クラウドが斬る! (ばうむくうへん)
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クラウドが斬る!零
白い世界で


クラウドが斬る! 本編の前日譚になります。


 暦の上では春と呼べる季節でありながら帝都より北に1,000キロの地は未だに白以外の色を見つける事が難しかった。

 

 現地で生息する危険種と呼ばれる獰猛な生物すらも巣穴に閉じこもるこの白銀の大地にて人影が3つ、更に北へと歩を進める。

 

 先頭をゆく足跡は一目で大の男と分かるほどの大きさ、その後に続く2つの足跡はスノーラビットのものと見間違うほど小さなものであった。

 

「……寒いよ、お姉ちゃん……」

「クロメ!?お父さん、待って!クロメが……!」

 

 クロメと呼ばれた少女がその場に蹲るのも無理はなかった、今は快晴だが北の地において更なる北部に繋がる山道は日光が差す時間においても外気温は氷点下のまま。大人ですら厳しい道を幼子がゆくにはあまりにも険しい。

 

 妹を気遣った少女もまた年端もいかない面差しであるが姉ゆえに妹を守りたいという責任感からか、黙々と前をゆく父に向かって叫ぶ、が返事はおろか少女達の方を見向きもしない。長い黒髪の少女は歯を食いしばりながら妹であるクロメの前で背中を向けると腰を下ろす。

 

「ほら、クロメ。おぶされ」

「でもそれじゃお姉ちゃんが……」

「私はいいんだ、クロメを置いていくほうがよっぽど辛い。ほら!」

 

 そう言うと少女は半ば強引にクロメをその背中に乗せると寒さで悴む身体を奮い立たせるように一歩一歩力強く足を踏みしめる。白い世界の中で流れるような黒髪が映える、しかし過酷な環境を歩く少女の瞳はその情熱を宿すように緋く輝く。

 

 ――アカメ、それが少女の名であった。

 

 

 ……………

 

 

 到底、生物が適応できないと思われる環境ですら、集落をなし社会を形成すればはそこで生きていける、それこそが人間という生物の強さなのだろう。

 

 北の大地の更なる奥地にある村、ニブルヘイムもまた人間が生活領域を拡大した中で生まれた。いや、正確には拡大せざるを得なかったという方が正しい。

 

 近年、栄華を極めた帝国はその1000年の歴史において暗黒時代へと突入していた。度重なる圧政により国民は苦しみ、地方の民も重税を強いられ日に日に帝国への不満を募らせていく中で東西南北に分かれる形でその不満は具体的な意志となって現れ始めていた。

 

 中でも北の異民族は他の地域と比べても国力や兵力に優れており、年を追うごとにその勢力を拡大させていった。だが早急な統治と引き換えに平穏に暮らしていた民はその生活を追われ、辺境の地へと身を寄せ合う形で逃げ延びるしかなかったのである。

 

ここニブルヘイムも社会を成していると言ってもその生活は極めて慎ましいものであり、大人達が日課となる溜息をつく中で村の子供達は今日も威勢良く村中を駆け回る。

 

「待てよ〜!」

「誰が待つかよ、捕まえられるもんなら捕まえてみろ〜!」

「お前ら、うるさいぞ!仕事の邪魔だ!」

 

子供を叱りつけたのは動物の毛皮を剥いで防寒具を作り、近隣住人との物々交換で生計を立てる中年の男性。言葉とは裏腹に健やかに育ち、元気な姿を見せる子供らの姿を見るのが嬉しかったし、怒鳴る活力を与えてくれるのはこの白い世界において何よりも刺激的だった。

 

そんな何気ない光景をしばし離れた丘から恨めしそうに見つめる少年が1人。白銀の世界の中に溶けてしまわないかと思うほどの真白な肌とエメラルドの瞳、そして天を衝くようにツンと尖った金髪が特徴の少年は自分とそう大して歳の変わらぬ子供達の無邪気な姿を鼻で笑うとそのまま自宅へと戻り、母親の作ったスープを飲む。

 

ーー少年、クラウドの日課であった。

 

 

 

 

 

 




小出しな感じですが本編の補完として随時更新していきます。
本編遅れのお詫び…というわけではありませんがどうぞご覧ください。


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出会う二人

陽の光に反射する雪化粧は眩いほどに強く、クラウドはそれが堪らなく嫌いだった。

 

気持ちとは裏腹に明るすぎる世界、雪国を知らぬ者が訪れたのなら自然の神秘と感動を覚えるような白銀の景色、恵まれたものが言える言葉だとクラウドは思った。

 

「クラウド、今日もいい天気よ。外に出て皆と遊んできなさい」

 

(……また、それだ)

 

母クラウディアがクラウドを起こしにいく時の常套句。クラウドはいつも返事をせず、腹の音が鳴る頃になると居間に出てくる。それが日常だった。

 

村といっても整地されていない山々に無理矢理作り上げられた建物。住民ですら顔を知らない者がままおり、郷土料理もなければさしたる観光スポットもない。

 

あえて挙げるなら村はずれにある不気味な屋敷、もしくは山一つ越えた先にある魔晄炉ぐらいだろう。

 

クラウドはニブルへイム(何もない村)が嫌いだった。

 

そんな村ではしゃぐ歳の変わらない子供たちが馬鹿らしく見えた。雪遊びしか出来ない中で何をそんなに楽しめるのだろうかクラウドには分からなかった。

 

そう思う割にはクラウドは毎日村で騒ぐ子供たちを目で追っていた。

 

一人の少女を探していたのだ。

 

 

「――ティファちゃん、今日もいないわね?寂しい?」

「……そんなんじゃないよ」

「早く具合良くなるといいわね」

「……うん」

 

 

寄り合いの集落とはいえ、ニブルへイムという名称が付くようになったのはロックハート家の力が大きい。

 

貧しい北部出身でありながら一代で財を成したロックハートは神羅が北部辺境地に魔晄炉を建設し、その管理を任されていたこともあるが国を追われた者、捨てざるを得なかった者を募り、村を作り上げた。

 

その人柄は噂となり遠路はるばる訪れる者もいるほどである。

 

だが吹き荒ぶ大地が身体に応えたのか、妻子は体調を崩す事が多く、家から外に出る機会は少ない。

 

ロックハートの一人娘であるティファもこの1週間は熱が下がらず、寝込む日々が続いていた。

 

村で唯一、歳の近しい女の子であるティファに村の男の子達は皆心惹かれていた。

 

クラウドもその1人だった。

 

 

……………

 

 

「――そうですか、強盗に家を燃やされ、わざわざ帝都からここまで……大変でしたね」

「えぇ、まぁ……挙句に嫁にも逃げられて、それでロックハートさんの噂を聞いて。情けない話です」

 

父は嘘をついている。

 

アカメは知っていた。

 

ギャンブルに溺れた末に借金取りに追われ、家を焼かれた始末を。帝都にいられずに逃げ出したことを。

 

母は美しかったがすぐに夫を、そしてアカメとクロメを捨てた。

 

唯一母娘の繋がりがあったのは闇に紛れてしまうと思うほどの漆黒の髪だけ。

 

アカメは自身の黒髪が嫌いだった。

 

男を誘うように黒髪を靡かせる母の姿が嫌いだった。

 

何度も髪を切り、染めてしまおうかと考えたが妹のクロメがアカメの長い黒髪が好きだと言うとそれを受け入れた。

 

アカメの父がアカメとクロメを連れていたのは愛情などではない。

 

ロックハートに救いを求めるのに幼い子を2人抱えていれば情に訴えることが出来ると踏んだだけである。

 

事実、かれは酷く薄汚れ傷ついた姉妹を見てアカメ達親子に衣食住の環境を与えることを決めた。

 

「君……、アカメちゃんだったかな?顔をよく見せてくれないかい?」

「……?……はい」

「やっぱり……!そっくりだ!ウチのティファに!」

「ティファ?」

 

ロックハートは長い黒髪と緋色の瞳が娘のティファに瓜二つだと見ると大層アカメを気に入ったのか、クロメ共々直ぐに身なりを整えさせた。

 

一層娘と見紛うばかりとなったアカメにロックハートはより目を輝かせる。ふと写真立てに飾られた家族写真に目をやったアカメはそこに映った「もう1人」の自分を見た。

 

 

(なんて幸せそうなんだろう……)

 

 

そこに映るティファはとても朗らかな笑顔だった。優しい両親に囲まれた、汚れを知らない乙女。

 

容姿は瓜二つなのにまるで正反対の境遇。

 

まるで自分の光と影を見ているような気分になるとアカメはその場を飛び出していた。

 

慣れないワンピースと靴に途中何度も転びそうになりながらアカメはひたすらに走った。

 

やがて息も切れ、足を止めたところで漸くアカメは自分が今どこにいるのか周囲を伺う。

 

周りを見渡せども広がるのは一面白の景色のみ。自分の足跡も降り注ぐ雪にかき消され、どこから来たのかも分からない。

 

防寒具も纏わず、汗ばんだ肌に猛烈な寒波が襲いかかると急速にアカメの体温を奪っていく。

 

堪らず膝を折るアカメだったが、少女一人にまるで悪意のように荒ぶ風は一向に収まる気配を見せない。

 

 

(神様はどうして私に優しくしてくれないの……?)

 

 

妹のクロメがいれば姉として気丈に振る舞えた。強い姉でいられた。

 

だが今ここにクロメはいない。

 

そして瓜二つのティファの姿を模した自分に、アカメは「何の力もない少女」であることをまざまざと思い知らされる。

 

 

「寒い……、寒いよ……!」

 

 

いつ以来だろうか、瞳から零れた涙すら瞬時に吹き飛ばす豪風にか細い声までかき消されるとアカメは静かに目を閉じた。

 

 

 

「――丈夫!?」

 

人の声が聞こえた気がしたが幻聴だろう、アカメはそう思った。

 

こんな所に人が来るわけがない。神に見捨てられた自分に救いなんてあるわけがない、と。

 

 

もはや寒さすら感じなくなってきた肩に触れる温もりがアカメの閉じていた瞳をゆっくりと開かせる。

 

「大丈夫!?しっかりして、ティファ!!」

「だ……れ……?」

 

白しか色が見つけられなかったアカメの瞳に金色の髪と翠色の瞳をした少年が映る。

 

クラウドとアカメ。

 

2人の出会いは運命的と呼ぶにはあまりに不似合いな場と誤解から始まった。

 

 




次回は本編13話です。
零は本編のネタバレしない範囲まで随時更新していきます。


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本編
元・ソルジャーの男


 帝都の街並みは本日も賑わっていた。

 

 全身煌びやかな装飾品を纏った貴婦人がショッピングを楽しみ、子供達は出店で買ったアイスを片手に街を駆け回る。商売人連中は呼子の声に我負けじと各地で熱が入る、それは千年の歴史を誇る帝国の栄華を象徴するかにみえる。

 

 だが表通りからたった一本先の路地裏では今日の寝食すら知れぬ者たちが集うスラム街、その一角の建屋でとある密談が交わされていた。

 

「……頼んでいた依頼の件はどうなった?」

 

 日の光も当たらない薄暗い室内でそう話す男の声はとても昼間に口にするトーンではなく依頼という言葉からも物々しさを感じさせる。

 

「問題ない、万事解決した。依頼のものならここにある」

 

 そう言葉を返したのは透き通るような声の持ち主、金髪を逆立て、宝石のように青い瞳が美しく非情に整った中世的な顔立ちから女性と見紛うほどの美貌を持った青年。麻袋を取り出しテーブルの前に差し出す、麻袋はごそごそと動いておりその中身が気になった男はすぐさま麻袋の口を開いた、そして…

 

「おぉ~、ミケ! 探したぞぉ~!」

「ニャァ~!」

 

 先程とは打って変わって猫なで声で麻袋に向かって話しかける男、麻袋から顔を出したのはマーグパンサーの幼生体だった。成体は危険種と呼ばれる生物の中でも特級に指定されるほどの獰猛な性格であるが幼生体は非情に人懐こいため、その愛くるしい容姿もあり富裕層の間でペットとして買うものも少なくない。

 

 数日前より飼っていた屋敷から行方知らずになり、いつまで経っても見つからない事に業を煮やした男は街で聞いた金さえ払えばなんでも請け負う「何でも屋」の噂を頼りにこの浮浪者や貧民が集う地域に姿を忍んで来ていたのだ。

 

「依頼は要求通り達成した、報酬をもらおうか」

 

 そう青年は言い放つと掌を上に右手を男の前に差し出す、その不遜な態度に若干の苛立ちを見せた男であったが愛猫が手元に戻ってきた喜びと男の有無を言わさぬ圧力に押されたのか、渋々と金貨の詰まった袋を男に手渡した。

 

「お前、中々使えるな。どうだ俺の所で働くか? 今よりもっといい暮らしができるぞ?」

 

 屋敷の使用人や守衛を総動員しても見つからなかった愛猫を依頼から僅か1日で広大な帝都から探し当てた男の手腕を買い男はそう提案する。もっともそれは建前であり精悍な顔立ちのこの男を側近としておけば自身の箔も付くという浅ましい考えからだった。

 

「興味ないね」

 

 そんな男の思惑に察したのかそれとも本当に興味がないのかそう吐き捨てた青年は壁に立てかけてあったものを手に取るとそのまま裏口へと向かう。

 

「待て! 給金は今の倍……いや、3倍払うぞ!」

 

 なおも食い下がった男であったが青年が手に取ったものを背中に担ぐ姿を目の当たりにした瞬間、口を閉ざす。青年の背には身の丈ほどもある大刀が抜き身の状態で鈍い光を放っていた。

 

「悪いが、次の仕事がある」

「そ、そんな物騒なものを持って一体何の仕事だ!?」

「……庭掃除だ」

 

 

 そう応えた青年は裏口のドアノブに手をかけた。

 

 

 

 

 

 

 ……………

 

 

 帝都へと続く街道を荷馬車は急ぐ、積荷を早急に届けたかったからではなくその場から一刻も早く離れたかったのだ。それというのもここ周辺で本来出現するはずのない1級危険種である土竜が出るとの噂が流れていた為である。護衛もつけていない状態で遭遇でもしたらひとたまりもないと手綱を握る御者の手に力が入る。

 

 と、突然目の前の地面が隆起したと思った瞬間に地中から土竜が姿を現した、その体長はゆうに10mを超えており大きく伸びた2本の触覚と全身を覆う甲殻を纏う化け物を前に御者の2人は一目散にその場から逃げ出す。雄叫びを上げながら2人に迫る土竜だったが剣閃が目の前に走ると触覚の一部と、御者に向かって伸ばしていた爪が切り落とされた。

 

 土竜の前に降り立ったのはまだ年端もいかぬ少年、だがその瞳と構えに只ならぬ雰囲気を感じた土竜は咆哮と共に少年に迫ると大きく左腕を伸ばした。だがその一撃を避けた少年はそのまま伸びていた左腕を足場に駆け上ると土竜の頭部から全身にかけてかまいたちの如き剣戟を叩き込む。

 

 全身に裂傷を負った土竜はそのまま倒れ付すとそのまま沈黙し、その一部始終を見届けた御者らは驚嘆の言葉を上げながら少年の元へと駆け寄る。

 

「すごいな、君!」

「1級危険種の土竜を1人で倒すなんて……!」

「あったり前だろ!? あんなヤツ、俺にかかれば楽勝だって!」

 

 先程の戦いで見せた凛々しい表情から一転して鼻の下を伸ばしながら自画自賛をしてみせる少年。

 

 だがその一瞬の気の緩みが仇になる、後ろで倒れていた土竜が突然起き上がったのだ。先の一撃では致命傷とならなかった事に気付いた時には既に遅くその爪は少年を捉えていた。受身も回避も間に合わないと悟り咄嗟に目を瞑った少年だったが、いつまでも自身の体に衝撃が走らないことを不思議に思いゆっくりとその目を開く。

 

 目の前に迫った土竜の爪がまるで時間が止まったかのように静止している、と土竜の頭部の中心から胴にかけて一筋の線が見えたと思った瞬間、血しぶきをあげながら左右に真っ二つになった土竜が少年の目に映る、その視線を下ろした先には巨大な刀を振り下ろした状態の金髪碧眼の男が静かに座していた。

 

「あ、あの……俺、スイマセン! 助かりました!」

 

 すぐに状況を理解した少年は感謝の意を唱えながらも10mを超える土竜を縦一閃で両断した大刀とそれを扱う男の技量に驚きの念を隠せなかった。

 

「……いや、礼を言うのはこっちの方だ」

「え?」

「お前が倒し損ねてくれたおかげで庭掃除の依頼が達成できたからな」

 

 

 ……………

 

 

 

「あの! 俺タツミって言います! さっきは本当にありがとうございました!」

 

 その後御者らを見送った少年は土竜の死体の一部を包んでいる男の下へと駆け寄ると自身の名を「タツミ」と告げた。

 

「礼を言うのは俺のほうだとさっきも言ったはずだが?」

 

 土竜の頭部を麻袋にしまいながら青年は冷めた反応を示す、その近寄りがたい雰囲気にたじろいだタツミではあったがそれでも前に踏み出したのは若さゆえの衝動か、帝都へと続く道を歩きだした青年の後に続く。

 

「お、俺! 田舎からこっちに出てきて兵士になってそんで一旗上げたくて! あの、あなたってもしかして帝国の兵士なんですか!? すげー強いし、さっきも依頼って……!」

 

 タツミが緊張と興奮が混じった声で矢継ぎ早に青年に問う、その声に目を向けることなく青年は歩を進めていたが顔を下に落とすタツミが目に映ったのか、暫し間を置いた後でその口を開いた。

 

「……俺は帝国の兵士ではない、元・ソルジャーだが今は「何でも屋」をやっている。今回の依頼もこの周辺に私有地を持つ者から庭掃除を頼まれた、それだけのことだ」

 

 質問に応えてくれたことに笑顔を見せたタツミだったが青年が口にした「ソルジャー」という聞きなれないワードが疑問符として頭に残る、もっともそれ以上の質問は気まずかったのかこの場で問うことはしなかった。

 

 やがて帝都の正門に着いたタツミと青年の2人、兵士を目指していることを聞いた青年が兵舎までの道のりを教えると裏表のない笑顔で深々と頭を下げてタツミは礼を述べた。その真っ直ぐな心に何かを思ったのか青年は兵舎に向かおうとするタツミに一声かけた。

 

「さっきの剣……」

「え?」

「剣速は中々だか軽すぎる、敵を斬るなら『斬る』のではなく『断て』」

「は、はいっ!! 肝に銘じておきます!」

 

 青年にとっては何気ない忠告のつもりだったがタツミにとって故郷の村で剣術を師事していた村長以外からの、しかも先において凄まじき力を見せた人物からの助言に興奮した様子でその場を去る、その後姿を見届けた青年もまた庭掃除の依頼達成の報告へと向かうのであった。

 

「……あ、そういえばあの人の名前聞くの忘れた! …でもいつかまた会えるよな!」

 

 

 

 ……………

 

 

 

 

 庭掃除の依頼主である屋敷から青年が姿を見せる頃にはすっかり日が落ちていた、土竜討伐の依頼報告の証拠として持参した頭部を目にした依頼主がそれが私有地近辺に出現する土竜のものなのかと難癖をつけてきた為にこんな時間までかかってしまったのである。

 

 夜も更けた帝都は日中の活気が嘘のように静まり返っていた、肌寒い季節ではあったが故郷である雪国で育った青年にとってはまだ涼しいものである。人気のない路地を抜けるとふと街橋に腰掛ける少年が目に付いた、それが昼間に出会ったタツミであることに気付いた青年であったがそれ以上の興味を持つことなくそのまま少年の前を通り過ぎようとする。

 

「う~、さみぃ……アレ!? あ、昼間に会った……!」

 

 タツミの反応は当然だったがこの橋を渡らなければスラム街の建屋まで大きく遠回りをすることになる、その為の選択が浅はかだったことに呆れたように首を左右に振りながら青年は渋々応じた。

 

「ここで何をしている?」

「も~、聞いてくださいよ!実は――」

 

 青年に聞く気は全くなかったのだがあの後タツミは真っ直ぐに兵舎に向かい入隊の手配をしたのだが一兵卒からの採用に異を唱えたところたたき出されてしまったとのことだ。

 

「当然の反応だ、この不況下でいきなり隊長クラスに仕官するなど出来るわけがない」

「それでその後が酷いんですよ!」

「……まだ話は続くのか?」

 

 その後街を歩いていたところ、手早く仕官できる方法を知ってるという女性に声をかけられたタツミは「金と人脈」が全てと語る女性に有り金全てを渡し酒場で待機していたそうだがその後一切の連絡は来なかったとのことで今の状況にあると話した。

 

「それで酒場にいた連中も酷いんですよ!?そんな目にあった俺に向かって――」

「騙されたお前が悪い」

「なんであなたまで同じこと言うんですか!?」

 

 裏表のない真っ直ぐな性格だとは思っていたがここまでお人よしだとは思わなかったのか軽い溜息をつくとやはり青年は首を左右に振る。

 

「それで無一文になって野宿する羽目になって……」

 

 そう涙交じりに青年に話すタツミ、本音を言えばここでまたこの人に会えたのも何かの縁、もしかしたら一宿一飯の恩恵に預かれるかもしれないと期待していた、そして「安心しろ」という言葉が青年の口から出ると待ってましたとばかりに顔を輝かせたタツミだったが返ってきた言葉は予想外のものであった。

 

「この橋の作りはしっかりしている、腰を痛めることもないだろう、じゃあな」

「ちょ! 待ってくださいよ!? 俺、ここ来たばかりで誰もアテがなくて……!」

 

 藁にもすがる気持ちで懇願したタツミであったがその横を横切った馬車が突然止まる、するとそこから降りてきた少女がタツミと青年の元へと駆け寄ってきた。

 

「あなた達、止まるアテがないなら私の家に来ない?」

 

 そう笑顔を向ける少女であったがタツミは先の酒場の一件もあり訝しむ目で少女を見つめ、青年に至ってはタツミと同じ文無しとみられたのが心外だったのか背を向けている。

 

「俺、金持ってないぞ?」

「持ってたらこんなところで寝ないでしょ?」

「アリアお嬢様はお前らのような奴らを放っておけないんだ、お言葉に甘えろ」

 

 警戒して釘を刺したタツミに対し従者の男が「アリア」という名の少女の純粋な好意であると告げる。タツミもまた身寄りのない地で野宿するよりはマシとは考えていたが初めて会ったばかりの連中にほいほいと付いていってしまってもよいものか暫し考える、とその視線はいつの間にか青年へと向かう。

 

「……何だ?」

「あの! 俺と一緒にこの人の家に行ってもらえませんか!?」

「なぜそうなる? 宿なしはお前だけだ、俺には関係ない」

 

 そう吐き捨てた青年だがいつの間にか自分とタツミを取り囲むように従者の2人が立ち塞がっていることに気づく、僅かな殺気を纏っていることも。

 

「……付いていくだけだ、いいな?」

「あ、ありがとうございます!」

「それじゃあ決まりね♡」

 

 2人が同行の意思を示すとアリアは一層の笑顔を見せた。

 

 ……………

 

 

 招かれた屋敷は一家が住むには広大すぎる敷地でありその玄関口からも分かるの装飾と骨董品の数々にタツミは感嘆の溜息をつきながら周囲を見渡す、この挙動ならなるほど、先の酒場で言っていた女から見ても絶好のカモであったろうと青年はタツミを見る。

 

「なんだ、またアリアが誰かを連れてきたのか?」

「これで何人目かしらねぇ?」

 

 居間に通されるとアリアの父と思われる口髭を蓄えた初老の男性と若々しい母が出迎える、その背後には護衛と思われる私兵が直立して構える、その雰囲気から伝わる実力に見ず知らずの自分たちを迎えたことを納得したタツミは先ほどの不安はどこに消え去ったのか意気揚々と感謝を告げると物のついでとばかり仕官の伝手を頼り、同じ故郷から帝都を目指していたという仲間の捜索を頼みこむ。あまりにも大胆な要求に居間の壁に腰かけていた青年も呆れるように溜息を吐くとそのまま屋敷の外へと出て行こうと足を動かした。

 

「待ちたまえ君! どこへ行くんだね?」

「宿なしはそいつだけだ、俺は帰る」

「そうは言ってもここは帝都より離れているわ、夜も遅いし今日は泊って行きなさいな?」

「そ、そうですよ! こう言ってくれてるんだし……!」

 

 帰ると言った途端に弱気を見せるタツミであったが青年にその気はなかった。だが屋敷中から伝わる殺気を前にこの疑うことをまるで知らぬ少年一人置いていくのもいかがなものかと暫し考える。

 

「それならこういうのはどうだね? タツミ君にはお仲間の捜索をする間にアリアの護衛をお願いしたいのだが、そこで君もどうだね? もちろんタツミくんのお仲間が見つかった暁にはいつでも出て行ってくれて構わないぞ?」

「……報酬次第だ」

 

 男からの提案に青年は護衛ということであれば話は別と即座に思考を切り替えると、次には報酬についてテーブルについて早速交渉へと向かう。

 

「これだけの護衛がいるにも関わらずまだ人手が足りないというのか?」

「……近頃帝都に物騒な輩が現れていてね、重役や富裕層のものばかりを狙う殺し屋集団がいるとのことだ」

「こ、殺し屋……ですか!?」

 

 殺し屋という物騒な言葉に身体を震わせるタツミに対して合点がいったと頷く青年、男が語った通り、近年帝都の周辺では帝国の上層部やそれらと関わりを持つ連中、さらには貴族といった上流階級の者までその標的として暗躍する殺し屋集団が夜襲をかけてくるのが相次いでいたのだ、その名は「ナイトレイド」。

 

「もしかしたら君たちにもナイトレイドと戦ってもらうかもしれない、肝に銘じておいてくれ」

「わ、分かりました! 何があってもアリアさん達を守ってみせます!!」

「ふふ、頼もしいものだ、ありがとうタツミくん。君も……そうそう名前をまだ聞いていなかったね?」

「あ……そういえば俺もまだ聞いていませんでした! 名前、教えてください!!」

 

 厄介事に首を突っ込んでしまったことに呆れるように首を振ると青年は静かにその問いに応える。

 

 

「クラウド―― クラウド・ストライフ。元・ソルジャーの「何でも屋」だ」

 

 

 つづく




ふと思いつきました。
FF7とアカメが斬る!の設定が中々どおしてリンクしてたもので。。


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何でも屋 対 殺し屋

「次はあっちのお店を見てみるわ!」

 

 そう指を指しながらアリアが帝都の街を足早に歩いていく、その後ろには両手いっぱいの買物袋を抱える従者が2名、げんなりとした表情で後に続くが無理もない。馬車には既にこれでもかと衣類や家具が詰め込まれておりその様子をみたタツミは開いた口が塞がらなかった、だが彼にはもう一つ口を閉じることができない光景が目の前に映っていたのである。

 

……………

 

 屋敷に招かれた夜にアリアの父から思いがけず「富豪の娘の護衛」という役職を得たことにタツミは大変満足していた。途中散々な目にあったものの最後には良識ある人間に救われ、なにより帝都で成り上がっていく中でその指標となるべき人間と初日に出会うことができたのだから。

 

「クラウドさんかぁ、やっぱ名前もかっこいいなぁ!……俺もいつかあんな風に強くなれるのかなぁ?」

 

 旅の疲れもあって屋敷のベッドに横になったタツミはすぐに眠りについた、その日クラウドと同じく大剣を構えて土竜を袈裟斬りにする将来の自分を夢見ながら。

 

……………

 

 

 長年、同郷で育った今は行方知らずの仲間以外に歳の近しい者がいなかったタツミにとって土竜を一刀両断にしたクラウドは憧れの人としてその眼に映っていた、だが今現在タツミの目の前にいるその人物は両手両脇に買物袋を抱えさらには頭の上に器用に買い物箱を乗せながらアリアについて回っていた。その様子を見た街の人々はまるでサーカスの芸をみるような視線をクラウドにやる。

 

「ほらほら、2人もクラウドを見習ってよね?」

「あ、あんなの無理ですよお嬢様ぁ!?」

 

 達人の域ともいえる曲芸を涼しげな顔でこなすクラウドにアリアはさも当然と求めるが従者も顔を歪めている。

 

「あ、あのクラウドさん……?」

「何をしているタツミ、護衛対象から離れるな」

 

 ことクラウド本人は至って真面目に護衛任務をこなしているつもりで、アリアが駆ければ自身も駆け、アリアが買物箱を手渡すと器用にそれを頭の上に放っていく。頭に乗る箱が1つ、また1つと増えていく度に周囲から歓声と拍手が沸いた。

 

「あいつは……! 護衛する奴が目立ってどうするんだよ」

 

 頭に手を置きながらそう溜息を吐くのは警備兵長のガウリ、昨晩アリアの父よりタツミとクラウドの指導役とされていた彼にとっても頭の痛い光景である。

 

 だが街行く人々の笑顔、アリア含む良心ある貴族達が集う帝都の華やかさ、そして悠然と構える帝都の中心部である宮殿を見上げたタツミはその将来を渇望する眼差しを向ける。そんな様子を浮かぬ顔で見るガウリはタツミの元に顔を寄せると「帝国の真実」を静かに告げた…

 

「――そ、それじゃあ俺の村が重税で苦しんでるのも全部大臣のせい……!?」

「ああ、幼い皇帝を操り人形にしてな…あまり大きな声では話せないが」

 

 近年、大臣の圧政によって各地に帝国の兵士が押しかけては多額の税の納付を半脅迫的に迫っておりタツミの村もその例に漏れなかった。その為帝都に出稼ぎにやってくる若者が後を絶たず、仕事にあぶれた者たちが集う貧民街がこの広大な帝都の実に三分の一を占めるという事実を知るものは少ない。

 

 その貧民街エリアの名は通称「ミッドガル」、クラウドが何でも屋を営んでいる拠点でもある。

 

「関係のない話だ、仕事が無ければ自分で作ればいい、金が無ければ何も始まらないからな」

「クラウドさん!? そ、そんなのって……!」

 

 知られざる帝都の実態に顔を青ざめているタツミにいつの間にか馬車に戻ってきていたクラウドが独り言のように呟く。その言葉に幻滅しかけたタツミにクラウドはさらに言葉を続ける。

 

「お前は何のためにここへ来た? 兵士になって故郷に金を送る、違うか?」

「そ、それはそうですけど……!」

「ならばお前がやるべき事は一つだけだ、他の事にかまけている余裕などない」

 

 その刺すような言葉が胸に突き刺さったものの珍しく多弁となった男の言葉に迷いを断ち切るように首を振ったタツミは大きく頷いた。

 

 

 

 

……………

 

 

 クラウドとタツミがアリア一家護衛の任についてから3日目の晩を迎えようとしていた、今宵は満月が美しい。それが闇の中で生きる者達を照らす光であったとしても。

 

 アリアの屋敷から正門にかけて満月の下、宙に張り巡った糸に移るは6つの人影、いずれも人外の如き殺気を纏わせ屋敷を見下ろす彼らこそが世に噂された殺し屋集団「ナイトレイド」である。今宵の満月に捧げる獲物を狙わんとする彼らであったがその「違和感」にすぐ気づいたのは流石の嗅覚であった。

 

「おかしい……いつも外にいるはずの護衛が見当たらない、それどころか人の気配が無い……?」

「いや、確かに屋敷に人はいるね……けどなんだこの気配? まるで狼のような…」

 

 腕から伸びた糸に鉤爪を這わせる少年と獣の耳を生やした女性が周囲の気配が下調べを行っていた時とまるで異なることを怪しむ、広大な屋敷の敷地には人影一つ見えず、屋敷内はおろか兵の詰所であろう場所も一切の光が灯されていなかったのだ。

 

「まさか……感づかれた?」

「どうする、一度立て直すか?」

 

 銃を持つツインテールの少女が照準器と思われるものを左目にかけて周囲を探る中、全身を鎧で覆う大男が進言する。図体に似合わず臆病とも取れる発言であるが彼らの仕事に「ベター」は許されない、起こりうる事態に最善の対応を求め「ベスト」の結果を導き出さなければならないのだ。

 

「――いや、今夜 葬る」

 

 口火を切ったのは日本刀を携え長い黒髪を靡かせる少女。握った刀の鍔が一つ音を鳴らすと同時に6つの人影は方々へと散る、ナイトレイドの仕事開始を告げる合図であった。

 

 

 彼らが当初予定していた通り、屋敷内に侵入するのは先ほど屋敷内のただならぬ気配を察知した獣耳の女性とスラリと細い体にメガネをかけた清廉な女性の2名、残り4人が護衛の排除、もしくは屋敷から逃走した目標の始末を担当する手はずとなっている。

 

「……気をつけろよ、シェーレ。罠の匂いがプンプンしてるからさ」

「あらあら、そんなに匂うんですかぁ? 気をつけますね、レオーネ」

 

 獣耳を生やした女性、レオーネが屋敷内に漂う空気を察し注意を告げる、シェーレと呼ばれた女性は緊張感のない返事をよこすがその身に纏う雰囲気は静かにそして冷静に内に秘めた殺意の刃を研いでいた。

 

「あたしは親父の方を殺る、あんたは母親と娘の方を」

「はぁい、分かりましたぁ」

 

 レオーネが屋敷の最上階にあるアリアの父親の元へと向うとシェーレは2階通路奥にあるアリアとその母親の寝室へと向かっていく、耳を抜ける静寂の音がやかましいとさえ思えるほどその挙動には一切の無駄がない。廊下を歩く靴音はおろかタイトな衣服を擦る音すらしない、それは闇に生きる者達が誰に教わることもなく人が呼吸をするように自然に身に着けた暗殺術の基本。

 

 やがて母娘の寝室前へと辿り着いたシェーレは静かにドアノブを握る。ここまで闇に紛れ込んできた彼女であったがどんなに気を配ろうともドアノブを回す音ばかりは微かに生じてしまう、この屋敷に侵入した者が物盗りの輩であればそのドアノブを握る手首を回すことに相当の神経を使うことだろう、だがシェーレの手首はドアノブを掴むとほぼ同時に回っていた。

 

 下手に緊張したままではドアノブを握る手から振動が伝わり微かな金属音が反響してしまう、ならばと彼女が下した判断は暗殺者としての素質とこれほどの屋敷のドアノブの立付けが悪いはずがないという経験からくるものであった、事実ドアノブからは金属音とは程遠い金具が僅かに擦れる音が静かにするのみに留まり寝室に僅かな月夜の光が差し込む間にはシェーレの体はドアノブの向かいである寝室内へと移動していた。

 

 そしてメガネの奥の瞳が見据えるは中央に設置されたダブルベッド。夜目が利いた瞳はそのベッドに2つの膨らみを確認すると片手に持っていた獲物を構える。

 

 闇の中において鈍い光を放つ二つの刃、それは日用品として深くなじみのある『鋏』。だがシェーレが両の手で口を開くそれは断頭台(ギロチン)の刃とも見紛うほどの不気味さを纏わせると闇夜に半月の輝線を走らせる。

 

「すみません」

 

 その両刃が閉じられるとシェーレは一言謝罪の言葉を口にした、だがすぐに閉じた刃から手ごたえのなさを感じ取ったシェーレは先程では見られなかった俊敏な動きでその場から後退する、と幅のあるダブルベッドが真横一文字に裂ける。それは斬ったと表現するには余りに鋭利にそして美しくその形状からしてまさに寸断したというのが相応しい。

 

 シェーレが寸断したと思った2人の人間の正体が綿詰めされた麻袋という古典的な罠であったことに気づいた時には暗闇の寝室が眩い光に包まれる、一瞬目が眩んだシェーレが目を覆う手を離したときには既に周囲には無数の殺気が漂っていた。

 

「まんまと罠にひっかかりやがったな、ナイトレイド!」

 

 その声と共に一歩前に出て剣を構えたのはタツミ、その後ろには護衛兵長ガウリ率いる全護衛兵、実に10人を超える人間がこの一室に息を潜めていたのである。

 

「……いつから気づいていらしたんですか?」

「俺たちはさっぱり気づかなかったさ…! あの人がいなかったらな!」

「まさか、レオーネも……?」

「お喋りはここまでだぜ、アリアさん達は絶対に殺させねぇ!!」

 

 咆哮と共にタツミはシェーレへ斬りかからんと駆けた。

 

 

……………

 

 タツミ達とシェーレが遭遇する数刻前、アリア父暗殺を狙うレオーネは屋敷最上階の廊下を歩いていた、その足音はやはり暗殺者のそれであるが先のシェーレと比較してその足取りは非常に警戒心に満ちていた。

 

 屋敷進入前から感じていた気配、獣耳を持つ彼女がまさに野生の感で受け止めていた気配が歩を進めるたびに強くなっているのが分かると一歩、また一歩とその踏み出す歩幅が小さくなっていることに彼女自身気づいてはいない。

 

 やがて彼女は目の前に現れた気配の正体を前にその足を止める、ステンドグラスから月夜の光が差し込むとやがて姿を見せたのは青い瞳を放ちその体全てを覆い隠す程の大剣を前に突き立てたクラウドが佇んでいた、まるで初めからここにレオーネがやってくると分かっていたかのように。

