イージス護衛艦「はぐろ」、がんばります。 (gotsu)
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プロローグ

戦闘シーンです。


 ごうごうと海水が流れ込む音と黒板を引っかいたような鉄がきしむ音が聞こえる。艦内は負傷者のうめき声や生き残った人間の怒声であふれかえっていた。

「はぐろ」は自分がもう長くは浮いていられないないことを悟った。

 しだい沈んでいく船体と遠のいていく意識の中で、今までの乗組員達との思い出が走馬灯のように蘇った。

「ごめんなさい」

 そう言って彼女は東シナ海の海に静かに沈んで行った。

 

 

 

 あたご型イージス艦6番艦「はぐろ」は日本が誇る最新鋭のイージス艦である。最新鋭といっても、他のあたご型と同じ能力と5番艦までの反省を生かし、少しの設計変更を行っただけであるが。

 「はぐろ」が就航してから3年後、日本は隣国との紛争に巻き込まれることとなった。

 

 日本の近隣国であるC国は国内で多くの問題を抱えていた。都市部では連日のように政府に対する抗議行動が行われ、それを政府が力で押さえ込む、C国内では連日こういった緊迫した状態が続いていた。

 C国の内陸部では砂漠化が進み、食料自給率も右肩下がり、拡大させすぎた軍隊の維持費が縮小気味な国家経済を圧迫し、国主導による食料の輸入政策もままならない状況となった。

 もはや国内だけで問題の収拾は不可能と判断し、C国は一つの決断を下す。国内の不満の解消と資源、食料確保のため、領土問題の解決の名の下に南下拡大政策の実行を決定した。それは同時に東アジアの平和の終わりを意味するものだった。

 南下拡大政策が決定されるとC国は数ヶ月の準備期間を経て、国境線へ部隊を集結、演習という名目で作戦行動を開始した。

 日本近海においてもこれは例外ではなく、東シナ海ではC国漁船や沿岸警備隊との衝突が連日続き、日に日に緊張の度合いを増していった。そして、ついに日本にも、C国の空母機動艦隊が近日中に出航、東シナ海および南シナ海で作戦行動に移る、という情報が同盟国からもたらされたのであった。

 海上自衛隊は直ちに警戒レベルを強化、艦艇の集結を急いだ。「はぐろ」も例外ではなく、いかずち、いなずま、まきなみ、あしがら、ひゅうが、あきづきと共に艦隊を編成し佐世保で弾薬の補給を受け、東シナ海に展開していった。

 時間が経つごとに増える海上保安庁の巡視艇とC国船舶とのトラブル、そして日本の巡視船がC国軍艦に撃沈されるという事態にまで発展した。

 これをうけ、日本政府はついに防衛出動を下令、C国との本格的な戦闘状態に突入した。

 日本は同盟国との連携や優れた作戦指導で終止戦闘を優位に進めていった。しかし無傷とはいかなかったのである。

 

 

 

 東シナ海に展開した「はぐろ」の艦隊は、DDHひゅうがを中心に駆逐艦陣形(輪形陣)を形成し、「はぐろ」は当直艦として対空警戒に当たっていた。

 

 

 

「警報、ミサイル、数10、210°40マイル」

 その時は唐突にやってきた、はぐろCICについさっき発艦したばかりの対潜ヘリからミサイル探知の通報が鳴り響く、 

 CICは騒然となった。次の瞬間、ディスプレイにデータリンクされたシンボルが映し出される。

「対空戦闘用意、トラックナンバー8524から8534、SM-2攻撃初め、サルボー」

 哨戒長が迎撃の指示を出す、イージス艦は他の護衛艦とは比較にならないほど探知能力も対処能力も高い、しかし電波の届かない水平線の向こうまで見える、という訳ではない。

 はぐろ前部と後部のVLSからSM-2が白煙を引きながら次々と発射される。

「ES探知、320°ミサイルはSS-N-22サンバーン」

 電波情報によってミサイルを識別する。最悪の相手だった。海面ギリギリをマッハ2を超えるスピードで飛来するこのミサイルを迎撃する時間は余りにも少ない。

 20本のSM-2は慣性誘導を終え、鷹が獲物を狙うように目標に突き進む。

「5秒前、スタンバイ・・・・・・マークインターセプト、トラックナンバー8524、から8527、8529、8534、ターゲットキル、残りは・・・真っ直ぐ突っ込んで来ます!到達まであと20秒!」

 コンソール員の悲痛な声がCICに響く。

 

 もし、この時対空レーダーを使っているのがあしがらだったら、いくつかは電波を出しているあしがらに向かっていき難を逃れられたかもしれない。

 もし、もう一機対潜ヘリを飛ばしていたらもっと早く探知できたかもしれない。

 もし、別の占位位置を指定されていたら他艦から支援を得られたかもしれない。

 だがそれを考えるのは遅すぎた、状況はあまりにも不利だった。打ちもらした残りの4発のミサイルは全てはぐろ目掛けて殺到した。

 

「ES(電子妨害)攻撃初め、チャフ発射、主砲打ち方初め、CIWS AAWオート」

 矢継ぎ早に指示が飛び、はぐろは持てる対抗手段の全てを使って回避しようともがく。

 一発はジャミングにより目標を外し、一発はチャフ雲目掛けて突っ込み、もう一発は主砲弾の爆煙に呑まれていった。しかし最後の一発は彼女の命を狙わんと、蛇のように海面を猛スピードで這い突っ込んでくる。

 

 CIC内ではもはや誰も喋らなかった。ただ全員が祈るようにディスプレイのシンボルを見つめる。

 二門のCIWSが唸り、細い光線を描く、轟音を響かせながら接近する巨大なミサイルに対してそれは余りにも心細い光だった。

 

 乗員の祈りもむなしくその光がミサイルを捕らえる事はついになかった。

 ミサイルはCIC直上に命中、300Kgの炸薬を容赦なく爆発させ、はぐろを紅蓮の炎で包み込んだ。

 

 ミサイルは艦橋下部をほとんど吹き飛ばした。

 直下のCICは天井を叩き割られ、内の乗員は痛みを感じる間もなく蒸発した。。

 それだけに留まらず300Kgの炸薬の暴力的なエネルギーは艦底部にまで達し、キールを叩き折り、艦内に爆風と破片の嵐を撒き起こす。

 ある者は爆風で身を焼かれ、またある者は大きな鉄の塊に押しつぶされた。

 浸水を防ぐはずの防水区画も大きく歪み、防水扉も爆風で吹き飛ばされ用をなさなくなった。着弾点から1ブロック離れた応急指揮所にも爆炎は到達、はぐろは軍艦としての機能を完全に失った。

 

 

 キールを折られ浸水を止める手段も無い、きっともう長くは浮いていられないだろう。「はぐろ」は電源が消失し、燃え盛る炎だけが照らす自分を見る、CICにいた人は艦長、副長を含め、全員が跡形も無くCIC区画ごと消え去っていた。

 ふいに、艦長が出航の前に飛行甲板で乗員に言った言葉を思い出す。

 「今回の出航は恐らく実戦になる。当然最善を尽くすが命の保障は出来ない、皆様々な理由でこの海上自衛隊という組織に入隊したと思う。」

 「それが自分にとってはつまらない理由と考える者もいるだろう。自衛隊の存在する理由は国防のためだ、だが、それは我々を動かす人間が考えればいい、君たちは船にいる家族、船という家、隣の船に住む隣人を守るために戦って欲しい。」

「私も家族と家を守るために覚悟を決める。」

 

 一度言葉を区切り、壇上で乗組員全員を見渡し、口を開く。

「最後に、実戦に出るにあたってどうしても艦を降りたい、という者は下船を許可する。これについてはいっさいとがめない」

 そう言って艦長は壇上を降りた。

 艦を降りる者はいなかった、他の乗員の顔色を伺うことなく、全員が自分の意思でこの艦に残る事を決めた。

 艦長が進水式のその日から、3年間積み上げてきた成果だった。

 はぐろにとっては、乗組員が軍艦である自分を、命をかけて守るべき価値のある家族、と初めて認めてもらったように思った。

 

 

 艦橋で羅針儀の下で倒れている航海長、最近結婚したばかりで数ヶ月前、艦長に呼ばれ地上勤務へ異動を勧められていた。

「自分が操艦してあげないと、この船がへそを曲げるから」と言い断った。訓練中、航海長が所要で少しの間、操艦を変わった時に隣の補給艦にぶつかりそうになったのをまだ根に持っていたのだろうか。若く優秀な1尉だった。

 

 応急指揮所で血まみれになっている応急長、「実戦なんて孫にいい土産話になる。」と笑い飛ばしていた。

 定年間際の2尉で、若い者に孫の写真を見せては結婚を勧め、お見合いを設定するおせっかいだが気の良いおじさんだった。

 海戦は無情だ、彼女は自分の意思とは関係なく今まさに多くの命と共に船体を海に没しようとしていた。

 海に沈むのは重巡洋艦「羽黒」だった頃にもあった。だから怖くはなかった。ただ、また多くの命を載せたまま海に沈むのが怖かった。

 

 生き残った乗組員が上甲板に集合し次々に飛び込んで行く。救命いかだの半数はミサイルの爆発でやられてしまったようだ。

 

「ごめんなさい」

 総員退去の様子を見てふいにそんな言葉が漏れる。

 

「ごめんなさい、あなたたちを守ることができなくて。。。」

 

 戦争という大きな力に左右されながらも軍艦である自分を「家だ、家族だ」と言って守ろうとしてくれた男たちに漏らした言葉だった。

 自分は只の鉄の塊り、その言葉は乗員には届かないとわかっていた、でもそんな言葉が溢れる。軍艦がこんな事を思ってるなんて、艦長が知ったらどう思うんだろう。

 薄れ行く意識の中ではぐろは思う。

「もし、もう一度、軍艦として生まれ変わることが出来たら、次こそみんなを守りたい」

 その願いは彼女の船体と共に東シナ海の波間に消えて行った。

 

 



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引き揚げられます。

お気に入り登録ありがとうございます。


 あれからどれだけの時間が経ったのか、はぐろは東シナ海、水深約300mの海底に横たわっていた。

 時折、海面を艦船が「ここで起こったことなど何も知らない」といったふうに軽快なスクリュー音を海底まで響かせながら通っていく。

 はぐろはそれを聞いては目をさまし、物思いにふけってはまた深い眠りに付くという日々を送っていた。

 

 今のは商船?じゃあ戦争はもう終わったのかな。艦隊の皆は無事に帰れただろうか。

 起こされるたびに自分が最後に戦った戦争のことと仲間の事を思う、こんな海底では知る由もないけど、それでも考えずにはいられない。 

 

 でも、はぐろは時々上を通る騒がしい船に起こされるのも、一つの楽しみになっていた。眠る時に夢を見られるからだ。

 ほとんどは3年間平和な海を自由に走り回っていた頃の夢

 

 海の底から突然、海上自衛隊の艦艇として生まれ変わった進水式のあの日のこと、艤装が終わって、本棚が運ばれた時に、海軍の仲間たちの多くが海に姿を消したことを知ったあの日のこと。

 あの時は、また軍艦として生まれ変わった事を恨みもしました。もしかするとまた悲しい思いをするかもしれないとも思いました。

 でも、戦争のない海を新しい仲間と始めて思い切り走ったあの日に、そんな考えは吹き飛びました。

 

 敵だった英国海軍の軍艦と一緒に訓練をした日のこと。

 インド洋への派遣、マラッカ海峡付近で自分で自分の慰霊祭をやった日のこと、あの時はちょっと不思議な気持ちだったな。。。

 日本のとある港で羽黒だった頃の乗組員がたずねてきたあの日の事、あの人は、「本当に綺麗ないい船になったね。」そう言って褒めてくれました。すごいお爺さんになっていたけど、あの人は最後の砲術士だったかな。

 

 海上自衛隊って名前になってから昔のように実戦は最後の最後までなかったけれど、本当に充実していました。

 もちろん怖い夢だって見たけど、やっぱりまたみんなと海を走りたい。

 「はぐろに生まれ変わるまで70年以上も待ったんだから、きっと今度も生まれ変わって平和な海を走れる日がまた来るよね。」

 そう自分に言い聞かせながら、はぐろは、深く長い眠りに付く。

 そんな風に気を強く持たないと真っ暗な海の底で一人、孤独と不安で壊れてしまいそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

「・」

「・・・」

「・・・・・」

 最後に眠ってからどれくらい経ったのだろう、何か音が聞こえる。また船だろうか?まどろみの中で少し耳を澄ましてみると、誰かが誰かをを呼んでいる声のようだ、海面で何かやってるんだろうか?

 

 薄い意識の中でそんなことを考えていると、ふいに体の周りが少し明るくなって、体に妙な浮遊感を感じた。

 私は少しずつ海面に近づいているようだ。

 海面から差し込む日の光がだんだんと強くなってきて、長く海中に座り込んでぼろぼろになっていたはぐろの体と照らす。

 

 私はまた夢をみているんだろうか。

 そんな事を思っているうちに海面はどんどん近づいてくる。

 ついに船首が海面を切り、海上に現れてる。次いで艦橋、艦尾が洋上に姿を現す。

 

「えっと、名前はなんていうのかな?これから一緒に頑張りましょう。」

 何年ぶりかに海面に出たはぐろは、はっきりとしない意識の中で、明るく元気な声を聞いた。 始めて聞くはずのその声はどこか懐かしく、彼女の心を暖かいもので満たしていった。

 久しぶりに海面に出たのが堪えたのか、はぐろはまた深い眠りについた。でも今度の眠りは、ついさっきまでの冷たい海の底でひとりぼっちでいた不安感と違って、昔のように仲間に守られているような安心感に包まれていた。

 



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目覚めます。

 懐かしい海の香りの混じった暖かい風が頬をなでる。体が温かいもので包まれてその心地よさにずっと眠っていたくなる。今までにない心地よさです。

 寝返りを打つと木のきしむ感覚が背中を伝わってくる。

 寝返りを打って、ふと体に違和感を覚えて目を開く、真っ白な天井が見えた。頭で何が起こっているのか理解出来ず、はぐろは勢いよく飛び起きて周りを見渡す。白を基調とした士官室風の部屋が目に入る。開いた窓から光が差し込みカーテンが揺れていた。

 次に自分の体を見てみる。人間みたいにベッドに座っていた。更に自分に手と足があった。見ている物が信じられなくて、思うままに右手、左手、右足、左足と、順番に体を動かしてみる。

 薄い水色と白色のパジャマを着た自分の体が思い通りに動く、何がどうなったかわからないけど、今度は人間に生まれ変わったようだった。

 ベッドから立ち上がり慣れない足取りで窓の方へ行ってみる。まぶしい光ときれいな海が見えた。自分がいる建物は小高い丘の上にあるようだ。

 すぐ近くには港が見える、大きなクレーンにドック、あれは軍港だろうか?しばらく海を眺めていると、楽しそうな話し声が聞こえる。ふとそっちに視線を向けると女の子が4人、楽しそうにこっちに向かって歩いてくるのが見えた。

 セーラー服を着てるからどこかの学生さんだろうか?

 楽しそうに歩いている彼女らを見ていると、そのうち一人と目があった。

 「あ、新しく来た子だ!」私と目があった子が叫ぶ。

 残りの3人が振り向き、途端に嬉しそうな顔をして元気にこっちに走ってきた。

 「名前はなんて言うんですか?」

 「どこの部隊だったの?」

 「どういう艦型?」

 三人がいっぺんに質問を言ってきてはぐろは少し困ってしまった。

 「ちょっと・・・みんないっぺんに聞くから困ってる・・・・・・。」

 いちばん髪が長くおとなしそうな子が口を開く。

 

 三人は互いに顔を見合わせて、気をとりなおし、一列に並んで左から順に自己紹介を始める。

 「始めまして、吹雪です。よろしくおねがいいたします!」

 「白雪です。よろしくお願いします。」

 「初雪・・・・・・です・・・・・・よろしく」

 「深雪だよ。よろしくな。」

 吹雪ちゃん、白雪ちゃん、初雪ちゃん、深雪ちゃん、どこかで聞いたことがある名前だけど、みんな綺麗な、いい名前です。

 自己紹介を終えた四人は、何かを期待しているようなきらきらした目をはぐろに向ける。何か言わないと、と思ってはぐろも少し緊張しながら自己紹介を始める。

「あの…はぐろです、海上自衛隊のあたご型護衛艦の6番艦です。あの・・・ごめんなさい!」

 自分でもわからないけどなぜか謝ってしまった。

 そう言うと四人は不思議そうに顔を見合す。

 4人の不思議そうな顔を見て、はぐろは重大なミスに気が付く。自分はどういう訳か人間になっているのだ、海上自衛隊の護衛艦です、なんて自己紹介して変に思われなかっただろうか?

 さっき質問した3人が、再びこっちに向いて口を開く。

「愛宕型6番艦って愛宕先輩の隠し子なんですか?」

「かいじょうじえいたいってなんですか?」

「護衛艦って何?大きさはどれぐらい?」

 また三人から質問攻めにあう。でも三人は私が心配していたのとはちょっと違った方向の質問を投げかけてきます。

「あ、あの…海上自衛隊っていうのは海と国の平和を守る人たちのことで・・・。私はあたご型の末っ子で隠し子なんかじゃないです・・・。護衛艦っていうのは、みんなを守る、戦う船の事で…。あ、あの…すみません、上手く説明できないです。。。ごめんなさい!」

 

 四人の噛み合わないやりとりを輪の外で聞いていた初雪が口を開く。

「来たばっかりなんだし司令の所へ連れて行くべき…新しく来た子はみんなそうやってる・・・・・・。」

 

 はぐろと話していた3人、吹雪、白雪、深雪はそれもそうかと頷いてはぐろを司令の所へ案内することにした。

「じゃあ、今から司令の所に連れて行きましょう。」

「賛成です!」「賛成だぜ!」

 

 司令?どこの司令だろう?どこに連れていかれるんだろうか?

 「お邪魔いたします。」

 「お邪魔します。」

 「おじゃま・・・する・・・」

 「お邪魔するぜ~。」

 そうこう考えているうちに、窓から部屋に入ってきた四人に引っ張られるようにして、はぐろはパジャマ姿のまま「司令室」と書いてある立派な扉の前に連れて行かれた。

 

 

 

 扉の前ではぐろは戸惑っていた。四人に連れられて司令なる人の所に連れて来られたが、自分はパジャマにスリッパ姿、とても偉い人に会う格好ではない。

 今まで、訓練で司令官を乗せた時は乗組員が司令官用の部屋を掃除したり、幕僚の部屋を用意したりと、忙しそうに動き回っていたのを思い出す。

 新しく着任した隊員も、きちんとした服装で指揮官にあいさつをしてた。。。。はずなんだけど。

 そんな思いとは裏腹に深雪ちゃんがその大きな扉をノックして、返事も待たずに勢いよく中に入る。

 「司令官、新しく来た子を連れてきたよ、羽黒ちゃんって言うんだって。」

 ちょっと待って、心の準備が、と言いたい所だったけど、そんなのはお構いなしに吹雪ちゃん、白雪ちゃん、深雪ちゃんに引っ張られ、初雪ちゃんに背中を押されて司令室に入る。

 緊張のため、先に入った自分より背が低い三人の背中に隠れるように体を縮めて中の様子を伺う。

「ほう、目が覚めたか、ご苦労さん」

 窓辺に立っている男性が振り返る。

 落ち着いた太い声。

 白い夏制服に船乗りらしい均衡の取れた体躯を包み、短く刈った白髪と白髭をたっぷり蓄えた、初老のいかにも提督といった風貌の男が、五人に優しそうな視線を送る。

「まあ掛けなさい。」

 五人を部屋にある応接セットの方にすすめる。

 優しそうな人でよかった。。。はぐろは胸を撫で下ろす。そして勇気を出して司令の方を向いて。

 「あの、はぐろって言います、海上自衛隊のあたご型護衛艦の6番艦です。よ、よろしくお願いします!」

 そう言って頭を下げる。

 言えた、ちゃんと言えた。おそるおそる頭を上げて司令の方を伺う。司令は驚いたような顔をして

 「緊張しておるのか、もっと楽にしてよいぞ、まずは座ってからじゃな。」

そう言って司令は一人用の黒い皮製の椅子に腰掛ける。それに習って五人もソファーに座る。

 お尻がソファーに沈む感覚が何とも言えない心地よさ、人間になってから色んな感覚に驚かされっぱなしです。

 

 「すまんな、お茶も茶菓子も用意できとらんが」

 「え~、お菓子ないの~?」

 深雪ちゃんが不満そうに口を尖らせる。

 「突然きおって準備できる訳なかろう、今日は我慢せい。」司令がそれをたしなめる。

 全員が座ったのを確認して口を開く

 「まずは自己紹介といこうかの、佐世保鎮守府長官を務めておる坂田じゃ、皆からは司令とか司令官とか、はたまた爺さんと呼ばれておる。」

 佐世保と名前が出た所で、はぐろは少し反応する。周りの建物は変わっていても、見間違えるわけが無い、坂の多い町並みにあの港、あの海は間違いなく佐世保の海だ、なんで気が付かなかったんだろう?

 それに佐世保鎮守府の司令官と言えば、はぐろが海上自衛隊だった頃で言うと地方総監くらい偉い人だ。改めて姿勢を正すはぐろとは裏腹に四人はソファーに座ってずいぶんとリラックスしている様子だ。

 はぐろの反応を伺って司令が口を開く。

 「色々聞きたい事はあると思うがまずはこの世界の現状の説明をやっておこうか。」

そう言って始まった説明は、はぐろの想像をはるかに超えたものだった。

 

 




誰を出すか考えてませんでした。
模型がある天霧が存在してなくて凹みました。


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説明されます。

司令はゆっくりと話し始めた。

 1945年8月1日、はぐろが知っているより早く日本はポツダム宣言を受諾し、無条件降伏をしていた。そのため、原爆の投下、S連邦との戦闘からは難を逃れた。

 しかし、A国を中心とした連合国の占領政策は、特に海軍にとってなおいっそう厳しいものとなっていた。一部海防艦、掃海艇を残し、全ての軍艦の引渡しを求めてきたのだ。

 それは浅瀬に浸水着底している軍艦も引き揚げ可能なものは引き渡せ、という徹底したものだった。それらの船は修理、サルベージされ、引き渡された。

 その後の末路は本当に悲惨だった。連合国は集めた軍艦を、日本に落として威力実験を行うはずだった原子爆弾の実験に使ったのだ。

 戦争を生き残ったはずの艦は、あるものは外国の軍人に操舵され、あるものは曳船に引っ張られ、一つの海域に集められた。引き揚げられ、応急処置をしただけの艦のほとんどは、外洋航海に耐えられるはずも無く、途中で力尽きていった。

 予定海域に到着した軍艦も、爆心予定地を中心に並べられ、死を待つだけだった。その船の中には日本の軍艦だけでなく、連合国の廃艦予定の船や、老朽化した艦、不要となった船も多数含まれていた。実験は日本に落とす予定だった2発と、新型の原子爆弾の計3回実施された。

 3回の実験で生き残った艦も確かにいたそうだ、しかし、汚染された船は沈めるしかなく、最後まで生き残った船も標的艦となって沈んでいった。

 

 こんな酷いやり方があるだろうか。生き残った仲間の悲惨な最期に、はぐろは一粒の涙を流す。

 

 司令の話は続く。

 その日から数ヵ月後、世界の海は変わり始めた。最初の兆候は太平洋を横断する船が、しばしば行方不明になったのだ。

 戦争が終わり船団を組まなくなったため、どこかの国から攻撃を受けたのか、と考え、対策として、連合国は船団を組み、数隻の護衛艦を付けてH諸島までの横断を試みた。

 到着予定から1週間遅れて、ひどく傷ついた護衛艦が一隻、H諸島に到着した。輸送船は陰も形も無くなっていた。護衛艦の乗員は太平洋で起こっている異変を始めて知らしめた。

 航行中、輸送船団はボロボロに壊れた真っ黒な船を発見、行方不明になっていた船かと思って接近してみると、突如その船から攻撃を受けた。護衛艦は直ちに反撃したが、その船には効果がある様子はなく、打つ手が無かった。

 時間とともにそれと同じ様な壊れた黒い船がどこからともなく姿を現し、船団は次々と沈められていった。最後の1隻になったこの船は、命からがら逃げてきたというのだ。

 この事態を重く見た連合国は日本とH諸島に駐留している艦隊で正体不明のこの敵と戦おうとした。しかし、その作戦は連合国艦隊の壊滅という結果で幕を閉じた。

 この作戦で分かった事といえば、正体不明船の出現地域がしだいに広がっているということだけだった。

 洋上に、どこからともなく姿を現すその特徴から、これらの不明船は「深海棲艦」と名づけられた。

 艦砲をほとんど寄せ付けず、出現位置も分からない、様々な手段を試したが有効な対策は全く見つけられなかった。

 協議の結果、連合国は深海棲艦の勢力が広がらないうちに日本に駐留している兵士その他をインド洋、地中海経由で輸送することに決定した。

 その決定から数ヵ月後、兵士達を乗せた最後の船が出航し、連合国の占領政策がほとんど進まないうちに、日本と連合国は音信不通となった。

 

 そして、時間と共に、深海棲艦の勢力範囲は広がり、とうとう日本近海にまで達しようとしていた。

 深海棲艦の勢力範囲が近づくにつれ、沿岸部では、時折現れる深海棲艦から、艦砲射撃を受けるようになっていった。

 臨時政府は、日本全土に深海棲艦の勢力が及ぶ前に、日本中の志願者を集め、国家の命運をかけた決戦艦隊、第二艦隊を編成した。しかし、決戦艦隊とは名ばかりで、海防艦、商船を改造したもの、掃海艇など、軍艦とも呼べないような船の寄せ集めだった。連合軍の艦隊で適わなかった敵にこんな戦力で挑む、当然勝敗は見えている。ただ、誰もが、何か深海棲艦を倒す手がかりが掴めれば、という思いだった。

 多くの人に見送られ、出港していった第二艦隊は、日本近海で深海棲艦と戦闘を開始した。誰もが予想した通り、艦隊は深海棲艦に一方的に蹂躙されていった。次々に沈められる仲間の船を目の当たりにし、絶望感が艦隊を覆い始めた時、突如一隻の深海棲艦が爆発し沈んで行った。艦隊の全員が、ただ爆沈していった深海棲艦を見つめた。

 

「日本の軍艦です!!」

 一人の船員が水平線を指差し、叫んだ。

 見ると、水平線上に戦争中には見慣れたマスト、見慣れた艦陰が並んでいる。失われたはずの、在りし日の美しい日本の軍艦の姿だった。

 その艦隊は深海艦隊を瞬く間に蹴散らし、第二艦隊は辛くも全滅を免れた。それだけではなく、その、現れた艦隊は、瞬く間に日本近海に出没していた深海棲艦を蹴散らし、日本はギリギリの所で深海棲艦の魔の手から逃れる事が出来たのだった。

 日本を救ってくれた軍艦の乗組員に、お礼を言おうと、艦隊の人が岸壁に集まっていると、さらなる衝撃が集まっている人を襲った。

 なんと、軍艦から降りて来たのは年幅もいかない少女達だったのだ。

 彼女らは自らを「艦娘」と名乗り、「日本を深海艦隊から守る」と言ったのだ。

 それから日を追うごとに艦娘は増えていき、今では、狭い範囲ではあるが、ある程度は安全に航海できるようになった。

「鎮守府は艦娘の負担を少しでも減らして効果的に深海艦隊と戦うために再度設立されたのじゃ、指揮所と考えてもらって差し支えない、もっともこっちはお願いする立場じゃがな。」

 司令は言葉を続ける。

「艦娘たちは、今のところ唯一、深海艦隊に対抗できる手段になっておる。日本を守る最後の砦なんじゃ。」

 司令の言葉を聞いて、吹雪ちゃん、白雪ちゃん、初雪ちゃん、深雪ちゃんが誇らしそうに胸を張る。

 この四人も艦娘さんでした、学生さんと間違えちゃってごめんなさい。。。

 「さて、現状としてはこんなものか、わしからの説明は以上だ、少し休憩したら次はお主の話を聞かせてもらおうかの」

 司令はそうはぐろに言って席を立った。

 

 司令が部屋を出てしばしの沈黙の後、

「みんな立派な艦娘さんなんですね。」

 はぐろは四人を順番に見ながら言う。

「り、立派なんて、そんなことないです。まだまだ慣熟訓練も終わってないですし。」

 吹雪ちゃんは照れくさそうに言う。

「私たち四人も、つい最近来たばかりなんです。」

「でも怖い相手と戦うって決めて、それだけで立派です。」

 彼女らは、戦って負ければきっとまた海に沈んでしまうんだろう。

 深い海の底でひとりぼっちだった時のあの日を思い出す。海の底は何も見えなくて孤独だった。あんな場所に体が朽ち果てて消えるまでいると、きっと狂ってしまう。誰かを恨まずにはいられないかも知れない。

 きっと深海艦隊は沈んだ船の怨念で出来ているんだろう。長い間海の底で過ごしていたはぐろには何となくそんな気がした。

 私の記憶が正しければ、四人は一度海に沈んでいます。その時の恐怖を乗り越えて、もう一度戦う事を決めるなんて本当に立派です。

「あ、あの・・・怖くはないんですか?」

怖くないはずはないだろうけど、どうしても聞かずにはいられなかった。

「少し怖い・・・・・・まだ戦っていないからわからないけど。でも、・・・・・・きっと深海棲艦は私たちと同じ船の成れの果て、私たちが何とかしてあげないと。」

 その答えに驚く、初雪ちゃんも私と同じ事を考えていました。

 生まれ変わった形は違うけど、きっと深海棲艦も昔は私たちと同じ様に、海を走っていた仲間なんだろう。

 

 それから、しばらくして、司令がお盆を持って帰って来ました。皆にお茶をいれて来て下さったみたいです。

 小さな湯のみの中に、いい香りのする暖かい緑茶が入っていました。

 人間になって初めて口にした飲み物は、苦くて、かすかに甘くて、いい香りが口の中に広がって、とっても落ち着く味です。私の乗組員に嫌いな人はいたけれど、私はこの味を好きになれそうです。

 

 

「では続きを始めようかの。」

 初めて飲んだ緑茶の余韻に浸っていると、司令は再び椅子に腰掛けて口を開いた。

 はぐろは、70年以上前の重巡洋艦だった頃から、今までの顛末を包み隠さず話し始めた。

 

 はぐろの話が終わってしばしの沈黙が流れる。

 

 坂田は考える。

 この娘が、この港に運ばれてきた時に装備していた艤装は、海軍が持っていたどの艦船のものとも一致しない、という報告はすでに受けていた。冗談半分に未来から来た軍艦かとも思ったが、どうやらその冗談は冗談でなくなってしまったようだ。

 信じがたい事だが、話の内容から、今の世界と別の歴史を歩む70年以上後の日本から来た、というのは、かなり信憑性が高いと判断した。

 坂田は、この存在が、この世界に及ぼす影響を図れずにいた。1903年に初飛行した木と布で作られた、数十メートルしか飛ばなかった飛行機が数十年で金属製になり、高速で長大な距離を飛行できるまでに進化する。技術の進歩とはそれほど凄まじいものだ。艦娘の能力は、ほとんどの場合が軍艦として活躍した頃の能力を引き継いでいる。こちらで改良や装備の変更をした場合は別になるが。

 70年以上も未来から来た艦娘となると、当然、未来の能力を引き継いでいる可能性が高い。今の日本には喉から手が出るほど欲しい戦力であることは疑いなかった。しかし、強力な力は、時には災いを及ぼす。今のところ深海棲艦に対する唯一の対抗手段である艦娘を、借用または購入しようと、手段を講じている国は、1つや2つではない。 

 艦娘の保有は外交的火種を抱えたといっていいだろう。

 

 そんな思いを知ってか知らずか、全てを話し終わったはぐろが不安そうな顔で坂田に問いかける。

 

「あ、あの、もしかして私も艦娘さんなんでしょうか?」

 

 あんまり不安そうな顔をして聞いてくるから、どんな事かと思ったら、そんな事だった。

 その一言で、坂田は我に帰る。基本的な事を忘れていたようだ。さっき自分は言ったではないか、艦娘の負担を少しでも減らす事が自分の任務。艦娘たちの未来は艦娘が作る、自分はそれにほんの少しのサポートをするだけの存在、外交がどうだなど難しい事を考えてもしょうがないではないか。

 今は艦娘として生まれた彼女をどうするかではなく、どうすれば少しでもよい方向に彼女を導くことができるかを考えていくべきなのだ。

 そうして坂田は再びはぐろを見据える。どうやら忙しくなりそうだ。坂田は船乗りとしての熱い何かが体の奥でふつふつと湧き上がって来るのを感じた。髭で隠れているため、、気づかれていないだろうが、口元の笑みが止まらなかった。

 




だいたいの世界観です。突っ込み所満載ですが。


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着替えます。

 司令は終始、真剣に私の話をきいてくれました。あんまり信じられる話ではありませんが、正直に話すしかありません。

 話の最後に一番気になっていた事を聞いてみることにしました。

 「私も艦娘さんなんですか」って。

 艦娘は船の生まれ変わりで、私も船の生まれ変わりです。

 でも艦娘は、人間では全く歯が立たなかった深海艦隊を相手に戦います。今の私にはそんな力があるとも思えませんし、どうやって戦うかもわかりません。

 意外な事を聞かれたといった風に司令は目を丸くしました。

 

「そうか、説明しておらんかった。お主は間違いなく艦娘じゃ、言葉で言っても難しいから実際に見た方が早いだろう、4人で案内してくれ、彼女の儀装は3号ドックにある。」

「3番ドックですか、少し遠いですね。」

「基地内の案内も一緒にやってくれると助かる、お菓子代もはずんでおくぞ。」

その言葉を聞いた四人は一斉に立ち上がって。今までで一番元気な声で言いました。

「「「「了解しました、司令官!!」」」」

 私は四人に引っ張られるようにして司令室を後にしました。最初にいた部屋に着替えが置いてあるそうなので、四人に急かされながら部屋に戻ります。

 言われるままに引き出しを開け、中に入っていた{重巡洋艦用}と書かれた箱を開けてみると、服が入っていました。下着は別の棚に入っているそうです。

「よければ手伝いましょうか?」白雪ちゃんが言います。

「だ、だいじょうぶです、すみません...。」

 服の着方はわかります。乗組員がいっぱいいましたから。

 わかりませんでした......ごめんなさい...。

 入っていたのはやっぱり女性用の服、下着も女性用のものみたいです。薄い面積の狭い布切れが2種類あります。一つは「ぱんつ」というのは分かります、もう一つの「ぶらじゃあ」のつけ方がわかりません。今まで女性は広報活動でしか乗せたことがないので、こんなものは、(乗組員の)本の中でしか見る機会はありません。

 考えていてもしょうがありません。白雪ちゃんに手伝ってもらいましょう。

 ベッドの上でくつろいでいる四人に近づきます。なんだか恥ずかしいような気がして自分の顔が赤くなるのが分かります。

「あ......あの...白雪ちゃん......これのつけ方を教えて下さい!!」

「ぶらじゃあ」を突き出す。

 

 四人はきょとんとした顔をして、次にみんな一斉に笑い始めました。

「やっぱり分からなかったね。」吹雪ちゃんが言います

「未来の軍艦には女性も乗っていると思ったんですが。」白雪ちゃんはうなだれています。

「白雪の一人負けみたいね......」初雪ちゃんはうなだれている白雪ちゃんの背中を慰めるように撫でてます。

「よぉしっ!」深雪ちゃんはガッツポーズ。

 四人の一喜一憂に置いてけぼりのまま、私は白雪ちゃんに「ぶらじゃあ」のつけ方、服の着方を教えてもらいました。

 

 話を聞いてみると、艦娘のほとんどが最初は分からないそうで、四人で私が付けられるかどうかを賭けていたみたいです。

 部屋にある鏡で初めて自分の姿を見ます。黒い髪を肩のあたりまでで切り揃えた、少し気弱そうな眉が印象的な、かわいらしい女の子がいました。

 服装は黒のタイトスカートに白のセーラーカラーが付いた紺色ベースのジャケット、ちょっと凛々しい感じがします。

 これが艦娘になった私です。これからよろしくお願いします。と鏡の中の自分に頭を下げる。

 

 「じゃあ行きましょう」部屋を出て、吹雪ちゃんに引き連れられて3番ドックへ出発です。

 

 

 

 丁度その頃、司令室に一人の艦娘が血相を変えて入っていった。

「大変です、司令、例の艦娘の整備と補給で物資が大変な事に!!」

 そう言って紙を渡す、その数値を見た坂田は一瞬めまいを覚えると共に、また厄介ごとが増えたと思うのであった。

 



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艤装訪問です。

「あっちが食堂でこっちが売店で、ねぇ、あの建物はなんだったかな?」

先頭を歩く吹雪ちゃんが言います。

「あれは・・・確か補給倉庫・・・・・・」

「そうです、補給倉庫です、今日はちょっと忙しそうですね。」

 そう言われて、その方向を見てみると、確かに慌しそうに沢山の車が出入りしています。

 ちなみに私が目覚めた建物が艦娘の僚です。ずいぶん静かだと思ったら、今日は勤務でほとんど出払っているらしいです。

「あのあたりから外出許可がないと行けなくなっています。また今度、許可をもらったら案内しますよ。」

「外出なんて、そんな事も出来るんですね。」

「ウチの司令の方針なんだって、外の世界を見て少しでも見聞を広げて来いって。」

「外出」とは、乗組員が欲してやまない権利の事です。ずっと狭い艦内にいると皆、息がつまってしまうので、適度なガス抜きが必要です。

「航海中に溜まったお金で豪遊するのが船乗りのステータス。」そう言っていた乗組員も一人や二人ではありません。

「外出かぁ......」

 上陸(外出)許可を待って飛行甲板に並ぶ乗組員の顔は皆、楽しそうでした。

 はぐろはまだ見ぬ外の世界へ思いを馳せる。

 四人はその後、楽しい場所や、おいしいお店の事を話してくれました。一緒に外出するその日が楽しみです。

 

 

「あれです、あの3号ドックって書いてある大っきい壁の向こうが目的地です。」

 吹雪ちゃんが指差す。壁の上から私のマストのてっぺんの丸いアンテナが覗いていた。

 そうこうしているうちに壁の前に到着、大きな壁の割には小さなドアがあって、そこから中へ入ります。

 

「わぁ......」

「おっきいですね」

「カクカクしてる......」

「大きいけど…大砲が一門で大丈夫か?」

 私を見て四人が皆それぞれ思った事を声に出します。

 そこにあったのは、排水量約1万トン、艦番号172、私の特徴の、あたご型だけどイタリア製の主砲、間違いなく壊れたはずの私です。

「ちょっと見ない顔ね、これはあなたの艤装?」

 完全な状態の私を見るのがすごく懐かしくて、つい感慨にふけっていたら横から声をかけられました。

 声をかけられた方に振り向くと、薄いピンク色の髪のセーラー服を着た女の子がいました。

「は、はい、私のです、あの、はぐろって言います。よろしくお願いします。」

 急に声をかけられたから少し慌ててしまいました。

「あ、明石さん、こんにちわ。」

「こんにちはー、今日は修理ですか?」

 吹雪ちゃんと白雪ちゃんがあいさつをします。この子も艦娘さんなのでしょう。

「修理というか整備というか調査というか調達というか、今日はやることが沢山よ。新しい船が来たって言うから仕事がてらちょっと覗いてみたら、見たことも無い船があって、探究心に燃えちゃってね。」

 そういって明石さんは私を見ます。

「工作艦、明石です。この基地の船の整備責任者をやってます。応急修理ならお任せください!」

「は、はい、こちらこそ、よろしくお願いします。」

「さっき少しあなたの艤装を覗かせてもらったけれど、さっぱりわからなかったわ、おかげで整備は妖精さん頼み、工作艦としてこれ以上の屈辱はないわ。」

「あ、あの、ごめんなさい...」

「あぁ、ごめんごめん、驚かせちゃったね。怒ってるわけじゃないんだけど...幾多の軍艦を修理してきた明石さんにとって、この船は謎の塊り、解明せずにはいられない!!という訳よ。」

 

「確かに......見たことも無い外観......」

「大きい艦橋です。」

「そうなれば」

「やることはただ一つです。」

 四人がこそこそ話しをしいています。やること?皆さん何をやるつもりなんでしょう?

「「「「突撃!艦娘の艤装訪問!」」」」

 そう言って四人はドックと船にかけられた橋を渡って行きます。

「あの、ちょっと待って下さい。」

 明石さんはと言うと。

「お、いいね、私も聞きたいことが沢山あったんだ。」そう言って四人の後を追います。

 

 

 

 

「広いです、綺麗です。」

「二段ベッド......最高......」

「アイスも売ってる!!」

「空調が完備されてます。」

 四人がそれぞれの感想を言います。昔の船と比べると居住性はかなり改善されています。

 艦内を巡っていくと、6人は、ある区画の前にたどり着いた。入り口には{保全区画}と書かれている。

「保全区画?立ち入り禁止ってことか?」

「入るなと言われると......入りたくなる、不思議......」

「ねぇ、はぐろさん、ここ入っていい?」明石さんが興味深々に聞いてきます。

 みんなが入りたがっているここは、CICと言って、私の秘密がいっぱい隠されています。本来なら許可を得た人しか入れませんが......

「えっと、あの、いいです、入りましょう。」そう言って皆さんを中に案内します。これから、お世話になるんだから、隠し事をしていると、後で困る事があるかもしれません。

 真っ暗な部屋の明かりをつける。大きなディスプレイやコンソール、チャート台が所狭しと並んでいる。

「すごい...」

 明かりに照らされたCIC内を見て、みんな驚いたようです。

「なんだか悪の秘密基地みたいだぜ。」

「いいえ、むしろ空想科学の宇宙船です。」

みんなそれぞれ感想を言います。

「何をする所なんですか?」吹雪ちゃんが言います。

「あの、ここは戦闘を指揮する所です。情報を集めて、みんなで考えて、うまく戦えるように、って作られました。」

「外を見ないで戦うんですか?」

ちょっと信じられないと言ったふうに白雪ちゃんが言います。

「全然見ないって訳じゃないんですけど、見張りの人とは電話で連絡を取ってます。」

 全然想像がつかない、といった風に四人は顔を見合わせます。明石さんは部屋にある機械に夢中です。

 

 その後、操縦室、機関室、艦橋を回って食堂でアイスをみんなで食べて、艤装訪問は終わりました。明石さんは機関室のエンジンに興味深々、質問を沢山されて大変でした。

 ひと段落して、甲板に出てみると、ヘルメットを被った小人さんが甲板を忙しそうに走り回ってました。ちょっと驚きましたが、よく見てみるとかわいいです。

「ああ、この子たちは妖精さん、て言って艦娘の修理と補給をしてくれるんです。」

 明石さんが教えてくれました。妖精さんは、ドックに入った船を、妖精さんが紙に書いた材料を置いておくだけで修理と補給をしてくれるそうです。他にも武器を使う妖精さんもいるようですが、私の妖精さんはまた今度紹介されるそうです。

 帰ろうと橋を渡ろうとした時に、修理の妖精さんが私の艦橋に付いている八角形の色が違うを塗ろうとしているのが見えました。

 明石さんに言って何とか止めることができました。危なかったです、あそこは敏感でデリケートな場所なんです。

 

 

 もと来た橋を渡ります。

「一通り回りましたし、戻りましょう、アイスのお礼もしたいです。」吹雪ちゃんが言います。

「お礼なんてそんな、気にしないで下さい...」

「いいっていいって、今日は白雪のおごりだし。」

「うぅ、私が大穴を狙ったばっかりに......」

 さっきの賭けに負けた白雪ちゃんが、何かをおごってくれるらしいのですが、何か悪い気がします。

「「「「明石さん、さようなら~」」」」

 みんなで明石さんに挨拶します。

「みんなまたね~、はぐろさん、またあなたのこと教えてね。」

「はい!」

そうして3号ドックを後にしました。明石さん、すごく楽しい、いい人でした。

 




感想お待ちしています。


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決めます。

お気に入り100件突破、ありがとうございます。


「みんな、準備はいい?」

「はい。」

「よぉし」

「おっけー......」

「「「「せーの、ようこそ佐世保鎮守府へ!!」」」」

「.........」

 

「あれ、はずしちゃった?」

「ご、ごめんなさい!驚いてしまって、あの、ありがとうございます!」

 ドックからの帰りに寄った売店で、私の歓迎会を開いて下さいました。突然だったのでとっても驚きました。私の手には冷たいお茶と羊羹があります。断ろうとしましたが、白雪ちゃんが「それではダメなんですよ。」と言って持たせて下さいました、そういうことだったんですね。

 

「い…いただきますっ!」

 みんなにお礼を言って、羊羹を齧ります。ほんのりとした甘さが口の中いっぱいに広がって、とっても幸せな気持ちになります。司令が「お菓子代を弾む」と言った時に、みんなが元気に返事をした理由が分かりました。

 お菓子を食べ終えてから、ちょっと気になってた事を聞きます。

「あの、皆さんはどんなふうにしてここに来たんですか?」

「どんな風、って言っても、」

「ねぇ」

「気がついたらベッドで寝てたとしか」

「みんな...はぐろちゃんと同じ......」

「そ、そうなんですか!」

 驚きです、気がついたらみんなベッドで寝ていたそうです。

「あの……じゃあどうしてまた戦おうと思ったんですか?」

 唐突にそんな事を質問をしてしまいました。

 失敗した、と思っておそるおそる前を見てみると、吹雪ちゃんが困ったように、はにかみながら言いました。

「そう…ですね……守りたい場所があるからだと思います。」

 そうして時計を確認して、

「時間もありますし、ちょっと行ってみましょうか、その場所へ。」

 そう言って席を立ちました。

 

 

 4人に案内されたその先は、港が一望できる小さな丘、丁度、夕日が海面を美しく照らしていて、とっても綺麗です。

「きれいです......」

 そんな言葉が自然と零れる。

「ちょっと待ってて下さい、もうすぐでもっといい物が見られますから。」

そう言って吹雪ちゃんが時計を確認します。

いったい何を見せてくれるんでしょうか?

「あ、来ました!」

 そう言って吹雪ちゃんの指差す先を見てみると、夕焼けに照らされて美しく輝く水面に、これも夕日で美しく染まった巡洋艦が航跡を引きながら今まさに入港しようとしています。後ろには親鳥の後を追う小鳥のように、小さな軍艦が綺麗な列を作って、白波を立てながら進んでいます。

 

「兵器でも、こんなに綺麗になれるんです、それに、ああして見ると子供を引き連れて帰るお母さんみたいです。」

 吹雪ちゃんは振り向いて言います。

「私、思うんです、この港は、私たち沢山の艦娘が帰ろうと思っていた、大切な家なんだって。」

「軍艦は、兵器です、目的は人を殺すことです。でも、そんな軍艦にだって平和な海を走れる権利があると思うんです。深海艦隊がいなくなる日が来たら、みんなと、その海を心ゆくまで走るんです。そして、遊び疲れたら、みんなで家に帰るんです。その日のために、守らないといけないんです。」

「一度別れた仲間と会えたんだから、それぐらいの望みを持ってもいいと思うんです。」

 吹雪ちゃんの目が少し赤かったのは夕日のせいなのでしょうか。

 

 そうでした、私もこの港に帰りたかったけど、その思いは届かなかった。戦争に行った多くの船が帰れなかったように。

 私が、この港にいた最後の日、あの人は何て言っただろうか。

 

「あ、あの、えっと、じゃあ、同じ家に住む人は家族ですよね?」

 不意ににそんな言葉が零れました。

「え?」

 吹雪ちゃんは不思議そうに私を見ます。

 私は4人を抱きしめました。

「は、はぐろさん?」

「なっ…な、な、なんですかぁ…」

「んっ…」

「ち、ちょっと!何すんだよー…!」

 4人のぬくもりを感じながら、あの人の、そして私の想いを口にします。

「そうです、この家に住む私たち5人は家族じゃないですか、皆で助け合って戦って、いつか、みんなで平和な海を走りましょう、その夢を叶えましょう。」

「私も、あなたたちと平和な海を走りたいです。私も、まだ短い付き合いですけど、同じ家に住んでいる家族です。」

 四人と向き合って、私は改めて言います。

 

「ふ、不束者ですが、よろしくお願いします!」

「「「「それ違う!!」」」」

 四人の突っ込みが綺麗に揃って、私たちは自然と笑顔になります。少し涙も混じっているけど、何だか暖かい気持ちです。

 私は決めました、これからの未来は分からないけど、もしかしたら悲しい結果が待っているかもしれないけど、今度こそ私はみんなを、家を、家族を守ってみせます。

 

 私は

 

 

 最強の盾なんだから。

 




後で書き直すかもしれません、深夜のテンションは怖い。

イージスとはギリシャ神話の最強の盾です。


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入ります。

リアルが少し忙しくなってまいりました。早く戦闘シーンが書きたいです。

1万UAありがとうございます。


 みんなを守る決心をした私は、あの後、司令の所へ行って言いました、「私もみんなと戦います!」って。私の言葉を聞いた司令は、表情は髭で隠れていてあまりわかりませんでしたが、私の手を両手で硬く握ってただ一言、「ありがとう。」と言ってくれました。

 その後、司令から、ここでの生活の事や、明日からのことについて、お話がありました。私は明日、新しい艦娘として皆さんに紹介されるようです。明日に備えて今日の所はゆっくり休むようにと言われました。

 

 部屋に帰った私は、4人と一緒にお風呂に行く事になりました。船にあるのは狭いお風呂だけ、陸にはいったいどんなお風呂があるんでしょうか。

 

 制服で行く訳には行きませんから、浴衣に着替えて、いざ参ります。

 浴場は僚から、そんなに遠くない所にありました。今は丁度空いている時間らしく、人の出入りは見当たりません。

「ここが脱衣所です、この中に服を入れます。」そう言って白雪ちゃんが篭を渡してくれました。

 そうして皆さんがお手本を見せるように、服を脱ぎ始めました。私も遅れる訳にはいきません。そう思って手早く服を脱ぎます。制服と違って着替えに手間が掛からないので、すごく楽です。

 服を脱ぎ終わった私を四人がじっと見つめます。どうしたのでしょう?

「み、みなさん、どうしたんですか?」

「いや、格差社会と言うか・・・」

「・・・はぐろさん」

「やっぱり......」

「重巡洋艦だったんですね。」

「?」

 四人がどこか遠い目をして私に言います。私が服を脱いで何か分かったのでしょうか?

 

 扉を開くと、とっても広いお風呂がありました。船のお風呂の10倍以上の大きさはありそうです。まだ人影はなく、私たちが今日の一番風呂のようです。

 さっそく体を洗うためにシャワーの前に座ります。シャワーの使い方くらいわかります。そう思って蛇口をひねると冷たい水が勢いよく出て来ました。驚いてイスから落ちそうになりましたが、何とか頑張りました。すぐにシャワーは温水に変わります。次からは気をつけないといけません。

 体につたうお湯の感触は、何とも言えない心地よさです、浴槽につかったらどんなに気持ちいいんでしょうか。

 一通りお湯で体を流して、四人から女性の体の洗い方や髪の洗い方を教わりました。男性と違って色々と気を使う所が多くて大変です。

 

 いよいよ浴槽に入ります。シャワーの気持ちよさもあってもう我慢出来ません。おそるおそる浴槽に片足からお湯にゆっくりと沈めて行きます。

「はぁ~~」

 体を全部お湯に漬けると、自然とため息が漏れます。

 今日1日の疲れがお湯に溶け出していって、何だかふにゃふにゃになります。

 お風呂の事を命の洗濯とはうまく言ったものです。

「ね、お風呂って気持ちいいでしょ?」吹雪ちゃんに聞かれます。

「はぃ~」

 船は完全に体を洗うにはドック入りするしか方法がありません。でも艦娘になってからは毎日こんな気持ちいい思いができます。それだけでも艦娘になってよかったと思ってしまいました。

「ちょっと遠くに行くと温泉って言うもっと気持ちがいいお風呂があるそうです。私達もまだ行った事はないんですけど。」白雪ちゃんが言います。

「そうそう、海を見ながらお風呂に入れるんだって、また今度行こうぜ」

 これだけでも十分に気持ちいいのに、もっといい所があるそうです。しかも海を見ながら入れるなんて素敵です。

「そうですね、みんなで行けたら素敵ですね。」

 しばらくお湯に浸かっていると、浴場の入り口が開く音がして、湯気でよくわかりませんが、誰か入ってきたようです。

 しばらく体を洗う音がして、一人の女の子が浴槽に入ってきます。

「お疲れ様です、多摩さん。」

四人は入って来た女の子に軽く挨拶します。この子も艦娘のようです。

「お疲れさまにゃ、今日は一番風呂は逃したようだにゃ」

 そう言いながら体をお湯に沈めて行きます。

「ところでにゃ」

 タマさんが私のを見ます。

「見ない顔だにゃ、その娘は新しい艦娘にゃ?」

「はい、つい昨日この鎮守府に来られました。」吹雪ちゃんが言います。

「あの、護衛艦のはぐろです。よろしくお願いします!」

 つい浴槽で立ち上がってしまいました。お湯が周りに飛んでしまいます。

「ウソにゃ、」

「え?」

「多摩の知ってる羽黒は重巡洋艦にゃ。」

 そう言ってタマさんは私に近づいておもむろに両手を伸ばします。

「それに、こんな物が付いているのに護衛艦なんて小さそうな名前の船な訳ないにゃ、間違いなく重巡洋艦クラスにゃ。」

 そう言って両手で私の胸をさわります。

「さすが多摩さん」

「私達の出来なかった事を」

「ためらわずに......」

「やってるっ!」

 四人の驚く声が聞こえます。

「白状するにゃ、戦艦にゃ?重巡洋艦にゃ?」

私は、

 

泣いてしまいました。

 

 

 

 

 

「ごっごめんにゃあ」

 タマさんが謝ります。

「ごめんなさい、私も急に泣いてしまって...」

 あの後、私が泣いてしまったため、皆さん、お風呂から上がって、私を落ち着くまでなぐさめて下さいました。でも、どうして泣いてしまったんでしょう。

「ごめんなさい、私達も止めればよかったです。」

 吹雪ちゃんたちもシュンとしています。

「でも、どうして泣いちゃったのか、わからないんです、痛かった訳でも辛かった訳でもないんです...」

それを聞いてみんな顔を見合わせます。

 

「それははぐろさんが女の子だからです、急に見ず知らずの人に胸を触られればびっくりしますよ。」

白雪ちゃんはそう言ってタマさんの方をみます。

「多摩さんもしっかり反省して下さい。」

「返す言葉もないにゃ、思わす手が出ちゃったにゃあ。」

「思わずじゃありません、猫じゃないんですよ!」

「あ、あの、もう大丈夫ですから、気にしないで下さい。」

 タマさんも小さくなってますし、反省しているようです。これ以上はかわいそうです。

「そうですね・・・。はぐろさんがそう言うなら、もうこの話は終わりにしましょう。」

 

「そうにゃ、これからおっぱいをさわれるくらい仲良くなるにゃ、そうすれば問題ないにゃ。」

 そう言った多摩さんを白雪ちゃんがじろりと睨みます。

「にゃあ...」

 多摩さんはまた小さくなりました。このままじゃタマさんが危ないです。

「お、おっぱいが触れるかどうかは別として、仲良くしましょう、これからよろしくお願いします。」

「おお、羽黒さんは優しいにゃ、危うく白雪に雷撃されるところだったにゃ、そういえば自己紹介がまだだったにゃ。」

 そう言って、もとの大きさに戻って言います。

「球磨型軽巡洋艦、多摩です。猫じゃないにゃ。」

軽巡洋艦さんでしたか、吹雪さんたちよりもかなり大きいです。

「あの、はぐろって言います、海上自衛隊のあたご型護衛艦の6番艦です。よ、よろしくお願いします!」

「それにゃ、護衛艦とか海上自衛隊とか、聞いたことないにゃ、それに愛宕さんは四姉妹にゃ、6人もいるなんてきいたことないにゃ。」

 多摩さんが不思議そうに聞き返します。

「あ、あの、じつは......」

 そう言って今までの事を話しました。

 

多摩さんは時折驚いたような顔をしていましたが、私の話が終わると、

「にゃあ、難しい事はわからないけど、わかったにゃ、多摩たちと一緒に戦ってくれるんだにゃあ?これからよろしくにゃあ。」

 そう言って笑います。

「あ、あの、変に思わないんですか?私の事、二回も生まれ変わって、その上未来から来たなんて。」

 そう私が言うと多摩さんは不思議そうな顔をして首をかしげます。

「どうして変に思うにゃあ?変な事はこの世の中に沢山あるにゃあ、深海艦隊だったり艦娘だったり、いまさら未来の船が来たって驚かないにゃあ。」

 吹雪ちゃんたちもうんうんと頷いています。

「それに、多摩もまた姉妹の球磨たちに会えたにゃあ、それだけで十分にゃあ。」

 

 そうです、難しい事を考えても仕方ありません、生まれ変わってまた仲間に出会えたんですから、それだけで十分じゃないですか。多摩さんの話を聞いてると、未来から来たことなんて些細なことに思えてきました。

「あんまり長くこんな所にいると湯冷めして風邪をひくにゃあ、もう帰るにゃあ。」

「そうですね、もう帰りましょう。」

 私達も帰る準備をします。

 

 

「では、夕食の時間になったら呼びに来ます。」

 皆さんそう言って私を部屋まで送って下さいました。

 

 一人になった部屋で、ベットに横になって今日あった事を考えます。司令から、この世界のお話を聞いた時には不安でいっぱいになりましたが、また守るものが出来ました。守るための力も手に入れました。

「ここでも何とかやっていけそうです。」

 そう独り言を言って、彼女はいつの間にか眠ってしまった。

 

 

トントン

 部屋をノックしますが返事がありません。おそるおそる中を覗いてみると、はぐろさんは眠ってしまったようです。あんまり気持ちよさそうに眠っているので、起こすのも可哀想です。

 吹雪は音を立てないように慎重に部屋に入り、彼女に毛布を被せた。

 

 ドアの方に戻って、もう一度振り返ります。ちょっとおどおどしていて人見知りで、でもどこか頼りになりそうな、はぐろさんは、はそんな女の子でした。

「家に住む人は、家族かぁ...」

 今日言われた事を思い出す、私達には姉妹はいますが親はいません。だからそんな事はあまり考えた事はありませんでした。

 家族が危なかったら守ります。それは普通の事、でも、なぜか、その言葉を考えると少し力が漲ってくる気がします。

「私達だって守られてばっかりじゃ嫌ですよ、だって家族なんだから。」

 未来から来た彼女がどんな力を持っているかは、まだ分からないけど、もし彼女が困ったら、必ず助けよう。心の中でそう決心して、ドアノブに手をかける。

「おやすみなさい、はぐろさん。」

 そう言って吹雪は部屋を出た。

 

 廊下には三人が待っていた。

「はぐろさんは?」

「寝てました。今日はゆっくり寝かせてあげましょう。」

「賛成...」

「じゃあまた明日だな。」

 四人はそう言って食堂に歩いていった。

 




アオシマの多摩は巡洋艦の魅力がいっぱい詰まってます。


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ただいま。

「総員集合!」

 司令が白い朝礼台の上に登ります。

「かしーらー、中!」「直れー!」

 腕章をつけた当直の艦娘さんが号令をかけます。

 ついに私が皆さんの前で紹介される日が来ました、初めての朝ごはんは、この時の事を考えてしまって、味も何を食べたかもあまり覚えていません。

「新しく着任した艦娘を紹介する。」

 大丈夫です、練習もしました、吹雪ちゃん達や多摩さんも見ています、しっかりしないといけません。壇上に上ります。二十人ほどの艦娘が並んでいました。本当はもっといるそうなのですが、南の方にいっていたり船団の護衛についていて今は少ししかいないそうです。

「護衛艦、はぐろ、海上自衛隊、第2護衛隊郡から着任した、第11駆逐隊に編入する。」

 皆さんの視線が私に集まります。

「よ、よろしくお願いします!」

 ゴツ!!

 マイクに頭をぶつけてしまって、少し笑われてしまいました。しっかり練習したのに、恥ずかしいです。

 私が編入された第11駆逐隊は吹雪ちゃんたちがいる部隊です、まだ練成訓練が終わってない部隊なので一緒にやってしまおうという話でした。

 この後の予定は、私の艤装をドックから出すそうです、艦娘さんは沢山いるので、いつまでもドックを占有する訳にはいきません。

 紹介が終わって当直の艦娘さんの合図で解散になりました。私も今日からやることが沢山あります。そう思って歩き出そうとすると、私の周りはすでに幼い艦娘さんたちに囲まれていました。

 

 これは知ってます、転校生の最初の試練です、本で見たことあります。大変です、本の通りならこのまま私は虐められてしまいます。

 何とかしないと、思って吹雪ちゃん達を探します。吹雪ちゃん達は輪の端っこで諦めたような表情で私を見ていました。これは試練を受け入れろ、という意味でしょうか?

「あ、あの……」声が上手く出ません、本に出てきた人はこんな危機をどう乗り切っていたでしょうか。

 そんな事を考えてると一番前の子が目をきらきささせながら、

「未来から来たって本当なんですかぁー?」と言います。

 すると周りの子たちも次々に私に質問を始めました。

「冷暖房完備…本当?」

「アイスも売ってるんだって?」

「スリーサイズ、教えてくださいー」

 思っていたのとは違ってほっとしましたが、皆さんに質問攻めに合います。気がつくと身動きが取れません、おしくら饅頭です。あ、あの、どさくさに紛れてそんな所をさわらないでください!

