バーサス~再び交錯する平行世界~ (アズマオウ)
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第1話:Gameover~終幕~

アクセルワールドとSAOのクロスオーバーです。バーサスの続き、やりたかったんだよねw



また、この作品は、歴史や時期がかなり食い違っていますが、その理由も後にわかります。ご了承ください。
それでもよいというなら、どうぞ!


「シルバークロウ、いや、ハルユキ……君。私を、全損させろ……」

 

 震え声で、僕の耳へと声が届いた。漆黒の顔面マスク越しでも良くわかる。その言葉の意味と、それを言う覚悟が。僕は、必死に説得する。そんなことはダメだと。絶対にダメだと。

 けれど僕はわかっていた。一度言い出したら絶対に聞いてくれないと言うことを。1年以上共に戦ってきたからわかる。無駄だった。

 

「そういうな……確かにここで夢を放棄するのは耐えがたいよ。でも、私にはもうひとつ夢がある。君がこの世界を終わらせるのを見ることだ。仮に私のひとつめの夢が叶わなかったとしても、それがある。だから案ずるな。私のことなど、忘れてくれ」

 

 僕は必死に否定した。なぜなら僕の夢は、目の前にいる人を頂へと押し上げることだったから。それが叶わないと言うことはすなわち、僕の夢もなくなる。だから、全損だけはできない。それに目の前にいる人がいなくなったら、僕のことを忘れてしまうだろう。それだけならまだいい。いままで過ごしたかけがえのない時間が消えてしまうのだ。それだけは、耐えられない。

 

「仕方がないことさ。それが定めだ。けれど、私にとって大切な存在は君だ。だから君のことは忘れない。さあ、早くしろ。奴はまってはくれないぞ!」

 

 嫌だ、嫌だ。こんなの嫌すぎる。けれど……《白の王》は待っていなかった。武器を降り下ろし、酷薄な笑みを浮かべていた。だから僕はーー。

 

 

 

 

 

 すべてを、壊した。目の前にいる人の夢を、継ぐために、叶えるために、そして、苦しみから解放するために。

 すべてを壊したこの僕に与えられたフォントがある。

 

 

 

『You level up 10!!』

 

 

 そう、僕は世界の終わりへと、たどり着いたのである。

 

 

 

 

***

 

 

 

 《Brain Burst 2039》というプログラムを僕が受け取ったのは、2年前、2046年である。僕は当時いじめられっ子で、現実などくそったれと思っていた。取り柄はゲームは人並み以上に上手いくらいだ。けれど、学校でのマドンナである黒雪姫先輩と、《ブレインバースト》がすべてを変えてくれた。いじめられていた生活も一変し、避けていた親友との関係を取り戻し、ライバルや師匠も出来た。僕の生活は充実していたのだ。

 このプログラムは、簡単にいってしまえば、格闘ゲームであるが、それもただの格闘ゲームじゃない。現実で、思考を一千倍に加速できる能力、すなわち《加速能力》を手にすることができるのだ。加速するにはゲーム内でのポイント、《バーストポイント》が必要で、これがなくなると加速できなくなるどころかブレインバーストを永遠に失う。ブレインバーストのプレイヤー、すなわち《バーストリンカー》達は加速するためにこのゲームで戦い続けているのだ。現実を犠牲にして。

 けれど僕には関係ない。僕にとって現実はくそみたいなものだったからだ。いまの僕の現実は、加速世界と、《ネガ・ネビュラス》というレギオンーーいわゆるギルドーーの皆で過ごす時間なのだ。だからこのプログラムを悪く言うつもりはない。

 このゲームの目的は加速能力の維持だけじゃない。レベル10までたどり着くことである。ブレインバーストにはレベルというものがあり、強さを示す指標になる。対戦で得られるバーストポイントを消費してレベルアップでき、新しい技やアビリティ、ステータスアップが出来るのだ。それを繰り返していき、レベル10になればゲームはクリアされる。ただ、ポイントをためまくって、勝ちまくってのレベルアップは9までだ。10に上がるためには、レベル9を5人倒さなくてはならないのだ。しかも、レベル9同士の戦いは、全バーストポイントをかけた戦いになるよう決められており、なかなか挑めない。負けたらすべて失う戦いに進んで、しかも5回も挑めない。だから、レベル9のプレイヤー、すなわち《王》は、自身の加速能力の保持のために休戦協定を結んだのである。

 だが、それを破ったのが黒雪姫こと《ブラックロータス》。彼女は赤の王を殺し、加速世界に混沌をもたらした。その後はブラックロータスは身を引いていたが、新米バーストリンカー《シルバークロウ》が現れたことにより、再び復活した。そして加速世界を《加速》させるために、《王》たちに戦いを挑んでいた。

 そして、僕たちは2048年1月、2人の王たちを倒した。黄色の王《イエローレディオ》、青の王《ブルーナイト》。あと3人で黒雪姫先輩はレベル10になれる。そう思ったのだが。

 青の王を倒した瞬間、アップデートが行われた。内容はレベル9独特のルール改訂だ。いままでは各人5人倒さなくてはならなかった。しかし、アップデート後では必ずしもそうする必要はなかった。なんと、たくさんのレベル9を倒したレベル9を倒すと、そのレベル9が倒した人数を倒したことになるようになったのだ。例えば、3人倒したレベル9を倒すと、3人倒したことになる。

 そのアップデートを知ったレベル9達は、一斉にブラックロータスへと戦いを挑んだ。同じくレベル9になった《銀の王》シルバークロウと、ネガネビュラスのメンバー達は、黒の王を守り続けどうにか撃退していった。が、白の王《ホワイトコスモス》の襲撃は防げなかった。しかも、銀の王以外は、エネミー狩りへと行っていた。

 その結果、黒雪姫は敗れ、全損へと陥ろうとしたその瞬間。僕は、有田春雪は、ブラックロータスを殺した。その後、怒りによって僕は自分以上の力をだし、狂ったようにホワイトコスモスを苦しめて、殺した。

 

 これで僕は5人倒したことになり、ゲームをクリアした。けれど僕に残されたものは……なかった。

 

 

 

 

 

 

 これは、僕がレベル10になって、ゲームをクリアした2048年2月の話である。

 

 

 

 

***

 

 

「えー、それでは課題ファイル25をニューロリンカーに転送するので、明日までに提出すること。では、今日の授業はここまで!」

 

 教師が静かに告げていき、教壇から降りていく。教師の姿が廊下へと消えていくと、教室に騒がしい空気が流れていった。

 僕はそのなかで一人教室を出て、トイレへと向かう。用を足しにいくわけではない。トイレの個室に座り込み、ただそこで時間を潰すのだ。そう、かつて僕がいじめられていたときと同じ方法で。

 

「ダイレクト・リンク」

 

 そう小さい声で僕は呟いた。すると僕の意識は薄れていき、フッと暗闇へと消えていく。ただこれは普遍的な現象だ。2048年では当たり前の技術である《フルダイブ》が起こっているのだから。

 やがて僕の意識が戻り、目を開けるとそこはファンタジーっぽい世界だった。まあ、ただの学校のローカルネット空間なのだが。生徒が使っているのであろうか、露出度の高いアバターや、勇者然としたアバターなどがちらほら見えている。それに対し僕のアバターは、ブタだ。小さな子ブタだ。でも、この姿を非常に気に入ってくれた人がかつて……。

 いや、もうその人は僕のことなど忘れている。もう赤の他人なんだ。僕は思いを降りきらんと急いで走った。

 たどり着いた先は、誰もいないスカッシュコーナーだ。ここで、僕は時間を潰すつもりだ。余りにも需要がないため、アップデートされていない。けれどここなら思う存分鬱憤を晴らせる。迷わず僕は、豚の蹄を読み取り機に当てる。すると、スカッシュゲームが起動する。ラケットが現れ、それを握るとゲームがスタートした。

 僕は出てきたボールをただひたすら叩きつけた。後悔も、悲しみも、すべてぶつけて、ただはね返す。

 あの世界で鍛え上げた反応速度のお陰か、かつて刻みあげたハイスコアを楽に越していく。だからなんだと言いたいが。

 無限に放出されるボールにただ追随し、ただ叩き続けること数百回。ついに集中力が途切れ、ゲームオーバーになる。僕は、ただ虚無感に襲われていったが、それ以上考えるのをやめてこの世界から抜け出した。

 

 目が醒めると、再び現実世界のトイレの個室へと戻された。僕はため息をつき、とぼとぼと教室へと戻る。いや、もう帰ろうかな。僕はそう思った。まだ午前11時だけれども、もうこれ以上学校にいたくない。

 僕は教室に戻って、荷物をまとめた。その様子を見た僕の親友であり、《シアン・パイル》を操るバーストリンカーであり、レギオンメンバーでもある黛 拓武は声をかける。

 

「ハル、今日は帰るのかい?」

 

 穏やかな声で僕に問うた。僕は素っ気無さそうにウンと頷いた。もう誰とも話したくない。だから僕はじゃあとだけ言って教室から去った。

 僕は足早に廊下を歩いてイラつきながら昇降口へと向かった。そして階段を降りようとして角を曲がったときだった。

 

「きゃあっ!?」

 

 悲鳴が聞こえた。それと同時に誰かと接触した感覚が現れた。僕はデブだから倒れなかった。けれど衝突した人は床へと倒れている。僕は大丈夫ですかと近寄ったが、その寸前、僕の体は固まった。

 二本の触覚に似たアホ毛、細い体、美しい容姿、長い髪の毛、そして、強さのなかに見える弱さの感じ。すべてが見覚えがあった。

 

「先……輩……」

 

 僕は小さく呟いていたが、それは目の前に倒れている少女には聞こえなかった。

 

「いたた……すまないな。前を見ていなかった」

 

 少女は僕に言った。僕はなにも話せなかった。まるで他人行儀だ。僕をただ一人の生徒としか見ていない。

 

「おい、どうしたんだ? なにか不満なのか?」

 

 少女が威圧的に問い詰める。僕は混乱していた。いや、頭ではすでにその理由は知っていた。そう、ブレインバースト消失による《記憶喪失》のせいだ。

 ブレインバーストが消えると、それに関する記憶は一切消えてしまう。僕の知っている少女は僕を他人だと思っていない。師弟、いや親子のような関係なのだ。だけど、いまは彼女の記憶がない。それがかなり悲しかった。僕がそのなかにいないと思うと、胸が痛かった。

 

 僕が考えている間に、少女は不機嫌な顔になっていく。僕は答えないわけにはいかなくなったようなので、僕はどうにか答えた。

 

「え、ええだいじょうぶです。僕も不注意でした。すいません」

 

 僕はもう耐えられなかった。これ以上、見ていられなかった。いられなかった。だから、僕は走った。この場から逃げた。そして、涙をこらえて学校を出た。

 

ーーこんなの、残酷すぎるだろ……。

 

 僕は、歯をギリギリならした。すべて僕のせいだ。先輩を助けることなんて出来たんだ。なのに、なのに……僕が弱いせいだ。すべて、僕の、せいだ!!

 

「くそぉっ!!」

 

 僕は、ただ走った。叫びながら、悔やみながら……。

 

 

 

***

 

 

(先程の少年、どこかで見たことがあるな……。見たことだけじゃない。あの少年になにか特別な感情を抱いていた……ような気がする)

 

 黒雪姫は、悶々と廊下を歩きながら考えていた。先程衝突した肥満体質の男子生徒についてだ。ただの、関係のない一般生徒だがなぜか引っ掛かるのだ。どこか心の拠り所にしていたような気がした。守っていた気がした。そして……。

 

 いや、そんなわけはないのだ。黒雪姫はあの少年にあったことすらない。何を考えているのだろう。

 でも、あの少年はものすごく悲しそうな顔をしていた。いまにも泣きそうな顔をしていた。大切なものを失ったような目をしていた。

 

 まあ、いい。とにかく授業を受けなくては。

 

 私は少し駆け足で教室へと戻った。その時にはすっかり違和感を忘れていた。




感想、お気に入り、評価お待ちしております。

次回バーストリンクします!
そして、あらすじの《Kirito》の正体は……?あ、もうわかりますね。



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第2話:Gamestart~開幕~

まず、警告します。シルバークロウはメタトロンにあってません。それは一応作中で明かすつもりですが。まあこじつけでしかないので気にせずに。

では、《Kirito》とシルバークロウの対峙をご覧ください!


 僕は、学校から早退してきた。アパートにある家のドアを静かにあけて、電気をつける。制服を乱暴に風呂場に脱ぎ捨てて、ベッドへと転がり沈んだ。いつもなら、冷蔵庫にある冷凍ピザを漁るのだが、今はそんな気分になれない。僕はただ、ぼーっと天井を見上げつづけていた。

 いつもなら、スリルあふれるあのゲームが待っているはずなのだ。というより、遊んでいたはずなのだ。けれど今日はやる気にならない。何故なら、あの人がいないから。

 

「はあ~……」

 

 僕は、ため息を吐いた。もう、つまらなかった。何もしたくなかった。学校を抜けてきたはいいけど、それから何するかは何も考えていなかった。そう、もう先輩の中に僕はいないんだ。それは僕にとって耐えがたいものだった。

 

 

 僕は、これ以上何かを想うことを止めるべく、眠りへと落ちようとした。視界が黒く閉ざされ、眠気に身を任せて意識を投げ出そうとしたとき。どこからか、懐かしい声が聞こえた。

 

『レベル10になったバーストリンカーは、プログラム製作者と邂逅し、ブレインバーストが存在する理由、その目指す究極が知らされる』

 

 誰かはすぐわかった。黒雪姫先輩だ。あれは、1年以上前に、近くの喫茶店で言われた言葉だ。先輩は僕にそれを話してくれた時、もの凄く燃えていた。穏やかな口調とは裏腹に、知りたいという欲求があふれ出ていた。

 

――そういえば、僕はまだ会ってない。レベル10になってから一日たつのに、製作者と会ってない。先輩の言葉が本当なら、会えるはずだ。何故このプログラムを作ったのか。

 

 僕は、ゆっくりとソファーから起き上がる。一息吐いて、窓を見る。窓の近くの棚には、Black Lotus(黒いスイレン)が活けてある。その花をじっと見つめ続けて、僕は言った。

 

「先輩、確かめてきます。このプログラムの存在の理由を。そして、世界の果てを……」

 

 僕は、それだけいうと、すうっと息を吸う。そして、叫んだ。

 

 

 

「バースト・リンク!」

 

 

 バシィッ!という効果音とともに、僕の意識は、現実とは遠く離れた異世界へと飛ばされていった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 ≪初期加速空間≫へと僕はついた。全てがブルーで覆われているVR空間で、自身以外すべてが制止したように見える。実際は何千分の一のスピードで動いているのだがそんなことはどうでもいい。

 僕はメニューを開き、適当に対戦を挑もうと、デュエルモードボタンを探す。スクロールしていくと、僕はあることに気づいた。

 視界の右上にある手紙マークが点滅している。僕は気になってそれをクリックする。すると、それがグイッとこちらへと巨大化して現れた。

 僕は送り主の名前を読んだ。

 

「K、i、r、i、t、o……きりと……?」

 

 どこかで聞いたことがある気がする。いつくらいだっただろうか。あれはたしか、2047年の夏くらいだった気がする。が、はっきりとは覚えていない。

 

 それはともかく、見慣れない名前形式だ。こんな名前は、バーストリンカーにはいない。バーストリンカーの名前の前の句がすべて色に関係するものなのだ。例えば、僕のアバター≪シルバー・クロウ≫は前の句が銀をあらわす単語だ。だから、≪Kirito≫なんていう名前は存在しない。ありえないのだ。

 だったら、考えられる可能性はたった一つしかない。

 

 

 

 彼は、このブレインバーストの、ゲームマスターだということだ。

 

 

 

 僕はその可能性を頭に置きながら、手紙を開封する。

 

『Silver Crow へ

 

レベル10到達おめでとう。俺はアンタの活躍を褒め称えたい。ということで、≪初期加速空間≫内で、こう叫んでくれ。≪リンク・スタート≫と

 

すぐに会おう、シルバー・クロウ』

 

 僕は唇を噛み締めた。これがゲームクリア後のエンディングなのか。これで、全てが終わるのか。恐らくすべてを告げるのだろう。この世界の存在意義を。

 ならばとことん問い詰めよう。先輩は、知りたがっていたのだから。この世界の果てを、終わりを。僕は息を飲み込み、拳を握りしめて叫んだ。

 

「リンク・スタート!」

 

 その瞬間、僕の体は浮遊感に襲われていく。そして青い景色は崩れていき、白へと塗り替えられた。僕が辺りを見渡していると、奥の一点から、7色の光が差し込み、僕を照らしていく。僕はそれを見続けていたが、からだが優しく引き込まれていき、やがて意識を失った。

 

 

 

***

 

 

(ここは……どこだ?)

