P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ) (完結) (コンバット越前)
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酒酢豚
織斑一夏は鬼畜 (上)


新年会に成人式、誘惑が多いこの時期。
「酒は飲んでも呑まれるな」大事ですコレ。


「一夏!俺告白する!」

 

学園祭も終わり、久しぶりにのんびりした日々が訪れていたある日のこと。弾の家に遊びに来ていた一夏は、親友の突然の告白に口をあんぐり開けて固まった。

 

「何言ってんだ急に。告白って、相手は?」

「虚さんだよ」

「虚さん?ええ!マジですか。三年生ですよ?」

「そんなの関係ねぇ!やってやる!やってやるぞ!」

 

もう我慢できねぇ!と大声で叫ぶ親友に一夏は再度固まる。

まさか弾が虚と告白するような近い関係になっていたとは知らなかったし、また見た目と違い案外女性に対して奥手なところがある弾が、虚相手にこういう一大決心をするとは思わなかった。

 

「弾、お前本気なのか?」

「当たり前だ!俺はやるぞ。告白して初彼女を持ってみせる!」

「でも何でいきなり?」

「お前みたいに360度可愛い子に囲まれている輩には分からんだろうさ。女ッ気の無い一人身の苦しみが。高校に入り周りはどんどん彼女を作っていく恐怖!彼女持ちの勝ち誇った視線を受け続ける屈辱!ラブラブカップルを眺める寂しさ!もううんざりなんだよ!」

 

弾の咆哮に一夏は今度こそ彼の本気度を思い知らされた。ここまで自分勝手な欲望をさらけだす親友の姿は哀れにも、妙な説得力を持っている。

 

「そっか。で、俺に仲介を?」

「さすが一夏、生徒会で一緒に仕事しているんだろ。お願いできるか?」

「勿論だ。親友の頼みだからな」

「一夏!」

 

ガシッと熱い抱擁を交わす二人。弾は泣いていた。自分はいい親友を持ったと。一夏はそんな弾の頭を慈しむかのように優しく撫でる。

 

 

気味の悪い男の友情がそこに展開されていた。

 

 

 

 

「で?なんだよコレは?」

「店の酒。今親父達出かけているから持ってきた」

「見りゃわかるよ。俺が聞きたいのはなんで酒飲むのか?ってことだよ!」

「そんなの恥ずかしいからに決まってんだろ!酒でも飲まなきゃ話せねぇよ!」

 

弾の逆切れに一夏はため息を吐く。

あの後、虚との馴れ初めや今後の戦略を話し合おうとした時に、弾がいきなり酒を持ってきたのだ。

 

「それにな一夏、今日び高校生が酒の一つも飲めねぇなんておかしいんだぜ」

「アホか。未成年は飲んでダメに決まってんだろ」

「そう思うだろ?でも俺この前初めてクラスの奴に誘われて合コン行ったんだよ。そしたら皆飲むは飲むは。飲んでないのは俺だけで、バカにされまくったんだよ」

「マジで?」

「マジ。大マジ。今時の高校生ってそれがフツーなんだってよ」

 

一夏は唖然とその話を聞いた。普通はそうなのか?

とはいえ、今の自分の周りには同性の友人などいないし、友人は皆普通とは言えない女性ばかりだ。しかも基本お嬢様や金持ちが多く、超エリート学校であるIS学園を基準に考えてはいけないのかも知れない。

 

「とゆーわけで、さっそく飲んでみよう。俺も実際飲むの初めてだし」

「おい弾止めようぜ?やっぱヤバイよ」

「何だよ一夏、案外チキンだな。酒の一つも飲めなくて強くなれるかよ」

「あのなぁ」

「それに千冬さん酒好きだろ?『早く一緒に酒飲みたい』って言われたことないのか?」

「う……それは」

「だろ?練習だと思えよ。俺も自分の恋バナなんて、滅茶苦茶ハズイんだからさ。互いに頭ハイにしときたいんだよ」

「でもなぁ」

「一夏!」

「ったく分かったよ。……少しだけだぞ」

 

 

 

当然だが千冬が一夏に言った言葉は冗談であり、これから何年も先の願望である。

そしていくら合コンで自分以外の皆が酒を飲んで肩身の狭い思いをしたとしても、当然悪いのは未成年の分際で飲んでいる連中であり、流されず飲まないことを心掛けるべきである。

 

しかしバカ二人は安易に酒に手を出した。これがどのような事態を巻き起こすかなど、この時の彼らは想像もしていなかった……。

 

 

 

「だ、弾ニキ。も、もう……」

「なんだこれくらいで!まだ序の口じゃないか!」

 

ゴクッゴクッ。

ぶるぶるっ。

 

「だめだァ~もう限界だよォッ!」

「よしっ!思いっきり(トイレで)吐いちまえ!」

 

ってなことを繰り返しながら彼らは着実に酒を消費していった。

「少しだけ」酒飲みの間でこれほど空しい言葉は無いのだから。

 

 

 

ところで酒飲みには「~上戸」という言葉がある。

アルコールが入ることによって、普段はムスッとした人が一転饒舌になる『笑い上戸』強い人が急に泣き言ばかり言うようになる「泣き上戸」などがある。

 

だが笑い話になるようなこれらはまだマシかもしれない。

酒飲みで一番やっかいなのは遥か昔からどの物語でも書かれる恐怖。酒を飲むことで恐ろしい人間になることだ。普段のその人とは想像も出来ない悪魔のような人間になることである。

 

アルコールというのは時として、その人の心の奥底にあるもう一つの本性、想いなどをさらけ出してしまう力を持っているのだ。故に己の限界を見極め、楽しく飲むことが大切なのだ。

 

 

そしてここにも己の許容量を超えて、オーバードライブに陥った悪魔が誕生しようとしていた。

 

 

 

 

 

「ギャハハハ。オイ弾!何ボケッっとしてんだよ。もっと飲めよ!」

 

さっきまでヘベレケだったはずの一夏の急な変わりように、弾は驚愕した。更に何が可笑しいのか、ずっと下品な笑い声を立てている。弾は思わず眉をひそめた。

 

「おい一夏。大丈夫かお前?」

「だいじょーぶ。だいじょーぶ。ホラ弾、お前も飲むアルよ」

「一夏?」

「酒はいいアルよ。なんか楽しいアルよ。空も飛べる気がするアルよ。俺飛べるアルよ!」

「何だよその口調は?」

「酢豚の真似アルよ。中国アルよ。二組アルよ。貧乳アルよ!」

 

アルよアルようるせぇ!弾は一夏のあまりのウザさに苛ついた。しかもさりげなく鈴disりやがって。

 

「ウィッハッハー!いい気持ちアルよ。パイナップル入り酢豚絶品アルよ!食いたいアルよ!」

「お前本当に大丈夫か?……しかも何だよパイナップル入り酢豚って。そんなの邪道……」

「オラァ!」

 

何故かいきなり激昂した一夏にぶん殴れ、弾はぶっ飛んだ。起き上がろうとするが、足が笑って上手く立てない。酔っ払いのクセにすごい力だった。

 

「酢豚バカにすんな!殴るぞ!」

「いや落ち着け!別に酢豚バカにしてねぇよ!俺はただ……」

「黙らっしゃい!」

 

またも殴られ弾は再度吹っ飛ばされた。ものすごく痛い。更にメッチャ怖い。

拳を振り回して近づいてくる一夏に弾は必死に命乞いをした。

 

「悪かった!許してくれ!酢豚は偉大です。パイナップル入りは更に偉大です!」

「そうだな」

 

拳を鼻先で止められた弾は大きく息を吐き出した。何とか命は助かったようだ。

 

「ところで弾、お前告白するんだったな」

「え?そうでしたっけ。いや今はもうそれどころでは」

 

弾の言葉を無視して、一夏はブツブツ何か呟き始めた。弾は心底怖くなった。コイツ本当に一夏か?

 

「よし兄弟、告白しろ直ぐにしろつーか今からしに行くぞ」

「は?」

「善は急げ。思い立ったら吉。つーわけで今から告白な。電話して呼び出してやるから」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ一夏!無茶言うな!」

「あん?」

「ヒッ!……あの待ってください心の準備が」

 

弾は土下座し、目の前の酔っ払いの慈悲を求めた。いくらなんでも無茶だ。

しかし目の前の「元」親友のようなモノは、そんなこと許しはしなかった。

 

「そうして尻込みするヤツは結局時間が経っても変わらねぇんだよ!」

「一夏本気で待ってくれ!頼むから」

「いつ告白するの?今でしょ!」

 

ポーズを取って一夏がビシっと決める。サマになっている姿がやるせない。

 

「一夏落ち着いてくれ。俺の自業自得なのは承知だけど、今のお前はおかしい」

「安心しろ兄弟。俺たち穴兄弟。お前だけに辛い思いはさせないぜ」

 

しかし話が噛み合わない。てゆーかなんだよ穴兄弟って。お前とソレなんて死んでも御免だ。

しかし一夏は止まらない。下品な笑みを浮かべると声高に続ける。

 

「お前は虚さんに告白。なら俺はせっかくだから、妹ののほほんさんに告白するぜ!」

「ハァ?おい一夏冗談止めろ!」

「俺たち穴兄弟!そんでもって仲良く姉妹丼といこうぜ!ヒャッハー!」

 

だめだコイツ早く何とかしないと……。

弾は心底そう思った。このままではとんでもないことになる。いや既になっている気がする。

 

「一夏!いい加減し……」

「白式パーンチ」

 

思わず手を出した弾の意識を、カウンターで入った一夏の拳が半ば刈り取った。

薄れ行く意識の中で弾が最後に見たのは、ニヤニヤしながら携帯を操作する一夏の姿だった。

やめてくれ……!弾は一筋の涙を流して、ブラックアウトした。

 

 

 

 

 

「おい弾。いい加減起きろ、そろそろだぞ」

「……ハッ!」

 

弾が目覚めると何故か目の前に一夏の後頭部があった。どうなっているんだ?と思ったが、すぐに理解する。一夏におぶられているのだ。

 

「ここは……?」

「IS学園の近く」

「WHY?」

「告白するからに決まってんだろ」

 

あの悪夢は夢では無かった。弾は絶望した。

 

「一夏、本当に本気で落ち着いてくれ。今なら間に合う」

「お前もどうだ?」

 

弾の言葉を無視して、一夏が弾をおぶったまま器用にポケットから何かを出した。

 

「何コレ」

「ガムだよ、お前も噛んどけ。酒のニオイ少しでも消せるから」

 

何で変な所で冷静なんだよ!弾は再度絶望した。

 

「一夏、頼む許してくれ。反省してるから。もうお酒なんて生涯飲みませんから」

「へんなやつ。何で謝るの?」

「一夏頼むって!降ろしてくれ!そんで話し合おう!」

「それ無理。降ろしたら逃げるだろ?ジタバタすんなって、もう遅いよ。腹くくれ」

 

無駄を悟った弾は一夏の背中で泣き続けた。逃げようにも力強い手で両足を掴まれ、動かすことも出来ない。地獄への道のりを一歩一歩進む中、弾はただ泣き続けた。

 

 

 

 

 

「さてと。じゃあどっちから告白する?」

IS学園の校門前、ようやく解放された弾に一夏が問う。

 

「一夏、一夏様。どうかお慈悲を」

「じゃあ俺から手本見せてやるよ。ヘナチンチキン野郎はそこの隅でガタガタ震えて見てな。丁度死角になってるみたいだし」

 

一夏に蹴り飛ばされ、弾はその死角になった場所に転がされた。

 

「しっかり見とけよ弾、俺の勇士を。成功したら次はお前だから」

「お前でもマズイんだよ!鈴に殺される!ついでに蘭にも殺される!」

「別にいいじゃん。お前が死ぬくらい」

 

弾の命の危機にも、一夏は路傍の石ほどの関心も持たなかった。

弾はまたも溢れ出る涙を拭おうともせず泣き続けた。こんな悪魔、一夏じゃねぇ!

 

「おっとメールだ。何々……『もう着くよー』か。オーケー」

「一夏本当に最後だ!冷静になってくれ、お前は今酔っ払っておかしくなってんだよ!」

「黙ってみてろ童貞」

「テメェもだろ!……いや、一夏!」

「見せてやるよ。これが……『女を堕とすってことだ』」

 

そして一夏は校門の方へ歩いていく。弾にはもはや止める力は残っていなかった。

 

「おりむーお待たせ」

 

そして現れた想い人の妹。弾は心底絶望した。当然姉の虚も一緒にいるはずで、これから酔っ払い二人による公開告白ショーの開催である。もう終わった……。

 

だが絶望の思いで見ていた弾は目を見張った。本音の後ろについてきた女性、それは彼女の姉ではなく、自分の知らない女性だったから。

眼鏡をかけた気弱そうな女の子。弾は首を捻った。どういうことだ?