 

 遠くで吹雪ちゃん達が両手を合わせて私に謝っているのが見えます。その隣で多摩さんが白雪ちゃんに怒られているみたいです、大体の事情は分かりました。

 

「はいはい、質問はその辺にして、今日もみんな訓練とかあるんでしょ?」

 見かねた当直の艦娘さんが助け舟を出して下さいました。その声を合図に私を囲んでいた子たちが私を少しずつ解放してくれます。

 助かりました、元気いっぱいの艦娘さんたちです。

「あ、あの!ありがとうございます!」

「全く、ちょっと珍しい艦娘が来たからってはしゃぎすぎよ、あなたも重巡洋艦らしくしっかりしなさい。」

「これから出渠作業があるんだから、あんまりぽやぽやしてたら岸壁にぶつかってまたドック行きよ。」

 うう、怒られてしまいました。そうです、出渠は大変な作業です、気をぬいてはいけません。

「ほら、もう行かないと間に合わないわよ。」

 言われて、時間を見ると、もうそろそろ行かないと間に合いません。海軍も海上自衛隊も5分前行動です。

「はい、行って来ます!」

 そう言って自分の儀装のある3番ドックに向かいます。

 

 

「間に合いました。」

 少し走って予定の時間の少し前に到着することが出来ました。私は儀装に乗って艦橋に向かいます。今日は私の妖精さんとの顔合わせもあります、しっかりしないといけません。

 艦橋に登ると明石さんと、その隣にたくさんの妖精さんがいました。この子たちが、これから私を一緒に動かしてくれる妖精さんですか、一緒に頑張りましょう。

「これがあなたの妖精さん達よ、編成は適当にしておいたから、しっかり鍛えてあげてね。」

 そう言われて妖精さんを見ると、妖精さんのスカーフの色が違うことに気づきます。赤、緑、黄色、オレンジ、青に分かれています。赤は砲雷科、緑は航海科、黄色は機関科、オレンジは補給科、青は飛行科だそうです。

「じゃあ私はこれで、あなたの出渠を見てみたいけど、今日はまだまだいっぱい仕事があるのよ。」

「あの、ありがとうございます。」

 そう言うと、右手をひらひらと振って艦橋を降りて行きました。後はあなたの仕事だよ、と言われたような気がします。

 

 妖精さんたちの前に立ちます。

「みなさん、今日からよろしくお願いします。」

 妖精さんにペコリと頭を下げます。

「今日は私達での始めての作業になります、気を抜かずに頑張っていきましょう。」

「「「はい!」」」「「おう!」」「「うす!」」「「了解しました。」」

 色んな返事が返ってきて面白いです。

 その後一通り妖精さんに予定、作業内容を説明して作業に取り掛からせます。間もなくドックに注水が始まります。

 艦橋の外に出て妖精さんの仕事ぶりを見ます、特に問題はなさそうです、しっかりやっています。

 しばらくすると、ドックに注水が始まりました。外には曳船が待ち構えています。ゆっくりと私の体が船台から離れます。その時何となくですが、欠けていた何かが元に戻った気がしました。

「後部曳索受け取れ!」

 曳船から曳航用のロープが船尾に投げられます、妖精さんはそれを慣れた手つきで受け取って艦尾に取り付けます、ドックの門が開きます、いよいよ出渠です。

「左右の水空きに注意して下さい、機関は出渠後に起動します。」

 艦尾から曳船に引かれてゆっくりとドックから船体が出て行きます。

「1号2号主機起動して下さい。今日は試運転は省略しましょう。」

 私がそう言うと、聞きなれた、でもどこか懐かしい甲高い主機の音が響きます。

 目的の岸壁を見ると、駆逐艦が四隻見えます、そのうち2隻は私のために出航して岸壁を空けてくれています、今日はあの出港している2隻と目刺しです。

「入港用意、左横付け準備」

 甲板上では妖精さんが忙しそうに動き回ってます。

 曳船に引かれて目的の岸壁に向かっていると、途中、港内で釣りをしている漁船のおじさんが私に向かって手を振ってくれました。私も嬉しくなって手を振り返します。

「吹雪から発光信号!」見張り妖精さんが声を上げます。

 私は探照灯の光っている駆逐艦を見ます。

 

 伝文は、オ カ エ リ ナ サ イ

 そうです、色々ありましたが、私はこの海に、この港に帰ってくることが出来ました。

「妖精さん、返信をお願いします、伝文は[ただいま帰りました]」です。

 岸壁が近づいてきます、みんなが駆逐艦の旗甲板に出て手を振っているのが見えます。もやいが岸壁に送られます、曳船に押されて横付け完了です、でもこれで終わりではありません、私の横に2隻も横付けするんです。もたもたしていられません。

「吹雪ちゃんが横付けします、右横付け用意!」

 曳船に押されて吹雪ちゃんが近づいてきます。

「もやい送れ!」相互にもやいが送られて、それを揚錨機でゆっくりと引っ張っていきます。防絃物のクッションが、私と吹雪ちゃんの間で少し潰れて、横付け完了です。続いて白雪ちゃんが吹雪ちゃんに横付けします、慣れたものですぐに終わってしまいました、さすがです。

 今日一番の行事の出渠が終わりました。これから三日間は停泊訓練になりますが、早くみんなと出港できるように頑張ります。

 



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上映します。

お気に入り間もなく150です、ありがあとうございます。


「教練火災、場所は食堂」

 今日は停泊訓練の最終日です。今日まで防火、防水訓練など、妖精さんが艦内の区画や置いてある物品の場所を覚えられるように色々な発生場所で、想定を与えて訓練をしました。

 最初はとても時間がかかっていましたが、今では最初の半分以下の時間で配置につく事が出来ます。明日から一週間は出航しての訓練になります、ですから頑張らないといけません。

 妖精さん達も一生懸命訓練に励んでくれています。

 

「火災鎮火、用具収め!」

 艦内放送が入ります。

 最後の停泊訓練が終わりました、これなら明日からの訓練にも対応できそうです。

 飛行科の妖精さんたちは艦上での運用ができるまでにまだまだ時間がかかりそうなので、近くの大村の飛行場で訓練をやることになりました。ヘリコプターの不在は心細いですが仕方ありません。

 最近私の艤装に駆逐艦の子が沢山来るようになりました。私が出渠作業を終えた日、昼食で朝に私を囲んでいた子たちと一緒にごはんを食べました。その時に、夕食後にアイスをごちそうする約束をしました。

 夕方、皆さんを艤装に招待してアイスをご馳走しました、アイスだけでは寂しいと思ってお菓子とお茶を出して、テレビで映画の上映会をやりました。まだ2回しかやっていませんが、その日から夕食後は上映会をやることになりました。今日の上映会は井戸から髪の長い女の人が出てくる怖い映画です、初雪ちゃんと望月ちゃんの希望です。私は怖いのはあまり好きではありませんが、一番大きいんですから、怖いなんて言えません。

 食堂を夕食で食べて…間違えました、夕食を食堂で食べて艤装に戻ります、もうすぐ皆さんが来る時間です。 

 

 来ました、第30駆逐隊の皆さん、睦月ちゃん、望月ちゃん、弥生ちゃんと如月ちゃんです。

「第30駆逐隊、今日もお邪魔しますよー」

「如月、お邪魔します♪」

「お邪魔...します...」

「…ぁあ、こんばんわ。」

 みなさんがそれぞれ舷梯を登ってきてあいさつをします。

 私達第11駆逐隊のみんなは士官室でアイスを持って準備完了しています、睦月ちゃんたちもアイスを食堂で取ってきてみんなでテレビの前に座ります。もちろんアイスのお金はもらってます。仕入れが出来なくなりますから。

 初雪ちゃんが部屋の電気を消して雰囲気を出します、窓の無い士官室は真っ暗になります。せめて明るくして見ましょう、と言いたかったですが、そんなことは言えません、ここは我慢です。

映画が始まりました、主人公が呪われたビデオを見る所から物語が始まります。映画の途中で怖いシーンはいっぱいありましたが、隣の吹雪ちゃんと如月ちゃんの手を握って何とか我慢しました。初雪ちゃんと望月ちゃん、深雪ちゃんは楽しそうに見ています、隣の吹雪ちゃんは時々私の手を握る力が変わっているので恐らく怖がっているんでしょう、平気そうな顔をしていますが、弥生ちゃんも時々私に寄りかかってくるので、怖がっているに違いありません。如月ちゃんと白雪ちゃんは時折「ひっ」とか「きゃっ」と悲鳴をあげているので、きっと怖がっています。物語が進んでいって、呪いが解決して、ようやく終わりだと思ってホッとして見ていると、電源がついていないテレビが急に点灯して、そこに映っている髪の長い女の人がテレビから這い出てきて、男の人の前まで行きます。終わった、と思って油断していた私には、そのシーンがあまりにも恐ろしくて、私の意識はそこで途切れました。

 

 

 目をさますと私はソファーに寝かされていました。皆さんが心配そうに私を見ています。吹雪ちゃんと弥生ちゃんが私の様子がおかしいのに気がついて上映会は中止になったそうです。

「もう、気絶するくらい怖いなら言ってくれればいいじゃないですか。」

 吹雪ちゃんが言います。

 皆さんに怖がっていたのがばれてしまって顔が赤くなります。

「もう遅いですし、今日はお開きにしましょうか。」白雪ちゃんがそう言って今日の上映会は終わりました。

 

 終わったと思ってホッとしていると、まだ試練がありました。岸壁から寮までの薄暗い道を帰らなければいけません。いつもは特に気にもとめない暗がりも、今日は特別に見えます。大丈夫です、私は一人ではありません、がんばります。

 

 8隻の駆逐艦に守られながら、何とか寮に到着することができました。昨日一昨日はそんなに気にもとめていませんでしたが、寮までこんなに長い道のりだったんですね。

「はぐろさん、今日はありがとうございましたぁー」

「明日から出港です、頑張りましょう。」

 睦月ちゃんと白雪ちゃんが言います。

 そうして第30、11駆逐隊の皆さんは自分の部屋に歩いて行きました。別れ際に望月ちゃんがイタズラっぽく「んじゃぁあー、あの続きは明日の出港から帰って来たらやろうか。」と言います。

 出来れば遠慮したいです。

 

 寮の、まだ明るい廊下を歩いて部屋に戻ります。電気を消して素早くベットに潜り込みます。明日は出港です、明日に備えて今日は早く寝なければいけません。

 寝られません、今日の映画の怖い所が浮かんできます。見栄をはらずに吹雪ちゃん達の部屋に行けばよかったです。でも、ついさっき寮も消灯してしまって真っ暗です、怖くて廊下も出られません。

 少し外の空気を吸って落ち着こうと、窓を開けてみると、港に停泊している私の艦橋の上で小さな白い光が一つ動いています、あんな所にライトはありません。

 怖くなった私はまたベッドに潜り込んで必死に目をつぶって、その日は何とか眠りにつく事が出来ました。

 



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出港します。

お気に入り150件突破しました。ありがとうございます。


 朝に司令官から一週間の予定表と、緊急通信用の周波数を渡され、ついに私達、第11駆逐隊の出港の時が来ました。今回の航海は練成訓練が主なので、訓練の審査をする妖精さんも乗ることになります。出港順序は深雪ちゃん、初雪ちゃん、白雪ちゃん、吹雪ちゃん、私の順です。

 

 みなさん、慣れた手つきで出港準備を済ませていきます。ただ、蒸気タービンの船は機関の始動までに時間がかかるので、朝早くからの準備が必要です。そのせいか、皆さん少し眠そうです。

 

 1隻の曳船が来て、出港作業が始まります。

 私の前に停泊していた深雪ちゃんと初雪ちゃんが手早く出港していって、私の順番もどんどん近づいて来ています。

「そろそろ、出港準備を始めましょうか。」

 私がそう言うと、妖精さんは間一髪入れず、放送を入れます。

「出港準備、艦内警戒閉鎖!」

 出港準備と艦内の防水区画の一部閉鎖、ハッチの閉鎖の状態を確認します。先日の訓練の成果もあって妖精さんたちがスムーズに作業をやってくれます。

 私が出港準備を進めていると、いよいよ私の隣の吹雪ちゃんの番が来ました。

「吹雪ちゃんが出港します、警戒員配置について下さい。」

 出港作業は曳船が着いてくれているとはいえ、危険な作業です、用心に越したことはありません。

「では、先に行ってます、早く来て下さいね。」

 私よりもずいぶん小さいですが、綺麗で、とても頑丈そうな、頼もしい軍艦の上で、吹雪ちゃんが私に敬礼します。それから、私と吹雪ちゃんとの間のもやいがどんどん解かれていきます。

「大丈夫です、すぐに追いつきます。」

 私もそう言って敬礼しました。吹雪ちゃんは嬉しそうに笑って、そしてまた真剣な表情に戻り、出港作業を見守ります。

 吹雪ちゃんが曳船に引かれてゆっくりと離れて行きます。

 

「舷梯をしまって、1号から4号主機を起動してください。」

 甲高い機関音が私を包みます。そして、もう必要無くなった舷梯をしまいます。私達を岸壁で見送ってくれる人はほとんどいません。でも、船には船の見送られ方があります。

「両舷軸ブレーキ脱!」

 機関が十分に回り始めたところでブレーキを外してプロペラを回転させます。

 吹雪ちゃんを引っ張っていた曳船が私に近づいて来ました。いよいよ私の番です。

 この港から出航するのは初めてではありませんが、とっても懐かしい気がします。出港なんて自分でやったことはありませんが、船の本能なのでしょうか?それとも今までの乗組員さんのおかげでしょうか?スムーズに進めることができます。

「前部曳索受け取れ!」

 曳船から索が送られて、私に繋がれます、準備完了です。

「もやい、放て!」

 風向きを考えながら、岸壁に繋がれているもやいを一本一本慎重に、それでいて素早く解いていきます。

 

 甲板上の妖精さんが忙しく動き回って、最後の一本のもやいが解かれました。私は曳船に引かれてゆっくりと横に移動します。岸壁がゆっくりと離れていって、十分に離れた所で、ついに曳船の索も放たれます。

「両舷前進微速!出港用意!」

 私の号令と共に妖精さんが出港のラッパを吹きます。機関音が一際高くなって、船が前に進み始めます。曳船の乗組員さん達が笑顔で手を振って汽笛を鳴らします、私も嬉しくなって手を振り返しました。

 

 曳船から離れて少し行くと、ここに住んでいる多くの仲間の姿が見えました。どの船も一様に同じ信号旗を揚げてくれています。

「各艦から信号です、意味は…」見張り妖精さんが叫びます。

「大丈夫です、意味はわかります。」私は報告してきた妖精さんに言います。

 ANS-UW [ご安航を祈る]です。出港していく船に対してこの旗を揚げて見送る、これが今も昔も変わらない私達のやり方です。私も旗を揚げて返答します。

 停泊している仲間の姿を見ていると、一隻が発光信号を送ってきました。あそこは最近仲良くなった、第30駆逐隊が停泊している場所です。

「望月から発光信号!伝文は{キノウノツヅキヲタノシミニシテイマス]です。」見張り妖精さんは何の事だろうと、少し首をかしげながら報告します。

 もう、望月ちゃん、こんな所で言わなくても......。イタズラそうに笑う望月ちゃんの姿がまぶたに浮かんで、昨日の私の失態に少し顔が赤くなります。でも、自然と笑みがこぼれます。そうですね、帰ったらまた皆さんで上映会をやりましょう、きっと楽しいです。

 

 ふと司令官のいる建物を見ると、別の信号旗が揚がっています。

「司令官からの信号です、内容は、[出港せよ、先に指示されたとおり行動せよ]です!」見張り妖精が報告してくれます。

「わかりました、では行きましょう、遅れてはいけません、両舷前進原速!」

 前には、先に出港していった四人が一列になって航行しています、私もその列に加わって、初めて11駆逐隊のみんなが海の上で揃いました。

 これから、私達5人での始めての訓練です、私達の隊が、早く実戦に出られるように頑張ります。

 




もはやイージス艦である必要すらなくなってしまった回でした、すみません。

感想、アドバイス募集中です。


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射撃します。

 ようやく武器を打てました。


 佐世保を出港した5人は五島列島沖に向かっていた。太平洋は、艦娘の登場で一部海域は安全に航行できるようになったが、最近になって潜水艦型の深海艦隊の出没が報告されており、また、燃料節約の観点からも近海の訓練が適当ということになったのだ。

 司令官から渡された予定表はおおまかに、

1日目、艦隊運動

2日目、対水上射撃

3日目、雷撃訓練

4日目、対空射撃

5日目、実艦的対潜訓練

6日目、洋上補給

7日目、帰港

 といった流れである。

 5艦は今、艦隊運動の真っ最中で、洋上を等間隔で美しい一列になって白波を立てながら航行していた。

「とーりかーじ」

 先頭を走る駆逐艦、深雪が左に変針する。しばらくして後続の初雪が取り舵を取った。

「深雪定針!」

 初雪の見張り妖精が言った。初雪は上手く後ろに入れるタイミングを計る。

 

「もどーせー、深雪ちゃんのあと、基準進路210度」

 深雪ちゃんの航跡に入れるくらい真後ろに行かないといけないのに、取り舵のタイミングが早すぎたようで、深雪ちゃんの左側に出てしまった。早く直さなないと。

「ちょっと、初雪ちゃん、だいぶずれてるよ。」

 後ろの白雪ちゃんの声が聞こえる。

「ごめん...今、修正中...」

 確かに2隻ぶんはちょっとズレすぎたかも。

 

 次は白雪が変針した。今度はタイミングが遅すぎたようで、大きく右に出てしまった。

 さっきまで綺麗な1列の線だったのが、今では後ろの船が右に左に行ってしまって、いびつな線になっていしまっていた。白雪の後続の吹雪が前に習って変針を始める。

 はぐろは最後尾で吹雪が変針していくのをじっと見ていた。

 

 いよいよ私の番です、幸い吹雪ちゃんは上手に変針できたようです。先行している吹雪ちゃんを見て、取り舵のタイミングを計ります。

「とーりかーじ!」

その声と共に艦がゆっくりと左に回りはじめます。ダメです、遅すぎました。

「取り舵一杯!」

遅くなってしまったぶんを何とか取り戻そうとします。出港は上手く出来たので、もしかすると、と思いましたが、航海長がやってるように上手くはできませんでした。単縦陣の変針は基本中の基本です、上手く出来るようにならないといけません。

 訓練海域まで、先頭を走る船を交代しながら単縦陣の変針を繰り返して行きました。最初は下手だった運動も、回数を重ねるごとにしだいに上手になっていきました。深雪ちゃんが先頭を交代して私の後ろに来た時に

「お尻(艦尾)もおっきいねー。」と言われてしまいました。一万トンくらいあるんですから、大きいのは仕方ありません。

 単縦陣の動きが出来るようになったら、今度は横1列に並んだり、斜めに並んだりしての運動です。変針の時は舵の操作と速力を変えないといけないので、難易度が上がります。

 訓練をする海域に到着したら、捜索回頭、解散、集合、位置の交代など、少し応用が入った運動をやりました。みんな頑張って、艦隊運動も最初に比べるとはるかに上手になってきました。

 そうこうしているうちに日が暮れて、日没後に少しだけ訓練をやって、今日は終わりになりました。ずっと動き回って、初日からハードな一日でした。

 明日の訓練では、手伝いに軽巡洋艦の鹿島さんが来てくれるそうです。

 

 訓練が終わった私は、ふいに星が見たくなって、艦橋の屋根に上がって仰向けに寝転びます。地面がひんやりしていて気持ちいいです。上を見ると、見渡す限りの星空です。重巡洋艦だったあの頃に見ていた物から何一つ変わっていません。この星空を見られるのは船乗りの特権、誰かがそう言っていました、その通りですね。

 しばらく星空を見上げていると、三人ほどの妖精さんが上がって来ました。そして明かりを点けて主砲の射撃指揮装置の整備を始めました。

 昨日動いていた光はこれだったんですね。そうです、この世界に来てから戦闘訓練はまだやっていません。当然武器の調整もまだです。今やってしまわないと明日に間に合いません。

 

「私も手伝います。」

 そう言って妖精さんに近づきます。そうすると、妖精さんに、主砲を動かしてくれ、と頼まれました。言われたとおりに主砲を動かしてみます。主砲と射撃指揮装置が連動して動きます。動作を確認して、あとは微調整だけだそうです。その後、妖精さんと一緒に微調整をやって、後は明日の射撃に備えるだけです。

 

 

 翌朝、鹿島さんと合流します。

 鹿島さんは木で出来たヨットのような水上標的を洋上に投げてそれを引っ張ります。射撃の順番は出港順序と同じで、深雪ちゃん、初雪ちゃん、白雪ちゃん、吹雪ちゃん、私の順です。

 鹿島さんと距離12km、同航の体制で私達5人が一列に並んで準備完了です。

「ほら、準備出来たらさっさと届ける!」

 鹿島さんから通信が入ります。ちょっと厳しそうな声です。

「は、はい!深雪、準備できました!」そう深雪ちゃんが返事します。緊張しすぎなければいいのですが…。

「よし、第一回、深雪、開始!」鹿島さんから開始の合図が入ります。

 その合図と同時に深雪ちゃんが一気に増速し始めます。

「ぃよーし!行っくぞぉー!」

 大丈夫そうです、いつもの深雪ちゃんみたいです。

「右90度、砲撃戦用意!」深雪ちゃんの6門の主砲が目標に指向されます。

「深雪スペシャル!いっけー!!」そう言うと同時に主砲が火を噴きます。護衛艦の射撃とは違った迫力があります。主砲が一気に火を噴く様子はかなりの迫力です。ですが、それよりも......

「えっと......吹雪ちゃん?深雪スペシャルってなあに?」

 ちょっと気になったので聞いてみます。

「何て言えばいいか、カッコいいからスペシャルって言ってるみたいです。」

 吹雪ちゃんがちょっと困ったように言います。

「弾着、今!」「遠、遠、遠!全部遠弾よ、次、修正射!」

 鹿島さんから弾着の情報が入ります。

「下げ4右1!ええぃ、もういっちょ!」

 照準を修正して深雪ちゃんの2斉射目です。

「弾着、今!」「近、近、遠!次!」

 そうやって深雪ちゃんは4斉射目で目標を挟叉、1発命中弾を出しました。

「一発命中!次、反航射撃!」

「よっしゃ!1発命中!面舵一杯!反航戦!左90度、砲撃戦用意!」

 その後、深雪ちゃんは同じように4斉射をして射撃を終了しました。命中弾は3発です。命中率は7%といったところです。

「第1回、深雪終了!さあ、どんどん行くよ!」

「第2回......初雪、いきます。」

 射撃が終わった深雪ちゃんが私の後ろに来ます。

「ふう、ちょ~っと疲れたなぁ。」

「お疲れさまでした。」

 後ろで汗を拭いている深雪ちゃんに声をかける。

「前は当たんなかったけど、今日は3発もあたったぜ。」そう言う深雪ちゃんは本当に嬉しそうでした。レーダーもスタビライザーもないのに、あんな小さな標的に当てるなんて確かに凄い技です。

 私も負けないようにしないといけません。

 

「第4回、吹雪終了!次、第5回、はぐろ!」鹿島さんの声が聞こえます。

 吹雪ちゃんが終わって、私の名前が呼ばれます。

「はい!頑張ります!」

 いよいよ私の番です、主砲には既に48発の訓練弾が装填されています。

「行きます!第2戦速!」

 船が一気に加速して、体に感じる風が一際強くなっていきます。

「教練右対水上戦闘用意、CIC指示の目標、主砲、訓練弾、発射弾数48発」

 妖精さんが射撃の準備を進めます。

 主砲と昨日妖精さんと一緒に調整した射撃管制装置が目標に向いて、カメラの映像が映し出されます。

「目標標的、間違いありません、主砲、打ち方、はじめてくださーい!」

 小気味よい連射音と共に1門の主砲から一気に6発の主砲弾が連射される。

「弾着、今!」「近4、遠1、命中1!」

 鹿島さんから通信が入ります。

「少し近いみたいです、上げ1」

 2斉射目、6個の薬莢が主砲から甲板に勢いよく放り出される。

 管制装置のカメラが標的を見つめる。

 ヨットのマストが砕けるのが見えました。そして次々に標的に命中していきます。

「遠2、命中4!」

「発射諸元はこれで大丈夫です、どんどん行きましょう!」

 同航射撃が終わって命中弾でぼろぼろになった標的を、反航射撃になる前に鹿島さんに変えてもらって、射撃再開です。今日はすごく調子がいいみたいで面白いように命中します、反航射撃が終わる頃には変えてもらった標的もぼろぼろになっていました。

「第5回、はぐろ、射撃終わりました。」

 久しぶりに撃つ速射砲は撃つたびに体が芯までしびれて、すごく気持ちよかったです。

 そんな射撃後の余韻にひたっていると、周りがずいぶん静かな事に気づきます。

「あ、あの、鹿島さん、射撃...終わりました......」

 鹿島さんを呼びますが返事がありません、どうしたのでしょう?

 

 

 少しの沈黙の後に、

「す、すごいです!はぐろさん!」

「標的、バラバラです。」

「命中率...60%以上......すごい...」

「すげぇ連射だなぁ!」

 四人の驚いた声が聞こえます。皆さんは光学の照準機での射撃なので、何だかズルをしているような気がしますが、こんなに褒められるとは思いませんでした、ちょっと照れます。

「あ、あの、ありがとうございます。」

 それから四人には主砲の事や、射撃方法についていっぱい聞かれました。

 

 

 第11駆逐隊の5人が騒いでいるのを横目で見ながら鹿島は信じられない物を見た気分だった、48発中30発が12km先の縦20m、横10mの駆逐艦用の小型標的に命中したのだ、命中率は60%オーバーといった所だろう、今までは成績の良い船でも10%前後、その6倍以上の命中率である。

 事前に今回射撃する艦の情報はもらっていた、あの船は情報では12.7cm主砲が1門しか付いていないはず、しかし6門の主砲に負けない、いや、それ以上の速さで砲弾を撃ってきた、本当に1門しかないのであれば、恐るべき連射性能である。

「帰って佐世保の鎮守府に問い合わせて見るか、でも今は。」

 そう独り言を言って鹿島は未だ興奮冷めやらぬ5人に近接していった。

 

 

「お疲れさん!まさか今日で標的全部使い切るとは思わなかったわ。」

 いつの間にか近づいて来ていた鹿島さんに声をかけられます。黒くて長い髪で、気の強そうな目に眼鏡が似合う、いかにも先生、といった風貌の方でした。

「新しい標的を持ってくるから、明日の魚雷発射は6日目に延期にします、その代わり他のを前倒しにするよう頼んでおくわ。」

「あ、あの…ごめんなさいっ!」

 明日使う標的とは知らずに壊してしまいました、鹿島さんはこれから呉まで新しい標的を取りに行くようです。

 

 私の言葉を聞いて鹿島さんは呆れたように笑います。

「いいのよ、あなた達が、いい訓練をできるようにするのが私の仕事なんだから。」

「それと、この旗の意味は分かるわよね?」

 そう言って鹿島さんは二枚の旗流をマストに揚げます。

 

「はい!」

 私の返事を聞いて鹿島さんはまたね、と手を振って私達から離れて行きました。

 鹿島さんが揚げた信号は、

「見事なり、ですね。」

 いつの間にか近くに来ていた白雪ちゃんが言います。

「はい、褒められてしまいました。」

 ちょっと照れくさいですが、やっぱり嬉しいです。

 明日は一日早まって対空射撃です、頑張らないといけません。

 

 

 余談であるが、後日、呉では、佐世保に射撃がめっぽう当たる鑑娘が来たらしい、という噂が広まっていった。

 




 号令を正確に書くと何をやってるのか分からん......
 ということが書いてわかったので、かなり端折りました。

感想等お待ちしています。
 


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対空射撃です。

 明けましておめでとうございます、評価をつけて下さった皆様、お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます。


 訓練が終わってから、5人は明日の対空射撃の打ち合わせのために、はぐろの士官室に集まった。

 明日行われる対空射撃訓練は大まかに二つに分けられている、一つは個艦防空、もう一つは艦隊防空の訓練である。

 

 五人が一つの机を囲んで、皆それぞれ真剣な表情をしている。重々しい空気の中、吹雪が緊張した面もちで話し合いを始めた。

 

 

「とうとう、この日が来ました!」

 私以外の3人がうんうんと首を縦に振ります。

 吹雪ちゃんは言葉を続けます。

「明日は私達が実戦に行けるかどうか、決まる日と言ってもいいでしょう。」

 たいへんです、凄く大切な日です!

 その後、詳しい話しを聞いてみると、明日の訓練の課目、艦隊防空で少なくとも二回、標的に当てないと実戦には出られないそうです。

 

「でもどうするんだよぉ、俺達の主砲は対空戦向きじゃないんだせ?」

 深雪ちゃんが手を頭の後ろに組んでお手上げといった風に言います。

「撃てる時間も短いですし。」

「しかも…小さくてなかなか見つからない…」

 皆さん、それぞれ前の訓練で困った事を言います。 そして、士官室が重苦しい空気に包まれます。

 

 

「そこでです!」

 吹雪ちゃんがその沈黙を破って立ち上がる。

「今日は我が艦隊の新しい戦力、今日素晴らしい活躍を見せたはぐろさんに対空戦のアイデアを聞いて見ましょう。」

 

 その声にあわせて、皆さんがの視線が一気に私に集まります。

 え?私ですか?うぅ、どうすればいいのでしょう、困りました。

 そう思って皆さんの顔を見回して見ると、みなさん真剣な顔つきで私を見ています、何も無いなんて言えません。

 そう思ってとりあえず思いついた事を口に出します。

「あ、あの、皆さんはいつもどんな風にやってるんですか?」

 そうです、これがわからないと考えようにも考えられません。

 

 四人は私がそう言うと、隣どうしで顔を見合わせて言います。

 その答えは意外なものでした。

「えっと…勘?」

「見張り妖精さんの情報からほとんど勘…ですね。」

 

「え?勘なんですか?」

 皆さんの以外な答えに驚きを隠せません。浮かんでいる船を撃つのとは訳が違います。

 

「もともと私達は対空戦用に作られてないんです、だから機械がないんです。」

 白雪ちゃんが言います。

 そうです、教えて頂きました、艦娘は軍艦だった頃の自分の能力を引き継ぐんだって。吹雪ちゃん達は対空用の指揮装置を持っていません。

 困りました、私は射撃の計算を全部、計算機がやってくれますが、勘を磨くためには、かなりの数の訓練をこなす必要があります。

 こんな時はどうしていたでしょうか?

 

 艦隊での対空戦、防空の担当艦だった私が、艦隊のみんなで対空戦の事を考える、なんだか少し懐かしい気がします。

 私が来た時代の対空戦闘と今の装備で使えそうな所を考えます。

 

 

 しばらく考えてから、出来そうな方法を思いつきました。

「あ、あの、皆さん、成功するかわかりませんが……ちょっとやってみたいことがあります。」

 私はそう言ってそのやってみたい事を皆さんに話しました。

 

 

 

 翌朝、昨日と同じ海域で単縦陣を形成して大村からの訓練支援の飛行機を待つ5人の姿があった。

 

 訓練の開始時間近くに、はぐろは対空レーダー、SPY-1を起動させた。

 

「対空レーダー、発信初めてください。」

 はぐろの対空レーダーは訓練支援のために艦隊に近づく飛行機だけでなく、はるか彼方の航空機までも探知した。

 探知した空中目標の中で、一つだけIFFを発信している航空機を見つけて、はぐろは笑みを浮かべる。

 

 私の飛行科の妖精さんも朝から訓練を頑張っているようです、私も頑張らないといけません。

 大村から離陸した4機の訓練支援の飛行機は丁度こっちに向かっている途中のようです。

 しばらくして、飛行機が到着しました。相手は97式艦攻、後ろに1マイルの長さの縄で、標的の赤くて長い布を引いています。4機の編隊が艦隊の右舷を後ろから通り抜けて飛び去っていきます。

 次にこっちに向かって来た時が訓練開始です、今日は吹雪ちゃんから始まります。

 

 吹雪は右舷を通過した飛行機を見送って、対空戦闘の準備を始めた。

 

「対空戦闘用意!」

 私の号令と同時に、見張り妖精さん達が艦橋に上がって来ます。対空戦闘はどれだけ早く敵を見つけて多くの弾を撃てるかにかかっています。

「対空、対水平線見張りを厳として!」

 今日はどこから来るのか、前回みたいな悔しい思いはしたくない。

 吹雪は前回の訓練では、かなり近づかれるまで飛行機を見つける事が出来ず、主砲を一発も撃つことが出来なかったのだ。

 

「今日こそは見つけて、やっつけてやるんだから!」

 そう自分に言い聞かせる。

 しばらく、緊張した空気が吹雪を包む、そしてその空気は見張り妖精の声で破られた。

「右150度!仰角0度!航空機2!突っ込んで来る!」

 吹雪は見張り妖精さんの声を聞いてすぐにその方向を見る。

 

 これは...近い!!

「転舵は間に合いません、後部の主砲だけで対応して!」

 目標はだいたい7㎞くらい、私に到達するまで三分程しかありません。

 舵を取って不安定な中で全部の主砲を使うよりも、今の安定した状態で撃った方が…。

 そう判断して吹雪は射撃開始の命令を出す。

「撃ち方はじめ!お願い!当たって下さい!」

 後ろの4つの主砲が一気に火を噴く。

 

「弾着、今!」

 4つの黒煙が開く、どうやら目標のかなり上の方で爆発したようだ。

「修正急いで!」

 昨日もらった計算表をもとに、だいたいの修正をする、と言っても目標の距離と速さ、高度はほぼ勘で見ているから、無いよりマシといったレベルだ。

 そして第2射、第3射と続けるが、なかなか標的の近くで爆発してくれない。

「想定、航空機魚雷発射!」

 飛行機がちょうど真横を通過したくらいの所で判定の妖精さんが声を上げる、もう舵を取って避ける動きをしないといけない。

「とーりかーじ」

 声を出すのとほぼ同時に機関砲の射撃が始まる。

 

 大きく舵を取ってしまうと、船の揺れで主砲の効果はほとんど期待できません、後は機関砲での戦いしか打つ手はありません。

 

 標的の吹き流しが私の目の前を通り過ぎる。

 一回目が終わった、でもぼーっとしている暇はありません、目標はもう一回来るんだから!

 息をつくまもなく、すぐに見張り妖精が叫ぶ。

「左30度、仰角5度、航空機2機、こっちに来ます!」

 さっきの結果を考えるより、今は次の事を考えなければ、幸い目標の高度が高い事もあって、さっきより遠くで発見できた。

「面舵一杯!全部の主砲でやります!」

 吹雪の全ての主砲が左に向けられる。

「10度ヨーソロー!」

 

「主砲、一斉発射よ!」

 定針が終わったと同時に射撃が始まる、さっきよりも大きな爆炎が吹雪の身体を包む。

「次、装填急いで!」

 

「弾着、今!」

 遠くの空に黒い点ができる、主砲弾の炸裂だ、今度は、低いようだ。

「どんどん撃って!」

 私達の主砲は、この高度に対する射撃は向いていない、撃てる今のうちにできる限り多くの弾を撃っておかないと!

 何回か撃った所で主砲の妖精が「仰角最大です!」と言った、もう主砲は打ち止め、後は機関砲だけ、細い火線が何本か標的目掛け、うちあがる。

 標的が私達の上を飛び去って私の訓練は終わった。

 

 

しばらくして判定が知らされる。

「機銃弾二発命中、撃墜なし!」

 飛行機の妖精から結果が知らされます、良くはないですが、前より少しだけ進歩しました。

 

「はぐろさん、どうでしたか?」

 そして昨日話し合った通りはぐろさんと通信を始めます。

 

 

「えっと…。1射目の目標は速度、240キロで、高度は30m、吹雪ちゃんは8310mから1斉射しました、2斉射目は……。」

 はぐろさんから送られてきたさっきの私の射撃データをメモする。

 すごい、ものすごく細かいデータです。

 そして私が射撃した緒元と、さっきの飛行機との距離のイメージを重ね合わせる。

 このデータを使えば、次の訓練ではもっと誤差を少なくしていける、艦隊防空も、みんなでやれば何とかなりそうだ。

 吹雪は少しずつ何とかなりそうな気がして来たのだった。

 

 




携帯でやってて遅くなりました、すみません。


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対空射撃です。②

「みなさん、お願いします、私を守って下さい!」

 艦隊防空の訓練前に、はぐろは4人にお願いする、艦隊防空の要のはずの彼女がなぜこんなお願いをしているのか、その原因はついさっきの個艦訓練に遡る。

 

 

 深雪ちゃんの訓練が終わって、私の番が来ました。皆さんは順番を変えたりしていますが、私は昨日に引き続き最後です。初雪ちゃんが言うには真打ちは最後に登場するそうです。これまで私は皆さんに訓練が終わった後にその情報を伝える仕事をしていました。勘だけで射撃するのは難しそうですから、せめて撃った時の相手の距離や高度が正確にわかれば、勘も磨きやすいですし、次の射撃にも生かせるはずです。

 先ほどから、どこから攻撃しようかっと伺っている4機の飛行機がいますが、レーダーには丸見えです、しっかりと主砲が撃てる範囲に収めておかないと、たった一つの主砲なんですから。

 

 どうやら進入方向を決めたようです、右前からこっちに来ます。

「教練対空戦闘用意、CIC指示の目標、主砲、VT信管!」

妖精さんが昨日に引き続いて射撃の準備を進めます、もう慣れたものです。

 いつもやっていたように主砲を目標に向けようとしますが……。

 

 主砲が標的をいつまでたっても捕捉しません、おかしいです、レーダーには標的はちゃんと映し出されています。

「妖精さん、故障ですか?」

機械の故障かもしれないと思って妖精さんに聞いてみましたが、そうではないようです。試しに標的を引いている飛行機をロックしてみる、主砲の指揮装置のカメラに飛行機が映しだされます。機械の故障ではないようです。

 そうこうしているうちに標的はどんどん私に近づいてきます、何が起こったか分かりません。

 

「標的視認、右30度、仰角30度!」

 見張り妖精さんの声が聞こえます。私もその声につられて標的を見ます。

 丸くて赤い吹流しが私の上を通り過ぎます。

 

 標的を見てハッとします、捕捉しない理由が分かりました。標的は材料のほとんどが薄い布です、レーダーの反射はほとんど無いと言っていいでしょう、だから主砲の射撃管制用のレーダーが追尾できなかったようです。捜索レーダーで今まで捕らえられていたのは奇跡に近いです、なんで今まで気がつかなかったんでしょうか。

 

 第一回は何も出来ずに終わってしまいました。もうすぐ二回目も始まります、私はどうすればいいか考えます、目視で撃ってみればどうだろう?ダメです、そんなのやったことありません、しかも相手はあんなものです、信管が作動する保障はありません。CIWSの対空モードは自動なので論外です、間違いなく飛行機を打ち落としてしまいます、じゃあミサイルは?これも信管が作動する保障はありません、何より勿体無いです。

 

 でも何もしない訳にはいきません、目視で撃ってみるしかありません、それと……。

「妖精さん、二回目は主砲とCIWSを目視での射撃に切り替えて下さい!あと機関銃を出して下さい!急いで!」

 役に立つとは思えませんが、やれることはやっておかないといけません。

 

 しばらくして、二回目が始まり、もう二機が飛んで来ます、目視での対空射撃は始めてやります、正直言って当たる気がしません。

 捜索レーダーの情報を参考にして標的を必死に探します。

 

 しばらくして、ようやく見つける事が出来ましたが、その時にはもうすぐ目の前に前標的が迫っていました。

「撃ち方、始めて下さーい!当たって!」

 カメラで捕らえた目標に対して射撃を始めてみます、当たるように、弾が炸裂するように祈ります。でもやっぱり相手が悪いようで、一発も炸裂しませんでした。

 さっき急いで準備した2門の機関銃も撃ってはみますが、当たるはすもありません。

 

「命中弾なし!」

 飛行機の妖精さんから厳しい結果が知らされます、予想できたこと、とは言ってもショックは大きいです。残念ですが、私では、この標的にはとても対応出来ません。

 

 

「はぐろさん、大丈夫ですか、どこか故障しましたか?」

 心配そうな白雪ちゃんの声が聞こえます。

「すみません、心配をかけてしまって、故障ではないんですが、ちょっと相手が悪かったみたいです……。」

「そうですか…あんまり無理はしないで下さいね。」

 こんな事になるとは思いもよりませんでした、しかも、皆さんに心配をかけてしまいました。

 悔しくて泣きそうになってしまいましたが、泣いている暇はありません、訓練は続きます。

捜索レーダーで目標を捕らえられている限り、昨日話し合った作戦は使えます、まだ訓練が終わった訳ではありません。

 

「ダイヤモンド陣形を形成せよ各艦の距離は1500メートル、中央の護衛目標は、はぐろ!」

 審査する妖精さんから次の指示が来ます、成績が悪かった私は陣形の真ん中の護衛される役になりました。

 指定された陣形は、先頭が吹雪ちゃん、私の右が白雪ちゃん、左が深雪ちゃん、後ろが初雪ちゃんです。

 

 

 陣形の変更が始まりました。私を基準にして皆さんがそれぞれの場所に動き出します。

 次の訓練があるんだから、切り替えないと、と頭で思っていてもなかなかそうはいきません、私がしばらく先ほどのショックから立ち直れないでいると、吹雪ちゃんの声が聞こえました。

 

「はぐろさん!私たちは昨日の作戦通り動きます、周波数の振り分けをお願いします!」

「そう、ですね、昨日やったとおり、一緒にがんばりましょう。」

「練習どおり...やるしか...ない...」

「なにしょんぼりしてんだ、深雪さまの深雪スペシャルで守ってやるぜ!」

 

 吹雪ちゃん、白雪ちゃん、初雪ちゃん、深雪ちゃんの、みんなの声が聞こえます、みんな成績が一番悪かった私を信じて次の訓練をやろうとしています、深雪ちゃんの言うとおり、こんなところでしょんぼりしている場合ではありません、皆さんの期待に答えないといけません。

 今にも零れそうだった涙を拭いて私はみんなに言います。

「あ、あの……みなさん、ありがとうございます、きっと上手くやってみせます。」

 一度言葉を区切ります、涙声になってしまったら困りますから。

「では、周波数を割り当てます、変更後はすぐに通信の確認をして下さい。」

「「「「了解!!」」」」

 皆さんの元気な返事が聞こえます、この訓練で私が目標を打ち落とす事は恐らく出来ないでしょう、でも、これは艦隊防空、みんなでやる訓練です、そして私は守られる役です。

「吹雪ちゃんから行きます、周波数は・・・・・・。」

 艦隊で使う共通の周波数の他に、もう一つ各艦ごとに通信できる周波数を割り振ります。通信を切る前に、守られる側の私は、みんなに言いたい事がありました。

 

「あの、みなさん、お願いします、私を守って下さい!」

 今までは守る役が多かったですが、今度は守られる側です、私は標的を変えない限り手も足も出ません、皆さんを信じるしかありません。

「「「了解!」」」「まかせとけって!」

 四人が同時に返事をしてくれます。そして通信は終わりました。みなさんの声を聞いてさっきまでの不安な気持ちは吹き飛びました。

 大丈夫です、5人で力を合わせれば、きっと合格点まで届くはずです。

 




実際には捜索レーダーが捕捉できる目標なら精測レーダーのFCSでも捕捉できる……はずだと思います。


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艦隊防空です。

お気に入り200件突破、ユニークアクセス2万件突破ありがとうございます。



 今日最後の訓練の艦隊防空が始まろうとしていた、陣形は正方形のダイヤモンド形、中央に護衛目標を配置する基本的な形である。艦隊防空と個艦防空の大きな違いは、自分に向かってくる物を撃つかそれとも別の方向に向かっていく物を撃つか、といったところである。

 この二つがどう違うか、自分にただ向かってくる物に対しては、その方向に向かって、ただ弾を撃てば、ある程度は命中が期待できる、しかし、どこか別の方向に向かって行く物に対しては、その場所、進む方向、速さを考え、予想位置に対して弾を撃たなければ命中は期待出来ない。つまり、艦隊防空となると、格段に難易度が上がってしまうのだ。

 対空戦において、この予想位置の計算は非常に難しく、相手の正確な情報、高度な予想位置の計算プログラム、それに対応した兵装が無ければ有効弾を出す事は極めて困難と言っていいだろう。実際、21世紀になった今でも、この難しさから、未だに個艦防空しか出来ない船が多く存在している。

 

 今日97式艦攻で飛んできた妖精も、その難しさは十分に分かっていた。下にいる艦隊は、まだ個艦防空も十分に出来ない発展途上の艦隊なのは、さっきの訓練を見てわかったところだ。だから、きっと今日はこれ以上の命中弾は期待出来ないだろう。そんな事を考えながら、艦隊の上で訓練開始前に別れた2機と合流し、編隊を組みなおしていた。

 

 私たちの上を4機の飛行機が飛んでいます、この4機が私たちを離れて行った時に、訓練が始まります。今日最後の訓練です。さっきは十分な結果を出せませんでしたが、皆さんは、私を信じてくれています、ここが頑張りどころです。

「航空機、直上から離れます!」

 見張り妖精さんから報告が入ります、いよいよ始まりました、ここからは一瞬たりとも気を抜けません。

「皆さん、主砲に弾を込めて最大射程で撃てるようにしておいて下さい。」

 私は指示を続けます。

「機関銃の射撃と主砲の誤差修正は各艦ごとに行って下さい、標的の位置などは各艦ごとの通信回線で確認をお願いします。射撃は基本的に一斉射撃とします。初弾の発射タイミングは私がやります、よろしくお願いします。」

「「「「了解」」」」

 四人に最後の確認をする、たった数日しか一緒に訓練していないのに、もう何年も一緒に訓練をしてきたような、そんな気がします。

 

 

 そして、しばらく沈黙が流れます、私はディスプレイに映し出されている4つの飛行機のシンボルを見つめます。高度400m、恐らく雷撃機を模擬して進入してくるつもりでしょう。

「対空戦闘用意!」

 今までで一番気合を入れた号令です、私の肩に皆さんの結果がかかっています。

 編隊が進入方向を決めたようです、艦隊の後ろから進入を狙っているようです、このまま行けば皆さんの前の主砲は使えなくなります。

「取り舵、基準進路150度にして下さい!」

 共通の周波数で針路の指示を出します。飛行機の妖精さんは後ろから来て慌てさそう、と思っているのかもしれませんが、そうはいきません。

 

「標的、私から見て060度24kmの地点を旋回中です、最初に初雪ちゃんの射程に入ります、最大距離から撃って驚かせてやりましょう!」

 そう言いながら、気持ちが高ぶっているのを感じた。

「これが艦隊で戦うって事なんですね……。」

 そう独り言を漏らす。

 

 

 

 

 通信先の声が、ずいぶんかわいらしい妖精さんの声で、緊張感を薄くさせてしまっているのが玉に傷だな、と思いながら、初雪は各艦に割り振られた通信回線に耳を済ませていた。

 この回線からは標的の情報が、数秒単位で事細かに提供されている。

 昨日すごい命中率を出した彼女が対空射撃では一番成績が悪かったのは意外だったけど、こういうのをやってると、やっぱり未来から来たんだな、と納得してしまう。

 主砲は装填済み、最大仰角に設定して、いつでも射撃できる体制、あとはタイミングを待つだけ。

「左...90度から150度、水平線くらいの高さ......よく見張って...」

 個別の回線の情報からだいたいの方向の見張りをさせる、まだ射程までにはしばらくは時間があるけど、早く見つけるに越したことはない、練習にもなるし。

 艦橋内を緊張した空気が流れる。

 

 

「航空機、標的視認!情報通りです!」

 ついに見張り妖精の報告が入る、方位の1度の狂いもなく、目標はその場所にあった。

「目標、見つけた......」

 こんなに遠い距離から見つけたのは初めて、情報があったからできたんだろう、通信機から距離がどんどん読み上げられている、さすがに飛行機は早い、見つけたと思ったのもつかの間で、

「もうすぐ初雪ちゃんの射程に入ります。」

 という通信が聞こえた、そうして妖精のカウントダウンが始まる。

「9,8,7...........3,2,1、......今!!」

 

「あたれっ」

 あらかじめ知らされていた目標の予想位置に6門の主砲を打ち込む、最大射程での射撃は誤差が大きいから、あまり期待は出来ないけど、1発でも多くの弾を撃つのが大事だ。

 

 

 

 

 

 97式艦攻に乗っている妖精は焦っていた。それは艦隊の駆逐艦が、さっきの訓練でも撃ったことがない距離で発砲してきたからだ。訓練担当の妖精は経験豊富な者が選ばれる。だから船の大きさを見ただけでだいたいの距離が分かるのだ。

「隊長!どうします?一旦解散しますか?」

 列機からの落ち着いた声が聞こえる。

 訓練したこともない距離で撃ってくる、練度の低い船によく見られる距離の見間違えの可能性が高いと思ったんだろう。

「...いや、このまま行こう。」

 今までの経験から、この距離ではほとんど弾が命中しないことは分かっている、距離を見間違えたとしても、とても自分に当たるとは思えなかった、だが撃墜されるのはゴメンだ、海水はしょっぱいんだ。

「初弾が編隊近くに炸裂したらブレイクする!」

「「「了解!」」」

 

 しばらくして初弾の炸裂音が聞こえた。

「おぉ、やるなぁ!」

 後ろで標的を見張っているヤツが驚きの声を出す、どうやら撃たれる心配は無いようだ、偶然か分からないが、有効弾とはいかないまでも割りと標的の至近で炸裂したようだ。

 決して駆逐艦の射撃速度は速くない、次の弾着で偶然か実力かどうかは分かるはずだ。

 

「2射目、来ました、修正されてます!」

 どうやら偶然ではないようだ。

 そして他の艦も射撃を始めたようで、しだいに標的周りには砲弾の炸裂の黒い煙が目立つようになっていった。バラつきはあるが、偏差射撃も修正もちゃんと出来ているようだ、さっきの短い間に何を話し合ったか知らないがずいぶん様になった射撃をしている。

 そして中央の護衛目標に指定された始めて見る角ばった船の横を通過する、この船はさっきの訓練でも二つの小さな機銃を撃ってくるだけで、艦首の大砲を撃ってくる気配がない、やる気があるのだろうか?

 

 第一回が終わって、次の進入方向に移動しているうちに標的を新しいものに変える、結果は訓練が終わってから確認だ。

「もう一度艦尾方向から進入する!高度500m!」

 列機に指示を出す、さっきはずいぶん早い段階で準備を済ませていたようだが、今回はどうだ?

 

 

 

 

 

「もう一度艦尾から来ます!面舵、基準進路240度にして下さい。」

 次の指示を聞きながら、白雪は確かな手ごたえを感じていた。今まで慌てて対応するしか術がなかった高速の戦いで、さっきの私たちの弾幕の様子を見て有効な射撃が出来ているのが分かったからだ。

 

「おもーかーじ、240度よーそろー!」

 指示通りの進路を取って次に備える、今度は私が最初に撃つことになりそうです。まともな対空装備が無い私たちが、しっかりやれている、何だかすごい瞬間に立ち会っている気がします。

「次は吹雪ちゃんと白雪ちゃんの射程にほぼ同時に入ります、濃い弾幕をプレゼントしてあげましょう!」

 はぐろさんの声が聞こえます、様子がいつもと違う気がしましたが、気にしている暇はありません。

 

「弾幕…素敵な響き…」

 一斉射撃の音と衝撃もステキですが、濃い弾幕を見るのもステキです、こんな戦いが出来るなんて、未来の力はすごいです。さっきの射撃を見て妖精さんの士気も上がってます、これはいけそうです。

「次の目標、320度30km、高度400m、進入始めました。」

 目標の状態が手に取るようにわかります、射程まで、まだまだ時間があります。

 

「305度、14km、高度400mの地点、吹雪と同時弾着」

 通信機越しの妖精さんに指示された場所に主砲を設定していく。

「10,9,8、……4,3,2,1・・・今!」

 「狙いよし。撃ち方はじめ…」

 主砲の一斉発射の音と振動についうっとりしてしまう、いつもはこんな余裕は無かったと思いますが...

 少し遅れて吹雪ちゃんが発砲する、別々の船が同じ場所に同時に弾着させる難易度の高い射撃です、今の私たちでは初弾だけで精一杯ですが、これも大きな進歩です。

 

「あぁ、素敵・・・。」

 遠くで同時に開いた12個の黒い点を見てつい声をもらしてしまった。

 

 

 

 

 

 さっきのは偶然じゃない!

 訓練2回目になり、艦隊に進入している真っ最中だった妖精は驚きと共に最初の弾幕を迎えた。見つからないように、いつもより少し遠くまで離脱したにも関わらず、向かっていった時には完全に準備を完了した状態の艦隊があった。そしてこの初弾である、2隻からの同時弾着、そこからの正確な射撃、1回目が偶然だとはもう言えなかった。

「こいつらホントにさっきの艦隊なんですかね?」

 さっきの、とは個艦防空の時の事を言っているんだろう、真ん中の席のいつも生意気なヤツが聞いてくる。それは今、この編隊にいる全員が思っている事だろう。

「余計な事は考えるな、今は訓練に集中しろ。」

 そうは言ったものの、この変化はさすがに気になる、真ん中の船は相変わらずダンマリを決め込んでいるようだが、それがさらに不気味さを増している。最初はやる気があるのか、と思っていたが、雷撃機乗りの本能が、何となく真ん中のコイツはヤバい、そんな空気を纏っている。今までの射撃もそうだが、出来れば、この艦隊には突っ込みたくない、そんな風な感情を抱かせる。

 艦隊上空を通り抜ける、第二回が終了だ。

「この艦隊の実力は今見た通りだ、今度は二手に分かれて進入するぞ!」

 編隊に解散の指示をだす。

「ちょっと待って下さい、今日は練成訓練じゃなかったんですか?」

 列機から困惑した返事が返って来る、それも当然だ、二手に分かれて進入するのは練成訓練の域を超えて実戦的な訓練になる、だが......。

「今のを見て分かったろ、下の艦隊は十分な技量を持っている、やっても問題ない。」

 訓練の内容は艦隊の練度に合わせて編隊長に一任されている、変更しても問題は無い、下の艦隊への連絡手段は無いが。

「行くぞ、二方向同時進入、下手を打つんじゃねえぞ!」

 そう言って手信号で進入先を指示して編隊は二手に分かれた。

 

 

 

 

 はぐろCICでは、いち早くその変化に気がついた。

「目標が......2つに分かれました。」

 訓練の内容を見るが、そんな予定は無い、でも明らかに次の進入場所に向かっているようです。

「皆さん、相手は二手に分かれました、注意して下さい、深雪ちゃんの方向から2機ずつ来ます。」

そう注意を促す。

「これは...」

「…相手も本気ですね。」

 初雪ちゃんと吹雪ちゃんから少し考え込むような返事が返って来ます。

 相手の動きを見ると、どうやら訓練は続いているようです、今度は吹雪ちゃんと深雪ちゃん、深雪ちゃんと初雪ちゃんの間からの進入を狙っています。

 今までの訓練で分かりましたが、通信機を使っての声でのやりとりは、かなりの労力が必要です。しかも、射撃の計算は、電子計算機と妖精さんの力を混ぜたような複雑な行程をこなさなければいけません。4隻の船への情報提供だけでも大変なのに、これ以上目標が増えると...。

 はぐろはデータリンクの有難さを身にしみて感じていた。

 そして、今出来る範囲で一番効果的な方法を考える。

 

「吹雪ちゃんと白雪ちゃんは基準進路300度、吹雪ちゃんと深雪ちゃんの間に入る目標に対処して下さい、これをAと呼びます、深雪ちゃんと初雪ちゃんは基準進路240度、深雪ちゃんと初雪ちゃんの間を通る目標に対処してください、こっちはBと呼びます。」

 一つの通信回線では、二つの目標の詳しい情報はあげられません、練習もしていません。ですから、陣形を崩してでも、2隻ずつに分けて個別に対応してもらいます。

 返事はありませんが、皆さんがほぼ同時に変針するのが分かります。もう細かい指示は必要無さそうです。

「A、B、間もなく深雪の射程圏内!」

 妖精さんから緊張した声がCICに響く、深雪ちゃん、お願いします。

「3、2、1......深雪、Bに発砲!」

 CICにいると、僚艦の音は全く聞こえません、弾着場所の計算はしますが、後は皆さんの修正によるところが大きいです。各艦と個別に通信をしている妖精さんを見ます、目標のシンボルを追いかけながら、射撃する場所を秒単位で計算して通信をする、かなりの重労働ですが、上手くいくかどうかは、この4人の妖精さんにかかっています、頑張って下さい。

「続いて吹雪、初雪射撃開始……白雪射撃開始!」

 次々に射撃開始の報告が入ります、これで4隻すべての射撃が始まりました、後は当たるように祈るだけです。

 

「深雪、射角限界!目標A,B、間もなく吹雪、深雪、初雪のラインを突破!」

 ここまで来ると、後は私の機関砲の出番です、今までただ指を咥えて見ていた訳ではありません、そろそろCIWSの目視の射撃のコツが掴めて来ました。

「標的、来ます!射線方向クリアーです!」

 CIWSのカメラが一つの吹流しをようやく捕らえます。

「三度めの正直です、撃ち方、始めて下さーい!」

 ようやくCIWSを撃つことが出来ました。CICに重低音が響きます。火線が一瞬標的に交差した気がしました。

 

 「目標、直上通過!射撃止め!訓練終了!」

 審査の妖精さんからの声です、長かった今日の訓練が終わりました。後は結果を待つだけです。

 

 しばらくの間重苦しい空気が流れます、せいいっぱい頑張りました、これでダメだったら立ち直れない気がします。

「結果を伝える...」

 飛行機からの声です、もったいぶらずに早く教えて下さい。

「結果、4機撃墜、2機被弾、有効弾多数。」

 妖精さんから言われた結果を頭の中で繰り返す。

 4機撃墜、2機被弾、有効弾多数、4機撃墜、2機被弾、有効弾多数。

 これは......。

 

「やりましたぁ!はぐろさん!やりましたよ!」

「ざぁっとこんなもんだ!楽勝だなぁ!」

「作戦成功...ほんとは得意だし…こういうの」

「次はもっと濃い弾幕が張れそうですね...」

 皆さんの興奮した声が聞こえます。

 そうです、合格です、予想以上の結果です!皆さんも自信が持てたようで何よりです。

 私は足から力が抜けて、その場にへたり込んでしまいました。楽しかったけど、とっても疲れました、しばらく立てそうにありません。

 

 

 

 

 

 訓練が終わって標的をしまった四機の飛行機は編隊を組みなおしながら話しあっていた。

「特型の四隻だよな?間違いなく...」

「ああ、間違いない、だが結果が全てだ。」

 まともな装備を持っていない船5隻の結果とは思えないが、結果が全てだ、そして撃墜判定とした標的のうちの一つは機関銃弾が何十発も命中していて、始めて見る撃たれ方だ、どう上に報告すべきか...

「隊長、そろそろ燃料がマズいです、帰りましょう。」

 航法担当のヤツの声に現実に引き戻される、練成訓練と甘く見ていたが、少し楽しみすぎたようだ。

「よし、帰投する、最後にローパスだ、ちょっと驚かせてやるぞ。」

 新しい艦隊と聞いていたが、今日は驚かされる事ばかりだった、最後に少しは驚かせてやらないと釣り合わん。編隊長の妖精はニヤリと笑った。

 

 

 

 

 

 訓練を終えて、再び単縦陣を組みなおした五人は訓練の開始場所に戻っていた。

 さっき上空を離れていった飛行機はきっと基地に帰ったんでしょう、艦橋で見送ろうと思ったんですが残念です。

 レーダーの発信をやめて、ついさっき艦橋に上がって来たはぐろはちょっと残念に思った。

「飛行機、見たかったな...」

 そう独り言を漏らして、椅子に座っていると、ふいに、見張り妖精が驚いた声を上げる。

「右170度、航空機4機、高度は!...5メートル、いや、海面にくっついています!」

 海面にくっついている?見張り妖精の言っている意味が分からず、とりあえず旗甲板に出てみる。

 

 4機の飛行機はちょうど最後尾の吹雪ちゃんの横を通り過ぎた所でした......。驚きです、妖精さんの言うとおり確かに海面にくっついているみたいです、乾舷よりも低い高さを飛んでいます。

 飛行機は次々と私たちを追い越して、一番前にいる私の所にまで来ます。一瞬、操縦している妖精さん以外の後ろの席の二人が楽しそうに手を振っているのが見えました。私の時代のミサイルより、どの飛行機よりも低い高度を飛んでいます、物凄い腕です。

 

 先頭の私の横を通り過ぎた4機の飛行機は一気に高度を上げて一度だけ大きなバンクを振って帰って行きました。私たちはその飛行機が見えなくなるまで見送りました。そうして今日の訓練は終わりました。

 今日はいっぱい頑張って、とっても疲れました。

 



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対潜戦です。

お気に入りが一気に300件以上になりました、びっくりしました、ありがとうございます。


 対潜訓練当日の朝、出航前に司令からもらった訓練の内容が入った封筒を開けて、そこに示された訓練海域に第11駆逐隊の5人は向かっていた。

 5人が受け取った訓練の内容は、おおまかに以下の通りである。

{対馬海峡付近で商船から潜水艦の潜望鏡を見たという通報が入った、第11駆逐隊は、直ちに当海域に急行し、対潜捜索、対潜掃討を行え。}

 そして、訓練内容が書いてある紙と合わせて、潜水艦の発見位置と訓練海域の範囲が示された地図が添付されていたのだった。

 

 

 

「深雪から発光信号、3分後に変針です。」

 見張り妖精さんが言います、今から潜水艦がいる所に行くのですから、その間も、訓練をやらなければいけません。今は数分おきに進路を変えて、潜水艦の攻撃を受けにくくする、といった事をやっています。いつも同じ船が変針の指揮をやっていると疲れてしまうので、1時間おきに交代でやっています。

 今日は対潜戦闘ですが、正直に言うと、あまり好きではありません。海上自衛隊だった頃は、いつも最初に潜水艦に狙われるのは私か同じ艦隊のあしがらか、大きい護衛艦のひゅうがでした。いつも1番か2番に攻撃されて、撃沈判定を受けるばっかりです。

 乗組員の方々が言っていましたが、船で潜水艦を相手にするのは最後だそうです。訓練はやりますが、潜水艦は潜水艦か飛行機に任せるのが一番だそうです。

 訓練海域は対馬沖、潮流が早くて水深が浅い、やりにくい海域です、きっと相手は私たちを待ち構えていることでしょう。

「目的地まで時間があります、1時間の2交代制で休憩を取って下さい。」

 妖精さんに休むように言います。何時間も張り詰めたままでは疲れてしまいます。ずっと艦隊で行動しなからソーナーに耳を澄まして、海面の見張りもやるんです。それだけでも大変です。訓練をやる場所は、まだ何十マイルも先です。休める時に休んでおかないといけません、お昼ご飯を食べる時間も必要です。

 今日みたいな配置につきながらの食事は、おにぎりと牛の缶詰、たくあんです。缶詰は濃い味ですが、緊張した私には、とても美味しく感じられます。

 移動を始めたのは朝で、到着はお昼過ぎです。訓練する場所が決められているとはいっても、潜水艦がいるかもしれない場所、潜在圏は時間が経てば経つほど範囲が大きくなりますから、急がないといけません。

 

 

 

 

「感あり、方位070度」

 お昼が過ぎて、訓練海域が近くなってきた頃に、パッシブソーナーに潜水艦らしき音を捉えました。このソーナーは音を聞くだけなので、距離は分かりません。

「ソーナー発信、初めて下さい!」

 

 ここではぐろは大きなミスをする、相手の潜水艦の騒音の大きさを全く考えていなかったのだ。護衛艦だった頃には、海中の音を聞く方のソーナーは、訓練相手の潜水艦があまりに静かで近づかないと分からなかったのだが、その感覚でこの時代の潜水艦を相手にしてしまったのだ。ここは時間はかかるが、音のする方向に聞き耳を立てながら大きく変針して、相手の位置を割り出す方法がベストだったのだが、一度ソーナーの音波の発信をしてしまうと、当然相手にも察知されてしまう。

 

 

 何度かのソーナー発信の後に、ついに探知の報告が入った。

「目標探知、070度12マイル!」

「12マイルですか!?」

 ずいぶん遠くで探知しました、こんな距離で探知したのは初めてです。

 ですが、まだ潜水艦と決まった訳ではありません、もっと情報を集めないといけない、潜水艦と決まった訳でもないのに闇雲に攻撃する訳にはいきません。それにアスロックの攻撃は後片付けが大変です。

 その後、何度か潜水艦らしい目標からのソーナー反響音を探知していたはぐろであったが、ふいに水測妖精の驚きの声がCIC内に響く。

「目標…失探!」

 

「そんな!」

 妖精さんの予想の報告に、つい声を出してしまいます。ですが、今ので確信が持てました、さっき掴んだ目標は潜水艦です。ソーナーの音を聞いて隠れたのでしょう。

 

「妖精さん、今日の海水温度を出して下さい!」

 水測妖精さんの一人が、ついさっき計った水深ごとに海水温が書かれた紙を持って来ます。

「やっぱり、こうなっていましたか。」

 その紙を見て、ため息をもらす。日が昇って、海面の温度だけがだんだんと上がってきて、浅い水深で海水温が大きく変わっています。これでは遠い距離では、この層より深く潜られると、相手にソーナーの音が届かないばかりか、相手の音も聞こえなくなります。

 相手は、私が遠い距離でソーナーを発信し始めた時に、すぐに危険を感じて、音の届かない所まで潜ったのでしょう、近づけばまた見つけられるとは思いますが、昔の潜水艦と言ってあなどってはいけません。相手にとっては未知の経験のはずですが、それでも異変を察した勘のよさ、すぐに逃げに徹した判断力、これは今一度気を引き締める必要があります。

 

 この相手は...強い!

「皆さん、070度、12マイルの地点、目標を探知して、見失いました、潜水艦の可能性が高いです。」

 

 

 

 

 

 

「皆さん、070度、12マイルの地点、目標を探知して、見失いました、潜水艦の可能性が高いです。」

 昨日の対空戦の事もあって、艦隊の指揮を取っていた白雪は、はぐろからの遠距離での探知の通報を聞いても、もう驚かなかった。優秀な目を持っているのだから、優秀な耳をもっていてもおかしくないと思っていたからだ。

「針路070度、第3戦速です、その場所に向かいます、変針の間隔は2分間、左右30度で左から開始します。」

 12マイルの距離を詰めるには3戦速でも30分近くかかる。

「見失った場所を中心に半径5マイルの範囲を捜索します、北側は吹雪ちゃんと私、南側は深雪ちゃんと初雪ちゃんの二人一組で、真ん中は、はぐろさん、お願いします!」

 30分で逃げられる範囲のだいたいの当たりをつけて、見つからなかった時のために今のうちに捜索パターンの指示を出しておく。。

 5隻は一気に加速して、横一列のまま、潜水艦の攻撃から避けられるように、右に左に進路を変えながら、目標を見失った場所に殺到していった。

 

 

 

 

 

 予定海域には1隻の潜水艦が充電満タンで第11駆逐隊を待ち受けていた。

「潜望鏡、上げるのね。」

 潜水艦の発令所で指示を出すと、潜望鏡が上がってきて、それを、紺色のスクール水着を着た少女が覗き始めた。水着の胸の部分の名札には、[イ19]と書かれている。

「1,2,3・・・・・8,9,10」

 一人の妖精が時計を持って潜望鏡を上げている時間を読み上げる。

 少女は素早く潜望鏡を一周させ、周りの様子を確認した。

「潜望鏡、下げるのね」

 覗くのを止めて、少女が言うと、潜望鏡は下がっていき、再びもとの位置に戻った。

 

 

 

 もうすぐ相手が来る時間、今日の相手は5隻、相手にとって不足はない。

 少女、イー19は、さっきから潜望鏡を出してはしまう動作を繰り返していた。今日のような海面に波がほとんどない天候では、潜望鏡を長く出す行為は、見つかる可能性を増やすのと同じ、その事をちゃんと分かっているのだ。そして、最近では電探といったものが登場し、潜水艦のこのような行動は、以前にも増して慎重に行うようになった。

 

 しばらくして、もう一度、艦隊を探そうと、潜望鏡を上げようとしたその時、今まで聞いたことの無い鋭い音が潜望鏡深度のイー19の船体を叩いた。

 

 

「急速潜航!全速で移動するのね!」

 イー19は、すぐに潜望鏡深度から急速潜航を決めた。さっき潜望鏡で見た時は何もいなかったから大丈夫だという理論的な頭と、この音は何となく嫌な予感、危険なにおいがする、という実戦で培ってきたドン亀の本能が戦い、本能が勝ったのだ。

 

 一気に潜航を始めたイー19の船体を断続的に叩いてくる音を聞いて確信する。

「さっきの音は、間違いなくイクを探すために出している音なのね。」

「ここは少し相手の出方を見るの。相手の力がわからないから、余計な行動は無用なの、このまま海底に着低するのね!」

 そう言って、イー19は出来うる限りの騒音対策をして海底に座り込んだ。

 

 

 しばらくして、五隻の船が近づいてきて、潜望鏡を出そうとしていた場所を中心にイクを探し始めた。時折上を小うるさい駆逐艦が通るけど、攻撃してくる様子はない。問題は......真ん中にいるアイツだ。さっきから今まで聞いたことのないソーナーの音でイクを探している。あれは最初にイクの船体を叩いた音、忘れられる訳がない。

「勘は正しかったのね、少し遅かったらやられてたのね」

 どうやら、とっくの昔に探知されていたようだ、ぎりぎり助かった。

「こんな所で浮き上がったら自殺行為なの、しばらくチャンスを待つのね。」

 待っていればきっとチャンスは来る、時間は相手の焦りを生み、ミスを誘発する、それにイー19は待つのは得意だった。

 

 

 

 

 

 目標を見失った地点に到着してから、第11駆逐隊はみんなで潜水艦の手がかりを探していたが、一向に手がかりが掴めなかった。探し始めてからもう1時間が経っていた。このままではいけない、何か手を打たないと、まだ対潜戦の経験がほとんない艦隊に、焦りの空気が広がっていた。

 その空気を感じたのか、吹雪が言葉を発する。

「みんな、いったん作戦会議しましょう!」

 その吹雪が発した一言に、艦隊は何とか冷静に戻ることができた。

 

 

 

 

 

 

 海底でしばらく様子を聞いていたイー19は、上の船に動きが出てきたのに気づいた。さっきまで2隻一組でうろうろしていた4隻の駆逐艦たちが、一つの場所に集まり始めていたのだ。

「とうとう痺れを切らせて動き出したのね。」

 痺れを切らした指揮艦が、かたっぱしから爆雷攻撃することに決めたみたいだ。

 その様子を聞いてほくそ笑む。攻撃を始めたその時がチャンス、狙うのはあの音を出しているヤツだ、幸いアイツはイクを何とか探知しようと探信音を出し続けている。

「爆雷の炸裂に合わせて潜望鏡深度まで浮上するの!」

 爆雷の炸裂は海中を大きく掻き乱す、探知も逃れられるハズだ、その間がチャンス。

 

 

「駆逐艦……爆雷投下初めました。」

 一箇所に集まった駆逐艦が横一列に並んで、爆雷を落とし始めた。予想位置の計算も悪くない、優秀な艦がいるみたいだ、でも、そう簡単に負ける訳にはいかない。

 少し離れた所で爆雷の炸裂音を認めたイー19は次の指示を出す。

「メインタンク排水なの、潜望鏡深度!浮き上がれなの!」

 実戦なら、こんな相手はずっと海底に居座ってやり過ごすのが1番いい方法、でも、今は訓練なの、沈没する心配はないの。当然、負けるつもりもないの。

 爆雷の音に紛れて一気に浮上、魚雷の発射準備を終えたイー19は、魚雷発射の最後の行程に入った。 

「潜望鏡、上げ!」

 潜望鏡をのぞいたイー19は会心の笑みを浮かべる。

「いひひっ、もらったのね」

 潜望鏡にはあの音を出しているアイツが予想通りの場所に写っていた、雑音の割に図体は大きい。アイツには爆雷の影響でまだ探知された様子は無い。アイツさえやつけてしまえば後はこっちのものだ。

 

「左90度推進音聴知、感4!」

 勝利を確信したイー19の耳に水測妖精の慌てた声が響く。

 急いでその方向に潜望鏡を回す、そこには突進してくる特型駆逐艦、深雪の姿があった。

 

 しまった、誘い出されたのね!