 

 僕は、目を開ける。すると視界に色彩が戻る。僕は状況を確認しようと、辺りを見回す。周りは黒に覆われていて、耳鳴りがする。それほど静かなのだ。

 

(一体、何が起こるんだろう……)

 

 僕がそう思った時だった。

 突然、僕の前方がブンという音とともに、青色のモニターが現れたのだ。僕はハッとそちらを見る。画面にはしばらく何も映らなかったが、やがてリストみたいなものが現れた。僕は、それを細かく調べるために、モニターへと歩み寄る。名前、レベル、累計バーストポイント、所属レギオン……その他もろもろの情報が書き連なっていた。なんでこんなものが……と僕は疑問に思ったが、ふと何かがひらめいた。

 ここは、ブレインバーストのメインサーバーであると。これほどのデータが集結しているということは、そう見て間違いない。

 僕がその結論に至り、モニターを改めてみた瞬間。

 

 

 

 

「ようこそ、≪ブレインバースト≫の中央サーバー、≪メイン・ビジュアライザー≫へ」

 

 突然、柔和な声が後ろから聞こえた。男の声だが、どこか大人しそうだった。僕はそちらを振り返る。まったく、僕は振り回されっぱなしだなと微かに思いつつ。

 声をかけてきた男は、覆面をかぶっていた。黄の王≪イエローレディオ≫が被っているやつにそっくりだ。釣り目で白の肌、歪んだ口元はどこかうす気味悪さを覚えさせる。

 覆面から下は、全て黒で統一されていた。コートは漆黒に覆われていて、ロングパンツも黒だ。おまけにスパイク付きのブーツも黒だ。そして背中には、二本の剣が吊るされている。恐らくこれはアバター姿だろう。

 

 男は、にっと笑ったような気がした。僕は警戒を解かずに、話しかけた。

 

「お前が……≪ブレイン・バースト≫の開発者、≪Kirito≫か?」

 

 僕の質問を受けた男は、しばし動きもしなかったが、やがて首肯した。

 

「僕の名前は……言わなくてもわかるか」

 

「ああ、シルバークロウだな。わからないはずがないよ」

 

 今度はすぐ答えた。やはり、秘匿され続けていた正体を知られるのにはそれなりの抵抗があるのだろう。

 

「シルバークロウ。ここに来たのは、何か理由があるんじゃないのか?」

 

 男、キリトは覆面づらのまま答えた。僕は、皮肉めいた笑みを浮かべながら返す。

 

「お前から教えてくれるんじゃないのか?」

 

 僕の言葉に、キリトは頭を書きながら苦笑する。

 

「そういうことになっているのかよ……何言い触らしてくれてんだよ、≪絶対切断(ワールドエンド)≫は……」

 

「ワールド、エンド……せんぱい、ブラックロータスの二つ名を知っているのか!?」

 

 いくら管理者でも、二つ名を知っているはずがない。それを知ることが出来るのは、日々戦い続けた猛者しかわからないのだ。

 

「まあ、聞いたことはあるな。度々シルバークロウたちをモニタリングさせてもらったんだよ。もちろんシルバークロウの二つ名も知っている。≪銀翼の鴉≫だろ?」

 

「……なるほどな。わかったぜ」

 

 僕は、二つ名についてはスルーした。はっきり言うがどうでもいい。今は聞かなければいけないのだ。

 

「で、どうするんだ?聞きたいことがあるんじゃないのか?」

 

「わかったよ。僕から言う」

 

 僕は観念した。これ以上無限後退な議論はしたくない。今はとっとと先輩の目指していた答えにたどり着くことが先だ。僕は、文章を練って、言葉にした。

 

「なんでブレインバーストを作ったかだ。教えてほしい」

 

「はは、やっぱりその質問から来るか」

 

 キリトは、落ち着いた笑い声を上げる。そして、こちらへと顔を向き直る。

 

「いいよ、答える。シルバークロウ、≪心意システム≫って知っているよな?」

 

 心意システム。

 それは、≪ブレインバースト≫独自のシステムだ。簡単に言えば、思いを込めれば想像以上の力を発揮できるというものだ。無論、相当な修練と深いイメージが要求されるが、使いこなせればかなり強い。僕自身もいくつかの心意技を使うことが出来る。ただ心意技は、己の心にいろいろなイメージを加えていくため、当然心のダークサイドにも引き込まれやすい。よって、よほどのことがない限り、使ってはいけないという暗黙の了解があった。

 

「ああ、知っている」

 

「その技術はこのブレインバースト、そのほかにも≪アクセル・アサルト≫、≪コスモスコラプト≫にも使われていた。けどな……」

 

「ちょっとまってくれ。なんだその、≪アクセルアサルト≫や、≪コスモスコラプト≫って……」

 

 僕はそこで質問を挟む。だが、その二つのゲームは聞いたことが……。

 いや、アクセルアサルトのほうはどこかで聞いたことがある。

 あれは、能美政二ことダスクテイカーが僕の通っている中学校、梅里中学校に襲撃してくる前の話だ。突如学校のローカルネットに何者かが侵入してきた。侵入してきたのは、その、≪アクセルアサルト≫のプレイヤーだったのだ。それを教えてくれたのは、侵入者だった。

 

「ああ、そうか。確かにバーストリンカーは、その世界を知る術はないもんな。簡単に言ってしまえば、ブレインバーストと同じ、秘匿されたプログラムさ。その3つの世界は重複しているから、それぞれの世界同士では永遠に気づくことはない。まあ、そもそもその二つの世界は、もうないから気づくもなにもないけどな」

 

 僕はあっけにとられてなにも言えなかった。もう消えてしまったと言われても、そもそも知らない存在だからなにも感じることすらできない。アクセルアサルトが消えてしまったのもとっくに知っている。

 そのなかでたった人居続けた侵入者は寂しそうな顔をしていたのを覚えている。僕はその時、誰もいないゲームで挑戦者を待ち続けていたからだと推測した。だが、黒雪姫先輩はゲームクリアに辿り着いた寂しさを感じていたと否定する。だが、その時の僕たちは憶測を並べることしかできなかった。

 

「どうして、消えてしまったんだ?」

 

「アクセルアサルトは対立が激しくなったからだ。一方コスモスコラプトは完全な停滞に陥った。そのせいだよ」

 

 先輩の憶測は間違っていた。この世界は終わりを見ないまま終わってしまったのだ。しかし侵入者は納得がいかず、戦いを求めていた。だから寂しかったんだ。けれどこんな憶測、誰ができまい。

 

「じゃあ、このブレインバーストもそうなる恐れがあったのか?」

 

 僕は疑問に思って質問した。キリトはまっすぐたてに首を降った。

 

「王たちが休戦協定みたいなものを組んだときは冷や汗をかいたよ。この世界も停滞して終わるのかって。でもまあ、黒の王がそれを打破してくれたんだけどな。そういう意味ではすごく感謝している」

 

「そうか……。おっと話がそれちゃった。心意システムの話だったな」

 

「ああそうだったな。でだ、えーっとそうだ。アクセルアサルトとかの辺りだな」

 

 話を軌道修正し、どうにか本題へと移る。

 

「で、心意システムは3つのゲームに組み込まれているんだ。はっきり言えば、2048年現在、心意システムを使ったVRゲームは存在しない」

 

 たしかにそうだ。心意システムなんて本来はあり得ないのだ。自己暗示などはあったけれどそれが本当にゲームの運命を左右するかは怪しいところだ。でも、この世界では実現してしまうのだ。その思い込みが、形となって。

 キリトは不意に面白そうな顔をした。

 

「でもな、心意システムを導入したゲームが過去にもあったんだ。それも、20年以上前にだ」

 

 キリトは力強くそのフレーズを言い放つ。まるで黒雪姫のような気迫をもって。僕は思わずたじろぐ。けれどどうにか、銀のマスクごしから声を出した。

 

「20年前って……VR技術の黎明期じゃないか! それなのに……」

 

「そうだ。2022年のことだ。生まれていないと思うけど、その年に起きた事件については知っているだろう?」

 

 キリトの、謎めいた含みを持つ言葉に僕は息を飲む。同時に何が言いたいのかすぐにわかってしまった。

 

「《SAO事件》か……?」

 

 恐る恐る聞いた回答は正解していたらしく、キリトはコクッと頷いた。そして同時に声を出した。

 

「そう。君も知っての通りだと思うけどね。何せ教科書に載っているくらいだからな」

 

 《SAO事件》とは、僕が生まれる13年前、つまり2022年に起こった事件だ。VRゲームの創世記に発売されたゲーム、《ソードアート・オンライン》が1万人のプレイヤーを、ヘッドギア型のフルダイブゲーム機《ナーヴギア》を通して監禁させたという恐ろしい事件で、死者は約4000人にも昇った。首謀者の名前は茅場晶彦で、世界的な犯罪者の一人として語り継がれている。

 現在ではナーヴギア以上のバッテリーは積まれておらず、あの事件の再発防止は万全だ。あの事件のことを忘れないようにと教科書にも載り、テストにも出た。

 

 だが、黎明期に発売されたゲームソフトに、20年以上あとの技術が採用されているなど、にわかには信じられない。だから質問をぶつけた。

 

「それは本当なのか? ブレインバーストと同じように使えるのか?」

 

 キリトは、うーんと顎に手を添えて考えるそぶりを見せる。やがて言葉を発した。

 

「いや、使えないさ。でもな、俺はその世界で奇妙な体験をしたんだよ。ちなみに俺はSAO事件に巻き込まれた人の一人さ」

 

「え、ええっ!?」

 

 僕は思わず大声をあげる。SAO事件の被害者など、僕はあったことがない。好奇の目で見るのは失礼だったが、どうしても気になってしまう。

 キリトはそんなのお構いなしに語り始めた。

 

「その時はただの中学生だったんだけどな。まあ、そんなのはどうでもいい。俺は、どんな運命の巡り合わせか、ラスボスと戦うことが出来たんだ。けれどかなり絶望的な状況だったんだ。攻撃は全部ガードされ、結局は負けた。でも、俺は怒りを感じたんだよ。ラスボスにね。そうしたら、何故か停止していた俺のからだが動いたんだ。その一撃で、ラスボスは死んだんだ。当時は何が起こったかまるでわからなかった。でも今ならこう言える。これは、VRゲームが起こす心意の力だとな」

 

 途方もない話だ。キリトの口ーー実際は見えないがーーから紡がれた言葉は、僕には半分も理解できなかった。何故ラスボスに怒りを感じたのかすら。ただ、いま落ち着きを払ってたっている男が怒りを示したというのだから、相当のことだったのかもしれない。ただラスボスの強さに発狂しただけとは考えられないだろう。

 

 キリトは息をはいて言葉を続ける。

 

「その基礎を作ったのは茅場晶彦だ。まあこれは本人が意図したものじゃなかったが。要するに俺が言いたいのは、20年前にあったはずの技術が、いまだに公開されていないことなんだ。いまだに進歩せず、ただ停滞しているんだ。このVR環境は」

 

 キリトの声は怒りをはらんでいるように思えた。僕にはわからなかった。今のVRゲームは革新的だと思う。それがブレインバーストじゃなく、市販のオンラインFPSフルダイブゲームでもだ。クリアな映像、少ないラグ、圧倒的な爽快感。何もかもが今の方がいいと僕は思っている。

 けれどこの男はそれを否定している。今は停滞していると。昔とまるで変わらないと。納得がいかない。僕は反論した。

 

「確かにその心意システムはあったかもしれない。でも、今はVR環境はゲームだけじゃない。医療や、生活にも密着しているじゃないか。昔は、ゲームだけじゃなかったのか? だったらそれは進歩と呼ぶべきだ!」

 

「確かに技術が進歩したという意味では進歩さ。だが、VR技術的にはなにも変わらない。ただの互換だ。ゲームが医療福祉になり変わっただけにすぎないよ。一昔前のスマートフォンとまるで変わらないんだ」

 

 キリトは冷静に返す。僕はなにかを言おうと口を動かすが、言葉がでない。納得してしまっているからだ。いくらニューロリンカーがあっても、知識を与えてくれる機械には代わりがないのだ。コンピューターというのは、規定のプログラム通りの動きしかせず、それ以上のことはしてくれない。VRゲームでもそうだ。NPCは決まったワードにしか反応せず、それ以上の行動は行えない。

 

 キリトはそんな僕を厳しい目で見つめ、言い放つ。

 

「いいか、コンピューターは一定のルーチンでしか動けないんだ。でも、《SAO》にはそうじゃないものだってあった。メンタルケアをするプログラムとかな」

 

「……はっ、なんだよ。ただの過去の自慢かよ。そんなことよりさ、さっさと質問の本題に入ってくれよ!」

 

 僕は頭が熱くなった。この男は否定しかしない。まるでかつての、背中を丸めた僕を見ている気分だった。前を見ろ、後ろを振り返ってはいけないんだ。そう、先輩から教わったんだ。だからなおさら怒りが巻き起こる。

 

「いまからはいるところだったよ。じゃあもう言うな? 俺がブレインバーストを作った理由はただひとつ」

 

 

 

 

 

 

 

「VR環境の集大成にするためだ。そしてそれを形作っているのが、心意だ。それも、20年以上前に作られていた技術だが」

 

 

 

 

 思いきり言いはなったキリトを見て、僕はあっけにとられた。そして、かすれた笑いが出てきた。

 

「は、はは、はははは……そういう、理由なのかよ……」

 

「ああそうだ。あまりにも進歩がなかったからな。だから俺は、造り上げたんだ。あの男が目指していた世界を」

 

 あの男が誰を指しているかは知らないしどうでもよかった。ただ、震えていた。

 それも、怒りで。

 

 

「ふざ……けるなぁっ!!!!」

 

 僕の足はいつのまにか地面を蹴っていた。高速で迫る僕の拳は、キリトの覆面に向かっていく。しかしキリトはそれをただ見つめるだけだった。だが、僕はなんとしてもこの男を殴り倒す。もう、抑えられない。

 

ーー集大成だと? ふざけやがって! 僕は、先輩は、じゃあなんのためにやって来たと思っているんだよ……! すべてを犠牲にして、思いを犠牲にして来たあげく、なんだよこの結末は……!!

 

 怒りがもうマグマのごとく噴き上がっていく。拳は血が出るほど握りしめられ、視界は怒りで赤く染まっている。僕は渾身の力をこめて、奴の顔面を殴った。

 

 キリトは避けるのでも、迎撃するのでもなく、ただその一撃を受けた。覆面に凄まじい衝撃が加わる。ピキピキっと、ヒビが割れ始めていき、やがて広がって、ついに割れた。

 

 飛び散るポリゴンの破片のなか、顔が見えた。黒髪で整った形をしており、中性的な印象を思わせる。まるで女の子だ。僕は一瞬怒りを忘れ、その顔に見いってしまう。

 

 だが、それがいけなかった。素顔を表したキリトはがら空きになった僕の懐を蹴った。痛みはないが、鈍い感覚を味わっている。

 

「理由が気にくわないとはわかっていたよ。まあただ、暴力まではないぜ」

 

「悪いな、あまりにも頭が来たもんで」

 

 怒りが再燃した僕はうわべだけの謝罪を送った。キリトもそれを理解していたようだった。

 

「そいつは悪かったな。シルバークロウ。けど、あんたはたぶん俺と戦うつもりなんだろ?」

 

 キリトはそういいながら挑発的な笑みを浮かべてくる。よほど自信があるのだろう。だけど、僕だって長い間戦い続けていたんだ。この、いつ落ちるかわからない厳しい戦いを、続けていたんだ。だったらーー。

 

「望むところだ!」

 

「わかったよ。こいよ、シルバークロウ。デュエルを始めよう!!」

 

 キリトは笑みを浮かべながら叫ぶ。僕はその面をにらみ続けていた。けれどキリトはそれすらも、戦いにおける楽しみのひとつとしか考えていないように見えるくらい、余裕そうな表情をしていた。

 だが、不意にキリトは上空へと叫んだ。

 

「システムコール! ステージチェンジ、《メインビジュアライザー》から《世紀末》にチェンジ!!」

 声が上空にいるなにかに届いたのか両者ともに青の光に包まれていく。数秒の転移感覚のあと弾けた光から見えたのは、赤焼けの空に草木一本も生えていない、赤茶色の土だった。つまり、《世紀末》ステージだ。ステージの移動も、管理者だからこそできることということかと、僕は苦笑する。

 このステージの特徴は、ドラム缶を爆発させるとダメージを受けるくらいだ。それ以外では、フェアな条件で戦える唯一のステージと言えよう。

 両者が微妙な距離を取って立つと、上空にHPゲージと必殺技ゲージ、それにタイム表示が現れた。僕のスイッチは対戦モードへと変わった。どくどくするワクワク感、どのように戦うかの互いの駆け引き、そして、その戦いに挑む上での感情。すべてが混ざりあい、僕を高揚させていく。

 

 目の前に、READY?と書かれた炎文字が映った。キリトはフッと笑い背に納められている黒い剣を抜いた。それを中段に構えて足を引く。僕もグッと腰を落とし、構えた。だが、僕は不思議なことに、キリトの構えが放つ、そのプレッシャーにどこか見覚えがあった。確か一度にたようなプレッシャーを持つアバターと本気のバトルをしたんだ。それも、心が踊る、楽しいバトルを。

 

 

ーー先輩。あなたの戦いは残念ながら無駄だったようです。いや、全バーストリンカーにとっても。でも、そんなの僕、どうしても認められないんです。だから、だから僕のすべての力を使って……。

 

 

 緊迫感が上がっていくこの数秒間。僕は、今はこの世界にいない恩師に、言葉を吐いた。

 

 

 

 

「アイツを、倒す!!」

 

 その言葉は矢のようにキリトへと届く。キリトは大声で応えた。

 

 

 

 

 

 

「来いっ!!」

 

 

 

 

 

 キリトの掛け声と共に、FIGHT!の文字が浮かび上がった。両者ともそれを降りきるように、地面を蹴った。

 

 

 

 

 




いきなり戦い来ちゃった!?と思う方もいますでしょうが、ぶっちゃけここやりたいんだよねw

次回からはキリトくんとハルユキ君のバトルが始まります。全力をぶつけ合うバトルにご期待ください!

では感想、お気に入り登録、評価などお待ちしております。

それとシルバークロウの性質はまあ皆さん知っていると思いますが、次回にまとめて説明しますのでご安心ください。


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第3話:Reunion~再会~

キリトバーサスハルユキです。最初は少しだけ前回と被りますがよろしくお願いします。

あと、第二話を修正いたしました。本当に些細なところですが。
本作品は、妄想とご都合主義でなりたっていますので、矛盾点が多いです。もしお気づきになられましたら遠慮なくご指摘してください。

ではどうぞ!