 

「……いつから気づいてた?」

「さぁな、ただの勘だ」

 

 レオーネの問いに短く返すクラウド、だがナイトレイドの襲撃に対しアリアとその母の寝室にタツミ含む全護衛兵を待機させ、かつレオーネをここで迎え撃ったことをただの勘で片付けるには余りにも出来すぎていた。

 

「あえていうなら今日は仕事日和だったというところか、月が満ちる今日は特にな」

 

 そう言うとクラウドは床に突き立てた剣先を引き抜く、と同時にレオーネが横にあった屋上外へと続く階段を駆け上る。決して臆病風に吹かれたわけではない、先も述べたように彼らの仕事に「ベター」は許されない、目標である一家が匿われ、まんまと屋敷に招き入った時点で既に彼らは一手見誤ったのである。この状況を「ベスト」に導く為にレオーネは即時に外にいる仲間に状況を伝えナイトレイド全員を以ってして護衛の排除にかかることを選択した。屋上に出た彼女はそのままの勢いで屋敷外へと飛び出す、その跳躍は彼女の外見を象徴するかのように人間離れしたもので屋敷の全高を遥かに超える。

 

「ここまで来れば……ッ!!?」

 

 空に舞いながらレオーネは安堵の言葉を吐いたが自身を照らしていた月の光が途絶えたとことに気付き即座に振り返る、そこには満月を背にレオーネの跳躍の実に2倍に相当する跳躍を見せたクラウドが大剣を振りかぶりレオーネに迫っていた。

 

「まじかよ、こいつ!?」

「逃がさん」

 

 そしてその刃がレオーネに届くかという時、突如クラウドはその身をよじるように宙を舞い始める。そのクラウドの周囲には月夜に照らされて僅かに輝く糸が幾重にも張り巡らされていたがその一本一本を空中で身をよじりながら全て躱わしていたのだ。

 

「ありえねぇ!?俺の結界を……!?」

 

 満月を背に宙を舞うその圓舞曲(ワルツ)に屋敷外の森林に潜み糸を操っていた少年、ラバックも思わず姿を現す。糸の結界を抜けたクラウドが地上へと着地する前にレオーネを仕留めんと迫ると両者の間を塞ぐように立ちはだかる鎧の男、いかにも大重量である鎧を纏っているにも係わらず地上から5mほどの跳躍を見せた鎧の男は手に持った槍を構えるとそのままクラウドを迎え撃つ。

 

「うぉぉぉぉ!!」

「邪魔だ」

 

 空中で交錯した両者の刃、だが次の瞬間、鎧の男の体は万有引力の速度を超越した勢いで地面へと叩き付けられた。

 

「ぐはぁぁ!!」

「ブラートォォ!!」

 

 レオーネがブラートと叫んだ鎧の男は相当の衝撃をその身に受けたことで呻き声を上げたが即座に体を起こした、そして屋上からその身を放ち屋敷の敷地に着地するまでの数秒間でナイトレイド3人を手玉に取った男がその前に迫る。

 

「おいおい、こんな奴がいるなんて聞いてねぇぞ……!?」

「私も知ってたらのこのこ屋敷の中に入んなかったよ」

「姐さん、無事ですか!?」

 

 ナイトレイドの人員はその1人1人が一騎当千の力を秘めている、その者達がたった1人の人間を相手に肩を並べて相対しているという状況は極めて稀であり、そして極めて危険であることを意味していた。

 

「あいつが持ってる剣、やっぱ『帝具』かな?」

「かもね、でもアイツはそれ抜きでもやばすぎる」

 

 帝具、それは帝国の始皇帝が未来永劫に渡り帝国の繁栄を願って当時の技術の粋を集結させて誕生させた48の武具からなる、その力は正に絶大であり現在の帝国が千年の歴史を刻んできた証でもあった。後の内乱によって国内外にその半数以上が行方を眩ませてからその存在を知るものは少ない。

 

 ナイトレイドの面々が持つ武具も帝具のそれであり、レオーネが獣耳を持つのも装着者を獣化させるベルト型の帝具『百獣王化 ライオネル』によるもの。身体能力の向上の他に五感をも強化させる能力を持ち進入前後に屋敷内の不穏な気配を逸早く察したのもこの帝具の恩恵によるところが大きい。

 

 ラバックの持つ糸の帝具『千変万化 クローステール』はその形状ゆえに多様に渡る用途があり、装着者のラバックの柔軟な思考と技術によってその名の通り千変万化の対応が可能な帝具である。

 

 ブラートが装着する鎧『悪鬼纏身 インクルシオ』は並の人間では装着するだけで死に至るほど甚大な負担がかかるが様々な環境に適応できる汎用性と鉄壁の防御力を誇る、装着することが出来る者はそれ即ち相当の力量を持つことと同義であり絶大な性能を誇る帝具といえる。

 

 それら強大な力を持つ帝具を有する3人の猛者がたった1人大剣を構えた男に苦戦を強いられている現状を見れば先の帝具の説明が皮肉にもクラウドがいかに人外の力を秘めていることを証明してしまったことに他ならない。

 

「とはいえ向こうは1人こっちは3人! ……殺り様はあるでしょ?」

「……だな、私とブラートで対応する、ラバは援護を頼んだよ!」

「男ならタイマンと行きたいところだがそうもいってられねぇか!」

 

 雲が満月を覆い隠すと再び舞台は闇に包まれる、と同時にレオーネとブラートの両者がクラウドに迫る。

 

「うおりゃあぁぁ!!」

「そおおりゃああ!!」

 

 雄叫びと共に2人が拳の連打を繰り出す、格闘戦に長けたレオーネと彼女との間合いを考慮して槍から徒手空拳に切り替えたブラートの両者が放つそれは常人から見れば腕の動きが捉えられないほどの凄まじき弾幕となりクラウドに襲い掛かる。

 

 しかしクラウドはそれら一つ一つの拳を大剣を使っていなす事もせず全て回避する、剣を使って視界を防げば彼らの背後で構えるラバックに対して隙を与えてしまうことを考えてのことである。

 

 だがわざとらしく両手を構えるラバックも、拳の弾幕を浴びせるレオーネとブラートの両者もラバックからの援護は考えていなかった、もう1人の伏兵が敷地より数百m離れた林の上からその照準をクラウドに合わせていたからである。

 

 その手に握る銃もまた帝具の一つ『浪漫砲台 パンプキン』、使用者の精神エネルギーを撃ち出す銃でありタイプも様々で近~中~遠距離と対応できる。また使用者が危機的状況に陥るほどにその威力を向上させるという特性を備える。

 

 ラバックが大げさに「3人」と口にしたことも、レオーネとブラートが闇夜において暗殺者にあるまじき雄叫びを上げていたのも全ては狙撃手に気取られないための策略であったのだ。

 

 しかし銃を構えるツインテールの少女、マインは照準器を覗きながら隙を伺うもこの状況を『危機(ピンチ)』と捉えていた。自身の存在を感づかれていないとはいえナイトレイドの中でも対接近戦において秀でたレオーネとブラートを相手にしながらも尚ラバックから視線を外さない男の力量に。この一撃を外せば間違いなく次弾を命中させることは叶わない、それは自分を含めた仲間の窮地を意味していた。

 

「……いいじゃないの、この危機(ピンチ)……!!」

 

 危機的状況を迎えていると捉えた彼女の精神エネルギーが増幅していくとパンプキンの銃口が淡く輝き出した。

 

 マインの狙撃タイミングを作り出すべくブラートが拳を地面に叩きつけるとクラウドの足元の地盤が激しく歪みながらひび割れる、更に左右からレオーネとラバックの糸が迫るとクラウドは再びその身を宙に上げたがその瞬間をマインは見逃さなかった。

 

 極限までに研ぎ澄まされた彼女の精神エネルギーが銃弾となって放たれる、それは闇夜の世界では見えるはずのない米粒大程までに圧縮された衝撃波が光速でクラウドの眉間に迫る、確実に仕留めたと確信したマインだったが暗闇の空間に一筋の光が見えたと思った直後に自身が放った厚さにして3mmに満たない極小の銃弾が真っ二つになって霧散していくのを照準器を介してその目に見た。

 

「まさか……斬られた!?」

 

 そのまさかであった、クラウドはマインの存在はおろか己が狙撃されたことも気づいてはいなかった。だが相対していた男が単調な攻めに切り替えたこと、さらに跳躍を迫るように足並みを揃えて挟撃してきた女と少年に瞬時に空に難ありと捉えると光速で風を切る衝撃波の音を感知して刃の厚さ6mmの大剣で両断したのである。

 

 これまで躱されること防がれることはあれど己の銃撃を斬った相手など誰一人としていなかったマインは相当の衝撃を受けていた、その証拠に次弾は命中できないという危機(ピンチ)を迎えているにも係わらずパンプキンの銃口に灯っていた光は消え失せていた。

 

「仕込みのネタは今ので終わりか?」

 

 再び剣を構えたクラウドは皮肉の言葉を吐くがその姿勢には一切の油断はない。怒気とも冷徹とも感じ取れない無機質の表情で立ちはだかる男を前にラバックは下唇を噛む。

 

 今夜の仕事はナイトレイド全員による襲撃、事前の調査では護衛はせいぜい10人ほど。敷地の広さゆえに全員での仕事となったがこれほど簡単な仕事はないと割り切っていた彼は仕事終わりに日課としているレオーネの入浴を覗く時間と潜伏場所はどうしようか考える方が悩みのタネだった。

 

「ちくしょう、天罰が降りちまったかな……!」

「……いいや、降りて来たのはうちらの『切り札』だ」

 

 レオーネが右人差し指を空に向けるとその先の暗闇の空を黒髪の少女が駆ける、真っ直ぐにクラウドの元へと迫ると手にした日本刀を居合いにて抜き放つ、と両者の間に閃光の火花が舞い散った。

 

 先においてレオーネとブラートの攻撃を全て躱していたクラウドが初めて直接的な攻撃を剣で防いだのはその少女の力量と少女の握る刀から漂う禍々しさを感じ取っていた為にある。

 

 対する少女も未だ光の届かぬ闇で獣化による視力の強化によって唯一その姿を捉えていたレオーネ以外に奇襲の一撃を防がれたことに目を開く。

 

 華奢な体躯から繰り出される刀の一振りが只の少女ではないことは鎧を纏ったブラートを大地に叩きつけて見せたクラウドが受身に回っていることから想像できる。その少女、名をアカメと呼んだ。

 

 幼き頃より貧しかった家庭環境から帝国に身売りされ、帝都の養成機関で暗殺者として育てられた彼女は紆余曲折を経て現在は殺し屋集団ナイトレイドに身を寄せていた。

 

 その彼女が持つ刀も当然帝具の一つ、名は『一斬必殺 村雨』。見た目こそはただの日本刀だがその刃に斬られると傷口から呪毒という古代文明における呪術の一式が施された毒が流れ込み即座に対象を死に至らしめるという恐るべき妖刀である。

 

 クラウドがその刃を剣で受けたことは村雨の恐ろしさを本能的に感じ取ったのか、アカメの技量もあってか後手に回ったクラウドの姿にナイトレイドの面々の覇気も上がる。

 

 両者の刃が重なり火花が散ったのは何度に渡ったか、互いに一層の力を込めた一撃が重なるとそれに呼応するかのように満月を覆っていた雲が晴れる、再び姿を見せた満月が舞台の役者を照らすように金髪碧眼の青年と黒髪赤眼の少女に降り注いだ。

 

「……ッ!?どうして……!?」

 

 刃を交えていた相手の顔を見たアカメが一驚を喫する。その眼に映った男の顔に覚えがあった、少女にとって忘れることの出来ない思い出の中に映るその顔を。

 

「生きて……生きていたんだな、クラウド…!?」

 

 そう口にしたアカメの表情は驚嘆とも悲哀とも喜悦とも取れる、だがその少女を前にしてクラウドが返した言葉は…

 

「……誰だ、お前は?」

「…えっ?」

「悪いが、殺し屋に知り合いはいない」

 

 アカメが見せた一瞬の隙を突いたクラウドが村雨を宙に弾くと返す刃を少女の脳天に目掛け、振り下ろした。

 

 

つづく




いきなりド修羅場展開っす。


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契約終了

 満月を裂く様にクラウドが大剣を縦一文字に翳すとその刃をアカメの脳天に向けて振り下ろす、とその時、一切の照明が灯されていなかった屋敷から溢れんばかりの光が漏れ出した。

 

 その光は屋敷外にいた者達の目を引くには充分過ぎるほどであり、一瞬目を離したクラウドの剣筋が鈍ったことでアカメは咄嗟に身を逸らせると宙に舞い上がった村雨を手に取り再び両者均衡の間合いを保つ、先の動揺から見せた隙など一分も見せないその反応は彼女が暗殺者として芯まで染み込んだ経験からなるものである。

 

「今の光……シェーレの『奥の手』か!?」

 

 レオーネが屋敷に向かって叫ぶと2階の窓ガラスを突き破ってシェーレがその姿をさらす、その後を追うようにタツミらが1階正面玄関から飛び出してきた。

 

「ごめん、クラウドさん!! 取り逃がしちまった!」

「……気にするな、最初からあてにはしていなかった」

 

 アカメと向き合ったままそう答えたクラウドであるが如何に彼といえども近接戦に長けた者を複数人同時に相手取り且つ後方援護が2人も構えていた状況は芳しくなかった。

 

 たった1人とはいえタツミらが敵を足止めしていてくれた事、今しがたの騒動でそのタツミ、ガウリら護衛兵10数名が緊迫した現場に参上したことにより少なくとも敵戦力を分散させるという結果をもたらしたことは大きい。

 

「クラウド! 私だ、アカメだ! 分からないのか!?」

「記憶力は悪いほうじゃない、知らないものは知らない」

 

 ただクラウドが不可解だったのは目の前にいる自分と面識がある口ぶりで話すアカメと名乗る少女、何が狙いと探るがその真意は見えない。

 

「アカメちゃん、どうしたんだ!?」

「もしかして昔の知り合いか?」

 

 増援に駆けつけたタツミらをブラート、シェーレに任せてアカメのバックアップに回るラバックとレオーネ、しかし背後からでも伝わるアカメの焦燥ぶりに息を呑む。アタッカーであるアカメの動きが鈍いこともあり数の上で有利であるにも係わらず両者の均衡は僅か数秒とはいえ完全に沈黙した。

 

 その一瞬の膠着を好機と見たクラウドは右足を前方に強く蹴り出すとクラウドの剣を受けたアカメの体がラバックとレオーネの間を弾丸の如き速度で抜けていく、2人が振り返ったときには既にクラウドとアカメの姿は闇夜の森林へと消えていた。

 

「まずい! ラバ、追うよ!」

「合点!!」

 

 ……………

 

「ナイトレイド、覚悟ぉぉ!!」

 

 状況が動いたことでブラートとレオーネの2人もタツミらとの臨戦態勢が崩れた。クラウドの読みによる奇襲が成功したことで気を大きくしていた護衛兵ら数名がブラートに襲い掛かる、がブラートが手に持った槍を旋回させると共にその胴体が真横に裂けると一瞬にして屋敷の敷地には寸断された元・人間だったものが転がる。

 

「う……ッ!?」

 

 タツミは思わず口に手をやった、故郷を出てから帝都に向かうまでの道すがら人助けと路銀の調達を兼ねて数多の危険種と戦い屠ってきたが人間相手に刃を向けたことは只の一度もなかった。

 

 たった3日間とはいえ兵舎で寝食を共にし、アリアの護衛という名の荷物持ちに駆り出されていた仲間がほんの一瞬で物言わぬ骸となって転がっている、目の当たりにした惨状がタツミの身体を震わせることは容易かった。

 

「シェーレ、こいつは違うよな?」

「はい、標的ではありません」

 

 身体を震わせながらも構えを解かないタツミを一瞥したブラートはシェーレの言葉を聞くとそのままタツミの脇を横切る、あまりに不可解な行動を取られた事に一瞬呆気に取られるタツミであったが鎧の男が自分と、そして背後に構えるガウリ等の間合いに入ることに気づく。

 

「ガウリさん! 挟み撃ちだぁ! うぉぉぉぉ!!」

「……ほう、恐怖で震えてんのに大した奴だ」

 

 タツミが振るった剣をブラートは槍で容易くいなす、だがタツミにとってもこれは予想通りの結果、背後からガウリ等が攻めれば僅かの隙を突けると睨んでいた。だが地面に倒れこむタツミの目に飛び込んできた姿は…

 

「い、今のうちだ、逃げろぉぉ!!」

「ガウリさん!? な、なんで……!?」

 

 ガウリは残った護衛兵に撤退を告げると武器を放りタツミに背中を見せ蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく、その光景に思わずタツミは苦笑を浮かべた。

 

「大儀もねぇ奴等が……! うぉぉりゃあぁぁ!!」

 

 ブラートが咆哮と共に投擲した槍は直線上の護衛兵数人の身体を抉ると先頭を切っていたガウリの背中をも貫く、そのままガウリの身体を乗せた槍が大木に突き刺さるとそこにはクラウドとタツミの指導役であり護衛兵長であった男が敵に背中を向けたまま無様な姿を晒していた。

 

「ブラート、こちらも終わりましたぁ」

「おう、俺達もアカメの元に向かうぜ!」

 

 シェーレとブラートは現場が片付いたことを確認するとそのままアカメの元へと駆けていく、その際に一目もタツミの顔を見ることも無く。

 

「なん……だよ……! なんなんだよぉぉぉ!!?」

 

 只一人そこに残されたタツミは兵長ガウリを初めとした仲間の醜態と路傍の石ころとばかりに相手もされなかった自身に対してやりきれない感情を露わにした、その叫びに対して返ってきた夜風の音がただただ空しかった。

 

 ……………

 

 

 宙を舞い、地を駆けながらいくつもの火花が舞う、夜の森林は一層闇が深くクラウド、そしてアカメも互いの位置を呼吸、殺気、剣を振るう際に生じる風を切る音と視界以外から伝わる情報を総動員させていた。その立会いが一般人から見ればとても一切の視覚が遮られてるとは思えないほどに2人の斬撃は的確に互いを捉えていたのである。やがて敷地奥の広場に抜けるとアカメはクラウドから再び間合いを大きく取った。

 

「クラウド! 話を聞いてくれ! 本当に私の事を覚えていないのか!?」

「同じ問答を何度もするつもりはない」

「くっ……! どうして、どうしてなんだ!? なぜ、お前が……!?」

 

 剣を交えている間は条件反射で対峙していたアカメであったが再びクラウドの姿を目にしたことで声を荒げる、だが少女の言葉をクラウドは思案する気はなかった。恐らくタツミらは残された連中に対抗できない、各個撃破していくことで戦局を覆すためにも時間はかけていられなかった。

 

「クラウド、お前はこの屋敷の連中が何をしているのか分かっているのか!?」

「そんなものに興味は無い、俺はただの雇われの傭兵だ」

「……ッ! ならばこれを見てみろッ!!」

 

 そう言うとアカメは敷地の奥にまるで隔離されたように建つ倉庫の錠を開け放つ、そこにはこの世のものとは思えぬほどの世界が広がっていた。

 

 食料庫に備蓄されている家畜のように手足を縛り上げられ宙吊りにされているのは人間、人間、人間の数々。そのどれもがいずれかの部位を欠損、損壊しており一目で人為的な行為によるものだと分かる。老若男女問わず拷問にかけられており奥に設置された檻からは擦れた呻き声が何重にもなり倉庫内に響き渡る、その身体の至る所に斑点が表れており何らかの病に冒されているのが見て取れる。

 

「これがこの屋敷の連中が行ってきた所業だ、お前はこれを見てもまだ護衛すると言うのか!?」

「……関係無いな、俺が交わした契約は家主の護衛だ、前金を貰っている以上依頼は果たす」

「……クラウドッ!!」

 

 真実を見せたことでクラウドの反応が変わることを期待していたアカメであったがその想いは届かずに終わる、やがてアカメを追ってきた残りのナイトレイドがクラウドの前に立つ、姿は見せていないが狙撃手もその照準を向けているであろう。

 

「タツミ達はやはり無理だったか」

「あの坊主なら心配いらねぇよ、標的じゃなかったからな」

「あんたも標的じゃないけど邪魔するってんなら……ぶち殺す」

 

 再びクラウドの前にブラートとレオーネが立ち尽くすがマインの狙撃を当てにしていない彼らの覇気は先の比ではない。加えてアカメとシェーレ2人の増援、援護に回ることに専念したラバック、そして闇に紛れ照準を合わせるマイン、ここに来てクラウドは彼我戦力で圧倒的劣勢に陥ったが先程の立会いで数的有利を頭から排除した連中は密集陣形を組みクラウドの正面に立つ。この均衡が崩れる時、今まで以上の激戦が繰り広げられることが予想されたが…

 

「皆、待ってくれ! クラウドは私の……友なんだ!」

「アカメ!? そこをどけ!」

 

 相対する両者の間にアカメが割って入る、彼女の予想外の行動にナイトレイド陣営が一瞬乱れるとクラウドは振り上げた大剣を大地に叩き付けた。

 

 剣先から迸る衝撃波が地を這うようにアカメに迫る、がその速度は緩慢でありクラウドを正面に見据えていたナイトレイドの連中は当然のように、アカメもまた背後に迫った殺気に身体を宙に上げる。

 

 不意を突いたクラウドの一撃は誰一人として命中することなく終わったと思われたが瞬間地を這っていた衝撃波が爆ぜると流星のようにナイトレイドに襲い掛かった、まるで予測できなかった攻撃の変化に直撃を受けた面々は大地に、木に身体を打ちつける。

 

「ぐっ…! なんだ、今のは!? あいつの帝具の力か!?」

 

 ラバックがクラウドの技に頭を回らせるがそれをかき消すかのように闇夜に響くは高らかな笑い声、その先にはアリア一家がその姿を見せていた。

 

「ははは! 素晴らしい、素晴らしいぞクラウド君! 悪名高きナイトレイドを軽くあしらうとは!」

 

 護衛対象が自ら姿を晒すなどもっての外とクラウドは軽く舌打ちをする。とアリア一家を追うようにタツミが姿を見せた、外傷は負っていないようだが精神的に大分追いやられたのかその顔色は優れない。

 

「アリアさん、駄目ですよ勝手に外に出ちゃ! 旦那様も奥様も!」

「あはは、大丈夫よタツミ♪ クラウドが居れば悪者なんてあっという間だよ!」

 

 軽快にそう言葉を返したアリアであったが屋敷に転がっている護衛兵の死体の山を見ているであろうにも係わらず今もまた殺し合いが行われている現場を笑ってみせるその表情にタツミはさらに顔を青ざめた。

 

「……標的確認、葬る!」

 

 体勢を整えたアカメがアリア一家に迫る、しかし再三に渡り正面にはクラウドが立ちはだかる。

 

「クラウド! お前はまだ……!」

「言った筈だ、依頼は完遂すると」

 

 アカメにとって標的が姿を晒してくれたことは好機であった、旧友であるクラウドを前に満足に戦えないことは彼女自身が誰よりも理解していた、その為に今しがた仲間を危険に晒してしまったことも。なればこそ標的を早々に討ち取ることで戦いを終局に持ち込みたかった彼女にとってまたもクラウドがその前に立つことは何よりも苦々しい。だがクラウドとの戦いを避けられないと覚悟したアカメは村雨を構える、その圧にクラウドも構えていた剣を手元に引き寄せ警戒を強めた。互いの緊張感が高まり、三度の激突が始まろうとした時だった。

 

「サ……ヨ? な、んで……!? こ、こんな……!?」

 

 倉庫内の惨状を見たタツミが声を上げる、倉庫内入り口前に吊るされていた少女に向かって語りかけていることから知り合いがいたのだろうか、既に事切れた少女に向かって何度も呼びかけるが当然反応はない。

 

「タ、タツミ……タツミだろ……?」

「イエヤス……? イエヤスか!? お前、何でこんな事に!? いったい何があったんだよ!?」

 

 牢屋からタツミの名を呼ぶ少年、イエヤス。その身体は他の者と同様に斑点が浮かんでおり何かしらの疾患が見られる、タツミに向かって腕を伸ばしながら涙ながらに宙吊りにされた少女サヨの末路と自分達がアリア一家に騙されていたことを語った。

 

「アリアさんがサヨを……!? 奥様がお前をそんな目に……!?」

「嘘じゃねぇ……! お前も騙されていたんだ!」

 

 タツミは両手で頭を抱えてその場に膝をついた。帝都へ着いてからの充足した3日間、その裏で同郷の仲間がおぞましい目に合いその仇に尽くしていた自分の愚かさを嘆き叫んだ。

 

 その悲痛な叫びを聞き眉を細めるはナイトレイド、口角を吊り上げ下卑た笑みを浮かべるはアリア一家、只一人表情を崩さないクラウドは静かにタツミに問う。

 

「タツミ、確認する。お前が捜索を依頼していた仲間はその2人で間違いないんだな?」

「……そう、だよ……! そうだよ! 俺の仲間だ! サヨだ、イエヤスだ!!」

「…‥了解した」

 

 アカメと相対していたクラウドはその剣を下ろすとアリア一家の元に静かに歩み寄る、その背後を突こうと思えばアカメは出来たがそうしなかったのはそれまでまるで感情が読めなかったクラウドの背中に静かながらも確かな怒気を感じたためにあった。

 

「どうした、クラウド君? 君への依頼は私達の護衛のはずだぞ? 私達が何をしていたのかは契約上何も関係がない、そうだね?」

「…ああ、その通りだ。――だが」

 

 一陣の風が舞うと闇夜に浮かぶ満月に映ったのはアリア父の首、胴体は首が離れたことも気づいていないのか直立不動のまま。横に薙いだ大剣を回転させながら背中に納めたクラウドは月夜に舞う生首に物申す。

 

「俺の契約はタツミの仲間が見つかるまでだったはずだ……先程契約は終了した」

 

 主人の首が飛ぶ様を見た婦人が恐怖に駆られ逃げ出すがその前をアカメが立ち塞がると村雨を一閃、手に持っていた拷問の有様を綴っていた日記ごとその胴体を真横に裂かれ絶命する。

 

「お、お願い! 私だけは殺さないで! 私はまだ子供なのよ!? 名家の娘なのよ!? 将来があるのよ!?」

 

 一瞬にして両親の命を眼前で奪われたアリアであったが口に出すのは保身の言葉のみ、その浅ましさにアカメは冷徹な目を向けたまま村雨を握る力を強めた、だがふらふらと前に出たタツミがアリアの前に立つ。

 

「タ、タツミ!? あなたは違うわよね、私を守ってくれるわよね!?」

 

 タツミはある言葉を思い出していた、敵を斬るのであれば『斬る』のではなく『断て』というクラウドの言葉を。

 

 剣を縦に構えたタツミは真っ直ぐに振り下ろす、その剣はアリアの頭蓋を、脳髄を、肉を、骨を両断した。

 

 人の頭蓋は幾層の骨で構成されておりかつ衝撃を逃がすために流線を描いている。その頭蓋を縦一文字に両断することはクラウドが送った言葉の通り斬るのではなく『断つ』ことだがそれを実践してみせたタツミの技量と覚悟を見たナイトレイドの連中も思わず目を開く。

 

「終わった……のか?」

 

 状況が状況だけに標的を全員始末した結果を受け容れてよいのか戸惑うラバック、やがて後方で待機していたマインが姿を見せるとナイトレイド6名に対してクラウド、タツミの2名がその場に集うことになった。今しがた刃を交えていた相手の意外な行動に対処を迷う連中であったがレオーネが何かに気づいたようにタツミの元へと駆け寄る。

 

「よっ、少年! 元気だったか?」

「え……? あ、あの時のネコババ女!!」

 

 以前クラウドに話した酒場で掴まされた女に気づいたタツミが声を荒げる、その一幕に気を抜かれたのかそれぞれ構えていた帝具を納めると殺気に包まれた場の緊張が解れていく。

 

「クラウド……協力、感謝するぞ、ありがとう」

 

 アカメは感謝を告げたがその言葉に反応することなくクラウドは拷問部屋へと向かう、次に姿を見せるとその腕にはイエヤスが抱きかかえられていた。

 

「イエヤス!? どうした、しっかりしろ!?」

「……無駄だ、こいつはルボラ病の末期、もう助からない」

「そ、そんな…!?」

「気にすんなよ、タツミ……すかっとしたぜ……」

 

 病による全身の苦痛に苛まれているにも係わらずイエヤスが最期に見せた表情は快活であったであろうその外見に違わず晴れ晴れとしたものであった。

 

 

 …………

 

 

 タツミが悲しみに暮れている暇はなかった、レオーネがタツミをナイトレイドの本部へ連れ帰ろうと進言したのだ。彼女によると常に人員不足のナイトレイドに必要な人材とのこと、タツミの資質や気概を買ってのスカウトである。

 

「離せよ! 俺は二人の墓を……ってクラウドさん!? 見てないで助けてくださいよ!?」

「殺し屋に就職決定か、おめでとうと言っておこう」

「なんでそうなるんですか!?」

 

 クラウドに助けを乞うたタツミであったが皮肉な言葉を残しクラウドはその場を去ろうとする。

 

「待ってくれ、クラウド! ……お前も私達と共に来ないか? いや、来てくれ!」

「断る、あいにく殺し屋稼業は請け負っていない」

「そうは言っても姿を見られたからには一緒に来てもらうか……死んでもらうしかないんだけどね~」

 

 アカメの懇願に近い勧誘を蹴ったクラウドに対し、レオーネが殺意を込めた言葉を送る。クラウドが背中の剣に手をかけると再び現場の緊張感が高まっていくがレオーネが抱きかかえたタツミに腕を回し指を鳴らすしぐさを見たクラウドはともすればスカウトしたタツミをも人質として利用されることを悟ると剣にかけた手を離す。

 

 だがその掌は上に向けたままアカメの前に差し出された。

 

「お前らの標的は一家3人だったな、1人分の割当を貰おうか?」

「…善処しよう」

 

 

 かくして何でも屋クラウドは金銭を巻き上げるために殺し屋集団ナイトレイドへのアジトへと向かうことになる。今宵アカメと出会ったことにより止まっていた時間と運命の歯車が再び動き出した事を気づかないままに。

 

 

 つづく



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動乱の世界

 帝都から北に伸びる森林を8つの影が進む、仕事を終えたナイトレイドがアジトへの帰路についていた。殺し屋のアジトなのだから当然その道は平坦ではない、獰猛な危険種がはびこる山々を越え道なき道を進む、日中であれ極めて危険な道を夜の世界で生きる彼らは庭を駆け回るかのように歩を進め、木から木へと飛び移る。レオーネに抱き抱えられたままのタツミは何も見えない暗闇を進む恐怖に声を上げながらナイトレイドの連中が顔色一つ変えずに飄々と闇を駆ける様に息を呑んだ。

 

 一方ナイトレイドの連中もアジトへと続く道を真っ直ぐに見据えながらもその背後に続くクラウドに時折目をやっていた。仕事帰りのルートを決めている彼らにとっては夜目の聞かない道もレオーネの目とラバックが至るところに張り巡らせている結界からどの地点を進んでいるのかある程度把握している。その道を初めて行くクラウドであったがその足取りはナイトレイドらとなんら遜色ない。

 

 二つの麻袋を両手に抱えながら闇を駆けるその姿に一定の緊張感を保ったまま8つの影は更に深くなった闇を抜けていった――

 

 ……………

 

 アリア一家へのナイトレイドの天誅から一夜が明け、ここ帝都の中心部である帝国内部では明朝から物々しい雰囲気に包まれていた。

 

 険しい表情の内政官達が集い昨今の帝都の状況について互いの意見を述べる。

 

「昨日も名家の者が近衛兵共々ナイトレイドに皆殺しにされたそうだ」

「まだ娘も若いというのに…ナイトレイドめ……!」

「だがナイトレイドの殺しは民からの依頼のものもあると聞く、あの一家の所業を考えればやむを得ないことではあるが……」

 

 腐敗の一途を辿る帝国ではあるが民を憂う気持ちはある、無論ナイトレイドのやり方を肯定するつもりはないが事実貧富の差が激しい帝都ではスラム街が日ごとにその面積を広げている。

 

 また帝国周囲には南部に本部を構える反帝国勢力である革命軍を筆頭に、虎視眈々と侵攻を企てる北の異民族、既に革命軍とコンタクトを取っていると目される西の異民族、帝国と十数年にも及ぶ戦争を繰り広げてきた東の異民族とまさに四面楚歌の様相を迎えつつあった。

 

 情報規制を敷いてはいるものの民からの帝国への不信感は日増しに強まる一方で逆らうものは容赦なく公開処刑する大臣の恐怖政治に帝国内部での火種は未だ燻っている、だが既に帝都内部では規模は小さいものの帝国に反旗を翻す一派が存在していた。ナイトレイドほど人的被害は少ないものの経済的な損失は現在の帝国にとっては最も頭痛の種でもある。

 

「テロリスト集団アバランチ……か、奴等もこの機に乗じて活動を再開するはずだ。周辺はもちろんミッドガルエリアの見張りも増員しておこう」

 

 アバランチ、その活動は様々であるが主な活動は環境テロである。昨今帝国が機械技術を導入した設備を展開しているがその動力となるもの、『魔晄エネルギー』に対して独自の生命論を唱えており、それらの施設を襲撃、爆破させ多大な被害をもたらしていた。

 

 外には殺し屋集団含む革命軍の台頭、内からは環境テロリスト、千年の歴史を刻んできた帝国は未曾有の危機に瀕していると言っても過言ではない。

 

「……このような状況こそ『英雄』が求められるのだがな」

 

 その言葉に議会の場は静まり返る、発言者の男も失言と口に手を当てた。結局明確な打開策を打ち出せぬまま明朝の議会は深い溜息で締めくくられた。

 

 …………

 

 帝都から北に10キロの地点に殺し屋集団ナイトレイドのアジトが構える、アジトというからにはさぞや人目に付かぬ地下に拠点を設けているだろうと考えていたタツミであったが切り立つ崖下にあるとはいえ余りにもオープンなその外観に言葉を失った。

 

「あ~、もぅ! 汗でベトベト!シェーレ、温泉行くわよ!」

「はぁい。背中流しますね、マイン」

 

 アジトへ帰還するなりそれぞれ自由行動へと移るナイトレイドの面々、マインの言葉からどうやら温泉まで湧き出るようである。もしや温泉が噴出する場所だからここにアジトを設けているのだろうか、タツミがそんな考えを巡らせているとマインから冷ややかな視線が向けられる、どうやら入浴する自分達に対してあらぬ妄想に耽っていると捉えられたのだろう。

 

「あんた、覗いたら殺すからね」

「だ、誰が覗くか!? 誰が!?」

 

 殺し屋の口から「殺す」という言葉が出ると冗談には聞こえないタツミは必死になって弁解する。勧誘という名の拉致で殺し屋達のアジトへ無理矢理連れてこられたのだ、一挙手一投足が死を招きかねない状況で緊張感を纏ったタツミは助けを乞うようにクラウドへと目をやる…がそのクラウドの姿がどこにも見えない。

 

「あ、あれ? クラウドさんは?」

「クラウドならこの先の丘へと向かった」

 

 周囲を見渡すタツミにアカメが応える、直接見る機会は少なかったがあのクラウドと互角に対峙していたこの少女に警戒しつつもタツミはクラウドが向かったという丘を目指した。無論その背後には不審な行動を監視せんとアカメとレオーネの両名がつく。

 

 

 

 ナイトレイドのアジトより少し離れた丘は広大な森林を隅々まで見下ろせることができる実に景観の良い場所である、そこでタツミは丘の先で地ならしをするクラウドの姿を見た。両手に抱えていた麻袋がないことに気づいたタツミはすぐにクラウドがサヨとイエヤスをこの地に埋葬してくれたことを察する。

 

「あの……クラウドさん、すみません、俺が……ちゃんと弔わなくちゃならないのに」

 

 そう礼を告げたタツミであったが内心2人の亡骸をクラウドが弔ってもらったことに安堵をしていた、生まれてから今まで家族同然の付き合いをしてきた仲間が自分の素知らぬ所で陵辱の限りを尽くされ命を落とし、のうのうとその敵に一時的に仕えていた自身を恥じ、合わせる顔がなかったからである。

 

「石を探してこい」

「え?」

「2人の墓石だ、何も添えないつもりか?」

「あっ……す、すみません! 行ってきます!」

 

 

 クラウドの言うとおりに墓石となるものを探しにいくタツミ、だがその心と足取りは重い。共に帝都に夢を見て、志を共にした親友達の墓石を見繕うなど己の行動が解せなかった。

 

 やがて適当な石を手に丘に戻ったタツミは2人が眠る地にそっと石を置くと故郷の習わしに従って2人の墓前に両手を合わせる。

 

「一緒に帝都で出世しようって言ったのに……俺一人になっちまったじゃねぇかよ……」

 