 突進してくる深雪の姿を潜望鏡いっぱいに見たイー19は、自分がまんまと相手の罠にはまってしまった事を悟った。

「潜望鏡下げ、1番2番発射!急速潜航、急ぐのね!」

 深雪の突進をかわすべく、指示を出す、少しでも足止めになればと思い、アイツに向かって魚雷を2本発射する。

 圧搾空気が海中に放出される鈍い音と共に発射管から魚雷が押し出される、闇雲に撃ったに等しい魚雷だ、命中は期待出来ない。

 深度計がゆっくりと下がり始める、駆逐艦に体当たりされたら、撃沈判定は免れない。

「早く…早く潜るの。」

 駆逐艦の規則的なスクリュー音が近づいてくる、一秒がずいぶん長く感じられる。

 深雪の船首はイー19のマストの僅かに後ろを通過した。

「ふぅ…」

 深雪の突進をギリギリ、潜航することで、かわすことができ、一瞬安堵のため息を漏らしたイー19であったが、今度は別の攻撃に備えなければいけない。

「対爆雷防御なの!」

 上を通った駆逐艦が潜水艦に落とすものは決まっている、イー19は来るであろう衝撃に備えた。

 

 

 

 

 

 

 はぐろがイー19を失探してから海域到着までの30分の間に潜水艦が逃げられる範囲を潮流、相手のだいたいの性能を考え、おおまかな位置をもう一度割り出した。

 駆逐艦が、その海域に対してかたっぱしから爆雷制圧をかける。

 しかし、何回かに分けて爆雷攻撃をしなければいけない程広い。深雪ただ一隻は駆逐艦4隻で爆雷攻撃を始めたすぐ後に、皆と離れて、制圧仕切れない海域に移動、潜水艦を見張っていたのだ。

 凪いだ海面に一本の潜望鏡を見つけた深雪は、全力でその潜望鏡に向って走り出していた。潜水艦への攻撃方法は体当たり、そして...。

「これでも喰らえーっ!」

 深雪の後甲板から爆雷がこれでもか、と言う程落とされる。

 そうして落とされた爆雷は、海中で爆発し海面に盛大な水柱を立てた。

 

 

 

 

 

 数秒の差で爆雷の制圧圏を逃れたイー19だったが、只では済まなかった。

「くぅっ! 生意気なのね!」

 ついさっき上を通った生意気な駆逐艦の爆雷攻撃を受けて毒気ずく。

 爆雷の影響で中はぐちゃぐちゃ、服も破れてしまったけど、妖精さんの判定は中破、まだ戦える。

「こんなんでイクを追い込んだつもりなの…?逆に燃えるのね!」

 今まで深海棲艦の駆逐艦クラスに追い回された事は数え切れない程ある、こんなのはピンチのうちに入らない。

「急いで潜るのね、もう一回チャンスを待つのね!」

 相手はさっきの大胆な攻撃で、残りの爆雷が心もとないはずだ、ここを切り抜けられればイクのチャンスは大きく広がる。

 爆雷が海中を乱しているうちに移動して、もう一度チャンスを待とうとするが......そうはいかなかった。

 

 

 

 

 

「深雪から通報、真下に潜水艦アリ!急速潜航中!」

「魚雷音探知、右90度!」

 深雪ちゃんの通報とほぼ同時に、はぐろの水測妖精が魚雷の探知を報告した。

 やはり撃ってきましたね、誰を狙うかは半分賭けでしたが、今回は勝てたようです。爆雷の影響で潜水艦が分からなくても攻撃された方向さえ分かれば反撃できます。

「反撃魚雷を用意して下さい、発射方向、右45度、コース右45度、捜索深度30m!」

「短魚雷用意よし!」

 妖精さんが魚雷の調定を完了します。

「撃て!!」

 右舷の魚雷発射管が圧縮空気が膨張する乾いた音を発して、短魚雷を海面に打ち出す。

 接近する魚雷と反対方向に短魚雷を撃ち込みました、上手くいけばこれで仕留められます。あとは撃たれた魚雷を避けるだけです。

「最大戦速、魚雷をかわします!」

 4機のガスタービンが唸りを上げて1万トンの船体が一気に加速し始める。

 

 

 

 

 深雪の爆雷攻撃をかわしたイー19は、必死に潜っていた、このピンチさえ抜けられればまたチャンスが来る、そう思いながら。

 潜航中に水測妖精から妙な報告が入る。

「高速スクリュー音接近、左10度!魚雷の模様。」

 方向から、恐らくアイツが撃ってきたもの、魚雷で潜水艦なんて攻撃できるわけない。

 イー19はそう思って次の作戦を考えようとしたが、すぐに異変に気づいた。

「なんなの?」

 さっきからまた別の聞きなれない音が、一定間隔で船体を叩いている、それはしだいに近づいているようだ。

 嫌な予感がイー19の頭をよぎる、冷たい汗が背中をつたう。

 

「魚雷音接近!この音は......魚雷から発信されてます!」

「止まるのね、機関後進!深度そのまま!」

 魚雷から放たれる音がソーナーの音であることを看破したイー19は反射的に、ソーナーの探知から逃れられる方法を取った。しかし、潜水艦の性能、一瞬の判断の遅れから、十分な効果を発揮できなかった。

 

「魚雷、左20度、方位変わららず......感4、......感5......直撃、来ます!」

「対爆雷防御なの、衝撃にそなえるの!!」

 水測妖精じゃなくても魚雷が近づいてくるのが分かる、もうダメだ!

 

 甲高い魚雷のスクリュー音と、だんだん大きくなってくるソーナーの音を聞きながら、潜望鏡に掴まる。目を必死に瞑って来るであろう衝撃に備える。

 でも、いつまでたっても衝撃は来ない、ついさっき音も消えたみたいだ。助かったのか、と思ってイー19と妖精は、目を開ける。しばらくして船体に何か小さい物が当たる音がした。

 魚雷は直前でスクリューを止めて、ゆっくりとイー19の船体に当たり、軽い音を立てて浮き上がっていった。

 

 助かったみたいなの、でも、今回は完全にイクの負けだ。

 さっきの攻撃で負けをさとったイー19は、浮上を決めた。

「浮き上がれ、浮き上がれ、なの!」

 

 浮上したイー19は、発令所からマストに登り、あの音を出すアイツを改めて見る。船の雑音の割にはずうたいが大きいヤツだ、深海棲艦でも艦娘でも、こんな形の船は見たことがない、さっきの武器といい、音波探信儀の音といい、どうなっているんだ、と思った。

「全く、新兵器があるなら先に言ってほしいの!」

 イー19は、そう文句を言ったが、その顔はどこか楽しそうだった。最後にアイツが撃ってきた魚雷が怖くて、少しちびってしまったのは誰にも内緒だ。

 

 しばらくすると、その大きなヤツがイクに近づいてきて、艦橋の上の女の子がイクに向かって何かを言っている。

「・・・・・ませんか~。」

 相手の艦橋が高いので、何を言ってるのかよくわからない。

「何いってるの?遠くて聞こえないの。」

 そうイクが言うと、女の子はハッと何かに気がついたようにして艦橋に入っていった。いったい何だろうと思ってしばらく待っていると、通信が入った。

「すいません...私の魚雷、知りませんか?」

 ずいぶん困った様子で聞いてきた。

 




 視点の変化が多いです、読みにくくて申し訳ありません。徹夜のテンションで書いてるので、後で変更する可能性があります。


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魚雷を探します。

前回、前々回に比べたら短いです。
知らないうちにお気に入りがまた、大量に増えていて驚きました。ありがとうございます。


「すいません...私の魚雷、知りませんか?」

 魚雷?撃った魚雷が当たったかどうか知りたいのだろうか?それにしては困ったような声で聞いてきたの。

「魚雷ならイクに当たったの、命中なの。」

 相手が求めていた答えかどうかはわからないけど、とりあえず答えてみるの。

「あ、あの、そのあと魚雷はどこに行きましたか?」

 その後?当たったあとの事を気にしているの?変なヤツなの。

「イクに当たって浮いていったの、その後は知らないの。」

 そう言うと、さっき艦橋の中に入っていった女の子が、また外に出てきて海を真剣な顔で見つめ始めたの、見張り妖精にも何か言っているみたいなの。

「いったいどうしたの?」

 その様子を不思議に思ったイー19は聞いてみる。

「あ、あの、すいません......私の魚雷、一緒に探していただけませんか?」

 魚雷を探す?ずいぶん変な事を言っているの、いくら新型魚雷と言っても、こんな大海原で魚雷1本探すなんて、砂漠の中の針を探すのと同じなの、ほおっておけばいいと思うの。

「どうして探すの?無くしたらそんなに困るの?」

 思った疑問をそのまま口にする。

「いいえ、無くしても大丈夫なんですが......ちょっと高価な魚雷なんです、できれば拾って帰りたいんです。」

 確かに魚雷は高価なものなの、でも無くすのは当たり前なの。

 イー19は、そこでさっき自分に当たった魚雷を思い出す。

 

...さっきの新型の魚雷なら、普通の魚雷より高価で、もしかしたら司令から無くさないように言われているのかもしれないの。

 そう思って少し気になった事を聞いてみる。

「高価って、いくらの魚雷なの?」

「えっと、私も詳しい値段はわかりませんが......だいたい1億円と聞いています。」

 値段を聞いて、イー19は固まった、1億という単位を考えるのに少し時間がかかってしまったのだ。

「いちおく、1おく、一億円......」

 通信機を片手にぶつぶつ唱える、そして、しだいに冷静になってきた頭で声を上げた。

「「「「「1億円!?」」」」」

 イー19とはぐろのやりとりを聞いていた第11駆逐隊の4人も同時に驚きの声を上げる。

 

 

「いち、じゅう、ひゃく、……ひゃくまん、いっせんまん、おく、なんだ、0が8つか……8っつ!!!」

 深雪はゼロの数を指折り数える。

「大和さんの建造費がだいたい、1億三千万円ですから…」

 戦艦大和の建造費を参考に価値を考える白雪。

「3分の2、大和......」

 軍艦の建造費で換算することで、1億円がどのくらいの価値なのか、大いに誤解し始めた、艦娘たちであった。

 

「・・・・・・・・・」

「ちょっと、吹雪ちゃん、だいじょうぶ?」

 さっきから言葉を発しない吹雪を心配して白雪が声をかける。

「はっ!白雪ちゃん!ど、どうしよう!1億円も無くしたら、私たち!」

 我に返った吹雪は慌てる。

「と、とにかく探すの!」

 はぐろ以外の、艦娘の心が一つになった瞬間だった。

 

 

「イー19さん、そこから動かないで下さい。」

 特型駆逐艦の一隻が、魚雷捜索の音頭を取り始めたの、あれは、確か白雪って子なの。

「わかったの、それと、イー19はイクでいいの!」

「わかりました、イクさんの周りをまず探します。皆さん、集まって下さい。」

 そうして、みんなで魚雷の捜索が始まった。

「全く、大変なことになったのね!」

 捜索範囲の真ん中にあたり、動けないイー19は、魚雷を探しながら呟いた。見たことも無い船に、追いかけてくる魚雷で攻撃されたと思ったら、今度はその魚雷が1億円もする代物だと言ったの。

「呉鎮守府経由で横須賀に状況を報告するのね。」

 イー19は通信の妖精さんに声をかける。

「内容はどうしますか?」

 妖精さんがどういう文章を送ればいいか、わからないといった様子で、イクの顔を見るの、内容なんてこっちが聞きたいの。

「しょうがないから、ありのままを話すの、佐世保所属の船が訓練で、1億円の魚雷を撃って、それを探すために帰りが遅れます、以上なの。」

「りょ、了解しました!」

 通信の妖精さんは通信機に向き直り、短波通信で呉鎮守府に連絡を取り始めた。

10分後

「返信が来ました、発、横須賀鎮守府、内容は[バカナコトヲイツテイナイデオワツタナラハヤクカエツテコイ]です。」

「そんなこと言っても本当のことなの、返信、[佐世保鎮守府に確認せよ、これは本当なの。]送れなの、もう返事は聞く必要ないの、通信を切るの!」

 イクの日ごろの行いもあるけど、きっといくら言っても信じてもらえないの、でも高価な魚雷を無くして困っている艦娘を放っておくなんて、艦娘の名がすたるの、そんな事は出来ないの。

 母港横須賀からの通信を切ったイー19は、また再び真剣な眼差しで魚雷を探し始めた。

 

 

「やっぱり、なんだか、申し訳ないですね......」

 イー19を中心に、一緒に探してもらっているみんなを見て、はぐろは呟いた。

 5人は、みんな一生懸命に魚雷を探してくれています、訓練で使ったとは言っても、自分が落とした物を探してもらうのは、やっぱりなんだか悪い気がします。でも、悪い人に拾われたりして悪用されるのも困りますし、何より魚雷は高いんです、再利用できるものはしておかないといけません。

 1億円と言った時に皆さん驚かれていましたが、皆さんの魚雷も昔の値段で4万円もします、私が作られた時の値段で考えると、1億円と少しです、そう考えると、私の魚雷が特別高価なもの、という訳でもありません。

「2時間探して、見つからなかったらあきらめましょう、この後の訓練もありますし......」

 対潜訓練は、潜水艦を探し出して攻撃するだけではありません。潜水艦と模擬戦をすることもあれば、見張り妖精を鍛えるために、潜望鏡を見つける訓練もしますし、水測妖精を鍛えるために、音を聞く訓練もします。1回戦ってそれで終わり、という訳ではありません、あんまり長い間探してしまうと、次の訓練に差し支えます。

 

 

 結果的に、魚雷は1時間後に見つかった。イー19に命中したことと、イー19が、魚雷が命中した後にほとんど移動せずに浮上してきたのが幸いだった。波間に漂うオレンジ色の頭の魚雷がぷかぷか浮いているのを見て、イー19と吹雪たちはホッと胸を撫で下ろした。

「はぁ、見つかってよかったです。」

 吹雪は安堵の声をもらした。1億円もする魚雷なのだ、無くしたらどうなるか分かったものではない。あまりに集中して探していたせいか、双眼鏡を握る手には汗が滲んでいた。戦闘訓練以外でこんなに疲れたのは初めてかもしれない。

「皆さん、本当にありがとうございます。」

 はぐろさんから通信が入ります。港に帰ったら魚雷を使う時は言うようにって、言っておかなければいけません。

「無事に見つかりました、引き上げるのに少し時間がかかってしまうので、皆さんは先に訓練の続きをやっていて下さい。」

……忘れてた、まだ訓練の途中だ、魚雷探しで疲れたなんて言えない、でも、私も妖精さんも疲れて、すぐに訓練に移れそうにありません。

「あ、いえ、はぐろさんが魚雷を引き揚げてから、みんなでまたやりましょう!そうしましょう!」

「賛成なの!」

 一番にイクさんが私の意見に賛成して、程なくしてすぐにみんなが賛成してくれました。

 

 誰も口には出さなかったが、5人の心は一つ「魚雷探しで疲れたなんて言えない。」だった。

 

 

 はぐろさんが魚雷を引き揚げてから、訓練が再開されます、イクさんは、夕方には呉に向かう予定だったのですが、訓練を途中で止めるのはよくないと言って、最後まで訓練に付き合ってくれるそうです。

 夜に狭い海峡を通って帰るのは気乗りしない、ということで、明日の朝に帰るとも言っていました。潜水艦の艦娘がまだまだ少ない今では、貴重な訓練できる時間です、頑張らないと。

 

 吹雪は時計を見る。

 もうすぐイクさんが潜望鏡を上げる時間です、見張り妖精が潜望鏡を早く、より多く見つけた船が勝ちです。負けられません。

 海面を眺めていると、3本の棒が出てきました。

 「左20度、距離400メートル!」

 たまたま見ていた方向に出てきたので、素早く反応できました。他の船も次々に発見の通報をします。

 一回目はすぐに見つかりました。他の船もほとんど同じタイミングで見つけたみたいです。

「よくできたのね、今のは吹雪ちゃんの勝ちなのね、でも今のは初級問題、どんどん難しくするのね。」

 そう言ってイクさんは、また潜望鏡をしまって、次の場所に移動します。

 イクさんの言ったとおり、問題はだんだん難しくなっていって、遠くに行ってみたり、水面ギリギリに出してみたり、出す物が、アンテナだけだったり、小さい潜望鏡だったりで、いろんな工夫をこらしてきます。日が暮れてしまうと、イクさんに場所を教えてもらっても、見つける事が出来ない時もあります。イクさんの訓練は夜遅くまで続きました。潜水艦を探すのって、本当に大変です。

 




最近自分の豆腐メンタルに気づきました。
感想などお待ちしております。
後書きに脈略がなくてすいません。


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洋上補給です。

お気に入りが500件を超えました、信じられません、ありがとうございます、読んでくださっている方、ありがとうございます。


 昨日の見張り妖精さんで潜望鏡を探す訓練では、吹雪ちゃんたちがすごく強かったです。電探を使ってしまうと、ズルをしている気がして、私も見張り妖精さんだけでやってみましたが、とても敵いませんでした。

 夜の訓練が終わると、私たち6人は集まって漂泊しました。その時に、イクさんから佐世保以外の鎮守府にいる艦娘さんのことを教えていただきました。

 まだ佐世保のことしか知らない私たちにはとても新鮮で、わくわくするお話しでした。

 怖そうな人もいるそうですが、色んな艦娘さんに会ってみたいです。

 夜が明けて、私たちの訓練も、残り2日になりました、ほぼ丸一日訓練に付き合って下さったイクさんともお別れです。イクさんの母港は横須賀で、呉に寄ってから帰るそうです。

 たった1日だけだったかもしれませんが、一緒に模擬戦をしたり、私の魚雷を探してもらったり、夜遅くまで私たちの訓練に付き合ってもらったりと、私たちが練成を終えられるよう、いっぱい協力して下さいました。

「じゃあ、イクはもうそろそろ帰るのね。」

「そうですか...もう帰っちゃうんですね。」

 イクさんが朝早くに帰るのは昨日から分かっていたことですが、やっぱり寂しいです。そんな思いが顔に出てしまったのか、イクさんが私たちに話しかけます。

「そんな寂しそうな顔をしないのね、毎回そんな顔をしていたらこれから大変なのね。」

「はい...」

 イクさんの言うとおりですが、でもやっぱり別れるのは寂しいです。

「それに...」

 イクさんが私たちに笑顔を向けます。

「これからいっぱい素敵な仲間に会えるのね、そんな寂しい顔をする暇なんかないのね。」

 素敵な仲間、ですか。その通りです、人見知りな私ですが、ここに来て新しい仲間がたくさん出来ました。これからの事を考えると、怖い所もありますが、色んな仲間に会えると思うと、やっぱりわくわくします。

「訓練の結果は、イクを倒したんだから自信を持っていいのね。」

 そう言って船の舳先を帰るための方角に向けます。

「じゃあ、また今度なのね。第11駆逐隊、帰ったらしっかり宣伝しておくのね。」

 イクさんは悪戯そうに笑って、手をふりながら私たちから離れていきました。私たちは汽笛を鳴らしてイクさんを見送ります。

 私たちに、また素敵な仲間が出来ました。

「行ってしまいましたね。」

「潜水艦って...忙しそう......」

 白雪ちゃんと初雪ちゃんがつぶやきます、イクさんは、横須賀に帰ると、またすぐにどこかに行かなければいけないそうです。

 本当はイクさんとは昨日の夕方にお別れする予定だったのですが、魚雷を探したせいで今日の朝になってしまいました、でも、そのおかげで仲良くなることができました。不謹慎かもしれませんが、すぐには見つからなかった魚雷に感謝しなければいけませんね。

 

 

 イクさんと別れて、訓練に頭を切り替えます。今日は洋上補給の訓練です。

 洋上補給は、私たち航続距離の短い船が大きな船と一緒に長い距離を走るには絶対に必要なものです。

 補給といっても、もらうのは燃料だけです。普通に航行しながら、細いワイヤーを頼りに、すごく重い魚雷や大砲の弾を送るのは、危険ですし、そんな物を積むより燃料を積もう、というのが理由です。

 やり方は出発前に聞いていましたが、相手は専用の補給艦ではなくて、ただの輸送船を改造したものだそうです。そして、艦娘ではなく、海軍の方が操船しているそうです。私が海上自衛隊だった頃の補給の方法と大きく違う所は、補給を受ける船との間隔がとても狭いことです。相手の船が専用の補給艦でない、というのが、大きな原因のようです。

 お昼頃に私たちの所に一隻の船が現れました。色は灰色ですが、私が横浜港に停泊した時に見た氷川丸のような形の船です。

「補給船から発光信号!」

「内容は、[マイヅルノアブラヲモッテマイリマシタ、ホキュウシンロ250ド、ソクリョク12ノットデカイゴウトサレタイ]です。」

 東の水平線から現れた補給船が、西に進路を取るように言います、私たちが少しでも母港に近い方に行けるように、といった配慮でしょう。

「わかりました、しばらく待ちましょう。」

 補給船の進路上にいる私たちはしばらくこの場で待つことにしました。補給といっても、ただ並んで燃料をもらうだけではありません、補給中の船は、ほとんど無防備になってしまうので、補給の順番を待っている船が守ってあげないといけません。今回は、攻撃されることもないので、補給待ちの船が補給船を囲むだけですが。

 補給船が近づくのを見計らって、動き出します、今回、吹雪ちゃんたちは補給艦の右弦と左弦で2隻同時に補給を受けます。大きい私は安全のために一番最後に一隻だけで補給を受けます。

 訓練の流れは、補給の順番が遅い2隻が警戒艦として、補給船の右前と左前を航行します。そして順番が一番近い船は、補給船の後ろで準備をします。補給が終わった船から警戒艦を変わっていき、警戒艦を交代した船は補給船の後ろについて準備をする、といった流れです。

 陣形が整うと、補給船の右後ろの準備位置から、白雪ちゃんが速力を上げて補給船に近づきます。右前から見ている私にはあまりよく見えませんが、上手く近づけたようです。

 しばらくして、吹雪ちゃんが補給船の左弦に近づきます、補給船と吹雪ちゃん、白雪ちゃんの3隻が並んで、補給船から、黒くて細い管を通して燃料をもらっています。

 補給は順調なようです、しばらくして、補給船の左舷で補給を受けていた吹雪ちゃんが給油を終えたようです、補給船から離れて、私のほうに来ます。

「はぐろさん、交代です。はぁ~疲れましたぁ。」

 補給を終えた吹雪ちゃんが私の所に交代にきました。大きな船より時間は短いといっても、ぶつからないようにするにはやっぱり集中力を使います。

「お疲れさまです、では、行ってきますね。」

「頑張ってくださいね。大きいと大変ですよ。」

「はい、がんばります。」

 吹雪ちゃんが大きいと大変、と言ったのは、大きいと補給を受ける時間が長くなることと、舵が効きにくい、といった事を心配してくれているのでしょう。気を引き締めていかないといけません。

 

「レーダー送信やめ、5番ステーション、洋上補給用意して下さい。」

 補給の準備位置に行く間に補給の準備をします。補給船の後ろの準備位置で、深雪ちゃんが補給を受けているのを見ます。事前に教えてもらっていはいましたが、やっぱり近いです、船と船の間は20から30メートルしかありません、大きな船同士が近づく距離ではありません。

 後ろでしばらく見学していると、深雪ちゃんも補給を終えたようです、補給船から離れていきます。いよいよ私の番です。

 

「補給船、準備完了の模様!」

 見張り妖精さんに知らされます。

「補給船に近接します、第一戦速です!」

 速力を上げて、相手との距離を計りながら慎重に相手の左舷に滑り込みます。

「両舷前進原速!」

 補給船と上手く並べるタイミングを見計らって速度を落とします。ここまでは順調です。

「投射索を送る!」

 補給船の拡声器から声が聞こえます、花火を打ち上げたような音と同時に、細いロープが飛んで来ます、これを私がどんどんたぐりよせれば、船につなげるための頑丈なワイヤーが繋がっている、といった仕組みです。相手の船では、甲板で男の人がせわしなく動いています、ある人はロープを引っ張ったり、ある人は機械を操作しています。

「ワイヤー取り付け完了しました。」

「わかりました、合図を送って下さい、準備完了です。」

 準備完了を相手に知らせます。

「了解、蛇管を送る、燃料、軽油、移送量40キロリットル」

 拡声器から再び声が聞こえ、黒い管がワイヤーを伝って送られてきます、燃料は軽油で間違いありません。

相手から送られてきた黒い管を甲板にある給油口につなげ、合図を送ります。

「給油開始!」

 給油船の合図と同時に燃料が送られてきます、ぺしゃんこだった管が、燃料が送られる圧力で丸く膨らみます。一瞬も気が抜けません、大きな船同士がたった数10メートルで並走しているんです、こんな危険な事はありません。

「250.5度ヨーソロー、赤3。」

 ただ平行に走っていくだけでは、だんだん相手に近づいていってしまうので、慎重に距離をはかって進路を修正します、補給が終わるまで1時間近くかかりますが、その間ずっとこれの繰り返しです、単純な作業に見えますが、少しでも失敗してしまうと、衝突してしまいます。

 相手との距離を慎重に見定めながら給油を受けます、この技術に古い、新しいはありません。張り詰めた空気の中、時間がゆっくりと過ぎていきます。

 私は引き続き、進路と速力を微調整しながら、相手との距離を保ちます。

 

 

 

「船が現れたので、いったん進路220度とする。」

 給油もあと少しで終わり、といった時に、ふいにそんな声が聞こえます、補給船からのようです。

 水平線を見てみると、一隻の輸送船がこっちに来ているみたいです、集中していたので分かりませんでした。

「3度ずつ変針します、247度よそろー、赤5。」

 補給船とゆっくり、息を合わせて小刻みに変針して、速力を調整します。補給中は、合わせるのは左右位置だけではなく、前後の位置もしっかりあわせないといけません。

 

「220度ヨーソロー、赤黒なし。」

 補給船と息を合わせて小刻みに変針して、ようやく目的の進路になりました、緊張で少し汗をかいてしまいました。そして、変針が終わって、もうすぐ補給も終わり、そんな事を考えてしまって少しのあいだぼーっとしてしまいました、その時、ガツン、という音と共に、船が揺れます、慌てて前を見ると、右弦の艦首が相手の船にこすっています。

「両舷停止!取舵5度、緊急離脱してください!」

 油をもらうための管や、それを支えているワイヤーが私の艤装からいっせいに取り外されます。こういう時に慌てて大きな舵を取ればもっとひどいことになります、ゆっくりと、慎重に、それでいて急いで補給船から離れます。

「どうしたんだ、何かあったのか?」

 私が補給艦から急に離れたのを変に思ったのでしょう、深雪ちゃんに声をかけられます。

「ど、ど、どうしよう、深雪ちゃん、ぶつけてしまいました。」

「ええぇぇぇ!!!」

「と、とりあえず謝りに行ったほうがいいですよ、はぐろさん!」

やってしまいました、緊急離脱したあとに、ぶつけた船にもう一度近寄ります。相手は艦娘ではありません、怪我人が出ていたら大変です。

 遠目で見てみると、ほとんど壊れていないようですが、ぶつかった場所が少し凹んで色もはがれてしまっています。私も少し艦首の右側の手すりが折れてしまいましたが、ぶつけたのは私です、早く謝らなければいけません。

「補給船から発光信号!」

 案の定、相手から信号が送られてきました、きっと怒られてしまいます。

 

 ・・・ずいぶんと長い文章です、きっとすごく怒っているんでしょう、信号を紙に書いた妖精さんが私のほうに来ます、ずいぶん悔しそうな顔をしています、でもぶつけてしまったのは私です、しかたありません。

「伝文は......[オキニナサラズ、ミゴトナキンキュウリダツナリ、ワレワレヲマモル、ホマレタカキカンムスノ、セツプンヲイタダキコウエイニオモイマス]です...チクショー!!」

 妖精さんが悔しそうに読み上げます、私はしばらく長い伝文の意味を考えます。

 セツプンヲイタダキ・・・セップン・・・接吻・・・

 伝文の意味を理解したはぐろは呟く。

「キス・・・してしまいました・・・・・・。」

 自分が言ったセリフに顔が赤くなります、いいえ、キスをした訳ではありません、私の艤装がちょっと隣の船にこすっただけです、それもよくない事ですが。

「はぐろさん、接吻ってどういうことですか!!」

 この声は吹雪ちゃんです、内容を見て驚いたのでしょう。

「...後で詳しく話しを聞かせてもらいますよ?」

 白雪ちゃんはいつもと同じような口調ですが、何だか少し怖いです。

「お、なんだなんだぁ、誰にキスしたの?」

「接吻...上手い言い方......」

 初雪ちゃんは内容を察したんでしょう、でも私たちのやりとりが面白いのか、助け舟を出してくれません。

「い、いいえ、ちょっとぶつかってしまって、キスなんてしてません!!」

 そんなことを言っていると、補給船の艦橋から、海軍の作業服を着た男の人が出てきました、そして拡声器のマイクを持って話します。

「補習をやるので、もう一度近接されたし、繰り返す・・・・・・。」

 低い渋い声で呼びかけられます、前まで乗っていた艦長や、乗組員の声を思い出します。給油はほとんど終わっていますが、ぶつかった事に怒るでもなく、補習をしてくださるそうです。相手の好意を無駄にする訳にはいきません。

「もう一度近接します、妖精さん、準備してください。」

 

 そして、最後にもう少しだけ訓練をしました、相手からは、油の代わりに少し大きめの木箱が移送用のワイヤーに吊るされて、送られてきました。

 今度は無事に作業を終わる事ができました。私の補習が終わると、補給船はすぐに艦隊から離れていきました。

 ここで大事なことに気がつきます、まだ私は謝っていません。でも離れていく補給船を見ると、何となく追いかけないように、と言われているような気がします。

 私は追いかけるのを諦めて、もらった木箱を開けてみます。

 移送にたえられるように頑丈に作られた木箱の中には、沢山のお菓子と日用品が入っていました、母港に帰ったらみんなで分けましょう。あと手紙もいっぱい入っています、帰ったらみんなで読んでみましょう。

「あと、これは......」

 日本酒です、任務中にお酒はいけません、未成年にお酒もいけません、吹雪ちゃんたちが間違えて飲んでしまったら大変です。しっかりと冷蔵庫に隠しておきましょう。

 お酒は怖い飲み物です、飲んだ人が失敗するのをよく見てきました。

 

 

 お酒を片付けて、艦橋に上がると、私はいつの間にか吹雪ちゃんたちに囲まれていました。

「はぐろさん、しっかり説明していただきますよ?」

「接吻ってどういうことですか!!!」

 白雪ちゃんと吹雪ちゃんの声が聞こえます、私は何も、とは言いませんが、悪い事はしていません。深雪ちゃんと初雪ちゃんはきっとわかっているのでしょう、でも私たちのやりとりを楽しんでいるのか、助け舟をだしてくれません。

 その後、少し時間がかかりましたが、さっきあったことを少しづつ説明して、二人に何とか納得してもらいました。そしてもらった木箱のことも話しました。みんな喜んでくれて、港に帰るのがもっと楽しみになりました。

 

 でも......

「はぁ......」

 はぐろは、自分の右弦の艦首を見てため息をつく。

「少し壊れてしまいました、帰ったら明石さんに怒られるかもしれません......」

 少し凹んだくらいだが、壊れた部分を見て少し憂鬱な気持ちになったはぐろであった。

 

 

 

 

 

 

「くちゅん!」

「風邪ですか?」

 くしゃみをした明石を心配そうに妖精が見上げる。

「心配してくれてありがとう、大丈夫よ。」

 妖精さんに笑顔で答える。

 体調が悪い、なんて事はない、もしかすると故障してしまった艦娘が私の噂をしているのかも。そんな事を考えていると。

「明石さん、電話です、呉鎮守府からです。」

 妖精さんが言う、呉鎮守府から電話?何だろう?

「どんな用事?」

「何でも新型の魚雷について聞きたい、という事らしいのですが......」

「新型魚雷?何それ?」

 身に覚えのない話だったが、とりあえず受話器の方へ歩いていく明石だった。




 一週間に一回ペース堅守が最近の目標になってきました、妥協してはいけません。
 感想などお待ちしています。書いて下さると嬉しいです。


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雷撃訓練です。

お気に入りが600件に達しようとしています、ありがとうございます。


 一週間あった訓練も、ついに最終日になりました。朝に、呉から標的を持ってきてくださった鹿島さんと会合します。吹雪ちゃんたちは朝から気合十分です。でも、私には船を攻撃するための魚雷がありません。そのことを鹿島さんに言うと、船を攻撃する魚雷を積んでいないことに驚かれ、私は鹿島さんに特別な任務を与えられました。

 

 

 

 

「みんな、準備はいい?」

「いいですよー。」

「うん...」

「よっしゃ、いくぞ!」

 

「みなさん、がんばってください!」

 準備が終わった四人を応援します。四人が魚雷の訓練をしている間、私は練習用の標的を引く仕事を鹿島さんから任されました。

 私もみんなと訓練がやりたいのですが、今回はあきらめるしかありません。

 私から数マイル離れた所で吹雪ちゃんたちが単縦陣で一気に最大戦速にまで加速します。この時代の駆逐艦の最大の武器、魚雷を打ち込むために、右に左に小さく回避運動をしながら標的に接近していきます。

 当たったかどうかの判定と、訓練の評価は標的に乗っている妖精さんがやってくれるそうです。私は標的を引っ張って鹿島さんに教えられたとおりに動くだけです。

「すごいです、皆さんかっこいいです・・・。」

 攻撃のために最大戦速で一気に近づいてくる4隻の駆逐艦の姿は圧巻です。実際の戦いだと、きっと相手も攻撃してくるでしょう。魚雷攻撃に行き着くまでの駆逐艦の勇気がどれだけ凄いか、訓練を見て改めて実感します。

「取り舵いっぱい!」

 先頭にいた吹雪ちゃんがいっきに舵をとって標的の横に並び、

「もどせ、053度よーそろー!」

 魚雷の射点に滑り込みます、後ろに続いているみんなも吹雪ちゃんにぴったりとくっついています。

「もう、すこし......今だ!酸素魚雷、一斉発射よ!」

 吹雪ちゃんの号令と同時に、魚雷が発射されます。4隻の息の合った雷撃は、すごくかっこよくて、しばらく見惚れてしまいました。

 

「私も・・・あんな魚雷が欲しいです。」

 みんなの姿を見て、ついそんな言葉を漏らしてしまいます。

 重巡洋艦だった頃には魚雷を持ってはいましたが、ほとんど使う機会がありませんでした。そして、時代が変わって、私が護衛艦に生まれ変わった時には、もう船を攻撃するための魚雷は潜水艦しか持っていませんでした。でも、装備を持っていないといっても、今までずっと同じ訓練をしてきたみんなと別なことをやらないといけないのは少しさみしいです。それに、あんなにかっこいいんです、私もいっしょにやりたいです。

 そう思って自分の艤装を見てみますが、もうあんな大きな魚雷を積めるスペースはありません。残念ですが、みんなが積んでいるような魚雷はあきらめないといけません。

 気持ちを切り替えて、標的を引っ張ることに専念します。少しでも吹雪ちゃんたちが訓練をしやすいようにしないといけません。鹿島さんから任された特別な任務でもあります。

 

 

 

 

「なぁ!深雪さまの活躍、見てくれた?」

 訓練を終えて、最後に先頭で訓練をしていた深雪ちゃんが笑顔で言います。

「はい!皆さん、本当に、すごくかっこよかったです!私も皆さんみたいな大っきな魚雷が欲しいです!」

「えへへ、かっこよかったって!」

 私が正直な感想を言うと、深雪ちゃんが照れくさそうに鼻先をかきながら後ろの三人を振り返ります。吹雪ちゃん、白雪ちゃん、初雪ちゃんもたくさん魚雷が撃てて満足そうです。今日の訓練は、先頭の船を交代しながら、合計3回の魚雷の発射訓練でした。訓練の結果は、後で鹿島さんに聞かないとわかりません。

 鹿島さんは私に標的を渡した後に、終わった時と、何かあったら時は連絡するように言って、どこかに行ってしまいました。

「鹿島さん、終わりました。」

 水平線を見渡しても、鹿島さんの姿が見えないので、通信で呼びかけてみます。

「了解、今からあなたの訓練を始めるわ。」

 鹿島さんの返事がどこからか聞こえます。でも、鹿島さんの姿はどこにも見えません。鹿島さんを探そうと、レーダーを使ってみます。

 

 見つけました、ずいぶん遠くに行ってしまったようです。軽巡洋艦ほどの大きさの目標が、後ろに小さい何かを引っ張っているみたいです。

「どう?どこにいるかわかった?」

「はい、見つかりました。」

「今、私が引いている目標を、どんな方法でもいいから攻撃してみなさい。」

 鹿島さんが言います。

 予定になかった訓練です、私だけ吹雪ちゃんたちと試験の内容が大きく違います。きっと鹿島さんが、魚雷を持っていない私を気遣って、何か使える武器の練習をしなさい、と暗に言っているのかもしれません。

「どう、できる?」

「わかりました、やらせてください!」

 みんなが頑張っているのに、私だけ今日は標的を引っ張るだけ、なんて嫌です、

 主砲の攻撃には少し遠すぎます、ここは...。

「対水上戦闘用意です!」

 目標はギリギリ対水上レーダーの届く範囲にあります。主砲はつい先日使ったので、今まで訓練でもほとんど撃ったことがない武器を使ってみる事にします。

「鹿島さん、標的から離れていてください、危ないです。」

 私が使おうとしている武器、SSM-1Bは、目標に近づくと自動で目標を追いかけます、近くにいると危ないです。水中は進みませんが、水面すれすれを飛ぶので、少しは魚雷に近いはずです。

「わかったわ、標的を切り離すわよ。」

「はい!」

 外を見てみると、やりとりを聞いていた四人が、どんな武器が飛び出すのか、期待を込めた目で私を見つめています。きっと驚いてくれるはずです。

「目標は鹿島さんの後ろの標的です、鹿島さんが安全なところに移動したら攻撃を始めてください!対艦ミサイルを使います!」

「了解!CIC、指示の目標、対艦ミサイル、発射弾数一発、諸元入力開始。」

 あまり対艦ミサイルを撃った経験はありませんが、性能がいいのできっと当たってくれるはずです。妖精さんが発射諸元を入力していきます。

 レーダーの画面を見て、鹿島さんが安全な距離まで離れるのを確認します。

 

「鹿島、安全圏に離脱!」

「攻撃、初めてください!」

 船体のうしろ半分が、まばゆいオレンジ色の炎と煙につつまれ、真っ白なミサイルが白煙を引きながら、青い空をバックに太陽の光を受けて、きらりと光ります。

 

 

「雷撃戦って、これでいいのかしら・・・?」

 めったに撃たない対艦ミサイルを見て、そんな事を言ってしまいます。魚雷に少しでも近い武器をと思って使いましたが、飛んでいったミサイルは、よく考えるとやっぱり魚雷とはぜんぜん違います。

 

「鹿島さん、攻撃しました、命中は4分後です。」

 ミサイルが無事に飛んでいったのを確認して、鹿島さんに命中の時間を知らせます。途中までは私がミサイルを誘導しますが、最後に当たるかどうかはミサイル任せです。相手は止まっているので私が出来る事はもうありません。

 周りをみてみると、吹雪ちゃんたちが私をぽかんと見つめています。私は皆さんの期待に答えられたでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

「鹿島さん、訓練終わりました。」

 はぐろ、という船から通信が入る、この間水上射撃で信じられない命中率をたたき出した船だ。

 一度、呉に帰った時に佐世保鎮守府にも問い合わせてみたが、何かを隠している、というわけではないけど、何か説明に困っているようだった。そして、ようやく零した言葉が、「未来から来た艦娘だ」という一言、最初はふざけているのかとも思ったけど、あの司令がそんな事をする、というのも考えにくい。

 対水上戦の様子、対空戦、そして対潜戦の急激な成績の向上に目をつけた鹿島は、司令にその船の事を話した。

 そして、決め手になったのがイー19か呉に立ち寄った時に他の艦娘に話した、潜水艦を魚雷で倒す巡洋艦の話だ。その時にはすでに呉から出航していた鹿島に「未来から来たかは別にして、相手の能力をできるだけ測れ」と指令が来たのだった。

 正直に言うと、自分の任務からは少し離れている気がして、気が乗らなかったが、自分もあの船には興味があったので、その命令に従うことにした。

 艦隊が見えなくなるまで遠くに標的を持っていった鹿島は、雷撃訓練終了の報告を受けると、はぐろに、別の訓練を行う、と言った。今、目標は目視で発見できる距離にはない。もし、目標を発見出来たなら、目視以外の高性能な観測手段を持っていることになる。

「どう?どこにいるかわかった?」

「はい、見つかりました。」

 すぐに見つけたという答えが返ってくる、あっさり見つかってしまった。索敵能力は段違いらしい。

「今、私が引いている目標を、どんな方法でもいいから攻撃してみなさい。」

 そして、はぐろに自分が持っていった標的を、どんな武器でもいいから攻撃するように言った。

「どう、できる?」

「わかりました、やらせてください!」

 迷いのない返事が返ってくる、果たしてどんな攻撃を見せてくれるのか。そのあと、危ないから離れてください、と言われ、標的を手放して目標から離れる。見張り妖精には、はぐろがいると思われる方向をしっかり見張るように指示を出し、同時に記録のためのカメラまで準備した。

「鹿島さん、攻撃しました、命中は4分後です。」

 しばらくして攻撃した、と連絡が入った。時間から考えて、目標に全く近づく事なく攻撃できる武器を持っているんだろう。そして、命中することを確信しているような口ぶりだ。

「全く、なんて規格外...。」

 そんな言葉が漏れる、未来から来た、といった話もあながち嘘ではないかもしれない。

「4分後に何か来るわ、しっかり見張って!」

 そう妖精に指示を出す、最も、あの距離から4分程度で到着する武器を発見出来るかどうかは別問題だが...。

「せめてどんな武器か聞いとくべきだったわ。」

 方向がわかっていても、上からくるのか、下からくるのかわからないと、見張りもやりにくい。

 

 

 

 

「海面から何か出てきました!現在上昇中!標的に向かっています!」

 もうすぐ4分が経過する、といった頃に見張り妖精の一人が声を上げる。見張り妖精が見つけたのは、対艦ミサイルが目標の手前でホップアップする瞬間の様子だった。

 鹿島は、妖精が指差す方向を見る、白い棒のような物をかろうじで見つけることが出来た。急上昇した棒は、その後、ものすごい勢いで急降下し、標的に命中、標的を粉々に粉砕した。

 

 

 粉砕された標的をしばらく呆然とながめていた鹿島だったが、すぐに正気に戻って指示を出す。

「カメラをすぐに現像して!さっきのを見た妖精は見たままをレポートにして提出しなさい!」

 その言葉に、今までシンとしていた後甲板が一気に慌しくなった。

「まったく、すごいのが来たわね。」

 遠くに浮いているバラバラになった標的を見てつぶやく。

「イー19のこともあるし、あの子のことがみんなに広まるのも時間の問題ね、未来から来た艦娘か、どうなることやら......。」

 いつの間にか佐世保の司令の信じがたい話を信じてしまっている自分がいて、ちょっと笑ってしまった。

「でも、信じざるを得ないわね、あんなのを見せられたんだから。」

 まだ第11駆逐隊と合流するまでには時間がある、今のうちに司令に提出する、あの船の報告書をまとめておこう。記憶が新しいうちにまとめておいたほうがいいものが出来るはずだ。

 そう決心して、鹿島は報告書の作成に取り掛かった。

 




 時間がなかなか取れません、内容薄くてすみません。


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仮泊、入港します。

すいません、先週は家に帰れませんでした。

お気に入り600件突破しました、ありがとうございます。
23話を22話に統合しました。


「500前!」

 妖精さんがジャイロコンパスの方位線を見ながら投錨する場所までの距離を読み上げていきます。

「300前!」

「200前!」

「100前!」

「両舷停止!」

 船の行き足がしだいにゆっくりになります。

「50前!」

「間もなく投錨点、よーい、テー!!」

 

「錨、入れて下さい!」

 妖精さんの合図に間一髪入れず、号令をかけます、甲板の錨を止めてあるストッパーが外されて、錨が勢いよく滑り出します。

「投錨、所定錨位!」

 妖精さんから報告が入ります、上手く錨を落とせたようです。

「わかりました、明日の準備を始めて下さい。」

 

 

 魚雷の訓練が終わって、私たちの一週間の訓練はようやく全て終わりました。

 鹿島さんは、私の訓練のために、はるか遠くに行ってしまっていたので、訓練の結果は、また後日司令官を通して知らされる事になりました。

 訓練の終わりを知らされた私たちは佐世保に針路を取って、湾外で仮泊をすることになりました。

 そこで、明日の入港のために、海風に晒されて、錆びてしまった場所に色を塗ったりして、艤装を綺麗にしておきます。

 

 そうして、みんなの準備がひと段落したところで私のところに集まって、少々早いですが、無事に訓練が終わったお祝いをしよう、ということになりました。

 

 

 

「よーし、深雪さま一番乗り!」

 深雪ちゃんが元気に舷梯を登ってきます。その姿を見て笑みがこぼれます。

 そのあと、皆さんが次々に私の艤装に集まってきます。なんだか出会ったあの日を思い出します。あの日はまさか窓から入って来るとは思いもよりませんでしたが。

 そうして、集まってきてくれた皆さんを案内します。もうお祝いの準備は終わっています。そうして、みんなでテーブルを囲みます。

「では、少々早いですが、訓練の終わりを祝って」

「「「「「せーの、かんぱーい!」」」」」

 みんなが一斉に瓶を開けてラムネを口にします。今日は私も合わせることができました。

「訓練、お疲れさまでした!」

 吹雪ちゃんがそう言って、お祝いは始まりました。昨日いただいたお菓子と、入港前ということで、ぜんざいを用意しておきました。甘いものばかりだと飽きてしまうので、お茶や、頂いたお菓子の中に入っていたお酒のおつまみを少し出しておきました。

 みんなでお菓子やぜんざいを食べながら、訓練であったことや、帰ったらどうしよう、といったお話をしていました。

 

「はぐろさん、今日使った武器は何だったんですか?」

「あ、それ私も聞きたい!」

 白雪ちゃんの言葉に、深雪ちゃんが興味深深といったふうに体を乗り出します。私の武器は期待通りの働きをしてくれたようです。

「えっと、あれは私が来た時代の一番大切な武器の一つです。えっと、名前はミサイルって言います。」

 みんな興味深そうに聞いています。

「そう・・・ですね・・・分かりやすく言えばロケット・・・噴進砲の弾が追いかけて来ます。」

「ロケットが......」

「追いかけて来る?」

 白雪ちゃんと吹雪ちゃんがよくわからない、といった風に首をかしげます。えっと、どう説明すれば分かりやすいでしょうか?

 

 しばらく考えて私はいい方法を思いつきました。

「少し待っていて下さい、いい物を持って来ます。」

 私はある本を取りに行きます。

「皆さん、一緒にこれを読みましょう!」

 私が持ってきた本には私が進水したその日の姿がカラーで印刷されています。

「「「「世界の艦船!?」」」」

 私が持ってきたのは、世界の艦船○○年、○○月号です。昔、乗組員の方が買ってきて下さった私の特集号で、表紙を見た四人は表紙のタイトルを読んでぽかんとしています。

 この本には、私の艤装が隅々まで紹介されています。絵や写真も沢山あって分かりやすいはずです。本になっている自分を見るのは少し恥ずかしいですが。

「えっと、今日使った武器は・・・ありました!」

 私はその本を使ってみんなに自分の事を教えました。

 

 

 

 説明をしながら、ページを進めていくと、日本初のイージス艦のこんごうの写真があるページにさしかかりました。

「この船が私の大本になった船です。」

「へぇ~、はぐろさんに似てますね、名前は…[こんごう]ですか、戦艦に同じ名前の方がいますが、もし、はぐろさんみたいに艦娘になったらどうなるんでしょうね。」

「ええっと、そうなると、この船は私の大先輩になります、きっと立派でかっこいい艦娘さんだと思います。アメリカさんの協力をもらって日本で始めて作られたイージス艦です。」

「はぐろさんは米国の人を見たことありますか?」

 米国の協力、という言葉で少し驚いたのでしょう、吹雪ちゃんが私に質問します。

「あるにはあるんですが、私に乗ってくることはほとんどありませんでした、えっと、私の米国の人の印象は......体が大きくて、お肉やコーヒー、ハンバーガーが好きな人......といった感じでしょうか?」

 私に1度だけ乗ってきた米国の士官は、コーヒーとハンバーガーをよく食べていました、あんまり知りませんが、きっとこんな感じです。

 

「ハンバーガーとコーヒー……この世界の金剛さんは確かティーパーティーが大好きな方だったと思いますが……金剛さんは金剛さんでもコーヒーとハンバーガーが大好きな金剛さんですね。」

 吹雪ちゃんの一言でしばらく沈黙が流れます。皆さん、艦娘としていらっしゃる金剛さんを思い浮かべているんでしょうか?

 

 

「.........ぷっ」

 ふいに初雪ちゃんが吹き出します。

「初雪ちゃん、失礼だよ、金剛さんは私たちの大先輩だよ!」

「だって......金剛さんが...「ヘーイ、みんな、コーヒーの時間デース!」ってハンバーガー片手に......ぷぷっ」

「コーヒーにハンバーガー………あははは、お腹痛い~!」

 深雪ちゃんが笑い転げます。

「ちょ、ちょっと、深雪ちゃん、笑いすぎ………クスクス」

 初雪ちゃんが吹き出したのを引き金に深雪ちゃんと白雪ちゃんが笑います。そうして、みんな笑い始めました。金剛さん、きっとすごくいい人なのでしょう、その人の事で、みんなこんなに楽しそうに笑えるんですから。いつか会ってみたいです。

 

 みんなが落ち着いた後に、またページを進めます。そのたびに、みんなの驚きの声や笑い声が上がりました。そうして時間が過ぎていきます。

 

 

 

「あ、もうこんな時間です。」

 吹雪ちゃんが時計を見て言います。それにつられて時計を見てみると、もう寝る時間です。つい話しこんでしまいましたね。

「皆さん、もう遅いので今日は泊まっていって下さい。」

 私は皆さんに泊まるように勧めます。暗くて危ないのと、もう皆さん、入港の準備もほとんど終わってしまっているので、快く受け入れてくれました。

 みんなの寝る場所を準備して、部屋に案内します。みんなを案内し終わった私は、少し夜風に当たろうと、艦橋に上がります。空にはいつもの星空と、陸には、所々町の明かりが揺れています。

 

 

 しばらく、星空と町の明かりを眺めていると、軽い足音が近づいてきます、誰か上がってきたのでしょうか?そう思って後ろを振り返ります。

「吹雪ちゃん・・・。」

 上がってきたのは吹雪ちゃんでした。

「どうしたんですか?寝られないんですか?」

「えっと・・・少し星を見ようかな、と思って。」

 そう言ってはにかみながら、吹雪ちゃんは私の隣に立って空を眺めます。

「そうですか、私と同じですね。」

 私も同じように空を見上げます。そうしてしばらく沈黙が流れます。聞こえるのは、波が艤装に当たる音だけです。

 

 

「あの……」

「なんですか、吹雪ちゃん?」

 しばらくして、吹雪ちゃんは、少し不安そうな声で話し始めます。

「私、今日のはぐろさんの武器を見て、同じ艦隊なのに、まだ何にもはぐろさんの事を知らなかったんだなって。」

「それで、さっきの話を聞いて、はぐろさんは、私たちとは違うすごい武器を持っていて。」

「つい、思っちゃったんです、私達は役に立てるのかなって・・・。」

 吹雪ちゃんの瞳が私を見上げます。きっと勇気を振り絞って聞いてくれたハズです、私もちゃんと答えを返さないといけません。

 

「……確かに、そうかもしれませんね。」

 

「私は音の速さを超える飛行機だって倒せます、目では見つけられない遠くの船だって攻撃できます。そんな戦いの中で、70年前の軍艦なんて足手まといにしかならないでしょう。」

「やっぱり、そうですよね……。」

 吹雪ちゃんは寂しそうに俯きます。 

「でも、それは70年後の未来で戦うならの話です。」

 

「え?」

「私はこの姿で沈んで、何故かこの世界に来ました。そして、みんなと出会って艦娘として深海悽艦と戦う事に決めました。」

「吹雪ちゃん、深海悽艦は全部でたった数隻の船ですか?それともたった百機くらいの飛行機ですか?」

 

「いいえ…。」

 吹雪ちゃんは、ふるふると頭を左右に振って答えます。

 

「私ひとりで戦えるのは、たったそれだけの相手です。私だけで戦える相手なら、きっともう深海悽艦は全滅しています。だって、艦娘には吹雪ちゃんや、白雪ちゃん、深雪ちゃん、初雪ちゃんみたいな強い子がたくさん、いるんですから。」

 

「そんな、私達は、まだ駆け出しで、性能も良くないです、全然強くないです!!」

 吹雪ちゃんは少し強い口調で私の言葉を否定します。

 私は、吹雪ちゃんの方に向き直って、手を取って、私の正直な気持を伝えます。

「いいえ、強いです!」

「どうして、そんな風に言えるんですか…。」

 不安そうな瞳が私を見上げています。

「対空戦で手も足も出なかった私を信じてくれました、対潜戦では、みんなで作戦を立てて、協力して最後まで戦うことが出来ました、みんなが弱いなら、そんなことは出来なかったハズです、違いますか?」

「でも……。」

「吹雪ちゃん、訓練でわかったんですが、私達の艦隊には昔みたいに作戦を考えてくれる参謀も司令官もいません。武器を使うのも、作戦を立てるのも私達です。だから、一人よりみんなで考えたほうがいい方法が思いつくハズです。」

「それに、今日のみんなは、強そうで、とってもかっこよくって、本当にステキでした。こうやって大戦艦を倒すんだなって。私は、あの攻撃が役に立たないなんて思いません。」

「戦いは、きっと思いもよらない事の連続です、必ずみんなの武器が役に立つ時が、戦艦をやっつける時が来ます!」

「私の攻撃で…戦艦をやっつける……出来るでしょうか?」

「出来ます、私を信じて下さい、だって私は未来から来たんですから。」

「はい!」

 吹雪ちゃんの顔に笑顔が戻ります、一隻で戦えるほど、海での戦いは甘くはありません。訓練の結果が合格なら、私達は実戦に参加することになります。途方もなく広い海を舞台に、相手の力も数も分からない中で、一緒に考えてくれる、一緒に戦ってくれる仲間は多いほうがいいに決まっています。

「もう、寝ましょうか、明日も早いです。」

 私は、下の甲板に降りるためのドアを開けました。すると、扉の向こうから、勢いよく何かが倒れこんで来ました。

「痛つつつつ…」

「重い...」

「あはははは、今晩は、はぐろさん。」

 暗くてよくわかりませんが、3人が折り重なっているようです。

「皆さん、何してるんですか?」

 不思議になって聞いてみます。

「えっと・・・、星を見に?」

「そうそう、星を見に!」

「そうなんですか、私達は今降りる所だったんです。」

 

「みんな~、何やってるのかな?」

 私達がそんなやり取りをしていると、後ろから吹雪ちゃんのいつもより少しトーンの低い、鳥肌が立つような声が響きました。

「ごめんなさい!ちょっといい雰囲気だと思って盗み聞きしてました!」

 吹雪ちゃんの一言で、深雪ちゃんはすぐに洗いざらい話してしまいました。

「全く、ほら、立って!」

 吹雪ちゃんは呆れたように言って、折り重なって倒れている三人を起こし、私の近くに集まります。そうして、一人一人、右手を前に出して重ねていきます。

「ほら、早く早く!」

 みんなの瞳が私を見つめます、私もみんなに習って、右手をみんなの手に重ねます。

「えっと・・・いつか、みんなで大戦艦をやっつけましょう!!」

「「「「「お~!!!」」」」」

 そうして、訓練の最後の夜が更けていきました。

 

 

 

 

 

 

次の日、眠気まなこで起きてきた皆さんを見送って、しばらくすると、鎮守府からのメッセージを受け取りました。

「鎮守府より入電、[第11駆逐隊は逐次抜錨せよ、0900以降入港許可、入港順序、はぐろ、吹雪、白雪、初雪、深雪の順、繋留岸壁はE-3、なお、本日出航する艦隊あり、注意されたし!]以上です。」

「わかりました、抜錨しましょう、前部員錨鎖つめかた、令します。」

 前甲板で、妖精さんがあわただしく動き始めます。

 佐世保湾に出入りする時は、どうしても狭い水道を通らないといけません、その狭い場所で船同士がすれ違うと危ないので、入港の時間を決められたりします。

 私達が入港の時間を指定されたのも、出港する艦隊を港外で待つためでしょう。。

 港外で待っていると、半島の影から、巨大な灰色の艦首が現れました、そして、主砲、艦橋、煙突、艦尾、と、次々にその巨体を現していきます。まるで島のよう、と言っていた人がいましたが、本当に的を得た表し方です。

 今も昔も変わらない、私達の憧れの大戦艦…。

 

「第三艦隊旗艦、戦艦武蔵に敬礼します!」

 久しぶりに見る大戦艦の迫力に圧倒されていましたが、妖精さんの声を聞いて我に返ります。

 船同士の敬礼は、艦尾に立てている旗を少しだけ降ろして、相手が答礼すると、元に戻す、ただそれだけです。しっかり見ていないとわからないくらい、動きが小さいです。気づいてくれるといいんですが。

「武蔵、答礼します!」

 気づいてくれたようです。

「武蔵から、発光信号、内容は[コウナイ、ナミカゼヨワイモノノ、ユダンスルコトナイヨウニ]です。」

 

 でも、私は武蔵さんから送られた信号より、武蔵さんの後ろに続く船を見て、固まってしまいました。

 後ろに続く船は、重巡洋艦妙高、重巡洋艦だった頃の私のお姉さん……。

 あの艤装の中に艦娘になった姉さんがいる・・・。艦娘になった姉さんはどんな人なんだろう、会いたいです、会ってお話がしたいです、こんな事があったんだって。

 でも、今の私の姿では、気づいてくれないでしょう、受け入れてもらえるかどうかも分かりません。それに、相手は任務中です、私が勝手なことをすれば、迷惑をかけてしまいます。

 嬉しさ、寂しさ、不安、色々な感情が頭の中でぐるぐる回って、その感情が、いつの間にか涙に変わっていました。

 私はすぐ隣を通り過ぎるお姉さんを、しばらく、ただ呆然と見送ります、

「はぐろさん、武蔵さんに、いえ、お姉さんに返事を返してあげて下さい。」

 白雪ちゃんの優しい声で私は我に帰ります。今、何もしないと、後悔することになるかもしれません、吹雪ちゃんの昨日の姿を思い出して、ほんの少し勇気を貰います。

「妖精さん、返信を、[気を付けて入港します、また・・・どこかで・・・・・・会いたいです。]送って下さい。」

 妖精さんが返事を送ります、私の返信に武蔵さんは返事をしてくれました、私の返事を姉さんは見てくれていたでしょうか。

 

「よかったんですか?あれだけで・・・。」

「白雪ちゃん…。いいんです、今は迷惑になってしまいます。それに……みんな海で繋がっています、航海を続ければ、きっと、どこかで会える日が来ます。」

「海で繋がっている、ですか。」

「いい事言うね~!」

「さあ、行きましょう、今日は私が一番です。」

 武蔵さんの艦隊が出航した後、私達は入港を始めました。私はみんなにちょっとだけ嘘を付きました、本当は姉さんが今の姿の私を受け入れてくれるか、不安だったんです。

 

 

 

 

「「「「「第11駆逐隊、ただ今帰還しました!」」」」」

 あの後、無事に入港作業を終わらせた私達は、揃って司令官の所へ向かいました。

「おお、帰ったか、ご苦労さん。」

「お茶でも、と言いたい所じゃが、訓練の結果が気になる所じゃろう。」

 司令はそう言って一つの封筒を開け、中の紙を読み始めます。

「第11駆逐隊、今回の訓練の結果を……」

 

 私を含めたみんなが息を呑みます。

「合格とする。」

「やった!」

 深雪ちゃんが言葉をもらします、私も合格のその言葉を聞いてホッとします。

「ただし!!」

 司令が少し厳しい口調でうかれそうになった私達を制します。

「個艦の練度、一部科目の結果を鑑み、しばらくは後方任務にあたってもらう。」

「名称を第11護衛艦隊とし、後日、臨時に1隻の艦娘が配属される。」

「今後の第11護衛艦隊の今後の任務についてはその艦娘が到着し次第示達する、到着予定は3日後。」

「それまで、第11護衛艦隊には二日間の休養を与える、以上。」

 結果と、これからの事を伝え終わった司令官は私達の目を順々に見て言います。

「まずはおめでとう、と言っておこうかの。」

「今後の任務はさっき言った通り、後方任務といっても実戦には変わりない、しっかり励んでくれ。」

「「「「「はい!」」」」」

「もう一つ大事なことじゃが……、艦隊の旗艦を決めてくれんか。」

 司令は机の中からおもむろに丸められた白い旗を取り出します。

 旗艦、みんなに指示を出す船です、みんなの命を預かるといってもいいくらい重要な役割です。

「今すぐに決めなくてもいい、と言いたいところじゃが、どうやらもう決まっておるようじゃの。」

「えっ?」

 司令がそう言うので、周りをみてみると、みんなが私を見ています。

「はぐろさん、受け取って下さい。」

 吹雪ちゃんの言葉にみんなが頷きます。

「あの、私より…」

 私は出かかったその言葉を飲み込みます、みんなの視線は真剣そのもので、軽い気持で私を選んでくれたのではない事がすぐに分かりました。みんなが私に命を預けてもいいと思ってくれている。それに、出会ったあの日に自分に誓いました、みんなは私が………守ります!