2014/12/416:39

大幅に修正を加えました。


 《世紀末》ステージの視界は、やや暗い。だから、黒系の色はあまりよく見えないのだ。そのくらいで惑わされるハルユキじゃないが、やはりディスアドバンテージがあるのは辛い。

 ハルユキが戦っているのはまさに黒系のアバターだ。全身黒ずくめなため、視界に身を窶せる。もちろんすべてを隠すことはできないが、服の動き、からだの重心などが瞬時に判断しづらいのは、ハルユキにとっては不利となる。何故なら、ハルユキの戦闘スタイルは、相手の隙をつくタイプだからだ。

 

 ハルユキのアバター、シルバークロウのステータスは、こんな感じだ。切断、毒、熱、打撃等の耐性はあるが、腐食に弱い。設定されている必殺技は、《パンチ》、《キック》、《ヘッドバッド》とショボいものばかりだが、ハルユキのポテンシャルは別にある。《飛行アビリティ》だ。背中にある銀の翼を展開させて空を飛ぶことができるのだ。ハルユキの戦い方はパンチやキックなどを駆使して、相手をゼロ距離で凍らせて、その後、空を飛んでそこからの重攻撃を加えてフィニッシュするものだ。打撃耐性が長けている敵にはこの戦法はあまり効かないが、その際は投げ技などを駆使すればいい。タイムアップまで逃げてもいいだろう。

 

 対して相手、キリトのアバターは、打撃耐性はあまりないように見える。むしろ防御力などほとんどないといっても過言じゃないだろう。金属で守られているわけでもなく、顔面はむき出しだ。ダメージは大きくなるだろう。

 

 ハルユキは、自信がわいてきた。その自信が怒りへと変えていく。大切な人に心で語りかけて、言葉をはいた。

 

「お前を、倒す!!」

 

 

 

 

 

 

 一方キリトは喜びを感じていた。シルバークロウのポテンシャルはある程度理解している。飛行能力、打撃だけしかないアビリティのなかに無限の可能性があることも理解している。

 なぜか。それは遥か昔に宿る記憶が教えてくれたからだ。今から22年前、まだ学生だったキリトは突如偶然、銀翼の鴉の名を持つ戦士と出会い、戦ったのだ。その時の興奮は忘れてはいない。胸が踊る展開、限界まで加速された思考。すべてがキリトを刺激したのだ。

 今キリトの目の前にたっているアバターはまさにその記憶に登場した敵だ。いや、全く同一だろう。

 目の前のアバターは殺気を放って、言葉を吐く。その台詞を、キリトは聞いたことがあった。いや、言ったことすらある。キリトは、一致した偶然にニヤリと笑った。いや、この笑いに含まれていたのは、それだけじゃない。強敵と対峙する喜びが大きく占めるだろう。

 

 キリトはやる気がわいた。そのやる気は力へと変える。シルバークロウの顔を見つめながら、俺は答えた。

 

 

 

「来いっ!!」

 

 

 両者が地面を蹴り、ハルユキは拳を、キリトは剣を、突き出した。火花が散り、両者の戦いの合図となった。

 

 

***

 

 

 僕は、全力の蹴りでキリトへと近づいた。キリトの剣が僕の顔面マスクへと迫る。けれど僕は落ち着いてそれをかわす。そして懐に潜り込んで、ヘビーブローを見舞った。

 腹を丸めるキリトは、どうにか耐性を整えようと距離をとろうとするが、そうはさせなかった。キリトの頭を捕まえ、頭を後ろへと振り上げる。すると、キュイイイインと頭が光り、一気にキリトの頭に向かって降り下ろされた。

 鈍い音と共に、キリトにヘッドバッドが炸裂する。キリトは数歩のけぞり、懐が空いた。そこを見逃さず、ラッシュを開始する。

 

「喰らえっ!」

 

 僕はキリトの腹に右ストレートを浴びせる。その間に左ジャブも当てる。休む暇も与えず、僕は殴り続ける。さらに翼を少し展開させて、バック宙しながら蹴りあげ、空中でエリアルコンボを決めていく。翼を自在に操って、多彩な方向から攻撃を加えていく。回し蹴り、連続小パンチ、これらでダメージを稼いでいき、キリトのHPは2割半ほど減少した。その後、空中に浮いているキリトを地面に叩きつけた。

 

ーーこれが空中格闘技《エアリアルコンボ》の完成形です! 見ていてください!!

 

 バウンドしたキリトの体を僕は追撃する。キリトはまるで動けず、ただ無抵抗にやられるだけだ。このまま近くにある廃ビルへと追い込んで、空中からの重攻撃で決めれば終了だ。

 

 僕の計画通り、キリトは壁に叩きつけられた。その後、僕は空中へと舞い上がった。風切り音が鳴り、マスクに風が打ち付けられた。そして僕は、空中の一点に留まって、じっと目を凝らして地上にある黒の一点に狙いを定める。

 

「う、おおおおおおっっ!!」

 

 僕は、体を弧を描いてぐるんとターンし、一気に地上へと高速で接近した。だが、狙いとなった黒の一点はまるで動いていない。それに対し、僕は疑問を感じていた。

 

(キリトは恐らく僕のポテンシャルを知っているはずだ。なのに逃げようともしない。いったい何を考えているんだろう?)

 

 僕は、落下を続けていた。こうなったら、動かないなら望み通り倒してやる。距離はどんどん縮まり、姿が認識できるほどにまで迫る。僕は拳を引いて、キリトの顔へと狙いを定める。キリトはこちらをちらっと見て、僕をにらむ。それに一瞬だけ驚くが、迷わずに拳を突き出した。

 

ーーどうでるか……!? キリトっ!

 

 

 

***

 

 

ーーさすが、シルバークロウだな。

 

 俺ーーキリトは、高速で迫る銀の鴉を睨む。同時に彼のその果てしないポテンシャルに、感心した。だが、俺も悠長なことをいっている場合ではない。直撃したら間違いなく負ける。先程のシルバークロウのラッシュはかなり効いた。どうにかやり過ごし、反撃しなくてはならない。

 俺のポテンシャルから考えて残された手段は3つだ。

 1つ目は、ただガードする。剣を構えて、奴のダイブアタックをどうにか軽減するのだ。ただ、威力は恐らく果てしないものになり、再帰するまでに時間がかかってしまうだろう。俺には遠距離攻撃がある訳じゃないから、却下だ。

 2つ目は、回避することだ。ノーリスクにしのげ、反撃もしやすいだろう。だが、そううまくいく保証はない。

 シルバークロウの最大のポテンシャルはただひとつ。飛行アビリティだ。ということはすなわち、俺の回避行動も読めているということだ。いくら躱しても、追随してくることだろう。だからこれも、却下だ。

 なら3つ目は……。

 

 いや、もう思考する時間は残されていなかった。なぜなら拳が迫っていたからだ。なら、3つ目を実行するしかない!!

 俺は拳をしっかりと凝視する。狙いは俺の左頬だ。それを確認した俺は、目線を強くした。

 

ーー勝負だ、シルバークロウ!!

 

 俺はグッと重心を斜め後ろにずらす。その瞬間、シルバークロウのマスクがピクッと揺れ動く。

 俺は倒れながら、右足を振り上げる。すると、規定のモーションを認知して、右足の爪先が発光する。狙いは、シルバークロウのみぞおちだ。これが決まれば、俺は形勢逆転できる。逆に決まらなければ、全てが終わる。だからこれは、俺の博打だ!

 

 足が逆上がりのように弧を描いていく。シルバークロウは必死に翼を傾けてそれを避けようとする。だが、余りに凄い前進ベクトルを変えることはできないようで、苦戦している。これがチャンスだ。体術スキル《弦月》で、勝負を決める。

 俺の右足が鈍い音と共にシルバークロウの胸を蹴り上げた。シルバークロウの体は一瞬フワッと浮いて、前進ベクトルが弱まる。だが、それでも俺の攻撃が効いたのか、制止することができず、そのままシルバークロウは俺の背後の壁へと衝突し、壁へと穴を開けていった。

 

 

 

 

***

 

 

「い、てて……」

 

 僕は、思いっきり壁に衝突してしまった。その勢いで壁をぶち破ってしまい、廃ビルの中へと入っていった。その間に色々なものに体当たりしてしまい、瓦礫まみれになってしまった。

 

 視界は瓦礫で埋め尽くされ、光はほとんど差さない。僕はとりあえず岩をどけるため、腕に力を入れる。意外と岩は軽かったので、簡単に抜け出せた。そこらじゅうに舞う砂ぼこりを払って、僕は息を吐く。

 僕のダイブアタックは確かに躱されやすい。僕の唯一のポテンシャルは飛行アビリティだ。それを知らないバーストリンカーは存在しないと言っていい。だからかならず逃げようと、上空を見上げてくるはずだ。

 だが僕とて、簡単に避けられるつもりはない。僕はレベルアップボーナスをすべて飛行アビリティに費やし、何度も血の滲むような努力をしたのだ。だからほとんどはずすことはない。ないはずだったのに。

 

 だが、今回は回避のみならず、迎撃までされたのだ。しかも全く新しい方法だ。下へと潜り込んで、打撃を加えたのだ。そうすることで、僕にショックを与えることができ、停止することができない。全く新しい方法でやられたことに感心するとともに、悔しく感じた。

 

ーー僕もまだまだだ。

 

 やれやれと首を振って、気を取り直す。そうだ、まだ戦闘は終わっていない。キリトは2割半、僕は3割ほど減っている。大した差でもない上に、まだ全然減っていない。

 グッと拳を握りしめ終えると、キリトが僕の開けた穴から姿を表した。キリトは穴から廃ビルへと入り、右手に剣をぶら下げて左手で腹をさすりながら僕へと近づいてくる。どうやら先程のラッシュがまだ効いているようだ。それだけでもまだましなのだ。

 キリトは、僕との距離が10メートルほどになるまで近づいて歩みを止めた。そして笑いながら口を開く。

 

「全く、アンタなかなかだぜ、シルバークロウ」

 

 キリトの誉め言葉に僕はありがたく感謝しておく。

 

「そりゃどうもだ。でも、アンタの迎撃方法もすごかったぜ」

 

 僕の誉め言葉にキリトはニヤリと笑う。そして、何故か謎めいた表情を浮かべていた。

 

「はは、まあな。まあ、これが¨二回目¨だからな。さすがに対策はたててあるさ」

 

ーー二回目、だと?

 

 僕は、キリトの言葉に違和感を覚えた。二回目というのは、どういう意味だろうか。僕は少なくともキリトと戦ったのははじめてだ。キリトなんてアバターは聞いたことは……。

 いや、うっすらと思い浮かんできた。一年前、僕は奇妙なバーストリンカーと戦った。名前は覚えていないが、梅里中学校のローカルネットに侵入してきたようなので、戦ったのだが、あのバトルは白熱していたのを覚えている。

 けれど僕はあまり覚えていない。

 

「どういう、ことだ?」

 

 僕はキリトに問うた。キリトは、あーと言うように頭をさすっていた。

 

「あー……やっぱり覚えていなかったか」

 

「覚えていないも何も、僕はお前と戦ったのははじめてだけどな」

 

「そうか。だがな、これだけは言える。俺とお前は一度会い、戦ったんだ」

 

「そう、なのか……」

 

 僕は信じられないようにいった。だけれども嘘をいっているようには思えない。けれどにわかに信じがたい。まずブレインバーストの開発者と戦ったことなんてない。そもそもそんなことになったら大騒ぎだ。

 

「まあ信じられない気持ちもわかるけどな」

 

 キリトはうーんと唸りながら剣を弄ぶようにポンポンと手のひらに打ち付ける。やがてあっと思い付いたような声を出して言葉を放つ。

 

「そうだ。この言葉、覚えているか?」

 

「この言葉、だと? 覚えているわけないだろ」

 

 覚えていないといっている人にそんなこと言うかよと思った。けれど、キリトに言われた次の言葉は、こんな言葉だった。

 

「いいデュエルだった。いつかまたーー戦ろう!」

 

「!!」

 

 その言葉を聴いた瞬間、頭に何か冷たいものが刺さった気がした。そう、記憶の奥底に眠っている何かが取り出されていくような感じだ。そしてその記憶の中には、黒のコートを羽織った強い剣士の姿があった。あの戦いは、今までで一番楽しかった。何故であったかどうかも分からないが、手汗を握る展開、限界まで加速された知覚、全てが僕を刺激し、快感を産み出していった。

 そうだ、あの時だ。僕は確かに戦ったんだ。バーストリンカー《Kirito》と……。キリトがいった言葉は、僕とキリトが最後に拳と剣を交えた瞬間に聴いたのだ。あの言葉は僕にとって一番印象に残っていたのだ。

 

 僕は衝撃で体が凍っていた。まるで凍結アビリティを用いられたときのようにだ。

 

「思い出してくれたようだな……ようやくほんとの戦いが出来そうだな」

 

「なんとか、思い出したよ。よく分からないけど、とにかく全力で戦った戦いだったとおもう」

 

 僕の言葉にキリトはにっと笑う。

 

「それで十分だ。俺は嬉しいよ。ーーさて、始めよう」

 

 キリトはグッと腰を落とし、僕も腰を落とし拳を握る。再び両者の緊張が高まっていき、体がうずうずしてくる。

 ここでようやく僕はキリトのポテンシャルをようやく思い出した。彼のポテンシャルは僕と同じ接近タイプだが、拳よりリーチの長い剣である。そしてその剣術はかなりのものだ。

 

 相手はきっと僕のポテンシャルを承知している。だから、単純な攻撃はまるで通用しない。かなり難しいだろう。でも、やるしかないんだ。

 

 

 僕は足に力を込めて、踏み込みの準備をする。キリトも同様にした。僕の行動はただひとつ。剣の間合いに入らないよう、懐に潜り込んでラッシュを続ければいい。ダイブアタックは通用しないことがわかったので、ラッシュを続けるしかない。退屈だが、まるで味がないが、それしかない。それこそが、僕の戦法だからだ。

 

ーーいくぞ……お前を越えて、勝ってやる!

 

 そう決めて、僕は地面を蹴った。キリトも、同時だった。足を踏み出したときにはいつしか先輩の夢を侮辱する製作目的に対する怒りと、今目の前にいる数少ないライバルに対する昂揚感が混ざりあっていた。そう、「感情による暴力的な戦い」から僕が本当に望む戦い、「ただの娯楽としての、真剣勝負」へと変わったのだ。体のボルテージが上がっていき、知覚の加速が始まった。今なら、本気で戦える。

 

 地面を蹴り、滑空して、右の拳をつき出す。キリトも、剣を右から左に払い、迎撃する。

 両者の武器がぶつかって、火花が散る。今の僕には火花がよく見える。それだけ思考が加速されているのだろう。ただでさえ、1000倍に加速されているのに。

 僕はばっと後ろに跳んで距離をとる。キリトも同様にする。そして再び接近し、拳と剣を交える。

 火花が激しく散っていき、高次元のスピードで互いに攻撃していく。僕の《エアリアルコンボ》による連続打撃と、キリトの剣術はどちらも互角であり、削りダメージのみが蓄積されていくのみだ。ボディーブローを放っても剣に阻まれてしまう。本来《エアリアルコンボ》は初見では絶対に対処不可能なはずだ。しかしキリトは見事に対応している。どうやら僕のラッシュ作戦は上手くいきそうにないようだ。

 

 らちが明かないと思った僕はそう考えた僕は、殴る拳を解き、両手を伸ばしてキリトの両肩を掴んだ。その後、キリトの腹へと膝蹴りする。密着戦になればこっちが有利だ。

 九の字に曲がったキリトは、必死に全身を振って離れようとする。だが、僕の手は離れることなく、連続で蹴り続ける。

 ある程度キリトのHPを減らした僕は、動けなくなったキリトをハイキックで上空へと打ち上げた。抵抗する術のないキリトは易々と打ち上げられる。僕はそのまま翼を展開して上昇し、どこまでも舞い上がるキリトを追った。キリトに追い付いたところで僕はパンチを繰り出す。その後落ちないようにキック。目にも止まらぬ早さで再びラッシュする。キリトは必死に剣を掲げて身を守るも、僕のキックによって剣は真下へと落とされていった。その後はもうキリトに守るものもあるはずもなく、どんどん打撃が入っていった。

 キリトのHPは残り6割ほどにまで減少した。僕は止めを刺そうと、打たれ続けて力が抜けているキリトの腹に、思いっきり力を込めた踵落としを決めた。

 

「これで、終わりだぁぁぁっっ!!」

 

 どすっと鈍い音が響き、キリトはまっすぐ上空から落ちていった。高度は50メートルほどもある。この高さでは受け身をとらない限り、一撃死してしまうほどのダメージを受けてしまう。だから僕はキリトを上空から落とした。これは先輩から教わった方法だ。先輩から教わった方法で倒すことで、僕が先輩のことを忘れていないという証明をしたかったのかもしれない。この男を倒して、先輩の夢を壊したことを謝らせたい。憎悪の念は多少たりとも消えてない。

 でも、ここで勝負が決まるわけがないと思っている僕、すなわちキリトを信じている僕もいた。キリトレベルのバーストリンカー……いや、戦士なら受け身をとって反撃に出るはずだ。憎悪はあっても、僕の戦いの基礎理念は楽しむことだ。だから、受け身をとって反撃してほしいとも思った。

 

 

 けれど高速で落下していくキリトの行動は不思議だった。もがきもせず、受け身の準備もしない。ただ、体を九の字に曲げながら下にして落ちていくだけだ。気絶しているのか、それともまだ別の打開策があるのか。それとも……諦めたのか?

 

ーーこの勝負を侮辱しているのか? また僕たちは戦えるのに、それを放棄するのかよ!?

 

 僕はキリトの行動の不審さに怒りを抱いていた。掴み掛かって非難しようと翼を展開したが。

 

 突然、キリトの体が光の粒子に包まれた。それはやがて黄金のようにきらめき、あまりの眩しさに思わず腕をかざす。

 

ーーなんだこの光は……!? 必殺技? いや、ゲージは減ってない。じゃあ、心意技なのか……? だとしてもこの状況で、発光技をやる意味は……。

 

 そう、キリトが光を発している間にも、落下は止まらない。最後の悪あがきか。そう思っていたのだが。

 やがて光は失せた。僕はかざしていた腕をどかすと、キリトの姿はなくなっていた。

 

ーーなに? キリトはいったいどこに? まさかテレポーテーションか? でも心意ではできないはず……。威力拡張でも範囲拡張でもない。ならいったい何が……?

 

 僕は辺りを見回した。キリトを探そうと必死に目を凝らすが見つからない。僕は勝負から逃げたと思い、思いきり叫ぶ。

 

「どこだっ! キリト!!」

 

 反応はない。だが僕の声が虚空に広がり、力をほんの少しだけ抜いた瞬間。

 

 

 

「こっちだぁっ!!」

 

 僕ははっと声のする方向へと首を向けた。はるか上空からだ。だが、キリトには飛行アビリティなどはなかったはずだ。ということはまさか強化外装か?

 

 高速で思考をしている間にも、キリトはすでに僕から10メートルほどにまで迫っていた。しかも、僕の方が位置が下だ。いったいどうやって……。

 ふとみると、キリトの姿は変わっていた。服装はおろか、容姿までもが先程とは違っていた。髪型は寝ているショートカットではなく剣山のようにツンツンたっていて、耳はとがり、顔は女っぽさが消えて、無邪気な男の子のような顔をしている。服装は相変わらず黒を基調としているが、微妙にコートの柄が違う。そして、何よりの変化は、背に妖精の羽らしきものが映えていることだった。

 

ーーあれで飛んできたのか!? ということはさっきの心意の光はまさか……!?

 

 僕の思考が結論へとたどり着くその前に、キリトの、先程まではなかった大振りな両手剣が、僕の右肩から左腰までをざっくりと切り裂いた。僕は銃に撃たれた鴉のように、上空から落ちていった。




最後のキリトの行動と変化は次回詳しく説明していきます。まだまだ続く!