 タツミの漏らした言葉が聞こえなかったのか、それとも関心を示さないのか丘の先を見つめるクラウドは何も応えない。その2人の監視のため姿を見せたアカメに居直ったクラウドは傷心のタツミに気遣うこともせずに報酬の話を切り出した。

 

「その話だがボスが戻らないことには始まらない」

「ボスだと? 決済者というわけか?」

「ああ、それまでの間にクラウド、それにそこのタツミも決めて欲しい、私たちの仲間になるか」

 

 クラウドはしてやられたと首を振る、アカメの言葉は勧誘のそれだがアジトまで踏み入った自分達をそうやすやすと帰すとは思えない、ボスとやらが戻るまでの間に進退を決めろとのことだ。

 

「そういうことなら話すことはない、金の話が出来なければ帰らせてもらおう……力尽くでもな」

 

 言うなり肩の剣に手を置いたクラウドであるがその反応を予測していたのかアカメはボスが戻るまでの間自分たちの仕事を手伝わないかと持ちかけた。殺し屋稼業は請け負わないと公言したクラウドは当然首を横に振るが仕事内容がアジトでの家事や炊事であることを聞くと暫しの間考え込む。

 

「あっれ~? 何でも屋なのに仕事選ぶんだぁ?」

 

 と横槍を入れるのはレオーネ、アジトへの帰路にてタツミからクラウドの職業を聞いていた彼女は先のクラウドとの戦闘が不完全燃焼だったこともあり安い挑発を仕掛けてみたのだ。

 

「……聞き捨てならないな、誰が出来ないと言った? いいだろう請け負ってやる、しかも全部だ!」

「ク、クラウドさん!?」

 

 子供の口喧嘩に等しいレオーネの口上にタツミも呆れたが当のクラウドは何でも屋としてのポリシーに触れたのか珍しく感情を顕にしてレオーネに食ってかかる。

 

「それじゃ決まりだね! まずはアジトの掃除からお願いしちゃおっかな~?」

「覚悟しておくんだな、塵一つ残さず掃除してやる」

 

 敵に向けた言葉であればなんとも勇ましいものであるがクラウドは背負った大剣をデッキブラシに持ち替えるとアジト内に突入していく、その背中を唖然と見つめるタツミもその後マインとレオーネに雑用を押し付けられ、サヨとイエヤスの死を悲しむ余裕もない多忙の日を迎えることになる、それが死と隣り合わせの彼らなりの気遣いであることには気づかずに。

 

 …………

 

 半日を費やしてアジト内をくまなく掃除したクラウド、丁寧にラバックがアジト内に密かに設けていた秘蔵の書物庫の隠し扉を探し当て大広間に陳列してから内部を清掃してみせた、その後ラバックがナイトレイド女性陣から冷淡な目を向けられたことは言うまでもない。

 

「清掃は完了だ、次は何だ?」

「OKOK! そいじゃあ次は食材の買出しを頼もうかなぁ? こっから南西に行商人が集う市場があんだよね」

 

 食材の備蓄にはまだ余裕があったがクラウドの反応を楽しみたいが為にレオーネが命じたのは食材の買出し、南西に6キロほどの地点にあるということだが初見の場であることもあり監視も兼ねて一人を付ける事になったのだが…

 

「わ、私が行こう」

 

 緊張した様子でアカメが前に出る、昨夜もクラウドを前にした際の普段見られない彼女の反応が面白いと感じたレオーネは進言通りクラウドとアカメの両名に買い出しを頼もうとしたが、ボス不在のナイトレイドにおいてボス代行のアカメが監視目的とはいえアジトから離れることにマインやブラートが苦言を呈すと渋々とアカメは後ろへと下がる、代わりにクラウドと同行することになったのはシェーレ。

 

「ちょっとレオーネ、シェーレに買出しなんて任せていいの!?」

「だーいじょぶだって!一人で行くわけじゃないんだしさ」

 

 マインが小声でレオーネに耳打ちしたのには理由がある、その見た目からおっとりとした印象のあるシェーレだが見た目通り、いや見た目以上の天然ぶりを発揮し家事に炊事にと災厄を撒き散らしてきた。特にマインは自身ごと洗濯にかけられたこともありシェーレの挙動には常に気を揉んでいた。

 

「それではクラウド、いきましょうかぁ」

 

 いつの間にかナイトレイドの面々の妙な馴れ馴れしさに巻き込まれているクラウドであったが一度請け負った仕事は最後までやり遂げるという何でも屋のポリシーの下に市場へと向かう。

 

 ……………

 

 アジトを発ってから小一時間ほどしてようやくクラウドたちは行商人が集う市場へと到着した、アジトからの距離を考えれば徒歩で30分未満のところ先導していたシェーレが毎々道を誤ってしまった結果である。

 

「すいません、クラウド」

「……いや、……もういい」

 

 道中シェーレの謝罪の言葉をもう何度聞いただろうか、怒りも呆れも通り越したクラウドは力なく答えると早速レオーネに手渡された食材リストに目を通す。

 

「ブロッコリー……分かるか?」

「ブロッコリーですかぁ? えっと確かぁ……なんでしょうねぇ?」

「待て、確か茎がついた野菜だったはずだ……!」

 

 掌に収まるメモ用紙を暗号を読み解くかのような表情で見つめるクラウド、やがて確信を得たように食材を次々と購入していく。意気揚々と食材を買い進めていく客に店主も顔がほころんだがその分量にやがて顔を引きつらせていく。

 

「お、お客さん、そんなに買うんですかい?」

「多いに越したことはないだろう?」

「そうですよねぇ」

 

 この時点でクラウド、シェーレ共に料理に関しての知識が乏しいことが予見できる、この後アジトに戻った彼らはブロッコリーと間違えてカリフラワーを大量に購入したことを大いに笑いの種にされるのだが当然この時の彼らは知る由もなかった。

 

 

 

 仕事を終えたことで改めて市場を見回すと帝都にはない、いや出せない品もいくつか見受けられる。とは言っても何も物騒な品物ではない、ただ食品や衣類・雑貨、そのいずれもが帝都の正規の輸入ルートから得た品物と比較すると見劣りするのが明らかだった。

 

 このような僻地で行商人が集うのも帝都では卸せない品を互いにシェアすることで何とか生活を送っているようである、売り子の声の質も華やかな帝都に比べると幾らか力弱い。

 

 

「……もしも~し、そこのお兄さんとお姉さん、お花はいかが?」

 

 

 その声に振り向くと木造のワゴンカーを手に若い女性が立っていた、茶髪のをリボンで後ろに束ね、控えめの色彩のロングのワンピースと荒んだ空気のこの場に少々似つかわしくない。

 

「……花か、久しぶりに見たな」

「とても綺麗ですねぇ」

「うん、私、育てたの」

 

 粗末なワゴンに精一杯の装飾を施してはいるがその花の美しさは一際輝きを纏う、スラム街を拠点とするクラウド、殺し屋稼業で日の目の当たらない生活を送るシェーレも久しく見ていなかったその美しさに目を惹かれた。

 

「お兄さん、彼女のお姉さんにプレゼントしてあげなよ? ひと束500ギルだよ?」

「別に彼女じゃない、それにひと束500ギルとはボリ過ぎだ」

「冗談、10ギルでいいよ? 買う、買わない?」

 

 身体を左右に振りながら購入を勧めてくる女性、ここまで出張ってくるだけはあるのか大した商魂の持ち主のようである。

 

「すいません、二つ頂けますかぁ?」

 

 乗せられたのか、シェーレが花束を2つ購入すると女性は満面の笑顔で花を包みはじめる。購入リストにない商品をと頭をかくクラウドであったがどことなく同じ雰囲気を纏う女性2人に食ってかかるのも気が引けたのか黙って見届ける。

 

「毎度ありがとうございました、また今度、ね?」

「悪いがここに来ることはもうないと思うぞ」

「……ううん、また会えるよ」

 

 別れ際に花売りの女性は何故か確信めいたような言葉を残すと再びワゴンカーを引きながら通りを歩いていく。その様子を不思議そうに見つめながらクラウドとシェーレはアジトへの帰路についた。

 

 

 ……………

 

 

 クラウドとシェーレがアジトに戻り、レオーネらから嘲笑の的になっている頃、タツミはサヨとイエヤスの墓前に座していた、その心中は未だ曇ったまま。2人の墓前にはクラウドとシェーレが花売りの少女から買った花束がそれぞれ供えられており飾り気のない墓石が彩を得たが一層2人が「死んだ」という事実をタツミに突きつけた。

 

「サヨはこういう花好きそうだよな……、イエヤスは……ははっ、似合わねぇよ」

 

 物言わぬ墓石2つに語りかける様は何とも物悲しい、とそこにレオーネから逃れるようにクラウドが姿を見せると今の言葉を聞かれたとタツミは肩をすくめる。

 

「クラウドさん、ありがとうございました。2人の花まで供えてもらって」

「礼ならシェーレという女に言うんだな」

 

 相変わらずの無愛想な態度であるがレオーネから逃れるためならここだけでなく幾らでも場所はあったはず、タツミも1人で沈むよりかは口数が少なくとも誰かが傍にいてくれるのは心安らぐ思いであった。

 

「でも意外でしたよ、クラウドさんでもその、苦手なものってあるんですね?」

「何故笑われたのか分からん、見た目が似てるのだから味も同じようなものだろう?」

 

 タツミは久しく声を大にして笑った、2人の墓前を前に失礼とも思ったが大いに笑った。

 

 

「……そろそろ食事の時間だ、お前も手伝え」

「分かりました! ……ってクラウドさんが作るんですか!?」

「ああ、問題はない。隠し味にエビルバードのヨダレを使う、恐らく絶品のはずだ」

 

 その後、タツミやアカメをはじめとしたナイトレイドからの猛抗議を受けクラウドがその腕を振るうことは未遂に終わる、代わりに故郷で培った様々な経験の一つとして料理の腕を磨いていたタツミがその後ナイトレイドの給仕係を任されることになった。

 

 

 ……………

 

 

 クラウドとタツミがナイトレイドのアジトへとやってから早3日が過ぎていた。タツミは早朝の日課としてアジトの修練場で汗を流す、その傍らには大柄で筋肉質、リーゼントヘアーが特徴の男が槍を携えながら稽古をつけていた。アリア一家暗殺の際、帝具インクルシオを纏っていたブラート、その正体である。

 

「どうした、タツミィ!? 打ち込みが浅いぞ!」

「押忍、アニキ!」

 

 タツミも親しみを込めてブラートをアニキと呼ぶ。初日の自己紹介の際にブラートがインクルシオを装着する様を見てからすっかりとその迫力に魅了されたタツミはすぐにブラートに懐いた。サヨとイエヤスの件で沈んでいたタツミを思ったのか初日の夕暮れからは早速タツミに稽古をつけていたブラート、クラウドとはまた違う剛気な体さばきに熱を上げるタツミだったが少々スキンシップが多いこと、随所で頬を染めるブラートの反応に時折身の危険を感じていた。

 

 当初は殺し屋集団のアジトということで構えていたタツミであったがブラートの稽古もあってかそれなりに馴染んではきている、だが未だに勧誘に対する答えを出せなかったのは未だにボスが戻ってきていないことにある。それは報酬の受け取りを控えるクラウドも同様である、アジトの家事を請け負っている以上無下にすることはしなかったがその表情からは日増しに不機嫌が伺えた。

 

 そしてとうとう痺れを切らしたのか、ボス代行者であるアカメの元に向かうクラウド、自分の進退にも関係することなのでタツミも同行する。

 

 この3日間でアカメという少女が絶えず食事と関係のある場所にいることを知っていたクラウドはアジト近辺の河原から漂う香ばしい匂いを頼りにアカメのもとに向かう、そこでは特級危険種として指定されているエビルバードの丸焼きを豪快に貪るアカメとご相伴に預かったのかレオーネの姿が見えた。

 

「お~、タツミにクラウドじゃん! こっちきて食う!?」

「……この肉が食いたければ私達の仲間になるのが条件だ」

「いらねぇよ!?」

 

 仲間になる、ならない以前に一つの村を田畑から建築物はては人まで食い荒らすエビルバードの肉など頼まれても食することなど出来ないとタツミは首を振る。

 

「クラウド、お前もどうだ? ……旨いぞ?」

「いらん、それよりもボスとやらはいつになったら帰ってくる? いい加減待つのも飽きたぞ」

 

 それなら話は早いとレオーネが首を右に傾げる、エビルバードの背に隠れるようにその場にもう1人それまで見た事のない女性が座していた。

 

 銀の短髪にダークスーツを纏い、右眼に眼帯、そして右肩から先は鋼鉄の義手とその出で立ちからカタギではないと分かるその人物こそナイトレイドのボス、ナジェンダである。

 

「お前らか、話はアカメとレオーネから聞いている、タツミとクラウドといったか? 私は――」

「お前がこいつらのボスか? ならば話は付いてるはずだ、報酬をもらおうか?」

 

 殺し屋集団のボスがわざわざ名乗りを上げようとしたにも関わらず、右手を眼前に差し出すクラウド。その行動に思わずレオーネも顔を青ざめる、先日の仕事でのミスをナジェンダに咎められていた彼女だからこそ大胆不敵な態度を取るクラウドの愚行に声を失っていた。

 

「その眼…お前、ソルジャーか…!?」

「元、だ。今は何でも屋をやっている」

 

 クラウドの碧眼を見たナジェンダが腰を上げると、アカメとレオーネに会議室に招集をかけろと命令を下す、その表情・声色から両名は飛ぶが如く勢いでその場を後にした。タツミもクラウドを見るナジェンダの瞳にある種の殺意を纏わせているのを察すると一つ身震いする、女性ながらナイトレイドのボスを務めるだけの気概を感じた瞬間でもあった。

 

 ……………

 

 アジト内部の大広間にある会議室その中央奥の椅子に腰かけたナジェンダ、その周囲を6人のナイトレイドが構えるその中心でクラウドとタツミは居直る。タツミについてその境遇、事情を聞いていたナジェンダは改めてタツミをナイトレイドへと誘う。

 

 当初懸念していた加入しなければ殺されるという心配はなかったがやはりその監視下の下で働かざるを得ないと知ると暫し考え込むタツミ、現在の帝国の腐敗は元帝国軍人であるブラートより聞かされていた。その為にナイトレイドが帝都にはびこる悪人どもに天誅を下しているということも。だが世の悪人一人一人に裁きを下したところで体制に大きな影響はないと考えていたタツミは自分の故郷のように辺境の村は救えないことを吐露する。だがナジェンダはなればこそとタツミにナイトレイドへの加入を進めた。

 

 今でこそ帝都を震え上がらせているナイトレイドであるがその実態は反帝国勢力である革命軍の暗殺部隊である。その最終目標は来るべき革命に乗じて腐敗の根源である大臣を討つことにあった。

 

 タツミは胸が熱くなるのを感じていた、もしそれが実現すれば帝国は勿論、重税で苦しむ村を救うこともできる、サヨとイエヤスのような犠牲を無くすことが出来るのだ、自然と拳を握る力が強まる。

 

 

「下らない話は終わりか? さっさと報酬を頂きたいんだがな」

 

 

 タツミの秘めた想いを裏切るかのようにクラウドが割って入る、その言葉はナイトレイド全員から敵意の視線を集めるには十分過ぎるほどであった。

 

「おい、テメェ……! 今なんつった!?」

「下らない話は終わりかと聞いたんだ、アンタ達の活動にも目的も興味ないね」

 

 前に詰め寄ったブラートがクラウドの前に立つ、長身のブラートが瞳孔を開き、こめかみに青筋を浮かべながらクラウドを見下ろすのに対し、冷めた眼でその顔を見上げるクラウド。タツミはこの数日で一度も見せたことのないブラートの表情に恐怖を募らせつつ、あまりに迂闊な発言をしたクラウドを見る。

 

「ま、待ってくれブラート! クラウドも悪気があって言ったのではないんだ!」

 

 見かねたアカメが両者の仲裁に入るが今にもその拳を振り下ろさんとするブラート、クラウドも全く悪びれた様子を見せない。

 

「クラウドと言ったか、我々の活動のどこが下らないと言うんだ?」

 

 腰を下ろしたまま言葉は冷静に問うナジェンダ、ブラートとはまた違った迫力を感じさせるその雰囲気にブラートも後ろに下がった。

 

「最終目標である大臣を討つ、それまでは帝都のダニ退治、なるほど立派だ。だがそれまでにお前らが守るという民は何人死ぬ? あと何人見殺しにする?」

 

 クラウドの言葉には今現在も大臣により謂れもない罪に問われ凄絶な拷問の果てに命を落とす民らの願いが込められているかのように聞こえた。ナイトレイドは殺し屋ではあるが無法者ではない、暗殺を行うにも民たちからの要請、現地での裏取り、姿を悟られぬように決行時期・場所の選定などその工程は緻密である。その間に暗殺対象の更なる愚行を止められないこともままある。

 

 その事実を理解しているからこそ、クラウドの言い分にブラートも口を閉ざした。

 

「そう思うのならお前が民を救う事は考えないのか?」

「俺は何でも屋だ、殺し屋でもなければ革命軍でもない」

「……ならば何故帝国を抜けた、……ソルジャー クラス1st」

 

 ソルジャー、そう口にしたナジェンダにナイトレイドの面々も目を開く。タツミもクラウドと初対面の際に聞いたソルジャーという言葉に改めて疑問符を浮かべた。

 

 元帝国軍人であり将軍でもあったナジェンダは語る。現帝国の腐敗は今に始まったことではない、遡ること30年ほど前よりその兆しは現れていたことを。

 

 

 現大臣であるオネストはその当初より各地で圧政を敷いており東西南北の異民族を始め、帝国内部からの反発を買い始めていた。武力による衝突であれば勢力で勝る帝国に絶対有利であったが民への不信感ばかりは如何ともしがたい、当時の皇帝の前では恐怖政治で統制することできなかったオネストは民への羨望となる『シンボル』を作り上げようと画策する。

 

 帝国が所有する帝具を扱える者の発掘とその養成、その為に各地で点在する家なき子を秘密裏に集めていた。

 

 だが問題は山積みであった、各地で集めた子供たちを養成の名の下に過酷な環境に投じたものの大成するものは少なくまた帝具を扱える者となると更にその数は少ない。時間も労力もかかる非効率なやり方に業を煮やしたオネストはそこでかねてより目を付けていた一つの部門に着目した。

 

 現在帝国が随時展開している機械技術を始めとした様々な功績を挙げた帝国管理下の機関「神羅」、そこで生物学を研究する機関にオネストは一つの命令を下す。

 

 

「帝国最強の兵士を作れ」と。

 

 

 そして研究の結果、ある一人の男が世界に生まれ落ちる。

 

 

 

 

 

「……当時私は将軍になったばかりだった。そこで初めて彼を見た――」

 

 煙草を咥え一服を付けたナジェンダは吐く煙とともに当時を語り始めた――

 

 

 ……………

 

 

「正気ですか!? このような少年を戦地に向けるなど!?」

 

 

 若きナジェンダは右腕を振るいながらオネストに進言する、その腕の先には膝下まで伸びる銀髪と吊上げた鋭い目つきとその透き通るような碧い瞳。精悍ではあるがまだ幼さの残る少年を今や激戦区となっている東の異民族、ウータイとの戦地に出向させることにナジェンダは異を唱えた。

 

「大丈夫ですよぉ、この子は特別ですから。それにデビュー戦は華々しくないといけませんからねぇ?」

「オネスト様、何をお考えなのですか……!?」

 

 それから数日後、少年はウータイとの最前線に送られる。戦場にいた兵士は若くしてこのような場に送られた少年を哀れみ、ウータイ族の人間は最前線に迷い込んだ鴨と向ける視線はそれぞれの意味を持ち、少年は初陣を迎えた。

 

 

 ナジェンダは少年の戦死の報告をいつ聞くのか軍舎に待機していた、やがて従者の人間が息を切らせながら戦況報告にやってくる。ナジェンダは一つ瞼を固く閉じるとその報に耳を傾けたがそこで告げられた内容はまるで想像をしていなかったものであった。

 

「我が兵の損失はゼロ……ウータイは全滅だと!?」

「は…はっ! 間違いありません! 戦地での損失者はなし、敵部隊完全に沈黙したとのことです!」

 

 何かの誤報であると思ったナジェンダは即座に現場へと趣いたがそこでは報告のとおり勝利に酔いしれ士気を高めた兵士が集う、そのいずれもが少年の名を口に叫んでいた、「彼こそ英雄であると」

 

 その盲目的な反応を訝しんだナジェンダは最前線となった戦場の中心部でかすり傷一つ付けずに佇む少年を見た。

 

 その戦果をきっかけに少年は数々の武功を打ちたて帝国内は勿論、帝都の民や辺境の村の者達にすら羨望の眼差しを向けられ、まさしく帝国の『シンボル』としてその名声を轟かせていった。

 

 

 ……………

 

「……彼は確かに英雄だった」

 

 煙草を灰皿に押し当てながらナジェンダは語りを締めた。

 

 その少年の武功が認められ、帝国では次々と彼のような兵士になることを夢見るものが集い帝国の威光はかつてのいや、かつてないほどまでに輝きを増した。

 

「そ、それじゃあ……なんで今の帝国はこんなに腐ってるんだよ!? その英雄はどうしちまったんだよ!?」

 

 タツミの疑問は最もである、今のナジェンダの話が本当であれば民の信頼をここまで失墜させ恐怖政治に走る必要はなかったはずである、だが帝都の内情を知らなかったタツミがその事実に気づかなったのもまた至極当然であると悟ったナジェンダは言葉を続ける。

 

「……堕ちた英雄だからだ」

「堕ちた……英雄……?」

 

 ナジェンダの濁した言い方にタツミは理解が及ばなかった、それは彼女に取っても忘れがたくまた信じたくない真実。だがタツミに応えるように返したのはクラウドであった。

 

「……奴は俺から全てを奪った……!」

「ク、クラウド……さん?」

 

 ブラートの剣幕にも物怖じしなかった男が眉間に皺を寄せ明らかな怒りを顕にした。そして憎むべきその男の名を口にする。

 

 

「俺は奴を決して許さない……! セフィロス……!!」

 

 

 つづく



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タツミ、その選択

『セフィロス』

 

 帝国のシンボルとなるべく生み出された彼は初陣のウータイ戦役において目覚しいと呼ぶには余りにも軽く、例えるのであれば神が下した裁きとでも呼ぶべき戦果を挙げると帝国軍人は当然に、国内においても彼の名を知らぬ者はいないとされるまでそう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 既に帝国内では代々帝国に仕えた名家の出であるブドー大将軍を筆頭に、北部出身の一兵卒の出ながら瞬く間に武功を挙げ異例の速度と若さで上り詰めたエスデス将軍、堅実ながらも民や部下からの信頼も厚く殺伐とした帝国内における良識派として名高いナジェンダ将軍というシンボルは存在していた。

 

 だがブドー将軍は純然たる帝国軍人として表舞台に上がることは良しとせず、また平民の出ながら将軍までの階段を駆け上がったエスデス将軍はその出自から民の信頼を得るには十分な資格を持っていた。だが戦うために生まれた獣の如く、強者との戦いに明け暮れ蹂躙するその残忍性は寧ろ国民の畏怖を買う存在となっていた。同じく女傑として民からの信頼もあったナジェンダ将軍であったが大臣の操り人形として帝国のプロパガンダにされることを嫌い遠征に赴くことが多く、千年の歴史を持つ帝国においていずれも歴史に名を残すほどの武人達でありながら『英雄』と評されるものはいなかった。

 

 そうしてオネストの施政に対する民や異民族からの不満が積もりに積もった結果、東の異民族であるウータイ国が帝国に対して宣戦布告をしたのは自然の成り行きとも言える。帝国兵15万に対しウータイの軍勢は僅かに1万、国力で勝る帝国はウータイの反乱に対して楽観的であった。

 

 だがウータイ国は宣戦布告という大きなアクションを取りながらもその行動は極めて限定的であり、積極的な進軍をせずに駐屯地を少数で襲撃、補給経路を絶ち浮き足立った帝国軍を強襲するとその後暫くは身を潜めるという姿勢を取った。いつ何時襲撃があるか分からぬと日夜神経をすり減らした帝国兵の消耗は激しく短期に収束すると思われたウータイとの戦いは既に3年が経過していた。

 

 そんな中、突如として現れた銀髪の少年がもたらした『奇跡』は帝国に勢いをもたらし、ウータイに衝撃を与えた。

 

 その戦闘力は勿論のこと、兵や民が彼を賞賛したのは戦闘時において自ら率先して前線に立ち、また自軍の兵を損耗させないために立ち振る舞う彼の性格にあった。それは『英雄』としての模範的な姿でありオネストが期待した、いやそれ以上の結果を帝国にもたらした。オネストは少年を生み出した神羅の技術力・生物学に対する知識を重用し、以降帝国の一兵器開発部門に過ぎなかった神羅は急速な発展を遂げることになる。

 

 所属上、帝国軍人ではなく神羅の私兵であったセフィロスを明確に帝国軍と隔絶した存在とし、また『英雄』であるシンボルとなるようオネストはセフィロスに肩書きを与えた。

 

「ソルジャー」と…。

 

 

 

……………

 

「…そうしてセフィロスは英雄になった、誰もがセフィロスに憧れた、自分もああなりたいと…俺もそうだった」

 

 ナジェンダの言葉をなぞらえるようにクラウドは語る、先ほど一瞬だけ覗かせた怒りは潜めいつもの淡々とした口調、だが饒舌に語る様子からクラウドとセフィロスの間に何かただならぬ因縁があろうことはその場の全員が感じ取っていた。

 

「お前が帝国を抜けた理由…セフィロスが原因であるということは…ニブルヘイムと縁のある者か?」

「…生まれ故郷だ、いや、だった」

 

 2本目の葉巻に火をつけたナジェンダの問いに応える、聞き覚えのないその地名から遠方の出身であることが分かる。だがタツミを始めわざわざ言葉を直したその意味を理解することにさして時間はかからなかった。

 

 それを聞いたナジェンダがセフィロスが『堕ちた英雄』となった理由については語らず、ナイトレイドの面々、そしてタツミも憶測ではあるがその理由について聞く気は持たなかった。

 

「クラウド…一つだけ聞かせてくれ、『あの時』お前はセフィロスと戦って…その後はどうしたんだ?」

 

 静寂の中、口を開いたのはアカメだった。皆の気持ちを察していたものの自分の中に芽生えていた疑問を聞かずにはいられなかった。

 

「…覚えていない、だが確実なのは俺は今生きていて、セフィロスは行方不明だということだけだ」

 

 それはナイトレイドのボスであるナジェンダ含め、帝国外でもごく一部の者しか知られていない情報、真偽はともかく帝国のスパイではないと悟ったナジェンダは一つ大きく煙を吐き出すと腰を上げた。

 

「帝国を抜けたというのならどうだ、我々に雇われてみるか?元・ソルジャーの何でも屋」

「断る」

 

 あまりに即答であった、その場を後にするクラウドを止める者はおらず、残されたタツミは知られざる帝国の歴史と闇、そしてクラウドの秘められた過去に触れ今一度自身の去就について考える。

 

 先ほどナジェンダやブラートからの話を聞いた直後であれば二つ返事でナイトレイドへの加入を進言していたであろう、だがクラウドが述べた今もなお、苦しむ民達に対して影で動かざるを得ない暗殺稼業、『堕ちた英雄』と浅からぬ因縁を持ちながらも何でも屋として生きるクラウドの姿勢に己の真の思いはどこにあるのか、無意識に右手を胸に当てながら確かめる。

 

「…ちょっと外の風に当たってきます」

 

 神妙な面持ちのタツミをナジェンダを始めとした連中は止めなかった。殺しの才能があるからと勧誘したレオーネも伸び代の塊と見込み稽古をつけていたブラートもこの道に人を引きずり込むということを改めて考えさせられていた。

 

 

……………

 

 

 ナイトレイドへのアジトに来てから、物事を考える度にタツミが訪れるのはサヨとイエヤスが眠る丘であった。そんな時には決まって丘の先にクラウドが立っている、まるで自分の心境を全て見透かしたかのように。

 

「ここにいたんですか?クラウドさん」

 

 相変わらず返事はない、それが2人がサヨとイエヤスの墓前で会った時の挨拶の通例となっていた。2人の墓前に手を合わせ目を瞑りながらタツミは2人に問う、自分はこれから何をすればいいのか、何をしたいのか。当然その返事は返ってはこない。瞑った目の奥には暗闇しか映らず、耳に聞こえるのはそよ風によって静かに音を立てる草木だけ。

 

「いつまで死んだ人間を付き合わせる気だ?」

 

 突然耳に聞こえた音にはっと目を見開くタツミ、背を向けてはいるが確かにクラウドからの声だった。2人への問いを見透かされたように返ってきたその言葉に何も答えられない。

 

 

 タツミは希望を抱いていた。ブラートが装着してみせた帝具インクルシオの性能とナイトレイドの面々が持つそれぞれの帝具から「帝具なる物の絶対的な力」を。聞いたところによれば帝具は48つからなりそのいずれも現代の常識を超えた圧倒的な性能を誇っていると。ともすれば死者をも生き返らせる帝具が存在するのではないのかとも。

 

 だがその願いは儚く散る、帝具を生み出した始皇帝が現代に存在しないことが何よりの証明であった。サヨとイエヤス、2人の死を受け入れざるを得ないにも関わらずこうして今も2人に向かって語りかけていることがクラウドの言う「死人を付き合わせている」ことに繋がると思うと途端に胸が締め付けられる。

 

「俺だって…俺だってどうしたらいいか分かんないんだよ!?夢見て帝都にやってきてみりゃ国は腐ってるし村を出て一緒に出世しようって言ってたのにサヨとイエヤスは殺されて…!おまけに革命だの殺し屋だの急に言われても訳分かんねぇんだよ!!?どうしろってんだよ!!?」

 

 追い詰められて出てきた言葉は本音の限りだった。帝都にたどり着いてから約一週間、受け入れるには余りに大きな事が続きすぎていた、才に恵まれ将来を期待できると目されていながらも所詮は片田舎出身の少年、その心身は限界だった。言葉をぶつけるべき相手も分からない中でタツミが思いの丈をぶつけたのはクラウドだった、いやクラウドしかいなかった。

 

「2人は死んだ、だが生きてはいる」

「なんだよそれ…!?俺の心の中に生きてるとでも言いたいのかよ!?」

 

 大きく息を切らせながら安い慰めの言葉に噛み付いたタツミ、だがクラウドが指摘したことは全く別のところにあった。

 

「お前の剣…体格の異なる相手にも対応できるようしなやかな足取りと捌きが出来ている、その際やや内股になるのはサヨという女から学び取ったものだろう」

「…え?」

「基本に忠実な型だが時に無鉄砲ながら型にはまらない豪快さはイエヤスとやらの影響か、確かにあの男は考えることよりも体が先に動きそうだからな」

 

 突然己の剣の型について語るクラウド、何を言い出すのかとタツミは思ったがその言葉はタツミの剣の中にサヨとイエヤスが生きていることを示唆していた。

 

「全然…知らなかった…いつも3人で磨き上げてきたからそんな型だなんて…」

 

 両掌を見つめると、擦り傷や幾層にも凝り固まった豆が目立つ。とても綺麗な掌とは呼べない、だがそれは確かにタツミがサヨとイエヤスの3人で寒さ吹きすさぶ地で悴む手で握り締めてきた剣を振るってきた確かな証でもあった。

 

「お前が、2人の生きた証だ」

「う…うぅ…っ!…うわぁぁぁ!!サヨォォ!!イエヤスゥゥっ!!!」

 

 タツミはそうして初めて2人の死を悲しみ、嘆きの涙を流すことができた。恥も外聞もない泣き顔など構うことなどなくただ惨めにただ深く。やがて2人が眠る地から絹のような光が立ち上っていくと突っ伏していた顔を上げたタツミが不思議そうに見上げる。

 

「こ、これは…?」

「星に還っていくんだ…ライフストリームに乗って」

 

 世界において生物が死せるときその知識・エネルギーを持って星に還っていきやがて新たな命となって生まれ変わる。それこそが全ての理でありこの世界が繁栄してきた由来である。ライフストリームとはその知識やエネルギーを乗せて星全体をその名の通り「命が星に流れていく」ことにある。ここにサヨとイエヤスの命もまたライフストリームに乗って星へと還っていったのである。

 

 育ちの村では死者を荼毘に付す習慣があったタツミは当然その光景を見るのは初めてであった、本来死者が星に還るときその場を目にするものは少ないがこうして生者の前でライフストリームに乗っていくのは縁のある者との別れの時であるとも心残りが消えたとも一部の地では伝えられている。

 

 立ち上っていたライフストリームの帯が消えていくのを見届けたタツミは静かに振り返るとアジトへと歩を進める、その足取りをしっかりと地に踏みしめながら。

 

(…お前が、俺の生きた、証…)

 

 脳裏に浮かんだその言葉、いつだったか誰かに向けられた言葉を無意識にタツミに向けていたクラウドは霞がかかったその声を不思議に思いながら消え去ったライフストリームの奔流とサヨとイエヤスの墓石に目をやるとタツミの背中を追うように歩き出した。

 

……………

 

 再びアジトの会議室に戻ったタツミとクラウド、タツミの眼が先とはまるで違うことに気づく面々。ナジェンダは何かしらの覚悟を決めたであろうタツミに最終確認としてその意思を問う。

 

 一つ大きく深呼吸したタツミははっきりと答えた。

 

「俺、ナイトレイドには入れません、スミマセン!」

 

 言うなり大きく頭を下げるタツミの返事に想像だにしていなかったのかナイトレイドの連中は一様に驚きの顔を見せた。対してその返事を予想していたのか頬づきしていたままの姿勢を崩さないナジェンダは一言「そうか」とだけ返した。

 

「では我々の工房の作業員として…」

「それもできません!俺、やりたいことがあるんです!」

「はぁっ!?あんた、自分の立場がわかってんの!?」

 

 タツミの図々しいとも取れる発言にマインが前にでるがその前をブラートの右腕が塞ぐ、ブラートもまたタツミの眼から決意を持っての言葉だと感じていたためである。

 

「我々の勧誘を断ってまでやりたいこととはなんだ、タツミ?」

「…俺、まだ帝都のことも帝国のことも人伝に聞いただけで何も知りません…だから俺自分の目で確かめたいんです!それで本当に自分が何をするべきなのかちゃんと決めたいんです!」

 

 ナジェンダはけして寛容ではなかった、寧ろ若干の苛立ちを表しながらタツミに迫ってみせていた。その覇気に気圧されることなく力強く応えてみせたタツミの言葉に納得したのか頬をついた腕を崩すと腰を深く落とした。

 

 

「念のための確認だがクラウド、お前の方は…聞くまでもないようだな」

 

 既に会議室の間から出ようと動いていたクラウドにナジェンダはアリア一家暗殺の分け前とここ数日のアジト内での働きに応じた報酬を放って寄越すとその後を付いていくようにタツミも出口へと向かっていく、その足取りは軽い。最後にナジェンダがタツミに問う、帝都についたら何をするのかと。振り返ったタツミは屈託のない表情で応えてみせた。

 

 

「何でも屋です!」

 

 

……………

 

 

「ナジェンダさん、追いますか?」

「いや、いい」

 

 アジトを出た2人に対して尾行を進言したラバだったがそれを制止したのは2人を信じたからなどと浮ついたものではない、が帝国に自分達を売るような「腐った輩」ではないと分かっていたナジェンダはアジトまで招いたせめてもの詫びとして2人の出立を見過ごした。

 

 だがその後を追う者が一人、アカメである。2人が会議室を出てから暫く周囲の目もあって耐えていたようだが堪えきれずにその後を足早に追っていった。その様子にかねてよりクラウドとアカメの関係を怪しんでいたレオーネが興味本位についていこうとしたがナジェンダが右腕の義手に仕込んだギミックワイヤーを伸ばしその首根っこを捉えると会議室には叫び声が一つ鳴り響いた。

 

 

 

 

「…クラウド!待ってくれ、クラウド!!」

 

 

 危険種が蔓延る山林を行くクラウドとタツミを呼び止めるアカメ、いかにアジト付近とは言え迂闊に声を上げていることからもその様子は穏やかではないことはタツミにも感じ取れた。

 

「クラウド…考え直す気はないのか?」

 

 クラウドらの前に立ったアカメは今一度ナイトレイドへの加入を進める、それがナイトレイドの目的の為より私的な理由にタツミが聞こえたのはアカメの言葉に自身が加えられていなかった事にあった。

 

「何度も言わせるな、断ると言ったはずだ。報酬も受け取った、ここに用はない」

 

 クラウドはアカメと顔を合わせることなく歩を進める、ここ数日、否あの時アリアの屋敷で相対した時から己を知るというアカメに少なからず戸惑いと苛立ちを覚えていたからである。

 

 

 

「クラウド…本当に、本当に私を忘れてしまったのか…!?『あの時』私を守るというのは嘘だったのか!?」

 

 

