コードギアス〜暗躍の朱雀〜 (イレブンAM)
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プロローグ

 皇暦2010年、某月某日。

 久しぶりに帰ってきた父さんに呼ばれた僕こと枢木朱雀は、緊張の面持ちで正座して父さんと向かい合っている。

 実の父親だけど、こうして顔を合わせる機会は余りなく、僕は厳格過ぎる父さんが少し苦手だ。

 父の名は枢木玄武。

 日本国の総理にして陸軍参謀。

 元々多忙な父だったけれど、神聖ブリタニア帝国との関係が悪化した近年は、特に忙しそうに飛び回り家を空けている。

 徹底交戦を掲げて軍部を纏める父さんがこの枢木神社に顔を出すのは、お盆とお正月の二回だけだ。

 そんな父さんが何の用も無く帰ってくるなんて事は有り得ない。子供の僕にだって判るコトだ。 

 太股の上に乗せた手をギュッと握り締めた僕は、父さんの口から言葉が紡がれるのをじっと待つ。

 

「…………朱雀、あの2人はどこだ?」

 

「え? 2人って、ルルーシュ達の事?」

 

 親子の会話も無いまま父さんの口から飛び出た言葉に、小首を傾げながらも僕はアタリを付ける。

 

 父さんの言う2人とは、きっとルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとナナリー・ヴィ・ブリタニアの兄妹の事だと思う。

 一年前に日本国と敵対する世界唯一の超大国、神聖ブリタニア帝国から留学生としてやって来た2人は、今では僕の友達だ。

 国同士が歪み合っていても子供の僕達には関係がなかった。

 

 だけど、ルルーシュ達はその名が示す通り、帝国の皇子だ……父さんも含めた大人達は、2人の事をあまりよく思っていないんだ。

 

「そうだ。何処に居るのか言いなさい。コレは日本の為だ!」

 

「ま、待ってよ、父さん!? 急に帰ってきたと思ったら何を言ってるの? ルルーシュ達なら夕方になれば帰ってくるし」

 

 父さんの醸し出すただならぬ雰囲気に、これは良くない事が起きると直感的に感じた僕は、父さんの意に反する様な口答えをしてしまう。

 

「それでは遅いのだ! 私は一刻も早くあの2人を見つけ……殺さねばならんのだっ!!」

 

 まずいっ、と思うより早く怒りを顕に怒鳴り声を上げた父さんの言葉は、僕が感じた以上に酷いモノだった。

 

「な、何をっ……!?」

 

(と、父さんは何を言っているんだ!? 2人を殺す? 2人ってルルーシュと……ナナリーも!? そんな、どうしてっ!? 嫌だっ、ルルーシュは僕の友達で、ナナリーは僕の…………絶対に嫌だっ、ルルーシュを死なせるなんて二度と御免だ!)

 

 立ち上がって抗議の言葉を言おうとした僕は、目眩を覚えてフラつき、頭を押さえ襖に手を突きなんとか踏み留まる。

 

 その瞬間、僕の頭の中に膨大な情報が流れ込み、『俺』は全てを理解した。

 

「……判ったよ、父さん。着替えた後、2人の探索に向かいますので暫しの間お待ち下さい」

 

 枢木玄武に背を向けた俺は狭い居間の襖を開けて立ち止まり、俯き加減に呟いた。

 

「む……?」

 

 俺の変化に気付いたのか枢木玄武は訝しげな声を出すも、呼び止める事は無かった。

 

 この時俺は、どんな顔をしていたのだろうか?

 

 

 枢木玄武の座す居間を離れた俺は、長い廊下を庭に沿ってゆっくりと歩み枢木朱雀の自室がある別宅へと向かう。

 その最中、唐突に得た情報を整理していく。

 

 俺が得たのはアニメの形を借りた、この世界の未来情報。

 これから先、日本が、世界が、ルルーシュが、そして、枢木スザクがどうなっていくのかが大まかに判るという眉唾物の情報だ。

 悲劇のままに命を落とした魔王ルルーシュを救う為に、未来の枢木スザクが過去の自分に託した知識でないかと推察出来るが、残念ながらよく判らない。

 と言うのも、膨大な負荷が掛かった悪影響か、俺は自分が未来の枢木スザクとは認識出来ないでいる。

 かといって、今日まで枢木朱雀として生きた記憶が無くなった訳でもなく、他の誰かとして生きた人格が俺に乗り移った訳でもなさそうだ。

 朱雀少年が膨大な知識を得た事で、新たな人格として成長した……説明としてはこれが一番しっくりくるだろうか。

 

 まぁ、何処の誰とも知れない相手が何らかの理由や思惑があって俺に知識を与えたとしても、そんなのはどうだって良いコトであり、思案したところで判る事でもないので気にするだけ無駄だろう。

 大事なのは、この知識を使い何を為すか? この一点に尽きる。

 

 このアニメの形を借りた未来知識。コレを活かせばより良い未来を築く助けになるのは間違いない。

 

 とは言え、何を以て『より良い未来』と呼べば良いのか今の俺には解らない。

 枢木スザクとして激動の人生を送った経験のない俺には、世界をどうこうしてやろうなんて大それた考えを持てそうになく、自分とその周囲が幸せならそれで良いんじゃないか? との漠然とした想いが、今の俺の率直な心境だ。

 

 だが、激動の時代はそんな俺の平々凡々な想いを許してくれそうにもない。

 

 今日と言う日に未来知識を得たのは偶然ではないだろう。

 未来知識が正しいなら、枢木スザクにとってのターニングポイント……友達の為に父殺しの罪を犯すのが、今日になる。

 

 いきなりの難題だ。

 

 未来知識に従い、父親を殺すのが正しいのか?

 

 それとも、殺さないのが正しいのか?

 

 そもそも、この未来知識は正しいのか?

 

 本来なら、未来知識の真贋を確かめ、父殺しを行った場合の影響と、行わなかった場合の影響をじっくりと吟味してコトに当たるべきだろう。

 しかし、時間がそれを許さない。

 早々に決断を下さなければ、未来知識よりも悪い展開となるのだけは漠然と判る。

 

「はぁ……俺に余計な知識を与えたのは、一体誰なんだ? 体力バカの俺に扱いきれる情報じゃないって…………取り敢えず、流れに沿ってヤるしかないのか……考えるのは、その後だな」

 

 枢木スザクの自室にやって来た俺は、壁に掛けてあったモノを掴み取って、机の引き出しから目当ての品を取り出して一人ぼやくと、踵を返して枢木玄武が待つ居間へと戻るのだった。

 



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戦争前夜

『父さん……どうしてもヤるのかい?』

『くどいっ! 朱雀よ、お前が辛いのも解るっ……だが、これも日本の為だ!』

『だけどっ、僕は嫌だよ! 誰かが犠牲になんてならなくても、話し合えばっ』

『話し合いで済む時期は過ぎたのだ……我が国に残されたのは徹底交戦のみっ。その為の手は、これしか残されておらんのだ!』

『判ったよ……父さん』

 

 ――ガチャっ。

 

 某県某所。

 

 純和風邸宅の奥座敷で親と子の最後の会話を収めたレコーダーが再生されていた。

 それを驚きの表情で聞き入るモニター越しの3人の老人と、よく判っていないであろう1人の少女。

 目の前にはハゲ頭の老人が座り、斜め後方では目を閉ざした師範が正座して何事かを考えている。

 俺の前方を取り囲む様に配置されたモニターの音と、誰かの生唾を飲み込む音だけが静かに響く室内の空気は重く、さながら裁きを待つ罪人の心境だ。

 

 まぁ、実際に俺は罪を犯した訳だが証拠はない。

 そればかりか、思った以上に上手く録音できた会話を使えば、俺に都合の良い事実無根の真実をでっち上げる事が出来る……より良い明日を迎える為には、なんとしてもこの場を乗り切らないといけない。

 

 ここが最初の正念場だ。

 

「玄武めはこの後、お主の眼前にて割腹してみせたのじゃな?」

 

「そうです、桐原のおじさん。父の語る徹底抗戦には必要な事でした」

 

 枢木内閣を影で支えてきた京都六家の一人、桐原翁から放たれた問いは既に何度となく聞かれた問いであり、向かい合って座る俺は平然と嘘をつく。

 

『まことか?』

『あの男が……?』

『しかし、アヤツの死と徹底交戦がどう繋がる?』

 

 俺の発言にモニターの向こうでざわつく六家の代表者達。

 未来知識から目星は付いていたが、どうやら思った以上に軍事的才能は無いようだ……ブリタニアという帝国が、軍事力を背景にした覇権主義を唱えていても軍備を増強してこなかっただけの事はある。

 

 皇暦2010年……弱肉強食を国是に世界各地へ侵略戦争を仕掛ける世界唯一の超大国、神聖ブリタニア帝国と日本国との関係は悪化の一途を辿り、戦争前夜といった様相だ。

 父である枢木玄武はブリタニアの侵略を良しとせず、ブリタニア皇子であるルルーシュ達を殺す事で、和解の道を絶った背水の構えでの徹底抗戦を目論んでいたのである。

 

 その目論見を、俺は……阻止したのだ。

 

 未来知識を得たあの日……ボイスレコーダーと日本刀を片手に枢木玄武の元へと戻った俺は、首尾よく思い通りの会話を記録する事に成功すると、父であった男の腹に日本刀を突き刺して殺害したのだった。

 

【これは未来知識の通り】

 

 この言葉を自身の免罪符代わりに心の中で何度も念じて凶行に及んだ俺であったが、念じるまでもなく不思議と罪悪感が無かったのは、未来知識を得た影響だろう。

 ただ一筋、流れ落ちた涙を拭った俺は、何処か他人事の様に淡々と枢木玄武の姿勢を自割っぽく正して、桐原翁、藤堂師範、それから警察署へ『父が割腹自殺を計った』と連絡したのだった。

 

 今思えば、少し……早まったかもしれない、との後悔がないでもないが……それでも……子供の俺がルルーシュ達を護るには、こうするより他は無かった。

 

「臥薪嘗胆…………父はそう言ってました」

 

『が、ガシンショウタンですか?』

 

 内心の後悔を隠して告げた俺の言葉を、少女がモニターの向こうで繰り返している。

 

「はい。帝国と我が国の戦力差は明らかであり、敗北は免れない……ならば、力を残したままに敗北し、いつの日かの勝利に備えて地下に潜り力を蓄える。これが、父が最後に語った徹底交戦です」

 

『むぅ……アヤツがそこまで思い詰めておったとは』

『じゃが、なにも死ぬ事はあるまいに……』

『そうじゃとも、死んでどうする!? アヤツなくして誰が軍を纏めるのじゃ』

「玄武めの真意は解らぬ……しかし、こうなったからには、最早幾ばくの猶予もあるまい」

 

 無表情を装った俺の発言を受けて、困惑の表情を浮かべた老人達がモニターを介して騒ぎ始めた。

 

 困惑するのも当然だ。

 なにせ、俺の語る父の言動は未来知識を参考にした全くのデタラメだ。

 ここから枢木玄武の真意を探るなんて不可能に決まっている。

 老人達が戸惑う様に父の死は不自然で、もしも俺がもう少しでも歳を重ねていたなら、俺の証言は疑われていた事だろう。

 

 十歳になったばかりの少年には何も出来ない……そういった先入観を逆手にした証言だからこそ、老人達は真実に気づかない……そう……あの日の真実は誰も気付かず、誰も俺を裁けないのだ。

 

 フッ……こうやって改めて考えてみると、自分勝手な非道っぷりに変な笑いが漏れそうになる。

 

 ルルーシュ達の為……未来の通り……これが日本の為……どうせブリタニアには敵わない……枢木玄武が居れば、日本人は死に絶えるまで戦いを止めない…………言い訳は幾らでも出来る。

 だが、言い訳をした所で親殺しの罪は消えない……常人ならトラウマを抱えたコトだろう。

 しかし、未来知識を持つ俺は、間違いでなかったと胸を張って言えるのだ。

 勿論、間違いでないにしても、親殺しが正しいとは思っていない……それでも……こうするより他に無かったのだ。

 

 俺が得たアニメの形を借りた未来知識【コードギアス〜反逆のルルーシュ〜】内には、悲劇と呼べる出来事が多い。

 とはいえ、悲劇が起こると知っているなら回避するのはそれほど難しくないだろう。

 例えば、虐殺皇女事件などはルルーシュに眼帯をさせるだけでも防げるし、シャーリーの死も防ぎようはいくらでもある。

 そもそも、ルルーシュが反逆しなければ、未来知識の悲劇の大半は起こりすらしないのだ。

 

 そんな中でも、どうしても阻止しなければならない、ルルーシュの行動とは関係なく起きる事象が一つだけある…………それが、現ブリタニア皇帝によるラグナレクへの接続だ。

 

 未来知識だと皇帝が目論んだラグナレクへの接続は、反逆したルルーシュによって阻止されており、実際の所ラグナレクへの接続で何が起こるのか定かでないが、人々の意識が一つになるとされている。

 

 ここで素朴な疑問が浮かぶのは俺だけではないだろう。

 

 意識を一つにするって、一体なんなんだ?

 意識を一つにすれば嘘のない世界になる?

 確かにそうかもしれないが、それって結局、意識ある個人が独りになるって事じゃないのか?

 ってか、嘘にまみれた世界が嫌いなら、兄と2人で勝手に死んでくれとしか言えない。

 世界を、俺を、巻き込むな、と。

 

 これさえ無ければ、未来知識に裏付けされた身体能力を頼りに、未来知識から外れた場所へとルルーシュ達を連れて逃げる選択肢も有ったのだ。

 

 因みに言えば、ラグナレク接続阻止といった明確な目的がある今ですら、枢木スザクとしての役回りを演じて生きる気は更々ない……と言うよりも、あんな風には生きたくない。

 何が悲しくてブリタニアの手先となって侵略行為に加担した挙げ句、友達であるルルーシュを殺さなければならないのか。

 親殺しのトラウマが人格形成に悪影響を与えていた様だが、それにしたって枢木スザクの歩んだ道は酷すぎる。

 

 だから俺は、枢木スザクとしては生きずにラグナレク接続阻止を狙いつつ、ルルーシュの反逆に協力しようと思っている。

 これが、未来知識を吟味した俺の計画とも言えない計画だ。

 

 我ながらザックリしすぎな大雑把すぎる計画だけど、下手に考えたところで体力バカの俺では未来知識を活かしきれず、振り回されるのが関の山。

 ならば、いっそのこと未来知識なんかは参考程度に留め、俺の長所である身体能力を活かした、突出した力による一点突破……ぶっちゃけた表現をするなら『力によるごり押し』と、ルルーシュの類い希なる頭脳に頼るのが、俺に出来る最善手となるとの考えだ。

 ルルーシュには当面の間……具体的に言うとC.C.と出逢う迄は未来知識に沿って動いてもらい、俺はその間、ラグナレクに対抗出来そうな力を得る為に動く。

 

 幸いな事に、力を得る手段として活かせそうな未来知識はそれなりに多い。

 ギアスやナイトメアフレーム、重要人物の情報等がそうだ。

 とりわけギアスの情報は有ると無しでは大違い。

 何でも良いから兎に角ギアスが欲しいと切実に思うが、どのみちギアスに関連する事はコードを持つC.C.が現れるまではどうにも出来ないし、現時点では悩むだけ無駄になる。

 

 今の俺に出来る事は、目の前に座る老人と、モニターの向こうの老人達を味方に付ける事だ。

 

「少し、宜しいでしょうか? 父は死ぬ前に……」

 

 顔を上げて背筋を伸ばして姿勢を正した俺は、老人達の議論に割り込み父の遺言として開戦、即、降伏案を改めて述べていく。

 

 老人達に軍才はない。

 しかし、それでも彼等は権力者だ。

 そんな彼等の協力なくして日本製ナイトメアフレームは作れないだろう。

 例え、皇暦2010年では実戦配備すらされていないKMFが、10年足らずで目覚ましい進化を遂げて戦略級兵器になり、それを見事に乗りこなす素質が俺に有ると知っていても、子供の俺ではどうすることも出来ないのだ。

 

 

◇ 

 

 

「朱雀くん……」

 

「何ですか? 藤堂さん」

 

 無事に老人達からの聞き取り調査を終えて縁側で休んでいると、しかめっ面した藤堂さんがやって来た。

 

 未来知識では『奇跡の藤堂』と呼ばれ神格化されている彼も、今は只の桐原翁のボディーガードで、俺にとっては武道の師範だ。

 それなりに親しくしてもらう間柄だ。

 

「君は……父上の事をどう思っている?」

 

 板の廊下に正座して話し掛けてきた藤堂さんの表情は、元々しかめっ面だけに判りにくいけど苦悶の色を浮かべている様に見える。

 

 まさか、真実が見抜かれているのだろうか?

 

「どうって……立派な最後だったんじゃないですか? でも、僕には正直よくわかりません」

 

 チラチラと藤堂さんの顔色を伺いながら、無難そうな言葉を選んで発する。

 

「そうか……やはり、悲しくはないのだな」

 

「え……? そりゃ悲しいですよ? でも、あまりにも急な事でしたから」

 

「そう……だな。朱雀くん……私は軍に復帰しようと思っているよ」

 

「はぁ……?」

 

「君が言うように、日本の敗北は免れまい……だが、私は枢木家の尊い犠牲に報いる為にも、日本の誇りを示す為にも、ブリタニア帝国に一矢報いてみせよう」

 

 赤く染まった西の空を見つめる藤堂さんは、それだけ告げると瞳を閉じて黙り込んだ。

 

 これは……バレている?

 

 しかし、だったらどうして直接的に聞いてこない?

 

「そうですか……」

 

 なんとかこの言葉だけ絞り出せた俺も又、藤堂さんの真意を確かめられないまま、桐原家の者に呼ばれる迄の間、黙って西の空を見つめ続けるのだった。

 

 

 それから、未来知識通りにブリタニア帝国の宣戦布告を受けた日本は、ブリタニアとの勝ち目の無い戦争に突入し、帝国のナイトメアフレームの前に為す術なく蹂躙されていった。

 

 そんな中、藤堂さんの率いる部隊だけが未来知識通りに……いや、枢木家に誓ってくれた通りに、厳島の戦いで勝利を収め『奇跡の藤堂』と呼ばれる事となったのである。

 

 しかし、奇跡の藤堂の奮戦も大局に影響を与える程ではなく、開戦から一月と経たず降伏勧告を受け入れた日本は全てを奪われ、その名を『エリア11』と変える事になるのだった。

 












朱雀に未来知識を与えたのは遥か未来の枢木スザクになりますが、作中で真相を追及出来ないので、この場であっさり明かしておきます。


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日本解放秘密会議

作中で多用されるKMFとはナイトメアフレームの略になります。






 日本国がエリア11とその名を代え、ブリタニアの支配地域となってから五年の歳月が流れた。

 この五年の間、日本人の多くは住居を焼かれ、自由を失い、あらゆる権利を奪われ、イレブンと蔑称されながら苦難の生活を続けており、開戦のきっかけを作った俺としては、少々考えさせられる日々を送ってきた。

 たらればの話をしても仕方ないと判っていても、日本人達の苦難の生活を見るにつけて、もしも、枢木首相が生きていれば……と考えてしまうんだ。

 そこから転じて、今では日本の解放も俺の大目標の一つとなっている。

 未来知識を得た当初は自分中心に考えていた事を思えば、我ながら随分と成長した様に思える。

 

 と言っても、現在のところはコレといった成果があげられず、得られたのは修行に明け暮れた結果の常人離れした肉体くらいであり、日本を取り巻く環境等はほぼ未来知識の通りとなっている。

 

 例えば、いち早くブリタニアに取り入った桐原翁は、サクラダイト採掘に関連する事業を一手に担う、桐原産業の総帥としてブリタニアからも一目置かれる存在となった。

 未来知識通り、軍才はなくとも世渡りは得意だったらしく、表では『売国奴の桐原』と呼ばれながらも、裏では日本解放戦線等のレジスタンス組織と繋がり、日本解放の日を虎視眈々と狙っている。

 その日本解放戦線はナリタに拠点を構え、藤堂さんも客分として身を寄せていると聞き及んでいる。

 

 ルルーシュ達とは大事をとって終戦のあの日以来会っていないけれど、アッシュフォード家に身を寄せているのを遠目から確認している。

 アッシュフォード学園の主なメンバーも、ミレイ・アッシュフォードをはじめとした未来知識の面々だ。

 エリア11総督はブリタニア第三皇子クロヴィスだし、紅月ナオトは扇達を率いてシンジュクゲットーで抵抗活動を行っている。

 

 とまぁ、こんな感じで、世界は不気味な位に未来知識の通りに動いている。

 違いがあるとすれば、俺こと枢木朱雀の心境と……境遇だろう。

 

 未来知識とは違い親殺しの嫌疑すら掛けられなかった俺は、キョウト六家の一翼を担う枢木家当主として扱われている。

 尤も、当主と言っても若輩を理由に決定権が与えられていない上に、枢木家の後見人となった桐原翁に財産管理を一任したので、財力もないお飾り当主というのが実情だ。

 

 それでも年に何度かはこうしてキョウトから呼び出され、密議に参加できるのは有り難い……情報の中心に居られるダケでも十分なんだ。

 

 焦る事はない。

 

 未来知識のスタートラインまで、あと二年もある……その日が来るまで、未来知識と比べて僅かでも力を高めるコトが出来れば、ルルーシュがきっと上手に使ってくれる。

 考え無しに動くけど力に長けた俺と、知恵があっても力の無いルルーシュ……足りない部分を補え合える俺達二人なら、出来ない事は何もない。

 

 今この瞬間にも日本人が虐げられていると解っているけど、急いては事を仕損じる……今は、臥薪嘗胆の時だ。

 

 

 

 

「ふむ……全員揃った様じゃな」

 

 某県某所。

 

 キョウトからの呼び出しを受けた俺は、ブリタニアの監視の目を掻い潜り、サクラダイト採掘場に作られた巨大施設にやって来ていた。

 

 灯台もと暗しとでも言えば良いのだろうか?

 本来なら重要戦略物資であるサクラダイト採掘場には、無断で立ち入るだけでも銃殺モノだ。

 それを、こうも堂々とした施設を秘密裏に造り、あまつさえ反逆の拠点にするんだから畏れ入る。

 ナイトメアが無理なく行動出来る高さに広さ、巨大なガラスを用いた窓からは太陽の光をふんだんに取り入れ、そこからパノラマビューに見渡せる景色は、正に言葉を失う『絶景』だ。

 

 そう……ここは、かつて霊峰として崇められていた富士の山の成れの果て。

 サクラダイトを得んが為に、山の形を失う程に削られた富士の山こそがブリタニアの支配の象徴だ。

 俺は、見る影もなくなった富士の山をここから見下ろす度に、強く思う。

 

 ブリタニア……許すまじ!

 

「いつまでそうしているのですか、朱雀? いくら眺めても亡くしたモノは返ってきませんわ。それより、そろそろ会議を始めたいので着席しては頂けませんか?」

 

 そう背後から語り掛けてきたのは、巫女っぽい衣服を纏った少女だ。

 

「そんなコトは子供のキミに言われなくても解ってるよ……神楽耶」

 

「まぁ! 子供扱いしないで下さい。わたしが子供なら貴方だって子供ではありませんかっ」

 

「はいはい、判ったよ」

 

 亡くしたモノは戻らない……何処か他人事の様に淡々と未来知識を受け入れた五年前の俺は、こんな当たり前の事に気付いてなかったのかもしれない。

 だから、あぁも簡単に臥薪嘗胆だなんて言えたのだろう。

 

 神楽耶に促された俺は拳を握り締めると、窓辺を離れて広い空間の中心に用意された円卓へと移動する。

 

「ふむ……五年もあれば変わるものよな? あの時は日本の行く末はおろか、自身の行く末にもまるで無関心であったお主が、日本の惨状にそうも憤慨するとはな」

 

 尚もぷりぷりと怒る神楽耶の横に着席すると、対面に座る桐原翁が感慨深げにに呟いた。

 それを受けて他の六家の者達も頷いている。

 

 かつての俺は、何事にも無関心な人間と思われていたらしい。

 

「えぇ。自分でもビックリしてますよ、桐原のおじさん。だけど、この山の姿を見たときに自然と気付いたんです……俺も日本人なんだって。俺は……ブリタニアを許せません」

 

「左様か……自分でもビックリとな? それは愉快じゃっ……わっはっはっは……」

 

「あの……もう宜しいでしょうか?」

 

 突然笑い出した桐原翁を不思議そうに眺めた神楽耶は、老人の真意を探ろうともせずに会議を進行しようとしている。

 

「これは失礼した。ささ、どうぞ、神楽耶様」

 

「コホンっ……こうして無事に皆様と再開出来た事を嬉しく思います。それでは、キョウト六家を代表して皇神楽耶が第42回、日本解放秘密会議の開会を宣言します」

 

 俺と同じくお飾り当主の神楽耶が会議の始まりを告げると、六家当主の背後に控えた護衛達からまばらな拍手が起きる。

 彼女の役目はコレと閉会の挨拶だけだ。それ故に一生懸命なんだろう。

 

「早速ですが、俺が前回参加した時にお頼みしていた、ナイトメアフレーム開発チームの招聘状況はどうなっていますか?」

 

 満足気に頷く神楽耶を他所に、俺はいきなり本題を切り出した。

 俺に決定権は無くとも意見なら言える……ってか、ぶっちゃけていうと決定権は桐原翁にしかない。

 キョウト六家などと称して円卓を囲んで集まってみても、実際のパワーバランスは均等ではない。

 家格だけなら神楽耶の皇家が頭二つ程高く、財力などの実能力は桐原家が群を抜いている。

 つまり、この会議は皇家の面子を立てて、桐原翁に伺いを立てる場、ということになる。

 

「またそれか……朱雀よ。KMFは確かに強力な兵器じゃが、それを使うのは兵士。つまりは人じゃ……人無くして戦には勝てん。先ず整えるべきは組織じゃ」

 

 何処に口があるのか見えない髭面をした宗像さんが、やれやれといった面持ちで首を振るが、首を振りたいのはこっちの方だ。

 組織が大事なのは理解出来るが、ブリタニアに先んじて第9世代に相当するKMFさえ開発出来れば、単騎で組織を打ち倒せるというのに、頭の固い老人はこれだから困る。

 

「ですが、先の大戦で日本が敗れたのは、KMFの有無によるものだと明白ではありませんかっ」

 

「異なことを申すなっ。日本が敗れたは、お主の父が遺した策略が原因ではないか! 然るに今の日本の惨状を見よっ! 占領下で抵抗するなど所詮は夢物語よ……降伏などせず戦争を継続しておれば良かったのだ!」

 

 円卓をドンと叩き声を荒げるのは刑部さんだ。

 今更だが、中々に痛いところを突いてくる……戦後に行われた検討からも、日本とブリタニアの戦力差が絶望的なモノであったのは明らかだけど、

 

【もしも、早期に降伏しなければ?】

 

 この答は誰にも判らないのである。

 

「くっ……そうではありません! 父はKMFの有無による戦力差を覆せないから、早期降伏の道を選んだのです! KMFを開発しないのであれば、帝国との戦力差は何時まで経っても埋まりませんっ」

 

「お三方とも落ち着かれよ……枢木殿。KMFならブリタニアからの横流し品が、ほれっ、すぐソコにあるではないか? 大枚をはたいて開発せずとも、その金で買い揃えればよかろうて」

 

 そう言って手にした扇で会場の警備に当たるKMFを指す麿っぽい人は、公方院さんだ。

 

 未来知識上は全く活躍しなかったくせに、揃いも揃って邪魔ばかりしてくれる。

 

「型落ちの横流し品を揃えてどうするんですか!? 大体、数を揃えるにしても横流し品だけでブリタニア軍の数を上回るわけがありませんっ数で劣る以上、質で勝負するしかないっそうは思いませんか!?」

 

 一息で言い切った俺は、円卓に両手をバンッと突いて立ち上がる。

 

「朱雀よ……そう熱くなるでない」

 

 黙って聞いていた桐原翁が仲裁に入る。

 

「しかしっ!」

 

 通常ならここで矛を収めるのだが、納得のいかない俺は尚も食い下がる。

 こんな事では、なんの為にキョウトに与しているのか判らなくなる。

 俺は……最新鋭KMFを手にするためにっ、ラクシャータと知己を得る為ここに居るんだ……黒幕気取って会議ごっこがしたいんじゃない!

 

「先ずは座れ……話はそれからじゃ」

 

 俺を制するように伸ばした手を広げた桐原翁から刺す様な視線を向けられる。

 流石の妖怪じじぃ……心臓の弱い相手なら視線だけで殺せそうだ。

 

 俺は、不機嫌を隠そうともせずに大きな音を立てて着席する。

 

「そう憮然とするでないわ……実はの? 面白きオナゴから接触があってな」

 

「な、何を申されるっ桐原殿! あの女の狙いは未だ判明しておりませんぞ!? 今暫く、我が宗像家に詮索させてくだされ。組織に迎え入れるならば、アヤツの人となりを確めねばならぬのです」

 

 俺が反応を示すよりも早く、宗像さんが待ったをかける。

 

「なに、アレは狂人の類いじゃろう……これ以上の詮索は無駄じゃ。望むモノを与えてやれば裏切るようなコトはあるまい」

 

「御前がそう仰るなら私は構いませぬが、資金のアテはお有りですかな? 誠に心苦しいのですが、我が公方家からは出せませぬぞ」

 

「金の事なら要らぬ心配じゃ。枢木家が全てを受け持つ……そうじゃな? 朱雀よ」

 

 話の流れ的に、俺が会議に参加していない間に面白きオナゴ……恐らくは、ラクシャータから接触があったとみてよさそうだ。

 

「えぇ、KMFが開発出来るなら俺に異論はありません。おじさんに預けた資産で足りるなら如何様にでも使って下さい。それで、その研究者の名は?」

 

「……ふんっ。ラクシャータとかいうインドの小娘よ……せいぜい枢木家で面倒を見てやるがよいわ。但しっ、成果が上がればキョウトに報告せよ」

 

 一瞬驚きの表情をみせた刑部さんは、渋々ながらも賛同してくれるようだ。

 ちゃっかり成果を掠め取ろうとする辺りは流石と言えるが、元よりそのつもりなので何の問題もない。

 

「勿論です。枢木家の財産の全ては、日本解放の為に捧げる所存です」

 

「ご立派ですわ。わたしの未来の旦那様なだけの事はありますわ」

 

「それは断った筈だよ、神楽耶」

 

 何が悲しくて浮世ズレした姫様を伴侶にしなくてはいけないのか。

 

 駄々を捏ねる神楽耶を軽くあしらうも、婚姻破棄とはいかないらしい。

 

「決まりじゃ。これ、あのオナゴを連れてまいれ」

 

 俺と神楽耶のじゃれあいが収まるのを生暖かい目で見ていた桐原翁が、背後の護衛に指示をだす。

 

「え゛? ここに呼んでいるのですか!?」

 

「無論じゃ。今日お主を呼んだはオナゴと引き合わせる為じゃからな」

 

 話が早くて助かるけれど、それでいいのかキョウト六家。

 宗像家が探りを入れたにしても、無用心が過ぎるんじゃないか?

 まぁ、未来知識的にラクシャータが裏切る事はないし、良しとするか。

 

「その坊やが私たちの出資者になるのかい?」

 

 程なくして護衛に連れられラクシャータと思われる女性が姿を現した。

 特徴的なチャクラ模様の化粧を額に施し、白衣にサンダル、手にはキセルを持って泰然としている……確認するまでもなく未来知識にあるラクシャータと同一人物だろう。

 

 煙を吹かしながら歩くその振る舞いから、キョウト六家に対する畏敬の念は微塵も感じられず、宗像さん達は眉をひそめているが、俺が彼女に求めるのはそんな事じゃないので気にしない。

 

「俺は枢木朱雀、坊やではありません。それから、出資者であると同時に最高のデヴァイサーですので、これから宜しくお願いします」

 

 何事も最初が肝心だ。

 しっかりと自分を売り込んだ俺は、呆気にとられるラクシャータの元に歩んで右手を伸ばす。

 

「威勢だけは良いようだねぇ……ま、宜しく頼むとするかね」

 

 そう言ってニンマリ笑った彼女は、俺の手を握り返してきたのだった。

 

 こうしてラクシャータとの知己を得た俺は、遅蒔きながらも反逆の下準備を整えた事となる。

 

 それから、テストパイロットとして彼女の研究チームの元で泊まり込む事となった俺は、最強のKMF、紅蓮聖天八極式の開発を目指して、テロ活動に励むコトとなるのだった。

 



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テロ活動・前編

 皇暦2017年、8月某日。

 

 キョウトから譲渡された潜水艦を母艦に、神出鬼没のテロ行為を繰り返す俺は、戦場の中で誕生日を迎え17歳となっていた。

 別の言い方をすると、未来知識のスタートラインまで三ヶ月を切った事になるのだが……正直、KMFの開発状況は芳しくない。

 

 当初の予定では、俺が単騎で日本各地の軍事施設を襲撃すれば、安全確実に戦闘データが集まり、それを元にKMFの開発が進むと思っていた。

 しかし、どれだけ戦闘データをかき集めても、俺のデータだけではどうしても偏りが生じて、行き詰まってしまうらしい。

 最新鋭騎を人目に晒せばブリタニアの技術進歩を促すとの心配から、完成させた紅蓮弐式を実践投入していないのも、開発を停滞させている原因だろう。

 何より、張り合いが無いから閃かない、とラクシャータが冗談めいて漏らした言葉が核心をついている。

 

 どうやら未来知識でKMFの性能が飛躍的に高まったのは、ラクシャータとブリタニアの研究者、ロイド伯爵が競いあった結果らしく、奇しくもブリタニア皇帝の『競い合うから進歩する』との持論を立証する形となっている。

 敵に悟られず、こちらの機体だけを強化するのは思いの外難しいようだ。

 

 皇帝を仕止めうる戦略級KMFは開発したい。

 しかし、日本解放の為には、悪目立ちが過ぎるのも色々とまずい。

 テロ行為を重ねる内にブリタニア軍の警戒レベルが増してきたし、このままテロ行為を続けるよりも、戦闘データをフィードバックさせた量産機の開発に重点をおくべきかもしれない。

 

 とりあえず、今日の襲撃は予定通り行い、それから開発チームの意見も聞いて今後の方針を決めるとしよう。

 

 

 

 

「準備はできたかい、ダーリン?」

 

 劣悪な居住性を誇る試作実験機・紅蓮零式のコクピット内で最終チェックを行っていると、正面のパネルにラクシャータの顔がアップで映し出された。

 

「えぇ、いつでも行けます……今日の課題はなんですか? それと、ダーリンは止めて下さい」

 

 バイクに股がるかの様な前傾姿勢を取った俺は、操縦レバーを強く握り締め発進準備を整える。

 

「ツレナイねぇ……あんなに激しく愛し合った仲じゃないか」

 

「たった一回で何を言ってるんですかっ……あなたが本気でないのは俺にだって判りますよ。そんなことより、今日の課題は?」

 

 たった一回……16歳の誕生日を迎えた日の夜、アルコール片手にやってきたラクシャータと、一夜限りの過ちを犯したのは反省すべき事実だ。

 戦闘データ収集と言えば聞こえは良いが、俺のやっている事は人殺しだ……あの日のラクシャータは、人殺しに悩む俺を励ますつもりで身体を預けてくれたのだろう。

 何かを得れば何かを失う……日本を解放するにはブリタニア人との争いは避けられず、KMFを駆って戦えば人が死ぬ。

 俺の悩みは、こんな当たり前の事にも気付かない考えの甘さが招いたモノであり、その結果、周囲の人達にも心配を掛けていた。

 

 つまり俺は、撃たれる覚悟はおろか、撃つ覚悟さえも出来ていなかったのだ……我ながら、なんたる愚かしさか。

 

 ラクシャータに娼婦の様な真似をさせて、漸く周囲の心配に気付いた俺は、覚悟を決めて甘さを克服したのだが、人目を気にせず茶化してくるのは勘弁して欲しい。

 

「ツレないプレイボーイさんには、耐久性のチェックでもしてもらおうかねぇ?」

 

「それって色々と酷くないですか? 意図的に被弾しろってことですよね?」

 

「しょうがないじゃないか。こうでも言わないと坊やは全て避けちまうだろ? 最高のデヴァイサーの売り文句は間違いじゃなかった様だけど、それじゃぁデータ取りには成らないのさ」 

 モニターの向こうのラクシャータは、やれやれといった面持ちで煙を吹かしている。

 

 確かに俺と零式なら全ての攻撃を回避もしくは迎撃出来るが、まさかそれが悪影響を与えていたとは。

 

 試作実験機・紅蓮零式……ラクシャータと手を組んだ俺が真っ先に製作を依頼した、乗り手の都合と見た目を一切考えない過剰スペック機。

 三本爪の右腕には試作型の輻射波動機構を備え、サクラダイトを贅沢に使って実現させた高出力と両足のランドスピナーに頼った急停止、急加速、急旋回が可能になっているが、乗り心地は最悪だ。

 左碗部外側にはブレードを仕込み、脱出機構をオミットした分だけ背面に銃器や廻回刃刀を背負い継戦能力を高めているが、バランスは悪い。

 四肢は有っても頭部は無く、海中移動の為に首から肩にかけては丸みを帯びており、その外見に紅蓮弐式の面影はない。

 

 いくつか欠点はあるけれど、現時点で最強のKMFなのは間違いなく、ある意味でラクシャータの張り合いを奪っているKMF、それが紅蓮零式だ。

 口にこそしないがラクシャータ達科学者陣は、零式の性能に満足しているフシがある。

 未来知識を持つ俺としては、KMFの到達点をはっきり思い描けるだけに、空も飛べない零式の性能は満足に程遠いのだが……どう説明したらいいのやら。

 実際に開発するのはラクシャータ達なので、俺がいくら夢想に近い案を伝えても、彼女達が納得しない限り実現は難しいのである。

 

「はいはい、分かりましたっ。撤退間際に何発か被弾して来ますよっ」

 

「頼んだよ。それから、死ぬんじゃないよ…………行ってきなっ、試作実験機、紅蓮零式!」

 

「了解っ……紅蓮零式、発艦します!」

 

 こうして潜水艦より飛び出た俺は、ブリタニア軍によって全住人が移住させられ、島全体が関西地方に睨みを利かせる軍事要塞と化した『アワジ』を目指して海中を突き進むのだった。

 

 

 

 

――ビーッビーッビーッ!!

