

「――――試合は見たよ。神木がつぶれるなんて、思ってもいなかったから驚いた」

 

「怪我を押しての投球。本来の力を発揮できなかったんです。まあ、当然ですよ」

 

 

ズンッ、

 

その時、何か重いものが畳の上に落ちたような音がする。二人は何が起きたのか、ゆっくりと音源の方向へと向かうと。

 

「―――うはっ、あまり持つもんじゃないな―――」

大塚がトレーニング器具を零していたのだ。少し箱の中にある器具が出てしまっており、片付けている最中の様だ。

 

「小湊先輩? もうけがは大丈夫なんですか!?」

 

「うん。まあまあだね。それよりも―――」

 

ピトッ、

 

「――――ッ」

小湊が大塚の胸辺りを抑えた時、大塚が表情を僅かに崩した。

 

「――――――――」

御幸はそれだけでわかってしまった。まさか、大塚も同じように――――

 

「―――アハハ、ちょっと器具を零したときに器具をぶつけちゃって。打身程度ですし、大丈夫ですよ。」

大塚は何でもないように言う。ダンベルやら何やらを打ちつけてしまい、「面目ない」と謝る大塚。

 

「――――ふうん。まあいいや。とりあえず、お前は投手なんだから、体のケアは特に注意しろよ」

小湊がそういうと、大塚も笑顔が戻る。

 

「大塚は、大丈夫、なのか?」

御幸は、神木の怪我で、少し精神的に落ち着いていなかった。エースに無茶をさせる、エースが無茶をするのを、彼自身如何止めるべきか、その方法すらわからないのだ。

 

だからもし、青道にそういうことが起きれば、どうすればいいのかわからないのだ。

 

「?? ええっと、質問の意味が解りかねます」

大塚はキョトンとして、御幸の言葉に戸惑う。

 

「怪我とか、どこか痛めていないよな?」

 

「―――大丈夫ですよ。俺はまだまだ投げられますし、頑張れますから!」

彼らしい受け答えだった。

 

「そっか―――」

 

―――大丈夫、だよな

 

 

「悪い。変なことを聞いた。じゃあな」

 

―――急いでスコアブックをもう一度チェックするか。

 

御幸は自分が今しなければならないこと。それは宝徳のデータを分析することにある。

 

だが、彼は明らかに冷静さを欠いていた。焦っていた。もしそんな現実を受け入れたくなかったと、無意識に思ってしまっていた。

 

だから、深く追求できなかった。

 

 

 

 

 

御幸が去った後、小湊と大塚が残るが――――

 

 

「――――やっぱり、そうか」

どこかわかっていたかのような、小湊の言葉。大塚の表情からは笑顔が消え、

 

「―――――まだ、大丈夫です。」

自分はまだ投げられると言う。

 

「―――さっきの言葉は偽り? 怪我をして、宝徳や横浦、大阪桐生に勝てるとでも?」

先程、彼は頑張ると言った。

 

「――――7回までは行けます。」

大塚は、そう答えた。7回までは自分を戦力として見てほしいと。

 

「宝徳戦。先発は沢村。監督はお前を準決勝のマウンドにあげるつもりだってさ。だから聞いてみたかったんだ。まあ、少し心配だけど、大丈夫そうで安心したよ。お前の言葉が“あくまで本当なら”ね」

 

 

「――――小湊先輩はどうして怪我の事を」

ばれるような素振りは見せていなかったはず。なのに、彼には見破られていた。

 

「俺だけじゃないよ、お前の怪我を疑っていたの。」

小湊は、すぐに種明かしをする。そして、その人が大塚の怪我の事を彼に教えたことも。

 

大塚の頭に浮かんだのは、予選が終わってから態度の少しおかしい―――

 

「――――そういうことか。あの子もよくしゃべるようになったわけだ―――まあ、予想はついていた、かな」

吉川は、大塚の怪我を真っ先に疑っていた。学校での大塚の不審な行動。よく屋上で寝ていることなど、自由時間に一人になる事が多かった。

 

「―――実際、彼女が話しかけてくれなかったら、俺も解らなかった」

小湊は神妙な顔で、大塚の演技の前に気づけなかったことを白状する。吉川がいなければ、誰にもばれなかったという事になる。

 

「怪我を隠している奴は誰だっている。けど、お前はクリスのようにはならないでくれよ」

 

「――――はい」

 

発覚したエースの故障。ラッキーボーイの不発。ここにきて青道の戦力に綻びが生じ始めていた。

 




ここで、まさかの神木君が消えました。エース中心のチームの脆さの象徴として。

今回出てきた宝徳。筆者は2010年が特に印象に残っています。

大塚がいったい今どんな状態かは、次の話以降ですね。




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第61話 聖地の洗礼

タイトルがフラグ。もう嫌な予感しかない。


大会が進み、ベスト8が揃った甲子園。準々決勝第1試合、青道高校は、神木を打ち砕いた宝徳と当たることになった。

 

先発は沢村。片岡監督は、万全の状態で大塚を横浦戦にぶつけるために、沢村にこの大役を託す。

 

一方野手陣では大幅なオーダーの変更が求められた。

 

1番東条  左

2番倉持  遊

3番沖田  三

4番結城  一

5番御幸  捕

6番伊佐敷 中

7番白洲  右

8番小湊  二

9番沢村  投

 

沖田、結城の打順は変わらず。しかし、今大会出塁率の高い東条が先頭打者に、倉持が2番打者。サヨナラ打を放つなど、今大会で存在感を示し始めた御幸を5番に抜擢。怪我から復帰の小湊亮介が合流を果たしたが、まだ万全の状態ではなく、フルイニング出場は厳しい為、小湊春市がそのままスタメンに。

 

 

先発の沢村。今大会3回戦で、リリーフ適正の無さを晒し、先発固定の起用が濃厚に。リリーフ経験のある川上、降谷をいつも通り後ろに回し、丹波、大塚はスクランブル体勢。

 

リリーフでは本来の力を発揮できなかった沢村が、先発で調子を戻せるかどうかがポイントとなる。

 

 

宝徳学園は打順を少し組み替えたオーダー。3回戦で4番を打っていた足利を3番に起用。4番に3番の西木原を据え、その他は変わらず。3戦連続となる先発の平松。

 

1番鈴木  左

2番露木  三

3番足利  右

4番西木原 左

5番斉藤  一

6番佐々木 二

7番平松  投

8番芹沢  捕

9番小坂  遊

 

 

青道は宝徳を警戒し、闘志を燃やしていたが――――

 

 

 

『三回終わって青道のリードは4点!! 優勝候補前橋を撃破した勢いが感じられない宝徳!! なんとか意地を見せてほしい!!』

 

 

ヒットを何本か出すも、得点圏への二盗を御幸に封じられ、沢村のクイックがさえわたる。

 

さらには、リリーフでは見せていた不安定さがない沢村。しかし、片岡監督は―――

 

「先発ではいいが、リリーフでの苦手意識が固まってしまったか。」

 

快投を続ける沢村。リリーフの経験がなく、大舞台での失点。これが後後に響かなければいいがと考える。

 

だが、片岡監督の

 

「この試合では、スライダーをあまり使うな。特に、追い込んだときに使うリスクが大きすぎる」

スライダーが見極め始められたことで、沢村の球数が多くなる可能性がある。相手も当然スライダーを意識しているので、それはそれでこの1試合はもつと考えていた。

 

 

 

とはいえ、無難な立ち上がりの沢村に課題はないとはいえない。むしろランナーを出してもよく粘っている方だ。宝徳の動きが悪い。

 

「―――――っ」

 

対照的に、4回表のマウンドの平松は、得意球であったはずのカーブの制球に苦労しており、2回甘いインサイドの球を伊佐敷に叩き込まれ、ツーランホームランを浴びている。

 

クリスも、当初はあの前橋の打線を抑え込んだ平松を警戒していたが、彼の不調の原因を推察し、その結論は至ってシンプルなものだった。

 

「連投による疲労、ですね」

 

宝徳にとって、不退転の覚悟で臨んだ3回戦。宝徳のエースとして、平松は9回まで力投を続けた。

 

それ以前から、連続して先発、2連続完投中だった。疲労はピークに迫りつつあった。

 

 

勝負は戦う前からついていたのだ。

 

4回の裏、

 

『空振り三振~~~!!! 4回裏ですでに4つの三振を奪う沢村!! 3回戦は苦しみましたが、ベスト4進出をかけた一戦、大一番で見事な投球!!』

 

そしてスライダーのフォームの他に露呈したのは沢村の精神的な欠点。彼は途中から試合に入ることが非常に苦手なのだ。形はどうあれ、彼は気持ちで投げるタイプ。今までは先発を多く経験した彼だが、強豪校に入り、リリーフ登板は練習試合でのたった一回。しかも、勝敗がすでに決している場面。

 

 

絶対に相手に点を許してはならない。先発なら多少ヒットを打たれても、何とか試合を作る事が要求される。だが、リリーフ登板での痛打は、致命的なケースがほとんどである。

 

沢村には、大塚や降谷のような剛速球はない。チェンジアップでタイミングを外し、フォームでタイミングを外し、ようやくスライダーで空振りを奪える程度になった。投手の基本だが、彼はほかの二人に比べて圧倒的な威圧感が足りない。だが、今はそのスライダーが機能しないことを、沢村は冷静に認識していた。

 

 

5回のマウンド。一死から痛打を浴びる沢村だが、彼はリリーフ時よりも落ち着いていた。

 

一死一塁。3回戦の妙徳と同じケース。

 

――――大丈夫、ここでゲッツーなら大丈夫だ!

 

ここでの気持ちの入り方が違う。リリーフ時の彼は、そこまで余裕がなかった。だが、先発沢村はその余裕がある。

 

ここでバッターは、8番左打者の芹沢。今日は沢村のチェンジアップを弾き返している。

 

――――初球ボールのチェンジアップ。敢えてつづけるぞ

 

御幸の強気とも無謀ともいえるリード。だが、初球から振ってきた芹沢に有効で、ストライクからボールになるこの変化球に空振りを喫する。

 

「ストライクっ!!」

 

――――今度はスライダー。思い切り腕を振れ。

 

ククッ、ギュワワンッッ!!

 

――――スライダー!! 甘い球!!

 

甘く入ったスライダー。フォームに問題があることを意識した沢村の腕の振りが鈍くなり、甘いゾーンに入ってきたのだ。

 

カァァァァンっ!!

 

「!!」

ライト線に切れるファウル。一振りで合わされた。それを見た沢村は、やはり驚いていた。

 

 

――――フォームを見られるだけで、違うだけで、ここまで――――

 

 

沢村の中で、一つの柱が崩れた。スライダーという決め球が、また自分の手元から消えていくような感覚。

 

 

そして、隙の出来た沢村を前に、それを見逃す全国の高校球児はいない。

 

 

「!! スチールっ!!」

 

明らかに打者意識に傾倒していた沢村の隙をついた、7番平松の盗塁。投球で調子が出ていないが、それでもチームのために最善を試みようとしていた。

 

『間に合わない~~~!!! ここで投手の平松の盗塁!! 一死二塁のチャンスを迎えます、宝徳!!』

 

 

「―――――っ!」

思わずしかめっ面をする沢村。明らかに集中力を欠いていた。

 

「沢村、どうした?」

マウンドに駆け寄る御幸。沢村のクイックに先ほどキレがなかった。あの走力ならアウトに出来たはずだと。

 

「うっす、バッター集中でいきます!! 打たせないっす!」

 

 

「お、おう。とりあえず、スライダーはあまり使えないからな。やっぱアイツらフォームで見切ってやがる」

 

 

ズキッ、

 

 

背中を見せながら、御幸がその一言を発した時、沢村の胸に何かが走った。

 

「――――っ」

 

 

そして、再びミットを構える御幸は沢村の表情がまだ固いことが気になる。

 

――――沢村―――初球の入りが重要だぞ。まずはアウトコースにストレート。ボールからでいい。

 

 

不安定な表情のまま、沢村が投じた初球。

 

 

――――ッ!! ストライクゾーン!?

 

 

少し中に入ったボール。ボールでもいいという要求だが、

 

 

「ストライィィクっ!!」

 

 

『初球際どい球!! 制球はまだ安定しているようです、沢村』

 

 

『いきなりあのコースを使えるのはいいと思いますね。』

 

 

――――沢村、ならもう一球だ。このコースはそう簡単に撃てないはず。

 

「ボールっ!!」

 

しかし、今度はストライクを要求したのに、やや外れるストレート。ストライクに入れようとすると、ボールになり、ボールがストライクになる。

 

――――迂闊にストレートが投げ込めないな。相手はそんなことは考えていないだろうけど。

 

 

そして続くボールは癖球。沢村が最初に投げたボール。

 

 

――――ボールを最後まで見れば、ミートすれば――――

 

カキィィンッっ!!

 

「!!」

鋭い当たりが、沢村の横を通り過ぎ、あがっていく。自信を込めて投げた癖球が、内野の頭を越えていく。

 

『打球右中間!!! 真っ二つ!!! 二塁ランナー三塁を蹴る!!!』

 

すでに、平松はホームを目指すためにスピードを落とさずに走っていた。打った芹沢も二塁を狙う。

 

『二塁ランナーホームイン!! 打球処理に手間取った間に、芹沢は三塁へ!!! 宝徳、ここでタイムリースリーベース!! 差をじりじりとつめていきます!!』

 

 

さらに、9番左打者小坂。初球甘く入った高速パームを弾き返される。

 

 

 

『初球打ち~~~!!!! 落ちる球を捉えた当たりがぐんぐん伸びていく!!』

 

「洒落になってねぇぞ!! こいつはぁ!!!」

センターの伊佐敷の頭を超える痛烈な打球。

 

 

『フェンスダイレクト!!! 伊佐敷取れないッ!! 三塁ランナーは当然ホームイン!! 打ったバッターは二塁到達!! ここで、宝徳が連続タイムリーで差を2点に縮めます!!』

 

 

「―――――」

放心状態の沢村。コースにいったはずの癖球が弾き返されている。相手は、癖球を前に確実にミートに徹し、芯に当ててきている。

 

 

そして何よりも一番沢村を打ちのめしているのは―――――

 

 

――――パームボールも、打たれた―――――

 

癖球を打たれ、スライダーは機能せず、チェンジアップも合わせられ、ストレートも振り負けず、ついにはパームも打たれた。

 

 

相手打者を抑えるイメージが思い浮かばない。何を投げても打たれる。

 

最悪なメンタルでマウンドに立っている沢村。だが、そんな弱みを見せた投手を宝徳は逃さない。

 

 

打順返ってトップバッター、左打者の鈴木。逆方向への鋭い当たりを放つも、

 

 

「させるか!!」

 

三塁線を抜ける当たりを沖田が捕球、そのまま素早い送球と矢のような送球を両立させるという、美技を披露。

 

「アウトォォォ!!!!」

 

当然、打った鈴木は信じられない目で沖田を見ていた。

 

―――あれが抜けないのかよ――――

 

 

『三塁沖田のファインプレー!! ここで、同学年沢村を救う好守備を見せます!! 抜けたかと思って、抜けたァァ、と言いそうになりましたが、よく追い付きました』

 

 

これで流れを削がれた宝徳の攻撃は、2番露木がセンターフライに打ち取られて終わるものの、宝徳が地力を見せ始めていた。

 

6回表、青道は流れに乗れない。速球が走らないことを自覚した平松が緩急自在の投球を披露。スローカーブを使い、2番倉持のタイミングを崩し、内野フライに打ち取ると、

 

「ストラィィィクッ、バッターアウトっ!!」

 

3番沖田もスローカーブに見逃し三振。バットを出すことが出来ない。平松の復調は、追い上げムードが若干みられる宝徳の勢いを考えればかなり不味い展開である。

 

そして――――

 

『打球力がない!! 捕りました!! これでスリーアウトっ!! 4番結城もタイミングを外され、センターの正面を突くフライ!! 2点差に詰めた直後の守備、平松が三人で片付けました!!』

 

6回裏、沢村は立ち直りの気配を見せず、制球に荒れが目立つようになる。

 

「ボール、フォア!!」

先頭打者へのストレートのフォアボール。一番やってはならないミスを犯す沢村。チェンジアップを決め球とする投球で、打者の目が慣れ始めてきたのだ。やはり、緩急に付随しない空振りを奪える球種がなければ、全国のレベルは見逃してくれない。

 

 

――――ここで、4番。何とか長打を避けるリードで。だが、相手もそれを狙ってくるはず。

 

 

4番西木原。ここで、長打があれば、1点差。ホームランならば同点のケース。

 

 

――――ストレートをインコースボールゾーンへ。ストライクを狙うな。

 

「ボールっ!!」

インコースに外れる要求通りのボール。西木原もインコースを意識し、そしてちらりと外を見た。

 

――――外の方が気になっているのか。次は、カッターで打ち損じを狙う。

 

 

 

「ボールツーッ!!」

 

しかし、ストライクゾーンから外れるカッター。インコースを攻めきれていない。

 

――――沢村、いったん外の変化球、パームでカウントを取るぞ。

 

 

不規則変化をしながら高速で落ちるパーム。微妙に変化したこの球種が外に決まる。

 

「ストライクっ!!」

 

まずはカウントを一つとった沢村だが、機能している球種が少ないのがやはりつらい。

 

 

――――2球インコース、外の球でカウント。今の投手の状態を見れば、インコースは捨てて良いだろう。狙い目は、外のストレート。

 

西木原は沢村の投球を見て、そう判断した。だが、あくまでインコースを犠牲にするような打席の入り方はせず、いつも通りの位置でバッティングを行うことを意識していた。

 

 

――――こうなってくると、アウトコース主体になるな。インコースが入らない以上、外で勝負をするしかない。ここで、右打者へのサークルチェンジ。

 

御幸も、逃げるボールで空振りを奪う事が出来れば楽になると考えた。

 

 

しかし―――――

 

 

カキィィィンッッ!!!

 

 

それは、いつか見た光景に重なった。

 

それは予選決勝での、坂田が沢村のチェンジアップを捉えた当たりに。

 

 

「―――――――沢村――――」

 

 

 

 

天を見上げる沢村。そこには何もないと言うのに、彼はただ上を見ていた。御幸はそんな覇気のない彼の姿を見て、言葉を失う。

 

 

 

 

 

『打球突き刺さった~~~~!!!! 西木原の同点ツーラン!!! 沢村打たれました!! ここで1年生左腕を打ち砕く、試合を振り出しに戻す一撃!! 打ったのは外の変化球でしたが、』

 

 

『外角へと逃げる変化球を、逆らわずに打ちましたね。素晴らしいスイングだったと思いますよ。』

 

 

その後、後続を抑えた沢村だが、6回4失点で降板。完全に化けの皮が剥がれてきた。

 

 

「――――――」

ここまで打ち込まれたのは、恐らく高校の公式戦で初めて。大事な先発を任されたにもかかわらず、この嫌な形での失点の連続。被安打も自己ワーストとなる8本。まさに最悪の出来だった。

 

 

そして、応援に駆け付けていた長野の仲間たちも、沢村がめった打ちにあったことに、心配の声を上げる。

 

「栄ちゃん―――」

 

「けど、スライダーがなんであんなに――――」

 

仲間たちの間でも、絶賛されていたスライダーが突然機能しなくなったのだ。あの変化はバットが止まらないはずなのに。

 

「栄純――――」

若菜も、スライダーから始まった不調の原因が分からない。この遠目からでは分からない。だが、スライダーを覚えたからこその不調だという事が解った。

 

 

今年の夏、快進撃を続けてきた青道高校。その中心は下級生の投手陣。だが、その一角が崩れたのだ。

 

4-4の同点。地元甲子園の舞台を前に、地力を見せ始めた宝徳学園。青道の試練は続く。

 

 

 

 




モブ軍団に凹られるなんてことはあっただろうか。最初の勢いは彼方へと消えました。

まあモブとはいっても、基本的な選手個々のスペックは宝徳のほうが上ですね。一部の選手が頑張っているから同格に戦っていますが・・・・



勝ち進めば進むほど、チーム力が疲弊していく。夏の終わりに何人無事な姿でいられるんでしょうか。(精神的にも、身体的にも)









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第62話 奮起する者達

宝徳戦、決着です。


沢村が崩れた。

 

「沢村――――――」

悔しそうな表情で、応援席にてその光景を目に焼き付ける金丸。彼がここまで打ち崩されたのは初めて見た。

 

予選の頃よりもレベルは上がっている。苦戦はすると思っていた。だが、これは

 

「苦しい、わね。ここに来て継投に不安が残るなんて――――」

貴子も、完全に攻略法を見つけられたことで、準々決勝以降の起用も変わってくると考えた。

 

先発3本柱の中の一本が折れ、残すは大塚と丹波。この二人が長いイニングを投げなければならないのだ。川上は抑えとして未だに安定感があるが、強打の横浦、大阪桐生、光南、光陵を相手に制球ミスは命取り。

 

パワーピッチャーの降谷にはいずれも相性が最悪な打撃が売りのチーム。特に横浦戦は坂田と岡本が恐ろしい。

 

仮に降谷が次の回から投げて、川上が抑えたとしても、準決勝は大塚、決勝が丹波という事になる。

 

信頼度が上がってきている丹波だが、やはり長年の崩れ方を見てきた貴子は不安だ。さらに言えば、1年生の大塚に、連投、しかも名門校相手のそれは論外だ。

 

この1年生に酷使を許す片岡監督ではない。

 

4点差がなくなり、7回にはいるゲーム。青道に必要なのは、流れを変えてくれる存在だった。

 

 

「5番キャッチャー、御幸君」

 

ここでコールされるのは、3回戦でサヨナラホームランの御幸。打撃に覚醒したか、この試合まだ無安打ながら、当たりは鋭くなってきている。

 

「頼むわよ、御幸君」

 

 

 

 

 

 

7回の表、5番御幸が打席に立つ。

 

―――沢村が崩れたのは、スライダーを意識していたこと。だが、もっとやり様はあったはず。

 

「ストライクっ!!」

 

初球カーブが決まる。カーブの制球が安定しているのか、初回とは別人。

 

――――カーブ投手は、本当にスイングしづらい。ストレートに加えて、カーブが2種類あるのは――――

 

 

しかし、御幸は東条から打席でのアドバイスを授かっていた。

 

――――ボールはやってきます。だから俺は、あまり重心を前にしないように意識しています。えっと、こんな基本的なことしか言えず、すいません。

 

 

――――そう、だよな。ランナーいない時の俺は、とにかく当てようという気持ちが強すぎたんだ。

 

 

だからこそ、ボール球や狙い球もはっきりせずに凡退する。集中力が違う。落ち着きが足りない。

 

 

――――重心を残しつつ、スイングする瞬間に重心を――――

 

 

狙っていたカーブではないが、自分にとっては理想的なスイング軌道。上手く体が動いていた。何よりも、

 

 

カキィィンッっ

 

 

――――重心をスライドさせる!!

 

 

何よりも彼は、打席で落ち着いていた。

 

 

『打ったァァ!! ストレートを打った打球がライトへ伸びていく!!!! 大きい!!』

 

「うおぉぉ!!! 御幸が打ったァァ!?」

 

「ランナーいないぞ!! あいつ本当に御幸か!!」

 

「伸びろォォォォ!!!!」

 

打球は寸前でフェンスに激突。ホームランにはならなかったが、余裕の長打。

 

『ツーベース!! 先頭打者の御幸、ここで長打を放ちます!! 無死二塁のチャンスを演出し、続く打者6番伊佐敷!!』

 

 

このいまの打席を見ていた片岡監督は、御幸が一つ自分の殻を破ったことを悟る。

 

「チャンスでしか打てない打者でしたが、ランナーなしであそこまで打てるようになるとは――――これは、今後に向けて良いかもしれませんね」

太田部長も、御幸の打力が上がったことに対して言葉を紡ぐ。

 

「ああ。打者と捕手の仕事は、非常に両立が難しい。だが、それが出来れば――――」

 

彼は、このチームの要になれる。

 

 

――――アイツ、甲子園でよく打つようになったな。

 

伊佐敷は、御幸の変化を感じていた。

 

 

――――ランナーがいない時は、まるで使い物にならなかった。だが、今はどうだ?

 

 

二塁ベース上にいるいけ好かない眼鏡は、チャンスメイクを演出している。

 

――――最後の夏、3年が意地見せないでどうすんだ!!

 

 

初球のストレート。それがまず外れる。やはり打力を警戒しているのか、外から入る。

 

 

――――狙い目は、外。内は本能で打て、か。

 

続く2球目、

 

 

ここで、甘く入った外角のストレート。

 

 

――――打撃は投球と同様に繊細です。投手にとって、フォームが重要であると同時に、打者にとって、スイングはその精密さを支える重要なキーです。

 

天才投手に投手の教えを乞うた時に放たれた言葉。

 

 

――――リリースと、打った瞬間のインパクト。なんだか似ていますよね

 

カキィィィンッッ!!!

 

痛烈な金属音が、鳴り響く。

 

 

『逆方向~~~~!!!! 打球一塁線フェア!!! 長打コース!!』

 

伊佐敷のいつもの豪快な打撃ではない。その有り余りパワーを凝縮した、狙い澄ました一撃。ポイントに当たる瞬間に、インパクトを与えた打球は、勢いだけの打球とはわけが違う。

 

 

『二塁ランナーホームイン!! 打った伊佐敷は三塁へ~~~!!!』

 

 

「うおぉぉぉぉ!!!!!」

激走を見せる伊佐敷。しかし、

 

『ライトからの好返球~~~~!! タッチアウトっ!!! しかし青道高校!! 連打で勝ち越し!! 5対4!! ここでまた青道がリードを奪いました!!』

 

「最期カッコつかないぞ」

 

「張り切り過ぎ。」

結城と小湊に小言を言われる伊佐敷。

 

「う、すまねぇ。」

しかし、明らかに今の打席に手ごたえを感じていた。

 

その後、ランナーを出すも、それ以上の得点を許さない平松。粘りの投球を見せる。

 

 

そして、7回裏は――――

 

「自慢のストレートで、ねじ伏せて来い。」

 

「――――はい」

 

 

『青道二人目は降谷!! ここで剛腕降谷をマウンドに送ります!!』

 

 

タオルを頭にかけ、項垂れる沢村を見て、彼には慢心は存在しない。先発で結果を出していた彼が、ここまで打ち崩されたのだ。油断を起こすことがどうかしている。

 

 

――――僕に出来るのは、このボールを、あのミットめがけて投げること。

 

 

ドゴォォォォォンッッッ!!!!

 

 

気合の入れようが違う。ここで、初球からミットに重低音を鳴り響かせる、剛速球を投げ込んできたマウンドの降谷。

 

『初球、いきなり150キロ!! やはりモノが違うか、この1年生投手!!』

 

「―――――」

そして、宝徳の打者の心を折りかけたその一球。打者の間でも、少し動揺が広がっていた。8番芹沢の胸元、対角線に投げてきたこの剛速球は、彼には――――

 

――――伸びが桁違いだ。なんだこれは――――

 

続く剛速球も、彼自慢の高めのコースに決まる。この剛速球投手を相手に、完全に流れが変わった。

 

 

押していた宝徳の流れが、たった一人の投手によって、ねじ伏せられたのだ。

 

 

『三振~~~~!!! 芹沢、最後まで当てられませんでした!!! 最後も150キロ!!』

 

 

重低音の利いたミットを叩く音が、甲子園に濃い彩りを添える。

 

 

『な、なんとこの回、三者連続三振!!! 怪物降谷!! 圧巻の投球で、宝徳の攻撃を止めて見せたぁぁぁ!!!!』

 

マウンドを降りるこの1年生投手に、宝徳の選手は気圧されていた。

 

―――この試合、もうマウンドは譲らない。ここからが、僕の――――

 

 

妄執ともいえる、マウンドへの執着心。それが、降谷を掻き立てている。

 

 

8回表、先頭打者の沖田がサードライナー。続く結城も打者の正面を突いたレフトライナー。

 

いいスイングをしているが、中々攻撃に繋がらない。しかしツーアウトから

 

 

―――カーブきたっ!!

 

カキィィィンッッ!!

 

 

身体をぎりぎりまで我慢し、重心の全てを寸分違わずに乗せた一撃。御幸の一撃が、ライトの頭上を越えていく。

 

 

『ここで、今度は追加点!! ソロホームラン!! 5番御幸はこれでマルチヒット!! ここにきてバッティングの調子を上げてきました!!』

 

『ライトポール際でしたが、上手く風が押してくれましたね。特に、重心の位置とその移動が見違えましたね。良く落ち着いて打席に入っているようです。』

 

 

ここで意外性の男、御幸の一発で2点差。それにこの男が燃えないわけがなかった。

 

――――抑える

 

ベンチにて、降谷の心は燃えたぎっていた。

 

 

 

尚も続く6番伊佐敷が豪快に振り抜き、今度は左中間ツーベース。追加点の場面も白洲が凡退。

 

 

だが、この男には1点で十分だった。

 

 

 

マウンドの降谷。剥き出しの闘志を宝徳に叩きつける。今まで登板機会がなく、飢えに飢えていた。

 

その鬱憤を纏めて叩きつけるこの剛速球。

 

『止まらない~~~~!!4者連続三振!! 最後は落として空振り三振!! 止まらない、この1年生が止まらないぞ!!』

 

 

「降谷――――」

6回4失点で降板し、不甲斐無い自分に代わり、快調な投球を続ける降谷を見て、沢村は自分の力不足を痛感していた。

 

 

―――――俺が、もっと長くイニングを投げていれば―――――

 

突き刺さった結果。打たれない投手はいないという事は解る。だが、最悪な結果を招いた。尾を引くような、そんな――――

 

「いいぞ、降谷!!」

 

「このまま、頼むぞ!!」

 

3年生たちも、この心強い投球に声をかける。5人目で三振は途切れたが、これでツーアウト。8回裏二死までこぎつけたのだ。

 

『さぁ、リリーフ登板の降谷! このまま三人で決めるか!?』

 

 

カウント1ボール2ストライク。勝負球は――――

 

―――――最後は落とすぞ。降谷。

 

 

そのサインに頷いた降谷。ただ、一つ気がかりなことがあった。

 

――――SFFって、抜く感覚で投げるのは難しい。寝かせるのが正しいのかな。

 

何時も手を寝かせてSFFを投げていた。だが、それでは投げづらい。どうせなら、ストレートと似ていればよかったのにと、思った。

 

 

――――けど、他に投げた方は解らない。だから今は―――――

 

 

余計な雑念を消し去り、マウンドの先に見えるバッターボックスを見る。

 

 

――――目の前の打者を、ねじ伏せる。

 

 

「!? スプリッ―――」

 

鋭く縦に沈んだボールに、最後は空振りを喫する宝徳打者。右左関係ない。もはや、宝徳にこの投手を打ち込む余力は残されていなかった。

 

『空振り三振~~~!!! 宝徳この回も三者凡退!!』

 

 

9回表の青道は、一死から降谷がヒットで出塁するも、東条が苦手の高めに三振、倉持もカーブに見逃し三振。6失点ながら踏ん張ってきた平松が意地を見せる。

 

 

しかし――――

 

 

『さぁ、後アウト一つで準決勝が決まります!! カウントフルカウントからの8球目!!』

 

 

――――やっぱり、3イニング目からはボールの制球が悪くなるな。ストライクゾーン勝負で相手が打ち損じてくれたからよかったが、やっぱまだ長い回は無理か――――

 

御幸も、降谷のスタミナ、ペース配分に大きな課題があると考えていた。今はリリーフでいい投球をしているが、9回を投げ切るにはまだまだ先発能力が足りない。

 

――――だけど、それは秋以降の事。今はひたすら―――――

 

御幸のミットに、剛速球を投げることだけを意識する。

 

 

――――力が入らない。リリースの瞬間だけ。

 

 

落ち着くように、自分に言い聞かせる。

 

 

ゆったりと足を上げ、肩を下げる様なフォーム。振り被って投げているワインドアップ。

 

 

そして――――

 

『三振~~~~!!試合終了!!! 最後はストレート!! 青道高校準決勝進出!! ベスト4へと駒を進めました!!』

 

「しゃぁぁぁ!! 勝ったぞ、おらァァァ!!!」

センターから伊佐敷が走ってくる。貴重な先制点、追加点を上げたので、どうやらかなりご機嫌がいいらしい。

 

「最後までよく投げてくれた。ナイスピッチ、降谷」

主将の結城が好投の降谷をねぎらう。

 

「はい。まだ投げられますけど」ぜぇ、ぜぇ

汗びっしょりの降谷。やはりスタミナ面で問題があるようで、やはり疲れが見られる。

 

 

 

沢村の不調が本格化する中、ここにきて降谷が好リリーフを見せる。さらには伊佐敷が先制打を含む3安打3打点1ホーマーの活躍。4番結城から快音が消え、沖田が厳しいマークに遭う中、打撃信頼度を上げてきた。

 

準決勝の相手は、横浦と大阪桐生第一の勝者。ともに青道は勝利を挙げた高校ではあるが、横浦はフルメンバーではなかった。大阪桐生の舘を攻略できたわけでもない。

 

決勝の相手も広島光陵、もしくはセンバツ王者光南。準決勝を勝ち上がっても余力があるのか。万全の状態でも厳しい相手が続き、今年の大会のレベルの高さが解る。

 

 

いずれにせよ、残り2試合は青道にとって厳しい戦いが待ち受けていることは間違いない。

 

ここで、青道は底力を見せるか。勢いを封じられてもなお続く夏は、どこまで続くのか。

 

 

 




準々決勝を勝ちました。しかし、次も厳しい戦いになるかな・・・・


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第63話 怪物打線

強打&強打のチームをイメージしていたら、とんでもない記録に迫っていることに気づいた作者。




準々決勝で何とか競り勝った青道。沢村が打たれ出したことをのぞけば、青道に地力がついてきたことがうかがえる試合だった。

 

悪いなりに勝つ。それが出来るチームは強い。不調の選手を代わりの選手がカバーする。予選の時とは違い、青道の中盤からの連戦はそれの連続だった。

 

 

だが、ごまかしがきくのはここまでだ。

 

次の試合、横浦と大阪の桐生の一戦。青道を上回る打力と総合力を誇るこの名門チームは、弱みを見せれば食らい尽くしてくるだろう。

 

 

だがそれは、これから始まる試合でも同じ。両チームのどちらかに隙が出来た時が試合のターニングポイント。

 

 

「哲はどっちが来ると思う?」

伊佐敷が結城主将に尋ねる。

 

「―――――怖いのは、横浦だ。あの打力をどこまで封じ込められるかが分からないからな。」

 

「――――ああ。名のある投手が次々と燃えるなんざ、おかしなことしやがる。」

 

3試合連続二けた得点。名のある投手を悉く燃やしての勝利。

 

青道投手陣がどこまで彼らを抑え込めるかが試合を左右するのだ。

 

他のチームメイトたちも、固唾をのんでこの試合を見守っている。

 

―――――ともに全国に名を轟かせるチーム同士。接戦になるだろうな。

 

 

 

横浦対大阪桐生。甲子園常連校同士の対決。ある意味第1試合よりも注目度は高い。

 

試合は、万全の態勢で臨んだエース舘が先発。横浦は前回5イニングで降板した3年生和田を登板させている。

 

試合は序盤から投手陣の好投で3回までは得点を許さない。恐怖の3番4番の岡本達郎をまずセンターライナー、坂田久遠を四球で歩かせるも、舘が無得点で抑える。

 

しかし、黒羽の巧みなリードを前に、大阪桐生は得点を奪えない。

 

――――くっ、何だこの投手、舘先輩よりも大したことがないのに―――

 

笹川始は、この相手の嫌そうなコースに構える捕手のリードに、難儀している。

 

 

大阪桐生は、黒羽の巧みなリードに翻弄されていた。。

 

 

黒羽は、和田の出来ることとできないことを冷静に判断し、割り切ったリードをしていた。

 

 

 

――――低目と高め、ボール球を有効に使って、抑えるしかない。

 

ズバァァァンッっ!!

 

――――ボールでもいいです。相手をのけぞらせればいい。

 

黒羽は敢えて強気のリードをすることで、笹川に揺さぶりをかける。

 

――――完全なボールコース。打っても凡打にしかならない。普通は手を出す必要性すらない。

 

だがそれが重要なのだ。相手の感覚を崩すには。相手の目線を変えるには。

 

 

相手の思考に迷いや選択肢を増やすには。

 

 

「くっ!(インコースをあっさりと要求しやがって)」

 

そして、インコースを見せられた後の

 

――――ここでストライクのインコースだと?! 舐めやがって!!

 

カツンッ

 

しかしミートしない。ボールは低目に鋭く落ちる縦スライダー。ボール球だった。

 

「~~~~~!!!!」

 

あえて、打者を打ち気に逸らせ、確実に集中力を奪い、力を発揮させない。大阪の名門を見下しているのか様なリード。

 

 

 

大阪桐生のヒットは4回表まででわずかに1本。黒羽の巧みなリードに翻弄されている。

 

 

『何というか、乱打戦になるかと思いましたが、序盤は静かな戦いですね』

 

『横浦の捕手―――黒羽君ですかね。しきりに守備の陣形を気にしていたり、色々と動いていますね。あの年であそこまで動けるのは凄いですよ』

 

 

扇の要、その場所で彼は守備の陣形に指示を与え、ほぼ確実に正面を突くアウトを量産している。

 

『しかし何よりも凄いのは――――』

 

マウンドで安定感が今まで足りなかったエース和田の力投を演出していることだろう。

 

『今まで良い球を持っていたのに、神木君に次ぐ評価だった彼の今大会での安定感はいいですね。』

 

 

140キロ前半のストレートにスライダー、その他一通りの変化球を持ち合わせて、神木には劣る。だが、彼はようやく3年目にして本来の投球を見せている。

 

『打ち取った、外野フライ!! 和田、この回も無失点! 裏の攻撃につなげられるか』

 

 

そして、今はテレビではなく、スタンドでその両校の戦いを見ている青道高校。

 

「――――恐ろしい奴ですね、大阪桐生の打者が――――」

御幸は顔を青くしている。それは、捕手をやった者でしかわからない―――

 

いや、専門外の人間にすら感じさせる、圧倒的な存在感。

 

「――――振りが鈍い―――あの強打の大阪桐生のバットが湿っている」

片岡監督は、一巡し、二巡目になって当たりが鋭くなると予想していた大阪桐生のバットが未だに目覚めないことに驚いていた。

 

「というか、マジで強気なリードだよな。3球連続インコースとか、コースを散らしたり、守備陣形で相手にプレッシャーをかけるところとか」

倉持は、大阪桐生打線が序盤、いい当たりが悉く正面を突く場面が多かったことを気にしている。

 

「ああ。あれはスタンドを超える打球でなければ得点は難しいだろう。」

結城も、あれほど統率された守備陣形では、中々ヒットを打つ事が出来ないだろうと考えた。

 

「とにかく、御幸よりも性格が悪そうだね。」

小湊も、バッターのバットを鈍らせるリードに、その圧倒的な守備存在感を兼ね備える彼に、大器の雰囲気を見る。

 

「大塚、彼とプレーをした印象はどうなんだ」

白洲が大塚に尋ねる。

 

「一言でいえば、鋼鉄のワイヤーを撒き散らす毒蜘蛛ですね。」

大塚の容赦のない例えに、一同が驚く。元チームメイトにそんな言い方はないだろうと誰もが思ったが――――

 

 

「捕手にとってみれば最高の褒め言葉ですよ。奴は、投手の力量を底上げさせる天性の感覚がある。そして、相手の嫌がるコースを本能でかぎ分ける。少なくとも、気の弱い打者なら意識してほとんどヒットを打てなくなりそうですけどね」

 

まあ、要求通りのコースに投げた時だけですけどね。と大塚は付け加える。リードしようがなければどうすることも出来ないのだから。

 

 

 

組んでみて、これほど頼もしい捕手はいない。そして、敵に回せばこれほど恐ろしい相手はいない。何しろ平等に、才能ある打者を潰しにかかる物の怪。自分のスイングすら迷わせる、悪魔染みたリード。

 

 

さらに大塚は、衝撃的な言葉を放つ。

 

「このままだと、大阪桐生は何もできずに終わります」

 

大塚は、横浦の勝利以外はないと断言する。

 

「おいおい、いくら横浦でも、そう簡単に―――――」

 

 

がキィィィィンッッッ!!!

 

まず4回の裏、先頭打者の2番青木が痛烈なヒットで出塁する。結城が手古摺ったナックルカーブを強打したのだ。

 

「!!!」

打たれた舘は、まさかナックルカーブを痛打された場面がなかったためか、やや驚いている。

 

ここで、3番岡本達郎

 

左打席に大柄な巨体を入れるこのスラッガー。一打席目はセンターライナー。フォークをファウルした後のストレートを、右中間深いところまで運んだのだ。

 

「ボールっ!!」

慎重な入りの大阪桐生バッテリー。プロ注目のスラッガー特有の圧倒的な威圧感が舘に襲い掛かる。

 

しかも続く打者は、今大会3試合で5ホーマーの坂田久遠。そして、打率驚異の7割越え。得点圏打率10割。まだチャンスで凡退していない。

 

この少し荒い岡本でゲッツーが取れれば、と考えたバッテリー。

 

 

―――ストレートの後のスライダー。

 

「ボールっ!!」

 

冷静な岡本。坂田に比べ、彼が狙われるのは解っていた。だからこそ、課題は忍耐。警戒され過ぎてマークされる、その結果ボールに手を出すのが彼の欠点。

 

だが、今の彼に、そんな雑念はもうない。

 

 

ガキィィィィィィンッッッっ!!!!

 

 

甲高い金属音が甲子園に鳴り響いた。打たれた舘は、打球を見失い、打った岡本は走る。

 

 

ダンッ!!

 

 

センターへのツーベース。フェンス直撃。アウトコース低めのストレートを甲子園の深い場所にまでまたは込んだのだ。

 

―――今度は手ごたえがよくなった。だが、あともう一押しだったな

 

打った岡本は二塁へ、一塁ランナーの青木は三塁へ。これで無死二塁三塁のピンチを招いた大阪桐生。

 

 

ここで大阪桐生、一回目のタイムをかける。この場面、はっきりと坂田を歩かせるのか、それともバックホーム体勢で守るのか、

 

「得点圏打率で10割は恐ろしい奴だ。ここは1年の黒羽と勝負だ。」

 

「坂田よりも、格が落ちるだろうし、ストレートに詰まった外野フライならまだ致命傷じゃない。上手く低めに投げれば本塁フォースアウトに出来るやろうし」

 

そして大阪桐生は、坂田を敬遠、歩かせる選択をする。

 

「―――――不味いな、」

大塚は、苦々しい表情のまま、呻いた。

 

「黒羽の打力を警戒しているのか?」

沢村は、対戦がまだないが、降谷のストレートを痛打できる男にこの場面で回ることに何かを感じていた。

 

「いや、初打席の凡退で、じっくりとアイツは球筋を見るタイプだ。特にエース格に対してはそれを徹底するし、チームにそれを伝えるのが上手い。横浦と戦う時は、アイツに球数をかけちゃいけない」

 

そして、大塚は考える。この連打も、全て黒羽の盤上の上だとしたら――――

 

 

『おおっと、ここは敬遠です!! 当然、このプロ注目のバッターに投げる場面ではないか』

 

今年の甲子園本選で5ホーマーと活躍している坂田は、当然のことながら脅威だ。しかし、

 

 

『けど、予選の黒羽君もいいですし、本選でもホームラン4本を打っているんですよね。だから、後悔しない選択ならいいんですが』

 

 

「ボール、フォア!!」

 

これで無死満塁。守りやすさを選んだ大阪桐生。

 

ここで1年生ながら5番に入る黒羽。

 

 

勝負は一瞬で終わった。

 

 

ガキィィィィンッッッッっ!!!!!!

 

 

初球のストレートを完璧に捉えた当たりは、右中間へと消えていった。

 

 

――――ストレートに初打席は詰まったからな。それに俺が打ったのは変化球で、変化球を打ち上げた外野フライ。ストレートは“前に飛ばさなかった”から来ると解っていた。

 

 

思わず天を仰ぐ舘。拳を天に突き上げる黒羽。両者の対照的な姿が甲子園に映る。

 

 

『満塁ホームラン~~~~!!! ここで1年生が舘相手に満塁ホームラン!!! 何と先制打がグランドスラム!! ストレートでしたが、どうですか?』

 

『彼の初打席はストレートを前に飛ばしていなかったので、まさかストレートをあそこまで運ぶとは考えていませんでした。変化球には当てていたので、どうだったのか』

 

その後、6番松井を打ち取るも―――

 

 

がキィィィィンッッッ!!!

 

 

7番後藤の当たりは、ライトへと消えていく。

 

『ライトへのソロホームラン!! 7番2年生後藤の一発!! 打った瞬間という当たりでしたね』

 

『2年生の選手もベンチメンバーにいますし、これは来年も期待できるチームでしょうね』

 

そして、かつての主将が見せつけた一撃に――――

 

「後藤先輩―――」

今度は敵として、しかも彼が7番を打たされる打線。シニアでは頼りになる打者だが、今では厄介な選手に成長していた。

 

「相変わらず、エグイ一発だな、あの人」

金丸が若干青い顔をしながら、後藤の一撃に感想を述べる。

 

「うん―――おれ、あの人に凄いの打たれたよね―――」

東条もその時の記憶を思い出したのか、表情が硬くなる。

 

「ていうか、多村さんまでいるのかよ、あの打線。尋常じゃないぞ、アレ」

金丸は、あの時のメンバーが3人もスタメン入りしていることに警戒感をあらわにする。

 

 

「知っているの、東条君」

小湊春市が尋ねる。そういえば、シニアで全国にきた東条たちは知っているが、

 

「俺が出場した時の、全中準優勝時の主将です。彼はこの通り一発がありますからね。甘い球はスタンドインです」

そして、代わりに大塚が彼らについて説明する。

 

「多村先輩は、とにかくリストが強く、芯に当たれば飛びますね。ただ、三振率が低くなれば、まず間違いなく怖いですね、彼は選球眼が悪くはありませんから。高木先輩は選球眼がよく、大きいのも打てます。先頭打者ホームランも打っていましたから」

 

 

続く多村が出塁するも、和田が併殺打を打ってしまい、ここで攻撃が終わる。

 

しかし横浦は、大阪桐生相手にまず5点を先制。舘を攻めたてたのだ。

 

 

その次の5回表、

 

「クッ――――(どこに打てば、ヒットは打てるんだ―――)」

正面を突くケースが多く、打席の中でも守備の位置が多少変わっているのだ。そして、手ごたえは悪くないのに、凡打が続くという状況が、大阪桐生にバットを振る勇気を少しずつなくなっていく。

 

 

カァァンっ!!

 

『ああッと打ち上げてしまった!! これでツーアウトっ!! 強打を誇る大阪桐生!! どうもかみ合いません!!』

 

 

『あそこまでいい当たりがアウトになるんです。本当にどうなっているんでしょうか……』

 

実況も解説も困惑する大阪桐生の拙攻。とにかく、ヒットが出ない、攻撃が薄いどころではなく、淡白である。

 

その後、笹川がヒットで出塁するも、センターへと抜けるかと思われた打球を好捕され、チャンスメイクできない大阪桐生。

 

 

対照的に舘を攻めたてる横浦は、ツーアウトから

 

「ここで岡本か――――」

結城は、ランナーなしで主軸との対戦。しかも、前の打席でフェンス直撃打を打たれている。

 

そして結城の目の前で、初球ナックルカーブをいとも簡単にセンターへと弾き返す岡本を見て、

 

「――――横浦―――やはり強打は健在。むしろ春の関東大会は本気ではなかったか」

沢村が7回まで抑えた試合。あれは横浦の実力を測る物差しにはならない。

 

これで二死一塁。またしてもここで坂田。

 

ガキィィィィィンッッッっ!!!!!

 

外角低め、決め球の高速スライダーを強引に引っ張った打球。痛烈な金属音が球場に響く。

 

 

その瞬間、舘は坂田のスイングと同時に、自分が投げた球が一瞬で消えたと錯覚した。

 

 

 

打球は、レフトスタンドへと消えていく。そしてそれが、大阪桐生の心から、闘争心を奪った。

 

「―――――――!!」

 

舘の中で何かが崩れた。

 

 

 

 

『打球消えていく~~~!!! レフト深いところに叩き込みました、坂田!!! 今大会第6号!!! このツーランホームランでついに7点目!! 大阪桐生のエース舘!! 横浦の勢いを止められません!!!』 

 

 

「――――決まったな、」

御幸はこの7点差がついた瞬間に準決勝の相手を定めた。

 

 

ここでエースの舘が降板。松本監督は万全の状態で彼をマウンドに上げた。だが、その彼が、ここまで打ち込まれる姿は、久しく見ていない。

 

 

「なんなんや―――これは――――」

目を覆いたくなるようなスコア。あの舘が5回7失点。

 

6回からマウンドに上がった投手も横浦の攻撃を止めきれず、打線も和田から痛打を放つがヒットになるケースが少ないことで、中々自分たちのリズムを生みだせない。

 

強豪校同士の対決で、まさかこうも一方的なゲーム展開になるとは思っていなかった観客は、超強力打線の恐ろしさを目に焼き付けた。

 

 

 

あの大阪桐生第一が、嬲り殺しにされている現実に。

 

 

そして、青道野球部はその現実を直視しなければならない。

 

 

 

あの打線は、怪物だと。

 

 

 

 

 




大阪フルボッコ・・・・・・




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第64話 発覚

お久しぶりです。


青道だけではなく、その光景を目に焼き付けているのは―――――

 

 

「春の悪夢を思い出すな……。もう一度戦う破目になるのか……」

沖縄のエース、柿崎は呻くようにつぶやいた。今年の春、思い知った本当の超高校級。投手としてのプライドを完全に壊された試合。

 

7回途中、6失点。その試合で、チームを導いてきたエースの面影はなかった。

 

 

あの時の柿崎は、この横浦に、特に坂田を最後まで抑えることが出来なかった。今でこそ安定感のある投球を実現している柿崎だが、それでもあの打者を抑えられる気がしなかった。

 

 

――――アイツと戦う時まで、マウンドで打者に怯えることなんて、なかった――――

 

 

沖縄のエースすら恐れおののく最強の打者、坂田久遠。もし神木ならどうしていただろうかと、想わずにはいられない。

 

 

 

 

 

 

 

プロ注目の舘が、6回持たないばかりか、7点も奪われるという姿。それはプロスカウトたちも驚愕させていた。

 

「ナックルカーブを覚えて、緩急を覚えた舘君が、ここまで打たれるとは―――」

 

「いや、それよりも大阪桐生のバットの振りが鈍い。そして、それを演出しているのは――――」

 

 

扇の要で存在感を見せつける若き司令塔。投手はチーム力を爆発的に向上させるという。

 

だが捕手は違う。捕手はチームの要、名捕手の存在は、チーム力の底上げになくてはならない最後のピース。

 

それが横浦にとっての黒羽金一。

 

だが和田が捕手の全てに応えられるわけではない。

 

 

カァァァァンッッ!!!

 

『大量リードを貰った和田。この回連打で一死一塁二塁のピンチ。』

 

『これですよね。予選ではあまりひどい事にはなりませんでしたが、打たれ出したら止まらないんですよね、彼は』

 

セットポジションでの球威低下、シュート回転する確率が高くなる事が、この投手の短所。

 

 

9点を奪われて、このままでは終われない大阪桐生。この相手から恵んだチャンスを逃すはずもなく、

 

 

カキィィィィンッッッ!!!

 

『ここで追撃となるスリーランホームラン~~~~!!! 和田打たれました!! 今のも真直ぐが甘く入りましたね』

 

『本当に、急に悪くなったりよくなったりしますからね。横浦の打線に助けられていますよ』

 

この回更に連打で再三ピンチを作ってしまった和田は、7回途中5失点で降板。しかし、その勢いを完全に飲み込む横浦相手にはあまり意味がなく――――

 

 

『試合終了~~~~!!!! 17-5!! 乱打戦を制したのは東の名門、横浦高校!!! 大阪桐生の追撃実らず!! あまりにも圧倒的! 何という得点力!! 何という破壊力だァァ!!』

 

『ここまで打てるチームを見たことがありませんね。こんなチームを抑えることが出来る投手が果たして何人いるのか…。これで総得点数はどこまでいったのでしょうか』

 

『63得点です。大会記録、74得点までは後11点。そして残りは2試合。今の打線の調子を考えれば、十分射程圏内ですね。』

 

『そしてこの瞬間、準決勝は西東京代表、青道高校との対戦が決まった横浦高校!! 大会随一の投手陣対大会最強の打線!! 最高の盾と矛の一戦は、どのような展開を見せるのか!?』

 

 

まるで、一昔前の青道の試合を見るかのようだった試合。投手に難のある高校。打撃は全国で間違いなくトップクラス。今シーズン最強の打線と言っていいだろう。

 

青道と違うのは、長距離砲が何人もおり、選球眼がいい事。投手が悪くても、全国屈指の投手から大量得点を奪い、情け容赦なくうちこむことが出来る。

 

 

東の火薬庫、横浦高校。

 

 

「―――――――――」

青道ナインは言葉が出ない。まさか舘が7失点。その後は毎回得点で失点を繰り返す大阪桐生。

 

「ウソだろ―――俺達が手古摺った舘相手に、7得点―――」

伊佐敷は、この並外れた得点力に、唖然とする。

 

「――――悔しいけど、これは完全に打力で負けているね」

小湊も、打力では負けていると断言する。横浦は好投手を悉く燃やしている。青道は妙徳にあれほど手古摺った。

 

光星のスプリッター歳原、三重の剛腕榎本らのチームがいずれも二ケタ失点で打ち崩されている。予選でも、140キロ投手を3人揃えた東海大相手に15得点。その他140キロを超える神奈川の本格派はいずれも横浦と当たった場合、7失点以上しているのだ。

 

 

 

 

「総得点数は負けていますけど、俺達だってここまで勝ち上がった自信があります。妙に意識しない方がいいですよ」

御幸は、対戦している投手が違うので、何とも言えないと言い切る。甲子園は何が起きるかわからない。強豪校があっさり負けることもあり得るのだ。

 

 

しかし、この結果を見て御幸も警戒を強めないわけにはいかなかった。

 

スコアはついに二桁に到達し、最終的な結果は17-5となった。大阪桐生も粘ったが、投手陣が崩壊した彼らに為す術はなかった。それでも、和田も終盤で大阪打線につかまり、7回途中5失点で降板。青道がつけ入るすきがあるとすれば、横浦の投手陣。

対する横浦は19本の長短打を織り交ぜ、その圧倒的な打力は健在。4試合連続となる二桁得点を記録。横浦の総得点数は63得点。これで、記録に並ぶまで11得点となる。残す試合は2つ。甲子園ファンも、1世紀近い年月を経てなお、破られないこの記録が破られるかもしれないという期待を抱いていた。

 

「そしてこれが―――今日の横浦の打順。」

 

1番右 高木  二 2年生

2番左 青木  中

3番左 岡本  三

4番右 坂田  右

5番左 黒羽  捕 1年生

6番両 松井  遊

7番左 後藤  一 2年生

8番右 多村  左 2年生

9番右 和田  投

 

スタメンだけで、2年生が3人、ベンチ入りは3人。一年生も2人がベンチ入り。来年も恐らく夏を沸かせることが間違いないだろう。

 

しかも、穴と思われていた5番に勝負強い強肩強打の捕手が加わる。強打者揃いの怪物打線。

 

「しかも、1年生の中継ぎ投手陣の安定感がいい」

 

右のスリークウォーター、諸星和己。MAX140キロのストレートに加え、チェンジアップ、カーブという本格派と技巧派の中間のような投手。

 

左のオーバースロー、辻原公康。ストレートは最速141キロ、変化球はドロップカーブ。右打者に食い込むクロスファイアーと、空振りが取れるこのドロップ。

 

和田を早めに打ち崩すことがまず勝利の大前提。

 

 

青道で大塚が沢村らを指導したように、黒羽は彼らの素質を昨年度の全中大会で見抜き、誘ったのだ。そして、彼らの長所を最大限伸ばした。

 

青道にとって幸いなのは、二人にはスタミナが足りないこと。この二人は短いイニングしか投げない。だが、その事実が存在したとしても、この打線を抑えなくてはならないのだ。

 

 

歴史的快挙すら視野に入れている、この近年まれにみる打線を。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その全国最強打線と、青道の対決を楽しみにしているのは、何も甲子園のファンだけではない。

 

 

薬師高校では――――

 

「全国最強の打線、ねぇ。総得点数がおよそ100年ぶりに更新されたら、恐らく世間は驚くだろうな。だが、青道は恐らくアイツが登板かぁ」

轟雷蔵監督は、この史上最強の横浦打線相手に、大塚がどこまでやれるかが秋大会での目安になると考えていた。

 

「カハハハハ!!! あいつらが投げるのか!! というか秋大会が待ち遠しいなぁ!!」

あれだけ叩きのめされても、もう切り替わっている轟。そして、自分が対戦したことがなかった、大塚という投手は、青道で一番の投手。

 

野球ファンとして、純粋にどうなるのかが楽しみなのだ。

 

「俺としては、沖田には借りがありますからね。秋大会では抑えてやりますよ」

真田は、沖田にお見舞いされた内角打ちのホームランがまだ頭に残っている。故に、沖田を抑えない限り、自分は前には進めないと考えているのだ。

 

「というか、あの沢村とかいうやつ、宝徳戦は調子が悪かったな。」

三島は、沢村の調子が落ちていることに言及する。

 

 

「俺達とやり合う前に潰れるなよ。今度こそ俺達が打ち崩してやる」

三島は、夏の予選で青道にコールド勝ちされた時に一番悔し涙を見せていた。一番悔しい思いをしたのは轟だが、三島は試合後にリベンジを誓っていた。

 

「ああ。とにかく、俺達はまだ青道から得点を奪えていない。まずはあの投手陣を打たないと。」

秋葉は、まずはあの高い投手力が何よりも厄介だと考えている。

 

薬師の見立てでは、まず投手の柱は大塚、打の柱は沖田。この二人のエースとバッターをいかに叩くかだ。

 

「まあ、俺らがやる前に、火だるまになる可能性もあるがな」

 

 

いくら青道でも、失点は免れない。例え大塚であってもと。

 

 

 

 

市大三高でも―――

 

 

「春の選抜よりもスケールアップしているこの打線を前に、誰がキーになるかはもう解っている。」

 

当てられたら確実にホームランされるであろう、川上ではない。

 

そして降谷。いくら変化球を覚えたとはいえ、2球種で長いイニングを抑えるのは厳しい。

 

沢村は、抑えられるかもしれないが、抑えられないかもしれない。だからこそ逆に怖い。だが、はまれば波に乗るだろう。しかし、スライダーを封じられた瞬間に終戦だろう。

 

丹波の投球を見る限り、妙徳に手古摺るようでは危ない。良くて短いイニングだろう。

 

そう、世間は見ているし、彼らも今はそう考えていた。

 

 

 

よって、先発するのは――――

 

「大塚がカギを握っているという事か」

 

「ああ。アイツがどこまでやれるか。それが青道の勝利を左右する。」

 

高校最強の怪物打線対新世代筆頭。高校野球の次――――――

 

 

プロ野球のスカウト陣の出方すら占う一戦となるのは間違いない。

 

 

今年最高のルーキーが、横裏ドラフト候補達にどれだけの実力を示すか。

 

 

 

その世代を代表する大塚対坂田の激突。チーム編成に影響がでるはずだ。

 

 

 

 

 

 

甲子園は近年稀に見る大盛況。大阪桐生と横浦の一戦で不完全燃焼の甲子園ファンは、大記録を更新できるかがかかる横浦と、天才大塚の対戦を心待ちにしていた。

 

 

 

 

「大塚君」

その世間の目を浴びている好投手に、少女が勇気を振り絞り、前に立つ。

 

「―――――あと2勝。自分の体は解っているよ」

 

「怪我が、怖くないんですか――――」

 

「―――――怖いけど、無茶はしないよ。」

 

「それが無茶なんです!! 怪我をして、また―――またリハビリなんて―――」

 

「――――右の5本目の肋骨を痛めている。医者にはそう言われた。まだ骨折ではないけれど、それでも不味いらしい――――」

それはもう、骨折の一歩手前。腰の回転が良く、1年生とは思えないほどの剛速球を投げ込み、且つ9回を投げ切れる体力がある。その弊害が、ここにきて大塚にしわ寄せが来ていたのだ。

 

「上半身の筋肉が足りない。大丈夫、横浦戦で抑えたら、もう長い回は投げないと思うから」

 

「――――せめて――――せめて監督に伝えてください!!! このままじゃ、大塚君が壊れちゃう――――」

懇願に近い吉川の言葉。自分の事ではないのに、他人に対してこうも必死になっている。その姿が、何か痛々しくて、それでもどこか嬉しいという気持ちも抱いた大塚。

 

だが、一番の要因は、

 

――――ホント、まあ断れない空気だよな――――

 

「――――まったく、こんなんじゃ、断れないなぁ、まったく――――」

 

「大塚君――――」

こんな時でも軽口を言う余裕がある大塚に、キッ、と睨む吉川。それは怪我をして無茶をしている大塚を咎める意味を込めている。

 

「―――ハァ。それで、隠れていないで、出てきたらどうです?」

大塚は、先程気づいた視線に対し、そんな言葉を投げる。

 

「――――大塚――――っ」

そこには信じられない、という顔をしている御幸、そしてマネージャー陣。

 

「すいません、先輩。あの投球にはやはりリスクがあったようです。」

 

「――――違う、あの時だ。明川戦のスライディング。あの時に痛めたのか――――」

御幸はそれだけではないと、アレが決定打だったと感じていた。大塚の怪我が真実である以上、アレが直接的な原因。

 

 

けど言わなかったのは―――――

 

「もし言えば、明川の皆さんに迷惑がかかる。御幸先輩、絶対に明川学園の件は言わないでください。」

 

天才が怪我をした理由。それが明らかになれば、沖田の二の舞だ。彼のような理由で、野球で苦悩してほしくなかった。

 

あの時は全て、全力を尽くして戦った。だからこそ、言い訳をしたくないのだ。

 

相手を傷つけたくないのだ。

 

 

 

「――――投げ切れるわけがない。無理だと思ったら、俺が直訴してでも降板してもらうからな。」

厳しい表情で、御幸はそう断言する。この投手が怪我で消えることだけは避けなくてはならない。それは青道全体を考えているだけではなく、御幸が、この投手の未来を守りたいと感じているからだ。御幸にとってのトラウマでもある――――

 

―――こいつを、クリス先輩の二の舞になんてさせない!!

 

 

「大塚君―――なんでもっと、早く言わなかったの?」

貴子は、有望な1年生投手の怪我の発覚に、言葉を震わせる。

 

 

「そうですね―――先輩達が喜んでいる姿を見たいと思ったから、このチームを頂点に導くために―――俺自身がマウンドを降りたくないと思ったからです――――横浦戦は責任を持って投げます。これが、俺のけじめです。」

 

その後、大塚は泣き崩れる吉川を御幸やマネージャー陣に任せ、監督へと怪我の報告をしに行った。

 

ガンッ!!!

 

壁に思わず拳をぶつけてしまった御幸。表情は歪み、その二枚目の顔は、崩れていた。

 

「――――――」

どうして気づいてやれなかった。そんな後悔だけが彼の心に残っていた。

 

「―――クリス先輩の時もそうだ。俺はいつも、遅い――――ッ」

 

 

 

そして、

 

 

 

「お、大塚――――それは本当なのか――――!?というより、体は大丈夫なのか!?」

太田部長が驚愕し、そして大塚の事を気遣うように言葉を続ける。

 

「――――どうして言わなかった。」

大塚の体を貫くような、やや非難の眼差しを向ける片岡監督。

 

「――――違和感を覚えたのは、薬師戦。症例が解ったのは、稲実戦の後です」

包み隠さず、大塚は白状する。彼の前で、嘘を言う覚悟などない。

 

「この状態で、お前は――――」

 

 

投げてきたというのか、これが大人達の気持ちだった。

 

 

 

 

「けど、横浦戦だけは、この一戦だけは、俺の責任に賭けて、チームを勝利に導きます。迷惑をかけた分は、きっちり返します」

だが、これだけは言う。横浦戦、先発で勝機があるのは大塚。ギャンブルをするなら沢村。

 

もしくは――――

 

 

「――――限界が来たと感じたら、すぐに降板させる。だが、一つだけいいか、大塚」

準決勝の“登板”を許す片岡監督。だが、その後の言葉は、大塚が抱いていた心に響くモノだった。

 

「お前はそんなにも―――――このチームを信じられなかったのか――――すまなかった」

頭を下げる片岡監督。そしてその姿に驚く太田部長と、高島副部長。

 

 

大塚が無理をしなくていいようなチームに鍛えることが出来なかった。エースや柱という役回りが彼を苦しめたのだ。

 

 

片岡監督も、そんな経験があった。だからこそ、強く言えなかったのだ。

 

 

「――――――っ」

それは、大塚が抱える本当の壁。如何にチームを信じるか、その心が足りなかったことを示している。

 

「――――すいません。今の俺には、片岡監督が期待する答えは、持っていません。」

 

 

 

 

そして一方の準決勝の相手、横浦高校では―――

 

「まさか、こんな縁があるとはな、神様に少しは感謝するべきだろう」

後藤は、かつてのチームメイトと、準決勝で戦えることに喜びを感じていた。

 

「ああ、あの大塚坊やと戦うとはなぁ。あの時ほど、神様を恨んだことはなかったが、存外に俺達には甘いらしい。まあ、本番でアイツにノーノー食らわされないように注意しないとな」

多村は、あの投手の復活と、甲子園での再戦を後藤と同じく感慨深いものだと考えていた。彼らにとって、あの事件は分岐点でもあった。

 

「負けるつもりはありませんよ。勝負の世界。勝つ気持ちを失ったら、面白くはないですからね」

そして元バッテリーの黒羽。盟友との大舞台での対決に、心躍っていた。

 

――――負けないからな、栄治!!

 

 

 

 




温度差がヤバイ。


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第65話 エースの誇り

おい誰だこの人・・・・

この人、原作でこんなに頼もしかったか?




衝撃の準々決勝後。大阪桐生第一が大敗しても、甲子園の針は進む。

 

準々決勝第3試合は沖縄光南がまさかの大苦戦。柿崎を温存して臨んだ一戦は、4回までに5点ビハインドを追う苦しい展開。しかし、柿崎登板から流れは変わり、6回に一挙8得点。その後も前半の鬱憤を晴らすかのように得点を重ね、

 

『試合終了~~~~!!! 4回までは苦戦の春の覇者光南!! 終わってみれば19安打15得点で道北高校を圧倒!! 15-5で大勝です!!』

 

 

6回からリリーフに上がった柿崎がそのまま続投、7点差のついた9回に降板する。準決勝、決勝を前に温存しておきたかったが、投手陣に不安要素が残った。しかし一方で打線は好調。

 

 

最後の準々決勝でも、光陵高校がエース成瀬を温存。手堅い攻めと、終始主導権を渡さない試合運びで8-3と快勝。成瀬の温存に成功。

 

横浦と青道の反対ブロックの光陵と光南。

 

対照的な2校の勝ち上がりを見て、光南の春夏連覇に暗雲が漂い始めてきた。エース柿崎はまだ2年生。全試合に登板。いずれもプレッシャーのかかる場面。

 

宝徳に打ち崩された神木のように、崩れれば敗退の可能性もなくはないのだ。

 

4校の勝ち上がりの中で、一番目立ったのが横浦。和田が崩れても、後ろには1年生140キロリリーバー、左の辻原、右の諸星がいる。この二人をそれぞれ投入した後の大阪桐生は快音が一つもきかれなかったのだ。

 

横浦高校、ただの打撃力のチームではない。後ろに優秀な火消しがいることも、トーナメントを勝ち上がる力を証明している。

 

 

 

 

準決勝前日、御幸はから元気に近い様子でスコアブックを読んでいた。いつものような覇気が若干感じられないが、全国のプレッシャーを前にして、

 

「いやぁぁ、今のところはうまくいっていますけど、足を引っ張らないようにこうして強打者たちの弱みを分析ですよ。出来ればまともに勝負したくない相手ですから」

と、本人が語っていたのであまり心配している人はいなかった。何よりも、勝利に貪欲な彼ならば、大丈夫だろうと。

 

ただ、主将の結城と、小湊、伊佐敷、増子は事情を知っているだけに、複雑な心境だった。

 

――――背中痛!? どういうことっすか!!!

 

―――――理想的な回旋運動に体が耐えられなくなったらしい。1年生であれほどスピードボールを無尽蔵に出すリスクについて、俺も理解しなければならなかった。

 

片岡監督の言っている意味がよくわからなかった一同。

 

―――――それでは、横浦戦の先発は――――

 

小湊は、そんな状態の彼が先発するのは有り得ないと考えていた。だが―――

 

――――ああ、丹波を先発させる。この試合は継投がカギになる。だが、大塚の力を借りなければならんだろう。

 

丹波、沢村、川上、降谷。この4人で行けるところまで行く。最初から頭数に入れるわけにはいかない。

 

大塚が故障しているという事実は、大阪桐生と横浦の試合後の夜だ。本人からの自己申告だった。クリスや丹波の時とは違い、大塚は小湊のようにまだ軽微。酷くなる前に発見できたのが幸いだった。

 

「――――すいませんでした。」

大塚は、黙っていたことを謝罪した。今まで、そんな素振りすら見せなかったことから、一同は、驚愕していた。

 

「――――とにかくだ。もう短いイニングでいい。お前は体を休ませてくれ。秋大会までに、怪我をしない体づくりをすればいい。」

結城は、大塚にはクリスの二の舞だけは避けてほしいと考えていた。だからこそ、もうリリーフに回るべきだと。幸い、先発は丹波と沢村がいる。だからこそ、無理をするなと言う。

 

翌日の朝、大塚は片岡からリリーフに回ることを言い渡された。彼も先発でより多くのイニングを投げることを考えていたが、この怪我は軽くはなく、投球に影響が出る。

 

それがどれだけチームに影響があるのか、それを理解させられた。特攻覚悟で全てを失う気なのかと。

 

 

「――――解りました――――けど、本当に危ない時は、迷わずブルペンにいきますよ。」

大塚は、それでも怯まない。監督と主将の前で、それでも彼は他の18人と同じ闘志を持とうとする。同じような役割を臨んでいる。

 

「もうこれが最後かもしれない。全国で優勝できるチャンスが来年に、再来年にあるかどうかもわからない。だから――――」

 

 

パチンッ!!!

 

 

その時、続きを言おうとした大塚の言葉がとまる。それは貴子の平手打ちによるものだった。

 

「!!」

結城をはじめとした部員たちも驚く。このまま大塚を暴走させるわけにはいかなかった。だが同時に結城は、本来の自分の仕事を彼女に任せてしまったことを申し訳なく感じていた。

 

この男を止めるのにもはや、手段を選んではいられないことを知っていたはずだ。

 

 

 

「――――――――――――――」

大塚は呆けた顔で、目の前で怒っている貴子を見た。ぶたれるとは全く思っていなかったので、呆然としていた。

 

「呆れてものが言えないわ。」

呆れた口調と、非難めいた視線。不意に、大塚からずれた貴子の目線を追うと――――

 

「――――――っ」

ぽろぽろと、涙を流していた吉川の姿が目に入った。頬がまだヒリヒリするが、大塚は頭をハンマーで殴られたような感覚に陥る。

 

 

「―――――吉川さ――――」

 

 

「やめて――――もう、やめてよ――――」

 

 

 

「お、俺は……そんなつもりじゃ……」

狼狽えた様子の大塚。ここまで狼狽した彼の姿は珍しい。だが、そんな彼でもこの状況では何もできない。

 

 

 

「――――もっと周りをよく見なさい。貴方の独りよがりで、青道が勝てると思っているの? それに、仲間を信頼しない投手に、エースの座は託せるモノではないわ」

容赦のない一言。人として信用はしていても、選手として信頼することが最後までできなかった大塚。それが大塚に足りないエースとしての心。

 

 

丹波には当然の如く出来て、大塚には出来ないこと。なまじ他人と隔絶した才能があるから、独りよがりになる。だから見失う。

 

人に見せつけるように驕る事だけが、慢心や驕りではない。人を信じないことも、驕りになってしまう時がある。

 

「―――――監督として、一人の教師として、お前に無理をさせるわけにはいかん。それはほかのチームメイトも同じだ。そうだろう、お前たち」

 

 

「ったく、無理をするなっつうの!! ホント、大馬鹿だったんだな、お前」

怒っているのか、それとも呆れているのかわからない倉持。

 

「とりあえず、先輩に対する嘘は後で説教だね。まあ、今回は小言で済むから安心しなよ」

そして黒い笑みを浮かべる小湊。

 

「大塚ちゃん。大塚ちゃんにはまだチャンスがある。それに、大塚ちゃんの夢をかけるのではなく、俺達の力で、栄冠をつかみとる」

 

「勝手に怪我して、脱落なんてゆるさねェからな!!!」

ライバルの離脱に一番腹を立てている沢村。横浦戦の後の決勝は、恐らく彼がキーマンになるだろう。

 

「体を治して、その上で君の上を行く。」

 

「いったはずだ、大塚。お前、俺のようになりたいのか?」

そして最後にクリスの小言。この人は実体験に基づいた忠告なので、大塚も背中が凍る。

 

「ははっ……」

乾いた声で笑う大塚。何か喪失感を抱えつつも、どこか割り切ったような声色。

 

 

 

「――――俺が今言える言葉も、かけられる言葉もない、ですね。準決勝を目前にして、迷惑をかけて――――」

 

「ふん、だったらとっとと体を治して、秋大会でも選抜でも、完全試合でもするんだな!!! お前は少し詰めが甘いからな!!」

伊佐敷は、鼻をフンと鳴らしながら、とんでもないことを口にする。だが、甲子園初登板で、あれほどの投球を見せた大塚に、期待をしないわけにはいかない。

 

――――もっと上のステージで、お前は頑張らなきゃいけないだろうが

 

「む、難しいですね――――けど、頑張ります。」

あの輪を作る事は出来なくても、その輪の中に入れた気がした。

 

「だから後は……」

大塚は途中でその言葉を止める。その先の事を考えると、どうしても言えない。だが、言わなければならない。

 

 

その結論を大塚栄治は認めなければならない。

 

 

「後は……」

絞り出すように、大塚は再び言葉を紡ぐ。今の自分にはもっとも難しいその言葉を。

 

 

 

 

「――――後は、みんなに任せます―――」

大塚の口から、その言葉が出た。彼にとっては出やすそうで、出なかった言葉。仲間を信じることが、こんなにも難しいとは思っていなかった。

 

 

――――青道、光陵、光南、そして横浦――――この中で、戦力的に一番劣るのは、言うまでもない――――

 

恐らく、次の試合も、そしてその次を勝ち上がったとしても、勝率は高くはない。普通にやれば、青道の優勝は厳しい。

 

 

ここまでの快進撃を見せた青道を、人々は称賛するだろう。だが、もう誰も彼らが優勝するとは思っていない。

 

 

 

けどそれでも、大塚は縋りたい気持ちだった。

 

 

――――父さんが言っていた。甲子園は、何が起こるかわからない――――

 

頂点に君臨する男でも、成し遂げられなかった偉業は、最後まで誰に微笑むかわからない。

 

――――才能の壁が、努力と運によって、一瞬でも超えてしまう、越えられてしまうのが甲子園だと。

 

だが、大塚は信じる。青道の勝利を。このチームが栄冠をつかむ未来を。

 

 

信じるしかしないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、大塚は丹波のもとを訪れていた。

 

「すいません。大変な役目を押し付けてしまって―――――」

 

「いや、それはお互い様だろう」

 

気にするなと、言い放つ丹波。

 

「予選の時、お前は俺の代わりにチームを導いてくれた。お前の姿にエースを見た。だから今度は、俺が借りを返す番だ」

予選の時の恩と力投を丹波は忘れていなかった。彼がいたから、青道はここまで来た。彼のやったことに腹を立てないわけではないが、それでも彼が頑張ってきたのはよくわかる。

 

 

大塚が丹波の事をよく知っているように、丹波も彼を知っている。

 

 

――――なんだかんだ、こいつは責任感が強すぎるからな

 

だから、実力を持っていても、常に何かに追い込まれているような雰囲気がある。

 

 

二世選手の重圧は、自分には理解し切れない。

 

 

「俺は、エースなんかじゃない。チームを信頼できなかった。横浦や、他の全国のチームを知って、怪我のことも中々言い出せなかった。俺の弱さが、招いたんです」

ひたすらに悔いを零す大塚。

 

「完璧な人間なんていない。エースも完璧じゃない。この背番号を貰った以上、最善を尽くすさ。」

 

丹波は、大一番を前に穏やかな声色で大塚に語り掛ける。

 

 

「俺は打たれるかもしれない。俺の実力は、お前には及ばない。」

エースナンバーを貰った男は、とても謙虚だ。だからこそ、普通は言えないようなことを平然と言ってのける。

 

 

丹波光一郎は、大塚栄治を認めているのだ。

 

 

しかし、それが丹波の強みであり、進化を遂げようとしているエースの原点。

 

 

 

「だが、だからこそ、自分の役目を果たそうと必死になれるんだ。3回戦の時にそれを俺は強く思った。」

 

怪我をして、投げられない悔しさを知った。怪我をする前の丹波は、いつも自分の力を出し切れずに自滅してしまうケースが多かった。

 

 

しかしその時は、投げることが出来たのだ。力を出し尽くす、出し尽くせない以前に。

 

 

この夏予選は彼にとっての“高校野球最後”の転機だった。自分の力を出し尽くしたい。それが出来ずに終わる悔しさを知った彼は、全力を尽くすことを強く考えるようになった。

 

 

 

 

「丹波先輩―――――」

 

 

「だから、お前は見守っててくれ。俺はお前の言うエースになれないかもしれない。けど、」

 

 

武骨な男の素直な笑顔。

 

 

「最善を尽くす。その姿だけは、この甲子園に刻み付けるつもりだ」

 

 

 

大塚の目の前には、最強の打線に挑む覚悟を決めた、エースがいた。

 

 

 

 

 

 

大塚が部屋へと戻った後、丹波のもとを訪れた人物がいた。

 

 

「調子はどうだ、丹波」

 

 

「クリス」

 

クリスだった。思えば丹波は彼に認められる投手になる事を密かに志していた。

 

 

思えば、中学時代から彼のうわさは聞いていた。

 

 

関東ナンバーワン捕手。プロ野球選手の息子にして、センスの塊。チームの要と言っていい圧倒的な存在感を持つ男。

 

純粋に選手として尊敬していた。だからそんな選手に認められたいと考えていた。

 

 

 

「――――悪くない。」

 

 

「―――――あと“2試合”。最後まで、頼むぞ」

敢えてクリスは丹波に2試合といった。今の彼に必要なのは、彼が備えているのは、強い気持ち。

 

 

勢いを殺され、戦力がガタガタになっている青道に唯一、他の3校に対抗できるものがあるのなら、それは気持ちだ。

 

クリスは、それを持っているかどうかを確かめたかった。あの舘をはじめとした好投手を燃やした打線だ。一瞬でも隙を見せれば、食い尽くされる。

 

 

 

「ああ。クリス。最後に一つだけいいか?」

そして丹波にも、クリスに問いたいことがあった。

 

 

「なんだ?」

 

 

「俺は、エースナンバーを背負える投手に、なれたかな?」

 

投手層が厚くなった青道で、背番号1を本選でつける意味。丹波は、単純にクリスに尋ねたかった。一番その答えを聞きたい相手だった。

 

 

 

 

 

 

「なれるさ。これからも、お前はそれを目指していいんだ」

 

それは暗に、明日の準決勝で見せろと言っているようなものだ。クリスの静かな激を感じた丹波。

 

 

「そうか――――――」

 

 

 

 

 

 

そして――――――

 

大会も終盤、最後の舞台へ進む、厳しい関門、負けられない一戦がやってきた。

 

超満員の甲子園、熱気も日を追うごとに増してきたこの球場は、異様な雰囲気を醸し出していた。そしてその雰囲気によって、誰もがこう思ってしまう。

 

――――まるで、甲子園には何かが住んでいるようだと。

 

 

 

『さぁ、ついに始まります、甲子園準決勝第1試合!! 三塁側、西東京代表、青道高校と、一塁側、神奈川代表、強豪、横浦高校の一戦!!! 大会総得点記録に迫る強打の横浦と、大会屈指のチーム防御率を誇る青道高校の一戦!! 決勝に進むのはどちらか!!』

 

 




丹波さんの言動がフラグになるのか、それとも有言実行になるかは次回以降で

原作丹波さんなら炎上不可避。けど、本作の”漢”丹波なら・・・


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第66話 どこにいても

遅れました。そして短い。

意味するものは・・・・


2017年7月4日 2番青木を2番乙坂に変更しました


『さぁ、ついに始まります、甲子園準決勝第1試合!! 三塁側、西東京代表、青道高校と、一塁側、神奈川代表、強豪、横浦高校の一戦!!! 大会総得点記録に迫る強打の横浦と、大会屈指のチーム防御率を誇る青道高校の一戦!! 決勝に進むのはどちらか!!』

 

『そうですね―――ですが、ここにきて大塚君がベンチスタートには少し違和感を覚えますね。1年生への連投を控えるチームが揃う中、十分登板間隔は開けているはずですが―――』

 

『横浦のスターティングメンバーは、変わらず。その強打、ホームラン数も抜きん出た超重量打線が魅せるのか』

 

横浦のメンバーがスコアボードに映る。

 

1番右 高木  二 

2番左 乙坂  中

3番左 岡本  三

4番右 坂田  右

5番左 黒羽  捕 

6番両 松井  遊

7番左 後藤  一 

8番右 多村  左 

9番右 和田  投

 

 

『対する青道高校。ここで3年生丹波を先発させます。妙徳戦では5回を1失点。まずまずの投球でした。青道は打順を変えてきています』

 

1番右 東条  右

2番両 倉持  遊

3番右 沖田  三

4番右 結城  一

5番左 御幸  捕

6番右 伊佐敷 中

7番左 白洲  左

8番右 小湊  二

9番右 丹波  投

 

 

 

 

甲子園は青道のスタメンを見た瞬間にざわめいた。

 

「大塚が投げないのか? あの打線に対抗できるのは、彼しかいないんじゃ」

 

「青道が打撃戦を挑むのか?」

 

「丹波っていう投手もいいが、横浦の勢いは止められないだろ」

 

 

「大塚君が投げないの?」

 

期待の1年生投手。その青道の核ともいえる彼が先発しない。登板間隔をあけているにもかかわらずだ。

 

 

それが青道にとって、まず不気味な大舞台を形作る材料になっていくのは、試合が始まった瞬間から漂い始めていた。

 

肩透かしを食らった観客の溜息が、否応なく彼らにやってくる。

 

「――――――――――」

丹波はその中でも冷静だった。黙々と自分の投球にいい意味で集中する心構えが出来ていた。

 

 

「やっぱ、大塚を見に来たファンは多いんだな――――」

倉持が、近くに見える観客の不満顔を見て、嘆息する。

 

「大塚に長いイニングは投げさせられない。かといって、大塚が万全でないことを知られれば、横浦も作戦を変えてくるはずだ。」

 

だから今は、言えないのだ。

 

 

これは本人の頼みだった。

 

 

――――後ろに俺がいる、それだけでも彼らにとってみればプレッシャー。お願いします、主将。

 

 

 

覚悟を決めている。17人の選手とともに、彼もまだ戦っているのだ。

 

 

 

 

 

『今大会は、横浦の岡本、坂田のスラッガーが旋風を巻き起こしていますが、青道には超高校級スラッガー、沖田道広がいます!! 今大会は1年生ながらホームラン3本!! 彼の得点圏での勝負強い一発を印象付けるのは、妙徳戦での、一時は逆転となるスリーランホームランでしょう!! あのホームランは凄かったですね』

 

『攻めあぐねて、悪い流れだった時の、あの一発はチームを勢いづかせますよね。ああいう勝負強い打者は、いいですね~~~~』

 

『さらにはこの試合で1番を任されている東条君も、パンチ力はありますからね~~。それでいて出塁率も高く、良い打者です。』

 

『さぁ、両チームベンチ前に出てきました!! 間もなく試合開始です!!!』

 

 

横浦高校の仰木監督は、大塚が先発しないことに、勝機を見出していた。青道の事情が何なのかはわからないが、今大会屈指の右投手である彼が先発をしないのは、先手を打ちやすい状況であると。

 

 

「相手投手はシンカー気味に落ちるフォークと、大きく曲がるカーブ。だが、決して打てない球ではない。青道自慢の投手陣を打ち崩せ。恐らく早い段階でカーブを投げてくる。カーブを有効に使わせる前に、あの投手を叩くぞ。」

 

 

はいっ!!!!!

 

 

 

そして青道ベンチ―――――

 

 

「行くぞ、春の関東大会の比ではないあの投手、ファーストストライクから振っていけ。あのルーキー捕手が配球やリードをする前に、仕掛けていけ!! 球の圧力なら、降谷には劣るぞ」

 

対する青道は、黒羽のリードの根本を叩く必要があると考えた。彼が自分のペースで配球を考えるのではなく、こちらから仕掛ける必要があると。

 

――――その瞬間、投手の立ち上がりだけは、その投手の真の力量が求められる。

 

 

大塚曰く、立ち上がりこそが投手の力量、主に制球面での真価が発揮されるという。特に甲子園のような一発勝負の舞台では、コンスタントな結果ではなく、純然とした結果が求められる。

 

――――リードや配球を展開する前に、あの投手に不意打ちを食らわせる。それがまず最初の布石。

 

 

「俺達は誰だ!?」

結城の掛け声に、ナインだけではなく、応援団からも声が重なる。

 

王者青道ッ!!!

 

「誰よりも汗を流したのは?」

 

青道ッ!!

 

応援団すら取り込んだ、青道の試合前の掛け声。まさに異様な雰囲気を醸し出す。この甲子園の魔物を取り込んだのかのような、異様な闘争心。

 

 

「誰よりも涙を流したのは!?」

ここまで来たら、優勝が見える。だからこそ、主将の声にも力が入る。

 

青道ッ!!

 

「誰よりも野球を愛しているのは―――」

 

青道ッ!!

 

自分たちが立ち向かうのは、今年最強の打線。その打線に挑むは、今大会最優秀チーム防御率の青道投手陣。ナインだけではない。青道全体が気合を入れ、応援団はその声で力を送っているのだ。

 

彼らも解っているのだ。一瞬でも隙を見せれば、あの怪物どもに、全てを食われてしまうと。

 

「戦う準備はできているか?」

 

 

おぉォォォォォォォッッッ!!

 

 

「両チーム整列!!!」

 

「準決勝第1試合、青道対横浦。礼っ!!」

 

 

よろしくお願いしますッ!!

 

 

 

 

そして、まず初回の表、青道の攻撃は、今大会1番に打順の上がった東条。

 

 

「プレイボールっ!!!」

 

 

サイレンの音が鳴り響く甲子園。そしてマウンドの和田からの初球―――――

 

 

―――――絶好球ッ!!!

 

カキィィィィンッッッ!!!

 

初球甘く入ったスライダーが東条に痛打された。打球は鋭くセンター前へと転がり、まず青道が初球ヒット。

 

「クッ―――(リードしようのない初回に畳み掛けてくるか、やるな、大塚ッ)」

 

ベンチで試合全体を見渡している大塚。マウンドだろうが、ベンチだろうが、彼の貢献は小さくない。

 

『初球打ち~~~!!!! 1年生東条のセンター前ヒット!!! 初回から無死のランナーを送り込みます青道高校!!!』

 

『好捕手の黒羽君にリードをさせる前に、打ち崩すつもりなんでしょうね。しかし、振りが鋭いですね。下半身の粘りの利いた、いいスイングです』

 

 

 

――――落ち着いてください、和田先輩。ただのラッキーパンチ。コースに決まれば

 

 

続く2番倉持に対しては、ストレート、スライダー共にコースに決まり、追い込むと―――

 

――――まだ甘く、ファウルされているけど、まだ本調子じゃない。初回にここまで仕掛けてくる高校がいなかったからな――――

 

横浦のネームバリューに気負って、積極的ではなかった。大阪桐生も、歯車が狂えば接戦になっていた可能性もあった。

 

――――スコアリングポジション、ランナーを溜めた場面で、沖田に回したくない。ここで何としても―――

 

 

だが、初回に冷静さを欠いている和田。甘く入ったスライダーを倉持に捉えられる。

 

 

カァァァァンッッッ!!

 

 

センター方向への当たり。痛烈な打球が和田の横を抜け、センター前へと転がり――

 

 

パシッ!!

 

 

ここで、ショートの松井が好捕。二塁へ既に進塁していた東条をアウトには出来なかったが、俊足の倉持を寸前でアウトにしたのだ。

 

『ここでナイスプレー!! 守備で和田を助けます、松井!! しかし、スコアリングポジションで、この青道の3番を迎えます!!』

 

「ちっ――――(くそっ、このプレーでこの投手に立ち直させるわけには――――)」

際どいタイミングでアウトになった倉持。険しい表情でベンチへと帰る。

 

だが、ここで青道は沖田に回る。このスコアリングポジションで、3番沖田。

 

『今大会は驚異的な打率を残し、ホームラン3本を記録。今大会で新世代の怪物となれるか、沖田!!』

 

 

――――この打者とは勝負はしたくない。けど、次の打者も強打。不用意にランナーを溜めるぐらいなら、勝負をするべき。

 

黒羽と和田は、青道相手にある程度の失点は仕方ないと考えていた。後ろ向きな作戦を取って、大量失点するぐらいなら、勝負をしてムードを維持するほうがいいと。

 

 

次の打者も結城という長距離打者。3回戦は不調だったが、アレはあの投手陣が変則的すぎた。

 

 

――――まずはアウトコースのスライダー。出方を見ます。

 

「ボール!!」

アウトコースには反応した沖田。これで、彼はアウトコース狙いであることが分かる。

 

――――やはり、この打者は基本アウトコース。だが、より外を活かすために―――

 

 

カァァァァンッッッ!!!

 

「ファウルっ!!!」

 

内角へのストレート。しかし合わせてきた沖田。瞬時に内角打ちすらも可能にする感覚を持つ沖田。やはり強打の青道の中で、一人レベルが違う。

 

 

――――徹底してインコース。次の打席への残像にするために――――

 

 

打席の沖田は、黒羽と和田の作戦を予測していた。

 

――――アウトコースを見せ球に、インコースへ続けるつもりか? だが、先程のアウトで制球が安定し始めている。この捕手の事だ。抑えられないかわりに、次の打席での攻略に何でも使うつもりか?

 

 

 

 

 

だからこそ、ここで強気に攻めている黒羽の狙いは―――――

 

 

ガキィィィンッッッッ!!!!!

 

『左中間っ!!! 抜けるッ!! 打った沖田は当然二塁へ!! セカンドランナー東条は三塁を蹴るッ!!!』

 

インコース低目、ボール気味のストレートを引っ張り、左中間へと痛烈に抜けていく当たり。すでに東条は本塁へと生還し、打った沖田は二塁ベースでとまる。

 

『青道高校、先制!! やはり初回攻撃!! 青道の3番は勝負強い!!』

 

『振り負けませんね。1年生であれだけバットを振れる選手は稀です。この大舞台で素晴らしいメンタルです。』

 

 

まず先手を打ったのは青道。だが、まだ油断できない。裏の攻撃を考えれば、まだまだ先制打の流れに合わせて打っておきたいところ。

 

『さぁ、ここで4番結城!! 3番沖田に続けられるか!!』

 

――――クサイところでいい。また制球を乱し始めた―――

 

険しい表情の和田。彼の脳裏には、結城に打たれた先制打が残っていた。

 

「ボールっ!!」

 

スライダーが外れる。明らかに力んでいる和田。

 

――――仕方ない。一球捨てるか。

 

 

黒羽はここで、アウトコースのカーブを要求。

 

 

――――力みすぎです、先輩。まずカーブで気分転換してください。

 

「ボールツー!!」

 

ボールにはなったが、いいキレをしたカーブ。

 

――――悪い、バネ。

 

マウンドの和田。やはり連戦の疲れなのか、それとも大阪との対戦で滅多打ちだったことをまだ引きずっているかのような状態。

 

 

 

―――セオリーなら、ここで速い球。だがあちらには当然、変化球もある。フォークが持ち球にあるが、それでも、コントロールミスをして打たれるぐらいなら―――

 

腹を括る展開が多すぎる。だが――――

 

――――ここで投げ切れなきゃ、日本一なんてありませんよ、和田先輩

 

 

「ファウルボールっ」

 

 

結城がインコースのストレートを仕留め損ねた。球速も140キロを超えてきている。

 

――――まだばらつきはあるけど、手ごたえはある。ストレートは調子がいい。変化球は、これからカーブを交えて制球を立て直すとして―――

 

 

カァァァンッッ!!

 

「ファウルボール!!」

 

 

ストレート2球で追い込まれた結城。この局面で強気のリード。

 

 

――――不味いな、黒羽のリードが機能し始めている。

 

大塚は、息を吹き返しつつある横浦のバッテリーに警戒感をあらわにする。

 

 

――――3球続けてのストレート。セオリーなら愚策。だが―――

 

 

黒羽は内に構える。

 

 

――――ボールでいいです。ここでインコースのストレートに反応、次の球のフォークでも自動的に打ち取れます。

 

 

二重三重の策を立て、打者に力を発揮させない。

 

 

ズバァァァァンッッ!!!

 

「!!!」

 

バットが出てしまった結城。外への球に反応できる力があったが、3球続けての同球種。反応してしまった。

 

「スイングっ!!!」

 

「バッターアウトっ!!!」

 

『内のボールに手が出た!! これでツーアウトっ!!!次は勝負強い一打を見せている御幸一也!!』

 

 

ここで、両チームの頭脳の激突。先制点を取り、このまま波に乗ることが出来るのか。

 

 

それとも、横浦が追加点を許さず、反撃にいい流れを作れるのか。

 

 

 




たぶん、次は早い


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第67話 魔境の聖地

宣言通り早いといえるよね

2017年7月4日 2番青木を2番乙坂に変更しました


準決勝第1試合。青道対横浦の関東対決。二死二塁で、バッターは5番御幸。

 

狙い撃ちの応援歌が流れる。御幸のヒッティングマーチ。ここぞという場面では、集中力の増す、彼らしいテーマである。

 

――――今まで、スライダー、カーブ、そして前の試合ではフォークを投げていた。他にも変化球とは言い難いが、シュート回転するストレート。

 

御幸に対して初球、綺麗な真直ぐではなく、シュート回転したボールが内角に食い込み、そしてストライクゾーンへと入り込んできた。

 

「ファウルっ!!」

 

――――沢村の癖球に比べ、お世辞にもいいとは言えない。けど、フォームが崩れた時に、シュート回転の確率が高くなるか。

 

 

第二球。

 

 

「ボールっ!」

 

シュート回転が酷い。外側一杯のボールが逃げるので、ボールになってしまうようだ。今のも、フォームが崩れていた。

 

 

――――中に入ると、落としてくるかもしれないが、この流れで振らずに追い込まれるのはまずい。

 

 

ククッ、ストンッ

 

「!!」

何とかバットを止めた御幸。やはりフォークを頭に入れてよかった。

 

「ボ、ボールっ!!」

 

――――ちっ、これで2ボール1ストライク。ストライクが欲しいな。それに、和田さんの悪い癖が出ている。

 

ナチュラルシュートすると、制球を崩す癖。

 

――――次の打者で打ち取ればいい。なるべく攻めた形でフォアボールに持ち込むか

 

しかし、ここでストレートがシュート回転し、中へと入る。

 

――――甘いコースっ!!

 

カァァァンッッ

 

「ファウルっ!!」

 

 

――――はは……何やってんだ、俺は

 

御幸は、今の球を打ち損じたことにまずさを感じた。開き直り、球威の増した和田のストレートを捉えきれなかった。

 

――――これで、流れは変わった。後はもう当てに来る打者―――

 

 

黒羽は、このファウルが勝敗を分けたと感じた。

 

 

ククッ、ストンッ!!

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

 

 

『空振り三振~~~~!!! 初回のピンチ、最少失点で切り抜けた和田! 青道は追加点ならず!!』

 

 

一球で流れが微妙に変わってきた甲子園。守備に移る青道。

 

 

 

『先発の丹波、この強力打線を前に、どんな投球を見せるのか』

 

 

――――気負わず、コースに丁寧に。ベルト付近は特に注意してください。

 

 

丹波の制球力も今日はいい。まず1番高木。

 

 

―――――高木先輩は第1打席、ボールを見る傾向にあります。目線をとにかく変えて、バッテリー主導でゾーン勝負が効果的です。

 

 

右打者には向かってくるカーブでいきなりカウントを稼ぐ丹波。この切り込み隊長を抑えるには強気に攻めて、打撃をさせないこと。

 

 

「!!(準決勝の舘もだが、こんなカーブがあるのか!!)」

右打者に向かってくる、ブラッシュボールにも似た恐怖心を与える丹波のカーブ。これをコースに自在に決められれば、踏み込む事すら出来ない。

 

―――――後、当てる技術があるので、クサイところを投げれば手を出してきますね

 

味方だったからこそ、その長所も短所も解る。大塚はそのチームの“頂点”だったからなおさらだ。

 

「ストラィィクッ!! バッターアウト!!」

 

『低め振らせた!! 落ちる球に三振!! 最後は腰砕け!!』

 

 

ゾーン勝負とボール勝負。それらを上手く使い分けることで、高木を難なく打ち取る。

 

最後は自分の打撃すら出来なかった高木、ベンチの大塚を見て――――

 

――――エイジの奴、容赦ねぇなぁ

 

苦笑い。とてもやりづらいが、接戦になりそうなので、楽しそうだった。

 

 

 

続く2番乙坂を外角低め、ボールのフォークボールでショートゴロに打ち取る。カーブを意識していたのか、センター方向のバッティングだったようで、内角ストレートを見せられた後のフォークに合わせただけだった。

 

 

――――よし、3番4番の前に、ランナーを置かずに済んだ。

 

 

コワイのは、この打者たちにチャンスで回る事。攻撃の起点である二人には、仕事をさせるわけにはいかない。

 

―――――初球はカーブ。まずはのけ反らせますよ!

 

ククッ、フワワワッッ!

 

 

大きく曲がる変化を描くカーブに、バットが出ない岡本。

 

「ストライクっ!」

判定ももちろんストライク。

 

――――ここでストレートか、フォーク。安全に丁寧にいけば、フォークで問題ない。

 

ここまで来ると、最早詰将棋のような物である。安全に行くか、リスク覚悟でストレートを要求するか。

 

――――緩急の後のストレート。内側から外へと決まるカーブが決まった以上、内角ストレートでスイング自体を壊しにいく!!!

 

 

甲子園で成長を感じる丹波先輩ならば、そして今日のストレートならばまだ抑えられる力はあると考えた御幸。

 

――――インコース高め。厳しく来てください。仮にボールでも、残像を見せられるのでリスクは少ないです。

 

 

丹波も、この状況、この打者相手に自分は格下だと考えている。だからこそ、余計に背負う者がない。

 

 

――――俺が求められているのは、最少失点でバトンを渡すこと。出来るだけイニングを稼ぐこと。

 

しかし丹波が考えていることはそれだけではない。

 

泣きそうな顔をした大塚の前で誓ったのだ。先発としての責任を果たせない彼の為にも。

 

 

最善を尽くすと誓った。

 

 

――――投げられないアイツの為にも

 

ベンチで戦況を見る大塚がいる。この試合に賭ける思いは、恐らく誰よりも――――

 

 

それは予選準々決勝の時の自分と同じような思い。勝ち上がったチームは違ったが、それでも、悔しかった。

 

 

 

――――逃げてたまるかっ!!!

 

目をカッ、と見開く丹波。ここまで来たら、もう自分を出すことしか出来ない。それだけを考えればいい。

 

キィィンッっ!!

 

 

「!!!」

岡本は、ここにきて自分相手に強気に攻めるこのバッテリーに違うモノを感じていた。今までは、エース格であっても捕手が保守的に攻めて、安全策を使って自分たちを打ち取ろうとしていた。

 

しかし、このバッテリーは違う。敢えて、正面から奇策をもって挑んできている。

 

――――やりづらいな、これで球種を絞れない。だが、このストレートのファウルに手ごたえを感じているか?

 

 

 

――――これでいい。次は、カーブでけりをつけますよ。明らかにストレート系、フォークを待つタイミング。なら、ここで徹底的にスイングをさせない!!

 

 

インコースカーブのキレが一段と増す。立ち上がりからカーブの制球、キレが抜群。

 

 

惜しくもコースを外れたが、岡本はスイングが出来なかった。だが、この青道の捕手が、臆することなく攻めてきていることが分かる。

 

「ボールっ!!」

 

 

――――いい感じです。先ほど、カーブの後のストレート、次はさすがに変えてくる、そう思っているはず。

 

御幸は、打者の仕草を見逃さない。どんな一挙一足、一球ごとの動きも見逃してはならない。

 

――――だが、そのやせ我慢がどこまで続く? 次はどっちだ?

 

対する岡本は、好きなだけ見ておけと、余裕な表情。来た球を打つ打法に変わりつつある彼に、配球は通用するのか。

 

 

――――けど、もうストライクは必要ない!!

 

 

 

ズバァァァァンッッッ!!!!

 

「!!!!(グッ、高めか!!)」

高めに手が出てしまった岡本。当然の如く、

 

「ストライクっ!!! バッターアウトっ!!!」

 

『三振~~~~!!!! 青道のエース丹波!! まず初回の攻撃を無得点に抑えました!! 最後岡本に対しては高め真直ぐ。』

 

 

『あくまで、貫きましたね。ストレートに。フォークも頭にはあったと思いますよ。ですが、まずここでこのスラッガーを打ち取ったのは大きいですね。』

 

 

そして2回の表、先頭打者の伊佐敷がまず外野フライに打ち取られる。

 

「ちっ、球威がまだあるか―――」

いい当たりだったが、野手の正面を突く不運な打球。だが、これは配球から考えられた確率の論理。

 

――――この事から解るように、黒羽はリードごとに守備位置を細かく変えてきます。しかし終盤に和田が打ち込まれたのは、その穴を大阪桐生が気づいたのが理由だと思われます。

 

 

御幸は、黒羽はあまりにも見せすぎていると感じていた。青道には広角に打てるバッターが揃っている。結城、沖田、東条ら長打を放てる面子もいる。

 

そして、伊佐敷に対しては通常の守備陣形。

 

――――とりあえず、内野の間を抜ける当たりが理想で、ポイントゲッターに如何にしてつなげるか

 

 

続く白洲は、まだ制球の定まらない和田を攻めたて、フォアボールを選ぶ。まだ本調子ではないエースを叩くことで、何とか有利な流れをつかみたい。

 

しかし――――

 

 

カッ!!

 

 

続く、小湊がショートライナー。いい当たりではあったが、野手の正面をついてしまう。

 

「っ」

自分の中では徐々に感覚が戻ってきている。だが、それでも結果が出ない。1年生野手の中で、自分だけが結果を出せていないことが、小湊を追い詰める。

 

「―――春市、良い打球が飛んでる。アイツの陣形は案外博打みたいなもんだし、すぐにヒットを出せる。」

肩を落とす春市に、沖田がそう言って励ます。沖田はスタンドに叩き込めば関係ないと言えるが、沖田が諭すのは―――

 

「相手の陣形を見て、球種を考えて、相手の裏の裏をついてやれ。ああいう捕手は、攻められると弱そうだしな」

 

続く丹波は三振。この回は無得点。そして問題の2回裏。

 

 

バッターボックスにこの男が立った瞬間に、甲子園の空気が軋んだ。

 

 

 

ワァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

久遠ッ!!! 久遠ッ!! かっ飛ばせェェェ!! 久遠ッ!!

 

 

横浦アルプススタンドだけではなく、一般観客席からも久遠コール。超高校級バッター、坂田久遠の準決勝第一打席。

 

 

 

「これが、今年ナンバーワンのスラッガーか――――っ」

丹波は、この完全アウェーの状況を、姿を現すだけで繰り出してきた男、久遠を前に気持ちを高ぶらせる。

 

 

――――ねじ伏せるッ

 

 

 

『ランナーなしでこの歓声!! 大会屈指のスラッガー、坂田久遠です! さぁ、初回は抑えた青道バッテリーが、この打者相手にどんな攻めをするのか』

 

 

――――まずはフォークから行きますよ、丹波先輩

 

「ボールっ!!!」

 

あっさりとフォークを見極め、手をださない坂田。初球の見送り方といい、3番岡本よりも実力が上であることは容易に分かった。

 

――――まだ荒い3番よりも、こういう打者の方が厄介だ。次はアウトコースのストレート。

 

「ストライクっ!!」

 

アウトコースのストレートには手を出さない。だが、動かないことが逆に不吉だった。

 

――――ストレートを続けます、丹波先輩。同じコースに。

 

 

カキィィィィンッッッ!!

 

「―――――!!!」

 

反応が遅れたかに見えた。御幸の目には、明らかにフォークを待っていたようにも思えた久遠のスイング。

 

 

―――――何だ、それは―――――っ

 

 

御幸は打球を見失った。だから指示を飛ばすことが出来ない。

 

 

 

 

 

 

――――打球が、何で伸びるんだ!? 反応が、タイミング、間の取り方は違うはずなのに!!

 

 

打球は、ライト方向へと伸びていく。

 

僅かにポールを逸れる、特大の一撃。だが、その打球が観客席へとライナーで突き刺さる。

 

 

「――――――っ」

丹波は、明らかに次元の違う打者であることを認識した。2球目のストレート。アウトローの良いボールではあったが、

 

――――スイングスピードで、反応の遅れを強引に取り戻したのかっ

 

 

規格外のフルスイング。右打ちで逆方向に痛烈な打球。

 

 

右打者であるにもかかわらず、右に引っ張るを体現した打球。

 

 

『痛烈な打球でしたねぇ!!! スイングも早かったですねぇ、合わせたような感じかなと思いましたが』

 

 

『彼のスイングは、フルスイングですが、逆方向へもフルスイングできるのが強みですからね。ボールとバットを点で結ぶことに関しては、高校歴代最高クラスですね』

 

 

『歴代ですか!?』

 

『ええ。パワーはありますが、選球眼、ミート力に賭ける選手もいた中、彼はアベレージタイプにして、ホームランバッターですからね。今年のドラフトが、投手の目玉が神木君なら、打の目玉は彼ですよ。数十年に一度の逸材ですよ、彼は』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかしなんにせよ、坂田を追い込んだ。1ボール2ストライク。この有利なカウントを活かし、絶対に抑えたい。一方、坂田にしてみては、フォークの可能性を感じていたので反応が遅れた。

 

 

 

遅れていなければ、一振りで先制打を水泡に帰す一撃だった。

 

 

 

 

 

綱渡りなリード。だが、通常のリード、型にはまった、レベルに合わせたリードでは絶対に抑えきれないと御幸は感じていた。

 

だからこそ、投手である丹波よりも、捕手の御幸に壮絶なプレッシャーが押し寄せていた。

 

――――逃げるな、相手をねじ伏せろ。全ての責任を背負えてこそ、柱だ。

 

御幸は、ここまで恐怖を感じた打者に初めてであった。圧倒的な威圧感が、球場全体に影響を与えるその存在感。

 

 

 

沖田どころの話ではない。彼すら足元に及ばない器を誇る男。

 

 

それが坂田久遠だった。

 

 

 

 

 

ククッ、ストンッ!!

 

もうストレートは投げられない。アウトコースボールゾーンのフォーク。ストライクからボールになる素晴らしい球。

 

 

 

普通なら、空振り三振のウイングショット。

 

 

 

 

「むっ!」

 

カァァァァンッッ!!

 

膝を曲げて器用にフォークにバットを合わせた坂田。痛烈な打球がセンター方向に飛ぶ。

 

 

 

坂田久遠は、空振りになるはずのフォークボールを“大飛球”にしてしまう。

 

 

 

 

「正面だ、この野郎ッ!!!!」

 

野手の正面を突くセンターライナー。やはり、そう簡単に空振りは奪えない。コースに決まっていなければ、長打コースだった。

 

とはいえ、初見のフォークに瞬時に合わせることが出来る実力は、やはり彼がドラフト候補であることを証明している。

 

――――やはり若干シンカー気味か、次は捉える

 

 

 

 

『アウト~~~~!!! 4番坂田を打ち取りました、エース丹波!! 主軸相手に一歩も引きません!!』

 

『痛烈な当たりでしたが、正面でしたね』

 

「ふしっ!!」

そして自然と出たガッツポーズ。3番4番に対して、無安打に抑える丹波。勢いに乗り、その後も抑えたいが――――

 

 

―――――5番キャッチャー、黒羽君

 

 

アナウンスから聞こえる、要注意の5番打者。

 

――――この打者に対しては、打たれても仕方ない。ストライク中心で、追い込むまでは勝負です。

 

この打者にどんな形であれ、球数を投げるわけにはいかない

 

キィィィンッッ!!

 

「ファウルっ!!」

 

ファウルをされても臆さない丹波。黒羽は、この強気に攻めてくる投手の背後にいるモノをすぐに見つけた。

 

――――真っ向勝負。ランナーがいないから、ヒットでも構わない、か。

 

 

ストレートの連投、黒羽はこの球威のあるストレートに振り負けない。だが、まだ捉えきれない。

 

――――3球連続で、ストレート。あり得る。とにかく、振り負けないこと。

 

 

「ファウルボールっ!!」

 

右に切れてファウル。だが、だんだん鋭さを増していく打球に、御幸は考える。

 

――――当然、相手はフォークを考えている。しかしこの捕手はカーブがあることを頭に入れている。

 

 

――――4球連続ストレートにはしたくないはず。だからこそ普通はフォーク。だが、この捕手ならカーブを攻めてくるはず。

 

 

 

―――――ボール球でいい。とにかくカーブで相手の出方を待つ。

 

 

ククッ、フワワワッッッ!!

 

「ボールっ!!」

バットが出かけた黒羽。しかし最期にスイングを止め、打ち取られない。

 

――――カーブまでは予想できていたが、このカウントでは無理をしなかったか。

 

平行カウント、次が勝負球。

 

――――今のスイング。明らかにカーブを読んでいた。こいつ、本当に1年生かよ。

 

1年生に見えないその読み打ちのセンス。御幸は舌を巻く。

 

 

――――カーブを見極めた、次は恐らくフォークかストレートのどちらか。ここまで反応したんだ、次は必ず―――

 

黒羽は、恐らく早い球で来ると予見した。

 

 

しかし最期にきたのは、丹波の代名詞であるカーブ。

 

 

「!?」

 

カァァァンッッ!!

 

反射的に手を出してしまった黒羽。打球はファウルゾーンではなく、前へと飛んでしまう。

 

 

「ライトっ!!」

 

力のない打球を捕球した東条。黒羽に当てられはしたが、タイミングを外して打ち取った。

 

これでツーアウト。続く6番松井を打ち取り、この回も三者凡退。御幸のリードがさえわたる。

 

メンタルの問題さえなければ、丹波はいい投手なのだ。不退転、格上との相手で開き直れば、彼に怖いものはない。

 

 

「丹波君、登板を追うごとによくなっているわ。」

3年間彼を見てきたマネージャーの貴子は、強力打線相手に臆することなく攻めていく彼の姿に驚きを隠せない。

 

「丹波先輩。このままイニングを投げて貰えたら――――」

ベンチに座り続けている大塚を見て、吉川は祈るような目で丹波を信じることしか出来ない。

 

「――――そうね――――彼が出ない展開であることを、祈るしかないわ」

 

 

 

そして、青道ベンチでは――――

 

 

「今日は特に暑いな。沢村、決勝の舞台は重要だから、今日はブルペン入るなよ」

 

「え!? で、でも相手は―――」

 

「川上先輩と降谷が投げる。それに丹波先輩を信じるしか、青道に勝利はない。」

 

「――――丹波先輩―――――」

 

 

大塚と沢村の前を降谷が過ぎていく。ブルペンにて肩を作りに行ったのだ。

 

「おい降谷。まだ早いぞ。」

大塚が怪訝そうな顔をする。

 

「あの打線の恐ろしさは僕がよく知ってる。だからいつでも準備をしておきたいんだ。」

 

 

「降谷―――――なら、水分補給はやっとけよ。この暑さだ。コンディションを整えて出るのも投手の約束事だ」

 

 

 

 

 

 

 

3回の表、いい投球を続ける丹波を援護したい青道は、打順返って1番東条がセンターフライに打ち取られる。

 

「いい当たりだったのに―――」

東条は低めのフォークを掬い上げたが、もうひと伸びなかった。

 

続く、2番倉持。

 

コンっ

 

 

初球セーフティで、自慢の俊足を生かし、出塁。足の速いランナーを塁に出すことに成功する青道。

 

「なんて足だ――――」

 

黒羽も、倉持の足に驚く。

 

ここで、先制タイムリーの沖田。要注意の打者。

 

――――このチャンスで横浦をさらに突き放す!

 

しかし―――

 

 

「ボールっ!」

 

 

際どい球、

 

「ボールツー!!」

 

また際どい球

 

「ボールスリー!!」

 

今度は大きく外れた。

 

黒羽は縦に頷き、最後は―――

 

「ボール、フォア!!」

 

最後はウエスト。一塁ランナーを意識したと、そう思う観客も多いだろう。だが、明らかに―――

 

『ポイントゲッターの沖田にスイングをさせませんでしたね。ランナーがいる時は歩かせる可能性が高くなりそうです』

 

『ランナーは足の速い倉持君で、高打率を残している沖田君です。とにかく、これで一死二塁一塁。追加点が欲しいですね』

 

 

ここで、四番結城哲也。

 

 

――――間違いなく、このチームは来年強くなる。

 

結城はそれを感じた。下級生たちが成長すれば、容易に自分たちを越えてくれる。

 

ネクストバッターサークルで、御幸が結城の背中を見ている。

 

――――甲子園で少しは4番らしいところを見せなければ。

 

 

「ストライク!」

 

まずストレートを要求した黒羽。投げ込んだ和田。和田にしてみれば、春の関東大会で打ち込んできた相手なだけに、力が入る。

 

―――春のようには―――っ!

 

 

横浦のエースを背負う意地がある。だからこそ、これ以上打たれるわけにはいかない。

 

 

黒羽としては、ここで明確な守備の陣形の指示が出来ない。広角に打ち分けることのできる打者であり、何よりも長打がある。

 

 

――――沖田を敬遠しても、次はこの人だからなぁ。あっ

 

 

黒羽は、この人を打ち取った時の記憶をたどる。あの時は散らして打ち気を逸らせたが、

 

キィィィィンッッ!

 

「ファウルっ!!」

 

甘いコースへと入ってきたボールに、冷や汗を流した黒羽。

 

――――危ねぇ。この局面でこの制球力はないでしょ、先輩――――

 

 

もっと丁寧に、やや激しいジェスチャーを出す黒羽。上級生だろうが関係ない。守備の要を任されている以上、妥協を許すわけにはいかない。

 

スライダーが甘く入ったが、真ん中外寄りのコース。右打者には逃げていくような変化。

 

――――後はボールゾーンでどうふらせるか。一球インコースのボールからボール。

 

 

 

 

――――追い込まれた。後はミートを意識したコンパクトな振りで、確実に内野の頭を超す。ボール球に手を出さないことが寛容。

 

 

「ボールっ!!」

低目、降らせる変化球には手を出さない結城。軽打でも構わないという姿勢が、結城の選球眼を底上げさせているのだ。

 

沖田の練習の成果であり、そのミートのポイントが合えば、ヒットを打てるという自信が彼にはあった。

 

だからこそ、失投を彼は見逃さない。

 

 

カキィィィィンッッッッ!!!!

 

 

「くっ!!!」

黒羽は、要求とは逆のコースに入ってしまった甘い球に歯噛みする。

 

 

「!!!」

そして打った結城はその打球に驚いていた。自分の感覚では軽く振ったつもりにもかかわらず――――

 

 

『抜けたァァァァ!!! 二塁ランナー三塁を蹴る!! 一塁ランナーもまわるッ!!』

 

 

打球は意外に伸び、右中間真っ二つの当たり。完全に長打コース。

 

「廻れ廻れ~~~~!!!」

 

「追加点来るぞ!!」

 

青道サイドからの声援が飛び交い、まず倉持が生還する。

 

「しゃっ」

 

小さくガッツポーズをして、まず本塁を踏む倉持。続いてもスピードで、

 

『一塁ランナー、三塁もけるっ!!』

 

 

「戻れ戻れ~~~!!! 沖田~~~!!!!」

 

しかし横浦も負けていない。

 

「これ以上やらせるか!!!」

ライト高木からの好返球。強肩を活かした送球が迫る。

 

 

「―――――っ!!!」

 

沖田はスピードを緩めない。そのまま突っ込む。送球がダイヤモンドの中に入ってきた。際どいタイミング。

 

―――――際どい、捕球してすぐに――――

 

 

だが、沖田はまだ勢いを止めない。むしろまだ早くなっている。

 

 

――――ここだッ!!!

 

沖田がスライディング体勢のまま、ホームベースに突っ込む。

 

すっ、

 

 

「何………だと………!!?」

 

背後を何か白い物体が通り過ぎたことが分かった。それが沖田だと解ったのは、審判のコールが響いてからだ。

 

「セーフっ!! セーフっ!!」

 

 

『ホームインっ!! 何というスライディング!! スピードを緩めず本塁突入の沖田。左手一本で鮮やかにキャッチャーのタッチを擦り抜けた~~~~!!』

 

――――いつ、いつホームにッ……!?

 

背後で起きた事であり、黒羽は理解が追い付かない。彼はそれを見ていないし、沖田が何をしたのか、セーフであったこと以外が解らない。

 

『よく反応したというか、審判もよく見ていましたね。あそこでピンポイントに手でベースに触れられるとは、大したものです』

 

カメラの映像でも、沖田がスライディングをしている最中、左手でベースを触っていることが分かる。ブロックを擦り抜けて触る光景は解るが、あのスピードでそれを両立した彼は、本当に素晴らしかった。

 

『青道高校、待望の追加点!! 3-0と、点差を広げます!!』

 

 

 

そして、それを眺める残り2校となった他のライバルたち。

 

 

「けど、西東京は白頭の左腕が消えたと思えば、それを上回る投手たちのオンパレード。やっぱり東京は層が厚いな」

 

春の覇者、光南のエース柿崎。この大会の2年生世代の中で、最も評価の高い男。選抜終了後からトルネード投法の動きを取り入れ、さらに球持ちがよくなったこの左腕。今大会の自責点は0。

 

「確かに、あれでまだ大塚が投げていないからな。逃げ切り体勢になれば、まず横浦に勝ち目はないかもな。まあ、大塚と和田の投げ合いなら大塚だろうけど」

捕手で、同い年の上杉は、大塚を先発させた方が勝率は高いと考えていた。

 

後半、横浦が蘇り始めた時に、大塚をリリーフさせ、名門校の息の根を止めるのだろう。しかし柿崎は不思議に思う。

 

「まあ、準決勝の次は、決勝で俺らか、光陵のどちらかだからな。温存したい気持ちもわかるけどさ」

2年生、ショートのレギュラーは、決勝を考えた投手起用の青道に、多少の理解を示すも、

 

「死力を尽くさないと、優勝は厳しいけどな。ま、うちらもカッキーを温存できているとは言えないし、あまり言えないが。」

 

――――あの打線は確かに恐ろしい。だが、大塚ならば、9イニングを投げても問題ないと思うが――――

 

 

そしてそれは、彼らだけが疑問に思う事ではなかった。

 

 

「ふむ、大塚がベンチ。これは―――」

 

「怪我、もしくは疲労か。決勝の温存にしては、片岡監督も手堅過ぎるが―――」

 

「だが、1年生であれほどの才能を持っており、あの球威と制球を維持できる。ポテンシャルは認めるが、やはりあの剛速球は、1年坊主の体には、かなり負担があるんじゃないか?」

 

スカウト陣は、大塚のやや細い体を気にしていた。そして、連投を許さない片岡監督の姿勢を見て、彼は故障体質なのではないかと。

 

一般観客の間でも、青道への不満が出始めた。

 

「あの1年生の子が投げないの~~~~」

 

「ここで投げなくて、何がスーパー1年生なのかしら。」

 

「大塚が見たいなぁ~~~~」

 

「あの投手を見るために、甲子園にきたんだけどなぁ」

 

「案外腰抜けなんじゃないかぁ? 西邦を抑えたぐらいで、もう満足しているとか」

 

「大塚を出せよ~~~」

 

 

ざわざわ、

 

 

青道ベンチや青道応援スタンドからすれば、大塚が怪我をしていることを言うわけにはいかない。だが、

 

「―――――ッ」

吉川がキッ、と一般応援席の方向を睨む。何も知らないのに、大塚の事を悪く言う。それが許せなかった。

 

「アイツらッ!」

それは金丸も同じで、

 

「大塚のことを何も知らないで―――ッ!!」

狩場も、憤りを隠せない。

 

 

「抑えんか、お前らッ!! ここで問題起こす方が、アイツらの迷惑になるのが解らんのか!!」

前園が怒気を孕んだ雰囲気の二人を抑える。

 

「けど、アイツらッ!! 何にも知らないくせにっ!!!」

 

「くそっ、大塚―――けど、このままじゃ―――」

 

「なんだよ、この空気。勝っているのは俺たちなのに―――ッ!」

青道の部員は気味が悪かった。勝っているのに、ムードが悪い。特に、一般応援席からの不平不満がこちらまで来ている。

 

 

――――これが、甲子園なのかよ。

 

 

誰もが思う。異様な雰囲気が出始めている甲子園。魔物がまた呼び起こされるのか。

 

 

 




力尽きたので、次はたぶん1週間後ぐらい。


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第68話 分岐点の先へ

お待たせしました。

2017年7月4日 2番青木を2番乙坂に変更しました


青道対横浦、決勝をかけた一戦。

 

3回表一死二塁。ここでまたチャンスで御幸。以前は抑えられたが、この調子が中々上向かない投手を仕留めることが出来るか。

 

ここで追加点が取れれば、かなり大きい。

 

 

――――狙うのは初球。ファーストストライク。今奴の調子の良い球種は、スライダー、そしてストレート。

 

カーブは力みが取れず、フォークは浮いたり下に叩きつけられるなど、まだ安定していない。

 

――――スイングをコンパクトに、ミートする感覚で、

 

カキィィィィンッッッ!!!

 

 

『初球打ち~~~!! ライト前~~~!!! 二塁ランナー結城が三塁を蹴る!!』

 

 

「やらせるかよッ!!」

 

ライトの高木からの再三の好返球。ノーバウンドで低い弾道。レーザービームのような返球が、本塁に迫る。

 

ズバァァァンッっ!!

 

「!!!」

 

結城がスライディング体勢になった目の前で、黒羽がその返球を捕球。

 

「アウトォォォォぉ!!!」

当然判定はアウト。さらなる追加点を取れなかった青道高校。

 

「!!」

そして黒羽はこれに満足することなく、

 

「なっ!?」

二塁を陥れようと攻撃的な走塁をした御幸を、寸前でアウトに。素晴らしい判断で、チャンスメイクすら封じた。

 

 

 

「何やってんだあの人っ!!」

 

結果的に、4番のバットで追加点が取れたが、やはり悪い流れが出始めている。

 

 

対照的に丹波は一巡目をノーヒットに抑える。

 

『3回終わってまだ横浦がランナーを出せません!!』

 

『あのカーブが横浦の選手たちを食い止めていますね。右打者にはブラッシュボールに見えるでしょうねぇ』

 

 

『ここまで3回を投げ、被安打0、四死球なし、奪った三振は3つ! この丹波はどこまで横浦を抑え込めるのか!!』

 

4回表、伊佐敷がランナーに出るも、続く白洲が打ち上げ1死。小湊ファーストライナー

 

 

「げっ!!」

 

伊佐敷戻りきれずタッチアウト。

 

 

丹波の投球だけではどうにもならなくなりつつあるこの流れ。

 

 

そして4回の裏、2巡目の攻撃。先頭打者の高木――――

 

カキィィィィンッッッ!!

 

思い切りの良い打撃で、ボール球のカーブを強引に掬い上げ、外野に運ぶ。第1打席とは違って、初球から振り抜いてきた。

 

「なっ!?」

丹波としては、ボール球のカーブ。それを、強引にうちに来てヒットゾーンに運んだのだ。驚かないわけがない。

 

 

ついに火薬庫が火を噴き始めた。

 

 

 

 

2番センター乙坂。手堅く送りバントかと思われたが――――

 

―――まだバントの構えはない。ここで強硬策か

 

1ボール1ストライク。3球目。

 

「!?」

 

ここで、バントの構えを初めて見せた乙坂。それを見て前進する丹波。

 

「なっ!?」

今度は御幸が驚く。

 

乙坂が構えを再び変えてきたのだ。

 

乙坂はバントの構えからバスターに切り替え、一二塁間に空いた穴を狙い撃つヒットでチャンス拡大、横浦の流れが迫り来る。

 

 

 

「―――――ッ」

ここに来ての連打。不味い流れだと感じていた。片岡監督も、ブルペンで投手を準備させているが、間に合うかどうか。

 

無死一塁二塁で、3番サード岡本。

 

 

――――ランナーを溜めた状況で当たりたくなかった。けど、ここは腹を決めるしかない。

 

初球ストレートをアウトコースに、まずはここで打者の反応を見るしかない。

 

――――絶対に見逃すな、どんな挙動も、絶対に見つけ出す。

 

「ボールっ」

 

アウトコース、ストレートにやはり反応していた。しかし、カーブをここで投げるのは怖い。

 

―――どうする、2枚目捕手。

 

岡本は、追い込まれつつある青道の守りを担う、司令塔を見つめる。

 

――――どうする、ここで相手はストレートを待っていた素振りを見せた。

 

 

――――御幸、どうする?

 

 

――――アウトコースのストレート、もう一球続けます。際どいボール、外れてもいいです。外寄りにお願いします。

 

用心深く、そして大胆に。そうでなければ、この打者たちを抑えるのは難しい。

 

 

カキィィィィィンッッッッ!!!!

 

しかし、アウトコースに反応した岡本が流し打ち。打球がレフト方向へと伸び、

 

「なっ!」

 

「ファウルっ」

レフト切れてファウルボール。切れなければホームランボール。僅かに岡本の逆方向に押し出す感覚が狂ったのか、打球が僅かにスライスしたのだ。

 

――――これで1ボール1ストライク。これ以上ストレートはキツイ、か。

 

丹波も、今の打球を見て、厳しい表情。厳しいところに投げて、コントロールミスをした瞬間に試合が壊れる。

 

――――考えろ、相手を欺くために、何が出来るのか。何が出来ないのか。

 

「タイム、お願いします!!」

間を取ろう。相手にまず考える時間を与えて、駆け引きに持ち込む。

 

 

「丹波さん!! ボールはコースに来ていますし、今のところ、言うことはありません。あの連打は、守備の間と、珍妙な打法に惑わされましたが、まだ立て直しはききます」

 

――――そう、出来るだけ笑顔でいろ。捕手はまだこの状況で、強気でいられると見せつけろ。

 

 

岡本が打席から外れた場所で、こちらを凝視していた。相手の隙を付け込む、肉食動物のように、こちらの弱点を探る。

 

――――後は、度胸だ。

 

 

 

インコースのフォークボール。ここで、投げ切れば、後は抑えられる。岡本は狙い球を失い、打ち取れる。

 

――――ここで打たれるわけにはいかない。まだ3回。投手事情を考えれば、丹波さんに投げてもらうしかない。

 

 

――――まだ、あの捕手だけは侮れない。ここでインコースに来る可能性も。いや、1ボール1ストライクでそこまで無理をするか? カーブの線も消えていない。

 

 

「ふしっ!!」

 

丹波は意を決してセットポジションから投げ込む。インコースへの投球。

 

 

――――なっ! インコースっ!?

 

そして、反応が遅れた岡本は、何とかバットを出そうと、スイングをするが、

 

 

ククッ、ストンッ!!!

 

ここでさらに落ちる変化。岡本の目には、丹波のフォークが視界から消えかけていた。

 

ガァァンッっ!

 

ストレートをセンター方向へと弾き返そうとしていたのだろう。それがさらにボールが落ちたことで、当てに来た岡本。

 

 

ただ、さすがはドラフト候補。きっちりセンター方向へと転がしたが――――

 

「ショートっ!!!」

ショート倉持がセカンド春市に送球し、二塁フォースアウト。走りながらの捕球。目いっぱい腕を伸ばして掴み取った打球を春市に託す。

 

 

 

「セーフっ!!! セーフっ!!」

 

ここで、ショートゴロ。ゲッツーこそとれなかったが横浦の岡本を抑え込んだ。

 

 

『ここで痛恨の一打、岡本打てませんでした!! 一死一塁三塁へと変わります!!! いやぁぁ、丹波投手もよく投げ込みましたね。』

 

『ええ。この局面で制球を乱さずに、よく投げたと思います。』

 

そして、ここで4番打者の坂田久遠。

 

 

 

ワァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!

 

ここで第一打席とは比べ物にならない歓声。そして流れるチャンステーマ。

 

 

 

打て!! 打て!! 打て!! 打て!!

 

 

 

かっとばせぇぇぇぇ、久遠ッ!!!!

 

 

お前が決めてくれ~~~~~♪  久遠ッッ!!!

 

 

甲子園の大観衆が、得点圏での特大の一撃を期待する。

 

 

 

 

彼が得点圏で打席を迎えた時、この甲子園でまだ一度も抑えられていない。だからこそ、観客は坂田の大きい一発に期待する。

 

「打てよ~~~!! 坂田ぁぁぁ!!」

 

「早くあの天才を引きずり出せ!!」

 

「やっちまぇぇぇぇ!!!」

 

 

選手個人を名指しで挙げる応援。甲子園のスター選手にのみ、許される現象。

 

 

「――――――」

流石の丹波も、これには苦笑い。ここまで声援を味方につけるスラッガーとはまだ戦ったことはない。

 

 

「―――――こんなバッターと、しかも次は黒羽――――」

スタンドの金丸は、敬遠をした場合でも次は黒羽であることを恐れていた。頭をよぎるのは、舘が坂田を歩かせて黒羽に打たれたグランドスラム。

 

 

 

 

ベンチの大塚も、この状況でアドバイスできることは少ないことを痛感していた。

 

――――この打者相手に、小細工は通じない。真っ向勝負で抑えるしかありません。

 

けど、と大塚は思う。

 

――――ここでホームランなら、一気に流れが傾いてしまう。最高なのはゲッツーですが

 

 

登板が許されない彼は、見守るしかないのだ。

 

 

 

『さぁ、得点圏でこの男に回ってきました!! 坂田久遠!! これまで今大会の打率はなんと8割とんで9厘!! 21打席で17安打を誇ります!!しかもホームランは5本!! 』

 

『そして驚異的なのは、得点圏打率10割!! 6打数6安打11打点!! 内ホームラン2本!! さぁ、この超高校級のスラッガーを相手に、3年生エース丹波はどう立ち向かうのか!!』

 

 

『敬遠しても、文句は言えませんね。』

 

 

解説は敬遠を予測した。

 

 

そして御幸も同じ結論に達していた。この大観衆の声援がブーイングに変わるかもしれないが、今ここで丹波に潰れてもらっては困るのだ。

 

 

 

 

 

――――無理をして、相手の主軸と勝負する必要はない。

 

 

立ち上がろうとした御幸だが、

 

 

――――丹波さん?

 

丹波は首を横に振る。敬遠に納得できていなかったのだ。

 

「タ、タイムっ!!」

御幸は、ここで坂田と勝負をする必要はないと考えていた。黒羽なら打ち取れる確率が高くなる。ランナーを溜めるが、それでも無得点で抑えるには―――

 

 

「御幸。確かに、普通ならこの状況。勝負しないのが正しいだろう。だが、俺は不用意にランナーを溜めるのが、奴らの一番の狙いだと思う。」

丹波は、これまでの試合を見て、チャンスでの勝負強さに目を引いていたが、その前にランナーを溜めることにおいて、横浦はすぐれていることに気づいていた。

 

――――圧倒的な3番4番がいる所為で、他の打者にチャンスで回りやすい。

 

そして、他の打者も、並の打者ではないことも知っている。

 

「!!!」

御幸の脳裏には、坂田を敬遠し、満塁ホームランを打たれた舘の姿が浮かんだ。

 

 

 

逃げて逃げ道を失った彼が打ち崩された。だからこそ、

 

 

丹波はあえて罠に見える逃げ道を、自ら断ったのだ。

 

 

 

これまでの彼ならば、敬遠に従うだろう。だが、それが相手の思惑であることを見透かした彼は、

 

 

 

揺るがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「甲子園に来てから、いや、予選でも背負いすぎだ。ここは俺の責任。俺の投球だ、俺が責任を持つ」

強い決意で臨む丹波。

 

 

御幸の目の前には、青道のエースが立っていたのだ。

 

 

才能と実力を兼ね備えた、大塚栄治が至ることが出来ていない、エースの条件を十二分に見せつけていた。

 

 

 

 

 

 

「!!!!」

御幸は衝撃を受けた。

 

 

丹波の言葉からは覚悟が感じられた。自分の投球に集中し、度胸も感じた。精神面で最近強くなったと。

 

 

 

ここはもう、自分も腹を括るしかないと。

 

 

 

 

 

――――ホント、凄いわ。3年生って。

 

「ちょっと珍しく弱気になってました。けど、厳しいコースを要求するんで、お願いします。」

 

そして、ホームベースへと戻る御幸。その背中は、先輩に後押しされたのか、決して弱々しくない。

 

 

「ふっ」

その背中を見守る丹波。

 

 

 

性格が悪そうに見えて、本当は性格がいい。チームの為に、勝つことに貪欲な姿勢。

 

 

 

「お前はそれでいい。お前が、青道を引っ張るんだ」

その背中を見て、丹波は投手ではなく、青道の新時代の柱は彼であると見出した。

 

 

そして、大観衆も御幸が一度立ち上がったにもかかわらず、座ったことに驚いていた。

 

 

「おいおいおい!!! バッテリーが座ったぞ!!!」

 

 

「ここで勝負を選ぶのかよ!!!」

 

 

「けど、これで久遠の一撃が間違いなし!!!」

 

 

「ああ!! 俺達の主将だぞ!!」

 

 

横浦応援スタンドでは、丹波が勝負を選んだことで、これで追撃が出来ると考えていた。

 

 

一方の中立の観客の間でも、

 

 

「見物だな」

 

 

「ああ。どういう意図かは知らんが、あまりにも実力差が離れている」

 

スカウト陣も、理解が出来ない。

 

「満塁で黒羽君は怖い。だから撃たれても同点どまり、といえばいいのだろうか」

 

 

 

 

そして最後に一般客はこの勝負、固唾を飲んで見守るのみ。

 

 

 

 

 

 

 

――――初球から落としていきますよ。三塁ランナーは気にせず、どんどん攻めていきましょう。

 

 

「ふしっ!!」

 

ククッ、ストンッ!!!

 

「ストライクっ!!」

 

「!!」

まさか三塁ランナーがいる状況で、初球フォーク。続く2球目も、

 

 

「ボールっ!!!」

フォークの連投。ここにきて、打者の坂田を全力で、死力を尽くして抑えに来ていた。

 

――――これで、相手も狙い球が絞りづらくなっている。今までの配球から、カーブを強く意識するだろう。だからこその―――

 

カァァァァァンッッッ!!!

 

「ファウルっ!!!」

インコース一杯のストレートが坂田の懐を抉る。しかし坂田も反応し、打球はレフト線切れてファウル。スタンドへとボールが突き刺さる。

 

「うわっ!?」

付近にいた観客もその痛烈な打球がすぐ近くに飛んできたことに驚く。というより、坂田のスイングが見えなかった。

 

 

「っ!!(これが、最強打線の核か――――)」

ここでストレートに振り負けない強さを誇るのが坂田である。思わず冷や汗と笑みがこぼれる丹波。

 

―――――もっと、腕を振りきれ。もっとコースを突け――――っ

 

 

だが、強打者との対決で開き直っている丹波は、いい意味で開き直っていた。

 

 

 

――――当たればホームランの可能性もある中、丹波さんの球が走ってる。

 

ホームランで同点の場面。バッターは坂田。いいボールを投げ込む丹波に心強さを感じた御幸。

 

――――行けるッ!! 勝負が出来るッ!! 今の丹波さんなら――――!!

 

 

 

ここまでの気迫を打席で見せてきた投手を、彼はこの夏初めて見つけた。

 

 

 

 

「!?(息をまた吹き返した!? ここで、捕手から怯えが消えた。それを為したのは―――)」

そして最後に坂田は丹波の様子を見て、訝しむ。あれほどの当たりをされても笑みを見せる投手はいなかった。

 

 

なのに―――――

 

 

坂田は、マウンドに立っている青道のエースを見つめる。

 

 

 

マウンドにそびえる、青道の精神的支柱。

 

 

 

青道のエース、丹波光一郎が立ち塞がっているのが解る。

 

 

 

 

「(センスや実力ではない。あれが、青道のエースッ!!)」

 

――――1ボール2ストライク。ここでテンポよく、投げ込み、考える余裕を与えない!

 

 

アウトコースによる御幸。丹波はそれを見て笑う。要求はフォークボール。

 

 

―――お前はそうだ。そういう捕手だ。

 

 

丹波の脳裏に浮かんだのは、あの練習試合後の日々。

 

 

あの試合で丹波はフォークを武器に出来た。だが、彼の成長は止まっていなかったのだ。

 

 

2球種だけで、全国を抑えられるはずがない。だが、もう他の球種に手を出す時間はなかった。

 

 

3回戦には間に合わなかった、丹波の最後の秘策。それを知るのは、覚悟を受け止める勇気を取り戻した青道の要のみ。

 

 

―――――ぶっつけ本番、今までの丹波さんなら要求できませんでしたけど

 

 

 

御幸のミットが大きく見えた。丹波に不安はなかった。その“決め球”を自分は投げ切れると信じていた。

 

 

 

―――――今は、信じさせてもらいますよ、丹波“先輩”

 

 

 

打席の坂田、決め球はフォークとよんでいた。

 

 

――――三塁ランナーを気にしない今のバッテリーならば、フォークは十分考えられる。

 

 

そして坂田のイメージと同じく、アウトコースにボールがやってきた。

 

 

ややボールが高い。ストライクゾーン際どい場所に落ちると踏んだ坂田。見逃せば三振だ。

 

 

この状況で、ストライクからストライクに落ちるフォークボール。

 

 

―――――右打者には食い込んで落ちるフォーク、貰った!!

 

 

だが、その“シンカー気味に落ちるフォーク”が、坂田の視界から消えたのだ。

 

 

 

「!?」

 

 

 

そしてスイングした瞬間に虚空を切る感覚。イメージと違う未来、現実。

 

 

 

 

彼のバットにボールが当たらなかったのだ。

 

 

「――――――――――――――」

観客も、坂田が三振をした瞬間に沈黙してしまう。彼が三振を喫したのは、約1年半ぶりだった。

 

 

 

―――――シンカー気味ではなく、スライダー気味のフォーク。

 

 

そのボールを捕球した瞬間に、胸を高ぶらせる御幸。痺れる場面で、最高のボールを受け取ったのだ。

 

 

これこそ、捕手冥利に尽きる瞬間だろう。

 

 

 

 

第1打席とは違うフォークの落ちる軌道。データにないボール。データにないフォークボール。

 

 

―――――迂闊だった、確信を持つのは、結果を出してからだというのに!!

 

 

そう、丹波のフォークは“2種類”存在する。といっても、握りを微妙に変えただけ。

 

 

中指に力を入れれば、スライダー気味に。人差し指ならば、シュート気味に。丹波の場合はシンカー気味であるが。

 

 

それをやってのけたのは、その素質を開花させた下地は、彼のカーブにあった。

 

 

指先の感覚が求められる変化球、カーブボール。繊細な指先の感覚を誇る彼だからこそ、フォークボールを覚えることが出来た。

 

 

 

そしてさらに、フォークボールを一段上へと進化させることが出来たのだ。

 

自在に両サイドへ落とすという、離れ業に至ったのだ。

 

 

 

敵味方に関係なく、その勝負は多大な影響を与えた。

 

 

 

 

 

――――守っていて、丹波先輩の雰囲気が変わった。

 

 

それは青道全員の見解だった。丹波は確実に成長していた。むしろ、あの怪我を経験して、精神的に強くなった気さえする。

 

 

 

「――――これが、俺達のエースだッ」

ナインの誰もが、そのセリフを横浦に宣言して見せた。誰かが合図をしたわけでもなく、

 

 

 

 

誰もが誇らしげに、彼を誇る

 

 

 

 

 

 

「ストライィィクっ!!! バッターアウトォォ!!!!!」

 

 

 

丹波の気迫に、坂田が呑まれた瞬間だった。

 

 

 

 

『空振り三振~~~~~~!!!!!!! 青道の3年生投手丹波!! 神奈川の怪物、坂田相手に真っ向勝負!!!  最後はフォークボールっ!!! 横浦は未だに快音聞かれず!! 空振り三振に打ち取りました!!』

 

 

『幾多の好投手を燃やしたあの横浦相手に魂の投球、鬼気迫る気迫で投げる丹波君に敬意を表したいですね。最後は際どいゾーンでしたが、勢いで抑え込みましたね。』

 

『ここまで勝負をして、あの坂田が打ち取られるなんてことは久しくありません!! ここまで打率は8割を上回っていた坂田!! 得点圏打率10割がこの瞬間なくなりました!!』

 

 

さらに、坂田の得点圏打率を10割から落とすことに成功した。

 

『そして、坂田久遠!! この夏初めての三振を喫しました!!!!』

 

 

彼が三振をしたのは、昨年神宮大会の神木との対決以来だった。

 

 

 

『強打の打線相手に、よく頑張っています。横浦は、丹波君と御幸君の術中というか、気迫に押されているような気がしますね』

 

 

 

――――不味い流れだ

 

丹波投手がここまでとは思っていなかった黒羽。相手は今勢いに乗っている。だからこそ、初球に集中する黒羽。

 

――――流れを変えるには、この初球の―――ファーストストライクを仕留める。

 

 

 

『さぁ、空振り三振でツーアウトにまで漕ぎ着けた丹波!! 5番黒羽との勝負――――』

 

 

 

――――ストレート!! 狙い通りっ!!

 

 

カキィィィンッッッ!!!!

 

 

「!!!」

外角ストレートを掬い上げられた丹波。この状況でさすがに勝負を急ぎ過ぎた。

 

 

 

『打ったァァァァァ!!!! 右中間!!! 伸びていくっ!!!』

 

 

 

打球は甲子園のフェンスに届きそうな勢い。青空を、白い影が通り過ぎていく。

 

 

「くっ、追い付けないッ!!」

ライト東条が必死に足を動かすも、打球が遥か彼方に伸びていく。

 

 

―――――抜かれるッ!!

 

 

 

 

 

「諦めんなぁァァァ!!!!!」

 

 

東条はその声を聴いた瞬間にハッとする。更に自分の視界の前方に、センターの伊佐敷が走っていくのが見えた。

 

 

「っ!!!」

 

彼とフェンスの距離はもう短い。このままの速度では激突してしまう。だが、足を緩めない。緩めるわけにはいかない伊佐敷。

 

 

―――――アイツが覚悟を決めて坂田を打ち取ったんだ。

 

 

ツーアウトを取ったあの瞬間、青道を飲み込んでいた圧迫感が消えた。

 

 

もう彼の眼前にフェンスの壁が迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

その刹那の時が過ぎ、甲子園に鈍い音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

東条は、目の前の光景を見ていることしか出来なかった。

 

 

 

 

フェンス付近で伊佐敷が倒れ込んでいた。動かない。

 

 

 

「伊佐敷先輩っ!!!」

 

慌てて駆け寄る東条だが――――――

 

 

 

「――――――っ」

 

 

ゆっくりと、伊佐敷がグラブを天に掲げる。それを見た瞬間、東条はプレー中であるにも拘わらず、泣きそうになった。

 

 

 

 

「アウトォォォォ!!!!」

審判の声高な宣言が甲子園に響く。

 

 

ファインプレー。センター伊佐敷の黒羽の大飛球を掴む、丹波を救うベストプレー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ」

黒羽としては、感触は良かった。しかし打ち取られたので、苦い顔をする。

 

 

―――――あの投手の気迫が、相手ナイン全員に、戦う気持ちを取り戻したのか―――ッ

 

 

一瞬だけ黒羽は、あの人とバッテリーを組みたかったと、感じずにはいられなかった。

 

 

 

捕手の目線で考えても、丹波がいい投手に思えてしまった。

 

 

 

 

「伊佐敷先輩っ!!!」

しかし尚も立ち上がれない伊佐敷。東条が手を差し出そうとするが、伊佐敷はそれを見た瞬間にゆっくりと立ちあがる。

 

 

 

「お前は、諦めんなよ」

 

「え?」

 

不意に、伊佐敷からの言葉に東条は首をかしげる。

 

 

「凄い投手がお前の代にはたくさんいるけどよ。けど、お前は――――」

 

 

 

 

「ピッチャー、諦めんなよ」

 

 

俺よりセンスあるんだからな、と苦笑いをしながらベンチへと走っていく伊佐敷。

 

――――ああいう風に、気迫を見せる投手にお前も――――

 

 

才能すら凌駕する未来を、作れるような凡人に。

 

 

 

「先輩――――」

 

 

 

紛れもなく、先輩たちが作ったこの流れ。東条に強い気持ちがこもる。

 

 

 

 

大ピンチを抑えた青道。大舞台でのエースの存在感と価値を見せつけた丹波。

 

 

 

波に乗れ、乗るしかない。

 

 

 




投手としては、大塚が上ですがエースとしては、丹波に軍配。


挫折や不幸が、マイナスではない例ですね。原作ではお察しでしたが


沢村なら、至れるかもしれないですね。



丹波さんの株と、伊佐敷さんの株が爆上がり。





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第69話 不屈のエース

後の言葉はつかないけどね。

2017年7月4日 2番青木を2番乙坂に変更しました




盟友の活躍を、彼は甲子園――――その応援席で見ていた。

 

 

「光一郎―――――」

 

 

彼は公約通り甲子園までやってきた。彼が投げると聞いた時は驚いた。あの横浦と戦うのだ。

 

 

正直怖さもあった。だが、盟友は今を全力に、必死に投げ続けている。

 

 

―――――俺を超えるエースに、なったな

 

 

彼は自分を目標だと言っていた。だが、しかし、今の自分を彼は凌駕していると、男は悟った。

 

 

――――今度は、お前が俺の目標だ。

 

 

市大三高のエース、真中要は親友であり、幼馴染であり、ライバルである丹波の力投を見て、体の芯が熱くなった。

 

 

 

 

 

 

 

『凌ぎ切ったァァァァ!!! エース丹波!! 横浦クリーンナップ相手にピンチで勝負強さを見せつけた!! 耐えきった!! この4回裏、初めてのチャンスでしたが無得点!!』

 

青道スタンドは盛り上がる。あの横浦の主軸をピンチで迎えて無失点で切り抜けた。これは誇っていい。

 

いや、むしろ誇りだ。

 

「丹波先輩が抑えたぞ!!!」

 

 

「もうダメかと思ったぜェ!!」

 

 

「けど、これは現実だ!! よくやったぞ丹波ぁぁぁ!!!」

 

 

「別人じゃないだろうな!! 丹波か本当に!!」

 

 

 

 

そしてナインの間でも、

 

「ナイスピッチだ、丹波」

 

 

「正直、鳥肌が立ちました!」

 

「この回です!! この回にさらに追加点で、畳み掛けましょう!!」

主将からの檄、同じ外野手からの称賛の嵐。

 

 

「エースらしくなってきたじゃねぇか、丹波!! 頼りにしているぜ、エースッ!!」

 

「ああ。だが、あそこは勝負をするべきだと思った。だからこそ、力が入った。抑えられてよかった。」

 

 

 

「ホント、どうしちゃったの? 丹波らしくない凄い投球だよ。」

小湊も、丹波の成長ぶりがそのまま青道の勢いになっていることを自分のように嬉しいと感じていた。

 

「理由は、終わった後だな」

丹波は成長した理由を明かさなかった。ただ、今言うのは違う気がした。それを、最後まで笑って言えるまで、言いたくないと思ったのだ。

 

 

この痺れる投球を続ける丹波に対し、ついには―――

 

「大塚たちの影に隠れていたが、あの投手もいい投げっぷりだな。」

 

「なぜ、今までリストアップされていなかったんだ?」

 

「あの投手は一体なんなんだ? あの安定感は? 強打の横浦から、この投球は良いな」

 

スカウト陣からも、目を引かれていた。

 

なお、

 

 

「ストライィィクっ!! バッターアウトっ!!」

 

丹波は三球三振。

 

「気にすんなぁぁぁ!!! 俺達が取ってやるぞ!!!」

 

 

「力み過ぎた」

 

 

 

 

 

5回表、

 

勢いに乗りたい青道は先頭丹波が三球三振。ここで流れが切れるかと思われた矢先、

 

カキィィンッっ

 

『東条センター前!! ここで流れを失いません!!』

 

続く倉持が先程のお返しと言わんばかりに、

 

 

「スチールっ!!」

黒羽が叫ぶ。初球スチール。東条の単独ではなく、

 

 

「―――――!!」

 

カァァァンッッ!!

 

和田の当たりとは違い、スライダーを捉えた鋭い打球が一二塁間を抜けていく。スタートを切っていた東条が二塁を蹴る。

 

そして続く場面、

 

「俺だ」

 

 

「―――――(まあ、敬遠だな)」

黒羽は冷静にそう考え、立ち上がる。

 

 

「ボール、フォア!!」

 

「ホント、割り切っているよなぁ――――」

神妙な顔で沖田が一塁へと歩いていく。

 

そして満塁で―――――

 

『センター前!! 三塁ランナー東条ホームイン!! 二塁ランナーも俊足飛ばして三塁を蹴る!!』

 

 

『青道追加点!! 5-0!! 名門横浦を相手に中押し!! 横浦のエース和田を攻略!! 一塁ランナー沖田も3塁に陥れた!!』

 

 

ここで横浦は、投手を交代。

 

2番手の投手がやってきた。

 

『ここで、2人目に1年生諸星をだしてきました、横浦高校!! 右の速球派!! 予選でもリリーフを経験! 左の辻原とともに試合終盤を抑えてきました!』

 

「悪い、この流れを何とかしたい。頼むぞ」

 

 

「1年生に投げさす場面じゃないでしょ? ま、抑えてやんよ!!」

陽気な性格の諸星。黒羽が誘った投手の一人である。

 

 

初球―――――

 

『御幸打ち上げた!! しかし、これは犠牲フライになるか!?』 

 

 

「―――――(レフトって、あの人だよな――――これは―――)」

スタートをしようとした沖田だが、レフトにいる人物を見て青い顔をする。

 

 

グオォォォォんっっ!!!!!

 

 

『沖田帰れず!! レフト後藤からの好返球!! これ以上の追加点は許しません!!』

 

 

 

 

続く伊佐敷が

 

 

「ストライク、バッターアウト!!」

 

 

『落ちる球ぁぁぁ!!! 空振り三振!! 最後は抜いたようなボール!! タイミングを崩されバットに当たりませんでした!!』

 

「ちっ!! (おいおい、アレは大塚のアレに似ていなかったか!?)」

ストレートは140キロ前後、そして今のラストボールに緩い落ちる球。

 

制球力こそ雲泥の差だが、あのキレは―――――

 

――――この世代はマジでどうなってやがる―――――

 

 

横浦の層の厚さを感じた伊佐敷。

 

 

 

 

 

5回裏、勢いに乗る丹波は、強気の投球で、6番松井、

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

 

カーブで見送り三振。5点差がついたのか、リードに幅が広がり、狙い球を整理し切れなくなりつつある横浦打線。

 

 

7番後藤には、4球目の―――

 

『打球鋭い!! センター前へ!! ここで、低めのストレートを強引に弾き返しました、後藤!! 』

 

空振りする形でグローブをかすめた当たりはセンター前へ。横浦の打撃陣は切れ目がないのが特徴。3番4番でやや力を使ったのか、一瞬の隙を突かれた丹波。

 

 

 

『掬い上げた~~~!!  8番多村もヒット!! 4回同様に5回もピンチを迎えます!! ここで9番ピッチャーの諸星!!』

 

一死、一塁二塁。連続ヒットでピンチを招いてしまう丹波。坂田、岡本だけではない。これが横浦の打線である。

 

 

 

次の相手は1年生。未知数の打者であるが、1年生であるという事、何よりもデータがないことで、御幸から判断力を奪う。

 

 

 

1ボール1ストライク。御幸としては主軸ではないので勝負を急いだ。

 

 

ダッ!

 

 

『ランナー動いた!!』

 

 

ここでダブルスチール。ストライクを取りに来た外角ストレートに当ててきた諸星。

 

「セカン――――っ!!」

 

ここで逆を突かれた春市が反応できない。打球はライトへと転がっていく。

 

 

『セカンド捕れない!!! 打球はライトへと転がる!!』

 

しかし鋭い当たりだったのが災いしたのか、二塁ランナー後藤は本塁へと突入せず。しかし一死満塁のピンチを迎える。

 

それでも―――――

 

 

「やはり、見逃してくれないな。そう簡単には」

最後まで冷静だった。いや、闘志を燃やし過ぎて、冷静になっていると言っているのが正しい。

 

 

『この満塁の場面で迎えるは切り込み隊長の高木!! さぁ、注目の初球!!』

 

 

―――――負ける気がしない。

 

 

ククッ、ストンッ!!

 

 

初球いきなりフォークボール。高木は空振り。

 

「!!!」

 

――――満塁で初球ボール!? 何平然と落としてきているんだよ、この人!!

 

 

続く二球目。

 

 

「ストライクツーっ!!!」

 

ここで、インコースのカーブ。右打者には向かってくる丹波の代名詞。

 

 

明らかにギアを入れ替えてきた。

 

 

―――――どうする、ここでフォーク、カーブ。初球フォークを見る限り、ここも落としてくるのか!?

 

ここまで強気に攻めてきている青道バッテリーの勝負球を整理し切れない。

 

 

『さぁ、あっさりとツーストライクと追い込んだ丹波!! 第3球!!』

 

 

だが、丹波は高木の都合など考えずにテンポよく投げ込んでくる。

 

一段とマウンドの丹波からは闘争心がめらめらと燃え上っていた。アドレナリンが出ているのか、いつもの弱気な態度もまるで姿を現さない。

 

投じた3球目。インコース厳しいストレート。

 

 

――――ストレートっ!?

 

ズバァァァァンッッ!!

 

高木としては手が出せなかったボール。コース、伸びともに素晴らしいストレート。

 

 

「ボ、ボール!!!」

 

しかし判定はボール。だが、このピンチでの開き直りは、横浦にさらにプレッシャーを与える。

 

 

あの岡本、坂田、黒羽の主軸であと一本が出なかったのだ。強硬策にきた5回、何としても得点を捥ぎ取らないと、流れが完全に青道へと渡ってしまう。

 

 

『インコース!! ボールです!! この満塁の局面でも強気の投球を崩さない丹波!! 失点が怖くないんでしょうか!?』

 

 

『自分に出来ることを何でもやろうという気持ちが強く出ていますね。あれぐらい開き直って、制球もよければ、そう簡単には打てませんよ。何よりも腕の振りもいいですからね。』

 

球速もここに来て142キロを計測。丹波の粘り強い投球の前に、逆に横浦が呑み込まれていた。

 

 

そして―――――

 

 

―――――もうストライクはいらない。このストレートにこんな反応、なら――――

 

 

同じところからボールゾーンへと落ちるフォーク。中盤から調子を上げてきた丹波の新しい決め球が、横浦のバットを幻惑する。

 

『打たされた!! ショートとって、二塁ベースを踏み、一塁へそのまま転送!』 

 

 

倉持が軽い身のこなしでゴロをさばき、二塁ベースを踏みながら一塁へ送球。

 

 

「アウトォォォ!!!」

俊足高木の足をもってしても、中途半端にいい当たりだったゴロでは生き残る事は出来ない。

 

『凌ぎきったァァっぁ!!! この回もピンチでしたが、落ち着いていました、丹波光一郎!!! 満塁のピンチを併殺打に打ち取りました!!』

 

『いやぁ、お見事。見事というしかないですね。』

 

 

 

「おぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

そしてこの瞬間、丹波が吠えた。そして渾身のガッツポーズ。

 

「っ!」

さらに蔭ながら御幸も小さくガッツポーズ。この瞬間の二人のガッツポーズのタイミングも息がぴったり合った。

 

 

「ここも抑えた!! 抑えた!!」

 

「すげぇぇぇ!! すげぇぇぇぇ!!!」

 

 

「これが俺達のエースだ、この野郎!!!」

 

「勝てるぞ!!! 押してけェェェェ!!!」

 

4回5回と苦しい状況が降りかかってきた。この打線相手にピンチを迎えない方がおかしい。求められるのは、勝負所で抑えること。

 

 

これが、これまで打ちこまれた投手に出来なくて、唯一丹波が出来た事。

 

この試合も、その例になってしまう分岐点はあった。

 

4回、坂田との勝負。無謀ともいえるこの選択だが、5番黒羽もタイミングは合っていた。消極的な選択を続けることで、投手のリズムを崩してしまう恐れもある中、丹波は敢えて真っ向勝負を挑んだ。

 

データが不十分の相手で、決め球のフォークもここに来て精度を上げてきた。坂田と言えども、打ち取られる可能性はあったのだ。

 

 

そして丹波と御幸は賭けに勝った。抑え込むことで、青道の主導権を確実なものとしたのだ。

 

 

二人を突き動かしたのは、実力ではない。

 

 

 

 

――――最後は、気持ちなのだ。

 

 

 

 

『いやはや、このスコアは予想していませんでしたね――――』

 

 

6回表終了時――――

 

青道がさらに得点を重ね、5-0とリードする一方的な展開。そして青道のマウンドを守るのは――――

 

 

5回を投げ、被安打5、四死球0の投球を続ける丹波。やはり、4回裏のチャンスで坂田を打ち取った自信から、テンポよく投げ込んでいる。

 

ランナーを出しながらも、チャンスの場面で横浦にあと一本を許さない粘り強い投球を展開。勝負所での制球力が光る。

 

しかし、青道は2番手諸星に大苦戦。5回以降チャンスを作れない。

 

 

6回裏。未だに得点をあげられない横浦高校。打順は2番乙坂から。だがストレートにつまり、あえなくセカンドゴロ。

 

岡本に対しては――――

 

――――テンポよく投げ込んできてください!

 

 

しかし、完全に詰まらされたあたりを、ポテンヒットで出塁される。

 

「くっ(完全に負けた気分だ――――)」

バットの芯で当たったはず。だが、勢いと球威で押し負けた。

 

 

ここで、一死一塁。何と横浦はここで、3回目となる坂田との対決。

 

勝負は一瞬だった。

 

 

 

ガキィィンッッッッっ!!!!

 

 

『痛烈!!!!! レフトに物凄い勢いの打球が突き刺さった!!! 初球ストレートを捉えた当たりは、あっという間に消えていきました!!!』

 

 

有無を言わさない坂田のツーランホームラン。この第3打席でついに捕まった。

 

「―――――――――ふっ」

丹波は、物凄い当たりを打たれたものの、笑顔だった。ただ、困ったような笑みを浮かべていた。

 

「丹波先輩!!」

慌てて駆け寄る御幸を制す丹波。強烈な当たりをされた直後、気持ちが切れてしまう恐れもあった。

 

 

だが、今のこの男にそれは杞憂だった。

 

 

 

「いや、3打席連続で抑えきれるとは、正直思っていなかったが。やはり、凄いバッターだな、坂田は」

 

 

横浦ベンチも、打たれた丹波があまり動揺していないことに、驚いていた。

 

 

「主将の一撃を平然としているなんて――――なんてメンタルだ」

 

「こいつらは、やっぱり何かが違う」

 

 

5番黒羽をインコースストレートで見逃し三振に抑え、

 

 

6番松井に対しては、

 

カァァァァンッッッ!!

 

『大きく打ち上げた!! 丹波、捕球体勢に入ります!!   取りましたァァ!! これでスリーアウトっ!! ホームランを打たれましたが、丹波。冷静な投球で横浦の後続を抑え込みました!!』

 

 

『失点こそしましたが、いい投球でした。横浦は、痛いですねぇ』

 

 

これで、6回被安打7、四死球0、2失点。奪三振は6つ。

 

 

そして7回のマウンドにも、

 

『おおっと、7回のマウンドにも丹波がいきます!! この強力打線相手に、どこまで投げ続けるのか。』

 

『恐らく、これが最後だと思いますね。後ろには降谷君と、川上君。さらには大塚君もいますからね。リリーフで調子の出ない沢村君はないでしょうが。』

 

 

「ストライィィク!! バッターアウトォォォ!!」

 

7番後藤をインコースストレートで見逃し三振に抑え、先程の意趣返しをする。高校生には酷な厳しいコースを連続する丹波。球威もさらに上がっていた。

 

 

8番多村もカーブで見逃し三振。9番の諸星もピッチャーゴロに抑え、丹波の7回が終わる。

 

 

「ナイスピッチ丹波ぁぁぁ!!!!」

 

「青道のエースッ!!!」

 

「よく頑張ったぞォォォォ!!!!」

 

「明日も頑張れよ!!!」

 

「ナイスピッチィィィィィ!!!!」

 

 

「―――――っ」

7回のマウンドが終わり、これで丹波の仕事は終わり。だが甲子園で、この強力打線を相手に2失点。多くの投手が打ち込まれる中、丹波は耐え抜いたのだ。

 

いや、彼はこの打線に投げ勝った。

 

 

 

 

 

「丹波先輩……」

ベンチでエースの投球を見守っていた大塚は、思わず目頭を押さえる。自分が不甲斐無い中、彼は結果を出してくれた、チームを救う力投をしてくれた。

 

 

それが嬉しくて仕方なかった。

 

 

「丹波先輩、あの打線に―――――くっ、負けてられねぇ―――――」

沢村がいよいよブルペンに乗り込もうとするが、

 

 

「君はベンチだよ、決勝で長く投げてもらわないと困る」

先にブルペンにいた降谷に追い出された。

 

 

 

そしてその1年生たちに刺激を与えた男。

 

 

 

エースのなんたるかを背中で語った彼は、

 

 

 

 

 

丹波の中で、何かこみ上げるものがあった。

 

 

「高校3年間で、一番の投球だった。決勝を目前に―――エースの投球だった」

エースらしいではなく、片岡監督はエースの投球と褒め称えた。それは、丹波が3年間目指してきた理想である。

 

坂田には打たれはしたが、エースとして真っ向勝負。第2打席までは抑え込んだのは快挙と言っていい。

 

 

「――――はい」

まだ投げ切る自信はあるかもしれない。だが、これで終わりではない。まだ、決勝が残っている。これが終わりではないのだ。

 

「後は任せろ、アイツらが抑えてくれる。」

結城がご苦労様と言う感じで、丹波の左肩を叩く。

 

「ああ。アイツらなら、任せられる」

 

この大舞台、準決勝で最高の投球を披露した。後は、仲間を信じるだけだ。

 

 

7回裏終了、5-2、青道リードで8回表に入る。丹波は、役目を全うした。後は、後続の投手がそれを繋ぐだけ。横浦の打線が目覚める前に、勝負をつけることが出来るか。

 

横浦は4,5点差の逆転に1イニングあれば事足りる。それだけの実力がある。

 

 

 




丹波さんは、HQSを達成。連打を喰らうも致命傷は許しませんでした。

世間的な構図だと、


松井クラス相手に真っ向勝負をした投手という認識です。




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第70話 窮地

このまま終わるわけがないだろう by神奈川県民

終わらせる気はないよby横浦一同


2017年7月4日 2番青木を2番乙坂に変更しました




8回表、結城から。

 

 

8回表、丹波の好投に応えた打線だが、まだ足りない。先頭打者の結城の所で、横浦は投手を交代する。

 

『ここでああぁ!! 投手の諸星君を変えますね!! 投手交代です。1年生の辻原がマウンドに上がります。1年生サウスポー。予選ではリリーバーとして抜群の安定感を見せています』

 

少し大柄な左腕投手が横浦から出てくる。目つきは若干鋭く、釣り目だが、

 

「金一がここまで手古摺るとはな。桐生戦とは違うようだ」

案外気さくな辻原。和田よりも通算防御率はよいのだが、スタミナに難があるサウスポー。黒羽が3年時の全中予選に見つけた逸材である。

 

「あの3年生投手の投球にやられた。なぜ今まで有名ではなかったんだ? データと若干違うからマジで困った」

そして、困り顔の黒羽。丹波の投球はある意味一番の予想外。ここまで追い詰められているのは彼の活躍が原因である。

 

「ところで、あの打者は雰囲気ヤバそうだな。歩かしてもいい?」

 

「大丈夫、初見は抑えられる。沖田程怪物ではないさ」

 

 

 

 

『さぁ、この辻原、東海大戦では見事な好リリーフを見せるなど、セットアッパー的な立ち位置で活躍。今大会も和田の後を受けることが多く、ストレートは143キロに達します。』

 

 

『あのオーソドックスな投球フォームから、伸びのあるストレートは、かなり体感速度にばらつきがあると思いますね。手元で伸びる、そういったストレートですね』

 

 

打席に立つ結城に対し、辻原の第一球。

 

オーバースローからの振りかぶる動作。ここまでは、基本的なオーソドックなフォームである。が、

 

――――腕が来ない? っ!?

 

ズバァァァァンッッッ!!!!

 

鞭のようにしなる左腕から繰り出されたボールに、結城は手が出なかった。

 

「ストライクっ!!」

 

そして第2球、

 

 

キィィンッ!!

 

「くっ!」

アウトコースのストレートに対して一転、インコースのクロスファイア-。両サイドを使った投球で追い込まれる結城。

 

『映像から解るように、かなり手元で伸びているんでしょうか。差し込まれている感じですね』

 

『そうですね。手足が長いので、リリースポイントがかなり前に来ていますからね。手足を活かした球持ちの良いフォームだと思います。リリースのタイミングを掴みにくいですしね』

 

ズバァァァンッっ!!!

 

「ボールっ!!」

厳しくインコースを攻めるバッテリー。この4番相手に強気のリード。そしてこれだけ、内を攻めたてたバッテリーの選択したボールは。

 

 

――――ここでドロップ行くぞ

 

――――ああ。

 

 

ククッ、ギュワワワンッッ!!

 

一瞬ボールゾーンへと浮き上がる高い軌道を描き、その高い軌道から一瞬浮いたかと思えば、急激に縦へと大きく曲がり落ちる変化。

 

「!!!」

 

球を呼び込む動作を失った結城は、体を開いてしまい、ボールに向かうようなスイングで三振。自分の打撃を崩された形となった。

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

 

『三振!! 最後は縦に割れるカーブ!! アレがドロップなんでしょうか?』

 

『はい、一瞬浮きあがり、鋭く縦へと沈むボール。あのストレートと、カーブはいいですね』

 

 

続く5番御幸もストレートに見逃し三振。6番伊佐敷は

 

カァァァァンッッ!!

 

「(なんてボールの圧力だっ)!!!!」

 

 

沢村よりもサイドから投げ込まれ、且つ角度もついた内角のボールは、とにかく圧迫感を感じさせる。

 

クロスファイアーに詰まらされ、内野ゴロに打ち取られる。インコースに強い筈の伊佐敷を打ち取るクロスファイアーの威力。もし継投が早ければ、点差が広がっていなかったかもしれない。

 

 

 

8回裏、青道も継投に入る。2番手には、

 

『青道もここで継投に入ります!! 2番手投手に2年生川上を送り出します、片岡監督!! 右の変則サイドスロー!! 予選でも主にクローザーを任され、安定した投球を披露。』

 

『強打の横浦相手にタイミングをいかにはずすかが大事ですね。』

 

 

ベンチでは、セットアッパーとしてコールされなかった降谷が

 

「……」

リベンジを狙っていたのか、やはり登板意志が強かった。通常通り降谷をマウンドに送る手もあったが、先頭打者が俊足。続いて3番4番と続くため、関東大会での成績を考えれば出しにくい。

 

 

「川上先輩……っ!!」

沢村は決勝の為に温存したいし、リリーフの沢村は危険である。なるべく決勝で彼には長い回を投げてもらわないと、準決勝で精根尽き果てることになる。

 

『さぁ、3点差で8回の裏に入ります!! 逃げ切れるか、青道高校!!』

 

 

先頭打者高木への入り、これが重要になってくる。

 

――――アウトコースのスライダー。初球からカウントを狙いにいくぞ、ノリ!

 

アウトコース際どい場所。カウントを狙う御幸。

 

ククッ、

 

「ストライクっ!!」

 

まず要求通りにアウトコースへと制球した川上。高木は手が出ない。続く2球目、

 

「ボールっ!!」

 

インコース低めに外れるシンカー。見せ球に使ったシンカー。右打者に対してもシンカーを投げてくるという事を意識させたのだ。

 

――――これで、二つの変化球を見せた。当然ストレートを意識してくるだろうが、ここは貫く。

 

 

「ストライクツーッ!!」

 

スライダーアウトコースに手が出ない高木。カウントを取ってくるボールは容赦なく続ける。

 

――――サイドスローのスライダーは見えづらいんだよな……

 

ここで、2球続けてのスライダーか、さらにはストレートか。迷いが生じる。

 

――――テンポよく投げてこい! 高め釣り玉のストレートで手を出させるぞ

 

スッと御幸の腰が上がる。

 

ズバァァァンッ!

 

「スイングっ!!」

バットが出た高木、御幸は鋭く審判にアピールをするが、

 

「!!」

一塁塁審の判定はスイングを取らない。だが、ここでストレートに反応してきた高木を見て、

 

――――後はボールに食らいつくだけ。ストライクはいらない。

 

守備陣形に少し引っ張りを意識させた御幸。

 

ククッ!!

 

そして真ん中低め、シンカーを投じ、上手く内野ゴロに打ち取るのだが、

 

パシッ、

 

サード沖田が難なく捕球し、ノーステップで、

 

ギュオォォォォォンッッッ!!!!

 

 

 

バシィィィッッッ!!!!

 

内野から矢のような送球が一塁結城に到達する。その高校生離れした送球に甲子園が湧く。

 

 

『矢のような送球!!! ノーステップであそこまで肩が強い選手はあまりいないでしょう!!』

 

『守備でいいリズムを作るにはいい守備が必要ですからね。投手を盛り立てますよ、あれは』

 

「いいぞ~~~!! 沖田!!」

 

「強肩強打の凄い奴~~~!!!」

 

「青道の怪童は健在~~~!!」

 

これで固さが抜けたのか、続く2番乙坂を内野ゴロに打ち取り、これでツーアウト。後アウト4つ。

 

しかし、立ち塞がるのは、

 

『今日ヒット1本の岡本。このままでは終われない!! 注目の第4打席!!』

 

――――ホント、この主軸は勝負を避けたいけど、ランナーなしで逃げてちゃ、話にならねぇ

 

御幸としては、何としてもこの打者を抑えたい。

 

――――とにかく、まずストレートを外に。ボールでいい。まともに勝負する必要はねぇ

 

「ボールっ!」

 

まずストレートをボールゾーンに要求する御幸。対する岡本は動かない。

 

――――右のサイドスローで、左の強打者に有効なのは外へ逃げるボール、ここでシンカーだ、ノリ!

 

 

外に構える御幸。川上もそのサインに頷き、

 

 

―――――この投手がシンカーを持っていることは解っていた。

 

カァァァァァンッッッ!!!

 

 

真芯で捉えた、流す当たり。岡本が狙い澄ましたかのような一撃を、青道バッテリーに炸裂させる。

 

――――少し単調になったな、二枚目

 

岡本が一塁へと走る中、御幸は岡本の打撃を見た瞬間に苦い顔をする。

 

――――くそっ、なんてリードしたんだ、俺は!!

 

「レフトっ!!」

 

レフト線に落ちる流し打ち。長打コースとなり、打った岡本は二塁へ。

 

『鮮やかな流し打ち~~~~!!! 岡本、ここでチャンスメイク!! 二死ながら二塁にランナーを進めました!!』

 

そして、次の打者は――――――

 

 

『さぁ、ここでおかわりなるか、横浦の4番、坂田久遠!!』

 

 

――――――――っ

 

川上の表情から余裕が消える。坂田が打席に入っただけで、青ざめた顔をしているのだ。

 

――――不味い、ノリの表情が硬い。岡本にシンカーを上手く打たれたのがさらに―――

 

「タイムお願いします!」

御幸はたまらずタイムをかける。この間のタイムならば、何度でもすることが出来る。

 

「ノリ、ボール自体は悪くなかった。あれは、俺のリードミスだ。俺が単調だった。」

 

「あ、ああ。」

御幸のリードに原因があると言うが、川上の表情がさえない。

 

「とにかく、外角を中心とした投球で、インコースも意識させる。両サイドを散らさないと、この打者は打ち取れない。しっかりミットめがけて投げ込んで来い!」

 

「ああ!!」

 

そう言って、御幸はマウンドから降りる。川上も、喝が少し入ったのか、表情に少し元気が戻る。

 

 

――――外のスライダー、外してもいい。慎重になるのが丁度いいんだ。

 

 

川上がセットポジションで投げる。そして―――――

 

 

――――なっ!! 少し内に入って――――っ

 

 

 

投げた川上、そして構えていた御幸が何かを思った時にはすでに――――

 

 

カキィィィィィィィンッッッッッ!!!!!

 

 

『打球伸びる!! 伸びていく~~~~!!!!』

 

 

痛烈な打球が、空を切り裂いていく。

 

――――っ

 

立ち上がり、目を大きく見開く御幸。どうすることも出来ない。

 

 

そのまま、レフトスタンド深いところに突き刺さる、坂田の一撃。

 

 

 

丹波がこれまで作ってきた流れを、

 

 

 

 

圧倒的な一撃によって粉砕する、坂田久遠の一撃。

 

 

 

 

これが4番、これが横浦史上最強のスラッガー。

 

 

 

 

 

『入ったァァっぁ!!!!!  ここで4番の一発!!! 坂田のツーランホームランで1点差ァァァァ!!!!! 5対4!! その差僅かに1点!!』

 

『外の際どいコース、でもストライクなんですよね。狙い澄ましたかのような一撃。岡本君もそうですが、ここ一番での読みがいいですねぇ。ですが、』

 

『どうしましたか?』

 

『少し、投げ急いだかもしれませんね、青道バッテリーは』

 

 

「―――――――――――」

打たれた、そして消えていった打球の方向を見て、身動きが出来ない川上。

 

「―――――守りに入ったっていうのかよ―――っ」

初めての甲子園、初めての大舞台。御幸は自分がこの場所にのまれていることを自覚する。

 

 

続く5番黒羽にも

 

 

 

『初球打ち~~~~!!! スライダーを強引に掬い上げた強烈な当たりは、センターへ!!』

 

 

 

黒羽は川上の最も自信のある、この状況で投げる確率の高いボール球のスライダーを打ち返すことで、

 

 

 

川上の闘争心を叩き潰した。

 

 

「―――――――」

ボール球をあえて狙った黒羽、そして打たれた川上には焦燥感が襲い掛かる。

 

 

坂田にボール気味をスタンドインされたばかり、黒羽にもボール球、しかも得意球を打たれ、動揺を隠せない。

 

 

 

 

 

 

 

8回最後のアウトが取れない。

 

「投手交代!!」

 

ここで、満を持して降谷が登板。このままでは川上がつぶれかねない。少し怖いが、降谷をマウンドに送る。

 

『ここで青道3人目の投手交代。1年生降谷をマウンドに送ります。厳しい場面ですが、ここで自分の持ち味を見せられるか』

 

 

肩を落とし、マウンドを後にする川上。初めて見る先輩の後姿。そんな姿に衝撃を受けつつも、自分のやるべきことをすると決意する。

 

「悪い。今ここで大塚を投げさせるわけにはいかない。残り4つのアウト、お前が取るんだ」

 

「煩わせるつもりは、ありません」

だが、顔色は良くない。御幸は、降谷の顔から汗がすでに出始めていることに気づいた。

 

 

 

 

「降谷―――――」

 

 

二死、一塁。6番松井。まだノーヒットだが、

 

 

その初球を狙われた。

 

 

「!!」

まともに自分のストレートを痛打された彼は、衝撃を覚えずにはいられない。

 

 

主軸以外には勝負させる気などなかった。自慢のストレートが簡単に弾き返されたのだ。

 

 

 

打った松井は、

 

 

―――――マシン打撃でそれは見慣れている。簡単に入れてくれて助かったな

 

 

 

強豪校、名門となれば、スピードボール一つで抑えられるはずがないのだ。

 

 

 

 

 

初球に痛打を食らった降谷、自分のストレートに不安を覚えた彼は、動揺する。

 

 

 

この僅差の場面、猛暑。リリーフとして力まないわけがなかった。

 

 

続く7番後藤に対しても、

 

 

 

「ボール、フォア!!!」

痛恨のフォアボール。球が暴れすぎている。リリーフとはいえ、連投の影響なのか制球が乱れている。

 

そして、横浦の打者に恐れを抱いてしまっていることが一番の原因だった。

 

 

球威はある。だが、下半身の粘りが効いていない。だから球離れも悪い、見極められている。

 

 

 

――――このままじゃ、だがどうする? 

 

ボールに力はある。だが、止められない。

 

予選ではある程度散っていたコースに投げても、弾き返されていく。こんなことは予選ではありえないことだった。

 

だが目の前の相手は甲子園最強の打線。たかが一年生、オールストレートで抑えられるはずもない。

 

 

 

だが、御幸が心配しているのは制球、球威だけではない。

 

―――――気温30度を優に超えるこの環境で、アイツがどこまでやれるのか

 

11時から始まった試合、すでに数時間が経過し、熱さはピークを迎えつつある。熱さへの耐性のない降谷がどこまで粘れるのか。

 

彼の目の前では、早くも汗を流し始めている降谷の姿。汗で手が滑っているのか、コンディションが最悪なのか、力が入っているのか。

 

 

御幸は知らないが、早い回からブルペンで待機していたことで、暑さに体をやられてしまっているのが原因なのだ。

 

 

大塚が水分補給を促してはいたが、それでも、暑さ自体に体をやられてしまっていた。

 

 

だが、余裕を無くした青道に、その原因に気づく者は、いなかった。

 

 

最上級生が試合を作り、7回まで投げ抜いたマウンド。

 

 

 

そのマウンドは、あまりに過酷で、下級生たちを容赦なく呑みこんでいく。

 

 

たかが1イニング、だが、其の1イニングを投げ切れない。

 

 

 

 

 

 

 

『ストライクが入らない降谷!! これで満塁!! 満塁です!!』

 

 

絶体絶命。一打出れば同点逆転の場面。8番多村は、東条が警戒する打者でもある。

 

『さぁ、ここで大ピンチを迎えた青道高校!! 凌げるか!?』

 

 

――――暑い……

 

汗が止まらない。頭がふらふらする。降谷は、ベンチに座る大塚を見る。

 

 

――――今まで何も言わずに、怪我を押して

 

彼は泣き言も、弱いところも見せなかった。負傷をしているにもかかわらず、彼はチームの為に、投げたのだ。

 

 

――――課題は、スタミナロール

 

――――力んでいるのなら、力をまず入れるな。リリースをまず大事にすること。

 

大塚の言葉だ。

 

 

 

――――このまま終わりたくない!!!!

 

 

ドゴォォォォォンッッッっ!!!!

 

「ストライィィィィクッッ!!!!」

 

8番多村のインコースをついた投球。バットを出せない多村。ここにきて厳しいコースに入らなかったストレートが決まりだしたのだ。

 

――――打たせないッ

 

キィィィンっ!

 

「ファウルッ!!」

かろうじてバットを出したが、降谷本来のこのストレートを打てる打者は少ない。ましてやあの時とは違い、変化球がある。

 

 

――――追い込まれた、ストレートか、それとも変化球?

 

 

降谷が立ち直る兆しを見せている頃、

 

 

ブルペンから降谷を見守る大塚。

 

「――――だが、投げるふりだけだ。お前を登板させるわけにはいかん」

片岡監督は、張りぼてでも大塚が投げているという準備を相手に見せる必要があると考えた。

 

「―――――はい。けれど、万が一の場合は―――」

 

 

「―――――すまない」

 

ブルペンで投げている大塚を眺める片岡監督は、

 

――――抑えてくれ、降谷。

 

ひたすらに、降谷の好リリーフを願っていた。リズムを取り戻しつつある彼に全てをかけるしかない。

 

 

 

やっとリズムを取り戻したのか、御幸は少し余裕が出来る。

 

――――これで何とか自分の投球をしてくれるようになった。リリースのタイミングがフォームにかみ合ってる。これなら―――

 

 

御幸が要求したコースは――――――

 

 

セットポジションからの第3球目。剛腕から放たれたストレート。それが高めに浮いたのだ。

 

――――高めの真直ぐ!!!

 

 

好球だと思ってバットを出す多村。この高めのコースを捉えた瞬間に、横浦の勝利が確定する。

 

 

―――――!? さらに浮き上がるだと!?

 

 

しかし多村の目測を上回る、浮き上がるような軌道。

 

 

――――どこまで浮き上がるんだ、この球はぁ!?

 

 

ドゴォォォォォォぉンッッッっ!!!

 

 

ミットに収まった降谷のボール。浮き上がるように高めに威力のあるストレート。リリースに意識を集中した、彼の持ち味がこの瞬間に出たのだ。

 

『空振り三振~~~~!!!! このピンチを切り抜けた降谷!! 絶体絶命のピンチ!! 無失点で踏ん張りました!!!』

 

『火の出るようなストレートでしたね。相当浮き上がっているんでしょう』

 

 

8回の裏、何とかピンチを脱するものの、すでに虫の息の降谷。多村を空振り三振に打ち取るが、9回の3つのアウトを取らなければならない。

 

 

9番から始まる横浦の最後の攻撃。ランナーが出れば、彼らに打席が回ってくるのだ。

 

 

終わらない神奈川の王者の猛攻。青道は最後まで凌ぎ切れるか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




さて、フラフラの降谷が9回を無事に終えられたらいいな

降谷の異変は、早い回からブルペン入りをしたことです。水分補給をしていましたが、熱さ自体に体をやられています。

スタミナがただでさえ少ない彼には致命的。



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第71話 背負う者

そろそろ盆休みですね。

不定期ですが、今後ともよろしくお願いします。

2017年7月4日 2番青木を2番乙坂に変更しました


この8回の大ピンチを抑えた青道高校。9回の表、青道攻撃は三者凡退。だが、9回裏のマウンドに降谷が上がる。

 

『最後のイニングを任された降谷!! このまま逃げ切れるのか!!』

 

先頭打者の9番辻原の代打大道を抑え込む。横浦には和田と辻原以外に青道を抑える投手がいない。だが―――

 

 

1番高木―――――

 

「ボール!」

初球ストレートが浮いた降谷。球が上ずってきた。その一球を見た御幸は、低めにこいというジェスチャーをしていた。

 

 

マウンド上で汗をぬぐう姿多くなる降谷。炎天下の熱と、スタミナの無さが彼に襲い掛かる。

 

――――振り抜けば、まだチャンスはある。

 

横浦の切り込み隊長――――――彼は冷静に相手を見る余裕があった。何よりも、

 

 

――――大塚に何があったかは知らないが、アイツを引きずり出す前に終わるのだけは

 

 

球威の落ちてきた降谷のストレートを捉えるのは、それほど難しい事ではなかった。

 

『痛烈~~~!! センター前に落ちる!! 一死からランナーを出します、横浦高校!!』

 

 

――――嫌なんだよな、それだけは!!

 

 

一塁ベースで、小さくガッツポーズをして、ブルペンに入っている大塚を見つめる高木。

 

 

 

 

 

 

 

降谷のストレートが落ちてきたことで、青道ベンチが慌ただしくなる。

 

「――――降谷――――」

丹波は、降谷のストレートが捉えられていることに、危機感を覚える。

 

続く2番乙坂。ここで巧打の打者が続く。

 

 

『2番の乙坂君が出れば、主軸にランナーを置いた状態で回りますからね。ランナーがたまればわかりませんね』

 

―――――まだ、この試合何もしていない。

 

乙坂のバットを握る力が強くなる。

 

 

―――――ミートすれば、頭を越えればいい!

 

 

後アウト2つを取ればいい。だからこそ、御幸は低目をとにかく意識した。

 

 

――――この打者、今日は合っていない。だが、油断は禁物だ。

 

御幸が危惧するのは、この打者の地力もあるが、何よりも気がかりなのは―――

 

「――――――――――――」

マウンドで汗をぬぐう回数が多い降谷。熱さへの耐性がない彼にはこのピークに近い暑さが、体力を奪い続けている。

 

 

――――――ブルペンで、沢村を向かわせているが、アイツをリリーフで出すわけにはいかない。

 

沢村までつぎ込めば、決勝戦での先発できる投手が万全ではなくなる。丹波を連投させるのはあまりにも酷だ。

 

 

―――――持ち堪えろ、降谷!!

 

 

ズバアァァァァンッッ!!!

 

初球145キロのストレートが僅かに外れる。熱さが、剛球の実力を奪う。

 

――――あの時ほど、球威もない。当てれば内野の頭は――――

 

続く2球目の甘く入ったSFFを、

 

カキィィィンッッ!!

 

「!!」

降谷の頭上を越えるセンター前ヒット。何とかグラブを差し出したが、空振りする形でボールを掴むことが出来なかった。

 

『打った~~~!! ピッチャー捕れない!! 2番乙坂も続く!! これで、一死一塁二塁!!』

 

 

俄然、横浦は勢いづく。なぜなら次の打者は――――

 

『さぁ、ここで3番岡本!! 単打でも同点!! 長打が出れば逆転サヨナラの場面!! 青道先発丹波には手古摺りましたが、試合終盤に力を見せ始めています!!』

 

 

大塚は、言いようのない悪寒を感じ始めた。この局面でこの強打者との対決。パワーピッチャーの降谷には相性最悪の横浦の主軸。そして、

 

――――今になって分かる。彼の弱点は――――

 

甲子園の猛暑。それが、剛腕から力を奪っていることに気づいた大塚。予選準決勝での彼の降板に違和感を覚えていた彼は、合点が言った。

 

 

ズバァァァンッっ!!

 

初球ストレートが外れる。球速は147キロ。

 

――――8回裏よりも球威が落ちている。スタミナがないにもほどがあるな。

 

これが、この投手を先発で使えない理由だと悟った岡本。

 

 

「ボールツー!!」

 

SFFが外れ、ボールツー。ストライクが入らない、ストライクを入れられない。

 

 

『ストライクが入らない!!! この強打者を相手に、少しの隙も命とりです。』

 

『投球に変化がないですね。速い変化球に、速いフォーム、速い球。解らなくなりましたね。』

 

 

―――――体が、暑い――――

 

意識がもうろうとする降谷。あまりの暑さに、熱で頭をやられつつあるのだ。体全体に倦怠感が広がり、リリースがまたうまくいかない。

 

 

―――――ストライクが、課題は、スタミナロール――――

 

言葉が途切れ途切れになりつつある降谷。カウントを稼ぎたい、中途半端な気持ちが入り乱れていた。

 

そして、甲子園の舞台に力を奪われ、弱体化した彼のストレートが甘く入ってきたのだ。

 

 

 

 

ガキィィィィンッッッッ!!!!!

 

 

痛烈な打球がライトへと上がる。感触は完ぺきに近かった。

 

 

 

 

 

「!!!!!」

御幸がマスクを外し、打球を見やる。

 

『打ったァァァァァ!!!! ライト~~~~!!!! 切れるか、サヨナラか!! サヨナラか!?』

 

打球は勢いを失わない。ぐんぐんと伸びる岡本の打球。青道のフィールドプレーヤーがその打球を追う。

 

―――――やめろッ

 

 

伊佐敷が叫ぶ。

 

――――やめろッ!!!

 

結城が願う。

 

 

――――切れろォォォォ!!!!!

 

沖田の眼前で、

 

 

 

 

 

打球は、ライト線に切れた。

 

 

 

『ファウルっ!!! ファウルですッ!!! 命拾いした青道!! 捉え切れなかった岡本!!! しかし鋭い打球でしたね~~~』

 

『甘く入りましたね。振り切った分、打球が切れてしまいましたね。僅かにタイミングが早かったですね』

 

 

―――――っ

 

自分のストレートがまだ通じない。SFFを投げても動揺もしない。岡本が恐ろしいと感じてしまった降谷。

 

 

「ボールスリー!!!」

 

 

――――リベンジをする、なのに――――

 

 

 

―――――ダメだ、このカウントは悪すぎる。だが、歩かせても次は――――

 

 

ネクストバッターは、坂田。この打者とだけは勝負したくない。今の状態の降谷では、抑えるイメージが全く思い浮かばない。

 

 

―――――くっ、

 

「ボール、フォア!!!」

 

最後は完全に外れてしまったストレート。御幸も意識を決めかね、降谷も中途半端な球を投げてしまった。

 

『フォアボールっ!!! 迫る横浦!! まだ終わりません、まだ終わらせないッ!!! これが横浦です!! そして、次の打者は――――!!』

 

 

―――――――4番、ライト、坂田君。

 

 

 

 

 

打て!! 打て!! 打て!! 打て!!

 

久遠っ!! 

 

かっ飛ばせ~~~久遠ッ!!!

 

 

お前が決めてくれ~~~久遠ッ!!

 

 

『久遠コールが鳴り響く甲子園球場!!! 横浦の主将が試合を決めるのか!! ここで、この人に回るからこそ、これが、今年の横浦です!!』

 

 

圧倒的アウェー。

 

大歓声が包み込む甲子園球場で、青道はついに追い込まれた。

 

――――リードしているのは俺達だ、なのに、これが―――

 

 

――――これが、甲子園の戦い――――

 

 

青道ナインは、呑まれていた。この横浦が醸し出す雰囲気に。

 

 

『外野は通常の守備陣形から動けません! それもそうでしょう、4番坂田、この試合で得点圏10割は途切れましたが、7割を超える得点圏打率!!7本のホームランを打っています!!  さらにまだ甲子園で併殺打がありません!! この怪物打者を前に、凌ぎ切れるか、青道高校!!!』

 

 

『ここで今大会最強バッターを乗り越えるか乗り越えられないか。はっきりしていますね』

 

 

『この試合も2打席で連続となるホームランを打っている坂田!! 今日一人で4打点!!  さぁ、決勝への夢を繋げられるか、青道高校!!』

 

青道高校の内野陣はマウンドに集まる。

 

 

『それとも決勝への道を掴みとれるか、横浦高校!!』

 

バッターボックスに向かう坂田。

 

 

 

ここがこの試合の山場。

 

 

 

 

 

「――――監督、2つのアウトを、俺に奪わせてください」

 

 

監督の前に立った大塚。登板を志願したのだ。

 

 

「お、大塚!? だが、けがをしたお前をこれ以上――――」

太田部長が大塚の志願に待ったをかける。怪我をしている選手を出すわけにはいかない。だからこそ、彼を制止する。

 

「2つだけ、2つだけです。俺は言いました。先輩たちの夏を終わらせたくないと。」

 

 

「――――大塚」

意志は固い。静かな闘志を燃やす、大塚の瞳が片岡を見据えていた。

 

 

「確かに、万全ではない俺が抑えられる保証なんてありません。仮に次があっても、夏の終わりは近いです」

 

 

もうあと2試合。どんなに頑張っても、それでこのチームの夏が終わる。

 

 

 

「本当は、秋まで大人しくするのが正解なのかもしれない。けど――――」

 

 

 

 

「怪我をしたお前に何が出来る? 今は―――――」

 

 

 

 

「けど、終わらせない。ここでは」

 

 

「!!」

静かな声で、大塚はそう宣言する。凛としたそして力強い言葉は、片岡監督でさえ沈黙させた。

 

 

 

 

「この打席で、この勝負を、この試合を、俺に背負わせてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネクストバッターサークルで、黒羽はベンチの前に立つ大塚の姿を見ていた。

 

 

―――決勝に温存するつもりだったのか? だが、それにしては様子がおかしい。

 

 

投球練習を行っていた大塚が片岡監督の前にいた。投球練習をしていた彼が、この時になぜここに立っているのか、理由は言うまでもない。

 

 

 

 

大塚の姿を目にした時、今まで横浦の脅威の粘りに歓声を上げていた声が、

 

 

 

ざわめきに変わる。

 

 

 

 

『ここで、ここで来るのか!? 片岡監督がベンチを出ます!!! ここで投手交代です!!!』

 

 

 

 

「お前を止める言葉を見つけることが出来なかった。そんな情けない大人を許してほしいとは思わん」

 

 

 

「監督―――――」

 

 

 

 

 

「見せてみろ、お前の覚悟を。責任も勝負も、俺が一緒に背負ってやる。」

 

 

 

 

 

スタンドの青道応援席では、大塚がついに投げることになってしまう現実に、苦い顔をするのものしかいなかった。

 

 

彼だけは、彼にだけは投げてほしくなかった。

 

 

 

彼が来てから、青道は変わった。甲子園という大舞台にたてた。それはベンチにいる選手たちだけではない。

 

 

スタンドで応援を続ける彼らにとっても、大塚は希望だった。

 

 

 

「大塚っ」

 

だが、かける言葉が見つからない。誰もそれを見つけ出すことが、絞り出すことが出来ない。

 

 

 

みんなわかっているのだ。ここはもう彼に託すしかないと。沢村をここで出せば、決勝の希望もほぼ絶たれる。

 

 

満身創痍のまま戦うことになるのだ。

 

 

そして、降谷もマウンドから下がる今、青道側に降りかかる衝撃は大きい。

 

 

「大塚君ッ!!!!」

 

 

そんな中、吉川が彼に声をかけるのだ。

 

 

「――――――ごめん、それでも俺は―――――」

大塚も、彼女が何を言いたいのかは解る。けど、止まることは出来ない。

 

 

「帰ってきて!! 秋も!! 来年も、再来年も!!」

 

 

 

「!!!」

突然何を言い出すのかと、大塚は目を見開いた。

 

 

 

「ここが大塚君の終わりじゃないんだよ!!」

 

 

精一杯彼女は叫んだ。カメラが映そうが関係ない。今の彼女は大塚に声をかけることしかできないと自覚しているから。

 

 

 

「また笑顔で、野球をしてほしいの!!!!」

 

 

 

 

 

もはや彼を止めることは出来ないと吉川は解っていた。だからこそ、祈るしかない、彼に願うしかない。

 

 

 

それが彼の重荷になるとは分かっていても、言わずにはいられない。

 

 

また野球が出来なくなる。ここで彼のいるチームが負けることも。

 

 

認めたくない。受け入れたくない。

 

 

 

 

 

 

「ごめんね、無理を言って。無茶をして」

 

壮絶なマウンドに向かうというのに、彼は穏やかな顔をしていた。

 

 

「けど、ここで動かなければ、俺は”大塚栄治”でいられなくなる。エースを目指すという野望を、目指す資格を失うような気がする」

 

 

 

「俺にとって大切な何かが、消えてしまいそうな気がする」

 

 

 

スタンドにいる者達に、そして自分に言い聞かせるように、彼は言葉を紡いでいく。

 

 

 

「だから抑える。相手が誰であろうと」

 

 

 

 

 

「繋ぐんだ。ファイナルの舞台に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スタンドにいる彼らは、そんな彼を見送ることしかできない。どうしようもなく遠い。

 

 

だが、彼らに出来ることは存在していた。

 

 

 

 

「いっけェェェェ!!! 大塚ぁぁぁ!!!!」

 

 

ひとりでに、誰かに言われたわけでもない。誰かが奮い立ち、声を張り上げる。

 

 

その小さな声援がやがて―――――

 

 

「坂田を抑えて決勝に行くぞ!!!!」

 

 

「青道の天才を舐めるなよ、横浦ァァァァ!!!!」

 

 

「俺達が絶対に勝つんだ!!!」

 

 

「頑張れェェェェ!!!!!」

 

 

 

大塚ッ!!! 大塚ッ!! 大塚っ!!

 

 

 

大きな声援へと変わっていく。

 

 

 

まだ審判は選手交代を知らされていない。だというのに、選手個人の名前を名指しで応援。こんなことは今まで有り得なかった。

 

 

だが、もはや観客も悟っている。

 

 

怪物に対抗できるのは、同等の力を持った存在だけだと。

 

 

 

横浦高校も、大塚コールによって雰囲気が変わることを恐れた。

 

 

久遠ッ!!! 久遠ッ!! かっ飛ばせェェェ、久遠ッ!!

 

 

お前が決めてくれェェェ!!!! 久遠ッ!!

 

 

 

「ここで四番が決めて光南にリベンジだ!!」

 

 

「ああ!!! そっちのルーキーも凄いが、俺達の4番を舐めるな!!!」

 

 

「サヨナラ決めろ、久遠ッ!!!」

 

 

 

両チームが誇る最高の選手の激突。一塁側、三塁側からそれぞれの選手の名前が名指しでコールされる異様なムード。

 

 

 

 

そんな雰囲気の中、仰木監督は腕を組んだまま、試合をじっと見ている。采配を振るう局面ではない。

 

 

 

 

 

片岡監督は、淡々と最後のカードを切る。

 

 

 

それぞれの指揮官は、それぞれの切り札に夢を託す。

 

 

 

 

『青道応援席から大塚コール!!! 横浦応援席からは、久遠コール!! 異様なムードと雰囲気が出始めている甲子園球場!! さぁ、この最終局面でついに実現するのでしょうか!!』

 

 

『こんな雰囲気の甲子園はみたことがないですね。ついに出てくるか――――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

審判に選手の交代を伝える片岡監督。横浦の選手たちに緊張が走る。

 

 

 

――――――来る。

 

 

 

誰もが解った。その瞬間、甲子園が静まり返る。片岡監督の口に、審判の仕草に、観客は固唾を呑んで見守る。

 

 

 

 

 

 

この土壇場、最後の最後に、この試合最大の山場が訪れたのだ。これほどの試合、これほどのクライマックスがあっただろうか。

 

 

 

誰かがいった。

 

 

 

 

この試合の最後は、伝説になると。

 

 

 

 

 

 

 

 

中々アナウンスがかからないことも、この徐々に高まっていく雰囲気を形作る材料となる。

 

 

 

 

「選手の交代をお知らせします。降谷君に変わりまして、大塚君。ピッチャー、大塚君」

 

 

 

 

 

世代を超えた頂上決戦。1年生の新星が、最後の夏を迎える怪物スラッガーに勝負を挑む。

 

 

 

 




空気だったけど、最後に見せ場がありましたよ、大塚君。

1年生でこの局面、志願登板とか

基地外以外の何物でもないね。



悲報 降谷、決勝戦アウトの模様。

大塚もアウトになったら青道が詰むね。


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第72話 託す者 残る者

横浦戦、決着。


その瞬間、甲子園にどよめきが起こった。ついに青道の天才が出てくる。この最終局面で、満を持しての登場。

 

 

『ここで大塚です!!! この緊迫する場面で、大塚がついに登板します!! 驚きましたねぇ、増田さん』

 

『間違いなく、大塚君には何か問題があるのかもしれません。この最後の場面に投げさせる。原因は解りませんが、大塚君の登板はこれがこの夏最後かもしれませんね』

 

 

 

降谷は、暑さで意識がもうろうとする中、大塚にボールを渡した。

 

 

「―――――――――」

何かを言おうとしていたのに、口を上手く動かせない。喉が渇き、立っているのがやっとだ。

 

「急いで戻れ―――――坂井先輩!! 降谷を速くベンチへお願いします!! 熱中症を起こしかけています!!」

 

「!! 解った!!」

現状を知った坂井は、急いで降谷に肩を貸しながら、グラウンドを後にする。

 

 

降谷の異変に、気づけなかった。みんな自分の事で手一杯、この状況を前に、冷静さが足りなかった。

 

大塚が一人冷静だった。誰もが無自覚に感じていて、誰もそのことを指摘しない。余裕がないのか、出来ないのだろうか。

 

 

―――――高校生離れした、精神力だと。

 

 

「――――――栄治」

暗い表情の御幸。ここで出したくなかった。痛み止めを打っているとはいえ、大塚の体はもうもたないはずなのだ。

 

 

もし投げられるとしても、投げさせてはならない。

 

 

「なんて顔をしているんですか、御幸先輩、それにみんなも」

いつものように、彼はこの苦しい場面で軽口を口にする。何が彼にそれを可能にしているのだろうか。

 

――――どうしてお前は―――――

 

御幸はそんなことは今どうでもいいと考えた。

 

「すまない。お前を出さないつもりだったのに――――」

内野全ての選手が集まった。結城は、大塚にこれ以上負担をかけたくなかった。まだまだ可能性がある。大塚はここで足踏みをする器ではない。

 

「このイニングで必ず決めろ。勝負を伸ばすな」

沖田が強い言葉で大塚に言い放つ。敢えて強い言葉で、沖田は大塚を奮い立たせる。

 

「沖田―――」

 

 

「秋も一緒に戦うぞ。お前は、もうそういう存在なんだ」

真剣な目で、沖田は大塚にそう告げる。

 

「ああ。そうだね――――」

 

大塚は、打席に向かう相手打者の坂田を見て、

 

 

「甲子園最強の打者。最終局面。燃えてくるね」

 

 

マウンドに立つ大塚は、最後まで笑顔だった。

 

 

 

青道応援席で、息子の背中を見守る綾子は、その後ろ姿が若かりし頃の和正に重なって見えた。

 

 

「同じ番号だから、かしら。」

何かを背負う様な、そんな姿。それは高校時代の彼と重なって見えた。

 

 

「兄ちゃん―――――」

裕作も、こんな厳しい場面にきっと志願したであろう兄にかける言葉を見つけられずにいた。

 

もし自分なら志願していただろうか。こんな恐ろしい場面、しかも相手は超高校級スラッガー。打たれたらもう立ち直れないかもしれない。

 

打たれたらサヨナラ。その瞬間に負けが決まるのだ。

 

 

 

 

 

『さぁ、ここで背番号18、大塚がマウンドに上がります!! 今大会最強のバッター、坂田久遠を相手に、どんな投球をするのか!?』

 

『――――――――』

 

『どうしましたか、増田さん?』

 

 

『いえ、なんだか重なって見えるなぁ、と』

 

 

『???』

 

 

『かつて、昔あんな投手がいた気がするんですよ。何か他の球児たちとは違う雰囲気が。』

 

 

『それは――――大塚、まさか―――――』

 

 

『名前まで一緒。これは、偶然なのかな―――――それとも、必然なのかな?』

 

 

 

 

 

 

 

 

ネクストバッターサークルで見ていた黒羽は、大塚の異変を悟る。

 

―――――そうか、やはりエイジは――――

 

 

ベンチの前では、

 

「大塚との勝負は来年―――か。」

多村は、それが口惜しいと感じていた。

 

「だが、ここで久遠先輩との対決。どうなるか、一人の野球人としてみたいな。」

後藤は、この勝負を見ていたいと語る。

 

 

 

 

まず第一球――――――

 

 

ドゴォォォォォォンッッッっ!!!!!

 

 

「――――――――っ」

初球からバットを出してきた坂田。大塚も全力投球、坂田もフルスイング。

 

 

初球からインコースの強気な投球。しかも高め。強烈な球威を見せつける大塚と、そのストレートにフルスイングの坂田。真芯に当たればいくら大塚でも危ない。

 

 

 

初めて対戦するであろう大塚の剛速球。坂田は一人目と同じように、真っ向からフルスイング。

 

 

それを見た大塚は笑みがこぼれる。

 

 

―――――瞬臣先輩以来だ。初めてみたくせに、最初からガンガン振りに来てる……っ!

 

 

 

 

 

一方の坂田。降谷とは明らかに質の違う速球を前に、身体の血がたぎるのを感じる。

 

 

―――――球持ちの良い剛速球。反則だが、楽しくて仕方がないな、おい!!

 

 

バットを握る手に力が入る。力みはない。

 

 

 

ただただ楽しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『147キロ!! 初球から140キロ後半を叩き出した大塚!! 坂田相手に真っ向勝負です!! その坂田も、この強烈なストレートを前にフルスイング!!!』

 

 

 

 

続く第二球――

 

ドゴォォォォンッッッッ!!!!!

 

「ボ、ボールっ!!!」

 

際どいコース。これも

 

148キロ。胸元厳しいインコースを突く、気迫を前面に押し出したピッチング。

 

 

この振らせにきたストレートを見極めた坂田。だが、坂田もこの球を見逃す。手が出なかったのではなく、見極めたのだ。

 

 

 

 

『うおぉぉ!!! これは際どい!! 147キロ、148キロ!! この1年生、物が違うか!?』

 

 

キィィィィンッッッ!!!

 

 

「ファウルっ!!!」

 

続く3球目を当てる坂田。だが、前に飛ばない。これも147キロのストレート。

 

 

―――――相当伸びてきている。これが、1年生の投げる球なのか!? 本当にバネのいう通りだ。

 

 

 

 

打席で興奮を覚えている坂田。彼はこの選手のポテンシャルにまだ笑みを浮かべていた。

 

 

力むなんてつまらない事、ここでは考えてないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

――――ここで、SFFだ。ここで、この変化球ならば、100%振る。

 

御幸はここでSFFを要求する。このストレートを意識したスイングでは、大塚の変化球ならば空振りが奪えると。

 

 

―――――大塚の気迫は十分、だが捕手は違うな

 

坂田は、不安そうな顔をする御幸を見て、SFFを見切る。

 

「ボールっ!!!」

 

最初から振る気のない体勢。御幸のリードが読まれた。

 

――――SFFを見極められた? くそっ、やはりストレートなのか?

 

チェックゾーンが甘いのか、それとも読みなのか。万全ではない大塚のSFFに狂いが生じているのか。

 

――――これが奴のSFF。最初の勝負球は外してくると解っていたが、ここまでの変化球か。

 

配球をしっかりとよんだうえで、坂田は打席で冷静さを保っていた。

 

 

 

しかし、そうとは知らない御幸。SFFに異常がある。そう考えてしまった御幸。5球目、

 

 

キィィィンッッ!!!

 

「ファウルボールっ!!!」

 

だが、147キロのストレートは前に飛ばない。1年生のボールである。ドラフト有力候補である坂田が、まだ前に飛ばせない。

 

 

キィィンッっ!!

 

「ファウルっ!!」

6球目も当てる坂田。全て140キロオーバー。だが違うのは、痛烈な打球がライト方向へと飛んで行ったという事。

 

「!!」

流されてあそこまでストレートを飛ばされたことに、初めて驚きを見せる大塚。

 

 

―――――――まだ数球なのに、もう前に飛ばし始めた!? やはり次元が違う。

 

 

冷や汗が一筋流れた大塚。この夏ここまで明確に、うたれるというイメージを感じた打者は彼が初めて。

 

 

 

このままストレート押しでは、やられると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しかし坂田は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――これが、大塚栄治かッ!!!

 

打席の坂田は、自然と笑みを浮かべていた。バットを握る手も若干震えていた。大塚の強烈な球威に、手が痺れてきたのだ。

 

球持ちがよく、それでいてコントロールもいい。体の開きもない。

 

正直、これを本格派と呼んでいいのかはわからない。判別することが困難な投手だ。

 

 

 

だからこそ、坂田は興奮していた。

 

 

今まで、投手は自分を見ると表情がこわばっていた。高校最強クラスのスラッガー、その肩書きを前にして、臆する者が多すぎた。

 

大阪桐生も、その他の名だたる好投手たちも、気迫がないように感じた。

 

――――ただ、来た球を打ち返しているようにしか思えなかった。

 

しかし、この最後の甲子園、準決勝。久しぶりに甲子園に現れたこの高校は何かが違った。

 

既にベンチに下がっている丹波。目の前で剛球を繰り出す大塚。どちらも本気で坂田相手に勝負をし、ねじ伏せに来ていた。

 

 

――――これだ、これが欲しかったんだッ!!!!

 

 

こういう投手に、手強い投手からホームランを、強烈な打球を打ちたい渇望があった。闘志を剥き出しにした相手から、でかい一発を打ちたい。

 

 

坂田久遠は、今年最後の夏で、それを最高に感じていた。

 

 

 

 

『力と力のぶつかり合い!! 名勝負が繰り広げられています!! 東京の天才と、関東最強のスラッガー!! 勝負の7球目!!』

 

たった6球。だが、その短い時間に濃密な闘志のぶつかり合い。その刹那の刻に、観客は大興奮だった。

 

 

それぞれの事情も知らぬままに。

 

 

 

―――――あのフォームでいきます。通常フォームでは仕留められない。

 

大塚は、縦のフォームを要求した。その上で、自分に自信のある球種をさらにチョイスした。

 

――――大塚ッ!!

 

御幸は目を見開き、それを否定した。だが、

 

 

――――全力を出せずに負けるのが、今できることをできないことが、一番悔しい。

 

 

大塚は御幸のサインに首を振る。

 

 

そして―――――

 

 

 

『サインがなかなか決まりません! この打席で試合が決まりかねない中、慎重になるか!?』

 

 

―――バカ野郎――――

 

ミットを構えながら、御幸は何度も心の中で繰り返す。

 

 

――――この、大馬鹿野郎ッ!!

 

 

 

マウンドの大塚は、何か澄み切った笑みすら浮かべていた。この勝負に釘付けになっている観客に何も悟らせず、涼しげな表情。

 

「――――――」

この満塁の場面で穏やかな笑み。事情を知っている者からすれば、狂気以外の何物でもない。

 

 

 

『サインが決まりました!! セットポジションから7球目!!!』

 

 

セットポジションから投球モーションを開始する大塚。構える坂田。

 

 

 

――――ストレートっ!!! 外角、低目!!!

 

坂田は、この外角のボールを逆方向に打とうと、広角に打とうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

ククッ、ギィィィィンッッッ!!!!

 

 

そのボールは、坂田の視界から消える。先ほどのSFFとは違う。通常のSFFは、直前で落ちるボールと判断できるゾーンがある。それでも大塚の通常のSFFは、そのゾーンの見極めは難しい。

 

 

だが、このSFFは――――――

 

 

「――――――――――」

 

空を切ったバット。御幸は体でそのボールを止めた。ボールが前にこぼれ、そのボールを素早く捕球し、坂田に視線を戻す。

 

 

彼は、御幸が冷静さを失いながら自分にミットをタッチしている光景を目に焼き付けた。

 

 

坂田は、自分が負けたのだと悟る。だが、自分の想像を超えたボールを投げ込んできた大塚に、笑みを浮かべた。

 

――――寸前まで伸びてきて、その上で落ちるか。

 

もうストレートと見分けがつかない。本物の魔球だと、坂田は思った。

 

 

 

 

彼の最大の武器はストレートに非ず。彼は生粋のスプリッターなのだと。

 

 

 

 

 

 

「―――――っ」

 

マウンドでは、若干表情がこわばっている大塚。あまり投げたがらないボール。負担もあるのだろう。それだけのリスクを背負っているのだと知った。

 

 

高校生には過ぎた代物だと。

 

 

 

 

――――本当に、バネの言うとおりだ――――

 

 

彼が今でも意識する存在である理由が分かった。

 

 

「ストライクっ!!! バッターアウトォォォォ!!!!」

 

 

『空振り三振~~~~!!!! ツーアウト!! 青道、これで決勝進出まで後アウト一つ!!』

 

 

―――――これが、大塚栄治か

 

 

三振に打ち取られ、高校屈指のスラッガーが打席を去っていく。だが、その後ろ姿は小さいわけではない。

 

 

――――バネの言う通り、お前は危うい。だからこそ、強いのかもな

 

 

 

坂田久遠。今年の夏、2度目の三振に倒れる。ここまでやられたのは、2年生の秋以来だった。

 

 

――――この投手を外から見て、お前はどう思っているんだ、神木。

 

 

既に敗退した、坂田がライバル視していた、再戦を渇望していたエースの名を心の中で呟く。

 

去年の神宮大会で坂田を無安打に抑え込んだエース。トーナメントの巡り会わせから、その時しか対戦できなかったが、坂田の印象に残った数少ない投手の一人だ。

 

―――――お前も本物だ。だが奴も、本物だ。

 

 

10年に一度の逸材。そのフレーズはよく耳にする。だが、この投手は―――――

 

 

 

 

 

 

 

『さぁ、これで一死満塁から、二死満塁に変わります!! ここで打席には、5番黒羽!! 大会を沸かせる好リードで横浦を支える扇の要!! この好投手に食らいつけるか!! 最大のクライマックスがやってきました!!』

 

 

 

打席に立つ黒羽。大塚が怪我を負っていることはすぐに分かった。

 

 

――――投げ終わった後、腕がやや伸びている。ろっ骨辺り、か――――

 

彼の事はよく知っている。だからこそ、大塚が今異常な状態で投げていることがすぐに看破できた。

 

 

――――けど、お前はマウンドに上がった。俺は、チームの為に

 

 

 

だが、親友だから手を抜くつもりはない。むしろ――――

 

 

――――ここで、俺が引導を渡してやるッ!!

 

高校最初の対決、ここで、まず大塚の一年目に引導を渡す決意を固める黒羽。そうでなければ、奴は止まらない。今度こそ、

 

 

戻ってこられなくなるからだ。

 

 

 

『さぁ、注目の初球!!』

 

 

対する大塚は、唸りを上げる剛速球を投げ込んでくる。高校生活で進化した彼のボールに、初見でバットを振れるほど甘くはない。

 

「ストライィィィクッっ!!!」

 

 

『初球148キロっ!! アクセルを緩めません大塚!! この1イニングに満たない場面!! 集中力と力の入れようは段違いでしょう!!』

 

 

――――エイジっ!!

 

苦々しい表情の黒羽。

 

 

――――怪我をおしてまで、甲子園の栄冠は必要なのか?

 

 

――――お前は、おやじを超えるんだろう!? あの途方もない記録に挑むって!!

 

 

 

青道応援席でも、大塚の快投に心配の声が上がり始める。

 

 

「大塚――――」

言葉が続かない金丸。怪我をしているという事実は、もう青道全員にいきわたっている。だからこそ、そんな状態で150キロ前後のボールを投げ込む大塚が、

 

 

ただひたすらに怖い。

 

 

「お願い、お願いだから――――」

吉川は祈るしかない。もう、勝負にはこだわっていない。勝負にこだわる事が出来ない。

 

 

――――無事に、無事に帰ってきて――――

 

黒羽の胸元に、抉るような速球が投げ込まれた。この局面で強気の投球。

 

『2球目!! ボール!! これは厳しいインコース!! 146キロ!!』

 

躊躇わない、勝負の世界で勝負に徹している大塚。黒羽や周囲の声が聞こえていないかのように、大塚は投げ続ける。

 

 

一方、球威が衰えないことで、逆に心配している御幸。

 

 

――――早く勝負を決めたい。何とかして少しでも―――

 

 

速くマウンドから降ろしたい。早く勝負を決めたいのだ。

 

 

 

だが、彼ら二人とは逆に、この戦いを見たいと思う人間の方が多い。

 

 

 

 

 

 

観客の間では、大塚と黒羽の勝負、というより、大塚の強気の投球に酔い始めていた。

 

「おおおお!! これを見たかったんだよ!!」

 

「腰抜けじゃない、やっぱり怪物だな!!」

 

「大塚君~~~~!!!」

 

「大塚~~~~!!!」

 

 

何も知らない観客は、大塚と黒羽の勝負を見てみたい。もっとこの最高の勝負を見たい。いつまでも続けてほしい。もう何年振りかわからない、これほど甲子園を沸かせた大会は久しぶりだろう。

 

 

ここで、アウトコース際どい場所を要求する御幸。もう早く勝負をつけたい。

 

 

『アウトコース、ファウルボールっ!! 何とか当てた黒羽!! しかし、これも149キロストレート!! コース、スピード、伸び、ともに素晴らしい一球!!』

 

 

「―――――っ」

何とか当てることが出来た黒羽。球筋を見ようにも、球持ちがよく、縦のフォームの連投の大塚。如何に黒羽と言えど、今の大塚の前では――――

 

―――これが、お前の覚悟、なのか――――

 

 

『ボールっ!! スライダー外に外れる!! ここで緩急!! これもストライクからボールになる素晴らしい球!! しかし黒羽はこれを見極めます!!』

 

 

「ファウルっ!!」

続く5球目、その緩急を突いた高めのストレート。黒羽はそれに何とか追い縋る。だが、ここまでの勝負、全て大塚が優位に立っていた。

 

 

――――これで、決めたかったんだけどね――――

 

腕が僅かに震える大塚。初めて投球以外での仕草を見せた。それに、まず後藤が反応する。

 

「大塚――――?」

 

そして多村―――――

 

「痙攣? だが、大塚にはたかが1イニング――――」

 

 

勝負は続く。6球目のストレートも粘る黒羽。

 

 

「ファウルっ!!」

勢いは失われない。ストレートは、まだ健在。

 

 

黒羽金一は、まだ大塚栄治に届かない。

 

 

7球目―――――

 

「!!!!」

 

ストレートの軌道からパラシュートチェンジが襲い掛かる。完全にフォームを崩された黒羽。

 

 

低めへと急激に落ちる彼の決め球の一つ。並の打者なら三振だろう。

 

 

 

だが、そのボールを一番受けてきたのは間違いなく黒羽だ。

 

 

 

――――ここで、緩急――――っ

 

 

身体を前のめりにしながらも、バットに当ててファウルで逃げる黒羽。これで決まらない。

 

「ファウルっ!!」

 

 

『7球目でも決着つかない!! 粘る黒羽、悉く先手を打つ大塚!! さぁ、いよいよ勝負の8球目!!』

 

手負いの虎である今の大塚は、なりふり構わない。フォームが崩れようと、胸部に故障があろうと、剛速球を投げることをやめない。

 

 

痛がる素振りをあまり見せない。黒羽の前に立ちはだかる盟友はただただ――――

 

 

――――さすが、そう簡単には決めさせてもらえないね

 

 

マウンド上で苦笑いする、彼の姿。

 

 

 

 

 

―――――勝負球は、ストレートと、SFFのいずれか―――

 

勝負所で、大塚が選択するのは、ストレート、SFF、パラシュートチェンジ。だが、パラシュートチェンジはここでは有り得ない。

 

 

当てようとする打者相手に、緩い変化球をこれ以上投げられない。

 

 

―――そして、確率は2分の1。どっちが来る?

 

黒羽が選択したのは――――

 

――――俺ならSFF。大塚が暴走するなら、ストレート――――

 

 

 

そして、青道バッテリーでは、

 

―――ここで、勝負を決める。ここで決め球の――――

 

SFFを要求する御幸。ここでSFFならば三振を取れるし、リスクが何より少ない。

 

――――相手は黒羽、アイツは当然SFFを待っている。だからこそ―――

 

 

 

『さぁ、注目の8球目!! 大塚、セットポジションから投球を開始します!!』

 

 

黒羽の前に現れたのは――――

 

 

「―――っ!?」

 

黒羽の頭になかったボール―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

投手と打者の間の距離を、白球が弧を描く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここで、ドロップカーブ。

 

 

「!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アウトコースに見事に決まったボール。黒羽は、完全にタイミングを奪われていた。

 

 

 

 

 

 

「―――――――――」

コースに決まったカーブを見て、黒羽は天を見上げる。

 

 

 

――――カーブを予測できなかった時点で、俺の負けか――――

 

 

 

 

 

 

 

 

『見逃し三振~~~~!!! 試合終了!!! 青道が逃げ切り、決勝進出!!!! 決勝の舞台に、東都の古豪が舞い戻った!!!』

 

狙いを絞れなかった。天を仰ぐ黒羽を見て、大塚は心の中で否定する。

 

 

――――違うよ、金一。6球目を投げた時点で、

 

 

 

歓声が鳴り響く。歓声が甲子園を埋め尽くす。大塚はそれを客観的に見ていた。歓声が自分に注がれている。歓喜の瞬間が訪れたが、大塚の心は冷えていた。

 

 

――――もうお前を抑えられるストレートを、投げられなかったんだから。

 

 

腕が震え、胸部の痛みが大塚を襲う。意識を失うほどではない。だが、投球は厳しいことが分かった。

 

「―――――大塚!!!」

駆け寄ってきたのは御幸。大塚の体を心配しに、一目散にやってきたのだ。

 

 

「―――――秋に戻ります。だから、最後の試合。心置きなく戦ってください」

痛みをこらえ、大塚は笑顔で御幸にこの言葉を送った。

 

「――――――っ、お前は、ほんとに馬鹿野郎だ――――」

 

泣きそうな目になりながらも、御幸はそれをこらえる。捕手としてのプライド、先輩としてのプライドが、彼を踏みとどまらせた。

 

「5-4で青道!! 礼っ!!!」

 

 

ありがとうございました!!!!!