 

「簪?のほほんさん、虚さんは?」

一夏の声にも疑問の色が混じっている。どうやら一夏にとっても予想外らしい。

 

「お姉ちゃん生徒会の仕事でどうしても抜けられないって」

「……マジかよ」

「だからかんちゃん連れてきたよー。今から遊びにいくんでしょ?」

「あの、ごめんね。いきなりついてきちゃって。本音がどうしてもって言うから」

「かんちゃん何言ってるの、一緒の方が楽しいに決まってるよー。ねぇおりむー?」

 

その様子を見ていた弾に笑顔が広がった。

理由はよく分からないが、どうやら虚は来れなくなったらしい。これで最悪な告白ショーも中止だ!弾は今度は歓喜の涙を流した。本当に今日は何回涙を流したことか。だが『終わりよければすべて良し』だ。ざまあみろ一夏!天は我に微笑んだのだ。

 

弾が一人ガッツボーズをする中、俯いていた一夏が顔を上げる。

 

 

 

 

「……のほほんさん、あのさ」

「うん?おりむーどうしたの?」

「俺のほほんさんのこと好きだ。付き合って」

 

 

 

悪夢は終わらなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




正月、酒の席で酔った友人が周囲に多大な迷惑をかけた。普段本当にいい人なのに。
飲み会の雰囲気や居酒屋は好きだが、基本飲めない私にとって、酔っ払いの狂態はただ恐ろしい。


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織斑一夏は鬼畜 (中)

マリア様が見てる


「酢豚、豚、豚。パイナップルはー必要かー?ヘイっ!」

「YES」

 

IS学園のとある部屋の一室。そこでは今日も凰鈴音が陽気に酢豚ダンスに興じていた。キレのある動きで酢豚を称える。

 

「酢豚、豚、豚。とーりにーくでーもおっいしーよ。ヘイっ!」

「イェー」

 

この少女が深い理由も無く、自室で酢豚ダンスをするのは不思議ことでは無い。それが凰鈴音という少女なのだから。ただこの場において唯一何時もと違うのは、彼女の隣で共に踊り、意味不明な歌詞に合いの手を入れる人物の存在であった。

 

「いいわよラウラ、その調子!もっと腰を使って酢豚を称えなさい!」

「ふむ。こうか?」

 

その人物とはラウラ・ボーデヴィッヒ。P.I.Tの魔力に取り付かれてしまった少女。親友兼保護者(?)であるシャルロットの目を盗み、元凶の少女と酢豚ダンスに興じる。

 

「さぁ締めに行くわよ!ついてきなさい!」

「うむ。任せろ」

 

「「酢豚、豚、豚……」」

 

シャルロットが見たら泣いてしまうような狂態を、ラウラは体型的にどこか似ている少女と共に演じ終えると、二人でポーズを決めた。

 

 

 

 

「ふー。結構疲れたな」

「お疲れラウラ。流石に動きにキレがあるわね」

 

鈴はラウラにスポーツドリンクを手渡すと、自分の分を豪快に一気飲みする。勿論腰に手を当てるのを忘れない。

 

「プハー。アイヤー!いい運動の後の一杯は最高アルね」

「なんだその口調は?」

「ごめん。言葉のアヤ」

 

鈴は「ゲェーフ」と下品にゲップをするとラウラを不思議そうに見た。

 

「ところでアンタ。今更だけどシャルロットは一緒じゃないの?珍しいわね」

「シャルロットは朝から用事で出掛けている。だからお前のところに来れたんだ。アイツは何故か最近、私がお前と二人きりになるのを嫌がっているフシがある」

「なんで?」

「知らん」

 

二人の少女は顔を見合わせ首をひねった。

その理由だがシャルロットからすれば、大切な可愛い親友がみすみす酢豚色に染まっていくのを見過ごすわけにはいかなかったからである。ラウラには清く健やかに育って欲しかった。間違っても酢豚にパイナップルを入れる入れないで、歯をむき出しに力説をするような人間にはなって欲しくなかった。

 

もはや手遅れかもしれないが。

 

「ま、いっか。じゃあ一汗かいたことだし、作った酢豚食べましょう。チョイ待っててね。温めるから」

「わーい」

 

そうして酢豚を愛する二人のスブタガールズによる酢豚パーティーが開催されようとしていた。

 

 

 

 

 

 

一方スブタガールズとはそう遠くない学園の入り口付近で、五反田弾は『ザ・ワールド!』をその身をもって体験していた。

 時が止まる……言葉にすればチンケな台詞になってしまうが、五反田弾は今、正にこの言葉を実感していた。一人ガッツポーズをした矢先、目の前の悪魔が何の前触れも無く発した告白に文字通り、辺りの時が一瞬止まったように感じたのだ。

 

しかしそれでもこの親友の狂態の前兆を知っていた分、この場の人間の中で、立ち直ったのも弾が最初だった。

恐る恐る少女達の様子を伺うと、両名とも口を「ポカーン」と空けて呆けている。そりゃそうなるだろうな、と弾は一瞬冷静に思った。

 

一夏の方を見れば、真剣な表情で本音を正面から見つめている。普段見慣れている顔であるが、実際改めて見てみるとやはり整った顔をしていらっしゃる。こんなイケメンに真剣な表情で見つめられて告白されれば、どの女性も大抵はイチコロだろう。

 

悲しいのは、今この状況が一夏本来の意志ではなく、酔っ払いの狂態であるということだが……。

 

 

 

 

「お、おりむー。どうしたの?」

 

あれからどれくらいの間を置いてか、告白を受けた少女はいつものように笑った。笑おうとした。しかし弾は本音が隣で俯く簪に一瞬視線を泳がせたのを見逃さなかった。

 

「付き合うって、遊びに行くってことだよね?勿論だよ。だからかんちゃんも誘って今から一緒に……」

「のほほんさん」

 

続けようとする本音の言葉を一夏が少し強い口調で止める。本音は一瞬ひるんだが、直ぐにいつものような柔和な笑顔を浮かべた。

 

「あはは……おりむーどうしたのー?少し変だよ?」

 

少しどころじゃありません、酒でイッちゃってるんです。弾は一人弁明した。

 

「おりむー?女の子にそういう曖昧な言い方は、『メッ!』だよ?おりむーは大体……」

「のほほんさん」

「大体、その、普段から誤解を招かせる言動……」

「のほほんさん!」

 

言い募ろうとする少女の弁を一夏が強い声で強制的に止めた。本音は少し身体を震わすと尚何かを発しようとするそぶりを見せたが、それを言葉にすることは出来ず、再度簪の方を一瞥すると、彼女を習い俯く。そしてまた重い沈黙が訪れた。

 

その様子を見て、弾にも僅かながらにこの少女達の関係が見えた気がした。

おそらくあの気弱そうな女の子は一夏に惚れているのだろう。彼女のことはよく知らないが、今俯き、両手をギュッと握り締めている様子は彼女の気持ちを十分表している風に見えたのだ。

そして自分の想い人の妹であるあの少女もそれを分かっている。だからこそどうしたらいいのか分からず戸惑っているのだろう。……でもマジでどーすんのこの状況?

 

にしても相変わらずの人間磁石野郎め。何人無意識にくっ付ければ気がすむんだ、あの悪魔は?

『やっぱり一夏、百人付けても大丈夫―』ってか?ふざけんな。生態系のバランスを崩しやがって、平等に分配しろ!何人かよこせ!ちきしょう……!

 

弾の醜い嫉妬を他所に、一夏磁石にくっ付けられた親友の為に本音はまたいつもどおりの笑顔を浮かべた。

 

「おりむー。どこ連れてってくれるの?私もかんちゃんも出来れば甘いものが食べたいなー」

 

大切な友達のために、今あったことを無かったことにしようという感じで、本音が言う。

 

「わ、私!」

そこで今まで黙っていた簪が急に声を上げた。

 

「お邪魔みたいだし……帰る、ね」

「かんちゃん!待って」

 

立ち去ろうとする簪の手を本音が掴んで止める。簪はどこか悲しそうな顔で親友を見た。

 

「本音離して」

「かんちゃん違うの。これは……」

 

「簪」

そこで発した元凶の声に押し問答をしていた二人の少女はピタリと動きを止めた。

 

帰る、と言ったが彼女は引き止められることを望んでいるはずだ、弾は簪の顔を見てそう思った。一夏、お前も分かっているよな?

 

しかし目の前の「アレ」は一夏ではなく、一夏に良く似た悪魔、別の「ナニカ」だった。

 

「悪いけど今日のところは外してくれないか?のほほんさんに話があるんだ。大事な話が」

 

野郎言いやがった……弾は思わず口を手で覆った。それはあまりにも無情な言葉だったから。この状況、彼女にとっては暗に「お前は邪魔」と言われたようなものだろう。

 

弾の思った通り、簪は顔をくしゃりと歪ませると、本音の手を振り払い駆けて行った。「かんちゃん!」と本音の声が痛ましく響く。

 

「おりむー!どういうこと!」

本音が珍しく目を吊り上げて一夏を睨みつける。

 

全くどういうことだろうか。弾も誰でもいいから聞きたかった。

何時の間にこんなシリアスな話になっちまったんだ?少し前まで楽しく酒を飲んでいたじゃないか。笑いながらギャグで進む話じゃなかったのか。こんな修羅場空間、ノーサンキューだ。いらない。

 

しかし悪魔一夏は動じない。本音の睨みを無視して、逆に彼女にプレッシャーをかけて近づいていく。勢いを削がれ本音が下がる。

そのまま一夏のプレッシャーに押され後退し続けた本音であったが、ついに校門の壁際まで追い詰められ行き場を失った。その本音に一夏はまるで左右から逃げられないようにでもするかのように、両手をあげて彼女を更に追い詰める。

 

「おりむー。どうしたの?少し恐い……」

本音が身を強張らせて一夏に言う。

 

本当にごめんさない、ウチの一夏が。弾はまたも一人謝罪する。

でも、どうしようもないんです。今のヤツはマジで恐いんです。止めようものならリアルにキルされるんです。弾は少し前の一夏の鉄拳を思い出しガタガタ震えながら、本音に心の中で詫び続ける。

 

「のほほんさん……」

そして一夏が更に動いた。

右手を突き出して壁に固定し、覆いかぶさるように更に身体を近づける。

 

「なにィ!あ、あれは!」

思わず声に出して弾が驚愕する

 

一夏が繰り出した技。それは男子が誰でも心の奥底で一度はやってみたいと願い、全ての女子は一度はやられたいと願う。「但しイケメンに限る」という絶対条件が付くその技の名は……『壁ドン』也。

 

今、一夏はそれを自然に、まるで手馴れたように繰り出していた。

 

「お、おりむー」

先程の勢いは何処へやら、本音が蕩けたような表情で数センチと離れていない一夏を見上げる。恐るべきは『壁ドン』の威力。どんな女性もこれをまともに喰らえばKO寸前に陥ってしまうのだ。

 

 

 

だが、大事なことなのでもう一度言おう。「但しイケメンに限る!」のだ。決して忘れないように!

 

 

 

弾は一夏によって囚われた少女の表情を見て、小さく呻く。

『この女陥落(おち)たっ!』何故か長髪のホスト風の男の顔が一夏とダブリ、弾は目をこすった。だが、一夏の事前の予告どおり、彼女の表情を見るに、彼女があの悪魔によって堕とされるのは、もはや免れようのない事だと思った。

 

それにしてもアイツ似合うなぁ『壁ドン』

弾は薄ら笑いを浮かべて親友の繰り出した光景を見る。もはや笑うしかない。

 

二人だけの世界に入りそうな男女を尻目に、弾は空へと目を向ける。

なんでこんなことになったのだろう?誰か教えて、プリーズ。

 

だがそこで不意に恐ろしい感覚に襲われた。弾はハッとしてその理由を探る。なんだこの感覚は?ケツにツララを突っ込まれたような言い難い恐怖は?

 

「あ」

その原因は直ぐに見つかった。

一夏達から死角となっている弾の位置。その反対方向に一人の少女が佇んでいた。

 

能面。

弾は、彼女の表情を表すなら、これが一番相応しい気がした。その整った顔を無表情に、ただ一点を見つめている。

 

弾はその少女には見覚えがあった。一夏が振る話題で鈴と並んで最も多く登場する人物であり、彼女とのツーショット写真も一夏から何枚か見せられたことがあったからだ。彼女の名前は……。

 

シャルロット・デュノア。

 

その少女が一夏の方を凝視していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




           キャスト

織斑一夏……その気になれば『夜王』になれるだけのポテンシャルを秘めている。「ウオォォォ!」という雄叫びも妙に似合う、正に主人公。

五反田弾……えーと。いい人止まりの苦労人か?修さんポジも難しい。だがキャラの便利さゆえ、モブにならないのは救いだろうか?