「いいえ、こんな私ですが、せいいっぱい頑張ります!」

 一歩前に出て司令から旗を頂きます。真っ白な旗の真ん中に赤い桜が一個あしらわれた、旗艦を示す旗。旗は軽くても、その役割は、みんなの命を握れるほど……重いです。

「では用件は以上だ、明日から二日間は休みじゃ、遊ぶのも休むのも自由じゃ、ゆっくり羽を伸ばしててくれ。」

 

 

 

 

 報告と用事が終わって、私達は部屋を出て、立派な司令室のドアを閉めます。

「うぅ......」

 すると、突然初雪ちゃんが小さなうめき声を上げて私のほうによりかかって来ました。

「どうしたんですか、初雪ちゃん、大丈夫ですか!」

「だるい...疲れた......」

「えっ?」

「寮まで...連れてって......」

 顔を見てみると、今まで見たことも無いくらい面倒くさそうな顔をしています。訓練ではあんなに頑張ってたのに・・・。

「もう、しょうがないですね。」

 初雪ちゃんをおんぶします。

「はぐろさん、あんまり甘やかしちゃだめです、初雪ちゃんは訓練が終わると、いつもこうなんです。」

「皆さんはどうやって初雪ちゃんを連れて行ってるんですか?」

「そりゃあ、みんなでかついでいったり…」

「リヤカーに乗せてったりしています。」

「あはは・・・まるで酔っ払いですね、今日は私に任せて下さい、こう見えても力持ちなんです。」

 私の機関は十万馬力です、駆逐艦の一隻くらい余裕なはずです。

 初雪ちゃんをおんぶしたまま、みんなと寮への道を歩きはじめました。背中から初雪ちゃんの体の温もり、やわらかさが伝わって、改めて自分が旗艦として守らないといけない物の重さを実感します。

 

 

 

 

「もう少しです、がんばって下さい!」

「ん...頑張って...」

「はい、頑張ります!」

 寮まであと少しです、大丈夫だと思っていましたが、全然大丈夫ではありませんでした。

「よいしょ、と、はぁ...はぁ...、疲れましたぁ……。」

 入り口まで来て、初雪ちゃんを降ろします。私のエンジンの力と艦娘としての力は全く関係ないようです、勉強になりました。

「ん...ありがと......」

 私の背中から降りた初雪ちゃんは、満足そうな顔で私にお礼を言いました。

「どういたしまして。」

 初雪ちゃんを運び終えた私は、何かをやり遂げた気分になって、一週間ぶりに部屋に戻りました。夕食まで何もありません、私が疲れ体を椅子に預けると、、机の上に小さな書置きがある事に気がつきます。。

「えっと………帰ってきたら私の所に来なさい。明石……。」

 

 

 

 

 

 

 

 

「よかったんですか、後方任務に回して。」

「構わん、今すぐ投入しなければいかんほど戦況も切迫しておらん、戦力が欲しいのは分かるが、いきなり前線に投入させるような命令は受けられん。」

 坂田は先ほど読んだ紙を手元に置いた、そこには[一日も早い前線部隊への転換を望む]と書かれていた。

 確かに前線では高い対空能力を持った艦隊が待ち望まれている、訓練の成績に目を付けて、引っ張ろうとする司令もいた、だが実戦経験の全くない艦隊を、いきなり砲弾降り注ぐ前線に出す訳にはいかない。

 どんなに高性能な武器を持っていても、戦闘の空気に呑まれて十分な成果が出せないのはよくある話だ。

「それに、気になる情報もある。」

 坂田は一束の書類を取り出した、そこには、[潜水艦型深海棲艦の昨今の動向に関する考察]と書かれていた。

 




次の話を統合しました、ごめんなさい。


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騙されます。

これで一章は終わりだと思います。短めです。


「だから、私は知らないって言ってるじゃない!」

 明石は、もう何度目か分からない電話を切った、つい数日前から身に覚えの無い電話が頻繁にかかってくるようになった。内容は、やれ新型魚雷が出来ていたなら知らせろ、だの試験運用させろ、だの一本送ってくれ、という内容ばかり、質が悪い時は、何で隠しているんだ、と怒られる始末、ほとほと困り果てていた。

 それに加えて、今日の朝からは戦艦の主砲より遠くを飛ぶ飛行爆弾を知らないか、という怪電話までかかってくる始末だ。

 この騒ぎを起しているのは、あの子しかいない。

 

「あの、すいません・・・明石さんはいらっしゃいますか?」

 事務所の入り口が半分くらい開いて、その向こうからおずおずと女の子が顔を出す、騒ぎを起しているであろうあの子だ。おおかた部屋の書置きを見て急いで来たのだろう、心なしか顔が赤く、少々息が上がっているようだ。

 今回の件で聞きたい事は沢山あるけど、まずは訓練お疲れ様、そう言おうとしたけど・・・。

 彼女は私が声を出すよりも早く、地面に頭がつくのではないか、という勢いで頭を下げだ。

「ごめんなさい、ぶつけてしまいました!!」

 突然謝ってきた彼女に驚いてしばし、固まってしまった。

 彼女は私の顔色をうかがうようにゆっくりと顔を上げる、その瞳はなぜか少し涙ぐんでいるようだ。

 ぶつけた、という報告は入港した時に妖精さんから聞いていたけど、こんなに謝るほど壊してしまったのか……。

 もし、そうなら、確認しにいかなければいけない。

「行くわよ!」

「えっ?」

「あなたの艤装に、壊した所を見ないと始まらないわ。」

「はい……。」

 私は彼女の手をとって、ぶつけてしまったという艤装に向かった。私に手を引かれて重そうな足取りで付いてくる彼女、目には少し涙をためている、なんだかこっちが悪いことをしているような気になってしまう。

 

 

 

 

 彼女を艤装に連れてきて、ぶつけてしまった、という場所に案内してもらう。

「あの・・・ここです!」

 指差すその場所は、なるほど、確かに少し凹んでいて、塗料がはげて、手すりも何本か折れている。でも、すぐに直せるレベルだ。

 私がそんな事を考えながら指差された場所を見ていると。

「すいません・・・壊してしまって・・・・・・」

 そう言う彼女は、悪いことをして叱られる子供みたいに、涙目で縮こまっている。その姿を見ていると、なぜか、少しからかってみたくなった。

 

「ありゃ~、はぐろさん、こりゃドック入りしないとダメね~。」

「ほ、本当ですか!?」

「ええ、本当よ!でもね・・・、よ~く聞いて、しばらくドックは空かないの・・・・・・。」

 それを聞いた彼女は、この世の終わりみたいな顔をした。正直、まさか信じるとは思わなかった。その反応を見て、今にも笑いそうなのを堪える。

「そんな!!もしかすると、すぐに出港するかもしれないんです、何とか……なりませんか……?」

 目に涙を溜めて、上目遣いで訴えてくる、良心が痛むけど、もう少し彼女の反応を楽しみたい。

「う~ん、あなたの艦隊の駆逐艦が近代化改修でドック入りする予定だから……話し合えば入れるかもね、改修はまた今度になってしまうけど。」

「そんなこと・・・・・・出来ません。」

 俯いてしまった、ちょっとやりすぎちゃったかな?

「そうねぇ…あとは……そうだ、まだ方法があったわ!」

 私はわざとらしく手を叩いて、自分の艤装を指差す。

「私が直々に修理してあげる!」

「本当ですか!」

「でも、私の艤装を動かすには、修理だけじゃ、ちょ~っと厳しいの…う~ん、例えば……修理と併せて、そうね……武器を1個ずつ分析のために、下ろします、とか?」

 我ながら、わざとらしい演技、話の内容は半分デタラメで、半分は私の欲望だ。

「武器の積み下ろし…ですか……。」

 彼女は、顎に手を当てて真剣に考えている。

 そうして、答えが出たのか、顔を上げて、言った。

「わかりました……仕方ありません、そうします……、よろしくお願いします。」

 私は艦娘が詐欺にひっかかる瞬間を、生まれて初めて見てしまった。

 ついに笑いが堪え切れなくなった私は、盛大に吹き出してしまって、困惑する彼女にネタばらしをした。

 彼女は怒ったけど、壊れた所がすぐに直せる事を知らせると、どこかホッとしたようだ。

 そのあと、最近私を襲った怪電話の数々を話すと、やっぱり心当たりがあったようで、何度も「ごめんなさい!」と謝られた。

 武器の話は、出港までに返す事を条件に快諾してくれた。

 

 

 

 

 

「聞いて下さい、こんな事があったんです。」

 久しぶりに私の艤装に集まった吹雪ちゃんや、第30駆逐隊の皆さんに、今日、明石さんとあったことを話します。

「明石さん、騙すなんて酷いです…。」

 私がそう言ってお話を締めくくった後に、皆さんを見てみると、みんな苦笑いを浮かべています。

「う~ん」

「何ていうか……」

「ねぇ…」

「詐欺は騙される方が悪いって言う人の気持が分かった気がする。」

「ちょっと望月ちゃん、言い過ぎだよぉ。」

「…睦月…フォローになってない」

「ふふ、悪い男の人に騙されないようにして下さいね。」

「もう、真面目に聞いてください~!」

 確かに、あんなのに騙されてしまったのはちょっと恥ずかしいですが、何か納得がいきません。

 それに、たださえ少ない弾をたくさん取られてしまったら、私は即応部隊から格下げになってしまいます、笑い事ではありません。

 

「あ、始まりますよ!」

 吹雪ちゃんの言葉にみんながテレビに集中します、今日の上映会の始まりです。さっきの話しは置いておいて、今は映画に集中しましょう、それに明日は初めての休みです、何をしようかなぁ。

 




前書きと後書きって何を書けばいいんだろう?
月曜日に更新出来たらいいなぁ。
すぐには返せませんが、感想などお待ちしております。


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出ます。

 ユニークアクセス六万件、お気に入り700件オーバー、ありがとうございます。
 先週は家に帰れませんでした。


「わぁ…すごい人です…。」

 生まれて初めて私は町を歩きました。鎮守府の正門を出て、しばらく歩いた場所に、大通りがあって、その通りには、沢山の人が行き来していました。

 通りの左右には、魚や野菜、雑貨をたくさん並べたお店がずらりと並んでいます。基地の中や港の岸壁からしか見たことがなかった巷の町の様子は、とても新鮮でした。

 

 

「えへへ、単縦陣!」

 町を歩いていると、後ろから深雪ちゃんの声が聞こえてきます、振り返ると、いつの間にか私を先頭に、一列に並んで歩いていました。通り過ぎる人は、私達を見て笑みを浮かべています。

 

「どうして私が一番前なんですかぁ。」

 通りすがる人の視線がちょっと恥ずかしくなってきたので聞いてみます。

「えっと、旗艦だから?」

「大丈夫です、ちゃんと案内しますよ、ねえ吹雪ちゃん。」

 白雪ちゃんが地図を片手に言います。

「あの、それもあるんですが、ちょっと恥ずかしいです。」

「はぐろさん、慣れです!」

「指揮艦先頭です!」

「うぅ、わかりました、頑張ります!」

 上手く丸め込まれた気がしますが、沢山の人の視線に慣れておけば、どこかで役に立つかもしれません。 

 後ろを歩く吹雪ちゃんの案内で、しばらく大通りを歩いて、最初に来たのは写真屋さんです、艦隊の結成を記念して、みんなで写真を撮ります。

 お店に入るのは初めてです、緊張します。

 ガラス張りのドアを開けると、鈴の鳴る音お店の中は見慣れない機械や沢山の写真が飾られていました。

 奥から出てきた男の人が、私達をお店の奥に案内して、慣れた手つきでスクリーンの前に私達を並べて、写真を撮り始めました。

「いきますよ~、はいチーズ!」

写真屋さんの合図と同時にフラッシュが焚かれます、船だったときに写真を撮られることはよくありましたが、艦娘になってからは初めての体験です、ちゃんと笑えているでしょうか。

「もう一枚行きます、好きなポーズでいいですよ、もっとくっついて下さい!」

「もっとくっついてって!」

「ぎゅーっと!」

「二枚目いきまーす、はいチーズ!」

 みんなでくっついて写真を撮ってもらいました、二枚目は自由にしていい、と写真屋さんに言われましたが、ちょっとくっつきすぎかもしれません。

「はい、終わりです、写真は明日には完成しているのいで、また取りに来て下さい。」

 

 そうして、写真を撮った後、深雪ちゃんお勧めの蕎麦屋さんに行きました。注文したお蕎麦と一緒に、お店のおばさんが「ほら、サービスだよ!」と言って色んな種類の揚げ物を沢山下さいました。

 それを見たおじさんが、お店の奥で「おいおい、そんなにサービスすると店が潰れちまうよ。」と言っていたのですが、「あんたこそ、この間来た大食いの艦娘にサービスしてたろ、あっちの方が店が潰れちまうよ。」と、おばさんが言い返して、そのやりとりが面白くって、みんなで笑ってしまいました。

 

 

 

 

 昼食を食べ終わって、ついに最終目的地に行く事になりました。

「今日の最終目的地はあそこです!」

「「おぉ~!」」

「うん...悪くない......」

 白雪ちゃんが遠くを指差します、それを見て皆さんが思い思いの反応をします。でも、私にはその目的地がどこなのか、分りませんでした。どうも、山のほうを指差しているようです。

「さ、行きましょう。」

「あの、どこに行くんですか?」

「付いてくれば分りますよ。」

 白雪ちゃんが悪戯っぽく笑います、どこへ連れていってくれるんでしょうか。

 私は案内されるがままにバス亭に行ってバスに乗ります。

 バスが発進すると、最初は町や家が沢山並んでいる風景だったのが、だんだんと田んぼや畑が目立つ田舎道に入っていきました。

「さあ、ここからは歩きです、頑張りましょう。」

 バスは田舎道を通って、だんだん山道に入っていって、[バス亭]と書いてある立て札置だけが置かれた何も無い場所に止まりました。私達はそこで降りて白雪ちゃんに言われるまま、歩きはじめます。

 遠くには山が見えて、所々海が覗いています。人とお店がたくさんある町を歩くのも面白いですが、こんな田舎道を歩くのも、初めての体験で、なんだかわくわくします。

 わいわいお話しをしながら、歩いていくと、立派な木造の門が見えました。私達は、道の先に現れたその門をくぐって、よく手入れされた庭に感嘆の声を上げながら、建物の玄関口まで歩きました。

「すみませ~ん!昨日予約した白雪です。」

「ああ、白雪さんですか、ようこそお越し下さいました、どうぞこちらです。」

 奥から、優しそうな雰囲気の美人なお姉さんが出てきて私達をどこかに案内します。

 

 

「こちらですわ」

 着いたのは、畳がしかれた落ち着いた雰囲気の部屋です。

「温泉は部屋を出てあの突き当りをまっすぐです、夕食と朝食は時間になったらご用意致します、どうぞごゆっくりしていって下さい。」

「はい、ありがとうございました。」

 案内が終わったお姉さんは、丁寧におじぎをして、行ってしまいました。

 荷物を置いて、部屋の真ん中に集まります。

「前に言ってましたよね、海が見える温泉にみんなで行きたいって。」

 みんなが集まった所で、白雪ちゃんがおもむろに口を開きます。

「はい。」

「なんと、ここがその海が見える温泉です!」

「えぇっ!ほんとですか!?」

「本当です、今日は楽しみましょう、次はいつ休みをもらえるか、わかりませんよ!」

「白雪...たまにはいい事言う...。」

「たまには、は余計です!とにかく、せっかく来たんだし、すぐ行きましょう、海の見える温泉へ!」

 そうして、私達は簡単に荷物を片付けて、温泉に行きました。時間もいい頃ですし、途中で汗をかいていたので、丁度よかったです、それに、こんなに早く行きたい、て言った所に行けるとは思いませんでした。

 

 

 

 

「よっしゃ、深雪さま一番乗り~!」

「深雪ちゃん、はしたないよ。」

「あんまり急ぐと危ないですよ。」

 元気いっぱいな深雪ちゃんが一番風呂を目指して、脱衣所から温泉に続く扉をくぐります。

「すっげ~!」

 深雪ちゃんが驚きの声を上げます、いったいどんなお風呂だったんでしょうか。

 

 私達も深雪ちゃんに続いて扉をくぐります。扉の向こうには、青々とした長崎の山々と、私達がよく知る佐世保の海、そして、遠くには大村の綺麗な海がうっすらと見えます。

「わぁ…」

「おぉ...」

「晴れててよかったです、さあ、みんな、入りましょう。」

「…そうですね、つい見とれてしまいました。」

 白雪ちゃんの言葉に我に返ります。お風呂につかってゆっくり楽しみましょう。

 

 

 みんなお風呂に浸かって一息つきます、外にお風呂があるだけでも驚きですが、こうやって景色が楽しめるような物を考えた人はすごいです。

「私達の鎮守府って、あんなに小さかったんですね。」

「手に収まりそう......。」

 吹雪ちゃんが鎮守府の方を指差して、初雪ちゃんは両手の親指と人差し指で四角を作ります。

「こんな場所に来られるなんて、夢みたいです。」

 つい最近まで船だった私が、まさかこんな景色を見られる日が来るとは思いませんでした。今まで、地図や海図で世界の大きさを知ったつもりでしたが、町を歩いたり、こうやって高い場所から見てみると、まだなんにも知らなかったんだって思います。

「海も広いけど......陸も同じくらい...広い。」

「その通りですね、初雪ちゃん。バスに乗って、歩いて、たくさん動いたはずなのに、まだ鎮守府が見える場所にいます。世界は広いです、それに知らないことばっかりです。」

 今まで見上げる事しかできなかった山々をただ見下ろすだけで、こんなに違って見える、新しい発見です。

「山の向こう側が、どうなっているのか、気になりますね……。」

 吹雪ちゃんがしみじみと言います。

「今度の休みに確かめに行きましょう。私の飛行機で連れて行ってあげますよ、あれぐらいの山なんて一っ飛びです。」

「ほんとですか!約束ですよ!」

「はい。」

 まだ私の飛行機は帰ってきていませんが、次の出港の時には帰ってくる予定です。そうすればみんなを色んな所に連れて行けます。

「じゃあ、次も頑張らないとな。」

「次も……ちゃんと帰ってきましょう。」

 深雪ちゃんが胸を張って、吹雪ちゃんが、少し物憂そうに言います。後方任務と言っても実戦にかわりありません。実戦には危険が伴います。その事を忘れてはいけません。

 吹雪ちゃんの言葉に、みんながそれぞれ、何を思ったのか、少しの間沈黙が流れます。

 

 

 

「みんな、もう一つ、お風呂に入らないと、その大きさに気が付かない物があります!」

 少し、しんみりしてしまった所で、白雪ちゃんが思い出したように言います。

「白雪ちゃん、なんですか、それは?」

「これです!」

 ビシっと私を指差します、どういう事でしょうか。

「前にも見たけど...やっぱり、すごい......」

「浮いてるね・・・」

「はぐろさんって着痩せするタイプなんですね。」

「あの、みなさん、あんまり見られると……恥ずかしいです。」

 みんなの視線をさっきから体に感じて、少し恥ずかしくなってきました。

「あの、はぐろさん、言いにくいんですが……。」

 白雪ちゃんがもじもじしながら言います。

「はい、なんでしょう、白雪ちゃん」

「あの……少し…胸を……触らせていただけませんか?」

 

 

「……はい、白雪ちゃんなら大丈夫……です。」

 ついこの間は泣いてしまいましたが、白雪ちゃんは見ず知らずの人でもなければ、突然触られる訳でもありません。それに、多摩さんは言ってました、胸が触れるくらい仲良くなるって。同じ艦隊の白雪ちゃんなら平気なはずです。

「やっぱりダメで・・・ええ!いいんですか!?」

「はい、……でも多摩さんみたいにしないでくださいね。」

「わかりました……よろしくお願いします。」

 白雪ちゃんが顔を真っ赤にして、両手を伸ばしながら、じりじりと近づいてきます。

 みんな、その様子を固唾を呑んで見守っているようです、吹雪ちゃんは両手で目を覆っています。

 そんな皆の様子を見ていると、なんだか自分がすごく恥ずかしい事をしているような気になって、私も両手で目を覆ってしまいました。

 その少し後に胸に白雪ちゃんの手が触れる感触が伝わってきました、触れられた所は、何だかくすぐったくて、でも、不思議と嫌な感じではありません。

「白雪...どう...?」

「…………」

 初雪ちゃんの言葉に白雪ちゃんの返事はありません。

 指の隙間から白雪ちゃんの顔を覗いて見ると、赤かった顔をもっと赤くしています。私も白雪ちゃんに触られた場所がピリピリして、何だかフワフワした気持になってきます。きっと私の顔も真っ赤です。

「あの……白雪ちゃん、もうそろそろ、いいですか?」

「………」

 返事がありません。

「白雪ちゃん?」

 ばしゃん、という音がして、白雪ちゃんは突然お風呂に突っ伏してしまいました。

「大丈夫ですか!白雪ちゃん!」

 慌てて白雪ちゃんを引き上げます。

「ハッ!ごめんなさい!はぐろさん、柔らかくって、触ってると気持ちよくって、ずっと触っていたいな、って!ああ!何言ってるの、私!」

「白雪ちゃん、鼻血鼻血!」

「へっ?」

 吹雪ちゃんに言われた白雪ちゃんは自分の異変に気づきます。

「わぁぁぁ!ごめんなさいぃ~!」

「白雪ちゃん!」

 白雪ちゃんは慌てて一人お風呂を飛び出して行きました。

「はぐろさん、追いかけちゃダメです!」

「追いかけたら...逆効果...」

 白雪ちゃんを追いかけようとした私を、吹雪ちゃんと初雪ちゃんが引きとめます。

「どうしてですか、血が出てたんですよ!」

「まあ…、そういう事もあるって事だよ。」

「そう…ですか、わかりました……。」

 白雪ちゃんと付き合いが長いみんながそう言うなら、きっと間違いはないのでしょう。私達は残ってお風呂を楽しむ事にしました。でも、やっぱり少し心配です。

 

 

 

「ただいま~!」

 部屋に帰ってみると、もう晩御飯の準備が出来ていました。そして、白雪ちゃんは部屋のすみっこで座っています。

「皆さん、お見苦しい所をお見せして申し訳ありませんでした!」

 白雪ちゃんが、かしこまって言います。

「白雪ちゃん、しょうがないよ、柔らかくって、ずっと触っていたかったんでしょ?」

「気持ち...よかったって?」

「うぅ…私のバカ…。」

 白雪ちゃんがまた顔を真っ赤にして、消え入りそうな声で言います。

「白雪ちゃん、そういう事もあります、気を落とさないで下さい。」

「もう、はぐろさんまで!真面目に謝ってるのに、もう知りません!」

 深雪ちゃんが言っていた事を真似て言いましたが、何か間違ってしまったみたいです。結局、拗ねてしまった白雪ちゃんにみんなで謝って、仲直りして、晩御飯を食べました。

 

 

 

 

「今日は、お部屋も同じだし、みんな一緒に寝ましょうか。」

 お腹がいっぱいになって、眠くなって来た所で、吹雪ちゃんが言います。

「はいはい、賛成!」

 吹雪ちゃんの一言で、お布団をつなげて一緒に寝る事になりました。

「じゃあ、お布団かけますね。」

「電気消すよ。」

 深雪ちゃんがお部屋の電気を消して、みんなで寄り添って寝ます。こうやって色々な所に行って、楽しい事をして、みんなで寝られるのは艦娘の特権かもしれません、神様がいるかどうかわかりませんが、感謝しないといけません。

 そんな事を考えながら、目を閉じていると、体も心も温かくなっていきます。

 

「「「「「あつい!!(です!)」」」」」

 季節は夏の終わり頃ですが、くっついて寝るには暑すぎて、みんなすぐに、一緒に寝るのを諦めました。

 

 

 一緒に寝るのを諦めた私達は、それぞれ布団を敷きなおして寝ます。

「今度こそ、電気消すよ!」

「お願いします、深雪ちゃん。」

 真っ暗になった部屋は本当に静かで、部屋を通る風の音と、みんなの息遣いが聞こえてきます。

「はぐろさん、未来の日本って、どんな所だったんですか?」

 電気が消えてしばらくして、ふいに吹雪ちゃんの声が聞こえました。

「そう、ですね……未来の日本は………。」

 それから、みんなが眠るまで、たった三年間でしたが、私が見てきた未来のお話をしました。

 




 一番難しいのは日常パートかもしれない。
 感想など、お待ちしております。


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新しい仲間です。

 誰を入れるかはだいぶ悩みましたが、こうなりました。


「「「「「ありがとうございました!」」」」」

「いえいえ、またいつでもいらっしゃって下さい。」

 お姉さんは丁寧にお辞儀をして、一人一人に小さな包みを渡してくれました。

「お弁当です、バスの中ででも食べて下さい。」

「あの、ありがとうございます!」

 私がそう言うと、お姉さんは、私の手をぎゅっと握って微笑みます。

「余計なお世話かもしれませんが……、お気を付けて、あなた達がどんな危険な事をしているかは分りませんけど、元気に帰ってきてくださいね。」

 お姉さんはそう言って、私の手を離しました。

 それから、お姉さんに見送られて、私達はもと来た道を帰ります。

「また…来たいですね。」

 帰りのバスに揺られながら、白雪ちゃんが呟きます。

「うん...引きこもるのもいいけど、また来たい......」

「そうですね、それに……こんな所にも私達を心配してくれる人がいるって思ったら、何だか嬉しくなりました。」

「しっかり休んだから、また頑張らないと!」

 吹雪ちゃんが背伸びをしながら言います。

 

「お弁当、美味しそう!」

 見ると、バスは出発したばかりですが、深雪ちゃんがもうお弁当を食べようとしています。

「深雪ちゃん、後でお腹が空いても知らないよ。」

 吹雪ちゃんが深雪ちゃんを注意します。でもお弁当は本当に美味しそうでした。

 

 

 

 

 それから、町に戻った私達は、写真屋さんに行って昨日撮ってもらった写真を見ます。

「あはは、はぐろさん、笑顔が硬いですよ。」

「そうですか?」

 手元には、一人一枚、私達がぎゅっと固まって写っている写真がああります。白雪ちゃんに笑顔が硬いって言われます。

「そうですよ、いつもはもっと自然に笑ってます。」

 白雪ちゃんと吹雪ちゃんの二人に言われます。写真の中の自分とにらめっこをしてみますが、そんなに硬いでしょうか?

「えっと、こっちが司令官に出す写真で、こっちが私たちが持っておくんだよな?」

「うん、そうだよ。」

「えへへ、大事に飾っておこっと。」

 深雪ちゃんが大切そうに写真をしまいます。

 

 

「あの!すいません!」

 私達が写真屋さんを出てしばらく歩いていると、ふいに声をかけられました。見ると、白いセーラー服を着た女の子が一人、大きな袋をいくつか持って立っていました。

 聞くと、この女の子も艦娘で、つい最近佐世保に来たばかりで、多摩さんに町を案内してもらってたら、いつの間にかはぐれてしまったそうです。はぐれて困っていた所に、一列に並んで歩いている私達を見つけて、同じ艦娘だと思って声をかけてみたという事でした。

「すみません、案内してもらってたんですが……はぐれてしまって。」

「そうなんですか、あの、お買い物が少し残っていますが、よければ私達と一緒に行きませんか?」

 白雪ちゃんがそう提案します。

「はい、お願いします!」

 どこかホッとした様子で女の子は答えます。

「改装空母の龍鳳です、よろしくお願いします。」

 重そうな袋を持ったまま、龍鳳さんがペコリと頭を下げます。

「あの、私達は、第11護衛艦隊です、私は旗艦のはぐろです。」

「始めまして、吹雪です。よろしくおねがいいたします!」

「白雪です。よろしくお願いします。」

「初雪・・・・・・です・・・・・・よろしく」

「深雪だよ。よろしくな。」

「重そうだから、持ってあげる!」

「そんな、そこまでして頂かなくても。」

「いいっていいって、おおっ結構重いな、何が入ってるの?」

 深雪ちゃんが龍鳳さんが持っている袋の一つを持ってあげます。

「えっと、この中ですか? お夕飯の材料の玉ねぎや馬鈴薯…あと…人参とか…です…はい…」

「お料理が出来るんですね!」

 白雪ちゃんが目を輝かせながら言います。

「はい、改装前は潜水艦の子に沢山作ってあげてましたから。」

 龍鳳さんが少し照れたように言います。

「龍鳳さん、お買い物はあとどれくらい残っているんですか?」

「えっと、あとは…お肉と…お醤油と…お砂糖とか…です…。」

「荷物はみんなで交代で持ちましょうか。」

 龍鳳さんの荷物をみんなで交代で持って、買い物を続けることになりました。

 

 

「ふふっ…。」

 歩いていると、ふいに龍鳳さんが笑います。

「どうしたんですか?」

「いいえ、仲良しなんだなって思って、潜水艦の子達を思い出してました。」

「潜水艦ですか?」

「はい、みんな悪戯好きで、騒がしくって、でもとっても仲良しなんです。」

「あんまり酷い悪戯をする時は、晩御飯抜きにするよって言うんです、そうしたら、みんなで謝りに来るんです。みんな本当にいい子なんです。」

 龍鳳さんは本当に嬉しそうな顔で話してくれます。私達がイクさんの話をすると、色々と苦労話を話してくれました。イクさんは一番、悪戯好きで、何度も司令官の所に一緒に謝りにいったそうです。

 

 

 

「今日はありがとうございました、えっと、お礼と言っては何ですけれど、夕飯をご馳走させてください。」

 みんなのお買い物が終わって、鎮守府の入り口をくぐったところで、龍鳳さんに夕食に誘われました。どうしよう、と思ってみんなを見ると、その誘いに目を輝かせています。そして、深雪ちゃんのお腹の虫の音を合図に、みんなで龍鳳さんに晩御飯をご馳走になる事にしました。

 龍鳳さんが作った肉じゃがは本当に美味しくって、みんな沢山お代わりをしました。 

 

 

 

 

 

 翌朝、司令官に呼ばれた私達は、司令室に行きます。次の任務と艦隊に配属される新しい艦娘の事についてだそうです。

「第11護衛艦隊、入ります。」

 入ってすぐ、部屋の中にいる女の子を見てつい声を上げてしまいます。

「龍鳳さん!?」

 昨日の白いセーラー服ではなく、薄い赤色に桜の花があしらわれた着物を羽織っていましたが、部屋にいる女の子は、間違いなく昨日町で出会って美味しい夕食をご馳走になった龍鳳さんです。

「え?みなさん!?どうしてここに?」

 私達が入ってくるのを見て龍鳳さんは目を丸くしています。

「新しく配属する艦娘の紹介を、と思ったがもう必要ないようじゃな、だが、一応形式は整えておかなければならん。」

 私達の様子を見た司令官は立ち上がって、一枚の紙を出して、読み上げます。

「航空母艦、龍鳳を第11護衛艦隊に配属する!」

「はい!潜水母艦改装空母の、龍鳳です。航空母艦として頑張ります!改めて、よろしくお願いします!」

 龍鳳さんは、元気よく返事をして、私達に微笑みます。

「この後、旗艦と龍鳳はここに残るように、新しい任務についての話がある。」

「えぇ!私たちは!?」

「お前たちは、改修が終わった艤装をドックから出して来い。」

「改修されてるんですか!?」

 吹雪ちゃんが驚いた様子で言います。

「ああ、次の任務に必要な装備を追加した、わかったらすぐに行ってこい。」

「「「「はい!」」」」

 吹雪ちゃんたちはパタパタと部屋を出て行きました。

 部屋に二人残された私達は司令官の次の言葉を待ちます。

「すまんが、少し待ってくれ、あと一人呼んである。」

 司令官はそう言うと、再び椅子に腰を下ろしました。

 

「入るにゃあ!」

 数分後、聞き覚えのある声がして、扉が開きます。

「来たか、では、ただ今から次の任務について伝える。」

 司令官は立ち上がり、部屋に置かれた地図の前に移動して、私達の任務の説明が始まりました。

 




 次回は作戦会議です。

 すぐには返事出来ませんが、感想やアドバイス、日常編で参考になる小説などあればお教え下さい。
 感想などはかなり筆者の励みになっています。


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作戦会議、図上演習です。

 司令官の作戦説明が終了して数時間後、はぐろの艤装には、いつものように艦娘たちが集まっていた。いつもと少し違うのが、集合場所が士官室ではなく、司令や幕僚などが乗艦した際に使用される司令部作戦室であることだ。

 部屋には上級士官が使うにふさわしいよう、立派な作りになっており、中に入る者を否応なしに緊張させる。そして、奥で深刻そうな顔をしている、はぐろ、多摩、龍鳳の三人を見て、入ってくる艦娘たちの緊張の度合いは更に高まった。

 

「第11護衛艦隊、第30駆逐隊、全員そろったにゃ?」

「はい、全員揃いました。」

「揃いましたよー!」

 多摩さんの声に吹雪ちゃんと睦月ちゃんが答えます。

「では、今から作戦会議を始めるにゃ、今回の任務は……。」

 多摩さんの声で部屋の空気が一気に引き締まります。

 

 

「船団護衛任務にゃ!」

「え~、また~?めんどくせぇ~。」

「このところマンネリですね。」

「望月、如月、甘いにゃ!」

 多摩さんが二人を一喝します。

「今回の任務はいつもと比べ物にならないにゃ!」

「えーっと、多摩さん、何があったんですか?」

 睦月ちゃんが多摩さんの様子を見て驚いたように言います。

「はぐろさん、今回の護衛する船の数をみんなに教えてあげるにゃ!」

「……今の段階で、50隻…です……。」

 

「えぇ!?」

「マジで?」

「二人共、どうやら深刻さが分ったようにゃ、今の段階で50隻、出発日にはもっと増えてる可能性があるにゃ。」

「でも...どうして、急に...そんな数に?」

「他にもまだまだ問題は山積みにゃ、詳しくは手元の資料を見るにゃあ!」

 多摩さんの言葉に従って、部屋の中の全員が手元にある[ヒー74船団輸送任務]と表紙に書いてある書類に目を落とします。

 書類の内容をおおまかにまとめると、

・旗艦はぐろ以下第11護衛艦隊及び旗艦多摩以下、第30駆逐隊の二個艦隊をもって、5日後に出港するヒー74船団の護衛任務に当たれ。

・ヒー74船団の目的地は東南AS諸国である。護衛任務は船団が、SP国近海に到達するまでとする。

・船団の一割の損失は許容する。

・ヒー74船団の編成、潜水艦の出現脅威海域、航行禁止海域については別紙の通り。

 

 

 一通り書類に目を通した全員はため息をついた。。

「もっ、問題だらけですね!」

 睦月ちゃんがお手上げ、といったふうに言います。

「3列にしても、すごい長さになります……。」

「船団は......出せても7ノット...3週間はかかる......」

「で、この遅いのを3000マイルも護衛する…と。」

 別紙の船団の編成表を見て白雪ちゃん、初雪ちゃん、望月ちゃんがつぶやきます。

「船団を分けたり出発を遅らせたりは出来ないんですか?」

「無理にゃ、吹雪ちゃん、この任務は複雑な事情が絡まって来てるにゃ、司令の権限ではどうにもならないにゃ。」

 多摩さんの言葉にみんなが黙り込みます。

 

「怒ってもしょうがないにゃ、弥生ちゃん。」

「え…?弥生、怒ってなんかないですよ?……すみません、表情硬くて。」

「そ、そうかにゃ、ごめんにゃあ、と、とにかく!」

「腐っててもしょうがないにゃあ!」

 多摩さんが立ち上がって部屋のホワイトボードを叩きます。

「さあ、このノロマな船団をどう送り届けるか、皆で考えるにゃあ!」

 そうして、この困難な護衛戦の話し合いが始まりました。

 

 

 

 

 

 

「やっぱり、まだ頑張ってたんですね。」

 部屋の中で沢山の資料と格闘している女の子を見る、私が航空母艦に改装されて初めての艦隊の旗艦、重巡洋艦のはぐろさんです。

「あの、頑張ってるなんて…そんな…」

「吹雪ちゃんに言われたんです、きっと夜遅くまで頑張ってるから見に行ってあげてって。」

「吹雪ちゃんが……あの、みんなの宿題の様子はどうでしたか?」

「はい、みんな頑張ってました、ほんの少し前に終わったみたいです。」

 私の言葉を聞いた彼女は、手を止めて、ホッとため息をつく。

「難しすぎたらどうしようかって心配してたんですが、大丈夫だったみたいですね。」

 つい先日改修された駆逐艦の子達には、明石さんが改良した水中聴音機が装備された。試験結果がとても良かったので、実戦での運用試験をお願いされたそうだ。あまりいい装備を持っていなかったみんなは大喜びで、効果的な使い方をはぐろさんに聞きに行ったら、難しい宿題をいっぱいもらったそうだ。

 さっきの会議で決まったのは、船団の直掩には第11護衛艦隊が、第30駆逐隊は先発して航路の露払いをやることになった。本当は全員で直掩に付きたいところだったけど、艦娘の運用は六隻以上でやると、必ず問題が起きるから一時的な集合などの他は厳に慎むように言われている。

「龍鳳さん、この船団が深海棲艦に見つかる可能性はどれくらいだと思いますか?」

「えっと…言いにくいですが…九割以上だと思います…。」

「戦闘は…避けられないですか……。」

「はい、司令に渡された書類の情報が本当なら、見逃してはくれないと思います。」

 私は潜水母艦だった経験から導き出された考えを正直に答える、こんなに数が多くて足が遅い船団が見つからずに、あの海域を抜けられる可能性はかなり低い。さらに、司令から渡された書類には、潜水艦型深海棲艦が何隻かでまとまって今までに無い作戦行動を取っている可能性まで言及されていた。

「いざ、戦う事になると、難しいものですね、どれが正解かって考えばっかりです。」

「どれが正解なんて、やってみないとわかりませんよ。それに、みんなで話し合って決めたんです、きっと上手く行きます。」

「でも、もし何か大きな見落としがあったら、と思ったら……。」

 彼女は資料を片手に不安そうに俯いている。

「……しょうがないですね。」

 私は、はぐろさんの前の椅子に座ります。

「手伝います、一人より二人です!」

「そんな、悪いです!」

 彼女が遠慮して両手を突き出すけど、私は構わずテーブルの上の資料の山を崩す。

「いいですか、もう私は同じ艦隊で、よそ者じゃないんですよ、それに、出発前に旗艦の調子が悪くなったら困ります。」

 私は口を尖らせて少し彼女に抗議する、でも、これは私が旗艦だった頃の経験も踏まえての事です。

「すみません……。」

「あぁ、そんなつもりじゃないんですが、もっと頼ってもらえれば嬉しいって事ですよ、ところで、今は何をやってるんですか?」

「えっと、今はですね、輸送船の陣形を考えていたんですが、龍鳳さんが来てくれたので、飛行機の使い方をもう少し詰めていきましょう。」

「はい!」

 結局、手伝いに来た私も、はぐろさんと一緒になって夜遅くまで話し合いました。彼女は船団の護衛経験が全く無い、と言っていますが、知っている知識はどれも先進的で、とても勉強になります。

 

 

 

 

 

 

 作戦会議の次の日、再び全員がはぐろの司令部作戦室に集まっていた。大きなテーブルの上には巨大な地図と、船や潜水艦を模した駒が置いてある。

 

「みんな集まったにゃ、今から図上演習を始めるにゃ。」

「今回は深海棲艦が集団で攻撃してくる事を想定して、敵役を龍鳳さんにお願いするにゃあ。」

「はい、よろしくお願いします。」

 龍鳳さんがにこやかに挨拶します、そんな龍鳳さんの様子を見て、誰もこれからあんな事になるなんて考えもしませんでした。

 

 

「「「「………」」」」

「皆さん、どうしたんですか、手が止まってますよ?」

 図演が始まってしばらくして、龍鳳さんは最初に挨拶をしたのと変わらない様子で言います。

「悪魔にゃ、悪魔がいるにゃ……。」

 多摩さんが顔を青くして呟く。

「まあ、悪魔なんて失礼ですね。」

 多摩さんが呟いた言葉に龍鳳さんが頬を膨らませます。

「龍鳳さん、強すぎます……」

 吹雪ちゃんが呟く、机の上には見事に護衛の艦隊を剥がされて攻撃を受ける船団の駒があった。

「一回目は終わりですね、敗因は情報に踊らされたことです、どれが正しい情報か見極めないと、船は何隻あっても足りませんよ。」

「うぅ、言うとおりにゃあ、はぐろさん、作戦会議にゃ!」

「はい!」

 私達はさっきの図演の反省をします、一通り反省が終わったところで、もう一度龍鳳さんに挑みます。

 

二回目

「機雷の敷設も潜水艦のお仕事の一つなんですよ。」

「罠にゃ、孔明の罠にゃ!」

 二回目は裏をかいて狭い航路を通ろうとした所に機雷を仕掛けられていて、作戦は失敗しました。

 

三回目

「無線封鎖は大切ですが、時期を誤ると危険ですよ。」

「みんなどこ行ったにゃあ~!」

 三回目は電波管制を逆手に取られていつの間にか分断されてしまいました。

 

四回目

「飛行機での哨戒は大切ですが、母艦をそんなに離してしまうと狙われますよ。」

「くぅ、どうすればいいにゃあ!」

 四回目は敵の目を潰そうと飛行機と哨戒機で索敵を試みますが、母艦が孤立した一瞬の隙を突かれてしまいました。

 

 私達は龍鳳さんの指揮する潜水艦隊に翻弄されながら、沢山の図演を繰り返して作戦の問題点を洗い出す事が出来ました。龍鳳さんは涼しい顔をしていましたが、終わった時にはみんなヘトヘトで、多摩さんが「あんなにニコニコしながら情け容赦ない手を打って来るなんて、潜水母艦は恐ろしいにゃ……。」と遠い目をしながら言っていました。確かに恐ろしい相手でしたが、次の作戦では味方です、これほど心強いものはありません。

 私がそう多摩さんに言うと、多摩さんは相変わらず遠い目をしてぶつぶつ呟きます。

「そうにゃ、龍鳳さんは敵に回しちゃいけないにゃ、絶対にゃ……。」

 




 沢山の感想ありがとうございます、これからもよろしくお願いします。


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出港です。

 長い間お待たせしました、年度末忙しすぎワロタ、3000字ほど追加しました。


 今回の輸送作戦がどうしてこれほどまでに大規模な作戦になったのか、それには理由があった。

 昨今、東南ASの資源地帯に行く船が、頻繁に襲撃を受けるようになり、軍上層部は船を出発前に一度集合させ、護衛を付けて集団で航行する方法を大々的に取ることにした。はぐろ達の船団はその第一号となったのだ。

 今までも、艦娘による船団の護衛任務は行われていたが、航路に脅威が少なかったため、あくまで副次的な任務であった。

 しかし、昨今の事情から、軍上層部が艦娘に船団の護衛を主任務として与える事となった。そして、艦娘の護衛を受けられる、という事を明示して、船団の出発時間、集合場所を各船会社に発表した。

 その結果、各船会社からは、予想以上の数の護衛依頼が来てしまったのだ。船会社としては、護衛が受けられれば安心、という思いがあり、今まで長距離の航路では危険で使用してこなかった性能の悪い輸送船も含めて、依頼を出した。

 ある意味、艦娘が信頼されている、という証拠でもあるのだが、この大量の船舶の扱いに上層部は大いに苦慮することになる。これだけの量の船を護衛するとなると、それなりの数を付けなければならないが、国内の艦娘は戦闘が続く南方方面に出払っており、国内には練成中であったり、旧式のもの、修理、改装中の艦娘ばかりだった。

 船団に割く戦力をどうするか、頭を悩ませていると、佐世保で、つい最近実戦部隊に繰り上がった艦隊が目に留まった。訓練の、特に対空、対潜の成績が優れていることから、前線部隊から、その艦隊を回すようにとリクエストがあったが、その艦隊が所属する鎮守府の司令官がこの要望を蹴った。

 だが、要望を蹴った事で、佐世保鎮守府では、結果として10隻程度の艦娘を後方任務の戦力として持つことになった。その10隻をこの船団の護衛に付ける、という話になったのだ。

 佐世保の司令官は先の要望を蹴った事から、この任務は拒否する事は出来ず、その代わり、最近改装されたばかりの改装空母、龍鳳を護衛艦隊に加える事を要求した。

 龍鳳は低速の軽空母であり、機動部隊としての運用には不安が残る、という意見と、この任務は初の試みであり、失敗が許されない、という観点から、その要求は受け入れられた。

 そうして、第11護衛艦隊と第30駆逐隊は、初の大船団の護衛に臨むこととなったのだった。

 

 

 

 

「み・な・さ・ん、みなさ~ん!お夕飯が出来ましたよ!」

 私達がそわそわしながら、龍鳳さんの食堂で待っていると、待ちに待った明るい声が聞こえてきました。

 妖精さんが私達にお料理の乗ったお皿を配ってくれます。

「すっごい、美味しそう!」

「龍鳳さん、今日はハンバーグですか?」

「白雪ちゃん、それは食べてからのお楽しみです。」

 龍鳳さんが優しく微笑みます、きっとただのハンバーグではないのでしょう。

 

「では頂きましょうか。」

 龍鳳さんが席に着いて手を合わせます。私達も手を合わせます。

「「「「「「いただきます!」」」」」」

 みんなの頂きますを合図にみんな夕食を食べ始めます。

「わぁ、中に卵が入ってます!」

 さっそくお皿に乗っているお肉に手を付けた吹雪ちゃんが驚きの声を上げます。

「フーカデンビーフです、どうぞ召し上がってください。」

 夕食のメインはゆで卵をひき肉で包んで焼いた遊び心あふれるお料理です。

 龍鳳さんが私達の艦隊になってから、私達はほとんど毎日夕食のお世話になっています。

「すいません、毎日お世話になってしまって。」

 私がそう言うと、龍鳳さんは微笑みます。

「いいんですよ、お料理は美味しそうに食べてもらえる人がいるから作り甲斐があるんです、それに、明日から出港です、しっかり食べて力を付けてください。」

 

「明日から龍鳳さんのお料理が食べられないのはちょっと寂しいです……。」

 白雪ちゃんが寂しそうに言います、作戦の打ち合わせや図上演習で忙しく動き回っていつの間にか明日は出港の日です、出港してしまえば、しばらくは龍鳳さんの作ったお料理は食べられません、まだ龍鳳さんが来てからあまり日は経っていませんが、私達はみんな龍鳳さんのお料理の虜になってしまいました。

「ふふ、大丈夫ですよ、任務が終わったら食べられます、次はいっぱいご馳走を作りますから、またお買い物を手伝って下さいね。」

「はい!」

「さあ、お料理が冷めないうちに、どんどん召し上がって下さい、お代わりもありますよ。」

「「「「はぁい!」」」」

 吹雪ちゃんたちが元気に返事をします。

「大丈夫です、これだけしっかり作戦を作ったんです、きっと成功します。」

 経験豊富な龍鳳さんにそう言われると、とても安心できます。図上演習では、みんなに恐れられた龍鳳さんですが、そのおかげで満足のいく作戦が出来ました、もうやっておくべき事は全部やりました、後は明日の出発を待つだけです。

「そうですね、皆さん、明日から、また頑張りましょう!」

「「「はい!」」」「ふぁぃ!」

 作戦前の最後の夕食は過ぎていきました。今まで、あまり意識した事はありませんでしたが、皆で食べるご飯はやっぱり美味しいです。

 

 

 

 

 翌朝、私達は自分たちの艤装で慌しく出港の準備を進めます。

「後部舷梯、収めてください。」

「ちょっと待って!」

 出港の準備も最終段階になって、私が陸と繋がる最後の舷梯を上げようとしたところで、私を呼び止める声が聞こえます。声のする方を見てみると、明石さんが息を切らせながら走って来ます。

「明石さん!?」

「はぁ、はぁ…、間に合った。」

「明石さん、どうしたんですか?」

 岸壁で息を切らしている明石さんの所に急いで行きます。

「まだあなたにあげられるような装備は作れないから......」

 そう言うと、明石さんはおもむろにポケットから何かを取り出します。

「はい、私からのプレゼントよ。」

 明石から銀色の何かを手渡されます。

 手渡されたそれは、銀色の円の中央に私の武器の対空ミサイル、輪っかの端には赤いリボンが一本あしらわれています。

「髪飾りよ、女の子なんだから、少しは着飾らないとね。」

「え……?これを…私に!? 明石さん…本当に…ひっく…ありがとうございますぅ……ぐすっ、うぅ~……」

「な、なんで泣いてるのよ!」

「うぅ、ぐすっ、ずみまぜん………嬉しくってぇ~……」

「もう、しっかりしなさいよ、旗艦なんだから、作戦前にこんなのでどうするの!」

 明石さんにそう言われて、渡されたハンカチでぐしぐしと顔を拭きます。

 

 

 私が落ち着いたところで明石さんに手渡された髪飾りをさっそく付けてみます。

「ど、どうですか、似合ってますか?」

「オッケーよ、似合ってるわ、さぁ、行って来なさい、今度はぶつからないようにね!」

 明石さんが親指をぐっと突き出します。

「はい!行ってきます!」

「よっし!行って来なさい!」

「ひゃあ!」

 振り返って艤装への舷梯を登ろうとしたところで、明石さんにお尻をばしんと叩かれます。

「頑張ってね!」

「はい!頑張ります!」

 悪戯そうに笑う明石さんを後に、私は舷梯を登って、出港の準備を再開します、明石さん、今度はぶつかりません!

 

「出港用意!」

 岸壁を離れて出港していく私達を明石さんが手を振って見送ってくれます。やっぱり、見送ってくれる人がいるのは嬉しいです。そうやって、私達の始めての任務が始まりました。

 

 

 

 

「行っちゃったかぁ~。」

 岸壁で出港していった艦隊を見送っていた明石が呟く。

 彼女たちの作戦会議が始まってからしばらくして、明石は一つの装備を作るように軽巡洋艦の多摩に頼まれた。その装備は昨日完成して、何とか多摩に装備する事が出来た。

「あんまり触れなかったなぁ……。」

 はぐろから借りた武器は、そんなこんなであんまり調べられなかったのが現状だ、その事を思ったのか、少し残念そうに明石は呟いた。

「ま、新しい装備も作れたし、良しとしましょうか。」

 明石は振り返って自分の部屋のある建物に向かって歩き始めた。

「ふわぁ~……、疲れた~、そろそろ寝ますか…」

 眠そうに伸びをして言った。武器の解析や新しい装備の開発で、ここ最近は徹夜だった彼女が、艦隊が出港して、ようやくまとまった時間の休みを得られたのだった。

 

 

 

 

 佐世保湾を出るには必ず狭い水道を通らなければならない、そのため、出港するにあたって、港外の様子はほとんど見えない、出港した第11護衛艦隊は駆逐艦吹雪を先頭に、湾外に出る水道にさしかかっていた。湾外にはもうすでに護衛するべき輸送船団が待機しているはずである。

「水道、最狭部通過しました、航海保安、用具収めます。」

 水道を無事に抜けたのを確認した吹雪の航海科妖精が吹雪にそう言うが、吹雪は湾外の光景に目を見張り、妖精さんの声は全く耳に入って来なかった。

「なんて数なの……」

 水道を出て視界が広がって来た所で艦隊の先頭を務める吹雪は見えてきた船団を見て息を呑んだ、最終的には62隻までに膨らんだヒー74輸送船団は、湾外の水平線を埋め尽くしていた。書類や机の上での62隻とは実際に見る62隻では訳が違っている。

「あの、航海保安、用具収めます!」

「…え!?あぁ、ごめんなさい、お願いします。」

 もう一度妖精さんに呼ばれてようやく我に返った吹雪だった。

 そうして、再び水平線を埋め尽くす船団に視線を戻した。

「これを…護衛するんですか……。」

 船団のうちの一割の損失は許容されているとは言っても全部の船を無事に送り届けたい、そんな思いが吹雪の胸をよぎる。

 船団を眺めていると、一隻の輸送船が発光信号を送信して来た。その船は、よく見ると、つい先日洋上補給の訓練でお世話になった船だ。

「船団指揮艦から信号です、{センダンノジンケイニヘンコウナシデヨロシキヤ}です。」

「わかりました、返信をお願いします、{変更無し、予定通り行動せよ}」

 船団に計画通りに動くように伝えます。

 第30駆逐隊はすでに航路哨戒のために先行している、先行する艦隊と離れすぎないように速やかに出発しなければいけない。

 吹雪の信号を受けた船団は作戦計画に記された通りの船団を組み始めた。

 

 

 

 

 

「作戦に変更は無しか……。」

 作戦に変更無し、という信号を受け取った船団の指揮艦を務める補給艦の上で一人の士官が呟いた。

 船団の指揮艦を務める佐々木司令官は作戦計画を受け取った時に、まず船団の陣形を見て目を疑った。今までの常識を覆す形だったからだ。作戦の直前にもしかすると変更があるかもしれない、と思っていたが、変更は無いようだ。

「全艦に打電、本船団は予定通り各目的地に向け出航する!」

 佐々木は速やかに船団に出航命令を出した、先の戦争で多くの船員を失っている今、乗組員はほとんどが促成栽培された船員で構成されており、何をやるにも時間がかかる、早めの行動に越したことはない。多くなりすぎた船団は、もはや発光信号や旗流信号での統制は不可能で、無線を使わざるをえなかった。

 命令を受けた船団は、出航と同時に西に進みながら長い横列を作り始めた。よたとたと覚束ない足取りながらも、船団は数時間後には横12隻、縦5隻の陣形を形成した。船と船の間隔は1マイル、横、約20キロメートル、縦約9キロメートルにもわたる巨大な船団だ。

「こんな形に組ませるとは、よほど自信があるのか……」

 佐々木がこう呟いたのは、護衛艦隊が輸送船が個々に実施する回避運動を全く充てにしていない、と感じ取ったからだ。確かに横長にする事で、横っ腹をさらす機会は激減する。必然的に潜水艦からの雷撃のチャンスを減らす事は出来るだろう。だが、これでは列の中にいる船は身動きが出来ない。つまり攻撃を受けた時には回避運動が出来ずに、やられるしかないのだ。 

 佐々木はつい先日艦娘にぶつけられた船体の傷と、護衛に来る見覚えのある艦たちを見て不安を覚えるのだった。

 

 

 

 

「皆さん、予定通りに位置について下さい。」

「「「「「了解!」」」」」

 西に動き出した船団を見て、全員に指示を出します。私も含めて、みんな船団の規模を見て心なしか緊張しているようです。

 護衛する陣形は、おおまかに、横に長い船団の先頭を航行して、進行方向全体を警戒するのが私、船団の左側で警戒をするのが吹雪ちゃんと白雪ちゃん、右側で警戒をするのが深雪ちゃんと初雪ちゃん、船団の一番後ろで航空機を使って哨戒をするのが龍鳳さんです。

 前の訓練でイクさんを12マイル先で探知出来たので、私が前に出る事で、船団に潜り込もうとする潜水艦は高い確率で捕らえられます。

 そして、今回から、もう一つ強力な味方がいます。

「レーダー探知、IFF確認、味方の航空機です!」

「来ましたね。」

 レーダー画面に一機の飛行機が映ります。私に搭載する艦載機、SH-60Kです。

「はぐろ、THIS IS ワイバーン01、RADIO CHECK(感度どうか?)。」

「THIS ISはぐろ、YOUR VOICE ROUD AND CLEAR、HOW DO YOU READ?(よく聞こえます、そっちはどうか?)」

 レーダーを見ている妖精さんと交話が始まりました。

「THIS IS ワイバーン01、ROUD AND CLEAR、ESTIMATE YOUR POSITION AT 1045 REQUEST LANDING。」

「ワイバーン01、から、着陸の要請です!」

「わかりました、許可します、取り舵、進路を220度に、船を風に立てます。」

「ワイバーン01、MY CAUSE 220° 15ノット WIND 220° AT 6ノット!」

「ワイバーン01 ラジャー、REQUEST RADAR VECTOR.」

 レーダーを積んでいるヘリコプターでも、船が多すぎて着陸場所を探すのに手こずっているようです。

「着艦の準備をして下さい。」

「了解、レーダー誘導開始します!」

「ワイバーン01 TURN LEFT 180° VECTOR TO FINAL APROACH CAUSE(左180度に旋回せよ、レーダー誘導を開始します。)!」

「ワイバーン01ラジャー、LEFT 180°。」

「ワイバーン01,フリーデッキランディング、PERFOME LANDINGT CHECK.(着陸点検をして下さい)」

 今日は天候がいいので、着陸に特別な装置はいりません。

「妖精さん、後をお願いします、飛行甲板に行ってきます。」

「はい、任せてください!」

 妖精さんから自信のある返事が聞こえます、任せても大丈夫そうです。

 通路を通って飛行甲板に出ます。今日は海も凪いでいて、船の動揺も少ない、絶好の着艦日和です。

 着艦のためにスピードを上げているから、他の船よりくっきりとした航跡が見えるはずです。

 

「来ました、4時の方向です!」

 見張り妖精さんが叫びます、その方向を眺めていると、豆粒くらいの大きさのヘリコプターを見つけました。

 それはしだいに大きくなって、ヘリコプター独特の大きな音も聞こえて来ます。

 HSも私を見つけたのか、高度を下げて、アプローチを始めました。

「ワイバーン01、アプローチ開始!」

 HSは甲板の左後ろ数十メートルの所まで、一気に近づいて、ホバリングを始めます。ローターで巻き上げられた潮が、ふわっと肌に触れます。

 ゆっくりと甲板の真ん中に機体を移動させたHSは、慎重に高度を下げて甲板に着艦しました。

「タイダウンチェーン、エンジンカット!」

 妖精さんが素早くヘリコプターに鎖を繋ぎます、甲板に拘束されたHSはエンジンを止めて、格納できるようにローターと尾翼を折りたたみます。

 

 これで、作戦で重要になるものが全部揃いました。

「お帰りなさい、お疲れ様でした。」

 わらわらと扉を開けて降りてきた妖精さんを労います。でも、すぐに様子がおかしい事に気が付きます。みんな俯いて、浮かない顔をしています。

「あの……、どうしたんですか?」

 

「「「うぅ……えーん、うえーん!」」」

 急に泣き始めてしまいました。

「あ、あのっ、どうしたんですか!?」

 妖精さん達が、泣きながらギュッとしがみついて来ます。

 急に泣き始めた妖精さんに慌ててしまいます。いったいどうしたんでしょうか?