それと、この世界線が何故おかしくなったかは、まだ説明できていません。戦いが終わったら説明します。
では、感想、お気に入り登録、評価などをお待ちしております。


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第4話:Change~変化~

アズマオウです。

キリトさんが色々変化します。メカニズムは強引です。ご都合主義、トンデモ科学満載です。ご了承ください。
では、どうじ。


 俺――キリトはどこまでも落下していくシルバー・クロウを見下ろし続けた。空中の一点にとどまりながら。

 

「しかし、久しぶりにこの姿になったなあ……」

 

 俺は自分の体をじろじろと眺めた。黒を基色としたコート、背につられている巨剣、そして、ややうす暗い妖精の羽根と思わしきもの。さらに髪を触っていると、剣山のようにとんがっている髪の毛があった。これは、まさしく旧ALO(アルヴ・ヘイム・オンライン)影種族(スプリガン)≪キリト≫のアバターだ。

 俺はシルバー・クロウに空中でコンボを決められた時、絶体絶命だと思った。トドメの踵落としを決められたときは、さすがにまずいと思った。だから俺は、奥の手を使った。

 

 心意システムだ。心意システムで、俺の先程まで使っていたSAO時代のアバター、≪キリト≫から、旧ALOアバターへと変えたのだ。しかし、本来ならそれはあり得ない。

 何故なら心意システムによる変化はたった4つだけだからだ。威力拡張、射程拡張、移動能力拡張、装甲強度拡張しかなく、これを超える変化はない。

 だが、その限界を超越する方法はある。それは、俺の心意を”無理やり”システムに認識させるのだ。俺の今用いた心意はただのアバターチェンジに他ならない。本来ならそんなことは不可能だ。よっぽど熟練したものでない限り。では、どういうことか。

 俺のアバターチェンジを心意システムの変化に無理やり置き換えると、移動能力拡張、装甲強度拡張である。移動能力は変化しているうえに、装甲、すなわち装備なども変わっている。そう、システムに認識させるのだ。心意システムを運用しているシステムに。これを、心意システムの≪第二段階≫という。

 俺は、この変化を相当練習した。開発者でありながらそう言った無駄な努力をするのってどうなのかと思われても仕方がない。でも、いつかはレベル10になったプレイヤーと戦える。そう思ってこうした修練を積んできたのだ。

 

 そして今俺はそれを使っている。正直このアバターには思い入れがない。このアバターは、ALOに囚われていたアスナを助け出すために作り上げたものだからだ。このアバターには思い出すと吐き気がするくらいの痛みを刻み込まれた。心意とは、そういった思い出にも触れてしまうことがある。だからあまり使いたくはない。

 

 俺は物思いを振り払って、下降した。さすがは、シルバー・クロウ。受け身は膝をついてきちんと取れていて、落下ダメージを最小限に抑えている。俺はゆっくりと着地して、巨剣を垂れ下げる。シルバー・クロウは立ち上がり、構えた。だが、驚きは隠せていないようだった。

 

「さっきのは、いったいどうやったんだ?」

 

 シルバー・クロウは俺に問うた。実際それを説明するのはマキシマム面倒だ。しかも俺は、早く戦いたい。だから、こう返した。

 

「勝ったら、教えてやるよっ!!」

 

 勢いよく地を蹴り、横なぎに剣を払った。シルバー・クロウは慌てて体を後ろに倒して躱す。俺は流れるように第二撃目を繰り出す。しかしシルバー・クロウは躱す。速度は先程よりも遅いから、躱されやすいのだろう。なら……。

 

 俺は空へと舞った。空中戦で、勝負だ!

 シルバー・クロウも俺を追って空を飛ぶ。俺はシルバークロウを横目で見ながら、飛び続ける。しかしシルバー・クロウは速度を上げていく。このままだと追いつかれるだろう。だから俺は、早口でスペル詠唱を行った。

 

 俺は体を反転させ、シルバークロウをにらむ。手が発光し、光弾を放つ。それはやがてどす黒くなり、爆発した。すると、もんもんと煙幕が広がっていく。このスペルは、スプリガン専用の魔法で、煙幕によって視界を錯乱させるものだ。無論風などを起こせばすぐに取り払われるが、その隙に反撃にあう。つまり、仕切り直すには便利な技なのである。俺は過去にもこの魔法を使って勝利へと導いたことがある。

 俺はこのアバターが習得している暗視スキルを使って煙幕の中の様子を見る。腕で自身を守るシルバー・クロウの様子が見える。これなら、奇襲を仕掛ける隙はある。俺は、シルバークロウの背後へと回り込み、隙を図って突進した。

 シルバー・クロウは俺の突進に気が付いたようだった。しかしその時には遅く、俺のパンチがシルバー・クロウの頬に突き刺さった。距離が離れたところで俺は巨剣を真っ直ぐに振り下ろした。

 だが、シルバー・クロウは、迫り来る剣を白刃取りで受け止める。バチっとシルバー・クロウの腕の関節部分が火花をあげる。俺は渾身の力を込めて剣を押し付けた。シルバー・クロウは必死に受け止める。しばらく競り合いが続いた。

 しかしこの均衡を破ったのはシルバー・クロウだった。突然シルバー・クロウが力を緩めたのだ。剣は前へと空振るが、彼は剣から離れない。そう、彼は剣に掴まったのだ。気づけば、彼の翼は折り畳まれていた。

 俺は、剣を降り下ろす勢いに逆らえず、大きく前のめりになってしまった。その瞬間シルバー・クロウは手を離し、再び翼を展開し、上昇する。そして前のめりになって制御するのに必死な俺の背中を蹴り付けた。

 

「ぐっ……!」

 

 どうにか羽根で制御したが、生じる痛覚に唇を噛む。だが、このくらい大したことはない。俺はきっとシルバー・クロウを睨んで、突進する。だがーー。

 

 俺の体が落下し始めた。何故だと俺は疑いながら背にある羽根を見た。すると、妖精の羽は黒い輝きを失っていた。これは確か……。

 

 俺が何かを思い出す前に、シルバー・クロウが突進してきた。このままではヤバイと思い、俺は背から落下しながら剣を構える。そして必死に羽根を動かす。

 だが、剣には重い打撃が加わる一方で、羽根も答えてくれない。ここでようやく俺は思い出した。今俺が使っているのは、旧ALOの、まだ滞空制限があったときのアバターだ。つまり今、その滞空制限になってしまったのだ。

 

ーーこんなところまで再現するなっての!

 

 俺は毒つきながらも、どうすればいいと考えていた。下をちらっと見ると、もう地面まであと30秒もないほどにまで距離が縮まっていた。このまま落下すれば間違いなく負けるだろう。そういかせるわけにいかない。俺は剣に殴り続けるシルバー・クロウの腹をソードスキル《弦月》で蹴った。攻撃を食らっていても使用できる点が強い。

 シルバー・クロウのラッシュはやんだ。その隙に俺はまだ残っている《弦月》の振り上げで体を反転させた。そして剣を地面へと突き立てた。ズガァァンとすさまじい衝撃が体を伝う。そのせいでダメージを多少受けたが、大したことはない。そう、こんなことで気にしている余裕などないのだから。

 俺は剣を捨ててその場から離れる。地面から落下してくるシルバークロウの一撃を受けるわけにはいかなかった。シルバー・クロウが地面に拳を叩きつけたが、そこには俺はいなかった。俺はちらっとHPゲージを見る。もう残りは5割もない。対して相手は7割もある。だったら次はーー。

 俺はイメージした。遥か20年前に存在した、3人目の《キリト》を。俺の記憶にあるその自己像は、ブレインバーストの中核が読み取り、心意システムを起動する。俺は任意で規定の信号に反応するようイメージし、正しく反応させる。システムがそれを認知して、俺のアバターに変化をもたらした。

 

 昔の因縁に巻き込まれた、美少年の姿へと……。

 

 

 

***

 

 

ーーまたか……!?

 

 僕は腕でかざしながら光り続けるキリトを見る。どうやらあの光は心意を使ったアバターチェンジらしい。しかしそれは実際には不可能だと思われる。何故なら心意には威力拡張、射程拡張、移動能力拡張、装甲強度拡張しかないからだ。あと考えられるのはポテンシャルだが、赤の王の《スカーレット・レイン》はそんな光を出さずとも形態を変えられた。心意でないと実際説明がつかない。だとしたら、これが心意の≪第二段階≫かもしれない。

 キリトの体を包む光が消えた。僕は腕をどかす。すると、またしても姿が変わった。

 肩まで伸びている美しい黒髪、丸出しのおでこ、海を思わせる大きな瞳、整っている輪郭。顔はまるで女の子だ。強いていうなら男の娘だ。

 背丈は先程よりもやや小さい。相変わらず黒を基調としており、装備は先程に比べてさらに簡素である。胸当てに長袖のコートだけだ。それに初期装備レベルにダサい短パン。そして腰にはーー右には細長い筒が、左には拳銃が納められていた。

 

ーーつまり遠距離で牽制しようっていうことか。

 

 相手の意図を読んだ僕は、重心を前に倒す。銃に対しての回避能力は自信がある。ダイブアタックの訓練のときに、自作のプログラムで練習したのだ。先輩にそれは禁止させられたが、今でもこっそりやっている。

 銃さえ回避できれば、僕の勝ちだ。そう思い、勢いよく地面を蹴った。

 

「い、けぇっ!!」

 

 高速ダッシュで接近し、キリトの懐めがけて突進する。キリトは、右腰から筒を抜いて腰に引いた。まるで剣を構えたときのようだ。ということは、まさかーー。

 

 僕の拳がキリトを捉えたその瞬間、キリトは素早く筒にかけられていた親指をスライドした。すると、ブオンという電子音が鈍く響き、筒から光の棒が出てくる。あれはいわゆる、ビームサーベル、もしくはライトセーバーっていうやつだ。

 

ーーなんだって剣じゃないか!!

 

 僕はあきれながらも、羨ましく感じていた。ライトセーバーといえば、子供の夢だ。ある映画で、銃弾を弾き返すその様に僕は思わず興奮した覚えがある。続編はもう20本ほど製作されているほど人気である。

 ただ今はデュエル中だ。余計な思考は捨てなくてはいけない。ぐっと握りしめた拳を浴びせてやる。

 キリトはさっと剣を掲げて、僕の一撃を防御する。しかし、軽量な光剣故に威力すべてを殺しきれなかった。キリトはよろめき、懐を空かす。それを狙った僕は、回し蹴りを鳩尾へと見舞う。キリトは飛ばされていくが、すぐに受け身を取った。僕はキリトを追う。追撃するためだ。

 だが、そうはいかなかった。キリトは腰から拳銃を取り出して、接近する僕に突きつけたのだ。僕は反射的に動きを止めてしまった。本能的な命令だ、抗えない。

 だが、キリトはそれを待っていた。キリトは高速で接近し、剣を突き出したのだ。僕は回避が間に合わず、もろに食らってしまった。

 

「ぐわぁっ!?」

 

 体はいとも簡単に斬られ、痛覚と熱が生じる。一部えぐられている。僕は憎らしげにそれを見た。今もまだスパークしている。HPを見ると、残り6割ほどにまで減っている。あの光剣にはかなりの威力があると考えてもいい。食らうわけにはいかない。

 キリトは、 痛みに耐えている僕に拳銃を再び向けた。僕ははっと反応して、横へと飛ぶ。キリトの拳銃から弾がいくつも飛び、僕は逃げ続ける。何発か掠ってしまったが、それほどのダメージではない。残りは10発程度だろう。

 

「このっ!」

 

 僕は反撃しようと近くに出た。だが、キリトは拳銃を打ち続ける。一発、二発、三発。拳銃から火が吹かれ、僕へと襲いかかってくる。僕はどうにかかわしていくがあと何発残っているかはしらない。

 

 いや、この拳銃がなにか分かれば推測できる。

 

 黒光りする拳銃、なにより、珍しいピーナッツ型のトリガー。あとは、地面に撃たれた弾丸の、細長い形。

 そう、この銃はFN five-sevenである。ハンドガンにしては驚異の21発の弾数を誇る、実在する銃だ。ピーナッツ型トリガーのファイブセブンはいまではあまり見ないのでレアである。FPSプレイヤーとして、重機マニアとしては、黙ってはいられない。だが、銃弾は未だに僕を襲い続ける。

 

ーー9、8、7、6……。

 

 次々に撃たれる弾丸をかわしながら、残りを数える。10発は憶測だが、それを信じるしかない。

 キリトはトリガーに指を掛け続けて発砲し続ける。しかし、持ち方は素人だ。力が入りすぎている。そのせいで狙いが震えている。ということは、銃に関してはまるで素人なのだろう。もしかしたら、残りの弾数も把握していないかもしれない。

 

ーー5、4、3、2、1……!

 

 弾丸が僕を狙って飛んでいく。しかし、僕は全てをかわした。いま、もう弾数はないはずだ。キリトは、そうとはわからないのか、再び拳銃を構え、トリガーを引いた。

 しかし、いや、やはり乾いた音だけが響いた。弾は出てこない。キリトはいぶかしげな顔をして銃口を覗く。そしてようやく弾丸がないことに気づき、りロードしようと腰から予備の弾丸を取り出す。

 

 だが、近距離戦でのりロードは愚かだ。隙を与えてしまう。僕はそれを狙ってキリトの懐へと迫る。

 キリトは銃を捨て、とっさに剣を構える。だが、僕の狙いはキリトの手元だ。左からのロングキックを決めて、キリトの右手の甲へと命中し、筒が飛んでいった。これでキリトはもう武器がない。

 キリトは、舌打ちをしながらバックステップを繰り返す。だが、それを逃すはずもなく、僕は追随した。

 キリトは素早く走っていきながら再び全身を発光させた。また変身か……!?

 そうはさせないと、僕は心意技を使った。右手が白く光り、徐々に伸びていく。

 

光線剣(レーザーソード)!!」

 

 右手が剣のように鋭くなり、長くなる心意技の名前を叫んで、キリトへと接近する。心意技の妨害ができるのは、心意技のみだ。だからこれで、止める!

 僕の右手が答えてくれたのか、ほんの少しだけ伸びていく。貫手と化した僕の腕が、まばゆい光の塊へと抜けていきーー。

 

 僕は吹き飛ばされた。バチッと激しいスパークと共に弾かれ、地面に尻餅をついた。一瞬何が起きたかわからなかった。ただ、僕が認識できたのは、まるで壁にぶつかったかのような衝撃と、酩酊感のみだった。

 

 僕は、よろめく体をどうにか制御して立ち上がる。HPを見ると、5割ほどにまで減っている。続いてキリトを見ると、再び姿が変わっていた。

 顔は、最初に戦ったときと同じで、中性っぽい。服は簡素だが、どこかファンタジーゲームの衣装だ。背中には、1本の剣。

 

「いっておくが、俺の心意技は生半可な技じゃあ割れないぜ?」

 

 得意気にいうキリトは、剣を右手で抜いて、ぶらんとぶら下げる。剣は漆黒だが、どこか明るさもある。そう、まるで夜空のように淡く、それで美しい色だった。

 

 キリトはその剣をじっと見つめていた。悲しそうな瞳が覗けたが、すぐにそれは引っ込まれる。その後キリトは剣を腰に引いて構え、飛び出した。姿が霞むほどのスピードだ。だがそんなの、大したことじゃない。

 

ーーあいかわらずだな全く。……でも、次からが本番だ!

 

 僕は決意すると、若干キリトに遅れて前進した。

 

『先輩が見られなかった未来を僕は、見ます!』

 

 そんな想いと共に拳はつき出された。

 

 

 

***

 

 

ーーまさか、GGO(ガンゲイル・オンライン)のアバターがここまでやられるなんて、な。

 

 俺は、さきほど銃と光剣を落とした。銃弾はほとんど回避され、光剣はあっけなく飛ばされた。すなわち彼にはそんな子供だましな戦術は通用しないのだ。牽制しようなどという甘い考えを捨てるべきだった。これは俺のミスだ。

 だから俺は再び心意の光で姿を変えた。そう、突如巻き込まれた現実的な異世界で戦った、アバターへと。妨害されかけたが、心意の圧倒的な力で防いだ。シルバー・クロウの心意技は素晴らしかった。だが、まだまだだ。俺の心意を越えるのは無理だ。

 俺は、アンダーワールドで用いたアバターへと変化した。武器は¨夜空の剣¨で、漆黒だが美しく、友人の想いが込められている剣だ。あの世界でなくした、たったひとつの電子の命を忘れたことなど、ない。

 

ーーユージオ、一度だけでいい。俺に力を貸してくれ……。君の想いを、心意を、俺に分けてくれ。

 

 俺は願った。セントリア剣術学校の制服、夜空の剣を装備した4人目の¨俺¨にとって、掛け換えのない友人へと……。

 

 俺は地面を蹴った。これからだ。これからが本当のバトルだ。

 

『ユージオ、アリス、アスナ……俺は、必ず勝つ!!』

 

 今、俺ーーキリトの剣とシルバー・クロウの拳が、また、再び激突するーー!

 

 




ヴァイスのSAO2まだ買ってないんだよね。かわなきゃ。

っとどうでもいいですね。次回はガチファイトです!
では、感想、評価お待ちしております。


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第5話:Impulse~衝撃~

アズマオウです。ある小説を消したばかりです。この小説が終わったら、その小説のリメイクを書くつもりです。

では、どうぞ。あと、アリシゼーションのちょっとしたネタバレありますが……ネタバレとは言えないだろというレベルなんで。


 時間は、感覚は加速していく。

 一つの剣を所持したキリトと、信念を込めた拳を振るう僕は、ただただ戦い続けた。

 彼の繰り出す剣の動きを見切り、かわす。その隙にストレートをいれる。それをキリトがかわす。そして剣を突きいれる。これの繰り返しだ。僅かにダメージが積もる程度でキリトは残り3割、僕は5割弱ほどになった。

 

――これでは……キリがない!

 

  よくない膠着状態だ。両者の実力が互角だからこそ生まれる状況だが、バトルとしては何の価値もない。何か、この状況を打破し、ボクに有利な展開に持ち込める手はないのか……?

 だが、僕がそれを思いつく前に、キリトが動いた。キリトは、空いている左拳を僕の腹へと突き出す。ダメージはないが、僅かに間が空いた。よろけた僕は、態勢を整えようとした。しかし、それよりも早くキリトの剣が僕の肩へと届いた。

 

「ぐっ……!」

 

 チクッと痛覚が生じた。だが、キリトはまだそこでは終わらなかった。キリトは左手を背に伸ばし、何かを掴む仕草をする。すると、キリトの背中に、素早く光が走った。まるで稲妻のように落ちた光は、すぐに形を作り、実体化した。キリトはそれを掴み、抜きはらう。

 

――二本目の……剣か!?

 

 僕は心の中で叫ぶ。彼は今、二刀流状態でいる。二刀流は圧倒的な手数で攻めるスタイルで、バーストリンカーにも二刀流使いはいた。しかし、左右の剣を同時に操るのはかなり難しいものだ。

 だが、彼は何のぎこちなくない動作で左の剣を振るった。それは僕の腹を切り裂き、大きくノックバックした。

 

 そこから先はキリトの流れだった。先程よりも約二倍の手数となれば、押されるのも当然だが、それはかなりきつい。僕は、とりあえず形成を整えるため、後ろに大きく飛ぶ。キリトはそれを高速で追う。彼の剣はすでに僕の体を捉えていて、どんなに遠く離れていても切られてしまいそうだった。後ろに下がっていくうちに、僕は壁際に追い詰められていった。

 

――ま、まずい!!