シャルロット・デュノア……ヒロインの鏡。だがこの手のヒロインは青年誌の世界では生きるのは難しい。主人公の成長の為の布石になる場合が多し。

篠ノ之箒……正ヒロイン。多分。

凰鈴音……酢豚。

以下略。


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織斑一夏は鬼畜 (下)

頭をカラッポにして書けるのはいいことです。



「……ハッ!」

「ん?どうした鈴?」

 

両手を合わせ「いただきまーす」と感謝を表し、いざ目の前の酢豚を食するという寸前、凰鈴音は言い知れぬ感覚に身を震わせた。箸で掴んだ豚肉がスルリと落ちる。ラウラはキョトンとした顔で相棒を見た。

 

「嫌な予感がしたの。……何かしらこの感覚は。とてつもない何かが起こっている気が……」

「何だそれは?」

「あたしにも分からない。でもこの酢豚を口に入れようとした瞬間そう感じたの。何だろう、あたかも酢豚が警告を発しているような」

「ふむ。よく分からんが気のせいじゃないのか?……ん?なんだこの酢豚は。酸味が全く効いていないぞ」

「なんですって!」

 

鈴は驚きに目を見張ると急いで自分の分の酢豚を食べた。確かにラウラの言うとおり酸味が効いていない。

 

「そんな……こんなことって」

鈴はガックリとうなだれる。

 

「お、おい鈴」

「酢豚が、あたしの作った酢豚がこんなことに……」

「まあ落ち着け。確かに少し驚いたが、これはこれでいいものだぞ。酸味が無い分、クセが無くいつもより食べやすい……」

「ラウラ!このお馬鹿!」

 

鈴の咆哮に、ラウラが硬直する。

 

「何言ってんの!酸味が無い酢豚なんて、もはや酢豚なんかじゃない!今流行の『○○のクセを押さえましたー』なんてエセ食品のような妥協があってはいけないの!こんなお子様味に満足なんかしちゃダメよ!それじゃ真のスブタストにはなれないわ!」

「ス、スブタスト……?」

 

鈴の剣幕にラウラが大きく仰け反る。幾らなんでもそんなのにはなりたくねぇ。

 

「……ごめんラウラ。少し興奮したわね。でも中国にはこんな格言があるのよ」

鈴は自分を落ち着かせるように、大きく深呼吸した。

 

「格言?」

「ええ。『歴史の裏に酢豚の変化あり』ってね。わが祖国中国では、大きな事件や歴史の分岐点の裏にはいつも酢豚の存在があったと言われているわ」

「な、なんだと?」

「例えばアヘン戦争って聞いたことあるでしょ?あれも実はきっかけは当時の中国に赴任していた英国の大使が、晩餐会で出された酢豚に果物が入っていたことに激怒したことから戦争に発展したと言われている」

「そ、そうなのか?授業で習ったことと違うが」

「それだけじゃないの。辛亥革命もきっかけは孫文が行きつけの食堂で頼んだ酢豚の味が変わったことに『この酢豚を作ったのは誰だぁ!』と激怒したことが事の始まりらしいわ」

「……えー?」

 

それから鈴の一人講義が始まった。いかに過去の大事件に酢豚が関わっていたかを熱弁する。始めの方は神妙に聞いていたラウラも最後にはあくびをかみ殺していた。うさんくせぇにも程がある。

 

「……そういう訳で酢豚に異変がある時、大きな災いが起こると言われているの」

「さいですか」

 

ラウラが耳をほじくりながら投げやりに答える。キャラ崩壊どころではないが、もはやどうでもいい。

 

「で?どうするのだこの酢豚。捨てるのか?」

「そんなわけ無いでしょ。勿体無い」

 

鈴が鼻息荒く憤慨する。

 

「だいたい日本の連中は食べ物を粗末に扱いすぎるのよ。ダイエットだか何だか知らないけどさ。ここの食堂でも毎日捨てられる食事の量知ってる?全く嘆かわしい。食事制限したところで結局豚は太るつーの」

 

お前は誰と戦っているんだ。ラウラは世の女性に喧嘩を売っている相棒を不思議そうに見た。

 

「そういうわけで、ここは酢豚丼にしましょう。ご飯の上にかければ大抵は問題なくなるからね。ねぇラウラご飯よそってくれる?」

 

コイツの食い方が一番酢豚を侮辱していないか?とラウラは思ったが、素直な彼女は言われたとおりドンブリ茶碗にご飯をよそった。鈴はそれを受け取ると、ためらうことなく酢豚をぶっかけた。

 

なんだろうこの胸騒ぎ……。もしかして一夏に何かが?鈴は酢豚丼を見つめながら、幼馴染を想う。

一夏どうか無事でいて……。

鈴は神妙な顔でそう願うと、酢豚丼を豪快に口へと運んだ。

 

 

 

 

 

酢豚娘の嫌な予感は的中していた。現在彼女の想い人の織斑一夏はとんでもないことになっていた。酔った勢いで、とある二人の少女の友情をピンチにした上に、今は壁ドンの真っ最中である。更には『志村後ろー!』の状態である。

 

彼の親友、五反田弾は今までの人生について思いを馳せていた。これまでの経験から、この流れはマズイ。とんでもない二次被害が出る。主に自分が。

 

なんでいつもこうなるんだ、と弾は泣きたくなる。そりゃ今回に限れば原因は自分かもしれないが。

トホホ……と弾は能面の少女からのプレッシャーに怯えながら、親友を見た。

 

 

「のほほんさん……」

「おりむーだめだよ。かんちゃんに悪いよ……」

 

この期に及んで悪魔の誘惑に抗おうとする心意気に弾は喝采を送りたくなった。顔を赤くし、目を潤わせながらも一夏の狂気の魅了から必死に抵抗する少女は、どこか神々しささえ感じられる。気を抜くと惚れてしまいそうになる。

 

……嘘です。ごめんなさい虚さん。

 

弾が脳内で一人ツッコミを入れる中でも、我らが一夏は止まらない。本音の髪に、さりげなく自然に梳かすように手をやる。

 

「のほほんさん、簪は関係ないだろ?」

「え?」

「俺はのほほんさんの……君の気持ちを聞きたいんだ」

「お、おりむー」

「簪の友人でも、使用人でもない。布仏本音という一人の人間としての気持ちを」

「あぅ……」

 

あ、あの野郎……。

弾は親友のスケコマシぶりに色んな意味で震えた。耳元で囁くように声を吹きかけてやがる。そしてさりげなく彼女の逃げ場を塞いでいく。甘く、真摯な言葉で。

つーかアイツ本当に酔ってんのか?と弾は一瞬彼の正気を疑ったが、すぐに納得する。普段の「コイツ病気か?」というくらいの女性限定の鈍感ぶりを知っているからだ。

 

酒って恐ろしいなぁ……弾は改めて思った。もう絶対飲まないでおこう。

 

「はう!」

だが、そこで弾の大事な菊門が「キュッ」と引き締まる感じがした。能面少女のプレッシャー増したのだ。その恐ろしさに弾の身体の様々な部分が縮こまる。

 

「やべーよ一夏……」

弾は小さく呟く。この恐ろしいプレッシャーも、お互いしか見えていない男女は気付いていない。故に不安しか感じない。だが今一夏を止めようものなら、即時にあの鉄拳が叩き込めれるだろう。あの痛みを思い出し、弾は震えた。

 

どうしよう……。

かといって、このまま何もせずカップル成立を眺めているのも違う気がする。不意に脳内に、怒り狂った蘭にタワーブリッジをされている光景が浮かんだ。これは未来への予知だろうか?弾はまた泣きそうになる。

 

進むも地獄。進まぬも地獄。マルチBADENDシステムじゃねーか!クソゲーなんてレベルじゃねーぞ!

弾は絶望する。どうしていつも自分だけが貧乏クジを……。

 

「おりむー。私、やっぱりかんちゃんを裏切れないよ……」

 

「へ?」

弾は思わず呆けたように呟いた。少女は尚抵抗しようとしている。なんという意思の強さか。

 

「のほほんさん」

「おりむー気づいているんでしょ?かんちゃんの気持ちに」

「……今、簪は……」

「関係なくない!かんちゃんは私の大切な友達なの!おりむー、おりむーは……!」

「のほほんさん……」

「わたし、かんちゃんには幸せになって欲しいの」

 

空気の変化に弾は一転居心地が悪くなった。

そうだ、あの少女は既に誤解から親友との仲がこじれてしまったのだ。だからこその責任感か。それとも彼女が持つ本来の優しさか。

ごめんなさいと再度頭を下げる。本当に自分らはクズです。

 

だが、ここでも将来の夜王候補の一夏は弾の思いもよらぬ行為を見せた。

 

「えっ。おりむ……」

一夏は本音を有無を言わず抱きしめた。髪を撫でながら包み込むように。まさにど真ん中直球勝負である。

しかし何時の世も、女性とは最後は直球に弱いのである。小細工など必要ない。ありのままぶつかるべきなのだ。

 

 

 

但し!しつこいくらいだが、こういう行為が許されるのは『イケメンに限る』のだ!お顔に自信のない方は決して安易にマネしないように!道を聞いただけで変質者扱いされる昨今、ブタ箱にぶち込まれても責任は負いません。

 

 

 

「い、一夏さん。アンタって人はぁ……!」

弾にしても一夏の行動は予想を斜め上に行っていた。まさかここで抱擁攻撃に入るとは。けどアイツこんなことして明日からの学園生活どうするんだ?

 

「のほほんさん。俺は本気なんだ」

「あ、ああぁ……」

「ずっとこうしたかった。ずっとのほほんさんをこの胸に」

「わ、わたし……」

「俺はずっと君のことを想っていたんだ……」

 

嘘付け、どの口で言いやがる。酔った勢い100%だろうが!

弾は身体中、内臓に至るまで丁寧に掻き毟り、絶叫したい気分に駆られた。もう聞いていられない。

 

一夏、お前何なんだよ……。

弾は頭を抱えながら織斑一夏という人間のことを考えた。酒はその人間が隠し持つペルソナ、人格を引き出す力もあるという。普段の朴念仁の親友にこんな一面があるなんて弾は考えたくなかった。全ては酒のせいだと。一種の気の迷いだと信じたかった。

 

「おりむー。私……わたし……」

「一夏って呼んで」

「え?」

「ちゃんと名前で呼んで欲しいんだ。……本音」

「おりむー。おり……一夏、君」

 

オーマイガー。チェックメイト。

弾は現状を悟った。彼女は今度こそ完璧に陥落(おち)た。

 

一夏が本音の顎先を軽く掴み、上に向けさせる。本音は少しだけ戸惑う仕草を見せたが、すぐに目を閉じて、一夏に身を任せた。

 

嘘だろ?ちょっと待て一夏!

弾は悪魔の所業に恐怖する。幾ら何でもそれはやり過ぎだろう。ヤバイって!

 

弾の脳内に、憤怒の魔人と化した鈴にチョークスリーパーをされる予知も追加された。自分の死亡推定率はこれで二桁を突破したかもしれない。

 

絶望に震える弾に一夏が一瞬振り返る。

『ニヤリ』と笑みを浮かべる一夏に、弾は恐怖した。コイツは悪魔だ、鬼畜だ。これが人間のやることかよ!

 

弾はゴクリと唾を飲み込む。でもちょっとだけ見てみたい……。

しかしそんなゲスな思考を砕くように、能面少女からプレッシャーは限界を超えた。その恐怖に弾の後ろだけではなく、前の方からも何かが漏れそうになる。

 

思わずパンツの心配をするアホを置き去りに、この場が動いた。

 

シャルロットがゆっくり歩き出した。相変わらず無表情のままで。

弾は固まった。相変わらずガタガタ震えながら。

一夏と本音は既に二人だけの世界に入っている。

 

 

 

今まさにIS学園の校門前では、少年少女の恐るべき修羅場を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





以下のキャストでお送り致します。

ラウラ・ボーデヴィッヒ……何をしても「ラウラなら仕方ない」である程度許されてしまう特性を持つ。キャラアンチが多い中、初登場時の行いにも拘わらず、ある意味それが一番少ないと思われる得キャラ。正に「可愛いは正義!」を地で行く存在である。

布仏本音……脇役でありながら、ヒロインを喰ってしまうほどの存在感を持つ。先日発売されたゲームでもルートによっては大活躍で、彼女のヒロイン昇格を求める購入者の叫びが木霊した(らしい)「正ヒロイン」とどちらが需要が上だろうか?教えてモッピー。

更識簪……例え伊達でも貴重な眼鏡キャラ。他の濃すぎるメンツと、姉がアグレッシブなせいでどうしても印象が薄くなってしまう可哀想なキャラ。でも大丈夫。このような内気キャラは何だかんだでオタク受けがいい。はずだよね?