「あの、泣いていてもわかりませんよ。」

 しがみついてくる妖精さんの頭を一人一人撫でて落ち着かせようとします。

 

 

 それから、少しずつ泣き止んで来た妖精さんは、ポツリポツリと泣いた理由を話してくれました。

 訓練をしている時、他の妖精さんに、ヘリコプターの見た目が変だとか、速度が遅くて、長い距離を飛べないとを言われて、苛められたそうです。

「そうですか……辛かったですね……。」

 お話を聞いた私は、妖精さんの頭をポンポンと叩きます。

 

 

「少し昔の、いいえ、未来の話をしましょうか。」

 きっと妖精さんにはバカにされたり苛められた経験が無いんでしょう。

「ある国は、、昔大きな戦争にさんざんに負けてしまいました。その国は、もう二度と戦争はしないぞって、軍隊を全部捨ててしまいました、でも………。」

 私は、艦長や、乗って来た司令官、そして古株の乗組員がしていた昔話を始めます。

 もう一度生まれた時は、町の人の自衛隊への印象はとても良かったのですが、そんな時代ばかりではなかったそうです。

 町を歩くと、陰口を言われたり、あからさまに嫌な態度を取る人もいたそうです。

 でも、そんな嫌な思いをしても、毎日頑張って、色々な物を積み上げて、そうやってみんなに認められるようになりました。

 

 

 そんな昔話を一通りした後に、妖精さんに聞いてみます。 

「悪口を言われてヘリコプターが嫌いになりましたか?」

 

「そんなことないです!自分にはもったいないくらい素晴らしい航空機です!」

 妖精さんは、皆一様に首をブンブン振って答えます。

「もう嫌だって思いましたか?」

 また首を振ります。

「そうですか……皆さんちゃんと自分に誇りを持ってるんですね。」

「「「はい!」」」

「認められてなくても、一生懸命やっていれば、本当に必要な時に活躍出来ます、きっと認められます。みんなそれだけの力を持っているんですから。」

 妖精さんは泣き止んで私のお話を真剣に聞いてくれています。

「今日はゆっくり休んで、悪いことは忘れて、また明日から頑張りましょう。」

「「「はい!」」」

 

 来た時とはうって変わって元気に返事をして、艦内に入って行く妖精を、はぐろは優しく見送った。

 

 



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接敵します。

 遅れましたが、お気に入り800件突破ありがとうございます。
 最近遅れ気味ですいません、前話に3000字ほど追加しています。


 佐世保を出航してから、5日が経った。船団は当初の計画どおり、脅威度の高い太平洋に出る事を避けて、東シナ海を南西に進んでいた。潜水艦の脅威の少ない海域を出来るだけ選んで航行したこともあり、未だ深海棲艦との接触は無かった。だが…

 

「脅威海域に入ります、警戒して下さい。」

 沖縄と宮古島の間を通ります、もっと安全な台湾海峡という手もありましたが、C国の沿岸を通過する事になるので、許可が下りません。それに、船団の大きさも災いして、狭い海域を通る事は出来ません。

 ここを抜けると、海図では赤く記されている海域、脅威海域に入ります。これからバシー海峡を抜けるまで脅威の高い海域が続きます、これから数日は気が抜けません。

「吹雪ちゃん、深雪ちゃん、蛇行を始めて下さい。」

「はい!」

「了解だぜ!」

 左右で哨戒をしている二人に指示を出します、上空には、龍鳳さんの攻撃機が魚雷の代わりに対潜爆弾を抱いて哨戒しています。

 

 

 

 

 

「ESMコンタクト!潜水艦長距離通信用のHF(短波)です!」

「どこからですか!」

「8時の方向です!距離不明、内容は……解析不能です、深海棲艦の通信と思われます!」

 船団が島の間を通っている時に、鋭い妖精さんの声が響きます。CICに今までにない張り詰めた空気が広がります。

 電波逆探知装置が怪しい電波を探知しました、解析された周波数から潜水艦が発信したものらしいです、この海域に味方潜水艦はいません、これは……。

 

 

 

 

「無線封鎖解除、8時方向から不審な電波を探知しました、敵潜水艦に補足された可能性があります!」

 はぐろさんの緊迫した声が響く。

「え、えぇ!」

「ど、どうしよう!」

「どっ、どこっですか!」

「んっ…マジ!?」

「みんな、落ち着いて、電波くらいなら大丈夫です!」

 初めての接敵に浮き足立った艦隊を龍鳳が一喝する。

 見つかっても射程圏内にいなければ攻撃は受けない、潜望鏡で船団を見つけられる距離は、はぐろさんのバウソーナーの探知距離を越えている。探知出来ていない、ということは、見つかったとしても、潜水艦との距離は十分にある。そして電波の到来方向は左後ろ、攻撃出来る場所ではない。  

「探知した方に飛行機を向かわせます、はぐろさんは先行している第30駆逐隊、多摩さんと連絡を取ってください!冷静に対処しましょう!」

「「「「「はい!」」」」」

 みんなを落ち着かせて、すぐに飛行機を向かわせる。

 

 

 

 

「はぐろより多摩さんへ、潜水艦と接触した可能性があります、不審な電波は来ませんでしたか?」

「にゃあ、来てるにゃあ、知らせようと思ってたところにゃあ。」 

 出航ギリギリ前に、明石が多摩に取り付けた新装備、改良された電波逆探知装置が電波の到来方向を正確に解析する。

 はぐろの逆探知装置と多摩の新しい逆探知装置で電波が来た方位を測って、敵潜水艦の位置を局限する三角測量法を使った。

 

 

 

 多摩さんからもらった情報で海図に二本の線を引きます。距離が分からなくても違う場所から出された電波の方角を割り出せれば、電波が発信された位置が分かります。

「龍鳳さん!8時方向、30マイル付近、集中捜索をお願いします!」

「わかりました!」

 龍鳳さんが上空の飛行機を割り出された場所に向かわせます、これで見つかればいいのですが……。

 

 

 

 

「母艦から通信です、捜索範囲を5マイル遠くに移せ、だそうです。」

 上空の飛行機はすぐに動いた。

「オイ、このあたりにいるらしいぞ!目ん玉しっかり見開いてろ!」

 三機の飛行機は母艦から指示を受けた場所を探し始める。青く澄んだ南の海なら、潜望鏡を出せるほど浅い深度にいる潜水艦なら割と高い高度でも見つけられる。

 攻撃機に乗っている妖精全員が、目を皿のようにして海面を見張る。

 

「いました!10時の方向です!」

「よっしゃあ、行くぞ!」

 海面の少しの色の変化を見つけた一機がバンクを振って投弾体制に入る。

「ヨーソロー、ヨーソロー、……てぇ!」

 一機が対潜爆弾を落として、それに続いて二番機、三番機が爆弾を落とし、多数の爆弾が炸裂して大きな水柱を上げる。その爆発は確実に海中に潜んでいた深海棲に確実にダメージを与えた。

 

 

 

「どうだ、何か浮いてきたか?」

 攻撃を終えた飛行機が爆弾を落とした場所を回って結果を確認する。

「油と…破片が見えます!撃沈確実です!」

 後席の妖精が叫ぶ、視線の先には真っ黒な油らしき液体と何かの破片が沢山浮いてきていた。

「よっし、帰るぞ、今日はお祝いだ!」

 この日は、龍鳳の空母としてはじめての深海棲艦撃沈した輝かしい日として、記録される……はずだった。

  

 

  

 

 深海棲艦は、攻撃からギリギリの所で沈没を免れ、最後の力を振り絞り、得られた情報を全て発信した。

 それを察知した第11護衛艦隊が再び、今度は徹底的な航空攻撃を仕掛た。大きく大破していた深海棲艦は、潜行することもできず、成すすべも無く、ほとんど浮上した状態で撃沈された。 

 飛行機を主体とした第11護衛艦隊の初めての深海棲艦との戦いは、こうして幕を閉じた。

 

 

 

「しぶとさは知ってたはずなのに……。」

 飛行甲板の上で、次々に降りてくる飛行機を見て龍鳳は悔しそうに呟いた。

 龍鳳は、この二度の攻撃で航空機の収容に時間がかかってしまい、少なからず船団を遅らせてしまう結果となった、この事が後から大きく影響を及ぼすとは、この時誰も予想できなかった。 

 船団は、沖縄と奄美大島の間を抜け、太平洋に出た。それは、同時に脅威海域に入った事を意味する。

 

 

 

 

 

「飛行作業、始めて下さい!」

 間もなく日没となる時に、はぐろの格納庫からSH-60Kが引き出された。

 龍鳳の航空隊は日の出から日没までを、はぐろの哨戒機は単独で夜間の哨戒を行う取り決めになっている。

 SH-60Kの大きな強みはここにあった、装備されたレーダーや暗視装置、自動操縦装置で夜間でも母艦から発艦して哨戒活動が出来るのだ。

 日中の哨戒飛行も潜水艦の動きを拘束するには非常に効果的なのだが、潜水艦は特に夜に無防備になりやすい、浮上したりシュノーケルを使ったりするからだ。高性能なレーダーがあれば、これを探知して、忍び寄り、攻撃出来る。

 発艦前に飛行科の妖精たちが、CICに、みな一様に真剣な面持ちで集まっていた。

 

 

「哨戒区域は主に予定航路上です。先に行っている第30駆逐隊の、さらに前まで進出して捜索を行います、それから、引き返します。この繰り返しです。」

 妖精さん達に計画を説明します。

 

「レーダーの使用制限はありますか?」

 一人の妖精さんが質問してきます。

「ありません、どんとん使って下さい。」

「武器の使用はどうなりますか?」

「潜水艦とわかり次第攻撃して下さい、この付近に味方の潜水艦はいません。」

「了解しました!」

 それから、一通りの事を確認し終えると、はぐろは妖精さん達を送り出す。甲板には、すでに準備が終わったHSの姿があった。

 

 妖精さんの乗るSH-60Kは、増槽と魚雷を一本装備しています、夜の間、何度か着艦して、燃料を補給しなければいけませんが、その間は上空の哨戒は無しになります。その時間を出来るだけ短くしないといけません。それに、もし魚雷を使ったら戻ってきて補給をしないといけません。

 夕焼けに赤く染まっていく太平洋に、はぐろのHSは飛び立っていった。警戒海域に入って初めての夜が来る。

 

「はあ~……。」

 妖精さんが飛び立つのを見て、大きなため息をついてしまいました。

 少し無理な任務を押し付けてしまいました。本来なら、こんな近海の哨戒は、対潜哨戒機(P-3C)のお仕事です。ヘリコプター、しかもたかが一機で出来る範囲は限られます。

 衛星や海底ケーブル、陸上の基地からの情報提供も無ければ、探知距離の長い曳航式ソーナーを引いている船もいません。こうなればどんなに技術が進歩しても、砂漠で針を探すような物です。

「無い物を言っても仕方ありません、持ってるもので何とかしないと!」

 詰まらない考えを振り払います。

「頑張ってください。」

 たった1機でオレンジ色に燃える空に飛び立ったHSに呟いた。

 そして、危険な海域での初めての夜が始まる。

 

 



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哨戒開始します。

前話に1000字ほど追加しました、小出しですいません。


「航路上にソノブイを展開する、ローファーブイ投下用意!」

「用意よし!」

「投下!」

 機体の左側から白い筒状の物が空中に射出された、それはしばらくして、パラシュートを開き、海面にゆっくり着水する。

 第30駆逐隊の前にまで進出したシーホークは、予定航路の左右にソノブイをまき始めた。

 ローファーは、ブイから一定範囲にいる潜水艦の音を探知する、探知距離は特殊な条件下なら30マイル、商船なら5から10マイルて探知できる、これなら航路上の安全はほぼ確保できる。

 もし反応があれば後は艦艇と協力して攻撃、撃沈するだけだ。

「旗艦多摩、こちらワイバーン01です、感度いかがでしょうか?」

「よく聞こえるにゃ、よろしく頼むにゃ。」

「こちらも感度良好です、よろしくお願いします。」

 先行する艦隊と通信を取る、はぐろのアスロックは当然射程外、短魚雷は一発だけ、それに哨戒する範囲は広い、必ず連携する機会が出てくるはずなのだ。

「一回目は2100まで哨戒を行います。」

「わかったにゃ。」

 当然、燃料が切れる前には帰らなければいけない、帰って燃料を補給して、乗組員を入れ替えたらまた哨戒に就く、地味だがこの繰り返しだ。

 

「現在…ソノブイコンタクトありません。」

「了解」

 ソノブイを撒き終えたシーホークはレーダーと暗視装置で海面を見張り始めた。

「天気がよくて良かったですね。」

「あぁ。」

 妖精がこう言ったのは、天気が良ければレーダーも暗視装置も十分に効力を発揮することが出来るからだ、天候は哨戒機にとってとても重要な要素なのだ。

 今日は幸いにも風も弱く波も低い、これなら遠くまで探知が期待できる。

 

 

 

「夜に哨戒機とは、心強いにゃあ。」

 第30駆逐隊に多摩は、さっき上を通った変ちくりんな哨戒機を見て呟いた。

「未来から来た飛行機にゃあ、きっと凄い力を持ってるにゃあ。」

 潜水艦が活発に攻撃を仕掛けるのは夜だ、今までの任務では夜に危険な海域を通る時は、速力を上げて出来る限り早く通りに抜ける、もしくは夜には通らない、といった対策をしてきた。夜には潜望鏡も雷跡も見えないからだ。

 そんな対策が出来ない場合、頻繁に針路を変える、速力を小まめに変える、といった小細工しか対策がない。敵を見つける方法は目と耳だが、こっちが敵を見つけた時には、極めて危険な状態にあると考えていい。潜望鏡や潜水艦の音を見つけられる平均的な距離より敵の魚雷の射程の方が長いからだ。

 そんな中で、電探を持った飛行機が見張ってくれる、というだけでも心強い。

「さて、いつ仕掛けてくるかにゃ。」

 昼に撃沈した深海棲艦から、既に情報は伝えられている。となると、どこかで仕掛けてくるハズだ、それは今日かもしれないし、明日かもしれない。

「これから数日間は気が抜けないにゃあ。」

 危険な海域を抜けるまで緊張した時間が続く、これからが哨戒任務の本当の正念場だ。

 

 

 

「レーダーに感、小型目標です。」

 哨戒時間が間もなく終わる時に、ふいにレーダーに反応があった。

「了解、センサーを指向、識別開始。」

 シーホークが探知した目標にレーダーと暗視装置を集中的に向ける。暗視装置に映し出されたそれは、全体的にぼんやりしていて、形がはっきりしない、まだ敵かは識別できない。

「……遠すぎますね。」

「もう少し近づいてみるぞ。」

「了解!」

 

「……目標消失。」

 しばらくして、センサーから目標消失の報告が来る。

「了解、燃料は?」

「ギリギリです、距離もあります、燃料を補給してもう一度アタックしましょう。」

「……わかった、出来る限り接近、ダイファーを投下、帰投する。」

「了解、ダイファーブイ投下用意」

「多摩、こちらワイバーン01です、小型水上目標と接触、識別中、多摩から方位240°距離30マイルです、注意して下さい。当機燃料補給後攻撃します。」

「にゃ、了解にゃあ。」

「はぐろ、THIS IS ワイバーン01、RTB(帰投する)。」

「ワイバーン01、ROGER RTB(了解、帰投せよ)」

 母艦との通信に余計な交話はほとんど必要ない、データリンクで状況が人目でわかるからだ。

「ソノブイ投下!」

 何本かのブイが射出される、水上に目標が無く、その方向に反応があれば、水中に何かがいることになる。

「投下完了!」

「了解、右旋回、帰投するぞ。」

「ソノブイコンタクト、目標潜水艦間違いなし!」

「コーション、コーション、ワイバーン01、潜水艦探知、方位240°30マイルFROM 多摩、各艦目標から隔離されたし。」

 全艦に警戒を促して、急いで遠く離れた母艦に帰る。

 

 

 

「ソノブイと燃料、補給急いでくれ!」

 母艦に着艦したHSに燃料補給が始まる、甲板上は最低限の明かりだけでほぼ真っ暗だ、そんな中で、大急ぎで補給が始まった。

燃料口にパイプが繋がれ、使った本数だけ、ソノブイが差し込まれる。補給に費やすその時間がもどかしい。

「補給完了!」

「上がるぞ!」

 補給完了の合図で間一髪入れずに離陸する。

 

「ソノブイ、引き続き目標を捕捉しています。」

「了解、目標を攻撃する、短魚雷投下用意。」

 初めて本物の敵を攻撃する、妖精は少し興奮していた。

「急げ急げ、敵は待ってくれないぞ!」

 対潜戦は時間との勝負、ソノブイの反応している場所に急ぐ。

「多摩、こちらワイバーン01です、攻撃開始します!」

「了解にゃ。」

「先行する駆逐艦は安全圏内です、短魚雷、調定終わり!」

「投下用意・・・3・・・2・・・1・・・・・・投下!」

 敵の反応が一番大きい所に必殺の短魚雷を投下した。

「さて、命中するか?」

 こうは言ったものの、妖精は既に命中を確信しているようだ。

 落とした魚雷は減速用のパラシュートを展開し、ゆっくりと着水、獲物を狙う蛇のように深海棲艦目掛けて一直線に推進を始める。

 HSが探知した潜水艦は、航路上に待ち伏せしていたが、先行する駆逐隊すら発見しておらず、全くの無警戒だった。ほぼ潜望鏡深度にいた潜水艦は回避行動をする暇もなく撃沈された。

「おぉ、こりゃ命中したな。」

 海面に上がった巨大な水柱を見て感嘆の声をもらす。

「ソノブイ、……圧壊音聴知。」

 しばらくして、ソノブイが何かが潰れる低重音を探知する、機内に沈黙が流れる。

「撃沈確実です・・・・・・。」

 本来なら喜ぶところだろうが、生々しい圧壊音を聞いたためか、しばらく沈黙が続いた。

「ワイバーン01、目標を撃沈、魚雷残弾無し、帰投す…。」

「ソノブイコンタクト、No3ブイ!護衛艦隊至近!」

 帰投すると言いかけたところでセンサーから突然切迫した声が飛び込んで来た。

「なっ!」

 潜水艦から隔離しようとした駆逐隊は、いつの間にかソノブイがカバー出来る範囲のギリギリにまで進出していたのだ。

「一番近い艦は?」

「DD弥生です!」

 

 

 

 

「艦首方向から右90度、を重点捜索して。」

 HSから連絡を受けた駆逐艦隊は弥生を基点に潜水艦を囲い込みに入っていった。

「みんな、雷跡に注意するにゃあ!」

「「「「うん・・・(はい!)」」」」

 月明かりにうっすらと照らし出された海面で雷跡を見つけるのは至難の業だが、攻撃を避けるにはこれしかない。

「聴音機、探信儀、まだ探知ありません。」

「ん、大丈夫…。焦らずゆっくりで、追い詰めます。」

 これだけ大きく動き出せばもう察知されている筈です。

 でも、すぐに雷撃するには潜望鏡を出さないといけない、水中で音だけで攻撃するには長い時間が必要です。今回は時間が経てば経つほどこっちが有利になる、みんなが集まっているから。

「弥生、こちらワイバーン01、潜水艦の位置をチェックする。」

 上空の変な哨戒機から連絡が入る、もう既に相手の位置をキャッチしているのか、迷い無く一直線に飛んで行き、海面に発煙灯を落とした。

 海面で真っ赤に輝く発煙筒に全員の視線が集中する。そして……。

「感1、潜水艦らしい!」

「爆雷戦、いい?」

「はい!」

 既に準備していたのか、間一髪入れずに返事が来る。

「多摩さん、攻撃します、許可、お願いします。」

「弥生、攻撃するにゃあ、雷撃に注意するにゃあ。」

 返多摩が返事をするより先に弥生は一直線に発煙灯のある場所に走り出していた。

「感3、感4・・・・・・、敵潜至近距離です!」

「第30駆逐隊を、なめないで!」

 絶妙なタイミングで落とされた爆雷は、一撃で深海棲艦に致命傷を与えた。

 夜の海に大きな水柱が上がる、それは月明かりに照らされうっすらと輝き、ここが戦場という事を忘れさせるくらい綺麗だった。

「水上に油膜、浮遊物、撃沈間違いなしです!」

 爆雷を落とした周辺に所々、黒い何かが浮いてきたのがわかった。

「やったにゃあ、弥生、やったにゃあ!」

 多摩さんの声で我に帰る、やった、やっつけられた。

「おぉー。いいねぇ。」

「弥生ちゃん、やったね!」

「あぁ~ん、弥生ったら、すごいわね、うふふふ。」

 みんなの声が聞こえる、何だかとってもくすぐったい。

「うっ…うーん、えっ…と、えーっと、も、もう行きましょう。」

 照れてしまってみんなの声に上手く答えられなかった、でもみんなきっと分ってくれているはずだ、同じ艦隊なんだから。

 護衛艦隊の警戒海域での初めての夜は、こうして艦娘の完勝で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 シーホークと第30駆逐隊が活躍したあの夜から、それ以降は、はるか遠くで発信されている電波を時々探知するだけで、敵の兆候はほとんど無かった。そうして二日が経った。

「明後日には海峡を通れそうですね、このまま行けるといいんですが…。」

 もしかすると3隻を撃沈したことで、この海域にはもう敵はいなくなったのかもしれない、そんな楽観的な空気も流れて来たのだが……。

「比島通信所より連絡、南シナ海で低気圧が急速に発達、ゆっくり東進中、明後日には台湾南海上は大荒れの予報です。」

 ふいに艦隊に情報が入ったのだった。

 




ソノブイはWiki参照です。

なんか変わったのを作りたかったのですが、いかがでしょうか?

感想等の返事は、すぐには返せませんが、色々言ってくれると嬉しいです。
返事が短いのは著書のコミュ力不足のせいです、スイマセン、許して下さい。


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被雷します。

「天候を報告します、視程、20KM以上、風、東から約30ノット以上、波4~6M、うねり7、シーステイト6です。」

 天候は低気圧の影響で雨こそ降っていないものの風が強くて海は大荒れになりました。数時間前まで哨戒をしていたシーホークも既に着艦して格納庫で羽を休めています。この天候では発艦出来ても帰ってこれなくなります。

「半日後には海峡通過です、頑張りましょう!」

 ゆれる艦内でみんなを励まします。海峡を通過さえすれば潜水艦の出没する危険な海域を突破したのと同じです。

「うぅ、頑張ります…。」

「ちょっと揺れが…」

「あいたたた…頭うったぁ~。」

「…」

 吹雪ちゃん達からそれぞれ返事が返ってきます。小さいのでこの天候にはかなり堪えているようです。

「龍鳳さん、このまま行ったほうがいいんでしょうか?」

 みんなの様子が気になって、つい聞いてしまいます。

「…そうですね、どちらも一長一短といったところでしょうか。」

 龍鳳さんはこのまま行く事と天候の回復を待って海峡を通過する方法と、それぞれの利点欠点を説明してくれました。

 

「あくまで私の考えです、決めるのは旗艦のあなたです。」

 龍鳳さんは最後に一言付け加えます、どんなに龍鳳さんが経験豊富でも旗艦は私、しっかり考えて決めないといけません。

 

 

「……わかりました、このまま行きましょう。」

「はい。」

 いち早くこの海域を脱出するためにこのまま行く事にします。

「皆さん、このまま予定通り海峡の通過を目指します、頑張りましょう!」

「「「「はい(…)」」」」

「初雪ちゃん?」

 さっきから返事が無い初雪ちゃんに呼びかけます。

「…大丈夫、頑張る。」

 ちょっと元気の無い返事が返ってきます、特型駆逐艦はトップヘビーと聞いた事があります、揺れが酷くてもしかしたら…。

「初雪ちゃん、頑張りましょう、もうすぐ海峡です。」

「…うん。」

 

 

 

 

 

「第11護衛艦隊より入電、[ヨテイドオリツウキョウセヨ]です。」

「わかったにゃ。」

 後ろの艦隊から連絡を受けた多摩は、予定通りバシー海峡通過を目指す。

「天気は悪いけど、下手に留まってぶつかるよりましにゃ。」

 練度の低い商船隊をこんな嵐の中で留まらせたら、それこそ何が起こるかわからない、後ろの旗艦の意図を汲み取った多摩は大所帯の商船隊に毒気づいた。

 

 

 

「高速推進音、魚雷の模様です。」

 先行して海峡の通過を目前にした多摩に水測妖精から落ち着いた声で報告が入る、当たるような魚雷ではないらしい。

「方位、登って行きます、前を通過する見込みです。」

「どこに撃ってるにゃあ。」

 明後日の方向に進んでいく魚雷に言葉を漏らす、多摩は軽巡洋艦として、適当に撃つ魚雷は好きではなかった。。

「無線封鎖解除!みんな、制圧するにゃ、少しでも船団の危険を減らすにゃあ。」

「「「「了解!」」」」

 多摩の号令で駆逐艦4隻が一斉に動き出す。悪天候の中でも連携して艦隊行動が取れるほど先行する艦隊の練度は高い、だてに困難な任務を任されている訳ではない。

「推進音、魚雷の模様です、方位落ちます、艦尾を通過します。」

 立て続けに魚雷探知が知らされる、でも相手は当てる気があるのか無いのか、全く見当違いの所にばかり撃ってきている。

「こんな当てずっぽうの魚雷、何が目的にゃあ……。」

 多摩は相手の不自然な攻撃に何かひっかかりを感じながらも、いつも通り制圧に向かった。

 

 

 

 

「弥生には負けてられないわね、え~い!」

 いち早く敵の魚雷発射点近くに来た如月が爆雷攻撃を始める。

「感あり、高速推進音、魚雷!、右60度、方位変わらず、被雷コースです!」

「えっ、どこ、見えない!」

 爆雷制圧を始めてすぐに全く予想しなかった報告が如月の艦橋に響く。魚雷を撃って来た潜水艦は今制圧の真っ最中のはずなのだ。 

 必死に探そうとするが波が高くて時折艦橋まで波をかぶるような状態では、とても目では魚雷など見つけられる訳がなかった。

「最大戦速、面舵いっぱい!お願い、かわして!」

 艦橋の中の手近な物にしがみつく、艦橋内はシンとして、ただ伝声管を通して聞こえる水測妖精の声と波が船体にぶつかる音だけが響いていた。

 如月は艦娘になって初めて何かに祈った。何に祈ったのかは自分でもわからない、ただ外れて下さいと祈る。一秒が何時間にも思える時間が過ぎ、そして一瞬大きな衝撃を感じ如月は意識を手放した。

 

 

 

 

「如月被雷~!!」

 多摩の艦橋に見張り妖精の声が響く。

 すぐさま艦橋から飛び出して、如月がいたほうを見ると、水柱が如月の船体を覆い隠すように崩れ落ちていた。

「如月、大丈夫にゃ、如月!」

「くっ、如月を助けに行くにゃ、面舵いっぱい、第三戦速!」

 返事がない如月に向かって一直線に向かう、駆逐艦は装甲が薄い、魚雷の一発でも致命傷になりかねない。まだ如月の姿は見える、被害は分らないけどもう一回魚雷を受けたらそれこそどうなるかわからない。

「やられた、敵の目的はこれにゃあ!」

 一隻を囮にして別の船が必中を狙う、何てやつらにゃ!

 既に、雷撃を受けたであろう場所に睦月が爆雷を落としている。

「気をつけるにゃ、みんな、相手は一隻だけじゃないにゃ!」

「睦月、如月の様子はどうなってるにゃ!」

「た、多摩さん、き、如月ちゃんは……返事がありません、被害もわかりません、でも沈没はしてません!」

「如月の盾に、両舷前進微速、前に出るにゃあ!」

 多摩は急いで如月に近づき、如月の周りを盾になるように回り始めた。

 被雷した如月の姿を見て多摩は息を呑んだ、後ろの主砲から、艦尾がバッキリと折れているのだ。

「ひどいにゃあ……」

 間違いなく大破、自力で航行は出来ないだろう、何としても制圧して引っ張ってでも行かなければいけない。

「みんな、如月は大破、航行不能、残りを何としても制圧するにゃ!」

「第11護衛艦隊に連絡、敵と遭遇、如月大破、救援願頼むにゃあ!」

 もっとも、あっちの方も今頃は……。

「こんな連携をする敵にゃ、後ろもきっと……。」

 図上演習で龍鳳に大敗を喫した多摩だが、今まで多くの輸送作戦を成功させた経験がある。敵の意図を看破して艦隊と輸送船団の状況の不味さを悟る。

 制圧しなければ、とても如月を引っ張ってはいけない、如月を見捨てれば別だが、そんな選択肢は無い。

 如月の被雷を皮切りに、第30駆逐隊の死闘が始まった。

 

 

 

 

「ESM探知、対水上捜索用レーダーです!」

 第30駆逐艦が魚雷攻撃を受け始めた頃、後続の艦隊にも動きがあった。

「パッシブソーナーに反応は?」

「反応……ありません、ノーコンタクト!」

「……これは!新たに五つ、ESMコンタクト、通信電波、内容不明!少なくとも5隻の潜水艦が同時に通信しています!」

 水上レーダーの探知を皮切りに、突然沢山の電波が飛び交う。

「電波封止を解除、水上レーダーで捜索して下さい!!」

「了解、対水上レーダー送信開始!」

「各艦に連絡、正面海域に敵の兆候があります、警戒をして下さい!」

「「「「「了解!(わかった…)」」」」」

 みんなに連絡を取ってレーダーの結果を待ちます。

 

「ESM,反応消えました!」

「ダメです、シークラッターが多すぎて役に立ちません!」

「わかりました、このままレーダー捜索を続けて下さい!」

 海面がこれほど荒れていては、レーダーで潜望鏡を探知するのは不可能のようです。

 沢山の電波の到来方向が描き出されたディスプレイを見る、相手は多くの艦で電波を使って逆にこっちを混乱させようとしています。多摩さんがこの電波を探知していたとしても、数日前のようにピンポイントで場所は分らないでしょう。

 でも、海峡付近で襲撃を受ける事は想定の範囲内です、ここを通るしか南シナ海に抜ける道はありません、つまり、敵にしてみれば、待っていれば必ず獲物が通る場所です、そんな所を対策せずに通る訳がありません。

「先行している第30駆逐隊に連絡を、少なくとも五隻の敵の接触を受けました。」

 私がそう言って通信の妖精さんを見ると、ヘッドホンを付けた妖精さんの顔色が、むるみるうちに悪くなっていく。

「第30駆逐隊より入電、敵と遭遇、如月大破、航行不能、救援を求めています!」

「えっ?」

 如月大破…航行不能…救援……

 頭の中をいくつかの言葉がぐるぐる回る。

「…」

「……」

「………」

「はぐろさん、指示をお願いします!」

「どう対応すれば!」

 耳元で聞こえる皆の声にハッとします。

「はい!対応は……。」

 ……どうすればよかったんだろう、どうすればいいんだろう。

 出航前にあんなに図演をしたのに、こういう時はどうしていたんだろう?

「状況を整理しましょう、はぐろさんのソーナーに捕まってないなら、まだ時間はあります!」

 艦隊の最後尾、龍鳳が声を上げる。こんな天候では、戦闘には全く参加出来ないが、そのぶん冷静に成り行きを見る事が出来ていたのだった。




方位登る(前を通る)
方位変わらず距離近づく(当たる)
方位落ちる(後ろを通る)

なかなか書きたい事を文章にするのは難しいです。


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通峡します①

前話に1千字ほど追加しました。

お気に入り900件突破ありがとうございます!

引き続き頑張ります。


「相手は少なくとも五隻…ですか。」

「はい、レーダーの電波と通信の電波を確認しました、通信電波は先日の物と同じです、深海棲艦で間違いありません、電波の方向は……。」

 全員が海図に情報を書き込んでいく。

「左に三隻、正面に一隻、右に一隻...」

「このまま行くと…囲まれます。」

 白雪ちゃんが呟きます。

「はぐろさん、ここは針路を変えた方がいいんじゃないですか?」

 吹雪ちゃんが敵の少なそうな方、右側へ針路を取るように言います、確かに有効な手段ですが・・・。

「……ダメです、右へ行くと浅瀬です。」

 海図に線を引いてみて、その先には浅瀬が広がっていることに気づきます。広い海ではなくてここは海峡近く、これほどの船団が行ける方向は限られています。それに浅瀬は通れたとしても喫水の深い船は座礁する危険があります。

「第30駆逐隊から連絡は?」

「龍鳳さん、さっきと変わりません、如月大破航行不能、潜水艦一隻撃沈、複数の潜水艦から攻撃を受けているようです。」

「早く助けに行かないと!」

「でも、こっちも手一杯です……。」

 深雪ちゃんが焦ったように言います、全速力で駆けつけたいところですが船を振り分ける余裕はありません。

 

 

「……針路を変えましょう、左に!」

 しばらく海図にプロットされた大勢図を真剣に眺めて、龍鳳が口を開いた。

「「「「「えぇ!」」」」」

「て、敵の真っ只中ですよ!」

「わかってます、でも、もしさっきのレーダーで私達の場所が知られていたら今頃ほくそ笑んで魚雷を調定しているはずです!」

 龍鳳には既に今までの情報から襲撃の計画が頭の中に浮かんでいた。

「私達は見ての通り大船団です、針路上に魚雷を撒けば何発かは必ず当たります!それに……。」

「この天候で後ろに付かれたら厄介です!やっつけるしかありません!」

「やっつけるって、3隻をですか?」

「はい、この天気では潜航した潜水艦にすら追いつかれるかもしれません!」

 海面は真っ白で露頂したスノーケルすら発見出来ないかもしれない、そして船団の後ろは護衛艦がいない。艦隊は騒音を出している商船のせいではぐろさんのセンサーでも船団の後ろまでは探せない。

 そんな中で三隻の追尾を受けたら最悪です。

「……わかりました、全艦に通達します、取り舵、針路240度、船団は衝突に注意して下さい!」

 

 

 

 

 海中では、複数の潜水艦型深海棲艦が息を潜めていた。最初のレーダー発射で船団の位置は掴めた、既に僚艦にも連絡済み、数日前に知らされた情報から、相手は約7ノット、多数の船団を連れている。

 先に攻撃に出した二隻から連絡が無くなって二日、恐らく撃沈されたんだろう。この二隻で断続的に攻撃をかけて疲れさせ、この海峡で一気に襲うつもりだったが、少し計画が狂ったようだ。

 でも、相手は今までに見たこともないほど大きな船団、その音ははるか遠くからでも聞くことが出来る。場所は分った、作戦も練った、針路も速力も分った、後は……。

「イマイマシイヤツラメ、シズメ…。」

 深海棲艦は艦首の魚雷を発射した。

 

 

 

 

 

「パッシブ感あり、先ほどの針路上に魚雷航走音多数です、プロペラ回転数から低速に調定されたものと思われます。」

「……助かりましたね。」

 何とか第1撃目はかわした、ホッと胸を撫で下ろす。龍鳳さんの読みどおり針路上に沢山の魚雷が走るのを探知します。低速の魚雷は命中させるのが難しい代わりに音が小さくて射程が長い、あのまま行っていたら船団の端にいる船に被害が出ていたかもしれない。

「前方の海域、パッシブ、アクティブ共に感ありません。」

「浅深度の残響と地形、海面の雑音で探知距離が短くなってる可能性があります、僚艦を前に出して船団の前でスクリーンを張った方がいいかもしれません!」

 妖精さんの言う事も一理あります、もし正面にいる三隻のうち一隻でも見逃すような事があれば大変です。

「わかりました、吹雪ちゃん、白雪ちゃん、深雪ちゃん、船団の前に出て下さい、初雪ちゃんは今深雪ちゃんがいる場所まで進んで下さい、船団の前で哨戒線を張ります!」

「「「「了解!」」」」

 船団の左側にいた吹雪と白雪ははぐろの左側に一直線に、深雪は右側に並ぶように速力を上げる。

「皆さん、海面が荒れて音が聞き取りづらくなっています、探知の予想は2割減で考えてください。」

「「「「はい!」」」」

「えっと、計算した探知距離が1500メートルだから……。」

「深雪ちゃん、1200メートルだよ。」

「あ、そっか、ありがとう白雪!」

「みんな、間隔は2000メートルで行きましょう。」

「わかったよ、吹雪ちゃん!」

 みんな自分で効果が高い場所を選んで位置につきます。

 

「みんなちゃんと宿題をやってくれていたみたいですね…。」

 技術が進歩しても対潜用のセンサー類が音を使っているのは同じです、水中での音は電波に比べて温度変化や水圧、その他多くの影響を受けます、ですから事前に潜水艦を見つけられる距離を計算するのはとても大切です。その計算のやり方を教えたのですがみんなしっかりやってきてくれたようです。

 

 

「ソーナー感あり、艦首方向6マイル、目標潜水艦らしい!」

「アスロック攻撃を行います、準備をして下さい!」

「了解、アスロック諸元入力開始、目標情報お願いします!」

「……目標情報、スタンバイ……。」

 水測妖精が耳をすませる。

「目標情報入ります!240度5.5マイル、深度20メートル、推進音確認、反響音鋭い、目標潜水艦ほぼ間違いありません!」

「アスロックよし!射線方向クリアーです!」

「攻撃始めて下さい!」

「アスロック発射!」

 CICの中では外の様子はほとんどわかりませんが妖精さんの攻撃の号令と一緒に前の甲板から振動と音が伝わってきます。

「アスロック正常に飛翔を開始!」

「5マイル先で発見した潜水艦を攻撃しました、他にもいるはずです、皆さん、注意して下さい!」

「今まで後手だったけど…先制は私達ですね!!」

「はい、でも吹雪ちゃん、当たるまで油断は出来ません。」

 ですが敵にとっては離れた場所、しかも空からの攻撃です、相手は直前まで気づく事も出来ないでしょう。

「アスロック着水、航走開始しました!」

「お願いです、当たって下さい。」

 あの魚雷が逃すはずはないと思いますが本物の武器はあまり撃ったことがないのですこし心配になります。

 

 

 

 

 

「…」

「……」

「……ちゃん!」

「…月ちゃん!!」

「如月ちゃん!!」

「……む…つ….き…ちゃん?」

 耳に聞こえてくる聞きなれた声に少しづつ意識が戻ってくる。

 そこかしこに鈍痛が走る体を何とか起して周りを見てみると、周りには色んな物が散らかっていて妖精さんが慌しく走り回っていた。

「あいたたた…。」

 痛みを我慢して立ち上がる。

 ……そうだった、魚雷が当たったんだ・・・。

 はっきりとしない頭でついさっきの事を思い出す、体が痛むのはそのせいで服が所々破れてしまったのもそのせいだ。睦月ちゃんの呼びかけをそのままに、近くで忙しく動き回っている妖精さんの一人を捕まえて聞いてみる。

「妖精さん、被害は?」

「はい!フレーム番号35番以降が断裂しました。スクリューシャフト、変速機が全損、機関の推進力、復旧の見込みありません!」

「浸水は?」

「何とか止まりました、艦尾トリム5度、左右傾斜無しで釣り合っています、魚雷は…投棄しました。」

「もう一発食らうと間違いなく沈みます。」

 もう一人の妖精さんが悲痛な面持ちで言う。

 駆逐艦は装甲が薄い、魚雷の二発にはさすがに耐えられないでしょう。

「敵の様子はどうですか?」

「それが……。」

 妖精さんが外を指差して深刻な顔をする。

 その方向には多摩さんがいる。ずいぶん近い、敵がいるのに何をやってるんだろう。

「魚雷、来ます、十時方向です!」

 十時…、そっちには……多摩さんがいる、まさか……。

「何やってるんですか、多摩さん、逃げて下さい!」

「如月、やっと起きてくれた、今みんなが敵を攻撃中にゃ。」

「そんな事より、魚雷が来てます、早く逃げて!」

「分かってるにゃ。」

 落ち着いた声で多摩さんは言う、やっぱり多摩さんは……私をかばうつもりだ。

「多摩さん、やめて!」

 如月が叫ぶのと同時に多摩は大きな水柱に包まれた。その水柱は多摩の高いマストの上を越えて立ち上り、そして船全体を覆うように崩れ落ちる。近くにいた如月の甲板にもその水しぶきが少なからず降り注ぐ、その様子を見て如月は言葉を失っていた。

 

「どうにゃ如月、軽巡洋艦は頑丈にゃ!」

「睦月、望月、弥生、あっちにゃ、さっさと片付けてくるにゃあ!」

「「「はい!」」」

「多摩さん!もう、もうやめて下さい!」

「つれない事はいわないにゃあ如月、軽巡洋艦は駆逐艦を守るものにゃあ!」

「そんな事をして、一緒に沈む気ですか!」

「なに、そうとも限らないにゃ、こっちの後ろには強い味方がいるにゃ!」

 多摩はそう言ったが状況は悪い、助けが来るなんて確信がある訳ではなかった。

 

 

 

 

 

 潜水艦の情報が入ってから、はぐろの搭乗員の待機室では飛行科の妖精全員が集まっていた。天気が悪いといっても一応はすぐに出られる体制を取っているのだ。

「この天気だと、我々の出番はありませんね。」

 一人の妖精が言った。

「ああ、こんなに揺れてると発艦できても帰ってこれませんからねぇ…。」

「もどかしいですね、こんなに敵に囲まれてるのに、何も出来ないなんて…。」

 そう言って手を頭の後ろに回して椅子にふんぞり返った。

「あぁ…。」

 待機室に重苦しい沈黙が流れる。

 

「オイ、何読んでるんだよ。」

 一人が隣の妖精が呼んでいる雑誌を見て言った。

「あぁ、これっすか、面白いんすよ、こんな時はジタバタしても仕方ないっすからね。」

 そう言った妖精が持っていたのは、未来の日本で毎月発刊されているらしい[軍事研究]という雑誌だ。

「全く、いずもの一隻でもいればいいんですけどね……。」

 そう言って一枚のページを指差す。

 海上自衛隊が持つヘリ搭載型護衛艦、大きな全通甲板を持ち、更に大きな船体である程度の悪天候でもヘリコプターの発着艦が行え、その気象制限は通常の護衛艦より、厳しい状態でも発着艦が可能になっている、らしい・・・。

「ああ……」

 飛行科妖精のため息で、また重苦しい雰囲気が部屋を再び支配する、

「「「「「「それだ!!!!」」」」」」

「えっ、どうしたんすか、急に?」

 雑誌を持っていた妖精は、突然バタバタと走り出した仲間を見てつぶやく。

「馬鹿野朗!!発艦準備だ!!急げ!!」

「えっ、でも帰って来られないっすよ、陸上にでも降りるんすか?」

「あるんだよ、降りられる場所が!」

「何言って……あああああ!!」

 雑誌を読んでいた妖精は、雑誌を放り出して立ち上がった。

「分かったら行くぞ!!」

「「「「「「おう!」」」」」」

 飛行科の妖精は勢い良く部屋を飛び出して格納庫に向かった。

 




 とりあえず一区切りであげます。また追加していきます。

 すぐには返せませんが感想等お待ちしております。


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通峡します②

UAが気づいたら10万件を突破していました、今更ながらありがとうございます。


「水中爆発音聴知!」

 お腹にまでズシンと響く振動とほとんど同時に妖精さんから報告が入ります。

「……圧壊音、目標…撃沈したものと思われます!」

「「「やった!」」」

 CICの妖精さんが沸きかえります、ですが……。

「まだ二隻いるはずです、油断してはいけません!」

「240度5.5マイル、目標撃沈しました!」

「やりましたね!」

「あと二隻いるはずです、一隻ずつ片付けて行きましょう。」

 一隻を撃沈しました、この調子で行ければいいのですが先行する艦隊との連絡がさっきの多摩さんの通信を最後に取れないままです。如月ちゃんが大破してしまったらしいので状況が気になります。

「格納庫から連絡です!」

 飛行科に出来る事は今は無いはずです、なぜ連絡が来るんでしょうか。

「……用件は?」

「それが……。」

 複雑な表情で言葉を言いよどんでいる妖精さんから受話器を受け取ります。

「発艦させて下さい!」

 電話の向こうの妖精さんの最初の言葉に耳を疑う。

「何言ってるんですか、この天候じゃ無理です、帰って来れませんよ!」

「帰って来る必要はありません、近くのCVに着艦します!」

「近くの空母……」

「はい、離陸後は龍鳳に着艦します、あの広い甲板ならこの天候でも何とかなります」

 その手があった!

「少し待って下さい!」

「妖精さん、風とうねりの状態を教えて下さい!」

「はい、風は東より30ノット、うねりも東よりです!」

「東より……ですか……」

 はぐろはCICの大きなディスプレイを見て考える、そうして結論を出す。

 

「ダメです、許可できません。」

「……言うと思いました、理由を聞かせて下さい。」

「今は五隻で網を張っています、今私が抜けてしまうと大きな穴が空いてしまいます、それに…。」

「着艦の時に龍鳳さんを孤立させてしまう事になります、潜水艦は前の二隻だけではありません。」

 西風だったら話は違ったかもしれませんが今は東風、船団の針路とは全く逆の方向です。発着艦の時には風に向かって船の揺れを少なくしなければいけません。後ろには船団です、発艦させるには船団の右か左に抜けなければいけない。

「それでも、お願いします!」

「はぐろさん、私からもお願いします、飛ばしてあげて下さい!」

「私も、お願いします!」

 突然別の回線から通信が入ります、この声は龍鳳さんと吹雪ちゃんです。

「龍鳳さん、吹雪ちゃん、どうして!」

「私達も......頑張る...」

「抜けるったってちょっとだけだろ?大丈夫大丈夫、その間くらいしっかり守るよ!」

「みんな…。」

「はぐろさん、こうなったのも私の責任です、私がもっと早く最初の潜水艦を倒せてれば天気が悪くなる前に抜ける事が出来たんです、だから……危険な事だってやります、いいえ、やらせてください!」

 龍鳳さんが今までにない強い口調で言います。

「すいません、僚艦に今までの会話を流させてもらいました。」

「……後でおしおきですよ。」

「煮るなり焼くなり好きにしてください。で、どうするんです?」

 ……やるなら早い方がいいですね。

「わかりました……今から艦載機の発艦のために船団の右に出ます。しばらくは護衛を離れます、戻ってくるまで対潜指揮艦を吹雪ちゃんに交代します!」

「は、はい、任されました!」

 そうです、私は言いました、みんなは強いって、私が少しの間抜けるくらいどうってことありません。前に待ち構えている二隻の潜水艦くらいやっつけてくれます。

「航空機を格納庫から搬出、揺れが酷いです、十分に注意して下さい!」

「了解、すぐに終わらせるぜ!」

「面舵、第2戦速!船団の右に出ます、風上に向かい始めたらすぐに発艦できるように準備しておいて下さい!」

「ラジャー!」

 右に大きく舵をとって深雪ちゃんの前を通ります。私よりも一回りも二回りも小さい体で荒れた海に揺られながら頑張っているんでしょう。

「すぐに戻ります、それまでお願いします。」

 はぐろはCICの大きなディスプレイに映る4隻の駆逐艦のシンボルを見つめて言葉を漏らした。

 

 

 

 

「戻ってくるまで対潜指揮艦を吹雪ちゃんに交代します!」

 はぐろさんはそう言って私達の列から離れて行きました。

「みんな、今から私が対潜戦の指揮を取ります!」

「吹雪ちゃん、頑張ろうね!」

「やっぱり私達のお姉さんだ!」

「特型の一番艦は...伊達じゃない...。」

「もう、おだてないでよ!」

 みんなの軽口で少し気持が楽になる、はぐろさん程性能も武器も強力ではないけど私だって立派な艦娘です。指揮艦だってやってみせます!

「白雪ちゃんと深雪ちゃんは速力を12ノットに、三隻でバラバラに船団の前方を蛇行して哨戒をします、初雪ちゃんは今のまま哨戒を続けて!」

「「「了解(わかった...)」」」

 吹雪の指揮のもと、第11護衛艦隊は対潜戦を開始した。

 

 

 

 

「まだ直らないにゃあ?」

 甲板上で雷撃の危険を顧みず動き回る妖精を一人捕まえて多摩は聞いた。

「はい、予備の空中線を引いていますが…復旧までしばらくかかります!」

「どれぐらいかかるにゃあ!」

「40分は見てもらわないと……。」

「40分…。」

 多摩は一度目の雷撃で通信用の空中線を軒並み破壊されてしまったのだ。

「とにかく、全力で直すにゃあ!!」

 前の救援の要請から状況を全く知らせる事が出来ていない、睦月たちが今必死に攻撃しているけど中々効果が上がらないようだ。今は駆逐艦の攻撃と自分の欺瞞運転で何とか敵からの攻撃を防いでるがこれもいつまで持つか。

「左、魚雷音!方位登ります!」

 マズイ、だんだん攻撃が近づいて来ている、相手は全没しての攻撃にこだわっているけどもう一回潜望鏡を出されたら間違いなくやられてしまう。

 自分も戦闘に加わるべきなのか、如月を曳航するべきなのか、それともこのまま……。

「左、雷跡~近い!!」

 色々な選択肢が多摩の頭をよぎるが妖精の声でその思考も一時中断を余儀なくされる。

 そして目の前を魚雷が通り過ぎていく。敵は徹底して全没攻撃をしてくるためか攻撃の精度はあまりよくないようだ、でも…。

「どうやらあんまり時間は残ってないようにゃあ…。」

 一回一回で確実に深海棲艦の攻撃の精度が増している、それに睦月たちの爆雷も数に限りがある。いつまでも敵を牽制出来る訳ではない。

 

 

 

 

「090度ヨーソロー、両舷前進原速、航空機発艦準備始めて下さい!」

 船団の右側に出たはぐろはすぐさまシーホークの発艦準備に取り掛かった。船を風に立てて出来る限り揺れを少なくする。それでも今日のこの天候では、船の揺れは若干少なくなった程度で収まることはない。

「おい、まだ準備出来ないのか!」

「すいません、まさか発艦するとは思わなかったんで魚雷を降ろしてるんです、搭載まで待って下さい!」

 揺れる艦内で魚雷を搭載しようと妖精は一生懸命だが、なかなか上手くいかない。それについ最近来たばかりで練度もそれほど高くないのだ。

「先に任務を言っておきます、現在第30駆逐隊の連絡がとれません、発艦後シーホークはすぐに第30駆逐隊の状況確認と救援に向かって下さい。」

「了解!」

「魚雷搭載終わりました、燃料は増槽を含めて満タンです!」

「わかった、今日はこの船には帰って来ないから夕飯はいらないといっておいてくれ。」

「龍鳳の飯は美味しいと聞きます、お土産よろしくお願いします。」

「気が向いたらな!よっし、乗り込め、エンジンスタート!」

 整備の妖精と軽口を叩きながらシーホークに乗り込んだ妖精は、手早く準備を進める。

「ローターかん合!」

 エンジンの甲高い音と共にヘリコプター特有のプロペラが空気を裂くけたたましい音が鳴り響く。

「ワイバーン01、発艦準備よろしい!」

「発艦して下さい!」

「ラジャー!」

 合図と共に機体がふわりと空中に浮かぶ、そして機体はすぐに上昇を始めて雲の中に消えていった。

「思ったより時間がかかってしまいました……。」

 船の揺れや不慣れな事もあって発艦までだいぶ時間を要してしまった、船団から少し離れすぎたようだ。

「面舵、船団に追いつきます、第2戦速!」

 

 

 

 

「魚雷、来ます!被雷コースです!」

「衝撃に備えるにゃあ!」

「雷跡視認、来ます!」

 見張り妖精が指差す方を見ると、魚雷が吐く真っ白な気泡が線になってゆっくりと近づいてくるのがわかった。

 

 そして次の瞬間、艤装を突き上げるような大きな衝撃と共に空高く水柱が上がる。

「まだまだにゃあ!」

 二発目の魚雷を受けて多摩は唸る、服もそこかしこが破けてしまった。

「左舷後部に被雷、左舷缶室と機関室に大破口、左舷出力を維持できません!」

「なんの、まだ右弦は生きているにゃあ!」

「右傾斜、艦首トリム戻ります!」

「よっし、これであと一発は耐えられるにゃ!」

「そんな……。」

 妖精が多摩の言葉を聞いて息を呑む、多摩は既に2発の魚雷を受けている。それに浸水で喫水線は既にかなり深くなってしまっている。軽巡洋艦は駆逐艦より装甲が厚いといってもさすがに3発の魚雷を食らえば沈没する可能性はかなり高い。

「もう止めましょう、こっちも沈んでしまいます!」

 一人の妖精が多摩に言う。

「前ならそうしてたかもしれないにゃ、でも…。」

 駆逐艦は使い捨て、戦闘で消耗するものだ。軽巡洋艦と駆逐艦、どっちが価値があるかなんて一目瞭然だ。

「でも、それは只の軍艦だったらの話にゃ。」

「助かる仲間を見捨てて任務を成功させても空しいだけにゃ、少しでも可能性があるうちは諦めないにゃ!」

 

「多摩さん、もう止めて!動けるうちに逃げて下さい!」

「如月、もう決めたにゃ、多摩はここから一歩も動かないにゃ!」

「でも、このままじゃ二人ともやられます、お願いです、」

「その時はその時にゃ、それにこの状況も悪くないにゃ。」

「えっ?」

「如月のそんな取り乱した様子が見れるのは珍しいにゃ、今度睦月に話してやるにゃ。」

「そんな事を言ってる場合ですか!」

「如月、確かにそんな場合じゃないにゃ、だから出来る事をするにゃ!」

「出来る事?」

「いいか、よく聞くにゃ、睦月たちの攻撃で敵も少なからず焦っているにゃ、敵が多摩たちを手っ取り早く仕留める一番確実な方法は露頂する事にゃ、それを見逃すと二人とも今度こそ海の底にゃ。」

「その潜望鏡を見つける、という事ですか…。」

「理解が早くて助かるにゃ。」

「無理です、こんな海では見つけられっこありません!」

「無理でもやらないよりマシにゃ、如月!」

「……わかりました。」

 

「手空きの妖精、上甲板に来て下さい!」

 如月の合図で如月の艤装の中から妖精が沢山出てくる。妖精はついさっきまで防水作業に励んでいたのか皆一様にびしょ濡れだった。如月は沢山の妖精といっしょに針一本見落とすまいと海面を見つめ始めた。

 

 

 

 

「くっそう、ちょこまかと!」

 何度目かの制圧をかわされた望月が毒気づく。

 第30駆逐隊は計3隻の潜水艦の襲撃を受けていた。一隻は如月の最初の攻撃で撃沈したが、如月と多摩が被雷したことでもう二隻いる事が明らかとなったのだ。そして望月と弥生は二人で、睦月は一人でそれぞれの潜水艦の対応に追われていた。潜水艦には二人以上で対応していくのが普通だが、この状況ではそうも言っていられない。早くやっつけないと仲間が危険だ、そんな気持から対潜部隊にも焦りが募る。ましてや旗艦の多摩はほぼ通信不能の状態で少し離れると連絡が取れなくなってしまう。

 敵と対面している艦娘たちにも焦りの色が広がる。ましてや一人で一隻を相手にしている睦月はなおさら厳しい状態だった。

 

 

「私が。如月ちゃんを助けるんだ!てぇえええ~い!」

 何度目かの爆雷攻撃を行う、しかし今まで経験したこともないほどの味方の危機が攻撃の精度を鈍らせる。

「爆雷残量、あと一回分です!」

「にゃ、本当ですか!」

 しまった、一隻で攻撃すると消費量は多くなってしまう、そんな事にも気がつかないなんて。

 あと一回で仕留めなければいけない、その事実に睦月は少なからず動揺した。

 そんな睦月の心理を読んだのか、深海棲艦は勝負に出た。爆雷が海中を荒らしているうちに一気に増速、睦月を振り切りにかかったのだ。

 

「潜水艦、失探しました、最後の場所、針路不明です!」

「ふえぇぇぇ…私としたことが…。情けないのです…。」

 こんな大事な所でミスをしてしまった、私のせいで如月ちゃんや多摩さんが沈んでしまったら…。

「近くを集中的に探して、遠くには逃げられないはずです!」

 深海棲艦はまんまと睦月の追尾を振り切ったのだった、そして向かう先は……。 

 

 

 

 

「見えました、潜望鏡!三時方向です!」

「主砲を撃って!」

 露頂した潜望鏡の方に主砲を発射する。

 しかし、露頂した潜望鏡に大砲の弾を当てるのは至難の業だ、発射された弾は海面に空しく水柱を立てる。

 如月は自分の主砲弾の炸裂が作る水柱の間で深海棲艦の潜望鏡を見つけた、それは勝ち誇ったかのようにこっちを見ている。

「私達を...どうする気?!」

 その潜望鏡を見て言葉を漏らす。

 当たらなくても如月は攻撃をやめない、それが多摩さんが言っていた出来ることだと思ったからだ。

 露頂するのは多摩さんが言った通り潜水艦の攻撃の最終段階、後は魚雷を発射するだけ、絶対に止めないといけない。

 艦娘になってお姉さんや沢山の妹が出来た、もっとみんなと一緒にいたい。

「お願い、助けて。」

 如月は最後の力を振り絞って深海棲艦を攻撃する。

 

 

 

 

 

「TORPEDO AWAY!(魚雷投下!)」

 聞きなれない声と同時に如月の上を一機の虫のような飛行機が通り過ぎる。その変な飛行機は何かを落としていった。

 深海棲艦は飛んできた飛行機に驚いたのか、すぐに潜望鏡を引っ込める、だが......既に手遅れだった。

 シーホークが投下した対潜魚雷はすぐさま潜水艦を見つけ追跡を始め、深海棲艦に逃げる間を与える事なく命中した。

 さっきまで主砲を撃ち込んでいた海面付近に大きな水柱が上がるのを見て如月は夢でも見ているような気分だった。

「……助かったの?」

 崩れ落ちる水柱を見て如月は呟く。

「まったく、ヒーローは遅れて来るって言うけど…遅すぎにゃあ!」

 多摩は力が抜けたのか、悪態をつきながら甲板にペタリと座り込んだ。

 如月も多摩もしばらく爆発があった海面をボーっと眺めていた。

 

 

「多摩さん、如月ちゃん、大丈夫ですか!」

「にゃあ、睦月、何とか無事にゃあ。」

「睦月ちゃん、何とか助かったみたい。」

「よかったぁ~。」

「こっちも倒せたよ!」

「......ごめんなさい、遅くなった。」

「望月、弥生、睦月もよくやってくれたにゃ、さあ如月、曳航を始めるにゃ。」

「多摩さんが引っ張るんですか?」

 睦月が不思議そうに首を傾げて言う。

「そうにゃ、睦月はこの場に残って多摩たちの護衛、爆雷がまだ残ってる望月と弥生にはまだやって欲しい事があるにゃ。」

「…なあに?」

「第11護衛艦隊を助けに行くんだろ?」

「望月、よく分ったにゃ、さっきの攻撃の目的が多摩たちの足止めなら、ここからいい体勢で攻撃がかけられるにゃ。」

「わかったよ、弥生、行くよ!」

「うん…。」

 

 

 

 

「旗艦多摩より発光信号です、{トウカイイキにタイセンキョウイナシ、ボタイのエンゴニムカワレタシ}です!」

「任務完了、帰投するぞ!」

「「はい!」」

 遠くの先行艦隊に援護に行ったことと、悪天候で燃料の消費が思ったより激しかった、援護に向かえと言われたが、シーホークの仕事はこれで終わりだ。

「あとは着艦だけですね、機長!」

「ああ、着艦出来ればいいんだけどな……。」

「「えぇ?」」

「ごめん、実は他の船で夜間着艦の経験…ないんだよ…。」

「「……機長、冗談ですよね?」」

「ゴメン、本当!」

「「アンタって妖精は~!!」」

「さっきの駆逐艦を見たろ、最後まで諦めない事が大事だよ。」

 さっきの駆逐艦とは如月の事だ、シーホークは如月の主砲弾が立てる水柱を見つけたからこそ海域に到着してからすぐさま攻撃に移れたのだった。

「そうかもしれませんけど……、機長、あなたに諦めてもらったら海に降りるしかないんですが……」

「それもそうだな、まあ上がってしまったものはしょうがないよな、無事に降りれたら何か奢ってくれよ。」

「「…こっちが奢ってもらいます!!」」

 




ちょっと長めに書けたかな、二回で終わるつもりが三回になってしまいました。


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通峡します③

お気に入り1000件突破ありがとうございます。

誤字脱字が多いかもしれません。


「シーホークより、第30駆逐隊の状況報告です、如月、多摩が大破、艦隊の周辺海域に潜水艦脅威なし、多摩が如月の曳航をする模様です。」

「多摩さんがですか、他のみんなは!?」

「ちょっと待って下さい……。」

 

「駆逐艦望月と弥生がこっちに向かっています、睦月は多摩の護衛に残っているようです、オーバー」

「わかりました、ブイを撒きながら帰ってきて下さい、船団の近くまで来たらまた知らせて下さい。」

「ラジャー!」

 

 多摩さんと連絡が取れないと思ったら......大破していたなんて、シーホークを飛ばしていないと取り返しのつかない事になっていたかもしれません。

「もっとちゃんと考えていれば...。」

 防げたかもしれない、はぐろは最後に言いかけた言葉を飲み込む。そんな事を今さら言っても仕方がないと思ったからだ。

 二隻大破の被害をこうむりながら第30駆逐隊は作戦通りに動き始めた。状況は進んでいる、自分の失敗を後悔している暇はない。

 

 

 

 

 シーホークは命令どおりソノブイを投下したが撒いた場所が悪かったのか探知する気配はない。

「引っかかりませんね……。」

「……いいえ、探知しました!」

「こいつは……遠すぎるな、放っておいても大丈夫だ、それより母艦を探してくれ、輸送船が多すぎる。」

 レーダー画面には多数の船が入り乱れておりIFFを積んでいない母艦の龍鳳がどこにいるか全くわからない状態だった。

「了解しました、母艦と連絡を取ります。」

「ワイバーン01任務完了、母艦の位置をリクエストします。」

 

 

 

 

「もうすぐシーホークが戻ってきます、龍鳳さん、着艦準備をお願いします。」

 シーホークの連絡を受けたはぐろはすぐに龍鳳に着艦の準備を頼む。

「はい!船団を離れます、皆さん、お気を付けて!」

「はぐろさん、あとどれくらいで戻ってこられますか?」

「吹雪ちゃん、えっと……あと二十分です!」

 シーホークへの魚雷の積み込みと発艦に思いのほか手間取ったはぐろは元の哨戒場所まで戻るのにかなりの時間を必要としていた。速力を上げれば早く追いつけるが、あまり上げすぎると対潜センサーの効率が大きく下がってしまうのだ。

「はぐろさんは龍鳳さんの護衛について下さい。」

「えっ!?は、はい!」

「龍鳳さんの護衛に付きます、取り舵、両舷前進原速!」

 対潜指揮艦吹雪の命令の意図をはぐろすぐに理解した。特型駆逐艦一隻ではとても空母の護衛は出来ないが、はぐろが護衛するなら話は別だ。特に順番が付いている訳ではないが護衛艦隊を含めた船団の中で最も守らなければいけないのは迷うまでもなく龍鳳なのだ。

「龍鳳さん、護衛します、私の後ろに着いて下さい!」

「は、はい、よろしくお願いします!」

 龍鳳は思わぬ護衛の登場に戸惑いながらもその後ろに従った。

 しかし、この決断は先行する吹雪たちにとっては危険を大きく跳ね上げる決断だった。

 

 

 

 

「次は面舵でいきます!」

「了解、おも~か~じ、090度よ~そろ~!」

 

「みんな、何か見つけた?」

 何度目かの変針を終えた吹雪はみんなに聞いた。

「ううん。」

「こっちもまだだよ!」

「まだ何も......」

「どうする吹雪ちゃん、もう少し速度を落としてみる?」

「白雪ちゃん、このまま行きます。」

「わかったよ、吹雪ちゃん。」

 一向にない潜水艦の兆候に少し迷いが出てしまう吹雪だったがその迷いを振り払う、今の動きを続ければ探知できる公算は約80パーセント、悪い勝負ではないからだ。しかし吹雪にも誤算があった。

 

 

 

 

 僚艦の突然の水中爆発を聞いた2隻の深海棲艦はそれぞれの判断で動き始めた。一隻はそのまま潜望鏡深度に留まり、もう一隻は潜望鏡深度を離れ、最も捕まりにくい深度まで潜った。信じがたい事だが遥か遠方にある船団の護衛艦から探知され攻撃を受けた可能性を考えたからだ。

 二隻の深海棲艦は僚艦が撃沈されて以降船団の動きが掴めずにいた。

 二隻とも、海底からの反響音などから船団がこっちに来ているのは薄々感じ取っていた。そして一隻は引き続き攻撃のチャンスをうかがうために潜望鏡深度に、もう一隻は今回の攻撃を諦めて、やり過ごす決断を下した。

 深く潜ったほうの深海棲艦は機関を停止、潮流に身を任せた。

 

 

 

 

「灯火管制を解除します、滑走路灯を点灯して下さい!」

 龍鳳の飛行甲板の左右に小さな明かりがいくつも灯り、暗くなった甲板を照らす。この沢山の小さな明かりが広い海で飛行機を誘導する原始的な方法で一番確実な方法なのだ。

「無事に帰って来て…。」

 航空母艦に改装されても心配する相手が潜水艦から飛行機になっただけで、龍鳳は飛行機を飛ばすたび、降ろすたびに心配そうに空を見つめていた。

 いっそ大砲を積んだ軍艦になれればどんなに楽か、と思った事だってある。

 ましてや日没後のこの天候、龍鳳は今日も心配そうに空を見つめる、空は雲に覆われていて、吸い込まれそうなほど真っ暗になってしまっていた。

 そうして待つこと十分、空に聞きなれない爆音が響き始めた。

「来ました、哨戒機です!七時方向、仰角10度!」

 見張り妖精が指差すその方向を見ると、うっすらと赤と緑の航法灯を光らせた虫のような飛行機の陰が見えてきた。

「哨戒機より、着艦要請です!」

「許可します!」

「ワイバーン01、着陸許可、母艦針路090度、風、艦首方向から40ノット!」

「ワイバーン01、ラジャー!」

 着陸許可を受けてシーホークは龍鳳の滑走路灯でイルミネーションされた飛行甲板にゆっくりと近づいてくる。甲板には沢山の妖精が未知の航空機の着艦を見るために出てきている。

「本当に降りる気か?」

 一人の妖精が呟いた、見守る他の妖精も口には出さないが、同じ気持だった。昼間でもこんなに揺れが激しい状態での着艦は困難を極める、果たしてそんな事が出来るのだろうか。

 そんな龍鳳や妖精たちの心配をよそに、シーホークは飛行甲板にゆっくり侵入してくる。そして、飛行甲板の数メートル上空で止まった。

 甲板に出てきていた妖精はその光景に目を疑った、ある物は目をこすりある者は瞬きを繰り返す。

 シーホークはそのままゆっくりと高度を降ろし、甲板の揺れが一時的に収まるタイミングを見計らい、着艦した。

「「「……」」」

 全員、何が起こったのか分らない、といったふうにしばらく目をまん丸にしてその場に立ち尽くした。

「拘束して!」

 その状況からいち早く立ち直った龍鳳の一声で妖精が弾かれたように動き出し、シーホークを甲板に拘束する。

「拘束が終わったら取り舵、船団に追いつきます!」

「旗艦に連絡、哨戒機は無事に着艦、本艦は反転して船団に戻ります。」

「了解しました!」

 幸い離れている間に攻撃してくる潜水艦はいなかった。あとは元の位置に戻れれば……。

「何とか……なりそうですね。」

 龍鳳は甲板につながれた哨戒機を見て呟く、これで私の護衛に付いているはぐろさんが吹雪ちゃん達の哨戒に加わればきっと大丈夫、相手は数日のうちに既に7隻を失っている、損失から考えても、もうすぐ手詰まりになるはずなのだ。

 

 

 

 

「240度よーそろー。」

 龍鳳の反転に先行して回頭を終えたはぐろは龍鳳を先導する形で船団を追い始めた。

「爆発音確認、船団の右側です、距離不明。」

「味方の爆雷でしょうか?」

「かもしれません……」

 でも、おかしいです、まだ誰も敵を見付けられていないのに爆雷だけ落とすなんて…。

「こちら海洋丸、我被雷せり!航行不能!!」

 その疑問の答えはすぐに出た、一隻の輸送船が被雷したのだった。

「輸送船、沈みます!」

「おぉぉ…。」

 カメラを見ていた妖精が声を上げる、みるみるうちに船が傾斜し転覆していく、その映像が生々しくCICに流れる。

「海洋丸、右弦最後尾の輸送船です、乗組員18名!」

 妖精さんの大きな声がCICに響きます。

「わ、私が助けに行きます!!」

 初雪ちゃんが慌てた様子で言います。

「待て!救助に艦艇を割く必要はない!」

 突然男の人の声が回線に割り込んでくる、この人は船団指揮艦です。

「でも!私のせいで!」

 第11護衛艦隊の全員が正面の敵に捕らわれすぎていた、結果船団の右側に展開していた潜水艦の近接を許してしまったのだ。そして、この事態に一番責任を感じていたのが右弦を一隻で警戒していた初雪だった。

「船団の一割の損失は許容されている、違うか?」

「じゃあ見捨てろって言うの!」

 初雪ちゃんが今まで一度も聞いたことのない剣幕で司令官に言います。

「では探すのか?この闇夜を、どこに敵がいるのか分らない場所で、探照灯を点けて、いつまで探すつもりだ?」

「それは……。」

 司令官の言葉に初雪は言葉を飲み込んだ。

「これ以上被害が出ないように行動してくれ、君たちはよくやってくれている。」

「……」

 佐々木司令官の言う事ももっともです、夜間の荒れた海で探照灯を灯さずに人を見つけられる可能性は……。

 見捨てていくのが一番安全、それはわかります、でも……。

「それじゃあダメなんです、次こそみんなを守るって…。」

 私はいつか自分に誓った言葉を思い出します、私が守りたかったあの人たちなら、こんな時、どうしたでしょうか。

「考えるまでもない事かもしれませんね…。」

 はぐろは何か決意したように顔を上げた。

「吹雪ちゃん、私を救助に向かわせて下さい!」

「…わかりました、救助ははぐろさんに任せます、私達は哨戒を続けます!」

「待て、私の話を聞いていなかったのか!」

「指揮権は私にあります、艦隊の行動は私が決めます!」

 吹雪ちゃんが凛とした声で言います。

「だが、しかし……。」

 今度は佐々木司令官が言葉を詰まらせます。

「司令官、お願いがあります、輸送船を一隻貸して下さい!」

「……止めても無駄なようだな、わかった、ただし一時間だけだ、それ以上はこちらの判断で撤収させてもらう。」

「はい!」

 司令官はそう言って船団の中では速力が出る船を一隻貸してくれました。・

「待って、私も......行きたい!」

「初雪ちゃん、大丈夫です、ここは私に任せて下さい。」

「でも、私のせいで......」

「起こってしまった事はしかたありません、船団に追いつくついでです、私に任せて下さい。」

 海の中に投げ出された人の近くで爆雷は使えない、位置的にも私が一番沈没地点に行きやすい、私が行くのが一番いい方法です。。

「大丈夫です初雪ちゃん、任せてください、海上自衛隊は人助けも得意なんです!」

「......うん」

「吹雪ちゃん、行ってきます!」

「はい!」

「龍鳳さん、すみません、護衛はここまでになります、船団まであと8マイルです、あとは一人で行って下さい。」

「わかりました、ここまでありがとうございます、気をつけて下さい!」

「はい!」

「面舵、アクティブソーナー送信止め、電探妖精さんは私の合図で輸送船を海没地点に誘導して下さい!」

 危ないので人の近くでアクティブソーナーは使えません、精度は下がりますがパッシブソーナーでの捜索に切り替えます。

「沈没地点を集中的に聴音して下さい、その付近にいるはずです!」

「「了解!」」

 

 

 

 

「はぐろ面舵変針!」

「了解!私達はこのまま哨戒を続けます!」

 はぐろさんが沈没地点に向かい始めました。

「守るって言ったのに……。」

 あの人が離れていく時にした約束を思い出す、結局頼りっぱなしになってしまっている。

「白雪より入電、推進音探知!方位230度!」

「来た!」

 深雪からの探知の通報に吹雪の心臓が大きく跳ねる、深海棲艦は詰まらない事を考える暇も与えてくれないみたいだ。救難活動をしているはぐろさんの手は借りられない、初めて自分が指揮を取って深海棲艦と戦う、その緊張からか少し足が震えてしまう。そんな自分を落ち着けるように息を大きく吸い込む。

「すぅ~~はぁ~~~、よっし、行くよ!」

 さっきまでのもやもやとした考えを頭から消し去る、私は指揮艦です、上手く出来なくても精一杯努めるだけ、色々考えるのはこれが終わってからです!