 

 

 悠々と海中を進み西から軍港へ這い上がった俺と零式を歓迎するかの様に、けたたましい警報音が辺り一面に鳴り響いている。

 それと共に建ち並んだ倉庫の扉が開き、ブリタニア正規軍が使用する第五世代KMF、サザーランドが銃を構えて現れた。

 一糸乱れぬ動きを見せる無数のサザーランドは、瞬く間に俺の紅蓮零式を遠巻きに取り囲む。

 

「これはっ!?」

 

 海中で何かのセンサーにでも引っ掛かっていたのだろうか?

 いくらなんでも敵の反応が早すぎる……これでは唯一包囲されていない背後の海中も逃げ場にはなり得ないと考えるべきか。

 包囲の薄い先に罠を敷く……人間の心理を突いた古くからある戦法だ。焦って海に飛び込めば何が待ち受けているか判ったもんじゃない。

 

『待っていたぞ! デビルオクトパス!! 雑兵どもは手を出すなっ。さぁ、お前の大事なモノはなんだぁ!』

 

 部隊の指揮官騎と思われる刺々しい感じのサザーランドから、オープンチャンネルを用いた通信が一方的に送られてきた。

 デビルオクトパスとは酷い言われようだけど、ボディカラーの赤と攻撃を回避する動き、そこに海中から現れる様と見た目を加え、畏敬と侮蔑を込めてブリタニア軍からはこう呼ばれている。

 

 それはさておき……映像まで送ってきたオレンジ髪したコイツは、ブリタニアの吸血鬼と呼ばれているルキアーノか?

 未来知識ではさしたる見せ場もなく撃墜される男だが、一応、ナイトオブラウンズと呼ばれる帝国最強の騎士の一人。

 現時点でナイトオブラウンズに属しているのか不明ではあるが、手強い相手には違いない。

 それがどうして、こんな時期に、こんな辺鄙な島に居るんだ?

 

「お前に答える必要はない!」

 

 浮かんだ疑問に頭を振った俺は、素早くキーボードを叩き救難信号を発して通信解析を起動させると、ルキアーノ目掛けて突撃を仕掛ける。

 虎穴に入らずんば虎児を得ず……こういう場合は指揮官であるルキアーノの背後こそが、逃げ道に繋がっているんだ。

 

 包囲に至った経緯などの疑問は残る……誰にも知らせず単艦で動く俺達の行動は、外部の人間では知り得ない筈だ。

 

 スパイでも居るのか……?

 

 いや、今は考えるな。

 

 この手際の良さとルキアーノの台詞、旧型のグラスコーでなく新型のサザーランドが配備されている状況等を考え併せると、待ち伏せを受けたのは明らかであり、島全体に警戒網が敷かれていると見るべきだ。

 一刻も早く包囲網を突破しないと、俺はともかく、海中で待機しているラクシャータ達が危険に晒されることになる。

 

『生意気な猿がっ!』

 

 ルキアーノ機は、俺の突撃を待ち受けるかの様に大型の槍を前方に構えた。

 

「遅いっ!」

 

 ランドスピナーを噴かせルキアーノ機の直前で零式を急旋回させた俺は、抜き去り様に「クルクルキック」を放ってルキアーノ騎を転倒させる。

 

『ブラッ……ぃーきょ…!?』

『そ……っ!? ……であん……きが!?』

 

 ノイズだらけの女の叫びがコックピット内に響く。

 周波数解析までもう少しといったところか。

 

「フッ……貴様の大事な大事な命は、俺次第だな」

 

 左腕に仕込んだブレードを展開させ、時間稼ぎを兼ねて倒れるルキアーノ騎に切っ先を突き付ける。

 

『お、己ぇ……』

 

 ここでルキアーノは殺せない。

 今、コイツを始末するのは簡単だが、そうすると更なる強敵を日本に招く事になるのは俺にでも分かる。

 目的を見誤ってはイケないんだ……テロ活動で小さな勝利を積み重ねた所で、ブリタニア皇帝に届きはしない。

 今、俺がすべき事はKMFの開発であり、この島からの敗北に見せかけた戦略的撤退だ。

 

 そう判断した俺は、ルキアーノ機に向けていたブレードを収めると、零式を180度回頭させて東を目指して加速させる。

 

『わっ、私の命を見逃しただとぉぉ!? 己っ……貴様ら何をボサッとしている! 追えっ! 撃てっ! 絶対に逃がすんじゃない!! アイツは私がこの手で殺してやるぅ!』

 

 俺の背後で歯ぎしりしたルキアーノが、先程とは真逆の命令を叫んでいる。

 こいつはオープン回線のままらしい。

 

『イ…ス、マイロー…っ!!』

 

 コックピット内にノイズの混じった兵士達の声が響く。

 

 これだけ聞こえれば十分だな……あとは逃げながら追ってくる敵と闘い、最後の戦闘データを取るだけだ。

 どれだけの数で追って来ようとも、包囲網を破った今なら複数対壱の連続でしかない。

 俺と零式ならば何の問題もなく達成できるミッションだ。

 

 急停止からの旋回で背後を振り向いた俺は、追ってきたサザーランドの足元目掛けてアサルトライフルを乱射する。

 

「悪いがヤらせてもらう!」

 

 零式にジグザグな軌道を描かせ、急な攻撃を受けて動きの止まったサザーランドに迫り、スレ違い様にブレードを展開させて胴体部分を上下に別つ。

 

『…っ出し…す!』

『うわぁ……ぁ!?』

 

 崩れ落ちるサザーランドの背中の脱出ポットが次々と作動していく。

 しかし、それ以上の数のサザーランドが基地方面から迫り来る。

 

『大ピンチじゃないか。どうするんだい?』

 

 図ったかの様なタイミングで、ラクシャータの声が狭いコックピット内に届いた。

 台詞内容とは裏腹に、ラクシャータの声から焦りの色は伺えない。

 

「残念だけど、零式の回収は諦めてください……パターンZでいきます」

 

 俺は迫るサザーランドに攻撃を仕掛けては退き、上陸した反対側にある海岸を目指しながら、淡々と方針を告げる。

 

 パターンZとは、事前に決めておいた逃走経路の一つであり、その内容は潜水艦の即時後退、零式の自爆による証拠隠滅、そして、デヴァイサーは生身の単身で合流ポイントへ撤退する、といったモノである。

 今回のパターンZなら合流ポイントは和歌山に設定している……それなりの距離はあるが、俺なら自力で泳ぎ着ける。

 

『あんた、正気かい?』

 

「えぇ……こんな事態を招いたのは情報を軽視した俺の責任ですから。姉御のナイトメアを破壊する事になって申し訳ありません…………俺にもしもの事があったら、おじさんを頼って下さい。それから、誕生日の夜はすいませんでした……俺が不甲斐ないバカリに姉御にあんな真似をっ」

 

 予定では上手くいく筈だけど、何が起こるか判らないのが戦争だ。

 万一に備えて遺言めいたことを告げておく。

 

『待ちなっ! あんた何を考えてっ』

 

――プツンっ

 

「俺はずっと、より良い未来を考えてますよ」

 

 ラクシャータとの通信を切断した俺は、すっかり馴染んだ零式の劣悪なコックピット内で呟いた。

 

 全ては俺の考え無しの行動が招いたことだ。

 

 未来知識と紅蓮零式を過信する余り、現代の情勢を調べていなかったのが、今回の待ち伏せを受けた原因だろう。

 テロ的襲撃を繰り返す内に、零式ならばどんな軍事施設への襲撃でも無事に果たせると驕り、基地の情報をロクに調べもせずに襲撃していたんだから、愚かだったとしか言えない。

 

 やはり、体力馬鹿の俺には指揮官の真似事は荷が重かった様だ……完全にブリタニア軍から目を付けられていたみたいだし、テロ的活動はこれまでだろう。

 

『居たぞっ! こっ…だ!!』

『相……たったの一騎! 包囲し…一斉……かるぞ』

 

 追ってきたサザーランドは後続部隊を待っているらしく、一ヶ所に固まって留まり通信を飛ばし合っている。

 

「いくぞ、零式……最後にもう一暴れしてやろう!」

 

 それを見た俺は、一年以上の時を共に過ごした物言わぬ相棒に声をかけると、右手の爪を開いて纏まりきらぬサザーランドの群へと突撃をかけるのだった。

 










アワジはオリ設定。

零式はゼロシキと読みます。



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テロ活動・後編

 太陽が西に沈み始めてもキアーノ隊との追撃戦を続ける俺は、東海岸にある朽ちかけた市民球場の中心にいた。

 かつては賑わったであろう球場に、人の姿は見当たらない。

 いや、この球場だけでなく、ここに来るまでの道すがらも日本人の姿は見られなかった。

 だからこそ、周囲を気にせず遠慮なく戦えるのだが、ここまで日本人の自由と権利を奪う必要は有ったのか?

 

 俺は疑念と怒りを覚えながら、ブリタニア軍の動きを待つ。

 

 スタンド席に陣取って取り囲むルキアーノ率いるサザーランド部隊。

 今この瞬間も後続部隊が続々と集ってきており、数に頼った一斉射撃でもするのだろう。

 

 普通に考えれば絶体絶命、正に袋のネズミだ。

 

 しかし、追い詰められたのは果たして俺か、アイツラか……その答えは間も無く出る。

 

『17、18番隊! ヤツに近接戦を仕掛けろ!』

 

『い、イエス、マイロード!!』

 

 機体を乗り換え追撃部隊と合流したルキアーノが、スタンドの最上段から少し不自然な指示を出す。

 なんど挑んでこようとも、たったの六機では俺と零式は止められない。

 それは今までの戦闘からルキアーノにも判っているハズだろうに、何故、無駄な攻撃を繰り返す?

 

 数が揃うまでの時間稼ぎか?

 それとも、何か企みでもあるのだろうか……?

 

「ちっ……無駄に被害を拡げる指揮官を恨めっ!」

 

 雑草が伸びたグラウンド内で急旋回を繰り返し、サザーランドの間を縫うように零式を走らせる。

 すれ違い様にブレードで両断、或いは重ねた爪を突き刺してサザーランドを無力化していく。

 噴射を上げた四角い脱出ポットが次々と空に飛んでゆく。

 

『くくくっ……思った通りだ。4番隊、9番隊、13番隊! 臆する事はない、ヤツに組み付いて足止めを行え!』

 

 何が思った通りなのか、不気味に笑ったルキアーノの次なる命令を下す。

 

『イエス、マイロード!!』

 

 ルキアーノの指示に従いグラウンドに降り立った9機のサザーランドが、四方からほぼ全速で無防備に突っ込んできた。

 

「なにっ!?」

 

 数に頼った一斉射撃をしてくるとばかり思っていたが、俺の予想は見事に外れた様だ。

 

 まぁ、驚きがあっても俺のヤることは変わらない。

 サザーランドの攻撃をなんなく回避し、ルーチンワークの様に切り捨て、爪を突き刺してゆく。

 

『オール・ハイル・ブリタぁニアぁぁ!!』

 

 脱出機構が作動するはずの攻撃を受けて尚、一機のサザーランドが鬼気迫る声を上げて両腕を拡げて肉薄してきた。

 

「なんだっコイツ!? 死にたいのかっ!?」

 

 機体を回転させる「クルクルキック」を放ってサザーランドを蹴り飛ばす。

 衝撃を受けて吹き飛んだサザーランドが、脱出装置を機動させないままに爆発を起こした。

 

 完全に油断した。

 というか、どうして脱出装置が作動しない!?

 胴体部分のある一点を貫けば脱出装置が自動で働くんじゃないのか!?

 

『……っこの、テロリストがぁぁ!!』

 

 考えるも、答が出るよりも早く爆煙の向こうから、槍を構えたサザーランドが姿を見せる。

 

「くっ……まさか、特攻!?」

 

 ランドスピナーを噴かせて後退を試みる。

 しかし、何かにぶつかり加速が遮られた。

 見ると、上下に分断して無力化したハズのサザーランドの上半身が、足元にしがみついている。

 

 動きの止まった零式に槍が迫る。

 

「ちっ……」

 

 軽く舌打ちしてみたが、違和感を与えず敗走するにはこれでいい。

 

 俺は零式を動かし槍で左肘から下を落とさせると、サザーランドが両足にしがみつくに任せ、身動き出来なくなったと装う。

 

『よくやった、誉めてやろう……あの世とやらで誇るが良いわ! 撃ち方、始めぇ!!』

 

 勘違いしたルキアーノの号令に併せて、スタンド上に対戦車バズーカを構えた歩兵団が姿を現し、一斉に引き金を弾いた。

 

 多数の砲弾が迫りくる。

 

 完全に予想外の攻撃。

 まさか、生身で来ようとは……適当に被弾して逃走に繋げよう思っていたのが台無しだ。

 

「貴様っ、味方もろともか!? だが、ゼロを舐めるなぁっ!」

 

 零式を旋回させてサザーランドを振り払うと、三本爪を開き輻射波動を利用した障壁を展開させる。

 輻射波動はあまり使いたく無かったが、状況が状況だけにそうも言ってはいられない。

 

 障壁に阻まれた砲弾が零式に達することなく爆発音を上げて消えてゆく。

 

『な、なんだアレは!? 速いだけが取り柄のナイトメアフレームではなかったのか? 何故、テロリストがあの様な兵器を持つ!?』

 

「死に逝く貴様がそれを知ってどうする?」

 

 俺は零式を一気に加速させると、スタンドの最上段まで飛び上がりルキアーノ機の腹部を爪で貫いた。

 味方の命すら何とも思っていないコイツは生かしておけない……例え、コイツの代わりがやってくるとしても、だ。

 

『わ、私の命が……奪われるぅぅ!?』

 

「因果応報……無下に命を奪った報いと知れ! 命の大事さを知る貴様は戦場に出なければ良かったんだ!」

 

 戦場で敵と語らうなど馬鹿げたことだと判っていても言わずにはいられない。

 

 幸い、周りのブリタニア兵は、指揮官の命令なくして味方を巻き込む攻撃は出来ないらしく、固唾を飲んで交錯する俺達を見ているだけだ。

 

『テロリストがどの口でっ! 命を奪うは貴様も同じだろうがぁっ』

 

「命を奪うのを目的とする貴様と一緒にするなっ……俺は、目的の為に命を奪うんだ! だからっ貴様は……ここで死ねっ!」

 

 ルキアーノ機から爪を引き抜くと、ポッカリ穴の空いた腹部がショートして火花を散らしている。

 最早、脱出は出来ないだろう。

 

『なんだとっ!? 貴様は私のなにっ……うわぁぁぁぁ!?』

 

 ルキアーノが断末魔の叫びを上げると、爆発を起こした機体が砕け飛ぶ。

 

『そんな!?』

『ブラッドリー卿が!?』

 

「さて、ブリタニア軍の皆さん……悪いが仕上げに付き合って頂こう」

 

 指揮官の死でブリタニア軍は明らかな動揺を見せている。

 そんな彼等に、どこか演技かかった口調で語った俺は、近くにいたサザーランドに攻撃を仕掛ける。

 

 

 それから俺は、バランスの崩れた機体を駆って戦闘データの収集に励み、被弾しながら海岸線にまで達した所で自爆装置を起動させて、零式もろとも海に飛び込んだ。

 戦闘データの詰まったチップを抜き取ってコックピットから抜け出すと、間もなく海中で爆発が起こり巨大な水柱が立ち上った。

 これで、デビルオクトパスは消滅したことになるハズだ。

 

 こうして、なんとかラクシャータ達を危険から遠ざけた俺は、日が沈み暗くなった海面を漂い、月を頼りにワカヤマ目指してひたすら泳ぎ、無事に帰還を果たしたのだった。

 

 

 

 

 

 翌々日、合流ポイントであるワカヤマ地区に構えた施設の自室で、俺は目を覚ました。

 ワカヤマは陸路こそ悪いものの、古くは第六天魔王にすら逆らってみせた気質の土地柄だけに、ブリタニアに対する反発心が強く密告の危険が小さいのが魅力の地域だ。

 今はブリタニアに反逆の意思を悟られないのが何より重要であり、陸路の悪さも海路を利用すればそれほど苦にならず、フロートシステムが完成すればどうにでもなる。

 蜜柑などの農作物が旨いのもポイントだ。

 山間部は第二次太平洋戦争においてもさしたる被害を受けておらず、人々は自然と調和した昔ながらの暮らしを営み、全てが終わった暁には未来知識のジェレミアの様に、この地で蜜柑を作って暮らすのも悪く無いとすら思える。 

 まぁ、その自然を破壊する巨大な地下工場を造ったのは他ならぬ俺だ。

 どの口で言うか……と謗りを受けそうだが、コレくらいの細やかな夢を見たって良いだろう。

 

「ようやくお目覚めかい?」

 

 布団の中で微睡みながらボンヤリと考えていると聞き慣れた女性の声がする。

 

「ラクシャータさん……? あ、おはようございます…………って、何で俺の部屋に居るんですか!?」

 

 一瞬呆けた俺であったが、ベッドの上でガバッと上半身を起こして彼女と向き合った。

 

「そりゃぁ、アタシが医者だからだよ。坊やのことが心配で心配で……こうして観てやったってわけさ」

 

 どこから用意したのか、椅子に座って脚を組んだラクシャータは、火の点いていないキセルをプラプラとさせている。

 どうやらキセルを持つのは癖みたいなモノらしい。

 

 因みに、ラクシャータ達は俺の指示に従い即座にアワジから離れており、乗組員の全員が無事にワカヤマ地区へと帰還している。

 

「あ、それはスイマセン…………ん? って、俺はどこも怪我して無いですよね!?」

 

「そうみたいだねぇ……あんな無茶をしておきながら無傷だなんて、一体どんな身体の構造をしているのか……興味が沸くのも当然だろぅ?」

 

「そんなコト言ってシャツを捲らないで下さいっ! 俺は、至って普通ですっ」

 

「ツレナイ男だねぇ……一度やったんだから、二度も三度も同じじゃないか?」

 

「いや、同じじゃないですって!? 反省してますし、もう貴女にあんな真似をさせなくても大丈夫ですから……アワジでも何人か死なせましたが、全然平気ですよ?」

 

 今思えば、ルキアーノは俺が殺しを躊躇っていると考えていた様だが、全然そんなコトはない。

 完全に破壊するよりも、脱出させた方が手早く無力化出来るからやっていただけだ。

 

「それはそれで、どうなんだい?」

 

「ウジウジ悩むよりは良いんじゃないですか? それより、何かがあった……だから貴女はここに来た……違いますか?」

 

「さすが坊やだ……何もかも大ハズレぇ。天然なのかねぇ? アンタは何にも分かっちゃいないよ」

 

「え……? じゃぁどうしてここに?」

 

「そうさね…………アンタはこっちの状況だけ聞くと直ぐ寝ちまったからねぇ。零式も壊れたし、今後の方向性でも聞くとしようか」

 

 尤もらしいコトを述べたラクシャータだが、どこか取って付けた感がある。

 彼女の真の目的はインドの独立だけど、イマイチ考えが掴みきれない。

 

 実際のところ、ラクシャータは俺をどう思っているのだろうか?

 

「それならば決まっています。コレからは量産機の開発に重点を置いて下さい。開発するKMFの性能は基本的にお任せしますが、俺から三つばかり注文を付けさせてもらいます」

 

 アワジでの闘いの最中から決めていた案をラクシャータに告げた俺は、彼女の眼前に向けて三本の指を立てる。

 

「……いい加減、もっと楽に話しちゃくれないもんかね?」

 

「操作性、生産性、それから生存性……機体性能が多少落ちても、この三つは備えて下さい」

 

 ラクシャータのぼやきを華麗にスルーした俺は、語りながら順に指を折っていく。

 

 乗り手を選ぶ量産機などに意味はなく、生産性が悪ければ量産出来ない。

 そして最後の生存性。

 説明不要でこれが何より重要だろう。

 

「ふぅ〜ん? そういうコトはちゃんと解ってるんだねぇ」

 

 ニンマリ笑ったラクシャータは満足そうに頷いている。

 方向性を了承したとみていいだろう。

 

「当たり前です。これでも俺は日本におけるKMF開発の総責任者ですよ?」

 

「その総責任者様が、単騎で戦場に行くのはどうなんだい?」

 

「それはもう、終わりにします……今回のコトで戦略眼の無さを痛感しましたから」

 

 神出鬼没のテロリスト……こう考えていたのは俺だけだったらしく、実際のところは幾つかの法則が有ったようだ。

 俺が狙うのはKMFが配備される海に面した軍事基地、襲撃の時間は日没の二時間前、襲撃の間隔は最短でも一週間は開き、次第に規模の大きな施設が狙われている、天候は決まって晴れ……等々、これ等はラクシャータ達も気付いていた法則だ。

 知っていたなら教えてくれれば良いものを……と、愚痴の一つも言ってみたが、より多くのKMFと闘うため意図的にしているコトだと考えていたそうだ。

 

 バレバレ過ぎて、逆に計略と思われる俺の行動指針って一体……。

 

 あ、ダメだ……思い返したら軽くへこむ。

 

「そんなに落ち込むもんじゃないよ。アンタは良くやったさ……アワジでもあたし達を守ってくれたじゃないか? その為のパターンZだろ?」

 

「それは違います……俺がもっとしっかりしていれば、ラクシャータさんが危険な目に合うコトもなかったんです。だけど、俺には先を見通す様な計画は立てられません。だから、仲間を……戦略眼に長けた男を探そうと思います。暫くの間は学生としてトウキョウ祖界に潜り込み、色々探ってみようかと」

 

「そうかい……寂しくなるねぇ」

 

 何処か哀しげに微笑んだラクシャータは、特に反対することなく部屋をあとにした。

 

 

 それから俺は、量産機やフロートシステム、さらなる過剰スペック機の開発依頼を正式に出してワカヤマ地区を離れ、ルルーシュ達との再会を果たすべく、トウキョウ祖界に潜入するのだった。



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再会・前編

 皇暦2017年、9月某日、早朝。

 

 学生服に身を包んだ俺は、アッシュフォード学園の正門前で佇んでいた。

 と言っても、既に学園の敷地内にある寮への入居を済ませているので、学園に初めて訪れたというわけでなく、この行為は気分によるところが大きい。

 

 アッシュフォード学園は今日から新学期を迎え、俺にとっては、実に七年ぶりとなる学校生活が始まるのだ。

 

 学園生活は大目標を叶える為の手段に過ぎないと理解していても、どこかソワソワした気分の自分がいるのを否定出来ない。

 未来知識の俺やルルーシュは学園で楽しそうに笑っていたんだ……お祭り好きのミレイ会長や、ルルーシュの親友リヴァル、ルルーシュに恋心を寄せるシャーリー、テロ活動に励む紅月カレン達が、血塗られた今の俺とも仲良くしてくれるのか……そもそも、ルルーシュと仲良くなれるのかだって未知数だ。

 等といった不安の種もあるが、やはり、どうしてもワクワクした気分が勝ってしまう。

 

 因みに、イレブンに対する差別意識の強い、ヒステリックなニーナに関しては仲良くしたくもないし、どうでもいい。

 とは言え、ニーナが独自に研究している大量破壊兵器『フレイヤ』に関するコトは捨て置けないので扱いに困る。

 何らかの手段を講じてニーナにフレイヤ研究を止めさせたとしても、いずれは誰かが発明するかも知れず、それならば最初から手の内に収めた方が……。

 

 はぁ……。

 我ながら嫌になる。

 俺はいつから人を駒のように見て、パズルでもするかのような謀略めいたコトを考える人間に成ったんだろう…………って、最初からか。

 

 まぁ、これも未来知識なんて余計なモノを背負った者の定めだろう……俺のワクワクや葛藤なんかはどうでもよく、重要なのはルルーシュに関するコトだ。今日まで割と好き勝手にやってきたけれど、これより先は難しい選択を迫られるコトになりそうだ。

 

 未来知識のルルーシュは変な仮面を被って『ゼロ』と名乗り、卓越した頭脳と『絶対尊守のギアス』の力を使って組織を作り、ブリタニア相手に戦争を仕掛けるのだが、何も好き好んで変な仮面を被って戦争していた訳じゃない。

 ルルーシュにはそうするなりの理由があり、そうするより他に無かったのだろう……そしてそれは、未来知識を知る俺であっても無視の出来ないモノになる。

 その最たるモノがルルーシュの素性の秘匿だ。

 ブリタニア皇族の中にはルルーシュ達を溺愛している者が少なからず存在し、特に厄介なのが『ブリタニアの魔女』の異名を持つルルーシュの異母姉、コーネリア・リ・ブリタニア。

 コイツに生存を知られれば、ルルーシュの反逆はその時点で終わりを迎えるだろう……それ故に俺も細心の注意を払わな付けなければ、ルルーシュの反逆は始まる前に終わってしまう、と言った具合だ。

 尤も、コーネリアに生存を知られるのがルルーシュにとって良い事なのか悪い事なのか、俺にはなんとも言えないのが辛いところでもある。

 

 ルルーシュには未来知識のように反逆を起こし、俺と協力してコトに当たって欲しいと思っている。

 日本解放独立戦争の作戦立案に、ルルーシュの頭脳は欠かせないからだ。

 しかし、これは俺の都合でしかなく、未来情報を伏せて操るかのような真似をするのは、友達に対して余りにも不誠実だ。

 だから俺は、未来知識をルルーシュに伝えた上で、どうするか本人の意思に任せたいと思っている。

 今は未だ時期尚早で伝えられないが、時さえくれば上手く未来知識を伝える方法は既に考えてある。

 それに……ルルーシュは未来知識を知っても反逆する、と確信めいたモノが俺にはある。

 

 ルルーシュが反逆する理由はいくつかあるが、結局ルルーシュは、

 

『ルルーシュだから反逆する』

 

 この一言に尽きる。

 

 俺のようにルルーシュ自身が知識を得たならまだしも、本来知り得ない真実や未来の可能性を人から聞いた程度で反逆しなくなる男なら、最初から反逆なんて無謀な考えには至らない。

 こんな事をルルーシュに言えば、きっと必死になって否定するだろうけど、ルルーシュは父であるシャルル・ジ・ブリタニアに誰よりも似ている。尊大なところも、不器用なところも、才覚溢れるところも、負けず嫌いなところも、目的の為なら手段を選ばず世界を巻き込むところもソックリだ。

 もしかしたらルルーシュの反逆の理由には、同族嫌悪的なモノがあるのかも知れず、心配なのは寧ろ、未来知識を知っても尚『ゼロレクイエム』を計画しかねないコトだったりする。

 

 まぁ、実際のところルルーシュがどう判断するのかは、未来知識を明かすまでは判らない。

 もしかしたら、俺と敵対する道や、皇帝と和解する道だってあるかもしれず、まさに、未来は無数の可能性があり、必要以上に頭を悩ますだけ無駄だろう。

 

 とりあえず、未来知識が始まる迄にルルーシュの信を得て、ゼロレクイエムを避ける為に、とある人物の協力を得ようと考えているが、これでさえ上手くいくどうかはコレからの俺次第だ。

 

「さぁ、行くか」

 

 遥か先の校舎を見つめた俺は小さく呟き、新生活の第一歩を踏み出したのだった。

 

 

 

 

「ホームルームを始める前に、今日から皆さんと一緒に勉強する転校生を紹介します。では、桜木君」

 

「はい、先生!」

 

――SAKURAGI

   SUZAKU――

 

「俺は、桜木朱雀。エスツーとでも呼んで下さい。見ての通りイレブンですが、仲良くしていただければ嬉しく思います」

 

 黒板に偽りの名をデカデカと書き記した俺は、静まり返る教室内を見渡して深々と御辞儀する。

 偽名を名乗るのはルルーシュと問題なく友達関係を築く為だ。

 未来知識の枢木スザクは、自身が日本国最後の首相の子供であるのを気にしてか、ルルーシュと距離を取ろうとしていた。ブリタニア人が首相の子供と知り合いでは、変に勘繰られたとしてもおかしくない、との判断だろう。

 しかし、こうして偽名を名乗っておけば、俺がルルーシュと知り合いでも単なるご近所の友達で説明が付く。ブリタニア人が戦争前の日本に全く居なかったワケでもないのである。

 

「えっ……と、桜木君は優秀な成績で転入試験に合格しています。皆さん仲良くしてあげてください……席は一番後ろの空いている所にどうぞ」

 

 何故か困惑した感じの教員に従い、空いている後ろの席……片肘突いて眠るルルーシュの後方に向かって教室の中央を歩く。

 

「ルルーシュ? お前、ルルーシュか!?」

 

 俺はルルーシュとスレ違い様に気付いた風を装って声をかけた。

 

「なにっ!? お前……朱雀か?」

 

 ガクッと体勢を崩したルルーシュは、頭を持ち上げ俺の顔を見るなり驚きの表情で眠気眼を見開いた。

 どうやら、器用にも完全に寝ていた様だ。

 

「驚きすぎだよ。さっき桜木朱雀、エスツーって呼んでくれって自己紹介したじゃないか……聞いてなかったのかい?」

 

「あ、あぁ……考え事をしていたんだ。そうか、桜木朱雀でエスツーか……随分と久しぶりだな。又会えて嬉しいよ」

 

 一瞬真剣な表情を浮かべたルルーシュは、即座に理解したのだろう。昔と変わらぬ穏和な表情を浮かべ右手を出して握手を求めてきた。

 どうやら、俺の杞憂は杞憂だった様だ。内心でホッと胸を撫で下ろす。

 

「お前が居るだなんて思ってもいなかったから、びっくりしたけど会えて嬉しいよ……ナナリーも元気にしてるのかい?」

 

 実際は未来知識を参考に在籍調査を事前に行い、ルルーシュ達が居ると知った上での転入だが、嬉しいコトは事実だ。

 俺も笑顔を浮かべてルルーシュの手を握り返す。

 

 そんな俺達のやりとりを見た教室内が『嘘っ!? ルルがあんな顔を!?』等と騒がしくなっているが気にしない。

 

「あぁ、お前に会えればナナリーも喜ぶ……だが、今はホームルームの最中だ。後で話そう」

 

「そうだな。つもる話もあるけれど、又、後で」

 

 離した右手で学生服の襟首を掴み合図を送った俺は、ルルーシュの後ろの席へと着席した。

 この場では話せない事がある……ルルーシュにならこれで十分伝わるハズだ。

 

 余談になるが着席した俺は、先ほど声を上げて驚いていた長い髪の少女、シャーリー・フェネットに何故か睨まれていたので、手を振っておいた。

 

 こうして無事にルルーシュとの再会を果たした俺は、休み時間毎に質問責めにあいながら学園生活の初日を終え、漸く迎えた午後になってから屋上へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

「お前……少し変わったな」

 

 屋上で待っていた俺の前に姿を現したルルーシュの、最初の言葉がこれだ。

 

「そうかい?」

 

 確かに俺は子供だった頃と比べて大きく変わった。

 内心でギクリとしながらも、素っ気なく小首を傾げてみせる。

 

「あぁ……前はもっと考えなしに動いていたぞ? この合図を送るのだって、何時も俺の役割だった」

 

 ルルーシュは俺がしたように襟首を掴んで軽く上げている。

 この合図は元々はルルーシュが考案したモノであり、本来は『屋根裏部屋で話そう』といった意味だ。

 

「あはは。確かにそうだったな。イタズラでも何でも、俺は思い付いたら直ぐに実行しようとして、ルルーシュに止められ計画を練った……懐かしいよ。だけど、俺もアレから色々有って少しは成長したんだ」

 

「そうか……やはり、お前も苦労しているんだな」

 

「ルルーシュ程じゃないさ……名前、なんて呼べば良い?」

 

「ランペルージ……ルルーシュ・ランペルージ。昔の俺は公式には死んだコトになっている。これが今の俺の名だ。お互い、昔が知られればマズイ境遇だからな? しかし、お前のエスツーはやりすぎだ。人の名前になっていないぞ」

 

「そうかな? カッコいいと思ったんだけど……それに、この呼び名には意味があるんだ」

 

「意味だと?」

 

「そう……だけど、今はまだ言えない」

 

「バカなっ!? 言えないだとっ!? お前が隠し事をするのを覚えたとでもいうのか!?」

 

 ルルーシュは何もない前面の空間を振り払う様に手を振っては、大袈裟に驚いている。

 

「酷いなぁ……それだと俺が、嘘も付けない考え無しの馬鹿みたいじゃないか?」

 

「あぁ、すまない……そんなつもりは……いや、だが、実際お前は嘘を付かない男だった。だからこそ、俺とナナリーもお前を信用する事が出来たんだ」

 

「そうか……そうだったな……だったら今の俺は……ルルーシュの友達の資格は無いのかも知れない」

 

「ふんっ……成長したんだろ? 大人になれば誰しもが嘘を覚える。おまけに枢木家の当主なら言えない事の1つや2つは出来て当然だ。だから俺は、嘘そのものではなく、嘘を付いた意味こそが重要だと宣言しよう。従って俺に嘘を付くコトに罪悪感を感じているお前は、信頼に値するということに他ならない!」

 

 よく判らない力説するルルーシュだが、俺が枢木家の当主と知る辺りは流石の情報収集能力だと言える。

 この分だと俺が何をしているのか知っていてもおかしくない……今、聞けば話は早い。

 

 だけど、今はまだ……もう少しだけ学生をやってみたいんだ。

 

「宣言って……相変わらずルルーシュは大袈裟だなぁ。要するに、俺はお前の友達でいてもいいってコトだろ?」

 

 笑顔を浮かべた俺は、浮かんだ疑念と全く関係無いコトを口にする。

 

「当たり前だ。お前は俺にとってのたった一人の友達だ……って、こんな恥ずかしい事を言わせるなっ」

 

「はいはい……でも、たった一人ってコトはないと思うよ」

 

「なにっ? どういうコトだ!? まさかお前……俺以外にも友達がいるのか!?」

 

 頭の回転が速すぎる故の弊害か、ルルーシュは見当違いの答に辿り着いた様で、一人で勝手に狼狽えている。

 

 面白いので暫く放っておこう。

 

「なんでそうなる? それより、ルルーシュに頼みたい事があるんだ……」

 

 こうして、頼みたい事……生徒会への参加の意向を告げた俺は、2つ返事でルルーシュからの了承を貰い、ミレイ会長の許可を得るために生徒会室となっているクラブハウスへと向かうのだった。

 



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再会・中編

まさかの中編。








 俺達は当たり障りのない近況報告……ルルーシュからは、料理が上手に成っただとか、アッシュフォード家の好意で今の生活が成り立っているだとか。

 俺からは、遠縁の親戚がいる田舎に身を寄せていたので、戦前とあまり変わらない修行に励む生活を送っていただとか、今は学生寮で一人暮らしをしているだとか……嘘ではないけど真実も告げない話を交わしながら、クラブハウスを目指して歩いた。

 そんな俺達の行く手を予想外の人物が遮ったのは、階段を下りきり一階に降りた時のコトだった。

 

「あの……少し、話したいことが有るんだけど、良いかな?」

 

 俺達の行く手を遮り片手を口元にあて、伏し目がちにか細い声で話す赤毛の少女、カレン・シュタットフェルトは儚げだ。

 

 しかし、未来知識を持つ俺は、彼女のこの姿は設定であると知っている。

 実際の彼女は、シンジュクゲットーでレジスタンス活動を行う『扇グループ』の一員で、極めて運動能力の高いテロリスト、紅月カレンだ。

 今だって屋上にいた俺達の事……いや、正確には俺を遠目に探り俺達の移動に合わせ別階段を使って走り、先回りしている。

 その証拠に僅かに息が荒い。

 

「すまない。俺は忙しいんだ」

 

「あなたに用はありませんからお先にどうぞ。用があるのは桜木君です」

 

 ずいっと前に出たルルーシュがカレンをあしらおとするも、逆に素っ気なくあしらわれポカンと口を開いている。

 自信家故に、女に呼び止められると自分に用があると思ってしまうのだろう。

 

「ルルーシュに用がないなら俺に用があるのかな? カレン・シュタットフェルトさん」

 

「お前、コイツを知っているのか!? まさかっ、コイツがお前の!?」

 

「何言ってるんだい……知っているも何も、クラスメイトじゃないか? どうしてルルーシュが知らないのさ」

 

 ルルーシュの記憶力はハッキリ言って異常だ。その気になってモノを見れば、一度見ただけで大抵のモノを覚えてしまう。

 つまりルルーシュにとってカレン・シュタットフェルトは、完全に興味の対象外だったのだろう。

 

「あの……付いてきてくれますか?」

 

 眉を下げてか細い声を出すカレンだが、コメカミの辺りがヒクついている。

 俺達の暢気なやり取りにイラついている様だ……未来知識の通り、短気で直情的か……。

 

 正直、彼女に対して思うところはある。

 未来知識上の紅月カレンは、ルルーシュが演じるゼロの親衛隊として闘うエースパイロットだけど、最後には感情に任せてルルーシュを裏切り敵対する女だ。

 いくらルルーシュの方から離れていくように画策したとはいえ、許せることじゃない。

 

 だけど、今の彼女は未だ何もしていない……未来知識に引き摺られ、必要以上の敵愾心を彼女に向けるつもりはない。

 そもそも俺は、あんな結末を迎えない為に動いている。

 目の前の彼女の狙いは判らないが、新たな関係を築く助けになるかもしれないし、ここは彼女の話を聞いてみるのが良さそうだ。

 

「……ここじゃ話せないのかな?」

 

「出来れば二人きりに……」

 

「分かった。でも俺もこの後用があるから手短に頼む」

 

「なっ!? 間違えているぞ、朱雀! お前にはナナリーがいる! そんな女に付いていってどうするつもりだ!?」

 

 ポカン状態から復活したルルーシュは、またまた意味の分からない事を叫んでいる。

 

 面白いから放っておきたいけれど、流石に少しは訂正しておくとしよう。

 

「はいはい……そんな大袈裟に成らなくても大丈夫だって。多分、ルルーシュが考えている様な話じゃないから」

 

 こうして俺は「場所なら判る」と、狼狽えるルルーシュを先にクラブハウスに向かわせ、カレンに連れられて中庭へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

「どうして日本人のお前が、ヘラヘラ笑ってイレブンだなんて言えるんだっ」

 

 中庭で立ち止まった紅月カレンは振り返ると、後ろから付いて歩く俺の胸ぐらを掴んで顔を寄せ、ドスの利いた声で脅しくる。

 

「……直情的だな」

 

 カレンの手首を掴んだ俺は、力ずくで彼女の手を下げさせた。

 

「……っ痛。この馬鹿力!」

 

 俺の手を振り払ったカレンが一歩後退り、俺達は適度な距離で向かいあう。

 

「カレンさん……で良いのかな? キミは日本人がイレブンと自称する度にこんな事をしているんだ?」

 

「違うっ、お前のような奴にダケだっ」

 

「俺のような……? どういう意味かな?」

 

 俺は内心の焦りを隠して冷静を装い、にこやかに聞いてみる。

 扇グループ程度の組織に属するカレンが俺の事を知っているなら……それはつまり、俺こと枢木朱雀は裏の世界では有名人ということになってしまう。

 

 俺の名は極力表に出ないようにしていたハズだが……不十分だったのか?