 守る…その言葉に再びクラウドの脳裏に霞のかかった声が浮かぶ、その声は一つではない。幼いがそれは確かに自分の声も含まれていた。

 

 夜空に浮かぶ満天の星空、給水塔、幼い自分と黒髪の少女。

 

 頭に浮かぶ光景が一つずつキーワードのように巡る。遠い昔の記憶…。だがその記憶にアカメという少女はいない。左右に首を振りながらクラウドは自分の中の確かな記憶を確かめアカメに向けて言葉を放った。

 

「俺が守るのは…お前では…ない」

「…ッ!クラウド…」

 

 その会話を最後に2人が言葉を交わすことはなかった、タツミは呆然とその場に立ち尽くすアカメを横目にやや足早になったクラウドの背を追っていく。アカメは遠くなっていく2人の背中を見届ける、膝を折ることはなかったが村雨を握る右手を静かに震わせながら…

 

 

……………

 

 

 帝都に戻ったクラウドは真っ直ぐスラム街へと向かっていく、先のアカメとの件もあり声をかけられずにいたタツミは黙ってクラウドに付いていた。

 

「いつまで付いてくる気だ?」

「えっ!?いや、言ったじゃないですか、何でも屋になるって!?」

「そうか、頑張れ。じゃあな」

「いやいや!?待ってくださいよ!?雇ってくれるんじゃないんですか!?あの場で黙ってたし了解してもらえたかと…!」

「何でも屋が何でも屋を雇うと思うか?」

 

 噛み合わない会話に辟易とするタツミ、あれだけ担架を切った以上、なんとしてもクラウドの仕事を手伝いたかった。その後も何度もしつこく交渉したが返ってきたのは「給料は出ない」の一言。

 

 甘えの残っていた自分を突き放す一言に都会の厳しさを噛み締めつつも取り敢えずのポジションを得たタツミはそのままスラム街エリア「ミッドガル」へと向かうクラウドの後に続く、アリア一家に仕えていた時は華やかな街道しか知らなかったが高くそびえ立つ外壁を囲うように位置するミッドガルは日中でも太陽光が遮られており薄暗い。加えて資材などの倉庫があちこちに点在しているが明らかにゴミ捨て場と思われる所からは異臭が立ち込めており、およそ人が暮らしていく環境には適さない。

 

 右手を口に当てながら周囲を見渡すタツミ、帝都の知られざる内情の一端を垣間見た彼は改めて帝国の腐敗を感じた。そしてその傍らで一つ先の路地で我が物顔で振る舞う貴族階級の振る舞いの異常さに顔を青ざめた。

 

 そうしてスラム街を歩いているとおもむろにクラウドが立ち止まる、その先には一回り大きな一軒の建家。ギシギシと立て付けの悪い木造の階段を上がったクラウドが玄関の戸を開けるとそこには廃れた世界の中における憩いの場とでも呼ぶべきか、各種各様の酒瓶が棚に並べられておりささやかな1杯を楽しむ流浪の客が集っていた。

 

「ここ…酒場ですか?」

「他に何に見える?」

 

 正面のカウンターに腰かけたクラウドの横に肩をすくめるように席につくタツミ、未成年である彼にとって酒の席はおろかこのような大人が集う場所は新鮮であったが同時に緊張もしていた。それを誤魔化そうと銘柄も分からぬ酒瓶に目をやっているとあまりにその場に不似合いな客が目についた。年齢にして10歳に満たないであろう女の子がこちらをじっと見つめていた。

 

「こ、こんにちは…。君、一人なの?」

 

 恐る恐る声をかけてみたタツミだったが逃げるようにその女の子はカウンター奥へと引っ込んでしまう、その反応に多少傷ついたタツミが肩を落としているとクラウドに気さくに話しかける女性が一人。

 

「お帰りなさいクラウド。今回のお仕事は長かったわね?」

「ああ、厄介な仕事だった、もう御免だね」

 

 顔見知りなのかクラウドの口調はこれまでになく柔らかい。カウンター越しの女性は膝まで伸びるロングのストレートの黒髪を束ねており大人びた雰囲気を持っていた。だがカウンターからその全身を見せると思わずタツミは顔を赤らめた。白のタンクトップにミニのスカートと露出の激しい格好、さらにはレオーネに劣らない豊満のバストが目立ちながらもスレンダーな体型と初心なタツミにとっては中々に刺激が強かった。

 

「あら、そっちの子は初めて見るわね?知り合い?」

「…一応、何でも屋の従業員だ、給料は払わんがな」

「へ~そうなんだ?私はティファ・ロックハート。よろしくね!」

「お、俺…タツミっていいます!よ、よろしくお願いします…」

 

 派手な格好に違わず明朗快活な女性はティファと名乗る、ここ『セブンスヘブン』という名の酒場を若くして切り盛りしておりクラウドとは同郷の幼馴染だという。

 

 そう笑って自己紹介をしてみせたティファであったがクラウドの故郷、ニブルへイムにおいて何らかの事件があったことを暗に察していたタツミは浮ついていた気分を鎮める、そんなタツミを緊張していると捉えたティファが緊張を解そうとカクテルを作る姿は様になっておりクラウド、タツミをはじめ店内の客の視線を集める。そうして差し出されたカクテルは美しくエメラルドに輝いており、一口飲み干したタツミは店の雰囲気も手伝ってかノンアルコールであるにも関わらず気分が高揚していった。

 

 ささやかな時間を満喫していたタツミであったがそのひと時は次の瞬間、崩れ去る。

 

 突然背後の出入り口のドアが勢いよく開かれるとそこから姿を見せたのは黒肌に筋骨隆々な肉体がよく映えガニ股開きで店内を闊歩していく男が1人、その厳つい顔つきはもとい、右腕がガトリング銃の義手となっているその姿から店内中の客の顔が強張る。ギロリとその男が店内を見渡すと我先にと店を後にしていく客ら、気づけば店内に残された客はクラウドとタツミの2人だけとなり賑やかだった店内は瞬く間に静寂と化した。そうして男は店の中央にあるテーブル席に豪快に腰掛けるとカウンター席のクラウドに気づいたのか、あからさまに不機嫌な様子で話しかけた。

 

「けっ!帝国の神羅野郎か、暫く見ねぇから死んだと思ってたのによ!」

「あいにくだったな、長期の仕事で空けていただけだ。それに元、だ。忘れるな」

 

 ブラートとはまた違う圧力で睨みつけてくる男に怯むタツミに対しまたも不遜な態度を取るクラウドだったがカウンターに隠れていた女の子が姿を表すとその男に歩み寄っていく。

 

「君、危ないよ!その人に近寄っちゃ…!」

「父ちゃん、おかえり!」

「おう、今戻ったぜ、マリン!」

「へ…?と、父ちゃん…?」

 

 マリンと呼ばれた少女を男が抱き上げると右肩に乗せながら迂闊な発言をしたタツミを睨みつける。思わず両手で口を押さえ失言を後悔するタツミであったが仲裁に入ったティファがなだめる。その手なれた様子から日常茶飯事の光景のようである。

 

「バレット、いい加減にしてよ!お客さん皆逃げちゃったじゃない!?」

「うるせぇ!仕事の話があったんだ!おぅお前ら、入ってこい!」

 

 バレットと呼ばれた男性がドアに向かって叫ぶと3人の男女が入店してくる。1人は細身の男性、もう1人は肥満の男性、紅一点の赤のブロンドヘアの女性であったが共通のバンダナと類似した服装は軍隊、いやレジスタンスを思わせる出で立ちであった。

 

「バレット…いよいよ仕掛けるのね」

「あぁ…!アバランチ、活動開始だ」

 

 

 晴れて何でも屋に就職とあいなったタツミであったが自身の初仕事が途轍もない『デカイ仕事』になることはこの時予想もしていなかった。

 

 

……………

 

 

「全くアカメちゃんにも困ったもんだぜ!」

「まぁまぁ!面白いことになってきたかもだしね~!急ぐよ、ラバ!」

 

 帝都へと続く林道を急ぎラバックとレオーネが飛び交う。

 

 

 時を同じくしてナイトレイドのアジトではある問題が発生していた、アカメが何も告げることなく姿を消していたのである。ラバックの結界から帝都に向かっていることを知ったナジェンダは面の割れていないラバとレオーネをアカメ追跡に向かわせていた。ナイトレイドの犯行や散発するアバランチの活動に日中の帝都は警備の数も通常の倍近くとなっていた、いかにアカメと言えどもこの時期に帝都への侵入を図るのは愚行と言わざるを得なかった。

 

 

 

 帝都内スラム街の一角を歩くひとりの少女は薄汚れたマントを目深に羽織りながら歩く、探し人の名を口にしながら。

 

 

「…クラウド…」

 

 

 

つづく



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爆破ミッション

 荷馬車は揺れ石畳の街道をゆく、酷く乗り心地が悪い。しかしそれも無理はないことだろうとタツミは思う。というのも自分の身体は今荷馬車の荷台のさらに下、車輪部に最も近くに設けられた二重底となったスペースに身を隠していたからである。

 

 僅かに覗く光を目にタツミは今一度思い返す、自らが望んで引き受けたこの『仕事』の経緯を――。

 

 

 ……………

 

 右手がガトリング銃の男は確かに言った、「アバランチ、活動開始だ」と。その名前にタツミは聞き覚えがあった、ナイトレイドのアジトへ招かれてから2日目、帝具の存在や帝国の近況をレオーネから聞かされていた時に耳にした組織の名前だった。

 

 ナイトレイドが殺し屋集団であるならばアバランチはお祭り集団だとレオーネはカラカラと笑って見せていたが、殺しとテロの境界線を測りかねたタツミは空笑いを返すだけに留めた。殺し屋などという物騒な連中と関わり、この上環境テロリストなど冗談ではない、願わくば一切の関わりがないことを望んでいた。

 

 悪いことは続くものだと悟ったタツミはティファに注いでもらったカクテルの残りを一気に飲み干す、少しでも気を紛らわせたかったがノンアルコールであるそれは高揚感を与えることも冷静さを与えることもせず、緊張によってカラカラに乾いた喉を僅かに潤すに過ぎなかった。

 

「ジェシー!作戦内容は!?」

 

 ティファにバレットと呼ばれた男はテーブル席にふんぞり返りながら赤いバンダナで髪をポニーテールに結った女性に怒鳴るような声で尋ねる。その振る舞いからこの男がアバランチのリーダーであろうことは容易に想像がついた。ジェシーはリーダーの虫の居所が悪いと知ると、淡々と作戦内容を告げる。

 

「予定通り、今日の午後に帝都エリア2で神羅の新型動力炉の発表式典が開かれるわ」

 

 部外者である自分が耳にしてはいけないと思ったタツミであったが、皮肉にも聞いてはいけないその情報はハキハキとした口調で話すジェシーの声もあって一言一句漏らすことなく耳に届いてしまう。

 

 本日の午後、帝国内組織『神羅』が予てより研究・開発を推進していた魔晄を動力とした新型機関の発表式典が予定されているとのこと。詳しい内容は事前の公開では伏せられているものの帝都中心部はおろかここミッドガルエリアにおいても広く知れ渡っていることから帝国としても今回の発表は大々的なものとして宣伝を行っていることが窺えた。今回の作戦の目的はその発表式典の妨害、だがそれは一筋縄ではいかない。

 

 これまでも神羅が手掛けてきた技術・製品には各方面から関心が寄せられてきた。それらによって人々の生活水準は高まり、それに伴う経済の活性化も期待できた為である。さらに今回の式典は大々的な宣伝を行っていたこともあり過去にない規模の関心・期待が寄せられていた。当然、その式典に配備される警備も尋常ではない。

 

 帝国軍兵士をはじめ神羅の私兵組織であるソルジャーも多数が警備に当たる、昨今のナイトレイドの暗躍やアバランチのテロ活動によって警戒を強めるのは当然と言える。式典を襲撃するのは容易ではなかった。

 

 だがその点についてはアバランチも理解をしていた。ジェシーは笑みを浮かべながら本作戦の真の狙いについて語りだす。

 

 発表式典の会場こそ帝都内に位置してはいるが帝国より北に2kmほど離れた位置に神羅の関連施設があった。式典そのものを妨害することは叶わないが近接するこの関連施設を襲撃することでアバランチの活動をより帝国・神羅、そして式典に多数訪れるであろう市民に知らしめるにはまさに絶好の機会であったのである。

 

「そ、それじゃあ!何も関係のない人達を巻き込むってことじゃないかよ!?」

 

 タツミの口から思わず飛び出たその言葉は店内にいる全員の注目を集めるには十分すぎるほどであった。左目を細め右目を大きく開いたバレットがタツミを睨みつける。

 

「なんだ小僧……!?テメェは帝国の人間かぁ!?」

 

 再び仲裁に入ったティファだが、タツミの身分がクラウドと同じ『何でも屋』と知るとバレットは鼻で笑う。その態度が癪に障ったがこれ以上騒ぎ立てることは自身はおろかティファにも迷惑がかかることを理解したタツミは震える拳をなんとか収める、そんな喧騒すら我関せずとカウンターに腰掛けていたクラウドだったが静かに席を立つと玄関へと向かっていく。

 

「待ってクラウド!どこへ行くの!?」

 

 ジェシーは慌てた様子で呼び止める、元・ソルジャーであるクラウドありきの本作戦と考えていただけにつまらぬ諍いで支障をきたすわけにはいかない。ティファとジェシー、気の強い二人から睨まれたバレットはその剣幕に思わずたじろいだ。その様子をざまあみろと笑みを浮かべる男、ビッグス。そのふくよかな身体とは裏腹に作戦前の仲間同士の争いに冷や汗を浮かべる男、ウェッジ。

 

 爆破テロという過激な行動を取る連中と聞いていただけにあるいはナイトレイド以上に危険な存在と捉えていたタツミであったが場所が酒場ということもあって酒の席の一幕を演じる彼らにどこか毒気を抜かれた気分になった。

 

 しかし先ほどの作戦を認めるわけにはいかなかった、帝国に属しているものの人々に裕福をもたらす技術を開発する神羅に対してテロ行為を行う意味を見いだせなかったためである。そんなタツミの表情から何かを思ったのかビッグスがアバランチの存在意義について語ってみせる。

 

 軍事兵器から生活技術まで手広く活動する神羅であるがその根底に存在する『魔晄』とはライフストリームに流れていった知識やエネルギーを差す。それらを吸い上げ運用しているというのが神羅の活動その実態であるとビッグスは語る。

 

 星に還っていった知識やエネルギーは星に蓄えられ、次なる生命へと受け継がれていく。星名学という学説によって提唱されたこの理念を信条として結成されたのが反帝国・神羅組織アバランチ、魔晄エネルギーを無作為に乱用する神羅、そしてその大元である帝国に対してテロという報復を行うのは全ては星の生命を守ることに繋がるのだとやや興奮気味にビッグスはタツミに詰め寄る、星名学を常に念頭に置いている彼の性格の一端が垣間見えた瞬間でもあった。

 

「ちょっと待ってくれよ!?星の命を吸い上げてるってことはサヨもイエヤスも……!」

 

 星の生命と言われても想像もつかないタツミであるがただ一点、懸念があったのは星に還っていったサヨとイエヤス。二人の生命も今この瞬間、魔晄エネルギーとして神羅に利用されているかもしれないと思うとわなわなと身体を震わせる、神羅に対する明確な怒りを募らせる。

 

「作戦開始時刻は1100!式典開始の2時間前だ!遅れんじゃねぇぞ!」

「ま、待ってください!……その作戦、俺も参加させてもらえませんか!?」

 

 先刻まで神羅に対する行為を批判したタツミの思わぬ一言にアバランチのメンバーは勿論、バレットも思わず目を開く。一体どういう風の吹き回しかと睨んだがタツミの瞳に映る並々ならぬ決意が物語る、それを見たアバランチのメンバー全員が理解する、この少年もまた「抗う者」なのだと。

 

「……クラウドはやっぱり手伝ってくれないんだね」

 

 士気を上げていく彼らを傍観するクラウドに対してティファが尋ねる、がその反応は薄い。気乗りしない仕事は引き受けないクラウドであるが今回の仕事もジェシーをはじめ、ティファからも度々勧誘されていた。そもそも彼がテロリスト集団と接点を持っていたのも幼馴染であるティファがアバランチのメンバーとして所属していたことにある。

 

 帝国、もとい神羅を嫌悪するアバランチリーダー、バレットと馬が合わないこともあって幼馴染であるティファが危険な活動に身を投じていることも気にしない素振りを見せていたクラウドであったがこうしてアバランチの拠点であるセブンズヘブンに足繁く通っていることから少なからず心配しているのだろう、そう女の勘を働かせたティファはクラウドに対して『魔法の言葉』を向ける。

 

「私を『守って』くれるんじゃなかったっけ?」

 

 それを聞いたクラウドは左右に首を振りながら1つ溜息を吐く、暫くしてから報酬の話をジェシーにつけたことで作戦参加の意思を示した。相変わらずバレットは報酬を釣り上げる要求に辟易しつつもこれ以上ジェシーとティファからの説教は御免とばかりに顔を背ける。

 

 タツミは先のアカメと全く同じ発言をしたティファと返事こそしなかったもののそれに応じたクラウドの意外な態度に驚きつつも何でも屋としての初仕事を共に行えることに胸を高鳴らせていた。

 

 

 ……………

 

 頬杖をつきながらセリュー・ユビキタスは恨めしそうに帝都を見つめていた。本日は帝国を上げての式典、帝都警備隊である自分にとってこれ以上ない晴れの舞台であるにも関わらず、神羅の関連施設とは言えこのような僻地に配属されたことに不満を募らせていたのだ。

 

「今日こそ正義を賊に知らしめるチャンスだったのに……」

 

 そう恨み節を呟くセリューの脳天に拳がコツンと触れる、加減はしてくれたようだが思いの外衝撃があったのか両手で頭を押さえながら少女は頭を上げるとそこには左目に大きな十字傷と中々の風貌の男が立っていた。

 

「オーガ隊長!痛いですよぉ!」

「持ち場を離れてんじゃねぇぞ、セリュー!」

 

 オーガと呼ばれた男は部下であるセリューの怠慢を叱ってみせたが本心では自分も同じ気持ちであった。

 

 鬼のオーガと賊から恐れられ、帝都警備隊の隊長という役職に就いていた彼は宮殿付近のメインストリートを中心に幅を利かせていた。権力という名の下に賄賂をもって擦り寄る輩は多く、中々に居心地の良い毎日を送っていた。そんな彼が部下共々僻地に送られている背景にはソルジャーの存在があった。

 

 現在行方不明と帝国・神羅に認定されてはいるが未だにセフィロスを英雄視する市民は多い、故に帝国は現在帝国兵よりも神羅の私兵であるソルジャーを主軸に軍備を編成していたのである。

 

「くそったれ!!」

 

 詰所に戻ったオーガはセリューとさして変わらぬ恨み節を呟くと常々懇願する、自分の身近で何か大きな事件が発生しないかと。武功を挙げて有能を示せば必ずまた甘い蜜を吸えることを望んでいたこともある。が、亡き父が帝都警備隊に属しており、父の遺志を継いで帝国兵となったセリューを始めとした若手達の芽を潰したくはないという思いもあった。

 

「なんでもいい……!どいつでもいいから派手にやらかしやがれ……!」

 

 そんなオーガの願いを聞き入れたかのように施設には一台の荷馬車が接近しつつあった。

 

 

 ……………

 

 一方、帝都内エリア「ミッドガル」を歩くアカメであったが少々トラブルに接触していた。掃き溜めのような街では鼻もよく利くのだろうか、全身をマントで覆っていた人間を女性と感づいたゴロツキ数名がアカメを取り囲んでいたのだ。勿論、彼女にとってゴロツキ共を叩き伏せることなど造作もないことであったが、式典当日である今日はミッドガルエリアにも帝国兵の姿が見える、ここで騒ぎを起こすことは手配書が出回っている彼女にとってなんとしても避けなければならない。

 

 

 と、本来の彼女であればそう判断していただろう。だがアカメは日中の帝都に単身で潜入という行動に走っている時点で既に冷静を欠いていた。さらに下卑た言葉を並べる輩に対して気分を苛つかせたアカメは懐に隠し持っていた村雨を力強く握ると一歩前に出る、その時ゴロツキの一人が叫び声をあげる。その背後には手首をねじ上げるレオーネの姿とラバックの姿があった。

 

「これ以上おいたすんならこの腕もらっちゃうぞ~?」

 

 帝都ではマッサージ師の身分を持つレオーネであるがミッドガルでは喧嘩っ早さと借金が目立つ荒くれ者で通っている。レオーネと縁のある女に声を掛けてしまったことに渋々と男たちは去っていく。レオーネのお陰でさしたる騒ぎもなかったことに胸をなで下ろしたラバックだったがアカメの前に立ったレオーネがその頬を力強く叩くと再び緊張感がその場を襲った。

 

「アカメ……お前、今なにしようとした?」

「レオーネ……すまない……!本当に……すまない……!」

 

 いかにゴロツキとは言え一市民、制裁こそ加えても帝具を用いて殺害すればそれは信念も持たない賊となんら変わらない。アカメは詫びると共に過ちを止めてくれたことに礼を告げた。レオーネも当初は普段見られないアカメの反応を楽しんでいたが今回の帝都潜入といいあまりにアカメらしくない行動に戸惑いを見せていた。

 

 すると先の件もあって幾分周囲が賑やかになるとレオーネはアカメとラバックの二人に付いてくるよう促す。

 

「どこ行くんですか、姐さん?」

「な~に、私の行きつけの店だよ」

 

 ……………

 

 グラスを磨きながら時計の針に目をやったティファはそろそろ作戦開始時刻を迎えることに若干の焦りを覚えていた。これが初めてということではないが何度経験しても慣れるものではない。それは父バレットの帰りを待つマリンも同様であった。普段は忙しなく店内を駆け回っている少女もバレットが仕事に出ているときは大抵父の絵を画用紙に書き続けていた、何枚も何枚も。

 

 こんな時に限って客足は鈍く時計の秒針がやたらと煩く刻む音を鳴らせていると勢いよく入口の扉が開かれる。

 

「よっ!ティファ」

「レオーネ!久しぶりね」

 

 久しぶりの常連客の来店にティファの顔にも明るさが灯る。以前街で絡まれていたところを助けてもらったことで縁があった二人、互いにその素性は知らなかったが親友の間柄でもあった。

 

「珍しいわね、こんな時間に。飲んでいくでしょ?」

「モチ!ついでにコイツらにも頼むよ」

 

 レオーネの背後からラバックは鼻の下を伸ばしながら顔を覗かせていた。ティファの大胆なファッションとその豊満なバストに目が釘付けになったラバックだったが腰から胸にかけて視線を上げていくとその顔立ちに驚く、真っ直ぐに伸びた長い黒髪と澄んだ朱色の瞳。アカメに瓜二つだった、体格こそ異なるが姉妹と言われても遜色ない。

 

 顔を見比べようとレオーネの背後でマントを被っていたアカメに向き直ったラバック、しかしアカメの表情は恐怖に怯えているようで玉のような汗を浮かべ、動悸を激しくさせながら奥歯をカタカタと震わせている。やがて自身の姿を隠すことなく顕にしたアカメが一歩前に出る。

 

「う、嘘だ……!お前がティファ……!?」

「あれ、貴女どこかで見たような?もしかして手配書にあった――」

 

 アカメに気づいたティファであったがレオーネやラバックが思った以上に動揺しなかったのは自身も日陰者であるアバランチのメンバーであることからだったがそれ以上にアカメの異常な様子に2人は驚いていた。

 

「あ、アカメちゃん!?どうしたんだよ!?ティファさんと会ったことがあるのかよ!?」

「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ!!お前が、ティファ……!なら私は、何の為に……!?」

 

 両手で頭を抱えたままその場に蹲るアカメ。もはや正常な状態ではないと悟ったレオーネとラバックはアカメに駆け寄る、何事かと怯えたマリンを抱きかかえながらアカメのもとへと恐る恐ると近づくティファ、顔を埋めたままアカメがうわ言のように呟くのはクラウドの名と呪詛のように謝罪を繰り返していた。

 

 

 ……………

 

 

「そこの荷馬車、止まれ!」

 

 

 神羅の施設へと接近していた荷馬車は当然、検問にかかり施設入口前で呼び止められると門番の兵士が御者の身分を確認しようと近づく。

 

「お仕事、お疲れ様です。帝国から差し出しをお届けに上がりました肉屋「カルビ」の者です」

「帝国が差し入れだって…?身分証明はあるのか?」

 

 御者が取り出した書簡は肉屋カルビの営業申請書と帝国の書留がされていた、念のため荷を確認するが確かに香ばしい肉の香りが漂っており思わず流れ出た涎を拭った兵士は入口前の門扉を開けると通行を許可した。ひとつ御者にしては随分と若い女性だと訝しんだが通り過ぎる際に女性がウインクを寄越すとニヤけ顔のまま再び正面に向き直った。

 

「う・か・つ♪」

 

 御者に扮していたジェシーは去り際に笑みを浮かべながら荷馬車を走らせると備品を搬入する裏口へと回った。

 

 やがて人気のない場所に荷馬車が止まったことを確認したバレット、ビッグス、ウエッジ、そしてタツミは荷台の底から姿を現す。流石に長時間狭い荷台の下、しかも大の男4人で密集していただけに外の空気を大きく吸い込む。だが一息つくのは僅か一瞬、ビッグス、ジェシーの二人はともかく体格の大きいバレット、ウェッジすら機敏な動きでそれぞれの持ち場に着くと慌てるように指示されていた持ち場に移動したタツミは予めジェシーが用意していた施設内の地図を広げる。

 

 作戦の第一段階である施設内への侵入は難なく成功、第二段階はいかに潜入を気取られることなく爆破対象である施設内機関に接近することにあった。互いに周囲の気配を警戒しながら歩を進めるタツミはまもなく作戦の第三段階に移行する頃だと正門がある方へと目をやる。この作戦の『キモ』でもあるクラウドの身をひとつ案じながら再び施設内へと駆け出していった。

 

 

 タツミらが施設内へと侵入してから暫く、未だに顔を緩めていた兵士であったが街道から徒歩で近づく男に目が止まるとようやく顔を引き締めると即座にその場で留まるよう勧告したがそれも当然。男は背負っていた大剣をゆっくりと抜くと真っ直ぐに正門へと迫っていたからである。

 

 明らかな不審者であると捉えた兵士が警鐘を鳴らすと施設内の至る場所から帝国兵が姿を現す、その対応は見事なまでに迅速であったが彼らもまた鬱屈していた任務にやってきた賊の到来に胸を躍らせていたのだ。

 

「思っていた以上に釣れたな」

 

 タツミらがターゲットを爆破するまでの間、表で派手に騒ぎを起こすというのがクラウドの役割であったが作戦の第三段階は概ね成功したと納得すると敵陣の中へと駆け出した。

 

 

 ……………

 

 

 道中大所帯で向かうのは危険であると判断したバレットの提案で1人で施設内をゆくタツミ、表が騒がしくなったことでクラウドが交戦に入ったことに気づくと目標までの道を急いでいた。自分がこれから何をしようとしているのか理解はしているつもりだがやはりどんな目的意識を掲げていても犯罪を起こすことに良心が痛む、ふと目線を下に落としたタツミは曲がり角の通路から姿を現した影に気づかずに身体をぶつけてしまった。

 

「きゃぁっ!?」

「うわぁっ!?」

 

 両者ともに急いでいたせいか、勢いを乗せたまま床を転げるが流石の身のこなしで受身を取ったタツミは思わず倒れ伏したままの兵士に声をかけた。顔は見えなかったが朱色のポニーテールの髪型から女性であると窺い知れた。

 

「あ、あのスイマセン!大丈夫ですか!?」

「え、ええ。貴方、見ない顔ですけど誰ですか?」

 

 ジェシーがこの場に居れば間違いなく「迂闊」と言われるであろう行いを悔いたタツミは慌てふためきつつも偽造された書簡を見せながら肉屋の業者であると語った。書簡と自分の顔を交互に見ている女性に祈るように素性が悟られないようにと願うタツミであったが次の瞬間には女性は顔を輝かせながらタツミの手を取った。

 

「市民の方だったんですね!?ここは危険です、私と一緒に来てください!」

「え、あ、あの、ちょっと!?」

「遠慮はいりません、私は帝都警備隊のセリュー・ユビキタス。正義の軍人ですから!」

 

 セリューに手を引かれながらタツミは目標とは在らぬ方へと誘導されていく。作戦は万事順調と施設内をゆくバレット達であったが思わぬ障害が発生しているとは知る由もなかった。

 

 ……………

 

 アバランチが神羅の研究施設に襲撃を仕掛けている頃、時を同じくして帝都では間もなく神羅による魔晄動力炉の発表式典が執り行われようとしていた。これまでの実績もあり宣伝活動の効果もあって会場となるエリアでは帝国民の実に4割がその場に訪れており、注目度の高さを伺わせる。

 

 帝国関係者が集う特設の舞台、そこで恰幅のよい男2人が群がる民衆を見下ろしながら談笑を交わしていた。

 

「いやはや、神羅の名前も今やこれだけの影響を与えるまでに至りましたな、プレジデント卿?」

「いえいえ、これもオネスト様が目をかけていただいた故のこと」

 

 1人は現帝国の大臣にして帝国腐敗の元凶でもあるオネスト、片手に持った燻製肉を貪りながら下卑た笑みを浮かべつつ眼下の民衆の群れをまるで蟻の行軍のように見下ろす。

 

 その大臣の隣で葉巻を片手に派手な赤のスーツを纏う男はプレジデント神羅、その名が示す通り帝国内組織「神羅」の創始者にて現最高責任者でもある。

 

 いかに帝国の大きな力になっているとは言え、一介の兵器開発部門でしかなかった組織が「神羅」という個人の名を冠し、事実上最高権力を掌握しているオネストの横で対等に言葉を交わせるのもひとえに「魔晄エネルギー」の発見と実用の成功、そして強大な戦闘力を誇る「ソルジャー」を有していることにあった。辿ってきた道程はそれぞれであれ、オネストとプレジテント両者の姿は写鏡のようであり正に私腹を肥やした者と言える。

 

「ところで例のアバランチ…でしたかな?釣れますかな?」

 

 群衆に目をやりつつオネストはテロリスト集団アバランチの式典襲撃を懸念する、これまでの活動からも本日の式典への妨害は容易に想像できる。だからこそ警備の数も通常時の3倍にも増やし神羅の私設兵でもあるソルジャーも多数配備しているのだ。もっともオネストにとっては会場式典に集う民の身を案じている訳ではない、寧ろ派手に賊に暴れてもらい帝国が場を収めればそれはまた格好のPRの場となる。

 

 その為に大袈裟なまでの宣伝活動を行ってきたのもいつ何時現れるか分からないナイトレイドよりもアバランチが現れる可能性が高いと踏んでいたからである、アバランチなど有象無象の輩としてしか捉えていなかったプレジテントであったが目の前に飛び続ける羽虫は鬱陶しかったのか今回の式典を機に一掃できるならとオネストの策に乗った。

 

「釣れればよし、釣れなければ所詮奴等の思想などその程度ということですな」

 

 グラスのワインを一口飲み干したプレジデント、彼もオネストも些事にすぎないささやかなゲームの行方を楽しんでいた。

 

 

 

 ……………

 

「う、うわぁぁぁっ!!」

 

 その叫び声とともに帝国軍兵士の男5人がほぼ同時に宙を舞う、クラウドが横に薙いだ剣の一閃で屈強な男たち5人が爆ぜた火薬の如き勢いで壁に地に叩きつけられた。タツミらが潜入してから5分、陽動を担当していたクラウドであったが既に配備されていた帝国軍兵士の3分の1以上を撃退していた。

 

 当初は向う見ずな輩が単身乗り込んできたと舐めてかかっていた帝国軍であったがその鬼神の如き強さの男を前に考えを改めると後方に待機させていた銃撃隊に一斉射撃を命じる、ライフルを持った狙撃手が複数名クラウドに照準を合わせつつさらに短機関銃を構えながら接近する兵が数名、最後方には砲弾を携えるなどまさに必殺の布陣を敷くと一斉にその引き金を引いた。

 

 だがクラウドは手近の兵を斬り捨てながら前進をすると狙撃手が放った銃弾を跳躍にて回避、さらに宙を駆けつつ放たれた砲弾に剣の切先を翳すとその軌道を上空へと逸らしてみせた。

 

 砲弾を真っ二つに斬り裂くことも容易かったがそうはしなかったのは帝都から離れているとはいえ砲撃の爆発音を気取られることを避けた為である。また必要以上に派手に立ち回るのも陽動としての自身の立場を理解、もとい契約上の任務と割り切っていたことに過ぎない。

 

 涼しい顔で大剣を構えるクラウドに対して密集陣形を敷いていた前衛から割って入る男が一人、その大柄な体躯を顕にする。待ちに待っていた賊が現れたことに満足する一方で地に倒れ伏す部下達の数に相当の手練であると理解すると帝都警備隊 隊長であるオーガはゆっくりと剣を抜くと中段の構えを取った。

 

 その構えに思わず部下達も息を呑む、「鬼のオーガ」と呼ばれるのはその強さだけでなく型にはまらぬ豪快な剣捌きと、どのような状況でも笑みを浮かべながら剣を振るう様からも由来する。そのオーガが基本に忠実な構えと真横に口を噤んでいることから改めて目の前の金髪碧眼の男に対する警戒を強めた。

 

「お前ら下手に手を出すんじゃねぇぞ……!」

 

 対してクラウドも目の前にいる男が只の雑魚ではないと悟ると肩に担いでいた剣を八相の構えにて迎えうつ。

 

「その服……よりにもよって相手はソルジャーかよ!」

「元、だ。どいつもこいつも何度言わせる気だ」

 

 クラウドの出で立ちを見たオーガは思わず苦笑する。着崩してはいるが濃紺のタートルネックと左の肩当て、そしてバックルに施された紋様はソルジャーの証、ソルジャーによって立場を追われた彼が望んでいた賊の到来がソルジャーだったとはつくづく因果なものである。

 

「ぬおおぉぉぉ!!」

 

 咆吼一番にオーガは右足を力強く踏み出した。

 

 

 ……………

 

「ち、ちょっと待ってくださいよ!あの…セリューさん!?」

「何を言うんですか!?いつ賊がここに来るか分かりません!一刻も早くここから離れないと!」

 

 セリューに腕を掴まれながらタツミは目標から全くの逆方向へと誘導されていた、だがバレット達が爆破目的である施設の中枢部へとそろそろ辿り着いている頃を考えればこのままセリューという軍人を自身に引きつけつつ脱出するのも一つの手と考えていた。

 

 腕を掴んでいるセリューの力強さからは身を案じている真剣さが伝わってくる、純粋な人の善意を作戦遂行の為に利用していることにタツミの胸は痛む。今更であるが一時の感情に振り回されて愚行を犯しているのではないかと苛まれた。そう思うといつの間にかぐっと瞼を閉じ、腕を引くセリューに身を任せるように歩を進めるタツミはせめてもとアバランチの無事を祈った。

 

 ……………

 

 狭い通路で小気味のいい連なった銃声が響き渡る、義手に代わりガトリング銃を右腕に携えたバレットが立ちはだかる帝国軍人に向けて発砲を行っていた。為す術もなく灰色の床を赤く染め上げたレッドカーペットの上をアバランチの面々が駆け抜ける、タツミを除いた全員が無事合流を果たしていた。

 

「おう、ビッグス!あの小僧はどうした!?」

「知らねぇよ!こっちも手一杯だったんだ!ジェシー、ウェッジお前らタツミ見たか!?」

「途中までは一緒だったけど……」

「俺も見てないッス!」

 

 会話を交わしながらバレットは眼前の敵を射殺、ビッグスとウェッジがバックアップに回り、ジェシーが施錠された扉の開錠を行う。実に精錬された動きで目標へと迫っていた。

 

「クラウドとタツミ、二人共無事かしら……?」

 

 ジェシーは外で敵を迎撃しているクラウドと行方知らずのタツミの身を案じたが正式メンバーではないことと報酬を支払わなくて済むとバレットは皮肉を込めて笑ってみせる、笑えない冗談だとバレットの尻を革製のブーツで思い切り蹴り上げたジェシーは目的地の最後の扉を解錠する。

 

 帝国が採用する錠はパズルのような複雑なパネルを結合させるものであるが機械工学に精通する彼女の手に掛かれば帝都の雑貨屋で売られている子供の玩具に等しい。

 

 開かれた扉の先には巨大な筒状の機械が地下深くまで続いておりその先には淡い光が見える、それこそが神羅が魔晄エネルギーと名付けている星の命そのものである。筒状の機械を介してその光が立ち昇っていることから吸い上げられている様子が見て取れる。

 

「くそったれ!星の命は石油とは違うんだぞ!帝国も神羅もふざけやがって!」

 

 星名学に傾倒するビッグスは怒りに震える手で手近な機材を殴りつける、勿論それで済むはずはなくジェシーが所持していた爆弾を早々に仕掛け始める。

 

「俺たちが脱出する時間を考えて爆破まで5分の設定だ、できるなジェシー?」

「待って!私達やクラウドはともかくタツミはどこにいるのか分からないのよ!?」

 

「ジェシー!!」

 

 バレットは細かい説明は省いてジェシーの名を力強く叫ぶ、ジェシーもその言葉の本質は理解していた。ここで時間を掛ければ掛けるほど危険が迫ること、そして反帝国・神羅組織アバランチの内々の掟である「目的の為には手段を選ばない」それは仲間の命も含まれていた。奥歯に力を込めたジェシーは時限式爆弾の起爆を5分後に設定、それを確認したバレットらはタツミの無事を祈りつつ足早にその場を去った。

 

 ……………

 

 風を斬り裂く音が周囲に響き渡るほどの剣速をもってオーガは剣を振るうがその剣戟をクラウドは手に持った大剣を交えることなく回避する。一見するとオーガの猛攻に手が出せないと捉えることができて帝都警備隊長であるオーガを鼓舞せんと部下たちが声を上げる。

 

 だがオーガには解せなかった、相手の力量が分からぬほど愚かでなかった彼は一閃、また一閃と剣を振るう度に疑念を募らせていく。

 

(何故だ、何故手を出してこねぇ!?)