 

 

「エイジ!!!」

黒羽が駆け寄ってきた。大塚の様子が、おかしいことに気づいていた彼は、二人の前にやってきた。

 

「――――大丈夫、選抜で会おう。すぐに戻るよ」

彼は気軽に、そんな言葉を紡いだ。

 

 

「――――お前は、またお前は――――」

 

 

 

「俺はずっと父さんに嫉妬していた。投手の栄光を手中に収めたあの人に。」

 

大塚は、初めて人前で嫉妬していることを白状した。あの大投手の輝きが妬ましいと。

 

 

「マウンドから降りたくなかった。またあの時のようにチームが負けるんじゃないかって」

 

大塚の転換期。黒羽らと大塚の道がたがえるきっかけとなった全中決勝。

 

 

「けど、こんなんじゃダメだな。矮小な心を持った時点で、俺は彼を超えるどころか、近づく事すら出来なかったのかもしれない。」

 

苦笑する大塚。そんな彼の言葉に悲痛な顔をする黒羽。

 

 

――――自分が過ちを犯していることを放置した。

 

自分のエゴの為に。

 

 

 

「悪い。ベンチで一足先に休むよ。御幸先輩、失礼します」

 

大塚は一礼すると、ベンチの奥へと消えていった。その後ろ姿を見つめる黒羽と御幸。

 

 

「――――大塚――――」

 

 

「貴方が、今のエイジの捕手ならば、託したいことがあります。」

黒羽は、意を決し、御幸にある言葉を送る。

 

「大塚は、苦しんでいます。苦しいとさえ感じていない苦しみから。このチームの要である貴方に、それを託します」

 

 

「!? どういうことだ!? 大塚が抱えている苦しみ!?」

 

 

「バネ!! 整列だ!! 最後のあいさつに行くぞ!!」

しかし、御幸は最後までそれを聞くことが出来ない。主将の坂田に呼ばれ、黒羽はこの場を去る。

 

 

「待ってくれ!! あいつが抱えている苦しみって、なんなんだ!!」

思わず説明を問う御幸。具体的なことすら教えてもらえなかった。だから、解らないのだ。

 

 

「それを自分で気づけなかった俺も、バカだった。けど、貴方なら――――」

 

 

 

それだけを言い残し、黒羽はこの場を去っていった。

 

 

この最強打線を擁する横浦に辛くも勝利した青道高校。試合後、降谷が脱水症状、熱中症でダウン。明日の決勝戦は絶望的とされ、大塚の怪我も悪化。明日の決勝戦、当然彼も投げられない。

 

 

ここで二人の投手を失った青道高校。決勝の命運を握るのは、1年生の沢村。この夏の甲子園最期を担う投手に選ばれた。

 

丹波は短いイニングを、川上もスクランブル。緊急事態では、東条、伊佐敷が投手を務めることも想定された。

 

大塚と降谷の離脱は、その日のうちに情報が洩れ、まず降谷が倒れた事が明るみに出て、大塚も病院へと直行したことで、その事実は明らかになったのだ。

 

決勝進出を果たした青道高校。しかしその代償は、あまりにも大きかった。

 

 




降谷、大塚が決勝戦アウト。

青道の勢いの根幹を担っていた大塚が戦列を離れます。

継投で勝ち上がってきた青道にとって、痛すぎる離脱。



ボロボロの状態で決勝戦に挑みます。

スライダーの化けの皮が剥がれた沢村、この夏初めて被弾した川上。強力打線相手に7回を投げた丹波。


相手は選抜覇者。

スラムダンクかな・・・


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第73話 手負いの龍虎

甲子園編はオリジナルなんですが、この章が一番長くなっていますね。

あと、オコエ選手がすごい。なんだアレ・・・・




準決勝の後、青道に衝撃が走る。

 

 

―――――エース大塚と、1年生降谷が離脱。

 

 

意識が朦朧とする降谷は救急搬送され、大塚はそのまま病院へ向かい、治療が開始された。

 

「――――――――――」

救急車に運び込まれた降谷の姿を見送る事しか出来なかった沢村。同期のライバルたちが同時に離脱。今まで共に切磋琢磨していた仲間の今の姿は、彼には重過ぎた。

 

 

甲子園球場は騒然としていた。球児二人が試合終了直後に病院搬送。決勝を目前に有望株の事実は、マスコミにも注目された。

 

―――――球児が真夏の甲子園で倒れる。

 

 

―――――青道高校の責任問題

 

 

あることないことを次々と記事が生まれる。その矛先は、片岡監督へと最終的に向けられることになった。

 

 

―――――天才、大塚栄治が負傷した理由については不明。原因は不明。

 

事実関係が明らかにならない中、青道高校への風当たりはきついものだった。甲子園ファンは、都合のいい憶測に耳を傾け、大塚が壊れたのは何か他の理由があるのではないかと考えた。厳しい練習による疲労、昔の指導の非効率さ、登板間隔をあけていたにもかかわらず、彼は壊れたのだ。

 

だが、珍しく高野連が動き、騒動はすぐに収まった、とは言えないが、決勝まではあまり積極的な報道を避けることをメディアに働きかけた。

 

準決勝第2試合。

 

 

試合は、強打を誇る光南が6回まで零封という、光陵の善戦、成瀬の好投から始まった。

 

 

だが―――――

 

 

『試合終了~~~!!!!! 何と柿崎!! この準決勝、強豪光陵を相手にノーヒットノーラン達成!!! 16奪三振でシャットアウト!!!』

 

 

光陵高校は、誰一人として、彼の前にヒットを打てるものがいなかった。1-0。8回1失点と好投した成瀬は援護がなく、広島の名門は琉球の旋風に飲み込まれた。

 

 

柿崎がすべて。柿崎を前に、光陵は攻略することが出来なかった。

 

映像の奥では、柿崎がやや疲れた表情を見せていた。まさに一杯一杯の表情。

 

大会期間中はカッター、ツーシームの調子が悪い柿崎。敢えてフォーシーム中心の投球。伸びのあるまっすぐを軸に、スライダー、フォーク、カーブでカウントを整える。

 

広島の選手たちは思うように狙い球を絞れず、柿崎が選択する高水準の球を仕留められなかった。

 

8回にフォアボールを二つ出したが、このピンチにストレートは最速150キロを計測。ピンチで連続三振を奪い、同点、逆転のピンチをしのいだ。

 

その後、最後の力を振り絞るように柿崎の力投。

 

ねじ伏せたのだ。

 

 

 

134球の快投だった。

 

 

 

「―――――――――――っ」

そして、その勝利の余韻の裏に、成瀬の涙があった。1年生で王者相手に8回1失点。死力を尽くしたが、柿崎の投球の前では全てが霞んでしまう。

 

そんな成瀬の右肩を、1年年上の木村がポンポンと叩く。この敗戦は彼だけモノではない。光陵の力が、光南に届かなかった、それだけだ。

 

 

しかし、光南はここにきて主軸の調子が悪化。準々決勝でも柿崎以外の投手陣が撃ち込まれ、接戦の勝負が見られたのだ。相手が一年生最高の左腕、成瀬であっても、この打撃陣の不調は深刻だった。

 

 

 

そして、光南はこのエースを、決勝を目前に完投を求めることしか出来なかった。他の投手では間違いなく敗退していただろう。

 

対する青道は、弱点が露呈したとはいえ、沢村を温存した万全の体勢。後ろには横浦戦で好投した丹波、打たれはしたが、これまでの安定感が際立つ川上がいる。

 

疲労によるコンディションの崩れは最小限に抑えられる。

 

 

だが、世間は完全に光南の春夏連覇を応援していた。2度目の春夏連覇、青道の二人の有望選手の離脱が重なり、甲子園球場は完全に青道にとってアウェーの場となった。

 

 

激戦が終わり、夕方。

 

「―――――降谷、君は………」

 

大塚は、隣でぐっすりと寝ている降谷を見て、沈痛な顔をしていた。ここは兵庫の病院。大塚は甲子園終了後に東京の病院へと移動することになり、怪我もそれほど大きくはない。

 

だが、彼は死の危険性すらあった。当然の絶対安静だった。

 

 

コンコン、

 

「どうぞ」

 

入ってきたのは、吉川だった。

 

「―――――大塚君、怪我は……それに降谷君は――――」

赤くはれた目をしている彼女を前に、大塚は目線を少し外した。

 

「大丈夫、ぐっすり寝ているよ。」

出来るだけ平静を装って答える大塚。

 

「――――どうして?」

震えた声で、彼女は彼に尋ねる。彼女は大塚を見て信じられないものでも見ているような、ショックを受けた顔をしていた。

 

大塚は、その理由が解らなかった。

 

「? どうしたんだい、吉川さん?」

 

 

その言葉が、引き金だった。

 

 

「どうして、そんなに冷静なの!? なんで!? なんでぇ!?」

大塚に訴える吉川。動じていない大塚を理解できないことが苦しい。尊敬していた、憧れていたからこそ、彼のそんな姿にショックを受けているのだ。

 

 

「――――――俺はアイツじゃない。本当は、降谷が一番苦しいんだ。悔しいんだ。俺が冷静でいないと」

大塚はそれを、降谷に対する態度だと考えた大塚。彼が倒れたというのに、大塚が冷静であること、あまり心配している様子に見えなかったことだと結論づけたのだ。

 

 

かみ合わない

 

 

 

「なんで!? どうして自分の事をあまり考えていないの!? なんで!? 決勝戦だよ!! 決勝戦まで来たんだよ!!! なのに!!!」

 

 

「俺の力が、運も含めて足りなかった。出来ない、登板できないのは―――そういう事なんだろう」

振り絞るように、大塚は最期の言葉を言い切った。

 

大塚は、予選4回戦のあのプレーをする覚悟を決めていた時から、自分の初めての夏がいずれこうなる事を予期していたのかもしれない。最後まで、夢を見ることが出来ない未来が来るかもしれないと。

 

――――道を選ぶってことは、他の道を捨てるってことなんだろうね。

 

だから今、自分は彼女を傷つけている。彼女を悲しませている。

 

「ごめんね、幻滅したかな? 俺も必死なんだ。理想が遠すぎて、毎日その壁を前にすると、普通ではダメなんだって。」

動じないメンタル、それが必要だと彼は考えていた。だが毎日彼は動揺していた。

 

 

その巨大な壁を前に、彼は揺れていた。

 

 

 

「人から見れば、普通じゃない。けど、そうじゃないと、追い付ける気がしない。気にするなとは言っても、俺にとっての父親は、彼だけだから。」

 

 

「毎日が必死なんだよ。休むことがトレーニングとはいっても、何かをしていなきゃ、何かを変えないと、何かをしないと。不安なんだ。」

 

誰もが、自分を大塚和正の息子だとみている。世界最高峰の野球選手の息子。そして彼はその長男。周囲からの期待は大きい。そして、彼の姿を見ていると、こうも思ってしまう。

 

 

――――父の記録に迫れる選手にならないと、失敗ではないのかと。

 

「だから、何か一つ。何か一つでもいいから、父さんに勝るモノが欲しかった。けど、それだけじゃない」

 

甲子園の栄冠。父が果たせなかった栄誉を何としても取りたかった。和正の全盛期を見続けたからこそ解る。

 

そんな思考に支配され、自分のエゴもあった。しかし、大塚には眩しかったものがあった。

 

 

「尊敬できる先輩に、栄冠を届けたかった。」

 

 

丹波の力投を見て、いてもたってもいられなかった。あの人のようなエースになりたいと。

 

 

 

 

「このチームで、最後まで―――――」

 

 

共に戦いたかった。

 

 

 

欲張った末の、自壊だった。

 

 

 

「――――――――――――――――」

吉川は、全てを察した。大塚が見据えている、大きすぎる壁。それはどこまでも大塚に近く、彼にとっては最も偉大な人物であると。

 

 

それが解ってしまったからこそ、

 

「―――――私、明日は大塚君と試合を見る!!」

彼女は決意した。彼は、とても危うい。大塚は、誰よりも先にいる。それは彼の努力とセンスもあると思っていた。だがそれは違った。

 

――――大塚君は、お父さんに追い付く為に、普通でいられなかったんだ………

 

 

本当の怪物、大塚和正を前に、天才はすでに挫折を経験していた。気が遠くなるような大記録、誰もが認める金字塔。それに挑もうとしているのだ。

 

 

何度、現実を思い知らされたことか。何度、諦めたくなることがあったか。300勝の壁。5000奪三振。途方もない、大記録。

 

 

 

「――――いや、ちゃんと部として試合を見るべきだ」

マネージャーと選手が必要以上に距離が狭まるのはよくない。何よりも片岡監督もあまりいい顔をしないだろう。

 

 

誰かに甘えたい、そんな思いもないわけではない。

 

だが、栄治はそのことを言わない。言えば楽になるかもしれない。だが、それは甘え。誰かに同情されるために、そんなことを言いたくない。

 

それがあまりに不恰好で、情けないと考えてしまった。

 

 

 

「ううん。部として、マネージャーとして、大塚君を見なきゃいけないって、解ったもん。大塚君の事、目を離さないからね」

 

 

その時、大塚の心に何かが通った。彼自身が自覚していない何かが通ったのだが、彼は理解することがなく、そのままその何かは消えていった。

 

 

「女の子にここまでいわせる、情けないピッチャーだけど――――いいのかな?」

言いたいことがないわけではない。しかし、彼女の言葉に縋ることにした大塚。

 

大塚は気づかない。大塚栄治という選手を気遣っているだけではない吉川の言葉に。

 

気づこうともしない。

 

 

 

気づかないまま、大塚は今年の夏を振り返る。

 

 

――――あの時も、そして今も

 

大塚がエースとして覚醒する最後のピース。努力や、精神力、天運、才能がすべてではない。

 

本当のエースになるために必要なのは―――――

 

 

―――――――仲間を信頼すること。当たり前の事なのに。

 

 

だが、それが今は遠い。今こうして、迷惑をかけているこの時でさえ、彼は自分と仲間に大きな違いがあることを意識していた。

 

 

決して自惚れではない。自分は、普通の高校球児ではない。自分は場違いではないかと考えてもいた。自分が投げれば勝てると思っていた。

 

 

 

今年の高校野球で最高と言われる坂田久遠との勝負は、

 

 

楽しかった。あの緊張感は、とても良かった。

 

 

 

打たれるかしれない、そんなことを少しだけ考えていた。しかし、自分は追い詰められた感覚がなかった。

 

ネガティブなイメージをするぐらいなら、やれることをしようと思っただけなのだ。

 

――――打てるものなら、打ってみろと。

 

 

それしか出来ないから、それをやるだけなのだ。

 

 

投手向きのメンタル。投手として必要な資質を兼ね備えている。それは実力、精神面でのこの充実ぶりが物語っている。

 

 

 

 

だが、彼は求めていた最後のピースが近くにあったことを知らなかった。

 

 

―――――昔は出来たのに、何で出来なくなったんだろう。

 

 

それが虚しくて仕方なかった。そんな自分が醜くて、仕方ない。

 

――――本当に、どうかしているな、俺は。

 

 

 

 

 

 

そして、息子が負傷したことについて、彼の目標でもある父親、大塚和正にもそれは届いた。

 

「あのバカ野郎―――」

思わず頭をおさえた和正。怪我を押して出ることで、選手生命が失われる危険性すらある。そうでなくても、故障体質は本当に長い戦いが必要になる。

 

「――――息子さんは、きっと―――」

同僚であり、ライバルでもある梅木祐樹は、和正に声をかける。彼も大人だ。栄治が何に悩み、何を考えているのかが分かる。

 

「俺の所為、なのかな? 俺が父親だから、背負いすぎたのかな――――」

もし大塚栄治が大塚和正の息子ではなかったら。

 

もしそうなら、才能の溢れた彼は――――

 

「バカなことを言うな。アイツは、お前の息子だから、ここまで来たんだ。」

梅木はそんなライバルの弱気な発言を咎める。

 

「栄治君は、確かにお前の残したものを前に、気負っている。だが、それを不幸かどうかを決めるのは、お前じゃない」

 

 

「何よりアイツは、お前の息子だ。それにまだわからないぞ」

梅木は、ライバルを前に笑う。

 

 

 

「もしかしたら、お前の成績を超えるかもしれないんだからな」

 

 

 

 

 

 

その海の向こうでは――――――

 

「大塚ジュニアが、怪我をしたのか」

かつての同僚、マッケロー・ウィリアムスが日本のインターネットサイトで彼の息子が怪我をしたことを知る。

 

嘗てアスレチックスの捕手として名をはせた彼もすでに引退。現在はコメンテーターとしてメジャーリーグの解説に呼ばれることもある。アスレチックス野球の申し子として、他球団からのコーチ打診もあるが、コーチになる気はないようだ。

 

 

「パパ!? エイジがどうしたの!?」

そこへ、彼の長女でもあるサラは、かつてのボーイフレンドに不幸が起こったことを聞いて顔色を悪くする。

 

現在20歳のサラ・ウィリアムス。アメリカのA州立大学を卒業間近、若い時に経験を積みたいという事で、スポーツ関係の仕事につこうと考えているのだが、日本語も堪能なので日本での道も視野に入れている。

 

弟分のエイジの事をずっと気にかけており、今回の事で、より日本への目が強くなるだろう。

 

彼だけではない。日本の高校球児の怪我率。その過酷な環境。

 

無論アメリカでも中4日議論がなされており、日本のシステムを一概に悪く言うことは出来ない。だが、アマチュアの選手に対するあの日程はあまりにも酷だ。

 

「ああ。どうやら、右の5本目の肋骨にダメージがあったようだ。骨折までは至らなかったが、あれでは満足のいく投球は出来んだろう。それが“普通”だ。」

怪我の原因は、あのフォームだろう。マッケローは瞬時にそこに目が行った。

 

動画サイトで彼の投球フォームを見た。彼が父親と同じく複数のフォームを持っていることも解った。だが、まだアマチュア、体が出来ていない高校生に、フォームチェンジはかなりの負荷がかかる。

 

さらに、問題なのは縦のフォームだ。SFFとストレート系を投げる際は、爆発的な力を発揮するフォーム。体に軸が出来ているのはいいが、大塚の腰の回転が良すぎるのだ。

 

身体を軸にして投げられるのは、投手として褒められるべきスキルだ。むしろこの年齢でそれを会得できているセンスがまずおかしい。末端ではなく、体の中心が出来ているのだ。

 

さらに、その体が出来てからできるはずのスキルを行使し続け、腰の回転がいい事で、球のキレも生まれる。その捻りに、大塚の体が追い付かなかったのだ。

 

――――だが、あの登板間隔で、あそこまで酷くなるはずはない。

 

試合中、もしくは練習中の些細な怪我が原因なのだろう。

 

 

しかし、たった一打席とはいえ、93マイルに迫る速球を何度も投げるポテンシャルは、彼が父親同様に、他とは一線を画す実力であることは間違いない。

 

 

―――――もしかすれば、素材だけならカズを超えているかもしれない。

 

 

 

「そんな―――エイジ、また無茶をしたのかしら―――アメリカでも、焦ったままだったもん。」

エイジのいたチームでも、彼のトレーニングが過酷であることをたびたび指摘されていた。その練習の多さを矯正し、休むこともトレーニングであることを諭したのがサラだった。

 

 

「エイジが心配。なんだかとても。日本に早く行かないと」

 

 

サラは、日本での仕事を考えた。まず考えるのは横浜ビースターズ。あそこには、大塚和正もいるし、上手く運べばホームステイのような形で上手くいくかもしれないと。

 

これは、栄治には内密で、4月から相談をしていた事案でもある。横浜も、スポーツ医学の権威と言われた大学を卒業した彼女を招きたいと考えていたのだ。

 

来シーズンから、正確には年明けからスタートするのだが、先に引っ越しを済ませようという事だ。

 

 

「――――それよりも、東京への引っ越しが先だ。まさか私を海外スカウトとして誘ってくるとはね」

 

そして、アスレチックスの頭脳とまで言われたマッケローにも、バッテリーコーチの打診、もしくは海外スカウトの打診が来たのだ。

 

「私の案件は、まだまだ時間がかかるからな。アメリカで仕事もある。簡単には決められん。だが、若いお前ならすぐに行動出来るだろう。」

 

「パパ……」

 

「先にJapanを堪能していきなさい。カズの生まれ故郷だ。」

 

 

「はいっ!! 日本についたら連絡するわ!!」

 

 

 

 

 

 

 

そして場面は戻って、日本。

 

 

「久しぶりだね、自分のチームを応援する側にいるのは。」

 

甲子園の応援席で、大塚は青道の応援をしていた。

 

「大塚――――」

金丸も、黄昏たように覇気がない大塚に何も言葉をかけることが出来ない。それは他のメンバーも同じで、

 

 

「大塚君ならすぐに戻れますよ! 今は、沢村君の応援です!!」

彼の隣にいる吉川がとても眩しく見えた。

 

1番右 東条  右   1番左 島村 遊

2番左 小湊  二   2番左 布施 中

3番右 沖田  遊   3番右 南野 三

4番右 結城  一   4番左 垣屋 左

5番左 御幸  捕   5番右 巌  右

6番右 伊佐敷 中   6番左 権藤 一

7番右 増子  三   7番右 上杉 捕

8番左 白洲  左   8番左 柿崎 投

9番左 沢村  投   9番右 沼倉 二

 

 

『さぁ、ついにこの時を迎えました。決勝戦、西東京代表、青道高校対沖縄代表、光南高校。2試合連続先発、前日はノーヒットノーランを達成した柿崎に対し、青道高校は沢村を先発に据えました。』

 

『1年生成瀬に投げ勝ち、この最後の決勝戦でも1年生の左腕との対決。光南としては同じ左腕が続けて相手となる事で、慣れもあるかもしれませんね。しかし、沢村君もとにかく球持ちがいいので、序盤はかなり苦労すると思いますよ』

 

 

まず、先攻めの光南高校。ここ2試合は不調だが、横浦に迫る打線を誇る。だが、春夏連覇のプレッシャーからか、ナイン全員の顔は固い。

 

 

1番島村を迎える沢村。今日の試合にかける思いは強い。

 

――――勝手に、勝手にいなくなるんじゃねェよ!!!

 

ベンチにいない二人を認識し、沢村は歯噛みする。何もできない、やり場のない負の感情が渦巻く。

 

 

ズバァァァァンッッ!!

 

「!!(これが、沢村のストレートか!!)」

 

球持ちのいいフォーシームを中心とした、テンポのいい投球。1ボール2ストライクとストレートで追い込み、

 

――――高速パームだ。けりをつけるぞ

 

 

御幸が明確な意思を沢村に伝える。まず最初の打者をねじ伏せろと。

 

 

「なッ!? チェンジアップっ!!」

高速パームをチェンジアップと誤認し、タイミングを外される。やはり、ランダム変化するこのボールは、気紛れだ。

 

その後、初回は光南に固さがあり、沢村が簡単に三者凡退に抑える。

 

『最後力のない打球!! ショート沖田が取りました!! 1年生沢村、上々の立ち上がりです!』

 

 

甲子園観客席にて、

 

「栄純がまさか決勝の舞台に投げるなんて――――」

長野からはるばる甲子園球場にやってきた長野組。昔馴染みの友人たちが

 

「栄ちゃん、大丈夫かな……」

 

「大丈夫だって!! 栄ちゃんはこれまで何度も何度も抑えてきたんだ!!」

 

 

「でも――――」

彼らは、4回戦の乱調が頭をよぎっていた。

 

 

 

1回の裏、調子の上がらない柿崎を攻めたてる青道高校。

 

 

先頭打者は、東条。

 

ズバァァッァンッっ!!

 

143キロのストレートが内角に決まりカウントを奪われる。しかし東条は、体の開きがやや早い柿崎の球筋を冷静に見ていた。

 

 

カキィィィンッッッ!!!

 

『痛烈~~~~!!!! 打球ライトへ!! 伸びる伸びていく~~~~!!!』

 

 

東条が外角のスライダーを弾き返し、ライトへと痛烈な打球を飛ばす。ライト巌は追い付かない。

 

 

『抜けた~~~~!!! 打球右中間真っ二つ!! 打った東条は二塁を―――いや、二塁蹴る!!』

 

打球処理を見て、東条はスピードを落とさずに三塁を狙う。外野からの返球は間に合わない。

 

 

『先頭打者の東条がいきなりスリーベースヒット!! いきなり無死三塁のチャンスを作る青道高校!!』

 

「っし!! 頼みます、先輩っ!!」

 

三塁ベースでガッツポーズを作る東条。厳しい表情の柿崎。度重なる連投の影響が、ここにきて響いている。

 

 

2番小湊、ここはいやらしい打撃で柿崎に襲い掛かる。

 

――――春の覇者、でも打たせてもらうよ?

 

逆球が多く、映像で見たようなキレがない。小湊は、甘く入ったツーシームを逆らわずにセンター方向に飛ばす。

 

『ピッチャー返し!! 打球捕れないッ!! それを見た東条は自重! 帰塁するそぶりを見せ、動かない!!』

 

そして、東条の動きに気を取られた柿崎は、小湊をアウトにすることが出来なかった。

 

『投げられない~~~!!!! チャンス拡大の青道高校!! ここで、3番ショートの沖田!! 今大会はハイアベレージを残しています!!』 

 

 

『ランナーを溜めて一番勝負したくない打者ですからね。広角に打ち分けるばかりか、逆方向への強い打球が多いですからね』

 

 

「いっけぇぇぇ、お兄ちゃん~~~~!!!」

 

「お兄ちゃん~~~~!!!!」

青道応援席から、沖田へのかなり特徴的な応援の声が聞こえた。それを聞いた彼はフッ、と笑う。

 

――――応援に来ている家族の為にも

 

 

そして、同じく応援席にいるであろう盟友の為に、

 

 

―――――大塚の為に!!

 

 

 

 

柿崎は苦しい表情。やはり、思うような投球が出来ていない。それが見て取れるが、沖田はそれに対して、

 

――――決勝の舞台、何が何でも勝つ。万全ではないのはこちらも同じだ。

 

こちらには大塚がいないのだ。ベンチにいない盟友に捧げる―――――

 

 

 

ガキィィィィィィンッッッッッ!!!!!!

 

 

初球癖球で引っ掛けようとしたのだろう。ストライクから際どいボールになる低めのフォークを真芯で捉えた当たりは、センター方向へとライナーで飛翔していく。

 

フォークは捉えられた際によく飛んでしまう弱点がある。

 

柿崎は大会中自信のあった変化球を仕留められたことで、動揺を隠し切れない。

 

――――そんなコースにまで、

 

 

とどくのか。そんな彼のつぶやきを一閃する素晴らしい当たり。

 

 

 

『打ったァァァ~~~~!!! センターバックする、バックする!!! 打球伸びる!!』

 

マウンドで、顔をしかめる柿崎。打球は惜しくもフェンスオーバーとはならなかったが、

 

ダンッ!!

 

 

センターへのホームランかと思われるほど豪快な一撃。センターが打球に抜かれ、打球処理に手間取る。

 

『三塁ランナー東条ホームイン!! 一塁ランナーも三塁を蹴る!! 打った沖田は二塁へ!!』

 

足の状態が万全の小湊。走塁に問題はなく、三塁を蹴り、本塁を目指す。

 

「ちっ!!!」

ライト巌がカバーに入り、鋭い返球で中継プレー。ショート島村が送球を受け継ぎ、

 

「くそっ!!!」

バックホームするが、

 

『タッチは、セーフ!! セーフっ!!! 青道先制!! 琉球の夢を阻む、沖田の2点タイムリーツーベース!! 2-0!! 尚も無死二塁のチャンス!!』

 

さらに、ここで主砲の4番結城。

 

『さぁ、まだアウト一つが取れない柿崎!! ここで青道の主砲四番結城を迎えます!! 何とかアウトを早めに取りたい光南!!』

 

何もかもがかみ合いすぎている青道の流れ。ノーヒットノーランを達成した柿崎が不調。春夏連覇を阻む青道の猛攻が続く。

 




成瀬君は無援護属性持ち。被弾癖はないけど。


沢村君はどのくらい持つと思いますかねぇ(ゲス笑い)

丹波さんの連投も手でしたが、あえて彼に託しました。原作予選決勝も降谷だったし、あの監督ならやりかねない。



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第74話 躍動のSS

隠語になってないけど、まあ今回はこんなタイトルです。




全国が注目する甲子園決勝。

 

「柿崎の体の開きがやや早いな。沖田がそれを逃すはずはないか」

大前は、これまで活躍を続ける沖田が、そんな隙を見せている柿崎を叩きのめす彼の姿にあまり驚いていない。

 

「ああ。連投の影響か、柿崎の投球に狂いが生じている。強打の青道にそれは致命的だな。」

 

「投手としての視点だが、立て直すのは相当難しいな。ここで連打を浴びれば、試合が決まる可能性も出てきた。」

 

 

試合はすでに3回に入る。3回までヒットを打てていない光南。対する青道は初回の3連打で2点を先制。続く結城はフォークに三振、御幸が上手くカーブを捉えるも、痛恨のライナー併殺打に終わり、後続も倒れた。

 

さらに3回表一死から小湊、沖田の連打でチャンスメイクしたものの、チェンジアップでタイミングを外された結城が凡退、続く御幸はまたしても二死の場面で好機を逃し、波にのれない。

 

そして、薬師高校でも

 

「投手が多いと、調子を崩すリスクも減るからなぁ。ったく、羨ましいぜ、ホントによぉぉ!」

轟監督は、沢村を万全の状態でマウンドに託し、対する光南は3連投の柿崎。2年生の投手では体力が持たないことを予期していた。

 

「秋大会でスタンドに放り込んでやる。というか、奴らが負けるところも、勝つところも見たくねぇ。」

三島は、沢村が好投している現実に目を逸らしたい気持ちがあった。西東京代表がここまで勝ち上がっているのは凄いが、それでも、あそこに立ちたい気持ちが強かった。

 

――――エースで4番、俺の求める理想は――――

 

 

「沖田の打棒が止まらないですね。雷市のスイングには及びませんけど、ミート力と、一球に対する集中力が違いますね。俺の時もそうでした」

真田は、沖田と雷市の違いに、一球に対する集中力と推察する。

 

轟はそのセンスを活かし、好投手たちを打ってきた。だが、ムラがあり、一球で仕留めそこなうケースもあった。

 

しかし沖田は違う。すべてではないが、真田のボール球を仕留め、甲子園の好投手を打ち崩す一打といい、好機に強い。

 

『空振り三振~~~!!! 淡白な打撃でこの回も3者凡退!! ランナーを出せません!! これで3つ目の三振を奪います、マウンドの沢村!!』

 

 

『球持ちがいいのか、やはり相当打ちづらそうですね。さらには癖球を駆使しているので、まともに捉えきれていないですね。前で捉えて、変化する前に捉えるべきか、後ろで引きつけて打つしかありませんね』

 

 

3回を終了した青道高校。沢村の好投も光り、優位に試合を運んでいる。

 

――――俺が、俺が投げ勝つんだ!! 

 

甲子園の栄冠。それを意識し始めた時、何かが変わり始めた。

 

―――――全国の高校球児が目指す頂に何が見えるのか――――

 

 

 

 

柿崎は、3回から投球を建て直し、緩急を使った投球で次の得点を許さない。

 

「ナイスピッチ、沢村!!」

 

「落ち着いているなぁ、沢村!!」

1年生野手陣からは称賛の声。王者を追い詰めている。

 

「沢村、回を追うごとに、リードも変えていくぞ。光南に流れを渡さないためにな」

御幸は打撃では調子がまた落ちているが、それでも好リードで沢村を引っ張る。

 

―――――けど、上手くいっているのに、怖い。なんだ、この感じは

 

御幸は、沢村の様子にやや不安を感じる。スライダーという決め球を覚えてから、安定感と威力が格段に上がった。だが、それ以来活躍に活躍を重ねている。

 

だが、甘くはなかった。スライダーは宝徳戦、もしかすれば妙徳戦から完全に見切られている。

 

 

――――スライダーをあまり使わずに、どこまでもつのか。それを考えると、今は得点が欲しい。

 

 

 

今の沢村には、軸になるウイニングショットがない。それを自覚しているからか、彼の表情がさえないように見えたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

4回表、光南は打順返って1番の島村。前の打席は高速パームで三振を奪われている。しかし当然、

 

――――粘ったらチェンジアップが来る。引き付けて引き付け、打つ。それにスライダーはフォームで分かる。

 

 

「どんどん、投げ込んでいけ、沢村ァァア!!」

 

「打たせていけ!!」

 

外野の伊佐敷、内野の結城からも沢村を盛り立てる声が続く。沢村も、2巡目を当然警戒しており、御幸のサインを注視する。

 

――――初球ボール球のチェンジアップ、見せていくぞ

 

「ボールっ!!」

初球反応した島村、しかしバットは出さない。

 

――――反応した、ここで、ムービング。緩急に加え、癖球で凡打なら―――

 

ズバァァァンッっ!!

 

「ストライクっ!!」

しかし、島村またも手を出さない。

 

――――――――初球から手を出してくると思ったが、打席を変えた?

 

御幸は表情には出さないが、島村が何かを変えてきたことを感じていた。

 

――――遠慮なくムービングで攻めさせてもらう

 

「ストライクツーっ!!」

 

 

カァァァンっ!!

 

「ファウルッ!!」

 

3球続けてのストレート系に最後は手を出す島村。だが、カウントは悪いまま。待ち球もよくわからない。

 

――――ここでスライダーだ。打ち取るぞ。

 

御幸のサインに頷く沢村。

 

 

――――外角のスライダー。低目なら見逃して――――――

 

 

 

カキィィィンッッッ!!!

 

 

 

痛烈な打球が、沢村の真横を通り過ぎた。

 

 

「っ……!」

思わず打球方向を見る沢村。もはや見慣れた光景。スライダーが今度は全く通用しない。

 

 

 

甘く入ったとはいえ、真芯で捉えられた。外角にボールになるコースを要求したが、うちに入ってしまったのだ。

 

 

 

―――――ベルトの高さは、振り抜くっ!!

 

『センター前に抜ける!! ここでようやく初ヒットの光南!! 先頭打者を出してチャンスを拡大できるか!?』

 

 

続く、2番布施。

 

――――やはり狙い目は広く開いた一二塁間。守備範囲の広い沖田に守備機会を与えるのは愚策だ。

 

布施は、沖田の好守における貢献度を考え、彼の方へと打球を打たないことを心掛けた。

 

 

 

ズバァァァンッッッ!!

 

 

「ストライクっ!!!」

アウトコースのストレート。徹底的に引っ張らせない配球。御幸もそれは解っているのだ。だからこそ、リードも絞られてくる。

 

 

――――先ほど、スライダーが甘く入ったとはいえ、まだ信用は失われていないはず。なら、

 

 

御幸は明らかに顔色が変わった沢村にサインを送る。

 

――――今のは甘く入ったスライダー。切り替えていくぞ、カウントは稼げるはずだ。

 

 

「ボールっ!!」

際どいコースがボールになり、初球ボール。

 

 

――――コースも良いところはついている。大丈夫だ。

 

球威も制球も落ちているわけではない。まだ沢村に勢いはある。目線を変えるだけでもスライダーには使いようがある。

 

 

 

カキィィィンッッ!!

 

『三塁線抜ける~~~!!!! レフト線長打コースっ!!!』

 

 

続く二球目のムービングボールを逆らわずに逆方向へのヒッティング。増子の横を通り過ぎる打球により、島村が一気に三塁、打った布施も二塁に到達。

 

―――――打撃を変えてきたのか!?

 

前でさばく、ポイントを前にすることで、ムービングする前に弾き返しに来た光南打者。

 

 

『4回表、光南チャンス到来!! 連続ヒットで無死二塁三塁!! ここで3番の南野!! 前の打席はチェンジアップを捉えた当たり!!』

 

 

――――チェンジアップ系はストライクに投げられない。外角低め、ボールになるチェンジアップを投げるぞ。

 

 

しかし、安全に打ち取ろうとする御幸の上を行く、経験のある3年生南野。

 

 

カキィィィィンッッッ!!!

 

「!!!!」

沢村のボールになる変化球を強引に打ち返し、二塁小湊の頭を超えるヒット。ボール球をあそこまで飛ばされた沢村に動揺が走る。

 

 

――――なんで!? ボール球なのに、何であそこまで――――っ!!!

 

打たれた方向を見ているほかない沢村。それだけあの球を打たれたことがショックだった。

 

 

『二塁の頭を超える!!! 三塁ランナーホームイン!! 二塁ランナー三塁ストップ!! ここで光南追撃のタイムリーヒットで差を1点差とします!!』

 

 

「しゃぁぁぁ!!!」

3年生の意地の一打。一塁ベースでガッツポーズをする南野。

 

 

さらに――――――

 

 

『ランナー走る!!! 送球はどうだ!?』

 

沢村がとにかく自分で考えたクイック投法のチェンジオブペースで打者を打ち取ろうとするが、選択を間違えた。これは追い込んだときに使うといいのだが、初球から使うモノではない。だが、今の徐々に落ち着きを失いつつある沢村には厳しい。

 

 

本塁への突入もあり得る中、御幸も迂闊には投げられない。

 

 

 

『盗塁成功!! これで無死二塁三塁!! またしても同じシチュエーションが出来上がりました!!』

 

『一気にチャンスメイクしましたね。これでどうなるか』

 

 

――――甘い球はダメ、スライダーが打たれた? 軸になる球はどれに―――

 

 

沢村の頭が混沌としてきた。

 

 

――――くそっ、ここでパームを投げるべきか、もう選択の余地もない!

 

御幸は初球からパームを要求する。この球が、何かを変えてくれるかもしれない、そう信じて。

 

 

カァァァァンッッ!!

 

 

 

「ファウルっ!!!」

 

 

「!!!」

いきなり当てられたことに、沢村はまたしても衝撃を受ける。今まで磨かれたこのウイニングショットが当てられている。

 

――――パームなら……!!

 

「ボールっ!!」

続くパームが外れ、1ボール1ストライク。苦しい表情の沢村。

 

 

―――ここで、インコースのカットボール。前進守備でホームゲッツーが取れれば――

 

 

ここで青道は内野前進を選択。とにかく詰まらせて、内野ゴロを打たせる。それでゴロゴーにも対応する。

 

 

――――ゴロゴー警戒か、なら詰まらせてくるボール。インコースのムービング、アウトコースのムービング。緩い球はまずまともに投げてこない。

 

とにかく詰まらせてくると考えた垣屋。どちらのコースも厳しく来ることが解っている。

 

 

『無死二塁三塁!! 同点、逆転のピンチ!! マウンドの沢村、凌げるか!? 青道は前進守備を取ります!!』

 

 

ここで、垣屋は守備位置で配球を予測。緩い球はないと判断する。

 

 

――――何とか、この場は――――

 

 

 

――――ミートすれば、振り抜けば頭は超えられる。

 

 

カァァァァンッッッ!!

 

「詰まった!?」

 

『ショートの頭を――――!!』

 

 

「ちっ!!」

 

パシッ!!

 

だが、沖田がジャンプ一番、ダイビングキャッチでファインプレー。抜けたと思ったあたりを捕球してくれた彼に、驚いた沢村。

 

 

『ショートジャンプ一番~~~~!!!!! 捕りました!! ここで青道にいいプレー!! ランナーそれぞれ慌てて帰塁します!!! 大きいですねぇ。』

 

『いい当たりでしたが、沖田君の素晴らしい反応がはばみましたね。ジャンプのタイミングもほぼ最高のタイミング。余裕もありましたね。』

 

 

 

『ここで青道、初めてのタイムを取ります!』

 

 

内野陣が集まり、青道側がまずタイムを取る。

 

「力み過ぎだ、沢村。決勝の舞台だけど、今までどおりでいいんだよ」

 

「うっす――――」

 

「沢村、1点差は確かに少ない。だがむしろ、今は開き直って投げろ。俺達がそれ以上に得点する。」

結城が諭すように、そして沢村に落ち着きを取り戻させるために、開き直ることを勧める。

 

「そうだよ。これはお前のゲームじゃない。この試合の命運を、お前だけに背負わせないよ」

小湊も、厳しいことを言うが、その言葉の次に、彼を元気づけるための言葉を投げかける。

 

 

「は、はい――――」

沢村はそれで少し笑顔を取り戻したが、まだ笑顔が堅い。失点し、尚も一死二塁三塁のピンチ。やはりそう簡単に切り替えることが出来ていないようだ。

 

 

タイムの時間が終わり、それぞれ守備位置に戻る青道ナイン。マウンドに残るのは沢村一人。

 

 

青道ベンチでは、

 

 

「――――川上と丹波の準備を急がせろ。川上から行くぞ」

片岡監督は、この回で沢村が崩れた場合、川上を二番手として登板させることを決意する。

 

「そ、そうですね……沢村が一巡を過ぎた後に、ここまで捉えられるとは―――」

原因が分からない。相手が慣れているわけではない。沢村のボールもコースに決まり、その場合は打たれていない。

 

原因は、チェンジアップを投げ切れていないこと。この局面、相手は当然当てに来る。だからこそ、緩い球を簡単に当てられる可能性が高い。さらに金属バットでは内野の頭を越えられる可能性も高いのだ。緩急を武器とする沢村には致命的なケースである。パームの切れがかろうじてあるからこそ、まだ持ち直しているが、いつ崩れてもおかしくない。

 

 

 

1点リードをしているが、1点など簡単に追い付かれてしまう。だからこそ、御幸も冷静さを失っていた。

 

一気に二人の投手が抜けたのだ。投手力の低下は避けられず、捕手の彼にはより慎重なリードが求められる。

 

迂闊に緩い球を投げて、傷口を広げては、この回で戦局がひっくり返ることもあり得るのだ。

 

 

『さぁ、4番垣屋の当たりは好捕されましたが、まだ一死!! ここで5番の巌岳!!』

 

 

ククッ、ギュオンッ!!

 

「ボールっ!!」

高速パームが外れる。苦しい沢村を見透かすかのように、光南の打者は冷静だ。

 

琉球特有の、応援歌が甲子園に響く。その圧倒的な存在感が、青道を、沢村を追い詰める。

 

――――――なんだよ、この歓声―――なんなんだよ、これ――――

 

沢村は、甲子園に魔物に呑まれつつあった。厳しい場面、周りの物すべてが敵になっているような感覚で、体を脱力させようにも、緊張で力んでしまう。

 

 

――――表情が硬い、けど、遊び球を要求すれば苦しくなる。

 

御幸の頭にも、あのスライダーがちらつく。だが、

 

――――ここで、相手がスライダーを待っている可能性もある。迂闊には投げられない。

 

「ボールツーッ!!」

しかし、カットボールが外れる。巌をのけぞらせることは出来たが、外れる。

 

 

『ストライクはいりません!! 苦しい表情の沢村!!』

 

 

そして3球目、

 

―――――もう一球カッター。今ので感覚が解ったはず。今一番感覚が近いのは―――

 

青道はここで中間守備。打球によって、一点は仕方ないと言った陣形。

 

 

―――ここで、食い止めるぞ。俺もお前も、腹を括るしかない!

 

御幸の熱い激が、サインに現れている。それを見た沢村も、

 

――――っ!! 逃げたくないッ!!

 

 

内に僅かに入ったカットボール。それを巌が捉える。

 

 

 

カァァァンッッ!!

 

 

打球は上がらない。だが、真芯で捉えられたこの打球が三遊間に転がる。

 

 

『打ったァァ!! 三遊間深いところ抜け――ない!!』

 

 

ここで守備範囲の広い沖田の好捕。

 

その打球に対する反応も早い。表情こそ苦しげだが、深い位置に転がる鋭い打球を外野に抜けさせない。

 

 

 

『ここでまた沖田が取り――そのまま本塁転送~~~!!!!』

 

 

 

打球に追い付いた沖田は走り込みながら難しい体勢で、送球するという暴挙に出る。

 

――――なっ!?

 

打った巌は驚愕した。あの体勢で本塁捕殺を断行したのだ。しかもその送球は――――

 

 

本塁突入する三塁ランナーを憤死させるには十分過ぎるほど正確なモノだった。

 

 

――――これが、一年生の肩なのか!?

 

目の前で矢のような送球が御幸のミットに収まった光景を見せつけられた布施。当然結果は、

 

「アウトォォォォぉ!!」

御幸の鬼気迫る猛追で、あえなくタッチアウト。そして一塁ベースへと懸命に走る巌を見た御幸。

 

『本塁クロスプレー!! タッチアウトォォォ!! 沖田のファインプレー!! あっと、一塁転送どうかぁぁ!!?』

 

――――後輩ばかりに、頼ってちゃ――――

 

ギュインッッッ!!!

 

強肩捕手、御幸も沖田に続く。彼のセールスポイントを活かしたその武器が、光南の攻撃を食い止めるべく、この甲子園の大舞台で炸裂する。

 

――――いけないでしょ!?

 

 

「アウトォォォォォォ!!!!」

巌は間に合わず、ここで光南痛恨のホームゲッツー。強硬策に出たものの、沖田と御幸の強肩の前に、一瞬にしてスリーアウト。

 

 

琉球の応援歌が一瞬にして萎んだ。

 

 

『アウトォォォォぉ!!!! 一塁もアウトです!! この局面で青道にいいプレーが出ました!!! 1年生、ショート沖田! 再三沢村を助けるファインプレー!!! キャッチャー御幸の強肩も合わさり、一瞬にしてスリーアウト!!!』

 

『よくあの体勢で強い送球を投げましたね。あれは余程スナップに自信がないとできませんよ。三遊間深いところから、間髪入れずに送球するところは、やはり高校生離れした守備ですね』

 

『光南高校、同点、逆転のチャンスでしたが、結局1点どまり!! 1年生沢村を盛り立てます、青道守備陣!!』

 

「―――――――――――」

一塁へと激走を見せた巌。しかし、結果はホームゲッツー。その立役者である沖田を見つめるが、どうすることも出来ない。

 

――――あれが何で抜けない!? というより、なんで俺はアウトになったんだ……

 

 

1年生の守備範囲ではない。打撃で派手さを見せる沖田だが、攻撃以上に守備での貢献が大きい。

 

 

――――高校野球最高のショートストップ。

 

 

『いやァァァ、よく捕りましたね、あそこまで深い打球で、二つアウトを取りましたよ』

 

『打撃面で評価を得ていますが、守備範囲とこの強肩はチームにとって大きいですね。鉄壁と言った方がいいですね』

 

『ショートに打球が飛ぶと、望みが薄くなります』

 

 

 

 

 

「お、おぉぉぉぉ!!!!!」

目の前で物凄いプレーを見せつけられた沢村。思わずうなってしまう。自分の中で追い詰められていた感情が吹っ飛び、沖田と御幸に声をかける。

 

「わ、悪ぃぃ!! 助かったぜ、沖田―――」

 

「ったく。ちょっといいボールが打たれたぐらいで動揺し過ぎだ、バカ野郎」

困った顔で、沖田は沢村の核心をつく。

 

「うっ、でも―――あれは―――」

 

「どんな球も、打たれないことなんてない。もう一度投球の原点について考えろ! 色々な球種を使って抑えるのが投手だろうよ! 特にお前はそういうタイプなんだから!」

 

 

「ははっ、言いたいことを全部言われちまったなぁ。俺も、どうかしてた。すまん」

御幸も、冷静さを無くしていた。カッターを二球連続で要求し、熱くなり過ぎていた。沢村は本来躱す投手なのだ。

 

 

 

――――熱くなり過ぎた、空振りが奪えない以上、詰まらせるするしかないと思い込んでいたな

 

 

 

 

『無死二塁三塁から一点どまりの光南!! これは大きいですねぇ!!』

 

『特に沖田君のあの守備は、チームに勢いを与えますね。1年生ながら、華のあるプレーで甲子園を魅せますね。これが3年生になればどうなるのかが楽しみです。』

 

前半戦から接戦、緊迫した場面の続く甲子園決勝。果たして、栄冠を手にするのはどちらか。

 

 

 




沖田君さすがすぎる。先制打に好守2連発とかなんだこの内野手。


大塚、沢村、沖田、轟、降谷、黒羽の中から誰が欲しいと言われたら・・・


作者は沖田ですね。打てて守れる若いショートとか、争奪戦不可避。野球界でも人材不足ですし

最近ダイヤのAが再開されましたね。ちょっと巨摩大のところを修正しようと思います。

変更点は

横浦の初戦の相手を巨摩大に変更。スコアは変わらず。

大阪の相手を横浦の初戦の相手に変更。スコア変わらず

にしたいと思います。作中最強の打線なので、巨摩大の名前ありキャラをフルボッコにするには十分かなと。

原作とは違い、坂田と黒羽にフルボッコされ、1年生リリーバーコンビ(風神雷神っぽい)に封殺された苦い記憶を持ってもらいましょう。

まだ情報もあまりないのに、この設定が確定するのは酷い話ですけどね


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第75話 明暗

不穏なタイトル。

原作は再開しましたが、巨摩大に叩きのめされるんだろうなぁ・・・・




4回表の大ピンチを抑えた青道高校。この勢いを何とかつかみたい。しかし―――

 

『フォーク空振り三振!! 先頭打者の伊佐敷、バット出てしまいました!』

 

4球目のフォークに手が出た伊佐敷。まずワンアウト。

 

『スライダー打たされた!! 力のない打球を難なく捕球!! ツーアウト!! この4回裏、調子を取り戻してきたか、マウンドの柿崎!!』

 

増子も、変化球に泳がされ、内野ゴロに倒れる。低め低めの投球の基本を意識した、打たせて取る投球。本調子ではないなりに、ゲームを壊さないことに力を入れる。

 

――――沖田と、同い年の御幸が頑張っているのに―――

 

打席に入る白洲。先ほどのプレーで燃えていた。堅実なプレーで、チームに貢献しているが、今必要なのはそれではない。

 

――――出塁して、次の回は先頭打者の東条に回せば――――

 

次の回で自動的にアウトが一つ増えるのはキツイ。白洲に求められるのは打順調整。

 

ズバァァァンッっ!

 

「ボールっ」

 

キレがない。今のはツーシーム。手元で変化するストレートだが、沢村ほど暴れているわけではなく、彼よりもスピードがある分、タイミングが取りづらいだけ。

 

「ファウルっ!!」

 

次はスライダー。内角の球を捌いてレフト線に切れるファウル。横に揺さぶりをかけてきた。

 

――――次は、ストレート。ファウルで追い込みたいはず。内角のツーシーム、内角のスライダー。次は恐らく―――

 

 

カァァァァンッッッ!!

 

――――内角のストレートっ!?

 

3球連続で内角攻め。違う球種だからこそ、その可能性も有り得た。

 

「ショートっ!!」

ショートの島村に指示を出すキャッチャー上杉。振り抜いた分、三遊間深いところに転がったのだ。

 

――――うおぉぉぉぉぉ!!!!!

 

 

白洲、全力で走る。このままアウトになるわけにはいかない。

 

 

『一塁転送どうか!?』

 

 

島村からのワンバウントの送球が――――

 

『送球ずれる~~~!!! 白洲駆け抜けてセーフっ!! セーフっ!! 気迫の内野安打!! 記録はヒット!! ヒットです!!』

 

 

「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」

 

一塁ベースで吠える白洲。

 

 

「白洲先輩が吠えた!?」

沢村がネクストバッターサークルで驚く。寡黙な印象が強い彼の咆哮は、珍しい。

 

「白洲の奴、力入っていたな」

御幸も、白洲の意図したことを察知しており、満足げな表情。

 

「しゃぁぁぁ!! 白洲先輩に続きやす!!!」

 

しかし、次の打者、沢村は空振り三振。

 

『ツーアウトを取った後、ランナーを出しましたが後続を抑えた柿崎! 4回2失点の前半戦、やはり連投の疲れでしょうか』

 

『そうですね、立て直しつつありますが、球威は落ちています。青道はしっかりとボールを見極めることが大切ですね』

 

 

5回表、沢村の投球。

 

――――初球から緩い球を使うぞ、沢村!!

 

ククッ、フワッ!!

 

「ストライクっ!!」

タイミングを外され、バットが空を切る先頭打者の権藤。初球から緩い球を使い始める青道。

 

―――リードを変えてきた!? 緩急を使うなら、次は――――

 

ククッ、フワッ!!

 

「ストライクツーっ!!」

 

二球連続でチェンジアップ。サークルチェンジではなく、このボールは左打者にも有効である。

 

 

『追い込んだ沢村!! 緩い球を効果的に使った投球!!』

 

―――最後は高めの釣り玉。ストライクはいらない。高く来い

 

ズバァァァンッッッ!!

 

 

「ストライクっ、バッターアウトっ!!!」

インハイの向かってくるボールに、思わず手が出てしまった権藤。悔しそうな顔をしながら、ベンチへと帰る。

 

――――上杉には、外角のストレート。テンポよく行くぞ。

 

ズバァァァンッッッ!!

 

「ストライクッ!!」

まずアウトコースの球に手を出さない上杉。低めに決まった良いコース。丁寧に両サイドを使う沢村の投球が機能し始めた。

 

――――対角線を利用した、インコースのカッター! 強気で攻めるぞ!!

 

カァァァンッッ!!

 

「ファウルボールっ!!!」

仕留め切れない上杉、正しくは芯を外されたと言った方が正しいだろう。沢村に球の力が戻り、躍動感も出てきた。

 

―――――ここでスライダー。頭にはあると思うが、とりあえずクイックで投げて来い。

 

「!(ここでセットポジションだと?)」

いきなりランナーもいないのに、セットポジションで構える沢村。

 

 

スッ

 

そして瞬間、間髪入れずにクイックで投げ込んできた沢村。意表をつかれた上杉は、フォームを見定めることが出来なかった。

 

 

 

ククッ、ギュワワワンッッっ!!!

 

カァァンっ!

 

「っ!!」

 

ボール球のスライダー、縦に落ちるスライダーを要求通りのコースに投げ切った沢村。低めのスライダーにバットの先が当たり、ピッチャー前に転がる。

 

「ファーストっ!!」

 

御幸の指示に従い、正確に一塁へと転送。難なくツーアウトを取る。

 

『これでツーアウトっ!!! 4回に崩れかけた沢村、この回で立ち直ったか!?』

 

 

「――――何とか粘っているな、クイックのタイミングの技術がなければ、この回は危なかったですね」

クリスはクイックのスピードチェンジがなければ、沢村がこの回捕まっていた可能性もあったと考える。

 

安定しているかに見えているが、それは違う。小手先の技術を使い、何とか寸前で抑えているのが現状。むしろいつ崩れるかわからない。

 

そんな首脳陣の不安を余所に、5回二死まで来た沢村。さらに懸案なのは――――

 

 

「問題は継投のタイミングですね。」

 

 

大塚と降谷がいない異常事態。継投ミスは命取りとなる。

 

 

 

 

そして対する打席に入る柿崎――――

 

ズバァァァンッっ!!

 

「ストライクっ、バッターアウトっ!!」

柿崎、手が出ない。しかし、じっくりと沢村の球筋と、彼のフォームを見ているようなしぐさがあった。

 

――――まあ、初見でこいつのフォームは異様に見えるだろうな。

 

御幸は、その真意をそうだと判断した。1,2打席でなれることのできるものではない。今までの経験則で、この答えが近いと感じていた。

 

 

『見逃し三振~~~~!!! 手が出ないッ!! この回三者凡退の沢村!! 裏の攻撃は1番の東条からです!!』

 

 

いい流れで来ている青道高校。5回裏、ここで1番東条。今大会当たっている打者。

 

――――沢村が粘りの投球をしているんだ。だから、俺も絶対に出る!!

 

 

初球から振りにいくことを決意する東条。コースに対して、確実にミートすれば内野の頭は超えるという自信があった。

 

――――こういう時の為の、ポイント強化のティー打撃だろ?

 

ちらりと、東条は沖田に視線を一瞬向け、打席に入る。

 

『さぁ、1年生の切り込み隊長の東条!! ここで、塁に出れば大きなチャンスが生まれます!』

 

ククッ、フワンッ!

 

――――カーブっ!!

 

東条はこの瞬間、体を開かないこと、スイング軌道だけを意識した。

 

―――緩い球は、体を開かない。ボールにバットを当てるのではなく、

 

 

しかし、2年生エースは、その想像のはるか上を行く。

 

――――さらに縦に――――っ!?

 

東条の判断した軌道を上回る大きな変化。バットを出し損ねたために――――

 

カァァァンっ

 

力のない打球が上空に上がる。完全に手打ちの状態。体勢を崩された。

 

 

 

『初球打ち~~~!!!! 打球伸びがない!! 力のない打球!!』

 

 

『セカンド掴んでまずアウトカウントを一つとりました!! マウンド上の柿崎!!』

 

――――ホント、良いスイングを持っているねぇ、彼は。けど、今のは俺も予想外。

 

柿崎本人も、即席で握りを変えて対応してきたのだ。一度限りの荒業だが、かなり東条には有効だろう。

 

続く、2番小湊。

 

――――凄いね。さっきまでのカーブとは違った。こうなってくると、より選球眼が必要になってくるね。

 

1年生投手陣、それに野手陣が刺激してくれたからこそ、チーム力が上がった。先輩として、何かをしないといけない。栄冠を共につかみたい気持ちが強い。

 

 

――――最後の夏、俺も意地を見せないとね。

 

ちらりと、小湊は沖田を見る。

 

 

フルカウントから外角のフォークを見極めた小湊。その瞬間に思わずガッツポーズをする。

 

 

「ボール、フォア!!」

 

『フォアボールっ!!! これで一死一塁!! ランナーを出した青道高校!! ここで3番の沖田!! 先制のタイムリーを放っています!!』

 

 

――――二人がいない、だからこそ必然的に投手の負担は増える。

 

沢村の次に投げるのは、川上と丹波のみ。接戦になればなるほど苦しい展開となる。だからこそ、バットを握る手にも力が入る。

 

――――ここで、俺が打つ。打たないと――――

 

 

「ボールっ!!」

 

まずカーブを見せてきた柿崎。ボールになるインローボールゾーンへとはずれるボール。沖田に動揺はない。

 

 

『ストライクからは入りません!! 当然でしょう、この強打者沖田相手に、迂闊に入れることは難しいでしょう!!』

 

『バットの構えというか、オーラがありますからね。投手にはたまらないでしょう』

 

 

柿崎は、この先制打を放った一年生をかなり警戒していた。かつて、全中で名をはせた遊撃手。当然彼らが活躍した年度にも、彼はいた。

 

――――世代ナンバーワンのSS。こいつを止めないと、うちに勝ちの目はない!!

 

 

二球目、

 

ククッ、ギュインっ!!

 

カァァァンっ!

 

 

「ファウルっ!!」

変化球にバットを当てた沖田。目は少し血走っており、何としても打つという気概が内外からも解る。

 

痛烈な打球がライト方向へと飛ぶ。流し打ち、否、広角打法と言っていいほどの鋭さ。

 

 

 

『外のスライダー、積極的に狙いに来ています!!』

 

沖田は無理をしない。その体制を確実にこの時点では柿崎を追い込んでいた。

 

 

――――――チェンジアップをアウトコースに、少しでも緩急を―――

 

キャッチャーの上杉は、外に構える。

 

ククッ、フワッ!

 

 

「ボールツー!!」

しかし反応しない沖田。いや、出来なかった沖田。

 

――――慎重な攻め。だが、今のをストライクに入れられないのは――――

 

バットを握る力がさらに強くなる。今が好機なのだと。柿崎に止めを刺す好機なのだと。

 

 

 

 

―――――こんな後輩、こんなオーラ。坂田以来だよ。これ

 

柿崎はたまらないと言った表情を浮かべていた。これほどの実力にして、まだ1年生。

 

 

間違いなくプロに入れる資格を持っている。

 

――――けど、投手として神木には大きく水を空けられ、

 

柿崎にも譲れないものがあった。この夏でそれを取り戻したいのだ。

 

――――坂田さんからは三振を奪えなかった。

 

 

 

――――本当に、凄い人たちだった。

 

これぞ怪物。自分はまだまだ変化球の多彩さで、何とか追いついているだけ。

 

 

名だたる怪物選手に憧れていた、尊敬を覚えていた柿崎。

 

 

――――なら今度は―――――

 

 

 

俺も殻を突き破りたい。

 

 

柿崎の雰囲気が変わる。だが、誰も気づかない。

 

 

その異変に気付くのは―――――

 

 

 

 

 

沖田の目線では、第3球、甘く入った、真ん中寄りの外の低めのストレート。

 

 

 

 

―――――キタっ!!

 

ズバァァァンッっ!!!

 

『空振り~~~~!!! ここで148キロっ!! 沖田のバット空を切る!!』

 

「!!!」

捕えたと思ったはずが、まさか空振り。沖田としても、ここで柿崎のストレートに何か変化を感じていた。

 

 

ざわざわ、

 

 

ストレートに強い筈の沖田が空振り。球速は確かに上がったが、それでも――――

 

 

あの沖田がストレートに空振りをした。しかもボールの下をバットが通ったのだ。

 

 

――――え? 高――――目?

 

 

その沖田も動揺していた。低目と思っていた。なのに、ミットは――――

 

 

振り返る沖田。上杉が構えていた場所は高め。

 

 

 

 

――――伸びが出てきた? いったいどういう事だ!?

 

 

その沖田の仕草に、青道ベンチも不気味な雰囲気を感じた。

 

 

「沖田が空振り? チェンジアップが頭にあったからか?」

御幸も、あのストレートは凄いが、沖田が空振りをする理由が解らなかった。

 

 

沖田を含む、青道高校は、失念していた。これまで、成長著しい青道高校の選手たち。天才大塚に引っ張られ、沢村、丹波がいい投球をし、沖田ら野手陣も力をつけている。

 

 

 

いったいどうして、相手が試合中に成長しないと決めた?

 

 

 

光南の2年生捕手、上杉は、柿崎のフォームに変化が見られることを意識した。

 

――――球持ちがよくなった? というより、沢村のフォームに一瞬似ていたな。

 

しかも、リリースの瞬間にも違いが出てきた。押し出すような物へと変わっており、ボールが浮いて見える。

 

 

相手投手沢村の球持ちの良さを体感した柿崎が、無意識にフォームを変えていたのだ。タメを強く意識した、粘りのあるフォーム。そしてリリースの瞬間を意識する、感覚。

 

 

伸びと球持ちを両立した、偶然生まれた新たな柿崎のフォーム。

 

 

相手が沢村でなければ、このフォームは日の目を見ることがなかっただろう。

 

 

 

 

柿崎が誇る、140キロ後半を計測するストレートの体感速度を―――――

 

 

ドゴォォォォォンッッッ!!!!

 

「ストラィィィクッ!! バッターアウトっ!!!」

 

『空振り三振、150キロ!! ここで自己最速のストレートで、怪童沖田を抑え込んだ柿崎!!!』

 

そのストレートをより速く見せ、スピードガン以上の速度を炸裂させているのだ。

 

 

「っし!」

短く吠える柿崎。グラブをぱんぱんと叩き、この投球に手ごたえを感じる。

 

――――リリースと、体の開き。あんな腕の柔らかさは俺にはないが、迫る事は出来る

 

 

ドゴォォォォォンッッッ!!!!

 

――――このボールで、あの人たちと戦ってみたかった。けど、

 

 

 

柿崎は、ベンチにいる沢村を見る。

 

 

――――感謝するぞ、ルーキー。俺はまた一段上へと昇る事が出来た―――っ!!

 

 

 

『三振~~~~!!! これも148キロっ!! ランナー一塁の場面で主軸を連続三振!! これが春の覇者、光南高校のエース!!! 柿崎則春っ!!』

 

 

 

「なんつう、威力。というか、球持ちがよくなったな、おい。(いつつ……痺れる)」

上杉は、より一段と球威の増したストレートに、苦笑い。

 

真直ぐのはずなのに、捕りにくいのだ。だが、捕りにくいボールは打ちにくいボールでもある。

 

彼の表情は酷く楽しげだった。

 

 

 

『これでスリーアウト!! この回ランナー出しましたが無得点の青道高校!! 主軸に一本が出ませんでした!!』

 

 

『両投手、持ち直したという事なのでしょうね。しかし、柿崎君はこのピンチ、何か目覚めたと言った感じですね』

 

 

「――――――――――――――――――」

沢村は、何か柿崎の背中から出ているオーラのような物を感じていた。今の自分には絶対に出来ない投球。そして、本能的に自分と似通った技術を再現させられたという、言葉では表現できない感情。

 

――――なん、だよ―――アイツを見て、何で――――

 

 

それは、防衛本能と言えばいいのだろうか。沢村の唯一のスキルだった、球持ちの良さが、彼だけの絶対ではなくなりつつある現状を理解しているからなのか。

 

自分にないモノを持ちながら、自分の技術すら模倣する存在、ましてや競う相手だ。

 

 

「沢村?」

沖田は、沢村がじっと柿崎を見ていることに何かを感じていた。だが、その意図が解らない。

 

「――――(負けねぇ、負けてたまるかっ」

 

「沢村?」

小さい声で呟く沢村の言葉を、聞き取れなかった沖田。だからこそ、沖田は気づけない。

 

 

試合は6回表、ラストバッターの沼倉。ここで、バッターは打席を思い切って前にしてきたのだ。

 

――――ストレートとチェンジアップのコンビネーションが、より重要になってきたな。スピードが130キロを時々超える程度では、フォームだけではいずれ限界が来る

 

 

光南高校、池田監督は、沢村の球質について今までのスコアを見る限りと前置きしたうえで、

 

「奴の球質は、青道高校の中でも一番軽い。芯に当たれば必ず内野の頭は超える。」

 

 

沢村の球質の軽さを指摘したのだ。そして、確実にミートし、振り抜けば必ずヒットは可能だと。

 

「もしくは、前でさばき、変化する前に叩く。太ももより下は、クサイところはカットしていけ。イニング数を見る限り、精神的に追い込めば、この投手は――――」

 

 

 

カキィィィィィンッッッ!!!

 

 

「一巡を過ぎる当たりから攻略が見えてくる」

 

 

 

『痛烈~~~!!! センター前に弾き返しました!! 先頭打者を出します、光南高校!!! これでノーアウトのランナーを出します!!』

 

 

「っ!(確実にミートして、軽打に切り替えてきた!! 大振りで芯を外すのが難しくなってきたぞ―――っ)」

御幸は、相手が対沢村仕様の作戦に出てきたことを感じ取る。このまま連打を許せば、試合がひっくり返されるかもしれないと。

 

 

ブルペンでは、川上が準備をしていた。しかし、この回は何とか粘ってほしい青道ベンチ。

 

 

「か、監督!! ここで川上を、川上を投入しましょう!!」

 

タイムを取っている御幸と目が合う片岡監督。相手は確実に、この回しかけている。沢村を続投させたいが、ここまで彼の試合は継投がほとんど。

 

 

「―――――止むを得んな。」

 

 

ベンチから片岡監督が出る。ここで沢村降板。

 

 

「!!!!」

ショックを受けたような顔で、沢村は監督を見ていた。疲労感があるとはいえ、まだまだ気力はあった。

 

 

しかし、気力があっても抑える確証がなければ、指揮を執る者としては、選手交代は仕方ないのだ。

 

 

――――ここで!?

 

沢村は、ベンチから向かってくる川上を見て、呆然としていた。

 

 

――――あいつらがいねえんだ!! 俺がもっと長く投げないと―――投げないといけなかったのに!!!

 

 

目をつむり、唇も固く閉じられている。顔は苦悶の表情に満ちていた。

 

 

「沢村―――交代だ。――――上手くリードできなくて悪かった」

御幸の苦い表情。自分にも非があると、彼は認めてきたのだ。

 

 

――――違うっ!! そうじゃないだろ!? 俺が、俺の実力が!!

 

 

 

足りなかったからだ。丹波に比べ、大塚に比べ、そして柿崎に比べ、

 

 

自分は実力が足らない。

 

 

言い出してしまいたい言葉を抑えつつも、沢村は――――

 

 

「ランナー出して、すいません。川上先輩―――後は、お願いしやす――――っ」

自分に出来るのは、次の投手に夢を託すこと。

 

 

肩を落とし、ベンチへと帰る沢村、そして、マウンドに上がる川上。

 

「すまねぇ、難しい場面を任せてばかりだ。」

このピンチになるかならないかの瀬戸際の場面。リリーフの川上に求められることはただ一つ。

 

 

――――ピンチの芽を刈り取れ。攻める気持ちで、相手打線を打ち取れ

 

 

 

 

ベンチに向かう沢村。これが今年の夏最後の登板だった。

 

 

――――結局俺は、成長出来ていなかった。

 

 

クリス先輩に教わったスライダーは、最後までもたなかった。入学前に戻っただけだった。

 

――――俺は――――

 

 

「よくやったぞ!! 沢村!!」

 

 

その時、大声で彼に叫ぶ者がいた。

 

 

 

 

「――――――――――大、塚?」

 

 

「春の王者相手に5回までもったんだぞ!! 他の投手が攻略されている中、お前は結果を出した!! 胸を張ってベンチに戻れ!!」

 

張り上げる大塚。下を向く沢村への激励。それだけではない。

 

 

少しでも、やられたという感じではない雰囲気にしないために。

 

 

ここまでよく投げてきたという雰囲気にするために。

 

 

何もできない彼だが、流れを少し変えることぐらいなら――――

 

 

「―――――ホント、アイツはすげぇな――――」

悔しさはまだある。だが、最後に笑顔でマウンドを降りる沢村。

 

彼にも悔しさはあるはずなのにそれを見せず、自分の激励を行う。自分はあれほど真直ぐに声を出せるだろうか。

 

だからこそ、まだまだ彼には追いつけないと思った。自分はまだまだ成長出来ると思った。

 

 

 

 

――――成長した姿を、また次の夏に――――

 

この試合の勝敗は関係ない。沢村にとって、もう一度成長した姿をマウンドで見せたいと、強く思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁ、ここで2番手サイドスロー、川上がマウンドに上がります!! そして光南は先頭に帰り、切り込み隊長の島村!! ナイン全員の走力も、並の高校以上、ここでエンドラン、バントヒットもあり得る状況。青道側はテキサスヒットを警戒しています。』

 

 

――――沢村が6回持たない可能性はあった。6回までリードを守りきれば、と考えていたが、世の中そううまくはいかない。

 

 

御幸は、まずアウトコースのシンカーを要求。

 

――――外の球、外角いっぱい、ボールでもいい。

 

ククッ!!

 

「ストライクっ!!」

外のシンカーに手を出した島村。ここで、シンカーを使えるようになったことが、川上の課題を解消する一つの答えでもある。

 

――――外は有効、外をどんどん使い、三遊間の守備、沖田の守備力を信じるなら―――

 

カァァァンっ

 

「ファウルっ!!」

外のストレート、御幸は2球連続外を続ける。守備陣形も三塁はベースより、遊撃手の守備範囲が広くなる陣形。

 

それは、沖田の守備力を信頼に裏打ちされる、アグレッシブな陣形。

 

――――少しでも中に入ったら、センター前。制球力の良い川上にはうってつけの作戦。

 

 

「ファウルボールっ!!!」

そして、相手もそれが解っているからこそ、前に飛ばさない。ファウルで粘る。

 

――――くそっ、あんなに外ばかりをつかれたら、ライト、センターに飛ばせないッ

 

島村も、外ばかりを使う青道バッテリーの思惑を知っているのか、厳しい表情。

 

―――― 一球インコース。内を見せるだけ。ボールゾーンでいい。

 

「ボールっ!!」

 

――――こいつ、インコースにも投げ込んでくるのか!? それに今の、スライドした!?

 

真横から抉ってくるような感覚を体感した島村。持ち球は、スライダーとシンカーだけと聞いていたが、今の軌道は見たことがなかった。

 

 

 

――――いいぞ、ノリ。この投球で、最後はシンカー。少し中に入った軌道なら、確実に合わせてくる。低目に投げろ。

 

勝負の5球目。

 

――――内に入った!? もらっ―――

 

 

ククッ、ギュインッッ!!

 

「!!!」

 

カァァンッッ!

 

 

打球は想定通り、三遊間へ。そこへ待っていましたと言わんばかりに、

 

「セカンッ!!」

シングルハンドで難なく打球を処理した沖田がジャンピングスローで素早い転送、余程体幹を鍛えていなければできない高校生離れした離れ業を披露する。

 

 

「ふふっ、ナイススロー!」

セカンド小湊へと送球送られ、タイムロスもない素早い送球。二塁フォースアウトで、

 

 

「アウトォォォォぉ!!!!!」

一塁結城への送球もアウト。島村も懸命に走るが間に合わない。

 

『ダブルプレーっ!!! ショートゴロゲッツー!!!! 光南高校、チャンスを拡大できませんでした!!』

 

『島村君の足を考えると、行きたくはなりますが、やはり沖田君の守備はいいですねぇ』

 

 

『再三青道投手陣を救います、この沖田!! 打撃だけじゃない!! 守備でも魅せます、関東の怪童!!』

 

 

勢いに乗ったのか、川上は続く布施をシンカーで見逃し三振に打ち取り、後続をぴしゃりと抑える。

 

真横からくるシンカーに手が出なかった。

 

 

『三振~~~~!! 見逃し三振手が出ない!! スリーアウトっ!! 沢村の後を継いだ2年生川上!! 見事な投球で、ピンチの芽を摘み取りました!!』

 

 

「ナイスピッチ、川上っ!!」

 

「ナイス川上!!」

 

「さすが川上先輩!」

ナインから声をかけられる川上。リリーフ投手としてピンチを抑えるのではなく、今回はピンチの芽を摘み取った。

 

「一也のリードのおかげだよ。ホント、助かったぜ。」

大舞台を前に、ピンチに弱い、緊迫した場面で崩れる自分の弱点を気にする余裕がない。

 

 

――――自分の力を出すしかない、それ以外、考えられない。

 

強い気持ちを意識せずに維持できる川上。リリーフ投手としての自覚がより明確になっていく。

 

 

『さぁ、光南柿崎がいい投球をしていますが、青道投手陣も粘りの投球!! いよいよ試合は終盤に入ります!!』

 

 

光南柿崎則春の覚醒という異常事態を前に、青道投手陣の継投が功を奏し、互角の展開を見せる青道高校。この、春夏連覇を狙う全国屈指の総合力を誇る沖縄の強豪を前に、彼らは勝利を掴みとれるのか。

 

 

「6回の裏以降、柿崎から何点奪うかによって、勝利が近くなるかが変わる。」

白洲の言う通り、柿崎から点を奪わなければ、投手陣の負担が甚大。御幸に出来ることも限られてくる。

 

「ああ。アイツ、沖田の言う話じゃ、球持ちがよくなったらしいじゃねェか。成宮よりも手強いぜ、アイツっ!」

伊佐敷も、沖田と結城が抑え込まれた光景を見ており、最後のストレートにかする事すら出来ていなかったのを見て、成宮以上の脅威を感じていた。

 

「ああ。手元で伸びるというより、急に球が現れているような感覚だ。リリースポイントも高くなりました。ですが、タイミングとポイントが取りづらいだけで、球質はあまり変わっていないはず。」

 

試合のカギを握るのは、青道野手陣。この好投手を相手に、追加点を取れるか。

 




今の状態の沢村であれば、よく守った方だと思います。

川上さん準決勝では被弾もここで見事な火消。このまま丹波にバトンをつなげられるか



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第76話 何が違う、どう違う

さて、誰の言葉でしょう。


6回裏、意気込みを見せる青道打撃陣だが、本格的に目覚めてきた琉球のサウスポーに封じ込められる。

 

ククッ!!!

 

『スライダ~~~~!!!! 4者連続!! 変化球の切れも戻ってきた柿崎!!! 5番御幸も空振り三振!! バットに当たりませんでした!!』

 

 

 

ストレートは最速150キロを計測。変化球の切れも戻り、手が出なくなっている。それでいて、テンポもよくなり、光南にもリズムが生まれ始めていた。

 

ズバァァァンッっ!!

 

「――――っ(クロスファイア―ッ)」

手が出ない伊佐敷。抉るようなクロスファイア-。沢村と同等の角度がありながら、それをはるかに超えるスピードで迫るこの剛速球に、バットを出す事すら出来ない。

 

「ストライクっ!!」

 

『このクロスファイアーの前に、バットを出せません、伊佐敷っ!! 140キロ中盤を計測しています!!』

 

 

続く2球目は、

 

ククッ、ストンッ!!

 

「ストライクツーっ!!」

 

フォークボール、ストレートが走り始めたからこそ、効果的になるボール。アウトコースのボール球に手が出てしまう。

 

 

 

スタンドの大塚は、厳しい表情で戦況を見つめていた。

 

「柿崎投手の体にキレが戻っている。今の体の調子に適応している今、あの投球を崩すのは難しい。」

あの状態の投手は、いわばゾーンに入っているようなものだ。その体に出来る限界値に達している状態。つまり最高の状態。

 

自分ですらその一片にやっと届いているような物。彼は、間違いなく―――――

 

 

――――ゾーンに入った状態を維持できる時間は、俺よりも長い―――

 

 

「ストライィィィクッ!! バッターアウトォォォ!!!」

 

しかし、大塚が危惧しているのは、それだけではない。柿崎の覚醒は大して問題ではない。

 

 

――――チームの状態がまずい。俺と降谷がいないせいで、チーム全体が焦っている。

 

拳をぎゅっと握りしめる大塚。何もできずにチームに迷惑をかけている自分が許せない。それが、本当に。

 

 

伊佐敷の後の増子も三振。この回は3者連続三振で攻撃が終わった青道高校。いや、終わってしまった。

 

これで、前の回から5者連続三振。

 

 

 

青道を圧倒する琉球のサウスポーエース。流れを獲りに来ていた。

 

 

 

 

 

当然、攻撃陣の不調は、守備にも影響を与える。

 

7回表、

 

――――みんな固い、俺が投げ抜かないと――――

 

川上が強い気持ちで投げる。投手の立場である彼は、それほどプレッシャーがかかっているわけではない。この大舞台で、最善を尽くしたい気持ちが強い彼は、気持ちに乱れは生じていない。

 

 

――――下位打線を中心に、リズムが悪い。

 

沖田も色々と、表情がよくないナインの様子を気にしていた。抑え込まれた面々が、そろって暗い顔をしている。それがよくない。リードしているのは自分たちだという事、相手は追い付かないと勝てないというのに、追い詰められた顔をしているのだ。

 

 

――――この感じ、久しぶりだ。でも、この空気はダメだ―――

 

東条も、全国で経験があるのか、この空気を敏感に感じ取っていた。

 

 

 

 

――――うちが得点できないなら、もうこれ以上の失点を許さないリードが必要―――

 

それが求められるが、そう思ってリードを狭めることが、全国経験、それも緊迫したゲームに慣れていない彼の弱点。

 

 

カァァァンっ!

 

―――打ち取った当たり!

 

内野ゴロ、三塁ゴロ。完全に詰まらせている。

 

 

ポロっ、

 

「!!!」

しかし、ここで増子が痛恨のエラー。一死からランナーを出してしまう。

 

『ここで青道にエラー!! 一死から4番垣屋が塁に出ます!!』

 

 

――――違う、今のはイレギュラーしただけ。先輩たちを、バックを信じるんだ。

 

川上も、このエラーで流れが変わるかもしれないことを感じているからこそ、強い気持ちを持つ事が大切だと感じていた。

 

 

「大丈夫、まだコースにも行っているし、疲れているわけじゃない。まだ俺は行ける。」

 

独り言のように、川上は何かを言って心を落ち着かせる。セルフコントロール。そして、マウンドのプレートを一周ぐるっと回ることで、心を鎮める。

 

――――― 一塁ランナーも、隙あらば狙ってくる。クイックと間合いも気を付けないと。

 

今までこんな風に余裕をもっていろいろ考えることはなかった。が、川上は視野を広くしてマウンドに立っている。

 

ズバァァァンッっ!!

 

「ストライクツーっ!!」

4番垣屋を出したが、5番巌に対してはストライク先行。2球で追い込む。

 

――――クイックが早い。先ほどもそうだが、これではタイミングが―――――

 

 

早過ぎる―――――――

 

 

カァァァンっ!!

 

「ゲッツーっ!!!」

 

セカンド方面へと転がる打球。スライダーを打たされた巌が走る。

 

 

――――――っ、

 

「!!」

一瞬ボールを握り損ねた小湊。そのタイムロスが、

 

 

「先輩っ!!」

沖田へとトスをするが――――

 

――――間に合わないッ!!

 

 

「セーフっ セーフっ!!!」

 

『ゲッツー成立せず!!! 5番巌が何とか逃れました!! 二塁小湊が何か動きを止めたように見えますが―――』

 

『握り損ねたのでしょうか、やはり、この僅差の場面は相当なプレッシャーなんでしょう――――』

 

 

『しかし、光南!! ランナーを進められず、ツーアウト!!』

 

―――――くそっ、何してんだよ、俺は。投手陣を助けるどころか、俺達が――――

 

 

「――――――」

マウンドで、一塁ランナー、そして御幸のミットを交互に見ている無表情の川上。集中しているのか、未だに崩れる気配がない。

 

 

だが、その根幹が崩れつつあった。

 

 

 

―――― 一也、外が多くないか? 

 

川上は怪訝そうに御幸のリードに疑問を持つ。外の出し入れは、川上の得意分野。しかし、それだけではだめだという事が解っている。内角を突く。両サイドが必要。

 

光南の打者、6番権藤は御幸が次にボールゾーンの変化球を持ってくることを予測した。

 

――――この投手の特徴を活かしてくるはず。内角にはストライクが入らないというより、捕手が嫌がっているな。

 

 

 

 

 

―――――大きいのを打たれるわけにはいかない。ここで、ゴロを打たせて、低めの変化球で終わらせる。

 

 

ドクンっ、

 

 

御幸は余裕そうな表情を浮かべているが、違う。彼はそれで“終わってほしい”のだ。

 

 

ツーアウト、平行カウント2エンドツーから6球目。

 

 

その瞬間、一塁ランナーがスタート。川上はそれを無視する。投げるのはボールゾーン。

 

 

―――――あっ、

 

この時初めて、川上は表情を崩した。コントロールミスをしたのではない。

 

6番権藤が、膝を低くしながら、この低めの際どいボールに食らいつこうとしているのが見えたのだ。

 

 

 

がキィィィィンッッッ!!!!!

 

 

「―――――――――――え?」

 

 

川上は打った方面を見上げる。打球が空高くに飛んでいる。

 

 

そして――――――

 

 

『入ったァァァァ!!!!! 光南高校逆転!!!!! 6番権藤のツーランホームランで、試合をひっくり返しました!!!』

 

 

「―――――――――――――」

打たれた御幸は、打球方向を見ているだけ。動けない。こういう時は、打たれた投手へと駆け寄るのが普通だが、それすら出来ていなかった。

 

 

「一也―――――」

川上がしゃべることで自分を落ち着かせて、少しプレート周りをまわっている時、御幸が制止したまま、動いていないことに気づく。

 

 

打たれた川上も当然ショックだが、マウンドに上がったからには妥協を許したくない。川上は、湧き上がる感情を抑えて、冷静であることを努めた。

 

 

 

『今のボール。ボールですよね? 狙っていたのでしょうか?』

 

 

『ええ。確実に狙われていましたね。あのボール単体なら素晴らしいボールですよ。ストライクからボールになる決め球にはうってつけです。しかし、あれだけアウトコース一辺倒のリードでは、あのコースはボールでも撃たれますね。』

 

 

『そうですか。さて、これで逆転を許した青道高校。マウンドの川上は立ち直れるか?』

 

 

「一也?」

川上が、喋っても、御幸はライトスタンドに運ばれた打球の方向を見ているだけ。

 

「―――――」

 

「一也!!」

いい加減ぼうっとしたままなので、声のトーンを上げる川上。今まで勝ち気な性格の彼が、ここまで打ちのめされているのは珍しい。

 

「あ……」

 

「次の打者を打ち取れば、まだわからない。悔しいのは俺だって同じなんだ―――」

悔しそうな顔で、白状する川上。それを聞いてハッとする御幸。

 

 

「あの時みたいに、大塚に負担をかけたように、チームに迷惑をかけたくないッ」

叫ぶように本音を吐いた川上。大塚が登板せざるを得ない状況になったのは、彼や降谷が崩れたから。

 

皆大塚の事で後ろめたさを感じていた。だが一番感じていたのは川上なのだ。

 

 

投手として、話の合う後輩に、無茶をさせてしまった。それが悔しかったのだ。

 

 

だから折れるわけにはいかない。折れるわけにはいかないのだ。

 

 

 

 

 

「わ、悪い。」

 

 

その後、7番上杉をショートゴロに打ち取った川上。やや苦い表情でマウンドを降りる。

 

 

「御幸――――」

 

その背中が、小さく見えた。

 

 

7回の裏、柿崎の勢いは止まらない。白洲が打席に向かうが

 

 

 

ズバァァァァンッッッ!!!

 

「ストライィィィクッ!!! バッターアウトっ!!!」

 

『三振~~~~!!! 勢い止まらず!! 援護をもらった柿崎!! 一段とアクセルを踏んできたか!!』

 

あえなく白洲が三振。まるで相手にならなかった。

 

そして次の打者は川上、当然代打を起用する片岡監督。1年生の小湊を出すが―――

 

『打ち上げた!! サードフライ!! これでツーアウト!! 速い球に詰まらされましたね』

 

何もできない。何もしかけられない。柿崎を攻略できていない。

 

連続奪三振は6でストップするものの、柿崎が最後の力を振り絞り、青道の打者をねじ伏せに来ていた。

 

試合終盤、投手にとって一番苦しくなり始める時間帯で、彼は力を出しているのだ。

 

 

神木という先輩投手にあこがれを抱いていたサウスポー。だが、その憧れの存在にはなく、彼にあるモノ。

 

 

それは、圧倒的なタフネス。先天的な体の頑強さ。

 

 

だからこそ、彼はこの投球を見せつけることが出来るのだ。

 

 

 

 

「――――――――――」

ガックリと肩を落とす春市。

 

続く東条―――――

 

ドゴォォォォぉんっっ!!!!

 

「ストラィィィクッッッ!!!」

 

『ここでまた出ました、150キロっ!!! 今日安打を打たれている東条に対し、アクセル全開!! 鬼の形相で立ちはだかります!!』

 

 

――――安打していた時の本調子ではない時とは違う。全然早い―――

 

 

キィィンッっ!!

 

「ファウルボールっ!!」

 

148キロ高めのストレート。この威力のあるスピードボールに、東条は当てることが精一杯。

 

キィィンッっ!!

 

「ファウルっ!!」

 

 

球速表示には147キロ。

 

 

3球連続でストレート。しかも140キロ後半のスピードボールに食らいつく。だが、誰の目が見ても、追い込まれているのは東条。

 

――――それでもっ

 

 

ククッ、ストンッ!!

 

 

「ボールっ!!」

低めのスライダー。振らせにきたが、これで振るようなら1年生でスタメンを張れるわけがない。

 

 

キィィンッっ!!

 

「ファウルっ!!」

一転してストレート。当てるのがまだ精一杯。打球も前に飛ばず、苦しい表情の東条。

 

キィィンッ!!

 

「ファウル!!」

また2球連続でストレート。粘りを見せる東条。その後も継続して打席に立ち続ける東条。フルカウントまで持っていき―――――

 

ドゴォォォォンッッ!!

 

――――――アウトコース、手が出ない―――――っ

 

 

東条は、ねじ伏せられた気分になった。が、

 

 

「ボール、フォア!!」

 

――――そこは取らないのか!? ヒットは難しいけど、何とか――

 

マウンドの柿崎も、

 

「え!? (マジか、いいとこ行ったと思ったんだけどなぁ)」

 

少し苦笑する柿崎。今日安打を打たれている東条を是非ともねじ伏せたかったのだ。だが、歩かせてしまって不本意な様子。

 

 

 

続く小湊も粘りを見せる。

 

――――ヒットにすることが難しくても、カットは可能だね。

 

小湊の狙いは―――――

 

 

――――甘いフォーク!!

 

 

カキィィィンッッ!!

 

 

『センター前~~~!!!! 小湊またヒット!!! 粘り勝ち!!! ツーアウトからランナーを出してチャンス拡大の青道高校!!! 3番沖田を迎えます!!』

 

 

「げぇ!! (やっべ、甘く投げちまった!!)」

グローブで頭を抑える柿崎。笑顔のままだが、だんだんと苦しい表情が垣間見られるようになる。

 

 

――――落ち着け、カッキー!! まだお前の球威はそこまで墜ちてるわけじゃない!! 

 

捕手の上杉も、ボールは来ていると伝え、柿崎に自信を失わせることを避けようと試みる。

 

 

 

ようやく、また一段上へと駆け上がった自分達のエースを、ここで潰させるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

――――打席で球を見たい、けど出塁しないといけない――――

 

だからこそ、同じように小湊同様に粘る沖田。高めのストレートに対してあってきてはいるが、それでも捉えきれない時がある。

 

ストレートを続け、変化球でふらせる。この基本の投球を見切った沖田は、またしても平行カウントに持ち込む。

 

 

勝負の5球目、

 

 

スッ、

 

 

――――無警戒すぎだ――――っ

 

 

コンっ、

 

 

「なっ!!」

 

慌てて柿崎が打球に対して走るが、

 

ズキッ、

 

「ッ!!」

打球を取った瞬間に無理な体勢をしたのか、転倒してしまう。倒れてしまった彼が体勢を立て直すも、

 

 

「セーフっ、セーフっ!!!」

 

 

『満塁~~~~!!! これで満塁です!! ツーアウトながら、満塁のチャンス!! ここで4番の結城を迎えます!!』

 

 

「こ、この局面でバントヒット――――さすが!!」

三塁ベースで笑顔の東条。やはり何かを持っていると感じた。そしてこの局面――――

 

 

4番結城、7回の裏ツーアウト満塁。絶好の場面。1、2番が機能し、3番沖田のお得意のバントヒット。

 

光南側はタイムを取る。

 

「ここだな、ここが勝負の分かれ目。テンションあがってきたな♪」

柿崎はこの終盤の大ピンチでも冷静。春には一度心が折れてしまいそうなぐらい打ちこまれたので、これぐらいでは動じない。

 

「ああ。春夏連覇の為の、最後の難関。つうか、マジ緊張感なさすぎ」

上杉も、相手の4番との対決となるため、柿崎に発破をかける。

 

「いやいや、マジで逃げ出したい気分」

 

「エースがそれなら世話ないなぁ、おい!!」

上杉が柿崎の本音に過剰反応するも、彼は手でそれを途中で制す。

 

 

 

 

「けど、こっちも“チーム背負った背番号”貰ってんだ。ねじ伏せてやるよ。最高のボールでな!!」

ニッ、と笑う琉球の左腕。ここで笑顔になれる胆力を持ち合わせる男。苦しい筈なのだが、こういうところは図太い。

 

 

「なんだよ。全然大丈夫じゃねェか」

そんなエースの様子に表情が柔らかくなる上杉。

 

 

「いやいやマジこの局面は怖いって。」

その言葉に手をぶんぶんと振って否定するエース。

 

 

「どっちだよ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さぁ、チームのエース対チームの4番!! 先程は三振に打ち取られたものの、ここで雪辱を晴らし、優勝へと近づく一打を打てるか、4番の結城!!』

 

 

キィィンッっ!!

 

「ファウル!!」

ストレートに振り負けない結城。初球鋭いスイングが、レフト線を襲う。

 

「―――ッ!?」

一振りで、ストレートに合わされた柿崎。ここにきて、結城のスイングに鋭さが戻った。

 

――――ハァ!? さっき空振りしたボールにもう反応できるのかよ。こいつら無名じゃねェな

 

冷や汗が止まらない柿崎。坂田には届かないものの、オーラを感じさせるスラッガー、結城を前にして、投手として危険を察知する。

 

――――マジで、ミラクル起こす実力もってんじゃねェか!! 怖すぎだな、おいおい!!

 

 

 

 

「ボール!!」

アウトコース際どいストレート。これを見た結城。

 

続く3球目、

 

「――――!!」

柿崎も投げた瞬間に表情を崩した一球。内に僅かに入ったスライダー。

 

 

 

カキィィィィンッッッ!!!!!

 

 

『打ったぁァァァ!!!!! ライト大きい!! 伸びていく~~~~!!!』

 

大きく飛び上がった打球は右中間へと伸びていく。その瞬間、青道応援席だけではなく、甲子園全体が揺れる。

 

 

 

「行けェェェ!!!!」

東条が声を張り上げる。

 

「伸びろォォォォぉ!!!!!」

小湊が叫ぶ。珍しく闘志を抜きだしにした一面。この一打で勝負が決まるかもしれないのだ。彼も必死だ。

 

 

「抜けろォォォォぉ!!!!!」

沖田も声を上げる。この試合で、この当たり。抜けることを願う。

 

 

『センターバック、センターバックする!!! 布施どうだぁぁぁぁ!?!?!』

 

センター布施、この打球に―――

 

 

「うおぉぉぉぉぉ!!!!!!」

 

身体を投げ出し、ボールへと突っ込む。そして―――――

 

 

 

 

崩れ落ちた布施。左手と震わせながら、彼はグローブを掲げる。

 

 

「―――――――――――あ」

 

 

一塁ベース上で止まる結城。

 

「―――――――――くっ」

三塁ベースを通過する直前だった沖田。目を思わず伏せる。

 

「―――――――――」

既にホームに還っていた東条と小湊。

 

 

そんな4人とは対照的に、甲子園が湧きかえる。

 

 

『とったァァァァ!!!! センター布施の大ファインプレーっ!!!』

 

 

 

 

無情にも、結城の良い当たりは相手外野手のファインプレーに阻まれる。光南ナインは、倒れている布施の肩をポンポンと叩きながら笑顔を見せる。

 

「ナイス布施!!」

 

「やばかった、けどありがとう!!」

 

 

「正直ダメかと思ったぜ!!」

 

 

「センターが布施で助かったぜ!!! マジで泣きそうだった!! 感動した!!」

 

 

「何他人事のように言ってんだよ!! コースはずれてたぞ!! マジで抜けてたら洒落になってねェぞ!!」

 

エースの右肩をガシガシと叩く上杉。左肩は叩かない上杉。

 

「いてぇよっ!! けど、俺一人で青道に勝てるなんて思ってねぇよ!!」

 

 

「ほう」

ナインの顔が驚いたり、心配そうな顔をしたりと、色々な表情を作るエースの言葉。

 

 

「俺は投げることしか出来ねェからな。打たれたらマジで頼みますって。エースとは言っても、俺一人で勝てるなんて思ってないし♪ 守ってくんなきゃ、全部ランニングホームランだぜ!」

決まった、とドヤ顔をする柿崎。

 

 

「やっぱあほだな、カッキー」

 

 

「けど、図々しいこの一面は嫌いじゃない」

 

 

「そうだそうだ。もっと先輩を頼れ!!」

 

 

大ピンチを抑えた光南ナイン。ムードも上向きだったが、その空気を作っているのは柿崎だけではない。

 

 

「ラスト2イニング。横浦の時ほどじゃないけど、迷惑かけるつもりなんで、フォロー頼みま~す♪」

 

 

「おいおい!! 春の横浦に比べりゃあ、まあまだましだけど、今それを言う!? カッキー!?」

上杉が突っ込むが、その目は怒っていない。

 

――――マジで図太い奴だ、こいつは。

 

 

 

光南の選手一人一人が、この僅差の場面で精神的に強かったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――っ」

そんな光南ナインのムードを見た大塚は、歪んだ表情を浮かべる。それは、怒りに近いモノだった。

 

いや、怒りというにはあまりに稚拙な感情。

 

 

大塚は柿崎に対し、嫉妬を覚えたのだ。そして彼自身は認めたくはないが、羨望もあった。

 

 

――――なぜ、あれほどの実力を持ちながら―――――

 

 

何が違う。どう違う。

 

 

彼は高いレベルの投手であると同時に、ムードメーカーでもあった。

 

 

こちらからは遠くてはっきりとは聞こえない。だが、間違いなく彼が中心だった。

 

 

「大塚?」

金丸が不穏な雰囲気を出していた大塚に声をかける。

 

 

「――――なんでもないよ。」

彼は短く言い切る。柿崎から目を離さず。

 

 

 

――――羨ましくて仕方ない。チームのエースを背負っていると認めている、認められているあの人が。チームの力になっている彼が

 

 

形容しがたい感情を胸の中で抱いている大塚。

 

その中でひときわ大きいのは、

 

 

暗い感情。

 

 

そんな彼を蝕む闇が、心の中で渦巻いていた。

 

 

 

『いやぁぁ、うちも打ったり、守りも守ったり。この7回の攻防は見ごたえがありましたね!!』

 

『少し風に戻されたかもしれませんね。しかし、惜しい当たりでした。柿崎君も、だいぶ疲労で球威が落ちてきたので、崩れるかと思いましたが。』

 

 

7回裏の満塁のチャンスを活かせなかった青道高校。差はわずかに1点。だが、それを阻む大きな壁、エース柿崎が立ちふさがる。

 

 

 




チャンスをものにできないと、勝てない法則がある。それが野球。

内外で不穏なムードがあります。特に外では誰にも気づかれずに闇墜ちしそうな人がいたり。


やっと主人公が苦しむ姿を書くことが出来ました。ちょっと満足。

手遅れになったら、どんなアニメキャラが近いだろう




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第77話 つなげ、希望を

ここ最近つまらない展開で申し訳ない。

2017年7月4日 2番青木を2番乙坂に変更しました。


8回表、スコアは3-2。1点ビハインドの青道。連打を許しながら、驚異の粘りを見せる柿崎の前に、後一歩がとどかない。

 

そんな乗り切れない流れを変えるために、青道はエースを投入する。

 

 

川上の代わりに代打に入った小湊に代わって、ついに―――――

 

 

「投手交代だ、丹波。残り2イニング、頼んだぞ」

 

 

ついにエース丹波出陣。

 

 

8回表の投球――――

 

 

「御幸、どうにもお前は昔の俺を見ているようだ。」

 

「!!」

思わず自分の不安を見透かされた御幸は、押し黙ってしまう。

 

 

「俺が言えた義理ではないが、もう少し大胆に来い。打たれたら、俺の責任だ。」

 

「丹波先輩――――」

 

 

「最後の夏、俺は思い切り投げるつもりだ。この試合、9回でけりをつけるぞ」

この劣勢の場面で、丹波は余裕そうな顔をしている。やせ我慢をしているのは丸わかりだ。だが、それを言わない。

 

 

彼はそのプレッシャーに耐える力があった。

 

 

 

「っ!! はいっ!!」

丹波に諭され、御幸は自分の役割を再認識する。

 

 

ここで、奮い立てなくて、捕手が務まるわけがない。

 

 

しかし、終盤で奮い立つのは青道だけではない。

 

 

「ここで打って、少しでも柿崎を楽にするぞ」

 

 

おぉぉぉ!!!!

 

 

監督の檄に、光南ナインが奮い立つ。丹波は2イニングとはいえ、この相手と戦うのだ。

 

 

 

 

先頭打者の柿崎。ここで三者凡退に打ち取り、次の8回には最低追い付きたい。

 

――――ストレート、インコース。

 

丹波の要求はいきなりインコース。思わず苦笑してしまう御幸。

 

――――いつもは俺がしているのに、何で出来なかったんだろうな。

 

 

ズバァァァァンッッ!!!

 

「ストライィィィクッ!!!」

 

インコース厳しい場所に決まったストレート。手が出ない。さらに球速も、

 

143キロと表示されていた。

 

 

続く二球目、

 

 

 

柿崎の目からは、ビンボールが風に押し戻されている感覚だった。自分のカーブとは格が違う。

 

自分とは違い、本物のカーブを備えている。

 

 

 

緩いカーブが外側に決まり、追い込んだバッテリー。

 

―――なんてカーブだ。この投手が出ていれば、俺達は――――

 

相当苦労していただろうと。そもそも、横浦相手にHQS。連投をきにした監督の采配かは知らないが、スターターなら苦労していただろうと。

 

 

 

そして、勝負の3球目、

 

 

ズバァァァンッっ!!

 

「ストライィィィクッ!! バッターアウトォォ!!」

インコースのストレートに手が出ず三振。切れの良いフォーム。体の開きを抑えた球持ちがいいフォーム。

 

小さいことだが、御幸はある点に気づいた。

 

 

――――丹波先輩、一瞬だけ、ミットから目を切っている?

 

横浦では、余裕がなかったのだが、勝負所で後半からはそれを意識していた丹波。それにより、ボールが体から隠れた良いフォームに変貌しつつあった。

 

 

続く、9番沼倉に対しても―――

 

 

――――フォームは、嘘をつかない。正しいフォームで投げれば、球は勝手にコースに進む。

 

 

ズバァァァァンッッ!!!

 

「ストライクツーッ!!!」

 

ストレートにキレがある。とても、前日に7回を投げた投手とは思えないほどに、伸びと力があった。

 

――――丹波先輩――――

 

 

御幸はアウトコースのフォークのサインを出したが、丹波は首を横に振る。

 

―――――アウトコースのカーブは?

 

それにも首を振る。ならばと、またしても今度はインコースのフォークのサインに首を振る。それは縦に振ったモノだった。

 

 

ククッ、ストンッ!!!!

 

 

「ストライィィィクッ!! バッターアウトォォォ!!!!」

 

『三振~~~~!!! この回マウンドに上がった丹波!! 2者連続三振でツーアウト!! 前日にあの横浦を抑えた勢いそのままに、素晴らしい投球を続けています』

 

『綺麗なフォームですねぇ。制球もよく、もっと見たかったかな』

 

 

最後の打者も、

 

ズバァァァァンッッ!!!

 

最後もいいコースに決まったストレート。腕の振りも、制球力も、伸びも違う。去年の秋に比べても、格段に成長した丹波のストレート。

 

―――――ホント、俺は見る目がないなぁ。

 

この感触を感じながら、御幸はしみじみと思うのだった。

 

 

『最後はストレート~~~~~!!!!! 島村手が出ない!! この回3者連続三振で、素晴らしい投球の丹波!! この勢いを攻撃に見せられるか!!!』

 

 

「この回大事だぞ。相手はリードしている立場になり、構えてくるだろう。柿崎も球数は優に100球を超えている。それから―――」

 

 

 

 

『さぁ、守備でいい流れを生んだ青道高校の攻撃!! キャッチャー御幸、ここで出塁できるか?』

 

 

バッターボックスに立つ御幸は、悔しさでいっぱいだった。

 

――――何やってんだよ、俺は。

 

後輩に心配をかけて、丹波先輩にも心配されるほど、自分は怖気づいていた。この大舞台を前に、楽しむ余裕もなく、情けない姿を見せてしまった。

 

 

――――ストレートは高め、低目は掬い上げる。コースに逆らわずに―――

 

カキィィィンッッ!!

 

 

3球目のカーブを掬い上げた。

 

 

『落ちました!! 先頭バッター出塁!! 無死一塁!! 食らいつきます、青道高校!!!』

 

 

――――あんな御幸の姿、初めて見たな。

 

何かに狼狽えているような姿、不安にかられた彼の姿は、やはりいつも見ている者にとってみれば、信じられないものだった。

 

 

――――だがよ、いっつも平静な奴はいない。アイツも人間だっただけじゃねェか

 

それが悪いことだとは思わない。だからこそ、

 

 

コンっ

 

――――俺に出来ることをするだけだ!!

 

ここで、伊佐敷まさかの送りバント。

 

「ファースト!!」

上杉が指示を与え、一塁へと投げるよう言い放つ。

 

『これで一死二塁のチャンス!! ここで7番増子!!』

 

――――大塚ちゃん、沖田ちゃん、東条ちゃん――――沢村ちゃんがいたから、ここまで来れた。

 

 

だからこそ、この場面、1点差を追う8回の裏。

 

――――大きいのはもういらない。コンパクトに、もうだいぶ慣れてきた。

 

 

選球眼で、配球を読むのではない。すでに、読むまでもない。

 

 

カキィィィンッッ!!

 

「!!!」

柿崎のグローブの頭上、初球ストレートをコンパクトに弾き返し、センター前へ。

 

 

『ここで7番増子に初ヒット!! 一死一塁三塁!! ここでバッターは白洲!!』

 

 

しかし――――――

 

 

「ストライクッ!! バッターアウトォォォ!!」

 

『見逃し三振~~~~!!白洲手が出ない!! 最後はインコースカーブにのけ反った!!』

 

左打者に対しての、左のカーブ。いわば丹波の逆バージョン。白洲と言えど、バットを出すことも出来なかった。

 

続く9番丹波。ここで本来なら代打を送りたい青道。だが、もうかえの投手は存在しない。

 

いや、伊佐敷と東条を使えないのだ。

 

 

 

 

ドクンっ

 

「!?」

心臓が妙に鳴った気がした丹波、打席に立つだけで、何か妙なざわつきを感じた。

 

ズバァァァンッっ!!

 

「ストライクっ!!」

 

 

――――――――インコースを攻めず、アウトコース中心で、行くぞ

 

続くスライダーはボールになり、1ボール1ストライクから3球目。

 

 

ククッ、ストンッ

 

「ストライクツーッ!!」

フォークに手が出てしまう丹波。やはり、投手にはこの好投手の相手は荷が重すぎたのか。

 

『空振り~~~!! 追い込んだ柿崎!!』

 

 

そして――――

 

『空振り三振~~~~!! スリーアウト!! この回チャンスを作りましたが柿崎が踏ん張りました!! さぁ、続く丹波切り替えることが出来るか?』

 

 

 

一方、市大三高では――――

 

「――――これは、不味いな。」

大前は、このチャンスで代打を出し切れなかった青道の敗色が濃厚であることを悟る。

 

「ああ。大塚と降谷がいれば、代打は出せた。だが―――」

真中は、少し違うと前置きしたうえで、

 

「やはり、川上が被弾した時のリードが、この試合のターニングポイントだったな」

 

真中が疑問視した問題のリード。御幸の明らかなミス。一瞬の隙を突かれたのだ。

 

 

「まあ、アイツらも初めての甲子園で、よく頑張った方だな」

チームメイトも、青道がここまで戦力がすり減りながらも勝ち上がったことは称賛に値すると考えていた。

 

 

 

 

 

そして、9回表、

 

「―――――――っ!」

あの好機で凡退してしまった丹波は、より強い気持ちでマウンドに立ち、

 

 

カァァァンッッ!!

 

「ショートっ!!」

ショート方面に転がった打球を沖田が素早く捕球、その瞬間に送球というスピーディーなプレーを見せつける。

 

守備で盛り立てるために、沖田は出来ることをする。

 

カァァァンッッ!! 

 

「セカンッ!!」

 

低め低めの投球で、今度はテンポよく打たせて取る投球。先発としての引き出しが多い丹波。打たせて取る投球で、打順が回る沖田、小湊に程よい刺激を与える。

 

 

最後に――――

 

 

4番垣屋との対決。

 

――――これが、人生最後の甲子園―――――

 

やはり力が入る丹波。

 

 

 

ズバァァァンッっ!!

 

『144キロを計測しました。恐らく自己ベストでしょう。しかし丹波はいいですね。』

 

 

『そうですね。カーブとフォーク、ストレートのコンビネーションに加え、制球力がありますからね』

 

 

続く二球目、

 

ククッ、フワワッッッ!!

 

「ストライクツーっ!!」

 

 

カーブに手が出ない垣屋。これであっさりと追い込んだ丹波。

 

――――ラストは――――

 

ズバァァァンッっ!!!

 

『最後はストレート!!!! 見逃し三振~~~~!!! この9回表、丹波が意地を見せる!! この回も三者凡退!! さあ、いよいよ春夏連覇に向け、光南の柿崎がマウンドに向かいます!!』

 

 

甲子園宿舎にて、この決勝を見守る光陵高校―――――

 

 

「しかし、この柿崎なら打てていたかな――――」

木村は、苦笑い。たが、青道と同じように中盤は打てなくなるだろうと考えていた。

 

「勝てば、あそこに立てたのかぁ―――」

成瀬は、親友との再会は、もう少し先になる事を口惜しそうに感じている。甲子園の舞台で、再会を果たしたかった。

 

「とりあえず、最後の攻撃を見届けてやろうぜ」

山田は、この9回裏で勝負が決まることを悟っていた。延長はない。青道が勝つには、サヨナラしかない。

 

 

 

横浦では、

 

「羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい!!! こっちは乱調スロースターター持ちの背番号1に、スタミナなしの即戦力ルーキーコンビ。なんだあれ? 完投能力のある大塚に、QSぐらいは行ける沢村、リリーバーの降谷、中継ぎ、抑え、先発もイケる川上。そしてエース丹波!! あの投手力で俺達捕手が盛り立てなきゃどうするよ!!」

野球に関する羨望の眼差しを向ける黒羽。血涙を流しながらうらやましがる。

 

 

彼の事を託せるか、それが少し不安になった。

 

 

「まあ、そういうなよ。俺も、スタミナ不足で同じようなもんだし。お前におんぶに抱っこだ。てか、解ってるんだからあんまり言わないでくれ――――秋は死ぬほど走るから―――」

辻原は、そんな風に黒羽を宥める。完全な選手が早々いるわけがない。そんな選手はプロにもいないのだから。

 

「せめて4イニングはもってくれ――――マジで投手のリードも限られてくるんだからな」

 

「完投して「6失点は許さない」もうその件忘れてたと―――」

 

1年生たちが騒いでいる中、

 

 

「大塚は怪我でいないのに、青道の投手陣はかなりレベルが高いな。だからこそ、あの被弾はいただけない。」

岡本は、打たれたとはいえ、沢村と川上のポテンシャルを認めていた。彼らのような個性豊かな投手陣を擁しながら、だらしのないリードを一瞬でも見せた御幸がどことなく気に入らない。とはいっても、2年生にそこまでを求めるのは酷だというのは理解している。

 

 

 

「けど、あの外一辺倒の攻めは、我慢なりませんよ。相手を抑えようとするのではなく、逃げているだけのリード。」

 

そこへ、辻原を大人しくさせた黒羽が話に入ってきた。

 

 

「捕手として、何か感じるものがあるのだろう。だが、その辺にしておけ、金一」

坂田久遠が彼らを諌める。

 

 

「まあ、丹波投手は正直格が違った。ハートの強い投手だったし、引っ張られていたんじゃね、あの捕手は」

この大会は主に強打の2番を務めた乙坂は、大塚和正のサイン入りボールを片手に戦況を眺め、御幸の逃げ腰リードの要因を察した。

 

怖いもの知らずだった有望な捕手のリードが保守的になる。よくあることだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

『9回裏、1番の東条から始まる青道高校の攻撃!! マウンド上の柿崎、完投をめざし、優勝のマウンドへ!!』

 

 

柿崎っ!! 柿崎っ!! 

 

 

まるで、琉球のエースを盛り立てるかのように、光南応援席から大きな声が出る。ハイサーの歌も織り交ぜられ、最早テンションが次元を突破しているような状態。

 

 

 

そして、打席の入る東条は―――

 

 

――――ランナーを溜めて、沖田に回せば勝てる―――

 

何が何でもという気持ちが強い。

 

 

ズバァァンッっ!

 

「ストライィィクっ!!」

 

そして、やはり球速はかなり落ちていた。143キロにまでストレートが衰えていたのだ。

 

――――ハァ、ハァ、7回、飛ばし過ぎたか―――

 

 

ここにきて、覚醒の副作用が柿崎を襲う。今までの実力以上のモノを発揮した柿崎。だが、やはり2年生には重荷だった。

 

 

――――積極的に撃つッ

 

ドゴォォォォンッッッ!!!

 

 

しかし、先程の143キロで危機感を感じた柿崎がここでまた一段とギアを入れてきたのだ。唸りを上げる剛速球が蘇る。

 

「――――まだ、こんなに――――っ」

 

思わずそう言いたくなるようなタフネス。前日に完投した投手とは思えない。

 

『9回130球を超えて!! ここで148!!! 凄いタフネスですね!!』

 

 

『そうですね。最後のひと踏ん張り、頑張ってもらいたいですね』

 

 

――――おいこんだ。ストライクはいらない。低めに当てると言うなら――――

 

 

上杉が選択したボールは、

 

 

『空振り三振~~~~!! 一死!! 春夏連覇まで、後アウト二つ!! マウンド上の柿崎!!』

 

最後はフォークボール。コースに決まったこの変化球にバットが止まらなかった。

 

 

「―――――っ」

握りしめる拳が、一段と強くなる大塚。仲間が、アウトになる光景、いやそうではない。

 

 

自分のいないチームが、自分がいたチームが、負ける光景を見たくないだけなのだろう。

 

――――やめろ――――

 

「――――ちゃんと見ろ。悔しいのは解る。けどまだ勝負は終わってない―――!!」

 

――――俺達の仲間なんだぞ。

 

金丸が、目を伏せがちな大塚に声をかける。いや、これはもう喝に近いものだ。

 

 

「――――ああ」

 

 

 

 

 

「兄貴―――――」

ベンチに既に下がった小湊。当然何もすることが出来ない。だが、彼が出たところで、柿崎からヒットを打てるとは思えない。

 

 

ズバァァァンッっ!!!

 

唸りを上げるストレートが蘇っていた。手が出ない小湊。柿崎は、この9回で勝負を決めるために、全ての力を振り絞っていた。

 

 

「ストライィィィクッ!!」

 

 

――――頑張れ、則春!! あとアウト二つだ!!

 

そして、続くボールは――――

 

 

カァァァンッッ!!

 

「ファウルボールっ!!」

かろうじてバットに当てた、というより、振らされてしまったスライダー。これで追い込まれた小湊。

 

――――まだ、終われない!! まだっ

 

 

――――食らいつく気満々だな、後はワンバウンドでもいい。

 

 

「ボールっ!!」

ワンバウンドのフォーク。カウント的に有利な柿崎は無理をしない。小湊は相手が優位に立っていることを感じ取れる一球と見て取った。

 

―――後は、球威でねじ伏せろ。低めのツーシーム。打たせていけ

 

 

――――球威が一段と―――

 

そして4球目のツーシームに詰まらされ、小湊はショートゴロ。これでツーアウト。

 

『ツーアウト!! これでツーアウトです!! 9回二死!! 春夏連覇に向け、後アウト一つです!! そして3番沖田を迎えます。』

 

 

ついにあとアウト一つにまで追い込まれた青道高校。ここでつなげられるか、それとも終わるのか。

 

 

ネクストバッターサークルから打席に向かう沖田に、気負いはなかった。

 

 



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第78話 終わりとはじまり

光南戦決着。

光南戦は凄い不評ですいません。




『ツーアウト!! これでツーアウトです!! 9回二死!! 春夏連覇に向け、後アウト一つです!! そして3番沖田を迎えます。』

 

 

――――終わらせない。だが、ここでの巡り会わせ――――

 

打席に立った沖田。柿崎はすでに疲労困憊。小湊亮介には球威で押し切ったが、沖田にはそれは通用しない。

 

 

 

 

初球フォークから投げてきた柿崎。やはり警戒しているのか、迂闊にストライクを投げてこない。

 

 

「沖田君――――何とか望みをつないで――――」

祈るような気持ちで、今年最高の2年生投手に立ち向かう、青道最高の遊撃手。そんな彼を応援する貴子。

 

「頼むぞ~~~!! 沖田ぁぁぁ!!!」

 

「まだ終わらないぞ!!」

 

 

青道応援席からも大きな声援が起こる。このまま終わるわけにはいかない。光南の春夏連覇を眼前で認めることになるのだ。

 

 

それだけは―――――

 

 

「――――――」

虚ろな目で、大塚は沖田の打席を見ていた。何もできない自分に絶望しているのか、彼が今何を考えているのかはわからない。

 

だが、先程から金丸が声をかけても、その打席しか見ていない。

 

 

「―――――大塚――――」

金丸は、沖田に祈る。

 

 

――――頼む!! 繋いでくれ!! このままじゃ、大塚が―――!!

 

 

それは、金丸の予感だった。漠然としか見えないが、はっきりと、本能的に見えるその結末。

 

大塚が、どこか遠くに行ってしまうような気がしてならないのだ。チームを離れるという意味ではなく、どこか精神的な面で、彼と自分達では、決定的な違いが生まれるのではないかと。

 

 

甲子園は、沖田と柿崎の勝負を目に焼き付ける。

 

 

「ファウルボールっ!!!」

 

5球目、2ボール2ストライクとなったストレートをファウルでカットする沖田。タイミングもあってきた。

 

 

―――――ホント、こいつは掛け値なしの“怪童”だ。

 

 

ストレートに対しては、もう空振りをすることがなくなった。柿崎のストレートに合わせてきているのだ。

 

――――こいつ、変化球を織り交ぜないと―――だが、ここでカットして逃げるだと?

 

 

驚くべき粘り。まだ終わりではないという事を、光南ナインに見せつけているかのような、打席でのスイング。

 

 

――――ここで、終われない。決勝で、一点差!!

 

 

バントヒットの前の打席は完全に打ち負かされた三振。何よりも個人としてのプライドが許さなかった。

 

 

――――バッターとして、負けたくないだろ!!

 

 

――――ここで、アウトロー、フォークボールだ。無理にリスクを侵す必要はない。

 

 

しかしここで柿崎は首を振る。

 

 

――――ここでカウントを苦しくすれば、それこそ青道の思うつぼだ。それに、沖田には足がある。

 

 

柿崎は、ストレート勝負。そして――――

 

 

投げ込まれたのは、あの時沖田を三振に取った時と同じような、剛速球。140キロ後半を記録する。あの球だ。

 

 

――――コンパクトに、スイング軌道を意識した―――――

 

 

白い閃光と、自らの力の全てを、スイングに捧げる。

 

 

――――本能――――――

 

 

最後は、自分の勘。

 

 

カキィィィンッッッッ!!!

 

「―――――」

打たれた柿崎。だが、自信を持って投げ込んだストレートを、この一年生は弾き返した。

 

 

空高くへ舞い上がる打球を見て、柿崎は心の中でうめいた。

 

―――――マジかよ―――――っ

 

 

それは、選手としてのポテンシャルに驚愕し、そして今の実力に畏怖を覚えた。

 

 

 

 

――――あのボールを、弾き返すか。この1年生は――――っ

 

 

勝負には負けたが、柿崎はシンプルで、引き摺ってはいなかった。

 

 

『右中間抜けた~~~~!! ライト廻り込んで捕球して、二塁転送!!』

 

 

「沖田ぁぁぁ!!!!」

 

 

「つないだぁぁぁ!!! ここでつないだぞ!!」

 

9回2死から繋いだ沖田。しかも、

 

 

『150キロのアウトローを右中間にはじき返した沖田!! 素晴らしいバッティング!! これで二死ながら、同点!! ホームランならばサヨナラの場面!! ここで、4番結城を迎えます!!』

 

 

「いっけぇえぇ!! キャプテン!!!」

 

 

「決めてしまえェェェ!!!」

 

1年生が最後に意地を見せた。柿崎の攻略が困難とされた150キロのストレートを弾き返したのだ。

 

 

――――お前は凄い奴だ。お前のような奴になら、

 

結城は、二塁ベース上で声を張り上げている沖田を見た。

 

――――青道は、まだまだ強くなれる。お前ももっと強くなれる

 

 

柿崎がセットポジションから鬼気迫る表情で投げ込む。自慢の速球を1年生に打たれたというのに、動揺は欠片もなかった。

 

 

――――俺も意地を見せる時だ。

 

 

剛球がアウトロー、少し内に入り込んでくる。だが、凄まじい球威をインパクトの瞬間に感じた。

 

 

――――っ!!!

 

その腕力をもって強引にスイングする結城。甲子園最後になるであろう打席。当てに行くバッティングにはしたくなかった。

 

 

「ファウルっ!!!」

 

 

真後ろに飛ぶ打球。球速表示は150キロ。この9回120球を超えてまだまだ恐ろしい球威を持ったストレートを投げ込む力を示す柿崎。

 

 

――――ねじ伏せる。躱して抑えられる程、生易しいバッターじゃない!!

 

変化球でも甘く入れば、一撃でスタンドに叩きこまれる。柿崎は緩い変化球を投げづらくしていた。

 

 

続く第2球。

 

「ボールっ!!」

 

スライドしながら逃げていく速球。外に外れるツーシーム。それを見極める。

 

 

―――――まだカッキーの球威は落ちてない。インローのストレート。ボールでもいい。厳しく攻めれば!!

 

上杉は内による。

 

 

――――そうだな、ねじ伏せなきゃ、後悔残したくねぇもんな!!!

 

 

 

――――こいッ!! 打ち返してやるッ!

 

 

笑う柿崎。ヘルメットから汗を滴り落とす結城も獰猛な笑みを浮かべる。

 

 

第3球。インローのストレート。

 

上杉は、結城のバットが動いたのを見た。

 

――――よし、これで詰まらせて―――――!!

 

 

結城も、初球の時と同じような重さを感じた。だが――――

 

―――2度目は仕留めるッ!!

 

 

ガキィィィンッッ!!!

 

 

 

 

『打ったァァァ!! 柿崎のグローブを弾き飛ばし、痛烈な打球がセンター前へ!!!』

 

 

柿崎が寸前、頭上でボールに触るも、強烈な打球を前に、右手首を持っていかれた。

 

「っ!!」

ボールに触れた瞬間に強烈な衝撃を右手首に受けた柿崎。苦悶の表情を浮かべ、膝をつく。

 

 

――――持ってかれた、か――――っ

 

 

一塁ベース上で、吼える結城を見て、苦笑い。

 

――――奴の気持ちをぶつけられたような、打球だった

 

 

「つないだぁぁぁ!!! ここでバッターは!!」

 

 

「サヨナラ決めろ!! 御幸~~~!!!」

 

主軸に連続ヒット。ここでサヨナラホームランを決めた御幸一也が打席に向かうのだ。

 

 

勝負強いバッティングで青道を救ってきた扇の要が、チームを逆転サヨナラに導くか。

 

 

 

 

 

「御幸、思いっきり振ってこい! 肩の力を抜け!!」

一塁にいる結城から、そんな言葉をかけられた。

 

「御幸先輩~~~!!」

沖田も二塁上で叫ぶ。ここで打てば、サヨナラ。春夏連覇を阻むことが出来る。

 

 

全ての人の視線を釘付けにする、今年の夏の甲子園最後の勝負。その最大のクライマックスは、御幸のバットと、柿崎のボールに委ねられた。

 

 

『さぁ、後アウト一つの光南高校。しかしそれに追いすがる青道高校!! この勝負に全ての結果が委ねられます!!』

 

 

「ストラィィィクッっ!!!」

 

まず、カーブから入ってきた柿崎。バットは出さない。しかし、この状況でカーブをまず初球に選択する胆力に、柿崎の投手としての力を感じる。

 

 

――――ここで、カーブかよ

 

続く二球目――――

 

「ボールっ!!」

ここで落としてきた光南バッテリー。フォークに手を出さない御幸。

 

 

この緊張感の前に、息を飲む観客が続出する。

 

「ファウルっ!!」

ここで3球目にはストレート。決めに行こうとしたが、球威に押された。

 

――――ここで打てば優勝――――

 

 

ようやく見ることが出来た全国の舞台。そのクライマックスが、自分のアウトで終わるなんてことにはしたくない。

 

 

――――ストレートをもう一球。

 

 

――――まだストレートでいける。任せてくれ、上杉っ!

 

光南バッテリーは、ここで力勝負を選択。まだまだ柿崎は崩れない。

 

4球目、

 

『ファウルボール!! ストレートで押す柿崎!! そして粘ります、御幸一也!! そして、後アウト一つが遠い光南!!』

 

 

――――ここで、俺が――――っ!!

 

そして、ストレート2球の後にフォークボールを選択する光南だが、それも御幸は見極める。

 

運命の6球目。

 

 

『さぁ、平行カウント、2ボール2ストライクからの6球目!!』

 

 

 

カキィィィンッッッ!!!

 

重心を残した、理想的なスイング。それが、柿崎の148キロのストレートを捉えた。

 

 

『打球伸びる~~~~!!! 伸びていく~~~~!!! ここで、サヨナラか!! それとも春夏連覇か!? 打球の行方は!!』

 

 

「抜けろ~~~~!!!」

沖田が、叫ぶ。あの時とは違う。あの時とは違う。打球は勢いを失わない。

 

「伸びろ~~~~!!!」

奇しくも、あの時と同じく、小湊もその場に居合わせていた。だからこそ、祈る。

 

 

「いけぇェェェェ!!!!」

そして高校生活最後の打席で意地を見せた結城。周りの目を憚らず、大声で叫ぶ。

 

打球は痛烈、ライト方向へと飛んでいく。

 

 

――――抜けてくれっ!!

 

 

ダイヤモンドを駆け始めた御幸が打球を追う。今度は見失わなかった。

 

 

 

白球が飛んでいく。そして―――――

 

 

『正面だぁ~~~~!!!!! ライト正面捕ったァァァ!!! スリーアウト、試合終了~~~~!!!』

 

 

「――――――っ」

いい位置で守っていたライトのグローブに打球がおさまった光景を目の当たりにした青道ナイン。言葉を失った。

 

 

 

 

 

外野は共に深く守っていた光南高校。柿崎の球威をもってしても、沖田、結城に痛烈に捉えられている光景を見た監督が、セオリーとは真逆の守備位置を敷いていた。

 

 

そして、見事に深い打球を打った御幸。相手を読み、自分を知った、経験の差から生まれる作戦。

 

 

御幸の実力を評価したうえでの、最後の采配の前に、青道の夢は断たれた。

 

 

 

 

『3-2!! 沖縄光南高校!! 春夏連覇、達成!! 歓喜の瞬間が今ここに!!』

 

柿崎を中心とした歓喜の輪が生まれていた。最後の打者として打ち取られた御幸は一塁ベース付近で足を止めていた。

 

『群雄割拠!! 新世代台頭の夏は!! 新たな甲子園のスターを生む為のものでした!! 光南のエースから、甲子園のエースへ!! 柿崎則春!! 不屈の2連続完投!!』

 

 

御幸は一塁ベース付近で膝をついた。

 

 

立ち上がれなかった。二塁ベースから戻ってきた結城に肩を貸され、自分で立つ事すら辛いようだ。

 

身体から力が抜けたように、顔を落とす彼の姿は、痛々しかった。

 

 

 

「――――――」

目を伏せ、そのアウトを見た沖田は、泣き崩れることもなく、その後毅然とした表情で光南の歓喜の輪を見ていた。

 

 

―――――届かなかったか

 

悔しい。ここまで来て、負けてしまったことに。

 

 

――――けど、後悔はない。このチームで、俺は最善を尽くせた――――

 

 

「最善を、尽くせたんだ――――」

 

このチームは実力以上のモノを、発揮できたんだと。試合には負けた、課題も成長も見つかった。

 

何より半年前にはこの大舞台に立てることすら想像できていなかった。

 

 

――――今は本当に悔しい。けど、俺は本当に、野球が大好きなんだ。

 

 

 

 

「先輩――――」

御幸と、結城の下に駆け寄る沖田。

 

「――――」

御幸は俯いて何もしゃべらない。悔しさ、最後の打者で終わってしまったこと、サヨナラを決められなかったことで、心の整理がついていなかった。

 

 

「――――胸張って、帰りましょう。先輩。最後まで、堂々と。」

毅然とした意志をもって、沖田はそう言い放つ。

 

 

 

「また戻ってきましょう、御幸先輩。リベンジするために」

 

 

「そう、だな。ハハッ、いつもは、こういう―――役回りだけどさ――――」

眼鏡の奥は、涙に溢れていた。

 

 

「悪い。今は――――冷静でいられねぇや」

涙に濡れた笑顔で、後輩に本音を漏らす御幸の姿。

 

 

 

あの御幸が、人前で涙を流す。それがベンチにいた部員たちにも衝撃だった。

 

「御幸――――」

感情を露わにして、泣いている彼の肩を貸しているのは、沖田と結城。

 

 

あのクールな二枚目のそんな姿に、敗戦以上に彼らは衝撃を受けていたのだ。

 

「よく、よく頑張ったわ――――みんな、本当に――――」

顔を赤く腫らしながら、貴子は振り絞るように声を出す。

 

甲子園という夢の舞台に立てた。後一歩まで栄冠が見えていた。

 

「先輩――――けど、こんな――――」

幸子は、悲しそうな目で御幸の姿を目に焼き付ける。

 

 

―――――こんな残酷な形なんて―――――

 

手すりを握る力が強くなる。

 

 

ベンチの中では、沢村が悔しさに身を震わせていた。

 

 

「―――――っ!!」

ベンチでは下級生たちが悔しさに身を震わせていた。その一人である沢村の夏の最後は、ベンチで終戦を迎えた。

 

――――完投できるとは思っていなかった。けど、俺がもっと長いイニングを投げていれば!!

 

沢村は泣いていなかった。悔しさで身を震わせていた。

 

 

もしまだ投げていれば、川上先輩に負担をかけなかった。御幸が追い込まれることもなかった。チャンスで代打を出せた。

 

――――何が足りないのかはわかってる。悔しくて、今は――――くっそぉぉぉ!!

 

 

沢村は、ひたすら戦後の事を考えていた。もう二度と、こんな思いをしたくない。

 

――――大塚がいなかったら、この様かよ!! 

 

彼がいないというだけで、ベンチも慌ただしかった。みんなに余裕がなかった。

 

 

――――俺はもっともっと強くなりたい。完投できる投手になりたい!!

 

敗戦の中で芽生えた、ダイヤに近づくサウスポーの闘志。

 

 

左腕の心は、この敗戦をばねに、さらなる飛躍を誓うのだった。

 

 

 

そしてリベンジの機会すらない上級生たちは―――――

 

 

 

「―――――終わってしまったんだな」

伊佐敷が、結城達の様子を見ながら、しみじみと語る。

 

「―――――高校最後の夏に、これだけ悔しい思いをできた―――――悔いはないと言いたいね。ファイナルの舞台に立てたのだから。」

小湊亮介は、涙を見せない。笑顔は勿論ない。だが、清々しさもあった。

 

「御幸なら大丈夫だ。アイツらがいる。絶対にまた前に走り出す」

増子も、晴れ晴れとした顔だった。確かに自分たちの代では、この栄冠に届きもしなかっただろう。本選に出られていたかもわからない。

 

――――大塚と沖田が、このチームを変えたんだ

 

 

グラウンドにいる沖田、スタンドにいる大塚には、みんな感謝しているのだ。

 

 

彼らもまた、絶対に前に走り出す。自分達では届かなかった甲子園の栄冠に、きっと彼らなら。

 

 

3年生たちに、後悔はなかった。

 

 

満足げに、燃え尽きることが出来たのだ。次のステージに進む為に、憂いを残すこともなく、前に進めるのだ。

 

 

 

そして残された者達。

 

 

「僕たちの最初の夏が、終わったんだ」

東条は、遠い目をして試合終了の音を聞いていた。

 

「うん――――結局、俺は――――」

春市は最後まで良いところがなかった。他の1年生がスタメンや先発の座をつかむ中、殻を突き破れなかった。

 

悔しさすら、今の自分には似合わない。

 

 

「――――来年、またここに帰ろう。このままで僕は終わりたくない。だから」

 

「――――ああ。俺はまだ――――」

 

―――もっとレベルアップしたい

 

兄の事ではない。もう今はチームの一員なのだと。だからこそ、雑念を感じずに努力をするしかないのだと。

 

1年生たちは、敗戦にショックを受けつつも、それぞれが飛躍を誓う。この経験を活かす。

 

それが彼らの共通の言葉だった。

 

 

 

 

青道の救世主は―――――

 

 

 

「大塚君――――」

スタンドで虚空を見る大塚。隣には吉川がいた。

 

「―――――やっぱり、悔しいな。負けるのは」

虚ろな瞳だった。今まで見たことがないような、覇気を失った大塚の表情に、

 

「―――――ッ」

吉川は思わず後ろの言葉を失う。この敗戦で御幸と同じほどの悔しさを、きっと秘めているのだろう。

 

 

敗戦の一因が自分にあると、悟っている。だからこそ、悔しさ以上に自責の念が彼を襲っているのだ。

 

 

このままじゃいけない。このままでは、大塚栄治の光が消えてしまう。

 

 

彼女は、出来る限り彼に寄り添う事を決意した。

 

 

「――――またここに来よう? みんなならきっとできる。だから」

 

 

 

「――――そうだね。俺はもっと、頑張らないと。頑張れたはずなのに。努力が足りなかった。いや―――そもそも俺は」

涙を流さないあくまで冷静な大塚。

 

 

―――――選択を間違えたのだ。

 

心の中で、そのミスがチームを苦しくさせたのだと、認めた。その一言だけで、大塚は胸が苦しかった。

 

 

 

 

しかし吉川はその心の内を読み取れなかった。読み取れるわけがなく、彼はそれを白状もしない。

 

 

大塚は未だに、まだ仲間に本音を零すことが出来ない。

 

 

 

 

そんな彼の不器用な、頑固な様子に、

 

 

――――出さないんだね、栄治君。

 

 

 

人一倍悔しい筈なのに、彼は毅然としていた。だからこそ、強いと思ってしまった。

 

 

脆いと思ってしまった。

 

 

――――でも忘れないで、

 

吉川は、大塚の手を握る。毅然とはしているものの、辛そうな表情を時折見せる大塚。そんな彼を放っては置けない。

 

「吉川さん?」

 

 

「大塚君の高校野球は、まだ始まったばかりなんだよ」

 

 

「―――――っ……うん。いきなり優勝したら、それこそ歯ごたえがないしね――――うん。俺は大丈夫。戦っている奴らの事、面倒を見てあげて。スタンドも、ベンチも関係なく」

憑き物が落ちたかのように、大塚は微笑む。憂いの表情が鳴りを潜めた。

 

 

 

「うん。けど、辛くなったら相談して。マネージャーとして、力になりたいの」

 

そう言って吉川は、悔しがっている部員たちやマネージャーの所へと向かっていく。敗戦の中で不器用なりに元気づけている彼女の姿は、ある意味光に見えるだろう。

 

 

「―――――眩しいなぁ」

 

最後は笑顔で相手チームと握手している上級生たちも、やり遂げた顔をしている光南ナインも、

 

目の前にいた彼女の言葉も。

 

 

 

「――――――本当に」

御幸たち、2年生たちの悔しさも。

 

 

「―――――ああ、本当に」

1年生たちの、リベンジに燃える心も。

 

 

 

一人最後は蚊帳の外になってしまった大塚は、虚無感を覚えていた。

 

 

――――ここにはいない、彼ならなんていうだろうか。

 

 

降谷なら、きっと離脱したことに自分への怒りを覚えるだろう。そして、何事もなく前に進むだろうと。

 

 

単純だから、色々と考え方がシンプルで、実に分かりやすい。

 

 

自分のように、変に悩んでいたりはしない。

 

 

それが羨ましくて、仕方がなかった。

 

 

 

「眩しいなぁ―――――」

 

 

そう言って、大塚は誰にも気づかれずに、スタンドを後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

甲子園決勝戦。春夏連覇を目指す王者光南に、最後まで善戦した青道高校。大塚、降谷を欠きながら、粘りを見せるものの、好機にあと一本が出なかった。

 

光南先発柿崎は、2つの四球、10本を超えるヒットを打たれながら、2失点と粘りの投球。これまでの経験をつぎ込み、最後の一押しを許さなかった。結局9回を投げ、球数は156球。エースとしての底力を見せつけ、総合力の高さを見せる。

 

青道高校、6年ぶりの甲子園出場を果たし、準優勝。東西決戦ともいえるこの一戦に敗れたが、今後楽しみなチームとして観客の記憶に残るのだった。

 

 

濃密な夏を過ごした青道高校。

 

熱き遊撃手は大舞台に返り咲いた。

 

 

左腕は先輩とともに作り上げた宝刀を取り戻す戦いに赴く。

 

 

 

右翼手はさらなる飛躍を、遊撃手に続く者として。

 

 

 

要は大舞台の怖さを知り、もがきながら前に進む。本当の要になる為に。

 

 

 

 

 

ヒットマンは悔しさを糧に、秋大会に悔しさをぶつける。兄と最初で最後の夏の挫折を背負うのではない。チームの一員として、このチームでリベンジを果たすために。

 

 

 

 

 

 

一方、兵庫市内の病院では

 

 

 

「試合、終わってた―――――」

テレビの前で、リベンジに燃える剛腕の姿があった。

 

 

「このままでは終われない。必ず、最後までチームと一緒に」

 

最後の試合に出ることの叶わなかった二人。

 

 

そのメンタルは、実に対照的だった。

 

 

 

 

 

スタンドにいる最後の一人は、何を思う。

 




青道は準優勝でした。

皆さんにとっては、もやもやする感じでしょう。あまりいい幕切れとは言えないですし。

原作と違い、サヨナラ負けというあんまりな負け方ではないので、ナインは一部を除いて冷静です。沢村も、イップスになる要素もありませんでしたし。

秋編について。

挫折を経験したキャラには、全員見せ場があります。


今はそれしか言えません、すいません。


最近謝ってばっかりだ・・・・・


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贋者から原石へ
第79話 光を照らす、光はなく


言葉遊びにしては、お粗末


甲子園の激闘からの数日。青道野球部は学校に帰還したのだが。

 

そこには準優勝の原動力となった大塚が不在。降谷も大事を取って欠席。丹波という青道の誇りがいるので役者には困らないものの、二人の不在はチームに暗い影を落としていた。

 

8月21日。

 

 

 

 

大塚は怪我の進行具合の精密検査を終え、帰宅の途に就くのだが、特にやることがなく、東京都内をうろついたのだ。

 

 

人混みの中、大塚は目立った。覇気があまりにもないという雰囲気もさることながら、その弱気に見える状態とは正反対の体格の良さ。

 

頭一つ以上人混みの中で浮いていた。

 

 

「―――――――」

その大塚の表情はさえない。眼前で春夏連覇という偉業を見せつけられ、自分は最後の最後にチームを離れるという、許されない失態。

 

全ては自分のエゴが原因だった。自分の独りよがりが、チームを敗退に追い込んだのと。

 

 

「ねぇねぇ、あの子どこかで見たことない?」

 

「うんうん。確か、今年活躍した子じゃない?」

 

 

見知らぬ女性が声をあげる。大塚の姿を見かけたのだろう。大塚栄治の名は東京中に広がっているのだ。

 

青道を数年ぶりに甲子園に導いたスーパー一年生。プロ注目の即戦力候補の右腕。

 

だが――――

 

 

 

「まさか~~~! こんなところにいるはずないでしょ!」

 

もう一人の女性が異を唱えた。

 

 

 

「全然オーラが違うわ!! もっと堂々としていたわよ、マウンドの彼!」

 

 

そうなのだ。今の大塚には覇気がなかった。まったくと言い程彼の体から通して出る、闘志が見られないのだ。

 

 

「―――――――――」

大塚は街で雑誌を配っている人を見た。色々な記事を見た。その記事には、

 

 

青道高校、天才の怪我の原因は?

 

怪我の原因解らず。片岡監督への責任も

 

 

どれもこれも、片岡監督の立場を苦しくするものだった。大塚は自分が取り返しのつかないことをしたのだと震える。

 

 

――――俺の所為で、監督に―――――

 

 

なんとかしなければならない。このままでは片岡監督が辞任に追い込まれる。今後後ろ指を指されかねない。

 

だが、自分一人ではどうにもならない。何か正式に、事の次第を明らかにできる場が欲しいと考えた大塚。

 

見つからない。当然のことながら、そんな都合の良い展開が待っているはずもない。

 

記事を書く人で、見知った者もいない。大塚は無力だった。

 

 

 

「あ、君は――――」

そこへ、ベレー帽をかぶった中年のおじさんが大塚に声をかける。

 

峰富士夫である。彼は青道が甲子園に行く前から取材を続けている野球王国の記者だ。今日はオフらしく、隣にいるはずの大和田はいない。

 

「貴方は?」

声をかけられた大塚は、気怠そうに後ろを振り向いた。あまり記者の事を好きになれない大塚に笑顔はない。

 

「大塚君、だね? 怪我の具合はどうだい?」

 

「―――――見ず知らずの貴方になぜいう必要があるんですか?」

 

全治3週間。怪我の具合はそこまでではなかった。超人的なスペックを誇る父親譲りの頑強さが味方をしたのだろう。

 

 

9月11日まで大塚は練習に参加できない。

 

一次予選が始まるのは17日。そこからブランクのある大塚がどこまで力を取り戻せるかもわからない。

 

「君の気持を私が理解できるとここで言うのはおこがましい。だが、このままでは青道高校全体が危うくなる。」

 

「!!!」

 

痛いところを突かれた。大塚が今手に持っているのは、まさにそういう記事だったのだ。峰は大塚がこの状況に苦慮していることを悟ったのだ。

 

「貴方に何が解るんですか。監督が悪いわけじゃない。俺が志願した。監督は止めようとしてくれた。彼が悪いわけじゃない!!」

 

人通りの激しい場所で、大塚が外聞も気にせず叫んだ。だんだんと声色が荒くなっているのを自覚しつつも、気持ちを抑えられない。

 

言っていることがむちゃくちゃだ。大塚は自己嫌悪に陥った。

 

「―――――そうだな。だが、その事実を言わなければ、片岡監督への嫌疑は晴れない。」

冷静に、大塚を宥めるように峰は続ける。

 

「―――何が目的なんですか」

 

 

「君は片岡監督への非難を何とかしたい。私は、君のことについて記事を書きたい。あと、個人的に君を放っておけないのは私の自己満足かな―――――無論捏造なんてしない。君が言いたくないことは、記事には書かない。」

 

 

 

「――――利用し合うというわけですか」

気に入らない。大塚はそう思った。気に入らない事態であるはずなのに、これは彼を救う手だてになるかもしれないと考えたのだ。

 

 

「私も青道の事はよく取材をしている。中堅に届くかどうかの月刊誌の記者だが、それなりに事実を広めることは出来る。」

 

「―――――監督に一言いれてから取材を受けて良いですか? 俺個人としてはやりたいですが、こういうことは勝手に進めるべき事じゃない」

 

「そうだな。私も少し熱くなったようだ。これが私の連絡先だ。」

そう言って峰は大塚に名刺と連絡先を渡す。

 

「取材を受けたい時には、ここから連絡してくれ。今日はすまなかったね、時間を取らせて」

 

「いえ、こちらこそ―――――当たり散らしてすいませんでした」

 

 

 

大塚は、青道高校へと向かうことを決意する。休日とはいえ、恐らく監督も3年生の進路について考えているだろうと。

 

 

そして、そんな大塚の姿を見ていた者達がいた。

 

 

「エイジ―――――」

黒羽金一は、神奈川から彼の様子を見るために東京を訪れていた。事前に綾子夫人に連絡をしており、今は外出中だという事を知りながら、今日はエイジの家に一泊する算段だったのだ。

 

何より、居ても立っても居られないのだ。盟友の怪我、望んでいなかった初対戦。その結末があれだ。

 

――――御幸先輩に精神的余裕がなかったのは、力のあるパワーピッチャーが二人も消えた事。

 

それまでは、頼もしいセットアッパーと1年生エースがいた。あの3年生丹波の活躍は予想外だったが、大塚が青道の核であったことは間違いなかった。

 

核を失ったチームは崩壊するしかない。弱体化は避けられない。避けるには、核が必要となる。

 

「美鈴ちゃんも相当ご立腹みたいだし、裕作君は新太郎のところに逃げたし、まあ俺が何とかするしかないか」

 

大塚裕作は、姉が兄を責める場面で何もできず、綾子に助けを求めてなんとかするも、家にいる時間が2番目に長い彼はその光景をよく目にするのだ。

 

居づらく感じ、栄治も何も言わないので状況は最悪。親友の所でゲームをしたり、野球をしたりしている始末。

 

 

なぜこれほど黒羽が大塚家に詳しいのか。

 

 

それは、よく彼が彼の家に出入りしていたからだからだ。そしてそれは東京でも変わらないという。

 

 

 

 

神奈川在住の頃から、梅木祐樹、大塚和正という球界のレジェンドの自宅に入り浸っていた黒羽も相当凄い人脈なのだが、本人はそれを自慢することも出ないと考えている。

 

 

 

「――――まあ、同じことを考えるのは一人じゃないってことか」

ちらりと、黒羽は横を振り向く。

 

「――――甲子園以来、だな」

沖田道広である。彼もエイジが病院帰りであることを家族から聞きだし、何とか会おうとしたのだ。学校のグラウンドには出てこない、

 

というよりは、グラウンドを見れば大塚が練習をしかねないと監督が危惧したためだ。

 

「――――なんであいつを止めなかった?」

 

「―――――」

沖田は、目を背ける。止められなかった。エイジの気持ちを前に、押し切られてしまった。だからこそ、沖田はエイジを奮い立たせる言葉を投げたのだ。

 

コイツは止められないと。

 

 

「――――けど、俺でも止められなかったかもしれないな。投手は残り沢村のみ。川上が打たれ、降谷はダウン。満塁のピンチに一死。打席には坂田先輩」

 

大塚に縋るしかないのも事実だった。

 

「けどまあ、奇妙な間柄だな、俺達」

 

「中学の時から、次のステージで会うだろうなとは思ったが、ここまで顔見知りになるとは思わなかったな。広島から消えた時は、会う事もないと思ったけど」

 

「アイツのおかげさ。アイツと青道で会わなければ、野球をやっていない。」

 

「――――今度は万全の状態のお前らに勝たしてもらう。こっちにもいい投手はいるからな。打撃だけじゃないチームだという事を、選抜で見せてやるさ」

 

 

「それこそ、望むところだ。意外なのは、あんな1年生投手がいたことだな。特に、諸星っていったか? あいつのチェンジアップは――――」

甲子園で三振を喫したあのボール。沖田の目からしてみれば、アレは練習でよく見かけるボールだ。

 

 

 

 

「そうだ。正真正銘、俺が中学の時のエイジから受けてきたパラシュートチェンジさ。アイツは手先が器用でな。横浦高校の1年生の中でも、技術の成績がトップだ。」

 

けど、その他の成績、というより文系と英語は最悪だがな、と黒羽が光のない瞳で語る。

 

沖田はそれを見て理解した。

 

 

ああ、こいつは勉強を見てあげているのか。

 

「なんだよ、あれ。あれだけ勉強したのに記号をひとつずらしただァ!? しかもずれた方が正解しているし!!! 英語も語彙力がなさ過ぎて『他国の文字は無理だ』とかいう始末!! ふざけんな!! ふざけんじゃねぇぞ!! 俺の時間を返せ!!」

 

「苦労しているんだな――――」

 

 

「つうか、多村先輩いっつも赤点ギリギリなのヒヤヒヤもんなんですけど! 後藤先輩に至っては、二次関数がアウトって――――俺が入学する前の1年間、何やっていたんですか、あの人たちはァァァ!!!!」

 

なんで俺が勉強を見ているんだァァァ、と絶叫する黒羽。キャッチャーに気苦労は絶えない。

 

それは野球だけではない。チーム全体を無意識に見る節がある黒羽。一般生活においても気苦労の原因に突撃してしまうのだ。本人の意志とは関係なく。

 

沖田はそんな黒羽の日常の一端に、大塚の影を見た。

 

黒羽と大塚は、なんだかんだ似た者同士なのだと。黒羽もなんだかんだ手を貸すのが癖なのだろうと。

 

 

「俺の所の先輩たちは皆勉強が得意だったな。平均点は普通に超えるし、1教科凄い成績を叩き出すし。木村先輩は理科系。山田先輩は英語。高須先輩は数学かな。成瀬は馬鹿だけど、平均点まではまあなんだかんだ行くし。」

 

という先輩たちに可愛がられた沖田。平均点を超えるのは普通で、調子が良ければ高得点という一般学生にも負けない成績。

 

大塚が93.8点とかいうバカげた平均点を叩き出さなければ、勉強のできる奴という印象が濃くなっただろう。

 

青道高校にはコース分けなど存在しない。私学でコース分けがないのは少し珍しい事なのだ。なので、一般学生と同じ試験を受けることになる。

 

そして片岡監督は教諭でもある。勉強で手を抜くなんてことが許されるわけがない。

 

ハードな練習と成績を両立できる学生は、やはり尊敬の対象として見られるのだ。

 

大塚は生粋の帰国子女らしく、英語は今のところ全てのテストでトップ。国語、特に古典と漢文が苦手で平均点を落とすも、その他も満点を取ることもある。物覚えがよく、記憶力もあるので、水を吸い取る猛暑のサハラ砂漠を超える勢いである。

 

唯一の弱点が国語だが、その他は高水準。中学で日本語に大分慣れてきたように、秋の段階で古典・漢文にも慣れてきたので、いよいよ弱点がなくなりつつある。

 

 

頭が悪くなる要素はない。それが美鈴のコンプレックスを生む原因なのだが、兄に自覚はない。

 

日本のサブカルチャー、「兄は兄弟たちの目標」という固定概念に囚われていたエイジが気づくはずもなく、今日に至る。

 

 

そんな大塚も中学時代、出来の悪い先輩の助けになっていたりする。

 

 

「何それうらやましい。世話を焼かないで済むなんて羨ましい」

 

 

「とにかく、降谷の奴がまだ病院で療養中だからな。一応見舞いに花なんかを持っていくべきだと思うんだが、俺東京に詳しくないんだよな。」

沖田がここで、かなり不味い発言をした。

 

「東京を知らずに渋谷まで来たのかよ。よく迷子にならなかったな」

若干呆れた表情を浮かべる黒羽。よく横浦メンバーと大塚で東京に遊びに来ていた黒羽にとっては庭のような場所だが、沖田はそうではない。

 

しかし、こういう豪快なところがあのセンスの温床なのかもしれないと考えた。

 

「スマートフォンのGPSやら、地図アプリを使えばイケるもんだよ。目印になる建物が結構あるし、まあなるようになるさ」

以外にマメな沖田。努力型のスラッガーである彼は、こうした細かいことをする癖がある。

 

だからこそ、よく悩みを抱えるのだが。

 

 

「そっか。それで、この辺に花屋なんてあるのか?」

 

「ちょっと待ってくれ―――――」

スマートフォンで検索を開始する沖田。

 

 

 

「ほう、こんなところに。」

 

意外と近くだった花屋。沖田と黒羽はすぐに来訪し、彼の今後に向けて良い花を選ぶのだが、

 

「「花言葉とか、未知の領域――――」」

 

こんな時、マネージャーたちならいろいろ知ってそうだが、生憎勉学以外の雑学には弱い二人。

 

「迂闊だった……っ! 花言葉が解らないようでは、選びようがない!!」

 

「ああ、うん。そうだね」

無駄に落ち込む沖田。暑苦しい奴だなぁ、と黒羽は心の中で思う。

 

 

「こういう時こそ、スマートフォンの出番――――あっ」

 

バッテリーが切れた。

 

沖田のスマートフォンが睡眠時間に入りました。

 

「お前、スマートフォンなしで帰れるのか?」

黒羽が憐みの表情で沖田に声をかける。情報媒体がない中、渋谷に明るくない彼は大丈夫なのかと。

 

「大丈夫だ、尻ポケットにある手帳に、今日調べたモノは書き留めている。これを見れば帰ることは出来る」

 

ポケットから手帳を取り出した沖田。黒羽は納得した。ドヤ顔で言ってくるのがなんか無性に腹が立ったが、彼はスルーすることにした。

 

「そもそも、花言葉なんて俺らには関わりがないし―――」

沖田がうーんと悩む。

 

「けど、変に彼が知っていたら気まずくなるな」

黒羽は、送る相手が花言葉に聡い場合、色々と気まずくなると発言したが、

 

「いや、それはない。奴は沢村よりも勉強が出来ない超ド級のバカだ。」

断言する沖田。あの野球一筋で勉強が出来ない彼に、そんな知識は無い。

 

性格馬鹿な癖に、勉強は出来る沖田にここまでいわれる降谷に、黒羽は衝撃を覚えた。

 

「マジかよ。その沢村って奴の学力を知らん俺はあまり断言できることはないが、どれぐらいだ?」

 

「俺達がいなければ、確実に赤点でいろいろ補習を受けさせられるレベル。一般入試で入ってきたのにな」

 

 

「確実なのかよ――――どうやって一般入試で青道に入った?」

彼は一般入試で青道にやってきたらしい。どうやって辿り着いたのかわからないと、考える黒羽。

 

 

「あの――――」

 

 

「ん? ああ、すみません。店の前で騒いでしまって」

この店の人なのだろう女性が声をかける。

 

「すいません」

頭を下げる沖田。

 

「いえ、なんだか楽しそうで声をかけるのも止そうかなと思ったの」

二人の謝罪を受けて、気にしていないと答える女性。

 

「それで、花言葉で悩んでいたのね?」

 

「ええ、はい。こういう方面には疎くて――――」

申し訳なさそうに白状する黒羽。

 

「それで、どんな子に花を渡してあげたいの?」

気さくに話しかけてくる女性。艶のある黒髪に整った容姿の大人な雰囲気を醸し出す女性の言葉に、

 

「(大塚の母親程じゃないが、このお姉さん綺麗だな)ありがとうございます。えっと、ちょっと野球バカで、甲子園にも出たんですけど、体調を崩しちゃって。悔しい思いもしているので」

元アイドルの母親を例えに出す黒羽。

 

「は、はい!! (いいなぁ、こんな年上のお姉さんとかいいなぁ) そうそう!! そうなんです! だから、なんかアイツには喝の入った花を選ぼうと」

 

「喝の入った花、ね。面白い表現ね」

くすくすと笑う女性。よく見ると店内では妙に暑苦しい沖田を見て、

 

 

「あ! 青道の沖田君よ。」

 

「隣にいるのは横浦の黒羽君!」

 

「どちらも1年生でレギュラーの!」

 

大塚は目立たなかったが、二人は自信に満ち溢れている。なので、オーラが今は違うのだ。

 

「ん? ああ、そうね。よく見たら夏で有名になってた1年生だったのね、貴方達」

 

「あんま、チヤホヤされたいわけではないんですけどね。上級生にはまだ全然追い付ける気がしませんでしたし」

黒羽が目標としているのは、主将だった坂田久遠。あの打撃でここまで勝ち上がってきたと言っていい。

 

あの人のように、打力でチームを引っ張りたい。投手の事は勿論、リードで引っ張る。

 

だが、野球は打たなきゃ勝てない。守り勝つというのは、最低限の打つ事が出来て初めて許されるのだと。

 

扇の要である彼は、守備に重点を置きがちだが、攻撃にもそれ以上の意識を抱いているのだ。

 

「そうだな。敵だったけど、あの人のバッティングは凄かった。俺にはまだあの域には届かない。」

沖田も、打力はまだまだ届かないと感じていた。

 

「そう。けど、先があるってことはまだまだ頑張れるってことよ。来年も頑張りなさいよ。それで、噂の彼にはとにかく元気を与えたいという事なのね?」

 

「まあ、そんなところです。」

 

「そうねぇ。夏の季節に、元気を与えたい花言葉――――」

顎に手を当てて、考え込む女性。

 

「定番ならひまわりだけど、夏で体調を崩したのなら――――そうね。ラベンダー、なんてどうかしら?」

 

「ラベンダー?」

沖田が聞き慣れない花の名前に首をかしげる。

 

「そう。ラベンダー。花言葉は『あなたを待っています』。体調を崩しているお友達にぴったりのメッセージだと思うわ」

 

「――――素敵な花を見つけ下さって、ありがとうございます」

少し感極まった表情の沖田。涙もろいのが彼の性格である。黒羽も女性も、そんな彼の姿を温かく見守っている。

 

「どういたしまして♪ その子も元気になると良いわね。」

そう言って片目でウインクをする女性。その仕草に、沖田はドキリとする。

 

――――ホント、こんなお姉さんは良いなぁ。うん、いいなぁ」

 

独り言が途中から駄駄漏れの沖田に反応した女性。少し苦笑いをしながら、

 

「若く見られるのは嬉しいな。でもごめんなさい。私は子持ちなの」

 

 

 

「なっ!? 嘘だ――――そんな馬鹿な――――」

ここでハートブレイクな事実。崩れ落ちた沖田。

 

周囲の人たちは、野性的で華のある守備、印象に残る勝負強いバッティングと、まさに新世代のバッター筆頭と言われる沖田のあまりの光景に笑みがこぼれる。

 

この少年も、年相応な子供であることが解り、親近感がわいたのだ。

 

「えっと、中学生の娘がいるの。ごめんね♪」

 

「へぇ。そうなんですか。――――いけね、そろそろ大塚の所にいかないと。沖田、次会う時はお前を完璧に抑えてやるからな。俺達のバッテリーで」

 

「――――あ、ああ。ちょっとショックで―――けど、選抜で会おう。」

先程のショックで立ち直れていないのか、沖田の言葉に覇気がない。

 

 

 

「ったく。やっぱりエイジの言う通り、残念だな。」

 

「残念いうなぁ!!」

 

 

「ははっ! お前には、寡黙だけど芯の強い女性じゃないとダメそうだしな! いつも笑顔だと、お前は気が緩みまくりだろうよ」

 

そう言って店内を後にする黒羽。そして彼の粋な計らいなのか、沖田の手にラベンダーの御花代を握らせて立ち去って行った。

 

 

「言われたい放題な事案について――――けど、男として格が違いすぎる―――」

流石は大塚とバッテリーを組んで、中学最高峰。横浦で要を務める1年生。攻守における存在感は勿論、人を見る目もある。

 

沖田自身、タイプは明るくて笑顔が素敵な人だが、それだと自分はダメになりそうだとは自覚していた。

 

 

「大丈夫。君のように一生懸命でエネルギッシュなタイプもいいと思うわよ。頑張りなさい、男の子♪」

 

「あ、ありがとうございます――――(ハァ、俺も頑張らないとな)」

 

 

その後、沖田はラベンダーを購入し、降谷のいる病院に向かうのだった。

 

 

「色々と面白い子たちだったわね――――あら?」

 

沖田たちが去った後、沖田に負けず劣らず体格のいい少年が店内に入ってきたのだ。

 

――――うーん、愁いを帯びた二枚目な少年。さっきの子たちとはだいぶ雰囲気が違うわね

 

「あの。百日草ってありますか?」

その少年から出た言葉は、先程の二人とは違うモノだった。むしろ、花に詳しそうな雰囲気。

 

「あるわよ。けど、百日草でいいのかしら? もっときれいな花はあるわよ?」

敢えて試すように女性は少年に試すような言葉を使う。

 

「ええ。花言葉は『不在の友を思う』『絆・友への思い』。間違いないですよね。今の俺には、それが必要なんです」

微笑んでいる少年。だが、沖田に比べ陰のある笑顔だった。

 

「ええ。そうね。けど、貴方も大丈夫?」

その雰囲気に女性はたまらず切り込んでみた。この少年は危うい。

 

「え? 俺は花なんて。今は彼ですよ。一歩間違えたら、彼は――――」

悔しそうな顔で、消え入りそうな声で零す少年。

 

 

「――――けど、貴方にも花が必要なんじゃないかしら」

 

今日沖田が来店しなければ、この少年が誰なのかすらわからなかったと女性は思う。

 

 

大塚栄治。東京史上最高の1年生投手。青道のスーパーエース。

 

大塚栄治、沢村栄純、降谷暁の青道三羽烏。彼が花を贈りたい相手は恐らく、マウンドで熱中症になった降谷のことだろう。

 

真夏の甲子園でおこった有望選手の異変。それはニュースでも最近報道されていた。

 

「―――――すみません。俺には―――――」

その少年――――大塚が何かを言おうとした時、

 

ワンッ! わんっ!

 

 

「??」

大塚が振り向くと、そこには子犬がわんわんと鳴いて、飼い主の少女の近くに走り込んでいた姿だった。

 

「あらあら。そう言えば今日は早かったんだったわ。お帰り」

 

「うん、ただいま。今日は結構花がなくなっているね」

のほほんとした自然な会話。たわいのない会話一つでも、

 

 

――――輝いて見えるのは、なぜなんだろう

 

大塚の目には眩しかった。家族に心配をかけ、特に妹には怒られ、弟はそんな兄を見て失望をしてしまったのかもしれない。母もなんとかフォローするも、それでも思春期のパワーというのはそう簡単に制御は出来ない。

 

今、自分が我儘を言うべき時ではないのだと。

 

 

 

 

「―――――いや、なんでもありません。今日は帰ります」

居た堪れなくなり、大塚はこの店を後にしようとする。

 

「花を買いに来たんじゃないの?」

そこへ、先程帰宅した少女に声をかけられる。純粋な疑問のみをぶつけた言葉。

 

「いや、また日を改めて――――」

 

「渡そうと思ったから、ここにきたんじゃないの? 今わたせなかったら、後悔するよ」

 

「―――――」

確かに、彼の症状は快方に向かっている。このまま数日が過ぎれば退院もするだろう。その時になって花を渡したところで、あまり意味はない。

 

「――――夢中なものがあるのに、なんでそんなに悩んでいるの?」

 

 

一瞬、大塚の心の中で何かが切れそうな感覚があった。それは、大塚の根幹に位置する何か。

 

 

関係のない人に自分の悩みを言うべきではないという事。

 

関係のない人に、なぜそんなことを言われなければならないのか。

 

関係ないくせに。

 

 

どす黒い感情が大塚の心の中を一瞬通ったが、アメリカにいた頃から培われた忍耐でそれを抑える。

 

 

いつものことだ。自分の下に子供が出来てから、子育てに頑張る母親に迷惑をかけたくなかった。

 

だから、今更こんなことを言われて感情を操れないなんてことは有り得ない。

 

 

そう自分を落ち着かせて、大塚は苦笑いをする。彼女らに悟らせないために。

 

 

いつものことだ。作り笑いをするのは慣れている。

 

 

 

 

呆然とした表情の大塚を見た女性が、少女に声を荒げる。

 

「―――――こら! ごめんね、悪い子ではないの。ただ素直すぎて―――」

 

 

「いえ。その子の言うとおりです。どうかしていた。もう大丈夫です」

今できる限りの笑顔で、大塚はそう口にする。だが、胸がどうしようもないくらいに痛い。

 

 

そう、彼に突き刺さる痛みは消えない。溜めこんだものは、決して消えない。

 

 

 

笑顔でいることが辛い。これからもそんな彼であり続ける限り。

 

 

自覚しても、彼は今更そんな性格を自力でかえられるほど器用ではない。

 

 

 

「そう。なら頑張ればいいじゃない。」

 

 

「――――そうだね。君の言うとおりだ。」

打って変わって穏やかな笑顔を携える大塚。少女はそんな彼の様子に戸惑う。

 

「?」

 

「夢中になれる何かを見つける。それは、良い事なんだ。」

 

笑顔が崩れそうになるも、そのままの表情で大塚は言い続ける。この親子に悟らせないために。

 

――――目標を失うのは、諦めるのは、見つけられないことよりも辛い――――

 

 

その最期の言葉だけは、胸の中にとどめた。

 

 

 

 

 

 

日が暮れ始めた東京の空を見上げながら、大塚は思う。

 

 

「何やっているんだろう、俺は―――――」

 

燃え尽きたわけではない。だが、心が自分のモノではないように動かない。

 

 

傷を負ったわけでもない。なのに、体が痛い。

 

今の状態が何なのかを彼は知っている。知らない振りをすることは出来なかった。

 

「――――――――――」

 

だが言わない。言えばどんどん崩れていきそうで、自分が怖いのだ。

 

 

誰かに言いたくなる。

 

 

「―――――俺が崩れたら、またチームに迷惑がかかる――――」

 

 

本当にいてほしい時まで、自分は崩れることなんて許されない。

 

 

 

エースへの道が遠のいていく。我儘も甘えも許さない。そんな彼は、自ら自壊の道へと進んでいく。

 

 

彼の高校野球が始まって半年。活躍した彼は輝いていた。

 

 

 

だが、彼を照らす光は差さない。

 

 

 

 

 




沖田君と黒羽。そして大塚の空気の違いがヤバいですが、今の大塚は谷底にいません。


まだ谷底ではありません。



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第80話 それでも時間は進む

嘆いても、時間は進む。こういう時は嫌なものです。


翌日の朝。

 

「元気そうだな、降谷」

 

 

「――――早く投げたい。もう元気なのに」

 

1年生野球部員の主だった者達が、降谷の見舞いに駆けつけていた。

 

 

もう退院間近という事で、病院内でのいこいの広場にて彼らは談笑をしている。

 

 

「相変わらずだね、降谷君は」

春市も、彼が元気そうだったことに安堵する。すでにチームの再始動は始まっている。今後彼は絶対に必要な選手であり、友人でもある。

 

何より退屈しないのだ。このメンバーは。

 

「ラベンダーの花言葉を知らないのに、鈴蘭は知っているんだな。」

沖田が彼の意外な事実に驚いていた。花言葉なんて知らないと思っていたのだ。なのに、その花だけは知っていたのだから驚きものだ。

 

「道民なんだから、まあ知ってるだろ。原産地、だったっけ?」

金丸が出身地の花ぐらいは知っていてもおかしくはないと言う。確かに、その花は北海道で咲くのだ。

 

「うん。よく覚えてないけど、中学時代の壁投げをしてた時に、女の子に貰ったんだ」

 

 

「え!?」

沖田がいち早く反応する辺り、こういう恋愛話には食いつく。何よりも、自分にはなくて、女がらみの話がなさそうな彼にこうしたエピソードがあることに悔しさを覚えた。

 

「そ、そんな。降谷にまで先を越されるなんて――――」

 

「?? そういうのはない。ただ、一人壁投げをしていた僕を、励ましてくれたんだ」

 

彼の話曰く、チーム内で浮いた存在となっていた彼は、腫物のように扱われていた。だが、それでもめげずに頑張れたのは、野球を続けたかったという気持ちがあったからだ。

 

 

そんな孤独な時間、いくら彼でも折れかけた時があった。そんな時に、この花を贈られたのだ。

 

「『再び幸せが訪れる』、野球に出会ったあの頃と同じぐらい、そんな未来が来ることを。それを信じられたのは、その花と彼女のおかげ。そして今がある」

 

しみじみに語る降谷。穏やかな笑みを浮かべる、外見通りの二枚目の笑顔。それがあまりにも日常の彼とは違う。

 

「それで、その彼女とは連絡先とかあるの!?」

食いつく沖田。目をくわっと見開いて、彼に迫る。

 

「相変わらずだな、沖田。少し落ち着け」

大塚が苦笑いをして沖田を締め上げる。

 

「ぐえっ」

かなり格好の悪い悲鳴を上げ、大人しくなる沖田。

 

 

「ううん。その日限り。僕はその子に初めて出会ったけど、それ以来会っていない。ただ、星を見上げるのが好きだって、それだけ。名前も知らない」

 

 

「なんてもったいないんだァァァ!!! 俺に代われ!! 俺ならアタックしてた!!」

大塚の拘束を振りほどき、叫ぶ沖田。

 

 

「「五月蠅い沖田」」

春市と金丸が口をそろえて沖田を黙らせる。

 

 

「アハハハ――――相変わらずだね、沖田君」

東条も苦笑い。

 

「お前にそんなロマンチックな過去があったなんてな!!」

沢村がフンム、と鼻を鳴らしながら驚く。そしてなぜか勝ち誇ったような顔をする。

 

「俺はお前がロマンチックという言葉を知っていることに驚いたな」

金丸が沢村に突っ込む。

 

「俺を何だと思っているんだァァァ!!!」

 

 

「バカだな」

金丸は容赦がなかった。

 

「猪突猛進が似合うな。俺は嫌いじゃないけど」

沖田は笑顔でイマイチニュアンスとずれている。そういうことではないのだ。この状況では。

 

「バカかな」

春市は容赦がなかった。

 

「ごめん。コメントは控えさせてもらっていい?」

東条。その沈黙は言われるよりも辛い。

 

 

「そういうキャラもいいと思うよ。人の特徴をとやかく言うつもりはないよ。俺はね」

大塚は、何か別の視点から何かをしゃべっていた。だが、オブラートに包んでいるようなセリフだった。

 

 

「畜生~~~!!」

 

 

ガラガラ。

 

 

その時、憩いの場に近づく足音が聞こえた。そこには――――

 

「病院ではお静かに」

 

ゴゴゴゴゴゴ、というオーラを出したナースのおばさんが、黒い笑みを浮かべて青道メンバーに注意する。

 

 

「すいませんでした」

一同は一斉に謝る。

 

おばさんが去った後、

 

「まあ、とにかくそういう縁があるのなら、簡単には切れないモノだよ。またどこかで会えるかもしれない。それこそ、ロマンチックな時間はまだ続いていると思うしね」

大塚が降谷に対し、そんな出会いと繋がりは簡単に切れるものではないと諭す。どこかで繋がっているのだと。

 

「うん」

 

「その子は綺麗だった?」

大塚が珍しく言及する。

 

「うん。冬が似合う人だった」

抽象的でよく理解できない表現。

 

「?? 冬が似合う、クールな人なのかな?」

何となくそうなのだろうともう一度尋ねる大塚。

 

「ううん。とても明るい人だった。けど、見た目はそんな感じ」

 

「――――よくわからないな。降谷の感性が解らない――――」

 

 

「察しろよ、エイジ。女性というのは、不思議な生き物なんだ」

沖田がドヤ顔で大塚に言い放つ。大塚はそんな彼に少しむっとなり、

 

「残念なイケメンに言われても説得力ないね。言葉以外」

 

 

「ぬわぁぁぁ!! 泣くぞ!! いい加減泣くぞ!!」

 

 

「あ!! また騒いだら――――」

 

ガシッ!

 

 

 

「ゑ!?」

肩を掴まれた沖田。その背後には、

 

「二度目はないわよ」

おばさんだった。

 

 

あああ!!!! 誰か!! 誰か~~~~!!!!

 

 

ずるずると彼ら視線の向こう側へと引き摺りこまれていった沖田。その光景は一種のホラーのようだった。

 

「――――残念な奴だ」

 

「大塚君の所為だよね――――」

 

 

「そういえば、最近またでかくなったよね、栄治君」

春市が大塚の目線の違いについて気づく。

 

「そうかな。確かに、目線が上がったような気がするけど。サイズも少しは変わったし」

何でもないように話す大塚。

 

「僕もいつの間にか背を抜かされていた。負けない」

そして降谷が対抗心を燃やす。

 

「くそう、俺は蚊帳の外だぜ」

沢村はそんな二人を羨ましそうに睨む。

 

「まあまあ、背の大きさだけで投手の力量が大きく左右されるわけじゃないだろ」

 

「そうだよ。世の中には、170cmに届かない投手だっているし。ほら、東京にいるでしょ? 多彩な変化球で打者を幻惑する技巧派の」

東条が慌てて東京のプロ野球球団のエースの事を紹介する。

 

「ああ。あの小さな巨人と言われた投手かぁ。あのカーブは真似できるか、大塚」

金丸も、東条に続いて同じ球団で背の低い投手がいたと言及する。

 

 

「真似は出来ないかな。あんな遅いカーブはちょっと、うん。ドロップよりも難易度が高いよ。何よりも、僕の投球スタイルに合わない気がする。」

無理無理と大塚が手を振る。

 

 

「まあ、いよいよ背の問題をクリアしたら、大塚も死角がなくなるかもしれないな」

 

 

「いやいや、まだまだ。体の弱さを何とかしないと。最後まで戦える体力がないと、エースははれないさ」

冷静に自分の課題を述べる大塚。おだてられても、彼はいつもの冷静さ。

 

「マジで大塚なら心配いらないな!! 頼もしすぎるぞ」

 

「1年生で大役を貰った意味を、俺は忘れるわけにはいかないしさ。とにかく秋も最善を尽くすよ」

エースナンバーを予選のみとはいえ、背負った彼。

 

 

 

 

 

だからこそ、秋大会は誰を中心に据えるのか。

 

 

それは決まっていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

場面は変わり、監督室にやってきた大塚。

 

 

「――――――今、なんて―――――」

 

大塚は、信じられない言葉を聞いた。

 

 

「新チームのエースナンバーを、お前に託そうと思う」

 

 

新しい背番号1。大塚栄治が指名された。

 

 

「―――――俺で、いいんですか?」

 

監督と同じ目線ほどに立っている大塚は、監督の言葉に呆然とする。

 

なぜ自分が選ばれるのか不思議でならないという、そんな素直な感情を抱いた彼に、片岡は――――

 

 

「沢村を推す声もあったが、現状で秋の大会はお前を中心にして戦う必要がある。」

努力して天才に追いすがり、結果を出してきた沢村。決勝のマウンドも、彼は最善を尽くしたのだ。

 

ここまで来て、彼のことを認めない部員はいない。

 

あの大塚栄治に真正面から挑み、自分の長所を磨き続ける彼の姿は、何よりも大きな励みになっていた。

 

「――――俺は監督に、チームに迷惑をかけたんですよ! それなのに、簡単にエースナンバーを背負って、いいんですか?」

 

 

「―――――昨日の話は聞いた。俺のことを思う行動だが、俺はそれをさせる気はない。」

 

「!!!!」

 

昨日―――――

 

大塚栄治は片岡監督に記事の件を相談したのだ。

 

「確かに批判はくるが、お前が責を負う必要はない。最終的な判断を下したのは俺だ。」

 

 

「け、けど!!! それじゃあ監督は――――いつまでたっても――――」

 

この悪い情勢を変えられないじゃないか、と大塚は思った。

 

「あの戦力で、優勝できなかった。甲子園は戦力だけではどうにもならない場所ではある。だが、指導者として至らなかったばかりか、お前たちを、優勝させてやることが出来なかった」

 

 

「―――――監督――――っ」

 

 

「ここ数年で最高の仕上がりだったと俺は考えていた。お前の怪我を含め、見極めることが出来なかったのは、俺の指導者としての落ち度だ。」

 

 

――――違う、そうじゃない。そうではないんです―――っ!!

 

 

叫びたい心を抑え、大塚は尚も理性をもって監督と対話する。

 

 

「俺の!! 俺の所為で!! チームを信頼できなかった、それが柿崎と俺の差です!」

 

 

苦しい時、柿崎はチームメイトに助けを求めていた。チームも柿崎が大きなものを背負っていると知っていた。

 

柿崎は、自然とチームメイトと溶け込んでいた。変に壁を作っていなかった。実力差があるのに、そんな壁すらなかった。

 

 

こんな風に、悩んでいたりもしていなかった。

 

 

「―――――大塚」

 

 

「エースに指名するなら、記事の許可をください。このまま監督が追いやられるぐらいなら、俺はエースの称号なんていらない。独りよがりな投手は、エースじゃない――――っ!?」

 

 

その瞬間、大塚の背筋が凍った。目の前に修羅がいたのだ。

 

 

 

「今の言葉は取り消せ、大塚」

怒りに身を震わせた監督がいた。これまで面と向かって怒られたことがなかった大塚。ここに来て初めて監督の怒りを買ったのだ。

 

 

「エースを目指して、お前に挑んでいる奴らの立場はどうなる?」

 

「!!!」

 

「沢村、降谷。それに東条も。みんなお前に追い付く為に努力を重ね、前に進んでいる。お前がどう思おうと、お前はこのチームの柱だ」

 

 

「―――――――お前が俺の為に行動してくれるのはありがたい。だが、その行いの所為で、お前自身を追い込むことは俺が許さん。お前たちは、自分たちのプレーに集中すればいい。こういうことは、大人の役目だ」

全ての責任を背負おうとするな、と片岡監督は暗に言っていた。

 

こんな時でも、生徒を庇おうとする。教師であり続けようとする監督に、大塚は目頭が熱くなった。

 

 

視界が霞みそうで、そんな自分が情けないと。

 

 

 

「―――――ゆっくり頭を冷やせ。お前にはそういう時間が必要だ。今までは本当に目まぐるしい日々だったからな」

 

 

「――――――はい、取り乱して、すいませんでした」

 

その大きな背中には、悩みや不安、本人が抱え込む葛藤、コンプレックス。

 

 

様々な感情が入り乱れていた。

 

 

 

 

大塚が部屋から出て行ったあと、

 

 

 

「彼。相当思い悩んでいたみたいですね」

高島礼は、そんな大塚の姿と先ほどのやり取りを聞いていた。

 

「ああ。奴はクリス以上に重いものを背負っている。チームの勝利に貢献するために、身を粉にして動く。だが、奴の大きな悩みは、もっと違う場所にある」

 

 

「―――――偉大な父親。彼の存在は大きいという事なのでしょうね」

 

 

いつでもどこでも彼の前に立ちふさがる壁。それが、彼に更なる焦りを生んでいた。

 

焦燥感に駆られ、高校生離れした技術を迫られ、精神的に追い詰められている。

 

 

それでも、彼の全盛期を知れば、今の大塚栄治は届きもしないという事実。

 

高校アマチュア界期待の1年生と、世界最高の投手。比べることすらおこがましいのに、彼はそれを強く意識している。

 

彼が彼の息子であるからだ。

 

 

これは周囲が口にしたところで、どうにかなる問題ではない。結局は最期に、

 

 

「奴自身が、この問題に決着をつけなくてはならない。」

 

 

 

 

 

夜の学校はとても暗い。その光景が今の自分のように映った。

 

「また、またなんだ――――」

思い出すのは、振り払ったはずの過去。

 

「またあの時と同じように、チームが負けたんだ!!」

遺恨はもうない。ないはずなのに、過去が現在に迫っていた。

 

 

「俺は―――――」

もしかすれば自分は、疫病神なのかもしれない。最後の最後に負ける。それが運命づけられているかのように。

 

 

どれだけ努力をしても、何か大きな力が働くかのように、自分の手から栄光が零れ落ちた。

 

 

「どれだけ努力をすれば、どれだけ頑張れば、届くんだ――――」

 

 

 

「どうすれば俺は親父を越えられるんだ!!!」

 

 

 

「何をどうすればいいんだっ!!」

 

 

誰もいないグラウンドで、叫ぶ大塚。

 

 

 

 

 

そして、夏のリベンジに一番燃えている投手は――――――

 

 

「助かるぜ、狩場!! 練習付き合ってくれて!!」

ブルペンにて、さっそくスライダーの改善に取り組んでいる沢村。

 

「いいっていいって!! 沢村の復調は、チームの為だし、俺も正捕手を諦めてねぇ!! どんとこい!!」

 

マスクを被るのは狩場。よく練習をする仲間であり、スライダーを2番目に目撃した男でもある彼は、つながりが深い。

 

「けど、腕の振りを同じにすると、曲りが全然すぎる! 制球も定まらねェし―――」

 

暴投かワンバウンドのボール。もしくは抜けた棒球。沢村は、スライダーを制御できずにいた。

 

「沢村!! ちょっと気分転換にカット投げてみろよ!! 同じスライダー系だし、糸口が見つかるかもよ!!」

 

 

「え、カットボール!? いいけど――――」

 

速球系でもあり、スライダー気味に高速変化するボール。曲がりこそ物足りないが、沢村にとっての武器の一つ。

 

 

ズバァァァァンッッ!!

 

 

右打者を想定した、インコースのクロスファイア-。更にはその角度からさらに食い込んでくるカットボール。

 

試合で使えれば決め球になり得るボールのキレとコース。

 

「カッター良いぞ!! ナイスボール!! バッター手が出ないだろう!!」

 

 

沢村は、手ごたえを感じた。もし、こんな風にスライダーを気軽に使えればいいのにと同時に思う。

 

 

――――横回転を意識してたけど、そのせいでフォームにばらつきがあったんだよな

 

沢村のスライダーの変化を生んでいたのは、その横への意識。それが強くなり、オーバースロー気味だった彼のフォームが、スリークォーター気味に変化してしまっていた。

 

 

その時、沢村に電流が走る。

 

 

「ちょっともう一球スライダー頼む!!」

 

 

「え!? いいぜ!! こいっ!!」

 

 

沢村が閃いたのは―――――

 

 

――――横回転を強く意識せず、ストレートに近い、カッターを投げる感覚で――――!!

 

 

 

ククッ、

 

 

直前で変化するスライダー。腕の振りも狩場から見ても違いが分からなかった。

 

――――かなり変化量は落ちたけど、スライダーだよな。

 

 

しかし、強烈なインパクト。空振りを取れるスライダーには程遠い。凡庸なスライダーになってしまっていた。

 

「くっそぉぉ!! やっぱ物足りねぇ!! 横変化を抑え気味にするとこれだァ!!」

 

沢村本人も納得できていない。スライダーの輝きが失われてしまっていた。

 

 

スピードもキレもそこそこ。カウントを取るにはいいかもしれないが、決め球には心もとない。

 

――――横を意識して横になって、スピードも消えて―――

 

 

『オーバースローは、ストレートの球威が上がりやすいし、そもそも縦回転の力が増すからね。前に押し出す感じで俺は速球を投げているけど』

 

 

青道の若きエース候補が口にした、前に押し出す力。それが爆発的なストレートを支える一因。

 

「!?」

 

 

――――横回転そのものが弱いなら、前に押し出す力があれば――――!!

 

 

「なぁ、横回転に縦回転を合わせるにはどうしたらいいんだ?」

 

「え!? 縦に投げながら、横に投げるのって、難しくねェか!! ストレートの腕の振りと同じなら尚更!!」

 

日本語的にも無理だ。

 

狩場は、うーんと唸り、沢村にある提案をする。

 

「―――――ここだな、スライダー復活の最大の要所は。縦と横の融合。そのバランスを実現できる握り、ストレートの腕の振りを維持したままの。」

 

 

「くっ」

 

 

「まあ、それからだろ。カーブに挑戦するのは。スライダーをやって、しかもカーブも習得するのは難しいし、フォームが滅茶苦茶になるぞ」

 

沢村は一旦スライダーの試行錯誤を切り上げ、ブルペンから上がるのだった。

 

 




沢村君は、一番ポジティブ。秋大会ではますます成長するかな。投手として一皮むけそうな雰囲気を醸し出しています。


ファザーコンプレックスな大塚君。秋大会には卒業しないとね。

パパ大好きな長男ですが、憧れでは届かないという名言が、どこかのジャンプアニメにあったはず。

この章はそういうわけなのです。



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81話 追い求める者達

確かに気持ち悪いな、うん。私も感情移入は難しいです。

自分は出来ると思っている人間の視野が狭まるのは道理です。

けど、主人公も完璧じゃないんです。

ちょっと、自分を追い込むことが趣味なだけなんですって。

秋大会が終われば、彼も落ち着くと思います。


8月29日。甲子園決勝からもうすぐ一週間が過ぎる。青道高校は光南高校とともに最も秋に向けた新チームの始動が遅れていた。

 

 

やはり、西東京の頂点に立ち、甲子園で鮮烈な活躍を見せつけた青道投手陣、若き野手陣への期待は大きい。そして、3年生たちの粘りの打撃も、全国に見せつけることが出来た。

 

 

そして、9月のアジア大会に召集される選手は残念ながらいなかった。しかしこの青道の練習グラウンドには、まだまだ3年生の姿が見える。

 

そう、国体にも参加する予定があるのだ。しかし、この国体には3年生主体のメンバー編成。新チームの主力、特に投手陣は投げない可能性が高い。

 

秋季大会の前に待ち受ける国体というハードスケジュール。片岡監督にとっては初めての経験であり、やはりその力不足は否めない。

 

 

「しかし、青道がここまで強かった時期は久しぶりですよね。片岡監督が現役の頃に遡るのではないですか?」

野球王国の記者である大和田は、青道躍進という夏の結果に改めて驚いていた。

 

「やはり、下級生を中心とした新戦力の台頭が、青道の爆発的な成長が、青道の躍進につながったんだろう。だが―――――」

峰は、言葉をいったん切る。その理由は―――――

 

 

ギャラリーたちの一番の注目の的であったはずの大塚栄治がいない。やはり、甲子園準決勝後に発覚した背中痛、正確には右ろっ骨の5本目を痛めたことにより、屋内練習、別メニュー。

 

熱中症から復帰した降谷は、投手陣の練習に合流しており、暑さへの耐性も徐々にではあるが、つきつつある。

 

だがそれでも、大塚不在の青道の練習に少しがっかりした者も少なくない。

 

「やはり、大塚君の怪我は深刻なのでしょうか。」

 

「完治には2週間。後一週間もたてば、彼も戻ってくるだろう。それまでの練習試合に出られないのは、青道にとっても、彼にとっても相当な痛手だろうね」

 

 

新チームのエースを担う事が間違いない男の姿がいない。心なしか、新主将に指名された御幸にもどこか覇気がないというか、から元気に見える。

 

守備練習を淡々とこなしている、わけではない。ちゃんとキャプテンらしく、声を出している。

 

実戦を意識した守備練習の最中、

 

「セカンドっ!!」

 

2年生たちが声を出しながら、ノックを受けている選手のポジションを言い放つ。

 

「――――っ!」

セカンドのポジションを狙う、小湊春市。守備でのスランプはなく、打撃の調子も甲子園を経験した為か、安定感を手に入れつつある。

 

しかし、表情はさえない。

 

「ショートっ!!」

対して、ショートのポジションにいるのは沖田。だが、この後彼にはセカンドの守備練習も待っている。

 

だが、複数のポジションを守れる、守る必要がある彼は、大して堪えていないようだ。

 

「どんどん来い~~~!!!」

 

 

「張り切りすぎるんじゃねェぞ~~~、次はセカンドの練習だからな!!」

本塁付近で指示を飛ばす御幸。ちゃんと周りを見ており、周囲のメンバーに対して正確な指示を出している。

 

「つうか、ショートのレギュラーは返してもらうからなぁ!!!」

倉持も守備走塁で負けていない。ショートのレギュラー争いに名乗りを上げる。

 

 

内野手の間では、甲子園ベンチ入りをした倉持、沖田はほぼベンチ入りが確定。ショート争いが熾烈を極める中、セカンドには小湊がリードをしている現状だが、木島澪(きじまれい)がセカンド争いに名乗りを上げる。守備に定評がある木島だが、やはりまだ打力に関して言えば小湊のセンスには及ばない。

 

特に、倉持はチーム随一の俊足であり、代走要因・守備固めとしても十分機能する。それに、やはり甲子園経験者はベンチに必要。

 

サードを争うのが、2年生の日笠、沖田との自主練習で打力を伸ばした金丸の二人が争うことになる。だが、ムラのある日笠、ストレート以外に弱い金丸と、甲乙つけがたいの現状。

 

このままでは、サード沖田、ショート倉持がスタメンだろうというのが実情。

 

 

 

そしてファースト。このファーストには前園、山口の二人が争うことになるのだが、沖田の守備負担を和らげるために、サード、セカンドの他にファーストを守らせるプランも浮上していた。

 

理由は、前園と山口には、一塁を守らせるには打力が心もとない。もし、この二人の打力が不十分である場合、倉持はショート、沖田はファーストへと移動することになる。

 

そうなると、サード争いを演じる二人にも希望が見えるという事だ。

 

 

 

 

 

そして、外野手争いでは白洲・東条が確定。レフトに降谷、大塚が入ることもあるため、実質的に外野手争いは決着しつつある。それでも2年生麻生・関・川島・三村が、1年生金田がそれに次いでいる。

 

 

捕手のレギュラー争いは、主将の御幸が正捕手の座についているのだが、2番手捕手に小野、1年生狩場が続く。特に、狩場は練習でもアピールを続けており、2番手争いはし烈を極めている。

 

そして最後に、エース争い。

 

 

敗戦投手になってしまった川上だが、悔しさ以上に、

 

「もう一度、甲子園でリベンジしないと。俺だって、ただ悔しいままでいたくありません!!」

強い決意を持って、ブルペンでの投球練習を行う川上。甲子園での敗戦を糧に、ますます強い気持ちを持つ事に執着し、エースという役目にも興味を持ち始めたらしいが、

 

「けど、俺はリリーフエース。アイツはエースだと思うぜ。アイツは、青道のエース。秋には戻ってくるだろうさ」

笑顔で、大塚のエースを歓迎する川上。だが、自分を磨くことを怠ることはない。

 

新球種のカッターを覚えることに取り組んでいる川上。フォームのバランスを意識しつつ、同じフォームで投げることを意識している。川上は、沢村が陥ったあのスランプを見ていた。

 

これで、右左の打者への外へと逃げるボール。左打者へのカットボールを使う事で、踏み込みを防ぐ効果があると考えている。通常のストレートもややシュート回転するために、右打者への踏み込みも防ぐ。これで、左右の打者への対応の術を身に付けつつある川上。

 

 

 

一方、降谷はランニングに汗を流していた。課題であるスタミナを強化するために、彼はひたすらに体力強化に努めていた。

 

「課題はスタミナロール、リリース、暑さ。課題は――――」

スタミナ、コントロール、リリース、暑さ。これが降谷にとっての課題。自分でも解っているのだ。エースになれない最大の理由は、これらの要素で自分は大きく劣っていることを。

 

他にも、SFF以外の変化球が欲しいところ。夏大会終了後に習得を目指すチェンジアップについて試行を繰り返している。

 

「緩いボールを投げるだけでも、リリースの感覚を養うのに必要なことだぜ。」

気さくに投手陣により一層話すようになった御幸。なんだか調子が狂うと感じている降谷だが、アドバイスをしてくれるので自分にとっては良い傾向であることだ。

 

そして沢村。

 

「――――っ」

やはり、まだ心の整理がついていないのか、いつもの元気が垣間見られない。

 

決勝での不甲斐無い投球。いや、準々決勝の宝徳、3回戦の妙徳戦。それが沢村にとっての初めての大きな挫折。スライダーを気にするあまり、若干の焦りを覚えていた。

 

そして直面する大きな課題。縦と横の融合。早く空振りが奪えるスライダーを投げるための至上命題を前に、足踏みを強いられている。

 

 

 

そして最後に大塚は――――

 

 

8月ももうすぐ終わる頃、大塚のリハビリは続いていた。懸命に力を取り戻すことに努力をいとわない彼の姿に、医者は心配をしたりもしていたが、経過は良好。

 

「―――――3セット終わりました。一応今日はこれで終了ですね。」

 

苦しい表情を全く見せない大塚がリハビリメニューの終了を報告する。

 

「お疲れ様。今日はクールダウンをして、ゆっくり休むこと。あまり過度な運動はしないこと。骨はくっついたけど、まだまだ安静にしないといけないよ」

 

「――――試合もないので、無茶はしませんよ」

 

 

「できれば、試合があっても無茶をしないでほしかったね」

さりげなく棘のある言葉を投げかける医者に、大塚は言葉を詰まらせる。

 

「それは――――その、すいませんでした」

バツの悪そうな顔で、大塚は謝罪する。やはり罪悪感を覚えていないわけではない。

 

完全試合の中、降板をすることが難しい。ベストを尽くさないのは自身の矜持に反する。

 

完全な板ばさみだった。

 

 

「とにかく、今後は医者の言うことは聞いてほしいな。」

君の為にも、と医者は付け足す。

 

「――――そうですね。」

 

 

 

その後、リハビリステーションを後にする大塚は、床にモノを落としてしまい、手を伸ばして取ろうとしている自分と同年代の青年に出会った。

 

「俺が取りますよ」

大塚が膝を曲げ、落ちているモノを拾い上げ、青年に手渡す。

 

「ありがとう。」

青年は柔和な笑みを浮かべ、大塚にお礼を言う。

 

「集合写真ですか?」

大塚が拾った写真には、大勢の少年たちが映っており、車椅子の青年がその中心に映っていた。

 

「うん。みんなが待ってくれているんだ。ここで俺が折れるわけにはいかないからね。高校在学中は無理でも、プレーヤーとしての未来も諦めていないから」

強い決意を示す瞳でそう語る青年。

 

 

「プレーヤー? 見たところ、野球のような気がしますが―――――」

なんだか年上な気がした大塚の口調が自然と丁寧語になる。自分よりも苦労している人を見かけ、彼も態度を変えていた。

 

「うん、そうだよ。それにしても、有名人にここで出会うなんて、俺も幸運なのかな。それとも――――」

目を輝かせる青年。慌てて大塚は

 

「あ、それは―――その、秘密に――――」

あまり騒ぎにならない方がいいので、それ以上は、とお願いするも、

 

 

「秋のライバルに出会うなんて、思ってもみなかった」

 

 

「!!!!」

その衝撃的な言葉、言葉の重みに負けない彼の覚悟と気持ちの強さを感じた雰囲気に、大塚は目を見開く。

 

 

「俺だけが君の事を知っているのもフェアじゃないね。俺は松原南朋。鵜久森高校の2年生マネージャーだよ。対戦する時はお手柔らかにね」

挑戦的なセリフを言葉にする松原。

 

「―――――鵜久森高校―――――確か、東京で薬師と同じく練習試合で連勝している――――」

 

青道の方で取り寄せた情報では、確か東東京ベスト16に入ったチームでもあるという事。油断のならない力のあるチームであることを感じさせた。

 

「――――さすがは青道高校。そういうところは早いね。」

不敵な笑みを浮かべる松原。年が一つ違うというのに、大塚は彼に気圧されていた。現在怪我によるリハビリ、自分のよりどころが揺れている今の状態ならば仕方ないのかもしれないが、目の前の彼の存在感を感じたのだ。

 

「―――――秋大会。制するのは俺達です。そこは、譲りません」

 

だから、せめてこの言葉だけは宣言しなければならない。このまま気圧されたままではいけない。舐められるわけにはいかない。

 

「――――うん。そういうと思った。けど、違ったなぁ。イメージと」

 

 

「イメージと?」

 

 

「もっと唯我独尊って感じがしたから。マウンドでの強気な投球。だからね、今の君が本当にあのマウンドにいた君なのかが一瞬わからなかったんだ。」

 

 

「―――――どういう意味ですか」

今の自分は確かに情けないが、それは心外だと感じた大塚。

 

 

 

「君は、野球を楽しんでいないように見えたから。無理をしているようで、何かに突き動かされているような気がしたんだ。」

 

 

 

「!!!!!!!」

 

 

見透かされている。出会って間もないこの男は、大塚の本質を即座に見抜いたのだ。

 

 

「―――――そのままの方が、攻略はしやすいかな。けど、同じ高校生で、五体満足なのに、野球を楽しめないのは―――――」

 

 

 

「―――――――――――――――」

かなり挑発的な言葉を言われていると理解している大塚。だが、彼の現状と、自分の現状を照らし合わせつつ、自分の核心を突いた今の会話で、彼は思うように口を動かせなかった。

 

 

 

 

「野球を楽しんでいないのは、それ以上に許せないね。」

 

 

 

 

「――――――」

何も言えない大塚。それが事実だからだ。

 

 

 

重荷に感じている。期待も、自分の劣等感も。

 

 

 

「秋の大会で、お互い力を出し尽くしたいね。俺達は、俺達の全力を以て、君達の全力を凌駕する。甲子園に行くのは―――――俺達だ」

 

 

そういうと、松原は車椅子を回しながらその場を後にするのだった。大塚はその後ろ姿を追わない。

 

 

追う事が出来ない。

 

 

「―――――彼は、強い人間、なのか―――――」

その仲間を信じる強さと、それを言い切る自信の表れ。

 

 

 

――――それが眩しくて、手に届かない。

 

 

「ほう、松原君にあったのかね」

そこへ、大塚を担当している医者がやってきた。

 

「先生。彼は―――――」

 

 

「在学中に治るのは難しいな。大学ぐらいになれば日常生活も送れると思うが、実際にプレーをするというのは、相当な道のりだよ。」

 

 

「―――――――そう、ですか」

それでも、彼はプレーヤーとしての道をまだ諦めていないと言っていた。それがどんなに重いモノなのかを改めて思い知った。

 

 

「けど、彼は強さに耐えられる。長期間のリハビリの中で弱音を吐かないね。目が死んでいない。強さに負けない人間だよ、彼は」

 

 

「強さに負けない、ですか?」

 

 

「強い人間なんていない。人は皆弱いモノさ。その中で、どう生きていくのか。強くあろうとしているのだよ、彼は。事故で身体の自由を失ったその日から、彼の戦いはずっと続いているんだ。」

 

 

「―――――――」

 

 

「彼の周りに集まっているのも、意志の強い子たちばかりだったよ。友達にも恵まれているからこそ、彼も頑張れるんだろう。」

 

 

待っている人がいるからね、と付け加え、医者も大塚を残してこの場を後にする。

 

 

 

「―――――眩しい。」

 

綺麗な物で、今の自分には届かない光。もたざる者だからこそ、その光が尊く感じられた。

 

 

 

そして最終日、大塚は夏の記憶について、思いをはせていた。

 

 

 

『試合終了~~~~~!!!! 3-2!! 沖縄光南高校!! 春夏連覇、達成!! 歓喜の瞬間が今ここに!!』

 

柿崎を中心とした歓喜の輪が生まれていた。最後の打者として打ち取られた御幸は一塁ベース付近で足を止めていた。

 

『群雄割拠!! 新世代台頭の夏は!! 新たな甲子園のスターを生む為のものでした!! 光南のエースから、甲子園のエースへ!! 柿崎則春!! 不屈の3連続完投!!』

 

 

御幸は立ち上がれなかった。二塁ベースから戻ってきた結城に肩を貸され、自分で立つ事すら辛いようだ。

 

「――――――」

目を伏せ、そのアウトを見た沖田は、泣き崩れることもなく、その後毅然とした表情で光南の歓喜の輪を見ていた。

 

 

周りは、みんな泣いていた。言葉にならない泣き声を上げていた。

 

「――――っ!」

金丸が泣いていた。膝をつき、光南の優勝が決まった瞬間に、彼は自分の横で崩れ落ちた。

 

 

マネージャー陣も泣いていた。わんわん泣きながら、抱き合いながら。

 

 

その時、吉川に何かを言われたような気がしたが、思い出せない。その時の彼は、放心状態だったのだ。

 

――――何を言われたんだっけ――――俺は彼女に

 

 

 

「――――――――」

いつの間にか、大塚は夢の中にいるような感覚だった。なぜなら、目の前の自分の視界には、金丸の横で立っていた自分がいたのだ。

 

 

「―――――――――」

大塚は、意を決して崩れ落ちている金丸に手を差し伸べようとしたが、夢の中の映像に過ぎない大塚を見た瞬間に、その手が止まる。

 

―――――俺は、

 

もう取り戻せない時間。あの夏は終わった。そしてその時、自分は彼らに、彼女らに手を差し伸べなかった。

 

 

―――――そうだったのか、俺は――――

 

 

怪我でベンチメンバーから外れた。投手陣に負担を敷いたのは自分のせいだ。自分が投げていれば、と思う事すら許されない。

 

――――この光景を俺は知っている

 

最早遺恨は存在しない。だがそれでも、大塚はその忌まわしい記憶を思い出してしまった。

 

 

 

眼前でチームメイトたちが負けた光景。

 

 

あの時は怪我をして途中降板。今度は最初から出ることもかなわず。

 

 

 

その出ることも叶わない事実が、青道の敗因に等しかった。

 

 

 

8回のチャンスの場面、あそこでもし投手陣に余裕があれば、迷わず代打を送ることが出来た。丹波をいかせることになったのは、自分の離脱が大きい。

 

 

あの場所に、自分がいなかった。最後まで、チームの力になれなかった。

 

 

彼は大事な時にいなかった。そして、沢村が崩れたのを見ていることしか出来なかった。川上と御幸の攻め方に、迷いがあったことを、指摘できなかった。

 

 

―――――――違う

 

 

大塚は、理屈で考えることを中断した。彼の感じている本質は、違うと。

 

 

 

―――――いい加減に目を覚ましたらどうだ?

 

 

同じような声色で、大塚の深層心理の中で彼の声が響いた。

 

 

―――――お前は結局、仲間を信頼できない。

 

 

それはほかならぬ自分の声。大塚が忌み嫌った自分勝手な考え。エースを目指すうえで取り除きたかった心。

 

 

 

―――――お前はエゴの塊だ、今お前が一番悔しがっている理由は仲間の涙じゃないだろ?

 

人当たりの良い、大塚らしからぬ事実。彼は仲間の為に力を出してきたし、協力もした。面倒見の良い人物と思われていた。

 

 

それは、そんな汚い自分から目を背けたかったからだ。その本音は、自分の自業自得。それは絶対に認めてはならないはずなのだから。

 

 

 

 

それを認めてしまえば、今の彼は、今いる仲間たちに顔向けできない。

 

 

 

 

 

――――――お前は、自分が投げられなかったことが一番悔しいんだ。

 

 

 

 

 

「違うっ!!」

 

 

誰もいない廊下で、頭を振り乱しながら叫ぶ大塚。

 

 

 

 

 

 

「―――――違う、けどそれだけじゃないんだ。俺は―――――」

自問自答。大塚はその自分の中から生まれた事実を振り払う。何が決定的な理由かなどどうでもいい。

 

その全ての理由が、今自分に突き付けられていることを認識しなければならない。

 

 

 

 

「――――――っ」

 

大塚は、これ以上この事を考えても好転しないことを理解する。目の前の、自分がやるべきことに集中する。

 

 

 

―――――早く、チームに貢献する準備と体勢を作らないと

 

 

その為に力を磨かなければならない。

 

 

 

 

入部当初からそれしか出来なかった彼は、力を示すこと以外に、チームとのかかわり合いをまだ知らずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

そしてその敗戦を背負う運命を課せられた男は――――――――

 

 

 

 

練習が終わった後の御幸は、甲子園決勝の映像を見ていた。甲子園決勝後の数日後、彼はすでに動き始めていた。いや、動かなければ、彼は止まったままになってしまう事が解ってしまう。

 

「―――――――」

それも、これで5回だ。あの試合での反省点を洗い出し、もう二度と同じ過ちをしないよう、彼は愚直に学ぶことに徹した。

 

 

相手の狙い球、打ち取られた時の反応、次の打席での一挙一足。ヒット後の打席。各打者の全打席を踏まえた上での自分の配球の課題。

 

 

 

 

その試合の膨大な情報量を自分の糧にしようと、御幸は学ぶことをやめない。

 

 

 

 

 

「もう振り返っているのかよ。相変わらず切り替えがはぇな。」

倉持が、そんな御幸の様子に感心すると同時に、心苦しさを感じた。一番あの敗戦を悔やんでいるのは、彼だという事を解っているからだ。

 

「ああ。」

振り返らずに、御幸は倉持の声に反応する。

 

「――――ちょっと休めよ。ここの所働きっぱなしだろ。」

最近の御幸は、生き急いでいるように見えてならない。

 

「大丈夫だ。キャプテンとして、責任も重大だからな。何より俺が、目を背けちゃいけねぇんだよ」

涙はもう見せない、流さない。だが、御幸の中にも、あの夏で得た経験と、悔しさがくすぶっているのだ。

 

 

――――バカ野郎が――――そう言うことを言いたいんじゃねェンだよ―――

 

 

だが、倉持に思い浮かんだ言葉はない。どうすればいいのだ。御幸は献身的に、チームが勝つことに対して貪欲になっている。まだ慣れていないが、新しい主将として、頑張っているのは解る。

 

そして、もう一匹狼で自由気ままに出来る立場ではないことを、彼は即座に理解していた。

 

それを倉持も解っているからこそ、懸命に頑張っている彼にそこまで強い言葉を言えずにいた。

 

 

 

今声をかけたら、御幸が崩れてしまうのではないかと思ってしまう。

 

 

 

 

夏の主力メンバーが多く残った青道高校。だが、不安要素は確実に彼らを蝕んでいた。

 

 

 

そんなエースの異変、新主将の重圧と責任を目の当たりにした彼女は―――――

 

 

「大塚君――――――」

 

あれ以来、彼は厳しい顔をするようになった。慢心も、達成感も感じていないかのような顔。妙に親近感の湧く雰囲気もなくなった。

 

大塚がそれだけあの敗戦に責任を感じているからだというのは解る。彼は切り替えているようで、切り替えられていない。

 

だからこそ、いよいよ心配になった彼女は彼に声をかけたのだ。

 

「あまり、無理はしない方がいいよ。大塚君はちょっと頑張りすぎ――――」

 

仲間に心配された大塚は、それを聞くと表情を崩す。その瞬間だけ、彼はいつもの大塚に戻っていた。

 

 

「ははは、ごめんね。やっぱあの敗戦は堪えるわ。だから体が騒いでならないんだ」

 

しかし、その表情は一瞬であの顔に戻り、

 

 

 

「今まで積み重ねてきても、最後に崩してしまえば意味がないんだ。信頼も、結果も。」

 

 

 

 

厳しい表情に戻った。ストイックな面はあったが、彼がとても高校生のアマチュア選手に見えなかった。

 

吉川はスポーツ選手のメンタルについてよく知らないことが多い。中には理解できない一面もあるだろう。

 

だからこそ、もしここに他の上級生がいれば、彼が何を求めているのかは一瞬で分かる。

 

「俺みたいに夏に主力を任された選手は、結果を出して当たり前の立場じゃないと。上級生が抜けた今、有力な選手一人一人が昇格組をフォローしつつ、自分も磨かないといけない。これは義務だよ。それを新キャプテンにだけ任せるのも酷だよ」

 

 

 

 

 

「沢村も、特に投手陣は悔しい思いをしている。だからこそ、唯一“蚊帳の外”だった俺がカバーしないと。」

 

 

 

 

 

―――――彼は結果を求めている。

 

 

結果。それはチームを勝利に導くこと。チームが勝つこと。ただひたすらにそれだけを渇望している。

 

 

 

我欲が薄い彼に生まれた強烈な欲求。それは間違いなく彼を成長させるだろう。だが、何かを失ってしまうだろう。エースという存在を彼がどう解釈しているかはわからないが、それでも、

 

 

今のままでは、「優秀な投手」でしかない。

 

 

 

それを大塚は知ろうともしない。丹波があの夏に至ったエースには程遠い存在。

 

 

コイツの為に打ってやろう。こいつを信じてやりたい。彼が自分たちのエースだと。

 

 

そんな存在。

 

 

 

「大塚君には、仲間がいるんだよ? 大塚君が一人で抱え込むのは、よくないよ…」

 

 

「けど、最善を尽くさないことは、したくない。最善を尽くす、頑張らないと。連投に耐え得るタフネス、今よりも強烈な球威。それでいて、その状態を維持するための制球力。何よりも勝負勘。頑張らないといけないことはたくさんあるんだ。それに俺だけの問題じゃない。今後、昇格組と主力にも軋轢が生まれるかもしれない。その時に、冷静な人がいないといけないんだ。」

 

意識の差が、新チーム始動の時に衝突してしまうのは仕方のない事。大塚は恐れているのだ。

 

 

「新チームの始動に失敗すれば、春はおろか、夏も危ういんだ。気を抜くなんてこと、許されるわけがない。チーム力向上は、どのチームにとっても大きな指針だよ。」

 

 

 

 

吉川は何も言えない。正論だった。大塚に求められているのは、そういうことなのだ。彼が何を思おうと、チームが彼の負担を減らそうとしても、結果的にこうなる。

 

 

何よりも、ベンチにいるだけで彼の存在感はチームに安心を齎す。洞察力に長け、相手の弱点を探り出し、突破口を見出す。選手という枠には収まりきらない何かを感じさせる、

 

 

何かを起こしてくれる選手。

 

 

 

 

 

それは、大塚和正には出来なかったことを、彼はまだ知らない。見ようともしていない。

 

 

 

「新チームの中心に周りからも期待されている。俺が頑張らないと、やっぱりダメでしょ?」

 

責任感が今後彼をどう変化させていくのか、それは誰にもわからない。だが、分の悪い賭けだ。

 

 

賭けに負ければ、彼は戻れなくなるだろう。彼はプレッシャーに潰れる。だが、その苦難を乗り越えた先にあるモノは、計り知れない。

 

 

だからこそ、彼は歩みを止めないのだろう。彼はその先の結果を求めているのだから。

 

 

 

 

「だから頑張ることについて、あまりそういうことを言わないでくれ。けど、心配してくれてありがとうね、吉川さん」

 

 

 

敗戦の苦さを思い出したエースは、頑張り続ける。周りがどう思おうと、止まらない。

 

 

 

 

 

 

その話を聞いていたものは、彼女だけではなかった。

 

 

「―――――――――――――――――」

 

1年生、金丸信二。彼は、大塚の覚悟を聞いていた。大塚の本音を知った。入学した時からストイックな同級生だとは分かっていたが、ここまでくればもはやストイックというレベルではない。

 

 

ただひたすらに狂っている。野球に人生を賭けている、それほどの覚悟と正気の無さ。

 

 

アマチュアの選手ではなく、プロが持つような心構え。時期尚早、と言ってもいい。

 

 

 

そして、時折見せる脆さ。それはまるで、ガラスのエースのような。

 

 

 

――――なんだよ、なんだよそれは!?

 

 

彼が感じたのは憤り。

 

 

――――アイツは他人を見下しているわけじゃない、けどムカつくにもほどがあるぜ!!

 

 

それは大塚が悪意の欠片も持っていなかったあの発言に対してだ。昇格組と夏のベンチメンバー。そこにはやはり実力差や意識の差が存在する。

 

彼は新チームの事を考えている。だが、彼は無意識のうちに仲間を最後の一線まで信じていない。

 

 

それは、大塚が飛びぬけているから。彼が本当の意味で信頼しているのはあの夏を共に戦った一部の者達だけなのだと。

 

 

 

悪意無き驕りが、未だに大塚の中に残っている。

 

 

 

 

 

だが、大塚が何を考えて、必死に努力をしているのかを気にしている者が、果たしてこの部内で何人いるだろうか。

 

 

彼は本当に仲間にアドバイスを惜しまない。だからこそ、質が悪い。

 

 

 

金丸にも、当然焦りはある。ストレートに強いというストロングポイントを持ちながら、結果を出せていないのは打撃の安定感がないから。それは解っているが、彼自身が自分の選手像をイメージできていない。

 

―――――この先変化球に苦労するようじゃ、とてもアイツらについていけない

 

 

 

何よりも、大塚に文句の一つも言えるような立場になれない。

 

 

今の自分には、まだまだ力が足りないから。

 

 

 

 

ストレートに対する相性は、沖田に次ぐ実力。しかし変化球への弱さが彼の課題だった。

 

 

 

 

 

 

 

練習に姿を現さない大塚。それでも青道は秋大会までに準備をする必要があった。

 

 

 

 

 

 

真夏の日差しが差す中、青道グラウンドでは連日、実戦守備練習による過酷な練習が行われていた。

 

「サード!!」

 

甲高い金属音から白球が地面を走る。サードにいるのは――――

 

 

「しゃぁっ!!」

強烈なバウンドに前に突っ込みながら捕球し、そのまま送球。内野手の定位置を狙う1年生金丸がアピールを続ける。

 

「俺の定位置がどこかは知らないが、望むところだ、信二」

そんな同期のアピールに、沖田は不敵な笑みを浮かべ、その挑戦を受ける。

 

「まだお前には打力でも守備でも勝てねェよ!! だからさっさとショートに戻ってくれよ!!」

金丸としては、真正面からこの秀才とやり合う気はない。チームの事を考えれば、

 

 

沖田道広は不動の4番打者であるからだ。

 

3番にはすでにライトの定位置をつかみつつある東条。5番には捕手の御幸。きっちりとした主軸がすでに完成されているのが、新チーム始動において大きなアドバンテージ。

 

1番2番には白洲、倉持、小湊の調子の良い野手を起用することも考えられ、沖田の守備位置によってはこの3人のうち誰かがベンチになるのだ。

 

 

「――――まだまだぁ!!! もう一本!!」

そして、その危機感を一番感じているのは倉持。ショートの守備力では負けていないが、その力強いプレーはとてもまねできない。ましてや、あの打力もそうだ。

 

 

沖田は今後青道を引っ張る選手である。片岡監督も、その守備での器用さに嬉しい悩みを抱えるほどに。

 

 

本人曰く、「本職でプレーしたい」とのこと。彼が目指すのは、

 

 

トリプルスリー、5ツールプレーヤー。

 

 

盗塁を狙う事が出来、長打も期待でき、確実性も追求する。

 

 

走攻守3拍子揃った万能型のプレーヤー。

 

長打を打てる打者が、走れないなんて誰が決めた、と彼は言う。

 

 

「けど、金丸はファーストの練習もすればいいと思うぞ? セカンドも小湊がいるし、ショートは俺と倉持先輩、サードは先輩と併用する時に俺が入るし。まあ、本人がこういうのもなんだけどさ」

沖田は、冷静に現状を金丸に述べる。ファーストで勝負するのも一つの手ではないかと。

 

 

「けど、前園先輩と、山口先輩に比べて、俺はパワーが足りねぇ。」

この二人の打力には安定感こそないが、長打が期待できる。金丸はストレートに強いというストロングポイントがあるが、やはりパワーでは劣る。

 

「腕力だけで、飛距離が変わるわけではないさ、信二。スイングはとても繊細なんだ。」

 

「沖田のように懐の深いフォームならなぁ。」

 

 

「単に誰かのマネをしても、頭打ちになるだけだぞ。練習は取り入れても、根っこの部分がしっかりしていないと、甲子園では簡単に抑え込まれるぞ」

 

兄の幻影を求め、プレースタイルまで瓜二つの春市が、甲子園で打撃不振に陥ったのも。

 

 

スケールで負けていたのだ。彼らは全国に出てきた猛者たち。その激戦区をさらに勝ち上がる8強、その先の4強に残るようなチームに、弱いチームがいるわけがない。

 

彼らは個人で、集団で根っこが深い武器を携えている。

 

 

横浦には今年の夏最強の破壊力。その中心には怪物坂田久遠と岡本達郎。

 

光陵には成瀬を中心とした投手陣に加え、地力のある野手陣がバックに控えるバランスの良さ。沖田が認めるレベルの高いチームである。

 

光南には絶対的なエース、柿崎則春。そして、それぞれが一発のある油断のならない打撃陣。川上が被弾したのも、悪く言えば事故だ。

 

しかし、その事故を誘発できるほどに、長打を期待できるバッターがいたのだ。

 

 

「ファーストかぁ。まあ、沖田や小湊を相手にするよりはマシか――――」

 

沖田のアドバイスにより、金丸はサードに加え、ファーストの練習を行うようになる。

 

 

全体練習が終わり、暗くなった屋内練習場。

 

金属音が鳴り響く。

 

金丸は沖田、小湊とともに打撃練習を行っていた。

 

 

最早日課となった1年生たちの自主練習である。

 

 

「――――」

 

鋭い打球を飛ばす金丸。だがその表情はさえない。

 

 

「相変わらず、レフト方向への当たりは凄いね。プル気味の打球なら、沖田君と同じくらい凄いよ。」

打撃の結果と、金丸のさえない表情を見て、小湊がすかさずフォローに入る。

 

「――――信二? フォームに何か迷いを感じるが?」

 

沖田は、打席での彼の立ち姿に、何か自信の無さを感じ取っていた。彼は、長打力があるが、それ合から先のイメージがなかなかわからない。

 

 

――――金丸はストレートに強い。だからこそ腰の振りもいい。スイングもいい感じ。だけど変化球に弱い。

 

 

それは変化球に対する動作のバリエーションの無さが原因。それを本人も自覚している。

 

変化球への対応力をあげる。口で言うのは簡単だが、それが出来ないのはその動きを体が知らないからだ。

 

だからこそ、金丸は自分のフォームにそれを教えなければならないのだが――――

 

 

気がかりなのは、それを金丸が強く意識し過ぎていること。

 

彼が変化球を強く意識して、フォームが崩れるのではないかと沖田は危惧していた。

 

 

「成宮や楊をイメージすりゃあ、俺はまだまだ可能性も感じられねぇ。」

 

金丸が本音を吐露する。彼らに共通するのは、打者のタイミングを外す術があるという事だ。

 

「チェンジアップ、それにフォームチェンジか――――けど、成宮はともかく、楊舜臣は仕方ないぞ。正直、5回に1回ぐらいが現状だよ。長打を打てる確率は」

 

沖田をしても、楊舜臣は努力の秀才。その鍛え抜かれた技術はまさに芸術と言っていい。何よりも、一つの事をただひたすらに行ってきた者同士、親近感もある。

 

 

「俺はあの緩い球で、いつもイメージでタイミングを外されてるんだ。体勢が崩れて、バットを動かす時に手間取る。」

 

 

「正直、もっと有効にチェンジアップを使われたら、固め打ちなんて出来なかったさ。右方向を狙っていなければ、外の緩い球に三振だったかも」

 

 

「金丸は、どこの動作が不満なの?」

小湊が、打撃の始動について、動作について尋ねる。

 

「ストレートを打つときは、ストレートのタイミングだけどさ、チェンジアップや変化球、それが来た時はバットを持った手が一瞬止まってしまうんだよ。そこからまた動き始めるのが――――――!!!!!!!」

 

その瞬間、金丸の頭に電流走る。

 

 

――――そ、そうか!! 止まるのがダメだったんだ!! “止まらない”方法を考えるんだ!!

 

 

「金丸!?」

 

 

興奮を隠し切れない金丸は、その体からその未来を全身でイメージしていた。

 

動から動へとスムーズに動く、バットの動作。緩い球をストレートよりも体に引き付けて、止まらずにそのタイミングで打つ。

 

決してバットを持った手は止めない。ストレートなら溜めは短く、変化球ならば溜めは長く。

 

 

タイミングが合わず、バットを振る動作が止まり、また動き出すには時間がかかる。

 

そして、それを行えばバランスが悪くなってしまう。だからこそ、動きながら間合いを測り、そして的確なタイミングで止まることなくバットを振り抜く。

 

 

それは上半身の動きだけではだめだ。下半身の動きが一番重要で、それを為すには必要なこと。

 

これまで以上に正確で、なめらかな動きがまず、彼の関門となる。

 

 

 

だがもし、この理論を実践し、実現できた時。

 

 

自分はどんな打者になるのか、それが見てみたいと金丸は感じずにはいられなかった。

 

「俺は、この秋大会にかける。この野球への進退をかけて」

 

 

恐らく、生半可な練習量ではこれは身に付けられない。恐らくスランプが来るかもしれない。だがそれが何だというのだ。

 

 

その理想の一つ一つの動きは簡単で、だからこそ、簡単に崩れる。

 

 

現実は、容易く理想を壊し、その理想の動きから遠ざかる。自分が思い描いた軌道と違える。

 

 

だからこそ、理想は遠い。

 

 

 

 

 

 

誰よりもバットを振り込む。

 

東条よりも、小湊よりも、前園先輩よりも、

 

 

 

沖田よりも、

 

 

 

 

大塚栄治はもっと高い場所でもがいている。同じ一年生がそれでも前に進もうとしているのだ。

 

 

――――アイツは、一人ぼっちで、だから見えてないんだ!!

 

本質が解って、アイツが近くなったように思えた金丸。

 

 

 

――――そこで前を走ってろッ!!! すぐに追いついてやるッ!!!

 

 

 

負けていられない。何よりも、初めてだったのだ。ここまで自分の打者としてのイメージが芽生えたのは。

 

 

その成長に失敗するのか、それとも成長したことにより、高校級の扉を潜るのか。

 

 

そんな日常での練習で閃く同期たちの姿に、沖田はワクワクを抑えられない。

 

――――エイジ、夏は終わったが秋から俺達の野球が始まる。

 

自分たちの高校野球はまだまだこれからなのだ。

 

 

――――お前が戻ってくるときに、誰か一人くらい“変わってる”かもしれないぞ。

 

新チームは成長するしかない。だからこそ、沖田はこのチームの未来が楽しみなのだ。

 

 

 

 




金丸君が答えに辿り着きました。

プロ1「いやいや、俺らでも無理なのにお前に出来るわけないだろww」

プロ2「現実は教科書通りのスイングなんて許してくれないぞ」



沖田「そういや、広島に。あんな風に出来たらいいなぁ。」

まあ、たぶん無理でしょうけどね。いろいろ試して金丸君の打撃フォームを完成してもらいたいです。


主人公についてですが

色々重い理由があって、簡単に立ち直らせるわけにはいかないんですよ。

秋大会中は、ずっとこんな感じです。秋大会を終えて、彼が自分の本物を見つけるまでがこの章の物語です。

批判は多いですけど、この作品の主人公はあくまで彼ですからね。


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第82話 主将の在り方

最後の打者は、悔しいでしょうね。


8月が終わり、夏の甲子園の激闘からもう1週間が過ぎた。ある程度の練習を積み、新チームの骨組みがまずできつつある中、引退した3年生たちは――――

 

 

「俺らの代に比べて、投手陣と野手のバランスがいいなぁ。おい」

伊佐敷は、すでに4本柱になりつつある青道投手陣の層の厚さを改めて感じていた。並の高校では攻略は難しいと言えるレベルの投手がこれだけそろっている。

 

彼らの世代は、打力特化の攻撃型だ。打力はさすがに今すぐあのレベルにはいかないが、可能性はある。

 

「ああ。打撃陣にも、沖田、東条、御幸、白洲倉持達がいるからな。特に沖田は、守備の要でもある。」

2年生の主力3人、1年生の沖田、東条がまさに要。これだけ新チームに心強い野手が残ったのは大きいし、何よりもセンターラインをほぼカバーできるのは大きい。

 

「だが、沖田があまりに器用であることが、チームの選択を広くしているんだろう。」

守備のセンスは随一にして、身体能力も屈指と言える逸材。本職のショートでもそうだが、サード、夏以降に始めたセカンド、ファーストの守備もほぼ問題がない。やはりセカンドの守備陣形にまだ慣れていないところもあるが、打球への反応から適応は時間の問題とされている。

 

しかし、やはり彼が輝くのはショートだろうというのが、首脳陣の見解。今はチーム事情から彼に負担を強いているが、打力は健在。

 

「新チームの4番は、沖田で決まりだな。」

丹波も、攻守の要である彼が4番であることを悟る。御幸も打撃が向上したが、それでも打撃の信頼度に劣る。

 

「それに、俺達にもまだ引退の時期が遅れているぞ。国体は3年生主体。投手陣は甲子園の疲労でまだ始動が鈍い。丹波にはあの時の投球を願うしかないな」

結城は、目の前に控えた9月中旬の国体での丹波の奮起を促す。甲子園で覚醒した彼の投球は、まさにエースと言ってもいい。

 

特に、準決勝で見せた全国最強の打線を相手に7回2失点の好投。これで青道のエースとしての足跡を残すことが出来た。

 

「アレは、まあ自分の力を出せずに終わりたくないっていう気持ちがあったわけで―――とにかく、自分の投球に集中しただけだ。あれをやるのは難しい」

本人は謙遜しているが、それでも丹波が精神的に成長したことを3年生たちは解っている。

 

「攻守ともに戦力の変動は最小限。だが、やはり大塚の復帰がやや遅れるのがな。」

 

 

大塚栄治の影響によって、投手陣の調子は変動していた。彼がいることで、全体の安心感が生まれていた。だが決勝戦――――

 

 

彼がいないだけで、ベンチのムードは常に緊張していた。特にその影響をもろに受けたのが沢村だった。

 

「沢村ちゃんは、あのスライダーを一時封印するとは言っていたが、フォームのばらつきがあったからだろうな。」

増子も、スライダーがあれだけ対策をされて、使い物にならなくなったことに衝撃を受けていた。予選ではほぼ無敵状態だったあの球が、全国では赤子同然に対処された。

 

それが、3回戦から始まった沢村の不調の原因。相手にスライダーを見極められ、精神的に常に追いつめられていた。

 

「そして、降谷はクリス以外では操縦が困難。御幸も良い捕手だが、やはり暴れ馬の手綱は、簡単ではないな」

門田も、御幸の肩に青道投手陣の未来がかかっていることを解っている。

 

つまり、秋大会で計算できる可能性が一番高いのは、川上であるという事。怪我から復帰した後までわからないが、それに次いで大塚が安定するだろうという事。

 

沢村は、決め球だったスライダーの改善によって大きく変わる。降谷も、投手としての課題をクリアしない限り、厳しい。

 

「――――こうしてみると、盤石とは言えないね。」

小湊も、豊富ではあるが、信頼できる投手が2人しかいないことに、苦言を呈す。

 

 

「それは打撃陣にも言える。沖田が甲子園で活躍したことで、予選では厳しいマークに遭うことは確実だ。ポイントゲッターである彼が封じられた時、誰が点を取るかが重要になってくる」

結城は、甲子園終盤でも敬遠をされることがあった彼の打力を解っている。だからこそ、主軸と言える中軸の打力の充実が必要になると考えていた。

 

 

練習試合は今週の土曜日。8月下旬の初めあたりにようやく本選が終わり、練習試合を組むのが遅くなった。

 

しかも、国体に向けた3年生主体のチームの編成も加わり、片岡監督への負担も増す。

 

 

9月2日の最初の土曜日。青道は夏本選が終わって最初の練習試合を迎えることになる。

 

「まだ練習試合初戦。これが秋大会のメンバーではない。甲子園の余韻が冷めていないかもしれんが、秋大会に向けた時間は少ない。一戦一戦を集中しろ!!」

 

1番遊 倉持 

2番二 木島

3番右 関

4番捕 御幸

5番一 前園

6番中 白洲

7番三 日笠

8番左 麻生

9番投 川上

 

 

沖田、東条、小湊はこの試合はベンチ入り。彼ら以外のメンバーで、どこまで得点できるかがポイントだった。そして、まず2年生主体のチームでどこまでできるかが片岡監督の最初に確認したいことでもあった。

 

これは、有望な1年生が多い現チームでの2年生のアピールの場面として用意したのだが――――

 

 

試合は5-4という僅差の勝利。しかし、打線がつながることがなく、御幸、白洲が気を吐くマルチヒット。甲子園組の実力が際立つ結果となった。

 

特に、新球種のカッターを覚えた川上の安定感はすさまじく、3回までノーヒットに抑える好投。課題の左打者に対して、被安打2という結果に手ごたえを感じていた。結局川上は5回被安打3でマウンドを降り、後続を任せた。

 

2番手には、2年生川島が登板するが、連打を浴びて2回途中被安打5という苦しい内容。一気に2失点し、3番手2年生投手がマウンドに上がるも勢いを止めきれず、1イニング持たない。被安打3、沖田のエラーも絡み、2失点。

 

そして今日出場機会がない筈の東条が8回途中マウンドに上がり、ピンチの場面を何とか防ぎ、9回のマウンドも続投。4者凡退で辛くも勝利を得た。

 

この試合内容には片岡監督も何か言いたい気分にはなったが、一軍の投手陣を後続に投入していなかったので、まずは打線が5点を取れたことに注目する。

 

 

そして試合後の朗報がまず青道に伝えられる。大塚が退院。筋力が幾分か低下したが、骨のダメージも癒え、リハビリの最終段階であるという。来週の中ごろには復活することが分かった。

 

 

その夜、

 

「いつもすまねぇな。」

金丸達が自主練習を行っていた。沖田の教えたメニューを教わった彼らは、それを夏合宿以降から地道に続けていた。

 

「大丈夫だよ、金丸。俺もお世話になった側だったし」

東条も、打撃でのスケールアップ、体のバランス感覚を養い、選手として大きくなった。

 

「春市は今大変な時だからな。東条はレギュラー当確だし」

そして、捕手2番手候補の争いで、小野と競争している狩場は打撃を鍛えたいと考えていた。

 

「とにかく、俺達の世代が秋大会は頑張らねェと」

沖田のポジションがどうなるかはわからない。だが、サードのポジションはなんとしても取りたい。

 

 

この練習試合で、2年生の拙攻が続いた。守備に関してはあまり穴がなかったとはいえ、打撃に関して言えば、甲子園スタメン組と控え組のレベルの差が出た形となった。

 

 

9月3日の練習試合第一試合。今日はダブルヘッダー。一年生主体の練習試合となる。そしてその先発は――――

 

 

「~~~~♪」

記念すべき1年生の先発第一号は降谷。沢村は、スライダーの課題を克服する必要があった。

 

「――――悔しいけど、今の俺は全力を出せるとはいえねぇ……」

スライダーが不十分の今では、自分の満足のいく投球が出来ない。御幸に見てもらう事で、まずはこのフォームを同一化させる必要があった。

 

 

そして、秋大会での現時点で予想されるスタメンが発表される。無論投手に関して言えば、まだまだエースナンバーはだれか、わからない。

 

1番中 左 白洲 2年

2番二 右 小湊 1年

3番右 右 東条 1年

4番遊 右 沖田 1年

5番捕 左 御幸 2年

6番一 右 前園 2年

7番投 右 降谷 1年

8番左 左 関  2年

9番三 右 金丸 1年

 

やはり、1年生ながら甲子園で活躍した沖田、東条は主軸を任され、5番には主将の御幸、6番には前園が続く。上位打線には白洲、小湊の小技を使えるバッター。

 

 

日曜第一試合―――――

 

 

青道の練習グラウンドに轟音が鳴り響く。

 

「――――ふう――――」

 

初回からアクセル全開。降谷の剛速球が相手打線を封殺する。

 

 

「あの剛速球投手、マジかよ――――」

 

「アレが1年生のボールなのか――――」

相手選手からのまばらな声。それほどの威力を秘めていた降谷のボール。しかし―――

 

 

「初球から飛ばしすぎだろ! もっと一球一球丁寧に投げろ!!」

御幸はペース配分を弁えない降谷の声をかける。彼がリリーフのままでいいと言うならば、この投球でも別にかまわない。

 

だが、彼がエースという言葉にこだわるならば、ペース配分を弁えない投手に、エースナンバーは渡せない。託せない。

 

――――何回同じことを繰り返しているんだ、降谷。お前はリリーフしかしないのか!?

 

イライラが募る御幸。丹波は2年間同じチームだったが、今年の春の関東大会から成長を感じさせてくれた。選手としてそれは評価できるし、心強かった。

 

 

だが、聞く気がないのか、出来ないのか。それが解らない。

 

 

――――もっと、一球を丁寧に。バッターに向かっていく度胸はいい。

 

投手向きのメンタルだ。だが、

 

――――もっと投手としてのスキルを磨け!!

 

 

初回は3人で片付ける降谷。だが、御幸は彼に求めるレベルが高い。

 

「いつもいつも、ペース配分を考えろといっただろ? 中盤にばてるぞ!?」

 

 

「――――自分は、スタミナがありません。だからこそ、全力投球でどこまでできるのかを確かめたい、です。」

 

「――――っ(コイツ――――)」

降谷なりに、課題をもってマウンドに上がっていることが分かった御幸。

 

――――練習試合だからこそ、試すことが出来る、か。俺も熱くなり過ぎたな―――

 

そこまで考えているなら、御幸は何も言わない。彼が全力投球で9回までもつのであれば、捕手としては文句がない。

 

 

そして初回の攻撃―――

 

白洲が倒れるものの、小湊レフト前、東条ツーベースで

 

 

「―――――――――」

ここで4番、沖田。相手投手も彼の事は当然知っている。青道史上最強の1年生打者。あの東、結城を凌ぐ成長力と力を誇る、青道の主砲。

 

 

――――この打者相手に、どこを投げればいいんだよ

 

相手投手も、この威圧感と静けさを感じさせるスラッガーを前に、どのように攻めればいいのかわからない。

 

 

初球を外し、2球目も変化球が浮いて2ボールとボール先行の相手投手に対し、

 

――――違う、ストライク先行の相手に対し、どう打つかが必要だというのに。

 

相手は、自分で自分の首を締めに来ていた。

 

 

 

まだストライクが入らず、苦しいカウント。ストライクを取りに行った、3球目。

 

 

――――このコースを打ったとしても――――

 

 

ガキィィィンッッッ!!!!

 

 

「―――――――」

打球を追う必要はない。この感触で分かる。

 

 

悠々と、沖田は一塁ベースを回っていく。

 

 

投手は、打球がネットに突き刺さった光景を見ることしか出来なかった。

 

 

「さすが沖田ぁぁぁ!!!」

 

「いいぞぉぉぉ!! 青道の怪童!!」

 

「初回いきなりの3点先制!!」

 

 

その後御幸もヒットで続いたが、前園が併殺打に倒れる。

 

 

降谷の勢いは止まらない。

 

 

続く2回も――――

 

「ストライィィクっ!! バッターアウトォォォ!!」

 

唸る剛腕。唸るストレート。甲子園常連の高校でなければ、相手にならない。

 

――――ストライク先行でリードをしているが、まだ球にばらつきがある。

 

御幸は今日の降谷の状態をいつも通りと考える。

 

――――適当に球が散っているからこそ、相手も的を絞りづらい筈。

 

続く打者はピッチャーゴロに打ち取り、これでツーアウト。球威でどんどん押すタイプである彼の投球はまさに剛のピッチング。

 

 

ドゴォォォォンッッッ!!

 

御幸のミットが、引き裂かれてしまうのではないかと思えるほどの唸りの音。手ごたえは十分。

 

「ストライク!! バッターアウトっ!!」

 

 

「いいぞぉぉぉ!! 降谷!!」

 

「球はいつも通り走っているぞ!!」

 

味方からも、剛腕の復活はとても大きい。甲子園では嫌な形で離脱を余儀なくされたが、その彼が復帰したことはチームに好影響を与える。

 

しかし、2回は下位打線が三者凡退。金丸が大飛球を上げるも、相手のファインプレーに阻まれる。

 

 

その後も小刻みに得点を上げるものの、やはり上位打線が打てなかった場合、得点力が落ちる。さらには―――

 

 

「ボール、フォア!!」

 

「くっ」

 

3回目の打席。沖田はバットを振ることなく敬遠された。2回目も相手捕手が立ち上がり、沖田との勝負を避けていたのだ。これには青道側からもため息が上がる。

 

 

「くそぉぉ!! 勝負しろよ、練習試合だぞ!!」

 

「練習試合ならいいじゃねェか!!」

 

 

だが、沖田との勝負を割り切ったことで得点力が落ちる。3番東条、5番御幸が力んで好機で凡退。しかし、前園が走者一掃のタイムリーツーベースを上げるなど、昇格組の打撃信頼感が上がってきた。

 

 

試合は、5回終了時点で7点差が付いた。やはり、1年生の有力選手を加えたことにより、得点力が上がった。

 

 

しかし―――――

 

 

「ボール、フォア!!」

 

 

6回、それまで好投を続けていた降谷が突如崩れる。制球が定まらなくなり、ボール連発。先頭打者にフォアボールを与えてしまう。

 

「後続を抑えていくぞ、降谷!!」

 

 

「もっと腕の力を抜け!!」

 

「落ち着いて、低めに丁寧に投げていくぞ!!」

御幸は、降谷がこの6回で全力投球が限度であることを考えた。さらに、相手打者が球速になれてきている。

 

――――スピードも制球も落ちてきている。ここで踏ん張らねェと、エースはないぞ

 

御幸は低め低めのジェスチャーをしつつ、ストライクゾーンを広く見るよう指示をした。

 

 

しかし、初球――――

 

――――それじゃあ、棒球だろうが!!

 

カキィィンッっ!!

 

 

球威のない棒球を痛打された。思わずストレートを打ち返された方向を見ると、打球がライトへと転がっていく。

 

「いいぞ、あの剛腕から続けざまの出塁だ!!」

 

「打てるぞ!!!」

 

 

あの剛腕からの連続出塁。やはり相手の士気が上がってきた。

 

 

さらに――――

 

「ボール、フォア!!」

球威とスピードが落ちたことで、さらにストライクゾーンへのコースを嫌う降谷。これで一死満塁の大ピンチを招いてしまう。

 

 

「降谷―――――」

課題を持って取り組んだ。だが、課題をこなすにはまだ実力が足りなかったのだろう。

 

 

――――腕を振れ、ボールを置きに来るな。

 

 

だが、ボールを置きに行けないことが、降谷のさらなる力みを生んでしまう。

 

 

カキィィィンッッ!!!

 

 

詰まりながらも腕を振りきった降谷のストレートをセンターへと弾き返した。センターは白洲。

 

 

「くっ!」

彼には、伊佐敷程の強肩はない。堅実な守備で、後逸することはほとんどないが、それでも、好返球による満塁時での2点目阻止の成功率は低い。

 

 

 

「しゃぁぁぁ!! これで5点差!! あの剛腕から連打だぁ!!」

 

「このまま点差を縮めていくぞ!!」

 

 

「か、監督!! 降谷がもう限界です!! ここは東条を!!」

 

 

第2試合に先発予定の沢村。ここで彼を使うつもりはない。ここには大塚もいない。川上も投げる日ではない。

 

「――――次の打者への対応。練習試合だからこそ、試せることがある。まだ降谷を変えない。ペース配分の重要性を、身を持って知ってもらう」

 

片岡監督は、ペース配分を怠ることに含みを含んだ物言い。先発であるならば、ペース配分を怠ることは致命的な欠陥。それを治さないのであれば、エースナンバーを与えることは出来ない。

 

沢村は、本来躱していくタイプ。元々体力もあり、ピンチでのギアチェンジも可能だ。体が出来てくれば、さらに球速も上がってくるだろう期待感があった。

 

 

大塚は、1年生の時点で完成されつつある。それは、高卒ルーキーの実力を超えるレベルで完成されているという事。断じてこのレベルは、大塚栄治の完成系ではない。沢村と同様にフォームで眩惑し、癖球を駆使することで、ペース配分や球数を調節している。ピンチや大事な局面でのギアチェンジも可能であり、投手としての安定感もある。

 

 

やはり、降谷の大塚以上のスピードボールがあったとしても、投手としての能力で見劣りしてしまうのだ。

 

 

その後、次の打者にもヒットを浴びた降谷は、6回途中4失点で降板。結局東条が何とか後続を打ち取る。

 

「ナイスピッチ、東条!!」

金丸としても、投手としてのチャンスが巡ってきたことに、喜びを感じずにはいられない。

 

「ああ。打撃も好きだけど、やっぱり投手も、諦めたくない――――」

一度挫折した東条。だが、それでも投手として全国ベスト4、2年連続の全国大会を経験した自負がある。

 

その後、7回で打線が爆発、満塁の場面で沖田に打席が回り、

 

 

「これなら敬遠出来ないだろう」

 

 

 

ガキィィィンッッッ!!!