 

「この学園に入れる日本人なら金持ちに決まっているっ……日本人の中でも力のあるお前達がブリタニアに媚びへつらうからっ、いつまで経っても日本は変わらないんだ」

 

「ハァ……キミはそんな程度の根拠でよく確かめもせず、こんな真似をするのかい?」

 

 あまりの考えなしの行動に、ホッとするやらガックリするやら……俺は、ため息を付いて呆れ眼でカレンに問いかける。

 

 完全な驚き損である。

 

「なんだとっ!?」

 

「もし俺がブリタニアの諜報員だったら、どうするつもりなんだ? キミのその言動はブリタニア国家に対する明らかな反逆だ」

 

「……っ!? お前、まさかっ!?」

 

「あぁ、違う違う。もしもの話だ……俺はただのイレブンさ」

 

「だからっ、イレブンって言うな!」

 

 一周巡ってまたそれか。

 熱意は買うが、これじゃぁ兵士としてはどうなんだ?

 

「キミは間違えている。今現在は、日本という国は存在しないし、俺がイレブンなのは紛れもない事実だ……日本の血を引く君が日本を憂いてくれるのは嬉しいけど、キミの行動はあまりに短絡的だ」

 

「ど、どうして、私の事を!?」

 

「見れば分かる」

 

「そ、そうかな?」

 

 彼女は何故か嬉しそうにハニかんだ。

 

 かなりマズイ会話をしているハズなのに、それで良いのか紅月カレン。

 

「今の話は聞かなかったコトにするけど、変な思想を他人に押し付けるのはホドホドにした方が良いんじゃないかな? 話すなら、せめて相手のコトをもっと調べてからだ」

 

「あぁ、すまなかった……だけど、お前はどうして自分をイレブンだなんて呼べるんだ!?」

 

「ふぅ……聞いてなかったのかい? 現に俺はイレブンだし下手に日本人と名乗れば余計な軋轢を産むだけだから、イレブンと名乗って争いを避ける。日本人らしい行動だとは思わないかい? ……キミの話がこれだけなら俺はもう行くよ」

 

 彼女とこれ以上話すコトはない。

 今日のところは、目の前の彼女がブリタニアに敵意を抱いていると知れただけで十分だ。

 背を向けた俺は軽く手を振った。

 

「あ、待って! 又、話せるかな?」

 

「こんな場所で、物騒な話はしたくないよ」

 

 裏を返せば、違う場所なら話しても良いということだけど、果たして彼女に伝わったのか。

 

 振り返ることなくクラブハウスを目指して歩き始めた俺に、確認する術はなかったのである。

 

 

 

 

「遅かったな、朱雀……皆、待っているぞ」

 

 クラブハウスのインターホンを鳴らすと、不機嫌そうな面持ちのルルーシュがドアを開き、俺を招き入れる。

 

 玄関を入って直ぐのエントランスホールには、真っ白なテーブルクロスの掛けられた丸いテーブルが幾つか置かれている。

 俺の生徒会入りをルルーシュが打診したにしては準備が早すぎるし、何か別の催しモノがあるのかもしれない。

 

「ごめんごめん。イレブンと名乗ったのが気に入らなかったみたいでさ。彼女、卑屈な男は嫌いなんだって」

 

「彼女って、カレンさんよね? なんか意外……もしかして、気が強いのかな?」

 

 そう言って玄関にまでやってきたのはシャーリーだ。

 当初は俺を睨んでいたシャーリーだが、午前中にルルーシュから紹介された彼女に向かって「ルルーシュの彼女?」と聞いたのをきっかけに、すっかり打ち解けてくれた。

 

 未来知識上は若くして死を迎えたシャーリーこそが、ルルーシュの日常の象徴であり、出来ればルルーシュと結ばれて欲しいと思っている。

 

 シャーリーとルルーシュに挟まれる形で、丸いテーブルに向かう俺は、彼女を死なせない……と密かに誓う。

 

「どうだろう? 俺は、少し話しただけだから」

 

「そんなこと言って、ホントは告白されたんじゃないの?」

 

 そう言って茶化してきたのはリヴァルだ。

 当初は俺との距離を図りかねていたリヴァルだが、午前中にルルーシュから紹介された彼に向かって「ルルーシュの友達?」と聞いたのをきっかけに、すっかり打ち解けてくれた。

 

 リヴァルは未来知識上だと最後までルルーシュの秘密に関わることは無かったが、誰よりもルルーシュを信じた男であり、ルルーシュと親友同士といって過言ではない。

 

 出来ることならルルーシュにも自覚させたいと思っている。

 

「それはないよ。俺はイレブンだからね」

 

「そんなの関係ないって。朱雀はルルーシュの友達だから俺とも友達だろ? カレンさんだって分かってくれるさ」

 

「またいい加減なコト言って……それ、どんな理屈よ?」

 

 そう言って話の輪に加わったのはミレイ会長だ。

 ワゴン車を押しながら現れたエプロン姿の彼女は、どこか俺を値踏みする様な視線を向けてくる。

 

 ルルーシュの生い立ちを知る彼女とは、なんとか上手くやっていきたいのだが、俺の第一印象は良くない様だ。

 

「あ、会長」

 

「朱雀、紹介しよう……アッシュフォード学園生徒会のミレイ・アッシュフォード会長だ。この学園の理事長の孫娘でもある」

 

「ミレイ・アッシュフォードよ。あなたが朱雀君かぁ……ルルちゃんの友達なんだってね?」

 

「はい。桜木朱雀です。ルルーシュとは戦前の頃に仲良くしていました」

 

「ふぅ〜ん? 戦争前かぁ……」

 

 軽くお辞儀した俺に、やはり値踏みするような視線を向けてくるミレイ会長だけど、理由が分からない。

 

 ミレイ会長は未来知識上でも掴みどころのない部分が見受けられたが、何か良からぬ企みでも考えているのだろうか?

 

「ねね? ルルって子供の頃はどんなだったの?」

 

 俺とミレイ会長の間に漂う微妙な空気に気付かないシャーリーは、料理を並べながら興味津々といった面持ちだ。

 

「どんなって、今と変わらないんじゃないかな? シスコンで、無駄に偉そうで、負けず嫌いで、意地っ張りで、頭は良いけど貧弱で、シスコンで」

 

「待て、朱雀! シスコンが被っているぞ!」

 

「大事な事だから二回言ったんだよ」

 

「む……そうだな、ナナリーは大事だからな」

 

「否定はしないんだ……」

「っていうか、今のって悪口でしょ」

 

 俺とルルーシュのやり取りに、呆れるシャーリーとリヴァル。

 

「そうかな? さっきの言葉を続けると、シスコンで不器用だけど根は優しいになるんだけど……違うかな?」

 

「誰が優しいというのだ!?」

「うぅぅん、合ってる!」

「確かにルルーシュって不器用だからなぁ」

 

 俺のルルーシュ評に納得したのか、しきりに頷く二人と、納得いかないのか、苦虫を噛み潰したかの様な表情をする一人。

 

「ハイハイ、皆おしゃべりを止めて手を動かす! 話は準備が終わってからにしましょ? 朱雀君、ちょっと手伝ってくれるかな?」

 

「会長、朱雀はゲストですよ。手伝いなら俺が」

 

「クラブハウスの案内も兼ねるから良いの。ルルーシュはナナちゃんを呼んできて、会長命令よ」

 

 そう言ってルルーシュにウインクしたミレイ会長が俺に手招きする。

 

 こうして俺は、会長に従ってクラブハウスの奥へと向かった。

 

 

 

 

「これで良しっ……準備は万全。後は運ぶだけね」

 

 コンロから下ろした鍋をワゴン車に乗せたミレイ会長は、満足そうに腰に手を当て胸を張っている。

 

 胸を反らすことで、エプロン姿でもその抜群のスタイルがハッキリと判る。

 

「はぁ……? コレッて俺は必要なかったんじゃ?」

 

 と言うのも、俺は台所に来てから何もしていない。

 様々な食器をテキパキとワゴン車に乗せて、鍋が煮立つまでの間に後片付けをしたのも会長だ。

 

「そうねぇ〜。実はね、朱雀君に来てもらったのは、話したい事があったからなのよ」

 

「話したい事、ですか?」

 

「回りくどいのは嫌いだから単刀直入に聞くわね…………何の目的でルルーシュ様に近付いてきたの?」

 

 一歩前に出て至近距離で俺の目を見るミレイ・アッシュフォードは真剣そのものだ。

 

「ルルーシュ様?」

 

「そういうお惚けはいらないから。戦争前のルルーシュ様を知っているなら、貴方は素性を知っているハズよ」

 

 紅月カレンとは違い確信が有っての詰問らしい。

 

「ということは、ミレイ会長もご存知なのですね」

 

「えぇ。だから確認しておきたいの。爵位はなくしたけれど、お祖父様の周りには護衛が居るのよ」

 

「それがなにか?」

 

「達人っていうのかしら? そういう人達を見てきているから、朱雀君が只者でないのが判るのよ。ルルーシュ様の過去を知る只者でない貴方が、こんな時期に転校してきた……警戒するなというのが無理な話しじゃないかしら?」

 

 ルルーシュの過去を知る者から見れば、俺は怪しさ満点、と云うことか。

 

「なるほど……そういう見方もあるのですね。勉強になります」

 

 というか、ここでこの考え方を知れたのは大きい。

 これは、俺も素顔を隠して行動する必要がありそうだな……問題を起こした俺を調べるついでにルルーシュの事がバレる、なんてことにもなりかねない。

 

「判ってくれたみたいね? それで、貴方の目的は?」

 

「目的といわれましても困ります。この学園でルルーシュに会ったのは偶然ですから」

 

 困り顔を造った俺は、肩を竦めて両掌を軽く上に上げる。

 

 俺は、伊達にキョウトの妖怪じじぃ相手に嘘をついてきたのではない。ミレイ・アッシュフォードが才覚溢れる女性であったとしても、化かし合いで俺が負けることはないだろう。

 

「それを信じろというの?」

 

「信じるもなにも、どうやったらルルーシュがここに居ると調べられるんですか? アッシュフォードの機密保持は、俺のような学生に破られるモノなのでしょうか?」

 

 俺がルルーシュの在籍を確認したのは数年前に肉眼で一度だけ。

 アッシュフォードの機密情報に侵入する様な真似は一切しておらず、何の証拠も有りはしない。

 

「アイタぁ……それを言われちゃうとそうなのよねぇ。だったらやっぱり、朱雀君が現れたのは偶然かしら?」

 

 証拠がないのはミレイも判っていた様で、露骨なまでに表情を崩した。

 俺を調べても証拠が出ないからカマをかけた……と言ったところか。

 

「偶然ですよ。話はそれだけでしょうか?」

 

「そうねぇ……この際だから聞いても良いかしら? 朱雀君はルルちゃんの事をどう思ってるの?」

 

「どうって……俺はルルーシュのイエスマンでも部下でもなく、友達です。だから、時にはルルーシュと争うことも有るかもしれませんが、基本的にはルルーシュもナナリーも、幸せになってもらいたい……そう思ってます」

 

 こういう話は一度で済ませたい。

 俺は慎重に言葉を選んで出来るだけ真実に近くなる様に答えた。

 

 核心部分は言えないが、これも嘘ではないハズだ。

 

「そっか……そうよね。友達だもんね」

 

 俺の思いが通じたのか、ミレイは「友達ってそうよね」と呟きながら頷いている。

 

「信じてくれるのですか?」

 

「勿論。って言っても、正確には貴方じゃなくルルーシュを信じているから……貴方はルルーシュが選んだ友達なんだから、本来は私が疑うコトが間違いなのよねぇ」

 

 そう言って自嘲気味に笑ったミレイは、どこか悲しげだ。

 

「そんなことは……ルルーシュはアレで結構抜けているところもありますから、貴女の様な方のフォローがあれば俺も心強いです」

 

「そんな気を使ってくれなくて良いのよ……正直に言うとね? 悔しかったんだぁ……朱雀君の事を話すルルーシュはナナちゃんに向ける顔をしていたわ。あの笑顔はナナちゃんにだけ向けられるモノだとばかり思っていたからね? それが……はぁ……私達ってルルーシュにとっては何なのかしら……」

 

 俺に言うではなく、天井を見上げて呟いたミレイの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。

 

「大切な人達じゃないですか? 俺は、ルルーシュが目的を持つ前の、子供の頃に知り合えたから友達に成れただけですよ。今は、目的の前にルルーシュ自身がそれに気付かないフリをしていますが、いつかルルーシュもこの学園が大切なモノだと気付くハズです」

 

「ありがとう……でも、ルルーシュの目的って?」

 

 涙を拭ったミレイは俺の失言を聞き逃していなかったようだ。

 首を傾げて聞いてくるも、その目が光って見えるのは涙のせいだけではないだろう。

 

「それは…………言えません。少し話し過ぎましたね。ルルーシュが貴女に話していないなら、それはルルーシュの意思です。俺の口からは言えません」

 

 未来知識を参考にすれば、ルルーシュの目的が『ブリタニアをぶっ壊す』と知ってもミレイ・アッシュフォードならば協力してくれる可能性はある。

 だが、出会ったバカリの俺の一存で決められる事ではないだろう。

 

「そっか…………ガァーーッツ!」

 

 ミレイは落ち込んで俯いたかと思いきや、いきなり大声で叫びだした。

 

「急にどうしたんですか!?」

 

「自分に気合いを入れてみたの。朱雀君が言うようにルルーシュ様が話してくれないのは、私に問題が有るからじゃない? だから、いつか話してもらえる様にもっと精進せねば……ってね?」

 

 どちらかと言えばミレイよりもルルーシュに問題があるけれど、話が纏まりかけているし、言わぬが花ってモノだろう。

 

 それにしても、

 

「会長さんは強いんですね」

 

「もっと誉めるが良い。このミレイさんこそがルルーシュ様のたった一人の部下だと思っているんだから。でも、主に気を使わせてどうするのっ、って話よね」

 

「そうですね。さぁ、話が終わったならそろそろ行きませんか? あ、わかってると思いますが」

 

 日本人らしく曖昧な笑顔を見せた俺は、一応の確認をとっておく。

 

「この話はここだけの話でしょ? だけど、朱雀君がルルちゃんを悪の道に誘ったら、会長権限で退学にしちゃうんだから」

 

「誘いませんから。大体、悪の道って何なんですか?」

 

「うーん? 授業を脱け出して屋上でタバコを吸うとか?」

 

「やりませんって。何時の時代の不良ですかっ!?」

 

 等と笑いながら話した俺は、ワゴン車を突いてエントランスホールにもどるのだった。

 

 

 

 

 

 エントランスホールに戻ると、丸いテーブルに食器や料理が並べられ、全ての準備が終わっているのか、ルルーシュ達は和やかに談笑している。

 

 その輪の中で俺の目的の人物も、瞳を閉じて車椅子に座り笑っていた。

 

「あ、ミレイさん? 良い匂い……一体何のパーティーなんですか? お兄さまったら教えてくれないんです。楽しみにしてろ、もうすぐ分かるって」

 

 ワゴン車の音と料理の匂いで気付いたのか、車椅子の少女、ナナリーが此方に顔を向けて小首を傾げた。

 

「俺の歓迎会を開いてくれるみたいだよ、ナナリー……久しぶりだね? 目はまだ開かないのかい?」

 

 俺がナナリーに近付きそう告げた瞬間、何故か笑い声が消え、周囲の空気が固まったのだった。

 









次回は後編、のハズw



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再会・後編

今回で原作前は終りです。


「俺の歓迎会を開いてくれるみたいだよ、ナナリー……久しぶりだね? 目はまだ開かないのかい?」

 

 俺のこの言葉を聞いた生徒会の面々は、動きを止めて固まった。

 ミレイ会長とルルーシュの会話から俺の歓迎会とアタリをつけたのだが、間違えたのだろうか?

 

「何を言い出すんだ、朱雀っ! ナナリーの目が現代医学で治せないのは、お前だって知っているだろう!? それを……そうもあっけらかんと口にするとはっ! 相変わらずデリカシーの無いヤツめ!」

 

 いち早く活動停止状態から復活したルルーシュが声を荒げている。

 

 ルルーシュが言う様にナナリー目は、10年程前の事件を切っ掛けに開かなくされている。

 その事件とは、ナナリーの実の父のシャルルの双子の兄V・Vが、弟であるシャルルを取られまいと、ルルーシュとナナリーの実の母であるマリアンヌ皇妃を殺害せしめた、といったモノだ。

 自分でも何を言っているのか判らないが、これがルルーシュも知りたがっている、『アリエスの悲劇』と呼ばれるマリアンヌ殺害の真相だ。

 そして、V・Vの魔の手が子供達にも伸びる事を危惧したシャルルは、ギアスを使ってナナリーを偽りの目撃者に仕立てあげ、ルルーシュと共に日本に送る事で身の安全を確保したつもりになったらしい。

 

 シャルル皇帝の行いは突っ込み所が満載過ぎて、未来知識が正しいのか疑わしくなるレベルだが、髪形もアレだし常人と同じようにに考えてはいけないのだろう。

 因みに、シャルルのギアスは、他人に偽りの記憶を刻み込む、といった便利なモノであり、俺も欲しい……じゃなく、ナナリーはこのギアスの力で『目が見えない』と思い込まされているのである。

 従って、『見たい』とナナリーが強く念じれば見える様になる。これは、未来知識上のナナリーが実践したことであり、俺はこの情報を元にナナリーの開眼を促そうと思っている。

 

 ナナリーの目が開けばルルーシュが反逆しなくなりそうな気がしないでもないが、ルルーシュのより良い未来にはナナリーの開眼は欠かせない。

 もしも、ルルーシュが反逆しないなら、その時は……日本の力をキョウトの名の元に結集させて、ブリタニアに真っ向から独立戦争を挑むのみだ。

 

「あぁ、それで皆が固まってるのか。相変わらずのルルーシュだけじゃなく、生徒会の皆も過保護なんだ……でも、この話は俺とナナリーの問題なんだ。ルルーシュ達は少しの間黙って見ていて欲しい」

 

「なんだとっ!?」

 

「七年前のあの時……俺が言った言葉をナナリーは覚えているかな?」

 

 そんな事は認めない、そう言いたげなルルーシュをスルーしてもう一歩踏み出した俺は、ナナリーが座る車椅子の前で跪いて彼女の手をギュッと握りしめる。

 

「覚えています。『病は気から、見たいと思えば見える。だから頑張って』でしたよね……ですが、いくら見たいと願ってもこの通り見えていません。私の願いが足りていないのでしょうか?」

 

「そうかもしれない……良いかい、ナナリー? 俺の言葉をよく聞いて『感じて』ほしい。そうすれば、きっとキミの目は開くから」

 

 ナナリーにだけ解る様に告げた俺は、未来知識を思い浮かべる。

 脳の劣化の影響か、未来知識は年々思い出し辛くなっているけれど、それでも重要そうな部分はなんとかキープが出来ている。

 

 そして、ナナリー・ヴィ・ブリタニアは、人の手を握る事で考えを読み取る、といった異能の力の持ち主であり、この異能の力を通せば俺の未来知識を伝える事が出来る。

 七年前のナナリーは7歳の子供であった為に、過酷な未来図を伝えるのは躊躇われたが、14歳を迎えた今なら受け止めてくれるだろう。

 

「このっ、体力バカが! 見たいと思って見えるならば、医師等必要なくなるではないかっ」

 

「足が悪いのは別にして、ナナリーの目が開かないのは病気じゃないだろ? ルルーシュの言っていた事じゃないか……医師にも原因が判らない、って。だったら、後は意思の問題だ」

 

「誰が上手いことを言えとっ」

 

「ごめんごめん。そんなつもりで言ったんじゃないんだ。本当に日本には『病は気から』っていう格言があるんだ……ですよね? そこのメイドの方」

 

 俺は僅かに顔を持ち上げて笑顔を造ると、ナナリーの背後で車椅子を支えるメイド、篠崎サヨコだったかに同意を求める。

 

 ナナリーに記憶を伝えるにはどれくらい掛かるか判らないので、ちょっとした時間稼ぎだ。

 

「はい。何事も心構え次第といった精神論になります。ルルーシュ様」

 

「日本人が得意の根性論か……だが、そんなものではっ」

 

「そうやって否定しても何も変わらない……ルルーシュは黙って見てるといいさ。別に危ないことをしようってんじゃないんだから」

 

「む……それはそうだが。いや、ダメだっ、ナナリーが傷付く」

 

「良いんです、お兄さま……それより、朱雀さんはコレを信じているのでしょうか?」

 

 ナナリーの言う『コレ』とは未来知識の事だろう。

 代名詞を言い間違えたのでなければ、上手くナナリーに伝わったとみて良さそうだ。

 

「勿論。そうでなければこんなことは言わないさ……良いかい、ナナリー? 世界は優しくない。辛いことや、苦しいこと、悲しい事に満ち溢れている……特に俺のようなナンバーズには、とても辛い世界だ」

 

「朱雀……お前……」

 

「だけど目を背けちゃいけない。辛い世界であっても目を見開いて向き合い立ち向かう事で、未来はきっと開かれるし、楽しい事だって沢山ある」

 

「朱雀さん……ですが……」

 

「ナナリー、キミは強い子の筈だ。いつまでもルルーシュに頼ってないで安心させてあげなきゃ。だから、刻まれた記憶に囚われたりしないで、その目を開くんだ。キミなら出来る……俺の言ってる意味が判るよね?」

 

「ですが……今の私には覚悟が足りていません」

 

「大丈夫。キミの事は俺が守ってみせるし、ルルーシュの事も支えてみせる。俺はそれだけの修練を積んできた……キミの目が開けば全てが上手くいく……いや、違うか……答えはもっと単純だ。ナナリーはルルーシュの笑顔が見たくないのか? キミの目が開けばルルーシュが喜ぶ。それが全てだ!」

 

 ナナリーに語り掛ける内に自分の意思に気が付き、思わず声が大きくなる。

 

 そうだ。

 

 元々俺はルルーシュの為に未来に抗おうとしていたんだ。

 後から後から背負うモノが増えてきたが、ルルーシュが幸せなら俺の目的の一つは達成だ。

 

「ハ……っ!?」

 

 急に息を飲んだナナリーが、慌てた様に俺の手を放した。

 

「どうしたナナリー!?」

 

「朱雀さんは七年前……私達の為に……」

 

 ナナリーが申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。

 

 これは……七年前の父殺しまで伝わってしまったとみるべきか。

 

「ん……別に大したことじゃないよ。誰に言われたでもなく、これが俺の選んだ道だから」

 

 俺は出来るだけ明るく話すが、周りの人達は「コイツら何を話しているんだ?」とでも言いたげな面持ちで神妙にしている。

 

 幾度も突っ込みを入れてきたルルーシュでさえも黙ってしまい、広いエントランスホールが一瞬の静寂に包まれる。

 

 その時、ナナリーの頬を一筋の涙が流れ落ちた。

 

「朱雀さん……はじめまして、と言えば宜しいのでしょうか? ごめんなさい……とても優しそうで、悲しそうなお顔をしてますね」

 

 ゆっくりと瞼を開き、光を取り戻した瞳で俺を見据えたナナリーが、何故か謝罪の言葉を述べている。

 

「違うよ。コレはね、嬉しいんだ……色々あるけど、開いてくれて、ありがとう」

 

 未来知識を知る俺は、正直、ナナリーに対して思う所が無くはない。

 

 だけど、今は、ただただ嬉しく思い、ナナリーに釣られる様に涙を流した俺は、自然と感謝の言葉を口にする。

 

 俺にもまだ感情が残っていたらしい。

 

「バッ、馬鹿な!? ナナリー……お前、目が? 朱雀っ、お前は一体ナナリーに何をした!?」

 

「ルルーシュも見ていたハズだよ……俺は何もしていない。刻まれた辛い記憶に打ち勝ったのはナナリーさ」

 

 ルルーシュが疑うのは想定内……だからこそ、こうして堂々と疚しいことはないと、やってみせたんだ。

 

 制服の袖で涙を拭った俺は、そう言って立ち上がるとナナリーの正面の席をルルーシュに譲った。

 

「朱雀さんのお陰です。お兄さまのお顔を見るのは随分と久しぶりですね。お兄さまには今まで苦労をかけてしまいました……でも、コレからは朱雀さんと一緒にお兄さまを支えていきたいです」

 

「ナナリー……苦労なもんかっ。俺はお前の為ならっ」

 

 そこまで言ったルルーシュは感極まったのか、ナナリーを抱き締めるとそのまま口を閉ざし、ナナリーを抱き締めるルルーシュの肩は小刻みに震えていた。

 これでは本当にルルーシュは反逆を行わないかもしれない……日本の解放には大きな痛手だが、日本をあまねく照らす光となる、過剰スペック機『天照』を完成させればなんとかなる。

 

 今は、兄妹の喜びを共に分かち合おう。

 

 

 それから、生徒会の面々も涙を流してナナリーの開眼を喜び、俺の歓迎会はナナリー開眼記念パーティーとなって夜更け迄行われたのだった。

 

 

 そして、俺の学園生活はルルーシュとナナリーの笑顔に囲まれ、誰もが反逆者としての顔を見せずに穏やかに過ぎてゆき……運命の日を迎えた。

 











次回から地の文を、イニシャルでC・Cさんの語りによる三人称で話を進めてみようと思ってます。
たまに朱雀の一人称。

感想などがありましたらお気軽にどうぞ。


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シンジュク事変・壱

 ブリタニアの少年、ルルーシュ・ランペルージは、友の祖国を蹂躙するブリタニアを憎み、世界を壊そうと考えている。

 その友である少年、枢木朱雀は友の為に定められた運命に抗い、未来を壊そうと考えている。

 

 二人の破壊者が戦場で出逢う時、歴史は大きく動き出す。

 

 

 

 

 

 皇暦2017年10月某日。

 

 学園を抜け出し向かった先でチェスの代打ちを行ったルルーシュ・ランペルージは、容易く勝利を収め高校生としては過分な報酬を手にしていた。

 その額はピザに換算して実に一年分にも相当する。

 そんな高額報酬を手に入れたルルーシュは、悪友であるリヴァルが高速を走らせるバイクのサイドカーに乗り込み、学園への帰途についていた。

 

「貴族サイコー! 8分01秒の新記録! 流石ルルーシュだぜ」

 

「そうだな。プライドの高い貴族様は扱いやすくて助かるよ。支払いも間違いないからな」

 

 イタズラが成功した子供の様に屈託なく喜ぶリヴァルに合わせ、微笑を浮かべて答えたルルーシュだが、内心では全く違う事を考えていた。

 

(確かに今日の稼ぎは良かった……だが、こんなモノではまだまだ足りん。今年の夏を境に成りを潜めた一連のテロ活動をデータ収集だと仮定すれば、今頃は量産機の開発に着手していておかしくない。アイツがトウキョウ祖界に現れたのを政庁攻略の下準備の為だとすると……朱雀達の計画は最終段階に入っているとみるべきなのだ)

 

 ルルーシュ・ランペルージは聡明だ。

 悪魔的な知能を持つルルーシュは、日本国のあまりにも潔い降伏からの恭順。エリア11で行われる統制されているかの様なレジスタンス活動。そこに妹であるナナリーの態度や、枢木朱雀の醸し出すただならぬ雰囲気などの要素を加えて分析を行った結果、友である朱雀が七年前に何を行い、枢木の当主となってからの七年間で、何をしていたのか見当をつけていた。

 

 そして、その見当は概ね正しいと言える。

 ただ一つの間違いがあるとすれば、自身が日本解放の中核を担う中心人物に据えて考えられていると、露程も想像出来ていないことだろうか。

 しかし、その人事の根拠が『未来知識』などという怪しさ極まりないモノなのだから、ルルーシュが気付けないのも無理は無い。

 

(いっそ、こちらから協力を申し出るか……? いや、ダメだ。それでは何も語らない朱雀の心遣いを無駄にするし、ただのブリタニア人の学生をどう周囲に紹介させるというのだ。周囲の者を黙らせ、アイツの力になるにはもっと莫大な資金がいるっ。株に手を出すか……いや、株では足が付く。くそっ、どうすれば良い? アイツの犠牲に報い、ブリタニアをぶっ壊すには……)

 

 ブリタニアを憎むルルーシュは、元々たった一人でもブリタニアを壊そうと計画を練っていた。賭けチェスによる資金稼ぎもその一環だ。ネットワークに侵入してトウキョウ祖界の情報を探り、全ての計画を整えるには後、数年は必要……そう考えていた。

 しかし、夏の終わりに友が現れ、状況が代わっているのを肌で感じ取ったルルーシュは、計画の変更を余儀なくされたのだ。

 自分が動くよりも日本の動きが早い……そう察知したルルーシュは、朱雀にならば協力しよう、と方針を転換したのである。

 

 ここで直ぐに協力を申し出れば話が早いものを、そうしないのはルルーシュの無駄に高いプライドのせいだろう。

 自分は有能な男、役に立つ男だとふんぞり返っていられる様に、判りやすい形で才覚を示そうと資金集めに奔走していると言うワケだ。

 そして、日本とブリタニアの間で起こるであろう紛争を傍観しないのは、ナナリーや朱雀の為でもあるが、自分の手でやらないと気が済まない、といったルルーシュの気性に依るところが大きい。

 

 まったく……誰に似たのやら。

 

「そう言えばさぁ、なんで最初の手でキングから動かしたのさ?」

 

 ルルーシュの裏の顔に気付かないリヴァルは、安全運転でバイクを走らせながら、先程行われたチェスの疑問点を口にする。

 

「王様から動かないと部下が付いてこないだろ?」

 

「あのさぁ……ルルーシュって、社長にでも成りたいワケ?」

 

「まさか。……いや、その手があるか。組織を作りソレを手土産にすれば……」 

 悪友の発した何気無い言葉にヒントを得たルルーシュは、その優秀な頭脳をフルに回転させてゆく。

 

(日本解放戦線にも属さず、散発的なテロを行っている集団はトウキョウ祖界の周辺だけでも幾つかある……名と姿を偽ってコイツらを束ねてみせれば)

 

「手土産って……変なルルーシュっ」

 

――プァプァプァぁぁーン!!