西田……IS学園唯一の男の守衛。その風貌と言葉遣いはアレだが、勤務態度は真面目であり、それが高じて学園に派遣された。唯一の男子生徒である一夏を可愛がり、彼の成長を見守っている。好きなAVジャンルは三十路妻。既婚。

セシリア・オルコット……メシマズ。あとケツ、もとい尻。


      スペシャルサンクス

酢豚=凰鈴音。



次回の『織斑一夏は……』でこの番外編も終わる予定です。良かったらご覧下さい。


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織斑一夏は……

鬼畜王一夏の番外編はこれにて終了でございます。

D.D.D(だん・弾・DAN)




弾は昨夜の夕飯について思いを馳せていた。この一触即発の修羅場空間で何を悠長な……と言いたい所だが、結局のとこ人間が最後に逃避するのは、幸せだった身近の記憶であるという。弾はあたかも走馬灯のように昨夜の家族団らんの時間を思い出していた。

 

昨日の酢豚美味かったなぁ……。

 

弾は涙ながらに思い出す。母が作った酢豚の味を。実家が食堂を営んでいるだけあって、日々の食事が下手な店よりも優れていることが弾のちょっとした自慢であった。

 

ちなみに五反田家での酢豚はシンプルイズベスト。パイナップルなぞ入ってない。素材の味だけで勝負している。弾は我が家自慢の酢豚の味を懐かしむように思い出していた。頭が酢豚一色になっていく。

 

酢豚……すぶた……鈴。

 

酢豚のことを考えていた弾の頭に、お呼びでもないのにある少女が浮かんできた。その名は凰鈴音。酢豚といえば鈴。鈴といえば酢豚。すなわち酢豚=鈴。

そんな方式が成り立つ酢豚少女。

 

とまあ急に脳内に割り込んできた酢豚娘が弾の中で声を発した。『馴れ合うことだけが友情じゃない!』と。ああ、そういえばアイツはキン肉アタルの大ファンだったっけ。

弾は頭の中でうるさく喚き続ける少女の声に苦笑しながら、更に昔のことを思い出していた。

 

鈴と出会って間もない頃、まだあまり仲が良くなかった頃のこと。鈴と酢豚について意見を交わしたことがあった。それは『酢豚にパイナップルは必要か?』ということ。

 

料理を営む家同士ということで、譲れない思いは確かにあった。だが歯をむき出しに『パイナップル入り酢豚』の可能性を説く鈴に、自分は呆れるように言ったはずだ。「つまらんことにムキになるな」と。

 

弾にとっては、たいして親しくもない女子と喧嘩腰になる必要は無い、そう思って言った言葉だった。だがそれに対しての鈴のセリフがあのキン肉アタルの名言であった。馴れ合う先に未来は無い。なあなあで済ますことは逃げだと。本音でぶつかるべきなのだと。おそらく当時の鈴はそう言いたかったのだろう。

 

『しっかりしろ!』

 

そんな酢豚娘の声が聞こえた気がして、弾はその身に強い意志の力が宿っていくのを感じた。死んだ魚のようだった目に光が灯り、弾は覚醒する。もはや恐怖なぞない、とばかりに一夏を睨みつけた。

 

そうだ、このまま何もせず震えているだけでいいのか?弾は己に問いかける。

今回の一件の非は間違いなく自分にある。なのに被害者気分で震えたまま起きるであろう惨劇を黙って見てるつもりなのか。このまま一夏の周りの人間関係を歪ませることになっていいのか。何より流れに身を任せて、結果出来上がるであろうカップルを薄笑いで祝福するつもりなのか。それでいいのか?

 

いいはずがない。

弾は己の拳を握り締める。

 

友人の鈴、妹の蘭には悪いが、弾自身は一夏がどんな女性を選ぼうと応援するつもりであった。例え自分の大切な女の子が泣くことになろうとも、そこは一夏の味方になると弾は決心していた。一夏が大切に想う人を見つけたなら、誰よりも祝福してやるのが親友の役目であると思っていたからだ。

 

でも、この状況は違う。今の一夏は酔っ払って我を忘れている状態だ。そこに普段の一夏の意志は感じられない。面白半分に想いを告げようとしている。そんな風にして結ばれたカップルは果たして幸せなのか?それはあの相手の少女にとっても最大の侮辱となるのではないだろうか?

 

『嘘から始まる恋もある』誰かが言った言葉を思い出す。それも一つの形かもしれない。だが弾にとって一夏は普段の一夏でいて欲しかった。朴念仁で鈍感でも、優しいいつもの一夏のままで、誰かに想いを告げて欲しいのだ。

 

弾は一瞬目を閉じると、目に力を込めて再度一夏を睨み付けた。

一夏は本音を見下ろしたまま動こうとしない。後姿で今は何を考えているのかは分からない。だがいずれは間違いを起こすだろう。それだけは阻止しなくては。

 

弾は気合を入れると、大きく息を吸った。もはやパンツの心配など不要。彼は今こそ『超(スーパー)弾』になったのだから。

 

「アチョー!」

 

限界に達しようとしていた修羅場空間に、覚醒した漢の叫び声が響いた。

 

 

 

 

歩いていたシャルロット、身を任せて目を瞑っていた本音がその叫び声に驚いたように目を見張った。彼女達の時間が止まる。唯一、一夏だけがこちらを振り返ることなく、足元をふらふらさせている。それが少し気がかりだったが、弾は構わず両足に力を込めた。

 

一夏、やっぱこんなのは間違っている!

弾は一瞬腰を落とすと、猛然とダッシュする。目指すは一夏、そのイカれた幻想を砕く為に。

 

「ホワタッ!」

妙な掛け声を上げ漢は跳んだ。高く舞い上がり跳び蹴りの体勢に入る。着陸地点は一夏の脳天、それで全て終わらせよう。これ以上、誰かが傷つく前に。

 

最中、シャルロットと本音の唖然とする表情が目に入った。しかし弾はそれに構わず親友を討つべく『鬼』となった。馴れ合うことだけが友情ではない、友が間違いを犯したのなら、拳を交えてでも止める。それこそが真の友情なのだ。

 

……そうですよね、キン肉アタル先生……。

 

一夏は振り向かない。その無防備な脳天めがけ弾の鋭い蹴りが向かう。

 

恨んでくれていいぜ、一夏!

鷹のように鋭い弾の空からの一撃、それが今一夏に叩き込まれようと……。

 

「あれ?」

 

スカッ。

と気が抜けるような擬音を発するかのように、弾のとび蹴りは空を切った。一夏が前方に倒れこむようにかわしたのだ。

 

そりゃないよ、弾はスカされた体勢で思う。今までのカッコイイ前振りは何だったんだ?

 

そしてそのままバランスを崩した弾は、一夏を飛び越えて壁に着陸、というか激突する。ご丁寧にそこには何故か掃除用具一式が積まれており、それは物凄い音を立てて崩れ落ちた。

 

「お、おりむー?」

急に自分へと倒れこんできた一夏に本音が目を白黒させる。

 

「一夏?」

一夏のただごとではない様子にシャルロットが駆け寄る。

 

「あいててて……。あれ?アイツ……」

見れば本音の豊かな胸に顔を埋めるように一夏は気を失っていた。おそらくアルコール耐性が限界を超えたのだろう。弾はガックリとうな垂れた。ホントそりゃないよ。

 

本音もシャルロットも傍から見た、先程の恐るべき修羅場空間なぞ知らないかのように、今は一夏の心配をしている。そして天性のジゴロ王は地に静かに下ろされると、本音には膝枕をされ、シャルロットが心配そうにその髪を撫でている。

 

フザケンナ。弾は血の涙を流して思う。マジでこれが人間のやられることかよ!

ちょっとそこ代われよ、いや代わってくださいよ!こん畜生!

 

 

「こらぁ!ジャリ共!なんつーでかい音立てやがる!」

そこに警備員の格好をしたムサイ男が肩を怒らせて登場した。男の名は西田、最近めでたくこの学園の常在勤務が決定した50間近のオッサンである。

 

「ん?坊主?どうしたんだ一体!」

「いえ、それが……」

「なんだか急に倒れちゃって」

 

横たわる一夏を覗き込んで問う西田に、シャルロットと本音が心配げに返した。弾もブツブツ言いながらも、彼の元に向かう。

 

「ん?このニオイまさか……。おいそこの赤坊主!」

「は?赤坊主?」

 

某バスケ漫画の主人公のように例えられた弾は仰天した。でもその例えはどうだろう。自分はむしろ長髪だっていうのに。

 

「オメェも飲んでやがるな。坊主のダチか?ったく何考えてんだ」

 

ヤバイばれちった。二人の少女からも注目され、弾の鼓動が色んな意味で速くなる。どう言い訳しようか。

 

「しょうがねぇな。嬢ちゃん達!悪りぃーけど運ぶの手伝ってくれや」

「あの、動かしちゃっておりむー大丈夫なんですか?」

「見た感じ急性アルコール中毒の心配はなさそうだ。それに救急車呼んで病院に運ぶわけにもいかねぇだろ。『唯一の男性操縦者、未成年飲酒で緊急搬送!』なんてばれたらシャレにならねーぞ」

「あ。そ、そうですね。でも一夏飲酒って……何考えてんの、もう!」

 

スイマセン。居心地の悪くなった弾が縮こまる。消えてしまいたい気分でございます。

 

「そうは言ってもやっぱ心配だしな。医務室に連れて行こう。俺が担いでいくから、嬢ちゃん達は周りをガードしてくれ。近づいてくる子がいたら、上手く追い払ってな」

「はい。分かりました」

「おりむー……大丈夫かな?」

「んじゃ行くぞ。おい赤坊主!あんまし羽目外すんじゃねーぞ」

 

そうして彼らは学園に入っていった。弾はその背を見送りながら、『一夏は愛されてるなぁ』と感慨深げに思った。同時にやるせない思いも抱いてしまう。具体的には『羨ましいんだよコンチクショー!』という醜い嫉妬を。

 

まぁ、でも何も起こらなくて良かった。平和主義者である弾はそう結論付けると、家路へと歩き出した。アルコールの恐怖が身に沁みた一日だった。でも皆無事で良かった良かった。

 

しかし、ふと恐ろしい予感がまたも弾を襲った。鬼女と化した鈴に責められている光景だ。キャメルクラッチをされ必死に命乞いをする自分の姿がリアルに想像され、弾は頭を振った。

そんなことあるわけない、修羅場は無事過ぎ去ったのだ。弾は自分に言い聞かせるように乾いた笑いを立てると、気分転換にコンビニへでも寄ってこうと、足を速めた。

 

 

 

 

 

 

「う……」

一夏は不快感と共に目を覚ました。吐き気と身体のだるさが酷い。この現状を思い出そうにも、頭の中は霧がかかったようにモヤモヤしている。そもそもここは何処だろうか。

 

「あ。起きた」

その声に顔を向けると、小柄な幼馴染がほっとしたように見つめていた。一夏はゆっくりと身体を起こす。

 

「鈴。……ここは?」

「学園の医務室。ハイお水、飲める?」

「ああサンキュ。……学園?」

「そうよ。シャルロット達が運んできたの。覚えてないの?」

「いや覚えてない。お前も一緒に?」

「ううん。あたしはアンタが運ばれていくのを偶然見て。それで」

「そうか」

「後で皆にお礼言っときなさいよ。シャルロットも、布仏さんも交代でずっと看ていてくれたんだから」

「あ、うん」

 

本音の名前が出てきたことに少し驚いたが、一夏は頷いた。鈴は一瞬微笑んだが、すぐに冷たい目で一夏を見る。

 

「……で、一夏?これはどういうこと?」

「どうって、何がだよ?」

「弾から(強制的に)話は聞いたわ……」

 

鈴の言い方に何故か一夏の背筋が冷えた。

 

一夏の状態を見た後の鈴の行動は素早かった。『一夏がこうなった理由は弾にあるのでは?』と女性特有の恐るべき直感で導き出し、彼に連絡を取った。家に帰らず近くにコンビニで立ち読みをしていた弾は、哀れ彼女に捕獲され、駐車場での制裁の後すべてをゲロったのである。

 

その五反田弾はこの同時刻、店の酒を大量に消費したのが当然の如く家族にばれて大目玉を喰っていた。とはいえ消費したのは主に悪堕ちした後の一夏であったが。しかし弾はこれを己への罰として、一夏の名前は口に出すことなく、ただ祖父からのサソリ固めを甘んじて受けていた。

 

 

一夏はゴクリとつばを飲み込む。ここに至るまでの過程は本当に覚えていない。だが始まりはしっかりと覚えている。親友と酒を飲んだことを。

 

「一夏?」

「いや。ま、待ってくれ鈴!これは……」

 

「あ……」

答えに瀕した一夏に、天からの助けとばかりに本音が部屋に入ってきた。立ち止まって一夏を見つめる。一夏も引きつった笑みを返した。

 

「あ、どうも。ごめん、なんか世話かけたみたいだね、ありがとう」

「え?……うん」

「ホントごめんね。俺、その、頭がどうかしていて。何も覚えてないんだ」

「やっぱり、そうだったんだ……」

 

一夏は『おや?』と思った。浮かない表情、いつもの彼女らしさがない。

 

「体調はもう大丈夫なの?」

「うん。まぁまだ少し気分が悪いけど」

「そっか」

「のほほんさん?」

「のほほんさん、かぁ……」

「へ?」

「……おりむー。本当に何も覚えていないの?」

 

縋るような表情で問いただす本音に、一夏は不安が募っていく。自分はもしかして何かとんでもないことをしでかしたのでは?