 

 

軽々とフェンスオーバー。今日2本目となる満塁ホームランで、4点詰められていたのを一気に押し返す。

 

 

その後、7回のマウンドにも立った東条が3者凡退に抑え、これで練習試合2連勝。打撃が後半目覚めたことで、コールド勝ちになんとか辿り着けたが、降谷の失点の仕方、ペース配分の欠如が思いっきり出た形となった。

 

 

「降谷―――――」

倉持は、タオルで顔を埋めていた彼に言葉をかけることが出来なかった。彼が今日課題をもってマウンドに臨んだのは解っている。だが、この結果は――――

 

あまりにも理想とはかけ離れたものだった。彼の全力投球の球数は100球にとても届かない。70球を超えて怪しくなり、半ばになると突然球威が落ちた。

 

御幸はこのままではいけないと、降谷の下へ行く。期待していなければ、こんなことはしない。

 

 

降谷には、大塚に勝る武器がある。その武器を活かせず、3年間エースの座を沢村や大塚に許すのは、今後の彼にはよくないことなのだと。

 

 

 

もっとお前は出来るはずだと。お前は凄い投手になれるのだと。

 

 

 

 

 

「ペース配分。初回からアクセル全開。それで9回をもつわけがないさ。」

御幸が降谷に声をかける。それは、今日の課題を全否定するものだった。

 

「けど僕は体力が――――体力を鍛えないと」

言い分は解る。だからこそ、自分で考えた課題を言おうとする降谷。

 

――――キャプテンなら、諭すように言うべきなんだろうが

 

御幸は悩んだ。主将としての立場。自分はどのような立ち位置になるべきなのかと。

 

だが、御幸はあくまで厳しいことを言う事で、彼に奮起を期待することにした。

 

それが心苦しくもあり、絶対に這い上がってくれると期待しているからこそ。

 

 

 

「出来ないことをしようとするな。地道なトレーニングで、体力はついてくるんだ。今日はアイシングをした後、ゆっくり体を休めろ。成宮、大塚、楊はそれが出来ているぞ」

 

「―――――」

 

形式的なことを一度に言った御幸は、それだけを言うとその場を去っていった。

 

――――俺は、このチームを勝利に導く。その為なら――――

 

 

あの時の自分と、誰かが同じ気持ちになってほしくない。

 

 

 

「おい、御幸!!」

流石に言い過ぎではないかと、倉持は御幸の後を追う。

 

 

「倉持――――」

倉持が負ってきたのが解ったのか、御幸はそこで足を止める。

 

「確かに、初回からアクセル全開は考え物だけどよ。言い方ってもんがあるだろ!!」

言いすぎだ、彼はそれを指摘する。

 

「ああ。だが、先発を、エースを目指す以上、それは絶対に避けては通れない道だ。今厳しいことを言わないと、アイツはいつまでたっても同じだ」

燃えるような瞳で、御幸ははっきりとそう言い放つ。エースを、先発として活躍するには、ペース配分は必ず必要。それが出来ないなら、同じことだと。

 

「け、けど。比較対象がおかしいだろ!! 成宮、大塚、楊と比べたら、それこそ難しいだろ……」

 

――――倉持なら、もっといいキャプテンになっただろうか。

 

仲間意識の強い彼の事だ。勝利を最優先する自分とは違い、仲間の意識やモチベーションを大事にする。それもキャプテンシーの一つであることを彼は解っていた。

 

 

それでも、一番悔しい舞台での負けた悔しさを知ってしまえば、厳しい言葉を言わずにはいられない。

 

――――ダメだな、自分の信じた道を仲間に示すことも出来なくなったら、それこそおしまいじゃねぇか。

 

 

だからこそ、御幸はぶれない。ぶれるわけにはいかない。

 

 

「大塚はうちのエース候補だが、成宮と楊は、今年の夏、実際に当たったんだぞ。そういう投手とぶつかることもあるだろ。」

そう、御幸が言い放った投手のうちの二人は、今年の夏に対戦した選手でもある。

 

「それは――――」

言いよどむ倉持。そうだ。全国という舞台を考えれば、いくらでも怪物染みた投手は現れる。ペース配分を覚えていてもおかしくはない。

 

 

「その時に必要なのは、投手としての“実力”だ。“才能”じゃねぇんだよ。」

そう言い切って、御幸は再び歩を進めるのだった。

 

 

 




厳しい事を言う御幸。

けど、降谷は秋で覚醒します。

原作と逆ですね、沢村と。


最新話を見ました。春市の決断は多分、金属かな?


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第83話 羽ばたく者、走り出す者

連続投稿!



実は、体調を崩していました。


9月になり、新学期が始まった。青道高校ではお祭り騒ぎだった。だが本人たちからすれば、もう秋にしか目が向いていないのだが――――

 

 

「金丸~~!! 今年の野球部、凄かったな!!」

一般学生からの激励。金丸としては、レギュラー争いの最中なので、夏の話にはあまり目を向けていないのだ。

 

「ああ。」

 

「特に大塚!! それに沖田も!! 沢村も凄かったよなぁ!!」

 

「あの甲子園でバンバン三振を取っていたもんな!!」

 

「やっぱ甲子園ってすごいのか!?」

 

「ていうか、東条も凄かったよな。アイツもやっぱりすごかったんだな」

 

 

金丸の話を聞かずに、一年生たちは次々と質問攻めをする。自分の事ではないことを突っ込まれ、金丸は若干イライラしている。

 

「もうすぐ秋大会なんだ。休む暇はねェよ」

 

そして、沢村はというと――――

 

「――――――――――――――」

教室では無表情のまま、何か難しい本を読んでいた。いつも教室で騒いでいた彼が大人しいのだ。

 

「――――どうしちゃったんだよ、沢村の奴」

 

「イメチェン?」

 

「けど、陰のある沢村も――――」

 

夏の甲子園である意味光南の勢いを削ぐどころか、勢いづかせたのは自分だと考えていたのだ。だからこそ、沢村は夏が終わってからあんな調子だ。

 

金丸はそれだけではないと考えている。

 

――――アイツは頼もしかったはずの武器を、失ったんだからな――――

 

決め球のスライダー。あの球を打ち砕かれたことで、精神的に折れてしまった。それまであの球に頼り、いざという時のよりどころだったあの切り札が。

 

だが、そんな気落ちしている彼も、一応秋に目を向けていた。そしてその目に向けた結果、彼にかかる重圧も並大抵のものではない。

 

降谷はスタミナ不足、大塚は怪我明け。

 

 

安定感のある川上を後ろに置きたい中、先発として投げ抜くことが一番求められているのだ。

 

 

夏の予選では大塚、夏の甲子園では丹波。彼はいつもエースの後ろを追っていた。そしていざエース候補という立場に立った時、

 

 

その覚悟と実力に迷いを感じていたのだ。

 

夏予選で、そして準々決勝で、チームの為という一心で、最高の投球を見せた大塚。

 

 

夏予選の悔しさをばねに、最強打線に挑んだ丹波に。

 

 

自分は果たして、あんな投手になれるのかと。

 

 

 

 

「けど、沢村って、前は熱い性格よね。甲子園でも結構吠えていたし」

 

「うんうん。最初はエースになる、って散々騒いでいたけど、なっちゃうかも」

 

見てくれがやはりいいので、実力と結果を見せつければ自然と女子達の話題にもなる。だが、残念。沢村は若菜以外眼中にない。

 

だが、だからこそ、逆に沢村に大きなプレッシャーとなって襲い掛かるのだ。

 

 

周囲からの期待が、こんなに重いモノとは知らなかったと。

 

 

 

 

「―――――――――――」

春市は、トーナメントを進めば進むほど、凡打を繰り返した。初めての大舞台で、自分は力を出し切るどころか、

 

――――全然、全然届かなかった。

 

全国レベルの選手との差を痛感させられた。まるで自分は相手にならない。沖田、東条、そして投手陣が頑張る中、一人だけ調子を落とした。

 

――――最初で最後の、兄貴との夏――――

 

成長した姿を見せることが出来なかった。自分の情けなさばかりが目立った。

 

 

 

「――――」ゴゴゴゴゴゴっ!!

そして、暗いオーラを出していた春市とは対照的に、降谷はエネルギーを感じていた。

 

――――課題はスタミナ。ペース配分。僕には、何もかもが足りない。

 

ペース配分を考えずに投げた。それが自分の体力強化につながると感じた。

 

 

――――その時に必要なのは、投手としての“実力”だ。“才能”じゃねぇんだよ。

 

辛辣な新主将の言葉。投手としての実力が足りないと断言した。その言葉によって、降谷は必至に打開策を考えていたが――――

 

 

――――地道な走り込み、足腰の強化。

 

本を読むのはあまり好きではなかった降谷が、わざわざ書店までいって買った野球の本を片手に、秋大会での雪辱を誓う。

 

――――それでも、マウンドを譲りたくない。

 

色々な感情が滲み出ている期待の一年生たち。だがそれでも、彼らはもがきながら前に進んでいた。

 

甲子園で輝かしい活躍をした割に、影が増した野球部。それが、1年生のクラスで不穏な空気を生んでいた。

 

 

だが、そんな不穏さを感じさせない者もいる――――

 

 

「とりま、おはよう金丸」

 

「信二、昨日の試合はお疲れ。」

そこへ、沖田と東条がやってくる。まだホームルーム前なので、自然と廊下に集まる野球部員たち。

 

「ああ、沢村はスライダーが使えなくなったのが痛いな」

ダブルヘッダー第2試合。相手は格下だったからこそ、無失点投球が出来ていたが、引き付けて打つことを心掛けていた相手チームに何度もヒットを浴びていた。

 

沢村の球質の軽さを全国で知られたため、やはり確実にスイングすることと、ミートすることを心がければ攻略は可能というデータを光南が示している。

 

結局沢村は7回被安打6を浴びながら、無失点の投球。甲子園での経験値と、緩急を使った投球で躱しながらの状態。やはりスライダーが使えないことで、相手が躊躇いなく振ってくる。だからこそ、今できるのは――――

 

「チェンジアップの精度を高めること、またスライダーが使えるようになる為に、フォームの同一化。」

 

その問題の他にも、やはり根源的な問題は―――――

 

「やっぱ、球速が見劣りするからな。いや、沢村が普通なんだが――――」

 

左で、1年生で130キロ。遅いわけではない。むしろ他校なら既にエース。だが、青道のエースはそれだけでは足りないのだ。

 

現時点で、先発を任せることになるのは沢村。リリーフ経験もある安定感抜群の川上を後ろに置きたいのが現状。降谷も、まだ先発では使えない。

 

 

やはり―――――――――

 

「大塚がもうすぐ帰ってくる。それからだな、新チームの本当の始動は」

 

期待されているのは、大塚が戻ってくること。もう今週には帰ってくる。

 

 

 

「本当に、早く練習に合流したいな」

そして教室にいる大塚。落ち着いた表情で学校に登校していた。しかしやはり彼は1年生の中でも最も期待されている選手の一人。上級生たちは休憩時間や大塚の状態を見て話しかけるのを自重していたが、同学年の生徒は――――

 

 

「大塚君、凄かった!! 2回戦の完封、私、感動しちゃった!」

よくわからない女子に声をかけられた大塚。はっきり言ってほとんど印象がない。

 

「うん。けど最後に詰めが甘かったね」

淡々と話を合わす大塚。色々と甲子園で勉強した大塚は、適当に話をしていた。

 

「今度、練習試合はいつなの?」

すると、今度はほかの女子に声をかけられる。こんなに女子が教室にいたのかというほど、大塚の前には集まっていた。

 

「ごめんね。まだ怪我が完治して間もないんだ。リハビリのメニューをこなすまでは練習試合は禁止。」

 

「そうなんだ……でも、試合に出るなら応援しにいくね!」

高い音で次々に出場試合での応援に駆けつけることを宣言していく。大塚は、その高い声の前に頭が痛くなるのだが、表情には出さなかった。

 

「――――ふう」

ホームルーム間近なので、生徒たちがそれぞれの教室へと帰っていく。勿論同じクラスメートの女子もいたので、ちらちらと大塚を見ていた。

 

 

―――――俺は最期に先輩たちの夏を―――――

 

ぼんやりと、あの甲子園の残光が見える。自分がいない時、そして試合の勝敗が決まった光景がまだ大塚の目には焼付いていた。

 

 

そして大塚は、野球部よりも学校での日常の記憶が濃くなっていった。

 

 

「淡々としていたからこそ、食堂には近寄らなかったなぁ」

午前の授業が終わり、昼休みになった青道高校。気まぐれに、大塚は食堂へと向かった。いつもは弁当を作ってもらっているが、今は―――――

 

 

 

バチンっ!

 

 

「お兄ちゃんのバカ!!」

涙目の妹に、頬を叩かれた。やはり怪我をしてしまったことが引き金になったのだろう。だが、約束を破ったのは自分だ。だからこそ、反論することは出来ないし、反論する気もない。

 

中学時代のあの大怪我で、平静を装っていた時も、彼女は怒っていた。

 

何も晒さない兄を前にして、家族は信頼されていないのではないかと。

 

 

苦しい時に、彼は何も言わなかったから。

 

 

 

 

「なんで、なんであの時と変わっていないの? なんでそんなに前を行くの!? なんで!? お兄ちゃんは何に焦っているの!?」

 

「―――――美鈴――――」

 

 

 

「他人に弱さを晒すことがそんなに怖いの!? なんで誰かを頼ろうとしないの!? 苦しくないの!?」

 

 

「――――――――っ」

 

大塚の心に突き刺さるその言葉。自分は弱さを見せたくない。それは事実である。

 

 

「―――――これは俺の問題。俺が何かに悩んでいても、俺は乗り越える。だからいつものように―――」

 

 

「家族が怪我をして、冷静でいられるわけないでしょ!? 何を言っているの!?」

 

 

怒り狂った時の妹を抑える術を、彼は知らない。彼女が怒るのは大抵正論を振りかざせない時だ。自分に非があると、解っているからこそ、栄治は何も言えないのだ。

 

その後も、美鈴は最後の一線でだれにも頼ろうとしない兄の態度を改めるよう何度も言うが、栄治もそこを曲げようとしない。

 

 

――――誰かに話したところで、どうにもならない。

 

 

なってしまったことで、悔いるのは誰でも出来る。問題なのはその後どうするのか。

 

 

いつまでも悔やむことなんて、凡人にも出来る。

 

 

―――――俺には時間がない。その高みに至るには、時間が少なすぎる。

 

 

大塚はその夜、最後まで“誰も”見ていなかった。

 

 

 

結局、泣き疲れによって美鈴がダウンし、大泣きしていた美鈴を綾子に任せ、悶々としたまま就寝することになった大塚。

 

 

 

それが昨日の事だった。

 

 

 

「――――大塚?」

振り返ると、同じクラスの友人が大塚に声をかけていた。それも、何か焦っているような顔をしていた。

 

――――なんで、そんな顔をしているんだ?

 

秋の定期テストもまだまだ。体育祭も何も問題はない。だからこそ、彼がそんな顔をする理由がわからない。

 

「どうしたんだ、山崎君」

 

「お前――――鏡見てみろよ、ひどい顔しているぜ――――」

それだけを言うと、彼は去っていった。

 

 

「―――――やっぱり、そうなのかな――――」

心が穏やかではない。焦りもある。自分の不甲斐無さ、独りよがりが原因だと。

 

 

身体はもうすぐ治るだろう。だが、ここまでチームに迷惑をかけた自分に、居場所はあるのだろうかと。そして、片岡監督にも顔向けできない。

 

 

目の前にやることが多すぎて、大塚は少し参っていた。

 

 

 

放課後、もう教室から帰る頃。クラスメートたちの数も少ない。

 

 

「大塚君―――いいかしら?」

そこへ現れたのは、3年生のマネジャー長の貴子だった。3年生たちは悔しさも残るが、甲子園という舞台を経験している。だからこそ、決勝まで行けたことに達成感も少し潜んでいた。

 

だが、彼女は大塚の決勝の試合終了後の表情が気になっていたのだ。今後の青道を支える選手の一人でもある彼には、ここで止まってほしくない、ここで腐ってほしくない。

 

 

「えっとね。大塚君、アジア大会は見ているかしら?」

 

 

何よりも、野球に対して前を向き続けてほしい。彼にその気持ちがあるのなら。だからこそ、これはある種の賭けであり、彼女の前に舞い降りた、彼の気迫を取り戻させるきっかけになるかもしれない。

 

「アジア大会――――そうですね、リハビリに忙しかったので、あまり目にする機会もありませんでした。」

 

 

「そう――――大塚君――――」

貴子は、この事実に賭けていた。彼の投球を覚まさせた“彼”ならば、きっと――――

 

 

 

「台湾に面白い選手がいたそうよ。それもとびっきりのね」

 

 

「――――台湾?」

 

9月5日には、確か準決勝が行われる筈。日本は順調に勝ち進み、次の相手は中国。そして逆ブロックにはフィリピンと――――

 

「台湾――――ですか。確かに、アジア諸国ではそれなりの実力と基盤はありますからね。」

 

 

「そう。でもね、私が見つけたのは、貴方がライバルと認めた彼がいるからよ」

 

「!?」

ライバル。その言葉だけで大塚の目は見ひらいた。台湾選手で、貴子が目を付けた選手。そして、自分のライバルと目される男。

 

――――舜臣、先輩―――――

 

貴子はカバンからある新聞を見せたのだ。そこには――――

 

 

 

―――――台湾に新星現る。

 

――――2年生エース、楊舜臣。韓国相手に2安打無四球完封。

 

――――最速147キロ、14Kの三振ショー。

 

――――西東京、無名の高校から選出。人選の批判を掻き消す快投。

 

 

そこには、更なる力を得たライバルが、世界の舞台で鮮烈なデビューを見せつけたのだ。

 

 

「――――――――――――――――――――」

 

 

言葉が出ない。甲子園だけがすべてではないとは頭では分かっていた。

 

 

自分が強く意識したライバルが、とんでもないことを成し遂げていた。

 

 

―――――ああ、もう。なに悩んでいるんだ俺は!!

 

 

――――やることやって、やり通さなきゃこのモヤモヤは晴れない!! 当たり前の事だろう!! 

 

悔しかった。そして情けなかった。今の自分を見て彼は失望してしまうかもしれないと。

 

 

――――俺も、負けてられない。あの人は、俺と同じ野望を抱いているんだ。

 

 

大塚和正の息子として、大塚和正のファンには負けられない。負けたくない。

 

 

彼の心が無理やり動いた。軋むような音がしたが、それでも関係ない。

 

 

今の彼には、負けていられない、前に進まないといけないという気持ちに突き動かされていた。

 

 

 

「一足先にプロで――――と言いましたが―――――」

大塚は、穏やかな笑みを浮かべてその記事を読んでいた。大塚は公式戦で見せていた、目力が戻ってきた。

 

 

 

 

 

――――秋大会、燃えないわけにはいかない。

 

 

ライバルの存在。それが大塚の冷えていた心を熱くさせる。

 

 

大塚は無自覚だが、楊舜臣以外の投手に、あまり興味を抱いていなかった。柿崎や神木に対しては、もちろん意識はしている。だが彼に対しては特別な感情がある。

 

 

だからこそ、冷え切っていた彼の心に熱を取り戻すには楊舜臣以外、貴子は思い浮かべられなかったのだ。

 

伝説を追う者同士、惹かれあうモノがあると。

 

 

 

 

「大塚君、元気は出たかしら?」

やや心配そうな顔で、大塚の様子をうかがう貴子。これでダメなら、彼女が彼にかける言葉は見当たらない。それはきっと自分ではなく、彼とともにこの夏を駆け抜けた上級生の選手たちだろう。

 

「――――やっぱり。本当に――――今の3年生たちの輪に入りたかったです。」

 

「大塚君―――――」

 

「1年生ではなく、同じ年に入学して。夏の借りは、必ず返します。100倍にして」

入学当初のぎらつきが戻った。いや、渇きを覚えてから一層強烈な存在感を感じるようになった。

 

コンプレックスの塊だった彼が、それでもう一度走り始めた。良くも悪くも苛烈さを覚えた彼は、さらに歩みを進めるだろう。

 

 

投手としての実力はあくまで結果。だが、自分の方が投手としての引き出しは多かった。それなのに、丹波がチームから慕われていた理由を、ずっと気にしていたのだ。

 

しかし今は、大塚はもはやそのことについて執着する必要はない。ただただ彼と投げ合いたい。楊の投球に挑みたい。それは投手だけではなく、打者としても。

 

 

――――俺は、止まるわけにはいかない。ああっ、くそっ!! 何やっているんだ、俺は!!

 

心の中では、感情が煮えたぎっている大塚。しかし、それを心の奥底だけに止めようとする。

 

 

 

 

 

「ありがとうございます、貴子先輩。そして一つ、後輩からのお願いがあります」

頭を下げた大塚。その顔は、獰猛なまでに嗤っていた。

 

 

高ぶっていた。ここまで感情が高ぶるのは、沖田に出会った時、坂田と対戦した時。

 

 

そして夏予選の3回戦だ。

 

 

 

「何かしら、大塚君?」

元気を取り戻した大塚だが、貴子は彼の雰囲気にやや気圧される。それは怖いというわけではなく、ただただ大きいと感じた。

 

「――――秋季大会決勝は必ず先輩総動員でお願いします。エースの力投、見せつけてやりますから」

 

――――何が正しいのかはわからない、けど最善を尽くすことに集中すればきっと

 

 

なまじ色々考えてしまうから、よく悩んで立ち止まってしまう。悩むことはいいことだが、それで自分の在り方を歪めるのは本末転倒。

 

自分に出来ることをしようと彼は考えた。

 

―――――そうだ。俺が出来ることをやればいいんだ。俺の出来ることを、ただひたすらに頑張ればいいんだ。

 

 

 

――――そうだ、頑張るんだ。頑張ればいいんだ。

 

 

 

大塚は、気持ちが晴れ晴れとしていた。悩んでいた心がハイになった。興奮して、顔がニヤついてしまう。

 

目の前に先輩がいるというのに、それは失礼なんじゃないかと思うぐらい。

 

 

 

「――――ええ。必ず見にいくわ。だから、大塚君。これが貴方の前に残った、最後の課題。」

貴子は、大塚がずっと気になっていた言葉をあえてつく。

 

「仲間を信頼し、仲間に信頼される、そんな選手になりなさい。」

 

 

「――――はい。」

 

 

 

そして、その様子を吉川は貴子と大塚のやり取りを見ていた。自分を追い詰める傾向にある大塚。そんな彼の重荷を彼女は簡単に軽くしてしまった。

 

 

 

 

 

―――――私には、無理、なのかな

 

 

彼が切り換えられたのは、藤原先輩のおかげである。自分には出来なかった。

 

「私に出来ること、マネージャーとして、出来ることをしなきゃ――――」

しかしその考えを振り払い、マネージャーとして出来ることをしようと心がける吉川。

 

 

 

 

 

そして、タイバンコクで開かれた決勝戦。日本はある投手の前に、完全に沈黙していた。

 

 

目の前にいるのは、日本史上最強の投手の幻影。

 

 

 

 

 

『大変なことが起ころうとしています!! 5回まで得点を許さない緊迫のゲームから始まったU-18アジア大会決勝!! 日本は台湾先発楊舜臣からヒットはおろか、ランナーすら出せていません!!』

 

会場は騒然としていた。いや、異常な声援が飛び交い、何が起きているか、観客は戸惑っているのだろう。

 

日本のベンチは苦しい表情がほとんど。大して台湾のベンチは特別な緊張感に包まれていた。

 

『柿崎君も踏ん張ったんですが、6回の集中打がここにきて相当重いですね。』

 

6回に崩れた柿崎。台湾打線につかまって一挙4点。そのままマウンドから引きずり降ろされてしまった彼は、ベンチでタオルを頭にかけていた。

 

 

そして―――9回裏が始まる。

 

 

『さぁ、台湾のマウンドには楊舜臣が続投!! アジア大会で歴史に残る記録を築こうとしています!! 7番からの攻撃!! 何としてもランナーを出したい!!』

 

『こんな快挙を許すわけにはいきませんね。何とか一矢報いてほしいです』

 

 

日本代表には、坂田久遠が右肘の違和感で召集を辞退した。

 

 

とはいえ、横浦の岡本、稲実の原田、光南の優勝メンバー、宝徳、妙徳など、名だたる強豪の選手たちが集っていた。

 

 

その打線を抑え込んでいるのは、台湾のエースに成り上がった、楊舜臣。

 

「――――――――」

その表情に気負いなどない。あるのは

 

――――目の前のバッターを、ただ抑える。

 

彼は大塚と違い、確かな熱量を含みつつも、思考はシンプルだった。

 

 

心は熱く、頭は冷静に。

 

 

 

7番後藤からの攻撃。彼は、この投手にある投手の幻影を見ていた。

 

――――マウンドでの気迫、その投球スタイル、圧倒的な制球力。

 

あの男と同じだ。いや、それ以上の覚悟を感じられる。この男が目指しているのは、奴ではない。

 

唸る速球が外に広い国際ルールの特性を存分に活かす。アウトコースに伸びのあるボールが入り、手が出ない。

 

 

そして2球目―――――

 

ククッ、ストンッ!!

 

確実に打者のチェックゾーンを越え、鋭く地面に突き刺さる勢いで落ちる変化球。それに、後藤は大塚の切り札と似た軌道を描いていることに気づく。

 

――――落ちる球には必ずその前兆みたいな軌道が見えてくるはず。なのに―――

 

「!!!」

楊舜臣の落ちる球は、ストレートだと誤認してしまうほどに伸びがあった。球の勢いが落ちず、鋭く落ちる。それがスピードこそ劣るが、大塚のSFFとの共通点。

 

 

大塚栄治の伝家の宝刀、SFFにスピードは劣る。だが、高速フォークというには遅く、フォークというには球速がある。

 

いや、これが恐らく彼のSFF―――――

 

続くボールは右打者のアウトコース、膝上あたりから逃げる外角の変化球。バットがとどかない。

 

『空振り三振~~~!!! ここでスライダー!! これで一死!! ランナーが出ません!!』

 

 

続く8番打者も打ち取り、台湾の優勝、楊舜臣の完全試合まで、あと一人。

 

 

手早く2ストライクと追い込んだ楊舜臣。

 

――――舜臣、お前が日本でここまで出来た理由はなんだ?

 

台湾代表の捕手、張欽明は、彼の経歴に何かを感じていた。彼の目指すスタイルが、アジアでもっとも有名な男に似ていると感じたのだ。

 

その愚直なまでの制球力。キャッチャー目線でなければわからない。そのコントロールに対する執着心。

 

 

――――決まっている。

 

楊舜臣の投球の原点は言うまでもない。                               

 

 

――――あの選手を超える投手になる事だ。

 

インコース低めのストレートが決まった。楊舜臣はすぐに“緊張を解く”。

 

 

――――そのコースはストライクだ。そういう“投げ方”をしたのだからな。

 

 

涼しげな笑みを浮かべ、マウンドで君臨する台湾のエース。周りの尋常ではない雰囲気の中でも、彼は冷静なままだった。

 

 

この大記録を前に、この大舞台を前に。山のように動じない。

 

 

大歓声が球場に轟く。それはかつてテレビ越しで見たことがある景色。まるで自分があの伝説の瞬間に立っているような感覚だった。

 

 

台湾史上最強のアマチュア投手の誕生を祝福するかのごとく、観客は総立ちになる。

 

自分が投手を志したあの瞬間を思い出しながら、この瞬間自分は彼と同じことを世界でやってのけたのだと。

 

だからこそ、喜びを爆発させるのではなく、彼は噛み締める。自分はここまで来た、

 

 

自分はもっと上を目指せるという確信が、彼の最上の至福であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『見逃し三振~~~~!!! 楊舜臣、アジア大会決勝で完全試合達成!! 日本、この台湾の新星の前に、完膚なきまでにねじ伏せられました!! 日本、連覇ならず!! 歴史的な敗北を喫しました!!』

 

『そんな馬鹿な――――いや、ありえないでしょ。これが17歳の投球なのか!? これじゃあ、まるで―――――』

 

 

『――――恐ろしいですね、これほどの投手が、台湾に。いえ、西東京の無名校にいたという事実が、信じられません。運命、奇跡としか、言いようがありません』

 

 

『才能だけじゃない。努力も――――いや、これだけ打者相手に投げ込める投手というのは、アマチュア界では今まで見たことがない――――彼は何と戦っているんだ?』

 

 

 

 

偉大な投手の幻影を追い続けて海を渡った青年。最後の夏は、その幻影に近しい人間と投げ合い、その夏に終止符を打たれた。

 

 

だが、その経験は無駄ではない。彼自身の努力もあるが、それでも、この経緯と結果を前に、奇跡、運命、そのような抽象的な言葉で表現することしか出来ない。

 

 

――――伝説に挑み続ける男、楊舜臣

 

 

 

『そうですねぇ。日本にも甲子園を沸かせた選手はいましたが、まるで相手になっていませんでした。9回まで球威どころか、制球力までおちません。普通は球が浮く場面なんですが――――』

 

『――――日本の同世代を完全に抑え込んだ、この投手には今後も注目したいですね。もしかすれば、久しぶりの外国人がドラフト指名されるという可能性も全く否定できなくなりました。プロも黙っていませんよ。これは――――』

 

『僕ならドラフト一位指名ですね。こんな逸材、メジャーも黙りませんよ――――』

 

 

 

天才は、エースへの道をまた志した。

 

 

そしてもう一人の秀才は、天才に宣言するかのように、世界に名を轟かせた。

 

 

この秋、二人が再び相見える瞬間は訪れるのか。

 

 

 




主人公に必要なのは、ライバル。

同じ野望を抱いたら、対抗心は湧きます。

今の彼は、もう何も怖くない、状態です。


あれ? これヤバくない?


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第84話 宝刀の綻び

よりどころがなくなると、やはり不安になるよね。




時間は遡り、9月4日の秋季大会一次予選、抽選会。御幸は持ち前の運?を武器に、薬師、稲実などの強豪とは当たらなかった青道高校。

 

打撃陣では相変わらず一軍級と昇格組の差が広がっており、上位打線は完成しつつあるが、下位打線の出来に不安を抱えている。

 

「――――まあ、正直普通にやれば勝てるよな」

 

「ああ。だよなぁ」

 

御幸のくじ運による影響か、部内ではこの一次予選を楽観視する傾向があったが、

 

「だが、手を抜くとか、気を抜く理由にはならない。普通にやればというのは、本気で捕りに行って初めて言えるんじゃないか?」

そんな年上の部員に対しても、沖田は憮然としていた。

 

「それに、西東京と東東京が混ざるし、やっぱりデータを取りきれるのかなぁ」

東条もこの秋季大会の規模に警戒をしていた。

 

「そうだよね。西東京には成宮投手がいるし、主力のほとんどは2年生。大塚君がいたから大丈夫だったけど――――」

春市が警戒していたのは、稲実。昨年の夏予選王者。やはり東京でも頭一つ抜けている。

 

「だが、まず朗報なのは大塚が復帰したことだな」

 

大塚栄治が帰還。これで文句なしのエースが帰ってきた。先発で不調の降谷、中継ぎでは不安のある沢村の一方、2年生の川上が安定感を見せている。

 

 

「1年生の言う通りや、公式戦なんやぞ。それで強豪校おらんかったら、全部コールド勝ちせんといかんやろ!!」

昇格組のリーダー格でもある前園がそう言い切る。現在は一塁手のレギュラーに近づいているが、中々素晴らしいと言える結果が出ない。

 

地力はついて来ている。だが、温度差を感じる。

 

更にチーム内で噂になっているのは――――

 

「――――けど、最近変な人がいないか?」

 

「ああ。なんだか見ない人だよなぁ」

 

「もしかしてスカウト? プロのスカウトとか!!」

 

そうなのだ。やや背の低い中年のおじさんが青道の練習グラウンドに顔を出しているのだ。部員たちも彼が何者なのかをあまり知らない。

 

「それだけポジティブになれるのは羨ましいなぁ、おい。けど、目当ては当然大塚と沖田、東条だろ」

 

甲子園で目覚ましい活躍をし、最後まで調子を維持していたのは3人。沢村も頑張ってはいたが、スライダーを封じられたことが大きくマイナス評価につながっている。

 

そして、その怪しいおじさんこと、落合博光はブルペンで投球練習をしている大塚、川上を見ていた。

 

 

「――――右打者のアウトコース、スロースライダー。低め。」

一球ごとにコースを指定する大塚。隣にいる川上も大塚に当てられて、集中力が増していた。

 

 

――――ほう、一球ごとの集中力が違うな。

 

 

コース付近にはほぼ確実にボールが迫っている。アマチュアクラスではもはや精密機械と言っていい。

 

――――だが、怪我明けだ。まだ球速は夏の甲子園程は期待できないだろうな

 

 

夏の甲子園からしばらく投球間隔のあいた大塚。140キロを超すのが精々の限界だろう。

 

――――エースナンバーを背負うのは、もう決まったも同然だな。

 

 

 

 

 

 

「ナイスボール!! 大塚!! コース来てるぞ!」

 

御幸としては、怪我明けである程度コースに来てくれればいいと思っていたので、多少ずれても問題ないと考えていた。

 

 

僅かにスライダーが外れる。とはいっても、高さは間違いではなく、安全な外れ方。

 

 

「――――もう一球良いですか? 少し外れました」

 

しかし、当の本人である大塚は、怪我明けとはいえ指先の感覚が狂ってもいないにもかかわらず、コースが外れたことに違和感を覚えた。

 

 

――――今の投げ方なら、コースにいっていたはず。なのに、ずれた。

 

 

最近、というより甲子園終了直後から手足にしびれを感じる。痛みというよりは、体が熱を帯びている感覚。

 

 

追加で医者に診断を受けた結果、成長痛ではないかという見解。関節や筋肉に特に異常は見られず、変に不安になる必要はないという。

 

 

だが、大塚は自分の体が成長していることによって今までの繊細なフォームの動作に狂いが生じ始めていることを認識していた。

 

 

――――変化球一つをとっても、それぞれが異なる変化をする。

 

 

投手というのは、それほどまでに繊細な存在だ。中学時代のストレートと、今のストレートが違うように、体格の変化だけではなく、筋肉量の変化により、ストレートの質が変わることもある。

 

 

「―――――っ」

 

また外れる。スライダーは両サイドに自分の意志でコントロールは出来ている。だが、今度は高さが若干高くなっていた。

 

思わず悔しそうな顔をする大塚。それを見かねた御幸が、

 

 

「そんな顔をするなって。コースは間違ってねェし、キレもいい。ストレートと織り交ぜたら、タイミングを外すのが目的のこの球には掠らねェよ」

と、大塚の不安を解消するべく積極的に話しかける。

 

 

「ですが、こんな万全ではない状態で、エースナンバーを背負っているんです。早めに手をうたないと――――」

 

 

「ストレートもコースは間違えてねえし、新しく修得したドロップカーブもキレがいい。ちょっと精密機械じゃなくなっただけで、球威自体はトップクラスだって! 打たれても詰まらせたらいいんだからな。そういう球種があるだろ?」

 

カッターとか、シンキングファストとか、と笑う御幸。

 

 

「はい――――」

しかし、大塚は不安を拭いきれなかった。

 

―――こんなんじゃ、あの人のライバルを名乗っていいわけがないだろ!!

 

 

 

 

 

 

そして薬師高校では―――――

 

 

「カハハハハっ!! あいつら別ブロックかァ!! 今度こそ沢村ぶっとばす~~~!!」

相変わらず元気な轟。

 

「それこそ、俺のセリフ。けど、奴らが熱い夏を過ごしてきたように、俺達も激熱な夏を過ごしたんだからな」

 

屈辱の準々決勝から、練習試合で連勝記録を伸ばし続けた薬師高校。その連勝数、実に24連勝。

 

投打がかみ合い、そして打倒青道を掲げたチーム作りをめざし、その強力打線は本領を発揮。

 

主に東東京を相手に蹂躙し、神奈川の紅海大、横商相手にも大勝。しかし、変わったのは―――

 

「まずはエースの座を頂いてやるぜ!!」

投手転校の三島。フォークを中心とした攻めの姿勢、そのメンタリティは、やはり1年生の域を超えていた。

 

ここまで好調を維持。長いイニングに不安のある真田の前を投げる投手として、ようやくノーガードの殴り合い戦法だけの戦術からの脱却に成功。

 

投打ともに急成長を続けていた。

 

「しっかし、違うブロックとはいえ、青道ももちろん警戒しなきゃなんねぇ。だが一番やべぇのは――――」

 

轟は、とある新聞から切り取った記事を部員たちに見せる。それを見た薬師の選手たちは表情を引き締める。

 

「ワンマンチームとはいえ、こいつの実力は、西東京最高クラスだ。病み上がりの大塚よりも、こいつの方が恐ろしい。」

 

明川学園のエース、楊舜臣。この秋が最後の公式戦と言われており、来年の夏にはもういない。

 

だが、たとえ選抜が最後だとしても、彼の投球を一度でも見てみたいと思う者は少なくない。

 

「といっても、あそこは所詮投手一人、さらにはアジア大会で疲弊したアイツを酷使するつもりはないだろうよ。」

 

既に台湾メディアからも注目を浴びている楊舜臣。彼一人で秋大会を投げるのには、流石に限度がある。

 

「とりあえず、明川は早いトーナメントで当たったらヤバいが、そうでなければ大丈夫だ。まあ、当たったら運がなかったというレベルだな」

 

楊舜臣が力尽きる、もしくは明川のチーム力に綻びが生じる時に、秋が終わるだろう。

 

「とにかく、大塚を引きずり出す。それからだな、本当の勝負って奴は」

 

 

西東京、最も分厚い強力打線が、東京に今度こそ旋風を巻き起こすか。

 

東東京の猛者も集うこの秋季大会。徹底的にマークを受けている青道。今年の夏予選を盤石の試合運びで勝ち進み、さらにはエース大塚を中心とした投手陣の充実。攻撃面では沖田、東条、御幸の主軸が控える。

 

前評判が高い中、その初戦。秋の公式戦が始まり、その一次予選突破をかけた一戦。

 

9月中旬に差し掛かったこの日のスターティングメンバー。

1番 遊 倉持

2番 二 小湊

3番 右 東条

4番 三 沖田

5番 捕 御幸

6番 中 白洲

7番 一 前園

8番 左 関

9番 投 沢村

 

初戦の先発は背番号11の沢村。夏予選と同じく、やはり彼が投げることになる。大塚はベンチ入り。大差がつけば、5回以降マウンドに上がることになる。

 

まずは初回の攻撃―――――

 

裏の回から始まる青道攻撃。倉持が倒れるも、小湊が――――

 

「しゃぁぁ!! ナイスバッチ、春市!!」

 

上手く右打者、膝元の逃げる変化球を捉え、ライト前ヒット。甲子園での緊張感を経験した為か、打席での集中力に違いを見せた。

 

ここで3番、東条。

 

――――カーブを決め球にする投手が最近いるね。

 

 

2球目、

 

「!!」

投げた瞬間に相手投手の表情が歪む。

 

 

ストレートの後の浮いたカーブ。その緩急で体勢を崩すこともあるかもしれない。だが、体の重心が前にいかず、しっかり残していた東条。

 

 

鋭い金属音とともに、白い影が三遊間を切り裂く。

 

 

きっちり振り抜いた東条。鋭い当たりが三遊間を抜け、これで連続ヒット。

 

 

「連続ヒット!!」

 

「ナイス東条!!」

 

「これで一死一塁三塁!! チャンスで――――!!」

 

 

ここで、4番沖田。甲子園を沸かせたあのスラッガーに回る。

 

「ここで決めてくれ~~~!!」

 

「まずは先制!!」

 

「走っていいんだぞ、東条!!」

 

絶好の場面で、最高のバッター。

 

 

一塁ランナーの東条がすかさず投手にプレッシャーをかけるかのようにリードを大きくする。

 

 

――――助かる、東条。緩い球なら走っていいんだぞ。

 

 

初球外角のストレート。強打者相手にこの選択は間違ってはいない。だが、甲子園であれだけアウトコースを狙い撃ちした、この打者には愚策ではあった。

 

 

外角のストレートを捉えた当たりは、ライトフェンスオーバー。この圧倒的な打撃力が沖田なのだ。

 

 

投手の心を打ち砕く、沖田の一撃。外角であるなら流してフェンスオーバー。基本に忠実な打撃を元に、沖田のバットは止まらない。

 

「入ったァァァァ!!!」

 

「さすが青道の主砲!!」

 

「さすがすぎるぞ、この野郎!!」

 

「青道の怪童!!」

 

青道の応援席からは大きな声援。ホームでの試合で気合が入っていたために、何としても先制点が欲しかった。

 

さらに――――

 

「御幸がヒット!! この回点を取るぞ!!」

 

ランナーなしの場面で御幸が三塁線を破る長打。一気に二塁に到達し、これでまたしても一死二塁のチャンスを迎える青道。

 

 

ここで、白洲が選び絶好の場面だったが―――――

 

「くっ!」

 

前園がここで痛恨のゲッツー。ここで繋がった打線を切ってしまう。

 

しかし、先発の沢村はスライダーを封印したことで、安定感を見せる。

 

 

先頭の右打者に対しては、

 

――――ストレートも若干球速が上がった。これなら

 

 

初球外角低めのコースに決まるフォーシーム。やはり初対戦では手が出ない。打席の相手選手もバットを出そうとはしていたが、バットが出る前に球が到達するのが早い。

 

「っ」

驚いた表情をしており、恐らく遠目からの感覚とかなり違うことを感じたのだろう。

 

「スイングっ!!」

 

 

「ストライクツー!」

 

続くボールはサークルチェンジ。スクリュー気味に落ちるチェンジアップ。右打者にはこの球が有効である。

 

相手選手はバットを出してしまい、ボールになったこのサークルチェンジに手を出してしまう。これで追い込まれた。

 

3球目は高速パームにファウルで逃げる。今日の高速パームはあまり落ちない。

 

 

だが、夏での悔しさで思い知ったこと。それは一つの変化球に頼る事の恐ろしさである。

 

――――スライダーをいつか使えるその日まで――――

 

沢村は決意する。

 

――――その前に俺が折れてちゃ、話になんねェだろうが!!

 

 

右打者に襲い掛かる一撃。内角のコースを突いた速球に手を出すどころか、仰け反ってしまった。

 

「ストラィィィクッ! バッターアウト!!」

 

先頭打者をまずクロスファイア-で見逃し三振。続く左打者にはアウトコースの真直ぐでゴロに打ち取る。

 

 

最後も――――

 

「打ち上げた!!」

 

打球は力なくうち上がり、サード方面へと向かう。

 

「サードっ!!」

御幸の鋭い声とともに、沖田が捕球体勢に入る。そして―――

 

「アウトっ!!」

難なく起きたフライを処理し、沢村が立ち上がりを完璧に仕上げる。

 

「しゃぁぁ!! 沢村ぁ!!」

 

「いいぞ、沢村!!」

 

「この安定感が沢村だろ!!」

 

 

その後、得点を重ねに重ね、4回で9点を奪う猛攻。そして、5回にも東条のソロホームランでついに二桁得点を達成し、マウンドには予定通り背番号1、大塚が向かうことになる。

 

 

久しぶりの実戦。怪我明けの大塚の第一球。

 

左打者、低めのインコースにまずカッターが決まる。内に切れ込んでくるこの速球の変化に、まず打者は戸惑った。

 

「ストライクっ!!」

 

しかし、夏の甲子園で見せたような剛速球は見せていない。やはり病み上がりなのか、力を目いっぱい入れていない。

 

 

しかし、真ん中内寄りから内側一杯を狙ったわけではない大塚。初球はボールにするつもりだったのだ。

 

 

――――ずれる―――けどカウントを取った!

 

自らを落ち着かせるように、大塚は初球カウントを取ったことに安堵する。

 

 

 

そして、秋大会が始まる前に送られた、ある忠告。

 

 

 

――――縦のフォームは、体に負担がかかる。

 

アメリカの知人からのアドバイス。今は体を軸にして投げることだけに徹するべきだと言われたのだ。

 

――――今は、基本をしっかりと固める。左足を上げた瞬間に、

 

少しだけ、右肩を下げる。そうすることで、しっかりと足を上げ、軸足に体重が乗る。

 

――――目は一瞬切る。

 

ミットを見続けることで、体が無意識に開いてしまう。だからこそ、視線をいったん切る。そうすることで、体の開きを抑え、出所を見せにくくする。

 

――――そして、力を入れるのは一瞬だけ!!

 

右腕から繰り出される、新たな大塚の投球フォーム。鋭く、そしてそれまでの逆手の動きを取り入れたモーションから繰り出された速球は、以前よりも力を入れなくても伸びる。

 

「ストライクツーっ!!」

 

さらに低めに伸びてくるようなストレート。これは手が出ない。今度はコースに完璧に決まった。

 

 

「絶好調じゃないか、大塚!!」

 

「本選も頼むぞ、エースッ!!」

 

そして最後は――――

 

「!?」

 

打者の目線、斜め上から大きく変化する縦のカーブ。世にいうドロップ。この球がアウトコースに決まり、

 

「ストラィィクッッ!! バッターアウトォォ!!」

 

 

「ここでカーブきたァァ!!」

 

「三球三振!! テンポ良いぞ!!」

 

続く右打者にはシンキングファストで詰まらせ、力のないゴロを打ち取る。これでツーアウト。1イニングとはいえ、甲子園での調子に近づきつつある大塚。

 

だが、片岡は大塚のフォームの変化に気づいていた。

 

――――効率化が進んだな、大塚。怪我を経験し、実力ではなく、チームに長くいるためのフォームを見出したか。

 

 

そして、受けるキャッチャーの御幸も、甲子園程ではないが、大塚の凄みは健在であることを感じていた。

 

「ナイスボールっ!」

 

――――まだ速球とカーブだけだが、調子もいい。これで試しながら投げているというから恐ろしいな

 

最速も恐らく140キロを超えているだろう。さすがに149キロほどの早さは感じないが、沢村や、柿崎のような力感を感じさせないフォームに近づいたというべきだろうか。

 

 

――――そうだな、後に見たいのはSFF。

 

外角にミットを構える御幸。

 

 

SFFの握り。大塚は楊舜臣の投げていた落ちるボールを考えていた。

 

――――もしかして、彼は俺のSFFの握りに気づいているのだろうか。

 

大塚は、このSFFを投げる際に手首を寝かさない。ストレートのように手首は立てる。コントロールは厳しいが、それでもどこで落とせばいいのか、どこで離せばいいのかが分かる。

 

 

 

そして―――

 

 

 

 

「ストライクっ!! バッターアウト!! ゲームセット!!」

 

最後はワンバウンドのSFF。若干荒れたが、ストレートがある程度走っている今、この低めに手が出る。

 

 

「―――――っ」

大塚は不満げな顔をしていた。自分の決め球だったSFFがあそこまで荒れていた。たった数週間。数週間なのに、自分の制御下から離れ始めている。

 

「―――――違うっ。これが俺の――――――」

 

 

これは断じて、自分の描いたSFFではない。

 

 

 

マウンドにいる彼の独り言は誰にも聞かれることがなかった。

 

 

 

 

 

「しゃぁぁ!! コールド!!」

 

「まずは大勝!!」

 

「最後はナイスピッチ、大塚ァァ!!」

 

 

「あ、ああ。怪我明けで1イニング限定とはいえ、完全は幸先がいい、かな」

自分の投球にあまり満足していない様子の大塚。

 

「秋大会はまだ始まったばかりだ。これから取り戻して、夏のお前も越えていけばいいんだよ。俺もお前も、あの舞台でリベンジするためにな」

御幸がエースのフォローに入る。繊細な部分は元々あった。入学当初から異様なまでの完ぺき主義。それは絶対的な制球力が支えていた。

 

 

その根幹が崩れ、技巧派の面が薄れているのだ。

 

 

「これからお前も馬力がつくだろうし、球威で押して行け」

こうでも言わないと、大塚は納得しないだろう。力勝負にこだわることが好きじゃないわけがない。

 

坂田との勝負は力でねじ伏せたのだから。

 

 

 

「――――解りました。甘いボールよりも、外れたほうがいいですね」

まだやや納得はしていないが、コースを外れることは仕方ない、致命傷にならなければいいと納得した。

 

 

――――けど、やっぱり坂田クラスだと、今の大塚は確実に撃たれるな。そんな化け物が東京にはほとんどいないのが幸いだが―――

 

御幸も、甘いところにはいかず、そこそこ球威のある今の大塚なら崩れることはないだろうと考えるが、規格外の化け物と戦う時を考えると、不安に思う。

 

 

が、それを大塚には言わない。それは、本人が自覚しており、意識させてはならないことだ。

 

―――――まだ、秋大会は始まったばかりだ。大塚の調子も、上向いてくれるはず

 

 

 

傍から見れば安定しているように見える大塚。だが、投球に関わっている本人と正捕手は、不安定であることから目を逸らすことが出来ないでいた。

 

 

 

この新生青道高校は、秋大会でどんな活躍を見せるか。

 




大塚君は怪我からの病み上がりもありますが、体格の変化とともにフォームに誤差が生まれてきました。

入学時 179cm→秋大会 185cm


将来体格に恵まれた投手になると思いますが、その将来への投資が足枷になっています。しかも、まだ成長は止まりません。


こればかりはどうしようもないです。



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第85話 開幕!! 秋大会本選

会社で連勤していたら、いつの間にか日数が過ぎていました。




東京都、高校野球秋季大会。全国に名を轟かせた天才が青道に完全復帰。地区大会で1イニングを投げ、納得、当然のパーフェクト。

 

 

だが、それだけではない。投球パターンが変わってきたのだ。ストレート、パラシュートチェンジ、SFFなどの空振りを奪い、癖球で打ち取る幅に加え、カーブ系を習得したのだ。

 

ドロップカーブとストレート。3人をこの2球種で料理した。

 

他校の偵察班というと――――――

 

「これが、天才」

 

「カーブとストレートの腕の振りが変わらねぇ――――どうやって見分けをつけりゃあいいんだよ――――」

 

完璧すぎる投球を前に、弱点など見つけられない。むしろ、唯一の収穫はドロップカーブを完全に習得したという情報のみ。

 

 

青道の天才が秋大会に万全の体勢で獲りに来る。これが、他校にとっては大きなプレッシャー、大きすぎる壁となる。

 

そして、その地区予選での彼の復調ぶりを目の当たりにしたOBたちはというと。

 

「やっぱり大塚だな。沢村もスライダーがダメになったものの、安定感はあるんだがね。」

やはり、投手の柱になれる器であることは、疑いようがない。新チームの始動は遅かったが、柱が残ってくれたことは大きい。沢村をエースに据える必要を予測していただけに、彼の復帰はありがたい。

 

「後ろに川上と降谷がいるのも心強い。一転して投手王国じゃないか。」

 

 

「丹波も甲子園で凄い投球をしただろ? あの横浦を2点に抑えたんだからな」

そして、すでに引退した丹波へも言及する。幾多の好投手を炎上させた横浦に唯一、先発の役目を果たした投手だ。彼は名門大学への進学を希望していると言う。

 

「ああ。まさかアイツがあそこまで大きくなるとはなぁ。この1年はアイツにとっていい経験になっただろう。」

 

1年生の頃からずっとくすぶり続けていたエースが、最後の夏で結果を出した。青道のエースとして、あの夏は名乗ってよかった。

 

 

さらに――――――

 

「――――制球の良さは変わらず、か」

 

「あの大塚の息子、話題性、実力も十分」

 

「アマチュアの中にプロがいる様なものだ。リリーフならパーフェクトが当たり前だと自然に考えてしまう。それほどの安定感だ」

 

プロのスカウトたちも、大塚の総合力の高さに舌を巻く。父親の大塚和正は8月ごろにチームに合流したにもかかわらず、何と7勝。9月のビースターズの躍進の立役者となり、3位キャッツと激しいAクラス争いを演じている。

 

そして注目の防御率は0点台後半。ブランクを感じない。

 

「だが、息子は父の影響を強く受けているのか、成長スピードが並ではない。見据えているモノが違うようだ。」

 

すでに、大塚和正の後継であることを知っているスカウトたち。だが、暗黙の了解でその事実はマスコミに伏せている。

 

――――次世代の野球界を担う存在の一人だと。

 

「――――まあ、うちは行かせて貰いますね」

 

「――――親子でプロ野球―――――それも同時期になれる可能性がある」

 

奇跡のような、漫画のような展開。それがもう現実となるのではないかと。

 

 

 

続く2回戦もその力を期待される。

 

そしてある日の青道野球部。

 

 

 

 

「あれ? 沖田君はどこにいったんだろう?」

小湊春市が、沖田の姿を探す。だが、グラウンドにいない。自主練に姿を現さない日はほとんどなかった彼が、いないのだ。

 

何時も一年生の中で自主練を精力的に行っていた彼がいないことに、彼は違和感を覚える。

 

 

「沖田も365日練習しっぱなしではないだろ。ま、俺が追いつく時間が短くなるだけだけどさ」

そして、金丸は沖田を勝手に目標としており、格が少し違うと感じてはいるが、それでも張り合う事で自分が成長出来ることを解っていた。

 

「うん。沖田君もストイックすぎるからね。何か個人的な趣味があればいいと思うんだよね」

野球一筋の沖田は確かに心強いが、やはり野球以外の話をしたいのも事実。野球のトレーニング方法や、守備での意識改革を提唱する沖田は、野手面で青道にいい影響を与えていた。

 

特に、金丸は広角に打ち分ける沖田の打撃センス、ではなく、その鍛え上げた技術に目を惹かれていた。

 

だが今は違う。

 

動から動の動きを取り入れた、金丸の編み出した打撃理論。まだ結果はあまり出ていないが、理想通りの動きが出来た時は素晴らしい長打を打てている。

 

課題はまだ体が慣れていないこと。あともうすぐ、体がなじむまであともうすぐだと本人も悟っていた。

 

 

そして、そんな二人の自主練を目の当たりにしていた川島と狩場、そして金田。

 

彼らは沖田が何故いないのかを知っている。そして、あまり関わりたくないと考えていた。

 

「東条と木島が沖田を連れ去っていたが、関わらない方がいいな――――」

 

「ああ。部内でも生粋のドルオタだからな。」

 

 

東条と木島先輩に連れ去られた沖田。

 

 

 

「大塚君に投球を教えてほしかったけど、今日はいないね。そして、俺も連れ去られたくないなぁ」

危険を察知し、近づかなかった。だが、3人にも後に魔の手が迫ることをこの時はまだ知る由もなかった。

 

 

そして、高校球児が日常を満喫しつつ、公式大会での戦い方が出来始めている中―――

 

 

「――――甲子園準優勝、多くの有望選手を擁しながら、けがに泣かされた夏――――」

青道高校校長室。森校長は青道の今年の夏について推察する。

 

西東京大会予選では、市大を打ち破った薬師相手にコールド勝ち。仙泉高校にも競り勝ち、決勝ではあの成宮を攻略し、稲実に完勝の内容。長年の宿敵相手に、昨年のリベンジも含めて、予選での戦い方には文句のつけようはなかった。

 

「甲子園開幕戦を勝ち、2回戦はあの西邦との対決、そこからだ―――――」

森が指摘した問題の2回戦。ここで、大塚は故障の限界に近づいていたのだろう。誰にも言わず、自分の限界を弁えなかった、その果ての準決勝であり、全てに繋がる。

 

甲子園初登板で、完全試合寸前という驚異的な投球。大塚の実力は疑いようがない。だが、故障してしまっては元も子もない。

 

 

そして大塚の故障が悪化する中、青道は躍進を続ける。

 

3年生エース丹波の覚醒。3回戦では5回1失点。そして今まで好投を続けていた沢村が打ち崩された。試合はサヨナラ勝ちで準々決勝に進んだものの、ここから青道の抱えていた問題が浮き彫りになっていく。

 

「片岡監督が言うには、スライダーを見極められたのが原因だと言う。しかし―――」

 

 

準々決勝で化けの皮が剥がれたのか、沢村は先発の役割を果たせず、6回4失点。降谷の好投などがあり、試合は快勝。

 

そして、青道の名が一番全国の名に轟いた瞬間がやってくる。

 

「エース丹波の大舞台での好投。好投手を悉く打ち砕いた横浦を、見事抑えて見せた。それが、青道のアピールだった」

 

だが、最終回のクライマックスにその時がおとずれてしまった。

 

 

天才大塚の怪我、脱水症状の降谷。二人の投手が一気に消えたのだ。これにより、継投で勝ち上がってきた青道にとっては痛すぎる事態。

 

「―――――しかし、このアクシデントはイメージに傷がつきましたからねぇ」

林教頭は、準決勝での負傷が青道のイメージダウンにつながることを危惧していた。

 

そして、現在もそのような報告が上がっている。昔からのファンは片岡監督のことを支持しているが、あまり知らない甲子園ファンは彼の事を糾弾すらしている。

 

「だからこそ、私が呼ばれたという事ですか」

 

「その通り。片岡監督が秋大会で、この戦力で優勝できない場合、次の大会は頼みますよ、落合さん」

生徒を集めることに躍起になっているとはいえ、森校長は片岡監督の事を十分理解している。彼が曲がったことを嫌う性格であることはよく知っている。しかし、青道のイメージダウンも痛い。

 

――――すり合わせた結果、これが限界のようです、片岡監督。

 

在校生も、OBも、そして日常での教育ぶり、その全てにおいて評判がよかったのだ。厳しいところはあるが、それでも生徒を見捨てない姿勢に、一人の教育者として好感を覚えているのも事実。

 

落合博光を招集したのは、他校から優秀なコーチが欲しかったという事、名門校では複数の指導者が協力体制で練習を行っていることを耳にし、その形を踏襲したいと考えているのだ。

 

「優秀な選手が揃う今の青道は、とても魅力的ですからねぇ。ええ、秋大会で必ず、このチームを甲子園に、そしてその向こう側の大きな大望」

 

――――彼ら二人がこの学校にきたことが、運命だったのかもしれんな。

 

 

森校長が画策した大いなる大望。大塚、沖田という史上最高の選手らによって、青道は大きく躍進した。まるで、かつてのKKコンビを彷彿とさせるかのようにも思えた。

 

 

「――――春夏連覇―――――その可能性はどうかね、落合さん?」

 

森が尋ねる。この戦力でその大きな目標に辿り着くことは出来るのかと尋ねる。

 

「まだまだですね。ですが、一冬を越えれば選手は大きく成長しますからね。ですが、賭けて良いと思いますよ」

 

――――後に伝説になるかもしれない選手を指導できることは、とても光栄なことだ。

 

 

秋大会、史上最高のやる気を見せた青道高校。伝説のシーズンの礎を作るため、躍進できるか。

 

 

 

 

青道があっさりと予選を通過したことは、他のチームにも行き届いていた。夏予選、西東京の大本命を叩き潰した真の大本命。

 

やはり、青道の大塚栄治は侮れない。それが共通の認識であった。強豪校がいないとはいえ、一次予選はすべてコールド勝ち。3番東条、4番沖田の並びはやはり脅威。

1年生に投打の柱がある分、勢いはすさまじいものがある。さらには大舞台での沖田の勝負強さ、東条の巧打は脅威だ。

 

そして同じく、西東京で有力なのは夏予選決勝で青道に敗れた稲実。2年生エース成宮を完全に打ち崩され、打撃陣は大塚の前に沈黙。特に、大塚に苦汁をなめた2年生がここからどう立て直すかが注目された。

 

ズバァァァァァンッッ!!!

 

乾いた音がブルペンに響き渡る。稲実のエース成宮は、夏の雪辱に燃えていた。

 

「調子はいいみたいですね、成宮」

 

林田部長は、夏予選から調子を取り戻している成宮の状態に安堵する。夏予選終了後の成宮は、去年ほどではないが落胆の文字が現れていた。

 

それもそうだろう、と林田は心の中で結論付けた。年下の1年生に甲子園であれだけの投球をされれば、押さえ切れない感情が出てしまうのは当然だ。

 

何よりも、上級生たちを甲子園に連れて行くことができなかったという責任。自らの悔しさを上回る悔恨が、成宮を奮い立たせたのだ。

 

「鳴さん、次、チェンジアップ」

 

新しく正捕手となった多田野樹(ただのいつき)。若いながら国友監督が新たに指名したキャッチャーである。

 

だが、

 

「できれば、低めに」

 

「――――いいけど、捕れんの?」

 

成宮との息がいまいち合わない。一次予選ではランナーをおいた状態でパスボール。自責点こそつかなかったが、成宮の最大の武器であるチェンジアップを投げづらくする要因でもある彼は、このエースにまだ認められていない。

 

「ブルペンで止められても、本番でやってくんなきゃ困るんだけど。あいつら相手にチェンジアップ投げられないのは俺でもきついし」

 

成宮が見据えているのは青道との対決。この決め球を使えずに挑めば夏の二の舞になることをわかっているのだ。

 

「とめます!! たとえ、この体がボロボロになっても―――」

 

「だから~~!! 気持ちだけじゃ、限界があるって!!」

多田野言葉をさえぎる成宮。

 

「気持ちだけでとめられるわけねーだろ。精神論だの、気持ちだの、それは弱いやつの常套句なんだよ!!」

多田野の心意気がわからないわけではない。むしろ、よく彼はがんばっているほうだ。だが、それでは足りないのだ。

 

 

投打の柱である大塚と沖田は、そんな弱みを見逃してくれるほど甘くはない。むしろ、容赦なくつけ込んでくる。そういう冷静に相手の弱点をつくことができる。

 

それに、ブロック予選本選の組み合わせは明日と迫っている。東東京の帝東も含め、強豪がひしめく東京秋季大会。

 

レギュラーの2年生達は、大塚へのリベンジに燃えている。だが、代わりに入った昇格組みとの温度差が国友監督にはきになっていた。

 

 

 

そして、薬師高校。練習試合24連勝。完敗を喫した青道との再戦は最後までなかったが、それでも強豪校を打ち破り続けるその自力の成長に、世間の前評判は高い。

 

「明日のブロック予選本選。どことやりあうと思います?」

エース真田は、この秋大会の展望を轟監督に尋ねる。

 

「いきなり青道とやりあうことになるのは避けてぇな。」

ここで、思わぬ発言に真田は目を白黒させる。

 

「一番の懸念要素は大塚だ。やつが甲子園で投げ始めたドロップカーブ。投球の幅が広がり、ますます手がつけられねぇ。ほかの高校がデータを蓄積させてくれれば上等な方だな。」

 

大塚栄治。ストレートの球速こそまだ144キロと戻りきってはいないが、140キロ前半のスピードを維持している。さらには多彩な変化球にそれらを操る制球力。

 

「青道の核は投手力だが、甲子園でも見たようにあの坂田が手も足も出なかった」

 

「坂田久遠。あれほど熱い打者でも、ですか」

 

轟の目には、坂田と大塚の絶対的な力量の差を感じていた。むしろ、大塚が万全であれば勝負になったかどうかもわからない。

 

「ああ、あれはとんでもない金の木だ。あいつは間違いなくプロ野球、いや、メジャーすら視野に入れられるほどの逸材。つうか、あいつの投球はやつに似すぎているんだよな」

轟雷蔵が注目するのは、その投球スタイル。

 

圧倒的な制球力。多彩な変化球、すべてのボールが決め球になりえる中、その中でも特に輝きを放つのが、

 

 

日本のレジェンド、大塚和正の代名詞とも言えるSFF、パラシュートチェンジ。さらにはそのすべての変化球を背負うに足るストレート。

 

 

「やつの起源がどうなのかは知らんが、あの化け物はやつの劣化コピーといってもいい。ワンチャンス、そしてうちがやれるのはそれまでに最少得点で粘ることだ」

 

「俺と三島がゼロに抑えれば問題ないじゃないっすか。相手は甲子園準優勝。テンション激熱っすよ!」

 

「うちの馬鹿息子に大塚和正のイメージを刷り込ませたが、如何せんうまくいかねぇ。やつはイメージだけで打ち崩すのは無理だからな。」

 

イメージでトレーニングをひたすら積んできた彼にとってはまさに天敵とも言える。その理由は彼らのもうひとつの武器にある。

 

フォームチェンジ。

 

打者の間合いを見て、タイミングとフォームを変える。それこそゲームに出てくる決められたとおりに動いてくる単純な敵ではない。彼にとっては最悪の、

 

 

思考する敵。

 

 

つまり、轟の能力を押し上げたスキルが通用しない。彼に勝つには、その場限りでの対応力、一球に対する集中力が求められる。

 

そして、その過程で浮き彫りになるもうひとつの懸念。その条件を満たす打者が青道にいるということだ。

 

 

沖田道広。甲子園の怪童。技術力で長打を放つ、轟とは違うタイプのスラッガー。真田のシュートをしとめるあの集中力は、やはり脅威である。

 

「つまり、甘い玉は持ってのほかってことっすよね。」

 

沖田には最悪歩かせてもいいと考える薬師高校。東京すべての高校が、この2人に注目していた。

 

 

 

そして最後に、明川学園。

 

「これが、最後のチャンスか。」

楊瞬臣は、アジア大会での凱旋を経て、この母校に戻っていた。大塚栄治と日本で対決する最後のチャンス。運よくプロ入りできればその後の可能性も出てくる。

 

「瞬臣が投げれば負けない!! 選抜、絶対に行くぞ!! 俺達が少しでも楊を楽にさせるんだ!!」

チームメイトたちは声高に叫ぶ。彼の負担を軽減することこそが、選抜への道だと説く。ワンマンチームに見えるかもしれない。実際彼のチームでもある。

 

 

だが、それはチームの総意によって構築されたワンマンチームであり、雰囲気は唯我独尊というものではない。

 

 

 

 

 

「ああ。あの舞台に上がる意味を俺は知りたい。」

あの天才があそこまで固執した理由。怪我を押しての投球、そしてその内容。

 

彼が剥き出しの闘志をぶつけたのは3度。それは楊に対して、坂田久遠に対して、最後に元盟友、黒羽金一に対して。

 

――――日本の高校生が甲子園に何を見出しているのか、それが俺は知りたい。

 

 

高校生アマチュアナンバーワンの実績を誇る男が、秋大会に出陣する。

 

 

 

 

 

そして本選抽選日当日。ここには一次予選を勝ち上がってきた強豪校がひしめき合っていた。

 

 

「初めての抽選、感想どうですか、御幸先輩」

その会場にやってきたのは、青道高校の新キャプテン、御幸一也とエース大塚、最後に片岡監督だ。

 

「まあ、どうかな。あんま実感がわかねぇや」

御幸としては内心、死のブロックになるのは勘弁したいと考えていた。投手力が充実し、沢村と降谷の課題が明確になり、川上と大塚が安定している。

 

普通にやれば、一方的に押される展開にはならないはずだ。だが、やはり強豪校との連戦はチームにとって大きな負担ともいえる。

 

 

――――まあ、甲子園への道が甘くはないってことはわかってるけどよ

 

御幸が無意識なのか、それとも意識しているのかは解らないが、少し浮き足立っていることに気づいた大塚は、

 

「一回戦で強豪と当たってもいいんですよ。やることは変わりません」

夏の大会以降、大塚の雰囲気が変わりつつあった。それは相手を見下しているようにも見えなくはない。だが、成宮のような調子に乗った様子でもない。

 

――――エイジ、お前は何を考えているんだ。

 

御幸には、大塚の変化が解らない。彼が夏を経て何を思ったのか。以前よりも総合力でさらなる進化を遂げた彼が見据える先とは何か。

 

「おいおい、他の高校に聞こえていたらどうすんだよ。マークが一層厳しくなるじゃねェか」

御幸が諌めるも、

 

「甲子園準優勝をみすみす見逃す高校が、ここにいると思いますか? 一回戦から偵察もわんさか来ますよ。だからカーブとSFFしか晒さなかったんですから」

 

 

他の球種の状態を相手高校に悟らせない。そして決め球は未だ健在であることを知らしめる。追い込まれたら終わり。早打ちに徹するだろう他の高校の行動が容易く読める。

 

 

――――容赦が、なくなったな

 

相手との勝負を楽しんでいた大塚が、今では相手を徹底的に叩き潰すことに全力を尽くしていた。

 

 

今の大塚には、冷静さが少し足りない。御幸には、大塚の情緒が安定していないように見えた。何に焦っているのか、彼が見ているモノが解らない。

 

 

それはきっと、これから対戦する相手の事ではないのだろう。

 

――――エイジ、お前―――――

 

「? どうかしましたか、御幸先輩」

 

 

「い、いや。なんでもねぇ――――」

 

大塚は新チームの中でも未だに信頼を確実なものとしている。だが大塚本人は、やはり完ぺきを求めてしまうがゆえに、そのかげりに目が行ってしまうのだ。

 

 

 

そんな複雑な心境を抱えたまま御幸は、淡々と抽選を引き――――

 

「16番」

 

その瞬間、会場が湧いた。

 

 

 

 

そして、青道が16番を引き当てたことに関して、笑みを浮かべる者がいた。

 

「へぇ、アイツといきなり当たるのか」

 

帝東のエース、向井太陽。初戦で青道と当たることになり、その試合を投げることにうずうずしている。

 

「太陽。アイツは掛け値なしの怪物だ。より一層お前の投球が重要になる。」

正捕手の乾は、大塚に対して警戒心をあらわにしていた。甲子園であの西邦相手に一安打、完全寸前まで追い詰めた、

 

 

一打席とはいえ、ドラフト候補だった坂田久遠を全く寄せ付けなかった。しかも、満身創痍の状態で彼に勝ったのだ。

 

最速144キロとはいえ、以前にはなかったドロップカーブを習得し、さらに手が付けられない。制球力は向井といい勝負、球威と投球の幅は完全に負けていると解っているのだ。

 

だが彼が恐れを抱いたのは、そんな具体的なイメージではない。

 

―――――マウンドに立つ奴の威圧感、アレは雷どころではない。

 

それは驚きを感じさせるものではない。それは言うなれば、青空のような当たり前の光景。

 

 

彼が高校野球で君臨することが、当たり前に思えてならない。

 

 

打線も、向井から大きい当たりを打った打者が中軸にいる。青道の怪童、沖田。ドラフト候補の柿崎から2安打。東条は3回戦でナックル投手から固め打ち。

 

そして甲子園でサヨナラを決めた2年生御幸、1年生でレギュラー入りした小湊。

 

大塚だけではなく、沢村、降谷、川上の強力投手陣。

 

青道は帝東が初戦と決まった以上、大塚を投入するだろう。故に、必然的に向井との投げ合いになる。

 

 

「難しい試合になるな」

 

「あのスカしたやつにもリベンジできる機会が来ただけですよ。ついでに東条にも」

負けん気の強さだけは、向井も大塚には負けてない。だからこそ、乾は不安なのだ。

 

 

 

 

そして一方、くじ運が向いていたのか、それとも24連勝していた勢いなのか、薬師高校は決勝まで青道とは当たらず、稲実も青道側のブロックに入った。

 

「上々のくじ運だな、おい」

轟監督は、この組み分けに非常に満足した。青道と稲実が順当通りに進めば、3回戦で彼らはまた激突する。そこでどうしても大塚を先発させることになるだろうから、決勝までの先発にも不安が残る。

 

 

「まあ、うちも準々決勝でまた市大三高と当たるんですけどね」

因縁深い相手でもある。正直勝つ事は出来たが、こちらの投手陣も大量失点し、勢いで勝ったようなものだ。慢心は欠片もない。

 

市大三高には夏終了後から復帰した2年生エースの投球は圧巻の一言。予選から調子がいい。

 

そして準決勝では

 

「ついに当たっちまうかぁ、楊舜臣」

準決勝、勝ち進めば必ず彼と戦うことになる。

 

 

アジアのアマチュア球界最高の投手。アジア大会MVP、ベストナイン。打撃では柿崎から先制2点ツーベース。日本のエースを叩きのめす打撃も備えている。

 

消耗して敗退してくれるのを願うだけである。

 

 

 

 

「まあ、青道には頑張って強豪を潰してもらうとしようかなぁ。といっても、うちらも楊を打ち崩さないとな」

 

青道の組み分けはかなり過酷なものだ。初戦で同じく甲子園出場の帝東。光南に完敗したとはいえ、やはり侮れない相手だ。

 

続く2回戦は解らないが、3回戦では今年の夏予選決勝の再現、稲実との因縁の一戦も控えている。

 

 

 

 

甲子園からの流れなのか、青道は悉く苦境に立たされることになる。

 

 

 

東京での今後の勢力図を占う今年の秋季大会。1年生投手の台頭、2年生の意地、そして、最後の高校野球にかける台湾のエース。

 

最後に笑うのはどの高校か。

 

 




神の視点(読者視点)で見えていた大塚の驕り。今までは神々しかわかりませんでしたが、ついに御幸が気づき始めました。



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第86話 気弱なエース

言い訳はしません。遅れました。

落合氏と大塚の関係性について悩んでいました。

恐らく、今後変化があると思います。


青道野球部の本選抽選での結果に対する反応はというと、それは言うまでもない。

 

「おいおい。初戦の相手が帝東!?」

倉持は、まず初戦に驚き、

 

「3回戦、順当通りで稲実……」

白洲はその次に当たるであろう因縁の相手がすぐにやってくることに危機感を抱いた。

 

「準決勝は、どこだろうな、仙泉かな?」

何となく相性が悪かった真木を思い浮かべる沖田。彼に対して4打数無安打。唯一ヒットを打てていない。

 

運もあったが、彼の事を少し意識しているのだ。

 

「まあ、幸いなことに楊は逆ブロックなのが救いだよな」

 

チームメイトたちは、アジア大会でさらにスケールアップし、最早大塚と遜色のない実力を誇る怪物投手との対戦に嫌そうな顔をする。

 

特に、アジア大会で日本代表を相手に完全試合をした印象は、強烈なものがある。

 

坂田久遠がいないとはいえ、日本のスラッガーたちを悉く抑え込んだのだ。連戦を気にする展開ではなかったので、アレが彼の全力なのだろう。

 

簡単に言えば、万全の状態の大塚栄治が相手チームにいるという事だ。

 

 

 

「ま、まあ、決勝まで薬師や市大三高、明川とは当たらないわけだし…」

御幸がブロックで何かポジる要素がないかを探り、適当にその3校を示すも、

 

「死のブロックじゃねェか。おまっ、くじ運にもむらがあるのかよ…」

 

青道に不利になるように仕向けた神の仕業なのだろうか。

 

 

「とにかく、夏とは違うチームです。チーム力のダウンは、全国の高校に言えることです。故に、いま大事なのは少しでもデータを取る事。偵察班からのデータの洗い出しが急務と言えますね。」

だがここで大塚は、冷静になる事をチーム全員に求める。

 

「そうだ。稲実は扇の要の原田が引退して、新しい正捕手。打順もあの2年生世代以外は、まだ調子が上がっていない。薬師は引退後の方が怖いけどな。」

 

予選であの正捕手が成宮のチェンジアップをパスボールしたというのは、偵察班の渡辺から聞いている。

 

それに、その試合では何度もチェンジアップを零すシーンが見受けられた。そのため、御幸は稲実バッテリーがまだかみ合っていないことを看破する。

 

――――確かに能力だけ見れば、一番ヤバいのは稲実だ。

 

野球はチームワークが大事。能力が凄い集団がいようと、団結できなければそう簡単に勝てない。

 

 

――――だが、恐ろしいのは薬師だ。引退後に練習試合を吹っかけて、24連勝。

 

 

対戦した時も、2年生1年生主体。経験を積んだ彼らの爆発力を警戒する必要があり、薬師と決勝まで当たらないことは不幸中の幸いだったと言える。

 

まあ、明川学園と薬師のどちらかしか当たらないので、何とかなりそうだが。

 

 

 

 

 

「とにかく、初戦の相手の向井だが、2年生に多くの対戦経験があることが救いだな。左打者にとっては相当見極めがしづらいが、沖田、東条と相性がいい打者がいるのもいい。」

 

この二人は彼からホームランを打っている。白洲がまずは相手エースについて言及する。

 

「ああ。けど他の打者はあんまりタイミングが合っていなかったから、大量点は望めないな。」

 

「左投手のスクリューはやはり希少ですが、逆方向を意識し、ボールの見極めが出来ればいいでしょう。」

沖田は、攻略方法にセンター返しを挙げる。

 

「―――――」

その中で独りだけ、前園が固唾をのんでその話を聞いていたが、誰も気づかない。

 

「甲子園では光南に大敗を喫したが、それでも序盤はつけ入るすきが少なかったのも事実。あのコントロールは大塚に匹敵する。」

片岡監督も、この向井は1年生ながら底知れないポテンシャルがあるとみている。

 

「――――ですが、球威はそこそこぐらいです。彼の登板した試合を見る限り、球数が嵩んでいるのも事実です。この手の投手はコントロールがいいので、コースを狙いすぎる傾向にあるようですね。」

 

向井の投げた試合のデータを片手に、球数の多さを指摘し、その上で投手の傾向を見破る大塚。

 

 

 

「剛速球を持っているわけでもない。制球がいいのでフォームも綺麗で整っている。タイミングを外すボールもありません。舜臣先輩や成宮先輩に比べれば、そこまでの投手ではないですから」

 

 

 

「――――大塚」

 

 

「当然です。俺が帝東戦で先発をするという事でしょうか?」

 

 

「ああ。沢村は続く第2戦の先発、リリーフに川上と降谷を準備させておくが、出来れば完投してもらいたい。」

初戦ですべてを出し切る総力戦だけは避けたい。故に、片岡は大塚に完投をしてもらいたいのだが、

 

 

「――――解りました。」

何の感慨もなく、大塚はそれを了承する。自分が投げなくてどうするのか、こういう好投手との戦いで逃げだすようでは、エースとは言えないと言わんばかりに。

 

この投手に投げ勝つ事で、チームを勢いづける。

 

 

 

青道が、秋大会を制するのだという事実を知らしめるために。

 

 

 

横では沢村が騒ぎ、降谷が闘志をむき出しにしていたが、大塚は最後まで気づくことが出来なかった。

 

 

「待ってろ!! スライダーが復活したらエースは俺のモノだからなぁ!!!」

 

 

 

 

 

 

ミーティング終了後、大塚は前園が一人自主練に向かう後をつけた。

 

 

「――――前園先輩」

 

「――――!? 大塚やないか。どないした?」

 

「いえ、ミーティングの時もあまり表情がすぐれなかった時があったので、つい気になりました」

 

「――――逆方向。率を残すバッターの共通のテーマや。せやけどワイは――――」

 

 

「世の中には、プルヒッターで3割を打つ、ましてや首位打者を取る選手なんているんですよ?」

 

「そりゃ、次元が違うやろ――――」

 

 

 

「――――ゾノ先輩は、逆方向を意識しない方がいいです。引き付けて打つ、片岡監督にも昼の練習で何か言われていませんでしたか?」

 

「せ、せやな。確か、ショートの頭をイメージしろ、言うてたわ。」

 

 

「ポイントによっては、自然と逆方向にも飛びますよ。それが出来れば越したことはないですけど、それに嵌ってフォームを崩すのは本末転倒です。」

 

「せやな。ありがとな、大塚。ワイはもう少しだけ自主練するんやが、お前はどうする?」

 

「先発なので、体のケアに努めておきます。試合当日は期待していますよ、前園先輩」

 

 

 

そうして屋内練習場から姿を消そうとするが、もう一人人影が見えた大塚は、そこへと向かう。

 

 

いたのは、金丸だった。前園と同じように打撃練習をしているのだが、大塚の目には何か特別なものが見えた。

 

 

何かフォームに違和感がある。フォームの間の取り方が違う、実戦的なイメージトレーニング、に見えた。

 

 

それを見た時、晩年の大塚和正に食らいついたある打者の記憶を呼び覚ました。

 

「信二? 夜遅くまでご苦労様。けど、その練習――――」

 

 

「あ、ああ、大塚か。いや、ストレートも変化球も打ちたいからさ。何かいいアイディアはないか考えていたんだ。まあ、あんまり結果は出ていないけどな」

苦笑いの金丸。予選でも単打こそ出ているが、まだ大きい当たりは出ていない。何よりもストレートを長打に出来る打撃が鳴りを潜めているのだ。

 

しかし、大塚は金丸が何かにもがいていると感じた。何かを得ようと、努力をしている。それが昔の自分に重なった。

 

 

「予選から取り組んでいるアレ、どこで知ったの? この年でそれに取り組んだ選手を俺はほとんど見たことがない。」

 

大塚はその取り組みを一部取り入れている選手を知っている。それは、夏の甲子園で対戦した坂田久遠。完全とまではいかないが、似た動きをしているのは沖田。

 

二人に共通するのは、圧倒的な高いアベレージとバットコントロールを持っている点である。

 

 

 

動から動へと。あの打席で坂田を抑えることが出来たのは、坂田にあまりにデータがなかったこと。SFFの軌道すら初見だったのだ。

 

 

かつて父親が語った、厄介な打者はそれをほぼ完ぺきに会得していたという。足に爆弾を抱えていた状態で勝負することが惜しいと何度も思ったと彼は白状したのだ。

 

偶然にも、金丸はそれに独力で気づき、実践しようとしていた。

 

――――金丸が行き着いたのは、ある意味必然で、運命なのかも。

 

その答えに行き着いた彼の偶然と力。大塚は無性に手を貸したくなった。

 

 

 

大塚自身が知り得たものではない。父が、「こういう打者は、一番厄介だった」と言わしめたその打者の動き。

 

「動から動。それが出来た選手は、ほとんどいない。けど、それに手が届けば――――」

 

「大塚?」

大塚の目が酔っているように見えた。自分に強烈な興味を抱いている。彼が自分にこんな目を向けたのは初めてだった。

 

 

「――――手伝うよ。俺も金丸が偶然にも目指し始めた道、それを徒労に終わる現実にしたくない。」

 

 

「――――大塚――――俺がやろうとしていることをしっているのか?」

 

 

「動から動。それは嘗て父の記憶に残った選手が編み出した、究極のシンプル。間合いをゆっくり、スイングは下半身の粘りから。上半身と下半身が連動したスイングの理想」

 

沖田はそれに加えて、天性のバットコントロールを兼ね備えている。だからこそ、スイングスピードも落ちず、長打を打つ事が可能なのだ。

 

 

誰にもできるはずの、侍と称されたあの男しか使いこなせなかった打撃理論。未熟な金丸が至れる保証などどこにもない。

 

 

だが、もがいた末の答え。金丸は前に進む為にその難題に挑んでいた。

 

 

ストレートに対する反応はもう文句がない。だからこそ、変化球への弱さを克服すれば、彼はトップクラスの門の前に立てる。それは間違いない。

 

 

 

 

 

そして、そんな二人のやり取りを見ているのが―――――

 

 

「――――――――ほう」

落合コーチ。芸達者な大塚の事を以前から評価していたが、打撃理論ですらなかなかに的確なところを突いていた。

 

 

打撃マシンを使い、後ろから金丸のフォームを見ている大塚。

 

「まだ上半身でうとうとしている。下半身の動きで、上半身はゆっくり引き付けて」

 

 

「当たった瞬間、やっぱ違うな―――まだ当てるのは難しいが、打球の感覚が違う、やっぱり」

 

金丸の腕の動きが、違う。

 

 

―――――タイミングをゆっくりとろうとしている。止まるのは、打つと決めた瞬間のみ。

 

「まあ、俺も父さんから、昔こんな打者がいたよ、みたいなことを聞いているだけなので、何とも言えないけど……」

 

「だけど、何となくこのフォームの胆が解ってきたぞ。速い球はゆっくり引き付ける時間を短く、変化球はタメを長くする。スイングは下半身の動きに任せて、それに上半身は引っ張られる――――」

 

 

打撃は腕っぷしでするモノではない。上腕の力で飛ばすのではない。そんな獣のようなものではないのだ、バッティングというモノは。

 

 

――――プロですら会得できるものは少ない。

 

 

落合はある一計を案じる。

 

 

「君達」

 

 

「?? 貴方は?」

大塚と金丸は、首を傾げながらその謎の男、落合に反応する。

 

「ここは関係者以外立ち入り禁止ですけど――――!?」

慣れない丁寧語でしゃべる金丸。暗くてわからなかったが、その容貌が解った瞬間に驚く。

 

「落合コーチ!? どうしてここに!?」

 

 

「なに、自主練習をする君達を見て少し興味を持ってな。面白いことをするモノだと」

 

この男は、最近青道にやってきた、紅海大からの指導者だ。やはり、甲子園準優勝に終わった原因が影響しているのだろうか。

 

「――――(俺の所為、なのか―――――)」

心の中で、片岡監督に迷惑をかけたと感じた大塚。

 

 

「今は結果が出ていないが、その取り組みは合理的だ。問題は、力んでいることだ」

 

 

「……下半身の動きについてだが、腰の回転を強く意識するといい。更に現在君はオープンスタンスの動きだが、今はスクエアにした方がいい。」

 

 

「は、はい!!」

 

 

「まずはそれでやってみてごらん」

 

金丸は落合に言われたように腰の回転を意識するようになる。すると、

 

 

「!?」

 

大塚や落合の目には軽く振っているように見えたが、打球は鋭さを増した。しかし、相変わらず落ちるボールに対しては上体が突っ込むことが多い。

 

「君、体重移動の割合を感覚的にどうやってしているんだい?」

 

「割合?」

 

 

「――――呆れた、理知的なことをしていると思えば、ここは脆かったか」

思わず苦笑いの落合。

 

「君の場合は、ボールを前で捉えよう、ボールを呼び込む動作が致命的に出来ていない。だから自分のタイミングでしか打てない。腕力で強引にヒットにするケースも少なくない」

 

「うっ―――――」

思わず辛辣な指摘に、金丸は何も言えない。

 

「同じチームの沖田は、ボールを待ち構えている。打撃は受け身。自分から動くものではない」

 

 

「――――そうだな、今は軸足に7の体重。前足には3ぐらいにしよう。後ろに重心を残して、今度はやってみてごらん」

 

 

口で言うのは簡単だが、中々上手くいかない。だが、以前よりも状態が突っ込む回数が減ったことだけは解った。

 

「――――くっ(鋭い打球が打てなくなった――――けど、ボールには当てやすい)」

 

 

 

「まだ体が馴染んでいない。だが、馴染めば以前よりも鋭い打球が飛ぶだろう。この練習は感覚を鍛えるもの。量をやればいいものではない。1回のスイングに集中力を持ってやるべきだ」

 

 

「―――――(この人、何者? ここまで理論的な指導が出来る人は、アマチュアでも少ない――――)」

大塚も、自分よりも打撃に関して知識のある指導者にあったのは片岡監督以来3人目だ。チームメイトでは独自の理論を持つ沖田ぐらい。

 

そして大塚が目を逸らしたその刹那、

 

 

「!?」

 

近くで強烈な金属音がしたのだ。それは沖田の打席で聞いたことのある独特の金属音。

 

 

「――――――っ?」

打った金丸は、バットと手を見ていた。呆然と今の余韻に浸っていた。というよりも、何か自分を確かめているような動作だった。

 

 

「(やはりまだ青道にも原石は転がっているな。片岡監督が秋からベンチに置きたがる選手だ。パワーヒッターの育成は難しいが、ここまで未加工の原石は久方ぶりだ。)」

 

 

中には磨く必要すら感じない原石もいるが、このスラッガーは違うようだ、と落合は感じた。

 

 

今のスイングは、緩い変化球にタイミングを狂わされず、バットをゆっくり引いて、動から動のままバットを振ったスイング。

 

 

そのスイングから繰り出された一撃が、この自主練習一番の打球を生み出した。

 

 

「―――――」

余韻に未だ浸っている金丸。

 

 

「――――そうだ、それでいい。後は君の悪癖である頭の位置を動かす点だけを気を付ければ、率は自然とついてくる。」

 

 

「は、はい!!」

 

 

 

「――――基礎的な練習知識は片岡監督も負けない。けど、貴方のそれは、いったい――――」

 

 

「なに、プロに行くような選手を何度も目にすると、自然と知識が増えていくものなのさ。君こそ、他人よりも自分のことをするべきじゃないかね?」

 

「――――俺に指導を?」

 

 

「そうだね。現代の投手は、利き腕の肩を下げるなんて動作はほとんどしない。が、君はそれをしている。時代錯誤に見えるが、それは合理的だ」

 

大塚は、今の自分に馬力が足りないことを自覚し、体重移動の力をより大きくするために、左肩を上げ、右肩を下げる動作を行っている。

 

 

「まだ、君のフォームの全てを理解しているわけではない。だが、長い期間を見て、“あの選手のあのフォームにはああいう意図があった”という事実だけは教えることが出来る」

 

 

「もし、君が何かに行き詰った時、それについて相談できるほどの知識は持っているつもりだからね」

 

 

 

 

 

「―――――行き詰っていたら、結果は出せない。俺は秋大会で結果を求めないといけません。」

大塚は秋大会への思いを口にする。落合は大塚を不思議そうな目で見つめ、まだ続きそうな彼の話をさえぎる。

 

 

「――――だが、君は結果を出す。結果を出せる選手はそろっている。出来ることをすれば、だがね」

 

 

「――――落合コーチ」

ここまで浅い付き合いの人間にここまでいわれるとは思っていなかった。この人は何を見てここまで断言できているのだろうと、彼はたずねてみた。

 

 

 

 

「どうして、そこまで断言できるんですか?」

 

 

「私は、確かに出来のいい教え子を輩出したつもりだ。だからこそ、結果を出す選手の共通点というモノが見えるのだよ。君に足りないのは自信だ。実力からくるものではない何か」

 

 

「―――――落合コーチ。買いかぶり過ぎです。俺はまだまだ未熟です――――」

 

 

 

「―――――君が自分に対してどんな評価を下そうと、君はもう、このチームのエースだ。だからこそ、君のその劣等感も今後治さなければならないが、上から何かを言われても、納得しないだろう? 秋大会で自信をつけるのが君の課題だ」

このメンタル面での弱気なところを修正しないといけない。落合は謙遜と自信喪失は違うと解っているが、それでもこの投手の考え方を変えなければならないと知っていた。

 

大投手はみな、エゴが強く、気が強い。

 

それが大塚に足りないモノだと考えていたのだ。

 

 

 

 

「――――情けない話ですけど、俺からエースという言葉を連想できないんです。前任者がエースって言えるのに、解っているのに――――」

丹波を思い浮かべ、苦笑する大塚。

 

 

「君はもっと、エゴを出すべきだ。もっと自信を持っていい。だがそうだな。だからこそ、本当のエースは希少なのだ。」

 

 

 

 

 

翌朝、休日にもかかわらず、青道のグラウンドにて練習を行う選手たちへの熱い視線が多かった。

 

 

「大塚もストレートの球速は抑え気味だが、やはり制球力は陰りすらない」

 

「ああ。やはり、この世代最高の投手は奴だな」

 

ブルペンにて、変化球を交えながら一球ごとにコース指定をする彼の投球練習は、アマチュアの空気ではなかった。

 

間合いを確かめながら、自分のペースで投げ込んでいる。その厳しい視線は捕手のミットに定まっていた。

 

 

やはり部外者であるが故、なのか。大塚と御幸が考えている「大塚栄治の制球力に陰りがある事」について気づく者はいない。

 

 

 

 

「川上も、カットボールを覚えてからさらに安定感が増したよな。決勝は決勝打を浴びたが、それでも青道投手陣の屋台骨を支える、もう一人の功労者だからな」

 

大塚の集中力に気圧されることもなく、川上は隣で黙々と投球練習を行う。既にエース争いでは大塚のことを認めているとはいえ、やはりプライドがないわけではない。

 

――――上手くなればなるほど、もっと上に行きたい。

 

川上は、最近野球が楽しくて仕方がなかった。

 

 

「―――――――」

降谷も最近気温が下がり始めたことで、スタミナを奪われやすい環境とは無縁になりつつあった。その為か、リリーフでは神がかり的な安定感を見せる。

 

しかし、彼が求めているのは完投できる投手。その理想はまだ遠い。

 

だが、上体に頼っていた投球フォームから変化が生じ始めていた。その原因は間違いなく先発をしたことだ。

 

 

リリーフでは問題にならなかったスタミナ不足。だが、先発ではそうはいかない物である。全身の力を無駄なく伝えようとするいい見本がいるので、彼もそれに倣った。

 

降谷はようやく、投手としての才能だけではなく、技術という領域に足を踏み入れようとしていた。

 

 

 

そして場所は戻ってブルペン。

 

「ん? 金田君? どうしたんだ?」

 

「あのさ、ちょっと投球練習を見てほしいんだ。丁度休憩中みたいだし」

 

「いいよ。チームのレベルアップは歓迎するべきところ。とりあえず、いきなり飛ばさなくていいからね」

 

 

金田の投球フォームはスリークォーター気味のオーソドックス。持ち球はフォーク。ノーワイドアップ。

 

「うーん。いきなりフォークを覚えていることにまずは驚いたよ。チェンジアップやカーブみたいな、指先の感覚を鍛える変化球とか遊びで投げてみればいいと思う。」

 

「大塚はやっぱりこの2つの球種が好きだね」

チェンジアップ信仰の大塚の言葉に苦笑いの金田。

 

「チェンジアップは俺の原点でもあるから。まあ、無理にとは言わないけどね。それに他に方法がないわけではない。ミットめがけて山なりのボールを投げてみると、指先の感覚が鍛えられるよ」

 

「山なり?」

 

「山なりのボールはストレートのように真直ぐにはいかない。ましてや遠く離れた捕手のミットに投げ込むのは少し難しい。けど、それが重要なんだ」

 

そこまで言われたら、金田もすぐに辿り着いた。

 

「そうか! ボールの置き場所を確かめられる。そういうことか!」

 

「正解。ストレートみたいにまっすぐ行かないからね。それにフォークの連投はひじや肩に負担がかかるし、浅い握りのフォークをマスターするのもいいかもしれない」

 

正確に言えばSFFのことだ。

 

「大塚、俺もいいか?」

そこへ、今度は2年生の川島謙吾もやってきた。数少ない左投手の一人。持ち球はスライダー。

 

切れの良い制球力のあるボールを投げ込む為に必要な練習を尋ねたのだが、

 

「とにかく、股関節の回旋運動です。バランスボールを壁に真っ直ぐ当てる練習が効果的だと思います」

 

やはり下半身の動き。上半身が後から来るのが大塚のモットー。それをセンスのみで行えている沢村が異常なだけなのだ。

 

多くの投手が抱える共通の悩みでもある。

 

「よし、金田。ちょっとフェンスの所で一緒に練習するぞ。」

 

「はい!!」

 

二人の背中を見送る大塚だが、何か忘れている、聞きたいことがあったと考えていた。

 

 

そしてそれは急に頭の中に思い浮かんだ。

 

「あ、あのさ。」

 

 

「どうした、大塚?」

 

「沖田の様子が最近おかしいんだけど、原因解る?」

 

「ああ―――――いや、お前はそのままでいてくれ」

 

「???」

 

「大塚は興味なさそうだけど――――応援歌が変わらなくて良かったと言える、よね」

 

「??? 沖田が残念なのは事実だけど、あそこまでドルオタではなかったはず。」

 

 

大塚は知らない。東条と木島によって信者になってしまった沖田の事情など。

 

「まあいいや。くだらないことで時間を使っちゃったね。練習頑張ってね、二人とも」

 

 

「おう!!」

 

「またな、大塚!!」

 

 

そして問題の青道鉄壁の内野陣。

 

 

「~~~~♪」

 

鼻歌交じりに好守備を連発する沖田。なんだかプレーが乗っている。

 

 

「うわぁ、気持ち悪い。プレーは凄いけど」

辛辣な言葉を吐く春市。

 

「小湊。あれって――――」

金丸は、春市に耳打ちする。

 

「うん。木島先輩の聞いている曲の一つだね。」

 

「入学してからアイツはどこへ進んでいるんだろうな。」

 

沖田の方向性が解らない下級生内野陣だった。

 

 

しかし、春市が気にしているのはそんなくだらない事ではない。

 

「三塁手のレギュラーが見えてきたね、金丸」

 

「レギュラーの不調で後退気味の理由ってのが気に入らねェけどな。実力で奪う予定だったんだがなぁ」

 

三塁のレギュラーである、日笠が予選から不調なため、同じ守備位置の彼にチャンスが巡ってきた。特にストレートは万全ではないとはいえ、大塚のストレートを捉え(変化球を交えるとお察し)、降谷のストレートにも振り負けていない。

 

夏予選から続く沖田と自主練をしているおかげか、変化球への対応力も上がってきている。

 

一塁のレギュラーの前園は、この日の打撃内容が違っていた。

 

 

「うおっ!? アウトコースの難しい球を打ったぞ!!」

 

「それも左中間!! 沖田に負けてねぇ!!」

 

「外角のボールを引っ張っただと!?」

 

他の面々にも、前園のスイングの異変に気づく。だが、前園に笑顔はなく、何か独り言をつぶやいている。

 

――――ええ打球、ええ打球を飛ばさんといかんのや。

 

「ええスイングをしても、ええ打球が飛ばんかったら意味ないんや」

 

 

そんな二軍からのたたき上げの筆頭である前園の状態が上がってきていることに、御幸は、

 

 

「ゾノのスイングが変わった。間合いやタイミングの取り方が脳筋だった以前のやり方じゃない」

 

パワーでゴリ押しだったのが、シャープになった。日々の練習の積み重ねで、スイングが安定してきたのだろう。

 

しかし実戦ではないので、まだまだ確定するのは尚早だと考える御幸。

 

 

「まあ、レギュラー陣、控えのレベルアップは主将としては歓迎できるけどさ」

 

新チームでは5番に座ることが多い御幸。3番東条、4番沖田に続く主軸を任されているが、前園の調子が上がればリードや守備にもう少し集中できる。

 

――――川島も金田も大塚と一緒に練習しているし、投手陣の面倒は大塚と川上が見ている。

 

あの気弱な川上が2年生とはいえ、投手のまとめ役の一人になるとは半年前は考えてもいなかった。

 

 

全ては大塚と沖田が入学してから変わった。

 

――――アイツらは勿論、ここまで頑張っている仲間を泣かせねぇためにも、俺が引っ張るんだ。

 

 

決勝で、誰よりも負けの悔しさを味わった。大塚はベンチの外でそれを目の当たりにし、沖田はランナーとして。

 

 

 

 

青道は選抜が濃厚と言われているが、チームの意志は違う。

 

 

全員が甲子園にリベンジするために努力をしているのだ。慢心している余裕すら垣間見られなかった。

 




なお、帝東戦で金丸君の出番はありません。

大塚君は体格がでかくなったので、色々とパワーアップしています。

まあ、ドロップを地味に習得したりと成長はしていますが――――


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第87話 青道のOO

もし、マスコミに有名になればこんなあだ名で呼ばれるかも


打倒帝東を誓い、青道野球部の秋大会本選が始まる。

 

向井に対する対策はやってきた。そしてこちらは帝東を倒すためにエースを送り込んだ。

 

1番 遊 両 倉持

2番 中 左 白洲

3番 右 右 東条

4番 三 右 沖田

5番 捕 左 御幸

6番 一 右 前園

7番 投 右 大塚

8番 二 右 小湊

9番 左 左 川島

 

新オーダー。レギュラーメンバーに1年生が4名。これでもスタメンはかなり迷ったと片岡監督は語る。

 

倉持の足と守備範囲、沖田の総合力、小湊の巧打力。金丸がいい動きをしているだけに、最後にモノを言ったのは実績。

 

対するは帝東。新エース向井太陽を立ててきた。同じ一年生投手として、負けられない思いは強い。

 

一回の表、まずは帝東の攻撃。

 

マウンドに上がるは背番号1、大塚栄治。

 

「いいか、まずは先頭打者を出さないこと。足の速いのが結構いるからな。小技で絡んできたら厄介だ。」

 

「はい。なので、初回はまず強烈な残像で相手の出方を見ます」

 

 

 

 

初回、帝東の1番は左打者。その初球―――――

 

 

ズバァァァァンッッ!!

 

いきなり内角ストレート。膝元の際どいコース。打者はそのストレートの圧力に思わず腰が引けた。

 

「ストライィィクっ!!」

 

球速表示には142キロと表示された。

 

――――本調子じゃなくてそれかよ

 

打者の考えはそれだった。夏の甲子園で見せた勝負所での剛速球はない。だが、それを解った上で打席に立っていても、この大塚のボールは並大抵ではない。

 

続く第2球も内角。だが、違うのはさらにそのボールは打者の内角をえぐるという事だ。

 

―――――ストライクからボールゾーンのカッターっ!?

 

「ファウルボールっ」

 

無駄球を打たされた、ボールコースを打たされたと知った先頭打者。これであっさりと追い込まれた。

 

 

――――次は何が来る? 球種が多すぎて絞りきれない。

 

打者は誰が見てもスイングに迷いがあった。球種を絞りきれない。

 

 

だからこそ、アウトコースのストレートに振り遅れる。

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

 

外角直球に振りおくれた形で空振り三振。文字通り総合力で粉砕した大塚。

 

ストレート主体なのか、それとも変化球主体なのか。それすらわからない。

 

ククッ!

 

続く右打者には初球アウトコースのドロップカーブ。この縦カーブ。緩急にもカウントにも使える。

 

初球の見逃しは仕方がないと、甘いボールを叩けと監督に言われた帝東打者は、このボールに手を出さなかった。

 

 

そして次の2球目は――――

 

 

ククッ、フワッ!!

 

今度もタイミングを外すパラシュートチェンジ、タイミングを外す変化球。先ほどの外角ストレートを見ていたので、追い込まれることを恐れた打者は、このストライクからボールになる球に手を出してしまった。

 

打者の手元ではなく、目の前で急激に減速し、縦に沈むこのボールはやはりねらわなければ打てない。

 

 

追い込まれた右打者。続く高めの釣り玉にも手を出す。

 

「ファウルボール!!」

 

完全にペースを握られている。淡々と自分のペースで投げる大塚は、それに感情を表すこともない。

 

高目を見せられた後の4球目はインコース。

 

 

 

――――!! ボールコース!! 見極めたっ!!

 

だが、その際どいインコースのボールはスライドしながらうちのストライクゾーンに抉り込んできたのだ。

 

――――!? カッターッ!?

 

「ストライク!! バッターアウトっ!!」

 

完全に間合いを測らなかった状態での見逃し三振。打者は今後インコースを強く意識してしまうだろう。

 

 

その投球術を目の当たりにした帝東のキャプテン乾は雷を感じた。

 

―――――フロントドア――――っ!? 内角ボールゾーンから内角ストライクへと変化するメジャーの投手が使うスキル

 

 

高校1年生でそのスキルを決め球に使える技術と度胸は、やはりもう彼がアマチュアの域ではないことを証明する何よりの証拠である。

 

 

一方投げた大塚は、

 

――――球威に不安があるし、連戦を考えれば少しでも球数を節約したい。

 

気軽な感じで投げたこの一球だが、周囲はそれどころではない。

 

――――何より、今のはたまたまだ。コースに毎回決まるとは言い難い

 

 

偵察に訪れていた他のチームは、

 

「おい――――今、ボールだったよな、寸前まで」

 

 

「ああ――――ストライクゾーンに入っていったぞ。」

 

 

「右打者にはシンキングファスト、左にはカッター。その定説も、過去のデータになるのかよ……」

 

止まらない大塚の進化。この力ではない圧倒的な投球術は、高校野球に衝撃を与える。

 

 

続く右打者も、今度は3球目のシンキングファストのバックドアで見逃し三振を奪われ、3者三振スタートの大塚。

 

3球勝負。球数をかけずに決めにきた。

 

 

 

 

 

 

 

スイングすら、させなかった。

 

 

 

 

 

 

 

全力投球でねじ伏せられたわけではない。投球術で完全に遊ばれている。その事実が帝東にのしかかる。

 

 

「これほどとはな―――――」

ネクストバッターサークルで大塚の投球を眺めていた乾は、冷や汗をかいた。

 

彼も奥行きを完全に理解したうえで投球を行っている。デットボールというリスクを抱えながら、決め球にフロントドアを行える胆力。

 

 

「おいおい。ありゃなんだ? 高校生の投球かよ!」

岡本監督も驚きを隠せない。データにはない新たな投球術を惜しげもなく晒してきたのだ。相手が強豪であるのも理由だろうが、立ち上がりにいきなり見せてくるとは考えもしなかった。

 

 

何よりも、このメジャーの投手が扱う技術をいつの間にか会得していることに、驚いたことをすぐに岡本は後悔した。

 

 

――――甲子園であれほどの制球力を見せつけたんだ。

 

 

なぜ今までそれをしなかったのか。それは出来ないのではなく――――

 

 

 

―――――“思いついていなかった”というのが理由だろう。

 

 

事実、

 

 

「まさか要求して満点とは思わなかった。」

というのが御幸。

 

「まあ、今までやらなかっただけで、球数を少なく出来るなら、やる価値はあるかなと」

 

 

――――やはり、投球は奥が深い。

 

力だけで抑えるだけではないとはいえ、相手にスイングの意思すら薄めさせるのは、新たな発見でもあった大塚。

 

 

 

「――――――――――」

沢村は、大塚の投球に魅入っていた。そして、この技術は自分にもできると確信した。

 

これは、圧倒的なスピードや球威がモノを言うのではない。投手としての実力が試されているのだと。

 

 

 

完璧な投球を見せつけた大塚がマウンドを降り、裏の攻撃が始まる。

 

 

――――奥行、フロンドア、バックドア――――っ

 

何もかも先を行くかのように、簡単に行ってみせた大塚に、向井は対抗心をむき出しにする。

 

 

――――何なんだよ、お前はっ

 

 

 

「ストライクっ!!」

初球アウトコース。倉持から見て一番遠い外のストレート。

 

――――甘いところには来ないな。

 

続く第2球。

 

「!?」

厳しくインコースをついてきた速球。思わず体勢を崩す倉持。

 

マウンドの向井は帽子を取っているが、本当に謝罪しているかすらわからない。

 

―――――初球はアウトコース、2球目は厳しく着いた外。この手の投手なら―――

 

 

倉持の頭には、次にこの投手が打者相手に投げるボールの粗方を予測していた。

 

 

―――――外側のボール!! 軽打でいい!!

 

 

カァァァァンッッ!!

 

 

合わせたような打球。倉持は変化球を予測していた分、振り遅れ気味だったが、流した当たりはライト前に落ちる。

 

「おっしゃぁぁ!!! 初回先頭打者が出たぞ!!」

 

 

「ナイバッチ、倉持!!」

 

 

 

「!!!」

 

完全に狙われていた。いや、インコースを厳しく言ったからこそ、逆に相手も外を読んでいたのだろう。

 

2番、白洲には送りバントの指示が送られるのだが―――――

 

 

向井の初球と同時に、倉持が動く。

 

 

「ランナー走った!!」

 

 

「初球スチールっ!!!」

初回、いきなり大胆に仕掛けてきた青道。乾、向井のバッテリーも動揺する。

 

 

 

 

 

 

「くっ!!」

送球間に合わない。一瞬にして得点圏にすすめられた帝東。青道の攻撃的な野球が始まる。

 

その火付け役となった倉持は、背後から向井にプレッシャーを与える。

 

 

 

倉持の盗塁により、片岡監督からの指示が変わる。

 

 

――――堅実に、そして無理をせずに。倉持を進塁させろ

 

 

ノーボール1ストライク。第2球――――

 

外のスライダー。左打者にとってみればまともには打ちにくい、最高のボールだ。

 

 

コンっ

 

 

ここで白洲、左打者のスタートの早さを活かしたセーフティバント。当然倉持は三塁に間に合うだろう。この得点圏でまさかのバント。

 

しかし白洲は間一髪アウト。悔しそうにベンチへと帰るが、チームバッティング。

 

 

片岡監督の宣言通り、初回から仕掛けてきた青道高校の攻めは、帝東を揺るがす。

 

「ランナー三塁っ!!! 一死三塁!!」

 

「ナイスバント、白洲!!」

 

「堅実で渋い仕事!!」

 

「最高の仕立て屋!!」

 

青道応援席は、この初回の先制機に沸き立つ。ここで、甲子園で一躍名を轟かせたルーキー。

 

 

「3番ライト、東条君」

 

 

アナウンスとともに、東条が現れるのだが―――――

 

「!?」

大塚がベンチにて目を丸くする。彼の応援歌は汎用曲だったので、いきなり聞き慣れない曲を聞いて少し驚いたのだ。

 

というより、母親が夕食を作る際に鼻歌交じりで歌っていた曲に似ているような、似ていないような――――

 

「これは、あのアイドルの歌だな。東条もいい選曲をする」

 

ネクストバッターサークルに向かう沖田がそんな言葉を口にする。大塚は思わず沖田の方を見るが、沖田の背中が遠くなる。

 

「沖田、最近までパンピーだったよね!? だったよね!? 何そのタイトルっ!?」

一瞬だけ大塚の凍った心すらとかしてしまうサプライズ応援歌。ずっこけそうになる大塚に対し、そう言う趣向に不動の監督はというと。

 

 

「どうした大塚? 今は自分の投球に集中しろ」

片岡が怪訝そうな顔をする。どうやら彼もこの曲が何なのかを知らない。なので、どうでもいいと考えているようだ。

 

「は、はい!!」

 

 

「まあ、結果を出してくれればあまり文句はない、主将の俺からすれば、まあ打ってくれたらいいや……」

御幸も苦笑い。

 

 

そしてマウンドの向井は、躊躇いなく俗物な曲を応援歌にする東条に舌打ちをする。

 

 

――――相変わらず気持ち悪い奴だな。

 

 

そして、打席の東条は

 

 

――――夏予選前に比べると、制球力は変わらないけど、球威は若干上がってる。

 

「ストライクっ!!」

 

初球外から曲げてきたスライダー。外のスライダー。大塚を意識してか、かなりコースを狙ってきている。

 

――――大塚がカッターとシンキングファストで離れ業をしたからなぁ、外からきて、次は

 

 

 

インコースのストレート。東条はそれを確実に叩くことを考えていた。

 

だが、やってきたのは外のスクリュー。狙い球とは違うので、バットを出さない。

 

「ボールっ!!」

 

ストライクからボールになる変化球。低めの球はボールでもヒットに出来るという事を証明した彼には、当然の配球。

 

――――狙いがばれた。ここで、バッテリーがどう判断するのか。とことん外を使ってカウントを整えるのか?

 

 

詰まった当たりでもいい。ボテボテのゴロなら倉持の足を考えれば生還することは出来る。

 

 

カァァァンッッ!!

 

ここでもう一球外のスクリューを投げた向井。食らいつく東条。打球は投手強襲の当たり。

 

「!!!」

向井のグローブを弾き、打球は転がる。三塁の突入は間に合わない。打者走者の東条も足が遅いわけではない。

 

 

ゴロゴー。初回は徹底し、青道は機動力で帝東にプレッシャーをかけてきた。

 

「ファーストっ!!」

 

乾は一塁を指示する。倉持の足を考えれば、ホームに投げてもフィルダースチョイスになる。この先制点は仕方ない。

 

 

「ナイス最低限!! 東条!!」

 

「機動力を生かして先制!!」

 

「大塚に援護点が入ったぞ!!」

 

だが、さらに沸くことが目に見えている次の攻撃。そう、次の打者は―――――

 

 

「4番、サード、沖田君」

 

 

ここで、怪物スラッガーの沖田。あの柿崎から2安打を放ち、甲子園で名をはせた高校級スラッガー。何よりも、夏予選前の向井相手に全打席出塁をしたのだ。

 

 

「――――――っ」

当然、向井もこの相手を前に余裕は消える。夏予選では、外のスクリューを悉く見極められ、ストライクに入れると打たれた。

 

手足が長く、外のボールに届いてしまうのだ。そしてその天性のバットコントロール。

 

 

「ボールっ!!」

まず初球インコースのボール。ボール球には手を出さないし、仰け反ることもしなかった。インコースを投げてもあまり変化がない。

 

「ボールツーッ!!」

 

続く外のボール。スクリューが僅かに外れてボールツー。向井の中で、少しでも中に入ると打たれるというビジョンが見えていた。

 

 

 

―――――くっ

 

 

そして続く3球目、外から曲げてきたスライダー。これを――――

 

 

ガキィィィンッッッ!!!!!

 

 

ややボールゾーンだったかもしれない。踏み込んではなった一撃は、ライト線へと伸びていく。

 

 

「うおぉぉぉ!!!」

 

「いっけェェェ!!!」

 

「このまま初回でかましたれェェェ!!!」

 

この大飛球に青道応援席から大歓声が起こる。

 

しかし、

 

「ファウルボールっ!!!」

 

ややボールゾーンだったため、仕留めそこなった沖田。あと数センチの誤差だが、沖田にとってみれば、

 

――――スライスしたか、こすれた分、切れたな。

 

 

打球はライト線に落ちかけたものだった。フェアゾーンならば得点圏で御幸にまわったのだ。沖田にしてみれば悔しい当たりだった。

 

 

 

「――――――――」

少し内に入るだけでこれだ。向井は今の大飛球に目を逸らすことが出来なかった。

 

 

そして、

 

 

「ボールフォア!!」

 

「勝負を避けやがったぞ、沖田から!!」

 

「仕方ねぇよ、アイツは俺達の4番打者だぞ!!!」

 

「ナイセン、沖田ぁぁぁ!!!」

 

 

これで、二死一塁。5番御幸、主将に回る。

 

 

東東京の強豪、帝東相手に先制。その先制の仕方は内野ゴロの間の一点。4番沖田は歩かされ、ランナーがいるとはいえ好投手向井相手に大量点は望めないだろう。

 

 

 

まだ圧倒的な力を見せたわけではない。

 

 

エース大塚の異常な投球術。

 

 

 

打の柱としての存在感を示す沖田。

 

 

 

だが、西東京王者の底力を会場にいるだれもが感じ始めていた。

 

 

 




おーず、でいいかも。


沖田は左投手に対して強いです。ヒットを打てなかったのは大巨人真木、横浦の諸星和己で、どちらも右投手です。





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第88話 ベターな投球

新年初の投稿。

お年玉を親に渡したら、お年玉を貰った件について。

社会人一年目とはいえ、嬉しいような、何とやら




秋の秋季大会予選、本選一回戦。青道対帝東。

 

タイムリーこそまだないものの、堅実な野球で先制点を挙げた青道。ここで尚もランナー一塁で打席には御幸。

 

―――――タイムリーではないが、この嫌なプレッシャー。尚更コースを狙うはず。

 

御幸は、この手の投手はコースにいい投球をすることで、自分の安定を図るタイプだと察した。

 

だからこそ、

 

――――尚更コースを絞らねェとな

 

コースを絞り、自分の決めたゾーンで確実に捉えることが重要になる。

 

 

――――これまでの打者ほぼ全てに対し、初球はコースに決まっている。

 

左打者の白洲に対しては、外のスライダー。

 

 

向井の第一球。

 

―――――!?

 

ズバァァァンッっ!!

 

「ボールッ!!」

 

ここでインコース低めのストレート。外れたが、際どい球。

 

――――まずは目線を変えてきたか。内を見せた後の球は――――

 

 

だが倉持に対して、その攻めを行った結果、ヒットを打たれている。同じように要求できるか。

 

 

――――狙うは、インコースのストレート。

 

御幸はマウンドの向井を凝視し、バットを握る力を若干強める。足の方も微妙に動かした。まるで、外にも対応できるように。

 

そして最後に、一瞬だけ“向井にだけ”わかるように目線を外のコースへと移した。

 

 

 

それを見た乾は、

 

 

――――若干足元を気にするそぶりも。やはりあの外のスライダーを警戒しているか。

 

 

―――――もう一回のけ反らせてやんよ。これ以上得点をゆるさない。

 

打者を知った気になっているバッテリー。だがこの打席に立っているのは、得点圏で打つ打者であること。

 

 

読み打ちのスペシャリスト、御幸であることを、もっと知る必要があった。

 

 

 

ガキィィィンッッッ!!!!!

 

 

「なッ――――――」

 

内のストレートを強く叩いた当たりは、ライトへ。

 

 

「ライト方向に打球伸びるぞ!!!」

 

「キャプテン!!!」

 

「超えろォォォォ!!!」

 

 

スタンドの声援、そして風にも流された打球は―――――

 

 

ダンッ!!

 

 

ライトフェンスに直接激突する長打。見事な読み勝ちだった。

 

「キャプテンが決めたぁぁぁ!!!」

 

「廻れ、廻れ!!!」

 

一塁ランナー沖田は俊足。快速飛ばして二塁を蹴り、三塁もスピードを落とさずに

 

――――ここは行くしかないだろ!!

 

三塁コーチャーも手をまわしていた。沖田はスピードを緩めることなく三塁を蹴る。

 

「っ!!」

 

しかし、帝東も負けていない。

 

「連携スムーズ!!」

 

外野から素早く送球され、内野手へとすぐにわたる。そしてバックホーム。

 

 

 

沖田が足から滑り込みながら、乾の背後を狙う。クロスプレー。

 

 

際どいタイミングだが――――――

 

 

「アウトォォォォぉ!!!」

 

 

「マジかァァァ!!!」

ホームベース上で悔しがる沖田。悔しそうにベンチへと帰っていく。

 

 

青道はヒットを複数絡めたとはいえ、追加点を許さなかった帝東の堅い守備を感じる初回となった。

 

2回表、4番乾との対決。

 

初球はインコース、ストレート。ボールゾーンへと投げた球だが、初回の強烈な印象が目に焼き付いて離れない。

 

左打者の内角へ、それも強打者の乾相手に躊躇いなく投げ込む大塚。失投を恐れないからこそ、出来る芸当。

 

それは日頃から制球への意欲を見せている投手のみ、到達できる確かな自信。

 

――――インコースを見せた後、次は何が来る?

 

しかしテンポよく投げ込む大塚。今度は外。

 

――――ボールゾーン、だが―――――

 

際どいコースだがボール。しかしあのバックドアを見たら―――――

 

カァァンッッ!

 

 

「ファウルっ!!」

 

――――くっ、ねらって打てるボールではない。だが、今は変化しなかったっ!!

 

手を出してしまう。外のバックドア。選球眼が当てにならない。ボールコースを打ってしまったことで、やはり焦燥を感じてしまう乾。

 

 

―――――まあ、だいぶバッティングしづらいよな。大塚の今の投球は、夏とは違うんだからな。

 

 

 

夏は相手を制圧する投球ならば

 

――――次はストライクゾーンから落とすぞ、大塚。

 

 

ククッ、ストンッ!!

 

 

「ストライクツー!!」

 

 

秋は、相手に力を出させない投球。夏程ではない制圧力を残しつつ、新たに至った大塚のスタイル。

 

 

「っ!!」

 

外のストライクゾーンからボールになるパラシュートチェンジ。まだ一球もSFFを投げていない。

 

 

SFFがまだ不完全。投げていないのではなく、大塚はSFFを投げられないのだ。

 

 

 

――――狙い球をもう絞れてないだろう。ここは好きに投げろ。

 

 

――――では、

 

大塚はテンポよく投げ込むことを選択。乾に最後まで考えさせる余裕を与えずに、

 

「ストライクっ!! バッターアウトっ!!」

 

 

最後はインコースのフロントドア。シンキングファストがボールゾーンからストライクゾーンへと入ってきた。

 

 

もう何が何だかわからない。決め球となるパターンを複数持っている。配球を読むことが難しい。

 

 

4番にスイングすら最後はさせなかった。

 

 

力で押さえつけられているなら、中盤、終盤にガス欠を起こすこともあるかもしれない。

 

だが、目の前の投手は巧さをもって、剛柔を封じている。それぞれ精度の高い変化球をもって。

 

 

続く5番6番も無抵抗に見逃し三振。スイングをさせず、前の回から6者連続三振。

 

 

 

 

しかも、5者連続見逃し三振。有り得ないことが、起き始めていた。

 

 

「―――――――」

マウンドからベンチへと戻る大塚だが、それでも笑みすら見せない。まだ満足していないかのように。

 

終始怖い顔で、淡々と投げるその姿に、

 

 

――――マジで手が付けられなくなったな、大塚。

 

ライバルであり、親友の止まらない成長に、沖田は頼もしさを感じる。

 

――――本当に、凄い人だ。

 

春市も、あの帝東を寄せ付けない投球に、感嘆する。

 

 

ベンチにて御幸が大塚に声をかける。

 

「だいぶ形になってきたな、外と中の出し入れ」

 

「まだですよ。序盤で決めても、終盤疲れが出始めるケースでそれが出来なきゃ意味がないです。出来なければ相手に考える余地を与えてしまう。選択肢を維持する努力が必要です。」

冷静なままの大塚。

 

「ったく、可愛げがない奴。」

その言葉を聞いた御幸は嬉しそうに左肩をポンポンと叩く。

 

 

2回裏、6番前園が練習の成果を見せ始める。

 

ショートの頭というイメージが、引っ張る傾向にあった彼のメンタルに変化を与えていたのだ。

 

 

カァァァァンッッ!!

 

 

――――ちィ!! また仕留め切れんかった!

 

 

 

アウトコースの決め球スクリューにバットを当てる前園。球数を投げさせられている向井。

 

だが、外を意識しているのがもろ解りの前園。最後は、

 

 

カァァァンッッ

 

――――差し込まれたっ!

 

 

「レフト!!」

向井が守備方向へととんだ場所を叫ぶ。だが―――――

 

ボールが落ちない。まだ飛距離を伸ばしていく。

 

 

「――――え」

 

「!?」

向井と前園が驚く。打った本人も打ち取られたと考えていた。だが、打球がまだ落ちない。

 

 

レフトがまた一歩、一歩下がっていく。

 

 

 

パシッ!

 

 

「アウト!」

 

最後はフェンス手前。詰まった当たりにしては、だいぶ飛距離が伸びた。

 

 

 

「―――――――」

前園は首を傾げながらベンチへと帰っていく。

 

「ゾノ、後一歩だったな。」

御幸が声をかける。本当に傍から見れば、上手くとらえているように見えた前園の打席。

 

本人は詰まった感覚を感じていたので、

 

「アカン、狙い球を外された。詰まらされたわ」

 

「ゾノの感覚はそうなのか。(これは言わない方がいいな。試合後ぐらいがちょうどいい)」

 

「??」

 

 

続く大塚――――

 

 

 

―――――金丸は、動から動を意識していたよね

 

大塚は足元を気にしつつ、打席に立つ。

 

 

一方、夏前に比べ体格がよくなっている大塚を初めて打席で見た乾は――――

 

 

―――――こいつ、こんなに体が大きかったか!?

 

 

スケールの大きさを感じさせるフィジカル。身長185cmの大柄な体格が右バッターボックスに入る光景は、捕手目線で脅威に感じる。

 

 

振り子のようにバットを軽く振る大塚。そして構える一連の動作。一年生にして貫禄があった。

 

 

初球―――――

 

 

「ストライィィィクッっ!!!」

 

空振り。外のストレートにいきなり振ってきた大塚。タイミングはまだあっていないらしく、ボールに掠るイメージもなかった。

 

 

「―――――――っ」

 

マウンドの向井、そして乾はそれでも冷や汗を流した。

 

 

轟音にも似た強烈なスイング。力感を感じないにもかかわらず、とてつもないスイングスピードを見せた大塚に、驚愕したのだ。

 

 

風を切る音が観客席にも届いてしまう様な、そんなフルスイング。

 

 

―――――初球ストレート。春市の言う通り、訳の分からない相手にはアウトローは安全策。けど、次はどうするかな

 

 

キィィィンッッ!!!

 

 

続く2球目もストレート。今度はバットに当てた大塚。軽く振っているようにも見えるのだが、打球は痛烈にレフトファウルスタンドへと入り込んだ。

 

 

――――おいおい、外角のストレートを強引にスタンドだと―――!?

 

乾はそのコースに届くということもだが、そのコースに力負けせず、スタンド深い場所に魔で打球を引っ張れる大塚のパワーに驚く。

 

打球はきれてファウルなのだが、パワーだけは侮れない。

 

 

―――――だがこれで追い込んだ。打撃でも好きにさせるかよ!!

 

3球目はインコースのボール。変化球はずれて1ボール2ストライク。スライダーを冷静に見極めた大塚。

 

 

―――――あのコースにバットが止まった!? 見切られたのか!?いや、バットは出かかっていた――――

 

 

乾から見た大塚は、明らかにボールを打ちに行く仕草だった。それを大塚は途中で止めたのだ。

 

――――外で終わりだ

 

 

ガキィィィンッッッ!!!

 

 

乾には、大塚の動作が見えていた。

 

 

 

ボールが放たれる前から大塚の動きは始まっていた。

 

 

ゆっくりと、ゆっくりとバットを引く動作、それが緩慢にも見えた。130キロを優に超す向井のボールを相手に何を考えているのかと。

 

 

向井の手からボールが放たれる。外のスクリュー。右打者には一番効果的なボール。今までも、このコースは誰にも打たせたことがなかった。

 

 

ボールが打者の前で変化する。外へと逃げながら沈むボール。

 

 

イメージは空振り三振だった。

 

 

打球はライト方向へ。痛烈な打球がライトのグラブに収まったのを二人は見た。

 

 

「うわぁぁ!! 当たりはよかったのに!!」

 

「ドンマイ大塚!!!」

 

打球の行方を見て走りかけた大塚だったが、渋々と一塁ベースを回ったところからベンチへと帰っていく。

 

 

 

 

 

 

小湊も野手の正面を突くセカンドライナー。

 

 

3回の表、待ち球作戦が一切の意味を持たないことを思い知らされた帝東が早打ちに切り替え、大塚の連続見逃し三振は6で途切れるものの―――――

 

カァァンッッ

 

力のない芯を外された打球が量産されていく。

 

「アウトっ!」

 

癖球が猛威を振るう。複数の決め球が確実に打者を打ち取る。

 

3回を投げて、被安打0。奪三振は6つ。投球の巧さが際立つ投球内容。だが、驚くべきことはそれだけではない。

 

 

偵察班も、大塚の投球の中で代名詞とも言われるあの決め球が姿を現さないことに困惑していた。

 

「今日の大塚、SFFを投げたか?」

 

 

「いや、まだだ。乾には投げると思ったんだけどなぁ」

 

 

「今年の甲子園出場、帝東相手にSFFを温存かよ。」

 

 

「マジで底がしれねェぞ、大塚栄治――――っ」

 

 

マウンドで君臨することを、するための努力を行ってきた大塚。

 

 

「ナイスピー、大塚ァァァ!!!」

 

「寄せ付けてないぞ!!!」

 

「さすが大塚だァァ!!!」

 

「青道の至宝!!! いや、関東の至宝!!」

 

「さすが関東ナンバーワンの称号を持つ男!!!」

 

 

 

青道応援席にて、大塚の変化に心配を持つ者も―――――

 

「―――――大塚君――――」

吉川は、大塚がマウンドで表情を見せなくなったことに、何か哀しげな表情を浮かべていた。

 

夏の時は、闘志を前面に押し出す力でねじ伏せ、技でねじ伏せる、相手の力を上回る投球をしていた。

 

 

今もそれは変わらない。力押しできる状態ではないのは解る。けれど、なにか決定的に違う。

 

彼女が思った疑問。それは――――

 

―――――大塚君は今、野球が楽しいのかな―――?

 

皆が望んでも出来ないことを、彼は成し遂げる。フロントドアという言葉を、夏川先輩から教えてもらった。

 

 

「あれはもう、メジャーの投手が使うような技術よ!! それを1年生で出来るようになるなんて、凄すぎるよ!!」

 

「そ、そうなんですか!?」

なぜ、彼はそんな技術を欲したのだろうか。

 

 

「ええ。大塚君の投球にますます磨きがかかってるわ。うん、もう誰も寄せ付けないんじゃないかな!!」

 

「誰も――――」

誰も寄せ付けない力を手にして、彼は野球が楽しいのだろうか。

 

 

「だって、打席に入っても何が来るのか絞れないもん。」

 

 

「相手の力を出させない、踏込を防ぐ、球数を節約する。芯を外す。どれもが出来る技術。大塚君は本当の意味で、ストライクゾーンで勝負できる投手なのよ」

 

 

大塚栄治を掻き立てるモノはいったい何なのだろうか。

 

 

 

 

3回の裏は三者凡退。ギアを上げてきた向井が出塁を許した倉持を今度は抑え込む。白洲は惜しくもショートライナー。

 

やはり、コースを突くことで、野手の正面を突くことが多くなっている。いい当たりであっても、帝東の堅い守備がそれをフォローするのだ。

 

 

そして4回の表――――

 

 

「――――雨か。」

 

この試合、天候が気になってはいたが、やはり雨脚が若干強くなってきた。ベンチにいた大塚は顔をしかめる。

 

 

――――だが、関係ない。足場が崩れるなら、それに合わせるようにするのが投手。

 

 

雨の所為で、自分の投球が出来ませんでした、では話にならない。エースならばこの程度の障害を、障害と考えてはならない。

 

 

 

そんな“くだらない”理由で、片岡監督の首が飛ぶことなど、“絶対に許さないッッ゛ッッ”!!

 

 

 

 

そんなことでッ!!! そんなくだらない理由で負けることなどッッ゛ッッ゛ッ!!!!

 

 

 

思わず顔が歪む大塚。この顔は誰にも見せられない。表情を何とか無表情に戻し、マウンドへと上がる大塚。

 

 

 

 

躍動感が戻ってこない。

 

 

 

 

 

―――――あの夏、俺が怪我さえしなければ―――――――ッ

 

 

夏が終わって、そして今日この日まで、大塚はそれを考えていた。

 

 

もしかすれば、違った結末もあったのかもしれない。

 

 

勝敗が変わるかはわからない。しかし、そんなifを考えてしまうほど、自分の不甲斐無さを彼はせめた。

 

――――打者との勝負を楽しむ、投げ合いを楽しむ。だけど―――――

 

 

 

――――今の俺には、それが見えなくなった。

 

 

勝つ以外、何が必要なのかが解らない。

 

 

 

 

打者を打ち取る為に、手段を選ぶ余裕などない。相手に力を出させずに終わらせる。それが一番手っ取り早い方法だという事。

 

 

 

 

なのに痛い。

 

 

 

どこかを痛めたわけではないのに、痛い。

 

 

 

不安を掻き消すように、彼はマウンドで首を振る。雑念を振り払う。

 

 

 

 

 

そんな大塚の異常な雰囲気に帝東の岡本監督は、異端を見るような目で見ていた。

 

 

リードしている者がする目ではない。有利に試合を進めている目ではなかったのだ。

 

 

常に目をぎらつかせ、何かにおびえているような目。

 

―――――なんでぇい。なんちゅうひでぇ目をしとるんや

 

 

――――まるで修羅、修羅のような目をしとる

 

 

それは、追い込まれた人間がする目だ。彼が決してするべき目ではないというのに。

 

 

 

 

 

 

――――大塚……

 

 

片岡監督は、教え子の豹変ぶりを前に、どうすることも出来ない。

 

 

もはや、彼の一存でエースを剥奪することも出来ない。内外野が黙っていない。

 

 

止められないのだ。

 

 

 

その繰り返し。心が、それとも体が壊れるまで

 

 

あの敗戦、ベンチに入ることすらできなかったことが、

 

 

準決勝直前、つながったかに見えた彼の心が、

 

 

チームの掌から零れ落ちて言っているのが見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何も知らない、何も知ろうともしないエースは当てもなく走る。

 

 

 

 

「ツーアウトォォ!!」

 

「いい球来てるよ!!!」

 

内野では、前園と小湊が声を張り上げる。緊張しているであろう大塚を気にかけているのか。

 

 

無表情になっていた彼を気にするのは当然だといえる。

 

 

大塚は一瞬だけ二人の方向を見て微笑する。ナインの声を聞いて、大塚の心が一瞬だけ和らいだ。

 

 

その声を聞き続ければ、自分がどうにかなりそうで。

 

 

 

―――――このチームで優勝したいんだ……絶対に

 

 

そして今度はベンチを、応援席にいる部員たちへと視線を変える。

 

 

 

その快挙を期待するような目で大塚を見つめる無数の両目。大塚のことを信じていると考えてしまうほど期待に満ちていた。

 

 

 

――――――優勝するんだ……勝ちたい、勝ちたい!! 俺はみんなで勝ちたいッ!!

 

 

 

自分を道を作ってくれた青道を、絶対に優勝させるんだと。みんなを優勝させるんだと。

 

 

―――――だから、青道のエースを張り続ける!!

 

 

もう絶対に、大事なところでいなくなったりしない。

 

 

 

 

何もできずに敗れることが悔しいことは、この夏で思い知った。何も出来ない自分が、大切な時に頑張れないことが、

 

 

それがどんなに悔しい事か。知っていたはずなのに。

 

 

認識が甘かった。甘すぎた。

 

 

 

2年前にそんなことがあったのに、自分は努力が足りなかった。力が足りなかった。

 

 

心・技・体。何もかもが足りなかった。

 

 

 

 

大塚は、その悔しさをよく知っている。

 

 

試合終了の瞬間が訪れた時の虚無感を思い出す。もう帰ってこない時間が。

 

 

――――知っている。

 

 

御幸の涙をスタンドから見ていた。

 

 

――――知っているッ

 

応援席でのみんなの涙を見ていた。

 

 

――――知っているからこそ、間違えない!! 今度こそ!!

 

 

 

2年前の悪夢を改めて思い知ったエースの心は、”エース”の投球に固執する。

 

 

 

 

勝つための投球を。

 

 

 

4回が終わり、大塚栄治。

 

 

未だにヒットを許さず。

 

 

完全投球を継続。




これでもマイルドにしたつもりなんです。彼の心情は。




秋大会での大塚君の変化。

まず打力が上がる。速球に打ち負けない程度

制球力悪化→技巧型のフォームで制球を維持し、140キロ前半を出す(夏前は前後)

カッターとシンキングファストの変化量増大。(デメリットあり)

SFFが使用不可(コントロールが効かず、後に致命的な欠点が露呈)。

スライダーの種類が増える。

上背が高くなる。

と、プラスなのかマイナスなのかわからない微妙っぷり。




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第89話 包囲網に至る

10日のリミットを過ぎてしまった。気がついたら。




雨の中でも、未だ闘志を燃やし続ける両投手。4回表のマウンドには未だにノーヒットの大塚。

 

 

だが、快音は響かない。

 

「なんだよ、何なんだよ、アイツは―――――」

 

先頭打者の内角をえぐるカッター。フロントドア、バックドアだけではない。従来の投球パターンすら取り込んだ、膨大な配球パターン。

 

変幻自在という言葉を冠するドラフト候補はいただろう。だが、それは驚くべき変化をする変化球をいくつも駆使するというレベルの話だった。

 

「ストライィィクっ!! バッターアウト!!」

 

最後はスロースライダー。外角ボールゾーンから横へと曲げてきたボールに見逃し三振。両サイドのゾーンと精度の高い変化球を変幻自在に操る大塚こそ、

 

 

変幻自在という言葉に相応しい。

 

 

帝東の打者は、バットを出すことは難しくなってきた。

 

2番打者も見逃し三振。これで、4回で奪三振9つ。そしてついには――――――

 

 

「ストライクっ!! バッターアウト!!」

 

「え!?」

帝東の打者が驚く。アウトコース低めの良いボールではあったが、際どいボールゾーンのコースだった。なのに、審判がストライクと判定を下したのだ。

 

 

 

 

――――そんな、いくら制球が良くても、そこも取るなんて――――

 

 

ストライクゾーンに投げ続けることで、際どいコースすらも、ストライクと誤認させてしまうほどの大塚の制球力。

 

夏予選で見せた楊舜臣の投球パターンである。

 

 

帝東のベンチは騒然となる。あの攻略がただでさえ難しい投手に、広大なゾーンを与えてしまえばどうなるのか。

 

 

「――――――――――――――」

岡本監督も言葉が出ない。それもそうだろう。制球力を誇る投手は昔にもいたが、ここまで次元の違う投球は聞いたことも見たこともない。

 

 

中学卒業したばかりにしては、投手としての意識とスキルが高すぎる。明らかに大塚栄治は異端だった。

 

―――――大塚、あの大投手を彷彿とさせる存在感――――まさか―――――

 

岡本監督は、ある一つの結論に辿り着いた。

 

 

あれは、あの投手は、大塚和正の息子であることに。いや、むしろそう考えない方が不自然だ。

 

 

大塚和正の息子なのだ。大塚栄治が、“普通”であるはずがない。

 

 

――――ぬかるんだマウンドのせいで、ボールが制御し切れていない。

 

当の大塚は、この雨のせいで足を取られていた。

 

 

―――――本格派で投げ続ける限り、下半身の筋力も足りず、フォームの不具合も修正できない

 

 

大塚としては、力を入れて投げることが出来ない、自分の思うような投球が出来ないことにいら立ちを隠せない。

 

SFFのコントロールもあれから定まらず、体格の変化によるリリースの瞬間が以前と同一では荒れてしまうことを理解していた。

 

 

だから、投げられない。

 

 

 

そんな大塚の不安とは裏腹に、

 

 

スタンドは大塚の有無を言わさない投球にざわめいていた。

 

「おいおい、まるで相手になってねェぞ」

 

 

「選球眼が決して悪くないはずだ。だが、それでもあのフロントドア、バックドア――――」

 

 

「いやいや、前の両サイドを抉るカッターとシュートも十分えぐいだろ」

 

 

「そして、ゾーンから鋭く落ちるチェンジアップ、目線を変え、十分な変化量を誇るドロップカーブ。これが高校1年生の投手の実力なのかよ」

 

 

まるでアマチュア相手に、プロの一流が投げているような光景。未だにいい当たりはない。

 

 

 

 

 

4回で二けた奪三振。そのうち、見逃し三振が9つ。空振り三振ではなく、見逃し三振が大半を占める投球内容。

 

 

それが、帝東にこれ以上ないほどのプレッシャーを与える。

 

 

 

「――――――」

帝東のエース向井は、この自分たちの攻撃をまるで寄せ付けない大塚に、言いようのないプレッシャーを感じていた。

 

そして、

 

――――たった2試合しか投げていない分際で―――――

 

 

思い出すのは、夏の甲子園。自分たちは光南と対戦し、大敗を喫した。そのマウンドに向井はいた。

 

6回途中3失点でランナーを残して降板。さらに後続が打たれ、帝東の自慢の守備陣も意味をなさずに夏が終わった。だが、向井はそれまで何度も甲子園のマウンドに立ち、チームを支えてきたという自負があった。

 

愛知の名門相手に、完全寸前までの圧倒的な投球。そして、横浦最高の打者、坂田久遠から三振を奪い、満塁のピンチをそのまま抑え込んだ。

 

 

イニング数は自分が上回っている。なのに、世間は大塚をこの世代ナンバーワン投手と謳った。さらに、ベンチで戦況を見つめているもう一人の投手。

 

 

―――――沢村、栄純―――――!!

 

この男も、青道の準優勝に大きく貢献。決め球のスライダーで予選は圧倒。本選ではスライダーを攻略されるも、決勝では粘り強い投球を展開。向井を打ち崩した相手に、6回途中1失点と粘った。

 

そして、“広島の至宝”成瀬達也。この二人こそが、この世代ナンバーワンのサウスポーを争うとも言われているのだ。事実、向井を攻略したはずの光南が、成瀬には1点しか奪えないどころか、完投まで許すほど。試合には敗れたが、柿崎の投球で勝ったような物。成瀬も負けていなかった。

 

 

成瀬はともかく、沢村は中学時代全くの無名。自分もこの1年間を無駄に過ごしてきたつもりはない。なのに―――――

 

 

カァァァァンッッ!!!

 

 

 

初球、外角を読んでいた東条が向井のスクリューを捉える。

 

完全な右方向のバッティング。外角は右打ちに打つと決めていたと様なスイング。痛烈な打球が一塁線を抜けていく。

 

 

「!!!」

 

―――――膝を我慢できるから、何とか届く!! 去年は空振りだったと思うけど!

 

一塁を回りながら、東条は成長の証を感じる。

 

 

無死二塁。ここで、4番沖田。第1打席はフォアボール。向井が完全に呑まれた。

 

 

打席に立つ沖田は、向井の様子を見て、

 

―――――まともに勝負をするとは考えにくいな。より集中して臨まなければ

 

4番であることを任された自分に求められるのは、たとえ敬遠でも感情をあらわにすることではない。

 

冷静なプレーで、自分の存在感を内外に示さなければならないことだ。

 

 

だからこそ、初球から彼は集中していた。

 

 

―――――!? スライダーが甘く入った!!

 

数少ない、そして稀な向井の失投。沖田の体は勝手に反応していた。

 

 

ガキィィィンッッッ!!!!!

 

 

痛烈な金属音が発した瞬間、白い何かが球場の上空を一閃した。

 

 

ガシャぁぁぁんっっ!!!

 

そして、スコアボードに激突した打球が、バックスタンドへと落ちていき、消えていった。

 

 

球場の一部を破壊するほどの強烈な打球。ライナーで上空を割いた一撃。

 

 

―――――いいスイングだった。だが、彼にしては甘かったな。

 

ベースを回る沖田は、奇妙に思いつつも、やっとまともに勝負をしてもらえたことに安堵していた。

 

 

「キタキタキタ~~~~!! これだよ、これ!!」

 

「青道の主砲!! これが関東の怪童だ!!」

 

「甲子園の怪童だろうが!!」

 

「ええい!! なんでもいい!! ツーランホームランで3点差だ、この野郎!!」

 

「続いてくれぇぇぇ、キャプテン~~~!!!」

 

 

沖田と勝負をした結果、追加点が入った青道高校は湧きかえる。予選でも、中々勝負をさせてくれない状況が続いていただけに、それまでをずっと耐え抜いてきた沖田の一発。

 

そして、沖田が勝負をできる状況を作るには、前後に強力な打者がいなければならない。

 

 

――――悪いけど、放心状態なら狙い撃ちだぜ

 

 

マウンドに集まる帝東ナイン。監督からの指示があるにせよ、沖田の一撃で平然とできるかは未知数。

 

 

――――あの投手の表情に余裕があれば、外角に山を張ってみるか

 

 

内角は振り抜けば内野の頭は超えることが可能だと解った以上、外角のスライダーを意識する御幸。スクリューはあまり投げてこない。

 

 

そして――――

 

 

カァァァァンッッッ!!

 

――――気が強いねぇ、だが狙い撃ちだ

 

 

2球目の外角を弾き返した御幸。外角のスライダー。完全に狙い球を絞った一撃がレフトフェンスにまで到達する。

 

 

「!!」

マウンドの驚愕の表情をあらわにする向井。ここで、向井の集中力にむらが出てしまう。

 

 

これ以上の失点は許されない。ここで6番、気を許すことなど許されない。前の打席では大きい外野フライ。

 

内角ストレートを意識している前園に対し、外角勝負を選ぶ乾。

 

――――先ほどの打席で、内角を意識している素振りが見受けられるな。

 

 

前園は、タイミングをゆっくりとることに集中していた。

 

――――引き付けて、下半身で打つ!! ショートの頭!

 

 

がキィィィィンッッッ!!!

 

 

前園のスイングはシャープではあったが、やはりスイングも尋常ではなく速い。

 

―――――軽く振るつもりやったのに―――――

 

そんなことを思いながら、前園は会心の当たりであるという感触を悟る。

 

 

外側のスクリュー。際どいボールゾーンだったが、バットがとどいてしまった。打つつもりはなかったのだ。

 

 

「なん――――だと―――――!」

 

向井は、初球外しに来た球を打ち返した前園に驚いた。外角のボールにはタイミングが今一つだったにもかかわらず。

 

 

打球がライト方向へと大きく伸びていく。そして――――

 

「ライト線に抜ける長打コース!!」

 

「ゾノも続いたぞ!! 廻れ廻れ!!!」

 

御幸が打球を確認するまでもなく、二塁ベースから三塁を回り、三塁を蹴る。

 

 

 

「追加点!!! これで4点目!!!」

 

「帝東の向井を攻略だ!!!」

 

「大塚には十分すぎるほどの援護点だろ、これ!!」

 

勝負を決定づける、ダメ押しの一撃。今の調子の大塚を考えてみれば、この試合の勝敗を決する、致命的な失点。

 

 

「―――――お前は、何を見ているんだ――――」

 

援護点が入ったことで、少しだけ笑みを浮かべるだけの大塚。すぐに笑みをけし、投球に集中するその姿に、高校生ではない何かが彼に取り憑いているかに見えた。

 

 

 

 

 

向井は、大塚が少しも自分を意識していなかったことに気づかされた。

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、薬師高校では――――

 

 

「試合終盤の雨とか、マジでだるかったが、コールド勝ちで気分はすっきりだな、おい!!」

轟監督が早々に勝負を決めた打線にまず言及していた。相手は本選出場のない高校。やはり彼らを抑えることが出来なかった。

 

特に、轟には2本のホームランが飛び出すなど、打撃絶好調。5回コールド、14得点という離れ業を披露した。

 

そしてその監督を喜ばせているのは――――

 

「いやぁぁ、ミッシーマが4回無失点とか、夢?」

 

「俺はエース目指しているんっすよ!! これぐらいは通過点っすよ!!」

 

先発の三島が快調な投球で相手打線を寄せ付けなかった。フォークに加え、チェンジアップ、スライダーと球種を増やし、そのいずれもが機能したことで、投球の幅が広がったことが要因だった。

 

「そういや、青道と帝東の試合はどうなったんだろうなぁ。偵察班は?」

轟監督が確認を取る。

 

「もしもし? そっちの試合は? ん? うん。ううん!? マジかよ!!」

 

 

「どうしたんすか、おっさん!!」

三島が尋ねる。

 

「おいおい、仮にも甲子園出場校だろ? あの小僧、マジで底がしれねェぞ――――」

轟監督は乾いた笑みを浮かべながら、一同に伝えるかどうか迷ったが、この事実は変わり様がない。

 

 

「おいお前ら。打倒青道を掲げて臨んだ秋大だがな。相手は底なしの怪物だぜ。こりゃあ、打ち崩したとき、世間がひっくり返るぜ」

 

 

薬師だけではなく、その情報はすぐに各地に駆け巡った。

 

 

大塚栄治。秋大会予選本選初戦で、8回2失点。相手は今年の夏の甲子園出場の帝東。

 

 

8回を投げ、被安打1、四死球0。奪三振は15。 驚異的なのは、球数が109球で終わったことだ。これだけの三振を積み重ねながら、この球数の少なさは異常だった。

 

さらにはストライク率が90%を超える徹底したゾーン勝負。それでも攻略できないレベルの大塚栄治。

 

何より驚かされたのは、その新たな投球パターン。それは、東京の各強豪校にすぐさま伝えられた。

 

 

「マジだよ、ああ!! マジだ!! あの大塚がやりやがった!! 帝東を自責点は0!! ああ!? 嘘じゃねェよ!!」

 

 

「今回のデータは絶対にとりこぼすな!! あの男を攻略するのに、少しでもデータは必要だ!!」

 

「今日の投球パターンを分析するぞ!! 奴の変幻自在を丸裸にするんだ!!」

 

 

「夏の甲子園でも、そんな可能性はあったが、いきなり本選で試してくるとか、あの野郎、本当についこの間まで中学生だったのかよ!!」

 

 

東京の強豪校を揺るがす大きな事実。あの帝東と言えば、闘将岡本監督が堅い守備を鍛え、伝統的な強豪校である。今年も甲子園に出場しており、向井太陽も1年生ながらいい投手だったのだ。むしろ、東京では去年までは有名だった向井が負けたことに、動揺が広がっている。

 

「向井を打ったのは、やはり青道の怪童、沖田道広。さらには松方シニアの東条も向井を打ち崩したらしい」

 

「マジか! 投手から外野に転向したのは知っていたが、そこまでの打力かよ」

 

「さらには御幸一也も向井から大きいのを打ったぞ。その後にも6番の――――名前なんだっけ――――」

 

 

「前園健太とかいう、安牌な雰囲気で強烈な打球を飛ばす奴!! あの図体で、鋭いスイングだったぞ、おい!!」

 

 

「大塚もきっちりタイムリーを打っていたし、打力もやばいな」

 

 

 

「ああ、まあな。一番やばいのは大塚だな。」

 

 

「ああ。帝東が最後まで何もできずに終わるなんて、信じられねぇ」

 

 

「スコアも最終的5-2、点差以上に地力の差を感じたぜ」

 

 

 

夏を経て、勝つための投球を貪欲に追い求めた大塚栄治。彼が見据える先に何があるのだろうか。

 

 




失点のシーンは次の話に回想として出てきます。


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第90話 変化の苦しみ

それは、もっと高く飛ぶための準備期間。

今よりもっと、もっと高く。


青道にとってみれば山場の一つと言われていた帝東戦は、大塚の快投もあり、圧勝に終わる。同じ東京、甲子園出場校すら手も足も出ない。

 

 

残念ながら大塚栄治はこの試合で初の失点を喫する。とはいえ登板数が少ないものの、予選では稲実を相手に8回無失点、甲子園では西邦相手に完封、後は横浦坂田、黒羽相手にパーフェクトリリーフ。

 

1年生のレベルではないと言える。

 

そして帝東戦は雨の中、青道一般学生も数多く応援に駆け付け、彼の快投をその目に焼き付けた。

 

 

翌朝の学校では、

 

「聞いたぜ、帝東相手に8回だそうだな。最後に余計な失点はあったが、お前が相変わらずだから安心したぜ」

 

廊下にて、大塚、沖田ら1年生たちと出会った引退した上級生たち。伊佐敷がまず、帝東相手に快投したことについて言及する。

 

「新たな投球パターンを取り入れてこの有様です。その余計な失点が接戦でなくて良かったです。あんな失点はもう繰り返すわけにはいかない」

15奪三振のうち、11が見逃し三振。スイングすら出来ていない証拠だ。

 

その後、早打ちに切り替えたために三振数は落ちたが、球数はかなり抑えられた。

 

そして大塚が悔いているのは失点の仕方だ。

 

だが、そんな大塚の自己反省する姿を見ている為か、先輩たちは深く突っ込まなかった。

 

その後、

 

「コントロールがいいからフロントドア、バックドアでもなんでもするんだなとはいったが、早速やりやがって!!」

 

ポンポンと大塚の左肩を叩く伊佐敷、しかし表情は柔らかい。

 

「3回戦で順当通りいけば、稲実の奴らか。」

 

「まあ、そうですね。秋は打力が落ちる分、夏よりは苦戦しそうにありませんが。」

冷静に考えて、3年生の打力が抜けてどこのチームも攻撃力が落ちる。大塚はその事について指摘しただけなのだが、

 

「おいおい、あの時8回無失点した男の言うことかよ。こんなんじゃ、また無失点やらかしそうで怖いな、おい!!」

 

「けど、それはうちにも言えます。沖田と東条、御幸先輩がマークされるのは解っています。そんな状況で如何にして得点を奪うかが焦点になりますね」

 

「半年たってもホント、可愛げがねェな」

 

「だが、こういう冷静に試合を見れる選手が多くいるのは強みだ。期待しているぞ、大塚」

元主将の結城に激励を貰う大塚。

 

「まあ、さすがに配球を変えてくると思うんで、あの時のようにはいかないですね。」

配球が変わればまたどうなるか。沖田は油断などできない。あの時は策略がはまっただけなのだ。

 

「3安打のテメェが慢心しなかったら、それこそ稲実に勝ちの目がなくなるじゃねェか!!」

 

「ホント、流石の俺も、成宮が可哀相に見えてきたよ」

伊佐敷と小湊兄が沖田の油断のない自然体であることに安心を覚えつつ、こんな打者を相手にする成宮に少し同情を覚える。

 

「丹波先輩、国体お疲れ様でした。堂々の投球、横浦相手に9回2失点。坂田さんがいないとはいえ、もう完璧エースですね」

 

「まあな。あの打者がいるのといないでは、だいぶ違うがな。フォークの種類を増やしたのが要因か、フォークに的を絞れなくなったようだった。」

 

国体は堂々の優勝。横浦、大阪桐生と強豪校が互いにつぶし合う中、青道は中堅校とのトーナメントが続き、決勝戦の横浦戦まで丹波を温存できたのが優勝の最大の要因。

 

和田を青道打撃陣も攻略し、4得点。やはり接戦にはなったが、丹波の力投で栄冠を手にした。

 

そして気がかりなのは、アジア大会以降調子を崩している柿崎。疲労が蓄積しているのか、横浦打線につかまり、7回3失点で降板。そのまま敗退したのだ。

 

青道にとってみれば、因縁の相手でもある柿崎。その相手がセンバツに出てこないようでは、

 

 

―――――雪辱を果たせないっ

 

 

残った下級生の意見は一致していた。柿崎を打ち崩す。それが青道の新たな目標の一つとなっている。

 

 

そして、教室に戻った大塚を出迎えるのは、

 

「大塚君、凄かったよ!!」

 

「あの帝東相手にあの投球なんて!!」

 

「沖田君もまたホームラン打ったし!!」

 

やはり勝利の立役者である二人にクラスメートたちが群がった。投打のヒーローには目が行き易いのだ。

 

「とにかく、自分の投球が出来たことが要因かな。甲子園程プレッシャーがあったわけではないし、負けられないよ」

あくまで冷静な対応の大塚。女子学生に言い寄られても、中々動じない。鈍いのか、興味がないのか、それとも精神的に枯れているのかはわからないが、とにかく今の状態ならこういう事にも問題がないように見える。

 

「あ、ありがとう!! いやぁ、声援とか、激励とか気持ちいいなぁ―――」

一方の沖田。広島時代では絶頂とどん底を味わった男。やはり人に期待される喜びに素直に感謝し、力に変えるメンタルを備えていた。

 

「うん、東京に来てよかった――――ホント、青道に来てよかった――――」

そしてあまりの嬉しさに目頭が熱くなる沖田。感激して泣いている姿を見て、クラスメートたちもあたふたする。

 

東京に来てもう1年。沖田にとってはそのトラウマを癒す彼の記憶に残る1年となっている。

 

そんな盟友の姿に笑みを浮かべる大塚。

 

 

――――良かったな、道広

 

 

それ以上は何も言わず、大塚は静かにその場を後にするのだった。

 

 

そして席に着くと沢村が今度は何か別の本を読んでいるのが見えた。

 

 

「沢村、また違う本を読んでいるぞ」

 

「うん、この間は孫子、次は何かしら?」

 

 

相変わらずバカなことをするが、真面目なのは変わらないと苦笑を浮かべる大塚。隣のクラスでも降谷がスタミナロールを連呼していたことは知らないが、ライバルたちが黙っているわけがないと感じていた。

 

 

だが、大塚の表情から笑みが消える。

 

 

 

思い出すのは、8回の表。

 

 

 

「ああ~~~!!!! サードでエラー!?」

 

 

「っ!!」

沖田が悔しそうな顔をする。ここまできて大塚の足を引っ張った。しかも、記録達成がかかっていたのだ。

 

 

応援団からも溜息。7回まで完全に抑え込んでいた大塚だったが、ここでついにランナーを許してしまう。

 

 

サードに転がった打球が寸前でイレギュラー。想定よりもあまりバウンドせず、こぼしてしまったのだ。

 

 

原因は、このぬかるんだフィールド。雨による影響で両投手とも制球力に不安を抱えている中、そのプレッシャーとデメリットは野手にも無関係ではなかったのだ。

 

 

「大丈夫だ、道広。記録を狙っていたわけではない」

手で気にしていないと沖田に声をかけつつ、次の打者に集中する。

 

 

ぬかるんだフィールドの事を考えれば、三振。

 

 

大塚の頭にはそれがあった。

 

 

ひくめにパラシュートチェンジ。スライダー、カーブで目線を変えつつカウントを整え、最後はタイミングを外す。

 

 

 

―――――切り替えできてるようだな。

 

 

 

御幸は、まずカットボールを要求する。

 

――――インコースに切れ込むこのボールで、まずはファウルを稼ぐ。

 

 

右打者の懐、寸前で変化し、上手くファウルを打たせるバッテリー。

 

ファウルゾーンに大きく切れてまずカウントを取った。

 

 

続く2球目

 

 

ククッ!

 

 

ここで大きな弧を描くドロップカーブ。バッターは微動だにせずカウントを奪われる。

 

 

「ストライクツー!!」

 

 

アウトコースに決まるタイミングを外すカーブ。これで追いこんだ。

 

 

―――――ここでフォーシーム。一球様子を見るぞ。アウトコース際どいコース。

 

 

御幸は外に構える。要求した場所は、先程審判がストライクゾーンと誤認したボールゾーン。

 

ズバァァァンッっ!!

 

 

外に決まるストレート。要求通り、ミットは動かない。判定は――――

 

「ボール!!」

 

 

流石にこれをボールと認めた審判。バッターはほっと息を吐く。

 

 

――――この試合、最後まで大塚なら大丈夫。何よりこの点差だ

 

 

御幸は懸案の決め球について考える。

 

 

ここでSFFを投げ込むのが夏までの大塚。しかし怪我明けとはいえ、1イニング限定でのリリーフ登板では初めて実戦で投げたSFFがワンバウンド。キレとスピードで振ったようなものだ。

 

 

コントロールを乱す大塚をあまり見ていなかった御幸には懸念が残った。

 

 

――――ここで次に向けてSFFを投げて、感覚を取り戻してほしいところ。稲実戦に向けて、こっちも万全の状態に近づけたい。

 

 

勝負の4球目――――――

 

 

 

「―――――っ!?」

投げた瞬間に違和感を覚えた大塚。挟む度合い、腕の振りはあくまでストレート。

 

 

後はリリースの瞬間だけなのだが、

 

 

―――――違う―――――

 

 

 

リリースした瞬間のボールの軌道が、イメージとは違った。

 

 

―――――抜けっ――――――!!!

 

 

 

そして一方の御幸。

 

 

大塚が投げた瞬間にその違和感に気づかなかった。

 

 

――――コース通り、アウトコースの低め当たりから落ちるSFF。これなら―――!!

 

 

球自体が荒れているわけではない。むしろコース通りにボールが来ていた。

 

 

 

ここから大塚のSFFは鋭く落ちる。

 

 

 

カキィィィンッッッ!!!!!!

 

 

「―――――――!?」

 

 

――――落ち、ない!?

 

 

金属音が響いた瞬間に、御幸は衝撃を受けた。ミットにボールはやってこなかった。

 

 

 

「あっ!!」

 

 

白球が高々と舞い上がる。大塚はレフト、左中間方向へと飛んでいく打球を見上げるのみ。

 

 

「――――――」

天を仰ぐ大塚。この瞬間、またしても彼は自分のストロングポイントを失ったのだ。

 

 

秋に入ってから、投手としての実力に陰りが見え始め、ついには決め球のSFFでさえ、満足に投げられなくなった。

 

 

「うおっ!!! 打った!! 打球が飛んでいくぞ!!」

 

観客からは、大塚が大きい当たりを打たれたことに驚いていた。7回まで深い場所にすら届いていなかった打球。

 

大塚はこの8回で初めていい当たりを食らったのだ。

 

 

「抜けた~~~~!!! 一塁ランナースタート切ってる!! 三塁行くぞ!!」

 

 

一塁ランナーの乾は、単独スチール。彼は、SFFの握りを見てしまったので、この雨でぬれたフィールドならば、捕球に手間取るだろうと考えていたのだ。

 

――――まさか、棒球になるとはな

 

 

決してギャンブルスタートではなかった。

 

 

 

「乾、三塁廻る!!」

 

 

「中継からバックホーム!! ヤバいぞ、おい!!」

 

レフト川島から、ショート倉持へ。外野守備では川島がクッションボールの処理にミスをだし、乾の激走を許してしまう。

 

 

倉持がバックホームへと投げる。明らかに川島の守備で冷静さを欠いていた。

 

 

 

バッターランナーが三塁に向かっていることにも気づけず。

 

 

 

野手全員が感じていた。エラーから完全試合を逃し、大塚のリズムを狂わせたのだと。

 

 

「なっ!! バッターランナー!!」

 

御幸が大声を張り上げるも、倉持はすでに送球をしてしまっていた。三塁方向からはすでに乾がホームに駆け抜けようとしているのが見える。

 

 

完全にセーフのタイミング。

 

 

「クッ――――!!!」

とにかく、この状況ではどうにもならず、堅い守備を誇っていた倉持、公式戦初先発川島に立て続けに守備のミス。

 

 

御幸はそんなことを想定していなかった。

 

 

「セーフ!! セーフっ!!!」

 

 

「しゃぁあぁ!! あのルーキーから一点を取ったぞ!!」

 

 

大塚栄治。公式戦初の失点。タイムリースリーベースで一点を返される。

 

 

外角の落ち切らなかったSFF。完全な棒球と化したストレートを引っ張った当たりは、左中間を切り裂く長打になった。

 

 

「――――――」

呆然とした表情の大塚。尚もノーアウト三塁。これまでチャンスらしいチャンスがなかった帝東にしてみれば、このチャンスはモノにしたい。

 

 

―――――落ち着け―――――

 

大塚は、自分に言い聞かせるようにつぶやく。

 

 

――――仮に、ここでSFFを使えなくても、他の球種は機能している。

 

そうだ。一つの球種に頼ることが思わぬ落とし穴になる事は間近で見ている。

 

 

――――SFFだけが、全てじゃない。

 

 

 

御幸も、ここで切り替えが出来ている表情の大塚に安心する。

 

 

――――公式戦初失点の割に、まだ表情は崩れてない。大塚なら乗り切れる。

 

 

 

6番打者は左。ここで強引にゴロゴー。スクイズによる一点は考えていないし、アウトカウントを取れるならそれでも構わない。

 

 

―――― 一番怖いのは、ゴロゴーで万が一内野の間を抜かれること。

 

御幸は冷静に全体の戦況を整理していた。ここで連打が生まれた場合、流れが帝東に傾いてしまう。いくら大塚でも、この状況ではかなりしんどいだろう。

 

御幸は通常守備を指示。変に守備を弄らず、中間守備、前進守備を敷くことはしなかった。

 

 

――――ここで通常のスライダー。カウントを稼ぐと見せかけて、ストライクからボールのインコース。

 

 

「ボール!!!」

 

 

内に切れ込むスライダー。スロースライダーよりもスピードが速く、変化量が少なくなるボール。バッターは内の際どいボールに手を出さない。

 

 

帝東岡本監督は、大塚と御幸の配球について考えていた。

 

 

――――いい意味で夏を経験するまでは強気、しかしもろ刃の剣。

 

 

外に構える御幸。

 

――――この状況でツーボールにはしたくないはず。と、普通の捕手ならば思うだろう。

 

 

「ボールツー!!!」

 

 

ここで外の逃げるサークルチェンジが外れる。内と外に投げ分けるバッテリー。いいボールだが、バッター手を出さない。

 

 

苦しくなる青道バッテリー。

 

 

――――そして、いい意味でこの投手はストレートに威力がある。狙っていけ、島崎!

 

 

 

――――カウントが苦しい、ここで威力のあるまっすぐでファウルを打たせる。インコースにはいきづらい。

 

 

ツーボールからの3球目。

 

 

カァァァンッッ!!!

 

 

「ファウルっ!!」

 

しかし、帝東の狙いとは裏腹に打球は前に飛ばない。球速が落ちていても、大塚のストレートは伊達ではない。

 

 

しかも145キロ。ここに来てこの試合MAXを計測。

 

 

ツーボールワンストライク。カウント的には未だに苦しい。

 

――――ストレートの威力が増している? なら――――

 

 

御幸はアウトハイを要求。威力のあるまっすぐで、どんどん押す。

 

 

ドゴォォォォンッッッ!!!!

 

「ストライクツー!!!」

 

 

3球目よりも速いストレートが牙をむく。バッターはストレートのタイミングでうちに来ていた。

 

 

しかし、バットはボールの下。試合後半、雨という悪条件。にもかかわらず、大塚のストレートだけはキレていた。

 

 

 

 

 

147キロ

 

 

 

 

「おおお!!! ここでこの試合最速!!!」

 

 

「ストレートが戻ってきてんじゃないか!!」

 

大塚のストレートがこの8回でいきなり球威をあげる。夏予選の状態に近づいていた。

 

 

――――よし、この球威なら――――

 

 

御幸は、アウトコースによる動きをしながら、インコース側へと手を広げ、せわしなく動く。

 

 

―――――決め球はインロー!

 

 

 

ドゴォォォォンッッッ!!!!!!

 

 

最後はバッター手が出ず見逃し三振。球速も――――

 

 

 

149キロ。自己最速に並ぶ。

 

 

 

「しゃぁぁぁ!!! 見逃し三振149キロ!!! インローズバッと決まって三振!!」

 

 

「ストレートの球威が上がってきたぞ!!」

 

 

「夏予選の状態に戻っていますね、監督!」

記録員の幸子が、若干興奮気味に語る。

 

 

あの背中、あの存在感、あの圧倒的なストレート。

 

 

それは間違いなく、夏の幻影に迫るモノだった。

 

 

 

―――――何が起きている? 大塚のストレートが何故急に?

 

 

大塚からは何か迸るオーラのような物は感じる。だが、序盤から中盤、ストレートの球速は変わらず、制球力も良い時に比べ、若干落ちているがまだ満足できる範囲。

 

 

指がかかり始めた? 何が原因だ?

 

 

御幸の疑問とは裏腹に、大塚はストレートでガンガン押していく。

 

 

 

149キロのストレートが球場を震撼させる。ノーアウト三塁から―――――

 

 

 

「ストライク!! バッターアウト!!」

 

 

3球三振。オールストレートで7番の左打者を三振。最後まで掠りもしない。

 

 

「最後は高め!! ストライクコースで当てさせなかったぞ!!」

 

 

「いいぞ、大塚ァァ!!」

 

 

「剛腕復活!!! 」

 

 

「ノーアウト三塁で2者連続三振!! あと一つでスリーアウト!!」

 

 

 

「―――――――」

大塚は、この8回に来て試合中に感じていたずれがなくなったことに気づいた。

 

――――遅すぎる―――――っ

 

 

だが、大塚に笑顔はなかった。

 

 

序盤から満足のいく投球が出来ていれば――――

 

 

調子を取り戻すのに時間がかかりすぎていた。

 

 

――――これなら、SFFがイケる、か?

 

 

御幸は再度SFFを要求する。左の8番打者。初球148キロのストレートで空振りを奪い、カウントは依然として有利。

 

外れても平行カウント。とにかく、SFFの調子を取り戻したい。

 

 

 

―――――SFF? いや、投げるしかない。投げ切るしかない!!

 

 

強い決意で大塚はそのサインに頷く。

 

 

 

―――――何が来る? ストレート? けど、このイニングはストレート主体。とにかく真直ぐに当てられなかったら――――

 

 

 

ククッ、ギュイイイイインッッッッ!!!!!

 

 

その瞬間、御幸とバッターの視界からボールが消えた。

 

 

「!?」

 

 

いや、消えたのではない。視界から外れたのだ。投げた大塚だけが、その軌道を見ていた。

 

 

 

コースは完璧。打者も完全に手を出している。当たる気配は微塵もない。

 

 

 

 

 

 

「――――――っ!!」

 

 

しかし、御幸の動体視力をもってしても、このSFFを止めることが出来なかった。

 

 

 

「ああ~~~~~!!! 後逸!!!!」

 

 

「三塁ランナー生還!!! これで3点差!!」

 

 

「いい感じだったのに!!!」

 

 

「ここでワイルドピッチかよ!!」

 

 

ツーアウトまで連続三振で抑えていた大塚。SFFはある程度制球されていたとはいえ、

 

 

 

あの御幸が後ろに逸らしてしまったのだ。

 

 

 

「―――――――――――――っ」

天を仰ぐ大塚。この試合2回目。

 

 

 

――――くっ、アイツはとんでもないボールを投げ込んでくれた。なのに――――

 

御幸も大塚が最高のSFFを投げ込んだという事実を認めつつ、そのボールを受け止めきれなかったことに悔しさを覚える。

 

見たこともない軌道だった。いや、夏予選に比べ、かなりスピードが上がっている。

 

 

それこそ、140キロに到達する勢いに見える、SFF。

 

宝刀にさらに磨きがかかっていた。

 

 

この試合序盤から調子が戻らず、躱しながら投げ抜いてきた大塚。調子を取り戻し、次につながるかと思いきや、ここでエラーからのタイムリーに加え、ワイルドピッチで失点。

 

 

乗りきれない。大塚が調子を取り戻したのに。

 

 

その後、後続の代打のバッターをスライダーで空振り三振に抑えた大塚。悔しそうな表情をしながら、ベンチへと戻る。

 

 

 

その後9回はお互いに無安打。大塚はその後レフトに守備位置を移し、最後は川上が1回を無安打無失点、1つの三振を奪って試合終了。

 

 

 

 

 

 

 

試合の2日後、ブルペンであの時の感覚を確かめようとした大塚。

 

 

だが―――――

 

 

 

「――――――!!」

 

ストレートの球威も戻り、SFFも制球が定まらなかった。また序盤と同じような状況に戻っていたのだ。

 

 

「昨日の―――――昨日の投球は、なんだったんだ―――――」

 

2日前は出来ていたのに、なぜできないのか。それが大塚には苦しくて仕方がなかった。

 

 

結局、最後まで大塚の球威は戻らず、ブルペンを後にするのだった。

 

 

 

天才に起こった異変。ムラという投手にとって致命的な欠点。大塚の集中力に陰りはないにもかかわらず起きてしまった欠点。

 

 

その原因は、ごくごく当たり前のことで、その鋭すぎる感覚によって引き起こされていた。

 

 




主人公は複数の先天的なギフトを持っています。


一つは記憶力。五感でとらえた情報を正確に認知することが出来る。これは大塚和正にも言えることで、彼は年月を重ねることでその頭の中のイメージを実践できるようになり、投手の栄誉を掴みました。

そしてもう一つの才能は、その記憶力を十全に行える身体能力と、それを動かす感覚の鋭さです。


今は意地を張ってフォームをきめようとしていますが、それは全くの間違い。

成長期の彼は、その都度フォームを見つけなければならず、それを瞬時にできる力はあるが、彼の矜持がそれを許さないのです。

フォームという根底を場当たり的に変える。しかも、フォームチェンジという生易しいモノではなく、彼の投手としての根っこを変える覚悟が必要となります。

大塚和正に追いつくためには、何かを積み上げなければならないと考える大塚にとって、現状では受け入れがたい事実でもあるのです。


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第91話 寄り添う温もり

気づいたらこの話が出来ました。




帝東戦後、大塚栄治は自身の投球に納得が出来ず、連日ブルペンでフォームチェックを繰り返しつつ、SFFの制球を取り戻すことに躍起になっていた。

 

元々それは自分のモノであった。なのに、それが手元から離れていく。その決め球は彼にとってそれほど大きく、唯一無二の存在だった。

 

 

その決め球は父親の代名詞でもあり、強打者を打ち取る必殺の魔球。

 

 

大塚和正の象徴であり、今の大塚栄治を支える変化球。他の変化球に比べ、執着しないわけがない。

 

「おいおい、8回まで投げたんだからノースローでもいいと思うけど。まだ日がたっていないし」

川上が大塚の焦る気持ちを察してか、やめるよう提案するが、

 

「不調の原因も解っています。これが今の俺にとってのベストなんです。大丈夫です、もう戦列を離れることはありません」

 

神妙な顔つきでブルペンへと入っていく大塚を止めることが出来なかった川上。

 

――――くそっ、どうすればいいんだ。

 

川上がどうすればいいか思案するその時、

 

 

「―――――程々にしろよ、大塚。お前はもううちのエースなんだからな」

 

 

「!!!!」

 

思わず振り返った大塚。その声の主は――――――

 

 

 

「丹波先輩―――――」

 

若干短髪になり始めている丹波光一郎。引退した先代エースの姿だった。

 

「――――焦る気持ちはわかる。まあ、俺個人の目ではあの帝東を2点に抑えるだけでも及第点なんだがな。」

 

「――――――それは、」

 

対戦して理解したのだ。あの打線なら抑えられる自信があったし、7回まで本調子ではない自分のボールを打つ事すら出来ていなかった。

 

言いよどむ大塚を見て、丹波は彼の感情を理解する。

 

「理想を求めるのはいいことだ。だが理想は到達した瞬間にもう理想じゃない。そんな考え方だと、プロで潰れるぞ。肉体からではなく、精神面からな」

 

少し厳しい言い方をした丹波。大塚の才能は認めるし、努力も認める。だが、投手としてある意味自分以上に繊細過ぎるメンタルに苦言を呈した。

 

「――――――敵いませんね。先輩には。」

 

 

「ある程度割り切ることも大切だ。常に最高を目指すのではなく、最善を尽くせ。今の自分に出来ることを考えろ。出来ないことは出来ないんだからな」

 

 

実体験である為か、丹波の言葉には説得力があった。丹波はその自らの現時点での限界を認め、最善を尽くし、あの最強打線を抑えた。

 

今年の国体優勝投手。東都の名門大学への進学が決まり、更なる進化を求める彼は、時々グラウンドに姿を見せていた。

 

「―――――自分の持ち味だった決め球が離れると、こんなに心細いなんて。沢村のことを言えないです」

 

 

「――――俺はお前に大丈夫だ、なんて甘い言葉を言うつもりはない。SFFが二度と戻らないかもしれないし、戻ってくるかもしれない。だがな」

 

 

 

「今、お前が為さなければならないことはなんだ? SFFを取り戻すことだけか? それに目が行きがちで、重要な目的を見失っていないか?」

 

核心を突かれた気がする。この人は大事なものが見えている。絶対に見失ってはいけないものを。

 

そして、未だにエースとしての格で、劣っていることを突きつけられた気持になる大塚。

 

 

 

「それは――――そのために、SFFが―――――」

この人には頭が上がらない。正論であり、それが自分にとっても正解であるから。

 

 

「その1球種“使えない程度”で、お前が簡単に崩れる投手か? そうじゃないだろ?」

 

敢えて大塚を煽る口調と言葉で投げかける丹波。

 

「――――― 一つの球種に頼るのはよくない、自分もSFFが投げられないから崩れるのは嫌です。」

 

苦い顔をする大塚。理解はしているだろうが、納得を仕切れていないようでもある。

 

 

「お前が目指す投手がとても大きい存在であることは解っている。それは俺達が決して理解できない領域だということも。」

 

解っているつもり、までだが理解しているぞ、と彼は付け加える。

 

 

「大塚栄治はいい投手だ。もっと自分に自信を持て。投手の才能では負けていると痛感しているが、メンタルでは昔の俺並に弱い。案外辛いんだぞ、同じ気持ちの奴を見ているとな」

 

昔を思い出して胸が痛い、と苦笑いする丹波。

 

 

「本当に、参りました。けれども、程々にします。立ち投げの後に、座らせての投球は30球だけです。本当に感覚だけなんです。すいません。」

 

頭を下げる大塚。そんな彼の様子に肩をすくめる丹波だが、

 

「仕方がない。無茶をしないよう俺が見ていてやるか」

 

大塚の要望を聞き入れ、彼の練習を見守ることにした。

 

 

投球練習中に、しきりに腕の長さやプレートの位置、腕の振りの角度などを気にする大塚。途中で投球を中断し、しきりに考え込むなど、テンポが悪い。

 

 

練習なのだから仕方がないが、夜遅くまでここにいるつもりなのだろうか、と丹波は不思議に思った。

 

彼は一応自宅通学なのだから。

 

そして、丹波は彼の不調の原因を突き止めた。

 

それは、彼の様子ですぐに分かった。

 

「―――――そんなに変わるモノなのか? 体格の変化でずれる感覚ってのは俺はあまり経験していないが――――」

 

身体の変化以前に、メンタルに左右されてボロボロだった丹波は不思議そうに尋ねる。

 

 

「―――――夏の時に異変を感じていなかったわけではありません。けれど、そうですね。間が空くとこんなにずれるなんて思っていませんでした。正直舐めていました、成長期を」

 

 

 

――――成長期!? それが大塚の不調の原因なのか!?

 

ここまで二人だけの世界になっていたので話を挟むことも出来なかった川上が、その原因に驚く。

 

 

「ただ、厄介なのは力加減ですね。腕の長さや筋力も変わっているので、中々微調整が難しいです。」

 

 

「お前な、そんな状態で1安打投球できるとか、他の高校の投手にケンカを売っているぞ。同じチームだからなんとも思わんが、ふざけたセンスだ」

 

「すいません――――」

 

「違うだろ、ここは『どうやら俺のセンスは凄いらしいです』と言えばいいんだぞ。素直に捉えるだけじゃ、メンタルは鍛えられないぞ」

 

 

「それ嫌味じゃないですか!! 俺はそんな相手を――――」

 

 

「実力を見せているんだし、結果を出しているからいい。それに、お前のセンスが並はずれているのは理解しているつもりだ。」

 

 

「丹波先輩の中での俺ってどんな存在ですか!!」

 

「横浜の1,5軍のメンタルの持ち主で、成績は最優秀防御率と後何か一つとれるレベル。大舞台でビビりつつも、結果を出すタイプ。」

割と辛辣な評価で笑えない丹波の評価。貶しているのか、褒めているのかわからない。

 

 

「えぇぇぇぇ!!! なんですかその評価!! 俺、息をするようにフォアボールとかしませんし、アウトロー一辺倒と一緒にしないでください!!」

思わず突っ込む大塚。

 

正直、野球中継でも最近制球が定まらない、アウトローに逃げて打たれるケースが多いので、

 

――――ああはなりたくないな。

 

と考えていたのだ。

 

 

「まあ、メンタルが強化されたら沢村賞だな。まあ、そうだな――――難しいが――――メンタルが改善されたら、だがな。」

フッ、と笑う丹波。明らかにおちょくられている。

 

 

「ぬわぁぁ!! いいです、いいですよ!! 丹波先輩よりもすぐにメンタル改善しますから!! 絶対負けません!! 2年生の春には優勝投手ですからね!!」

 

 

「優勝投手はその瞬間に泣いちゃいけないんだぞ。活躍出来ないジンクスあるからな。目標を達成して、緊張の糸が切れないようにな。」

 

 

「丹波先輩が虐める~~~~!!!」

 

 

 

「なぁにこれぇ」

川上は、この場を去るタイミングを失っていたが、大塚の弄られる姿を見たのはなんだか新鮮で、あまりにおかしくて、

 

 

――――激写しないと

 

川上の中で何かが失われ、何かが芽生えてしまった。

 

 

 

そして、“大塚と丹波の前で堂々”とスマートフォンで撮影を開始するのだった。

 

 

 

なお、その行動に対し、大塚が猛烈に阻止しようとするが捕手の小野も便乗し、180cmを超える高校生が駄々をこねるあまりに情けない姿をさらした模様。

 

 

 

 

 

そして、練習終了後のクールダウンを終えた大塚が青道高校を後にするのだが、

 

 

「ひ、ひどい目にあった―――――恨みますよ、先輩方」

 

 

もうすぐ自宅につく。大塚は緊張をとき、まっすぐ家に向かうのだが、

 

 

「――――――――――――――――っ!?」

 

 

足音が聞こえた。辺りは夜道で、人通りの少ない場所。立ち止まった瞬間にその足音も消えた。

 

 

つまり、大塚が何かに気づいた瞬間にその足音の主は動きを止めたということになる。

 

 

辺りを見回す大塚。誰もいない。

 

 

「――――――――――――恨まれている覚えはない、はずなんだけど」

 

 

結局その後足音は聞こえず、大塚不審に思いつつも自宅へとついたのだ。

 

 

 

 

 

「ただいま。いつも帰りが遅くてごめんね、母さん」

 

出迎えたのは母親の綾子だが、なぜか表情が険しい。

 

「あ、うん。お帰りなさい。夕飯は寮で取ったのね?」

 

 

「うん。一応連絡は入れたからその通り。でも、母さんの料理が恋しくなるな。」

 

夜遅くに帰ってきたのだ。健康的にも夜食を口にするのは避けたい。

 

 

「――――どうしたの、母さん?」

いつもはのほほんとしている綾子の顔が曇っている。最近自分が無茶をやらかして心配させているのもある。

 

少し申し訳ない気持ちになる大塚。

 

 

「ううん。栄ちゃんは関係ないよ。ただね、最近テレビの人がね――――」

 

彼女曰く、有名人のその後、という番組のオファーが来ていたらしい。若くして引退し、そのまま家庭に入った彼女に対する賛否は半々だが、夫が夫なので今のところ激しいコメントはない。

 

そして最近、大塚和正が電撃復帰をしたり、息子の高校野球が忙しかったり、色々と家庭がバタバタしているので、出演は断りを入れたはずなのだ。

 

特に、大塚栄治の生活は毎日が激動。父親はちゃんと遠征中でも栄養に気を使えるのだが、まだ年相応な彼はその方面が未熟だ。

 

最近はさらに練習量が多くなり、それに比例して帰りが遅くなるなど、ちょっと生活のバランスが悪くなっていて、その事で裕作が拗ねたり、美鈴が呆れているのは周知の事実。

 

「それで、諦めきれないので色々とさまよっているという事なの? 懲りないね」

 

 

「うん。ごめんね、栄ちゃん。私事で迷惑かけちゃって」

 

 

「母さんが謝る事じゃないよ。俺も、いろいろ迷惑をかけているのは自覚している。母さんを曇らせてばかりだと、今度こそ父さんにドヤされるかもしれない」

 

今まで彼はめったに怒られたことはない。練習の虫になりすぎていた時にアメリカのガールフレンドであるサラに怒られたぐらいだ。

 

その時、父親が知ったのはその事後。2度もきつく言うのはさすがにという事なので、あまり激しくはなかったが、綾子の気の動転ぶりを見て、

 

―――――あんまり母さんに心労をかけるなよ

 

と釘を刺されたのだ。

 

「すぐにお風呂に入る?」

 

 

「うん、やっぱりシャワーだけだとさすがにね。裕作と美鈴は―――もう寝ているかな?」

 

上の階に視線を向ける大塚。リビングにいるのが綾子一人なので、騒がしい二人がいないのを確認した彼が綾子に尋ねる。

 

「ぐっすりよ。美鈴が最近粘るけど、明日に響くからやめなさい、と言っておいたわ」

 

「母さん、その――――父さんは起きているかな」

 

「まあ、レギュラーシーズンも終わっているし、暇だとは思うよ。今年は昨年から挽回して4位だけど、キャッツに負けちゃったからね。どうする、まだ起きているとは思うけど」

 

少し、大塚は躊躇した。そして、しばらくの熟考の末、

 

「――――――いや、やっぱいいや。シーズンが終わって、色々と課題も見つかったと思うし、今はいい。」

 

 

「いいの?」

 

「――――うん。父さんも父さんで悔しい思いをしているし、今は――――うん」

 

思わず出てきそうになった言葉を飲み込んだエイジ。

 

――――今は、父さんも悔しいと思うし。

 

 

――――俺の問題は、父さんや母さんたちに比べてしょうもないし

 

 

「じゃあ、お風呂入ってくるよ。」

風呂場へと向かう大塚。

 

「うん。うっかり寝ないようにね」

そして、夜遅く疲れている息子に注意を促す綾子。こういう気遣いが今の大塚には染みる。

 

自分の事を理解してくれる存在、それがありがたい事なのはわかっている。だが、毎回最後まで顔を見ることが出来ない。

 

背を向けている状態なので、ばれているとは思っていない。だが、恥ずかしい。

 

――――父さんだけじゃない、母さんも俺の――――

 

 

「母さん」

 

 

「ん、どうしたの、栄ちゃん?」

 

優しい声色で尋ねてくる綾子。それだけで、崩れそうだった。

 

 

「ありがとう」

 

ただ簡潔に、その言葉が出てきた。

 

 

「?? えっと、どういたしまして?」

 

たぶん理解できていないのだろう、少し戸惑った声色の綾子に、誰にも見えない、視させない苦笑いをする大塚。

 

 

その後、お風呂の中でゆっくりとマッサージをしたりして、自室のベッドに向かうエイジ。

 

こうして彼の一日が終わり、明日からも彼の一日が始まる。

 

 

 




さすがの丹波先輩。

そして、川上先輩が畜生化。若干メンタル強化。

最後に母親の温もりに陥落する主人公。





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第92話 背中を押すモノ

主人公だけではない!!


2017年 6月28日 

2011年史実をモデルにしているので、若干のプロ野球情報を変更します。



背番号1を背負うエースの異変。何かが合えば、夏を超える力を見せつけ、何かが失われれば、技巧派に逆戻り。

 

 

大塚栄治の復調と安定という課題は、チームでも話題になっていた。

 

 

「中盤までは、両サイドに球が集まってたよな」

 

「ああ。打たせて取る。大まかに、両サイドに6通りの速球の配球パターン。」

 

 

両サイドのフォーシーム。

 

両サイドに切れ込む速球系。

 

両サイドに外から入ってくる速球系。

 

それらを見切った上で、2種類のスライダー、ドロップカーブ、パラシュートチェンジ。

 

これでも十分な球種の量に精度の高さだ。

 

 

だが、大塚が気にしているのはSFFが安定しないこと。

 

 

落ちるボールがパラシュートチェンジでも十分だが、やはりあの球をコントロールしたい。

 

 

とはいえ、8回表のSFFは御幸でさえとることが出来なかった。

 

 

しばらく、大塚はSFFを投げることが出来ないのが実情。

 

 

「とはいえ、8回の投球ができるようになったら稲実相手にもいい投球ができると思うぜ、何せつけ入るすきを与えなかったからな。」

 

 

大塚の調子が安定しない。安定しているように見えるのは、投手としての実力が高いからだ。

 

だからこそ、寸前で耐えている大塚が凄いと考えているのが上級生たち。

 

 

 

 

一方で、沢村たち投手陣は――――

 

「縦と横~~~!!! どうすりゃあいいんだ!!」

沢村が喚きながら考える。スライダーを会得した沢村だが、高速スライダーを取り戻せていない。正体不明の変化球もあるようだが、まだまだ満足していない。

 

 

「――――(縦と横、か)」

大塚は、そんな沢村のボヤキを聞いていた。スライダーにあまり球速を求めていなかったので、スロースライダーを会得していた彼は、早いスライダーに興味を持った。

 

スライダーは手のひらを横にし、リリースした瞬間に三塁方向に手の甲が向く。

 

 

恐らく沢村が考えているのは、前に押し出す力によって球速を上げ、横回転で変化量を増やしたいという事なのだろうと。

 

「――――――少ない動作で、それを可能にするには――――」

 

 

抜くような感覚、ではない。高速スライダーは通常、手の甲が三塁方向に向けば向くほど変化が大きくなる。ならば、その状態で早く押し出すには―――

 

 

――――リリース、か。リリースの瞬間に横回転を加えると同時に、押し出す動作。

 

 

「小野先輩、スライダー行きます。」

 

 

「お、おう!(スライダーを意識するようになったな、大塚。SFFが使えない以上、やはり決め球は必要か。)」

 

パラシュートチェンジでは心もとない。それは捕手側から見ても同じだった。

 

 

大塚栄治なら、もっと決め球が多くていいと。

 

 

――――スライダーに押し出すという動作は存在しない。そもそも横に切るのだから普通に押し出せば制球力を失い暴投する。

 

押し出す動作を入れるには一工夫が必要だ。

 

 

――――横にする中で、縦を意識する。ならば――――

 

 

人差し指に力を入れる大塚。すると――――

 

 

ククッ、ギィンッ!

 

 

「おっ!! ナイスボール!!」

 

変化量はスライダーよりも落ちるが、一応高速スライダー。コースは定まっていないので、まだ使い物にはならないが。

 

――――だが、ウイニングショットにするには変化が少ない。使い道はゴロにするぐらいか。

 

 

無理に変化量を多くしようとして、肘を壊す投手も過去にはいた。五輪で有名だったあの投手も、圧倒的なスライダーを持ちながら、実動期間があまりにも短かった。

 

 

だが、人差し指の押し込みだけでは、この二つの課題を維持できないのは確か。

 

大塚は怪我をしたくないのだ。無茶をするつもりはない。

 

 

―――――この際、パっ、と押し出すには――――

 

 

スライダーの握りを見つめる大塚。

 

 

人差し指に力を入れてその握りを見る。これではだめだった。

 

 

大塚は考えを煮詰めてしまいそうになるので、いったんボールをびゅっ、と真上に押し出した。

 

何気なく動作をしてみたのだが、ボールが再び右手に落下してきたときに、閃いたのだ。

 

 

 

「――――――握りつぶしたほうが早いのかな」

 

 

「え!? どういうことだ、大塚!!!」

沢村は先ほどから大塚がスライダーを試しながら投げているのを注目していた。スロースライダー、高速スライダー、通常のスライダー。

 

それだけ色々な変化を見せてなお、納得していない様子を見せていた。故に、大塚の言う「握りつぶしたほうが早い」は、彼にとって聞き耳を立てないわけにはいかない。

 

「いや、押し出すにはどうしても人差し指だけでは足りない。だから、どうせなら全部の指で押しだすイメージの方がいいと思ったんだ。」

 

 

「!?」

 

 

「まあ、上手くいかなかったら3種類だけで断念するけどね。」

物は試しだ、といいながら準備する大塚。

 

「3種類も投げるお前が羨ましいんですけど!!」

 

 

 

人差し指だけではない。あくまで握りつぶすイメージ。

 

 

投球動作に入る大塚。

 

 

――――横にしながら、リリースの瞬間に

 

 

 

リリースの瞬間に全ての指に力が入る。

 

 

―――――握りつぶすイメージ!!!

 

 

ククッ、ギュワワンッッ!!!

 

 

コースは右打者のアウトコース真ん中高め。そこから―――――

 

 

「ぐわっ!!!」

小野先輩が呻き声を出しながら後逸する。寸前で急激に落ちながら曲がり、ボールは後ろへと転がっていく。変な回転も生まれていたのだろう。ボールが独りでに暴れていたのが見えた。

 

 

「!!!!!」

沢村は、その様子を見て目を見開く。

 

――――ストライクの甘いコースから、ボールゾーン!? なんだそりゃ!?

 

 

しかも、130キロ台中盤に届きそうな球速。大塚のストレートのMaxが149キロなら、135キロぐらいで曲げてきていることになる。

 

つまり、沢村のストレート並の球速である。

 

 

見たところ、腕の振りも早く、その違いも――――

 

「ストレートと腕の振りが同じだった――――――だと?」

狩場が、大塚の投げた一球だけではなく、その動きに注目していた。

 

 

癖や違いを見つけるのが上手い彼でさえ、初見では全く分からなかった。

 

「お、おっし!! 俺も握りつぶす感覚で!!!」

沢村が辛抱たまらず投げる。

 

 

すると―――――

 

 

「どわぁぁぁ!!!」

狩場も小野と同様に後逸。こちらはとんでもない暴投になった。

 

 

「わ、悪い!! ちょっとすっぽ抜けた――――けど、もう少し力を抜いてもいいのか――――」

 

何かを掴んだように、沢村がもう一度スライダーを投げると。

 

 

「!!!」

今度は構えた場所に投げ込んだおかげで狩場は後逸しなかったが、ボールがミットからこぼれた。

 

 

狩場の目線からは、沢村が理想とするストレートの速さで曲がりながら落ちるスライダーのイメージと、ほぼ合致していた。

 

「な、ナイスボール!! すんげぇぇキレだったぞ!!」

興奮気味に話す狩場。

 

「こ、こんなんでいいのかよ―――――」

沢村も2球目である程度モノになるとは思っていなかった。今までさんざん苦労していたのに、あっさりと克服し、宝刀が帰ってきた。

 

「え、今までの苦労はなんだったんだよ、ちくしょう――――」

 

 

思わず絶句する沢村。制球力は未だに壊滅的だが。

 

 

だが、それまでを考えれば拍子抜けも良いところである。

 

 

「よ、良し――――あと3,4球スライダー投げるぞ!」

気を取り直して、狩場とともに練習を再開する沢村。

 

その後、沢村は問題なくスライダーをかろうじて両サイドに投げる確率が若干上がった。高さにはまだ怖さがあるが、それまで進歩がなかったスライダーの課題が一気に進んだ。

 

 

練習終了後、

 

 

「大塚のおかげだな!! ありがとな!! これでエースへの道が近づいたぜ!!」

笑顔でご機嫌がよろしい沢村。最終的に満足できる進捗状況なので、精神的に落ち着いたのだ。

 

「俺も自分のために興味を抱いただけだから。まさか、こんなことになるとは思ってもいなかったよ」

やや謙遜しつつ、大塚は笑顔で沢村の言葉に応える。

 

「早く試合で投げてぇ!! やっぱ空振りが奪える変化球がないとな!!」

 

 

「降谷もランニングで体力強化しているし、川上先輩は基礎トレでさらにコントロールに磨きをかけているし、俺も先日の試合で失点したし、油断できないね、冗談抜きで」

 

自責点0ながら、エラーの後の長打、ワイルドピッチという嫌な失点をしてしまった大塚。

 

何より、

 

――――心配かけちゃったしね。

 

丹波先輩に言われたことを思いだす。

 

――――SFFがダメなら、他に手が届く場所に手を伸ばそう。少しでも実力をつけよう。

 

 

大塚は、少しずつSFF離れを始めていた。

 

 

 

 

 

野手陣では、

 

「この間、向井を打ち崩したのはよかった」

沖田は神妙な顔で、1年生合同自主練習にてまず成果をあげる。

 

そして、主将の御幸も参加していたりする。

 

 

 

「だけど、エラーからの失点、あれで流れが悪くなったよね。雨の所為、とは言えない」

東条も大量リードがない展開で、アレは命取りだと考える。

 

「ああ。前に突っ込むべきだった。打球が死ぬのは予想できていたはず。」

沖田はやや軽率なプレーだったと考えていた。

 

「まあ、アイツがさっさとヒットを打たせなかったから、固くなるのも仕方ないけどさ。完全試合? まあ、それだけ抑えていたんだし」

東条は沖田が気落ちしているので慰める。守備に高い意識を持っていた彼にしてみれば、自分のせいで大塚のリズムが狂ったと思っているのだ。

 

「次の試合は七森学園。恐らくメンバーの入れ替えもある。先発は大塚と川上以外のどちらか、か」

 

 

沢村と降谷。どちらかが先発起用されるだろう。

 

「とにかく、8回の大塚の投球。あれは今まで見たことがなかったな。特に、SFFのキレは、夏の決め球以上だった。」

御幸は、大塚がラストボールに選択したあのウイニングショットに変化が起き始めていると証言する。

 

何しろ、夏までは普通に取れていたはずの変化球。それが、あの時はとれなかった。

 

 

「御幸先輩には、どう映ったんですか? 8回の大塚は?」

沖田が捕手目線で何が変わったのかを尋ねる。内外から見ても、大塚が突如変貌したと言っていい投球。

 

細かな癖や変化を御幸なら見極められると予想してのことだが

 

 

「―――――はっきりとは、解らねぇ。8回以前のアイツは、とにかく粘っていた印象だった。丁寧にコースを突いて、制球重視。春の時の投球で、無理やり高水準の投球を維持していたんだ。」

小さくまとまることを良しとした、春の技巧派モード。それでもあれから半年が過ぎようとしている今、球速は140キロ前半を計測している。成長していないわけではない。

 

「けど8回。大塚はようやくフォームがかみ合ったんだと思う。何より躍動感が違った。気持ちよさそうに、たぶん本人さえも訳が分からない状況だと思う。」

あの変貌に、大塚は終始戸惑いの表情を見せていた。調子が悪かったはずなのに、何がよくなったのかわからずに調子が上がった。

 

 

「何かないのか? 大塚の変化の原因。日常生活でもなんでもいい。なんか変わったのか?」

金丸が周囲に尋ねる。

 

「―――――――」

周囲は何も言わない。心当たりのあることがない。

 

「マネージャーさんに聞いてみよう。プレーヤー視点よりも、外から見た方が解るかもしれない。」

東条は結論がまとまらない中、彼女らにも助力を乞うべきだと提案する。

 

「だな。煮詰めてもあまりいい結果が出るとも限らねぇ。次の七森学園戦に向けて、俺達の出来ることをしようぜ。」

主将御幸の言葉で、この話はお開きとなった。

 

 

 

 

 

そして、それはマネージャーの間でも、

 

 

「凄かったわねぇ~~大塚君。失点はしたけど8回からの投球」

幸子が練習後のドリンクを冷やしている夏川に声をかける。本人は次の七森学園戦の選手データを2年生の渡辺に渡したところだった。

 

「うんうん。夏以上に凄みがあったよね。それに、最近背が高くなったかも」

何気ない一言。夏川からしてみれば、何となく気づいたこと。

 

 

「へぇ~~~大塚君身長伸びたんだ。今どのくらいなの?」

 

 

「入部当初は177cmで十分大きかったけど、今はもう180は超えているんじゃないかな? だって、降谷君よりも背が大きいんだよ。夏の頃からだんだん伸びてはいたけど、大会が終わった後から急にまた伸び始めたよ。」

 

そうなのだ。

 

半年で8cm程背が伸びた。成長期という事を考えてもこれは凄い。体格の良さによって馬力も上がり、精密機械並の制球力を元々備える大塚。

 

 

いよいよ怪物への道を歩み始めたと言ってもいい。

 

「そういや、大塚君ってよく生徒会から備品の手伝いとかをさせられているよね。あれって―――」

夏川がふと疑問に思う。

 

10月にやるであろう体育祭の準備に彼が呼ばれることもある。それに、備品の修理も出来るので、日常生活でも渋い存在感を出している。

 

 

「なんでも、手先が物凄く器用で、覚えが早いそうよ。裁縫の授業でも一番早くに終わって、一番きれいに出来ているんだって」

クラスメートの女子が、噂の大塚について語る。

 

 

「それを言うなら美術の時間も、模写の授業でもきっちり精密に絵を描いたそうよ」

手先の器用さに関する話が湧いて出る彼の噂。それを目の当たりにした二人は、大塚のセンスは日常生活でもいかされているのだと知る。

 

「手先がほんと器用よね、彼。」

 

大塚も、体がずれていることを認識していたが、こんな悩みを誰かに言う事も出来ず、微調整を続けるしかなかった。

 

まさか、成長によってフォームがずれているなど誰が思うだろうか。そんなことで、不調に、あの大塚がなるのかと。

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、彼をよく知る者は大塚の不調の原因をある程度掴み始めていた。

 

 

 

9月に入り、レギュラーシーズンもいよいよ大詰め。横浜ビースターズは投手陣の体力に限界が訪れ始め、失速。3位読売キャッツに引き離されてしまう。

 

 

 

 

漁夫の利的に首位についたのは、昨年5位のビヒダス。そのまま今年のセ・リーグを制したのだった。

 

今年のセ・リーグは1位東京ビヒダス、2位名古屋ドラゴンズ、3位読売キャッツがAクラスとなり、横浜は土壇場での勝負弱さが響き、Bクラスに。

 

なので、一足早い秋季キャンプが始まっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

なので、大塚和正は暇なのである。無論、体のケアを怠ることはしていないが。

 

 

 

「そういや、この前栄治君がついに失点したそうだぞ」

盟友の梅木祐樹が新聞に出ているエイジの報告を和正に見せる。

 

 

ドラフト候補は、数年前から唾をつけるものだ。無論ビースターズは大塚和正の息子で実力も申し分ない彼をスカウンティングしている。

 

それは恐らくどのチームもそうだろう。

 

 

 

「――――――8回に2失点。アイツなら体力的に見ても球が浮き始める場面ではないが―――」

顎に手を当てて考え込む和正。

 

「いやいや、普通は7回からしんどい。お前目線で語るな」

梅木が呆れる。

 

 

そして、そのスカウト陣の報告を読み上げる梅木だが、

 

「―――――甘い球を痛打され、SFFのワイルドピッチ。あっという間の失点だったらしい。」

 

「―――――アイツは昔から手先というか、体を使うのが上手いからなぁ。あの頃の俺と比べても、ちょっとレベルが違う。」

大塚の昔を語る和正。

 

「情報処理能力って奴か? 体の使い方が上手いっていう」

 

 

「いや、アイツのはそんな生易しいモノじゃない。“完璧に真似”るんだ、技術を。俺の編み出したフォームをずらす技術、もっと言えばSFFのリリースの瞬間、扱いやすい決め球のパラシュートチェンジ。あれを“最初からできる”ことが凄い事なんだ。」

 

俺でも、最初は普通のチェンジアップから初めて、試行錯誤を繰り返して今の決め球になったんだ、と彼は言う。

 

 

現象や技術を視覚で知覚し、記憶した場合、骨格的に模倣が可能ならばすぐに会得できる。

 

「真似が上手いって、それこそ綾子ちゃんのような見稽古レベルかよ。」

梅木は、エイジの模倣能力について母親の綾子の名を口に出す。彼女はアスリートではなかったが、ダンスや歌の才能は勿論、その覚えの早さから難易度の高いパフォーマンスを見せていた。

 

センスだけなら、女性アスリート顔負けなほどに。

 

 

そして、大塚家と梅木家で有名な事件であった和正引退直後の温泉旅行では、

 

 

 

――――うーんと。何となくできそうかなって、やってみたら出来ちゃった♪

 

 

引退後しばらく和正と卓球勝負をして、彼に“ゲームをとらせなかった”話はよく聞

かされている。

 

そして先ほどの言葉は、和正を3-0で打ち負かした際に出てきた笑顔とともに発せられたのである。

 

なお、決着がついたにもかかわらず、和正が3セット目を要求。結果は惨敗である。

 

 

さらに彼の自信を打ち砕くのはその娘である。なんと長女の美鈴にも2-1と追い込まれるなど、大塚家の女性はセンスの塊だった。

 

 

 

 

「うちの奥さんは筋力が足りないから目立たないが、センスは俺よりあるんじゃないか? 横で俺よりもうまくなっている姿を見ていると、なんかな――――」

 

それこそ、和正が「もし彼女が男だったなら、一生勝てなかったかもしれない」と言わしめるほど。

 

 

「ていうか、情けないぞカズ! 奥さんに負けたのは仕方ないにしても、なんて負け方だよ!! せめて1ゲームは取れよ!!」

梅木はその和正の野球以外でのさんざんな話に突っ込む。

 

「ならお前がやれ! 自信を木端微塵に砕いてくれるから!!」

 

「それと美鈴ちゃんはその時中1だろ!! 何お前フルセットになってんの!? バカなの!? 俺が別室で休んでいる時に何があった!!」

 

 

「言い訳もしない。愛娘に追い込まれるのは悪くないかな。ショックだけど」

苦笑いの和正。ただの子煩悩なだけである。

 

 

「まあ、エイジにボロッボロに負けたのにはカウントしないでおいてやる。ありゃ天才だ。プロの卓球選手がエイジに化けているのかと思ったほどだぜ」

 

だが、そんな和正をフルボッコにした綾子と接戦を繰り広げた美鈴を蹂躙したのは、

 

 

 

大塚家の長男坊である大塚栄治だ。

 

 

 

 

――――何となく、手加減は出来ないと見たし、さっきの試合を見てある程度解った

 

手始めに美鈴に1ポイントも与えず封殺し、彼女を大泣きさせた。

 

動揺している最中に1ゲーム目で5ポイント先取した綾子だったが、落ち着きを取り戻した栄治からは一点も取れずにストレート負け。

 

大塚家最高のセンスの持ち主は誰なのかを明確にさせた出来事である。

 

 

 

 

「だが、だからこそ陥ったのかもな」

和正の懸念はその利点の弊害。

 

 

 

「何にだ? 模倣とかの次元ではないコピー、それに狂いが出たっていうのかよ?」

 

 

 

「アイツは今、高校1年生だ」

当たり前のことを言う和正。あまりに真剣に言うので、梅木は困惑する。

 

 

「まあ、そうだな。だがそれがいったい何に―――――」

 

 

 

「アイツの体は“成長期”だ。いくら感覚が鋭敏だからといって、体の変化にまで対応が出来るかどうか。いや、“感覚が鋭すぎる”からこそ、体と処理能力にずれが生じ始めているんだろう。」

 

その和正の事実に梅木は絶句する。いくらなんでもそれはおかしい。アマチュアの選手がそこまでの感覚を持っていることもだが、人がそのズレによってそこまで影響を受けるのかと。

 

というより、そもそも人間としておかしい。機械か何か。

 

 

「突き抜けた才能は、見方を変えれば異常でもある。俺とアイツは違う。ああいうのを天才というんだろう。俺が長い年月をかけて作ってきた感覚、培った知識で得た技術をアイツは、“センスだけ”で会得した。」

身体の頑丈さだけが取り柄だったからな、と苦笑いする和正。

 

 

「!!!!」

和正が人知れず様々な努力をしたことは、チームメイトになって分かりきっている事。その彼がここまでいう。

 

そして、彼が血のにじむ努力をして手に入れたモノを、短期間、しかもセンスだけで会得している事実に、畏怖を感じずにはいられない。

 

 

栄治が、和正以上の逸材とは考えていた。光れば彼以上の投手になるかもしれないと。

 

 

だが、ここまでとは。

 

 

あのレジェンド大塚和正をして、自分を凡庸と言わしめるほどの才覚の持ち主。

 

父親も彼がどんな選手になるかわからないのだ。

 

 

「何か、その不調に効果のあるモノってなんだ? 成長期なんて言う当たり前の事象で潰れるなんて、勿体無いだろ!!」

 

「―――――試合ごとにフォームを臨機応変に変えるしかないという事だ。フォームに重きを置いているアイツには相当な決断になるだろうがな」

 

 

フォームという彼にとって一番重要なピース。それを毎試合、いや時間経過とともに変え続けなければならないという試練。

 

 

 

それに加え、コンディションの問題もある。筋力の変化もフォームに影響を与えるだろう。その時に発揮できる力は、様々要因でいくらでも変わる。

 

 

「―――――けど、その時期を耐えたら―――――」

 

 

「ああ。奴は本当に凄いプレーヤーになる―――――」

 

 

投手とは敢えて言わなかった和正。本当に投手だけでおさまるのかわからなかったから。

 

 

 

 

「――――――お疲れ様です! 大塚さん!!」

 

そこへ、東清国が現れた。話の良いところではあったが、後半戦から1軍に昇格したルーキーが意気揚々とやってきたのだ。

 

今シーズン後半戦から1軍に昇格したルーキーは、打率2割中盤、ホームラン11本とブレイクを果たす。持ち前のパワーでホームランを量産し、失速気味だったチームを救う活躍を見せた。

 

彼が昇格する前の横浜は、失速寸前の危機的状況だった。

 

 

相次ぐ主軸の不振。

 

 

後半戦再開直後、助っ人ブランが死球、ライト銀城がフェンス激突のファインプレーで離脱。

 

 

 

6年目の梶前が外野転向1年目で一気にブレイクし、2年目社卒の荒井をセンターに固定。荒井はGG賞を初受賞。

 

横浦高校OBの主将石河がセカンドを1年守り、打率2割9分8厘をマーク。

 

しかし、遊撃手、捕手を固定できていないことが課題で、今後の補強が望まれる。

 

 

投手陣は梅木、大塚のベテラン二人が引っ張る危機的状況。若い先発陣も負けが先行し、

 

 

 

 

そして東は彼らとともに、期待の若手の1人と目されていた。

 

 

しかし本人はプロの壁を痛感するシーズンだったようだ。

 

 

 

そのため、健康管理に関して大塚和正に弟子入りを決意していたのだ。

 

 

 

「そうだ。息子の先輩という事で、君もアイツの事を知っているだろう。東君から見て、栄治はどう映った?」

 

 

 

「―――――エイジはんですか? せやなぁ―――正直に言わしてもらうと、余裕がなさそうに見えます、十分凄い奴やのに、まだ満足せぇへんのか、と」

 

 

「――――――ホント、頑張っているよ、アイツは。俺よりも凄いのにな。」

穏やかな笑みで、清国の言葉を聞く和正。

 

 

「――――和正」

梅木は和正に目を向ける。何か言う必要があると。このままではドツボにはまりかねないと。

 

「そうだな。綾子と、“彼女”から連絡を入れておくさ。」

 

 

「お前が言わなくていいのか?」

 

 

「――――――アイツは苦しい時ほど、弱音を吐かない。あの時も、病室でチームメイト、俺を含めた家族―――――――全員がいなくなった後、アイツは―――――」

 

 

 

和正の脳裏から今も忘れられない光景がそこにあった。

 

 

―――――俺は、まだ父さんに届かない。

 

 

その時初めて、息子の抱く闇を知った。

 

―――――父さんにまた引き離された。ただでさえ、遠いのに―――――っ

 

 

栄治は相手の事を恨んでいたわけではない。ひたすらに、自分との距離が開くことを恐怖していた。

 

 

――――俺は、まだまだ上にいかなくちゃいけない。いけないのにっ!!!

 

 

だからこそ、けがをした自分に一番激情をぶつけていた。

 

 

―――――なのに、なんで――――――なんでっ!!! なんでだ―――ッ!!

 

 

息子の慟哭が異質で、痛ましくて、それは自分が原因であることを知って、

 

 

―――――ふざけんなよっ!!!  ふざけんな゛ッ゛ッッ゛ッ!! ふざけんなァッ゛ァ゛ァァ゛ッァ゛!!!!

 

 

 

初めて、息子を理解してしまったのだと。

 

 

「彼女って――――まさか、マッケローさんの?」

梅木が和正の言う女性に心当たりがあるらしく、思わず言葉が出た。

 

 

「―――――オーバーワークで潰れかけたアイツを救った、彼女なら――――」

 

 

息子の生きる指針でもある自分の背中を、せめて陰らせないように。

 

「いや―――――違うな」

言いかけた和正だが、それは違うと考えた。

 

勿論彼のネガティブな思考を幾分かマシにした彼女に期待をしているのは事実。

 

 

だが、その彼女ですらエイジの悪癖は治らなかった。

 

 

 

「――――アイツをただの大塚栄治として見てくれる人が、本当にアイツを救えるんだろうな」

 

 

だが、大塚栄治を大塚和正抜きに語れる人間がいったいどれだけいるのか。

 

 

そんな砂漠の中に眠る一粒の宝石に、息子は見つけられるのかと。

 

 

――――絶世の美女でなくていい。最も綺麗な宝石でなくてもいい。アイツの事をちゃんと見てくれる人が。

 

 




たぶん、元ネタはばれると思う。

有名すぎたし




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第93話 それぞれの扉

中には開いちゃいけない扉を開けてしまった人もいますが。




エース大塚の変調という乗り切れない何かを抱えたまま、七森学園戦に向け、動き出す青道野球部。

 

 

 

 

「おはよう、沢村、道広。調子はどう?」

 

朝、登校してきた大塚は二人に尋ねる。何やら二人の周りに人がいたので怪訝そうに近づいてみる。

 

 

「――――――へぇ、結構面白れぇじゃん」

沢村は、同級生の女子から沖田経由で貸してもらった漫画を読みふけっていた。試合中さながらとまではいかないが、自分の世界に入り込んでいた。

 

何時もの騒がしさは欠片も見られない。

 

邪魔をすると悪いので、沢村を放置し、輪の中心にいる沖田に話しかける大塚。

 

 

 

「??? どういうこと、道広?」

思わず沖田の席へと目線を変えるのだが、

 

 

「バッティングっていうのはなぁ、こう、腰!! 腰でするモノなんだ!! ここに力を入れて、体の重心をずらして、腕力だけじゃないんだよ!」

クラスメートになぜかバッティングを教えていた。

 

 

「―――――――何があったんだろう」

 

最近心に余裕が出来た栄治。周りを気にする余裕があったが、これは何なのだろうと怪訝そうな表情になる。

 

 

 

「沖田君、最近クラスメートの実松君にアイドルのCDを紹介してもらって、その代わりに自分の打撃理論を――――あ、おはよう大塚君」

吉川が何やら苦い顔をしながら現状を教える。

 

「アイドル、ね。沖田は一般人だと思っていたんだけど。ドルオタで性格が少し残念。まあ、俺も最近自分でも酷いとは自覚しているけど」

 

「大塚君こういう雑学には弱いよね。それに、悩まない人はいないよ。」

 

 

「ははは、ありがと。しかし、芸能面はからっきしだから。母さんが昔アイドルだったこともよくわかっていなかったし」

だが、そんな母親の偉大さとありがたさを痛感した栄治。最近母親の顔を見るのが気恥ずかしいのは内緒だ。

 

 

 

「そうなんだ。じゃあ、うっかり入れちゃうかもね。そういうビルの中に。お母さん繋がりで」

 

「ビルって、アイドルの事務所がビルとか、何をイメージしてたの?」

 

「何となく」

 

 

「ハァ、まったく。それに、俺はその方面は目指していないぞ。あそこは魔境だって、父さんが言っていたし、実力以外の面でいろいろ影響をうけるそうだし、俺にはあわないよ」

自分には一生縁のない世界だと思いたい大塚。彼の偏重な知識のせいかもしれないが、プロアスリート選手が女性タレントやアイドルに嵌められたという記事を見て以来、とにかくそういう人種に対して厳しい目線で見るようになっているのだ。

 

そして、化粧の濃い女性をとにかく煙たがる傾向にある。

 

つまり、まあ経験ももちろんないということで。

 

 

 

「そうなんだ――――大塚君のお父さんもそうだけど、お母さんも凄かったんだね」

そんな大塚の思惑を知らず、吉川は彼の母親についても言及する。

 

「俺は知らないけど、美鈴はよく知っているね。何でも、実力もさることながら、運動神経も抜群、同期の中でもトップクラスの体力自慢だったらしいね。ルックスについては今を見れば言うまでもないけど」

去年の冬なんて、父親を卓球で負かすぐらいだったし、と心の中で思う栄治。

 

物覚えが速い、と感じないことはない。

 

 

「完璧超人って、いるんだよねぇ~~~」

 

「まさか~~!! 母さんはいつもぽわぽわしている感じだし。俺も父さんも為す術無し。自分のペースを貫いているように見えて、意外と繊細だったり。父さんに少し嫉妬した時もあったかな、あ。内緒だよ、これ」

俺はマザコンではないよ、と言い訳をする大塚。

 

しかし仕方がないともいえる。

 

――――あんなに美人な親がいたら、そうなっても仕方ないかも

 

吉川は同性から見ても、同性に嫌われない程度に天然で、抜群の容姿とスタイルを維持している大塚綾子に嫉妬すらわかなかった。

 

その人の良さも、出会って分かったのだから。

 

「美鈴は母さんに比べてせっかちなところがあるけどね」

マイペースな母親とは対照的だ、と愚痴る大塚。

 

 

 

「うーん、なんだか楽しそうな家族だね、大塚君の家。」

 

 

 

 

 

談笑する二人を目の前にして、金丸は――――

 

―――――良かった。アイツ、またおかしくなっているんじゃねェかと心配したが

 

 

今の彼は落ち着いていると言っていい。クラスメートでも吉川と大塚がよく話すのはクラスでもよく知られている。だが、なぜ大塚がさえない吉川とここまで話しているのかはなぞでもある。

 

とはいえ、大塚をへたに刺激しない方がいいので、クラスメートたちは吉川に負の感情を向けることもないので荒事にはなっていない。

 

理由は、夏直後から憂鬱な表情が多い彼に話しづらいと思った生徒たちもいたからだ。

 

恐怖を感じたわけではない。ただ、痛々しかったのだ。

 

 

 

テレビに映し出されていた、虚脱感すら感じさせる終戦直後の彼の横顔は。

 

 

 

 

 

そして今、その彼がこんなふうに話せているのは、心が落ち着いている証拠。

 

 

夏が始まる前の大塚に戻っていると彼らは思っているし、きっかけである吉川に感謝もしていた。

 

 

金丸は思い出す。

 

 

マウンドで2失点した際の彼は、天を見上げ、とても苦い顔をしていた。そして試合後も自分の投球に納得がいっていないようで、しきりにSFFの握りを気にしていた。

 

なので金丸としては蔭ながらフォローすると決めていたのだ。

 

また、やばい雰囲気を出すのではないかと。

 

「まあ、とにかくだ。アイツがヤバくなったら、なんとかしねぇとな」

 

「信二は本当に面倒見がいいね。」

横にいる東条が、そんな金丸の決意に微笑む。

 

「アイツはこのチームのエースなんだ。アイツにも頑張ってもらわねェと。まあ、人任せは俺も嫌だから、レギュラーもすぐにいただいてやるけどな」

当然、いろいろ試したいという監督の言葉が事実なら、自分にもスタメンの希望が見えてくる。俄然モチベーションは高くなるのだ。

 

同期でも中学からのチームメイトの東条が結果をだし、狩場も2番手争い。おいて行かれるわけにはいかない。

 

 

「けどさ、東条。一ついいか?」

 

 

「ん? どうしたの、信二」

 

 

 

「これはいいものだ!! ありがとう!! ありがとう!! 木島先輩にも感謝だ!!」

 

 

 

 

「目を覚ませ沖田!! 野球が恋人だったろ!!」

狩場が沖田の肩を掴み、ガンガンと揺らすが、沖田の目はハートマークに変化していた。

 

 

「いいじゃないか!! 俺は可愛い女の子が好きなんだぞ!! これはもう、思春期男子高校生なら仕方ない!! 大丈夫だって!! この人綺麗だなぁ~~~~!!!」

正気を失っている。どうやら歌でアイドルに洗脳されてしまったらしい。

 

今まで抑圧されていた欲望が流出してしまっているのだ。

 

 

「だから!! とりあえず今まで二枚目残念なイケメンだった沖田君がドルオタになると、もう収集つかないよ!! 布教するのやめて!!!」

金田も狩場同様に彼を元の世界に連れ戻そうとするが、すでに沖田は手遅れだ。

 

 

「キスがNGの女優と―――むがぁぁ!!何をする、カネダァ!!」

公衆の面前で臆面もなく恥ずかしげもなく、こんなセリフを吐いた時点で、彼はパンピーとして終わっていた。そして、NGなワードを金田に止められる。

 

 

「ダメだよ、それは言っちゃ!!」

 

「いいじゃないか!!」

 

 

「「沖田ぁぁぁっぁ!!!!」」

 

 

 

「お前は、あそこまでなるなよ?」

 

 

 

「信二――――――いくらドルオタだからって、それはないよ」

 

 

「ほっ」

胸をなでおろす金丸。

 

 

「ちなみに、沖田君に今のアイドルを教えたのは俺かな」

 

 

「東条ォォォォぉ!!!!!! 元凶はお前じゃねェかァァァ!!!!」

 

 

絶叫する金丸。ドルオタであっても、まだましな範疇だと信じていた東条が、沖田変貌の元凶だったという事実に、衝撃を受けている金丸。

 

 

 

「―――――――――みんなが必死になって夢中になるモノ。なんだろう」

 

教室の外にいた降谷は、尊敬している沖田をあそこまで変化させた“あいどる”に興味を持った。

 

「ごめん。降谷君はそのままでいて。お願いだから」

 

「あ、ちょ――――」

春市が隣クラスから様子を見に来た彼を引っ張りながら、大塚たちのいる教室を後にする。

 

 

 

「落ち着け、これは試合でも同じことだぞ。落ち着け、落ち着け(うおぉぉぉ!! 全力で読むぞぉぉ!!)」

そして冷静そうに見えて、心の中で熱く滾っている沢村。周りは沢村が変わっていると感じていたが、中身は変わっていないことを知るのは本人のみ。

 

 

 

 

「収集つかないね、これ―――――」

笑顔の吉川。野球部員が先導して教室で騒いでいる惨状に、頭を悩ませる場面なのだが、彼女は微笑ましいとさえ感じていた。

 

 

こういう日常が、彼を癒してくれるのではないかと。

 

 

「うん。とりあえず、沖田君を洗脳した元凶が東条君と木島先輩で、その沖田君がクラスメートを洗脳して―――――凄いね、これが俺の知らない世界の可能性なのか」

その驚異の布教能力に舌を巻く大塚。これほどのカリスマ、自分は外面だけで彼女を判断しているのではないかと、沖田が片手で持っている雑誌に写る彼女らに対し、評価を改めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、沖田の好みのタイプに関して栄治はやっぱり残念そうな目をしてしまう。

 

 

 

 

 

 

「だけど27歳はないよ。うん、ない、ないよ。あり得ないでしょうよ、いや、ドン引きだよ」

 

 

「言っちゃだめだよ、年齢のことは」

 

 

解らない、解らない。大塚栄治は沖田の女性の好みがわからない。

 

 

 

 

「沖田、推しメン変わった? JDの巨乳の子だったんじゃないの?」

平然と東条が沖田にさらりととんでもない事を尋ねる。

 

「東条~~~!!! おまっ、沖田の醜態がァァァ!!!!」

横では頭を抱えた金丸がうずくまっていた。

 

 

 

大塚は震えた。

 

 

――――アレ? 俺の悩みって、大したことないのだろうか、いや、そんなことはない。だけど、悪寒が止まらないよ、父さん……

 

 

ここにはいない大塚和正に助けを求める大塚栄治。

 

 

 

 

 

「アレはいいものだが、こう、年齢を気にする言動が、こう、ぐっとくるんだ!! だが、あの母性の塊も捨てがたい!!」

 

 

 

 

 

 

「まじで笑えない。知りたくなかった。純情だった沖田を返して」

げんなりする栄治の姿。無表情になるにつれて声のトーンも低くなっていく。

 

 

 

 

 

「―――――でも、人の好みはそれぞれだし、知らない方がいいというか」

吉川は、そんな大塚が真面目に考えすぎている様子にまた笑顔を零す。それが面白くて、とても愛おしくて。

 

 

「ま、まあ素直にやっている実績と評価は認めないわけにはいかないね。なかなかできることではないと思う。」

平静を作ろうとする大塚だが、まだ若干表情から血の気が引いていた。健康なはずなのに、青白くなっているようにも見える。

 

 

「もうっ、大塚君堅いよ。」

大塚の脇を肘でつつく吉川にたじたじになる彼は、困ったような笑みを浮かべる。

 

「ご、ごめん。少しずつ変えていかないといけないのは解ってはいるんだけどね…」

吉川にまさか肘でつつかれるとは思っていなかった大塚。ちらちらと吉川を見て視線を外すしぐさを見せる。

 

「??」

そんなそわそわしている大塚の様子を見て、首をかしげる吉川。

 

 

―――――ちょっ、この子、無意識なの今の!? それに、なんだかいい匂いが――――

 

女の子特有の柔らかなにおいをかいでしまった大塚が、一瞬だけ煩悩の世界の扉の前に立つ。だが、

 

――――だ、ダメだよ。この子はマネージャーで、俺は選手なんだ。こういうのはよくない!

 

煩悩退散、と心の中でつぶやき、気を逸らすために話題を切り替える大塚。

 

 

 

 

 

「―――――けど、こういう風に、色々突っ込まれるのはサラ以来かな」

だが、あんまり切り替えられていなかった。彼は無意識だが。

 

もはや異性として見ていないほどに親しい女性の名を挙げたのだ。

 

 

「―――――サラ?」

よく知らない女性の名前が出てきたことで、吉川は少し驚く。

 

 

「うん、アメリカで凄いお世話になった、俺の姉貴分的な存在。彼女がいなければ、俺はこうして五体満足で野球をしていたかどうかもわからない程にね」

 

「えっと、詳しくは聞かない方がいいと思ったけど――――」

 

 

「うん。ちょっとね。オーバーワークをし過ぎていたころがあってね。思いっきり叱られた。あんな風に叱られるのは、本当に初めてだったよ。――――両親に諌められることはあっても、あんなふうに怒られたことはなかったから」

昔の事をしみじみと語る大塚。

 

 

「悔しいなぁ」

思わず吉川はそう言ってしまった。

 

「え?」

大塚も、そんな彼女の言葉に反応する。

 

 

「サラさんなら、今の大塚君も何とかできちゃうかもしれないって、そう思うと、やっぱり悔しいなって」

吉川は自分ももっと彼の事を理解できていれば、また少し違っていたのかもしれないと考えた。彼が抱えているコンプレックスにも気づけたはずなのに。

 

難しい顔をする彼女を前に、大塚は慌てる。

 

「――――――あっ、ごめん。―――――無神経だった」

彼女が自分のことを心配してくれているのは自覚している。だからこそ、この話は失礼だったのではないかと。

 

 

 

「ううん。大塚君にそう言える人は凄い。それは、とても大切なことだと思う。だからこそ、大塚君には知っていてほしいの」

 

 

 

「大塚君は大塚君。お父さんはお父さん。いろんな人が比較をするかもしれない。だけど」

 

 

「吉川さん―――――」

大塚は彼女の言葉を通して、サラが言った言葉も思い出していた。

 

 

――――エイジはエイジ!! 貴方は、貴方にしかなれないの!! いいこと!? 小さいころからそんな無茶なことはやめること!! 

 

 

―――――ほっとけよ!! 俺の体だろ!! 俺が一番よく解ってる!! 俺には時間がないんだ!!

 

――――そうして夢まで失う気なの!? 夢を守ろうとは思わないの!? 手を伸ばすことだけが、全てではないのよ!!

 

――――うるさい、ランニングしてくる!!

 

 

――――待ちなさい!!

 

 

 

今もガキだが、当時は目も当てられないガキだったということは自覚している。

 

 

 

――――お前は何なんだよ!! いっつもいっつも、俺のことばかり注意して!! 何様だよ!!

 

 

――――だってあなたは!! 私のパパが認めたベースボールプレーヤーよ!! 私が応援し続けると誓った、ピッチャーなのよ!!!

 

 

 

口うるさく、お前は俺の母さんか、と何度も言いかえし、生意気な言動も取ったと反省している。それでも、真正面からぶつかって来てくれたことを今では感謝している。

 

 

 

 

「私は、大塚栄治という投手を、絶対にそんな目で見ないって、どんな時でも言い続けるよ。」

 

 

その言葉だけで、大塚は少しだけ救われた気がした。

 

 

「だから、大塚君は大塚君の事、信じてほしいの」

 

 

自分を信じる。難しいことを平然と言ってくれる、と彼は苦笑する。

 

「―――――なんだか最近もろいなぁ、俺」

 

 

丹波先輩に言われ、川上先輩にも荒い励ましを受けて、今度はこの少女にまで。

 

 

 

 

 

「七森学園戦の次、稲実との大一番。今の俺はベストな状態じゃない。けど、信じなければエースは張れないよね――――うん、俺は、自分を信じたいんだ」

そして、彼女にだけは弱音を吐ける。ちゃんと自分の悩みを聞いてくれる気がするし、今も聞いてくれている。それが情けないと思う以上に、

 

 

なんだかうれしかった。

 

 

「大塚君―――――」

 

 

「エイジでいいよ。親しい人はそう呼んでる」

 

「うん! エイジくん!!」

 

 

微笑み返す彼女の笑顔が、今度こそ記憶に焼きついた気がする。

 

 

 

 

そして、そんな馬鹿騒ぎを繰り広げたり、ラブコメの波動を垂れ流していたりする1年生の教室を見守るのは

 

 

「なんだかんだ、アイツらいい感じじゃねェか」

伊佐敷が大塚と吉川の雰囲気を見ていい笑顔をしている。

 

「ああ。大塚に一番近いのはなんだかんだ彼女だからな。」

前キャプテンも、大塚が今安定しているのが解って安心する。

 

 

「ホント、決勝後のアイツは入学前の生意気な感じすらなくなっていたし、いいことだと思うよ」

亮介も、元気を取り戻している彼に相変わらず辛口だが、それでもいつもとは違う優しげな笑みを浮かべている。

 

「落ち着いた、といえばいいのかな、大塚ちゃん」

 

「ああ。だが、アイツは修学旅行で苦労するな」

 

「それ何度目のセリフだよ、かどっち」

 

 

 

上級生たちが下級生たちの様子を見て一安心する一日から始まり―――

 

 

フリー登板を望む、沢村、降谷。川上はブルペン。大塚も新たに習得したスライダーに取り組む。

 

 

ゲージが5つに増やされた新たな練習方法。多くの打者と対戦し、自分がもう一度鍛え直したスライダーに対する反応を見ておきたかったのだ。

 

それをアドバイスしたのは落合コーチ。

 

 

ブルペンにて4人の投手が投球練習を行っていたのを見ていた彼は、

 

 

「ほう、スライダーが復活したのか?」

沢村が気負いなくスライダーを投げているので、その様子に興味を持った落合。

 

 

「はい!! 大塚との談笑で偶然ですけど!!」

 

「談笑って――――」

苦笑いの大塚。

 

「まあ、コントロールはまだ甘いが、ブルペンと本番は違う。時間があるのなら、バッター相手にすぐにでも投げるべきだな」

 

「バッター相手に、ですか?」

未だ不安定な変化球。沢村にも不安はあった。

 

「ブルペンで捕手と投手がいい球を投げていると錯覚しても、バッターがいないんじゃ、効果はどうなのかはわからん。変化球の習得には時間がかかるが、そういう変化球は早めに打者相手に投げて、課題や効果を洗い出すのがいいんだよ」

 

 

「それと、降谷。チェンジアップを投げ始めて、ストレートはどうだ?」

 

 

「???」

チェンジアップの出来を聞かれるのではないかと考えていた彼は、落合の言葉に首をかしげる。

 

「指にかからなくて投げづらいだろう。SFFは浅く握るからまだ制球しやすいが」

 

 

「えっと――――」

 

 

「とりあえず、投げてみろ。投球は頭でするモノだ。」

 

 

ということで、投球を開始するのだが―――――

 

 

ドゴォォォンッッッ!!!