 

 ノンビリ話しながら走るリヴァルのバイクの後方から、クラクションを鳴らした半ば暴走気味のトラックが迫り来る。

 

「のあっ!? ナンデスか!?」

 

 変な叫びをあげたリヴァルは、慌ててハンドルを切ってやり過ごそう試みた。

 

「ノンキに走りやがって!」

 

「止めろっ、そっちはっ」

 

 トラックの車内では深目に帽子を被った作業服の男女が、咄嗟の判断の食い違いから軽い言い争いを行っている。

 しかし、トラックは女の制止の甲斐なく、ハンドルを握る男の判断に依って側道を急スピードで駆け下り、そして……降りた先にある建物に猛スピードで突っ込んだ。

 

 

「はじまったか……」

 

 事故現場の遥か後方にモトクロスバイクを止め、フルフェイスのバイザーを上げて呟いたのは、もう一人の破壊者、枢木朱雀。

 

 枢木朱雀は体力バカだ。

 世界最高峰の身体能力を持つ反面、情勢を読み謀略を巡らすコトを苦手とする男であり、それは本人も自覚している。

 しかし、究極の情報と言える未来の情報を有する朱雀は、特定の条件下においてのみ策士となれる。

 枢木朱雀がこの場に居合わせたのは、偶然でも漠然とした未来知識に頼ったからでもない。枢木家の当主として培ってきた人脈をフルに使い、この場所が未来知識のスタートラインだと割り出した結果だ。

 宗像家の隠密の力を借りて『扇グループ』の動きを探って日時を絞り、ラクシャータの作った追跡用発信器を、グラスコーのカスタム機とリヴァルのバイクに取り付けて場所を探る。今しがたには、トラックの後部にも発信器を張り付け万全の追跡体勢も整えた。

 更には、ナナリーと篠崎サヨコの力を借りて、自身の身代わり役をサヨコに任せ学園に残す、といった念の入れようだ。

 オマケに父が遺した地下鉄網には、エース用カスタムKMFを配置する徹底ぶりときたものだ。

 

 今日の策士・朱雀に誤算があるとすれば、未来の情報とは駆け離れた成長をみせる、儚げな少女を甘く見ていることだろうか。

 

 まぁ、これは又別の話だな。

 

 ともあれ、首尾良く対象を発見し、回収のタイミングを計ろうと追跡を続けた朱雀であったが、その胸中には何とも言えない想いが渦巻いていた。

 

 未来知識は参考程度。

 

 そう考えながらも随所において未来知識に頼ってきた朱雀は、知識の信憑性を疑ってはいない。

 しかし、それは人名等の言わばデータとしての部分であり、描かれていた出来事が再現されたとなれば話は少し違ってくる。

 

 事故などと言うものは僅か一秒でもズレれば起こらないモノだ。

 にもかかわらず、未来知識と寸分違わない事故が視線の先で起きた……これではまるで、未来知識の出来事は変えられないのではないか……。

 そう感じてしまうのも、致し方のないことなのかもしれない。

 

「考え過ぎか……そんな馬鹿な話はない。現に俺の立ち位置は大きく違うし、変えようと思えば変えられるハズなんだっ……いや、変えてみせる!!」

 

 そう意気込んでバイザーを下げた朱雀は、アクセルを噴かせたバイクを急旋回させ、地下鉄網の入口目指して走り去るのだった。

 

 

 

 

 

 

 パネルに表示した追跡レーダーと僅かな明かりを頼りにした俺は、何処までも続きそうな薄暗いトンネル内でKMFを走らせる。

 目指すはトラックが止まった直後……変な言い回しだけど、安全にルルーシュとC.C.を回収するなら、トラックの動きが止まるその瞬間しかない、ということだ。

 

 ここまでは未来知識に描かれた通りの出来事が起こり、ここから先も未来知識の通りに進むとすれば、ルルーシュと接触するチャンスはいくらでもある。

 しかし、いくら体力バカと呼ばれる俺でも、戦場に丸腰のルルーシュを放置する程馬鹿じゃない。それに、ブリタニア軍に枢木スザクが居ないからには、これより先は何が起こるか判らない。と言うより、未来知識の通りに成られては困る。

 この場で大事なのはルルーシュの無事とC.C.の回収であり、ギアスの契約は後で行えばいい。

 未来知識に頼れなくなるのは少々惜しいが、どうせぶっ壊すなら今でも後でも大差がないだろう。

 

「ん? 止まったか……?」

 

 レーダー上の緑の点の動きが止まり、瞬く間に俺との距離が詰まっていく。

 未来知識ではトラックが衝突する正確な場所が判らず不安も有ったけれど、新宿御苑前、アザブの単語を頼りに絞ったこの路線で間違い無かった様だ。

 

 徐々に速度を落としトンネル内を慎重に走る。

 程なく、追突して動かなくなったトラックが、モニターに映し出された。

 

 開けた空間の天井の隙間からは光りの筋が幾重にも射し込み、人工の光に頼らずとも視界が確保出来そうだ。

 

「俺はエスツー。この名と声に覚えがある奴は姿を見せろ」

 

 トラックの側面を正面に捉える様にKMFを周り込ませた俺は、拡声器を使い外部に呼び掛ける。

 すると、トラックの荷台の奥から学生服姿のルルーシュが、両手を上げて現れた。パッと見た限りルルーシュに怪我などは無く、他の人間が姿を見せる気配もない。

 

 一先ず安心した俺は、KMFに片膝付かせて停止させると、コックピットを後方にスライドさせて立ち上がり、バイザーを上げて顔を見せる。

 奇しくも未来知識と同様に、ルルーシュと俺、そしてC.C.がこの場に揃った事になる…………まぁ、だからどうしたって話だな。

 

「なるほど……エスツーとはこういう事か。やはりお前はブリタニアと戦っているんだな? このテロを仕掛けたのもお前か?」

 

 俺がKMFに乗る事に関して特に驚いた風でもないルルーシュは、下ろした手で前髪を髪を掻き分けながら、鋭い視線で鋭い言葉を投げ掛けてくる。

 

 尤も、エスツーの部分は間違えていたりするが、今はそんな指摘をしても意味はない。

 

「やっぱり気付いていたのか? 流石ルルーシュだな……でも、このテロは俺と無関係だから」

 

 KMFから飛び降りた俺は、両手を広げて何も持っていないアピールをしながらルルーシュに歩み寄る。

 

「なに? では何故ここにいる? そんなKMFまで持ち出して『偶然』は通用せんぞ」

 

「分かっている。後で纏めて説明するから、とりあえず今は俺の言う通りにしてくれないか? ここは危険だ。とにかくこの場を離れよう」

 

「む…………そうだな」

 

 

 耳を澄ませて確認するまでもなく、そこかしこからヘリのプロペラ音がこだまして、ブリタニアの追跡が終わっていないことが伺い知れる。

 それはルルーシュにも判っているようで、不承不承ながらも同意してくれた。

 

「だけど、その前に……アレの中身を回収する」

 

 ルルーシュと並び立った俺は、トラックの荷台に積まれた半球状のカプセルを指差した。

 幾つのも突起とパイプの伸びるカプセルは毒ガス容器に見えなくもないが、未来知識通りならばこの中にはあの女……不老不死のコードを持つC.C.が囚われているはずだ。

 

「バカかお前はっ。中身が何か判って言っているのか!?」

 

 俺がカプセルに近付きルルーシュがそれを制止しようと追ってくる。

 

「毒だな。それも、とびきりの猛毒っ……!?」

 

 その時、カプセルがひとりでに割れ始め、眩い光を放ち煙が立ち込めたかと思うと、カプセルの外郭が四方に倒れ中身が露となる。

 

 中から現れた拘束衣を纏う緑色した長い髪の女、C.C.は俺達に視線を向けるとその金色の瞳を閉ざし、割れたカプセル内で倒れ込んだ。

 

「なんだコレは……? 毒ガスではないのか?」

 

 ルルーシュは想定外の中身に驚き戸惑い、俺は……未来知識通り、何もしない内に開いたカブセルに驚き疑念を抱くのだった。

 



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シンジュク事変・弐

後れ馳せながら、
明けましておめでとうございます。

ドツボに嵌まりかけてましたが、なんとかなりました。






「この子の何処が毒だと言うのだっ! 答えろっ朱雀! お前は何を知っている!?」

 

 意識の無いC.C.を寝かせたルルーシュは、彼女の拘束具を外しながらやり場の無い怒りを俺にぶつけている。

 

 ルルーシュは『どうせ、世界は変わらない』と嘯いて他人に無関心な冷血漢を装ってみても根は優しく、この様な虐待を目の当たりにすると黙っていられない性分だ。

 未来知識上でも幾度か描かれたルルーシュによる弱者救済は、現実においても行われており、仲良くなったシャーリーから『気になり始めた切っ掛け』としてルルーシュの人助けを聞かされている。

 その一方で、自身と敵対する相手の命を容赦なく奪えるルルーシュは、産まれながら王者としての気質を備えているのだろう。

 命を奪えるのが王者、と言うのも変な話になるけれど、優しいだけではダメなんだ。

 

「俺は……全てを知っていたよ。だけど、それが正しいとは限らなくなった。だから、先ずは安全な場所まで退こう」

 

 漸く話せる……そう考える俺は、場違いな微笑を浮かべてルルーシュに手を伸ばした。

 

 そう……俺は全てを知っていた。

 事故を起こしたトラックがレジスタンスのモノであると知らないままに、ルルーシュが救出しようと近付き遇々乗り込む事になって危険に巻き込まれる事も、この後でC.C.を名乗る不老不死の女から『ギアス』と呼ばれる人外の力を与えられる事も、そして……C.C.の奪還の為にエリア11総督クロヴィスとその親衛隊が、シンジュクの地で虐殺を行う事も知っていた。

 

 しかしながら、俺の知っていた知識は俺がブリタニア兵として闘う世界の事であり、俺の立ち位置が違うこの世界の先がどうなるのか分からない。

 死ぬべき人間が生き延びたり、死ぬべきでない人間が死んだりして情勢は大きく変わるだろう。

 普通に考えれば未来知識が示す優位性は今日を持って損なわれ、又、損なわれてくれないと困る。

 何をやっても流れが変わらないのであれば、何の為の未来知識か判らなくなるというものだ。

 

「なに……? こんな時に押し問答でもするつもりか!?」

 

 俺の手を掴んで立ち上がったルルーシュ。

 その表情が困惑気味なのは無理もないだろう。

 

「そんなつもりはない。でも、説明が難しいんだ……今はとにかくここから離れよう。説明はその後で」

 

 一方的に告げた俺は横たわるC.C.を軽々と持ち上げて『への字』となるように担ぐと、跪くKMFの段差を利用して、ヒョイっと飛び上がりコックピットに駆け上がる。

 狭いコックピットにC.C.を押し込んだ俺は、昇降用のワイヤーを垂らして眼下で呆気に取られているルルーシュに乗機を促した。

 

「このっ……体力バカが」

 

 そう毒吐くルルーシュだが、この場に留まる事の危険を理解しているのか、素直にワイヤーを掴んで昇ってくると、C.C.を背中から抱くような姿勢でコックピット内に収まった。

 それを確認した俺はコックピットをスライドさせて収納すると、機体を反転させて元来た道を引き返すのだった。

 

 これで、未来知識上『シンジュク事変』と呼ばれるルルーシュの初陣は無くなり、扇グループとの接点も無くなって『黒の騎士団』は結成されないだろう。

 俺には日本解放戦線との繋がりがあり、十分とは言えないまでも戦力はある。

 ルルーシュを裏切る黒の騎士団はこの世界に必要無いのである。

 

 

 

 

「朱雀……」

 

 逃走を始めて数分と経たない内に、ルルーシュが苦悶の表情で俺の名を口にする。

 

「ん? 悪いけど乗り心地のクレームとかは受け付けないから」

 

 今日の目的をほぼ達成した俺は、実に晴れやかな気分でどこか能天気にも思える言葉を口にする。

 

 実際、レールの上にランドスピナーを乗せて走り、可能な限り揺れに気を使っているがレールの破損や障害物の影響で、どうしても振動ゼロとはいかない。

 座席ですらない場所に詰め込まれたルルーシュの感じる揺れは、俺の比ではないだろう。

 

「そうではない……いや、乗り心地に関しても改善を要求しておく。なんだこれは!? お前は毒ガスの正体がこの子だと知っていたのだろう? それをっ……よくもこんなコックピットに人を2人も乗せようと考えたモノだっ。コレならば車両の方がマシと言えるぞ!」

 

 少し切れ気味なルルーシュの言い分は尤もで、1人用のKMFに3人で乗り込むのが間違いだろう。

 戦闘に巻き込まれる事も考慮して紅蓮弐式を用意してみたのだが、言われてみれば車両でも良かった。

 

「あぁ、ごめんごめん。でも、そうだな。考えておくよ、2人で乗っても大丈夫なナイトメアを……それで? 乗り心地じゃないなら他に何かあるのかい?」

 

 最強のナイトメアにばかり気を取られていたが、ルルーシュを快適に乗せられる複座式のナイトメア……未来知識にもあった『ガヴェイン』の様な機体を用意しておくのも有りかも知れない。

 

 ん?

 

 俺がメインで操縦を担当して、ルルーシュが最前線で指揮を執る……ちょっと考えただけでも素晴らしい戦果が見込めそうだ。

 これは……有りかもどころか、良いんじゃないか?

 

「何処まで行くつもりだ?」

 

 俺の浮かれ気分を掻き消す様に、ルルーシュは真剣な声で質問を投げ掛ける。

 簡潔な言葉がおちゃらけた答えを望んでいない、と雄弁に物語っているかのようだ。

 

「とりあえず、シンジュクゲットーの外まで移動するよ。安全を確保してから色々と話そう」

 

 モニターパネルで現在の位置を確認しながら、俺も又、真剣に答えた。

 

 C.C.を確保した今、俺のテロリストとしての一面を隠す必要はない……あとはギアスの力を得たルルーシュに未来知識を話し、意思の確認をするだけで俺の目的は完遂するんだ。

 

「朱雀…………お前はシンジュクの日本人を見殺しにするつもりか?」

 

「なっ!?…………なんのことだ?」

 

 なぜそれを!? と肯定しそうになった言葉を呑み込んだ俺は、白々しくも惚けてみせた。

 

 未来知識を持つ俺は、シンジュクの地でこれから何が起きるのか知っている。

 しかし、ルルーシュが知っているのはどういうことだ?

 

「ふっ……お前のその反応で確信が持てた。今頃シンジュクゲットーは殲滅作戦の標的にされている、とな? お前がこの子を猛毒と言うからには外部に漏らせない秘密があるのだろう。そして、俺の知るクロヴィスという男なら、秘密を漏らさぬ為に尤も簡単で確実、そして尤も愚かな殲滅作戦をとる!」

 

 話の途中で抱えたC.C.をチラリと見たルルーシュは、確信めいた表情で俺を見据えてくる。

 

 知っていたのではなく状況から可能性を導き出し、その中で最も可能性が高そうなモノを上げて俺にカマをかけた、ということか……。

 

「そうか…………やっぱりルルーシュは凄いな」

 

 そう素直に感心すると同時に、このままでは撤退が叶わないと悟った俺は、トンネル内に見つけ窪みでKMFを停止させた。

 

 未来知識上のルルーシュがシンジュクでクロヴィス軍と闘ったのは、武器を持たない者への虐殺を見過ごせない、といった信念が有ったからに他ならない。

 つまり、虐殺が行われていると知りながら、ルルーシュの身の安全を理由に撤退すれば、シンジュクの日本人を見殺しにするばかりか、ルルーシュの信を失う事にも繋がる。

 それに、臥薪嘗胆目を言い訳に目を反らす事を身に付けた俺だけど、シンジュクの日本人も救えるものなら救いたい。

 

 予定より少しばかり早いが、ルルーシュの意思を確める時が来た……と、云うことだろう。

 

「ふぅ……バレていたみたいだけど、ちょうど良い機会だから聞いて欲しい」

 

 狭いコックピット内で身体を入れ換えルルーシュと向き合った俺は、深い溜め息を吐いて考えを吐露していく。

 

「俺は……日本解放の為の独立戦争をブリタニアに仕掛けようと考えている。だけど、この夢想染みた考えを実現させるだけの知恵が俺には無いんだ。だからルルーシュっ、力をっ、お前の知恵を俺に貸してくれないか!?」

 

 口にしてみると、我ながら酷いモノだな。

 

 俺は、ルルーシュの幸せを願うフリをしながら、争いに巻き込もうとしている……なんとも身勝手な話……いや、考えるな。

 今更いい顔をしたところで俺の手は既にして血塗られているんだ。結果がどうなろうとも、俺は俺の本心をぶつける……それが、俺に出来るルルーシュへの唯一の誠意だろう。

 

「……七年前。旧日本政府の連中がナナリーに何をしたか覚えているな? 介護の環境から程遠い土蔵にナナリーを閉じ込めたんだっ……正直に言おう。ブリタニアが正当にエリア11を治めるのであれば、俺に日本の解放を目的とする理由はない」

 

 一瞬驚きの表情を浮かべたルルーシュは、淡い人工の光の中で瞳を閉ざしたかと思うと、怒りの炎を灯らせた瞳を開き、俺も知っていたハズの冷酷な事実を告げる。

 

「そう……だったな」

 

 なんとか声を絞り出した俺であったが、落胆の色を隠しきれないでいた。

 

 未来知識でもルルーシュの目的はブリタニアの破壊であり、日本の解放は手段に過ぎなかった。

 俺はそれを知っていたはずなのに……知らず知らずの内に、自分の都合の良いように考えていた様だ。

 

「ルルーシュ、ごめん……俺は」

 

「待てっ、はやまるな! 日本の解放ではなく、お前の為ならば協力しよう」

 

「え゛?」

 

「何を惚けている。俺とお前は友達だろ? お前のやろうとしている事に協力するのは当然のコトだ。それに、日本の解放とは関係なくブリタニアはブッ壊す……俺が子供の頃にそう誓ったのはお前も覚えているだろ?」

 

「覚えているさ……七年前から俺達はずっと友達で、ルルーシュの怒りも哀しみも誰より一番、俺が知っているんだ」

 

「な、何故泣く!? 大袈裟なヤツめ」

 

「ごめん、泣くつもりは無かった……だけど、俺は今確信したよ」

 

 知らぬ内に溢れ出た涙を袖口で拭う俺をルルーシュがジッと待っている。

 

「嘘のある世界も悪くないって。人の気持ちが解らないからこそ、人の優しさに触れた時、人は感動するんだ」

 

 だから、傷付く事を恐れ人とのコミュニケーションを放棄したシャルル・ジ・ブリタニアは、人として間違えている。

 

 涙を拭いきった俺は心の中でそう付け加え、ラグナレク接続の阻止は欠かせない目標だと、改めて強く意識する。

 

「そ、そうだな……」

 

 表情をコロコロと変えた俺の脈絡の薄い発言に、らしくない曖昧な返事をするルルーシュ。

 

「俺の知る情報を全て話そう。そうすればルルーシュにも判るよ」

 

「待てっ、はやまるなと言っている! 良いか、朱雀? ブリタニアの学生、しかも敵国の皇子である俺を、お前は仲間にどう紹介すると言うのだ!?」

 

「ルルーシュの頭の良さは俺が一番よく知っているから大丈夫さ」

 

「そういう問題ではない! 俺の知恵を誰が信じる? 信じられない知恵などなんの力にもならんぞ! 人を従わせるにはどんな形でも良いっ、力を見せる必要があるのだ! それにな……お前から情報を得てお前の紹介で日本解放戦線の指揮権を得たとしよう。それで勝利を収めて、その後はどうなる? 日本は独立を果たした後、ブリタニアに更なる戦争を仕掛けるのか? お前や俺の一存でどうこうなる話ではないぞ。お前の為なら日本の解放には協力しよう。しかし、俺は俺の為にブリタニアをブッ壊したいのだ」

 

「あ……」

 

 そうか。

 ルルーシュが俺の軍師的な立場に収まれば、軍事行動は日本の解放だけで一旦終わってしまうのか。

 そこから先は多分……政治的な話になってブリタニアと全面戦争するにしても難しくなる、ということか。

 

「で、でも、俺から情報も聞かずにルルーシュはどうしたいのさ?」

 

 俺に協力しつつ、ルルーシュの目的も果たす……そんな手があるのだろうか?

 

「半年、いや、三ヶ月も有ればお前と肩を並べて戦えるだけの力を手に入れてみせる……俺の意のままに動く『組織』と言う名の力をな」

 

「え? 組織って……?」

 

 激しく嫌な予感がする。

 

「日本解放戦線に属さないテロリストが、トウキョウ祖界の周辺に多数存在するのはお前も知っていよう? 俺は今の状況とコレを使い、ソイツラを束ねて力としてみせる!」

 

 何処で手に入れたのか、大型のトランシーバーを片手にルルーシュが力説している。

 

「へ、変な事を聞くけど、その組織に名前を付けるとしたら何になる?」

 

「そうだな…………黒の騎士団! 俺はこの組織の力でお前に協力しようじゃないか!!」

 

「……っ!?」

 

 絶句とは正にこの事か。

 

 何故だ?

 

 未来知識ならルルーシュが『黒の騎士団』の結成を決意するのはシンジュクじゃない。

 それが、どうして、今の時点で騎士団結成を考え付いているんだ!?

 俺が何をしても歴史の大きな流れは変えられず、黒の騎士団の結成は避けられないとでもいうのか……?

 

「力、力と五月蝿い奴らだ……ゆっくりと寝てもいられんではないか」

 

 俺が言葉を失っていると、ルルーシュの腕の中のC.C.が口を開いた。

 

「起きていたのか!? C.C.!」

 

「シーツーだと?」

 

「ほぅ……お前、私の事を知っている様だな? そんな目を向けられるのは随分と久しぶりだ」

 

 C.C.……永遠の時を生きる不死の女にして、ルルーシュの共犯者。

 しかし、秘密主義的な態度がルルーシュの危機を招いた事は幾度となくあり、そんな彼女の未来図に俺は若干の怒りを覚えている。

 

 それが顔に出てしまったようだ。

 

「気に触ったなら、すまない。元々こんな目をしているんだ」

 

 直さないといけない。

 目の前の彼女と未来知識の彼女は別人だ。

 そもそも、未来知識のルルーシュは彼女に全幅の信頼を寄せていた……俺がとやかく口を出すのは間違っている。ミレイ会長を見習って、ルルーシュの信じる者は俺も信じてみるべきだろう。

 

「それは御愁傷様だな? そんな目では喧嘩を売って歩いている様なモノだぞ。それにしても……お前達はオカシイのではないか? 眠れる美少女を気にも掛けず、力、力と……そんなに力が欲しいなら、この私が与えてやろうではないか」

 

「おいっ、朱雀! この女は何を言っている!?」

 

 流石のルルーシュも意味が判らないのか、明らかな動揺をみせている。

 だが、ここは何も答えず流れに任せるのが良いだろう。

 

 俺は首を傾げてみせた。

 

 ギアスの力は有って困るモノではない。俺も欲しい位だ。

 先ずは手に入れ使用に嫌悪感を覚えるのであれば、使わなければ良いだけの話だ。

 

「耳元で怒鳴るな……難しい話ではない。これは契約。力をあげる代わりに、私の願いを一つだけ叶えて欲しい。但し、私の与える力は人の道から外れた王の力だ。王の力は人を孤独にする……それでも良ければ力を与えてやろう」

 

 口頭で語られる言葉を聞いていると神秘的な感じはしないが、限られた言葉の中でしっかりとデメリットも語っているのが判る。

 C.C.は意外に親切なのかもしれないな。

 

「…………良いだろう。結ぶぞっ! その契約!」

 

 一瞬の躊躇い。

 

 そして、チラリと俺を見たルルーシュは契約を決意した様だ。

 決断力に富むのもルルーシュだが、何が即断させたのか俺には判らない。

 

 C.C.と触れ合うルルーシュは、彼女の不可思議な言葉を信じるに足る幻覚でも見せられたのだろうか?

 

「これはっ……? こんな事が可能なのか!?」

 

 突然、驚愕の表情で叫ぶルルーシュ。

 

 側で見ていても何が起こなわれていたのか全く判らなかったが、ギアスが与えられたと見るべきか。

 未来知識だと物凄く神秘的に描かれていたけれど、呆気ないものだな。

 

「さてな? お前がどんな力を手に入れたか私の預かり知らぬところだ。使える使えないはギアスユーザー次第なのだよ」

 

「確かにな。ならばっ……ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる!」

 

「無駄だよ、ルルーシュ。C.C.にギアスは効かない……だけど、その力が真実のモノだと俺が保証しよう」

 

「なにっ!? どういうことだ?」

「ほぅ……?」

 

「お前が手に入れた力……『絶対遵守』のギアスは他者に何でも命じる事が出来る……だからルルーシュ」

 

 一拍溜めた俺は、ずっと前から考えていた未来知識を伝える為の方法を口にする。

 

「『俺に嘘を付くな』と、俺にギアスを掛けてくれ」

 



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シンジュク事変・参

1月21日の二話目です。


 イレブンと呼ばれる元日本人が暮らす再開発の放棄された地域、シンジュクゲットー。

 マトモな職も食もなく、そこに暮らす人々は地獄のような日々を過していた。

 

 しかし、人々は思い知る。

 本当の地獄と比べれば昨日迄の暮らしがどれだけ恵まれていたコトか……と。

 

 皇歴2017年・10月某日、午後。

 

 シンジュクゲットーは血と汗と涙、銃声と硝煙、そして逃げ惑う人々の喧騒に包まれていた。

 奪われた『毒ガス』奪還を目的とした、ブリタニア軍によるシンジュクゲットー壊滅作戦によるものだ。

 

「ブリタニアめっ、よくも!」

 

 紅く塗られた片腕のグラスコーが、胸部のスラッシュハーケンを発射してブリタニア軍の戦闘車両を破壊する。

 新宿のレジスタンスが保有するたった一機のナイトメアに乗り込む紅月カレンは、逃げ惑う人々を逃がそうと奮戦するも、コックピット内で叫び自らの無力を噛み締めていた。

 

「カレン! グラスコーはまだ動くか?」

 

「扇さん!? 大丈夫! 私が囮になるからっ! 捕まるのはレジスタンスだけでいい!」

 

 日本人を虐殺しているのはブリタニア軍であっても、それを招いたのは自分達の作戦……扇と呼ばれた男とそれに従うレジスタンス達は、口にこそしないが誰もがそんな想いを抱いていた。

 

「解ってる! だけどっ、これだけ囲まれていたら」

 

 どうにもならない……扇はそんな弱音をグッと飲み込み、一人でも多くの日本人を逃がそうとマシンガン片手に指揮を取る。

 

(ナオト……教えてくれ……俺達はどうすれば)

 

 レジスタンス達は絶望的な想いの中で、日本人を逃がすために、そして、自らが生き延びる為にも闘い続けるのだった。

 

 

 

 

 一方その頃。

 

 朱雀から未来知識なる不可思議な話を語られたルルーシュ達は、レジスタンスの動きが見える場所で、最後の下準備に励んでいた。

 

 朽ち掛けたビルの中で並び立つ二機のKMF。

 

 一機はルルーシュとC.C.が乗る紅蓮弐式。

 もう一機はルルーシュがギアスの力で奪取したサザーランドであり、そこには朱雀が乗り込んでいた。

 

 ルルーシュのやりたいようにやらせる……朱雀は一歩身を引く形でこの場に居るが、作戦が失敗した時の保険として、紅蓮をルルーシュの乗機にする事だけは譲らなかった。

 

「アレがお前の言うエースパイロットの紅月カレンに裏切り者の扇か?」

 

 剥き出しのコックピットに座るルルーシュは通信機を用いず、同じく剥き出しのコックピットに座る朱雀に語りかける。

 状況の把握と情報の整理を行い、キーボードを高速で叩いて作戦を立案しながら会話もこなせるのは、ルルーシュならではだろう。

 

「そうだ。でも、彼等はまだ何もしていない。強いて言うなら、エースの資質と裏切りの資質を持っているって所だな…………これもOFF、これもOFF、これもいらないっと」

 

 ルルーシュの問いに答える朱雀は必死にキーボードを叩き、サザーランドのリミッターを自分に合わせて解除していく。

 その姿はルルーシュと違い、何処かたどたどしい。

 

「正しい認識だな。未来知識なんてモノは所詮その程度の価値だ」

 

「そんなことはない。俺が知る限り大きな間違いはなかったし、俺はギアスの呪いでルルーシュに嘘をつけないだろ?」

 

「だから嘘じゃない、か……だがそれはお前が嘘じゃないと信じているだけに過ぎない。そもそもだ、そんな情報を手に入れていたのなら、何故俺に教えなかったのだ!? そうすれば俺が一笑に附してやり、お前は独りで悩まずに済んだのだ!」

 

「それはもう謝ったじゃないか? こんな話を昨日迄のルルーシュが信じるとは思えなかったし、俺はこうするのが正しいと考えたんだ」

 

「ふんっ……確かに間違いとは言えないが……いや、そうだな」

 

 ギアスという超常の力を手に入れ、更に『嘘を付くな』と呪いを掛けて尚、半信半疑。

 そんな自分に気付いたルルーシュは、渋々ながらも朱雀の言葉に納得する。

 

「そうだよ。今はブリタニア軍を破って日本人を救い、レジスタンスにルルーシュの力を見せつけるのが重要だろ……っと、これもOFF」

 

「やれやれ……そうまで簡単に物事を捉えられるお前が少しだけ羨ましく思えるぞ。しかし、どうするのだ? この紅蓮弐式とやらは投入しないのだろ?」

 

 退屈そうにルルーシュと背中合わせで座っていたC.C.が口を挟む。

 

 永遠の時を生きる彼女にとっても、朱雀の語った未来知識は衝撃を覚えるモノであった。

 未来を予知するギアスは希にだが存在する。

 しかし、朱雀程に長期かつ詳細に見通せるギアスなどは、彼女の長い人生おいても聞いたことがない。

 それに、自分が朱雀の語るような真似をするとは到底思えなかった。

 だが、朱雀の話には『有り得ない』と切り捨てるのが無理な程に、知られる筈のない事実が含まれていたのである。

 信じるに値する……そう判断したC.C.は、自分が変わる未来図を面白いと感じており、それを語った朱雀と、その話の中心であるルルーシュと行動を共にすると決めていた。

 

「コイツと朱雀の力を借りれば勝つのは容易い……しかし、それでは俺の力で勝ったことにはならんからな」

 

 ルルーシュはマニュアルに一通り目を通して紅蓮の性能を把握している。

 これがカタログ通りのスペックを発揮するなら、クロヴィスの包囲を突破するのは容易い。

 しかし、それでは戦略的にダメなのだ。

 

「先に繋がる勝ち方に拘るのも良いけど、本当に大丈夫かい? 俺は戦略を立てられないからルルーシュに従うけどさ、いざとなったら勝手に動かせてもらうよ。ランスロットがどうなっているかも判らないし」

 

「ランスロット、お前の操ったという第七世代KMFか……それこそ本当なのか? 一機で俺の立てた戦略を覆す程の戦力など信じられんぞ?」

 

「今更なにを言っている……今日はお前にとって信じられん事ばかり起こっているのではないか? そんな凝り固まった考えをしていてはシャルルに勝てんよ」

 

「む……そうだな」

 

 ルルーシュは父との比較に明らかな不満の色を浮かべるも、C.C.の言葉を助言として受け止める。

 許せる男ではない。

 だが、見下して勝てるほど弱い相手ではないのである。

 

「はいはい……そんな先の事より、今は目の前の闘いに専念するべきだよ。ルルーシュは俺が守るけど、何が起こるか判らないのが戦場だ」

 

「さすが、実戦経験豊富なテロリスト様は言うことが違うではないか」

 

「誉め言葉として受けておくよ…………さぁ、サザーランドの準備は出来た。これで何時でも出撃可能だ」

 

 キーボードを強く叩きカスタマイズの完了を告げる朱雀。

 

「こっちもだ……条件は全てクリア! よしっ、これより作戦を開始する!」 

 

 こうして二人の破壊者の反逆が幕を開けたのであった。

 

 

 

 

 

 紅月カレンはナイトメアの操縦技術に並々ならぬ自信を持っていた。

 それは過信や自惚れではなく、仲間の誰もが認める紛れもない事実。シミュレーターにおいては群を抜く好成績を収めている。

 彼女がレジスタンスにとって虎の子のKMF、グラスコーのパイロットを任されたのは必然だった。

 彼女ならば、例え旧式のグラスコーであっても危険な囮役を立派に果たしてくれる……仲間はそう信じ、彼女も又、出来ると考えていた。

 

 しかしながら、彼女は今、窮地に立たされていた。

 

 紅いグラスコーを追い掛ける二機のサザーランド。

 

「くっ!? あと30分っ……」

 

 背後から放たれた銃弾を曲がり角を利用してやり過ごすカレン。

 なんとか凌いでいるが活動エネルギー残量も心許なく、街中の追撃戦は狩りの様相を呈してきていた。

 

 彼女の操縦技術は確かであり、群を抜いている。

 しかしそれは、レジスタンス内部だけでの比較であり、訓練された軍人、その中でもトップの者と比すれば其ほどの差はない。

 彼女を追い掛けるパイロットの1人、ジェレミア・ゴットバルト辺境伯はナイトオブラウンズにも匹敵する凄腕だ。

 ジェレミアとカレンの腕はほぼ互角と言える。

 

 ならば勝敗を別つのは数であり、KMFの性能差となってくる。

 そして、カレンはそのどちらもが劣っていたのである。

 

「惰弱なイレブンめ……ただ逃げるだけでは狩りにならんではないか」

 

 勝利を確信しているのか、コックピット内で余裕の表情を浮かべるジェレミア。

 高い能力と高い爵位に裏打ちされた自信……彼が驕り高ぶるのも無理からぬ事であった。

 

 事実、逃げるカレンは己の敗北を悟っていた。

 このままでは遠からぬ内に撃墜される……それでも彼女が諦めないのは、兄が遺した作戦を失敗のままに終わらせられない、といった強い想い故である。

 

 毒ガスを奪取して白日のもとに晒し、ブリタニアの非道を説いて独立の気運を高める……それがカレンの兄、紅月ナオトが立案した計画の概要だ。

 紅月ナオトが行方不明となって久しい今、彼がどのようにして毒ガスの情報を入手し、如何なる伝手でKMFを手に入れたのかは解らず、見る者が見れば不審点に首を傾げる事だろう。

 しかし、カレンにとってそんな事はどうでも良かった。

 兄の遺したKMFで兄の遺した作戦を成功させる……それだけが彼女の望みであり、それが叶わなかった今、1人でも多くの日本人を逃がす為に囮として逃げ続ける。

 

 敵が仕止めに来ないなら好都合。

 1分でも、1秒でも永くっ……エネルギーが尽きるまで逃げてやるっ。

 

 カレンがそう決意を固め、操縦レバーを強く握り締めたその時、

 

「西口だ! 線路を利用して西側に移動しろ!」

 

 聞き覚えのない男の声が、コックピット内にぶら下げたトランシーバーから流れ出る。

 

『誰だっ!? どうしてこのコードを知っている!』

 

「誰でも良い! 勝ちたければ私を信じろ!!」

 

『勝つ……!?』

 

 それはカレンにとって望外の言葉。

 余りにも強大な敵の前に忘れていた言葉。

 自分達はブリタニアの支配に抗い活動を続けてきた……しかし、勝利を求めてきたか? と問われれば言葉に詰まる。

 

 勝つ。

 

 争う者なら誰もが求める当たり前の目標を思い出したカレンは、謎の声に従って高架上の線路に飛び乗るのだった。

 

 

 

 

「あれ? 結局、未来知識通りの戦略を立てたのか?」

 

 サザーランドのコックピット内でルルーシュとカレンのやり取りを聞いた俺は、思い付いた疑問をそのまま口にしていた。

 

『結局、知識通り、と言われてもな……俺はお前から細かい事まで聞いていないぞ? どっちも俺ならば、似通った戦略になるのはある意味で当然だろう』

 

 通信を介して俺の声が聞こえたのか、呆れ半分といったルルーシュの声が通信機から流れた。

 

「まぁ、そうだけど……」

 

『朱雀、未来を決めるのは運命じゃない。俺が考えて決めた事は俺の意思だ。お前に不満が有るのも判るが、今は通信を切るぞ? ヤツラに余計な声を聞かせる訳にはいかないからな……また後で話そう――ブツっ』

 

「あぁ」

 

 俺が短く答えるよりも早く、通信機は一方的に切られていた。

 ルルーシュらしいが今のは俺が悪かった。

 

 と言うのも現在ルルーシュは単独で作戦行動をとっており、レジスタンスと交渉の真っ最中だ。

 そんな時に間の抜けた俺の声が聞こえでもすれば、纏まる話も纏まらない。

 

 ルルーシュがどんな作戦を立てたのか詳しく聞いていないが、俺が足を引っ張って良い筈がない。

 

 それにしても、未来知識と似通って当然、か……。

 

「どうした? 浮かない顔をしているではないか?」

 

 サザーランドの頭頂部に腰を掛けたC.C.が口を開く。

 

 彼女がどうしてここに居るかと言うと、作戦行動ポイントに向かうルルーシュに、邪魔だとバカリに押し付けられたからだ。

 

「キミは変わらないんだな、C.C.」

 

 傲慢? 泰然? 自然体? それとも怖いモノ知らず?

 なんと表現するのが適切なのか、緊迫した状況下にあってもC.C.は涼しい顔で悠然としている。

 

「当然だ……私を誰だと思っている? それよりルルーシュが居ない間に、聞いておきたい事がある」

 

「何かな?」

 

「どうしてマリアンヌの事を語らなかったのだ? お前ならば知っているのではないか?」

 

 意外なことに、C.C.はルルーシュ以上に俺の未来知識を信じている。

 C.C.のコードは教会のシスターから渡された、と告げたのが思った以上に効果があったらしい。

 

「確かに知っている。だけど、ルルーシュはあんなでも精神的に脆い面があるし、今話すのはデメリットしかない」

 

 未来知識を知っていると告げる事は出来た。

 だが、細部まで話す時間も無かったし、今話すべきでない事は割愛している。

 ルルーシュの母であるマリアンヌに関する事もその一つだ。

 

「なるほど……ギアスに掛かりながら嘘を付いたというわけか。大した役者じゃないか」

 

「嘘は付いてないさ。ただ、言っていないだけだ」

 

 そう。

 俺は嘘は付いていない。

 ギアスに掛かるまで思ってもみなかったが、ギアスに掛かりながらも自分の意思で語る言葉を選択出来たんだ。

 言いたくない話を言わなくとも嘘にはならず、都合の悪いことはダンマリで何の問題も無かった。

 

 要するに俺は、ルルーシュに言わせた命令の内容を間違えた訳だが、ギアスに掛かる事も必要であったし良しとしよう。

 

「モノは言い様だな。それで? 話すのか? ルルーシュ、お前の母親は人体実験を繰り返す狂人だ、今も他人の肉体に乗り移りこの世に居る、とな」

 

「嫌な言い方をする」

 

「だが、これが事実だよ」

 

「そうだな……」

 

 オブラートに包んだとしても酷い話だ……俺はこんな事をルルーシュに伝えようとしているのか。

 

 そう言えば、未来知識上のC.C.も多くを語らなかった……それは、ルルーシュを慮ってのことだったのだろうか?

 

「キミは教える事に反対なのか?」

 

「逆に聞こうではないか……伝える必要があるのか? お前はシャルルを倒したいのだろ? 余計な雑念をルルーシュに与えては、勝てるモノも勝てんぞ」

 

 シャルルを倒す?

 

 そうか……ラグナレク阻止ってことは、そうなるのか。

 

「少し、考えてみるよ」

 

 それだけ言った俺は、戦況の移り変わりを黙って見守るのだった。

 







続きは、また今度。


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シンジュク事変・四

 

「おいっ! コレからどうすれば」

 

 訳もわからないままに謎の声に従ったカレンは、冷静さを取り戻すと同時に焦りを覚えていた。

 KMFの性能は相手が上……このまま障害物の無い線路上を走り続ければモノを言うのは機体性能であり、いずれ追い付かれるの明らかだ。

 

 まさか、騙された……?