 

 その気になれば反撃の機会はいくらでもあったにも関わらずクラウドが守勢に回っていたのは『合図』を待っていた為、バレット達が潜入してから10分、首尾よく事が進んでいれば間もなくその時を迎えるはず。

 

 と、施設の裏口から馬の嘶きと共に荷馬車が勢いよく飛び出す、その『合図』を受け取ったクラウドは下ろしていた剣を再び構え直すとオーガの前に立つ。

 

 

「――悪いが、ここまでだ」

 

 

 その言葉を聞いたオーガは咄嗟に身の危険を察知し剣を横に防御姿勢を取った、がオーガが剣を構えるよりも早くクラウドの剣がオーガの身体を払う。

 

 

「がはっ……!?」

 

 

 グラリとその巨体をよろめかせるオーガ、隊長の危機に部下達が反応し迎撃姿勢を取ろうとした瞬間、オーガが大地に身を預けると同時に数十人の帝国兵の意識は刈り取られていた。

 

 そのクラウドの下に駆け寄る荷馬車、手綱を握るジェシーだがその様子が慌ただしいことに気づいたクラウドは問題が発生したことに溜息を一つ吐いた。

 

「タツミがいない?」

「そうなの!もう爆破まで時間がないのに……!まさかまだ施設内に!?」

 

 爆破まで残り1分を切ろうという時に考えを巡らせる時間も暇もない中でジェシーから知らされた報。急いで離れなければ巻添えを食うことはおろか、事態を察知した帝国から部隊が派遣され包囲されるかもしれない。先のバレットの言葉もあり断腸の思いで手綱を握るジェシーだったが――

 

「クラウド!?どこへ行くの!?」

「先に行っていろ」

 

 咄嗟にクラウドの行先を訪ねたジェシーだったがその問いが「迂闊」だったことは分かりきっていた、爆破まで残り僅かでタツミの救出に向かったクラウドに対してジェシーは戻れとも助けてこいとも声を掛けられない、切迫した状況を招いたのは他でもない自分達なのだから。

 

 ……………

 

 しまったとタツミが気づく頃には既に遅すぎた、セリューがタツミの手を引いて向かっていたのは施設の外ではなく要人用の避難所だったのだ。幾分頑丈に出来ているようだがあくまでも銃撃など想定範囲内に過ぎない。事前に知らされていた爆破の規模を考えれば施設内のどこにも安全な場所などないのだ。

 

「セリューさん!急いでここから逃げましょう!」

「ここより安全な場所はありませんよ、大人しく待っていて下さい!私は賊を始末してきますので!」

 

 そう言いながらその場を後にしようとしたセリューの腕を今度はタツミの腕が掴む、その余りの力強さに賊の討伐と血気に逸っていたセリューも思わずその足を止めた。

 

「一体どうしたんですか?大丈夫です、あなたの安全は私達が…」

「そうじゃないんだ!ここは……この施設はもうすぐ爆破されるんだ!」

「どういう……ことですか……!?」

 

 

 何か上手い言い訳でも立てられれば良かったがその余裕がタツミにはなかった。苦し紛れにアバランチのメンバーがそう計画しているのを聞いたと話したが明らかにセリューの目は疑心暗鬼に満ちていた、だがその事を憂いている場合ではない。このままでは爆破から逃れても生き埋めになることは明らかだとタツミはセリューの手を強く引くとそのまま出口へと向かう。

 

「ち、ちょっと!離しなさい!あなたには聞きたいことが……!」

「話ならここから出たらいくらでも聞きます!だけど今は!!」

 

 タツミの表情から嘘はついていないと感じたセリューは喉につかえる言葉を飲み込んでまずは施設からの脱出を優先すると先を行くタツミに出口までの方向を指示していく。タツミも初対面、しかも帝国軍人でありながらセリューの言葉を全く疑わなかったのは互いに命の危険に晒されている以上、不要な詮索は無粋と感じていた。やがて出口まで残り僅かというところで突然の地鳴りが襲った。

 

「きゃぁっ!?」

「セリューさん!?」

 

 バランスを崩したセリューが転倒すると直後に激しい轟音が廊下の奥から響き始める、仕掛けていた時限式爆弾が遂に起爆したのだ、連鎖的に爆発を起こしながら狭い通路を爆風が駆け巡る。

 

 タツミは急ぎセリューを抱き抱えると扉を蹴破る勢いで外に飛び出す、その直後火炎放射の如く直線に伸びた爆風がタツミの背中を掠めるとあらゆる場所から爆炎を巻き上げつつ上空に巨大なキノコ雲を上げる。

 

 

 

 それは祝辞を終え、動力炉の概要説明を行っていた式典会場からもまざまざと映り、市民をはじめ帝国軍人もそれぞれ遠方の爆炎に視線を向けていた。

 

「一本取られましたなぁプレジデント卿?」

「いやはや、参りましたオネスト様」

 

 肉を頬張りながらオネストは「アバランチが襲撃する」という賭けに勝った喜びを顕にした。対するプレジテントも負け惜しみの様子を全く見せることはなく、懐から賭け金を取り出すと静かにオネストの前へと差し出した。

 

 

 

 

(――しっかり……しっかりしてください……!)

 

 

 

 未だ激しく噴煙を上げ続けていた神羅の研究施設であったがようやく爆炎の噴出が沈静化しようとしていた、セリューに覆いかぶさる形で庇ったタツミは自身を呼び起こす声にゆっくりとその瞳を開くと----

 

「セ、セリューさん……無事だったんですね、よかった……」

「自分の心配をしてください!本当に危なかったんですよ!?」

 

 セリューに膝枕をされる形で目を覚ましたタツミは体の節々に痛みが走るとその痛みに顔を歪ませる。セリューの言うとおり危機一髪の状況だった事に理解が回ると沈んでいた恐怖が今更身体を襲い始めた。

 

「もう大丈夫ですよ…助けていただいてありがとうございました、えっと……」

「あ……俺、タツミっていいます」

 

 感謝を告げたセリューが口篭った事にタツミは自身の名前を告げる、今度は「迂闊」ではない。そこには打算もなく唯一人の人間として当然のことをしたまでのこと。

 

 

「タツミ……、改めてありがとうございました、私は――」

 

 

 その時セリューの背中に一閃が走るのを見たタツミは力無く自身に倒れ掛かるセリューの肩を無意識の内に受け止めたが状況を理解することができなかった、セリューの背後に立つクラウドの姿を見るまでは。

 

「生きていたか、中々の渋とさだ」

「クラウド、さん……?」

 

 剣を背中に背負ったクラウドは何食わぬ顔でタツミに手を伸ばしたがその手をタツミは受け取れなかった、自分の腕の中でうな垂れる少女に目の前の男が何をしたのか頭で理解できなくとも心が理解していたのか。タツミの腕はクラウドの差し出した手には伸びずに背中の剣へと向かう、そして次の瞬間にはクラウドに向かって抜刀した剣を向けていた。

 

「クラウドさん……あんた何やったんだよ……この子に今、何やったんだよ!!?」

「その服は帝国軍人の者だ、お前は顔を見られた。だから斬った、それだけだ」

「ふ、ふざけんなよっ!!」

 

 言葉と共にタツミは剣を振るっていた、だがその剣はクラウドに届かない。精神が、心がいくら叫んでも肉体は悲鳴を上げていたのだ。突き出した剣がクラウドに届く前にタツミの両膝は崩れ落ち無様に顔面を地に打ち付ける。

 

「それだけ動ければ問題はなさそうだな」

 

 意識を失ったタツミを担ぎ上げるとクラウドはジェシーが駆る荷馬車が去った方角へと進みだした。

 

 

 つづく



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勧悪懲悪

 ナイトレイドのアジト内、大会議室にてナジェンダはある書物を手に取りながら12本目の煙草に火を点けた。灰皿に積み上げられた煙草の山が読書に費やした時間を物語る。

 

「どうしたの、ボス? 難しい顔して?」

 

 日中から険しい顔で読書に耽るナジェンダの様子を察したのか、マインが声を掛けるが反応は薄い。何をそんなに熱心に読んでいるのかと顔を覗かせたマインはそれが自分達ナイトレイドにとっては見慣れた物であることに気づく。

 

「帝具の文献? なんで今更そんな物読んでるのよ?」

「ああ、ちょっとな」

 

 ナジェンダが読んでいたのは帝国が生み出した48の帝具、その詳細が記されている書物である。民間には出回っていない極秘の文献であるが東西南北のあらゆる勢力を取り込み、帝国内からの離反者も多数属している革命軍にとってはその入手は比較的容易い。

 

 ナイトレイドには暗殺稼業とは別途の任務として「帝具の回収」が革命軍本部より与えられている。帝具はそのどれもが一騎当千の性能を持つ故にそれらを入手することが出来れば革命軍の戦力が増大するのも自明の理であった。

 

 ナジェンダがナイトレイドのボスとして任務遂行のため文献を熟読するという光景は別段珍しいことではない、だがマインには何故今更という思いがあった。

 

 ナイトレイドに所属する者であれば帝具の文献の知識など初歩中の初歩である、物忘れの激しいシェーレならいざ知らずボスでもあるナジェンダが煙草を「12本」も吸いながら読み耽ることがマインには解せなかった。

 

「マイン、お前のパンプキン。クラウドに斬られたと言っていたな?」

「ホント信じられないわよ、あんなに凝縮して撃ったのに」

 

 狙撃手(スナイパー)として絶対の自信と覚悟を持って放ったとっておきの一撃を両断されたことに、既にあの日から1週間近く経過しているにも関わらずつい昨日のように思い返してはマインは左手の親指の爪を噛んだ。

 

 わざわざマインの機嫌を損ねてまでナジェンダが問うたのはマインが放った銃弾が『両断された』事実を再度確認するためだった。

 

 パンプキンの前所有者であるナジェンダはマイン以上にパンプキンの性能を熟知している、その彼女からしてクラウドがマインが放った銃弾を斬ったことは『あり得なかった』。

 

 浪漫砲台パンプキン、様々な形態を持つ銃の帝具であるがそこから放たれる銃弾は実在のものではない、所有者の精神エネルギーがそのまま銃弾の形となった放たれるのである。

 

 だからこそ危機的状況を迎えることで威力が向上する特性を備えているのだがそれは銃弾というより衝撃波と呼ぶ方が相応しく、物理的に干渉することはほぼ不可能に近い。

 

 クラウドの持つ大剣に帝具の可能性を見たナジェンダであったが手にする文献にそれらしい記述はなかった。500年前の大規模な内乱によって大多数が行方知らずとなっている帝具、文献に記されている項目もその一部に過ぎない。

 

「クラウドが持っていた大剣、やはり帝具なのか?」

「ブラート……お前もそう思うか?」

 

 マインに続き、顔を覗かせたのは修練場で汗を流したばかりのブラート、顕になった上半身は鋼の鎧と呼んで差し支えないほど見事なまでに鍛え上げられており、インクルシオを纏うに相応しい。そのブラートも関心を寄せたクラウドの大剣だが彼にもある懸念があった。

 

 マインと同じくアリアの屋敷にてクラウドと対峙した際、インクルシオの副武装である大槍『ノインテーター』にて迎え撃った一撃は彼の鋼の肉体を否定する結果となった。だがブラートがその結果を受け入れ難かったのは安い誇り(プライド)の為ではなかった。

 

 クラウドと斬り結んだ際、レオーネを超える跳躍とラバックの結界を潜り抜けた男が只者ではないと瞬時に捉えると男が振るう刃がレオーネに届かんとするその瞬間まで地に着いた足を溜めに溜め、そして跳んだ。

 

 素人目には十数mの高さから跳躍したクラウドと数mの跳躍で対峙したブラートでは当然自由落下の勢いが乗ったクラウドの振るう剣に分があると踏むだろう、だが実際はその逆である。

 

 あらゆる武術において軸足による溜めはそれ即ち繰り出す攻撃の破壊力に繋がる。いかにクラウドが肉体を強化されたソルジャーといえども腕力一つで軸足から伝わる力を槍の一突きに全て乗せたブラートをその体ごと大地に叩き伏せたことは人間離れの一言では片付けられない。

 

「……ふむ、だが事実としてクラウドの一撃はブラートの渾身の一撃を上回ったわけだ」

「単純に力って感じじゃなかった、なんて言うか……溜めを消された、そんな感じだったぜ」

 

 ノインテーターがクラウドの剣に触れた瞬間、激流の滝を駆け上がるが如くの勢いが完全に殺された。その違和感が未だに残る両手を見つめながらブラートは答える。

 

「ソルジャークラス1stにして帝具使い……似ているな、ヤツ(・・)と」

 

 そう呟きながらナジェンダは13本目の煙草に火を点けた。

 

 

 ……………

 

 

 噴き上げる爆炎は帝都にいる全ての人間の目を釘付けにする、本日の式典に欠片も興味を示さなかったスラム街「ミッドガル」の住民も高々と打ち上げられた花火を見るように歓声を上げていた。

 

 ミッドガルで暮らす住民は生まれついての者以外に貴族階級から謂れのない誹謗中傷を受け、愛する者も生活も全て奪われ世捨て人になった者も多い。彼らからして見れば帝国のお膝元である神羅をはじめとして帝都の国民全てが敵といっても過言ではない。

 

 そんな彼らが過激派テロリスト集団であるアバランチの行動を賞賛するのは自然の成り行きと言えるだろう。事実、高額な報酬と引き換えに暗殺を請け負うナイトレイドと比べその認知度、人気は圧倒的にアバランチが上回っている。

 

「た~まや~♪」

「ちょ!? 姐さん、騒ぐとマズイって!」

 

 セブンスヘブン前にて爆発を見届けているレオーネは周囲を煽るように歓喜の声を上げる、元来の性格からして祭りごとが好きな彼女にとって自分が所属するナイトレイドと相反するアバランチの行動はその理念は測りかねてはいたものの気分の良いものだった。

 

 外には帝国の憲兵も巡回している中、目立つ行動は控えるようにラバックが嗜めていると、犬歯を覗かせて笑みを浮かべていたレオーネが静かに口を閉じると、周囲を、そして遠方を見るように目を細めた。

 

「姐さん……? どうかしたんすか?」

「……ヤバイかもしんない」

 

 

 店内では吹き上がる爆炎を作戦成功と受け取ったティファとマリンが安堵の表情を浮かべる、幾らか落ち着きを取り戻したアカメも窓越しに噴煙に目をやっていたがその視線を時折ティファへと寄越していた。

 

『あの時』から変わらないスラリと真っ直ぐに伸びた長い黒髪、そして朱色の瞳。自身と似通った特徴の彼女が『ティファ』であることは言葉で否定しても紛れもない事実であることをアカメの心が何よりも理解していた。

 

 

 (――だけど、なぜ?――あの時確かに――)

 

 

 何度も頭を駆け巡る疑問符、とその時、レオーネが険しい表情で店内へと戻ってきたことで唐突にその言葉は途切れる。

 

「レオーネ、どうした? 何かあったのか?」

「少しは落ち着いたな、ちょっとマズイことになったかもしんないね、アバランチの連中」

「マズイって……どういうことなの、レオーネ?」

 

 レオーネの言葉に不安げにティファが尋ねる、普段から軽口や冗談を叩くレオーネだがその表情が真に迫ったものであると受け止めたのだ。

 

「外にいた帝国兵の足並みが揃いすぎている、まるで予め爆破が起こるのを見透かしていたみたいに」

「まさか……爆破までさせておいて罠だって言うんですか、姐さん?」

 

 ライオネルを発動しなくともレオーネの動物的直感は正しかった、当然彼女らは知るべくもないがオネストとプレジテントが『ゲーム』とみなしていたようにアバランチの襲撃、そして帝国軍が鎮圧というシナリオが織り込まれた式典開催こそ巻かれた餌であったのである。

 

 神羅の関連施設に配属されている護衛は当然神羅の私兵であるソルジャーがその任に当たる。だが式典開催を理由に多数のソルジャーを帝都に集結させたことで敢えて襲撃が容易な環境にしたのもオネストの策略。賊を一つ潰す為に帝都警備隊と魔晄炉一基を囮にすることも意に介さないその非情性は、プレジテントとのゲームもアンフェアであったことを鑑みてもやはり帝国腐敗の元凶と言える。

 

 

 爆炎を合図に一個連隊に匹敵する軍勢が爆破のあった施設を中心にアバランチへと迫っていた。

 

 

 ……………

 

 

 荷馬車は激しく揺れながら街道から離れた荒野を走る、肉屋を装っていた時とは違い真っ直ぐ街道を往くわけにはいかなかった。手綱を握るジェシーは先を急ぎながらも息を切らせる老馬を気遣うように時折その手を緩めた。

 

 後ろ盾のないアバランチは常に資金難に悩まされている、今回の作戦で調達した馬も現役から退いて久しい。馬車から漂っていた肉の匂いもジェシーが化学物質を調合したものによって擬似的に発生させたに過ぎない。

 

 自分達の活動もさる事ながらバレットにとっては娘マリンの学費や養育費を確保することに難儀している。先程は冗談交じりでクラウド、タツミが戻らなければ報酬を支払わずに済むと口にしたが懐事情を考えれば全くの嘘だとも言えなかったがタツミの救出にクラウドが向かってからほどなくして噴き上げた爆炎に作戦成功の喜びを分かち合う者は誰一人としていなかった。

 

「ねぇ、ビッグスの兄貴……クラウドさんと、タツミ無事っすよね?」

「……俺に聞くんじゃねぇよ」

 

 不安に駆られたウェッジが尋ねるがビッグスに答えられるはずもなかった、バレットは右足で貧乏ゆすりをしながら落ち着きのない様子で右腕の銃の手入れを行っている。言葉少ない馬車内ではガタガタと音を鳴らす車輪が喧しく響いていたが、馬の嘶きとともに突然その動きを止めた。

 

「どうした、ジェシー!?」

「バレット! あ、あれを見て!」

 

 ジェシーが指差したその先では帝国兵およそ500人はいるであろう軍勢が四方より向かってくるのが見える。自分達が脱出を図り、そして施設が爆破してからまだ20分程でここまでの手が回っていたことに誰もが罠だったことに気づいた。

 

「じゃあ施設にソルジャーがいなかったのも全部……!?」

「ああ、クソッタレ! 全部帝国と神羅の掌の上だったわけだ!」

 

 即座に進路を変更したジェシーだったが接地性の悪い足場と老馬の体力もあって思うように速度が出せない、徐々に帝国軍との距離が詰まっていくと覚悟を決めたのかバレットが銃を起こした。

 

「こうなりゃやるしかねぇ……! テメェら腹括れよっ!!」

「む、無理っすよ! あんな大軍に俺たちだけじゃ……!」

「泣き言言ってんじゃねぇ、ウェッジ! 星に還る日が早くなっただけ、それだけのことだ!」

「罠だったなんて……迂闊だったわ」

 

 彼らとてテロリストを語る以上、死は常に覚悟している。だがやはりその時が迫ったからとはいえ容易に受け入れることはできない。思いはそれぞれに武器を取ると、無謀ともいえる戦地へ向け皆武器を構えた。

 

 

 ……………

 

 

「――離せ、離せよっ!」

 

 クラウドの右肩に担がれた状態で手足をばたつかせるタツミ、意識は戻ったものの未だに満足に動けない体で子供のように暴れていたが空を駆けるように疾走するクラウドの耳には一切入らなかった。

 

 施設を後にする、いや襲撃時より感じていた違和感。何故ソルジャーが一人もいなかったのか?あまりに事が上手く運びすぎていることに一抹の不安を覚えていたクラウドの足取りは次第に強く、疾くジェシーたちが設定した逃走ルートの荒野を駆け抜けていく。

 

 

 ……………

 

 

「こなクソォォ!!!」

 

 咆哮と共に銃を乱射するバレットを援護する形でビッグス、ウェッジが現地で調達した帝国軍の銃を発砲、ジェシーは手製の手榴弾を投げつけ応戦していた。

 

 だが余りにも多勢に無勢。歩兵隊が銃撃隊にスイッチすると荷馬車を盾に防戦を強いられていた、既に老馬は射殺され退路はない。

 

「畜生……ここまでか……!!」

「し、死にたくないっすよぉ!!」

「勝手に諦めんじゃねぇ、ビッグス! ウェッジ! 俺は死なねぇぞ……! マリンが待ってるんだ!!」

 

 死の覚悟を決める者、死を恐れる者、死を拒む者、思惑はそれぞれの中、ジェシーはふと施設の方へと視線を向ける、この後に及んで彼の力を頼ってしまう己の無力さを嘆きつつもその願いを口にせずにはいられなかった。

 

「助けて……クラウド……!」

 

 迎撃が無いことに帝国軍は一気に片を付けようと荷馬車に向けて迫撃砲の用意に入る。オネストの命令により鎮圧ではなく抹殺を掲げていた彼らに慈悲はなく、既に蜂の巣となった荷馬車に向けて砲撃手が三人連なるとその引き金を引いた。

 

 大きく曲射弾道を描きながらバレット達に迫る砲弾、迎撃せんとバレットが空に向けてガトリング銃を放つも射角と弾速によって捉えることは叶わずみるみる着弾までの距離が詰まっていく。

 

 あと僅かで着弾というその時、空に三度の光閃が走ると飛来していた3発の砲弾は真っ二つに裂け空中にて爆発した。

 

 爆発の衝撃によって頭を伏せたバレット達であったが砲弾を斬り裂く芸当ができる者などそうそういるものではない。ジェシーは待ち望んでいた男の到来に目の前に降り立った影に顔を起こす、だがそこに立っていたのは――

 

「クラウド……じゃない? 女の子?」

 

 爆炎による影ではっきりと顔は見えなかったが、長い黒髪と黒を基調とした衣服とスカートから女性と分かる、左手には鞘、右手には日本刀を携えるそれはアカメであった。

 

 

 ……………

 

 時は少し遡りここセブンスヘブンではレオーネが危惧していた通り、帝都内に発信されている電波式信号によって帝国からアバランチ討伐隊が派遣されたことが伝えられた。

 

 元々は神羅が軍事用通信機として開発したものであるが現在は貴族階級者同士の連絡をはじめ、緊急時に際しての国民への伝達として使用されているものである。

 

「ねぇティファ? 父ちゃん達、大丈夫だよね、ねぇ?」

 

 発信された内容は理解できなかったマリンだったが普段から気さくな笑顔を向けて戯れるレオーネが険しい表情をしていること、そして自分の手を握るティファの手が汗ばんで小さく震えていることで本能的に父の危険を感じ取ったのだろう。ティファの腕を引っ張るように問いかける、大丈夫と嗜めるティファだったがマリンに向ける自分の顔もまた笑みがないことに気づいていない。

 

「やっぱりここはアバランチのアジトかなんかだったんだな?」

 

 マリンやティファの反応からアバランチの関係者だと見破ったレオーネが問い詰める、ティファとの出会いこそ偶然だったものの最初にここセブンスヘブンを訪れたときに既にある疑念を抱いていた。

 

「この酒場、酒や煙草の匂いで満たされてるけど、爆弾に使う火薬の匂いが微かに残ってる、多分……あの酒棚の下かな」

 

 そう指差したレオーネの指摘通り、その酒棚の下にはアバランチのアジトが隠されておりそこでは主にジェシーが爆弾の作製や帝国・神羅の通信コードを傍受している。常人では到底気づくことも出来ない微量の火薬の匂いを嗅ぎ分けたのはレオーネ自身、偶然だった。

 

 ティファが買い出しに行くからと暫くの時間、店の留守とマリンの世話を頼まれたとき、人見知りの激しかったマリンの前でライオネルを装着してみせた。帝具の存在を知らない幼子のマリンにとってはレオーネが『魔法』を使って獣耳と尻尾を生やしたように見えたのか大変驚き、また喜んだ。その際強化された嗅覚によって先の違和感を覚えたのである。

 

「レオーネ、貴方は一体……?」

「ねぇ、父ちゃんを助けて! お願い! 猫のお姉ちゃん!」

 

 レオーネの観察眼はもとい普段の隠された野性を覗かせた表情にティファは一定の緊張感を纏ったが、レオーネに懐いていたマリンは父の正体を暗に告白する形で助けを求めた。

 

 腕の裾を泣きながら引くマリンの姿を前にレオーネは冷静に考えを巡らせる。ナイトレイドとアバランチ、表面上こそいずれも勧善懲悪の組織に映るがその思想も行動理念も到底相容れない。ナジェンダがレオーネとラバックにアカメの追跡の任を任せたときに最も接触を避けるようにと念を押されたのがアバランチであった。

 

 己が世の為、人の為、弱きを助け悪を挫く『正義の味方』を気取ることができればすぐさまマリンの手を取って「私に任せろ」と爽やかな笑顔を向けることが出来ただろう。

 

 だがアカメと違い、面の割れていないレオーネとラバックは簡単に動くことは許されない。齢10歳にも満たない幼子の必死の願いを前にレオーネの胸中にあったのは極めて冷静であり、そして冷酷であった。年齢構わず女性には紳士的な態度を取ることを心掛けているラバックでさえもその視線はどこか冷ややかである。当然アカメも同じ考えであったが、自身も白昼堂々とクラウドを追って帝都に潜入した愚を犯した手前もありマリンの涙に胸痛む思いであった。

 

 指名手配犯であるアカメと親しげに話していたことからレオーネもラバックという少年もナイトレイドの関係者であることはティファも薄々とは気づいてはいたがマリンに対するその余りにも冷淡な態度に改めて彼女らが殺し屋集団ナイトレイドであることを確信した。

 

「やめなさい、マリン!……ごめんね、レオーネ」

「いや、こっちこそ……ゴメン」

 

 ティファの謝罪がマリンの非礼ではないと意図を汲んだレオーネはせめてもと頭を下げて詫びる。

 

 

「マリン、泣かないで。大丈夫よ、バレット達にはクラウドとタツミ(・・・・・・・・)も付いているんだもの」

 

「クラウド!!? タツミ!!?」

 

 ティファがマリンをなだめる為に口にしたその名を耳にしたアカメ、レオーネ、ラバックの三人の声が全く同時に重なる、そのあまりに揃った声の大きさにティファとマリンの2人は思わず肩をすくめた。

 

「今、クラウドと言ったな!? まさかクラウドは…!?」

「ちょい待て、アカメ!タツミも一緒ってことか、ティファ!?」

「てことは2人ともアバランチに入ったんすか、ティファさん!?」

 

 ティファに詰め寄った三人の剣幕にもはや説明はいらなかった、クラウドとタツミを明らかに見知った顔とばかりに尋ねる三人を何とか宥めたティファは二人がアバランチに協力した経緯を順を追ってゆっくりと聞かせる。

 

「――以上が二人がアバランチに協力してくれる理由よ」

 

 興奮する三人を諌めようと丁寧に話したティファであったが話を聞く限りでは何のことはない、クラウドは報酬目当て、タツミは青臭い正義感からアバランチに参加したと知った三人は心境は様々であった。

 

「あんの野郎共…! うちらの勧誘を断った癖にぃ…!」

「でもタツミはともかくクラウドってヤツがそんな端た金で動くなんてね」

 

 レオーネはナイトレイドの勧誘を断ってまで我を貫いた二人を寧ろ賞賛していたのだが結果的に火事場に飛び込んだ『馬鹿』達に憤るがラバックには一つ疑問があった。ティファから聞いたクラウドとタツミの報酬はアバランチの懐事情もあって決して仕事に見合った額ではなかったからだ。

 

 安い正義感に走ったタツミと違い、金銭という絶対的価値観の元で動いていたクラウドがアリア一家暗殺の報酬の三分の一程度の仕事を引き受けた理由が解せなかったのだ。

 

「それはきっと…昔の約束を覚えていてくれたからだと…思う」

「昔の約束?」

「ええ、幼かった頃の約束。私が危ない時や困ったりしたことがあったら――」

 

「――私のことを守ってくれる(・・・・・・)って――」

「嘘だッ!!!!!」

 

 恥じらいながら語るティファに下世話な視線を送るレオーネとラバックであったが背後から聞こえたアカメの怒号に近い叫びに思わず心臓の鼓動を速める、そこに立っていたのは先程の情緒不安定な様子は一切なく、真っ直ぐな怒りを燃え上がらせる険しい目つきをしたアカメがいた。

 

「嘘だ……! お前があの約束をできるわけがない(・・・・・・・・・・・・・)んだ!! あの夜、クラウドと約束をしたのは……!」

「ストップだ、アカメ。さっきと同じことを私にやらせる気か?」

 

 今にもティファに襲い掛からんとするアカメの気迫にレオーネがその前を塞ぐ、それは先程アカメの頬を撫でた(・・・) 時とは違い、獲物を食い殺そうとする獅子の如き殺気を纏っていた。

 

「落ち着けって! 二人とも! 今はんなことやってる場合じゃないっしょ!?」

 

 仲裁に入るラバックであったがその両手にはクローステールを身に着けていることからこの二人を本気で止めるのであれば帝具を使わざることも厭わない彼の覚悟の表れでもある。

 

 ほんの少しでも闘争の世界に足を踏み入れた者であるならばその間に入ることは暴風に身を投げ込むほどと言うほどの状況の中、アカメのスカートの裾を弱々しく、だが懸命に引くのはマリンであった。

 

「お願い、父ちゃんを……クラウド達を助けて! お姉ちゃん」

 

 マリンが三人の間に割って入ったのは殺気を捉えられないほど彼女が幼かったからではない、寧ろ純粋であるが故にここにいる誰よりもアカメやレオーネの気迫に怯え、恐怖していた。そのことを示すように彼女の履いているスカートの間から水滴が零れ落ちている。この幼子がアカメの気を引くためにクラウドの名を口にしたことが姑息だと誰に言えようか。

 

 アカメがその言葉に突き動かされたのは正直に言えばクラウドの名を出されたことに他ならない、だが守るべき民からこれほどまでの情動をもって助けを求められていることに怒りとはまた違う熱がアカメに灯っていた。

 

「レオーネ! ラバック!」

「了~解!!」

「あいよっ!!」

 

 名を呼ぶだけで三人の意思は統一していた、レオーネはマリンの頭を撫でると心の奥底にしまっていた言葉をはっきりと口にする。

 

「マリン……私に、いや私達に任せな!」

「ホント!? 猫のお姉ちゃん!」

「獅子なんだけどなぁ……。まぁこの際どうでもいいか!」

 

 頭を一つ掻きレオーネは間を置くと高らかに宣言する。自身を鼓舞する為に、そして仕事を開始する為に。

 

「変身!! ライオネルッ!!」

 

 咆哮と共に腰のベルトが輝くと衣服と溶け合うかのように彼女の両手から金色の毛が浮かび、長く伸びた金髪はさらにたてがみのように長く雄々しく伸びる。そして頭部から獣耳、そして尾が生えるとまさに人から獣への変身を遂げた。

 

「~~っ!!やっぱこの姿になると昂ぶる、昂ぶる!!」

「レ、レオーネ!? その姿は……!?」

 

 久しぶりにライオネルを纏ったレオーネの姿に喜びはしゃぐマリンに対し、同じく帝具の知識に乏しかったティファは驚きの表情を隠せない。その反応がまた初々しいと気を良くしたレオーネはその跳躍力を持ってアカメとラバックを抱えるとミッドガルに聳え立つ「プレート」へと駆け上っていった。

 

 プレート、それは高い外壁で覆われる帝国を支える支柱である。円筒状に覆うそれはミッドガルの上空に位置し、高い外壁と合わさってミッドガルを昼のない街にしている要因でもある。

 

 本来、管理用の長い階段のみでしか乗降手段はないがライオネルの能力によって身体能力を強化されたレオーネであれば支柱から伸びる骨格を飛び交い移ることなど造作もない。やがて最上部まで辿り着くとレオーネは鋭く目を細め、爆破のあった地点を遠く見据え始めた。

 

「どうだ、見えるか?レオーネ」

「チョイ待ち!……見えた、あの荷馬車か!」

 

 野性に生きる獅子の如く強化された視力は常人では到底捉えることのできない距離まで肉眼で把握できる。帝都から数十キロ離れたアバランチを発見した彼女だが同時に帝国軍によって窮地に陥る状況も理解していた。

 

「まっずいな、このままじゃ全滅だ」

「クラウドとタツミはどうなったんすか!?」

「え~……と、後を追ってるようだけどこのままじゃ間に合わないね」

「手はず通り行く、レオーネ、ラバック」

 

 その言葉を受けたレオーネがアカメを支えるように右肩に乗せるとラバックは一本の糸をアカメに手渡す。

 

「頼むぞ。レオーネ、ラバック」

「任せとけって! 全力で運んでやるからさ」

「風の流れは完璧に読んでるからぱぱっと終わらせてきてよね、アカメちゃん!」

 

 レオーネが助走をつけて駆け出す、その速度は獲物を追う獣となんら遜色ない。その速力を持って百獣の王の力を乗せるとアカメを空高く投げ放った。

 

 放たれた弓の如く空を駆けるアカメだったが流石のレオーネの腕力を持ってしても数十キロ先まで人一人を投擲することは難しい。だが空を往くアカメの身体はまるで燕のように美しい曲線を描いていった。

 

 アカメの身体に括りつけられたクローステールの糸からラバックはアカメが受ける風の気流を読むことで極力空気抵抗を減らそうと糸を操っていた。

 

 繊細と呼ぶにも足りない精錬されたラバックの指先はマリオネットを操る奇術師のようにアカメを的確に空のシルクロードを駆け巡らせる。

 

 そしてバレット達に迫る砲弾を捉えたアカメは村雨を鞘から抜き放った――

 

 

 ……………

 

 向かっていた先の銃撃音が一定の間隔となったことにクラウドはバレット達の危機を察知したのか、突然その足を止めると手近に見えた連なった岩の影に隠すようにタツミを下ろした。

 

「ここで待っていろ」

「待てよ! 皆が危ないんだろ!? だったら俺も行く!」

「満足に動けない奴がいても足手まといだ」

 

 僅かに動く体を這わせ腕を伸ばしたタツミだったがその手を取ることなくクラウドは戦場へと向かっていく、伸ばした手が何を掴むこともなく虚しく掲げていることにタツミはクラウドへの怒りか、己の無力さを呪ったのか歯を食い縛りながら遠くなっていくクラウドの背中を見据えていた。

 

 ……………

 

「葬る!!」

 

 突如として戦場に舞い降りたナイトレイドに帝国軍は浮き足立っていた、その隙を逃すまいとアカメは敵陣の懐に飛び込むと次々と帝国兵を斬り捨てていく。密集した陣形が仇になったのか銃を発砲することもままならず銃撃隊は一人また一人と村雨の錆となっていく。

 

 ことアカメにしても真っ向から帝国軍に挑む気はなかった、最小の動きで最小の傷を与え呪毒を流し込んでいく。村雨の能力を過信せず常に相手の急所を狙う彼女がこのような行動を取っていたのも今自分が身を置いている現状が芳しくなかったためである。

 

 元々、多対一ではなく一体一の暗殺者としてその腕を磨いてきたアカメにとってこれ程までの軍勢を相手取ることはなかった。加えてこの戦いは殲滅戦ではなく撤退戦。後ろに控えるアバランチやクラウド達をいかにしてこの場から切り抜けさせるか、刀を振るう刹那の中でアカメはそのことのみ集中する。

 

 やがて接近戦は不利とみた帝国軍はアカメから距離を置くと全軍による銃撃を浴びせかける、転がる死体を時に踏みつけ、時に盾にし、アカメは戦場を駆け抜けていく。

 

 一騎当千の活躍を見せるアカメの姿にバレットは不謹慎にもこれを好機と見ていた。理由は不明だがナイトレイドのアカメが現れたことによって戦線は乱れている、アカメを囮に離脱の算段を踏む彼の判断は決して間違いではない。ビッグス、ウェッジ、ジェシーの三人もバレットの選択を是としなかったが自分たちを救う為の苦渋の決断をしなければならないバレットの心中を察すればこそ批判の声を上げることはしなかった。