 

ミットに轟音が響く。投げた瞬間に心地よさすら感じる今の一投。

 

 

 

「!?(指に凄いかかり始めて――――)」

 

ストレートを投げやすく感じた。というより、いちばん基本の握りなのだが、今の彼には純粋な感覚の方が勝り、こういう表現になった。

 

「だろうな。ストレートに指がかかり始めて、キレも出始めただろう。大塚がチェンジアップを提案したそうだが、それは正解だ。この球は一番投球術の基本に忠実だ。」

 

 

「ストレートに打者のタイミングを外す変化球。とんでもないキレとスピードのボールだけでは、いずれ打者は早さに目が慣れる。だからこそ、目線やタイミングを変えて投手は打者を打ち取ることを求められる。こいつはその観点に即した基本の球だからな」

 

 

「次はチェンジアップだ。ストレートを投げる感覚でいい。ここで暴投になっても大したことにはならん。感覚を掴めばすぐに習得できるボールだからな」

 

 

「お前の場合は腕の振りを強く意識し過ぎるのがよくないことだ。自然体で投げるだけでいい。ストレートを投げるつもりで、ボールが勝手に減速していくイメージだ」

 

 

ククッ、フワッ

 

すると、コースは若干高いが打者のタイミングを変えることが可能なブレーキがかかった変化球がミットへとおさまる。

 

 

「おぉぉ!! 落ちたぞ」

沢村もあのストレートをイメージしたうえで、このボールがきたらたまらないだろうと考える。

 

 

「150キロに到達する速球に、ここまでブレーキをかけた変化球。さらにはSFF。投球の基本にようやくお前も辿り着いたわけだが、どうだい感想は?」

 

 

――――これが、投球の基本。基礎の基礎。

 

回り道をたくさんしたと、彼はこの瞬間が訪れるまで考えていた。

 

強豪青道での競争は想像以上で、投手としての実力は格上ばかり。

 

自分よりもスピードのない投手たちが躍動している現実に、少し自分のアイデンティティーがぐらつきかけたこともあった。

 

しかし、自分はそんな彼らと同じスタートラインに立ったと言われ、

 

 

 

 

「―――――よく解りません。けれど、自分の力を試したいという気持ちが、ますます強くなりました」

明らかに燃えている降谷。沢村、大塚に続きたい。投手としての実力を身に着けたい。

 

 

御幸に言われた言葉を胸に、自分はやっと投手として二人のスタート地点に立った気がする。

 

 

そんなこともあり、降谷と沢村はフリー打撃に志願登板したのだ。

 

 

 

ククッ、ギュイィィィんっっ!!!!

 

 

落差のあるスライダーの前に、スイングできずに仰け反るバッター。コースは完全に入っているので、これでは見逃し三振。

 

 

「うおっ!? 入っているのか、今の!! 」

左打者の白洲はバットを出すことが出来なかった。体近くのボールゾーンから真ん中低めのストライクゾーン。タイミングも沢村独特のフォームでとりづらい。

 

 

「じゃあ、右打者ならどうよ?」

倉持が右バッターボックスに入ると―――――

 

 

 

「くっ、マジでこれスライダーかよ! ストレートじゃねェだろうな!?」

バットに当たらない。倉持が思わず愚痴る。ストレート並みの速さで視界から消えられてはたまったものではない。

 

しかも、白州に続いて倉持のインローいいところに決まったこの一投は、完璧だ。ここに決まればそうそうバットに当てることは出来ない。

 

 

「変化しているからスライダーだぜ。て言うか、俺捕れないし」

2年生の小野がマスクを被るが、動にも沢村のスライダーを前にこぼすのが限界。

 

――――時々捕手の視界が追いつかないんだが、どういう軌道とキレを出してんだよ。

 

小野は心の中で愚痴る。

 

 

 

 

まったく掠らない。しかも、正確な曲りを判別が出来ていない。変化はしているのだが、変化を認識できていないのだ。

 

先代のスライダーに負けず劣らず、こちらも暴れ馬だ。

 

 

ベースの直前で急激に曲がり、落ちるスライダー。しかも、前のスライダーとも軌道が違う。

 

 

一方、降谷も―――――

 

 

ドゴォォォォンッッッ!!!!

 

「くっそっ、相変わらずえぐいボール投げ込みやがる!!」

麻生と山口を相手に投球を行う彼は、ストレートを意識させてからこの球を投げると決めていた。

 

 

――――相手の様子を見ろ、自分だけの調子で考えるのではなく、駆け引きをしろ

 

落合の言葉が脳裏に響く。

 

 

――――まあ、解らなければ勘のいいキャプテンが見抜いてサインを決めるだろうからな

 

 

それは今まで、考えたことがなかったこと。剛速球でねじ伏せ、考えなしに勝負していた彼にとっては新たな扉を開ける始まりでもある。

 

 

――――今日は自分で配球を組み立てて投げろ。それだけでも大きな成長になるし、お前自身を理解することにもつながる。

 

 

 

―――投球の奥の深さを感じられたら、上出来だ。

 

 

 

気持ちが昂る。試合でもないのに、ここまでワクワクした経験はあまりない。

 

 

――――僕は、まだ成長出来る。

 

 

 

放たれたボールは、剛速球とは真反対の軌道を描く。

 

 

「!?」

打席に立っていた麻生は、降谷にしては有り得ないそのボールに目を見開く。そして分かった時にはすでに遅く、

 

 

―――――ボールが、こねぇぇぇ!!!!

 

 

完全にタイミングを外され、腰砕けのスイング。剛速球でねじ伏せるのとは違う、技で相手を制する空振り。

 

 

 

心に熱いモノが、感情が高ぶる。

 

 

 

 

彼の中でまた一つ、投手としてのイメージが追加され、彼の視野が広くなった。何よりも、それを彼が一番自覚することが出来た。

 

 

――――これが、ピッチング――――――

 

 

チェンジアップを織り交ぜた降谷。チェンジアップを待たれた時は当然痛打を食らったが、自分の投手としてのイメージを確認しながら投げる彼は、いつもよりも充実した練習を経験していた。

 

 

 

 

そんな風に、投手たちが自分で考え、成長していく光景を目の当たりにした片岡監督は

 

 

 

「―――――――七森学園戦。沢村一人でも投げ切れるだろうが――――」

 

その沢村も、スライダーに復活の兆しが見え始め、調子が上向いている。だがそれでも彼が先発に選らんだのは――――

 

 

「監督? もしかして―――――」

 

 

「投手としての実力をつけつつあるアイツを、俺は信じてみたい。」

 

 

 

七森学園戦、先発は降谷暁。

 

リリーフ、抑え、夏ではそんな場所ではあった。だが、ついに公式戦で先発の機会が巡ってきた。

 

 

ストレートに加え、SFF、そしてチェンジアップ。

 

 

技術を手に入れた猛獣が、どんな投球をするのか。

 

 

充実した投手陣に新風が吹き、更なる発展の兆しが見え始めた青道高校。

 

 

 

 

そして、彼らと同じく、3回戦を強く意識するライバルがいた。

 

 

稲実監督室では、林田部長が国友監督に対し、青道の初戦の試合経過を説明していた。

 

「帝東戦で大塚が8回を投げ5-2で勝利。何よりもあの向井から5得点。夏に成宮から固め打ちの沖田が止めを刺す一発。さらにはほかの打者も粘り強く、そつのない攻撃。」

 

 

「――――――」

 

 

「そして沢村、降谷、川上を温存しているという事実。2回戦ではいろいろ試すでしょうから、やはりこの秋季大会では楊舜臣に次ぐ脅威かと思われます」

 

秋季大会ナンバーワン投手の楊に次ぐ脅威。オンリーワンに対しての、オールマイティ。青道の戦力分析はどこもそんな感じだ。

 

 

 

 

「――――大塚が打たれた1安打。球種は判明したのか?」

 

この試合、大塚はわずか1安打。自責点は0。ほぼ完ぺきに抑えたと言っていい。にもかかわらず、この試合で唯一打たれた強烈なヒットはスリーベース。

 

 

そこに、大塚の抱える弱点があると彼は考えていた。

 

「はい、ストレートにしては球速が遅く、8回の様子ではストレートは140キロ後半を計測しました。なので恐らくは―――――」

 

 

「――――SFFか」

 

「恐らくその球種だと思われます。夏では完璧に制球されたあのボールに何があったかはわかりませんが、ただでさえ球種の多い彼が決め球を一つ欠くのは我々にとっては幸いですね」

 

 

「夏に比べ、背も高くなっているな。あの尋常ではない制球力。そして彼が本選初陣で緊張したとも考えられん。だとすると、理由は限られてくる」

大塚の体格が変化しているというのは、夏と秋の彼の写真を見ればわかる。そして、尋常ではない武器の欠陥は、意外な理由が大半だ。

 

「奴の体格の変化が、制球力に陰りを生んでいるのだろう。故に、予選決勝で見せたあのフォームではなく、春先のフォームに近い投球で7回まで凌いでいた、そうとも見える」

 

 

「つまり、大塚が体と感覚が一致するのに時間がかかるのは、中盤から、という事でしょうか?」

これがもし本当ならば、大塚を打ち崩すには序盤で先制することがより重要になる。何より完全無欠に見えたあの投手の弱点が露見したのだ。

 

冷静さを失わないのは褒めるべきだろう。

 

 

「恐らくな。だが、その弱点をカバーするために、フロントドアとバックドアを手にしている。ゾーン内で動かれてもかなり厄介だ。」

 

そして、おそらく彼はその弱点を自覚し、対策をしてきている。だがそれは、自分の実力を信用し切れていない何よりの証拠であり、弱みでもある。

 

 

 

「だが、球質は夏程ではない。とにかく引き付けて打つ。ムービングに対し、ミートポイントの広い金属バットならば、十二分に可能性はある。」

 

 

「3回戦、楽しみになってきましたね」

 

だがここで突然渋い顔をする国友監督。

 

「―――――我ながら冷静さを欠いたな。」

 

 

「監督?」

ここで冷静さを欠いたと自分を恥じる言葉。林田は理解するのに時間がかかった。

 

 

「こちらも万全とは言い難い状態。何よりもまだ2回戦の鵜久森戦がある。まずは目の前の敵を叩かなければ3回戦はない」

 

「っ、そうでしたね。一戦必勝。」

 

 

しかし国友は考える。大塚栄治がそこまでして勝利することに渇望する理由が知りたかった。

 

自分の教え子たちを見ても、勝ちたいという気持ちはわかる。それはもう痛いほどわかる。

 

 

だからこそ、大塚栄治が卑怯というわけではないが、手段を選ばず、様々な技術を吸い込んでいる姿に、何かを感じずにはいられない。

 

彼を駆り立てているのは、普通の高校生が抱くモノとは違う気がした。

 

 

それが何なのかはまだわからないし、彼が知る必要でもない。

 

 

それを解っていながら、彼は大塚という選手に光るモノを感じたし、不気味さも感じた。

 

 

――――本当に、伝説の後継なのかもしれないな。彼は

 

 

甲子園で、大塚の苗字と、その雰囲気に言及した解説の言葉が妙に耳に残った。

 

 

が、最終的に思考を終了させ、鵜久森戦に向け対策を進める国友であった。

 

 

 




沢村、降谷は野球関連で。プラスなのは明らか。

大塚は、まあちょっとずつですね。


沖田を例えるなら

ドルオタ+トリプルスリー+dena下園以上のイケメン

これで内野手とか、絶対大塚よりも人気でそう。主に同性からは。







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第94話 戸惑いと熱量と…

遅くなった。

本当に遅くなった。






秋季大会本選1回戦の日程が終わり、続く2回戦が始まる。

 

今大会は有力選手の群雄割拠。何といっても衝撃的だったのは甲子園出場を果たした青道高校と帝東高校のカードだろう。

 

1年生ながら、両チームのエース格である大塚と向井。投手戦が期待されたが向井は沖田、東条を中心とした主軸に痛打を食らい、大塚も7回まで完全投球をしていたものの、エラーからの長打による公式戦初失点、さらにはSFFのワイルドピッチによる2失点目。

 

スコアこそ5-2と青道が力を見せた格好と放ったが、夏まで完全な投球で制圧を続けていたエースに綻びが見え始めていた。

 

 

一方、その青道に大敗を喫した薬師高校は5回コールドという圧倒的な破壊力に加え、1年生投手三島の好投もあり、投打のバランスが充実してきた。だが、夏の雪辱を果たすには大きな2つの関門が待ち構えている。

 

 

逆ブロックの強豪の一角、市大三高にはエース天久光聖がおり、その高速スライダーは関東屈指のキレを誇る。初戦こそリリーフ登板だったものの、その力を存分に見せつけ、6-0と完封リレーの一角を担う。

 

 

そして同ブロック最大の目玉。

 

 

 

明川学園のエース、楊舜臣の初戦は圧巻だった。

 

 

被安打0、無死球。8奪三振。文句のつけようも、これ以上のない結果を初戦で見せつけた。

 

 

2年生世代最高の右腕。パーフェクトゲームを達成。

 

球数も僅か101球。打たせて取る投球とフォームチェンジがさえわたり、バッティングをさせなかった。さらには球速も143キロと抑え気味。

 

連投を考えた上での、最高の投球。強豪紅海大菅田を沈黙させた。

 

 

その明川学園のエースの影に隠れているが、粘り強いバッティングでヒットは6本ながら、四死球は5つと、選球眼に優れる打者を揃えており、甘い球は逃さず、少ないチャンスをものにする攻撃はそつがない。

 

その全てに影響を与えているのが実戦形式による、最高の打撃投手による練習。制球よくコースの投げ分けが可能なため、打者が勝手に体で覚えていくのだ。

 

 

理想的なストレートのアウトコースの打ち方、インコースの落ちる球の打ち方。様々のコースの打ち方が、体に染みこんでいった。

 

 

優れた打撃投手は、並の打撃コーチをもしのぐ。それを体現し、チームを成長させているのは紛れもなく彼である。

 

 

 

 

そして仙泉学園の大巨人真木洋介。彼もリリーフ登板ながら、制球に苦しむイメージを払しょくさせ、4回を零封に抑える好投。チームも7回コールドで勝利。

 

 

青道高校を中心に、西東京勢が東東京勢を食らう試合が目立ってきた。

 

 

 

そして、台風の目であり、優勝候補本命と言われる青道高校では―――――

 

 

 

 

強豪校を打ち破り、3回戦では強敵稲実を控える中、ピリピリとした緊張感を感じさせる練習と雰囲気。

 

特に昇格組の熱量はすさまじく、レギュラー当確組もその勢いにつられて充実した日々を送っている。

 

 

だが、昇格組と夏のベンチ入りメンバーが切磋琢磨をしている中、その勢いに戸惑を見せるメンバーもいた。

 

 

「――――――――――」

渡辺久志は、チームと自分の温度差について悩んでいた。

 

「なぁ、ナベ。今朝の事、あれでよかったのか?」

東尾修二が渡辺に尋ねる。

 

 

「―――――やっぱり、今は状況が状況だけに、言うべきでは、ないと思ったから」

 

 

 

 

 

 

それは登校直後の教室でのことだった。

 

 

 

「御幸。ちょっといいかな?」

 

 

「ん?」

御幸も違うクラスから彼ら3人がいきなりやってくることに、何かを感じたが、その何かが解らず、とりあえず彼らの話を聞く体制を取るのだが、

 

 

「御幸君。修学旅行の事なんだけど――――一応班分けは野球部で固めておいたよ。これ資料ね」

 

 

「倉持君のもあるよ」

 

 

修学旅行。10月はほぼ秋季大会の日程。青道高校の日程ともろ被りをしているのだ。例年通りなら野球部は自習決定であり、無縁の話ではあるのだ。

 

 

「行かないよ、俺達」

不敵な笑みを浮かべ、御幸は断言する。

 

「試合に負けるつもりはないし、俺達は優勝するつもりだから」

 

迷いなく御幸は優勝という言葉を口にする。その表情は自信と強い決意に満ち溢れていた。

 

 

「だろ、ナベ?」

片目でウインクする御幸。二枚目に許される行為である。

 

「あ、ああ。」

話しの内容は理解できる。だが、彼らの真意を推し量れば、複雑な感情が少しうごめいている。

 

 

「そっか。折角みんなと仲良くなれるチャンスだったのに――――」

御幸達に修学旅行の件を伝えた女学生は残念そうな表情をする。

 

「悪いのは日程だろう……あの校長、俺達に行かせる気がねぇだろ!」

倉持が愚痴をぼやく。

 

「悪いな。あとナベ、話っていうのは?」

気さくに話しかける御幸。半年前に比べると、主将の座についてからコミュニケーションをよく取るようになった彼は、やはり話しかけやすいのだが――――

 

 

「いや、やっぱりいいや。ごめんね、時間とらせちゃって」

 

 

 

「ん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなやり取りがあったことを、御幸も覚えてはいるだろうが練習に投手たちへの指示に奔走している彼に、残念ながら彼らに構う余裕はなかった。

 

 

 

 

 

「―――――ずっと前から、薄々感じてはいたけど――――」

 

 

周りとの温度差。夜になってもスイングを続ける同級生たち、下級生たち。

 

 

明らかにレベルの違う大塚、沖田の台頭と引っ張られるように急成長した東条、沢村、降谷という一軍戦力。

 

さらに力をつける上記以外の選手たち。

 

 

特に、大塚と沖田は文武両道。期末テスト野球部どころか成績トップ集団と80点台を記録するなど、ちょっと次元が違う。

 

 

 

「―――――いいのかな、俺達。」

 

 

 

こんな温度差を感じつつもここにいても。

 

 

 

上昇に乗りきれない者達は、この新チーム始動の中で人知れず浮いていた。

 

 

 

 

その夜、野手陣の中でここ最近新たな取り組みに挑む金丸。だが、課題は変化球への対応だけではない。

 

 

「おいおい、もう少し落ち着け。練習なんだから体の動きを確認するだけでいいんだぞ」

 

コーチ役には沖田。サードの動きを確認するために、ゴロの処理を想定した練習を行っていた。

 

「けど、やっぱ実戦を想定しねぇと、ダメだろ」

ゆっくりやれと言う沖田の言葉に若干異を唱える金丸。実戦でそんなにゆっくり動いていれば、全て内野安打にされてしまうと感じたからだ。

 

レギュラーへの道が開かれつつある中、新たに浮かび上がった課題は守備面での貢献。

 

基本的に守備を徹底的に練習し、レギュラー陣にも守備力を求める監督の下である。やはり投手を助ける守備が必要になる。

 

 

「いやいや、実戦にこんなボールは使わないぞ」

 

沖田がつかっているのはリアクションボール。この予測不能なバウンドの仕方をするこのボールを使い、球の動きをよく見ることで守備力の向上をめざし、さらにはその先の領域を意識した、実戦を想定した練習を行う。

 

 

「ボールをよく見ることも大切だが、守備ってのは一つ一つの動きが大切だ。ここを疎かにしたら、体は覚えない。」

 

屋内練習場で、ネットカーテンを掛け、ゴロの処理の動きを確認する金丸。沖田が気になる個所がいくつも見受けられた。

 

「うん。ちょっと足の動きが気になってるね。ボールを最後まで見ていないから捕球ミスをするんだ」

 

歩幅を気にしているのか、それとも腰の高さからバランスが悪いのか、金丸は捕球時に手間取るような動きが目立つ。

 

送球に関して不安定になりがちなのは、捕球体勢から送球体勢における体の位置に問題がある事だ。そして、その体勢を急ぐあまり不安定な状態で投げている。

 

上半身の筋肉が強かったり、スナップに自信があればいいが、高校生でそんなことが出来る選手は数えるほどしかいない。

 

いや、そもそもプロでもあまりいない。

 

「金丸は打球の正面に行こうとし過ぎているんだ。だからスピードが余った時に三塁方向に上体が流れる。一塁方向へと行くべき体がずれているんだ」

沖田が指摘するのは力のロスとそれによる体全体のバランスを崩す要因。

 

「けど、打球の正面で獲るのが常識だろ?」

 

その言葉に沖田は苦笑いする。

 

 

「俺の守備を見ていたらわかるだろ? 俺の正面ってのは股下じゃない。」

 

 

沖田が逆シングルで捕る時の体勢になる。そして、

 

 

「グラブを返していれば、ボールの向かってくる方向にグローブを返すだけで、そこはもう正面なんだよ。カニみたい動くとやっぱりスピードも上げないといけないし、何より体勢を変えないといけない。まあ、正面を突いたゴロはそれでもいいけど、そんな打球が何回も来るわけがない。」

 

沖田曰く、ゴロの正面に向くことが大切なのだが、それは捕球体勢における逆三角形の頂点だけではないという事だ。

 

何よりも、

 

「それで捕っていると、ボールを見にくいんだよな。ボールを最後まで見ることができる姿勢で、正確にボールを捕る。そして次の動作に行きやすい姿勢。これはどのスポーツでも言えることだよ」

 

 

スポーツでも武道でも、動作は点ではない。動作に動作を重ねることで、動きが洗練される。スムーズなプレーが可能になる。

 

「野球ってのはアウトを取るためのスポーツだからさ。打球を止めるのは勿論そうだけど、アウトにするためにはどうしたらいいか。とにかくボールを見やすい体勢、ボールを捕った後にすぐ送球できる体制を意識してくれ。まあ、それを今夜あたりから染み込ませるんだけどな」

 

 

「あ、ああ。」

 

 

打撃練習では落合コーチに、守備練習では部内屈指の名手沖田の手ほどき。

 

 

本人に自覚はないが、最高の環境と言っていい。

 

 

三塁手の名手にして、強打の内野手になれるか、金丸。

 

 

 

 

一方、2回戦では出番なし濃厚と言われている大塚。

 

 

寮生活の狩場を巻き込んで、投球練習を行っていたのである。

 

 

 

本選初戦で見せた149キロ。しかも連発。あの球速はフロックではなく大塚の力。

 

しかし、また体に変化があったのか、あの状態になるには時間がかかる。

 

大塚にとっての落とし穴。それは怪我による戦線離脱が大きな要因だった。精密な感覚を持つ彼は怪我によって体の調子を変動させてしまい、まず感覚が狂った。

 

さらに成長による体の変化により、それまで意識すらしていなかったずれが襲い掛かった。

 

 

 

しかしそれでも、収穫はあった。

 

 

 

 

 

 

 

それは、“縦のフォーム”を使わずにそれまでの最高速度を叩き出したことである。

 

 

技巧派フォームで140キロ前半を叩き出したのもあるが、体の馬力が上がっている証拠である。

 

 

だが足りない。まだ足りない。技巧派で両サイドの動く球の出し入れに踏み切ったのは、自分に球威がなかったことを認めているからだ。

 

 

「あの投手の右手をだらんとするのにはそういうことが――――」

 

「ああ。私も直に話を聞いたわけではないが、彼と話す機会があったらしいからね。その時にそうだと。」

 

大塚は、落合コーチに広島デミオーズのエースとして活躍している某名投手の話題について尋ねる。

 

変幻自在のスライダーを持ち、ストレートの球速も一気に上がったという経緯が彼にはとても興味があった。

 

 

 

「僕は今まで、リリースまでにゆっくりと腕に力を入れて、マックスに届くという感じでしたが――――そうですか、リリースする瞬間まではゼロですか。」

 

ゼロから100へ。大塚も意識していたが、やはり体のどこかで力が入っていた。

 

「ああ。君の言う縦のフォームはその知人が言うようにまだ体の出来ていない高校生には過ぎた代物だ。ウェイトトレーニングをするのもいいが、成長期に筋肉で成長を阻害するのもな。右腕の力を抜くために、腕をだらんと下ろすことはより重要だと彼は言っていた」

 

 

さっそくブルペンで投球練習を開始する大塚。だが、彼はプレートを見て何かぼうっとしていた。

 

「? どうしたのかね。」

 

 

「プレートにも、マウンドにも傾斜があります。体重移動に使えないかな、と」

 

 

「??」

 

大塚の言うことに首をかしげる落合。

 

 

「なるべく動きをシンプルにしたいんです。フォームでタイミングを変えたりはしますけど、根っこの部分もしっかりしないといけないんです。プレートに足をかけることで、傾斜が生まれるじゃないですか。それを利用して前に出る力を利用すれば、押し出す力も増すんじゃないかって」

そうやってどんどん考えが深まり、自分の思ったことを口にし続ける。

 

「あと、やっぱり前足のつま先は少し斜めにした方がいいかもしれませんね」

ブルペンのマウンドで下半身の動きを試す中、膝を意識する大塚。

 

「一般的につま先は真っ直ぐにするべきだが?」

落合も、大塚の云いたいことが解っているが、あえて尋ねる。本当にその答えに行き着いているのかを知るために。

 

「真っ直ぐすると、リリースする直前ぐらい、というより体重移動の時にぐらつくんです。斜めにするとロックされるので、身体が動かなくなりますし、さらに安定感も増すかと」

球速だけではなく、制球力にも効果があるのではないかと推測する彼に、落合は

 

 

―――――助言程度でいいな。彼に関しては。

 

と、思うほどだった。

 

 

そして、その効果はてきめんだった。

 

 

轟音が鳴り響くブルペン。降谷ほどではないが、ボールの圧力を落合は狩場の真後ろから感じていた。

 

 

 

 

―――――これでずれがあるとか言っているんだからたまんねぇよ。

 

左手がひりひりして、心の中で呻く狩場。大塚のボールを逸らすことはしない彼だが、それでも彼のボールは取ることが難しい。

 

 

 

ストレートの制球面はまだまだ甘く、高めに浮く場面が見られた。だが、それでも帝東戦序盤のボールよりも明らかに球威が増していた。

 

「まだしみこんでいないけど、俺の感覚はいい感じ。どう、狩場?」

 

 

「ナイスボールだけど、コントロールが効かない分、すっごい取りにくい!! ただでさえ、コースが解っていても取りづらいんだよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

狩場とそれぞれの感想を述べる大塚の姿に、いつものメンバーならば、

 

 

 

 

また大塚が何かを思いついたのか、そしてまた何かをやらかしたのか、とごく普通に感じるだろう。

 

 

 

慣れてしまったので、軽く流すだろう。だが、落合はそうではなかった。

 

 

 

 

「―――――――――――」

落合は言葉が出なかった。いや、心が震えた。

 

 

 

―――――満足という言葉を知らないのか、この男は

 

 

落合からすれば、1年生でこれだけ技に秀でた選手は見たことがない。いや、理論をここまで考えた選手はまずいない。

 

それこそ、一流に許された領域に足を踏み入れて良いクラスだと。

 

 

彼は中学時代に軸となる変化球を覚え、高校1年生で一気に球速が伸びた。持ち前のコントロールもよく、スタミナもある。

 

 

これだけで普通は慢心をしてしまうはずなのだ。慢心してもいいのだ。高校1年生がこれだけのモノを手に入れれば、普通はそうなる。それを矯正するのが指導者だ。

 

 

だが、まったくそんな必要がなかった。いや、特に指導をせずとも、彼は自分で考え、自分に合った方法を取り込んでいく。

 

 

―――――ここまで野球漬けというか、野球バカは――――

 

 

「どうしましたか、落合コーチ?」

言葉に詰まっていた落合に尋ねてくる大塚。なぜ自分がこんな顔をしているのかを全く理解していない顔だ。

 

 

「いや、なんでもない。とにかく、私の言った方法と君の方法。それはきっと両立できる。3回戦まで出番はないだろうし、しっくりこなければ別の方法や今のフォームを固めることに――――」

 

だが、そこで大塚は落合コーチの言葉を遮った。

 

「体が変化しているのは、自覚しています。だからこそ、今重要なのは、自分の体を掌握すること。または、自分の体を試合中にどれだけ早く掌握することか、です。怪我明けで長いイニングを投げたのは帝東戦が久しぶりです。だからこそ、あそこまで長い時間が必要になることは、もうないと思います」

 

的確に、自分の課題と向き合い、それを認める。

 

それがどんなに都合の悪い事実であっても、向き合うことをしなければ、克服できない。

 

理想の男に届くはずがない。

 

 

 

「なので、普段使っていない筋肉を使うトレーニングの量を増やさないといけないですね。本番で後悔しないように。」

バランスが狂うのなら、逆側を使って矯正する。少しでも、感覚が一致するまでの時間を短くするために。

 

 

 

さらに、秋季大会が終わった後、大塚の頭には試したいトレーニングが複数浮かんでもいる。

 

――――オフの期間がキツイという人もいるけど、いろいろ試せるのはオフの時だけなんだよね。

 

恐らく、青道ではできない内容ばかりだ。オフは忙しくなると悟る。

 

―――――いけないな、オフはレベルアップの絶好の場面だけど、今は投球に集中、集中。

 

 

 

大会終了後のトレーニングにも意欲を見せつつも、感情を抑え、投球に集中する大塚。

 

 

 

 

 

「―――――」

言葉を失う落合をしり目に、大塚は納得のいくフォームのバランスを探す。

 

 

 

「これからの毎日の調整で、その誤差を少しでもなくす。そして、完璧に近い状態で投げる。解っていながら手を抜くというのは、俺が一番嫌なことですから」

 

 

「―――――――そう、か。それでいいと私も思うよ。」

 

 

 

落合は彼の投球練習を見ている中、その残酷な事実を思い知る。

 

 

―――――沢村も降谷も、いいものを持っているだろう。

 

ポテンシャルなら、大塚と肩を並べるほどに。

 

 

――――だが、前を行くこの男は、立ち止まることを知らない。

 

過去のプロの野球選手が道半ばで気づいた技術を知ることで、さらに伸びようとしている。

 

過去の選手たちに敬意を払いつつ、遠回りして見つけた方法をほぼ直線で、積極的に会得していく。

 

 

伸びないわけがない。レベルが高くならないはずがない。

 

 

 

 

――――片岡監督はどう思っているのだろうか。競争を意識するチーム作りの中で、彼は突出しすぎている。

 

 

頼もしい反面、他の投手に与える影響を初めて考えるほどだった。

 

 

 

 




大塚の鬱展開は、一応3回戦終了後に決着がつきます。


3回戦は、稲実戦よりも長い話数になると思います。



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第95話 チェンジアップの贈り物


意外と書けるモノですね。




論理主義で一人のエースを育てる傾向にある落合でさえ、大塚の異常ともいえる性格に言葉を失っている日、

 

 

羽田空港では、

 

 

「あらあら、本当に来ちゃったのね」

 

大塚栄治、大塚和正を除く、大塚家一同である人物の出迎えをしていたのだ。

 

「ハーイ! 元気してた? ミスズも可愛らしくなっちゃって!」

 

「お、お姉ちゃん。その、3年ぶりです―――きゃっ」

 

大塚栄治が現在最も心を許しているサラ・マッケンロー。当然妹の美鈴は彼女を警戒しているのだが、

 

サラにとっては、エイジ同様に可愛い妹分にしか見られていない。

 

外国人特有の挨拶代わりのハグに目を白黒させている美鈴。彼女はアメリカ生まれであるにもかかわらず、家族の中でこうした習慣が一番苦手という、帰国子女である。

 

 

「ハイハイ、固いわよ!! 大丈夫、エイジは取らないわ。そういう関係は私と彼は似合わないもの」

 

 

「―――――(っ、さらに大きくなってる―――――兄さんには危険すぎる!!)」

 

胸に自分よりも大きく柔らかいモノが当たり、瞬間的に察知する美鈴。

 

と言っても、大塚栄治は彼女に対して、散々見苦しい態度や情けない行動を晒しに晒しているので、感謝はしているものの、若干の苦手意識を持っていたりする。

 

 

「それはそうと、エイジはどこ? 今日は来ていないようだけれど」

サラが辺りを見回すが、エイジの姿は当然ない。

 

彼がこの場にいないのは、青道の2回戦があるからだ。出番がないとはいえ、チームを一人抜け出すつもりがなかった大塚。サラの来日を知らないというのもあるが、仮に知っていても、彼は恐らくここには立っていなかっただろう。

 

 

今の大塚栄治は、アメリカ時代での悪癖が蘇りつつあるのだ。

 

 

大塚和正へのコンプレックス。心の支えに実力を選んでいるがために起きた、彼の弱さである。

 

 

 

「やっぱり、栄ちゃんに言うべきだったかしら。そしたら――――」

 

 

「ノーよ、アヤコ。少しは驚かせないと、今のエイジは怯まないわ。近況は聞いているわ。また無茶をしたのね」

 

困った顔をするサラ。練習と休息の重要性を教えたはいいが、大塚はそれを肉体的なものに限定してしまっている。

 

精神的な休息を彼は取っていない。

 

 

身体を動かすメンタル部分で異常をきたしてもおかしくはないほどに。

 

 

「それを解っているモノと判断したワタシも悪いのだけれど、ホンモノのベースボールボーイね、エイジは」

 

 

サラは知っている。メンタルに問題を抱え、時にはそれを壊してしまい、引退を余儀なくされた選手の姿を。

 

 

 

そして、恐らく大塚栄治を壊しかねない原因を彼女は知っている。

 

今の彼は、それを目標にしているし、それ以外への興味を持ち始めたとはいえ、柱に等しいモノなのだ。

 

 

そのため、爆弾が起爆する時になって初めてその重さに気づくだろうと。

 

 

だが厄介なことに、この爆弾は気づいたところでどうしようもないのだ。本人がそれを拒否し、やめようとしない。

 

 

だが同時に、その時は分岐点でもあること。

 

 

自らの殻を今度こそ破るチャンス。

 

 

―――――その時、エイジを支えてくれる人がいれば、話は別なのだけど

 

サラは思う。

 

 

エイジは人を見ていない。人に好かれる行動をとっているだけだと。

 

それが社会に出た時に必要なことで、それが大切だと知っているからという理由だけで彼はそのように行動するのだ。

 

 

 

だが、実力でつかんできた今の地位、それを抜きにして今の彼を見てくれる人がいれば、変われるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

秋季大会2回戦。その前日、

 

 

「明日の試合、降谷を先発に起用することにした。」

 

「え!? ですが、この大会はリリーフでは?」

降谷には短いイニングでのセットアッパー的な役割ではなかったのかという部長の疑問。

 

 

「チェンジアップを覚え、体力強化に割いた時間も、夏を経てなお継続してやっている。練習試合では中盤に捕まったが、ペース配分を怠る怖さを知ったはずだ。―――その悔しさをぶつけるにはもってこいだろう」

 

 

「――――――――!!!!!」

監督室に呼ばれた降谷は、監督の言葉に気合が入っていた。

 

あの練習試合で、ペース配分の事をさんざん言われ、その後はリリーフ起用。出番がないとは言えなかったが、それでもあの悔しさは心の中でくすぶっていた。

 

 

「明日の試合、あの時の反省を活かしたベターな投球を頼むぜ」

 

 

ベストは求めない。まずはあの時よりも一歩進んだかどうか。沢村、大塚という同学年と負けないポテンシャルを持っている男が、ついに公式戦先発デビューへ。

 

 

 

なので、

 

 

 

「むむむ!! 監督はなぜおれを先発にしないんだァァ!!!」

 

欠点を克服しつつあるスライダーを試したかった沢村が騒いでいる。

 

 

が、ベンチ組に羽交い絞めにされていることも気にかけず、降谷はマウンドを見つめていた。

 

 

「どうした? マウンドはいつも見慣れているだろう?」

沖田がそんな彼の下に駆け寄る。

 

「まだあまり踏み鳴らされていないマウンドって、あんなにきれいなんだ」

 

 

 

「!!! こいつ、マジじゃねェか! こりゃあ、期待するしかないな。」

沖田はその言葉に心が震える。先発という大役を任されて尚、このマイペース。

 

――――大塚がいなかったら、こいつが来年のエースだったかもな。

 

それほどの能力を兼ね備えている。沖田はその時でも成長をしていただろうと考えるが、やはり大塚がいるからこそ、刺激がある。

 

目標と壁が明確になっているからだと思える。

 

 

「それはそうと、まさかスタメンとはな。降谷の足を引っ張んなよ、金丸!」

 

そうなのだ。サードのスタメンに金丸が選ばれたのだ。日笠が不調というのもあるが、この七森学園戦で選手を試したという監督の考えもあって、1年生の中でも特に目立ち始めている彼を抜擢。

 

噂の落合コーチ監修の打撃理論がどういう効果を彼に与えたのか、それを見てみたいというのもある。

 

「ちょっ、プレッシャーかけんなよ、沖田ぁ!!」

明らかに緊張している金丸。手ごたえをつかみつつある日々の練習を示す絶好のチャンス。

 

 

「金丸の出来ることをすりゃあいんだよ。出来ることしか出来ないんだからな。俺もお前も。それに、最近大塚とつるんでることが多いし―――いや、なんでもない」

 

怪しげな雰囲気が一瞬だけ垣間見られた沖田。しかし誰も気づかない。

 

 

 

「見てろよ、沖田っ! 絶対にあの打法で信頼を掴んでやるぜ!!」

 

 

「?? あの打法?」

沖田は守備鹿面倒を見ていないので、金丸の打法について何も知らない。

 

「体重移動は7対3!!」

 

「うん、それは知ってる。変化球でタイミングを崩されにくくするんだろ」

 

「ゆ、ゆっくりタイミングを取って――――」

 

「あの某広島の侍か。うん、知ってる。そっか、あの人の動作かぁ。」

 

「ちっくしょぉぉぉぉ!!」

 

何もかも沖田は先にいっていることに今更感を覚える金丸だが、さすがに悔しい。自分が自力で編み出した方法を、ライバルはすでに取り入れているのだ。

 

 

 

「天然で知らずにやるんなら大したもんだよ。ま、あの選手は尊敬しているけどさ。ある意味理想、だよなぁ」

 

 

「広島の侍?」

 

 

 

「ああ。昔テレビでよく見てた。広島では最後に嫌な思い出ばかりだったけど、あのチームメートと、あの選手だけはよく覚えている。」

 

 

「沖田が言うほどすごい選手なのかよ。あ、それって広島の、あの代打の―――」

思い出した金丸。有名すぎる選手ではあるが、もう何年も前に引退した選手。テレビへの露出も少なく、世代も違うのだ。

 

通な野球ファンならだれもが知る名選手ではあるのだが。

 

 

 

「あの人よりも、才能があって、体格にも恵まれている人はたくさんいる。けど、あれだけバットを振った人はそうはいない。」

 

沖田は金丸に向き直る。

 

 

 

「お前は成れるのか? そんな男に?」

あえて問いかけた沖田。他人のまねごとから入るのが学ぶこと。だからこそ、いいところはどんどん真似ればいい。

 

だが、いつかは独り立ちしないといけない。金丸はその未来を見ることが出来ているのか。

 

 

スタメンになった際に、どうしても聞きたかったのだ。

 

 

 

 

 

 

金丸は首を振って、沖田の言葉を否定する。

 

 

「俺は、その侍って人じゃねェ。だから。俺自身のバットを見せるだけだ」

 

その答えを聞いて、沖田は笑みを浮かべる。

 

 

「そうだ。そう言ってくれなきゃ、先がないようなもんだからな。だからこそ、今日は”お前の挑戦”を見させてもらうぞ、“信二”」

 

 

名前で敢えて呼び、期待をしていると伝える沖田。

 

 

 

「ああ!! 任せろ!!!」

 

 

 

 

「――――――」

片岡監督は、試合前の沖田金丸の様子を遠目から見ていた。すでにスタメンの座にいる沖田が、いい感じに金丸のモチベーションを見守っていた。

 

攻撃面や守備範囲の広さだけではない。精神的な支柱でもあるのだ。

 

今更ながら、沖田を副主将に選ぶべきだったかもしれないと、片岡は考えた。

 

「沖田はいいですねぇ。初スタメンの選手に積極的に声をかけに行っている。ああいう風に気配りの出来て、尚且つ実力もある。本当にいい選手が入ってきましたよ」

 

「ああ。そして金丸もここで初スタメンのチャンスをつかむか否か。良い競争が生まれている。」

 

 

 

片岡監督はあれを彼の教えだと勘違いしているが、アレは大塚のヒントと、金丸自身の考えから端を発したものである。落合はその助言程度しかやっていないのだが、そんなことを知る由もない。

 

 

 

1番 中 白洲 左

2番 二 小湊 右

3番 遊 沖田 右

4番 捕 御幸 左

5番 一 前園 右

6番 右 東条 右

7番 三 金丸 右

8番 投 降谷 右

9番 左 麻生 右

 

スタメンに5人の1年生。ベンチには出番がない予定の大塚、そして出番があるかもしれない沢村が座り、計7人の1年生がベンチ入り。

 

意外なのは、倉持がスタメンを外れたことだ。サードに金丸が入る分、仕方のないことかもしれないが、沖田が公式戦でまたも遊撃手の座を掴んだ。

 

 

 

一方、七森学園は、公式戦初先発という降谷について、

 

 

「スタミナに難のある投手と聞いている。それを先発にしたという事は、うちを踏み台にするつもりだな」

笑顔でそう分析する原龍臣監督。

 

「次の稲実戦に向け、エースの大塚は温存、2番手の沢村も温存。ということは2年生の川上がこの試合に投げるかもということです。相手方が準備しているのは、速球派に変則派ですね。」

 

 

「いいじゃないの。そういう強者の油断から、ビギナーズラックは生まれるもんさ!!」

 

 

先頭打者の白洲。相手の球種を改めて確認する。

 

 

相手は球速が130キロを超えるかこえないぐらいのストレートに、カーブ、フォーク、チェンジアップ。誰かさん達がチェンジアップを駆使し、甲子園で活躍していたことから、東京を中心にチェンジアップが流行り始めていたのである。

 

 

 

「相手はチェンジアップにカーブ、フォークか。チェンジアップとストレートの球速差に注意するべきだな。まあ、落差もないから、チェンジオブペースと言った方がいいかな」

と大塚。

 

「使っているから言うけど、俺もあの球はスゲェ使いやすいって言えるぜ!! みんなぁ!! 俺をイメージしろぉ!!!」

沢村が自分をアピールする。

 

まあ、原因はこの二人なのだが、本人たちは気づいていない。

 

 

しかし、やはり一巡目。シュート回転するストレートでファウルを稼がれ、ナチュラルにフロントドアするインコースを意識させられて、最後はカーブにゴロを打たされてしまった白洲。

 

 

「くっ、体が開いたか」

 

悔しそうにベンチへと下がる白洲。

 

2番、セカンド小湊。

 

その初球。

 

 

――――アウトコースのカーブ!!

 

 

カッ!!

 

 

アウトコースへと決まるはずのカーブを叩き、センター前へ。まずは初回にランナーを出す青道高校。

 

 

「いいぞ、小湊!!」

 

 

「気持ちいいくらい真芯で捉えているぞ!!」

 

 

木製バットは芯でなければ飛ばない。それを解っているからこそ、称賛の声が上がる。

 

 

そして、青道最恐打者登場。

 

 

 

「俺だ」

 

 

 

右バッターボックスに立つ沖田。その威圧感から

 

 

「ボールフォア!!」

 

 

「せめてゾーンに投げてほしい。」

 

 

沖田、いつも通りの散歩。バットを一度も降ることなく一塁へ。

 

 

これで一死二塁一塁。

 

打席には、4番に抜擢の御幸。なぜ沖田が3番で、御幸が4番なのにはわけがある。

 

 

少しでも沖田の打席を増やしたい。青道で最も信頼できる打者であり、勝負を任せたいという理由である。しかし1番打者や2番打者ではランナーがいない状態の方が多い。

 

故に、3番という打順が沖田にとっても、チームにとってもプラスであると考えたのだ。

 

 

チームの最恐打者をどこに置くか、それが攻撃のリズムに影響を与えることを知っているのだ。

 

 

そして、狙い撃ちのテーマが流れる。

 

 

「ここでキャプテン、一発決めてくれぇ!!!」

 

 

「相手逃げ道失ってるぞ!!」

 

 

 

青道の沖田と勝負をしたくなかったとはいえ、これである。4番御幸も勝負強さが売りの打者。

 

まあ、平たく言えば―――――

 

 

 

 

痛烈な金属音。七森の背番号1は渾身のストレートを投げ込んだ。

 

 

外角低め。ボール気味かもしれない。そんなボール。

 

 

御幸は迷うことなく踏み込み、その外角のボールを弾き返す。

 

 

130キロ前後のストレートを完璧に捉えた当たりは、ライトスタンドにギリギリで入ったのであった。

 

 

 

拳を握りしめ、ガッツポーズを見せつける御幸の姿で、観客は湧く。

 

 

「そうだ、青道にはこれがある!!!」

 

 

「3番沖田を歩かせても、御幸が決める!! これが俺達の主軸だ!!」

 

 

いきなりの3点先制。続く前園がサードライナー、東条がレフトライナーに倒れるものの、打線の勢いを感じさせる攻撃が終了した青道打線。

 

さすがは甲子園メンバーが多く残る優勝候補大本命。

 

 

さて、1回裏。公式戦初先発の降谷。

 

 

その立ち上がり、右打者に対し

 

 

ドゴォォォンッッ!!!

 

ど真ん中にいきなりストライク。だが、相手打者はタイミングを取りきれなかったのか、見逃してしまう。

 

力感の無さと、スピードボールの組み合わせ。

 

―――ふざけんな!! なんだよそれ。そんなフォームで今の球かよ。

 

たまったものではないと、相手打者は心中で毒づく。

 

 

 

 

「??」

降谷は確かな手ごたえを感じていた。

 

 

 

――――今、凄いボールに指がかかって―――――

 

軽く投げたのに、ボールがまっすぐに、思った場所へと突き刺さった。

 

180cm代の上背から繰り出される速球。制球されれば並の打者は打てない。

 

 

球速は抑え気味にしては145キロと悪くない。

 

 

2球目もストレート。

 

 

「グッ!?」

 

――――力感を感じねぇのに、何だよさっきからこのスピード!?

 

 

手が出ない。するすると低目に伸びてくるストレートにバットを出すことも出来ない。

 

 

「ボールっ!!」

 

 

コースは外れていたが、際どいボール。何よりも、ボールの圧力が尋常ではない。

 

 

――――さぁて、ここで投げておくか、チェンジアップ

 

 

御幸が不敵な笑みを浮かべ、外角による。

 

 

選択したボールに降谷は頷く。

 

 

 

「相手の投手は相当球が速い。しっかりとバットを振って、何とかストレートにタイミングを合わせるんだ!」

 

 

 

 

ここで1ボール1ストライク。勝負球にはまだリスクのあるこのボールを、

 

 

降谷の今後を明るくするかは、ここで決まる。

 

 

 

 

第3球。

 

 

 

ドクンっ

 

 

降谷は、胸の高鳴りを感じずにはいられなかった。

 

 

スプリットを投げた時とは違う。今から自分は敢えて緩い球を投げる。

 

 

それまでは速いボールを投げることしか考えていなかった自分にとっての転換期。

 

 

自分はどうなってしまうのだろうか。練習で投げた光景を思い出す。

 

 

 

――――あの球速差はうてねぇよ!!

 

――――コースに決まったら腰砕けだろ!!

 

 

――――いや、そもそもバットが出ないかもよ!!

 

 

そんな仲間の声が脳裏から呼びさまされる。

 

 

試合前、いつも五月蠅く、いつも輪の中にいるライバルからは、

 

 

―――――俺はこう握ってるぜ!! 

 

あっさりと教えてくれたことに戸惑いを隠せなかった。

 

 

――――俺も送られた側だったしさ、まあ借りは返したってたやつだよ!! 文句あるか!?

 

素直ではない返答。頬が緩みそうになった。

 

 

 

 

 

そして至った、投手の基本。

 

 

 

――――僕は、投手としてもっと先に進める。

 

 

 

――――僕の知らない世界が、これから見られる―――――!

 

 

 

 

 

「――――――なん―――だと――――」

 

バッターはまず最初にその言葉を、その感情を抱いた。

 

 

速球にタイミングを合わせろ、そうすれば打てると。2巡目からは目が慣れて、打ち崩せるはずだと。

 

 

 

だがこの3球目はその未来を打ち砕くものだった。

 

 

ボールがこない。

 

 

まるで時間が止まったかのように、剛速球が止まる。

 

 

動き出したのは打者の体。タイミングが合わず、スイングが自壊していく。

 

 

そして、ボールが最期には打者の視界から外れたのだ。

 

 

 

 

 

 

「ストライクツー!!!」

 

 

腰砕けになるバッター。尻餅をつき、立ち上がることが出来ない。

 

 

「「「「!!!!!!」」」」

 

それは七森ベンチも一緒で、言葉を失っている。

 

 

 

「な、あれは―――――っ!!」

 

 

「チェンジアップ!? いや、チェンジアップにしては落ち幅が―――っ!!」

 

 

 

受けた捕手の御幸は、コースに決まったチェンジアップの変化が、練習以上のキレを生み出していることに気づいた。

 

 

――――ブルペンでも降谷のチェンジアップが落ちると聞いていたが、想像以上だな。

 

 

予想を超えた変化に舌を巻く御幸。

 

 

ブルペンで投球を行っていた降谷が、何やら沢村と話をしていたとは聞いていた。恐らく、そこで何かアドバイスを貰ったのだろう。

 

 

練習ではタイミングを外すだけのボールが、

 

 

大塚栄治のパラシュートチェンジと同等の、空振りを奪える球に変化していたのだ。

 

 

大塚のチェンジアップは、投げた後から急激にブレーキがかかり始め、打者のはるか下を通過するボール。だからこそ、ストレートとの組み合わせでより威力を発揮し、その後の変化球やストレートを助けることが出来る。

 

 

 

だが、降谷のチェンジアップは違う。

 

彼のチェンジアップはストレートの球筋から、スッと落ちる。まるでフォークのように落ちるのだ。

 

 

それでいて緩急にも使える。降谷が至った彼だけのチェンジアップ。

 

 

――――おいおい、スプリットよりも使い勝手良いじゃねェか。

 

 

決め球にスプリットを考えていた御幸は、苦笑いをする。

 

 

これだけのチェンジアップを見せたのだ。もう変化球はいらない。

 

 

ドゴォォォォンッッッ!!!!

 

 

「ストラィィィクッ!!! バッターアウトォォォ!!!」

 

 

最後はアウトハイの直球。ゾーンではあったが、タイミングを狂わされた打者がスイングしたバットには掠りもしない。

 

 

150キロに近い速球に、鋭く落ちるスプリット。

 

 

更には緩急と決め球にもなり得る降谷のチェンジアップ。

 

 

 

大塚、沢村のモノとは違う、新たな変化球。

 

 

降谷の進化は止まらない。

 

 

そのチェンジアップ習得のプラス要素は、この最後のボールにも表れていた。

 

 

 

――――キレもいい。球速は140キロ中盤でも、今までの150キロのボールよりもよりキレがあるようにも見える。

 

 

指にかかったストレートの比率が多くなっているのだ。指先に体重を乗せる才能のある彼にとって、指にかかったストレートは彼のベストボール。

 

 

並の者なら掠りもしないだろう。

 

 

青道の3人目の1年生、降谷暁。

 

 

初の秋季大会で2度目の覚醒期を迎える。

 

 




次回は、金丸のアピールタイム?

大塚、沢村に出番なし。



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第96話 新たなる因縁

原作投手陣の主人公感

壁にぶち当たって、乗り越える姿はいいね。





江戸川球場は騒然としていた。

 

 

「おいおい。先発が苦手だったんじゃないのかよ!?」

 

 

「なんだあの変化球!! あんな緩急も持っているのかよ」

 

 

「沢村や大塚もチェンジアップを覚えるんだ!! だったら、アイツも覚えないわけがなかったんだ!!!」

 

 

 

「ストラィィィクッっ!!! バッターアウトォォォ!!!!」

 

 

初回のイニングは3者連続三振。三者とも空振り三振に終わった。

 

「―――――――」

これまでとは全く違う三振の奪い方、ねじ伏せるような形ではなく、相手の裏をかいたような奪い方。

 

降谷は高揚感を隠し切れなかった。

 

 

「チェンジアップ、練習と別物なんだけど、握り変えた?」

横から御幸が彼に尋ねる。タイミングを外すようなものが、いきなりウイニングショットに代わったのだ。

 

「沢村にパームの握りを教えてもらいました。」

 

 

「パーム? チェンジアップじゃなくて?」

 

 

「今までの握りだと滑るので、こちらの方が投げやすかった、です。」

 

 

降谷がチェンジアップの握りを見せる。

 

 

「沢村のパームに似ているな。けど、人差し指と薬指の位置が違う。」

 

 

「敢えてストレートよりも強く振るイメージで投げたら、急に減速しました。」

 

それだけ言うと、降谷は金丸から始まる打順の為に、ネクストバッターサークルへと向かうのだった。

 

 

 

「ベターすら超えるとはな。チェンジアップが比較的修得がしやすいとはいえ、」

 

 

――――モノが違うな、今年の1年生は。

 

 

大塚といい、降谷といい、沢村といい。

 

指先の感覚に非常に優れた投手が3人同時に入学してくるという奇跡。

 

 

もし、この3人が今の実力であるならば、どの高校に行ってもエース争い、エースになる事は出来ると確信を持って言える。

 

 

 

 

 

そして、2回表は7番サード金丸から始まる。

 

 

「ランナーいないし、ゲッツーはないぞ!!!」

沖田が笑って畜生発言をする。緊張をほぐすためとはいえ、聊かやり過ぎな気がする。

 

 

「打ち取られる前提で進めんな!!! (まあ、初打席らしく好きにさせてもらうぜ)」

 

 

 

 

初球カーブはずれてワンボール。

 

 

――――今のカーブ。ゾーンならもっとゆっくりか。

 

 

今のアウトコースに大きく外れたボールを見て考える金丸。

 

 

この打席だけではない。この打法を完成させるには、多くの経験が必要だ。どんなところからも必要なことを漁る。

 

それぐらいに金丸は初打席からボールをよく見ることに心がけていた。

 

 

――――まあ、次はフォークか速球。チェンジアップはねェ

 

 

 

続くボールは狙いに半分当たったフォーク。低目ワンバウンドのボール。これでカウント2ボール0ストライク。

 

――――カウントが有利になった。大塚や沢村なら変化球をここでも投げてくるけど、

 

 

 

変化球に自信を持つ二人の同級生投手ならば変化球の連投。しかし、これまでの投球を見る限り、変化球の制球に苦労している。

 

 

―――――ゾーンに入ったストレート。それ以外は捨てるッ!!

 

 

 

第3球――――

 

 

「っ!!」

 

 

相手が投げてきたのはストレート。真ん中。甘いコース。金丸はゆっくりとバットを引き付けて、バットを振り抜こうとする。

 

 

ククッ、

 

 

しかし、ここで縦変化。相手バッテリーはここでフォークを選択してきたのだ。

 

 

――――変化球、やべぇぇ!!!

 

 

「ストライィィィクッ!!!」

 

空振り。低めのボールに手を出してしまい、2ボール1ストライク。

 

 

「思い切った振った結果だ。縮こまるなぁ!!!」

沖田が大声で叫ぶ。

 

 

――――このフォークを見せた後、いや、まだ変化球は安定していねぇ

 

 

まだ変化球を投げてくるかもという判断があった。

 

 

そして第4球。

 

 

「ファウルボール!!」

 

高めのストレートに手をだし、これで平行カウント。

 

 

――――くっそ、ストレートを仕留めそこなった!!

 

 

 

追い込まれ、狙い球を絞るのが難しくなった金丸。

 

 

続く第5球もストレートに手を出しファウル。3点先制を許しながら、相手投手が立ち直りを見せ始めている。

 

 

「押してる押してる!!」

 

 

「まだ終わってねェェぞ!!」

 

 

「いいぞ、野比~~~!!!!」

 

 

 

 

――――何が来る? ストレート? フォークっ?

 

 

第6球

 

 

 

相手投手野比が投げたラストボールはチェンジアップだった。

 

 

――――ゆっくり、引き付けて

 

大塚の言葉を思い出す。

 

 

 

ゆっくり、ゆっくりタイミングを取る。それが、自分の練習のテーマだった。

 

上半身のバランスは未だに狂っていなかった。体重移動の割合の成果が、この体勢を維持することを助けているのだ。

 

 

相手バッテリーも、金丸が体勢を崩していないことに嫌な予感を瞬時に感じていた。

 

 

 

――――ははっ、

 

 

 

心の中で、金丸は歓喜する。

 

 

――――こういうことかよ!!

 

 

ガキィィィンッッッ!!!!

 

 

打球は、左中間を切り裂く長打。痛烈な打球がレフト方向に。タイミングを外しに来た相手投手のチェンジアップを引っ張った打球は、青道ベンチ、そして七森ベンチの予想を超えた。

 

 

「おおっ!! 抜けたぁぁぁ!!!」

 

 

「左中間切り裂いた!! 廻れ廻れ!!!」

 

 

ベンチやスタンドから声が飛び交う。初打席で初ヒット、それも長打。

 

 

打った金丸は二塁ストップ。ベース上で冷静に立っている金丸の様子に、

 

「あの野郎、あんまり嬉しくなさそうだなぁ!!」

 

「打って当然ってか!?」

 

 

「――――――シュ、シュッ――――」

日笠は、金丸のバッティングに何かを感じていた。彼が意図的に変化球を捉えたのではないかと。

 

そして、有望な一年生がアピールを見せた。焦らないはずがない。

 

「解るぜ、その気持ち。」

麻生がうんうんと横でうなずく。

 

 

 

 

 

 

「追い込まれてからの変化球に食らいついたね!!」

 

「うんうん!! ナイスヒット金丸君~~~!!」

 

マネージャー二人もわぁっと声をあげる。

 

 

「――――――む」

ベンチに座っていた大塚がその声に反応し、少し視線を下げる。

 

「???」

沢村がベンチで他の選手に見張られている中、大塚の少し様子がおかしいことに気づいたが、すぐにそれを忘却の彼方へと追いやる。

 

 

その後、降谷にもヒットが出て、ランナー一塁三塁で麻生が犠牲フライ。

 

 

「俺の犠牲フライ!!!!」

 

 

金丸の追い込まれてからのヒットを打ったことに対する賛辞が多く、麻生の影が薄くなった。

 

 

白洲がさらに連打を出すものの、小湊の放った打球は、

 

 

「うわ」

打席近くで呻いた小湊。

 

 

 

「あ」

 

ファーストのダイビングキャッチによるライナー。飛び出していた白洲が思わず声を上げる。

 

 

「もうけ!!」

相手選手が一矢報いたぞ、的な獰猛な笑みを浮かべ、戻ろうとする白洲に無慈悲なタッチを施す。

 

 

白洲戻りきれずタッチアウト。

 

 

 

 

 

追加点を奪った青道だが、中々相手の奮闘によって得点が伸びない。

 

 

2回裏、先頭打者は相手主砲剛田。右打者に座るその姿は、スラッガーのそれだ。

 

 

―――――インコースを攻めきれない。お腹が出過ぎて

 

 

能天気に相手選手の特徴を捉える降谷。

 

 

 

 

ストンッっ

 

 

初球チェンジアップにバットが回る剛田。右左関係なく使えるこの決め球は、ある意味沢村のチェンジアップ、大塚のサークルチェンジよりも絶大な効果を与える。

 

 

続く二球目。

 

アウトコース真直ぐが決まり、2球で追い込んだ降谷。追い込まれた剛田。

 

「っ!!!」

 

速球を低めに制球され、その前の球を見せられたのだ。外角ではもう手が出ない。

 

 

――――夏から取り組んでいたアウトコースの精度。秋も全く陰りがねェ

 

 

 

―――――インコースが狭すぎ。卑怯。

 

 

だが、どこかかみ合っていないバッテリーだった。

 

 

 

 

しかしそれでも最高のボールと上昇傾向の状態を維持している降谷。

 

 

 

 

3球目アウトコースストレートをかろうじてカットされるが、

 

 

ドゴォォォンッッッ

 

 

「ストライィィィクッ!! バッターアウトぉ!!」

 

あくまで外をつづけたバッテリーが力でねじ伏せ、これで4つ目の三振を奪う。

 

 

球速も、このパワーヒッターとの対決で150キロを計測。本能的にペース配分を解り始めている。

 

 

その後三振は4で途切れるものの、スプリットを低めに制球した、打たせて取る投球も冴えわたり、七森打線を完全に封じ込む。

 

 

――――落ち幅がよすぎるからな、チェンジアップ。SFFが打たせて取るボールになっちまった!

 

御幸は夏では空振りを奪うための変化球が、ここではもう内野ゴロを量産する変化球になってしまったことに苦笑しつつ、彼の成長を感じる。

 

 

――――空振りを奪う投球と、打たせて取る投球。これが出来て先発は初めて務まるんだぜ、降谷。

 

 

その後、ついに勝負を選んだ沖田に対し、カーブで有利なカウントを作ったものの、粘られた末に右中間にフォークを運ばれ、ツーベースを打たれた七森バッテリー。

 

 

続く御幸に対して最期は抜けてフォアボール。無死二塁一塁で前園が力んで空振り三振。白洲と同じようにカーブに対して体が開いてしまった。

 

「あカンッ!! やってもうたぁぁ!!!」

 

あああ~~~~、と悔しがる先輩を尻目に、東条が2度目の打席に立つ。

 

 

――――最初の打席は追い込まれてからの変化球を打ったから、次は――――

 

 

ストレートを簡単に弾き返し、長打を狙った第1打席とは違い、センター方向を狙った打球が内野を抜ける。

 

 

 

これで一死満塁の場面。

 

 

 

――――東条が初球ストレートを打ったからな。いや、まずは振ろう

 

 

初球カーブがすっぽ抜けてボール。未だにカーブの制球が定まっていない。ストレートに強いというデータは取られ、チェンジアップを前に打席で打っている。

 

 

カウントを取りに来たフォークを金丸は逃さなかった。

 

 

―――― 一度空振りしたからな!! 来ると解っていたぜ!!!

 

 

この打席では必ず使ってくると考えていた金丸。冷静に相手の狙い球を絞って手繰り寄せた――――

 

 

 

甘く入ったフォークを今度も引っ張り、左中間へ。風にも乗り、センターの頭を超える。

 

 

「おおっ!! 今度も変化球!!!」

 

 

「2打席連続長打!! いいぞ、金丸!!!」

 

 

3者生還。これで今日は2打数2安打3打点。今度は二塁ベース上でガッツポーズを見せる金丸。

 

 

 

存在感を見せる金丸の一撃。手応え十分の結果。1年生たちが躍動する。

 

 

 

 

 

――――やっべぇぇ、俺すんごぉいぃ!!

 

 

これで七森学園先発野比の緊張の糸が切れたのか、この回の後続を抑えたものの、3回から失点を繰り返し、4回7失点で降板。

 

2番手投手も青道の攻勢を止めきれず、5回には沖田のスリーランも飛び出し、10点目が入る。

 

 

投げては先発降谷が5回1安打無失点7奪三振に抑える好投。15個のアウトのうち、三振は7つ、内野ゴロ6つという安定した投球を見せる。

 

変化球が切れていたというのもあるが、ストレートで奪った空振り率も凄まじく、チェンジアップの重要性を改めて認識する試合となった。

 

 

最後に残念だったのは、降谷のグラブをはじく内野安打を許してしまったことであり、それがなければ5回コールドとはいえ、完全試合でもあった。

 

 

七森学園監督原は魂が抜けたかのような表情でスコアボードを見つめ、七森ベンチも騒然とする。

 

 

 

エース大塚、左の沢村、抑えの川上抜きでここまで抑え込まれたという事実。

 

 

 

――――これが、王者青道高校かと。

 

 

その威風堂々とした王者の実力の前に、彼らは立ち尽くすしかなかった。

 

 

 

 

「ナイスピッチ、降谷!!」

 

「最後惜しかったなぁ!!」

 

「見違えたぞ、降谷!!」

内野の御幸、金丸、沖田に声を掛けられる。

 

「凄かったよ、降谷君。守っていて、凄い気持ちよかった!」

春市も力でねじ伏せる投球から変わり始めた彼に手放しで称賛を贈る。

 

「まあ、最大の課題だったフォアボールの数と球数の多さ。今日は70球行かなかっただろ? コースにある程度決まったら自然と球数も少なくなるんだよ。ま、狙いすぎるのもよくねぇけど」

御幸が絶賛しているのは、この試合の球数の少なさと、フォアボールを出さなかったこと。懸案だった制球力の課題も及第点に届き、いよいよ降谷も高校生離れしてきた。

 

 

 

ただ、御幸があえて課題を挙げるならば、

 

――――アウトコース中心が悪いわけじゃねェ。もっとインサイドを攻めきれば

 

アウトコースへの制球は及第点と言える。だが、今日はインコースを攻めきれなかった。中盤、相手打者はインサイドを捨てて、降谷のボールに食らいついてきた。

 

迷わず踏み込んできたのだ。これがもし強豪なら緩急だけでは。

 

 

しかし、御幸は苦い顔をする。

 

―――――沢村や大塚で麻痺してるな、そんな簡単に両サイドを使えるわけがないだろ

 

渋い顔をしたままの御幸。数秒間考え込んだ後、

 

 

 

 

「けど、課題は課題。突きつけなきゃな。」

今の出来で満足してもらっては困る。もっと上を目指せる余地があるのだ。

 

―――――それに俺も、大塚の進化したSFFや沢村のスライダーを捕れるようにならねェと。

 

喜びと手ごたえを感じる面々をよそに、御幸は次戦を見据え、その先の未来を見据える。

 

 

――――水を差さないように言うにはどうすればいいだろうか。主将として、俺は――――

 

 

だが、なかなか今すぐ切り出すことが出来なかった御幸であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「降谷が無四球――――夢でも見ているのか」

太田部長が感動して声を震わせている。荒れ球の投手だった彼が、見違えたように投球を変化させていた。

 

 

「―――――背番号の争いも、本当に解らなくなったな」

片岡監督も、エース争いが激化していることは解っていたが、ここまでハイレベルな争いになるとは思っていなかった。

 

背番号1を誰が付けてもおかしくない。むしろ、降谷がこのまま伸びれば、大塚の背中すら超えてしまうかもしれないと。

 

「―――――おいおい。チェンジアップを覚えたらいいかもとは思っていたけど」

大塚は苦笑するほかがなかった。

 

「アウトコースの持ち味は俺のだァ!!! 2球種で満足してんじゃねェぞ!!!」

沢村は変化球の少なさを指摘し、うがぁぁと騒ぐ。

 

「アウトコースは投手全員のモノだぞ」

そして大塚がアウトコースの事について言及するのであった。

 

 

 

 

 

 

そして、今年の準優勝チームの成長を見ていたのは、何もチームメートやスタッフだけではない。

 

 

 

「お、おう。そうだ。降谷が新球種、チェンジアップを使って無四球完封。」

 

「あの荒れ球が制球されたらやべぇぞ」

 

「あの球速差は早々打てるかよ。」

 

「なんだよあれ。エース級が3人もいるとか、反則じゃねェか」

 

東京に割拠するライバルたちは、2年間こんな投手陣と戦う破目になるということを嫌でも突き付けられる。

 

 

「ああ。これで投手層は夏の比ではないな。」

 

「打撃陣に有名どころがいた夏も、あの3人は活躍し、ゲームを締めていた。成長すればあれほどとはな」

 

夏に比べ、さらに洗練されたチームに成長しつつあるということを認めないわけにはいかない。

 

 

むしろバランスなら前チームのはるか上を行く完成度。

 

 

「エース大塚、沢村を温存してこれかよ。」

 

「要チェックだな」

 

そこへ、3回戦当たるであろう稲城実業が偵察に来ていた。夏では大塚一人にやられたような形ではあったが、ストレートだけなら大塚を上回る降谷に緩急が加わったのだ。

 

 

投手陣を打ち崩すことが並大抵の事ではないことを他の東京のライバルたちと同じ結論に行き着く。

 

 

「今日の鵜久森戦、成宮先輩を出さずに終わればいいんだが」

 

 

 

だが、それを見ていたのは何も東京のライバルだけではない。

 

 

 

「黒羽の言う通り、青道だけは別格だな。」

 

「ああ。先輩たちを倒しただけのことはある。」

 

横浦高校を筆頭に、偵察要員がうごめく今年の東京秋季大会。

 

 

 

まだ見ぬ他県のライバルたちが、青道を注目しているのだった。

 

 

 

 

「そういや、太田球場の方の稲実と鵜久森の試合はどうなってんの?」

倉持が同級生に尋ねる。恐らく稲実だろうが、試合も終わったので一応聞いてみようと思ったのだ。

 

 

「鵜久森――――か、」

大塚は、あの時病院であった青年の事を思い出す。

 

 

 

――――僕たちの全力をもって、君達の全力を凌駕する。

 

 

あれほどの啖呵を切るような男だ。だからこそ、ざわめきを感じていたのだ。

 

 

鵜久森には得体のしれない何かがあると。

 

 

「ああ、ナベに電話してみる――――――」

 

2年生の一人がナベ―――渡辺先輩の知り合いらしく電話で連絡をする。その時

 

 

 

「―――――――えっ」

驚いたような、呆けたような声で、彼は言葉を一言だけもらす。

 

 

その瞬間に、大塚は全てを察した。

 

 

「―――――――――」

 

 

――――来るなら来い、俺の全力で、叩き潰してやる。

 

 

稲実と戦う時とは違う、横浦の時とは違う。

 

 

いや、今まで経験したことがない解らない敵。

 

 

大塚はここまで相手を叩き潰したいと思ったことはなかった。叩き潰さねば、こちらがやられると、恐怖を感じたことはなかった。

 

 

稲実を食らったのだ。もはや、これまでの物差しで測れるような相手ではない。

 

 

「稲実が――――――負けた」

 

 

 

新たな因縁が、大塚に試練を与える。

 

 

昨年の夏の王者を屠ったダークホースが、

 

 

天才に襲い掛かる。

 

 

 




本作の梅宮君は、何でもない手札をあと一つ残しています。

凄い?(変化球とは言えない)ボールです。なぜこれを選んだといわれるかも。

そして話の展開上、鵜久森に名前ありのオリキャラが追加されます。原作以上にやばい打線になるでしょう。


Q 梅宮の最後のボールは何か

ヒント 彼の持ち味に特化しています。チェンジアップ系ではないです


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第97話 転機の前触れ

一番上に人物紹介を載せてあります。いまさらですが。

そういえば、ダイヤのAのアニメが終わりましたね。

次は何年後かな


稲実が負けた―――――――

 

 

まさかともいえる秋季大会最大の大物食い。ついこの前、甲子園出場校同士がいきなり激突し、帝東が敗れ去った以来となるビッグニュースは、関東のアマチュア球界を駆け巡った。

 

 

『リリーフ登板の成宮、痛恨の逆転打を浴びる!』

 

 

『積極的な采配で、稲実を翻弄! ダークホース鵜久森!!』

 

 

『その球速差、30キロ超え!? 超軟投派? それとも本格派? エース梅宮、9回1失点完投!!』

 

 

次々とアマチュア球界に詳しい情報媒体では稲実敗北の事実と、鵜久森高校の名が上がる記事が書き出された。

 

 

それほどの衝撃をもって迎え入れられた秋季大会2回戦。

 

この前に行われた、エース楊の1安打無四球完封という素晴らしい投球すら霞むほどだった。

 

そして、当の本人は、

 

「小国が大国に勝つためには、奇策が必要。驚くようなことではない」

自分の為したことに大した興味もなく、ただその事実を分析していた。

 

「相変わらずすごいよな、楊。あの天下の稲実が負けたんだぜ? ちょっとは動じるのが―――」

チームメイトの一人が、自然体のように笑みをこぼす。彼の存在感に依存していないわけではないが、彼がエースであることがどこか誇らしくもあるようだ。

 

 

「今年の夏を制したのは青道だ。ならば、一番注意するべきはその高校。後は、対戦するであろうチームのみ。」

 

「で、その鵜久森は青道相手にどんな戦いをすると思う?」

 

 

「―――――どうだろうな。継投なら鵜久森には勝ち目がないが―――――」

 

楊はDVDの電源をつけ、帝東戦での大塚の投球を写す。

 

「それ、大塚の―――――」

 

 

「ああ。夏予選や本選では綺麗な回転のフォーシームを投げていたが、中盤から後半直前まで、ストレートによる空振り率が大幅に悪くなっている。」

 

 

映像に映し出された大塚は、変化球で空振りを奪い、動く球で見逃しを奪っている。

 

 

しかし――――――

 

 

「あれ? 大塚のフォーシームって、こんなにシュート回転したっけ?」

 

 

映像から見る限り、フォーシームがシュート回転しているようにも見える。その為本来の持ち味であった伸びのあるストレートが鳴りを潜めているのだ。

 

「後半からストレートの球威や伸びが回復したが、あそこまで調子が戻らないというのは致命的だ。大塚は、怪我以外の原因で調子を崩していることは明らかだ」

 

 

 

楊は、それがフォームからくるものであることを看破したが、その原因までは解らなかった。

 

 

「けど、大塚はこの流れだと先発だと思うぞ。」

 

「ああ。鵜久森が稲実相手に魅せた立ち回り。それを考えれば、この大塚の弱みを突かないはずがない。」

 

 

そして、楊は青道が勝つ条件を明言する。

 

 

「この試合、大塚は確実に失点するだろう。故に求められるのは、エース梅宮を攻略することだ。」

 

 

 

 

一方、青道では―――――

 

青心館にあるテレビの前で、部員たちがその試合映像をじっくりとみていた。

 

 

「―――――――」

大塚は、成宮が打たれた瞬間を映像で見ていた。

 

「――――栄治、どう思う?」

御幸が大塚に意見を求める。彼も感じたことがあったのだが、まずは大塚に聞いてみたかった。

 

「―――――この1年生、リードは間違っていなかった、かな。」

 

 

「なに!?」

沢村が驚いたような顔をする。成宮の球が打たれて結果的に負けたのだ。リードも結果論。それを大塚に教えてもらったにもかかわらず、大塚はこの捕手が間違っていないと言い切ったのだ。

 

 

「あくまで、この捕手のリード通りなら、ね」

 

 

大塚が指摘したのは、ストレートを投げる前に成宮2回も首を振った場面。

 

「恐らく、ここで変化球。ストレート、スライダーを見せた後、さらには直前に速球で追い込んでいる。彼はきっと、チェンジアップ低めあたりを要求したと思う。」

 

 

「栄治もそう思ったんだね。僕も、あの場面の打者なら変化球を意識するよ。」

東条もあそこは変化球の確率がかなり高かった、というより変化球がベターだったと考えていた。

 

 

「でもしなかった。なんでだ!?」

沢村は訳が分からず聞き返す。

 

「成宮のストレートが打たれた。それが答え。」

簡潔に答える大塚。

 

「!!!」

 

 

沢村は、その言葉で理解した。

 

 

成宮は捕手のリードを無視し、ここで力押しのストレートを選び、打たれたのだと。

 

 

「まあ、アイツの自滅でもあるけどよ。パスボールをした捕手だ。アイツなりの優しさだったんだろうが、自ら首を締めちまったんだよ」

成宮をよく知る御幸が、その内情を想像する。予選からチェンジアップを零す場面が見られた1年生多田野に無理をさせないためとはいえ、ストレート勝負は安易すぎた。

 

「けど、成宮を、稲実を倒した勢いは侮れねぇ。気を引き締めねぇと」

一塁レギュラーを狙う筋肉質な2年生山口が、事の顛末を聞いたうえで険しい表情をする。

 

「なっ!」

 

しかし、麻生はその勝負を考えた上で、

 

「まあ、その勝負を考えれば、稲実の自滅だし、鵜久森が来てよかったかもよ。倒しやすくて」

 

 

あくまでチーム力の低い鵜久森が来てよかったと考えた。世間的に見ても稲実と鵜久森の選手層は歴然。彼がそう考えるのはごく自然だったかもしれない。

 

「そういう意識だと、お前は打てないかもな。」

木島が麻生に異を唱える。異を唱えるだけではない、麻生の打撃成績の安定感の無さを指摘したものでもあった。

 

「んだとっ!?」

 

 

「勝った方が強い。油断なんて出来ねェだろ」

 

「ああ。稲実倒した勢いは洒落にならねぇ。そのまま向かってくるぞ、奴ら」

 

 

「―――――――」

降谷としては、この慌ただしくなった部内で一人マイペースを貫いていた。相手がどこであろうと自分の投球をする。それしか考えていないからこそ、彼は動揺もなかった。

 

 

「けど、この緩急、俺のチェンジアップの比じゃねェだろ、これ――――」

沢村は、自身が投げられないカーブでここまでの球速差を出せる梅宮の指先の感覚に、投手としてのライバル心を燃やす。

 

キレと変化球の多彩さなら負けない。だが、この制球力は侮れない。

 

「この梅宮も、そして捕手も中盤までこの変化球を温存したのがさらに稲実に追い打ちをかけたな」

 

 

成宮を勝負所で三振に打ち取り、続く6番打者も空振り三振に抑えたボール。

 

 

「縦スライダー? けど、カーブっぽい変化量でもあるが」

 

「指先の細部まで見られたらいいんだけど、まさかあんな変化球があるなんて」

渡辺が悔しそうにする。この変化球は初見でまったくの謎。スライダー系統にも見えるし、カーブにも見える。

 

「スラーブって程でもねぇし、手元で鋭く落ちているし、挟んでもいない。なんだこの変化球?」

金丸も、首をかしげるばかりだ。

 

「とにかく、なれるまではカットして、球筋を見極めるしかないね。謎のまま打たせてもらっても問題ないと思うし」

春市は、なんにせよ打てば問題ないと言い放つ。

 

「はるっちも言うようになったじゃねェか!!」

バンバンと背中を叩く沢村。

 

「正直、臆する暇はないし、根こそぎ奪いたいね、全部の勢い」

勝ちを意識した宣言をする春市。一同もうんうんと頷く。

 

稲実を倒したからっていい気になるなと。

 

「それ、俺の言葉なのになぁ」

主将の御幸が一番言いたかった言葉を寸前で言われ、苦笑いをするが、チームの雰囲気が悪くなりかけた寸前でこういう言葉はありがたくもあった。

 

 

集会が終わり、一年生たちはそれぞれ自主練習をする者、試合に備える者と別れるのだが、終了直後に雑談をするのは恒例となっていた。

 

「――――まあ、稲実がこないって言われてもピンとこないな」

沖田は、どうにもこうにも、とぼやき、苦笑いのまま。

 

「けど、油断できない相手だよ。稲実の自滅でもあるけど、そのチャンスをつかむ力は侮れない。」

大塚は、松原の事を他のメンバーに言うつもりはなかった。また面倒なことになりかねないと判断したためだ。

 

―――そうでなくても、母さんも最近辛そうだ。

 

もう表舞台に上がることはないと言うのに、なぜこうもしつこく追い回すのか。そのたびに居た堪れない雰囲気になって、迷惑をかけていることを謝る母さんと美鈴が衝突する。

 

――――何で謝るのよ!! なんで!? そんなことを気にしているなんて、いつ私が言ったの!?

 

良くも悪くも真直ぐ。母さんは悪いことを何一つしていない。だから余計に気に入らないのだろう。

 

仲裁に栄治がいつも入る。父さんが現役復帰し、大黒柱がまた家庭にいる時間が減った。そのことに文句はない。

 

その役目は兄である自分であるのだから。

 

 

意識の空白が生まれた大塚は、いつの間にかプロ野球の話題になっていることに気づかなかった。そして注意力の散漫になった彼は、ミスを犯すことになる。

 

 

 

 

「けど、やっぱ親父さんは凄いな。一軍昇格後、未だ負けなしだろ?」

沖田がついぽろっと口に出す。大塚もその瞬間でのことだったので、あまりにも無警戒に、

 

 

「父さんは、特別なんだ。特別と言われる人たちの中でも、次元が違う」

 

 

「え!?」

だからこそ、あの夏で自身の事情を知る由もなかった金丸が、驚くのだ。

 

「大塚君、それ!!」

東条が注意するが、もはや手遅れだった。

 

「―――え? 東条? お前知って――――」

金丸が、東条を見て信じられないような目で見る。

 

「あ――――」

自分がしでかしたことを知る大塚。

 

 

この場にいるのは、大塚と沖田、金丸に東条、小湊、そして狩場がいる。

 

一軍メンバーにいた沖田と東条、小湊は夏本選直前の大塚の話を聞いていたのだが、金丸はその事を聞いていないのだ。

 

例外で狩場はブルペン捕手の兼ね合いで知る機会を得ていた。

 

「うん―――――今の3年生と金丸以外のここのメンバーは、その――――」

歯切れが悪い東条。隠していたわけではなかった。

 

金丸だから教えなかったわけではなかった。

 

「ゴメン。隠していたわけではなかったんだ。」

頭を下げる大塚。

 

「い、いや。けど、なんか納得だわ。あの怪物投手の息子なら、いろいろ納得がいくっていうか」

金丸が納得して、「そうか、大塚はあの投手の―――」という言葉を繰り返す。

 

 

 

 

 

 

「―――――うん、父さんは――――凄いよ」

 

同じだった。同じリアクションだった。なのに、どうしてあの時よりも気持ちが沈んでいるのだろうか。

 

 

「けどまあ、アメリカにいた時にいろいろ教えてもらったんだっけ?」

沖田が確認を取るように、本選で実はしていた話を持ってきた。

 

「うん。日本ではプロアマ規定の都合上、親でも教えることが出来なかったんだけどね。アメリカではそうではなかったから。」

 

「そりゃあうまくなるわけだ――――」

金丸は、ハァ、と疲れたような笑みを見せる。

 

 

 

家族をよく言われているのに、なぜなんだろう。

 

 

――――どうして、俺はイラついているんだ?

 

友人に対して、なんて失礼なのだろうと、自分に戸惑う大塚。

 

 

夏の時と今では何が違うのか。そして気が付いた。

 

 

―――――どれだけ活躍しても、その光の前では、全てが霞むからだ。

 

 

自分の努力は、大塚和正の光によって目立たなくなることを、改めて突き付けられた。

 

それを知っていたはずなのに、あの時だってそれに気が付けたはずなのに、気づけなかった。そうなのだ、あの夏の大塚栄治は、甲子園制覇に燃えていた。だから、気にしていなかったということを彼は知らない。

 

良くも悪くも、真っ直ぐだった夏のころ。

 

しかし、大塚和正をより一層意識するようになった今の彼は気づかない。

 

 

 

「いや、いいんだ。いつかはばれることだし――――」

 

 

「エイジ? なんか顔色が悪いぞ?」

沖田が心配そうにするが、

 

「大丈夫。夜更かしをしないように今日はゆっくり休んでおくよ。ごめんね、身の上で迷惑をかけて」

 

「だ、大丈夫だよ!! こんなの、今更な話だし。大塚君は凄い選手だって、俺達は解っているし」

小湊が慌ててその事実を述べる。父親が凄いとは言っても、別人なのだ。

 

春市が兄と比較されがちなのと同じように、大塚もまたそうなのだと。

 

だからこそ、よくわかる。

 

 

「悪いな、春市」

 

 

「とりあえず、明日の話だね。鵜久森戦。僕らが早々に打ち崩せば、大塚君が楽に投げられるし、番狂わせはあったけど、まだ地方大会の3回戦。周りの事は意識せず、大塚君の投球が出来れば勝てるよ」

東条がとにかく、明日の試合に向けた話をする。秋季大会。夏程の注目度があるわけではない。周りの目なんて気にするほどでもないという。

 

落ち着きを取り戻す雰囲気。その一役をかった東条は、

 

 

「話は変わるけど、沖田は花屋の女の子とそれからどうなったの?」

 

 

「な!? おまっ、ここで振るか!!」

沖田が突然慌てだした。

 

「ん? 何の話?」

大塚にはそれは初耳だった。

 

「いや、沖田君が降谷君のお見舞いに花を買ったんだよ。その時黒羽君もいたらしいけど、花屋の女の子と知り合ったらしいね。あの時有頂天になって部内で騒いでいたんだけど―――あ、そうか」

春市が説明する。

 

沖田が騒いでいた期間は、大塚がリハビリに時間を割いていた時間だった。

 

 

「そ、そうか。そんなことがあったんだ。夏大の直後は部内にいなかったから。そうか、そんな面白いことに――――」

 

 

「けど、いつもつれない態度なんだよ。クールというかなんというか。」

若干嬉しそうに話す沖田。つれない態度を取られてそんな表情が出来る沖田は間違いなくM気質だと思った大塚。

 

その後、まだ学校に残る沖田と寮組に挨拶をしてから下校する大塚。

 

帰り際、降谷が珍しく話に食いついてきたので、談話に盛り上がっているのが見えた。

 

あの場所に、そんな時間があったことに、何も思わない程理性的ではなかった大塚。

 

 

「ホント、思えばバカなことをしたなぁ、俺――――」

 

その輪に居たかった。一緒にばかをしたかった。

 

 

 

珍しく気落ちしていた大塚は、最近彼の近くにいる影に気づくことが出来なかった。

 

いつもの彼ならば、気が付いた瞬間に相手を撒く事は出来ていただろう。半年しかたっていないとはいえ、ここはもう庭のような場所だ。だから、そういう不審な人物から逃れることだってできた。

 

しかし、今の彼はあの時とは違う虚無感を覚えていた。

 

 

 

故に、その鈍く光るレンズは、彼の姿を逃すことはなかった。

 

 

 

一方、青心館に残ったのは2年生たちの主だったメンバー。

 

 

御幸は、後にこの場に沖田がいてほしかったと後悔することになる。

 

 

それは、渡辺の話があがった時だった。

 

麻生が最近彼を含む3人の部員の様子がおかしいと。

 

当然、御幸も気になり、当人たちと話をした。だが、あくまで個人の意思に委ねるしかないと判断した。

 

「ちょっ、何やそれ―――――」

前園が呆然とした表情でこちらを見る。自分も驚いているが、仲間思いな彼がショックを受けないはずがない。

 

冷静に考えて、これは愚策だったのではないかと、彼は全てが終わった後に考えたのだ。

 

 

「周りとの意識の差、それを真剣に考えていたんだ。そして、強く悩んでいた。」

 

夏の練習を生き残った者同士、まさかといった表情と言葉をもらす面々。

 

「でも本人たちがやめたいって言ったわけではないんだろ?」

倉持が冷静さを無くしている面々の中で落ち着きを取り戻し、御幸に尋ねる。

 

「ああ。」

 

 

「そ、それで――――お前はなんて言ったんや?」

前園がすがるような目でこちらに問いかけてきた。

 

 

御幸は、その問いに対して何の迷いもなく言い放ったのだ。

 

 

 

「ナベには、その判断を任せる、そう言ったよ。だから…」

 

まだ、部に携わりたいなら、と。

 

 

そう言おうとした時、御幸は言葉を失う。

 

 

最初はどうして前園がそんな顔をするのかが解らなかった御幸。いや、分かってはいるが、彼の信念と照らし合わせた時、そんな答えが彼の中で出てきた。

 

 

 

「な―――――」

 

 

 

 

「何を言っとるんやお前は!!」

 

 

 

それからはもう、前園と御幸の価値観の違いによる言い合い。前園がまくしたて、彼が冷静に持論を述べるだけ。

 

どこまでも平行線だった。

 

だが――――

 

「けど、野球をやめるつもりの奴が、こんなに詳しくデータなんてとるわけがねェだろ。」

 

倉持が冷静に仲裁に入る。そして、渡辺が葛藤していたことを改めて思い知らされる。

 

 

理解はしても、解らなかった。彼は何しろ最初からレギュラーメンバーに入っていた。だからこそ、決定的に違うスタートだったということも。

 

そして吹き出す互いの悩みや不安。

 

レギュラーを取れるか否か、それこそベンチに入れるかどうか。

 

エースナンバーを取れるかどうか。

 

 

それを聞いて心が揺らがなかったわけではない。御幸ももしかすればそうなっていたかもしれなかったのだ。

 

ライバルで目標だったクリス先輩が離脱。もし彼ならば、青道を全国に導けたのではないかと。

 

 

大塚の怪我にも気づいていたのではないか。

 

 

実際、降谷を操縦できたのは彼だ。

 

だがそれはすべて勝つための悩み。試合に勝ち、甲子園の栄冠をつかみとるための葛藤。

 

 

御幸は、レギュラーを奪えるかどうかわからないという悩みを、ほとんど抱いたことがなかったのだ。

 

 

「ずっとレギュラーで、試合に出て、勝つためだけ考えてきたお前にはわからへんやろうけどな」

 

だがそれでも、レギュラーを張ってきた自負はあった。レギュラーとしてチームの命運を任された責任だってあった。

 

だからこそ、心の中では納得がどうしても行かなかった。

 

前園の言いたいことも解るが、それでも納得できない。

 

 

 

「不安とか悩みとかを抱えとる仲間を引っ張るんが、キャプテンやないのか!?」

 

 

内野で声を張る沖田の姿を思い浮かべた。

 

 

――――ピンチをチャンスに!! ここで併殺とって、次の攻撃はビッグイニングだ!!

 

ゴロが飛んでくると決まったわけではないのに、妙な自信があった。

 

 

――――大丈夫だって、三遊間と二遊間は任せろ!!

 

そこまで守備範囲の負担を強いて良いのかと、思いつつもそれに応える実力。

 

 

―――――挫折したやつを笑うかよ! 挑戦したんだろ? ならいいじゃねぇか!!

 

挑戦して失敗したやつを包む優しさもあった。

 

 

――――這い上がるのなら、手ぐらい伸ばしてやんよ!! 仲間だろ!!

 

彼と共に立ち上がってきた下級生たちは、力強く前を進み始めていた。

 

 

だからこそ、彼こそがキャプテンシーがあって、向いているのかもしれないと、弱気になってしまった。

 

 

「それを放棄するんなら、ワイはお前を絶対にキャプテンと認めへん!!」

 

 

 

前園たちが帰った後、御幸は考える。

 

 

「――――キャプテンは、難しいな―――――」

 

勝つ事だけが、全てではない。

 

仲間の苦労を背負う、そんながらではないと自覚はしていた。

 

 

「―――――俺もまだまだ、かな」

 

 

 

 

そんな独り言を言いながら、御幸も自分の部屋へと帰っていくのだった。

 

 

 

 

 

そして、とある大手情報媒体を取り仕切る新聞社が、ある驚愕の一報をその時手にしていた。

 

 

「それは本当なのか!?」

 

「はい! 姫神綾子の姿もありましたし、もうこれは確定です。」

 

 

「ああ。あの伝説のアイドルと結婚した野球界の生けるレジェンド、大塚和正の長男坊。それがまさか―――――」

 

 

「青道高校期待のスーパールーキー、大塚栄治だったとな」

 

 

「これはもう美味しいですね。こんなビッグなスキャンダル、ではなく、ビッグなケースは美味しいです!!」

 

 

「明日の試合、恐らく彼が先発するだろう。ローテーションを回している片岡監督ならば、彼を当然送り出すだろう。」

 

 

野球界では互いに知らぬ存ぜぬを貫いてきた、大塚親子の関係。その秘密。

 

 

Ⅱ世選手史上最高の大物と言われた彼の秘密がばれた。アメリカではそれほどでもなかったその余波は、日本では想像を絶する荒波となって彼に襲い来るだろう。

 

 

数多の有名選手のⅡ世選手がつぶれてきた。才能あるものを守るための今回の措置だった。

 

今後も選手によってアプローチを変えていく野球界の新しい取り組み。まだ未熟な未成年を守る、実験的な措置。

 

 

 

 

しかし野球界の努力は水泡に帰す。

 

 

 

 

 

「これを機に、青道のブームが到来しますよ!」

 

「ああ。同級生には、甲子園ホームラン3本の沖田! 3本柱がいるからな。顔も悪くないし、これをだしに使えば発行数もウハウハだ」

 

 

あの校長もまだ口外していなかった案件。教頭も誰かに話したわけではない。

 

 

原因は、大塚栄治が自宅通学だったことだ。

 

 

通学の帰り、姫神綾子のその後を追った記者の目に偶然大塚栄治が止まり、彼女の息子と判明。

 

さらに、彼女の夫がレジェンドであることから、Ⅱ世選手であることも明らかになった。

 

 

夏大直後から行われていたメディアの特定行為。

 

 

実は、大塚が警戒するよりも前から、それは行われていた。だからこそ、すでに家も事情も知られていた彼は、それまでの努力が無駄であることを知らない。

 

 

 

 

 

 

故に驚くだろう。大田スタジアムが満員の観衆で埋まることを。

 

 

 

甲子園以来となる、大観衆。

 

 

大塚栄治は、この試合を通じて逃げ続けてきた光と向き合うことになる。

 




この試合が、大塚栄治の転機になります。


彼の心の持ちようも、彼のこれからのプレースタイルも。


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第98話 不協和音

今回はストレスが溜まるかも。




秋季大会3回戦。青道では険悪な雰囲気が流れ始めていた。

 

 

「――――――?? どうしたんだろう、みんなの表情が硬い」

ベンチにて、大塚栄治は2年生たちの間で不穏な空気が流れていることに気づく。

 

「大塚――――知らないのか?」

沖田が信じられない顔をして、彼に喋りかける。

 

「え? 何があったんだ、道広。試合内容は俺以外悪くないはずだよ。なのに、なぜこんなにピリピリしているんだ?稲実が負けたから? いや、あまり俺が意識していないだけで、因縁は深いのかな」

沖田は、初めて大塚に対して疑問を覚える。なぜあれだけの騒ぎになった騒動を知らないかという。

 

いや、知らないにしてもあの日から一夜は経っている。知りはしないまでも、今日この日まで気づく素振りがないことに驚いていたのだ。

 

それはあくまで沖田の主観で、大塚が早々と学校を後にしたことが原因である。

 

事情をなんとなく知る沖田の冷静さにかいた思考でもあった。

 

 

「いや、御幸先輩と前園先輩が口論をしたんだよ。何でも、退部するか、部にいるかを迷っている上級生がいるらしくてさ、その時の対応にゾノ先輩が――――」

 

 

「退部? 部をやめるのか?」

驚いたような顔をする大塚。野球をやめるという選択肢がない彼には、その決断を考えていない。だから沖田の言葉に驚きを隠せない。

 

 

「あ、ああ。まあ、主将なら相談に乗るのが役目だろうと、ゾノ先輩が御幸先輩の対応に腹を立てたんだ。俺も、何とも言えないからさ。けど―――」

 

 

「御幸先輩が何て言ったんだ? あの人はそんな風に迷っている人に、そこまでひどい言葉を投げるとは思えないんだけど」

 

 

「簡単に言うと、それは自分自身の意志じゃないかって。御幸先輩は引き止めずにナベ先輩の――――あっ、やべ」

 

うっかりと実名をもらしてしまった沖田。慌てて口をふさぐのだが、

 

 

「ナベ先輩――――そうか。」

 

顎に手を当てて、考えた大塚。そして、

 

 

「―――――うちの野球部、競争率が高いよね。俺やお前は当たり前のようにベンチにいるけど、普通はそうではない。」

父親からいろいろ教えられている。プロは、そういう場所なのだと。

 

競争が激しく、本当に厳しい世界であると。

 

 

 

―――けど、だからその頂は、輝いていたよ

 

 

頂点を手にした男は、朗らかに語った。

 

 

 

「迷っているってことは、まだ野球がしたいからだと思う。野球を捨てきれないから、彼は部を離れない。そういう事だと思う」

自分と同じだ。苦しいけど、離れられない。

 

 

好きなのに、つらい。

 

 

 

 

「栄治―――――」

大塚の言葉に安心する沖田。ここで先輩に対して悪感情を抱いていれば、彼としてはどちらの肩を持つことも出来なかった。板挟みにならなくて内心ほっとしたのだ。

 

 

 

「――――――練習を、努力するしかないんだ。こういうことは、御幸先輩の言う通り、個人の意思が最後にモノを言うと思う。俺にも、御幸先輩だって、簡単に答えられる問題ではないから」

神妙な顔で、自分の本音を出す大塚。簡単ではないから。

 

 

「――――そう、か。」

 

 

「だけど、悩んでいる時に、何か一声もう少しかけてあげるべきだったかもしれない。御幸先輩がそういう柄じゃないのは知っているけど、そういうことはゾノ先輩だってわかっているはず。キャプテン一人に背負わせすぎだよ。」

 

俺達よりも、1年長くつるんでいるはずだから、と付け加える大塚。

 

 

 

「そんなことよりも、大田スタジアムに難でこれだけの大観衆が――――」

 

 

地方大会3回戦でなぜここまでの観客がいるのかのほうが大塚は気になっていた。スタンドには人、人、人。

 

 

「それに、今日は早出だったけど、家に誰かいるような気がするんだよね。」

 

 

「?? なんだそりゃ?」

言えに知らない人間がいるという発言に沖田が思わず聞き返す。

 

「いや、夜遅くに帰宅すると靴が一つ増えていた気がするんだ。疲れていたからいつも通りのサイクルで寝たけど」

 

「親は何て言ってたんだ? てか、お前不用心すぎだろ」

 

「いや、母さんが何も言わないならいいかなって。」

 

 

 

――――――そういうところ、もっと俺達にみせてほしいんだがな

 

 

家族に対して、あまりにも不用心で、無意識のうちに頼りにしているのが解る。仲間を信用してはいるが、まだまだ大塚には自分たちに対して壁がある。

 

もっと頼ってほしい。弱みを見せろと言うわけではない。

 

 

――――俺達を頼ってくれ、栄治――――――

 

 

そんなことを思っていた時だった。

 

 

 

 

 

「エイジ~~~~~!!!!!」

 

その時、大塚の名前を呼ぶ声がしたので、大塚は反射的にその方向へと視線を向け、何も考えずに、

 

 

「うん?  って、さ、サラ? ど、どうして!?」

 

――――どうして、だって彼女はアメリカに。

 

 

驚く大塚。声が下方向に方向に彼の知り合いらしき外国人の女性が立っており、声を震わせている。

 

 

「なんだと?! おまっ、あんな可愛い妹がいながら、パツ金の美女だと!!! お前というやつは!!!」

 

 

「ちがっ、サラはガールフレンドで、俺とはそういう関係じゃないよ!!」

気が動転しているにも拘らず、沖田に対して律儀に説明する大塚。

 

「ハグとかしているんだろう!!」

 

 

「それはあっちでのあいさつだ!!」

 

 

「畜生め~~~~!!!!」

 

わぁぁぁぁんっ、と大泣きする沖田。

 

 

 

 

 

「俺は、あの子とそんなことすらできないのにぃぃぃ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――うん、そうだね」

 

 

本当にしょうもない事で悩んでいる友人に、呆れる大塚だった。

 

 

 

「―――――うわ、本当に雰囲気が変わっているね。あっちはいつも通りだけど」

東条と金丸は沖田の自主練習についていき、それぞれが課題に取り組んでいた。故に、2年生たちの事情をあまり知らない。

 

丁度木島先輩の所へ外泊した沖田が知っていただけである。

 

 

1番 遊 倉持

2番 中 白洲

3番 三 沖田

4番 捕 御幸

5番 右 東条

6番 投 大塚

7番 一 前園

8番 二 小湊

9番 左 麻生

 

七森学園戦で出番のなかった倉持が先発復帰。金丸は残念ながらレギュラーを外れる。沖田がまたしてもサードに。そして3番と5番が1年生で固められ、大塚が6番に入る。

 

先発は大塚。リリーフに備えて川上と降谷が準備をしていた。

 

 

 

「――――――おかしいわね、いくら地方大会でもこれは――――」

応援に駆け付けた綾子は、異常な盛り上がりを見せている球場に首をかしげる。

 

「―――――まるで、夏予選の決勝みたい――――」

美鈴も、辺りから妙に視線を感じ、気味が悪かった。特に視線を集中されている母親の綾子は本当に表情が優れない。

 

 

「美鈴ちゃん――――ごめんね、私も解んない。2回戦はそうでもなかったのに―――」

吉川もなぜ地方大会3回戦でこれだけ人数が入っているのか皆目見当がつかない。

 

「うんうん。稲実を倒したダークホースを見に来た、にしてはおかしいと思う」

夏川唯も彼女らと同様に理由を測りかねていた。

 

だが見知らぬ観客が綾子の顔を見た瞬間、

 

 

 

「今日は息子さんが楽しみですね」

 

「いやいや、今日もいい投球をするでしょう」

 

 

「―――――――え?」

困った顔でその言葉に反応する綾子だが、その心中は穏やかではない。

 

 

 

―――――ま、まさか――――――

 

 

 

その瞬間、会場が一斉に沸いた。

 

 

ベンチ裏から大塚栄治が姿を現したのだ。

 

 

「今年の史上最強のルーキー、大塚だ!!」

 

 

「史上最高の後継!! 今日はこいつを見にきたんだ」

 

 

「大塚和正並の制球力!! その圧倒的な強さを見せてくれ!!」

 

「伝説の息子だぞ、凄い投球をするんだろうな!!」

 

 

大いに沸く。大塚はその言葉の全てを聞いたわけではない。だが、

 

 

大塚和正という言葉を聞いた瞬間、

 

 

 

「――――――――――――――っ」

笑顔が消え、表情が固まったのだ。

 

「エイジ?」

横にいた沖田が怪訝そうな顔をする。

 

 

 

―――――何で――――何で――――何で!?

 

 

心の中で何度も自問する大塚。

 

 

野球部から漏れたというわけではない。それなのに、なぜかここまで大観衆に漏れてしまっている。

 

 

大塚栄治と大塚和正の関係性が晒されていた。

 

 

――――解ってる、解ってる――――解りきったことだろうに――――――

 

 

比べられ続けることから逃げた彼は、自分の父親の事を親しいものにしか言わなかった。

 

青道のみんなは、大丈夫だと思っていたからこそ、自分のことを言った。

 

 

だが、世間に知らされることがこんなにも大げさなことになっているとは思わなかった。

 

 

自分が想像していたよりも、父の存在は大きかったのだと。

 

 

――――今日だけ来た野次馬どもに、俺を見に来たやつはいない。

 

「大塚、今、大塚和正って―――――」

 

「え、どういうこと?」

 

「な、なんだ…」

 

ざわざわ。

 

青道応援席でも、大塚の驚くべき出自に戸惑いを見せていた。彼が今まで黙っていたこともそうだが、その秘密は野球に携わった者ならば、知らない者はいない。

 

 

「アイツの親父って、そんなにすごかったのか? 今も凄いけど」

約1名。沢村栄純はこの盛り上がりに反応していたが、理解していなかった。

 

 

だが、そんな少数の人間がいたところで、彼の悩みは尽きない。

 

 

 

 

「―――――――っ」

大塚は今混乱のさなかにいた。

 

 

―――――みんな、すまない…

 

金丸にも言ったが、隠していたことではある。だが、みんなに知られたくない、そういうわけではなかった。

 

 

自分にはまだ、その光と向き合う覚悟がないだけなのだ。

 

 

 

これから先発するというのに、これではダメだ。ダメなのにと心の中で喝をいれていた時だった。

 

 

 

「大塚君~~~!!! 今日も!!」

 

 

「!!!」

 

 

「今日もいい投球!! 期待してます!!!」

 

 

大きく、大きく声を張る彼女の声が、大塚の背中を押す。

 

 

 

 

「吉川さん―――――――」

 

 

吉川の声が聞こえた。自分を見てくれている。和正の事をあまりよく知らないからなのかもしれない。だがそれでも、その声とベクトルが彼を救っていた。

 

 

 

「大丈夫、投球に集中すればいいんだ。それで俺は―――――」

 

 

自分に言い聞かせるように。

 

 

 

「大丈夫。俺は、大塚和正じゃない。」

 

 

 

――――落ち着け、落ち着け。今は関係ない事だ。

 

 

 

 

異様な盛り上がりを見せる会場の中、

 

稲実の1年生捕手、多田野と2年生福井が観戦に訪れていた。

 

 

「凄い数ですね――――」

多田野は、これほどの人数が集まる試合とは予期しておらず、甲子園にも似た雰囲気すら醸し出している今日の光景に言葉を無くす。

 

「うん。大塚栄治君が大塚和正の息子であると知れ渡ったからね。昨日でてきた情報なのに、ここまでなんて――――」

福井も昨日知ったばかりの情報で、こうなるとは想像していなかった。

 

「大塚和正―――――」

多田野にとっては雲のような存在。メジャーで一番活躍した日本人選手にして、とうとう日米通算400勝を目前に控える伝説。

 

 

「甲子園の舞台でこういう場面を経験しているとは思うけど、今日はそれとは違う。」

 

 

 

大塚栄治を誰一人として見ておらず、大塚和正の息子としか見ていない。

 

 

 

「プレイボール!!」

 

 

いつもとは違う空気の中、試合が始まる。

 

 

 

大塚の立ち上がり。

 

 

 

 

「ストライィィクっ!!」

 

アウトローに外からカットボールが入ってきた。厳しいボールの為、手を出さない。

 

先頭打者の近藤は俊足打者。しかし、多彩な変化球を誇る大塚を前に表情が厳しくなる。

 

 

「ボール!!」

 

続くインコースを突いたストレート。真直ぐに来ると思われたフォーシームがシュート回転し、ストライクゾーンに入るかと思ったが、ゾーンに入りきらなかった。

 

 

「――――――」

 

――――ボールでよかったが、今日はやけにシュート回転するな。

 

 

御幸も大塚の球質に変化が出始めていることを強く意識した。

 

 

続くボール。

 

「ストライクツーっ!!」

 

アウトローのスライダー。カウントを取りに来たスライダーが外に決まる。外から内に入ってきたバックドア。両サイドを高度に突いた投球。

 

そして――――――

 

 

 

「ファウルボールっ!!」

 

ここでインローの縦スライダー。ストライクからボールになる変化球。近藤は何とかカットしたが――――

 

 

「くっ、」

 

インコースを突いたカットボールに詰まらされ、セカンドゴロ。まずはうるさい先頭打者を抑え込んだ大塚。

 

続く2番左打者に対しては―――――

 

「ストラィィクッ!! バッターアウトォォ!!」

 

ここで決め球にサークルチェンジアップ。パラシュートチェンジをあまり使いたくない理由は、ボールに目が慣れてもらっては困るからだ。

 

決め球ともいえるボールが現状この球種しかない今、安売りは出来ないし、ストレートに依存する決め球だ。

 

 

ストレートが弱体化した今、その能力も比例するように落ちている。多投は禁物だ。

 

 

 

あっさりとツーアウトを取った大塚。だが、帝東戦で見せた圧倒的なストレートは投げられていない。

 

 

――――気持ち悪い、フォームも、球筋も、

 

万全ではない状態であるからこそ、油断はない。だが、自身の投球に納得が出来ていない雑念が脳裏をよぎる。

 

 

 

続く3番の右打者に対しては―――――

 

 

「ストライィィクッッ!!」

 

フロントドアのカッターがインローに決まり、まず先手を取る。バッターは変わらず仰け反る姿を見せる。

 

 

――――当てに来ているわけじゃないのに、体が勝手に反応して―――――

 

打者を幻惑する両サイドの出し入れ。大塚の相手の力を半減させる技術は伊達ではない。

 

 

「ファウルボールっ!!」

 

続く2球目はインハイのストレート。シュート回転し、食い込みながら変化するこのボールに対し、簡単にあてたが球威に押された3番打者。テンポよく2球で追い込んだ。

 

 

 

――――球種ではなく、ゾーンで絞らないと打てる可能性すら出てこないぞ

 

 

御幸は打者が戸惑いを隠せない様子を冷静に分析し、

 

 

―――――最後は縦のスライダーだ。

 

最後は真ん中低めに落ちる縦スライダー。打者の目の前で急激に落ちる大塚が持っている5種のスライダーのうちの一つ。

 

スロースライダー、横スラ、縦スラ。高速スライダーは曲がりが小さすぎて、決め球には使いづらい。

 

そして5つ目のスライダー、高速縦スラは制球難。この球種はSFF同様に間に合わなかった。

 

 

 

 

今日はスライダーで翻弄する投球が中盤から必要になるだろうとバッテリーは読んでいる。

 

 

「スイングっ!!」

 

手が出てしまった。スイングを取られ、空振り三振。

 

 

「いいぞ、大塚!! 三凡だ!!」

 

「安定感こそ大塚だろ!!」

 

いつもの大塚を知る者ならば、初回は落ち着いた投球に見える。ヒットを許さず、立ち上がりに隙をあまり見せなかった。

 

だが――――

 

 

「??? あんまりすごくないね」

 

心ない言葉が、響いた。

 

「っ」

 

心に軋みが走ったような気がした。

 

 

「ああ。甲子園の時のような剛速球投げないね」

 

 

――――投げられるなら、投げたい。

 

それは自分でも解っていることなのに、それを言われるのが――――

 

 

「なんか、小さくまとまっちまったなぁ」

 

――――勝つために必要なんだ

 

「ああ。圧倒的な投球を見たいのになぁ」

 

 

「和正に比べりゃあ、まだまだ全然だな」

 

 

――――父さんは、そんな簡単じゃない!!

 

いつもの彼らしくない煽り耐性の低さ。相手のヤジすら受け流していた彼にとってブロックワードともいえる言葉。

 

平常なら、「プロとアマチュアに差があるのは当然」と言えるだろう。

 

 

大塚和正――――――

 

 

エイジを狂わせる忌まわしき、そして、輝かしい男の存在。

 

 

彼の異変は、ナインも少なからず感じ始めていた。

 

 

「―――――エイジ?」

 

御幸はそんな栄治が苛立っていることがどうにも気になった。チーム内で上手くいかないこともあるが、それにしても今日はエイジの機嫌がとても悪い。

 

 

「エイジ? お前何イラついているんだよ。」

 

「ゴメン道広。大丈夫、何でもないよ。うん、なんでも――――」

 

 

「どうしたどうした!? スーパールーキーじゃないのか!?」

 

 

「「「!!!!」」」

外野からのヤジが、3人に届いた。

 

 

「甲子園で見せた圧倒的な投球を見せてくれよ!」

 

 

「大塚和正の息子なんだろ!?」

 

「レジェンドの息子じゃねェのか? 力を見せろよ!!」

 

 

ミーハーなファンが、ペース配分を知らないにわかが、大塚の弱点を抉る。何も知らない小汚い言葉が、大塚の在り方に皹を入れていく。

 

 

「おい!! お前らいい加減にしろ!!」

 

周りの高校野球ファンに最終的に止められ、その後どうなったかわからない。声が聞こえないので、球場を後にしたのだろうか。

 

だがそれでも、大塚の心に傷を残した。

 

「――――――――――――――」

 

青白い顔をした大塚がおもむろにベンチに帰り、タオルを頭にかける。

 

「エイジ――――その、気に「気にしてない」――――エイジ――――っ」

沖田の言葉を遮るように、大塚は大丈夫だと答える。

 

 

「俺は、大丈夫。」

 

 

 

 

一方、先制のチャンスすら生み出せなかった鵜久森は―――――

 

 

「やっぱり、左打者にはサークルチェンジが多くなっているね。けど、ストレートが弱っている今なら、変化球主体になると思う。けど、あれほど制球されると、多彩な変化球には苦労するだろうね」

松原が大塚の不調が想定通りであることを確認し、変化球主体でも攻略が難しいことを悟っている。

 

彼が見据えているのは、その先。

 

「――――――だからこそ、中盤のその時が肝ってことかよ。」

 

「ああ。ストレートの球威が戻り始めた時。そこが、大塚攻略の最大のチャンス。」

 

ストレートが初回からシュート回転し、お辞儀している。変化球の切れがあるからこそ、抑えられている状態。

 

速球系の変化球は、ストレート本来の良さすら消すリスクのあるボール。戻り始めた時、これを使うわけがない。

 

投手の力量を活かそうとする賢い捕手だ。下げるようなことはしないはずだ。

 

「序盤はチェンジアップ狙い、中盤からはストレート狙い。最悪後半はチャンスすらないと思う。リミットは案外短いよ、梅宮」

 

 

 

梅宮が嘯く。

 

「けど、あの両サイドの制球力と変化は厄介だぜ。カットするのが精一杯だ。」

 

 

「それでいいんだ。球数を考えれば、彼らは勝負に出なければならない。リリーフで不安定な沢村に、球威が一番ない川上。最後は降谷だが、攻略法は一番簡単さ。」

 

 

松原は、アウトコース中心の彼の投球の理由を容易に予測することが出来た。

 

 

―――――アウトコースの制球力はさすがだけど、

 

「彼はインコースを狙って投げることが出来ない。ベース寄りに立って、踏み込んで打てばあの剛速球と言えど、打てないはずがない」

 

万が一タイミングを外されても、腕の力だけでも金属バットならば内野の頭は越せられる。

 

 

 

 

 

「まあ今は、大塚栄治だよな」

チームメイトが目の前の相手先発に話を戻す。

 

 

 

「そうだね、彼が厄介なのは変わりない。しかし、今はSFFを使えないみたいだけど」

大塚の不調、松原は彼の調子のバロメーターがストレート、そして切り札のSFFにあるとも考えていた。

 

 

 

 

「SFFを帝東相手に投げなかったんじゃない。投げられなかったんだ。あのワイルドピッチを見る限り、捕手の能力が追い付いていないみたいだし。そして、前半は満足に投げることすらできないと見た」

帝東戦では、SFFを投げた回数がおそらく2回。唯一のヒット、ワイルドピッチ。

 

あの半速球はSFFのぬけ玉。捕手はこうなる恐れを考えて、使うことが出来ず、後半は捕球困難なボールとかす。

 

ランナーがいる場面では確実に使えないだろう。

 

 

 

 

 

「手負いじゃねェか。なら、万全よりも怖くはないな」

 

大塚は万全ではない。万全に見せるように、技術に救いを求めているだけだ。

 

 

だからこそ、決して届かない相手ではない。

 

 

「ああ。1年生最高の投手を打ち崩す最初のチームは、僕たちだ」

 

 

おおおお!!!!

 

 

初回から気合を入れている鵜久森ナイン。鼓舞するのはマネージャーの松原。

 

勢いよく飛び出していったナインに期待のまなざしを向け、最後にマウンドへと向かう梅宮に、注意を促す。

 

 

 

「とりあえず、立ち上がり気を付けてね。特に沖田君は手強いよ」

 

「なぁに、2年生の意地って奴を見せてやるよ」

 

 

荒々しくも繊細な、東東京きっての好投手が青道打線に立ち塞がる。

 

 




沢村は平常運転。多分、大塚が無意識に一番求めているタイプは彼です。

この試合は長くなります。


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第99話 梅宮の力

やっぱり声の補正があるのか、当時は反応がすごかったですよね


初回をノーヒットに抑えた青道のエース大塚。今度は青道の攻撃に入る。

 

 

先頭打者は、1番倉持。自慢の足を駆使したセーフティバントを警戒されている為か、三塁手のチャージが確認されている。

 

 

その背後にはバックアップの為にショートが絶妙な位置に存在するために、配球次第ではその穴にすら打つことも難しいだろう。

 

 

――――やっぱ警戒されてんな

 

守備シフトを見る限り、研究されていることが分かる。

 

 

マウンドの鵜久森のエース、梅宮は不敵な笑みを浮かべたまま。

 

 

―――――緩急だよな、やっぱこの投手の胆は

 

 

 

初球アウトローに決まるスローカーブ。左打席に立った倉持には外にすっぽ抜けたような軌道から、ゾーンに入ってきたのだ。

 

 

「ストラィィクッッ!!」

 

昨今ではあまりカウントを取れないカーブ系でまず先手を取ってきた梅宮。その制球力に値するメンタルも兼ね備えている。

 

 

――――これが入るのかよ。やっぱ絞らねェとな

 

 

 

2球目は高めの速球。おあつらえ向きの配球だが――――

 

 

「ストライクツーっ!!!」

 

 

空振り。スローカーブを見せられた後の威力のあるストレート。球速表示には139キロと表示されていた。

 

 

――――ストレート。かなりキレてるじゃねぇか

 

 

大塚曰く、カーブを制球できる投手はバランスがいいと言われている。

 

 

今日の大塚は本人曰く調子が悪く、ドロップカーブ、SFF、高速縦スラが使える状態にないという。

 

 

それを苦も無く扱えることが、この投手のフォームの安定感を物語っている。

 

 

 

続く3球目はインローのボールゾーン見せ球。思わず仰け反る倉持。当てられるわけではないが、反応してしまう。

 

―――――高めの速球の後にピンポイントに―――――っ

 

 

続く4球目は――――

 

 

「ストラィィィクッっ!! バッターアウトォォォ!!」

 

 

アウトローストレートに見逃し三振。振ることが出来なかった。

 

 

「倉持先輩っ!! 振らないんじゃヒットは生まれせんぜ!!」

外野で下級生の左腕が何かを言っているが倉持はそれすら聞き入れる余裕すらなかった。

 

 

「――――――――――」

 

言葉が出ない。ここまで4スミを上手く使われては、ヒットも打てない。

 

 

2番白洲に対しては―――――

 

 

「なっ!?」

 

 

ここでスローカーブではなく、さらに遅い球を投げてきた梅宮。ここで思わず声が出てしまう。

 

 

梅宮の手からボールが消えた、否、視界から外れたのだ。

 

 

そのボールの軌道は常識はずれな高高度な軌道を描き、ミットに収まる。

 

 

「ボールっ!!」

 

 

「な、なんだよ!? 今の―――!!」

ベンチの沢村がまたしても騒ぐ。

 

 

 

「―――――スローカーブ!? でも、それにしては――――」

 

そして球速表示版にはスピードが出てこない。つまりは計測不能。

 

 

 

「御幸先輩、アレは――――」

 

 

「ああ。超スローカーブでもなく、超スローボール。プロでも投げる投手は滅多にいない。イーファスピッチともいうな」

 

 

 

「い、いーふぁす!? なんですかそれ!?」

 

「沢村、まったく同じフォームであの球を投げられるか?」

 

「無理っすよ!! あんなの暴投になって―――――どうやって――――」

 

沢村の常識を壊す、超軟投派投手。スローカーブに続き、イーファスピッチすら見分けがつかない。

 

 

緩急に関して言えば、大塚のさらに先へ、さらに特化した投手。

 

 

白洲は先ほどの球に目が慣れてしまい、ストレート2球で追い込まれてしまう。そして、

 

「くっ」

ストレートに詰まらされ、内野ゴロ。力のない打球を難なくさばかれ、これでツーアウト。

 

 

 

だが、ここで3番沖田。

 

 

―――――まだあの球は投げてないのか、

 

初球イーファスピッチ。

 

 

「っ」

 

速球を待っていた沖田は反応せず、バットを動かさない。

 

 

「ボールっ!!」

 

 

続く2球目―――――

 

 

先程よりも鋭い軌道。スローカーブがゾーンに伺ってくる。

 

「ストライィィクッッ!!」

 

外角に手が出ない沖田。

 

 

―――――あの球でも厄介なのに、こんな変則投手がいるのかよ

 

 

恐らく速球、間違いなく速球が来ると解っているのに、

 

 

「くっ!!」

 

 

「ファウルボールっ!!」

ストレートにかろうじて当てるのが精一杯な沖田。厳しい表情で梅宮を睨むが、その実力を認めないわけにはいかない。

 

 

―――――ストレート自体もいい、東京はファンタジーすぎるぞ

 

 

優秀な投手がここ数年はあまりにも東京に集中し過ぎている。他の県外の高校ではエースを張れるほどに。

 

 

それこそ、西邦の投手よりもレベルが上だ。

 

 

 

不利な状況で追い込まれた沖田見ていたベンチは梅宮に対する認識をさらに修正しないわけにはいかない。

 

 

 

「沖田が振り遅れるストレート。体勢を崩されてはないが、球質もいい」

白洲がベンチのメンバーに話す梅宮のストレート。それは緩急抜きにとても回転の良いストレートであると証言する。

 

 

「ああ。正直緩急だけだと考えてたら、ストレートに仕留められちまう。」

倉持も白洲に続き、梅宮のストレートの質に警戒を強める必要があるという。

 

 

「沖田もストレートで追い込まれ、来るか、あの球が」

 

 

 

 

 

「フフ、イーファスは見せ球。無駄に警戒を強めてくれればいい。後は、この打者を仕留めることで、」

松原はベンチにて戦況を眺める。強打者沖田は攻守の要。守備面で彼の守備を崩すのは難しいが、攻撃を止めれば勝率を上げることが出来る。

 

 

「初回の流れを取り戻せる。梅宮の実力を警戒し、」

 

 

梅宮が並の投手ではないと悟らせ、彼得意のストライク先行投球をよりしやすくするための、圧倒的な結果を鵜久森は求めている。

 

 

「接戦に持ち込めるっ!!」

 

 

 

 

勝負球の4球目。

 

 

――――来るかっ、あの球が!!

 

 

 

バットを構える沖田、

 

 

 

―――――実力を見せつける絶好のチャンスっ!!

 

 

 

切り札を切る梅宮。

 

 

 

内角やや低め、その場所へとピンポイントに投げ込まれるそのボールが、

 

 

 

――――インコースっ!! 

 

 

 

更に厳しいインローへと向かう事で、

 

 

 

―――――急激に曲がる!? 消えッ――――――

 

 

 

沖田の視界から消える、バットから逃げていく。

 

 

 

 

「っ!!!」

ベンチにいた数名が思わず立ち上がる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ストライィィィクッっ!!! バッターアウトォォォォ!!!!」

 

 

 

 

 

空振り三振。この勝負球で沖田を三振に打ち取った梅宮。青道きっての巧打者を打ち取り、

 

 

「銅鑼ァァァァ!!!!!!」

 

 

 

『銅鑼ァァァァァ!!!!!』

 

梅宮の雄たけびに続き、ナイン全員が吠える。

 

 

 

 

「アレだよ、あの球だよ!! 稲実を打ち破ったのは!!」

 

 

「ああ!! あの球だ。カーブ系か!? スライダー!!?」

 

 

巧打者沖田を打ち取ったことで、この試合は序盤では動かないことを鮮烈に印象付ける。

 

 

2回の表、鵜久森の攻撃。先頭打者はチームの要、梅宮聖一。

 

 

――――こいつはストレート系に強い。成宮のストレートを打ち返したんだ。

 

本調子ではない大塚のストレートではスタンドに持っていかれてしまうだろう。

 

 

故に、初球変化球。

 

 

 

「ストラィィィクッっ!!!」

 

 

まずはボールになる縦スライダー。低めのボールに簡単に手を出してしまう梅宮。カウントを取った青道バッテリー。

 

 

――――この高さは振る。制球を間違えなければ、変化球で抑えられる!!

 

続く2球目は

 

 

「ストライクツー!!!」

 

 

カウントを取る横スラが外角低めに決まり、これで2ストライク。先ほどとは違う軌道のスライダーに戸惑う梅宮。

 

「おお!! 夏に比べて、スライダーがいろんな方向じゃねェか!!」

 

騒ぐ梅宮。追い込まれているにもかかわらず、無邪気に反応する。

 

 

「これが一流の投手か!!」

 

 

「―――――(典型的な野球バカか。やりづれぇな)」

マスクを被る御幸はそんなことを言われてもコメントしようがないので無視する。

 

 

――――遊び球に一球アウトコースにボールのストレート。見せ球でいい。

 

 

御幸が外に構える。頷く大塚。

 

 

 

「ボールっ!!」

 

ややボールがシュート回転し際どいゾーンに。やはりストレートがシュート回転する。体の開きが早いのか、腕の角度に誤差があるのか、まだムラの見られるストレート。

 

 

ベンチで見ていた松原は――――

 

「南朋。やっぱストレートは本調子じゃないみたい。」

鵜久森のキャッチャー、嶋敦也は大塚の調子を捕手目線で分析していた。

 

「敦也。捕手目線でも解る? アレならまだ絶望感はないんだよね。あのストレートは明らかに次の球の布石。問題はどの変化球が来るか。」

 

 

カーブ系、SFFが来ない。ならば恐らく――――

 

 

「ぐわっ!」

思いっきりタイミングを狂わされた梅宮前のめりになりながらも、パラシュートチェンジに当ててきたのだ。

 

 

「!!!!」

まさか初見で当てられるとは思っていなかった大塚。びっくりした顔で力なく転がるゴロをさばき、梅宮を抑えるが、

 

 

「―――――――っ」

明らかに悔しそうな顔をしていた。

 

 

――――あれに当ててくるのか、いや、違う。

 

 

この打席、打席の梅宮は故意的に重心を後ろにしていたのだ。つまり、相手は緩急に狙いを定めている。

 

 

――――このストレートを狙い目にしていない? それとも……

 

 

チェンジアップを狙っているのか。

 

 

続く打者は犬伏。弱点はインコース高め。手足の長い打者には有効なインコースの使い方が重要となる。

 

 

「ストラィィクッ!!」

 

まずは横スライダー。カウントを取るバッテリー。速球系を初回で見せたために、恐らく警戒しているであろう速球の変化球をあえて使わず、変化球でカウントを稼ぐ。

 

 

そしてここまでくれば次も変化球だと読んでくるだろう。

 

 

「ストライクツーっ!!」

 

 

ここでインコースのストレート。真ん中内寄りから内に入ったストレート。シュート回転は治らない。

 

 

――――ふらなきゃなんにもなんねェ!!

 

 

犬伏がバットを短く持ち、

 

 

「ファウルっ!!」

 

高めの釣り玉に手を出す。御幸としては三振を奪いに来たボール。だが、簡単に当てられたのだ。

 

 

「!!!」

 

しかもストレートを引っ張られ、レフト線に切れる痛烈なファウル。

 

大塚の表情が若干強張る。

 

 

しかしそれでも犬伏のインコースを突く――――

 

 

――――こいつがフロンドドアかよ!?

 

 

「ストライィィィクッっ!! バッターアウトォォォ!!」

 

 

見逃し三振。インコースボールゾーンからストライクに切り込むカットボールでアウトを取る大塚。

 

これでツーアウト。相手は6番の嶋。

 

「んじゃ、南朋。狙い球を絞って、だよね?」

 

「その通りだよ、敦也」

 

 

 

――――6番嶋。強打の梅宮、犬伏とは違い、しっかりとランナーを返す、鵜久森のポイントゲッターの一人。

 

 

どちらかというと、流し打ちの巧い、最後までボールを見てくるタイプだ。

 

 

 

―――――まずはカーブ。目線を変えて、出方を伺う。

 

 

大塚の投じた第一球。ドロップカーブが、

 

 

「!!」

 

 

初球真ん中低め。投げた瞬間に思わず大塚も表情をこわばらせる。

 

 

カキィィィンッッ!!

 

 

痛烈な打球が大塚の真横を掠める。反応したが、腕を出すよりも先に打球はセンター方向へと飛んで行った。

 

 

「初球打ち!!」

 

 

「鵜久森、まずは先制のランナーを出したぞ!!」

 

 

そしてリードを広くとる嶋に、大塚の集中力が奪われる。

 

 

――――くっ、捕手の癖になんてリードだ。

 

 

――――ランナーは気にするな。まずはスライダー。牽制を1回。

 

 

「っとっと」

大塚の鋭い牽制素早く戻る嶋。そして返球と同時に以前と変わらぬリードを取ってくる。

 

 

その後、もう1回牽制を入れるも、

 

 

―――――クソッ、何度もそのリードかよ

 

そして、走者に気を取られたバッテリーに気取られないよう内寄りに立つ二宮。

 

 

 

ダッ!

 

 

投球と同時にスタートをかけてくる嶋。バッターはストライクゾーンのスライダーを打ちに来た。

 

 

「スチールっ!?」

御幸がこのカウントで!?という顔をするが、

 

 

「ストラィィィクッっ!!」

 

 

7番二宮はスイッチヒッター。そして今回は左打席に入っている。右投げの御幸にとっては利き腕方向に立っていることになる。

 

更に、内寄りに立っている為、やや窮屈な状況。

 

「!!!」

 

 

―――――視界が――――っ!!

 

 

7番二宮のスイングが目に入る。

 

強肩の御幸も、目標を一瞬でも遮られれば、僅かな硬直時間が生まれてしまう。

 

 

 

 

「セーフっ!! セーフっ!!」

 

 

御幸がスローイングするも、間一髪のセーフ。これで1死二塁。

 

 

あの御幸が得点圏に走者を許すという事態を招く結果となった。

 

 

「うおっ!! ここで初球スチール!!」

 

 

「御幸から盗塁を成功させたぞ!!」

 

 

 

観客も強肩捕手の御幸から二塁を陥れた鵜久森に歓声を上げる。

 

 

 

――――これが、本当に高校生のプレーか!?

 

1,2番にも小技を使える選手がいるとは聞いている。だが、この6番と7番はレベルが違う。

 

 

稲実戦では逆転打を浴びた成宮から止めとなる連続タイムリーを放ち、息の根を止めた選手でもある嶋と二宮。

 

しかも、嶋はランナー一塁二塁の状況で投げてきたストレートの後のチェンジアップを狙い撃ち、続く二宮は初球のストレートを確実に捉えたのだ。

 

 

 

 

勝負強く、打点をしっかりと残すタイプが二人いる。

 

 

厄介な打者だと御幸は考えた。

 

 

―――――だが、変化球に強くても、

 

 

「ファウルボールっ!!」

 

 

インコースに切れ込むシンキングファスト。打球は左斜め後ろへと飛ぶ。芯で捉えられていない。

 

 

―――――動く球は捉えきれていないな。

 

 

そして、ここでチェンジアップは厳禁。緩い球への対応力は稲実戦で見ている。

 

 

――――縦のスライダー。ここで振らせるぞ。

 

 

「ボールっ!!」

 

 

しかし二宮はこれを見送り、バットを出さない。これでカウント1ボール2ストライク。

 

 

―――――まだ相手カウントに有利な状況。また振らせに来るかな? 

 

「タイム」

ここでタイムを取る御幸。マウンドに立つ大塚の下へ向かう。

 

 

 

「え・・・?」

まだ序盤でいきなりマウンドに来られるとは思っていなかった大塚。

 

 

「ちょっとテンポが速くなってるぞ。投げ急ぐな、自分のペースで投げろ、大塚」

 

 

御幸から見ても今日はテンポが速すぎるように見える。メンタル面でいろいろあるのは知っているが、それが原因で体の開きも早くなっていたのだ。

 

それが、今日のやけにシュート回転するストレートの最大の原因である。

 

「―――――すいません。切り替えが全然できていませんね――――」

申し訳なさそうに謝る大塚。だが、それを手で制す御幸。

 

「馬鹿、ここで謝るなって。ボールの力自体はあるんだ。弱気は最大の敵だぞ」

 

 

「はい――――」

 

 

マウンドからホームへと帰っていく御幸を見て、大塚は自省した。

 

―――――どうにもならないことなのに、馬鹿か俺は―――――

 

 

自分への怒りが募っていた。

 

 

 

一方、内野陣では

 

 

――――大塚? 雰囲気が戻って、いや―――――

 

沖田は、大塚の調子がおかしいことに気づく。横浦戦で見せたあのオーラが完全に消え去っているのだ。

 

 

 

――――俺も、解るよ。けど今は打者に集中しよう、大塚君

 

春市も、同じ悩みを抱える者として彼の心情が痛いほど理解できる。だからこそ、それを割り切る強さが必要だと考えている。そして、それを大塚に求めていた。

 

 

――――嫌な凡退をして、初ヒット。今日は投球リズムも違うし、明らかにおかしいぞ、アイツ

 

 

 

――――この雰囲気や。この雰囲気が、大塚を狂わせとる

 

上級生の倉持と前園も、大塚の異変を敏感に感じ取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ベンチの鵜久森では

 

 

 

 

 

 

――――帝東戦では強気なリードをして、大塚の失点を招いたし、

 

 

無茶な要求をして、沢村、降谷の時にはセーフティなリードだった御幸を考え、二宮は5球目も変化球だろうと読む。

 

 

 

大塚がなかなか投げない。二塁ランナーを見て牽制をいれたり足元を気にする動作をするのだ。

 

ゆったりと時間を使う彼の姿に、松原は訝しむ。

 

――――リズムが変わった? さっきのタイムで何か変わったかな

 

 

そして、リラックスした状態でセットに入る大塚。

 

 

 

ここで大きく足を上げた大塚。クイックが遅い。そう判断した嶋はスタートをかける。

 

 

その巨体をバランスよく動かそうと苦心する大塚のフォーム。その変化を一番感じるのは勿論バッターだ。

 

 

―――――腕が遅れて―――――っ!!!

 

 

二宮からすれば、手足の長い大塚がいつまでたってもボールを放してくれない、そんな感覚に襲われ、

 

 

低目に伸びてくるストレートが綺麗にインローに決まった。

 

 

 

「ストライィィクっ! バッターアウトォォォ!!」

 

 

御幸は強気のリードを崩さない。この勝負所でインコースストレート。シュート回転がおさまった綺麗なフォーシームが見事に決まる。

 

 

 

大塚のメンタルに介入し、この状況で大塚の投球を立て直したのだ。

 

 

――――初めて納得のいくストレートが投げられた。

 

 

体の開きが直ってきたのだ。これにより、馬力を逃がさない球質の良いストレートに戻りつつある大塚。

 

 

だが、まだ馬力自体が元に戻っておらず、球速も143キロ。

 

 

 

 

最後はストレートでピンチ脱出。

 

 

 

 

 

 

しかし青道としては一人一人がはっきりと意図のあるプレーをしてくることが何よりも恐ろしかった。

 

 

自ら考え、自ら行動する。サインプレーもある高校野球だが、力のある選手というのは自己判断で最善策へと近づくことが出来る選手、結果を出せる選手である。

 

 

「大丈夫。まだ球速が出ていない今ならまだ間に合う。甘い球も決してないわけじゃない。」

 

 

松原がチャンスで凡退した二宮に声をかける。

 

 

「相手は一流の投手、どんどん挑戦して、攻め込んでいこう。」

 

 

「そうだぜ! 俺達はチャレンジャーなんだからな!!!」

 

 

「南朋……」

 

二人の言葉に感じ入る嶋。嶋の気持ちは入部したころから変わらない。

 

 

――――やっぱ、こいつらがエースとマネージャーのチームに入れてよかった。

 

 

 

先にピンチを招いた青道。だが、まずはシュート回転を抑え、球質を取り戻した大塚。

 

 

死闘は終わらない。

 

 




大塚がスロースターターになっている事実。

プロスピで再現すると

動揺、スロースターター、尻上がりは必ず付くと思う。


沖田君の苦手な投手の共通点がこの試合で浮き彫りに。


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第100話 狙い撃つ者

連続行ってみますね。本気出したのでしばらく投稿をお休みします。


休みの日を全部使った・・・・

疲れた・・・・


2回の裏―――――

 

 

御幸がストレートをセンターに弾き返し、ランナーとして出塁する。

 

続く東条が送りバント。打席には大塚が入る。

 

 

 

――――いいねぇ、雰囲気有るじゃねェか。

 

 

右打席でシンプルな構えで立っている大塚に何かを感じ取った梅宮。

 

 

初球はいきなりの謎の球。その初球に反応した大塚。

 

 

「ファウルっ!!」

 

 

僅かに面に当たり、ファウルになる大塚のスイング。コースがよかったとはいえ、沖田が当てることすら出来なかった球に当てた大塚。

 

 

「はっ!!」

それを見た梅宮気色ばんだ笑みをこぼす。

 

 

――――いきなり当てるかよ、やるじゃねぇか!!!

 

 

「これがあの球か―――――」

 

 

 

「なぞって程でもないけどね」

捕手の嶋が囁く。

 

 

 

――――スライダーにしては、緩く感じた。やはりカーブ系。

 

 

もっと腕の振りの瞬間を見なければ、球種がはっきりしない。

 

 

「ボールっ!!」

 

 

ストレートがアウトコースに外れる。これも際どい。

 

 

――――まずは当てる。二塁ランナーは御幸先輩。何とかシングルヒットで、緩い当たりなら――――

 

 

守備陣形は通常守備。外野の頭を越えられては仕方ない、というわけではない。

 

 

だが、梅宮が守備陣に前に来てくれと手を振る。

 

 

「―――――っ」

 

駆け引きが上手い選手だ。大塚に何かを考えさせるヒントを与え、それを餌にもしてしまうほどの。

 

 

一歩間違えればやけどをするにも拘らず、彼は、彼らはそれをしてくる。

 

 

 

「ボールツーッ!!」

 

 

外角のボールゾーンのスローカーブ。恐らくは次は――――

 

 

大塚はストレートを予測した。

 

 

「ストライクツーっ!!」

 

 

 

「!?」

 

しかしやってきたのは先ほど大塚がファウルしたあの球。意表をつかれた大塚は空振りを喫する。

 

 

 

―――――次は何を投げてくる? もう一度あの球か? それとも――――

 

 

間髪入れずに梅宮投球を開始する。タイムは間に合わない。

 

 

「くっ」

 

 

やってきたのは、先程からぶりを喫したあの球。大塚はそれを幸運なことに初打席で3度も見ることが出来た。

 

 

――――何度も投げられたら、対応ぐらいは出来るッ!!!

 

 

カキィィィンッッッ!!

 

 

左中間へと転がる打球。見事に梅宮の決め球を打ち砕いた大塚。

 

 

ゆっくりと引き付け、ゆっくりとタイミングを取った大塚。そのため体勢を崩さず、粘りの利いた下半身の動きでボールを運んだのだ。

 

 

「左中間っ!!」

 

 

「抜けたァァァァ!!!」

 

 

 

二塁ランナー御幸が先制のホームを踏む。青道が先制。打った大塚は二塁へ。

 

 

 

 

「大塚君がやりました!!」

スタンドの吉川もピッチャーの大塚のまさかの先制タイムリーに喜ぶ。

 

「エイジ、少しフォームが変わったかしら? 引き付ける動きがシンプルでシャープだわ。」

サラは大塚のバッティングが以前よりも洗練されたことに瞬時に気づく。今まではセンスだけで打っていた彼が、しっかりとした技術でヒットを打ったのだ。

 

 

――――日本で野球をやった意味はあったのね、エイジ

 

 

 

 

その後、後続は抑えられたものの、まずは先手を打った。

 

 

3回の表は大塚がストレート中心に投げ、三者凡退に抑える。

 

 

圧巻はラストバッター近藤に対してのストレート。

 

 

――――手が出ないッ!!

 

 

シュート回転しないストレートが決まり、見逃し三振。これで初回の2三振、2回にも2三振、3回も三振1つで毎回の5奪三振。

 

 

悪いなりに調子を取り戻しつつあった。

 

 

 

3回の裏は青道も三者凡退。エース梅宮はそれ以上の失点を許さず、本格的にあの球を使うようになり、この回は三者三振に抑え込まれる。

 

 

序盤戦が終了し、試合は4回に入ってくる。

 

 

 

ストレートのキレがまず戻った大塚が躍動する。

 

 

「くっ」

 

ストレート中心とはいえ、甲子園のような剛速球ではなく、

 

 

――――手元からピュッ、とくるような――――

 

 

力感を感じないのに、140キロオーバーのボールが向かってくる。

 

 

4球で内野ゴロ二つを奪う大塚。馬力が戻ればまだまだ球速が上がるが、まだフォームにラグがあるのか、歯車がかみ合わず、プレートの傾斜の使い方もまだまだ実戦では試せる状態でもない。

 

 

そして2度目の梅宮との対決。

 

 

スライダー中心の攻めで、カウントを整えるバッテリー。

 

 

狙い球のチェンジアップとストレートを待っていた梅宮の思惑とは違う展開に、流石の鵜久森ベンチも冷や汗をかき始める。

 

 

―――――参ったな、確認できるだけで3つのスライダーは予想外かな

 

 

緩いスライダー、横スラ、縦スラ。この3つも軌道の違う変化球を使われれば、流石に狙い球を絞りきれない。

 

 

松原たちは知らないが、まだカッターに近い高速スライダーと暴れ馬の高速スライダーも隠し持っている大塚。

 

 

この試合では使うことはないだろうが。

 

 

 

「ストライィィクッッ!! バッターアウトォォ!!」

 

 

外角ボール球のストレートに手が出てしまった梅宮。空振り三振でスリーアウト。

 

これで三振は6つ目。

 

――――そうだ、コースさえ間違えなければ。

 

 

御幸が2打席連続で梅宮を打ち取ったことに安堵する。

 

 

テンポの良さが戻ってきた大塚。悪いなりに調子を取り戻しつつあった。

 

 

 

しかし追加点を奪えない青道。先頭打者の沖田がパワーカーブに見逃し三振を奪われる。

 

 

バットの先端を地につき、両膝に手を置き、ガックリと項垂れる沖田。

 

 

 

ここに来て、沖田の苦手な球種の露呈。カーブを武器に使う投手に分が悪いことが明らかになる。

 

 

だがこれが、梅宮の決め球の正体に迫る最大のヒントとなった。

 

 

「あの沖田が2打席連続三振―――――」

 

 

「あの球に手が出なかったぞ」

 

 

 

「通常のカーブに比べ、変化量は小さいけど、あの浮きを生み出せるのはカーブ系しかない。」

大塚は、梅宮の投げる決め球の軌道を分析し、仮説を立てる。

 

 

「舘先輩のナックルカーブ程不規則でもなく、キレもあります。いうなれば、パワーカーブ、と言えばいいんでしょうか。」

 

 

「パワーカーブ、なんか強そうな名前だな!」

沢村が大塚の命名にそんなことを言う。あまりに予想できる、そして単純な言葉に大塚が苦笑いをするが、

 

「あの球種を打つには、浮いた瞬間を見逃さないことです。浮いた瞬間に僅かに目線を下にずらしてください。すぐにあの軌道から落ちてきます」

 

目線を下に。その理由は、

 

「あの浮きに目を奪われれば最後。ボールが高確率で視界から消えます。ボール自体が消えるわけではなく、打者の視覚情報の外へと向かうから、打者はボールに当てることが出来ない。」

 

 

「ですが、それだと浮いているように感じるあの高めのストレートが厄介です。瞬時の見極めが重要ですね」

 

 

厄介なのは、ストレートとのコンビネーション。ただでさえ緩急によるコンビネーションもあるのに、視界を操るコンビネーションもある。

 

 

これが、梅宮のストレートが球質以上に伸びてきているように見える原因でもある。

 

 

縦の変化と高めに伸びてくるストレート。そこで目線を、緩急で体感速度を操る。

 

 

メディアで言う、超軟投派?というのはあながち間違いではない。

 

 

彼は本格派にして、軟投派の投手なのだと。

 

 

 

御幸も第2打席は外野フライに抑え込まれ、続く東条が凡退。梅宮も好投を続ける。

 

 

 

両投手ともに尻上がりに調子を上げてきており、こう着状態が続く。

 

 

5回表も犬伏を内野ゴロに打ち取り、

 

 

 

「そのコースは厳しすぎ――――」

 

 

6番嶋に対してはインコースのパラシュートチェンジに空振り三振。7番に二宮に対してはパラシュートチェンジを軽打される。

 

 

 

「!?」

まただ、先程からチェンジアップに当ててきているのだ。ストレートに詰まらされるケースが多い鵜久森。決め球を投げることに対し、彼らがプレッシャーをかけてきているのだ。

 

 

追い込んだ後の低めのボールを確実にミートしてきている。

 

 

続く内海には当たりの良いサードライナーを打たれるものの、ゼロに抑え込んだ大塚。

 

 

最後に打たれたボールも、追い込むために使ったパラシュートチェンジ。

 

 

――――チェンジアップを狙いに来ているな、ストレート狙いから変えてきたのか?

 

 

その戦略の変更に御幸は考えるほかない。細かく攻撃指示を与え、大塚にプレッシャーを与え、ランナーを出してくる。

 

 

こんな高校は初めてだった。

 

 

 

 

 

 

5回裏、大塚をセンターライナーに抑えた梅宮も負けていない。続く前園を三振に打ち取り、8番小湊にヒットを許すものの、9番麻生を見逃し三振に抑える力投。

 

5回を投げ、被安打3、1失点に抑える好投。

 

 

大塚と梅宮の投げ合い。重苦しい雰囲気が出始めている大田スタジアム。

 

「なんだかあの試合のようね。」

綾子が真剣な眼差しで試合を観戦する。夏予選3回戦も楊舜臣というダークホースの出現により、1点を争う展開になっていた。

 

「う、うん。違うのは裕作がいなくて、私がいて、えっと、サラさんがいて…」

美鈴は頭中からの観戦で、終盤まで無得点という特に重苦しい展開だった。

 

だからこそ、1点を追われている展開というのに慣れていなかった。

 

「いい投手ね、エイジも、相手のピッチャーも。そして、追うモノと追われるモノ。どちらに勢いがあるかは――――言うまでもないわ」

 

1点で凌ぎ、頑張っているエースを援護したい。0点で終われていて、追加点どころかランナーすらまともに出せない。

 

「ですよね。あの時とは違う重苦しい展開で、1点しかないのが怖いです」

吉川もたったの1点、しかも大塚が捥ぎ取った得点のみということに怖さを感じていた。

 

終われるというのはやはり精神的にくるのだ。

 

 

 

「よく解っておられますね、お嬢さん方」

そこへ、落合コーチが現れる。

 

「あら、貴方は?」

 

 

「自分は青道のコーチをしているモノです。しかし、この展開はあまりよくない。早く彼に援護点を齎さないと。ただでさえ、彼にはすでに心労を煩わせていますから」

 

 

「心労? ああ、そういうことね。」

サラが不愉快そうにあたりを見回す。しかしそれは、青道応援団に向けられたものではない。

 

 

「まあ、大塚も本調子じゃないがいいじゃないか」

 

 

「149キロには一度も届いていないけどな。」

 

「あれだろ。手を抜いているんだろ。連投とか」

 

 

彼女らはそんな観客の声に眉をひそめる。

 

――――栄ちゃんだって理想通りに投げたいのよ

 

――――大塚君は、大塚君なのに、

 

綾子と吉川は、誰一人として“今の大塚栄治”を見てくれていないことに悲しさを覚える。

 

 

 

「まあ、俺達は大塚和正のような投球を夢見ちまうからな。」

 

 

「言うて、和正はこのころはまだ荒れ球だったろ? 小さくまとまったのは否定出来ねェな」

 

 

「だな。コントロール重視で、怖さがないよな」

 

――――なら貴方が投げてみなさい。トーナメントで、エースを張るという責任を。

 

冷たい表情で、マナーの悪い観客に冷ややかな視線を浴びせるサラ。

 

 

――――失敗を恐れるのは仕方ない。けれど、そうやって追い込むから、選手が壊れるのよ。

 

 

投手だけではない。内野手の送球イップスが最たる例だ。そんなメンタル面で苦しむ選手を見てきたサラ。彼らの気持ちも理解は出来るのだが、ボーイフレンドでもあるエイジの肩を持ってしまう。

 

 

「絶対的な切り札のSFFも投げてねェし、噂は本当かもよ」

 

「噂?」

 

 

「大塚栄治がSFFを失ったっていう噂。投げられないんじゃないかって」

 

 

そして、帝東戦でのデータがどこからか漏れ、意図的に東京中のチームに流れ出てしまっていた。

 

 

出る杭は打たれる。突出した才能を抑えるために、大塚包囲陣ともいうべき冬風が、

 

 

大塚を徐々に追い込んでいる。

 

 

 

それは全て、天才大塚栄治を打倒するための動きだ。

 

 

 

 

 

 

そして、当然それは6回に入るまで、常に大塚の耳に届いていた。

 

 

「―――――」

 

 

 

 

―――俺は、大塚和正じゃない。

 

 

揺れている。つまらないことで彼は揺れている。

 

 

 

 

 

 

――――俺は、大塚和正ではないッ!!

 

 

 

 

 

回が進むごとに、その雑音に惑わされ、大塚の心が乱れていく。投球は尻上がりに調子を上げ、鵜久森に見せた隙も少なくなっていく。

 

 

だが、心がざわめくばかりだった。

 

 

6回の表、先頭打者の三嶋を落ちるスライダーで空振り三振に打ち取り、これで7つ目の三振を奪う。

 

 

変幻自在のスライダー。沢村のようにランダムに暴れるのではなく、意図した方向へと自在に曲げる制球力。

 

 

ここで、先頭打者の近藤。今日はヒットなしとはいえ、選球眼の良いバッターで、足も速い。

 

 

「ボールっ!!」

 

初球真ん中低めの縦スライダーを見逃してくる。積極的に振ってこない。

 

 

「ストライクっ!!」

 

しっかりとボールを見極めてくる近藤。アウトコースの横スラに手を出してこない。外から入ってきた軌道である為、反応が遅れたのだ。

 

 

――――1ボール1ストライク。チェンジアップは投げづらい。変化球を見極められた後は

 

 

御幸は外に構える。

 

――――ここでファウルを奪って、最後はスライダー。ここも打ち取るぞ。

 

 

 

 

鵜久森ベンチでは、

 

 

「一貫性のない攻撃だった序盤、チェンジアップを突然狙い始めた前の回。チームバッティングを考えた結果を前の回と判断するならば、“もう1イニング続くのではないか”という予感を与えればいい」

 

 

狙いは大塚の調子だけではない。考える傾向にある御幸にも狙いを定めていた。

 

 

 

「ここを見逃す手はない。」

 

 

 

 

カキィィンッっ!!!

 

 

外角ストレートを完璧に捉えた当たりが、三塁線を襲う。

 

 

「ぐっ!!! (クソッ、ラインぎりぎりかよ!!!)」

 

チャージしていた沖田の予想を超える球足の速さ。三塁線を破られてしまう。

 

 

 

「おおっ!! 打ったぞ!! 廻れ廻れ!!」

 

 

打った近藤が二塁へ。先頭打者を打ち取ってからの長打を浴びた大塚。

 

 

この試合2度目の得点圏にランナーを置く大塚。

 

 

 

そしてここでも鵜久森はチーム1の快足を誇る近藤がプレッシャーをかけてくる。

 

 

二塁であるにもかかわらず、相変わらずの広いリードを取ってくる。

 

「っ」

 

右投手の大塚にははっきりと見える。気にならないはずがない。

 

 

 

御幸は前進守備を選択。外野を前にこさせ、ゴロ、もしくは三振で打ち取る算段だ。

 

 

しかし、前田は粘る。

 

 

 

「ファウルボールっ!!」

 

 

カット打法。恐らくは相当練習をしているのだろう。際どいボールには手を出さず、ゾーンに来た球を悉くファウルにする。

 

 

「クッ!!」

 

 

ストレートにも目が慣れ始めており、変化球で仕留め切れない。大塚と御幸は悟る。

 

 

 

このバッターは、大塚の球数を稼ぐのと、軌道を丸裸にすることを考えているのだと。

 

 

 

そして、ストレートのキレだけが戻ったとはいえ、コントロールが戻ったわけではなく、

 

 

 

「ボール、フォア!!!」

 

 

際どいボール、呻いたような声を上げる前田だったが、審判はこれをボールと判断。

 

 

御幸にとってみれば、先程は取ってくれたボールでもあり、とらなかったボールでもあった。

 

 

――――審判のゾーンがだんだん狭くなっているぞ、切り替えるしかない

 

 

この僅差の場面。審判のジャッジが大塚に辛くなっていた。荒れ気味の制球の大塚と、制球に狂いがあまり見られない梅宮。

 

 

彼等の心象はまさに対照的だった。

 

 

 

 

 

 

これで1死、二塁一塁。

 

 

ここでバッターは、3番菊池。前の打席では積極的に打ちに行き、チェンジアップを捉えた当たり。それに、初球ストレートにも当ててきていた。

 

 

この打者も、チェンジアップを待っているのではないかと。

 

 

―――――ストレートをアウトハイ。乗り切るしかない。

 

 

「ファウルボールっ!!」

 

 

初球高めのストレートにもついてきた菊池。振り遅れてはいるが、伸びが戻り始めた大塚のボールに食らいつく。

 

 

―――――悪い、チームの為に、大塚を騙してほしい。お前の打席を使わせてほしい

 

 

 

打席に向かう前、菊池は松原にそう言われていた。

 

――――鵜久森は南朋がいたからここまで来た。なら信じるしかないだろ?

 

 

チェンジアップを狙っているという意識を、バッテリーに完全に植えつけること。ストレートに対しては、打ち取られても、ファウルにしても構わないという事。

 

 

だからこそ、菊池は粘っているようで、追い込まれているように演出した。

 

 

 

「ストライィィィクッ!! バッターアウトォォォ!!」

 

 

ストレートに空振り三振。低めの変化球、緩急を警戒していたような打席に見せた。

 

 

 

「おっしゃぁぁぁ!! これで8つ目!!」

 

 

「この回ランナーが出たけど、ツーアウトォォォ!!」

 

 

大塚がむかえる2度目のピンチ。ここを抑えて、競り勝ってほしい青道高校ベンチサイド。

 

 

「ここが山場だな」

 

「むうぅぅ!! 大塚ならやってくれますよ、監督!!」

 

―――――チェンジアップ狙い。だが、それにしては―――――

 

片岡監督は違和感を覚えていた。

 

 

 

 

 

打席には梅宮。今日はチェンジアップを当てた内野ゴロ、ストレートに空振り三振。

 

 

今日はここまで結果が出ていない。しかし、だからこそ御幸は安易にストライクを要求できなかった。この男の勝負強さを考えれば、今の大塚でも少し間違えれば持っていかれると。

 

 

 

 

「ボールっ!!」

 

初球ストレート。アウトコースはずれて1ボール。

 

 

 

「ボールツーッ!!」

 

 

低めのスライダーに手を出さない。スライダー攻めをされていた初回と第2打席。ここまでは低めの変化球を捨ててきていた。

 

 

 

――――それでいい。ストレートも球質がいいのに、あれほどの変化球。SFFがいつまでも無理というわけでもないからね

 

 

南朋が戦況を俯瞰し、大塚と御幸の思惑を切開する。

 

 

 

――――ここまで変化球が入らないと、変化球を甘く入れると危ない。

 

 

ここでカウントを取りにいった変化球を打たれれば、悔やんでも悔やみきれないだろう。そこが付け込める隙。

 

 

王者青道相手の、数少ない突破口の一つ。

 

 

 

 

 

―――――この1球だよ、梅宮。

 

 

 

この次はない。このボールを仕留められなければ、鵜久森は大塚から点を奪えないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――くっ、何が狙いなんだ、この打線は

 

 

大塚は、フォアボールを与えた瞬間から焦っていた。しかし、3番バッターをストレートで空振り三振に抑えた。

 

だからこそ、

 

 

――――ここはストレート、押し切るしかない。

 

ストレートへの意識が強くなっていた。

 

 

 

―――――いや、SFFでもいい。ここでワンバウンドでも止めて見せる。

 

 

ここまで隠しに隠してきたSFF。コントロールの利かない変化球を投げる自信が大塚にはなかった。

 

 

錆びついた宝刀を投げる勇気が、度胸がなかった。

 

 

――――SFF。けどここでワイルドピッチになったら―――――

 

 

SFFを投げるのが怖いと感じてしまっていた。これが、大塚の逃げ場をさらに無くしていく。

 

 

思い出すのは、帝東戦での半速球。痛烈な打球を浴びた痛恨の一投。

 

 

―――――なんで、今までできたのに―――――

 

 

御幸が捕ることすらできなかった、変化したSFF。

 

 

 

大塚の脳裏には、強く強く、その光景が突き刺さっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――カーブも待たれているかもしれない。チェンジアップを待っているならば

 

その後ろ向きな傾向が、彼らを追い込む。チェンジアップを当てにいったのだ。ストレートへの対応を見る限り、変化球狙いなのは明らかだと。

 

 

ここで緩い球は危険すぎると。

 

 

 

 

 

 

 

鵜久森の攻めが、そして青道の油断が、バッテリーの選択肢を狭めていく。

 

 

 

 

 

御幸がアウトコースに構える。

 

 

大塚の右腕から投げおろされたストレート。

 

「!?」

そして、梅宮が踏み込んできたのを間近で見ていた御幸は背中に悪寒がした。

 

 

 

外角ストレート。大塚に焦りもあったのだろう。勝負を意識してゾーンに僅かに入ってきた。

 

 

 

ここでいちばんしてはならない制球ミスだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

金属音が響き、白球が三塁線を突き破った。

 

 

堅守を誇る沖田が手を伸ばすも、そのグラブすら突き破る強烈な当たりが外野深いファウルゾーンへと転々と転がる。

 

 

すべてのランナーがスタートを開始していた。レフト麻生の目には、二塁ランナーが三塁ベースを既に蹴り、ホームに還る瞬間でもあった。

 

 

「二塁ランナー生還!! 一塁ランナーも二塁廻ったぞ!!」

 

 

二塁ランナーの前田も俊足。麻生が転々とするボールにやっと追いつく。

 

 

 

「――――――っ!」

大塚はホームベース上でバックアップ。麻生の処理を見ることしか出来ない。

 

 

―――――っ!! 

 

 

心が乱れる。観客の声がうねって聞こえる。

 

 

 

「バックホームっ!!!」

 

 

御幸が叫ぶ。同点を許し、一塁ランナーすら返すわけにはいかない。

 

 

中継からバックホーム。

 

 

 

 

しかし無情にも、鵜久森の前田が先に本塁に生還したのだった。

 

 

 

「一塁ランナーも返る~~~!!!!!」

 

 

 

 

「鵜久森逆転!!!!」

 

 

 

 

 

「ついに大塚を打ったぞ!!!!」

 

 

「成宮に続き、大塚も食らうのかよ!!! この高校は!!!」

 

 

大歓声が響く。大塚の投球に不満を感じていた観客が、不甲斐無い大塚に代わり、ヒーローになった梅宮へと向けられる。

 

 

 

「ダークホースが東京に旋風を起こすのかよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

青道応援団は静まり返っていた。エース大塚がまさかの逆転打を浴び、スコアは1-2に。

 

「大塚君、そんな―――――」

いつか訪れるかもしれないと覚悟していた。それでも、それが今日であってほしくなかった。

 

 

 

 

「栄ちゃん―――――」

勝負の世界はそういうモノではあると彼女は知っていても、息子の打たれた姿は悲しかった。

 

 

 

 

「銅鑼ァァァァァァァァ!!!!!!!」

 

 

『銅鑼ァァァァァァァァ!!!!』

 

 

「梅ちゃァァァァァンッッッ!!!!」

 

 

「良かったぁァァァァァ!!!!!」

 

 

鵜久森ベンチは生還した二人のランナーがもみくちゃにされていた。

 

 

西東京の成宮、大塚から逆転打を放った高校は、鵜久森が初めてだ。

 

 

快挙と言っていいほどの逆転劇。

 

 

打った梅宮はクロスプレーの間に三塁まで陥れ、その塁上で鼓舞する。

 

 

「まだまだ点を取って、ガンガン打ち込むぞ!!!」

 

 

 

挑戦者の波に、青道のエースが呑み込まれた。

 

 

 

 



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第101話 春風の雪解け

タイトルは当然回収。


エース大塚が逆転打を許す。その光景を目の当たりにした稲実の正捕手多田野は、そのシーンが2回戦のあの時と重なる。

 

 

―――――本調子なら、あそこでSFFが来るはず。なのに出来なかったのは

 

 

大塚自身が問題を抱えているのか、それとも御幸に問題があるのか。

 

 

そのどちらかであることが分かる。そして自分の場合は成宮のチェンジアップを止められる度胸と技術が足りなかった。

 

 

夏前までは御幸は苦も無くSFFを止めていた。だからこそ、大塚に何か異常があるのかもしれないことが容易に考えられ、その結論に行き着く。

 

 

「樹。次は何をすると思う?」

 

主将の福井は樹に対し、鵜久森が何をしてくるのかを尋ねる。今の動揺しているであろう大塚に止めを刺す最善の策は何か。

 

 

それは成宮が手ひどくやられた光景とも重なる。

 

 

意気消沈し、モチベーションの下がった成宮のボールを悉く捉え、マウンドからそのまま引き摺り下ろした2回戦。あれは今年で最もトラウマになるであろう敗戦。

 

 

力を失った彼のボールを正攻法で打ち崩した鵜久森が、大塚にも同様にそれをしてくるのか。

 

 

 

 

マウンドの大塚は先ほどの失点を悔やみ、唇をかむ。

 

――――ストレートを狙われたのか―――っ

 

 

動揺を隠せない大塚。しかしそれでも、次の打者を打ち取らなければならないと、そう考える大塚。

 

 

――――初球大事に、絶対に追加点はやらない!!

 

 

 

そしてそれは御幸にも言えた事であった。

 

 

――――不味い、安易にストレートを選択した俺のミスだ。

 

 

ツーアウト三塁。もう絶対に追加点を与えるわけにはいかない。通常守備を選択し、次の失点を防ぐ構えを見せるバッテリー。

 

 

青道はタイムをかける。内野陣が集まり、大塚の下へと向かう。

 

 

「ごめん。完全に狙われてた。」

頭を下げる大塚。

 

「いや、俺も勝負を急ぎ過ぎた。無理に行く場面じゃなかった。」

御幸も焦ったことを認め、先程の事をいまだに引きずっていた。

 

「だが、次の一点は許さない。内野は通常守備。初球から振ってくるぞ、大塚」

 

 

「はい。」

 

「御幸―――――」

前園が何かを言おうとする。しかし、それを遮るように御幸は、

 

 

「ここでアイツを敗戦投手にするわけにはいかない。この異様な雰囲気。Ⅱ世選手についての妬み、期待、羨望、憶測。」

 

 

御幸達も全く聞こえていないわけではなかった大塚への異様なマーク。Ⅱ世選手の肩書で有力選手。

 

 

そして、その肩書きに囚われた者達が、大塚栄治を見ようともせず、大塚和正の息子としかみなさない。

 

その唯一といっていい大塚栄治の弱み、トラウマを抉られたのだ。精神的に追い詰められ、自壊していった。

 

大塚栄治が最も気にしていた、父親に対する劣等感。見たこともない余裕を崩した表情となっていた。

 

 

そしてそれが、帝東戦では失点直後に立て直したときとの違い。無論リードしていた場面ではあったが、それでも無失点記録が破られた直後にしては、いい投球が出来ていた。

 

 

「大塚。悪い。もっと反応が鋭かったら――――」

沖田が申し訳なさそうに大塚に悔む。

 

「いや、あれほどいい当たりをされたら俺の責任だよ。次は打たせない」

笑顔を取り繕い、何とか平常心を取り戻そうとする大塚。

 

「エイジ――――」

 

「小湊も頼む。今日は情けない姿ばっかりですまない。けど、もう少しだけ俺を信じてほしい」

 

 

「うん。でも気にしないでね。大塚君は大塚君だよ。周囲の声なんて気にしちゃいけないよ」

 

 

 

 

 

 

 

「冷静さを無くして、一番リスクの少ない陣形を取ったね。」

松原は青道の焦りを感じ取っていた。

 

内野陣は少し深く守っている。5番犬伏は強打者。強い打球に対応しての事だろう。

 

 

――――ここで追加点を取れたら大きい。初球の入りから仕掛けていくんだ。

 

 

 

 

 

大塚の第一球に、その衝撃は訪れる。

 

 

 

スッ、

 

 

 

ここで犬伏。

 

 

 

コンっ

 

 

 

「「!!!!!!」」

目を見開く大塚、御幸の青道バッテリー。

 

 

「セーフティスクイズッ!?」

 

誰もが予想していなかった気さく。無謀ともいえるこの選択に観客は度肝を抜かれる。

 

 

「クッ!!」

意表をつかれた内野陣ではもはや間に合わない。沖田、小湊、そして倉持に前園が驚いた表情をしながら、想定外の攻撃に思考が硬直してしまっていた。

 

 

そして、どう指示を与えればいいのかわからず、ホームベース上で声を張り上げる御幸。

 

「ボール、ファースト!!」

 

三塁ランナーは俊足の投手梅宮。本塁に突っ込んでくるが、打者走者をアウトにすれば成立しない。

 

 

とにかく、何とか次の一点を阻止しなければ。

 

 

それが青道内野陣の一致した考えであり、松原が仕掛けた歪でもある。

 

 

その中で、一番打球に近かった大塚が反応する。

 

 

 

――――これ以上はっ!!!

 

 

 

しかし深いところに転がった打球を掴む間に、犬伏は一塁ベースに迫ろうとしていた。

 

 

 

 

「―――――――――――――――っ」

 

 

 

 

「セーフっ!!!! セーフっ!!!!」

 

 

 

大塚、一塁にボールを投げられない。内野陣は反応すら出来なかったのだ。反応しただけでもマシな部類だったが、それでも犬伏をアウトにするには時間がかかりすぎた。

 

 

 

「うおぉぉぉぉ!!!! 3点目ェェェェェ!!!!!」

 

 

「大塚栄治を攻略したぞ!!!」

 

 

「この回一気に逆転、そして中押し!!!」

 

 

「意表を突いたセーフティスクイズ!!」

 

 

完全に観客を味方につけた鵜久森高校。そして、あの夏の本選でものまれなかった大塚栄治が呑み込まれかけようとしている。

 

 

 

「――――――切り替えなきゃ、まだ試合は終わってない―――っ!」

口に出すことで、落ち着きを取り戻そうとする大塚。いつもならそれで済んだことだ。中学時代に失点を全くしなかったわけではない。

 

まだ試合は終わっていない。だから諦めるわけにはいかない。

 

 

エースとして、そんな諦めた姿を見せるわけにはいかない。

 

 

ベンチに入ることすらできなかった人がいる。

 

スタメン落ちした同級生がいる。

 

エースの座を狙うライバルがいる。

 

 

 

――――そんな思いを背負っているんだ、この背番号は。

 

 

自らを奮い立たせようと言い聞かせる大塚。

 

 

 

 

だが――――

 

 

「情けない投手だなぁ、アイツ」

 

 

期待を裏切られた一部の観客の声が、大塚の心を抉る。

 

 

「ホントホント。フィールディングも悪いし」

 

 

 

「元々巧いって話だぜ。だからまあそんなに」

 

 

「結果出せなきゃ同じだろ。」

 

「つうか、良い様にやられ過ぎだよな」

 

 

「大塚和正の二世選手であれとか。」

 

 

そして、野球史にその名を永遠に刻むであろう偉大な選手のⅡ世選手にしては、やや期待はずれな姿に、失望を覚える視線が彼に集中する。

 

 

――――やめろ、言うなッ

 

 

 

 

「だよなぁ、このⅡ世選手は大成するかもって思ったけど」

 

 

 

―――――やめろッ!! やめろッ!!!

 

 

 

「こんなんじゃ、プロでも潰れるんじゃね」

 

 

鵜久森ベンチも、この異様なほど大塚に対するヘイトに困惑していた。3失点しただけで、ここまで叩かれる選手をアマチュアで見たことがなかった。

 

 

プロでさえないのに。

 

 

「気分はよくないけど、うちの流れだ。同情はするけど、容赦はしない」

松原は、大塚に対し憐みの感情を持たずにはいられなかった。常に期待され続ける選手のプレッシャーと、それに応えられなくなった時の罵声。

 

それが今の現実。大塚栄治が置かれている状況。

 

「3失点でここまで言うのかよ。信じらんねェ」

梅宮も、流石に看過できずに、目に見えてイラついていた。

 

 

大塚がその言葉に反応し、崩れていく姿は彼の目から見ても哀れに見えたのだ。

 

 

「結局この程度なんだろ。やっぱり一流選手のⅡ世は」

 

 

 

内野陣も、この異様な雰囲気に呑まれていた。逆転を許し、追加点まで取られたのだ。それぞれが動揺してしまっていた。

 

 

だから、思考が硬直してしまっていた。

 

 

 

 

「まあこいつも大成しないんだろうよ」

 

 

 

「だよなぁ。甲子園で天狗になったから、149キロを出せなくなったんだろう」

 

 

 

 

 

 

そして、青道ベンチでは

 

 

「か、監督!! 大塚をこれ以上は――――最悪、取り返しがつかないことに―――っ」

 

太田部長が投手交代を進言する。逆転打に追加点。やってはならない失点を一イニングにすべてやってしまったのだ。

 

 

しかも、大塚も外野からのブーイングに野次で潰れかけている。今後を考えて、彼が立ち直れなくなれば危うい。

 

 

 

「―――――――――――――――――――」

だが、片岡監督は動かない。

 

 

マウンドで立ったまま動かない大塚をじっと見ていた。

 

 

「か、監督?」

 

 

「―――――エース一人に、チームを犠牲にするつもりはない。だがこれから先、奴は野球をする限り、何度でもこういった野次を受けることになるだろう。」

 

 

それが二世選手の宿命だ。

 

 

 

「それにだ。降谷は昨日投げたばかり。沢村をこの僅差に出すのは怖い。となると川上だが、ロングリリーフで出すわけにはいかん」

 

 

エースの責任。大塚はまだ打席を見ていた。そしてネクストバッターサークルに控えている嶋のことも見ていたのだ。

 

 

 

「それなりに動揺はしているだろう。だが、打者を自然とみているのなら、まだ気持ちが切れていない。それに、6回で逆転を許したとはいえ、2点差。うちが誇るエースをこんな簡単に降板させるわけにもいかん」

 

 

 

そして、マウンドの大塚は。

 

―――――俺が何と言われようとかまわない。

 

 

諦めるのは簡単だ。

 

 

――――嫌だ

 

 

 

 

 

―――――俺は、諦めたくないッ!!!

 

 

気持ちはまだ切れていなかった。だが、心に余裕がない大塚。

 

悩みの原因が多すぎて、精神状態がめちゃくちゃになっていた。

 

 

 

 

「頑張ってぇぇぇ!!!」

 

その時、見覚えのある声がした。

 

 

「美鈴―――――――」

 

ギクシャクしたまま、あまり口数が少なくなっていた美鈴がエイジにエールを送ってきたのだ。

 

「こんなところで挫けるな!! 私が嫉妬した兄さんは、もっと図太かったわよ!!」

 

 

「――――――」

情けない姿を見せてしまっている。それが悔しかった。

 

 

申し訳ないと思ってしまった。

 

 

「大塚―――――っ」

内野にいる沖田も、彼女の声は聴いていた。だが、大塚本人はまだ追い込まれている顔をしていた。

 

―――――家族を頼りにしていると言ったが、

 

今の大塚には、その声援すらあまり意味がないように見えた。

 

 

沖田も長男坊だから解る。年長者としてのプレッシャー。彼のように責任感の強い男は、絶対に家族にも我慢しているだろうと。自分が一番年長なのだから自分が我慢しなければならない。

 

 

家族に一番迷惑をかけるわけにはいかない。

 

 

 

 

 

 

「大塚君、切り替えよう!!!」

 

 

「あとで逆転したる!!! 投げてけ、投げてけ!!」

 

 

内野の声も届いていないような、マウンドでネクストバッターを睨んでいる大塚。明らかに視野が狭くなっていた。

 

 

 

届かない。彼らの声が響かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「頑張れェェ!! まだ2点差!! 野球はまだまだ分かりませんッ!!」

この状況、唐突に。

 

 

珍しく、強い口調の吉川からエールが送られてきた。

 

 

「「「「!!!!!」」」」

 

御幸が、そして内野陣が目を見開く。

 

 

大塚には、一瞬だけ暖かな風が吹いたように感じた。

 

肌寒い季節にもかかわらず、それはまるで。

 

 

 

 

 

「アイツ―――――」

沖田は思わずその声の方向を振り向く。

 

 

呆けていた大塚は奇妙な感覚に戸惑いつつ、驚いたような顔で彼女へ視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

――――なんで、吉川さんはこんな状況になっても応援してくれるのかな

 

 

やっぱり、Ⅱ世選手で、そこそこ野球が出来ていたから?

 

 

背は高すぎて、自分でも奇妙に思っているのに。

 

 

ただのミーハー?

 

 

 

 

ネガティブな感情に支配された大塚は、今までの人間が見せてきた対応を思い返す。

 

 

思えば、何か野球で成功した時も、

 

 

 

さすが、大塚和正の二世。

 

 

 

二世選手は違うな

 

 

 

彼からいろいろ教わっているのかな。

 

 

 

さすが彼の息子だ。その恵まれた才能は親譲りだな。

 

 

 

 

 

 

アメリカだから、日本だから。そんなことは関係なかった。チームメイトには恵まれた方だった。

 

だが、事実を知る者は等しくまず最初にその言葉が浮かんだ。

 

 

 

―――――俺の光は、まだまだあの人に掻き消される。―――――

 

 

大塚栄治という選手を評価してほしい。

 

 

―――――誰でもいい。俺を――――――

 

 

あの人の光とは違う目線で、自分を――――――

 

 

 

 

 

 

 

「Ⅱ世選手なんて関係ありません!! 私にとって、大塚和正なんか知ったことではありません!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!!!!! っ!?!?!」

思わずリアクションが大きくなってしまった大塚。野球好きが集まるこの球場で、彼の事を知らないなんて抜かすこと、

 

 

それはもう大変なことだ。彼のファンがいるのであれば、彼女に対して暴言を吐くかもしれない。辛いことを言われるかもしれない。

 

 

その瞬間、彼は吉川の身の安全をとっさに考えてしまったのだ。

 

 

 

だがそれが、大塚栄治が正気に戻り始めるきっかけでもあった。

 

 

 

 

 

 

「――――――なんで君は、そんなこと、簡単に言えるんだ――――」

 

 

誰にも聞こえない声で、そうつぶやいた大塚。振り絞るような声であった。辛そうにも聞こえた声ではあったが、声が上ずっていた。

 

 

 

その言葉を待っていた。ずっと、ずっとずっと待っていた。

 

 

そんな人はいないと諦めていた。だから―――――

 

 

 

 

「本当に、君は馬鹿なのか? レジェンドなんだぞ、あの人は―――――」

嬉しいはずなのに、まだ心は疑っていた。困惑を隠しきれない。

 

 

 

解らない、分からない、判らない。

 

 

 

 

 

 

 

「切り替えよう!! この回を抑えて!」

二塁手の春市が叫ぶ。

 

しかし、吉川の声で大塚が変わり始めていることに最初に気づいた小湊は、ここがその時なのだとまだまだ声を張り上げる。

 

 

 

「また絶対甲子園に行くんだ!!」

 

 

 

甲子園。それが目標だった。そのために今を戦っている。

 

 

ふつふつと、心が熱くなってきた。

 

 

 

「こんな野次なんかに、君を負けさせない!!」

 

 

 

比較をされ続けた、似た者同士だからこそ、春市は大塚の気持ちが痛いほどわかっているのだ。

 

 

 

 

 

「見返してやろうよ、みんなで一緒に!!」

 

 

 

 

「大塚栄治、ここにありって!!!」

 

 

 

 

 

 

「―――――――春、市―――――――」

 

声が震える。心が震えた。二人の言葉が心にしみる。

 

 

 

 

 

こんな情けない自分を、まだ大塚栄治として見てくれている。そんな人が二人もいる。

 

 

 

嬉しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっそぉォォォォ!!! 俺3番手かよ!! エイジっ!!!」

そして、吉川と春市に続き沖田が叫ぶ。

 

 

「良い様にやられて、このままってわけにはいかねェよな!!! このままド逆転するぞ!!!」

 

 

 

「――――――みんな……」

 

盟友の少し残念気味のエールにはにかんだ笑顔が自然とだせるようになった。

 

 

 

 

 

 

「外野からしっかり守らせてもらうよ、大塚君!!」

 

そして外野から東条も声を張り上げる。今の今までチームを引っ張ってきたのは彼だ。

 

大塚を彼らは決して見捨てない。

 

あの夏、予選の壁を超えることが出来たのは、彼のおかげだ。

 

 

甲子園への道が切り開かれたのは、そのきっかけを越えて全員が団結した。

 

 

気持ちが一つになっていたから。

 

 

 

―――――嗚呼、もうなんだよ、みんな……ごめんなさい。くそ。嗚呼、もう…………

 

 

 

絶対に勝てないと、心の奥底では思っていた。心の奥底では、父の偉業に憧れ、諦めていた。

 

 

 

しかし、今はもうどうでもよくなった。

 

 

 

――――俺の願いは、今は一つだけでいい。

 

 

手を繋いで、みんなで歩くわけではない。

 

 

皆が最善を尽くして、壁を乗り越えた先に、甲子園があった。

 

それはあの3年生たちが経験した事、そしてこれから自分たちが経験すること。

 

 

 

「エイジ君は!! 一人じゃありません!!」

 

 

この言葉が、彼女の強い意志が、思い出させてくれた。

 

 

 

 

―――――今出来ることを全て――――――

 

 

相対する打者にすべてをぶつける覚悟を決めた大塚。

 

 

 

――――俺の全てを出し切る。最善の投球を!!!

 

振り返れば声援が届く。暖かな風が、大塚を包む。

 

彼らこそ、大塚が奮い立つ力だ。

 

 

その自分を立ち直らせてくれた者達へ。

 

 

 

―――――大塚栄治を認めてくれる場所が、ここでよかった。

 

 

彼ら―――――青道への限りのない感謝を。

 

 

 

 

『この学校に来てよかった』

 

いつかの親友の言葉を思い出す。

 

 

 

 

大塚は沖田のことを言えないと思った。

 

 

――――俺も、この学校に来てよかったよ。

 

 

スタンドにいる彼女が、春市が教えてくれた。

 

 

 

いつもは驚かせたら絶対に座り込んでしまうような雰囲気を持っていた彼女が、勇気を出して言ってくれた。

 

 

自分と同じような悩みを抱えていた天才肌の恥ずかしがり屋が、声を張り上げてくれた。

 

 

 

「私は!!! 大塚栄治しか知りませんから!!!!」

 

男として、エースとして、絶対に負けられなくなった。

 

 

 

 

――――俺、今場違いな事を考えてる。

 

 

悔しい気持ち、嬉しい気持ち、情けない気持ち。

 

 

そして、

 

 

自然と笑みがこぼれる大塚。この単純でバカで、どうしようもないくらいしょうもない感情は、さすがにないんじゃないかと彼は思う。

 

 

 

「なんていうか。あの子にここまで応援されたら、」

 

 

その顔は晴れやかだった。

 

 

 

「正直いいところを見せたくなっちゃうよなぁ」

 

 

大塚栄治もただ単純に、男の子だったという事だ。

 

 

 

 

 

 

 

「タイム!」

 

大塚が御幸の所へ駆け寄る。

 

 

「大塚? どうしたんだ? それに今の―――――」

無論、フィールドにいた選手にも吉川のちょっと痛いエールは聞こえていた。

 

内野外野からのエールも、聞いていた。

 

この3回戦直前までムードが悪かったにもかかわらず、エースの危機に、チームが団結したのだ。

 

 

チームが、一つになっていくのだ。それがうれしくもあり、戸惑いも感じていた。

 

 

 

 

「俺、もう大丈夫です。」

 

「え?」

 

笑顔でサムズアップする大塚。そしてマメ鉄砲を食らったような顔をする御幸。

 

 

「あそこまでケツを叩かれたら、奮い立つしかないですね―――――救われました。まだ馬鹿馬鹿しい所が残っていたので。」

愚かしい事ばかりでした、と苦笑する大塚。

 

 

 

「エイジ、お前―――――」

 

 

「今は、バカでいい。馬鹿みたいに突っ走って、バカみたいに泣いて、バカみたいに結果を出します。元々俺は頭がよくないし」

無邪気に笑う大塚。憑き物が今度こそ落ちたような顔をしていた。

 

 

「どの口が言ってんだよ。前期期末考査1位が何言ってんだよ、張り紙見たぞ。おまっ、お前が馬鹿だったら他の奴らはどうなるのさ!!」

 

 

 

「結果は努力した分ついてきますよ。特に勉強は」

 

 

「沢村と降谷に言ったら泣いちゃうからやめろよ」

 

 

「俺、間違ったことは言ってないです」

 

御幸も笑顔が戻り、ホームベースへと戻るのだが、

 

 

「サイン、強気にお願いします。俺も腹を括りますから」

 

大塚からのささやかな一言に、後ろ姿を見せたまま、さらに笑みがこぼれる御幸。

 

 

―――――目覚めるのが遅すぎなんだよ、バカ

 

 

御幸は以前、黒羽に言われたことを思い出した。

 

 

彼はとても大きなものを背負っていると。だが、その大きなものが解っていたからこそ、迂闊なことは言えなかった。

 

 

そしてそれは、黒羽も同じだったのだろう。その大きすぎるものに、畏れがあったから。

 

 

スタンドにいる吉川に視線を移動させた御幸。本人は自分が見られていると気づいていないだろう。

 

 

――――ああいう風に、バカみたいに人の玄関をぶち破った方が、アイツにはよかったのかな?

 

 

フィールドプレーヤーだけが、彼を救えるものだと勝手に思っていた御幸は自分を殴りたくなった。そして、納得もした。

 

 

 

 

――――エイジを救えるのは、俺達選手じゃなくて、

 

 

その道を知る者にしか、理解できないと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

―――――“どこにでもいそうな”、今まで“どこにもいなかった”一般人ってことかよ

 

 

 

 

 

 

 

そして、鵜久森ベンチも吉川春乃という少女の事は知らないが、大塚栄治の雰囲気が変わったことだけは解った。

 

「雰囲気が変わった?」

 

その立ち姿が妙に飄々としていた。そして顔も穏やかなものに。

 

 

 

 

「ストライィィィクッっ!!」

 

 

キレのあるスライダー。やはり投球自体は変わらない。決め球にスライダー。動く球を随所に見せてくるのだろうと。

 

 

「ボールっ!!」

 

6番嶋がその球威に臆し、のけ反る。インロースライダーの後に、インハイストレート。

 

 

球速は未だ145キロながら、さらに力感がなくなっていた。

 

まるで、投球動作の一つ一つがシンプルに洗練されていく。

 

 

「――――――!?」

 

―――――球速が上がった!? マズイ!!!

 

鵜久森が恐れていた事態。それは大塚の復調。

 

 

そうなってしまえば力量は歴然なのだ。だからこそ、覚醒する前に、叩いておきたい。

 

 

だが――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、セットポジションからの第3球。

 

 

ダッ!

 

 

ここで、スタートの構えを見せてきた犬伏。少しでも動揺を誘おうとする鵜久森の作戦。

 

 

「ファウルボールっ!!」

 

 

ストライクゾーンに入れてきた青道バッテリー。しかもまた高めの真直ぐ。

 

 

球速は147キロ。スピードが上がっていく。

 

 

 

 

続く第4球は外れてボール。やはり制球に苦労しているのは変わっていないようだ。しかし、青道バッテリーはフォアボールに対してあまり気を使っていなかった。

 

 

 

下手にストライクをいれられるよりも、開き直ったボールは怖い。そして、投げれば投げるほど感覚をつかむ、

 

 

大塚栄治という天才はそれほどまでに、規格外なのだ。

 

 

 

 

 

 

―――――バランスとりづらいな、ここに立つと。

 

 

プレートに軸足の半分を乗せていると、どうしても少しぐらつきそうになる。

 

 

けれど、無駄ではなかった。徒労ではなかった。

 

 

徒労で終わりたくなかった。

 

 

 

ドゴォォォォォンッッッ!!!!!!!

 

 

「!?」

思わずその腰を上げ、高めのストレートを捕った御幸。

 

 

 

「ボール、フォア!!」

 

最後のボールは、

 

「てか、なに息をするようにランナー出してんだよ!!」

怒っているが、沖田の顔は笑っていた。

 

 

 

 

 

球速がついに、149キロに到達したのだ。

 

 

球場もどよめいた

 

「おい、出たぞ。」

 

「とうとう目覚めたのか?」

 

 

嵐の前の前触れ。何かの予兆にも見えたこの一投。ざわつく球場。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――あ~あ。もうこれで鵜久森はランナーを出せないな。

 

 

というより、彼の本気のストレートが今度は長く見れることに、わくわくしていた。

 

 

続く打者はスイッチヒッターの二宮。

 

 

 

 

――――今ので掴めた。

 

 

いい加減にこの体質を何とかしたいと思った大塚。覚えが早いと、成長期は何かと困るのだ。

 

 

しかしだからこそ、この一球で何とか間に合った。ついに掴んだ。

 

しかし、その感覚を掴んでなお、制御出来ない、溢れるパワーを感じた大塚は身体中がゾクゾクしていた。

 

 

自分にはまだまだ伸び代があるのだと実感させてくれる。

 

 

まだまだ自分は前に進めるのだと。

 

 

 

 

―――――待たせたな、鵜久森高校。

 

 

 

セットポジションからの第5球。

 

 

 

 

ドゴォォォォォォんっっつっ!!

 

 

コースは真ん中高め。しかし、

 

 

 

 

 

 

「っ」

 

二宮はバットを出すことすら出来なかった。そしてうめくように声をだし、バッターボックスから少しよろめいた。

 

 

「うはぁ、イッテ―――――」

御幸が呻くほどの威力。

 

 

彼は笑っていた。

 

―――――その力感でこれか、お前は凄い投手だよ

 

 

 

 

「ストライィィィクッッッ!!!!」

 

 

球速表示が出ない。トラブルがあったのか。まだ表示されない。

 

 

 

それでも大塚には関係がなく、投球動作を開始する。

 

 

 

――――――この俺が見逃し!? コースは真ん中なはずなのに!!!

 

 

 

だが、続く2球目も手を出せない。

 

 

「ストライクツーッッ!!!!!」

 

これも内角の甘いコース。だが、バットを出せなかった。

 

 

―――――遅くて、速すぎる―――――タイミングが、

 

 

タイミングを計りきれない。ボールの球持ちが異常にいい。

 

リリースの瞬間が並の投手よりも遅すぎる。

 

 

そして、放たれたストレートはまるで別人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ストライィィィクッっ!! バッターアウトォォォ!!!」

 

 

 

 

最後までバットを出すことが出来ず、見逃し三振。二宮は、大塚の怪物としての覚醒に立ち会うことになった。

 

 

天才ではない、問答無用の怪物投手への道。情け容赦のないその圧倒的なストレート。

 

 

球場すら、静まり返るほどの威力。

 

 

 

そしてその静寂の後、ようやく球速表示に顕れたスピードに、観客は度肝を抜くことになる。

 

 

 

 

 

 

 

球速表示には、151キロと掲示されていた。

 

 

 

 

 

 

 

ついに突き破った、150キロの領域。

 

 

 

大塚栄治が、ついにこの世界に入ってきたのだ。

 

 

 

ある者は興奮し、ある者は愕然とする。その一球の一撃は、味方にこれ以上ないほどの勢いを与え、

 

 

「―――――――――なんだよ、今の――――――なんだってんだよ―――――」

 

 

相手バッターの心をへし折る、怪物ストレート。

 

 

 

 

 

 

―――――雑。だけど、気持ちいいボール。

 

怪物ははにかんだ。

 

 

 

 

鵜久森が悩み多き怪物を起こしたのではない。

 

 

 

怪物の枷は、どこにでもいる少女の手によって、完全に解かれたのだ。

 

 




春市君。そろそろ働こうね。

なお、残念ながらこの試合で見せ場はここだけの模様



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第102話 追撃の王者

まだまだぁ!!


その一球で、鵜久森に傾いていた流れを幾分か取り戻した青道。

 

 

「プレート、足の置き場所」

 

「利き腕の肩を下げる」

 

「目は一瞬切る」

 

「体の開きは抑える」

 

「腰の回旋運動で、腕を出す感覚」

 

「0から100のリリース。」

 

「投球時に利き腕から力を抜く。それがリリースを上手く伝えやすくするコツ」

 

そして彼の基本でもあった、リリースを遅くする。

 

 

連想するように、あの一球を投げたキーワードを羅列していく大塚。

 

その言葉を集め、先程の一連の動作が完成した。やっと及第点。やや納得のいくボールを投げられた。

 

だが、容易なことではない。彼の手足の長さが、バランス感覚が、全てを実現させているのだ。

 

 

リリースが遅ければ遅いほど、それは球を加速させるための腕を振り抜く時間が長くなる。球持ちもよくなる。

 

 

夏を経て体の変化があった大塚。それは単に体格が大きくなったのではない。

 

モデルすら霞む、手足の長さ。そして、それを操る身体能力の高さ。

 

 

でくの坊にはできない芸当だ。

 

 

 

 

 

「大塚? 今のボール――――」

御幸が真っ先に駆け寄る。この変化は捕手目線でも、一般人目線でも解る。

 

球速表示には、人生初となる150キロ越えのストレート。

 

会場も騒然としていた。辺りがうるさいが、大塚は気にも留めていなかった。

 

 

 

 

「御幸先輩。理由は試合後に話します。ようやく体がかみ合って、納得のいくボールが投げられました」

 

「かみ合う? まさかまた怪我を――――」

あの時の記憶を思い起こす御幸。

 

「違います、とはいえませんね。怪我の後遺症。体がなまっていたのか、成長したのやらで感覚がズレにズレちゃって。成長期が恨めしいと少し思いました」

 

「お、おう。成長期でここまで変化するモノなのかよ。まあ、そういう話はあるけどさ」

 

憑き物が先程から落ちている大塚の表情は色が戻っていた。

 

「けど、覚悟してくださいね。7回からは結構とるのが難しくなってきますから。」

 

 

 

「それに、ランナーたまった状態で殊勲打打つ予定ですからね。」

 

 

「ハァ!? おまっ」

 

「いや、だって打たないとこのままだと負けるし。誰かが打ってくれるとありがたいですけど、まずは自分が打ってやろうと言う気概を持たなきゃ。」

 

「ポジティブ過ぎんのも考え物なんだけどなぁ」

 

 

ベンチに帰ってきた大塚と御幸を、片岡がむかえる。

 

 

「気分はどうだ、大塚?」

 

 

「最悪ですね。逆転は許すし、追加点とられて。けど、燃えてきました」

 

 

「ほう――――」

 

 

「こっから逆転してやろうと、力が湧いてきました」

無邪気に笑う大塚。

 

「そうか――――――いい顔をするようになったな」

 

 

「秋までできなかったのは、逆に遅すぎでしたけどね」

 

 

「手のかかる部員はいるモノだ。俺の時に比べたらまだいい方だ」

 

 

「監督の現役時代、か」

 

 

「まずは目の前のプレーに集中しろ、後でじっくり聞かせてやる」

 

 

「はいっ!!!」

 

 

 

 

 

 

6回の裏、倉持、白洲が倒れてツーアウト。ストレートに詰まらされたり、空振りを奪われるケースが多々あり、打球が前に飛ばない。

 

ここで今日は2三振の沖田が打席に向かう。

 

 

――――エイジが頑張ってんだ

 

 

逆転後の投球、あの最後の1球は鳥肌が立った。ようやく元に戻ってきたんだなと。

 

怪我のせいで不調に陥った、それだけではないから心配するなとは言われた。

 

 

――――それに、エイジが笑顔を取り戻したのは

 

 

スタンドにいるあの少女が、最も遠いと思っていた存在が、大塚の悩みを、大塚が作っていた壁をぶち抜いたのだ。

 

 

 

――――内気な吉川に、あんな真似させるまで、深刻だったってことじゃねェか!!

 

 

「ファウルボールっ!!」

 

初球ストレートを振り抜いた辺りは、レフト線切れてファウルボール。

 

 

「ちっ」

 

 

「へへっ!! いいスイングしやがる」

 

マウンドの梅宮は、沖田のフルスイングに冷や汗をかく。2打席は抑えているとはいえ、第3打席は特に危険というデータがある。

 

油断などしていない。

 

 

―――――スローカーブでちらつかせて、最後はあの球で仕留める。

 

嶋の配球はシンプル。緩急を使い、ストレートで詰まらせる。

 

 

そして、第3球までで1ボール2ストライク。狙い通り、3球目のストレートで追い込んだ。

 

 

――――最後はボール気味のストレート。ヒットゾーンが広いから、今のビハインドなら絶対打ってくる。

 

嶋は打ち気に逸っている沖田を見て確信する。

 

 

――――絶対に出塁する!! 絶対にだ!!

 

 

 

 

ガキィィィンッッッ!!

 

 

 

「おいおい。マジかよ。あれ打つのかよ、この1年坊主は」

 

 

アウトコース低め、ボール気味。それをファウルで逃げるのではなくうちに来たのだ。

 

 

そして詰まりながらも、打球はライトに落ちる。

 

 

 

「ついに3打席目で打ったぞ!!」

 

 

続けて御幸。2球目、カウントを取りに来たスローカーブを引っ張る。

 

 

――――俺はこのチームを勝利に導く

 

 

打った瞬間手ごたえがあった。

 

前園にあそこまで啖呵を切ったのだ。チームの勝利を考えていると。

 

だったらそれを張り続けろ。その姿を見せ続けろ。言葉と行動が一致しなければ、

 

 

――――主将以前に、一プレーヤーとして、ベンチやスタンドに申し訳ねぇだろ!!

 

 

 

 

「廻れ廻れ!!!」

 

 

「走者は三塁!! バッターランナー二塁!!」

 

 

 

「ツーアウトから主軸がチャンスメイク!!」

 

 

「ここで5番の東条だ!!」

 

観客もここまで結果の出ていない東条に対し、声援を送る。

 

 

「おいおい。流れって、こうも簡単に変わるわけか。」

梅宮も、東条を難なく抑えているが、この終盤でこの集中力。

 

「――――――――――――――」

眼は据わり、力みもなさそうに見えた。

 

 

ここまで雰囲気のある打者には見えなかった。

 

 

 

「ふぅ――――」

バットをゆったりと持ち、構える所作の一つ一つに力みがない。

 

――――打撃は受け身。そのボールを打つ事だけを考えるんだ。

 

 

 

「ボールっ!!」

初球ボール。インコースを突いてきた。しかし避けない東条。仰け反ることもしない。

 

 

 

―――――おいおい。なんだよこの1年。インコースにビビってもないのかよ

 

 

迂闊にストライクを入れると仕留められる。そんな雰囲気を醸し出していた。

 

 

――――落ち着け。落ち着かない方が負ける。

 

 

2球目はスローボール。そこで東条は、梅宮が投げた瞬間に驚くべき行動にとる。

 

 

「――――――――」

 

 

「なっ!?」

思わず絶句する梅宮。そして、まだ気づかない嶋。

 

 

梅宮の目の前には、東条はスローボールが来た瞬間に目を閉じた姿が目に移ったのだ。

 

「ボールっ!!」

 

 

―――――おいおい、目を慣れられたら困るからって、ボールから目を切るなんてマジかよ!!

 

「タイム!!」

 

 

慌てて梅宮がタイムをかける。

 

 

「野郎、ボールだと見切ったら目をつむりやがった。とことん据わってるぞ、あの野郎」

梅宮が耳元でひそひそと囁く。

 

「この土壇場でそんな余裕あること出来るのかよ!?」

東条を睨みながら、驚く嶋。

 

「なんにせよ、ここでこいつを叩いて、勝負をつけるぞ」

 

「当たり前だ。こいつはある意味沖田と同等に危険だからな」

 

 

 

 

鵜久森バッテリーは勝負を選択。

 

 

1ボール1ストライクからの3球目

 

 

「ファウルボールっ!!」

 

 

目いっぱい振ったフルスイング。東条もストレートを待っていたかのような動きだった。

 

 

打球はライト線切れてファウル。打球は前には飛ぶがフェアゾーンに飛ばない。

 

 

4球目、5球目もストレート。東条もそれを見極め、そしてフルスイング。

 

 

どちらも際どいボール。試合終盤の緊張感はどこ吹く風。この両者の間にそんなものは存在していなかった。

 

 

むしろ、

 

 

「おいおい。この局面でそんなスイングするほどバッティング上手かったか?」

三塁ベース上の沖田が興奮し、手に汗握る。

 

「東条―――――」

二塁ベース上の御幸は東条に賭けていた。

 

 

 

手に汗握る終盤の攻防。そして―――――

 

 

 

カキィィっぃんっっ!!

 

 

ストレートをあくまでつづけた鵜久森バッテリー。あのパワーカーブをまともに弾き返した大塚を警戒したリード。だが、根負けしたのは彼らだった。

 

 

ここに来て、東条は軽打を選択。センター返しで打球は内野の頭を、間を完全に破った。

 

 

「打ったァァァ!!!!」

 

 

三塁ランナー沖田がホームに生還。続いて二塁ランナー御幸が三塁に到達する。

 

 

三塁コーチャーが回す。

 

 

迷わず御幸はホームへと突っ込んでいく。センター近藤は強肩ではないが、その小回りの利いた守備で打球を素早く処理、間髪入れずにバックホーム。

 

 

 

「任せろ!!」

 

送球をカットした遊撃手菊池が中継、そのままバックホーム。御幸はすでに三塁を回り、ホームベース付近へと触れるか触れないかの距離。

 

 

「クロスプレー!!!!」

 

「かなりきわどいぞ!!」

 

 

観客も戸惑う一瞬の攻防。御幸が先に触るのか、それとも鵜久森が防ぎ切るのか。

 

 

「嶋ァァァァァ!!!!」

 

フォローに入った梅宮が吠える。その声で、嶋の心に火がつく。

 

 

 

 

 

 

 

その刹那、球場にクロスプレー特有のギリギリのプレーが発生した。

 

 

 

 

 

 

捕球した嶋と御幸がホームベース上に触れたのはどちらが先だったのか。

 

 

その判定は、

 

 

 

「アウトォォォォ!!!!」

 

 

 

「!!!!」

ホームベースで手を伸ばし、搔い潜ったつもりの御幸。だが、嶋はそれを散々梅宮にされていたりするのだ。そしてその走塁は稲実戦でも見せた。

 

 

だからこそ、御幸がどんなふうに搔い潜ってくるのかが手に取るようにわかった。

 

「だぁぁぁぁ!!! 惜しい!!」

 

「後一歩だったのになぁ!!」

 

青道側の応援席では、口惜しそうな声が所々漏れる。だが、彼らはまだ試合を諦めたりしていないし、大塚を追い詰めた輩とは違う。

 

 

「―――――――――」

 

差は一点差。しかし同点のチャンスを不意にしてしまった御幸が落ち込んだ表情をしていると。

 

 

「攻めた結果です。リスクを背負って戦わないと勝てる相手ではありません。野球は失敗が多いですけど、成功を最後に捥ぎ取ればいいんです。」

次の打者だった大塚がヘルメットを幸子に任せて、そのまま出てきた。

 

「―――――吉川の喝が余程きいたのか、螺子が取れてねェか?」

後輩に心配されて少し自分にショックを受けた御幸。そして、大塚のポジティブぶりにどこか心配したりする。

 

「ええ、木端微塵にとれましたよ」

満面の笑みで肯定する大塚。

 

 

「ナチュラルに惚気やがった」

 

 

7回の大塚の投球は圧巻だった。

 

 

内海をまずインハイストレートで三振に打ち取り、二けた奪三振に到達すると、

 

 

「ストラィィクッ!! バッターアウトォォォ!!」

三嶋に対してはスライダーで三振。膝下に落ちる縦スライダーにバットが止まらない。

 

 

ここに来て、SFFやパラシュートチェンジではなく、多彩なスライダーと剛速球で相手を抑えていくスタイルを会得した大塚。そして、その調子が上向きであることを証明するのが、

 

 

「なっ!?」

 

 

切り込み隊長近藤を追い込んだこのドロップカーブ。この緩急の差にバットを出すことが出来ない。

 

 

大塚の散らばっていた力が集約されていく。大塚の遥か前方を走る理想の大塚が近づいてくる。

 

 

――――俺は、俺にしかなれない。だから、

 

 

 

――――俺は大塚栄治として、最高の投手になる!

 

 

決め球は解っていても打てない大塚の最も基本的な決め球。

 

 

 

 

 

 

「ストライィィィクッ!! バッターアウトォォォ!!! チェンジっ!!」

 

 

ここに来て球速も152キロを計測。ピンチで自己最速をたたき出した大塚が、ここでもギアをいれてきた。

 

 

 

 

 

7回の裏は大塚がランナーとして出るも、続く前園がゲッツーでランナーが一瞬にして蒸発し、小湊ヒットの後に、麻生が凡退。ちぐはぐな攻撃となってしまった。

 

 

8回の表、鵜久森は上位打線に戻ってくる。

 

 

「大塚。」

 

8回表の守備の前、片岡監督に呼び止められた大塚。

 

「はい」

 

 

「この回をしっかり抑えたら、投手はスイッチだ。お前にはレフトに回ってもらう」

 

 

「―――――はい」

 

 

「相手は今までで一番お前を研究してきた打線だ。だが不調なりにゲームを作ってくれた。よく投げ抜いた」

 

 

「まだ8回があります。それで、俺の後ろは誰が――――」

 

 

「川上だ。一番中継ぎで安定しているのは奴だからな」

 

 

 

 

――――正直、完投できないのは悔しかった。

 

 

 

2番前田をまずストレートで三振に取る。オールストレートで三球三振。最後まで掠らせることすらさせなかった。

 

 

「おいおい。まっちゃんが掠りもしないって、どういう球質だよ、アレ」

 

 

3番菊池も三振。ここまで6球連続ストレート。そして掠らせない。150キロ連発の大塚。

 

 

「おいおい。ここでようやく本領発揮かよ。」

 

「やっぱり手を抜いていたんだな」

 

 

「まあ、この試合で大塚を秋で見られなくなるのはなぁ」

 

 

 

 

「――――――その反応はもう見飽きたよ。」

笑顔で毒を吐く大塚。観客に聞こえているかどうかはわからないが、大塚はその聞こえた方向にあまり関心を示さなかった。

 

ちゃんと自分を見てくれる人がいるから。

 

 

もはや観客の野次すら雑音に感じ、気にすることのない、いつものぶてぶてしい大塚だった。

 

 

 

―――――ホント、螺子がぶっ飛んだなぁ、エイジ

 

 

マウンドに君臨する怪物に、挑戦者の長が挑む。

 

 

 

 

ここで、4番梅宮を迎える青道バッテリー。

 

 

 

――――さっきは不覚を取ったけど、もううたせないし、

 

 

 

 

 

 

ドゴォォォォォンッッッ!!!!!

 

 

 

―――――――初見で”振らせない”

 

 

 

「――――っ!!」

バットを初球から出せなかった梅宮。ストレートに強い彼が手が出ない場所、アウトローに威力あるストレートが決まったのだ。

 

 

―――――反則だろ、それはよぉぉ!! その球威でそのコースはぁ!!

 

 

そしてここで151キロを計測。アウトローの151キロ。プロでもなかなか初球から手を出せるコースではない。

 

 

 

 

続く2球目。

 

 

「ぐわっ!!!」

 

ここでワンバウンドのパラシュートチェンジ。ハーフスイングを取られた梅宮があっさりと追い込まれた。

 

バランスを崩し、尻餅をつく梅宮を何でもなさそうに見る大塚。

 

そして悟る。彼は本当にストレートしか待っていなかったことを。

 

 

 

 

 

 

―――――ストレートあってこその決め球。ストレートに引っ張られて凶悪になったなぁ

 

 

まるで何かに引っ張られるように、以前よりも減速したチェンジアップ。いや、そう見えるのは、ストレートが走っているからこそ。

 

 

ストレートの球質に依存する決め球なのだ。ストレートが良ければよくなるのは当然だ。

 

 

 

―――――勝負を急ぐわけじゃない。けど、

 

 

 

 

「ストラィィィクッっ!! バッターアウトォォォォ!!!!」

 

 

 

最後はインロー厳しい場所にストレート。梅宮は、ストレートに手を出すことが出来なかった。

 

 

 

 

3球三振。遊び球はなく、今度は梅宮をねじ伏せた。

 

 

「あァァァァぁぁ!!!!」

 

 

 

 

吠えた大塚。逆転打を打った相手を抑えて自然と声が出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「見違えたぞ、大塚ぁぁぁ!!!」

 

 

「おいおい!! 150キロだと!? マジかよ」

 

 

「この回3者連続!! 前の回から続いて4者連続だぞ!!」

 

 

 

称賛の声が飛び交う青道応援スタンド。

 

 

だが、まだ彼は”縦のフォーム”を使っていない。使わずにこの球速に辿り着いたのだ。

 

 

そしてそれは、彼が意図したものではなかった。

 

 

散りばめた要素を纏めて言った結果、力が逃げず、馬力がボールに伝えられた結果だ。

 

 

大塚のパワーが、春季とは異次元なほどに成長している。

 

 

だからこそ、

 

――――俺はまだまだ上に行ける。

 

 

まだ上に行ける確信が彼にはあった。

 

 

そして、不調という理由があっても3失点は看過できないと感じていた。

 

 

試合終盤、大塚が目覚め、梅宮が粘りの投球を続ける中、野球の神様はどちらに微笑むか。

 

 

後に青道で語り継がれる最後のラストイニング。

 

 

それは8回裏から始まる攻撃から繋がっていく。

 

 




しっかりとフラグを建てた鵜久森。


きっちり(勝利を)取り立てていくんで夜露死苦。


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第103話 熱闘の先へ

ついに鵜久森戦決着!!


ベンチにある手すりを握り、沢村は感情が爆発しそうになるのを抑えていた。

 

 

「――――――――――――――――っ」

 

睨みつけるような、凝視する様な、何かに惹かれそうになるのを止めるような。

 

 

沢村は、大塚の覚醒を間近で見て、心が少しだけ折れそうになった。

 

 

―――――なんだよ、そりゃ、150キロ? あんな変化球がいくつもあって…

 

これぞエース、これぞ大塚栄治。投手としての知識を得たからこそ分かる、大塚の投手としての凄み。

 

 

コースを突くだけではない。降谷以上の伸びとキレを誇るストレートに加え、彼以上の制球力。

 

凶悪さを増した、自分とは比較にならない緩急地獄。およそ、30キロ以上の緩急は、脅威でないわけがない。

 

またひとつ前に進み、掌握した、変幻自在のスライダー。

 

縦、横、緩急。スライダーだけで投球もできそうなほどの幅広い投球パターン。

 

 

そして、その奥底にはまだ高速スライダーと切れ味の増した捕球困難なSFFが控える。

 

 

 

だが、沢村が驚いているのはそれだけではなかった。

 

 

覚醒した直後に大塚がつぶやいた言葉。

 

 

――――――縦のフォームを使わずに、150キロに届くなんて

 

 

 

 

愕然となった。彼の本気のフォームでもある縦のフォーム。夏の甲子園ではこのフォームで149キロをたたき出した彼が、通常のフォームでそれに並んだ時からそれは予期できたこと。

 

 

迷いが消えた天才の実力に、沢村は何も言えなかった。

 

 

―――――初めて、参ったって一瞬でも思っちまった。

 

 

だが今はもうよそう。沢村は決意する。

 

 

 

今は、大塚栄治を全力で応援しよう。

 

 

今は、チームの勝利を願って、声を振り絞ろう。

 

 

 

 

「大塚ぁぁぁ!!! これならもしかしたら完投出来るだろ!!!」

 

 

 

「いや、完投はないってさっき言ってたろ、沢村――――」

金丸の突っ込みがやけに心に突き刺さったが、気落ちせず声援を送る沢村。

 

 

 

 

「な、流れは来てるぞ、勝てるぞォォォ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

8回裏、青道の攻撃は1番の倉持から。

 

 

――――今日はずっと緩急にやられてる。

 

今日は3打数無安打。切り込み隊長の仕事が出来ていない。

 

 

―――――細かなことはいい。来た球を打つ!!

 

 

 

 

そして、倉持の打ち気を嶋は冷静に読んでいた。

 

 

――――こいつ、打つ気満々だな。クサイところ投げときゃ打ち取れるな

 

 

初球パワーカーブ。左打席に座る倉持がまず反応し、

 

 

「ストライィィクッッ!!」

 

 

空振りを喫する。やはりストレートを意識して、この球にバットが空を切ってしまう。

 

 

――――考えるな、考えて打てたら俺は苦労してねェ

 

 

「ファウルボールっ!!」

 

 

そして高めのボール球を打たされてしまった倉持。ボールに食らいつくことを考えていた彼は、あっさりと鵜久森の術中にはまっていた。

 

 

――――次は――――っ!?

 

 

ここで3球目にスローボール。ボールゾーンだが、この球を見てしまったら最後。

 

 

「!!」

 

 

「ボールっ!!」

 

 

外れて1ボール2ストライク。だが、倉持の目をなまらせてしまう。

 

 

そして、

 

 

 

「ストラィィィクッっ!! バッターアウトォォォ!!」

 

 

空振り三振。最後は高めの速球。この試合は全く良いところがなかった倉持。

 

 

続く白洲に対しても、

 

「くっ!!」

スローカーブを引っ張るも、

 

 

 

 

「ライトォォォォ!!」

 

 

鵜久森のライト、内海ががっちりと捕球し、これでツーアウト。当たりはよかった、引き付けてタイミングを図った良いスイングではあったが、バットの先であった。

 

 

 

ここで3打席目にヒットを放った沖田。

 

 

―――――どうする、ここでランナーが出て、俺は――――

 

 

沖田珍しく迷っていた。自分がいったいどんなバッティングをすればいいのか。監督からは塁に出ろということを言われている。

 

 

だが―――――

 

 

この投手から、連打はそう簡単に生まれない。先ほどのツーアウトからの連打では一点どまり。ヒットを打ったとはいえ、

 

 

――――ダメだ、こんな考えではだめだ!!

 

 

「ストライクっ!!」

 

初球スローカーブ。がアウトコースに決まる。沖田の苦手な球種でもあるカーブ。思い出すのは、前橋学園のエース神木鉄平にやられたスローカーブでの見送り三振。

 

 

そして、宝徳の投手にやられたスローカーブの三振。

 

 

 

 

横浦のサウスポーにやられたドロップの空振り三振。

 

 

 

 

 

―――――忘れろ! 今はっ!!

 

「ボールっ!!」

 

ストレートはずれて1ボール1ストライク。梅宮も前日の関東から中1日もないのだ。連投の疲れがここに来て現れ始めていた。

 

「ボールツーッ!!」

パワーカーブも僅かに外れてボールツー。いや、並の投手なら際どい場所なのだが、

 

 

――――ちっ、少しずれちまった!! 本当なら追い込むつもりだったのによ!!

 

 

 

――――大丈夫だ、仲間を信じろ!! 後続に繋ぐんだ!!

 

 

本当に打てるのか。この投手から連打は生まれるのか。

 

 

「ファウルボールっ!!」

 

 

焦りが、沖田から精密な技術を奪っていく。中軸としての重荷。試合を決める一打、ここで本当に求められているのはチームバッティングなのか。

 

 

それとも一発のあるバッティングなのか。

 

 

「ファウルボールっ」

バットの振りが鈍る。だから、仕留められていたはずのストレートを打ちそこなう。

 

 

本来ならホームランに出来ていたかもしれないチャンスを逃してしまう。

 

 

―――――しまっ―――!!!!

 

 

悪循環に陥る。

 

 

「沖田―――――」

ベンチでは、迷いを見せる彼に心配の声がした。

 

 

 

――――いい感じに力んでくれているな、これならまだいける

 

 

嶋は外側に構えた。

 

――――アウトコース、コースはボール気味でいい。力押しで打ち取るぞ!!

 

 

そして、

 

 

 

甲高い金属音と共に打球は高々と打ち上げられる。打った瞬間に沖田は顔を上に向け、一塁へと走る。

 

「イッケェェェェェ!!!!!!」

全力で叫ぶスラッガー。その気持ちを乗せた打球、そのストレートを真正面から引っ張った打球に想いを乗せる。

 

 

「レフトォォォォぉ!!!!」

梅宮が叫ぶ。打球は鋭く、ライナー性の当たり。

 

嶋がキャッチャーマスクを外し、打球の行方を見守る。

 

 

 

 

青道ベンチも総立ちになった。

 

 

打球はぐんぐん伸びていく。レフト三嶋がフェンス際まで下がる。

 

 

 

 

――――こんなところで、ふりだしにするわけには!!

 

 

三嶋、渾身の力を振り絞り、フェンスをよじ登る。そして手を天へと差し出す。その打球を掴みとる為に、

 

 

青道の勝利を奪うために。

 

 

乾いた音が球場に鳴り響く。

 

 

 

三嶋が伸ばしたグローブの中に、白球がおさまる。

 

 

「っ!!!」

 

だが、体の姿勢は完全に崩れ、フェンスオーバーになりかけている。このままでは自分が打球事ホームランになってしまう。

 

 

「う、おぉおぉぉッ゛ぉぉッ゛ぉぉ゛!!!!!!!!」

 

 

三嶋は自分の体を顧みず、自分からフェンスの壁に向かって利き腕で押し出す。その瞬間に彼の体は宙に浮いた。

 

 

刹那の浮遊感。その直後に訪れるであろう恐怖感に襲われてもなお、三嶋はグローブからボールを離さない。

 

そしてもう片方の手で抱え込むようにして、

 

 

 

地上に衝突したのだ。その瞬間に強い衝撃が彼を襲い、立ち上がることが出来ない。

 

一気に空気が肺から押し出され、意識が飛びかける。だが、まだやるべき事が残っている。

 

 

だが―――――――

 

 

震える体を押して、三嶋はボールを収めているグローブを天に掲げる。

 

 

 

 

 

 

 

「スリーアウトォォォ!! チェンジっ!!」

 

 

その気合いに触発された審判から、その待ち望んだ判定が聞こえたのを確認した三嶋は、そのまま体の力を抜いた。

 

 

 

 

 

「うそ―――だろ――――そんな、嘘だ――――――」

絶望的だった。

 

 

二塁ベース上で唖然茫然の沖田。今起こったことを信じることが出来ず、それ以上の言葉をひねり出すことも出来ず。

 

 

―――――ホームランが―――――アウト?

 

 

「ウソだ――――――そんな馬鹿な―――――」

 

 

天を恨むことしか出来なかった。

 

 

 

 

青道スタンドも二塁ベース上で呆然と立ちすくむ沖田の姿に胸を痛めていた。

 

 

応援席では、

 

 

「そんな、沖田君―――――」

吉川は、その結果よりも彼の唖然呆然として姿に心を痛めていた。天国から一気に地獄へ。ホームランボールをキャッチされるという超ファインプレーに阻まれ、同点を台無しにしてしまった焦燥で、沖田は崩れかけていた。

 

 

沖田の考えていることが分かる。

 

 

このままでは大塚を敗戦投手にしてしまう。もっとこのチームで、選抜にも。

 

 

 

「残り1イニング――――まだ、まだよ!! まだ最後の攻撃があるよ!!」

美鈴が叫ぶ。まだ試合は終わっていない。9回スリーアウトが宣告されるまで、試合に負けていない。

 

「そうです!! 最終回は御幸先輩からです!! まだ、まだわかりませんっ!!」

吉川も叫ぶ。

 

だが、二人に続く者がなかなか現れない。無理もないだろう。

 

 

青道きっての巧打者沖田があんな風に打ち取られては、意気消沈しても無理もない。

 

 

 

青道応援席とは反対側では、お祭り騒ぎになっている。ホームランを阻止し、同点を消した。

 

そして沖田を4打数1安打に抑えるという成績。甲子園で活躍した彼を抑えたことはかなりの自信になったはずだろう。

 

そしてこの秋季大会を取る事さえ夢ではないことを示すかのような筋書き。

 

 

「ど、ど、ど、ど、銅鑼ァァァァっぁ!!!!!!!」

流石の梅宮も気が動転していたようで、そして嬉しい雄叫びを上げる。

 

 

「悪運強いね、梅宮は」

 

 

 

「大丈夫か、三嶋!!」

倒れている三嶋の下に外野の近藤、内海が駆け寄る。

 

 

「へへっ、無茶し過ぎたぜ」

息を荒くしながら、サムズアップする三嶋を見て、内海が泣きそうな顔で吠える。

 

「くそっ!! 絶対勝つぞ、この野郎!!」

 

「ホント、無茶だよ、自分から支えを手放すなんて、梅ちゃんの癖がうつった?」

近藤が若干呆れながら三嶋の肩を支える。

 

「無謀に見えるけどよ、勝つためのベターな選択、だったぜ」

痛そうにしているが、三嶋は笑顔だった。

 

 

 

そしてその頃、青道の投球練習場では

 

「ノリっ!! ラスト5球!! 次の回行くぞ!!」

ブルペンで川上の球を受けていた小野が川上に指示を出す。

 

 

「――――――」

川上は先ほどの光景を見て、動かない。

 

「ノリっ?」

 

 

「すげぇぇな、あの気迫。」

羨ましそうな目で、そして、並々ならぬ強い意志を秘めていた。

 

「川上―――――」

 

 

「俺も抑える。俺も、あんな緊迫した試合に出たかったんだ――――ッ!!」

喜びに満ち溢れていた。そして、戦うモノとしての覚悟が出来ていた。

 

「ノリ――――変わったな、お前も」

 

 

 

「青道高校、選手の交代をお知らせします。ピッチャーの大塚君がレフトへ。麻生君に代わりまして、川上君。ピッチャー、川上君」

 

 

ここでクローザーの川上を投入。いきなり5番犬伏との対決を迎えることになる。

 

 

「ここで変則投手かよ。しかも大塚はまだフィールドにいるのかよ」

犬伏が打席に立つ。

 

 

――――ノリっ、こいつは不調とは言え大塚からスクイズ、中軸を打っている相手だ。

 

外に構える御幸

 

 

―――――外のスライダーでまず先手を打つぞ

 

 

「ストラィィィクッッッ!!」

 

外のスライダーに空振りを奪われる犬伏。タイミングが合わない。

 

 

 

続く2球目も空振りを奪う。

 

「ストライクツーっ!!」

 

徹底して外角低めのスライダー。制球よく投げ込まれるスライダーに掠りもしない。

 

――――クッ、変化球攻めかよ。3球目も来るのか?

 

 

 

――――慣れさせる前に、仕留めるッ!!

 

 

御幸は高め見せ球のストレートを要求。

 

 

高めの釣り球に手を出してしまう犬伏。ファウルで逃げる。

 

 

そして、大塚とは違う軌道に戸惑いを隠せないまま、勝負球。

 

 

 

「スイングっ!!」

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトォォォ!!」

 

外のスライダーに手を出してしまった犬伏。空振り三振である。

 

「ちっ、名門チームには力のある奴がたくさんいやがるな」

悔しそうな顔でベンチへと戻る。

 

 

 

犬伏も強打者ではあるが、変化球に対しては脆い。大塚のストレートを確実に転がした第3打席とは違い、川上は根っからの変化球投手。相性は悪いのだ。

 

 

そして続く嶋にはインコースストレートが決まり、見逃し三振。

 

 

最後の二宮に対しては――――――

 

 

「っ!?(スライドして!?)」

 

右打席に入った二宮。思わず仰け反ってしまったボールコースのストレートがスライドしてストライクゾーンに抉り込んできたのだ。

 

 

不敵に笑みを浮かべる川上。これが秋の成果。これが一年間の成長の証。

 

 

強打者に対し、インコースを突くだけではなく、そのさらにもう一工夫を行える技術とメンタル。

 

 

全国での挫折をばねに、シンカーに続く新たな切り札。

 

 

川上が会得した第3の変化球。

 

 

 

川上にしか会得できない、川上に許された死神の小鎌、カットボール。

 

 

 

真横から襲い来るサイドハンドから繰り出された鎌の前に、身動き一つできなかった二宮。

 

 

―――――当たるかもと思ったボールが、ストライク!? これは本当に、

 

 

本当にカットボールなのかと。

 

 

 

 

 

「ストライィィィクッ、バッターアウトォォォ!!」

 

ここで渾身のフロントドアがさく裂。1イニングを三者三振に抑える好投を見せた川上。

 

「気にすんな! この回抑えたら関係ねェ!!」

 

打ち取られた面々に、梅宮が声をかける。

 

「ああ、もう一度対戦しても、アレはなかなか難しいな。大塚を打ち取る前に出てきたらヤバかったな」

 

 

 

 

 

 

鵜久森リードのまま、9回の裏に入る。当然青道側とは反対側の応援席では、稲実に続く大物食いを期待する声が大きくなる。

 

そんな圧倒的なアウェーの状況を作り出されて尚、息を吹き返した青道にとっては、

 

「俺はサヨナラのイメージが出来たんだけど、お前はどう?」

 

 

「そうですね。まあランナー出たら現実になると思います」

 

 

「――――借りを返したいんで、意地でも出ますよ。」

 

4番から始まる青道最後の攻撃。打席に向かうであろう3人は強気な姿勢と態度を崩していなかった。

 

だが、苦境の原因でもある大塚は顔が若干こわばっていた。

 

 

マウンドの梅宮は、

 

「後一イニング!! 気合入れて守るぞ、お前らァァ!!」

 

 

 

「梅ちゃん!! あと1イニング!!」

 

「後アウト3つっ!!!」

 

 

 

内野陣からの声を受ける梅宮は笑みを浮かべる。

 

 

まだまだ鵜久森の挑戦は終わらないのだと。

 

 

そして迎えるは4番の御幸。今日は2安打を打たれている厄介な打者。1打席目はストレート、先程は変化球を捉えてのヒット。

 

 

――――さて、後輩がああいう風に強がっているんだ。

 

先程は焦って走塁死。細かなところでミスが出た。

 

 

初球はあの超スローボール。ここまで来たら、鵜久森も形振り構わない。

 

 

ボール先行でも最後に打ち取れば問題ないのだと。

 

 

「ファウルボール!!!」

 

続くストレートに振り遅れる御幸。この推定で40キロ以上ある緩急についていくのは至難の業である。

 

 

――――体感以上に速く感じるこの高めのストレート。球速は140キロ前後ながら伸びがある

 

 

そして、2球続けてストレート。今度はアウトコース低めの際どい場所に投げ込まれた。

 

 

―――――迷ったら負けだ。

 

 

 

カキィィィンッッ!!!

 

 

アウトローの速球を逆らわずに打ち返した御幸。この先頭の場面で迷わず軽打を選択。

 

「うおっ!!」

三塁手二宮のグラブをかすめる当たりがレフト線に入る。

 

 

 

軽打とは言っても、打球は鋭く長打コース。先ほどの回で、沖田が最後の最後に迷った選択を、御幸はぶれずにやり遂げた。

 

勝利する為に、何が必要かが分かるのだ。

 

追い込まれた事が逆に彼の実力を高めた。

 

 

 

 

 

青道先頭打者の出塁、しかも長打。主将がやり遂げる。

 

ムードが、雰囲気が変わる。

 

 

 

 

「うお!! ここで先頭出塁!! 御幸の奴、ケースバッティングも上手くなってねェか!!」

 

 

二塁ベース上でまず小さくガッツポーズをする御幸。声援に応えるように右手を掲げる。

 

 

 

「きっちりつなぐよ、エイジ」

 

ネクストバッターサークルへと向かう大塚に、東条が声をかける。

 

「東条―――――」

 

 

「大丈夫、最高の形にするからさ」

 

 

――――俺もいいところ見せたいんだ

 

 

大塚が見た東条の後姿は、とても頼もしく感じられた。

 

 

「つづけェェ!! 東条!!」

 

 

「決めてもいいんだぞ!!」

 

 

沢村が声を張り上げ、横では出番のなかった金丸が声を送り続ける。

 

どちらも秋になって出番が少なく、不完全燃焼が続いている。それでも、友人、仲間の活躍を期待することをやめない。

 

 

―――――二人はたぶん、否定するかもしれないけど。

 

 

打席では、東条がひときわ目立っている二人の存在を確認し微笑する。

 

 

――――二人は、どのチームにも必要な存在だと思うんだ。

 

 

こういう選手が、チームを強くしてくれる。

 

 

 

青道以外のチームを想像していないからこそ、そんなもしもを2人が否定するのは目に見えていた。

 

 

だから、そう言えるのだ。

 

 

 

「ボールっ!!」

 

 

初球スローカーブを悠然と見送る東条。稲実が苦労したこの変化球だが、青道にとってはもはや梅宮の球種の一つ程度という評価にまで下がっていた。

 

 

 

――――全然ボールコース振らねぇ! 低目は好きなんじゃねェのか!!

 

プレースタイルにそぐわない。研究した通りの動きをしないことに戸惑う梅宮。

 

 

――――集中力が夏の本選以上だ。セミファイナルあたりから集中している打席は低めだろうが高めだろうが関係ないぞ、こいつは!!

 

 

嶋は、打席から感じる適度に緊張している東条の闘志を一番感じ取っていた。

 

 

―――――自分のヒットゾーンで打つ、 打てない球に手をださない。

 

 

そのシーンが東条に時間が緩く感じられた。

 

 

―――――当てに行こうとするな、

 

 

2球目は変化球。パワーカーブ。外角低目に外れるボール気味のコース。

 

恐らく鵜久森バッテリーは手を出して凡打、見送ってもストレートで打ち取る算段だったのだろう。事実、東条の体は少しだけ体勢が崩れる。

 

だが、鵜久森の目算が外れていたのは、

 

東条が体勢を崩しながら低めの変化球を救う技術に、

 

 

想像以上に長けていることだった。

 

 

 

―――――自分の打てるゾーンを、振り抜けッ!!

 

 

外角低めのパワーカーブを振り抜いた当たりは、ライト前に転がる。

 

 

「打ったァァァ!!!!」

 

その瞬間、絶叫する沢村。横にいる金丸とともに廻れ廻れと叫ぶ。

 

 

東条の一打で大声援が起こる大田球場。もはや鵜久森のホーム感も関係ない。

 

 

先程までの鵜久森有利な雰囲気も、青道のアウェー感もなかった。

 

 

ただ純粋に、強者が挑戦者に対して力を示していると言うだけ。

 

 

その相手を圧倒する力を示してこそ、王者。

 

 

逆境の中で力を発揮して勝ち上がってきた青道。

 

 

唯一、はねのけることが出来なかった甲子園決勝。

 

 

しかしその悔しさをばねに、当時の主力メンバーだった御幸が、そして東条が自分の仕事を果たす。

 

 

 

 

甲子園決勝を想起させるビハインドの展開で、彼らは成長を見せる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「鋭すぎて廻れねェェェ!!」

悔しそうにする金丸。

 

 

当たりが鋭すぎたのだ。だからライトから間髪入れずに好返球が帰り、二塁ランナー御幸がホームに生還できない。

 

 

「ああぁぁぁ!!!!!」

 

 

「くっそぉぉぉ!! いい当たりだったからかよ!!」

 

 

「でも続いたぞ、東条が!!」

 

 

「青道の安打製造機!!」

 

 

「青道のヒットマン!!!」

 

 

そして青道応援席では東条を称賛する声が続く。

 

 

「なおも無死一塁三塁!! 打席には今日マルチヒットの大塚!!!」

 

 

「ここはお前のバットで決めろォォォォ!!!」

 

 

大声援に背中を押され、大塚が打席に向かう。

 

――――最高の形、か

 

「―――――(自分のバッティングをしろよ、エイジ)」

 

「思い切っていこう!!」

 

塁上には自分に熱視線を送る二人の姿。

 

 

「三振でも構わへん!! あとはわいが決めたる!!!」

そして、次の打者である前園が大塚に、プレッシャーを感じずに打席にむかえと叫ぶ。

 

 

――――プレッシャーとかじゃないですよ、先輩

 

 

「―――――――――――――」

その言葉を聞いた大塚は、前園に一瞬だけ笑顔を見せ、その後打席に向かう。

 

 

「大塚?」

 

 

「力みなんてないです」

澄み切った笑顔を浮かべていた下級生は、何でもなさそうに言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当に約束通りの形。ヒーローになってきます。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

打席に立った大塚。動作も力みもなく、緊張もなく、表情筋すら張ってはいなかった。

 

 

 

 

そんな大塚の様子に、安心したような、そして少し悔しそうな顔をする美鈴。

 

 

「兄さん―――――」

 

そうだ、これが大塚栄治なのだ。自分がいつも見てきたのはそんな顔だ。

 

 

いつも自分の先を行き、いつも自分を待っていた。

 

 

意識しなくても、人目を集め、実力を発揮し続けてきた誇らしく、嫉妬すらした兄の姿だ。

 

 

そして、そんな彼を立ち直らせたのは、

 

 

「大塚和正なんて、関係ない、ね。それをここまで綺麗に言えた人は貴方が初めて」

サラが、吉川にその事実を告げる。

 

今は大丈夫かもしれない。だがきっとその影は彼に付きまとう。今度のように立ち直れるかもわからない。

 

 

だが立ち直るだろう、そう信じることもできる。そして彼は現役でいる限り、それと戦い続けることを選ぶのだ。

 

 

 

「でも、だってどうしようもないと思います。父親の道が、子供の道になるとは決まってないです。エイジ君は、どれだけ頑張っても、栄治君にしかなれません」

 

当たり前のようで、当たり前に出来ないことを、事も無げになく言い放つ吉川。それはそのプレッシャーを知らないからなのか、それとも知って尚彼を応援する決意を固めたからなのか。

 

「今後彼は、その当たり前ではない言葉を、何度も何度も言われ続けるわ。また、彼が挫けるかもしれない。もっと情けない姿をさらすかもしれないわ」

 

吉川は無言で首を振る。サラの言う未来は訪れない、彼女の胸中は固まっていた。

 

 

 

―――――私は、それでも大塚君を応援するんだ

 

 

 

 

 

「でも、栄治君にはしっていてほしいんです。ここにはたくさん、栄治君の事を見てくれている人がいるって。そんな人がいて良いんだって」

 

 

あんなに楽しそうな表情をする彼を見て、それをうれしく思う自分がいた。

 

 

 

「エイジには、野球を嫌いになってほしくないんです。」

だからこそ、彼女も決意を、覚悟を決めていた。

 

 

 

 

 

 

 

そんな吉川の独白に、サラは思う。

 

―――――まっすぐで、素直で、人を実績関係なく見られる人はとても貴重

 

そんな人と巡り合えた大塚栄治は紛れもなく運がよかった。女性関係にあまりにも無頓着で、探す力も割かなかった彼が、こんな素直な子に出会えたことは、恐らく彼にとって人生最大の幸運だったと言える。

 

 

この先野球を続け、どんなに偉大な記録を作っても、どんなに長く野球を続けても、

 

 

――――この子が、この子である限り、彼はもう歪んだりしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クッ(こんな選手が、高校野球にいて良いのかよ!!)」

 

 

カウントは2ボール1ストライク。変化球クサイところに手は出さず、スローカーブをまた見送られた。初球ストレートファウルの時には獰猛な笑みまで浮かべたぐらいだ。

 

 

 

梅宮は、自分よりも圧倒的な実力を持っていると感じていた。その才能に胡坐をかかず、ひたすらに努力し続けた男。

 

 

それは、もしかしたら自分もそうだったかもしれないという、偶像でもあった。

 

 

中学時代を棒に振ったような野球人生。高校野球でこんな舞台で戦えるとは思っていなかった。

 

ここまで来たことが、嬉しかったし、まだまだ満足できない。

 

 

そんな大舞台を夢見る自分たちの最大の壁、それが大塚栄治。

 

 

―――――こえてやるよ、俺の全てを使って!!!