 

「ご、ごめん。本当に何も……」

「そっかー」

 

本音は殊更明るく言うと、ニッコリ笑う。

 

「おりむー、悪いけど目を瞑ってくれないかな?」

「え?なんで?」

「いいから」

 

一夏は驚きながらも言われるまま目を閉じる。本音が小さく息を吐いた。

 

 

「ごめんね」

そして、そんな謝罪の後に。

『ぱん』

乾いた音を立てて、一夏の頬が叩かれた。

 

一夏は頬を押さえて、唖然と本音を見る。痛みは特に感じなかった。ただ驚いていた。

 

「これはおりむーへの罰だよ」

「え?のほほんさん……?」

「明日かんちゃんにもちゃんと謝ってね。おりむーにはその義務があるんだから」

「よ、よく分からないけど、分かったよ」

 

一夏がしどろもどろになりながら答える。

 

「もう!本当に、おりむーのばーか」

本音はいつも通りの柔和な笑みを浮かべて言うと、一夏に背を向けた。

 

 

「ばか。……ばか一夏」

 

その声はあまりに小さく一夏には聞こえなかった。ただ彼女の隣に居た鈴には聞き取ることが出来た。小さくても、悲しみを帯びたような胸に響く声。鈴が本音を見つめる。本音はしかしそれ以上何も言うことなく足早に部屋を出て行った。

 

 

 

「何だったんだ?のほほんさん、どうしたんだろ?」

「ねぇ一夏」

「ん?なんだ鈴」

「悪いけど目を瞑ってくんない?つーか瞑れ」

「ハァ?」

「それとしっかり歯を食いしばっておきなさいよ。舌でも噛まれるとやっかいだから」

「ちょ、ええっ!待て、待ってくれ!何で!」

 

一夏の問いに答えることなく、鈴は力をその身に溜めていくように、規則正しい深呼吸を繰り返す。そしてゆっくり拳を引いて正拳突きの体勢に入った。一夏の額に汗が吹き出る。

 

「鈴!落ち着け!せめて理由を……!」

「黙れ!女の敵!」

 

『めきぃ!』

恐ろしい音を立てて、一夏がぶっ飛んだ。

 

 

 

 

 

 

『命短し恋せよ乙女』昔の人は良く言ったものです。

『恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ』蹴られるのはいつの世も、女心を理解しない男であります。

 

 

 

 

そういう訳でIS学園では今日も波乱が起きているようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





この作品はギャグものです。シリアスやダークなドロドロ展開なぞ存在しません(保険)

果てして我らがワンサマが自分から想いを告げる日は来るのでしょうか?そしてその相手とは?期待したいのですが、はっきり言ってそれを知ることなく自然消滅してしまいそうな予感がビンビンです。

時間は誰にでも平等に過ぎて行き……純粋に作品を楽しんでいた少年達も、世間の荒波に揉まれ、穿った見方をする大人へと成長していく。当時は考えもしなかった設定や、ストーリーの粗探しをするようになって……。



ねえビュウ。おとなになるってかなしいことなの……。


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五反田弾は自重しない (上)

誰得は承知ですが、たまにどうしようもなく男の突き合い、もとい付き合いを書きたくなるんですよ。
今回の番外は上下で終わりますので、リストラ編は少しだけお待ちください。


「一夏、俺はもうダメだ……」

「弾?」

 

とある日の日曜、親友からの電話に何気なく出た一夏だったが、相手の絶望の声に驚いた。

 

「弾どうしたんだ?何があった?」

「一夏……」

 

しかし弾は答えず、電話からは微かな弱々しい息遣いが聞こえるだけ。

まさか本当に弾の身に何か?一夏の胸がざわめく。

 

「もう一度聞くぞ、何があったんだ?」

「……ひっく」

 

答えずしゃくり上げるのような擬音を発する友に、一夏は不安が強くなっていく。泣いているのだろうか?

 

「弾!今どこにいる?家か?」

「……ああ」

「今から行く!待っていろ!」

 

一夏はそう力強く宣言すると、電話を切り、そのまま部屋を飛び出した。入っていた予定なんて今はどうでもいい。弾が泣いている、苦しんでいる。ならそれを助けるのが、友である自分の役目なのだから。

 

「一夏~。どっか遊びに……」

「うるせぇ!それどころじゃないんだ!」

 

部屋を出たところに待ち構えていた酢豚ちゃんを一喝して、漢一夏は駆け出す。可愛い幼馴染とのデート?そんなものはクソ喰らえだ!今はただ走れ!

一夏はそう己に喝を入れると、虎となって颯爽と走り去って行った。

 

「あれ?」

そして廊下には訳が分からず、首を傾げる鈴ちゃんだけが残された……。

 

 

 

 

「一夏さー……」

「シャラップ!」

 

本日何人目かのお誘いを男らしく一刀両断した一夏は、ようやく校門まで辿り着き一息をついた。全くここに来るまで一体何人から遊びの誘いを受けたことか……。酢豚から始まり、仏蘭西、軍人、会長、その妹、そして尻。……ああ、あとモッピーも。

 

我ながら今の環境が怖い。何で外に出るまでの間に、門番の如く奴等は待ち構えているんだ?一夏は身を震わすと、校門を潜り魔境から出る。不思議と感じる開放感が少しだけ心地よい。

 

「坊主、お出かけか?嬢ちゃん達は一緒じゃねぇのか。」

「西田さん」

 

ムサイ男のニヒルな笑いに、一夏は苦笑を返す。

その男は警備員の西田、既婚。だが最近嫁に内緒で隠し持っていた、大量のエロDVDがばれて家から追い出されている、という根も葉もなき悲しい噂が流れている、50間近の男である。

 

「全くいい天気だよなぁ。絶好のお出かけ日和だぜ」

「そうですね……」

「どうした?冴えないツラしやがって」

「……西田さん」

 

一夏はそこで抱えていた思いを西田に話した。親友が電話口で泣いていたのだと、苦しんでいたのだと。そして自分はそれを何とかしたい、ということを。

 

西田は黙って話を聞いていた。目を閉じて迷える少年の悩みを受け止める姿からは、年季の入った渋い男の姿が充分に醸し出されていた。

そして一夏の話が終わると、大きく息を吐いて、悩む少年に笑いかける。

 

「……行ってやれ坊主」

「はい……!」

「『男なら泣くな!』そう言うヤツもいる。だがな男だって泣きたい時はあるんだ。そんな時傍にいてやるのはダチの役目なんだよ」

「ええ!」

「俺もな、かーちゃんにお宝を没収されて、更には家からも叩き出された時は泣いたよ……。途方にくれて、惨めで。そんな時助けてくれたのはやっぱりダチなんだよ。苦楽を共にした俺のお宝……大切な三十路妻クレクションの死を一緒に嘆いてくれて、一晩中酒に付き合ってくれたんだ……。ぶっちゃけ今もそいつの所にやっかいになってる」

「ええ?」

 

あの噂は本当だったのかよ……。

一夏は情けなさMAXの男の姿に、抱いていた年上の男への想いが崩れていくような気がした。

やっぱこういうおっさんにはなりたくない。ダメ!ゼッタイ!

 

「……じゃあ、俺行きます」

「ああ。行って来い!ダチを大切にしろよ」

 

そして年だけは無駄に入ったエロオヤジの激励を背に少年は走り出した。友を救う為に、助けとなる為に。

ダメオヤジはそんな少年を見送りながら思う。坊主、それが青春ってヤツだと……。

 

そうして男たちの想いは、多分交わることなく別れた。

 

 

 

 

 

「弾!」

「お~きたか、イケメンさんよぅ」

 

酒臭さに一夏は思わず鼻を摘む。友を救うため、懸命に走って来たメロス一夏を待っていたのは、見事な酔っ払いの姿だった。

 

「お前、酒飲んでいるのか?」

「ひっく、そーだよ悪いか?飲まなきゃやってられねーんだ!」

「弾……」

 

酒に逃げるダメ人間の姿に、一夏は唇を噛み締める。

どうしちまったんだよ弾。お前はそんな弱いやつじゃないだろ!……多分。

 

「蘭やおばさん達は……」

「法事があって昨日から親戚の家に行っている。俺はテストも近いから遠慮したんだがな。けど、こんなことになるんなら、面倒でもついていけば良かったぜ」

 

辛そうにため息を吐く弾を見て、一夏の胸もズキンと痛む。

 

「まぁ上がれよ。茶くらい出すぜ」

弾はそう言って一夏に部屋まで行くように促すと、奥へと消えていく。一夏はやるせない想いでそれを見送ると「おじゃまします」と後に続いた。

 

 

 

「で?……何があった?」

弾の部屋で、出されたコーラを片手に一夏が厳しい眼差しで問いかける。

 

「へっ、何でもねぇよ」

「何でもなくないだろ!電話で泣いていたじゃないか」

「えっ?いや、マジで泣いてないけど……」

 

キョトンとした顔で答える弾に、一夏の方はスフィンクスのような顔になる。

なんだそりゃ?じゃあ聞こえたしゃくりあげるような声は、ただの酔っ払いのしゃっくりだったというのか?ふざけんな。

 

「でも、そうかもな。確かに泣いていたかもしれねぇぜ。俺の心、魂はな……」

 

何言ってんだコイツ?

一夏は弾のキザな台詞にそう思ったが、すぐに頑張って神妙な顔を作る。

 

「なぁ弾。話してみろよ、話すことで少しは楽になるかもしれないからさ」

「虚さんが男と歩いていた」

 

話を振ってやるとあっさりと答えた弾に、一夏は一瞬呆気にとられる。だがすぐに思考を取り戻すと、親友の言った意味を考えた。

虚さんが男と?マジか……。

 

「あー。そりゃまた……。でもお前の勘違いってことは?」

「俺も昨日街中で偶然見ちまった時はそう思ったさ。これは何かの間違いだと。だから急遽破けたジーンズとバンダナを巻いたスパイとなって、二人の後を追ったんだ」

「はぁ。そ、そうですか」

「そしたら、そしたら……ちきしょう!」

 

急に悶絶し始める弾に、一夏までが胸にモヤモヤが広まっていく。虚とは生徒会の仕事で何度も顔を合わせている仲であり、真面目で丁寧な物腰には、憧れのような思いも抱いていたからだ。

そんな女性が、高そうな車の横でキスでもおっぱじめたというのか?一夏はゴクリと唾を飲み込む。

 

「……お熱いチューでも始めたと……?」

「んな訳ねーだろ!一夏テメェ虚さんdisってんのか?」

「えー?」

「彼女が公共の場で、そんな童貞には地獄のような真似をするかよ!ただ親密そうに歩いていただけだ!」

「あー悪い」

「歩いていただけだよ。歩いていただけ……。楽しそうに、親しそうに……うぉぉーん」

 

急に泣きはじめる友を見て、一夏の胸に別の不安が広がっていく。

コイツは今情緒不安定に違いない。優しくいこう、人に優しく。

 

「辛かったろうな弾。よく頑張ったよ」

「い、いちかぁ~」

 

ヒシと抱き合う少年二人。弾は幼子のように涙にぬれた顔を、一夏の逞しい胸に摺り寄せた。

酒臭ぇなぁ、一夏は見えないように顔をしかめる。

 

「でもな弾。俺はそれでも、虚さんはそんな裏切りはしないと思うぞ」

一夏が優しく背中を叩いて、友を激励する。

 

「虚さんの家系が普通とは少し違うのは知っているだろ?楯無さ……ある一族に仕えるために、俺たちの想像も出来ないほどのことが多分あるんだよ。沢山の仕事がさ。だからその一緒に歩いていた男の人も、きっとそれ関係なんだよ」

 

一夏は静かに続ける。

 

「だから信じてやれよ。彼氏のお前が信じてやれないで、誰が信じてやるんだ?」

そして弾をそっと引き離すと、優しく微笑みかけた……。

 

 

 

「彼氏?誰が?」

「え?」

 

唖然とする一夏。先ほどの男臭い桃色空間が綺麗さっぱり吹っ飛ぶ。

 

「付き合ってないの?お前と虚さん」

「ねぇよ!それだったら完全な浮気じゃねーか!」

 

なんだそりゃ。一夏は急にやる気が無くなっていくのが自分でも分かった。

じゃあ別にお前があれこれ言う権利なんて無いじゃないか。

 

「でもその男ってのが、これまたイケメンでさぁ!しかも出来る男って感じでよぅ~」

反対に弾のほうは酒の力も加わってヒートアップする。一夏は急に帰りたくなった。

 

「カッコつけてスーツなんか着やがって!しかも偉そうに眼鏡までかけてんだぜ」

……お前の中ではスーツを着たサラリーマンはみなカッコつけで、眼鏡の人はみな偉そうに映るのか。

 

「笑い方がまたキザっぽいんだよ!余裕のある大人の男って感じがさぁ!」

……大人の男。少なくとも西田さんのような駄目エロオヤジではないんだろうな。

 

「ルックスも、見た感じのインテリ度も、大人としての包容力も……おそらくアッチのテクニックも完敗だ……!そんな俺がどうやって虚さんを取り戻せるって言うんだ?一夏さんよぉ~」

「あきらめろ」

 

一夏はヤケクソ気味に呟く。しかし酔っ払いは基本人の話なんて聞いていない。

弾ではなく、DANとなった親友の愚痴を聞きながら、一夏は人の優しさについて考えた。

 

 

 

 

「でよぉ~。俺はどうするべきかと思うのよ、新しい春を見つけるか否か。でもな~」

 

それから一時間。DANの愚痴は止まることを知らない感じだった。

優しい一夏はそれでも最初は、諭したりするなど試みていたのだが、何度も言うが酔っ払いは人の話なぞ聞かないし、ぶっちゃけ相手に意見なんざ求めてはいない。彼らに必要なのは正論を返してくる相手ではなく、ただ相槌をうってくれる者、若しくは何も言わずに黙って聞いてくれる人間なのだから。

 

そして愚痴というのは、話しているほうは楽しいかもしれないが、聞いているほうはちっとも楽しくなど無い!何が楽しくて人様の勝手な思いを延々と聞かせされなければならないのか。