 

「くっ……!反撃の余裕がない!」

 

 およそ300人に及ぶ軍勢からの一斉射撃をここまで凌いでいるだけでもアカメの身体能力の高さを裏付けていたが流石に戦局を覆すには圧倒的な戦力差があった。ふとアバランチが身を隠す荷馬車の残骸に目をやったアカメだったがその先数百m離れた位置にて小さな影を見つける。はっきりとその姿は見えなかったが身の丈ほどもある大剣を掲げるその影は――

 

「クラウド…!」

 

 (――飛べ)

 

 アカメからクラウドの姿は米粒程にしか映らない、レオーネほどの視力も聴力もないアカメにクラウドからの声はおろか口を動かすことすら確認は出来なかった、にも関わらずクラウドからの意思とでも言うべき信号を受け取ったアカメは腰を深く落とすと十数mに達する跳躍を見せた、身動きの取れない空へと逃げた目標に帝国軍が一斉に銃口をアカメに向ける。

 

 

「――斬る……!」

 

 エメラルドに輝く蒼い瞳を左から右へとゆっくりと移しながら目標を捉えるとクラウドは左からの捻転で大剣『バスターソード』を真横からやや左斜めに斬り上げるように振るった。

 

 ――その時何が起こったのか、空へと跳んだアカメも剣を振るうクラウドを見るバレット達も気付かなかった。唯一人、クラウドの立つ場所から更に後方にて地を這いずっていたタツミだけがその『現象』を目にした。

 

 タツミの目の前に映る全ての景色がズレた(・・・)、画家の描いた風景画を引き裂いたかのように岩も木も空に浮かぶ雲さえも目に映るもの全てが。

 

 クラウドの振るったバスターソードの軌跡は帝国軍の残存兵約300人の胴体を左へとずらす(・・・)。その様子を上空から俯瞰で見届けていたアカメは枯葉が散るように静かに上半身と下半身を分たれた帝国兵が次々とその場に倒れていく様であった。人だけではない、彼らが持つ武器や銃器までもが世界から切り離されたように分断される。

 

 戦闘が終わったのか、それを理解するまでに誰もが時間を要した。だが空へと跳んだアカメが大地に降り立つほんの5秒足らずの間でまるで聞こえることのなかった荒野に吹く風による静けさが全てを物語っていた。

 

 暫くしてバレットが大きく溜息を吐くと、ビッグス、ウェッジ、ジェシーの三人も生き延びたという実感が込上がってきたのかその場に崩れるように座り込む。何が起こったのか、腑に落ちないことだらけだったが今はそれよりも『息をしている』、生の感覚を大いに喜んだ。

 

 剣を収めたクラウドはバレット達の無事を確認するとアカメの前へと歩み寄る。

 

「何故、お前がここにいる?」

「あ、クラウド……その、それは……」

 

 相変わらず感情の読めない仏頂面だったがアカメにはそれがクラウドからの怒りと受け取っていた。ナイトレイドの勧誘を蹴り、繋がりを断ったばかりの人間がのこのこと火事場に飛び込んできたのだ、状況を混乱させてしまったのではないかとアカメは表情を曇らせていたが……

 

「……お前がいなければ間に合わなかった。――ありがとう、アカメ――」

「――クラウド……!」

 

 ほんの少し、固い表情を崩したクラウドが投げかけた感謝の言葉、そして数年ぶりに自身の名を呼んだ事にアカメは沈めていた顔を上げ輝かせた。

 

 ……………

 

「これは一体……どうなってやがるんだ……!?」

 

 意識を取り戻したと思えば、魔晄炉の爆破によって残骸と化した光景が目の前に広がっていることに帝都警備隊長オーガは言葉を失っていた、解せなかったのはそれだけではない。

 

 自分を含め施設外にいた帝都警備隊の連中その全てが施設が爆破されるまでの前後の記憶がはっきりとしていなかったからである。

 

 朧げながら何者かに襲撃され、そして斬られた。だがそれが誰なのか姿も声もまるで抜き取られたかのように欠落していることに激しく左右に首を振ったオーガは生存者の確認をまずは急がせた。

 

 

 

「私……何が起きて……?」

 

 急遽編成された救護隊によって救出されたセリューは魔晄炉爆破の現場近くで倒れていたこともあり手厚く看護されていた。簡易に設営されたテント内のベッドで目を覚ましていた彼女もまた爆破までの記憶が定かではない。

 

 軍医の診断では爆破の衝撃で皆一時的に記憶が混濁しているとのことだったが生存者全員が全く同じ障害が起きていることに誰もが歯がゆい思いをする中、セリューは右手に残っていた感触を確かめるように左手で撫でると無意識の内にその名を口にしていた。

 

「タツミ……?」

 

 

 つづく



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帰還

一年以上、間を空けたことを深くお詫びします。


帝国軍全滅。

 

  その報にオネストは思わず手に持っていた燻製肉を床に落とした。たかだが数名で構成されていると目されるアバランチに対し約五百もの軍勢を送りつけたのは、万全を期した訳でもなく、式典の舞台を彩るための演出に過ぎなかった。プレジデント神羅との賭け事を反故にしてまで「テロリスト集団アバランチ壊滅」を目論み、帝国の威光を国民に知らしめるまたとない機会と踏んでいた。

 

  その結果、耳にしたのは『全滅』の二文字、屈辱の他なかった。

 

「おやおや、賭けに勝って勝負には負けた、ということですかな、オネスト様?」

 

  プレジデントのあからさまな嫌味節にその場にいた兵等が顔をしかめる、いかに帝国の発展に多大な貢献をしたとは言え一機関のトップに過ぎない男の発言に誰もがオネストの逆鱗に触れたと身体を縮み上がらせた。

  暫しの沈黙の間に例えようのない重々しい空気が流れる中、オネストは静かに左手に持った壺から燻製肉を一つ取り出すと実に上品に口に含んでみせた。

 

「・・・・・・んっふっふ、一本取られましたよ、プレジデント卿」

 

 その落ち着いた物の返しに、兵の一人は思わずオネストの対応に感動すら覚えたほどであった。それほどまでにオネストの姿勢は敢然たるものであり、常に手に口にするものを持っている仕草すら今に至っては大国の大臣の余裕というものを感じさせた。

 

「それで、報告にあった兵達の状況、もう一度聞かせてもらえますかな?」

「は……はっ!数十名の兵達には呪毒による呪印が施されておりました!おそらく帝具村雨によるものかと……」

 

  兵士の報告によれば現場にあった遺体のうち、何体かは呪毒による呪印の痕跡があった。このことからも帝具 村雨によるものだという事が容易に想像できる、そしてその使い手でもあるアカメがその場にいたことも。

 

 何故、アバランチと共にナイトレイドのアカメがその場にいたのか。その疑念を踏まえつつも、オネストの関心は別のところにあった。

 

  現場に転がっていた遺体のほとんどはそのどれもが輪切りにされたかの如く、上半身と下半身を綺麗に分かれていたそうだ。遺体のみならず重火器や運搬車、果ては周囲の草木や岩すらも。

 

 そんな奇異なことができるのは帝具以外には考えられなかったが、帝国の文献からもそれ程までの能力を持つ帝具は当てはまらない。

 

 だがオネストは思案することを止める、それが意味を為さないと理解していた。何よりも優先すべきはアバランチ、またはナイトレイドの連中を始末し今回の失態を帳消しにする必要があった。

 

「帝都内の巡回を5倍、いや、10倍にしなさい。日中夜通しで」

「10倍・・・・・・ですか!?しかしそれでは兵達の休息の時間が――」

「・・・・・・帝国の為に働くのが兵の務め、ではないですかな?」

 

 進言した兵長にオネストは犬歯を覗かせるほどの笑みを浮かべた、しかしその瞳は欠片も表情を見せない。

 

「し、失礼いたしました!直ちに手配します!」

 

 足早に駆けていく兵長を尻目にオネストはまた一つ薫製肉を口に頬張ると厳格な帝国の会議室には余りに不似合いな音が静かに響いた。

 

 

 

 

 

「――よいしょっと、ティファさん!頼まれた荷下ろし終わりました!」

「ありがとうタツミ、少し休憩しましょうか」

 

 日中でありながら薄暗い日陰がかかる貧民街エリア、ミッドガルでは眩し過ぎるほどの快活さを見せたタツミは額に滲んだ大粒の汗を拭った。帝都に着いてからここまで汗ばむ事が絶えなかったがこれほど気持ちのよい汗をかくことは久しくない。

 酒瓶の詰まった箱の運搬は決して楽な仕事では無かったがタツミは心地良い気分だった。

 

 ティファが用意してくれたドリンクを口に運ぶとカラカラに乾いた喉が嬉しそうに鳴る。

 そうして大きく息を吐くとふと数日前の出来事を思い返された。それまで自分が見ていたのは全て夢だったのかと思うほど非日常の世界を――

 

 

 

 

 帝国歩兵大隊を退けてから2時間程経過しただろうか、クラウド達は追手の及ばぬ帝都より数キロ先の森林地帯まで逃げ延びていた。

 

 道中、力尽きた芋虫の如く倒れたタツミを拾い上げここまで逃げ延びていたが、タツミの回復を待つと同時に日没となる時間まで身を潜めていたのである。

 

「――全く、命拾いしたぜ・・・・・・!」

 

 ビッグスは深く息を吐きながらあの状況で生還できたことを口にすると続いてウェッジ、ジェシーも深く腰を下ろす。作戦決行前夜からここまで張り詰めていた緊張の糸をようやく解すことができた。

そんな疲れ果てた彼らを他所に追っ手の気配はないかと周囲に気を配り続けていたのはクラウドとアカメの二人。

 

 負傷したタツミを抱えての逃走は実は容易ではなかった。クラウドとアカメの二人だけであればとうに帝都内のアジトまでの帰還を果たしていただろう。そうしなかったのはクラウドにしてみれば依頼の遂行中であり、アカメにとっては父らやクラウドを助けてと請いたマリンとの約束を果たす為である。

 

「追っ手の気配はないようだな」

「・・・・・・そうだな」

 

 お互いに監視を続けていたのだからわざわざそのようなことを確認するまでなかった。だがここまでの沈黙に耐えかねたアカメは思わず他愛のない言葉を口にしたが、淡白な返事しか戻ってはこない。いつもらしいと言えばいつもらしいその反応だったが、アカメは不安だった。

 

「なぁ、クラウド・・・・・・。私が来てしまった事を怒っているか?」

 

 その淡白さがいつもの調子なのか、それとも怒りから来ているのか、それだけが不安でたまらなかった。クラウドに会いたいとの思いで帝都に潜入したがその再会の場はあまりに想像だにしていなかったものであり、どうしてもクラウドの気持ちを確かめたかった。

 

「・・・・・・怒っている」

「そ、そうか。そうだな、その通りだ・・・・・・」

 

 ナイトレイドへの勧誘をはっきりと断り、拒絶された相手が何を血迷ったのか戦場まで舞い込んできたのだ。怒りがあって当然と肩を落とすアカメであったが--

 

「報酬の分け前が減るのは面白くない」

「・・・・・・え?」

「報酬をせびるつもりなんだろう?俺がお前達にしたように」

「・・・・・・・ふ、ふふ。ははは、あははは!」

「・・・・・・何が可笑しい?」

 

 アカメは思わず気配を殺さなければいけない状況で声高く笑った。ここまでの守銭奴とはと。呆れを通り越して最早立派であると。クラウドからしてみれば当然だったかもしれないが、アカメは思いがけずクラウドなりに気を遣った上での冗談だと受け止めたのである。

 

 今の自分達が置かれている状況を思えばとても声高に笑えるものではない。アカメを遠目にウェッジらは気でも触れたのかと眉を顰める中、バレットは自分よりも遥かに体躯の劣るクラウドとアカメの背中を見ながら自身の背中に冷や汗を感じていた。

 

 元ソルジャーの男とナイトレイドの主戦力たるアカメ、2人の強者が何の偶然か居合わせている。それはウェッジらと違い死線をいくつか超えてきた男にとっては畏怖の念を抱かずにはいられなかった。

 

 先の戦闘においてもこの2人がいなければ確実に全滅していたであろうに関わらずバレットの胸中には感謝よりもあの歩兵大隊をたった2人の人間によって壊滅させられたという脅威が渦巻く。

 

「・・・・・・俺達はとんでもねぇものを相手にしてるのかもしれねぇな」

 

 クラウドとタツミの出自を考えると、帝国そのものの強大さを感じずにはいられないバレットはその巨躯に似合わないほどか細い独り言を漏らしていた。

 

 

 

 

「――起きろよ、タツミ」

「――起きなさいよ、タツミ」

 

 その懐かしい声に重く閉じた瞳をゆっくりと開けるタツミ、その目の前にいたのは先立っていった同郷のイエヤス、サヨの2人。

 

「イエヤス!サヨ!・・・・・・って俺、もしかして死んだのか!?」

「バーカ、いきなりお前まで来てもこっちはもう定員オーバーなんだよ」

「アンタにはまだ帰る場所があるんだからさ」

 

 これが現実か夢の中なのかどちらでも良い。こうしてまた3人で話せることが出来てタツミは堪らなく嬉しかった。だが2人との距離が近づけども近づけども縮まらない。やがて、あぁこれは夢なんだなと思うと途端に胸が締めつけられた。そこに不意に飛んできたのはイエヤスからの右拳。それは的確にタツミの額を捉えていた。

 

「いってぇ!何すんだよイエヤス!?」

「しみったれた顔してるお前に喝を入れてやったんだよ!・・・・・・それと勘違いしてる大馬鹿野郎にな」

「誰が、何を勘違いしてるってんだよ!・・・・・・くっそ、夢なのに何でいてぇんだよ!」

 

「夢じゃないよ、タツミ」

「・・・・・・サヨ?」

 

 意味深な言葉をタツミに告げたサヨ、だがその言葉の意味を問おうとした瞬間、イエヤスとサヨの2人が急速にタツミから引き離されていく。

 

「待てよ!イエヤス!サヨ!夢じゃないって・・・・・・!」

 

 彼方へと消え行く2人に右手を大きく伸ばすタツミ、次の瞬間その目に飛び込んだのは満天に広がる星空であった。

 

「タツミ!目が覚めたの!?・・・・・・良かったぁ」

「ジェ、ジェシーさん?ここは・・・・・・俺はどうなって・・・・・・って痛てて!」

 

 身を起こすとすぐにジェシーが安堵の顔を浮かべながら駆け寄ってきた。と同時に額から鈍痛が走る、擦過傷や脳挫傷などからような痛みではなく、小突かれたような痛み。それが何なのか考えがまとまらないまま、ジェシー、ビッグス、ウェッジらが駆け寄ってきた。彼らにしても後輩であるタツミの無事は喜ばしいことであった。

 

「起きたか、小僧」

「あ、バレットさん・・・・・・俺、あれからどうなって」

「一応、あいつらに礼だけは言っておけよ」

 

 そう言いながら首を右に軽く振ったバレットに釣られ視線を寄越す。

 

「タツミ、目が覚めたようだな。大事がなくて何よりだ」

「お、お前、アカメ!?なんでここに!?」

「色々と説明が難しい。それより目覚めたのならすぐにここを発つぞ」

 

 何故日中に別れたはずのアカメが今自分の目の前にいるのか、今自分がいるのはどこなのか、そして帝国の襲撃からここまで何が起こったのか。立て続けに頭に飛び込む現実に混乱するタツミであったが--

 

「起きたのなら、さっさと準備をしろ」

「・・・・・・っ!クラウド・・・・・・さん・・・・・・!!」

 

 クラウドを目の前にしてタツミから湧き上がった感情ははっきりとした怒り。混乱の中においてもそれは微塵も揺るがず、薄まらなかった感情がぼんやりとしていた自身の記憶を蘇らせていた。

 

「何で!何でセリュ―さんを斬ったんだ!?あの人は何もしちゃいなかった!!」

「・・・・・・顔を見られた。それだけで十分だ」

「・・・・・・・テメェっ!!!」

 

 タツミの問いにいつもの淡白な返答をしたクラウドだったが、今度ばかりはその冷ややかな態度がタツミの逆鱗に触れた。まだ満足に動ける状態でないにも拘らず、クラウドに飛び掛ったタツミだったがその前をアカメが塞ぐ。

 

「そこまでにしろタツミ、仲間割れをしている場合ではない」

「どけ!アイツをぶっ飛ばさないと気が済まねぇ!!」

「いい加減にしろ・・・・・・!クラウドに手を出すというのなら――」

 

 両者の間に怒気が走る中、不意にアカメの背後にいたクラウドがその身をアカメに寄りかからせた。

 

「ク、クラウド?どうしたんだ、急に・・・・・・」

 

 動揺するアカメであったが自分の肩にかかる重さに違和感を覚える。自重を支える気配がないほど力なく項垂れたクラウドは全体重をアカメに預けていた、そのままアカメの右肩から横滑りしながらその場に倒れ伏すとぴくりとも動かない。

 

「おい、クラウド!?どうしたんだ!?しっかりしろ!!」

 

 必死に呼びかけるアカメ、しかし返事はない。まさかと思い胸に耳を当てると微弱ながらも鼓動は聞こえた。呼吸も極浅く息苦しい様子はない。一通り身体検査をしたがその答えはシンプルなものであった。

 

 

「――寝ている、のか?もしかして」

 

 あまりに唐突だった、幼子が食事中に睡魔に襲われたかのように。タツミの剣幕を正面に受けながら糸の切れた人形のように深く眠りについたクラウドはその後アカメらの呼びかけに応じることはなかった。

 

「駄目だ、クラウドの奴完全に熟睡しちまってるぜ、どうするバレット?」

「俺に聞くんじゃねぇ!ウェッジ、ビッグスお前らで担いでいけ!」

 

 結局、タツミと入れ替わる形となってしまったがこれ以上この場に留まることは危険と判断した一行らはそのまま明かり一つない荒野をアカメの夜目とジェシーの逃走ルートを頼りに帝都への帰路についていく。

 

 まともに戦闘ができるのはアカメのみであり、状況は芳しくなかったが、危険種も徘徊する暗闇の荒野では帝国軍もむやみに捜索を続けることは叶わず空は静かに更け、そして静かに日は昇っていった。

 

 

 

 

 

 

 朝霧が覆うミッドガル、酒場セブンスヘヴンの前でティファはクラウド達の帰還を待ちわびていた。当初の予定では遅くとも日をまたぐことはなく、やはり帝国の襲撃を受けて何かあったのだと悪い予感ばかりが募る。視線の先に何も映らない暗闇を見据えるティファの左肩にそっとレオーネの手が触れる。

 

「まだ外は寒いよ、ティファ。中に入って待ってなって」

「ありがとう、レオーネ。でも待っていたいの、ここで」

 

 レオーネの言うとおり、店内にてクラウド達の帰りを待つことと寒空の中で待つことに何の違いはない。だが不安を父バレットの帰りを願い続け、疲れ果て眠りについたマリンに悟られはしまいかと考えたのだろう。

 

「心配しなくてもアカメ達が帝都に近づいたら匂いで分かるからさ!」

 

獣化したレオーネの嗅覚は常人の数百倍。その気になれば帝都中の匂いすら感知でき、それが馴染みのあるアカメの匂いであればたとえ数十キロ離れていたとしても嗅ぎつくことが可能である。ティファを気遣いつつもレオーネもまた仲間であるアカメの帰還を心待ちにしていた。

 

「ラバックが偵察に出てくれてる。少し休みなよ」

「ううん、ここで待つよ。・・・・・・それにレオーネの毛、あったかいから」

 

はにかむティファに体毛を防寒に使われるとはと苦笑いをするレオーネ、ささやかではあるがお互いにいくらか緊張感を解すことができた。と、レオーネの鼻先がピクリと動く。

 

「この匂い、アカメのだ!近くに違う奴のも混じってる!」

「本当!?クラウドは・・・・・・クラウド達も一緒なの!?」

「ごめん、誰かの匂いまでは分かんないけど、でも4,5人はいるよ」

 

匂いが分かったとなればその行方を追うことも出来たが、昨夜から帝都の警備は厳戒態勢に入っている。早朝から帝都内を駆け回ってはいかに隠密行動に長けたナイトレイドであっても危険極まりない。

こと隠密行動においては団内屈指のラバックだからこそ外部に赴くことが出来たのである。そのラバックも偵察を終えたのか、朝霧に紛れるようにセブンスヘブンへと帰還した。

 

「ラバック、どうだった?」

「アカメ達がやられた様子はないみたいっす。それどころか討伐隊が全滅したみたいで」

「全滅・・・・・・だって?」

 

ラバックの報告をにわかには信じられなかった。アカメを戦地へと運ぶ際にその視覚に捉えた軍勢は百や二百では収まらないほどの大歩兵部隊。アカメを投擲した後もその無事を真摯に案じていた。それが逃げおおせたのならともかく、全滅させたとはアカメの実力を疑うわけではないがとても人間業ではないとレオーネは直感する。

 

「クラウド・・・・・・アイツの仕業だな」

「・・・・・・おそらく」

 

レオーネとラバックはあの夜、ブラートと三人がかりで挑んだクラウドの実力を体験したこともあってか、一個大隊に匹敵する程の軍勢を全滅させうる力をクラウドが秘めていることを容易に想像できた。常識的に考えれば帝具を有しているとは言え、一個人が相手にできる軍勢ではない。かつての元・英雄セフィロスか現在帝国最強にして最凶と呼ばれる、エスデス将軍であればあるいはとも考えられる。

 

それが元・ソルジャーとは言え、何でも屋という素性も知れない仕事を生業とした人間一人がこなせるなどと夢物語ではある。それを冗談と一笑に伏さなかったのはレオーネもラバックもそして恐らくブラートもあの夜、あのまま戦いを続けていれば、「確実に」三人とも殺されていたであろうことを感じていたからである。

 

アカメらの帰還を待ちわびながらも共にいるはずの男が徐々に近づいてくる、その静かな脅威を期待と不安が交差する中でレオーネとラバックはティファと共に待つ。

 

やがて朝霧が少しづつ晴れていくと、差し込んだ太陽を背に人影が一つ、また一つと現れる、その一つをレオーネとラバックは見紛うことはなかった。

 

「アカメ!」

「アカメちゃん!」

「・・・・・・ただいま、レオーネ、ラバック。心配をかけてすまない」

 

戦地へと放ってからその行方を確認できなかったが、さしたる怪我もなく胸を撫で下ろすレオーネとラバック。そしてティファもまたアバランチの面々の帰還を喜んだ。

 

「みんな、お帰りなさい!本当に、本当に無事で良かった・・・・・・!」

「ちょ、泣かないでよティファ!私達なんともなかったんだからさ!」

 

ジェシーが涙ぐむティファを気遣うとその光景をウェッジとビッグスがからかう。いつものアバランチの様子が戻ってきたことにようやく安堵したのだろう、その表情は穏やかなものである。

 

「タツミもお疲れ様!本当に大変だったわね!」

「お、俺は別に・・・・・・その・・・・・・」

 

帰還を喜ぶティファの顔を見ながらタツミは赤面した。それは美女に免疫のない年頃の少年らしさくるものであると同時に今回の任務で自分がどれほどまでに役立てたのかという気恥ずかしさからもあった。

 

「それで、クラウドは・・・?クラウドはどこにいるの?」

「俺の心配よりも帝国野郎の心配かよ、くそったれ」

 

恨み節を吐きながらバレットは肩に背負っていたクラウドを放るようにティファへと預けた。未だに深い眠りについているクラウドは静かにティファの両手に包まれる。

 

「・・・・・・お帰りなさい、クラウド・・・・・・!」

 

そっと優しくクラウドを抱きしめるティファとまるで母親の腕の中で眠るように穏やかな表情を浮かべるクラウド、その様子を一向が微笑ましく見守る中、バレットは唾を吐き捨て、タツミは歯痒そうに見つめる。

 

そして日の光が瞼を閉じるほど眩しく昇る中で、アカメはその朱色の瞳の先を鋭くティファに向ける。

 

 

 

――それは、標的を前にした暗殺者のそれとなんら変わらないものであった。

 



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我が身を斬る

クラウド達が帝都へ帰還してから3日が経過していたが、帝都内は依然として警戒が解かれる様子はなかった。

否、解くわけにはいかなかったという方が正しい。

 

帝国の威光を示すために行われた式典の最中、突如として発生した魔晄炉爆破。

当然その爆炎は式典会場に訪れた多くの民の目に触れた。

同時に対応に追われる帝国兵の動揺も。

 

圧政による腐敗の皺寄せは位の低い帝国軍兵ほど顕著に現れていた。

市民の不満、帝国内からの圧力の板挟みにより国のため、民のための思い一つで従事できるものはそう多くない。

式典のための行軍演習に明け暮れていた兵らにとってはよもやの事態に即時対応できる者などほとんど見られなかった。

 

幸いにしてオネストが事前に手配していた軍隊が大仰に賊討伐へ趣いていった事もあり、市民の失望は防げた…はずだった。

派遣した軍隊、全滅の報が知らされるまでは。

 

 

連日連夜、警備強化の姿勢を示すことで市民からの信頼を取り戻そうとするも、張り詰めた緊張感は寧ろため息を一つ、また一つと増やしていく。

帝国にダメージを与えるという意味ではアバランチは当然、ナイトレイドひいては革命軍にとっても想定外の結果であった。

 

 

「…だから、大丈夫だと思ってたんだけどなぁ…、痛ってぇ…!」

 

 

そう漏らしたラバックは湖畔に映る自らの腫れ上がった頬を摩った。

 

 

 

……………

 

奇跡の生還、と呼ぶにも足りない修羅場を抜け、早朝から飲む酒は格別だった。

 

陽光が差し込むカウンターに腰掛け張り詰めた緊張を解きほぐすように酒をあおりながら

ビッグスとウェッジは束の間の休息を存分に味わう。

 

テロリストを名乗る以上、いついかなる時も死と隣り合わせは覚悟の上だが、仕事上がりの一杯は

この上なく生を実感できる瞬間だった。

 

「…クラウドの様子はどうだ?」

「相変わらずぐっすりみたいっすよ。俺でもあんなに寝溜めできないっすね」

 

酔いも回り警戒心が解けたのか、ビッグスはクラウドを気遣う。

本人を前にしていた時は寡黙さと相反する鬼神のごとき力に慄いたが、先の見えない帝国との戦いにおいてこの上ない戦力を迎え入れることが出来たのだ。抱えていた不安など瑣末なことだと飲み込んだ。

 

沸き立つ二人をよそに浮かない表情を浮かべるのはタツミ、バレット、ジェシーの三人。それぞれの思いは三者三様である。

 

ジェシーはクラウドの容態を気遣いつつも幼馴染であるティファに看病を任せていることに若干の不満を、

 

バレットは作戦成功の傍らで帝国が本気でアバランチを潰そうと動いてきたことによる懸念を抱く。

そしてもう一つ、その視線はタツミへと向けられていた。

 

「おい、小僧」

「な、なんですか?バレット…さん」

 

突然声を掛けられ応じた声には動揺と苛立ちが混じっていた。

 

作戦開始前から何かと気を配ってもらっていたビッグス、ウェッジ、ジェシーら3人と違い、リーダーであるバレットとはほとんど口を利く機会はなかった。

 

作戦参加の意志を伝えた時、バレットからは反対も賛成もされなかった。

それはタツミからすれば自由意思の尊重と前向きに捉えていたが、実際のところはどうでもよかったのだろう。

 

作戦の詳細を伝えられたとき、それを確信した。タツミの役どころは肉屋カルビの従業員の装いのまま、施設内の陽動をすること。

肝心の魔晄炉爆破については余分なことと一切の関与を拒否された。

 

一人でも陽動に食らいつけばよし、なければ足手まといになることもなく、騒動に巻き込まれた民間人として保護されていたことを考えれば

新入りの仕事としては適材適所と言えなくもない。

 

口にも態度にも示すことはなかったが作戦の際に多数の死傷者が出ることが分っていたバレットなりの配慮、ジェシーからはそう窘められてはいたものの結果的に今作戦において何の役にも立てなかった申し訳なさと同時に憤りも感じていたタツミはその心中を思わず返答に込めてしまっていた。

 

瞬間、バレットの左拳がタツミの顔面を捉えた。

 

「がっ…!!?」

 

ブラートとの鍛錬中でも受けたことのない衝撃、指南のための打撃ではないそれは只の暴力。

 

「テメェが何で今殴られたか分かるか?」

 

ひたすらにこみ上げる痛みに苦悶の表情を浮かべながら床に蹲るタツミに向かってバレットの言葉が降りかかる。

だが拳に乗った重さに比べて投げかけたその言葉に激しさはなかった。

 

「し、知りませんよ!いきなり殴りつけてきて分かるわけないでしょう!?」

「だろう…なっ!!」

「…ごふっ!」

 

這いつくばるタツミの腹にバレットの右足が叩き込まれる。

いよいよタツミは理解が及ばなかった。

 

自分が何をしたというのか?作戦は成功、犠牲者も0。万々歳の結果ではないのか?ビッグスとウェッジの二人は早朝だというのに祝杯を挙げている。間違いなくアバランチにとって上々の成果のはずだ。

 

「テメェが脱出に手間取っていなけりゃ、俺たちは神羅の軍隊が来る前には逃げ延びられたんだ!

テメェが一人で死のうが勝手だ!だがその為に仲間を危険な目に合わせたことは許さねぇ!」

 

バレット達は爆破前に脱出した後に事前に逃走ルートを確保していた。帝国からの追っ手も考慮し、悪路ではあるがゆえに少数しか行軍できないルートを。

 

だが残されたタツミ、そして迎えにいったクラウドが視認できるように極力馬車のスピードを抑え、視界の広い荒野を進んでいたのだ。

猛るバレットを諫めず、無言で酒を飲むビッグス達の様子が先の暴力を容認していたのだとタツミは気づかされた。

 

その言葉が突き刺さった。それは顔や腹の痛みを瞬間、忘れる程に。

 

バレットに対して苛立ちをこめた返答をしたのは今回の自分の立ち回りだけではない。

セリューを斬ったクラウドへの怒り、非武装の職員を殺害したバレット達への不満。

 

その全てが自己中心の視点であった。自ら望んで作戦に参加しておきながら、手を汚すこともせず自分だけの正義をぶつけ、その挙句に仲間達を危険に追いやった。

自分が作戦に参加していなければ首尾よく魔晄炉を爆破し、皆安全にミッドガルへと帰還できていたのだ。

 

タツミには謝罪すら言葉に出来なかった。自分の知っている謝罪の言葉をどれだけ並べても償いに足りないと思っていたから。

クラウドが目覚めたらどんな罵詈雑言をぶつけていただろうか、それしか頭になかった。

 

沈黙が支配していた場を救ってくれたのは二階の客間からバタバタと駆け下りてきたティファだった。

 

「みんな!クラウドが、クラウドが目を覚ましたわ!」

 

タイミングが良いのか、悪いのか、バレットは苦笑いを一つ浮かべた。

 

……………

 

「…俺、ニブルヘイムを出るよ、ソルジャーになるんだ」

 

いつの日のことだったのか、星空の下、少年は決意を少女に告げた。夢、誓い、希望に満ちた言葉を。

 

自分が何者なのか、何が出来るのか、ずっと探していた。

目標も目的もなく日々を生きるのは退屈だった。

そんな少年にとってソルジャーの存在、そして英雄への憧れは男子たるもの胸躍らずにはいられない。

 

「いつかセフィロスみたいな英雄になるんだ」

「そう…なんだ。クラウド、出ていっちゃうんだね」

 

意気揚々と語る少年、クラウドに黒の長髪で顔を隠すように少女は答える。それは旅立ちを祝う喜び、寂しさ、戸惑いが入り混じっており、少女の言葉に少年は答えた。

 

「戻ってくるよ、ここに。立派なソルジャーになって!それで…俺が守るよ、皆を!俺が…守るよ。…を…」

 

最後はか細い声で聞き取りづらかったが少女はにこりと微笑むと大きく頷いた。

 

そう遠い記憶でもないのにやけに霞ががった一幕を呼び起こされたのは何故なのか、これが夢であると分かりつつもクラウドは考えてみる。

 

思い返せばこの1週間はやけに目まぐるしかった。

帝都内で起こる様々な依頼をこなしながらもどこか満たされない、否、違和感を覚えていた。

 

そんな中で危険種討伐の依頼にて遭遇したタツミをはじめ、ナイトレイドなどという暗殺集団と面識を持ち、果ては共闘にまで至る。

 

面倒ごとに興味はない、何でも屋を営みながら矛盾する信条を掲げながらも感じていたズレが動き出したような、不思議な感覚があった。

 

だからなのか、消耗を気にせず力を使ってしまったのは。

 

 

斬釘截鉄 バスターソード。

クラウドが携える抜身の大剣もまた帝具の一つ。携行するにはあまりに不便であり、重量も相当。並の人間では担ぎ上げることすら困難であり、身体能力を強化されたソルジャーのような者でなければ扱うことは出来ない。故に始皇帝の命により誕生して以来、まともに扱える武人はおらず文献はおろか、その存在すら忘れられた幻の帝具である。

 

その能力は装備者の思念を具現化させ、有機物、無機物、概念すら『斬る』というもの。

 

ブラートとの立ち合いでは跳躍による『速力』を斬った。

マインのパンプキンによる銃弾も、ナイトレイドらに向けて放った『衝撃波』も、それそのものを斬り拡散させた。拡散した衝撃波がアカメらに襲いかかったのはあくまで偶然だが逃げ場が無いほど爆ぜるように念じることで可能な技である。

 

そして帝国軍隊において放った斬撃はバスターソードの切先に『映る』もの全てを斬った。アカメに跳躍を求めたのは切先に触れさせないため。

 

だが過ぎた力は当然使用者への負担も大きい。先の両断においては常人ならば思念を切先に伝えただけで絶命するほどであり、クラウドが一晩熟睡するだけの消耗に抑えられたのは

やはりソルジャーとしての肉体がなせることであった。

 

とは言え、完全に無防備な状態を他人に晒すことなどクラウドにとっては考えられないことで、ゆっくりと瞼を開きながら古びた屋根が視界に映ると無意識に小さな溜息をついていた。

 

「クラウド!大丈夫!?」

「ティファ...。おはよう」

 

ティファの心配をよそに間の抜けた返答をするクラウドに部屋の隅で腰掛けていたレオーネは思わず吹き出した。

 

彼女はどうにもこのクラウドという男の器を測りかねていた。先の戦闘も含め敵に回せば間違いなく驚異となる存在である。

戦闘力と人間性が比例するわけではないが、死線を潜り抜けた者にしか宿らない気質のようなものが五感が発達するライオネルを扱うレオーネには漠然とではあるが感じ取れていた。

 

しかし今のクラウドからは何も感じない、言うなれば無害。

いくら見知った顔が寝起きに飛び込んできたとはいえ、死線の最中で意識を失ってからの目覚めとなれば些かの警戒心があってもいいものである。

 

クラウドに抱いていた警戒心は杞憂であったのか、その判断を下すにはまだ早いと思いつつも当面その心配はないであろうとレオーネは胡座をかいた。

 

本当に警戒すべき対象をうっすらと目にやりながら。

 

「アカメちゃん、声かけなくていいの?」

「…いや、いい。無事が分かっただけで十分だ」

 

ラバックはアカメの反応を楽しみにしていたが、その反応はよく知る淡白なものだった。

 

色恋沙汰など欠片も縁がないと思われていたアカメがクラウドを前にした時の初々しさはラバックにとっても面白いもので、どんな反応をするのか密かに期待していた。

もっともそんな様子をマインに見られたら間違いなく「キモイ」と言われただろうが。

 

だが彼なりの「探り」でもあった。

 

レオーネ同様、ラバックもまた今回アカメの奇行を「恋は盲目」などと言う浅い一言で片付ける訳にはいかなかった。

ティファを前にした時の異常な動揺からか、現在もティファを前にしたアカメからは静かな殺気を発している。

 

暗殺者である彼女が殺気を放ち、それを気取られていることにも気づいていない。それはどんな奇行よりも異常であることはラバックもレオーネも理解していた。

 

「私、下の皆にクラウドが起きたことを伝えてくるね!レオーネ、暫くの間クラウドのこと、お願いできる?」

「はいよ~!ごゆっくり~!……さて、と。色々聞きたいことがありすぎるんだけど」

 

ティファの退室を見届けるとレオーネは静かにクラウドの方へ顔をやる。当の本人は相変わらず天井を見上げたまま瞬き一つせず沈黙している。答える気はないという声なき声が聞こえてくるように。

 

「あ~、もう!本当に何から聞けばいいんだか!じゃあ一個だけ答えろ、それ以上は聞かない!」

「…なんだ?」

「あんたは私たちの敵か、味方か?」

 

 

瞬間、その場に緊張感が走る。これまでの問いは即答で返しておきながら何故その問いかけに間を置いたのか、質問したレオーネ本人が頭を抱える。

イエスもノーも期待していないのだ。お決まりの「興味がない」と答えてくれればいい、その問いへの『答え』はもう聞いたのだから。

 