 

 

 

――――スローカーブの後の速球。ストレートを低めに、ゴロで打ち取る。

 

中間守備、打球によっては本塁封殺、もしくはゲッツー。

 

 

そしてこの土壇場で大塚によく痛打されていたパワーカーブではない。今までの緩急を貫いてきた。

 

 

 

 

 

 

―――――ああ、ここぞという場面で“選ぶこと”が出来るからこそ、貴方達は強かった。

 

 

そして、大塚はその配球を読んでいた。

 

 

――――何かを選ぶのは、何かを捨てること、

 

 

大塚和正の幻影を追うことをやめた結果、自分の先にある未来が解らなくなった。

 

自分はああいう投手になるんだろうというビジョンが崩れた。だから当然、自分はどういう選手になって、活躍できるのだろうという不安も生まれた。

 

 

――――けど、違ったんだ

 

 

振り抜いた感覚は、野球人生で一番の手ごたえだった。

 

 

―――――先が見えない恐怖なんて最初はなかった。

 

 

打球を見る大塚の目は未来への期待と、希望に満ちていた。

 

 

 

 

――――未来は、決めつけちゃいけなかったんだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――」

思わず振り向く梅宮、打球がセンター方向へと上がっていく。

 

 

「行けェェェ!! 大塚ァァァァ!!!」

三塁ランナー御幸はタッチアップの構えを見せる。大飛球の好捕ならたまらない。この瞬間彼は冷静だった。

 

 

「風に乗れェェェェ!!!」

そして闘志をむき出しにする東条。風はほぼ無風。我を忘れ、自分の事のように打球を目で追う。

 

 

 

センターの近藤は見上げるだけだった。

 

 

――――そ、そんな。この打球は―――――

 

 

はるか上空で、尚も勢いが衰えない打球の強さ。そして――――

 

 

 

 

 

 

鵜久森ナインの視線ははるか上空に集まる。誰一人として動こうとしない。

 

 

 

 

なぜならば、どうあがいても彼らの手の届く場所にボールは一時も飛ばなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

打球は、スコアボードに直撃し、センターのフェンスを越えていった。

 

 

 

 

何が起きたのかが解らない観客は、どよめく。何が起きたのかを本当に理解することもなく、雑音に満ちた球場を作り上げる。

 

 

 

 

 

 

 

そんな地鳴りのようなステージで、ようやく一塁ベースを回った大塚栄治は、青道応援席に拳をささげる。

 

 

 

 

 

 

 

「――――――――――――――――――――――――――――っ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

獣のような声を張り上げ、絶叫する大塚。闘志をむき出しにした表現は投手の時だけだった。それでも、ここまで

自分を曝け出したような行動はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「大塚――――――」

憑き物が取れたような顔をして、勝利に貪欲になる。それが正常だったはずなのに。

 

 

―――――帰ったら反省会だな、主にオマエのな

 

御幸は、ホームベース付近で大興奮の大塚と彼に抱き着く東条を尻目に、ゆっくりとベンチの元へ帰る。

 

 

 

青道応援席では言葉にならない声で入り乱れていた。

 

 

お互いに隣が勝利の雄たけびをあげ、時には抱き合っている部員もいた。ガッツポーズをする者もいた。

 

 

ダイヤモンドを回った大塚が、応援席の中で涙ぐんでいた美鈴の姿を見つけた。

 

 

「やったぞぉぉぉぉぉ!!!!!!」

しっかりと美鈴の姿を見て、彼女の為に叫ぶ。

 

小言を言う面倒くさい妹の事を嫌いにならない、自分には過ぎた兄の行動に

 

「――――――もう、かなわないなぁ、兄さんには」

今までの負の感情までもが消えていった。そして分かってしまった。

 

 

裕作や自分が背負うはずだった責任を全部一人で抱えていたことも。それを彼は肯定していたし、今更どうしろという事はない。

 

 

「兄さん――――」

 

 

「黒羽君がいた時も、あんな笑顔はなかった。本当にいい子で、うちの息子にはもったいないぐらいの親友。沖田君でも引き出せなかった」

綾子は、ホームベースで仲間にむちゃくちゃにされている息子の姿を見て、うれし涙を見せていた。

 

 

「そんな、そんな当たり前のことを求めていたのに」

 

 

「アヤコ、自分を責めないで。むしろやせ我慢し過ぎなのよ、エイジは。でも―――」

 

サラが吉川に向き直る。

 

「エイジのホンモノを見つけてくれて、取り戻してくれて、ありがとう」

 

 

「え、あの―――でも私、そんな――――エイジ君が自分で、私は思ったことを言っただけで――――」

 

 

 

 

「お―――い!! 吉川さんッ!!!!」

 

 

「は、はいっ!? ちょっ!? えぇぇぇイジ君!!?」

いきなり自分の名前を叫ばれ気が動転する吉川。

 

 

「情けない俺に喝を入れてくれてありがとう!! 後、やりやがったね、予想できてなかったよ!!」

 

 

「―――――――――――――あ」

弾けた笑顔を見せる大塚を前に固まってしまう吉川。あんなに魅力的な彼は、

 

 

―――――卑怯だよ、大塚君―――――

 

 

 

 

 

 

「君がいたから!!! 俺は、その―――――」

 

 

どもる大塚。言葉が続かない。

 

 

 

 

しかし半ばヤケクソに、大塚栄治は言葉を続ける。

 

 

 

「俺は、大塚栄治でいられるんだ!!!!!」

 

 

そして、心が、頭が混乱したまま、大塚は大胆なセリフを吐きまくる。

 

 

 

 

 

―――――え、え、えぇぇぇ!? えぇぇぇぇぇ!!?!!?!?!

 

 

 

もうだめだった吉川。言葉を失い、心の言葉も失った。

 

 

 

 

 

 

「―――――――――――――――――」

思考がショートし、顔が茹で上がってしまっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょ、吉川さん!? 吉川さん!? 大丈夫なの、あれ!!」

 

 

「てめぇぇのせいだよ、バカ野郎!!!」

御幸がヘッドロックを仕掛ける。

 

 

「おらぁぁぁ!! サヨナラの御礼はまだ済んでへんぞ!!!」

 

 

「うわぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

「やはり天才か、大塚栄治」

渋い表情で生暖かい目で見守るシラス。

 

 

 

「気絶しかかっているぞ、アレ!!」

金丸がスタンドにいる部員と目配せをして、吉川を救助しようとする。

 

 

 

 

「このリア充がァァァ!!!」

 

 

「倉持先輩、ちょっと待って!! まだ待って! 気の迷いじゃないんだ!!」

 

 

「何を言っているんだお前は!!! 訳が分からないぞ!!!」

 

 

「エイジ!!!お前って奴は、お前って奴は!!! すきだァァァ!!!」

 

 

「やめろ、抱きつくな!!! 気持ち悪い!!! 俺はノーマルだ沖田ァァァ!!!」

 

 

「けど、凄いことを言ったよね、一字一句繰り返してみてよ、栄治君」

 

 

「春市!? あ、ちょっと待って!! 本当に待ってっ!!! 俺、やばい事を云ったかもしれない!!!」

 

 

 

「十分手遅れだろ!! 黒歴史確定だな!!! 馬鹿め!!」

沢村が高笑いする。

 

 

 

 

 

 

終わりよければすべてよし、最後の最後に一悶着あったが、青道は無事3回戦に勝利し、準々決勝にコマを進めるのであった。

 

大塚栄治が人生初のホームランを打ち、そしてそれが逆転サヨナラスリーランホームランという、

 

 

 

東京秋季大会の主役は俺だ、と言わんばかりの活躍。

 

 

 

 

 

 

そして球場では、

 

 

「ふうん、青道が勝ったか。私学のゴリラどもめ」

 

「大塚って奴は、どうも文武両道だが」

 

「いいんだよ、私学選んでいる時点で変わらねェ」

 

 

「けどまあ、アイツらの弱点が解っただけで収穫だな。」

 

 

「沖田はカーブ系、大塚は中盤までストレートの球威が戻らない。鵜久森の快挙を見逃す手はないな」

 

 

準々決勝の相手は、青道に対し、先手を打とうとしていたのだった。

 

 




大塚の本日の成績。


8回3失点。4打数3安打4打点。1ホーマー。

自援護してこそエース?


なお、本当に人生初のホームランの模様。初ホームランがこれとか、


誰かさんじゃないけどもっていますね。




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第104話 憧れよりも欲しいもの

野球しか知らない主人公が暴走してしまった。




深々とバックスタンドへと消えていった打球。

 

―――――やっぱ、勝ち急いだら碌なことにならねェな。

 

マウンドで打球の行方を見ていた梅宮は、こみ上げるものを抑え、最後まで堂々としていた。

 

 

 

 

打席には、気迫を込めた叫び声を上げる大塚栄治の姿。投手にしては寡黙で冷静そうな顔をしていた2枚目エースが吠えていた。

 

 

まるで、この試合で抱えていた悩みすべて吹き飛んだかのような、澄み切った笑顔。

 

まるで、自分たちは彼の踏み台になったかのような筋書き。

 

 

「梅ちゃん―――――」

 

嶋がマウンドにいる梅宮の下へと駆け寄る。ショックを受けたのか、微動だにしない梅宮を気遣っての行動だった。

 

「―――――アレが、大塚栄治か」

実力を見せた男は、ホームベースでもみくちゃにされていた。

 

そして、彼に喝を与えた女子学生に何かを叫んでいた。

 

 

「――――――あと、アウト3つだった。流れに乗るだけじゃ、勝ちきれない」

 

 

積極的なプレーだけでは限界だという事を教えられた。

 

 

「悔しいが、認めるしかねぇ。あのスイングは、今まで見てきたどのバッターよりも」

 

 

才能を感じた。センスを感じた。

 

 

柔らかいフォーム、シャープなスイング、下半身の使い方。それはバッターが追い求める理想のそれだった。

 

 

そして、見る者すべてを魅了する、美しい放物線。

 

 

投打で引っ張ってきた梅宮だからこそ、大塚栄治の目覚めつつある、もう一つの才能を肌で感じていた。

 

 

―――――歴史を塗り替えるかもしれないな、こいつは

 

 

「――――――次に対戦できるとすれば、夏の本選か」

 

そして、そんな選手と最期に対戦できるかもしれないチャンスは、甲子園に進むしかない。

 

「――――そういうところが、梅ちゃんらしいね。」

 

ショックはある、負けて悔しい。だがそれでも、それでも前を向き続けるのが梅宮だ。

 

 

嶋は、このハートの強いエースとともに、最後の夏こそ本選に進むんだという気持ちが強くなった。

 

 

「梅ちゃん、その――――うん、でもっ!」

近藤が、梅宮に声をかける。

 

外野手も、内野手も、梅宮を気遣うような視線を向ける。

 

「悪い、あとアウト3つ、捕れなかった」

 

「勝負は紙一重だったよ!! あの大塚栄治をあそこまで追い詰めたんだ! だからっ」

 

 

「だが、紙一重ってのが大きく、大塚栄治、いや、あのチームが持っていた力って奴なんだろうな。」

 

チームとしての団結力なら、決して引けを取らなかったと言える。それは勿論青道も。

 

だが、最後の最後、その紙一重を分けたのは個々のレベルの差。

 

有力選手の精鋭でもある名門校と、勢いに身を任せ続けたチャレンジャー。

 

なぜ青道高校が名門と言われているかを証明する試合となった。

 

 

激しいレギュラー争いを制し、よりレベルの高い選手にしか許されない、20名のベンチ入りメンバー。

 

選ばれなかった選手たちの思いを背負う責任と、選ばれた誇り。

 

 

故に、彼らは名門校のレギュラーを張る者として、精神的に成長し続けるのだ。

 

そして、そんな青道の中でも最もハイレベルな争いを演じてきたエースナンバーの競争。

 

背番号1を背負う責任はいかほどか。

 

 

「おいおいおい!!!! まさかここでホームランかよ……」

 

 

「これが、大塚ジュニアか!!」

 

 

「和正に比べて打力あるじゃねェか!!」

 

 

「なんだ今の打球!! まるでホームランアーチストじゃねェか!!」

 

 

 

そして、勢いを切り裂く確かな実力を証明した大塚栄治に、これまで鵜久森に傾いていた声援が一気に降り注ぐ。

 

 

「―――――――――――――」

彼は応援席にいる先程の女子学生に何かを言っている。はじけたような笑顔で、張りつめていた感情が消え去った、迷いのない瞳。

 

だが、その大きすぎる声援のために聞こえない。

 

 

ベンチで戦況を見つめていた松原は、大塚栄治の脆さを、チームが支えていたことに気づいた。

 

チャンスの場面で、同点、逆転サヨナラの場面。しきりに前の打者が大塚に声をかけ、ベンチが、ランナーが彼を盛り立てていた。

 

それはベンチのメンバーだけではない。

 

大塚栄治は、スタンドの部員たちにも後押しされていた。

 

選手たちだけではない。

 

「―――――彼が馬鹿だったということを、もう少し早く知っておかなきゃいけなかったね。」

 

 

最後の最後で、彼は馬鹿になった。それはもう、青二才も真っ青なほどの青臭さを見せた。

 

 

「悪い――――詰めを誤っちまった。」

ベンチに帰ってきた梅宮が、松原に頭を下げる。

 

「―――――妥協して負けるか、挑んで負けるか。俺はバッテリーの選択が悪いとは思わない。最後の最後、俺達の実力を越えて見せた彼に脱帽するしかない。」

 

「南朋――――――」

悔しさにあふれる涙を流す三嶋。

 

気迫を見せたが、最後は力負け。悔しくないはずかない。

 

 

悔しさを滲ませる一同を前に、彼は……

 

「悔しい敗戦。惜しい戦いを忘れちゃいけない。」

 

この試合を無駄にしないことを彼らに求めた。

 

 

「…………やるしか、ないだろ……」

 

 

「こんなところで、止まれない」

 

疎らな声が強くなる。

 

 

「やってやる。次に勝つのは、俺らだ……ッ!」

 

「――――ああ!! このままじゃ終われない!!」

 

「そうだそうだ!! 踏み台のまま終わるわけにはいかない!!」

 

「また大塚を打ち崩して、今度は勝つぞ!!」

 

 

鵜久森高校は確かに敗者だった。だが、大塚栄治をここまで追い詰めた高校が他にいただろうか。

 

稲実が手も足も出なかった。

 

愛知の名門が手も足も出なかった。

 

この夏最強のバッターを圧倒した。

 

同世代最高の捕手を続けざまに抑え込んだ。

 

 

 

この敗戦で得たものは決して小さくはなく、彼らの見出した希望。

 

「―――――大塚栄治!!」

梅宮が叫ぶ。反対側のベンチにいた大塚栄治が振り向く。

 

 

「――――――――――」

言葉はまだ声援で聞こえない。だが、彼の口が動いていた。

 

 

―――――次は、点を与えない。

 

先程の笑顔とは違う悔しさを露わにした厳しい顔つき。大塚栄治の脳裏に、鵜久森の名は確かに刻まれたのだ。

 

口の動きだけでははっきりとは分からない。だが、梅宮は投手だからこそ、大塚栄治の声が理解できた。

 

「次は鵜久森が勝つ!! 覚悟しやがれ!!!!」

 

 

 

敗者は秋を去り、勝者は春に進む。

 

 

 

 

 

そして、そんな啖呵を切りあった両エースを見ていた御幸は、

 

 

「次は、点を与えない」

大塚栄治が鵜久森ベンチを睨みながら、決意を新たにしているところを目撃していた。

 

 

 

「―――――――――――――――――――」

梅宮が何かを叫んでいた。それは決して罵倒ではなく、リベンジを誓ったような物。

 

 

御幸には聞き取れなかった。

 

それを聞いていた大塚は最期に笑みを向け、彼らに背を向ける。

 

 

「次も勝つのは俺達です。本選に進んでも、俺は今度こそ貴方達を抑えます。」

 

 

「投手同士、シンパシーでもあるの? お前ら」

まるでニュータイプかよ、と笑う御幸。

 

「いいえ、でも解るんです。俺が投手であるから、彼が投手であるから」

 

 

「―――――まあいいさ。今日はそれよりも」

ここで悪い顔をする御幸。

 

 

「―――――今日は珍しく小言がいっぱいあるんだけど」

 

 

「――――――コンディションを維持できなかったことが、中盤での隙を生むことになりました。変化球への自信の無さ、ストレートへの過度な期待。その曖昧な攻めの中で打たれた失投。」

思い出したように暗い顔になる大塚。

 

ストレートを使わなければならないという、ストレートなら、という安易な考え。

 

「一度原点に返らないといけません。俺が本当に目指さなきゃいけないのは、果たして今までの頂点なのか、」

 

 

「それとも、まだ姿かたちも見えない未来なのか。」

 

 

 

「大塚――――――っ?」

大塚和正からの脱却が進むことに、驚愕を露わにする御幸。今までずっと彼を追い求めてきた彼が、その理想とたもとを分けようとしている。

 

完全に分かつというわけではない。だが、その理想だけが正解ではないと遂に気持ちが認めたのだ。

 

「俺が何をしなきゃいけないのかを。もっとシンプルに、もっと王道で、今までと違う努力、目標が必要だと思いました。」

 

先を往く者。先駆者、それがやっぱりこいつには似合う。見据えるものが大きく、やっと自分の敷いたレールを走る覚悟を決めた。

 

 

「ホント、頭は悪くねぇのに、脳筋だよな、案外お前って」

 

「筋肉教に入信したみたいなことを言わないでください。」

 

 

青道高校、5対3で鵜久森高校に劇的な逆転勝利。準々決勝に駒を進める。

 

 

 

「――――――――――――――」

この試合を見ていた稲実の多田野は、大塚栄治のスケールの大きさにたじろぐ。

 

 

そして、青道の粘り強さに脱帽するしかなかった。

 

逆転打を食らい、中押しのスクイズを決められて尚、折れなかった心。だがそれはエース一人だけで立ち直ったのではない。

 

青道の声援に後押しされた結果、彼は苦境の中で勢いに乗った。開き直った。

 

 

そしてプレッシャーの中、最終回で追いつくことが出来なかった稲実と、そのチャンスを確実につかんだ青道高校。

 

 

投手力だけではない。精神的な強さも、

 

 

―――――負けている。今のうちは、青道に勝てない。

 

だからと言って、認めたままではいられない。

 

「―――――凄い勝負だった。あそこで打った大塚君、そのお膳立てをした御幸と東条。俺達との差はここだ。」

 

ここのレベルの高い選手たちが、深くつながっていたか、繋がっていなかったか。

 

 

「福井先輩。」

 

「うん。監督が言ったように、レベルアップは勿論必要。だけど、成宮だけじゃない。みんなでチームを作らなきゃいけない。そう言われるチームになる為に。」

 

最強の宿敵、青道を倒すために。

 

 

 

 

 

 

その後、混乱を避けるために大塚は別行動を取ることになり、一時的にチームを離れることになる。

 

 

彼が青道高校に戻ったのは、試合終了から約2時間後のことだった。

 

 

 

 

 

 

試合後、青道高校宿舎にて、

 

「――――――まったく、ちょっとお礼を言っただけなんだけど、」

困ったような笑みを浮かべる大塚と、

 

「―――――――――――――――」

顔が赤くなり、何も言えなくなってしまっている吉川。

 

「――――まあ、その。ありがとう。とても気持ちが軽くなった。そんな風に見てくれる人が、いるんだって思うと。」

 

 

「――――だって、おかしいと思ったもん。そんなこと、出来ないって。」

若干不機嫌になる吉川。今まで彼をそんな風に見てこなかった周りに対しての怒りと、諦めていた大塚の態度に。

 

そんな大塚が、自身の秘密を打ち明けたのは本選直前。限られたメンバーにだけだ。それは本選のレギュラーで、引退した3年生と惜しくも入りきれなかった数人。

 

当時の2年生のレギュラーに、1年生のベンチ入りメンバーたち。

 

 

だからこそ、部員の全てが知っていたわけではなかった。

 

 

その後質問攻めにあったのは当然と言えるだろう。それは青道高校全体でも知られていなかった事実なのだから。

 

 

片岡監督がすでに秘密を知っていた太田部長らと御幸にブロックを敷いてもらい、大塚への過度なアプローチは回避されたが、やはり大塚和正というビッグネームの与える影響は計り知れなかった。

 

 

「当たり前の事が見えなくなるのは、人の悪いところであり、性なのさ。俺も人のことを言えないよ」

 

 

「でも――――」

それでも割に合わない、と言いかけた吉川だったが、不意に大塚が近づいたので、言葉が途切れる。

 

 

ドン、

 

「けど今はどうでもいいんだ。貴女に認めてもらった。それだけで今は十分」

顔が近い、大塚栄治が彼女の近くまで来ていた。それこそもう目と鼻の先、彼の両目が真直ぐに彼女の顔を見ていたのだ。

 

「!??!?」

そして、何かの音がしたのに気付いた彼女は、その方向へと少し目線を変え、今度こそ息が止まりそうになった。

 

―――――か、か、かかか、壁ドンっ???!?!?!?

 

知らず知らずのうちに壁に追い詰められていたことに気づくことも出来ず、逆に誘い込まれていたことを知った吉川。

 

 

「生まれて初めてなんだ。こんなに温かい気持ちになったのは。憧れたことは限りなくあったのに、こんなに誰かから目を離せなくなるのは。」

吸い込まれそうになってしまう。こんなに真剣な目で見つめられたら。目を離すことが出来ない。

 

彼から目を背けることも、顔を背けることも。

 

 

「―――――――――ダメ――――っ」

それでも、振り絞るように吉川はか細い声で大塚に止めるよう懇願する。

 

これは健全ではない。これはまた彼を激しく乱してしまう。彼がまた苦難に晒される。

 

 

こんなの、選手とマネジャーの関係ではない。

 

「――――――――――」

そんな震えて動かない吉川を見て微笑む大塚。彼も彼で、どうしてここまで大胆になれるのかわからない。だが、自然と恥ずかしさはなかった。

 

例え、誰かにこの場を見られても構わないと思ってしまうほどに。

 

 

―――――ダメだな、今の俺は、とても悪い顔をしている。

 

大塚は自分でもどうかしていると解っていながら止められない。

 

熱にうなされたように、普段はめったに使わないような言葉がすらすらと出てくる。

 

「―――――まあ、そうだね」

 

だがこれ以上すると、彼女に嫌われそうになるので、まずは壁においていた手をどける。

 

 

「あ――――――」

彼女は壁から手が退いたことに驚き、声を上げる。彼女の顔もリンゴのように赤くなっており、離れていく大塚の手を見つめていた。

 

 

 

「だけど俺は―――君が好きなんだ」

 

 

 

「――――――っ」

びくりと肩が震える彼女は小動物のようで、またもや熱にうなされてしまいそうになる。そう、今度こそ歯止めが効かなくなる。

 

ここで理性を働かせた大塚は、さらに一歩彼女から離れる。

 

「―――――伝えたいこと、俺は伝えたよ。返事は……まだ、聞かない………」

最後は途切れ途切れになる大塚の言葉。少しだけ、声色が震えたようにも聞こえた彼の声。

 

取り繕っても、彼も彼で不安だったのかもしれない。

 

 

吉川はフリーズしていた思考を働かせる。それまではポンコツのように動きの悪かった頭が活性化される。

 

 

「――――――ズルい」

 

人がこんなに不安に、相手の事を考えていたのに、彼はここに来て、怯んでいた。

 

かっこいい彼を球場で見ていたのに。

 

 

しかし、最後の最後、彼の心が揺れた。

 

――――聞かない、なんて……

 

 

だから、最後の言葉は許せなかった。

 

 

「――――――いで」

 

 

「――――――吉川、さん?」

初めて戸惑いの表情を見せる大塚。恥ずかしさとは違う、別の強い気持ちを察したのか、今度は彼が彼女から目を背けることが出来なかった。

 

 

「そんなこと、言わないで」

掠れるような声で、彼女は言い放った。

 

 

「私は、大塚君に憧れていたんだよ。前を見続ける姿に、訳が分からなくなるほど強く意識して―――――」

 

 

なんなのだ、なんだというのだ。

 

吉川は頭にきた。普段は温厚な彼女だが、ここまでされて何も思わないわけがなかった。

 

 

 

「でも、この気持ちは絶対迷惑を掛けちゃう。だから我慢してたのに、選手とマネージャー、その関係でよかったって、ずっと納得してたのに―――――」

 

 

ここまで踏み込まれたら、もう戻れない。戻る事なんてありえない。

 

 

戻りたくなくなってしまった。

 

 

「こんなの、ズルい」

だから、そう思ったのだ。

 

 

 

「―――――参ったな、言葉を……間違えた、かな―――――」

狼狽えつつも、彼女の本音を聞けた大塚は、笑っていた。

 

 

 

「私も不器用だけど、エイジは、もっと不器用です。」

語気を強めた言い方に、大塚はたじたじになっていた。

 

 

「――――そうだな―――そうだね。」

 

コホン、と咳払いして今度は真剣な目で吉川に向き直る大塚。

 

 

「吉川さん。俺と、付き合ってくれませんか」

 

 

――――バカか、俺は。

 

告白をしている時でさえ、大塚は猛省する。

 

――――違うだろ、吉川さんにあんなことを言ったのは、

 

彼女の為だけではない。

 

――――弱い自分が、不安に怖気づいた自分が……

 

違う未来を想像したくなかったのに、それを考えてしまった。

 

―――彼女にだけは、素直になれるって思っていた……

 

真っ先に自分がその言葉に背いていた。

 

――――なんて間抜けだ。

 

 

しかし、そんな大塚の葛藤を目にした吉川は、彼よりも先に葛藤から解放されていた。

 

 

―――――ヤバい

 

その顔を見た瞬間に、大塚はもうダメだった。

 

――――ああ、くそっ、なんて笑顔をするんだ。

 

眩しくて、そして心が乱される。だがそれがいい。自分はずっとこの瞳を持つ人が欲しかったんだ。

 

 

 

「―――――うん――――うんっ!」

彼女は涙を流さない。ただ、それは彼女が望んでいた光景だったのかもしれない。

 

 

 

 

あの曲がり角でぶつかった時から、いつかこんな日が来ることを、彼女は期待してしまっていたのかもしれない。

 

そんなことを吉川が考えていると。

 

 

「アレは、俺の運命が変わる音だったのかもしれない。」

思い出したように、大塚はしみじみ語る。

 

 

「――――エイジ、くん?」

 

 

「入学する前の、オープンキャンパス。夜、だったよね?」

 

 

「!!!!! 思い、出したんだ―――――」

ずっと忘れられていたと思っていた。顔はこちらしか覚えていなくて、あの時は一方的に彼を知って。

 

 

「―――――まあ、ね」

 

 

大塚はその時の後ろ姿と、今の彼女が重なったように見えた。だがこのままではいけない。

 

――――今の今になって、こんなところを見られたくないなんて思うとは!!

 

絶対に囃し立てられる。というか、色々と不味い。

 

 

 

「――――えっと、これからは、恋人同士ってこと、だよね」

 

 

「う、うん。そう、ですね―――――」

 

 

「―――――――」

言葉が続かない。

 

それが自分への苛立ちに繋がる。

 

「でも、普段はマネージャーと選手。そこは、絶対に破りませんし、特別扱いはないです。」

真面目に語りだす吉川。チームの風紀を守るための決意なのだろう。

 

「――――え、でもあの声援は――――」

明らかに大塚へのエールだった。あれは特別扱いに入らないのだろうか。

 

「も、もう!! 大塚君のバカ!! 意識の問題なのです!! 」

感情を最早隠す気がないのか、先程から表情が虹のように変化し、大塚の心に何か黒いモノが増す。

 

「悪い悪い。でもあれは嬉しかったなぁ。自覚できたし。」

軽口を叩きながら、感謝の意を表す大塚。

 

「も~~~~!!!!!」

 

 

でも、悪くない。

 

――――頑張らないとな。こうなったら

 

今までは責任とか、チームの為とか、自分の為だった。野球に全て直結し、野球一本の考え方。

 

 

だが、まったく違う考え方から、そんな気持ちが生まれた。

 

 

―――――いろいろ言えるけど、平たく言えば

 

 

吉川春乃の為に、いいところを見せたいという気持ちが、ますます強くなった。

 

 

 

 

 

 

こうして幸か不幸か、後の青道バカップルが生まれるのだが、その立会人がいないというわけではなかった。

 

 

――――おい、あれどうするんだよ。

 

倉持が大胆すぎる告白シーン、そしてそれに至るまでのシーンを見て、御幸に愚痴る。

 

――――俺に言われてもなぁ。まあ、やる気になってくれたらいいんじゃないか?

 

どうでもよさそうに見えて、

 

まあ、アイツのあんな笑顔を引き出せるのは、彼女にしか無理なんだろうな、と冷静に分析していた。

 

 

――――クソッ、あの野郎。末永く爆発しろ!!

 

沖田が呪詛の言葉をもって二人を祝福する。

 

――――沖田君、モテないからってそれはないよ。

 

春市が、沖田を引っ張り、その場を後にする。何か喚いていたが、二人だけの世界に入っている大塚と吉川にとっては雑音でしかなく、聞こえていない。

 

――――幸せならそれでいいと思う。

 

降谷はあんまり理解してなさそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

その後、彼女と別れた大塚は、まだ学校にいた上級生たちと遭遇することになる。大塚は待ち伏せされていたことを知らないが、2時間何をしていたのかを問われることは解っていた。

 

話を聞いた御幸と白洲、倉持は。

 

 

「けど、良かったのか?」

御幸が大塚に尋ねる。本当にそれでよかったのかと。

 

「俺自身、心のどこかできっかけは欲しかったと思います。このままじゃダメだって。」

 

 

「だから、俺は彼らを許すも許さないもありません。でも、今後についてお願いをしました」

含みのある笑みを浮かべる大塚。

 

 

週刊誌の関係者はいきなり訪れた大塚栄治に驚きを隠せなかった。いつものように訴えられてものらりくらりと躱せばいいだけだと、心の奥底ではそう感じていた。

 

 

だが、

 

 

「取材をするのは構いません。けど、許可を取ってください。こんかいの件は俺にとってもチームにとっても前に進めたきっかけととられています。」

 

 

「今は俺自身の事で騒ぎを大きくしたくないので、裁判沙汰にするつもりはありません。」

 

 

唖然とする関係者にそう言い放ち、大塚栄治はこの件を強制的に終わらせたのだ。

 

 

要するに、大塚栄治にとってはもうどうでもいいことなのだ。覚悟を決めたともいうべきか。

 

「まあけど、これから男女関係なくファンも増えるだろうし、大変だぞ」

白洲が大塚に注意を呼びかける。

 

甲子園の若きスター選手にして、伝説の野球選手の息子にして、伝説のアイドルの長男坊でイケメン選手。しかも長身で剛腕にして変化球投手。さらには二刀流。

 

正直なところ、天は彼に多くのモノを与えたと言っていい。

 

 

「てか、ここまで一杯肩書きがついてくると、もう訳がわかんねェな」

 

 

 

「意識しないようにすればいいだけですよ。甲子園で一度は経験した事ですしね」

 

 

「それに、女性ファンが増えたところでもう関係ないです。気分が悪くはないですが、まあ。いろいろあるんです」

 

大塚は堂々としていた。女性ファンに対してデレデレする姿も予想できないので、御幸達は当然と思う一方で、安堵もしていた。

 

そして、最後に色々については言葉を濁した大塚だったが、御幸と白洲、倉持はその事を知っていたりする。

 

 

「これで表面上、女性ファンに丁寧に接していたら誰か絶対勘違いするだろうよ」

倉持が冷やかす。内心ではすでに彼女になった吉川がどういう反応をするのかを少し楽しみにしていたりする。

 

「そこを突かれると痛いですね。臨機応変に対応しますよ」

 

 

 

「試合後に姿を消したのはそれもあったんだな。その後にお前――――あ」

 

 

「――――――――――――見ました?」

若干顔を赤くする大塚。何を想像したのか、倉持が何を言ったのかをすぐに感じ取ったのだ。

 

「―――――お前、あんなに情熱的な奴だったとはな」

白洲も、大塚の意外な一面に驚いていたりする。恋愛に関しては興味の欠片もなかった大塚が、まさかあんなに大胆になるとは思っていなかったのである。

 

 

「―――――まあいいです。俺は隠すつもりもないです。本人がまだ恥ずかしいなら、努力はします。けど、彼女を悪く言う人には容赦しませんよ」

 

「惚気乙」

 

「全力で惚気ていますから」

 

「クソッ、全然動じてねェぞ、この後輩」

 

悔しそうにする倉持。清々しいほどに惚気ている大塚に嫉妬を覚えずにはいられない。

 

 

「大塚、ごにょごにょ――――」

沢村がそんな堂々としている大塚に何かで負けているような気がしてならなかった。

 

「はいはい。栄純君、だからと言って俺に惚気話をしないでよね」

棘のある言い方で春市が毒を吐く。

 

「惚気? 何を言っているの?」

解っていない人が約一名。

 

「天然すぎて笑えないよ。仕方ないから馴染みの曲を聞こうかな。」

 

「ヒーローの一人だったから気分いいだろうなぁ、東条。だが、ドルオタの音楽を垂れ流すのはやめろ」

 

「しないよ、壁薄いしね」

 

「なんであいつはもてるんだァァっァァ!!!!」

 

 

「「「五月蠅い沖田」」」

 

「ファ!?」

春市、東条、金丸に同時に言われ、白くなった沖田。

 

 

 

「アイツら、何やってんだよ―――――」

若干呆れた口調で呟く御幸。沖田の残念っぷりは慣れたが。

 

「けど、このメンバーでまた甲子園に行きたいですね。セミファイナルあたりからは上級生に助けられてばかりでしたし。だから、中心になった自覚を大切にしたいと思います。傲慢や自惚れではなく、責任と自覚に重きを置いて」

まだまだあのチームに届かない。実力ではない、精神面での強さがだ。

 

最後の最後で力を発揮できるか否か、大事な時にいるかいないか。それを克服してこそ、

 

――――それが出来てこそ、俺達はあのチームを越えられる

 

「大塚―――――」

 

「頼もしい限りだ」

 

倉持と白洲がうんうんと頷く。エースの自覚だけではない。チームの一員として自覚がより鮮明になった大塚を歓迎していた。

 

 

「行くんだよ、俺達は。今度は俺達の力で、先輩たちがとどかなかった頂点に」

この試合を経て、御幸も若干元気を取り戻していた。この勝ち方は嬉しいし、何よりもチームに勢いがつく。

 

そして、少しだが立役者の一人になれたことをうれしく思っていたりする。

 

自分の問題を持ってきた形ではあったが、この試合でチームの雰囲気が変わった。

 

―――――行くんだ。甲子園に。今度は優勝チームになって、ここに帰る為に

 

期待を抱かずにはいられない。このチームのピークはまだはるか先、彼方にある。

 

 

彼らは思う。

 

 

 

自身のまだ見えない未来と、このチームの未来を本気で楽しみに思うのだ。

 

 

 

 




大塚君は、オフに入りに際し、新たな決意を固めます。

2人ほど決意に巻き込まれるけど、いい思いは出来るはず。

ヒント 野球選手がオフにしたい事の一つです。


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第105話 御幸の葛藤

遅れました。言い訳はしません。

すいませんでした。


この秋季大会予選本選3回戦で、死闘を繰り広げた青道高校。幸いなことに、サヨナラ勝ちという劇的な勝利でチームは勢いづいている。

 

特に、エース大塚が完全無欠ではない事実を突きつけられてもなお、チームは一丸となり一つになった。この勝ち方は彼らの地力を証明するものとなる。

 

 

それは当然、あの方たちにもすぐに知る所となるわけで、

 

 

「おうおう、大塚ぁ!! 公式戦で3失点もしたって聞いたぜ。」

伊佐敷が早速煽る。

 

「うっ、面目ありません。」

うへぇ、という顔をする大塚。目が泳いでいる。

 

「まあ、俺に比べるとマシだがな。不調なりにゲームは作ったのだからな」

そして自虐風に大塚を励ます丹波。

 

「いやぁ、まあけど、納得はしていません。秋の大会ではまだ満足な投球ができていませんし。」

 

 

大塚がいうように、それほどの難敵でもあった。

 

「稲実を抑えた実力に間違いはなく、相当手強かったです。」

御幸も、あの軟投派投手、梅宮は今まで対戦したことがないタイプであり、厄介だったと感じていた。

 

「いい勝ち方をしたし、勢いに乗れるな。それで、準々決勝の相手はどこなんだ?」

前主将結城が現主将御幸に尋ねる。

 

「王谷高校です。」

 

 

「王谷―――――確か、昔甲子園に出たっていう――――まあ、油断すんなよ。甲子園を出た高校には何かが残っているもんだからな」

伊佐敷は意味深な言葉を残し、御幸と大塚から背を向けて歩いていくのだった。

 

それに続き、増子や小湊兄、結城も続くのだが――――

 

 

「あの、先輩。」

御幸が結城を呼び止める。

 

「ん。どうした?」

 

 

「昼に少し時間を貰えないでしょうか。その、相談したいことが――――」

その瞳は真剣だが、かすかに揺れていた。

 

その揺らぎに何かを感じ取ったのか、結城は

 

「ああ。俺に出来ることなら力になろう」

 

その申し出を快諾するのだった。

 

 

――――御幸先輩? いったい何に―――――

 

大塚は、御幸の抱える悩みに深く追求することが出来なかった。

 

 

 

教室では、沖田がいつもの元気を失っていた。

 

「うーん、ダメだな」

悶々としながら、スマートフォンに映る自分の打撃フォームを見て唸っていた。

 

「何がダメなの?」

小湊が隣のクラスからやってきたのだ。攻守のかなめの一人でもある彼が悩みを抱える姿に、学べるポイントがあると踏んだのだ。

 

 

「やっぱり足を上げすぎなのかもなぁ。上半身の動きはいいかもしれないが」

彼が注目するのは、下半身の動き。始動が速く、足を上げた緩やかな軌道。

 

だが、沖田はそこが自分の課題でもあると考えていた。

 

「梅宮のパワーカーブだけじゃない。神木投手、横浦のドロップ使い。俺は悉くカーブ投手に弱い。これらのボールを仕留め切れていないんだ」

 

明らかになった沖田の苦手な投手。それこそが、沖田が次の階段を上るための宿題。

 

 

「だから、仕留められるはずのボールをミスショットして、最後に打ち取られている。カーブがチラつくことで、他の球種にも悪影響が出たんだ」

 

そして行き着いた答えが、足を大きく上げない打法。

 

 

「すり足打法を取り入れるんだね? 沖田君は股とパワーもあるから大丈夫だとは思うけど――――」

 

 

「まあ、飛距離はおちるかもな。だけど、このまま課題を残したままじゃ、全国で弱点をせめられる」

沖田は、もっともっと野球がうまくなりたい、いい投手からいい打球を飛ばしたい、そう考えている。

 

 

大塚が試行錯誤を繰り返し、弟子でもある金丸も頑張っている。

 

自分も前に行かなければならないと考えているのだ。

 

一方、熱心に試合後の課題の洗い出しを行っている沖田を見ていた同級生たちは。

 

 

「今日はドルオタじゃないな、沖田」

 

「ああ。最後の打席がよほど悔しかったんだろうな」

 

「まあ、あの試合はいいところがなかったし」

 

「けど、真面目な沖田君の方がやっぱりいいかも。」

 

「うんうん。真面目なままなら選び放題なんだけどなぁ」

 

 

と、本人が気にしていることを察してか、彼らの目は温かかった。

 

 

「おうおう!! 次の試合はホームラン打てよ、沖田ぁぁ!!」

 

 

「守備も頑張れよ!! 来年は途中から応援に行けないけどさ!!」

 

 

「ああ、必ず期待に応えてやるさ!!」

 

 

 

 

「いい雰囲気だ。俺もチームも、なんだか吹っ切れたしね」

大塚は穏やかな気持ちで席に座って彼らを見守っていた。

 

―――――本当に、みんなに助けられたからね。

 

 

 

 

 

そこへ、登校したての吉川がやってきて、

 

「あ、おはようエイジ」

 

「うん、おはよう、春乃」

 

何気なく名前呼びで挨拶をする二人なのだが、

 

「ん!?」

その瞬間、クラスが揺れた。

 

「お前ら、いつから名前呼びに!?」

 

 

「ああ、まあ最近だよ。うん、深くは追及しないでほしい、かな」

ちょっと気恥ずかしそうに手を首の後ろに添える大塚。だが、それはある人種特有の雰囲気を醸し出していた。

 

 

「ってことは、」

大塚の様子を見てクラスメートたちは次に吉川へと視線を集める。

 

「―――――――――うん」

顔を若干真っ赤にして、少し目線を外しながら、頷く吉川。

 

「―――――やっぱり可愛いな、」

 

「も、もう!! エイジ君!」

ワタワタと手を振る吉川の仕草に、さらに大塚の頬が緩くなる。恥ずかしかったはずなのに、

 

 

―――ああ、もう見られてもどうでもいいや

 

何かを諦めてしまっていた。

 

そんな新しいカップル特有のお熱な雰囲気に沖田は歯ぎしりする。

 

「―――――羨ましけしからん。マジで沢村といい、降谷といい、なんで俺はもてないんだ」

沖田がぶつぶつと怨念を吐くのだが、今何か言ってはならないことを言ってしまっていた。

 

「でも、ちょっと残念なところがあってもいいと思うよ。」

 

「うん。完璧すぎるのものね―――――」

クラスの女子に励まされる沖田。

 

そして思い立った沖田が、

 

「やっぱり俺ってモテる、ねぇどう思う!? あの子にアタックするには俺は何をすればいい!!」

 

アタックを開始するが、

 

 

 

「「無理だとおもう。」」

 

 

「沖田、気になる人がいたんだ。無理だと思うけど」

 

「まあ、残念だからな」

 

「残念でイケメンで独身貴族がお似合いだろ」

 

 

いつもの扱いである。

 

 

「なぜだぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

弄られキャラになりつつある沖田を放置した同級生たちは、矛先を二人に向ける。

 

 

 

 

 

「え!? 沢村君彼女いるの!?」

 

「それに降谷君女っ気なさそうなのに!!」

 

そして、大塚だけではなく二人にまで飛び火する始末。

 

「うえぇぇ!? 沖田ぁぁぁ!!! 何言ってんだテメェェ!!!」

 

 

「―――――――――――――」

白くなっている沖田が反応しない。

 

 

「沖田ぁぁっぁ!!」

そして激しく揺する沢村。ついに起動したが、沢村はその行動に後悔することになる。

 

 

 

 

「リア充に嫉妬して何が悪い!! 今年の冬も練習でライブに行けないかもしれないんだぞ、どうしてくれるんだ!!」

 

「練習しろよ!! 俺が言うのもなんだけど、訳分かんねぇぞ!!」

沢村が突っ込む。自分が頭がよくないことを自覚した、謙虚な言葉を続けて。

 

 

 

「体を休めるのも練習だぞ!! 動かした筋肉をケアするのも練習だ!」

妥当な言葉でもあるが、ライブを見に行きたい言い訳に過ぎない。

 

「12月、ダメだったら諦めて練習しよう、沖田」

そこへ、東条が悟った目で残酷な事実を述べる。

 

 

「うわぁぁぁ!! 何としてもライブ行くんだァ!! こうなったら努力して、活躍して監督に認めてもらうしかないな!!」

 

秋季大会で活躍する、と宣言する沖田。神宮大会でも殊勲打を放つと公言する。

 

「そこはホームランじゃないんだ」

小湊が沖田に尋ねる。

 

「大きいのを狙って、凡退するよりかは、打点だろ。打点はチームへの貢献に一番効果的だろ?」

ドルオタ顔から野球人に戻る沖田。至極まっとうな理由で、頼もしい理由でもある。

 

 

「そこは冷静なんだな、沖田――――」

苦笑いの大塚。彼の腕の中には、吉川がいたりするが、沖田はそこまで視野が広くなかった。

 

「なんて不純な動機なんだ。てか、流石にやりすぎだぞ、大塚ァーーーー」

大塚が沖田に突っ込むが、リア充している大塚に突っ込む金丸。

 

「だ、そうだ。ちょっと離れようか。うん。少し正気じゃなかった。」

 

優しい声色で、吉川の耳元でささやく大塚。

 

クラスの女子達は大塚の行動にキャァ、と湧いている。一方男子たちは血涙を流す勢いである。

 

 

「何これ」

降谷は、ポカーンとした表情で周りを観察していた。

 

 

 

1年生の教室の騒ぎは、授業中こそ落ち着いていたが、最終的に落ち着くには昼まで時間がかかった。

 

 

「名前も解らない。けど、とても印象に残ってた」

 

最後に、降谷も同級生の餌食になっていたりする。が、要領を得ない答えなので、獲物は大塚と沢村に絞られ、大塚は堂々としており、沢村が逃げるという構図が出来上がっていた。

 

 

「いや、なんだかもうね。恥ずかしさがどうでもよくなったんだ。世界が変わったっていうか」

 

「お前ッ!! どうしちまったんだよ!!」

 

 

 

一方、昼に相談がしたいと言った御幸は、結城の下を訪れていた。

 

 

「―――――前園とそんなことがな。」

 

「―――――自分の気持ちに嘘はつきたくない。ゾノの言うことも理解できます。でもだからと言って、自分の気持ちを押し殺してまで――――」

 

「自分の気持ちはそうだと思っているのか? キャプテンをやめることが、お前の本音なのか?」

 

「っ」

 

結城の切り返しに、言葉が詰まる御幸。彼は、強い気持ちで主将の座についているのだ。

 

 

アイツらに見せてやりたいという気持ちが根強いのだ。

 

 

 

見せたいもの。今の御幸の夢の一つ。チーム単位の立場で抱いた、強い思い。

 

 

それは、後一歩とどかなかった全国の頂点をとることだ。

 

全国を制した景色がどんなものか。チームで掴んだ栄冠の味を、彼はまだ知らない。

 

 

今でも思い出す。光南が青道を破り、春夏連覇を成し遂げた瞬間を。

 

「入部直後からレギュラーだったお前が、いきなりチームを纏めろと言うのは、確かに窮屈かもしれんな」

言い返せない結城の言葉が御幸に響く。

 

「――――大塚もそうだが、お前たちはチームを背負いすぎている。」

 

 

「―――――え」

 

「あの敗戦、そしてこれまでの経歴が、そうさせているんだろう。もう少し人に頼ることを覚えていけばいい。器用そうに見えて、お前らは不器用だからな」

 

御幸は1年生からチームを背負うことを望まれ、勝つためには何をすればいいのか、それに貪欲だ。だからこそ、チームに対する思いは強い。それは個に対するモノではなく、チームに対してのそれだ。

 

大塚は、その経歴のせいもあり、周りに期待をされ続けてきた。だから無理をして、弱みを見せないようにしてきた。

 

あの夏で、一番敗戦のショックを引き摺っていたのはこの二人だった。

 

 

「あの時見せたお前の涙を見て、俺は思ったんだ」

 

この男ならば、自分よりもチームを強くしてくれる。精神面でも、実力面でも。

 

 

「お前が、次の主将だと。お前なら、もっとチームを強くしてくれると、一番強く感じたからだ。」

 

 

 

「哲さん―――――――――――」

その激励だけでも、御幸は満足してしまいそうになった。

 

 

 

 

 

「まあ、なんだ。話ならいくらでも聞いてやるぞ。今日の話でもお前はまず人に頼ることを知らないとな。何でもかんでも自分でやろうとするな。」

 

 

 

「俺は不器用で、上手く取りまとめたとは思っていない。それでもチームが一つになれたのは、周りに助けられたからだ。仲間の存在は、本当にありがたいものだと、キャプテンだからこそ、一層感じたよ」

 

 

「――――――はい。」

だが、まだなのだ。これは、主将としての夢。

 

 

キャッチャーとして抱いた悔しさは、かき消せない。

 

 

 

 

 

「浮かない顔だな。まだ何かあるのか?」

それでも浮かない表情をしている御幸。主将関連の悩みにひと段落したにもかかわらず、まだ悩みを抱えている様子だ。

 

 

「―――――大塚のSFF。8回二死に投げた、あの一球。あれを止めてやれば、アイツが崩れることもなかったのかなって、思って」

 

「―――――噂のSFFの進化、か。」

大塚の変化とともに、それは顕著に表れていた。

 

ストレートの球質だけではない、この伝家の宝刀がさらに鋭くなっている。

 

今の大塚のSFFは、鞘のない抜身の名刀。簡単に誰もが扱えるボールではない。

 

だが、確実に高校生では全く太刀打ちが出来ない魔球に変貌しつつあると言える。

 

また、3回戦で投げなかった高速スライダーの存在もある。正直、御幸は大塚の進化についていくのが精一杯だった。

 

ブルペンでも、小野や狩場が後逸するシーンが目立ち、青道の捕手陣が大塚の決め球を止め切れていないのが現状。

 

かく言う御幸も、大塚だけではなく、沢村のスライダーをも後逸するシーンも見られた。投手陣では次々とアマチュア離れが起こり始め、それこそプロレベルでなければ捕球すら困難な魔球を手にし始めていた。

 

降谷のチェンジアップも、ランナーが全くでない展開だったからこそ、あまり目立ってはいなかったが、前でぽろぽろする光景が目に付いたのだ。

 

監督も現状では御幸が正捕手であることに疑念を抱いてはいないが、投手の実力を生かすには、捕手陣の成長が急務であることは明白だった。

 

 

 

 

 

 

 

「キャッチャーとして、投手陣の決め球を受け止めてやれないことが悔しいんです。アイツらが安心して投げ込めるように練習しないといけない。ただそれでも、アイツらのスケールの大きさに、臆してしまう時があります。」

だが、あえて御幸は大塚だけはなく、投手陣と口にする。

 

大塚はエースで、特別な存在だ。だが、沢村も降谷も、そして川上にも言えることだ。

 

 

――――何とかしたい。いい投球をさせたい。

 

 

 

 

「―――――だが、諦める気はないんだろう?」

 

 

「はい。アイツらに全力を出させてやりたい。アイツらの投球を、世間に認めさせてやりたい。そう思っています」

 

だからこそ、あの日から一人捕球練習を行っている。ワンバウンドの捕球練習だけではない。

 

だが、魔球に近い決め球を2つ備える大塚に追い付くには足りない。パラシュートチェンジはこの2球種には及ばない。

 

沢村のスライダーは、見分けがつかなくなり、さらに球速差がなくなっている。特に低めのワンバウンド気味のボールは捕球がかなり難しい。

 

降谷のチェンジアップも、キレがあり、同じくワンバウンドとなると、同様だ。

 

 

現在の練習では限界を感じているのが実情だった。

 

 

 

 

「―――――そうか」

結城はただそうか、と答えるだけ。御幸も解っていた。この問題は誰かにいって解決できるものではない。かといって、放置するわけにもいかない。

 

「すいません。無茶なことを言って。」

 

 

「遠慮するな。それに、出来ないと決まったわけではないぞ」

笑みがこぼれる前キャプテンの顔に驚きを隠せない御幸。本当に何とかしてくれるのだろうかと、まだ半信半疑だ。

 

 

「え―――――?」

 

 

「そうだな。俺が監督のいた大学に進学しなければ、こうも上手くはいかなかっただろうな。片岡監督がいなければ、俺も何もできなかっただろう」

意味深なセリフを繰り返す結城。

 

 

「――――――今から監督に会いに行くぞ、御幸。お前の悩み、何とかできるかもしれないからな」

 

 

後に、御幸は語る。

 

人の縁は、何よりも大切なもので、得難い財産であることを。

 

 

 

 

 

 

そして今夜、ミーティングに集まる部員たちの前で、今日も渡辺が相手高校を分析する。

 

「都立王谷高校。エースの若林は、現代野球では珍しいフォーク主体の投球です。」

 

テイクバックの小さいフォームで、テンポも速く投げ込んでいることが分かる。

 

「球速は速くて130キロ後半。でも、フォークとの球速差があまりないから、低めの見極めが肝心ですね。カウントにもフォークを多投してくるので、かなり厄介です。」

 

 

「3回戦ではクイックの計測を行いましたが、かなり速い部類ですね。今年の本選3回戦の新見投手を連想させるほどです。」

 

甲子園3回戦で対戦した妙徳義塾のエース新見に匹敵するクイックの早さだと評する渡辺。

 

違うのは、新見はサウスポーで、二盗をするのにかなり厄介な部類であったこと。

 

三盗が二盗に比べ難しいのはもはやセオリーだが、左投手への三盗は、背後が全く見えない。その為、右投手よりもマシという風潮もあったが、新見投手のクイック自体が早く、それすら許さなかった。

 

それに比べれば、難攻不落とまではいかない。厄介なことには変わりないが。

 

 

「フォークの連投、怪我のリスクがありながら、それを行うというのは、理想的な投げ方を会得しているのかな」

大塚は、フォーク主体の投球ではない。だからこそ、これだけフォークを投げ込めるという事は、怪我のリスクはないと推察する。

 

 

「カウントにもフォーク使うのは厄介だな。」

倉持が冷静に分析し、低めの見極めが一層大事だと痛感する。

 

「打線の要は、4番ファースト春日、5番ライト山里あたりですね。両バッターは、他の打者に比べ、反対方向への打球が伸びるので、打ち取るのに苦労しそうですね。」

 

逆方向への打球をよく飛ばすことに、沢村、降谷が反応する。

 

「(逆方向ってことは、最後までボールを見てくるのか)」

冷静にバッターを分析する沢村。

 

「当てさせない。低目に変化球を集めれば――――」

降谷も、自信をつけた変化球の精度を見せつければ、必ず抑えられると考えた。

 

「後、思い切った守備シフトを敷くことが多く、相手打線を研究してきているのは確実と言えます。つまり、こちらの打者の打球の割合を考えて、効率の良いリードをしてくることも当日には予想されます。」

 

 

「効率のいいシフトと言っても、マジックじゃない。力む原因にはしない方がいいな。」

 

 

「相手はデータを主体とする野球をしてくる。だがそれを踏まえた上で、我々は我々の野球をするだけだ。走塁、攻撃、守備の全てにおいて、相手を圧倒しろ。」

 

 

「準々決勝の先発だが、3回戦に大塚、2回戦に降谷を使った今、この試合は沢村に任せることにした。」

 

 

「!!!!!」

思わず歓喜する沢村。

 

降谷は2回戦で先発。大塚は初戦に続き、3回戦も先発したのだ。出番のなかった沢村にとって、ここは絶好のアピールチャンス。

 

「川上には、後ろで待機してもらう。僅差の場面になるかもしれない。リリーフとしての経験はチーム一だ。恐らく最も厳しい場面を今後も任せることになるだろう。しっかりと心・技・体の準備をしておけ」

 

「はいっ!!」

 

 

クローザー川上。この男が後ろを任されていないかいるかでは、大きく投手事情が変わってくる。

 

初戦では、3点差の9回をパーフェクトに抑え、3回戦では1点ビハインドの場面で最終回に登板。流れを呼び込む投球を齎した。

 

 

 

 

その後、王谷への対策は翌朝から行うとして、ミーティングが終了するのだが、

 

 

「――――――――――御幸先輩?」

大塚が帰宅途中に御幸と結城が太田部長の車に乗ってどこかへ行く光景を見たのだ。

 

 

「――――――まあ、いいか。次の試合まで日があるし、準決勝と決勝に至ってはまだ2週間ちょっと。」

 

御幸も馬鹿ではないのだ。きっと何か自分の為になることを行うはず。

 

 

大塚も、今日は左投げのトレーニングをして、就寝するつもりだ。これはもう帝東戦後の日課である。

 

「ただいま。」

 

「あら、エイジ。今日も遅いのね」

出迎えたのはいつもと違い、サラが出てきた。そういえば、自分だけには秘密で、サラが居候になる話はあったな、と昨日聞いていた。

 

ビースターズもまさかマッケンローの一人娘をスカウトするとは思っていなかった、と苦笑いする。

 

「まあね。いつもこんな感じだよ。」

 

「規則正しい睡眠、休息はしてる?」

 

「う、うん。まあ、ストレッチなら――――」

 

「フフン、特別に私がしてあげようか?」

自信満々に語るサラ。そういえばトレーナーの資格を一通り持っていましたね。アメリカでも複数持っていたし。

 

「――――いや、やっぱりプロのトレーナーが肩入れするのは少し卑怯というか」

他の高校球児はそんなことにはなっていないだろう。ましてや日本の数年先を言っているアメリカの最新技術込だ。

 

流石に悪いと思ったのだが、

 

「ばれなきゃいいのよ。」

 

「サラ、さらに図太くなったね」

 

 

数年ぶりに受けたサラのマッサージはまさに極楽で。風呂上がりに受けていたために、大塚はそのまま寝てしまったのだった。

 

 

翌日、

 

「とても気持ちよかった。翌日なんか体の感覚がいいんだけど。」

 

「ツボをいくつか押したのよ。筋肉がちょっと張っていたし、特に下半身あたりに疲れが少したまっていたわ。体が柔らかいからそんなになかったけど、シーズンを過ごすなら、少し見過ごせないわね」

 

 

「うん、助かった。じゃあ、今日も行ってきます。」

 

 

「早朝の練習にも行くのね、本当によくやるわ」

 

まだ美鈴と裕作が起きていない時間帯に起床し、そのまま登校する大塚。

 

「もう慣れたよ、母さん。サラの事を頼みますね」

 

「ええ。まだアメリカと日本の道交法に慣れていないしね。」

 

「アハハハ、面目ない」

アメリカと日本ではかなり道交法が異なっている。その為、あちらで免許を持っていたとしても、日本の道路に戸惑う面があるのだ。

 

その他細かな手続きもあるが、話が長くなるので切り上げる。

 

 

そして、大塚はいつもならいる御幸がいないことにいぶかしむ。

 

 

―――――先輩、昨日から一体どこに。

 

 

早朝練習に、主将の姿がなかった。

 

 

 




パワプロ2016が面白い。

今永選手のアップロードはよ。

自分で作ってしまったけど……


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第106話 準々決勝に向けて

タイトル変更しました。


御幸に何が起きたのか。大塚はたまらず朝練終了後に前園、倉持、白洲に尋ねる。

 

「すいません、主将はどちらに?」

最近迷惑をかけているし、気を使わなければならない相手であり、昨日も様子が少しおかしかったのだ。気になる大塚。

 

 

「すまん、ワイも知らん。御幸の奴が最近難しい表情をするのは知っとるんやが……」

前園には心当たりがなく、歯切れの悪い回答。

 

「確か、結城先輩とともに明大の施設へと向かったが――――」

白洲は一応大まかなことを知ってはいるが、何をするかまでは聞いていない。

 

「監督が言うには、特守の一環らしいが、俺も詳しくは知らねェな」

倉持曰く、特訓に近い何かだという。

 

「てか、なんでお前ら漠然とやけど知っとるんや!!」

前園が二人に突っ込む。

 

「いや、お前自主練の後はすぐ寝るだろ。たまたま監督に会った時に御幸が話し込んでいるのを見たんだよ。」

 

「そういうわけだ。他意があったわけではないぞ、前園」

 

「あれ? 沖田曰く、御幸先輩と口論になってませんでした?」

前園が御幸の事を気にかけるとは思っていなかったので、大塚は不思議そうに本人に尋ねる。

 

「まあ、その――――ワイもワイで、周りが見えていなかったんや――――キャプテンやから周りのフォローをしろと――――キャプテンの重みっちゅうもんを理解できてへんかった。」

前園曰く、伊佐敷に色々と一言一言言われたらしい。

 

御幸がキャプテンとして頑張っているのは理解しているが、それでも渡辺に対する対応に憤りを感じていたのだ。

 

だが、御幸も御幸でキャプテンという立場でチームを纏めようと頑張っていることを理解していなかったんじゃないかと、指摘を受けたそうだ。

 

渡辺の件を糾弾するよりも先に、御幸の事を理解していなかった。監督にも、彼を支えてやってくれと頼まれたというのに。

 

「まあ、そうですね。あの人は勝ちに飢えているし、チームが勝つために何をすればいいのかを知る、そういう努力を怠らないですし。」

だからこそ、あの人に受けてもらいたいと思うし、選手としても尊敬している。

 

「すまんな、大塚。上級生が引っ張っていかなきゃならんのに、ごたごたを起こしてしまって」

 

「欠点がない人間なんていませんよ。3回戦では少し足を引っ張ってしまいましたし」

3失点もそうだが、いいように中盤までやられたことをまだ忘れることが出来ていない大塚。

 

――――夏に鵜久森来い。今度は完封してやる

 

と、本選での再戦を人知れず望んでいたりする。

 

「3失点でそこまで謝られてもなぁ。特に3点目はワイらがもっとケアしてやれたかもしれへんし」

 

雰囲気は元に戻りつつある。前園が少し気にし過ぎているきらいはあるが、それでもチームのムードが悪くなるような予感はもはやなかった。

 

「いえ、でもこれから先、何度も助けられるかもしれません。その時はお願いしますね。」

 

「つうか、終わってみれば、先制タイムリーにサヨナラスリーランの4打点だろ。投打に大活躍じゃねェか」

倉持が大塚を弄るように前日の成績を口にする。

 

まさにひとり舞台。大塚の更なる可能性を予感させる試合でもあった。

 

「出来過ぎです。御幸先輩と東条がお膳立てしてくれましたし。先制打の時も、御幸先輩が塁に出てくれたおかげで、出来たようなものですからね」

凡事徹底。投手の面ではそれが出来ていなかったし、準備が不足していたのを痛感した。打撃面では、周りにサポートしてもらい、お膳立てしてもらった。

 

おかげで、プレッシャーなく打席に入ることが出来た。

 

「謙虚やなぁ。ワイだったら、とんでもなく浮かれているで。」

前園にしてみたら、投打に才能を発揮するだけでも尊敬に値する。だからこそ、大塚の更なる精神面での成長と落ち着きは頼もしい限りだ。

 

「けど、お前にもコンプレックスはあったんだな。大塚和正、雲のような存在とだと尚更か」

白洲は、夏の時からそのことを知ってはいたが、秋で大塚が僅かに崩れる要因の一つとして、その事を気にしていた。

 

「ワイはそれも初耳やで。夏のメンバー以外には話さなかったんかぁ。いや、今更変わるっちゅう訳やないけど」

 

 

「いや、対戦しようのない相手の事を考えてることが無駄だったんです。今の俺にとって大事なのは、甲子園で優勝すること、出来たら胴上げ投手になりたいことだけですね。」

 

――――プロの世界へ挑戦したい気持ちはある。

 

だが、それで足元をすくわれるなら、プロの器ではない。

 

―――――焦れるかもしれない。けど、今は

 

目の前の勝負に全力でありたい。継続し続けてこそ、

 

 

――――自分に誇れる日がきっと来る。

 

 

ボールパークで見た、偉大な男の背中が脳裏から引きずり出される。

 

大きい背中だった。あの背番号18は、屈強な大男の中でも全然負けていなかった。

 

 

「なので、これ以上失点すると、本当にヤバいかもしれないですね」

 

「――――ワイらのポジション争いもやが、エース争いはホンマに半端ないな」

 

「沢村は馬鹿だが、野球に関しちゃ最近馬鹿でもねェ。降谷もスタミナはまだまだだが、制球力はだいぶ改善してきたからな。」

 

後ろから迫ってくるライバルの存在。それが大塚に刺激を与える。

 

「ええ。だから沢村の投げる今度の試合で、どこまでできるか。非常に興味がありますね」

 

準々決勝では都立の星とも謳われる王谷高校との試合になる。そつのない攻撃、その常識を疑い、自分たちの野球を貫く姿。

 

それは、中学時代に初めての日本を訪れてきたとき。

 

私立の高校、とりわけ人口の多い都道府県ではその中でも強豪と言われた高校が突出した成績を残し、安定した出場経験を誇っていた。

 

だからこそ、妙に覚えていた。その常識が一瞬でも打ち破られた年を。

 

古豪の帝東を破り、王谷高校が全国大会へと進んだ記事を。

 

それまでの帝東は、強豪であり、東東京の強豪校相手に連勝、向かうところ敵なしだった。そんな彼らを止めたのがこの都立の星だ。

 

帝東のエースは当時、力投派のエースだった。3回までは、無論彼らのペース。リードは2点。無失点を続けていた。

 

だが、4回にそのエースが突如崩れた。いや、あれは投手の調子が乱れたわけではない。

 

 

―――――力投派の最大の弱点。そこを突かれたんだ。

 

 

力投派の投手が9回を投げるには、どこから必ず休む場面を作る。作るものなのだ。だからこそ、恐らくエースは4,5回を流して、6回からまた力を入れてくる。

 

当時の試合映像を見て、それは一層確信できた。

 

球速表示も、ストレートのスピードも2キロ落ち、フォームも躍動感が少し薄れていた。変化球主体の投球。

 

ストレートに力を誇っていた投手だ。ということは変化球のレベルはそれよりも幾分も落ちる。都立の高校はそこで選び、賭けに勝った。

 

 

そのプロも注目するストレートと、おんぶに抱っこの変化球。

 

どちらを狙うべきか、もはや言うまでもない。

 

 

焦った投手はさらに力み、この4回の集中打が試合を決めた。それは帝東の打者にも言えた事。

 

久しく経験していなかったビハインドの展開。エースの大量失点。そして、王谷が細かに研究した各打者の打球傾向。裏打ちされる守備シフト。

 

 

そして、その相手の弱点を突き、相手に合わせた守り方を貫き、練習量の差を覆す快進撃を繰り広げた。

 

 

――――油断のならない相手だ。栄純がもう一段階上に行くにはうってつけ。

 

強打の打線相手に奮闘してきた彼にとって、初めて緻密な野球を行う相手。

 

本調子ではない大塚も、搦め手に次ぐ搦め手で鵜久森に手古摺った。

 

「栄純は俺のライバルの一人だけど、野球人としてどこまで伸びるのかを見てみたい、そういう感情もありますからね」

 

「ぎすぎすしていないなぁ、お前ら」

お互いにいい関係で刺激し合っている。ライバルである以上に、彼らは良き友人でもあった。

 

「純粋に実力を見せつけるしかないですし。お互いに仲が悪くなるのもよくないですから。それに、俺一人で東京予選を投げ抜くつもりなんてないので、一人でも多くの投手が必要なのは、言うまでもありません。」

 

ただ、エースの座は何があっても譲りたくありませんけどね、と大塚は最期に付け加える。

 

いつもとは違うメンバー、御幸不在の為か、早朝練習では先輩とつるんだ大塚。

 

あっという間に始業時間が迫ってきていた。

 

「そろそろホームルームが始まりそうですし。時間に余裕を持っておきたいので上がりますね」

 

「おう。お疲れ大塚」

 

 

グラウンドを後にする大塚は、マネジャー服姿の吉川とばったり会う。

 

「あ、持つよ、春乃。」

綺麗に洗われた白球の詰まった箱を抱えていた春乃を目撃した彼は、その運び仕事を手伝うとかって出る。

 

一方彼女は戸惑っていた。

 

「え、でも――――」

これは雑用の仕事なのに、と判断を決めかねている春乃を見かねた大塚は、

 

「二人でやった方がすぐに終わるよ。俺も練習終わりだし。このままだと遅刻するよ」

 

 

「でも悪いよ――――これはマネージャーの仕事だもん」

 

 

「一緒にやれば時間短縮。俺が手伝いたいんだ」

 

 

 

「栄治君―――――ありがとう」

迷った末に大塚の申し出を受け入れる春乃。戸惑いを見せつつも、嬉しさをどこか隠し切れない笑顔を見せる。

 

 

――――彼女を目で追うようになって、裏方のありがたさが一層わかるようになった。

 

今までは無心で行っていた道具の手入れの時間も、なんだか落ち着くようになった。

 

野球部は戦う選手たちだけではない。裏方の支えがあるからこそ、万全の状態で試合に臨めることを。

 

 

日ごろの練習だけではなく、その準備のための時間も最近意識するようになった大塚は、彼女の力になりたいと考えたのだ。

 

 

 

そしてやはり二人でやれば、時間は半分に短縮され、あっという間に仕事は片付いた。

 

「―――――もう、翌日から約束を破るなんて―――――」

 

「ごめん。でも仕方ない。幸子先輩でも、唯先輩でも、同じことをしたよ」

 

部内では特別扱いはしないと決めていたのに、と呻く春乃。

 

「え、えぇぇぇ!? ちょっとエイジ?」

 

「―――――裏方の力になりたい。いつもいつも俺達が満足に練習できるのは、みんなのおかげだって知っているから。だから、たまにはね。たまたま春乃が目の前にいたから。うん、そうなんだ」

 

本当はそれ以外の理由もあるが、あえて口を伏せた大塚。

 

 

「もう、ああいえばこういうね。深くは聞かない。恥ずかしくなっちゃうから」

プンプンと可愛らしく怒る春乃。大塚の本音についてはあえて聞かないことにする。

 

 

――――やっぱり見透かされてたか。まあ、そうか

 

彼女には、隠し事は出来ないな、と大塚は諦めた。

 

 

 

「悪かった、以後気を付けるよ」

 

 

教室に出向くと、沖田が神妙な顔で東条と話し込んでいた。違うクラスなのによくやる、と心の中で呟く大塚。

 

 

そして、最近できた野球以外の知人と何やら話し込んでいる。

 

 

「つまり、彼女の恥じらいにこそ魅力があるわけで」

 

「いや、まあ同じような年齢の人は他にもいるだろ」

 

「違うんだよ。そうじゃないんだよ、あれは」

 

「合法ロリではだめなんだよ。ああいう大人な雰囲気があるのに、若さを主張するキャラがいいんだよ。解んないかなぁ、そこ」

 

 

――――ああ、またか。

 

大塚は憂鬱になる。

 

 

「なら、あっちの方がよくないか? あんな神聖なオーラを出しているわけだし、年齢にそぐわない容姿だし」

 

「あれもいいものだが、少し違うな。」

クラスメートの輪の中心で沖田が力説する。

 

 

「けど、なんでそんなマニアックな設定が好きなんだよ?」

 

 

「こう、心にぐっとくるじゃないか!! そう言う女性心理という奴は!!」

 

――――うわぁぁぁ

 

大塚は引いた。それはもう、その傾向に引いた。

 

 

―――――そらそうよぉ……こんなのってないよぉ……

 

大塚は半年前の野球バカの沖田が恋しくなった。

 

 

 

「勉強もある程度で来て、スポーツ万能。なのに、性格だけはホント手遅れだよな、沖田」

 

「仕方ない。自分を偽ることなん出来ないからな」

笑顔で宣言する沖田。イケメンなので余計に破壊力がある。それも全方位に良くも悪くも。

 

 

「まあ、俺らも人のことを言えないか。」

 

―――――アイドル許さないアイドル許さないアイドル許さないアイドル許さない

 

若干目のハイライトが消えかけた大塚。なんだかんだ沖田から目を離さない辺り、彼も諦めていないのだろう。

 

 

 

 

「凡事徹底、一朝一夕、日進月歩、臥薪嘗胆、徹頭徹尾……」

そんな馬鹿騒ぎの中、沢村は4字熟語をひたすらに読みふけっていた。

 

 

 

「エイジ! 正気に戻ろうよ~。」

大塚の手をぎゅっと握る。

 

「あ。ごめん。ちょっと冷静ではなかった。」

恋人に手を握られたことで、正気を取り戻した大塚。

 

――――うん、人の趣味をとやかく言うのはさすがに。でも、こんなの――――

 

――――エイジ。沖田君も分別は出来ると思うし。大丈夫だよ

 

 

 

 

二人は、沖田をスルーしてそれぞれの席に座る。

 

ホームルームが始まるのだが、

 

「そうだな、もう半年たったし席替えをしよう」

担任の教師がそんなことを言い出したのだ。

 

「――――――」

ちら、と一瞬だけ春乃が大塚の方を見た。

 

「――――」

無言で微笑む大塚。どうやらお互い考えていることは同じようだ。

 

 

しかし現実はそう思い通りになるはずもなく、大塚は2列目の席に、春乃は後ろの席になってしまった。

 

「――――――」

無言だが、少し不機嫌な様子の彼女を見て、大塚は思わず口がほころんでしまう。

 

――――ああ、もう愛らしいなぁ

 

少し残念だが、だからと言って今後が曇るという事ではない。何でもかんでもくっつきすぎるのはよくないともいうし、と彼は納得する。

 

「先生、俺大塚と席を変えてもいいと思います!!」

そこへ、沖田のドルオタ仲間の実松がいきなり爆弾発言をしたのだ。

 

「!!!!」

 

「!!!!!」

この発言に目をくわっ、と見開く春乃を見て、一瞬だけビビった大塚。

 

 

「え、まあ本人同士がいいと言うなら――――」

 

「ほい、吉川さん」

実松が吉川を手招きし、自分は荷物を纏めつつ、席を後にする。

 

 

「―――――――――」

顔を、かぁぁぁ、と赤くする吉川を見た同級生たちはというと、

 

 

―――――くそう、大塚めぇ

 

――――吉川さんって、可愛かったんだな。畜生

 

―――――羨ましいなぁ、吉川さん

 

若干嫉妬の感情はあるが、おおむね平穏な席移動が認められた。

 

しかし、今日その日の授業では緊張しっぱなしの彼女を大塚がフォローするという構図が出来上がり、男子学生の思春期な心にハートブレイクの連続。

 

一応、授業や教師の話をちゃんと聞いていたが、時々声が上ずるので、変な声が出ていた。その後、後が続かなくなるので、大塚が彼女の言おうとした答えを代わりに答えたりしていた。

 

 

頭は悪くないし、最近はドジをしていないのに、こうである。

 

さらには――――

 

 

 

「「あ」」

前列の女子生徒が消しゴムを落とした時、大塚と春乃が腕を伸ばした時、手が触れてしまったのだ。

 

 

 

気恥ずかしそうにする二人に、この授業を受け持っていた片岡監督は、

 

 

 

 

「問題が起きないのなら、俺は構わん。だが、教師の前で不純異性行為とはいい度胸だな、大塚」

 

 

「誤解です!!! しかし、すいませんでした!!!!」

ついに片岡監督に目をつけられてしまう大塚。

 

 

 

その授業後、

 

「えっと、まさかああなるとは―――――」

顔を青くしている大塚。雷を落とされると思っていたのだが

 

 

 

「ふっ、まあいい。どうやら気持ちにようやく整理がついたようで何よりだ。あの試合でお前に満足した訳ではないが、粘りを見せたな」

しかしさほど気にしていたわけでもなかった片岡鉄心こと現代文の教師。ちょっと野球部の話が出始めていた。

 

「は、はい」

 

 

「人と人の繋がりは大切にしろよ。今のお前を支えるのは、どうやら仲間だけではないようだからな」

 

 

 

「はい!!」

そして、その問いに対してだけは、大塚は自信を以て断言する。いちゃいちゃと言っても、彼は本気なのだ。

 

野球も恋も、どっちも曲げるつもりなどない。

 

 

 

「ねぇ、目の前でラブコメを見せられた私は? パルパルパルパルパルパル―――――」

前列の女子生徒が嫉妬を爆発させ、

 

 

「監督公認かよ。くそっ、羨まけしからん。後で裏山な」

沖田がしょうもないギャグを言い放ち、

 

 

「寒すぎるよ、沖田君―――――」

小湊に強烈なダメ出しをされる。

 

 

 

 

いつもの賑やかな1年生の教室だった。

 

 

 

 




遅れました。いや、パワプロのやり過ぎでした。



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第107話 変革の兆し

かなり遅れました。が、まだ試合は遠いですね


2017年6月28日 

2011年シーズンと仮定した本作の時系列を変更し、東京ビヒダス、名古屋ドラゴンズ、読売キャッツのAクラスに変更。横浜を4位のBクラス。

史実通り、球団売却のイベントを少し挟みました。


新チーム始動から秋季大会へ。甲子園で頭角を出した下級生たちの活躍もあり、ベスト16へと駒を進めた青道高校。

 

準々決勝の相手は都立の星、王谷高校。先発は沢村。

 

課題でもあったスライダーの腕の振りの違いによって見極められるという欠点を克服し、後は制球面だけ。両サイドに球は集まりだしたが、すっぽ抜けや暴投のリスクもあり、完全に制御できたとは言えない。

 

一方、降谷も好調を維持し、大塚の新スライダー、進化を遂げようとしているSFF。投手陣はこの秋、冬を経てさらなる高みへと至るだろう予感を、自他ともに感じていた。

 

沢村、大塚、降谷。1年生投手陣の勢いは秋を経てもなおとどまることを知らない。

 

 

 

 

だが、投手たちの急成長による弊害が、思わぬ形で表れ始めていた。

 

 

「くっ」

 

ブルペンでは、捕手総動員で彼らの球を受けていた。先発が決まった沢村には御幸が、降谷には狩場が、そして大塚には小野がその役目を負うことになった。

 

 

呻き声を上げるのは、小野。大塚の決め球でもあるSFFが捕球できない。後逸が目立ち、ミットに収まらない。

 

 

「ドンマイです、小野先輩。高速スライダー行きます」

大塚は練習なのだから仕方ないと声をかけるが、小野の心境はそうではない。

 

―――――とんでもないキレだ。帝東戦のような実力を、取り戻しつつあるが…

 

 

大塚が最近取り組んでいる逆側の筋肉のトレーニング。鏡のように正反対の筋肉を動かすことで、バランス感覚を鍛えるというもの。

 

これが功を奏し、大塚は欠点でもあった序盤の球威不足に関して、一定の成果を上げ始めていたのだ。

 

 

日々の練習により、継続的に体を動かすことで、時間経過とともに大きくなるずれによる影響が、最小限に抑えられたのも一因だが、その根底にあるバランス感覚が維持されていることが、大塚復調のカギを握る。

 

しかし、依然として制球面では好調時よりも不安定であり、並の技巧派よりも少し上、くらいのコントロールに留まっている。帝東の向井のように自在にゾーンを操ることはおろか、楊舜臣の制球力と比べれば、天と地の差ほどの差が出来てしまっていた。

 

しかし――――――

 

 

―――――ゾーンに集まる分だけ。まだ思ったところには……高さが甘すぎる。

 

 

むしろ、本人が不満を漏らす制球力は、捕手陣から見ても及第点を誰もが出せるレベルだ。それでも捕手陣が彼のボールを捕球し切れないのは、

 

 

小野の目の前で視界から消える高速スライダー。曲がり始めがやや遅く、急激に鋭く、大きく曲がる変化。

 

 

「――――――――ッ!!」

 

 

尚且つスピードも落ちない。打者の目線だけではなく、捕手の視界からも消えかねない魔球。

 

 

 

その今日一番の切れを見せつけたボールは、小野のミットに触れることすら許さなかった。

 

 

 

―――――――全然―――――反応できなかった――――――

 

 

まるでお前では力が足りない、お前ではこのボールは扱えない、

 

大塚の意思とは関係なく、純然たる現実を見せつけるこのボールの力に、しばらく呆然とする小野。

 

 

 

 

「あ――――――」

思わず声を出してしまった大塚。またしてもボールが零れてしまう。小野が捕球し切れない。

 

 

―――――コントロールがまだ甘いのかな、やはりまだスライダーは――――

 

 

「――――――縦スラ行きます。」

 

 

 

 

横で見ていた御幸も内心憂鬱な気持ちになる。

 

 

―――――ありゃあとんでもねえな。小野があそこまで―――――

 

 

はっきりとわかる。あそこまでキレと変化量が大きければ、自分でもとれるかどうかわからない。

 

 

否、今のままでは確実に逸らしてしまう。

 

 

 

 

現在進行形で、まず沢村のスライダーの捕球に成功したのだが、このチームのエースの決め球を捕球できない事実に悩みを依然抱えていた。

 

 

 

さらに、沢村のスライダーを捕球した際の弱点も同時に産んでいるのも、主将としてより一層の責任を感じていた。

 

 

―――――捕球は出来るようになったけど、盗塁を刺せる自信がねェな

 

 

スライダーを投げた時の二盗。実戦を意識した時に、御幸は刺せる自信が、イメージが湧かない。

 

 

沢村の球速が二人に比べて遅いからこそ、かろうじて捕球が出来るだけであり、もしこのまま球速まで速くなれば御幸でも捕球が難しいだろう。

 

 

―――――信頼される捕手になる。そうじゃなきゃ、捕手は務まらない

 

このまま置いて行かれるわけにはいかない。投手の力を引き出すことなく秋を終えるわけにはいかない。

 

 

 

「さすがだな、御幸。俺はまだミットで触れることで精一杯だってのに」

小野が横から御幸の奮闘をたたえる。

 

「いや、まだまだ。盗塁を刺せねェと、このボールをあらゆる場面で選択できねえよ。まだまだ未熟だ」

 

「お、おう(もうそこまでの意識の高さかよ。さすがすぎるだろ、この男は)。」

 

 

「そうですよ御幸先輩!! 正直まだまだ危なっかしいんですからね!!」

そして、沢村がそんな御幸に対し、意識の高さは当然であると言い放つ。

 

 

「くっそ~~!! どうせ俺はまだ精進がたりねぇよ!!」

苦笑いしながら、御幸が沢村にボールを投げ返す。

 

 

 

ランナーがいる状態でもこのボールを使えるようにしなければならないこと。盗塁がフリーパス状態であることを黙認するのは、捕手にとって何よりにも感じる屈辱である。

 

スローイング、キャッチング。半端な技術では彼らとともに歩くことは出来ない。

 

 

 

そして最後に、降谷のボールを受けていた狩場は、他の二人が険しい表情で捕球しているのを尻目に、

 

 

―――――変化量だけなら、あの二人ほどじゃない。打者にとってはまさに消える、感じだろうけど。

 

減速するイメージのチェンジアップ。二人のような驚異的な変化量こそないが、キレは健在。なので、なんとかとることが出来る。

 

狩場としても、

 

――――御幸先輩は十分やってますよ。沢村のスライダーを止めきれる自信なんて俺にはまだない。それに大塚の二つの宝刀は、もっと――――

 

 

規格外すぎる二人の切り札を前に、彼も臆していた。

 

 

 

 

一方、内野争いも熾烈を極める。鵜久森戦では無安打の倉持、ヒット1本の小湊、沖田。特に沖田はホームラン性の当たりを好捕される不運にも遭うなど、2回戦までの勢いを失っているかに見えた。

 

 

そして、カーブに弱いという弱点も浮かび上がる。それは単に彼が緩急に弱いというわけではない。

 

 

早い変化球、速球。チェンジアップなどには強い。だが、パワーカーブのような特殊な軌道を描くカーブ系に対し、ミスショットしやすいフォームの欠点にあった。

 

前園にも当たりが止まり、鵜久森のエース梅宮の前に塁に出ることすら出来なかった。

 

スタメン組の不調。それが、控えの日笠、金丸に希望を見出すきっかけとなる。

 

 

 

一方で、好調を維持する白洲、東条は特に問題がない。鵜久森戦では勝負所でヒットを放った東条は勿論、起用でいろいろな作戦が出来る白洲は貴重な存在。

 

 

混沌とし始めた青道の内野争い。抜け出すのはだれか。

 

 

 

 

「――――――――――――――――――」

片岡監督は、準々決勝でだれを起用するべきかを考えていた。

 

守備力に関して言えば、今のメンバーでも十分に戦える。内野全てが出来る沖田が非常事態でもカバーをしてくれる。

 

 

沖田がいるからこそ、他の内野手のプレッシャー、さらには守備範囲の負担も軽減される。

 

だからこそ、沖田は外せない。

 

そしてもう一人、倉持の守備範囲の広さも捨てがたい。走塁においてトップクラス。ヒットが出ていないが、走塁に大きなスランプはない。

 

そして、二塁には小湊。攻撃面で、倉持を小湊が一応リードはしているが、やはりこの二人は同時起用したい。

 

二遊間は何らかの不測の事態にならない限り、変更はない。

 

 

深刻なのは、一塁手のポジション。前園にヒットは生まれているが、鵜久森のようなエース級の投手になると打つ事が非常に難しい。稲実ならさらに打てなかったかもしれない。

 

 

これまでは、彼が昇格組の顔と言ってもいいほどに存在感を出してきたが、同い年の山口も力をつけつつある。

 

 

と、ここで片岡監督は彼ら二人から視線を外し、沖田と小湊と話し込んでいる金丸を見つけた。

 

 

沖田はこれまでの高校野球の常識を覆そうとしている。守備の体勢、送球体勢までの速さ。いわゆるとってから投げるスピードが早いというやつだ。

 

それは、彼の理をもって積み上げられた打撃と同じく、素晴らしい結晶である。

 

 

身体能力だけではない。ここまで頼もしい選手はいない。

 

 

そして、沖田の後ろを追いかける金丸の動きが日に日によくなってきているのも無視できない。

 

 

 

―――――大きな変化だが、奴が様になるのなら――――――

 

 

2回戦での活躍を見せた金丸へと最期に視線を向ける監督。

 

 

―――――3回戦で外されてもなお、腐らずにプレーしている。

 

 

いい加減彼にチャンスを与えるべきだと。

 

 

 

 

 

全体練習終了後、

 

 

「悪いな、俺にも課題が見つかったようだ」

沖田が取り組んでいるすり足打法、ツイスト打法をも取り組んだ、彼の新たな技術。足の上げ幅、上げる時間を短縮し、両膝を内側に締める。さらにあと一つ秘策があると言うが、沖田は最後までその秘策を教えなかった。

 

それはさておき、沖田が前に進むと言うなら、

 

――――置いてけぼりはごめんだ。

 

金丸は闘志を燃やしつつ、沖田の打撃フォームを観察する。

 

 

下半身にかなり重きを置いた打法であり、タイミングは取りやすく見える。が、実際やってみてそれが難しいことを痛感している金丸。

 

――――まだまだアイツの領域には届かないし、筋力も足りてねェ

 

 

強靭な下半身を持つ、沖田だからこそできる打法だ。

 

 

「俺も、いつ出番が来てもいい様に、やることをやらねェとな」

だが、自分の打法を貫く金丸はそんなことではめげず、前向きに前だけを見る。

 

 

「あの試合で梅宮投手からヒットを打てたけど、まだまだ足りないのは自覚してる。技術もパワーも」

特にスタメン組の二人は悔しさがくすぶっている。負けてもおかしくない試合。そんな青道の窮地を救ったのは、背番号1だった。

 

 

あの試合は、まさに彼の独り舞台だったのだ。

 

 

 

「―――――凄かったな、アイツ」

ぽつりと、金丸がそう言った。

 

 

「――――――二刀流、意識してはなかったらしいよ。でも、」

小湊も、ベンチでその光景を見ていた。規格外の躍動、その目撃者となった。

 

 

 

 

―――――打って、走って、投げて。俺も目指してみたくなったんだ。

 

 

 

盟友の新たな決意。冗談げに語るが、それでも彼の目は本気だった。

 

 

 

――――――エースで、4番。投手だから、投球に専念しろとか、そういうのじゃ、

 

 

未開の領域へとついに足を踏み入れた神童は、昂ぶっていた。

 

 

 

 

 

―――――満足できなくなったんだ。あの感覚を知ってしまったらね

 

 

最高だよ、ホームランってやつは。

 

 

 

「大塚に打撃でもお株を奪われるわけにはいかない。俺が主軸になる。御幸先輩が投手陣に苦労している分、打撃で俺が柱にならないと。」

 

 

「うん。明らかにエース級相手だとヒット数がガクンと落ちるもんね。パワーが足りないという言い訳じゃない。体が小さくても―――――――うん、スイングに無駄な力があるのかも。」

春市も、このままではダメだということを自覚している。しきりにバットのインパクトの感覚を探っている。

 

 

 

「カーブを意識しすぎるのも。だがなぁ――――」

一方、沖田は上げる足の高さで悩んでいた。

 

 

 

「悩みの意識高すぎる――――センスの塊共めぇ!!」

馬鹿みたいにバットを振りながら、金丸が二人にツッコむ。

 

 

 

 

ランニングを行っていた東条がその3人の自主練習を目撃したのだが、

 

 

「入りそびれちゃったよ―――――」

 

 

 

「何そこで突っ立ってるんだよ!! こっち来いよ、東条!!」

 

 

しかし、沖田がむかえる雰囲気を出してくれたので無事自主練に合流することが出来た東条。

 

 

 

「そういえば、今球界で2番打者って流行ってるらしいね。何でもできる攻撃的な2番打者。」

東条がプロ野球の現代のトレンドについて語る。セ・リーグ覇者東京ビヒダスについてだ。

 

優勝争いにおいて、横浜の大塚和正、梅木祐樹、巨人の鶴見に何度も苦渋を舐めさせられたが、最後には2位名古屋ドラゴンズ、3位読売キャッツを振り切った。

 

4年連続最下位を回避した4位横浜ビースターズだが、球団売却には勝てず、球団オーナーが変わることに。翌年からは横浜denaビースターズとして来シーズンに臨む。

 

 

 

圧倒的なエースがいないこのチームは、悉く相手投手を燃やして燃やして燃やし尽くしたのだ。

 

 

 

 

 

両リーグ屈指の爆発力を誇る打線。それを青道も目を向けるべきではないかと。

 

 

 

 

 

パ・リーグでは、エース級と当たることがあっても、交流戦では零封が0回。

 

 

 

「うんうん。確かあまりバントしないんだって」

 

「ここに東条が入ってきたら、うちの打線もいいんじゃないか?」

沖田は、巧打者を2番に入れる案には賛成だと言い張る。東条は足も速く、1番に倉持がいれば、ゲッツーになる確率は低くなる。

 

そもそも塁に出れば、二盗は確定したようなものだからだ。

 

巧打者東条の前にランナーは出したくない。倉持も塁に出したくない。だから必然的に倉持に対して勝負をせざるを得ない。ゾーン内での勝負が多くなる。

 

倉持は好球必打に徹すればいい。高校クラスの投手なら、いくらでもぼろが出る。

 

 

 

そしてここから上位打線につながり、青道の誇る主力バッターを迎えることになりかねない。

 

破壊力が増すことは間違いない。

 

 

「2番はうーん」

 

「まあ、監督が決めることだしな。そろそろスタメンに定着しようぜ、金丸」

 

「くっそう。絶対入ってやるかんな!!」

 

 

 

そして、屋内の窓から彼らの打線の話を聞いていた片岡監督は、

 

「―――――2番打者に巧打者を置くのは、今までにない発想だが」

 

「東条ならやってくれますよ、監督。鵜久森戦ももちろん、今大会は当たっていますからね」

太田部長も、今まで考えもしなかった攻撃的な采配を思いつきとはいえ、言い放った下級生たちに驚きを示したものの、妙に納得し、肯定的だった。

 

 

「理想通りになれば、この打撃陣を止められる投手はそうはいないだろうな。俺でもあまり投げたくない」

もしもの想像ではあるが、監督はこの打線を相手にしたくないと言い切れる。

 

倉持の足は、高校生ではなかなか止められるモノではない。後ろにいい打者がいるのであれば、出来れば片付けたいし、ゾーン勝負になるのは目に見えている。

 

片岡監督がその話を聞いて打順を考えたが、やはり沖田と東条は長打も期待できる。彼らのうちの一人を3番に置きたい。

 

 

白洲2番でもいいが、攻撃的な面で言えば、白洲の火力は物足りない。

 

だが、3番をあくまで繋ぎと考えるなら、白洲をここに入れるのも悪くない。

 

問題は、下位打線がどれだけ粘れるか。層が厚くなければできない理論上の強力打線に成り果てるだろう。

 

 

「か、監督!?」

太田部長がまた驚く。監督がこんなことをあまり言う方ではなかったので、驚いているのだ。しかし、現役時代はドラフト候補にも名を上げられた実力である彼が、ここまでいうのであれば、期待をしていないわけではなく、

 

「――――――今すぐには無理だろうが、試してみたいとは思う。従来の常識を覆してきたのは、いつだって革新的なものだ。」

 

投手の成長ばかりに目が行きがちだが、野手陣の成長も著しい。

 

「ですが、もし2番打者のセオリーを破壊できる打線になれば、今までのうちのデータがすべて過去のモノになる!! これは大変なことですよ!!」

 

今年のデータが過去のモノになる。太田部長は、そのさらなる成長に興奮を隠し切れない。

 

秋大会で振るわない打線が、新しいセオリーによって変革する。

 

センバツでは、度肝を抜かれることになるだろう。

 

青道の攻撃的な野球。守備走塁は勿論、送りバントの必要性がなくなる。

 

「ここまで成長と可能性を感じる世代は初めてだ。それに、控えの選手にも熱を帯びている者もいる。最近の練習を見てもそうだ」

 

二塁の候補に木島が入っていたのも、彼が実戦を強く意識した動きを心掛けていることだ。

 

リスキーなプレーではあったが、難しい体勢からのトス。あれは小湊亮介を彷彿とさせる身軽な動き。

 

山口もプロテインを中心とした栄養を考えたトレーニングを行っている。彼の逞しい二の腕を見ればわかる。あれは相当鍛えていると。

 

そして何度も言うようだが、沖田がユーティリティなのもとても助かる。彼が空いているポジションに行くことで、可能性を感じさせる選手を置くことも容易だ。

 

 

チーム力がさほど落ちず、成長出来る要因は、沖田の存在に支えられていると言っていい。

 

投打で存在感を出し始めた大塚、扇の要である御幸。この二人が注目されがちだが、彼らに負けない実力を持っている。

 

 

 

「準々決勝前にはできないだろうが、日はまだある。紅白戦も視野に、神宮出場の際のメンバーも視野に入れるべきだろう。」

無論、良くも悪くも公式戦の結果が最優先されるだろうがな、と付け加える監督。

 

 

やるのであれば、準決勝前。

 

 

大会期間中であるにもかかわらず、片岡監督は紅白戦を企画する。

 

そして、今までなかった対戦も行われることだろう。

 

 

 

 

 

 

 

当然、沖田と大塚を別のチームに入れるのは決定事項。そして、主力打撃陣相手にエースがどこまで投げられるのかを確かめるのも確認したい。

 

 

 

 

 

復調しつつあるエース大塚が、課題を見つけ、新しい取り組みを行う沖田、そして味方だったチームメート相手にどうやって立ち向かうのか。

 

 

 

エース大塚、沢村が、沖田、御幸、東条相手にどんな投球をするのか。

 

 

シートバッティングでも顔合わせをしてこなかった組み合わせが激突する時、

 

青道の変革がさらに加速する。

 

 

 




原作ではあまり描写がなかった決め球を捕れないという描写。

原作でも未完成ながら多くの球種を手にした沢村君ですが、

確か、ナンバーズは10ぐらいあったような。ツーシーム、カッター改、チェンジアップ、ゼロシーム、2種のチェンジアップ、スプリット。まだあるし・・・・


本作の彼の球種は原作に比べて特化していますが。一応確認だけで

フォーシーム、カット、チェンジアップ、C・チェンジ、高速パーム、ムービングを入学前に習得。

夏予選で高速スライダーを習得。なお本選で使いものにならず。

秋では、パームが安定しないので封印。パームは一球ごとに変わるので、かなり不安定。

C・チェンジも右打者専用球種になる予定。準決勝前に描写をいれます。ムービングも原作同様に変化が不安定に。

現在スライダーの特訓中で、試行錯誤の末、いくつか副産物も生まれました。

出来たのがカットボールもどきの高速スライダー。変化が通常の高速スライダーよりも小さく、半ば半速球に近いので打たれやすい。フロントドア、バックドア出来れば。

110キロ台のスタンダードなスライダー。コントロールしやすく、変化もそこそこ。しかし決め球には使いにくい。

制球困難な新生高速縦スライダー。腕の振りの違いを克服したものの、御幸以外誰も捕球できない。

原作の方が強いかも。




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第108話 縁を手繰り寄せる扇の要

洒落にならないほど遅れた理由は、パソコンの調子が悪くなったからなのです。

入力するときにフリーズするときが多く、そうならない日もあるのですが、仕事で時間をつぶされてしまったのです。

すいませんでした。


鵜久森戦から数日が経ち、沖田と大塚は前園がしきりに御幸の所へ行っているところを目撃していた。

 

「2年生ミーティング、らしいけどさ。お前はどう思う、エイジ?」

沖田が騒いでいる前園を見て、横にいる大塚に尋ねる。

 

 

「いや、大会中はやめた方がいいと思う。レギュラー陣のメンタルをやられかねない。」

特に、チャンスで弱い人とか、守備でエラーしたりとか、ムラッケのある人とか、かなり影響出るよ、と忠告する。

 

「まあ、新チームに色々手が届かないところがあるのはよくある事だけど、俺達はかなり恵まれている方だよ」

大塚はチームの地力を分析する。

 

「センターラインを含む外野陣はほぼ固定。内野の層も厚く、投手は言わずもがな。捕手に御幸先輩がいるのも大きい。人間関係も大事だけど、それは終わってからでも出来ることだから。」

 

今は、チームが一つの方向に向かう時だと、大塚は考えているのだ。

 

「それに、本音を出し過ぎるのは後で収拾がつかなくなったりするし、あ」

 

大塚の言葉が途切れる。横に視線を向けていた沖田は何事かと前を向くと、

 

 

「そ、そうか――――そうやな、ワイが迂闊やったわ―――っ」

 

「すいません、ゾノ先輩。盗み聞きをするつもりはなかったです。」

 

「いや、ワイも冷静さを無くしとったわ。副主将なのに、いろいろ空回りし過ぎや」

後ろ首に手を置く前園。相当テンパっているようだ。

 

 

「まあでも、ゾノ先輩の無骨なところは信頼できるし、いいところだと思いますよ。」

 

――――まあ、波があるからなぁ、この人。打撃もそうだけど。

 

いいものを持っているが、メンタルに不安を抱えている。典型的なチャンスに弱い傾向にある打者。今は自分の打撃を貫くことで、フォームを崩されることはないが、これが何らかの拍子で曖昧になれば、目も当てられない。

 

――――この人にアドバイスするのは、得策ではないな。余計なことを考えず、本能で振るべきだ。

 

 

大塚と言えど、迂闊に一言をかけることも出来ない。彼はプルヒッター。流し打ちなんて覚えたら、本来の強みすら消しかねない。

 

 

プル気味のスイングで、コースによっては反対方向に勝手に飛ぶ、これぐらいの意識でいい。

 

無理に右方向を意識すると、碌なことにならない。

 

 

 

その後、入念なストレッチをフィールドの外で行っている大塚。沖田は我慢できずに内野でノックを受けていた。

 

 

 

内野の外からノックを眺めている大塚。沖田のグラブさばきは勿論上手い。高校屈指と言っていい。しかし、

 

 

 

――――沖田一人だけがいてもダメだからね

 

そして近くでは、

 

「しゃぁぁ、こい!!」

 

 

内野では、金丸と日笠が三塁の座を巡って熾烈なアピール合戦を続けていた。

 

金丸は沖田の言う壁を意識した守備を見せ、軽快な守備を魅せている。ただ、やはり送球時にもたつくことがあり、捕球からの動作にまだ固さがある。

 

一方の日笠は堅実に打球の正面に入って、重心も低い。手堅いイメージが強い。打撃も守備も本来はむらがあるのだが、今日は調子がいいのだろう。動きもいい。

 

 

――――こりゃあ、まだまだスタメンは遠そうだな

 

 

 

そして、問題の二遊間。今日はセカンドに沖田、ショートに倉持が入っての守備練習が多く、連係プレーを想定したものも含まれていた。

 

 

――――うわ、沖田のグラブトス早すぎ。みんな自分が出来ることは出来ると思っているな。

 

 

沖田なら、あのトスでも素早く、というよりアレを素手で取ってそのまま投げるのが常識みたいな節がある。

 

――――プロでもあまりしないぞ、そんなの。

 

メジャーではよく見られる光景だが、沖田は倉持が素手で取るようなことを想定し、グラブとは逆側に正確にトスを上げているのだ。

 

 

最初は面食らった倉持だったが、徐々に慣れて行き、いい笑顔をするようになっていた。どうやら日頃からそういうギリギリのプレーを求めていたらしく、破天荒な沖田の守備は大層気に入ったようだ。

 

 

――――となると、小湊のケツに火がついただろうな

 

ミート力なら、沖田や東条にも引けを取らない彼ではあるが、良くも悪くも特徴がない。木製バットを扱う器用さはあるが、長打力が望みにくい。

 

 

――――木製も当たれば飛ぶし、非力な打者が稀にスタンドを超える時もある。

 

だから一概には言えない。小湊がそれを補える技術があるのなら、文句はない。

 

 

だからこそ、適応が早過ぎる沖田には毎回驚かされる。

 

――――まあ、あいつはもう、なんというか。5ツールでユーティリティとか、

 

野球舐めてる?そう言いたくなるほどの存在だ。実際どのポジションも上手いし、守備範囲も広い。肩も強いから深い場所でも強い球を投げられる。

 

 

――――けど、監督は沖田をどのポジションで使う気なんだろうな。

 

 

名残惜しいが、ストレッチが終わったので、ティーバッティングでも開始する大塚であった。

 

 

 

―――――そういえば、練習中は本当にミスをしなくなったね、春乃

 

 

グラウンドで雑用をする彼女の奮闘ぶりを見て、少しだけ口元が崩れる。プライベートと部活を振り分けてくれている。その態度に彼は感謝する。

 

――――俺も、もう少し打撃で貢献したいね。投手としてだけではなくて。

 

 

彼女の奮闘ぶりに心が温かくなる中、打撃への興味を本格化させた大塚が練習を開始する。

 

 

――――まあ、沖田の言うすり足打法の胆は、軸足の動きだろうね

 

 

前足で反動をつけられないなら、軸足にアクションを入れている。そうすることで、長打力をそこまで落とさずに済む、そんなところだろう。

 

彼の打撃フォームを見ただけで、その事を即座に見抜く辺り、大塚も十分おかしいのだが、自覚はあってもそこまで考えていないのだ。

 

 

そして、他人の良いところは即座に真似ることに定評のある大塚。

 

数十分後。

 

 

―――――あ、できた

 

 

 

納得のいくスイング、イメージのコース、変化球を叩きこんだ感触を覚える。

 

 

――――うーん、もっとこうアクションが欲しいな。

 

 

従来の練習ではなく、もっと画期的でつい集中してしまう練習。

 

 

そんなことを考えつつ、大塚は沖田が見ていたら泣くような理想のスイングをさらに磨き続けるのだった。

 

 

 

 

 

青道の主力メンバーの練習風景を観察するのは、大塚だけではなかった。

 

 

――――――今日は中々ブルペンに入らないな、大塚。

 

スイングを確かめている様子を見た落合は、彼が打撃に目覚めつつあることをあえて止めるつもりはなかった。

 

 

――――打者の側に立ってみれば、新たな発見もあるだろう。

 

 

とはいえ、落合は内野へと視線を切り替える。

 

――――沖田道広。彼は本当にいい選手だ。こういう自分を自ら高めてくれる選手は貴重だ。

 

そして、2塁守備まで無難にこなし、ショートの倉持との併用がしやすくなる。ただでさえ3塁には試したい選手がいるのだ。

 

――――まあ、奴の守備範囲を考えれば、一塁に置くのはもったいないのは解るが。

 

 

沖田をどのポジションに置くか、それによってチームの形が変わる。

 

 

―――――倉持と組むなら守備走塁。小湊なら攻撃型。難しいところだ。

 

どちらもセンスのある選手だ。だからこそ、勿体無い。

 

 

片岡監督も片岡監督だ。沖田の器用さを持て余しているように見える。だから、半ばたらいまわし的にポジションの入れ替えが激しい。

 

 

――――扇の要、投手陣の層の厚さ。強力打線。実に高いレベルであると断言できる。だが、

 

 

 

このチームの要は、実は沖田道広であることも、落合は断言する。

 

 

 

――――彼が不調になることは考えにくい。だが、接触プレイの危険性、主力打者への内角攻め。今後アクシデントが彼を襲わないとも限らない。

 

 

そんな時、内野で絶対的な守備存在感と、打席での圧倒的な威圧感を誇る彼が抜けた時、青道は一気に弱体化すると予測できる。

 

 

 

そこをどう考えているか。

 

 

――――まあ、そうなれば小湊と倉持を使うしかないのだがな。

 

 

 

そして、ようやく大塚がブルペンへと向かうので、それについていく落合。

 

 

既にブルペンでは、沢村、川上、降谷が投球練習を行っており、其の3人ともが大塚と同じようにコースを意識していた。

 

 

――――大塚に触発されて意識のレベルも高い。

 

 

パッと見た感じでは、内気そうに見える川上だが、

 

――――右打者から逃げるスライダー、そもそも変則で幅を使える制球力もある。

 

 

更には右打者の足元に沈むシンカー、左打者の内角を攻めるカットボール。

 

 

これが、川上の更なる安定感を生んでいた。

 

――――いい変化球を覚えている。これで飛翔癖がなくなればもう安心なんだがな。

 

 

次に沢村、緩急と両サイドは基本であり、空振りを奪える変化球。打者のタイミングを外すボールではなく、カウントを奪える万能な球。

 

 

――――スライダーは、まああの暴れ馬もいいが、コントロールできる方が俺は安心だな。

 

 

高速縦スライダーを投げるのではなく、内外角に普通のスライダーを投げるだけでも十分効力があると考えている。

 

 

実際、110キロ台中盤どころのスライダーは、右打者の内角、左打者の外角によくコントロールできている。それに右打者の外角にはチェンジアップもある。

 

最近、サークルチェンジ、高速パームを投げる機会が少なくなっている。制球出来ても、打者に打たれやすければ使えないのが現実だ。癖球もフォーシームへの悪影響から、本来のムービングボールもあまり投げず、意図した変化を模索するようになっている。

 

パームは、あまりにも博打過ぎて、試合で使えるかどうかが当日にならなければわからない不安定な球種だ。この封印措置は正解だと彼は感じた。

 

 

――――大塚と同じく、どういう投手になるのかが解らんな。

 

 

流石は大塚と鎬を削るサウスポー。彼は本当に2番手らしくない控え投手だ。タイプが違うのも助かる。

 

 

――――まあ、スライダーの弱点がなくなった今、弱点らしい弱点は球質の軽さ。後は高速スライダーの制球ぐらいだろう。

 

 

沢村のチェンジアップも、大塚のように劇薬のようではないが変化しつつある。球速が増し、恐らく筋肉の質も上がっているのだろう。大塚のようなパラシュートチェンジとは違い、純粋なチェンジアップになりつつある。

 

 

そう、減速に特化したスローボールに。それに加えて、最近速度の増したフォーシームは、手元で相当伸びてくるようにも感じられる。

 

チェンジアップを覚えたのは約1年前というが、それに加えてカッター、ムービング、スライダー。

 

 

――――驚くべき成長スピードだ。

 

そして、チェンジアップとスライダー、カッターのみに残された球種の中、高速縦スライダーの威力はまだすべて発揮されていない。

 

 

「チェンジアップ、ちょっと試します!!」

 

そう言って宣言する沢村に目が止まる落合。何を試そうというのか。チェンジアップの握りを少し変えたのだろうか、

 

 

そう考えている暇もなく、沢村が放った球は

 

 

――――うん? あまり減速しないな

 

 

 

しかし、ベース付近で減速しながら、スクリュー気味に鋭く沈んだのだ。

 

しかも、捕手の小野はこのボールを零してしまっている。

 

「お、この変化良いかも!!」

 

 

その後、低目と高目で変化に差があることも判明したこのチェンジアップ。

 

――――大塚効果、ということなのだろうな。高速チェンジアップ、か。

 

 

高めだと少し変化し、芯を外す球に、低めならば鋭く落ちるボール。

 

 

キレのない棒球にも見えるが、元々伸びのあるストレートを投げる投手だ。ボールを動かすことに関しては、

 

 

――――大塚にも劣らない

 

 

片岡監督が準決勝の先発に早々と指名したが、先発を言い渡されてからの彼は、ボールの状態もよく、日に日に調子も良くなっている。

 

――――その自覚が、彼を成長させているのだろう。

 

落合としては、大塚の後ろを追いかける者として、彼のさらなる成長への刺激になればいいと当初は考えていた。

 

しかし、沢村の可能性にいつの間にか魅せられてしまっているのも事実だった。

 

 

――――そして、一番原石に近く、伸び代もでかい降谷。

 

彼が劣っているのは、技術だ。大塚と沢村に出来る両サイドを突く制球力。多彩な変化球、ストレートでファウルを稼ぎ、変化球で仕留める基本的な型も、いくつも持ち合わせていることだ。

 

最近アウトコースのボールを獲得したが、あのレベルのチームに踏み込まれるのはいただけない。

 

外角中心の危険性を落合も感じていたのだ。金属バットで強く振られれば、いくらあの球威でもスタンドに運ばれることがある。タイミングを外すチェンジアップも、バットの先で頭を越されることもあり得る。

 

 

その為には、インサイドを突くボールが必要になるが、まだあの剛速球を完全に制御できていない。

 

――――この冬の合宿で最低限インサイドを突けるようになってもらわないとな。

 

このままでは大塚はおろか、沢村にも勝てないだろうと判断する。

 

 

 

そして、成長を続ける投手陣を支えるには、捕手の成長も必須である。

 

――――明大が監督の母校とはいえ、良くあそこが許可をしたものだ。

 

御幸が常々考えていた課題。それは投手陣の決め球を完璧に捕球できる能力を獲得することである。

 

――――昔はそんなものがなかったが、時代だな。

 

 

報告では、がむしゃらに練習を続けているという御幸。全体練習の後、短い時間であることが惜しまれるが、チームの雰囲気を壊さないためにも仕方がない。

 

だが、彼の質の高い意識が、短期間で自分を変え始めているという。

 

 

――――もし、御幸が沢村の暴れ馬を完全に手懐けられるのであれば

 

 

相手打者はまるで相手にならないだろう。出所の見えにくいストレートに振り遅れないようにタイミングを速くとるスイングを強いられた中、緩急に加えスライダーがモノになれば彼の本領が完全に発揮されるだろう。

 

 

夏予選の再来。予選では獅子奮迅の活躍を見せた、あの沢村が戻ってくる。

 

 

――――大塚の全力を受け止められるのであれば、

 

 

未だ実戦で使いこなせていないSFFと高速縦スライダー。ブルペンで見たが、相当なキレと落差を誇っている。本人はまだまだ制球に課題があると思い込んでいるが、それだけではない。むしろコントロールは実践で使えるレベルにあるとみている。

 

 

――――すべては、捕手としての力量にかかっているぞ、キャプテン

 

 

 

 

 

そして、沢村が順調な調整を行う中、その男、御幸一也はある人物の下を訪れていた。

 

 

「お久しぶりです、クリス先輩」

 

「お前から呼び出すとは珍しいな、御幸。」

 

目標でもあり、沢村にスライダーを教えた人物でもあるクリス。その彼に、どうしても沢村の現状を教えておきたかったのだ。

 

 

「―――――そうか。スライダーを複数。あの沢村がそんな風に器用になったとはな」

 

ベーシックなスライダー。通称横スラを習得し、右の内角、左の外角に投げ込めるようになったというのは、驚くべきことだ。

 

そして、夏予選で猛威を振るった高速スライダー。腕の振りを今や克服し、徐々に感覚をつかみつつあるその宝刀。

 

「ええ。それに腕の振りの課題もなくなったので、過去のデータしかない王谷はかなり戸惑うと思います。」

 

「――――後輩のこういう話を聞くと、俺も頑張らないとな、そういう気持ちになれる。スライダーを教えて、本選であんなことになったからな――――やはりそこは気になっていたんだ。そうか、ついに克服したんだな」

 

感慨深そうにつぶやくクリス。

 

 

「なので、次の試合。ぜひクリス先輩に観戦していただいたらと。この試合で、沢村はまた一つ、成長出来ると思うんです。秋大会の結果次第では、あるかもしれないほどに」

御幸が断言する。沢村は、ただの控えに収まる器ではない。大塚からエースナンバーを奪えるチャンスがこの秋大会にめぐってきたのだ。

 

「―――――俺たち上級生は、今年は本当に1年生たちの成長に驚かされてばかりだ。だからこそ、お前の言葉を疑うつもりなんてないし、見にいきたいと考えていたさ」

そしてクリスは、1年生たちの躍動に引っ張られた半年を思い返す。彼らの躍進が、青道を強くした。だからこそ、それを肌で今も感じている彼の言葉を、迷わず信じることが出来るのだ。

 

 

 

「ただ、俺もそろそろスライダーを完璧に捕球できないと、捕手失格というか」

御幸の饒舌だった口調が、途端に濁る。

 

「――――そういうことか。明大で練習設備を借りているという話は結城から聞いている。実際のところはどうなんだ?」

 

明大にて御幸はピッチングマシンが青道投手陣の決め球を再現したボールを相手に捕球練習を行っていたのだ。

 

 

もちろん、明大側が要求していることもある。それは、プロ行きが有力視される選手以外の有力選手の獲得。

 

 

そして将来的なパイプの構築が狙いなのだ。

 

 

 

明大側としては青道への良いアピールになり、プロに行かない青道の有力選手獲得のためのパイプ作りにもつながると見たのだ。

 

 

 

 

青道の選手たちにとって、明大は青道とつながりが深い場所であると。

 

 

 

 

 

「――――正直、あそこまで機械がスライダー、SFFを再現してくれたら、とても助かりますね。ええ。本当に俺は運がよかったです。大分軌道もつかんできて、大体は捕れるようになりました。」

 

 

「だが、お前の求めるレベルではないという事だな」

ただ単に止めることならば、もうできているはずだろうとクリスは予測した。御幸が今更そんな当たり前の場所で止まるはずがないということぐらい。

 

「盗塁を刺すとなると、正直イーブンなんですよね。」

 

御幸の良さはここだ。基本を疎かにせず、より高いレベルを常に見据えている。

 

 

「沢村のクイックに助けられているとはいえ、こぼした状態からの送球ではな。明後日の試合までに、今日も特守に行くのか?」

 

「そうですね。前日はさすがに厳しいでしょうが、今日までなら」

 

 

「そうか――――――――ここからが正念場だぞ、御幸。準々決勝からの道のりは、今までとは違うモノになる。秋大会程相手のデータが当てにならない時のダメージは大きい。油断なく、気負いなく、お前は自分を貫けばいい」

 

尊敬する選手からの激励。そして忠告。ありきたりだが、御幸は内心小躍りしている状態だった。

 

だが、顔には出さない。

 

「そうですね。今までの道のりでも、それは痛感しました。きっとこの試合以降も。ですが俺達は選抜に行きます。今度こそ、頂の景色を見たいと、そう願っていますから」

 

 

青道の扇の要が見据えるものは大きく、険しいけもの道の終着点。

 

 

それは御幸の手にかかっている。

 

 




御幸さんが原作に比べ、かなり恵まれています。

大塚栄治の情報はすでに出回っており、プロ以外の進路ならばぜひ獲得したいと明大は考えています。

沢村が大学経由でプロに行くとなると、もしかするとここかもしれません。御幸もプロではなければここかも。

東条も小湊も微妙なんですよね。プロレベルに辿り着くかと言われると・・・・

沖田は横浜が一位指名確実。となると・・・・


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第109話 我慢比べ

遅れました。


準々決勝が始まる当日。ベスト4を決める試合はどこも白熱した好カード揃い。

 

第1試合の青道対王谷。関東最強の投手陣に、都立の星がどこまで食い下がるか。

 

第2試合の仙泉対成孔。大巨人真木が超強力打線に挑む。

 

 

 

別会場では、夏の因縁再び。市大三高対薬師高校。新エース天久光聖が強打者轟に挑む。

 

最後の試合に、台湾のエース、楊舜臣の投球に熱視線が集まる。初戦に完全試合、第2戦では1安打完封9奪三振、そして3回戦ではまたしても1安打完封6奪三振。

 

予選本選で脅威の防御率ゼロ。四死球もゼロ。ノーヒッター楊の快進撃はどこまで続くか。

 

 

だが、まずはこの試合に注目が集まる。

 

 

青道のスタメンに変更があったのだ。

 

 

1番 中 白洲 左

2番 右 東条 

3番 二 小湊

4番 遊 沖田

5番 捕 御幸 左

6番 一 前園

7番 左 大塚

8番 三 金丸

9番 投 沢村 左

 

再び沖田が4番に座り、小湊が3番に。2番に東条、先頭打者に白洲が入るなど、上位打線で大幅な組み換えが起こったのだ。

 

そして、7番レフトに大塚が入る。今日は投手ではなく、野手大塚ということになった。鵜久森戦での神がかり的な打撃は、この試合でも期待されたのだ。

 

この打順の組換えには、相手高校の王谷サイドも驚きを隠せない。何しろ、絶対的な脚力を誇る倉持がベンチであること。大塚の打撃の調子を考えても、上位に置く可能性があると考えていた。

 

 

 

だが、敢えて大塚を下位打線に置くことで、投手にプレッシャーをかけることを選択したのだ。

 

 

 

「青道は思い切って打順を組み替えてきたようだ」

王谷高校監督の荒木伊知郎は、青道の打順に変化が表れていると感じていた。

 

2番に白洲ではなく、東条を入れる意味。あまりバントをしない選手を2番に入れる意味は間違いなく、

 

――――セ・リーグの真似事か? 

 

優勝チームをモデルとした、超攻撃的オーダー。しかし、それは選手層の厚さが必須である。

 

――――あの打線を再現できるならば、どのチームも苦労しないが――――

 

 

さらに、相手先発はある意味大塚栄治よりも厄介な投手、

 

 

「どんどん打たせていくんで、バックの皆さん、気合入れていきましょう!!!!」

 

 

マウンドで叫ぶ、沢村栄純。背番号11を背負う、青道きってのサウスポー投手。プロで例えるなら、トマホークスの元エース、大和田を彷彿とさせる投手。

 

 

夏本選以降、大塚と降谷の登板が多く、イマイチ情報がつかみ切れていない投手だ。夏予選で見せた驚異的な成長スピードを見る限り、スライダーの課題がどうなっているかもわからない。

 

だが、敢えて荒木はその事を指摘しなかった。相手を大きく見てしまう要素は取り除く必要があった。とはいえ、主軸の面々には沢村の成長速度に警戒するようには伝えている。

 

だが、それは裏の話。表は王谷の守備の時間。

 

「まずは先頭打者。白洲は厄介な打者だ。相手は当然うちのデータを取ってきている。裏をかいてこい」

 

「はい。出ばなをくじき、接戦に持ち込んでやりますよ」

エース若林。この日のための隠し玉は仕込み済みだ。他の東京の強豪とはわけが違うこの相手に対し、最善を尽くす必要があった。

 

 

白洲に対しては、アウトコース中心の攻め。初球ストレートを見逃した白洲。続くボールはフォークで同じコース。テンポの速い投球で、自分のペースを維持する。

 

 

「くっ(同じコースで、落としてきたか!)」

 

空振りを簡単に奪われた白洲。だが考える暇もなく、若林がもう振りかぶっていた。

 

――――早いっ

 

最後は低めのフォークに振らされ、あっさりと3球三振。堅実と言われていた白洲が簡単に仕留められてしまう。

 

 

だが、2番打者には東条。

 

――――フォーク主体に見えなさそうで、やっぱりフォーク主体。

 

2ストライクを確実に奪うために、フォークを要求。焦った打者の打ち気を誘い、最後まで落としてきた。

 

 

――――当然、僕は白洲先輩の打席を見ている。ならやっぱり

 

 

初球のストレートを引っ張った当たり。これが切れてファウルになる。

 

 

――――意外に伸びてくる。テイクバックが小さいから、投球モーションが早い。

 

 

ここからだ。相手バッテリーがフォークを使う可能性がある。

 

「ボール!」

やはり使ってきた2球目のフォーク。内側に落としてきたのだ。

 

 

――――見逃しても、前回の試合でも迷わず連投をするほど自信のある球。

 

 

「ボールツー!!」

 

 

冷静に低めのボールを見極め、有利なカウントを作る。

 

 

――――これで打者有利のカウント。まだ初回。低めの厳しいボールは捨てていこう。

 

 

「ボールスリー!!!」

 

 

フォークの連投。だが東条もふらない。

 

 

 

これには若林も不満。

 

――――全然振ってこないな。やっぱこいつは別格だな

 

若林の目には、御幸以外の2年生は1年生に打力で劣るという見方をしていた。甲子園でも低めの見極めと、低めを掬い上げる打撃を見せていた東条。

 

最後のボールは高めにきた。東条が待ち望んでいたボール。インコース内側。

 

「!?」

 

だが、東条からはそのボールがさらにインコースに入り込んでいる軌道に見えた。

 

――――シュート!? ボールコース!!

 

そして、東条はカウント有利の段階で、無理に打ちに行かず、このボールを見極める。

 

 

「ボールフォア!!」

最後はフォアボール。一死を取った後に東条を歩かせた若林だが、最後まで冷静にボールを見極めてきた東条に対し、

 

―――偏差値高いな。それに、取捨選択もベター。

 

意外にも、若林は東条に対し好印象を抱いていた。

 

 

だが、ここから上位打線。3番にはセカンド小湊。

 

――――フォアボールの後のファーストストライク。セオリーならここを狙い撃つ!

 

 

打ち気がややみられる打者に対し、若林は

 

 

――――センス頼みのチビ。餌を上手く巻いてやるから食いつけよ

 

 

初球厳しくインコースを攻めたストレート。

 

「ボール!!」

 

 

まずは見極めた小湊。続く2球目。

 

 

――――この日のための前菜だ。受け取れ!

 

 

ややゾーン気味の早い球。小湊はこの球を待っていたかのように打ちにいく。

 

 

 

――――インコース、ゾーン!!

 

 

だが、ここでこの速い球が内に切れ込んできたのだ。

 

 

「!!!」

 

バットの根元気味、芯を外された打球は、若林のグローブの中に入った。

 

 

「ふん」

 

セカンドフォースアウト、一塁も当然アウト。

 

 

初回チャンスを広げることが出来ず、青道は無得点。

 

「シュート、か」

悔しそうな表情をしていた小湊。初球をあえて厳しく攻めたのは、2球目の布石。まんまと嵌められた。

 

 

「次の回、沖田相手にはこれ以上厳しくいくぞ」

 

「豪ちゃん。ナイスピー!」

 

「最後いい形!!」

 

一方、王谷高校のベンチはムードが明るくなった。初回フォアボールは出たが、東条相手に長打を打たれるぐらいなら、こういう形の方が望ましい。

 

若林の立ち上がりが大事に至らなかったと同時に、相手にプレッシャーをかけることが出来た。

 

 

――――とにかく、初回。球質の軽い投手がゾーン勝負をしてくるならば

 

とにかく初回にいい形で攻撃をできれば、勝負に持ち込める。

 

「とにかく初回、ゾーンに来たボールは強く振るんだ。」

まずは先頭打者の山中に託す。左打者だが、左投手のチェンジアップは内に入る傾向にある。高く浮けば、痛打できる確率は増す。

 

 

まず初回の表、左打者に対峙する沢村。

 

 

―――――さぁ、また世間を驚かせる時が来たぞ、沢村

 

 

御幸はアウトコースに構える。

 

 

まず沢村の初球。球持ちの良く、変則気味のフォームから、

 

「ストラィィクッッ!!」

 

打者のバットが出ない。伸びのあるストレートがコーナーギリギリに決まる。

 

 

――――今日はここを取ってくれるのか。リードが楽そうだな。

 

続けて2球目。

 

 

「ストライクツー!!」

 

セオリーでは、左投手のボールは左打者に相性がいい傾向にあるという。しかし、そんな曖昧なセオリーはあまり関係なく、先程と同じコースにストレートが決まる。

 

 

――――おいおい、球速は大塚程じゃないのに!

 

球速以上に速いと感じるボール。

 

 

――――ここでチェンジアップを見せておくと、リードが楽そうだ。

 

 

低め外のボール。無理にゾーンで勝負する必要はない。

 

「ストライィクッ!! バッターアウトォォォ!!」

 

しかし、御幸の考えとは裏腹に、打者は手を出してしまう。タイミングを外されたスイングで、膝をつく。

 

 

これを見た荒木監督は、

 

――――右左関係なく使って、いや、今のボール球。これは次への布石。

 

 

 

2番打者は右打者。沢村のチェンジアップを当然警戒しているだろう。

 

――――ここで新球、高速チェンジアップだ

 

アウトコース低め。ストレートを警戒しつつ、チェンジアップも頭にある中で、このボールは有効なはず。

 

 

「!!!」

 

手元で変化した高速チェンジアップに面食らった相手打者の片岡。初球を打たされ、ショートゴロ。

 

「いい球来ているぞ、沢村!!」

 

沖田から親指をぐっ、とたてられる。

 

 

3球三振に始まり、初球を打たせてツーアウト。沢村の安定感も負けていない。

 

 

「うお! もうツーアウトかよ!!」

 

「どっちも立ち上がりいいぞ!!」

 

 

――――まだ、スライダーは投げるべきじゃない。この流れ、スライダー抜きでも

 

余計に実戦で試す必要はない。

 

3番打者の捕手の角田もストレート主体で追い込むと。

 

 

「!!!!」

 

ラストボールにチェンジアップ。先ほどのアウトハイのストレートをファウルにした後の外角低めの落ちる球。

 

「ストライィィクっ!! バッターアウトォォ!!」

 

 

「先発沢村!! 立ち上がりは上々の滑り出し!!」

 

「やっぱコントロールいいぞ!!」

 

「最後のチェンジアップやべぇぇぇ!!!」

 

 

高速チェンジアップに対しての確かな手ごたえを感じ、沢村は意気揚々とベンチに戻る。

 

「どうっすか!! あの球!!」

 

「上々だな。実戦初にしては、コースに決まったし、いいボールだった。だけど、まだ初回だからな」

手放しの称賛。だが御幸は、勝負は始まったばかりであると釘を刺す。

 

 

 

王谷高校、青道高校の両先発の立ち上がりは象徴的で、この試合が投手戦になるということを予感させた。

 

 

2回の表、沖田への投球。

 

初球いきなりシュートを投げ込んできた若林。だが、変化はそれだけではない。

 

「!!!」

 

――――こいつ、最初からセットポジションで!!

 

 

――――エース新見、楊舜臣の有効な手段。利用しない手はないからな!

 

 

「くっ!!」

 

続くストレートにファウルを打たされた沖田。これで1ボール2ストライク。フォークを見極めた沖田だが、あっさりと追い込まれる。

 

 

スッ、

 

ラストボール。若林がクイックモーションで投げ込む。沖田はダメだと本能的に分かっているのに、肩がやや開いてしまう。

 

 

「しまっ――――」

 

 

かァァァァァんっっ!!

 

 

打球は高々と上がり、外野へ。しかし打球に伸びはなく、

 

 

「アウト!!」

 

センターフライに打ち取られる沖田。甲子園を沸かせた強打者をあっさりと打ち取った若林。続く御幸もフォークでサードライナーに打ち取り、

 

「正面かァァァ!!!」

 

「いい当たりだったのに!!」

 

 

――――引っ張り気味だとどうしても、フォークの見極めがしづらい。次の打席だな

 

いい当たりを放った御幸は、次の打席だと切り替える。

 

 

6番前園はフォークの前に3球三振。2回も隙を与えぬ投球で青道を抑え込む。

 

―――このボスゴリ大好きだわ~~。フォークを簡単に振ってくれるし

 

明らかに前園を見下していた。

 

2回裏の沢村も、春日に対してインコース主体の投球で最後はカットボールで詰まらせてセカンドゴロ。

 

――――チェンジアップの後にこれか!!

 

 

山里も、外角ストレートで三振に打ち取り、これで早くもツーアウト。

 

 

6番太田に対しては、

 

加速するストレートとは好対照な減速するチェンジアップがあまりにも有効で、太田のバットが出てしまう。

 

タイミングを外された太田のバットは火を噴かない。

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトォォ!!!」

 

 

若林が強力打線を抑えるなら、沢村はその投球を見せつける。

 

 

序盤は静かな展開になりつつあるこの試合。

 

しかし、若林はまだまだ油断などせず、今日の試合で一番警戒している打者との対戦に気を引き締める。

 

 

――――出たな、裏ボス

 

 

7番レフト、大塚栄治。なぜこの打者がこの打順なのかは実績の浅さが関係していると言える。高いセンスと対応力を見せつけた前回の試合。

 

 

若林には、沖田道広よりも危険な打者と目に映った。

 

 

「ストライィィクッッ!!」

 

まずはアウトコースのボールを見てきた大塚。データでもあるように、早い打席では初球を見逃す傾向にあるバッター。早いテンポで追い込みたい。

 

「ボールっ!!」

 

しかし、低目は振らない。フォークボールの軌道も見極めてきた。

 

――――あの高さからこの落差。なるほど、いいフォークだ。

 

 

今日の試合を見る限り、この低めのコースはほとんどフォーク。ストレートを低めに集めきれていない。

 

だが、このフォークを見ることで、高めのストレートが伸びているように感じられるのも事実。

 

 

――――ここは敢えて低めのフォークを、

 

 

カキィィィンッッ!!

 

 

ややボール気味のフォーク。最初から狙い撃った大塚。これには若林も驚く。

 

――――ボールゾーン!! しかも踏み込んできた!?

 

 

しかし、当たりが良すぎたのか、レフトフライに終わる。

 

 

「もうひと伸びか」

 

やや残念そうにベースを回りきらずにベンチへと下がる大塚。それを見ていた若林は

 

―――敢えてフォークを狙ってきた? 膝を曲げ、踏み込んでうってきたか

 

東条秀明、御幸一也、大塚栄治。この3人は曲者だ。

 

 

―――こうなると、低めのストレートの制球を見せておかないとな

 

「ストライクっ!!」

 

低めに伸びてきたストレート。続く2球目も低めに決まり、フォークを警戒している金丸の裏をかく投球。

 

――――クソッ、フォークを投げてこねぇ

 

 

――――そんなにフォークを待っていたのかよ、んじゃ、それじゃあ

 

 

角田が高めに構える。

 

 

「あ!!」

 

高めの見せ球にバットが出てしまう金丸。ストレートに反応してしまったのだ。

 

「スイング!!」

若林が叫ぶ。

 

「バッターアウトォォォ!!」

 

審判も金丸のスイングを取り、三振。初回からほぼ完ぺきな内容で青道打線を抑え込んだ王谷のエース若林。

 

沢村はストレートで3球三振。この準々決勝で素晴らしい投球を披露する若林。

 

早くも三振は3つ目。

 

 

 

都立の命運を託された頭脳派エースは、青道の攻撃を巧みに受け流し、虎視眈々と金星をうかがう。

 

 




スライダーの克服の副産物が牙を剥きます。


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第110話 予感

シン ゴジラを3回。

君の名を1回。

楽しかった。まあ、全部一人で見たんですけど。

友人と日程合わないんだもん。


東西の有力校同士の対決となった準々決勝戦。3回の表が終了して尚、未だに動きすら見えない試合展開。

 

しかし、3回裏、沢村の投球がさらに躍動する。

 

 

7番白河を高速チェンジアップで平凡なセカンドゴロに打ち取る。高速パームよりも安定感があり、尚且つ必ず動いてくれる信頼度の高い球種となったムービングの亜種。

 

――――このボールがフォーシームをさらに速く見せる

 

「ストライクツー!!」

 

8番打者のインサイドを攻めるストレート。球速は130キロ台ながら、見逃しを奪うシーンが多くなってきている。

 

チェンジアップを投げ続けてきたこと、そして、球速をあげるトレーニングをひたすらにやってきたこと。

 

そして最後は、沢村本来の資質。

 

 

指が長く、ボールを離す瞬間も遅いその投球フォーム。ボールを振り抜く時間が長いほど、加速するための力は増し、球持ちは維持される。

 

遅れて出てくる腕の振りが、更なる相乗効果を生んでいた。

 

 

8番打者は内野ゴロ。沢村が崩れない。

 

 

 

 

 

9番若林は、その凄みを投手だからこそ、より一層感じていた。

 

 

――――腕の振りが遅れて出てくるだけで、ここまで速く――――

 

 

しかもゾーン勝負中心の投手であり、制球も破綻していない。

 

 

――――ここで見せるか、スライダー

 

横スラを見せる時。そう判断した御幸。

 

 

右打者のインサイド。両サイドを意識し、狙いを絞ってきた打者には、横の変化で揺さぶりをかける。

 

 

若林は、アウト気味のボールに見えただろう。

 

――――アウトコース!! これだけつづけたら!!

 

 

ククッ、

 

しかし、うちに切れ込む変化球、しかしカットボールよりも遅く、変化の大きいこのボールに手が出ない。

 

アウト気味からインサイドの良いところに決まったボール、スライダー。

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトォォ!!!」

 

――――スライダー!? だが、今のは夏予選とは違う!

 

あの圧倒的なスピードとキレを誇るわけではない。だが、程々に質のいいスライダー。それを右打者の内角に投げ込んできたのだ。

 

初見の彼は面食らった。

 

 

「おお!! ここでスライダー!!」

 

「だが、あの横スラは、今までの奴に比べると強烈ではないが」

 

 

「ああ。でも、扱いやすいボールが出来たのは、投球の幅を広げるな」

 

青道3年生たちも舌を巻く投球術。両サイドを意識した打者の思惑を逆手に取った一球。

 

 

序盤戦はお互いにノーヒットに終わる。

 

 

4回の表、白洲が2球目を捉えるが、

 

――――くそっ、タイミングが!!

 

 

チェンジアップ気味にシンカー方向へと落ちるフォークにゴロを打たされ、あっさりと打ち取られる。

 

――――俺は別に落差とかを意識したわけじゃないぜ

 

こいつはな、と若林は心の中で呟く。

 

 

空振りを奪うボール、フォークボール。だが、カウントを取るためにはどうしてもゾーンで勝負しなければならない。

 

 

早く、変化の浅いボール。SFF本来の使用用途を忠実に。

 

――――チェンジアップを投げる感覚で、フォークを投げる。

 

これにより、抜け気味の失投を投げるリスクも減り、内野ゴロを誘発する確率も高くなる。

 

 

「くっ!!」

 

2打席目では、ついに東条を鋭いサードゴロに打ち取り、ご満悦な若林。

 

 

――――あたりが良すぎた。けど、あのボールは初回のフォークじゃない。

 

だが、打った瞬間に東条はあれをSFFと判別する。

 

 

カウントフォークならぬ、カウントSFF。

 

 

だが、この回の関門である小湊。

 

しかし、この落差の浅いSFFに良い様に蹴散らされる。

 

 

「アウト!!」

 

 

セカンド正面のゴロ。簡単に処理されスリーアウト。小湊が塁に出ることが出来ない。

 

 

「―――――――――――――――っ!!」

焦りを覚える小湊。タイミングを外される動きに対応したが、まだまだパワーが足りない。芯を外された。

 

しかし、まともにタイミングを取っている打者が、青道に何人いるか。

 

 

自慢の攻撃陣が完全に封じられ、勢いに乗れない青道高校。

 

だが、この男の勢いはさらに増していた。

 

 

4回の裏。先頭の左打者から外角スライダーで三振を奪い、これで前の回から2者連続。

 

 

続く2番右打者の片岡にはアウトコースストレートで空振り三振。チェンジアップの残像をちらつかされ、カッターで抉られた後のアウトコース。完全な振り遅れであった。

 

 

最後角田に対しても、内角スライダーで見逃し三振。バットが出かかったような形で三振を奪われる。

 

 

――――そこが入るのかよ。

 

外れると思っていたボールが決まる。これでより一層外のボールが遠く感じられる。

 

 

青道の打線が爆発することを期待していた観客は、思わぬ投手戦に固唾をのんで見守っていた。

 

つけ入るすきを与えない青道沢村。

 

上手くかわし、老獪な投球でまだ得点を許さない若林。

 

ベスト4をかけるに相応しい、接戦。

 

 

そして、そんな両投手の投げ合いを見守るどちらの応援に来たわけでもない者が二人、

 

 

いや、3人いた。

 

 

「凄いな、これが控え投手の実力かよ」

大京シニアの瀬戸拓馬は、青道高校の沢村栄純の実力に舌を巻きっぱなしだった。

 

「―――――でも、スライダーはあのコース以外に投げられていない。まだ、未完成だ」

同じシニアチームで、捕手でもあった奥村光舟は、沢村が限定したコースにしかスライダーを投げていないことを即座に見抜いた。

 

「けど、右打者はあれでほぼ外と内の狙いを絞りにくいだろ。左打者には逃げる変化。これでもう一段階とか、ランナーが出られなくなるだろ」

もし、左打者の内角低めにスライダーを投げられるようになれば、それこそ手が付けられないという。

 

 

「へぇ。青道は凄い投手がたくさんいるんだね、光舟」

そこへ、えらく背の高い青年が現れる。

 

「――――南沢シニアの赤松晋二か。」

一瞬だけ彼に目を向けた奥村だが、すぐに視線をダイヤモンドへと戻す。

 

「つれないね。相変わらず」

人懐っこい笑みを見せながら、瀬戸に「隣いい?」と尋ねる。

 

「すんません。けど、夢中になりますよ、この試合は」

瀬戸が軽くフォローしつつ、赤松にもこの試合の状況を簡単に説明する。

 

 

「――――今年1年、東京を圧倒するチームの名に偽りはなし、か。大塚栄治の投球は見たよ。凄かったよ、まだまだ余力を感じたし」

 

「おまっ! 鵜久森戦見てたのかよ!! どうだったんだ!?」

 

 

「手足の長さを活かした、怪物ストレート。変化球は後半いらなかったね。鵜久森打線をストレート一本でねじ伏せていたよ。しかも最後はカーブを完璧に捉えて逆転サヨナラスリーラン。大塚栄治はあのチームの中でも抜きん出ているよ」

 

思い出したのか、赤松の表情はえらく楽しげだった。

 

「稲実の多田野先輩の所もいいけど、大塚栄治から学べるところが多いのも事実なんだよね」

 

「赤松、お前――――」

瀬戸が戸惑いを見せた表情をする。本気か、と。

 

確かに、大塚栄治は背が急激に伸び、長身から振り下ろす大型右腕と化している。手足が長く、それを上手く使えている印象。さらには、複数の変化球を操れる能力を兼ね備えている。

 

そして、身体的な要素が赤松と酷似しているのも事実だった。

 

「けど、ギリギリまで判断を保留にしたいね。挑むべきか、それとも近くで見るべきか。」

 

 

「この大会を通じて、見極めたいんだ」

 

 

 

 

接戦、動かない試合展開。今までにない手応え。王谷高校のエース若林は、不思議な感覚だった。

 

――――おいおい、シュミレーションと違うぞ、これ

 

 

失点は免れない覚悟だった。如何にして青道投手陣から点を奪うか。まさかこんな重たい投手戦になるとは思わなかった。

 

 

まさか、沖田道広がフォームチェンジにここまで脆いとは思っていなかった。

 

――――肩透かしを食らった気分だぜ。まだあの3人の方が怖い

 

 

だが、この2打席目で対応してくるのも沖田だということを決して忘れない。

 

 

逆境や厳しい展開で一本を打てるからこそ、沖田道広は甲子園で名を轟かせた。

 

自分よりもはるかに格上の柿崎、妙徳の新見からヒットを打つ辺り、先程の自分を恥じた。

 

 

――――油断するのは、勝ってからだっていっただろ!!

 

「ファウルボール!!」

 

初球から振ってきた沖田。ストレートがレフト線切れてファウル。

 

とにかく先頭。自分が出なければ話にならない。

 

――――早いところ援護点をはじき出さないと。

 

 

大きいのを狙うな、今の自分はまだまだ至っていない。高望みするな。

 

 

――――引き付けて、打つッ!!

 

カキィィィィンッッッ!!

 

2球目の外角SFFを捉えた当たりが、ライトを襲う。

 

 

 

 

理想的な右打ちミスショットをせずに、上手く軸足の勢いをぶつけることが出来た当たり。

 

 

「なっ!!」

流石の若林も、沖田がこのままでは終わらないことは解っていた。だが、驚きを隠せない。

 

 

――――引き付けて打つ。それでこの長打かよ!!

 

高いレベルを見せつけた沖田の打撃に、感想を言わずにはいられなかった。

 

 

フェンス直撃のツーベース。今日初めてのヒットが長打。しかも先頭打者。

 

 

「おお!!! 初ヒットは沖田!!」

 

「やっぱり頼りになる!!」

 

二塁ベース上で拳を突き上げ、声援に応える沖田。

 

 

続く御幸に対しては、

 

「ボールフォア!!」

 

 

――――振らねェか。けどここまでは許容範囲。

 

 

尚もノーアウト一塁二塁で、6番前園。

 

 

――――たぶん、フォークを意識している。ストレートを高めに見せて、スイングの仕草を見極める。

 

 

 

「ファウルボールっ!!」

 

 

だが、若林の予想を覆す、初球からのスイング。ボールになると思われたコースを、前園は振ってきたのだ。

 

 

――――おいおい、そこ振るか、普通。

 

呆れた表情の若林。

 

 

――――次はボール気味のアウトロー。ゾーンで仕掛ける必要がねェかもな。

 

「ボールっ!!」

 

思いっきり踏み込み、バットが出かかる前園を見た若林は確信する。

 

――――強く振ってきている。なら

 

内側による角田。インコースへの厳しいボール。

 

 

――――まだこの打者にはシュートを投げていない。

 

この打者がインコースに強いことは解っている。だからこそ、ボールからボールになるシュート。徹底的に厳しく攻める。

 

――――ここでカウントを取るつもりなんてない。残像程度になれば

 

「ボールっ!!」

 

 

「くっ!」

得意のインコースだが、ここまでボールゾーンでは前園もふる事が出来ない。

 

 

――――よし、ここでセオリーならアウトロー。けど、それじゃダメだ。ここでほしいのは三振じゃない。

 

 

 

真ん中寄りに構えた角田。

 

 

――――手を出してこいよ、そこに投げた意味がないんだからな

 

 

外側で、真ん中気味の低め。遠すぎて手が出ないのではなく、程よく手が届きそうなコース。

 

 

――――甘い球!!!

 

 

ストンッ

 

しかしここでSFF。完全に芯を外された打球がショートへ。

 

 

「!!!」

 

飛び出していた沖田が、まず捕球した瞬間にショートにグローブを叩きつけられる。

 

 

そしてセカンドベースに入り、一塁走者の御幸もフォースアウト。

 

「っ!!」

 

 

そのまま一塁転送。

 

 

「アウトォォォォ!!!!!」

 

 

 

 

一瞬にしてチャンスが消し飛んだ。王谷高校のビッグプレイ。最悪の凡退をしてしまった前園は一塁を回ったところで呆然としていた。

 

 

「―――――――――」

 

 

ノーアウト一塁二塁のチャンス。強硬策に出た青道が、拙攻に終わる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわぁぁ、やっちまったな。」

瀬戸が目も当てられないと呻く。

 

「調子の出ない6番打者。7番が大塚であるだけに、無理に行く必要はなかったかもしれない。」

冷静に結果論ではあるが、最善策を述べる奥村。

 

「けど、中軸だし、あれも一つの選択だと思うよ。」

赤松はそうは言いつつも厳しい表情のまま。

 

 

5回表が終了。初ヒットと四球でチャンスを迎えるも、トリプルプレーで攻撃が終わる。

 

青道は東条と御幸の四球、沖田のヒット1本に抑えられる苦しい展開。

 

 

だが、王谷高校は沢村の前にヒットが出ない。

 

レフトの守備位置にいた大塚は、ここまでヒットが出ていないことで、心がざわめいていた。

 

―――まさか、な

 

その難しさは、一番よく解っている。3度挑戦して、いずれも失敗している身としては。

 

 

4番春日をチェンジアップで三振に打ち取り、5番山里も三振。

 

 

止まらない。かつてない安定感を手にした沢村が止まらない。

 

6番打者は手打ちのような状態で打たされ、サードゴロ。連続三振は途切れたが、ヒットの匂いが出てこない。

 

 

 

中学生組3人組が観戦する中、ここにも青道に浅からぬ因縁を感じるものが一人。

 

 

「―――――厄介な投手だ。」

 

結城将司。前主将、結城哲也の弟。そのガタイの良さに、パワフルなスイングを武器に、強打のイメージを定着させた可能性を秘めるスラッガー。

 

――――打線の組み替えに失敗しているな。6番だけではない。

 

御幸、東条、大塚、沖田以外に、可能性が感じられない。

 

そして数少ないこの打者がそれぞれ分断されてしまっている。

 

 

しかし将司は知っている。この状況を打破する唯一の手段を。

 

 

「ここで勝負に出られるか。最長イニングが7回の投手が、どこまでもつかわからない中、早めに先制点を取らないといけない」

 

 

その唯一の手段は、飛び出してくるのか。

 

 

6回の表、先頭打者は大塚栄治。その打棒で打線を目覚めさせられるか。

 

 

 




冬のオフ。巻き込まれる事が確定されている沢村。

もう一人は言えませんが、多分その時になると驚くと思います。


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第111話 偉業への挑戦

申し訳ない。

時間はあったかもしれない。

仕事をしている時間が多く、危うく離れかけたよ。危ない……

冗談です。えたらないよ!


せめて、冬まで!




大塚栄治。若林はなぜこのバッターが7番にいるのかが解らなかった。

 

――――嫌になるな

 

右打席に立つその立ち振る舞いは、本当に憎らしいほどに堂々としている。力みとは無縁そうな、そんな雰囲気。

 

 

6回表、ランナーなし。ここで注意するのは一発だけ。後続の打者は彼ほど脅威ではない。コースさえ間違えなければ、彼の後の打者は高い確率で打ち取れると考えていた。

 

 

――――大塚っ、ここで、ここで試合を動かしてくれ!!

 

ネクストバッターの金丸は、大塚の打席に熱い視線を送る。

 

 

注目の第一球。

 

 

「ストラィィィクッっ!!」

 

アウトコースにストレート。丁寧に、投げ込んだ一球が決まる。大塚は手を出さない。

 

 

――――手を出さない? 2巡目だぞ? 

 

動きを見せない大塚に不気味なものを感じていた。監督は常々言う。

 

相手を大きく見てはならない。だが、大きく見えてしまうのがこの大塚栄治の可能性。

 

 

――――― 一球様子を見るぞ、外角にSFF。ここで手を出してくれるなら――――

 

 

「ボール!!」

 

寸前でバットを止めた大塚。しっかりと見極めてきた。

 

 

――――ここで敢えて続けるか? いや、外角をまだつづけよう。

 

「ファウルボール!!」

 

セットポジションからのクイックモーションの3球目。大塚は体勢を崩されず、自分のスイングをしてきた。しかしわずかに軌道に合わず、後ろへと打球が飛ぶ。

 

 

「ファウル!!」

 

4球目はフォークに食らいついてきた大塚。やや外寄りに立っているにもかかわらず、ここにもバットを届かせてきた。

 

――――おいおい。普通は届かない筈だろ、そこは。

 

 

右打席で、極端ではないにしろ、ベースからやや離れて立っているのに。

 

 

だが、無表情のままの大塚。何のアクションも起こさない。それほどまでに集中しているというのか。

 

 

しかし、若林は4球連続で外を続けたことで、自分が分岐点に入っていることに気づく。

 

――――しまった。外寄りに立ったのはこのためか!!!

 

敢えてインコースに対応しようとした打席の立ち方。若林はセオリー通りに外をせめた。

 

 

それこそが罠。大塚の情報の少なさを最大限生かしたカード。

 

 

大塚は普通の打者ではない。その手足の長さは、投手能力に大きな恩恵を与えるだけではなく、

 

 

本来届かないはずのコースにさえ、当ててくる幅の広さだ。

 

 

つまり、外の厳しい球を難なく当ててきているのは、彼にとってそこは届くという事。

 

 

だが、あれだけ外を意識した打者相手に、インコースは限りなく有効。

 

しかし、そのセオリーすら今の大塚にはわからない。

 

 

―――――インコースが広い。懐を抉るシュートはあるが、これではっ!!

 

 

インコースが広い。それはストライクゾーンだけではなく、ボールゾーンも広くなっている。つまり、普通の打者にとっては厳しいボールも、

 

 

―――――広い、こんなに広かったか、こいつのゾーンは!?

 

角田が呻く。

 

 

 

彼にとっては甘いコースになるという事。ならば厳しくもっと攻めればいい。だがそれはダメだ。

 

彼にとって厳しいボールは完全にボール球であるということになる。

 

 

――――どうする、ここでインコースを見せるか? それとも――――

 

 

キャッチャーの角田も、底知れない存在感を見せる大塚に何かを感じ取っていた。

 

――――追い込んで、勝負を有利に進めているはずなのに、普通にファウルを打たせているのに!!!

 

 

いい当たりをされたわけではない。少しきれるファウル。真後ろへのファウル。大塚に圧倒されているわけではない。

 

 

なのに、威圧感が、まったく焦りの表情を見せない大塚に何かを感じていた。

 

 

――――厳しく、厳しく来い!! 完全なボール球なら、こいつも手を出さない。

 

インコース、ゾーンを外れた場所を要求する角田。外寄りの大塚の胸元をせめるバッテリー。

 

 

 

今までこの試合では見られなかった、奇妙な雰囲気。

 

 

「大塚君―――――?」

春乃は、大塚の打席に魅入っていた。投手としての姿を追いかけてきた彼女だが、ここにきて大塚が野手として輝きを見せ始めている。

 

 

彼女は今、純粋に選手としての彼に魅入っていた。

 

 

 

 

――――これまでの配球を考えてきた。とにかくセオリー通りに、丁寧に投げる。

 

 

優秀で、いい投手だとまず感じていた大塚。

 

―――しかし、攻める時は攻め、奇策を用いる時は容赦なく用いるクレバーさもある

 

 

それが前の回の前園のトリプルプレー。敢えて真ん中低めに投げ、そこから浅く沈ませて打ち取った策略勝ち。

 

 

――――故に、そろそろ来るな。インコース。

 

 

この1球は、まともには勝負してこない。完全にボール球だろう。制球ミスをしない限りは。

 

 

ザッ、

 

 

脚の立ち位置を変えた大塚。

 

「「!!」」

 

寸前で気づいた若林、角田のバッテリー。

 

 

―――――うっ!!!

 

 

若林にしては屈辱以外の何物でもない。だがそうしなければやられる。

 

ボールがすっぽ抜け、捕手のミットからこぼれる。後方に落ちたボールを冷静に見る大塚。

 

 

「ここで暴投!?」

 

若林の大暴投。制球ミスをしない印象の投手が暴投をしてしまった。それは観客の間でも驚きだった。

 

 

―――――危なかった。今、インコースを狙って、さらに左足を外に動かした。

 

 

コース通りに投げていたら、仕留められていた。その確かな予感が若林にはあった。

 

だからこそ、この暴投に若林は安堵を覚えていた。

 

―――カウント、2ボール2ストライク。最悪歩かせてもいい。

 

次の打者をゴロで打ち取り、大塚を刺せばそれでこの回は凌げる。

 

 

塁上に大塚を残さなければいい。

 

 

若林と角田は最善の配球を続ける。そして、

 

 

「ボールフォア!!」

 

 

2打席目はフォアボール。大塚、ここで先頭打者としての役目を果たす。

 

 

だが、大塚の攻撃的なプレーは続く。

 

 

 

―――――何だ、そのリードは――――っ!!

 

 

 

広い。ひたすらに広い。まるで今日はベンチスタートの倉持並に広いリードの取り方。

 

 

――――大きなストライドに奴の走力は未知数。

 

 

若林が牽制を行うも、手足の長い大塚の方がギリギリで間に合ってしまう。質の悪いことに、大塚はそのリードを狭める気がないと言う事だ。

 

 

――――走りたきゃ走れ!! 返り討ちにしてやる!!

 

 

「ストライク!!」

 

2球目のフォークに空振りを奪われる金丸。大塚が塁上からプレッシャーを掛けなければもっと早くに凡退していただろう。

 

――――外のストレートが外れて、ゾーンに入るとフォークボール。なら、

 

 

 

塁上の大塚は、先程のリードの影響を考えていた。

 

――――次の打者に対し、ここまでは外2球。

 

大塚に対して暴投以外は最後まで外中心の攻め。バッテリーは早めに撹乱したいだろう。

 

 

―――アウトコース続けてくるぞ、金丸。

 

 

角田が外による。外角を打たせて、内野ゴロ。球種は恐らく――――

 

 

 

金丸はこの平行カウントで自分が内に行くことを予期しているバッテリーが投げるボールを予測していた。

 

 

――――嫌なランナーを出したんだ。そりゃあ!!

 

 

カキィィィンッッ!!!

 

 

外角低めのSFFを捉えた当たりが三遊間を突き破る。

 

 

「なっ!!!」

また、前足の位置を動かした。外角を引っ張ってきたのだ。驚きを隠せない若林。

 

 

しかし、それだけではない。投球と同時に大塚はスタートをかけていた。

 

 

「一塁ランナー速いぞ!!」

 

三遊間を抜けている光景の隅には、大塚が二塁キャンパスを通過しつつあるのが見えたのだ。

 

 

――――際どい、だが、さらにベースランニングが早く!!

 

 

ストライドの大きい走法。まさに大塚の体格が生かされる攻撃的な走塁。

 

 

これで、たちまちノーアウト一塁三塁のチャンスが作り上げられる。

 

 

「「!!!!!」」

 

 

 

「うおぉぉぉぉ!!!!! これでノーアウト一塁三塁!!」

 

 

「前の回までたどり着けなかった三塁までランナーを進めたぞ!!」

 

「大塚のフォアボールから!!」

 

 

「エンドランか!?」

 

 

観客の間でも、突然若林を攻め始めた青道の攻撃に驚きを隠せない。

 

 

片岡監督も、最初は半信半疑だった。

 

 

――――まずは僕が先頭出ますから。

 

 

彼のプレッシャーが、若林のリズムを崩した。打者として、攻撃面で彼を追い詰めている。

 

 

 

攻撃的な走塁で金丸への集中を削ぎ、平行カウントを作り上げる。金丸は、配球に合わせて勝負を仕掛ける。

 

 

ここに来て、若林の配球を読み始めた青道打者。

 

 

だが、このチャンスで9番打者沢村。チャンスでは全く期待できない。

 

 

 

――――チャンスで期待の出来ないバッター。なら、スクイズのみ警戒。

 

 

荒木監督、ここは冷静に前進守備、スクイズ警戒を指示。

 

 

スクイズを完全に読まれている沢村が凡退。

 

 

「くっそぉぉ!!! ここで打ったらヒーローだったのに!!」

 

 

続く白洲も内野フライを打たされる。観客から溜息が漏れる。

 

 

 

「粘られてるなぁ、若林に」

 

 

「くそぉぉぉ!!! ノーアウト一塁三塁で点が入んないじゃ、やべえぞ!!」

 

 

ここでもうツーアウト。打席には今日はまだノーヒットの東条。

 

――――フォーク、SFF、シュート、ストレート。出せるところは出してきたかな?

 

 

大塚からは、どんなことをされても驚くなと言われている。相手はSFFを繰り出してきている。もう何もないなんてことは試合が終わるまで考えない方がいいと。

 

 

――――けど、どうにもこうにも。さっきから守備位置が動いているような。

 

東条にはある瞬間にだけ、内野の守備位置が変わっているように見えた。

 

 

「豪ちゃん、ツーアウト!!」

 

「落ち着いていこう!!」

 

二塁手と遊撃手が声をかける。だがその瞬間に東条はその動きを確認した。

 

 

――――間違いない。この守備シフトの時は!!!

 

 

 

 

初球を東条は迷うことなく踏み込んだ。

 

 

 

 

カキィィィンッッッ!!!!!!

 

 

 

打球は、内野の頭を超えたのだ。通常守備でも、この守備シフトでも関係ない。

 

 

外角ストレートを強振した当たりは、右中間に落ちたのだ。

 

 

「うおぉぉ!!! 東条打ったァァ!!!!!」

ベンチで沢村が叫ぶ。

 

「おぉぉぉぉぉぉ!!!!!」

 

 

「かえってこい大塚ァァっぁ!!!」

 

 

ベンチにいた青道の選手が一斉に立ち上がる。

 

ここでも殊勲打。好調2番東条から先制タイムリーが生まれたのだ。

 

 

「―――――――な、んだと―――――」

 

 

――――今度は外角ストレート!? 迷わず踏み込まれた!?

 

 

 

 

尚も二死三塁二塁のチャンス。ここで3番小湊に回る。

 

 

打席に入った小湊は、またしても接戦での大塚の存在感を認めることになる。

 

――――本当に凄い、けどその流れをここまでもってきたのは

 

大塚が出塁し、金丸が確実にヒットで繋ぎ、大塚が走塁でプレッシャーをかける。

 

そして最後に東条が決めてきた。ノーアウトからツーアウトになるという不味い流れもあったが、それを物ともしない。

 

 

―――――ここで初球から行って、凡退すれば流れは確実に悪くなる。

 

しかし、ここで相手投手を立ち直らせる時間を与えてはならない。

 

小湊は、ファーストストライクを狙う決意をする。

 

そして、インコースのシュートの後の2球目。

 

 

外角低めのフォークを右に合わせたのだ。

 

 

木製特有の乾いた音が響く。真芯で捉えた時特有の、感じの良い音だ。

 

 

おっつけたような当たり。だが、打球は一二塁間を抜けていく。

 

「ここで三塁ランナー金丸ホームイン!!」

三塁から悠々と金丸がホームインし、

 

 

「三塁コーチャー回す!!!」

 

「東条の走塁ならわからないぞ!!」

 

勢いを殺さずに、東条がホームを狙う。

 

しかし、王谷高校もライト前に転がったゴロを山里が素早く捕球、そのまま間髪入れず、走り込みながらの送球。

 

「3点目は止めろォォォ!!!」

 

荒木が吼える。

 

 

その激に応えるかのような矢のような送球が、角田のミットに収まる。

 

 

「なっ!?」

三塁コーチャーも唖然とするレーザービーム。矢のような送球が東条の攻撃的な走塁を、

 

 

「え――――」

東条の目の前で送球を捕球した角田が目に映る。

 

 

「アウトォォォォ!!!!」

 

 

ホームベース付近で悠々アウトにされてしまった東条。小湊がタイムリーを打ったが、王谷高校が水際で流れを完全には渡さない。

 

 

「おぉぉぉ!!!! 矢のような送球!!」

 

「ライト山里の好返球で後続に回さず!!」

 

「ここからだぞ、王谷~~~~!!」

 

 

 

これにはエース若林も笑みを浮かべる。

 

「悪い、助かった。大塚を意識した俺のミスだ」

 

 

「とられたものは仕方ない。追い付くぞ!!」

 

「ああ!!」

 

ナインに後押しされるエース若林。ここまで秋季大会では3戦連続HQSを達成している投手を、そう簡単に見放すチームではない。

 

――――ここで豪ちゃんを助けるんだ!!

 

ナインの心は一つだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「東条!!!!」

 

「小湊ォォォ!!」

 

「東条ォォォォぉ!!!」

 

 

「さすがの東条!!!!」

 

「大塚の出塁から得点!!!」

 

「金丸もよく繋いだぞ!!!」

 

「追加点の小湊も褒めてやれよ!!」

 

 

歓声を浴びる4名。もはやそれになれている大塚と東条は軽く拳を上げ、外野へと走っていく。

 

 

「―――――――(うおォォォ、俺凄い。俺凄いって!!)」

内心心臓バックバックの金丸は、顔がほころばないように注意するのだった。

 

 

「久しぶりだ、この歓声」

それを思うと、ようやく久しぶりに仕事が出来たのだと実感する。

 

 

 

 

 

「1年生は凄いなぁ。マジで得点を捥ぎ取りやがったよ」

御幸は、大塚の出塁から僅差のゲームを取ったあの試合を思い出す。

 

「――――――やっぱ、スゲェよ。大塚は」

沢村は、細かなことは解らない。いったいあの攻防の中でどれだけの駆け引きが行われたかを知る由もない。

 

だが、大塚がこの膠着した流れを動かしたのだ。

 

 

外野から、大塚が声をかける。

 

 

「この回大事だぞ!! チームにとっても、お前にとっても!!」

 

 

 

否が応でも意識しないわけがない。今の自分が置かれている状況を。

 

 

「――――早く、投げ込みたい」

 

 

「―――――ははっ。そんだけ言えりゃあ大丈夫だな」

 

ミットを構える御幸は、思う。

 

 

――――最高のボールではなく、最善のボールを、ここに投げ込んで来い!!

 

 

試合終盤に差し掛かるここで、青道が待望の先制点、さらには追加点を捥ぎ取る。

 

 

最長イニングが近づく沢村。

 

 

 

未だに完全投球を継続中。

 

 

 




沢村躍動。

2番東条が有能過ぎる。小湊久しぶりの活躍。


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第112話 その景色は・・・・

だいぶ遅れました。

セミファイナル、ファイナルの展開を考えていたり、文章がまとまらなかったり

先月の休みが1日しかなかったりすることは、不味いですか(虚ろな目)?




6回の裏、表の回に2点を先制してもらった沢村は俄然気持ちが入っていた。

 

――――えっと、このリードを守りきれば、いいんだよな?

 

ざわざわとした観客の声が耳に入らない。沢村の視界には、御幸の構えるミットしか見えていない。

 

 

そして、打者の打順を確認するために、何気なくスコアボードを見る。

 

「―――――――あれ?」

 

 

≪6回裏王谷高校の攻撃は、7番、サード、白河君。背番号5≫

 

アナウンスから聞こえる声も聞き取り、スコアボードを見た沢村は言葉を失う。

 

 

 

―――――オレ、今日はヒットを打たれていなかったんだ

 

 

 

 

 

クリスは、沢村の投球から目を離すことが出来ないでいた。

この1年間の彼の努力も、挫折も、そして成長の証も。その姿を見てきた一人でもあったクリス。

試合はもうすでに終盤に入る。ここまでいい投球を続けていた沢村に、ついに援護点まで生まれた。

 

――――――ここからだぞ、沢村。

 

それは言うまでもないこと。

 

――――――ここから、だぞ。

 

だが、心の中で何度も繰り返してしまう。すでに手に汗が出始めており、自分がマウンドに立っているわけでもないのにとても緊張しているのが解る。

 

 

 

そのマウンドの沢村。尚も勢いを失わず、勢いはとどまるところ知らず。

 

 

 

先頭打者の白河に対し、右打者の内角をえぐるカットボールでファウルを稼ぐ。

 

――――チェンジアップがちらついて――――

 

どうしても振り遅れる。

 

続く2球目はインロー低めのスライダーでスイングを取り、強気の投球を崩さない青道バッテリー。

 

――――外のチェンジアップ、空振りを奪うぞ。

 

低く、とジェスチャーを送りながら、外による御幸。

 

 

「ストライク、バッターアウトォォォ!!」

 

タイミングを外され、腰砕けになる白河。沢村は無心になろうと努める。

 

 

続く8番笠原には高速チェンジアップで内野ゴロ。ショートに飛べば、ヒットになる確率は低くなる。

 

「ツーアウトォォォ!!」

指を二本立て、叫ぶ沖田。

 

内野陣が盛り立てる。小湊が、そして金丸がツーアウトと叫び、沖田に続く。

 

 

―――――やべぇぇ、俺

 

 

沢村にあった堅さが完全に取れた。

 

 

――――負ける気がしねぇ、こんなバックがいたら

 

 

「ストライク、バッターアウトォォォ!!」

 

 

最後若林に対しては全球ストレート。インコース高めを振らせ、空振り三振。この回も無安打。

 

 

その後は、こう着状態が続く両チームの攻撃。沖田が大きなライトフライに打ち取られ、御幸がライナーで打ち取られ、前園もフライアウト。

 

若林も主軸相手にいい投球。

 

 

7回の裏も沢村はヒットを許さない。沢村の投球はとどまることを知らなかった。

 

 

 

 

 

そして8回の裏、そんな沢村をこの試合支え続けている青道の二遊間が魅せる。

 

 

 

先頭打者の4番春日に対する初球の高速チェンジアップ。

 

 

―――――このボールが終盤は多い、ならば!!!

 

バッテリーの意図を感じ取り、ボール球で手を出してきた春日。打球は飛んだコースがよかったのか、二遊間を抜けようかというコース。

 

だが、まず二塁手の小湊がこの勢いを止める。

 

 

走り込みながらの逆シングル捕球。打球が弱かったのも幸いしたのか、この打球に食らいつく。

 

 

――――だが、その体勢ならば!!!

 

 

春日にはわかる。あの体勢では送球にかなりの時間を要する。このまま走り抜けば自分はセーフになれる。

 

先頭打者の仕事を果たせると信じた。

 

 

 

しかし“彼ら”は春日の想像を悠々と超える。

 

ショートの沖田が小湊の更に背後に回り込んでいたのだ。そして、その位置に王谷高校は戦慄を覚えた。

 

 

―――――なぜ、そこにいる

 

 

彼らは思う。

 

 

―――――ショートのお前が、なぜそこに――――――っ!

 

 

 

守備位置は定位置だった。逆方向にも打てる春日を警戒した通常の守備。

 

 

―――――小湊の背後になぜいる!?

 

 

そしてその刹那、小湊は沖田の存在を認知する。二人の目と目が合い、瞬時に彼らの感じた作品が重なり合った。

 

 

小湊がここでバックトス。全ては後方より走り込んでいる沖田へのアシスト。

 

 

 

獰猛な笑みを浮かべた沖田にボールが渡る。そして、その光景を春日はまだ知らない。

 

 

 

「ナイス春市ィィィ!!!」

 

 

 

歓喜の声を上げながら、沖田はバックトスから受けた白球を右手で、しかも素手でつかみとり、握り直すこともなく間髪入れずに投げ込んだのだ。

 

 

弾丸のような送球が正確に前園のグローブに入ったのと、春日が駆け抜けるまでのリミット。

 

 

どちらが早いかは言うまでもない。

 

 

「アウトォォォォぉ!!!!」

 

 

審判の宣告と、その送球を遂に認識した春日の絶望の色を隠せない表情。

 

 

それがすべてだった。

 

 

「うおぉぉ!! アライバ!!」

 

「あのコンビ凄いぞ!! まだ1年生なんだろ!!」

 

「沖田についてこられるセカンド!! 今日はタイムリーを打っているし、関東1かもしれないぞ、この二遊間コンビ!!!」

 

 

「春市が輝いてるぞ!!! うぉぉぉ俺らの期待の星!!」

 

 

 

「すげえぇぇ!!! なんだあれ!? どうなった!?」

沢村は、プレーを見ていたがあんまりな光景に理解の範疇を超えていた。

 

 

 

「終盤に来て、このプレーは心強い。流れをさらに呼び込めるぞ」

御幸は努めて冷静に、このプレーを分析する。のだが、

 

 

―――――ははっ、この全てを見渡せる場所で、あんなもん見せられちゃあぁな

 

マスクの下の口は、緩んでいた。

 

 

―――――誰にも譲らない。ここは俺の特等席だ

 

 

あんな凄いプレーを一番間近に、一番真っ先に見られる。

 

 

そして、そのプレーに自分たちバッテリーは助けられた。

 

 

―――――沖田の顔を見て、準備しといてよかったで――――っ

 

前園は、ストライク送球をここまで緊張して取ったことがなく、アウトを取れてよかったと安堵していた。

 

 

 

球場を揺らした、青道ナインが心強さを感じたそのファインプレーは、青道応援席にも異様な雰囲気を与えていた。

 

「沖田君凄い。トスに回り込んであんな―――――」

マネージャーたちは唖然とし、

 

 

「お、俺も出たい――――絶対出たい――――うずうずするぞ」

狩場がレギュラーへの意欲を刺激される。

 

残る1年生たちも、このファインプレーの片翼である「春市に続け」という言葉を胸に抱く。

 

大塚を筆頭とした投手陣、御幸、沖田、東条だけではない。

 

自分達だってやれるはずだ、これを見て刺激を感じない方がおかしいと。

 

 

―――――負けてられない。このままでは終われない

 

 

嘘偽りのない本音だった。

 

 

 

そんな部員たちの様子を見ていた片岡監督は、一瞬だけ口角を釣り上げる。

 

「攻撃的な、意欲的な守備だったな」

この試合にも、今後にも影響を与えるプレーだった。それを強く感じた。

 

 

 

「まあ、あれを成功させる自信があったという事でしょうな。なんにせよ、この局面であれをやれる精神力は、二人の二遊間としての成長を感じますねェ」

落合コーチも、沢村が完全ペースを崩していない中で、リスキーなプレーを選択し、流れを呼び込んだ二人に敬服していた。

 

そして、強い選手に生まれ変わりつつある春市の見方を変え始めていた。

 

―――――どこかセンスだけが取り柄だと思っていたが、中々どうして。

 

 

あの攻撃的な雰囲気。彼の兄を彷彿とさせる守備だったではないかと。

 

 

 

 

スタンドからは、尚もどよめきがおさまらない。

 

 

 

おいおいおい!!! あんな先輩たちと俺は勝負すんのかよ!!!

 

 

望むところ……

 

 

君たちはホント愉快だね

 

 

野心溢れるどこかの中学生たちの声が聞こえたような気がするが、片岡監督は一段と気をしっかりと引き締める。

 

 

 

指揮官は、青道の最後の攻撃の最中、ベンチに座っている沢村と御幸を静かに見守る。

 

 

―――――当事者はどのような心境なのだろうな。だが、だからこそ

 

 

彼は言葉をかけない。余計なことを考えてほしくなかったのだ。

 

 

 

彼にはこんな完全試合に挑めた経験がない。この1年間。手に届きそうでとどかなかった男を知るからこそ、あえて彼は二人に何も言わない。

 

 

だが、言葉ではなくそのタクトで彼は二人に自らの意思を示す。

 

 

ブルペンに控える投手はだれ一人いない。川上はベンチに座ったままだ。降谷も当然登板機会はない。

 

 

大塚も当然投げない。

 

 

 

――――――この試合のマウンドは、お前一人だけのモノだ。

 

 

 

 

攻撃が終わり、青道の守備が始まる。

 

 

 

彼はなにも言わない。その瞬間が訪れるまで。

 

 

 

 

 

 

 

9回裏ツーアウト、王谷は未だにランナーを出せていない。

 

 

沢村栄純。完全試合まで、後アウト一つ。

 

 

「最後の最後にやらかすなよ、沢村ァァァ!!!」

 

 

「ここまで来たら、決めて来い、沢村ァァァ!!!」

 

 

「沢村ァァァ!!!」

 

「あと一人だぞ!!!」

 

 

大歓声がダイヤモンドの中心へと注がれる。内野陣もやや緊張した表情をしている。

 

「―――――――――――――」

沢村も沢村で、強張った笑顔をしている。さすがに緊張をしないはずがない。無神経でいられるはずがない。

 

 

無邪気でい続けることなんて出来ない。

 

 

投手としてのエゴが、様々な感情が沢村にまとわりついている。しかし――――

 

 

 

 

 

「沢村!! 点差はある!! その記録はおまけだ!!」

その時、大塚が叫ぶ。

 

 

「どうせするなら、甲子園の大舞台でやってのけろ!! ここがすべてじゃないぞ!!」

 

 

 

 

「大塚―――――」

その一言だけで、沢村は気が楽になった。

 

 

その初心を忘れていた。

 

 

 

――――そうだ、とにかく無失点に抑えたい。長いイニングを抑えたい。

 

 

そんな単純な気持ちだった。いつの間にか、それがこうなっていたわけで。

 

 

――――俺が欲しいのは、ここじゃない。

 

 

大塚の喝で表情に柔らかさが戻る沢村。それを見た御幸は、

 

 

――――大丈夫そうだな。

 

 

しかし御幸は解らないものだと思った。

 

 

――――大塚が完全試合を悉く逃して、沢村がその手に届きかけている。

 

 

「ストライィィィクッっ!!!」

 

まず初球アウトロー。手が出ない。今日は本当にストレートが低めに伸びてきている。

 

――――ストレートと変化球の高さがほぼ同じだからな。

 

 

低めの制球は本当にいい。

 

その後、若林に対して逆球にはなったが、外のスライダーが決まる。

 

 

―――――うわ、ここでバックドア気味のスライダー投げるか。

 

 

「―――――――――――――」

無言のまま、先程の一球を気にかける沢村。制球ミスをしたにもかかわらず、その球の感覚を確かめているようだ。

 

 

「いよいよ、か」

沖田は、どこからでもかかってこいと言う気分だった。

 

―――――肩を並べる、いや、成績だけならもう―――――

 

 

イニング数も、そして秋では防御率さえも。

 

 

3球目はアウトローのボールコース。4球目に投じた一球――――――

 

 

若林にはストレートに見えた。

 

 

――――最後の最後、このままで―――――

 

 

そのボールを強振しにいく若林。

 

 

 

しかし、寸前でそのボールはコースから沈み、若林のバットから逃げていく。

 

 

―――――変化球!? それにこの球は―――ッ!! 

 

 

そう思った時にはすでに手遅れだった。

 

 

 

「ストライィィクッッ!! バッターアウトォォ! ゲームセット!!」

 

 

 

その瞬間、地鳴りのような歓声が四方から沢村に向かってきた。

 

 

「!!!!」

確かに凄いことをしたのかもしれない。人生で最もいい投球が出来たとも感じていたし、かなりの手ごたえを感じていた。

 

 

しかし、本人の認識とはあまりにもかけ離れた現実に、沢村はかなり戸惑っていた。

 

―――――な、なんだこれ

 

勝利の雄たけびを、自分の無意識の口癖が出るはずなのに、それが出てこない。

 

 

それだけ沢村は会場の空気に最後の最後に呑まれていた。

 

 

「やったな、栄純!!」

まず沖田が駆け寄りながら、その偉業を祝福する。

 

 

「最後のボール、コースは甘かったが、いい変化だった。何はともあれ、ほんとにやってのけるなんてな。」

柔らかな笑みを浮かべ、沢村の今日の投球をたたえる御幸。それが沢村にはとても珍しく見えた。

 

「御幸先輩―――――」

今日の主将は少し違う。そんな気がしてならない。沢村は、そう思った。

 

 

「まあ、最後の最後で何か衝撃的なことをしでかすと思ったけどな」

 

 

「やっぱりいうと思ったよ!! こんちくしょう!!!」

 

 

「沢村~~~!!! ワイは最後まで信じとったぞ!!」

いいところがなかったが、8回には二遊間コンビのプレーを無駄にしない活躍を見せた前園。

記録がかかった試合、これまでで最高の投球を続ける沢村に影響されることなく、集中力を保ち続けた。

 

しかし、打撃で貢献できなかったことをかなり焦っているのだが、それは顔には出さない。

 

 

「うん! もう今日の栄純君はのっていたし、最後まで投げ切れるって信じてたよ! 凄かったよ、栄純君!!」

秋の太陽すら霞むような笑顔を見せる春市。それだけ沢村の力投に感激していたのだ。いつもの少し落ち着いた雰囲気はなく、沢村の近くではしゃぐ彼の様子は、ナインにとっても新鮮だった。

 

 

「最後あっさりだったな。最後の球も今日一番のキレのあるボールだったし、完全を成し遂げてもまだ余力を感じさせるとかなぁ――――まあ、凄かった。いや、めっちゃすげぇよ」

沖田も、あの見学の時から沢村を見守ってきた人間の一人であり、入学当初から成長した姿を見せ、ここまでやってきた彼の軌跡に魅了されていた。

 

「ホント、最初は癖球オンリーだったのにな。今じゃ青道の誇る左のエースだ。」

御幸も、これまでの努力と苦労の詰まった、沢村の渾身の力投に鳥肌がいまだに立っている。

 

思えば、一年生投手陣の中で最初にコンビを組んだのも沢村だった。そして、次々と彼の地力を上回る投手と出会い、彼の印象が薄れかけても―――――

 

そのたびに沢村は自分を成長させ、この競争に食らいついてきた。

 

―――――いける

 

御幸は手ごたえを感じていた。

 

沖田が得点につながらなくても、得点を捥ぎ取る事が出来る打線になってきた。今日の試合は明らかに沖田封じを仕掛けてきた投球。

 

それがクイックによるタイミングのずらし。沖田は分かっていても肩が開き、初打席と2打席目も打ち取られてしまった。

 

3打席目でついに対応したとはいえ、沖田の出塁が得点につながらなかった。その時は苦しいと、苦しい試合展開だと覚悟していた。

 

 

それでも、

 

 

―――――けど、大塚が打線でも柱になってきたのが大きい。

 

 

 

しかし6回の先頭、大塚が出塁したことで試合の流れが変わった。そして片岡監督が常日頃から言われていた走塁からのプレッシャー。

 

それを体現する攻めで、金丸のヒットをアシストした。それが連続出塁に繋がり2度目のチャンスにつながった。

 

 

 

その流れを失わせなかった男――――

 

 

沢村に次ぐ声援を浴びている選手――――――東条に目を向ける。

 

 

ノーアウト一塁三塁からツーアウトまで粘られた局面で、きっちりタイムリーを打つ勝負強さ。

 

バッターとして沖田が注目されがちだが、この一年生がいることで、打線に流れを作っている。

 

 

そして最後に、小湊に目を向ける。

 

 

久しぶりの活躍で、表情に余裕が出ていた彼は、声援に応える所作も貫禄を出し始めていた。思えば、夏予選から頑張っていた選手の一人だ。この試合で立ち直ってよかったと御幸は思う。

 

無論8回の好守も、彼のメンタルの成長を感じるものだった。

 

 

 

ここまでのピースが、秋のこの時期に揃い始めていた。

 

―――――今度こそ、いける……

 

 

あと一つ届かなかった頂点に、届くかもしれない。そんな考えが、御幸の心を熱くさせる。

 

「御幸先輩?」

 

大塚が怪訝そうな顔で、先程から黙り込んでいた御幸に声をかける。

 

「あ、ああ。栄治? どうした?」

 

 

「そろそろ帰りますよ。大巨人の真木先輩もドアの向こう側でうずうずしているようですし」

大塚の視線の先には、闘志を燃やしている大男の姿が。

 

 

 

「………」

仙泉の真木は、青道ナインをじっと見つめていた。そこには負の感情が見当たらない。澄んだ闘志を感じさせる一人の戦士を思わせる雰囲気をだし、試合に集中しているのが感じられた。

 

 

「こら真木! そんな道の真ん中に立つんやない! 邪魔やろうな!」

軽く注意を促すその仙泉を率いる鵜飼監督。だが、彼の気持ちが解らないわけではなかった。

 

 

―――――あの青道のサウスポー。えげつない進化をしよる。

 

最初から最後まで都立の星に隙を与えなかった。それがあの大記録。思えば、沢村のスライダーが一躍注目され始めたのも、仙泉戦からだった。

 

あの頃を思えば、さらに洗練され、腕の振りの欠点をも克服した。これでもう彼が思い当たる弱点はなくなりつつある。

 

 

―――――これで稲実の成宮のように球速まで伸びたら手に負えんな

 

 

「エースを温存、控え投手でこの投球。盤石じゃないですか」

鵜飼監督は、ベンチを後にする青道ナインとともにこの場を去る片岡監督に声をかける。

 

「ええ。選手たちが課題に向かって努力し、克服し、成長した結果です。」

淡々と語る片岡監督。次に戦うかもしれない相手なのだ。

 

 

「うらやましい限りですな」

 

 

 

その一言を聞いた片岡監督以下、ナインはベンチを後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

一方、敗れた王谷サイドでは、

 

―――――どれだけいい勝負をしようと、負けは負け。

 

エース若林は、最後の最後に地力がモノを言った結果に歯噛みした。自分がいい投球をした、で終わってはならない。

 

 

それではエースではない。エースは、チームを勝利に導く存在なのだから。

 

 

打者陣は酷く消沈していた。それもそうだろう。控え投手に完全試合を食らわされたのだ。その衝撃は推し量れるものではない。

 

「落ち込む暇があったら、次は一泡吹かせるよう、努力するしかないだろ? 俺達のやり方で。」

 

一人一人、声をかけていく若林。その立ち振る舞いを見守る荒木はこの試合で彼の精神面での成長があったと感じていた。

 

―――――悔しい筈だが、ナインに声をかけるふるまいは紛れもなくエースの行動だ。

 

チームを背負う覚悟があるからこそ、この敗戦で涙を見せていない。強い姿を全員に見せている。

 

「冬は休みがねぇかもな。勉強も野球も、やることがたくさんだ」

 

 

頭脳派エースの秋が終わり、夏に向けての挑戦が始まった。

 

 

 

 

「都立の星。夏で見せてやろうぜ」

 

 

 

 

 

 

青道に場面は返り、降谷はある人物との邂逅を終えていた。

 

 

「あれが降谷君のおじいちゃん?」

小湊が尋ねる。ベンチに座る彼を見ていた謎の老人は、なんと彼の祖父だったのだ。

 

「うん。」

 

 

その後、彼が何故東京にやってきたのかという衝撃の事実も判明した。

 

「えぇぇ!? 降谷君のおじいちゃんは東京に住んでいるの!?」

吉川が驚き、

 

「だから青道のパンフレットも手に入ったって――――そういう縁かぁ」

沖田が納得する。

 

「けど、あの御嬢さんとの縁は、どうにもならんようだな」

ニヤニヤしながら沖田がさらにがっつく。

 

「関係ない。感謝はしているけど、そこまで意識したわけじゃない」

クールな対応を見せる降谷。

 

 

「でも、沖田君のようにがっついてくるのは、女性の身としては、ちょっと怖いかも」

春乃の一言で、

 

「ぐぬぬぬ――――」

何も言えなくなった沖田。

 

 

 

 

「―――――――――」

そんな中、賑やかな輪の中に入らない沢村。何かを考え込んでいた。

 

「珍しいな。あの輪の中に入らないなんて」

御幸はその彼の変化を感じていた。

 

 

「――――――考えることが、こんなに大事だって、解ったん――です」

 

 

「沢村?」

 

 

「どうすればいい投手になれるのか。栄治を見てると、なんでも猪突猛進だとダメなんだなって。」

 

 

熱い心をその胸の中に。冷静に努めようとする姿は、異質だった。

 

 

「――――――アイツは、野球もスゲェけど、勉強もスゲェ……。意識の違いが、今の立場の違い、なのかもしれない」

 

沢村が考えていることはこうなのだ。

 

 

 

 

今の自分には、足りないものがある。課題があると。

 

 

 

 

 

 

大塚は、野球も勉強も出来る。そしてエースでもあり、自ら次々とアイディアを浮かべていく。

 

 

自分はどうなのだ。彼に助けられてばかりだ。いろんな人に助けられてばかりだ。今でこそ2番手、エースの座に近づいてきた。

 

 

日頃の行動を思い返してみた。

 

自分は授業中に意識の問題があった。教えを乞う事を、この学校に来て経験し、それはこの場面でも言えることではないのかと。

 

 

勉強が出来ないと、諦めていた。軽く考えていたのかもしれない。

 

 

頭のいい投手は、日頃の行動も違う。そして、

 

 

沢村も今の自分に納得が出来なくなっていたのだ。

 

 

「とにかく、がむしゃらに、じゃない。考えて――――行動したい。出来るようになりたい」

それが彼の偽りのない本音だった。

 

 

 

 

「――――冬の合宿で、俺はあのムービングボールを自在に操りたい。」

 

 

 

 

 

「!!!!!」

雷に打たれるような衝撃を受けた御幸。野球が、奴によって、この野球バカの意識が劇的に変わった。

 

 

そして、御幸がぼんやりと考えていたことを、この男は自力で導き、至ったのだ。

 

 

 

―――――凄い奴だ。行動が変わっても、お前は変わらねェよ

 

 

むしろ、御幸は歓迎していた。ついにこいつはここまでの意識を持つようになったかと。

 

 

 

 

 

 

「その調子だ。沢村」

 

 

 

 

「「!!!」」

二人が振り向くと、そこには彼らが尊敬してやまない先輩の姿。

 

 

「クリス先輩?」

御幸が追い付きたいと願ってやまない、沢村が認められたいと願う、男の姿。

 

 

「投球を見て、震えるものがあったというのに、ここでも震えてしまった。あの我武者羅だったお前の意識が変わった瞬間。それは、とても大切なことだぞ」

柔らかな笑顔を浮かべる彼は、沢村を見て嬉しさを隠そうとしない。

 

 

そして、その様子を見ていた降谷も、輪の内側から話を聞いていた。

 

 

――――――考える投手。難しいけど、それが出来ないと

 

 

この争いには勝てない。

 

 

 

「ふ、どうやらお前の投球と宣言に、刺激を受けた奴がいるようだな」

そして視野の広い男は、たちまち彼の様子に気づいてしまう。

 

 

「―――――――――!!」

変わり始めている。どうなるのかが分からない。未来が解らない。

 

御幸は、この日を忘れはしないだろう。

 

 

勝って兜の尾を締める投手陣。頼もしくないはずがない。

 

 

この余韻に浸りたい。この余韻のまま、練習が、試合がしたい。

 

 

 

 

そんな御幸の思いを遮る有り得ない試合が、この後目に飛び込んでくる。

 

 

 

次の試合で当たる、勝者が誰なのかを確固たるものにする結果が。

 

 

 

 

一方、観戦に訪れていた中学生たちは青道の沢村について考え込んでいた。

 

 

「最後の一球、アレはまさか――――」

奥村は、沢村が投げた最後のボールが脳裏に焼き付いていた。

 

 

「間違いなく高速スライダー、だね。とうとう腕の振りまで克服しちゃったみたいだし、今年の秋は青道の一人勝ちかもね。なんだかもう、色々と反則過ぎやしないかい?」

赤松は、肩をすくめながら苦笑いする。

 

 

なんだろうこのチームは。なんでこんなに成長しているんだろうと。

 

 

「けどさ、地味に高速チェンジアップが効いているだろ。あれのせいで低めのスライダーを見極めても、ストレートが変化すると打ち損じの確率がヤバすぎる」

 

もう低めにチャンスがないじゃん、と瀬戸は顔をひきつらせていた。

 

「パワーで持っていくことは可能だが、弾道が上がらないかもしれない。いずれにせよ、あのボールがあの投手の新たなピース。スライダーよりもある意味厄介だ」

 

 

奥村は、スライダーを評価しつつも、高速チェンジアップがこの投手の実力を引き上げたと感じていた。

 

スライダーを見せた後、明らかに相手打者は追い込まれる前にヒットを狙った。それも作戦の一つだ。だが、それが青道の策だったのだ。

 

 

内野は沖田を中心とした鉄壁の守り。二遊間と三遊間についてはほぼ心配はいらず、ショートに飛べば、確実にアウトにできるという確信さえあったのだろう。

 

内野ゴロの数が、終盤に来てかなり多くなっていたのも見逃さない。

 

だからこそ、芯を外された打球を処理され、チャンスすら生まれない状況に、さらに力むという悪循環。

 

 

「けど、打線は今日元気がなかったけど、組み換えが未完成なだけで、十分怖いね。今の俺なら、まあ――――無理かな」

赤松は、まったくこの打線を抑えられるビジョンがなかった。

 

 

―――――どうやって抑えよう。

 

沖田封じ、そして大塚封じはどうするべきか。だが不用心。

 

 

小湊、東条、御幸が控える打線だ。前園も結果が出ないだけで、当たれば怖い。金丸も最近変化球に食らいつき、ストレートには元々強い。

 

 

「本当に、冗談ではないね。今の組換えが上手くいっていない打線でも迫力があるのに。まあ、7番大塚が試合を決めたけど、愚策以外の何物でもないと俺は思うね」

赤松は下位打線に大塚を置いたことが間違いだという。

 

 

「あの人が打席に立っただけで空気が変わったし、4番でもいいんじゃね。無駄に警戒されて歩かされているし」

瀬戸も、大塚の威圧感を感じ、冷や汗が止まらないとも思ったし、何かをしてしまう雰囲気も感じていた。だがそのせいで、彼は過剰に歩かされすぎているとも感じていた。

 

 

「うん。彼が5番なら逃げ場はなかった。序盤で勝敗がついていたと思う。上位打線までの並びを変えれば、並の投手は5回持たないね」

 

 

赤松は、席を立ちあがる。

 

 

「今日はいいものが見られた。この辺でお暇させてもらうよ」

 

「そっか。じゃあな、青道で会うのか、公式戦で会うかはわからねェけど、またな」

瀬戸もこの場を立ち去る赤松に挨拶を入れる。奥村は軽く会釈をするだけだ。

 

 

名残惜しいが、彼にも都合があるのだろう。来年がどうなるかわからないが、少しだけ楽しみだと思う瀬戸だった。

 

 

 

その一方、光舟は青道が立ち去った後に王谷のベンチに入ってきたチームを見て、やや少し険しい顔をしていた。

 

「光舟?」

怪訝そうな顔をし、瀬戸は苦い表情を浮かべている光舟に声をかける。

 

「―――――次の試合、荒れるかもしれない」

彼の言葉は、その奥を常に射抜く鋭い眼光のように、瀬戸の耳に刻まれる。

 

 

――――――光舟? 

 

瀬戸は彼の言葉をこの試合の経過によって思い知ることになる。

 

 

 




結城弟「・・・・忘れ去られた」


ごめん、これを見た反応がいまいちつかめなかったんだ・・・・


何はともあれ、沢村君が偉業を成し遂げました。大塚君涙目・・・・


そしてナンバーズブーストがこの時期に発動。さらに意識改革にも成功。

出場が確定した瞬間の神宮の背番号1は、圧倒的に沢村が有利です。

選抜? 

一冬超えたらまだわかりませんよ?


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第113話 4強揃う

お待たせしました。


仙泉と成孔のベスト4を賭けた試合は、序盤は戦前の予想を覆す静かな立ち上がりとなった。

 

仙泉エース真木は4回まで無失点で切り抜け、対する成孔エース小島も威圧感のあるストレートとキレのあるスライダーで打者を抑え込んでいく。

 

 

しかし、成孔の打者のスイングスピード、その体格から予想されるであろうパワーは、無視できないものであった。

 

「序盤からあそこまで打球が飛ぶのは、不味くないか」

倉持は真木の球威をもってしてもあそこまで飛ばされることに、成孔の重量打線の本領がいつ爆発してもおかしくないと警戒する。

 

「ああ、真木も球種にスライダー、チェンジアップが加わったとはいえ、まだ付け焼刃。決め球のカーブも甘く入れば致命傷。2巡目も同じ攻めなら不味いだろうな」

御幸も、夏を経て成長した真木への評価を認めるものの、成孔打線に同じ攻めを続ければ、痛い目を見ると踏んでいた。

 

 

「特に、4番長田。あの打者はパワーだけなら沖田よりも上だろうな」

 

御幸が注視するのは、成孔の4番長田。あのボディビルダー軍団の中でも一際大柄な体格で、スイングも豪快だ。

 

「そりゃあ、そうですよ。なんですかあの体格。熊みたいだ。あと、筋肉はつければいいってわけではないですし」

 

沖田が当たり前だという。そして、筋肉の増加はメリットだけではないと言い張る。

 

「打者として脅威なのは間違いないですけど、低めの変化球を1打席目は手を出しまくっていますね。制球さえ間違わなければ、やけどの心配はそれほどないですよ」

 

1打席目では、低めのチェンジアップに三振を奪われている。沖田は、穴の多い典型的な4番タイプと評した。

 

 

「だが、俺にも言えることだが、中途半端なアウトローが一番危険な打者でもある。腕も長く、恐らくポイントが合えば伸びた分、痛打の恐れもある。」

大塚は、穴があるように見えて打者としては侮れないと評する。

 

「それに、あのアッパースイング。低めの球を強引に持って行けるパワーがあるなら、安易に丁寧に、なんて要求はしづらいと思いますよ。」

さらに、そのスイング軌道が低めの変化球に対応できるものであると予想する大塚。

 

 

「そこのところはどう思いますか、御幸先輩?」

そして最後に、自分の論評の評価を主将に尋ねたのだ。

 

 

「ああ。俺もそう思う。この打者のパワーもそうだが、この大会でもホームランはトップ。あの轟と同数なのがな。この第2打席でどういったバッティングかが気になるかな?」

御幸も、この5回の先頭打者である彼が、どういった打席を見せるのかが焦点になると考えていた。

 

 

そして、真木が投じた長田への3球目。1ボール1ストライク、低めの外角を狙い、高めに抜けたスライダーの後の、低めのストレート。

 

 

 

轟音とともにバットが白球に激突し、物凄い弾道でスタンドに叩き込まれた光景を見せつけられることになった青道一同。

 

「低めの難しい球をあそこまで飛ばすかよ……」

金丸が唖然としていた。

 

「……難しいが、見事にバットに吸い込まれていったな。あそこはツボか?」

沖田は、長田の好きなところがあそこなのだと予想した。

 

「打球が吹っ飛んだ光景なんて、甲子園の坂田さん以来ですよ。こんな打者が東京にいたなんて」

東条も、坂田に匹敵する迫力を見せた彼の姿を見て、若干表情を曇らせる。

 

 

その後も続く打者がホームラン攻勢で真木を攻略。一挙3点を奪ったのだ。しかし、それ以上の得点を真木も許さない。

 

 

 

さらに、仙泉は終盤には反撃の狼煙を上げる1点目を取り、3ホーマーを浴びた真木もタイムリーを放つなど、成孔に食らいつき、意地を見せ始める。

 

 

 

しかし、

 

 

 

 

「ゲームセット!!!」

審判の宣言とともに、試合が終わる。

 

スコアは3-2。追い上げを見せた仙泉だが、後一歩とどかなかった。

 

相手エース小島も6回1失点で大量リードを貰い降板。明らかに次戦に向けた継投策を見せた。

 

変わった背番号11の小川は1年生。制球を乱し、フォアボールが失点につながったが、その後は立ち直り、仙泉打線を力でねじ伏せていった。

 

「エース小島は140キロのストレートにあのスライダー。小島も一年生では相当ストレートが速い部類だ。両投手ともに球威があるな」      

倉持は、冷静に分析した。あの図体で球威に頼らず、丁寧に投げる印象もある。厄介な投手だと考える。

 

「あの上背から投げてくるんだ。威圧感も打席に立つと一層感じるだろう。」       

白洲も、打席でのイメージを早めに掴んでおきたいと考える。あの威圧感と球威に振り負けないスイングが必要になるのは言うまでもない。

 

御幸にとってはこの準決勝の相手になる成孔だけが脅威ではない。

 

むしろ、この準決勝を超えた先にこそ、本当の正念場が訪れていると考えていた。

 

 

「明日の市大三高と薬師の試合もそうだが―――――」

 

言葉に詰まる御幸。それもそうだろう。薬師にはコールド勝ちをしたとはいえ、最早夏のチームとは完全に違う。投打に柱を持つ強豪の一角に変貌している。

 

だが、そんな薬師すら超越する絶望感を与える存在が反対ブロックに控えていることが、彼の心労を進行させている。

 

 

 

「日本代表相手に大舞台で完全試合。力をセーブして、未だ失点、自責点もなし。冗談じゃないよ……」

弱気な発言が目立つ東条。

 

「夏の時は馬力がまだまだだったが、国際大会の期間に大化けしやがった。それに、あの落ちるボールも」

沖田目線で見ても、夏の制球力そのままに、球威も3段階ぐらい急成長しているあの男を意識していた。

 

 

「しかも一人で投げ抜いているタフネス、スタミナ、終盤でも衰えない集中力…いや、精神力。間違いなく今大会トップクラスだ」

一人で投げ抜くエースとしての自覚。そして疲労を感じつつも落ちない投手としての力量。連投に耐えうる頑丈な体。

 

エースとしての器で大塚栄治は彼に劣っている。

 

 

今大会の彼の足跡を見れば、大塚にもそれはわかる。

 

認めるほかなかった。

 

 

「もう俺は、大塚和正の幻影におびえることなく、自分の形を追い求めている。だから、俺と楊は違うタイプだ。」

 

 

制球面では敵わない。球威はこちらに軍配が上がる。しかし、コンディションは完全に彼の方が万全。

 

 

本当に認めたくはないが、自分よりも今大会は結果を出しているのが奴なのだ。

 

「まあ、坂田さんがいない打線は、カレーライスに肉が入っていないのと同じだし――――」

狩場は、よくわからない例えで日本代表の打線に関する考察を披露する。

 

「どういう例えだよ――――」

やや呆れる金丸。

 

 

「―――――なんにせよ、明日には4強が揃う。薬師と市大の潰し合い、楊が力尽きないというわけもないだろ」

麻生とて、この3つの勢力が侮れないというのは分かっていた。しかし、楽観的な意見を出さずにはいられなかった。

 

 

大塚たちはまだ平気そうだが、普通の選手は違う。

 

 

楊は、今年の高校野球に史上最大のトラウマを植え付けた相手なのだ。歴史的敗北、完全敗北。2年生世代、そして坂田以外の3年生世代のトップクラスを相手に完全勝利をした男だ。

 

 

まともにやりあえば、勝てる見込みが万に一つない相手なのだ。

 

「―――――楊は崩れない。春日一高打線が、彼に本気を出させるかどうか。見所はそこぐらいかな」

冷たい、残酷な戦前の予想を出す大塚。大塚はもはや隠す気もなくそう言い放ったのだ。

 

春日一高に勝機があるという問題ではない。春日一高が楊を本気にさせられるかどうかのレベルの話である。

 

「本当にそれぐらい、彼の投球は異次元だよ。」

 

青道ナインと上級生たちは成孔と仙泉の試合を見届け、会場を後にするのだった。なお、ここで部員たちは各々現地解散となり、早々と寮に戻る者、スライダーの感触を掴みたくて、ブルペンに向かうも捕獲されて強制休息を取らされた者、気持ちが高ぶってブルペンに剛球を投げ込む者、スコアブックの解析に当たる面々などにわかれた。

 

そして、大塚栄治は吉川春乃と共に何をしていたかというと。

 

 

「ねぇ、本当にやるの、大塚君?」

なんとなくついてきた春乃が彼に尋ねる。野手での出場のみとはいえ、今日は休んだほうがいいのでは、と考えていたのだ。

 

「いや、俺だけ事情を知らないのは何か嫌だし、沖田が無警戒に歩いているしね。こっそりついていくのもありかなって。」

 

実はそうなのだ。大塚栄治は沖田の意中の女子との面識がないのだ。沖田がやたら試合後はにやにやしていたので、これはと思い、後をつけてみるとビンゴ。

 

沖田は近くの喫茶店にてその女子生徒とお茶をしていたのだ。これはあまりにも不用心。自分が東京のアマチュア球界ではかなりの有名人であるという自覚が足りない。

 

「でも栄治君。いくら変装してもその身長は隠せないよ…」

 

春乃がややあきれて彼に突っ込む。現在の大塚栄治はサングラスに鬘を被っているのだが、これでは余計に目立つし、その高身長はさらに目立っていた。

 

「バッグは青道のものではないし、大丈夫だとは思ったんだけどね…中々上手くいかないものかぁ…」

 

店の外ではさすがに目立つと考えた二人は、沖田らと同じように喫茶店にて注文を頼むことにした。

 

「俺はアールグレイで。春乃は何にする?」

メニュー表を見て、栄治は即座にそれを頼むと、春乃にも尋ねる。

 

「うん。私はアッサムかな。注文いいですか?」

春乃が手を挙げて、できるだけ小さい声で店員を呼ぶ。沖田はその子に話を振るばかりで気づいていない。かなり舞い上がっているようだ。

 

「楽しそうだね、沖田君」

 

「ああ。しかし、彼女のほうはまだ距離があるみたいだね」

 

どうやら沖田は彼女を口説いているようだった。対する女子はというと、私服姿でよくわからないが年下に見え、黒い綺麗なストレートな髪に、端麗な容姿。それでいてクールな性格に見える。

 

「なるほど。沖田が好むわけだ。それにしても、あの女の子、どこかで見たような…」

しかし大塚が気になったのは、その彼女の顔をおぼろげだが覚えているかもしれないという奇妙な感覚だ。

 

そして内心、大塚はしまったと感じてしまったが、先に春乃の方が口を開く。

 

「同じ東京だし、どこかですれ違って自然と覚えちゃったと思うよ。」

 

 

「……怒らないのか? その、君とこうして喫茶に入っているのに、その――――」

 

「私は栄治君のことを信じているもん。そんなことはないって。それに、今言われてそのことを思ったくらいだよ」

朗らかに笑う春乃。その眼は事実、大塚栄治に対して全く疑いの目を向けておらず、彼を信じ切っているのがわかる。

 

「……不意打ちはやめてくれ。直視できないくらい、その―――照れてしまう。」

後ろ首に手を添えて、赤面する大塚。できた彼女で、巡り合うことができてよかったと何度目かわからないほど心の中で歓喜する。

 

「ふふふ…栄治君のそういう反応も、こっちはこっちでうれしいかな」

出会った時に比べて落ち着いた様子で笑う彼女の姿に、別の魅力を感じた大塚は、沖田の様子を探るという名分を忘れてしまいそうになった。

 

――――――くっ、会話が続かなくなってしまった。でも、彼女の様子を振ると、いやしかし

 

心の中で葛藤する大塚。彼は彼女が沖田の顔を見る雰囲気が気になっていたのだが、ほかの女性の話題を振るのは先ほどで懲りている。そのためなかなか言い出せない。

 

するとまたしても春乃が先を行く。

 

「沖田君、あの子のことが本当に大好きなんだね。言いたいことをはっきり言ってくれる人なのかも。とても意志の強そうな、それでいて真面目そうな子。」

 

春乃はそれ以上の言葉を言わなかった。彼女が抱えているものがなんだか垣間見えた気がする。

 

―――――たぶん、この子は夢中になれるものを求めているんだ

 

だからこそ、表面上ではあんまり好きではないオーラを出しつつも、二人で喫茶店に入ったのだ。沖田が脅したということがあり得ない以上、それは明白だ。目の前には夢中になれるものを見つけて、努力もしている、まぶしい存在がいるのだから。

 

気にならないはずがない。ましてや自分にストレートに好意を示している相手だ。だからこそ、まだきっかけだけで繋がっているのだろうが、彼女の中で沖田の存在が大きくなっているのだろう。

 

「――――――ああ。好意のほかに。いや、それ以上に沖田への羨望があるのかもな。ミーハーな子ではないから少し安心だけど、じれったいな」

 

「そうだね」

 

その後、各自が頼んだ紅茶を飲みながら二人は彼らの様子を見守る。なんだかんだ安心した二人だった。

 

 

帰り道にて、春乃を家まで送り届けた後、大塚は帰宅するのだが、意外と春乃の家とそんなに離れていないことを知り、心の中でまた歓喜するのだった。

 

「ねぇ。なんで帰りが遅くなったのかな?」

 

「すいませんでした。勘弁してください」

ある程度自立させている綾子は怒らなかったが、やけに帰りが遅くなったことについてサラがニコニコしながら聞いてくるので、大塚はまず謝罪という形から入り、こってり絞られたのだった。

 

「お兄ちゃんヒューヒュー!!」

 

「夕食が終わってるよ、兄さん……でも仕方ないね。冷めたご飯を食べようね」

さらに弟の裕作に茶々を入れられ、妹の美鈴には何か言いたそうな雰囲気で近くによられ、栄治はここで体力を使うことになる。

 

 

「勘弁してください」

 

 

そのあと、夜のミーティングに顔を出すために大塚はもう一度青心寮へと足を運ぶのだった。

 

 

「なぁ、何があったんだ。大塚?」

狩場がやけにやつれている彼を見て心配する。

 

「なに。いろいろとあるんだよ、ハハハ、うん」

 

「大丈夫か、大塚?」

そして、本人は全く気付いていない沖田がのんきにやってきた。

 

人の恋路を盗み見るのはやめようと思った栄治だった。

 

 

 

そして、恒例となる渡辺の解説が始まり、

 

「この打線はやはりパワー系。仙泉の真木から三者連続ホームランなど、爆発力は脅威だね。ただ、その後は丁寧に粘り強く投げ込んだ真木から得点を奪えないところを見ると、穴がある打線にも見える。」

 

事実、真木はカーブを見せ球にチェンジアップでカウントを稼ぎ、高めの釣り球を見せるなど、等級に幅を使ってこの打線を抑えていた。特に後半は配球を変え、高めの見せ球を多く使っていた。

 

「多少詰まっても、力で押し込む―――――両サイドを使った散らし方をいかにするか、だな」

川上はそれが十八番でもある。ひきつけて打つとはいっても、ゾーンを広く使えばそう簡単には打てないだろうと考える。

 

「うっす。高めが意外と痛打されていない? いや、甘いゾーンは打たれてるけど」

そして映像の中で高めに空振りを奪われている姿を見て、沢村がなにかをかんがえこむ。

 

「そうだな。インハイのストレートを効果的に使うことで、アウトローを生かす投球にやられている印象を受ける。アッパースイング特有の高めへの相性。中途半端ではなくきっちり高めを要求すれば、フライアウトで済むかも」

大塚曰く、中途半端は一番だめだと進言する。きっちり高低をつければ、長打がフライアウトになることもありだと考える。

 

しかしそれは、大塚クラスの球威あってこそだということを忘れてはだめだ。

 

 

 

「大塚君が言うように、高低をうまく使えば翻弄はできるとは思うけど、やはり低めの変化球をいかに有効に使うかだね。」

 

 

さらに続ける渡辺、

 

「投手の要はエースの小島と一年生の小川。小島は140キロを超すストレートとスライダーが武器だけど、後半になると変化球、ストレートともに浮いてくるし、勢いで投げてくる投手。これに惑わされず、しっかりと甘い球を狙っていくべきだと思う。対する小川のほうはその日、イニングによってまだ調子がばらつくこともあり、付け入るスキは十分あると思う。ただ間違わないでほしいのは、意外とフィールディングも悪くないということかな。失点シーンの時も捕手のカバーにいち早くついたり、バント処理も無難にこなすあたり、あの図体に惑わされちゃいけない」

 

映像を切り替え、小川への説明に入る。

 

「小川のほうは夏も投げていますね。1イニングもたず、制球難による自滅によるものでした。こうしてみると、安定感は小島ですが、ツボに入った時の小川のほうが脅威だといえます。彼の失点シーンのほとんどは彼の自滅によるもので、打ち込まれたシーンがあまりありません」

 

「しかし、右左関係なく使うな。このスクリュー」

金丸が敏感に反応するのは、小川の変化球。まだまだ変化球へのアプローチが足りないと考えている彼は、真っ先に彼のボールに反応する。

 

「右打者にとっては逃げるボール。左打者には食い込むボール。ふてぶてしい投球のできる投手だ。相当自信のあるボールなのかもね。まあ、これを見極めないと話にならないね」

大塚は、右左関係なく使えるこのボールをいかに見極めるかがカギとなると考えた。

 

「こうしてみると、攻撃力は脅威だけど、ディフェンス面で相当付け入るスキがあるね。いかに相手の勢いに惑わされず、打者のフルスイングに感化されず、こちらのペースで試合を運べば勝率も高くなると思う」

 

そう締めくくり、渡辺の解説が終わると、一同は各々自主練なり、ウェイトトレーニングに汗を流しに行くのだった。

 

「おい。沢村、大塚。それと狩場。監督が後で部屋に来いってさ」

2年生にそう言われた3人は、言われたとおりに監督室へと向かう。

 

 

「失礼します!!」

勢いよく、部屋に入る沢村と、

 

「「失礼します」」

落ち着いた様子で入る大塚、やや緊張した様子の狩場が続く。

 

 

「今日は完全試合。アドレナリンも出て今も興奮しているでしょうけど、疲れには注意して、今日はしっかりと体を休ませておくのよ。無理をしてケガ、なんて一番やってほしくないわ」

 

「はい!! 昔から体は強いほうで、おっしゃる通り興奮しています!!」

 

高島先生にそう言われ、沢村は気分を抑えようとして逆に空回りしてしまっていた。

 

「大塚君もお疲れさま。野手での出場が続いているけど、その献身にはいつも助けられているわ。」

 

「いえ。やはりチームの勝利こそが重要です。自分が出ろと言われたところで全力を尽くすだけです。エースの座はほしいですが、それは実力でつかみます」

 

「狩場君も出場機会こそないけど1年生でベンチ入りメンバー。いつも準備をしてくれていて、非常に心強いわ。辛抱強く着実に力をつけてね」

 

「は、はいぃ!!」

思わず声がうわづってしまった狩場。やや赤面するが、それを笑う大塚、沢村ではない。

 

彼が陰ながら頑張ってきたのはもう周知の事実だからだ。

 

「今日の投球。お前はどう感じた?」

片岡監督が沢村に質問する。

 

「後半ばてるかな、と思っていたんですけど、意外と疲れはなくて。終盤はスライダーを意識した相手に助けられたかな、と思います」

 

見違えるようなコメントを出してきた沢村。指導者たちはこの言葉を聞いて、ちゃんと地に足をつけているのだと安心した。

 

「そうだな。三振を恐れ、早打ちに切り替えた相手に対し、あのチェンジアップは非常に有効だった。三振を無理に奪うのではなく、淡々とアウトを積み重ねた結果が、最上の結果につながった。俺が一番評価しているのは、投球の姿勢だ。この姿勢をどうか忘れないでほしい」

 

三振を奪いたい、その欲求はもちろんあるだろう。空振りを奪える決め球を覚えているのだ。それを抑え、チームのことを考えた投球を意識し継続した。

 

片岡監督の考えるエースの像の一つに当てはまる心構えだ。

 

「―――まだ公式戦は続いていますけど、秋、そして冬の合宿で、ムービングを自在に操りたいと考えてました。高ぶる気持ちのままだと、明日には手を出しそうな気がして。実際、スライダーの感触をつかみたくて、ブルペンに行こうとしたぐらいで」

 

御幸先輩たちに止められて事なきを得たんですけどね、と笑う沢村。

 

「ほう、どう考えている?」

 

「今までのムービングは、大塚曰くツーシームに近いっていうんです。だからまずはそのボールを。」

 

「ふむ」

 

「ツーシームが普通のストレートに比べて沈むっていうので、ツーシームの縫い目でフォーク系の握り方をしたらどうなるか、試してみたいです」

 

「「ん!?」」

意味のやや分からない発想で大人たちが驚く。

 

「ツーシームで落ちる球? それはもうフォークだろ」

大塚が苦笑いする。ツーシームはもともと動くストレートという枠組み。落ちたらもうストレート系統ではない。

 

「名前はツーシームと、ツーシーム弐式です!!」

 

「無駄にかっこいいな、おい!!」

狩場が突っ込む。

 

しかし、この冬に完成するツーシーム弐式は、沢村対策を講じてきたライバル校をあざ笑う驚愕の威力を発揮することになるのだが、それはまだ来年の話。

 

一方、降谷は落合コーチに

 

「僕もスライダーがほしいな。」

 

「まずは落ち着こう。スライダーは神宮前に覚えればいい。」

 

と、たしなめられるのだった。

 

 

翌日の試合では、薬師が終盤の集中打で市大エース天久を攻略。逆転打を放ったのはやはり轟雷市。

 

 

だが、弾道の低い外野手の間を抜ける痛烈な打球だったといい、無駄に騒ぐのではなく、打った瞬間に吼えるようになったという。

 

だがそれがかえって威圧感を増し、強打者の雰囲気をより一層濃いものにしている。

 

 

スコアは最終的に薬師が七点を奪い、市大打線を継投で三点に抑え、快勝。夏に続いて市大三高はベスト4に進むことはできなかった。

 

これにより西東京では、市大三高、稲実、青道というビッグ3の時代は終わり、青道という王者に対し、薬師、番狂わせを狙う新興勢力が割拠する、激戦の時代になると言われるようになる。

 

そして、最後の高校野球を少しでも長くやりたいという楊の右腕に導かれ、奮い立った明川学園の快進撃はついに準決勝にまで進んだ。

 

春日一高は楊から1本のヒット、四死球をもぎ取ることができず、その焦りによるミスも多発し、なんとコールド負けを喫した。明川学園の打者は、高い弾道を打つのではなく、間を狙う球足の速い打球を次々と打ち込み、焦る春日一高に攻撃でプレッシャーをかけ続けたのだ。

 

その結果、内野手がポロリを連発。試合は7回コールドで決着がついたのだった。

 

日本のトップクラスの選手を蹂躙した台湾のエースが、ついに東京の頂点に立つのか。それとも夏の東京王者青道がそれを阻むか。

 

近年稀に見るカードは実現するのか、それとも薬師が日本代表を抑えたこの右腕から金星を掴むか。

 

王者青道を飲み込み、夏の苦杯を払しょくするか、成孔学園。

 

 

 

準決勝と決勝の二日間に向け、最後の追い込みをかけるべく、青道高校は紅白試合を敢行。

 

そのオーダーは――――――――――――

 




大塚君の茶番もありましたが、茶番ができないくらいの時期もあったので許してください。

紅白戦が始まります。あの選手の意外な活躍があったりするとかしないとか


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第114話 飢えた者たち

遅くなりました。


準々決勝を終えた青道高校。準決勝の組み合わせも決まり、あとはいかに良いコンディションを維持するかなのだが。

 

 

「―――やはり飢えているな、出場機会に、アピールする場面に」

 

片岡監督は機運高まる部員たちの熱気を最前線で感じていた。木島のバックハンドトスもそうだ。

 

沢村栄純が完全試合を達成した際に見せた、小湊と沖田の連係プレー。日頃からそんなことをしていた二人だが、彼らがそろって練習する機会は当初、それほど多くはなかった。

 

だが、あの大舞台、記録のかかる場面でそれを成し遂げたことに、木島を含む内野手たちは刺激を受けたことがよくわかる。

 

そして、1年生から外野手として活躍を見せている東条秀明の存在に加え、センターを守る白洲の2名がレギュラーであり、降谷と大塚が外野手としてもプレーをしていることも刺激になっている。外野手の席は少ないどころか、この二人に競争で勝たなければないという危機感が、選手を奮い立たせている。

 

特に麻生はレフトを守る機会が激減。そのレフトには打撃でも高いレベルを見せつつある大塚栄治が座ることが多くなり、先発ではない日は彼が出場するのが当たり前になっていた。

 

麻生だけではない。2年生たちは1年生という下からの突き上げに危機感を覚えているのだ。

 

 

そしてその1年生の中でも、レギュラー組の1年生たちに続けという気運も高まっており、意識の高さが維持されている。

 

まだ1年生だから、ではない。1年生だからこそ、アピールしなければならないのだ。

 

 

 

 

そして、片岡監督は落合コーチにある提案をしたのだ。

 

 

「私がレギュラー組を、ですか?」

 

 

「ええ。私が控えを指揮しますので。ただ、大塚栄治は控えチームに回りたいといっているので、そちらの先発は沢村か降谷になるでしょうが」

 

 

「監督が控えチームを指揮するのも奇妙ですが、大塚栄治も物好き、いや、そうではないですね」

 

落合は、レギュラー組相手に投げたがっている大塚の真意を見抜く。

 

 

―――――何かを試そうとしているな、しかしレギュラー組でなければ意味がない、か

 

 

「では、レギュラー組の指揮は私が。そちらのほうは任せてもらってもいいですかな?」

 

「わかりました。ただ、大会中なので準決勝のオーダーに近い打順を維持してもらえれば。私自身、この打線を持て余している気もするので、あとで考えたいと」

片岡監督もわかっているのだ。この打順を固定できない現状を打破するための刺激がほしい。落合コーチにも助言を求めたのだ。

 

「それでしたら、なおさら大塚栄治が入る必要があると思うんですがね。彼は本来御幸の前と後ろに座れる打者ですよ。3番沖田が固定の今、彼の適正は5番です。まあ、控えチームだと4番でしょうがね」

 

 

その後紅白戦の実施と、片岡監督が控えの指揮に入ることで少しばかりどよめきもあったが、無事に事が進むことになる。

 

 

 

 

レギュラーチーム

 

1番 右 東条 背番号8  1年

2番 二 小湊 背番号4  1年

3番 遊 沖田 背番号6  1年

4番 捕 御幸 背番号2  2年

5番 中 白洲 背番号9  2年

6番 三 金丸 背番号15 1年

7番 一 前園 背番号3  2年

8番 投 降谷 背番号11 1年

9番 左 麻生 背番号7  2年

 

主な投手 

沢村 背番号18 1年

川上 背番号10 2年

 

作戦 

バントをあまり多用しない。総合的に高いレベルの東条を先頭に、巧打の小湊を2番に。3番に沖田、4番御幸は変わらず。そして堅実な白洲で主軸を構成。6番には調子のいい金丸。7番は一発のある前園。打撃での負担を考慮し、8番に降谷。9番は麻生。

 

「こんな感じでどうですかね」

 

「ええ。東条を1番における層の厚さならではですね」

 

「とにかく攻撃力に主眼を置いた打線ですね。小湊2番は沖田へのつなぎを意識してほしいですね。彼はスペシャルですから。4番に勝負強い御幸、併殺が少なく、堅実な打撃の白洲で繋ぎ、6番に名をあげている金丸。特に金丸はストレートに強く、変化球も掬えるので、成長が見られますね。下位打線は一発のある打者を並べました。」

 

落合から見ても、この打線は脅威に感じた。これに対して、大塚がどんなふうに立ち向かうのかがかなり気になるというのは、野球に携わる者として当然だろう。

 

 

 

控えチーム

 

1番 遊 倉持 背番号13 2年

2番 二 木島 背番号16 2年

3番 中 三村 背番号20 2年

4番 投 大塚 背番号1  1年

5番 一 山口 背番号14 2年

6番 三 日笠 背番号5  2年

7番 捕 狩場 背番号12 1年

8番 左 関  背番号13 2年

9番 右 金田 背番号17 1年

 

主な控えメンバー

小野捕手 背番号19 2年

川島外野手、中田内野手、高津内野手など

 

作戦 とにかく堅実。小技、足技の倉持を先頭に、器用な木島を2番に置く。3番三村も元々力のある打者。4番には打者としての真価を示すために大塚を起用。

 

ホームラン1本を打った3回戦、この前の試合ではヒット1本に四球。大塚の野手起用にかかわる大事な見極めである。

 

5番には、前園のライバル山口。6番に日笠、7番には第2捕手の狩場。体ができてくれば主軸も打てる、かもしれない。

 

「大塚をいきなり4番抜擢ですか。責任を抱えた時の彼の打撃も興味がありましたからね」

 

「ええ。彼の打撃が本物なのか。それを見極めるのも今回の目的の一つです。」

野手大塚。彼の実力が本物なのかを何としても見極めたい。

 

 

「打てたら、ちなみに彼を準決勝どこで使う気なんですか?」

 

「スタメンではないな。彼には代打、終盤のリリーフの一人になってもらおうと考えている。川上が最後なのは当然だが、やはり彼にはここ一番の場面で出てもらう」

 

「まあ、降谷が先発ならいいかもしれませんね。沢村をロングリリーフさせるわけにもいきませんし。」

 

こうして、張り出されたスタメンを見て、闘志を燃やす一同。

 

そこに懐かしい顔が現れる。

 

「久しぶりだな、大塚」

 

先代主将の結城が主審を任されたのだ。挨拶に行く面々の中、最後に大塚が結城の前に現れた。

 

「お久しぶりです、結城先輩。何とか秋はここまで勝ち進んでこられました」

 

「投手としてだけではなく、野手でも頑張っているそうじゃないか。頼もしいし、これなら安心だ。ただ、ケガだけは気をつけろよ。主力のけがは、高校野球では致命的だからな」

 

 

「う、はい。肝に銘じています。」

やや言葉に詰まる大塚。

 

「怒っているわけじゃないさ。あの時は、お前しかいなかった。けど今は違う。もっと仲間を頼っていいんだ。肩の力を抜いて、この大会を笑顔で乗り切ってほしい」

 

大塚の顔がこわばるのを見て、結城は首を横に振り、そういう意図ではないよと答える。

 

 

 

「成長した姿を間近で見せてくれ。お前たちが頑張っている姿、お前たちがこの1年で手に入れた武器を。」

 

 

こんな言葉を言われ、震えないわけがなかった。

 

 

「はいっ」

 

―――――守備の練習にならないとか、レギュラー組の調子云々はもうどうでもいい

 

大塚としては、当初はガチンコで勝負がしたかったが、ほかの選手の経験にもならないので、打たせて取ろうと考えていた。

 

 

 

しかし、もう枷は外れた。結城の激励によって、大塚の今日の方針が決まった。

 

 

 

 

 

 

 

そして始まる紅白戦。青道高校の練習場にはギャラリーも詰め掛けてきた。

 

「おいおい紅白試合だぞ」

 

「大会期間中にやんのかよ」

 

その多くは、紅白戦を開催する青道に驚きを感じていた。さらに

 

 

「大塚栄治が控えの先発だぞ」

 

「何か意図があるんだろうけど、控えに自ら回るか、普通」

 

 

 

マウンドの大塚には明らかな変化があった。

 

 

「おいおい。ランナーいないのにセットポジション!?」

 

 

「フォームがよく変わるよなぁ、大塚の奴」

 

大塚が初めからセットポジション。ふつう、セットから投げると球威が落ちるという話がよく聞かれるが、彼の意図はそうではない。

 

 

―――――やはり、セットの分だけ動きがシンプルになるし、いろいろできる。

 

 

準々決勝では登板機会がなかった大塚。しかし、ここにきてある行動を切り捨て、ある行動を代わりに取り入れていた。

 

軸足をプレートに半分乗せることをやめたのだ。代わりに取り入れたのは――――

 

 

――――投球動作直前、前足に重心を乗せ、その後緩やかに軸足に重心を移動させる

 

 

前に動かした重心と位置エネルギーを軸足へと移動させることにより、全身の反動を使った体重移動に特化させること。

 

ブルペンで試した時には、これまで以上にストレートが伸びているような感覚がした。

 

 

そして、足の動かし方は同じようなプロ野球の長身投手のものを見よう見まねで試した。

 

 

ノーワインドアップを捨てたというわけではないが、ランナーを背負った状態でなければ試せないセットを試したいという思いが強かった。

 

紅白戦ならば、試行錯誤もある程度許される。

 

 

 

 

 

 

先攻はレギュラー組。先頭打者は東条秀明。

 

 

――――大塚。どうするんだ? まずはストレートからか?

 

 

狩場がサインを決めかねていると

 

 

――――ヒデには速球系で行く。変化球を拾われるのは嫌だしね

 

 

まずは内角ストレートでカウントを奪う大塚、狩場のバッテリー。

 

狩場は、このバッテリー結成に深い感慨を覚えていた。

 

――――そういや、大塚とバッテリー組んだの、春以来だな。

 

第2捕手という地位に甘んじているが、いずれは正捕手を獲る気でいる狩場は、このシチュエーションに燃えていたし、内角ストレートをいきなり要求した大塚の胆力にも尊敬の念を覚えていた。

 

 

―――――必ず応えて見せるさ!!

 

 

轟音とともに狩場のミットが鳴る。思わずのけぞる東条。

 

「うっ!?」

 

東条としては真剣勝負ということを言われていたが、大塚がいきなり内角をとりに来たのはさすがに予想外だった。

 

この反応を見た大塚、狩場のバッテリーは

 

―――――勝ったな

 

 

同時に感じた。

 

 

続く2球目はインコース高め。ボール球にスイングを奪われた東条。夏から課題に挙げていた高めの速球。140キロクラスには対応できるが、大塚のように

 

 

「おいおい、手元のスピードガンで計ったら、151キロだぞ…」

 

「いきなり2球とも150キロオーバーで内角攻めかよ。打者はたまらないだろうな」

 

 

―――――狩場、このストレートは、今までとは違う。本気で構えろよ

 

不敵に笑う大塚。狩場も目でうなずく。

 

 

 

追い込まれた東条は、こんな風に大塚と対戦したこと自体が初めてなので、彼のSFFを警戒していた。

 

 

―――――ここまで2球ともストレートで内角。3球目は内角? 変化球が来るのか?

 

変化球を意識してしまう場面だ。大塚ほどの多彩な変化球を持っているならば。

 

 

しかし――――――

 

 

轟音とともに、東条のひざ元にストレートが伸びてきたのだ。気づいた時にはすでに、

 

 

「!!!!」

 

3球勝負。オールストレート。東条全く手が出ずに見逃し三振。

 

 

「うおぉぉ!!! 大塚すべてストレート!!

 

「東条もいい打者なのに、手も足も出なかったぞ」

 

「チームメートにも容赦なさすぎ!!」

 

 

 

その光景をレギュラーベンチで見ていた沢村は、

 

 

――――ストレートで追い込んで、変化球が来ると思わせての内角攻め。

 

その攻め方、リードについて考える。

 

―――変化球を意識するよな。俺なら変化球を投げるし。

 

それに両サイドに目を置くと、外角のボールのことも考えなければいけない。

 

ここで打者の思惑をくじく内角ストレート勝負。沢村にできない芸当だ。

 

150キロ近いスピードボールを持ち、変化球が多彩であるからこそ、できるリード。

 

続く小湊は金属バットに変えたのだが、

 

「スイング!! ストライクツーっ!!」

結城の宣告。ハーフスイングをとられる。

 

「くっ!!」

 

初級ストレートをファウルにした後、2球目のチェンジアップに空振りを奪われる。この緩急差も沢村で再現しきれない。

 

――――はるっちがあそこまで手が出ないなんて。

 

3球目はきわどい高めのアウトハイのストレート。これを見極めた小湊。続く4球目について

 

 

――――今日はインコース主体なのかな? 初球外角ストレート、内角チェンジアップ、外高め。次は何?

 

 

 

そして4球目は小湊の目でもわかる、外角のボールコース。

 

 

―――――粘られるのが嫌なはず、ならここは見極めて―――――

 

 

ククッ

 

 

しかし手前で変化したボールは外から曲げてきたシンキングファスト。

 

 

「!!!」

 

慌ててあてに行ってしまった小湊。力のない打球が一塁に転がり、ゴロアウトに打ち取られる。

 

 

―――――今日の大塚君はほぼ全部の球種を使うつもりだ。狙い球が絞れないよ…

 

 

 

しかし3番沖田との対戦はやはり楽しみな沢村。

 

――――味方なら心強い沖田だけど、大塚相手だとどこまでできるんだ?

 

 

 

その沖田だが、内心冗談ではないと考えていた。

 

 

――――今なら対戦相手の気持ちがわかる。こりゃチートだ。

 

 

 

しかしだからこそ、勝った時の達成感はひとしおだろう。

 

 

―――――悪いが、食らいつかせてもらうぞ

 

 

初級ストレートが外角わずかに外れる。

 

「ボールっ!!」

 

―――――外角に外してきた。やはり慎重になるか?

 

続く2球目、

 

今度はゾーンの中。変化球が一瞬頭をよぎる。

 

ドゴォォォォンッッッ!!!!

 

 

外角の出し入れ。ストレートでカウントをとってきたバッテリー。

 

 

―――――いつもならゾーンから落としてきたのに、こりゃいつもと違うことをするのか?

 

 

3球目

 

 

ククッ、ギュイィィィンッッ!!!!

 

 

「!!」

 

3球目は沖田の視界から消える高速縦スライダー。ついに実践で投げ込んできたスライダー系統最強の切り札。

 

 

これには思わず御幸も立ち上がる。

 

――――完成していたのか!? それに――――!!

 

 

何と狩場がそのボールを完全捕球したのだ。空振りを奪われる沖田はそこへ目がいかず、

 

―――――外角の出し入れに、外角の投げ分け。ははっ、やっべぇわ。

 

最後は高めの釣り球に手を出してしまい、

 

「くっそ――――!!!」

 

悔し声をあげながら一塁へかける沖田。ピッチャーフライに打ち取る大塚。

 

 

――――驚いた。あてられるつもりはなかったけど、前に飛ばしてきたよ

 

大塚はやや驚いていた。

 

 

レギュラー組を完全に制圧しての投球。多彩な変化球をちらつかせ、剛球で打者を圧倒する姿。

 

 

荒々しく、そして大きな可能性を感じさせる投手への変容。

 

大塚栄治の投手像が鮮明になってきた。

 

 

――――なんかワイルドだな。この投球。

 

本人もかなりの手ごたえを感じていた。

 

 

 

 

そんなエースの制圧力に対し、相対する頼もしいはずのレギュラー組の上位打線の二人、東条と沖田が手も足も出ずにやられる姿に御幸は

 

 

―――――心底、心底同じチームでよかったぜ…

 

紅白戦の幕開けは、大塚の完全な独り舞台となった。

 

 




変化球マニアだけど、ストレートに拘りがあり、スプリットではなく、スライダー方面に多様性が広がる大塚。

沖田君は右投手の豪速球に弱いです。東条も同じです。

故に、本郷には基本相性が悪いです。


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第115話 剛腕譲らず

メリークリスマス! 今日は気合を入れなきゃいけないと思った。


まあ、パーティがあるけど紅一点すらないしなぁ・・・




冗談はこれぐらいにして、遅れて申し訳ありません。

年末の仕事量はいつもバカにならない・・・・ 


初回をまずは無失点に抑えた大塚が悠々とベンチへと向かう。

 

「立ち上がりはいつも隙がないな。さすがのピッチングだ」

片岡監督からの一言。大塚の立ち上がりのスキのなさに言及する。

 

「立ち上がりは余計に意識しますよ。まあ、力を抜いて、くいっ、と投げれば、たいていは何とか」

 

よくわからない表現で解釈する大塚。投手出身である片岡監督もよくわからなかった。

 

「そうか、その感覚が俺には詳しくはわからないが油断はするなよ。相手はいつもお前を助けてくれる心強い野手陣だからな」

 

「心得ています」

 

 

1回の裏。対する降谷も負けていなかった。

 

先頭打者の倉持には最後までストレートで勝負をし、空振り三振に奪う。

 

―――――くっそ!! 駆け引きも何もないぞありゃ!!