 

 僕は、翼で屋上に逃げようとした。こうでもしないと、フルボッコにされる。そこから逃げ出して僕の流れに持ち込むしか――!

 だが、それはかなわなかった。キリトの結構溜まっていた必殺技ゲージが一気に8割も減少したからだ。これは、まさか大技なのか?

 そう僕が考えた矢先、彼の姿がまたも変化した。彼の上半身を包む服が激しく光り、変わった。そう、最初に見たキリトの、漆黒のコートに。

 そして、彼の両手が持つ二本の剣が青く光り、僕の意識を吹き飛ばした。

 

 

 

***

 

 

――これで、終わりだシルバー・クロウ!!

 

 俺は二刀流状態になり、一気にラッシュした。正直俺は二刀流が好きではない。それにはいろいろ複雑な理由がある。二刀流を習得したのは、今から20年以上近く前に存在していた≪SAO≫のゲームの中でだ。プレイヤーにたった一人しか習得できない、ユニークスキルに分類されるそれを手に入れた二刀流を、俺が修得できたのは幸運以外何者でもないはずだ。しかし、それには開発者である、茅場晶彦の意図があった。二刀流を所持しているプレイヤーは、魔王たるヒースクリフに立ち向かう役目があったのだ。とはいっても義務つけられているわけではなかったが。

 それはかなわなかった。俺が途中でゲームをエンドさせてしまったからだ。攻略組の中に潜むラスボスの正体をカンパし、死闘を繰り広げて勝利し、ゲームをクリアしたのだ。これ自体は後悔してはいない。だが、本来の終わり方をすべきだったのではないかと思ってしまう自分もいる。単なるエゴだが、そう考えてしまう原因が、二刀流にあるのだと考えている俺は、それを使うのをためらってしまう。

 だが、今回くらいはいいだろう。何故なら今は全力のデュエルなのだから。出し惜しみなどできない。だから俺は、ここですべてを出し切る。過去に封印した、≪黒の剣士≫キリトのとっておきの技も、解放する。そう、アインクラッド第74層でボスの≪グリームアイズ≫を撃破した時に、はたまた、アンダーワールドでガブリエル・ミラーと戦った時に使った技を。

 

 俺はシルバー・クロウが羽根を展開した時を狙って、技を発動した。その際、俺の中に宿る≪黒の剣士≫のイメージが呼び起された。象徴的な装備、≪コートオブミッドナイト≫が出現し、制服から塗り替えられていく。

 右手には俺の愛剣≪エリュシデータ≫、左手にはユージオの血と汗と涙が詰まった命にも等しい剣≪赤薔薇の剣≫を持ち、俺はそれらを青く光らせ、呼気とともに技名を叫んだ。

 

「スターバースト……ストリーム!!」

 

 青く光る二本の剣が唸り、銀翼の鴉を攻撃する。剣と化した星屑が嵐のごとく、鴉に叩きつけられる。剣風が巻き起こり、意識も加速していく。シルバー・クロウの翼が砕け、深い傷があちこちにできる。

 ラストの16撃目へと入った。スパークを起こし、ボロボロになっているシルバー・クロウに最後の一撃を与えるべく、俺はグッと踏み込んだ。

 

ーーこれで、終わらせてやるっ!!

 

 目をカッと開いて左の剣を突き出した。一段と煌めいたその剣は凄まじい唸りをあげて鋼鉄の体を貫いた。

 一秒後、シルバー・クロウの体は、高く、高く舞い上がっていた。

 

 

 

***

 

ーーあれが……二刀流の強さ……かよ。

 

 二刀流はうまく使いこなせるわけがない。層思い込んでいた。実際にいた二刀流バーストリンカーもろくに使いこなせなかった。また、剣道を極めている友人の黛 拓武も二刀流は無理だと苦笑いしてのべていた。

 だが、先ほどのキリトは違った。自由自在に操れていた。的確な狙い、隙を見せない動き、見当たらないぎこちなさ。ここまでになるのにどのくらいかかるのか、想像もつかない。一刀流ではタクには勝てないけれど、二刀流では勝ててしまうかもしれないというほどだ。

 だから僕は諦めかけていた。彼の見せる二刀流には勝てない。そういえば、前にキリトと戦ったときも彼の二刀流の強さは半端じゃなかった。そのときは先ほど僕に見せた技を使っていなかったけれど、そこからも類推できたのだ。彼が二刀流を使ったときは警戒し、一刻も早く剣を奪わなければいけないということを。

 

ーー僕には……もう……無理だ。翼も壊れた、痛みが激しい、足も切れた。もう……戦えない。

 

 ボクのアバターは相当なダメージを受けた。翼は両方壊れ、右足がちぎれた。今僕は打ち上げられて宙にいるが、そこから翼を展開して攻めることができない。また、足がなければ攻撃できない。もう……戦う手段が存在しない。諦めて負けよう。あがける状況でもないのだから。不意に僕らしくないなと感じたが、同時に昔に戻ったまでだよとも聞こえる。よくわからない葛藤が巻き起こっていたが、もう、どうでもいい。僕は負ける。たったそれだけの真実は、覆せない。

 

 

ーー本当にそうか?

 

「ーーーー!?」

 

 誰かの声が聞こえる。優しく、それでいて頼もしく感じる声。そんな声の持ち主と言えば、あの人しかいない。

 

ーーせん……ぱい……? 先輩!?

 

 僕は叫ぶ。痛みと共に打ち上げられているまま。仰向けになって浮いている僕のちょうど真上に、制服姿の先輩はいた。

 幻想だ。加速世界から消え去った先輩なのだ、いるはずがない。必死に頭で否定するも、それを受け入れようとしていないようだ。僕は、ただじっと見つめる。

 

ーー君らしくもないな。途中で勝負を投げ出すなんてな。あの二刀流使いに恐れ入ったのか?

 

ーーええ……。あいつには……勝てる自信がないです。強すぎます……。

 

 僕はすがるような口調で先輩に返す。先輩はにっこりと笑った。

 

ーー確かに、今までみたどんなバーストリンカーよりも強いだろうな。はっきりいうが、あのアバターは、私以上の強さだろう。

 

ーーそう、ですか……。

 

ーーだが、だからといって君が諦めてもよいとは言っていない。君は勝てる。まだ勝負は終わっていないんだ。

 

 最もだと感じた。だが、それは綺麗事だ。そう叫びたかった。だけどそういうわけにもいかず、僕は代わりになる言葉を言った。

 

ーーで、でも僕の翼も、足も壊れてしまった。もう、戦えないんだ……。あいつには、勝てないんだ。

 

ーー……なあ、ハルユキ君。君の翼はどうして生まれたんだ?

 

ーーは、はあ?

 

ーー質問の意味がわからないか。なら変えよう。シアン・パイルと戦ったとき、君は諦めたか?

 

ーーは、はい。一度は諦めました。けれど諦めず戦いました。

 

ーーそうだろ? 諦めなかった結果、君は何を産み出したか?

 

ーーあっ……!

 

ーーそう、翼だ。その翼で君は最高の頂へと飛んでいった。しかもその間に君は様々な可能性を導き出していったんだ。

 

ーーで、でも今回ばかりは……。

 

ーー諦めるな! そうすれば、君は勝てる!! 君は翼がなくても飛べるんだ! ダスク・テイカーに翼をもがれたときだって、君はいつも上を見ていた。だから今回だって勝機はまだある!

 

ーーで、ですが……!

 

ーー自分の、無限に広がる可能性を信じろ!

 

ーーですがどうすればあいつに勝てるんですか!?

 

ーーふむ……信じろというしかない。が、それだけでは不親切だろうな。だから私はヒントをやろう。

 

ーーひ、ヒントって……?

 

ーー君の勝利への可能性を広げるヒントだ。そのヒントは、もう一人の私だ。

 

ーーもう一人の……私……? それって……!

 

ーーそう、あの者だ。この世界で私たりえたあの姿だ。

 

ーーでも、僕には……。

 

ーー大丈夫だ。君なら、どんな高みまでも行ける。さあ行け! もう時間は残されてなどいないぞ!

 

 非常に短く感じたやり取りだった。いつのまにか、戦おうとする意思が再燃した。僕は、¨あの者¨の姿を、勇姿を思い浮かべる。

 

ーー先輩……僕は戦います!

 

ーーああ、行って来い! ハルユキ君!!

 

 僕は、きっと空をにらむ。その後、逆上がりの要領でからだの向きを変えて地面を見下ろす。徐々に落下していくが、それはゆっくり感じられた。僕はただイメージした。それにともない、右腕が変化していった。少しでもイメージを緩めると切れてしまいそうだった。だから全力でイメージし続ける。どんなものでも貫く鋭利な剣、しかしそれは儚く脆いもの。そのイメージが合致したとき、右腕は変わった。同時に左の腕も。

 

ーー先輩、あなたの技を、《ブラック・ロータス》の技を借ります!

 

「喰らえっ! 《星光連流撃(スターバースト・ストリーム)》!!」

 

 キリトは、こちらを見上げながら驚きに満ちた顔を浮かべている。距離は相当離れていて、僕の腕だけじゃきっと届かない。だが。

 この技はあの黒の王が開発した心意技。しかも加速世界最強と言われるエネミーのひとつである《スザク》に大きなダメージを与えたのだ。だからこの技が届かない訳がない。意味がないわけが、ない。

 

 

「うおおおおおっっ!!」

 

 僕は腕を思いきり伸ばす。すると、目が霞むほどのスピードで腕が突き出された。同時に腕から光が延び、キリトを襲う。それはキリトを簡単に突き、ダメージを与えた。それはまるで、一瞬に煌めく流星群だ。

 そのまま左の腕も突きだす。さらに右、左、右。目にも止まらぬ速さで打ち出される二つの腕はキリトを突き続け、HPを大きく減らした。ラスト16発目、すべての力を込めた左腕が、キリトを吹き飛ばした。

 

 キリトはどこまでも転がっていき、ついには見えなくなった。僕のアバターは力を使い果たしたかのように地面へと崩れ落ちた。落下ダメージでHPがさらに減ったが、残り1割弱に留まっている。キリトのHPも同様だった。

 

ーー次で……すべてが決まるな……。立たないと。立たなければ、僕は先輩の想いには答えられない!

 

 僕は、唯一ある左足をたたせ、右手を地面につける。歩くことはできない。だが、背中にある発進器でいざとなれば飛び込める。キリトがどう出るかはわからないが、僕はもうそうするしかないだろう。

 

 しばらくすると、遥か遠くからキリトが歩いてきた。日は落ちている世紀末ステージだが、彼の姿がなぜかくっきりと見える。視界が悪いのに、何故かだ。

 彼は二本の剣を携えていない。そういえば先ほどの僕の《星光連流撃》で当たってしまったのだと、今さら気づいた。

 だんだんとキリトの顔が見えてくる。キリトの目は、闘志に満ちていた。

 

ーー次で決着をつけようと、お前も思っているのか……。なら、受けて立つよ。

 

 僕は目線に力を込めた。彼が近づくのを待ちながら。

 キリトは、一度止まった。そして剣をグッと腰まで引く。何かの技か? だとしたら、僕も技を構えよう。

 そう僕が決定したとき、キリトはばっと飛び出した。剣には紅い光が宿り、僕めがけて突き出されていく。あれで決着をつけるのだろう。

 

ーー今しかない!

 

 僕も飛び出した。背中の発進器を全出力で起動させ、ロケットのごとく飛び出す。残された必殺技ゲージを全消費する勢いで。その後、右手にイメージをする。先程とは似て異なるイメージを呼び起こし、腕に光を宿していく。あの人がよく使っていた技の心意を。

 

ーーこれは、僕と先輩の想いを込めた一撃だ! くらえっ……!!

 

 

「《奪命撃(ヴォーパル・ストライク)》!!」

 

 

 

 

***

 

 

ーーこれが、ラストバトルか……。

 

 俺はようやく止まった横転から回復し、立ち上がった。ユージオの意思がこもった《赤薔薇の剣》はシルバー・クロウの技によって飛ばされてしまった。だが、まだ俺には剣がある。だからまだ、戦える。

 

 俺は歩き始めた。互いのHPは残り1割もない。これで全てが決着する。

 

 シルバー・クロウの姿が見えた。彼はひざまついているため、戦う意思がないのかとも捉えられる。だが、俺はそれは違うと否定する。彼は待っているのだ、俺が来るのを。なくなってしまった右足では歩くこともままならない。

 

ーーやっぱりあいつも、そう思っているんだな。

 

 俺は、シルバー・クロウがはっきり見える位置に立ち止まった。その後俺は剣を腰まで引く。この構えはもう体が馴染んでいる。片手剣ソードスキルであり、俺がもっとも愛用している技だ。

 俺は十分にためた剣を一気に突きだす。すると、右手にある《エリュシデータ》が紅く光り、光芒を引きながらシルバー・クロウへと接近する。

 

ーーいくぞシルバー・クロウ! 俺はこの一撃に全てを託すぞ! くらえっ!!

 

「ヴォーパル・ストライク!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 藍色の光と紅の光が、この密閉された加速空間で、ぶつかり合った。

 

 

 

 




ひとの技を使うワルユキ君です、はい。だって、同じ技同士でやりたいじゃん!はい、言い訳すいません。あと、キリトのアンダーワールド姿にチェンジした意味。あれは、ユージオの剣を使わせたかっただけです。あとは心意の象徴だからというのもある。



あと、web版みたけど……キリトって小説版とは違う将来の夢を抱いていたんですね……。web版見ると、キリトはブレインバーストを作りそうにはないですね……。彼の夢はいえんけど。これ以上のネタバレは不味い。まあひねくれた解釈をすれば行ける、かあ?

次回で、ラストバトルです。


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第6話:Settlement~決着~

どうもアズマオウです。今回で決着します。
ですがまだ、終わりではないですね。ではどうぞ。


 私、黒雪姫は自宅にいた。小さなソファーに一人コーヒーを飲みながら、物思いに更けるのが趣味だ。

 今日はどんなことを考えているか。それは今日あった少年のことだ。今日、ひとつ下の学年の少年と廊下でぶつかった。それだけなら些細なことだ。だが、あの少年は私をどこか寂しそうに、悲しそうに見ていた。一体何の意味があってあんな目をしたのだろうか。

 気のせいだ。そう切ってしまうことだってできる。だが、なぜかあの少年のことが頭から離れない。太っていて、背は低く、いつもうじうじしている少年の姿は私の記憶にーー。

 

ーーいつも? そもそも私はあの少年にあったのは今日がはじめて……のはずだ。だが、何故だろうか。彼が一度や二度、この家に訪れたような気もする。

 

 そう、目を閉じるとなぜか思い起こされるのだ。彼の、心から笑っている様子が。

 

ーーというかなぜ私は独り暮らしをすることになったのだ? 曖昧だ。なぜ両親と暮らさなくなった? 当たり前のように感じていたから、あまり感じないが。

 

 私は独り暮らしをしている。だがその経緯はなぜか覚えていない。昨日一度両親に電話したが、相手にされずすぐに切られてしまった。

 とりあえず私はもやもやした気分を晴らすべくシャワーを浴びにいった。服をすべて脱ぎ捨て、シャワーヘッドからお湯を出す。私は自信の控えめな胸を見る。それを見てなぜか劣等感を覚えた。こんな小さなそれではと、鬱な気分にもなった。一体なぜだ? 別に気にしたことなどないのに。

 それだけではない。左腰の辺りにある傷も、覚えがない。しかもなかなか深い傷だ。一体どうすればこんな傷がつくのだろう。しかも、誰かを守り抜いたという謎の充実感まで浮かび上がる。謎が多すぎてイライラしてきた。

 私は早めにシャワーを浴びるのをやめて、体を拭く。ラフな部屋着に着替え、ダイニングまで向かう。牛乳を一杯飲むためだ。でも、今まではお茶を飲んでいたはずなのに、何故だろう。

 私は冷蔵庫を開けて牛乳を取り出す。ちょうど夕食の時間帯になったので、同時に冷凍のビーフシチューを取り出す。サラダまでついているという、栄養に配慮した食品だ。私はそれを電子レンジに入れて温める。

 フォークやコップを用意し、私はテーブルに座る。3分間じっとレンジを見つめる。すると……。

 

『あぁ、僕の大事にとっておいたお肉がぁ……』

 

 誰の声だ? あの少年の声か? だがなぜ? ただの赤の他人でしかないのに……!

 しかも、私の正面の椅子に座っている。そこで、もうひとつのビーフシチューをパクパクと食べている。頬にソースをつけたままだった。

 

「お前は何しているんだ!? 早く出ていけ!!」

 

 私は正面にいる少年に怒鳴る。すると嘘のように消えていた。フォークも、コップも、私の分だけだった。ただあったのは、電子レンジの音だけだった。

 とりあえず自分の食事をとるために、電子レンジへと向かう。熱々のビーフシチューをテーブルにおき、早速いただく。

 

「頂きます……」

 

 私は小さくいうと、口をつけ始めた。普通に美味しい。だが……。

 

ーーあれ?

 

 テーブルに何かが垂れた。ポタ、ポタポタと落下するそれは一体なにか。私は泣いているのか? 悲しくもなんともない……いや、今はなぜか悲しい。でも、理由は、知らない。

 

ーー今日の私はどこかおかしいのか?

 

 涙をぬぐおうと、腕をあげる。しかし、涙は止まらない。何故だ? 一体今日はなんなんだ?

 私は、正面の方向を見る。すると、一人の少年が背を向けて立っていた。梅里中の制服を着ている、太っちょな少年だった。

 

 

 

『ずっとそばに……いてくれませんか?』

 

 

 

「ーーーー!?」

 

 

ーー誰だ、私にそんなことを言うやつは? 誰なんだ!? おい!! 答えてくれ!!

 

 

『僕は先輩の゛騎士゛です。絶対に守ります』

 

ーー騎士? 何のことだ? 下らない冗談はやめろっ。

 

『先輩……僕は、あなたを裏切らない。何故なら僕はあなたの¨子¨ですから』

 

ーー何なんだよ……何を言っているんだ……いいから私にすべてを教えろ……お前は、そこにいるお前は……誰なんだよっっ!!

 

 

 

 ガタン!

 私ははっと我に返った。私が出した音にも関わらず、その音に私は我に返ったのだ。椅子は倒れ、お茶はこぼれ、ビーフシチューは床に落ちてしまった。私はただそれを呆然と見るだけだった。いつの間にか、少年は消えていた。

 

「は、はは……もう何なんだよ……」

 

 私は膝から崩れ落ちた。落ちたビーフシチューとお茶を拭いて、私はソファーへと身を預ける。

 

「もう、今日は疲れているんだ……寝よう、もう」

 

 私はそう言い聞かせ、瞳を閉じた。

 棚に飾っている睡蓮の花びらが一枚、散っていったのを私は見ていなかった。

 

 

 

 

***

 

 

 僕、シルバー・クロウは、キリトの胴を狙っている。全出力で加速されていく体と意識の中で。向こうの視線と狙いまで読める。向こうも僕と同じ、胴を狙っている。

 

ーーなら全力で、ぶつかるだけだ! 下手な小細工など、通用しない!