「私と白雪ちゃんで対応します、深雪ちゃんと初雪ちゃんは哨戒範囲を倍に広げて下さい!」

「わかってた事だけど、厳しいなぁ~」

「深雪ちゃん、頑張ろう......」

「ああ!」

 二人はそれぞれ舵を取っていく。

「取り舵、白雪ちゃんのおおまかな探知位置に針路を、爆雷戦用意!」

 妖精さんが配置に付く、はぐろさんが艦隊に来てから今までの私達の戦闘が大きく変わった。味方の位置が手に取るようにわかり、どんなに暗くても衝突する危険が格段に減りました、それと……

「白雪から、敵潜水艦概略距離1500~2000メートル!」

 海図上の白雪ちゃんを表すシンボルから線が引かれていく、相手の場所が正確に分るので今までよりも精密な戦闘が出来るようになりました。

「白雪ちゃん、私が探知するまで攻撃は待って!」

「うん!」

 私は白雪ちゃんの所に急いだ。

 

 

 

 

 その頃はぐろは輸送船の沈没地点へ向かっていた、近づくとすぐに深海棲艦を探知することは出来たが……。

「近すぎます、これでは攻撃は出来ません…。」

 輸送船の沈没場所と深海棲艦が近すぎて武器が使えない、それに、これでは救助もできない。

「何とか離れてもらうしかありません、でもどうすれば…。」

 与えられた時間は一時間、考えている時間は少ない。

「本艦が囮になり輸送船に救助をしてもらいましょう、危険ですがこれしかありません!」

 決断を下す。

 

この船の性能なら十分に囮をできるはずです。

「対魚雷デコイの曳航をします、出来るだけ目立つようにして下さい!」

「了解、曳航初めます!」

 艦尾から魚雷のような形の物が落とされる、本来は誘導魚雷を欺瞞するための曳航式のデコイだが、潜水艦の注意を少しでもこちらに向けるために使う。

「探照灯、照射初め、両舷前進最微速!」

 はぐろは沈没地点から少し離れた場所で速度を落とした、相手にとって雷撃するには少し遠い程度の位置だ、ここで救助活動をしているフリをして敵をおびき出す、深海棲艦との距離を保って移動すれば敵は少しづつ沈没地点から離れていくはずだ。

「魚雷音に注意して下さい、確認したら進路を見極めてぎりぎりでかわします!」

「了解!」

「おい、責任重大だな。」

「ああ、聞き逃したら海の底だぞ。」

 水測妖精さんが言います、厳しいかもしれませんがここは踏ん張りどころです。

「引っかかって……。」

 これに引っかかってくれなければ本当に手も足も出ない、お願いします。

「……」

 CICに重苦しい沈黙が流れる。

「推進音、大きくなります、キャピテーションノイズ、敵潜回頭中……。」

「敵潜、キャピテーション収まります、回頭終了した模様、方位変わらず推進音そのまま、増速の可能性あり!」

 パッシブソーナーだけでは距離の精度はよくない、でも音の大きさも距離を判断するひとつの大きな要素です。

「食いつきましたね、面舵5度、ゆっくり離れます。」

「速力はどうしますか?」

「悟られないようにゆっくり増速しましょう。」

「了解!」

 あとは付かず離れず、深海棲艦をおびき寄せて沈没地点から離すだけ。

「魚雷発射口開きます、魚雷攻撃の可能性大!」

「我慢です、悟られてはいけません。」

 背中を冷たい汗がつたう、もし距離の見積もりが甘かったら回避する暇もなく沈められてしまうかもしれない。

「引き続き追尾してきます、そろそろ……。」

「わかりました、輸送船の誘導を始めて下さい!」

「了解!」

 電探妖精は指揮下の輸送船一隻の沈没地点への誘導を始めた。

 

 

 

 

「推進音探知、190度概略距離2000から2500!」

 白雪の探知した場所を捜索してしばらくして吹雪も潜水艦の推進音らしいものを探知した。

「潜在圏…出ます、白雪から240度2000メートルを中心に半径250メートル!」

「了解、制圧を始めます、最初は私が攻撃します、白雪ちゃんはサポートお願いします!」

「はい!」

「針路190度、潜在圏に対して爆雷攻撃、第一戦速、波にさらわれないように注意して!」

 初めて本物の敵に攻撃をする、でも相手が海面の下に潜っている事もあってかそれほど緊張はしていない。

「感1、…感2……感3…感4!」

「いっけぇ!」

 吹雪は爆雷を落とす、しばらくして海面に大きな水柱が上がる。

「白雪ちゃん、どう?」

「吹雪ちゃん、ちょっと待って……。」

「……聞こえます、まだ倒せてない!」

「そんなぁ!」

「次は私が!」

 今度は白雪がさっきの吹雪の攻撃結果を考えて爆雷の投下ポイントを決める。

「白雪、爆雷投下!」

 白雪の落とした爆雷もその大きなエネルギーを水中で爆発させ、海面に大きな水柱を立てる。

「結果は?」

 吹雪は水柱の崩れ去った海面を見つめながら水測妖精に聞いた。・

「敵潜バブル放出、船体のきしみ、タンク排水音確認、浮上して来ます!」

「対水上戦闘用意!」

 敵にダメージを与えたのかソーナーが深海棲艦の浮上の兆候を報告して来る、相手は潜水艦、浮上したなら勝負は見えている。

「潜水艦……浮上~!右10度、距離1200!」

 今まで他の艦娘の話や写真でしか知らなかった深海棲艦が海面に姿を現す、暗くて分らないけど確かに真っ黒な潜水艦のような物が波を切って浮かんでくる。

「主砲装填、照準よし、いつでも行けます!」

「撃ち方……」

 発しかけた言葉を飲み込む、雲の隙間から星明かりが一瞬だけ深海棲艦を照らす、その姿に言葉を失う、真っ黒な船体にぼろぼろい壊れたマスト、ひしゃげた手すり、凹んだ外板…。

「これが…深海棲艦……。」

 そしてその後の光景に私は目を奪われた。潜水艦のマストに女の人が立っているように見えた。

「敵潜水艦、本艦に主砲を指向しています、攻撃許可を!」

 そんな妖精さんの声も私には聞こえていなかったようです。

「発砲炎、敵弾来ます!」

 空気を切り裂く音と一緒に真っ赤な曳光弾が飛んでくる、その音にハッとする。

「う、撃ち方はじめ!」

 私の号令で深海棲艦の近くに沢山の水柱が立つ、距離は近く、すぐに相手に弾が当たり爆炎が上がる。

 それから夢中で砲撃を続ける、程なく赤い炎に包まれながら深海棲艦の姿は海中に消えていった。

 




一ヶ月以上空けてしまいました、すいません、筆者は元気です。一ヶ月ほどパソコンが使えない状態でした、まだ失踪してはいません。


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通峡します④

遅れを出来るだけ取り戻すんじゃぁ!


「輸送船、沈没地点に到着、救助開始!」

「わかりました、このままの態勢を維持して下さい!」

 そうは言ったもののこの状態ではかなりの緊張を強いられる、潜水艦の必殺の距離を付かず離れずの距離を保って航行しているのだ、いくら耳が優れていても魚雷が避けられるとは限らない。

 救助の開始までに貴重な時間がもう30分も経っている、残された時間は30分しかない。

「畜生、もっと離れやがれ!」

 一人の妖精が毒気づく、未だに武器を使えるほど深海棲艦は沈没地点から離れてくれてはいない、撃沈できさえすればもっと自由に救助活動が出来るのに…

「潜水艦の動きに注意して下さい、魚雷の兆候を見逃さないで!」

「了解!」

 

 

 

 

「大したものだな。」

「船長、何か言いましたか?」

「いや、独り言だ。」

 遭難者の救助に指名された輸送船の船長は探照灯で照らされた海面を見ながら呟く。

 中島と言うこの男もまた、ほんの数年前までは海軍の駆逐艦の通信士をやっていた。

 確かに溺者救助は船団を護衛する軍艦の仕事だが、自分が勤務していた頃は近くに敵がいるとなると、なおざりに済まされる事が多かった。ましてやたったの18人しか乗っていない輸送船ならなおさらである。爆雷攻撃も躊躇なくやっていたと思う。

 そんな状況で迷わず助けに行けるのはなかなか出来る事ではない。

「おい、あそこにいるぞ!」

 一人の男が甲板上で怒鳴る。

「取舵いっぱい、左後進微速、右前進半速、溺者に近接する!」

「おい、ロープ投げろ!」

「ようやく5人目か……。」

 波にもまれながら男がロープを掴むのを確認して呟く。

「残り時間は?」

「はい、あと13分です!」

「わかった、あと13分、全員目を皿にして探せ!」

「はい!」

 この天候で半分も見つけられたら上出来だろう、あと13分で何人見つけられるか…。

「せめてこの波だけでもおさまってくれればな…」

 波に大きくゆられる船の上で中島は愚痴をこぼす。高い波に視界を遮られ救助活動の条件としては最悪だった。

 

 

 

 

「敵潜、推進音、少しずつ大きくなる、距離詰まっている模様!」

「黒10、少し増速します!」

 いったいどのくらい時間が経ったか、そしていつまで誤魔化せるか…。

「敵艦、魚雷発射、……方位落ちる、デコイに向かっています!」

 近くなりすぎる、と思った矢先に水測妖精が魚雷音を確認します。でも魚雷は外れるようです、これでまだ時間が稼げる。

「もうすぐ1時間が経ちます。」

「……ここまでですか、輸送船は何人救助できたんですか?」

「8名です!」

 乗組員は18人、あとの10人は暗い海を漂っているのか、それとももう…。

 

「一時間経過、輸送船離脱していきます!」

 司令官との約束の時間が来る、輸送船は救助のための明かりを一気に消して全速力で海域の離脱を図る。

「…これは、マズイです、輸送船に気づかれました、キャピテーションノイズ、敵潜回頭中!」

「攻撃しましょう!」

「いいえ、まだ海面に人がいるかもしれません!」

「ですが、このままでは輸送船がやられてしまいます!」

「わかっています!」

 魚雷攻撃をして、もし海面に人がいたら…。

 でも攻撃しないともっと沢山の人が死んでしまうかもしれません、何かいい方法は……。

「訓練用の短魚雷を使います、左舷に一発ありますよね?」

「はい、ですがもし敵が攻撃を断念しなかったら…」

「その時はすぐに本物を打ち込みます!」

「了解、左舷2番、訓練魚雷、調定開始します!」

 イクさんは私の魚雷を怖いと言っていました、それなら攻撃を断念させるくらいできるはずです。

「調定完了しました、短魚雷よし!」

「撃て!」

 左舷から魚雷を押し出す鈍い音が聞こえる。

 海中に落ちた魚雷はすぐに決められた進路に向かって走り始める。

「魚雷航走開始!」

 この世界に来てから二回目の短魚雷攻撃、今まで戦ってきた潜水艦とは性能は比べるまでもないハズなのに近接戦にまで持ち込まれてしまっている。

 

 

 

 

 吹雪たちの進路上の海域では攻撃を断念した方の深海棲艦は、二隻の艦から執拗な攻撃を受けている仲間の様子を聞いていた。二度の攻撃でついに傷ついたのか泡を出して浮上していった。あの深度にとどまっていたらやられていたのは自分だったんだろう。

 だが今なら他の場所は警戒が薄くなっているはずだ、今ならチャンスがあるかもしれない。味方の敵討ちのつもりはないが、ここまで一方的にやられる訳にはいかない、幸いもう少しで前衛の4隻はやり過ごすことが出来そうだ。

「フジョウスル、ギョライセンヨウイ…」

 そう決断した矢先に後ろから近づく二つの推進音を聞いた。

「マッテ、シンドソノママ。」

 すぐさま命令を取り消す、二つの推進音の意味を考える、そして敗北を悟った。先行艦隊を足止めするはずの三隻は失敗したか、やられてしまったのだろう。後ろから来た二隻は今から護衛艦隊に空いた穴を塞ぎにかかるんだろう。むざむざ攻撃を試みてもやられるだけだ。

「コウゲキチュウシ、センダンヲヤリズゴス!」

 第30駆逐隊から分離された望月と弥生の増援は戦力を失った深海棲艦に攻撃を断念させるには十分だった。

 

 

 

 

「おっす、助けに来たよ!」

「望月ちゃん!」

 突然聞こえてきた声に吹雪は驚きの声を上げる。

「私も…いる…。」

「弥生ちゃんも、どうして!?」

「どうしてって、作戦通りだろ、前衛艦隊は船団を攻撃してきた深海棲艦を挟撃するって。」

 望月は意外な事を聞かれたと言った風に答える。

「あはは、そうでしたね、私って何言ってるんだろ。」

 多摩さんと如月ちゃんが大破したって聞いたからまさか助けに来てくれるとは思っていなかった、当たり前の答えを望月ちゃんに言われてちょっとだけ涙が出そうになった。

「で、状況は?」

「深海棲艦の3隻は撃沈しました、でも相手は少なくとも5隻です、一隻は遠くにいて危険はありません。もう一隻は今はぐろさんが接触しています!」

「わかった、どうすればいい?」

「船団の右側が手薄です、望月ちゃんは初雪ちゃんのサポートに回って下さい、弥生ちゃんは救助を支援しているはぐろさんの所にいって下さい。」

「わかった!」

「ん...」

「待って、私に行かせて!」

「初雪ちゃん…」

「吹雪ちゃん、お願い......」

 弥生ちゃんと望月ちゃんより性能がいい装備を持っている初雪ちゃんを護衛に残しておくつもりだったけど初雪ちゃんの気持もわかる、輸送船が撃沈された事を考えているんだろう。

「いいんじゃない、弥生といっしょのほうがやり易いし。」

「弥生も...望月とがいい、同じ艦隊だし......」

 初雪のいつもと違う様子に何かを感じ取った二人は言った。

「わかりました、初雪ちゃんは望月ちゃん、弥生ちゃんと交代、はぐろさんの支援に向かって下さい!」

「わかった!」

 弥生と望月はすぐに初雪がいる場所に舵を取った。

 

 

「何があったか知らないけど行ってきなよ、ここはあたしたちに任せてさ。」

「こんな望月...見るの久々......」

「う、うるさい、ちょっとやる気わいてきたの!」

「ん、みんな、ありがと...」

 二人の軽口を聞きながら持ち場を交代した初雪は一人船団の針路と反対方向に舵を取った。

 

 

 

 

 はぐろの訓練魚雷での攻撃は結果としては深海棲艦に輸送船の攻撃を断念させた、しかし…。

「敵潜、完全に停止しました!」

「……人質のつもりですか。」

 深海棲艦は輸送船の沈没地点に留まっていれば攻撃は受けない、と不発の魚雷攻撃を受けて勘付いたのだ。

 司令官から借りた輸送船は全速力で海域を離れている。そして、おそらくこの深海棲艦はここからてこでも動かないだろう。

「こうなれば救助は無理です、あきらめて船団に追いつきます、面舵、両舷前進強速!」

「救命筏を落として下さい!」

 この海の状態で救命筏なんて落としても役に立つとは思えない、きっとこれは自己満足なんだろう。

「でも、もう打つ手が...。」

 あの人たちならもっと上手くやったんだろうか…。

 まだ生きているかもしれない10人を今私は見捨てようとしている。

「私は…弱いです。」

 涙があふれてくる、でも自分の力ではもうどうする事も出来ない。

 

 

 

 

 船団を一人離れた初雪は船団を追うはぐろを見つけた。

「よかった...。」

 あの姿を見るとなぜか安心してしまう。輸送船も一緒だ、きっと助けてきてくれたんだろう。

「...手伝いに来たよ。」

「…初雪ちゃんですか、もう終わりました、もとの場所に戻って下さい。」

 いつもと違う冷たい声に驚く、何かあったんだろうか、おそるおそる聞いてみる。

「あの、何か...あったの?」

「助けられた人は……8人です。」

「そんな!」

 沈んだ輸送船の乗組員は18人、助けられたのは8人、つまり…。

「捜索は打ち切りました、もう…行きましょう。」

「諦めたんですか!」

「…そうです。」

 淡々とした返事が帰ってくる。

「もう...いい!私が行く!!」

 初雪は一人で沈没場所に向かおうとするが…。

「初雪ちゃん、行かせられません。旗艦の言う事が聞けないなら…撃ちます!」

「でも!」

「お願いです…言う事を…聞いて下さい。」

 苦しそうな、搾り出すような声を聞いて自分がやろうとしていた事の重大さに気が付く、優しいあの人に大砲を向けさせてしまっている。それに、あの人が諦めたんだ、行って自分に何が出来るんだろう。

「ごめんなさい...」

「いいえ、ごめんなさい、約束…守れませんでした。」

「……」

 謝るはぐろに初雪は何も言えなかった。

 二人はそれからほぼ無言で船団を追いかけた。

 

 

 

 

「海峡、通過しました、周辺海域反響音なし。」

「危険海域…抜けました!」

 はぐろの電探妖精が言った。

「みなさん、危険海域を抜けました、このままの態勢で三時間航行して適宜哨戒レベルを下げて行きましょう。」

「「「「了解(うん...)」」」」

 その後、輸送船団は深海棲艦と出会うことなく無事に夜明けを迎え南シナ海、リンガエン湾沖にまで進出した。しかし、困難な任務をほぼ達成したというのに艦隊の空気はどこか重苦しいものになっていた。

 

 

 翌朝、生き残った3隻の深海棲艦は6隻の僚艦と連絡が取れない事に驚愕し、急いで棲地への針路を取った。

 




任務は終わりました。でも二章(仮)はまだちょっと続きます。
感想お待ちしております。


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調達します。

夏休みとは儚い夢であった。
また頑張ろう。


「船団、入港準備完了、逐次入港始めます!」

 すっかり少なくなった輸送船団を眺める。最初は60隻もいましたが今はその半分以下の15隻にまで減っています。

 あの戦闘から数日後、船団は安全海域に入るとバラバラに別れ、それぞれの目的地に向かって行きました。そして私達は約3週間の長い航海を終えてようやく目的地のSP国の港近くまでたどり着きました。大破した如月ちゃんと多摩さんは昨日の夜のうちに一足先に入港、ドック入りしています。

「船団、左舷を航過します!」

「手の空いている妖精さんは甲板へ、みんなで見送りましょう。」

 私がそう言うと妖精さんが沢山中から出てきて左舷に並んでいきます。

 

「輸送船、旗流揚げます![貴艦の協力に感謝する、航海の安全を祈る。]です!」

「…はい。」

 左舷を通る輸送船を見送る、人が沢山乗っている船のようで甲板に沢山の人が出てきて手を振ってくれている。甲板の上の人はみんな笑顔だった。

「左帽振れー!」

 私達も妖精さんと一緒に手や帽子を振り返します。でもあの人たちの笑顔が少し私には痛かったです。過程がどうあってもあの人たちの仲間を見捨てたことに変わりはありません。

 結局、暗い海に置き去りにした10人のうち3人は数日後に水上機に発見されて助かったそうです。

 私達は頑張った、そして任務は成功している。

 でもあの日からどこか心に引っかかりを感じてしまっている。

「もっとしっかりしないと!」

 自分に言い聞かせるように声を出す、その気持ちに答えは出ていないんだから今は置いておこう、旗艦がしょんぼりしていたら艦隊のみんなの空気まで悪くなってしまいます。

 はぐろは戦闘が終わってからの艦隊の雰囲気を思い出す。

 

「司令部より入電、[入港許可、巡洋艦以下はA-6およびA-5岸壁に繋留、空母はB-6ブイに繋留せよ、繋留方向は西向き!]です。」

「わかりました、入港準備、右横付け用意!」

 大型の空母が岸壁に留められる施設は余ってないようで龍鳳さんだけはブイにもやいを取る事になったようです。

 シンガポール海峡を抜けるとすぐそこにSP国の艦娘のための港があります。私達はそこに入港していきます。

 目を凝らしてみると、私達が繋留する岸壁には二人の艦娘らしい女の子が立っています。

 二人ともおそろいの簡素なセーラー服を着ています。そのうちの一人の、黒い髪に三つ編みの女の子が手を振ってきます。私達も手を振り返します。でも、もう一人の子は詰まらなさそうにそっぽを向いています。

 

 岸壁に係留してみんなの入港作業が終わるのを見届けて、舷梯を降りて行きます。

 3週間ぶりに地面を踏みました。

「やった、三週間ぶりの地面!」

「何だか変な感じがしますね。」

 深雪ちゃんと白雪ちゃんも岸壁に降りてきます。みんな嬉しそうに地面の感触を確かめています。

「はしゃいでないで、北上さんが貴重な時間を割いてくれてるの、さっさと行くわよ!」

「ご、ごめんなさい!」

 茶色の髪の女の子に怒られてしまいます。

「まあまあ、大井っち、長旅の疲れもあるだろうし、ゆっくりさせてあげなよ。」

「でも、私と北上さんの貴重な時間を!」

「多摩姉さんの恩人だからね。」

「それも…、そうですわね……」

「多摩ねえに案内をよろしくって言われてね、この基地の司令官の所に案内するよ。ああ、自己紹介がまだだったね、球磨型軽巡洋艦の3番艦、北上だよー。こっちは4番艦の大井っち、まーよろしく。」

「は、はい、よろしくお願いします、私達は第11護衛艦隊です、私は旗艦のはぐろです。それから軽空母の龍鳳さんと特型駆逐艦の吹雪ちゃん、白雪ちゃん、初雪ちゃん、深雪ちゃんです。」

 全員おそるおそる、といった風におじぎをする。

「じゃあ今から司令官のところに案内するからついてきてね。」

 北上さんに連れられて海沿いの道を歩く。

 道は砂利道であんまり整備されていないみたいです。

「このあたりは深海棲艦の活動がないからあんまり予算が割り当てられてないんだって、あっちの普通の船が停泊する方はよく整備されてるんだけどね…。」

 北上さんは沢山の船が停泊している方の港を指差します。

 マラッカ海峡に面しているここは船の航行の要衝となっていますが艦娘にとっては深海棲艦の脅威もほとんどない後方基地になっているそうです。そのためドックなどの修理施設は充実しているそうですが、その他の施設はオンボロな感じだそうです。

「ここがこの基地の司令部だよ。」

 しばらく歩くと、司令部のある建物に案内されますが…。

「うわぁ…」

「建物っていうか...お化け屋敷?」

「ちょっと初雪ちゃん、失礼だよ!」

 私達が案内されたのは木造の今にも崩れそうな小さな建物でした。所々壁は剥がれて屋根も一部トタンで補強されているようです。表には落ちかけたSP国分遣隊司令部と書かれた看板があります。

「いいのいいの、オンボロなのは本当だから。」

 大井さんが言います。

 そうして案内されるままに今にも外れそうな扉を開けて建物に入ります。

「多摩さん、如月ちゃん!」

 扉を開けると第30駆逐隊のみんながいて思わす声をあげてしまいました。

「やっと来た、待ちくたびれたにゃ。」

「あの、大丈夫でしたか?」

「見ての通り、如月も多摩もピンピンしてるにゃ。」

「ごめんなさい、心配をかけてしまって。」

 多摩さんはそう言って笑顔を見せます、如月ちゃんは何だか申し訳なさそうにしています。

「すみません、もう少し早く助けに行ければよかったんですが…。」

「多摩姉さん、話は後にして下さい、さっさと報告を終わらせましょう。」

「それもそうにゃ、行くにゃあ。」

「第11護衛艦隊、第30駆逐隊入ります!」

 司令官室と書かれたくたびれた扉を開ける。

「ご苦労さま、ようこそSP国分遣隊へ。」

 部屋には簡素な机と地図が置いてあり、一人の若い女の人が座っていました。肩までの黒い髪にツリ目で切れ長の目、少し怖そうです。

「女性が司令官だから驚いた?」

 私達の様子を見て悪戯そうに言います。

「は、はい、少し…。」

 私たちがそう言うと目の端を緩めて優しそうに笑った。

「ふふ、正直でよろしい、私はSP国分遣隊司令官の水瀬と言います。今回の護衛任務ご苦労さま、しばらくは何もないからゆっくりしていきなさい。」

「えっと、何もない事もないと思うんだけど…。」

「そうね、ゆっくりする前にやってもらわなきゃいけない事があったわ。」

 司令官は大井さんに言われてから思い出したようにおもむろに篭とバケツを取り出す。

「この基地では自給自足だから、頑張って集めて来てね。」

 司令官はそう言ってバケツと篭を私達に渡しました。

「戦闘詳報は後で読ませてもらうわ、それとあなた達には任務達成の他に一つお手柄があるのよ。」

 司令官は立ち上がって地図の前に移動する。

「遭遇した深海棲艦の数が多すぎるから、おかしいと思ってあのあたりの島をくまなく捜索したのよ、そしたら…」

 司令官は地図の一点を棒でバンバン叩きます。

「小規模だけど敵の棲地を見つけたわ。」

「「「「「「「「ええっ!」」」」」」」」

 司令官が言った言葉にみんなが驚きの声を上げる。

「現在この棲地に対して攻略部隊が向かってる、BN国の基地から一個艦隊、FP国の基地から二個艦隊が、棲地の規模から考えて、もうあらかたの戦力は失ってると思うけど念には念をってやつね。ここを攻略出来ると本土への航路はかなり安全になるハズだわ。」

「私達は何もしなくていいんですか?」

「いいのよ、艦隊はあなた達だけじゃないの、食料探しも仕事のうちよ、えっと…」

「吹雪です。」

「吹雪ちゃん。」

「じゃあ戦闘詳報を頂戴。」

「はい。」

 私は銀色のケースから一週間かけて作った戦闘詳報を司令官に渡した。

「……ちょっと……すいぶん分厚いわね。」

「す、すみません。」

 司令官は困惑気味に受け取ります。確かに少し多すぎたかもしれません。

「第11駆逐隊は話があるから残って、北上さんは第30駆逐隊を連れてってあげて。」

「はいはいー、みんな行くよ。」

 北上さんが第30駆逐隊を伴って部屋を出ます。部屋には私達と司令官が残されます。

「…で、どうだった。」

「何がですか?」

「初めての戦闘よ、ずいぶん活躍したのに浮かれない顔してたそうじゃない。」

 さっきまでの雰囲気とは打って変わって鋭い眼差しで私達を見ます。

「目の前で人が死んだのがそんなに堪えた?」

「……」

「それとも怖くなった?」

「それは…」

「あの時は私が指揮を執っていました、悪いのは私です!」

 吹雪ちゃんが司令官に言います。

「違う!私が見逃したから、吹雪ちゃんは悪くない......」

「違います、私が最後まで残らなかったから!」

「ちょっと待って、別に責任がどうとかそんな事じゃないの!」

 司令官が言い合いを始めた艦娘に割って入る。

「ただ覚えておいて、海戦でワンサイドゲームはまれよ、今回の事もよく考えておいてね。もしかしたら次は仲間の誰かかもしれないんだから。」

「「「「はい……」」」」

 仲間を失う事は考えなかった訳ではないのですが今回の事でどうしても頭の中をよぎってしまいます。

「辛気臭い返事をしない、いい?考えられるのは生きている者の、艦娘の特権よ。あなたたちはただの船じゃないんだから、考えて答えを出しなさい、話は以上です。外で大井が待っているから案内してもらいなさい。」

「「「「はい!」」」」

 私たちの返事を聞いて司令はもとの優しそうな表情に戻ります。

「よろしい、ここは色々大変だけど慣れれば楽しいから休みをもらったと思って楽しんでね。」

 最後に司令官はそう言いました。私達はあいさつをして司令官の部屋を出ます。

 

「お・そ・い!」

 部屋を出ると大井さんが腕を組んで待っていました。

「北上さんに置いていかれたわ、さっさと行くわよ。」

 そう言うと大井さんはさっさと歩き出してしまいました。私達も遅れる訳にいきません、大井さんに付いていきます。

「ここが宿舎よ、司令室がアレだから期待はしていなかったと思うけど、このザマだから自分の艤装で寝泊りする艦娘も多いわ。」

 案内された先にはバラックを少し立派にしたような建物がありました。

「中は一応妖精さんが掃除しているから綺麗なはずよ、ちなみにお風呂はあれ!」

「あれって……どこにお風呂があるんですか?」

 白雪ちゃんが不思議そうに聞きます。大井さんが指差した先にはお風呂がありそうな建物はありません。

「あれよ、あれ、緑色の丸いやつよ!」

「あれって、ドラム缶ですか?」

 吹雪ちゃんが信じられないといった風に言います。

「そうよ、分遣隊はどこもこんなもんよ、だから自分の艤装を使う艦娘が多いのよ!」

 大井さんは不機嫌そうに答えます。

「いいじゃん、キャンプみたいで楽しそう!」

 深雪ちゃんが目を輝かせながら言います。

「はぁ、わかってないわね、二三日ならいいかもしれないけど何日も続いてみなさい、そうなると只の苦痛よ!」

 大井さんは呆れたように言います。

「大井さんは長いんですか、この分遣隊?」

「二週間といったところよ、荷物が集まったらまた南に行くわ。」

 大井さんに続いてバラック…宿舎に入ります。大井さんは何か荷物を漁っているようです。

「はい、これ。」

 大井さんに長い竿を渡されます。

「あの、これって…」

「司令官の話、聞いてなかったの?今日の晩御飯とってくるのよ!」

「あの、でも釣りなんて始めてで…上手く出来るでしょうか……。」

 みんなの不安を代表して白雪ちゃんが言います。

「知らないわよ、釣れなきゃ晩御飯が減るだけよ、それとも艤装にまだまだ食べ物があるの?」

「それは…」

 確かに保存食はたくさんありますが新鮮な食べ物はここでの滞在と帰りを考えると少し心細いです。

「わかったらすぐ行く、あのへんの防波堤がよく釣れるから!」

「「「「「はい!」」」」」

「ほら、行った行った!」

 大井さんは私達に竿を持たせて建物から私達を追い出します。

「ねえ、みんな、釣りなんかやったことある?」

「...ない」

「私も、釣りはやったことないですね。」

 龍鳳さんも経験はないそうです。

「針に餌をつけて海に落とすんだろ、楽勝だよ。」

「深雪ちゃん、やったことあるんですか!?」

「あはは、ないよ。」

「「「「……」」」」

「と、とりあえず行きましょう。」

 不安は残りますが私達は防波堤に向かって歩き始めます。そして防波堤についた私達は針に思い思いの餌を付けて海に落とします。

「暑い...ひきこもりたい。」

 初雪ちゃん、頑張りましょう、お夕飯がかかっています。

 

 

 

「なかなか釣れないね……」

「餌が悪いんでしょうか?」

 防波堤についてしばらく糸を垂らして待ってみますが釣れる様子はありません。私達の間に静かな時間が流れます。

「あの、龍鳳さん。」

「はい、なんでしょうか?」

「同じ艦隊の誰かを失った事はありますか?」

「…突然ですね、司令官に言われた事を気にしてるんですか?」

「えっと…はい……。」

「そうですね、いつか話そうと思ってたんですが、時間もありそうですし、ちょうどいい機会かもしれませんね、でもあんまりいい話ではないですよ。」

「みんなも聞いて下さい、私が潜水母艦だったのは知ってますね?」

 私達は、はい、と頷きます。

「だいぶ昔のお話になりますが、私が潜水艦隊の旗艦をやっている時、艦隊にイー40という艦娘がいました。」

 龍鳳さんは昔を懐かしむように空を眺めながら話し始めました。

 イー40という潜水艦、みんなからの呼び名はしお、太平洋で作戦終了という通信を最後に行方が分らなくなった。そして指定した集合地点にいつまでたっても現れない。深海棲艦に見つかる危険を顧みずに定期的に電波を飛ばしても応答がない。他の艦隊に捜索の要請もした。そして龍鳳は集合地点に2日間留まった。その間あらゆる手段を使って何とか探そうとした。それでも結局見つけることは出来なかった。そうこうしているうちに偵察機から海域に深海棲艦の接近の緊急の連絡が入って龍鳳は潜水艦娘たちの反対を押し切ってその海域から泣く泣く離脱した、そんな話。

 龍鳳さんの話を聞いて私達は押し黙ってしまいます。

「その場所を離れる時、最初は実感がなくて、夢の中にいるみたいでした、でも…。」

「潜水艦の子の気持が少しでも紛れるようにその日はいつもよりほんの少しご飯を豪華にしたんですが…。」

「それを見たある潜水艦の子が私の袖を引いて言いました。しおちゃんのご飯は今日はいらないよって。」

「変ですよね、私が一番わかっているはずなのに、いない子のご飯まで気付かずに用意していて、その言葉を聞いてやっと本当に起ったことなんだなって実感がわいてきたんです。」

 龍鳳さんはその日の事を思い出したのか寂しそうに笑います。

「しばらくは何も手に付きませんでした、そんな私を見かねたのか、ある子が言いました、しおちゃんを探しに行くよって、それからみんなに引っ張られて海に出ました、当てもなく探して、それからみんなで泣きました。」

「涙も枯れて、最後にある子が言いました、しおが沈んだのを見たわけじゃない、私はこれからも探しますって。」

「この日に初めて分かりました、私は一人では立ち上がれないくらいに弱いんだって、みんなに支えられて、起こされて、やっと海に戻ることが出来るくらいに。だから、弱くてもいいんです、弱いから私達は艦隊を組むんです。」

「司令官は答えを出せと言いましたけど、いつまでに、とは言ってません。私も答えは見つかってないんです、だからあの日から何も変わっていないのかもしれませんね。」

「あの、もしかして空母になったのはしおちゃんを探す……」

「あ、吹雪さん、引いてますよ!」

「え、あ、本当だ!」

 龍鳳さんの言葉に反応して吹雪ちゃんが竿を引きます。

「つ、釣れたー!」

 ようやく最初の一匹が釣れました。でもこれだけでは私達のご飯にはとても足りません。

「私のお話は終わりです、吹雪ちゃんを見習って頑張りましょう。ご飯も材料がないと作れませんよ!」

 結局龍鳳さんは私の質問には答えてくれませんでした。

「艤装に網を付けて引いたほうが早いかもね。」

 深雪ちゃんがいいアイデアを出します。

「ダメだよ~それは。」

 少し離れた所から声が聞こえます。北上さんがいつの間にか立っていました。

「そんな事したら沢山取れすぎて食べきれないよ~、でもその様子だとボウズみたいだね。」

 私達の様子を見た北上さんが言います。

「違います、一匹釣れました!」

 吹雪ちゃんがどうだ!と言わんばかりに魚の入ったバケツを突き出します。

「うん、でも全然足りないね。」

「うぅ…。」

 吹雪ちゃんは肩を落とします。

「もう夕食の材料はいいよ、大井っちが何とかしてくれたから。」

「「「「「ええ!!」」」」」

 大井さんが何とかしてくれた、と言われてみんな驚きます。あんなに素っ気無かったのに……。

「大井っちはあんなふうだけど本当は感謝してるんだよ、だって多摩姉が大破したって聞いた時はすっごかったんだ。昨日だって多摩姉さんが来るのを港でずっと待ってたんだよ。」

 北上さんは嬉しそうに言います。

「大井っちも素直っじゃない所あるからね、でもそんな所も好きなんだよね。」

 北上さんの大井さんへの愛の告白みたいなセリフを聞いてみんな俯いてしまいます、何だか恥ずかしいです。

「き、北上さん!私を置いてそんな所で何をやってるんですか!」

「ああ、大井っち、何ってちょっと手伝いをね。」

「いいんです、北上さんが手伝いなんてしなくても!行きましょう!」

「あ・な・た・た・ち・も!どうせボウズなんでしょう、今から引き潮だからどうせ釣れないわ、さっさと片付けて来なさい!」

 そう言われて時計を見てみると思ったより時間が経っていました。

 

「あの、北上さんに聞きました、夕食の材料ありがとうございます。」

 白雪ちゃんが一歩前に出て大井さんに言いました、大井さんは一瞬驚いた顔をしますがすぐに元の調子に戻ります。

「ち・が・い・ま・す!このままじゃ北上さんの食べる物が無くなってしまうからよ!」

 大井さんは白雪ちゃんの頭を軽く小突きます。

「うぅ、そ、そうですか…。」

 白雪ちゃんは小突かれた頭を押さえてうずくまります。

 そんな白雪ちゃんを尻目に大井さんは北上さんの後を追うように歩き出します。ですがしばらく歩いてから立ち止まりました。そして…。

「でも…多摩姉さんを助けてくれたことには……感謝してるわよ!」

 大井さんから意外な言葉を言われます。

「だ・け・ど!」

「き・た・か・み・さ・ん・に手を出したら…許さないわよ!」

「「「「「………」」」」」

 振り返って笑顔でそう言われましたが、あまりの大井さんの迫力に私たちは言葉が出ませんでした。

「返事は?」

「「「「は、はい!」」」」

「待って~北上さ~ん!」

 私達の返事を聞くと大井さんは走り出します。

 私達は走っていく大井さんの後姿を見送ります。怖い笑顔がある事を今日初めて知りました。

 




間があいてしまいましたが感想などお待ちしております。


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準備します。

日常は難しいです。更新ペースが遅くてすみません。


「すごい…。」

「大きいね!」

 大井さんの後を追って宿舎に戻ると今日の夕食の材料が並べられていました。

 その中で一際目を引くのが一頭の大きな猪です。

「こんなのどうやって捕まえたんでしょうか?」

 白雪ちゃんの一言でみんなの視線が大井さんに集まります。

 不謹慎かもしれませんが私は大井さんが猪を狩っている姿を想像してしまいます。

「あなた、今失礼な事考えなかった?」

「い、いえ、そんなことありません!」

 考えていた事を見透かされて大井さんに迫られてしまいます。

 口では否定していますが目が泳いでいるのが自分でもわかります。

「大井さんが猪を追いかけてる姿なんか想像してなモゴモゴ…。」

 後ろを振り返ると深雪ちゃんの口を押さえる白雪ちゃんと吹雪ちゃんの姿がありました。

「あはは……なんでもないです!」

 深雪ちゃんの口を押さえた二人が苦笑いをしながら言います。

 おそるおそる大井さんの顔を見ます、笑顔のままですが目は笑っていません……。

「あら、僚艦の教育がなっていないようね…。いいえ、それを言うなら僚艦は旗艦に似るかしら?」

「ごめんなさい!」

 まさか深雪ちゃんまで私と同じ事を考えていたなんて。

「あら、いいのよ、別にあなたたちの夜ご飯がお魚一匹になっても。」

「そんな!何でもしますからそれだけは許して下さい!」

「ちょっとはぐろさん、何でもするなんて言ってしまっては……。」

 龍鳳さんにとがめられます。

「そう、何でもするのね……、」

 大井さんの目がスッと細くなります。

 龍鳳さんに言われてしまったと思ったけど、もう遅かったようです、私達は大井さんの次の言葉を待ちます。

「じゃあ今日の夕食とお風呂の準備を全部お願いするわ。」

「え?それだけでいいんですか?」

 どんな事をしないといけないかと思ったらそんな事でした。

「やるの?それともご飯抜きがいいの?」

「「「「「やります!」」」」」

 私達は二つ返事で了承しました。

 

 

 

 

 料理担当となった龍鳳とはぐろは宿舎の調理場で材料を前に今日の夕ご飯のメニューを考えていた。

「龍鳳さん、猪を料理した事ありますか?」

「いいえ、でも豚とほとんど同じだと思います、問題は……これをどうやって食べられるまでにするか、です。」

 目の前には猪一匹、さすがに丸々を処理するのは龍鳳も初めての経験だった。

「艤装に持って帰って妖精さんと協力して何とかしてきます。そうですね、大人数で手軽に食べられる物がいいので、今日はお鍋にしましょう。私が離れる間にお鍋の下準備をお願いします。」

「わかりました、任せて下さい!」

「私はこれを持って帰るので少し手伝って下さい。」

 そして私達は大きな猪を二人で協力してリヤカーに乗せます。

「それではお願いします、出来るだけ早く帰ってきます。」

 そう言って龍鳳さんは行ってしまいました。一人残された私はお鍋の準備を始めます。

「海上自衛隊の料理の腕の見せ所ですね!」

 お鍋はあまり腕は関係ないですが、頑張ります。

 

 

 

 

 一方お風呂の準備をしていた白雪たちは。

「まさか、こんなに大変なんて……。」

 お水の入ったバケツを運びながら白雪ちゃんが呟く、お風呂の準備はまず綺麗な水を運ぶ事から始まった。

 近くに川も流れていて水に困ることは無いと思ってたけど基地の造水装置が少し遠くにあってそこから綺麗な水を運ばないといけないようだ。

「どうしてこの基地ってこんなにボロ…施設が貧弱なんだろう、佐世保はお風呂も広かったのに。」

「深雪ちゃん、実は司令官が実はケチなのかも...」

 白雪ちゃんが言います。

「そんな事ないと思うけどなぁ…。」

 司令官がケチ、可能性は無いとは言えません、一回会っただけですが、そんな印象は受けませんでした。

「佐世保と比べるのは......」

「ほら、そこ!口ばっかり動かしてないで働きなさい!」

 私達がこの基地と司令官について話しているとどこからともなく大井さんの声が聞こえます。

「「「「ごめんなさい!」」」」

 私達はびっくりして重たいバケツをひっくり返しそうになった。

「怖い姑さんみたい…。」

 白雪ちゃんがぼそりと呟く。ちょっと、もし聞かれてたら大変だよ!

「何か言った?」

「い、いいえ、何も言ってません!」

 私達は逃げるように、急いでお水を持って行きました。

 

 

 

 

「ふぅ、やっと終わりました。」

 艤装に戻って妖精さんに猪の処理をなんとかしてもらって、みんなの所に十分な量のお肉を持って艤装からの帰り道を歩く。

 それから宿舎の調理場に戻ってみるとはぐろさんはお鍋ではなく寸胴をを真剣にかき混ぜていました。

「龍鳳、ただいま帰りました。」

「あ、おかえりなさい。」

 はぐろさんは笑顔で迎えてくれます、でもそれよりも気になる事があります。寸胴をかき混ぜているのを不思議に思った私は聞いてみる。

「あの、はぐろさん、どうして寸胴なんですか?」

「えっと、カレーを作ろうと思ったので…………あぁ!」

 彼女はやってしまった、という顔をする。

「ごめんなさい、お鍋を作るはずなのに、私、間違えてカレーを!」

「「……」」

「ふふっ…。」

 おろおろするはぐろさんを見ていて何だか可笑しくなって笑ってしまった。

 いったいどうすれば間違うのか、と思ってしまわないでもなかったけど、作ってしまったもはしょうがない。今日の夕ご飯はお鍋改めカレーに決まった。材料を寸胴に入れてすぐのようで、まだお肉を入れても大丈夫そうだ。

「作ってしまったものはしょうがありません、二人でみんながびっくりするようなおいしいカレーを作りましょう。」

「はい!」

 寸胴に入っている食材の様子を見る限り料理が下手という訳ではないみたいです、これならスムーズに作れそうですね。

 龍鳳とはぐろはぼたん鍋改めぼたんカレーを二人で協力して作り始めた。

 

 

 

 

「なんだかいい匂いがしてきたね。」

「うん、これは…カレーかな?でも今日は土曜日じゃないよ。」

 吹雪と白雪が水の入ったバケツを置いて顔を見合わせる。

「いいのいいの、食べられればそれで、運動したらお腹空いちゃったよ!」

 深雪は水をお風呂に注いで空になったバケツを地面に置いて汗を拭く。

「早く終わらそうぜ、みんな!」

「そうだね!」

 吹雪と白雪も地面に置いたバケツを持ち上げてドラム缶に水を入れた。

 4人で何度もバケツを持って往復した甲斐もあり、ドラム缶には十分な水がたまっていた。後は火を起こして水を温めるだけだ。

「私、燃料持ってくるね!」

「ああ、任せた!」

 吹雪は火を起すために燃料を取りに行く、三人はその帰りを待っていると、多摩たちが帰って来る。

 

「お、やってるにゃ!」

「多摩さ~ん、疲れました~。」

「その様子じゃお風呂の水汲みをやってたにゃ、ご苦労さまにゃ。」

 多摩さんは地面に座り込んでいる深雪の頭をぽんぽんと叩く。

「お疲れのみんなに少しプレゼントがあるにゃ、目をつぶって口をあけるにゃ。」

 多摩にそう言われた三人はなんだろうと顔を見合わせてそれから目をつぶって口をあけた。

 多摩は三人の口に順番に何かを放り込む。

「さ、食べるにゃ。」

 多摩の言葉を合図に三人は口を閉じてそれぞれ口の中に入れられた物を味わった。

「何、これ、すごく甘い!」

「甘酸っぱい!」

「おいしい...」

 口の中に入れられた物を食べた三人は始めて食べる物への驚きを隠せなかった。

「多摩さん、さっきのはなんですか?」

 深雪ちゃんが目を輝かせながら言う。

「ふっふっふ、今のはパイナップルにゃ、多摩たちの収穫はこれにゃ!」

 多摩は胸を張って言う、そうすると後ろの睦月たちがかごに入った果物を三人に見せる。

「「「おおぉ~!」」」

 かごには沢山の果物が入っていた、パイナップルだけではない、バナナやマンゴーなど、南国の果物で篭はいっぱいだった。

「みんなで頑張って集めたんだよ!」

 睦月が嬉しそうに言う。

「今日のデザートにしましょう。」

 如月が言った。

「多摩さんがすっごい活躍してくれたよ。」

「望月、それは秘密にゃ!」

「木登りが...上手い...」

「にゃあ!弥生、言っちゃだめにゃ!」

 多摩がぶんぶん手を振って後ろの駆逐艦を黙らせようとする。

「多摩さんって木登りが得意なんですね!」

「......猫みたい......」

 深雪の言葉に初雪がぼそりと呟く。

「にゃあ!だから秘密にしてって言ったのに、多摩は猫じゃないにゃあ!」

「みんな~、燃料持ってきたよ~!」

 そこへ吹雪が帰って来る。

「あ、多摩さん、お疲れ様です!」

「吹雪ちゃんお帰り、ちょうどよかった、目を閉じて口を開けるにゃ。」

「えっ、どうしたんですか、急に?」

「いいからいいから。」

 深雪が吹雪にそうするよう促す。

 吹雪は状況についていけなかったが、とりあえず言われたとおりにする。多摩は吹雪の口に一かけらのパイナップルを放り込む。

「甘~い!」

 吹雪もまた始めて食べた南国の果物に驚きの声を上げた。

吹雪もまた南国の甘い果物に笑顔で言った。

 それから吹雪たちは第30駆逐隊と協力してお風呂をわかした。

 

 

 

 

「みなさ~ん、ご飯できましたよ~!」

 龍鳳さんが外に向かって言う、それを合図にみんなが宿舎の中に入ってくる。

 宿舎はボロボロだけど広さは十分で、食堂と思われる場所には、みんなが座れるだけの十分な大きさの机が置いてあります。そしてみんな思い思いの席に座ります、今日の夕食はカレーとサラダと果物の盛り合わせです。

 はぐろと多摩たちが席についた頃に大井と北上も宿舎に帰ってくる。

「お、出来てるね、誰の特製カレー?」

「あの、龍鳳さんと私の合作です!」

「いい匂い、美味しそうだね。」

「あら、北上さん、私が作ったカレーもおいしいわよ。」

「そうだね、大井っちの作ったカレーもおいしかったよ、また頼むね。」

「えっと、じゃあ揃ったみたいだし、司令官を呼ぶね。」

 北上さんが部屋にある黒電話を取って電話を始める。

「あっ、司令官、ご飯出来たって、早く食堂に来なよ、なくなっちゃうよ。」

 一言そう言うと北上さんは電話を置いて椅子に座る。

「司令官もすぐに来ると思うけど、もう食べよっか。」

「で、でも……。」

「いいのいいの、待たなくていいって言われてるし。」

「ほら、北上さんがこう言ってるんだから早く座りなさい。」

 

「「「「いただきます!」」」」

 全員が席についたところでみんなで手を合わせていただきますをする。そしてそれぞれが口に龍鳳とはぐろ合作の特製カレーを口に運ぶ。

「「「「「「………」」」」」」

 しばらくみんながカレーを味わう、食堂は少しの間静かになります。みんなにご飯を作るのは初めてなので少し緊張します、口に合えばいいのですが。

「おいしい…。」

「何、このカレー、すごく美味しいよ!」

 最初に言葉を発したのは吹雪ちゃんと深雪ちゃんでした。

「へぇ、お肉が猪だから臭みが残ってるかもって思ったけど、上手く処理されてるね。」

「確かに美味しいけど……私には少し刺激が足りない気がするわ。」

 北上さんと大井さんがそれぞれ感想を言ってくれます。

「猪の肉入りカレーなんて初めて食べたけど、結構イケるね。」

「睦月はこれぐらいのカレーが好きですー。」

 今回のカレーは艦隊に駆逐艦が多かったので甘めに作っています、軽巡洋艦の方には少し辛さが足りなかったかもしれません。でも皆さんの様子を見るとまずまず好評のようです。

「みんな、お疲れさま。」

「「「「司令官!」」」」

 私達がカレーを食べ初めてしばらくして司令官が宿舎に来ました。

「ああ、気にしないでそのまま食事を続けて。」

 立とうとする私達を制します、そうして空いている席に座ります。

「へぇ、美味しそうなカレーね、いただきます。」

 司令官もカレーを食べ始めます。

「………」

 作った私と龍鳳さんはその様子を固唾を呑んで見守ります。そして一口食べ終わってから司令官はスプーンを置きました。

「元潜水母艦が来たって言うから食事には期待してたんだけど……。」

 司令官は目線を上げます。

「本当に、本当に美味しい、ありがとう!!」

「そんな、司令官、大げさですよ!」

 龍鳳さんが感極まった様子の司令官に言います、私も司令官にこんなに大げさな反応をされるとは思ってもみませんでした。

「いいえ、そんなことないわ!美味しい食事が食べられる、それがどんなに幸せか!」

「司令官、それじゃあ私達のご飯が美味しくないみいたいじゃない!」

「……大井さん、美味しいかどうかは別にして、たまに朝ごはんが二人分しかないのは狙ってやってるのよね?」

「北上さんとの朝を邪魔する司令官が......あっ、いえ、そんなことないですよ、至らなくてごめんなさい。」

 大井さんの反応を見て司令官は大きなため息をつきます。そして司令官はこの分遣隊での苦労話を始めた。

 駆逐艦しか来ていない日は、駆逐艦は料理が出来ない娘がほとんどなので、ほぼ毎日が缶詰などの保存食とご飯だけになる。

 空母や戦艦が来ると基地の備蓄していた食材がほとんど無くなってしまい、その後数日間は霞を食べるような生活になってしまう。

 この世の物とは思えない食事を食べさせられて数日間基地の業務が止まってしまったこと。

 他にも沢山の苦労話を聞かされました。司令官はほとんど一人でこの基地をやりくりしていてとっても忙しいので、食事の事情は入港する艦娘が握るのがほとんどなそうです。

「人数を増やす訳にはいかないんですか?」

「ダメよ、本土ならともかく、こんな辺境でどこの馬の骨ともわからない野郎を基地に入れる訳にはいかないわ!」

 白雪ちゃんの質問に司令官が答えます。

「いい、あなた達、自覚は無いかもしれないけど、みんなかわいい年頃の女の子なんだから、気をつける所はしっかり気をつけないとダメ、そうしないと狼に食べられてしまうわ!」

「狼、ですか?」

 吹雪ちゃんが?マークを浮かべて聞き返します。

「野……男のことよ、男の。」

「男の人に食べられるんですか?」

「そう、男は欲望と悪意の塊なの、気をつけないとダメよ。」

 司令官はそう言いますが私にとって男の人は命をかけて私を守ってくれる人達でした、悪い感情なんて抱ける訳がありません。

「うふふ、吹雪ちゃんには少し早いかもしれませんね。」

「如月ちゃん、睦月にも早いのかにゃ?」

「そうねぇ…まだ早いかもしれないわね。」

「実感がわかないようならこれを見なさい!」

 司令官は一冊の本を取り出した。表紙には[日本の艦娘 ○月号 巡洋戦艦金剛特集]と書いてある。表紙には白い巫女服を羽織った活発そうな女の子が映っている、この人が金剛さんなのでしょう。

「あ、それ今月号も出てたんだ、買いに行かなきゃ。」

「望月、買ったら見せて......」

 中をめくると金剛さんの色々なアングルからの写真が載ってある。

「へぇ、こんな本も出てるんだ。」

 深雪ちゃんが興味深そうに言います。

「あなた達ものっているわ。」

 司令官は後ろの方のページをめくる、コーナーの名前は今月の新着任艦娘。

「あれ?これ私!いつの間に!」

 コーナーの最初の一ページを見た吹雪は声をあげる。最初の訓練で佐世保を出航する時の写真なんでしょう、旗甲板であくびをしている吹雪ちゃんの姿が映っている。

「あなたたちみんな載ってるわ。」

 司令官は次々とページをめくる。

「あら、あなた大胆ね。」

 ついに私のページに来ました。いつ撮られたのかはわかりませんが高い艦橋が仇になって際どい角度から取られています。

「ダメです!見ないで…見ないで下さい~!」

 でもしっかりみんなに見られてしまいました、うう、恥ずかしいです。

「わかった?こんな本も出回ってるの、それにこの本、毎月すごく売れててなかなか手に入らないんだから。」

「全く、私ならそのカメラマンに魚雷を打ち込んでやる所だわ。」

 大井さんが言います、確かに少し恥ずかしい写真は撮られてしまいましたが、それは少しやりすぎだと思います。

「要するに、もっとガードを硬くしないと大変なの、この基地はお風呂だって屋内にないの、そんな所に男を連れてくる訳にはいかないのよ。他にも理由はあるんだけど、私が一人でいる理由はこんなものかしらね。」

「ねぇ、お代わりしてもいい?」

「はい、いいですよ沢山食べて下さい深雪ちゃん。」

 龍鳳さんに言われた深雪ちゃんは嬉しそうにお皿を持って椅子から立ち上がります。

「あ、私もお代わりする!」

「私も......」

 お話をしているうちにみんなカレーを食べ終えたのか次々にお代わりをしていきます。

「ねえ、私のぶんもちゃんと残しておいてよ。」

 後から来た司令官は食べ終わるのにもう少し時間がかかりそうです。

「さぁ、司令官の分は無くなってるかもね~。」

「くっ、そうはさせないわ!」

 北上さんに言われて司令官は食べるスピードを上げる。私と龍鳳さんはそれを見て顔を見合わせます、そして何だか可笑しくなってくすくす笑ってしまいました。

 夕食が上手く作れてよかったです。

 




感想などいつもありがとうございます。


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決まります。

気が付くと、このお話もあと一ヶ月くらいで1年になります、我ながらよく続いていると思います、これは100件を超える感想と1000件を超えるお気に入りのおかげです。
戦闘が少なくて本当にすみません。



「ドラム缶の淵には気をつけてね。」

 司令官が言うにはドラム缶の淵は中のお湯より熱くなっているらしく、入る時にはドラム缶に当たらないようにしなければならないようです。

「ふぅ、生き返るわね…。」

 司令官が私の隣にあるドラム缶風呂に体を沈めて言います。私も司令官に習ってドラム缶のお湯に体を沈めます。

 空を見上げると星をバケツでひっくり返したような凄い量の星が綺麗に光っています。

「ウチの基地は施設は残念だけど、こういうのもあるから悪くないでしょ?」

「はい。」

 露天風呂にはつい3週間前に入ったばっかりですが、まさかこんな形でもう一度入れるとは思いませんでした。

「全く、なんで私が北上さんと別々なのよ。」

 大井さんが物凄く不満そうにお風呂に来ました。

 ドラム缶風呂は全部で4個、私達は適当に分かれて入ることになったのですが、北上さんと大井さんは順番が前後してしまって別々になってしまったようです。

「あ、北上さん、ちょっと来るの早いよ。」

 大井さんがお風呂に入ろうとしたところで深雪ちゃんが脱衣所のほうを指差して言います。

「え!北上さん!?一緒に入りましょ…熱い!」

 大井さんは深雪ちゃんの声に気をとられたのか、熱いドラム缶の淵に太ももを当ててしまったらしくて熱そうに当たった場所を押さえます。

 そして深雪ちゃんが指差した脱衣所には誰もいませんでした。

「ぷぷっ、引っかかった!」

「この、生意気な駆逐艦!」

「怒った、逃げろー!」

 大井さんは凄い勢いで深雪ちゃんを追いかけます。

 深雪ちゃんは一生懸命逃げますが身長の差のせいか、どんどん大井さんに追いつかれていきます。そしてあっと言うまに捕まってしまいました。

「この!この口が悪いのね!」

「いだい、いだい!」

 大井さんが両手で深雪ちゃんのほっぺたをつねっています。

「あはは、見てよあれ。」

 司令官はそんな二人を見て笑いながら言います。

「あの、ごめんなさい!」

 また大井さんに僚艦の教育がなっていないと怒られそうで、つい謝ってしまいます。助けに行きたい気持もありますが、さっきのは深雪ちゃんが悪いのは明らかです。

「いいのいいの、元気が一番、ああいうのを見ると何だか生きてるって感じがするでしょ?」

 大井さんにこらしめられている深雪ちゃんを指差し笑いながら言います。

 

「あれから何か考えた?」

 しばらくして、司令官は視線を空に移して言います。

「…はい、でも答えは出ませんでした。」

「そっか……。」

 しばらく沈黙が流れます。

「ねぇ、作戦上であなた達に関わる人間がとっても少ない事を疑問に思った事はない?」

「えっと、あります。」

 確かに佐世保のような大きな基地を持っているのに基地では艦娘以外では司令官の他は私達と関わる軍関係の人はいませんでした。それに、今回の作戦も規模から考えて、もっと沢山の人と関わっていてもおかしくないはずです。

「それが私達が出した答えの一つなの、一つ一つの作戦、一人一人の艦娘にしっかり責任を持つ決意の現われ。」

 司令官は言葉を続ける。

「組織が大きくなると、どうしても責任がどこにあるのか曖昧になってくる時があるの、いつかみたいにね。それに、あなた達は船の生まれ変わりだって言っても、見た目がこんなのだから送り出す方も普通じゃやっていけないわ。」

「どの司令官も遠くであなた達におおまかな指示しか出せない、そして結果を待つしかないの、どの司令官だって色々抱えてると思うわ。」

「……そう…ですね。」

 司令官は少し真剣な顔になって言います。

「でも、時々本当にこれでいいのかって考えるの、司令官だけじゃなくてもっと沢山の人が抱えていくべきものなんじゃないかって。だって見送られる人は多い方がいいじゃない?」

「はい…。」

「あっちを立てればこっちが立たずって、正しいか間違っているかどうかはとっても曖昧、あなたが輸送船の乗組員を助ける時にやった事も正しくない。」

「じゃあ……。どうすればよかったんですか!」

「あの時撃沈しなかった潜水艦がもっと沢山の人を殺すかもしれない、とも考えられるわね。」

「でも…」

 司令官は攻撃するべきだったと言いたいのでしょうか、確かにその事を考えなかった訳ではありません。でも、目の前の人を一人でも助けたかった。 私は司令官の言葉を聞いて俯いてしまいます。

「意地悪な事を言ってごめんなさい、けど、助けられた人はきっと感謝してるわ、そう考えると正解とも言えるわね。」

 

「司令官の中であなたたちが戦いの中での判断を非難する人はいないはずよ、なぜだかわかる?」

「いいえ…。」

「極限状態で下した判断が正しいか間違っているか、なんてそう簡単に分かるはずないからよ、安全な場所で結果だけを見てああすれば良かったのに、なんて文句をつけるのは卑怯だと思わない?」

「………」

「だから、私は艦娘には自分が正しいと思ったように針路を取って欲しいな。」

「正しいと思った針路……。」

「そう、さっきも言ったけど正解も不正解も曖昧だって考えたら少しは楽にならない?それに、ほら。」

 司令官は目線を少し横に逸らします、その先には相変わらず大井さんに懲らしめられている深雪ちゃんがいます。

「艦隊がきっといい方向に持っていってくれる、ベストじゃなくてもベターくらいにはね。」

 懲らしめられている深雪ちゃんを見て、なぜか司令官と二人で笑ってしまいました。

「色々言ったけど、反省はしても後悔はしないで欲しい、難しいかもしれないけど。」

 

 

「うぅ、痛いよ~。」

 私が司令官と話していると、ようやく大井さんに開放された深雪ちゃんがほっぺたを赤くして涙目で私の隣のお風呂に入ってきます。

「自業自得よ。」

 大井さんはそう言って不機嫌そうにお風呂に入ります。

「先に上がらせてもらうわ、まだ仕事が残ってるの。」

 大井さんがお風呂に入るのと入れ替わるように司令官はお風呂から上がりました。

「あら、司令官、こんな時間から珍しいわね。」

 大井さんが意外そうに言います。

「そりゃそうよ、あなたたちの出航の日が決まったんだから。」

「「「えぇ!」」」

 私達は一斉に驚きの声を上げてしまいます。

「明々後日、第30駆逐隊を除く全艦娘は出航することになったわ。」

「あの、ずいぶん急ですね。」

 明々後日の出航なら準備は明日から始めないといけません。

「詳細はまた明日、今日はゆっくり休みなさい、蚊取り線香点けて寝なさいよ。司令官はこれから書類と夜戦を開始します!」

 司令官はそう言い残して服を着るために脱衣所に入って行きました。

 

 

 

 

 翌朝、司令官に呼び出された私達と大井さん、北上さんは次の任務の内容を知らされました。

 内容は、

 第11護衛艦隊

・第11護衛艦隊はSP国近海から日本まで高速輸送船団を護衛せよ。

・日本近海に到達後は航空母艦龍鳳を分離し、第11駆逐艦隊を編成、佐世保に入港せよ。

・分離後龍鳳は第2駆逐艦隊と共に呉に向かえ。

 

 第4特務艦隊(大井、北上)

・SP国で得た物資をトラック泊地まで輸送せよ。

・泊地到着後、ただちに司令官のもとまで。

 

 司令官は明後日の任務の内容を手短に話しました。

「つい先日見つかった小規模な棲地は無事に制圧できたそうよ、帰りの航路はかなり安全になっているはず。それに足の速い輸送船を付けたわ、行きの半分の日数で日本までたどりつけるわよ。」

 司令官は言います、でもそんな事よりも気になったのは、龍鳳さんと艦隊を組むのも、もう残りわずかになったのを知った事です。

 私達に龍鳳さんが臨時で編入されたのは、司令官から言われていたことですが、改めて命令として聞くと少し残念です。

「ちょっと、私達はまだ一週間ここにいるはずだったのに、どうしてこんなに前倒しになってるの!?」

 大井さんが少し怒ったように言います。

「そのことで大井、北上の二人には少し話しがあるの、第11護衛艦隊はこの任務に質問が無ければ解散してよろしい、質問は?」

「えっと…あの……ありません!」

「「「「ありません!」」」」

 私達は一人一人返事をして司令官の部屋を後にします。そして部屋の外でため息をつきました。

「さあ、もう出航まで時間もないです、準備を初めましょう。」

 真っ先に口を開いたのは龍鳳さんでした。

「龍鳳さん……はい…。」

 弱弱しい返事しか出来なかった私、吹雪ちゃんたちも俯き気味です。そんな私達の様子を心配したのか、龍鳳さんが明るい声で言います。

「出航の前にいっぱいご馳走するって約束、覚えてますか?」

「はい、覚えてます。」

 白雪ちゃんが答えます。

「出航すると無理そうですから、今日ご馳走させて下さい。えっと、場所は……そうですね、はぐろさんの艤装に集まりましょうか。」

「は、はいっ!あの、何でも好きに使って下さい!」

 食べ物の節約とか、もうどうでもいいです。司令官に怒られても構いません。今日は龍鳳さんが料理の腕を振るえるように全力で協力します。

 

 

 

 

 外でそんなやりとりが行われている頃、司令官室の中では……。

「で、私達をここに残した理由を説明してくれる?」

「これをトラックに一日も早く届けて欲しいの、内容は……読んだら分かるわ。」

 司令官は机の中から分厚い資料を出して北上に渡した。

「これって…あの旗艦が書いた戦闘詳報?すいぶん分厚いね。」

「これでも薄くしたのよ、重要な所の抜粋と言えばいいかしら。」

「へぇ、読ませてもらうね……」

 北上は渡された資料のページをめくり内容を読み始めた。大井も北上に習って資料に目を落とす。

 そして、しばらくページをめくる音だけが部屋に響いた。

「司令官、これって…。」

 しばらく読み進めて北上が呟いた。

「そう、あの子たちが遭遇した深海棲艦の情報がかなり詳細に記されているわ。潜水艦を探知するためのパッシブソーナーの待ちうけ周波数に発信電波のパターン、船体の音の反響特性、その他もろもろ、今まで私達が知りえなかった事が詳細にね。それに戦術的な面も2歩も三歩も先に行ってるわ。」

「第2駆逐隊は確か呉で燃料を積んで横須賀に行くんだったよね…私達の出航が早まったのも……。」

「そう、察しが早くて助かるわ。一日も早くこれを最前線のトラックに届けて欲しいの、呉には龍鳳、横須賀には第2駆逐隊が届けるようにもう調整済みよ。」

「でも、いったい何者なの?」

 大井が怪訝そうに司令官に聞く。その疑問も当然だった、艦娘が戦い始めてから今まで知りえなかった情報が大量に目の前にあるのだから。

「それは本人たちに聞きなさい、まぁ佐世保の曰く艦娘なのは間違いないわね。」

「まぁ、それもそっか。それにこういうの使って少しでも戦いが早く終わればいいもんね。」

 北上は資料を閉じた。

「そうね、少なくとも潜水艦に悩まされる事は少しは少なくなりそうよ。」

「あの艦隊、北上さんと一緒の静かな時間を一週間も奪うなんて、ただじゃおかないわ!」

「大井、心の声聞こえてるよ。」

 司令官は呆れたように言う。

「まあまあ、大井っち、一緒にトラックに行くんだし。」

 北上が大井をなだめるように言う。

「あそこはうるさい艦娘が多いんです、私は北上さんと静かな時間を過ごしたかったんです。」

「大井っち……。」

「北上さん……。」

「あの……残しておいて言うのもなんだけど……他でやってくれない?」

 

 

 

 

 ご馳走をふるまうと決めてから、龍鳳の行動は早かった。自分の艤装に寄って必要な物をみつくろい、早速はぐろの艤装に向かった。一方、他の五人は明後日の出航の準備にとりかかった。

「それにしても、便利な設備ですね。」

 はぐろの艤装の調理場で料理の準備をしながら龍鳳が言った。最初は道具の使い方を妖精さんから教わることから始まったけど、勝手がわかればはぐろさんの調理場はとても使い勝手がよかった。

「電子レンジ……なんて便利なの。」

 龍鳳は一つの白い箱を物珍しそうに見つめる。

 妖精さんに教わったけど、これを使えば冷めた料理の味をあまり落とすことなく一瞬で温められるそうです。それに艦内に大きな冷凍庫まで完備している。吹雪型の駆逐艦にも冷蔵庫は付いているけど、それとは比べ物にならない大きさです。