 

 

とはいえ、これは誰しもいずれは通る道。近い将来上司のオッサンに『人生教訓』と称して飲み屋で延々と語られる日が来る方も多いだろう。そんな時嫌な顔をしたり、反論しようものなら一大事である。オヤジはそういう事には厳しいし、根に持つ生き物なのだ。

 

という訳で日本を支えるサラリーマンを目指す方は、今のうちに耐性を付ける努力をしておきましょう。

 

 

しかし我らが一夏は、まだ高一の今をときめく16歳。そんな先のことなど知らないし、どうでもいい。そして確かなのは延々と続く親友の愚痴に、更にはこちらの話を聞かないバカモノに、耐え切れなくなってきたということである。

それならいっそ帰ればいい、と自分でも思うのだが、そこは一夏の持つ優しさだった。こんな状態の親友を放っておくことは出来なかったのだ。

 

「おい一夏ぁ、聞いてんのかぁ~」

「聞いてるよ」

 

投げやりにDANに言うと、一夏は手持ちのコーラを勢いよく煽った。ホント飲まなきゃやってられない。

 

「一夏!そういやあれだ、あれ、お前も酒飲むアルヨ」

「ハァ?」

 

随分とラリって来た親友に一夏が呆れて返す。

 

「馬鹿か。未成年は本当は……って、そういやお前、あの一件で酒は懲りたんじゃなかったのか?」

「んー?何のことだ?」

「え?いや、お前……」

「いいからいいから。そんなことよりグーっといけよ!」

「おい弾」

「んだよ一夏。俺の酒が飲めねぇってのか!」

「逆切れすんな」

「あーそうかよ。つまりお前は恋に悩む親友の相手なんかしたくないと。所詮は人事だって言うんだな」

「何でそうなる……」

「なら飲めるはずだろ。そんで苦しみを分かち合ってくれるはずだ。それがダチってもんだ!」

 

無茶苦茶なDAN理論に一夏は閉口する。なんで酒を飲むことが苦しみを分かち合えることになるんだよ。

しかし、そこで西田の言葉が脳裏をよぎった。『友達が悲しみを癒すために、一晩中酒に付き合ってくれた』確かそう言っていたか。

 

一夏はため息を吐くと、DANがしつこく目の前に掲げてくるビールを受け取った。一杯だけ付き合ってやろう。そうすれば一応は納得してくれるだろうし、義理は果たせる。

そして一夏は「プシュッ」という音を響かせ、ビールのブルタブを開けた。

 

一杯だけ、それは酒飲みには禁句の言葉。こうなった時点で負けであるのに……。

人はなぜ学習しないのだろうか……。

 

 

 

 

 

「だ、弾ニキ。も、もう……」

「なんだこれくらいで!まだ序の口じゃないか!」

 

ゴクッゴクッ。

ぶるぶるっ。

 

「だめだァ~もう限界だよォッ!」

「よしっ!思いっきり……あれぇ?」

 

ここにきてようやく、弾の腐った脳みそにデジャブのような光景が思い浮かんだ。

今の今まで忘れていたかつての記憶。恐怖の思い出、絶叫の折檻。悪魔の行為。

 

「あ、ああぁぁぁ……!」

思い出した。思い出してしまった。アルコールの力ですっかり忘れていた。目の前の男の酒癖の悪さを!

 

「お、おい一夏」

急に突っ伏した親友に弾は恐る恐る尋ねる。もはや酔いは一気に醒めていた。

 

「一夏?おい!いち……」

「うっせーチンカス」

 

地獄の底から這い上がるような暗い声に、弾のDANが久しぶりに縮み上がる。それは刻まれた恐怖の記憶。

 

「い、一夏さん。あのぅ……」

「好きな人をどこぞのイケメンオヤジに寝取られただと?情けねぇな!エロゲに出てくる寝取りキャラみたいな外見してるくせに。その長髪はただの飾りか?ああん?」

 

それは魔王の再来。鬼畜王一夏の降臨。

そんな状況で弾が出来ることは……。

 

「ひぃぃぃぃ!」

ヘタレのような叫び声をあげることだけだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




      キャスト

織斑一夏……我らが偉大なるワンサマー。鈍感王子の称号を引っさげ、今日も無自覚に女性を落とす。でも友達思いな優しい男の子である。
『一夏……ごめんなさい。神を(作者)を許して……。ISに出会わなければ、貴方は優しい人達に囲まれて、騒がしくも幸せな日々を送ることが出来たでしょう……』そんな千砂さん、じゃなくて千冬さんの声が聞こえてくる悲劇の少年でもある。
だから皆あんまり苛めないであげて!ワンサマのアンチはゼロよ!……無理だろうな……。

五反田弾……一見チャラ男のような外見にも関わらず、根は純真な妹思いの「ウホッ」ないい男。ある意味見掛け倒し。鬼畜ゲーならおそらく外見に見合った活躍が出来ただろう。ヤツは出る作品を間違えた……。
イケメンか、そうでないかは二次作品によってまちまちである。私は断固イケメンだと思う。

西田……50間近にして、妻の為にジャンピング土下座を取得した、ダメな大人の生きた証人。こうなってはいけない、というのを体を張って一夏に教えている人生の反面教師。
『浮気は男の甲斐性』などというヒデー言葉があるが、女性によってはそれが人間でなくとも当てはまる場合があるので注意しよう。

セシリア・オルコット……尻、ちち、ふともも。三拍子そろったお嬢様。でも尻。個人的にISキャラの中で一番膝枕されたいキャラでもある。でも尻。

凰鈴音……酢豚。


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五反田弾は自重しない (中)

人間、たまには毒を吐きたくなる時もあるんです……。




人は過ちを繰り返す。

少しの油断、慢心から何度も同じ絶望を自ら被りに行ってしまう。

これで終わり、今回で最後……何度もそんな免罪符を己に課して、結局は繰り返す。

 

人はアルコールという魔力から逃れることは出来ないのだろうか……。

 

 

 

 

 

「ひぃぃぃぃ!」

弾のヘタレな叫び声が響き渡った部屋で、鬼畜一夏はゆっくりと身体を起こした。首を何度か回して、小さく伸びをする。

 

「おい弾」

「ひぃぃぃぃ!」

「弾」

「ひぃぃぃぃ!」

 

会話にならず、返事の代わりに弾は叫び声を上げ続ける。刻まれたトラウマの根は深い。

 

「弾!」

「ひぃぃぃぃ!」

「うるせぇぞ」

「ぐえっ」

 

一夏得意の鉄拳が顔面にめり込まれ、カエルのような鳴き声を発して弾が吹っ飛ぶ。

 

「あぁ~頭痛てぇ」

一夏が頭を抑えて小さく呻く。痛いのは俺の心と顔面の方だ、弾は泣き顔で思った。

 

「弾、美味い日本酒はないのか?」

「あの~一夏さん。お酒はもう控えたほうが……ぼくら未成年ですし……」

「弾?」

「持ってきまーす」

 

泣きながら弾は台所へ走った。

 

 

 

 

「くそっ!あの悪魔め!畜生め!鬼畜!タラシ野郎!最低童貞!」

台所で祖父秘蔵のお酒を引っ張り出しながら、弾は一夏の文句を言いまくっていた。このままではマズイ。またも自分がヤツにボロボロにされる予感がビンビンだ。

 

「どうしよう……」

頭を抱える。とはいえ自分ではあの鬼畜王には敵わない。どうにもしようがない。

 

「ん?」

そこに鳴り響く携帯のメール音。確認すると思わず「あっ!」と声を上げた。

 

『もしかして一夏と一緒?』

そう書かれた文面、鈴からだった。そうだ、鈴だ!流石にあの鬼畜も鈴の前ではその凶悪性を発揮しないはずだ。

でも、不味いのは鈴にまた酒を飲んだ行為がバレてしまうということだ。前回彼女から受けた折檻を思い出し弾は震える。もういやだ!あのキャメルクラッチを喰らうのは……。

 

「おい!おせーぞ弾!」

「ひぃぃぃぃ!」

 

遠くで大声で呼ぶ一夏様に弾はヘタレな声を上げると、大慌てで携帯を操作する。

もはや猶予は無し!あの鬼畜に殺されるよりマシだ。弾は自分の命運を託し、鈴に急いでこちらに来るように返信した。

 

 

 

 

「要はお前はヘタレなんだよ」

あれからどのくらい経ったのか……。弾は適当に相槌を打ちながら、一夏の説教を聴いていた。

 

「強引に行けゃいいんだよ。おままごとみたいな事してっから、どこぞのオヤジに取られるんだ」

「はぁ」

「世の不良みたいのが何でモテるか知ってるか?女を強引に有無を言わさずモノにしようとする強さがあるからなんだよ。女ってのは心ではそういう引っ張ってくれる強さを男に求めているんだ」

「はぁ」

 

弾は思う。なんでよりによってこの世紀末鈍感男に、男女のあれこれをレクチャーされなければならないのか。

 

「行動もしない、告白もしない。そんな草食野郎が都合よく女から好かれるのは、おめでたいアニメの中だけだぜ。わかってんのか?弾」

なんだろう。その通りかもしれないが、納得できねぇ。お前には言われたくない。

 

「攻めろよ!その長髪は飾りなのか?好きならなんでベストを尽くさないんだ!」

「いや、そう言われましても……」

「女なんて少し強引に行けば勝手に落ちてくれるんだよ!」

「そりゃお前がイケメンだから……」

「バカヤロウ!」

 

パーン!という音を響かせ鬼畜一夏に横っ面を叩かれる。コイツ人を何だと思ってんだ?

 

「本当にいいのかよ?この瞬間にも虚さんが、そのオヤジの上で腰を振っているのかもしれないんだぞ」

「やめろ!そういう事言うの止めて!マジで……」

「くやしくないのか?イケメン相手には無条件で降伏か?お前の想いはその程度なのか!」

 

熱血教師一夏の台詞に弾は震える。そうだよ、俺の想いはそんな程度のものだったのか?

否!そうじゃない。

 

「一夏……俺間違っていたよ……」

弾の悔恨の言葉に一夏は神妙な顔で頷くと、日本酒の入ったコップを一気にあおった。

ゲェーフ、というゲップ音が響く。

 

「弾もう一度聞くぞ。くやしくないのか?」

「……やしいです」

「声が小さい!」

「くやしいです!超、くやしいです!」

 

一夏は弾の魂の咆哮を聞くと、勢いよく立ち上がった。

 

「よく言った弾!それでこそ俺の親友だ」

「一夏……!」

「勝ちたくないのか?お前は負け犬のまま去るつもりなのか?」

「嫌だ!」

「よし!」

 

一夏は拳を高く上げ、力強く宣言する。

 

「俺はこれからお前を殴る!」

「ああ!……ええっ?ちょっ……」

 

急な展開に弾は訳がわからず思考が停滞する。しかしスクールウォーズに染まった一夏は、そんな弾の心境などおかまいなしに拳を振り回して近づいてくる。

 

「一夏待て!まて待て待って!何で殴んの?」

「歯を食い縛れ!そんなヘタレ、修正してやる!」

「どこのニュータイプだよ!一夏、頼むから……!」

「オラァ!」

 

めきぃ。

既に一発フライングしていた一夏の拳が、再度弾の顔面にめり込んだ。

 

吹っ飛びながら弾は思う。この悪魔め、テレビに影響されすぎなんだよ!

もう嫌やこんなの……。そんな思いと一筋の涙と共に、弾は意識を手放した。

 

 

 

 

 

「……弾。起きなさい」

自分を呼ぶ声に弾の意識がゆっくりと覚醒していく。優しい声、かーちゃんか?

 

「起きてってば!……いい加減怒るわよ!」

声の調子が変わり、弾は飛び起きる。

 

「鈴?」

「おはよう」

 

憮然と腕を組んで見下ろしている鈴に、一瞬唖然とする。どうしてここにいるんだ?

 

「お前なんでここに?」

「アンタが呼んだんでしょーが!」

 

ああそうだった。ようやくハッキリしてきた弾が軽く頭を振る。

 

「ビックリしたわよ。来てみたら何故か一夏が出迎えるし。部屋に通されれば、弾はぶっ倒れてるし」

「ああ、すまん」

「んで?弾、説明して頂戴。どーゆーこと?」

 

そうして鈴が顎でしゃくった先には、変わらず酒をあおっている親友の姿があった。祖父秘蔵のお酒『鬼殺し』の一升瓶の中身が既に半分以上失われているのを見て、弾は呻いた。これで爺ちゃんからのサソリ固めも確定した。

 

「アンタ、また一夏にお酒を飲ませたわね……」

鈴の目が据わっているのを見て、弾はガタガタ震える。嫌!キャメルクラッチはもう嫌!

 

「鈴聞いてくれ。これには深い事情があるんだ!」

「聞く耳持ちません。弾、覚悟はいい?」

 

畜生、結局はお決まりの折檻コースかよ。

弾は絶望し、またも涙を流す。お決まりとはいえ、自業自得とはいえ、あんまりだよ……。

 

「やめろ貧乳」

そんな弾の絶対絶命空間に、冷たい声が響いた。

 

すごい顔で自分を睨み付ける鈴に、弾は必死で首を振る。俺じゃない!そんな命知らずなセリフなんて言いません!