 

悔しがる倉持を背に、2番木島。

 

倉持もきわどいコースをカットしようと粘ろうとしていたが、御幸はそれを見てゾーン勝負で早々に追い込み、高めのやや釣り球で倉持を誘い出したのだ。

 

――――変化球はある程度ストレートが走ってから。こいつのストレートなら、1巡目は何とかなる。

 

御幸は、降谷のストレートの球威をある程度計算に入れ、彼の立ち上がりをよくするリードを心掛けていた。

 

それはかつて、クリスが一度だけ降谷とバッテリーを組んだ時のリードでもあり、彼の初先発の時もそうだった。

 

 

――――当てられるなよ、降谷。お前の相手は打者だけだぞ

 

 

 

2番木島はゾーン勝負を見るや、積極打法で降谷に食らいつきにかかる。

 

しかし、馬力が違う。

 

初球高めのストレートに空振りを奪われた木島。こちらも

 

 

「こっちも150キロかよ!! いったいどこの公式試合だよ!!」

 

「150キロ右腕の投げ合いが同じチームで行われているとか、意味が分からないぞ」

 

ギャラリーからもあきれの声。

 

 

そして、2球目のSFFが引っ掛かり、ワンバウンドした後の3球目。

 

 

ドゴォォォォンッッ!!!!!

 

 

御幸のミットを鳴らす、アウトローに決まるストレート。左打者の木島には遠い、アウトローに決まる150キロのストレートは彼を愕然とさせた。

 

 

―――――アウトローにストレートが決まるならっ

 

踏み込んで打つ。追い込まれた彼は冷静ではなかった。

 

 

加速するような剛球からの4球目。

 

 

 

「!!!!」

 

ボールが来ない。それは降谷が初先発の時に投げたボールではなかった。

 

 

―――――さらに遅い、チェンジアップだと!?

 

 

体勢を崩されてしまった木島。バットは周り、ボールには全くタイミングが合わなかった。

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトォ!!」

 

 

―――――スライダーの特訓をやめさせて正解だ。チェンジアップが増えたことで緩急がさらに生きる

 

 

ストレートに途中まで見える落差のあるチェンジアップに加え、減速するスローボールに近いチェンジアップ。同じチェンジアップでも、用途が違う。

 

今の降谷に必要なのは、新しい系統の球種を覚えることではなく、同系統の球種を増やすことだ。これなら、ある程度感覚も似てくるはずだと御幸は予想し、降谷に試させたのだ。

 

これは、スライダーを複数持つ大塚や、左右にフォークを落とせる丹波の投球スタイルを参考にした、降谷の強化案であった。

 

 

3番三村は初球ストレートにつまり、ショートゴロ。

 

こちらも盤石の立ち上がりを見せた。

 

 

 

 

だが、序盤の勝負はここからだ。

 

 

2回表、先頭打者は御幸。

 

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトォ!」

 

 

のはずが、大塚の多彩な変化球を必要以上に警戒した御幸。まさかの3球三振。

 

 

ストレート、ストレート&ストレート。

 

ストレートの威力を確かめるような大塚の投球。1球もかすらなかった。

 

 

――――くっそぉぉ!! 東条に対するリードを見ているのに!! 

 

日頃大塚をリードしていた御幸の主観が邪魔をして、狙い球を絞れきれなかった。

 

 

5番白洲も三振に打ち取られ、ツーアウト。

 

 

―――――金丸は思い切った打撃が持ち味。追い込まれるまではストレートに強い。

 

 

そして追い込まれたらストレートに対する強さが落ちるものの、変化球への対応力が上がる。

 

 

―――――縦スライダー。

 

 

「うっ!!」

 

寸前でバットを止めた金丸。ストライクからボールになる球を彼は初球から我慢してきた。

 

 

―――――なるほど、追い込まれても粘れる自信があるのか、それとも追い込まれた場面を想定しているのかは知らないが

 

大塚は金丸の意図を予測する。そして対する金丸も

 

 

 

―――――追い込まれた後のバッティング。この練習相手に、大塚ほど効果的な投手はいない。悪いが踏み台になってもらうぜ!!

 

 

あえて、金丸は大塚にその勝負を求めていた。

 

 

2球目のストレートもファウル。粘ろうとしているわけではないが、とらえきれない。

 

 

―――――ネクストバッターサークルで見る限り、御幸先輩を三振に取ったストレートとは違う。やっぱ腕の角度が違うのか?

 

 

今のストレートも140キロ後半は出ているだろう。しかし、東条や御幸をねじ伏せたストレートではない。

 

 

4球目まで粘り、追い込まれた金丸。そして大塚は、そんな金丸の意図を汲んでか、変化球を投げ分けてきた。

 

 

―――――3球目のストレートのファウルの後、スライダーが外れ、外のドロップカーブだと?

 

初球の縦スラへの反応を見て、少しだけ口角が上がった大塚。金丸を見下しているわけではない。

 

 

―――――なるほど、そう来るか

 

 

その言葉は、口にしなくてもわかっているかのような。

 

 

――――ここまでおぜん立てしてくれているんだ。食らいつく、そしてきわどいところはファウルで勝負を伸ばす!!

 

 

金丸はファウルで逃げる、という言葉を使わなかった。ファウルをすることで、勝負を伸ばす、勝負はこれからだという意識を持とうとしている。

 

 

ファウルで逃げる、その言葉だけで大塚に負けてしまう。気持ちに負けという言葉をちらつかせたくなかった。

 

だからこそカーブをカットし、勝負を伸ばす金丸。

 

 

 

しかし、

 

 

―――――くっ

 

 

2ボール2ストライクからの6球目に宝刀のSFFがさく裂。バットに掠ることすらできずに三振に打ち取られる。

 

 

「これが、大塚のSFF。投げられたのは初めてだけど、ここまで落ちるのかよ」

 

振った瞬間、振り終わって当たらなかったということが分かって、初めて大塚が落ちるボールを投げたという事実を認識するほど、キレがあった。

 

 

「というか、よく捕れるな、狩場」

 

 

「まあな。ブルペンだと御幸先輩一人じゃ捌き切れないからさ。自然と縦のボールを止める練習はできたっていうか」

 

けろりと言ってのける狩場。

 

 

―――――俺たちの代の正捕手がいま決定したな

 

金丸は直感でそう思った。

 

 

 

課題を持って勝負に向かうもの。課題を克服するために勝負するもの。

 

課題を見つけ、その探求心と成果を求めるもの。

 

それぞれの意図が絡み合う紅白戦。その序盤戦は静かなものだった。

 

 

 

そのころ、バックネット裏では

 

「やはり二人ともいい投球をしますねぇ。降谷は制球難が嘘のようだし、大塚はさらに一皮むけたようだし」

 

太田部長は二人の剛球投手の成長を感じていたのだが

 

吉川はいつもとは違う隣にいる人物を前に、かなり緊張をしていた。

 

――――青道高校を全国常連校に育て上げた名将、榊英二郎監督。

 

彼女が小さいころ、目の前にいる男がこの高校を率いていた。

 

「――――」

なんていえばいいのだろう。どんな話を振ればいいのだろうか。

 

春乃が戸惑いの表情を見せていることを察した榊はというと

 

「嬢ちゃんも遠慮しなくてええよ。今は試合を見ようや」

 

彼女の様子を汲んだ榊は気軽にそういう。

 

「すみません。テレビの向こう側にいた人が、こうして隣で観戦しているなんて、なんだか現実味がなさ過ぎて」

 

 

「それは俺も同じよ。青道が久しぶりに全国に出て、こんな生きの良い投手たちがやってくるなんてなぁ。」

 

目の前で好投を続ける両投手を見ている榊。一歩ずつ、青道高校も、そして入ってきた選手たちも育ててきた経緯があった。レベルが上がり、高校の知名度も上がり、また全国の陽の目に出てきた懐かしいチームを、彼は楽しげに見ていた。

 

 

「いい投手じゃないか。テレビの前で躍動していた、奴らの活躍を間近で見られるんだ。こっちもいいものみさせてもらってるよ」

 

 

彼が見始めたのは、ちょうど打者大塚対降谷の対戦だった。

 

 

「ほぉ、投手で4番か。そこまでの打力なのか?」

 

「ええ。3回戦では逆転サヨナラスリーラン。準々決勝では決勝点になるフォアボールに長打。チームバッティングも一発も狙えるパワフルな打者でもありますよ、彼は」

 

「逆転サヨナラたぁ、大したもんだ。そういう場面だとどうしても力んじまうのが球児だ。」

 

 

 

ちょうどそのとき、降谷のSFFを真芯でとらえた大塚が長打を放ったのだ。

 

「低め、とはいえ少し中に入ったな。高さ、キレは悪くないが、あの打者を見る限り、外に届くからなぁ」

 

大塚の手足の長さを考慮すれば、少し中に入りすぎたとつぶやく榊。

 

 

 

しかし、マウンドで悔しがる降谷を見て、彼は微笑む。

 

「いい球を打たれて消沈するんじゃなく、悔しがる。まるで若い時の鉄心を見ているようだな」

 

あの負けん気の強い、悪たれ小僧に似て、とまるで孫を見るかのような温かい目で降谷を見守っていた。

 

 

 

 

 

 

その後、さらに力むと予想されていた周囲の目を見事に裏切り、山口をストレートで抑え込み、内野フライに抑える。

 

そして、

 

「ストライクっ!!! バッターアウトォ!」

日笠にはSFFで空振り三振。初めてのヒットを長打で出したものの、そのあとをしっかり抑え込んだ降谷。

 

狩場に対しても、ストレートでねじ伏せ、このイニングをゼロに抑える。

 

 

「むぅ」

大塚に打たれたボールをいまだに悔しがっていた。

 

「気にすんな。もう少し外によるべきだった俺のミスだ。」

そんな彼の様子を見ていた御幸が、悪いのは彼のボールではなく、自分のリードだと励ます。

 

その後、膠着状態が続く紅白戦。下位打線から始まる3回表は三振2つで片づけられたレギュラー陣。

 

大塚は、そこまで三振を狙っていたわけではなく、ストライクを3つとる感覚で投げていた。微妙にニュアンスが違うが、三振というイメージではなく、ストライクを3つとる。

 

ゆえに、三振が多くなるにもかかわらず、球数もかさんでいなかった。

 

レギュラー組の指揮を執っていた落合は、

 

―――――むう。ここまでアクセル全開だと、本当に点が取れんどころか、ランナーすら出ないなぁ

 

 

大塚と狩場は、こちらが狙い球を講じれば、それを逆手にとる必要もないほどカードを一度にたくさん出してくる。

 

多彩な変化球を持っているからこそできる芸当だ。

 

降谷、御幸バッテリーはアウトローを踏み込んでくる相手に対し、緩い球を効果的に使うことで的を絞らせないことに成功している。

 

 

 

バックネット裏では、吉川が目を丸くして榊のある言葉に反応していた。

 

「悪たれ、小僧って…監督が!?」

 

あの強面、規則に厳しい監督にそんな学生時代があったなど、予想できるはずもなかった。

 

「入学当初は目つきも悪い、敬語は使えない。手の付けられん悪たれ小僧だったよ。だが、奴は負けん気がとにかく強かった」

 

大塚の長打をいまだに根に持っている降谷。その悔しさをぶつけるかのように関をストレート2球で追い込み、SFFで3球三振。

 

 

 

そんな青い投球を続ける降谷を見て、余計に若かりし頃の片岡監督を思い出す榊。

 

「生意気な奴だったが、練習はまじめどころか、俺の教え子の中じゃ一番の距離を走ったぐらいだったな。奴の闘争心は、それだけ周りの奴に比べ抜きんでていた」

 

そう、それはまるで炎のようだった、と榊は語る。

 

その後は語るまでもない。そこから青道の鉄心こと、魂のエース、片岡鉄心の活躍が始まっていったのだ。

 

 

2年生の夏に準優勝にチームを導き、3年春には選抜ベスト8。プロの上位指名も予想されていた彼のとった選択は、当時の周囲の目を驚かせるものだった。

 

「でも、監督はプロではなく指導者の道を選んだんですよね…」

吉川は、プロを最初から目指している大塚のことを一瞬考え、彼と同じようにプロから注目を浴びた選手がプロに行かないという想像をした。否、想像できなかった。

 

母校に対する情熱があったとしても――――――

 

「どうしようもなかった自分を変えてくれた高校野球に恩返しがしたい、18になる若造が迷いなく言い切りやがったんだ。周囲の目はもう関係ねぇ。プロを勧める圧力も全部、俺も背負わせてもらったよ」

 

あいつの選択を俺は誇りに思う、と榊は言う。

 

「………」

吉川はもう何も言えなかった。そこまでの情熱を監督は高校野球にもっている。プロという道だけではない。プロになれるものは限られ、プロに行くか行かないかも自由なのだ。

 

それこそ、プロ野球に居続けるのか、メジャーに挑戦するのかという命題でさえ、変わらない。

 

「そんな話を聞いてしまうと、監督と話すときはいつも緊張しちゃいますね」

こんなすごい人が、監督だということ。彼女はそれを誇りに思うし、この人は頂点に駆け上がるべきだ、部員全員が連れて行かなきゃいけないと強く思った。

 

「あいつはそういう目は苦手だからな。できれば自然体でいてくれや。奴もそのほうが気が楽だろうし」

 

 

「わかりました――――っ」

 

内心では、監督に対する苦手意識が完全になくなっていた春乃。当初は外見に圧倒されていたが、それでもこんなエピソードを聞かされて、素晴らしい人物に自分たちは巡り合えたことを幸せに感じていた。

 

 

 

―――――女子マネージャー全員にも慕われているとは。お前にまだ嫁さんがいないのが信じられんなぁ、鉄心

 

 

榊は、春乃の目から察することのできる片岡監督手の尊敬のまなざしを認識し、いまだ独身であることに違和感を覚えた。

 

 

 

 

 

 

そうこうしているうちに、5回が終了。結局大塚は一度も打者を塁に出すことなく、10奪三振と圧倒。ノーヒットに抑える。

 

対する降谷も、フォアボールを出さず、大塚と木島のヒットのみに抑え、こちらも9奪三振。後半は浅く握るSFFで打たせて取る投球で球数を節約することを試し、その過程で木島に甘い球を痛打されたが、ピンチの場面で大塚を外野フライにおさえこんだ。

 

「力押しは勘弁。手がしびれるよ」

苦笑いの大塚。捉えたと思ったが、詰まらされていたことを痛感する。

 

 

 

 

6回表からマウンドに上がった金田が立ち上がりを狙われ、1失点。先頭打者の前園に痛烈な長打を打たれ、降谷には進塁打となる大きな外野フライを打たれる。

 

その後は麻生をフォークで三振に抑えるも、ツーアウト3塁の場面で打者は東条。

 

大塚に圧倒されたままだった東条がここぞとばかりにアピール。

 

ここで金田は、低目のフォークを拾われタイムリーを浴びてしまう。

 

 

金田の球種の少なさが課題となった。

 

 

――――フォークだけだと、さすがにストレートに力がないと。

 

心の中でその課題を考える狩場。

 

だが、課題について深く考える時間はない。その直ぐ後、狩場にこの試合で見せ場が生まれたのだ。

 

失点直後の場面。東条がランナーとして出ている時のことだ。

 

ランナーとして、東条がスチールを敢行。3球目の1ボール1ストライクのカウントで走ってきたのだ。

 

2球目、春市の変化球に空振りした事を踏まえ、彼はフォークの連投を予想したのだ。

 

だが、彼は知らない。狩場の目が怪しく光っていたことを。

 

 

 

 

 

 

―――――え、盗塁の刺し方?

 

 

ある日、御幸に聞いた盗塁の刺し方。

 

――――常日頃から低い弾道、素早い挙動、とってから投げる時間の短さと正確さ。反復練習の繰り返しだろ?

 

 

 

これを読んでいた狩場。要求したのはウエストしたストレート。

 

 

 

 

金田のストレートを捕球し、そのままミットを持った手をスライドさせ、右手にボールを託す。

 

とってからどの位置に左手を持ってくるのか。その感覚をずっと磨いてきた。だから目で見なくてもわかる。その一瞬でその感触をつかんだという感覚がわかる。

 

もうすでに右手はボールをつかんでいる。それを言葉にしないうちに理解する。

 

 

刹那、低い弾道で右手から放たれた正確な送球が二塁木島に到達する。

 

反復練習の成果。御幸のような強い肩は持っていない。だが、それに至るまでの速度をできる限り、上げてきた。

 

 

「アウトぉぉぉぉ!!!」

 

東条を刺すことに成功し、金田を助ける好守備。このビッグプレーによってレギュラー組は攻撃の流れを断ち切られるのだ。

 

 

「金田。レギュラー組だからって臆してちゃだめだ。ここは強気に投げよう。」

 

できる限り強気に、投手を盛り立てる気概を持て。御幸を見ていると、そういうイメージが自然とついていた狩場。

 

だからこそ、ひたすら投手を鼓舞するワードを続ける。

 

「お、おう」

 

「東条のあれは事故だったけどさ。フォークの切れはよかったし、小湊でさえ初見で空振りしたんだ。初見のあいつらには十分使えるボールだ。次のイニングは積極的に使うぞ」

 

アウトこそ奪えていないが、小湊はこのフォークの軌道に戸惑いを感じていた。だからこそ読み取れる確信めいた断言を発する狩場。

 

まあ、低目大好き東条は論外。彼に対し狩場が変化球を使いすぎただけなのだ。

 

大事なのは、これらの結果からの考察。抽象的な言葉の後に、直接的な成果を出す。投手が乗れるように。思い切って腕を振れるように。

 

目に見える事実ほど、信頼出来るものはない。

 

「おう!!」

 

「俺はちゃんと止めるからな。ワンバウンドでも大丈夫だ」

 

 

最後に、自分の強みであるワンバウンドでも止められるという安心感を投手に与える。特に落ちるボールの使い手は、それができない捕手だと腕が緩んでしまう。

 

―――――自分は大丈夫だということを、言葉と行動で示せ

 

「リードされているが、このままでは終われない。塁に出て、ひっかきまわしてやろう」

 

 

6回の裏に沢村が登板。9番金田から。

 

「ストライクっ!! バッターアウトォぉ!!」

 

金田を三振に取る沢村。スライダーの切れがすさまじく、いつも以上に調子がいい。

 

 

―――――そうですね。左打席で、イン寄りに立つとどうなるのか。反応が見たい

 

大塚のそんなつぶやきからあった倉持の左打席。

 

沢村に一矢報いるきっかけは、ここから始まる。

 

 




降谷君は浅いSFFと減速するチェンジアップを覚えました。といっても、浅く握ったのと、沢村のチェンジアップをパクっただけです。握りはOKに近いです。

最初のすとんと落ちるチェンジアップは巨人のミスターメイの握りに限りなく近いです。


そして現在降谷君の先発能力が格段に上がりましたが、まだ課題があるのです。

準決勝あたりで明らかになると思います。


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第116話 高まる気運、深まる葛藤

お待たせしました。今年の一話目です。


倉持、ここでサウスポー相手にもかかわらず、左打席で打席に立つ。

 

―――――沢村のチェンジアップは左には特に危険なボール。

 

大塚曰く、金田への攻めを見る限り、今日はチェンジアップの高さに若干の不安があると見たのだ。

 

――――――完全試合をした影響なのか、無意識に力んでいる節がある

 

そう思わないようにしていても、あれほどの投球をそう簡単に忘れることはできない。

 

 

――――――そして、縦スラの制球も完璧とはいいがたい。内に入れば、あのボールでも当てさえすれば何か切欠が生まれるはず

 

 

 

そして、大塚の目から導き出される解が、戦況の悉くを射抜く。

 

 

初球。制球力に陰りがないように見えたストレート。倉持が左打席、しかもかなり内寄りに立っていることもあり、外側に投げ込んできた。

 

「ストライィィクッッ!!」

 

空振りを奪われる倉持だが、御幸がインコースを嫌がっている節が感じられた。

 

 

―――――スライダーが浮いてきたり、甘く入らないと終了です。あとは御幸先輩次第ですね

 

 

そして、外に外れる高速縦スライダー。

 

沢村も沢村で、なぜか左相手に投げにくそうにしていた。

 

 

 

―――――セオリーなら左対左は打者不利のはず。なのに、

 

 

 

 

戦況を見つめる片岡監督は、倉持にサインを送る。

 

 

――――――ここでセーフティだ。仕掛けられる前に、カウントが欲しいはず。揺さぶれ。

 

 

コンっ、

 

 

「!!」

 

ここで相手の意表を突いたセーフティ。沢村が驚く間に倉持が一塁へと激走を見せる。

 

 

―――――酷なことだけど、金丸じゃ倉持先輩は刺せないですね

 

打球へと走る金丸だが、もう倉持は一塁へと到達しかけていた。それを見た大塚は、まだまだ甘いところがある金丸の守備に課題を見つけた。

 

 

「セーフっ!! セーフっ!!」

 

一塁塁審の上級生のコールにギャラリーがわく。

 

「うお!! 先頭の倉持が出塁!!」

 

「塁上だと無敵の倉持だ。仕掛けるはずだ」

 

 

そして、彼らの予想通り倉持の広いリードが沢村を襲う。

 

 

 

―――――くっ、でも打者を打ち取れば

 

 

しかし、このままではランナーを置いた場面で大塚に回ってくることになる。

 

 

だからこそ、倉持にそう簡単に走られるわけにはいかず、意識がランナーへと向く。

 

 

だがそれをわかる倉持に油断はなく、彼のしつこい牽制にも耐え続ける。

 

 

ここでセオリーならば送りバントか盗塁。相手は沢村、簡単に連打が期待できる相手ではない。

 

 

キャプテンを務める御幸は、倉持の足を警戒するも、打者にも注意が必要だと悟る。

 

―――――監督なら、ここは攻めに来るはず。エンドランの可能性だって。

 

 

だからこそ、安易な低めは禁物。転がせば倉持の足を二塁で刺すことは困難。特にアウトコースに投げれば、左打席の木島は流して打つだろう。

 

 

―――――三遊間警戒。引っ張りではなく流し打ち警戒。内に入ればセンター返しもありうるな

 

 

沢村の球をいかに生かすか。そしてどうリードするか。御幸の判断が試される。

 

 

 

それを鋭い目つきで俯瞰する大塚はその御幸の一手を逆手に取る。

 

 

 

―――――こちらは塁上に倉持先輩。バッターはそこそこ足の速い木島先輩。

 

相手がゲッツーを狙い、流し打ちを警戒していることがわかり、大塚は強気に出るべきだと監督に進言する。

 

「ここは強硬策です。相手は多くを得ようと、受けに回っています。この隙を逃す道理はありません」

 

 

「無論、そうだな。ここは強い打球を一二塁間に打つ。もしくは叩き付ける。」

 

 

 

そして、これまでの試合でも左打者には緩急を使いづらい沢村がチェンジアップを投げにくそうにしているのがわかる。

 

木島はさらに内寄りに立つ。

 

 

――――――中継ぎだと、やっぱり不安定だな。沢村は

 

適正の影響がもろに出ている沢村の調子が上がらない。木島は中継ぎ沢村と先発沢村は別人だと認識した。

 

 

それでも、殻を破るために御幸はあえてインコースを要求。このまま外を踏み込まれ、強い打球を打たれた場合、内野の間を破られかねない。

 

 

カウント2ボール0ストライク。2球投げても倉持はまだ動かない。しかも足を警戒した沢村が投球に集中できていない。

 

「あとは相手が焦れてくる。御幸先輩は強い人ですから。必ず勝負に出る」

 

そういう人です、と大塚は言い放つ。

 

 

内に入ってきた横のスライダーを強振した当たりは、わずかに芯に当たらず、内野ゴロとなる。しかしぼてぼての当たりであるため、倉持はあっさりと二塁へ到達。

 

そして打球も二遊間へと転がっていく。ヒットになる。

 

 

誰もがそう考えていた。

 

 

 

「くっ!!」

 

 

 

しかし、ただ一人を除いて。

 

 

 

この厳しい打球に沖田が追いすがる。三遊間側に守っていた彼には苦しいはずだった。

 

 

それでもリーチと瞬発力、打球判断の速さが後押しし、その打球に追いつく好守備を見せつけた。

 

 

「うそだろ、沖田」

 

「沖田の守備範囲はこうしてみると広いな。」

 

大塚が絶句し、監督が納得する。

 

際どいタイミングだったが、木島は惜しくもアウト。抜けていれば、ノーアウト一塁三塁の大チャンスだっただけに、これは痛い。

 

尚も一死二塁のピンチ。打者は三村。ここからは右打者が続くことになる。

 

 

そして、投げやすさを感じていた沢村はあっさりと三村を三振に切り取る。

 

 

これを見ていた渡辺は、

 

「沢村は右よりも左が苦手な傾向にあるね。チェンジアップの緩急がなければ、出所が見えにくいサウスポー。高速縦スライダーもいいボールだけど、この球種が不安定だとたちまち崩れだすね」

横のスライダー以外に左打者に使える変化球があと一つ、あと一系統あれば、と渡辺は呟いた。

 

 

以前、狩場はチェンジアップが左打者には浮いて見える傾向があると証言していた。事実、高速チェンジアップは問題なく使えているが、チェンジアップ系は投げにくそうにしていた。

 

ゆえに、この試合でも三村に対してのみスクリュー気味に沈むサークル・チェンジを投げていた。左打者には一球も投げていない。

 

 

これまでその弱点が目立たなかったのは、沢村の好調を支える制球力に陰りがなかったためだ。しかし、中継ぎはある種トラウマになっているのか、このポジションでは不安定になりがちだ。

 

やはり、沢村はスターターでなければ信用できない。少なくとも、今のままではその評価は変わらない。

 

 

そしてツーアウトとはいえ、ここで4番大塚を迎えることになる。沢村も、降谷のストレートをフェンス際まで飛ばす大塚の打席は見ていた。惜しくもフェンスオーバーではなかったが、それでも降谷であれなのだ。

 

 

自身のストレートでは、軽くたたきこまれるのはわかっていた。

 

 

しかし投げやすい右打者。まずは外に一球ストレートを見せる。

 

 

「ボール!!」

 

 

大きく外してきたバッテリー。大塚のリーチの長さを警戒し、手の出ない場所にまずは投げ込んできた。このバッテリーはストライク、ボール関係なく広いコースを使うことで、何とか大塚の打ち気をそらそうと考えていた。

 

 

―――――まともに勝負は仕掛けてこない、ストライクも一つあるかわからない、な

 

大塚は打席に向かう前に監督に言われたことを思い出す。

 

「おそらく、まともに勝負をしてくれないかもしれん。ストライクがまともに来るかもわからないが、冷静さを保て。」

 

 

「はい」

わかっていることだ。格上相手にまともに戦う愚か者では、全国に出ることはできない。

 

 

そんな易しい相手ばかりではないのだ。

 

「全国でお前の打力が明るみに出た時、こういった場面は何度も出てくる。焦れるなよ」

 

 

「はい。しかしヒットゾーンとストライクゾーンは、人それぞれですよね?」

 

 

「ふっ――――――それができるようになれば、お前は打者として一皮むけるだろう」

意図を理解した片岡監督は苦笑しつつも、彼の狙いを容認した。

 

 

 

 

 

―――――以前、御幸先輩は大巨人真木のような手足の長い打者には胸元の速い球が有効と言っていた。しかし、俺の打席は内角が広く、緩い。

 

 

「ストライクっ!!」

ここで、外のサークル・チェンジ。やはり右打者には使ってきたボール。大塚はそれに手を出さない

 

 

――――――かなりの緩急。あのフォームからだと一層遅く見える

 

 

3球目は何をしてくるか。大塚は考える。

 

 

―――――これは見せ球。カードをあえて見せる。だがそれを狙い撃つ

 

 

大塚には、御幸と沢村がそのボール球を投げることを予期していた。

 

 

―――――ボールになる内側低めの高速縦スライダー。

 

 

リーチの長さを警戒していた御幸のスキ。それはボール球には手を出さないという思い込み。使えないまでも、出しておきたい最強のカード。

 

大塚がなまじ冷静な性格であるため、ボール球には手を出してこないと考えていた。

 

 

狙いすましたかのように、スライダーは大塚のバットに真芯で捉えられ、ボールは文字通り吹っ飛んだように外野へと飛んでいく。

 

 

「―――――――――えっ?」

打たれた沢村も、まさか手を出されるとは、といった疑問よりも先に打たれたという衝撃が勝り、目を大きく見開いている。

 

 

「うっそだろ、ボール球だぞそれ―――――」

 

乾いた笑みすら出してしまう御幸の自嘲気味のつぶやきが聞こえる。

 

 

大塚は敢えて後ろ足の膝を曲げ、自分のヒットゾーンを調節し、ゾーンを低く設定しなおしたのだ。これによりハイボールに対する対応力が低下したが、ローボールに対する対応力が上がる。

 

 

そして体格の恩恵を存分に生かし、沢村の布石となる切り札を打ち砕いたのだ。

 

 

 

打球は勢いを殺すことなくフェンスオーバー。危うくネットを突き破ろうとするほどだった。

 

 

 

「うおぉぉぉい!! 大塚の逆転ツーラン!!」

 

「今ボール球だったぞ!! なんであんなコースをあそこまで打てるんだよ」

 

 

「体勢崩れてなかったか!? なんだあの打ち方は!!」

 

 

 

「心底、同じチームでよかった。ああ、くそっ」

 

御幸は歯噛みする。

 

―――――もう少し外を続けてもよかったか!? いや、外だと今度は流されるし

 

つまり、力押しでなければ大塚は抑えられず、打ち損じを期待するしかないということだ。

 

降谷ほどの剛球投手で初めて成立する勝負。特に、金属バットで勝負するならなおさらだ。

 

5番山口を打ち取るものの、この6回の裏に逆転を許したレギュラー組。

 

 

7回表。金田も逆転後のマウンドに向かう。沖田を歩かせたものの、御幸を外野フライに抑え、ツーアウト1塁の場面で白洲と対戦する。

 

 

―――――明らかに緩んでいる。こちらに流れがないせいか、金田には隙が見える。

 

 

ボールに勢いがあるが、リズムが一定。狩場はけん制を指示しているが、あまり多くは要求できない。それだけボールに力がある状態なのだ。

 

 

――――――ファーストストライクを叩く!!

 

 

アウトコースのストレートを流したあたりが三塁線を抜ける。

 

 

しかし、

 

 

「シュッ!!!」

 

ここで日笠が三塁線を締めていたために、好捕されてしまう。一塁ランナー御幸が二塁で刺され、これでスリーアウト。

 

 

「そこを守られていたか―――――」

悔し声をあげる白洲。いい当たりだったが、ここも攻撃を止められた。

 

 

7回裏は、右打者が続く打線なので沢村が三者凡退に抑え、持ち直すが、その表情は暗い。

 

「左打者に対してインコースを攻めきれなかった、ちくしょう――――」

 

自分でもわかっていた。左打者に対する苦手意識。だからこそ、落ちるボールがほしかった。秋大会、神宮では間に合わない。何とか現状のカードだけで左打者と勝負しなければならないのだ。

 

さらに、大塚のアレは事故だから仕方ないと御幸には三回ほど言われたが、沢村は悔しくて仕方なかった。

 

 

――――ツーシーム弐式。机上の理論にはできねぇ!!

 

そのあと、3番手の川島が9回につかまる。麻生をうち取り、あとアウト2つだったが東条に長打。小湊ヒットで出塁。これで1死一塁三塁。

 

 

逃げ場のなくなった川島が、沖田に特大の逆転弾を食らいノックアウト。御幸に長打を浴び、追加点のピンチで後続を打ち取ったが、下剋上ならず。

 

 

試合は、4対2で辛くもレギュラー組が勝利を収めるのだった。

 

 

「ああ、負けたか。あと一歩だったんだけどなぁ」

大塚が残念そうに見つめる。御幸も学習したのか、川上には一球も大塚相手にまともなボールを指示しなかった。

 

そのため、塁上で試合終了を聞くことになったのだ。

 

「大塚相手だとリードも怖い。正直、沖田よりも怖さがあるぞ」

御幸も大塚という打者に対する攻め方には、著しく制限があると感じていた。並の投手ではリードしようがない。

 

沢村は特に大塚相手には相性が悪すぎたし、メンタル面でも問題があった。最初から歩かせるべきだったのだ。

 

 

 

「まあ、守っていて沢村のスライダーがあそこまで飛ばされるとは思っていなかったぜ(俺、とんでもない相手をライバルにしちまったかも)」

沖田も大塚の逆転弾の衝撃が忘れられず、甘い球を逃さず、時にはボール球を叩き込む大塚の打撃センスに恐れをなしていた。

 

 

「じゃあさ。チェンジアップが来たときはどうするつもりだったんだ?」

金丸がその時はどうしていたのか尋ねる。

 

 

「うん。まあ、体勢を一度崩されるだろうし、素直に左足をつけるね」

 

「え、マジで言ってんのか!? それじゃあ長打は」

金丸が信じられない顔で大塚を見る。それでは自慢の長打が影をひそめるだろうと。

 

 

だが、金丸の早とちりを手で制し、その次を言わせてと懇願する大塚。

 

 

 

「待って。その次にもう一度左足を上げて、タイミングを計りなおそうかな、とは思ってはいたよ」

 

 

 

「頭おかしい」

 

「おかしいわ。発想がきもい」

 

「変態だな」

 

 

「俺、そんなにおかしいことを言ったかな?」

 

 

「「「おかしい!!!!」」」

 

「えぇ~~。おかしいのかなぁ……」

御幸、金丸、沖田という新しい青道高校を引っ張るであろう選手たちにおかしいといわれ、しょんぼりする大塚。

 

 

 

その後、沢村は左打者への対応、降谷は強打者相手にムキになったところ、大塚は動く玉のカードを使うタイミングについて触れ、投手陣にとっては濃密な経験となった。

 

しかし一方で、降谷と大塚という剛球投手に散々だった野手組は、監督に言われるまでもなく、夜間練習に打ち込むことになる。

 

全国にはここまでやってくる投手がいる。準決勝の成孔がそうとは限らないが、それでも全国を見据える一同にとってこの練習試合は大分効いたらしい。

 

大塚栄治。全国クラスの投手。もう少し食らいつくことはできなかったのかと。

 

 

 

 

 

すぐ離れた場所で、その大塚栄治の姿を視界に入れ続けていた男がいた。

 

 

「紅白戦での緊張感。レギュラー、控えに関係なく高い意識。いい環境であることはわかりました」

 

結城元主将の弟、結城将司。中学時代で名をはせたスラッガーだ。

 

「それで、どうだったかしら。うちのエース含む投手陣は」

高島礼が彼に尋ねる。これが今の青道高校投手陣。長年の課題であった投手不足。それが解消した途端に甲子園準優勝なのだ。

 

「ええ。これほどの投手が先輩にいる。自分たちの代の投手のことを考えてしまうぐらいに、恐るべき投手陣ですね。」

 

彼らが引退した後の投手陣のことを真っ先に考えてしまうほど、盤石といっていい実力者たち。まるで、彼らは負けないと確信しているのかのような結城の物言い。

 

「ですが、やはり大塚栄治には負けたくない。」

しかし唯一、大塚栄治に対して対抗心をむき出しにする。

 

「あれ?」

礼は、なぜ大塚に固執するのか一瞬意味が分からなかった。

 

だが、一瞬で理解する。

 

 

―――――そうね、パワーヒッターで名を馳せた選手だもの。大塚君の今日のホームランは相当な刺激になるでしょうね。

 

神宮、選抜での主軸確定弾。もはや、御幸ですら押しのけるほどの結果を彼は出したのだ。しかも、エースの座は譲らないというレギュラー組への情け容赦のない投球。

 

あのレギュラー陣が完全に抑えられて、2番手の沢村は逆転弾を浴びた。

 

投手と打者。その2つで結果を出した彼は間違いなくナンバーワン。

 

そんな大塚栄治を前に、燃えないわけがない。彼の負けん気の強さと自信家な一面が滾る。

 

大塚は間違いなく自分が4番の座を奪う時の壁になる。

 

 

それは考えるまでもなかった。

 

 

「ええ。ですがひとまずは自分を鍛えなおします。まだ入学まで時間があります。このままではいけない。俺は、大塚栄治から4番の座を奪います。それを現実にできる実力をつけるために」

 

「一応、御幸君が4番なのだけれど…」

礼は冷静に、昂っているであろう将司に突っ込みを入れる。

 

だが、存外彼は冷静で、その問いに対してこう答える。

 

「それも時間の問題です。間違いなく選抜に出るころには彼が4番を打っている。言い方は悪いですが、両者には詰めることのできない地力の差があります。」

それでも、状況はじきに変わると言い放ったのだ。

 

 

「ただ、兄貴の気持ちもわかりますね。すぐにプロに行かなかった理由も」

 

もちろん彼の兄にも才能はあった。非凡なものはある。だが、これだけ突出した選手がいると、まだまだ鍛える必要があると考えてしまう。

 

大塚栄治、沖田道広、降谷暁。この3人は間違いなく突出した存在だ。

 

踵を返す将司。

 

「これからが楽しみですね。来年からの3年間が」

 

そう言い残し、彼は青道高校のグラウンドを後にする。

 

 

心に熱いものを秘めた男、結城将司。中学時代に名をはせたスラッガーは、決意を新たに個の成長に励む。

 

 

そんな選手、野望を抱く者たちの様子の横で、片岡監督はかつての恩師である榊英二郎と再会を果たしていた。

 

予期せぬ再会に表情を崩す片岡監督。

 

「お久しぶりです。榊監督」

 

「おいおい。ここの監督はもうお前だろ、鉄心。榊さん、でいいよ」

 

親交の深い両者。そこへ、榊は見慣れない顔へと視線を向ける。

 

「ん?」

 

 

「あ、ああそうだ。こちらは落合コーチ。ここに来る前は紅海大のコーチを務めていた方です」

太田部長が榊に落合のことを紹介する。そういえばこの二人は初対面なのだ。

 

「紅海大の…そうか、あそこは細かい野球をするからな。近年は横浦の勢いに負けちゃいるが、あそこも全国区だ。ここの選手たちのこと、よろしく頼みますよ」

 

軽く会釈をする榊。

 

「このチームにいい刺激、与えてやってください」

 

 

そして二の句にこれである。

 

「――――わかりました」

背筋が伸び、真面目な雰囲気がさらに増す落合。雰囲気だけで、オーラだけで、何か名監督との共通点を感じたのだろうか。

 

そして、榊の口から語られるここを来訪した理由に一同は驚く。

 

 

榊英二郎が、由良総合工科高等学校の監督になることを伝え宣戦布告してきたのだ。この高校は西東京の強豪校の一角。まだ西東京の旧ビッグ3には及ばないが、最近力をつけ始めている存在でもある。

 

だが、衝撃はさらに続く。

 

 

「鉄心。逃げるなよ」

 

 

「!!!!!」

 

榊が感じていたのは、片岡監督の揺らぎだった。夏の甲子園で降谷が熱中症で倒れ、大塚がけがを押して強硬登板。

 

その後のバッシング、危うく選手生命、命すら危うい中、限界まで戦った選手たちのことで心を痛めているのではないかと、まず最初にそれを考えていた。

 

そして、ここに来た時にその予感は確信へと変わる。

 

控えのチームを指揮し、レギュラー組の指揮を新参者である落合コーチに任せていたのだ。これではまるで監督の引き継ぎ作業のようだと。

 

かつて、自分が片岡鉄心にそうしたように。

 

「選手はお前を信じているぞ。そうでなきゃ、こんな意識の高いチームは出来上がらねぇ。お前が選手と一緒に作り上げたんだ。お前のこれまでの指導が、このチームに息づいているんだ」

 

「――――――」

片岡監督は何も答えない。

 

 

「俺が言いてぇのはそれだけだ。」

 

「監督、私は…」

言葉にならない。言葉がまとまらない片岡。

 

 

「あとは自分で考えろ、モチベーションやらなんやらは。俺はお前にこの高校を託した。託せる奴はいるのか、てめぇが本当にこれで満足したのか。そこを白黒はっきりしろ。てめぇはもう、教えられてばかりの球児じゃねぇ。ここの監督だ。」

声色は柔らかいが、目は真剣だった。

 

 

「迷ってんなら意地でも続けろ。答えがはっきりするまで、やせ我慢して見せろ。」

 

 

「―――――――――――はい」

そういうしかなかった。片岡監督も、ここで投げ出すわけにはいかない。投げだしたくない気持ちがないわけではないのだ。

 

 

 

「とりあえずだ。選抜は応援させてもらうからな」

 

 

そう言い残し、榊はグラウンドを後にする。強烈な檄を片岡監督に残して。

 

 

 

「――――――監督」

太田部長が遠慮がちに声をかける。

 

 

「心配をかけてすまない。ここまで背中を押されなければならないほど、追い込まれているとは自分でも気づけなかった」

 

 

気にしたつもりはなかった。このまま自然に落合コーチが昇格する。納得しているつもりだった。

 

だが、納得などしていなかった。それに気づかされた。

 

まだ、このチームとともに挑戦したい、前に進みたかったのだ。

 

 

「だが、一度出した辞表だ。戻すのも格好がつかんな」

ぽつりと、なんでもなさそうにつぶやく。

 

 

「ですがあなたに。片岡鉄心に率いられた選手たちは、そうは思っていないみたいですよ」

 

すると、どこからともなく森校長が現れた。学校での選手たちの様子を陰ながら見ていた彼は、監督の辞表のうわさが流れ始めたころから、野球部部員の様子が目に見えて動揺しているのがわかっていた。

 

校長としても、個人としても。名物監督、信頼の厚い教師を手放す気など毛頭なかった。

 

 

「考え直して、いただけませんか?」

 

 

その問いに対し、彼は―――――――

 

 

 




ある有名な天才打者の変態的なタイミングの取り方を思い出したのです。


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第117話 渾沌過ぎる準決勝開幕

1か月・・・・・・・・・・

これは大変なことだと思う。

読者の皆様、申し訳ありませんでした。



紅白戦を終えて日は過ぎ、運命の準決勝、そして決勝の連戦は明日。

 

青道高校は、負けられない戦いに備えていた。

 

 

のだが、

 

 

「――――――――――」

 

黙々と守備練習を行う沖田。いつものように声を張り上げる機会は少なく、しかし鋭さを増す動きのキレ。そして打球への反応速度。

 

その様子は練習後まで続いていた。

 

 

終了後、

 

 

「気合がにじみ出ているな、沖田」

 

大塚が声をかける。この守備力がついているのだ。頼もしい限りだと感じるのは、当然だろう。

 

「ああ。まあな。」

だが、ぎこちない沖田の言葉。真剣さを感じていた練習中の時とは違い、何か歯切れが悪い。

 

 

「??」

 

「いや、まあ。気にしないでくれ」

 

首を傾げる大塚を前に、話をそらそうとする沖田。

 

 

「そういや、沖田の彼女って準決見に来るの?」

何気ない東条の問いに対し、ポーカーフェイスを作れない沖田。思わず吹き出してしまう。

 

 

――――――あんまり駆け引き上手くないよね、沖田

 

 

―――――いや、隠し事が下手なんだよ、沖田って。最近つるんでいるとよくわかる

 

こそこそと小声で話す大塚と東条。

 

「な、いや!! 違うぞ!! 女の子が見に来るから気合が入っているとか、そんな不純な動機は一切ないぞ!!」

 

 

「「ああ。」」

あきれた表情の二人。

 

「この自爆っぷりである。」

横から小湊がニヤニヤしながらやってきた。

 

「え? ダメなのかそれ!! あいつが来る俺も同じなのか!!」

そして自爆は連鎖する。沢村はうっかり若菜が観戦に訪れることを暴露してしまう。

 

 

「このリア充どもが!! ふざけんな馬鹿野郎!!」

レギュラーを沖田に奪われた倉持が嘆く。

 

「うぎゃぁぁ!!」

 

「藪蛇だぁぁぁ、じゃない!! チーターだぁぁ!!」

 

そして倉持に追い掛け回される沖田と沢村。

 

 

「うわぁぁぁ。ほんと緊張感のかけらもないね」

苦笑する小湊。

 

「倉持先輩、俺のこと素で忘れているよね。まあ、火の粉が降りかからないだけましかな」

大塚は、そんなことを言うのだった。

 

 

「ねぇ、彼女を作ると、何か変わるの?」

降谷が天然すぎる質問をする。

 

「うーん、人それぞれかな。うつつを抜かしてだめになるパターンと、奮起するパターン。もしくはあまり変わらないパターンとか。無理に作る必要もないよ」

 

 

―――――降谷は純粋だから騙されやすい。守らないと

 

大塚が諭すように言う。変な女にひっかけられないよう、誰かが保護しないといけない、そう誓う大塚だった。

 

 

「そうなんだ」

 

 

「降谷君はおじいさんが来るんだよね。準決の先発決まってよかったね」

晴れ舞台に先発。小湊に祝福されるが、

 

「決勝は大塚なのがちょっと悔しい。」

と、悔しさを示すご本人。

 

 

「そう簡単にこの背番号は譲れない。それだけ重いからな」

大塚も、その悔しさをぶつけられても特に感情を害されたと感じることもない。これが普通だと。

 

「俺も出番はなさそうだけど、準備だけはしとくぜ」

そして、狩場も御幸が出場濃厚なのが確実な現状でも準備を怠らないと決意する。

 

「第2捕手の鏡だな、狩場ぁ。けどいつか正捕手を奪えよ~。現時点で大塚の球を捕れるの、同年代でお前ぐらいなんだから」

 

 

金丸もその話の輪に加わり、狩場の姿勢を称賛しつつ、野望をむき出しにしろと要望する。

 

 

「当然だろ? ルックス以外ではまだ何とかなる、かもしれないんだからさ!!」

 

 

「それは聞いててつらいからやめて」

東条が申し訳なさそうに突っ込む。

 

 

「そういや、大塚は5番レフトで先発なんだよな。リアル二刀流の開幕か。感想は?」

金丸が大塚に対して二刀流の感想を尋ねる。投手として打者方面でこれ以上伸びて、水を開けられたくない金丸。だが、嫉妬はあっても悪感情はない。

 

それ以上に頼もしいと感じているのだ。

 

 

 

「ノーコメント。監督の期待に応えるだけだよ」

にやりと不敵に笑う大塚。

 

「控え目なコメントで面白くないぞ!」

 

「悪いな。明日ホームラン打つから勘弁して」

 

「言ったな!! 言ったよな!! 打てなかったら何してもらおうかな!!」

虎の威を借りる狐のごとく、勢いが増す金丸。

 

 

「俺、ホームラン打てなかったら金丸に何をされちゃうのかなぁ」

 

 

「誤解を招く表現はやめろぉぉぉ!!!」

 

 

結局1枚上手な大塚と、案外初心だった金丸だった。

 

その後、落ち着いた金丸と沢村を生贄に捧げて逃げ延びた沖田が平静を取り戻し、

 

「まあ、今更隠すとか、恥ずかしいと思う必要はないわな」

観念したのか、沖田は緊張や恥ずかしさを捨てて、開き直った笑みを浮かべる。

 

今まで見たことのない笑顔だった。一同はそんな沖田に目を見開いた。

 

「1年間がもうすぐ終わろうとしているけど、俺は沖田の七変化並みの変貌に驚いているよ。」

 

最初は根暗、夏は野球小僧、秋はドルオタ、そして冬に近づくにつれてリア充になっている。

 

大塚でさえも沖田のこの変化は予想の範疇を超えていた。

 

「俺も驚いてるぞ。東京に来てから俺は結構変わっているのは自覚してる。」

肩をすくめて苦笑いをする沖田だが、嫌みは感じない。むしろ、ある意味彼が一番自身の変化に驚いているかのようだった。

 

「だよなぁ。まさか沖田に先を越されるとは思ってなかったしなぁ」

作ろうとは思っていなかった金丸。むしろ自分と同じく独身が続くだろうと思っていた矢先の秋。沖田があまりにもアレな変化をして溜息しか出なくなっていた。

 

「まあ、大塚があそこまでデレデレになるのもわかる。世界が変わったっていうか」

 

「それ俺の言葉じゃないか。二番煎じ?」

大塚が思わず突っ込む。確か秋大会に言ったような気がする言葉だ。

 

「けど、その通りなんだよ。お前の言ったとおりだった。」

しかし大塚の突込みにも動じない沖田。

 

「いじっても無反応だと面白くない~」

沖田の防御力の高さに悔しそうな顔をする大塚。以前は堅物な感じだったのに、これがリア充か、とお前が言うのかと必ず言われるであろうことを心の中に思い浮かべていた。

 

「人のことは言えないよ、大塚君……」

春市が大塚のお前が言うのそれ?という言葉に苦笑いをする。

 

「だよなぁ。野球の時はそうじゃないけど、それ以外だと甘々な空間を作り出してるし」

ジト目で大塚のほうを向く狩場。

 

「さっきから心が痛むからやめて、狩場。」

東条が思わず胸を抑える。先ほどからの隠そうともしない嫉妬を目の当たりにして、悲しい気持ちになっていたのだ。

 

「その言葉が一番傷つくんだよ~~」

しかし、さほど気にしていないのか狩場がはっはっはと笑う。

 

「なんだよ、それ~~~~」

そしてつられて笑う東条。

 

「―――――――」

そして二人の様子を見て、ポカンとした顔で見つめている沖田。

 

「どうしたの、沖田君?」

春市は突然言葉が続かなくなった沖田に声をかける。彼の琴線に触れるものがあったのかと考えるが、見当がつかない。

 

「―――――いやさ、こういうのって、いいなって。」

鼻がむずむずするのか、少し鼻に指を触れつつ、気恥ずかしそうに白状する沖田。

 

「準決勝だというのに、緊張感がないというか。けど、練習の時はみんな一つの目標に向かっている。それがいい」

 

 

「沖田――――――」

それは誰の言葉だったのか、感慨深そうな声色で、チーム状態の良さをつぶやいた沖田に、それ以上の言葉を出せずにいた。

 

「その状態の良さを作ったのはお前でもあるんだよ、道広」

そこへ、大塚がその沖田のつぶやきに反応した。

 

「栄治―――――」

 

 

「守備での安心感はもちろん、打撃もそうだ。そして、俺は投手だからよくわからないけど、ポジションがよく変わるのは大変だと思う。」

 

「まあ、俺は複数守れるのが売りだし、監督もそれをわかっているだろうし。特に気にしていないぞ」

ポジションを変えられるのは特に気にしていないという沖田。常識ではなかなか考えられないが、

 

 

「けど、サードをやって、ショートをやって、練習ではセカンドをやっている。そのおかげで出番を得て、出番を失って。でも、チームの変化を促して、このチームの地力が上がった。」

 

沖田がサードをやっていたときは倉持が、そして金丸の出場機会がなく、日笠も出番がなかった。

 

沖田がショートをやっていたときは、サード争いがほぼ一騎打ちの形になった。倉持も沖田がいなければレギュラークラス。

 

そしてセカンド練習は、春市と木島の危機感をあおる結果となった。

 

内野手の選手たちに危機感を与え、沖田は常に先頭に立って信頼と信用を示してきた。

 

「くすぐったいな。そういわれるの」

朗らかに笑う沖田。

 

「それだけじゃないだろ。俺とヒデ、狩場はお前に教えられてベンチに入り、レギュラーを勝ち取った」

 

「金丸――――――」

 

 

 

「――――――――お前は俺たちの誇りだ。お前のおかげで俺たちは、ここまで来たんだ」

 

「俺も、まさか外野手でレギュラーを獲れるなんて思っていなかったよ。思えば、悩んでいた俺に声をかけてくれたのも沖田だったよね」

 

金丸が、そして東条が感謝の言葉を沖田に送る。準決勝前に、不穏な空気になりそうな気がした沖田が、少し苦笑いをする。

 

――――ちょい、この雰囲気苦手。すごくいいけど、なんだか恥ずかしいぞ

 

少しでも気を緩めれば、表情がにやけてしまう。そんな間抜け面を見せたくない彼のプライドが、沖田に這い寄る。

 

 

「――――――フラグになりそうだからやめろって。そういうの、優勝した後に言おうぜ、二人とも」

 

 

「違いない。」

その言葉に同意する狩場。ここでは早すぎる。ここでは早すぎるのだ。

 

「うん。俺たちの目標はあくまであの舞台でてっぺんを獲ること。それは夏の時から変わっていないし、変えるわけがないよね?」

春市も、ここで満足してもらっては困る、そんな言葉を出す時ではないとニヤニヤしながら二人を煽る。

 

「ちょっ、違うって。まあ、いろいろ浮かれていたのは反省するけどさ~!」

 

「あ~。だめだ。こんなんじゃ、当日はだめだ~~!」

 

 

そして春市の言葉に刺激を受け、対照的な状態になる東条と金丸。

 

 

「うおい!! 金丸がスランプとか、ちょいと笑えんぞ!!」

狩場が焦る。サードのレギュラーを獲った同級生、意外にメンタルが弱かった。

 

「この程度のプレッシャー、わけないよ。これよりももっとすごいの、甲子園で存分にやられたし、今から慣れないとね。これ、俺の経験談」

そして、甲子園での不調を自虐風に笑いながら話すあたり、春市の肝の据わり方が様になってきていた。

 

「ま、まじかよ!? やべぇよ…やべぇよ…なんとかしねぇと…明日で変えるんだ~~!!」

 

 

「金丸が壊れた~~~!!!」

大塚が頭を抱える。しかし、両手でにやけ面を隠しているので、そこまで深刻に感じてなさそうに一同は見えた。

 

「衛生兵?っていうべき? こういうの」

そして降谷がこの様である。

 

 

「それどこの知識ぃぃぃ!? 降谷君だめだよ、そんな言葉を使っちゃ!!」

春市が降谷の知識が汚染されていることに嘆く。

 

「純粋な降谷の、プフッ、ままで、クッ…いてく、ハフフッ! 不意打ちで…ギャク食らわされると、ウッ…こっちの身が、クフフッ、だ、だめだ…」

そして沖田がおなかを抱えて蹲る。笑いのツボに入ってしまったようで、沖田はしばらく行動不能になっていた。

 

「金丸って、意外と打たれ弱いからなぁ」

 

 

「さらっと毒を吐くな、毒を!! 東条~~~!! 明日はいつもの倍は打てよ!!! 責任重大だぞ!!」

狩場が笑いながらわめく。この中で一番彼がこの事態を本気にしていなかった。たぶん、どうにかなるだろうと。

 

 

 

「そういうのどうでもいいんで、俺にきづいてください。あと、沖田後で許さねぇから」

地面に寝転がっている沢村がジト目で呻く。そして、それはいつものやかましいものではなく、結構ガチな空気だった。

 

 

「沢村の性格が豹変したぁぁ!!!」

 

「逃げろ沖田ぁぁ!!」

 

「裏人格に目覚めてしまった」

 

「だからそれやめろ、降谷ぁぁぁ!! 腹筋が、腹筋がぁぁぁ!!!」

 

 

「そんなことより、沖田君土下座だよ!! ここは土下座の出番だよ!」

 

 

「すみませんでした!!!!」

鮮やかな所作で、きれいな土下座を決める沖田に、隣で見ていた春市は「兄さんの気持ちがさらに分かった気がする」と恍惚な表情を見せ、無様な姿を見せる沖田を見て笑う。

 

その愉悦を感じさせる笑みに、

 

「ヒエッ…」

 

「やべぇよ…やべぇよ…」

先程からメンタルをめった刺しにされている金丸が恐怖し、火種にも等しい働きをした東条の顔が引き攣る。

 

 

その時、中々に混とんとした雰囲気に耐え切れなくて、フェードアウトを狙っている大塚がいた。

 

「どうすりゃいいんだ……(逃げよう…)」

 

 

 

「しかしまわりこまれてしまった」

降谷が暗に「君も道連れだ」と言わんばかりの笑みを浮かべていた。春市に当てられて、彼にも悪影響が出ていた。彼の笑顔は珍しく、貴重だが、こんな時にこんな場面で見たくはなかったと心の中で呻く大塚。

 

「大塚。それはダメだろ。エースとして、逃げちゃだめだ」

裏人格?の沢村に逃げ道をふさがれる。

 

 

前門の降谷、後門の沢村。

 

 

大塚に成す術はなかった。

 

 

 

 

 

「エースの定義違うからぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

そして――――――

 

 

 

 

決戦の舞台。明治神宮球場――――――

 

 

午前10時より開始される青道対成孔。そして第2試合の明川学園対薬師。

 

 

夏の東京王者対豪快打線。台湾代表のエース対薬師の轟。

 

好カードになった試合を見に来た観客で球場は超満員となっていた。

 

 

青道高校ベンチ前、

 

 

ザッ、

 

 

ベンチ入りメンバーが円陣をくんでいた。全員に油断も、弱気な要素は感じられない。

 

「おっ、ついにあれをやるのか!?」

 

「秋季大会は初お披露目だよな!!」

 

「出るか、王者の掛け声!!」

 

 

観客たちも新チームになって初の掛け声に期待を感じていた。

 

青道史上最強ともいえるこのチーム。先発は降谷。

 

 

オーダーも伝えられ、スコアボード下に発表されていた。

 

 

『さぁ、秋季大会準決勝第1試合。青道対成孔!! 青道の先発は大塚ではなく降谷! 対する成孔は小島! ともに速球派の投手になります!』

 

 

『そして、ついに来た! 二刀流大塚!! 出陣です!! 今日のスタメンに5番レフトで先発出場の大塚栄治! その打棒と俊足を武器に、ダイヤモンドで輝けるか!!』

 

『ついに来ましたね。投手大塚君の方はすごいですが、ここまで打者としての評価が上がるとは考えていませんでしたね。夏では沖田君が目立っていましたが、大塚君はそれほどではありませんでした。ただ、成孔もいい打線ですから、降谷君といえど球威を頼りにすると少々痛い目を見るかもしれませんね』

 

『そうです。成孔打線は今大会最も得点を奪っているチームであり、この生き残った4校の中で最も爆発力のある打線といっていいでしょう!! 一度火が付けば止まらない! そのパワフルな打線に降谷がどう挑むのか。』

 

 

『エースの小島君もいいスライダーがありますからね。青道も得点を奪うのが簡単ではないでしょうね。』

 

『成孔も打撃のチームといわれていますが、守備のほうも鍛えられていますからね。青道と同じくエラーは少ないですし、バランスのいいチームでもあるんですよね。投手陣では確かに青道に分があるかもしれませんが、攻撃力では上。守備力もよく、下馬評を覆す確率もなくはないですからね』

 

 

 

『選抜の椅子を確定させる椅子は一つだけ。明日の決勝へ進むのは青道か、それとも成孔か!! まもなくプレーボールです!』

 

 

青道オーダー

 

1番 右 東条

2番 二 小湊

3番 遊 沖田

4番 捕 御幸 左

5番 左 大塚

6番 中 白洲 左

7番 一 前園

8番 投 降谷

9番 三 金丸

 

 

 

昨日の刺激的な夜から一転して、彼らの表情は引き締まっていた。しかし直前までは悲惨の一言だった。

 

 

「昨日のあれは夢だ。夢に違いない――――」

 

「切り替えよう、金丸。逃げちゃだめだ」

 

「うーん、すっきりした」

 

 

「外道過ぎる春市にビビった俺は悪くない」

 

「心配するな、狩場。俺もビビった。」

 

野手組が試合前のバスでこんな雰囲気だったが、球場に入った瞬間には切り替えられていたのは、片岡監督の指導の賜物だろう。

 

 

 

 

「今までにないくらい冷静だった…マウンドでもあれが出来れば」

 

「あれ、操られてた?」

 

 

「だめだ沢村。それは悪い方向の冷静さだ…」

 

 

投手組も、沢村を怒らせてはならないと誓っていた。

 

 

 

そして時間は元に戻り、ベンチ前。

 

 

 

 

円陣を組んだ御幸が皆に問いかける

 

 

「―――――――俺たちは」

 

 

始まる。ついに掛け声が始まる。一同はそう感じていた。

 

 

「王者なんかじゃねぇよな」

 

御幸は普段の時と同じ声色で、そういってのけた。

 

 

 

今の自分たちは王者にあらず。今の自分たちを指すとすればそれは

 

 

「挑戦者だ!!!!」

 

 

一同が全員その言葉を聞いて笑みをこぼす。予想をしていたわけではない。驚いてもいるはずだ。

 

だが、それは彼らが胸に感じていた言葉でもあった。だから、それは驚くに値しないのだ。

 

雄たけびを上げる一同。その雄たけびが心地よく感じる。

 

 

 

「誰より汗を流したのは!!」

 

 

"青道ッ!!!!”

 

 

「誰より涙を流したのは!!!」

 

 

 

"青道ッ!!!!!

 

 

 

「戦う準備はできているか!!!!」

 

 

 

 

うおぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!

 

 

ベンチリメンバーだけではない。いつの間にか、スタンドの青道応援団、ベンチ入りできなかった選手たちの声も重なる。

 

 

「我が校の誇りを胸に!!!! 狙うは全国制覇のみッ!!!!」

 

 

天に向けて片腕を掲げ、その大望を口にする。

 

 

それは夢物語ではない。諦めなければ、進み続ければ、手が届く確かな現実。

 

 

 

「行くぞぉぉぉぉぉ!!!!!!」

 

 

 

 

鳴り響く、掛け声と雄たけび。青道ナインは闘志を燃やし、整列場所へとかけていくのだった。

 

 

 

 



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第118話 奇襲攻撃!!

1番から4番まで好打者が続く打線。そして5番には一発・・・・

原作とは異次元です。


青道の準決勝が始まり、先発降谷の真価が試される大一番。

 

 

成孔の切り込み隊長枡を迎えた初回。彼の成長の証が示される。

 

投球動作に入る前、降谷は深呼吸をする。そして、力が入っていた肩から、ゆっくりと力を抜いた。

 

「―――――――ふう」

それだけで、投球動作直前の硬さが消える。むしろ抜きすぎな気もするが、それがいいと彼は考えた。

 

 

 

 

 

初球アウトコースやや外れるストレート。しかし、高さは低く、悪くないボール。御幸もボールが最初から低めに集まった降谷に驚いていた。

 

―――――初球は降谷の様子を見るために一球外したが、悪くない。

 

「ストライクっ!!」

 

続く2球目はアウトコースのストライクコース。これも高さに申し分がない。

 

『今度は決まってワンストライクっ!!』

 

『いいですねぇ、あのストレートが低めに決まると、そうそう打てませんよ』

 

 

続く3球目は高めのアウトハイ。御幸は徹底して左打者の外角を要求する。

 

―――――制球も悪くない。それに伸びもいい。

 

そして、枡の出方も消極的に見えた。

 

――――普通の、以前の降谷なら、球を見られるのは嫌がるかもしれない。

 

だが、と内心御幸はほくそ笑む。

 

「ストライクっ!! バッターアウトォ!!」

 

 

驚きの表情を隠せない枡。アウトコースに決まるストレートに手が出なかった。

 

 

『見逃し三振!!! 最後は146キロストレート! 今のラストボールはかなり良かったと思いますが!!』

 

『力みもなく、いいフォームでしたね。リリースも今日は安定しているので、コントロールがいいのは当然ですね』

 

 

続く山下も浅く握ったSFFで簡単に内野ゴロに打ち取りツーアウト。降谷が手ごたえを感じた、2種のチェンジアップを参考にした、通常のSFFをより浅く握ったバリエーションの1つ。

 

――――チェンジアップもよかったが、万が一浮くとホームランボールだ。制球がしやすい浅いSFFならまだ計算できる。

 

そして、3番小島には変化球攻め。ボールになるチェンジアップに悉く食いついてくる。

 

―――――配球を読んで、ストレートに合わせてきている。これまでの投球パターンは当然頭の中か。

 

 

序盤はストレート中心、2巡目前後から変化球の割合が多くなる降谷の傾向をしっかり頭に入れている。

 

しかしそれは、未熟な降谷に合わせた御幸なりのリードでもあった。

 

―――――今の降谷は、その時間を経て、成長した投手だ。簡単に打てると思うなよ

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトォぉ!!」

 

最後もボール球の変化球。落ちる通常のSFFで空振り三振。制球力という強力な武器を持って、成孔打線を翻弄する降谷。

 

『空振り三振~~~!!! 先発の降谷、盤石です!!』

 

『最後もいいコースに落ちましたねぇ。ストレート狙いなのもわかるんですが、序盤はボールを見たほうがいいかもしれませんね。』

 

「ナイスピー降谷!!」

三振に打ち取ったボールを置き、降谷に声をかける御幸。

 

――――高揚だけじゃない。地に足がついてる。

 

 

その確信が御幸のリードに幅を持たせる。降谷への信頼が厚くなる。

 

 

「半年前とは見違えたぞ!」

 

「うんうん!! すごいよ降谷君!」

 

二遊間が気持ちの良い言葉を降谷に向けるが、彼の表情は崩れない。

 

「まだ初回。ここで浮かれるようだと、エースはない」

 

彼の見据える先は、遥か前方ではない先を走るエースの背中。まだ姿が見えないほど離されたわけではない、ライバルである大塚栄治。

 

「ああ。成孔打線に制球ミスは命取りだ。油断なく、力みなく、自然体が一番嫌なはずだ。」

大塚の言う通り、自然体を意識し、深呼吸。肩で息をして、ゆっくりと肩の力を投球前に抜いた。彼に言われる通り、自分は力みやすい性格だ。

 

だからこそ、その対策を練るべきだと思っていた。しかし、自分は頭がよくはなかった。

 

 

そんな自分に授けた、一つの策。それがピタリとはまった。

 

「どうだった、深呼吸」

大塚の問いにやや表情が崩れる降谷。

 

「うん、気持ちよかった」

短い言葉だったが、降谷にとっては大きな手ごたえを感じさせるきっかけとなったルーティン。これからもこれを続けていこうと考えた。

 

――――ルーティン。動作に入る前の予備動作。集中力を高めるためのもの。

 

自分の大雑把な性格には必要不可欠なものだ。

 

「それはよかった」

 

 

その裏の攻撃、東条が球威に押され、レフトフライに打ち取られる。ローボールヒッター東条を高めの速球で押し切ることを選択した成孔バッテリーはこの勢いそのままに2番小湊もスライダーで打ち取る。

 

 

成孔エース小島の立ち上がりも順調に見え、強力打線の成孔、総合力屈指の青道の投手戦を予感し始める観客。

 

「東条君の言うとおりだ。かなりの球威を感じる。あのスライダーが決まっていたし、勝負は中盤からなのかも」

 

悔しそうに打席を去る小湊からの私見を聞く沖田。

 

「変化球はスライダーしか投げていない。隠し玉もあるかもしれない。だが、今は目の前の確かな筋を辿るべき、か」

 

いつもに比べて硬い口調の沖田。集中しているのが一目瞭然。それだけ彼がこの試合にかける思いは強い。

 

「沖田君?」

 

いつもとは違う彼の表情に、同性であるにもかかわらず胸の動悸を感じてしまう小湊。

 

―――――何かをしてくれそうな期待感。

 

それに満ち溢れている。小湊の目にはそうとしか思えず、信じたくなる。

 

 

『さぁ、ツーアウトランナーなしで3番沖田を迎えます!! 秋大会でもホームランを2本。かなりのマークを受けているものの、高打率を維持している青道の怪童!!』

 

 

『さぁ、ここで青道はランナーを出せるか。成孔が押し切れば、勝負は五分に持ち込めるでしょうね』

 

 

初球は外のストレートが外れる。球威もあり角度もある。その威力をまざまざと見せつけられた沖田本人はというと。

 

 

―――――あの時の大塚に比べれば、なんとやら

 

彼の前の打者二人の忠告すら意に介さない。理由は至極簡単。

 

目の前の投手は、150キロをいきなりインコースに投げ込める胆力があるか、ないかである。

 

さらにいえば、変化球が二けたの数ほどあるか、否か。

 

 

ごく身近に怪物がいるのだ。好投手ごときに、今更臆する彼ではなかったのだ。

 

2球目のスライダーも冷静に見極める沖田。このコースは先ほど小湊が空振り三振に打ち取られたものである。が、沖田はあまり苦にしていなかった。

 

外のスライダーを見切られた成孔バッテリーはそれどころではなかった。

 

――――巧打者小湊のコースをちらつかせたが、反応なし。序盤は積極的じゃなかったのか!?

 

 

初回や早い段階でのホームランがあるなど、過去の試合でも打って出るタイプだと考えていた枡は戸惑いを隠せない。このボールも悪くはなかったはずなのだ。

 

3球目は外のストレート。今度は決まりストライク。しかし、沖田はバットを動かすこともなく、足をわずかに動かすのみにとどまる。

 

―――――図ってやがる。豪胆さと緻密さ。“希少種”の強打者かっ!!

 

 

パワーを以て強打者といわれる選手は多い。そこに技術があれば大打者。逆に緻密さを備えるものの、パワー不足の打者も数多くいる。

 

それは前の打者の小湊のようなタイプだ。

 

目の前の沖田道広。今日の彼は両方を兼ね備えた高校屈指のスラッガーであることを感じさせる。

 

 

積極的にバットを振り回さない。豪快打線といわれる成孔の持ち味は引き付けて打ち、そのフルスイングによるプレッシャー。

 

なのにこの男はどうだ。

 

 

「―――――――――――(今日は彼女に、ホームランを捧げるんだ)」

 

冷静な顔で、打席に居座る沖田への警戒心がさらに強まる枡。

 

 

 

――――――ここで迂闊にコースを変えるのはよくない。外を続けよう。

 

 

ここで枡は外のストレートを選択。過去の試合でも変化球をホームランにするケースが多く、速球を運んだ試合も相手が格下であることのほうが多かった。

 

 

大巨人真木との対戦では、3タコに打ち取られていた打者だ。枡は過去のデータを選ぶ。

 

―――――それに、沖田には足がある。迂闊にランナーをためるわけにもいかねぇ

 

ランナーを出すくらいなら、球威で押し切る。枡と小島の考えは一致した。

 

 

 

―――――読んでいたさ。外の速球を続けることは

 

 

だからこそ、過去の自分をよく知る沖田がこのリードを読み切ることは、何の障害もなく、至極簡単なものだった。

 

 

先ほどのストライクを奪われた際に、タイミングの取り方を粗方掴んだ。あとはスイング。

 

 

打撃の3大要素。タイミング、スイング、ポイント。その最初の1つを突破した沖田。

 

 

―――――――なっ、このスインッ!!!

 

枡の心の中の言葉は最後まで続かなかった。

 

 

成孔の4番長田に匹敵するスイングスピードが小島の外の速球をとらえたのだ。しかも驚くべきはその精密さ。

 

 

真芯をとらえた気持ちの良い打球音を彼はまず間近で聞いた。

 

小島も、その光景は初めて目にするだろう。金属音を聞いた刹那、目の前からボールが消えるなどという光景は。

 

そしてそれは、沖田と対戦し、痛打を浴びた投手すべてが経験する現象でもある。

 

 

小島は打球を見失い、枡は打たれた方向を呆然と眺める。

 

内野手に対処できる打球ではない。外野手も、少し動くだけでこのライナー性の打球を追うのをあきらめていた。

 

 

『高々と打球上がる!!! そのまま飛び込んだぁぁぁぁぁ!!!』

 

 

『うわ、外の速球をライナーでライトスタンドですか……力感がないのに、ボールが吹き飛んでいきましたね』

 

 

『ええ、ライナーで中段です。高校生、しかも1年生が打てる打球でしょうか!? 3番沖田、初回に小島のストレートをはじき返し、ソロホームラン!! まずは先取点が青道に入ります!!』

 

 

「――――――――――」

呆然とするしかない、枡。速球系で押していけばいけると考えていた。

 

 

沖田の後ろに控える御幸、そしてその後ろの大塚。沖田とは対照的にストレートに強いスラッガー。しかし沖田も、小島ほどのストレートを1打席目からフェンスオーバー。

 

 

止まったままでは終われない。それは自分たちも同じ。しかし、目の前の怪童もそうではなかった。

 

さらに―――――――――

 

 

4番御幸が2球目のインロースライダーを引っ張り、ライトへのツーベースヒットを放つと、枡が一番警戒している打者と勝負を迎えることになる。

 

 

――――――5番、投手ではない大塚――――――ッ

 

 

まだ1年生で、投手であるはずなのに。そして背番号1番であるはずなのに。

 

 

いや、1年生でエースナンバーを背負うこと自体が稀だ。それすら大塚の前では当然と思わせてしまうスケールの大きさ。

 

 

だが、目の前の困難はその理由ではない。そのエースがなぜ、5番という“主軸の一角”を担っているかだ。

 

――――二刀流!? ふざけた真似を!! だが、実力が本物ならっ

 

憤り、羨望。生々しい感情が体を駆け巡る。しかし冷静になれと自分に言い聞かせる。

 

 

―――――ベースからやや遠い。インコースが広いなら、外のきわどいボールで!!

 

 

外のスライダーをまずは見極める大塚。外角に適応したスタイルで打席に立つ大塚は、外に対する反応が鈍かった。

 

―――――インコースのボール球。幅を取らねぇと踏み込まれる!

 

インコースのストレートにやや反応した大塚。しかしボールゾーンなので手を出さない。

 

―――――インコースに反応した? やはりねらい目は打ちやすくなったインコースか?

 

唯一の反応を見せた大塚の行動。枡は一転して外による。

 

 

―――――次はアウトローのスライダー。きわどいボールを頼む

 

 

小島も頷き、枡の要求したとおりに投げ込んできた。

 

さらに枡の思惑の上を言ったのは、それがストライクからボールになる最適なコースであったということ。

 

これならば、先取点を取った後の打席に立つ大塚のことだ。流れに乗ろうと積極的にバットを出してくるはず。

 

 

枡の目論見通り、大塚は手を出してきた。しかし最後に予想が一つだけ外れたのだ。

 

 

金属音とともに、一塁線を切れていくファウルになったのだ。まさか当てられるとは思っていなかった枡は、表情をしかめる。

 

 

―――――悪くねぇボールだったはずだ。どんだけ手が長いんだ

 

投手の長所でもあるリーチの長さ。日本人離れしたスタイルを誇る大塚に、常識がやや通じないことを思い知らされる枡。

 

 

しかし、これで外に手を出してきたということは、ゾーン勝負で何でもバットを出していくスタイルになったことを示している。

 

――――重い腰を上げたな。あとはどう食らいつかせるか

 

 

そして結論も早かった。

 

―――――同じ球だ。これを続ければ、打ち損じだって

 

 

4球目もスライダー。しかし、枡が大塚のプレッシャーを敏感に感じ取っているのと同時に、小島もまたこの打者相手に力みを生んでいたことを知ることになる。

 

 

――――――少し甘く!? 

 

そう思った時には

 

 

ガキィィィィンッッッ!!!!!!!

 

 

沖田の打球音とは比べ物にならない音、そして沖田の時でさえかろうじて見えたスイングが

 

―――――なぁっ!? 

 

打たれた小島には、振りに行く直前と、振りぬいた瞬間の大塚しか見えなかった。

 

――――――打球が、見えねぇ!? どこにいった!?

 

沖田の打球を目で追うことができた枡だったが、大塚の打球を目で追うことができなかった。

 

そして、内野の選手たちの中で打球を知る者はなく、外野陣もその打球の勢いに恐怖を覚えることになったのだ。

 

『はいったぁぁぁっぁ!!!!! いや、入っていない!! フェンス直撃っ!! 二塁ランナー御幸は三塁をようやく蹴る!!』

 

外野陣もその打球の角度、勢いに畏怖を覚えたものの、思ったほど打球角度の上がらない大塚のそれはフェンスに直撃し、ライトのグラブのすぐ近くまで跳ね返ってきたのだ。

 

これには大塚の苦笑い。御幸が帰塁する間に二塁に行くのが精いっぱいだった。

 

『二塁ランナーホームイン!! これで2点目!! 青道高校お得意の初回攻勢!! 立ち上がりの投手にとって、この高校の攻撃力は鬼門といっていいでしょう!!』

 

 

『末恐ろしいですねぇ。彼は投手なんですから、そのセンスと身体能力には戦慄を覚えますよ』

 

 

打たれた小島は沖田に打たれた時よりも呆然としていた。甘くは入った。しかし、ライナーでフェンス直撃されるような失投ではなかったはずだ。

 

その後、6番白洲がセンターフライに打ち取られるものの、2得点を奪って見せた青道高校。

 

成孔のパワー打線のお株を奪うかのような滑り出し。今日先発降谷にうれしい援護点がさっそく入った。

 

 

『スリーアウト!! 1回の裏、青道は長打攻勢で2点を先取!! しかし試合はまだ序盤戦!! 成孔は4番長田からの攻撃が始まります!!』

 

『今大会5ホーマーの長田君ですからね。勢いをつけるにはもってこいでしょう。そして降谷君も丁寧に投げることが要求されるでしょうね』

 

打線の活性化著しい今日の青道高校。援護点の入った降谷はその期待にこたえられるか。

 

 

 




息をするように長打を放つ沖田、御幸、大塚。

この3人のイメージは誰だろう。

大塚はまあ、思いつくんですけど・・・

沖田と御幸のイメージが・・・





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第119話 真剣勝負

連続投稿です。

前の話が前回からのスタートになります。




初回に先制点をもらった降谷。力みもなく立ち上がりをクリアしたが、ここから相手の4番を相手にすることになる。

 

 

4番長田。成孔の主砲。

 

『さぁ、今大会屈指のスラッガー、長田との対戦で降谷はどんな投球を見せるか』

 

『甘く入ると、いくら彼の球威でも運ばれますからね。変化球でカウントを整えるのが定石でしょう』

 

御幸が一番警戒している打者をランナーなしで迎えることになったのは幸いだった。

 

これが青道首脳陣の見解。御幸も同じことを考えていたようで。

 

――――パワー勝負。いくら降谷の球威でもどう転ぶか。まずは高めの釣り球で様子を見よう

 

 

食いつくならストレートをさらに見せ球に。だめなら変化球を投げるだけだ。

 

降谷の手から放たれた剛球が放たれる。彼も長田がこの打線の中でも別格の存在であることを感じているのか、球威が上がった。

 

 

対する長田もそのボールにフルスイングで応える。

 

 

二つの轟音が、御幸の耳に届いてくる。

 

―――――どちらもえぐい音をさせやがる。

 

 

スイングスピードだけなら、沖田や大塚よりも上かもしれない。恐ろしいスイング音をさせた永田が空振りを喫するだけで、表情が渋くなる御幸。

 

 

『初球空振り~~~! 今日最速の147キロ!!』

 

『少しギアを入れてきましたね。ただ、球が上ずっているので注意が必要ですね』

 

 

2球目もストレートで空振りを奪う降谷。力みがわずかに出てきたとはいえ、今日の降谷は全体的に力感を感じにくいフォームで投げている。その体感速度は相当なものだろう。

 

 

―――――2球続けてストレート。3球目は外そう。外の変化球、ボール球でいい

 

御幸が外にSFFを要求する。通常の落ち幅のSFFで手を出してくれるならそれでいい。見てくるなら、外高めの速球でケリをつけるだけだ。

 

「ボール!!」

 

しかし予想がやや外れ、長田はこの外の変化球を見極める。外れたとはいえ、ストレートが走っている状況下でこれを見極める力量を見せたのだ。

 

しかし、

 

「ストライクっ!! バッターアウトォぉ!!」

 

『高めの速球でスイングアウト!!! ここで今日最速148キロ!!』

 

『まずはあいさつ代わりの一撃ですね。降谷君も今日は本当に調子がよさそうです』

 

 

 

続く打者に対しても、低めの変化球が冴え、難なく打ち取ることに成功する。

 

 

5番玉木には外のチェンジアップをひっかけてショートゴロに打ち取ると、6番西島に対してはストレートでセカンドフライに打ち取り、この回も3者凡退。

 

 

リズムに乗りたい青道だったが、前園が外のスライダーに空振り三振に打ち取られると、7番金丸もサードライナーと波に乗れない。特に前園はあっさりと外の変化球に手を出してしまったので、金丸も勢いを殺したくないと考え、浅いカウントで勝負に行ってしまったのだ。

 

9番降谷がツーアウトランナーなしで打席に回るも、

 

「ストライクっ!! バッターアウトォぉ!!」

 

『外のスライダーで空振り三振!! 2回からは変化球の制球が落ち着いた小島!! 下位打線を三者凡退に抑えます』

 

『今日はスライダーを決め球にすることで、力みが取れましたね。ストレートの上ずりもなくなりつつありますし、捕手の機転を利かせたいい判断だと思いますね』

 

 

 

3回表も降谷の勢いはとどまることを知らない。先頭打者の城島に対してチェンジアップでカウントを整えると――――――

 

 

ズバァァァンッッッ!!!!!

 

 

乾いた音をさせる、降谷自慢のストレートにバットがかすりもしない。その自慢のストレートで打者をねじ伏せ、空振り三振に打ち取る。

 

『スイングアウト!! 先頭城島から空振り三振を奪い、この試合4つ目の三振!!』

 

『変化球とストレートのコンビネーションが冴えていますね! 初球のチェンジアップを見せられると、ストレートに追いつくのは難しいでしょう』

 

8番生田に対してもストレート押しで内野ゴロに打ち取り、これで早くもツーアウト。効率よく打者をねじ伏せることで課題の球数も許容範囲内。

 

 

しかし、ストレートが時折高めにはずれるのが気にかかっている御幸。

 

――――球威がある今は大丈夫だし、見せ球にもなっている。でも中盤以降は

 

短いイニングではなく、先発としての最長イニングがまだまだ短い降谷。公式戦での最長イニングは5回。地区予選では6回まで投げたこともあるが崩れている。

 

それに、今日はまだ一度も150キロを超えていない。

 

 

ただ、体力の問題だけではない。確かに体力はついた。この半年で先発能力は格段に上がったことは間違いない。

 

 

「ボール!!!」

 

ラストバッターに対して、追い込んだ後の4球目が外れる。カウントはこれで2ボール2ストライク。3球目がアウトローに決まったいいストレートだっただけに、このボールは無駄球である。

 

真ん中気味の高めのボール球。

 

―――――悪いとは言わねぇ。球威に助けられているとはいえ、

 

 

沢村と大塚には当たり前のようにあったがゆえに気づくのに遅れた、降谷の先発としての課題。

 

 

――――――時折ムラがある。こいつに必要なのは、長いイニングを投げる忍耐。

 

精神面での課題が置き去りになっていた。

 

 

しかし、9番打者を最後は外低めに決まるチェンジアップでタイミングを外し、内野ゴロに打ち取り事なきを得ることになる。

 

 

 

好投を続ける降谷をさらに援護したい青道打線。先頭東条が決め球に据えているスライダーに空振りを奪われる。

 

―――――くっ、球威があるのにコントロールがいきなり――――っ

 

 

力みが取れた小島の球筋に翻弄される東条。最後は高めの釣り球に三振を奪われてしまう。

 

2番小湊はしぶとくスライダーを掬い上げ、センター前に運ぶ。スライダーを軸にしている配球を読んだ彼は、2球目に内側に少し入った外角のスライダーを右におっ付ける感覚でミートしたのだ。

 

『しぶとくセンター前!! 2番小湊が一死からランナーとして出ます!! さぁ、ここで第一打席にホームランの沖田道広!!』

 

『今日の一撃は青道に勢いをつけましたからねぇ。ここで打てば試合の流れをさらに手繰り寄せますよ。逆に成孔はここで何としてもこの打者を抑えたいでしょうね』

 

 

注目の初球。

 

小島はランナーを警戒せず、緩いセットポジション。走られることを意に介さない。

 

「ボールッ!!」

 

対する小湊も反応なし。打者の沖田もこの内側に外れるストレートに手を出さない。いきなりインロー厳しい場所を攻められたのだ。バットを出す前に、まずは避けなければならなかった。

 

『初球ボールッ!! インコース厳しいコースを攻めてきました!』

 

『スラッガーの宿命ですよ。ここで厳しくいかないと今日の試合が決まりかねませんからね』

 

2球目はスライダーが外に決まりストライク。両サイドを広く使ってくる小島、枡の成孔バッテリー。ここで焦ることなく手を出してこない沖田。相手は勝負を仕掛けている。こちらが下手に動く必要はない、と言わんばかりに堂々とする強打者の前に、バッテリーは渋い表情をする。

 

――――やはり、3番から5番までは高校生と考えねぇほうがいいな。

 

 

――――1年でこの体格。うちでも中軸を打てる。それどころか、4番でもいいぐらいだ。

 

 

枡、小島はこの沖田の所作に彼の実力を肌で感じ、畏怖を覚えずにはいられなかった。特に小島は、1年生の沖田が現段階で4番を打てるとまで言わしめるほど、実力を認めざるを得なかった。

 

 

3球目

 

「ファウルっ!!!」

 

ここも厳しく攻めてきたバッテリー。インコースのストレート。これに当然のように反応してきた沖田だが、仕留めきれずに打球は三塁側へと切れて行く。

 

芯からやや外れ、タイミングはさほど遅れていなかった。

 

 

―――――力んだか。次はどこを攻めてくる?

 

ここで狙い球を絞り切れなくなった沖田。もう一度外角の変化球で勝負をするのか、それとも内角を続けるのか。

 

 

―――――実力が完全に上とはいえ、ここで俺たちがアドを取った! 

 

小島の心に火が付く。いいように初打席はやられていたので、ここで何としても打ち取りたい気持ちが強くなる。

 

 

――――力むなよ、竜平。だが、昂るよなぁ、こんな相手だとなぁ!!

 

枡も小島の高ぶりを抑える必要はないと考えた。これほどの打者だ。力まない相手ではない。それを力に変えろ、彼はそれだけを考えていた。

 

 

バッテリーが選んだ勝負球。枡は迷わず内角によった。

 

 

勝負の球はインハイ。胸元を突くストレート。

 

 

 

―――――そうだよなぁ、勢いがほしいんだ。だが、ここで来るか

 

沖田はその勝負球に驚きを見せなかったが、この早いカウントで来るとは考えていなかった。

 

 

外角を意識している局面で、インコースに追いつくための練習は、今日この日の打席に立つ前からずっと練習をしていた。

 

 

ガキィィィンッッッッ!!!!!

 

 

痛烈な打球が三塁手を襲う。そのポジションを守る城田のグローブを弾く強烈な打球がファウルゾーンを転々とする。

 

『ああっと!! 痛烈な打球が三塁側ファウルゾーンを転々とッ!!』

 

『角度が付きませんでしたが、これは!!』

 

 

これは青道にとって、幸いとなるはずだった。

 

 

ライナーで進んだ打球がこぼれるのを見て、一度帰塁しかけた小湊が進塁を試みる。しかし、カンの鋭い彼はライナーの打球を見た瞬間に動いていたために、やや一塁ベースに戻りすぎていた。

 

 

そして成孔内野陣にもそれは言えることで、一二塁間を警戒していた守備体形であったため、二塁手が二塁ベースから離れており、遊撃手のほうが二塁ベースに近かったのだ。

 

 

城田がせわしなく動き、二塁へのフォースアウトを狙う。小湊の進塁をこれ以上防ぐためなのか、それともその行動通り焦っていたのか。彼は迷わず二塁方向に送球する。

 

 

その送球を見ていた小湊に笑みが思わずこぼれた。

 

 

―――――送球高い!!

 

 

遊撃手の山下がカバーに入っているが、送球は山下からはとても手の届かない場所を通り過ぎようとしていた。

 

 

城田の暴投。ここにきて成孔は守備の乱れが発生したのだ。

 

 

 

 

その同時期、一塁へと全力疾走をしていた沖田は、ちらりと一二塁間を見やる。

 

 

 

 

 

 

ゾクッ、

 

 

一二塁間を見た瞬間に、沖田の背筋が凍りついた。そして、その光景を、一塁ランナーの小湊は気づいていない。

 

 

「とまれ、春市ィィィィ!!!!」

 

 

 

 

 

バシッ、

 

 

暴投に見えた城田の送球は最初から“山下”へのものではなかった。

 

 

 

 

その送球を受け取ったのは、二塁手の玉木だった。

 

『ああっと、小湊挟まれた!!! ここで成孔のトリックプレー!!』

 

『小湊君もこれは予想できませんね。』

 

 

 

「!!!!!」

二塁ベースをオーバーランしていた小湊が沖田の声に反応するも、その光景は彼を驚愕させるに十分なものだった。

 

 

 

その瞬間、二遊間で完全に包囲された小湊。沖田も迂闊に動くことができず、一塁ベースで釘付けになる。

 

 

「くっ!!」

 

何とか生き残ろうとする小湊だったが、為す術がなくタッチアウト。成孔の流れを変える守備が青道の攻撃を削り取っていく。

 

『タッチアウトぉぉ!! これで二死一塁にかわります!! 記録はヒットですが、ランナーが一人減りました!! これはどういうことでしょうか!』

 

『先に沖田君が一塁ベースに到達していましたからね。それに、二塁小湊君も二塁ベースには悠々間に合っていましたし。今のトリックプレーは青道の勢いを利用し、勢いを殺すこれ以上ないプレーでした』

 

悪い流れでツーアウト。ここで4番御幸に回る。青道が誇る主軸はまだ続く。沖田が仕留めきれなかったが、まだ御幸、大塚がいる。

 

『さぁ、ここで4番キャッチャーの御幸! 第1打席はツーベース! 何とかこの悪い流れを変えたい青道高校。ここでチャンスを広げられるか!』

 

 

しかし、ここで打ち気にはやる御幸をあざ笑うかのようにボールゾーンに球を集める成孔バッテリーに、たまらず手を少し出してしまった御幸。

 

2球連続でボールコース。2球目の内側のストレートに手を出し1ボール1ストライク。変化球の後のストレート。狙いはわからなくもないが御幸はキャプテンとしての強い気持ちを抱いていた。

 

―――――うまく攻められたか。狙い球はスライダー。

 

外のストレートも仕留めきれず、ファウル。コースを狙った質のいいストレートは御幸を思うようにさせない。

 

 

 

―――――ここで外の変化球。いや、沖田への攻めを見る限り、内角ストレートも

 

そして、沖田へのリードが青道にこれ以上ない楔となっていた。内角を攻めるかもしれないという予感が、狙い球を絞り切れなくさせていた。

 

 

―――――枡。ここで使っていいよな?

 

 

―――――出し惜しみする必要なんかねぇ!! 決めるぞ、竜平!!

 

バッテリーの心は決まり、御幸を仕留める一手が迫る。

 

 

 

勝負球は御幸の想像をはるかに超えたものだった。

 

 

「!?」

 

―――――ボールが、来ないっ!?

 

 

小島竜平の右腕から繰り出されたラストボールの名はチェンジアップ。御幸が予想していた通り、外の変化球ではあったが緩い球であったというところまでは予測できなかった。

 

 

完全にスイングを崩され、体勢も崩れてしまっていた御幸。バットに当てることが精いっぱいだったのだ。

 

『外の変化球ひっかけたぁ!! 打球はぼてぼてのセカンドゴロ!! 玉木取って、一塁送球!! アウトぉぉ!!』

 

『いい攻め方でしたね。今日初めてじゃないですか、チェンジアップ』

 

 

『スリーアウト!! この回ランナーが出ましたが無得点の青道!! 上位打線相手にさらに立ち直りを見せつけるエース小島!! さぁ、次のイニングに反撃なるか!!』

 

 

しかし、そこは降谷が立ちはだかる。剛球を軸に縦の変化球を要所で効果的に使い、ランナーを許さない。

 

そして、降谷は3回で5つ目の三振をラストバッター城田から奪い、ベンチへと悠々と戻る姿は、成孔にとっての壁。

 

『剛腕降谷。成孔に反撃のチャンスを許しません!! 城田をチェンジアップで空振り三振を奪い、今日5つ目の三振を奪います!!』

 

 

4回表、先頭打者の大塚への攻めは観客を驚かせるものだった。

 

枡は座ってはいたものの、一度もストライクゾーンに投げることはせず、大塚を歩かせたのだ。

 

―――――まさか、ランナーなしでこんな攻め方をされるなんて――――

 

 

続く白洲は大塚への攻めを見て力んでしまったのだ。先輩として、後輩のあのような状況を見て何も思わないことはなかった。

 

先ほどのチェンジアップを2球目にひっかけてしまった彼は、痛恨のゲッツーを打ってしまう。

 

『ショート捕って、6・4・3!! ダブルプレー!! ここで青道痛恨のダブルプレー!! ツーアウトでランナーがなくなりました、青道高校!!』

 

『2点リードとはいえ、これはいけませんね。』

 

続く前園もスライダーに見逃し三振を奪われ、結果的に3人で終わってしまった青道高校。成孔が初回で失いかけていた流れを取り戻そうと、虎視眈々と気を狙っていた。

 

 

そして、機、舞い降りる。先頭打者の枡。

 

 

『さぁ、2巡目の成孔の攻撃!! 切り込み隊長枡は何を狙う!?』

 

 

降谷も、2巡目ということを意識し、ムラは感じられない。

 

―――――今度は手を出さないなんてことはないぞ!!

 

枡はバットを強く握りしめる。

 

―――――狙い球ではなく、ゾーンで絞る!! 初球は――――

 

 

降谷の外角のストレート。140キロ中盤を記録するであろう速球。これを――――

 

「!!!」

 

強く引っ張ることをせず、流し打ちに切り替える器用さ。これが枡の持ち味、彼の技術力である。

 

 

三塁線を突き破る一撃が金丸のグローブから逃れる。打球はレフト方向。長打コース。

 

 

『三塁線ぬけた~~!!! 長打コース!!』

 

『うまいですねぇ、今の流し打ちは』

 

 

レフトを守るのは大塚。外野守備に慣れていないわけではない大塚であったので、焦りはなかった。

 

 

―――――踏み込まれて流されたか! 降谷の速球にはそれが一番だろうけど

 

 

 

 

打者走者の枡は長打コースを確信し、二塁ベースへ向かおうとしたがそれを止める。

 

 

「なっ!?」

驚く枡。それもそうだろう。レフト方向から今まで見たこともない送球がノーバウンドで乱れることなく二塁手の小湊のグローブに収まったのだ。

 

 

―――――おいおい、あの距離でここまで正確な送球をするのかよ!!

 

外野手としても守備能力の高さとそのセンスの片りんを見せつけた大塚栄治のプレーに背筋が凍る枡。もし、何も考えずに二塁へ行けば、確実に刺されていただろう。

 

『矢のような送球で進塁を許さず!! レフト大塚の強肩がこれ以上のチャンス拡大を許しません!!』

 

『本職の外野手でもここまでの送球はあまりありませんよ。それなりに深い位置だったのですが』

 

そして、2番山下に回る。先ほどから守備でいい動きを見せているだけに、乗せたくはない打者。

 

 

しかし――――

 

 

ガキィィィィんっっつ!!!

 

 

『痛烈~~~!!! 初球ストレートをライト線に持ってった~~~!! 痛烈なライナーで一気に持っていきました!!』

 

 

『コースはよかったんですが、力でもっていきましたね』

 

外側の146キロのストレート。高さはやや高いとまではいかないものの、それなりのボールだった。

 

それをはじき返されたのだ。しかも長打という最悪に近い形で。

 

 

 

 

「―――――――――」

降谷は、今の初球ストレートを打たれたことに動揺を隠せなかった。驚愕を隠せない顔で、打球が飛んで行った方向を見つめる。

 

 

――――――悪くない、ボールだったのに。

 

勢いを殺したい青道バッテリー。そのために降谷のストレート系中心の配球で強引に流れを呼び込むつもりだったのだ。しかし、成孔もわかっているのだ。

 

 

青道が何を考え、何を選択してくるのかを。

 

血気盛んなバッテリーの選択肢を正確に読み、そして確実に迫ってくる。

 

 

これで、ノーアウト二塁三塁の大ピンチ。その上、主軸の一角である3番小島に回る。

 

今日の小島は降谷とは対照的に初回こそ荒れたものの、徐々に修正を利かせ、青道打線を相手に粘りの投球を展開。そろそろバットでも結果を出したいところ。

 

 

マウンドの降谷は、冷静さにかけていた。なぜ自分のボールが打たれるのか。

 

 

コースに速球は決まっていた。なのに打たれた。狙われていても、自分の速球はそう簡単に打たれない、そんな自信があったはずなのに。

 

 

一塁ランナーの山下は、こんなことを考えていた。

 

 

――――150キロ右腕。確かに早い。けど、制球重視のストレートは打てないボールじゃない。

 

 

制球を求めた結果、かつての球威よりも落ちていることに気づけない降谷をしり目に、冷静に彼の変化を感じ取っていた打者。

 

ストレート狙いの作戦もあるだろう。おそらくはそれが降谷のストレートを弾き飛ばす最大の要因。しかし、今の降谷は疑心暗鬼に陥っていた。

 

 

「タイムお願いします」

 

御幸がここでタイムを取る。降谷の動揺を感じ取ったのか、ここで間を置く必要があると考えたのだ。

 

「ボールは悪くない。やつら、ストレートを狙ってきている。だから、ここから変化球を多めに入れるぞ」

 

「――――――自分のストレートは、弱くなったんですか?」

 

降谷が気にしていたストレートの威力。捕手の御幸には聞かずにはいられなかった。

 

「降谷、お前―――――」

まさか、そんな弱気な発言が出るとは思わなかった御幸。

 

 

「―――――コースにいったストレートが簡単に。なぜ―――――」

切り替えられていない。降谷のこだわりがここでは悪い影響を与えていた。

 

「確かに、制球重視だと、力感がいまいち、かもな」

 

「―――――――」

返す言葉が見つからない。降谷はその残酷な事実を受け入れるしかない。

 

 

「けど、ストレートだけが、お前の武器じゃない。思い切り腕を振れ。ストレートあっての変化球。そして、変化球がストレートをより速く見せる。お前はそれができるんだ。心配するな」

 

それに、御幸は降谷が無意識にセーブをしているのを見抜いていた。その理由は長いイニングを投げぬくため。スタミナに不安を覚えている降谷は、力配分を自分なりに考えて投げていたのだ。

 

「生半可な相手じゃない。長いイニングじゃなくて、まずは目の前の打者を抑えようぜ」

 

先を見すぎて、自滅しかけていた。今の降谷がまさにそれだった。

 

これが経験不足。先発の回数が少ない降谷の課題だったのだ。

 

 

「――――――はい。」

目に力が戻る降谷。そして先ほどまでの自分を恥じた。

 

 

――――――この試合の僕は、まだ勝負をしていない。

 

自分の投球にしか、目を向けていなかった。自分が戦う相手を見ていなかったと、自分を恥じていた。

 

―――――僕は、勝負をするために、マウンドに立っている。

 

 

 

―――――勝負をしないまま、負けたくない

 

 

御幸も、降谷の決意を感じ取ったのか、マウンドを去っていく。内野陣からも声が聞こえるが今はそれを正確に聞くつもりはなかった。

 

 

 

今マウンドに立った投手がやらなければならないことはただ一つ。

 

 

 

「―――――――ねじ伏せる」

 

どこまでも冷たく、闘気を込めた言葉を紡ぐ降谷。

 

 

 

 

『さぁ、ノーアウトで二塁三塁! 3番小島を打席に迎え、この窮地でどんな投球をするのか』

 

 

―――――ストレート狙い。制球重視の今なら、ゾーンでコースを絞り、おっつける!!

 

 

注目の初球は―――――――

 

 

「!?」

 

『空振りぃぃ!! 初球から落としてきます、青道バッテリー!!』

 

ここで落ちるボール、SFF。ワンバウンドとはいえ、抜くボールを使ってきた青道バッテリー。ワイルドピッチになれば、たちまちノーアウト二塁三塁になりかねない状況で、迷わず投げ込んできた。しかも、サインに一度も首を横に振らなかったのを見る限り、このバッテリーはここにきて退路を断ってきた。

 

―――――あぶねぇぇ。落ちるボールが完全に引っ掛かってるじゃねぇか

 

御幸もカウントを奪えたことに満足はしているものの、一歩間違えば即失点の場面でもあった初球の入りに冷や汗を内心流す。

 

 

 

続く2球目―――――――

 

 

ドゴォォォォォンッッッ!!!!!

 

 

「ストライクツー!!!」

 

思わず手が出てしまった高めのストレート。コースこそ甘かったが、ストレートの威力はけた違いだったため、小島は掠ることすらできず、ここで衝撃を受けていた。

 

『空振り~~~~!!! ここで150キロ!! 自己最速にあと3キロ!!!』

 

 

『ここにきて、ギアを切り替えてきましたね。ストレートがここから見てもうなっているように見えますよ』

 

 

――――――ここまで力業、相手は後ボール3つ使える。下手にここで手を出すわけには、

 

しかし、小島の思考をあざ笑うかのように、降谷はもう投げ始めていた。

 

 

ドゴォォォォォンッッッ!!!!!

 

「!!!」

 

うなりを上げながら迫る、アウトローの甘いボール。そのはずなのに、小島は手を出すことができなかった。

 

―――――ここで、ためらいなくストレート、かよ……

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトォぉぉ!!」

 

『見逃し三振~~~~~!!! ここで153キロ~~~!!! 小島手が出ない!! この場面、落ちるボールを意識してしまったのでしょうか』

 

『そうですね。初球の落ちるボールが刺さりますよね。』

 

 

―――――僕は、勝負をするために、ここにいる。ここに立っている!!!

 

 

降谷、このピンチを無失点に抑えられるか。

 

 

 

 




降谷君、原作でも長い回を投げる姿にエースを見ていましたが、

今回はその落とし穴に危うく引っかかりかけた場面でした。

しかし、この試合はなおも落とし穴が複数存在します。






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第120話 迫る分岐点

遅れました。

GWも忙しかったと言う罠。


3番小島を見逃し三振に取って切る降谷。しかし彼の苦難は続く。

 

4回表、一死一塁三塁。バッターは今大会のホームランを最も打っている男、長田。

 

『さぁ、このピンチ、目覚めたかのようなストレートでまず一つアウトを取った降谷。しかし、ここで今大会注目のスラッガー、長田に回ります』

 

『彼のスイングスピードはすごいですからね。降谷君自慢のストレートでも、甘く入ると危険です。ここは低めの変化球を投げきれるか、そこがポイントですね』

 

 

「―――――――――――」

マウンドで沈黙を続ける降谷。投球に集中はしているものの、先ほどから感じていたあることが今になって妙に気になりだしていた。

 

―――――こんなにバットを振る音がする打者が続くなんてこと、なかった

 

成孔がフルスイングを信条としているのは戦前の分析でも理解できていたことだった。当然それを頭に入れていたし、降谷も覚悟を決めていた。

 

 

――――――制球と球威、でも――――

 

簡単にはじき返された制球重視のストレート。球威で先ほどはねじ伏せて見せたものの、制球という武器を手放すのが惜しいと感じていた。

 

だが、心の中で降谷はこの迷いを切り払う。

 

―――――中途半端はだめ。ここはいくしかない。

 

 

自分を支え続けていた、そして自分が本当に追い求めていたもの。

 

 

究極のストレート。それは、あの大塚ですら手の届かない絶対的な武器。

 

 

 

―――――投げられるか?

 

 

投げる。

 

 

―――――投げ切れるのか?

 

 

投げ切る。

 

 

―――――投げる気はあるのか?

 

 

僕は、逃げない。

 

 

自問自答の末、降谷の集中力は極めて深いものとなりつつあった。

 

 

 

 

 

降谷の変化は、打席にいる長田、そしてミットを構える御幸にも伝わっていた。

 

 

―――――腹をくくったようだな

 

笑みをこぼす御幸。その笑みを知る者は御幸のみ。彼のマスクをのぞき込むようなものはいないのだ。

 

――――なら俺は、投手の力を最大限、活かすだけだろ?

 

 

 

 

長田は、先ほど小島を打ち取った時から降谷の雰囲気が変わったことをかなり警戒していた。

 

 

――――開き直った奴ほど、怖いやつはいねぇ。俺もそれに頼ってきたわけだからな

 

 

長田自身、その開き直りによって殻を破ってきた経験がある。今のフルスイングを作り上げた土台がそれなのだ。

 

いわば同類に等しい降谷の雰囲気を、長田が感じ取れないはずがなかった。

 

 

―――――ぶち込んでやるッ

 

 

長田はたぎっていた。滾ることを止めようとしなかった。

 

 

 

『さぁ、降谷。セットポジションから初球――――』

 

 

 

ドゴォォォォォンッッッ!!!!!

 

 

うなりを上げるストレートがまず頭の高さにまで外れる。完全なボール球。だが、今日一番の圧力を感じるボール。

 

 

電光掲示板に表示されていたスピードガンを見て、長田は絶句する。

 

 

 

―――――154キロ、だと――――――!?

 

 

153キロも1年生がそう簡単に出していいスピードではない。降谷も、153キロを常に投げられる体ではない。しかし、ここで自己最速の154キロ。

 

 

甲子園第2位の記録をたたき出したのだ。ここが、スピードの出やすい球場といわれる神宮球場であったとしてもだ。

 

 

「ねじ伏せる。」

 

 

難しく考えるのを放棄した降谷。今はただ、このピンチでこの4番をねじ伏せる、ただそれだけを意識していた。

 

 

内野陣も、降谷の開き直りが功を奏すことを期待していた

 

「いいぞいいぞ!! ストレートきてるぞ、降谷!!」

 

 

「バッター集中!! 降谷君!!」

 

「ねじ伏せろぉぉぉ、降谷ぁぁぁ!!」

 

沖田が、春市が、そして金丸が、同級生の決意を後押しする。

 

 

「そうや、それでええんや!! 自慢のストレートでねじ伏せてやれ!!」

 

 

そして、前園が降谷のストレートを後押しする。それらの声援は降谷にも当然届いている。

 

 

――――――もう僕は、一人じゃない。

 

 

このマウンドは、青道投手陣を背負って立っている場所。

 

 

このボール、この一投は、チームの命運を背負うもの。

 

 

長いイニングを投げる、抑える。そんな単純なものではなかった。エースになるというのは、そんな簡単なものではないのだ。

 

 

―――――エース、その称号は、なるものじゃない。

 

 

『第2球―――――』

 

 

 

ドゴォォォォォンッッッ!!!!!

 

 

長田、低めに決まったストレートに手が出ない。轟音とともに低めに決まったストレートは、先ほどの威力そのままに、今度はコースに入ってきたのだ。

 

 

『ストライク~~~!! これも154キロ!! マウンドの降谷、一転して球威がかなり上がっています!!』

 

 

『明らかにギアを上げてきましたね。』

 

 

 

―――――打たせない。

 

降谷はかつてない手ごたえを感じていた。全身がまるで軽く、今は自分が明らかに集中していると自覚できる。

 

 

思うがまま、思う通りの投球が今ならできる。

 

自分が理想とする投球が、一投を実現できる強い確信があった。

 

 

続く3球目もストレート。これは154キロのストレートが高めに浮いたが、長田はこれに掠ることもなく空振り。2ストライクと追い込むことができた。

 

 

『これも154キロ!! ピンチの場面で覚醒しています、マウンドの降谷!』

 

『神宮の表示であっても、ここまでのスピードが計測されるということは、それだけのボールを投げ込んでいるんでしょうね。ここから見ても、相当手元で伸びているのがわかるくらいに』

 

 

 

――――――そして、最後の詰め

 

自分は詰めが甘い。それを自覚しているからこそ、降谷は肩をわずかに上下させた。力むなというのが難しい局面。しかしそれでも如何にして力みを少なくするか、その努力、行動がその確率を下げ、投球への集中度を増す大切なものであることを自覚する降谷。

 

 

油断も、慢心も、甘さも存在しない。それでも降谷は完全にそれをなしたとは思わない。

 

 

その心が、甘さを生むことを知っている。

 

 

 

片鱗を見せる降谷に勢いがある。誰もがそう思う中、ある男だけは警戒を緩めていなかった。

 

 

それは、降谷のボールを受ける御幸である。

 

 

 

 

ここにきて御幸はうれしい誤算と一抹の迷いを感じていたのだ。

 

 

――――今までにないほどストレートが伸びている。このままストレートで押すか?

 

 

しかし、相手は明らかにストレートを狙ってきている。ここまでまともに掠らせていない降谷のギアを入れたストレートだが、この大ピンチでポンポン投げるのは難しい選択である。

 

 

マウンドで自分を凝視している降谷が目に映る。

 

 

「――――――――――――」

 

自分のサインを待っている。集中した表情で、御幸のリードを待っているのだ。

 

 

―――――今、勢いを曲げることこそ、こいつの集中力を削ぐことになる。

 

賽は投げられた。

 

 

 

 

 

高めの速球でねじ伏せろ

 

 

 

 

降谷はそのサインに頷き、セットポジションで構える。

 

 

 

『さぁ、勝負の4球目!!!』

 

 

一方、長田は降谷、御幸の様子を見て一段と確信していた。

 

 

―――――ここまで球威がきている状況。勢いを殺すことだけは避けたいはず。

 

 

もし、これが大塚なら変化球もあり得る状況。彼は豪速球と変化球のコンビネーションを駆使できる、高校野球でも稀有な存在。

 

 

もし、沢村ならばチェンジアップとスライダーという選択肢が、何の躊躇いもなく入ってくる。

 

 

しかし、もともと制球に不安がある降谷の急な覚醒。変に変化球を入れた場合、縦の変化球しかもっていない彼は、ワイルドピッチの危険もありうるのだ。

 

 

そこまでのリスクを、この捕手が背負えるのか。ストレートの状態を一番感じている彼が、そうするのか。

 

 

 

 

 

 

カキぃぃぃンッッ!!

 

 

完全に詰まらされた打球がショートへと転がる。しかし、降谷の球威に押されたのか、勢いを感じさせない、ぼてぼてのゴロでもあった。

 

 

「くっ!!」

 

前進守備とはいえ、こうも勢いがなければ沖田も苦い表情をする。さらに転がった打球方向も二遊間。

 

 

 

 

そして、成孔はこの一投を勝負と見極めたのか、三塁ランナーの走者がスタートしていたのだ。

 

 

三塁ランナー枡はもうホーム近くにまで進まれてしまっていた。そして、2塁ランナーの山下は自重していた。

 

 

―――――仕方ねぇ!!

 

今から本塁に投げても間に合わない。ランナーなしでもややきわどい打球。二塁をさせるとは考えていなかったが、傷口を広げないためにも一塁への送球を決断する。

 

 

『成孔!! 内野ゴロの間に1点を返します!! 球威に押されましたが、それが幸いしたか!!』

 

『完全に内野ゴロを狙っていましたね。しかし予想以上の球威でああいう打球になった、ということでしょう。しかし、これで1点差。青道が攻撃で流れを失っている中、こういう地味な得点は嫌でしょうねぇ』

 

 

――――――ヒットを打たれていないとはいえ、いやな失点だな

 

二塁三塁の場面で、縦の変化球がどうなるかわからない以上、変化球を要求しづらかった。

 

 

そう、今の降谷は“計算ができなかったのだ”。ギアを入れた時のフォームと、制球重視は違う。

 

フォームこそ変わらないが、そのバランスは変わってくる。

 

 

御幸は、そのリスクを背負うことができなかった。

 

その後、一時的にマウンドへと駆け寄る御幸。

 

「ボールは悪くない。ストレート待ちの相手をねじ伏せられている。アウトを一つとれただけでも儲けもの。今の場面は、完全に俺たちにアウェーだったからな」

 

「はい」

 

 

「相手もこれで相当ストレートを意識するはずだ。次は変化球から入るぞ」

 

 

「わかりました」

 

簡潔な返答。今の降谷は投球に集中しているのか、目に燃えるものを感じさせる。

 

御幸も闘志に曇りがないのを確認し、マウンドを後にする。

 

 

「―――――――――――――」

 

マウンドに一人残る降谷は、先ほどの配球について考えていた。

 

御幸先輩は、どうして変化球を要求しなかったのだろう、と。

 

確かに、ストレートにかなりの手ごたえを感じていた。ストレートで押していけると考えていたし、ストレートで4番打者を詰まらせることができた。

 

 

しかし、そこに変化球が加わるとどうなるのか。

 

自分には空振りを奪う変化球と打たせて取る変化球がある。この場面で空振りを奪うことが出来たら――――――

 

 

「ストラィィクッッ!!」

 

5番玉木を迎え、何の問題もなくSFFでカウントを奪う青道バッテリー。要求通りのコースに決まった変化球を見て、御幸の目が鋭くなる。

 

――――――読み違えたか――――

 

だが、すぐに切り替える。降谷がこのフォームで問題なく変化球を投げられるなら、今日の所はある程度計算が整う。

 

その後、変化球を2球続けたバッテリー。そして、同じようなコースに空振りを奪われて凡退する玉木を取って切る。

 

6番西島には一転して外のストレートで追い込み、最後はワンバウンドのチェンジアップで空振り三振を奪い、何とか成孔の攻撃を終了させる降谷だが、やはり失点を気にしていた。

 

 

――――――さっきの失点で、一点差

 

 

これ以上は点を取られるわけにはいかない。チームを背負って、投手陣を背負って、マウンドに立っているのだ。これ以上無様な姿は見せられない。

 

もしくは、このイニングで点を取る。

 

 

 

 

8番金丸は、先ほどの守備が終わった直後、降谷が悔しそうな顔をしながらマウンドを去る姿を見ていた。

 

――――何とか点を取ってやらねぇと。ここは俺がまず塁に出なきゃ話にならねぇ

 

下位打線とはいえ、繋げば小湊、沖田にまで回るかもしれない。

 

 

 

 

 

中盤で1点差のスリリングな試合。降谷はおそらく、長くて後2イニングまで。そんな状態で後のマウンドを託す。

 

そんなことを簡単にうなずける男ではないというのは理解している。

 

――――俺らが、降谷のために頑張らねぇといけねぇだろっ!!

 

 

もうイメージはできている。縦には緩いチェンジアップがあるとはいえ、大塚のそれとは雲泥の差。精度も見る限り、ここまで温存するほど完全ではない。

 

 

もし、この球種が万全であるならば、最も効果的な局面で使うはずだ。

 

 

1点差に詰め寄り、突き離されたくない状況で、出し惜しみは出来ないだろう。

 

 

だとするならば、狙うは外のスライダーをライト方向に打つことだろう。この球種が序盤の終わりから中盤まで多投されている。

 

 

しかし、唐突にその思考を中断させられる事態が起こる。

 

 

『成孔学園、選手の交代をお知らせします。』

 

 

「「!!!」」

ここで、大塚と沖田が身構える。渡辺先輩からは聞いていたが、ここで出てくるかと、二人は同じことを考えた。

 

 

『ピッチャーの小島君がセンター。センターの城島君に代わって、ピッチャー、小川君』

 

 

成孔学園はここで巨漢左腕、小川を投入してきたのだ。青道もここで彼の調子が不調ならばと考えているが、ブルペンで成孔も彼の調子を見ていたのだろう。

 

 

ここで投入するということは、マウンドの小島よりも最適だと判断したからこそ。

 

――――確か、スクリュー使いのサウスポー。ストレートの球速は147キロが最速。降谷と並ぶ、原石の剛速球投手。

 

大塚はその鋭い目で小川を凝視する。

 

 

大柄な体格は、降谷以上。上背の高さならば、悠々と大塚が追い抜いているが、その筋肉の比率は大塚以上のものだろう。

 

大塚ほど角度はないものの、それでも並の投手ではない。

 

 

『ここで成孔は投手交代!! 左の小川にマウンドを託します』

 

『彼のストレートは東京でも屈指の威力を誇りますからね。これがコースに決まると、前に飛ぶのが難しくなりますよ。荒々しさもありますが、なんとも魅力的な投手ですからね』

 

 

その投球練習、投手交代に舌打ちをする金丸。

 

 

――――ちぃ、ここでスイッチかよ。右打席の俺に当てるとはいい度胸だなぁ!!

 

 

打席に向かう金丸は青筋を浮かべつつも、

 

 

―――――おっと、ここで冷静にならなきゃ、打球も上がらねぇ。

 

深呼吸をし、一礼してからバットを構える。

 

 

 

マウンドの小川は、枡から言われたことを思い出す。

 

「1点差の中盤で出てきた意味、分かってんだろうな?」

 

「うっす。投球で流れを呼び込んで、勝ちを引き寄せるっす」

マイペースな口調で、枡の問う意味を理解する小川。能天気そうに見えて、意外と頭はよく動く。

 

「――――――(本当にわかってんのか、理解が早すぎて怖ぇんだが)要求通りに全部行くとは思ってねぇ。力まず、焦らず、ボールの圧力でねじ伏せるぞ、ツネ」

 

 

 

 

 

 

場面は進み、8番金丸との勝負。右打者にとって、左投手はやや分が悪いといわれている。

 

 

が、小川には右打者にとって、逃げながら落ちるスクリューがある。

 

 

金丸は、打席から見た小川の威圧感に目を細める。

 

――――――降谷や大塚並の存在感。これが怪物ってやつらかよ

 

 

その初球がいきなり金丸の胸元にえぐりこむ。

 

 

轟音とともにミットに突き刺さる音、見たこともない角度から放たれたボールの軌道、

 

 

その初球に彼は圧倒された。

 

「ッ!!!」

思わず打席から退いてしまう金丸。

 

 

「ストライィィクッッ!!」

 

 

球速表示はいきなりの146キロ。左の部類では桁違いのスピード。彼は大塚たちと同じ一年生なのだ。

 

 

―――――な、なんだ。こいつの球。

 

初見とは言え、無様な姿を晒し、まったく打ちに行くことができなかった。

 

 

――――クロスファイアーなんて比じゃねぇぞ……

 

沢村のクロスファイアー以上の圧力。ボールの圧力が降谷と同等ほどにあるのだ。

 

 

むしろ、左のほうが体感的に速いといわれるので、球速が降谷ほどではなくても、その脅威は彼に全く引けを取らない。

 

2球目もインコース。しかし高めのボール球。

 

「!!」

 

ボールの圧力に押し負け、そして冷静さを破壊された金丸が手を出すが掠らない。

 

 

―――――この化け物めッ

 

 

 

その様子を見ていた枡は。

 

 

―――――すべてストレート。ねじ伏せるぞ、ツネ

 

 

―――――うっす

 

 

 

小物程度に変化球を出すまでもない。ここは相手打者の金丸を最大限利用し、

 

 

 

ドゴォォォォォンッッッ!!!!!

 

 

「―――――――っ」

 

目を思わず伏せる金丸。最後はアウトコースのストレートに自分のスイングをできずに空振り三振。

 

角度と球威のあるストレートの前に完敗を喫し、打席を去る金丸。

 

 

 

枡はこの打席の勝負を青道に見せたかった。この僅差の場面で彼らにプレッシャーをかけることに全力を尽くしていたのだ。

 

 

――――――ツネの圧力を見せつけ、青道に攻守でプレッシャーをかける。

 

 

成孔にとって、金丸はその絶好の的だったのだ。

 

 

続く降谷もストレートのボール球に空振り三振。自身の投げる球と戦っているかのような感覚に、さすがの彼も冷や汗をかいた。

 

―――――まるで、自分のボールと戦っているよう…

 

 

そして思い知る。この投手から連打は生まれにくいと。

 

 

―――――これ以上奪われるわけにはいかない。

 

その思いが強くなる。それも、枡の、成孔のねらい目だった。

 

 

 

 

 

この下位打線から始まる場面であえてスイッチした理由。

 

男鹿監督の判断もそうだが、一番プレッシャーを与えたい相手と、一番力を見せつけることができる相手がいたからこそ、小川というカードを切ることを判断したのだ。

 

 

 

そして、これは終盤の場面で必ず影響があると踏んでいた。

 

 

男鹿はベンチに座るある男を凝視する。

 

 

―――――大塚栄治、やはりまだ動じないか。

 

 

その男は小川の球威に驚いてはいたが、プレッシャーを感じているように見えなかった。それが少し残念である一方、

 

 

―――――隣の男はなぜ目を輝かせているんだ――――

 

隣の男、沖田道広。血が滾っているかのように、目を輝かせてバットを持っていたのだ。

 

 

続く東条に対しては初めて見せるこのボールが威力を見せつける。

 

 

 

―――――これが、小川のスクリュー!

 

 

「ストライィィクッッ!!」

 

外角に制球されたスクリューボールに空振りを奪われる。初見とは言え、あの東条が低めのボールに掠ることができなかったのだ。

 

 

―――――圧倒しろ、ツネ!! お前の熱意は、あの夏から―――――ッ

 

 

 

「っ」

小川の目に訴えかける枡の鋭い瞳。それを感じないほど、彼は愚鈍ではない。

 

 

――――――アンパンマン。

 

彼の歌は、自分に勇気を与えてくれた。

 

 

傷ついても、負けても、それでも必ず立ち上がる。這い上がる。

 

 

自分が諦めない限り、戦いはまだ続く。

 

 

――――――っ! っ~~~~♪

 

彼のフレーズが脳裏に響く。

 

 

「ストライクツーッ!!」

 

 

東条が外角のストレートに空振りを奪われる。スクリューを見せられた後の速球。コースに決められたボールに彼も相手にならない。

 

―――――左投手の降谷君、あまりにも出鱈目過ぎる

 

 

 

「!?」

 

そして最後の詰め。小川は迷うことなく東条のインコースをえぐりこんできた。

 

 

「ぼ、ボール!!!」

 

 

コースは外れたものの、完全に青道の打線を圧倒している小川。一イニングとはいえ、ここまで青道打線を沈黙させた一年生投手が東京にいただろうか。

 

 

彼の存在感は、横浦高校の1年生コンビに通ずるものがあった。

 

 

 

「ストライィィクッ!!! バッターアウト!!」

 

 

切り込み隊長の東条も軽くひねられ、三振。この回の小川は、青道のバッター陣に、掠ることすら許さない。

 

 

鬼気迫る表情で投げ込む、巨漢の投手小川常松。

 

 

 

 

この投球によって次のイニングから流れが変わることになる。

 

 

 

 

 

 



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第121話 剛腕の爪痕

予想よりも早い投稿です


小川の登板から明らかに試合の流れが成孔に傾きかけていた。

 

下位打線とはいえ、青道の打者から三者連続三振を奪い、味方の援護を待つ小川は食い入るようにバッターボックスから降谷をにらんでいた。

 

 

青道の剛腕、怪物といわれた男、降谷暁。

 

レフトには、青道の天才といわれている大塚栄治。

 

ベンチには、準々決勝で完全試合を達成した沢村栄純。

 

甲子園で名をはせた自分と同じ1年生投手。

 

 

――――――西東京にとんでもないルーキーが現れた

 

夏の敗戦の経験を拭い去るために、ひたすらに体を苛め抜いていた時から、その噂は東京中に流れ出ていた。

 

 

絶対的エースが長らく不在だった青道の先陣を任されたのは、自分と同じルーキー左腕。

 

その次の試合には、春の都大会で復活をアピールした、かつて世代ナンバーワンだった男。

 

後ろには、彗星のごとく現れた剛腕。

 

 

自分が初戦敗退の憂き目にあっていたころ、彼はついに昨年王者の稲実すらねじ伏せた。

 

―――――自分がもう少しやれていれば

 

そんな思いが、そんな感情があふれ出ていた。

 

 

降谷は、鋭い眼光で小川相手に投げ込んでくる。

 

「ボールッ!!」

 

初球は落ちるボールを小川が冷静に見極める。枡の言う通り、この手の投手は見られるのが相当嫌いなタイプと見た。

 

まるで自分の欠点を見ているようで、嫌気もさしたが。

 

 

―――――この手の投手は狙い球ではなく、ゾーンで絞れ。

 

 

「ファウルボールッ!!!」

 

 

つづく高めの速球に振り負けず、打球は一塁線のわずか横。それも勢いのある打球が飛んでいく。

 

 

その光景を間近で見ていた前園は。

 

 

―――――おい、嘘やろ? 一振りで降谷のストレートに合わせおったぞ…

 

 

「―――――――」

 

自然体のまま打席に立つ小川。枡にはできる限り表情を見せるなと言われていた。

 

 

―――――何もリアクションをとるな。そういう顔は、いつもしてるだろ?

 

 

そのほうが、相手に圧力をかけられる。降谷は必ずお前の投球で焦りを感じているだろうと。ゆえに、今の降谷はストレートのコントロールが徐々に定まらなくなると。

 

 

 

――――――低めのボールには手を出さず、浮いてきた甘い球を振りぬけッ

 

 

ベンチにいる枡がそんなことを心の中でつぶやいていた矢先、

 

 

 

カキぃぃぃンッッッ!!!

 

 

痛烈な打球がセンター前へと突き進んでいく。沖田が食い下がり、その打球に追いつくかに見えたが、

 

 

「く、くそっ!!」

 

その打球にグローブを当てたものの、打球の勢いはさほど殺されず、センターのほうへと転がっていく。

 

 

「!!!」

 

降谷は初見でここまでストレートをはじき返された経験がなく、明らかに焦りの表情を浮かべていた。

 

――――――強い球を投げないと。あのミットに

 

 

『ノーアウトから小川がセンター前ヒットで出塁!! 前の回から投球で流れを呼び込んだ1年生左腕が成孔を勢いづかせるか!!』

 

『やっぱり怖いですねぇ。野球は。流れという不明瞭なものが、唐突にやってくるのですからね』

 

 

「うおぉぉ!!! ツネが打ったぞ!!」

 

「見えてるぞ!!」

 

「この回で一気に逆転するぞ!!」

 

 

成孔ナインの勢いががぜん上がってくる。この追い上げムードが高まる中、その流れを引き寄せた小川の出塁。

 

 

一方、片岡監督は

 

「川上と沢村をブルペンに入れて正解でしたね…」

太田部長のつぶやきが片岡監督に耳に入る。

 

 

「ああ。」

 

 

いやな感じはしていた。小川という左腕が出てきて流れが変わった。

 

 

1イニングとはいえ、青道の打者が次々と圧倒されていたのだ。元々当たりのなかった金丸、降谷は予想範囲内だった。

 

問題は、あの東条が初見とはいえ圧倒されたこと。

 

 

 

野球には流れがあり、あの小川には大塚とは違った何かを持っていると感じていた。

 

 

どんな勢いのあるボールが来るかわからない、計算の上をいくようなイメージ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「やばい奴が同地区に現れたな」

 

守備についていた沖田が、厳しい表情を浮かべていた。

 

 

沖田がそこまで言う存在なのだ。傍から見ても、あの選手は最も脅威になりうると。

 

 

「ストレートの球威だけなら、成瀬よりも上だぞ」

一塁塁上で吠えている小川を見て、警戒を強めていた。

 

恵まれた体格にパワー。投打で力を見せる彼は、流れを変える力がある。同じスクリュー使いの成瀬はそもそも流れを裂く存在だ。

 

 

ベクトルが違う。呼び込む小川に、渡さないことに長けている成瀬。同じポジションだが、タイプが違う。

 

 

 

 

 

――――あれで走ってこられると、怖いな。

 

 

あの体格を見て、沖田はある危険を予感していた。投打だけではなく、パワフルな走塁は勘弁してほしい。

 

 

 

 

本塁クロスプレーの恐れがある御幸だけではなく、こっちに突っ込まれたらたまらないな、と。

 

 

 

沖田の警戒した顔を見て、少しだけむっとしている人物もいた。

 

 

 

セカンドの春市は、小川に対してさほど警戒をしていなかったのだ。

 

 

 

「まあ、あの体格で成瀬に負けてたら、体格詐欺だし。スクリューの精度は成瀬君に軍配だけどね」

対戦経験自体はないけど、と付け加える春市。

 

映像だけでもわかる、あの特異性は成瀬の強み。打席に立っていなくても一級品だとわかった。

 

 

ここにはいない、光陵のエースを引き合いに出す沖田に、総合力で成瀬の優位は変わらないと断言する春市。

 

 

春市は映像だけとはいえ、成瀬のスクリューを見ていたからなのか、あまり脅威を感じていなかった。

 

 

―――――成瀬君の出し入れは一級品。ボール自体も一級品。

 

自在にソーンを覗ってくる成瀬ならまだしも、見逃せばボールになるならまだ何とかなる。

 

 

変化球の切れに圧倒された東条たちだが、それは初見だからこそ、2イニング目からは通用させない。

 

 

闘志を燃やす春市をよそに、戦況は怪しくなる。

 

 

 

 

 

続く8番レフト生田にバントの構えはない。

 

 

 

徹底して強気、徹底してフルスイング。この2巡目、ストレートに力みが生じ始めた降谷の甘い球を逃さない。

 

 

「!!!!」

 

 

鋭い金属音が左中間に飛んでいく。

 

 

『初球痛烈~~~!!!! 左中間ッ!!! 左中間~~~!!!』

 

打球はなおも勢いを殺さず、フェンス付近まで転がろうとしていた。

 

「!!!」

 

この回から突然甘い球、甘いコースが増えた。

 

捕手の御幸は小川の投球に煽られ自分を失い始めていた降谷に気付く。

 

 

 

 

 

レフト大塚が寸前のところで回り込んで捕球し、捕球と同時に体をひねりながらのレーザービーム。

 

 

その送球が三塁ベース付近の金丸のグローブに正確に収まりそして、

 

「えっ!?」

寸前まで三塁ベースを目指していた小川を刺すことに成功する。

 

 

三塁ベースを守っていた金丸は

 

 

――――迫力やばい。スライディングならやばかった

 

 

沖田同様圧力を感じていた。

 

 

 

 

 

しかし、これでまたしても一死二塁のピンチを迎えてしまう。

 

『大塚からの送球で小川を刺した~~~!!! レフト大塚のレーザービーム炸裂!! しかし成孔、7番小川から始まる下位打線でランナーをスコアリングポジションに進めます!!』

 

続く城田はそんな降谷の状況を見越し、積極的に打ちに来ない。

 

 

クサイ所以外は手を出すな。今の状況、この荒れ球投手にはみられるほうが幾分も嫌なはずだと。

 

男鹿監督は勝負に出ていた。ここで打ちに行くことも考えたが、そう簡単にブレてはいけない。

 

やるからにはとことん。やるからには徹底的に。

 

 

それを徹底してこそ、初めて策は効力を生む。

 

 

前の回に続く大ピンチに、降谷に明らかに力みの兆候が見られ始める。

 

 

『ボールツー!!! ストライクはいらない!! 苦しい投球が前の回から続く降谷!!』

 

『力んでいますね。成孔がきわどいボールを見逃して、それがすべて成功のいい方向に行っていますからね』

 

 

――――――またしても同じ状況。いや、前の回よりも状況は最悪だ

 

心中でまずいと感じていた御幸。この打者を歩かせるわけにはいかない。

 

 

上位打線に戻れば、切り込み隊長の枡が出てくる。ここで流れを切らなければ、致命傷につながりかねない。

 

 

 

 

――――――だが、置きにいったボールはもってのほか

 

「ボールスリー!!!」

 

 

速球の抑えが利かない。変化球も浮いてしまう。

 

 

ベース付近にボールが全く集まらない中、御幸にはどうしようもなかった。

 

 

「ボールフォア!!」

 

 

『フォアボールッ!! これで一死二塁一塁!! 打席は上位に戻り、枡が打席に向かいます!!』

 

 

ここでたまらず御幸がマウンドへと走る。

 

 

「力み過ぎだ。前の回の小川の投球に煽られたか?」

 

「――――――――」

 

何も言わない降谷。しかし、そのことを気にしている素振りから、無意識のうちに小川を意識していたのを自覚した。

 

 

「ここから3巡目。相手も勝負をかけている。ここが踏ん張りどころだぞ」

 

 

ここで、重要になってくるのはやはり、チェンジアップ。

 

枡への初球は捨ててもいい。チェンジアップで力みを抜けさせないと。ワンバウンドでもとめる、その覚悟が必要だった。

 

 

配球に関する打ち合わせを済ませ、マウンドを去る御幸は、ちらりと青道のブルペンのほうを見た。

 

そこではすでに川上と沢村がいつでもいけるといった表情で御幸に視線を向けていた。

 

――――この状況でそういう面ができるリリーフがいると、助かるけど――――

 

 

今は降谷だ。降谷がここを切り抜けられるかどうか。

 

まずは予定通り、外に外れるチェンジアップ。ボールも要求から少しずれたが、想定内だった。

 

 

『アウトコースボール! ストライクが入りません!!』

 

 

続いて、二塁へのけん制。刺せなくていい。今は降谷の力みを取ることが先決。

 

 

案の定、生田は素早くベースに戻る。刺すことはできないが、これで降谷の視野を広げることができた。

 

「―――――――――」

マウンドの降谷も少し落ち着きを取り戻したのか、力が抜けたいい送球を沖田に投げていた。

 

 

―――――ここで、ストレートがどこまでできるか。

 

ここで合わせるのがうまい打者だ。変化球が甘く入れば致命的。

 

 

一方の枡も、低めにボールはほぼ来ないと踏んでいた。

 

―――――落ち着きを若干取り戻したとはいえ、まだ付け入るスキはある。

 

2球目は高めの速球。打球が真後ろに飛ぶ。

 

「ファウルボールッ!!」

 

タイミングはあっている。あとはポイントだけ。枡は降谷ののど元に迫っていた。

 

――――もう一球ストレート。今度は外に

 

 

そして枡も、御幸の意図を読んでいた。

 

 

―――――早めに追い込みたいはず。なら外の速球を流すだけだ

 

 

『5回表、成孔一死二塁一塁のチャンス! マウンドの降谷、切り抜けられるか!? カウント1ボール1ストライクからの3球目!!』

 

 

 

外に構える御幸、寸前で踏み込みをかける枡。

 

 

 

 

降谷から放たれたのは、狙い通りの外の速球、ではなく

 

 

 

 

「「!!!!!」」

両者ともに意識していなかった、御幸にとっては最悪手、枡にとって幸運が舞い降りた一球。

 

 

 

 

――――――真ん中、高め――――――――――

 

 

 

 

カキィィィィンッッッッ!!!!!!!!

 

 

 

甘く入ったストレートを完ぺきに捕らえられた一撃が、ライト方向へと飛んでいく。

 

「!!!」

ライト東条が追いかけるも、打球は頭上を越えていく。

 

 

完全な失投、それがこの痛恨の一球になった。

 

 

『ライト頭上超える~~~~!!! セカンドランナー生田がホームに帰って同点~~~!!!』

 

 

続く一塁ランナーも打球を確認することなく一気に三塁ベースに迫る。

 

『三塁コーチャーが回した!! 回したッ!! 一塁ランナー城田の激走!! そのままホームを目指します!! 青道の守備はクッションボールの処理にもたついている!!!』

 

 

フェンス直撃の打球の処理に手間取ってしまった東条。跳ねているボールを取って素早く送球するも、城田がホームへと迫っているのが目に映る。

 

 

『逆転~~~~~~~!!!!!! 成孔の切り込み隊長枡!!! 値千金の!! 逆転、2点タイムリースリーベース~~~~~!!!』

 

 

「しゃぁあぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 

三塁ベース上でガッツポーズをしながら吠える枡。主将の一打でゲームをひっくり返した。

 

「―――――――降谷」

 

三塁手の金丸は、マウンドでスコアを呆然と眺める彼の姿を見ることしかできない。

 

 

 

今の彼でもわかる。この状況は、降谷には荷が重すぎる。

 

 

今の失投、今の逆転打がどれだけ重いものかをよく知っているからこそ、降谷にかかるダメージは大きい。

 

 

成孔ベンチから歓声が飛び交う。秋大会で青道相手にリードを奪ったのは、成孔が2校目。しかも、尚も一死三塁のチャンス。

 

 

ここにきて、青道にとって痛恨の一手が如実に表れる。

 

 

 

リリーフとして、大塚をすぐに使うことができない。

 

これほど早い回に大塚をマウンドに送ることになれば、明日の先発の計算が合わなくなる。勝ち進んだとしても、ロースコアの試合展開で大塚に疲労を残してしまうのは不安が勝る。

 

 

だからこそ、現状抑えの川上のロングリリーフしか打つ手がない。

 

 

沢村のリリーフなど、もってのほかだ。

 

 

まだ5回表。ここで川上にスイッチするには早過ぎる。

 

 

しかし、この続投が裏目に出る。

 

 

続く山下を内野フライに抑え込んだものの、これが青道ナイン、ひいては青道サイドの目を曇らせることになる。

 

これで二死三塁。続く3番小島の打球。

 

 

痛烈な打球の前に、三塁金丸のグローブからボールが弾かれてしまう。

 

「!!!」

 

慌ててボールを取りに行く金丸。そして、そんな彼をあざ笑うかのように三塁ランナー枡が陽動を繰り返す。

 

タイミング的にはすぐに投げればアウトにできたかもしれないケース。しかし、三塁ランナーの存在と、枡の揺さぶりによって、一塁に投げることすらできず、枡を刺すことすらできない。

 

 

『三塁強襲の内野安打で、チャンス広がります成孔!! ここで青道の内野陣が集まります』

 

 

「内野通常守備、外野は長打警戒。ここで相手は曲げる必要もないし、弱い打球が飛んでくることもほぼあり得ない。」

 

 

「バッター集中。抑えれば、1点差!」

 

「そうだ、打たせていこうぜ。俺のほうに飛んで来たら、確実に捕ってやる!」

 

二遊間が声をかけるも、降谷は黙って首を縦に振るだけ。

 

「―――――」

 

「せや、自慢の速球で今度もねじ伏せてやれ!!」

 

 

「――――はい」

先程の勝負を思い出し、はっとしたように返事をする降谷。

 

一同はそれを、ああ、落ち着きを取り戻したんだな、と考えた。

 

 

内野陣がそれぞれの守備位置に戻り、ボールを見つめる降谷だけが残される。

 

―――――できる、の?

 

 

先程のように、抑えられるのか?

 

 

 

 

 

 

 

『5回表、二死一塁三塁!! バッターは4番長田!! ここで食い止められるか、マウンドの降谷!!』

 

 

『初球大事ですよ。いやなヒットの後の初球。ここを狙ってきますよ』

 

 

注目の初球、

 

 

ドゴォォォンッッッ!!!

 

 

アウトローにストレートが決まる。球速は149キロ。力の抜けたいいフォームだった。

 

 

『アウトロー!!! ストレート決まる!!』

 

 

―――――気にするな、コースを絞る。まともにコマンドできねぇはずだ

 

長田はあまり動揺もせず、打席に立つだけだった。

 

 

難しい球に、無理をして手を出す場面ではない。二つまでストライクは捨てられる。

 

 

そして2球目―――――

 

 

青道の御幸は、ここでストレートを続けた。アウトローへの初球の入り方。同じ球をもう一度――――――

 

 

 

「ッッ!!!!!!」

 

その瞬間、長田の存在感が膨れ上がった。否、御幸にはどうしようもない悪寒がしたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

要求通りの外、しかし、先ほどよりもボールが高かった。

 

 

 

そのわずかな違いが、致命傷を決定づけた。

 

 

 

さきほどから何度も耳にする、怖い音をさせるスイング。そのスイングに、ついにボールが捉えられてしまったのだ。

 

 

「――――――あ」

 

センター方向へと飛んでいくボールを見て、降谷は思わず声を出す。

 

 

外野陣一歩も動けない。

 

 

 

「なっ――――――」

レフト大塚も、ここに来て初めて驚愕の表情を浮かべた。

 

 

『入ったぁぁぁぁぁぁ!!!! スリーランホームラン~~~~!!!! 成孔がここで夏の王者青道を突き放すっっ!!! 4番長田の貴重な、貴重な追加点~~~~!!!』

 

 

『いいスイングでしたねぇ。美しい放物線でしたよ。少し高かったですけど、あの球威に振り負けず、スタンド。しかもバックスクリーンですよ』

 

 

『5回表、ついに成孔強力打線が先発降谷を攻略!! この回一挙5点!!! 長打攻勢で突き放します!! スコアはこれで6対2!!』

 

呆然とするのは青道スタンド。降谷の球威が完全に打ち砕かれた一撃。青道の夏に続く甲子園出場が遠のく痛恨の被弾。

 

 

「降谷―――――」

これは誰の言葉だっただろうか。

 

 

 

思わず両ひざに手を置いてがっくりとしている彼の姿は、初めて見た。そして、そのまま動かない。

 

 

そんな彼の姿は、彼らのこの被弾の衝撃を体現するかのようだった。

 

 

 

そして5回裏に控えるは、あいさつ代わりの1イニングを披露した、サウスポー小川。

 

 

 

選抜への出場が至上命題の青道に、劣勢が襲い掛かる。

 

 

 




原作と違い、降谷がノックアウト。

投手として実力があっても、メンタル面での課題がありました。

まあ、降谷は横浦戦以外さほど苦労していないのが原因です。

打たれだしたら止まらない。なんだか妙に聞き慣れたフレーズなのが悲しい。



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第122話 電光石火

祝、ソソソ回避記念!!!

いやぁ、千賀君は強敵でした・・・・

さすが最後の大洋戦士!! ベテラン最高!!






スリーランホームランを被弾した降谷に、無情にも交代のコールが鳴り響く。

 

 

『片岡監督が出ます。投手交代です』

 

『序盤はよかったんですけどねぇ。中盤に入ると突然崩れてしまったのは残念ですね。』

 

マウンドを後にする降谷が目を若干赤くしながら川上にあとを託す。

 

 

「――――――――すいません」

顔を伏せ、試合を壊してしまったこと、チームの期待に応えられなかったことを悔いる降谷。

 

 

「謝るなよ、降谷。負けてもないのに、縁起が悪いぞ」

川上はこの状況でも気持ちを切らせていなかった。むしろ、自分がやらねばという思いが強まった。

 

 

―――――俺の役目は、これ以上の得点を許さないこと。

 

 

 

――――――投球でリズムを手繰り寄せること。

 

一つ一つ、明確に、そしてシンプルに。命題を明確にし、集中を研ぎ澄ませる川上。

 

 

「――――――――」

内野陣が離れた後、川上は一人だけになったマウンドを見つめる。

 

 

 

 

夏の決勝、痛恨の被弾をしたからこそ分かる。ここは全員の思いを背負って立つ場所。

 

 

 

ここからは、川上が降谷の思いを背負って、マウンドに立つことが必要になる。

 

 

「――――――ノリ?」

一人だけまだ残っていた御幸は、川上がプレートを見つめるばかりだったので、たまらず声をかけた。

 

「―――――まさか、降谷があんなに崩れるなんて、思ってもなかったからさ」

咎めるつもりはなかった川上。むしろ、あの降谷がここまで崩れるとは正直考えていなかったのだ。

 

 

 

「っ―――――悪い。こんな展開、こんな早い回でお前を出すことになっちまった」

クローザーという役目を与えながら、このビハインドの場面で登板することになった川上に謝る御幸。

 

捕手としての責任を感じているのだろう。明らかに悔しい表情を浮かべていた。

 

 

 

「俺たちは青道投手陣。誰かの調子が悪い時は、ある。」

そんな御幸に対し、川上はなんでもなさそうにそう言い放つ。

 

 

 

 

 

「その時、お互いにカバーできるようにすればいいだろ。俺も、それに先輩だってそうだったろ?」

 

 

 

 

 

 

 

『ランナーいなくなりましたが、4点差ですか。青道にとっては厳しい場面でしょうね』

 

『小川君のように、この川上君が投球で流れを呼び込めるかどうか。そこが重要ですね。彼が止められなければほぼ命運が決してしまいますからね』

 

 

川上の初球。

 

ここでは左の玉木を相手にすることになる川上。サイドハンドには比較的分が悪い左相手に対し、完ぺきな投球を見せる。

 

5番玉木をあざ笑うかのように、川上は外のシンカーで空振りを2つ奪い、インコース低め、ボールに外れたストレートを見せた後の、

 

 

ズバァァァァンッッッ!!!

 

 

シュート回転するストレートがインコース、フロントドア気味に決まり、見逃し三振に切って取る。

 

 

これでひとまずはこの回の成孔の攻撃を終わらせる青道。

 

 

 

「―――――――――っ」

少し涙目の降谷が、戻ってくるナインを見つめていた。

 

 

―――――こんな顔させたまま、負けるわけにはいかない

 

残ったナイン、代わって入った川上は、決意を新たにする。

 

 

その後、沖田が降谷の前に来たが、やはりショックと責任を感じており、降谷を立ち直らせるには、この試合に勝つしかないと彼は考えた。

 

 

 

 

 

 

5回裏の攻撃直前、ベンチ前で円陣が組まれる。

 

「―――――あのスクリューの見極めが難しい。右打者は外の際どいボールは最悪カットし、甘い球が来るまで粘り強く、一人一人が攻めていくべきだろう」

 

「加えて、あのクロスファイアーは威力がある。ここは敢えて内寄りに立つのもありかもしれない」

 

制球にムラのあるタイプだ。少しでも揺さぶりをかけていくべきだろう。

 

 

ここまで劣勢ならば、死球を恐れずに攻めていくしかない。

 

 

ベンチにて戦況を眺める大塚は、小川の投球フォームを凝視していた。

 

「―――――――――」

 

「――――栄治? ああ、まあそうだな。いい投手だし、フォームも癖がない。厄介だ」

チームメイトの視線の先にいる小川に対し、沖田はかなり苦戦が予想されるとこぼす。

 

 

「うん、まあね。」

 

「スクリューとシンカーってどう違うんだっけ? いまいちわからん。成瀬の奴が自称していたけど、詳しくは教えてくれなかったしなぁ」

かつてのチームメイトも投げていた決め球。沖田には2つの球種の違いをあいまいに感じていた。

 

「一説には、シンカーはストレートに近い軌道から沈むという表現で、スクリューは逆カーブに近い軌道を描き、落ちていく、といわれているんだ。もしくはチェンジアップに近いかな。ただし、スクリューは回転を多くかけるから、厳密にいうとチェンジアップとは言い難いんだけどね」

 

「へぇ、って成瀬の野郎、高速スクリューが高速シンカーだったのかよ。そして遅いほうが大塚の表現通りスクリューなのかもな。」

憤る沖田。

 

「うーん、夏の甲子園の映像で見させてもらったけど、あれはスクリューだよ、どちらともね。一瞬浮き上がっているからスクリューだと思う。成瀬投手の高速スクリューはそれだけシンカーと誤認しやすいし、キレとスピード、制球もできている。」

 

 

そう言い切ると、大塚は神妙な顔で持論を展開する。

 

 

「うん。彼のスクリューは今まで見た左投手のどの球種よりも、空想に近いボールだよ。唯一無二といっていいほどの。今後、スライダーのレベルが上がれば苦労するし、彼はその課題を理解しているだろうしね」

 

成瀬への賛辞をいったん止める大塚。次は小川のスクリューについて話す。

 

 

「―――――だからこそ、今日の小川のスクリュー。キレこそあるけど、ほぼストライクからボールのコースになっている。」

それはそれで打者を釣れるからいいんだけど、と前置きしたうえで

 

 

「見逃せば大凡ボールというのが、この投手の弱点。」

如何に我慢できるかがポイントになる。大塚は春市と同じことを言っていた。

 

――――そいつが難しいんだが。まあ、大塚と春市はセンスの塊だしなぁ

 

 

沖田が天才共め、と苦笑いをするが、かまわず大塚は続ける。

 

 

 

「タイミングはあくまでストレート。ずれたらほぼボールといっていいだろうね。その時、いかに自分のスイングを制御できるかがポイントになると思う」

確かに制球されている。キレもいい。しかし、ストライクに入れるような球ではない。

 

 

 

「栄治の話は分かった――――――まあ、やるだけやってみるさ」

だが、それなら出来そうだと考えた沖田。

 

そして気になることもあった。

 

 

 

 

「話は戻るが、逆カーブといっても目線やタイミングを外すようなボールには見えないぞ。アレは明らかに、打者を取りに来てるボールだ」

彼らのスクリューは、逆カーブのようなタイミングや目線を外すボールではなく、明らかに打者を仕留めることに特化した決め球だ。だからこそ、沖田は大塚の説明にいぶかしむ。

 

 

 

 

「まあ、利き腕の方向に曲がる変化球の性質上、余程故障を恐れない投げ方をしない限り、変化は小さいよ。」

投手目線で、変化量の増加は怪我のリスクにつながると言い放つ。

 

 

 

 

しかし、それをあえて前置きしながら成瀬の異常性を口にする。

 

 

 

 

 

「だからこそ、あそこまで投げられる、故障歴もない成瀬君が異常なんだ。あそこまでの変化球をノーリスクで投げられる。これは大変なことだよ」

 

 

 

 

 

 

5回裏、先頭の春市が打席に立つ。

 

しかし、ここは敢えて外の球に対応したかのような立ち位置。クロスファイアーの格好の的。

 

 

――――――初球の入り。そこで敢えて表情を変えずに。

 

春市としては、この枡という捕手が只者ではないことはわかっている。

 

敢えて、ここはセオリー通り外の球に対応する。

 

―――――曲者の2番打者、か。こういう単調な読み合いに持ち込んでくる辺り、

 

とてもやりづらい。

 

 

どっちだ。どっちを狙っている?

 

 

 

枡は球威で押し切る判断をした。切り込み隊長の東条に対し、スクリューを織り交ぜて抑え込んだのだ。今日の小川は調子がいい。

 

 

――――――読み合いは俺の勝ちだ

 

木製独特の乾いた音ともに、センターから右への意識を明確にした、右打ちが功を奏す。さらに、踏み込んだスイングであったため

 

 

『ライト線~~~!!!! 落ちるっ!!』

 

『球威に逆らわず、初球から良い入り方をしましたね』

 

 

打たれた小川は、春市のヒットに驚きを隠せない。

 

―――――なんだよ、なんであんなに簡単に打つんだよ

 

あっさりと初球から振ってきた。そしてあっさりとヒットにする同学年の選手に

 

――――もう、打たせない。

 

 

「後続を切ってくぞ、ツネ!」

 

多少心が僅かに乱れ始めているように感じた枡は小川に声をかける。

 

―――――2つストライク取られてもいいと、開き直られたか。ツネも少し動揺しているし

 

このままではだめだ。

 

 

しかし、青道の攻撃力に対して打つ手が思いつかない。

 

 

 

 

 

 

青道も負けじと先頭打者が長打で出塁。

 

 

続くは今日2打席連続ヒットの沖田。

 

 

「―――――――――――――――――」

怖いぐらい静かな沖田が打席に入る。直前までは獰猛な笑みを浮かべるなど、表情豊かだったはずだが、打席に入る彼は何か雰囲気が違う。

 

 

 

―――――ごめん。試合を作れなかった

 

 

ベンチでやや目を腫らしながら、それでも目を背けない彼の姿を見てしまえばこうなる。

 

 

―――――フォローしてこそ、チームワークだよな

 

自分たちはここで終わるわけにはいかない。

 

 

打ち気に逸る沖田。しかし、小川、枡のバッテリーもこんな危険な人物と勝負をするわけにはいかないと考えていた。

 

 

―――――まっさん。同学年っすよ。だめっすか?

 

同学年相手にヒットを打たれ、血の気がたまってきた小川は、くさいところを突くにとどまる枡の配球に不満を漏らす。

 

 

―――――今日のこいつの調子を考えたら、やばい。でかいのを食らうわけにはいかねぇ

 

しかも、基本的に沖田は左投手相手に相性がいいのだ。好投手の左投手を多く打っているというのは無論わかっている。

 

スクリューだけしかない小川でどこまでやれるか。

 

夏の覇者光南の柿崎から長打を含む複数安打の男だ。悔しいが、小川と彼では格が違いすぎる。

 

 

 

「―――――――――――」

 

インサイドを厳しく攻められ、クサイところを突くだけに徹する成孔バッテリーに不満顔の沖田。

 

 

ツーツーピッチからの7球目―――――

 

「!?」

顔付近のボールに思わずのけ反った沖田。厳しく攻められるのは覚悟していたが、

 

 

―――――あっぶねぇ、こいつ、当ててもいいとか思ってないよな?

 

少し苦笑いの沖田。マウンドの小川はマウンドで悔しがる仕草を見せる。

 

 

―――――キャッチャーも外寄り、御幸先輩勝負か……

 

 

多少ボール球も打ちにいったが上手くいかず、フルカウントから最後は大きく外に外されたのだ。

 

――――くっ、今日の試合、ソロホームラン打っただけじゃないか、俺……

 

 

彼のフラストレーションはたまる一方だ。一応、全打席出塁だが、沖田は満足していないようだ。

 

 

 

 

しかし、フラストレーションがたまっているのは沖田だけではない。

 

 

―――――そうか、沖田を歩かせても後続を抑えたら問題ない? まあ、道理だよな?

 

ニヤニヤしながら打席に立つ御幸。当然心中は穏やかではなかった。

 

 

―――――舐めるなよ、ルーキー。

 

 

御幸は、沖田と大塚の会話を横で聞いていた。

 

 

―――――確かに、東条を仕留めたボールも見逃せばボール。

 

「ボールッ!!」

 

左打者のインロー。自信がなければ投げ込めないコースだが、右打者のアウトローでもあるこのコースにスクリューが集中している。

 

――――スクリューはこのコースだけ。外の見極めが重要になるな

 

 

「――――――」

そして、低めの変化球を見逃され続ければ、ストレート主体のリードに切り替わってくる。

 

 

それをチームで徹底できるか。

 

 

「ボールツー!!」

 

『外のストレート外れる!! ストライクはいりません』

 

 

『アウトローにボールが決まらないと、厳しいですよね。4番打者に甘く入るくらいなら、ボールでもいいかもしれませんが、次の打者へのプレッシャーもあるでしょう』

 

そう、次の打席には大塚がいる。それが小川と枡のバッテリーから余裕を奪っているのだ。

 

 

 

しかし続く3球目

 

 

鋭い金属音を響かせ、一二塁間を抜けるかと思われた打球。

 

 

『セカンド~~!! ああっと、小湊が飛び出している~~~~!!』

 

 

セカンドのダイビングキャッチ。ライナー性の当たりに食らいつく成孔の守備。一塁ランナー沖田が頭から戻るも、春市がまたしてもボーンヘッド。

 

流れが悪い。これでツーアウト一塁となり、ここで5番大塚に打席が回る。

 

『さぁ、4点差を追う5回裏、ツーアウト一塁で大塚がどんな打撃を見せるのか』

 

『苦しい展開ですが、大塚君個人には楽な場面ではあるんですよね』

 

『と、言いますと?』

 

『ツーアウト一塁、これはある意味一番楽に入れる状況でもあるんです。これが二塁だとランナーを返さないといけない、相手は歩かせることも視野に入れることができる。いろいろバッテリーに選択肢がありますからね』

 

『というと、この状況は純粋に勝負以外ではアウトカウントが変動しない、大塚君のバッティングと小川君の投球の勝負になるということですね』

 

『はい、ですので必然的にストライクが増えると思いますよ。ここで歩かせるのも手ですが、それを意図してやると流れが傾きかねませんからね』

 

 

――――初球はボールのインコースでいい。徹底しよう

 

 

枡は、まともにストライクを投げる必要はないと考えていた。

 

この4点差で相手も多少は強引な打撃をしてくるはず。

 

インコースのボール球。強打者相手にはいかにインコースをうまく活用するかがポイントになる。

 

 

枡が内に寄る。

 

――――簡単に勝負できる相手じゃない。けど、初球から逃げると投球にも影響する。

 

沖田に対してもだが、インコースを強く意識させる配球で、手を出してくれれば儲けもの。枡はそう考えていた。

 

 

 

ランナーなしの時ならば迷わず歩かせる判断ができる。しかし、後ろの白洲も本来なら堅実な打者。今日は当たりが出ていないが、油断のできない相手だ。

 

迂闊にランナーを進めてしまうのは愚策以外の何物でもない。

 

 

しかし、沖田にはそれをしなければならないほどの実力と実績があった。対して大塚は、実力こそ警戒されているが、まだ実績が不十分。

 

枡は勝負を選ぶ。

 

 

 

 

 

―――――この状況、外に届く僕のことを考えるなら、インコースのボール、もしくは沖田の足を警戒して外す、ぐらいはしそうだね

 

外のボール球、もしくはインコースの際どいコース。

 

――――僕が見たいのはスクリューの球だけど、それは御幸先輩や沖田の打席で見させてもらった

 

 

ゆえに、自分の中にあったもやもやはすでに解消されている。

 

――――本人たちが気付いているかどうかはわからないけど、スクリューの時はわずかに腕が内寄りになっている。

 

わずかな違和感、わずかな違い。

 

恐らく、球場にいるほとんどの人間が気付かない僅かな違いに気づく大塚。おそらく口で表現してもほかの人間ならば判別することこそできないだろう。

 

内に捻る動作をする以上、ストレートとわずかに違う腕の振り方になる。渡辺先輩も何か引っかかっていたに違いないが、ボールに回転をかける動作の分、ストレートよりも腕の振りが僅かに遅く、角度がより上がっているようにも感じなくはない。

 

高校レベル、プロの二軍クラスならばおそらく見極めは困難。初見で気づくなどありえない。

 

 

大塚も感覚、センスでそこまで至ったが、打席に入るまで確信できなかった。

 

 

大塚は、父親との幼少の頃の思い出を想起する。

 

 

それは、大塚栄治の観察眼を築き上げた柱。培った記録。

 

 

 

 

 

――――ここの間違い探し、栄治は答えられるか?

 

 

――――うん、この人スライダーを曲げようと思っているね

 

――――大きい変化は確かに魅力的だけど、変化球の神髄は、如何にストレートだと思わせるか。だよね、父さん

 

 

――――なんでこの子はこんなことを言えるのかなぁ。俺のせいか。

 

頭を思わず抱える和正。遊び半分にメジャーの試合を見せすぎたのが悪かったのか、と唸る。

 

 

 

アメリカのベースボールを間近で見ていた。膨大な選手のデータ、癖、傾向。

 

一流とそのほかの違い。メジャーに上がれる投手の共通点と上がれない投手の欠点。

 

――――だから、コントロールも悪いし、フォームで見極められている。

 

 

――――ここは、フォークの時にちょっと力み過ぎてる。腕の振りが速いけど、一目で分かったよ

 

 

野球に興味を持った栄治に対し、遊び半分で映像を見せた和正は、その目利きの良さに戦慄を覚えた。

 

 

――――普通、何回も見直さないとわからないんだが

 

 

 

「―――――――」

昔の思い出を唐突に思い出した大塚。

 

 

―――――父さんに比べれば、まだまだの眼力だけど。

 

まだまだできないこと、見分けがつかないものもあった。すべてのフォームを見分けられるわけではないのは重々承知している。

 

栄治の目で見分けられないフォームの違いを、父親は全て当てているのだから。まだまだ眼力の甘さを痛感する大塚。

 

 

 

――――――もう見えている、何を投げるかは

 

 

 

 

が、運の悪いことに、甘さを痛感している彼にとって、小川のフォームの違いは丸裸同然であった。

 

 

 

 

 

初球は完全なボールゾーン。きわどいが、誰の目から見てもボールとわかるコース。

 

「ボールッ!!」

 

初球は見送る大塚。降谷と同じムラのあるタイプであることから、チーム全体でボール球に迂闊に手を出さない、という指示は守る。

 

 

 

続く2球目はアウトロー。これが決まりワンストライク。

 

 

『内から一転、アウトロー!! コーナーを突く投球でストライクを奪います、成孔バッテリー!!』

 

 

――――反応はしたが、タイミングを明らかに図ってやがる。

 

枡も、じっくりとボールにアプローチする大塚に嫌な感じがした。

 

 

―――――うん、一打席目から長打を打つのは厳しいね。

 

 

大塚はそう判断した。

 

 

球質、伸び、どれをとっても今までの好投手と同じレベルにある。夏の甲子園では、まともにバットをふるうことが怪我によって難しく、打席数自体、あまりなかった。

 

成長した今の自分でも、いきなりこの投手から長打は望めない。

 

 

――――まあ、一塁にいるあのバカは、最初から打つ気満々だったみたいだけど

 

心の中で苦笑いする大塚。降谷の悔し涙であそこまでの威圧感を出せるなら、いつも出してほしいと投手目線で嘆息するものの、それがいかにも彼らしいと微笑ましく思える自分もいる。

 

 

3球目、沖田が動く。そして、大塚に与えられた監督からの指示は

 

 

―――――エンドラン、か。まあ、ストライクほしいカウントだけど

 

ここでボールに投げ込んでくるなら、大塚とは勝負をしない、際どいところを突くだけになるのは目に見えている。

 

 

それに、今はもうツーアウト。ライナーでも何ら問題はない。沖田の足ならば、単独でも二塁に間に合う可能性も高い。

 

 

大塚は、コース別に打つ方向を瞬時に決め、頭の中を整理してバットを構える。

 

 

そして、成孔が投げ込んできたのはやはり自信のあるボール、スクリュー。

 

 

アウトローから沈む、ストライクからボールになる変化球。並の打者ならば空振り、決め球に取っておきたいといえるボール。

 

 

しかし忘れるな。大塚栄治の手足は長く、手が伸び切った状態でそのコースにも悠々と届く。

 

 

 

―――――長打を意識したら、打てなかったよ。そのボールはね

 

 

鋭い金属音とともに、スクリューを軽打する大塚の打球が、右方向に飛んでいく。

 

 

「!!!!」

小川は、ここで冷静にチームバッティングをする大塚に驚愕する。さらに、体勢をやや崩しながらも、しっかりスクリューにミートするリーチの長さに舌打ちをせざるを得ない。

 

 

―――――なんで、そこに届くんだぁ…

 

 

打球は絶妙にも一塁手の頭上を越え、ライト線に落ちる長打コースにたどり着く。

 

 

 

打者走者の大塚は、一塁を回ると緩慢な曲がりで速度を落とさずに二塁へ殺到する。

 

 

「!!!!」

それを見ていた沢村が思わず立ち上がり、苦い顔をする。

 

――――大塚!? ベースランニングで荒さをだすなんて

 

 

明らかな走塁ミス、そう思えてならない大塚の走塁。おそらく、ほかの野手メンバーも大塚が打撃では冷静だったとしても、打った後にそれを失っているのではないかと訝しんでいるだろう。

 

 

「――――――」

そんな中、片岡監督、御幸、倉持は黙ったまま大塚の走塁を観察するように見ていた。

 

 

 

 

「―――――不味いッ!!」

枡は、沖田がスタートを切っていることに舌打ちをする。沖田が走ったということは、これはエンドラン。ツーアウトからのリスクなしの作戦。大塚が空振りして沖田が刺されても、次は大塚からの打順。大塚を歩かせる選択肢の成孔に、プレッシャーをかけることもできる。

 

 

沖田の足は、ライトに打球が落ちるころには二塁を回り、三塁にたどり着きそうな勢いだった。

 

 

『一塁ランナースタートぉぉ!! 打ったぁぁぁぁ、打球ライト線!! 落ちるっ!!』

 

 

『これはいくのか?』

 

 

ライトが打球を捕球する頃には、すでに沖田が三塁を回っていた。大塚も当然打球と守備の様子を見て、迷わず二塁へ向かっている。ツーベースは必至だろう。

 

 

「「っ!!??」」

しかし、二塁手玉木、遊撃手山下の目の前で、驚くべき事態が起きる。

 

 

 

 

 

 

 

 

『バッターランナー二塁蹴る!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暴走、蛮勇、無謀。このビハインドの場面であってはならない走塁ミスにつながりかねないギャンブル。

 

 

「「「!!!!」」」

これにはさすがの御幸たちも驚いていた。ほかのメンバーも、無謀といえる大塚の走塁にくぎ付けになる。

 

 

だが、大塚の走塁には明らかな特徴があった。

 

 

 

それに瞬時に気付いたのは、走塁、盗塁のスペシャリストの倉持。

 

 

―――――まじかよ。一塁を直線に走り、二塁には楕円形に近い走路でスピードを落とさないばかりか、さらにギアが上がってやがる!!

 

 

このリズムの走塁の時は迷わず、自分ならば三塁を果敢に挑む場面。

 

 

そして遅れて御幸と片岡監督も気づく。

 

 

―――――三塁を目指すときには、もうすでに―――――

 

 

 

二塁を回る大塚の姿は、成孔の二遊間にどう映ったのだろうか。

 

 

――――――三塁に行くスピード、半端じゃねぇ…

 

―――――同じ人間かよっ!? 意味が分からねぇ!!! なんだよこの化け物ッ!!

 

 

驚異的な走塁テクニックに、驚異的なストライドを武器に、大塚栄治はダイヤモンドを駆け抜ける。

 

 

しかも大塚は尚も加速を続けている。この走力、このスピードならば――――――

 

 

 

『一塁ランナーホームイン!!! 一点返す青道!!!』

 

 

『バッターランナー悠々と三塁に!!!! 4点差ビハインド、ツーアウト一塁の場面で、一年生コンビの攻撃的な走塁で1点を返します!!』

 

 

ライトからの好返球すら意味をなさず、大塚はすでに三塁ベースで止まっていた。しかも、スライディングの後にゆっくりと立ち上がる余裕すら作って見せた。

 

 

『一年生沖田をホームに返す、大塚のタイムリースリーベースでスコアを3対6にします、青道高校!! なおもツーアウト三塁のチャンスでバッターは白洲!!』

 

 

「うおぉぉぉ!!!! ギャンブルなはずだったのに、なんで悠々セーフなんだよ!!」

うれしそうにしている沢村だったが、なぜこんなことになっているのかがわからず、いらいらしていた。

 

「打球は完全にツーベースの当たりやった。なのに、大塚の奴はさも当然のように三塁に行きよった…」

前園も大塚の信じられない走塁に目を白黒させていた。

 

 

「まあ、大塚だしな。今更驚いても」

金丸はある意味落ち着いていた。

 

 

「――――――即実践で使うあたり、あいつやばすぎだろ。てか、いつあんな走塁を身につけた!?」

 

倉持が乾いた笑みを浮かべる。いつも彼の走塁を見ていたわけではない。だが、

 

 

狩場だけが神妙な顔をしながら心の中で、

 

――――夏あたりにはもうすでに出来上がっていたんだよなぁ。

 

怪我をしていなければ、夏の甲子園でお披露目もあっただろう。公式戦前の地獄の合宿、それに、明川学園戦でも少しだけ楕円形気味に走っていたのだ。

 

 

フォアボールで出塁した一塁ランナー時に、二塁ベースに向かう際だ。二塁ベースを踏んだ大塚は一気に三塁まで陥れたのだ。

 

敢えて二塁へ向かう時に楕円形に走り、三塁を陥れる際には直線に殺到し、明川学園の守備を置き去りにした。

 

その走塁が結果的に春市の犠牲フライにつながったのは、記憶にも新しい。

 

 

 

まあ、その時は誰も見ておらず、東条のヒットにくぎ付けになっていたが。

 

 

 

 

 

そして今回見せたこれは一塁を目指すときは直線、二塁へ向かう時はその加速を失わせず、無理に曲がろうとしない。二塁へ向かう際も加速し続ける。

 

最後に三塁を目指すために、二塁ベースを通過した時点で一気に直線に走り、走塁で相手にプレッシャーをかける常識外の走塁。

 

―――――効率、思いつき、良さそう、いろいろ考えた結果だよ。

 

 

本人の気軽な、子供の言葉かよ、と思える気楽発言からのこれである。

 

 

 

 

 

「ああ、まったくスピードを落とさず、成孔の守備を計算に入れ、打球の方向を理解した瞬間に判断しなければ、ああはできないだろう」

御幸も、規格外の打撃をしたばかりなのに、規格外の走塁を見せつけた大塚に、心の中で興奮を覚えずにはいられなかった。

 

 

―――――大塚の奴、自分が簡単に歩かされるとわかっているからこそ、この走塁でプレッシャーをかけたな!

 

これではもう、簡単に大塚を歩かせることもできない。そして、大塚の陰に隠れがちだが、沖田の走塁速度も無視できるものではない。

 

 

エンドランとはいえ、一塁にいて、ライトが数バウンドで捕球できる打球でホームに生還するスピードは、塁上でも沖田の脅威を再確認させる強烈なものとなっただろう。

 

 

 

興奮冷めやらぬ中、試合が再開される。続く打者は白洲。

 

―――――動揺しているときに畳みかける。流れが変わりつつある中でのファーストストライク。

 

 

無論、白洲の目論見通り2球目、外寄りの甘く入った速球がやってきた。

 

 

『三遊間~~~~!!!! 抜ける~~~!! 白洲がファーストストライクをきっちり狙い撃ち、追加点をもぎ取ります!! これで差は2点!! 4対6!!』

 

『三遊間空いていましたし、速球を引っ張るのではなく、センターから逆方向への軽打でヒットの確率を上げていましたね。ナイスバッティングです』

 

 

明らかに沖田と大塚の走塁で流れが変わってきている。前のイニングで圧巻の投球を見せた小川に襲い掛かる青道攻撃陣。

 

続く前園には当たりが出なかったが、逆転を許した直後のイニングで食らいつく青道の攻撃で、流れは完全にわからなくなった。

 

 

5回裏が終了し、スコアは6対4。成孔2点リードのまま、試合は終盤に。

 

 

追撃の機運を見せた5回裏を無駄にしないために、

 

 

「――――――頼もしいよな、こんなに援護してくれるんだから」

 

笑みとともに川上が次のイニングもマウンドに上がる。

 

 

 

1年生の陰になる気などない。2年生投手は昂っていた。

 

 

 

 

 




上書きはネタです、むかついた人がいたら謝ります。

けど、情念は抑え込めないんだ!!

タフなゲームだった(柴田使ってくれよぉぉ)

倉本選手も上向いているんで、悩みどころです。サードはプニキがいるし、ファーストは神助っ人・・・・セカンドはモップとピロヤス・・・・あとソロアーティスト



追記

中日強い、オリックス強い・・・・どうしたんだいったい・・・



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第123話 迫るもの

今回は難産でした。


※7月3日

神宮大会に白龍を出したいので、横浦の神宮出場がなくなりました。


その頃、他県では続々と秋季大会を制したライバルたちが神奈川と東京の動向を見ていた。

 

 

「西東京の青道がやっぱ勝ち上がってきたな」

光陵高校主将に就任した2年生木村琢磨が準決勝中の青道をワンセグテレビで観戦していた。

 

「当然、だって沖田と大塚がいるんだぜ! 選抜で対戦できたらいいなぁ!!」

来年には新2年生になる成瀬は、気心を知る相手とはいえ、主将相手にため口で青道との対戦を熱望し、騒いでいた。

 

「青道しか眼中になしかよ。達坊の悪い癖だ」

中軸につなぐ役目を任されている2年生山田鉄太郎は、青道しか眼中にないほど浮かれている彼を咎める。

 

「青道だけじゃないし!! 光南には借りを返さないと気が済まないっての!!」

柿崎に投げ負けたことをいまだに気にしている成瀬。痛いところを突かれ、サルの様にうるさい。

 

 

 

ムキーッ、と騒ぐ成瀬を宥めた後、

 

 

 

 

 

 

「けど、せっかく北海道遠征に行ってもつまんなかったし! むしろ、睨まれっぱなしで怖かったんだよ!」

成瀬は、北海道の目つきの悪い同年代の怪物投手に不平を言う。本人のいないところでは絶対に言えないだろうと、後輩の憤慨っぷりを黙って見守っている先輩たち。

 

 

 

 

成瀬は巨摩大藤巻高校との招待試合にて先発したのだが、8回を投げて無失点、8個の三振を奪い、完封勝利に貢献した。中軸も甲子園メンバーを中心に粘り強いバッティングで相手先発本郷を攻め立て、3点を奪う堅実な攻めを見せた。

 

「まあ、達坊はよく喧嘩を買いやすいが、あそこまで闘争心のあるやつはそうはいない。これから伸びてくるだろうし、選抜で大化けするかもな」

あんまりにも黙るのもよくないと感じた高須が、我慢できずに思っていることを述べる。

 

 

 

そう、2年生高須洋二は、彼を相手に2つの四球、ヒットを含む三度の出塁を達成していたが、潜在能力の高さは感じていたのだ。

 

 

「そんなことを言ったら、スピードの速いやつが凄いみたいな風潮じゃないですかぁ! どいつもこいつもスピード、スピードばっかり言いやがって! 俺だってそのうち伸びるし!」

 

成瀬が本郷の話をされると不機嫌になる。試合後のスカウトの大多数も本郷ばかり。投球成績的に自分が勝ったのに、彼が注目されるのは悔しかったのだ。

 

一方、成瀬を視察したのは地元の広島と楽天。他の訪れた3球団は本郷をマーク、さらには成瀬を視察していた2球団も、どちらかというと本郷寄りだった。

 

「まあ、何とかなるさ」

ぽつりと山田が言う。

 

最速143キロなのに、周りの同世代が化け物過ぎて目立たない成瀬を宥めるが、これは逆効果だったようだ。

 

「―――――選抜で、ニュー成瀬を見せてやるし!!」

 

 

 

 

『さぁ、ノーアウトランナー一塁で、打席には沖田!! さぁどういった―――』

 

ブチッ

 

 

「ああっ!! 電池がぁぁ!!!」

木村のワンセグのバッテリーが切れる。映像が消える。

 

ちょうど、沖田がランナーのいる場面で打席を迎えたところだった。

 

 

 

 

一方、前日に神奈川の秋季大会を圧倒的な成績で制した横浦高校。近年目立つようになってきた海堂高校という新興勢力との決勝戦。

 

これを横浦は圧倒し、10対1と叩きのめしたのだ。

 

 

準々決勝で紅海大相良相手にはコールドこそできなかったが、8対2と快勝。いまだ神奈川無敗伝説は継続したままだ。

 

 

「見たかったな、準決勝。」

練習中、ぽつりとつぶやく黒羽。

 

「それよりも、俺のスライダーはどうだ、金一」

2年生にして、今年はベンチ外だったエース、楠慎吾がボールの手ごたえを尋ねてくる。

 

「まあ、ケガ前よりも制球は安定していますね。無理に曲げようとするから肘を痛めるんです。握りと最低限の腕の振り方さえ意識すれば、勝手に球は曲がります」

 

今年の夏の甲子園で主戦投手として期待されていた楠だったが、春季大会後の練習中に肘の違和感を覚え、戦線離脱。復帰は秋までかかった。

 

 

秋季大会決勝で叩き出した最速147キロのストレートに加え、スライダー、シュート、カーブ、フォークの本格派。黒羽の指摘によって、制球が安定し、和田も「俺よりも安定しているし、いけるよ、お前ら」と太鼓判。

 

「けど、ノーワインドアップはなんか、こう」

 

「だめです。」

ぴしゃりと黒羽が一閃する。

 

「ワインドアップにしても、威力はさほど変わりません。無駄な動きが多すぎる先輩のフォーム改造。これでも譲歩したつもりなんですが」

ジト目で訴える黒羽。

 

「うっ、毒舌過ぎんぞ、この後輩」

 

「怪我をして後悔してほしくありませんから。俺もイニングを食える投手がこれ以上消えるとリードに苦労するんで」

 

 

「気にするな。畜生のほうが捕手は大成するというし。黒坊は年下だが、頼りになる捕手だからな」

新主将の多村が気落ちする楠にかけ寄る。

 

「まあ、諸星と辻原を見つけてきたのは凄いけどさ。即戦力だもんなぁ。ほかの奴らとは目の付け所が違うというか」

即戦力のルーキーをついでに連れてくる辺り、黒羽の眼力は侮れない。それに彼が来て半年が過ぎ、横浦投手陣の無駄なフォアボールが減ったのも事実。

 

「甘いですね、楠先輩。二人はスタミナがなさすぎです。光るものはありますが、まだまだ即戦力とは言い難いです。」

厳しい評価の黒羽。

 

「まあ、事実だしな。」

 

「容赦がなさすぎ」

同い年の諸星、辻原は苦笑い。

 

 

「まあ、青道のことは決勝が終わった後でもいいだろう。」

 

 

横浦は偵察班に青道の情報を任せ、主力組は選抜に向けてレベルアップに励んでいた。

 

 

 

 

 

場所は戻り、神宮球場。

 

 

「テンポもコントロールもいいっすね、先輩!」

 

 

 

マウンドに向かう川上を鼓舞する沖田。先輩の好投を裏表なしに賞賛する後輩の声援は特に響く。

 

――――ああいうやつが、内野にいると、すごい安心する。

 

 

「そういうお前は、ホームランを含む全打席出塁だけどな!」

内に秘めた本音を隠しつつ、軽口をたたく川上。

 

 

 

「いい所見せたいんですよ!! チームにも! あいつにも!!」

ニッと笑う沖田。リア充特有の今最高です、を地で行くような笑顔。

 

「――――なら、次のイニングは期待しかしないからな!!!」

 

――――こんなにも、こんなにも心強さを感じる内野手、贅沢だよなぁ

 

御幸のリードは勿論心強い。

 

しかし、彼は声が大きく、自分を鼓舞するばかりか、その守備力でピンチを刈り取ってくれる。

 

 

青道史上、最高のショートストップ。そんなことすら考えてしまう。

 

 

「川上先輩! まずは先頭を取っていきましょう!!」

 

 

「ええぞ!! ええぞ!! 快刀乱麻の投球やないか!!」

 

 

「震えるものを感じずにはいられませんよ!!」

 

そして、春市、前園、金丸もマウンドで戦う川上を鼓舞する。

 

 

 

最高の一押しを背中に感じる川上は、止まることを知らない。

 

 

 

6回表、追撃の狼煙を上げる青道野手陣の奮起に呼応する川上の投球は、成孔をまるで寄せ付けないものだった。

 

 

『リリーフの川上!! 4隅にボールをコントロールしています』

 

『イニングを跨ぎましたが、制球力はさらに良くなっていますね』

 

 

初球、外角のスライダーでまずカウントを奪われる西島。

 

 

――――ほぼ真横じゃねぇか!! 層が厚すぎだろ、青道!!

 

『インコース、ボール!! これもきわどい球!! 厳しく攻めます、マウンドの川上!!』

 

 

ナチュラルシュートするストレートを2球目で見せたことにより、ここで西島に迷いが出た。

 

 

ここで内角低めに落ちるシンカーにハーフスイング。

 

―――シンカー!? 夏とは比べ物にならないぞ!! データと違う!!

 

そして最後は、

 

 

『あっと、中途半端になってしまった!! 簡単に小湊が捌いてまず先頭打者を抑えます、マウンドの川上!!』

 

ここで右打者にはわずかに逃げるカットボールを際どいコースに投げ込み、打者のうち気を誘うリードでアウトを奪う青道バッテリー。

 

力のないスイングでバットに当たった打球に力はなく、小湊が難なく捌いて内野ゴロになり、青道に守備のリズムが生まれる。

 

 

 

続く7番小川に対しても、

 

『打ち上げた~~~!!! セカンド小湊が両手を上げる!!』

 

初球のインハイボール球のストレートを打ち上げる小川。外中心から一転、内角の見せ球に、思わず反応してしまう。

 

 

『とりました、ツーアウト!! マウンドの川上、テンポよく投げ込んでいます!!』

 

「調子いいでしょ、これ!! キレキレじゃないですか!!」

沖田が興奮気味に叫ぶ。

 

「ツーアウト、ツーアウト!!」

小湊も、川上の登板から青道の守備に落ち着きが訪れたことを感じる。

 

―――――投手に必要なのは、制球力と変化球、なのかも。

 

 

 

「ええやないか、ノリ!! このまま決めたれ!!!」

 

 

 

 

そして最後も、

 

 

『スライダー!!! 三振~~!! この回も川上がパーフェクトリリーフを見せます!! 2点ビハインドの青道、守備で流れを呼び込むか!?』

 

 

しかし負けず劣らず、小川も6回裏は投球を立て直し、先頭金丸を2打席連続三振に打ち取り、つづく川上にも見逃し三振。

 

東条もレフトフライに打ち取り、青道の攻撃を食い止める。これで東条は4打数無安打。この大一番で一番のブレーキとなってしまう。

 

「くそっ、ストレートに手を持っていかれた…」

悔しそうに呻く東条。

 

「ああ、確かにあのストレートはやべぇな。」

小川に圧倒されている金丸も、小川の速球に脅威を感じ、東条に同調する。

 

「だけど、ボールははっきりし始めている。次のイニングから隙がでかくなるかも」

守備の時間の直前、二人にそう話す大塚。リリーフ登板中心の影響なのか、投球テンポに変化が生じ始めていることを大塚は察していたのだ。

 

全力投球のリリーフとは違い、今回のそれはロングリリーフ。今までの調子で投げるわけにはいかないのだ。

 

そして、ロングリリーフの際に必ず投球に変化が出始める機会が来る。それは、5回という早いイニングからのスイッチにも起因している。

 

 

無論それは、川上にも言えることでもあるが、力投派でもない彼にはその影響があまりなかったのも事実だった。

 

 

スライダー中心の攻めで、ストレートとシンカーでコーナーを突く投球がうまくハマり、成孔にランナーを許さない投球を維持する川上。

 

 

 

7回表も、先頭の城田を外角ストレートで見逃し三振に打ち取る。

 

『手が出ない、三振!! 外角低めにコントロールされたストレートが決まります!!』

 

『川上君もさすがの制球力ですが、打者の反応を見極めた、御幸君のリードが光りますね』

 

 

 

ナチュラルシュートするストレートでバックドアを奪う川上。

 

 

 

技巧派の川上は、磨き上げてきた制球力で、成孔にバットをまともに振らせない。

 

これで、5回ツーアウトから登板し、毎回の奪三振。これで計3つの三振を奪う。

 

「あの川上がこんなに三振を取るなんて……」

太田部長も、大舞台で躍動する川上の姿に心を打たれていた。

 

「ああ。今は心技体すべてが整っているのだろう。問題はランナーを出した後の投球。」

一方、片岡監督は川上の投球をごく当たり前の指揮官の視点から見続けていた。

 

――――ランナーを出す気配すらないが、油断ならんな

 

上級生の安定した投球に、一抹の不安を抱えつつも見守る片岡監督。

 

 

 

「すごい、すべてのボールで際どいゾーンのボールの出し入れができているなんて」

ベンチにいるマネージャーの幸子は、投球に磨きがかかる同級生の投球に驚嘆していた。特に、すべてのボールで勝負できている点について、

 

―――――まるで、大塚君のようね。そういう投球

 

常日頃から、大塚と話し込む姿が見受けられていたのは公然の事実であり、川上自身も大塚を下級生としてではなく、一人の投手として話をしているといっていた。

 

そして大塚も、川上のメンツを傷つけないよう、丁寧な口調でピッチングについて語り合っていたことも知っている。

 

あの気弱なサイドハンドが、強心臓のサイドハンドになり、青道屈指のリリーフ、火消しになった。

 

無論先発だってこなせるのだが、先発の枠に大塚と沢村がいるので中々出番が来ない。しかしそれでも腐らず、焦らずに準備をしてきた。

 

 

その努力が実を結ぶ投球に、幸子は思う。

 

 

―――――下級生だけじゃないわよ、うちの投手陣は。

 

 

3本の矢だけで、勝ち進んだと思うな。後ろにいる川上がいてこその、青道投手陣だと。

 

 

続く左打者の枡には、逃げるシンカーが威力を発揮する。

 

 

―――――このシンカー、うちのツネといい勝負…

 

 

初球にカウントを奪われた枡。外角を見送った結果、ストライクのシンカーで先手を打たれてしまったのだ。

 

 

さらに――――

 

 

「!!」

先程と同じ外角、しかもより厳しいコースに投げ込んできたボールがよりキレのあるボールとなっていたのだ。

 

 

ストライクからボールになるシンカー。

 

 

『振らせた!! これでテンポよく追い込んだ川上!! テンポ良いですね。』

 

『ええ、自分の投球リズム、相手に考える暇を与えない。すべてがいい状況です』

 

 

―――――ここで、相手はボール3つ使える。何を投げてくる?

 

 

追い込まれた枡、追い込まれ方も最悪に近いが、それでも粘ろうと努力し、次のボールを考える。

 

 

ここで、川上は意図的にテンポを遅らせる。突然体の動作が緩慢になり、ゆっくりとプレートに足を置く。

 

 

―――――なんだ、何を投げに来る?

 

 

やってきたのはアウトハイの見せ球。ボール球だった。

 

 

「ボールッ!!」

 

 

―――――ストレートを見せ球にするのか? インコースもそろそろ来そうだな

 

枡も当然考える。無意識のうちにインコースを意識した足の動かし方をしてしまう。

 

御幸は、それを冷静に見ていた。

 

 

―――――ストレートの見せ球を見せた。川上のカットは本来左打者へのボール。

 

ゆえに枡は気づくだろう。インコースにカットボールを投げ込んでくるのではないかと、脳裏に突き刺さるだろう。

 

 

そして、枡からカウントを奪ったボールはいずれもシンカー。

 

 

両サイドを意識し、ストレートの印象が低下したこのシチュエーション。

 

 

2点ビハインド、次の攻撃は上位打線から。さらに流れがほしい。

 

 

御幸の要求は即決だった。そして、川上も特に驚いた反応もなく、無言でうなずく。

 

 

『さぁ、カウント1ボール2ストライクから4球目』

 

 

セットポジションからの繰り出されたボールに、会場が今日一番の盛り上がりを見せる。

 

 

乾いた小気味いいミットを鳴らせる音とともに、川上のボールが外角低めに決まる。

 

 

球種は勿論

 

 

『最後はストレートぉぉぉぉ!!!! 見逃し三振!!!! ツーアウト!! 見事な投球!!  川上の勢いが止まらない!! これで4つ目の三振を奪います!!』

 

そして続く2番山下もカットボールで打ち取る。あてにいったスイングで内野ゴロ。

 

球威に劣る川上が、強力豪快打線を制球力と変化球の切れで、その悉くを打ち破る。

 

 

 

 

大歓声に包まれる神宮球場。1年生投手陣の陰に隠れがちだった川上の名が一気に轟いた瞬間だった。

 

 

むしろ、易々と降谷を追い抜き、大塚や沢村と一気に肩を並べてしまいかねないほどの安定感。

 

 

「ノリさん、ナイスピー!!!」

 

「流れきてるよ!! 先輩の投球で!!」

 

二遊間からは称賛の声が、

 

 

「裏の攻撃で逆転できます、しますよ、みんな!!」

 

大塚は、次の攻撃に期待感を抱く。

 

 

「そろそろ、俺もチャンスで打たないとな。ゲッツーは話にならねぇ」

御幸は一番川上の調子の良さを感じ取れる場所にいたからこそ、なんとしてもこの回で勝負を決めたいと考えていた。

 

 

 

 

 

 

『さぁ、川上の投球で流れを呼び込んだ青道!! 先頭は今日マルチヒットの小湊!!』

 

 

明らかに雑念を感じ始めている小川は、制球が乱れ始めていた。

 

 

――――本当にはっきりしている。甘い球を逃さずスイングしよう

 

 

ボール先攻の苦しい投球。3球目に甘いスクリューが入り込んできた。

 

 

――――狙い球じゃないけど!!

 

 

乾いた音ともに三遊間を抜いていくヒットを放つ春市。

 

『引っ張ったぁぁぁ!!! レフトまえぇぇ!! 小湊今日はこれで3安打猛打賞!!』

 

 

『いいですねぇ、甘いボールを逃さず打つ。基本ができていると、いいヒットも出る確率が高いですからね』

 

続く、3番沖田。内野陣は深めの守備位置。

 

 

―――――落ち着けよ、沖田。

 

脳裏には、打席に向かう直前に言われた主将の言葉。

 

 

――――熱くなりすぎちまった。冷静に、コンパクトに

 

 

今は大きいのは必要ない。後ろにつなげることが一番できる方法を最優先に。

 

長打を捨てたわけではない。しかし、落ち着きを取り戻した沖田には、甘いストライクボールは厳禁。

 

 

明らかに息が上がり、苦しい表情の小川。対する沖田は打席に集中した姿。

 

 

初球はアウトコースに外れるストレート。制球が本格的に定まらなくなってきた。

 

 

―――――荒れているな。だが、はっきりしている。ゾーンに来たら振りぬくぞ

 

 

対する小川は、苦しい表情を浮かべ自分のこれまでの武器すべてが通用しない沖田に対して、

 

―――――同い年のやつにはもう、打たせん――――っ!!

 

 

甘くいけば小島の二の舞。厳しく、より厳しいボールを投げる必要があることを小川は第一に考えていた。

 

 

そして、2球目のスクリューを簡単に見切られた後、2ボールノーストライクからの3球目。

 

 

―――――あっ

 

手元が狂った。そんな感覚が小川に走る。この緊張した場面で、最も相手をしたくない打者相手に自分のバランスが崩れたことを悟る小川。

 

 

 

 

その数秒前、

 

―――――もう一本打ちたいよなぁ。

 

打席の沖田は、一瞬だけ魔がさしていた。無理を言って観戦に来てくれと頼み込んだ彼女に自分のがんばっている姿を見せたいとほんの少し思っていた沖田。

 

いいところを見せたいと思う自分も、チームのために打ちたいと思う自分も変わらない。

 

 

この時の沖田はその両方に対して何一つ恥じる気持ちなどなかった。

 

 

だからこそ、ここて実力から来る自惚れとは違う、油断が彼の中に存在していた。

 

 

 

荒れている投手相手に、明らかに見落としてはならない、注意。

 

 

その一点に対し、注意を怠った沖田は、あまりにも無防備で、無警戒過ぎた。

 

 

―――――えっ?

 

小川から放たれたボールは、すっぽ抜けというレベルではないほどに勢いがあった。

 

 

無意識に、そんなボールは来ないと、頭から捨てていたことが沖田の過ちだった。

 

 

自らの視界にそのまま飛び込んでくるようなボールが、やってくるという危険を――――

 

 

―――――ちょ、待っ―――――!!!!

 

 

思わず身を躱そうとするが、間に合わない。

 

 

そして暗転する視界。沖田は突然訪れた衝撃を前に、視界が真っ白になった。

 

 

 

 




後味が悪いと話を考えた時から思っていたので、すぐに後味が悪くならないところまで投稿します。




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第124話 猛追の先に

2連続投稿です。


ネクストバッターサークルに控えていた御幸は、その突然の惨事を目の前で見る羽目になった。

 

 

ヘルメットの割れる音、鈍い音。ボールがあまり跳ねず、地面に転々とする。沖田の頭部に直撃した小川のボール、

 

 

そして、頭部死球を受けた沖田が糸の切れた人形のように倒れこむ光景が、御幸にはスローモーションのようにゆっくり見えた。

 

 

「―――――――なっ」

 

 

倒れこんだ沖田はピクリとも動かない。ヘルメットの耳が無残に割れており、地面に転がる。

 

『あぁぁっとぉ!!! これはいけません!!! デッドボール!! 沖田倒れこみます!!』

 

 

思わず実況も声が出てしまう。突然の惨事にあとの言葉続かない。

 

『―――――踏み込んでいた分、避けるのが遅れましたね。今、頭部に、行きましたよね?』

 

 

『沖田、倒れこんだままです! 起き上がれないっ。これ、痛がっていませんけど―――大丈夫、なんでしょうか――――』

 

『頭部に強い衝撃を受けましたからね。意識も混濁しているんじゃないでしょうか』

 

『ああっと、青道ベンチが動きますね。これは大変なことになりました。』

 

球場では、今も倒れこんだまま全く動かない沖田の周りに青道の選手が集まる。

 

片岡監督もベンチから勢いよく飛び出し、すぐに沖田の元へ向かう。

 

「――――――」

無言のまま、怖いぐらいに無表情となっている彼の雰囲気は尋常ではなかった。

 

 

「しっかりしろ、沖田!! 意識あるか!? 聞こえるか!!」

金丸が声を必死にかけるが沖田は反応しない。それどころか―――――

 

 

何か色鮮やかな赤い液体が金丸の手を染めた。

 

「あぁぁ…そんな………嘘だ……嘘だぁぁ゛ぁぁ゛ぁ!!!!!!!」

それを理解してしまった金丸が虚ろな呻き声を上げながら、それが悲痛な叫びにかわる。

 

 

「落ち着いて、信二!! 手を放して!! 揺さぶっちゃだめだ!!」

慌てて、金丸を引きはがした東条。パニックになった金丸が冷静さを失い、揺さぶろうとしたのだ。それは頭部に衝撃を受けた人間に対してやってはいけない行為の一つだからだ。

 

「――――――――――っ」

ベンチ前で、こぶしを固く握りしめたまま、動けない大塚。心を落ち着けようとして、動くべきではないと考えていながら、感情を制御できていない彼は、この惨状を前に何も考えられない、何もできなかった。

 

―――――踏み込みが深かった分、避けられなかった――――

 

混乱した彼が理解したのは、この惨状を回避できなかった沖田の事情。

 

彼の視界の先では、青道の選手が集まり、その真ん中に倒れこんだままいまだに自力ではピクリとも動かない沖田の姿。

 

 

 

試合が一時中断される。

 

 

「――――――兄ちゃんが…いやだ。やだよぉぉ…」

沖田の弟である雅彦も、兄の痛々しい姿を見て目に涙を溜め、そしてすぐに決壊してしまっていた。その後、彼は一緒に見ていた妹の薫がその光景を見てひどい眩暈を起こし、彼女とともに、両親に連れられてスタンドから姿を消していた。

 

恐らく、沖田の所へ向かったのだろう。

 

「――――――」

大塚裕作は、最近できた同級生の親友の涙を見て、無性に腹が立っていた。

 

―――――なんだよ、なんであんなボールを投げるんだよ

 

「―――――沖田さん、大丈夫かな――――」

不安そうな声色でつぶやく姉の美鈴。いつもの様子になれるはずもなく、弱弱しい姿だった。

 

 

 

一方、青道の来年度の新入生二人組は、新たな仲間を連れ添ってこの試合を見ていたが、

 

 

「――――――これで、明日の決勝の出場は絶望的だ。出られるわけがない」

青道への入学を目指している奥村光舟は、沖田のけがの度合いを遠目から見てそう判断した。

 

「いや、そうだけどさ。もっと他にあるだろ? うーん。まあ、それはそうなんだけど。あれ、相当やばいだろ」

隣にいた同じシニアチームの瀬戸拓馬は、奥村の物言いに苦言を呈しつつ、明日の決勝は攻守の要の一人であり、ポイントゲッターでもあった彼抜きで戦うことを強いられる青道に分が悪いと考えていた。

 

 

「遠路遥々、広島から先輩を見に来たのに、なんですか――――これは、こんなの、あんまりじゃないですか!!!」

そしてこの二人の近く、瀬戸の隣に座っていた茶髪の少年、新田直信が声を荒げる。

 

「ナオっ、気持ちはわかるが俺たちにはどうにもできねぇよ。憧れの先輩のあんな姿見て、冷静でいろ―――なんて、無茶、なんだろうけどさ」

瀬戸が彼を宥め、しぶしぶ直信は席に座る。

 

「――――――広島であんな目にあって、大塚先輩とあんなに楽しそうに野球が出来て―――――もう先輩を咎めることのできる人はいない。なのに、これですか――――っ」

 

尾道シニアの新田直信。彼は大塚世代が去った今年の全中の最優秀選手にして、全国屈指の目玉野手でもある。ポジションはサード。右投げ左打ち。

 

 

 

当然争奪戦が繰り広げられたが、憧れでもあり陰でずっと練習を見てきた沖田道広への特別な気持ちを捨てきれず、青道に自ら行きたいと願い出る暴挙にまで出た。

 

 

地元の名門、光陵のお誘いを蹴るほどに。

 

 

 

 

――――正直、沖田先輩は俺のことなんて知らないと思います。これまでまともに声をかけたこともなかったですし―――――

 

副部長の高島礼子は、やや素行に難ありという評判の彼がここまで感情が揺れるのかと衝撃を受けていた。

 

なんでも、新田少年は尾道シニアに入った直後、沖田のバッティングを見て憧れを抱いたらしい。批判されている間も、彼の悪く言う人間に突っかかり、けんかを起こすこともあったという。

 

素行に難ありというのは、沖田の悪口を言った相手に喧嘩を買いに行ったというのが原因だったらしい。

 

――――尊敬する選手をバカにされて、怒らないほど俺は大人しくないつもりです。

 

憧れの先輩とともに高校野球をしたい気持ちに嘘はなかったという。

 

 

――――根はまじめだったのね。けど素行の噂のせいで、他校はこの逸材に手を付けなかった。

 

なお、光陵はこの理由を知った上で彼にオファーしたのだが、振られてしまっている。

 

この事実に成瀬でさえもドン引きである。

 

――――うわぁぁ、マジかよ

 

これが彼の第一声である。

 

 

話は戻り、青道のサード事情について語ろう。

 

 

確かにサードには沖田ほどの絶対的な野手はいない。そもそも沖田が盥回しされるので、あまり問題になっていなかったのだ。

 

 

そんな沖田を尊敬している新田少年は、この事態に激怒しないはずはなく、二人は彼を宥めるために労力を費やしたのだった。

 

 

 

 

 

 

そして青道ベンチに場所は戻る。

 

空白の時間、川上は引き攣った表情であるものの、キャッチボールをし始める。しかし、沈痛な表情を浮かべながら肩を作る彼を咎める者はいない。

 

彼のキャッチボール相手に、狩場が志願する。沖田と親しい彼も、気が気ではなかったが、

 

「無理しなくていいんだぞ、狩場」

心配そうに川上が声をかけるが、

 

「―――――こんな時だからこそです、川上先輩。控えの選手なりの、意地があるんです」

ここで動かなければ、後悔しそうな気がした。

 

――――それでも、できることをしないと

 

 

しばらく時間がたつと、片岡監督が片手に持っていた電話を耳から離す。それと同時に選手たちに指示を出し、それを聞いた選手たちがゆっくりと沖田から少し離れる。

 

今も沖田は動くことすらできず、倒れこんだまま。

 

そうではない。動くことができないのではなく、本当に意識を失った危険な状態であることが倉持の声で分かった一同。

 

「おい――――ふざけんなよ。なんだよ、何寝てんだよ、お前っ」

こんな惨状だ。ショートの守備に就くのは当然彼で、沖田が戻るまではレギュラーになるのは必然。しかし、彼の顔は怒りに染まっていた。

 

 

実力で奪おうと、この高い壁に挑もうと思っていた彼にとって、この突然の事態は許容範囲外だった。

 

 

彼らの目の前で沖田はやってきた担架に運ばれる。その時でさえも沖田はまだ意識が戻らない。

 

 

球場も怒声と悲鳴が依然として入り乱れており、このビハインドの展開で追い上げムードでもあった青道からは特に混乱がひどい状態だった。

 

ベンチメンバーに一度も入れていないメンバーの間でも、沖田負傷退場の衝撃計り知れない影響を与えていた。

 

「――――――沖田君」

2年生の渡辺は、この惨状で彼が選手として戻ってきてくれるかどうかがとても不安になるどころか、命の危険性すらある事態に言葉をなくす。

 

「おい――――これ、どうなるんだよ――――」

同じく2年生の三村諒太は、試合がこのまま打ち切られると考えていた。こんなことがあって、選手はまともにプレーできるはずがないと。

 

「――――――っ」

そして、選手間の間では体の線が細い1年生の高津広臣は、沖田の姿が球場から消えていくのを見て、顔をゆがめる。

 

怒りを伴った顔だ。

 

――――恐らくお前は、俺のことなんて知らないだろうがよ

 

同じショート、沖田は内野すべてを守れるうえに、打力もセンスも底が知れない。追い越したい目標であり、“まだ勝てない”と考えていた相手だった。

 

そんな彼が、こんなところでフェードアウト。彼は嫉妬もしていたが同時に彼を尊敬もしていた。

 

 

―――――ふざけんな。勝手にくたばるなよ――――ッ!!!

 

 

 

沖田の代わりの代走として当然倉持が入り、小川も危険球が原因でベンチに下がり、小島が再びマウンドに上がることになる。

 

不穏な空気の中、試合が再開されようとしていた。

 

 

 

しかし、代わった小島も緊急登板で制球が定まらず。

 

 

 

「ボール、フォア!!!」

 

 

本格的に制球が定まらなくなった小島の投球が乱れ、御幸は一球もバットを振ることなく、塁へ向かう。

 

 

「―――――――――――――同情なんかしねぇぞ」

青筋をやや浮かべながら、低い声でつぶやいた御幸。その言葉は誰にも聞こえなかったが、御幸の雰囲気がいつもと違うのは、誰の目から見ても明らかだった。

 

 

 

―――――勢いを削がれ、沖田の交代。

 

大塚も、段々と時間が経過していくとともに、やるせない気持ちになる。

 

―――――今は、試合に集中することが最善なんだ。

 

だからこそ、冷静でいなければならない。チームのために、最善を尽くす。

 

そして、ベンチにてタオルで顔を覆い、落ち込んでいる小川の心境も痛い程理解できる。

 

デッドボール、フォアボールを出したくて出す投手はいないのだから。

 

沖田も、きっと今の彼と同じような気持ちだったに違いないから。

 

 

だから、大塚栄治は試合中の事故として割り切る。

 

同じような過去に関わった選手として、冷静でいなければならない。

 

 

故に、代わった小島相手にも手を抜かない。

 

 

 

 

 

 

球筋も、球質も大凡すべてを見切った。スライダーとスローボールのチェンジアップしかないなら、ミスショットしない限り勝てる。

 

 

「ボールッ!!」

 

ストレートが外に外れる。インコースを投げ切れていない。肩がまだ出来上がっていないのか、小島の制球が定まらない。

 

――――本当に時間がなかったのか…相手チームとはいえ

 

タフすぎるシチュエーションと、思わずにはいられない。

 

 

 

しかし、いつも通りの立ち位置で打席に立つ大塚。

 

―――――冷静に、野球に真摯に、

 

でなければ、彼に笑われる。

 

 

「ボールツー!!」

 

アウトコース外れる。ストライクがはいらない。ストレートのコントロールが決まらない。

 

 

続く3球目は外角際どい場所に投げ込まれたスライダー。しかし今回の大塚は無理をせず、手を出してこない。

 

「ボールスリー!!」

 

 

3ボールノーストライク。成孔はここで勝負に行くこともできないだろう。しかし、押し出しでは流れを取り戻すことはもうできない。

 

―――――沖田には、選抜を決めたという報告しか、できなくなったんだ。

 

これで選抜に行けなかったら自分を責めるだろう。彼にそんな思いはさせたくない。

 

 

――――あの子は、大丈夫なのだろうか

 

前日に、彼女が試合に見に来るんだと楽しそうに語っていた沖田。

 

いつか見た、年下に見えた女の子。彼が一目惚れした人。

 

 

沖田の彼女は大丈夫なのだろうか。一人で来ていた彼女を助けることのできる人は、いるのだろうかと、大塚は心配になった。

 

 

 

 

「ボールフォア!!」

 

 

結局、大塚の雰囲気にのまれた小島が痛恨のフォアボールで押し出し。

 

『押し出し!!!! 青道の5番大塚が選んでフォアボール!! ついに1点差!! 勢いがさらに強まっています』

 

『あんなことがあった直後ですが、大塚君、それに御幸君はプレーに集中していましたね』

 

 

一塁ランナーとして塁に出た大塚は、複雑な心境だった。

 

 

――――成孔に、もう余力はないんだな……

 

もっとお互いにどつき合う試合ができると思っていた。降谷が攻略されたときは、強敵だと思った。このチームは、鵜久森以来の手強い相手だと。

 

 

 

しかし不幸が重なり、どちらも得をしないものとなってしまった。

 

 

――――当事者の俺は、強く言えない。言うわけにはいかない。

 

 

大塚は、もはや勝敗の決した試合に対する興味が薄れかけていた

 

 

 

尚もノーアウト満塁のチャンスでバッターは白洲。スコアは5対6となり、ついに1点差となる。白洲は先ほどの打席で、追撃のタイムリーを放っている。

 

 

堅実な打撃を誇る白洲。動揺している小島を逃すわけがなく、

 

 

『センター前ェェェ!!!! セカンドランナー三塁ストップ!! 白洲の2打席連続タイムリーで同点~~~!!!!!』

 

 

「うおぉぉぉぉぉ!!!!!!」

一塁ベース上でガッツポーズを見せる白洲。寡黙な彼が感情を出すほど、この局面は重要であり、勝ち取ったものは大きい。

 

 

青道応援席からもついに追いついたということで息を吹き返していた。

 

 

「ついに同点よ!! 追いついちゃったよ!!」

 

「ここで畳みかけろぉぉぉ!!!」

 

「取れるだけ点を取れ!!!!」

 

「命を懸けて戦えぇぇぇぇ!!!」

 

「コールド食らわしてやれぇぇぇぇ!!!!」

 

 

 

「このまま逆転だ!!」

 

「決めてしまえぇぇぇ!!!」

 

「ぞの~~~!!!」

 

 

 

 

続く前園は初球を大きく打ち上げる。

 

 

『センターバック!! センターバックする!! 抜けたぁぁぁぁ!!』

 

 

代わって守備に就いたセンター山田が打球に追いつけない。流れを完全に引き寄せた青道が止まらない。

 

 

前園健太が雄叫びを上げながら走る。

 

 

文字通り、試合を決める一撃。

 

 

成孔の勝機を一閃した。

 

 

 

 

 

『一塁ランナーも帰ってくる~~~!!! 青道勝ち越し~~~~!!! 前園の3点タイムリーツーベースで、ついに青道が試合をひっくり返しました!!!』

 

 

「おっしゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!! 見たか!!! 見たやろ、お前らぁぁぁ!!!」

しかし、三塁を狙った前園はあっけなくタッチアウト。気持ちを見せたが、冷静ではなかった。

 

 

 

「見たか、このぉぉ!!! 沖田ぁぁア!!!」

 

前園が仕事を果たしたこと、勝ち越し点を取ったことに一安心するかのように叫ぶ。これまでいい仕事ができなかった分、何とか仕事をこなしたのだ。

 

そして、ここにはいない沖田に向かって叫ぶ。

 

「恰好つかないぞ、ゾノ!!!」

 

「ゾノ先輩!! ここは冷静に行くべきです!! 行くべきでした!!」

 

 

 

 

「つづけぇぇぇ!! つづけよ、金丸!!」

 

「コールド食らわしてやれぇぇぇ!!!」

 

「おらぁぁあ、止まんねぇぞ!! 止めんなよぉぉぉ!!」

 

 

 

そして、ここで8番金丸に代打が送られる。金丸の打撃成績、今日の調子を考えればスイッチは当然かもしれない。

 

しかし、最大の原因は尊敬する沖田の負傷退場だった。明らかに試合に集中できる様子ではなく、やや錯乱気味でもあった彼には酷と思い、片岡監督は樋笠を送ることにしたのだ。

 

 

「――――――すいません――――――すいません、俺。でも、俺は――――」

バットを握り、打席に向かおうとした金丸。顔面蒼白のまま、歩いていこうとした彼を、

 

「―――――交代だ。そんな顔で、試合に出すわけにはいかん。」

 

 

それが片岡監督にはできなかった。それが甘いとも思われるかもしれないが、彼はこの交代を曲げるつもりはなかった。

 

 

 

代打は樋笠。ここで追加点を獲れるかどうかで後半の試合に影響を与えかねない重要な局面。

 

 

しかし、成孔も粘りを見せる。代打樋笠がストレートに詰まらされ、続く川上も三振。この回は勝ち越しのタイムリーまでで終わる青道の攻撃。

 

 

流れは青道の流れ。乱打戦が起き始めた乱れた試合は、さらに予想外の惨事に見舞われ、ついに終盤の8回表に突入する。

 

 

 

 

 

 

 

映像が回復した時に、木村の目に飛び込んだのは

 

 

『立ち上がれません、沖田!!』

 

『ああっと、担架が来ますね、交代です』

 

『ええ、意識も混濁しているようですし、プレーの続行は難しいですね。しかし、どうか無事でいてほしいです』

 

『そのまま負傷退場ということになりそうです!!』

 

 

「なん……だと……」

スマートフォンを手から落としてしまった木村。

 

 

「キャプテンどうしたんですかぁ?」

成瀬が落ちてしまったスマートフォンを拾って、

 

 

 

 

 

「―――――――え?」

木村同様硬直してしまった。

 

 

「い、いやだ。そんな……沖田………なんでそこで―――――――」

呆然とした表情で狼狽え始める成瀬。

 

 

「おいどうした!? っこれは!!」

成瀬が蒼白になって床にへたり込んでしまったので、高須が何事かと映像を覗いた。が、すぐに衝撃を受けた顔をした。

 

この情報はすぐに伝わり、沖田を知る友人たちの間で衝撃が広がっていくことになる。

 

 

 

広島の友人たちは、沖田の血まみれになった姿と、そのまま担架で運ばれる様子を映像で見ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

8回表、川上が尚もマウンドに上がる。今大会初のロングリリーフを完ぺきにこなす彼の投球に、観客はくぎ付けになる。

 

 

『あっと、初球掬い上げるも距離が出ない!! ファースト前園が手を上げます!!』

 

外の変化球に泳がされ、簡単にフライアウトを上げてしまった小島。

 

続く4番長田には低めを徹底し、

 

 

鋭い金属音とともに強烈なゴロが二遊間を襲う。

 

「!!!」

さすがの川上も、この強烈な打球に驚愕した。外の速球を逆らわずに流した打ち方で、この打球の強さ。

 

 

しかし、二遊間を守っているのは、青道きっての堅守を誇る者たちだ。

 

 

それは、沖田道広がいなくなっても変わらない。

 

――――抜かせるもんか…ッ!!!

 

 

強烈な打球に横から驚異的な反応速度で追いついた春市。反応するだけでもすでに高校生クラスにしては十分なファインプレー。

 

 

「!!!!」

ベンチで打球の行方を見ていた成孔ナインを唖然とさせる光景を見せつける。

 

 

―――――あの打球を弾かない、だと!?

 

バウンドを合わせることも難しく、早い打球を難なく片手で伸ばしたグローブにうまく収めた春市は、走りながらのバックハンドトスをこの回から守備に入ってきた倉持に送る。

 

―――――ああ、あいつが戻ってくるまで

 

 

「―――――――」

無心に、ただ無心に努めることはできなかった。しかし、

 

 

――――無様なプレーはもうできねぇ!!!

 

 

春市からのトスを素手でつかみ、そのまま握りなおさず送球。当然間に合ってアウトになり、打ち取られた長田は悔しさをあらわにする。

 

 

―――――反則だろ。控えのショートでこのレベルだと!?

 

心の中で愚痴らずにはいられなかった。

 

 

『青道にファインプレー!! しかし、簡単に見せてきました、二遊間コンビ!! あの速い打球によく合わせましたねぇ』

 

『反応がいいですね。打つ瞬間、打球方向、速度。それらを予測しグローブと顔の位置もいいです。セカンドの小湊君の判断と、それを予測した倉持君の動き。他校ならレギュラーですよ』

 

 

ツーアウトを取ったところで、5番の玉木に回る。しかし、ここも――――

 

 

変化球を中心に易々とカウントを奪われ、ストライク先攻の形を許してしまう。

 

―――――テンポも制球もいい。こんな投手が控えにいる。こんなことがあっていいのかよ!!

 

 

そして最後は、外に逃げるシンカーにスイングを奪われ三振。

 

「―――――しっ!!」

小さくガッツポーズを見せた川上。強力打線との対決で得たものは大きい。制球を乱さず、テンポよく投げ込むことで、攻守のリズムを生む川上の投球は、自分自身は勿論、チームへの還元は計り知れない。

 

 

8回裏の青道の攻撃は三者凡退。東条にようやくいい当たりが出たがセンターの正面だった。

 

そして9回表のマウンドには

 

 

『そのまま川上が続投です! ラストイニングも任されます』

 

『ボールが切れていますからね。当然でしょう。明日は大塚君も控えていますしね』

 

川上としては油断なく投球に集中はしていた。

 

―――――スイングが鈍い。

 

どうやら、あの死球の影響は青道だけではないらしく、明らかに成孔の持ち味であるフルスイングもできなくなっていた。

 

労せずしてあっさりと3つのアウトを奪った川上はどこか釈然としないものの、

 

―――――贅沢は言えない。力を発揮できないほうが悪い

 

割り切っていた。

 

 

試合終了後の挨拶も声こそ出ていたものの、大塚と白州、一部の選手を除いて握手に応じないなど、後味の悪い試合となってしまった青道。

 

大半は挨拶も上の空で、相手への怒りではなく、彼の容態で頭が真っ白だったのだ。

 

勝者にも関わらず、暗い顔の彼らに、成孔ナインもかける言葉がなかった。

 

 

 

 

沖田という打線の核を失ったのだ。早急に打線を組み替える必要があるし、残されたナインのケア、そもそも沖田の容態を確認に行く必要がある。

 

 

 

9回最後の守備の時も、しきりに連絡をかけていたが、まだ意識が戻らないらしい。

 

 

不安を抱える青道ナインは、一部の選手を除き、いまだに球場を後にできずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




連続投稿はまだ続きます。


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第125話 精密機械を乗り越えろ!!

3連続投稿・・・

あと少しです。


「――――――来たか。市大三高を二度破ったダークホース」

台湾の精密機械が静かに呟いた。

 

「―――――この試合、大塚をやはり温存、か。しかし、戦力の厚さが勝敗を分かつ絶対的な条件ではないことを思い知らせてやろうぜ――――沖田がいなくてもさ」

気遣うように話しかけるチームメート。

 

 

「だが今は薬師の轟、真田だ。あの二人は恐らくあのチームの面々の中で頭一つ抜けている。4番轟の後ろにセンス打ちの傾向のある真田。甘い球は禁物だな。――――――それと沖田のことだが……とても残念だ。さすがにあのデッドボールは同情する。彼らは大きな存在を失ったのだからな」

 

チームメートは薬師を少し侮っているが、楊は目の前の試合を見据えていた。が、やはり沖田の容態は気になるらしく、複雑な心境でもあった。

 

 

「瞬の言う通りだぜ。真芯で捉えたら、いくら瞬臣でもやばいぞ。」

 

「ああ。一つのミスがそのまま致命傷になる。心得ているさ」

 

「沖田の打撃は怖いけど、こんなことがあっちゃいけないんだ」

 

「ああ。今は祈るしかねぇだろ。他人事だけど、無反応は一番よくねぇよ」

 

 

 

一方、青道へのリベンジを狙う前に、今大会いまだ無失点の楊を前にした薬師は、

 

 

「―――――とうとうきちまったか。ったく、予想が悪い方向に来ちまうのは、俺らの運命ってやつかなぁ」

轟監督は、改めて相手になる楊瞬臣を前に正直な本音をさらけ出す。

 

「けど、これを乗り越えた先に青道とのリベンジマッチ。それを阻むのは、台湾代表のエース。激熱の展開じゃないですか」

しかし、真田はそれすらいいシチュエーションだと言い張る。

 

「―――――そんなに煽てても、今日はお前を投げさせないぞ」

 

 

「―――――――」

轟からの非情な宣告。真田はこの試合投げることを許されていない。だからこそ、途端に表情が曇る。

 

「――――――ここで連投を許せば、明日の試合は疲労困憊のお前を出さなきゃいけねぇ。三島と秋葉、それに雷市の継投でしのぐ。選抜確定を勝ち取るための、最善の策だ」

 

彼らの成長を認めていないわけではない。むしろ、轟は球速が、三島は総合的に投手として育ってきた。次のエースは彼かもしれないと思うほどに。

 

だが、背番号1を背負って立つ以上、こういう場面で投げたかった。先発したかった。

 

 

「ま、やばくなったらお前に頼るけどな」

 

 

「―――――どっちっすか、監督。恰好つかないっすよ――――その件は置いといて」

 

いったん言葉を切る真田。会場はなおも騒めいている。

 

 

「青道の奴らも相当ひどい仕打ちを受けましたね」

 

 

 

「―――――ああ。日頃は儲け儲けと考えるが、今回のケースは別だ。こりゃあひどい。喜べる気にもならねぇよ。」

 

「―――――特に、お前は沖田を打ち取るためには何が必要か、この夏ずっと考えていたもんな」

 

 

「―――――――はい」

朗らかな表情が一変し、口元がゆがむ真田。悔しさといろいろな感情が入り乱れたそんな様子を隠そうともしない。

 

「万全の状態で臨む。それができずに故障で力を発揮できねぇ。それは自業自得だ。だが、今回のケースは違う。前に市大三高の投手に打球をぶつけちまったが、あれには内心ひやひやもんだった――――――こういう風な、選手が怪我するのを望むやつが、高校野球の監督なんかやっちゃいけねぇ。あの時は、うちの部員に心無い声が突き刺さるかもしれねぇと、びくびくもした」

 

 

「―――――これからが大変だぞ、あそこは。試合中の事故とはいえ、沖田を壊したのは、やばいからな。」

 

「―――――俺も、死球は夏以降出していませんよ。ちゃんと制球できるようになりましたから」

 

「ああ――――ぶつけてもいいっていうのは、投手の甘えだ。ちゃんとした技術がないから、そんな言葉に逃げてしまう。俺は、お前が本当の意味での好投手になれると信じて、こき使ってるんだ」

 

 

「最後が余計っすよ」

 

 

 

「ふっ、まあエース様だからよ、そこは気張ってくれ。酷使も最近はあんまりしてねぇと思うし―――――ただまあ、この試合は後輩どもを信じろ―――――――――」

 

轟監督は真田に、そして自分に言い聞かせるように言い放つ。この采配は正直博打に等しいが、選抜確定を決める最善の手でもある。

 

だが、真田を使いつぶさないための苦肉の策でもあった。

 

 

しかしそれでも、難敵明川を倒し、宿敵の青道を倒すための采配なのだと納得するしかなかった。

 

 

 

 

「失点が敗戦につながるような好投手との競り合いだ。今まで感じたことのないプレッシャーを感じるはずだ。だが、やり遂げろ。いいな、お前ら?」

 

いつの間にか、真田の後ろにいた下級生たち。

 

「うっす。何なら春の背番号1は俺でもいいんすよ?」

三島が意気揚々とビッグマウスを口にし、

 

「それは高望みしすぎだろ」

秋葉が彼を押さえる。

 

「俺は、ミットに投げ込む、それだけだっ」

雷市は、ただただ口元をきつく閉じ、それだけを言い放つ。

 

 

エース真田を万全の状態で青道にぶつけるために、薬師のルーキーたちの躍動が求められる。

 

波乱が続いた準決勝第一試合が終わり、次は第二試合。

 

台湾のエース楊瞬臣を擁する明川学園と、強打者轟を擁する薬師高校。

 

 

青道のスタメンの一部数人は会場にてこの試合を見届けることになり、大塚を除く下級生の面々はほとんどが沖田の様子を見るために病院へと向かうことになる。

 

残ったのは主将の御幸、副主将の倉持、スコアラーの渡辺の首脳に加え、レギュラーでは大塚と白洲が残る。

 

引率に一応落合コーチがいる。しかし、片岡監督を含む副部長の面々はさすがに沖田を放置することなどできず、そのまま病院へと向かう。

 

 

 

「――――――――いいのか、お前は」

現地に残っている御幸は、大塚を気遣うようにそんなことを言った。

 

「――――――逆でも、同じですよ。沖田ならこうする。俺もこうする。気遣いは無用です」

 

目の前では1回表はランナーを許さず、得点を許さない薬師先発、三島の姿。

 

この夏で相当鍛えたであろう下半身を軸に、打撃でもその要になっているであろう強靭な背筋。

 

低めを丁寧に突く投球を我慢して投げていた。

 

 

対する楊瞬臣は裏の回からペース配分を考えた投球で内野フライ2つ、そして―――――

 

 

「っ!?」

追い込まれた三島に対する3球目。インコース低めに投げ込まれた“ストレートがいきなり沈んだ”。

 

バランスを崩し、しりもちをついてしまう三島を尻目に、マウンドを悠然と降りる絶対エースの姿。

 

あれが、キレ味を増した彼のスプリット。だが、大塚はそれがどうにも奇妙に見えた。

 

―――――なんだ、ストレートの基礎球速のわりに、スプリットのスピードが速すぎる。

 

 

おかしい、奇怪。最速147キロの楊も十分速く、怪物レベルである。しかし、球速表示にたたき出されたスピードはなんと141キロ。

 

たった6キロしか違わない。高校野球はおろか、プロ野球でも稀である。ほとんどストレートと変わらない球速ではなく、

 

 

――――――まったく同じスピードで、加速しながら落ちるボール、なのか?

 

抜く動作を含むスプリットでは、わずかにブレーキがかかる。それは大塚のボールも例外ではない。

 

しかし、大塚はここである考えに至る。

 

 

―――――そもそもあれがフォーク系なのかどうかすらもわからない。

 

縦スライダー。しかし、あの鋭さはスライダーでは説明がつかない。怪我のリスクを背負うような男でもない。

 

 

対する薬師も、鋭さに磨きがかかった彼の落ちるボールをどう説明すればいいかわからなかった。

 

「――――――わかるか、大塚?」

落合コーチが大塚に意見を求めた。さすがの彼も、楊の変化球の正体がつかめない。

 

 

あの変化量とスピードの説明がつかない。

 

しかし、大塚はこの正真正銘の魔球、見たこともないこの変化球を前にある仮説が浮かび上がってきた。

 

 

「――――――ありえない話ですけど、楊の投げている球は、実はストレート系がベースなのではないかと思います」

 

「どういうことだ、栄治? あれがストレート系の変化球? カットやシンキングファストのような変化のレベルじゃねぇぞ」

倉持も、大塚の仮説を信じるためには、変化量の説明がつかないという。

 

「――――――おそらく、ツーシームをベースにしている、スプリット系。浮力が弱まるツーシームの握りに、アレンジを加えたのかもしれません。過去の試合を見る限り、真下に落ちる球とは言えませんし、ここからは彼の資質によるところが大きいと思います」

 

名づけるならツーシームスプリット。ツーシームの沈む特性にスプリット系に近い握りを付け加え、彼の資質に依存する唯一無二の変化球。

 

「速球系のスピードと落ちるボールの変化。変化球マニアのお前でも再現は難しそうか?」

白洲が一応ダメもとで大塚に尋ねる。

 

「――――――正確な握りがわからないので、難しいですね。真に迫ることはできても、本物の握りに必要な、楊瞬臣の資質を俺も備えているかどうかがわからないので」

恐らく難しいだろうと大塚は答える。劣っているとは思わない。しかし、ベクトルが違うとはっきり認識できる。

 

「――――そうか。大塚でも難しい変化球か」

白洲がそのまま黙り込む。

 

「白洲、大塚がそこまで言う変化球だ。苦労するのは分かり切っているさ。俺もあれを逸らさない自信がない。俺としては、あの捕手はどうしてあれを難なく捕れるかが不思議なんだが――――」

御幸にはそれが不思議に思えて仕方がなかった。

 

 

彼らは知らないが、楊は落ちる球のコースを完全に制球出来ていた。ゆえに、捕手は構えた場所、コースを事前に知った状態で取っているのだ。

 

 

しかし、これは楊の制球力が前提となる方法。一歩間違えれば、ワイルドピッチの危険もある諸刃の剣。絶対的な制球力を誇る彼でなければできない芸当だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

明川学園もランナーを一人出すものの、三島が後続を許さない。しかし苦しい投球を序盤からしている事実は変わらない。

 

「三島のストレートの球速が、お前の手抜きのストレートに並んだようだが、球質も重そうだな。角度もある。」

倉持が茶化すように言うが、三島の投手としての成長速度は無視できない。大塚ほどフォームが洗練されているわけでもなく、まだセンスだけで投げているのにこれだ。

 

「先輩、手抜きは心外です。力配分、ストレートに伸びがない時は、ボールを動かしているだけですよ。変化球を如何にストレートと惑わせるか。球速差がないことも―――――球速の差?」

倉持の物言いに反論し、持論を述べる大塚だが、その際に自らの言葉に違和感を覚えた。

 

 

――――――球速の差をなくす…まさか―――――――

 

 

自分はとんでもない勘違いをしているのかもしれない。もし、もしだ。

 

 

敢えて球速の差をなくそうと、意図的にストレートの球速を抑えているのだとしたら

 

 

2回裏、轟との対戦でそれが現実であることを思い知る大塚。

 

 

初球いきなりアウトローに唸るようなストレートが決まる。コントロールのいい楊が使う常套手段、ボール気味の際どい球を悉くストライクに誤認すらさせてしまう、驚異的な制球力に加え、

 

 

縦を除くフォームで投げた、大塚栄治のストレートに引けを取らないスピードボールで決めてきたのだ。

 

 

「―――――――――っ」

その瞬間、御幸が表情をゆがめた。楊瞬臣は、大塚栄治の縦ではない時の球威と同等の力で、彼とは雲泥の制球力を両立させているという、

 

 

大塚栄治を完全に置き去りにする、総合力を目の当たりにした。

 

 

 

 

 

「おいおい、あれがストライクって。それであの球威かよ。」

冷や汗が一筋流れる倉持。このどちらかと明日やり合う。だが、この投手はもはや高校球児であると考えないほうがいい。

 

そうでないとわかっていながら、そう考えさせてしまう、彼が異常なのだ。

 

「―――――――球速も149キロ。自身のマックスをここで更新とは、目を疑いたくなるな」

落合コーチも、我流でここまで育った彼の類稀な実力に苦笑いをするしかなかった。

 

続く2球目にさらに驚愕することになる一同。

 

 

先程よりゾーンに入ったコースから、あの轟が全く掠らない落ちるボール。

 

あそこまで、バットとボールが離れるような空振りは、沢村の初見殺しのスライダー以来だ。

 

 

彼は有名になりつつあるあのボールで、研究されようとも対応できないと踏んでいたのだろう。事実、轟は途中からボールを完全に見失っていた。

 

 

その球速も先ほどよりも速い、142キロの落ちるボール。

 

 

大塚の仮説は正しかった。しかし、そのうちのどれでもなかった。

 

 

大塚の仮説すべてが正しかったということだ。

 

 

球速の差をなくそうと意図的にスピードを落としていた事実、ストレート系の変化球にアレンジを加えたこと。

 

この両方が正しいことを楊は証明してしまった。

 

 

 

 

 

 

続く3球目にあっさりと先程と同じボール、今度はインコース低めに投げ込まれ、三球三振。球場がその瞬間に騒然となった。

 

あの強打者轟が、まともにスイングできずに打席から追われることになったのだ。続く真田への警戒も失わず、ストレートを見せ球にする見事な投球で、彼に掠ることを許さない。

 

2回で3つの三振は珍しいことではない。だが、このレベルの試合でこれほどの内容でそれをするのは現実離れしている。

 

 

何より驚いたのは、

 

「やっぱり、あの落ちるボールの比率は投球の半数を占めているね。けど、故障も、終盤の握力の低下によるコントロールの乱れも見られない。」

スコアラー役が板についてきた渡辺は、これまでのデータと照らし合わせ、楊の落ちるボールが握力に左右されない特殊なボールであると断言する。それは、落ちる球使いにとって永遠ともいえる課題をあっさりと解決していることに他ならない。

 

 

 

ゆえに、彼の落ちるボールは普通ではない。終盤でも武器になるという事実が、低めに対する対応力を削ぐのだ。

 

 

「―――――この試合、如何に轟君の前にランナーを置くかがポイントになると思っていたけど」

渡辺は、あてが盛大に外れたことを認める。

 

「本当に、大塚君の言う通りだったね。これはもう」

 

薬師がそもそも楊瞬臣相手にランナーを出せるかということが焦点になっていた。

 

 

 

恐らく、最後まで轟と真田を徹底的にマークするだろう。彼に油断はない。容赦もない。彼ら二人にとって、最後まで厳しい打席が続くだろう。

 

 

試合は早いものでもう5回に入る。ここまで薬師にヒットはおろか、四死球、エラーのランナーすら許されず、4回を投げて7つ三振を奪っている。

 

しかし明川も得点を奪えない時間帯が続く。

 

5回表、これまで粘投を続けてきた三島は我慢の投球が続く。内野守備の硬さに定評のある両校だが、三塁線を抜く打球を轟が阻み、ランナーを許さない好守備を見せ、この回の明川学園の攻撃は3者凡退。

 

しかし、無視できないほど三島のボールが芯に当たり始めるようになり、轟監督は6回から秋葉にスイッチすることを決断する。

 

―――――心臓に悪い試合だ、ここまで綱渡りの継投は肝も縮むぜ

 

 

5回裏の2回目の対戦。轟と楊の戦いは、さらに幅を広げたように軍配が上がる。

 

 

轟自身も、もっとボールをよく見ようという思いがあったのだろう。だからこそ、外から曲げてきたスライダーに反応できず、またカウントを初球で奪われた。

 

そして、ピンポイントでカウントを簡単に奪う楊の投球に、凄みを感じ始めた青道一同。

 

続く2球目は完全なボール球のカーブだというのにファウル。ワンバウンドのボールに手を出してしまい、あっさりと追い込まれてしまう。

 

続く高めの速球に今度は空振りを奪われ、またしても三球三振。あの轟がまた簡単に三振してしまう。一球一球の精度が桁違いに高く、この勝負において甘い球は一つもなかった。

 

 

真田は尚もストレート狙いを代えず、変化球で三振に奪われ、この主軸が打球を前に飛ばすどころか、バットにほとんど当たらない状況が続く。

 

続く6番打者も三振に打ち取られ、5回で早くも10個の三振を献上する薬師高校。

 

 

対する薬師の三島は何本かヒットを許しながらも、2つの四球で楊瞬臣を徹底して歩かせることにより、失点を免れていた。しかし、徐々にではあるが三島のボールに慣れ始めている明川学園。

 

戦況は明川が有利に見える。

 

薬師ベンチも楊の轟と真田に対する力の入れようは想定外過ぎた。轟へのマークは仕方ないとしても、真田をここまで評価し、警戒している投手は今まで少なかったのだ。

 

「――――――ここまでバットに当てさせてくれねぇとはな」

焦りの表情が浮かぶ轟監督。5回で大量の三振を献上し、パーフェクトも継続。

 

手の付けようもなく、失投も期待できない。

 

 

 

 

 

試合は6回表に入る。

 

 

「―――――――この回までだな」

御幸は三島が限界を迎えていることを悟る。

 

「――――――これ以上引っ張れば、失点のリスクが跳ね上がります。打者も慣れ始めていますし、これ以上はさすがに代えるでしょうね」

 

 

事実、二人の予想通り三島は5回零封で捕手の位置に代えられた。今度は捕手の秋葉が投手になる。

 

サイドスローに近いスリークォーター気味のフォームでテンポよくボールを投げ込む秋葉。いきなりリズムを代えられた明川学園は当てるだけで精いっぱいとなり、薬師の秋葉は登板した初回を完ぺきな内容で抑え込むことに成功する。

 

 

薬師高校の継投に、さすがに対策を考えてきた明川学園だが、電光石火の勢いで6回を抑え込まれたために監督の尾形一成は思案する。

 

――――――じっくり自分のリズムで投げ込む三島から、いつサインを交換したかわからないほど速いテンポで投げ込む秋葉。

 

こうなると、対策は限られてくる。

 

トップの位置を早く作り、スイング自体を早く準備させるしかない。

 

今大会は楊にとって最後になるかもしれない大会かもしれない。

 

―――――このチームをここまで成長させてくれたのは彼だ

 

チームメートもそれを理解している。監督ももちろん理解している。

 

 

だからこそ、ここまで連れてきてくれた彼に恩返しをしたい。

 

 

――――――――――――甲子園出場を、瞬臣に!!!