 

 紅月カレンの感情と思考が極限の中で激しく揺れ動く。

 

「飛び移れ! 私を信じたからには勝たせてやろう」

 

 走るグラスコーの前から迫る列車。

 カレンは謎の声に従いグラスコーを駆って列車の上へと飛び上がる。

 

「小癪な真似をっ! 先に行け」

 

 部下を先行させたジェレミアはサザーランドを巧み操り、正面から列車を受け止めると、脱輪させることなく停止させた。

 並のパイロットではこうはいかず、ジェレミアの非凡な操縦技術の成せる業であろう。

 

 しかし、これはジェレミアの慢心が招いた悪手だ。

 両腕を使い、止める必要の無い列車を受け止め、動きの止まったKMFなどは格好の的となる。

 

――ガガガガガッ

 

 予知にも等しい戦術眼を以て、予め高所のビルに伏していたルルーシュが銃撃を放つ。

 

「何っ!? あれはっ……ゼロっ!?」

 

 為す統べなく銃撃を受けたジェレミアは、咄嗟に脱出レバーを引いてコクピット諸とも離脱する。

 飛び去り際に衝撃の方向を頼りに攻撃手を探り当てたジェレミアが目にしたのは、戦場には不似合いな真紅のナイトメア。

 流線形から鋭角な刺々しい形状へと変わっているものの、隠密を旨とするテロリストには似つかわしくない大胆不敵なあの色、そして、大型の爪の様な右腕部こそはデビルオクトパスの何よりの証。

 数年に渡りクロヴィス皇子を悩ませ続けた元凶そのモノが、ここに再び姿を変えて現れたのだ。

 

「おぉのぉれぇぇっ!!」

 

 皇族に仇為す怨敵を前にして戦闘離脱するジェレミアは、己の不甲斐なさに叫びをあげるのだった。

 

「ジェレミア卿!?」

 

 思わぬ上官の退場に呆然となるブリタニア兵。

 

「ハァぁぁぁっ!!」

 

 その隙を見逃さず、カレンの駈るグラスコーが列車の上を滑走し、棒立ちのサザーランドの頭部に強烈なパンチを撃ち込む。

 たかがパンチ。

 だが、繰り出したのが重さ数トンにもなる鉄人形ともなれば、その衝撃たるや幾ばくのものか。

 

「くそっ!」

 

 モニターの破損に加えて駆動器系にも異常をきたしたサザーランドを捨て、ブリタニア兵が離脱する。

 

(なるほど……エースの資質というのは本当の様だな)

 

 カレンの操るグラスコーはこれまでの戦闘で片腕を失っている。

 バランスの崩れたKMFでアレほどの動きを見せる紅月カレンは、朱雀が言うようにエースなのだろう。

 

(コイツは使えるな)

 

 ルルーシュは端正な顔立ちの口角を上げてほくそ笑む。

 

「すまない、助かった」

 

「積み荷をプレゼントしよう」

 

 満足気な笑みを浮かべたルルーシュは会話にならない答えを返すと、戸惑うカレンをその場に残し姿をくらませるのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 列車の積み荷であったサザーランドとコードネームを受け取った扇グループは、ブリタニア軍に対して反撃を開始していた。

 

「P1、P2。そのまま前進!」

 

「P3、P5。壁に向かって撃ちまくれ!」

 

 戦場をチェスの盤に見立て、全てを掌握したルルーシュの矢継ぎ早な指示が繰り出される。

 敵味方識別信号を利用した、反則とも言える戦術を基本としているが、コレをこなせる人物が一体どれほど居るだろうか?

 識別信号を発さなければ敵側に対して騙し討ちが出来るメリットがある反面、味方側も味方を把握できずに同士討ちとなるデメリットがある。

 不意に遭遇して目視すれば、味方も戸惑うのだ。

 

 正に諸刃の剣。

 

 そのデメリットを避けて作戦を遂行するには、移り変わる戦場の全てを把握して、一挙手一投足におけるまでの行動を指揮する必要があるだろう。

 見た目が同じ機体への攻撃。

 おいそれと出来ない行動を可能にしているのが、全てを把握する指揮官の存在と指揮官への全幅の信頼。

 言い換えるならば、扇グループの面々は今まさに駒として動き、ルルーシュの指揮の元で躊躇うことなく動いているに過ぎない。

 

 そう言った意味では、この戦果の影の立役者は扇要になるだろう。

 善良、凡庸、優柔不断。

 取り立てて秀でた面の無い扇だからこそ自身の限界を悟り、逆転の一手を得体の知れないルルーシュに託す決断が下せた。

 扇グループの面々は扇の決断に従い、それが結果に結び付いたのだが……ブリタニア軍を圧倒し高揚する今、これに気付く者はいない。

 

「Q1、地図は正しいんだな?」

 

 最後の確認とばかりにQ1のコードネームを持つカレンに尋ねたルルーシュであったが、ジェレミア機を撃破して以降、朱雀達の元へと引き返り姿を見せぬままで指揮をとっている。

 

″王様が動かないと部下が付いてこない″

 

 この信念に反する行動だが、初陣かつ部下とも呼べないテロリストを率いてでの戦いと考えれば仕方の無いことだろう。

 

「あぁ……でも現地も見ずに?」

 

 スピーカーから流れる声にカレンが疑問を持って切り返したのは、姿を現さない指揮官に対する不満が燻っているからだろう。

 

「充分だ」

 

 今までの小競り合いの全ては、この為の布石。

 

 地下街の広がる戦場の中央に追い詰められたと装い、ブリタニア軍を誘き寄せ、

 

 そして、

 

「やれっ!」

 

 ルルーシュは地形を利用した一網打尽の一手を告げる。

 

 中央に集まった筈の扇グループは、既に地下街へと逃げ込んでいる。

 地上に残るは、餌に群がる様に集まったブリタニア兵のみ。

 

――ガシュッ

 

 ルルーシュの指示に合わせてカレンがグラスコーのスラッシュハーケン放ち、脆くなった天井に突き刺さった衝撃と、集まったサザーランドの重みで大地が崩れ落ちる。

 

「ハハハハハハっ! ヤれるじゃないか。朱雀、俺はお前の力を借りずともやってみせるぞ!」

 

 手応えと勝利を感じ取ったルルーシュは高笑いを上げ続け、朱雀はそれを複雑な表情で見守るのだった。

 

 

 

◇◇

 

 

 

――ピィ――っ!

 

 クロヴィス第三皇子の前の大型のモニターが、味方機のロストを次々に告げている。

 

「わ、私は一体何と戦っているのだ……?」

 

 豪華な椅子から立ち上がったクロヴィス皇子は、失われていく自軍の信号を見詰め立ち尽くす。

 二十を越えるサザーランドがほぼ同時に撃破されたのだ。

 戦場を平面で捉え、教科書通りの戦術しか使えないクロヴィスでは、何が起きたのか理解出来ようはずもなかった。

 

「ゼロです、殿下」

 

 モニターの半分を占拠してジェレミア辺境伯の顔が映し出される。

 

「ゼロ……だとっ!? バカを申すなっ! ヤツは戦術とは無縁の愚か者ではないか!!」

 

「早々に撃墜されたかと思えば何を言われる、ジェレミア卿? ゼロならばクロヴィス殿下の御采配をもって仕留めたではないか? そもそも無策で突っ込んで来るのがゼロという輩。自らの失態を誤魔化す為にゼロの名を使うとは感心しませんな」

 

 ジェレミアが率いる純血派の台頭を快く思わないハゲ頭の副官バトレーは、ニベもなくジェレミアの報告を否定する。

 無論、否定している場合でないのはバトレーにも分かっている。

 だが、ジェレミアの報告が真実だとしても、認めるわけにはいかないのだ。

 

 再三に及ぶゼロの襲撃により、第三皇子クロヴィスはエリア11総督として崖っぷちに立たされていた。

 窮したクロヴィスが、兄であるシュナイゼルの知恵と伝手を頼りにゼロを倒したことで、なんとか首の皮一枚で繋がった総督としての地位だ。

 

 皇帝の許可を得ずに秘密裏に行われた実験の露見……反乱分子の鎮圧失敗……そこに、ゼロ討伐が実は失敗してました、等と付け加えればクロヴィスの失脚は避けようもなくなる。

 ゼロ出現が真実だとしても、守備隊までもが陣形を崩した以上、ゼロは倒せず失態を積み重ねる事となり失脚は避けられない。

 それならば、この場を濁して軍を退き…………と、ここまで考えたバトレーは手にした書類を落として固まった。

 

「くっ……おっしゃる通りですが、私は見たのです。この一連の攻撃が始まる前に、戦場には不似合いな真紅のナイトメアを!」

 

「な、ならば何故、其奴は姿を見せんっ!! あのゼロならば姿を隠す様な真似をせず、単機でも仕掛けてこよう!!」

 

 バトレーは気付いてしまった危惧を否定するかのように叫ぶ。

 

 もしも今、あのゼロが単騎で突っ込んで来れば、防ぐ術が無い。

 厳重に警戒する基地に攻め寄り、嘲笑うかの様に去っていくゼロが、『ここに皇族が乗っていますよ』と主張せんばかりの豪華な御用車を仕留められない筈もない。

 尤も、これ等全てはバトレーの杞憂であり、そもそもC.C.を実験体としていたのは兎も角、取り逃がした時点でクロヴィスの失脚は確定事項となっている。

 

 そんな事を知る由もないバトレーは、クロヴィスの為に無駄な足掻きと知りつつも、頭を巡らせる。

 

「いや、兄上が言っていた……判りやすい行動を取るゼロなる者は、裏があるのかと計りかねる。ヤツはとんでもない愚か者か…………策士のどちらかだ、とな」

 

「シュナイゼル殿下が?」

 

 第三皇子であるクロヴィスには、二人の兄がいる。

 迷うこと無く第二皇子シュナイゼルの名を挙げたジェレミアも、ある意味で失礼な男だ。

 

「で、ですが、ジェレミアが申すだけでゼロが現れたとは限りますまい」

 

「もうよい……私とてブリタニアの皇子だ。神聖ブリタニア帝国に弓引く愚か者が居ると知っては捨て置けん」

 

「「殿下……」」

 

「ロイドを呼べ!!」

 

 クロヴィスの叫びに合わせて大型のモニター一杯に、眼鏡を掛けた男の顔が映し出される。

 

「はぁい♪ 御待ちしておりましたァ殿下。特別派遣キョウ導技術部で御座いまァす」

 

「お前のオモチャならばヤツを炙り出し、勝てるのだな?」

 

 緊迫した場の空気を台無しにするあっけらかんとした男の登場に、諦めた表情のクロヴィスは椅子に腰掛け頬杖ついて語りかける。

 

「勿論です、殿下。ランスロットとお呼びください」

 

 飄々としたロイドの受け答えに居並ぶ士官達は眉をひそめるも、声に出して非難する者はいない。

 シュナイゼルの命を受けてエリア11に派遣されたロイドは、伯爵でありながらKMF研究者といった肩書きの持ち主だ。

 ロイド本人にそんな気はなくとも、ロイドに意見する事はシュナイゼルに意見する事に繋がる、と見なされ煙たがられている。

 

「ならば、第三皇子クロヴィスの名に置いて命ずる! ゼロを討滅せよ!」

 

 ロイドに頼る、それはすなわちシュナイゼルに頼ると言うことである。

 崖っぷちに立たされているクロヴィスは、ロイドを呼んだ時点で皇族としての芽が無くなったと理解している。

 

 それでも、勝つための手段としてロイドを呼んだのは、皇族としてのクロヴィスの意地だろうか。

 

「お任せ下さい。ですが、ゼロの機体は私が頂きますから、正確には討滅になりませんけどねェ」

 

「好きにしろっ」

 

 クロヴィスは投げ遣り気味に言い放つと、足を組んでロイドの消えた大型モニターを見詰めるのだった。

 

 

◇◇

 

 

 

「ロイドさん、あんなこと言って大丈夫なんですか?」

 

 ラボの機能を備えた大型トレーラーの中で慌ただしく発進準備を進めるロイドに語りかける女性。

 ロイドの後輩にあたる彼女もまた慌ただしく発進準備に取りかかり、名をセシルといった。

 コレから発進する世界に先駆けて造られた第七世代KMF・ランスロットは、ロイドとセシルの手によるモノである。

 

 因みに、彼女の言う『あんなこと』には内容と言い方の2つの意味が籠められているのだが、良くも悪くも研究者であるロイドが後者に気づくはずもなく、彼女もまた気にしない。

 

「機動力、パワー、継戦能力……デビルオクトパスのスペックは把握済みだよ。彼はカメラの前で惜し気もなく披露してくれたし、最後には機体を置いていってくれたからねェ」

 

 アワジの戦いで朱雀が放棄した紅蓮零式は、当然ながらブリタニア軍の手でサルベージされている。

 自爆によって重要な部分が破壊されていたが、ロイドほどの研究者ともなれば、残骸からでもそのスペックをほぼ正確に推し測る事が出来ていた。

 

「そうなんですが……カタログスペック以上の戦果が気になるんです」

 

「だァい丈夫。それは輻射波動機構を隠し持っていた事に依るものだと判明しているよ。僕のランスロット達なら負けやしない…………そうだよねェ? 君達」

 

″ランスロットには及ばない″

 

 これが紅蓮零式を解析したロイドの結論であり、厄介な輻射波動機構とて装備されていると知っていれば対策は取れる。

 

 だが……輻射波動機構の存在は″彼女″がゼロに関与している証となる。

 

(ラクシャータ……やはり、君なのか)

 

 かつて共に学んだ鬼才の顔を思い浮かべたロイドは表情を曇らせるが、その心中を推し測れる者は居なかった。

 

「はい! ヴァルキリエ隊の名に懸けて!!」

 

「ルキアーノ様の仇を討つ機会を与えていただき、伯爵には感謝の言葉も御座いませんわ。必ずや憎きゼロを倒してみせましょう」

 

 小型モニターに写し出された二人の女性は、神妙な面持ちで狭いコクピット内に座している。

 水着としてもおかしい程の露出を見せるパイロットスーツを身に付ける彼女達は、アワジの戦いで命を落としたルキアーノの親衛隊を勤めていた実力者であり、敬愛する上官の仇討ちに燃えていた。

 

 ランスロットのパイロットを探していたロイド。

 仇討ちの為により強い機体を求めた彼女達。

 

 利害の一致する両者が手を組んだのは、必然だったのかも知れない。

 

 また、ヴァルキリエ隊の正装であるハイレグパイロットスーツを認める部隊などロイドの他にはなく、そう言った意味でも彼女達は現状に満足していた。

 

 一方のロイドは、ランスロットの性能を70%程しか引き出せない彼女達にやや不満を覚えている。

 しかし、70%しか引き出せないのは彼女達が劣っているからではなく、寧ろナイトオブラウンズの親衛隊を勤めていた彼女達の実力は、軍全体でみても上位に当たる。

 彼女達以上の実力者となれば所属がハッキリとしていて、おいそれと引き抜く事は叶わない。

 

 ロイドが現実的に入手可能な″パーツ″としては、ヴァルキリエ隊クラスが限界なのである。

 

「あはっ。そういうのは良いから。僕は堅苦しいのが苦手なんだよねェ」

 

 気を取り直したロイドがニンマリ笑って語りかけたのは、彼女達の緊張を和らげる意図でも、ハイレグパイロットスーツに目を奪われたからでも無いのは言うまでもない。

 

「大事な事ですよ?」

 

「そうなの?」

 

 セシルの言う『大事な事』には、礼儀作法と闘う動機の2つの意味が籠められていたのだが、当然ロイドは気付かない。

 

「そうなんですっ! はぁ……何時もの事ですがお見苦しい所を見せちゃいましたね。では、気を取り直して発進シークエンスを開始します」

 

 言っても無駄と知るセシルは、ロイドへの小言を適当に切り上げて最終チェックに取り掛かる。

 

「はい!」

「了解しました!」

 

「輻射波動には気を付けてね。アレに掴まれればいくらランスロットでも保たないから、壊さないでよォ」

 

「もうっ、ロイドさん! 指示を与えるならちゃんとしてください! 良いですか? 分かっていると思いますが、本作戦の第一段階はデビルオクトパスの後継機と思われる機体を炙り出すことにあります。その為にはテロリストの操るサザーランドを壊滅させなくてはいけません……賊は識別信号を用いていませんが、私のランスロットならば攻撃を受けてからでも対応できます。ですが、シールドエナジーは消耗が激しいのでエネルギー残量には気を付けて下さいね」

 

「全部隊が退いてくれれば、わざわざシールドで受けて確認しなくても良いんだけどねェ」

 

「首尾よくテロリスト達を倒しデビルオクトパスが現れてからが、作戦の第二段階になります。敵機体の目撃者は一人だけですが、他ならぬジェレミア卿です。信憑性は高いとみていいでしょうね」

 

「そうだねェ。あの彼が皇族相手に誤った情報を伝えるとは思えないからァ」

 

 セシルが詳細に作戦内容を語り、茶化している様でいてロイドが重要なポイントを補足する。

 息の合った二人の語らいに、パイロット達の緊張が若干解れていく。

 

「ロイドさんも言ってましたが、デビルオクトパスの右腕には細心の注意を払って下さい。でも、掴まれたからと言ってもそれで終りでは有りません。輻射波動機構がその脅威を発揮するには僅であっても時間を必要とします。一人が掴まれたらもう一人が救出してくださいね? その為のツーマンセルです。お互いがフォローし合えばヴァリスを撃ち込む好機がきっと訪れます」 

 

「僕のヴァリスは遠距離でも必殺の一撃になるから、相手に付き合って近付く必要はないからねェ。それじゃァ二人とも頼んだよ」

 

「「イエス、マイロード!!」」

 

「ランスロット1号機、2号機、発進どうぞ!」

 

 セシルの号令で飛び出す二機のランスロット。

 

 徐々にスピードを上げて戦場へと消えていく二機を、ロイドとセシルは感慨深く見送るのだった。

 

 







朱雀が『ゼロを舐めるな』と叫んだ事でブリタニア軍内部では

デビルオクトパス=ゼロ

となっています。


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シンジュク事変・五

視点がかなり変わります。
最初は朱雀視点からどうぞ。







 ルルーシュの指揮の元、ブリタニア軍を一網打尽にした扇グループがそれぞれの配置へと散っていく。

 嵐の前の静けさか、俺は束の間の落ち着きを見せる戦況をモニターで確認しながら、静かに時を待つ。

 

 ここまでの戦況は不思議と未来知識の通りに進んでいる……俺とC.C.がルルーシュの側に居る、といった特大の差異があるにも関わらず、だ。

 納得はいかないが、未来知識の流れが生きているとするならば、そろそろランスロットが投入されておかしくない頃合いだ。

 

「来るならこいっ」

 

 俺はサザーランドのコクピット内で一人呟く。

 力の誇示に拘るルルーシュが認めなくとも、俺には俺でランスロットと闘う理由があり、ここは譲る訳にはいかない。

 

『うぁぁぁ!? な、なんだあいつら! このっ、当たれっ!!』

 

「どうした、P5。敵の増援か?」

 

 俺が静かに闘志を高めていると、並び立つ紅蓮のコクピットから慌てた男の大声が聴こえてきた。

 慌てるP5――確か、玉城だったか――とは対照的に、ルルーシュは初陣とは思えない落ち着きをみせている。

 

″ブリタニア軍は戦況不利になれば、新型KMF・ランスロットを投入する″

 

 と、事前に伝えていたにしても、中々出来ることじゃない。

 コレまでの指揮を見ていても″流石″の一言に尽きるし、やはり戦略や戦術はルルーシュに託すのが、俺に出来る最善だろう。

 

『そんなの俺が知るかよっ!? くそっ、コイツら庇い合いやがってっ』

 

「ちっ……使えない男だ…………誰でも良い、状況を報告しろ!」

 

『こちらP1! 敵の新型二機と交戦中、こっちはもう四機もヤられてる』

 

 吐き捨てる様なルルーシュの呟きには触れず、P1――扇だったか――が簡潔に戦況を告げるも、その内容に俺は眉をひそめた。

 

「二機……だと?」

 

『あぁ、二機だ。どうすれば良い!?』

 

「ふんっ……やはり、未来知識などアテにならんではないか」

 

 こちらからの音声を一方的に切ったルルーシュが立ち上がると、どこか勝ち誇った様な顔を向けてくる。

 

 明日が欲しいと願うルルーシュにとって″未来が定まったモノ″とは到底受け入れられない様だが、それは俺にとっても同じ事。

 誰が乗っているのか知らないが、ランスロットこそがルルーシュの障害そのものであり、想定外の二機だろうがここで退場してもらう。

 もっと言えば、ラクシャータへの土産に鹵獲を視野に入れて挑みたい。

 

「本来のパイロットの俺が此処に居るんだから変わって当然だろ? まぁ、俺は行くよ」

 

「待てっ! お前の力は借りんと言った筈だ」

 

「…………分けて考える必要があるのかな?」

 

「なに……?」

 

「俺はルルーシュに協力すると決めているし、ルルーシュも俺に協力してくれるんだろ? だったら俺の力はルルーシュの力で、ルルーシュの力は俺の力じゃないか」

 

「それはそうだが……いや、しかし……」

 

「意地を張っている場合か? 早く指示を出してやらんと全滅するぞ」

 

 暇そうに操縦マニュアルを読んでいたC.C.が呟く。 

 扇達がどうなろうと彼女にさしたる興味は無いようだが、言っている事は間違いじゃない。実際こうしている間にも、ノイズ混じりに助けを求める叫びがトランシーバーから聴こえてきている。

 

 少しは自分達でなんとかしろ……と思わなくもないが好都合だ。

 

「そうそう。せっかく手に入れたサザーランドを壊すのは勿体無いし、彼等を退かせて日本人の避難誘導に当たらせよう」

 

「出たな、モッタイナイ……お前が口にするその言葉は意味が判らんぞ」

 

「勿体無いは勿体無いさ」

 

「ふんっ…………私から最後の指示を全機に与える! 非戦闘中の者は地下へ逃れて避難民の誘導に当たれ! 新型と交戦中の者はポイント9へ後退せよ!」

 

『後退してどうするっ!? アイツラをなんとかしないとっ……』

 

「新型の相手はこちらでしよう……諸君らは私と合流後は携帯武器を置いて退くがいい。その後は各自の判断で動くけっ……それでは健闘を祈る!」

 

『おいっ、待てっ』

 

――プツンっ

 

 ルルーシュは俺の意見も反映させた最後の指示を告げると、一方的に通信を遮断した。

 カレンが最後まで食い下がっていた様だが、話す余裕があるのは少々解せない。

 新型はランスロットじゃないのか……?

 

 まぁ、いい……行けば判るコトだ。

 

「ありがとう、ルルーシュ」

 

「べ、別にお前の意見を汲んだ訳ではないからなっ。ここまでくれば俺の戦略的勝利は変わらん」

 

「はいはい。じゃぁ、俺は行って来るよ」

 

「待てっ、その機体で行くつもりか?」

 

「あぁ、特斬刀さえ有れば問題ないさ。それより、判っていると思うけど……」

 

 紅蓮弐式用の特殊合金製ナイフをサザーランドに握らせた俺は、構えをとって自信のほどをアピールしておく。

 

 むしろ問題があるとするならば、俺よりもルルーシュの方だ。

 陣形を乱れさせ、″最終防衛機構である新型機″を引き摺り出した今なら、クロヴィスの元へ辿り着くのは可能だろう。

 しかし、辿り着いてからが難しく、クロヴィスをどう処理するのが適切なのか……。

 

「俺のギアスは同じ相手には効かない。クロヴィスは殺すな……だろ? まぁ、任せておけ」

 

 自信に満ちたルルーシュの答えに満足した俺は黙って頷く。

 細部まで聞いている時間的余裕もないし、ルルーシュが任せろと言うなら、俺はそれを信じて自分のすべきことをするだけだ。

 

 こうして俺は、ポイント9を目指してサザーランドを発進させるのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「皆っ、もう直ぐだっ」

 

 生き残ったメンバー――と言ってもカレンと南の二名だが――を率いる扇は、必死にサザーランドを走らせランスロットの追撃に耐えていた。

 

「扇さん、なんか変だっ」

 

 時折牽制しながら最後尾を走るカレンは、直感的に違和感を感じ取る。

 新型のナイトメアはサザーランドを凌駕する性能を見せていた。

 それなのに、何故か自分達は撃墜されずにここまで逃げ延びている…………恐らくは、罠。

 

 しかし、それと気付いても自分にはどうすることも出来ない……本日何度目かとなる無力感に苛まれたカレンは、悔しさの余り下唇を噛んだ。

 

「フフフ……逃げなさい。そして、私達を導くのです……憎き仇、ゼロの元へ!」

 

 追撃するヴァルキリエ隊の1人、リーライナ・ヴェルガモンはテロリストが自分達を何処かに誘導していると気付いていた。

 逃げ惑うだけだった烏合の衆とも呼べる連中が、ある瞬間を境に同一方向へと移動を始めたのだから、気付くなという方が難しい。

 

 背を向けて逃げるテロリスト達を狙い撃つのは容易い事であったが、軍としても彼女個人としても最早テロリストには興味がない。

 彼女の翠眼は、テロリストの逃げる先へと注がれていた。

 

 やがて、追われる者と追う者とが待っていた場所へと差し掛かる。

 

「「「サザーランド!?」」」

 

 一同が一様に驚く。

 

 かつてはスクランブルする交差点として、人で賑わっていたポイント9。

 そこで待ち構えていたのは、十手の様な剣とアサルトライフルを手にした、何の変鉄もないサザーランドだ。

 助けがあると信じていた扇達だけでなく、ゼロが居ると読んでいたリーライナも落胆の色を隠せない。

 

「敵機確認……ランスロットだ」

 

 待ち構えていた朱雀は、土煙を上げて迫る一団の最後尾の機体を確認するや否や、表情を引き締めて通信を送った。

 ルルーシュと再会して以来、のほほんとした表情を見せる事が多くなった朱雀の姿はソコにはない。

 

『了解だ…………この場は私に任せてもらおう!』

 

 未来知識通りと言われるのは尺であっても、自分の正体は明かせない……そう悟るルルーシュは、ゼロという仮面の偶像を創る事に異論はなかった。

 戦術指揮は自分が行い、戦闘行動を朱雀に任せればゼロはより昇華された偶像となり畏敬を集める……朱雀より連絡を受けたこの場に居ないルルーシュが、あたかもサザーランドのパイロットであるかの様に装って通信を送ったのは、ゼロを創りあげる為の一手なのである。

 

 通信を合図にフルスロットルで、サザーランドを加速させる朱雀。

 

「「速い!?」」

 

 予想もつかないスピードでテロリストの間をすり抜けて、突撃をかけるサザーランド。

 

 動揺したランスロットのパイロット、マリーカ・ソレイシィは機体を停止させるとヴァリスを構え、引き金を弾いた。

 

「外れたっ!?」

 

 ヴァリス――可変弾薬反発衝撃砲から放たれ緑色に発光する弾丸は、当たるコトなく彼方へと飛んでいく。

 唐突に軌道を変えて弾丸を避けたサザーランドは、減速することなくビルの壁面を駆け上がった。

 無造作に下へと向けられるアサルトライフル。

 

 ランスロットの頭上から大粒の鉛の雨が降り注ぐ。

 

「しっかりなさいっ」

 

 リーライナはランスロットのシールドを展開させると、射線軸に割り込みカバーに入る。

 狙いも定まっていないハズの弾丸は、不思議なまでに自分達を捉えコクピットが衝撃に揺れ続ける。

 

「何なのよっ!?」

 

 睨み付けるように上空を見上げるリーライナ。

 

 しかし、向かいのビルに打ち込んだスラッシュハーケンを利用して空中を移動した、サザーランドの姿は既にそこになく、ロックオンアラームがコクピット内に鳴り響く。

 

「そんなっ!? 後ろを盗られた!?」

 

 遭遇から僅か十数秒。

 

 致命的なミスを犯したリーライナは死を覚悟した。

 

 人型を模した体長五メートルに満たないナイトメアに、人が乗り込むスペースを作るのは難しい。

 それは最新鋭機であるランスロットであっても同じであり、背中に荷物を背負ったような突起、コクピットが有るのは変わらない。

 つまり、ナイトメアは構造的に背後からの攻撃に弱い欠点を持ち、通常は徒党を組んだ上で陣形を用いた運用を念頭に置いた兵器なのだ。

 

 単機で当たり前の様に突撃をかけて戦果をあげるゼロこと枢木朱雀は、既存の戦術の枠組から外れた″戦術とは無縁の愚か者″なのである。

 

「……何故?」

 

 時間にすれば一秒にも満たない一瞬だったが、自分にとっての致命の隙は相手にとっての絶好の好機。

 衝撃に襲われないのを不思議に思いながらも、リーライナは機体を180度反転させる。

 

「ご無事ですか、お姉さま! 私達はこんな所で死ぬわけにはいかない!! そうですよねっ!?」

 

 先程とは反対に、マリーカ機がシールドを展開させてリーライナ機を庇っている。

 

「え、えぇ……その通りよ、マリーカ」

 

 同い年の自分を″お姉さま″と呼ぶマリーカに若干引き気味になるリーライナだが、そんなコトを気にしている場合ではない。

 リーライナは気を取り直すと、ヴァリスを構えてサザーランドと向かい合った。

 

 

「思っていたより、厄介だな……出来れば出会い頭に一機は潰しておきたかったんだが……」

 

 庇い合うランスロットを目にした朱雀は、己の見込みの甘さを反省すると、体勢を立て直した二機を相手に、更なる攻撃を仕掛けるのだった。

 

 

 

◇◇

 

 

 

「いけない! アレがゼロだ!」

 

 ワンテンポ遅れで送られてくる映像を目にしたロイドが、彼らしからぬ真剣な表情で叫びをあげる。

 

「え……アレはサザーランドでは?」

 

 普段は見ることのないロイドの真剣さに戸惑うも、周囲の者達に同意を求める様に呟きモニターを指差すセシル。

 

 ゼロとはデビルオクトパスの事であり、デビルオクトパスとは赤いナイトメア……これがブリタニア軍内での共通認識だ。

 しかしながら、現在ランスロットが闘う相手は誰がどう見ても、ブリタニアが誇る第五世代ナイトメア・サザーランド。

 天才肌のロイドが突拍子の無いことを言うのはいつもの事だが、いくらなんでも意味が解らない。

 

「回収したあの機体をデビルオクトパス足らしめていたのは、デヴァイサーの性能に依るところが大きかったみたいだ……君の危惧していた、機体のカタログスペックだけでは計れない戦果の秘密は、デヴァイサーたる彼にあったんだよ」

 

「それって……デビルオクトパスのパイロットが、あのサザーランドを操縦している……!? そう言うのですか?」

 

「ご名答〜♪ コレを見てよ。彼、最高のパーツだと思わない?」

 

 何時もの調子を取り戻し楽しげにキーボードを叩くロイド。

 送られてくるライブ映像が小さくなってモニターの角に追いやられ、ヴァリスを避けるサザーランドの姿がアップで繰り返し映し出される。

 

「凄いですね……でもコレッて反応値の限界を超えてませんか? 偶然の可能性を疑うべきでは……」

 

 避けようとしていた所にヴァリスが発射された……セシルの主張はこうだ。

 セシルがこう考えるのも無理はなく、モニターに示される数字は彼女とロイドの二人が想定する、限界反応速度の半分未満の数値を示しているのだ。

 

「それは無いよ。撃たれる瞬間まで予備動作を見せていないし、このサザーランドは、明らかに見てから回避行動に移っている……だから、今のランスロットじゃぁゼロは倒せない……良いなぁ、彼。一層のコト、彼の元に亡命しちゃおうか? そうすれば……」

 

「ロイドさんっ、不謹慎が過ぎます!!」

 

 そうすれば、究極のナイトメアが作れる……そう言い掛けたロイドの言葉は、コメカミに青筋を浮かべて拳を振り上げるセシルによって阻止された。

 

「ごめんなさい、ごめんなさいっ」

 

「はぁ…………撤退させましょう。このままでは彼女達が危険です」

 

 頭を抱えて怯えるロイドを見ると、大きくため息をついて拳を収めるセシル。

 

「そうだねェ……このままだと僕のランスロットが壊されちゃうし……」

 

 ロイドとセシルは科学者だ。

 重視する点に違いはあれど、″ここで無理をさせる理由がない″との想いは一致する。

 2人にとって戦場における勝敗などは些細なコトであり、″デヴァイサーのナイトメアに与える影響の大きさ″これを知れたダケでも充分過ぎる成果なのである。

 

 

「それは成らんっ!」

 

 纏まりかけた方針に異議を唱えるジェレミアの顔が、モニターいっぱいに映し出された。

 

「あはっ。久しぶり〜。キミの方から通信してくるなんて、どういう風の吹き回しなんだい?」

 

「ちっ……相変わらず軽いヤツめ。殿下の勅命を何と心得ておる! 貴様も帝国の伯爵ならば、死んでも殿下の期待に応えてみせよ!!」

 

「キミも面白いコトを言うのは相変わらずだねェ。死んでしまえば、それこそ何にも出来ないというのに。それと、僕は科学者なんだから期待に応えたと言えるのは、最高のナイトメアを作った時だよォ?」

 

「屁理屈をっ……兎に角だ! 私が行くまで貴様のナイトメアを撤退させることは、まかり成らん!」

 

「そうは言われましても、私のランスロットでもあのサザーランドを倒せないのが現実です。幸い、凌ぐことなら出来ますから今後の為にも撤退させるべきかと」

 

「そうそう。僕のランスロットが奪われたら失態どころの話じゃなくなるよォ? 劣っているのは機体じゃなくてデヴァイサーなんだから。まさか、死んでも命令遂行しようとする気概が大事! ……なァんて意味の判らないコトを本気で言うつもりじゃないだろうね?」

 

「違うっ……これはチャンスなのだ!」

 

「チャンス……ですか?」

 

 ギリギリ常識人の範疇に収まるセシルには、皇族大好き人間ジェレミアが何を言っているのか判らない。

 

 今、この瞬間もモニターの角には、似たような構図で良いように弄ばれる映像が写されている。

 

 サザーランドを中心に捉え、その向こうに映るランスロット。

 挟み撃ちと言えば聞こえは良いが、下手に射撃を行えば味方に当たるこの体型は、好ましくない。

 射撃を用いるなら射線が直角に交差する十字砲火が望ましいとされており、そんな事はヴァルキリエ隊の2人も知っている。

 しかし、ヴァルキリエ隊が十字砲火に持ち込もうにも、高速で動くサザーランドが二機の間に割り込んでは、背後を見せるのもお構い無しに接近戦を挑んでくる。

 

 輻射波動機構対策に、接近戦を避ける訓練を積んでいたのが功を奏し、なんとか凌げているのがランスロットの現状だ。

 

「そうだ……アレがゼロだと言うなら、サザーランドに乗る今こそゼロを葬り去るチャンスではないか!」

 

「……!? そ、それは……」

 

 ジェレミアの言い分を理解したセシルが息を呑む。

 

 ランスロットに劣るサザーランドに乗ってもこの有り様……もしも、ランスロットに匹敵する機体に乗られていたら、手が、つけられない。

 

「でも、それってズルくなァい? 騎士様がそんなことで良いのかなぁ?」

 

 ジェレミアの事情も知るロイドは、全てを見透かす様にニンマリ笑みを浮かべては茶々を入れる。

 

 ジェレミアの策とは、敵が万全でない今の内に叩け、である。

 戦術としては正しいが、普段から騎士道を説いて回る身としてはどうなのか。

 

「例え卑怯と言われようとも、それが皇族の御為ならば私にとっては誉なのだ」

 

「で、ですが、現実的にはアレを捉えるコトは出来ませんっ。失礼ですが、ジェレミア卿であっても、サザーランドでは十秒と保たずに撃墜されてしまいます」

 

「十秒も有れば十分だ……私がヤツの虚を突いて組み付く! しからば私もろともゼロを撃て!!」

 

 ロイドの茶々にも、セシルの告げる冷酷な現実にもジェレミア・ゴットバルトは揺るがない。

 皇族に向ける絶対の忠義……ともすれば高慢にも見られるジェレミアという男の本質はこれに尽きる。

 

「本気…………の様だね。聞いていたかい、君達? もうすぐサザーランドが援護に向かうから、彼の提案通りに動いてねェ」

 

「ロイドさんっ!!」

 

 納得のいかないセシルが今日一番の怒声を放つ。

 しかし、ロイドは怯むコトなくモニターを見詰め続け、いつもの冗談ではないと察したセシルもまた、彼女達……ついでジェレミアの無事を願って見守るのだった。

 



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シンジュク事変・了

「おいおい、なんだよアレ? 最初からアイツ1人で良かったんじゃねぇのかよぉ?」

 

 早々に撃墜された玉城は、徒歩でポイント9に向かい無事に扇達との合流を果たしていた。

 そんな彼は、遠目から朱雀が操るサザーランドの戦闘を目撃すると、驚き、呆れ、いつしか理不尽とも言える怒りを覚えて文句を口にする。

 集まった他の幹部メンバーも口にこそしないが、

 

『もう全部アイツ一人で良いんじゃね?』

 

 とでも言いたげな面持ちで呆れ返っている。

 

「そ、そんなことは無いさ。いくら強くても、たった一機では広範囲に展開するブリタニア軍に対応できない。だから俺達に協力を求めたんだ」

 

 焦りながらも玉城達を宥める扇。

 このままでは自分達の存在意義を見失い兼ねない。

 

「そうかぁ?」

 

「と、とにかくこの場は彼に任せて、俺達は俺達に出来ることをしよう」

 

 生き残り集まってきたメンバーの前で両手を広げ、リーダーとして語る扇。

 その″出来ること″さえも謎の男の指示通りなのだが、誰かの案をそのまま採用するのも、リーダーとしての一つ形だろう。

 善くも悪くも扇要とは、人の意見に左右されやすいリーダーなのである。

 

「アタシは……もう少し見ていても良いかな? 皆を避難させることも大事なのは判っているけど、アレを見ていると何か掴めそうなんだ」

 

 身を乗り出して食い入るように闘いを見詰めるカレンは、振り返らずに残留の許可を求めた。

 

「ハァ? アレが参考になるってのかよぉ?」

 

「判らない……けどっ、アタシがもっと上手く戦えたらっ、今日だってもっと多くの人を助けられたんだ」

 

「カレン…………わかった。でも、無理はするんじゃないぞ?」

 

「判ってる……ありがとう、扇さん」

 

 そう言って微笑んだカレンは、地下に消えていく扇達を見送ると、KMF同士が争う戦場に向かって駆け出した。

 廃墟となったビルの扉を蹴破り、瓦礫の散乱する階段を一足飛びに駆け上がるカレンにとって、生身でKMFが闘う場に近付くのは無理に当たらないらしい。

 

 ポイント9を見渡せる高所に登り着いたカレンは、ガラスの無くなった窓からソッと顔を覗かせるのだった。

 

 

 

◇◇

 

 

 

 良い機体だ……それが相対する二機のランスロットへの率直な感想になる。

 未来知識で描かれていた様な突飛な動きこそしないものの、機動性、装甲、武装……それぞれが高いレベルで安定していて、思いの外攻めあぐねている。

 

 まぁ、だからと言って付け入る隙がない訳じゃない。

 連携行動や近距離戦を避ける時には目を見張る動きを見せるランスロットだが、それ以外は機体の性能に頼りきった、基本に忠実な動きしかみせない。

 射撃時は足を止めて狙いを定め、防御時は安直にシールドを展開させる……俺にとっては″避けて下さい、当てて下さい″と言われている様なものだ。

 未来知識では乗り手の確保に苦労したあげく、日本人の俺に機体を預けた位だ……多分、パイロットの習熟が間に合っていないのだろう。

 

 軋みを上げ始めたサザーランドが何時まで保つのか心配だったが、それより先にランスロットのシールドエナジーが尽きている。

 ランスロットが高い性能を発揮するには相応のエネルギーが必要であり、慣れないパイロットでは消耗を抑える所か無駄に浪費を招いた、と云うことだ。

 

 一方の俺にはルルーシュの指示で扇達が残していったアサルトライフルがあり、弾薬が尽きる心配はなかった。

 地面に置かれたライフルを軽く蹴り上げ掴み取った俺は、狙いも定めずに引き金を弾く。

 

 下手な鉄砲も数撃てば当たる……じゃないけれど、こういう相手なら先ずは牽制射撃を行い、狙いは後から定めていけば良い。

 

 ランダム回避行動に入って前面部を守る様に腕部を交差させるランスロット。

 厄介だった光るシールドは既にない。

 

 弾丸が火花を散らして装甲に弾かれる。

 相当な強度の装甲材が使われている様だが、何時までも無事でいられるものか。

 このまま距離を詰めて打ち続けられれば、システムダウンを起こすだろう。

 

「まずは一機!」

 

 引き金を弾く手に力が籠る。

 

 

――ビィィっ!! 