 

 僕は必死に右手を伸ばす。光も僕の戦意と共に伸びていく。黒雪姫先輩は最大50メートルは伸ばせた。僕にはそこまでは無理だ。精々5メートルが限界だった。だが、それでいい。それだけあれば、キリトには届く。

 

 残り10メートル。

 僕はキリトの揺れるコートの中央へと目を凝らす。

 

 残り9メートル。

 僕はキリトの突き出す剣のエッジを見る。

 

 残り8メートル。

 僕は自身の繰り出した心意技を信じる。

 

 残り7メートル。

 僕は大切なひとの想いを、力に変えたーー。

 

 

***

 

 俺は加速されていく意識の中、ただシルバー・クロウの胸を狙い続けた。まるで世界がそこしか見えないほどの集中力で。

 

ーー俺はただ、貫くだけだ!

 

 その想いを剣に込める。剣が紅に煌めき、鋼鉄の体へと向けられた。

 

 

 残り6メートル。

 シルバー・クロウの突き出す光が俺を狙う。

 

 残り5メートル。

 俺はその光を凝視し、シルバー・クロウの胸へと剣を突き入れる。

 

 残り4メートル。

 光は俺のコートへと触れ、それが焼けていく。俺の剣も、シルバー・クロウの腕を掠り、彼の体へと迫る。

 

 残り3メートル。

 俺の剣と、彼の光が、交差し。

 激しいスパークが。

 二人を離した。

 

 

 

 

 交差した二つの刃は後ろへと弾かれる。それにともない、互いの体もノックバックする。だが、ここでは終われない。足に力を入れ踏ん張る。シルバー・クロウ、いや、ハルユキも同様だった。ギラギラと燃える闘志を棄てずにいる。この戦いに決着をつけるだけしか、見えていない。

 キリトとハルユキは、踏みとどまった。そして、左腕に意識を集中させる。キリトは、黄色い光を、ハルユキは青の光を宿し、狙いを定める。キリトは過去の想い出と決意を、ハルユキは先を望む希望の意思を、それぞれの腕に込め、両者ともに技名を叫んだ。

 

「エンブレイザァーーーーーー!!」

 

「《光線剣(レーザーソード)》ーーーーーー!!」

 

 キリトの貫手と、ハルユキの剣がゆっくりと、しかし速く近づいている。空気が揺れ、地面がぐらついている。息づかいも聞こえる。そんなゆっくりとした時間だけれども。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬の出来事でしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 キリトの貫手と、ハルユキの腕が動きを止めた。加速した時間も、意識もそこで終わりを告げた。キリトの指は、ハルユキの喉を貫き、ハルユキの剣は、キリトの心臓部分を貫きーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 生命を示すゲージは、減少し、空になった。それも同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静寂。

 空虚。

 終焉。

 

 嘘のように、呆気なく終わった。終わりを示したのは、薄れゆく意識の中映し出された、¨Double K.O¨の文字だけだった。

 

 

***

 

 

 僕は、気がつくと現実世界の自室にいた。辺りを見渡すが、当然なんの変化もない。当然だ。あの壮絶な戦いも、黒雪姫先輩の言葉も、すべて1,8秒前の出来事なのだから。あの戦いが終わった後はなにもなかった。なにも起こらなかった。即刻現実世界に戻っただけだった。キリトの姿も、消えてしまった。

 

「…………終わったのか?」

 

 一人呟く。無論答えはない。だが、あれだけの戦いの後何もないだなんて、おかしい。だけど答えは浮かばない。まさかすべてが夢だったのか? いや、そんなのはあり得ない。あれはすべて、現実だった。

 

ーー考えるのもだるいや……。でも、あの戦いは楽しかった。怒りを抱いていたけれど、楽しくも感じたな。もう一度戦いたいな……。

 

 どこか充実した気分になった僕は、ピザを取り出す。今日はアンチョビピッツァだ。そういえば、あの人も好きだったピザだったな。そんなもの想いを胸に仕舞い込み、口にいれる。

 最後の一切れまで進み、口にいれた瞬間、ニューロリンカーのバイブが鳴った。僕は電源をいれる。電話だ。それも同じクラスの人間から。

 

「あ、有田。新井だけどさ。連絡網だ」

 

「連絡網か。で、なんだ?」

 

 連絡網だと聞いて少しだけ気持ちが沈む。明日学校だと言うことを思い出してしまうからだ。新井はそんな僕の心境なぞ気にせず、言葉を発する。

 

「さっき先生から聞いたんだけどさ、何でも明日演説会だろ? で、それについて変更があるんだって」

 

「変更!?」

 

 僕は思わず大声を出した。休みになる可能性が浮上してきたからだ。だが、現実はそううまくはいかないようだった。

 

「あ、ああ。来る人が変わったんだけどさ」

 

 なんだよ。なんなのよ。僕の希望を打ち砕きやがって。

 僕は涙が出てきそうだった。

 

「で、誰なの? 変な芸能人から誰になったの?」

 

「えっとね、桐ヶ谷和人だって。すげえよな、桐ヶ谷和人っていえばニューロリンカーを作っちまった人だしな……明日楽しみだわ」

 

「まじか!? そりゃ楽しみだな……。わかった、ありがとう。じゃあ他に回すから切るな」

 

「りょーかい。じゃあな有田」

 

「じゃあな」

 

 僕は受話器を切る。胸には少しのワクワク感があった。

 桐ヶ谷和人という人間はかなり知名度が高い。フルダイブ技術の研究者で、ニューロリンカー等のフルダイブの機械を開発したことで知られている。彼が明日の校内演説で語るとなればそれはものすごい騒ぎになる。

 

 だけれども。

 僕はどこか違和感というか、変な感じを覚えていた。桐ヶ谷和人という名前に。何の変哲のない名前なのに、何故か何かを感じてしまう。

 

ーーまあ、気のせいだろーな……。シャワー浴びて寝よう。

 

 僕は違和感をぬぐい捨てて、シャワールームに向かった。一日二回浴びるのが習慣だ。

 ざっと体も洗って連絡網を回して僕はベッドに体を沈み混ませて、眠りについた。今日のあの激闘を振り返りながら……。




次回はリアルでのキリトとの邂逅です。なぜキリトが学校に来たのか、それはご都合主義になりそうですが、理由はご用意しています。
では、後2回ほどになりそうですがよろしくお願いします。では感想、評価、お気に入り登録などお待ちしております。


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第7話:対面~Meeting~

遅くなりました、アズマオウです。

では、どうぞ。


 早朝、梅郷中にて全校集会が行われた。全校生徒が寿司詰め状態になりながらも、体育座りを維持していると、壇上に一人の男が現れた。黒いスーツの上に白衣を纏い、革靴を音高くならしながら中央に向かった。脇にはーー黒雪姫先輩が、凛々しい表情で集会に臨んでいた。

 

「それでは、一時間目と二時間目を充てて、桐ヶ谷和人先生の講義を始めたいと思う。皆、心して静聴するように。では、先生お願いします」

 

 さすがだ。さすが生徒会長のことはある。威厳ある風格に何一つ落ち度などない。

 

「えー紹介いただきました、桐ヶ谷和人です。VR技術を研究しております。よろしくお願いします」

 

 盛大な拍手と共に迎えられた男は、軽く頭を下げた。女子からは黄色い悲鳴が上がり、男子からは嫉妬の視線が送られていたが。彼は、イケメン科学者として有名な側面もあり、CMにも出演したことがあるらしい。まあイケメンという点では納得できる。顔は中性的で整っており、体格は細目だ。目はすごく優しそうで女子を一瞬で虜にするほどの魅力を持っている。

 

「ああ、ありがとな盛大な拍手と悲鳴を。けど嫁が嫉妬するからあんまりしないでくれ」

 

 苦笑しながら和人先生が話すと朗らかな笑いが体育館を包んだ。そう、彼は相当な愛妻家で、バラエティー番組に妻と一緒に出演したのだが、そのときに固有結界を作り上げたときは、某大手掲示板サイトの実況スレッドの勢いが半端なかった。

 

「さて、そろそろ本題に入りますよ。では今回はフルダイブ技術のこれからを話していきたいと思います。静かにしてくださいね」

 

 はーいと女子のほぼ全員が大声で叫んで答えた(少なくとも黒雪姫先輩は黙ってた)。その余波が静まったあと、ようやく和人先生の話が始まった。

 

「では、フルダイブ技術のこれからを話す前にーーーー」

 

 僕は今日は真剣に聞こうと思った。興味のある話題だからだ。いつもは開始1分で寝るが、今日は起きてようと思う。

 いつのまにか、和人先生の話す声だけしか響かなくなった。2時間ほどの講義に対し、はじめて前向きになれたのだった。

 

 

***

 

 

 

「寝てしまった……」

 

 僕ははあっとため息をついた。涎が垂れており、制服にシミがついていた。僕は慌ててハンカチを取り出して顔についている液体を拭く。

 

「ハルったら気持ち良さそうに寝てたよ~~」

 

 僕のとなりにいる、ライム・ベルこと倉島千百合が猫のような鋭い目で僕をにらんだ。

 

「あれ……僕寝ちゃってたんだ……はぁ」

 

「ハル、勿体ないことしたなあ……」

 

 千百合の隣にいる、黛拓武が苦笑いした。僕は全くだよとうなだれる。

 

「それで、もう講義は?」

 

 僕は伸びをしながら千百合に聞いた。千百合は呆れた顔で答えた。

 

「もう終わったよハル。ほら、見てみなよ」

 

 千百合は壇上に指を指す。するとそこではもう、和人先生が黒雪姫先輩に花束を受け取られていた。

 

「ああ……そんなぁ……」

 

 僕はがっくりと手をついた。拓武はやれやれと首を振った。

 

「ま、ドンマイハル」

 

 拓武が肩をポンと叩くも、僕の気分は変わらない。折角の貴重な講義を聞き逃してしまったのだから。

 

「では、桐ヶ谷和人先生にもう一度盛大な拍手をお願いします」

 

 先輩がそう言うが、僕にとってこれが最初の拍手だ。まあそんなのどうでもいいが。僕は適当に拍手した。

 和人先生は手をあげてそれに応えた。その後、和人先生は脇に控えている黒雪姫先輩に近づき、耳打ちした。

 僕はそれを見逃さなかった。でも、何を話しているのかはわからなかった。

 

「では、和人先生。講義をありがとうございます。退場なされますので拍手してください」

 

 先輩のとなりにいた生徒会書記の若宮恵が大声で 叫んだ。再び拍手の嵐が巻き起こるなか、和人先生は退場していった。

 和人先生の姿が見えなくなり、拍手が鳴りやむ。その直後、黒雪姫先輩が壇上に立って、締めの挨拶をした。

 

「以上で全校集会を終わりにする。和人先生の講義で何かが学べたと思うが、それらを糧にしていってくれ。3年C組から退場していってくれ。あと、2年C組の有田春雪君」

 

「ーー!?」

 

 全校生徒の視線が僕に集まる。公開処刑もいいところだが、僕には気にしている余裕などなかった。僕の名前を呼んでくれたのか? もしかして記憶が戻ったのか? 淡い希望の光が指してきたのか?

 

「ハル、もしかしたらお話があるかもしれないよ」

 

「うん、だってクロユキ先輩はハルのことをこんな感じにいつも呼び出すもん」

 

 拓武と千百合のいう通りだ。先輩はいつも公私混同な理由で僕を呼び出す。だから、今回だってきっと……。

 

「そう信じるよ。俺は、まだ諦めてないから」

 

 俺は、立ち上がる拓武たちを見上げながら言った。どうして僕が残ることになったかクラスでは囁かれているが、親友の二人だけは、にこやかに送った。

 やがて全クラスがそれぞれの教室へと戻り、体育館には僕と生徒会のメンバー、それに教師数人がいるだけになった。体育座りをしながら僕が呼ばれるのを待っていると、カツカツと足音が聞こえた。僕は近づいてきた人物を見上げる。そこにはーー黒雪姫先輩がいた。

 

「せん……ぱい……?」

 

「ふむ、私は生徒会長だが、先輩という呼び方をするものもいるのだろうか。まあいい。いくぞ」

 

 記憶は戻ってない。恐らく、生徒会長と呼ばれるのを予想していたのだろう。憶測は外れた。けれど今は、浮かび上がっている疑問を解決しなくては。

 

「い、行くってどこに?」

 

「ん? ああ、そうか言ってなかったな。生徒会室だよ。君は呼ばれているんだ、桐ヶ谷和人先生に」

 

「え、ええっ!?」

 

 僕は思わず大声をあげてしまう。一体何を僕がしたのだろうか。ま、まさか寝ていたことを注意するためなのか? で、でもそんなことしているやつなんていくらでもいたはずーー。

 

「まあ、そういうことだから来てもらうぞ。一緒に来るよう言われたのでな」

 

「は、はい分かりました」

 

 冷や汗を流しながら僕は頷く。こうなったら素直に謝ろう。そうだ、昨日オンラインをやっていたってことにして……。

 下らない言い訳を用意して、先輩の背中を追う。相も変わらず後ろ姿は凛々しい。威厳を保ち、日々積み重なる重圧を跳ね除けているその姿は僕も憧れた。もしかしたら、ブレイン・バーストを失った先輩は、幸せなんじゃないのか? 加速世界においての嫌な思い出もすべて忘れられた。僕たちのことは忘れてしまったけれど、先輩が幸せなら、それでいいんじゃないのか? だって、だって今、先輩は凄く凛々しいから。偽りの強さをつけている訳じゃない。本当の自分を見せているのだ。先輩のコンプレックス、弱さ、脆さを知っている僕だから言える。今は、幸せなんだ。

 だからもう、僕も先輩のことを忘れるべきかもしれない。僕が苦しくなるだけだ。もう、お互いは出会わなかったことにすればいいんだ。そうすれば……いいんだ。

 僕は、唇を噛んだ。涙が出そうになったから。でも、今はこらえる。先輩、それも僕の知らない先輩の前で泣いても困惑されるだけだ。僕は必死に涙をこらえて、ただただ後ろ姿についていった。

 

「ついたぞ。生徒会室だ」

 

「……失礼します」

 

 数分後、僕たちは生徒会室についた。ドアを開くと、懐かしい場所があった。僕と黒雪姫先輩、拓武や千百合と集まってブレイン・バーストについて語り合った、思い出のある場所だ。でも、今は考えちゃいけない。思い出してもいけないんだ。

 僕たちは中に入る。すると、和人先生がソファーにてゆったりと座っていた。

 

「急に呼び出してすみません。有田くん、くろば……いや、黒雪姫さん」

 

「いえいえ。では私はこれで」

 

 先輩は本名をいいかけた和人先生を、《極冷気クロユキスマイル》で圧殺して去った。だが、和人先生はまるで怯まず、にこやかに見送った。

 先輩が部屋を出ると、僕はソファーに腰かけた。そして、生徒会の書記の若宮先輩がお茶を持ってきてくれて、速やかに去った。

 部屋の中は僕と桐ヶ谷和人先生だけになった。やばい、寝てたこと怒られたらどうしよう、かなりヤバイぞ……! こうなったらーーーーーーーーーーーー!!

 

「こ、講義中に寝ちゃってごめんなさいっ!」

 

 僕は突然立ち上がって頭を下げた。どうだ、この僕の謝罪スキルは! 自慢じゃないがカンストはしているぞ!

 僕はちらりと和人先生の顔を見る。呆気に取られていた。なんだこいつという目をしている。

 

「あ、あの……何で謝るんだ?」

 

「え? だ、だって……その、呼び出したのが僕が寝ていたことかなって思って……」

 

 僕はもじもじと答えた。和人先生は訝しげな表情をしていたが、やがて、プッと吹き出した。

 

「あっはっは……全くそんなこと思ってたのか。でも、それは理由じゃないぞ。まあ、正直に白状してくれたのは嬉しいけど、俺は寝てても何も文句は言わないよ。昨日夜遅かったのか?」

 

 お咎めなし。助かった。僕はふうっと息をついて、質問に答えた。

 

「え、えーとその、ね、ネットゲームをして……」

 

 考えていた言い訳をどうにか放出できた。だが、ここである失策に気づく。イケメン科学者の和人先生にネットゲームの話をしたら、どこか空気が悪くなるんじゃないのかと思った。勉学に特化している人間は、そういったものを敬遠しがちだからである。

 が、それは杞憂に終わった。

 

「ネットゲームか。もしかしたらVRMMOか? ALOとか、GGOとか俺は今でもやってるよ」

 

 意外にも話に乗ってきた。ゲーマーなのか……?

 ALO、GGO。どちらもフルダイブゲームの初期からあるオンラインゲームだ。現在もなおサーバーは稼働しており、ユーザー数も安定している人気ゲームのひとつである。アミュスフィアという20年前に発売されたフルダイブ機器からでも、ニューロリンカーでもログインできるので、廃れはしないのである。

 

「ずいぶん古いのやってるんですね」

 

「まあな。まあでも……」

 

 和人先生は、一度言葉を区切った。そして僕に意味深な笑みを浮かべた。

 

 

 

「恐らく君がやっていたのは、ブレイン・バースト、だろう?」

 

 

 

「え……!?」

 

 僕はドキッとした。昨日の夜にブレイン・バーストをしていたことがばれたことではーーそもそもしていないがーーない。何故、一介の科学者があの秘匿アプリケーションの存在を知っているのか、ということに僕は驚いた。

 

「その顔は、知っているな、ブレイン・バーストを」

 

「あ……知っています」

「そうだろうな、有田春雪、いや……シルバー・クロウ」

 

「な……んで……!?」

 

 僕は、開いた口が塞がらなかった。なぜ、僕のもう一つの姿を知っているんだ? まさかこいつはバーストリンカーか? だが、バーストリンカーには制約がある。それは生まれたときからニューロリンカーを装着しなくてはいけないという条件だ。ニューロリンカーを生まれたときから装着できるのはせいぜいティーンエイジャーくらいだ。から、目の前にいる男、和人先生はバーストリンカーのはずがない。だけど――なぜ僕の名前を知っているんだ?