 

「弾じゃねぇよ。俺だよ、お・れ」

「一夏……!アンタ今何て……?」

 

鈴の怒りが一夏に向くのを見て弾はほっと胸をなで下ろす。まさか助けてくれたのだろうか?

でも嫌な予感が消えない。どうしてだろう?

 

「いつも何かあれば暴力に訴えやがって。お前ら人の話を聞くということを知らないのか?」

「一夏!」

「ふん。すぐそうやって凄みやがって。冗談じゃねぇぞ」

「アンタ。あたしが心配して……!」

「心配の押し売りなんていりませーん」

「えーと一夏さん、それくらいにした方が……」

 

鈴を煽りまくる一夏に弾の胃がキリキリと痛む。この流れはマズイ。絶対にマズイ。巡り巡って自分が制裁を受けるパターンだ。

 

「後からしゃしゃり出てくるんじゃねーよ鈴。帰れ」

「な、なによ!あたしだって……」

「あの、一夏さん。鈴を呼んだのは、何を隠そう、不肖この私でありまして……」

 

言い争う二人を横目に弾が小さく進言する。だが誰も聞いてくれない。

そして弾がオロオロしている間にも二人はヒートアップする。

 

「男同士の間に入るな!」

「うるさいバカ!せっかく心配して来てやったのに!人の厚意を何だと思ってんのよ!」

「またきたよ。お前らお得意の勝手な親切の押し付けか?ホント女ってのはこちらの都合なんておかまいなしだな」

「このぉ……!バカ!アホ!朴念仁!妖怪鈍感男!」

「ハッ、ならお前はカオナシならぬ妖怪チチナシだな」

 

弾の額に夏でもないのに冷たい汗が滲み出る。マジでやばい、鈴は一夏の豹変具合を知らないのだ。人格を代えると言われるアルコールの恐ろしさを知らないのだ。

 

止めなければならない。手遅れになる前に!

 

「お前ら!いい加減にしろ!」

「弾は黙ってなさいよ!」

 

しかし鈴に一喝され、弾の決意は早くも崩れ落ちる。そんな様子を見て一夏が鼻で笑う。

 

「ハイハイまたですか。つーか何なのこれ?創作でも、女性の言い合い中に男が口を出すと『『○○は黙って!』』っていうやつ多すぎなんだよ。一回やそこらならともかく、何回も続くとうんざりしてしょうがねぇぜ」

 

コイツは何を言っているんだ?

急に変な電波を受信したようなことを話す一夏に弾は少し心配になった。

 

「鈴落ち着けよ。一夏は今酔っ払ってんだ……悪い」

気を取り直して、鈴の耳元で小さな声で詫びる。そのまま鈴様のお顔を盗み見た弾は恐怖に震えた。八重歯を剥き出しに、それはそれは恐ろしい顔をしていらっしゃる。

 

「一夏もだよ……!何鈴相手にムキになってんだよ」

鈴の元を離れ、一夏の耳元でも同じように囁く。ギロリと睨み付けてくる親友に、弾は久しぶりにパンツの心配をした。

 

トホホ。結局俺はこういう橋渡し的なポジか……。

弾は未だ睨み合う男女の友人を見て、盛大にため息を吐いた。

 

でも、それにしても分からないのは一夏の態度だ。弾は親友を横目に思う。

いくら鬼畜一夏バージョンとはいえ、流石に鈴相手にまでこういう態度を取るとは予想外だった。知らず鈴は別格だと、そう思っていたのかもしれない。

それでも、少し解せない。どうしたんだ?一夏の奴。

 

「ほら一夏。楽しくいこうぜ、楽しく。な?そんな態度じゃ鈴が流石に可哀想……」

「可哀想?……可哀想だと!バカ言え、可哀想なのは俺のほうだ!」

 

取り直すようにした弾の言葉に一夏が怒りの声を上げる。

その声に弾だけではなく、鈴も驚いて目を向ける。

 

「『織斑一夏』であることが、どれほど辛いか分かるか?ああ?分かるのかよお前らに!」

「え、一夏。どうしたんだ?」

「分からねぇだろうよ。誰も彼も人の事情も知らず好き勝手ばっか言いやがってよぉ!」

「おい……」

「俺はスーパーマンでも何でもねぇ!ただの高1の男子だってのに!」

 

一夏のシャウトに弾は鈴と顔を見合わせる。鈴の表情からも怒りが消えて、今はただ途惑いだけが浮かんでいた。

 

「クソッタレが……」

そう呟く一夏の顔を見て、弾は思わず声を上げそうになった。

一夏が、泣いている……?

 

先程とは違う意味で場の空気が重くなり、弾はこの場から速やかに去りたくなった。どこでもいい。ここではない、どこかへ。

 

どうしてこうなった?

そんな思いを胸に抱いて、弾は衝動的に飲み差しのビールを手に取った。

 

『これ飲んで現実逃避しちゃいなよ、YOU!』そんな悪魔の誘惑が頭のどこからか聞こえてくる。弾はその誘惑に必死に抗いながら呟いた。呟き続けた。

 

「戦わなきゃ、現実と……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




終わるはずがまたも私の興が乗って、当初の結末が変わってしまいました。次回に持越しです。

今回のような悪酔いの酒はノーサンキューですが、悪友たちとバカみたいに過ごす時間というのは、かけがえのないものだったと時が経つと思いますね。

かの有名なモヒカン男も言っています「女とイチャつくのもいいが、男と強烈な一発を……」
ま、まあともかく、可愛い子とニャンニャンすることだけが青春ではないということで。


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五反田弾は自重しない (下)

この一夏はフィクションです。
原作の一夏は……優しく思いやりがあって人の痛みが分かる慈愛に満ちた素敵で可憐な天使のようなお嬢様方……に囲まれて幸せに過ごしています。


弾は手に持った飲み差しのビールを名残惜しそうに見ると、それを静かにテープルの上に置いた。酒に逃げるのはやっぱダメだ、今は一夏をどうにかすることに全力を尽くそう。

それがこの現状を招いたことのせめてもの罪滅ぼしだろう。

 

「一夏どうしたんだ?話してみろよ」

「……俺は」

「話すことで楽になる、これはお前が言ってくれたんだぜ一夏。ほら」

 

コーラを新たに注いで手渡す。一夏は難しい顔をしながらもそれを受け取ると、少しだけ口をつけた。

 

「ふぅ……」

そして小さく息を吐き出すと、ゆっくりと語りだした。

 

 

 

 

「なぁ弾。お前はさ、俺の今いる環境をどう思う?」

「うらやましい」

 

一夏の問いに一瞬驚きつつも、反射的に弾は答えた。

 

「うらやましい?なぜだ?」

「なぜってお前。そりゃたくさんの女の子に囲まれて、おまけに世界でただ一人ISを使えて……」

「フン。お前も所詮他と同じこと言うんだな」

 

一夏は侮蔑の目を弾に向ける。

 

「この環境の一体どこがうらやましいってんだ?俺は別にISを学ぶためにあの学園に行こうとしてた訳じゃない!藍越学園に行きたくて受験したのに、それが試験会場で迷った挙句、うっかりISを触っちまったせいで、このザマだ」

「あ、ああ。そうだな」

「それは確かに俺のミスだよ。それは認めるよ。でもたったそんだけのことで、こうなるなんて想像出来るか?俺の行為はそれほどの罪だってのか?畜生」

 

軽く聞き流していた試験会場の出来事だったが、よくよく考えれば僅かなことで随分と道が違えたものだ。

 

「友達からも離され、たった一人で右も左も分からない所に放り込まれたんだぞ……何で俺がこんな目に」

「そんなに現状が不満だったのか?」

 

弾の問いかけに一夏は鋭い視線を返す。その剣幕に思わず弾が仰け反った。

 

「当たり前だろ、大有りだよ!例えば俺が普段住んでいる、つーか強制的に入れられている寮にしてもだ!百歩譲って男が一人の学園に通うのを良しとしても、なんで放課後以降もずっと女に囲まれて生活しなきゃならないんだ!」

「あの、俺からすると結構うらやましい気が……」

「どこがだよ!想像してみろよ、24時間ずっと異性のみに囲まれて生活する環境を!心から落ち着ける場所なんてないんだぞ。女友達を男と全く同じように接するなんて実際は無理だろ?崇高な男の独り遊びさえ、周りの目が怖くて満足に出来ないんだ!」

「うーん、そりゃまぁ……」

「こちとら別に『女の中に男が一人~』なんて童貞臭い妄想する程、困ったことに女に不自由したことねーんだよ!人類の財産たるイケメンを舐めんな!ざまあみろ、世のモテない野郎ども!」

 

弾は小さく「クソッタレ」と呟く。

所詮真のイケメンたる天上人一夏には、彼女が欲しくて堪らない平民の切実な想いなぞ分からないのか。にしてもコイツ自分がモテている、ということを深層心理では理解していたのか?

まさかなぁ。

 

「おい一夏」

「あん?」

「いえ、一夏さん。気付いていたんですか?自分がおモテになっているのを」

「当然だろうが。毎朝鏡見ればテメーの面の良し悪しぐらい分かるだろ普通。それに今まで何回告られてると思ってんだ」

「えぇー?」

 

鬼畜一夏という人格のせいなのか、それとも酔っ払って心の本音を話しているのか弾には分からなかった。

でも、勝手だけど聞きたくなかったなぁ、一夏からこういう言葉は。

 

「鈍感鈍感みな責めるけどよ。女の園の中で生きるしかない身としては、多少そうやって耳を塞がないとやってらんないことも多いんだよ……」

「そうか。……それは確かにそうかもなぁ」

 

女性の一挙一動にドキマギする、自分のような非モテ男がそこに行ったら発狂するかも知れん、弾は小さく震える。だとしたら、一夏の少し度が過ぎた鈍感も生きていく為に身に着けた術なのだろうか?

 

いやそれは無いな。うん絶対ない。

 

 

しかしホント何でこんな流れになったのだろうか。当初は自分が愚痴を聞いてもらいたかったはずなのに。そう言えば自分の悩みごとは何一つ解決してない。……虚さん……。

 

「弾、おかしいか?俺がこんな風に愚痴るのは」

思っていたことを見破られたようで、弾がドキリとする。

 

「……いや?別にそんな事ねぇよ一夏」

「俺だって」

「え?」

「俺だって偶には愚痴りたい時もあるんだ……。愚痴らなきゃやってらんない事も」

「あ、おい一夏。もうそれ以上は……」

 

そうしてまた『鬼殺し』に手を伸ばす一夏を、弾は止めようと腰を浮かしかけたが、すぐに下ろした。怖かったわけではない、一夏の横顔が何故かとても寂しげに見えたから。

 

弾がどうしようかと視線を外に向けると、目の片隅に少女の姿が入った。そういえば一夏の姿に驚いていたせいで、鈴の存在をすっかり忘れていた。

横目で鈴を盗み見ると複雑そうな顔をして一夏を見ている。正直こういうことを想い人の口からは聞きたくないだろう、弾は今更ながらに鈴に申し訳なく思った。

 

「ねぇ弾」

何か声をかけるべきかと考えていると、鈴の方から突然小さな声で話しかけてきた。

 

「へ?ああ、なんだ?」

「あたしちょっと買出し行って来るわ」

 

買出し?意味が分からずキョトンとする弾に、鈴が小さく笑う。

 

「お腹減って無い?何か作るからさ」

「いいって、お前がそんなことしなくても。俺の都合で呼んじまったのに」

「気にしないで。何か食べたいものはある?」

「いや特にないけど。おい鈴」

「じゃあ待ってて、適当に食材買ってくるから。……それと一夏の話聞いてあげてね」

 

そう寂しげに笑い、一夏を軽く一瞥すると鈴はこの場を去って行った。

 

 

 

 

「あれ?鈴は」

「……メシ作りに行ったよ」

「けっ、どうせ酢豚だろ」

 

未だやさぐれる一夏に弾は顔を曇らせる。酒飲みに品格なぞ求めてはいけないが、普段とのギャップが激しすぎる。これじゃ唯の嫌なヤツだ。

 

「一夏お前なー。鈴に対してはそーゆー態度取るなよな」

「うっせー。学園で毎回毎回酢豚食わされてる俺の気持ちが分かってたまるか」

「えっ、お前酢豚嫌いだったか?」

「好き嫌いじゃなしに、アイツあれしか作らねーんだよ。いくら美味しくても毎回食わされれば、普通飽きるだろ?かといって食べないと何故かメッチャ怒るし」

「うーん。そりゃなぁ」

 

鈴にとっての酢豚が、どれほどの意味を持っているのかを多少知っている身としては、何とも言えないもどかしさがある。でも一夏からすれば毎回同じ物を食わされているに過ぎないか。

 

「鈴だけじゃねぇよ。セシリアには毒入りサンドイッチを食わされるし、箒は和食、シャルも何だかんだでよく料理を作ってくるし、最近は簪も……」

 

よくもまあ次から次へと女の名前が出てくるもんだ、弾は血の涙を流したい心境で親友の話を聞いていた。

ところで毒入りとは何のことだろう?