「商売敵と言うなら敵だ」

「…は?」

 

暫しの沈黙の後、クラウドの口から出たのは守銭奴の塊そのものだった。もうこの男へ質問はしないとレオーネは深く心に誓った。

 

「クラウド、今回は色々と迷惑をかけてしまった…、報酬をせびるつもりはない。当然私達もクラウドのことを敵だと思ったりしていない」

「そうか、なによりだ」

 

生真面目に言葉を返したアカメに素っ気なく答えるクラウドにレオーネもラバックも一向に進展の気配を見せない二人に溜息をついた。

 

やがてティファがビッグス、ウェッジ、ジェシーの3人を連れて上がってきた、バレットは姿を見せず、タツミはやや遅れるように3人の後ろから顔を覗かせた。

 

「クラウド、調子はどう?」

「大丈夫だ、問題ない」

 

ジェシーの問いに無愛想な反応を返し、いつもの調子だと3人は安堵すると、ナイトレイドの面々に向き直る。

 

「アンタ達にも礼を言わなきゃな、特にそこの嬢ちゃん。アンタが来てくれなかったら俺達は死んでた…、ありがとう」

 

ビッグスは3人を代表してアカメに感謝の頭を下げると2人もそれに続き頭を下げた。

 

アカメ達にとって意外な反応だった。今回に関しては自分達は完全に異物、環境テロリストの活動に横槍を入れ、余計な警戒心を帝国に抱かせたことで

今後の活動に支障が出ると非難されることも覚悟していた。

 

「なんかアンタたち、聞いてた噂より随分穏やかなんだな」

「…俺たちだって、好きこのんでテロなんかやってるワケじゃない。帝国に聞く耳があれば平和的に解決したかったさ」

 

レオーネの問いにビッグスは答える。

暗殺集団と環境テロリスト、どちらもまともではない。善か悪かと問われれば、間違いなく『悪』である。それは双方が認めるところである。

 

だがどちらにも譲れないものがある、そのために悪と言われるのであれば悪で構わない。短いやりとりであったがナイトレイドとアバランチ、

思想も行動も違えどその信念は互いに認め合うことができた、少なくとも今この場にいる者達にとっては。

 

その輪から外れるようにタツミは俯いたままで先の一幕も含め、改めて自分の無知さと愚かさを深く恥じていた。わなわなと肩を震わせ、下唇を噛み締める。

 

守りたかったのはサヨとイエヤスの魂ではなく、自分のプライド。正しく生き、正しく過ちと戦い、正しく世を正す。

何でも屋を志したのは暗殺でなく、自分のやり方で自分の正義を貫き通したいと思っていたから。

 

あの時、ナジェンダの勧誘を蹴ったのはそんな安っぽい正義感だった。

事実、暗殺は拒否しながら間接的にとはいえ環境テロに加担し、無関係の人たちを死に追いやった。

 

デタラメな自分の生き様が酷く惨めに思えた。否、生き様と言えるほど人生も経験も積んでいない若造一人が何を勘違いしていたのか。

 

クラウドとの出会いが迷わせたのか、それも違う。勝手に憧れ、勝手に生き様を真似、挙句勝手に拒絶した。

 

自分で選んでいたつもりで目の前に現れたヒーローを無意識に目指していただけの虚像、それが今の自分。

 

膝を折ったタツミはそのまま倒れ込むようにクラウドの前に平伏すと、溜め込んだ感情を爆発させた。

 

「お、俺…!ゴメンなさい…ッ!スイマセン…ッ!皆…!ゴメンなさいッ!うっ、うぅぅ!!!」

 

その姿を惨めに思うものは一人もいなかった。そこまでタツミのことを知るわけではないが、だからこそこの少年を擁護することも非難することも選択しない。ただ聞いてやることが唯一の慰めになるのだろうと。

 

事情を知らないティファがタツミの肩に手を置くと優しく宥める。

それがタツミには嬉しくもあり恥ずかしくもあり、悔しかった。

 

ただ漸く自分の偽りのない姿を人に晒せたことに若干の安心を感じると、

涙を拭い立ち上がる。

 

「クラウドさん…、俺、何でも屋をやります!あなたに憧れてじゃなくて、自分になる為に…、何でも屋になります!」

 

赤く腫れ上がった眼をしっかりと開きながら思いを口にする。その言葉にクラウドはいつもの無愛想な表情を崩さなかったがタツミの眼をしっかりと見つめると一言、告げる。

 

「…給料は出ないぞ」

「……はいっ!!」

 

……………

 

ラバックは深呼吸を何度も繰り返しながら扉のドアノブに手をかけようとするがその手が止まる。

ナジェンダへの第一声をどうしようか何度も思案していた。

 

帝都帰還から日中は厳戒態勢が解かれることはなかった。検問は一層厳しくなり、アカメ達がアジトに戻ったのは明朝。アカメがクラウドの元に向かってから2日を跨いでいた。

 

2日、ナイトレイドの中心メンバー3人がアジトを作戦外で留守にすることは活動自体に支障をきたす事に繋がる。御法度中の御法度である。

 

やむを得ない事情があったとは言え、ボスであるナジェンダからの叱責は免れないだろう。

 

「だ、大丈夫だって、ラバ!ボ、ボスも分かってくれるって!」

「姐さんこそ、ビビッてるじゃないすかぁ!は〜、ヤダ開けたくねぇ〜!」

 

扉の前で右往左往するレオーネとラバックの間をアカメが横切ると躊躇いなくドアを開いた。

 

「…帰ったか、アカメ」

「…ああ」

 

いきなりのナジェンダ、アカメの邂逅にレオーネ、ラバックは青ざめる。

こんな時に限って空気を読まない行動をするあたり、クラウドの影響ではないだろうか。そんな考えすら許されない修羅場が早々にできあがる。

ラバックは覚悟を決めると、アカメより前に一歩ナジェンダに近づいた。

 

「ナジェンダさん、遅くなってすみませんでした。でも色々理由が---」

 

そこでラバックの身体が横に大きく振れた、正確には吹き飛んだ。

そのまま壁に叩きつけられたラバックはずるずると床にへたりこむ。

 

問答無用の一撃だった。殴られることは想定ないだったがまさか鋼鉄の右腕とはラバックも予想していなかった。

 

ナジェンダはそのままレオーネに歩み寄ると左手で彼女の腹部へと一撃を見舞う。

 

「がはっ!!!」

 

ふわりとレオーネの身体が浮くとそのまま膝から崩れ落ちる。ライオネルがなくとも頑健な肉体を持つ彼女ですら嘔吐感を覚えるほどの重い一撃だった。

 

「お前たちにはアカメを連れ戻すよう命じたはずだが?」

「ま、待ってくれ、ボス!全て私のせいなんだ、私が…」

「黙れ」

 

それから暫く室内には鈍い音が鳴り響く。ラバックの顔は大きく腫れ上がり、レオーネも女性だからと一切の加減をされず二撃目以降は顔面も殴られたが当のアカメは一発も殴られることはなかった。

 

軍人だったナジェンダにとって『躾』にはこのやり方が的確であった。

1人のミスが全滅に繋がりかねない環境で、慢心や傲慢による輩には連帯責任の元で当人には一切の手を加えず、親しい仲間に徹底的な制裁を加えた。そうする事で自分が責任を取るという免罪符を許さないことが真の反省へと促すのだ。

 

それはアカメにとっても例外ではない。死線を共に越え、寝食を共にし、歩んできたかけがえの無い仲間が自分の所為で処罰されている。

幾度目かの殴打でアカメの真なる反省を察したナジェンダはラバックへ向けた右腕を静かに下ろした。

 

「2度目は無いぞ、アカメ」

「…ああ、分かった。本当に、本当に済まなかった…!」

「次の任務まで自室で待機だ、出ろ」

 

アカメの退室を見届け、ナジェンダは煙草をくわえ火をつけると深く息を吐いた。彼女自身、大切な部下を自らの手で痛めつける行為は苦でしかない。

 

「ラバック、立てるか?」

「へへ…、平気っすよ、コレぐらい!ナジェンダさんからの仕置きなら寧ろご褒美です!」

 

腫れ上がった顔で笑顔を向けたラバックの言葉にナジェンダも笑みを返した。見せしめの手前、手心を加えてはいけないとラバックには鋼鉄の右腕による打撃を何度も加えたにも関わらず、軽口を叩いてみせたラバックの男ぶりにレオーネも素直に感心した。

 

「まぁ、私はライオネルの治癒能力でサクッと治っちゃうからね〜♪」

「ずりー!姐さん、ライオネル貸してくださいよ!」

「ヤダ。てかラバは拒否反応出てたっしょ?」

 

今しがた修正を受けたばかりだというのに上司への気遣いと分かる2人のやり取りにナジェンダは安心して次の一服に手をつけ、本題を切り出す。

 

「ラバックとレオーネ、2人から見てクラウドはどうだった?」

「…正直言うとよく分かりません」

「だね。なーんか世間ズレしてるのか、本気で興味ないのか。少なくとも今は私たちの敵になることはない、って感じかな〜?」

 

ナジェンダの問いに2人は率直な見解を述べる。そもそもアカメ追跡にラバックとレオーネが採用されたのは密偵に適した帝具使いであること。それとは別にラバックには貸本屋を帝都内で営むだけの適応力と人の本質を見抜く洞察力に優れており、レオーネは発達した嗅覚、聴力によって肉体的に人の心理を判断できた。アカメ追跡の先にクラウドと遭遇することを予見していたナジェンダの読みは正しかった。

その2人が要領を得ない回答をしたことは、その通りなのだろう。ナジェンダは質問を変えて再び2人に問う。

 

「…アカメはどうだった?」

 

その問いに2人はしばしの沈黙の後、帝都内でのアカメの行動、言動の詳細を伝えた。それを聞いたナジェンダはアカメとはじめて会った日のことを思い出す。ナイトレイドの面々からすればまだまだ無愛想なところもあるが、あれでも随分と感情が豊かになった。帝国の暗殺部隊という組織に属していたのだから感情に乏しいのは理解できる。だがナジェンダには皆が知らぬアカメの一面を知っていた。

寡黙な少女の底に沈んでいた感情を。

 

それを知るナジェンダは2人にアカメについても注視するよう命じていた。先の報告を踏まえるとアカメが再び感情に任せた行動をする可能性があること、それによりナイトレイド全体の危機に直面する可能性があること、そして、

 

(アカメが裏切る可能性もある…か)

 

その考えはここにいる2人には悟られないよう、ナジェンダは天を仰ぐように煙を吐いた。

 

 




前回から4年ぶりの投稿です。
お待たせしました、お待たせしすぎたのかもしれません。
リメイク出てしまいました、嘘だろ?始めたとき発表段階だったのに。

実はこうして書けたのも件の新型コロナウイルスの影響で完全テレワークになったこと。家族を実家に預けて数年ぶりに一人の時間が出来たことです。

こんな感じで書くのもどうなのかなという思いですがステイホームならやれることをやろうと真っ先に思い至ったのがハーメルンに残してきた作品でした。

特に今作はリメイク発売に胸躍らせ書いていたものだったので先日発売に向けて絶対書いておきたいと思っていました。

今回の話でこんなのあったの?って人がほとんどだろうし、下手したらアカメが斬る!って何?って人もいるでしょう(こちらも原作開始から10年・・・)

今回の話でようやくガッツリ作品同士のコラボができるトコまで進めました。

リメイクやりながら沸々とやる気が出ればまた書きます。

最後になりますが、もし最新話待ってたっ!って人いましたら、

本当にお待たせしました!


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暗黒街の首領を斬る(前編)

魔晄炉爆破事件から1ヶ月。

 

暗殺集団ナイトレイドと環境テロリストアバランチが結託した可能性が出たことに帝国内は浮き足立っていた。

それぞれ対応に苦慮していた組織が手を組んだとなれば、それはかつてない脅威となる。

爆破テロに乗じて要人暗殺という手を取られれば、最悪の場合帝国中心部まで賊の侵入を許すことになってしまう。

 

加えて帝国からは多くの名将が離反、反乱軍に合流している。先日も戦上手のナカキド将軍、ヘミ将軍の2名を失い、

大臣の圧政を告発しようとした内政官も処刑され、内部においても状況は芳しくなかった。

 

「うろたえるでない!所詮は烏合の衆!却って掃討の手間が省けたというもの!」

 

謁見の間において幼い声が響く。

現帝国皇帝による勇ましい鼓舞である。幼いながらも帝国の長としての姿勢は動揺する幹部らに感銘を与えた。

尤も先の発言一言一句が大臣オネストに用意された台詞をそのまま口にしただけのこと。

実質的な政権を握るオネストによって操り人形と化していることも気づかず、ひと仕事をやり遂げたと意気揚々にその背に似合わぬ玉座につく。

 

「まこと陛下は名君にございますなぁ。感服いたします」

 

皇帝のご機嫌を取ったオネストは手に持った肉を貪る。そも謁見の間においてそのような立ち振る舞いを一切咎められない。

幹部達も大臣オネストの独裁に思うところはあったが、前皇帝の急逝により混乱に陥った帝国を瞬く間に立て直し、各方面の内乱鎮圧にも率先して指揮をとった功績は絶大であった。

そしてオネストでなければ御しきれない『戦力』を帝国が有していることも一因である。

 

「状況によっては北部に派遣したエスデス将軍を帝都に呼び戻しましょう」

 

その名を聞いた幹部達が一層の動揺を示す。自国の将軍召喚に不自然な反応。それは『エスデス』将軍に対して明確な畏怖の表れでもあった。

 

大臣オネストによる公開処刑などまだかわいいと思えるほどエスデス将軍の虐殺ぶりは帝国内でも有名である。一切の慈悲なく敵を蹂躙し、拷問すら己の趣味の延長に過ぎない。

現在遠征に向かっているのも戦場という遊び場を求めてのことであり、その残忍性を容認できる人間などオネスト以外帝国には存在しない。

エスデス将軍を召還することは新たな災厄を帝都に持ち込むことになる、幹部達にとってこれ以上の問題を抱えることはどうしても避けたかった。

 

「オネスト様、ひとつよろしいですかな?」

 

張り詰めた空気の中、オネストに物怖じせず進言できる者など今この場においては一人しかいない。プレジテント神羅だ。

大臣との関係は周知の事実ではあるものの、この瞬間は誰もが心臓を掴まれるような気分になる。

迂闊な物言いで大臣の逆鱗に触れはしないだろうか、その矛先が自分に向けられないだろうかと近衛兵は息を呑んだ。

 

「アバランチに関しては私に任せていただけませんでしょうか?」

「ほぉ、これは頼もしい限りですな、プレジデント卿。なにか秘策でも?」

「ふふ……、蛇の道は蛇、ということです」

 

含みを持たせた言い方にオネストもまた「お手並みを拝見」と不気味な笑みを返した。

 

……………

 

ぜぇぜぇと男は息を切らしながら、路地裏を駆ける。身なりは清潔とは言えず、ボロボロのコートを靡かせながらその左手には金銀の硬貨が詰まった袋、右手には短刀を構えている。

穏やかな様子ではないことは明らかだ。

 

貧民街エリア「ミッドガル」、帝都の外周部にあたるここは壱番街から八番街まで数えられる。

いずれも治安情勢は悪く、この男のような輩も決して珍しくはない。

帝都警備隊が巡回しているものの、全てのエリアを管轄することは難しく、実質無法地帯となっていた。更に外周部という限られたエリアに根ざしていることもあり、迷路のように複雑な構造となっている。

 

窃盗を働いた男は常習犯、その逃走経路は複雑で帝都警備隊はおろか、地元の人間ですらその足跡を追えた者はいない。本来であれば一服をつけながら金銀枚数を数えているところだ。

だが、走れども一向に男が歩を緩める気配はない。それどころか全速力で駆け抜けていたのはいつまでも背後に迫る気配が離れなかったからである。

幾重にもなる通路を右に左に曲がれども己の影のように付きまとう「何者か」を恐れ背後を振り返るがその姿は見えない。

 

遂に男は路地裏から街頭へと姿を現す、日中であればスラム街とはいえ人通りも多い。人並みに紛れ込むことで見えない追っ手を撒くつもりだった。

玉のように湧き出た汗を拭い、懐に得物を隠す。呼吸を整え次の歩を進めようとした瞬間、ポンと自分の右肩に手が置かれる。

条件反射で振り返った男の前には年端もいかない少年が目の前に立っていた。

 

「いい運動になったかよ?」

「……なっ!?」

 

その眼光の鋭さに気圧された男は咄嗟に後ずさると本能で得物を懐から取り出すと同時にその行動を後悔する。

人目につく街頭で先行して刃物を手に取ってしまったのだ。もはや言い訳がきかない。

更に少年の後ろから声を荒らげているのは先程男が窃盗を働いた相手だった。必死に逃げたはずの男だったが自分も知らぬ間に現場周辺へと追い戻されていたのだ。

『現行犯』という逃れようのない立場になった以上、男が取る道はひとつ。目の前の少年を退け、再び逃げることしかない。

我流とはいえかつては帝都警備隊をも退けたことのある短刀術、間合いを一気に詰めると軌道の読みづらい左斜め下からの斬り上げを繰り出す。

 

「全っ然、おせえよ!」

 

男の短刀が少年に届く前よりも先に抜剣した少年の剣が振り下ろされると刃渡り10cmに満たない刀身を斬り落とした。

短刀を手にしていた右手首もその衝撃にへし折れたのか、男は悲鳴を上げその場を転げまわる。

過剰防衛とも捉えられかねない反撃だが、ここミッドガルでは見世物としては上々、白昼の捕物に歓声が上がった。

 

その歓声に少年は年相応の笑顔で応えると、帝都警備隊に連行すべく蹲った男の胴回りを縛り付ける。男には懸賞金がかけられていた。

過去の件数も含めその額は中々割がいい、少年の笑みにはそんな邪な思いもあった。

 

「テ、テメェ……、何もんだ!?」

 

男は少年に尋ねる。名も知らぬ小僧に捕われるなど犯罪者なりの誇りが許さなかったのだろう。

少年は何か気恥ずかしそうに頬をかいたあと、その問に答える。

 

「俺はタツミ、……『何でも屋』のタツミだ!」

 

 

……………

 

 

シェーレは帝都へと帰省していた。

潜入、ではないのは彼女は帝都出身かつ手配書に登録されていないため。

堂々と正門から入ると、慣れ親しんだ道を進む。道中何度も転びそうになった事を除けばその足取りは軽かった。

 

ナイトレイドの中でも彼女の加入理由は変わっていた。

元々おっとりしていた性格ゆえか何をやっても上手くいかず、周囲から冷ややかな目を向けられていた彼女は人知れず涙することも多かった。

そんな彼女でも気遣ってくれる友人がおり、共に過ごす時間はシェーレにとって何よりの救いであった、あの日を迎えるまでは。

 

シェーレが家で友人と団欒していると、友人の元彼氏という男が突然訪問してきたがその様子は明らかにおかしかった。

焦点が定まらない目、激しい呼吸、極度の興奮状態、それは麻薬による中毒症状だった。

 

会話もままならず遂には友人の首を絞め始めると、シェーレは当たり前のように次の行動を取った。

友人が苦しんでいる中でも普段と変わらぬ速度で歩を進め、台所から刃物を取ってくると何の躊躇いもなくその刃先を男の首筋に刺し込んだ。

 

男は即死、寸分狂わぬ急所への一撃だった。男を止めるためなら最初に警告するか、気が動転して斬りつけたにしても頚動脈ではなく友人の首を締めつけていた腕などでもいい。

シェーレの頭の中には初めから男を『殺す』ことしかなく、それが友人を助ける最短にして最適の方法であることを理解していた。

その一件は正当防衛で処分されたものの、現場のショックから友人と別れたシェーレに残された道は一つ、人の道を外れた外道しかなかった。

 

生死問わずの賞金首を狩り続けている内に帝都内での立場は無くなったが、外道の彼女でも受け入れてくれる掃き溜めの街、ミッドガルは実に心地が良かった。

出自など一切関係なく、悪人を殺して生計を立てる彼女を蔑むものは一人もいない、寧ろ女性ながら逞しい生き方と褒められた。

後に殺しの才能を買われナイトレイドにスカウトされて以降も、任務のない日はミッドガルに日参することが彼女の囁かな休暇の楽しみでもあった。

 

特に最近彼女には新しい友人が出来たようで先の足取りの軽さも早く友人に会いたいと気持ちが急いた表れであり、待ち合わせ場所へと急ぐ。

伍番街エリア、スラム街には似つかわしくない寂れた教会。シェーレが教会の扉を開くと、天井屋根が空いた隙間から差し込む陽光が照らす中央にだけ咲き誇る花々、そこに一人の女性が花を慈しんでいた。

 

「こんにちは、エアリス」

「あ、こんにちは、シェーレ。見て、お花。いっぱい咲いたの」

 

シェーレの挨拶にエアリスと呼ばれた女性が応える。大人びた雰囲気がありながら独特な話し方はシェーレと波長が合うのだろうか。

 

2週間前、いつものようにスラム街を歩いていたシェーレは以前アジト近辺の露天商が集う市場で出会った花売りの女性を見かけた。

外周部とは言えミッドガルは広い。今まで彼女を見かけなかったのもあまり立ち寄ることのなかった伍番街だからなのか、何か運命めいたものを感じたシェーレが声をかけると、女性は「また会えたね」と微笑む。その女性こそエアリスだった、それから彼女達が親しくなるのに時間はかからなかった。

 

シェーレはエアリスと話すのがとにかく楽しく、自分のたどたどしい話し方や、締まりのない話題も全てを優しく包み込んでくれるエアリスの笑顔が大好きだった。

エアリスも同年代、同性の友人が近くにいなかったのか、シェーレが教会に来てくれる日を待ちわびていた。

とはいえ仕事柄休暇の定まらないシェーレには待ち合わせの日時を指定することが出来ない、にも関わらずシェーレが教会を訪れる度にそこに必ずエアリスはいてくれた。

そのことをシェーレは不思議に思ったが、エアリスと談笑する内にそのうち忘れてしまっていた。普段から物忘れの多い彼女らしいといえばそれまでだが。

 

シェーレもエアリスも互いに何故スラム街にいるのかという質問はしなかった、する必要がなかった。聞いたところで楽しい話にはならないことがお互いに分かっていたのだろう、最近では帝都内で流行している舞台「LOVELESS」や、新作の甘味物など取るに足らない話がほとんど、それは今もこれからも変わらない。次にシェーレの口から突如として物騒な言葉が出てくるまでは。

 

「ところでエアリスは知っていますか?最近まで帝都で出回っていた麻薬の噂を」

 

シェーレは帝都への帰省と合わせて一つの任務を受けていた。

きっかけは帝都の色町で大量に出回っていた麻薬密売組織の撲滅依頼。その密売組織のボスであるチブルをはじめ、標的対象の売人グループはナイトレイドにより天誅が下されたが、一連の事件には裏があった。

 

一介の犯罪グループでしかなかった組織が色町を牛耳るほどの巨大な組織となったのも、資金や販売ルートの斡旋をしている者がいると判明したのだ。

尤もそれは死に際にチブルが言い残した言葉からでしかなく、推測の粋を出ていない。だが実際に短期間で拡大した犯罪組織のボスの言葉を死に際の戯言と片付けるには早計と見たナジェンダは色町という帝都でも闇にあたるエリア、さらに深い闇となればミッドガルしかないと踏むと帝都への出入りが自由であり、スラム街に馴染んだシェーレ、レオーネの2名に調査を命じていた。

 

シェーレ自身エアリスに相談をすることは本意ではない。エアリスとは暗い世界とは関係ない話を楽しむ関係でいたかった。だがミッドガルの闇の深さは帝都の比ではない。非合法の組織は数え切れないほどであり、たった2人の調査には限界があった。現地の人間からの情報提供が頼みの綱というのが正直なところである。

 

シェーレの質問にエアリスは一瞬だけ驚きの表情を見せたが、その問いかけが冗談ではないと悟ると静かに瞳を閉じる。記憶を辿っているのだろうか暫くして瞳を目を開くと首を横に振った。

 

「ごめんね、聞いたことないかな」

 

その一言を聞いてシェーレは胸を撫で下ろす。調査に進展はなかったがエアリスをほんの少しでも闇に触れさせずに済んだのだと安心した。

 

「こちらこそすみません、突然こんな話をしてしまって。実は―」

 

シェーレは過去の一件をエアリスに話した。突飛すぎた質問の辻褄合わせでもあったが今回追っている麻薬の出所が繋がっていることを考えれば嘘ではない、いずれ耳に入るであろう自身のスラム街での生き方についても正直に伝えた。

シェーレは嘘をつくことが苦手な性格で密偵には適していない。それは自他共に認めているところであり、今回の調査もレオーネ1人だけの任務になるところを本人たっての希望ということで任されている。麻薬による不幸を体験していた彼女の気持ちをナジェンダが汲んだ形だ。

 

「生きるのって難しいよね。でもシェーレと出会えて私は嬉しい、楽しいよ」

「ッ……ありがとうございます」

 

シェーレはかつての友人のように自分を恐れ離れていってしまうことも覚悟していたがエアリスの反応はいつもの優しい笑顔だった。慈悲にも似たその笑顔にナイトレイドであることも思わず話してしまいそうになるが、グッと言葉を飲み込む。

 

「あ、でもそういうことならいい方法があるかも!」

「方法、ですか?」

「うん、最近七番街で『何でも屋』さんっていう仕事をしてる人がいるみたい。シェーレの力になってくれるかも!」

「あ、それは……」

「私、案内するね。いこ、シェーレ」

 

エアリスが提案した「何でも屋」とはクラウドとタツミのことだろうとシェーレは感づく。ナジェンダから接触は極力避けるよう念を押されていたが、手を引きながら案内を買って出てくれたエアリスに押される形でシェーレは七番街へと向かうことになった。

 

 

……………

 

 

「手配書にあった窃盗犯です。確認よろしくお願いします!」

 

そう言うとタツミは帝都警備隊詰所に男を突き出す。懸賞金は取り調べの後だと言われ、暫く詰所前で時間を潰すことになったタツミは暇つぶしがてら、この1ヶ月を振り返ってみた。

 

改めて「何でも屋」を名乗ることを決めたタツミだが恥を忍んでセブンスヘブンで住み込みの仕事をさせてもらうよう頼み込んだ。

依頼内容次第で何でも請け負う「何でも屋」、口にすれば簡単だが「何でもする」ということは「何でもできる」に等しい。慣れないスラム街で生き抜いていく為にも先立つものは必要であった。

 

幸いにして表立ってのオーナーであるティファから了承を得ると、タツミは馬車馬の如く働いた。セブンスヘブンは小さなバーであるが看板娘であるティファを目当てに来客は中々多い。ゴロツキばかりの接客、酔った客同士の喧嘩の仲裁、気苦労が絶えない環境の中、タツミは逞しかった。数回とはいえ修羅場を経験した彼にとってはスラム街のゴロツキなど威勢のいい輩にしか映らない。喧嘩の仲裁も両者を組み伏せ、酒のツマミと叫ぶ客には故郷で鍛えた手料理で黙らせた。今ではタツミの料理目当てに来客することも増えてきている。

そのような環境下においてタツミは「何でも屋」として必要な観察力を養うことを念頭に置いていた。短期間ではあったが、ナイトレイドのアジトにて鍛錬を受けていたブラートからも忠告を受けていた「周囲に気を配る」力を。

 

客の些細な言動を見逃さず、注視する。スラム街のバーともなると各地の情勢、トラブルなど仕事のネタを仕入れるには事欠かない。

そうしてタツミはセブンスヘブン従業員の傍ら「何でも屋」としての仕事を徐々に開拓していった。

 

人探しから近所のマッサージ、最初はおつかい程度のものだったが、現地住民との交流はなによりもタツミのプラスになった。土地勘のない自分が先の窃盗犯を追い込むことが出来たのも迷路を娯楽としていた子供たちとの交流からであり、腕に覚えのある輩との実戦は着実にタツミの地力を向上させていく。通り一辺倒の戦い方、生き方しか知らなかったタツミにとっては見るもの、聞くもの、触れるもの、その全てが経験値となって積み重ねられていた。

 

「また懸賞金待ちですか、タツミ?」

 

天を仰いで呆けていたタツミはその声に顔を下ろすと、そこには馴染みの顔が2つあった。

 

「セリューさん、それにオーガさんも」

「なんだ、俺はついでか、タツミ?」

 

そう言うとオーガはタツミの頭をわしわしと掻き乱す。

帝都警備隊隊長オーガと隊員セリュー、先の魔晄炉爆破事件においてそれぞれクラウド、タツミと邂逅したこの2人は『今』はタツミとすっかり親しい間柄となっていた。

 

魔晄炉に常駐していた帝都警備隊員達の事件当時の記憶が曖昧になっている、その報は軍内通信を傍受したジェシーによって発覚した。

そのことは当然帝都国内では内密となっている、魔晄炉爆破により現地職員は全員死亡、討伐隊も全滅という失態の上、常駐していた帝都警備隊全員が生存し当時の記憶が無いとあっては帝国の沽券に関わるどころでは済まない。全員処刑にされてもおかしくなかったが穏便に処理されたのはあくまで面子を保つためである。

 

不可思議な現象は勿論クラウドの帝具バスターソードの能力によるものだ。

クラウドが帝都警備隊の『記憶』を斬ったのは不殺の精神からではない、式典参加にソルジャーが派遣され厄介払いに近い形で帝都警備隊が爆破目標である魔晄炉に配備されていることは通信傍受により事前に把握していた。だからこその襲撃だったとはいえ、帝都警備隊は本来ミッドガルを中心に編成されている。その人員全てを斬り捨ててしまえば無法地帯に近いとはいえ抑止力を完全に失ってしまうことになる。ティファを守るという約束を果たすためにクラウドなりの考えであった。

とはいえ無口が災いしてか、タツミからはセリューを殺害したと怒りの目を向けられ、後にバレットからは神羅に寝返る気ではないかという疑念を持たれることになったが。

 

「今月だけでもう3人目の賞金首捕獲か、やるじゃねぇか」

「本当に!正義の心を持った人に悪が絶たれるのは気持ちがいいです!」

「どうだ?その気があるなら推薦してやるぞ?」

「タツミが警備隊に入ってくれればきっと悪を根絶やしにできますよ♪」

 

敵、味方を考えなければオーガは豪快で粗野な面が目立つが部下の面倒見は良く、セリューは正義、悪が口癖だが市民に対しては上流階級から貧民まで分け隔てなく接する軍人として模範的な人間、タツミの眼にはそう映った。故郷を出て立派な軍人を志していた頃の自分であれば、この状況を嬉しくも思ったろう。何も知らなければ、何も起こらなければサヨとイエヤスも交えて帝都の明るい未来の話でもしていただろうか。浮き立つ2人に笑顔を作っていてもタツミの心は欠片も笑っていない。

 

何でも屋として情報収集をしている中でオーガの悪評は嫌というほど耳にした、賞金首を目の前にしたセリューは人を見る目ではなかった。帝国の腐敗の影響は一警備隊にまで及んでいる、セリューが生きていた事は嬉しかったが、彼女の内面を知った事は寧ろタツミの心に暗い影を落とすことになった。

 

「それじゃあ、俺は失礼します」

 

懸賞金を受け取ったタツミは軽く頭を下げると足早に詰所を離れる、自分に期待を寄せる2人の視線が背中に刺さるのを感じながら。

 

 

……………

 

 

レオーネは逃げていた。

身元が割れていない彼女が逃げる理由は一つ。

 

「レオーネ、テメェ金返せコラァ!!」

 

元々スラムの生まれで育ってきた彼女は腕のいいマッサージ師として有名で、現地人との交流も深い。今回の調査にはうってつけのはずだが麻薬に関わりそうな組織に文字通り「借り」が多すぎた彼女は逆に追われる身となりこの始末、調査は遅々として進んでいなかった。

 

「レオーネ、こんにちは」

「こんちはー!」

「今度、肩揉んでおくれよ」

「あいよぉ!」

「レオーネ、今夜呑みに行こうぜ!」

「また今度なー!」

 

 

追われるレオーネの姿はスラムでの風物詩となっており、走り去る彼女と会話が出来る者もままいる。駆け抜けながらもその一人一人に応えていくレオーネは逃亡しながらも余裕があった。

 

「レオーネ、金を返してもらおうか」

「……ッ!!?」

 

か細い小声にも関わらず誰よりも耳に届く、気付いた時にはレオーネのすぐ後ろでクラウドが追走していた。

 

「またお前かよっ!?いい加減にしろよな!」

「それはこちらの台詞だ。いい加減アンタの顔は見飽きているんだ」

 

クラウドが何でも屋としてスラムの借金取りから複数件依頼を受けていたがその全てにレオーネが絡んでいた。報酬の対象が1人という美味い条件とはいえさすがのクラウドもやれやれと溜息をつく。相互不干渉を通すつもりが何の因果かよくも出会う。クラウド相手では流石のレオーネも軽口を叩く余裕はない。帝具ライオネルを街中で発動するわけにもいかず、素の状態で逃げおおせるほど相手は甘くないのだ。

 

「こうなりゃ最後の手段だ!」

 

何を血迷ったかレオーネはセブンスヘブンへと逃げ込むが、当然クラウドも後を追う。アバランチのアジトとはいえ表向きは小さなバー、逃げ隠れ出来るはずもない。クラウドが入口の扉を開くとレオーネは直ぐに見つかったのだが…

 

「助けて、ティファ!クラウドに襲われる~!」

「なっ……!?」

「私は嫌だって言ったのに、クラウドが無理矢理……!」

 

レオーネはティファに抱きつきながら助けを求めていた、あらぬ誤解を振りまきながら。

あまりの事態にクラウドは言葉を失う。普段冷静な彼が明らかな動揺を見せると、追い打ちをかけるようにレオーネは獅子ならぬ猫を被り啜り泣く真似をし始めた。

 

「クラウド……今の話、本当?」

「違うんだティファ。追っていたのは事実だがそうじゃない。話を―」

 

次の瞬間にはティファが手にしていたグラスがクラウドの顔面に迫る。既の所で躱すが直撃していたらタダでは済まないだろう。

 

「大丈夫ですか!?ティファさ…ぶっ!!?」

 

店内に暫しの騒音が鳴り響いているとやがて騒ぎを聞きつけたタツミが急いで扉を開く。が、目の前に飛んできたトレイが顔面に直撃、仰向けに倒れるとようやく騒ぎは収束した。

落ち着きを取り戻したティファがタツミの治療を行う傍らでクラウドは店内の清掃を、レオーネは必死に笑いを堪えながらその場を眺める。途中何度もクラウドから恨めしい死線を向けられたのは言うまでもない。バレット達、アバランチの連中が不在だったのは不幸中の幸いだった。

 

今日は厄日だと首を振りクラウドがその場を後にしようと出口に向かうと、2人の女性が来店する。女性客は別段珍しくないがスラム街には似つかわしくない清廉さがあり、何より2人ともクラウドには見覚えがあった。

 

「やっぱり、また会えたね。私、エアリス。あなたは?」

 

先程まで一悶着があった店内の様子などまるで気にせずクラウドに話しかけるエアリス、再会を予見していたかのような言い方にクラウドは首を傾げるが、瞬間、視界にノイズが走る。

 

 

(エアリスに会ったら…よろしくな)

 

 

まただ、またこの声だ。タツミの友がライフストリームに還っていく時に聞こえた声だ。記憶にない誰かの声。どこか懐かしい声。何故今その声が聞こえるのか。

 

「もしも~し、もしも~し?」

「あ、あぁ。……俺はクラウド。何でも屋だ」

 

エアリスの声に視界と意識が急激に呼び戻される、まるで長い間意識を失っていたような感覚に戸惑うクラウドだったが、思い出したように自己紹介を返す。対してバツの悪そうなシェーレだったがレオーネを目にしたことで安心したのか、ナイトレイドとしてではなく一個人として何でも屋に相談を持ちかけた。

 

「――ミッドガルから出回っている麻薬か、聞いたことはないな」

「俺もです。色町で出回るようなブツなら噂くらい聞いてもおかしくないんですけど」

 

2人の何でも屋の情報網にも引っかからないとなるとアテが外れたのだろうかとレオーネは思い直す、と同時にタツミの精悍さに感心する。男子、三日会わざれば刮目して見よと言うが、帝都で出会った頃の甘さは消えスラム街に馴染んだ少年の姿は何故か嬉しく思えた。

 

「情報仕入れたら売りましょうか、レオーネさん?」

 

クラウドの影響からか、すっかり金に煩くなったのは除いてだが。

 

「い~よ別に!お前らと関わるとまたボスにボコられるからな!行くよ、シェーレ!」

「はい。クラウドもタツミもありがとうございました、お元気で」

「またお花買ってね、ばいばい」

 

そう言うとレオーネ、シェーレ、エアリスの3人はセブンスヘブンを後にする。その後ろ姿を見送るタツミは女性が当たり前のようにスラム街を歩く時世に軽い溜息をついた。先ほどの話でも色町で麻薬に染まってしまったのは殆どが生活苦により身体を売った女性だという。タツミは無意識に己の拳を強く握り締めていた。