 だが、少なくとも、ブレイン・バーストの関係者であるとはいえる。僕のリアルを調べて何をするつもりだろうか。警戒を強めて和人先生を見る。和人先生は苦笑して喋った。

 

「まあそう警戒するな。なんで俺がブレイン・バーストの存在を知っているのか、なんで俺がお前のアバター名まで知っているか、そしてなんでお前のリアルを知っているか、教えるよ。それはな、俺が開発者だからだ、ブレイン・バーストの」

 

「――――!?」

 

 そんなバカな。彼がブレイン・バーストの開発者だというのか。あの、有名な科学者の和人先生が、開発者なのか? にわかには信じられない。僕の知る開発者は、加速世界で出会った最強の剣士だ。そのリアルが彼だというのか。

 

「驚いたろ? まあにわかには信じられないだろうけどな」

 

「え、ええ。正直信じられませんよ」

 

「だろうな。じゃあなんか俺に質問してみろよ」

 

 ずいぶんと挑戦的だ。だったらそれに乗ってやる。

 

「そうか……。じゃあ聞きますよ。あなたのアバター名は何です?」

 

 和人先生はにやりとしてこたえた。

 

「キリトだ」

 

――やるな。だが、まだまだそれだけじゃ足らないぞ。

 

「じゃあ、武器は何ですか?」

 

「片手剣と、二刀流だ」

 

――本物かもしれない、でもまだまだ確証には至れないな。

 

「じ、じゃあ僕と戦ったのは何回だ?」

 

「二回だ」

 

――次で最後にしておくか。

 

「え、えーとあなたの得意技は何ですか?」

 

「スターバーストストリーム」

 

「……本物ですね」

 

「ふう、ようやく信じてもらえたぜ。良かったよ」

 

 まったく驚いた。ブレイン・バーストの開発者がこんなに近くにいたなんて。でも……驚きとは別の感情が生まれ始める。

 

「しかし……ブレイン・バーストの開発者がなぜこの梅郷中に来たんですか?」

 

 あの世界であった開発者には普通に荒い言葉使いをしていたが、リアルではそういうわけにはいかない。それを察してくれているのか分からないが、和人先生は普通に質問に答える。

 

「それはお前がそこにいたからだ。開発者なら、リアルを割ることなんて簡単なんだ。何故ならブレイン・バーストのメイン・ビジュアライザーに記録されている脳のデータから個人情報を覗き込むことが出来るからだ。無論それはおいそれとやっていい行為じゃない。人のプライバシーと尊厳の侵害だからな。でもどうしても今日は君に会いたかったんだ。だから、許してくれないか」

 

 和人先生はそういうと頭を下げた。自分のプライバシーに踏み込まれたことに関して怒りを抱いていない訳じゃないが、そこまで真摯な態度をとられるとなにも言えなくなってしまう。

 

「い、いいですよ。でも、僕にどんな話を?」

 

「そうだな……お前に、好きな人はいるか?」

 

「はい?」

 

 和人先生はにやっと白い歯を見せて言った。僕はどくんと胸が鳴った。今僕は、数あるバーストリンカーの中でたった一人開発者と話をしているのだ。しかも、至極下らない話だ。あの世界で味わった、開発者に対する怒りが再燃し始める。

 

「だから……好きな人間はいるのかって話だよ」

 

「な、なんでそんな話を?」

 

「男同士なんだ、別にいいだろ」

 

 なんなんだこのフリーダムな開発者は? 何かあるのか?

 一応僕には好きというか憧れの存在はいる。だが、ここで真面目にいますというとめんどくさそうなので適当に答えることにする。

 

「いないです」

 

「……嘘だな」

 

「え?」

 

 和人先生のバッサリとした言葉に僕は驚いた。実際図星だが、どうして見破られたのか。

 

「まあ、簡単な話だ。さっきも言ったように脳のデータから読み取ったんだよ。本来恋愛感情とかは余りデータとしては残らないんだが、余りに強い場合は、顕著に現れるんだ。だから今回は分かったんだ、お前に好きな人……いや、大切な人がいるってこと」

 

「…………」

 

 好きな人、いや、大切な人というなら、あの人しかいない。僕はぐっと拳を握りしめる。

 

「で、いるのか?」

 

「ーー聞いて何になるんですか?」

 

「あくまでいうつもりはないんだな。だったら話を変えるよ。シルバー・クロウの回りに、大切な人はいるか?」

 

 僕は、即答した。

 

「はい」

 

「どれくらいだ」

 

「皆です。僕と仲良くしてくれる、大切に思ってくれている人皆です」

 

 僕には大切に思っている人がいる。ネガ・ネビュラスの皆、クラスメート、生徒会の人間、ニコやパドさん、アッシュさんに輪さん、加速世界で出会った仲間すべて、そして黒雪姫先輩は、僕の大切な人だ。

 

「その中で……もっとも大切な人間は?」

 

 一体何を僕から聞き出したいのだろうか。詮索を続けるが、まるで分からない。もう考えるだけ無駄だ。僕は素直に質問に答えようとする。

 だが、答えをいうべきか踏みとどまった。答えは出ている。だが、それを学校という場所で言っていいのか? 開発者の下らない意図によって振り回された先輩の名前を、この男に言っていいのか? 

 でも、訴えたいとは思った。先輩がどんなに苦しい思いをして来たか、どのくらいブレイン・バーストに捧げたのか、下らない意図を知るために戦い続けた先輩がどれだけ戦ってきたか、全てを伝えてやりたい。

 

「黒雪姫……いえ、ブラック・ロータスです」

 

 久々に呟いたこの名前。冷酷で残忍で屈強なアバター名。誰もが《絶対切断》と畏怖し恐れ、忌み嫌われ、底辺の僕を救い、愛してくれた人の名前を僕は言った。

 和人先生はそれを聞くと、やっぱりなと呟いた。

 

「やっぱりな。お前はそういうと思ってた。何故なら、君たち二人には、特別な感情が生まれていたからだ。《親》と《子》の関係以上のものがな」

 

 和人先生は笑いながら話した。だが僕は……笑わなかった。和人先生は僕の顔を見て、笑顔を引っ込める。

 

「なあ、何か言いたいことがあるならいってくれ」

 

「…………ならいいます。貴方は、なぜ先輩の、レベル10への夢を奪ったんですか?」

 

「……どういうことだ」

 

「貴方は……ゲーム内でブレイン・バーストの存在理由を教えてくれました。でも、それは余りに自分勝手だ。仮にそういった理由だとしても……なぜ、なぜ……先輩、いえ、他のバーストリンカーたちを永久退場させるんですか!? なぜ……もう一度チャンスをくれないんですか!?」

 

 僕の必死の訴えに、和人先生は目を瞑って受け止める。先輩は今、どんな気持ちだろうか。楽なのだろうか、それとも苦しんでいるだろうか。でも、どちらにせよ……僕は納得がいかない。

 

「ゲームは、仮想空間じゃなく、現実だからだ。現実では一度死んだら、終わり。それを再現というか、取り入れたんだ。決して遊びなんかじゃないんだ。ブレイン・バーストは」

 

 取り入れた……? 再現した……?つまりこういうことなのか?

 プレイヤーの思いは、どうでもいい。

 ふざけるな。

 僕は、怒りで頭が灼けてきた。押さえられない激情の洪水がどばっと口から流れ出す。

 

「……自己満足も大概にしてくださいよ。貴方はそうやって、皆を苦しめたんだ! 全バーストリンカーの全てを自己満足で壊したんです!! ーーそれにたかがゲームじゃないか! ゲームオーバーが来たら終わりですか!? ゲームオーバー=死なんて……そんなの遊びじゃない!」

 

「ああそうさ。先人の言葉にな、こんなのがあるんだ。゛これはゲームであって遊びではない゛。これはな、こういうことを意味しているんだ。仮想世界は仮想世界にとどまらず、現実でもある、と。俺はこの人物を尊敬してた。この人物の作った仮想空間を越えるものはないと思っている。だから俺はそれを目指してこの世界を作ったんだ。遊びじゃない、ゲームを。自己満足と言われようと構わない。それくらいの覚悟がないといけないんだ」

 

 ふざけるなと叫ぼうとした。だが、僕はなにも言えなかった。彼は夢を追求していたのだ。僕は今それを否定しようとしている。今、他人の夢を否定しないでくれと言った自分が、和人先生の夢を否定している。矛盾だ。だからなにも言えなかった。

 

 黙りこくった僕を見て、和人先生はふうっと息をついて穏やかな声で再び語り始めた。

 

「でも……お前のいう通りな部分もあるんだよな」

 

「え……?」

 

 急に静かな声で言われたので僕は少し肩を跳ねさせて驚いた。

 

「これはゲームでなく遊びではないっていうのが通用するわけがないんだ。それに、俺の実験のために現実を犠牲にしてまで付き合わせてしまったんだ。文句は言えないさ」

 

 彼のしたことは、悪く言えば、加速能力という物で釣って、その中で身も削るような思いをさせてまで、自身の理想の仮想空間を実現させたということになる。

 

「そして俺はこの《ブレイン・バースト》を商品化しようとまで思った。今までにない、ハイクオリティな、それも現実と化した仮想空間をな 。でも、結局は失敗だ。不安定なシステムが成り立っている上に、争いが起こり、人は悲しみ、見返りはない。こんなの、商品として認められるはずがないんだ」

 

 和人先生はふっと自虐的に笑う。ちょっと責めすぎたかと僕は反省した。

 

「すみませんでした。ちょっと言い過ぎました」

 

「謝ることはないよ。むしろ俺が謝らなきゃいけない。で、その詫びとしてなんだけど」

 

「はい?」

 

 不意に和人先生はニヤリと笑った。僕は訝しげに尋ねる。

 

「ま、本当は君がレベル10になったご褒美としてやりたかったけど、名目は変更だな。これだ」

 

 すっと和人先生のバッグから、リング上の何かが取り出された。僕はそれをまじまじと見る。

 

「これはニューロリンカー……?」

 

「そうだ。この中に、ブレイン・バーストがインストールされている」

 

 なるほど。きっと和人先生のニューロリンカーか。だが、これでどうするのだろうか。正直、まだ疑心暗鬼な状態だ。

 

「それで、僕は何をすればいいんですか?」

 

「簡単なことだ。今から黒雪姫さんを呼び出す。そのあと、黒雪姫さんがこのニューロリンカーを使ってブレイン・バーストを起動して、そのあと君が入るんだ。そのあとは二人で話してこい」

 

「ちょ、ちょ、ちょっとまってください! ブレイン・バーストを強制アンインストールされたら、もう二度とブレイン・バーストは使えないんじゃ……?」

 

「一時的に解除させてもらったんだ。このニューロリンカーで遠隔操作ができるからな」

 

「へ、へえ……」

 

「ま、俺に出来るのはこれくらいだ。あとは君が決めろ」

 

「え? き、決めるって何を?」

 

 僕が問いかけると、和人先生はこめかみに手を添えてため息をついた。

 

「決まってるだろ? 彼女の記憶を取り戻すか否かだ」

 

「えーーーー」

 

 重要な選択だと思う。下手すれば先輩の人生を決めてしまいかねないものだ。加速世界のすべての記憶を消し去って平穏な生活を送るか、全てを取り戻して過去の良くも辛くもいろいろあった記憶を取り戻すか。

 どちらの方が本人にとって幸せなのだろうか。記憶をなくした人物の一人、能美征二はものすごく爽やかな男になっていた。黒雪姫先輩は凛々しく、無理をしていなかった。やはり、記憶をなくしたままでいいのだろうか。そもそも記憶を取り戻せるのか?

 僕は疑問を投げ掛ける。

 

「あの……記憶を取り戻すことは可能なんですか?」

 

 和人先生はすぐに首を縦に降った。

 

「可能だ。ブレイン・バーストの記憶消去は完璧ではなく、断片的に残ってしまうものなんだ。裏を返せば、記憶に直結する事象が起これば、記憶が戻る可能性がある。また、その断片的な記憶を放置していると、時々フラッシュバックを起こし、一生苛まれることになる。ただ、記憶を戻したところで、彼女はそれなりに辛い思いをすると思うけどな」

 

「…………!」

 

 一生フラッシュバックが起こるとしたら、先輩は一生苦しむことになるだろう。一体どうしてこうなっているのか、ここはどこか、全く分からないままだ。しかも永遠に解にたどり着けない。そんなのは、僕は嫌だ。そんな目にはあってほしくない。

 記憶が戻っても辛い思いをするというが……前者の方がよっぽど辛い。誰もそばにいてくれない先輩はすぐに倒れてしまう。だったら……僕が支えてやりたい。決意は出来た。

 

「それで……どうするんだ? 行くか? 行かないか?」

 

 答えは、決まっていた。僕ははっきりと口にした。

 

「行く、やります」

 

「よし、彼女を呼んでくるからな、待ってろよ」

 

「はい

 

 僕は先生がドアから出ていったのを確認し、ニューロリンカーを起動する。ブレイン・バーストのアプリに指でタップし生徒会室にてコマンドを叫んだ。

 

 

「バーストリンク!!」

 

 

 誰よりも大切な人を縛る呪縛を解くための、最後の戦いが始まったーー。




ご都合主義満載な回でした。次回は最終回です。

では、感想などお待ちしております。


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第8話:永遠~Eternity~

最終話です。つたない文章でしたがありがとうございました。
では、どうぞ


 加速世界に足を踏み込んだ僕は辺りを見渡す。ここは……黄昏ステージ。先輩と初めて出会った場所である。淡いオレンジの光が僕の体を照らし、若干の熱感を与える。和人先生ことキリトは、こういう細かいところにも拘っていたのかと思うと、脱帽する思いだ。

 僕はしばらく夕日を見つめ続けていた。現在は対戦ステージではなく、クローズド空間にいる。回りには誰もおらず、ギャラリー熱い声援も聞こえない。

 ああ、今アッシュさんは元気にしているだろうか。先輩が消えてから一度も戦ってない。もう一度戦いたいなと願うが、当然この場にはいない。ニコやパドさんはどうしているだろうか? リアルでも会わないし、ここでも会わない。僕は、はあっとため息をはいた。

 そのとき、気配を感じた。敵意のあるそれではない。僕はゆっくりと振り返る。そこには、予期していた人物がいた。

 

「君は……誰だ?」

 

 僕の目の前にいる少女は訝しげな視線を僕に送った。露出度がやけに高いドレス、背に生えている大きな蝶の羽、そして変わらぬ美貌。全てがあの人そのままだった。

 

 

***

 

――いったいどうしてこうなった?

 

 私ーー黒雪姫は今人生で一番困惑している。何故なら、授業を受けている途中に急に桐ケ谷先生に呼び出されて、何かと思ったら新作アプリを試してほしいと言われて仕方なく応じてそれを起動したら、意味の分からない空間に移動させられ、奇妙な人型ロボットのような何かが立っていたからだ。だから私はこう聞いてやった。誰なんだと。

 すると、そのロボットはゆっくりと私を見た。そして、質問に答えた。

 

「僕は、有田春雪です」

 

 有田春雪。

 この名前は知っている。先程生徒会室に呼び出した太り気味の男子生徒の名前だ。だが、今有田春雪と名乗っているロボットはスリムすぎる。淡く燃えている夕日の光を美しく反射しているメタルアーマーに包まれた体は女性のようにすらっと細く、背も高い。顔はヘルメットみたいなので隠されており、たぷんとした印象は一切見当たらない。正直信じられない。

 

「何を言っているんだキミは。有田春雪は現実では……ええっと、その……」

 

「デブで、卑屈で意気地なしで、足手まといで、虐められっ子で、情けなくて、弱い。そう言いたいんですね」

 

「いや、別にそこまで言いたいわけじゃない。第一君はそんなんじゃ――」

 

 そこで私は口をつぐむ。明らかに何かおかしいことに気づいたからだ。

 今別に、そこまで入っていないとだけで済ませればよかった会話だ。というか、それだけしか言わないつもりだった。なのに、今反射的に、というか無意識のうちに、追加のフォローが入ったのである。何故だ? なぜそんな現象が?

 

「…………」

 

 目の前にいるロボットは何も言わない。とりあえず今私が抱いた疑問は捨て置くとして、次の疑問に入る。

 

「なあ、このアプリケーションは一体何なのだ? 桐ケ谷先生に試してみてくれないかと言われたがよくわからないんだ。君も協力しているのなら、ぜひ教えてほしい」

 

 桐ケ谷先生にはソフト名すら教えてもらえなかった。私がこうして入ってしまったのは、気紛れだが、聞いておかなくては何かと気が済まない。

 目の前のロボットはヘルメット越しから声を出した。

 

「ここは、ブレイン・バーストです。秘匿された、対戦格闘アプリケーションゲームです」

 

 格闘ゲーム、だって? 桐ケ谷先生も随分とくだらないことをするものだ。馬鹿馬鹿しい。何故私がこんなこと――。

 突然、こめかみが鋭く痛む。

 

「ぐっ…………」

 

 どくんと奥から痛みが染み渡っているような感覚。何かと引っかかっているが、それが何なのかわからないことに対する怒りによって引き起こされた痛みが与える苦悩。これは何なんだ? VR空間酔いか? だが、それはあり得ない。学校のローカルネットにてそんな症状は起こらない。

 それにーー何故か目の前のロボットを見たことがある気がするのだ。そんなのあり得ないのに。

 

「先輩、これを渡します」

 

 ふと、ロボットはこちらに歩み寄って、すっと私になにかを差し出した。クリスタルだ。私は恐る恐る手に取った。すると……光が放出された。

 

「うわっ!?」

 

 私は驚いて思わずそれを落としてしまった。視界が一瞬にして白く染まり、ロボットの姿も霞んでいく。

 視界が回復し、再びロボットの姿が見えるようになる。ロボットは黙って手鏡を差し出して私はそれを手に取る。すると――私の顔面が、縦長の黒のヘルメットに覆われていた。

 

「な、何だこれは!?」

 

 私は叫んだ。驚きのあまりポイッと手鏡を落としてしまい、パリンと手鏡は壊れる。全身を見回すが、明らかに人間の体ではなくなっていた。手足の指はなく、剣山のようであり、体型も相当スリムで無駄がない。体の感覚も軽い。これは……アバターなのか?

 

「デュエルアバターです。名前は――《ブラック・ロータス》」

 

「っ――――!」

 

 またこめかみが痛んだ。何故だ、何故その名前に私の脳は反応するのだ? 初めて聞いた単語のはずだ、なのに……なのに……。既視感どころじゃない。はっきりと何故か脳裏に映る。そのアバターを身にヤツし、数知れぬ戦いに身を投じていたことが。そして、このロボット、いや、アバターの隣に立っていたということも。これは……別の、私の知らない、"黒雪姫"の姿なのだろうか?

 わからない。これは一体何なのか?そもそもこいつは何をたくらんでいるんだ? 本来ならば彼だって当惑したっていいはずだ。だけど、彼は全てを知っているかのような態度だ。

 

「な、なあ。一体何をたくらんでいる? 意味の分からない世界で、意味の分からないアバターを渡されて、説明がないのはおかしいぞ」

 

「…………そうですよね。じゃあ、はっきり言います」

 

 目の前のアバターは、頷いた。そして少しの間が置かれた。

 

「あなたは、この世界にて数えきれないくらいの死闘を繰り広げ、たくさんの出会いをして、高みを目指していたことを忘れてしまったんです。だから僕はそれを思い出させたいんです」

 

「な……に……?」

 

 唖然とした。無理もない。まず私は一介の女子中学生だ。戦う? 高みを目指す? たくさんの出会い?