 

 

 またかっ!

 

 真横に回り込んできたもう一機のランスロット。

 その両腕で構えたヴァリスから、轟音をあげて弾丸が放たれる。

 

 軋むサザーランドを前後させて弾丸を回避する。

 ビーム兵器と見紛う程の光を放つ弾丸が、機体の近くを掠め飛んでいく。

 

 ふと、ヴァリスの実戦投入が早まっているのに気付いたが、些細な変化に気を取られている場合でもないか。

 いい加減にこのいたちごっこの様な状況を終わらせないと、あの無愛想な女に何を言われるか分かったもんじゃない。

 機体の稼働時間的に考えても、この攻撃でケリを付けないとマズイことになりそうだ。

 

 

――ビィィっ!!

 

 

 俺の希望を裏切る形で、再び響く警戒音。

 

 今度は左側かっ。

 

「増援……!? 手間取り過ぎたか。しかも、アレは……」

 

 猛スピードで迫る肩が赤く塗られたサザーランドの突貫を回避した俺は、機体をジグザグに後退させて距離をとる。

 

 面倒なヤツが来た……赤い肩は純血派の証。

 もしあれがジェレミア・ゴットバルトなら死なせるわけにはいかない。

 ランスロットが障害ならば、ジェレミア・ゴットバルトこそはルルーシュの騎士。

 

 退くか……?

 

 瞬時にそんな考えが頭を過る。

 敵機の破壊と得難い人材の確保……どちらを優先すべきかと言えば、後者に決まっている。

 

 だが……パイロットが未熟な今こそ、ランスロットを鹵獲する絶好のチャンスなのも間違いない。

 

 しかし、鹵獲を狙えば純血派のサザーランドが邪魔をするのは当然で、サザーランドを無力化しようにも、いつかのアワジで闘った兵士の様に、脱出することなく最期まで戦うだろうと容易に想像がついてしまう。

 気迫のようなモノが立ち昇って見えるのは、きっと気のせいじゃない。

 

 一体、どうすべきか……?

 

『クロヴィスの名に置いて命じる…………直ちに停戦せよ!』

 

 俺の迷いを遮る様に、突然そこかしこのスピーカーというスピーカーから、大音響で流れ出るクロヴィスの声。

 それに呼応するように、敵対する三機は一所に集まると動きを止めた。

 呆然とした雰囲気が機体を通じても伺い知れる。 

 

 そんな中で俺だけが呆気に摂られることなく、次なる行動に移る。

 

「隙ありっ!」

 

 動きが完全に止まったランスロットの懐に飛び込んだ俺は、手にした特斬刀を下から上へと斬り上げる。

 

 腕の付け根から切断された左腕部が弾け飛び、大きな音を立てて地面に落ちる。

 

「よしっ! これでっ」

 

 ラクシャータへの土産はこの腕に仕込まれたシールド機構だけでも十分だ。

 あとは、コイツらを追い払えればっ。

 

 俺は、″くるくるキック″を放とうと機体を操作する…………しかし、サザーランドは応えてくれない。

 

 駆動系が焼き切れたのかサザーランドは、俺の意図に反してその場でジャンプしただけで着地する。

 それを見ていたもう一機のランスロットがヴァリスを構え、突き付けられた銃口がアップで映し出された。

 

 流石にこれは無理だ。

 

 脱出を試みようとレバーをひきかけた、その時、

 

 赤い肩のサザーランドがランスロットを蹴り飛ばしたのだった。

 

 

 

 

 

 

「な、なんなんですか、あの人!?」

 

 送られてくる映像を注視していたセシルには、ジェレミアの行動が全く理解出来なかった。

 

 確かに停戦命令は出ている。

 しかし、仕掛けて来たのはゼロの方であり、リーライナの行為は戦闘行為と言うよりも自衛行為だ。

 何より、漸く巡ってきた千載一遇の好機をみすみす潰すのは理解に苦しむ。

 

「哀しい男だよ……向けるべき主を失い、行き場を無くした忠義の心は病的な迄に脹らみ続ける……せめて、あの方々が生きておられたら、彼の人生も違ったモノになっただろうにねェ」 

「ロイド、さん……?」

 

 そう語るロイドも何処か哀しげで、やはりセシルには理解出来なかった。

 

「残念だけど、これは本格的にマズイってコトだよ。テロリストであるゼロには殿下の命を聞き入れる理由がないし、ジェレミア卿は闘わないばかりか、さっきみたいに彼女達の戦闘行為を邪魔をしてくるだろうからねェ」

 

「そんなっ!?」

 

「僕達に出来るのは、ゼロが退いてくれるのを願うだけだよ」

 

 ジェレミアを知るロイドは、科学者らしからぬ言葉を口にすると、静かに成り行きを見守るのだった。

 

 

 

 

『貴様等っ! クロヴィス殿下の停戦命令をなんと心得る!!』

 

 激昂したジェレミアがスピーカーで叫ぶ。

 

『勝手なコトを言うなっ! お前達はいつもそうだ!! 勝手に攻めてきて、自分達の都合ばかりを押し付ける! 貴様等の命令に従う理由なんか俺達には無い!!』

 

 ジェレミアの言葉に″今まで″を重ね合わせた朱雀もまた、怒りの余りスピーカーで応酬する、といったミスを犯してしまう。

 

「あの声!? トランシーバーの男じゃない!? それに……何処かで?」

 

 それを聞いていたカレンは、その憎しみの籠った内容に共感を覚えつつ、声の主を探ろうと自身の記憶を探し始めた。

 

『勝手に攻めてきた……だとぉ!? あの方々の御命を奪っておきながら、よくもぬけぬけとっ……その言葉、万死に値する! だが、しかぁしっ! この場は殿下の命に従い見逃してやる!』

 

 言葉の節々に含まれる敬意と後悔……ジェレミア・ゴットバルトの騎士としての初任務は、アリエス宮の警護であった。

 彼にとって敬意を越えた憧れの存在、マリアンヌの警護に若かりしジェレミアは歓喜に震え、そして、絶望の淵に落とされた。不可解にも思えた命令により警護の手を緩めた日の夜……賊の侵入を許し″アリエスの悲劇″が起きたのである。

 その後、マリアンヌの忘れ形見である2人の皇子に忠義を向けようとしたジェレミアであったが、公式記録上では2人の皇子は留学先の日本で殺された事になっており、行き場を無くした忠義の心は皇族全体に漠然と向けられる様になって今に至る。

 

『…………良いだろう。お前達がこのまま退くなら手は出さない』

 

 ジェレミアの想いの一端に触れ冷静さを取り戻した朱雀は、この場は退くと決断を下す。

 

 ルルーシュの生存を告げる事が出来れば話は早いのだが、そうもいかない。

 物には順序というものがあり、ジェレミアを仲間に引き入れるなら、先に″ルルーシュを納得させる″と言った手順を踏む必要があった。

 未来知識が″そう″だったからといって、過程をすっとばして結果だけは得られない……朱雀はKMF開発を通じてそれらを学んでいたのである。

 

「どういう風のふきまわしでしょうか?」

 

「さぁ……? テロリストの考えなんて僕に判るわけないじゃない? だけど、狙いなら解る……リーライナ少尉、切断された腕部の破壊をお願いするよ」

 

「は、はいっ!」

 

「ジェレミア卿は邪魔しないでねェ。これは、廃棄物処理なんだからさ」

 

「む……良かろう」

 

 的確に朱雀の狙いの1つを言い当てたロイドが、戦地の3人に通信を送る。

 

 転がる左腕を庇うよう立つサザーランドを避けて回り込み、ヴァリスの照準を合わせるリーライナ。

 

 動かない朱雀のサザーランド。

 

 最大出力でヴァリスが放たれようとした、その時、

 

――ガシャンっ

 

 頭上から舞い降りた紅の悪魔が、銀の右手を伸ばしてヴァリスの一撃を受け止めた。

 

「世話の焼ける男だ……問題ないのでは無かったのか?」

 

「問題はない。現にこうして機密部分を確保している」

 

 ルルーシュならば役目の終わった紅蓮をこちらに寄越すと薄々気付いていた朱雀は、C.C.が操る紅蓮の登場に驚いた風でもない。

 送られてきた皮肉混じりの素っ気ない通信に、強がりで返し……ただ、内心で″厄介な女に借りを作ったな″と思うばかりだ。

 

「輻射波動が完成しているゥ!? ヴァリスはまだ完成していないのにっ」

「やはり、一人ではないのですね」

「ゼロっ!? ルキアーノ様の仇……っ」

「デビルオクトパス……こやつ、今まで何処に……?」

 

 一方の敵方は現れた悪魔に驚き、恐れ、思案する。

 

「どうするのだ? このまま見逃してやるのか?」

 

「あぁ……腕さえ持ち帰れば一応の目標は達成だ」

 

「随分と低い目標設定ではないか?」

 

「ロイド伯爵には敵方としてナイトメアの開発に協力してもらうから、これで良いんだ」

 

「そうか……お前がそうしたいならそれでいいのだろう。だが、モノは言い様だな?」

 

 赤い波動を止めた紅蓮弐式は、伸縮させた右手を振うと歌舞伎の見栄を切るように構えた。

 その滑らかな動きからも機体が万全の状態であると見て取れる。

 

「お、お姉さま……」

 

「だ、大丈夫よ、マーリカ……イザとなったら貴女だけでも私が逃がしてあげる」

 

 朱雀とC.C.のやり取りを知らないヴァルキリエ隊の2人は死を覚悟した。

 

 そんな彼女達を救うつもりなのか、周波数を解析していたロイドが非常識な言動に出る。

 

『おめでトォ〜♪ 見事だったよ、デビルオクトパス……いや、ゼロと呼ぶべきかな? 今日は僕の敗けだけど、次は負けないから。ラクシャータにも宜しく言っておいてねェ』

 

 ロイドはなんとも軽いノリで、敵である朱雀に通信を送り付けたのだ。

 

『……ふんっ。早く退かせるがいい、プリン伯爵』

 

 ゼロの名とラクシャータの存在を言い当てられた朱雀は驚きつつも、ラクシャータだけが用いる″プリン伯爵″と呼ぶ事で彼女の存在を肯定する。

 因みに、未来知識を知る朱雀でもラクシャータがロイドをプリン伯爵と呼ぶ理由は知らない。

 

『そうさせて貰うよ……2人とも、帰っておいで』

 

 思わぬ返しに苦虫を噛んだような表情を浮かべたロイドであったが、それ以上敵と馴れ合うような真似はしなかったのである。

 

 

 それから、ヴァルキリエ隊の2人はロイドの指示に従っておそるおそる後退し、何かを察知したジェレミアは「殿下ぁぁ!!」と叫びながら機体を走らせた。

 

 それを見届けた朱雀は紅蓮のコックピットに乗り移ると、戦利品の腕を担いで悠々と地下へ消えていくのだった。

 

 こうして、後の世でKMF開発に多大な影響を与えたと評される、シンジュク事変の戦闘は幕を下ろすのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 朱雀の闘いが終わりを迎えた頃、兄弟の闘いも終わりを迎えようとしていた。

 指令部も兼ねる広い御用車両内で、ただ2人向かい合うルルーシュとクロヴィス。

 

「これで良いのか? 次は何をすればいい?」

 

 侵入者の言われるがままに全域放送を終えたクロヴィスは、高座から見下ろしどこか挑発するように吐き捨てる。

 賊の侵入を許し護衛の者達が一人残らず居なくなっても、クロヴィスの尊大な態度は変わらない。

 

「えぇ……ありがとう、兄上。そして、さようなら……コレからは私の命に従って頂く!」

 

 潜入の為に着用していたブリタニア軍のヘルメットを外して小脇に抱え、恭しく片膝ついて挨拶をしたルルーシュは、立ち上がり様に顔を上げると左目に意識を乗せて命令を告げる。

 

 絶対遵守のギアスの発動……たったのこれだけで兄弟の闘いは終わり、クロヴィスはルルーシュの軍門に下った。

 

「あぁ…………わかった。全て、お前の言う通りにしよう。何をすればいい?」

 

 クロヴィスは焦点の定まらぬ虚ろな表情で抑揚のない言葉を発する。

 ルルーシュは抜け柄となったクロヴィスに近付くと、詳細な命令が書かれたチップを渡し特に重要な点を口頭で告げていく。

 それを聞いているのか定かでもない虚ろな表情のクロヴィスは、「あぁ」「わかった」と、全ての事案に頷いた。

 

 要点を伝え終えたルルーシュは、ヘルメットを深く被るとクロヴィスだった男に背を向けて歩き出す。

 

 これは自分の知るクロヴィスなのか?

 ギアスに依って思考の全てをねじ曲げられた男は、果たしてクロヴィスと呼べるのだろうか……そして、この脱け殻のような男が役割を果たせるのか。

 

 なんとも言えない思いがルルーシュの胸に去来する。

 

「母さんを殺したのは誰だ? 知っている事を話せ」

 

 階段の手前で立ち止まったルルーシュは、無駄と知りつつ問い掛ける。

 

「分からない……私はアリエスの悲劇に関わってもいないし犯人も知らない……第二皇子シュナイゼル……第二皇女コーネリア……彼等なら知っている…………」

 

「やはり、か……まぁ、いい。後は手筈通り頼みましたよ、兄上」

 

 朱雀から聞かされていた内容と大差のない反応に、若干肩を落としたルルーシュが階段を降りていく。

 その途中、血相を変えた男と狭い階段ですれ違った。

 

「殿下ぁぁっ! ご無事でしょうかぁぁ!?」

 

 絶叫を上げて階段を駆け上がるのはジェレミアだ。

 現れなかった紅蓮とクロヴィスらしからぬ命令内容を不審に思い、馳せ参じたのである。

 

「誰が戻れと言った! 私の命を聞いていなかったのか!!」

 

「で、ですがっ」

 

 戻るなり罵声を浴びるジェレミアは口答えをしてしまうも、内心でいつもと変わらぬクロヴィスの姿にホッとするのだった。

 

「言い訳など聞きとうないわ! お前は我が命に従いイレブン共を見逃してやれば良いのだ!」

 

「ハっ! こ、このジェレミア・ゴットバルト、全力を上げてイレブン共を見逃します!」

 

 クロヴィスとジェレミアのどこかコミカルなやり取りを、立ち止まったルルーシュは顔を覗かせて見ていた。

 

(見逃すのに全力も何もないだろう……だが、逸早く駆け付けたアレがジェレミアなら使える男のようだな……それにクロヴィスも″平時はいつも通りに振る舞え″の指示通り動く、か……)

 

 豹変したクロヴィスの態度に、やはりなんとも言えない想いを抱いたルルーシュは、他の兵士が集まる前に御用車両から姿を消すのだった。

 

 

 

 

 

 夕暮れに染まる街中で群を成し、日本人達がブリタニア軍の監視の元いずれかへと消えていく。

 戦争で家を失った彼等は今また住処を失い、果たして何処へ向かうのか……その足取りは重く人波は遅々として進まない。

 

 だが、生きてさえいれば明日は全ての人に訪れる。

 

 朱雀は人気の無くなったビルの屋上で、夕日に消え行く人々を満足げに眺めていた。

 

 今日の作戦の全ては、シンジュクの人々を安全に逃す事に繋がっていたのである。

 ルルーシュの戦闘経験、黒の騎士団結成への布石、ランスロットのデータとシールド機構の取得、そして、クロヴィスへのギアス……これら全ては付加価値に過ぎない。

 更に、これら全ては明日にも繋がっており、僅かな時間でこれ程の戦略を組み立てたルルーシュは称賛に値する。

 しかし、全ての立役者であるルルーシュの表情は冴えない。

 

「上手くいかなかったのかい?」

 

「心配するな……全ては俺の計算通りだ」

 

「その割には浮かない顔をしているではないか? 言ったハズだぞ。王の力はお前を孤独にすると」

 

 主語の抜けた朱雀の発言を切っ掛けに、共犯者となった3人の語らいが始まる。

 

「だまれっ! 撃つ覚悟なら出来ていた……だが、アレでは余りにも……そして、俺はあんなものを朱雀に」

 

「意外と細い神経をしているのだな? しかし、お前はついているぞ、ルルーシュ。此処にギアスの効かない人間が2人もいて、お前を助けてやるのだからな」

 

「2人だと!?」

 

「なんだ、気付いていなかったのか? そこの男はお前のギアスに掛かりながらも、自分の意志でコントロールしているぞ」

 

「本当かっ!?」

 

「え? まぁ、ギアスに掛かるまで知らなかったけど、なんとかなってるよ。そんなことより、C.C.。俺のギアスはどうなっているんだ?」

 

「契約は結べている。使えないならお前は才能のないポンコツ君ということだ」

 

「待てっ、お前達! 一体いつ契約を結んだのだっ。いや、それよりギアスをコントロールしているなら、まさか、お前……まだ何か隠し事をしているんじゃないだろうな!?」

 

「え? それは、まぁ、おいおい話すよ……それじゃぁ俺は戦利品を持ってラクシャータの所に戻るから、ルルーシュも早く帰った方が良い」

 

「ラクシャータ、だと? 誰だ、それは」

 

「紅蓮弐式の開発者さ」

 

 朱雀はルルーシュの追求を極自然に受け流すと2人と別れ、夜を徹してワカヤマ地区へと向かうのだった。

 

 ここに長かったシンジュク事変は幕を閉じ、朱雀とルルーシュの戦いは次の局面を迎える事となる。








本当に色々長くなりました。



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その名はゼロ・壱

 シンジュク事変より1週間の時が流れ、俺は漸くトウキョウ祖界に帰還することが出来た。

 真っ先にルルーシュの部屋へと向かってみれば、そこでピザを食っていたC.C.から、

 

『随分と早い御帰還だな』

 

 と嫌味を言われてしまったが、俺だって遊んでいたわけじゃない。

 

 海路も駆使してシズオカからイセへと上陸。そこから陸路でワカヤマへと向かい、ナイトメア開発の為の手土産をラクシャータに渡す……たったコレだけで2日がかりの大仕事。2日もの時間を要したのは、ワカヤマが遠いのもさることながら、日本人の移動に制限を掛けられているからに他ならない。

 日本人が日本の地を自由に移動できない……これがブリタニアに敗れた日本の厳しい現実だ。

 日本人の中には、従順に従わないから締め付けが厳しくなり、そのせいで争いが終らないと主張する者もいるようだが、そんなバカな話はない……悪いのはブリタニアだ。

 

 ともあれ見つかることなく慎重に移動した俺は、ワカヤマに着くなりランスロットの腕部だけでなく映像データも渡した……でも、ラクシャータの食い付きが思ったより良くなかったのは、どうしてだろうか。

 俺を押し退けて解析に取り掛かるとばかり思っていた彼女が取った行動は、俺を見るなり抱き締め無事を労う……と言ったラクシャータらしからぬものだった。

 因縁浅からぬ相手と推測される、ロイド伯爵が絡む事案なので照れ隠しだったのかも知れない。

 

 それから、ラクシャータ達に映像データの解説を行い、KMF開発状況の報告を受けたりしていると、客がやって来た。

 俺がナイトメアを開発していると聞き付けた藤堂さんの指示の元、KMFの入手を目的とした卜部さんを代表とした日本解放戦線の一団は、総責任者である俺が戻るのを暫く待っていたそうだ。

 思わず「トベさん」と言ってしまいそうになるウラベさんは、奇跡の藤堂の懐刀として″四聖剣″の異名を持つ歴戦の兵(つわもの)で、本来なら俺のような若造が待たせていい相手ではない。

 でも組織的には、枢木家の当主である俺の方が上になるようで、卜部さん率いる一団が俺を呼ぶ時は「枢木様」や「朱雀様」だったりする。

 

 親子程も年の離れた男達から様付け呼ばわり……どうにも慣れない中で、どこかワクワクした様相の卜部さん達を工房に案内した俺は、量産型KMFに試乗して感触を確めてもらい、販売に漕ぎ着けた。

 

 時間は掛かったが売れ行きは上々……不思議なのは紅蓮にも匹敵する高性能量産機″月下″よりも、サザーランドと同程度の″無頼″の売れ行きが良かった事だ。

 と言うより、藤堂さんと四聖剣が使用する五機以外、全て無頼なんだから世の中わからないものである。

 

 卜部さんによると、連れてきた力量に差のある一般の兵士を乗せてみた所、無頼でも月下でも大差がないばかりか、操縦性に優れた無頼の方が安定した戦果が見込め、費用対効果的にも整備性に優れ値段も安い無頼の方が良いそうだ。

 因みに、費用が気になるなら月下も無頼と同額で構わない、との俺の提案は同席していたラクシャータのキセルの一撃と、「アンタはバカかい?」の一言で却下された。

 俺は別に、兵器の販売で財を為すつもりもなければ、志を同じくする人達から金を巻き上げるつもりもない。ただ、ラクシャータ達の労に報いられるだけの収入と、原材料にかかる費用が回収出来ればそれで良かった。

 元々、KMFは利益率がハンパない……しかも、最も高価かつ重要な部品であるサクラダイトを、タダ同然の横流し品で賄っているんだから、正味の原価は口に出して言えない位だ。

 ボッタクリにも思える価格の大半は、開発費として正当性が認められるようだけど、開発を行うのは枢木の当主としての勤めなんだから、それを価格に乗せるのはおかしいって話だ。

 

 これ等の主張も言ってみたのだが、「ホントにバカだねぇ」とラクシャータに鼻で笑われ相手にもされず、卜部さんからも「金だけの問題じゃねぇんだ……暫く月下は売れねぇだろうよ」と苦笑いされたのは、未だに解せない。

 

 閑話休題。

 

 卜部さん達と三日に渡って模擬戦を行いサマになってきた頃、エリア11を揺るがす放送が全土に流された。

 

 第三皇子クロヴィス・ラ・ブリタニアのエリア11総督退陣表明。

 コレだけならブリタニア人にも日本人にも大した問題ではなかった。

 しかし、クロヴィスは過剰演出としか言えない退陣会見の場で、俺のテロ活動の詳細を映像やグラフを用いて公表したのだ。

 

 曰く、

 

 テロによる多大な被害の責任を取り帰国する。

 

 曰く、

 

 残されたブリタニア臣民は協力してゼロの捕縛に当たれ……と。

 

 この声明の表向きの効果により、一部のブリタニア将兵の士気が上がり、一部の民衆がイレブンに憎悪を燃やしたのは確かだろう。

 しかし、それ以上にレジスタンス活動に勤しむ日本人達の士気が高まり、ブリタニア将兵の士気が下がり、民衆の情勢不安を招いたのだ。

 

 それはそうだろう。

 

 俺のテロ活動で命を落とした将兵は三桁を数え、十数回もの襲撃でブリタニア軍は、賊に一矢すら報いる事なく一方的に被害を被ったのだ。

 普通に考えれば秘匿すべき情報であり、現にクロヴィスは伏せてきていた。

 

『理解できねーな……御飾りなりにソツのなかったクロヴィスも、ついにメッキが剥がれたのか? いや、そもそもこの情報は正しいのか?』

 

 これが声明を聞いた卜部さんの反応であり、卜部さんだけでなく軍事に携わる者なら敵味方関係なく同じ様な感想を抱き、勘の良い者であればあるほど深読みして困惑したことだろう。

 

 それほどにクロヴィスの声明は不可解なモノであったが、なんのことはない。

 

 一連の声明はルルーシュがギアスの力で命じたモノであり、更に明日には″ゼロを誘き寄せる囮になる″との名目で、クロヴィスが大々的に帰国の途につく計画らしい。

 そこに襲撃を仕掛けるのがルルーシュの次なる策になっていて、常日頃から″総督は役者″と言っていたクロヴィスは、最後に茶番劇を演じて表舞台から退場する予定となっている。

 

 クロヴィスの放送から間もなく、ルルーシュから″早く戻れ″と矢の催促を受けた俺は、試作飛行砲撃実験機の輸送を取り仕切り、量産機販売に関する決定権をラクシャータに預けてワカヤマを後にした。

 それから様子見を兼ねてキョウトに足を運び、ついでに挨拶周りをした結果、1週間もの時間が掛かった訳だ。

 

 決して遊んでいたわけじゃない、と重ねて言っておこう。

 

 そして、今。

 

 クロヴィス拉致作戦の打ち合わせの為にルルーシュの自室へとやって来た俺は、ベッドを背もたれ代わりに座り込み、受領した実験機・月光の操縦マニュアルをパラパラと捲りながら寛いでいる。

 

 ベッドの上では寝そべったC.C.がピザを食い続け、俺の隣には足を伸ばして座るナナリー。

 綺麗な正座姿でサヨコさんが正面からニコヤカに見守り、ルルーシュは俺達に背を向ける様に自分のデスクに座ってディスプレイを眺めている。

 

 これだけ見ればヘソを曲げた兄貴の図……そんな団らんとした雰囲気だ。

 

「それは新型か? 色々と考えるものだな」

 

 ベッドの上のC.C.が興味を持ったようで、俺の頭上からマニュアルを覗き込んでいる。

 

「サヨコさん……これはなんと書いているのでしょうか?」

 

 俺の隣で座るナナリーが指を差したのは、月光の全体図が描かれたページに書き込まれた、日本語での註釈の一つ。

 

 色々と特徴的な月光のイラストだけど、中でも両肩に備え付けられたキャノン砲は異彩を放っている。

 輻射波動での砲撃を可能とする試作キャノンは小型化されておらず、土管を両肩に乗せた人の様な姿はいかにもアンバランス。

 これで空に浮くフロートシステムまで搭載しているんだから、註釈を付けるまでもなく無茶苦茶だ。

 

 それにしても、今まで黙っていた日本語の読めないナナリーが、コレに限って聞いてきたのは運が悪いとしか言えないな。

 

 とりあえず、ラクシャータの名誉のためにも誤魔化そう。

 

「空気抵抗に気を付けな、ダーリン……に御座います」

 

 俺が答えるより早く、ニコヤカに答えるサヨコさんだが、目が笑っていないのは気のせいだろうか?

 

「ほぅ……やるではないか。例のラクシャータとか言う女か? オカシイと思っていたのだ……あの時のお前はギアスの影響下にあったハズなのに、やけにアッサリとした答えだったからな。アレでは逆に他に何かあると言っている様なモノだぞ」

 

「ラクシャータ……さん? とは、どの様な方なのでしょうか?」

 

「名前の響きからインドの女性かと思われます、ナナリー様。書かれた文字を見ますに、年の頃なら二十代後半の艶やかな女性ではないかと」

 

 いいオモチャを見付けたとばかりに囃し立てるC.C.と、小首を傾げるナナリーに名探偵も真っ青な推察を披露する佐夜子さん。

 

「篠崎流は凄いな……文字からそこまで読み取れるのか。確かにラクシャータさんはインドの人で、インドの解放の為に身を投げ打ってまで尽力している人だよ。艶やかもそうだけど、ちょっと茶目っ気があるんだ」

 

 俺とラクシャータの事を包み隠さず話せば、ラクシャータの名誉に傷がつく。

 百を越える人の命を奪っている俺に守るべき名誉なんてモノは存在しない。しかし、これからラクシャータと顔を合わせるコトになるC.C.達が、ラクシャータを色眼鏡で見ない為には誤魔化す必要があるだろう。

 あくまでもラクシャータはKMFの開発者であり、現にそうなんだから……。

 

「ほぅぉ? 身を投げ打って、とはな」

「ならば私も枢木家の為にこの身を差し上げます」

 

「朱雀っ!!」

 

 ちょっと意味の判らないことを言い始めたサヨコさんを遮る様に、ルルーシュが怒声をあげた。

 

 少し怖かったし、助かった。

 

「なんだい? ルルーシュ。急に大きな声を出したりしてさ」

 

「この際だ、ラクシャータとは何者かハッキリさせてもらうぞ! いや、その前に、何故ナナリーが此処にいる!?」

 

「え? それはナナリーに聞くべきじゃないかな?」

 

「そうです、お兄様。私は私の意思で此処にいて共に闘いたいのです。それとも、お兄様は私を除け者にしたいのでしょうか?」

 

「ちっ違う……俺が言いたいのは、何故ナナリーが俺達の事情を知っているのか、と言うことだ!」

 

 キッと睨んだナナリーの言葉に、ルルーシュは明らかな動揺を見せる。

 

 ルルーシュが言うにはナナリーの生来の性分は、活発と言うよりお転婆だったらしい。

 

『あの頃のまま成長した様だ』

 

 いつだったか、肩を落としてそう呟いたルルーシュの元気がなかった様に見えたのは、きっと俺の見間違いだろう。

 

「それなら俺のせいだ。ナナリーの開眼を促すために俺の知識を伝えたら、こうなったんだ。正直言って、こんな事になるとは考えていなかったから、俺にとっても大きな誤算だよ」

 

「いや、判るだろっ……くっ、お前、悪意が無いだけタチが悪いぞっ」

「この男……やはり天然か」

「流石は朱雀様……抜けている所も素敵に御座います」

 

「私は知る事が出来て良かったですよ」

 

 三人からは酷い言われようだけど、当の本人であるナナリーだけが俺を庇ってくれている。

 性格に多少の変化が見られても、心根が優しいのは変わらない様だ。

 

「そうだね。俺もこれで良かったと思っているよ。大体、ナナリーに隠したままでルルーシュが戦い続けるなんて無理があるんだ。万が一、俺やルルーシュの正体がバレた時は、何も知らないナナリーがより危険に曝されるんだからさ」

 

 未来知識だとナナリーは何度か拐われたり、本人がそれと気付かない内に人質にされたりもする。

 その度にルルーシュは狼狽え焦り、窮地に立たされる……つまり、明らかな失策として描かれている。

 

 こうなると予期していた訳じゃないけれど、失策だと気付いたからにはソレを改めるのが、未来を知った俺の役割だろう。

 

「しかしだなっ」

 

「僭越ながらルルーシュ様……この件ばかりは朱雀様の仰る事に同意致します。代々日本の要人警護を務めてきた隠密として言わせていただきますと、要人警護において最も難しいのは護られる側が危険を認識していない場合になります」

 

「ナナリーが知る事で警護に協力的となり安全性が増す……か。だとしても、ナナリーを争いに巻き込む訳にはっ」

 

「何をぐちぐちと言っている……お前が何をどう言おうとナナリーは既に知っているのだぞ?」

 

「そうです。知ってしまった私が朱雀さんに協力したいと思うのは、そんなにイケない事でしょうか?」

 

「くっ、よってたかって……これでは俺が悪者ではないかっ。朱雀っ、この状況、どうしてくれるんだ!」

 

 俺が説得するまでもなく、何故か女性陣からの総攻撃を受けたルルーシュがフラフラになっている。

 

 見ていられないし、この辺で幕引きとしよう。

 

「ルルーシュ……俺が迂闊だったのは謝るよ。でも、俺はこう思うんだ……俺達がナナリーにしてやれるのは″ナナリーに優しい世界を作る″ことじゃなく、どんな世界でも逞しく生きていける強さを教えてやる事なんじゃないか、って。これから俺達がやろうとしている事は、どんなに言葉を変えて言い繕っても…………人殺しだ。見せたくないのは俺だって同じだよ。だけど、見せたくないからと言って見せないなら、俺達はシャルル皇帝と同じことをナナリーに強いるコトになる。ナナリーにはその目で俺達の有りのままを見てもらい、それが強く成長する為の糧となれば良いんじゃないかな?」

 

「「「…………」」」

 

 俺が演説っぽく語り終えると、皆が一様にポカンとしている。

 

「え? みんなどうしたのさ?」

 

「お前が良いことを言うから戸惑っているのだよ……みなの気持ちを代弁してやると、″朱雀のクセに生意気だ″と言ったところか」

 

「そ、そんな事は考えていません。ただ……やんちゃだった朱雀さんも色々考える様になったんですね、と感心していただけです」

 

「そ、そうだぞ。普段の姿からは想像も出来ない言葉を発したものだから、驚いていたのだ!」

 

「その通りです。あまりにも御立派過ぎて、貴方と朱雀様のお姿が重ならず、私の思考が固まってしまっただけです」

 

「当たらずとも遠からずだな。全く、酷い奴らだ」

 

 C.C.の締めの言葉で3人は俺から視線を反らした。

 

 俺は……泣いても良いのかな?

 

 いや、駄目だっ俺はもう泣かないって決めたんだ!

 

「と、兎に角、朱雀の言い分は判った。しかしナナリーはそれで良いのか?」

 

「はい。少し前の私は、お兄様が側に居てくれる……それだけで良かったのです。ですが、朱雀さんの想いに触れ、御父様の悪行を知ったからには…………あのハゲ頭をハリセンでひっぱたいてやりたいです!」

 

 力強く宣言したナナリーが拳を握り締めて立ち上がった。

 

「「「……は?」」」

 

 ナナリーの話す内容と予想外の行動に、今度は俺達共犯者同盟が固まった。

 

「御立派です……ナナリー様」

 

 そんな中、取り出したハンカチを目尻に当てたサヨコさんが、出てもいない涙を拭っては何度も頷いている。

 

「おい、朱雀」

 

 それを見たルルーシュが手招きして俺を呼ぶ。

 

(なんだい?)

(犯人はお前じゃなくあの女か)

(そうみたいだな)

(くっ……サヨコめ。だが今はそんなことよりナナリーだ。お前がなんとか説得しろ)

(え? ルルーシュがやればいいじゃないか)

(バカかお前はっ! 下手に説得して嫌われたらどうする!? 俺には判るっ、今のナナリーは一度言い出したら聞く耳をもたん)

 

「男二人で寄り添って何をコソコソ話している?」

 

「でも丸聞こえですよ、お兄様。御理解いただけているようですが、私はなんと言われようと止めませんからねっ! お兄様だって気付いているのではありませんか? 朱雀さんが罪を犯したのは私達の為でもあると……私だけが何もせずにはいられません!」

 

 腰に手を当てそう宣言したナナリーは、確かに活発を通り越してお転婆に見える。

 以前を思えば喜ばしい限りの成長ぶりだが、根底にあるのはやはり優しさだろう。

 

「ありがとう、ナナリー。だけど、前にも言ったハズだよ。俺は自分がしたいと思うことをしているだけだから、キミが気に病む事は何一つない。だからもし、キミの闘う理由が俺だとしたら闘ってほしくないし…………足手まといの力を借りないとイケない程、俺達は弱くない」

 

 好感と申し訳なさを覚えた俺は、認識の甘さと実力不足を理由に、時間をかけてナナリーを説得するのだった。

 その結果、シミュレーターで俺から一本でも奪えれば、パイロットとして協力を依頼すると定まった。

 

 それでも不安気なルルーシュに″実質不可能な条件だから安心しろ″と自信満々に告げた俺が″閃光″の意味を知るのはもう少し後の事になる。

 

 こうして、ナナリーの問題に一応のケリを付けた俺達は、茶番劇の打ち合わせを入念に行い、夜が明けてから浅い眠りに就くのだった。

 



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その名はゼロ・弐

 

 ギアス……それは王の力。

 

 そして、王の力は人を孤独にする。

 

 ……と、C.C.は表現しているが、果たしてそうだろうか?