 

 

 

6回裏、この回は三者三振に抑え込まれた薬師高校。前の回から続いて7者連続三振に薬師の応援スタンドは沈黙をしてしまう。中には声をからして応援を続ける者もいたが、楊の存在感に吞まれているのは事実だ。奪三振はこれで13という、驚異的なペースだった。

 

 

 

7回表、ランナーなしの一死から楊がツーベースを放つも、後続を抑え込まれ、得点を奪えない明川学園。楊はこの試合1打数1安打、2つの四球を選んでいるが、なかなか点に結びつかない。

 

 

 

7回裏、上位打線との対戦。先頭打者の秋葉、3番に座る三島は、楊が念入りに投げている相手でもある。

 

「――――――沖田は3打席目で対応できそうだけど、彼はどうかな」

沖田の3打席目は、いずれも何かを起こしている。そして一方次元は違うが、光るものを感じる秋葉はどうか。

 

「―――――――厳しいだろうな。アレが初物なら、俺たちだって間近で見ていなかったらほぼお手上げだ」

御幸も、あれはスコアラーの力が行き届かない選手と選手の力量による戦い、領域での勝負であることを悟る。

 

あれは体感しなければわからない。もし戦うなら、初打席は捨てる覚悟でなければ。

 

初球はインコース高めのストレート。寸分違わずミットに収まったのを見る限り、ここは予定通り。

 

147キロのストレートを見せ球に、続く2球目。

 

「!!!」

 

ここで外側に決まる緩いカーブ。完全に頭になかったのか、膝が動くものの、バットが出なかった。

 

「あそこでカーブか。ストレート、速い変化球が強烈だからね。この2つの球種に合わせなければならないのに、ここであんな風に緩急を使われたら、打者は堪らないよ」

渡辺も、投手有利のカウント、先手を次々と打ってくる明川の配球、リードに戦慄を覚える。

 

カウントはワンボールワンストライク。しかし、まだまだ楊の背中は遠い。

 

 

続くボールはインローのスライダー。ストライクからボールになるファウルにしかならない絶妙な高さ。

 

これを注文通り秋葉はファウルにしてしまう。打たされてしまった。

 

 

勝負の4球目。あの球を意識するであろうカウント、局面。いずれも最後は完全にボールになる落ちるボール。それはもはや打つボールではない。見極めなければならないボールだ。

 

 

秋葉がそれを我慢できる打者かどうか。大塚の頭の中では、ここで低めの変化球を我慢できるかが、薬師の勝率にとても関わってくると踏んでいた。

 

―――――どうする、切り込み隊長? ここで君は、我慢ができるのかな?

 

 

その勝負の4球目。楊はやはり落ちるボールを投げた。ここでリスクを負う必要はない。秋葉には余裕がない。それを見越してのリード。

 

 

「っ!」

しかし、

 

 

彼はそのボールを見極めた。

 

「!!」

それに思わず明川の捕手が驚愕する。このボールを前に、バットが止まる。そんな光景は多くはなかったのだから。

 

投げれば必殺、配球を読まれた場合は手を出さない。ほかの変化球で十分に仕留められる。しかし、秋葉はこのストライクからボールになる落ちるボールを見極めた。

 

 

―――――やはり、3打席目で傾向を見抜いてくるか

 

楊は相手に配球の傾向を読んでくるのは想定内だった。むしろ、ここからが夏の敗戦からの成長を見せる時でもあった。

 

 

対する秋葉は、この必殺の魔球を見切ったことで、多少の余裕を持てた。力みも少なくなり、集中力も増した。

 

 

続く5球目は高めの速球にかろうじて秋葉が食いついてファウル。ここもギアを入れてきたのか、148キロのストレートで攻めてきた。

 

 

続くボールは何か、秋葉は低めの変化球を捨てていた。

 

 

 

 

「対応力も悪くないね。」

 

「ああ。白洲に似ている気がする」

 

そんな秋葉の評価を下す青道。

 

続く6球目についに期は訪れるのではないかと一同は考えていた。良い見逃し方をすれば、バッテリーにプレッシャーをかけることができる。ゆえに、この試合最初の失投が発生する確率も高いと。

 

 

その6球目、楊瞬臣にしてはボールが高い速球。

 

「!!!!」

 

秋葉が反応しないわけがない。外側甘めのスピードボール。彼にしては甘すぎるコース。

 

 

 

誰もが長打を予想した。

 

 

 

 

「!?」

 

 

しかし、ここでもボールが消えた。彼の視界から外れたのだ。

 

 

「――――――――――――」

投げ込んだ楊はしてやったりの顔。ボールはミットに収まり、これで空振り三振

 

歓声に包まれる神宮球場。7回に進んでもバットに当たらない光景が続く。それをやってのける台湾のエースには届かない。坂田を除く、今年の高校野球トップクラスの選手を集めた日本代表、全国の名だたる強打者たちを完ぺきに封じ込めた投手だ。

 

 

ルーキーが簡単に打つことができないのは至極当然でもあったが、ここまでの投球の幅を見せたことにより、楊の投球に観客が酔い始めていた。

 

 

「――――――今のは、なんだ」

倉持がストレートを空振りしたと錯覚する。しかし、あのスイングで空振り。わけがわからない。

 

「――――――ストライクからストライクの落ちるボール。なのに、あそこまで変化するなんて」

 

浮いた落ちるボールは、半速球になるはずなのに、そのままの落差で落ちた。ストライクからボールになる球を見逃すならば、その変化量でゾーンの中で勝負をする。

 

いい見逃し方をした秋葉をつり出す巧妙な投球術、その一端を青道メンバーは見た。

 

 

打席から追われることになる秋葉、肩を落としヘルメットのせいで表情は見えない。が、とても落ち込んでいることがわかる。

 

2番打者のセカンド増田と二三言葉を交わしように見えるが、内容はわからない。

 

 

「――――――真田はこの試合まだ投げていないみたいだが、どこで投入してくるのだろうか」

白洲は、先ほどから投球練習すらしないエースの姿を見て、疑問を口にする。出し惜しみできる状況ではないにも関わらずだ。

 

「――――――薬師は決勝を見据えている。だからこそ、この試合は継投で競り勝とうとしているんだろうな」

倉持は決勝を意識しているのは明らかだと断言する。勝ち進めば大塚と投げ合うことになるのだ。エースを万全の状態で投入したい薬師の思惑がわかる。

 

「―――――追い詰められたら、出してくるとは思うけどね」

大塚は、1点を失った時点で敗色濃厚である試合展開の中、明川に追い詰められた場合、薬師は動くと考えていた。

 

「―――――明川も継投策にいいようにやられているし、この試合延長の可能性もあるぞ」

最後に御幸が明川の攻撃もうまく躱されていると言い放ち、長引く可能性もあると予想する。

 

 

 

 

試合展開に変化がなく、にもかかわらず緊張感を増す準決勝第二試合。

 

 




次で最後です。



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第126話 沖田さんは不屈なんですよ

これで終了です。

お疲れさまでした。

ここから読み始めた人は、第123話から読んでください。おそらく、意味が分からないと思います。


一方、頭部死球で病院に搬送された沖田は

 

 

 

「――――――――――――――」

 

いまだに目を覚ますことがなかった。脳震盪による5分以上の意識障害は間違いなく重症である。

 

しかし不幸中の幸いか、出血の原因は割れたヘルメットが左目の上部分の額を裂傷したのが原因らしく、直撃ではなかったということ。

 

 

しかしそれでも、受けた衝撃は計り知れず、沖田道広はいまだに立ち上がることもできない。

 

先程憔悴しきった彼の母親、下の子供らと面会した片岡監督だったが、かける言葉があまり見当たらず、ただただ頭を下げることしかできなかった。

 

しかし、気丈にも青道、成孔を非難する言葉を出さず、深々とお辞儀する母親の姿は、余計に部員の心を重くした。

 

 

途中、成孔の一部選手や監督代行も来ていた。彼らもことの重要性に様々なことを考えていたが、皆が深刻な様子だった。特に、小川はいつかの沖田と全く同じ状況だった。

 

「――――――――」

そんなつもりではなかった。だが、こうなってしまった現実に、呆然としていた。

 

ねじ伏せるつもりだった。勝負に勝とうと思っていた。だが、勝負以前だった。

 

自分に情けなさを感じ、相手への申し訳なさを感じていた。

 

 

彼は知らないだろうが、これは過去の沖田と全くのおなじだった。

 

 

「ツネ……意識が戻ったら、またあいつに会いに行くぞ」

 

そんな小川を主将の枡がしっかりと様子を見てはいるが、青道の部員をあまり刺激しないよう現在は治療室に立ち入ることもできていない。

 

 

 

場面は戻り、治療室では、

 

 

「―――――――信じ、られない。ついさっきまであんなに―――元気にプレーしてたのに――――」

口元を手で覆う春市。人工呼吸マスクを取り付けられ、ベットで寝かされている沖田は、いつもの活動的な雰囲気もなく、ぐっすりと寝てしまっている。

 

「――――――くっ」

沢村は、イラつきを隠せず口元が歪むがそれ以上の言葉が出てこない。

 

「夏に続いて負傷者がまた出てくるなんて―――――気を付けていたはずだ。けが人の出ないよう練習でも試合でも―――――」

太田部長は、いつもの慌てぶりすら消し去られるほど、落ち着きを持っていた。試合以外では生徒の前で慌てず、ただただ沖田の痛々しい姿を見ることしかできない。

 

「―――――――――――」

片岡監督としても、こんな経験は初めてである。言葉が思いつかないのか、今迂闊なことを言うべきではないと考えているのか、先ほどから医師の診察の結果を待っていた。

 

「―――――――僕も、あんな風、だったのかな――――」

降谷は、夏に自分が倒れたことを思い出す。彼とは別方向での命の危険を経験したが、やはり気持ちのいいものではない。そして、自分があの時如何に心配をかけたのかを改めて思い知る。

 

「降谷―――――」

東条も先ほどから涙の止まらない金丸を落ち着かせ、ようやく戻ってきたのかひどく疲れた様子だった。

 

金丸は沖田の事故に多大なショックを受け、安静にしておくべきと高島副部長に見張られている。変な気を起こさないとも限らないのだ。

 

 

 

それから程なくして診断結果が言い渡された。結果は脳震盪で、かなりの衝撃であったこと、幸いにも脳に損傷は見られなかったこと、数日以内にも意識が回復すると見込まれたこと。

 

一番の懸念要素でもあった脳内出血が見られなかったことに、一同は安堵する。が、脳震盪の症状は本人が起きない限り確認できない。

 

「―――あの子、大丈夫だったかな」

ぽつりと、東条がつぶやいた。

 

「―――――あの子って、どの子だよ。」

ややイラつきながら、沖田のことではなく、別の人物の心配をする東条に対し、非難めいた口調で突っかかる沢村。

 

「うん、沖田に頼み込まれて、試合を見に来た子。かなり憔悴しきっていたから、吉川さんに任せたけど―――――これで野球が嫌いになってほしくないなって。」

 

せっかく沖田のファンになってくれたかもしれないのだ。せっかく野球に興味を引いてくれたかもしれないのだ。

 

こんな終わり方はあっていいはずがない。

 

「わ、悪い。」

沢村が、東条の考えていた女子のことを考えていたと悟り、謝る。

 

「―――――仕方ないことだよ、栄純。こんな状況で、ほんとは沖田のことを一番心配しなきゃいけないはず――――――なんだけどさ。どうしてもあの顔を思い出すとね」

 

 

「――――――――うっ、」

 

その時、うめき声をあげる沖田。その瞬間に目がぱちくりと開けられ、ベッドの上を見て。

 

 

 

 

 

「―――――――知らない天井だ」

 

「――――――第一声がそれなら、心配ないかな」

 

沖田の場違いすぎる第一声に突っ込む東条。それだけ、空気が温かくなった。

 

 

 

 

 

 

 

「お、沖田!? おまっ、お前ッ!! 心配かけやがって!!」

いきなり意識を取り戻した沖田に対し、声を張り上げてしまう沢村だったが

 

「に、兄ちゃん!? よかったぁ、よかったよぉ……!!」

しかし沢村よりも落ち着きのなかった弟の雅彦が母親に止められる。危うく彼の胸に飛び込むとするのは危険だからだ。

 

「――――ひっく……っ、お兄、ちゃん……っ」

妹のほうは力が抜けたのか、床にへたり込んでしまった。安心したのか、器用にも母親が次男を止めつつあやしていた。

 

 

「病室では静かにしろ、沢村」

かなり目が極まっている片岡監督の鋭い眼光に、

 

「う、うっす」

間髪入れず抑え込まれてしまう沢村。沖田の容態が安定したとはまだ言い難い中、リスクはできる限り取り除きたかった。

 

「沖田君、よかった…目が覚めて…本当に、良かったよぉ……」

前髪の下から、うっすらと涙が流れ落ちる春市。意識もなく、眠ったままの友人を見続けることは、彼にとっては相当酷だったようだ。

 

「沖田さんは不屈なんですよ!!」

おふざけで言った沖田。

 

「自分で沖田さんとか、マジで頭打ったのか? ああ、きついの食らったなぁ、確か」

 

 

「ひどいっす、三村先輩」

しかし先輩方には不評だったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

それから、まずは家族から、次に部員たちが数人ずつ沖田の病室を訪れ、一言一言雑談を交えたりする中、

 

「本当に心配をかけよってっ! 明日はわいがホームラン打ったるから、そこでおとなしくするんやぞ!!」

 

「―――――ゾノ先輩が打てたら、もう試合は勝ったも同然です(ゾノ先輩が打てるレベルなら。ほかのみんなも打てるだろうし)」

 

「お、おう!! 任せてとき!!」

沖田の言葉に不意を突かれる前園だったが、真意を知らないので意気揚々と病室を後にする。

 

「先輩、準決勝のほうは」

 

「ああ、勝ったで。ワイが決勝点や。それに川上もビシッと抑えてくれたんやぞ。ナイン全員の怒涛の集中打。白洲の連続タイムリー、小湊の猛打賞、打撃陣は調子が出てきたぞ」

 

「――――明日は打線が爆発しそうっすね」

 

「けど、走塁死のおまけつき、期待をうらぎなかったぜ」

 

「う、うっさい!」

 

 

ここで沖田は、ようやく成孔との試合に勝利したことを聞き、安堵した。同級生に聞けるような雰囲気ではなかったのだ。

 

 

その次には、金丸と東条、見知らぬ少年4人がやってきていたのだ。

 

 

「??? ん? 金丸? 東条? 後ろの4人は誰かな?」

金丸の知人なのは確かなのだろうが、部外者ではないのかもしれないと納得する。

 

「大京シニアの瀬戸拓馬っす。来年青道に入学する予定で、こっちは奥村光舟。俺の相棒みたいなもんです」

 

「――――――よろしく」

瀬戸少年はずいぶんとコミュ力が高いようで、人見知りな感じがする奥村少年をついでに紹介する。奥村少年は沖田から見ても気難しい性格をしているのがわかる。

 

「へぇ、こんなに早くから入学を決めてくれるとはね。来年からよろしくな。俺も絶対に戻ってくるから」

沖田は、自分がどういう状況であるかを診断医に理解させられた。脳内出血がなかったとはいえ、セカンドインパクト症候群の危険性もあるため、最低3週間は絶対安静が言い渡されたのだ。

 

セカンドインパクト症候群とは、脳震盪後にそれらの症状が続く中、再度同じダメージを負った時に、それが原因で死亡率が50%と跳ね上がることもありうる、恐ろしいものだ。さらに、死亡せず生存を果たした場合でも、何らかの障害が残る可能性も高いという、危険な状態であることも指摘されている。

 

 

 

 

しかし沖田にとって、そのブランクは長すぎた。精密なバットコントロールが持ち味の彼にとって、感覚が薄れるのは痛すぎるのだ。

 

恐らく、二度と怪我しなかった自分の理想には追い付くことができない。

 

「――――――それと、後ろの二人は」

 

「松方シニアの九鬼洋平です! ポジションは投手。金丸先輩たちの1年下で、この試合も見てました。一打席目のホームランは鳥肌が立ちました!」

 

「おっ! 金丸たちの後輩君かぁ。いいなぁ、俺の後輩たちはみんな関西圏だからなぁ。」

 

 

「あ、あの」

そして今までもじもじしていた少年が、若干緊張した面持ちで声をかけてきた。

 

「ん? どしたの、君。青道もここまで入部希望者が殺到するとか、有名になったなぁ」

 

「今年の準優勝チームですよ、先輩! その上1,2年主力のチームなので、注目度も段違いっすよ。」

青道が有名になったと今更実感を覚える沖田に対し、ややあきれた言葉をかける九鬼。

 

 

「尾道シニアの新田直信です。えっと、沖田先輩の活躍はいっぱい見てました。その、今日はなんといえばいいのか―――――」

 

 

「俺にも後輩ができたぞ、信二!」

 

「俺に振るのかよ!? いや、まあ後輩の話が出た直後で舞い上がるのはわかるけどさぁ」

若干目が赤い金丸が苦笑いする。案外元気そうな沖田を見て落ち着きを取り戻したのか、もう落ち着いたとみていいだろう。

 

「へぇ、そういえば。昔は体の線が細かったような気がするなぁ。物陰から視線を感じたけど、あれは君だったのかな?」

 

「はい!! 俺、沖田先輩の練習を見てすごい感銘を受けたんです。自分なりに調べて、効果を知って、さらにいいなぁと思ったんです!! だから、その―――練習を盗み見ていました」

興奮した口調で次々と言葉を述べていくが、自分の言っている内容を悟り、だんだんと声が小さくなる。

 

「いや、人見知り過ぎだろう。声をかけてくれればよかったんだが――――」

 

「え!? 声をかけてよかったんですか!? えっと、練習の邪魔になるなぁと思っていたので――――その」

 

「ナオ、こいつはそういうのあまり気にしないぞ。むしろ俺たちを巻き込んできたしな」

 

「巻き込まれたおかげでレギュラーだけどね」

 

金丸と東条が新田少年の悩みにストレートに解決策を提示してしまう。むしろ、新田少年の気遣いは無用だったのだ。

 

「そ、そうなんですか!? (そうだったんだ)」

 

「おう、俺もいつまでも青道にいるわけではないし、後輩が出てこないと強豪は回らないからな。気になることがあったら聞いてこい。まあ、俺は今こんなザマだけどな」

 

「そんなことないです! 完治したら、いろいろ参考にさせてください!!」

 

 

なんとも騒がしい面々だったが、沖田の立場としては一番心配してくれた仲間である金丸が元気を取り戻しただけでも、良しとするのだった。

 

それに、思いがけず来年の後輩たちにも会えて、それなりによかったと思った沖田。

 

 

 

 

 

そして、成孔の部員たちとも思いがけず出会った沖田は

 

 

「今回の件、本当にすまねぇ。明日の決勝もあったのに」

枡が深々と頭を下げるが、手で制す沖田。

 

「こっちも避けられなかったし、因果が廻り回ってやってきたと思うし、あんま気にしてねぇよ」

 

それから沖田は、自分の過去を彼らに話した。

 

だからもう、気にするなと。俺もお前らと同じで過去はそっち側だった、と。

 

 

許してもらえた自分が、今度は相手を許す番だと。

 

 

沖田は、それを聞いても中々表情の冴えない小川を見つけると、

 

 

「まあ、そうだな。お前、野球を嫌いになるなよ。それだと、俺が許さないから! またとんでもないサウスポーが生まれたなぁ、って思ったの、中々ないしさ。ライバル減るのは面白くないし」

肩を落としている小川に声をかける沖田。

 

 

「次は三振かホームランみたいなシチュで、ガチンコで白黒つけたいしな!!」

 

 

「!!!!!」

小川はその言葉に目を見開く。自分が言えることではないが、人間が出来過ぎているのではないかと。

 

 

男鹿監督も、沖田の態度に驚きを隠せないでいた。

 

「本当に君は、大丈夫、なんだよね?」

 

 

「ちょっと張り切りすぎて、休む機会もなかったんで! 止まって考えて、完治後にさらっと選抜でホームランを打つので、そんなに心配しなくていいですよ!」

 

セカンドインパクト症候群?なにそれ?ですよ、とあっけらかんと笑う沖田。

 

 

こうして、成孔とのやり取りは、沖田の能天気すぎる対応で事なきを得ることに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして最後に、片岡監督を含む副部長の面々がやってきた。

 

「――――――沖田、分かっているとは思うが、明日の出場は俺が許さん。病室で安静にしておけ」

 

「――――――まあ、死にたくはないっすからね」

 

いきなり死んだら、今度こそ取り返しが利かない。プロに入る夢、トリプルスリーを目指す野望を果たせなくなる。

 

―――――大塚だと、わがままを言いそうだけど

 

「体治して、戻ってきます。だから、監督は明日勝つために何が必要か。それだけをお願いします」

毅然として、沖田は監督に監督の役目を託す。ここで自分が枷になるわけにはいかない、迷いになってはいけない。

 

「――――――――」

 

「そんな顔をしないでください。明日も大人しくしていますから」

屈託のない笑顔で、逆に大人組を励ます沖田。

 

「沖田、その。」

 

 

「太田部長も、なんて顔をしているんですか。俺のことは大丈夫です。診断結果も見ましたよね?」

 

 

「沖田君、嘔吐や耳鳴り、特に体の異変は起きていないの?」

高島副部長が尋ねる。平然としている沖田だが、脳震盪特有の症状が見られないのが逆に心配だった。

 

だから、彼が自分たちを気遣って無理をしているのではないかと。

 

「いえ、まだ得には―――――やばい時はナースコールするんで、大丈夫です」

 

「そうなの? でも我慢はしないで、これはあなたの命に関わることなのよ」

先程から容態が特に変化しているわけでもなく、高島は沖田の様子に一安心し、ようやく心が休まったようだ。

 

「はい! 分かりました、高島先生」

サムズアップで返す沖田。

 

 

「沖田。明日は選抜を決める試合だが、あとで録画したものを見るといい。無理に観戦する必要はないからな」

ぽつりと、監督がもらす言葉。それを聞いて沖田は

 

 

「勝つのは青道。当然です。けど、リアルタイムで試合は見るもんでしょ?」

屈託のない笑みでほほ笑む沖田。しかし、頭に巻いている包帯が逆に目立ち、余計に痛々しい。

 

 

「――――――体を治して、春には戻ってこい。そして、這い上がってこい、沖田」

 

レギュラーはおろか、一軍にいられるかもわからない。しかし、あえて這い上がれという厳しい言葉を投げた監督。

 

「パワーアップしすぎて、腰を抜かさないでくださいよ、監督♪」

 

「俺はそんなに年を取っていないぞ」

たがいに笑みを交わす両者。もう心配いらない。彼は必ず這い上がってくる。

 

――――待っているぞ、沖田。

 

 

沖田道広は、逆境を前に燃える男なのだ。

 

 

 

 

片岡監督ら、大人組が病室を出た後、

 

「明日は、薬師と明川。どちらと戦うのかなぁ」

 

 

コンコンコン、

 

ここで、病室のドアをノックする音が聞こえる。

 

「ん? どうぞ?」

誰だろう、と沖田は訝しむ。

 

「――――――――」

 

そこにいたのは――――――

 

 




というわけで、1年越しの課題でした。

今回のストーリーは、好事魔多しの面もありましたが、

だいぶ前から考えたことでした。

大塚が、別の立場でもしあの場所にいたら、

沖田が違う立場になったら。

本当の意味で考えてこの先も乗り越えなければいかない命題です。

まあ、大塚と沖田が人間出来過ぎているところもありますが。


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第127話 夢の果てに

今日の試合、まさかまさかの試合だった。

なので、奮発して書き上げました。


最高という言葉では表現できない逆転に次ぐ逆転。

そのゲームで今シーズン初の貯金生活はこみ上げるものがありました。

三上投手は疲労がピークを過ぎているかも。休ませてほしい。

調子が取り戻せば、6月30日のように必ず結果を出してくれる選手なんです。



7回裏、薬師は秋葉を打ち取られ、続く増田が打席に立つ。

 

――――――正直、ライチが打てないボールを狙っても打てない、そう考えてたけど

 

相手は明らかにストレートで勝負をしてこない。冷静に最善手を打ってくる。力勝負にこだわるような相手ではなく、ストレートに狙い絞る意味がないことを悟る。

 

 

しかし、それこそ楊の術中。低めの変化球への意識が向いた瞬間、高めの釣り球で誘い出す明川バッテリー。

 

打者の反応を見て、楊が増田の意図を見抜いていたのだ。

 

 

―――――ミットめがけて投げる、だけでは足りない

 

 

自分の仕事は、打者を抑えること。相手の反応を見ずに投げるバカがどこにいる?

 

 

最善を尽くす、夏の大会ではそれが徹底できていなかったことを思い知る。

 

―――――感じろ、読み取れ。思考を、意図を

 

考えて野球をしろ。頭を常に働かせろ。

 

 

初球の釣り球にピクリと反応する。だが、捕手から見れば

 

―――――反応したけど、すぐにやめてる。これは低め狙いか?

 

 

目線もどこか低めを意識しているように見えなくもない。

 

続くワンバウンドのスライダーに空振りを奪われる増田。ゾーンが低く設定されており、アッパーに近い。

 

それを見た明川はインハイのストレートを選択。簡単に追い込んだ。

 

 

――――ここでゾーンに来るのかよ。

 

手を出すことができず、焦りの表情を出してしまう増田。もし、ストレートへの意識が高ければ、とドツボにハマりそうになる。

 

 

続くアウトハイのボールは明らかに見せ球。明川バッテリーが彼の出方を見ているのだ。

 

 

ここで、彼が低めの変化球への警戒をさらに強めていることが読み取れる。

 

 

低めを捨てているようにも見える明川の選んだ選択は、

 

 

増田にスイングを許さない、これ以上ない正解だった。

 

 

――――――インロー、ストレート、だと!?

 

 

ピンポイントに対角線のリードを選び、成し遂げた楊瞬臣。ストライクゾーンに入ったストレートは、自画自賛の一球だった。

 

――――悪くないが、次だな

 

しかし切り替えを刹那のうちにしてしまうのが彼の恐ろしいところだ。

 

 

続く3番三島もスライダーで内野ゴロに打ち取るが、これで三振の数は15となる。打者21人に対し、半分以上の三振を奪う離れ業。

 

 

―――――ボールがバットに当たらない。

 

 

試合は終盤の8回表。明川学園はついに継投策に適応する。

 

 

先頭打者の8番ライト亀田が軽打で出塁。

 

「なっ!?」

秋葉のストレートを簡単にはじき返したのだ。速いモーションに対応するために、トップの位置を早く作るという指示がハマり、亀田は苦も無く打球をライト前に飛ばす。

 

確かにテンポの良かった秋葉だが、内側に入った速球を簡単に引っ張られたことに驚きを隠せない。

 

 

 

 

 

続く9番ショート柿谷がセーフティを試み、これも決まってしまう。ここで、秋葉は不運にも逆を突かれ、打球への対応が遅れる。

 

 

「―――――――痛すぎる、致命的だな」

白洲が渋い顔で今のプレーの感想を述べる。

 

「ああ。ここで送りバントを決めれば一死二塁三塁。犠牲フライでも点が入る。今日の楊瞬臣の出来だと、この失点は致命傷だ」

倉持も、今日の楊の調子を考えれば、ここで点を取られた瞬間に試合が決まると踏んでいた。

 

1番センター鈴木は左打者。レギュラーのうち6人が左打者の明川。バントの構えを見せ、時には引いたりと薬師バッテリーにゆさぶりをかけてくる。

 

「くっ」

秋葉もカウントを取りづらく、間を取ってしまう。歩かせた瞬間に満塁。しかもノーアウト。

 

 

「―――――――厳しいですね」

大塚もさすがにこの状況ではもう明川に完全に流れが来ていると感じていた。

 

 

「上がってくるのは、明川か?」

あの大塚が言うほどだ。倉持が大塚に尋ねる。

 

「わかりません。ただ、薬師はここでカードを切らなければ手遅れになります。流れを変えるきっかけさえ生まれれば。……厳しいでしょうが」

 

 

 

 

秋葉を含む内野陣が集まる。ここで守備のタイムを使う薬師高校。

 

 

 

 

 

 

 

「――――――よくここまで投げてくれた。サンキューな、秋葉」

真田が気さくに、このピンチを招いている秋葉に対し、なんでもなさそうに声をかける。

 

「っ!!!  真田先輩。けど、明日の試合は――――」

 

「―――――監督もわかってるはずだ。今日勝てなきゃ、明日もねぇよ」

真田は、打てる手をすべて打ってこそだと言い放つ。暗に、自分を登板させろと。

 

 

 

「エースの華は、チームを勝利に導く投球だろ? 俺に預けてくれねぇか、この試合も、明日の試合もよ」

 

 

真田は、じっと轟監督のいるベンチを見る。

 

 

 

 

轟監督も、ここで彼が何を思ってこちらを見ているかがわからないほど愚鈍ではない。

 

――――軽いキャッチボールしかやらせてねぇのに、ここで投げたい、か

 

轟監督の指示通り、真田には座らせて投げることを留めていた。チーム力が上がり、目先よりも先を見据え過ぎた。

 

最善策と言いながら、目の前の試合に最善を尽くせていなかった。

 

だが、連投を許していいのか。真田の連投を防ぐために、下級生を散々しごいてきた。ここで、酷使を許していいのか。

 

 

―――――エースと心中、か

 

 

轟監督がベンチを出た。

 

 

 

その瞬間、大塚は席を立ち上がる。

 

 

「――――――ここで来るか!!!」

真田が投げる。その意味の重さを知る。この試合、ここまで温存をしてきたのは明日のことを考えたからだろう。だが、そんな余裕もなくなったということだ。

 

 

『シートの変更をお知らせします。ピッチャーの秋葉君がキャッチャー。6番、キャッチャー、秋葉君。キャッチャーの三島君がファースト、3番、ファースト、三島君。ファーストの真田君がピッチャー、5番ピッチャー、真田君』

 

 

「見ものだな。」

御幸が冷静にそう言い放つ。ここで真田が得点を許さなければ、流れはまだわからない。

 

 

 

初球は、真田らしからぬ137キロのストレート。2番三森の内角を突く。

 

―――――さほど球威を感じない。緊急登板だからか?

 

すかさず、二塁へのけん制を行う真田。こういうところには疎いはずだったのだが、この試合の真田は真っ先に、明川の盗塁を警戒していた。

 

「―――――データにない行動? けど、今更修正した?」

渡辺も、不可解な真田のけん制に首をかしげる。

 

続く2球目は外に外れるシュート。並行カウント。

 

 

 

ここでも真田は二塁へのけん制を行う。当然のことながら、二塁はセーフ。付け焼刃のけん制でランナーを刺すことなどできない。

 

 

続く3球目はカットボールが外れてボール。これでバッティングカウント。

 

「!!!」

 

「どうことだ、こりゃ」

 

白洲、倉持が真田の奇行に目を見開く。ここで3度目のけん制を行ったのだ。

 

明らかに打者の集中を削ぐようにしか見えない行為。それをエースが行っている事実に観客の間でもざわめきが起こり始める。

 

しかし、真田がブルペンで投げてないことを知る御幸は、

 

「―――――グレーだけど、俺でもそうするわな」

 

何とかして、真田の肩を作ろうとしている。一時の恥を惜しむことなく、勝利するために何をするべきか、覚悟を持って行っている。

 

観客からのブーイングは意外なほど少なかった。真田の投球スタイルを知る者からすれば、困惑以外何もなく、球速が上がらない現状を知る者は、すぐにそれを看破した。

 

 

 

そして、第4球

 

 

うなりを上げるストレートが姿を現す。

 

 

147キロのストレートが、ど真ん中に決まるが、それを空振りする三森。いきなり伸びのあるストレートを投げ込んできて、悔しそうな顔をする彼は、どうやら先ほどまでの真田の行動を理解していたようで、それに驚きをさほど感じてはいなかったようだ。

 

 

続く5球目――――――

 

 

「え!?」

 

 

手元で沈んだストレートに芯を外されたのがわかる。

 

 

ツーシーム。真田が会得した3番目の変化球。打たせて取るストレート系にバリエーションを加え、彼が欲した答えの一つ。

 

 

 

 

 

 

打球はサード。完全に打ち取った当たりだった。

 

 

 

が、

 

 

 

 

「なっ!?」

 

轟の目の前のベースに当たり、ボールはイレギュラー。無情にもファウルゾーンに転がる。

 

 

 

「!!!!」

薬師ナインにとってはツキがなさすぎる。表情を変えるなというのが難しいだろう。

 

 

―――――まじかよ、ここまでツキに見放されるのかよ!!!!

 

轟監督も、このイレギュラーに唇をかむ。

 

 

 

だが、そんなイレギュラーに食らいつく男がいた。

 

―――――終わらせない!!!

 

 

打球を見た二塁ランナー亀田が三塁をオーバーランしているのが見える。ファウルゾーンの端まで向かうであろう打球だ。躊躇いもないだろう。

 

 

 

彼はこれまで守備で迷惑をかけてきた。

 

 

 

だから、これ以上守備で言い訳をしたくなかった。不甲斐ないプレーをする自分が許せなかった。

 

 

 

夏の練習で思い知った守備の重要性。連勝をする中で、自分の守備が狙われていることを自覚した。

 

バカな彼でも分かる。あれだけ、サード方面に打球が飛んできたら。

 

 

自分のエラーが失点に繋がる光景を見せつけられたら。

 

 

 

 

 

完敗をして、悔しさを感じて、自分にもう言い訳をしたくなかった。

 

 

――――――止まりたく、ない。

 

 

 

―――――終わりたく、ないっ!!!!!

 

 

獣のような反応で、打球に飛びついた轟。大歓声の中、亀田は三塁からホームへ突っ込んでいるのが見える。

 

 

彼は今、膝をついた体勢。ふつうなら立って送球したほうが正確だ。だが――――

 

 

 

「!!!!」

真横から、真田は雷市が両膝をついたまま送球するのが見えた。

 

 

―――――おいおい……

 

この親子に出会ってから、自分たちは充実の日々を、そして今まで以上に悔しい気持ちを味わうことができた。

 

 

―――――こんなことがあるのかよ

 

 

胸の高まるようなプレー。この試合ではもう見ることすらないと思っていた。

 

 

無謀のように見えて、一番アウトを取れる方法を取る彼の本能的なプレー。それはまるで、自分がねじ伏せたいと思っていた男のようで

 

 

 

亀田の足よりも速く、轟の思いを込めた送球が秋葉に届いた。

 

 

「アウトぉぉぉぉぉ!!!!!!」

 

 

呆然とした表情で宣言を聞く亀田。大歓声の薬師応援スタンド。このビッグプレーに会場がわいた。

 

 

 

 

「――――――これが、野球か。」

大塚は、分からないものだなと思う。たった1球で試合の流れがガラリと変わる。轟のスタンドプレーにも似たファインプレーが、薬師の消えかけていた勝機を取り戻したのだ。

 

 

「おいおい。なんて守備だよ。なんてむちゃくちゃな」

倉持が唖然とする。スナップだけのギャンブルにも等しいプレーだ。それを行う覚悟、いやそれを体がやったことに驚いている。

 

「この出鱈目さ。どこかで見覚えがあるな」

御幸は、楽しそうな笑みを浮かべている。

 

――――まるでお前みたいじゃないか、沖田。

 

 

ノーアウト一塁二塁の場面で明川は二塁ランナーを失うものの、一死二塁一塁のチャンスが続く。

 

 

しかし、勢いに乗る薬師の真田はバックを信じ後続を見事に断ち切った。

 

 

「ここで、守り切ったか。なんて奴らだ」

倉持は薬師の粘り強さを前に賞賛の言葉以外でなかった。

 

「ああ。エースの登板で、流れが変わる。薬師の目も出てきたぞ」

 

 

8回裏、先頭打者はファインプレーを見せた轟から始まる。明らかに2打席で打ちのめされていた彼の様子ではない。

 

しかし、楊も簡単にヒットを許すわけではなく、低めの変化球を駆使する明川バッテリー。

 

 

それでも我慢を覚え始めている雷市が低めの変化球を見極めるシーンが出始めていた。

 

 

―――――ここで低めの見極めができるようになっているのか

 

 

 

前の2打席とは違う。低めの落ちるボールを初球見逃すあたりから、何かが違う。

 

「――――――――――」

 

興奮するような場面。特に8回表のヒーロー。叫び声をあげるのが予想されたにもかかわらず、轟雷市は静かな所作で打席に入っていた。

 

 

――――夏から秋に入る頃だっけな、あんなライチを見るようになったのは

 

 

雑念やら何やらがすべて消えた、完全に集中している姿。声すら上げることを忘れた姿。

 

 

そんな彼は、決まって必ずチームを何度も救ってきた。そんな彼にチャンスで回せば何かが起きる。

 

 

続くストレートが若干高いがこれもファウル。彼にしては珍しく、ストレートを打った打球は後ろへと飛んでいく。

 

 

弾丸ライナーでライト線に切れるようなものではない。

 

―――――読みづらくなった。何が狙いだ?

 

気味の悪さすら感じる彼の打席への入り方に警戒を強める楊。

 

 

 

3球目はアウトローのスライダー。これはわずか外れてボール。しかし際どいボールであるにもかかわらず、明らかに対応力が上がっているのが見て取れる。

 

 

―――――ここはストライクからボールのツーシームスプリット。

 

 

――――わかった。ずっと、これで戦ってきたもんな。

 

楊の明かす、落ちるボールの正体。それはツーシームの縫い目にそう握り方に、浅いフォークの握り方を加えた、特殊な変化球。

 

大塚の予想は間違えてなどいなかった。このボールはツーシームフォークの派生版にして、楊の資質に大きく依存している球ともいえる。

 

ゆえに、浮いたと思うような高さであってもこのボールの変化量は落ちない。むしろ、浮き上がり、鋭く落ちるために逆に打ちづらい面すらある。

 

 

ストレートに対していまだに大ぶりのファウルをしていた彼相手に、一番とれるボールだと信じて。

 

 

 

 

カキぃぃぃぃンッッッ!!!!

 

 

しかし、ここで二人にとってありえない光景が目に入る。

 

 

―――――ここで、軽打だと!?

 

 

軽く合わせるような、腰をくいっと小さく回転させたようなスイングを見せたのだ。それは、これまでホームランや長打が目立つ彼にはありえないスイング。

 

 

しかも、打球は鋭い当たりでないにもかかわらず、左中間を破ったのだ。

 

 

「!? ここで、この場面で!! 軽打で記録を破れるのか!!!」

愉快そうな声を上げる御幸。この大記録を実現させてしまうであろう投手相手に、3打席目で食らいついて見せたのだ。

 

「―――――落ちるボールを狙っていた、わけではないよね? いや、あれは狙っていたのかな。本能で」

 

 

先頭打者の轟が塁に出る。ノーアウト二塁のチャンスに続くは5番真田。

 

 

 

―――――あのフルスイングの雷市が執念を見せたんだ。

 

 

バットを握る力が強くなった。この局面で心を突き動かされないわけがない。

 

 

 

 

―――――………ライチが塁に出たんだぞ。

 

 

 

ここで少しでもランナーを次の塁へ進めることができれば、自分がヒーローになるのではなく、勝利するために必要なのは、

 

 

 

 

 

 

今は、綺麗なヒットはいらない。

 

 

「!!!」

 

真田は敢えてヒットを捨てたバッティングを試みた。地面にたたきつけるような打球が高くバウンドし、轟の三塁への進塁を許してしまう。

 

この試合初めて表情が少し崩れる楊。これまで完璧な内容で薬師を封じ込めていただけに、この一死三塁の場面はかなり重い場面である。

 

ここで6番はライトの平畠。当然ながらノーヒット。しかし、バットに当たれば何かが起こる局面。

 

明川の踏ん張りどころであることに変わりはない。

 

「―――――明川は内野フライか三振しか許されない場面。必然的に空振りを奪う可能性の高い場所にしか投げてこない」

 

球威で抑え込むか、キレで打者を圧倒するか。

 

 

明川はここで前進守備。内野ゴロで突っ込んでくるゴロゴーへの警戒を強める。外野も前進し、内野と外野の間を埋める。

 

注目の初球は低めストレート。落ちるボールを警戒していたであろう平畠はそれでも果敢にスイングをしてファウルになる。

 

―――――ここで必要なのは、高いバウンドのゴロ。それ以外は狙うな!!

 

ここで必要なことは、轟を如何にして生還させるか。余計な色気は出さない。確実に点を取れる、一番勝利に近い選択は何かを考える。

 

 

緊迫の終盤8回の攻防。続くボールは楊も力が入ったのか、スライダーが高めに抜ける。

 

高めの抜けたボールは完全なボールとなる。これでワンボールワンストライク。ここでストライクを奪いたい明川。

 

―――――ここで来る確率が高いのは、高めの速球か、低めの落ちるボール。

 

叩きつけるバッティング。地面にたたきつける打球がほしい。

 

 

3球目、高めの速球に空振りを奪われる。当然楊も力を入れる場面。球速も148キロといいボールがミットに突き刺さる。

 

 

この攻防を見守る御幸たちは

 

「―――――」

 

固唾を呑んで見守っていた。

 

 

 

恐らくこの攻防を制したチームが明日の相手。目をそらすことなどできない。

 

 

 

 

緊迫の場面、楊の4球目。彼が選択したボールは縦のスライダー。外角に投げ込まれたが、

 

「ボールっ!」

 

これを見る平畠。低すぎたのか、バットを出してこない。これで並行カウント。ここにきて連投の疲れも出始めたのか、ようやく楊に疲労の影響が出始めていた。

 

むしろ、この準決勝まで疲労の影響を感じさせない彼が末恐ろしい存在ではあったが。

 

 

 

そして、勝負の5球目がやってくる。

 

 

 

楊がセットポジションから投球モーションを始める、構える平畠。

 

 

それを見守る大塚栄治。この勝負がどうなるのか、ここを凌いで明川が来るのか、それとも薬師が決めるのか。

 

青道のエースという立場を忘れ、一野球ファンとしてこの勝負を食い入るように見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

「―――――――――――え?」

 

 

 

勝負を見守っていた。

 

 

 

 

 

楊の投げ込んだボールがワンバウンドし、後ろに逸れた。それを見た轟が敢然とホームへと激走。後逸したボールがクッションボールとなり、捕手の対応が遅れていた。

 

 

――――――なん……だと…!?

 

 

大塚の心を騒めかせる。それは観客も同じだろう。彼の心と同じように彼らは大きなどよめき声をあげる。

 

 

 

大塚にとって、今目の前で起きている現実、

 

 

轟がホームインしている姿、

 

楊瞬臣が、

 

今大会無失点の彼が、ワイルドピッチで大会を去ってしまうかもしれないことを確信させる光景など、

 

 

――――――これが、野球、なのか――――――

 

 

ワイルドピッチをしてしまった楊は、轟がホームインし、守備のタイムを取った後に空を見上げていた。

 

大塚と同じように、悟ってしまったのだろう。ここが、この試合の分岐点だったことを。

 

 

試合はそのあと9回表一死まで動きを見せない。

 

 

先頭のバッターが倒れ、ランナーを出したい明川学園。マウンドには真田。打席には全打席出塁の楊瞬臣。

 

 

初球147キロのストレートにファウル。続くカットボールを見た楊。やはり投打で彼が大きな存在だったことは否めない。

 

しかし―――――――

 

 

真田の新しい球種、ツーシームを芯で捉えるも、セカンド増田の好守に阻まれ、ヒットにならず。

 

 

試合はそのまま薬師が逃げ切り勝利。予想外の幕切れに、観客は戸惑うばかり。

 

 

 

「…………」

 

スリーアウトになった瞬間、楊はそれまでの闘志を霧散させ、ほんの少しの心残りと、自分の高校野球が終わったことを実感していた。

 

――――――甲子園は、果てしなく遠く、険しい舞台だったのだ

 

 

台湾で自分を鍛え、日本で野球をやれる機会に賭けた。しかし、現実はそう甘くはなく、甲子園へたどり着くことはできなかった。

 

 

「瞬……」

監督が朗らかな顔で彼を励まそうとする。冷静な自分よりも、酷く感情をあらわにしたその顔に思わず困ったような笑みを浮かべてしまうのは、仕方ないだろう。

 

 

「それでも、私は日本で、高校野球をやり切りました。」

だからそんな悲しそうな顔をしないでほしいと、楊は心から思う。

 

秋季大会ベスト4。ただの中堅校だった自分たちがここまで来たことに、満足している者はいなかった。その空気を作ったのは、このチーム全員だ。

 

断じて、自分がいたからこうなったわけではない。全員が努力したからこそ、ここまでこれた。

 

 

 

「その機会を与えてくれた母校と、一緒になって戦ってくれたチームメイト。」

だからこそ、これで最後になる高校野球に、しっかりとけじめをつけたい。その1年を通して、世界が変わったのだ。

 

 

 

「日本の父である貴方に支えられた1年を、幸せに感じています」

 

 

 

楊瞬臣は、ワイルドピッチによる今大会唯一の失点よって大会を去る。試合終了後、最後の挨拶をする彼は、そのことで感情を爆発させることはなかった。

 

 

「よく頑張ったぞ、楊!!」

 

 

「プロで見たい!! 必ずドラフトに出てくれ!!」

 

 

「また世界であの投球が見たい!!」

 

 

「ナイスピッチ、瞬臣~~~!!!」

 

 

 

夏に引き続き、温かい声援が降り注ぐ。今度は準決勝という超満員の舞台で。

 

―――――プロ、か

 

楊はこれから公式戦に投げることが出来なくなる。代表招集がなければ、もうアピールする機会はない。

 

 

重くのしかかる現実。試合勘の欠如は、それほどまでに致命的なものだ。プロを目指すには、この困難を乗り越えなければならない。

 

 

 

 

 

 

――――――先にプロで暴れといてください。で、もう一度勝負しましょう。

 

 

不意に、夏に出会った好敵手の言葉が脳裏をよぎった。

 

 

 

――――――今日のようで、結果の分からないハラハラする試合を!!

 

 

 

そして見つけた。この試合結果に驚いている大塚栄治の姿を。

 

「楊さん―――――」

彼は内心期待をしていたのだろう。それを思うと、そのifを連想してしまう。しかし、この秋季大会を経て自分の気持ちは変わったことを、彼に伝えなければならない。

 

 

 

 

「―――――俺は何が何でもプロに行く。お前へのリベンジだけではない。自分と、彼らの夢を背負って、俺はプロで、必ず活躍する」

 

 

”夢をみることは、重荷を背負うことだ”

 

日本の偉人の一人が、いつか言い放った言葉。その意味をようやく理解できた。

 

 

 

 

「だから、俺は止まらない。俺は、止まらないからな」

 

 

 

 

 

 

 

声援を最後まで送ってくれた観客、そして立ち尽くす大塚に、深々とお辞儀をしてベンチの裏へと消えていった。

 

 

 

多くの観客に惜しまれつつも、高校野球を終え、空白の期間に突入する楊瞬臣。

 

 

「ええ。空白期間があるとはいえ、上位指名で取らなければならない選手です。」

多くの球団が、空白期間を経験した選手の上位指名を諦める中、ただ1球団の、ただ一人のスカウトが、それでも彼を推す。

 

彼は、同世代で輝きを放っている柿崎則春、成宮鳴らを諦め、来年の大卒投手を1位指名では諦めろというのだ。

 

「彼は文字通り10年に一人の逸材。秋季大会を一人で投げ切ったスタミナは勿論、圧巻はあの制球力。現時点で常時140キロ前半を投げ、最速149キロ。他の候補と比べても、あそこまで制球の良さをアピールできる投手はいません」

この男は、それでも電話の主、大阪ブルーバファローズの球団部長に進言する。

 

 

『うーむ。確かにいい投手だが、冒険せずに社会人を1位指名でいいだろう』

 

 

「外国人枠を使ってでも、1位で取る必要のある選手です! 何よりあの細身であのスピードボールを放れます。現段階でも即戦力で、上積みも十分見込めます」

 

 

彼の中で評価の上がっている投手は青道の沢村栄純、横浦の辻原公康、そして光陵の成瀬達也。

 

いずれもサウスポー。強烈な特徴を持った投手。

 

 

無論、青道のエースも、マークしていたが、大塚栄治は横浜とのパイプが強すぎる。

 

本人の意思に関係なく、横浜入りが既定路線だ。他の球団は本郷や降谷のような剛速球、もしくは大学生投手に目が向いている。

 

 

だが、もし楊を取ることが出来れば―――――

 

 

彼らがライバル関係であることはリサーチ済みだ。球場でのあのやり取りから見ても間違いない。

 

『上位は無理だ。3位辺りで残っていたら、という方針にしよう。』

 

 

楊にとっての戦いは終わったが、楊を巡る戦いは水面下で始まっていたのだ。どこがギリギリまで我慢し、最初に獲得するか。

 

 

もしくは、彼の可能性に賭けるか。

 

多くの球団が撤退するなか、ブルーバファローズは楊へのマークを強めるのだった。

 

 

 

そして、彼らは知らない。横浜が大塚世代で本当に欲しい選手を。

 

 

 

投手豊作の再来年のドラフト。球界に激震が走るドラマまで、あと少し。

 

 

 

 

大人たちの駆け引きなど知らない若者たちは、この試合の余韻から抜け出せない。

 

それほどの試合だった。まだ、試合は続いているんじゃないかと。

 

 

そんな今日の第二試合を見ていた倉持は呟いた。

 

「投手が抑え続けても、いつか限界が来る、か」

援護が続かないと、いつかはこうなる。

 

「ああ。援護点がないと、必ずこうなる例を嫌というほど見せつけられた気分だ。正直、明川が来ると俺は思っていたんだけどな」

御幸は、まさか楊がこの大一番で唯一の失投、ワイルドピッチをしてしまったことに驚きを隠せなかった。

 

「――――――正直、俺は安心してるぜ。真田も相当厄介だが、結局楊から放ったヒットは1本。薬師打線は轟のツーベース一本に抑え込まれたんだからな。」

倉持は、明川の楊が来るのではなく、薬師が来てよかったといってしまう。しかしそれも仕方ないだろう。今年の夏に続き、楊は敗戦したにもかかわらず、その評価は上がり続けている。しかし、今大会で楊の甲子園への出場は絶望的となっただろう。

 

もう高校野球で楊と対戦することはない。それは安心することではあるのだが

 

 

「―――――――――」

大塚は、この結果に黙り込んでしまっていた。いまだに現実を受け入れきれない。そして、ある事実だけが残った。

 

 

 

―――――結局、あの人を攻略できたチームは、最後まで現れなかった。無論薬師も、青道も攻略したとは言い難い。

 

 

 

そして来年の秋まで彼は表舞台に上がることはないだろう。実戦経験のない彼が代表に選ばれる可能性も低いだろう。

 

 

この試合の余韻に浸っていた一同に朗報が舞い込んでくる。

 

「――――――それは本当ですか!? はいっ!! はい、わかりました!!」

渡辺の電話から、沖田の意識が戻ったという報告も舞い込んできたのだ。生命の危機はないということで、1か月後には問題なくプレーができるというので一先ず安堵する一同。

 

「――――――第一声が、『知らない天井だ』はさすがに沖田らしかったね。本当に良かった…」

 

「ああ。コントどころじゃなかったからな、俺たちは。」

 

上級生たちが安堵する中、

 

「―――――よかった。沖田は、無事……だったんだ」

大塚は肩の荷が下りたような気分になった。が、明日の試合もあるので、

 

――――沖田、必ず選抜に行くから。だから、僕は必ず、やり遂げるから―――――

 

強い、そして譲れない想いを秘めて、彼の病室へと向かう決意をするのだった。

 

 

 

 

 

しかし、当然ながら明日の試合、そしてその先の神宮は出ることができない。ベンチ入りメンバーから外すことも決定され、それを沖田は異議もなく承諾したという。

 

 

「試合も終わったし、俺たちで最後に沖田に会いに行こうぜ。」

倉持がそういうと、一同も異論はないのか固まって行動し、沖田がふんぞり返っているであろう病院へと向かうのだった。

 

 

 

 

その病室では、

 

「いやぁあ。マジで死ぬかと思いましたよ」

上半身を起こし、体の下半分を布団で覆い、ベッドの上でケラケラと笑う沖田がいたので、

 

 

「その笑顔を見て心配する必要がねぇと今確信したわ」

倉持が沖田の笑顔を見て苦笑いをする。

 

「本当に具合は悪くないのか? 大分長い意識障害の脳震盪だったのだろう?」

白洲が長時間の意識障害の脳震盪について不安を口にする。

 

「ええ。お陰様で。幸運の女神に愛されているんでしょうね。ホームランも1本打てたし。ただ、眠いっすね。疲れまし――――――イッ!?」

その時、驚いたような顔をする沖田。

 

 

「お、おい!? 本当に大丈夫か!? やっぱりどこか痛いのか?(ん? 布団? なんか盛り上がってね?)」

御幸が突然痛がった沖田を心配する。しかし、不自然に布団が盛り上がっていることにも気づく。

 

「い、いえ!! ちょっと舌噛んだだけです。あまりにも無警戒だったもので。すんません、心配かけて」

少し慌てた表情を見せる沖田。御幸と白洲、倉持は沖田の様子ばかりに目を向けていた。

 

「沖田、心配させないでよ。無理しちゃだめだ(本当にどうしたんだろう、まだ頭痛がするのかな?)」

大塚も、心配そうに声をかける。が、その気苦労はすぐに無駄になることを知らない。

 

 

「?」

首をかしげる渡辺。

 

「体はしっかり治せよ」

 

「ああ。選抜でお前の力は必ず必要になってくる。」

倉持、白洲には激励の言葉をかけられる沖田。

 

 

先ほどから御幸は唇を固く結んでいた。これはあれだ。何とか吹き出しそうになるのを耐えている顔だ。

 

「そっか――――っ。じゃあ俺たちも、沖田の言う“幸運の女神”とやらに、感謝しないとなぁ?」

余程おかしいのか、ついに含み笑いを隠すこともできずに、意味深な発言をする御幸。

 

「え、えぇ!! 感謝してますよ!!」

途端に狼狽え始めている沖田。

 

「どうしたんだ、御幸? それに沖田も様子がおかしいぞ」

倉持は、二人が意味不明なコントを始めたと勘違いし、やや呆れた声色で二人の様子を訝しむ。

 

 

 

―――――いや、これは。まあ、なぁ……

 

そして大塚。

 

 

沖田しか見ていない御幸を除く先輩たちとは違い、布団が少しだけ盛り上がっていることに目がいっていたが、コメントする必要はない、コメントしたらひどいことになると結論付けたのだ。

 

 

 

布団の下に、僅かだが黒い布が見えたのだ。そしてそれを知るのは”4人”だけだろう。

 

 

 

―――――ないよ、これはないよ。あんまりだ。人が心配したのにそれなの、沖田……

 

 

 

「先輩。沖田はもう大丈夫そうなので帰りましょう。」

さりげなくこの場を去ることこそ、“彼ら”にとって最善だろう。正直、今はちょっとむかむかするので、すぐに離れたい気分だった。

 

――――けど、今どういう気持ちで隠れているんだろう。気になるなぁ

 

 

しかし、気になる自分もいるどうしようもない状態の自分に悟る大塚。

 

 

 

「?」

 

「大塚? まあ、準備はしないといけないが」

 

結局、御幸を除く何も知らない上級生たちを連れて病室を後にする一同だったが、

 

 

「あ、悪い。ちょい忘れ物。」

御幸が思い出したかのように病室に戻る。何を忘れたというのか、渡辺は不審に思ったが特に言及せず、

 

 

 

「ちょっと主将を“監視して”おきます。僕がつくので先輩方はお先にどうぞ」

大塚ももっともらしい理由をでっちあげ、この場を離れる。

 

 

「お、おう。御幸の奴、気でも抜いてるんじゃねぇのか」

倉持が軽率な御幸は珍しいといいながら、白洲と渡辺とともに先に青心寮へと戻るのだった。

 

 

その後、

 

「とりあえず、危なかったな。彼女さんはどうした? なぁ、どうしたぁ?」

御幸が煽るように言う。沖田は引き攣った笑みを浮かべるだけだった。

 

「えっと、その。いや、すいません。けど、あそこまで心配してくれて…間が悪かったというか。まさか先輩方が入るとは思っていなかったので…」

 

 

「まあいいや。あそこまで想ってくれる奴がいるとか、うらやましいなぁ、畜生」

 

 

「す、すみません。いっぱい心配をかけてしまったので。あの後すぐに出ていっちゃいました…」 

しかし、そのうらやましい目にあっている彼は悲しそうだった。何やらそのあと、赤面のまま彼女は病室を後にしたそうだ。沖田がもうちょっといてほしいなぁ、という前に姿が消えてしまったので、かなりテンションが下がってしまっていた。

 

 

 

「ところで、明日の試合はどうするんだ? もしかして、病室で二人っきり? 甘いねぇ~~」

 

「えぇ!!? ちょっ、勘弁してくださいよぉぉぉ!!!」

うろたえる沖田だったが、

 

 

「け、けど!! イチャイチャするのは楽しいっす、先輩!!」

 

 

「ぐぬぬ……嫌みか!! 嫌みだよな!? 嫌みだな!! 嫌みだなんだろぉ!! 俺だって、俺だってやる気になればなぁ!!」

 

 

それは、沖田の彼女が戻ってくるまで続いた。

 

 

 

その会話を外で聞いていた大塚は、

 

 

「――――――もう知らないよ………一日だけ知らない」

ぷいっ、と病室の外でいじけるのだった。

 

「一日だけ知らないって、それもどうかと思うけど」

彼女にその件について突っ込まれ、御幸と仲良くとぼとぼと病室を後にするのだった。

 

 

 

 




楊君の挑戦は終わりました。選抜も絶望的ですね。

点を取れなきゃ勝てない。薬師戦に勝利した先の決勝戦でも同じです。なので、楊が負けるのは予定通りでした。


本作の時系列を2011年あたりにしようと思います。高校は架空選手ばかりですが、大学、社会人は似た選手がいる設定です。

いつになるかはわかりませんが、番外編に1年生、2年生たちが参加するドラフトもしたいと考えています。

2012年→御幸世代

2013年→大塚世代

まあ、さすがに現実の選手の順位を優先する予定? 


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第128話 集大成に至れるか

大分テンポは良くなったかな、投稿速度。




沖田が無事に病院でおとなしくしている(明日はイチャイチャするかも)ことがわかり、安心した御幸と大塚は、遅れて青心寮に帰還を果たしていた。

 

「てか、扉の向こうで聞いてたな? くっそぉぉ、俺だって、俺だって――――」

 

「あれだけ大騒ぎしても、周りは見れてるんですね――――先輩にもいい人は見つかりますよ」

 

「やめてくれ。マジで落ち込むから。」

 

 

「ははは…」

御幸が本当に落ち込んでいるので、ここまでで話を一旦切る大塚。

 

 

私語をしながら、青心寮へと向かう二人。しかし、御幸が沖田の彼女について尋ねたので、話は掘り起こされる。

 

 

 

「しかし、今日彼女が病室にいたことには僕も驚きました。まさか彼女さんがお見舞いに来るとは。そこまでのお付き合いみたいです、あの二人」

どうやら、ご家族にも公然の仲であるらしく、心配になった女学生がたまらず連絡をかけたらしい。

 

 

 

そしてやはり、御幸たちが来た時に布団の中に慌てて隠れたらしい。ということはかなり密着した状態だったということで、

 

「あの野郎、今日爆発しかけたけど、末永く爆発しとけと思ったよ。女の泣きはらした面はあんまり見たくねぇし、趣味でもねぇ………嗚呼……リア充爆発しろ」

 

 

「女にやさしいなんて、キャプテン今日はどうしたんですか? 最後余計ですけど」

 

 

「おまっ、人がせっかくいい感じにまとめようとしたのに!!」

赤面で反論する御幸。心外だ、と言わんばかりに噛み付く。

 

――――最後のせいで台無しですよ。大誤算ですよ、先輩

 

しかし気になることもあった。

 

「えぇ!? でも、女っ気のなさすぎな御幸先輩ですし、てっきり手厳しい言葉をぶつけるばかりだと」

女の話題では印象にも残らないほど壊滅的な主将なので、大塚は意図的にそういうことから逃れているとばかり考えていた。が、甲子園の時に散々怒られたことを思い出す。

 

―――――冗談気に彼女欲しそうなことを言っていたけど、本気だったんだ

 

 

 

「俺がいつ女っ気なさすぎぃぃ!? てか、マネさんいるだろ。そこまで俺は終わってないぞ!!」

 

「いや、マネさんを恋愛対象にするのはちょっと……確かにかわいいですけど…すいません、僕が言えた立場ではないですね。すいません」

そういえば、春乃はマネージャーだったと思い出す大塚。恋愛対象が仮にそこだけだとあまりにも悲しすぎな青春だと思ったが、自分はまだセーフだと信じたい。

 

 

一応、彼女持ちなので。

 

 

「謝るなよ!!! マジで謝んなよ!! 謝んなぁぁぁ!!!!」

 

悲しい男の絶叫が響くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

青道ら主力メンバーが去った後、彼女は程なくして戻ってきたのだが、

 

二人っきりになった沖田と彼女の空間に入ってきたものがいた。

 

 

「久しぶり、花屋の前以来だね」

花屋の娘がいることにあまり驚かない黒羽が、開口一番に沖田の彼女に挨拶をする。

 

「あ、あの時の」

 

「情報が早いな。さすがは天下の横浦」

冷静な顔ではあったが、黒羽がやって来たことに驚く沖田。

 

「まあな。横浦としてはお前がいるのといないのじゃ、青道へのアプローチも変わる。けど、今回はそういうわけでもないんだよな。」

 

そう言って、黒羽は自分のスマートフォンを沖田に渡す。

 

 

「?」

沖田は首をかしげる。

 

 

「お前はもうぴんぴんしているけど、広島のあいつらはそうじゃない。とても心配していたぞ」

 

 

 

「あ!! あいつら、リアルタイムで見ていたのか!?」

沖田はすぐに広島の友人たちのことと思い当たり、ばつの悪そうな顔をする。

 

 

「俺は席を外す。君も席を外したほうがいいだろう」

そう言って、黒羽はしばらくの間彼女にも退席をするよう促した。

 

「―――――はい」

どこか納得していないようだったが、それでも自分が入れる空気ではないと知っているため、沖田の病室の外に出た。

 

「てか、お前の交友関係広くないか?」

沖田は、いつの間にここまで広くなったのかと黒羽の人脈の広さに驚いた。

 

「大阪や兵庫、関東辺りの強豪とは練習試合もあったし。その時にな」

少し誇らしげな黒羽だが、気恥ずかしいのか沖田に背を向ける。

 

 

 

「――――今回は助かった。ありがとう」

 

 

「ふん、全力のお前を今度は抑えてやるからな。選抜は覚悟しとけよ」

 

そう言って、黒羽は部屋を出た。

 

 

その後短くはあったが、沖田は自分が怪我をしたことを改めて伝え、安静にするから大丈夫、と戦友たちに自分の声で伝え、広島での沖田負傷騒動に終止符を打つことになる。

 

 

「―――――(ふうん、悪くないな)」

黒羽は、彼女の様子を見てまるで品定めするような雰囲気だった。

 

「――――――」

黙ったままの彼女は、じっと黒羽を見ていた。

 

「まあ、あいつが惚れたんなら納得か。なんにせよ、末永くな」

 

 

すると、彼女の表情が変わる。どうやらまだ彼の彼女とは、表面上では認めていないらしい。

 

 

「まだ、将来がどうとか、私にはわからない。アンタにそこまで言われる筋合いはない。それにまだ私は……」

何か迷っているような様子の彼女。

 

 

「気になり始めているのは、事実だろ?」

 

 

「―――――」

図星なのか、黙り込んでしまう。しかし視線だけはじっと黒羽を逃がさないあたり、肝もそこそこ据わっている。

 

――――ああ、ほんとタッチの差だよな。もしくは地理的条件?

 

見れば見るほどいい女だ。今まで見た中で一番かもしれない。

 

 

「お~い、終わったぞ!」

その時、沖田の電話が終わったというコールが聞こえた。

 

 

「――――まあいいや。話も終わったようだし、俺はここで失礼させてもらう」

黒羽は、沖田からスマートフォンを返してもらい、沖田の病室を後にする。

 

 

――――後のことは知らない。初めからスタートラインにいなかった俺には

 

口惜しい、本当に口惜しいことだが、ここで自分は速やかに去るべきだろう。

 

だというのに、黒羽の顔はなぜか晴れやかだった。

 

――――いいものを見せてもらった。それぐらいは思ってもいいだろう。

 

 

 

 

 

場面は戻り、青心寮。

 

 

 

全員がようやくそろったところで、今日の試合の分析、そして明日の試合の予想ミーティングが始まる。

 

「今日の試合、先発の降谷も粘り強く投げてくれた。しかし今日の中盤での大量失点、先発の経験の浅さが招いてしまったことは否めない。大会終了後の練習試合、どんどん先発起用をしていくので、これを無駄にするなよ」

 

 

「はい」

確かに悔しい思いをした降谷だが、いい経験といえる試合展開になってよかったと内心ではほっとしていた。

 

「そして今日は川上が見事な投球で流れを呼び込んでくれた。すべての球種を有効に使い、御幸もうまくリードしてくれた。守備のリズムが生んだ、この試合の逆転は間違いなく川上の貢献が利いている。次の出番でも頼むぞ」

 

「はいっ!!」

抑え起用を任されていたが、ここでロングリリーフを完ぺきにこなしたことで、信頼度も上がっただろう。川上にとっては飛躍を感じさせる試合となった。

 

「打線も先制打以降中々点を取れなかったが、中盤ビハインドで繋ぐ野球をできたことは大きな意味を持つ。明日の決勝も後ろの打者につなぐ意識をもって、スタメンだけではなく、ベンチの総力で相手投手陣を打ち砕こう。」

 

はいっ!!!

 

きょうの試合のピックアップはなんといっても打線がつながったことだろう。小湊が猛打賞、白洲の連続タイムリー、大塚の複数安打。足も絡めた攻撃的な野球。

 

東条の当たりが止まったことは気がかりだが、最後の打席は芯で捉えていたので、不調というわけでもない。今日はツキがなかった。

 

「そして決勝の相手だが、夏の大会でコールド勝ちした時とはわけが違う。継投策を駆使し、粘り強く、堅い守りを維持する厄介なチームだ。エース真田の疲労も恐らくほとんどないだろう。それだけ今日は1年生投手の継投が機能していたことになる。」

 

その後、監督から渡辺にスイッチ。分析結果を全員に説明する。

 

 

薬師はもともと打撃のチームだと思われていたが、今日の試合で投打ともにバランスのいいチームに仕上がったことが事実となった。

 

エースの真田を中心とした、守り勝つ野球。轟を中心とした攻撃陣の充実。

 

ある意味、攻撃陣に劣る明川よりも厄介かもしれない。楊瞬臣が規格外なだけで。

 

「守備も、夏の大会からかなり鍛えられていると思います。特に三塁手轟の守備範囲は広く、二遊間も堅い。振り切ったスイングじゃないと、内野の間はなかなか抜けないと考えられます。」

 

ここで言葉を切ると、スコアラーの渡辺は補足説明をする。

 

「薬師の内野守備の練度は上がりましたが、連係プレーにまだ齟齬があるようで、コーチャーは時には強気の走塁を指示したほうがいいと思います。」

 

渡辺曰、基本の守備、反応速度はかなり仕上がっているが、複雑な連係プレーに不安が残るという。

 

 

「エース真田は、新球種のツーシームにかなりの自信を持っていると考えられます。シンカー気味に沈むので、必然的にゴロの打球が多くなると予想されますが、強いスイングで、球足の速い打球を飛ばすこと、このポイントを意識したほうが、アウトになる確率は低いかもしれません。」

 

 

「もっとも、ツーシームだけではなくカットボール、シュートも健在です。空振りを奪えるボールこそありません。しかし、今日の試合でもいきなり相手先発がチェンジアップを投げてきた例もあるので、そうなったときも変に動揺しないようにしてください」

 

真田に対する考察はファストボール系の変化球だけなのかという不安。空振りを奪う球を覚える。そうしなければ、パワーで押し切った沖田道広への対応は不十分だからだ。

 

彼は相当沖田を意識している。渡辺がもし真田の立場なら、一つだけ変化球を習得し、それは間違いなく空振りを奪う球である。

 

ツーシームだけとは考え難い。

 

「状況的に明日の先発は間違いなく真田が投げてくると思う。こちらが大塚君をぶつけることがわかっている状況で、序盤に失点するようなら致命的だからね。」

 

 

「ということだ。明日の先発は大塚栄治、お前だ」

 

 

「!!! 先発の役目、最善を尽くします!!」

片岡監督からの大役の任。燃えないわけがない。大塚は好投を誓う。

 

「最後に沖田のことだが、当然のことながらスタメンに入れることはできない。神宮に出ることになったとしても、出場は絶望的だろう。よって、ショートには倉持に出てもらう。」

 

「はい!!」

沖田負傷の影響でやはり倉持が明日のショートを任される。ここで活躍をすれば、併用の可能性も出るだけに、あまりうれしくない原因ではあるが全力を尽くすことを誓う倉持。

 

 

打順についても多少変更があった。

 

 

1番右 東条

2番二 小湊

3番中 白洲 (左)

4番捕 御幸 (左)

5番投 大塚

6番一 前園

7番三 金丸

8番左 麻生

9番遊 倉持 (両)

 

空席となった3番に白洲を置き、6番には前園を上げる。ラストバッター倉持は下位打線からのチャンスメイクという、重要な役割を任される。

 

本当は3番に投手の大塚を任せたいと考えていたが、それでは彼の負担が大きい。全員野球、投手大塚の調子を考えれば、5番打者というのは適切なのかもしれない。

 

 

特に、大塚にはこの試合でこれまでの成長の成果、進化の証を見せたいと意気込んでいた。

 

当然のごとく御幸と狩場、小野が生贄に捧げられたのは言うまでもない。

 

「すいません。縦のストレート、以前狩場も御幸先輩も取れなかった縦のSFF、速い縦スラの練習もしたいので」

 

縦のフォームの全力ストレート、そして縦のフォームだと変化が鋭くなるSFF、高速縦スライダー、パラシュートチェンジ、ドロップカーブ、縦スライダー。

 

この球種も使いたい。明日の試合で投げたい。受け取ってほしいと考えている大塚。

 

なお、縦のフォームだと今まで通り上記以外のスライダー、カットボールの変化量が減り、シンキングファストは引っ掛かる確率が増してしまう。ただ、キレとスピードがそれぞれ上がるという利点が判明した。

 

 

ゆえに、5種のスライダーを縦のフォームでも投げられないわけではない。体のキレがあるならば、むしろ縦のフォームのほうがボールの圧力は強いだろう。惜しむらくは、大塚自身が縦のフォームに体が耐え切れないのが難点であり、長いイニングを投げるのには不都合であること。

 

勝負所でこのフォームをぶつけるつもりなのだ。

 

「えぐいって、あの消えるSFFと鬼神スライダーはやばいから。」

狩場が引き攣った笑みで大塚の変化球に変なネーミングをつける。

 

「消えるSFFの表現はわかるけど、スライダーのほうが強そうなのが納得いかない」

大塚もなぜかずれていた。

 

――――違う、そうじゃない

 

御幸が心の中で突っ込むも、言ってもややこしくなるだろうと結論付けた。そして狩場の意見に異議があるわけでもない。

 

――――スプリッターだと思ったけど、あんなスライダーのキレは見たことがなかった。

 

もはや驚くようなことではないが、大塚のスライダーはいまだに捕り切れない。溢す確率のほうが高い。そして、縦のSFFもそれは同様。

 

ドロップも、丹波のカーブに比べると回転量も多く、急激に縦に割れて落ちるので、初見の打者なら見るだけになってしまうだろう。

 

―――――まあ、使えそうな球種が多すぎて、精度はこれからだろうけど。

 

実際、制球が不安定な縦フォームのドロップはまだお蔵入りだ。お披露目は選抜ぐらいだろうと。

 

 

―――――この目の前の投手がさらに成長したら、どうなるんだろうな

 

歪んだ、悪い笑みを浮かべているのだろう。狩場が気味悪がっている。大塚は戸惑いを見せていた。

 

「えっと、先輩?」

キョトンとした表情で、尋ねてくる後輩。それが未来の日本のエースになるかもしれない、それが面白くて、とても楽しみで、

 

笑みが零れる。

 

「いや。お前はやっぱとんでもない投手だよ」

 

 

「とんでもない父親がいますしね。来年もっと状態がよくなりますよ。また158とか投げるんじゃないですかね」

 

「42歳で158キロ投げるおっさんとか怖すぎ。そして状態が衰えるんじゃなくて、回復したとかいう妖怪。お前も大変だなぁ」

状態がいいと楽しげに言い放つ大塚和正。オフシーズンにウィンターリーグに行きたいと言えるほど、体力が回復したという。無論、参加など許されるわけもなく、若手と秋季キャンプ、その先の自主トレに励んでいると聞く。

 

当然、オフシーズンも家には中々帰ってこない。

 

 

 

 

「世間話もいいですけど、そんなに投げないんですぐに試しますよ」

 

「いいぜ。縦フォームのスライダーとSFF。明日使えるようにしないとな」

 

二人が盛り上がっていると、

「最初は反応すらできなかったが、今は半々の確率。キャッチング技術を磨かないとな」

 

「止めることはできるんだ。来年の秋、いや、来年こそ!!」

 

小野と狩場も燃えていた。なお、狩場は逸らすことはない。肩の強さ、打力において御幸に劣っていることが、スタメンが遠い理由である。

 

しかし、無駄話が立て込んでいたので彼らにとって思いもよらない客が次々と現れてきた。

 

 

「お!! やってんじゃねぇか! 主力組は調整をした後は疲労回復に努めてんのによ。」

 

「まあ、そう言うなって。今日の試合はそれだけ疲れが残る試合だったし」

 

 

「伊佐敷先輩!? 小湊先輩まで!!」

驚く大塚。まさかここで上級生たちの登場。これから立ち投げをしようと思った時に現れたので緊張してしまう自分を自覚する。

 

「これまでの経験を活かすと聞いてな。どんなボールか見てみたくなった」

 

「キャプテン!?」

 

「今のキャプテン俺だぞ!!」

思わず突っ込む御幸。

 

 

「現エースの投球。大学でも参考にしたいからな」

 

「悪いな、大塚。俺もみんなに便乗させてもらう」

 

遅れて丹波とクリスまでやってきた。

 

 

「大塚が投げるのに、寝ていられるかぁぁ!! つうか、俺!! ほとんど疲れないですけど!!!」

 

「今日の反省を生かしたい。勉強させてもらう」

 

いつもの沢村、降谷も現れた。

 

「―――――明日の先発の状態も見たいのでな。観客は多いが、気にせず続けろ」

 

「噂の縦のフォーム。今まで見る機会はなかったが、今日こそは見させてもらうぞ」

 

 

「監督、落合コーチ!? 高島先生まで―――――」

 

大人組も現れることになるとは、と大塚の緊張が高まる。

 

「大塚? 私もいるんだが――――」

 

「す、すいません太田先生」

 

 

結構なギャラリーとなったところで、立ち投げを開始する大塚。

 

 

―――――試合とは違う緊張感。おっと、力むな、力むな

 

 

「そろそろ座らせるぞ、大塚」

 

完全装備の御幸が座り、ついに投球が開始される。

 

 

「最初、通常のフォームで順に投げていくぞ。まずはストレート!」

 

「はいっ!!」

 

ノーワインドアップからゆったりとしたモーションで投げ込まれるボールには、以前とは違う力強さがあった。

 

 

轟音とともに御幸のミットに吸い込まれたボールに、

 

「おお、軽く投げて140キロは間違いなく超えているな」

 

「確かに、低めに伸びてくるようなナイスボールだったぞ、大塚」

 

先代バッテリー組が大塚のストレートに感嘆を漏らし、

 

4種のスライダーを見た時には、

 

「何で5種類もスライダーを持ってるんだよ!! 後、高速縦スライダーはどうしたぁ!!」

 

「いえいえ、難易度が大塚にも俺にも高いんで。あとですよ」

伊佐敷がスライダーの種類に突っ込んだり、噂のスライダーのお預けに騒ぐが、御幸が後で投げると言い放つ。

 

ドロップ、動くストレートも見慣れており、一通りの通常のフォームでの球種が終わりかける中、

 

「次、高速縦スライダー」

 

明日の試合のカギを握るであろう、大塚のまだ公式戦で見せたことのない球種。

 

二振り目の宝刀に成り得るのか。

 

 




今永……は責められないよなあ。

何故若手ばかりが悲しみを背負うのか。

山岡君は新人王を取れる存在だった。

ヤクルトはケガの連鎖から逃れられないのか…


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第129話 遠き理想、届いた野望

連続投稿中。また未定になるとまずいので、吐き出します。

128話から読んでください

7月13日。ドラフト編を番外編に投稿しました。


高速縦スライダー。御幸の指示が発せられた瞬間、空気が変わった。

 

集まったギャラリーの注目を集める大塚の新たな武器。紅白戦の審判を務めた結城以外の上級生は知り得ない、公式戦でまだ投げていないボール。

 

 

あの大塚が、そこまで慎重になるボール。上級生たちは興味津々だった。

 

 

 

 

 

通常のフォームでは紅白戦でお披露目の高速縦スライダー。沖田と第2打席の御幸に対してのみ投げた決め球。その両者がどちらとも掠らなかった。

 

狩場の言う鬼神スライダーは、縦のフォームで投げた時のそれを指す。

 

 

ストレートと同じ球速で変化し、急激に縦に曲がる―――

 

それが高速スライダーの特徴。

 

 

 

回転量の数が4種のスライダーに比べて桁外れな暴れ馬は、御幸の目の前、ベース板の手前でさらに加速したかのような変化を起こし、縦に曲がった。

 

「!!!!」

何とか止めた御幸だったが、それは後逸を防いだだけという実感のほうが強かった。甘めのストライクゾーンから鋭く――――――際どいコースへと決まったこの決め球は、ギャラリーの反応をマヒさせた。

 

 

「――――――――――」

片岡監督は、このスライダーを見て言葉をなくしていた。あの鉄面皮の彼が、あそこまで衝撃を受けた顔を上級生たちは見たことがなかった。

 

―――――紅白戦の時よりも、コントロールもついているな。

 

これならば、十分に実践で使える。スプリットを警戒している相手にさらにこの球種まで加われば、打者は堪らないだろう。

 

 

それはそれとして、この男は世間をいつも驚かせないと気が済まないのか、と良い意味で呆れた気持ちになる片岡監督。

 

 

受けた御幸は

 

――――あぶねぇぇ。見失うところだった。てか、捕れてよかったぁ

 

キャッチャー目線ですら、危うく視界から消えるほどの変化球。捕ることが難しいと感じさせる変化球。

 

「なんだそりゃぁ!? どういう回転をかけているんだよ!?」

伊佐敷はしばらく思考停止していたが、御幸が苦笑いをしているところを見た瞬間に回復し、大塚に突っ込みを入れる。

 

「えっと、握りつぶす感覚です」

 

「なんだそりゃ!? ボールを握りつぶすって、えぇぇ!?」

 

 

「先輩ッ! ちなみに俺のスライダーもそんな感じです!!」

ここで沢村が自分をアピールするべく、原理は同じだと宣言する。

 

「なに? あとで教えてほしいんだが、沢村」

丹波もその話に乗っかり、しばらくフェードアウトする二人。この後、丹波はツーシームとスライダーについて熱く議論を進めることになる。

 

二人ほどギャラリーが減り、

 

 

 

「―――――悪い、大塚。打席に立たせてもらえないか?」

ここで、結城が打席に立ってそのボールを見たいと言い出した。

 

「え、わかりました。そういえば、あの紅白戦でも球筋は見ていましたよね?」

紅白戦で初お披露目の通常のフォームでの高速縦スライダー。結城は主審を務めていたが、打者目線でこの球種を見てみたかった。

 

 

 

結城が打席に立ち、大塚が再び噂の高速スライダーを投げる。

 

―――――危うくあの時も見失いかけた。打者の目線ではいったいどれだけの

 

 

結城は球筋を見るだけだった。しかし、

 

 

「――――――驚いたな。本当に消えたぞ」

結城は苦笑いをしながら感想を述べる。

 

「正直なところ、最初は本当にスライダーなのかと疑問に思ったが、スライダーだと気づかせてくれないのがこの球種の憎いところだな」

 

軌道がストレートとほぼ同じだということが、この球種の威力を物語る。

 

「これは、カットするのも一苦労かな。コースに決められたら手に負えないね」

カットの名人、小湊亮介でも大塚の今のスライダーは手に負えないと思わせるナイスボールだった。

 

 

 

「―――――つまり、スライダー特有の膨らみが小さい、そういうことかな?」

落合コーチが大塚のスライダーの特徴を言い当てる。スライダーだと最後まで悟られないことが、この変化量との相乗効果を生んでいた。

 

「つまるところ、大塚のSFFと同じ特徴を持ったスライダーということか。いやはや、これで強烈な変化をするという縦フォームのスライダーがある、恐ろしいな」

落合は、縦フォームではない高速縦スライダーでこれなのだから、縦フォームで投げた場合のスライダーはどれほどの球なのかが逆に知りたくなった。

 

球速もおよそ130キロ中盤から後半の間。

 

 

「えっと、次はSFF行きます」

 

引き続き結城が打席に立って、その球種を見極めるが、

 

「―――――スピードが増したな。以前よりも伸びがある。打者はストレートだと思ってスイングをして、初めて落ちたことを認識するだろう。相変わらず、チェックゾーンを超えて沈むから、見極めは難しいぞ。」

 

SFFにも問題がなく、いよいよ縦フォームが完全解禁される。

 

 

「―――――――」

片岡監督も、大塚の本気のフォームである縦のフォームは夏以降見ていない。体に相当負担がかかるということで、本人も封印していたのだが、体の馬力が上がったことで、当人が誓った封印が緩んでいるということを気にしていたのだ。

 

――――負荷を考慮して封印したフォームを、今になって行う。

 

それほどの価値が、この先に見られるという。

 

 

上級生たちも固唾を呑んで見守る。

 

 

「縦フォーム、まずはストレートから行きます」

 

大塚がノーワインドアップから投球モーションを始める。ゆったりとした動きから、滑らかな動き。レッグアップも連動している、無駄がない印象を強めていた。

 

テイクバックも通常フォームと途中までは一緒だったが、次の動作により違うものに分岐していく。

 

通常フォームよりもダイナミックな体全体を使った躍動感を感じさせるダウン、からのステップという動作。上半身の力が強まった、というべきか。上半身と下半身の出力の比率が変わったのだ。

 

 

 

通常はごく自然な、体をあまり反らさない力感を感じさせないものであり、縦フォームはより躍動感、力強さを感じるそれに変化していたのだ。下半身に引っ張られる感覚。比率でいえば、下半身が主体。

 

 

しかし、これは今までそれほど出していなかった上半身の力も加味している。左側の臀部も通常より上げているため、背中を若干反らし、リリースが高い位置に。

 

 

腰の回転で、腕が自然と出てくるような今までのスタイルから、背筋の強さと腕を強く振る動作も重なり、荒々しく、躍動感のあるものに。

 

 

 

身長185㎝の長身から繰り出される角度のあるストレートのリリースのタイミングは、

 

 

 

 

とにかく速かった。

 

 

 

 

ドゴォォォォ゛ォォンッッ゛ッッ゛ッッ!!!!!!

 

 

御幸のミットを危うく破壊するのではないかというほどの轟音が、収まった。

 

「うっ、いったぁぁぁ――――」

思わず御幸が呻き声を出した。あの高校野球屈指のキャッチャーである御幸が、彼の左手が危うく持っていかれそうになるほどの威力。

 

つまり、御幸もこのストレートを捕り切れていないことをギャラリーに悟らせる証であった。

 

「!!!!!」

その剛球に反応したのはまずは降谷だった。球速は自分とさほど変わらない。というより、ようやく縦のフォームで降谷に並んだというべきか。

 

しかし、体感速度、見た目の速度は雲泥の差だった。

 

―――――速かった。とにかく速かった。

 

 

球持ちのいい剛球。リリースから、腕の動かし方からすべてが参考になる。

 

 

―――――如何にストレートを効果的に、効率的に投げるか

 

たまたまアウトローに決まった。なぜ決まったのか。インコースの難しい場所になぜ決まったのか。

 

大塚を見ていると、フォームがいかに投球を支えているかが嫌というほどわかる。むしろ、根底だ。

 

 

「―――――次、変化球を試してみろ」

声がどことなく高くなっている気がする片岡監督。

 

片岡監督は、夏の甲子園の時よりもさらに変化している様々な点が変わったことを回想する。

 

これは通常フォーム、縦フォームのどちらにも言えることだが、右足の曲げ方がさらに軽くなったことだ。

 

秋の大会当初は、フォームが崩れていた影響もあり、この右足の曲げ方が少し過剰気味だった。腕の角度も安定せず、ストレートに伸びがなく、変化球こそ安定したが、シュート回転の気になるストレートになっていた原因の一つであった。

 

大塚自身、まずコントロールを選び、低めへの制球力を第一に考えた結果、上背のメリットを殺してしまっていたのだ。

 

しかし、秋の不調を乗り越え、成長をつづけた大塚栄治はこの右足の曲げ方を修正し、ボールの角度を上げることに成功した。

 

 

指摘したのは、片岡監督だった。しかし、試合中無意識に修正してしまった大塚には、答え合わせをするような感覚だ。

 

それでも原因が分かり、大塚の投球フォームが固まった要因でもあった。

 

 

 

片岡監督曰く、大塚のストレートはボールの回転軸の傾きが元々小さかったはずだが、それがさらに小さくなったのではないかという予想。もしくは、秋がひどすぎて、この決勝までで取り戻したというべきか。

 

直近の秋の状態を見慣れていたからこそ、体感的に伸びがよくなったと感じたのが正しいだろうと片岡監督は結論付ける。

 

しかしそれにしても、

 

――――ここまで速い150キロは、そうは見られない。

 

 

縦フォームは純粋なオーバースロー。横変化にあまり向かないフォーム。

 

スリークォーター気味のオーバースロー(通常の腕の角度)に比べ、縦の力が増したストレートがこれである。

 

正直なところ、冗談抜きに別人が投げているような錯覚さえ起こす。

 

 

「先輩。次はスプリット行きます」

 

大塚も監督の変化に気付いているのか、緊張感が増す投球練習に背筋が伸びていた。

 

「おう(いきなりスプリットかぁ。逸らさなけりゃ十分かな)」

低めのスプリットは非常に難しい。ワンバウンドは最悪、体で止めないとまずいと考えていた御幸。

 

 

ストレートと思った。一同はそのスピードを見て、一瞬ストレートだと思ってしまった。スプリットだと教えられていながら、そう考えてしまう。

 

 

御幸が、ミットでボールを弾くまでは

 

「うわっとっとっ!?」

何とか逸らさずに止めた御幸だが、ワンバウンドではないにもかかわらず、御幸が捕球しきれなかった。

 

――――コース良すぎ。最高のボールだけど、俺も狩場も捕れないからなぁ

 

「ワンバウンドじゃねぇよな、今の」

伊佐敷は御幸が取り損なったボールを見て呟く。

 

「ああ。縦は本当に大塚の高さを感じたな。通常よりも投げ下ろされている感覚が強く、より落差が出ていると感じた。前のストレートと織り交ぜられたら、好調時はバットが止まらないな」

 

しかし、結城としては

 

「俺としては、通常のスリークォーター気味のほうが球種も増えるし、平時はこれを続けるべきだと思う。が、勝負所で縦に切り替える。これがベストだと思う。」

 

結城は、縦をずっと使うのではなく、勝負所で使うべきと意見した。

 

「やっぱりそうですよね――――諸刃の剣でもあるんですよね、縦は」

大塚の負担もそうだが、球種を絞られるというリスクもある。さらに、御幸が完全に捕球できるかわからないという危険もある。

 

バッテリーの成長がカギを握るフォームである。

 

投手として成長を続けてきた。過去、何度も試合で助けられてきた縦のフォーム。しかし、投手としての充実と反比例し、その効力が薄まっているのも事実。

 

ストレートの伸びと縦のスライダー系2種、SFF、ドロップ、チェンジアップ以外の変化球が投げにくい。投球がワンパターン化するのは先発投手にとってはあまり良いことではない。

 

次は比較的、御幸が取れる縦のスライダー。高速縦スライダーはまだ投げない。

 

 

「落差あるし、これも結構速いし、鋭いじゃねぇか。これが高速スライダーじゃねぇのかよ」

 

球速は130キロ前半。落差もあり、変化も鋭い。

 

「いやぁ、まあ高速のほうはもっとすごいですよ」

 

次に、パラシュートチェンジの緩急と落差に一同が度肝を抜かれたり、ドロップカーブが3球目でようやくコースに決まるほど制球が安定しないことを、バッテリーが改めて思い知らされたりする。

 

消沈するバッテリーに一同が囃し立てるが、最後に決まったドロップカーブの変化は笑えなかった。

 

―――――あれをコースに決められたら、ストレートに追いつけないし、そもそもねらって打てるボールじゃないね

 

小湊亮介は、大塚のカーブをそのように評し、勝負所でこそ使えるようになるよう精進するべきだと感じた。しかし、本人たちも周りの意見を聞いてその方向に向かっているだろう。

 

最後に、縦フォームの高速縦スライダーの番がやってきた。

 

 

彼らが見たのは、御幸が『後逸はしない』と、ずっと集中してますオーラを放っていたにもかかわらず、彼が追いつけないほど強烈な変化をしたということ。

 

御幸が3度目にして、ようやく後逸を阻止したということ。

 

ワイルドピッチが怖すぎて、決勝戦では使えないことが分かった。

 

 

 

 

 

「練習通りのボールが投げられたら、明日も心配いらないな。」

打席で大塚のボールを肌で感じた結城が、断言する。

 

「投げるんです。絶対に。ここまで来た、夏と同じく決勝を任された。みんなの期待に応えてこそ、エースです」

大塚も断言する。練習でできたことを絶対に出す。

 

だが、冷静な彼がここまで断言するのは妙だと訝しむ。

 

「大塚―――お前」

 

「―――――正直、沖田が倒れた時、生きた心地がしませんでした」

 

隣にいた伊佐敷が珍しく聞きに入っており、小湊亮介はその成り行きを見守っている。

 

 

「だから、まあ―――そうですね。意識が戻ったと聞いて凄い安心しました」

 

「……気負うなよ。背負うのがエースだが、追い込むのはお前の悪い癖だ」

半年だが、大塚の性格は分かっている。

 

色々相手チームには誤解されているところもあるが、根はまじめだ。

 

「沖田がいなかったから負けた。そんな言葉は絶対に言わせない。これはレギュラー全員が考えていることです。」

 

強い口調で言い放つ大塚。明らかに気負いが見える。

 

「ったく、夏と変わらねぇじゃねぇか、栄治」

 

伊佐敷が心底呆れたといった口調で、突っ込んだ。チームの期待、学校の威信、すべてを背負い、投げてきた。痛々しくも、力強く、エースを目指す後輩の姿。

 

 

「―――――返す言葉もないです。」

 

 

一つ嘆息して、伊佐敷はそれでも笑顔で、後輩の背を押す。

 

 

 

「まあいいさ。お前はそれで。それを力に変えられるってのは、夏で散々見てきたしな」

 

悔しいことに、大塚はそういう場面で力を発揮してきた。明らかに心配されるような精神状態でも、結果を出してきた。

 

「そんなお前のために、頑張りたいって思ってるやつは、そこら中にいるだろうしさ」

 

その言葉、その事実があるからこそ、大塚栄治は投げ続けられるのだ。

 

 

この馬鹿な後輩はそういう男なのだ。

 

 

 

「―――――そう、ですね。一人じゃない。一人で野球をしているわけじゃない。苦しい時ほど、感じさせられる、感じられる」

 

 

「青臭いところはいまだに抜けきらないね。まあ、いいんじゃない? 丹波も似たような感じだし」

亮介にもぼろくそに言われる。だが、夏の丹波に似たという言葉は、大塚の心の琴線に響いた。

 

 

「―――――誰かの後は追わないって決めたのに、先輩のように、という言葉がどうしても響きますね」

 

力なく笑う大塚。

 

「―――――心配をかけてすいません。話せて気分が楽になりました」

 

「おう。そういうのは、主将に言えよ、今度からな。俺たちも、いつまでもいるわけじゃねぇんだからな」

 

 

「大塚、いろいろ大変なのはわかるが、あえて俺は期待しておくぞ」

 

「俺も哲也と同じかな。期待しかしないからね」

 

 

「ハードル高すぎ―――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

選手たちがそれぞれ寮に戻る中、

 

「―――――驚きましたねぇ。まさか、縦があそこまでとは、そして諸刃の剣であることも。つくづく、大塚栄治には驚かされる」

落合コーチは縦のフォームを見て大塚栄治のポテンシャルに驚きつつも、縦フォームの諸刃っぷりにも驚き、悩んでいた。

 

確かに、あの本気の大塚に対抗できる高校生はそうはいないだろう。しかし、捕手が捕り切れないボールは論外だ。

 

それでも、秋季大会の不調、以前から複数のフォームを投げ分けていたことは、大塚の修正能力を鍛える大きな要因となった。

 

これは決して、回り道ではなく、より大きく飛ぶための準備期間だった。そして、その期間はさらに伸び、成長を続けている。それは、不調というトンネルを抜けた後でさえも。

 

 

 

 

「私自身、大塚の実力に驚かされています。彼はさらに偉大な投手になる。そして、彼に挑み続け、神宮での背番号1を奪い取った沢村、虎視眈々と狙う降谷と川上。投手陣の充実は私の力量ではありません」

 

「おや? 神宮の背番号1は沢村ですか?」

いきなりの背番号1の話題に、落合が表情を変えずに尋ねる。

 

「あれだけの投球をして、今大会は無失点。明日の出番は大塚次第だが、間違いなく神宮の時点では沢村が背番号1です」

 

大塚は恐らくまた背番号18になるだろう、暗に監督はそう言っているのだ。

 

「―――――辞表の件、やはり決勝までは未定ですか?」

 

 

「――――――いくら鈍い私でも、選手たちの顔色が変わったのは分かります。私の話でいらぬ動揺を与えてしまったと当初は深く悩んでいましたが、これがモチベーションになり、ここまで来た―――――気持ちに変化があることは認めます」

渋い表情で、白状する片岡監督。

 

「――――――私は御免ですよ。貴方とともに成長したチームを引き継ぐなんて。とても私が入り込めるチームではないですからね」

 

 

 

「ええ―――――今更未練が残るほどに―――――」

 

 

後ろに続く言葉は、夜風にかき消され、落合コーチにのみ聞こえた。

 

それを聞いた彼は、満足そうに監督室を出るのだった。

 




神宮は沢村背番号1です。

大塚は、選抜の時期に成長痛イベントを入れます。選抜編を書くなら、大塚はリリーフ、もしくは外野手です。

新刊の展開次第で、セカンド、サード争いが激化するかも。

やばい、このままだと金丸が…


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第130話 ACE 前編

タイトルに困るので、これにしました。


11月3日。

 

ここに至るまでに様々なことがあった。

 

 

今年の夏を沸かせ、勝負の1年を過ごした選手たちは、ドラフトによってドラマを作った。

 

ビヒダスの優勝が決まった日本シリーズも終わった。

 

 

野球シーズンの終わりごろに近いこの日、

 

 

秋季東京都大会決勝が午後13時より開始される。

 

 

両チーム緊張感を感じさせる雰囲気を出しながら、決戦の地、神宮球場に足を踏み入れる。

 

今年の夏王者、青道高校。

 

 

二大会連続での決勝進出、先発は今大会調子を落としながらも粘投を続ける大塚栄治。初戦の帝東戦で初失点を喫し、鵜久森戦では逆転打を浴びるなど、不安定な投球が続いている。

 

さらに、鵜久森戦以降登板機会もなく、評論家の間では本調子には程遠いのではないかという意見まである悩めるエース。

 

そのうえ前日には、攻守の要である沖田道広が負傷退場。その日のうちに意識を取り戻したとはいえ、この試合はベンチメンバーから外れ、今年最後の出場が準決勝になってしまうことが確定的。

 

不安要素が多い中、打線は成孔相手に打ち勝つ逆転勝利で調子は上向き。早い回で大塚を援護できるかがポイントになる。

 

そんな意見が多くを占めるからこそ、準々決勝で好投し、夏の大会で薬師打線を相手に6回無失点の投球をやってのけた沢村栄純を先発にするべきではないかという意見さえあった。

 

 

この決勝を迎えるまで、沢村栄純の評価が上がり続けていた。

 

 

この決戦に、昨日から集まっていた青道OB、引退した上級生が来ないわけがなかった。

 

「くそっ、沖田の野郎が負傷で出られない。あいつが一番でたかったろうに!!」

伊佐敷が怪我で病院送りの沖田のことを気遣いつつ、苛立ちをあらわにする。

 

「そう言うな。ドクターストップで、命の危険性まで指摘されたんだ。球場で倒れるわけにはいかないだろう」

先代主将結城も、昨日は敢えて誰も指摘しなかった問題に対してついに口を開いた。

 

「噂では、例の彼女と病院で観戦中らしいぞ」

門田が沖田についての爆弾を投下した。

 

「んなっ!? 沖田に彼女ぉぉぉ!?」

当然知らない伊佐敷達は驚く。

 

「聞いてないね。ふぅん? そうかぁ、試合終わったら聞くしかないね」

 

 

「ん。報告することじゃないけど、後で沢村ちゃんに聞こう」

 

 

「―――――確かに、大塚も1年の吉川と、沢村は長野の彼女とまだ続いているらしいな」

 

 

「―――――噂好きなのはいいが、やはり独り身には堪えるからやめてくれ、門田」

切実な言葉を述べる結城。

 

 

「お前達、大塚の投球はどうした? 期待するんじゃなかったのか?」

やや呆れた口調で話すクリス。

 

「「心配していないな」」

伊佐敷と亮介が同じ言葉を話した。大塚なら大丈夫だと。

 

「―――――期待しすぎだろうに」

 

 

「―――――俺はとりあえず、完全試合をするに賭けるな」

ここで丹波が明らかに現実味のないことを話し始める。

 

「――――分の悪い賭けをするとはな、丹波。だが、いいだろう。俺は大塚の完封と予想する」

 

「どちらも無失点な時点でおかしいだろ。」

門田が今度は突込みのポジションに入るなど、上級生たちは、決戦を待ちきれない様子だった。

 

 

 

 

 

そしてその相手、薬師高校。

 

 

夏では好調時の大塚栄治を登板させることもできず、コールド負けを許してしまったが、チームの完成度は段違い。

 

4番轟、5番真田を中心とした打線に、充実の投手陣。それでも、青道投手陣と比べると、どうしても見劣りしてしまう。

 

しかし、大黒柱の真田を先発させず、準決勝では台湾のエース楊瞬臣相手に金星を挙げるなど、いろいろとついているし、勢いもあるといえる。

 

しかも、4番轟は楊相手に鮮やかなツーベースを打ったのだ。ならば、本調子ではない大塚栄治に届く、薬師贔屓の観客はその瞬間を見ようと大勢詰め掛けていた。

 

 

3塁側、薬師ベンチでは

 

「―――――あのサウスポーを登板させず、今大会調子の上がらないエースに決勝を任せる。いや、違うな」

轟監督は、世間の評価を否定する。

 

「―――――てめぇら、油断とかはあいつのボールを見るまでするなよ。あの小僧は世間を驚かせることしかしねぇ。不調でフロントドアとバックドアをしてくる変態だ。何かあるとみていいだろうな」

 

 

「―――――そもそも、コールド食らった相手に油断とかありえないっすよ」

真田は、夏の試合があるので、それはないと言い放つ。

 

「ああ。沖田がいねぇ打線とはいえ、成孔投手陣を打ち破ったんだ――――この大舞台こそ、俺が先発でしょうに!!」

三島が何やら先発志願を口にしていたが、オーダー票をもう渡したので変更などできないし、する気もない。

 

 

この試合は最後まで真田で行く。

 

 

「――――――いるんだ。目の前に」

轟雷市は、じっと大塚栄治を見つめていた。

 

「ん?どうしたんだ、ライチ?」

秋葉が声をかける。いつもと比べてえらく饒舌だと不思議に思い、彼は声をかけたのだ。

 

 

「いるんだ、目の前にすごい投手が。」

バカ笑いもせず、落ち着いた、というより闘志にリソースを奪われているといった表現が正しい、今の雷市。

 

―――――凄いな。ライチをこんな風にしてしまう相手が、最初から投げてくるんだ

 

準々決勝の市大三高戦でなりかけて、準決勝で最後の1打席で見せたこの集中力。

 

 

もしくは、彼がそうならざるを得ない相手が、目の前で投げているという証なのか。

 

 

 

両チームの試合前ノックは、決勝に来ることあって、どちらも鍛えられており、引き締まった試合が予想される。

 

『秋季東京都大会決勝戦!! 東西合わせ254校のうち、残ったのはこの2校!!』

 

 

『ダークホースから本命へ! 市大三高、台湾のエースを破った勢いは本物か!? 薬師高校!!』

 

 

 

『夏の甲子園準優勝、二大会連続決勝進出!! 西東京3強からついに抜け出した東都の王者!! 青道高校!!!』

 

 

ベンチから両チームが飛び出し、ダイヤモンドを二分するかのように整列する。

 

オーダーがバックスクリーンに表示される。

 

「やっぱり沖田は欠場か」

 

「あのケガだぞ、仕方ねぇよ」

 

「けど、3番沖田がいないのは痛いよなぁ、青道」

 

「でも、あの上位打線はやばいだろ。2番小湊とか、もうバントする気ないだろ」

 

 

「薬師は頭から真田を持ってくるか、先発が大塚だと、そうなるわな」

 

「ああ。ロースコアの試合展開になるだろう」

 

 

まず守備につく薬師高校。青道の攻撃は、1番打者に定着した東条秀明。

 

 

マウンドは薬師のエース真田。

 

注目の初球はストレート。膝の高さ、外側に決まるカウントを奪われる。

 

 

―――――クロスステップのせいで、球速以上にくるな、

 

右打者には体にボールが向かってくるような感覚だろう。

 

2球目はインコースのストレート。まだ変化球を投げてこない。振り遅れてしまう東条。

 

 

3球目、4球目はボール、そしてファウル。だが、ストレートを狙って前に飛ばない球威は、やはりクロスステップの恩恵のせいだろうか。

 

 

5球目、外のカットボールに空振り三振。これはもう高速スライダーとカットボールの間に位置するボールだろう。

 

『外、空振り三振~~!! まずは先頭打者を打ち取ります、マウンドの真田!!』

 

続く小湊にはストレートで押し切り、ライトフライに打ち取る。が、7球も粘られてしまう。

 

 

 

「なんか、お前に似てきたんじゃねぇか。あいつ」

 

 

「やっぱり兄弟なのかもねぇ。ま、あいつが至った道なら反論はしないけど」

 

「しかし、木製であれだけやれるとなると、俺より打てるんじゃねぇか?」

 

スタンドの上級生たちは、しっかりと上位打線の役目を果たす春市に目を見張っていた。

 

 

 

―――――確かに早い、けど、ツーシームの沈み方、カットボール、シュート。すべて引き出せたかな

 

小湊は、まず軌道をみんなに見せられたことで最低限は果たしたと考えた。

 

小湊を打ち取るために、球数を費やした真田。さらにツーシームを粘られたのも大きい。

 

 

―――――木製バット君は、やっぱ手強いねぇ。

 

続く白洲はストレートに詰まらされ、ショートフライに打ち取られた。

 

 

「くっ、なんという球威だ」

手首を振りながら、ベンチへと戻る白洲。

 

球速表示にも、147キロと表示されていた。

 

『スリーアウト!! 薬師のエース真田! 初回は3人で片づけました!』

 

『いいですねぇ、球威あるストレートでどんどんコースを狙っています。コントロールもいいので、計算できますよね』

 

 

そして後攻め。大塚栄治がマウンドに上がる。

 

 

 

「――――――すぅ―――――――はぁ―――」

深呼吸をし、マウンドに立つ大塚栄治。

 

緊張が全くないわけでもなく、背負っているものがいつもよりも大きいことを感じる彼の心境は、いかほどのものだろうか。

 

 

「まずは先頭だぞ、大塚!!」

 

「一つ一つ打ち取っていこう!!」

 

二遊間からの檄に手で応える大塚。マウンドで数球ボールを投げる大塚。

 

―――――違和感がない。久しぶりだ、この感覚は

 

 

公式戦で、こんな状態では入れたのがずいぶん昔のように感じてしまう大塚。自然と笑みが零れる。

 

 

そんな彼の様子を見ていた御幸、

 

――――ボールもシュート回転していないし、変化球も前日と同じ調子、きっちり合わせてきたな

 

 

 

『さぁ、今大会注目の右腕、大塚栄治がマウンドに上がりました!! 今日の大塚投手の調子はどうでしょうか?』

 

『マウンドでの投球を見る限り、さほど荒れてはいないですね。ゾーン近辺に放れていますし、ここ最近で一番よさそうですね』

 

 

 

先頭打者は1番キャッチャーの秋葉。

 

 

その初球、

 

 

ズバァァァンッッッ!!!!!

 

 

いきなりインコースにやさしくない速球を投げ込んできた大塚。秋葉はさほど厳しい球ではないにもかかわらず、思わず打席から数歩、三塁側に出てしまった。

 

―――――力感を感じないのに、なんてスピードだッ

 

秋葉には大塚が軽く投げているように見えるだろう。しかし、たたき出された表示は、

 

 

『初球143キロストレート。インコースに決まりましたが、初回から力を入れているようには見えませんね』

 

『ええ。下半身主導のフォームで力感を感じないので、球速以上に速く感じるでしょうね。それにしても、腕の振りがスムーズでいいですね』

 

 

続くボールは縦のスライダー。同じコースから落とされたボールにバット出てしまう。

 

―――――これが噂の縦のスライダーか! 

 

大塚栄治は、複数のスライダーを投げ分けている。これは、鵜久森戦でのデータが物語っている。

 

その試合で確認されたのは、もともとの緩いスライダー、横のスライダー、縦のスライダーの3種類。

 

スプリットはこの試合では投げておらず、スライダー投手の印象が強い。

 

 

3球目は外側に横のスライダーが外れてボール。手が出なかったというべきだろうか。

 

―――――ある程度見切りをつけておかないと、簡単にアウトになる。

 

秋葉はコースに見切りをつけ、ねらい目のゾーンで待つ。

 

 

続く4球目に、

 

「ストライィクッ! バッターアウトォ!」

 

―――――ここでアウトローか、遠いな…

 

 

『先頭打者をストレートで空振り三振~~!! 最後は143キロ』

 

『力感を感じないですねぇ。相当速いストレートに見えるでしょうね』

 

 

完全に振り遅れているし、ボールよりも下側でバットを振っている。

 

 

続く増田に対しては、外の緩いスライダーに当てて内野ゴロ。

 

 

―――――アウトローにすべて違うボールッ!?

 

 

外の横のスライダーで空振りを奪われ、続くボールはストレート。さらにカットボールがファウルになり、追い込まれた後の緩いスライダー。

 

踏み込んでいたにもかかわらず、緩急を使われた増田は腰砕けのスイングで当てるのが精いっぱいだった。

 

 

 

「やっぱ目をひん剥いてやがる。スライダーが複数あることにな」

 

 

「まあ、途中工程の産物なのが信じられんがな」

 

「ああ。心底稲実にいなくてよかったと思うよ」

 

 

 

一方、それを食らっている薬師は他人ごとではなかった。

 

 

「あれが大塚栄治かッ」

3番ファースト三島が憎々しげにつぶやいた。アレが夏の大会で、うちに投げてこなかった青道のエース。

 

 

三島は沢村に対して対抗心を持っていたが、大塚栄治に対しては怒りに似た感情を抱いていた。

 

 

―――――あの野郎、最後までブルペンにすらいかなかった!!

 

大塚栄治は夏予選で薬師と試合をした際に、最後までベンチに座ったままで、ブルペンで一球も投げることはなかった。それがチーム方針といえば仕方がないかもしれないが、エースを背負っているにもかかわらず、ブルペンにすらいかなかった。

 

 

あの時、青道は“大塚栄治を出すまでもない”と考えていたのだと思うのは、ごく自然な流れでもあった。

 

その投手が、ついに秋に出てきた。

 

――――打ち砕いてやるッ!!

 

 

だが、想像を絶するボールがインハイに投げ込まれた。

 

 

「!?」

思わずのけ反る三島。ストライクではなく、ボールではあったが――――

 

 

「――――少し力が入りすぎたか」

 

 

『初球147キロッ!! 3番三島に対し、強烈な初球を投じたマウンドの大塚!! これは意識ありますよね』

 

『ええ。前の打者に投げたボールとは球速が違いますからね。本当にわかりやすい』

 

 

続くボールは外のドロップカーブが決まり、三島のバットが出てこない。

 

 

――――くっそ、外にあんなの放られると、バットでねぇじゃねぇか!!

 

続くボールは縦のスライダーが真ん中内目からボールゾーンに落ち、スイングを取られてしまう。

 

 

そして最後は、

 

「うえぇ!?」

 

外側の際どい場所、カットボールに似た速球?データにない変化球で見逃し三振を奪われてしまった三島。タイミングを微妙に狂わされた彼には難しいボールだった。

 

曲がりは小さく、変化の鋭いスライダー系統。初見のボールだった。

 

 

―――――137キロで曲がりの小さい高速スライダーッ!? なんてもんを持ってんだよ!!

 

『外の変化球見送り三振~~~!!! いいところに決まったぁぁ!!』

 

『カットボール、にしては曲がりが大きいですね。なんでしょう―――高速スライダーあたりでしょうね』

 

球種の少ない自分をあざ笑うかのような多彩な変化球で三島を打ち取る大塚。初回、圧巻の投球でねじ伏せる大塚栄治。

 

「――――――っ」

マウンドをさっそうと去っていく大塚をにらむ三島。

 

一方の大塚は、

 

―――――高校に入ってから、よく人に睨まれるなぁ。

 

そんなに恨みを買っているだろうか、と気になっていた。

 

 

続く2回表は、御幸がツーシームを捉えるも、ライトライナー。

 

「角度つかなかったかぁ。悪い。ちょっと沈ませ過ぎたかも」

凡退した御幸が、これから打席に向かう大塚にツーシームの特徴を述べる。

 

「あれは意識しないほうがいいぜ。シンカー方向に沈むといっても、速球系だ。変化は小さい。右打者の懐に甘く入れば、引っ張れるぞ」

 

 

「なるほど、シンカー気味なので、甘く入る確率も増すということですか」

 

 

――――となると、純粋なシュート、カットボールで横の揺さぶりをかけてくるかな?

 

とにかく、基本外は流して、うちは引っ張る。

 

 

薬師バッテリーも、大塚を警戒していた。

 

 

―――――ピッチャーとしても、バッターとしてもこの秋で極端に伸びている。甘いコースは厳禁。

 

 

―――――エースで5番。対抗心湧いちゃうねぇ。

 

 

初球ストレートにファウルを打つ大塚。やはり前に飛ばない。

 

 

―――――伸びは、外から見たよりもない。浮力は平均より少し上ぐらいか

 

大塚栄治は、ストレートの質を見て高校野球の平均よりやや上ぐらいの浮力で伸びてくると分析した。

 

フォーシームというより、わずかにシュートしている。酷いシュート回転と指摘されるほどではない。

 

2球目はボール、やはり外にカットボールを投げてきた。が、手を出さない。

 

――――追い込まれるまでは、外の厳しいボールは徹底して見逃そう。何より、捕手がしきりにこちらを見る限り、相当警戒しているらしいね

 

 

続く3球目はインコースにシュート。胸元厳しく大塚もスイングできなかった。

 

 

――――そこまで攻められると、手は出せないね

 

これでカウントツーボールワンストライク。

 

 

4球目に外寄りのうち目に速球がやってきた。

 

 

――――基本に忠実にッ!

 

 

しかし、ここでわずかにシンカー気味に沈む。

 

 

―――――コース的にそう思っていたよ!!

 

 

 

カキぃぃンッッ!!

 

 

ポイントを瞬時に修正し、軽打に切り替えた大塚が低めのツーシームを拾ってセンター前に運んだのだ。

 

 

バットとボールが見事にミートした、ツーシームを打ち返す手本となった。

 

 

――――フォーシームならスタンドインなんだけど、やっぱり動いてる

 

大塚は、さほど沈まないと御幸がいったのが間違いであることを知る。

 

――――低めになればなるほど変化が大きくなる。あの人センスで修正するからなぁ

 

 

オフに先を見据えて、前足で間を取り始めようかと考えた大塚。そのために必要なのは、スイングスピードとインパクト。

 

――――まあ、次だね

 

 

『センター前ぇぇぇ!! 5番大塚がツーシームを運んで塁に出ます!!』

 

 

片岡監督はすかさず、ここで盗塁のグリーンライトを与えている大塚に積極盗塁の指示を出す。

 

――――ここで、ゲッツーだけは避けたい。2ストライクまでに何とか走れ

 

 

広大なリードを取る大塚だが、真田は警戒が薄いように見えた。

 

 

 

――――考えても仕方ない。体で走ろう。

 

うだうだ考えずに、自分のスタートで走ることにした大塚。

 

 

しかし、やはり大塚の足の速さは耳にしているのか、1度けん制が入った。

 

 

しかし、難なく帰塁し同じリードを取る大塚に対して真田は、

 

――――手足の長さはここでも活きるのかよ

 

 

――――スタートをとにかく簡単に切らせない。クイックで投げ続けてください。真田さん!

 

 

バッテリーも、大塚に走らせたらまずいのは、準決勝でよく見ている。

 

 

 

 

真田がクイック投法をする刹那、大塚が仕掛ける。

 

 

『一塁ランナースタート!!』

 

一歩目が大きく俊敏な大塚があっという間にスピードに乗り、秋葉が送球したとしても、

 

 

―――――くそっ、間に合わない!!

 

 

『初球スチールッ!! ピッチャーの大塚が盗塁を決めてチャンスが広がります!! これで一死二塁!! この後輩のお膳立てを活かせるか、バッターボックスの前園!!』

 

 

 

 

しかし、ここで真田得意のツーシームが効力を発揮する。

 

「あかん!!! やってもうたぁあぁぁ!!!!」

 

浅く沈んだツーシームに芯を外され、痛恨のレフトライナー。進塁打でもないので、大塚は二塁にくぎ付けとなる。

 

 

――――まずいな、序盤でここまでツーシームを投げてくるなんて。

 

 

個人によって異なるが、ツーシームの多投にはリスクがある。それはフォーシームの伸びを阻害するなどのデメリットがあるからだ。

 

それを行う、この試合に賭けている真田の意気込みは尋常ではないと感じた大塚。

 

 

 

続く金丸も内野ゴロに打ち取られ、スリーアウト。結局ランナーを進めることができなかった。

 

 

「ゾノの奴、力みすぎだろ」

伊佐敷が、予想通り過ぎる前園の凡退パターンにため息をついた。

 

「ああ。空回りとムラさえなければ、いい打者なんだろうが」

結城も、自信を上回るパワーを備えながら、力を発揮できていない彼に歯がゆさを感じていた。

 

「けど、芯を外されてもあそこまでいい打球を飛ばせるようになったのは成長だよね」

小湊亮介は、前園の打球は悪くないと考えていた。

 

――――ミート力がつけば、化けるんだよね、あいつ

 

前日から調子が上がってきている。この試合を決めるのは彼かもしれないと。

 




さて、秋季大会で初の「調子がいい」と言われる大塚の投球が始まりました。


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第131話 ACE 中編

秋季大会はもうすぐ終わりそうです。

7月15日は連続投稿です。130話から読んでください。

早いところ秋季大会を終わらせたい。


2回表、轟と大塚の初対決が実現。

 

『さぁ、お聞きくださいこの大歓声!! 東都のエース、大塚栄治に対するは、東都の若きスラッガー、轟!!』

 

『沖田君不在の中、打の視線は彼にくぎ付けでしょうね。そんな轟君が、どんなバッティングを見せるのか。非常に楽しみですね』

 

 

マウンドの大塚は、轟のオーラに似た雰囲気を初めて感じた。

 

―――――やはり、雰囲気はあるね

 

 

体格ではるかに劣っている自分相手に、臆していない。

 

 

初球の入り、

 

 

大塚は変化球で様子を見た。

 

 

「ストライィィクッッッ!!!!」

 

 

豪快な空振りと、審判のコール。大塚の様子見に投げたボールはスプリット。

 

つまり、1打席目から本気。しかも切り札を初球に投げていく。

 

これは、流れを呼び寄せたいが為に投げた、夏予選決勝のカルロスに投じたものとは意味合いが違う。

 

 

―――――轟をねじ伏せるっ!!!

 

 

「――――――――」

対する轟は、その変化に驚きこそすれども、奇声を上げることはせず、ただ大塚栄治を見ていた。

 

 

続くボールはストレートが僅かに外れてボール。しかし、力を込めたボールのたたき出した球速は半端ではない。

 

 

『151キロボールッ!! 内角低め、わずかに外れてボールッ!!』

 

 

続くボールは外角の縦スライダー。これには轟もくらいついてきた。

 

 

「ファウルボールッ!!」

 

痛烈な打球がレフト線に飛ぶが、切れて応援席へと消えていく。

 

 

―――――やっぱこれには当てるよなぁ。

 

御幸は外角のボール球でも手を出してきた轟を見て納得する。当然、轟の頭には初球の空振りが突き刺さっているだろう。

 

しきりに下を見ている仕草が丸見えだ。

 

 

ゆえに、まずは圧倒する。轟に踏み込ませないために。

 

 

カァァァンッ、

 

 

内角高めにきっちりと投げ込まれた速球に完全に詰まらされた轟の打球は白洲の頭上へ、

 

 

「―――――――」

 

白洲が捕球体勢に入り、これを難なくグラブでキャッチ。第一打席はセンターフライに抑えた青道バッテリー。打球は完全に伸びはなく、力のないものだった。

 

 

 

『最後は150キロストレートに詰まらされてセンターフライッ!! しかし、緊張感のある対決でしたねぇ』

 

『えぇ、あの低めを意識する中、高めに対応するのは大変でしょう。しかし、当てることができたのは、轟君のスイングスピードだからでしょうね』

 

――――ははは、これ、俺にもこんな感じに投げてくるのかなぁ

 

次の打者である真田は、強烈な投球をしている大塚の姿を見て、そんなことを考えた。

 

 

 

続く真田に対しては、変化球中心の攻めで有利なカウントを手早く整えた。

 

 

――――変化球を狙って行けって言っても、こりゃ狙い球を絞る以前の問題だわ

 

変化球が多すぎる。それが、真田のスイングに迷いを生ませていた。

 

 

初球はボール球の縦スライダー。これを見た真田だが、2球目にその軌道から横に曲がった横のスライダーに反応できなかった。

 

 

今大会から大塚が多く投げているボールであるスライダー。しかし、その実4種類の変化をするもっとも手を出しにくい、攻略の難しい球種であることを思い知らされる。

 

 

これが、“本命の途中工程の産物”だと誰が信じるだろうか。

 

 

この甘く入ったスライダーに手を出せなかった時点で、勝負はついた。

 

 

続くボール外角の高速スライダー。変化の小さい、三島を見逃し三振に打ち取ったボール。これを見逃してしまう。

 

『外角に変化球決まってツーナッシング!! このボールは何でしょう』

 

『握りを見ると、スライダーですね。変化の小さい速いスライダー。カットとスライダーの中間あたり、ですかね。このボールが絶妙に効いていますね』

 

受けている御幸は、

 

――――制球がいいし、鋭い変化もする。スライダーの中で一番打たせて取れるボールなんだよなぁ、これ

 

変化こそ小さいが、リスクの小さいボールであることを実感していた。

 

スライダー系統の中で最も制球のいいボールはこのボールで、最も制球できないのは、高速縦スライダーである。

 

 

続くボールは外を意識した真田の思惑をくみ取った、真ん中、ワンバウンドの縦スライダーで空振り三振。

 

「面と向かってスライダー詐欺かよ」

 

「まあ、わかるぜ、気持ちは」

 

真田が苦笑いしながら、立ち去る際、御幸が相手に同情するかのようなコメントを残す。

 

 

 

まずは、沢村同様奥の手を出さずに済んだ大塚。続く6番平畠もシンキングファストで打ち取り、この回も薬師をノーヒットに抑える。

 

続く3回表麻生がカットボールに空振り三振を奪われるなど、青道も打線が沈黙。東条が鋭いライナーを放つも、センター阿部の正面を突いてしまう。

 

 

当初の予想通り、やはり決勝は投手戦。

 

 

一方の大塚は、薬師打線に付け入るスキを与えない投球。7番阿部、8番米原には内角を突くシンキングファストで内野ゴロを誘い、難なく打ち取ると――――

 

『縦のスライダー!! 空振り三振~~!!! 左打者にも威力を発揮するこのスライダーの前に、薬師打線は攻略の糸口を見つけられません!!』

 

『変幻自在のスライダー。落ちるボールもあるのに、これでは狙いが絞れませんね』

 

3回裏も三者凡退。薬師は不運にも、エース級投手と3試合連続で当たることになるので、野手陣が毎試合苦労している。

 

準々決勝の天久、準決勝の楊、そして決勝の大塚。

 

 

4回表、青道の攻撃は2番小湊から。

 

――――もう様子見なんてしないからね

 

小湊は木製バットを巧みに操り、際どいボールをカットする。

 

『これもファウル!! 外角の難しい球でしたが、流して逃れます、バッターボックスの小湊!!』

 

 

『木製を使うだけでも目を引きますが、彼はこれを自在に操っていますからね。すごい技術です』

 

 

そして、カウントツーツーからの7球目。

 

 

――――下半身を意識する、沈み込むように!!

 

ツーシームを引っ張ることなく、腰の回転でスイングした打球が、センターへと抜ける。

 

ボールに対して、強いインパクトを与える打球。

 

青道の策が功を奏し始める。

 

 

 

『センター前ぇぇえ!!! 先頭バッターが塁に出ます、青道高校!! ここで、3番白洲にどんな作戦を出すのか!!』

 

 

なんでもできる、器用な打者でもある白洲。

 

『送りバント成功!!! 一死二塁の場面を整え、打席には4番御幸!!』

 

 

―――――ここは真っ向勝負で来るか、初顔でヒット打つ奴が後ろにいるもんなぁ

 

ちらりと、次で待つ大塚の姿を見て笑う御幸。

 

「?」

こちらを見た大塚はきょとんとして、首をひねる。

 

 

初球はいきなりアウトコース。丁寧に投げてくる印象の真田。これを御幸はファウルするも、彼の球威を感じた。

 

―――――それを軽く打てる小湊の打撃センスはうらやましいぜ。

 

右打者で、2打席目にきっちり対応した小湊はさすがと、御幸は心の中で思った。

 

 

――――けど、あのカットボールに空振りを奪う2つ目があるのは意外だったな

 

真田のボールは基本速球系。だが、右左関係なく、縦に沈むカットボール、大塚と同じく高速スライダーとの中間のボールがあることを認識した一巡目。

 

詰まらせるボールと、空振りを奪うボール。先発をこなすうえで必要な球種だった。

 

続くボールはツーシームが外れてボール。低めを意識しすぎたか、コースが低い。

 

 

ここまでの真田を見て、そのうえで御幸がとるべき方法

 

逆方向を意識するのではなく、かといって引っ張るわけでもない。

 

 

 

―――――センター方向のみッ!!

 

 

3球目、低め、インローに落ちるカットボールを掬い上げた御幸。打球はセンター方向へと抜けていく。

 

 

『打ったぁぁぁ!!! センターまえぇぇ!! 二塁ランナー小湊が三塁回る!!』

 

走塁面での課題を感じさせるような打球でもなく、春市は難なくホームを目指す。

 

 

―――――うそだろ、あれをセンター前に運ぶのかよ!!

 

真田は、思わずライトを見たが打球がセンターへと抜けていくのを見て驚いた。

 

――――低めをあんなバット捌きで――――!!

 

秋葉も驚きの一打。

 

 

『ホームイン!!! 青道先制!! 4番御幸のタイムリーヒットでまずは先手を取ります! 送球の間に御幸は二塁を陥れる!!』

 

――――もたついているのがわかったし、やっぱ先制点は与えたくねぇよな?

 

外野からの返球は明らかに小湊を刺す意識だった。しかし、ここで薬師の守備が乱れたのを確認した御幸が、その隙を突いたのだ。

 

 

尚も一死二塁で、5番投手の大塚。第一打席では初見のツーシームをセンター前に運んだ。

 

 

『あっと、際どいボールでしたが外れてフォアボールッ!! 大塚を歩かせて、次は6番ファースト前園!!』

 

ここでチャンスが広がった青道だが、前園が痛恨のショートライナー。飛び出していた御幸も、

 

「げっ!!」

あえなくタッチアウト。

 

 

 

「くっ、」

悔しそうな形相で薬師を見ている前園だが、

 

「次ですよ。次です、ゾノ先輩。紙一重でしたし、打球方向がツイていないだけです。」

大塚が意気消沈の前園に声をかけたのだ。

 

「それに、ゾノ先輩が一番強い打球を放っていましたし、後はポイントです。スイング自体は一番いいですからね」

 

「お、おう!!」

 

 

――――こういう時、沖田もそんなことを言ってそうだよな

 

御幸は二人のやり取りを見て、ここにはいない沖田のことを思う。

 

 

「そうだぞ、ゾノ。打球は悪くない。あとは勝負の第三打席でとどめの一発を期待してるからな」

 

だが、性格の悪い御幸はここであえてこんな言葉をかける。

 

 

「期待してへんやろ!? 逆にプレッシャーかけんなぁぁ!!」

 

「まあまあ。それだけゾノ先輩のこの試合での役割が大きいのは確かですし」

 

「ワイの味方は大塚だけやぁぁぁ!!!」

 

 

4回表に先制するも、後続を打ち取られた青道。4回裏は薬師の2巡目。

 

つまり、2度目の轟との勝負。

 

1番秋葉との勝負を迎える大塚。

 

―――――ライチや三島、真田先輩に対しては明らかに力を入れている。

 

強打者相手にギアチェンジする余裕を持たれている。

 

――――下位打線含む俺たちには、セーブして十分かよ!

 

 

だが、ここで秋葉の予想を上回るボールがアウトコースに決まる。

 

 

ドゴォォォォンッッ!!!!

 

 

力感は感じなかった。しかし、初回の勝負とは明らかにボールが来ていた。

 

 

『アウトコース148キロッ、ストライィィクッ!! ここでこの球威ですか、調子が出てきたのでしょうか』

 

 

『力感を感じませんし、どうなんでしょう。まだ何とも言えませんね』

 

 

受けている御幸は、大塚のエンジンが温まってきたことを悟る。

 

――――ここからこいつの馬力は上がってくるぞ。

 

ここからは、尻上がりに伸びもキレも上がっていく。変化していく。受けるほうも大変になる。

 

 

 

 

続くボールは、その速い球を意識した秋葉の体勢を崩すボール。

 

 

――――チェンジ、アップ――――っ

 

 

軽い金属音とともに弱い打球が大塚の前に転がる。

 

 

―――――コンパクトスイングだから、かな。けど、

 

これを難なくピッチャーゴロに打ち取る大塚。

 

 

これを見ていた2番の増田は、

 

―――――150キロ近いボールに、20キロ以上の緩急。

 

スライダーのことで頭がいっぱいになっていた薬師に対して、さらに緩急を2巡目で使うようになってきた青道バッテリー。

 

さらに考えることが増えたことに、表情がこわばっていた。

 

 

 

 

―――――いやぁ、もう。泣きたくなるよな。トーナメントで対応するのは至難だろう

 

その増田が打席に入るが、狙い球を絞り切れていないらしく、

 

「ストライィクッ!」

 

初球のストレートに手が出ない。球速は大塚にしては抑えめの142キロ。外側いっぱいに決まり、

 

続く2球目はバックドアのシンキングファスト。動くストレートがボールゾーンからアウトサイドに決まり、これで追い込む。

 

増田はここまでバットを出すことができていない。

 

 

―――――ここは一球ボール球、縦スラで誘うぞ。

 

 

そしてそれまでバットが出てこなかった増田はこれに食らいつく。追い込まれてからこの縦のスライダーに当ててきた。

 

 

しかし4球目の釣り球に引っかかり、三振。

 

 

続く3番三島に対しては、

 

 

「うおっ!?」

 

インコースのストレートをファウルした後の、ドロップカーブに体勢を崩され、尻餅をつく。緩急といっても、このカーブのせいで高低すら使われるので、一概にワンパターンの緩急とは言い難い。

 

 

―――――追い込まれた、次は何だ!? スプリットはライチにしか投げてねぇ!!

 

三島は、大塚がスプリットを投げてこないことで、この球種はないと断定できていた。

 

―――――ふざけんな、ペース配分!? 完投のため? ここまで露骨だと、苛立ちしかねぇぞ!!

 

 

絶対に打つ、絶対に打ってみせると意気込む三島。

 

 

――――――そろそろ、投げるか? 高速縦スライダー。

 

御幸がついに解禁を提案してきた。そのサインに大塚は微笑んだ。

 

「!?」

そのやり取りを知らない三島はわけがわからないと首をかしげる。が、その笑顔の後の大塚の、こちらを凍りつかせるような闘志を感じ、

 

―――――何か来る、ついに来るか、スプリット!?

 

 

 

『マウンドの大塚、追い込んでから第3球――――』

 

 

ノーワインドアップから投げ込まれたその一投に、観客はくぎ付けになる。

 

 

――――――速いボール! ストレートじゃないならスプリット!! 

 

 

三島はこれを見送る判断をした。手は出さないと。そしてそれは正しい。

 

 

正しかった。

 

 

 

―――――スプリットの軌道を盗んでおか―――ッ!?

 

三島の目には、明らかにスプリットではない軌道が見えていて、その視界からボールが消えた。

 

 

強烈な変化に三島は目が点になり、見送る判断ができていなければ、振っていただろうと確信した。

 

 

――――な、なんだよ。スライダー!? 縦!? なんだ今の球は!?

 

見送ったのに、気圧されていた。

 

 

その様子を見ていた御幸は、

 

――――スプリットが来ると張っていたな。ボールなんだけど、この様子。

 

 

明らかに、想定を上回るボールが来たという顔をしている。つまり、このボールに不調があるわけではなく、変化が早いというわけでもない。

 

 

『3球目はかなり早いボールでしたね、140キロで変化しましたよ? スプリットでしょうか?』

 

 

『スライダーですね。高速スライダーの縦変化。変化の小さいボールがありましたので、2種類ですね。』

 

 

 

薬師ベンチも大塚が初めて投げるスライダーには

 

「―――――スライダーだけでも5種類だとぉぉ!? あいつ、本当に高校生か!?」

 

 

「正直、自信がなくなりそうなんすけど。こっちが二球種目のカットとツーシームを覚えたら、相手はスライダーが増えていたって――――けど、なんであのボールを多投しないんすかねぇ」

 

真田の疑問に轟監督の頭に電流が走る。

 

「―――――そうか、あのボールにはまだ何か不安があるみてぇだな。ライチの前に三島で試すつもりだったんだろう。」

 

 

「試す? 見た感じやばい球ですけど―――」

 

 

「色々あるだろ? 制球が利かない、もしくは――――」

 

 

その縦の高速スライダーをこぼしている御幸の姿を見て、

 

「捕手が捕り切れねぇボールだとかな」

 

 

ぶん回せば、振り逃げだって狙える。監督はそう言っているのだ。

 

「三島が正直出れるかどうかわからねぇが、あのボールはスプリット同様、ラストショットにするにはリスクが大きすぎる。つまり、雷市の狙い球は、追い込まれてからのストレート一本だ」

 

 

そして目の前でストレートに空振り三振に倒れる三島の姿を見て、轟監督は一層確信する。

 

 

「ほかの奴らには、決め球にその他諸々の変化球を使っているが、強打者相手には150キロ前後のストレートがほとんどだ。チェンジアップもあるだろうが、雷市には決め球に恐らく投げてこねぇ。お前には追い込む時に使うかもな」

 

「――――つまり、準々決勝と同じってことっすね」

 

「まあ、そういうことだ。甘い球が来たら、打ってもいいけどな。狙いがバレずに済む」

 

 

薬師の4回裏の攻撃が終了し、守備に向かうナイン。

 

 

「まあ、追加点を奪われないようにな。正直、1点ならワンチャンある。2点目は厳しい。」

 

 

「そりゃあ、あれだけの投手っすからね」

 

 

 

5回表、1点こそ失ったものの、真田はその後ランナーを許さない投球を続ける。金丸をセカンドゴロに打ち取り、得意のツーシームがさえわたる。

 

 

「くそっ、沈むっ」

沖田不在の影響をもろに受けている金丸。力みが取れない。

 

 

8番麻生も外のカットボールに空振り三振を奪われ、相手にならない。主軸に連打を許したものの、投球を立て直しつつある薬師のエースは止まらない。

 

9番倉持も惜しいサードゴロに打ち取られ、青道の攻撃は何も起きずに終わる。

 

 

しかし、対する大塚も5回裏は轟相手にほぼすべてのボールをちらつかせる投球。

 

 

初球から例の高速縦スライダーがさく裂。

 

 

「!!!!」

 

途中からボールが消えるこのウイニングショットがインローに決まり、バットに掠りもしない。しかも、ストレートと思ってしまったボールがここまで曲がるという感覚は、彼にはほぼないといっても過言ではない。

 

『138キロの落ちる変化球!! 高速スライダーに掠りません!』

 

『これがスプリットではないですからね。スライダーでこのスピードはおかしいですよ』

 

切れもスピードも、準々決勝の市大三高の投手とは次元が違う。

 

 

続くボールはアウトコースストレート。これが僅かに外れてボール。追い込みにいったボールが外れ、苦笑いの大塚。

 

しかし、続くカットボールで内角を突き、ファウル。カウントを奪うことに成功する青道バッテリー。

 

 

今、轟の頭には初打席のSFF、そして第2打席の高速縦スライダーの両方が深く突き刺さっていた。

 

 

『カウント1ボール2ストライクからの4球目!! 落ちたぁぁ、空振り三振!! 強打者轟を抑え込みます、マウンドのエース大塚!!』

 

 

ここでインローの高速縦スライダー。左打者の泣き所といえる場所を突いた見事な投球で、轟を抑え込んで見せた大塚。

 

 

「―――――マジかよ」

 

その目の前の光景を見て、真田は呆れる。

 

 

御幸は、不安の残る高速縦スライダーを躊躇いなく決め球に使ってきた。ワイルドピッチ、振り逃げの可能性もありうるボールを使う。

 

 

青道バッテリーのこの試合にかける意気込みを思い知らされた。

 

 

ベンチの轟監督も、

 

「――――おいおい。怖いもの知らずも大概にしろよ。」

 

死力を尽くす、青道バッテリー。その気迫に感じるものがあったのか、彼はその姿に息をのんだ。

 

一歩間違えれば、たちまちノーヒットでピンチを作りかねない配球。バッテリーの手に余るような決め球を軸にする綱渡りリード。

 

何よりも、主将御幸の絶対に逸らさないという強い意志が感じ取られる。

 

 

続く真田もスプリットを多投しての空振り三振。追い込んだ時に、そして決め球にも1球ストレートを挟んで真田をねじ伏せた。

 

 

『空振り三振~~~~!!!! これで前の回から4人連続!! 大塚栄治、5回裏二死の時点でいまだヒットはおろか、ランナーすら許しません!!』

 

『イニングを追うごとに球も切れてきていますね。』

 

続く6番平畠が動くボールに詰まらされ、連続三振は途切れるものの、大塚は仁王立ちで薬師の前に立ちはだかる。

 

 



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第132話 ACE 後編

ついに決着。



ちなヤクおばさんには悪いことをした…

しかし、桑原はナイス。



見事、轟、真田の連戦に勝利した大塚と御幸。

 

 

「いいボールきてるぞ、大塚。」

 

「感覚もよくなっていますしね。指にかかりやすくなっています」

 

 

 

 

応援席の先輩たちも、

 

「―――――丹波の出まかせが当たるだと?」

クリスが目を見開いていた。さすがの彼もこの結果は予想できなかった。

 

「――――いや、出まかせだけど、大塚ならやってくれると思うんだが―――――意識しだすと打たれると言うし、しばらくは黙っておこうぜ」

丹波は大塚を過大評価している傾向だが、彼の予想が近づいていたので、興奮を隠せない。しかし、迷信を信じて口をふさぐも、

 

「もう遅いよ。いつか見た動画に、その2秒後に打たれる奴があってね。アレは傑作だったね」

小湊亮介にフラグを構築されてしまう。

 

 

「やめろ。本当に打たれるかもしれんから」

 

その後、先代主将結城が二人をなだめるのに労力を使うことになった。

 

 

 

 

 

試合は速いテンポで6回表に入ってくる。

 

この回から青道の3巡目。1番東条がカットボールをライト方向に流す打球で出塁する。

 

『外流したぁぁ!!!  ライト前ぇぇ!! 先頭打者がこの回も出ます、青道高校!!』

 

ここで小湊はバントの構えを見せない。ここでは徹底して強硬策を貫く青道高校。

 

打球は一二塁間へと転がるが、セカンド増田が身を挺しての捕球で外野へ抜けない。

 

 

『セカンド飛びついたぁぁぁ!!! ああっと、どこにも投げられないぃ~~~!!! チャンス広がります、青道高校!!』

 

そして白洲がこの局面で2度目の犠打を決める。堅実で器用な白洲が3番にいることで、巧打者たちの進塁をアシストする。

 

 

一死、二塁三塁。外野フライで1点のケース。

 

 

主将御幸は最低限を果たす。

 

「くっそっ!!」

打球が上がった瞬間、真田の表情が歪む。

 

 

打球はライトのほぼ定位置。犠牲フライには十分すぎる飛距離。

 

 

『三塁ランナーホームイン!! 青道この中盤で追加点!! 差を2点差とします!!』

 

 

ここで大塚に打席が回る。今日は2度出塁している強打者。なおも二死三塁のチャンス。

 

 

「っ―――――(詰まらされたっ、シュートか)」

 

強引に振り切った当たりは外野に飛んだが、飛距離が伸びない。フェンス手前で失速し、レフトフライに打ち取られる大塚。

 

5球目の内角シュートを捉え切れず、凡打に終わる。

 

 

それを見ていた落合は、

 

「うーむ、大塚にしては欲が出たな」

タイムリーを打つ局面だが、もう少し冷静さが必要だったと彼は考えていた。

 

落合の解説で、まだまだ青い部分があることに気づいた高島副部長は、

 

「ようやく年相応のプレーが出ましたね。本来ならいけないのでしょうが、少しホッとしています」

と、少し安堵していた。

 

「他者にここまでメンタルを心配されるのは如何なのものか。しかし、彼がまた一段と伸びる兆候でもある。冬が楽しみですよ」

 

 

しかし、この6回表で2点目をもぎ取った青道。6回裏、7番から始まる下位打線にも唸りを上げ始めているストレートを中心に、凡退の山を作る。

 

 

球速も6回にきて150キロを3度計測するなど、薬師のバッターが当てることが難しくなってきていた。

 

『ここでストレートぉぉぉ!! 見逃し三振!!! 7番阿部、8番米原を連続三振に抑え、ツーアウト!! マウンドの大塚、いまだにヒットを許しません!!』

 

外角低めに決まった150キロのストレートが決まり、手が出ない米原。右打者、左打者関係なく外角に投げ込める制球力に、この威力。

 

 

 

 

9番森山にはインコースのカットボールで詰まらせ、ファウルを打たせると。

 

 

『ここで縦のカーブ!! 決まってツーナッシング!!』

 

『狙い球が一球来るかどうか、ストレートの比率が高いとはいえ、これだけ変化球を投げ分けられると、コンタクトも難しいですね』

 

 

甘いコースではあったが、間合いを完全に狂わされた森山はバットを出せなかった。

 

 

アウトコースの縦スラが外れ、4球目。

 

 

『ああっと中途半端なスイング!! 三振!! この回は3者連続三振の大塚!! 6回終わって未だに完全ペースです!!』

 

インコースストレートにバットのヘッドが間に合わず、中途半端なスイングを喫し、凡退の森山。バットが出ただけでも頑張ったほうだろう。

 

 

立ちふさがる青道大塚。薬師の攻撃を完ぺきに封じ込み、反撃のチャンスすら与えない。

 

 

それが、真田の投球に影響を与えたのは、前園への初球だった。

 

7回表、6番前園への、不用意な一球。

 

――――甘い球や!!!

 

 

2打席ともツーシームでやられていた前園。ここにきて頻度が僅かに上がった失投。

 

 

これを3打席目で逃す男ではなかった。

 

『打ったぁぁぁ!!! 打球左中間!! 左中間~~~~~!!  そのまま飛び込んだぁぁぁ!!!! ホームラァァァァァンッッッ!!!!!!』

 

飛距離十分、打った瞬間にホームランを確信する当たり。前園はその瞬間に形容しがたい感覚を感じ、打球を見ていた。

 

その打球は神宮球場のレフトスタンド中段に叩き込まれていた。

 

 

「お、おっしゃぁぁぁぁ!!!!!」

吠える前園。得点圏できょうは凡退も、この先頭打者の状況で貴重な追加点。大きすぎる一発となった。

 

――――これが、これが公式戦のホームランの感触なんか……

 

これが公式戦で放ったホームランの感触。練習試合とは比べ物にならない。

 

 

『6番前園のホームランでついに3点差!! 完全ペースの大塚に心強い援護点が入ります!!』

 

『3巡目、甘い球はきっちり一振りで仕留めましたね』

 

これには引退した上級生たちも、

 

「よく飛んだな。スイングがかみ合ったか」

このホームランに声のトーンこそ変わらないが、嬉しそうな結城。

 

「左中間なんて、余程タイミングがあったんだろうね」

あれだけ速球ばかりだとね、と苦笑いの小湊亮介。

 

「ランナーいるときにしろよ!! ランナーいるときに!!」

伊佐敷は、ソロアーチストと化した前園に甘いと苦言を呈していた。

 

これには、ほかの応援席からも熱い声援が送られる。

 

「ゾノが打ったぞ!!」

 

「うお!! ゾノぉぉぉ!! 大一番で結果出してよかったなぁ!!!」

 

「後続も続けよ!!」

 

「次が肝心だぞ、金丸!!!」

 

 

「前園先輩がホームランですよ、ホームラン!!」

 

「大塚君のことをもっと褒めてもいいんだよ、春乃――――」

 

 

「終わるまで褒めません!」

 

 

「―――――将来大塚君、尻に敷かれそうだよね、春乃に」

 

 

「ええ!? そんなことしませんよぉぉ!!」

 

 

 

最後の言葉までを聞いていた大塚栄治は、

 

 

 

 

「俺には厳しい。けど、試合が終わるまで俺は気が抜けないし、仕方ないね」

 

 

声援がないことを、少し気にしていた大塚だった。

 

 

 

 

 

しかし、徐々に真田を捉え始めている青道。続く金丸がストレートを引っ張り長打コース。

 

 

『引っ張ったぁぁぁ!!! レフト線!!』

 

 

動揺を隠せない真田を休ませない、痛打が続く。

 

「おし、初ヒット!!」

塁上で吠える金丸。

 

 

続く麻生が進塁打で確実にランナーを進め、

 

 

『ゴロゴー突っ込む!!! ホームは―――セーフっ!! 前進守備の薬師には難しい高いバウンドの打球!! ホームクロスプレーはセーフ!! バッターランナー倉持はその間に一気に二塁まで進んだぁぁ!!!』

 

ここで金丸と秋葉の判定の間に、倉持がすかさず二塁まで進み、またしても得点圏を作る青道打線。

 

 

力の差が出始めていた。

 

 

ここで先頭に戻り、前の打席ヒットの東条。

 

 

『ツーシームおっつけたぁぁぁ!! センターへ転がる!! 今日2本目のヒット!!』

 

青道打線が止まらない。切り込み隊長が復調し、尚も一死一塁三塁のチャンス。

 

 

真田もこれ以上の失点は許されない。

 

 

―――――3巡目、ここまで当ててくるのかよ!!

 

捉え始めている。ツーシームのズレも関係ない。強い打球が内野の間を抜き始めている。

 

 

 

2番小湊はヒッティングの構え。今日は真田のボールを悉く捉え、最も球数を投げさせているこの打者相手に、真田は焦りを感じていた。

 

 

焦りがボールを浮かせる。

 

 

『打ち上げたぁぁぁ!!! これも飛距離十分!! 三塁ランナータッチアップ!!』

 

 

ここで勝負を決める5点目が入り、この試合の勝敗が決まる。

 

 

『5点目ぇぇぇ!!! 2番小湊の犠牲フライで5点目が入ります!! すかさす一塁ランナー東条が二塁に進塁し、また得点圏にランナーを進め、攻撃の手を抜きません!!』

 

 

『走塁とケースバッティング。この両方ができているから、攻撃力も跳ね上がっているのでしょうね。相手投手は力むので、必然的にチャンスの確率も上がります』

 

 

しかしこの回は白洲で攻撃が終わる青道。前園ホームランから流れが完全に傾き、青道ペースとなった試合展開。

 

 

「はは、点差以上にきついな、この試合」

ややぐったりとしている真田。得点圏を嫌というほど作られ、失点を重ねてしまった。

 

 

――――地力が違いすぎるか。くっ、全国準優勝の実力は飾りじゃねぇわけか

 

轟監督は、真田をここまで打ち込んでくる青道打線を目の前に、継投を考え始めた。

 

―――――仕方ねぇ。次の回も行かせるが、ピンチになりそうなら雷市にスイッチだな

 

6回を投げて被安打9、四死球は1つ。そして重すぎる5失点。

 

 

7回裏、大塚は二つの三振を奪い、薬師に得点を許さない。隙を見せない大塚と3度目の対決に向かう轟。

 

 

 

 

8回裏、その3度目となる、大塚対轟。

 

 

―――――1打席目にストレート、2打席目にスライダー、3打席目

 

 

特に、この3打席目が一番注意の必要な打者。点差は開き、変に意識する場面ではない。

 

記録よりも、勝利優先。

 

 

しかし――――

 

 

ドゴォォォンッッッ!!!!

 

「ストライィクッ!!」

 

ここで今日最速の151キロが高めに決まる。轟も初球から食らいつきに行ったが、空振りを奪われる。

 

 

―――――気持ちが昂りすぎだ、もっと低くな!

 

高いというジェスチャーを交え、御幸は大塚に注意を促す。

 

 

続く2球目、

 

 

「!!!」

 

ここでパラシュートチェンジ。バットこそ止めたが、体勢を崩す一球。前の空振りしたストレートを思い出してしまう。

 

 

獣のごとく、反応していた夏とは違い、人の知性を交えた強打者になりつつある彼が、その考えに、ストレートを意識するのはごく自然なこと。

 

 

「ストライクツーッ!!!」

 

ここで落ちるボール。伝家の宝刀スプリット。轟相手には出し惜しみすらしない、大塚の決め球。

 

『空振りぃぃ!!! ここでスプリット!! 追い込んだ青道バッテリー、追い込まれた轟!!』

 

 

――――色気を出すな、やるからには徹底的に。

 

しかし、ここで大塚は御幸のサインに首を振る。

 

―――――ここは落ちるボールでいいだろ? スライダーか?

 

 

しかし、大塚はこのサインにも首を振る。

 

 

「――――――」

 

そして3度目のサインに頷いた大塚。大塚が要求したボール、それは――――

 

 

『インコース低めぇぇぇぇ!!! 見逃し三振~~~!!!! 轟のバット、出ませんでした!! 最後は自己最速153キロ!!』

 

強打者相手に見逃し三振、今日最速のボールを以て、完全勝利を果たした大塚栄治。

 

 

低めの変化球を強く意識する場面。大塚は敢えて低めぎりぎりのストレートにこだわった。

 

 

回想したのは、準決勝で見せた轟の我慢強さ。

 

 

3打席目、楊のスプリットを我慢した、あの光景。我慢した結果がツーベース。そして、楊と同じく低く沈む決め球を持つ大塚栄治。

 

 

イメージが被るはずだ。あの成功イメージが脳裏に焼き付いているはずだ。

 

 

大塚は、轟を見ていた。しっかりと勝負をするための準備をしていた。

 

 

 

この一球は、傍から見るとナイスボール。受けた御幸には、衝撃を受けたボールでもあった。

 

 

―――――これはもう、本能みたいなもんだよな。

 

自分が読み切れなかった、選べなかった正解にたどり着いた嗅覚。

 

――――さすがだな。

 

 

ただリードに従う投手ではいずれ限界が来る。投手が肌で感じた感性を取り入れれば、もっといい投球が、

 

 

バッテリーが作り出す、作品が生まれる。

 

 

 

続く真田には、変化を加えるリード。自分を客観視し、相手を読む。

 

 

轟の打席で、ストレートのイメージが強い中、いきなりのチェンジアップは読み切れなかっただろう。

 

 

「―――!」

 

初球空振り。落差のある緩い、しかし急激に沈むパラシュートチェンジ。

 

 

さらに、

 

 

「(マジ、かよ……)」

 

チェンジアップ連投。ワンバウンドのボール球。先ほどのストライクからストライクではなく、ゾーンから外れる同じボール。

 

 

『チェンジアップ決まって2ストライク!! 記録を意識する場面、大胆な配球ですねぇ』

 

 

『逆に逆手に取っていますね。この状況を』

 

 

そして最後は、

 

 

『カーブ空振り三振~~~!!! 三球三振!! 三振の山を築きます、マウンドの大塚!! そして、この時点でいまだに完全ペースが途切れません!!』

 

縦のボールになるカーブに手が出てしまい、空振り三振。悔しそうな顔をしながら打席を去る真田。

 

――――全部緩い球だった。正直、1球くらい速球が来るだろうと思ってたけど、

 

 

なんという落ち着き、そして、この打席で1球も大塚は首を振っていない。

 

 

――――強すぎだろ、このバッテリー

 

 

6番平畠も外のカットボールでセカンドフライに仕留め、この回も無安打を続ける大塚。

 

 

8回表、青道の攻撃は4番御幸、5番大塚がフライアウトになるも、前園が何かをつかんだのか、外のカットボールをセンター前に運ぶ。

 

難しいコースに決まっていたが、前園はフルスイングでこれを強打。にしては打球の角度はつかず、しかし鋭い当たりがセンターを襲ったのだ。

 

無理に引っ張らない、右方向。前園はようやくスイング軌道でボールをとらえ始めていた。

 

 

「―――――見えたで、ワイの目指すべき道が!!」

 

何かを感じていたようだが、続く金丸が凡退して無得点。

 

 

 

 

 

「―――――――」

この投球に、さすがの沢村も

 

 

―――――俺がいい投球をして、抜いたと思ったんだけどなぁ

 

沢村は、決勝でこんな投球をされてはたまらないと考えていた。

 

「やっぱりすごいね。ストレートが低めに決まって、変化球も決まると、こんなに簡単にアウトがとれるんだ」

降谷は、感じ入るように大塚の投球を眺めていた。つい先ほどは、幸子が書いていたスコアブックを見ていたほどだ。

 

 

そのボールにいったいどういう意図があるのかを、少しずつではあるが学習しようとしていた。

 

 

片岡監督も、

 

「――――――(大舞台に強い、これは教えることができない要素。奴はそれが出来ている)」

 

集中力、流れを読む力。集中すればするほどその嗅覚が研ぎ澄まされている。

 

 

「大塚は、3度目の正直でやれるでしょうか。」

太田部長が大塚の投球を見てそわそわしていた。

 

 

「一応川上に準備はさせている。奴がノーノーを意識して崩れるようなら容赦なく代える。」

 

片岡監督はあくまでその理想を求めていたが、最悪のケースに備えて川上にラストイニングの準備をさせていた。

 

 

 

 

 

 

そして、9回表青道の攻撃が終わり、9回裏に入る。

 

 

マウンドに向かう際、

 

 

「――――――」

応援席のほうを見る大塚。

 

「―――――大塚?」

御幸が立ち止まっている大塚を訝しんだ。あとは投げるだけ、今更緊張をしているのだろうかと。

 

そのまま無言のまま踵を返し、マウンドへと向かってしまう。今のはいったい何だったのだろうか。

 

 

『さぁ、いよいよこの決勝戦も9回裏までやってきました。許したヒットはゼロ、許したランナーもゼロ! 四死球も与えない完ぺきな投球でここまできました、マウンドの大塚』

 

 

『いよいよ、ですね。これまでそのチャンスは何度かありましたが、9回にたどり着いたのは1度、記憶にも新しい夏の甲子園デビュー戦。西邦高校との試合。あとアウト一つの所でヒットを許しましたが、1年生投手のデビュー戦で最高に近い投球を見せてくれました』

 

 

『過去の自分に勝てるか、どうかですね。』

 

 

 

『さぁ、いよいよその瞬間は訪れるのか? 注目が集まります!!』

 

 

マウンドの大塚の表情に変化はなし。御幸も問題ないと考えていた。

 

 

ノーワイドアップから初球。打者は7番の阿部。

 

 

このラストイニング。大塚にアクセルを緩める理由が存在しない。

 

 

ドゴォォォォンッッ!!!!

 

 

「くっ、9回でこんな――――」

 

振り遅れ、ボールの下。9回100球を超えてなお、ボールに勢いがあった。

 

 

『初球高め149キロ!! 空振りぃ!!』

 

 

続くボールもストレート。

 

「ファウルボールッ!!」

しかし、上級生の意地。バットに何とか当てた阿部。しかし、ボールは斜め後ろに飛んでいく。

 

 

打球は前に飛ばない。

 

 

そして、

 

 

『スライダー!!! 三振~~~!!! まずアウトを一つ取りました!! マウンドの大塚!!』

 

右打者の外角のスライダーでアウトを奪う大塚。インコース攻めの速球からの大きく横に滑る緩いスライダーでスイングを誘った。

 

 

『ここで緩いスライダーですか。9回を全力で抑えに行っていますね。この緩急だとどうしても手が出ますよね。いやらしいコースに投げ込まれていますし』

 

 

続く8番米原には外側、横のスライダーで空振り三振を奪い、これで17個目の三振を奪った。

 

 

『三振~~~~!!これも三振!! 最後もスライダー!!』

 

今度は一転して横のスライダー。外角速球、チェンジアップを意識させてからの変化球。緩急と球の出し入れで打者を翻弄する。

 

9回のラストイニング、大塚がアウトを奪うたびに歓声が大きくなっていき、大塚の体にもその歓声が降り注がれる。

 

勝利目前にもかかわらず、緊迫の場面が続く。そのプレッシャーは大塚だけではなく、フィールドプレーヤーにも同等のものを与えていた。

 

 

「―――――打球飛んでこないけど、すごい緊張する。」

東条は大塚の背を見てワクワクしていた。

 

「この試合、打球を1回しか処理していないんだが」

白洲は、グラブを見つめ、バッテリーの活躍に目線を移動させる。

 

 

「――――――みられるようなことをしていないぞ、畜生」

麻生もヒットこそないが進塁打ときっちり仕事をこなしている。しかし持ち味の守備の機会はなかった。

 

外野組は暇を持て余していた。

 

 

対照的に、一方で内野組は

 

「――――――――――――」

 

小湊を筆頭に、緊張で無言になっていた。あの前園もマルチヒットの余韻をかき消され、こわばった表情でファーストを守っていた。

 

 

「ツ、ツーアウトな!! 大塚!! 打たせてもいいんだぞ!!」

さすがの倉持も緊張していた。

 

 

―――――声裏返っているぞ、倉持

 

御幸も倉持の引き攣った笑みのおかげで冷静になっている状態であり、一種の興奮状態に近い。

 

 

――――けど、お前は淡々と投げているよなぁ

 

マウンドの大塚はコントロールミスをほとんど許さないパーフェクトに近い投球。彼にプレッシャーがかかっているにもかかわらず、ナインの中で一番冷静だったのは大塚。

 

 

しかし――――

 

 

――――――ついに、この瞬間に戻ってきた。さっさと単打を打たれたほうがよかったのに

 

 

当の大塚は、今更いろんなことを考えるようになっていた。

 

 

いよいよあとアウト一つの場面。そのことが、大塚にこの状況を自覚させたのだ。

 

ああ、もうツーアウトなんだと。あとアウト一つなのだと。

 

 

それが今になって彼に襲い掛かっていた。

 

 

 

「――――――」

 

夏予選決勝のマウンドは、ラストイニングを投げなかった。正確には、痛みで投げられなかった。

 

言い訳にもならない、くだらない怪我、その後のくだらない離脱。

 

怪我をする投手は、如何に優秀でも意味がない。その全てが無意味になる。

 

 

一番大事な時に、

 

一番苦しい時にマウンドに向かうことが出来る投手。

 

 

それも、エースの最低条件。

 

 

 

――――ほんとうは……

 

 

 

あの時、口では理性的なことを言っても、悔しかった。

 

 

 

――――本当は、あの時も投げたかった。

 

 

 

9回を投げ切ること。

 

 

 

 

それが本当に久しぶりな気がする。その戸口の目の前までたどり着いた。

 

 

――――あと、アウト一つ。

 

 

ドクンっ、

 

―――――色々考えるな、最後は……

 

 

 

高鳴り、緊張。今までのアウトよりも重い。

 

その重さを、考え過ぎてしまった。

 

 

 

「大塚君!!!」

 

 

その時、やはり背を押してくれるのは彼女だった。

 

 

――――君は……

 

 

 

彼にとって、その事実は情けないが、うれしかった。

 

 

 

「頑張って! あとアウト一つだよ!」

 

大声で叫ぶ彼女。後でカメラに写って恥ずかしがっても知らないぞ、と含み笑いをしてしまう大塚。

 

 

「―――君は、僕の太陽」

西洋のナンパ男になったつもりか。思わず呟いた独白に苦笑いする大塚。

 

 

鏡がもし目の前にあったとすれば、そこにはだらしのない顔をした自分がいるだろう。

 

 

 

「………最後まで格好がつかないな、僕は」

誰にも聞こえない、大塚にしか聞こえない声で、そうつぶやいたのだった。

 

 

 

 

そんなことを口走ったことなど知らない吉川は、大塚の顔から力みが取れたことを見て安心していた。

 

「春乃? どうして今になって声をかけたの?」

夏川が彼女に尋ねる。今までさんざん大塚が完全投球、完全投球と騒がれていたとき、彼女は落ち着いて大塚を応援していたのだ。

 

 

「なんだか、今更大塚君が緊張しているかな、と思ったの」

 

「え? 今更ぁ? 大塚君らしいと言えばそうなのかも。無理をする子だし、緊張を制するタイプ? でも、良く見えているね、春乃」

 

私、全然そんな風に見えなかったよ、と笑う夏川。

 

 

「あとアウト一つ。その時、遠目から見て引き攣っていたように見えたの………うーん、私の見間違いなのかな?」

 

 

その時だった、

 

 

すっ、

 

 

 

大塚がこちらに視線を向け、帽子の鍔に手を置き、離した際、

 

 

「――――――――」

 

見間違いなどではなかった。自意識過剰でもなかった。

 

 

―――――ありがとう

 

微笑む大塚の顔が二人の目に映ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

『さぁ、いよいよあとアウト一つ、ノーワインドアップから第一球』

 

 

ラストバッター森山は左打者。その彼にとって一番遠い場所。

 

 

『ボールッ!! ここでシンキングファストが外れてボール!! まずは外側、ボールから入りました、マウンドの大塚!!』

 

 

続く2球目、

 

 

『今度も外!! 横から曲がってきたスライダーが決まり、ワンストライク!! 観客もその瞬間を待ち構え、見守っています!!』

 

 

――――次はこれだ

 

御幸がサインを送り、大塚が受け取る。

 

 

『空振りぃぃ!!! ここでドロップカーブ!! 追い込んだバッテリー!! さぁ、いよいよ最後の一球となるか!!』

 

 

―――――次は何で行く? 正直、スプリットでも、ストレートでもいいぞ

 

 

しかし、ここで大塚はその二つの球種に首を振る。

 

 

 

大塚が要求したのは、

 

 

―――――インコース低め、高速縦スライダー。ラスト一球、決めます

 

 

憧れから始まった父親譲りの宝刀ではなく、

 

 

 

父が完全試合のエンディングに選んだ一球でもなく、

 

 

 

今まで、最も投げ込んできたであろう速球でもない。

 

 

 

紆余曲折を経て出来上がった、自分の新たな武器に、この大記録の命運をかける。

 

 

 

 

自分が編み出したオリジナルの変化球。それで締めたかった。

 

 

――――俺が一から考えた、俺の変化球で、この試合を締める!! 

 

 

意図を理解した御幸は納得した。

 

 

これは決別の意味も込めたラストボールになる。

 

 

もう彼の後は追わないという、強い意志を自分に示すための覚悟。

 

 

 

 

―――――来いっ、栄治!!

 

 

ミットを構える御幸。ここでスライダーを要求したことも、大塚栄治らしい、大塚の考えていることなどお見通しだといわんばかりに、御幸はその最後の一投を待つ。

 

 

 

 

そして――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

『空振り三振~~~~!!! 試合終了~~~~!!! 青道のエース、大塚栄治!! 復活を印象付ける見事な投球!!! 完全試合の大記録を、18個目の三振で締めました!!!』

 

 

三振を奪った時、大塚は静かに、ゆっくりと拳を上げた。しかし、興奮した様子はなく、どこまでも淡々としていた。

 

「――――――っ」

 

彼はその余韻を噛み締めるように、この空気を味わっていたのだ。

 

 

 

 

一方、ほかの青道ナイン。ベンチ入りメンバーはそれどころではなかった。

 

 

『ああっと!! マウンドで淡々としていた大塚!! ナインにもみくちゃにされています!! さすがのエースも、チームメイトの手荒い祝福にはかなわないようです!』

 

 

『大塚君は淡々としていますが、これは大変なことですからね。あまりにも淡々としているので、彼が戸惑っているように見えますが、そうではないですからね』

 

『そうですよねぇ!!! この大舞台、秋季東京都大会決勝で完全試合!! 本当に今日はその大舞台に恥じない投球だったと思います!!』

 

 

『奪三振18、外野フライ1つ、内野フライ2つ、内野ゴロ6つ!! 球数、119球!! なんと、打球が今日は外野に1回しか飛んでいません!! 圧巻のパーフェクトゲーム!!!』

 

 

選抜を決める試合で、人生最高の投球を成し遂げた大塚栄治。

 

 

「―――――ひどい目にあった。」

 

「お前があまりにも喜んでいないからだよ!!」

 

やや興奮した声色で突っ込む御幸。さすがの主将も、最高の投球を前に感情を爆発させていた。

 

 

「5対0で青道!! 礼ッ!!!」

 

 

ありがとうございました!!!

 

 

 

試合後の挨拶が終わると、2年生エースの真田がやってきた。

 

 

「今日の投球は本当に手も足も出なかった。完敗だ」

負けてもさわやかだった真田。イケメンはこういうところが絵になる。

 

「まあな、正直、ここまでやれるとは考えていなかった。詰めが甘いところがあったし、どうせ最後の最後に打たれるんじゃねぇかって、な」

思ってもないことだが、このまま大塚を天狗にさせるわけにはいかないので、こんなセリフになってしまう御幸。

 

「先輩ッ!? それはひどいですよ!!」

 

 

「いや、大塚の投球は参考になったよ。やっぱ緩急は必要だなって。3巡目辺りから急に打球が鋭くなったから、マジで焦ったわ」

 

 

「まあな、こっちも無策で来たわけじゃねぇし。そこはな。」

 

 

 

「――――けど、点差は縮んだし、次は接戦をものにさせてもらうぜ」

真田の挑戦的な瞳は試合後も死んでいない。堂々とリベンジを口にすることに、真田の精神的な強さを感じさせる一言。

 

 

「ロースコアの大塚は、強いんだぜ」

御幸はそれに対し、大塚の接戦での勝負強さを口にした。

 

 

「知ってるぜ。今日、嫌というほど思い知ったしな」

思わず苦笑いの真田。

 

 

すると、ここで轟もこちらにやってきた。

 

 

「――――――今まで見たことがなかった。」

 

 

「――――それは光栄、かな?」

語彙の少なさをうまく汲み取った大塚。彼が何を言いたいのかはわかる。

 

 

「―――――3打席目、狙ってたの?」

やはり、あの打席のラストボールが気になっていたのだろう。

 

 

「ああ。楊さん相手にあの局面で見逃した、轟君の打者としての力量を信じた、というのはずるい言い方かな?」

 

 

「――――――悔しい。けど、ゾクゾクした。すごい投手と、対戦できたことがすごかった」

轟に涙はなかった。晴れやかな顔がそこにあった。

 

 

「次は絶対に打つ。けど、また―――――」

 

そのあとの言葉が続かない轟。顔を赤くして、何やら言葉に詰まっている。何を言いたいのかがわからないわけではないが、恥ずかしがっている。

 

 

「次も相手になるよ。悔しい思いをしたくないから、勝ちを譲る気は無いよ」

 

朗らかに、そして荒々しく再戦を望む言葉を言い放つ大塚。

 

 

「ああ!! 俺も今度はお前を追い越す!!」

 

 

両者がっちりと握手をする。

 

 

―――――僕の同年代の選手、1年で変わりすぎだろうに。

 

大塚は、自分のいるチームだけではなく、前々からある程度マークしていた彼まで意識改革を果たしていることに、困惑した。

 

 

――――簡単に東京を勝たせてくれないみたいだね、野球の神様は

 

 

手ごわいライバルがいる。あの沖田に比肩する実力の持ち主が、都内のライバルチームにいる。

 

 

――――でも勝つよ、神様。僕は欲張りだから

 

 

 

 

薬師とのあいさつを終え、ベンチに戻ってきた大塚を待ち構えていたのは、

 

 

「―――――よくやってくれた。最高の投球をした余韻はどうだ?」

 

日頃は厳しい監督も、表情が幾分か柔らかくなっていた。

 

「―――――悪くない気分です。ですが、余韻に浸るのは今日まで。神宮も、選抜もありますからね」

 

 

「ふっ、言ってくれるな。」

言葉とは裏腹に、嬉しそうな監督の顔。

 

「大塚!! ついに過去の自分に勝ったな!! おめでとう!!」

 

 

「過去の自分? どういうことですか?」

キョトンとした顔で太田に聞き返す大塚。

 

どうやら意味が伝わらなかったようだ。

 

 

その後、

 

「―――――うむ、やはりインタビューというのは慣れんな」

 

 

「まあ、あそこは特別な場所ですから。慣れてしまっては困ります」

 

 

「俺のほうのフォローはなしかよ!!」

 

 

テレビの前で漫才を続ける主将とエース。そしてどこか抜けている監督。

 

 

その映像をテレビ越しで見ていたのは、

 

 

「いやぁぁ。マジで前園先輩打ちやがったよ。栄治の完全試合よりも驚いたし」

沖田が病院のベッドで彼女が剥いてくれたリンゴをフォークで食べながら観戦していた。

 

「もう。素直に祝福すればいいのに。」

隣にいる彼女は、そんな先輩に対して「聞いたら怒るだろうな」という言葉をぼやく沖田に苦言を呈する。

 

「そうだよ兄ちゃん!! すごいホームランだったよね!! というか、全打席すごい打球を飛ばしてたじゃん!!」

弟の雅彦は、兄のツン気味な評価に不平を言う。

 

「まあな。あの人もようやくツボをつかんだと思うし、神宮からあの人も爆発するだろうな。あとは貫くだけ。それが出来たら、一流の仲間入りだな」

沖田もわかってはいるのだ。前園が覚醒の手ごたえ、きっかけをついにつかんだのだと。

 

パワーで勝る彼が技術を手に入れかけている。恐ろしいことだ。

 

「というか、祝福とか、二次会に行きたいんだが――――」

 

「だめ! 病院安静!!」

妹の薫が離さない。

 

「ま、家族を心配させるわけにはいかんよなぁ」

 

「私も心配したんだけど」

ジト目で睨む彼女に、

 

「お、俺も妹や君と一緒にいたいと思ったんだよなぁ!! ハハハハ!!!!」

 

 

「目が泳いでいますよ、沖田先輩」

球場ではなく、今日は沖田の病室にいた大塚美鈴。兄のことを放置して、心配が残るほうを優先した結果である。後にこれを聞いた大塚がひどく悲しむが、安心もしていたという。

 

 

「まあ、なんにせよ。今度は連れてってもらう立場になったわけだし。完治したら練習のフルマラソンの開幕だな」

 

 

「もう――――この野球バカ。」

 

「あいつらが待っているわけだし、俺も立ち止まるわけにはいかんのよ。ま、地に足つけて頑張るさ。無茶をしたら、引っ叩いてでも止めるんだろ?」

 

 

「ふん――――」

 

 

 

そして球場に戻り、応援席では

 

「やったな、あいつら」

結城が感慨深げにつぶやいた。

 

「ああ。もうこれでスタンドまで行く心配もねぇな」

伊佐敷も、こいつらはもう大丈夫だ、と安心していた。

 

「まあ、大学の練習に早く合流しないとやばいんだけどね」

小湊亮介も、それどころではないと言い放つ。大学でのレギュラー争いも、かなり熾烈なのは間違いがないのだから。

 

 

「ああ。東都のあそこではないとはいえ、練習は厳しいみたいだからな」

丹波はやや青い顔をしながら、練習のことを考えていた。東都リーグ一部、駒学への進学を決めた丹波。

 

 

「ああ。そういえば、あの軍隊コースの所にも推薦もらったんだよね、丹波は。まあ、大阪の主軸選手が、2年連続で瞬殺されたし、あそこはよほどの覚悟と実力じゃない限り無理だろうしね。」

 

 

「俺も危なかった。監督の助力がなければ、俺もあそこだった」

クリスも珍しく青い顔をしていた。

 

 

後輩離れが進む上級生たち。高校野球に思い残すことはなかった。

 

 

 

青道高校、選抜の切符をつかむ、見事な優勝。東京代表として、神宮へと進む。

 

 




大塚のガッツポーズはドジャース時代の野茂投手に近いです。

しかし、神宮の背番号1は沢村。

御幸はプロで、原作で組めなかった相性バッチリの投手とバッテリーを組めたらいいな。

あと、渋い色の球団が似合いそう。



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神宮大会 飛翔編
第133話 神宮は待ってくれない


ここ最近は調子が良いです。




選抜が決まり、その前に開かれる神宮。沖田抜きで戦うことを強いられる。

 

 

だが、秋季大会で選手たちは成長した。投手陣の充実ばかりが騒がれる中、御幸を中心とした打線の形成。前園に確変の兆しが出始めたこと。

 

東条と小湊の安定感に加え、金丸も前園の好調につられ、振りの鋭さが増していた。

 

 

先日の祝勝会では、大塚の完全試合ではなく、決勝戦で打線が復調したことが大きく取り上げられていた。

 

大塚の好投は、部員にとっては想定内、完全試合には驚いたが、

 

「まあ、やると思ったよ」

 

「やれると思ったし、そこまでかな」

 

「詰めの甘さがなかったら、夏でもできていたし」

 

「むしろ、あの実力でここまで遅くて逆にだらしがないよな!!」

 

 

「あんまり実感のない僕が言うのもなんですが、酷くないですか!?」

大塚が突っ込みを入れるくらいだった。

 

 

「それよりも、前園先輩のホームランだよな!!」

 

「俺も思った!! 正直鳥肌立ったよ!!」

 

「ゾノの一撃で打線が動いた感じがあるよな!!」

 

むしろ、一番大きく取り上げられていたのは、前園のホームランだった。

 

「――――――祝勝会やなくて、マジでバットが振りたい!! あの感覚や!! あの感覚が!!」

 

その前園だが、天狗になるどころかあの感覚がという自分にしかわからない単語を連発し、バットを持って屋内練習場に向かおうとしたが、同級生たちに拉致られてしまった。

 

学年関係なく、青道はまるでお祭り騒ぎ。2大会連続の甲子園出場は、片岡監督の現役時代まで遡ることになる。

 

投打ともに強さを発揮した秋季大会。選抜の前の神宮でも、活躍と躍進が内外で期待される。

 

ここにはいない沖田道広からも、ビデオメールにてお祝いのコメントまで流され、選抜には戻ってくるので、というお墨付きまで。

 

『栄治の奴がここまでするのは想定外!! けど、前園先輩のホームランはもっと読めませんでした!!』

 

「言われてんぞ、ゾノ!!」

 

「そうやろ、そうやろ!! ワイも予想できひんかった―――って、自分で何言うとんやワイは!!!」

 

 

『俺は青道が優勝することしか考えていません!! 柿崎だろうが何だろうがコールド勝ちするぐらいの気概で完全優勝目指して頑張ってください!! リベンジもかねて、柿崎から5点ぐらい取れば楽勝ですよ!!』

 

「なんつうコメントだ…」

 

「めちゃくちゃやないか」

 

「沖田らしい、のかな」

 

『リハビリとか、体力とか、大塚の所のサラさんに頼み込んだぜ!! 選抜までにパワーアップして戻ってくるから、ショートのレギュラーは諦めてません!!』

 

『と、いうことヨ。エイジ、彼はアナタからもホームランを打ちたいと意気込んでいたわ。』

 

 

「マジで!? サラの野球知識はシャレにならないって!!」

 

沖田に対して今のところ優位な立ち位置だった大塚。しかし、大塚を鍛えた彼女の力量は彼自身がよく知っている。

 

――――練習のほうが怖いことになるかも。

 

あの怪童がパワーアップしたら、抑え方がわからなくなる。

 

「ハハハ!! 沖田の奴、どこまで行く気だよ!!」

 

「俺のほうはマジでシャレになってねぇぞ!! 高すぎんだろ、ショートの壁!!!」

 

 

『あと、広島の奴らが言うには、巨摩大は大化けするかもって話だ!! 当たったら気をつけろよ!!』

 

 

そんなこんなで、沖田の激励ビデオが終わり、宴会が再開。そこへ、

 

「片岡監督の続投が決まったぞ!!」

 

「しゃぁぁぁ!!! やっぱこの青道の指揮を手放すわけがないもんな!!」

 

「選抜に監督と一緒に殴り込みだぁぁ!!」

 

「リベンジだ!!」

 

「雪辱果たすぞ!!」

 

 

特に、2年生たちの歓声が大きくなる。片岡監督の続投。ある意味一番のモチベーションだった目的が達成された一同。嬉しさも一塩だ。

 

「―――――本当に良かった、僕のせいもあったから――――」

嬉しさよりも、安堵を覚えたエースの姿もあった。

 

決勝を戦ったばかりというのに、この日は本当に部員全員に活気があった。

 

 

翌日、

 

 

「ああ……た、足りない――――」

悲しそうな顔をする春乃を見た大塚は、

 

「俺も出すよ。こういう切り抜き、どんどん埋めるのも楽しそうだし」

財布にちゃんとお金は入れていた春乃だったが、予想を超える複数の雑誌に目移りし、予定金額の超過で窮地に陥ったのだ。

 

無論、大塚が残りを出すことになった。

 

「あ、ありがとう。」

 

 

「兄ちゃんたち、青道かい? 昨日はよかったねぇ! 甲子園おめでとう!」

店長らしき人に激励をもらう二人。

 

「ありがとうございます。甲子園では、楽な試合はないでしょうが、一戦一戦全力で臨みたいと思います」

模範解答過ぎる大塚の受け答え。

 

その後、大塚栄治のサインがほしいという彼の望みに応え、我流のサインを店長が用意した色紙に描き、店を後にする。

 

 

「―――――なんだか、夏よりも甲子園を実感するな。」

甲子園を決めて、しばらく間があるからなのか、落ち着いて甲子園という場所を考えることができた大塚。夏の頃は怪我を隠しながらの出場。そこまで気を配ることができなかった。

 

「それだけ、長いようで短い、春の甲子園だもん。みんな待ちきれないんだよ」

しかし、春乃は今のエイジが好ましかった。心に余裕を持った彼といて楽しい。

 

 

学校に到着し、教室で二人を迎えていたのは、

 

「昨日の完全試合! すごかったよ!!」

 

「沢村君に続いて二人目だよね!! でも決勝で成し遂げるなんて!!

 

 

「完全試合って、なかなか難しいんだよね!? すごい!!」

 

黄色い声もあれば、

 

「大塚、おめでとう!!」

 

「俺たちも応援するからな!!」

 

「さすがすぎるぞ、大塚ぁ!!」

 

同性からも祝福の声が相次ぐ。

 

それがなんだか気恥ずかしいのか、大塚は首の後ろに手を当てて苦笑いする。

 

「まあ、昨日が出来過ぎなところもあったんだけどね。甲子園でも成し遂げて見せる」

しかし、力強い言葉でその再来を実現できるよう努力すると誓う大塚。

 

「お! 強気じゃねぇか!!」

 

「甲子園で完全試合、期待してるぞ!!」

 

クラスメートも、いつにも増して力がこもっている大塚の闘志を感じ、期待しかしない。

 

 

「お、俺も完全試合――――はぁ……勝てる気がしねぇよ……」

 

大塚の投球を知っている。こんなことを言うのもなんだが、自分と大塚では相手の打線が違う。

 

――――まだ遠いよな、お前の背中。

 

自分も数日前に完全試合を成し遂げたのだが、大塚にすべてを持っていかれ、力なく笑う。

 

「もちろん、期待してるぜ、青道の新エース!!」

 

「沢村の投球もすごかったぞ!! テンポもよかったし!」

 

「お、おう! 一応神宮大会はエースなんだ! エースの役目を果たしてやるぜ!!」

元気が少し出た沢村は、一応神宮大会のエースの称号をつかんだことで、本当の意味でライバルになったと実感した。

 

――――選抜まで、せめて選抜まで奪われたくねぇ

 

その危機感も相まって、沢村はこの冬でさらなる成長を誓う。

 

 

「二人はすごい人気だね、まさか同じ大会、同じチームに完全試合をする投手が二人も出てくるんだからね」

春市は、ホットな話題を提供している沢村と大塚を見て、それは道理だと考えていた。

 

「―――――うらやましい。もっと先発で投げたい、な」

降谷は、先発挑戦から日が浅い。これからの成長がカギになる。だからこそ、あの二人のように成長したいと考えていた。

 

「降谷君も、神宮で全く出番がないわけではないし、今は目の前のチャンスを活かそう。俺も、後ろから追いかけてくる人が多くて大変だ」

上級生たちの後ろに、兄の姿が見える。

 

しかし、自分の求めている選手像は、兄の姿ではない。

 

――――守備よし、走ってよし、打ってよし。今よりももっと――――

 

もっとスケールアップしたい。もっと長打を打ちたい。

 

置いて行かれないために。

 

 

「神宮の試合で、先発マスクだってありうるかもしれない。準備だけは、準備だけはぁ…」

そして狩場は日頃の準備を怠らないことを誓っていた。何かの間違いで試合に出してくれるかもしれないと信じて。

 

「狩場の頑張りは報われてほしいよな、同級生として」

 

「うんうん。大塚の縦を止められるの、狩場だけだし。絶対に出番はあるよ」

 

金丸と東条が、狩場の意気込みを温かく応援していた。

 

 

 

「―――――――――――」

 

そこかしこで、青道野球部の甲子園出場を祝う声があった。

 

 

 

野球部のベンチ外のメンバーだけではない。学校の期待を、ファンの期待を背負って、野球をしているということがわかる。

 

 

「―――――甲子園に行くのは、やっぱり重いな」

エースではなくても、ベンチ入りメンバーだからこそ、感じるプレッシャー。

 

今の自分には時間がある。時間があるからこそ、頭の中が整理できる。

 

―――――落ち着かない。早く来てほしい。

 

それが今の大塚の本音だった。

 

「―――――そういう栄治君を見るのは新鮮だね。でも、夏よりは大分いい顔だと思うよ」

 

「まあ、夏はね」

横に彼女がいてくれるだけで、これからの激闘も乗り越えられる、気がする。

 

 

「私ね、貴子先輩から日誌を引き継いだんだ」

 

「――――うん」

春乃の独白を黙って聞く大塚。

 

「――――それでね、最初は重いな、私に務まるのかな、って気が引けちゃったの」

 

彼女が語る、彼女が記した、3年生たちの軌跡。

 

日頃の練習から大会のことまで、詳しく、そして簡潔に書かれた日々の日誌。

 

それをめくるめくる読みふける大塚は、言いようのない感情に支配される。

 

――――ああ、本当に胸を打たれるような内容だ。

 

当たり前の日々、野球が出来る日々、それを強く連想させる記録。

 

「――――――」

思わず目をこすってしまう。まだ最初しか読むことができていないが、あの上級生にも自分たちと同じように1年生の時があった。

 

自分たちよりも苦労は多かった。道のりは険しかった。そして思い知る。

 

――――俺たちは、本当に恵まれていた。

 

それを指摘する先輩はいなかった。嫌みを言うような人はだれ一人いなかった。

 

監督の言う通りだ。監督の思いも、あの時、彼が深々とお辞儀をしたのも、当然なのだ。

 

どの位置にいたかは関係ない。最後まで、彼らは青道の誇りだった。

 

――――結城先輩の涙の理由が、今になって分かる。

 

嬉しかったんだ、本当に―――夏に甲子園に行けてよかったんだと。

 

「――――栄治君?」

狼狽えた声を出して大塚の名を呼ぶ春乃。

 

「いや、少し感傷的になってしまうね、これは」

日誌を返す際に、大塚は読んだ感想を述べた。

 

 

「けど、負けられない。憧ればかりを抱く時間は、とっくに過ぎている。」

 

 

しかし、今の大塚は憧れるばかりの男ではない。もう、そんな甘さは通用しなくなっている。

 

 

 

「――――うん」

それ以上の言葉はなく、簡素でありながらも、気持ちが伝わる肯定の言葉を返す春乃。

 

 

中心選手になるということ。好き勝手していた1年生の夏の時期とは違う。1年生の秋は、自分が主力であり、本当の意味での柱にならなければならない。

 

それを理解した彼に、大きな自覚が芽生えた大会だった秋季大会。

 

 

「まだまだ未熟なチームだけど、俺たちは先輩の世代を超える。精神的にも、技術的にも。」

 

 

大塚は心の中で、自分は変わったと感じていた。

 

 

決勝戦前日は、あれだけ弱音を吐いたというのに。あれだけ丹波への憧れを口にしていたというのに。

 

 

「もう憧れるばかりなのは、嫌なんだ」

 

 

 

 

 

 

今日のHR直前、大塚は沢村とともに片岡監督のもとを訪れていた。

 

 

そこで伝えられた、大塚の背番号18と沢村の背番号1。

 

 

―――――初めてだ。こんなに悔しかったのは

 

 

秋季大会での成績は、沢村の安定感、可能性が大塚の実力を上回った。それだけのこと。

 

しかし、背番号1でなくなるのは少し寂しかった。

 

「―――――俺、まだ大塚に勝てたとは思ってないです」

沢村はエースの座に上り詰めたにもかかわらず、戸惑っていた。

 

「沢村」

 

「は、はいっ!!」

いきなり名字で片岡監督に呼ばれ、戸惑いを見せる沢村。反論したことに対する小言なのだろうか、と少し不安になる沢村だったが、片岡監督の表情は厳しいものではなかった。

 

むしろ、想定内といった雰囲気だった。

 

 

「―――――まずピッチングについてだが、甲乙つけ難い、高い次元で争っているのは理解しているな?」

 

「――――うっす」

 

投球と結果。ボールの圧力では大塚だが、沢村はそれに劣らない結果を出している。秋季大会では一度も崩れることなく、一次予選からも沢村の力投は大きなものだった。

 

「そして、この1年間の、チームへの貢献度。一度も離脱せず、苦しい状況でマウンドに上がり続けたこと。俺は、この1年で最もチームに貢献出来た投手を、エースに指名したいと考えている」

 

つまり、チームへの貢献度、一度も離脱せず、1年間投げ続けた沢村の投手としての自覚を評価されたことを悟る沢村。

 

「―――――チームへの、貢献――――」

わかっている。こういう面でしか差を見つけることが出来ない。

 

 

わかっているのだ。沢村は、大塚についていくのに精いっぱいだという自覚が。

 

 

それでも、監督は神宮でのエースの称号を彼に指名した。沢村の可能性に賭けたのだ。

 

 

「――――立場が人を変える。今後の日常生活から何まで、お前の意識が重要になる。お前のなりたい投手になるために、地に足をつけて、エースとして大きく成長してほしい」

 

ここまで言われれば、彼に断る理由はない。

 

「はいっ!!! エースの座、承りました!! そして、青道に沢村ありと!! 世間様に思い知らせてみせます!!」

 

 

――――少し心配だ

 

 

―――……一瞬だが自分の判断を疑ってしまった

 

大塚と片岡は、その言動に一瞬だけ不安になったが、沢村ならなんとかその役目を果たせるだろうと考えた。

 

 

 

 

沢村が退出をした後に、片岡監督からある言葉をかけられた。

 

 

「――――――俺は外部の圧力で、選手を特別扱いする気はない。調子のいい選手を起用していく。結果を出した選手を重用していく」

 

選手として、攻守で貢献した大塚。しかし、守りの面、投手の側面で沢村が大塚の貢献度を超えただけの話。

 

大塚を軽視する起用ではない。むしろ、打撃面での貢献で、どんどんスタメンは増えていくだろう。

 

 

片岡監督の真意を理解している。

 

 

「―――はい」

脆さと成長を感じた秋季大会。異論はなかった。

 

 

「――――だが、昨日の決勝戦。見事な投球だった」

エースからある意味解放された大塚に対し、昨日と同じ言葉を投げかけた。

 

 

「昨日の投球を実現させたのは、お前の努力と、練習への執着心だ」

片岡監督は、大塚の努力を知らないわけではない。

 

センスも、資質も当然あった。だが、それを最大限に発揮できた理由は、大塚のやる気だ。

 

 

「――――ここまでお前は、日々の練習を工夫し、自由な発想で己の力を磨いてきた。しかし、一人の努力では限界がある。そしてここにきて、お前の後ろにいた沢村が横に並んだ」

 

だが、そんな大塚のすぐ後ろにいた沢村が、横に並んだ。そして、今すぐにも抜き去りそうな勢いだ。

 

 

 

「互いに意識し、高めあうライバル、仲間の存在。お前が俺の想像を超えて成長することを、一人の指導者として、一人の野球人として期待している」

 

 

 

「その座に返り咲くために、この悔しさを忘れるな。憧れの中に潜む卑屈さを乗り越えろ」

 

 

とっくの昔にばれている、自分のコンプレックス。まだまだその付き合いは長くなりそうだ。

 

 

「―――――はい」

エース争い。その輪の中に、初めて入ったような気がする。

 

 

 

 

 

朝の記憶を思い出した大塚は、春乃のほうへと向き直る。

 

 

 

「立場が人を強くも弱くもする。僕はこの1年でそれを痛感した。だから、その――――少しでも辛いと思ったら、声をかけてほしい。」

 

いつもお世話されていた自分に、果たしてそこまでの説得力があるかはわからない。

 

 

「その日誌を書く上での葛藤、辛さがあるなら――――その、春乃一人で抱えこまないでほしい」

片手を後ろ首に軽く添えつつ、大塚は恥ずかしながら答えた。

 

書きたくないことだってあったはずだ。

 

無力さを感じた1年生の夏。

 

投手を挫折した彼の葛藤。努力が実るも、届かない憧れの聖地への思い。

 

先輩たちの夏を終わらせてしまった悔しさ。

 

 

ずっとずっと、彼女は歯がゆい思いをしてきたはずなのだ。しかし、立派なマネージャーとしての姿を、最後まで見せてくれた。

 

もし、自分がマネージャーの立場だったら。

 

もし、自分が女性で、選手としてフィールドに立てなかったら。

 

 

 

想像できない。悔しい思いをする仲間を見続けるのは、我慢できないだろう。

 

 

選手として、今の3人にはそんな思いをさせないよう努力するつもりだ。しかし――――

 

 

 

 

いろいろと余計なことを考えている大塚。自分にはありえない虚像について考えるまで、彼女のことを心配していた。

 

そして当の彼女は―――――

 

 

 

 

「――――――――」

キョトンとしていた春乃。そして、大塚の言った言葉の意味を理解して、微笑んだ。

 

 

 

「私はみんなのマネージャー。この日誌にみんなのすべてを記したい。だからこの日誌を預かっているの。そのすべてが私の宝物で、みんなの思い出。」

手に持った日誌を抱きしめる力が自然と強くなっていた春乃。その思いが真であることが嫌というほどわかる。

 

 

自分の杞憂など不要で、むしろ自分の弱さを再確認する大塚だった。

 

――――春乃には、一生勝てない気がするよ

 

 

「辛くなんてないよ」

ここまでの笑顔をされたら、もう自分に出る幕はない。

 

 

「――――――勝てそうにないな、これからも」

 

誰かをやさしく包み込んでくれるような優しさ。その笑顔に自分は惚れた。惚れた弱みだ、どうしようもない。

 

 

これからも、彼女の芯の強さには敵わないだろう。

 

 

 

「だめだよっ! そんな弱気なんて! 大塚君どこか辛いの!? 何かあったの!?」

 

 

「ぼ、僕は子供か!!」

 

狼狽えるような口調で、慌てる大塚。本当に彼はこの先も彼女に勝てそうにない。

 

身長差はかなりあるのに、不覚にも、不本意にも、彼女に母性を感じてしまった。

 

 

ここは、ある意味父親と同じ側面だった。年下の妻に最近も甘えたりする、家庭内ではダメダメな大塚和正を想像してしまった大塚栄治。

 

 

――――お、俺はあんなんじゃない!! 俺は違うっ!! あんな恥ずかしい大人と一緒にするな!!

 

そして、母に甘える父を見ていた、妹の冷たい視線を知っている。

 

 

――――お、俺はぁ!! あんな情けない大人にはならない!!

 

 

しかし数年後、彼女の包容力に陥落する未来が待っている大塚栄治。

 

 

そんな未来など知らない大塚と、純粋な善意で彼を心配する春乃の作り出す、リア充空間が形成される。

 

 

 

無論、彼らの空間に圧倒される教室内の空気。

 

 

「本当に砂糖を吐きそうだ」

 

「叩ける壁がないぞ」

 

「パルパルパルパル……」

 

「若菜にメールしよっと」

羨ましくないぞ、と気を紛らわせるために沢村が携帯で連絡を取るのだが、独り言が出てしまう。

 

 

沢村栄純投手、痛恨のミス。

 

「表に出ようか、栄純君」

 

ここで出現する黒い巨人、小湊春市。その笑みは同期の野球部員に恐れられている。

 

「はるっちが黒い!!」

痛恨のミスを犯してしまった沢村が、逃げの一手に転じる。

 

 

ここから沢村と春市の逃走劇が始まった!

 

 

「口は禍の元だぞ、沢村」

 

「金丸~~~!!! 助けてくれ~~!!!」

 

「リア充め、末永く爆発しろ、沢村」

助けを求められた金丸だが、沢村をスルー。彼女いない歴=年齢の彼が彼を助けるわけがない。

 

「うわぁぁぁ!!!!! 俺の味方は誰もいないのかぁぁぁ!!」

 

「むしろ、沖田と大塚以外、いると思ったの?」

容赦のない追撃は、東条秀明の正論過ぎる回答。

 

沢村の断末魔が廊下で程なくして響いた。その後、大塚の惚けた姿を見た東条が

 

「すぐ大人しくなってしまったよ。大塚ってもしかしてバ――――」

 

「それ以上はいけない」

 

「東条、うかつなことを言うな、最悪大塚の心が折れる。あいつはまだ、現実を受け入れられないんだ」

 

「ねぇ、さっき言おうとした言葉は何?」

 

「ん、降谷? それはね、バb―――」

 

「やめろぉぉぉぉ!!! 降谷は穢しちゃいけないだろうが!!」

 

「どうせ降谷も至るだろうし、いいと思うんだ」

 

「???」

 

「あっち行こうな、降谷!! お前にはまだ早い!!」

 

 

 

 

 

それから月日がほんの少しだけ流れ、神宮がいよいよ近づいてくる。

 

 

 

 

 

青道野球部は秋季大会決勝の余韻に浸ることなく、前に進む。中でも、大会終了後にペーパープランに挑む男がいた。

 

 

「――――違う、こういう変化じゃないんだぁ!!」

 

握りを変え、縫い目を変える。試行錯誤を繰り返すのは、神宮大会の背番号1、沢村栄純。

 

 

「――――沢村はどういう変化を求めているんだよ」

受けている狩場は、落ち幅こそ物足りないが、ツーシームとしては破格の変化量であるにもかかわらず、不満げな彼に戸惑う。

 

「もっとこう、ギリギリの、ベース手前で落ちて、鋭い変化がほしいんだ!! 逃げる変化はスライダーと速いスライダーがあるし、純粋に落ちる球種がほしい!」

 

 

「それスプリットじゃん。大塚に教えてもらえばいいと思う」

東条がスプリットを教えてもらえばいいという。外野手の彼がなぜここにいるのか。

 

彼は沢村が自主的に行う練習に興味を持ち、手伝うことを手土産に、投手練習に混ざる算段なのだ。

 

「――――うーん、あんまりにもパクリだとなぁ。あとちょっとなんだ!! イメージと違う!!」

 

そして、ボールの縫い目に沿って人差し指と中指をかけ、後はツーシームの握りにしてみると

 

 

「うおっ!! なんだこの曲がりは!?」

 

 

狩場がボールをこぼしてしまう。想定を超える曲がりを見せたボールに驚いたのだ。

 

「――――これだ――――っ」

 

その瞬間、沢村の中のイメージと、現実が重なった。

 

「東条!! チェックゾーンで落ちているかどうか、打席に立ってみてくれよ!!」

 

「うん。それにしても、すごい変化だったね」

 

ツーシームの特徴もあるが、特筆すべきはその変化量とスピード。

 

速球系のスピードで、急激にブレーキを掛けられ、鋭く落ちる変化球。ツーシームにフォークの要素を付け加える沢村の目論見通りの軌道だった。

 

 

なお、このボールはさすがに

 

 

「――――――選抜まで封印な。」

御幸にダメ出しを食らってしまった。

 

「まだ腕の振りに違和感があるぞ。落とそうとしているのがまるわかりだ。付け焼刃で痛い目をしたのは夏で懲りたろ?」

 

「うっす」

 

残念なことに、神宮には間に合わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

月日は少しだけ進み、青道の初陣。

 

『東京代表として、初陣を任されたのは背番号1、青道の左のエース、沢村栄純!! 6回まで1安打投球を継続し、東北代表郁栄高校を相手にほぼ完璧な内容!! 計8つの三振を奪い、与えた四死球は1!』

 

 

神宮のマウンドには、大塚から背番号1をもぎ取った、青道のサウスポー、沢村。夏を、そして秋を経て成長した彼は、春とは比べ物にならないほど冷静な表情を浮かべ、両隅にボールを投げ込んでいた。

 

 

『そして打線は、初回の3番大塚のツーランに加え、4番御幸のソロホームラン! 3回には前園のレフトへのスリーランホームラン!! 点差を6点とします』

 

新しい主軸が、力を見せ始めていた。

 

 

『6回には、小湊のタイムリーヒット、5番前園の2本目となるスリーランホームランで4点を追加し、郁栄高校との点差をさらに広げました』

 

7回表からは、降谷がマウンドに上がり、3者凡退に抑えるリリーフを見せ、初戦をコールド勝ち。

 

 

『試合終了!! 東京代表青道高校!! 初戦は打線が爆発し、大勝! 投げてはエース沢村、降谷のリレーで完封!』

 

 

 

終始危なげない試合運びで初戦に勝利すると―――――

 

 

『背番号18、大塚栄治の無安打投球継続!! 6回まで三振は5つと本調子ではありませんが、内野ゴロの山を築きます!!』

 

動く玉を主体とした穴熊戦法。堅い内野守備をバックに、大塚栄治はわずか63球で四国代表の照美高校を料理する。

 

マウンドには、

 

『今日の大塚君は球速があまり出ていませんね。144キロでしたっけ』

 

『ええ。低めにボールは決まっていますが、ストレート主体ですね。変化球もドロップカーブとチェンジアップだけです』

 

きょうの大塚は、落ちるボールとスライダーを投げていなかった。

 

 

打線も大塚、前園の2試合連続ホームランなど、長打攻勢で照美高校を圧倒し、2試合連続7回コールドゲームを達成。なお、この試合で狩場が念願の初先発。3打数1安打、一つの四球を選ぶ上々の成績だった。

 

『コールドゲームながら、青道高校の大塚!! 完全試合達成!! 秋季大会に続き、全国の強豪相手にも、その力を見せつけました!!』

 

 

 

 

難なく2回戦も突破。準決勝に進む。

 

 

試合終了後、準決勝の相手が群馬代表、白龍高校に決まった。

 

秋季大会、前橋学園に競り勝った高校だ。

 

なお、関東大会では、横浦高校は選抜出場を確定させると、調整試合となり楠を温存する形となった。この冬で連投に耐えられる体つくりをするそうだ。

 

 

話は戻り、前橋学園と白龍高校はもともと浅くない因縁があった。

 

夏の甲子園群馬予選、準決勝。この両校は対戦経験があったのだ。その試合は神木鉄平の無四球完封、1安打投球の前に完敗したが、エース神木のいない前橋にロースコアを演じ、辛くも勝利した高校でもある白龍高校。

 

渡辺のデータでは、

 

「3番の美馬選手は走攻守3拍子揃った選手。そのバットコントロールもだけど、塁に出ると相当厄介な選手です。全体的に俊足バッターが多く、小技で揺さぶってきます」

 

「クイック、御幸の肩にかかっているわけだな」

 

「沢村と大塚、どっちを先発させるか」

 

「クイックなら沢村だろう。左打者が多いし、ここは沢村なんじゃないか」

 

「総合力なら大塚だろう。何より流れを変えられる選手は必要じゃないか」

 

 

というように、エース沢村、18番の大塚のどちらかで意見が分かれていた。チームの分裂の危機、というわけではないが、

 

「ようやく、ここまできた。」

沢村は、自分と大塚で先発の議論が出るところまで来たことを実感していた。

 

「――――まあ、疲労やローテを考えると、沢村のほうが無難かもしれないな。川上先輩も一応先発はできるけど、ロングリリーフが手薄になるのはまずいし」

 

 

結局、白龍高校との試合では、沢村が先発。光陵と光南の勝者と戦う決勝を大塚に託すことになった。

 

 

一方トーナメント表の反対側。

 

 

沖田が注目していた北海道地区代表の巨摩大藤巻は、夏の王者光南と対戦。投げては先発本郷が6回まで5安打を打たれながらも2点に抑えていたが、7回に集中打を食らい、さらに3失点。対照的に柿崎は打たせて取る投球で巨摩大打線を封じ、9回を3安打完封とエースの貫録を見せつけた。

 

 

中国地方代表の光陵高校は、東海地区代表の西邦高校と対戦。エース成瀬を温存し、7対4と少し不安の残る結果だった。

 

2回戦での先発が期待された成瀬だったが、ここでも先発を回避。

 

光陵高校は、準決勝を意識したのか、日本庄野高校を相手に先発は11番の久保が投げることに。その久保が終始危なげない投球で日本庄野打線を抑え、7回1失点の好投。8回からは成瀬がリリーフ登板し、パーフェクトリリーフを披露。

 

 

しかし、打線がこの試合は振るわなかった。日本庄野のエース波賀が8回まで2失点と好投。9回には左の高宮が三者凡退に抑えるなど、夏の甲子園メンバーが残る光陵打線が抑え込まれ、準決勝の光南戦に弾みをつけたいはずが、苦戦を強いられた結果となった。

 

 

4強が出そろう準決勝。夏の覇者光南(九州)、夏の準優勝の青道(東京)、夏ベスト4の光陵(中国)、群馬の白龍高校(関東)という組み合わせとなった。

 

 

 

 

「そんなに気を使わなくても大丈夫だって。嘔吐やめまいもなかったし。」

 

11月12日、1週間の絶対安静を終え、経過観察中の沖田。セカンドインパクト症候群の危険性もあるので、当然冬の合宿も微妙だ。

 

最短でも、脳震盪発生が11月2日に発生し、3週間の運動禁止。医者のゴーサインがなければ、沖田はトレーニングをすることができない。

 

 

「――――お前がよくても、こっちは気が気ではないんだがな」

 

「ああ。そこまで急いで登校する必要はなかったんだぞ」

 

白洲と倉持が様子を見るなど、数人単位で沖田の変調に対応する役目を買うあたり、野球部全体が沖田を気にかけていた。

 

登校した夜、

 

――――ツイッターを始めました!!

 

爆弾発言の沖田。ツイッターをする暇などあったのか、という突込みはさておき。

 

 

 

――――無事退院できました!! 12月ぐらいには完全復活!! ぶいっ!!

 

―――――プレー中の事故なので、大事にはしないでほしいです

 

――――俺が言うんですから、この話はおしまい。俺以外に文句は言わせません

 

―――絶対に戻ってきます!!

 

 

 

ネットにて、沖田のツイッターとコメントを見た一同は、声を上げて笑ったという。

 

 

 

そして11月14日。大会4日目。群馬代表、白龍高校との試合が始まる。

 

完全試合コンビの片割れ、沢村栄純に多くのスカウトが集まることになるこの試合。

 

彼らは知ることになるだろう。

 

もはやアマチュア球界の分析の手が行き届かない領域へと踏み入れ始めた、彼の実力を。

 

 

 




宝明高校は、光南が出てくる関係で、出場自体がなかったことになりました。

このままではACT2にぶつかりますが、いけるところまで行こうと思います。

早く巨摩大フルメンバーの詳細が出ないかなぁ・・・・


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第134話 爆発する才能

ここまですんなり書けました。

大塚君の打撃理論がようやく決まりました。


11月14日。神宮大会準決勝。青道高校対白龍高校。

 

プロ注目の左腕沢村栄純対美馬総一郎。

 

『さぁ、残すところ3試合となった神宮大会高校の部。機動力野球が制するのか、それとも公式戦で完全試合を達成したノーヒッターが抑え込むのか』

 

『沢村君は秋季大会終了後も調子を維持するどころか、上がっている感がありますからね。』

 

 

『ええ、秋季大会でも投げるたびに投球内容も上がってきて、あの完全試合ですからね』

 

 

青道野球部のオーダーが、神宮の電光掲示板に出そろい、同時に白龍高校のほうも出そろった。

 

1番 右 東条

2番 二 小湊

3番 中 白洲

4番 左 大塚

5番 一 前園

6番 捕 御幸

7番 三 金丸

8番 投 沢村

9番 遊 倉持

 

前日の御幸外しも度肝を抜くオーダーではあったが、御幸が6番で先発出場。守備に専念するうえで彼の負担が減るのはいいことだが、今大会成長を続ける前園の調子を考えての起用法か。

 

サプライズは、なんといっても4番レフト大塚。投手として投げる予定はなさそうだが、その打棒は秋季大会でのサヨナラスリーラン、神宮での2試合連発弾。

 

「おいおい、大塚が4番だぞ」

 

「見てねぇのかよ!! 前園と並んでえぐい打球を飛ばしていたぞ!!」

 

 

1番 遊 九条

2番 左 宮尾

3番 中 美馬

4番 一 北大路

5番 捕 伊藤

6番 三 本多

7番 右 五十嵐

8番 投 王野

9番 二 漆原

 

対する白龍は俊足打者を配置する布陣。今大会当たっている美馬を中心に、機動力野球で沢村に対抗する。

 

初回、沢村に白龍の足が襲い掛かる。

 

―――〆た、内野ゴロ!!

 

「うおっ!」

 

 

左打者が敢然と駆ける姿に驚く前園。九条の打球は倉持の正面だったが、際どいタイミングだった。

 

―――ツーシームで打たせるのも少しリスクがあるな。

 

転がせば何かが起こる打線だ。相手もそれを分かってゴロの打球を狙っている節がある。

 

 

続く右打者の宮尾には得意のチェンジアップで優位にカウントを進める

 

――――これが、沢村のチェンジアップ!!

 

落ちるチェンジアップ。このボールを意識した瞬間、ストレートへの対応は難しくなり、

 

 

134キロのストレートの後の緩急。アウトコースストレートに振り遅れた。

 

 

――――高さも、伸びも申し分なし。だが問題は―――

 

 

御幸の視線には、問題の男、美馬総一郎。

 

 

――――初球はスライダーから、背中から変化するボール

 

 

美馬の背中を狙う、横のスライダー。変化でインコースに決まれば言うことがない。

 

 

『初球スライダー! インコースに決まったストライク!!』

 

背中にぶつかるのではないかという軌道から、インコースに決まるスライダーに手を出さなかった美馬。初球から難しいボールには手を出してこない。

 

 

続く2球目。

 

『スライダーを続けるがボール!! 外に外れたボールに手を出さず!』

 

続くスライダーの連投。今度は外に外れてボール。美馬は少しだけ反応したが、バットまでは出さない。

 

――――大きい変化を見せた。あとは小さい変化で凡打を狙う。

 

内に構える御幸。ここで要求したのはツーシーム。厳しいコースに動くボールで凡打を狙った。

 

 

――――速球!!! 予測通り

 

沢村の決め球の一つでもあったフォーシーム。彼はこれで三振を奪うことが多かった。美馬の目には、直前までそれが真っすぐに見えたのだ。

 

 

しかし、

 

 

――――ぐっ!? 

 

ジャストミートした感覚では無い打球の感覚。詰まらされた、芯を外された時の感覚が彼を襲う。

 

 

打球にこそ勢いはあったが、セカンド正面。小湊が難なく守ってセカンドゴロ。

 

 

――――癖玉か。想像以上の変化だな

 

打ち取られた美馬は、大塚栄治を差し置いて、エースナンバーをつけている投手の評価を上方修正する。

 

――――このレベルでエース争いをしているのか、大塚栄治と沢村栄純は

 

 

大塚栄治の不調も理由にあっただろう。だが、エースになった沢村は消去法エースでその座に就いたわけではない。

 

 

彼は実力でエースナンバーを大塚栄治から奪い取った投手なのだと。

 

 

スリーアウトを取った後、沢村はベンチに帰る際にある言葉を思い出していた。

 

 

――――左投手がもうワンランク上に行きたいなら、左打者の内角を攻める必要がある。

 

落合と、大塚栄治の両者に共通した言葉。アウトコースのスライダーをより活かすために必要なインコース。

 

広いゾーンで勝負できることで、投球の幅が広がり、引き出しも多くなる。打者は狙いを絞りづらくなる。

 

あの好打者と言われていた美馬を簡単に打ち取れたことで、今まで以上に両サイドの投げ分けを意識した沢村。

 

「ツーシーム、程よく変化していたし、今日はどんどん使うぞ」

 

「うっす。」

 

御幸からも合格点の新たな武器。左打者の多い白龍相手にキーになるであろうボールだ。

 

 

しかし、冷静に投球を分析している青道の一方で、この勝負の反響は大きかった。

 

 

美馬相手に堂々たる投球。物怖じしないインコースへの攻めで、まず初対決を制した沢村の想像以上の出来に、スカウトたちは唸っていた。

 

 

「あの美馬を簡単に打ち取ったぞ」

 

「ああ。自慢の快速も、野手の正面、あんな打球じゃ厳しいだろう」

 

 

「今のはツーシーム。しっかりと左打者のインコースを付く制球力もある。そして、右打者のインコースもしっかり投げ込める。」

 

「球速では140キロに届くかどうかだが、関係ないな。ここまで常識を馬鹿にした投手はなかなかいない」

 

「金属でこれだからな。木製でさらに本領を発揮するぞ」

 

 

スカウト陣の手が自然とメモ帳へと伸びていく。

 

 

 

 

 

裏の回の青道の攻撃は、一死から小湊が出塁し、白洲の進塁打で4番大塚にチャンスで回る。

 

 

白龍先発はエースの王野。

 

『さぁ、2試合連発中の二刀流大塚の打席。初球スライダーを見送り、ストレートが外角に決まって1ボール1ストライク!』

 

 

外角に慎重な入り。ピンポイントに外角を攻める白龍バッテリー。大塚も積極的な打撃を見せない。

 

続く内角、ボール球のシュートに反応する大塚。

 

明らかなボール球。追い込まれていないにもかかわらず、無理に手を出すボールでもなかった。

 

 

「「!!」」

しかしバッテリーの顔色が蒼白になったのはその打球を見た瞬間。

 

 

 

 

 

 

鋭い金属音とともに、打球はレフトポール際まで吹き飛んでいったのだ。ふつうはその前に切れてファウルになるようなコース。

 

 

そして大塚のような手足の長いバッターは、インコースを苦手とされているはず。しかし、あのコースをあそこまでもっていく。

 

 

バッテリーは悟った。

 

 

―――――インコースは続けられない。

 

甘く入れば今度こそやられる。

 

 

続く外角のストレートにもしっかり対応し、痛烈な打球がラインを越えてファウル。窮屈なインコースを攻めた後の、アウトローの難しいボールにアジャストしかかっていた。

 

 

白龍監督の佐々木は、大塚の打撃能力の高さに改めて舌を巻いていた。

 

――――内外角に王野は辛抱強く投げている。だがあの対応力の高さは何だ?

 

 

大塚ほどのパワーの持ち主が、金属を使うのも反則気味ではある。だが、あそこまで芯に近づけて打てる理由は何か。

 

 

そしてそれは、機動力野球を率いてきた彼らの天敵、前橋神木との戦いでも突き付けられた課題だった。

 

 

対応力。その力以外の何物でもない。

 

 

しかも、それは並の投手相手ではなく、屈指といわれるような実力者との戦い。

 

 

目の前の男は、その課題を体現する権化のような存在。尚も爆発的に進化を続けている正真正銘の怪物。

 

 

過去のデータはもはや意味をなさない。今の彼は原石が磨かれている最中。

 

この1回のスイングですら、彼は成長している。

 

 

 

そして、それは大塚自身も感じていたことだった。

 

成長を感じるたびにしっくりこない、バットを最短距離で出すというフレーズ。

 

一体それはどういうことなのか。バットを出す距離なのか、それともスイング軌道なのか。

 

――――常識、その常識を疑うべきだったね

 

単純に最短距離でバットを出し、スイング軌道を犠牲にしてまですることではないと至った彼は、凡退をしたときにそれに気づいた。

 

コンパクトに打つ。ひきつけて打つ。選球眼のいい打者は、これができる。それはなぜなのか。

 

――――彼らは“最短距離”で、バットを出せているからだ

 

彼らの多くに共通するのは、肘が体から離れていないということだ。悪く言えば窮屈に、よく言えばコンパクトにスイングしている。

 

さらに言えば、スイングの軌道は長い。つまり、彼らの言う最短距離というのは、“最適なスイング軌道”を維持するために、最短距離という言葉を使っているのではないかという疑問。

 

 

――――そのおかげで、今では余裕をもってボールを見極められる

 

そして現在、両サイドにボールを投げ込んでくる玉野の球をカットしている大塚。秋季大会は、気迫で打っていたところもあったが、今では技術で当てることができている。

 

まだ、その理論をうまく説明できないので仲間にも明かしていない。曖昧な意識ではあるが、これをしたほうがいいと感じている。

 

 

7球目も粘った大塚。初回から粘りに粘られている玉野に隙が生まれる。

 

 

―――――ほら、粘ればチャンスが来る。

 

 

甘く入ったとは言えないアウトコースの速球。コースも低め気味。しかし、粘りに粘られた投手が一番投げたがるコースでもあった。

 

 

大塚はそれを予測し、一番厄介なボールに目を付けた。それがハマっただけ。

 

 

前足の重心移動もシンプルで、軸のずれも起きない、新しく感じた感覚。

 

 

成長を続ける大塚のスイングは、軽々と王野のストレートを弾き返し、ライト方向へと消えていった。

 

 

「―――――――――――――なっ」

ポーカーフェイスを崩さないことで有名だった王野の顔が呆然となっていた。右中間の深い場所に突き刺さった打球を見て衝撃を受けていた。

 

 

――――甘くはなかったはず、なのに、あそこまで飛ばされた?

 

 

そして、大塚を化け物でも見るように見つめていた。

 

 

『ライト~~~!! 一直線~~~~!!!! そのまま突き刺さったぁぁぁ!!!』

 

『右打ちであの放物線ですか。高校生離れした打球ですね。』

 

外野を守っていた美馬も、大塚の打球を前に動くことができなかった。

 

 

 

――――見上げることしかできなかった。

 

 

これが1歳年下のルーキーなのか、素で疑いたくなる。

 

『これで大塚栄治、3試合連続ホームラン!! 勝負所でのバッティング、止まるところを知りません!!』

 

『みんな忘れているかもしれませんが、彼は投手ですからね。それを考えても素晴らしいスイングでした』

 

 

 

当の本人は、

 

――――重心移動、これも沖田に怒られるかもしれないけど

 

 

軸足の割合は、あまり意味がなかった。むしろ割合を気にしすぎて、バランスが崩れているとさえ考えてしまった。

 

――――違う、本当のバランスは、体の中心がぶれないバランス。

 

 

前足を上げたままでもダメ。軸足に残しすぎてもだめだ。一番重要なのは、前足が着地するまで体を支えられる軸足に強さが必要になってくる。

 

 

そして重心のバランスは、この両足の中心にある。真ん中でバランスが取れた瞬間にジャストミートすることこそが重要。

 

 

ほとんどが軸足で、前足を少しだけ前に動かしてバランスをとり、体の中心に重心を移動させることで、強い打球を飛ばす。

 

――――ドッジボール、している感覚かな。

 

ボールを避けようとするときに、しっかりと両足でバランスを取り、どんな球にも対応できるようにする。イメージに近いのは、そんなふざけた例えだが、これが大塚にはしっくり来た。

 

 

 

そして上半身は、特に両肘の関節が自分は柔らかいせいか、スムーズに手首を返すことが出来、気にならない。

 

 

――――コツといえば、右手でキャッチボールしているような感覚、といえばいいのかな

 

左腕は右腕の動きに連動して動く。こちらも両親譲りの関節の柔らかさのおかげで、問題がない。あくまで、ドアスイングにならない為に左手で矯正するのだということを、父親から聞いたことがある。

 

 

そうすると、沖田が意識していたツイスト打法は無意識に実行できた。

 

――――シンプル、王道こそ大正義だね

 

大塚は今の打席で悟った。やっぱりシンプルなものがベストだ。特に、右手でキャッチボールする感覚というのは、目から鱗が出たほどだ。

 

 

 

「―――――視線が痛いなぁ」

 

しかしどうだろう。少しニヤニヤしただけだというのに、周りは若干引いていた。

 

馬鹿げた打球速度と、馬鹿げた飛距離をたたき出した大塚に向ける目が変わっていた。

 

 

 

「―――――お、おう。とんでもないボールだったな」

御幸が引き攣った笑みを浮かべていた。

 

続く前園が外角スライダーをライト方向に痛烈な打球を飛ばし、フェンス直撃のツーベースを放つも、御幸が空振り三振で凡退。

 

しかし、4番大塚、5番前園の破壊力をまざまざと見せつける結果となった。

 

 

 

――――けど、内角打ちの達人の前園先輩だって僕と同じようなスイングなんですけどねぇ

 

 

大塚と前園の現在の打法はあまり違いがない。だというのに、どうしてこうも視線を集めるのか。

 

 

大塚は自分に注目するなら前園先輩のほうも見ろと不満げだった。

 

 

 

 

 

「ゾノ先輩、明らかに打球の質が変わりましたね」

前とは大違いだ、と感じ入る大塚が本人に尋ねる。

 

「せやな。無理に逆方向を意識せんくなったんが、いい方向に行ったんやろうな。懐にボールを引き付けて、強くたたく。強い打球を飛ばす。それが今の結果につながったんかなぁ」

 

イメージでは、ショートの頭ぐらいがちょうどいいらしい。セカンドだと、インコースを打てなくなる気がすると予感しているらしい。

 

ここは、前園のこだわりらしい。そして、ツイスト打法の影響で内角打ちの精度がさらに高まり、一球で甘い球をしとめる自信がついたという。

 

 

 

「けど、ゾノ先輩が打てるようになれば、いよいよ青道の打線も本領発揮ですね」

 

しかし一番の成長を感じさせるポイントは、追い込まれてもヒットを打てたということ。ボール球に手を出さず、しっかりと打つべきボールに反応できている点だろう。

 

 

――――ハマれば化けると思っていたけど、パワーだけなら俺や沖田以上だ

 

フルスイングで選球眼がよくなってきたら、いよいよ彼が脚光を浴び始める。

 

「そういう大塚も、あそこまでジャストミートするとは想像つかへんかった。ミートのコツとかあるん?」

結構な好投手やろ、と顎で白龍の投手を指す前園。

 

 

「――――う~ん、右手でボールをキャッチする感覚ですね。」

 

 

「――――聞いたわいが愚かやった。」

失笑すらできなかった答えを聞いて、げんなりする前園。

 

 

 

 

 

2回表、4番北大路を迎える中、

 

 

右打者の彼にいきなりカットボールのクロスファイアーを投げ込む沢村。

 

「ストライク!!」

 

窮屈そうなスイングで、まるで着払いのようになってしまっている。おそらく変化球を待っていたのだろう。

 

 

続く2球目は外のツーシームを打つも、平凡なセカンドゴロに終わってしまう。

 

「まず一つ!!」

おーし、おーしというスタンドからの声も聞こえているが、沢村は投球に集中し、耳に入っていない。

 

――――余計に声を出すと、気が散る

 

今の集中を乱したくない。

 

続く5番伊藤に対してもチェンジアップで三振を奪い、6番本多もスライダーで見逃し三振。

 

主軸を迎えた初対決で、沢村が格の違いを見せつける。

 

 

白龍高校自慢の機動力を、まるで意に介さない沢村の投球が、大塚からエースナンバーを奪った何よりの証拠であると、観客は思い知らされた。

 

 

そして、抑えられている白龍もそうだ。

 

――――控えと思っていたサウスポーがエース。

 

しかも、大塚栄治は野手としても主力。投手としてもいつスイッチするかわからない。

 

秋季大会決勝の投球は、彼の完全復活、どころか、さらに進化した姿を見せつけることになった。

 

これで攻守の要、沖田道広不在なのだから末恐ろしい。

 

「――――王野も辛抱強く投げている。何とか援護してほしい」

 

ポイントを近く、反対方向を狙う投球。沢村の癖玉は、それほど暴れている。

 

 

攻略の糸口をつかめないまま、青道は3回裏に前園の犠牲フライで3点目。きっちりと中押し点を獲得する青道。

 

 

 

 

選手個々の地力差が如実に表れる試合模様。4回表の美馬との2度目の対決では、

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトォぉ!!」

 

 

「!!」

外角に逃げる高速スライダーに掠らず空振り三振。さらに進化したこのスライダーは、全国の舞台でリベンジを果たす。

 

 

――――スライダーの調子もいい。今日はいい日だな。

 

 

受けている御幸は、美馬クラスの打者でも手を出すほどのキレを誇る今日のスライダーに合格点を与えた。

 

一方、悔しそうに打席を去る美馬だが、あのスライダーは見たことがないと胸が高鳴っていたのも事実だった。

 

――――本当にボールが消えたぞ。

 

夏本選でも、ものすごい変化量だったことは知っている。腕の振りが違うという弱点がなくなり、いよいよ予兆や配球を感じ取らないと、バットが止まらなくなる。

 

 

さらに、4回裏には先頭打者の金丸を三塁に置いた場面で東条がタイムリーヒットを放ち、二度目の中押しをしっかり決め、これで差は4点となる。

 

 

一方先発の沢村は、5回表に6番本多に初ヒットを許したものの、後続を打ち取り、白龍高校に二塁を踏ませない投球、チャンスすら与えない。

 

 

 

そして5回裏、

 

 

「あっ」

甘く入ってしまった感覚があったのだろう。一番やってはいけない打者にやってしまった一球。

 

――――甘い球だと!?

 

そして投げられた側の大塚も意表を突かれる展開。先頭打者の大塚に対して、1ボール2ストライクと投手有利のカウント。

 

 

1打席目と変わらない金属音が鳴り響くと打球はレフトフェンス直撃。しかし打球速度が速すぎたので――――

 

 

「う、まさか二塁に行けないとは……」

 

まさかのシングルヒット。打った本人も困惑のヒットで先頭打者が出塁。

 

 

ここで大塚の広いリード。

 

 

「……!」

しきりにけん制を行うも、大塚はそれらすべてから逃れる。しかし、リードが縮まらない。

 

 

2度けん制を行い、今度こそ投球を開始する王野。ここで間髪入れず大塚がスチール。

 

「スチールッ!!」

 

ショート九条が叫ぶも、王野にはどうすることもできない。

 

――――完ぺきに盗まれた

 

初球は見送る前園だったが、張りぼての威圧感ではなくなった彼に甘い球は禁物。

 

 

――――落ち着くんや。

 

深呼吸をし、力みを取る前園。息遣いしか聞こえない彼の所作は、かえって不気味だった。

 

「ゾノ先輩のあんな集中した姿はやばい」

 

「ああ。ゾノ先輩が結城先輩並みの雰囲気になっているぞ」

 

「マジでやばいぞ。なんだ、あのオーラ」

 

「見せかけじゃねぇぞ」

 

青道スタンドからは、秋季予選準決勝あたりから打撃開眼の前園に畏怖と敬意を感じ始めていた。

 

 

そして、前園に投げてはいけないコース。

 

 

――――インコースッ!!!

 

 

それは打った瞬間だった。打った瞬間に高角度の打球が高々と上がり、レフトスタンドに突き刺さったのだ。

 

 

インコースの、最後はボール気味のシュート。インコースうちのスペシャリストが生んだ、技ありの一撃だった。

 

『いったぁぁぁぁぁぁ!!!!! これも外野動けない!! 痛烈な打球がレフトスタンドに飛び込んだぁぁぁ!!!』

 

 

『肘を上手く畳んで強引にフェアゾーンに飛ばしましたね。これは彼の反復練習の賜物です。インコースを攻める必要はあるのですが、彼には外を続けるべきだったかもしれませんね』

 

 

白龍は知らないだろうが、140キロ前後ほどの球速に対応できない前園ではない。

 

 

『これで、前園も3戦連発!! 神宮大会3戦4発!! この主軸に文句を言えるものはいない!!』

 

 

『前園のツーランホームランで、ついに点差は6点に!! 青道恐怖の4番5番が躍動しています!!』

 

 

 

――――150キロ前後で両サイド使ってくる大塚に比べたら、屁でもないわ!!

 

紅白戦、シート打撃などなど。大塚と対戦している前園にはまだぬるかったのだ。

 

 

塁上の大塚も、前園のホームランには苦笑い。

 

「もう本気でやらないと、絶対抑えられる気がしない」

 

もう手加減とか、できる相手ではない。先発の力配分の計算で、絶対に力を入れなければならない相手だ。穴熊戦法なら話は別だが。

 

――――穴熊は、みんなから不評なんだよね

 

シンキングファスト、カットボール主体。高確率で芯を外されゴロを量産する投球を、大塚は穴熊戦法と呼んでいる。

 

穴熊といっても、140キロ中盤から後半で両サイドを抉ったり、フロントとバックのどちらもできる徹底ぶり。

 

そのことを一旦脳裏の外へ運び出し、前園のホームランの軌道を思い出す。

 

「もう本当にパワーヒッターになったなぁ」

 

 

本塁ベースを踏んだ大塚は、二塁ベース付近を走る前園が、力強く拳を突き上げている姿を見て、微笑む。

 

 

――――いつもはテンションが高い先輩だけど、貫禄がついてきたかな

 

無言で応援席にこぶしを突き上げる姿は、中々様になっている。

 

 

続く御幸がヒットで出るも、金丸らが続かず追加点ならず。

 

 

試合は5回が終了し、青道6点リードで試合の終盤へ。

 

 




前園先輩は、本作では大学進学です。

青道2年生世代でプロに行くのは御幸一人だけです。御幸の入る球団も決まりました。


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第135話 強打轟く!