 

 

……………

 

 

伍番街エリアまで送ってもらったエアリスはシェーレに別れを告げると家路についていた。スラム街に住んでいるとは言え夜の外出は彼女も極力控えている。特に道中では夜のない街「ウォールマーケット」がある。俗に風俗街であるこの場所はエアリスにとってはなんとも居心地が悪い。質の悪い勧誘に引っかからないよう足早にその場を後にしようとする彼女だったが、一人の女性が道端に倒れているのを見かけるとその足を止める。酔い潰れているのだろうか、それにしても女性はピクリとも動かない。心配したエアリスはおそるおそる女性に声をかけた。

 

「もしも~し。あの~、だいじょぶですか?」

 

しかし反応はない。エアリスが女性の肩を揺すると半身を地面に伏していた身体がゴロンと仰向けになる。その顔を見たエアリスは思わず後ずさった。

焦点が定まらない瞳に恍惚そうに歪んだ表情、幼児のような喃語、一目で酩酊によるものではないと分かる。誰か人を呼んだほうがいいのか、すると周囲を見渡すエアリスと女性を遮るように数人の男が割って入ってきた。

 

「あ~、ごめんなさいね!この人飲み過ぎちゃって!」

「あ、あの、その人だいじょぶですか?なんだか様子がおかしくて」

「平気平気。たまに居るんですよ、限界まで飲んじゃう人」

 

男達は明らかに女性の様子を隠したがっている、そしてエアリスは女性の様子をシェーレがクラウド達に話していた麻薬の症状と一致していたことに気づく。ただ解せなかったのは帝都の色町に近いここウォールマーケットは当然シェーレらの調査の対象となっているはず。その網にかからなかった事を考えれば目の前の状況は連中にとっても想定外の事実なのではないだろうか。よくよく見ると軽薄そうに装う男たちは狼狽している。今この場を見逃せば夜の闇に消えてしまい二度と真相を探る機会はないのかもしれない。

 

「あの~、すみませーん。そんなに美味しいお酒があるんですか?私、興味あるかな」

 

せめて何か証拠を見つけシェーレの役に立ちたい、その純粋な思いがエアリスに大胆な行動を取らせる。

 

 

 

 

そしてその日、エアリスが家に戻ることはなかった。

 

 

 

 

 




コロナ大変ですが皆さん頑張りましょう。
微力ですが、ステイホームの足しにしてください。


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暗黒街の首領を斬る(後編)

「タツミ!二番テーブルにジョッキ二杯お願い!」

「了解です、ティファさん!」

 

今宵もセブンスヘブンは盛況だった。

バレットが帰宅の際には蜘蛛の子を散らすように追い出されてしまうのを除けば稼ぎも悪くない。アバランチの貴重な資金源となるのだから喜ばしい事とティファの声にも気が入る。

タツミにとっても仕事のネタ探しになると積極的に接客を行う。愛想の良さで言えばクラウドには到底出来ないタツミの長所だろう、事実この1ヶ月で随分と来客と親しくなった。今では進んで情報提供をしてくれることも珍しくない。

 

「おーい、タツミ!こっちにも酒とツマミお願ーい!」

「了解!……ってなんで戻ってきてるんですか、レオーネさん、それにシェーレも」

「暇なんだよ!さっぱり情報集まらないし。酒場にでも来れば噂の1つでも聞けるかなーってさ!」

「すみません、タツミ」

 

レオーネ達が先程セブンスヘブンを後にして3時間ほどしか経っていない。だがカウンターにいるレオーネはすっかり出来上がっており、シェーレもごく自然と馴染んでいる。この適応力が暗殺稼業には必要なのだろうかと首を傾げつつもタツミはオーダーに応じる。

 

「そういえばタツミさ、なんで私はさん付けでシェーレは呼び捨てなんだよ?」

 

細かい事によく気づくとタツミは眉をひそめる。とはいえ思い返せばいつの間にかシェーレとの距離感が近いことに改めて気付いた。サヨとイエヤス、2人の手向けの花をシェーレが用意してくれたと聞いた時からだろうか、癖の強い連中が多いナイトレイドの中でもシェーレに対しては特にタツミは心を許していた。普段のドジっぷりを目の当たりにしていたこと、ナイトレイド内では経験の浅い彼女が用意してくれた暗殺者養成カリキュラムで接触機会が多かったことも理由の一つだろう。

 

「なんか面白くない!私のことは姐さんって呼ぶこと!いいね!?」

 

タチの悪い客に絡まれたと適当に相槌を打ちながらタツミは同じくカウンター席に座るクラウドに目をやる。

先の一幕もあってレオーネとは顔も合わせたなくないであろうクラウドだがセブンスヘブンを後にしなかったのは理由があった。

 

麻薬にかかわる仕事依頼は今回が初めてではない。非合法組織が散らばるミッドガルでは、売人同士のトラブルや組織間の抗争など散発している。規模が多い案件には帝都警備隊が出動するが公にできない案件は何でも屋を介することは割と多い。

 

だが今回の案件は既に帝都で出回るほどの麻薬、それほどの規模であれば自然と耳に入ってきてもおかしくはない。仮にミッドガルでそれだけの活動が出来るとしたら手引きをする者、いや組織がなくてはならない、それも巨大な。

 

もう一つ、花売りのエアリスと出会ったときに感じた違和感。自分ではない誰かに向けられたような再会の言葉に脳裏によぎった声。

 

何かが起きる、そしてそこには決まってナイトレイドが絡んでいる。この1ヶ月あまりでジンクスとなり自覚している自分に首を振りつつもその予感は突如として的中した。

 

入口の扉が勢いよく開かれると、ギィギィと建付の悪い音を鳴らしながら息を切らせた女性が一人、入店してきた。

客にしては馴染みがない。身なりは質素であり年齢は熟年だろうか。とてもバーで一杯やろうという客には見えなかった。

 

「ごめんよ!ここに、エアリスという子が、来なかったかい!?」

 

まだ呼吸が整っていない状態で必死に声を搾り出すように叫ぶ女性。店内に居た者全てが彼女に注目するのは当然だった。なによりクラウド達には馴染みの名前が出てくると、すぐに女性のもとへと駆け寄る。

 

「落ち着け、エアリスがどうした?」

「ひ、昼間に、こちらに行くって出て行ったきり、家に帰って来なくて……!」

「落ち着けと言っている。タツミ、水を1杯くれ」

「は、はいっ!」

 

女性が呼吸を整えたところで改めて話を聞く。まず彼女の名はエルミナ、エアリスの義母だという。日中シェーレと共にセブンスヘブンに向かうことを娘から聞いていた彼女はいつものように夕食を用意して待っていたのだが、いつまでも帰らない娘を心配してわざわざ伍番街から七番街まで様子を伺いに来た、とのことである。

 

ここまでの話では過保護な親の心配症と見れるが先の様子から只事ではないことは明らかだった。

 

「エルミナさん、すみません……、私が家まで送らなかったせいで……」

「あぁ、いいんだよ、シェーレ。みっともない所を見せてしまったね」

 

シェーレとも親交のあったエルミナは気丈に振舞ってみせたがエアリスが気がかりなのだろう、顔色は依然として優れない。成人しているとは言え彼女は女性、スラム街を歩いていればどんな危険に巻き込まれてもおかしくはない。

シェーレは深々と頭を下げながらエアリスを一人にしてしまったことを大いに悔いていた。

 

エアリスの身の上は彼女自身から聞いていた。幼い頃、実の母親とある施設から逃げ出してきた事、実母が息を引き取る前に行きずりのエルミナにエアリスを託した事。何か大きな事を抱えていることはシェーレも気づいていたが、エルミナとエアリス、慎ましく過ごす母娘二人の姿を見てあえて詮索することはしなかった。

あるいは日陰者の彼女には眩しすぎたのか。壁というには薄く、しかし膜というには厚い何かを感じていたのかもしれない。

 

「私、エアリスを探しに行きます」

 

思いは言葉となり、気持ちは身体を動かす。出口へと駆けるシェーレの右腕を掴んだのはレオーネだった。

 

「落ち着きなよ、シェーレ。あんたエアリスって子がどこに居るのか検討ついてんの?」

「そ、それは……、けどあの周辺なら六番街の市場にいるかもしれません」

「読みは正しいよ、けどあそこだって狭くない。シラミ潰しって訳にもいかないよ」

 

周囲からは酷な言い方に聞こえたがレオーネの言葉は逆にシェーレに冷静さを取り戻させていく。彼女も暗殺者、感情に任せて行動することは正しくはないと理解すると瞬時に状況を整理する。

 

エアリスが失踪した事実から何故彼女は失踪したのか。エアリスと別れた後ではなく、別れる前にその兆候はあったのか。エアリスの性格、行動、言動。それらを紐解く。

 

「麻薬……」

 

周囲には聞こえぬようにシェーレはその答えを呟く。

 

エアリスは麻薬に関わる「何か」を見つけたのではないだろうか。その「何か」を調べようとした為にトラブルに巻き込まれているのではないか。

 

胸は燃えるように熱くなりながら冷静に思考を巡らせる。迂闊に騒げばエアリスは勿論、麻薬に関わる証も闇に葬られるだろう。エアリスを探し出し、かつ麻薬の所在を突き止めるにはどうすればいいのか。

 

「レオーネ、付き合ってもらってもいいですか?」

「あいよ!お仕事始めようか!」

 

そう問いかけるシェーレの顔に焦燥がないことを確認するとレオーネはにこりと笑みを作り返す。

ナイトレイドが闇夜の舞台に上がる、その時だった。

 

「その仕事、俺も噛ませてもらおう」

 

舞台の闖入者として間に入ったのはクラウドだった。セブンスヘブンを後にしようとする二人の前に立ち塞がる。

 

「どういうつもり?あたしらと関わるのは御免じゃなかったっけ?」

「……クライアントに何かあったら店の看板に傷がつくんだ」

 

視線を逸らしながらレオーネに応えるクラウド、素直ではない子供じみた反応がレオーネには可愛らしく先程といい戦闘以外ではどこか間の抜けた所があるのは、アカメの友というのも頷けた。

 

「クラウドさんが行くなら当然従業員の俺も行きますよ!」

「言っておくが、タツミ―」

「給料は出ない、ですよね?すみません、ティファさん。ちょっと店空けます」

「気にしないでタツミ。クラウドも仕事、頑張ってね」

「あぁ。なるべく早く戻ってくる。エルミナの様子を見ていてくれ」

 

この1ヶ月程でタツミはクラウドとの掛け合いにもすっかり慣れていた。火事場に飛び込む際にクラウドと肩を並べている、それはクラウドと出会ったばかりの青かった自分が望んでいたこと。だが憧憬の念だけではない。歴は浅くとも「何でも屋」としての誇りはある。あの時、エアリス達を見送った際のやるせない気持ちを払拭したいとタツミは己に喝を入れる。

 

そして奇しくも何でも屋と殺し屋。二つの稼業屋一行は六番街エリアへと向かった。

 

 

……………

 

 

ミッドガルエリア六番街。

 

帝都外周部に根ざす8つの街において貧民街とは遠くかけ離れた唯一の存在である。この街は帝都色町と近接していることもあり、風俗街として幅を利かせているためかスラム街でありながら艶やかな街並であり、街道を歩く者は羽振りの良さが目立つ。かと思えば一つ先の路地ではいかにも柄の悪いキャッチの男が屯している。

 

露出の激しい女性がやたら目に付くとこれまで積極的に踏み入ったことのないタツミだったが、目のやり場に困りつつも歪な世界に違和感を覚えた。

 

「随分、潤ってますね、この街。レオーネさ……姐さん」

「あぁ。女が自分を売って、男がそれを買って……女を積み上げて出来たようなクソみたいな街だよ」

 

いつになくレオーネの語気が荒いのは、スラムの顔馴染みの友人が先日の一件で薬物中毒に侵されていた事に繋がる。幸いにして一命は取り留めたものの、女性を廃人寸前にまで溺らせ男達の慰みものにされた怒りは売人グループを鏖殺しただけでは気が済まなかったのだ。

 

だがレオーネ、シェーレ共に六番街最大市場であるここウォールマーケットは調査の限りを尽くしていた。色町と繋がりがもっとも深いこの場所を疑うのは至極当然であり、麻薬の流通元を辿るのも時間の問題と思われた。

 

しかし予想に反してウォールマーケットでは一切の手掛かりが掴めなかった。

疑う余地が無かった訳ではない。だが現地人から裏組織までまるで統率された軍隊のように麻薬に繋がる情報は手に入らなかったのだ。

潜入も試みたがレオーネの身体能力を持ってしても神羅製の重厚なセキュリティを掻い潜ることは出来ていない。

 

更に厄介だったのが件の麻薬は極小の経口摂取型カプセルで水溶性でかつ無臭。香料タイプであれば獣化したレオーネの嗅覚で追うことも可能だったがそれも叶わず、確たる証拠を掴めずにいた。

 

「―ーですがもしエアリスが麻薬に繋がる何かを見つけて、それを追った、もしくは見られたから捕われているのであれば……」

「エアリスの匂いを辿ればそこに麻薬を回してたヤツもいるってことか、よし、任せな!」

 

人目につかない場所でシェーレの見解を聞いたレオーネは一歩間合いを取ると身構える。

 

「変身っ!!ライオネルッ!!」

 

咆哮と共に帝具ライオネルを発動させると瞬時に獣化を遂げる。初見のタツミ、クラウドも流石に驚いた様子で彼女の変身を見届けた。

 

「す、すげ~!カッケーッ!!」

「ふふん、どうだタツミ?見惚れたろ?」

「……装着型の帝具とはまた違うのか、体毛は自毛か?」

「あんた、本当にいつかぶん殴るからな……!」

 

マリン同様、瞳を輝かせるタツミ、女性に対してあるまじき発言をしたクラウドに今にも殴りかからんとするレオーネは辛うじてその拳を収めると当初の目的通り、強化された嗅覚で六番街エリアの匂いを探る。

 

「…ッ!……酷い匂いだ……っ!」

 

あまりの異臭にレオーネの顔は苦悶に歪んだ。ただでさえ汚臭が目立つミッドガルの中でも、ここウォールマーケットは異質。獣化による嗅覚強化をしたレオーネにとっては耐え難い環境であり、一言で表すなら「欲望」の塊が彼女を襲っていた。

 

その数多の異臭の中、たった一人の女性の匂いを辿るのは容易ではない。だがレオーネが辿ったのはエアリスの体臭ではなく、彼女が衣服に纏わせた花の香り。

 

花の咲かないスラム街においてその清香は、どんな香水よりも芳しい。エアリスがセブンスヘブンの戸を開いた瞬間、レオーネの嗅覚はそれを記憶していた。その記憶を頼りに異臭漂う波を掻き分けるように探る。

 

そして遂に花の匂いが留まっている場所を見つけると、レオーネは大きく口で息を吐き出した。相当辛かったのだろう、シェーレはレオーネの背中をさすりながら滝のように流れる汗を拭った。

 

「大丈夫ですか、レオーネ。すみません、辛い目に合わせて」

「平気平気!……それより面倒なトコに辿り着いちゃったのが心配だよ。よりにもよってコルネオの館とはね」

 

ドン=コルネオ

 

六番街ウォールマーケットを牛耳っている首領であり、風俗街において私邸を構えるほどの財力を持つ大物である。レオーネが匂いを辿った先がコルネオの館と分かったのも所狭しと立ち並ぶ建築物の中でも橋を挟むほどの一等地を構えていた為。

 

面倒と言ったのはコルネオという男そのものを指していた。大変な好色漢で夜な夜な女遊びを繰り返すことで界隈では有名である。当然この男も今回の件では調査対象だったが、下衆な行為を行っている事以外はやはり有益な情報は得られていない。

 

だが話を聞いたタツミは憤る。

 

「ふざけんなよ……!女性をモノみたいに扱いやがって!なんでそんな奴が野放しなんだよ!?」

「見初めた女性にはかなり羽振りがいいんだよ。実際、殆どの女連中も自分達からコルネオに貰われに行ってる」

「話は後だ。そこにエアリスが居るというなら行くしかないだろう」

 

綺麗事だけではミッドガルでは生きていけない、それは分かっているタツミだが納得は出来なかった。これも帝都の腐敗によるものなら身売りの女性達を責めることもできない。彼女たちもまた犠牲者なのだ。

答えの出ない問題を切るようにクラウドが割って入ると半ば強引にタツミの肩を掴み歩を進めた。タツミの正論に対し、真っ当な答えを返せなかったレオーネを気遣ったのだろう。

 

やがてコルネオの館へと続く橋に差し掛かった所でレオーネがその足を止める。過去にコルネオとトラブルがあったらしく、鉢合うとまずい事になるとこれ以上の同行を拒んだのだ。

レオーネを残しクラウド、シェーレ、タツミの3人はコルネオの館へと向かう。が、程なくして3人は再びレオーネの元へと戻ってきていた。

 

「嫁オークション!?なんだ、それ!?」

「最近のコルネオの趣向らしいです。3人の女性を集めて好みの女性を1人、一夜のみのお嫁さんとして扱うみたいですね」

 

シェーレの説明を聞いてレオーネは頭を押さえこの世にこれ以上、下劣で品のない話題があるだろうかと深い溜息を吐いた。肝心のエアリスに関する情報も見張りのセキュリティが厳しく、強行突破は難しい。

 

3人の嫁候補となる女性は現地へ向かっているそうだが、その機会を逃せばコルネオと対面することは叶わない。

 

女性達に協力を仰ぐことも考えたが無関係の人間を危険に巻き込むことも出来ず、まさに八方塞がりの状態だった。と、悩む3人に対してレオーネは1人ニヤリと笑ってみせる。

 

「3人嫁候補がいればいいんでしょ?いるじゃん、ここに♪」

「3人って……姐さんとシェーレの2人しかいないじゃないですか?」

「違う違う!私は入れないって言ったでしょ、シェーレとクラウドとタツミの3人だよ。お前達、女装しな♪」

「は……はあぁぁぁっ!!?」

「馬鹿げてる。タツミはともかく俺には無理だ、話にならない」

 

突飛すぎるレオーネの提案にタツミ、クラウドは動揺を隠せなかった。レオーネの遊び半分の冗談と思いたかったが他に方法はない。何よりエアリスを心配するシェーレの様子に絆される形で渋々了承するしかなかった。

 

幸か不幸かウォールマーケットには男娼を扱う店もありその手のコーディネートには申し分ない。顔の広いレオーネの伝手もあり、女装に必要な品を揃えるには時間は掛からなかった。メイクに関してはクラウドとタツミをやけに気に入った男娼が手がける事になり、レオーネはその様を喜々として眺める。やがて嫁オーディションに相応しいドレスを身に纏った3人の女性が姿を現した。

 

「ぷっ……くくく、よく似合ってるよ、クラウドちゃん、タツミちゃん」

「……最悪だ」

「……俺、なんか大事なものを失くした気分です」

 

レオーネは笑いを堪えていたが実際のところ2人の女装は悪くない、寧ろ完璧だった。一流の装飾に一流のメイク。

 

素材にしてもクラウドの碧眼と白い肌は美しく、ツンと尖るような金髪も添えたティアラをより映えさせる。

 

タツミはまだ成長期にあるせいか幼さの残る容姿が可愛らしく、成熟した女性が多いウォールマーケットでは青い果実のような新鮮さがある。

 

不覚にもクラウドの姿を見て赤面してしまったタツミだが、シェーレの姿を見た瞬間、その目を離せなくなっていた。

 

普段からかけている眼鏡をコンタクトに変え、ストレートヘアーをハーフアップにし、スレンダーな体型にフィットした白基調のドレス。右頬に残る傷跡はメイクによりすっかり消え、貴族出身の令嬢にも劣らぬ高貴さと艶麗を放っている。

 

「綺麗だ……」

 

タツミの口から自然と漏れ出す本音。それほどまでにシェーレの姿は美しかった。

 

シェーレ自身、生まれてこの方ドレスに身を包む事など無く、生涯縁遠いと思っていた自身の姿に戸惑いを隠せないでいた。

 

「あの……、私、似合いませんよね?クラウド?」

「どうして俺に聞くんだ?……アンタが似合わないって言うんなら世界中の女性は全員似合わないってことになるな」

「おーい、いい雰囲気出してないでさっさとコルネオんとこ行くよ」

 

改めて一行はレオーネを残し、コルネオの館へと向かう。本来の嫁候補である女性達はレオーネに足止めを任せている。3人のうちの1人でもコルネオと接触できればエアリスの所在ならびに麻薬に関わる情報を聞き出す算段を整えると、門扉を開いた。

 

「すみません、コルネオ様の嫁オークションに参加します3名です。今宵はよろしくお願い致します」

 

流石は暗殺者といったところだろうか、先程までは着慣れないドレスに足をもつれていたシェーレだったが実に優雅な立ち振る舞いを見せると受付の男たちは先程訪れた女性と同一人物だということも気づかずすっかり上機嫌になっていた。コルネオの目に止まらなければ残った女性は好きにしていいという暗黙の了解があったためである。

 

参加女性は3名だけとしか聞かされていなかった男たちはロクな確認もせずに3人を客間へと通す。いよいよコルネオとの対面を迎えることになると、タツミはゴクリと息を呑んだ。

 

勢いでここまで来たが、今この場においてクラウド、タツミはナイトレイドの仕事を手伝う形になっている。もしエアリスの身に何かあった場合、自分は平常でいられるだろうか。アリアを両断したようなドス黒い感情が再び湧き上がってこないだろうか。そんな不安がよぎる。

 

この1ヶ月でいくつかの修羅場を抜けてきたもののタツミが賞金首を手にかけることはなかった。

 

それは殺し屋ではなく何でも屋として生きていく覚悟の証明ではないがやはり「殺人」という十字架を背負うにはあまりにもタツミは若く青い。

 

ざわついた心が静まるよりも前に遂にその男が姿を現す、ドン=コルネオだ。

 

恰幅の良さ、全身に着飾った装飾品の数々。金が服を着て歩いていると言えば分かりやすいだろうか。品性のなさが滲み出ている。反面、一角のスラム街の首領に相応しく厳つい顔つきをしており、自分の前に並んだ3人の女性をジロリと見つめる。街のゴロツキとは明らかに違う雰囲気に圧されたタツミであったが―

 

「ほひ~!いいの、いいの~!今日のおなごは一段といいのぉ~!」

 

何とも下品な言葉遣いと立ち振る舞い。両指を蛇のようにくねらせ、品定めをするようにクラウド達を見つめる仕草は、それだけで全身を犯されるような嫌悪感を与えた。

 

男であるクラウド、タツミですら背後に回られるだけで背中の産毛が逆立つような拒絶感。これまでコルネオに扱われてきた女性達の絶望はどれほどのものだろうか。

 

脂汗を滲ませながらタツミはシェーレへと目をやる。このような下卑た男の視線に晒されるなど耐えられたものではないだろうと思ったのだ。

 

「今晩わ、コルネオ様。今宵は是非可愛がってください」

 

だがしかし、シェーレはコルネオに自分を貰ってくれと懇願の言葉を口にしていた。

 

まるで本当にそれを望んでいるかのような振る舞い。当然それは演技なのだろうがエアリスの為、そして麻薬の証拠を掴むためとはいえここまで自分を偽る、否、捨てることが出来るのだろうか。

 

コルネオへの嫌悪感はいつの間にかシェーレの覚悟への敬意に変わり、タツミの震えは止まっていた。

 

「お、俺……じゃない、私もコルネオ様に可愛がって欲しいです!」

「……いや、俺にしておけ。派手に逝かせてやる」

「ほひ~!!今宵のおなごは積極的じゃの~!悩む!非常に悩む~!!」

 

シェーレに充てられるようにタツミ、続いてクラウドも自分を貰うよう懇願するとコルネオは一層身悶えしながら床を転げまわる。

 

これまでコルネオが抱いてきた女性は口では自分を求めてきたものの、その表情には必ず恐怖と嫌悪があった。その表情を歪めていくことに悦を感じるという下卑た行為をしてきたが今夜の女性は全員が心の底から自分を求めている。コルネオにとってはまさに天にも昇るような気分だった。

 

ゴロゴロと床を転げていたコルネオがピタリと止まるとすっと立ち上がる。意中の嫁が決まったのだろう。いつになく真剣な表情で3人の前に立つと想い人を口にする。

 

「決めた!今夜の嫁はお前ら全員じゃ~!!」

 

コルネオ至福の瞬間、部下たちはお零れを預かれないと意気消沈する中、3人は静かに拳を握り締めていた。

 

 

……………

 

 

コルネオの私室に通されたクラウド達3人だったが、私室と言っても怪しげな照明が灯りキングサイズベッドが一つあるだけで別段不思議な点はない。コルネオのセンスの良さを褒めるようにシェーレはごく自然に私室にあるものを物色する。麻薬に繋がる物はあるか探っているのだろう。シェーレの行動を不審に思われないようにタツミとクラウドはコルネオとの場を繋いでいた。

 

「――ほぉほぉ、タツミちゃんは帝都に出稼ぎに来たのか、偉いのぉ~!」

「そ、そうなんです!でも帝都は不景気で、生活していくにも苦労して、それで……」

「うんうん!もう大丈夫!俺の嫁でいるうちは面倒見てあげるからね~!クラウドちゃんは~、何してるのかな~?」

「……何でも屋だ」

「ほひ~!オールプレイ可能だって!?最高~!たまら~ん!」

 

タツミとクラウド、両手に花の状態でコルネオは会話の内容は半分そっちのけで舞い上がっていた。都会に馴染めず泣く泣く身を売った田舎娘のタツミ、気は強いがどんな行為も受け入れる娼婦クラウドと勝手に位置づけたのか、随分と気を許し始める。

 

頃合と見たのか、クラウドは本題を切り出した。

 

「聞きたいことがある。今日ここにエアリスという女が来なかったか?」

「ほひ?エアリス?知らんの~?」

「……リボンで髪を束ねている。服装はピンクのロングワンピース、赤いジャケットを着ていたはずだ」

「ふ~む……、あぁあのおなごか!来た来た!確かに来た!かわいかったの~!」

 

依頼人の特徴は初見で覚える、何でも屋として身につけた習性が役に立ったのか。エアリスは確かにコルネオの館に来ていたという言質を取った。畳み掛けるように問を続ける。

 

「エアリスはどこにいる?知り合いなんだ」

「あ~、あのおなごかぁ~可愛かったのにのぉ、勿体無かったのぉ」

「な、何が勿体無かったんですか!?」

 

含みを持たせた言い方に業を煮やしたのか、タツミが強引に会話に加わる。必死な眼差しを向ける二人に興奮したのか、やけに長い沈黙をした後静かにコルネオは答えた。

 

 

「あのおなごなら……死んだわ」

 

 

その瞬間、4本の腕がコルネオに向かって伸びる。2本はコルネオの右肩と腕を押さえ、そしてもう2本はコルネオの首を鷲掴みにしていた。

 

「ぐえっ……!!?」

「こ、殺してやる……!殺してやる……!」

「タツミ、手を離せ!コイツにはまだ聞くことがある……!」

 

右肩関節を極めたクラウドは我を忘れてコルネオの首を締めつけていたタツミを諭した。が、憎しみにとらわれているのかクラウドの声はまるで届いていない。クラウド自身、既にコルネオの右肩を外し、右肘をへし折る程の万力を持っていたことに気づいていなかった。

 

エアリスが死んだ。

 

その言葉一つでこんなにも心が騒ぎ立つのは何故なのか、クラウドには分からなかった。タツミが首を絞めていなければ自分が首の骨ごと捻り切ってしまっているのではないかという激情が湧き上がる。

 

タツミを諭しながらも早くこの薄汚い豚を黙らせろと内なる自分が叫んでいるようだ。

 

冷静を欠いた二人を止める者は最早いないと思われたがタツミの体がコルネオから離れるようにベッドから勢いよく投げ出される、そこにはシェーレが立っていた。

 

「落ち着いてください、タツミもクラウドも」

 

それはあまりにも冷徹な声だった。語気は穏やかだったが先のタツミとは比較にならない程の圧がコルネオに襲いかかる。タツミの手が離れ、呼吸を求めるはずの肉体ですらその圧に屈服したのか、満足に肺に空気を取り入れることが出来なかった。

 

シェーレの静かなる圧力にクラウドも幾らか腕の力を緩めると、シェーレはコルネオの髪を掴み上げた。

 

「教えてください。エアリスはどこで、どうやって殺されたんですか?遺体はどこに?」

「あ…あが…、あがが……!」

 

恐怖でパニックになっているコルネオはその問に答えられない。それを前にしたシェーレは私室に置いてあったのだろうか、小さな「鋏」を手に取るとコルネオの右太腿に突き立てた。

 

室内に響き渡るはずの悲鳴は鋏を突き立てると同時にコルネオの口に突っ込まれたシーツにかき消される。

部下に悟らせないためなのか、シェーレは冷静に冷酷に事を進める。

 

「もう一度聞きます。エアリスはどこで――」

「し、知らねぇよ!俺は見てねぇんだ!あの女が死ぬところなんて!」

「……どういう意味ですか?」

「し、死んだってのは俺の予想だ!ただ間違いなくあの女は死んだって思っただけだ!あの女は連れて行かれたんだよ!タークスの野郎どもに!」

 

タークス

 

神羅内組織総務部調査課。神羅に属する要人のボディガードを始め、私兵であるソルジャーの素体となる者のスカウトを任務としている。

 

帝国内でも規模の大きくなった神羅においてナイトレイド等の暗殺を危惧して設立された組織であるがその裏では工作活動、神羅への背信者を暗殺するなど闇を担っていた。

 

神羅でも秘匿にあたる組織の名が出てきたことで、クラウドはコルネオの言葉に偽りがないと確信すると、掴んでいた右肩を離す。砕かれていたとはいえ漸く拘束が解かれたコルネオは後ずさるようにベッドへと飛び乗ると、洗いざらい全てを話した。

 

コルネオは裏で神羅と通じており、ウォールマーケットでのし上がるための資金を斡旋してもらっていた。

 

その見返りとして秘密裏に製造された薬物を人体実験として売られた女達に投与していたことを認めた。

 

色町で出回っていた麻薬も本来ウォールマーケット内での活動を神羅が根回しをしていたお陰で隠匿されていたにも関わらず、シマを広げようとチブル率いる売人グループを使った為に足がついたようである。

 

「それまで薬物に冒された女性達はどうしたんだ?」

「て、帝都にも物好きがいてよぉ!名家の癖に人体解剖が趣味ないかれた奴らに売りつけてたんだ!もっともそいつらも1か月前くらいにナイトレイドに殺られちまったみたいだけどな!」

「……アリアのところか」

 

クラウドとタツミが一時期身を預けていたアリア一家はコルネオが薬物漬けにした女性を買取り自分たちの趣味に利用していた。悪は悪を呼び、更なる悲劇を生み出していたのだ。

 

シェーレに引き剥がされ漸く落ち着いていたタツミだったが再び怒りが湧き上がると同時にサヨとイエヤスを失った事件が今なお繋がっていたことに強いショックを受けていた。

 

タツミの様子を気に掛けたのか、クラウドは質問を変える。

 

「エアリスはどこに連れて行かれたんだ?」

「知らねぇ!ほ、本当だ!タークスの奴らが無理矢理連れていったんだ!場所までは知らねぇ!」

 

エアリスは麻薬の証拠を探ろうと、コルネオの館へ招かれたあとシェーレらと同様に自分を売り込みコルネオと面会を果たした。

 

尤も中毒症状のまま行き倒れていた女性を見られたことからそのまま「消される」予定であったが、既のところでタークスを名乗る男2名が乱入し、エアリスを強引に連れ去ったと言う。

 

「それって、エアリスさんを助けてくれたってことですか?」

「……いや、違う。タークスは表向きこそ治安維持や要人警護の任についてはいるが裏稼業が主な組織だ。寧ろコルネオに接触する前にエアリスを消していてもおかしくない」

 

タツミの希望的観測にクラウドは冷静に判断する。だがそれは諦めの言葉ではなく、エアリスが「生かされている」理由があると結論に至ったためである。

 

エアリスを始末するだけならばこれまでと同じようにコルネオが処理するだけで事は済む。わざわざタークスが介入する必要はない。

 

神羅にとってエアリスに何らかの価値がある、故にエアリスは生きている。

 

それはクラウド達にとってはやはり希望的観測に過ぎないが少なくとも今現在エアリスの死は否定できる。そこに一縷の望みを見出すしかなかった。

 

「……なぁ、お前ら。俺みたいな小悪党がこうやってベラベラ喋るのは何でだと思う?」

 

突然コルネオが質問にない言葉を口にし始める。その表情は苦痛に顔を歪めながらもどこか余裕がある。

 

何か企みがあるのか、クラウドはあえてその言葉に乗った。

 

「……勝利を確信したときか?」

「ほひひ……当たり~~っ!!!」

 

雄叫びと共にコルネオは左腕をベッド横に設置されていたレバーらしきものに手をかける。

 

その時だった。

 

 

「――そいつは私たちとは違うなぁ?」

 

 

その言葉と共に私室の扉が爆ぜるように砕かれると無数の破片がコルネオに直撃、その衝撃で身体は壁に叩きつけられる。入場してきたのは獣化したレオーネだ。

 

本来嫁オークションに参加するはずだった女性達を適当に撒いたレオーネは獣化したままクラウド達の様子を外から観察していた。

 

強化された聴力でコルネオが麻薬を捌いていたという言質を確認した後に館に潜入、関与していた部下たちもその場で鏖殺すると、クラウド達の装備を携えて推参した。

 

「……て、テメェ、レオーネ!」

「よぉ、コルネオ。酒場で私の尻を触ってきたときは只のスケベ親父だと思ってたけどさぁ、とんだクズ野郎だったね。あん時タマを完璧に潰しときゃ良かった」

 

犬歯を剥き出しにしてレオーネは笑う。友の怨敵を前にしてこの余裕は殺しのプロたるものだろうか。笑みに対して一切の油断が感じられない。

 

「私達みたいな悪党ってのはさ、最後まで油断しちゃいけないんだ。任務完了を上に報告するまではね」

 

ジリジリと躙り寄るレオーネにコルネオは袋の鼠、もはや逃げ場はない。

 

だがレオーネより前に一歩を踏み込む者が1人、バスターソードを手にしたクラウドだ。

 

「……なんだよ、何でも屋の出番はないよ?」

「こいつは俺がやる」

「ま、待て!待ってくれ!頼む!まだ話してないことが――」

 

 

「それ以上、口を開くな、ゲス野郎」

 

 

右肩より縦に一閃、返す刃で右脚、左脚、斬り上げで左肩を瞬時に切断するとほぼ同時にコルネオの四肢が宙に舞う。

 

最期はコルネオの頭部に交差するように斬撃が叩き込まれると、薄暗い空間にバスターソードの剣先の軌道は「凶」の文字を浮かべた。

 

こんな美女に殺されるのならそれも悪くない。

 

今際の際、コルネオはそう思った。

 

 

……………

 

 

「……そうかい。迷惑をかけて済まなかったね」

「すみません、エルミナ。こんな事になってしまって」

「いいんだよ、シェーレ。あの子はきっと大丈夫さ」

 

エアリスがタークスに連行されたことを告げるとエルミナはどこかホッとしたような表情を浮かべながらシェーレに付き添われながら家路につく。その後ろ姿をエアリスを見送った時と同じように見つめるタツミは拳を握り締めようとしても全く力が入らない。

 

帝国は腐っていてもミッドガルは理の外れた世界、自分が何でも屋として働いてからは七番街の治安維持にも貢献でき、少なからずとも世界を変えている、守っているという自負は粉々に砕かれた。

 

「……大丈夫?クラウドもタツミも。顔色悪いよ?」

 

閉店し、静かになったセブンスヘブンでグラスを磨く音がよく響く中、ティファは2人を案じる。エアリスの安否は依然として不明、親友のレオーネも浮かぬ表情で店を後にしていった。

 

詳細を聞いてはいけない、そう思ったティファはカクテルを作り始める。

 

シェーカーの氷音が静寂を誤魔化すように鳴り響くとその音に誘われるようにタツミもカウンター席に力なく座った。

 

 

 

やがて二杯のショットグラスが並ぶ。カクテルの美しい朱色はまるで血のようにも見えた。

 

「……飲んで。キツいのにしたから」

「あぁ、……タツミ、お前も飲め」

「え……、でも俺、未成年で……」

 

タツミの言葉を遮るようにスっとグラスを手にしたクラウドの右手がタツミの前に差し出される。

 

タツミは黙って左手でグラスを取るとそっとクラウドのグラスに合わせる。

 

 

 

 

カチン、という音が一つセブンスヘブンに鳴り響き、そして夜は更けていった。

 

 

 

 

 




アニヤンとか入れたかったけど余裕で2話分行きそうだったので御蔵入り。
重い話が続いたので次回は零2話を入れてリフレッシュします。


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