 

 そもそも、ギアスと一口に言ってもその効果は様々で、中には王の力とは呼べないようなモノもある。

 強力な能力であることに疑いを挟む余地はないが、他人に乗り移るギアスや、数秒先を見るギアスなんかは″王の力″と言われてもピンと来ない。

 他にも、他者の思考を読むギアス、他者の思考を止めるギアス、他者に好意を植え付けるギアス等も強力な事に違いはないが、孤独に成るかどうかは使い手次第ではないだろうか。

 

 そう……ギアスは使い手次第なんだ。

 

 ギアスの効果が多種多様に及ぶのは、使い手となる者の潜在的な欲求が大きく影響するからとされていて、ルルーシュを例に出して言えば【思い通りにならない世界に対する不満】から、【どんな者にも、如何なる命令をも下せる絶対遵守のギアス】が発現した、といった感じだ。

 では、ギアスの発現しなかった俺は、欲求も資質もないポンコツ君か? と問われれば、否……と言いたい。

 ギアスの中には特定の条件下、例えば自分が死んで初めて発現するといったモノもある。

 

 俺は、多分きっと、そういうタイプのギアス能力者なんだろう。

 

 閑話休題。

 

 こうして改めて考えてみると、ルルーシュのギアスは他のギアスに比べてもイカサマ染みた、正に王の力と呼ぶべき力を誇る。

 解りやすく言うなら、失敗しない催眠術。

 短絡的に考えると、出会う人間の全てに『服従しろ』と命じれば世界の支配が出来てしまう。

 

 しかし、世の中そんなに甘くはない。

 

 催眠術という似て非なる力の概念がある以上、特定人物の周囲に不自然な人の動きが見られれば、カラクリに気付く人間も出てくるだろう。

 更に言うなら、現皇帝・シャルルはルルーシュと似たようなギアスを持っているんだから、迂闊にギアスを乱用しようものなら気付かれて当然と見るべきだ。

 

 王の力と呼ぶに相応しい強力なルルーシュのギアスであっても、決して無敵ではない。

 基本的にギアスとは、物理的な現象を引き起こす力ではなく、電気的な信号を発生させる事で脳に指令を与える力と考えられる。

 ルルーシュの場合は相手の目を通して電気的な信号を送る必要があり、カラクリを知られてしまえばバイザー等で簡単に対処されてしまう。

 ルルーシュのギアスは強力故に俺達の作戦を遂行する切り札になりえる。だからこそ、ギアスを使うときには慎重にならないといけない。

 他にも人道上の観点や、強過ぎる強制力からくる記憶の欠落や、思考能力の低下も問題と言えば問題だ。

 

 しかし、これ等の事情を踏まえても、今日これから集まる扇達は、放っておいたらルルーシュを裏切る、ギアスをかけるべき対象だ。

 

「ギアスを使うのか?」

 

 クロヴィス退陣パレードを数時間後に控え、俺とルルーシュ、C.C.の三人は、乱雑っぽく廃棄物を積み上げたシンジュクゲットーのとある広場で、扇達の到着を待っていた。

 

 黒を基調としたゼロの衣装に身を包んだ俺は廃車両の影に隠れ、同じくゼロの衣装に身を包んで廃車両の上で佇むルルーシュを見上げて問い掛ける。

 俺とルルーシュの違いは、仮面とマントだけのものであり、状況次第では俺が仮面を被りゼロとしてマントを翻す事もあるだろう。 

「当然だ。ブリタニアと俺達の、比較にもならん戦力差を埋めるのにギアスの力を使わない手はない。まぁ見ていろ。上手くやってやる。む……現れたぞ」

 

「約束通りに来たわよ……あんた、私達に何をさせる気?」

 

 警戒心を越えて、敵がい心を含んだこの声の主はカレンだろう。

 

 一体、何が原因だ?

 

 カレンが挑戦的なのはまだしも、廃車両の向こうから聞こえてきた足跡や息遣いは、一人や二人のモノではない。

 

 未来知識ではこの段階でゼロことルルーシュに協力するのは、扇とカレンの二人だけだったはず……俺がワカヤマに行っていた一週間の間に、「扇達と接触を持った」とルルーシュから聞かされていたが、大筋においては未来知識と大差がない内容だった。

 

 シンジュクで聞いた声を元に、俺の事を問い質すカレンをルルーシュが適当にあしらい、その際にはサヨコさんが自分の意思で協力してカレンからの追求を逃れた……等、細かな違いをあげればキリはない。

 その一方で、クラブハウスにおいてルルーシュのラッキースケベ的なイベントは起きた様だし、ルルーシュが扇達を呼び出したのは未来知識通りに展望タワーで、面通しはモノレール内で行われている。

 

 つまり、些細な変化はあっても大まかな流れは未来知識と変わっていない……そう漠然と捉えていたんだが、やはり違う様だ。

 今回の変化は、俺の犯したテロはゼロが行ったモノとして扱っているし、大方、既に実績のあるゼロの尻馬に乗りに来た……そんな所が原因だろう。

 

 それにしても……この未来知識というものは、便利な様で今となっては厄介な知識でもある。

 気にしないようにしていても、些細な変化が起きればイチイチ原因を探ってしまうのが、我ながらウザったい。

 探った所で考慮すべき点が多すぎて、ホントの原因なんか解るはずもないし、ルルーシュが「無駄な知識は必要ない」と、詳しく聞いてこないのも頷ける。

 

「焦らずとも答えてやろう……その為に集合をかけたのだからな。だが、その前に紹介したい人物がいる……エスツー!!」

 

 ルルーシュの呼び掛けに合わせて思考を中断させた俺は、廃車の屋根へと飛び上がった。

 やはりカレンと扇だけでなく、玉城や南に井上といった黒の騎士団創設メンバーが揃っている様だ。

 

 というか、思わず飛び上がってしまったが、俺が素顔をサラすのも色々とマズイんじゃないか?

 

「お、お前はっ桜木!? じゃぁそっちの仮面はやっぱりルるー……うっ!?」

 

「悪いけど、その名前は出さないでくれ……それと今の俺は、エスツーだ」

 

 案の定ゼロの素性に気付いたカレン。

 

 その口を塞ぐべく廃車両から飛び下りた俺は、縮地を用いて距離を詰めると、彼女のミゾオチ目掛けて拳を放つ。

 

「このっ……馬鹿力っ!」

 

 瞬間的に鳩尾の前で俺の拳を掴んだ制服姿のカレンは、力を込めて俺を押し返すと、スカートであるにも関わらず、見事なハイキックを披露する。

 

 見えてるんだけど……片手でガードした俺は、指摘するべきか頭を悩ませた。

 

「そして私がC.C.だ」

 

「って、どうしてキミが出てくるかな?」

 

 追われている自覚がないのか、白い拘束衣を纏ったC.C.が、呼んでもいないのにゼロの横に並び立ち、得意気な顔で自己紹介をしている。

 

「それは私がC.C.で、お前のエスツーと言う名は私の真似だと宣言しておく必要があるのだよ」

 

「いや、ないし」

 

 C.C.の登場に毒気の抜かれた俺は、カレンを軽く押し返すと構えを解いた。

 

「お、おい? カレン、どうなっている!? お前はそいつ等の事を知っているのか?」

 

 俺達を指差しながら慌てふためく扇。

 

「詮索無用!!」

 

 マントをはためかせたルルーシュが、巨大な布に描かれた黒の騎士団のシンボルマークを背にして、上から目線でモノを言う。

 

 一応、ルルーシュの名誉の為に言っておくと、仮面やマント、大層な物言い等は、ゼロという偶像を大きく見せる演出だ。

 好きでやっているわけではない…………多分。

 

「そんな訳にいくか! お前はっ……ブリタニア人じゃないか!」

 

「それがどうした? 既に宣言したはずだ……私の証明は行動に依ってのみ立てる、とな。そして、私はブリタニア帝国に対して戦争を仕掛ける者だ!!」

 

「せ、戦争って……いくらなんでも話がデカすぎやしないか?」

 

「ならばどうする? 諸君等は、このまま子供の嫌がらせの様なテロを続けるつもりか? それで世界の何が変わる? テロでは何も変わらない……それはゼロである私が計らずも証明した筈だ! やるなら戦争だ! 敵はブリタニア帝国であってブリタニア人ではない! 一般人を巻き込むな!!」

 

「高いとこから偉そうに! ブリタニア人のお前に私達の何が解るっ!」

 

 俺が殴り掛かったせいもあるのだろうが、仮面のゼロがルルーシュ――ブリタニア人であると知るカレンは拳を握り締め、今にも飛び上がって殴り掛かりそうな勢いだ。

 普通なら、ジャンプしたところで届かない決まっているが、あの紅月カレンなら届きそうなのが恐ろしい。

 

「解るさ。確かにゼロは日本人じゃないけれど、この場にいる誰よりもブリタニア帝国を憎んでいる……それは″日本人″の俺が保証するよ」

 

 万一に備えた俺は、ルルーシュとカレンの間に割り込んでフォローに入る。

 

「日本人って……お前は……?」

 

「おいおい? そいつのことより、ゼロってナンだよ!? そいつ等は仮面野郎が噂のゼロだって言ってんだぜっ!?」

 

 玉城の突っ込みを受けて、にわかにザワつく扇グループのメンバー達。

 この反応から、今はじめて仮面の男がゼロだと知ったと推察出来る。

 

「……名乗って無かったのか?」

 

 俺は、振り替えってゼロを見上げた。

 

 おかしい……だったらどうして玉城達がここにいる?

 てっきり、ゼロの尻馬に乗るつもりで集まって来たと思っていたが、違うのか?

 

「そこまでだ! これ以上、我等と話をすると言うならば、先ずは諸君等に……守秘義務を課す!!」

 

 皆の注目が集まったタイミングで、ルルーシュの仮面の左目の部分だけが開いた。

 

 ギアスか!?

 

 確かにこの命令ならカレンの口からゼロの素性が漏れなくなる。だが、こんなにも緩い命令を出すのはどうしてだ?

 

「あぁ……わかった。俺達だって其くらいは弁えているつもりだ。キミ達の事もコレから話す事も口外したりしない」

 

 扇の発言に合わせて一様に頷くメンバー達……ただし、一人を除いてだが。

 

「おい? 守秘義務ってナンだよ?」

 

「作戦上の秘密は漏らさないって事よ。それが例え私達の間でもね」

 

「ハァ? お前等は俺に隠し事をすんのかよぉ!?」

 

「す、すまない。玉城には俺達からよく言って聞かせておく」

 

 ギアスに掛かっていないのか、明らかに命令とは反した発言をする玉城に、周りのメンバーも困惑気味だ。

 コレは思わぬギアスの欠点だな……掛かった当人が言葉の意味を理解していないとギアスの影響下には置けないらしい。

 

「大丈夫なのか? 馬鹿が一人混じっているぞ」

 

 C.C.の毒舌に「馬鹿って誰の事だ!」と憤慨する玉城だが、周りの者達は玉城から視線をソッと外している。

 こうして哀れ玉城は、C.C.と顔を合わせて僅か数分で、馬鹿の烙印を押されてしまうのだった。

 

「くっ……問題はない! 紅月カレン、私の仮面の下は守秘義務の対象だ。余計な詮索は無用で願おう」

 

「あぁ……守秘義務なら誰にも言わないよ。だけど、後でしっかり聞かせてもらうからね! アンタにもっ!!」

 

 ルルーシュと俺を交互に睨んだカレンはそれだけ言うと、数歩下がって扇の背後に控えた。

 

「ちょっと待ってくれないかしら? 仮面の貴方がゼロだと言うなら他にも協力者はいるはずよ。どうして私達に声をかけるのかしら?」

 

「そ、そうだ。アレだけのテロを君達だけでやれるはずはない。こう言っちゃなんだけど、俺達みたいな弱小グループに声をかけなくても……」

 

 カレンと入れ換わるようにセミロングの女性、井上が前に出ると鋭い指摘を投げ掛ける。

 それに乗っかる形で発言した扇だが、最後は尻すぼみで言葉に成らない様だ。

 

「ほぅ……良い質問だ。しかし、それは守秘義務に抵触するので答えてやれないのだ。私の指揮下に入り活躍次第では、いつの日か明かす時も来るだろう」

 

「そう……わかったわ」

 

 ルルーシュが発した守秘義務の単語一つで、井上はすごすごと引き下がる。

 

 これは……なんというイカサマだ。

 ぬるい制約だと思ったが、言葉一つで何度でもコチラの思い通りに誘導することが出来るばかりか、人格に与える影響が少ないようで、思考能力の低下も招いていないようだ。

 

 後でルルーシュに確認した所、絶対服従のギアスは便利な様でいて、応用が効かない人形を産み出すだけらしい。

 クロヴィスの様に周りが全部イエスマンでもない限り、まともな成果は期待できないそうだ。

 

「それでは、諸君等に集まってもらった用件を説明していこう」

 

 こうしてルルーシュは、今日の作戦の概要を説明していくのだった。

 

 

 

 

「宣戦布告……」

 

「凱旋パレードに乱入って……」

 

「……そんなの無理だよ」

 

 時に守秘義務を用いて扇達からの反論を封じ込めつつ、ルルーシュが説明を終える。

 その余りにも突飛な内容に、扇達は意気消沈して言葉が続かないようだ。

 

 ルルーシュが提示した作戦の概要は、凱旋帰国するクロヴィスのパレードに乱入して、宣戦布告をぶちあげて撤退する……といったもので、扇達の役割は、ナイトメアで隊列を組んで付き従う事のみだ。

 

 言葉にすればたったのコレだけだが、普通に考えれば成功する筈のない無謀極まりない作戦だ。

 ナイトメアに乗るとは言え、敵陣の真っ只中に突撃をかけると言われたんだから、扇達が戸惑うのは無理からぬ事だろう。

 

「さて、どうする? やるのか? やらないのか? 決めるのは私ではない! 諸君等の意志だ!!」

 

「ま、待ってくれ。君の言う通りにしようにも、ナイトメアはもうないんだ。あの時手に入れたサザーランドは、撤退するために乗り捨ててきたんだ」

 

「ふん……そんな事か」

 

――パチンッ!

 

 ルルーシュが右手を伸ばして合図を送ると、周囲の瓦礫の山が崩れ何台ものトラックが現れる。

 荷台の側面がゆっくり上へと開かれる。

 

「マジかよ!?」

 

 開かれたトラックの荷台には、サザーランドが鎮座している。

 

「そ、そんな一体どうやって!? シンジュク以来、ブリタニアの兵器管理はより厳重になっているのよ」

 

 明かすわけにはいかないけれど、勿論、ギアスを使ってに決まっている。

 もう少し時間的猶予が有れば無頼を用意できたんだけど、今回はこのサザーランドで仕方ない。

 

 それはそうと、さっきから話を聞いていると、井上さんが色々と出来る人間だと伺い知れる。

 これはルルーシュにとっても、嬉しい誤算になりそうだ。

 

「言ったはずだ。諸君等はナイトメアに乗り込み、ただ私に付いてくればいい、と。既にこちらの準備は出来ている……覚悟の出来た者から各自のコードネームが付いた機体に乗り込み、着替えてくれたまえ」

 

 最後通告となるルルーシュの言葉を受けて、扇グループのメンバーがヒソヒソと相談を開始する。

 まぁ、待つまでもなく結論は決まっているだろう。

 

 なぜなら扇達は既に、ルルーシュの計算と演出で誘導されている。

 先ほど扇は、やらない理由にナイトメアの未所持をあげた。

 コレは咄嗟に思い付く一番大きな理由として、敢えてルルーシュが作ったモノであり、その理由を崩すナイトメアの一団を後から見せてやれば、やる方向に思考が傾くって寸法だ。

 

 おまけにナイトメアには魔力の様なモノがある。

 自身の何倍もの巨人に乗り込み、思い通りに動かし成果を上げた者なら、そこにナイトメアが有れば再び乗らずにはいられない。

 

「るるっ……じゃなくって、ゼロ! 私のコード、Q―1が無いのはどういうつもり?」

 

「紅月カレンか……君には特別な機体を用意した」 

 

――パチンッ

 

 ルルーシュが再び指を鳴らすと、騎士団のシンボルマークが描かれた背後の布が燃え上がり、紅の機体が姿を現す。

 

「こ、これは……あの時の……」

 

 シンジュクで一瞬でも紅蓮を目にしたカレンには、この機体がどれだけの性能を秘めているか想像がつくのだろう。

 彼女はキラキラと目を輝かせて絶句する。

 

「デビルオクトパスと呼ばれた紅蓮零式の正当後継機・紅蓮弐式さ」

 

「そうだ。そしてこの機体こそが、日本の反撃の狼煙を上げる純日本製のナイトメアだ」

 

 紅蓮に心を奪われたカレンに、だめ押しとばかりに説明を加える俺とルルーシュ。

 厳密に言うと紅蓮を作ったのはインド人であるラクシャータだが、時にはこうしたブラフも必要だ。

 

「純日本製って……日本はいつの間にそんな物を作って……? き、君達は何者なんだ?」

 

「……やろう、扇さん。私達の手でブリタニアに一泡ふかせてやるんだ」

 

 ナイトメアの魅力に取り付かれたカレンの、作戦参加意志の表明だ。

 

 ここまでくれば、後はトントン拍子だな。

 後は黙って見ているだけで良いだろう。

 

「か、カレンっ!?」

 

「負けない。アタシと紅蓮弐式ならっ。この機体でアタシが皆を守ってみせるから!」

 

「やってやろうじゃねぇか、扇!! ここまでお膳立てされて何もしないなんざ、男が廃るってもんよ! なぁ、皆!?」

 

「扇グループには女も居るんだけどね?」

 

「扇グループではない……戦う意思を持って私に従う者は、今から黒の騎士団の一員だ!」

 

「黒の騎士団って……その仮面もだけど、あんたセンス無いんじゃない?」

 

「…………君達を信じても良いんだな?」

 

「何言ってんだ? コイツらはシンジュクの時も俺達を見棄てなかったんだぜ? 信じて良いに決まってんじゃねぇか」

 

 あぁ……そうか。

 

 俺の都合でランスロットを押さえたのが、彼等の目にはそう映ったのか。

 だから玉城達もここに集まった、という事か。

 

 なんとなく、彼等の事が判った気がする……悪く言えば単純、善く言えば善良なんだろう。

 だから彼等は、ゼロを悪として糾弾する其れっぽい言葉に流されて裏切った。

 逆に言えば、ゼロが正義であれば彼等は多分裏切らない。

 

 目的の為なら手段を選ばず人を殺し、人の尊厳を踏みにじるギアスを使う俺達に、正義を口にする資格はないかもしれない。

 それでも、彼等の理解を得られるようには努めれば……いや、今更か。

 

 黒の騎士団結成に沸き立つ彼等の片隅で、俺は少しの後悔を覚えるのだった。

 

「それでは各員、準備にかかれ!」

 

「偉そうに言うな!」

 

 文句を言いながらも用意された機体に散っていく、黒の騎士団員達。

 

「シンジュクで助けてくれたのは桜木、やっぱりお前なんだな?」

 

「そうだ……でも、助けたつもりはない。それより、その名で俺を呼ばないでくれ」

 

「どうしてだ? ルルーシュはともかく、お前まで隠す必要があるのか?」

 

 周囲を見渡し他の団員がナイトメアに確認したカレンがルルーシュの名を口にする。

 

「ある。それを証明したのが他ならぬキミ自身だ」

 

「アタシが!?」

 

「キミは俺からゼロの正体に気付いただろ? だから俺の素性も明かすわけにはいかない……枢木朱雀とルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。知ってる人なら直ぐに気付く関係なんだ」

 

「ヴィ・ブリタニアに枢木って……」

 

 俺の言葉に目を丸くして驚くカレン。

 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの事を知っていたとは思えないが、皇族との察しはついたのだろう。

 

「その女にそこまで教えてやる必要があるのか?」

 

「全くだ。紅月カレンが守秘義務を破ればどうするつもりだ?」

 

 非難めいた口振りの二人だが、怒っているというよりも呆れている様だ。

 いくらギアスの影響下にあると言っても、俺や玉城の様な例外もある。

 そもそも秘密の漏洩を防ぐには、秘密を知る者が少ない方が良いに決まってる。

 

 コレは勝手な俺の弱さが招いた些細な罪滅ぼし、みたいなモノか。

 

「その時はその時さ……俺が責任を取る」

 

「わ、判った。絶対、誰にも言わない! で、でも、いつか扇さん達にもお前の口から伝えてくれないか? あの人達はいい人達なんだ」

 

「それは……考えておくよ」

 

 何故か顔を赤らめたカレンに、俺はあやふやな返事を送ってお茶を濁した。

 

 こうして、扇グループを指揮下に入れた俺達は、茶番劇を成功させるべく配置についていくのだった。

 



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その名はゼロ・参

『御覧下さい。沿道に群がる人の数を。これこそがクロヴィス殿下が愛されている何よりの証明になるでしょう。人々は、平和と芸術を愛される殿下との、別れを惜しむように集まったのです! しかし、悲しむ必要はありません。例え殿下が去られようとも、野蛮なイレブンの地に優雅なブリタニア文化を根付かせようと尽力された殿下の功績は、決して色褪せる事は無いのですから! 憎むべきはゼロなのです。テロと言う卑劣極まりない行為で殿下の御心を傷付け…………』

 

 

 十月某日、午後六時。

 

 都市機能を支える大動脈である片側4車線の道路を完全封鎖して、クロヴィスの凱旋パレードが政庁から空港へと向けて、大々的に行われていた。

 

 ゆっくりと行進する御用車両……四方を護る様に配置された数機ばかりのサザーランド……沿道に群がる人々……嘘ではないが真実とも言えないナレーション……そして、御用車両の上部に備え付けられた椅子の上から手を振るクロヴィス。

 

 その模様は、エリア11全土に向けて実況生中継されている。

 

(なんたる茶番っ……)

 

 沿道に集まった人々の大半はサクラと野次馬で構成されており、それを集め原稿を用意したテレビ局関係者――ディートハルトは、中継車の中でモニターチェックを行いながら内心で吐き捨てた。

 真実をありのままに伝えるべきジャーナリストが、表層だけを映し虚飾のナレーションを流して″真実″を造りあげる片棒を担いでいるのである。

 

 マスメディアが持つ力は大きい。

 

 詳しい事情を知らない民衆にとって、マスメディアが流す情報こそが真実となり、多くの者はそれを疑うことなく″真実″として受け止める。

 だからこそ、ジャーナリストは真実のみを放送すべきなのである。

 

 しかし、ブリタニア帝国における皇族の力は、マスメディアよりも遥かに大きい。

 やらせであろうが虚飾であろうが、やれと命令されれば断る術などないのである。

 ジャーナリストであると自負するディートハルトに、忸怩たる思いが込み上げる。

 

(だが、伝えるべき相手がこれではな……)

 

 真実を伝えるべき相手である民衆の一部が、思考を止めたかのようにディートハルトが用意した原稿を信じ込み、クロヴィスに喝采を送りはじめたのである。

 アナウンサーに読ませた原稿で印象操作は行っている。

 しかし、それでも真実の断片は映し出されているのだ。

 自ら真実を知ろうとする者にならば、この凱旋パレードに隠された表向きの真実に辿り着くのはそう難しいことではない。

 

 現にディートハルトは、クロヴィスの凱旋に隠された真実に気づいていた。

 凱旋ではなく更迭。

 そして、このパレードは更迭の原因となったゼロを誘き出すための罠であり、汚名返上を目論むクロヴィスによる最後の悪あがきでしかない……これが、ディートハルトが辿り着いた一つの真実だった。

 

(ふんっ……どいつもこいつもっ……)

 

 自身を含めた俗物達に内心で毒づいたディートハルトは、心の何処かで変事が起きるのを期待している自分に気付いた。

 パレードは明らかな罠……だからこそ、万が一にもゼロなる者が現れれば、そいつはまさに世界に抗うカオスの権化になる。

 

(馬鹿馬鹿しい……この包囲網に仕掛ける愚か者などいるはずもない)

 

 小さく首を振ったディートハルトは、せめてこの場の映像だけでも真実を伝えようと、スタッフたちに罵声混じりの指示を送り続けるのだった。

 

 ディートハルトは知らなかった……ゼロなる者が、戦術とは無縁の愚か者であることを。

 

 

◇◇◇

 

 

 同時刻、某県某所。

 

「奇跡の藤堂ともあろう者が、なぜ動かんっ!!」

 

「奇跡と無謀を履き違えないで頂きたい」

 

 板の間で軍服を着た男達が、激しく言い争っている。

 

 直に座って床を叩きエキサイトする男の名は草壁。

 少し離れ腕を組んで瞑目する男が奇跡の藤堂。

 旧日本軍における階級は両者共に中佐であり、現在は日本解放戦線の二枚看板として、レジスタンスの間で広く知られる存在だ。

 

「臆したかっ、藤堂! 今動かずしていつ動く!! ブリタニアの皇子が尻尾を巻いて逃げ帰る今こそ、追撃を仕掛け日本の魂が健在であると世に知らしめる好機ではないか!」

 

 日本解放戦線の中でも強硬派として知られる草壁の主張は、今回に限ってだけでなく常日頃から攻勢一色だ。

 

「……罠だとしても、か?」

 

 四聖剣を背後に日の丸の前で瞑目を続け、短く告げる藤堂。

 

 旧日本軍のプロパガンダによって″奇跡″の二つ名で呼ばれる事になった藤堂だが、実体は情報を元に繊細かつ緻密な戦略を練る慎重な男であるとは知られていない。

 厳島の戦いにおいても、奇をてらう派手な事は一切しておらず、的確な情報分析が勝利を手繰り寄せたのである。

 

 そんな藤堂は今回知り得た情報から、パレードそのものが何者かを誘き寄せる罠だと見抜いていた。

 罠と知りつつ付き合う義理はない……藤堂が動かない理由としてはコレだけでも十分だろう。

 

「その通りだ。例えこれが罠であったとして、我等に犠牲が出るとしても闘う姿勢を示さねば成らん! 愚かなブリタニアの皇子が産み出した気運を更に高める為ならば、多少の痛手も覚悟の上よ!」

 

 一方の草壁もパレードが罠であると気付いていた。

 草壁は罠と知った上で、玉砕覚悟の攻勢を主張しているのだ。

 

 一見無茶にも思える草壁の主張だが、彼の背後で成り行きを見守っていた若い兵士達が何度も頷いているように、かなりの支持を集めている。

 臥薪嘗胆を合言葉にして早7年……若い兵士達の忍耐は限界を迎えつつあった。

 

「中佐の言も判る……しかし、人あってこその組織。そして、組織あってこその軍! 軍とは個の感情に任せ暴を振るうにあらず! 血気に任せて軽々しく命を捨てる時ではない。今は……組織の長であった枢木玄武の命に従い、力を蓄える時だ」

 

「何を今更っ……その命令を下した日本政府が倒れ、既に7年! 跡を継いだキョウトの連中が何をしたと言うのだ!? 僅かばかりの資金援助を盾に″時期を待て″の一点張りではないか! クロヴィスが弱みを見せナイトメア入手の算段が付いた今こそが、その″時期″とやらではなかったのか!!」

 

「落ち着くのだ、草壁中佐。ナイトメアはキョウトから入手するのだ。 そうであろう? 藤堂」

 

 草壁と向かい合って座る初老の男、片桐少将がキョウトも活動していると匂わせて仲裁に入る。

 日本解放戦線のトップにして、奇跡の藤堂に過剰な期待を寄せる男だ。

 

「……御答え致しかねます」

 

 ナイトメアの入手は藤堂の任務であった。

 極秘をモットーに開発を続けるワカヤマを探し出したのは、一重に藤堂の情報分析能力の賜物だろう。

 そして、藤堂の任務はあくまでも″ナイトメアの入手″であり、購入条件に極秘とある以上、何処から入手したかまでは上官である片桐にも報告出来ないのである。

 

 とは言え、キョウト以外にナイトメアが開発出来る組織があろうはずもなく、半ば暗黙の了解といった様相だ。

 

「まぁ、よい……兎も角、今ここで我等が言い争うても詮無きことよ。クロヴィスの会見から一週間ばかりの時間しかなくては、如何な奇跡の藤堂であっても襲撃作戦は立てられぬ。どの道、我々には黙って見ているしか手が無かったのだ」

 

「そうではありません、少将。私は時期を待っているのです。例え今回の計画を早くから知っていたとしても、動かなかったでしょう」

 

「キョウトに毒されたかっ、藤堂!!」

 

 藤堂は動かなかったのではなく、動けなかった……そう仲裁する片桐の苦労を台無しにする藤堂の発言に、草壁は再び床板を叩いて憤慨する。

 

「落ち着け、中佐! して、奇跡の藤堂が待つ時期とはいつの事だ? お前ともあろう者が何の根拠もないまま、ただ待っているわけではあるまい?」

 

「確かなことは言えません。しかし、そう遠くない内に時期は訪れましょう……ゼロと名乗る者の正体が私の考える者であれば、の話ですが」

 

「ふんっ……時期の次はゼロかっ。あの様な、存在自体が怪しげな者をアテにすると言うかっ!」

 

 ゼロという存在は、草壁にとって許容出来ないものであった。

 自分達が忍従の時を強いられている間に、好き勝手暴れられたのだ……嫌いになるなと言うのが無理な話だろう。

 そもそも、この日本で活動するのであれば、自分達に話を通すのが筋である……それを怠るゼロなる者を草壁がアテにするハズもなく、ゼロをアテにしようとする藤堂と草壁の間に決定的な亀裂が走る。

 

 これはある意味で枢木朱雀が起こした行動の余波が、本人のあずかり知らぬところで起こした結果の一つであると言えよう。

 尤も、枢木朱雀の行動は隠密を旨とするものばかりであり、それを伝えなかったから日本解放戦線の不和を招いた、と糾弾するのは些か酷な話になる。

 

「…………」

 

「ダンマリかっ! もう良い! コレより我等は独自の作戦行動に入る! 宜しいですなっ、少将!?」

 

「む、むぅ……」

 

 小さく唸った片桐は、草壁に従う兵達の波に飲み込まれるように、板の間を後にした。

 

 軍服を着た男達が去り、広い板の間に残されたのは藤堂を含めて僅かに4人となる。

 

「藤堂さん……」

 

 軍服に身を包んだショートカットの女性、千葉が心配げに声をかける。

 

「案ずるな……」

 

 答えた言葉とは裏腹に、藤堂のしかめっ面は、いつもに増して険しいものであった。

 

「ちっ……あの坊主……なにやってやがる」

 

 イライラを隠さず髪をかきあげた卜部が呟く。

 

 藤堂は口にこそしないものの、枢木朱雀がゼロであると見込んでいる……四聖剣と呼ばれる4人だけは、藤堂の意図を汲み取っていた。

 元々口数の少ない藤堂の意図を、汲み取れるからこその四聖剣なのである。

 

「朝比奈はなんと言ってきておる?」

 

 この場での最年長、眉まで白く染まった仙波が口を開いた。

 

「は、はい……祖界にてデート中である、と」

 

 この場に居ない四聖剣最後の一人朝比奈は、藤堂の為にと危険を顧みず単身でトウキョウ祖界に潜り込み、枢木朱雀の動向を探っていた。

 その朝比奈からの報告は、

 

【対象、年下の少女とデート中】

 

 と、朝から繰り返されるばかりであった。

 無論、朝比奈が追跡する対象とは、朱雀の姿を借りた篠崎咲夜子である。

 

(朱雀君ではないのか……?)

 

 額に汗を浮かべた藤堂のしかめっ面がさらに歪む。

 クロヴィスによって公開された映像を見る限り、ブリタニア基地に襲撃を仕掛けたのは、ほぼ間違いなく朱雀であろう。

 しかし、つい先日シンジュクの地に現れたゼロらしき存在が朱雀であるかと問われれば、藤堂には確信が持てなかったのである。

 

(枢木家がナイトメア開発の元締めであると裏が取れたからには、デビルオクトパスのパイロットは朱雀君で間違いない。だが、果たして″あの朱雀君″にシンジュクでの見事な指揮がとれるのか?)

 

 藤堂の思考は揺らいでいた。

 もし、朝比奈の報告が

 

【対象はナナリー・ランペルージと行動している】

 

 であったなら、枢木朱雀とルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが協力していると見抜けた筈だが、情報が欠けていては如何な藤堂でも見抜けない。

 

(現れてくれるなっ……ゼロ!)

 

 枢木朱雀が別の場にいる以上、ゼロが出現すればシンジュクのゼロも枢木朱雀で無い可能性が高まる。

 そうなれば……藤堂の脳裏に最悪の可能性が浮かぶ。

 

「パレードに動きは?」

 

 ゼロが枢木朱雀と知らない藤堂は、沸き上がる一つの懸念を打ち消す為にも、流される実況放送を見つめるのだった。

 

 

 



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その名はゼロ・四

『おや……? 停止致しました! ここで停止すると言うのは予定にありません。何かのアクシデントでしょうか!? 詳細が判明次第お伝えしますので、続報をお待ちください!』

 

 サザーランドのコクピットから半身を曝して先導するジェレミアが、片手を上げて合図を送るとクロヴィス率いる一団が制止する。

 

 それを見ていた実況担当のアナウンサーは、予定外の出来事に戸惑いを覚えながらも、マイク片手に有りの侭を喋り続けた。

 

『あ、あれはG―1ベースです! G―1ベースが正面から現れました。真っ直ぐにクロヴィス殿下の元へと向かっています! G―1ベースの周囲にはサザーランドの姿も見えます。しかし……先頭を走る紅い機体は見たことが有りません。一体どこの部隊なのでしょうか!?』

 

 G―1ベース、指揮用陸戦艇を中心に雁行の陣を組んで現れた謎の一団……その姿にアナウンサーは恐怖を感じながらも実況を続けた。

 情報に携わる者の1人として、彼にもこの集団が″何者か″は見当がついてしまったのである。

 逃げ出さないだけでも称賛に値するだろう。

 

 

(アイツ……本当に真っ正面からっ。でも、アイツの言っていた通りに検問は素通りできたし、上手くいくのか……?)

 

 謎の一団の先陣を勤める紅月カレンは、小さなモニターに映る自機を横目に見ながら、不思議な感覚にとらわれていた。

 ここに至る迄には、当然ながらブリタニア軍の検問がいくつもあった。しかし、その全ては自分達を止めようともしなかったのである。

 

【自尊心の塊であるクロヴィスは、我々が堂々と向かえば何もしない。懐に誘き寄せ、言葉で負かしてから一網打尽にしようとするだろう】

 

 事前に作戦成功の根拠を説明されていたが、それでもカレンには理解できなかった。

 自分には見えていない理屈が、あのルルーシュ・ランペルージには見えているのだろうか?

 

【ルルは頭良いのに使い方がおかしいんだよ】

 

 桜木を監視する為に登校することが多くなった学校で、最近仲良くなった髪の長い少女に言われた言葉が思い出される。

 髪の長い少女……シャーリーに言われるまでもなく、全てを見透かし、全てが計算ずくで演技がかった態度から、カレンにもルルーシュが並々ならない頭脳の持ち主だと判っていた……だからこそ、カレンはルルーシュが嫌いだった。

 どうしても、日本を支配するブリタニアと、学園の支配者ルルーシュ・ランペルージを重ねて見てしまうのだ。

 

(だけど……アイツは今、体を張っている)

 

 ブリタニア軍の監視下の元、正面から堂々とやってきた自分達は等しく危険に晒されている。

 中でも、先頭を走る自分は一際危険な立場にいるだろう。

 それでもルルーシュが扮するゼロと比べれば、安全圏になる。

 

 なぜならゼロは今、ナイトメアにも乗り込まず、生身のままG―1ベースの上で佇んでいるのだ。

 仮面を被り、マントを巻き付けて立つチェスの駒の様なその姿は、異彩を放って衆人の目を引き付けている。 

 いくら仮面で素顔を隠しても″危険を回避する″と言った意味では、体を隠していないのだから、全く以て意味がなく、扇グループが作戦参加を最終的に決意したのは、このゼロの配置に依るところが大きい。

 ゼロから作戦を聞かされた当初は、余りにも無謀な内容に反対者が続出する有り様であったが、最も危険な役回りをゼロ自らが担うと言われては、従う他になかったのである。

 

 そして、実際にゼロはその通りに行動し、状況はゼロが言った通りに動いている。

 

 認めないといけない……カレンはルルーシュ・ランペルージが嫌いであったが、仮面のゼロの事は信じてみようと思い始めていた。

 

(でもっ……あとで絶対に、理由を聞き出してやるんだからっ)

 

 ルルーシュがゼロとして闘う覚悟や能力は本物だろう。

 だけど、闘う理由が分からない。

 

 ルルーシュにではなく、いつの間にか姿が見えなくなった桜木に内心で毒づいたカレンは、意識を切り替えると如何なる事態にも即応出来るよう、操縦レバーを握り締めて精神を研ぎ澄ませるのだった。

 

 

 

 

「止まれっ! 何者だ!!」

 

 いよいよ迫って来たG―1ベースを制止するジェレミア。

 彼が今回の計画をクロヴィスから聞かされたのは、シンジュクの事変が起きて直ぐの事であった。

 パレードを行えばゼロが現れる……突然聴かされたクロヴィスの読みを元に、様々なパターンを想定して陣頭指揮に当たったジェレミアであったが、賊がこれ程の規模でやって来るとは予想の範疇を越えていた。

 

 シンジュクでも目にした先頭の紅いナイトメアはまだいい。

 問題なのは、十を越えるサザーランドと、エリア11でも数台しか配備されていないG―1ベースだ。

 

 何者かが裏切っている?