青道の攻撃が目立ち、沢村の好投が光る試合と化した準決勝第1試合。

 

神宮出場がない横浦だが、ライバル青道の偵察に来ていたメンバーが数人いた。

 

 

「――――大塚と御幸をマークするべきだと思っていたが、油断のできない長距離砲が増えるとか、これに沖田が選抜には戻ってくるんだよなぁ」

引退組の坂田は、秋季大会から確変の最中である前園の実力が、フロックではないと考えていた。

 

タイミングの取り方も、今が一番合っているのだろう。むしろ、彼は間の取り方が不十分で秋季大会を戦っていた。

 

 

それが今、前園は自分の間の取り方を知ることで、自分の真の価値を世間に見せつけた。

 

「ああ。インコースにストライクは投げられないな。余程速いボールじゃないと。」

先代副主将の岡本は、前園の打者としての実力と、インコース打ちの技術は生半可なボールでは対処しきれないと悟る。

 

「黒坊が要求して、如何に俺のシュートで攻めきれるか、だな」

新エース楠は前園のホームランを見て苦笑いをしていた。

 

「なんにせよ、失点はお互いに避けられないだろう。大塚からうちも点を取らないと話にならんからな。」

後藤としては、大塚との対戦を熱望していた。だからこそ、自分が大塚のストレートを打ち砕くのだと。

 

――――150キロか。降谷に比べ、変化球が多彩だが奴は必ず

 

自分に対して中途半端な球は投げてこない。まずそれだけで、SFF、速いスライダー、ストレートと大雑把に絞ることができる。

 

準決勝の柿崎も無論強敵だが、一度粉砕した相手だ。リベンジに燃えているのは奴らだけではない。

 

 

「それにしても、栄治の人気ぶりは凄いな。俺たちは知っていたが、親父さんの人気なしでもこれくらい来てたと思うぞ」

 

セカンドのレギュラー高須和也は、大塚目当てにやってきたスカウトの群れを見て、苦笑いをする。あまりにも多すぎではないかと。

 

無論観客の数は言うまでもなく、無数のカメラのレンズが光っている。それほどのスター選手の誕生、二世選手の重み。

 

かつて、日本野球界でこれほど注目され、かつ実力を兼ね備えた親子はいないだろう。エイジはプロでの実績がないから否定するだろうが。

 

「ああ。だが、ヒーローを決めるのは、人気じゃねぇ」

ショートには、この秋からレギュラーとなった1年生の小坂守。沖田に対抗心を燃やしている男だ。

 

「結果だ! 勝者だ!!」

 

 

飛距離では雲泥の差だが、自分の絶対的な武器である守備範囲の広さだけは彼に負けないと鼻息が荒い。

 

「お、殊勲打を狙ってんのか?」

楠が闘志を燃やす後輩に軽口をたたく。

 

「それもありますが、何より守備力では絶対に負けたくないです。ショートに来たら、全部止めて見せる。二遊間と三遊間に来た打球を、一度もヒットにさせるつもりはありません!」

いつか誰かが言ったようなセリフ。小坂は無論知る由もない。

 

「ゴロかぁ。ライナーでもいいか?」

楠としては、小坂の守備範囲の広さは高校野球屈指と認めている。だが、青道との対戦は初。彼がその打球に対応できるか不安なのだ。

 

「当然っ!!」

しかし、勝ち気で負けん気の強い小坂はそれくらいの気概がなければ青道には勝てないと考えていた。

 

「小坂のおかげで守備を計算できるのは大きいよなぁ。やっぱセンターラインが固いと、リードもしやすいし。」

黒羽としても、広範囲をカバーしてくれる二遊間がいることは救いだった。これでセンターラインが固まる。

 

アウトを計算しやすくなる。

 

 

「黒坊は5番打者としての自覚を持ってほしいぞ。」

 

「そうだぞ。ドロップで見逃し三振。せめてライナーを飛ばそうぜ」

新主将多村、副主将後藤に夏のあれを言われる黒羽。

 

「ええ。やられっぱなしは嫌ですからね」

 

「ま、燃えるようなシチュエーションだよな。リベンジのチャンスは選抜。今日はたっぷり見させてもらおう!!」

 

楠は、夏の大会ではリハビリの最中だった。だからこそ、この因縁の試合に参加したい気持ちが強かった。

 

打倒光南、打倒青道。東の強豪の意地を見せる必要がある。

 

 

しかし、

 

 

「けど、楠は連投駄目だから厳しいぞ。今のままだと不安だ。また壊れたら、今度こそアウト。冬は覚悟しておけよ?」

 

「また壊れたら、スタミナのない二人を無理やり計算しないといけない。頼みますからリタイアは勘弁してください」

 

主将の多村と黒羽に思い出したくないことを言われる楠。

 

「えぇ、盛り上がってるこの時期に、嫌なこと思い出させないでくれよ!!」

 

楠、怪我明けなので、冬は体力づくりが待っている。ボールに触らせてもらえない徹底ぶりだ。

 

 

一方の光南。光陵との準決勝を控えている中、

 

「まじっすか。俺投げる予定は無しと?」

 

柿崎先発回避。本人も寝耳に水。こちらもエースを温存。

 

「いや、もうお前の連投はシャレにならん。先発は下手投げの木場で行く」

 

「そんなぁ~~」

新主将の権藤に先発白紙を伝えられ、落ち込む柿崎。

 

同級生のアンダースロー木場。希少種といわれる独特の投げ方を誇る彼が強力横浦打線に立ち向かう。

 

「柿崎だけだと、あんまりにも情けないしなぁ。」

木場も、柿崎だけを投げさせる現状に納得はしていない。予選も不調の柿崎に代わり、重要な試合を任された自負もある。

 

「まあ、きっくんの実力なら、今の光陵には天敵かもしれないしなぁ」

 

「きっくん言うなしっ!! お前は俺のライバル! そこまでなれ合うつもりはない!!」

 

赤面し、柿崎の妙なあだ名に噛み付く木場。秋季大会ではこれがもはや様式美となっていた。

 

「先輩ッ! 俺たちだっているんですよ!」

 

「二人だけに任せられないな!」

 

控えの二人の投手も、二人だけで盛り上がっていることに不満を持っていたようで、「そろそろ混ぜろよ!」といった感じである。

 

「お前らはもう少し自責点減らせ!!」

 

「後ろを任せるのはさすがの俺でも怖いなぁ」

 

「精進が足りんな、岩田、浜中。」

 

1年生、右のトルネード岩田。

 

2年生、左のサイドスロー、時々スリークォーターの浜中。

 

 

どちらも制球が怪しいが、長所を伸ばしに伸ばして予選を勝ち抜いてきたメンバーでもある。

 

「けど、あの沢村ってやつは夏に比べて成長速度半端ないな。夏に投げ合った時と比べると、さらにやるようになったみたいだし」

負けてられない、と柿崎は笑う。

 

「確かに大塚は凄いけど、今更感もあるし、沢村の好投は何か心に来るよな。球持ちの良さは、同じ左腕として凄い参考になる」

浜中としては、出所の見えにくさは参考になると彼のフォームをつぶさに観察していた。そして彼の球種を上回る豊富さ。

 

――――他校なら文句なしのエース、けど、ライバルがいたから、なんだろうな

 

絶対的なエースがいることが、好影響となっているのは言うまでもない。柿崎がいるからこそ、柿崎とともに勝ち進むために、鍛えてきた。

 

青道も、大塚という絶対的な存在が、投手陣にいい刺激を与えているのだろうと、容易に想像できた。

 

 

――――ある意味、同じだよな、うちと

 

 

 

「今は水を空けられているけど、俺だってやってやる! 強いやつが勝つとは限らねぇし。けど、会って色々話してみたいなぁ」

 

そして同年代の岩田は、一年生で甲子園を経験した沢村をライバル視しつつ、彼に多大な興味を隠せないでいた。

 

 

 

そうなのだ。

 

 

光南が注目しているのは大塚ではなく、沢村なのだ。

 

 

沢村栄純は夏の最後の相手先発であったということもあり、スライダーを克服した彼の力投は、彼らの刺激にもなった。

 

あの夏の甲子園から、嫌でも時間が過ぎていることを教えてくれる。自分たちだって成長できるんだという気概があふれてくるのだ。

 

 

控え投手であり、背番号18だった木場。夏の甲子園ではベンチ外だった浜中と岩田。

 

 

3人の控え投手陣は、青道と同じく個性豊かな粒ぞろいだ。

 

 

 

 

 

ライバル校が熱視線を送る場面に一旦戻り、青道対白龍。

 

6回表、沢村が一死から連打を浴びる。

 

「げっ!」

 

ラストバッター漆原に浮いたチェンジアップを痛打され、続く九条には横のスライダーを引っ張られ、一二塁間を破られたのだ。

 

『ほぼ完ぺきな投球を続けていた沢村!! ここで連打を浴びます!』

 

『まあ、先発投手にとって6回から7回は一つの関門みたいなものですからね』

 

『ボールも若干高くなりましたし、白龍にもチャンスが十分ありますね』

 

 

これで一死一塁三塁のピンチ。この試合初めてのピンチを迎え、打席には2番宮尾。

 

これまでの打席は、三振、左飛、三振と迎えた4打席目。いずれも外のスライダーに三振を奪われ、外野に飛んだ当たりは速球を運んだもの。

 

 

――――ボールから入るぞ、

 

まずはアウトコースにストレートから様子をうかがう。外のストレートには反応なし。

 

『この試合初めてのピンチを迎えた沢村、初球はボール!』

 

 

続く2球目。

 

 

「ストライクっ!!」

 

アウトコース低めにツーシームが決まり、カウントを奪う沢村。急造のボールだが、ツーシーム弐式に比べると欠点のない球種。ゆえにすぐに使えるボールだった。

 

――――ここで高速スライダー。

 

インコースに厳しく投げろとジェスチャーを送る。

 

外に沈むツーシームを見せた後のインコース付近を狙うスライダー。

 

 

――――インコースッ!?

 

しかし、宮尾がのけ反る刹那、沢村が投げ込んだボールは彼から逃げるように変化し、外目のコースに決まったのだ。

 

「ストライクツーッ!!」

 

『腰が引けたか、ツーナッシングっ! あのスライダーは反応できませんか?』

 

『外のツーシームの軌道を見せられた後ですからね。』

 

 

そして追い込まれた宮尾は痛恨の一球に手を出してしまう。

 

 

『あっと釣り球!! 手が出た! 三振っ!!』

 

 

ここで高めの速球。ボールゾーンに制球された球に手を出してしまった宮尾が凡退。追い込まれた打者の打ち気を誘った、御幸の巧妙なリード。

 

 

続く白龍の要、美馬に対しては――――

 

 

――――くっ、スライダーッ

 

最後は力押し。青道バッテリーは、チェンジアップを除くほぼすべての球種を駆使し、空振り三振に打ち取り、このピンチを脱出するのだった。

 

 

『空振り三振〜!! スライダーにバット当たりませんでした! スリーアウト!! 二者残塁!! 白龍高校初めてのチャンスでしたが、活かすことができませんでした』

 

 

 

裏の青道の攻撃では、倉持から始まる打順だったが三者凡退。白龍エース王野が意地を見せる。

 

 

しかし、沢村は続く7回をピシャリと抑え、白龍にチャンスを作らせない。球数も100球に届かず、許したヒットは3本。与えた四死球なし、10奪三振を奪う力投を見せる。

 

 

「7回までいい投球だ。8回からは降谷に準備をさせる。」

 

「うっす。」

 

片岡監督にねぎらいの言葉をかけられ、お役御免となる沢村。全国有数の機動力野球を誇る白龍相手に、自慢の機動力を使わせない展開を作った。

 

それはとても良いことだ。だが、足で揺さぶってくる局面を作らせなかった打線にも感謝していた。

 

――――ロースコアだったら、ガンガン走ってきたよな

 

色々なことを瞑想する沢村。だが、考えるのは後だ。

 

 

 

7回裏、青道の攻撃は白洲から。

 

ネクストバッターサークルに向かう大塚に声をかける沢村。

 

「決めちまってもいいんだぞ!」

 

「!! 決められたら最善かな。頑張るよ」

 

 

白洲がスライダーを引っ張り、ライト前に運んだ局面。打席に向かう大塚に、今度は前園が声をかける。

 

「栄治! ワイに全部任せてもええんやで!!」

 

「ヒーローは譲りません。」

しかし、試合を決める一撃は譲らないと宣言する大塚。そうでなくても、今日の勝因は紛れもなく沢村の好投に尽きる。

 

――――これ以上負けられないからね。

 

「おっ、言うたな、大塚!」

しかし、後輩の生意気な言葉に笑顔がはじける前園。どうやら彼が期待していたやり取りだったようだ。

 

 

「ふふ、生意気言ってすいません、ゾノ先輩」

 

ニコッと笑い、大塚は打席に立つ。

 

 

 

そして―――――

 

 

 

 

『レフトへ~~~!!! 高々と舞い上がった打球は!! アーチを描いてスタンドに飛び込んだぁ~~~!!!!! サヨナラ~~~~!!!』

 

 

今日2本目となるサヨナラツーランホームランで試合を決める一撃をお見舞いした大塚。甘く入ったスライダーを今度は引っ張り、レフトスタンドに。

 

 

東京代表、青道高校の実力は他校に改めて轟く。

 

 

「おいおい、投手だろ、大塚は。なんて打球だよ」

 

「かくいう沢村も、白龍をほぼ完ぺきに封じてたじゃないか。神宮でも悪くない戦いをしていた白龍相手に、7回無失点だぞ。」

 

「ああ。大塚と沢村のダブルエース。ここまでタイプが違う実力者がいると、選手起用も楽しそうだよなぁ」

 

「笑い事じゃないぞ。この投手とこの打線を攻略しないといけないんだからな」

 

「エース王野だって実力がないわけじゃない。上位打線がこれでもかというほど出塁していたし、主軸の大塚と前園がきっちり返すし、穴が見当たらないぞ」

 

 

神宮ですでに敗退したチーム、そして神宮の視察に訪れていたライバルは、青道のチーム状態が確実に上向いていることを思い知らされる。

 

 

まるで、エース松若を擁した横浦高校が、春夏連覇を成し遂げた時に匹敵する強さ。投打に隙の無い実力。

 

東都の王者青道。その言葉に偽りなし。

 

 

神宮初制覇まで、あと一勝に迫る。

 

 

一方、いまだに練習禁止の沖田道広は暇を持て余していた。

 

「―――――暇だなぁ」

 

何の障害もない。何の症状も出ていない。しかし、沖田は3週間の完全な練習禁止を言い渡されていた。練習開始は早くても12月初めからとなるだろう。

 

完治は11月2日から3週間後の11月23日辺り。医師の診断曰く、「ヘルメットの破損がなければこんなものではない」とくぎを刺されていた。

 

 

そして、

 

 

「やっぱ傷になるよなぁ」

鏡の前で右目側の額付近の傷が目についた。将来的にあまり目立たなくなるらしいが、それでも少し残念だった。

 

「まあいいや。練習のせいで勉強の時間も最低限しかできなかったし、今のうちに復習と予習しとこう」

 

沖田は他にやることもないので勉学に励むことにした。

 

 

来るべき解禁日に向けて、沖田は今自分にできることをしておこうと短期的な目標を掲げるのだった。

 

 

 




沖田君は、12月ぐらいに合流します。

大塚、前園は3戦4発。2人はまだ研究されていませんからね…


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第136話 お前のために

凄かったなあ、ハマスタ三連続サヨナラ。


ドラフト最終章は作成中です。

降谷は横浜入り、背番号46に決めました。


広島の光陵は、因縁の沖縄光南高校とのリベンジマッチに挑む。

 

 

 

光南はここで、エース柿崎の先発を回避。アンダースローの木場をマウンドに。面食らった光陵は絶妙な間を維持する彼の投球の前に凡打を重ねていく。

 

 

気づけば、7回まで投げられてしまい、ヒットも散発5安打に抑え込まれる異常事態。淡々とアウトを取られていく光陵打撃陣は、余計に悪循環に陥っていた。

 

 

 

一方光南打線は夏とは違う粘りを見せ、初回は2番白井が成瀬のスクリューを引っ張り、右中間を襲うツーベースを放ったのだ。

 

「!!」

インローボール球。その球を打たれた。自信のある決め球を捉えられた成瀬が乱れる。

 

ネクストバッターの権藤を意識してしまったのか、3番清武には痛恨の四球。

 

今年の夏、ホームランを打たれたバッターとの対決で、

 

『痛烈ぅぅぅ!!!! ライト一歩も動けない!!! ホームラン!!』

 

『低めのスクリューを掬いあげましたね。狙われていましたねぇ、これは。』

 

『夏の甲子園で快投を見せた相手にいきなりの3失点。苦しくなります、マウンドの成瀬!!』

 

天敵光南の主砲権藤豊の一撃で、まずは3点を奪われてしまう成瀬。一年間安定感を内外に見せつけていた彼のありえない初回失点に、観客は騒然となった。

 

 

夏の甲子園でも権藤の一撃によって沈んだ成瀬。リベンジならず。

 

 

 

世代ナンバーワン左腕といわれた彼が、王者に手痛い一撃をもらう。しかも打たれたのは、彼の自慢の決め球でもあったスクリュー。

 

 

――――スクリューが少しでも甘く入ると、こうなのかよ

 

 

夏に比べて、馬力が上がった。だが、王者はさらに力を磨いていた。そして投げ切れなくなったところを、一振りで仕留められた。

 

各校のライバルたちも、成瀬が立ち上がりに3失点したことに驚きを隠せない。

 

「ああ。打たれたぞ。成瀬がスクリューを打たれた。」

 

「4番権藤豊。打棒が止まらないぞ。特にインコース、入ってくる変化球は危険だ」

 

「青道の沢村と明暗が分かれたなぁ。奴はずっと右肩上がりだろ、秋は」

 

「だが、あのインローの難しいボールを掬い上げる技術は、狙わないと無理だ」

 

『けど、成瀬はスライダーの精度が今一つだからなぁ』

 

『ああ。打ち取るボールがなかったな』

 

柿崎だけが注目されていた王者光南。しかし、光南の主砲が陽の目を浴びることになる。

 

 

光陵の成瀬はその後もランナーを出す苦しい投球。特に、左打者への投球に不安を残し、被安打7の内、5つが左打者と課題を残した。右打者に対してはスクリューが機能したのに対し、左打者への対応を冬の合宿で克服する必要が出てきた。

 

「くっそぉ、また噛ませ役かよぉ!!」

何とか6回を投げ切った成瀬だが、フラフラの状態。しかし彼にも意地があったので、初回の一撃以外は得点を許さず、最後の一本を許さなかった。

 

「スライダーの精度を上げていかないとな」

主将の木村は、外へ逃げるスライダーを痛打された場面があったことを思いだし、合宿での課題を彼に突きつける。

 

「ああ。選抜こそ、選抜こそ俺らがぁぁ!!!」

 

 

7回からは2年生右腕の久保がマウンドに上がるが、その投球がピリッとしない。スライダー、フォーク、シュートを駆使する本格派だが、それまで抑えられていた光南の右打者が息を吹き返し、7回にタイムリーヒットで1点をまず奪われてしまう。

 

「成瀬はこんな打線と6回まで戦っていたのかよ」

 

 

その後は落ち着いた投球。7回の失点以外はスコアボードにゼロを並べた2年生久保。味方の援護を待つ。

 

 

しかし、光南高校も8回から一年生の岩田を投入。落差のあるフォークと、力のある真っすぐを武器に、光陵打線を抑え込む。

 

最終回、岩田はエラーの絡んだ失点をし、一点差に詰め寄られるも、二年生濱中が最後を締めた光南。

 

接戦をものにした光南が勝利した。

 

 

 

 

王者光南が力を見せつけた。夏の甲子園では投手戦を演じた両校だが、この神宮では明暗が分かれてしまった。

 

「―――――スクリューの軌道上、どうしても左打者の内に入ってくる軌道ではあるけど、ここまで徹底できたのは大きいね」

大塚は戦評を総括する。

 

この7安打を説明するには、成瀬の左打者への対応に不備があったことがあげられる。左打者に逃げていく変化球、そして、内角を突くボールがなかった。スライダーという球種があるにはあったが、そのボールは悉く甘いコースになり、痛打された。

 

4番権藤にはインローのスクリューをうまく運ばれ、一層決め球を使う機会も減ってしまった。その後は四死球を出しながら粘ってはいたが、球数が嵩んで6回で降りてしまった。2番手の投手も頑張ったが、勝機は失われていた。

 

 

 

「右打者、左打者で細かく役割をかえていたのも、成瀬がリズムに乗れない要因だったかも。俺も負けられないな」

右打者は粘り、左打者は甘く入ったスライダーと速球を痛打する。中でも上杉が両方の役目を果たせたことが大きかった。同じ捕手として、攻撃でここまで貢献できた彼にライバル心を覗かせる御幸。

 

「せや、あのスクリューは確かに右打者には脅威かもしれん。けど、左打者には内角に入ってくる危険なボールになる。打席の違いで攻め方も変わり、影響があるのを見せつけられた気分や」

前園も、細かな野球をする光南と、餌食になった成瀬を見て、右左の重要性、そして球種によるそれぞれの打席への影響力について深く考えた。

 

 

 

 

 

 

「―――――強いな、光南は」

大塚は、思う。強打というほどの打力があるわけではない。だが、エース柿崎を中心とした投手陣を誇る彼らは、間違いなく強敵だった。

 

これで、柿崎は万全の状態でこちらに投げてくるのだ。夏の甲子園の様に、疲労困憊の彼ではなく、全力全開のエース級と戦うことになる。

 

言うまでもなく、僅差の試合になる。

 

 

「ああ。沖田不在でどこまでやれるか、じゃねぇぞ。」

御幸はたぎっていた。勝利への渇望、大舞台での悔しさを経験し、彼は変わった。

 

 

「それは俺たちも同じだ、御幸。」

白洲も静かに燃えていた。この寡黙な男も、神宮での戦評については聞こえていた。

 

 

攻守の要、沖田道広を欠いた青道。夏の甲子園で柿崎に食らいついた男。青道の名を一気に全国区に押し上げた原動力の一人がいない。

 

対して、光南は全国メンバーが残り、柿崎の負担も減った万全の状態。秋季大会で名を挙げた前園、大塚でもそう簡単に打つのは難しいだろうと。

 

 

そして最後は、夏の甲子園の結果通りの現実が待っているだろう、簡単な予想。

 

「僕らの夏が終わった試合。その相手。まず神宮で、王者の椅子を奪いましょう」

温厚な東条でさえも、光南とくれば話は別だ。

 

青道メンバーが一番知っている。

 

 

頂点を取るために、誰よりも汗を流し、

 

その頂点に最も近い場所で、涙を流したのは、

 

 

――――俺たち、青道だ

 

 

本当の意味で、王者になるための試合が明日、待っているのだ。

 

 

一方、神宮では出番のない横浦高校。

 

そのトレーニングルームで汗を流す選手が二人いる。いずれもドラフトで指名を受けた選手である。

 

「光南はさすがに強かったか」

ベンチプレスを黙々とこなす坂田久遠は、神宮での光南の戦いぶりを見て、少し悔しそうだった。

 

横浦の前主将の坂田久遠は、身売り騒動に揺れ、新たな球団となった今季4位の横浜denaビースターズに1位指名を受けていた。

 

ライバルである神木鉄平は大阪ブルーバファローズに1位指名を受け、リーグは違うが互いの健闘を誓いあっていた。

 

「楠を連投させなかったとはいえ、関東大会は残念だった。まあ、選抜確定させたらあとは調整だし、チーム事情で無理をする時期じゃないし」

 

岡本達郎は同じくパ・リーグの西武ホワイトライオンズの3位指名を受けることに。

 

楠を連投できない事情のせいで、関東大会は白龍に不覚を取ってしまった横浦。選抜は確定しているが、リベンジを狙う。

 

 

「だが、相手先発の木場はなかなかやるな。あそこまでの軟投派は逆に打ちにくい」

 

高低差を利用したあの投球は、ハマればそうそう崩すことはできない。ああいう曲者はプロにもいる。

 

「今年は大卒、社会人の指名が多かったな。数少ない高校生組として、結果残したいよなぁ」

 

広島デミオーズに舘広美3位指名を受け、北海道ソルジャーズに4位指名の原田雅功がいる。後は横浦高校が撃破した高校生選手が数人指名されただけ。あとはリードオフマンの乙坂が選ばれたくらいだろう。

 

 

 

坂田、神木を即戦力とみられているのに対し、ほかの高校生は素材型とみなされている。岡本としては悔しい評価である。

 

「うちは高卒が多かったがな。横浜の4位の桒原将史。奴を覚えているか?」

坂田は、横浜に4位指名された一人の選手について語る。

 

「ああ。関西遠征第3戦の相手だったな。フェンスオーバーの久遠は問題なかったが、他は悉く球際の打球を捕られたなぁ」

 

大阪の清正社に二けた得点をした後の次の試合、京都の強豪校に所属していた彼は、横浦戦でファインプレーを連発。坂田の2ホーマーは防げなかったが、鋭い当たりを好捕し、スカウトの目に留まったのだろうか。

 

「和田はいつも通り炎上していたが、ジャストミートした打球が多かったな」

トレーニングを終えた二人は、軽い世間話をしつつ、キャンプに向けてトレーニングを続けるのだった。

 

 

一方、準決勝の結果を見届けた青道は、青心寮にて宿敵に対する対策を講じていたが、

 

「柿崎投手の投じる球種は大塚君並です。」

 

スライダー、カットボール、カーブ、ツーシーム、チェンジアップ、フォーク。秋季大会でさらに進化した、最速153キロのストレート。

 

その日の調子に合わせて投球を組み立てる高い修正能力を誇り、巨摩大藤巻打線に対しては緩い大きなカーブとツーシーム、カットボールを中心に組み立てる投球で、奪三振は8つながら安定した投球を披露。

 

ストレートがあまり走らなかった試合でも、それを補える総合力。それは夏でも同じだった。

 

「右打者に対してはフォーク、チェンジアップ、外のツーシームの割合が高いです。打者から逃げる変化球をどこまで見極められるか。ただ、カウントを取る際に外から曲げてくるスライダーを投じてくるので、スライダーの制球に自信があるようです。」

 

苦しい時に、外のスライダーでカウントを整えてくる。右左関係なくスライダーは決め球ではないが、軸の一つであると渡辺は語る。チェンジアップの精度は低く、フォークは落差があり、なおかつ鋭い。しかし、低めに外れやすい。

 

甘く入った、落ちないフォーク、つまり半速球はあまりないという。

 

「そして、ストレートへの影響を考えて、好調時はほとんどカットボールを投げません。」

フォーシームへの悪影響を考えてなのか、球が走っているときは動く速球を投げない傾向にある柿崎。

 

 

「一方、左打者にはスライダー、カーブの変化球が多く、低い確率ですがツーシームを両サイドに投げる傾向にあります。特にカウントを取る際にスライダーとストレート系の割合が多くなるのでセンターから逆方向の意識が重要ですね。」

カーブの比率はストレートが良い時は極端に減るそうだ。逆に悪いと、光陵戦の様にカーブの多投が多くなる。

 

しかし、左右関係なくフォークは使う。追い込んだ際は、速球とフォークの見極めも重要になる。

 

 

 

渡辺はその後、表情を曇らせ、柿崎復活の要因には理由があると語る。

 

「中でも厄介なのは、ピンチの場面でギアを上げてくるストレートです。まずはランナーがいない時のフォームです。」

 

一同は、柿崎の投球フォームを映し出された画面を見る。

 

 

ランナーなしの状態では下半身主導のフォーム、夏に比べて力感が少ない印象だ。

 

 

しかし、ランナーがいるときは、

 

 

「右足がぶれている? 荒くなるのか?」

御幸は、柿崎の前足が後ろに引いていることに気付く。投げた瞬間に前足が浮き、後ろに下がっている。まるで地面をひっかくような動作。

 

「これです。目に見える変化だったのですが、原理がよくわからず、大塚君に相談したところ、このフォームではストレートの球威が格段に上がっていることが判明しました。」

 

渡辺は、ここから大塚に説明を任せる。

 

「後ろに前足を引く動作、これは見た感じではバランスを崩しているように見えます。しかし、これは左腕を投げおろす力を増す動作でもあるんです。」

 

柿崎のギアチェンジ。踏み出した左足が地面に着いた後、前に力を出していくタイミングで足を後ろに引いていることがこの映像から伺えると大塚は説明する。

 

「無論欠点がないわけではありません。威力のある真っすぐを投げるにはいいですが、かなり下半身にくる投げた方です。これは柿崎投手が取りに来ている。それこそが、チャンスでもあるんです」

 

下半身に負担の大きいフォーム。だから連発はできない。いかにタフネスとは言えど、高校生の投手だ。

 

「勝負所で柿崎投手は強いストレートを投げたい。そんな思いがあるからこそ、配球は単調になるであろうこと、そしてコースも甘くなることです」

 

力押しだからこそ、コースも甘くなる。ごり押しになる。

 

 

そして解説は渡辺に代わり、

 

「チャンスの際は、厳しいコースのストレートはひたすらカットして、甘く入った変化球を捉える。半速球になりやすいスライダー、フォーク。そのいずれかに、右左の打者、状況に応じ、狙いを絞るべきだと考えています。逆に、ストレートはかなり伸びてくるので、1巡目は球筋を見るほうがいいかもしれません」

 

コースに決まったフォーシームには押し負けてしまう確率が高い。しかし、速い変化球が真ん中近辺に集まるなら話は別だ。

 

渡辺はストレートを打つなら、甘く入る以外の条件下でなければ凡打になりやすいと予測していた。

 

 

 

「そして、柿崎投手のフォーシームの伸びがいいと、粘るのも難しいかもしれませんが、カット、ツーシームの割合が減ります。ここは本当に頭を使って投げているのがわかります」

 

 

「ランナーなしの時は、右打者の際、打者有利カウントでは外にカウントを取ってくるスライダー、外のツーシームをライト方向、もしくは甘く入った速球をどんどん振るべきでしょう」

 

好投手に追い込まれると、狙い球を絞れなくなる。カウント玉と甘い球をしっかりスイングしてヒットを打つというのが青道の狙い。

 

「左打者も逃げていくスライダー、フォークを逆方向に打つ感覚です。高めに来た際は迷わず引っ張ってください。投手はフルスイングされるコースにはあまり投げたくないそうなので」

 

横目で大塚をちらっと見て、作戦を講じる渡辺。

 

「そして、こちらの作戦がばれた時、フォークを連投してくるでしょう。おそらく中盤になるとは思いますが、低めをいかに見極めるかがポイントになります。」

 

 

先程から大塚と渡辺で柿崎攻略について部員や監督たちの前で説明をしているのだが、全員が静かに話を聞いていた。

 

「え、えっと」

恥ずかしくなった渡辺が言葉を濁す。

 

 

「いや、ナベと栄治の攻略法は細かいけど、理に適っているなぁ、って思ってさ」

御幸は聞き入っていたようで、感心した様子だった。

 

「ふむ、スコアラーとして食っていけるぞ。後は実績を作れば青道の監督コースだ。」

落合も大塚との合作とはいえ、渡辺の洞察力と分析力に舌を巻く。後は、1軍昇格さえ実現したら、監督の椅子は約束されたようなものだと。

 

「強いチームには優れたブレインがいるっていうし、渡辺先輩の分析力は本当に素晴らしいです」

東条も、この作戦について暗記するためにメモを書きとっていた。

 

メモを書いていたのは川上、御幸、小野、小湊、東条、白洲、狩場。

 

 

麻生と倉持、樋笠、前園が白洲に、

 

金丸と降谷、沢村が東条、狩場に、「後で写させてくれ」と頼み込んでいる。

 

 

金田、三村、川島らは渡辺に直接聞きに行くほどで、この説明は柿崎攻略だけではなく、考えて野球をする下地にもなる。

 

 

後に、渡辺コーチが就任する頃になると、片岡監督の右腕としてデータ野球、考える野球を実践する最先端として、日本屈指の名門校に成長することになる。

 

尚、片岡監督はその頃にはさすがに結婚しているはず。しているったらしているんだから。

 

 

 

話は現在に戻り、沢村、降谷、川上ら投手陣は柿崎から投球のヒントを得るために情報をあさり、選抜に向けての調整に努めていた。

 

 

「出番がないとは限らないんだよ? いいの?」

渡辺が一同に聞くと、

 

「どうせ大塚が完封するし」

 

「点を取られるイメージがわかない」

 

「ギアチェンジのリスクを知っている大塚が、迂闊な投球をするはずがないだろ」

 

「大塚はうちの主力だし、大塚が打たれたら俺に出番はないな」

 

「出たいけど、ベンチに入るので精いっぱい」

 

沢村、降谷、川上、川島、金田と続き、納得してしまう渡辺。

 

 

――――神宮は背番号18だけど、みんな大塚君の力を信じてる

 

たとえエースでなくても、彼は不貞腐れず、自分の役割を全うする。実力を誇る選手がそうなのだ。下手な自分もうかうかしてられない。

 

―――沖田君が大塚君の知り合いの人に鍛えてもらっている。

 

何かを変えないといけない。自分もやっぱり試合に出たい。渡辺の心に火が付く。目の色が変わったといっていい。

 

 

それを見ていた大塚は、

 

 

――――そうですね、渡辺先輩は、一番二年生の中で頭がキレる。でも、惜しい。あと一年……

 

この人が実力を持てば、面白いかもしれない。実戦に出て、考えて野球が出来る選手は貴重だ。もしベンチに入るようならかなり面白い存在になる。

 

真面目で、練習にもついていけるガッツがある。彼に足りなかったのは、特待生に対する劣等感、自分がいていいのかという不安だった。

 

しかし、今の彼は違う。何かを決意したような貪欲な目だ。こういう目をする選手に目がないのが大塚だ。

 

――――来年の新入生は面食らうだろうね。けど、惜しいな、ホントに……

 

頭の良さが惜しい。彼には時間がない。大学で化けるか、どうかだろう。恐らく、一軍で姿を見ることはない。

 

しかし、彼は野球部に素晴らしい影響を与える。それだけは断言出来る。

 

 

考える野球という下地が、下位の選手たちにも影響を与えていく。この高校のベンチに入るには、センスだけでも、パワーがあるだけでもだめだ。

 

練習の成果をしっかり出し切れる選手、その応用が出来る選手でなければならない。

 

 

 

高校1年生、しかも入学当初にそれができる選手はあまりにも少ないだろう。頭のいい捕手、守備の上手い外野手、内野手ぐらいだろう。

 

野球脳の高い選手は、この一軍争いに割って入れるだろう。打撃は才能もあるが、読んで打つことも重要。作戦は上層部が考えるのだから、今はしっかりスイングできるかが重要なのだ。

 

 

このチームは、強くなってきた。しかし、まだ足りない。

 

――――光南相手に僕が、柿崎に投げ勝てるか。

 

その原因は、自分だった。バックを信じ、マウンドに君臨するのではなく、チームに期待をされて、背中を押されている柿崎の姿が、夏から忘れられない。

 

全国制覇を掲げる青道にとって、避けては通れぬ相手。あの光陵の成瀬が攻略されたのだ。2番手も充実し、その投手で光陵打線を下した。

 

 

勝たなければならない。

 

 

 

 

 

 

「大塚君?」

 

帰宅時に、大塚は春乃に声をかけられる。明日は試合で、大塚は自宅通学。調整を万全にした後は準備に備えるだけだった。

 

 

暗い考えを瞬時に消した大塚は、悟られぬように春乃に声をかける。

 

 

「そうだね。一緒に帰ろっか。」

 

ちょうど、沖田のお見舞いに向かいたいと考えていた。あの時はちゃんと言いたいことを言えなかったが、今は大分落ち着いたと自分でも考えている大塚。

 

「沖田のお見舞いに行くんだけど、少しあの花屋に寄ろうと思う」

 

「あの子がいる花屋? もうすっかり贔屓だね。」

春乃も、すっかり常連になってしまった大塚を見て微笑んだ。理由やきっかけは些細なものだったが、この縁はなくしたくないと思う、そう大塚は考えていた。

 

奴の想い人の店なのだ。少しは売り上げに貢献してもいいだろう。

 

東京は広いようで狭い。中央線に乗り込んですぐに渋谷についた二人は、その店にまず向かう。沖田がお世話になっている病院も渋谷に近いのも理由だ。

 

「あら? 久しぶりね」

すぐに店の主である彼女の母親が出迎えてくれた。どうやら彼女のほうは留守のようだった。どうやら、神宮期間中に修学旅行があるそうで、関西圏のほうへと旅行中だという。

 

「沖田君、無事でよかったわ。あの後、本当に後遺症もなくて安心した」

 

「ええ。僕も正直、その直後は生きた心地がしませんでした。ですが、彼が我慢して3週間を耐えているし、リハビリもやる気十分です。選抜にはきっちり合わせてくるでしょう」

 

「本当に強い子ね。頭にボールが飛んできて、それでも打席に立ちたいとすぐに言っちゃうぐらいだもの。けど、そんなタフな男の子を娘は好きになったのね」

困ったような笑みを浮かべる女店主。しかし、嫌な感じは一切なく、むしろ娘の新しい一面を引き出してくれた恩人に対しての笑みでもあった。

 

退屈そうに、毎日を過ごしていた彼女が、少しずつ夢中になっていくもの。残念ながら野球をできる、というわけではないが、人生の楽しみが増えてよかったと心から思う。

 

 

「そうですね。けど、きっとそれ以上に沖田は優しいですよ。身近な人には特にそうですから」

 

仲間が悩んでいる時に、手を差し伸べることを躊躇わない。騙されそうな一面もあるが、本当に誠実な男だ。

 

――――彼女が出来てさらに隙の多い奴になったけど

 

「なら安心ね。それで、今日は閉店間近だけど、どんな花を御所望かしら?」

チャーミングな笑顔で、花屋の奥さんに変身する女性。

 

「そうですね。サザンカはまだありますか? 冬の花なので、時期的にもこれがいいかなと」

 

「そうね。サザンカ……沖田君にはぴったりなお花ね(娘も修学旅行前に渡してしまったのよね……)。」

 

「ではそれでお願いします」

知らない大塚は間髪入れずにサザンカを購入。しかし、知っても後悔はしない。

 

「毎度贔屓にありがとうございます!」

 

 

 

 

その後、病室にて沖田にサザンカを渡すのだが、

 

 

「おおう。サザンカはこの時期来るよなぁ。」

 

「なんだ。あの子もサザンカを持ってきたのかぁ。あの人多分知ってたね」

しかし言葉とは裏腹に、あまり気にしていない大塚。

 

「けど、サンキューな、栄治! こういうのって、気持ちがこもっていると、やっぱありがたいんだよなぁ」

ケラケラと笑う沖田。本当に病室に缶詰めなのに、沖田はよく笑っている。無理をしているのだろうか、辛い顔を見せたくないのだろうかと勘繰ってしまう。

 

「沖田――――その」

先の言葉が続かない大塚。それを見ていた春乃は、

 

 

「――――栄治君、私は少し席を外すね」

にっこりと、栄治の背中を押すようにごく自然な所作で病室を出て行ってしまった。

 

「―――――敵わないな、あの子には」

気を遣われてしまった。別に春乃がいても変わらないのだが、それでもちゃんと1対1の状況を作り出してくれた。

 

恐らく、彼女は自分の悩みすら見透かしていたのかもしれない。

 

 

 

「ああいう風に少し後ろについて歩いてくれる女の子は貴重だぞ~天然記念物だぞ~、絶滅危惧種だぞ~。だから大事にしろよ、栄治。」

リア充の仲間入りを果たした沖田が調子の良いことを言ってくれる。

 

「そのつもりだよ。僕が、あの子を幸せにしたいからね」

言ってくれる、と大塚は苦笑いするも、もはや隠す必要のない本音をさらけ出す。

 

 

しばらく間が空く。大塚も言いたいことを中々切り出せないでいる。すると、

 

 

「―――――確かに出場できないのは辛い。けど、お前らが試合に出て、勝ってる姿はほんと嬉しいし、負けそうになったら悔しい。今は、純粋に野球を見ることができているんだ」

 

レギュラー争い、名門の誇り。そういうものから解放されて、今は純粋に野球を見ることができている。初心に帰ることができている気がする。

 

 

沖田は、そんなことを口にしていた。

 

 

「色々なことを考えて、今は出来なくて。一つ一つのプレーに関して注意深く見るようになった。野球が出来る時間のことを、真剣に考えるようになった。一つのプレーに感動できる自分に、純粋な…昔の原点に、戻れた気がする」

 

轟の準決勝、あれは痺れたなぁ、と沖田は口にした。

 

「楊のワイルドピッチも、何が起きたかわからなかったぞ。他の地方大会も、いいプレーがたくさんあったし、高校野球は本当にタフで、強いやりがいがある。」

 

 

 

 

 

「野球って、やっぱいいな!! プレーするのも、見るのも、どっちも楽しい!」

 

 

 

 

何かが、はまった音がした。何かが、背中を走ったような、そんな感覚だった。

 

 

 

 

 

「―――――野球を、楽しむ」

目からうろこが出そうな言葉だった。自分は、高校野球で心から楽しんだことはあったか。

 

全ては勝つためだった。

 

稲実戦も、勝つことを考えていた。

 

横浦戦も、決死の覚悟だった。

 

秋季大会も鵜久森戦までは、思い出したくもないメンタルだった。

 

そして沖田の為にと、また義務感で動こうとしていた。

 

 

未来は決めつけちゃいけない。それは、自分を縛る行為だと気づいているのに。

 

勝利への執念すら、義務感にまた塗り替えてしまうところだった。

 

そんなメンタルで、奴に勝てるわけがない。光南に勝てるわけがない。

 

―――勝利するために必要なこと、それは自分が勝ちたいというエゴ。

 

自分の心の中から湧いて出た、自分のための、勝利への執念。

 

決して、誰かのためにという理由だけでは届かない。

 

 

 

「だめだなぁ。すぐに他人を理由にしている自分が嫌になる」

少し投げやりな苦笑いになる大塚。大一番、リベンジの相手。いろいろなことを考えてしまう。

 

沖田はしばらく大塚の独白を黙って聞き、口を開いた。

 

 

 

 

「それも理由でいいと思うぜ。」

あっさりと、沖田は自分を否定する大塚を肯定した。

 

 

 

「―――――え?」

 

 

 

 

「そのうえで、お前も野球を楽しんで来いよ。神宮の決勝なんて、そうそう行くことはできないぞ! 神宮決勝を笑顔で終わろう、なんてな!! つうか、俺が青道に負けてほしくないんだよ!」

ニッ、と笑う沖田。

 

 

彼は今言っていたじゃないか。一つ一つのプレーを楽しめと。全国の晴れ舞台。決勝なのだからと。

 

――――ここまで来たのは、みんなが力を出し切ったから。

 

 

ならいつものように自分の力を出し尽くせばいい。口で言うのは簡単だ。

 

しかし、沖田の言葉でそれが遠いことを実感した。

 

 

「――――今すぐには、今の僕には無理だ。けど、努力、してみる」

 

自分は沖田のような境地には至れていない。柿崎の様に、沖田の様に、轟の様に、自分は天衣無縫のような極地には至れないかもしれない。

 

 

だが、憧れてもいいじゃないか。目指したっていいじゃないか。

 

 

「精一杯、明日は投げるよ」

 

 

 

 

病室の外で二人のやり取りを見守っていた春乃は。

 

――――やっぱり、プレーする人しか入り込めない空間は、あるんだ……

 

彼との距離が近くなった。それでも絶対に入り込めない場所があるのを彼女は知っている。

 

 

――――それでもいいんだ

 

 

危うくて、少し頼りないところもある彼女の想い人。

 

大塚栄治のがんばっている姿に、隣にいる大塚栄治だからこそ、自分は夢中なのだと。

 

「――――頑張って、栄治君……頑張って、沖田君」

自分にしか聞こえない声で、二人の盟友のやり取りを見守り続けるのだった。

 

しかし、

 

 

「いいよなぁ、春乃ちゃん。お前のことだけじゃなくて、俺のことも頑張って、だってさ!」

 

「――――本当に、僕の幸運の象徴だと思う。自慢の彼女だよ」

病室から聞こえる二人の声に、彼女の心臓が跳ね上がった。

 

 

「え、えぇぇぇ!? 聞こえていたの!? なんでぇ!? なんでっ!? ちゃんと小さくいったのに!!」

 

 

「残念ながら、しっかり耳で聞ける音量だったよ。けど、ありがとう、春乃」

 

 

「女性の声は、高いからならぁ。こういう人気のない場所だと、よく響くんだ。」

 

 

その後大塚の胸の中で顔を隠し、数分間動かない吉川だったが、その自分が行った顔の隠し方にさらに赤面して、今日の夜は大塚の顔をまともに見ることが出来なくなってしまった。

 

 

かくいう大塚は、ニコニコしながら春乃を家まで送り、ニコニコしながら帰宅し、ベッドで横になるまでニコニコしたままだった。

 



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第137話 その為の咆哮

ついに神宮決戦。


11月15日。神宮大会決勝は甲子園で激闘を演じた組み合わせの再来となり、その熱気は甲子園に匹敵するほどだった。

 

そして、夏では実現できなかった高校屈指の2年生左腕と、青道躍進を支える1年生右腕の対決に、観客の目は向いていた。

 

夏の甲子園優勝投手柿崎則春に、夏の決勝で離脱した大塚栄治。

 

 

『さぁ、ついに始まります! 神宮大会高校の部決勝戦!! 今年の夏の再現!! 西東京代表、青道高校がリベンジを果たすのか!!』

 

 

三塁側に居並ぶ青道ナイン。先発は背番号18の大塚栄治。

 

 

『それとも、夏の覇者がまたしても勝利をつかむのか!! 光南高校!!』

 

一塁側には光南ナインが円陣を早々に組んでいた。

 

 

 

スターティングメンバーが電光掲示板に発表され、ついにその時が来たのだと、観客は大歓声を上げた。

 

 

1番 右 東条

2番 二 小湊

3番 中 白洲

4番 一 前園

5番 投 大塚

6番 捕 御幸

7番 左 麻生

8番 三 金丸

9番 遊 倉持

 

「ついに来た!! 先発大塚!!」

 

「ついに柿崎との直接対決だ!!」

 

「この大一番で4番抜擢かよ、前園!!」

 

「大抜擢だろ!! それに、3試合連発弾だぞ!! 当然だ!!」

 

「大塚も3試合連発弾だぞ!! 4番前園、5番大塚に、3番沖田が戻ったらとんでもない打線だぞ!!」

 

「6番に御幸がいるのもやばいだろ! 迂闊に歩かせないぞ!!」

 

先発大塚は勿論、4番前園という大胆なオーダーに会場は湧く。

 

 

そして、光南のオーダーも発表される。

 

1番 二 沼倉

2番 中 白井

3番 三 清武

4番 一 権藤

5番 左 岡田

6番 捕 上杉

7番 右 中丸

8番 遊 金子

9番 投 柿崎

 

 

「光南もエース投入!! エース柿崎だ!!」

 

「甲子園王者の投球、期待だろ!!」

 

「4番権藤もかなり打っているぞ!!」

 

 

 

 

 

青道高校、三塁側ベンチ前

 

「今日はお前が声出ししろよ」

 

 

「――――僕ですか?」

御幸に言われ、戸惑う大塚。

 

「いや、今日はお前に譲ろうかなって。アドリブでもいいぜ」

俺みたいに、とケラケラ笑う御幸。

 

 

これは主将の役目ではないのかと、一瞬断ろうと考えていたが、雰囲気が悪くなりそうなので、

 

「わかりました。ならアドリブで、いかせてもらいます!」

 

こうなったらヤケだ。思いっきりエゴを出すと決めた大塚。

 

 

――――勝ちたいと願う、僕たちの想いを

 

心の中で、燃えている大塚。そして、思い浮かんだ言葉を自分の口で言い放つ。

 

今まで、こんなに勝ちたいと考えたことはなかった。

 

今まで、こんな風にワガママを言ったのはいつだろう。

 

 

 

 

「僕たちはまだ、あの歓喜を知らない。」

 

 

 

「目の前で、僕らの眼前で、その余韻を知る奴らがいる。」

 

 

 

忘れたくても忘れられない、夏の悔しさ。そして大塚はすぅ、と大きく息を吸い、

 

 

円陣の中心で吠えた。

 

 

「だからいま、己に問えッ!!!」

 

 

その悔しさをばねに、それぞれが努力し、またここにたどり着くことができた喜びと、自らの信念を問え。

 

 

「俺たちが目指す青道はッ!?」

 

 

王者青道ォォッッ!!!

 

 

「誰より汗を流したのは!!!」

 

 

青道ッ!!

 

 

 

「誰より涙を流したのは!!!」

 

 

 

青道ォッッ!!!

 

 

 

「誰より頂点を欲するのは!!!」

 

 

 

青道ォォッッッ!!!!!

 

 

 

 

「戦う準備はできているか!!!」

 

 

 

おおおォォォ!!!!!!!

 

 

 

「我が校の誇りに賭けてっ!! 狙うはただ一つッッ゛ッ!!! 全国制覇のみッ!!!」

 

 

 

「行くぞぉォォォ!!!!!」

 

 

 

おおおォォッォ゛ッォ゛ォォ!!!!!!!

 

 

 

青道の主将御幸による大塚への無茶ぶりから始まった、彼自身の考えた、アドリブの掛け声。

 

 

 

「中々様になってるじゃないか。エイジ」

 

 

「採点結果はどうですか、主将?」

 

 

「満点だな!」

 

 

ニッ、と笑う御幸だが、その心中は震えるものを感じずにはいられなかった。

 

 

――――今日の試合への意気込みを感じる、熱い掛け声。

 

それだけ、大塚がこの試合に賭ける思いが強いのは理解しているつもりだった。

 

 

しかし、大塚らしからぬ闘志の籠った掛け声を聞いて、その認識が甘いと知った。

 

――――けどな、この試合に強い意気込みをもっているのは、お前だけじゃないぞ

 

掛け声とともに整列場所にダッシュする御幸は、大塚に負けないほどの気迫をもってこの試合に臨んでいるのだ。

 

 

 

1回表、青道の攻撃から始まる。

 

マウンドには夏の覇者、柿崎。打席には、この1年を通して戦い続ける男、東条秀明。

 

 

その初球、

 

 

「……っ」

いきなりのクロスファイアー。インコースを攻めてきた柿崎。判定もストライク。初球から140キロ中盤のボールを投げ込む彼も、当然気合を入れていた。

 

 

――――上回ってやるよ、大塚栄治も! 青道も!! 俺たちの力で!!

 

 

続く2球目、

 

「ファウルボールッ!!」

 

何とか当てたが、とても芯で捉えられたものではない。当てるのが精一杯といった感じの東条。

 

 

――――2ストライクからは、フォークの比率も高くなる。けど、今の僕の惨状を見れば

 

 

「ファウルボールッ!!」

 

 

続く3球目もストレート押し。今日の柿崎はボールが切れに切れている。今のボールも147キロ。かろうじて当てるだけの東条。

 

 

そして、4球目は

 

「ファウルっ!!」

低めのフォークを捉え、レフト切れてファウルボール。甘くはないボールだが、低めは大好きな東条。柿崎の決め球であるフォークを捉えた。

 

 

 

――――さぁ、フォークは打った。ここでスライダーも怖いはず。ストレートが来る

 

 

勝負の5球目。

 

 

『あっと!! ワンバウンド、振らせた!! 三振ッ!!』

 

「――――っ!!」

 

「バッターアウトォォォ!!」

 

振り逃げを試みた東条だが一塁送球でアウト。低めのワンバウンドのボールを振ってしまい三振。

 

 

続く小湊も

 

「くっ(押し負けたっ)」

 

148キロのストレートに打ち負けて、平凡なサードフライ。高めの速球に威力がある。

 

 

そしてツーアウトで白洲も、

 

『あっとスライダー三振!! 1ボール2ストライクからの外へ逃げるスライダーに空振り三振!! 初回三者凡退で締めた柿崎! 盤石の立ち上がりです!』

 

 

『しかし、初回から球速出ていますね、柿崎君は。』

 

『ストレート中心の配球。力でねじ伏せた感じがありますね』

 

 

そして一方、裏の守備を迎えることになる青道。マウンドには大塚栄治。

 

「大塚君、がんばって……」

スタンドの春乃は、祈るような気持ちで大塚の初回を心配していた。

 

 

『さぁ、今年の夏は決勝のマウンドに立てなかった大塚栄治。秋季大会は序盤不安定な投球が続きましたが、決勝戦の薬師戦では復活を印象付ける完全試合を達成。神宮大会でも安定感は変わりません!!』

 

『動くボールとストレートの投げ分けが出来ているのが要因ですね。段々と肘が横になるのが動くボールのデメリットなのですが、大塚君はうまく修正しているようです』

 

 

ミットを構える御幸も大塚の立ち上がりについて、神経をとがらせていた。

 

 

その初球、先頭の右打者、沼倉へのボール。

 

「ボールッ!」

 

まずはドロップカーブから投げてきた大塚。わずかにアウトコース外れてボール。

 

続く2球目。

 

「ストライクっ!!」

 

次は外から曲げてきた横のスライダーでストライクを奪う。沼倉は苦い顔をするが、すぐに表情を変え、打席に入る。

 

 

「ストライクツーッ!!」

 

そして今度は真ん中低めに落ちる縦スライダー。2球目と似た軌道から違う変化をするスライダーに、タイミングもバットも合わない空振り。

 

沼倉はこの軌道の違いについて、

 

――――横と縦を自在に操るのかよ、カッキーにはできない芸当だ

 

と舌を巻いていた。

 

1ボール2ストライクからの4球目。

 

 

「バットクドア、見逃し三振!! 外のツーシームがアウトコース際どいところに入り込んできました!!」

 

『ツーシームというよりは、本人はシンキングファストボール、という名称を使っているようですね。厳密には大きな違いはありませんが、名称にこだわりがあるそうですよ』

 

 

続く左の打者白井は沼倉の打席を見て早打ちに徹するが、

 

『あっと初球簡単に打ち上げてしまった!! セカンドフライ!!』

 

ボール球の内角高めのカットボールに詰まらされ、ボールは力なくセカンドの頭上へ。

 

小湊が難なくつかみ、こちらもツーアウト。

 

3番サード、右の清武を迎えたところでは、

 

『ストライクツーッ!!』

 

消極的な打法の清武に対し、まずはアウトコースのドロップでカウント奪った大塚は、2球目にフロントドア気味のカットボールで内角ストライクコースを抉る。突然ボールコースからストライクコースに入ってきたこの一球に手が出ない。

 

――――際どい場所は全部勝負しなきゃ、見逃し三振コースじゃないか

 

強制的に早打ちを強いる大塚の投球に、焦りの表情の清武。

 

3球目の外へ逃げる横のスライダーに食らいついた清武だったが、

 

 

『ああっ、空振りぃぃ!!! 三振っ!! 高めの速球を振らせてスリーアウト!!』

 

 

4球目は釣り球に手が出て空振り三振。裏の大塚の投球も盤石なものだった。

 

 

 

 

初回の攻防が終わり、東京渋谷の病室では、

 

 

「うーむ、さすがに初回先制は無理だよな」

 

沖田は唸るようにテレビの前に座っていた。

 

「ったく、小湊も東条も力み過ぎだ。東条はうまく釣られてしまったけど」

 

試合前に絶対に勝つと意気込む、金丸を含めた三人のメールを受け取っていた。それにしては力み過ぎだと。

 

 

テレビの前では、柿崎と前園の勝負が始まるところだった。

 

 

 

『さぁ、3試合連続ホームランと波に乗っている、目下売り出し中のスラッガー、前園健太!! 対するは夏の優勝投手柿崎!! 注目の初球!』

 

 

ドゴォォォンッッ!!!!

 

 

「ストライクっ!!」

 

前園も負けじと初球からフルスイング。しかし、当たらない。

 

 

――――ボールの下か。もう少し上やな。せやけど、

 

とんでもないボールを投げてくるサウスポーだと改めて感じた。

 

あの御幸が、小湊が、そして東条が。

 

 

口を揃えて今高校野球ナンバーワン左腕はだれかと聞けば、目の前の男を挙げる。

 

『初球から151キロッ!! アウトコースに決まったストレート!! 前園もフルスイングっ!!』

 

――――こんな場所で、あいつらは戦ってたんやなッ

 

 

ゾクゾクする。こんな好投手と熱い試合を、熱い勝負をしていたことがうらやましかった。

 

 

―――――勝つことに夢中になるはずや、この大舞台は最高や!!

 

「ボールッ!!」

 

そして2球目は低めに外れるチェンジアップ。前園はタイミングが合わなかったが、コースが外れた。

 

大塚や沢村と比べて、チェンジアップの精度はいまいちな柿崎。しかし、ボールの圧力は、降谷と同等。

 

しかも、渡辺が指摘していた前足をひっかく動作も見受けられた。その理由は言うまでもない。

 

 

 

マウンドの柿崎が不敵な笑みを浮かべている。

 

 

――――アンタには、全力でねじ伏せるしかないでしょ!!

 

目が語っている。前園健太をねじ伏せにきている。あの王者光南のエースが、自分に。

 

 

力勝負を挑んできている。

 

 

 

「ファウルボールッ!!」

 

『ファウルっ!! 3球目150キロ!! 2回、最初の主軸との対戦で剛速球を投げ込んでいる柿崎!! 食らいつきます前園健太!!』

 

 

「ファウルっ!!」

 

続く4球目もストレート。149キロを計測し、これも威力十分。前園も得意のインコースをフェアゾーンに落とすことができなかった。

 

 

打球はわずかにレフト線から切れてしまった。

 

 

―――――アンタには全力で行かせてもらう。3戦連発だ、フルコースでねじ伏せてやるッ!!

 

 

勝負の5球目は、精度がいまいちなチェンジアップ。

 

 

「っ!!!」

 

ここで前園にとって、タイミングのあっていなかったチェンジアップ。しかもこの勝負所でコースに決めてきた。

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトォぉ!!」

 

バットは空を切り空振り三振。前園は悔しそうに打席を去る。

 

――――くっ、ホンマに凄まじい投手や

 

 

『空振り三振~~!!! 外のチェンジアップで空振りを奪い、まずは先頭を取った柿崎!! いい抜けしていますね~~!』

 

『あのボールが決まってくると、外は本当に厳しいボールになるでしょう』

 

 

続く打者は5番大塚。

 

――――レフト線に切れた当たりをされた瞬間、ボールゾーンのチェンジアップ。

 

それが強く残る。

 

『そしてこちらも3戦連発中の大塚栄治!! 投球だけではない!! 神宮大会では野手としても活躍する彼の打撃が、柿崎にどこまで通用するか!?』

 

 

その初球、

 

「ストライクっ!!」

 

 

ここで初球から落としてきた柿崎。空振りを奪われる大塚。追い込まれたら、不利なことを予感した大塚の打ち気を誘う、フォークボール。

 

 

『初球から落としてきた!! 空振りぃぃ!!』

 

 

――――追い込まれるまでは、ゾーンに来たボールを仕留めなきゃいけない

 

「ボールッ!!」

 

続く内角低めに外れるスライダー。ここも大塚の打ち気を誘ってきた。

 

 

3球目

 

「ボールツーッ!!」

 

ここで、スライダーの連投。低めに外れて2ボール。力んだのか、コースから外れた。

 

 

――――2ボール1ストライク。3ボールにはしたくないはず

 

 

狙うは外目、真ん中気味ストレート。しかし――――

 

 

「ストライクツーッ!!!」

 

『2ボール1ストライクで抜いてきた柿崎。空振りで並行カウント!』

 

外のチェンジアップで空振りを奪われる大塚。表情が歪みそうになったが、それを悟らせないように無表情を貫く。

 

――――打者心理を突いてくるクレバーさ。打ってもタイミングが合わない

 

「ファウルボールッ!!」

 

ここで150キロのストレートがさく裂し、かろうじて当てるもボールはバックネット裏に吹き飛ぶ。

 

――――稲実の成宮投手以上のスピード。これにあの沈むチェンジアップは厄介だ

 

ここまで体感差があると、打つのは至難の業だ。

 

 

そして、

 

『変化球振らせて空振り三振!! 最後は内角に落ちるフォークボール!!』

 

ここで内に落ちる変化球で大塚のスイングを崩した柿崎。

 

 

――――いいコースに決められた。

 

苦い顔をする大塚だが、切り替える。試合が終わったわけではない。

 

 

続く御幸早打ちでライトフライに倒れ、スリーアウトの青道。主軸が一巡目は抑えられた。

 

 

「一筋縄ではいかないな」

御幸がマスクをかぶりながら大塚に白状する。

 

「ええ。そう簡単に攻略できる投手じゃありません。」

 

高校生特有の脆さを悉くついてきた。それで崩れる投手ばかりだった。序盤で攻略できなかった投手を思い出す。

 

楊瞬臣は得難い難敵だった。向井も序盤で攻略できる投手ではなかった。

 

鵜久森の梅宮は、自分には無い強いハートを持った選手だった。

 

目の前の男は、このライバルたちすら上回る。

 

 

 

2回裏、大塚の投球も負けてない。

 

4番権藤豊との初対決。決勝戦で川上からホームランを放った主砲。

 

この相手に、力配分を考えることはできない。

 

 

剛速球がアウトコースに決まる。唸りを上げる剛球が御幸のミットに収まる。

 

――――これが、大塚のストレートか

 

アウトコースに決まったストレートを打席で体感した権藤はから笑みが消えた。

 

「ストライクっ!!」

 

『アウトコース決まってストライク!! 初球151キロのストレート!!』

 

 

続く2球目。

 

『落ちた! 空振りっ!! ここで伝家の宝刀スプリット!!』

 

 

2球目は同じコースに落とすスプリット。切れ味鋭い変化に、コントロールも完ぺき。ここに投げ込まれれば、さすがの権藤もバットに当てることができなかった。

 

 

続く3球目は高めの速球が浮く。インハイ僅かに外れて1ボール2ストライク。強気にインコースを攻める大塚と御幸。何が何でもこの打者を抑える必要があった。

 

『147キロボール!! これはわずかに外れてボールッ! 強気のリードの青道バッテリー!!』

 

大塚が望んでいたのは、インローに落ちる高速縦スライダー。しかし、御幸が鼻息荒い大塚を制す。

 

――――高速縦スライダーを一巡目に使うわけにはいかない。

 

 

御幸が要求したのは、外の縦スライダー。振ってくれれば儲けもの。勝負を急いではならない。

 

 

しかし、首を振る大塚。ならばと高速スライダーを要求。変化の小さい、凡打を誘いやすく、バックドアのできるシチュエーション。

 

相手は左打者。甘くいけば痛打の可能性もある球種。

 

しかし、これも却下する御幸。あくまで縦のスライダーを指示する。

 

頷く大塚。御幸は外に寄る。

 

 

『外のスライダーを見た権藤!! これで並行カウント!』

 

 

バットが出かかったが、ここで止まるのが権藤。やはり一筋縄ではいかない。

 

 

そして5球目のサインは瞬時に決まった。

 

 

―――――外低めの、パラシュートチェンジ。

 

 

『空振り三振!!!! 先頭の権藤を抑えます、マウンドの大塚!!』

 

ストレート待ちだったであろう権藤の裏をかく配球。低めの変化球を我慢していた権藤は、速いストレートに張っていた。だが、その裏をかく御幸と大塚の判断。

 

 

ベンチでその勝負を見ていた上杉は、

 

 

「やるな、あのバッテリー。」

完ぺきとは言い難いが、息の合ったコンビだ。これは相当手強い。

 

 

その上杉は、5番岡田が打席に入るので、ネクストバッターサークルに入り込む。

 

 

 

続く5番岡田は早打ちで早々にファーストゴロに打ち取られた。内角へのカットボールに詰まらされ、しかもこれはストライクからボールになる球。

 

大塚のフロントドアとバックドアは、投げなくても効力を発揮しているのだ。きわどいボールがストライクに切り込んでくるかもしれない。もしくは甘い球だったのに、見逃してしまうことにもつながりかねない。

 

 

だから、大塚の術中にはまっている。

 

続く6番上杉には、

 

 

『外のカットボールに当てるだけ!! セカンド正面、力のない打球、捌いてスリーアウト!! この回も三者凡退の大塚!』

 

 

投球で流れを呼び込もうとする両者。互いに譲れないものを背負い、強豪校のプライドをかけて、マウンドで存在感を放つ。

 

 

 

 

 

最初にチャンスをつかんだのは、青道だった。

 

 

 

3回表、ツーアウト。

 

 

『ラストバッター倉持バントヒット成功!! ツーアウトから塁に出ます!!』

 

ここで、ファーストストライクをセーフティバント。不意を突かれた光南内野陣はその処理に手間取ってしまったのだ。

 

外角のスライダーを上手く転がした倉持は、快足を飛ばして悠々セーフ。

 

 

 

『彼は塁上では屈指の走力を持っていますからね。しかもサウスポー。チャンスは広がるのか?』

 

 

広いリードを取る倉持。何度もけん制を入れる柿崎だが、

 

 

――――くそっ、なんてリードだ。相変わらず、足お化けな奴だ

 

 

この塁上からのプレッシャーは相当なものだと感じる柿崎。

 

 

――――ツーアウトだ。ランナー放置はダメだが、打者勝負でいこう、カッキー

 

上杉が打者集中のサインを送る。

 

 

 

打席の東条は、広く空いた一二塁間に狙いを絞っていた。

 

 

――――右打者の外側にカウントを取るスライダーは、ランナーを置いた時、初球はほぼないとみていいかも

 

狙い球は、外のストレートを右方向に。

 

 

カウントを取るために、2球目に外のスライダー。ストレートへの反応を見て、捕手が判断するはずだ。

 

 

ランナーには俊足の倉持。ツーアウトとはいえ、変化球は投げづらいはずだ。

 

 

 

『さぁ、ツーアウト一塁、打順は先頭に戻り、切り込み隊長の東条!』

 

 

そして、その時は訪れる。

 

 

 

―――――外目のストレートッ!!!

 

 

やはり外角に投げ込んできたストレート。しかし、きわどいボール。クサイところをついたボール気味。

 

 

しかし、この初球を見逃したところで東条に打てるボールはない。

 

 

カキィィンッッッ!!!

 

 

強引に外のストレートを流した打球が、その目論見通りに一二塁間を抜ける。

 

 

スタートの構えだけだった倉持も、東条の打球に驚きつつも、

 

 

――――やるな!! この打球なら十分だぜ、東条!

 

 

一二塁間を抜ける打球を見ながら、自分の武器を最大限に活かす倉持。

 

 

『一二塁間抜ける~~~!!! 一塁ランナー倉持は俊足飛ばして二塁蹴る!!』

 

 

『完全な狙い撃ちですね。外のストレートを流すイメージが出来ていたんでしょう。』

 

 

 

打たれた柿崎は、ボール気味のストレートに食らいついた東条に驚きを隠せない。

 

 

「まじかよ。アレを運ぶかよ」

 

 

 

そしてこれで―――――

 

 

『三塁セーフ!! 三塁セーフ!! きわどいタイミングでしたが、倉持が三塁を陥れる!! これでツーアウトながら一塁三塁!! そしてここで好打者小湊を迎えます!!』

 

 

「うおっ!! 早い回でのチャンス到来!!」

 

「当たるぞ、まったく敵わないわけじゃないぞ!!」

 

「当たれば何か起きるぞ!!」

 

 

柿崎相手には数少ないチャンスを大事にしたい青道高校。

 

 

先制のチャンスを活かすことが出来るか。

 

 

 

 

 

 



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第138話 ここにいるぞ!

遅くなりました。

今永君はハマのエースになれたかな?




ツーアウトながら一塁三塁のチャンスを作った青道高校。打席には第一打席ストレートに詰まらされている小湊。

 

――――強いストレートにしっかり合わさないと。

 

甘く入った変化球は引っ張る。特にスライダーとカーブはそうだ。

 

そして、その初球。

 

『アウトコースボールッ!! まずはツーシームが外れてワンボール!!』

 

続く2球目。

 

 

『アウトコース今度はストライク!! ここでカーブを使ってきました』

 

今のアウトコースに決まったカーブ。ストレートを意識する中、これは整理しきれなかった。

 

 

――――明らかにストレートに意識が強い。変化球で散らすぞ

 

 

――――バットに乗せるのが上手いからなあ、夏の時から。

 

 

光南バッテリーは小湊の読みを見抜いていた。

 

 

『外へ逃げるチェンジアップ!! 空振りっ!! これで1ボール2ストライクと追い込まれてしまった!!』

 

しまったと苦い顔をする小湊だが、上杉の返球が早く、柿崎はもうセットポジションになっていた。

 

――――たまらない。こんな状況で打席に入るわけにはいかない

 

「タイムっ!」

 

小湊が間を嫌い、タイムを取る。これには不満顔の柿崎。

 

――――あの時は、テンポよくインコースを狙っていたのかな?

 

確かに整理できずにインコースのストレートが来たら、ファウルが精一杯だ。しかし、今は違う。しっかりとインコースの可能性も頭に入れることができた。

 

それがリードにどう影響するのか。

 

打席に立つ小湊。

 

――――流れを微妙に変えて、さすがに配球が変わるはず。

 

 

そして4球目

 

 

ドゴォォォォォンッッ!!!!!

 

 

「えっ!?」

驚きの声を上げる小湊。身動きが出来なかった。

 

 

「ストライクっ、バッターアウトォォォ!!!」

 

 

『インコース、見逃し三振~~!!!  最後は152キロストレート!!』

 

『この決めにいったストレート、見事ですね。小湊君も間を嫌ったのですが、あくまで拘った光南バッテリーを読み切れませんでしたね』

 

『この試合初めての連打、チャンスがありましたが無得点!! エース柿崎則春! 修羅場を潜り抜けた男は違う!!』

 

 

 

意気消沈の小湊。やられた。間髪入れずに投げ込んできた。流れを変えてもぶれなかった。

 

――――手強い。本当に手ごわい相手だ

 

「ごめん、ちょっとあの一球は手が出なかった」

 

粘り打ちの上手い小湊がバットを出すことができなかった。一同も、

 

「お前が打てなかったら、しょうがない。外が続いて、間を取って、インコースを考えた。けど、あの速いテンポはインコースの布石、ここまでは読んでいた」

 

御幸も、上杉の勝負どころのリードが冴えていたと認めざるを得なかった。

 

「けど、あえて裏の裏をかいてインコースストレートを選択した。これは読みづらい」

 

 

守備に就く御幸はそれでもナインに言い聞かせる。

 

「こっちも1点も譲る気はねぇから。気合入れろよ、お前ら!」

 

 

3回裏、触発された大塚もテンポの良い投球を披露する。

 

先頭の7番中丸を早いカウントから動くボールを投げ込み、簡単に内野ゴロに打ち取ると、続く8番ショート金子に対しては釣り球のストレートに反応してくれた。

 

『ああっと初球打ち!! 力のない打球がセカンドへ!! とってツーアウト!!』

 

『動くボールで際どいゾーンに手を出さなくてはいけないのですが、少し迂闊でしたね』

 

そしてラストバッターピッチャー柿崎に対しては、

 

『外いっぱい!! 見逃し三振!! カットボールにタイミングが合わず、バット出ませんでした!!』

 

『あれは高速スライダーですね。変化の小さい速いスライダー。カットは140キロ前半ぐらいは出ていますから』

 

今のは130キロ後半のボール。変化もカットより大きく、速度も遅い。

 

 

――――ああいうゾーンで見逃しを奪える変化球はうらやましいよなぁ

 

柿崎には、カーブで見逃しを奪うほどの技量はない。左打者にスライダーで見逃しを奪えるかもしれない。

 

しかし、ああいう凡打も狙えるゾーンで勝負できるボールは、速球系以外苦手だった。

 

全て空振りを奪うボールだ。

 

 

4回表、白洲が早々にピッチャーゴロに抑え込まれ、4番前園との2度目の対決。

 

――――引き付けて、強くたたく。

 

イメージはショートの頭。勝手に右方向に飛ぶこともある。

 

前園は自分に暗示をかける。

 

そうなると、柿崎の空振りを誘う変化球を見極める余裕が生まれた。早い変化球、フォークが一球コースに決まったが、それ以外は余裕をもって見極めることができた。

 

 

2ボール2ストライクから2球粘り、7球目―――

 

 

『カウントフルカウント!! ストレート外れましたが、これもきわどい!』

 

『後ろに重心があって、スイングも強いので理想形ですよ。後はポイントが合えば、どこまで飛ぶかわかりませんよ』

 

 

――――フォークをコースに決められたら、この打者は打ち取れる。けど、最初に捕った時以外はすべてボール。

 

上杉は考える。ここはフォークでいいのかと。甘く入ればホームラン。歩かせればランナーを置いた状況で大塚を迎えることになる。

 

 

フォークのサインを出した上杉。すると、柿崎は自信をもってそれに頷いた。

 

――――やることをやる。抑えるなら一番確率の高い方法を取れよ、スギ!!

 

その要求に臨むところだといわんばかりのマウンドのエース。これで上杉も腹を決めることができた。

 

 

『さぁ、フルカウントから8球目!!』

 

 

――――ここで落としてくるんかっ!!

 

 

ここまで見事なまでにコースに決められたフォーク。完全にお手上げの前園。

 

 

『空振り三振~~~!!! フルカウントから落としてきました、光南バッテリー!! いやぁ、本当にさすがですね。』

 

『痺れましたね。ランナーを置いた状況で大塚を迎えたくない。ふつうはストレートかもしれませんが、ここでフォークをきっちり投げ切れるんですから普通の投手ではないということなんでしょうね』

 

2打席連続三振の前園。しかし、そこまで悪いイメージではなかった。

 

「フルカウントまでよく粘った。バッテリーを褒めるしかない。今日の試合はお前に4番を任せている。気負うなよ」

 

片岡監督からの檄をもらい、

 

「はいっ!!」

 

――――まだや、まだ勝負に負けたわけやない。試合は終わってへん!

 

切り替える前園。

 

 

続く大塚も重心を後ろに置く方法で前園同様粘ってはいたが、

 

『打ち上げたぁぁ!! バックする、バックする!! センターの足が止まる!!センターフェンス手前まで伸びましたが、センターフライ!! あと一伸びありませんでしたね』

 

『まだ少し差し込まれていますね。フォークのイメージが突き刺さっていたでしょうから、最後まで強く振りぬけませんでしたね』

 

これでスリーアウト。やはりそう簡単にヒットを許してくれない。

 

 

我慢比べが続く神宮大会決勝。

 

4回裏、大塚も2巡目に入る。右打者の沼倉は外のシンキングファストのバックドアに見逃し三振を奪われている。初球はカーブだった。

 

初球はまず縦のスライダー。動くボールでカウントを取りに来ることを恐れた沼倉が簡単にボール球に手を出してしまう。

 

続く2球目はドロップカーブが決まり、手が出ない。早いカウントで追い込んだ青道バッテリーが選択したボールは、

 

――――外角のボールでいい、スロースライダー

 

やや外れても構わない。緩いスライダーを見せることで、外への目付け、緩急を利用する。

 

 

反応した沼倉だったが、バットが止まる。しかし、この軌道に反応してしまえばあとはまな板の鯛状態だ。

 

『インコース詰まらされた!! 大塚取って送球、アウト! 沼倉をピッチャーゴロに打ち取り、先頭をきります!』

 

早打ちで凡退した白井は低めを悉く見逃してしまい、

 

『アウトコースストライクっ!! 2球続けてテンポのいい投球であっさりと追い込んだ大塚!! 今のは手が出ませんか?』

 

『低めへの変化球が豊富な大塚君ですからね。しかも、外に高速スライダー、次にカットボールです。早い変化球で緩急をつけられ、しかも入ってくる変化球が外一杯に決まるんです。難しいボールに手を出したくない白井君にしてみれば、手を出しづらいボールですね』

 

3球目のドロップカーブに手が出かかったが寸前で止めるものの、釣り球に手が出て三振。

 

大きなカーブを見せられて、高めを我慢できなかった。

 

清武は白井の打ち取られ方に影響されたのか、やはり消極的。それを読み取った御幸が、一巡目と同じ攻め方を選択する。

 

 

すると清武は、最後厳しいボールに手を出してしまい、空振り三振。

 

『外のチェンジアップに手が出て三振! こちらも貫禄の投球です』

 

『あのチェンジアップの落差は凄いですね。やはり、大塚君のストレートにこのボールはかなり相性がいいでしょう』

 

 

5回表、青道は御幸から始まる攻撃だったが三者凡退。やはりそう簡単に弱みを見せてくれない。

 

 

ここまで大塚は4回を投げて被安打0、6つの三振を奪う好投。

 

対する柿崎は5回を投げ被安打2、奪三振7という成績。

 

両者は全くの互角の様相を呈していた。

 

そして試合が僅かに動く。

 

5回裏、権藤との勝負。

 

『ポンポンストレートは入れられないですよ』

 

初球は見せ球の緩いスライダー。これを見送る権藤。

 

「ボールッ!!」

 

続く2球目は、

 

「ファウルボールッ!!」

 

150キロのストレートが高めに。フルスイングの権藤がそのボールに当てるも、打球はバックネット裏に。

 

そして御幸はインコース、縦のスライダーを要求。ボール、ワンバウンドをあえて要求。

 

「ボールッ!!」

 

大塚も要求より少し甘かったが、ボールのスライダー。

 

続く4球目は外から入ってくるアウトコースの横のスライダー。酷似するスライダーが、縦横と全く違う軌道を見せる。しかも、スライダーだけを張っていればいいだけではない。

 

 

否が応でもこの変化球攻めの状況で、自慢のストレートを隠している状況。だが、チェンジアップが頭から離れない。

 

「くっ」

そしてやってきたのはチェンジアップ。大塚の決め球の一つでもあるパラシュートチェンジ。

 

 

腕だけの打撃となった権藤。しかし、体勢を崩されながらも打球は外野へ。しかし伸びはなくセンター白洲が掴んでアウト。

 

 

『先頭をまたしても抑えます、マウンドの大塚! しかも、光南相手に完全ペースです!』

 

 

『………完全ですか?』

 

 

『完全です。』

 

 

『………こういうの結構声出すと、打たれるんですよね』

 

『ああ、話題にすると、打たれるという』

 

『あんまり言わないほうがいいんですよね』

 

『そうですね。しばらくの間、黙ってみておこうと思います』

 

 

――――アウトコースのシンキングファスト、まずは外角逃げる球だ。

 

外に寄る御幸。頷く大塚。

 

対する左打者の岡田は、その難しいボールに手を出してしまう。アウトコースの難しいボールに手を出す状況じゃない。しかし、早打ちをしなければ空振りを奪う球種がたくさんある大塚に、その状況を作り出すわけにはいかなかった。

 

 

 

『打ち取った当たり!! ああっと!!』

 

 

「えぇっ!?」

 

前園の眼前で、一塁ベースに打球が直撃。打球が不規則なバウンドをとり、捕球に手間取る。

 

 

「あっ」

大塚は、あっ、と小さく驚き、打球の行方を見ることしかできない。

 

 

その間に岡田は一塁ヘッドスライディング。強打のスラッガーが運も味方につけ、この試合初めての出塁をもぎ取った。

 

 

『ヒット!! ヒットです!! これは不運な当たり!! 大塚の完全試合が露と消えました!!』

 

『確かに不運な当たりですが、これはもう割り切るしかありませんね。次の打者への集中を切らせると危ないですよ』

 

 

マウンドに駆け寄る御幸。

 

「今のは仕方ない。切り替えていこう。」

 

「そうですね。あれは前園先輩を責められませんし」

 

大塚は、引き攣った笑みを浮かべる前園に声をかける。

 

「切り替えっ、切り替えっ! 今のは捕れない! 次行きましょう!」

 

 

「お、おう(あかん、大塚の完全試合がぁぁ)!! 」

 

声をかけられて正気には戻ったが、やはり気にしていた前園。しかし顔以外の力みは取れたようだ。

 

ベンチでも、それまで黙っていた沢村が

 

「完全試合なんて二の次二の次!! 勝てる投球、大事だぁ!!」

 

 

 

 

 

続く上杉への初球は、そんな前園に勇気を与えるものになった。

 

ドゴォォォンッッッ!!!

 

『ああっと、ここでインコースに151キロ!! 決まってストライク。気持ち入ってますねぇ』

 

『ああいうヒットを打たれた後、内野に声かけをしていましたし、うまく自分の感情をコントロールしていますね』

 

2球目は外のカーブ。反射的に手を出してしまった上杉。この縦に大きく曲がるボールを引っ掛け、打球はショート正面へ。

 

「げっ!」

 

御誂え向きのコース。倉持が難なく捕ってセカンドに送球し、岡田をフォースアウト。

 

『6、4、3、捕ってダブルプレー!! 不運な当たりにも動じず、後続を併殺打に切って取りました! マウンドの大塚!!』

 

 

5回裏が終了し、速いテンポで試合は終盤の6回に突入する。

 

6回表はラストバッター倉持。初打席出番とヒットを決めて見せたが、

 

『ああっと、逆方向に力のない打球捕って送球! アウトォォ! サードへの弱い当たりでしたが、清武の送球が早い!!』

 

当てたようなスイングで、内野安打を狙った倉持。しかし清武の守備が上手だった。

 

――――くっそ、逆方向も簡単じゃねぇぞ

 

バントヒットも警戒され、迂闊に仕掛けることもできない。

 

続く東条も高めに詰まらされ、センターフライ。6回もこのまま三者凡退と思われていた。

 

 

柿崎が投じた初球。小湊の外角へと突き進む速球。

 

 

――――もう初球からどんどん振るしかない

 

木製の乾いた音ともに、痛烈な打球が内野を置き去りにする。

 

 

『初球打ち!! 打球右中間落ちる!! 長打コースなるか!!』

 

一塁を蹴って二塁に到達する小湊。打球は絶妙な場所に落下し、守備がもたつく間に攻撃的な走塁を見せた。

 

「うおぉぉぉ!!! 春っち~~!!!」

 

「ここで小湊が出たぞ!!」

 

「ここから繋いでいこう!!」

 

 

 

『ツーアウトから長打の青道!! ここで3番白洲に回ります!』

 

ここで、白洲が意地を見せる。

 

1ボール2ストライクと簡単に速球で追い込まれてしまうも、簡単にアウトにならない。

 

『ボール見た!! これで2ボールっ!』

 

外角のスライダーを見てきた白洲。きわどいコースはカットし、自信をもって見逃すコースには手を出さない。堅実な白洲らしい打席だった。

 

『低め外れてボール!! これでフルカウント!!』

 

スライダーの後のフォークボールも見た白洲。コース低めはヒットにすることを諦めている。

 

 

『浮いたぁぁぁ!! ストレート外れてフォアボール!! これでツーアウトながら一塁二塁のチャンス!! ここで4番前園を迎えます!!』

 

「決めてこい、ゾノ~~!!!」

 

「前園先輩の殊勲打が見たいです!!」

 

「前園先輩!!」

 

「ここで先制点がほしい!!」

 

「前園先輩!! そろそろ打てますよ!! 3巡目!!」

 

 

イレギュラーとはいえ、完全試合が消えた打球を処理できず、前園は挽回したい気持ちにあふれていた。

 

 

――――取り返すには、先制点しかあらへん!!

 

 

 

『さぁ、史上初となる4戦連発なるか、前園健太!! ここを凌げるか、マウンドの柿崎』

 

 

光南は前進守備。ここで先制点を取られるわけにはいかない。外野が前にきている。

 

 

 

――――フォアボールの後のファーストストライク

 

初球ではない。ファーストストライクに狙いを絞っていた前園。

 

初球インコース外れてボール。カットボールが内に切り込んできたが、それを見た前園。あくまで甘いコースに絞っている。

 

前園のねらい目となるボールを待っている。

 

 

 

 

そして2球目。

 

 

――――外角のスライダー!!!

 

 

ボールを懐に呼び込み、ボールを強く叩く。

 

 

――――強くッ

 

 

 

強くッ!!!!

 

 

カキィィぃンッッ!!!!

 

ショート頭上を襲う、打球を見た柿崎。広角に狙い打った前園が、その打球を見て祈る。

 

――――超えろっ

 

『打ったぁぁ!!! 打球ショートの頭上へ!!』

 

 

ショート金子含む守備陣は通常守備。

 

 

ツーアウトなので、走者は打った瞬間に自動スタート。

 

二塁走者の小湊が見上げる。

 

――――超えてっ!!

 

 

一塁走者の白洲が打球を見ながら走る。

 

――――超えてくれっ!!

 

 

光南守備陣は、特にショートの金子は必死に背面走りで打球を追う。

 

――――シャレになってねぇぞ、これ―――ッ

 

金子が必死の形相で打球を追う。

 

 

 

――――超えろォォォ!!!!

 

 

青道ベンチ、応援席の全員がその瞬間が来ることを願う。

 

 

 

 

 

 

ショート金子のグローブを

 

 

 

 

『超えたぁぁぁ!!!!!! ショートの頭上超えたぁぁぁ!!!!』

 

 

 

 

その瞬間の大歓声が小湊を後押しする。ついに捉えた光南のエース。打球を見て悔しそうな顔をする柿崎。

 

 

「超えたぞ!! 超えたぞ!!」

 

「打ったぁぁぁ!!」

 

「ゾノ~~~!!!!」

 

「帰ってこい、小湊ォォォ!!!」

 

 

――――行けっ、小湊ッ!!

 

 

三塁ベースコーチャーも手を大きく回す。

 

 

――――回して、木島先輩ッ!!

 

 

小湊は一度もアクセルを緩めずに三塁を蹴る。

 

 

 

打球は倒れている金子の眼前に。打球は零れ、センター白井の前に。

 

 

――――もう小湊は三塁蹴っている!!

 

自動スタートの分、小湊のスタートがいい。振りをつけていたら難しい。

 

 

ここはもう捕球と同時に走りながらの送球一択。

 

『センター白井のバックホーム!!』

 

捕球と同時に、流れるような送球。前進しながらのレーザービームがホームに迫る。

 

 

『クロスプレー、どうかぁぁぁぁ~~~~!?』

 

 

タイミングはほぼ一緒。勇気をもって回した青道。見事な守備で、バックホームを放り込んだ白井。

 

 

主審がのぞき込むように膝を低くして、倒れこんでいる小湊と上杉を見つめている。

 

僅か数刻の間が、ここまで長いと思ったことはない、今審判の目の前にいる上杉はそう考えていた。

 

 

――――どっちだ?

 

小湊と上杉の思考が被った。

 

 

 

 

「アウトォォォォォ!!!!!!」

 

 

 

 

 

『アウトォォォ!!! アウトォォォ!!』

 

『なんと―――やったっ!! センターの白井!! エースを、チームを救うレーザービームッ!! 二塁ランナー小湊の生還を!! 寸前で防いで見せたぁぁ!!!』

 

 

『センターの白井がやりました!!! スコアは動かないっ!! 0対0のまま、6回裏の攻撃に入ります!!』

 

『これはチームを救いましたよ。すごいバックホームでしたね。捕球してから流れるようなスローイング。それが上杉君のミットに収まるんですから』

 

『興奮冷めやらぬ神宮球場!! さぁ、6回裏、大塚栄治はどうだっ!?』

 

 

 

アウトコールの瞬間、上杉が塁上でガッツポーズを見せた。光南応援席が湧いた。打たれたと、落ち込んでいた柿崎の顔が、一転して満面の笑みに変わる。

 

「おっしゃぁぁぁぁ!!!!」

 

マウンドですぐに立ち上がった柿崎が吠える。ただ、その全身で味方のファインプレーを喜ぶ姿は、光南ナインに新たな活力を与える。

 

「白井のレーザービーム!!」

 

 

「信じてたぞ!! 太志!!」

 

外野陣から喜びの声。チームを救うファインプレーをやってのけた白井に乗りかかる。

 

「まだまだ終わらせねぇぞ、締まっていくぞ!!」

ファーストの権藤がチームを鼓舞する。

 

 

対照的に静まり返ってしまったのは、青道応援席とベンチ前。

 

応援席側にいた落合コーチはムードの暗さを危惧していた。

 

「これはきついな。よく打ったが、相手の守備が一枚上手だった。大塚に求められているのは、流れを変える投球。」

 

より一層きつい命題が増えてきている。

 

「だが、大塚だけが良くても、ほかの野手陣が硬いようではどうしようもない。」

このムードの悪さは、それだけ重くのしかかっている。

 

それは、試合に出ている選手たちも感じていた。

 

――――まずいな、大塚は大丈夫そうだが一筋縄ではいかないな。

 

「まずは一つずつな!! 集中するぞ!!」

 

大声でほかのナインに檄を伝える御幸。

 

「ぉ、おう!! 先頭丁寧に行こうで、大塚!!」

 

「バッター集中!! 一つずつ、一つずつ行こう!!」

 

「ぅ、打たせてこいっ、大塚ッ!!」

 

「こっちも先頭きるぞ!!」

 

 

前園、金丸の声が震えている。小湊はあの走塁に責任を感じ、少し冷静ではない。しかし倉持が何とか落ち着いていたので、

 

――――ショート方面、出来ればそこに打たせて取りたい

 

この回だけでもいい。この回を三者凡退に抑えたら、まだうちが流れをつかめる。

 

 

7番先頭の中丸をチェンジアップで空振り三振に打ち取る。

 

『7番中丸をチェンジアップで空振り三振に切ります!! あの好守備の中、大塚はこの回まで連続で先頭打者を抑えています!!』

 

『大事ですよ、先頭を打ち取るのは。隙を見せれば畳み掛けられますからね』

 

 

しかし、青道の守備のリズムが悪いことを金子は察知していた。

 

 

――――速い球は一二塁間。緩い球は三塁方向。転がせば、まだわからない

 

 

まずはアウトコースの横のスライダーでカウントを稼ぐ大塚、御幸のバッテリー。失投は許されない。

 

 

続く2球目はアウトコースストレートが外れてボール。全く影響がないといは言い切れない大塚。ここで少しボールが外れる。

 

――――追い込むチャンスが

 

 

 

右打者の金子への3球目インコースのシンキングファスト。内を突くだけのボールゾーンにきっちり投げ切れた大塚。

 

しかし、金子はこれを打ちに行く。

 

――――綺麗なヒットはいらねぇ!!

 

当然詰まらされて凡打。三塁側付近に打球が転がる。

 

 

――――しめたっ! これで追い込んだ!!

 

御幸はボール球を打たせて追い込むことができたと考えていた。ここで、御幸に一瞬の油断が生じていたために、掛け声が遅れた。

 

 

サード金丸も、打球が切れると考えていた。ボールには変なスピンがかけられており、このまま転がれば切れてファウル。

 

 

そんな消極的な金丸を絶望に突き落とす、

 

 

「なっ……あぁ………っ!!」

 

 

ボールがライン上で止るという現実。急いで掴むがもう遅い。

 

 

『打球切れない!!! 切れない~~~!!!! サードへの内野安打で、一死からランナーを貯めます、光南高校!!』

 

ツキが傾いてきたのか、ラッキーなヒットでランナーを置くことになった王者の攻撃。

 

この終盤の1点を争う局面で、無安打の柿崎。当然、

 

『ここはバントの構えを見せています!! 一死で送りバント!! 次の上位打線に託します、打席のエース柿崎!』

 

スコアリングポジションにランナーを置くことで、単打でも点を取れる状況を作り出し、大塚にプレッシャーをかける。柿崎の出来なら、終盤の失点は致命的だ。

 

それがわかっている青道も御幸がバントシフトを敷きかけた。が、そこまで前に出れない。

 

ここでももしバスターエンドランの可能性があれば、前進守備の横を抜けられて、一気にピンチに直結することもあるかもしれない。

 

 

――――迂闊なリードもできない。前進守備も強く推せない

 

柿崎は、光陵戦でもヒットを放っている。あの成瀬相手にだ。しかも、彼は左打者だ。

 

 

万が一も許されない場面。御幸は結局前進守備を敷いた。この終盤で冒険はできない。

 

 

一方、打席の柿崎は前に出られない青道を見て、

 

――――さすがに、エンドランの可能性があると出られないよなぁ

 

だからこそ、より一層エンドランを意識させないといけない。

 

 

『注目の初球!!』

 

 

大塚が外角めがけてストレートを投げた瞬間、バットを引き、ヒッティングの構えを見せた柿崎。

 

 

「!!!!!」

 

御幸、金丸、前園、小湊の表情がこわばる。しかし、ヒッティングのままバットを出してこない。

 

「ボールッ!!」

 

そして外れて1ボール0ストライク。カウントが少しずつ悪くなる。

 

――――くそっ、打ってくるのか、それとも送るのか?

 

御幸の悩みが深くなる。

 

そして、柿崎も柿崎で余裕はなかった。

 

―――どんだけダッシュが早いんだよ。こりゃ、普通の犠打だとまず刺されるな

 

 

もっと勢いを殺して、もっと死んだ打球を打たなければ。

 

柿崎にも、大塚のチャージがプレッシャーとなって襲い掛かる。

 

 

しかし、情勢は青道不利に変わりない。

 

動揺した御幸はそうではなかったのだ。

 

 

 

エンドランの可能性を見せられて、バントシフトを敷く事が出来ない御幸。今は目の前のアウトがほしい。一番嫌なのは、スコアリングポジションに置かれることだ。

 

大塚の球威なら、間を抜くことはない。

 

ベンチにて、御幸が優柔不断な守備を選んだのを見た上杉は、

 

――――そうだよなぁ、何をしてくるかわからねぇんだ

 

そう簡単に近づけない。エンドランにもリスクはある。ここはもう運だ。

 

 

 

 

2球目は

 

『転がしたぁぁ!!! ピッチャー前!!』

 

 

ここで、勢いを殺したバント。大塚は目で合図していた。

 

 

そして、不意に大塚は二塁ベースへの道を空けたのだ。

 

――――御幸先輩ッ!

 

2球目の高速スライダーに合わせて、勢いの死んでいるバント。

 

「――――ッ!!」

 

その時の御幸は、この打球を見た瞬間から無我夢中だった。

 

 

『キャッチャー御幸捕って、二塁へッ!!』

 

まさに体が勝手に動いたといっていい、御幸はそれほどこのプレーに関して考えていなかった。

 

 

ショート倉持は、送球が来ることを信じて二塁ベースにいた。そして御幸からの矢のようなストライク送球がそのグローブに吸い込まれ、

 

 

「おぉぉぉぉ!!!!」

二塁がアウトになったことで、全力疾走の柿崎。ファースト前園はチャージをかけていたために、間に合わない。完全に逆を突かれていた。

 

「っ!!」

そして、一塁ベースカバーに向かう小湊が激走。こちらも全速力で、柿崎をアウトにするために力を尽くす。

 

――――先制打、あの時もう少し僕が早ければ!!

 

悔やみきれない。悔やんでも仕方ない。しかし、挽回しないといけない。

 

攻撃的な走塁、監督は小湊を責めなかった。だからこそ、余計に彼は責任感を感じていた。

 

 

――――守備で、僕らは点を与えない。チャンスも与えない!!

 

 

 

『競争になるっ!! 一塁どうなるぅ~~~~!!!!』

 

 

倉持からの送球が一塁へ。駆け抜ける柿崎と小湊。

 

 

柿崎と小湊が一塁塁審を見る。そして――――

 

 

「アウトぉォォォ!!!!」

 

 

 

 

『アウトぉォォォ!!!! こちらもアウトだぁぁぁぁ!!!!』

 

 

 

走り終わって、天を仰ぐ柿崎。そして、

 

 

「ナイスプレー、倉持先輩、御幸先輩、春市!!」

 

ぐっ、とサムズアップで3人のファインプレーをたたえる大塚の姿。

 

打球は金丸と前園のチャージを警戒し、明らかに殺し過ぎていた。しかも、大塚には剛速球がある。打球を殺すことに集中していただろう柿崎。

 

そこで、あえて速球に近い速度で、それなりの変化をする、ある意味バントしやすい変化の小さい高速スライダーを選択した。柿崎は反射的にストレートのタイミングで打球を殺すつもりだっただろう。

 

そこに、ストレートよりも遅く、転がすには最適な低めのスライダー。低く沈む分、小フライになることもない。

 

 

彼は打球を殺し過ぎたのだ。

 

 

 

「まあ、しっかり一塁の送球カバーに回ったのは褒めてやるがな。ひやひやしたぞ。お前が投げて刺すと思っていたからな」

倉持は、大塚のタイミングで送球を待っていた。しかし、それよりも早い御幸の正面からの送球に驚きを感じていた。

 

その御幸だが、

 

「栄治。お前俺に捕らせる気満々だったな!?」

 

「僕が捕っていたら、まず送られていました。あの打球の転がり方を見た瞬間、御幸先輩に送球を任せたほうがいいと判断したんです」

 

「ま、結果的にそうなったし、最善だったかもな。それと助かったぞ、小湊」

 

「はいっ! もう隙は見せられない。次は必ずホームに」

 

ファインプレーの応酬となったこの回の攻防。今度は青道が沸いた。

 

 

 

しかし静まり返ると思われていた光南のベンチ、応援席は少しの間をおいてもいまだに勢いが止まらない。

 

「よく走ったぞ、柿崎!!!」

 

「切り替え切り替えっ!! まだロースコア!!」

 

「ちゃんと水分補給しろよ、則春!!」

 

 

「この試合で勝てたら、マジで○○もんだろ~~!!!」

 

「禁止ワード叫ぶなぁ!!!」

 

「下品だぞ!!」

 

「落ち着けお前ら!! さっさと守備に行くぞ!!!」

 

「まだまだこれからァ!!」

 

ベンチ、応援席から飛び交う掛け声。光南は相手のファインプレーで動じない。少しでもポジ要素があるなら、それを全力でポジっていた。

 

なんというポジティブ思考。なんという胆力。

 

 

青道もファインプレーに沸いていたが、光南の部員たちの強い精神力に気圧されていた。

 

「なんて奴らだよ、なんであれで――――」

金丸もその一人だった。

 

「あれが、夏の王者」

東条も渋い顔でその光景を見ていた。

 

ざわざわと、歓声が次第に尻すぼみになっていく中、

 

 

すっ、

 

 

応援席、そしてベンチに向き直る。

 

「大塚?」

御幸が、大塚はなぜ止まったのかを聞こうとしたとき、

 

 

大塚は自分の首付近に手を動かし、親指を立てたのだ。

 

 

――――俺は、ここにいる。

 

 

 

「マウンドには、俺がいる」

 

 

ここにいる。自分は負けない。チームを鼓舞するのがエースだ。ファインプレーが飛び交うこの試合を、この素晴らしい試合を落としたくない。

 

 

―――――僕はこの凄い試合に、勝ちたいっ!!!

 

 

熱いハートを心の中に。しかし透き通るような声で、大塚は言い放つ。

 

 

もしかすれば、彼が言いそうな言葉を想像して。

 

 

 

「ここからだよ、この試合は」

 

 

威風堂々と、大塚は勝利への執念を隠さない。

 

 

その背中は青道を背負っていた。

 

 

 



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第139話 覚醒の先へ

横浜のシーズンが少しでも長く…



その様子を見ていたものがいた。

 

 

「――――――っ」

ベンチ前の片岡監督は、大塚の熱い思いに目頭が熱くなっていた。

 

このファインプレーが飛び交うロースコアの死闘。常に厳しい状況で戦ってくれているナインを鼓舞する大塚栄治の姿。

 

これこそ、自分が求めていたエースの姿だった。

 

「――――――」

 

隣にいる今も騒いでいるサウスポーエースの姿に視線を移した。

 

 

この男も、今マウンドにいる男とエース争いを演じ、結果を出してきた。彼に食らいつく姿は、一人の指導者として、一人の野球人としても、

 

 

とても頼もしく、素晴らしいものだと考えていた。

 

 

沢村はエースの座を秋季大会の実績で奪い取った。彼はエースの姿を見せた。

 

 

だが、大塚はこの試合で、本当のエースになろうとしているのではないかと。

 

 

 

 

7回表、球が浮き始めている柿崎相手に大塚が粘る。

 

 

――――我慢だ、我慢をして、絶対に出塁する。

 

 

甘い球以外フェアゾーンに飛ばさない、その覚悟で臨む大塚。

 

 

「ファウルボールッ!!!」

 

しかし、柿崎もそう簡単に甘いコースに投げない。

 

 

『アウトコース153キロッ!!! この終盤7回で自己最速タイをマークします、マウンドのエース柿崎!! しかし食らいつきます、大塚栄治!!』

 

並行カウントから一進一退の攻防。強いストレートをファウルし、低めのフォークを見極める。チェンジアップを一塁線に切れるファウルで粘る。

 

そして12球目。インコースのストレートに詰まらされた大塚。

 

―――絶対に……!

 

ボテボテのゴロ。強引に引っ張った打球はサードに緩く転がっていく。

 

「サードっ!」

 

 

上杉も当然大塚の足の速さは知っている。だからこそ指示を出す際の声が鋭くなる。

 

 

だがそれでも、大塚は全力疾走をしないわけにはいかない。数少ない柿崎を倒すチャンスなのだ。ギアを緩める理由はカケラも存在しない。

 

 

『ああっと、溢した! しかしすぐにとって一塁送球どうかァァ!?』

 

サード清武が痛恨の捕球ミス。すぐにリカバリーし、一塁に殺到する大塚の息の根を止めようと試みる。

 

―――それでもッ!!

 

 

大塚は一塁に近づく送球が目に入っていた。だからこそ、ここで前に出る覚悟が必要だ―――

 

 

「大塚!?」

太田部長が悲鳴に近い声で叫ぶ。投手がやるプレーではない。

 

 

 

夏の悪夢を想起させる光景だった。

 

 

 

しかし彼は―――だからこそ彼は過去を乗り越えるための一歩を踏み出すのだ―――

 

 

土埃が舞い、一塁に倒れこんでいる大塚と、送球を捕球し、塁審に視線が釘付けになる権藤。そして―――

 

 

 

「セーフ!!セーフ!!」

 

 

 

 

一塁塁審は大塚を生かす判定。大きく手を広げた。そして、泥だらけになった彼に手を差し伸べる。

 

「………っ」

 

 

一塁ベースに倒れこんでいる大塚。執念が生んだ出塁。しかし、中々立ち上がれない。

 

 

――――痛っ……慣れないことをするべきではないかも…。

 

 

あの時を思い出し、痛みに似た感覚が蘇る。

 

―――けど、今がその時なんだ…

 

しかし、大塚はまだ健在だ。どこも怪我をしていない。怪我をしている場合ではない。

 

 

 

彼は、この瞬間を噛みしめるように、再び立ち上がる。

 

 

 

「ここからだッ!! この回獲るぞッ!!」 

 

 

大きく塁上で吠え、青道を駆り立てるべく彼は闘志を出し続ける。光南へのプレッシャー、青道への強烈な檄を飛ばしながら。

 

柿崎に、光南に押されていると感じ始めたみんなに、再び自信と強さを取り戻させる為に。

 

 

―――今年の最後を、みんな揃って、笑顔で終えるんだ…ッ!!

 

 

泥だらけの主戦投手は、浮かれることなく次の塁を狙う。

 

「ナイスガッツ、大塚! 」

 

 

 

「終盤で先頭打者の出塁だあ!」

 

 

 

 

 

いいぞ、いいぞ、栄治!

 

 

 

 

 

いいぞ、いいぞ、栄治!

 

 

「大塚が気迫の出塁!!」

 

 

「この回だぞ!! チャンスが来たぞぉぉ!!」

 

ベンチ前で声が飛び交う。大塚の気迫が柿崎への恐れを希薄なものにする。そして、彼の気迫は応援席にも伝わっていくのだ。

 

 

 

 

――――めぐってきたチャンス、ここを無駄にしない為にも!!

 

大塚は大歓声を背に、青道の流れをさらに強固なものにしたいと考えた。

 

 

『気迫のヘッドスライディング!! 記録はサードのエラー! 不運な当たりでしたが、大塚の執念が生んだ出塁です!』

 

『ピッチャーの大塚君が、気迫を見せましたね。先頭打者の出塁は、ロースコアの試合では重要ですから』

 

 

『マウンドの柿崎!! 先頭打者を塁に出してしまいます!!』

 

 

続く6番御幸。相棒役の気迫に目頭が熱くなっていた。

 

なんとかしようとする意気込み。絶対に出塁する強い意志。

 

チームを盛り上げる為に、彼は気迫を見せている。

 

―――お前の気迫、見せてもらったぜ

 

そして今度は御幸がきっちりと仕事をした。

 

「ファースト!!」

上杉が指示を出し、柿崎は一塁へ送球する。

 

『送りバント成功!! この終盤7回に、スコアリングポジションにランナーを置きます、青道高校!!』

 

 

『勝負をかけてきましたよ、青道の片岡監督は。互いの出来を考えれば、一点で十分ですからね』

 

 

 

ここで、単打ならば大塚の足なら生還できる。光南は前進守備。彼の俊足を使い、プレッシャーをかける青道。

 

下位打線だが、失点が負けに直結する試合展開。油断は出来ない。

 

 

バットを持てば皆強打者。麻生も当てたら何かが起きると考えていた。しかし、彼には気がかりなことがあった。

 

 

――――俺に一ミリも期待してねぇだろ!!

 

応援が大塚よりも小さい。そのことを麻生は気にしていたのだ。

 

 

――――俺をォォォ

 

 

 

―――やべっ、少し甘くっ

 

疲労で手元が狂った柿崎。

 

 

「ぐえぇぇぇ!?」

スライダーが抜けて麻生のお尻に直撃。苦悶の表情を浮かべながら、

 

「や、やっぱりかよ~~~~!!」

 

悲しそうな叫び声をあげながら、一塁へと走るのだった。

 

 

 

『さぁ、これで一死一塁二塁!! 8番のサード金丸!!』

 

 

―――あいつが繋いだチャンスなんだ…

 

打席には金丸。リアルタイムで見ているであろう彼に。

 

 

一番戦いたかったであろう彼に勝利を―――

 

 

 

 

 

 

しかし――――

 

 

 

 

 

 

『フォークに泳がされて、6,4,3、ダブルプレー!! ここもしのいだ、ここもしのぐ、王者光南!! 7回表が終わって青道は無得点!! チャンスであと一本が出ません!!』

 

「ここでゲッツーかよ……」

 

「せっかく先頭が出たのに……」

 

「金丸には荷が重いよなあ、やっぱ」

 

ため息に包まれる応援席。失望が広がる。

 

 

しかし、そんな淀んだ空気を感じさせない青道の18番。

 

7回裏の大塚も光南上位打線を三者凡退に抑え込む。試合模様は動いているが、スコアに変動が見られない。

 

ベンチに憂鬱な気持ちで戻る金丸。彼の目の前には彼らがいた。近くにいるはずなのに、遠く感じるその姿。

 

 

 

彼の視線の先にいる、気迫を見せる両雄。その舞台にいることが情けなく思えてしまう。

 

「――――――」

彼は波に乗れない。チャンスを活かせない。

 

―――俺は、あいつらの足しか引っ張ってねぇ…

 

 

情けない男だ。どれだけチームに迷惑をかけた?

 

スタメンに自分はふさわしくないのか。様々な悪循環が金丸を襲う。

 

しかし―――

 

「まだロースコア。下を見るのは早過ぎだぞ、金丸」

 

チャンスで凡退した金丸に最初に駆け寄ったのは、大塚だった。

 

「僕の情けないチャンスメイクだから、かな。神様は劇的に勝つことを望んでいるみたいだ。」

まるであいつのようなことを言う彼の言葉は、折れかけた金丸の心を支え、受け止めて見せた。

 

「大塚……」

 

「ヒーローになるチャンスは、まだ残っているよ」

 

 

エースを目指す彼の闘争心は、チームを燃え上がらせる。

 

他のメンバーがこれを見て何も思わないわけがない。

 

 

 

8回表、ラストバッターの倉持が打席に向かう前、

 

「倉持」

ここで片岡監督からある指示が送られる。そのやり取りは当然光南も見ている。

 

 

 

――――何が何だか知らないが、簡単にはさせねぇ!!

 

 

――――セーフティ? ヒッティング? 

 

柿崎は無鉄砲に、上杉はどんな指示があったのかを思案する。

 

ゆえに、初球のストレートが浮いた。体力もこの試合で相当消耗されている。だが、まだまだスピードは落ちない。

 

 

 

柿崎は疲れで球が浮き始めていた。ボール先攻になれば必ずゾーンで速い球とスライダーでカウントを稼いでくる。

 

 

 

――――甘く入ってきたスライダーを、

 

 

『引っ張ったぁぁぁ!!! 一二塁間抜ける!!!』

 

 

――――迷わず引っ張れ

 

 

片岡監督は、厳しいコースは捨てろと倉持に指示をしたのだ。

 

下位打線から始まる攻撃。疲れが見える柿崎。無謀な試みではない。

 

 

―――後輩ばかりに、背負わせるばかりじゃねぇぞ!

 

先頭の俊足倉持が塁に出た。終盤での俊足のランナー。これほど貴重なものはない。

 

さらに、この大舞台でマルチヒット。

 

彼にも駆り立てるものが、

 

 

譲れない思いがある。

 

 

 

 

 

『送りバント成功!! 1番東条が送ってスコアリングポジションにランナーを置きました!』

 

続く小湊もしぶとく粘り、

 

『あっと、ストレート浮いた!! フォアボールッ!! これでさらにチャンスが拡大します!!』

 

 

―――大塚君の闘志が、みんなの後押しが! 僕らを駆り立てるんだ!

 

 

 

ここで、光南が守備のタイムを取った。内野に集まる光南の選手たち。

 

しかし、苦しいはずの柿崎は、まだまだ笑顔だった。上杉がポンポンと両手でたたき、何かを叫んだ瞬間に内野手たちが一斉に散った。

 

 

マウンドの柿崎は、ナインの笑顔に救われていた。

 

 

――――エースに、心行くまで楽しめとか、お前ら人間出来過ぎだぜ。

 

 

この勝負を託してくれた。自分が欲しい言葉を、行動を許してくれた。

 

 

――――応えてぇんだ、あいつらの応援に! あいつらの期待に!

 

 

柿崎は扉を開ける。さらなる先へ。大塚の一歩先を行く。

 

 

 

――――俺は、その為にここにいるんだ!!

 

 

だからこそ、リミッターを引き千切る。ここまでやってきた最大のライバルに全力を、そしてそれ以上のリスペクトを。

 

 

 

 

だからこそ彼は、彼の信念を、そのプライドを見せつける義務がある。

 

 

 

 

 

 

――――俺が、光南のエースだッ!!

 

 

 

譲れない。それは勝ち取るものだ。エースは熱い闘志を胸に秘め、力を振り絞る。

 

 

 

 

『さぁ、このピンチも凌げるか、マウンドの柿崎!! 注目の初球!!』

 

 

 

 

ドゴォォォォンッッッ!!!!!

 

 

轟音が、白州の体を震わせる。

 

 

「ストライィィィィクッ!!」

 

 

 

柿崎の全力投球がこの終盤で炸裂。審判は身動きしない白洲をしり目に、コールを行った。

 

 

剛球を投げ込まれた白洲は、そのマウンドの柿崎から目を逸らすことが出来なかった。

 

 

 

そのストレートは、白州から熱を完全に奪い去り、高まりつつあった闘志を叩き潰すほどの一球。

 

 

彼が今まで見たことがないストレート。

 

 

 

――――この終盤で、まだこんな力が残っているのか!?

 

 

末恐ろしかった。

 

 

今この時でさえ進化を続ける琉球のエース。あの夏の悪夢を思い出させる元凶。忘れかけていた記憶を引っ張り出された彼は、今になって思い知る。

 

 

目の前のサウスポーは、やはり高校史上最強の左腕投手なのだと。

 

―――化け物め……ッ!

 

 

白州は忌々しい眼で、肩で息をし始めている柿崎を睨む。

 

 

そして、その白洲を圧倒したボールは、球場全体を驚かせることになる。

 

 

 

 

そう――――

 

 

彼の一球に、神宮が湧いたのだ。

 

 

 

『お! おおぉぉぉ!? お聞きいただけますでしょうか!! この歓声を!!』

 

 

 

154㎞

 

 

 

 

単純な数字が、人々を熱狂させる。

 

 

 

神宮球場の電光掲示板には、154キロと表示されていたのだ。

 

 

『旧高校最速154キロ!! ここで叩き出してきました!!! この試合終盤で、なんという……なんという男なんだ、柿崎則春!!』

 

 

 

『まだ上がるのか、この神宮大会で153を出したばかりなのに。ここでまだ上げてくるのか……』

 

 

『どよめきが収まりません!!! さぁ第2球、空振りぃぃ!! 154キロ!!』

 

白洲のバットがかすりもしない。これだ、これが夏で見せた柿崎則春の底力。

 

 

粘り強く、ピンチになればなるほどギアをあげてくる投球スタイル。

 

 

 

 

――――凄いな、あの人は

 

ベンチで座っていた大塚は、そう思わずにはいられない。

 

『ストレートォォォ!!! 三球三振~~~!!!! 白洲、バットに当てることができませんでした!! 最後も154キロ!!』

 

 

白州が悔しそうな顔で打席から締め出された。

 

 

 

そしてツーアウトで、前園を迎えるのだが、

 

『初球落としてきたぁぁ!! 空振りっ!! この局面で落としてきました!! 光南バッテリー!!』

 

 

初球フォークで振らせに来た柿崎。前園のバットが止まらなかった。

 

 

続く2球目

 

――――ここで、変化球なんか………

 

外角に決まったカーブを見て、前園は狙い球を全く読めなくなった。

 

 

 

『外角にカーブ!! ここは冷静に変化球で追い込んだ光南バッテリー!! ピンチでの集中力は、尋常ではありません!!』

 

さすがに、ここで真っすぐを投げてくるのではないか。

 

一つアウトコースに見せたストレート。これも150キロ。一球も甘い球は来ない。

 

前園も、2ストライクと変化球でカウントを奪われているので、フォークを警戒しないわけがなかった。

 

 

そして―――――

 

 

ドゴォォォォォンッッッ!!!!!

 

 

アウトコースにエースの貫禄を感じさせる、最高のストレートがやってきたのだ。

 

全力全開。柿崎のフルスロットルに、前園は圧倒され、何も出来なかった。

 

「――――――」

天を仰ぐ前園。アウトコース低めに決まったストレートにバットが出なかった。

 

 

『アウトコース見逃し三振~~!!!!! 最後も154キロ!!』

 

 

「しゃぁあぁぁっぁあ!!!!!」

 

マウンドで大きく吠えた柿崎。最後はストレート。変化球を散らせて、ストレートを見せ球に。そして迷わずアウトコースのストレートでとどめを刺した。

 

 

エースに勝利を、光南に勝利を。

 

 

8回裏に光南のチャンスが巡ってくる。

 

打席には4番権藤豊。

 

その初球に魔物が青道に襲い掛かる。

 

『初球打ち!! ふらふらっと上がった打球!!』

 

打球はまだ押し負けているが、振り切った分外野に飛んでいた。

 

 

ライト方向に落ちてくるであろう打球に、東条がチャージをかける。

 

――――追いつける!!

 

 

しかし―――――

 

 

「あっ!」

 

『ああっと!! 捕れないぃぃ!!!! ボールを捕れなかった!! それを見た権藤は一気に二塁へ!!! 記録はヒット!!』

 

東条の無茶なチャージが裏目になり、シングルヒットの当たりが二塁打になってしまう。

 

 

目まぐるしく変わるこの試合の流れ。しかし、当然大塚もスイッチが入る場面だ。

 

 

『さぁ、打席には第2打席にチーム初ヒット放っている5番岡田!! 先に失点するわけにはいかない大塚! ここを乗り切れるのか?』

 

 

ここで青道も守備のタイムを取る。

 

「不運な当たりも多いですけど、まだ集中は切れていませんよ」

大塚はやや疲れているが、それでも追い込まれてる感じがしない。

 

投手交代は有り得ない。

 

 

 

「―――うん。シフトの確認だけ。内野、外野ともに前進守備。」

伝令には降谷。自ら志願したそうだ。

 

その他細かい確認を終えた後、

 

降谷が大塚に向き直る。

 

「―――――投げたかったけど、僕の実力では届かない。だから、一番すごい投手の君に、全部任せる。この試合の余韻も、完投も」

 

 

「――――――ああ。ベンチで見ていてくれ。勝つよ、必ず」

 

大塚は、思わぬ降谷の激励に驚きつつも、その言葉に奮い立った。

 

 

内野陣が戻り、降谷もベンチに下がった。残るは御幸と大塚だけ。

 

 

「――――――縦のフォーム。ここで試すか?」

唐突な御幸の言葉が、大塚の胸を熱くさせる。

 

 

「―――――腹をくくりましょう。自分の今出来るすべてを、僕は全力で出しますよ」

不敵に微笑む大塚。縦フォームの解禁。そして拳を突き出す大塚は、投げたくてうずうずしている。

 

自分の全力を出し切れる瞬間を待ちわびている。

 

 

「――――なら俺は、全力で受け止めてやるさ。なんたって、俺はキャッチャーだからな」

大塚の拳に、同じよう自分の拳を突き出す御幸。

 

 

二人の力を出し合い、二人の意見を出し合ってこそ、

 

 

その果ての答えを出すことに意味がある―――――

 

 

 

「この逆境を、変えてやろうぜ」

 

 

 

 

それこそが、彼らの目指すべき姿なのだから。

 

 

 

 

 

 

遠目から見ていた前園は、この窮地でも堂々としている二人の姿を見て、心強さを感じていた。

 

 

「敵わんなぁ、ホンマに」

窮地であそこまで笑うことのできる奴らは、そうはいない。

 

二人で支え合っているからこそ、簡単には崩れない。そして、自分たちを信じているからこそ、揺らがない。

 

 

――――見せつけてやれ、お前ら。

 

 

 

 

内野から声が出る。大塚を後押しする声。だが、彼はしっかりと自分の足でマウンドに立っていた。

 

 

 

 

――――今はまだ、エースじゃない。

 

 

背番号18が、今の立場を教えてくれる。だが、その振る舞いを目指してもいいじゃないか。

 

 

ベンチで大塚とチームメイトの岡田の勝負を見守る柿崎の姿がある。

 

 

――――憧れてもいいじゃないか

 

 

その遠い背中を追い越したい。なりたい自分に、なるために。

 

 

――――今、僕は野球を楽しんでいる。

 

 

 

この試合で投げて、わくわくしている。この大舞台で、自分が追い越したい相手と、投げ合っている。

 

 

『さぁ、一死二塁で5番岡田との勝負、その第一球!!』

 

 

ここで、大塚の本当の奥の手がさく裂する。

 

 

岡田からは、それはストレートにしか見えなかった。

 

 

――――ボールが消えた!?

 

スイングした瞬間に虚空をきる感覚。真っすぐだったはず。しかし掠ることもできなかった。

 

「ストライクっ!!!」

 

 

『初球145キロ!! 今、ものすごい変化をしましたよ!? 今の球は何ですか!?』

 

 

『縦に鋭く落ちたので、SFFですか? うーん、なんだ今のは』

 

 

――――今のは変化球。だが、まだ1ストライク。

 

いったいどういう変化球なのかはわからない。終盤でこのタイミングで出してきた意図は分からない。データが少なすぎる。

 

 

続く2球目、

 

 

唸りを上げるストレートが高めに伸びてきた。

 

ドゴォォォォンッッッ!!!!!

 

 

轟音。腹の底を震わせるような爆音が、球場に響いた。

 

「っ」

思わず苦悶の表情を浮かべる御幸。だが、ブレない。そのミットだけはブレない。

 

 

154㎞

 

 

高みへと登っていく柿崎に―――

 

 

 

『真っすぐ154キロォォォ!? 神宮球場の球速表示には、そのスピードが表示されています!! ここで柿崎に並んだ大塚!! とんでもないことが起きています!!』

 

 

 

待ったをかける大塚。主役の座は譲らない。

 

 

 

どよめく神宮球場。

 

 

打席の岡田は振ることができない。150キロから160キロのストレートがミットに到達する時間はおよそ、0,45秒から0,41秒台ぐらいだ。

 

 

しかし、球持ちの良い大塚の腕から放たれるストレートは、体感ではそれよりも速いだろう。

 

そして、柿崎にはない長身から投げ下ろすスタイルは、その効果を倍増させるだろう。

 

 

――――ぼ、ボールを、捉え切れない

 

目で追うことが難しい。岡田はここで初めて大塚栄治の力に怯えを見せた。

 

 

二塁ベースでその様子を眺めていた権藤は、

 

「―――――近づいたと思っていた」

今日は大塚に対し、3打数1安打、1三振。3打席目でフェアゾーンに落とせた。だからもし、4打席目が来たら打ち砕く自信があった。無論、SFFをコースに決められたら厳しいかもしれないが、決して届かない場所ではないと考えていたのだ。

 

 

 

ネクストバッターサークルの扇の要も、

 

「―――――俺たち、とんでもない化け物を目覚めさせてしまったかも」

上杉は、大塚の豹変に顔が引き攣っていた。

 

 

轟音とともに、ボールが到達する。低め一杯に決まった”変化球らしきボール”に手を出すことができなかった岡田。

 

――――高めから縦に落ちてきた? なんだよこれ、これ、予選の時に一球も投げてないだろ!?

 

高めのボールゾーンから、低めに決まる大きな変化球。カーブというには、回転量が桁外れに多く、スピードもある。

 

 

これもスライダーなのだろうか、と岡田は操られたかのように打席から退散する。

 

 

『三球三振、見逃し三振!!! 光南をこの終盤で圧倒しています、マウンドの大塚!!』

 

 

マウンドに威風堂々と立つ背番号18が、全てを掴もうと進撃する。

 

そのすべてに対して、彼は歩みを止めない。

 

 

続く上杉も、1ボール2ストライクからの4球目

 

 

『空振り三振!!! ストレートにボールが当たりません!!  最後も152キロ!! さらにギアチェンジした大塚のボールに、まだ光南のバッターは当てることができていません!!』

 

 

「―――――掠ることすら許さないとか、何の冗談だよ」

乾いた笑みしか出てこない上杉。

 

 

『これでツーアウト!! 連続三振でツーアウト!! 打席には6番中丸!!』

 

 

ここまで追い込んでからはすべてストレート。

 

ストレート3球で追い込んだ大塚。まだ掠らない。まだ当てることができない。

 

 

――――ここでアレ、お願いします。

 

 

――――本当に痺れるねぇ

 

 

 

『ああっと御幸捕れない!! ボールを見失っている!! 』

 

 

しかし、そのボールの変化に衝撃を受けていた権藤は、ここで棒立ち。進塁できるかは怪しかったが、二塁にくぎ付け。

 

振り逃げを狙った中丸は、一塁に到達。

 

『振り逃げで出塁した中丸!! これでツーアウトながら一塁二塁のチャンス!!』

 

 

『しかし、あのボールを前に弾き返すのは難しいでしょうね。ちょっと高校野球の常識からはみ出していますよ』

 

『はみ出しているどころではないと思います』

 

ここで痛恨の振り逃げ。三振したランナーを塁に出してしまうことは致命的なはずなのに、青道に纏わりつく不安がかき消されていた。

 

 

俺たちのエースは負けないと。

 

 

マウンドに駆け寄る御幸だが、

 

「もう真っすぐ一本でいいですか?」

 

「カーブも投げたいだろ?」

 

「振り逃げですよ、振り逃げ……」

 

「くっそぉ、言ってろ! 冬が明けたら完全捕球してやるからな!!」

 

圧迫するような空気はもうなかった。

 

 

 

 

7番金子が打席に立つのだが、

 

――――どうやって打つんだよこの化け物

 

最後まで不安を抱えたまま、

 

『落ちる球、空振り三振~~~!!! ピンチでしたが、ギアチェンジの大塚!! 1イニング4つの三振を奪って見せました!!』

 

『3つだけでよかったんですけどね。大塚君は本当に欲張りですねぇ』

 

 

 

マウンドから降りる大塚。青道応援席からは大歓声。

 

「てめぇ! 4つ三振奪うとか、おかしいだろ!!」

 

「すごいよ!! これが巷でいうギアチェンジ!? うん、そういう感じ!? マジですごいよ、大塚!!」

 

「鳥肌が立っちゃった。」

 

「俺たちのエースは負けない!!」

 

「けど得点がないから勝てないぞ!!」

 

「だったらこの回死んでも取れ!! 大塚を援護しろ!!」

 

 

おォォォォォ

 

 

両雄譲らず。

 

ついにロースコアのまま、最終回を迎えることになる。

 

 

 

 

そしてその時、大塚にかつてない変化が舞い降りていた事に、誰も気がつかない。

 

 

今まで感じたことがない感覚。まるで中学生の時を思い出したかのようだ。

 

――――体が、こんなに疲れているのに…

 

 

どこまでも集中が高まる感覚。良いイメージしか湧かない不可思議な状態が続き、身体が嘘のように軽い。

 

 

――――今まで出来なかった事が、出来るかもしれない

 

先頭打者として、打席に向かう大塚。

 

 

――――どんなモノも、見通せる気がする。

 

 

目で見えるもの全てが、鮮明に見えてきた。

 

 

誰よりも高く、誰よりも深く、彼はその先を進む。

 

 

 

その先の景色は、彼の瞳に何を映すか。

 

 




何か出てはいけないモノが…頭から出ていそうな大塚。


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第140話 集大成を超えて

8回が終わっても点が入らないロースコアの試合だったが、柿崎と大塚の素晴らしい投手戦を演じた神宮は熱気に包まれていた。

 

 

そして、9回表の攻撃。先頭打者は大塚栄治。先ほどは見事な投球でピンチを脱出。

 

対するは、この試合で最速154キロをマークした柿崎則春。

 

 

そして柿崎に対し、意地を見せるかのような大塚栄治。

 

 

誰もが延長戦に突入すると考えていた。

 

 

――――わかっている。投手なら、9回を投げ切ることがどんなに大変か。

 

両者ともに限界が近い。それだけの代償とリスクを支払い続けているのも事実だ。

 

 

 

大塚栄治は、投手の苦労を知るからこそ、狙い球を絞りやすかった。

 

肩で息をし始めている柿崎の姿を見て、より一層確信したからだ。

 

 

 

そして、勝負のかかる第4打席。

 

 

彼らは今、余計なものを見たくなかった。相手の動き、相手のボール、相手のスイングしか見ていない。

 

 

マウンドで闘志を前面に押し出す柿崎が無言のまま上杉のサインに頷き、対する大塚は、視野をできる限り狭め、柿崎しか目に入れていなかった。

 

 

視界を狭めることで、両者の集中力は極限まで高められていた。

 

 

 

『初球落としてきました柿崎。1ボール0ストライク』

 

 

 

初球はフォーク。低めに外れてボール。積極的に振りに来ない大塚だが、明らかに存在感が増している。

 

――――ストレート

 

柿崎の脳裏に浮かんだ言葉はそれだけだった。

 

 

――――ああ。自慢のボールで、ねじ伏せろ!!

 

集中している彼を遮るわけにはいかず、上杉はそのボールで押し通す。

 

 

 

続く2球目――――

 

 

まるで金縛りにあったかのようだ。今の大塚は柿崎の挙動にしか注意が向いていない。そのため、他のことに反応することができない。

 

 

観客の言葉も理解できていなかった。何かを言っているのだろうが、それを理解する暇がなかった。

 

 

そしてそれは柿崎も同じだ。大塚をねじ伏せることしか考えていない。

 

 

3秒以上経過しているにもかかわらず、両者は間を取らない。この勝負にそれほどまで緊張感と、間を取ることを忌避していた。

 

 

 

「ファウルボールッ!!」

 

打球は真後ろに飛ぶ。タイミングはあっているが、ややバットの上。大塚はそれを見てすぐに打席に立つ。

 

ユラユラとバットを揺らしながら、ベース板の上でバットを一回転させ、そのまま構える。

 

 

自分の息遣いも聞こえない。笑顔はそこに存在せず、真剣勝負だけがあった。

 

 

続くボールはフォーク。外角低めに構える。ストライクからボールになる球。

 

 

「ボールッ!!」

 

しかし、大塚はこの際どいボールに手を出さず、カウント2ボール1ストライクとなる。

 

 

上杉は、表情の一切をなくしている大塚を見て、何も読み取れないことに難儀していた。

 

 

――――ただ来た球に反応する、だけじゃない。今のフォークを見逃すのなら、ゾーンを絞っているのか?

 

それにしてはおかしい。あのフォークは完ぺきといっていいコースだった。

 

 

配球を見極められていた? 読まれたのか?

 

 

そこまで考えて、上杉はその先の仮定を振り払う。

 

 

――――バカな、そこまでのこと、できるはずがない。

 

 

外角低めにミットを構える上杉。要求したボールはストレート。上杉はそのバカげたことを頭から振り払うことができない。

 

あのコースも完ぺきだった。あの“フォークを見て見逃した”。単純に考えればそういうことなのだ。

 

―――あり得るものか、そんなバカげたこと!!

 

 

その仮定にひどく殺気立った上杉は、落ち着けと自分に言い聞かせる

 

 

――――このボールを見せ球に、最後は釣り球で三振だ。

 

これで、大塚を抑え込む。

 

 

 

 

柿崎のボールが放り込まれる。狙い通りの、完ぺきなストレートだ。まさに要求通りのボールといっていい。アウトコースの厳しいボール。どちらとも取れて、ストライクには近いボール。

 

 

フォークを考えているなら、ストレートへの対応は遅れるはず。仮に当たったとしても、先ほどのファウルで、簡単に前には飛ばせない。

 

 

そう考えていた。

 

 

唸りを上げるような轟音とともに迫るバットを見るまでは。

 

 

 

 

 

上杉のミットに入るはずだった、彼のベストボール、柿崎のストレートを捉えた瞬間が見えた。

 

 

「――――――――あ」

 

 

全ての観客の視線を奪い去り、そのボールは上杉から遠ざかっていく。

 

 

 

青道の夢を乗せた打球が、神宮の空にライナーを描く。

 

 

 

柿崎が見上げる。インパクトの瞬間の轟音とともにボールが吹き飛んでいき、ボールの行方を探る。

 

 

 

 

打球は右中間を突き進んでいく。そして、

 

『落ちたぁぁ!! 右中間!! 高めのストレートを弾き返したぁぁ!!』

 

 

 

深い場所に落ちると“知っていた”大塚は、体が反応するままに二塁へ到達。荒い息をしながら、ガッツポーズをする。

 

「ハァ……ハァ……ハァ」

しかし、それまでの勝負から一時的に解放された大塚に、強烈な頭痛が襲う。頭が痛い。さらには、体全体が重いのだ。

 

――――今、僕は何をしていた?

 

 

大塚自身、先ほどの打席を説明できなかった。来た球を打った。

 

 

そのボールを見て。ストレートとなぜか確信していた。

 

 

向かってくるボールを見て、自分は迷いなくフルスイングしていた。アウトローにフォークを見た後に、フォークを警戒するのが自分の考えのはずだ。

 

 

しかし、あのボールを見た瞬間に体が勝手に反応していた。

 

――――だが、長打は長打。何とか本塁に

 

リードを取る大塚だが、思い切った広さはとれない。集中しようにも謎の頭痛が大塚を襲うからだ。

 

――――目がちかちかする。

 

 

『さぁ、一気に盛り上がります青道ベンチ!! 続く打者は6番御幸一也!!』

 

 

しかし、大塚同様集中力が切れた感じのする柿崎は、御幸にフォアボールを与えてしまう。

 

――――ばらついてきたな。大塚との勝負でかなり消耗していたようだし

 

御幸はそんなことを考えながら、一塁へと向かう。

 

『ここで光南が守備のタイムを取ります』

 

 

マウンドに集まる光南内野陣。柿崎がはっとしたような顔をして、大塚と御幸を見て、大きく縦に頷いた。

 

 

 

すると、内野陣からは笑いが起こり、全員笑顔のまま守備に就いたのだ。

 

 

「―――――強いな。この局面であの余裕かよ」

 

余裕ではない。苦しい時こそ笑え。ピンチをチャンスに変えろ。

 

光南イムズを守る者たち。

 

 

―――ピンチをチャンスに!!

 

合言葉は、片時も彼らから離れない。

 

 

 

『さぁ、ここで麻生は送りバントの構え! 三塁にランナーを進めたい!!』

 

 

しかしその初球。

 

 

柿崎のもう一度集中した姿を見ていた御幸は、その瞬間に寒気がしていた。

 

 

 

『ピッチャー前転がって、グラブ外して素手で三塁転送ォォォ⁉』

 

 

ここで柿崎。利き腕では間に合わないと見て、右手にはめていたグローブを脱ぎ捨て、素手でボールを掴んで見せたのだ。そしてそのまま三塁へ送球という、サウスポーでは考えられないプレーがさく裂した。

 

 

『三塁アウトォォ!! 一塁転送セーフ!! 一塁はセーフ!! しかし、青道はここでランナーを送ることができませんでした』

 

 

――――まじかよ。どうやったら点を取れるんだよ。この化け物

 

 

御幸は、このフィールディングで隙どころか、それを強みにしてくる相手に、次の策を考えつくことができなかった。

 

 

続く打者は8番サード金丸。第3打席では痛恨の併殺打を打ってしまっている。

 

「金丸」

 

そこへ、アウトにされた大塚がやってきた。

 

 

「大塚?」

 

 

大塚が耳打ちをした瞬間、金丸がはっとしたような顔で頷き、打席へと向かう。

 

 

『さぁ、送ることができませんでしたがまだチャンスは続いています。最後、詰めを誤らないようにしなければなりません』

 

『光南はここで通常守備。最終回、当然得点を許すことはできません』

 

 

ビッグプレーの後の甘いコース。

 

――――相手はこのプレーで勢いづいている。入れてくるよ、ストライクに

 

大塚の言うことは理解していた。相手の流れである。そんな中での打席は本当にきつい。

 

 

―――――そして、柿崎の中で今勢いのあるボールは、絞られている。

 

 

大塚はガイドラインを敷いただけ。その未来をつかみ取るのは、金丸のスイングにゆだねられている。

 

 

――――だから、それを打ち砕いてこい。

 

敢えて、大塚はその球種を言わなかった。柿崎にとっては安パイの選手。変化球を引っ掛け、ストレートに詰まっている相手。

 

そして、金丸がどちらかに絞ってくる可能性があると、光南は察するだろう。だがデータが足りない。金丸はどちらが得意なのか。

 

 

伏兵ゆえの、情報量の少なさ。

 

 

 

これが今の金丸の、最大の武器だった。

 

 

 

 

低めは捨てろ。そのひと振りに全てを賭けろ。次があると思うな、仕留めるべき瞬間にしくじれば、自分には勝ちの目がない。

 

『さぁ、一死一塁二塁の場面で柿崎がセットポジションから第一球――――』

 

 

セットポジションから柿崎が投げ込んでくる。

 

 

 

そして、そのボールが来た。

 

 

金丸が一番得意としている球種が高めに。

 

 

 

 

――――ストレートっ!!!!!

 

 

 

カキィィィィンッッッ!!!!!!

 

 

「―――――――なっ」

 

ここで初めて驚愕した表情で、金丸が打ち返した打球を見つめる柿崎。

 

 

打った瞬間、御幸が打球を見て叫ぶ。

 

「超えろっ!!」

 

あの時と同じような状況だった。金丸も、おそらく自分と同じように相当追い込まれていただろう。

 

 

しかしそんな中、初球からフルスイングして打球を飛ばしてきた。

 

だからこそ、そう願うのだ。

 

 

――――超えろよ、この野郎ォォォ!!!

 

打球に向かって、悪態をつく麻生。御幸がハーフウェイからの動きが緩慢なので、うずうずしていた。

 

 

この試合4度目の正直。ここで、絶対に点を取りたい。

 

 

絶対に、絶対にだ。

 

 

―――――超えろっ

 

 

青道の全員が、祈るような眼で打球を追う。

 

 

『初球打ち~~~!!!! レフト下がる!! レフト下がって――――』

 

 

 

レフト岡田が下がる。通常守備の外野の頭を―――――――

 

 

 

『超えたぁぁぁぁ!!!!!! レフトの頭上を越えていく~~~!!!!』

 

 

 

 

その瞬間神宮が湧いた。大歓声の中、金丸が叫びながら一塁へ向かう。

 

 

三塁コーチャーの木島が、走ってくる御幸に向かって、大きく手を回す。

 

―――回すぞ、御幸!!

 

 

―――回せ、木島っ!!

 

 

『二塁ランナーホームイン!! 1点目ぇぇぇ!!!』

 

 

しかし、1点では足りない。一塁走者の麻生が全力疾走で二塁を蹴っていた。

 

 

――――帰ってやるッ!!

 

今はもう、自分を見ろ、などと抜かしている場合じゃない。

 

 

――――帰るんだよッ!!

 

 

御幸に続いて、三塁を蹴る麻生に対し、木島は大きく手を回す。

 

――――突っ込め、麻生っ!!

 

 

『一塁ランナー三塁を蹴る!!』

 

 

今が、今こそが、青道の関ヶ原。天下分け目の決戦。

 

 

 

 

 

しかし、光南も打球に追いつき、見事な中継で2点目を意地でも阻止しようとする。

 

 

 

『外野からショートへ! ショート経由してバックホームっ!!』

 

 

 

三塁走者の麻生が死力を尽くして走る、走る、走る。

 

 

『クロスプレーどうかぁぁぁぁ!?!』

 

 

麻生はラインの工夫を凝らして走っていた。三塁時に彼は大塚の真似をしたのだ。

 

一塁から二塁へは、直線で。

 

二塁から三塁へはやや楕円形で。

 

三塁から本塁は直線で。

 

麻生には、あの打球が飛んだ瞬間にホームに帰ることしか考えていなかった。

 

 

上杉が麻生にミットを伸ばす。しかし、その彼の手の範囲外を走る麻生。

 

 

上杉の背後、麻生はかなりの速度で通り過ぎたのだった。

 

 

『タッチできない~~~!!!! 2点目ぇぇぇぇ!!!! 麻生の見事な走塁で、追加点をもぎ取ります、青道高校!! そして、打ったバッターは二塁へ!!』

 

 

その二塁ベース上には、青道の勝利を手繰り寄せる一撃を放った男が、大きく拳を突き上げ叫んでいた。

 

「―――――っ!!」

塁上で若干目を赤くしながら、まだこぶしを突き上げている金丸。そして吠えている。

 

 

師匠であり、盟友に捧げる一撃だ。

 

彼は最後に大きな仕事を成し遂げたのだ。

 

 

 

 

『いやはや、今のストレートも152キロですが、狙っていたのでしょうか。』

 

『狙ってないと、今のは打てませんよ。初球凡退、一番やってはいけない局面で、初球にあれだけのスイングができる。この終盤でこれをできたというのは、今後の自信にもつながりますよ』

 

『9回表、ついに均衡破れる!! 8番金丸―――値千金の!! 走者一掃、タイムリーツーベースで、2点先制!!』

 

 

打たれた柿崎は、呆然としていた。しかし、両手で顔をパンパンと叩くと、

 

「まだワンナウト!! あと2つとって、裏で逆転するぞ!!!」

ここで切れないのが、エース。まだ試合は終わったわけではない。9回の3つのアウトが点灯するまで負けではない。

 

「――――そうだ、気持ちを切らすなぁ!!!」

主将の権藤も吠える。ナインを鼓舞する。

 

「ッ!! 打たせて来い、柿崎!!」

 

 

「後続を打ち取るぞ!!」

 

 

 

9回表に先制を許したものの、光南の気持ちはまだまだ折れない。続く後続を三振ですべてアウトに仕留め、これ以上の得点を許さなかった柿崎。

 

 

「この回でどのみち終わるぞ!! 勝って終わるぞ!! 勝って!!」

 

 

「逆転サヨナラで!! 神宮連覇するぞ!!」

 

先頭打者の柿崎は鼻息が荒い。

 

 

『光南のムードが悪くなると思いましたが、まだまだ声出ていますね』

 

『こういう精神面での強さも、春夏連覇につながったんでしょうね。』

 

青道も、全く臆してこない光南のムードを見て警戒を強めていた。

 

「―――――これが、王者光南か」

誰かがつぶやいた言葉。先制点をもぎ取り、俄然盛り上がりを見せている青道だが、光南の空気は非常に強固だった。

 

 

 

そして、9回裏が始まる。そのマウンドには背番号18、大塚栄治が引き続き投げ続ける。

 

 

 

『許したヒットは3本。奪った三振の数は13。球数はすでに110球を超えています。しかし、9回裏のマウンドに出てきました。背番号18、大塚栄治!!』

 

青道の攻撃が終わると、青道応援席から大歓声が一斉に沸き始め、神宮球場を包む。今か今かと大塚がマウンドに出てくるのを待っているのだ。

 

光南のムードに負けないために。彼らは潜在的に恐れていたのだ。

 

 

『さぁ、あとアウト3つで悲願の初優勝です。さぁ、27個のアウト全てを、捕り切れるか!?』

 

 

縦のフォームの2イニング目。無論、負担はあるが、どこまでこのフォームでできるかが試したかった御幸。

 

 

打席には柿崎則春。

 

 

しかし、大塚の初球が浮く。

 

『ストレートォォォ弾き返すっ!! センター前!!』

 

これまでほぼ完璧に先頭打者を抑えてきた大塚が、ピッチャーの柿崎にヒットを打たれたのだ。これまでクリーンヒットを許さなかった大塚がまさかの失投。

 

 

 

球速も、ここで141キロ。明らかにばててきている。

 

 

――――初球にそれは、無警戒過ぎるだろ、大塚!?

 

この球にはさすがの御幸もあせった。しかし、マウンドにいるであろう大塚を見た瞬間に御幸の背筋が凍り付いた。

 

 

 

 

 

 

肩で息をする大塚。それも、かなり消耗している様子の大塚栄治の姿だった。

 

 

「っ!?」

息をのんだ御幸。ベンチをちらりと見るも、まだリリーフの肩は出来上がっていない。

 

 

――――あの打席から、明らかに大塚の様子がおかしい。

 

ベンチではそれでも平気そうに見えたが、マウンドでの姿を見る限り、大塚にも限界が近いことがわかる。

 

 

9回表の攻撃中、急いで川上が肩を作っているが、間に合うか。

 

 

甘い球は禁物。しかし、細かいコントロールが効かなくなっている大塚。

 

 

『ボール!! スライダー外れる!! これで2ボール1ストライク!!』

 

『光南はヒッティングの構え!! 息が上がってきているか、大塚栄治!!』

 

体力の限界が近づいているのか。大塚の球が走らない。

 

――――体が、鉛のように重い……

 

主に頭痛がひどい。疲労感が襲い掛かる。緊張を切らせてはならないのに、切れてしまっている。

 

 

 

 

 

『さっきの打席でかなり消耗していた様子でしたからね。投球もそうですが、限界が近いですよ』

 

 

しかし、大塚の4球目のシンキングファストがインコースに決まり、打球はサードへ。

 

 

そこでなんと寸前でバウンドがイレギュラー。殊勲打を放った、サード金丸の前で試練が訪れた。

 

 

「っ!?」

 

グローブからボールが弾かれる。そして――――

 

 

 

『投げられない~~!!! 9回裏で大チャンスの光南!! ノーアウト一塁二塁!! ここからに回ります!!』

 

 

土壇場の流れを引き寄せた青道。だが、クライマックスに彼らの逆襲に遭遇し、長打で同点、ホームランでサヨナラの局面を迎えてしまった。

 

 

 

『やはりそう簡単に決まりませんね。この試合最大のピンチ、大塚君の底力が試されますね。』

 

内野陣が集まる。この試合恐らく最後のタイムになるだろう。

 

「―――――完投はやはり簡単じゃない」

 

「わ、悪い。大塚。」

ヒーローから一転、危うく戦犯になりかけている金丸が声をかけるが、

 

 

「心配するな。信二の殊勲打は、絶対に無駄にはしない」

大塚はエラーを気にするのではなく、金丸の殊勲打を無駄にはしないと言い放った。

 

大塚の心が、その体が、最後の力を振り絞れと叫ぶ。

 

 

――――金丸にこんな顔をさせたまま、負けるわけにはいかない。

 

 

そう思うと、疲れが吹き飛んだ。頭は尚も痛いが、気にするほどではない。

 

――――しんどいけど、今できないと後悔する

 

 

死ぬわけではない。沖田の様に、絶対安静が必要というわけではないのだから。

 

 

 

「そうやっ!! あの2点はな!! 9回にみんなで繋いだ得点や!! そしてお前が! お前のバットがこのチームに勝利を手繰り寄せたんや!! 顔を上げんかい!!」

前園の叱咤激励。だが、金丸には心強い言葉だった。

 

「――――っ!!」

 

 

「試合終了後のヒーローインタビューのことでも考えとけ!! 全員で守るぞ!! この裏のピンチをなッ!!」

倉持もそういって金丸を励ます。だが、大塚にも向き直る。

 

 

「お前も、無理に三振ばっか狙うんじゃねぇぞ! 体で止めてやるからな!!」

 

 

「俺、内野守備を信頼してないわけではないですよ!!」

慌てて否定する大塚。そんなつもりはないと手をぶんぶん振る。

 

 

「気持ちよさそうに三振ばっか取りやがって!! ショートの見せ場がほとんどねぇじゃねぇか!!」

 

 

「麻生が考えてそうなことだよな、それ」

 

外野にいる麻生を一斉に見つめる一同。

 

 

「な、なんだよ? ついに俺を見るようになったのか、お前ら!? あの走塁を見たか!!」

麻生が一斉に一同が見つめて狂うので、調子が狂うとすたこらと外野へと戻っていく。

 

 

「まあ、そういうこと。エラーはいつか起こる。だけど、まだ試合は終わってないんだぜ? 切り替えていくぞ!!」

 

御幸がこの言葉で締めて、それぞれの守備位置へと一声に戻る青道ナイン。

 

 

 

――――沖田。僕はやっぱり欲張りだ。

 

 

この試合を楽しみたい。楽しめるような強い選手になりたい。

 

仲間のために、背負うこともやめられない。チームの期待を背負ってこそ、やっぱりエースだと。

 

 

 

頭痛は引いていた。体のだるさも吹き飛んでいた。

 

 

今、大塚に見えるのは勝利への道筋のみ。

 

 

 

打席には、2番の白井。今日はその強肩で得点を防ぐなど、守備面で多大な活躍を見せている。

 

 

――――持ち直した!? このまま立ち直らせるわけにはいかん!!

 

 

大塚がセットポジションから、不意に重心が前に移動した。

 

「!?」

 

左足にわずかに体の軸が乗り、すぐに右足へと下がっていく。その奇妙な動きを見せた大塚のクイックはいつもよりやや緩かった。

 

 

そしてその右腕から放たれる速球は、柿崎に投じた初球とは雲泥の差だった。

 

突き刺さる一球。柿崎と同様、まだ大塚には体力が残っていた。

 

『初球151キロ!! アウトコースいっぱいいっぱい!!』

 

 

――――まだ、まだそんな力が残っているのか!? スタミナが、あんな投球をできる1年生がいるのか!?

 

 

もはや死に体のはずの1年生が、食い下がってきた。

 

 

 

 

そんな思いが大塚には理解できたのか。

 

 

――――少し違う。

 

 

大塚は、そうではないと心の中でお思う。もうとっくの昔に体力が切れた、集中力が長く続かない。

 

――――僕一人なら、このまま押しつぶされていた。だけど、

 

 

そうではない。現実は、そうではないのだ。

 

 

 

 

――――みんなが背中を押してくれている。

 

 

応援席で声を枯らして応援している人たちが、

 

 

「あとアウト3つ!! きっちり取りましょう!!」

 

 

「あと3つだぞ、大塚ぁぁぁ!!!」

 

 

ベンチ前で下を向かない選手たちの姿が、大塚に力を与える。

 

 

「がんばって、栄治君!!」

 

 

「こっから粘り強い投球!!」

 

 

「ガンガン投げ込んでいけ、大塚ァァァ!!!」

 

応援席で、心を一つにして声援を送り続けてくれているみんなのために。

 

 

 

たくさんの熱気が、力強い声援が、彼を奮い立たせる。だからこそ、大塚は目の前の勝負だけに集中する。

 

 

 

後アウト3つを取るのではない。それでは足りない。そんな意識では光南を止めることはできない。

 

 

退路を少しでも考えたような、アウト3つを取るという甘い考えでは足りない。

 

 

3人を連続で打ち取る、その意識でもまだ届かない。

 

 

 

 

―――――目の前に立つ打者全て、捻じ伏せてやるっ

 

 

 

少々汚い言葉が、大塚の脳裏に響いた。滾る心が、彼を熱くする。彼の中で出た答えはそれなのだ。

 

 

走者が揺さぶりをかけてきても知ったことではない。打者が小細工をしたところで動じる必要性もない。

 

 

――――小技や盗塁が嫌だというなら、させないだけだ。

 

 

思い知らせてやる。自分は、青道は、もう止まることはないのだと。

 

 

 

その証明のために、大塚はこのラストイニングにすべてを懸ける。

 

 

 

 

――――だから僕はッ!! 形振り構わず、全力で使うだけだッ!

 

 

全部使う。ここで使う。すべての体力をここで絞り尽くす。一滴も残さない。ここで絞りつくす。

 

試合の中で全部使う。指一本動かせないほどの力を、今に尽くす。

 

 

 

―――倒れるなら、勝ってからだッ!!

 

 

あの感覚がまた近づいてきた。9回表の打席と同じ感覚が。感情を極限まで昂らせて、思考が一つの方向に向かう感覚。

 

 

それがまだ大塚にとってどういう状況なのかはわからない。しかし、その本能が悟っている。これは自分をさらなる次元へと昇らせる啓示なのだと。

 

 

 

――――勝って、前のめりに倒れてやるッ!!

 

 

マウンドに立つ背番号18は揺らがない。無音に等しい感覚が、大塚の中で形作られていく。

 

 

 

そして彼の視界が狭まり、その二つの眼は、乗り越えるべき相手しか見えない。

 

 

本日二度目の扉を開いた彼は、試合が終わるまで止まらない。

 

 

力尽きるまで振り絞り、限界の先をこえろ。

 

 

最後の難業が、彼の前に立ちはだかる。

 

 

 

 



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第141話 到来

お待たせしました。1か月以上の報告・・・・・


申し訳ありませんでした。

ちょっと信長の野望とか、ゴジラの映画とか、ガンダム ジ・オリジンとか、ちょっと浮気をしていました。




最後の力を振りぼる、大塚栄治の投球が、今年の最後の投球が始まる。

 

 

『さぁ、初球ストレートが決まった!! 第2球!!』

 

 

そのストレートと同じ球速で、白井の視界から消えるボール。

 

『これが、大塚の伝家の宝刀、高速スライダー!!』

 

曲がりの大きい、速い縦のスライダー。それを御幸が止める。

 

 

――――ぞくぞくするよな。あんな集中力で、投げ込んできてくれるんだから

 

そんな気持ちの籠ったボールを受け止める喜び。また一段とキレが増してきた。

 

 

 

――――絶対に抑えるぞ、栄治!!

 

 

続く3球目はスプリットをたたきつけてボール。しかし、御幸はこれを前に零す。

 

 

 

打席の白井は、この窮地でさらに力を見せつける大塚の姿に、柿崎の姿がかぶって見えた。

 

 

――――けどな、うちのエースに負けをつけたまま、ここを去るわけにはいかないんだよ!!

 

力が入る白井。

 

 

 

 

その4球目―――――

 

 

『ファウルボール!! 151キロ!! 食らいつきます、白井!!』

 

 

 

それを見た御幸は、光南の打者が意地を見せていることに警戒を強める。

 

――――もう4巡目。さすがに目が慣れてきたか――――

 

 

ストレートにくるくると三振するような今までのチームとは違う。

 

 

 

――――次は何が来る? 変化球はどれだ?

 

 

 

5球目に選択したボールは――――――

 

 

「!!!」

 

 

ここで、白井のタイミングを狂わせる大塚の決め球の一つ。

 

 

――――ここで、チェンジアップッ!?

 

 

腕だけで打つような打撃になってしまった白井。打球はラインを切れてファウルボール。

 

 

『コースに落ちたチェンジアップに食らいついた白井!! 決めきれません、マウンドの大塚』

 

 

『さすがに抜けも悪くなっていますね。落ちが甘くなっているので、甘く入れば危険ですよ』

 

 

 

『さぁ、1ボール2ストライクから6球目!!』

 

 

 

 

―――――ここで、かよ――――っ

 

 

白井の視線の先にいる大塚は、ここでシンキングファストボールを選択。右打者の内角高めへのボール。

 

 

『打ち上げたァァァ!! しかし打球は外野へ!!』

 

 

完全に打ち取られた打球。しかし、振り切った分打球は高々と外野へと飛んでいく。

 

 

『レフト取って、あっと二塁ランナータッチアップ!!』

 

 

――――お前の心意気、しっかり感じたぜ!!

 

 

今度はエースが塁上でその意気に応える時だ。

 

 

エースという存在は、マウンドだけでの振る舞いがすべてではない。打席でのはいり方はもちろん、塁上での姿もそうだ。

 

 

『タッチできない~~!! エース柿崎の、気迫のヘッドスライディング!! これで、一死一塁三塁!!』

 

 

『走塁でプレッシャーをかけてきましたね。柿崎君も闘志を失っていませんよ!』

 

 

 

マウンドの大塚は、外野に打球を飛ばされたことをさほど気にせず、次の打者に対して既に集中していた。

 

 

 

 

誰かが声をかけてくれている。だが、今の大塚にはそれを理解することができない。異様な感覚が大塚を突き動かし、支えている。

 

 

続く3番清武は。異様過ぎる大塚の集中力に驚きを隠せない。

 

―――あいつ、今何も聞こえていないんじゃ

 

そこまで、そこまで奴は集中しているのかと。

 

常人には考えられない集中力。その密度。

 

 

御幸のサインと、ボールと、打者しか見えていない。

 

 

その御幸も、大塚の姿に頼もしさを感じつつ、今の結果に冷や汗をかいていた。

 

 

―――――気迫で打ち取ったようなもんだ。低めのシンキングファストが

 

 

低めを指示したボールが高めに集まりだしている。球威こそ盛り返したものの、未だにコントロールは戻り切れていない。

 

むしろ、痛打を食らう確率は、この試合で一番も増していた。

 

 

 

不安を抱えつつも、彼はミットを構える。

 

 

 

 

初球――――

 

 

『ドロップカーブ!! 空振りっ!! ものすごい落差のカーブです!!』

 

 

縦のフォームのドロップカーブが決まる。清武はバットを振ったが全くボールに近づけない。触れることを許さない。

 

 

2球目もドロップ。しかし、今度は手を出せない。

 

 

――――中盤までのドロップとは雲泥の差だ。なんだこの回転量は!?

 

 

今まで見たことがないカーブだ。

 

 

『あの縦のカーブが終盤でかなり切れていますね。それにあのストレートだと、打者は反応するのも手一杯ですよ』

 

 

そして、3球目は――――

 

 

『つづけた!! カーブ続けたがボール!! 今度は見てきました、清武!!』

 

 

 

 

―――――カーブの切れは終盤で一番いいぞ。見慣れない球種だからか、やばいぞこれ

 

 

 

相当カーブを意識させられている清武。第4球に御幸が選択したボールは―――――

 

 

――――ストレート!? ぐっ!?

 

 

内角の速い速球に必死にスイングする清武。とっさに出たようなバットの出し方だが、ごく自然な形でヘッドを出すことが出来ていた。

 

 

その打球はまっすぐ―――――

 

 

「!?」

 

大塚の眼前に飛んできていた。

 

 

 

 

とっさにグラブを出した大塚だが間に合わない。打球が大塚に迫る。

 

 

 

『ああっと、打球が大塚に直撃!! グラブが吹き飛んだ!! 打球は転々と転がる!!』

 

 

 

一塁ランナー沼倉は間髪入れずスタート、三塁ランナー柿崎も、ホームに突っ込もうかと考えていたが、

 

 

―――――やっば、これ不味いパターンだ

 

 

 

柿崎は大塚の何かを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

打球が直撃する瞬間、とっさに左手のグローブが間に合った大塚だが、勢いそのままに、胸に直撃していた。

 

 

その瞬間、呼吸が止まるような感覚に襲われた大塚。グローブに包まれていたとはいえ、勢いは殺しきれない。

 

 

 

暗くなる視界の先に、転がっているボールがあった。

 

 

――――っ

 

 

 

ボールを握った。大塚は徐々に聞こえてくる声援に押されるように、白球を前園に届けたのだ。

 

 

 

 

『一塁アウトぉぉぉ!! 清武のヘッドスライディングも実らず! 大塚の気迫のフィールディング!!』

 

 

『しかし、あの打球を受けた後ですからね。マウンドに伝令が来ますよ』

 

 

 

マウンドに集まる内野陣。伝令役に、今度は狩場がやってきていた。

 

 

「おい、今打球が直撃したじゃねぇか!!」

 

狩場が声をかける。限界が近い大塚をこのままマウンドに立たせていいのか。

 

 

ブルペンには、もう沢村と川上の準備が整っている。いつでも投手交代は出来る。

 

 

 

「―――――――限界に見えるかな、今の俺は」

 

鋭い眼光を失っていない大塚。むしろ、あの打球を受けてさらに燃え滾っている様子の彼に、一同は息をのんだ。

 

 

「大塚……」

 

金丸は心配そうに彼の姿を見つめる。

 

 

「――――――俺は監督の采配に従うよ。その上で、自分に出来ることをします」

 

 

ぎらついた眼は、ネクストバッターサークルから打席に向かいつつある権藤を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

それをベンチで見ていた片岡監督は、表情を変えずに最後の采配を告げる。

 

 

「―――――――続投だ。大塚には投げてもらう」

 

 

「――――監督……」

 

 

これは明らかな片岡監督の継投ミスだった。大塚という大きな存在に、この試合で見せる彼の姿に魅入られていた彼の失態だ。

 

 

この男はどこまで高みに上るのだろう。彼はどこまで成長するのだろうと。

 

 

だからこそ、継投がしづらい場面までたどり着いてしまった。

 

 

沢村を出すことも考えた。川上も準備が出来ている。

 

 

9回裏二死二塁三塁。バッターは4番権藤。

 

 

この局面で、大塚を代えるリスクのほうが高まってしまっていた。

 

 

 

 

この局面で動くことが出来ない青道ベンチを見た落合は、苦い顔をしていた。

 

「以前の私ならば、エースと心中ですよ、と言っていたかもしれません」

 

 

「落合コーチ?」

高島副部長は、落合の弱気ともいえる発言に驚いていた。

 

 

「継投は、ピンチを作った瞬間に考えていました。しかしそれ以上に、彼には人を引き付ける力がある」

 

このピンチすら、乗り越えてしまうような空気がある。

 

 

ピンチを作り、後がない状況。しかし彼は踏みとどまっている。

 

むしろ、こんな局面に次の投手を送り出すことのほうが、酷かもしれない。

 

 

 

「優秀な投手陣の中で、やはり彼は不動の存在なのですね。18番であっても、大塚栄治は、大塚栄治ということなのでしょう。」

 

そしてその表情は柔らかなものとなる。

 

 

「あんな選手、一生を費やしても、中々巡り合えるものではありませんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

監督と部長のやり取りを聞いていた沢村はベンチでこぶしを握り締めていた。

 

 

「―――――」

 

 

――――大塚は、ここまで信頼されるのかよ

 

 

 

エースの座を奪っても、大塚に対する信頼は変わらない。一つのプレーで流れを変えてくれる。

 

 

その一球でチームを鼓舞できる。

 

 

それが、沢村に出来ないことで、大塚にはできること。

 

 

 

その一球で、その圧力で、その変化球の切れで、打者を圧倒できる。

 

 

 

エースという立場すら超えた、大塚への信頼感。それを痛感する沢村。

 

 

 

 

内野手たちは、大塚にすべてを託す。

 

「必ず抑えよう、栄治君!!」

 

春市がセカンドから檄を飛ばす。

 

 

「あと一つだぞ、大塚ァァァ!! こっちに打球を打たせろ!! 絶対に止めてやる!」

 

倉持が命運の一部を、こちらに預けろと訴える。

 

 

「気合や!! 勝負していけ!! ボールは今日一番来ているで!!」

前園が虚勢を張り続ける。ぼろぼろの状態だが、大塚は気力を振り絞り、後アウト一つまでこぎつけている。

 

 

―――――先輩として、副キャプテンとして、できることは全部するんや!!

 

 

 

 

「―――――――っ」

 

そして、ピンチを作り出してしまった金丸は、声を出すことが出来ずにいた。

 

 

―――――これが、全国の舞台

 

一軍が感じていたプレッシャー。それを今、自分たちが背負っている。

 

――――止めてやる、絶対に止めてやるからなッ

 

 

金丸は、虚勢にも似た自己暗示で、己を奮い立たせる。これ以上、仲間に置いて行かれないために。

 

 

 

 

 

 

 

「―――――本当にどこも痛くないんだな?」

 

 

「――――ええ。最後に相手の四番をねじ伏せて終わる。これ以上ない最後です」

 

 

御幸と大塚が少しだけ言葉を交わし、最後の瞬間に向けて集中力を高める。

 

 

 

「相手の4番をねじ伏せて、試合終了。いい絵だとは思いませんか?」

 

 

「ほんと、いい性格をしているな、お前」

 

 

バッテリーは、最後の勝負に出向く。

 

 

 

 

そんな彼らの姿を見ていた者がいた。

 

 

4番権藤もこの勝負、彼を見て滾っていた。

 

 

――――おいおい。神木を超えてるだろ、あれ

 

殊勲打を放つことが出来た相手、一学年上の神木を思い浮かべ、そのレベルすら超えている大塚栄治を見て、体が震える。いわゆる、武者震いというやつだ。

 

 

その初球はやはりスプリット。しかし、沈むまでわからない。

 

 

「ファウルボールッ!!」

 

御幸がその瞬間驚いた顔をしていたが、そんなことは些末事だ。

 

 

―――こいつ、スプリットに当てやがった。

 

コースに決まったスプリットは、今まで掠らせることすらなかった。情報量の少ない大塚とは言え、やはり半年になると、前に飛ばせなくても当てる打者は出てくる。

 

 

しかし、御幸はこの落ちるボールに当ててくる打者のレベルを再確認する。

 

――――坂田ほどじゃねぇけど、やっぱり抜きんでてるわ、こいつ

 

同級生には見えないレベルだ。

 

 

続く2球目のストレートが外側にわずかに外れる。迂闊にバットを出してこない権藤。

 

『外外れてボールッ! 152キロッ!!』

 

続く3球目は――――

 

 

――――これが、大塚の高速スライダー!!

 

 

「ファウルボールッ!!」

かろうじて当ててきた権藤。しかし、コースが若干高かったとはいえ、大塚の高速縦スライダーにもあててきた。

 

球速は142キロ。これは縦のフォームの高速縦スライダーだ。

 

権藤には詳しい原理はわからない。しかし、それだけ大塚がすべてを出し尽くしているのがわかる。

 

 

――――光栄だな、そういう認識ならばッ!!

 

 

 

 

続く高めのストレートにもついてきた権藤。打球は後ろに飛ぶ。

 

『ファウルっ!! 151キロ!! 当ててきます、権藤!!』

 

 

 

そして5球目――――

 

 

「ファウルっ!!」

 

 

インハイ、より厳しいコースを突いたストレートもカットする権藤。簡単にアウトにならない。それが、坂田久遠との違いだった。

 

 

――――やはりバッティングをかえてきたか。

 

 

確実にランナーを返す。その意識がとても強い。その中で、徐々にタイミングを合わせてきている。

 

 

アジャストしようと迫ってきている。坂田はあの満塁の局面ということもあったが、まだ抑えやすいと言えた。

 

打席に立った時の威圧感と、打球の飛距離はそうそう忘れることはできないが。

 

 

 

9回裏二死ニ塁三塁。ヒットが出れば同点、ホームランならサヨナラのピンチ。

 

 

青道を追い詰めているのは、2番白井の外野フライ。そして柿崎のタッチアップ。

 

これがなければ、単打でも安全圏だった。だが、光南の意地が最後の最後まで追いすがる。

 

敬遠でも、初ヒットの打者。青道はこれ以上リスクを背負えない。

 

 

そして光南は、大塚に最も合っている権藤で、なんとしても決めたい。

 

 

 

6球目―――――

 

『ファウルボールッ!! 外のストレートに食らいつきます!! これも151キロ!!』

 

『バッティングをかえてきていますね。これはもう大塚君と権藤君の我慢比べです。権藤君は変化球を狙っているかもしれませんね』

 

 

だから、ストレートは全てファウルでカットしている。大塚が厳しいコースにしか投げてこないから。しかし、甘く入ればストレートも危険な局面。

 

 

 

「―――――――っ」

 

 

間合いが長くなったのか、ここで権藤が間を取った。

 

ヘルメットを被り直し、バットを振って、呼吸を整えてから打席に入る。

 

「――――――――」

権藤からも表情が消えている。集中している姿、この勝負、自分のスイングに全てを傾けている。

 

 

 

 

 

 

ベンチで戦況を見つめている沢村は、もし、もし自分があのマウンドに立っていたらと考える。

 

――――わからねぇ

 

分からない。沢村は想像できなかった。背番号1をつけて、神宮大会に臨んだ。しかし、あのマウンドには立っていなかった。

 

そして、決勝の舞台の先発ではなかったことが、まだ大塚の評価がチームの中心であるということを示している。

 

 

――――あのマウンドで、信じてもらえるような――――

 

 

目の前の、あのマウンドに送り出してもらえる投手になること。

 

 

それを固く誓った沢村だった。

 

 

 

 

 

 

7球目――――――

 

 

『スプリットォォォ!!! 一塁線ファウルっ!!』

 

 

ここでフェアゾーンではないが、初めてスプリットを前に飛ばした。少し高かったとはいえ、前園の横を通り過ぎた。

 

 

その打球音が出た瞬間に、観客のどよめきが起きる。

 

 

―――――ここまで大塚のボールに当ててくるなんて!?

 

御幸は権藤の対応力を見て驚いている。あそこまでいい当たりは久しく見ていない。

 

 

厳しいコースにストレートを決めても、カットされる。これが一流の打者。剛速球のごり押しでは、抑えることが出来ない相手。

 

そして、ついには大塚のスプリットにさえ手が届き始めている。

 

 

 

 

 

 

続く8球目――――――

 

「っ!?」

投げた瞬間に大塚の目が大きく見開いた。

 

 

権藤が若干高くなったスプリットを捉えたのだ。

 

 

カキィィィンッッッ!!!!

 

 

慌ててライト方向を見る。御幸もここでスプリットを当ててくるだけではなく、あそこまで痛烈に飛ばす権藤に驚愕していた。

 

 

しかし、

 

 

『ファウルボールッ!! ここもスプリット!! しかし、ライト線切れてファウル!! 打席の権藤!!』

 

 

『真芯でとらえましたが、少しタイミングが早かったですね。今のは甘かったですよ』

 

 

権藤のスイングがよりコンパクトに。しかし、力の抜けたいいスイング。当たれば当然飛ぶ。

 

 

ライト方向に痛烈な打球が吹き飛んだのだ。

 

 

 

『いやぁ、あのキレのある変化球に当てますか。ふつうの打者なら空振りコースですよ。それをジャストミートですかぁ。すごい勝負です』

 

 

『学年関係なく、やるかやられるか。権藤も気持ちが入っています!!』

 

 

続く9球目、御幸が内に寄った。

 

大塚のセットポジションからの9球目―――――

 

 

 

『ここで、間を外します、マウンドの大塚。』

 

プレートを外し、間を取った大塚。ここも自分の間合い、自分のリズムで投げることを優先した大塚。

 

 

そしてもう一度セットポジションに入る大塚。

 

今度こそ、9球目―――――

 

 

ドゴォォォォンッッッ!!!!

 

権藤のひざ元、インローの低めにストレートがやってきたのだ。それに身動きをしない権藤。

 

 

「ボールッ!!」

 

 

ここでインローにストレートが外れた。きわどいコースだが、審判はボール判定。若干ゾーンが辛くなってきた。

 

 

そのボールで、またしても球場全体が揺れる。

 

 

『大歓声の神宮球場!! ここで、自己最速をたたき出した大塚!! 154キロ!! 154キロを9回にたたき出します、マウンドの大塚!!』

 

 

そして、審判が手を上げなかったことで球場も異様な盛り上がりを見せ始めていた。

 

 

『しかしこれはボールッ!! ボールツー!!  この低めのストレート、決まったかと思いましたが、判定はボールっ!! ツーツーピッチ!!』

 

しかし、権藤はこの低めのボールに大きなリアクションも反応も取らない。

 

 

並行カウントになったことで、より一層神宮球場では両者へのコールが大きくなっていき、拍手も大きくなっていく。

 

 

最終回、2点差を巡る攻防。9回ツーアウト。

 

 

 

その10球目。

 

 

『あっと、ここで外れた!! 外のチェンジアップ外れてボールッ!!』

 

 

ここで、御幸は外のチェンジアップを見せた。これもきわどいコースに投げ込んだボールだが、この落ちるボールをしっかりと我慢した権藤。

 

このストライク厳しいところから逃げながら沈む緩い球にも動じない。

 

 

『さぁ、これでフルカウントっ!! ツースリー!! スコアボードのランプはほぼ全部ついています!!』

 

『ここですよね。フォアボールで満塁にはしたくない場面。しかしストレートも怖い局面。このボールで配球の傾向もある程度予想ができますよ』

 

 

セットポジションから御幸がサインを送る。しかし、大塚が首を振る。

 

 

――――大塚!?

 

 

もう一度、サインを送る御幸。しかし、これも首を振る。

 

 

――――だったら、これか?

 

 

 

サインが決まる。御幸が外に寄る。

 

『さぁ、勝負は11球までやってきました。ツーアウト二塁三塁で打席には4番権藤!』

 

 

大塚が選択した球種は――――

 

 

金属音が響き、またしても打球は一塁線際どいコースに鋭く飛んだ。

 

「!!」

御幸がマスクを外して走りかける。

 

 

 

その判定は―――――

 

 

 

『ファウルっ!! ファウルです!! このフルカウントの局面で落としてきました!! マウンドの大塚!!』

 

球速も今日の最速のスプリット、144キロ。力を抜いた大塚のストレートとあまり変わらない速度だ。

 

 

――――もうスプリットは投げられない。ここまでいい当たりをされたら―――

 

 

コースが若干高く浮き始めている。消耗している中、コースを致命的に間違えてはいないが、少しでも浮けば、痛打される。

 

 

疲労が溜まり、握力もだんだん落ち始めている。今のはボールゾーンのコースだが、明らかに落ちが悪くなってきている。

 

 

 

 

御幸はこの勝負に呑まれ始めていた。どのボールを選択すればいいのか。何をすれば打ち取れる。

 

 

 

 

しかし、大塚の投げたがっているボールは変わらない。

 

 

その12球目―――――

 

『ファウルゥ!!! 今度はインコースにストレート!! フルカウントから!! 攻めてきます、青道バッテリー』

 

『今、踏み込んできましたからアウトコースはレフト線に落とされていたかもしれませんね』

 

権藤はアウトコースのボールを待っていた。フルカウントでスプリットの落ちが悪くなり始めたのだ。決め球が効力を失い始め、権藤はアウトコースに勝負球を持ってくると踏んでいた。

 

そしてそれを御幸はわかっていたのだ。だからこそ、危険を承知でインコースに投げざるを得ない。

 

 

球数を放れば放るほど、こちらが不利になる。

 

 

――――ここで十分にスプリットとストレートを見せた。緩急だって見せ球に外で見せた。

 

 

 

勝負はさらに伸びて13球目。

 

 

ここで、両者の思考が一致した大塚、御幸バッテリー。

 

 

 

――――決めろっ、栄治っ

 

祈るような気持ちで、ミットを構える御幸。

 

 

 

『セットポジションから13球目―――――』

 

 

 

権藤に向かってくるボール。さらに内側に投げ込んできた速いボールがインコースに。

 

 

――――内側の変化球ッ!!

 

 

ここで権藤の視界からボールが下へと加速する。だが、そんなことは織り込み済みだ。

 

 

大塚の決め球、スプリット。それが来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

来たと思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――なん……だと!?

 

 

ボールは縦の軌道ではない。縦に沈みながら、曲がり落ちるボール。

 

 

高速縦スライダー。この局面で、この場面で、この打者に、最後は内に切れ込む変化球を、インロー、左打者の泣き所に投げ切った大塚。

 

 

権藤は自分より前の打席で、大塚の投球は見ていた。粘れば必ず甘い球は来ると。

 

 

失投が増え始めている彼の姿を見て、十分な勝算を計算していた権藤。

 

 

 

 

しかし、最後の最後まで彼は権藤に甘い球を投げなかった。致命的な隙を与えなかった。

 

 

 

 

 

バットがわずかに届かない。ほんの少しのずれが、果てしなく遠かった権藤。

 

 

その紙一重の差が、両者の未来を決定づけた。

 

 

「ストライィィクッ!! バッターアウトォォォォ!!!! ゲームセットッ!!」

 

 

 

ワァァァァ、という大歓声とともに、試合が終わった。重たい投手戦から始まり、9回表での先制点。その裏のピンチを切り抜けての決着。

 

 

 

2対0で、青道高校が初めての神宮大会優勝を決めたのだ。

 

 

 

全国制覇の栄冠が、ついに彼らの下にやってきた。

 

 

 

悲願の栄冠を達成した立役者の一人は―――――――

 

 

「――――――っ」

 

投げ終わった瞬間、マウンドで膝をつく大塚。集中力から解放されて、体勢を崩していた。

 

 

息が荒く、大塚はこの歓喜の瞬間、

 

――――つ、つかれた……

 

 

ここまで苦しい試合は夏の甲子園準決勝、秋季予選の鵜久森戦以来だった。喜ぶ気力すらない大塚は、自身の惨状に苦笑い。

 

「大塚!? どこか痛めたのか!?」

 

マウンドで膝をついている大塚を見て飛び出してきた御幸。

 

「――――いやぁ、すっごい……すっごい疲れました。気が抜けて、ちょっと力が出ないです」

ハハハ、と笑う大塚。

 

内野陣も大塚が膝をついたことに心配そうにしていたが、大塚には異常がなく、集中しすぎて消耗したということを伝えられ、

 

「大塚ぁ!! 最後打球飛んでこなかったじゃないか!!」

 

「やったな、大塚ぁ!!」

 

「ワイは信じてたで!!」

 

「13球の勝負、大塚君が勝つことしか考えてなかったよ!!」

 

 

みんなに肩を貸してもらい、自分の足で歩く大塚。

 

 

「――――もう絶対に抑えようと思ったから」

ここで、大塚は胸の内を告白する。

 

「だから、全部絞り尽くす気持ちで、倒れるなら……前のめりに、勝ってから……倒れるつもりだったんだ……」

息絶え絶えに、白状する大塚。

 

「抑えられてよかった」

 

 

一方、決勝でリベンジを果たされた光南のエース柿崎は、

 

 

「―――――俺、あそこまでの覚悟はなかったかもな」

 

大塚の様子を見て、一塁ベース上にいた沼倉に声をかける。

 

「――――カッキー?」

 

 

「――――勝って倒れる。絞り尽くす。8番金丸との勝負だってそうだ。後二つ取る。この二つを全力で取ると考えていた」

 

自然な考え方だ。投手なら、先発投手ならそれが正解に一番近い。

 

 

しかし、大塚は9回のピンチで自分とは違う気持ちの入れ方をしていた。

 

 

「さっき聞こえたんだ。あいつ、勝って倒れるつもりだったらしいぜ」

あそこまで勝利に、目の前の打者に入れ込む投手はなかなかいない。

 

あそこまで、力を絞り尽くしたという様子は、中々見られない。

 

 

「――――今回は、負けを認めるしかない」

 

2年生エース柿崎則春。この敗戦を経験しても、決して下を向いたままでは終わらない。

 

「だが、最後の年で、春夏連覇を見るわけにはいかない」

奴らの眼前で、自分たちはそれを達成した。そして、あの青道を倒せるチームはなかなかいないだろう。

 

 

全国制覇を掲げる以上、ぶつかる相手だ。絶対に避けることはできない。

 

 

「俺は、絶対に負けたまま引退しないからな!!」

 

 

 

 

 

「2対0で青道!! 礼ッ!!」

 

 

ありがとうございました!!!

 

 

『いやぁ、神宮大会で、ここまで盛り上がりを見せる試合というのもそうはないでしょう。選抜、夏の甲子園に比べ、いまひとつ知名度が低いと思われがちではありますが、この好ゲームを生で見られた観客は、とても幸せだったことでしょう』

 

『ええ。この試合の解説をやらせていただいたのも、野球人として、大変光栄なことです。球児たちの死闘。選抜や夏でも、再現が見たくなるような、そんな好カードでした』

 

 

 

「―――――――また一皮剥けましたね」

落合は、この秋季大会を経て、今年最後の試合でまた一段と大きくなった大塚栄治の姿を見て、そう断じた。

 

「――――気迫が違いましたね。それと一段と力強く、荒々しい。以前の冷静沈着な投球スタイルが、彼の強みではあったかもしれません。しかし、殻を破った感じがしますね」

高島副部長も、大塚の投球に感じ入るものがあった。

 

多彩な変化球で、打者を翻弄する姿。それが大塚栄治の入学当時の投球スタイルだった。

 

それが、今では勝負所で粘り強い投球スタイルも加わった。それが9回裏の攻防での勝利に結びついた。

 

 

絶対的なエース。その姿の片鱗を見た気がした。

 

青道応援席では、神宮初優勝の歓喜に沸いた部員や応援する人の熱気に包まれていた。

 

 

「―――――ふぅ」

その中で、一人だけ力の抜けた感じになっている春乃。それだけこの勝負に入れ込んでいた。なので、気疲れしていたのだ。

 

 

しかし、大塚がやってくると事情は違ってくる。

 

 

「おめでとう、大塚君っ!」

大きく手を振り、大塚に笑顔を届ける彼女の姿に、大塚は元気を少しだけ取り戻した。

 

 

「―――――ずるいなぁ、俺は」

 

彼女の笑顔だけで、こんなにも力が出る。優勝を喜ぶ気力はないと思っていたはずなのに。

 

 

「っ、羨ましくなんかねぇぞ」

 

「大塚君のこれはもうあきらめたよ」

 

肩を貸している倉持と東条はあきらめたような表情を浮かべていた。

 

 

御幸と前園は、大泣きしている金丸の肩を支えていた。

 

「俺、俺がやったぞ!! 見ているかぁぁ、沖田ぁ!!!」

 

 

 

「ああ。あいつもテレビで見ているだろうな!」

 

 

「いい土産話が出来そうやなぁ、金丸!!」

 

 

「はいっ!!」

 

 

金丸は、これがきっかけでレギュラーの座をつかんだと考えていた。これで少しだけ沖田に近づくことが出来たと。

 

 

後に、黄金時代の主将に就任した彼は、この試合のことをこう語る。

 

 

 

 

 

仲間に手を貸してもらい、ベンチに帰ってきた大塚。

 

「よく投げてくれた。厳しい場面で、コースを間違えず、大胆に、そして投げ切れた。9回からの活躍は神懸っていたな」

片岡監督からの言葉に頬を緩めた大塚。

 

「タフな展開でした。ああいうのを修羅場というんでしょうね」

 

大塚は片岡監督の前でお道化た様にあの場面を回想する。

 

 

「継投を考えていた。今でもどちらが正解かはわからん。だが、お前は抑えきった。あの場面を切り抜けることが出来た。あの場面、お前は何が見えていた?」

 

 

明らかな首脳陣のミス。大塚に魅入られた彼らの動きの遅さをカバーした大塚の活躍。しかし、この局面で垣間見せた大塚のあの姿は何なのか。

 

 

それが一同は気になっていた。

 

 

 

 

 

「――――物事をシンプルに。余計なことは考えず、打者一人一人、一球一球丁寧に投げた、と思います。勝つイメージしかありませんでした。ん、あまり実感ないですね……」

しかし、自身への疑問を感じさせる歯切れの悪さ。

 

「大塚?」

首を傾げる太田部長。

 

 

「――――起きてはいたんですけど、まるで自分ではないような感覚で。」

 

「えぇ!? 起きていたのにぃ!? えぇ!? こんなことがあるのか―――」

 

 

「実は9回表の打席も、なんでストレートを打ったのかわからなくて。」

なぜかストレートと見た瞬間に確信していて、根拠のない自信で打ったようなものなんです、と彼は言う。

 

 

 

 

「どういうことだ……」

太田部長も、隣にいたスコアブックを書いていた幸子も、大塚の言いたいことをいまいち理解できていなかった。

 

しかし、現役の選手で、投手出身の監督は彼の言いたいことを理解できていた。

 

 

「――――そうか。」

完全試合こそないが、片岡は、大塚が言いたいことは理解できた。そしてその事実に、心の中で歓喜した。

 

ここまでボールに気持ちを乗せられる、ここまでボールに全てを賭けられる投手に成長したことを、心から喜んでいたのだ。

 

かつて、甲子園準決勝で自分も似たような経験をしたからだ。苦しい時に、物事をシンプルに考え、集中を高める。

 

あの延長戦を投げ切った時も、そんな感覚だったのだ。

 

 

しかし、大塚は9回表の打席と、9回裏の投球の2度で、スイッチを入れなおしたのだ。

 

 

また一段と、頼もしく、よりタフな投手になった。

 

「今日はしっかりとアイシングをしておけ。あまりはしゃぎすぎるなよ」

体に障るからな、としっかりくぎを刺しておく監督。

 

「はい――――恐らく余韻は明日頃に来そうかなと。」

本当に疲れている大塚。そのコメントに余裕のなさが表れている。

 

 

「大塚ぁぁぁ!! 帰ったら祝勝会な!!」

 

「優勝インタビューもちゃんとやれよ!!」

 

「金丸っ! あがるなよ!!」

 

「う、うるせぇ!!」

 

「エースの座は渡さねぇ!! 渡さねぇからな!!!」

 

「ナイスピッチ、大塚!!」

 

「最終回、痺れたぁぁ!!!」

 

「信じてたぞ、大塚!!」

 

「絶対に追いつく。絶対に、追い越す」

 

 

ナインの、仲間の声が聞こえる方向へ。みんなが彼を待っている。

 

 

――――優勝の味は、こんなにも報われるのか

 

 

歓喜の渦の中へと身を任せ、大塚はその歩を進める。

 

 

―――――これが、優勝の味なんだね、父さん……

 

 

偉大な父がプロの世界で味わった歓喜の瞬間。大塚は目頭を熱くさせながらその輪に入る。

 

 

―――――これが、優勝投手の――――――

 

 

 

 

青道高校、初の神宮大会優勝を決める。

 

 

 




ついに決着です。初の栄冠を手にした青道。


僕個人としては、もう少し原作が進んでから2年生編を描こうと考えています。

なので、この長くなった1年生編は、冬で一旦終了となります。

しかし、今度はリセットはありませんと現状宣言しておきます。

現在、冬の合宿編を製作中です。


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第142話 反響

以前にも説明したと思います(記憶違いならば申し訳ない)が、この小説は1年冬までを一応の期限としています。

理由についてはあとがきに書いています。



ある一室、トレーニングルームにて。ベテラン投手の大塚和正がスマートフォンでこの試合を見ていたのだ。

 

 

彼にとって息子の活躍はもちろんうれしいのだが、打者として、投手としての可能性を見せ続けるその光景は、一人の選手として嫉妬せずにはいられないものだった。

 

―――――投手としての才能は知っていたが……

 

まさか打者として、あの局面で打てる勝負強さまで兼ね備えている。もし仮に対戦することになれば、細心の注意を払う必要があり、大塚栄治を打ち取る最良の選択はただ一つ。

 

 

――――まだあいつは、インコースを克服できていない。

 

 

確かに奴はインコースを捌けているように見える。しかし、おそらくそのほとんどが狙い撃ちに近いものである。

 

さらに言えば、インコースのゾーンがあれだけ広いのもその長すぎる腕によって、差し込まれやすくなるのを防ぐため。

 

あれを折りたためるようになれば、狙い撃ちなどせず、本能でインコースを打てる。

 

光南戦で見せた最後の打席も、おそらくは決め打ちに近い状態だったのだろう。なぜあの局面でストレート一本に絞ることが出来たかはわからないが、息子はまだまだ粗さがある。

 

 

そして、本職である投手についても、もはや自分とは違うタイプになりつつある。

 

 

「―――――俺とはまるっきり投球スタイルが違うな」

 

「どちらかというと、俺みたい?」

隣には、梅木祐樹。闘志を前面に押し出し、極限の集中した姿を見せる姿が、自分と似ていると考えた梅木。

 

「ふっ。だとすれば、お前は155キロを投げないといけないんだが」

鼻で笑う大塚。

 

「イメージだって、イメージ。ああいう風にギアチェンジするスタイルが俺に似ているし。まあ、簡単に言うと、俺の上位互換?」

頭を振り絞り、答えを出した梅木。だが、それはプロのベテランとしてどうかと思われる発言だった。

 

最速154キロが全盛期の梅木。今年はもう145キロも数回しか出ない。常時140キロ前後しか出ない。しかし、多彩な変化球と精密なコントロールは健在。

 

「自分で言ってて辛くないか、それ。」

 

「まぁ、制球力はまだまだだけどな。俺ならインローのストレートの時点で、仕留めていたな」

コントロールを間違えてはいない。しかし、あそこで決めきれなかったのが大塚の課題。

 

つまり、大塚の伸びしろ。

 

 

「ああ。今頃、ルーキーたちにもいい刺激になっただろう」

 

 

今年の横浜は、高卒選手が多数指名されている。なじみのある高校野球で、別チームとはいえこれだけの試合を見せた。

 

自分も負けられない。そんな気持ちが強くなったはずだ。

 

 

先ほど、ドラフト2位の北形からお祝いのメールが届いた。

 

ドラフト指名直後から、来年の春季キャンプから気合を入れている選手の一人だ。ドラフト直後の会見では、「開幕ローテを目指したい」とまで言い放った中々の男であり、大塚和正も球団関係者を通して連絡先を交換。

 

今はオフ返上の自主トレをしているという。

 

 

しかしそれは他の投手たちも同じだ。

 

 

若い力が芽吹き始めている。その刺激に息子がいい起爆剤になればと思う。

 

 

何しろ自分たちはロートルなのだから。

 

 

「ああ。もう俺たちも長くはないからな。」

大塚和正が本当の意味での引退が近いと悟っている。

 

「――――お前は48ぐらいまでローテ行けそうだけどな。」

 

「俺をなんだと思っているんだ」

 

「――――けど、誰か一人くらい一人前になるまでは――――俺の背番号を託せる奴が現れるまでは、引退できねぇな」

梅木は思う。また優勝したい。横にいるライバルには大きく水を空けられた。それでも、このチーム一筋で頑張ってきた自負がある。

 

横浜を誰よりも長く背負い続けたプライドがある。だからこそ彼は思う。

 

 

―――――そんな俺の覚悟に引導を渡せる若手。どこかにいないもんかねぇ……

 

 

自分に引導を渡せるような若手なら、必ずチームを優勝に導いてくれる。他ならぬ自分が諦めるほどの存在を、矛盾しているような気持が彼の中にはあった。

 

 

だからこそ、防御率12球団ぶっちぎりの最下位の球団を立て直すには、二人の覚悟が必要だ。

 

 

現時点で、先発のローテは2枚しか確定していない。カバーしてくれていた中継ぎも、次々と逝った。状況は最悪だ。二人には試合を投げ切ることが求められる。

 

しかし、この最悪の状況は、若手にとってのチャンスでもある。

 

 

中継ぎも、先発も人手不足。梅木もフルシーズンで投げるのはきつくなってきていた。いよいよ若手が出てこなければ、また暗黒期が始まる。

 

自分たちが壊れる前に何とか数人、若手を一本立ちさせたい。

 

 

チームに対しての考えが変わった大塚和正。それは日本に復帰した後の、梅木の在り方に影響されていた。ベテランの域に達しながら、未だに第一線でエースピッチャーと渡り合う姿。全盛期の力はないが、それでも投げ勝つその姿に。

 

 

引退直後、余力を残して第2の人生を歩むつもりだった。それは、プロ一年目から考えていた引退のプランだ。だから、やり切ったと感じていた。

 

 

だが、自分が抜けた瞬間にチームはどん底の状態になった。歯がゆい気持ちだった。梅木が頑張っている。

 

「―――――活きの良い投手が来てほしいなぁ」

栄治が来てくれたら、無論心強い。だが、その確率は厳しい。あんな逸材、競合は確実だ。

 

しかし、この試合を見ていると、どうしても救世主にしか見えない。この試合を投げ切った二人の投手の内、どちらかが来てほしいと。

 

このままでは、一番横浜で頑張ってきた梅木が、2度目の優勝を経験できずに力尽きる。

 

無茶な起用をしなければ、ローテが廻らない。

 

「――――どちらか来てくれないかなぁ、何でもするから」

 

「その発言は危ういぞ、カズ。」

 

 

「誤解するような奴、ここにはいないだろ?」

 

 

「まあ、そりゃそうだが」

 

 

 

 

 

 

 

そして一方、病室にて沖田は神宮優勝の瞬間を見ていた。

 

「うおぃ! 金丸が打ったのかよ!! ストレート狙ってたな!!」

 

お見舞いに来た彼女から西日本のお土産をもらい、それは大阪のチョコレート人気店で販売しているモノらしい。

 

「いやぁぁ、女の子にチョコもらうとか一時期は全然想像できなかったなぁ……はっ!? これはいよいよ、あの子が俺に本格的に振り向いてきてくれた証拠か!?」

 

リア充になっても、沖田は沖田だった。

 

なお、残りのチョコレートはカロリー計算も含めて計画的に食べることを決意した模様。

 

「早く体を動かしたい。待ってろ、選抜!!」

 

 

 

全国のライバルたちも、手も足も出ない存在となっていた柿崎に投げ勝った大塚栄治を徹底的にマークしていた。無論、この試合で死力を尽くし、さらなる進化を遂げた柿崎則春も要注意人物には変わりない。

 

しかし、大塚栄治と柿崎則春の投球は、同じ高校生たちにとって、背筋が凍り付くようなものだった。

 

 

――――全国制覇をするためには、この投手を攻略しなければならないのかと。

 

 

そして光南には2番手にアンダースロー木場、リリーフの左の浜中。

 

青道には背番号1を奪い取った世代ナンバーワンサウスポーに躍り出た沢村栄純、抑えの川上、剛速球が武器の降谷とほかの投手陣も充実。

 

そうなのだ。沢村栄純は夏で落とした評価を取り返し、ついに成瀬を抜き去った。スライダーの弱点を完全に克服し、制球力は健在。対する成瀬は左打者への脆さを露呈してしまう。

 

 

強豪校のエースになれる投手たちが、エース争いをしているハイレベルすぎる争い。

 

どの投手もマークしなければならないが、そこに時間を食うとそもそも予選を勝ち抜けなくなるという悪循環もあった。

 

 

秋季大会決勝、神宮決勝と大舞台で見事な投球をやってのけた大塚栄治をマークしていたライバル校は多数いた。

 

 

早くから彼を警戒していた神奈川、東京のライバル校は、今更彼を見て驚いてはいない。秋季大会でも尋常ではない結果を出していたのだ。むしろ、化け物を倒した勢いで、全国制覇すら企んでいたほどだ。

 

―――――化け物狩りだ!!

 

 

――――化け物を狩った勢いで、全国制覇とか余裕余裕! 

 

 

――――むしろ、奴らを倒せば甲子園優勝だろ!!

 

 

 

――――勝ったらマジで気持ちいいだろうよ!!

 

 

――――ぶっ潰す!! 怪物がなんぼのもんじゃぁぁあ!!!

 

 

 

 

東京・神奈川のライバルたちは、大塚のすごさを理解している。だからこそ、その打倒に燃えていた。

 

 

そんな強大な存在を屈服させる。その光景を目指す。

 

 

 

 

兵庫の宝徳、広島の光陵など、大塚を少なからず知っている代表校の偵察班は黙々と連絡を取っていた。

 

「どうやら、まだ底を出していなかったようだな、秋季予選では」

宝徳の学生は、意図的に流出していた秋季大会決勝の大塚栄治の映像と照らし合わせ、納得していた。情報源はどこからかは知らないが、大塚包囲網が再び組まれていたのだ。

 

「しかし、厄介だな。右左関係なくコースに決める高速スライダー。あれを見逃せば、150キロ超のストレートが入り込んでくる、か」

 

「やはり、新たな練習方法が必要になってくるな」

 

歴戦の強豪校の選手は慌てない。曲者揃い妙徳もどこかでデータを取っていることだろう。

 

 

 

しかし新興勢力、他の高校の様子は違っていた。

 

「調子を落としていたんじゃなかったのかよ」

 

「ああ。秋季大会決勝はフロックじゃなかったのか」

 

「あいつ、本当に1年生かよ!!」

 

「大塚投手の二世、やはり血筋かよ……」

 

 

「如何なく受け継いでるなぁ、あれ。マジであれはどうやって打ち崩せばいいんだ」

 

「立ち上がりに隙がなければほぼお手上げじゃないか」

 

 

データは取っていたが、攻略法が思いつかない。数多のライバル校は地方のライバルたちをけん制しつつ、日本一になるための障害である大塚栄治、柿崎則春をいかに撃破するかに苦慮することになる。

 

 

 

 

 

 

 

祝勝会は華やかに行われ、大塚栄治はずいぶんとお疲れの様子だったがほかの部員はお祭り騒ぎだった。

 

何せ野球部創設初めての神宮大会優勝だ。一応、全国の頂点に立ったのだから。

 

 

その夜、沢村は自主練習をするときに、大塚の投球を見て物思いにふけっていた。

 

 

沢村は珍しくその余韻に浸らなかった。いや、秋季予選決勝の時も、沢村は誰よりも早く前を向いていた。

 

むしろ、沢村は危機感を覚えていた。引退した、尊敬する捕手から言われた忠告を胸に、彼は歩みを止めるわけにはいかなかった。

 

「―――――――」

 

右打者、左打者への投球スタイル。どちらにも安定して結果を出すには、それぞれ必要な変化球がある。自分の場合はどうなのだろう。右にはストレート、カット、チェンジアップがある。

そして、左には高速スライダー、横のスライダー、ストレート、現在習得中のツーシームと、ツーシーム弐式。

 

課題ははっきりしている。インコースを攻める球種が、ストレートだけでは足りない。ツーシームで少し芯を外す、詰まらせることが出来れば、よりアウトコースのスライダーが活きてくる。

 

ある投手曰く、左打者を相手に左投手がより有利になるには、シュート系、いわゆるツーシームを投げ切ること、と言われていた。

 

目に見える課題は、しっかりと取り組みたい。頭を使う楽しさを知った沢村は、冬の合宿が待ち遠しかった。

 

 

――――まだ完全に追い抜いたなんて思ってねぇから

 

今日のような投球を見せた大塚栄治を見て、沢村の対抗心は高まる。

 

 

「まだ、俺はお前に勝ったなんて思ってねぇからな」

 

冬を越して、さらに大きな存在になる。あの逆境で頼られるような、信頼されるような投手になる。

 

沢村栄純の道はまだ続く。

 

 

「まだいたんだ、1番なのに余念がないね」

すると、屋内練習場に入ってきた降谷が話しかけてきた。どうやらずっと外で走り込みをしていたらしい。

 

 

「タイヤがねぇと思ったらお前が使っていたんだな」

沢村は投球練習に行く際にいつも置いてある場所にあったタイヤがないことに気づいていた。が、誰かが使っているのだろうと考え、練習を続けていた。まさか目の前の男が使っていたとは

 

 

「―――――――」

黙々とトレーニングに取り組む降谷。彼のメニューは怪我防止中心のようだ。

 

「おっ、降谷じゃないか! 後で沢村の次に受けるか?」

そこへ、沢村の練習に付き合っている狩場が声をかける。もはや、沢村の自主練習に狩場の姿ありといってもいい。

 

 

「―――――今日はやめとく」

しかし投げたがりな降谷が遠慮した。何か意図したことがあるのは明白だ。だが、そのような場面は珍しい。

 

 

「今、僕には基礎が圧倒的に足りない。それを鍛えなきゃいけない」

 

高校生なら満足するレベル、だが彼は貪欲であり運がよかった。

 

 

高校レベルを超越する投手が2人もいるのだから。だからこそ、満足する余裕もない。

 

「――――大塚にもいったけど、この番号は譲らないからな」

 

 

「うん、実力で奪いとるだけだから」

 

いつものやり取りだ。ずっとエース争いをしてきた。だからもう彼がそんな風に切り返すことはわかっていた。

 

 

 

神宮優勝から月日は流れ、

 

 

「ついに沖田さん大復活!!」

青道の頼れる男、沖田道広がついに復帰。心なしか、表情はさらにいい感じになっていた。

 

「リア充期間の終了だろ?」

御幸がニマニマしながら彼の耳元でささやく。

 

「そうっすね。手料理上手かったっす」

 

 

「ほんとに、この男は~~!!!」

ぐぬぬ、とうめく御幸。

 

「医者からの報告、完治後のリハビリの経過も聞いている。地に足をつけて、焦らず、確実に日々を過ごしていたようだな」

片岡監督も、トレーナーのサラやドクターからの報告で、沖田が精力的にリハビリ期間を消化していたことは聞いていた。あの頼れる男が慢心せず、怠け者になるどころか、さらにでかくなって帰ってきた。

 

 

「俺の目標は、甲子園で6本ホームランを打ち、青道の春夏連覇以外ないですからね」

 

 

「正直な奴は嫌いじゃない」

 

 

沖田が合流し、打線の完成系が見えてきた。

 

 

沖田復帰から日が少しだけ流れ、12月下旬より地獄の冬合宿が始まる。

 

 

 

地獄のようなトレーニングが青道に襲い掛かる。が、

 

 

「まだまだ!! 鈍っていた分、どんどん動かすぜ!!」

ランメニューで先頭を走るのは沖田。いつの間にか、沢村が先頭を取られていた。

 

「むむむ!! 負けるかっ!!」

沢村も沖田に負けじとペースを上げる。

 

「二人はいつもハイペースだなぁ」

そして3番手くらいに大塚がいて、その二人の様子に苦笑いするいつもの光景があった。

 

 

 

なお、沖田の元気っぷりを確認した片岡監督は、

 

――――よし、沖田はもっと追い込んでもいいな

 

 

 

そして、沖田の進化して帰ってきているところは随所で見られた。

 

 

轟音。風を切る音が違う。しかも、体が一切ブレていない。

 

「――――――」

 

丁寧にスイングしているのがわかる。だが、スイングスピードは並ではなく、むしろ加速するヘッドは健在。

 

 

沖田の周りでも、素振り練習の時に複数人がいたのだが、ざわめきが収まらない。

 

 

「なかなか、ではないですね。病み上がりとは思えませんよ。しかし、トップの位置もいいですねぇ」

 

「ええ。春でどこまでやれるかではなく、どこまで高いところに彼は行くのか。それが楽しみです」

二人の首脳陣も、沖田の健在ぶり、さらなる活躍を楽しみにしていた。

 

 

「――――っ」

 

 

「―――ぬぅんっ!!」

 

「――――っ(ゾノの奴、声ですぎだろ)」

 

 

そして大塚と前園、御幸も負けていない。力強いスイングで、こちらもいい音をさせている。前園は秋季大会のフォームを固めることに重点を置き、この新しく手に入った技術を疎かにしないことを心に誓う。

 

――――ようやく主軸を打てるようになったんや。この技術をしっかりものにするんや!

 

前園は地に足をつけて、進むことを選んだ。

 

 

――――ボンズ打法、本当にやりやすい。

 

大塚も同様に、秋季大会と神宮で得た経験をもとに、自分に合った打法を見つけた。偉大な強打者の打撃理論は、優れたミート力を発揮する合理的なものだ。パワーさえあれば、誰でもあんな風に撃てる。

 

 

「それはお前と奴だけだ」

 

 

「僕には無理かな……」

 

 

しかし仲間には不評だった。

 

 

 

そして、そんな強打者たちに水をあけられたキャプテン。

 

 

 

――――捕球練習が重点だったからなぁ、秋は。打撃では水をあけられちまった

 

御幸はとにかく秋は捕手として大事なことを意識して取り組んでいた。だが、主軸を打つには打撃向上は必須。

 

柿崎のような好投手から一本を打つ難しさを感じた彼に、妥協はない。

 

―――キャプテンとして、背中で、そのプレーで仲間を引っ張る。

 

先代キャプテンに、少しは近づいていけているだろうか、と御幸は微笑んだ。

 

「先輩余裕ありそうですね」

 

「なに、まだまだ後輩には負けねぇよ!」

 

「4番の座は譲らへんからな!!」

 

張り切って3人は通常の1.5倍ほど振り込んでしまった。

 

 

 

次は内外野ノック。ここで、沖田のショート守備が微塵も衰えていないこと、

 

「もうお前高校生じゃないだろ――――」

ノッカーの伊佐敷が軽く引くレベルのプレーを連発。

 

 

その一番最初のプレー。伊佐敷は鋭い当たりを三遊間に打ち込んだのだ。さすがに鬼すぎる打球とコースと一瞬思ったのだが、

 

 

パシッ!

 

 

走りこみながら沖田はこれを捕球、

 

「おっ」

 

追いつくだけでも十分ファインプレー。伊佐敷も沖田の反応速度はさすがと考えていたが、それ以上の言葉は続かなかった。

 

「はっ!?」

 

目の前の沖田は三塁方向に体が流れながら送球を行ったのだ。しかも、スローイングの瞬間にジャンピングスロー。

 

弾道の低い送球が一塁前園に鋭く、正確に収まったのを見て、言葉を失う一同。

 

「メジャーの守備かよ!! 沖田ぁ!!」

 

「ジャンプでタイミングは取っているんですよ! 結構使えますよ!」

 

何が使えるのか、どうやら沖田はそれをやりやすいと考えていたようだ。

 

「ああいうプレーは、日ごろからやっておかないとできない。常に全力の力で練習を行う。その結果がアレなのだから俺に異存はない」

 

あの守備力で何度も何度も青道を救ってきたのだ。それに、雑な印象はない。

 

 

さらに――――

 

打球鋭くセンター方向に抜けようかというあたりを半身でキャッチ。

 

「っ」

さらにそこからランニングスローでストライク送球。華のある守備を連発する沖田に周囲からため息が漏れる。

 

 

その後も試合さながらの集中力で攻めの守備を連発する沖田。

 

 

セカンドレギュラーの小湊も、久しぶりに見た沖田の守備を見て頼もしさとプレッシャーを感じていた。

 

――――沖田君と違和感なく組めるぐらい僕も上手くならないと

 

片方の内野手が頼りない、というのは嫌だった。どうせなら、日本一の二遊間になりたい。

 

 

昼過ぎのバッティング練習では大塚、前園が快音を響かせ主砲としての威厳と貫録を見せていた。

 

「ふんっ!!」

 

 

「っ」

 

 

スイング軌道を確認しながら、鋭い打球を放つ二人。4番候補に溢れる現状に、チームも好影響を受けているのか、各々のスイングも力みがない。

 

そこへ、

 

「っ!」

沖田の快音も加わる。洗練されたスイング軌道はさらにブレがなくなり、低い弾道で中々落ちてこない打球を連発するようになる。

 

―――低く、這うような打球。ライナーから――――

 

 

そして、高い弾道を描くホームラン性の当たり。豪快な打球を披露する沖田。ここまでくれば、もう病み上がりは関係ない。

 

沖田は完全復活をしているのだと周囲も悟る。

 

 

夕方ごろのランメニューもこなし、まったく疲労感を感じさせない沖田、沢村、大塚。特に走力、スタミナに関して彼らは驚異的なものを持っている。

 

近場の駅伝に出ても入賞は狙えるのかというレベルだ。

 

 

夕食の時も、

 

「食欲が止まらない。」

 

「おっ! 大塚も食えるようになったんだな!」

 

「おかわりだ、おかわり!! お前らには負けねぇ!!」

 

 

「――――ま、負けない」

3人は驚異的なペースで周囲がドン引きするような食べっぷり。特に大塚は行儀よく食べているのだが、口の中に消えるのが早かった。

 

 

その3人に対抗して食べ方を真似る降谷。

 

「いい感じに食欲出ているなぁ、あいつら」

 

「せやな。大塚の奴は今も成長しているし、ホンマ油断ならんわ」

御幸、前園もハードなメニューをこなしているにもかかわらず、元気印の3人組は心配いらないと考え、降谷も意地を見せていることを感じていた。

 

―――心配するな、降谷。あいつらについていけば、絶対に伸びるぞ

 

 

その後、ウェイトトレーニング、ロングティーをこなし、就寝する部員。大塚は成長痛、夢の190cmまで背を伸ばせる可能性もあるので、ウェイトの量は少なく、別メニューとなった。

 

これは落合コーチの提案でもあった。

 

「大塚の予想される身長は190㎝を超えてくるでしょう。成長痛が続くということは、今後もさらに上背が高くなるので、筋肉で阻害するわけにはいきません」

 

「そして、可能な範囲といえば怪我防止のインナーマッスルを徹底して鍛え、強い体づくりを行うことですね」

 

首脳陣も大塚の成長とに合わせてメニューを組んだ。

 

 

そして、12月25日。練習が終わった後の晩。

 

「おっ、ケーキじゃん!」

 

「美味そう!!」

 

手が止まらない部員たち。今回、マネージャーや大塚の妹の美鈴も手伝ったそうで、特に――――

 

「これ、誰が作ったケーキだよ!!」

 

「しっとりしているし、すごいいい感触。本当に手作りなの?」

金丸と春市が感嘆を漏らすほどの美味。

 

「あ、ああ。うちの妹と母さんが奮発して作ったんだよ。菓子作りはあいつの趣味でもあるんだ」

大塚美鈴のケーキは大好評で、大量に作っていたので全員が必ず二切れは食すことが出来た。

 

「お前の妹も妹でスペック高すぎるだろ」

 

「母さんってことは、大塚のママさんの手作りでもあるのかよ!?」

エースの妹で、器量よし。さらには元伝説のアイドルも手を加えたので、印象も違う。

 

「あ、そうだ。事前に皆には言っておくよ。うちの妹は暴れ馬なところがあるんだ。付き合うなら覚悟をしていてね」

このケーキで胃袋を鷲掴みにされた部員は少なくないだろうから、事前にいっておくことにした大塚。

 

「特に沖田、浮気はだめだよ」

彼女らの手作りケーキを美味そうに食べている沖田に釘をさす大塚。

 

「愚問だな、栄治! 俺にはあいつからのクリスマスケーキがあるんだよ!!」

どうやら、お土産のチョコレートもまだ残っているらしい。そしてさらにこの手作り感のあるケーキ。形は少しイマイチだが、頑張って丁寧に作った感がある。

 

一番重要なのは、彼女が手作りで作ってくれたケーキということだ。

 

 

「よし、道広がケーキ持っているよ! みんなで食べよう!」

東条が畜生気味なことを言い放つ。

 

 

「そんな殺生な!! やめてください、泣いちゃう!! まじで泣いちゃう!!」

 

 

「たぶん一切れは残っていると思うよ、たぶん」

春市も笑いながらそんなことを言う。目は全然笑っていない。

 

 

「泣いちゃうぞぉぉぉ!!!」

その後、沖田は普通に3切れ食べることが出来ました。

 

 

 

 

――――やばい、部屋で食べよう

 

沖田がひどい目にあっていたので沢村は存在感を消しつつ、部屋へと戻ろうとする。

 

 

沢村は若菜から、郵送で送ってもらった長野県のお土産を所持している。

 

 

 

黄味餡をホワイトチョコレートで包んだ高級和風スイーツを貰い、その味に懐かしさを覚えた沢村だった。

 

 

――――オフはやっぱり長野に帰ろう

 

リフレッシャは必要だと悟った。そして、このお土産は絶対にばれるわけにはいかないと考えた。

 

 

「さ~わ~む~ら~!! どこへ行こうとしているのかなぁ~~!!!」

 

 

「あ、よく見たら沢村の口元に和菓子っぽいものが!!」

 

 

 

「やっば―――――!!!」

 

 

「やっぱり若菜なんだな!! 畜生がァァァ!!!」

 

 

「藪蛇チーターだァァァ!!」

 

 

「なんじゃそりゃぁぁぁ!!! 舐めてんのか、沢村ァァァ!!!」

 

 

12月25日のクリスマスの晩のひと時は、練習での疲労を忘れさせるものだった。

 

 

「な、なぜこんなことに……」

 

 

「は、はは……うまくごまかすことが出来たぜ、へへっ。やったぜ」

 

 

「だ、大丈夫? 沢村君」

 

 

「大丈夫だよ、春乃。二人はタフだから」

 

 

 

訂正。約二人、疲労をさらにためることになった模様。

 

 

 

 

しかし、他のメンバーにとってもただ事ではない。

 

 

この合宿が地獄であることには変わりないのだから。通常の練習よりもハードな量、時間が要求される合宿。

 

 

それでも、青道野球部員だからこそ、誰一人脱落者を出すことなく、合宿は終わった。

 

 

 

 

そして彼らは12月30日を迎えることになる――――――――――――――

 

 

 

 




なぜ1年冬で終わりなのかという理由についてですが・・・


原作がいろいろと進んでから、という理由(せめて御幸引退まで進んでほしい)と、1年冬で終了がちょうどいいタイミングだったからです。

なので、この話を含めて残り2話で一旦終わります。


ここまで応援してくれた読者の皆様、本当にありがとうございました。


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第143話 黄金の幕開け

これでいったん終了です。

ここまでご愛読していただいた読者様、感想をくださった方々、評価をしてくださった方々に、お礼申し上げます。


原作が夏を終了するまでお休みです。


練習が完全に終了し、その日は一日がオフだった。各々新年に向けて、帰省する者、まだ懲りずに自主トレを行う者。

 

12月30日の明けに合宿は終了し、青道野球部員たちは動き始めていた。

 

 

「ということは、沢村は一度帰省するんだな」

 

「ああ。やっぱ顔を見せに行かないと。甲子園の時も、神宮の時も――――予選の時だってあいつらは俺を応援してくれてたんだ。行かない理由がねぇ」

 

朗らかに笑う沢村は、荷物をもって長野の地元へと戻る準備をしていた。地元にはきっと馴染みの神社と、今では両想いになった彼女が待っている。

 

 

「春市も神奈川に戻るんだな」

 

「うん。休養も大切だし、リフレッシュも兼ねてね。」

 

春市も沢村と同じく実家に戻る。ほとんど戻ることが出来ていない実家に顔を見せる必要がある。元気に野球をしていること、野球をさせてもらっている感謝を込めて。

 

 

「東条と金丸、沖田は自主トレ? レギュラーなのに抜け目ねぇな」

 

倉持はそう言いながら、グラウンドに向かうためにウェアを着込んでいた。彼は前園、白洲とともに自主トレを敢行するようだ。

 

前園は自分の打法をまだ固めたいと意気込んでおり、納得するまでスイングをやめるつもりはないという。

 

「練習の虫というのも、悪くないな」

 

そんな彼の様子を見かねた白洲が仕方なく付き合う流れになり、去れども彼もどこか楽しげだった。

 

 

「先輩たちこそ、一年の中でいつ休むんですか?」

 

「そりゃあ、3年の秋ぐらいだろ?」

 

当たり前のように倉持は引退するまで休まない宣言をする。

 

「引退まで無休ですか。やっぱり手強いなぁ」

 

沖田はそんな先輩たちの意気込みに苦笑い。

 

しかし、東条と金丸のスケジュールもタイトだ。

 

 

12月30日は、まず金丸と東条の家に向かい、挨拶。その後、青心寮に戻り、自主トレを敢行。

 

オフ返上の合同自主トレだ。特に、1番打者としてさらに高みに至るために、東条はバットコントロールを磨きたいと考えていた。

 

「東条がインハイの速球を打てるようになれば、やばいな」

 

「沖田もだいぶカーブの苦手意識がなくなってきたよね。沖田君の方こそ手におえないよ」

 

各々の課題を口にし、進捗を語り合う。

 

「金丸は外の変化球を押っ付けられるようになれば、率も上がるだろ。」

 

「ああ、特に右投手の外角のスライダーを拾えるようになれば、な」

 

金丸も、外の変化球に対する力不足を痛感した一年となった。だからこそ、速球に強い強みを消さず、変化球を打てるようになるというのは一つの理想だ。

 

「沖田はどうするの?」

 

「ああ。自主トレしようと思ったんだ。けど、それだけだとな――――」

 

首筋に手を当てて、苦笑いする沖田。もうこれで彼がオフに何をするのか見当がついてしまう。

 

東条と金丸はあえて突っ込まない。

 

「まあ、オフの後に成長した姿でも見せてもらったら許してあげる」

そう言いながら、微笑む彼の姿は、沖田にとってまぶしいものだった。いや、眩しいと感じてどうなのかというものだが、彼はそう考えてしまっていた。

 

 

「ああ。そりゃあ、自堕落な生活はしないさ(やばい、東条が可愛く見えたけど気のせいか)」

 

顔を若干赤くしながら、そんな恐れはないと断言する沖田。しかし、東条は沖田がなぜ顔を赤くしているのか、勝手に想像する。

 

「年下なんだから、乱暴したらだめだよ」

 

「俺はケダモノじゃないって! そういうことではなくて」

 

「どういうこと?」

 

意外そうな顔でこちらの様子をうかがう東条。そのしぐさからも目を逸らせない沖田。

 

―――――ああ、くそ。どうかしているぜ、俺

 

 

そして金丸は、降谷ともオフについて話していた。

 

 

「僕も、一度北海道に戻る。でも一日だけ。すぐにここに戻る。」

 

 

降谷は北海道に一日だけ帰り、後は東京の家に滞在するそうだ。彼には基礎という課題がまだ目の前にあったのだ。

 

「じゃあ、俺たちの自主トレに合流だな。狩場も来るみたいだし、受ける奴がいるぞ」

 

技術的なものはある程度できるようになった。だが、その過程で浮かび上がったメンタル面での欠点。

 

一本調子の投球と、短絡的な思考。それがあの、予選準決勝の連打を生んだ。

 

 

もっと変化が欲しい。もっと緩急をつけたい。

 

 

しかし、それは彼一人だけが思い至った事柄ではなかった。

 

 

―――――これは投手全員が直面する課題だ。

 

 

大塚は、ストレートに対する変化をつけたいと考えていた。

 

 

バックスピンの利いた速球は伸びがある。確かに空振りも奪える。しかし、高めの甘いコースにはいれば、スタンドに入れられる可能性がある。

 

 

反対に、回転量の落ちたストレートは垂れる。空振りを奪いにくいストレート。しかし、その反面ゴロを発生しやすい利点が存在する。

 

 

――――ストレートで変化をつけることで、癖玉以外のアクセントが可能になる

 

 

さながら、高回転ストレートと低回転ストレート。どちらもストレート、さらに言えばフォーシーム。しかし、コースごとにこのストレートを投げ分けることが出来れば、さらに合理的に打者を打ち取れるのではないかと。

 

 

三振を奪う以外の選択肢も出てくる。球数を押えることが出来る。

 

「――――――また良からぬことを考えてそうだな」

 

隣には、川上とともに自主トレに参加する御幸。今回は御幸の実家にて、川上がお世話になる。

 

その後、降谷が御幸家に合流する手はずとなっている。

 

「いきなり酷いですね、先輩。ちょっとフォーシームの投げ分けを検討していただけですよ」

 

 

「―――――そこらへんに気づく高校生はいないって。プロでも気づかないんじゃないか?」

 

御幸は呆れた。そこまでまだ考えなくてもよくないかと。プロでもそれを使いこなせる選手はあまりいないだろうと。

 

この投げ分けを有効にするためには、コマンド能力が高くなければお話にならない。それこそ、沢村や、大塚、柿崎、楊などの制球力にたけた投手向きの能力だ。

 

「まあ、やってみてどうなるかですよ。だめなら使わない、使う機会がなければ使わない。奥の手は隠すものですからね」

 

ニヤリと笑う大塚。

 

 

 

部員たちの準備が一通り終わり、順次姿が消えていく中、大塚はマネージャー陣のところへ向かった。

 

「――――――――」

 

しかし、先客がいた。先ほど話していた御幸がマネージャー陣に労いの言葉をかけていたのだ。

 

――――ちゃんと主将らしいことをしているんですね、先輩

 

ニヒルな笑みを浮かべた入学当初のイメージとは別に、チームを背負う熱い心を持っている人だと知っている大塚。

 

そんな彼だからこそ、共に勝利を掴み取りたいと思えるのだ。

 

 

「おっと、どうやら俺とは趣旨が少し違うみたいだけど。まあいいや、どうぞ」

 

すると棒立ちになっていた大塚に気づいた御幸が声をかける。大塚が何を意図しているのかは一目瞭然だと笑っていた。

 

「私事で申し訳ないです」

 

「なぁに、主力投手のメンタルを気遣うのも捕手の仕事だ。」

 

 

 

そしてマネージャー陣の方も、

 

「ほら、彼が待っているわよ」

 

「ファイト、春乃♪」

 

「う、うん」

 

顔を赤くしながら、彼女も彼の姿を目で追っていた。もはや公然の仲とはいえ、改めて向き直ることがいまさらになってまだ恥ずかしい。

 

 

 

 

初々しい彼女の姿を見るだけで、大塚は顔がにやけてしまう。

 

「栄治君。一応オフですけど、オフなんですよ? しっかり休んだほうが―――」

もじもじする彼女が何かを言っている。しかし今の大塚には関係がない。

 

周囲にマネージャーと御幸先輩がいたとしても、あまり関係ない。

 

というより、御幸が気を利かせてマネージャーとともに退散していることに気づいた春乃。

 

 

「え!? あれ!? 先輩!?」

 

周囲に二人だけという状況になっていることに狼狽する春乃。しかしそんな焦りも負の感情から生まれているのではなく、むしろうれしさに溢れている。

 

 

今の戸惑いはあれだ。この現状を甘受していいのかという戸惑いなのだ。

 

 

もはやおぜん立ては済まされている。チャンスメイクしてくれた先輩たちに良い報告が出来るよう大塚は自分の思いを口にするだけだ。

 

 

「確かに選手はオフにしっかり休養を取ることが重要だと思う。だからこれは投手大塚の願いではなく、ただの栄治の願い」

 

 

 

「その割り振られたオフの期間は短いけど――――君のその時間、貰ってもいいかな?」

 

 

言い回しがくどいかもしれないが、今の大塚が考えた言葉でもあった。

 

 

「――――――うん」

 

しかしこれだけストレートは言われたら、さすがの彼女も決心がついた。恥ずかしいはずなのに、嬉しいから、もう躊躇いの感情が消え去った。

 

「―――――ふふ」

 

大塚は、素直になった彼女の姿を見て、微笑む。まるで自分が何か失敗をしたような、いたずらがばれた子供のような、幼さを感じさせる、年不相応な笑顔。

 

「そんな風に笑われたら、どうしていいかわからないよぉ」

 

なぜ彼はここで笑うのか。悪意の欠片もないことはわかっている。けれども、彼はいつも自分を見て微笑む。

 

どうやら彼は、彼女と二人きりになると、精神年齢が下がるのだけは理解できた。

 

 

「春乃は悪くない。俺が笑顔を隠しきれないだけだよ。その次の言葉を言えば、きっと君は気絶するんじゃないかって思うくらいのこと、思い浮かんだりするんだ」

冗談気に、そして本当に思い浮かんでそうだと思わせる、彼の様子に、彼女は嘆息する。

 

 

「もう―――――」

 

色々と心外なことを言う彼だが、どうせ気障な言葉ばかり思い浮かんでいるのだろうと、春乃は理解した。それを聞く心の準備はまだできていないのだが、それを聞きたいという心も存在していた。

 

 

でも、どうせなら―――――

 

 

―――――その言葉で、私を狂わせてほしい……

 

 

彼になら、理性を狂わされてもいいかもしれない。もう恥ずかしいことはない。隠すようなことも、今はまだない。

 

 

――――引っ込み思案な、内気な私を……

 

 

だんだんと熱にうなされているのが分かる。栄治はいつもとは違うくせに、妙なところで冷静だ。冷静にとんでもないことを言い放つ。

 

しかし、そんな言葉をもらう側はそれどころではない。

 

「栄治君になら――――――いいよ。」

 

だから、これはちょっとした仕返しだ。理性をまだ強く残して、そんな言葉をのたまう彼へのカウンターなのだ。

 

 

 

 

「気絶するくらい―――――私を―――――」

 

 

言い終わる前に、春乃をやさしく包み込む大塚。まるでその先を言わせないかのように、彼は先手を打ってきた。

 

「―――――――案外臆病なんだ、栄治君」

 

 

囁くように、まるで試すように大塚の胸元でつぶやく春乃。

 

「まさかここまで寄せられるとは思わなかった。参った。本当に参った。本当に危なかった。」

 

焦りを感じさせる彼の声。どうやら、理性が壊される寸前だったらしい。ちょっとした勝利気分を味わう春乃だが、

 

 

「けどいつか、俺は君の全てを奪う。俺の背を押してくれた、君の優しい心と、君の全て。嫌だと言っても、もう聞かないからな」

 

彼女の仕返しに対する強烈な切り返し。遠回しな、プロポーズにも近い言葉を言い放った大塚。

 

 

「うん。その時に、私を奪って。もう戻りたくないと思わせるくらい、私を連れて行って」

 

顔を真っ赤にしているのに、その声色は動揺すら感じられない。彼女は既に行動で示していた。

 

――――もう自分は、貴方のモノだと

 

試すような言葉ばかりで、奥手なのは自分の方であり、未だに彼女が言う通り、自分は臆病なのかもしれない。

 

「―――――敵わないなぁ、恋する女の子は。無敵なんだって痛感するよ」

観念したように、栄治は白旗を上げる。そして、彼女の強さをまたしても思い知る。

 

「なら栄治君のおかげだね。私が強くなれたのは」

 

――――ほら、こう言えばこうだ。

 

目の前の乙女は、簡単に理性の壁を突破してくる。並の男なら、もう襲い掛かっているのではと思うくらいだ。

 

しかしそれはだめだ。婚前交渉はしないと決めている。

 

固い貞操概念を心の中に刻んでいる大塚は心の中で否定する。今手を出すのは少し違うのではないかと。

 

 

――――父さん、貴方はよく我慢できましたね……

 

 

映像でしか見ることが出来ない、可愛さ全盛期の母親の姿。

 

 

 

それを未成年の時には手を出さないと、婚前交渉はしなかったと誇らしげに語る父の言葉。

 

 

――――すいません。3年間、理性が持たないかもしれません。

 

 

初めて親にこっぴどく怒られるだろうなと、未来の光景を想像する栄治。

 

 

 

 

 

その頃、大塚と春乃の空気を読んで、離脱した御幸とマネージャーたちはというと

 

 

「うまくいっているかな、栄治君と春乃ちゃん」

 

「不味いことになる要素がないからな。それに、あいつはチャンスで必ず結果を出すからな」

 

夏川が心配そうに二人のことを想うが、御幸はそんな心配はいらないと涼しげな顔だった。

 

 

「うんうん。御幸君にも大塚君の半分くらいの優しさがあればねぇ」

 

 

「うんうん。クラスメートの女の子もほっとかないのにね」

 

しかし、御幸の女性に対する心遣い皆無な行動に苦言を呈する幸子。夏川もクラスの女子が彼とどう話せばいいかわからないとたびたび相談を受けていたりする。

 

「う、うるせぇよ。俺はまだ野球一本でいいんだよ!」

 

「そのまま行き遅れる、なんてこともあるかもね」

 

 

「はぁ……」

しかし完全に否定できない御幸。

 

――――はぁ、どこかに甲斐性があって、優しくて、美人で、手料理が上手な女の子はいないものか」

 

 

「聞こえているわよ」

 

「失礼ね、ほんと」

 

しかし二人とも、目の前にいるじゃない、というほど御幸に気があるわけではないのでそれほど怒ってはいない。

 

「――――――はぁ……ほんと、羨ましいなぁ。」

 

御幸に出会いはあるのか。

 

 

 

 

1月1日。

 

一方、青心寮から家に戻り、荷物を置いて神奈川横浜に向かう沖田。久方ぶりの単独行動である。

 

 

「けど、招待券、ねぇ」

 

彼女が出来てから、沖田のアイドルに対する熱は冷める一方だった。あの時の自分はどうかしていたというか、まさに黒歴史というほかない。

 

 

しかし、高校時代の自分自身を思い出し、頭を抱えることになるとはまだ知らない沖田。

 

今の彼は、ドルオタ沖田と比べても、50歩100歩なのだ。

 

 

 

「まあいいや。あいつの店がそれだけ取引があって、引合があるんならいいことだし」

 

花屋を営んでいる彼女の店の花が一部ライブ会場で使用されることになるというのだ。その為、開催に協力してくれた彼女らにその一日は楽しんでもらいたいという一心で、プロデューサーなる人物がチケットを贈ったという。

 

沖田はその後ろ姿しか見ていなかったが、大柄な体格の持ち主であることはわかった。

 

――――良い鍛え方をしてやがる。

 

何かスポーツをしていた、と思わせるような恵まれた体格だ。

 

 

2枚分のチケットだが、急遽母親が受注品に追われて手が回らなくなり、辞退。代わりに沖田が来ることになったのが今回の流れ。

 

 

「けど、待ち合わせが横浜、ねぇ。神奈川は一年たっても迷いやすい」

待ち合わせ場所でしばらく待機する沖田。数か月前に比べて少しだけ景色が変わったことを確認しながら、辺りを見回す。

 

――――良い街だなぁ、横浜って

 

 

 

そんなことをしていて60分。すると、彼女の姿が見えてきた。

 

――――やっぱクールぶってても女の子だなぁ

 

白いニットセーターに藍色のフレアスカートに首元には鮮やかな青色のマフラー。

 

そして、耳には可愛い耳当てもあり、とっても暖かそうだ。

 

 

「ごめん、待った?」

 

「いや、俺も今ここに来たところだよ、凛――――あっ」

 

思わず名前で呼んでしまったことに慌てる沖田。名前呼びは恥ずかしいからやめてと以前言われていたことを思い出す。

 

「――――いいよ、名前呼びでも」

 

そして、部員たちにも彼女の名を教えていない沖田は、細心の注意を払い、人前で彼女の名前を呼ぶことはなかったのだ。

 

 

そう、今まではだ。しかし、何と今日はオーケーの言葉を貰った。

 

――――明日はツンドラが降るかなぁ

 

ツンデレならぬ、ツンドラ、と心の中で自分に突っ込む沖田。

 

沖田脳は死ぬまで治らないのか。頭沖田は本当にどうにもならない。

 

 

「でも、9月から数か月。こんなに粘ったアンタの粘り勝ち。だから別にいい」

 

「それは――――なんというか、光栄だ」

彼女の思わぬ発言に驚き、冷静になる沖田。

 

それから、今回のライブ会場へと向かう

 

「―――――ごめんね、母さん急用が出来て、アンタも補充みたいな扱いになるけど……」

 

 

「いやいや。俺は気にしていないよ。それに、デートらしいことが初めてできてよかった」

どんな形であれ、初デートが知り合って3か月で初めてというのはなかなか粘ったと思う、と沖田は自画自賛した。

 

――――世のボーイズやガールズがどんなのかは知らないけどさ

 

「――――本当に調子がいいね。もう楽しいの?」

 

不思議そうに沖田を見つめる凛。どうして彼はこんなにうれしそうなのか。

 

「好きな子の目を引きたいんだよ、男ってやつは」

正直に本音をさらけ出す沖田。嬉しそうに話す沖田だが、凛は嘆息して呆れ口調になる。

 

「知り合ってから何度も思ったけど、本当に子供っぽいね」

 

 

「ああ、まあ凛が俺よりも大人っぽいというか、なんというか。凄いしっかりしているってことでいいじゃないか」

 

これは彼の本心である。クールで学業もそつなくこなし、友人もいる。いろいろなニュースにも精通している。家事も一通りできる。

 

でも、何かに憧れたいという気持ちが燻っている。そんなアンバランスな彼女に、自然と惹かれた。

 

その強い意志を秘めた瞳に、一目惚れした。

 

 

「これじゃあどっちが年上なのか、わからないみたいだね――――でも、ストレートに言葉で伝えてくれるところは、あんまり嫌いじゃないよ」

 

得意そうに語る彼女の姿は、ただ後ろから支えてくれるような女性ではない。

 

沖田は家庭で主導権は女性に与えたほうがよく回ると考えていた。これは自分の家族の経験からはじき出した答えだ。

 

――――何話を飛躍させてんだ、俺は

 

首を横に振り、先ほど思い出したことを忘れようとする沖田。

 

「??」

そんな彼の様子を見て不思議そうに見つめる彼女だが、その理由には最後まで気づかなかった。

 

 

そんな他愛のない会話をして数分。

 

 

「そろそろシーパスに乗る? 今回はちょうどよく2枚あるみたいだし」

 

「うん。私も船に乗るのは初めてだから、少し楽しみかな」

 

そう言ってそのライブとやら行われる会場に向かう二人。

 

 

しかし二人は知らない。

 

ここから彼女の運命が回り始め、彼女は真剣に打ち込める道を見出すことになる。

 

 

そして沖田にとっては苦難の日々が始まる。

 

 

彼女は――――――彼の尊きものは、夜空に輝く星となる。

 

 

その星に手を伸ばし、手を伸ばしてはいけないと悟り、諦めて―――――

 

 

それでも彼女の手を掴むと決意する、彼の苦闘が始まるのだ。

 

 

 

しかしそれはまた、別のお話。

 

 

 

 

同日の1月1日。

 

 

沖田が運命の前夜に遭遇する最中、沢村は長野に帰省していた。

 

 

駅にまで帰ってきた沢村を待ち構えていたのは、背番号1を背負う自分の写真を手に持つ両親と、若菜の姿。

 

 

そして彼の仲間たちの笑顔。

 

 

 

もう何も言わなくていい。自分が成し遂げたこと、そしてこれから続けていくこと。

 

今自分が背負っている期待を背負う覚悟と重み、その喜び。

 

 

全部わかっている。

 

 

だからこそ、今最初に言わなければならないことは限られてくる。

 

 

「ただいま、親父、母さん、じっちゃん――――――」

 

 

皆の喜ぶ姿が視界に映る。ただ笑顔で、温かく迎えてくれる。

 

「ただいま、みんな――――――」

 

かつての仲間も、駅の前に勢ぞろいしてくれた。まるで自分のことのように沢村栄純のことを祝福してくれる存在に、何度目かわからない有り難さを感じる。

 

一番言いたかったことを言える喜びを示そう。

 

 

その時間を長くするのだと誓おう。

 

 

「エースになって、帰ってきたぞ」

 

 

約束を果たすことが出来た。故郷で誓ったエースになるという誓い。

 

その約束を果たし、ここに帰ることが出来た。

 

仲間に伝えなければならない事実。伝えたい事実。

 

 

その後、沢村は大塚と激しいエース争いを繰り広げることになる。投打で力を発揮する大塚に対し、彼はスコアボードにゼロを並べること、リードを必ず守ることで対抗した。

 

 

3年間背番号を奪い合い、青道黄金時代の礎を築いた二人のエース。

 

 

西東京の常勝軍団、東の王者。その時代を築いた二人のエース争いは、まだまだ続く。

 

 

 

青道黄金期の礎を築いた黄金世代。

 

 

その躍進は以降も続くことになる。

 

 

 

 




いったん筆をおきます。お疲れさまでした。


何とか新年には終わった・・・


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