 そんなわけはないんだ。そんなわけは――――。

 

「あ……れ……?」

 

 頬に何かが流れていた。液体だ。それも、熱い。目頭がいつのまにか熱くなっていた。これは、涙? でも、なんでだろうか?

 目がないマスクから何故涙が出るのだろうか、という些細な疑問を彼に聞こうとしたが、先に嗚咽が漏れる。だから、違う質問をすることにした。

 

「なんで、私は泣いているんだ?」

 

「分かりませんよ。でも先輩はきっと、嬉しいんだと思うんですよ」

 

「嬉しい……?」

 

 うれし涙だとでもいうのか? でも何が嬉しいのか?

 いや、何故か今はうれしい、というか気持ちがいい気分だった。

 何だろうか。

 戻って来たと、いうような感覚。帰ってきたと叫びたい衝動。でも、どこに帰ってきたのか、どうしてそう思ったのかわからない。もどかしすぎる。

 それだけじゃない。胸がどうしようもなく疼いてきた。目の前にいるアバターがなぜか恋しくなったのだ。もう、意味が解らない。イライラする。記憶がないと彼は言ったが、それはどうやら本当らしい。何故なら、抜け落ちているものが多すぎるからだ。

 一体、私の知らない私は、何をしてきたんだろう。垂れる涙を拭うのも忘れ、目の前のアバターに視線を送る。

 

「なあ、本当に私はこの世界に、いたのか?」

 

「――はい。あなたが、僕を導いてくれたんです。どん底にいた僕を、貴方が手を差し伸べてくれたんです」

 

「…………」

 

「きっと、覚えていないでしょうけど話しますよ。あれは僕が一年生のころ。僕はいじめられっ子でいつもパシらされたんです。そんなふざけている毎日を変えてくれたのはあなたです。僕をいじめっ子から助けてくれて、そのあと、ブレイン・バーストに、導いてくれたんです。この感謝は、一生忘れません」

 

 彼は確か今二年生だから、一年前、すなわち私が二年生の時の出来事だ。うっすらとだが――いじめっ子を撃退した覚えはある。同時に、同一人物と思われる男子生徒に轢き殺されかけた記憶も。その時、一緒にいたのがこのアバターを被っている少年、有田春雪だというのか。

 

「僕は、その日以来、あなたの騎士であり続けた。ブレイン・バースト上の関係ですけど、親子の絆を断つこともなく、一緒に戦ってきました。それ以降、僕は嫌悪でしかなかった自分が好きになりました。あなたがいたから」

 

「…………」

 

 陽光が揺れ始めた。フタリを分かつ光が薄れていく。アバターは私に近づいていく。距離は、二メートルほどにまでになった。

 

「あなたは僕にこう言ったんです。"このたかが仮想の二メートルが、キミにはそんなに遠いのか?"と。僕には、遠かった。でも、今は近いです。人と人とを分かつ壁なんてない。それも、先輩から教えてくれたんです」

 

 言った覚えが、ある。ウジウジしていた奴にそう言った記憶がある。距離を作っていた少年――かどうかはわからないが、叱咤した覚えはある。

 アバターは下を俯いて話を打ち切った。その後姿勢を正した。

 

「先輩、記憶は戻らなくてもいいです。僕が伝えたいことを言えればそれでいいですから。先輩、ありがとうございました。この世界に導いてくれて、僕を救ってくれて――僕を愛してくれてありがとうございました。先輩が初めて言ってくれた言葉、忘れませんよ。確かこうでしたね。もっと先へ――――」

 

 雷光が走った。もやもやしていた情報が、記憶がすべて一本につながる瞬間を体感した。それは流れる川の如く記憶を巻き込んでいき、もう一人の私を脳内に作り上げていく。どうしようもない思慕の念、さまざまな記憶。どれも大切なものだ。

 だから少年が言いかけた、言葉の続きを、言えたのである。

 

 

 

 

「もっと先へ……《加速》したくないか、少年」

 

 

 

 

「え……?」

 

 

 

***

 

 

「え……?」

 

 僕はただただ驚いた。このセリフは、先輩が僕に語り掛けた言葉だ。その台詞をすらすら――というわけではなかったが言えるということはこういうことだ。記憶が戻ったということ。

 報われたんだ、僕の苦悩は、戦いは。先輩は……本来の自分を取り戻したんだ。

 今、目の前にいる先輩は戸惑いの表情をしている。ヘルメット越しでもそれがわかる。

 

「あれ……何で私はこんなことをいったんだろうな? ハルユキ君」

 

 先輩ははっと我に帰るように呟いた。だが、きっと今の台詞は先輩の記憶に根付いていたんだ。だからーー僕のことをハルユキ君と呼んだんだ。

 僕は胸がどうしようもなく熱くなった。僕のことを親しく呼んでくれたその名前を再び聞けるとは思っていなかったから。

 

「あ、あれ!? すまなかったな、下の名前で呼んでしまって……今日はすごく変だ」

 

「変じゃ、ないです。これからも僕のことを……そう呼んでください」

 

 僕は、声を絞り出した。先輩は額に剣と化した手を添える。そして、そうかと短く呟いた。

 

「では、そうさせてもらうよハルユキ君。では、一つ聞いていいか?」

 

「何ですか?」

 

 先輩は若干躊躇いがちに話した。

 

「さっきから胸がどうしようもなくうずくんだ。これは……どうしてなんだろうな?」

 

「…………」

 

 胸がうずく。こういった表現はきっとあれだろう。ああいうものだろう。でも……僕はそれをいうのを恐れた。そこで初めて僕は気づく。

 僕は何も変わってない。先輩を失った今でも、あのうじうじしていた僕と全く変わらない。

 それじゃあダメなんだ。それじゃあーー。

 僕の想いを伝えなくては。

 

「きっと……恋しているんですよ。あなたの知らないあなたが」

 

「恋……だと?」

 

「はい」

 

「…………」

 

 先輩は黙った。馬鹿馬鹿しいと一蹴しないのを僕は知ってた。何故なら、先輩は僕に告白をしているから。僕はまだその返事をしていない。

 だから今がそのときだ。

 

「あなたの知らないあなたに言います。僕は、ブラック・ロータスを、黒雪姫を、愛しています」

 

 目を見つめて僕はいった。絶対にあり得ない、無いと思っていた告白をした。在り来たりで何の味気もない。ストレートすぎてしまった。

 仮にこれで変な人と思われてもいい。これで僕は悔いがない。僕は、背を向けようと体を後ろへと向けようとしたがーー。

 

「ーーーー!」

 

 誰かに触れられた。暖かい、この感触。非力そうな女子の腕が僕の体に巻き付かれ、背中には胸が密着している。僕は背中越しにその人物を見つめた。

 

「先輩……」

 

「はる……ゆきくん……君は、辛かったんだろうな」

 

「え……?」

 

 どういう意味だ?

 

「こんな小さな背中に、色々なものを背負っていたんだな……君は私の知らない間に戦っていたんだろうな……それなのに、側にいてやれなかった。私は、親失格だな」

 

 涙で濡れる先輩の顔を僕はじっと見つめた。いつの間に学校のローカルネットのアバターに戻った先輩の美貌が眩しく映る。

 僕は首を横に振りながら先輩の続く言葉を待った。

 

「そればかりか、君のことまで忘れてしまった……。最低な奴だ、私は……」

 

「そんなことは、ないです。最低なのは僕です」

 

 僕は背を向けながら否定する。

 

「先輩を守るのは僕の役割、でもそれを果たせなかった。騎士としての役割を果たせずにあなたを消してしまった。先輩は何一つ……悪くは……」

 

 突然視界がぼやける。目頭も熱い。ああ……何て厄介な代物なんだろうか。涙ってやつは。言葉を出せやしない。

 

「ごめんな……ハルユキ君。私は今、思い出したよ。お疲れさま、だな。そしてーーありがとう」

 

 僕は、背を向けながら先輩の言葉を受け止めた。体にかかっていた疲れが切れた。これで僕の戦いは終わった。張り詰めた心は溶け始め、涙腺が緩む。

 

 もう二人に交わされた言葉はなかった。二人の間にあったのは、再会を祝う涙だけだった。

 

 

***

 

 バーストアウトと二人で叫んで、現実世界へと戻ってきた僕たちは、辺りを見渡す。生徒会室には僕たちしか、いなかった。和人先生はいつの間にかいなくなっていた。1.8秒もないはずなのに。恐らくすでに外に出ていたのだろう。今は先輩と二人きり……。

 そう、二人きり。

 それを認識した瞬間、急に心臓がドキドキと跳ね始めた。そういえば、僕は告白をしたのだった。愛していると、宣ったのだ。思い出すだけで顔から火が出そうだ。

 隣に座っている黒雪姫先輩も顔を赤くしている。でも、僕は嬉しい。こうしてーー可愛い先輩の姿も見られるのだから。

 

「は、ハルユキ君。君は……言ったよな?」

 

「は?」

 

 先輩がボソッと何かを言ったので僕は腑抜けな返事を返した。すると先輩はズイッと迫り、僕の胸ぐらをつかんで叫ぶ。

 

「言ったよな!? 私のことを……そ、その……好きだって……」

 

 後半は消え入るような声でいった先輩は恥ずかしそうに視線をそらした。僕はビクゥッと体を跳ねさせた。どう答えればいいんだ……?

 

「おい、どうなんだ?」

 

 普段の先輩の調子に戻ったことを喜びつつも僕は目をそらす。だけど、先輩の、惹き付けるような目線には参るものである。僕はこくりと頭を下げた。

 

「はい……いいました。で、でもあれにはそのーー深い意味は……んぅ!?」

 

 僕は曇った声をあげた。目を大きく見開き、状況を把握する。顔は火照っていて、鼓動はばくばくと鳴っている。そして唇には……柔らかい感覚が強く、優しく押し込まれていた。

 僕は、先輩にキスされているのだ。

 先輩の唇は乾いていてあまりソフトな感覚はない。だが、先輩の暖かさが熱を帯び、情熱的な感じにさせてくれる。唾液が入り込み、独特の風味がする。これがキスの味なのか……?

 

 数秒後、先輩は唇を離した。そのときの先輩の表情を僕は忘れない。生徒会室の窓から差す太陽の光が艶やかな髪に反射して輝きを見せており、微笑む顔は、睡蓮の花のように、凛々しく、また、何者にも換えがたい美しさを誇っていた。僕は、そんな彼女に見とれた。

 

「思い出したとき、君にこうしてやりたかった。君がどんなに辛い想いをしてきたか、私ごときに語る資格もない。だからせめてこうしてやりたかったんだ。君にならすべてを差し出しても構わないから、な」

 

「そんな……僕はもう、辛くないです。だって……こうして先輩が近くにいてくれるから……」

 

「そうか……。どうだ、君のファーストキスの相手が私というのは? 君を一度ならず何度も苦悩させてきた人間からもらうキスは?」

 

 自虐的だ。そんな先輩は、見たくない。かつての僕を見ている気分だ。だから、僕は首をそっと振った。

 

「嬉しいです。ファーストキスなんて、無いと思ってましたし……僕の大好きな人からのキスですから、尚更です」

 

「悔やんでも悔やみきれない記憶喪失をしてしまった私と接しても、か?」

 

「はい。それに今はそうじゃない。僕の慕ってきた先輩の姿です」

 

「そっか……分かった」

 

 先輩は僕の巨体を抱き締めた。温もりが僕を包み込み緊張が解きほどかれる。

 

「おや? 少し痩せているな。ダイエットでもしたのか」

 

「はい……少しでも、先輩にみっともない姿を見せないためにーーうっ……!」

 

 嗚咽が漏れた。泣きそうな声だ。熱い液体がそっとこぼれ、ポタリとソファーに粒が落ちる。我慢しなくては。これじゃあみっともない。涙は流さないと決めたのに……。

 ふと、僕を抱く力が強くなった。僕は、先輩の顔を見る。

 

「ハルユキ君。ありがとう……お疲れ様」

 

 その一言で僕の涙腺は壊れた。拭うのも忘れてただ泣いた。先輩の胸に顔を埋めて、ひたすら涙を流した。僕の溜め込んでいた悲しみ、苦しみを全て吐き出すかのように。

 先輩は何も言わず受け止めた。僕の髪を優しく撫でながら、ただ僕に微笑んでいた。

 日溜まりのように暖かい、瞬間が何時までも流れ続けていた。

 

***

 

 午後11時。俺ーー桐ヶ谷和人は自室にてパソコンを叩いていた。カタカタとリズムよく叩かれていくキーボードの音は眠気覚ましには丁度いい。

 ワードに書き込まれた論文の結論が完成しそうだというところで、ノックが響いた。俺はドアに背を向けたままどうぞと言う。

 がチャッと控えめな開閉音が静かな室内を満たし、誰かが入ってくる。俺は見なくても分かった。ノックの調子で、家族の誰なのかがすぐわかる。

 

「明日奈、まだ寝てなかったのか?」

 

「うん。珈琲淹れていたから。飲む?」

 

「ああ、頂くよ」

 

 俺は、妻ーー結城明日奈から珈琲の入ったカップを受け取り、グッと飲む。微妙に苦い味が眠気を払拭してくれた。

 

「ねえ、何の論文にするの?」

 

 明日奈がパソコンを覗き込んで言った。

 

「平行世界の干渉についてだよ。つっても、仮想の範疇なんだけどな。正直適当に書いているさ。だって解明されてないんだから」

 

「もう、ちゃんとやらなきゃダメだよ」

 

「そうだな。でもまあ、分かりきっていることが一つある」

 

「何?」

 

 興味を示してきた。俺はベッドに座るよう促した。俺は回転椅子をぐるっとベッドの方に回して語り始めた。

 

「平行世界って言うのはいわゆるパラレルワールド、てのはわかるよな。でも、今自分のいる世界がパラレルワールドなんて分かりはしないってことも解明済みだ。だけど……新たにもう一つのことが分かったんだ。それは、゛四次元レベルにおける平行世界の干渉゛だ」

 

「四次元ってことは……時間、すなわち過去と未来で干渉し合うってこと?」

 

「そうだ。本来ならあり得ない話なんだけどな。でも俺はそれを一度、体験したことがある」

 

「ほんとに?」

 

「ああ。あれはもうかれこれ20年くらい前の話だけど、俺は比嘉さんの実験にアルバイトとして協力したんだ。まあダイブテストなんだけどさ。そのときにダイブしたVR空間が、俺の作ったあのプログラムなんだ。と言うか、あれにそっくりだった」

 

「そうなの?」

 

 明日奈にはブレイン・バーストのことは明かしてある。俺はそのまま話を続けた。

 

「ああ。比嘉さんはこういってたんだ。量子演算回路は滅多にはないが平行世界への干渉を起こす場合があるってな。まさにそれが起こったんだ。しかも……未来に干渉したんだ」

 

「にわかには信じられないわね、それ」

 

「だろうな。でも本当だったんだ」

 

 俺は苦笑して明日奈を見る。

 

「でも、貴方の言うことなら信じるわ」

 

「ありがとう。で、この平行世界の干渉は相互の平行世界に干渉していくんだ。現に俺は、この平行世界の干渉を機に、あの世界を作り上げたんだ。そしてきっと、そっちにも何か変わったことがあったのかもしれない。本来現れるはずのない人間が、現れたんだから当然だけどな。だから俺は今それをレポートに書いている」

 

「私は信じるけど……多くの人はちょっと無理なんじゃない?」

 

 クスッと明日奈は笑う。

 

「だからいったろ、適当に書いているって。これは菊岡に出すんだから問題はない」

 

「あ、そうなんだ……」

 

「学会とかだったらもっと真面目に書くさ」

 

「そうだよね」

 

 二人でクスクスと笑いながら話しているうちに眠くなってきた。俺は、大きくあくびをして、ベッドに倒れ込む。

 

「あー、もう眠いや……レポートやって寝よっかな……」

 

「ごめんね、邪魔しちゃって」

 

「いや、別にいいよ。明日奈と一緒にいる時間は好きだしな」

 

「嬉しいこと言うわね。ありがと」

 

 明日奈は俺に寄りかかり、目を閉じる。そのあとすぐに、寝息をたてて寝てしまっていた。俺はやれやれとかぶりをふり、彼女を掛け布団の中に入れた。俺はパソコンに残りの文字を叩き込んで、保存しパソコンをシャットダウンする。そして彼女の寝顔を見つめた。もう結婚してから15年は経つと言うのに未だに容姿は端麗だ。我ながら幸運だと思う。俺は彼女の耳元まで近づいて、お休みと囁いて、椅子に再び腰かけて、目を瞑った。

 目を瞑ると、ふと、銀翼の鴉が空高く飛翔する姿が見えた。どこまでも上昇して、限界を知らないと言うように、自由に飛び続けている。また、戦いたい。その思いが、消えることはない。

 

 いつか、また戦ろう。

 そう、脳裏に映る鴉に語りかけたのだった。

 

 

 

***

 

 僕と先輩が恋人になり、1年と少し経った。僕は高校受験を無事クリアし、先輩と同じ公立学校に入学した。入学祝に、先輩のハグがあったことはよく覚えている。

 僕たちは中学校の時と同じように一緒にいた。先輩もブレイン・バーストのことを徐々に思い出していき、桐ヶ谷先生が改造したブレイン・バーストを使って僕の対戦を見に行くほどになっていた。僕はレベル10になったとはいえ、まだまだ強くない。強くならないといけない。アッシュさんとも恒例で戦い続けている。そしてーーーーーー今も、僕は戦場にいた。

 

「さてと……五回目の勝負だぜ、キリト」

 

「今のところ、全部タイムアップで終わっているんだよな……いい加減決着をつけたいね」

 

「同感だよ。じゃあ、始めようぜ!!」

 

「おうっ、来いっっ!!」

 

 僕はちらっと脇を見る。すると、ステージ外から学内アバターの黒雪姫先輩の姿があった。頑張れとエールを送ってくれている。そしてその横には、栗色のロングヘアに、細剣を腰に差している女性がいた。キリトの関係者だろう。

 

 二人は、デュエル開始の合図と同時に地を蹴った。二人にあるのは憎しみでも、思慮でもなく、ただの興奮だった。

 バーサス。

 再び交錯した平行世界の二人は、今日も戦いをし続けるのであった。

 




黒雪姫エンドです。ご都合主義かつ、説明不足な部分もあるかもしれませんがご容赦ください。
ありがとうございました。今まで応援してくださった方に感謝申し上げます。
では、またどこかで会いましょう。感想お待ちしております。


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