 

 優秀であるが故に賊の陣容の異様さに気付いたジェレミアは、ルルーシュの策略にハマり疑心暗鬼に陥るのだった。

 

「お招きに預かり参上致しました……我が名は、ゼロ……力ある者への反逆者だ」

 

 仮面の男が想定通りの最悪の名を名乗る。

 

「くっ……もう良いだろう! お前のショータイムは終わりだ! 先ずはその仮面を外してもらおう!」

 

 招かれたからやって来た……これは、仮面の男がこちらの警戒を見越している事を意味する。

 瞬時に悟ったジェレミアは銃を手にすると、空に向かって引き金を弾いた。

 

 配備していた航空輸送機から次々と投下されるサザーランドは、大きな音を立てて着地すると包囲に加わる。

 しかし、これでもまだ戦力的に劣勢だ。

 

【ゼロは来る。来たならば我が前に必ず誘導せよ……良いな? 必ずだ!! 私には、もう、時間がないのだ】

 

 自分に向けられたクロヴィスの最後の命を優先させる余り、ゼロを誘き寄せる事に固執したのは間違いだったのだろうか?

 しかし、この場を逃せば今日を境に皇籍を剥奪されるクロヴィスには、雪辱を果たす機会が永久に訪れなくなってしまう。

 

 殿下の御心に応え、確実に包囲殲滅させる戦力を集結させ、民衆を避難させる迄なんとか時間を稼がねば…………ここまで考えたジェレミアはハッとして振り返る。

 

「殿下っ!」

 

「面白い……テロリスト風情が、我がブリタニアの国是を否定するというか?」

 

 ジェレミアの心配を他所に、最優先で避難するべきクロヴィスは、僅かな動揺も見せる事なく片足を組んで身体を傾け頬杖を付いていた。

 面白い、との言葉とは裏腹に、ゼロに問い掛けるクロヴィスの表情は能面の様であり、そこから感情を読み取る事はジェレミアにも出来なかった。

 

「如何にも……だが、間違えているぞ、クロヴィス! 我々はテロリストに有らず!」

 

「ほぅ……善かろう。イレブンには″冥土の土産″との言葉があると聞く。好きなだけ喚くが良い…………お前達は手を出すでない!」

 

「殿下……?」

 

 不敬にもジェレミアは、訝しげな視線をクロヴィスへと送る。

 ゼロを糾弾して目的や素性を聞き出す予定は事前の計画にもあった。

 しかし、それはブリタニア軍が圧倒的有利な状況を想定した場合のモノであり、現在の様などちらに転ぶか判らない拮抗した状況なら、クロヴィスは一目散に逃げて然るべきである。

 悠長にゼロの話を聞いている場合ではないのだ。

 これではまるで……ゼロに自己主張の場を与えてやっている様ではないか。

 

「言われずともそうさせて頂くっ。 人々よ我等を恐れ求めるが良い……我等の名は黒の騎士団! 武器を持たない全ての者の味方である!」

 

 我が意を得たりとばかりに、マントをはためかせた仮面の男、ゼロが口上を述べていく。

 

「おいっ、ジェレミア! こんな真似を黙って見ていろというのかっ!?」

 

 警護に就いていたキューエルが、コックピットから身を乗り出し、ジェレミアに向けて非難の声を放つ。

 

「殿下の御命令だ!!」

 

 ジェレミア自身も腑に落ちない点は感じている。

 それでも皇族の命令は彼にとって絶対だ。

 

「お前はっ、いつもいつもっ……大体、あの男はっ!」

 

 言いかけて口を閉ざすキューエル。

 

 たとえ明日の零時を境に皇籍を剥奪されると決まっていても、クロヴィスは現時点において皇族だ。

 下手な事を言おうモノなら皇族批判で処罰の対象となってしまう。

 しかし、怪しげな仮面の男の演説をこのまま黙って指をくわえて見ていては、後々やって来ると噂される″ブリタニアの魔女″に処罰されかねない。

 

「えぇいっ……クソッ!」

 

 

 何かをすれば処罰。

 何かをしなくとも処罰。

 

 自分の不幸な境遇に目眩を覚え、一瞬″意識が飛んだ″キューエルには、苛立ち紛れにコックピットを叩き、仮面の男の言葉に耳を傾ける事しか出来なかった。

 

「…………私は闘いを否定しない。しかし、強いモノが弱いモノを一方的に殺すことは断じて許さない! 撃って良いのは撃たれる覚悟のある奴だけだ!! 我等は力あるモノが力なきモノを襲うとき再び現れるだろう……例え、その敵がどれだけ大きな力をもっているとしても……力あるものよ、我を怖れよ、力なきものよ我を求めよ、世界は、我々黒の騎士団がっ……裁く!!」

 

 右に左に手を振りかざしマントをはためかせたゼロは、開いた右手を突き出し宣言を終えた。

 

 余りの出来事に居並ぶ群衆は静まり返り、警護に就く騎士達はその余りにフザケタ内容に歯噛みする。

 

「ゼロよ…………つまり貴様はこの私、いや、ブリタニア帝国に弓を弾く、ということか?」

 

「如何にも! 我等黒の騎士団は、武器を持たない日本人に成り代わり、今ここに独立解放を掲げ、ブリタニア帝国に宣戦を布告するモノである!!」

 

 

 

 

「げっ……アイツ、マジに言いやがった」

 

 陣形を組むサザーランドのコックピットの中で、実況中継を見ていた玉城が驚きの声を漏らす。

 

「そりゃそうだろ? 俺たちはその為に来たんだからな」

 

「えぇ……でも、凄い胆力ね? 一体どんな神経をしていたら銃口の前であんな風に振る舞えるのかしら?」

 

 玉城の発言を皮切りに話始める元扇グループのメンバー達。

 

 彼等が会話に使用する回線は、ゼロが用意した特殊なモノであり、盗聴される心配はほぼないと言っていい。

 だが、ゼロには筒抜けであり、ゼロがこの回線を用意したのは彼等の人と成りを把握するためであった。

 

 そんな事とは露知らない彼等の会話は続いてく。

 

「確かに…………彼は、軍隊とは無法に有らず、許可が無くては発砲一つ出来ない、とか言っていたが、だからといってそう簡単に出来る事じゃない」

 

「アイツは只の変態だよ、へ・ん・た・い!!」

 

「まぁ、彼が変わっているのは間違いないけど、大したもんだよ。まるで夢物語だった作戦目的を達成した様なモノなんだから」

 

 扇は宣戦布告が済んだ今、作戦の八割を達成したと考え安堵を覚えていた。

 しかし、逃げ切るまでが作戦であり、攻めるより逃げる方が難しいと扇は気付いていなかった。

 

「そうね。こっちの準備は問題なく終わったから、後は合図待ちよ」

 

 G―1ベース内で作業に当たっていた井上が首尾を告げる。

 

「そうか……ここまでは全て彼の計画通りか」

 

「ところでよぉ、あのエスツーとかって男とあの生意気な女はどこ行ったんだ? 偉そうなコト言って逃げたのか?」

 

「それはない……と思う。多分だけど、シンジュクのサザーランドに乗っていたのはアイツだし」

 

 守秘義務に抵触するかも知れないと思いつつ、カレンは言葉を選んで自分の考えを披露する。

 

「成る程……それならば合点がいく。あの男はいざという場面での切り札か」

 

「だったら俺達にも教えろってんだ! なぁ? みんな!」

 

 玉城の言葉に同調する声は上がらない。

 

「と、とりあえず、お喋りはここまでにしよう。皆……生きて帰ろう!」

 

「「「おう!」」」

 

 玉城の失言を強引に誤魔化すような、元リーダーの締めの言葉に頷いた一同は、ブリタニア軍の動きを固唾を飲んで見守るのだった。

 



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その名はゼロ・了


長くなりました。
久しぶりに登場の、朱雀視点ではじまりはじまり。



「良かろう……貴様の宣誓は、このクロヴィス・ラ・ブリタニアが確かに聞き届けた。さぁ…………用が済んだなら立ち去るがよい」

 

 車上の椅子に座り、頬杖ついたまま演説を聞き終えたクロヴィスは、ゼロの衣装を纏う俺に向かって見逃す趣旨の発言を行うと、面倒くさそうに手首をスナップさせて追い払う様な仕草をとった。

 

「馬鹿なっ!!」

「おい、良いのか、これ?」

「俺に聞くなよ」

「殿下は一体何を考えている!?」

 

 これには成り行きを見守っていた警護兵も、流石に騒然となり思い思いの言葉を口にしはじめた。

 それでも発砲に至らない抑えの効いた軍の練度は、警戒に値すると言えるだろう。

 

 尤も、これ等を含めてここまでは、完全にルルーシュの筋書き通りだ。

 弱肉強食を国是とするブリタニア帝国は、原則的に上の者の命令には絶対服従の完全な縦社会になっている。

 それ故に、ギアスを使って敵の大将であるクロヴィスを操ってしまえば、無茶な計画であってもコチラの思い通りに実行される。

 気を付けないといけないのが、不可解にも見えるクロヴィスの態度に理由を付けてやる事だ。

 不可解過ぎる事をやらせてしまうと、今のように疑惑が沸き上がり、不穏な空気が漂ってしまう。

 

 と言っても、この地の将兵が不満を口にするのも計画の一部であり、何の問題もない。

 

 ルルーシュに依ると、日本全体を戦場と見る者にならば、クロヴィスの見逃し命令を戦略として理解する事が出来る。

 そして、俺達の敵は既にクロヴィスや現在の駐屯軍ではなく、後からやって来るコーネリアであり、裏で見ているシュナイゼルであり、ブリタニア帝国そのものだ。

 今日の茶番劇は、そんな彼等に対抗する為の布石として行っているのである。

 

 日本の解放には多くの人の協力が欠かせない。

 この宣誓布告で独立解放の機運を高め、その力を束ねてブリタニア政庁に決戦を挑む。

 

 これが俺とルルーシュの戦略になる。

 

【お前も気付いているのだろう? キョウトや日本解放戦線の連中は役に立たない……お前と俺の二人でやるしかない!】

 

 作戦前、ルルーシュに言われた言葉を思い出す。

 

 ルルーシュに言われずとも、直接彼等と接した俺は薄々気付いていた……キョウトや日本解放戦線では、日本の解放は果たせない、と。

 それは未来知識からも明らかであり、もし、ルルーシュが反逆しなかったら……そう考えれば、彼等に期待を寄せる方が無理と云うものだ。

 だから、俺は……キョウトには言わずテロ活動を行い、先日の挨拶回りでも、シンジュクの顛末を語らなかったのだろう。

 

 俺達に必要なのは、日本解放戦線の兵員と藤堂さん達だけであり、いずれはキョウトや解放戦線もゼロの名の元に迎合する事になるハズだ。

 軍事はゼロと黒の騎士団が担い、政治力に長けた桐原さんや抜群の家柄を誇る皇家に戦後を任せてやれば良い。

 

 俺は……日本を解放し、ブリタニア皇帝さえ倒せるなら……。

 

『条件は全てクリアした。後はお前に任せる』

 

 たっぷり″間″を取って考えていると、仮面の中にルルーシュからの通信が届く。

 ルルーシュが言う条件とはギアスの仕込みの事であり、俺達から見て後方に当たるブリタニア部隊の集結、進軍の事であり、沿道に群がっていた一般市民の退去。

 そして、ルルーシュ自身が配置に着いた事を意味している。

 

「コチラ、エスツー。これより撤退戦に移行する」 

 

 ルルーシュから合図を受けた俺は、G―1ベース内でサポートに当たる井上さんへと通信を送る。

 これまでのゼロの演説の全ては、ルルーシュの声で事前に収録していたモノを井上さんが状況に合わせて選択し、俺の足元にあるスピーカーから流していたのである。

 

『了解』

 

 素っ気ない井上さんの応答が仮面の中に響く。

 

 情報操作官としてルルーシュに抜擢された井上さんは、扇グループの中で、今回のゼロの中身が俺であると知る唯一の人物になっていた。

 その井上さんが知る作戦内容はここまでで、詳細を知らされない事への不満もあるだろうに、淡々と役割を果たしている。

 尚、彼女自身も次の音声を流し次第、撤退する運びになっている。

 

「それでは、ゆるゆると撤退させて頂こう」

 

 足元のスピーカーからルルーシュの声が流れる。

 

 撤退なのにゆるゆる……普段の会話では、まず使われない組み合わせなのがポイントだ。

 キューエルにギアスが仕込めるかもポイントの一つだったが、ギアスの有効射程は約270メートルもある。

 先程、キューエルがコックピットから半身を晒した時、群衆に紛れたルルーシュがキッチリと仕込みを終えている。

 

「ゆるゆると撤退……だとぉ? フザっけるっなぁぁ!!」

 

 クロヴィスの御用車を護るキューエルは、キーとなるワードを聞いた事で顔を赤くして激昂すると、素早くコックピットに潜り込み、 

 

――ドガガガガッ

 

 掛けられたギアスに従って仮面の男、つまりは俺に向けてアサルトライフルを発射する。

 

「Q―1! 1時の方向!!」

 

 すかさずルルーシュからカレンに向けて、迎撃の指示が飛んだ。

 

 因みに、俺が被るゼロの仮面は、重さと引き換えに未来知識以上の特別仕様に成っていて、通信を送るのは当然、ある程度の傍受も可能になっている。

 更に、顎の下に付けられたスピーカーに依って、ルルーシュの声をリアルタイムで届けられる優れ物だ。

 

「はいっ! ゼロ!!」

 

 指示を受ける前に動いていたカレンは勢い良く返事をすると、射線上に紅蓮弐式を割り込ませ、銀の爪を開いて展開した輻射波動でガードに入る。

 

 キューエル機が放った弾丸は、只の一発も俺の元には届かない。

 

「キューエル卿!! 攻撃は許可されていない! お前の行動は処罰の対象になる!」

 

 即座に動いたジェレミアが、キューエル機の腕を下から抑えて射角を上げる。アサルトライフルは虚しく空を打つばかりで、程なく銃撃が止まった。

 

 これも想定通り……ジェレミアの行動規準はどこまでも命令優先であり、クロヴィス優先だ。

 

「なっ……!? 私は一体…………い、いや、ジェレミアっ! お前こそが処罰の対象ではないか! 殿下が過ちを犯したなら、お諌めするのが臣下としての勤めであろう!」

 

 正気に戻ったキューエルは、記憶が残っているのか、逆ギレ気味に言い返している。

 

 少し気になるが、俺が動くのはここしかない。

 多勢でやって来た俺達が外で見ているであろう敵に、違和感を与える事なく撤退を行う為には、場を混乱させそれに乗じて逃げたと装う必要がある。

 

 そして、これこそ俺が仮面を被る理由だ。

 

 クロヴィス迄の距離は凡そ80……障害となるのはジェレミアとキューエルが操る二機のサザーランド。

 

 何の問題もない。

 

 腰に挿した日本刀を確認した俺は、G―1ベースから飛び降り着地するや否や、マントを靡かせて一直線に走る。

 

「何っ!? どけっ、ジェレミア!」

 

 俺の動きに気付いたキューエルが、ジェレミア機を押し退け再びアサルトライフルを発射する。

 

――ガガガガガッ

 

 キューエルが自らの意思で放った銃弾が、俺を目掛けて飛んで来る。

 カットを切って走り抜けた道路に、ジグザグ状の銃痕が出来上がった。

 

「行かせん!!」

 

 体勢を整えたジェレミア機が、御用車の前に立ちはだかる。

 撃ってこない辺りが如何にもジェレミアらしいが、スピードに乗った俺の前では、何の障害にもなりはしない。

 

「コヤツ、人間か!?」

 

 タンッ、タンッ、タンとサザーランドを階段代わりに掛け昇る俺を見上げ、ジェレミアが失礼な事を言っている。

 

 まぁ、なんと言おうがもう遅い。

 サザーランドの頭を蹴った俺は、クロヴィスが鎮座する御用車両へ飛び移ると、眼前で水平に構えた日本刀をゆっくり引き抜いた。

 

「狼藉者がっ!」

 

 立ち上がったクロヴィスが、懐から取り出した銃を構える。

 

「遅いっ!」

 

 鞘を使って銃を弾いた俺は、クロヴィスの眉間に切っ先を突き付けた。

 「ひッ!?」と小さな悲鳴を上げたクロヴィスが、力なく座席にへたりこむ。

 

 ……よくやる。

 

 ここまでのクロヴィスは、全てルルーシュの命令に従い、用意された台本通りに演じている。

 一週間前の時点で今日の出来事を予見して台本を作り上げたルルーシュも相当だが、演じきっているクロヴィスも大概だ。

 傍目には本当に脅えた様にしか見えないし、クロヴィスも又、時代に翻弄され進む道を間違えた不幸な男なのかもしれない。

 

「こうなっては仕方ありませんな……殿下には我等の撤退を先導して頂くとしましょう」

 

 流れるルルーシュの声に合わせ振り返った俺は、日本刀を握り真っ直ぐ伸ばしていた腕を掲げて、天を突いた。

 

「キサマッ……!!」

 

 歯噛みするジェレミア。

 暗に″クロヴィスを人質にする″と告げても俺の背後にクロヴィスが居る以上、ジェレミアは絶対に手出しができないのだ。

 

「あ、合図だっ」

「お、おぅ」

「え、えぇ」

「わ、判った」

 

 ゼロである俺のこの動き――日本刀を掲げる仕草は、撤退開始の合図にもなっている。

 カレン達にしっかり伝わった様だが、何処か戸惑った声にも聴こえるのは気のせいだろうか?

 

 ともあれ、作戦通りスモークグレネードを一斉に放つカレン以下、黒の騎士団。

 巨大なG―1ベースが白い煙に包まれた。

 

「煙幕だとっ!? えぇいっ……ゼロを警戒しつつ煙の中からの銃撃に備えよ! ヴィレッタはまだ来ぬのかっ!?」

 

 状況の変化に合わせて的確に指示を飛ばすジェレミア。

 

「フッ……間違えているぞ、ジェレミア。何故、天を見上げん?」

 

「ナニっ……?」

 

 ジェレミアが訝しげ空を見上げる。

 

 ゼロの派手な動きで人の目を惹き付けるミスディレクションと、ラクシャータが開発した機械の目を眩ませるゲフィオンディスターバー。

 二つの効果が合わさり、低いモーター音を響かせた鎧武者・月光が間近に迫るまで、誰も気付かなかったのである。

 

 これで、チェックだ。

 

 こうしてクロヴィス主演の茶番劇は、いよいよ最終局面を迎えるのだった。

 

 

◇◇

 

 

『あ、アレは一体何でありましょうか? ひ、人が空に浮かんでいます! どの様にして軍の警戒網を潜り抜けたのか、どの様にして浮いているのか定かではありませんが、確かに浮かんでいるではありませんか!』

 

 ゼロの刀が天を指したのに合わせカメラを上空に向けたディートハルトは、恍惚の表情を浮かべて震えていた。

 自分は今、歴史の分岐点に立ち会い、決定的瞬間をカメラに収めているのだ、と。

 喜びに震える余り、実況がイマイチな事さえ気にならないディートハルトの胸中に、もっと身近でもっとゼロを撮りたい……そんな想いが膨らみ続ける。

 彼が、自らの欲求を抑えきれず黒の騎士団への参加を決意するのは、少しだけ先の話になる。

 

 

 上空に浮かぶナイトメアの中には、余裕の笑みを浮かべて足を組むルルーシュの姿があった。

 彼が乗り込むKMF・月光は、朱雀が作戦当日になって持ち込んだ試作実験機である。

 特筆すべき性能から急遽作戦に組み込まれたが、ルルーシュに言わせれば欠陥機に近い。

 

 欠陥部を列挙すると、

 辛うじて浮くことしか出来ないフロートシステムは、推進機関との調整が出来ておらず速度が出ない。

 射角が調整出来ない両肩に固定された砲身。

 小型化されていない機体は全体的に大きく、戦場では格好の的となり、四肢に後付けされた板の様なモノは空気抵抗をより複雑にし、三日月を模した大きな頭飾りに至っては、何のために有るのかさえ判らない。

 巨体を活かした複座式のコックピットは、一機のナイトメアを動かす人員を倍にしているだけであり、極めつけは、レーダーを掻い潜る特殊武装、ゲフィオンディスターバー……これは使いすぎると自機にも悪影響を与える、ナイトメアに搭載してはいけないレベルの代物だ。

 

【え? 多分、そこそこ動かせるんじゃないかな?】

 

 欠陥機・月光をそのまま実践投入しようとした、朱雀の正気を疑いたくなる発言を思い出したルルーシュは、コメカミを抑えると軽く頭を振った。

 

(まったく……アイツは昔からそうだ。無理難題を軽く言ってくれる……だが、確かにそこそこは動いている)

 

 完全な試作機である月光には、データを集積して解析するシステムも積み込まれていた。

 上部の席に座るルルーシュがそのシステムを利用して、機体の稼働中に気温や湿度、気圧や空気抵抗等を考慮した最適解を打ち込み続ける事で月光は、実戦でも耐えられる程度に動くのであった。

 

「準備は良いな?」

 

 予測される全ての情報を打ち込み終えたルルーシュは、一段下に座るもう一人のパイロット、C.C.に声をかけた。

 

「私を誰だと思っている?」

 

 基本操作を担当するC.C.のサイズに合わないのか、彼女は腕を開き気味の姿勢で操作レバーを握り、強気の姿勢も取り続ける。

 ルルーシュのサポートによって欠陥機月光は、通常の操作感覚で動かせるようになっているが、それを含めても初乗りで無難に動かす彼女の操縦センスは、非凡なモノがあった。

 

「ふんっ……それにしても、この程度のシステムで実戦に出そうとはな……拡散輻射波動砲、発射!!」

 

 可愛い妹のライバルになるであろう技術者への不満を口にしたルルーシュが、攻撃の指示を下す。

 

 パレードの進行方向であるG―1ベースの後方には、変事を察知した沿道警護のサザーランドが退路を絶つべく集結していた。

 そこに降り注ぐスプレー状の赤い光。

 真下を向くように機体を傾けた月光の両肩から発射された赤い光は、機体の傾きに合わせ部隊の後方にまで伸びていく。

 

「うわっ!?」

「なんだコレは!?」

「駆動系が死んだ、だとっ!? ジェレミア卿っ、我が隊は行動不能! 我が隊は行動不能!」

 

 思いがけない上空からの攻撃。

 紅い光のシャワーを浴びたサザーランド部隊は、次々に機体の不調を訴える。

 逃がさまい、と密集させた事が仇となり、ブリタニア軍はたったの一撃で、この場に集う戦力の半数近くを失ったのである。

 

「お、己ぇ……っ」

 

 上空へライフルを向けるジェレミア機。

 

「アンタの相手はアタシだよっ!!」

 

 薄れゆく煙の中から飛び出した紅蓮弐式が、突撃を掛ける。

 

「邪魔をするなぁ! キューエル、何をしている!? コヤツを倒し包囲を続けるのだ! 貴様等も手を貸せっ!!」

 

 攻撃許可がなくても反撃なら出来るとばかりに、初撃をいなしたジェレミアは周囲の機体にも指示を飛ばし、包囲網を保とうとサザーランドを操った。

 

 しかし、如何ともし難い機体の性能差。

 ピョンピョンと跳び跳ねる様な動きを見せる紅蓮の前に、一機、また一機と撃破されていく。

 

「ジェレミア卿!!」

 

「今度は何だっ!?」

 

「ぞ、賊が……テロリスト共が居ません!」

 

「馬鹿を申すな! サザーランドが消えたとでも言うつもりかっ!」

 

「そ、そうではありません。開かれたコックピットに誰も乗っていないのです」

 

「ナニ? まさか、こやつら、機体を棄てて……!?」

 

 煙に紛れて逃げた。

 だとしても、何処へ?

 煙の中から飛び出したのは、小癪な動きを見せる紅いナイトメアのみ。

 思案の為に紅蓮から離れて動きを止めるジェレミアだが、逸る頭ではいくら考えても答が出ない。

 

 種を明かせばどうということはない。

 煙に紛れた黒の騎士団員は生身でGー1ベースに乗り込むと、底に開けられた穴から地下道へと逃げ出しただけだ。

 機体を捨て去る大胆さと、遭遇ポイントを読み切る繊細さを併せ持つルルーシュが、ジェレミア以下ブリタニア将兵を完全に出し抜いたのである。

 

「Q―1、ゼロを回収後に離脱する」

 

 紅蓮がサザーランドを蹴散らし、出来たスペースへと月光が舞い降りる。

 

「はいっ!」

 

 謎の機体から送られてきた通信に、小気味良く返すカレン。

 判らない事は、後で纏めて問い質すつもりの彼女に迷いはなかった。

 

 元々カノンが受けていた命令は、

 煙に紛れて逃げる

 紅蓮は迎撃に当たれ

 紅蓮弐式は必ず回収する

 といった断片的なモノであったが、状況の変化に合わせ見事に役割を果たしていると言えよう。

 

「フハハハハっ! クロヴィス殿下の身柄は、我々が丁重にお預りする!」

 

 降りてきた月光の砲身へクロヴィスを担いだゼロが飛び移ると、ノリノリのルルーシュが音声を付け加えた。

 

 浮き上がる月光の短い脚部に掴まる紅蓮。

 

「逃がすな!! 追え! 追ってクロヴィス殿下をお救いするのだ!!」

 

 ジェレミアの指示が虚しく響く。

 追いかけようにも、月光が去り行く前方に配備されていた部隊はこの場に集結し、賊の一撃で無力化されているのだ。

 

「こんなバカな……コレではシンジュクよりも悪いではないか……」 

 

 行動不能となったサザーランドのコックピットから這い出た誰かの声が、呆然となる将兵の間に響くのであった。

 

 

◇◇◇

 

 

 

 同時刻、某国某所。

 

 ロイドと共にエリア11を離れ第二皇子シュナイゼル・エル・ブリタニアの元を訪れたセシルは、エリア11で起きた事変をシュナイゼル、ロイド、カノンの変わり者三人に混じって見届ける羽目になっていた。

 

(なんで私が……)

 

 居心地の悪さについつい恨み節を抱くセシル。

 

 彼女の不幸は勿論偶々などではなく、エリア11で事変が起きると予見していたシュナイゼルによるセッティングである。

 どうせロイドに会って報告を聞くなら、現地を知るロイドにエリア11の解説もやらせる……次期皇帝に最も近いと目されるシュナイゼルは、極めて多忙かつ合理的な男であった。

 

「クロヴィスも成長したようだね。見事な判断だったよ」

 

 エリア11からの中継が途絶えると、それまで恐ろしい速さで書類を処理しつつ、「ほぅ」「なるほど」「その手があったか」とだけ言っていたシュナイゼルが、言葉らしい言葉を放った。

 

 しかし、誰もその言葉に応えようとしない。

 

「はい……あの場で戦端を開けば、居合わせた市民に犠牲が出たでしょうから」

 

 自分が応えるのも不敬であるが、無視をしてはもっと不敬になる。

 セシルは遠慮がちに自分の考えを口にする。

 

「本気? セシル中尉は本気で殿下がそんな風に考えていると考えるのかしら?」

 

 シュナイゼルの側近であるカノンが、変なモノを見るかのような視線をセシルへと向ける。

 尚、カノンはオネェ口調で話しているが、立派な伯爵であり男である。

 

「えっ、と?」

 

「フッ……そう言ってやるな、カノン。中尉は作戦士官でなく、技術士官なんだよ。人道主義、博愛主義、結構な事ではないか」

 

「はぁ……ありがとうございます」

 

 嘘か本気か判らない笑みを浮かべ続けるシュナイゼルの言葉を受け、一応の御礼を述べたセシル。

 穏和な笑みを浮かべるシュナイゼルの口調は紳士的であり、皇族にありがちな偉ぶった態度は一切みられない。

 

 それなのに、セシルは益々の居心地悪さを感じ取っていた。

 

「中尉はエリア11にどれだけのテロリストが居るか知っているかなァ?」

 

 普段と変わらぬ飄々としたロイド。

 

「はい……大小合わせて百を越える組織が点在するとされていて、民衆の八割を越える支持を集め、半数近くの人間が何らかの形でテロに関わっていると言われています」

 

 質問の意図を深く考えずに答え始めたセシルであったが、次第に顔を曇らせていく。

 数の多さも去ることながら、全容が全くと言って良いほどに掴めていないのである。

 

「気付いたようだね。エリア11は他のエリアと比べても異常だよ。類を見ない程の多数がブリタニアに反意を抱いているのも異常なら、それでいて目立った反攻を見せてこなかったのも異常の一つだね。イレブンが持つ忍耐力には頭が下がる想いだよ」

 

「つまり、仮面のゼロはエサになるのよ。あの男がイレブンを煽れば煽る程、不穏分子の特定が容易になるわ。然る後、黒の騎士団に合流しようとする賊を各個に叩いても良いし、集結した処で纏めて叩き潰しても良いわね」

 

「そういう事だからクロヴィス殿下は、あの場でゼロを捕えられなかったってワケ。でも、連携がとれていなかったし、部下には話していなかったんじゃないかな? それとも、その場の思い付きが殿下も唸らせる妙手になったんでしょうかねェ?」

 

「でも、それって酷くありませんか? 混乱が起きると知って……いいえ、混乱を起こさせる為にゼロを野放しにするなんて」

 

 三人の言葉を聞いたセイルは、最後がロイドであった事も手伝って、ついうっかりと考えを話す。

 

「そうだね。こんな手法しか取れない無能な首脳陣を罵ってくれたまえ」

 

「そ、そんなつもりはっ」

「だけどね、中尉。この様な方法に頼らねばならない現実も理解して欲しい。正攻法のみでイレブンの地を衛星エリアに昇格させようとすれば、これから更に10年の月日を費やしてもまだ足りない。それは、結果として、より多くの人々が苦難に喘ぐ事になる……中尉がなんと言おうとも、我が弟は最後の最後に良い仕事をしてくれたよ」

 

 シュナイゼルは穏やかな笑みと穏やかな口調を崩さない。

 

「ですが、いささか附に落ちませんね。クロヴィス殿下はどうして皇籍を剥奪されなくてはならなかったのでしょうか? ハッキリ言って、あの程度の失態でイチイチ皇籍を剥奪していたら、その内皇族はシュナイゼル殿下とコーネリア皇女殿下の二人だけになってしまうわよ」

 

「カノン……キミの毒舌は変わらないね。それってつまり、他の皇族は無能だって言いたいんだよねェ?」

 

「ロイドさんっ!」

 

 ロイドの不敬発言に、セシルが叫ぶ。

 

「あら? アタシはそんなこと一言も言ってないわ。そんな風に聞こえるのはアナタがそう思っているからじゃないかしら?」

 

「カノンさんっ!?」

 

 負けじと言い返すカノン。

 

 この二人は一体なんなのか? セシルは心の底から来るんじゃなかった、と思うのだった。

 

「そう慌てなくて良いのだよ、中尉。二人が言っているのは事実なんだからね。人は過ちを犯して生きる……失態が理由で皇籍が剥奪されるなら、皇族がいなくなるのは道理というものだ。私は道理を説かれて怒るほど狭量ではないつもりだよ」

 

「殿下の場合は怒らなすぎですけどね」

 

 シュナイゼルの大人すぎる発言に、カノンは肩を竦めてみせた。

 

「フッ…………だから私は、クロヴィスの皇籍剥奪には、陛下が激怒される程の秘密が隠されていると考えてしまうよ」

 

 現皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアの代で皇籍が剥奪されのは僅かに一例。

 しかもそれは、皇籍の剥奪を自ら願い出た者への仕置きであり、失態が理由で剥奪された例はない。

 

 つまり、クロヴィスはシャルルを激怒させる他の何かをやらかした……そう推測するのはシュナイゼルにとって容易い事であった。

 

「あっ…………直ぐにも手配します!」

 

「察しが良くて助かるよ……判っているだろうけど、くれぐれも慎重に頼むよ」

 

 迂闊に探れば自らも危うくなる……それでもクロヴィスの秘密はシャルルの秘密に繋がる。

 日頃から民を省みないシャルルの態度に不信を募らせるシュナイゼルは、危険を犯すだけの価値があると考えるのであった。

 

「イエス・ユア・ハイネス!」

 

 シュナイゼルの意を汲み取ったカノンは、了解の意を告げ足早に執務室から飛び出した。

 

「さて……キミは先程、少し気に成ることを言っていたね」

 

 カノンを見送ったシュナイゼルは、ロイドへと視線を向ける。

 

「クロヴィス殿下の事ですかァ?」

 

「そう……実を言うと、私も弟が考えたとは思っていないのだ」

 

「嫌な言い方されますねェ? 他の誰かが考えた、とでも?」

 

「シンジュク事変に今日の宣誓……この二つは闘いとは言えない程、鮮やかすぎる。まるで一人の人間が一つの意図の元、双方の駒を動かしたかの様にね」

 

 シュナイゼルの発言は、クロヴィスがゼロを仕立てた。もしくは、ゼロとクロヴィスが通じていると言っている様なものだ。

 

「そんなっ……有り得ませんっ」

 

 常識的には有り得ない。

 一応の常識人であるセシルは、そのあり得なさに、非常識にも皇族の言葉を真っ向から否定するといった愚を犯す。

 

「良いのかなァ……科学者が簡単に有り得ないなんて言っちゃって」

 

「構わないさ……私も自分の考えには否定的だよ。二つの結果を見ればクロヴィスにメリットが無かったのは明らかだからね。弟はあれでいて、それなりの野心の持ち主だったよ。メリットもなく動くとは考えにくい」

 

「でしたら、残る可能性はクロヴィス殿下の思考を読み切り、戦場の全てを掌握した一人の人間の手によるもの……になるんですけど、そんな人間離れした真似はシュナイゼル殿下にしか出来ないんじゃないですかァ?」

 

「さて、ね。私にも出来るかどうかだよ…………次はコーネリアだったね」

 

 含みを持たせたシュナイゼルが、急な話題転換を行う。

 結論を出すには情報が足りない。

 考えても判らない事に費やす時間など、シュナイゼルには無いのである。

 

「そうですねェ……殲滅作戦は皇女殿下が得意とする所ですから、僕のランスロットに出番はあるのでしょうかねェ」

 

「心配しなくても暫くの間はゼロとコーネリアが反乱分子という駒を奪い合う局地戦が続くよ……ゼロは手駒にしようとし、コーネリアは駒を破壊しようとする、といった違いはあるだろうがね。そして、いくら彼女が勇猛でも、局地戦では機体の性能差を覆せない……キミ達のランスロットに頼らざるを得なくなる。万一の時は頼んだよ」

 

「お任せ下さい……殿下。その代わりと言ってはなんですが、二つばかりお願いがあるんですけどォ」

 

「パイロットとガヴェインかな?」

 

「ハァイ」

 

「可能な限りの手は尽くさせて貰うよ……でも、それで果たして勝てるのかな? あのゼロに。彼の動きは私の常識を遥かに越えていたよ。もしも、キミ達が作る機体に彼が乗れば、誰にも倒せない絶対抑止力になるのでは、と夢想してしまう程にね」

 

「アハッ。僕も同じことを考えちゃいましたよ」

 

 楽しそうに笑うロイド。

 

 多分、同じではない……ロイドは自分がゼロの元に行こうとし、シュナイゼルはゼロを自分の元に引き込もうとしている。

 そう気付いたセシルであったが、愚を犯した反省から黙る事にした。

 と言うより、兎に角この執務室から早く出たいと願うばかりだ。

 

「コーネリアには頑張ってもらわないとね」

 

 セシルの願いが通じたのか、どこまでも笑みを絶やさないシュナイゼルが締めくくり、彼女の苦難の時間は終わりを迎えた。

 

 

 こうして、後にゼロ事件と呼ばれる茶番劇は幕を閉じ、エリア11は戦禍の渦に包まれていくのであった。

 

 余談になるが、黒の騎士団の撤退後に解放されたクロヴィスは、ブリタニアへの帰国を果たすと、待ち構えていた皇帝の厳しい追求を受け、幽閉生活を送ることを余儀なくされた。

 創作活動に励むしかなかったクロヴィスは、ブリタニア文化と日本の文化を融合させた見事な作品を産み出し続け、後の世に、芸術家として名を残したのである。

 









月光の見た目はザン○ット的な、和風鎧武者。
性能的にはラクシャータ作のガヴェイン。でも、欠陥機になります。


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