「これだけの設備なら、何でも作れます。」

 自分の艤装から持ってきた材料とはぐろの冷蔵庫から出してきた材料を並べてご馳走作りに取り掛かった。

 食べるのは12人の艦娘、相手にとって不足はないです。それに正規空母も戦艦もいないから量にこだわる必要もないので何の制約もなく思い通りの物が作れそうです。

 龍鳳は近くにある包丁を手にとってさっそく料理を始める。

 そして調理場には小気味よい包丁の音が鳴り始めた。

 

 

「龍鳳さ~ん、何か手伝うことはありますか?」

 夕方になり一日の作業を一番に終えた吹雪が龍鳳に尋ねる。

「えっと、吹雪ちゃん、ここにあるお皿をあっちまで持っていってください。」

「はい!」

 吹雪はとてとてと龍鳳に言われたお皿を持っていく、龍鳳は吹雪がお皿を持って出て行くのを見送ったあと、視線を時計に移す。

「もうこんな時間!」

 吹雪が来たことで改めて時間を気にした龍鳳は驚く。一生懸命作っていたせいか、思いのほか時間が経っていたようだ。

「なんだか昔を思い出します。」

 潜水艦隊の旗艦だった頃はよく任務が無事に終わった後は潜水艦の子とこんなふうに集まってパーティーをやっていた。龍鳳は潜水艦といたほんの少し前の事を思い出して微笑む。

「後は…これが焼きあがれば、ひと段落です!」

 デザートを焼いているオーブンの前で今か今かと焼きあがるのを待つ龍鳳だった。

 

 

 

 

「早く帰りたいから……航路はこっちがいいかな……。」

 はぐろは一人、帰りをどうしようかと考えていた。

 行きと違って海図の警戒水域の範囲は遥か南東にまで下がっている、だから行きより少ない行程で帰れそうです。

「えっと、行程がこれぐらいだから燃料と資材は……」

 はぐろは書きかけの計画書を机の上に置く、妖精さんから聞いた噂だけど基地の燃料庫に軽油はほとんど置いていないそうだ。

「あんまり迷惑をかけたくないから燃料は少なめにしましょう。」

 だいたい必要な燃料を書き出したところで部屋の扉が勢いよく開いた。

「ねぇ、準備出来たよ!早く早く!」

 深雪ちゃんが私の手を取って引っ張ります、もうそんな時間なんですね。

「ほんと、すごいんだよ!」

 深雪ちゃんが少し興奮気味に言います、私は深雪ちゃんに引っ張られるままに士官室に行く。

「みんな、呼んで来たよ!」

「あ、あの…遅れてすみません!」

 部屋にはもう多摩さんたちや北上さんたちも来ています。

「これでみんな揃いましたね、妖精さん、お願いします。」

 全員が揃ったことを確認した龍鳳の合図で部屋の真ん中にあるテーブルにかけられた白い布が取られる。

「「「「「「おおおお~っ」」」」」」

 みんなが一斉に感嘆の声をあげる。目の前には和洋折衷、沢山の種類の料理が一つ一つ大きなお皿に盛られていた。

「人数が多いのでビュッフェ形式にしてみました、いかがですか?」

「すごいにゃあ、どこかのホテルみたいだにゃあ!」

「船の中でビュッフェ…どうなってるの?」

 北上さんがぽかんとしています、私も龍鳳さんに全部を任せましたが、まさかこんな風になるなんて夢にも思いませんでした。

「では、いただきましょうか、皆さん今日はお腹一杯食べて下さい。」

 龍鳳さんの言葉でみんながお皿を持って動きだします。

「吹雪ちゃん、このお肉すっごく美味しいよ!」

「ホントだ睦月ちゃん、とろっとろになってる!」

「ちょっと、私達のぶんもちゃんと残しておきなさいよ!」

 お肉のあるお皿に群がる駆逐艦に大井さんが言います。

「多摩はこの鮭をいただくにゃ、今度球磨に自慢してやるにゃ!」

 みんな思い思いの料理を取って楽しんでいます。龍鳳さんはそれを見て嬉しそうに微笑んでいます。

「あなた、見かけない艦影と思ったら……特設巡洋艦だったのね。」

 大井がようやく正体が分かったとはぐろに言った。軽武装で商船を改造した特設巡洋艦なら、この居住性も十分納得できるからだ。

 北上も大井が言った言葉を聞いてなるほど、と納得しているようだ。

 

「あの、違います、護衛艦です!」

「……そう、まあ艦種なんて些細な問題ね。けど、おかしいわね、少し私達と同じ匂いがしたと思ったんだけど。」

「あれ、大井っちもそう思った?偶然だね。」

「まあ、北上さんも!」

「だって、足早そうな形してるもん、30ノットは出るね。特設じゃないけど特殊な船なんでしょ。」

 北上さんは鋭く私の性能を観察していました。

「まあそんな事より今日はありがとね、こんなの内地でもなかなか食べられないよ。」

「あの、それは私より龍鳳さんに……。」

 私は場所を提供しているだけで今回の準備は龍鳳さんや吹雪ちゃんにまかせっきりでした。

「もちろん言うつもりだけど、やっぱり旗艦に先に言っとかないとね。」

「そうよ、せっかくの北上さんの好意をありがたく受け取っておきなさい。さ、北上さん、駆逐艦に食べつくされる前に行きましょう。」

 大井さんは北上さんの手を引いて行きます。

 私も近くのビーフシチューをよそって味わってみます。

「おいしい…。」

 絶妙な味付け、その味がしみこんだじゃが芋や人参、ほどけるような柔らかさのお肉、龍鳳さんのお料理の腕は本当に凄いです。

 それからみんなとたくさんお話しをして、本当に楽しい夕食会になりました。

 

 

 




司令官一人はゲームの設定の拡大?解釈です。


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帰ります。

前話に3000字ほど追加しました。


この話も日本に帰るまでを追加したいと思います。


 あの夕食会が終わって、次の日は出航の準備が忙しくてあっという間に終わってしまって、もう出航日になってしまいました。

「司令官、短い間でしたがお世話になりました!」

「ええ、またいつでも来なさい、次はもっと歓迎できる基地にしておくわ。」

 岸壁で司令官にお別れのあいさつをします。

 司令官は私に答礼をして優しそうに微笑みます。

「そ、れ、と……」

「一昨日の夜はお楽しみだったそうじゃない、私も呼んでくれればよかったのに。」

 司令官が囁きます、あの会は司令官には秘密で進めていましたが、お見通しのようでした。

「あの、ごめんなさい!」

「いいのいいの、戦いで苦しいからって食事まで節約してたら元気も出ないでしょ?そんなんじゃいつまで経ってもダメよ。まぁウチはホントにお金がないだけなんだけど。」

 司令官があっけらかんと言います。

「あの、次は必ず呼びます!」

「そう、嬉しいわ。ほら、北上が出航するわよ。」

 大井さんと北上さんの2隻の軽巡洋艦が出航していきます。

「北上より、発光信号!伝文は[ハグロホテル、11カンタイ、オセワニナリマシタ。ツギハトラックヘノシュッチョウサービスヨロシク]です!」

「特務艦隊に返信を、喜んで、あとホテルじゃなくて護衛艦です!」

 北上さんに返信します。北上さんも大井さんも甲板に沢山のドラム缶や木箱を乗せていて、ずいぶん重そうです。

「はぐろさん、これをお土産に持って行ってほしいにゃ!」

 多摩さんと睦月ちゃんたちが木箱をたくさん持って来ています。

「あの、中に何が入ってるんですか?」

「南国の果物がたくさん入ってるにゃ、多摩たちじゃ鮮度を保てないから頼んだにゃ。」

「分かりました、任せてください!」

「さあ、資材は積んだ?燃料は忘れてない?」

 司令官に確認されます、これは何度もチェックしていたので大丈夫です。

「はい、大丈夫です!」

「そう、じゃあ行きなさい、また会えるといいわね。」

「はい!」

「世話になったにゃ、ピンチの時はまた頼むにゃ!」

 私が舷梯を登ろうとした時に多摩さんに言われます。

「ピンチにならない方がいいんじゃないの?」

「望月...いい事言う......」

「ふふっ…。ピンチになったら多摩さんが何とかしてくれるんでしょ?」

「如月、ピンチはもう遠慮しとくにゃ!」

「あの、出来る範囲で頑張ります!」

 私は多摩さんにそう言って自分の艤装に乗ります。

「司令官から要望事項、一つ!堂々と出航すること!」

 岸壁から司令官の大きな声が聞こえました。堂々と、私は気合を入れるために胸を張ります。

「出航準備!」

 艦隊へ号令をかける、日本に帰りましょう。

 

 

 

 

「そう、胸を張って、軍艦は国の誇り、俯いてる姿なんて見たくないわ。」

 司令官は港の外に消えていく8隻の艦娘の姿を見送りながら呟いた。来た時より少しでも元気になってくれてればよかったのだけど。

 私はあの子たちに資材や燃料以外に何か与えることが出来たのか、艦隊を持たない分遣隊司令官が艦隊を見送る時に思う事だ。

「でも、艦娘は強い、たいていの事は自分で何とかしちゃうんだから。」

 見た目は女の子でも我が国が誇った軍艦の生まれ変わり、強くないはずがない。今まで見てきた子も自分たちで迷って考えて踏ん張って強くなっていった。

 分遣隊の司令官になってから、一度会った艦娘にもう一度会うのが楽しみでしょうがない、どんな風に成長したのかが見られるからだ。

「次に会える日が楽しみね。」

 あの娘たちはどんな風に成長するんだろうか、また楽しみが増えた、と少し嬉しく思う。

「全く、こんな事考えるなんてお婆さんになった気分だわ。」

 オンボロな自分の建物の方に足を向けた司令官は自嘲気味に言う。だが、同時にこんな生活も悪くないと思うのだった。

 

 

 

 

 出航してから数日後、艦隊はのんびりと南シナ海を航海していた。

「吹雪より、定時連絡異常ありません。」

「白雪、異常ありません。」

「深雪も異常なし。」

「初雪...異常なし......」

「龍鳳異常ありません。」

 出航して何度目かの定時連絡をする。

「ねぇ、すっごい暇だね。」

 深雪ちゃんが言う。近くの棲地がなくなったためか、ここ数日は本当に何もない日が続いています。

「暇なのはいいことですよ、深雪ちゃん。」

「でも、こんなに暇なら...眠くなっちゃう......」

「ダメだよ、初雪ちゃん、真面目に護衛しないと!」

「だって...暇なんだもん......」

 初雪ちゃんの言う事ももっともです、こんなに何もないとついつい眠くなってしまいます。

「あの、じゃんけんしましょう!」

 吹雪ちゃんが突然変なことを言います。

「えぇっ!?」

「でも一回や二回だと時間つぶしにもならないよ。」

 白雪ちゃんが言います、たしかにじゃんけんだけではそんなに時間は潰せません。

「う~ん……そうだ!負けが一番多い人が帰ってからアイスをみんなにおごるんです。」

「でも、何回もやってたら飽きない?」

「ま、いいじゃん白雪、飽きたら別のこと考えようよ。」

「あの、私は…。」

 龍鳳さんが遠慮がちに言います。

「龍鳳さんもやろう!」

「行きます、合図は私がやります!」

 深雪ちゃんが龍鳳さんの言葉を遮って、吹雪ちゃんがじゃんけんを強引に始めてしまいます。

「じゃんけん……ほい!」

 

 

 同じ頃、各艦の妖精たちは……。

「行きは忙しかったのに帰りは穏やかなもんですね。」

「ああ、まあこっちは仕事がないほうがいいけどな。」

「おい、アイスじゃんけん始まったぞ!」

「暇だからな…こっちも応援するか!」

「そうっすね、このままだと交代までに寝ちまいますからね。」

「「「「うぉ~!がんばれ~!!」」」」

 どの艦娘の妖精も自分の乗っている艦娘を応援し始めた。

 

 

「ぐっ…負けた~!」

「深雪ちゃん、2敗目だね!」

「次は負けないよ、次やろうぜ、次!」

 勝負事は何でも一生懸命、艦娘は基本、負けず嫌いだ。五回勝負した結果、深雪が2敗、龍鳳と白雪、吹雪が一敗ずつだ。

「みんな、次、準備はいい?いくよ、じゃんけんほい!」

 最初はたいした暇つぶしにならにと思っていたじゃんけんもだんだん熱をおびてくる。

 

 

「よっし、今回ももらったぞ!」

「今のところ無敗ですね!」

「この調子だ、頑張れ!」

 はぐろのCICも例外なく妖精が盛り上がっていたが、一人の妖精がふいにレーダーに目を落とす。

「………330°30マイル!大型艦船多数!概略針路160°15ノット!」

 

 

「あいこでしょ!」

「あいこで…」

「待って下さい……水上レーダに感!330°30マイル!」

 はぐろはCICから上げられた情報を各艦に伝える。

「……このあたりに敵はいないはずですが…一応確認しましょう。」

 龍鳳はそう言って待機していた97式の妖精に発艦準備をさせる。

「偵察機、発艦!330°30マイル、船舶の情報を収集して下さい!」

 97式が翼を光らせて大空に舞い上がる。

 そして偵察機を発艦させて五分もたたないうちに偵察機から連絡が入った。

「艦隊は味方、戦艦2、空母2、重巡洋艦1、駆逐艦1隻。」

「皆さん、味方の艦隊のようです!」

 龍鳳の声で艦隊はほっと胸を撫で下ろす。

「編成は、戦艦2、空母2、重巡洋艦1、駆逐艦1隻、もうすぐ見える距離になります!」

 全員が外に出て味方の艦隊を人目見ようとする。

 そして水平線の向こうから高い艦橋が見え始めた。

「ああっ!あれ、扶桑さんですよ!」

 吹雪が興奮した声で言う。

「もしかして…もう一隻の戦艦って……。」

 吹雪は目を輝かせてもう一隻の戦艦が見えるのを待つ。

「やっぱり!山城さんだ!」

 水平線の向こうから独特の形をした高い艦橋が見えてきます。

「何だか面白そうな事してるわね、私達も混ぜてくれない?」

「は、はい!途中からですが、よければ一緒に!」

 旗艦のはぐろは旗艦らしい戦艦から通信を受けて少し緊張気味に答える。

「みんな、聞いての通りあの艦隊のじゃんけんに参加するわ!」

「扶桑お姉さま、止めておきましょう、きっと負けてしまうわ。」

 山城が不安そうに姉の扶桑に言う。

「大丈夫よ山城、それにただすれ違うだけ、というのも面白くないじゃない。」

「お姉さまがそう言うなら……。」

 山城はしぶしぶといった様子で姉の言った事に従う。

「決まりね!改めて私達の艦隊を紹介するわ。旗艦は私、扶桑、こっちは妹の山城、あと航空母艦の隼鷹と飛鷹、重巡洋艦の最上と駆逐艦の時雨よ。」

「扶桑型戦艦2番艦、山城です。」

「名前は出雲ま…じゃなかった、飛鷹です。航空母艦よ。」

「商船改装空母、隼鷹でーすっ!」

「重巡洋艦、最上、よろしくね。」

「僕は白露型駆逐艦、時雨。」

 

「お姉さま、じゃんけんは運の要素が大きいです、私達では……。」

「いいえ、山城、私に秘策があるの!」

「「「「「秘策!?」」」」」

 自信満々に勝つ気があると言った扶桑は自分の艦隊に秘策を教え始めた。

「お姉さま、天才です!!」

「待ってよ、じゃあ僕はどうなるの!」

「時雨……これも作戦のうちよ!」

 飛鷹が気が気ではない時雨をたしなめる。

「でも……相手が受け入れてくれるの?」

「最上、ここは私に任せて!」

「山城……大丈夫かなあ?」

 意気込む山城を不安そうに見る最上。

 

「あの!準備はいいですか?」

 吹雪が急にこそこそ話し始めた扶桑たちに呼びかける。

「ちょっと待って、あなた達の旗艦と話をさせて!」

「はっ、はい!」

 山城にそう言われてはぐろは慌てる、威圧感が比較にならない戦艦に呼ばれたのだからしょうがない。

「じゃんけんについて提案があえるんだけど、ちょっと二人でお話しましょう。」

 はぐろは言われるがままに山城と二人で話しができるようにする。

 

 

「今回のじゃんけん、勝った人がみんなに奢れるようにしましょう!」

「ええっ、どういうことですか!?」

「旗艦としてちょっと考えてみて、みんなにお菓子をあげる姿って格好よくない!?」

「かっこいい……ですか?」

「そうよ、今日はお疲れ様って感じて格好よくお菓子を渡すの、きっと僚艦は嬉しそうにするでしょうね。」

「かっこいい……嬉しそうに…。」

「そうよ、負けた人がみんなに奢るより率先してみんなに奢った方がかっこいいわよ!」

 山城の言葉にはぐろは考える。確かにジュースや食事を奢ってもらっている乗組員の顔は嬉しそうだった。それを進んでやろうとする人はきっとかっこいいに違いない。

「はい!かっこいいです!」

「そうよね!じゃあ決まりね!」

 山城は最後の一押しといったふうにはぐろに言う。

「(この子、ちょろい。)」

 

 

「みなさん!次のじゃんけんは勝った人がみんなにおごります!」

「「へ?」」

「あの、どういう事でしょうか!?」

 龍鳳が急な変更に声を上げる。

「あの、かっこいいんです!」

 はぐろはそう言ってさっき山城に言われた事をみんなに話した。

 

 

 はぐろの話を聴かされた龍鳳たちはそれぞれ違った反応をする。

「何だか騙されてる気がします……。」

「まぁいいじゃん、早くやろうぜ!」

 困惑気味の吹雪にやる気まんまんの深雪。

「やられた……」

 龍鳳は一人誰にも聞こえないように呟く、あの二つの戦艦の意図を素早く読み取ったからだ。龍鳳は知っている、あの二隻の戦艦がじゃんけんに弱い事を。かといって今さらじゃんけんのルールをわざわざ声を上げて変えるのもおかしな話だ。

 龍鳳は扶桑の艦隊の一番後ろの駆逐艦に目を移す。

「でも……、時雨はじゃんけん強かったから……」

 いつか一緒に艦隊を組んだ時雨は負け知らずだった、きっと今頃焦ってるんだろう、そう思うとこのルールも悪くないかもと思ってしまった。

「やりましょう、はぐろさん!」

 何となく悪いことをしているような気になったけど楽しければ何でもいいや、そう思った龍鳳は声を上げた。

「決まりね!」

 山城が嬉しそうに言う。

「ごほん、では、合図は私がやります!」

 さっきまで音頭を取っていた吹雪が言う、そうして艦隊じゃんけんが始まった。この時は扶桑、山城姉妹は勝利(敗北)を疑っていなかった。

「いくよ、じゃんけんほい!」

 

 

「お、お姉さま……。」

「山城、何も言わないで、ついにあなたも姉である私を超える日が来たのね……。」

「そんな、私がお姉さまを超えるなんて、そんなことありえません!お姉さまは私の目標です!」

「ふふっ、そう。でも妹はいつか姉を超えて行かなければならないの。」

「そんな……。」

「でも簡単には負けてあげられないわ!だって、まだ妹に負ける訳にはいかないもの!」

「それでこそお姉さまです!山城、全力で参ります!」

 しばらく二人の間に緊張した空気が流れる。

「山城……。」

「扶桑お姉さま……。」

「行きます!」

「行くわよ!」

 

「じゃんけん……ほい!」

 山城はチョキ、扶桑はグーを出した。

「「「「「……」」」」」

「……お姉さま、ごめんなさい、お姉さまを超える事は山城には出来ませんでした……。」

「山城、いいのよ……やっぱりまだ姉としてやるべき事が残っていたようね。」

「あの…扶桑……」

「時雨……注文を取ってちょうだい。」

 不安そうに呼びかける時雨に扶桑は凛とした声で言った。

「ぷっ…くっくっくっ……ごめん……」

「こら、隼鷹!」

 じゃんけんの行く末を見てこらえきれなくなり笑い出した隼鷹を飛鷹が叱る。

「ボクは扶桑秘蔵の間宮アイスがいいな。」

「最上、いいわよ、持っていきなさい!」

 それを尻目にちゃっかり注文をする最上。

「負けちゃった……」

 一方、はぐろはこっそり本気で悔しがっていた。

 

 

 

 

 あのジャンケン大会から数日後、艦隊は順調に航行を続け、日本近海にまでさしかかっていた。

「北東方向に屋久島、会合点は屋久島東6マイルの地点です!」

「第二駆逐隊の位置は?」

「探知中、会合地点に漂泊しています、目視でも間違いありません。」

 妖精がレーダーの情報を伝える。龍鳳が合流する第2駆逐隊は既に合流地点に到着していた。

「そう…ですか……」

 予定通り艦隊がいるということは、二ヶ月近くいっしょにいた龍鳳さんとも、もうすぐ別れなければならない、という事です。

「……もうすぐお別れですね。」

 そんな思いを察したのか、龍鳳が言う。

「不思議ですね、最初は頑張って終わらそうって思ってた任務も終わりそうになると……もっと、もっと続いてほしいって思うんですね。」

「吹雪ちゃん、任務が終わっても……航海はまだまだ続いていくんです。もう会えなくなる訳じゃありません。」

 寂しそうな吹雪の声を聞いた龍鳳は明るい声で答える。

「…そう、ですね、そうですよね!」

「ごはんおいしかった......ありがと......」

「あの、今度時間があればお料理のこと、色々教えてください!」

「はい!白雪ちゃん、喜んで!」

「あ~っあ~、11艦隊、感度ちぇっく、聞こえてるっぽい~?」

「へっ?は、はい、聞こえてます、どちらでしょうか?」

 突然聞き覚えのない声が聞こえてきます。

「はいはーい!第2駆逐隊で~す!旗艦の村雨、白露型駆逐艦3番艦だよ!」

「ちょっと、村雨、私が話してたっぽい!」

 最初の声が不機嫌そうに言います。

「夕立、こういうのは旗艦にゆずるものです!」

「ぶぅ~!」

「えっと、任務は軽空母龍鳳の護衛と積んである危ないブツを届けるんだったよね!」

「村雨姉さん、危ないブツなんて......」

 五月雨が変なことを言い出した村雨に文句を言う。

「えぇぇ!龍鳳さん、危ないブツって何、何!」

「ふふっ深雪ちゃん、乙女の秘密……です。」

 龍鳳がからかうように言う。

「ちぇっ、教えてくれてもいいのに。」

「乙女は秘密が多いほうが魅力的なんですよ。」

 龍鳳はいたずらっぽく言う。

「えぇ、じゃあ夕立は魅力的っぽい?」

 龍鳳と深雪のやりとりを聞いていた夕立が反応する。

「夕立姉さん、秘密って?」

「えっと~、お菓子の隠し場所に、こっそり持って帰る方法、お掃除の時間に隠れる場所でしょ、夜にこっそり海に出る方法、宿題を忘れた時の対処……、いっぱいあるっぽい!」

「姉さん、いつも掃除の時にいないのはサボってたんですね!」

 五月雨が怒る。

「ああっ、さっきのは秘密っぽい!」

「もう、真面目にして下さい、怒られるのは私達なんだから!」

「うぅ、春雨にも怒られたっぽい。」

 夕立という子がしょんぼりした声をあげる、それを聞いていた龍鳳はしばらくして口を開く。

「楽しそうな艦隊ですね、呉までの護衛、よろしくお願いします。」

「あ、はいは~い、スタンバイオーケーよ!五月雨お願い!」

「はい!各艦、基準針路070°速力9ノット、ダイヤモンド陣形を作ります。」

 五月雨が言うと4隻が一斉に動き出した。

 

「す、凄い……。」

「一糸乱れない動きです。」

 吹雪ちゃんと白雪ちゃんが感嘆の声をあげます。私達も頑張ってはいますが、勝ちか負けかと言うと完全に負けです。

「…大丈夫そうですね。」

 動きで錬度を示した第二駆逐隊を見た龍鳳は少し寂しそうに言った。

「みなさん、お別れです、はぐろさん、お願いします。」

「はい!妖精さん!」

「了解しました!」

「龍鳳へ、陣形を離れよ、先に指示されたとおり行動せよ!」

 妖精さんが龍鳳さんへ通信をします。それを合図に龍鳳さんは舵を取って速力を上げて艦隊から一人離れ、向こうに見える駆逐隊を目指していきます。

「あ、あの!龍鳳さん、よい航海を!」

「はい、皆さんも、よい航海を!」

 私の言葉に龍鳳さんは元気な声で答えてくれます。私達は4隻の駆逐艦に伴われて離れていく龍鳳さんを見送ります。

 

 

「さあ、私達も帰りましょう、母港に!」

「「「「はい!」」」」

 吹雪ちゃんたちは元気に返事をします。

「護衛任務はお任せください......です。」

 龍鳳を取り込んだ第2駆逐隊、春雨が言った。

「はい、よろしくお願いします!皆さん、針路北へ、単縦陣、佐世保に向かいます。」

 春雨さんの言葉に答えた私は吹雪ちゃんたちに言います。吹雪ちゃんたちは私が言う事が分かっていたみたいに素早く陣形を作っていきます。これもこの航海の成果かもしれません、龍鳳さんは見てくれていたでしょうか。

 

どんどん小さくなっていく龍鳳さんの姿を見ていると、なぜか頬に暖かいものを感じました。いつの間にか私は泣いていたようです。

 本当の別れみたいだから泣かないようにしようって思っていましたが私には難しかったみたいです。

「いつか静かな海で……。」

 SP国の夕食会で龍鳳さんに教えてもらった言葉、深海棲艦と戦う私達の合言葉みたいなもので、いつか戦いがない平和な海でみんなでせいいっぱいのお化粧をして観艦式が出来るように……。そんなふうな意味だそうです。

 この航海で本当に沢山のことを龍鳳さんに教えてもらいました。船だった時には何も感じなかったこんな小さな別れも艦娘になってからはこんなにも胸がいっぱいになるとは思いもよりませんでした。




感想ありがとうございます。


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乗せます。

前話に5000字ほど追加しています(11月初めくらい?)、突然帰ったと混乱しないでください。


「第11駆逐隊、任務終了しました!」

「うむ、困難な任務よくやり遂げた。」

 任務が終わった報告をしに行った私達を司令官は少し嬉しそうな目で見ます、でも口元は相変わらず髭に隠れてわかりません。

「ゆっくり休んでくれ……と言いたいところだが……そうもいかん。」

 司令官はいつかのように赤い字で秘と書いた紙束を出します。

「南方での深海棲艦の活動が活発化している、それに伴ってトラック泊地での損傷艦艇が増加の一途となっておるのじゃ、そこで……。」

「にしし、私の出番よ!」

 司令官の椅子の後ろから明石さんが突然現れます。

「こら、ワシの説明が終わっておらんじゃろうが、まあいい、要するに前線での修理能力の向上を図るために明石をトラックまで護衛してもらいたい。」

 司令官は次の任務を簡単に説明します。

「じゃーん、つい最近私の新しい装備が出来たの、これがあると修理もはかどるわ!」

 明石さんは一枚の写真を取り出します。そこには大きなはしけのようなものが映っていました。

「あの、明石さん、これは何ですか?」

「浮きドックよ、船の下に差し込んでそのままこれを浮かせると船も一緒に浮いて修理が一気にはかどるの、これがあれば程度にもよるけど重巡洋艦までなら少なくとも中破までなら修理できるようになるわ。」

 明石さんは胸を張って言います。

「中破まで修理できるようになるんですか、凄いですね!」

 吹雪ちゃんが声を上げます。

「ふっふっふ、修理は明石さんに任せなさい!」

「今まで大きく損傷した艦は修理施設のある場所、酷いとき内地まで回航するしかなかった。だがこの状況が大きく改善される。今後さらに効率的に作戦が展開できるようになるのじゃ。」

「休みはあまり与えられないが……どうだ、やってくれるか?」

 司令官が言います、そして……。

 

 

 

 

「へぇ~、これが水上レーダーねぇ……。」

 全てが稼動状態のCICで明石が興味深そうに言います。

「はい、これは未来ではどこにでもある航海用のレーダですが……」

「じゃあどこにでもないレーダは?」

「えっと、切り替えますね。」

 私はレーダーの切り替えスイッチを押します。

「うわっ、ずいぶん違うわね。」

 さっきの表示とは明らかに違う細かい表示に驚いたようです。

「はい、機能も沢山あるんです!」

「へぇ、例えば?」

「う~ん、そうですね……例えばこれです!」

 はぐろはあるスイッチを押す。それと同時にまん丸のレーダー画面の一部しか映らなくなった。

「ちょ、ちょっと、壊れたんじゃない!?」

「えっと、これはセクターって言います、探す範囲を少なくする代わりにその部分を詳しく探せるんです。」

「ふむふむ、確かに光る線の走る回数が多くなって少し細かく見えるわね。ねぇ、他の機能は?」

「そうですね、最近潜水艦を相手に戦っていましたから……。」

「いましたから?」

 明石さんが急におでこがくっつきそうなくらいに身を乗り出してきます。

「か、顔が近いです、明石さん!」

 近くで明石さんの綺麗な目に見つめられて焦ってしまいます。

「ごめんごめん、で、どんな機能?」

「えっと、波と潜望鏡を見分ける機能ですね。」

「すごい!そんなことが出来るんだ!」

「はい、波は同じ形はありませんし、数秒後には消えてしまいますが潜望鏡は同じ形であまり動きません、何度か電波を当ててそれを自動見分けるんです。」

「ふむ、なるほど……」

 明石さんはメモを取り出します。

「もっとも、電波を探知されて逃げられなければの話ですが。」

「うっ…そうよね……。」

 航海が始まってから明石さんは私の中をすみずみまで見ようとしています。

「あの、明石さん、艤装は大丈夫なんですか?」

 私がそう言うと明石さんはにやりと笑います。

「大丈夫、ちょっと呼んでみて。」

「はい。」

 私は明石さんに言われたとおり明石さんの艤装を無線で呼んでみます。すると帰ってきた言葉が……。

「はい、明石当直妖精です。」

 妖精さんのかわいい声が返ってきます、それを聞いて私は呆気にとられます。

「妖精さんに艤装を任せてるの。」

「ええっ!そんなこと出来るんですか!」

 今度は私が驚かされる番でした。明石さんは航海中の艤装の全部を妖精さんに任せているそうです、そんな事ができたんですね。

「まあ能力は落ちるけど私が活躍できるのは戦闘じゃないからね。」

 明石さんは少し残念そうに言います。

「ま、だから修理とか開発でみんなが頑張っているぶん頑張らないとね!ねえ、なんで前には同じ画面が四つ並んでるの?」

 明石はCICの壁に貼ってある一番大きな4つの日本の地図が映ったディスプレイを指差す。

「はい、あれは沢山の画面に切り替えて艦長が状況をつかみやすいようにって付いています。でも今は能力半減です。」

「なんで?」

「本当は他の船が見ている物や基地から送られる情報が見られるようになるのですが、データリン……情報が伝達できる装置を持っている船がこの時代にはないので……」

「そう……。」

「あ、あの、でも何とかなっています!」

 私の言葉で目を伏せてしまった明石さんに慌てて言います。

「通信を取る妖精さんを沢山つけていますから!」

 CICの机に集まっている妖精さんを指差す。すると妖精さんはこっちを見て敬礼します。

「う~ん、妖精さんが頑張ってるのは喜んでいいのかしら?」

 明石さんは複雑そうに言います。

「はい、凄いんです!」

「そう、でもいつかあなたが全力で力を出せるように私、頑張るから!」

 明石さんは私の手を取って言います。

「明石さん……。」

「だから、もっと教えて!」

 さっきの複雑そうな顔はどこかに置いてきたみたいに明石さんは目を輝かせて私を見ます、もしかすると今回の航海はずっと明石さんと一緒かもしれません。

 

 

 

 その後、明石とはぐろ達、第11駆逐隊の六隻は、サイパン近海で給油を受け、順調に航海を続けた。

「あと二日でトラック、順調だね!」

「はい、でもあの泊地は最前線です、敵と出会わないとも限らないので注意して行きましょう。」

 深雪ちゃんが嬉しそうに、白雪ちゃんが少し慎重な声で言います。

「え~、あと二日しかないの!」

 明石さんがとっても残念そうに言います。

「明石さん…ずっと私の艤装を見ていて飽きないんですか?」

「飽きないわよ、それに一番大切な所を見てないわ。」

「あの、一番大切な所って…何ですか?」

「ズバリ、本当に戦ってる所よ!」

 腰に手を当て、胸を張って明石さんが言います。

「………」

「ごめんごめん、冗談よ、冗談!」

 明石さんが今のは無しと両手を振ります。

 護衛任務で戦闘になって明石さんに何かあったら大変です、それに明石さんは大切な浮きドックを抱えています、戦闘になったら一番に逃げてもらわないといけません。

「あの、戦闘になったら迷わず逃げて下さい、明石さんは私達の大切な護衛目標なんですから。」

「わかってるわよ。でも、ちょっとだけでも……。」

「ダメです。」

「うぅ、ひどい……。」

 

 残念そうな声を出し、肩を落として俯いてしまった明石さんを見て少し心が痛みます。

「………わかりました、少しだけですよ。」

「本当、やったぁ!!」

 私の言葉を聞いた明石さんはぱっと笑顔になりました。

「でも、危なくなったら逃げてくださいね。」

「はい、了解しました、指揮艦どの!」

 私の言葉を聞いた明石さんはぱっと笑顔になって、最後に敬礼をして艦橋を降りていきました。

「うぅ、また流されてしまいました…。」

 ああ言ってしまったのは軽率だったと反省します。護衛の目標を戦闘に巻き込む訳にはいきません。

「でも、深海棲艦の兆候もなさそうだし、あと二日くらい……。」

 今まで敵の電波もレーダーの反応もありませんでした。航海も残りたったの二日、きっと大丈夫たと思います。

 

 

 

 

 

 

「天津風中破、出しうる速力20ノット!」

「雪風、損傷なし!」

「谷風、損傷なし!」

「初風、中破、左舷に命中弾多数、左傾斜4度なるも30ノット発揮可能、使用可能砲塔なし!」

「本艦、小破、一番砲塔、左舷魚雷発射管、カタパルトが吹き飛ばされました!」

 艦橋に先の戦闘の結果が妖精の口から告げられる。

「敵の動向は?」

「1航過終了後見失いました、現在追尾されている兆候はありません!」

「ひとまずはしのいだ......といったところですね......」

 真っ暗な艦橋の中で軽巡洋艦神通は落ち着いた様子で椅子に腰をおろした。

「最後尾谷風より、逆探に反応あり、敵艦当隊の捜索を継続中の模様!」

「はぁ......しつこいですね......」

 報告を聞いた神通は大きくため息をつく。

「神通さん、もう1航過させてください!」

「雪風、今は逃げの一手よ、こっちは相手を見失ってるわ、それに……。」

 相手は間違いなく電探での射撃を行っている、経験豊富なこの艦隊が夜戦で先手を取られたのだ。発砲炎を見つけ、さんご礁の島々を利用して何とか近接を試み2隻の深海棲艦を撃沈したが、こちらも手ひどい反撃を食らってしまった。

「それに、そんな時間もなさそうね......」

 夜はあと3時間ほどで明けてしまう、この中でもう一度敵を探して攻撃まではとても時間が足りない。

「夜が明ける前に離れられればいいのですが......」

 敵の戦力は2隻沈めた今でも少なくとも重巡洋艦2隻、軽巡洋艦ないし駆逐艦が2隻の計4隻が健在だ。相手もそれなりに損傷を負っていたとしても夜が明けてしまうと火力で劣る私達の艦隊が交戦すること甚大な被害を被ることになるだろう。

「トラックへ援軍の要請は終わっているのよね?」

「はい、完了しています、近くの艦艇にも届いているはずです!」

「付近の海域で活動中の艦隊は?」

「明石を護衛中の第11駆逐隊、金剛旗艦の第2遊撃艦隊です!」

 妖精が海図の上に描かれた文字を指差す。

「明石護衛中の艦隊は期待できませんね、金剛さんが来てくれるのを祈りましょう。」

 神通は落ち着いた様子で再び椅子に座り直す。

「天津風より信号、[ホンカンヲブンリサレタシ]です。」

「第2戦速出れば十分です、無視しなさい。初風に天津風が変なことをしたら引っ張ってでも連れて行けと言っておきなさい。」

 艦隊は単縦陣、天津風は単縦陣の二番目、神通と初風の間で航行していた、そして殿は谷風である。艦隊は敵艦隊を撒くためにさんご礁の島の極めて近く、水深が非常に浅い海域を通る。

「左舷、岩礁らしきもの、距離100!」

「キックでかわします、取り舵いっぱい!」

 舵の利き始めは舵を取った反対方向に船が横滑りをする、それを利用して神通は上手く岩礁をかわす。

「岩礁、かわします!」

「もどーせー、よそろー今の針!後続艦に岩礁を通報して!」

「あの島影を背にして針路を東に、敵艦隊を引き離します!」

 島影を利用して敵の電探の探知をかわす、上手くいくかどうかはわからないけどやるしかない。

 いや、やるかやらないかではない、出来る訓練を今まで積んできた。どんな困難な作戦もやりとげる、それが2水戦の誇りだから。

「間もなく島影に入ります!」

「面舵!針路を東へ!」

 神通が舵を取る、後続艦は一糸乱れない動きで神通の航跡に入る。

「さて...上手くいったでしょうか......」

 夜明けが来ればおのずと結果はわかる、後は待つだけだ。

 

 

 




 次の話に投稿するか1話の文字数を多くするか迷いどころです。

 感想ありがとうございます。


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対水上戦です。

前話に1千字ほど追加しました、12月19日、4000字ほど追加しました。

気が付いたら連載から1年経過していました、我ながらよく続いていると思います。
感想を書いてくれる方々、マイリスをしてくれる方々、読んで下さっている方々、全ての人に感謝を申し上げます。


 神通が深海棲艦を振り切りにかかっていた頃、はぐろは部屋ですやすやと眠っていたのだが……。

「緊急入電、緊急入電です、起きて下さい!」

 慌てて部屋に入ってきた妖精がお腹の上でぴょんぴょん飛び跳ね、はぐろをたたき起こす。

 

「お、起きました、起きましたから!何事ですか!?」

 はぐろはさっきまで妖精さんに乗られていたお腹をさすりながら布団から出る。

「第二水雷戦隊旗艦神通より、一つ、[カンショウカイイキデテキノコウゲキヲウク、ワレハンゲキニテンズ]二つ、[テキカンタイワレヨリユウセイナリ、フキンカンテイノエンゴヲモトム]です!」

「えぇ、敵?」

「そうです、敵です、環礁海域は現在の艦位から推測して約250マイル、今から向かえば十時間後には到着できます!」

「わかりました、すぐに向かいましょう、針路をその方向へ!」

「了解!」

「哨戒機を緊急発艦させて海域の情報を手に入れて下さい!」

「了解しました、シーホーク、対艦攻撃装備、準備出来次第発艦せよ、艦内哨戒第2配備!」

 各艦に信号が飛び交い一気に艦隊内があわただしくなる。妖精にある程度指示を出したはぐろも慌てて寝間着からいつもの服に着替え始めた。

 

 

 

 

 神通は時計を確認する。夜の闇の中をひたすら東へ突き進んだ。感覚的にはもう何時間も経っているような気がするが日が昇るにはまだ1時間はある。しかし、それでも夜は白やんでくるのがわかる。

「全艦、周囲に警戒して下さい。特に水平線に注意して見張りなさい。」

「はいっ!」

「神通さん、深海棲艦の電探反応、30分前から消失中だよ、ちょっとはいい風吹いて来たぜ!」

「谷風、それ私のセリフ……。」

「へっへっ、やっとしゃべったな。」

 谷風が悪戯そうに天津風に言う。

「水平線上敵影ありません、雪風、そっちは!」

「こっちも同じです!」

 夜が明け始め鮮明になり始めた水平線には敵の影は見えなかった、上手く振り切れたのか。

「神通さん、振り切れたかも...」

「……天津風、いいえ、皆さん、安心するのはまだ早いです。」

 神通がいままで培ってきた勘が言っていた、まだ追われているのだと。

「ん?あれは……。」

 神通のマストに登って見張りをしていた妖精がそれを見つける。

「左70度、水平線上にマスト2、深海棲艦と思われる、距離不明!」

「くっ…。」

 神通は唇をかみ締める。

 軽巡洋艦と駆逐艦のほんの少しのマストの高さの違いが見えるか見えないかの境だった。私達は……まだ……追われている。

「このままトラックに向けて直進します、陣形を変更、先頭を天津風、次を初風、雪風谷風はそのまま、殿は私が務めます!」

「待って下さい、私も戦えます!」

 天津風は神通が殿を務める意味をすぐに察する。どうしても逃げられない時、反転して攻撃をかけるつもりなのだ。そして先頭に回された天津風は……

「……夜戦ではありません、足をやられた駆逐艦に何が出来ますか。」

「天津風、神通さんに逆らったら私みたいに首をもがれるわよ。」

「ひっ……」

 天津風は初風の言葉を聞いて言葉を飲み込んで小さくなった。

「初風......今の言葉覚えておきなさいよ、みんな、わかった?」

「がってん!」

「了解!」

 それを合図に神通は舵を取って単縦陣の一番後ろへ回り込む駆逐艦たちの順番は今のままだ。

 単縦陣の後ろに回りこみながら神通は考える。相手が諦めるか、救援が来るか、それとも切り込むか、これからはもう私達を隠してくれる環礁の島々も夜の闇もない、下手に距離を詰められたら私達より射程の長い重巡洋艦の砲撃で嬲り殺しだ、そうなる前に決断しなければいけない。

 

 

 

 

 一方、対艦ミサイル、ヘルファイヤーを一発搭載し、はぐろを緊急発艦したシーホークは全速で現場海域に進出していた。

「母艦から、ポップアップ、レーダー捜索のオーダーです!」

「了解、30秒後に急上昇、高度4000Ftでレーダーを回す!」

 シーホークは敵の対空レーダーの探知を避けるために極めて低高度で海の上を飛んでいた。

「了解、カウント初めます……20秒前……10秒前…5,4,3,2,1」

「POPPING UP…NOW!(急上昇、初め)」

 一気に機首を上げたシーホークはつい先ほど、東から明るくなり始めた空に舞い上がる。

「高度……2000ft……3000ft……3500……間もなく…4000ft!」

「レーダ送信初め、全周捜索!!」

 機長の妖精の合図でレーダー画面にはいくつかの船が映し出される。

「よし、見つけたぞ!識別のためもう少し近接する!」

「了解!」

 空高く上がる事で少し早めの日の出を迎えたシーホークだったが、再び敵の電波兵器を避けるために暗い海面へ急降下していった。

 

 

 

 

「これが……未来の戦闘……。」

 明石はCICの前にある一際大きな4つのディスプレイを見て呟く。

 狭い甲板からあっという間に航空機が飛び上がったのにも驚いたけど、それよりも更に驚いたのは、飛んでいった航空機と艦との一体感だった。航空機が今まさに見えているものがほとんどタイムラグなしに船に流れ込んでくる。その膨大な情報を妖精が整理して置かれている状況を分かりやすく画面に表示しているのだ。CICは窓もない真っ暗な部屋だが、これがあれば指揮艦は判断を下しやすいだろう。戦闘艦ではない自分がそう思ったのだから戦艦や空母の艦娘が見たらいったいどんな感想を言うのだろうか。

「追われてるのか、追ってるのか……」

 ついさっきシーホークと呼ばれている航空機が探知した目標を見て明石が言った。識別するにはもう少し近づかないとわからないそうだ。

「発見した艦隊、レーダー反応の大きさから、一方は重巡洋艦ないし駆逐艦クラスの4隻編成、もう一方は重巡洋艦ないし海防艦クラスの5隻編成です!当海域行動中の艦艇、金剛旗艦の第二遊撃艦隊、旗艦神通以下第16駆逐隊です、トラック方面へ退避中の艦隊が味方と思われます!」

「決めるには少し早いです、シーホークの識別を待ちましょう。」

「了解!」

「明石さん、白雪ちゃんと初雪ちゃんを護衛に残して私達は先行します。」

「わかったわ!足の遅い私がいてもしょうがないものね。」

 この艦が全力で力を出せば30ノット以上は出るそうだ。一万トンの艦艇としてはまずまずの快速と言っていいだろう。

「あの…明石さんは……。」

 何か言いたそうにこっちを見ているはぐろ。きっと戦闘に巻き込まれないように気を使ってくれているのだろう。

「もちろん乗ってくわよ、艤装を移る時間も惜しいしね!」

 護衛対象として心配してくれるのも嬉しいけど、たまには自分も艦娘として戦いの雰囲気を味わいたい、そしてなによりこの子がどんな戦闘をするのか余す所なく見てみたい。

「…はぁ、わかりました。」

 私の目を見て何かを悟ったのか、彼女は諦めるように少しため息をついて各艦に指示を出した。

「白雪ちゃん、初雪ちゃんは明石さんの艤装の護衛に残って下さい、吹雪ちゃんと深雪ちゃんは私と一緒に救援のために先行します!」

「よっし、来た来た、早く戦いたいぜぇ!」

「主砲良し!魚雷発射管良し!機関大丈夫!吹雪、全力発揮できます!」

「みんな、気をつけてね!」

「んっ...いってらっしゃい......」

「明石さ~ん、私達を置いて何処へ行かれるのですかぁ~!」

 最後の叫ぶような声は私の当直妖精だ。その声を聞いて少し笑いそうになってしまった。

「大丈夫大丈夫、ちょっと観戦武官っぽいことやってくるだけよ、心配しないで。」

 私の妖精になだめるように言う、艦娘が艤装を離れれば能力が下がるというのは妖精がこうなってしまうからだ。

「行きます、最大戦速!」

 指示を出したはぐろは凛とした声で指示を出す。それと同時に高い独特の周波数の機関音が一際大きくなった。艦の中にいてもわかるくらいに船は急速に加速していく。

「最大戦速での到達予想時間、7時間、SSM射程には約4時間後に入ります!」

「了解しました!」

「はぐろさん、私と深雪ちゃんをもっと先行させて下さい!」

 吹雪が言う、駆逐艦の取りえは何といってもその足にある。特型駆逐艦は世界に誇る足の速さを持っている。30ノット程度ではうずうずしてしまうのだろう。

「わかりました、進路上に水上目標はありません、2隻は先に先行してください!」

「おっしゃ、吹雪、行こうぜ!」

「うん、行こう、深雪ちゃん!」

 そう言って二人はさらに速度を上げた。二人の艦首が切る波がいっそう大きくなった。

「吹雪ちゃん、深雪ちゃん……すごい……。」

 二人にしだいに離されていくはぐろは感嘆の声を漏らした。

「ふっふっふ、ウチの駆逐艦は足が速くて、カッコいいのよ!」

「はい!」

 明石が誇らしそうに言った事場にはぐろは頷いた。そしてほんの少しうらやましそうな表情をして、大きな水しぶきを上げて走る二人の背中を追った。

 

 

 

 

「ESMコンタクト、対空もしくは対水上レーダーと思われます!」

「レーダー持ちか!」

 この世界に来て初めて水上艦からレーダー照射を受ける。

「射撃管制レーダの照射は現在の所ありません、まだ捕捉されていないものと思われます。」

「了解、このまま近接を続ける!」

 レーダー探知を避けるため、海面スレスレを這うように進むシーホーク、しかしそれではいつまで経っても識別はできない。

「もう一度ポップアップを行う、次で必ず識別しろ!」

「了解!」

「行くぞ……5,4,3,2,1、今!」

 妖精が言うのと同時に再び機体が青くなり始めた空へ急上昇する。1度目の上昇よりもかなり近づいた場所での急上昇、その分見つかる可能性は格段に高くなる。

「見えました!」

「よし!識別開始だ!」

 

 

 

 

「シーホークより、西に退避中の艦艇は味方、追撃中の艦艇は敵です!敵戦力、重巡洋艦2隻、軽巡洋艦2隻!」

「味方は軽巡洋艦1隻、駆逐艦4隻です!」

「味方艦隊、速力20ノット、敵艦隊、速力、30ノット、これでは攻撃圏内に入る前に追いつかれます!」

 妖精たちが情報を分析する。

「敵の武器の射程は?」

「中距離装備です、砲撃戦になると分が悪そうです。」

 妖精さんの報告を整理すると、状況はあまりよくないのがわかる。重巡洋艦装備の8インチ砲は軽巡洋艦の艦砲の射程を上回る。味方の艦隊があの深海棲艦を振り切るには肉薄して倒すしか手段がありません。

「シーホークに対艦攻撃の命令を、足止めにはなるかもしれません!」

「了解しました!」

 とは言ったものの、シーホークの対艦ミサイルは元は戦車を攻撃するためのもの、今回のような大型の船にはどの程度の効果があるのか全く予想がつかない。一番射程が長い自分の対艦ミサイルは、まだ射程に入るには時間がかかる、上手く時間を稼がなければいけない。

 

 

 

 

「母艦から攻撃命令です!」

「えっ、マジで?」

 機長の妖精が動揺を隠さずに言う、それもそのはず、彼らの持っているミサイルは射程が短い、撃つためには敵の対空砲の射程圏内に侵入していかなければならないからだ。それに相手はレーダー装備している。

「マジです、足止めをしろって!!」

 機内の妖精が大声で言う。

「……わかった、東から、進入して出来るだけ砲火を避けるぞ!」

 敵艦隊の正面に回って攻撃すれば少しは砲火を抑制出来ると考え、シーホークは相変わらず海面スレスレを飛び、今度は敵艦隊の前に回りこむ。

 

 

 

 

「わわっ、神通さん、どんどん距離が詰まってます!」

 雪風が少し慌てた様子で言う。

「……わかっているわ、このまま針路速力を維持して。」

 神通は雪風に落ち着いた口調で答える。こんな時に指揮艦が焦ればそれこそ深海棲艦の思うつぼだ。

「全員いつでも突撃出来る体制を取っておきなさい、敵の弾が近くに落ちたら私の指示で全艦、一気に反転、反航戦に移ります!」

 最初はマストしか見えなかった敵がだんだん大きくなるのを見てもはや交戦は避けられないと考えた神通は命令を出した。

「よっし、来た!」

「雪風、いつでも行けます!」

「神通さん、私も……。」

「天津風、私は全艦と言いました、次は総力戦です。」

「はい!」

 神通の言葉を聞いた天津風は嬉しそうに返事をする。

「あんな敵、はっきり言って妙高姉さんのほうが私は怖いわ。」

「「「……」」」

 初風の言葉にどう返そうか、と少し考えてしまった駆逐艦の3人、しかし、その思考を吹き飛ばす事態が次に起こった。

 

「敵、先頭艦より光あり、発砲炎と思われる!」

「き、来た!」

「全艦、さっき指示したとおり、弾着が近くなったら反航戦に移ります!」

「続いて後続艦が発砲!」

 神通は少しの違和感を感じながらさっきの指示をもう一度言った。いくら重巡洋艦と言ってもこの距離からの射撃では遠すぎるし、追いつかれるにしても早すぎる。

 神通の艦隊は緊張した面持ちで弾が落ちてくるのを待つ、しかし一向にその気配は無かった。

「……弾、飛んでこないね。」

「そうね……おかしいわね……」

 谷風と天津風が言った。しかし見張り妖精は未だに敵の発砲炎を観測し続けている。

「ああっ、神通さん、あれを!」

 艦橋から頭を出した雪風が一番に異変に気付く、自分たちのいる場所とは全く違う場所に対空弾が炸裂する黒煙と水柱が上がり始めたのだ。

「味方の飛行機でも来たのかな……。」

 その方向を目をこらして見てみるが、飛行機の姿は見えない。

「妖精さん、何か見えますか?」

「う~ん……見たままを言います、信じてくれますか?」

「……構いません。」

 見張り妖精さんがこんな風に言うのは初めてだった。少しおかしいと思いながらも神通は妖精に言うように促す、今は何でもいいから情報が欲しい。

「見たことも無い空飛ぶモノが1機で敵に肉薄しようとしているみたいです。」

「……」

「ああっ、その目は信じてないですね!」

「……そんなことありません。」

 4隻を相手に単機で攻撃を挑むなんて自殺行為だ、でも自分の妖精がこんな状況で冗談を言うはずがない。

 それからしばらく敵の対空攻撃は続いた。そして対空砲火が止んだあと、再び深海棲艦との追いかけっこが再開されたのだが……。

「神通さん、深海棲艦、さっきより遅くなってないですか?」

 ほんの少しの異変に気が付いた雪風が言った。

「……気のせいではないみたいですね、ほんの少し突撃が後回しになったようです。」

 何が原因かは分からないが、ほんの少しだけ時間に余裕が出来たようだ。それにもし本当に航空機が来ていたなら少なくとも味方の艦が近くにいることになる。悪い状況の中でほんの少しだけい希望が見えてきた。

 

 

 

 

「高度…40Ft、射程まであと5Km……」

「了解……」

 機内は静かだった、既にシーホークは対空砲の射程に入っている、いつ攻撃を受けてもおかしくない状況だった。

 近づくたびに大きくなる敵のレーダーの反応、低高度だから探知をかわせているものの、このヘリコプターはステルス性とはほぼ無縁の乗り物だ。

 ふいに機内に警報音が鳴り響く。

「FCレーダー波探知、本機捕捉された模様です!」

「来たか、歯あ食いしばれ!」

「射点まであと1分!」

「ウワァ!」

 目の前に大きな水柱が立ち上る、それに驚いた妖精が声を上げる。

「機長、撃たれてますよ!!」

「バカヤロー!対空砲火が怖くて艦載機乗りが勤まるか!!」

 妖精が叫ぶが、正直に言うと今すぐにでも反転して帰りたい気分だった。

「手はずどおりに先頭の艦の艦首に必ず当てろ、そうすれば少しは足が止まるはずだ!」

「了解!ウワ!」

 大きな振動と共に、こんどは目の前に黒い雲が出来る、対空弾の炸裂だ。まだ距離あるせいか、弾着はまだ遠いが、それでも空気を振るわせる振動が伝わってくる。

「水柱が邪魔で目標をロックできません、上昇をお願いします!」

「了解、いつまでも持たんぞ、必ず掴めよ!」

 その言葉と同時にシーホークはほんの数十メートル高度を取る。

「掴んだ!」

 画面に敵の姿が映し出される、白黒画面で色は分からないが、こっちに主砲を向けて明確に敵意を持っているのがわかる。

「射点まであと十秒………5、4、3、2、1、今!」

「MISSIL AWAY!離脱する!」

 白煙を残して一本の小さな槍がシーホークの左舷から放たれる、だがその後を気にする余裕はない、自分は今まさに攻撃を受けているのだから。

「急速反転、降下、最大速度だ!」

「ウワァ!」

 また近くで敵の砲弾が炸裂する、妖精は「こんなのはもうゴメンだ!」と叫びたかった。




 ヘルファイヤーは対艦じゃないなんて文句は受け付けません。


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対水上戦です②

前話に4千字ほど追加しております。
対艦ミサイルの射程の情報が曖昧です。いいや、適当と言ったほうがいいかもしれません。


 シーホークのミサイル攻撃の結果、深海棲艦の巡洋艦1隻は艦首を小破した。艦全体で考えると小破にも至らない、言ってしまえば蚊に刺された程度のダメージだが、それでも艦首の喫水線近くを損傷してしまったことで行き足がほんの少しだけ遅くなった。

 だが深海棲艦は止まらない、目の前の5隻の艦娘を沈めるべく進んでいく。

 

 

 

「シーホークより、敵艦隊、行き足落ちる、ミサイルが命中した模様!」

「了解しました、ほんの少しの時間稼ぎにはなりそうですね。」

 はぐろはほっと胸を撫で下ろす、自分の対艦ミサイルは未だに射程圏外、ここで時間を少しでも稼ぐことは絶対条件だったのだ。

「シーホークは先行している吹雪ちゃんから給油を受けて索敵を続けて下さい!」

「了解、母艦よりワイバーン01へ、駆逐艦吹雪から給油を受けよ、場所は……。」

 そしてもう一つ、衛星も地上の支援もP-3Cもいない今の状態において対艦ミサイルを最大射程で使うにはシーホークの支援が絶対の条件なのだ。

 吹雪と深雪を先行させた事が思わぬところで役にたつ形となった。

 

 

 

 

「おーい、吹雪ー、準備できた~?」

「えっと、このパイプをここに繋いで……これを甲板に出して……、出来たよ!」

 吹雪は来るであろうヘリコプターへの空中給油の準備を進めていた。前回の作戦と大きく違うのが艦隊に航空母艦がいない事、それを少しでも埋め合わせるために機材を新しく作って、積んできた。しかし、まさかこんなに早く使う事になるとは思っていなかった。

 吹雪は明石からもらった説明書を片手に準備をしていたが、なかなか思うように進まなかった。

「わわっ、もう来たよ!」

 準備が終わってから間一髪入れずに水平線から豆粒程度の大きさの航空機が現れた。それはしだいに大きくなる。

「発光信号を!」

「了解!」

 吹雪は近づいてくるシーホークに信号を送る、内容は[ウケイレジュンビヨシ]。

 それを認識したのか、一度大きなバンクを振り、その後大きく旋回し、吹雪の艦尾に近づく。

 そしてホバリングに移ったヘリコプターに対して吹雪の甲板にいる妖精が燃料を送るためのチューブを渡す。

 吹雪はその様子を見てふむふむと頷く。ヘリコプターは航続距離が固定翼機より遥かに短いから工夫しなければいけない、という話をはぐろから聞いた事があったからだ。

 

「これも工夫の一環ですね!」

 飛行甲板がない小さな艦からも飛行しながら燃料がもらえる、画期的な方法だと思った。

 しばらくして燃料補給が終わったシーホークはチューブを外して再び空に舞い上がり索敵に向かう。その機影を吹雪と深雪は見送った。

 どんなに時代が変わって船が進歩しても、やっぱり航空戦力に頼らなければいけないという事を実感させられる二人だった。

 

 

 

 

「こちら第11駆逐隊、救援にきました、場所はあなたたちの艦隊の北、170kmです!」

 深海棲艦との追いかけっこを続けている神通に待ちに待った救援の通信が入る、しかし……。

「170km、遠すぎるわね……。」

 せっかく救援の艦隊と連絡が取れたが、これでは遠すぎる、深海棲艦はあといくらかで艦隊を射程に収めようとしていた。

「第2水雷戦隊の神通です、現状を連絡します。当艦隊、昨日夜半、深海棲艦と交戦、2隻中破、艦隊の速力20ノット、現在深海棲艦の巡洋艦隊に追尾されています。砲撃が開始され次第、当艦隊は反航戦に移ります。」

「あの……、こちらからのオーダーですが、あと1時間以内に深海棲艦を攻撃できる範囲に入ります、なのでしばらく突撃は控えてもらいたいのですが……。」

 聞こえてきた声に耳を疑う、第11駆逐隊は航空母艦を持っていたのか?

「妖精さん、編成表を見せて下さい。」

 念のため確認してみるが、現時点での編成は重巡洋艦1隻、駆逐艦4隻、とても遠距離での攻撃ができるとは思えない。そもそも空母がいて私達の場所までわかっているなら既に攻撃隊を飛ばしているはずだ。

「冗談は程々にして下さい、それより明石はどうしたんですか?」

 神通はどんなに近くに第11駆逐隊がいてもおそらく救援に来る事はないと思っていた。なぜなら明石を抱えているからだ。最初に期待できない、と言ったのはそのためだ。

「はい、少し遅れていますが、一緒に来ています。」

 その言葉に神通は目眩を覚えた、鈍足の工作艦を引き連れてわざわざ巡洋艦隊の前に現れようとしているのだから。深海棲艦にとってはしめたものだ。

「……何を考えてるんですか、今すぐ明石を連れてこの海域を離れて下さい!」

 珍しく少し感情を表した神通が言った。明石の存在はトラックの艦娘にとってそれほど重要な存在なのだ。

「ご、ごめんなさい!でも……。」

「まあまあ、神通さん、ちょっとは信じてあげてよ。」

 ふいに別の声が聞こえた、この声は……。

「工作艦の明石です、神通さん、新しい兵器を開発したの、なんと射程140km!それを試させてくれない?」

「……」

 突拍子もないことを言う明石に神通はしばし言葉を失った。

「あれ、もしかして信じられてない?」

「倒せる可能性は?」

 神通は気を取り直して返事をする、こんな状況で武器の開発の一端を担う明石が冗談を言うとは思えなかったからだ。それに佐世保の飛行爆弾の噂を馬鹿馬鹿しいと思いながらも一応は耳に挟んでいた。

「うーん、倒せるかどうかは分からないけど、命中率は9割、威力は急降下爆撃機の500kg爆弾くらいです。」

「……」

 神通は明石が言ったことに言葉を失う、でもそれを言っているのは他ならぬ明石なのだ。しばし沈黙が続いたが……。

「……わかりました、信じます。合図があるまで私達は逃げに徹します、こっちもあと一時間以内には敵の射程に入ります、急いで下さい。」

「了解!」

 神通は第11駆逐隊の突拍子もない指示に従う事にした。

 

 

 

 

「明石さん、ありがとうございます!」

 何とか神通を説得してくれた明石にはぐろはお礼を言った。神通にとっては、はぐろは只の重巡洋艦で、どんなに武器の事を説明してもなかなか信じてもらえなかっただろう。

「いいのいいの、実際に使う所も見たいしね。」

 明石はひらひらと手を振って答える。シーホークからの情報で、もう一時間以内に神通らの艦隊が敵の射程圏内に入る事はわかっていた。速力で劣っているため砲撃を受ければ逃げられない神通の艦隊は反撃に移るだろう。そうなって敵艦隊との距離が詰まってしまうと誤爆の可能性が出てくる。

「対艦ミサイル射程まであと40分!」

 妖精が報告する、CICには緊張した空気が流れ始めた。

 

 

 

 

「神通さん、信じるんですか?」

 天津風が言った、それもそのはず、射程140km、命中率9割の500キロ爆弾があるなんて、そんな話は聞いたことがなかったのだ、そんな物が本当にあるならもっと大きな話題になっているはずだ。

「ええ、自分でもばかばかしい話とは思いますが……。」

 しかし、新型の水中聴音機、最近、谷風に装備された逆探、どれも数は少ないがここ最近で大きく進歩した装備だ。そのどちらにも明石が関わっているらしい、というのはもっぱらの噂だった。

「敵艦隊、距離詰まります、約30分後に艦隊が射程圏内に入ります!」

 議論をしている暇はないようだ、味方にああ言ったからにはここから一時間は逃げ切って見せる。

「天津風、20分後に煙幕を展開して。」

 神通は先頭の天津風に命令を出す。

「全艦、今から一時間、敵の砲弾が近くに落ちようが、爆弾が降ってこようが、ただ東を目指しなさい、天津風以外は回避行動、煙幕の展開は各艦所定とします。」

「「「「……」」」」

「返事は?」

 返事を渋る駆逐艦たちに促す、この子たちの気持はわかるけど、ここは決断すべき時だ。自分でもあんな話にすがるのに不安が無い訳ではないけど自分が不安そうに言えばこの子たちも不安になるのだから。

「はい!頑張ります!」

「わかったわ!」

「はぁ、やるしかないわね。」

「がってん!この谷風、砲弾なんて当たる気がしないね!」

 雪風、天津風、初風、谷風がそれぞれ答える、これから、どれだけ続くかわからないけど彼女たちもまた重巡洋艦の砲火に無防備にさらされる覚悟が出来たのだろう。

 もっとも、それくらいの胆力がなければ駆逐艦なんてやっていけない、神通は4隻の駆逐艦を頼もしく思った。口には出さないけど、やはりこの子たちは優秀な子なのだ。



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対水上戦です③

あけましておめでとうございます。


「ワイバーン01より、ターゲット情報を送る。」

 シーホークからの通信と同時にCICの大きな画面に4つのシンボルが映し出される。それにはそれぞれ4桁の番号が振り分けられている。

「確認しました、トラックナンバー8251から8254番、射程内に入り次第対艦ミサイルでの攻撃を行います!」

「了解、ワイバーン01、観測を続ける。」

 シーホークはそう言って通信を切る、吹雪から燃料をもらった彼らは、再び任務についた。これから敵の対空砲の射程外で常に目標の情報を送るのだ。

「対水上戦闘用意、目標はトラックナンバー8251から8254番の巡洋艦群、先頭の重巡洋艦2隻には2発のミサイルを、軽巡洋艦には1発づつ、計6発を使用します!」

「了解!」

 いよいよ水上の目標への攻撃、となって艦内の緊張感はいやがおうにも高まります。さっきのヘリからの攻撃ではほとんどびくともしなかった重巡洋艦を少なくとも戦闘不能にするにはミサイルは2発は必要です。

「目標データ入力完了!」

「わかりました、シーホークは引き続き目標の観測を、射程に入ったら面舵変針、左舷、2、4、6、8番を発射してください!」

「了解!」

「あとは…………。」

 攻撃の準備は整いました。でも、もうすぐ神通さんの艦隊が深海棲艦の射程圏内に入ります。神通さん達は短くない時間、敵の砲撃に無防備にさらされる事になります。そうなるともう私に出来る事は無事を祈ることだけです。

 

 

 

 

「煙幕、展開!」

 命令をすると船体から黒い煙が出はじめる。さっきから谷風は逆探知装置が鳴りっぱなしだと言っている。

「敵射程にまもなく入ります、敵艦、主砲をこちらに指向しています!」

「来るわよ、気をつけて、海に落ちないようにね!」

 さっきの話を信じて行動すれば、私たちは少なくとも10分以上は敵の射程に放り出されることになる。もし第11駆逐隊が言ったとおりに救援が来なかったら……。

 後ろを見ると、こんな状況でもいつもと変わらない様子で殿を務める神通さんの姿が見える。

 それを見て嫌な気持を振り払う、一番危険な場所にいるあの人にあんな風にされると、私達は従うしかない。

 でも、神通さんの姿も私が出した煙幕でだんだん見えなくなる。煙幕が上手く広がっているようだ、風だけは味方についてくれたみたい。

「…いい風ね、助かったわ。」

 この状況でほんの少しだけいい要素を見つけた。天気は気まぐれで沢山の風がある。私達、駆逐艦の名前に沢山の風が使われているみたいに。

 風が味方になる時もあれば深海棲艦よりも怖い敵になる時だってある。でも、今日は風が味方についてくれた。レーダーを装備した深海棲艦にどれくらい効果があるかわからないけど、どうかみんなに当たりませんように。

 手すりをつかむ手に汗がにじむ、雷撃のために切り込む時の高揚感とは全く違う、今までにない感覚に足が震えてしまう。

「谷風、雪風、煙幕を展開、左に出ます!」

「同じく初風、煙幕を展開、右に出ます!」

 ほとんど全ての船が同時に動き出して煙幕を展開する、敵の射程距離に間もなく入る事を察知したんだろう。

「先頭艦より発砲炎視認!」

「来た!」

 これだけ遠ければ相手の射撃する音は聞こえない、しばらくすると砲弾が空気を切り裂く独特の音が聞こえる。

 射程距離が短い武器しかない私達がこんな時に出来るのは当たらないように祈るだけだ。  

 一瞬だけ真っ黒な塊が見えた、そしてそれは神通さんを狙っているのか、はるか後ろのほうに落ちて大きな水柱を立てる。

「初弾、近弾、神通が狙われているようです!」

 水柱が収まった頃にまた再び水柱が上がる。

「神通さん……。」

 4隻の駆逐艦からの煙幕に隠れてしまって神通さんの姿はほとんど見えなくなってしまった、本来ならあの場所にいるのは自分なのだ。

 

 

 

 

 

「敵弾、来ます!」

 シュルシュルという砲弾が空気を切り裂く音がだんだん大きくなって、近くの海面にいくつかの大きな水柱を立てる。

「初弾、近弾!」

「了解しました、先行する皆さんの様子は?」

「全艦、煙幕を展開、各個に回避行動を取り始めたようです!」

 妖精さんの報告に静かに頷く、大丈夫、20分ぐらいなら煙幕と私の回避運動で逃げられる。

 神通には自信があった、広く煙幕を出して相手の修正射撃を妨害する、そして最後尾の自分の回避行動で相手の偏差射撃をかわすのだ。もっとも、距離が近くなってしまえばその効果はほとんど無くなってしまうのだが。

「次弾、来ます!」

 再びシュルシュルという空気を切り裂く音が聞こえて、音の正体の真っ黒な砲弾が今度は頭の上を掠めるように飛んでいく。

「第4戦速、急いで!」

「次弾、遠弾、次は……」

 近弾、遠弾と来れば、次は侠叉弾が来る!

 速力を一気に上げて、さっき前方に出来たばかりの水柱の方へ突っ込んでいく。

「発砲炎!修正射、来ます!」

 沢山の黒い塊が飛んでくる、それはついさっき私がいた場所に大きな水柱を作った。

「敵もなかなか…優秀ですね。」

 発射間隔と弾着の範囲から、敵が優秀なのがわかる。煙幕をものともしない砲撃だ。

「取り舵10度、前進強速!」

 次は一気に速力を落とす、前に出すぎてしまうと私が殿になった意味がない。

「本艦も煙幕を張りましょう!」

「却下です!」

 もし、第11駆逐隊の言う攻撃武器が来なかったら、昼間での砲雷撃戦になる。私のような大きな軽巡洋艦を残すよりも小回りが利いて足の速い駆逐艦の方が状況を打開できる可能性がある。今、駆逐艦を狙わせる訳にはいかない。

「次弾、来ます!」

「衝撃に備えて!」

 再びあの音が聞こえる、私はあと何度これに耐えればいいのか、気が遠くなる。

 

 

 

 

「くそう、何もしてやれん。」

 遠くで艦隊の様子を見ているシーホークの妖精が悔しそうに言った。

 4隻の駆逐艦が煙幕を張って最後尾の軽巡洋艦が2隻の重巡洋艦からの砲撃を巧みにかわしている。

 いくつかの至近弾はあっても乱れる事なく落ち着いて攻撃をかわすその姿はひらひらと舞う羽毛のようであの軽巡洋艦がとんでもない技量なのがわかる。

 だが、それが通用するのは遠距離の時だけ、シーホークの乗組員もそれはよくわかっていた。

「くっそう、SSM攻撃はまだか!」

「味方艦隊と敵艦隊、距離詰まります!」

「わかっとるわ!」

 目の前で戦闘している第2水雷戦隊と深海棲艦との距離はどんどん詰まっている、今は大丈夫かもしれないが、そのうち命中弾を受けることになるのは明白だ。

「ワイバーン01、1分後にSSM攻撃を行う、射線方向から離れよ、ターゲットオンタイムは10分後!」

「来た!ラジャー、射線方向から離脱、観測を続ける。」

「第2水雷戦隊、神通へ、1分後にSSM攻撃を行う、ターゲットオンタイム10分後!」

「……」

 返事がない、きっと回避に精一杯なんだろう、そう妖精は結論付けた。

 

 

 

 

「SSM-1B、2番、4番、6番、8番、諸元入力完了しました、モードはハイダイブ!」

「SSM、射程圏内!敵艦隊、速力090°27ノット、シーホーク離脱完了、射線方向クリアーです!」

「面舵いっぱい、射界に入り次第攻撃して下さい!」

「了解!」

「射界まで……30度前、20度前……10度前……間もなく!」

「トラックナンバー8251、8252、コメンスファイヤー!」

「SSM-1B発射初め、サルボー!」

 ミサイルを撃つ号令をかける。

 すると、CICの中にいてもわかるくらいの轟音と振動がおきる。以前にも対艦ミサイルを撃ったことはありますが、積んである本物の対艦ミサイルを75パーセントも使う、今回のような攻撃は自衛隊の時にもやりませんでした。

 明石さんは「武器を見る!」と言って上甲板に上っていきました。

 明石さんが言ったとおり私の対艦ミサイルは高い命中率を持っています。何もしない、電波妨害もチャフも持っていない船に対しては外しようがない、と言ってもいいかもしれません。

「SSM-1B、2、4、6、8番、発射よし!」

「了解しました、取り舵いっぱい、次はトラックナンバー8253、8254へミサイル攻撃をします!」

「了解!SSM-1B、1番、3番、諸元入力完了、モードハイダイブ!」

「射界まで……50度前…40度、引き続き射線方向クリアー!30度…20度前……間もなく!」

「トラックナンバー8253、8254、コメンスファイヤー!」

「SSM-1B発射初め、シングル!」

 今度は右舷からの発射、CICからはその様子は音と振動でしかわからないけど、盛大な白煙を引いて空へ飛んでいっているはずです。

「SSM-1B、1、3番、発射よし!全弾、正常に飛行を開始しました、ターゲットオンタイム9分後です!」

「第二水雷戦隊へ通信を、攻撃を開始しました、命中は9分後です。5分後から反航戦差支えありません。」

 

 

 

 

「痛いっ……でも、まだ!」

「左舷、至近弾!」

 マストのいちばん上をゆうに超える大きな水柱がほんの目と鼻の先に立つ。

 今のでいったい何発目の至近弾なのか、撃たれ始めてから、気が遠くなるほど時間が経った気がする。駆逐艦たちの煙幕の効果もあって敵の修正射撃は正確さを欠いている。だから今まで何とかかわすことが出来たけど、もうそろそろ限界だ。

 煙突を突き破って海に落ちていった砲弾もあった、今私が最初と変わらず動けているのは本当に運がよかったから、としか言えない。

「第11駆逐隊から示された時間、間もなくです!」

「了解しました、全艦、反転用意、煙幕を止めて速やかに単縦陣に移行して下さい!」

「「「了解!!」」」

「待ってました!」

 いいかげんに逃げるのも飽きてきた駆逐艦たちが元気に返事をする。

 あと四分で命中すると言っていたけど、砲弾が飛んでくる様子も飛行機が来る様子もない、攻撃は本当に来るんだろうか。

 神通は攻撃を受け始めてからほとんど変わらない状況にほんの少し焦りを感じる。

「時間です!」

「取り舵いっぱい最大戦速!皆さん、突っ込みます!」

 神通の合図に全ての艦が左に回頭する、そしてぐんぐん速力を上げていく。

「煙幕、出ます!」

 妖精がそう言った次の瞬間、船体を薄くつつんでいた黒い煙幕がさっと晴れる。目の前には真っ黒な深海棲艦が2隻、まっすぐこっちを向いて走っているのがわかる。

 しばらくして、速力の落ちていない3隻の駆逐艦も、煙幕の中から現れる、4隻は素早く単縦陣を作ると遠くで砲撃を加えている深海棲艦に向かって波を切って突進する。

 

 

「神通さん、みんな、待って!」

 速力が出せない天津風は遅れて煙幕の中から現れる。速力が出ない天津風は一生懸命走るが、先行する4隻には全く追いつけない。

「天津風、私達が打ち漏らした分、お願いよ!」

 最後尾の初風が言った、今から先行する4人には容赦なく敵の砲弾が降り注ぐことになる、速力が出せない天津風は一人、比較的安全な場所にいる事に悔しそうに唇を噛んだ。

「敵艦隊、面舵変針!」

「まずいわね……」

 珍しく神通がほんの少し焦った声を出す、突撃を見越したように敵艦隊が変針する。

 これで敵は全ての砲撃力をこっちに向ける事ができる、それがわかっていてもなお、死地に飛び込むのだ。

 変針を終えた深海棲艦がチカチカと光る。

「皆さん、覚悟はいいですか?」

 神通の言葉に誰も答える事なく、その瞬間を迎える、真っ黒な砲弾が空を覆いつくさんばかりに飛んで来る、艦隊は既に敵の後続の軽巡洋艦の射程にも入っていた。

 次の瞬間、雷鳴のような音と共に大きな水柱が視界を埋め尽くさんばかりに立ち上がる。

「被害を!」

「後にしなさい、走れれば問題ありません、次に備えて下さい!」

 後ろの爆発音を気にするそぶりもなく、神通は視線を再び前に戻す。

「次弾、来ます!」

 深海棲艦の発光を確認した妖精が叫ぶ、そして全員、来たるべき衝撃に備える。

 

 でも、いつまで経ってもその衝撃は来なかった。前を見ると彼女たちの前に信じられない光景が広がっていた。

「神通さん、敵艦が……爆発してます!」

「ええ…雪風、私は夢を見ているのかしら…。」

 今まで飛行機の姿も船の姿も見えなかった、誰かが攻撃した様子もなかったのに敵の巡洋艦4隻が次々に爆発を起こしている。

「神通さん、まだ撃ってきます、とどめを刺しましょう!」

 状況を飲み込めないままの艦隊に初風が言う、確かに敵は攻撃を続けてくるが、それはついさっきみたいな統制がとれたものではなくて、最後の断末魔のようだった。

 その後、何が起こったのか全く分からないまま、5人は大破した深海棲艦を雷撃処分した。

 



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いつかのトラックです。

 一方、はぐろのCICではミサイルが命中した後の成り行きをかたずをのんで見守っていた。

「……全目標消失を確認、敵艦隊殲滅です!」

「「「「やった!」」」」

 画面のシンボルが全て消えたのを確認した所でCICは妖精たちの歓声につつまれる。

「ふぅ……、終わりました……。」

 はぐろは汗をぬぐって椅子に座り込む、間に合うかどうかは本当に綱渡りだった。

 もし誰かに弾が当たって深海棲艦に捕まって近接戦闘になっていたらとても対艦ミサイルなんかは使えなかった。

「神通さん…ですか、凄い艦です……。」

 はぐろは神通が指揮をする艦隊を見ていた。そして、常に一番危険な場所で落ち着いて動く軽巡洋艦の姿を見て戦闘中というのを忘れて見とれてしまった。僚艦を手足のように操り、そして自分の操艦で深海棲艦の猛烈な攻撃を見事に避けきった。

 自分にあんな事が出来るか、と言われるととても出来ないだろう。

「救援なんていらなかったかもしれませんね。」

 対艦ミサイルが命中した後も、深海棲艦は戦闘力を完全には失わなかった、でもそれをものともせずにあの五隻は慣れた手つきで魚雷を叩き込んで全ての艦をあっという間に撃沈してしまった。

「そんな事ないわよ、救援を頼んだのはあっちなんだし、それにきっとトラックに着いたら大変よ。」

「艦隊、集結して東に向かい始めました、この針路はトラックです。」

 妖精動き出した艦隊を見て言った。

「明石さん。」

「そうね、私達も目的地に行きましょう、さっさと行って沢山修理しないとね。」

 明石さんが楽しそうに言います。

「艦隊、集まってください!」

「「「「了解!」」」」

 一端バラバラになっていた私達は集まってトラックへの針路を取り始めた。

 

 

 

 

「合戦準備、用具収め!」

 深海棲艦と戦ったあと、私達は順調に航海を続けてついにトラック環礁の近くにまでたどり着きました。入港前になって、今までいつでも戦えるようにしていた態勢を少し緩めます。

 合図と一緒に妖精さんが今まで準備していた応急工作用の機材を片付けたり防水のために閉鎖していた区画の一部を開きます。

「やっぱり、いつ来ても大っきい環礁!」

「吹雪ちゃん、そんなこと言って油断してると座礁するよ、水深は浅いんだから気をつけないと。」

 白雪ちゃんが言います、確かに環礁の中は水深が浅い場所もあるので気をつけないといけません、それに出入り口付近は船が多く通ります。

「はぐろさん、このあたりの詳しい情報は無いんですか?」

「えっと、あるにはあるんですが……すみません、70年後の情報では役に立ちませんよね……。」

「70年後のトラック泊地って、ちょっと見てみたいかも……」

 吹雪ちゃんがほんの少し興味を持ったようです。

「じゃあ出航前に渡したS154の海図を出して下さい。」

「「「は~い!」」」

 それから、しばらくみんなは海図を見ているのか、ほんの少し静かな時間が流れます。

「へぇ~、ここの水路は広くなったんだ、ここは通るのが狭くて大変だったんだ。」

「それよりこっち、橋がかかってるよ、渡るのにいつも船を出さないといけなかったのに!」

「大きな埠頭も出来てる……。」

「「「でも、飛行場の場所は変わってない!」」」

 70年後の違いを探す3人は何だか楽しそうでした。

「みんな、いいなぁ、私なんか来るの初めてだよ。」

「あ、あの、私も始めてです!」

「入港水路に行きあい船、旗流信号より、艦隊の左舷を航過する、との事です!」

「十一時方向、艦影5、旗艦軽巡洋艦長良の第10駆逐隊です!」

「すれ違うときにあまり近づかないよう気をつけてください、潮流に注意して!」

 第10駆逐隊とはちょうど環礁の狭くなっている場所ですれ違う事になりそうです、狭い場所は所々流れが読めない場所があるので注意しないといけません、佐世保からはるばる来てこんな場所で迷惑をかけるわけにはいきません。

「長良より発光信号[ハルバルオツカレサマ、ワタシタチハスコシソトヲハシツテキマス]」

「えっ……。」

 少し外を走ってくる、まるで毎日やってるみたいな軽い言い方です、きっと哨戒任務に行くはずなのに。

「返信は何としましょう?」

「えっと…[交通事故には気をつけて]でいいでしょうか?」

「了解しました!」

「ああ!冗談です、待って下さい!」

 私の言葉を聞いた妖精が止める間もなく探照灯にすっ飛んで行ってさっき言った言葉を打ち始めました。

 しばらくして長良さんから了解の返事が来ます、変なことをいってしまったので笑われてないでしょうか?

「港長より入電、[第11駆逐隊はDラインのブイ、1番から5番に係留、停泊せよ。明石はE-5の岸壁に係留]。」

「じゃあ、私はここで降りるね、佐世保から送ってくれてありがとう。」

「えぇ、もう行っちゃうんですか!」

「うん、私の修理を待ってる娘が沢山いるんだから、一刻も早く行ってあげないとね。」

 確かに私たちが係留する場所と明石さんがいる場所は全然違います。なのでここから別れるのが確かにいいのですが……。

「そんな寂しそうな顔しない、私がこの船に来なくなるなんてありえないんだから。」

 そう言って明石さんは私の頭をぽんぽんと叩きます。

「じゃあ、またね!あと、私に修理させないように頑張って!」

「はい!頑張ります!」

 明石さんは私の返事を聞くと満足そうに笑って艦橋後ろの階段から降りていきました。

 

 

「工作艦、明石さんが艦隊を離れます!」

 明石さんが私の船を離れたあと、全艦に通信を流します。すると待っていましたとばかりにみんなの妖精さんたちが白い服を着て甲板の上に並んでいきます。

「明石が左舷を通過する、左帽振れ!」

 その号令を合図に私たちと妖精さんが一斉に帽子か、持ってない子は手を振りはじめます。ずんぐりとした艦影の明石さんを見ると、ついさっきまでここにいたあの人が艦橋の外で手を振っています。

「じゃあ、先に行ってるわね~、トラックの提督には、私から到着のあいさつをしておくから、のんびりしていいわよ~」

一番近づいた時に明石さんが大声で話しかけてきます。

「はい!」

元気よく返事を返します、明石さんの妖精さんも、工作艦らしく、色々な服装をして、甲板上に並んでこちらに手を振ってきます。

「早く入港して頑張らないと!」

 ついに私たちは、トラック諸島という最前線の基地に来ました。艤装を壊して明石さんのお世話にならないように、頑張っていきましょう。

 



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遊覧飛行です。

お久ぶりです、約五年間放置していましたが、先日の潜水艦「たいげい」の進水を見てふと思い出したようにマイページを開いてみたのがきっかけでした。
思い付きで書き始めたものですが、何年経っても待ってくれている方がいて、嬉しくなりました。
また、次いつエタるかわかりませんが、何とかやっていけたらと思います。


「ふぅ、終わりましたね。」

浮標への係留を終えたので、一息つきます。

ふと、周りを見渡すと、沢山の軍艦が漂泊しています。そして、そのうち、一番近い駆逐艦から、艦娘らしい女の子が手をふってきました。私もその女の子に手を振り返します。

「えっと、あの艦は……」

 なんていう名前の軍艦だろうかと、艦名を探してみますが、よく見えません

「おーい、見慣れない艦影だね、アタシは白露型駆逐艦九番艦、改白露型の江風だよ。よろしくな~!」

大きな声が聞こえてきました、私も嬉しくなって返事をします。

「よろしくお願いしま~す!私はまや型2番艦のはぐろです!」

「まや型だって~!、よくわかンないけど、重巡洋艦か~い?重巡洋艦がこんなところに停泊で大丈夫か~?」

「入港の時にここにしろって言われたので~、あと艦種は護衛艦ですよ~!」

「ン?よくわかンねえけど、そっか~、よろしくな~!」

「はい、よろしくお願いしま~す!」

そう言って江風さんは艤装の中に入っていきました。

「えっと、編成表は……あったあった!」

私は艦橋に戻って佐世保でもらった編成表を開きます。

「江風さんは……第24駆逐隊所属で……旗艦はあぶくまさんで……他には山風さんと海風さんと涼風さんですね。」

駆逐艦の皆さんには風というお揃いの名前があります、よくよく見ると、皆さん同じ白露型駆逐艦のようです。

白露型というと、龍鳳さんを呉まで護衛して下さった艦娘さんたちも、白露型でした。

「仲良くなれたらいいなぁ……」

そんなふうに思っていると妖精さんが一人近づいてきました。

 

「泊地本部から通信です「ニュウコウカンリョウゴ、ダイジュウイチクチクタイハハクチホンブマデ」」

入港したらゆっくり出来ると思っていましたが、先の戦闘のこともあってか、あまりゆっくりはできなかったようです。

「わかりました、泊地本部はちょっと遠いので、艦載ヘリコプターを準備しましょう。」

「了解しました、航空機発艦用意~!」

妖精さんがヘリコプターを準備し始めます。

「皆さん、泊地本部へ行かなければいけないみたいです、私の所に集まって下さい。ヘリコプターで行きましょう。」

「ええ!あの飛行機に乗れるんですか!?」

真っ先に返事が返ってきたのは吹雪ちゃんでした。

「はい、泊地本部は遠そうなので、用事は早く終わらせてしまいましょう。」

「はぐろさん、何人まで乗れるんですか?」

「白雪ちゃん、8人までなら大丈夫です、心配しないで下さい」

「やったぁ、飛行機なんて初めて、楽しみだなぁ」

「じゃあ、準備が出来たら私の艤装まで来て下さい。」

「せっかく終わったと思ったのに……引きこもりたい……」

「だめだよ、初雪ちゃん、もう少し頑張ろうよ!」

相変わらずの調子の初雪ちゃんに思わず笑みが零れます。

「そうですね、帰って来たらSP国で手に入れた南国の果物をみんなで食べましょう、初雪ちゃん、それでどうですか?」

「ん…わかった……」

「そうですね、私も飛行機に乗るのは初めてなので、環礁を少し遊覧飛行して行きましょうか。」

「「「「さんせー!(んっ…)」」」」

 

 

 

 

「TOWER THIS IS ワイバーン01、READY FOR ROTOR ENGAGE」

「TOWER ROGER」

ゆっくりとローターが回転し始めます。そして、それはしだいに速くなっていって、ものすごい音を響かせます。

「わわっ、はぐろさん、すごくおっきい音がするんですね!!」

お互いの声が聞こえづらくなっているせいで、大きな声で話さないと聞き取れません。

「はい!!私も初めてですが、大きい音ですね!!」

「よおっし、早く飛んじゃおうぜ!!」

「そうですね、妖精さん、お願いします!」

「了解しました、高いところが苦手な方はいませんか?」

「「「「大丈夫です!!(大丈夫…)」」」」

皆さんが、待ちきれないように返事をします。私も飛ぶのは初めてなので、飛ぶのが大丈夫かどうか、わかりません。

「じゃあ、出発します。」

「TOWER THIS IS ワイバーン01 READY FOR TAKE OFF(発艦準備完了)」

「ROGER SHIP HEADING 060°WIND 040°AT10KT ALL TIE DOWN CHAIN ARE REMOVE1、CLEARED FOR TAKE OFF(艦首方位040°風040°から10ノット、離陸を許可)」

ローターの音がひときわ大きくなって次に体がほんの少しの浮遊感に包まれます。

「わわっ!浮きましたよ!!」

「いっけぇ~!」

「ALL CLEAR(離陸異常なし。)」

 

ヘリコプターが甲板から出て、ぐんぐん高度と速度を上げて行きます。私たちの艤装がだんだん小さくなっていきます。そして……

 

「わぁ……」

眼下にはエメラルドブルーの海ときれいなサンゴ礁が広がります。

「はぐろさん、戦艦と空母が並んでますよぉ~、すごいです!!」

吹雪ちゃんが声を上げます、見ると遠くに沢山の軍艦が並んでいるのが見えます。太陽の光を反射して、きらきら輝く海にくっきり浮かんでいてとても綺麗に見えます。

「やっぱり……、来てよかった……」

「そうだなぁ深雪ぃ、飛行機の妖精さんはいつもこんな景色をみてたなんてズルいぜ!」

「もう少し回ってみますか?」

後ろの様子を気にしたパイロットの妖精さんが言います、ここはお言葉に甘えましょう。

「はい、お願いします。」

「では、停泊している戦艦群の上を一周して泊地本部に着陸します。」

「わかりました、お願いします。」

私たちの乗るヘリコプターは、泊地本部の建物に一番近い場所に停泊している戦艦群の上を一周して着陸することにしました。

 

 

 

「あっ、あっちに長門さんが、こっちにはこの間すれ違った扶桑さんと山城さんがいますよ!」

「あそこに並んでるのは金剛型のお姉さまみたいですね。」

吹雪ちゃんと深雪ちゃんが興奮気味に言います。泊地内には、今まで見たこともないくらい沢山の船が泊まっていました。

「凄いですね、私のいた未来では、10隻も停泊していれば、多いんですけど、沢山の艦娘さんがいらっしゃるんですね。」

「へへっ、凄いだろ!」

「はい!深雪ちゃん、凄いです!」

そして、停泊地を一周したところで着陸態勢に入ります。

「本機は間もなく泊地本部前に着陸します、お降りの方はシートベルトをお締め下さい。」

「「「は~い!(わかった……)」」」

そうして、私たちの乗ったヘリコプターは、泊地本部のレンガ造りの建物の前にある運動場に着陸しました。

「妖精さん、ありがとうございました!」

「いえいえ、艦娘さんを乗せるのであれば、いつでも使って下さい、帰りはこの無線機で呼び出して下さい。」

そう言って妖精さんは敬礼をした後、無線機を渡してくれました。

「わかりました、帰りもよろしくお願いします。」

 

私たちは、運動場に降りて、妖精さんが飛び立つのを見送ります。

「帰りも、お願いしますね~!」

「今度は環礁を一周だな!」

「もう、深雪ちゃん、あんまり無理させちゃダメだよ!」

白雪ちゃんが言いますが、妖精さんにお願いしてみるのもいいかもしれません。

「一周、してみたい……」

「そうですね、じゃあ、帰りは用事がないようなら妖精さんにお願いしてみましょう。」

遠くなっていく妖精さんを手を振りながら見送ります。

そうして、妖精さんが見えなくなった所で、泊地本部に向かおうとしますが……

 

 

後ろを振り返ると、沢山の艦娘さんが、こちらを見ていました。

「……だいぶ目立っちゃったみたいですね……」

白雪ちゃんが言います、確かに本部前の運動場に降りるのはちょっとマズかったかもしれません。

「すごいぴょん、睦月に聞いた通り、凄い物を見れたぴょん!」

一人の艦娘さんが走って来ます、どうやら睦月ちゃんの知り合いのようです。

「さっきの空飛ぶ乗り物は何ぴょん?うーちゃん感激だぴょん!」

「あっ、あの……」

「あぁ、睦月型駆逐艦四番艦の「卯月」だぴょん。うーちゃんって呼ばれてまっす!」

「あの、私達は第11駆逐隊の旗艦で、はぐろと言います。」

「始めまして、吹雪です。よろしくおねがいいたします!」

「白雪です。よろしくお願いします。」

「初雪・・・・・・です・・・・・・よろしく」

「深雪だよ。よろしくな。」

「姉の睦月から、みんなの事はよくきいてるぴょん、如月が世話になったぴょん、本部に用事があって来たぴょん?案内するぴょん!」

「はい、お願いします!」

卯月ちゃんはぐいぐいと私の服を引っ張って行きます。どうしようか迷っていたので、来てくれて助かりました。

 

 

「何を騒いでおるか、まだ昼前だと言うのに、さっきの風で、儂の部屋のカーテンがすっ飛んでいきおったぞ!」

「ご、ごめんなさい!」

遠くから声が聞こえたと思ったら、建物の2階から、この基地の司令官らしき人がこちらを見ています。どうやら降りる場所を失敗してしまったようです。

 




実際に「はぐろ」が出来てしまったので、あたご型6番艦から艦番号等も直していく予定です。


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お掃除です。

「司令、第11駆逐隊が来たぴょん!」

「わかっとる、早く上がって来んか!」

「うわっ、司令が怒ってるぴょん、早くいくぴょん!」

「えっ、ええぇ!」

卯月ちゃんが今度は私の腕を取って走り始めます、確かにヘリコプターの風はすごく強いですが、まさかこんな事になるとは思いませんでした。

「うわぁ、怒られるのかなぁ……」

「深雪ちゃん、まだ怒られると決まったわけじゃ……」

 深雪ちゃんと初雪ちゃんが不安そうに言います。もし怒られるようなら、旗艦の私が責任を取ります。

 私達は、卯月ちゃんのされるがままに、少し立派な建物の入り口をくぐって、2階の司令室と立て札が掛けてある部屋にたどり着きます。

「司令官、連れてきたぴょん!」

「入り給え。」

「し、失礼します!」

 威厳のある声が聞こえます、私達は緊張して部屋に入ります。

 ほっそりとした顔に特徴的な口髭をした司令官でした。ちなみに髪の毛はありません。

「遠路はるばるご苦労様、と言いたい所だが、そうもいかん。」

 司令官は窓を指さします、カーテンがレールから外れて、それと一緒に窓際に置いてあった花瓶が倒れて割れてしまったようです。そして、部屋には風で飛んだ書類が散乱していました。

「まずは、この片付けからやってもらおうか。」

「はい、ごめんなさい!」

「みんな、掃除用具はあっちぴょん!」

 そうして、私達は掃除とカーテンの修理をすることになってしまいました。

 

 

 

 

「終わったようだな……」

「「「「はい!」」」」

 大急ぎでカーテンと部屋を片付けた私達は、司令官に返事をします。

「掛けたまえ」

 私達は言われるがままにソファーに座ります。

「未来から来たと佐世保の司令から聞いているが……」

 司令官も反対側のソファーに座ります。

「君のいた未来の日本では、飛行機で司令官の部屋の目の前に降りてくるのが普通なのかね?」

 じろりと私の方を見ます、頭と髭が相まって怖いです。

「あっあの……」

 上手く声が出ません。

「すみません、いそいで来ないと、と思って飛行機で来ました!」

 吹雪ちゃんがフォローしてくれました。

「そうか、我々も今後は、あの飛行機が下りられるような場所を作っておく、この建物の少し遠くにだがな……」

 

「司令官、ちょっと頑張りすぎぴょん!」

「何の事かね?そうだな、君たちの事は第二水雷戦隊から聞いている、第二水雷戦隊に代わって礼を言っておく、ありがとう。」

 司令官はそう言って頭を下げます。

「そんな、きっと助けがなくても大丈夫だったと思いますよ!」

 神通さん率いる艦隊の動きを思い出して思った事を言います。

「助けがなければもっと損害を受けていただろう、今彼女達は修理中だ、特に天津風は中破の損害を受けて早速浮きドックに入渠中だ。」

 そう言って司令官はおもむろに立ち上がって、壁に貼ってある大きな海図に指し棒を持って説明を始めます。

「君たちはソロモン方面の作戦に参加してもらう事になる。」

「知っての通り、現在我が日本を含む、特に海洋国家である国は深海棲艦によって苦境に立たされている。」

 司令官は私達がいるトラック諸島から、OS国までの地点を指します。

「特に、この地域だ、OS国とNZ国からは連日、支援要請が来ている。」

 司令官は大きな島国と、その隣にある2つの島から出来ている国を指します。

「沿岸の都市が深海棲艦から攻撃を受けて、酷いことになっている状態らしいぴょん。」

「その通りだ、今はまだ砲撃で済んでいるが、機動部隊が定着してしまうと、内陸まで航空攻撃を受ける事となる、そうすればもはや国家の滅亡を覚悟せねばなるまい、事態は一刻を争う状況だ。」

司令官は深刻な顔で言います。

「確かに、数年前までは敵だったかもしれない、だが、そうも言ってられんのだ、君たち艦娘を養うにも、食糧だけでなく、燃料を含む膨大な資源が必要なのだ、そして、それはわが国内も同じなのだ。」

「OS国の牛肉のステーキは美味しかったぴょん!」

「ええっ!OS国は牛肉が有名なんですか?」

 吹雪ちゃんが驚いて言います。

「少し前にOS国から航空機で牛肉が送られて来たのだ、OSビーフというらしい。」

「みんなで食べたぴょん、美味しかったぴょん!」

卯月ちゃんが嬉しそうに言います。確かに、今の日本は牛肉のような高級品は待遇の恵まれている私達艦娘にもそれほど多くは回ってきません。

「我々はここからまず、OS国との連絡線を確保することを目標としている。そのためには、ソロモン海域の制海権を獲得する必要がある。」

司令官は縮尺の小さい海図を広げます。

「しかし、前線航空基地のラバウルから基地航空隊を飛ばしているものの、海域が広すぎて、とても飛行機だけでは戦えんのだ。」

「そうぴょん、あの海域では敵の飛行機が多くて昼は動けないぴょん。」

「航空母艦を出してみたらどうですか?」

 白雪ちゃんが言います。

「まだ敵の拠点も艦隊の規模も分からん、それに先日の潜水艦泊地の攻撃で少なからぬ被害を受けている、今出せる状態ではないのだ。」

司令官は言葉を続けます。

「今後の君たちの任務は、あの海域にいる深海棲艦の情報を少しでも得る事だ。」

「そうなると、任務は偵察ってことか!」

「そうだ、ただし、あの海域には艦隊の他に多数の魚雷艇が出没する。その上、島も多く死角が多い、敵の航空機と魚雷艇に妨害を受けて情報が収集出来ていないのが現状だ。つまり、強行偵察と言ったほうがいいだろう。君たちの出撃は明後日を計画している、それまでゆっくり休んでくれ。」

司令官はそう言うとソファーから立ち上がりました、そうして、司令官の机の上に置いてあったカードのような物を私達に渡してくれました。

「これは?」

「艦娘たちの島内パスだぴょん、島内のお店がタダで回れるぴょん!」

「わぁ、凄いですね!島内にはお店があるんですか?」

「沢山あるぴょん、よかったら一緒に回るぴょん!」

「明後日の朝0800に作戦室に集合してくれ、その時に、あの海域をよく知っている先導艦を紹介する予定だ、今後の話は以上だ。」

「「「「「了解しました!」」」」」

そうして、私達は司令官に返事をして部屋を出ました。

 

 

「はぁ~、緊張しましたね~」

 吹雪ちゃんが大きく息を吐きます。

「はい、怒られるかと思いました……」

「凄い特徴的な髭の方でしたね。」

 白雪ちゃんが思い出したように言います

「あれは、カイゼル髭って言うらしい……。」

「そうなんですか、初雪ちゃんは物知りですね。」

「ドイツの皇帝があんな髭をしていたからカイゼルって言う……」

「司令は少しでも威厳を出そうと、最近は髭の手入れをしているぴょん!」

「そうなんですか、威厳と言うより、ちょっと怖かったです。」

「司令は威厳は求めているけど、怖がらせないように頑張っているつもりぴょん、そんなことよりぴょん!」

 卯月ちゃんは初めて会った時のように私の手を取ります。

「ささっ、町に繰り出すぴょん!」

 

 

 

 

「どうかね、少しは威厳が出てきたかね……」

「司令……はぁ、怖がらせてどうするんですか。」

 部屋の中でこっそり隠れて様子を見守っていた妙高は大きなため息をついた。

「こ、怖がっていたのか!」

 司令は世界が終わったような顔で崩れ落ちた。

「それはもう、これ以上ないくらいに。」

「わからん、どうすればいいのだ、あれくらいの娘の扱いとは……」

「とりあえず、その最近セットし始めた髭から直してみてはいかがですか?」

「せっかく伸ばしたのにか!」

「せっかく伸ばしたのにです。」

「むむむ……」

 戦争から間もなく艦娘の運用を任せられるようになった提督の苦難は続く。




訓練で出てきていた鹿島を香椎にしようと思っていますが、いかがでしょうか?


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甘味処と勝負です。

「へえ~賑やかですね。」

 本部の建物から船で20分の場所に、艦娘御用達の街がありました。そこでは沢山の人が行き来しています。

「出撃から帰ってきた艦娘は、いつもここで遊んでるぴょん!」

 そう言って卯月ちゃんは鼻歌を歌いながら私達の前を楽しそうに歩きます。

 

 

 

「あーっ、卯月、何やってんの!?」

 私達が歩いていると、金色髪の元気そうな女の子が卯月ちゃんを見つけて走って来ました。

「皐月こそ何やってるぴょん!」

「ボクは輸送任務が終わったところだよ、仕事終わりにちょっと美味しい物でも食べようと思ってね!」

「そうなのぴょん、そういえば他のみんなはどこに行ってるぴょん?」

「何でも、未来から来た軍艦を見に行くんだって、任務が終わったら泊地へ飛び出していったよ。ボクもまあ、気になるけど、狭い拠点だし、きっと嫌でも会えるからね。」

「ふっふっふっ……、皐月はどうやら当たりを引いたようだぴょん。」

「えっ?何の事だい?」

 卯月さんは私の手を引いて、ぐいと皐月さんの前に押し出します。

 

「この子が噂の未来から来た艦娘だぴょん!」

「ふわっ、わっ、わぁ~!?ほっ、ほんとに!?」

「ホントだぴょん、今日の本部への移動もすごかったぴょん、未来を感じさせたぴょん!」

「あっつ、あの、でも怒られてしまいました。」

「ええっ!何をやったの!?」

「飛行機の風で司令官の部屋の窓を吹っ飛ばしたぴょん!」

「ふわぁ~、豪快だねぇ~!」

「あの、卯月さん、恥ずかしいのであまり言わないで下さい……。」

「大丈夫大丈夫、ここにもしょっちゅう悪戯をする卯月という艦娘がいるから!」

「そういう事だぴょん、卯月たちもよく怒られてるから気にする必要ないぴょん!」

 今日の出来事を思い出して俯いてしまった私を、二人が慰めます。

「よく怒られてるって、それはそれで……。」

 二人のやりとりを見て目が点になった深雪ちゃんが呟きます。

「そうだ、ボク、今から甘味処に行こうと思ってたんだ、よかったら一緒に来ない?」

「いっ、行きます!」

 甘味処と聞いて、反射的に答えた吹雪ちゃん。

「じゃあ行こっか、ここからそんなに離れてないから、甘い物でも食べながら、ゆっくりお話ししたいなぁ。」

そうして、私達は皐月さんに誘われて甘味処に行く事になりました。

 

 

「甘味処、伊良湖ですか……」

 しばらく、賑やかな通りを歩いて到着した場所には、日本風の建物の入り口に大きく伊良湖と書かれていました。

「そうだよ、あの給養艦の伊良湖さんが監修しているんだよ、特に、この暑い南国ではアイス最中が人気なんだ。」

皐月さんはそう言って、手慣れた様子でアイスを人数分注文していきます。

「そうそう、さっきのお話の続きを聞かせてよ、移動だけで未来を感じさせてくれたんでしょ?」

「そうそう、すごかったぴょん、空を飛んで本部の前に乗り付けて来たぴょん!」

「空が飛べるの?水偵か何かなの?」

「水偵とは違うみたいだったぴょん、機体の上でプロペラが回って、すごい風が出てて、うーちゃん感激したぴょん!」

「へえ~、凄かったんだね、今度乗ってみたいなぁ。」

 皐月さんは期待を込めた瞳で私の方を見ます。

「あの、もし今から時間があれば、私達と一緒に乗って帰りませんか?」

「ホント!?嬉しいなぁ、ありがとう!」

「うーちゃんも乗せて欲しいぴょん!」

「わかりました、じゃあ帰りは皐月さんと卯月さんを一緒に送りますね。」

「やったぁ、嬉しいぴょん、ありがとうぴょん!」

 

「お待たせしました、アイス最中です。」

 そうこうしているうちに、私達が注文したアイス最中が運ばれて来ました。

「うわぁ、美味しそうです!!」

「間宮さんの羊羹は食べましたけど、伊良湖さんの最中は初めて食べます。」

 初雪ちゃんが運ばれて来たアイスを見て目を輝かせています。伊良湖アイスはその日によって味が変わるようで、今日はさっぱりしたレモン味だそうです。

「「「「いただきます!」」」」

 テーブルの上に人数分のアイスが置かれ、私達はすぐにアイスを食べ始めました。

 

 

「うわぁ、美味しい!」

「ただのレモン味のアイスなのに……すごく深い味わい……」

「レモンの味が南国の気候にすごく合いますね、今までの汗が吹き飛びそうです。」

 深雪ちゃん、白雪ちゃん、初雪ちゃんがそれぞれ感想を言います。

「そうだね、さっぱりして美味しいね、今日の任務の疲れが吹き飛びそうだよ。」

 皐月さんが幸せそうに言います。

 そうして、アイスはすぐに私達のお腹の中に入っていったのでした。

 

 

 アイスを食べ終わって一息ついたあと、皐月さんが思い出したように呟きました。

「前に来た時は苺味だったよ、あれも美味しかったなぁ」

「でも、何と言ってもレアなのがチョコレート味だぴょん、あれこそこの店の伝説の味ぴょん!」

「えっ!卯月はあの伝説のチョコレート味を食べたことがあるの!?」

 皐月さんが尊敬した眼差しで卯月さんを見ます、それほどまでチョコレート味は貴重なのでしょう。

「ふふん、ないぴょん!!」

「もぉ、期待したボクがバカだったじゃないか!」

 

「あの、伝説のチョコレート味って何でしょうか?」

「あのね、このお店は数量限定でチョコレート味のアイスを出す時があるんだ。噂なんだけど、食べた事がある娘がほんとにごく少数いるらしいんだ。」

「まだ卯月も食べた事のある艦娘に会った事はないぴょん、でも確実に存在しているらしいぴょん。」

「食べられる条件はあるんでしょうか?」

「わからないぴょん、ある日突然出されると聞いた事があるぴょん。」

 吹雪ちゃんの質問に卯月ちゃんが答えます。

「じゃあ、私達のこの泊地での任務は決まりですね!」

「えっ?」

「「「伝説のチョコレート味のアイスを食べる!!」」」

 吹雪ちゃん、深雪ちゃんと白雪ちゃんが明るい声で言います。

「あの、私も食べてみたいです!!」

「私も……」

「いいね、僕もその任務に混ぜてよ!」

「卯月も混ぜるぴょん!」

「甘い、甘いよ!」

 突然、深雪ちゃんが立ち上がって言います。

「そう、これは勝負、第11駆逐隊、第22駆逐隊のどっちが先に伝説の味を食べられるかの勝負だ!」

 

「そういう事かぴょん、負けないぴょん、必ず第11駆逐隊より先にチョコレート味を味わうぴょん!」

「そうだね、勝負事に引いたとなっては艦娘の名が廃る、その勝負受けたよ!」

「あっ、あの……」

 急に勝負が始まってしまってどうすればいいかわかりません。

「あと、負けたら何をするか決めないとね!」

 皐月さんが面白そうに言います。

「そんなの簡単だよ、1度だけ、勝ったほうが負けたほうの言う事を聞く、簡単だろ。」

「よっし、その勝負乗ったよ、第22駆逐隊の団結を見せてやる。」

 深雪ちゃんと皐月ちゃんが火花を散らします。

 旗艦はこういう時、勝負を仕切らないといけない気がしますが、どうしたらいいかわかりません。でも、話はどんどん進んで行きます。

「その話、聞き捨てならないよ!」

 突然、一人の女の子が割り込んできました。

「白露もその勝負、受けたよ、いっちばんは私なんだから!」

「よっし、じゃあ第27駆逐隊もあわせて勝負だ!!」

 深雪ちゃんが言います、どうやら艦娘は軍艦らしく勝負事がとっても好きなようです。




3か月の出張に行って参りました。
忙しく、なかなか感想を返せませんが、皆様の感想が力になっております。ありがとうございます。


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降ろします。

「じゃあ、またね!この勝負、絶対に私達の駆逐隊が勝つんだからね!」

 お店を出るとすぐに白露さんはぶんぶんと手を振って走り出していきました。

 

「元気な方でしたね。」

「あの娘は白露型の一番艦だから一番が好きなんだ。もちろん、ボクも一番が好きだけどね。」

「わっ、私も吹雪型の一番艦です!一番艦同士負けられません!」

「じゃあ、頑張らないといけませんね。このお店に来るには任務行動を終えた後じゃないと来られないみたいですし。」

 ほとんどのお店は司令官から頂いた島内パスで無料で利用できるのですが、この甘味処伊良湖とライバル店の間宮は任務行動を終えた艦娘や隊でなければ利用できないようになっているそうです。つまり、私達はこの間の任務と明石さんの護衛をやったので、あと1回このお店を利用できる事になります。

「よっしゃあ、燃えてきたぜ、明々後日の任務、頑張るぞ!」

 深雪ちゃんが拳をぐっと握ります。

「ボクの隊の次の任務は、到着する輸送船団の護衛だよ、明後日出港なんだ。今日帰って来たばかりなのに、人使い荒いよね。」

「皐月、頼んだぴょん、輸送船が来ないと勝負どころじゃなくなるぴょん!」

「あのねぇ、卯月、キミも一緒に行くんだよ!」

「そっ、そうだったぴょん、まだ準備が終わってないぴょん!」

「頼むよ卯月、ちゃんと出撃準備しないと!」

「すぐに帰るぴょん、補給の続きぴょん!」

「あの、よければ送りましょうか?」

「ええ、本当かぴょん、嬉しいぴょん!」

「やったね、卯月、ねえ、もしよかったらボクも送っていってくれない?」

「はい、大丈夫です!」

「やったぁ!」

 皐月さんと卯月さんは嬉しそうにハイタッチします。

「あの、このあたりに広場はありませんか?」

「う~ん、ちょっと遠くに野球場があるから、そこが一番広いかなぁ?」

「わかりました、そこに飛行機を呼ぶので少し待っていて下さい。」

 そして、近くの野球場へ艦載機を呼ぶことにしました。

 

 

 

 

「うわぁい、来た来た!!」

 空からのヘリコプター独特の大きな音を聞いて、飛行機の来る方向を指さします。

 それから、土煙を上げながらヘリコプターは野球場に着陸します。

「じゃあ、乗って下さい。」

「よっし、船に帰ろう!」

「今の時間なら空から夕焼けが見れそうですね。」

 深雪ちゃんと白雪ちゃんが元気にキャビンドアから乗り込みます。

「あっ、あの、やっぱり卯月、やめとくぴょん!」

「何言ってるの、卯月、艦娘は度胸だよ!」

「大丈夫ですよ、安全ですから。」

 吹雪ちゃんが言います。そうして皐月さんが卯月さんの手を引いて乗り込みます。

 それから、皆さんが乗り込んだところでドアが閉まります。

「目的地は第22駆逐隊の泊地を経由して母艦に帰って下さい。」

「了解しました、離陸します!」

 妖精さんが答えるとひときわローター音が大きくなり少しの浮遊感を感じてヘリコプターが上昇していきます。

「ふわぁ、ボク、初めて空飛んじゃった!」

「お尻の感覚が変だぴょん、むずむずするぴょん!」

 着陸していた野球場がどんどん小さくなっていきます、そして……。

「「わぁ……」」

 ちょうど夕暮れ時の赤く染まった泊地が窓いっぱいに広がります。

「すっごいぴょん、ほんとに空を飛んでるぴょん!」

「それより見て見て、すっごい綺麗だね!」

「こんな飛行機が駆逐艦に積んであるなんて、未来の船はやっぱりすごいぴょん!」

 お二人とも喜んでくれてるようでよかったです。

「でも、どうやって降りるぴょん?」

「そりゃあ、ボクたちにも降りられるさ何たって未来の飛行機なんだから。」

「……」

 お二人の会話を聞いてはっとします。海上自衛隊の護衛艦は全て飛行甲板を備えていますが……

「あの、妖精さん、お二人を船におろす方法を教えて下さい。」

「ええ、飛行甲板がないので前甲板にホイスト降下になりますが……」

「あはは……そうですよね……」

 

 

 

 

「ごめんなさい!これしか方法がないんです!ごめんなさい!!」

 飛行甲板のない船に人をおろすには救助用のホイストを使うしかありません。卯月さんの前甲板の上にホバリングして、胴体のドアを開けます。そのドアの下数10メートルには駆逐艦卯月の前甲板があります。さらに、ヘリコプターの吹きおろしで潮が激しく舞っています。

「うわぁん!怖いぴょん!」

 今まさに飛行機の外に吊り下げられそうになっている卯月ちゃんが涙目で訴えます。

「卯月、艦娘は度胸だよ!」

「他人事だと思って、怖いものは怖いぴょん~!」

 妖精さんたちはそんな卯月ちゃんの叫びを背に、淡々と作業を進めていき、卯月さんを機外につり出します。

「ちょっ、ちょっと、足が宙に浮いてるぴょん!」

「妖精さんが暴れるとあぶないっつて言ってますよ!」

「うわぁ~ん、今度は船で帰るぴょん~~~~!」

 そうして機外に吊り下げられた卯月さんはホイストに身を任せて前甲板目掛けてゆっくりと下がっていきます。

「ボクもあんな風に降ろされるのかな……」

 卯月さんの様子を見て、何かを悟ったような遠い目をした皐月さんが言います。

「あの、すみません……」

「たはは……今度は明石さんにお願いして最上さんみたいに飛行甲板をつけてもらうよ。」

 

 

 

 

そうして、皐月さんを送り届けた後

「ねぇ、私達にも飛行甲板つけてもらおっか……」

「そうだね、主砲をおろすのも考えようかな……」

「……前向きに検討」

「ええ~楽しそうじゃん……」

 はぐろの飛行甲板に戻るまでに雑音に紛れてこそこそ話をする四人だった。

 



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作戦会議です。

「それでは、作戦会議を始める。」

 

 出撃が翌日に迫った日、私達は本部の作戦室に集められ、司令官から作戦会議を受けます。

 

「まず全般の情勢から、作戦参謀!」

「はっ!」

 

 司令官に指名された作戦参謀という若い男性は大きな机の上に置かれた海図を使って説明を始めます。

 

「昨日のOZ国からの情報です、沿岸部の深海棲艦による爆撃は引き続き散発的に続いている。つまり深海棲艦の機動部隊はOZ国の沿岸海域に引き続き張り付いているものと考えられます。」

 

 作戦室に緊張した空気が流れます。

 

「今後の方針として、我々はOZ国の付近に存在すると見られる空母部隊の誘因を目的として作戦を展開する。ここまでで質問のある者はいるか?」

 

 司令官は私達に向き直ります。

 

「司令官、質問いいかい?」

「隼鷹くん、何かね?」

「仮に誘因に成功したとして、その部隊を止められる力はあるのかい?敵の機動部隊の規模はどれくらいなんだい?」

「敵の規模は正規空母級が3ないし4隻、それに随伴する足の速い部隊だ。」

「じゃあ、なおさら無茶じゃないか!ウチの泊地には今ウチと飛鷹しかいないんだぜ、それに飛行機の補充も受けていないんだ!」

 

 隼鷹さんはお手上げといった風に両手を上げます。

 

「それに関しては、今後、正規空母、第3航空戦隊の増援が予定されている、その戦力と協同して敵戦力の撃破を企図する計画だ。」

「じゃあ、増援が来てからでもいいんじゃないですか?」

「飛鷹くん、確かに作戦で考えればその通りなのだが、これ以上OZ国の港湾施設が破壊されては、今までも蜘蛛の糸のように細い鉄鉱石・ボーキサイトの入手手段が完全に断たれてしまう。そうなれば我々人間の生活にも艦娘の維持・修理にも影響が出るのだ、それは理解してくれるな?」

「それは、分かっていますが……」

「そして、この情報が入ったのだ。作戦参謀」

「はっ!」

 

 司令官に呼ばれた参謀は一枚の写真を壁に貼り付けます。そこには、真っ黒に塗られた輸送艦のようなものがたくさん写っていました。

 

「この写真は1週間前に2式大艇の偵察飛行により、中部太平洋で確認された深海棲艦だ、司令部ではこれを強襲揚陸艦と評価している、そして、OZ国もしくはNZ国への上陸を企図していると考えられる。」

 

 司令官の言葉を聞いて作戦室がざわつきます。

 

「皆、考える事はあるだろう、この兵力がどこに指向されるかの詳しい情報はまだ確定していない。しかし、先週からの偵察の結果、ソロモン諸島に泊地を設営している可能性が示唆されている。」

「つまり、その上陸戦力に圧力をかけられれば空母部隊を引き付けられるという事ですね。」

「オウ、比叡はかしこいですネー!」

「その通りだ、明日出撃する艦隊には、その泊地の捜索および発見した場合には、防衛体制の威力偵察を実施する。」

「作戦参謀、明日出撃する艦隊への作戦ブリーフィングを頼む。」

「了解しました、第11駆逐隊および第27駆逐隊は別室に。」

「「はい!」」

 

 第27駆逐隊は、白露さんの艦隊です。白露さんがこちらを見て、ひらひらと手を振ります。知っている方がいて少し安心します。

 

 

 

「明日の作戦について説明する、君たちの任務は先ほど司令官から説明があったとおり、泊地の捜索および威力偵察となる。」 

 作戦参謀はさらに大きな海図を使って作戦を説明します。

 

「各艦隊は明日、0600に出港し、日没とともにソロモン諸島の敵制空圏内へ侵入、第27駆逐隊は島伝いの北側、第11駆逐隊は島伝いの南側の偵察にあたる。」

「了解、参謀、威力偵察だから敵を見つけたら攻撃していいんだよね!?」

「川内くん、そう早まらないでくれ、今回の作戦は敵の制空圏下での行動だ、速力が落ちれば日の出とともに敵の餌食となる。」

「ちぇっ、せっかくの夜戦なのに。」

 

 川内さんはつまらなさそうに言います。

 

「だから、話は最後まで聞きなさい、戦闘への移行は各艦の旗艦に一任する。ただし、相手の情報、特に揚陸艦がいる泊地の情報、防衛態勢の概略の情報を得たなら速やかに撤退するように。」

「じゃあ、夜戦していんだね!」

 

 川内さんは嬉しそうに言います。

 

「構わんが、言った通り今回の作戦は戦闘が主目的ではない事を忘れないでくれ、脱落艦が出た場合は敵制空圏まで基地航空隊を進出させ撤退を支援する予定だが、日の出以降は常に航空援護を得られる訳ではないからな。」

 作戦参謀は川内さんの様子を見てあきれたように言います。

「わかってるって、よっし、夜戦夜戦、やってやるぞ~!」

「第11駆逐隊は何か質問はないのかね?」

「えっ!?」

「君たちも出撃するのだ、何か意見や質問は?」

 急に話を振られて少し焦ってしまいます。

「えっと、あの、私達は初めてその海域に行くのですが……」

「わかっている、今回は第11駆逐隊には水先案内として経験豊富な巡洋艦を1隻編入する、入って来てくれ。」

 作戦参謀さんがそう言うと二人の女の子が部屋に入ってきました。

「彼女たちが今回の作戦で第11駆逐隊および第27駆逐隊に臨時編入される艦娘だ。」

「長良型軽巡四番艦の由良です。どうぞ、よろしくお願いいたしますっ!」

「谷風だよ。第27駆逐隊に編入されます、短い間だけど、世話になるね!」

「今回の作戦はこの12隻で実施してもらう。これ以降、作戦の細部を君たちで詰めてくれ、纏まったところで司令官に報告を行う。」

 

 作戦参謀はそう言うと、部屋から出ていきました。

 

「第11駆逐隊のみんな、また会えたね!」

「白露さん!」

 

 昨日初めてあった時と同じように白露さんが元気に挨拶をしてくれます。

 

「なになに、白露の知り合い?」

「川内さん、昨日話した勝負の相手だよ!」

「へぇ~、ふぅ~ん、この子たちがねぇ。」

 

 川内さんは値踏みをするように私達を見ます。

 

「あの、第11駆逐隊の旗艦のはぐろです、よろしくお願いします。」

「そうそう、思い出した、第11駆逐隊にはウチの妹の神通がお世話になったって聞いたぞ!」

「よっ!この間はありがと!」

「えっ、えっと…」

 

 神通さんとの間に先ほど紹介された谷風さんが入ってきます。初対面でこんな風に言われる覚えがありません。

 

「ええっ、忘れたの!?神通さんの艦隊にいた谷風だよ、あのあとすぐに離脱できなかったから、お礼に来たんだよ!」

 

 言われてから思い出します。神通さんの艦隊とは100キロ以上離れていたので、顔を合わせるのは初めてです。

 

「すみません、忘れてしまって」

「あの後、どうやって攻撃したんだって話で盛り上がってさ、噂じゃ未来から来たって言うから潜水艦と船が合体したとか、透明になったとか色んな話が出てさ。」

「あの、透明にもなれませんし潜れません……」

 

 あんまり期待させても申し訳ないので、正直に話すことにします。

 

「あの、ロケット弾のすごくよく飛ぶものを使ってるんです。」

「よく飛ぶってどれくらい、よく当たるの?」

「はいはい、お話はここまでにして、今から作戦の細かいところを決めるので、その中でお話を聞きましょう。」

 

 由良さんがぱんぱんと手を叩いてその場を収めます。それから、地図が置かれた大きな机の周りに皆が集まります。

 

「あの、よろしくお願いします。」

 

 第27駆逐隊の旗艦、川内さんに挨拶をします。

 

「ああ、よろしく、今回の作戦は海域も複雑で、参加する艦艇も多いから、難しい艦隊運動はなしでお願い!」

 

 それから、川内さんは海図をなぞって線を引きます。

 

「最近は潜水艦の活動もおとなしいから、制空権の内側までは簡単に出られると思う、その後だけど……」

「そうですね、制空権外に出るタイミングと日没をあわせて、できるかぎり高速で群島海域に侵入しましょう。」

「おっ、話わかるね、さすが水先案内!」

「冷やかさないで下さい。」

「じゃあ、ウチの艦隊は群島の北航路から東端の島を回って南側から帰るルートにするよ。」

 

 川内さんは慣れた手つきで海図に線を引いていきます。

 

「あの、じゃあ私達は……」

「私達はこの航路で行きましょう。」

 

 由良さんが海図に指を指します。

 

「南側から侵入して、南端の島を1周回って来た道を戻ります。」

「なるほど、経験のない艦隊なら無難な道だね。」

 

 川内さんが言います、確かに来た道を帰るのなら初めて通る航路でも失敗せずに帰れそうです。

 

「そうですね、はぐろさん、この航路にしましょう。」

 

 吹雪ちゃんが言います。確かに未経験の航路には危険がつきもので、航路は単純なほうが安全です。

 

「で、航路も決まったところで、水先人さん、今回の敵の見積もりは?」

「由良です、この群島地域では、沿岸に巧妙に隠された魚雷艇が多数出没しています。」

「なるほどね、じゃあ夜目がとても重要だね!」

 

 谷風さんが言います、確かに船舶の水上レーダーはいまだに海岸線と海岸にある小型ボートを識別できるまでには至っていません。巧妙に隠されていればなおさらです。

 

「ちぇっ、泊地を見つけるまでは魚雷艇かぁ……。」

「まあまあ、敵が少ないほうが怪我しなくていいんですよ。」

「そうです、谷風さん、春雨ちゃんの言う通りです。」

「泊地がなければ、敵がいるとも限りませんから……」

「ええ~、困るよ、夜戦夜戦~!」

 

 第27駆逐隊の五月雨さんと春雨さんが川内さんを押さえて話し合いを進めます。

 

 

 

「ねえ、川内さんってすごく好戦的なのかな……」

「すみません、夜になると頼りになる方なんですが……」

 

 川内さんを後目に、吹雪ちゃんと春雨ちゃんがこそこそ話をしています。

 

「出なきゃ出ないでいいんだけど、戦ってみたいなぁ」

「ん…とりあえず、がんばる。」

「大丈夫でしょうか……」

 

 作戦会議は進んで行きますが、一抹の不安を覚えます。




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由良さんと単装砲です。

「このあたりになると、水深が、10メートルを切って危険です、陸までの距離を300メートル以上は取るようにしましょう。」

「わかりました、この島と島の間が一番難しそうですね。」

 

 私たちの艦隊に臨時で編成された由良さんが大まかに海域の特徴や浅瀬の場所を教えてくれます。

 今回は偵察という事で狭い島々の間にも入っていかないといけないので、綿密な航路の計画が必要です。

 

「ここで襲撃されると厄介なので単縦陣の距離を開いて逃げられるようにしておきましょう。」

 

 由良さんが指挿したのは、今までの任務で最も魚雷艇の攻撃を受けた場所でした。

 

「由良さん、なんとか避けていく事は出来ないんですか?」

 

「残念ですが、この先は天然の良港になっています。偵察のためには少しでも見ておく必要があります。」

 

 由良さんが指差した先の入江は入り口からは中が見えず、待ち伏せを受ければひとたまりもない場所です。

「今回は海域の特徴を知っている私が先頭を走ります。一番索敵能力の高いあなたは最後尾で私たちに攻撃しようとする深海棲艦を教えて下さい。」

 

 由良さんは話しを続けます。

「司令官の言った通り、この海域を抜かれるとOZ国とNZ国へまで止める術がありません、今回の任務はそれほど重要なのです。だから経験は浅いですが、索敵能力に優れた第11駆逐隊が選ばれたんです。それに、即席の編成だと味方撃ちの可能性もありますから。」

 

 確かに重巡洋艦ほどの大きさの艦を狭い海峡などで先行させると、格好の的になってしまいます。でも、駆逐艦では装甲が心許ないです。由良さんの言う事は最善に聞こえます。

 

「わかりました、それで行きましょう、あとは駆逐艦の並びですが……」

「はいはいはい、就役順で!」

「じゃんけんにしようよ!」

「はぁ…」

 

 由良さんはため息をつきます。

 

「まったく、私たちの所だけかと思ってましたが、駆逐艦はどこも同じですね。」

「あの、あの、私も……駆逐艦です……」

「それはそれとして、駆逐艦の並びはあなたが決めておいて下さいね。」

 

 由良さんはそう言うと、もう一度海図に視線を落とします。

 

「じゃあ、やっぱり就役順にしましょう。」

「ですよね、はぐろさん!」

 

 吹雪ちゃんが目を輝かせます。

 

「ちぇっ」

 

「ふふん、一番艦は偉いのです!」

 

「まあまあ、並びなんていいじゃないですか、それに先頭は一番怪我をしやすいんですよ。」

 

 2人の言い争いを見て由良さんが言います。

 

「さて、だいたいは決まりましたね、細かい話はここまでにして……」

 

 由良さんが話しは終わったといわんばかりに手をぱんと叩きます。それから、私の手を取って、目を輝かせながら言います。

 

「あなたの単装砲、見学させて!ねっ!ねっ!」

「へっ?」

 

 私は由良さんの提案に目を丸くしてしまいました。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 結局、由良さんに押し負けて、私たちは泊地へ向かう通船に乗ることになりました。

 

「そうそう、火力を強化したいんだけど……」

 

「なるほど、単装砲がいちばんバランスがいいので、どうすれば単装砲のまま火力をあげられるかですか……。」

 

 由良さんは真剣な顔で言います。確かに武器は軍艦にとっては譲れないもので、運命を左右するものです。

 

「でも、連装砲にすれば簡単じゃん!」

「いえ、連装砲は……」

 

 由良さんは深雪ちゃんの言葉に目を背けます。

 

「とにかく、単装砲で何とかなりませんか?」

「何とかって……」

 

 確か由良さんの単装砲は14センチが沢山ついていて、6000トンくらいです。それなら127ミリが詰めそうですが……

 

「あっ、見えてきましたよ!」

 

 そんなふうに考え事をしているうちに、泊地に到着してしまいました。

 由良さんは艦首にある主砲を物珍しそうに見ています。

 

「話しには聞いていましたが、艦首に1門なんですね。」

 

「はい、ほんのひと昔前は沢山積んでいる船もあったんですが、ミサイ……ロケットがよく当たるようになったので、私が出来た頃には一つが普通になりましたよ。」

 

 私が就役する頃に、ほんの少しだけご一緒したはたかぜさんやしまかぜさんがその名残です。私が就役する前のむらくもさんはもっと大砲を積んでいたようです。

 

「そうなんですか、戦艦から飛行機になった時のように、時代の移り変わりは思いもよらない事を起こすんですね……」

 

 由良さんは感慨深そうに言います。確かに、兵器の進化は凄まじいもので、思いもよらない方向に変化していくものです。

 

「それに、明石さんに教えてもらったんですが、自動で弾を込められる大砲を作ろうとしているみたいですよ。私は会ったことありませんが、夕張さんが明石さんと協力して作ってるみたいです。」

 

「そうなんですか!!情報が早いですね。流石は明石さんを泊地まで連れてきたたけはありますね!」

 

「そうそう、そうなったら主砲を降ろしてロケット?を積めるようになるかも!?」

「いいですね、吹雪型駆逐艦の20××年版ですね!」

「面白そうですね、じゃあ、改修するまで、しっかり任務を果たして帰ってこないといけませんね。」

 由良さんは興奮するする吹雪ちゃんたちに優しく言います。

 

「由良さんって落ち着いてて、大人っぽいですね、私も見習わないと……」

 

「あら、ありがとうございます。でも、無理して真似をしなくてもいいんですよ。」

 

「そうですよ、はぐろさんにははぐろさんのいい所があります!」

「はぐろさんは今のままでいいです!」

 吹雪ちゃんと白雪ちゃんが力強く言います。

 振り向くと、皆さんがふんふんと、首を、縦に振ってくれます。

 

「って、言ってますよ。」

「そう、ですかね……でも、もう少し旗艦として、しっかりしたいです…。」

 

「そんなものですよ、どんな旗艦でも悩みはあります。それに……」

「そんな事が考えられるのも、こうやって話せるのも艦娘になれたからこそですよね。ねっ!」

 大人っぽく見えていた由良さんが嬉しそうに、楽しそうに言います。

「へへっ、そうそう!だから次の出港も!」

「「「無事に帰って来ましょう!」」」

 

「ええ、そうですね。それには、息抜きも、士気の高揚も大切よね。」

 おとなしそうな由良さんの目がぎらりと光った気がしました。

 

「そうそう、艦内設備がすごく充実した駆逐艦があるって聞いたんですが、誰か知りませんかね、ねっ!」

 

「そんな駆逐艦があるんですか……」

 

 出会った事のある駆逐艦の方々を思い出しますが、艦内まで見たことはありません。いったい誰の事でしょうか?

 そんな事を考えていると、皆さんがこちらを見てきます。

「?」

 

「広い士官室と司令室完備……」

「映画も見られます!」

「空調も……完璧……」

「あの、はぐろさん、ここで悩むのはよくないですよ!」

 

「えっ、私ですか!?」

「という訳で、お邪魔していいですよね、ねっ!」

「はっ、はい!喜んで!」

 

 由良さんの勢いについ反射で答えてしまいます。でも、隠すものでもないですし、由良さんを艦内に案内する事にしました。

 




酒を飲みつつ変なノリで書き上げるました!


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