 

「一夏、お前は女性の手料理が、世の男にとってどんなに有難いものか分からないから、そんなこと言えるんだぞ」

「分かってないのはテメェの方だ!セシリアに毎回笑顔で殺人料理を振舞われる俺の辛さが分かるか?箒も食べなきゃあからさまに不機嫌になるし、シャルや簪は悲しそうな顔するし……。結局その都度愛想笑い浮かべて胃に押し込んでんだよ!」

「左様でありますか」

「そもそも俺は料理を含めた家事全般が出来んだよ。だから別に有難みは感じねぇっつーの」

 

うーん。そう言われて改めて思う一夏の女子力の高さよ。一家に一人欲しいレベルだ。

 

「なのにアイツらは毎回『自分はこんなにしてあげてる』っていう態度なんだぜ。『私たちはこんなに尽くしてあげている、だからそれに応えろ』ってな。……言葉に出されなくとも、そう感じるんだよ」

「『私はパンを焼いてあげました』ってやつだな」

「はぁ?何だよ弾、それは」

「まぁ、なんだ。パンを焼いてあげたんだから、そっちも同じようにパンを焼いて返してくれと。つまり好意には好意を以って返してくれということだ」

「ふん」

「一方でそこに見返りや願望が含まれている時点で、本物の愛とは違うのでは?という意味も含んでいる」

「へぇ。弾のくせに中々深いこと言うじゃないか」

 

余計なお世話だ朴念仁。弾は心の中で悪態を付く。

まぁ某エロゲの有名なセリフであることは黙っておこう。

 

「……まぁそんな訳で時々アイツらが重く感じる時がある」

「そうなのか……」

 

傍目には光り輝くパラダイスのように映る一夏の環境。しかしそこに同時に存在する闇を思い、弾は少し寒気がした。

モテる男というのも、それはそれで大変なんだなぁ。

 

「それにラウラもだよ……。何回注意しても無防備にベッドに入ってきやがって!夏なんか特にお互い薄着だから大変だったんだぞ……。一度マジで理性がヤバくなった時があった。寸前で思いとどまってトイレに駆け込んだけどな。でも、ちくしょう!あの時ラウラで抜いちまったっていう半端ない罪悪感は、未だ俺の中から消えないんだ……!」

 

弾がモテ男のあり方について考える間にも、一夏の更なる愚痴は続く。

 

「それよりも問題なのは楯無さんだよ!何だよあの痴女は!毎回際どい格好で遊び半分に誘惑してきやがって!気持ち的に寸止め繰り返される男の苦悩も知らずによぉ!あの耳年増処女が!」

「お、落ち着いて一夏さん」

「それに変に乙女な所もあるから始末に終えない。可愛いって思うとこもあって、それが余計に俺の煩悩を刺激するんだ……。もうインザトイレでの賢者タイムはウンザリだってのによぉ……」

「一夏……」

 

更に新たな女性の名前が出てくるが、もはや弾には羨ましいという思いは消えていた。

 

「あの学園で誰かに手を出そうものなら、それで人生終了なんだよ……。ゲームオーバーなんだ……」

 

弾はうなだれる一夏の肩に無言でそっと手をやった。

確かにそうかもしれない。もし一線を越えてしまえば、当然関係は変わる。隠し通していけるほど自分たちは大人ではないし、当然周りにもバレてしまうだろう。

 

その先に待っているのは……。

弾は身を震わせる。アイドル一夏君が誰かと結ばれるのを、祝福してくれる人だけとは限らない。嫉妬、憤怒が渦巻き、また女性特有の陰険さが出てくることもあるだろう。まさに『愛しさ余って憎さ百倍』というやつだ。

 

しかも、もしそうなっても一夏には逃げ場が無い。唯一の男性操縦者として家に逃げ帰ることも助けを求めることも出来ずに、女尊男卑の風潮の中、強い女性たちに文字通り『囲まれて』生活するしかない日々。

 

弾は急に目の前の親友が哀れな獲物ちゃんに思えてきた。檻の中、みなが牽制しつつも、我先にと美味しいご馳走を狙おうとしている。ヨダレを垂らす肉食動物の視線を受けて、哀れに震える獲物ちゃん一夏。

 

そんな日々を後二年以上もか……。

それはそれでキッツイなぁ。

 

「一夏。……飲めよ」

もはや何も言うまい。弾は脇に置かれた清酒『鬼殺し』を静かに手に取った。

 

「弾」

「辛いよな」

「ううっ……」

 

一夏が俯き、小さく嗚咽を漏らす。

 

「俺だって、俺だって普通の高校生らしい毎日を過ごしたかった!お前や数馬らとバカやって、アホみたいに笑って……例え変わり映えのない毎日だとしても!俺は、おれはぁ……!」

 

一夏の悲しみの叫び。それに対して弾はおかんのように背中をさすってやった。

そしてそっとコップを手渡す。

 

「ほら一夏」

「弾……。俺は……」

「酒ってのは、辛い想いを忘れるために飲むんだぜ。さぁ」

 

一夏は親友から注がれた酒を受け取ると、それを一気にあおった。そして満足そうに息を吐くと、そのまま返す形で弾のコップに酒を注ぐ。

 

「ああ。飲もうぜ弾!」

 

そして満面の笑顔を親友に向けた。

 

 

 

酒を片手に、止め処なく話し続ける一夏の無駄話やら愚痴やらを聞きながら弾は思う。鈴が戻ってきたら、また大目玉を喰らうかもしれない。いや絶対喰らうに違いない。

でも、それでもいい。溜まったものを吐き出すのにも、勇気がいる時もある。一夏の苦悩などは、お気楽に生きている自分には計りようがないが、それでもその思いを吐き出すことで少しは楽になるのなら、それはきっといいことなのだろう。

そして、その聞き手となるのは、おそらく今の所自分にのみ許された親友としての特権なのだから。

 

「何だよ弾。何ニヤニヤしてんだ」

「一夏。乾杯しようか」

「はぁ?何にだよ?」

 

弾は「うーん」と唸る。口に出しただけで、何も考えていなかった。少し感じて来た空腹感を思い、鈴のことを考えた。

鈴に乾杯か?いやアイツの何を祝うってんだ?……どうでもいいか。

 

「……酢豚についてでいいんじゃね?」

「なんだそりゃ。まぁいいや、コップ持てよ弾。ほんじゃ酢豚に……」

 

『乾杯』

 

カチャン、とコップが合わさる音が静かに鳴る。

こんな酒も、たまにはいいさ。

 

 

 

 

 

 

「でも、俺ら未成年なんだよな……」

 

目の前でユラユラと小さく波打つ酒を見て、弾は一人呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




当然ながら未成年の飲酒はダメでありますよ。

とゆーことで一夏さん愚痴の話でした。同じ悪酔いでも愚痴る一夏を書いてみたくなったので。
伸びて伸びて申し訳ないですが、次回の『五反田弾は……』で今度こそ終わりです。


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五反田弾は……

飲み会などで、下戸に無理やり酒を勧める風潮に私は断固反対します。


「で?結局こうなったと」

 

帰ってきた鈴は、覗き見た部屋の惨状にただため息をつく他なかった。ビール缶、一升瓶が無残に散らばっており、酒の臭いが充満している。一体どれほどの酒を消費したのだろう?

 

「あのね弾。アンタ限度ってもん知らないの?」

「面目次第もございません」

「ハァ……。それでもう一人のお馬鹿は……ったくもう」

 

弾が指差した先には、一升瓶を胸に抱えて眠っている一夏の姿があった。

酔っ払いのお手本のような姿に、鈴はもう一度盛大なため息をつく。

 

「その、お前が遅いからさ、結局は飲みながら一夏の愚痴を聞くより他無かった訳で」

「あたしが居ない方がいいと思ったのよ。そっちの方が弾に話しやすいかなって」

「あ、やっぱり?」

「でもだからといって、酒を更に飲ませて潰せなんて言ってないわよ!」

「ハハ……そっすね」

 

引きつった顔で笑う弾を見て、鈴は再度ため息を吐いた。

それにしても弾の方は顔こそ赤いが、一夏のようにダウンするような兆候は見られない。実はアルコールに強い体質なのだろうか?

 

「まぁ、それはそうと一夏がこんなにストレス溜まってるとは知らなかったぜ」

「そうみたいね……」

「鈴もさぁ、もう少し思いやってあげられなかったのか?昔からの仲なんだからよ」

「……しょうがないじゃない」

 

弾の非難じみた物言いに、鈴はふてくされたように返す。

 

「いつもの面子に加え、最近はある姉妹まで加わるしさ。正直ヤキモキする思いもあって……。まぁ他の連中も同じだと思うけど。そのせいで最近は皆が皆一夏を拘束し過ぎていたかも知れないわ」

「ふーん」

「あたしはクラスも違うし、やっぱ不安なのよ。昔を共有している強みはあるけどさ、ムカツクけど一夏の周りの子みんな魅力的だし。……一夏が取られるんじゃないかって。皆あたしに負けないくらい一夏を想っているのが嫌でも分かるし……」

 

言ってから鈴は急に恥ずかしくなった。勢いで結構ハズイこと言ってしまった?

俯き加減で弾を伺うが、当の弾は「ふーん」と気の無い声で呟くだけだった。やはり弾のほうも酔いが回っているのかもしれない。鈴はホッと安堵の息を吐く。この瞬間だけはアルコールの力に感謝した。

 

そのまま弾の側を離れ、一升瓶を抱いて寝ているアホタレの所に向かう。格好こそアレだが、表情はまるで無垢な子供のように安らかだった。覗き込んだ鈴の顔に知らず笑みが広がる。

 

「まったく、人の気も知らず幸せそうな顔で寝ちゃってさ」

「こういう無防備な表情に女はやられるもんなのか?」

「うっさい」

 

自分と同じように覗き込んだ弾を一喝すると、鈴は食材の入った袋を困ったように掲げた。

 

「あーあ。せっかく買ってきたのに」

「ちなみに何作るつもりだったんだ?」

「そりゃ酢豚よ」

「相変わらず期待を裏切らない奴……」

「なによ?文句あるの?」

「滅相もございません」

 

鈴の睨みに、弾は降参とばかりに両手を挙げる。

 

「今回は有る無し選ばせてあげようと、パイナップルも買ってきたのにさ」

「パイナップル……俺は無いほうがいいな」

「弾の意見は聞いてないわよ。一夏に」

「ですよねー」

 

弾がガックリうなだれるが、いつものことなので鈴は気にしない。

ホント無駄になったなぁ。鈴は袋を置くと、途方に暮れるように天井を仰ぎ見た。

 

「……パイナップルの有無の選択。つーか選ぶことが出来る幸せか」

「へ?」

 

弾の呟きに鈴が顔を向ける。

 

「いやな、一夏の境遇聞いて改めて思ったわけよ。普段不満ありまくりな俺の境遇もコイツに比べりゃまだマシなのかな?って」

「はぁ?」

「やってらんねーことも多いけど、少なくても俺の人生には強制はないからな。なんつーの?俺の意思決定があるわけだし」

「……一夏が何言ったのかは知らないけど、いくらIS学園でも人の尊厳を踏みにじるようなことはないわよ」

「本当に?」

「……たぶん」

 

流石にそこまで酷くない、と思う。

 

「ふーん。でもあれだ、とにかく鈴ももう少し一夏を気遣ってやれよ」

「うっさいわね、弾に言われなくても分かってるわよ」

「分かってないから今回一夏がこうなったんだろうが」

「そ、それはお酒のせいで……!」

「酒は切欠に過ぎねぇよ。溜まりに溜まったストレスが爆発しただけだ。側に居るのに、気付けなかったお前の怠慢だろ」

「うぅー……」

 

獣のような唸り声を上げる鈴。そんな彼女の頭に弾はそっと手をやる。

 

「そういう友達関係の悩みを分かってあげられるのは、中学を共に過ごしたお前が一番の適任だろうしさ」

「もう!分かったって!」

「ライバルが増えて不安なのは分かるけどよ。そういう面では多分お前が一番リードしてんだぜ?」

「な……!」

 

さっきの言葉、実は聞いてやがったのか!

鈴は真っ赤になりながら、目の前の少年を睨み付ける。無茶苦茶恥ずかしい……。

 

「ま、がんばれよ鈴。俺は応援してるぜ」

そう言ってニヤニヤと笑う弾に、鈴は耳まで真っ赤になるのを感じた。こんちくしょーめ。

 

しかしふと先程の弾の台詞が頭を過ぎった。真っ赤になって震えるだけだった鈴の顔に邪悪な笑みが広がっていく。

 

「ねぇ弾。選択は大切よねぇ?」

「は?」

 

鈴の表情を見て、何を思ったか弾が一歩下がる。

 

「ふふ。あたしは優しいからさ、弾にも選ばせてあげる」

「な、何をだ?」

「なーんか話がずれたけど、こうなった根源の原因はやっぱアンタのせいでしょ?」

「いや、その……」

「このまま上手くごまかせると思った?残念でした!」

 

弾が更に一歩下がる。鈴は一歩距離を詰める。

 

「鈴。落ち着け、落ち着こう!話せば分かる!」

「うふふ。弾、アンタは調子に乗りすぎた……」

「せ、選択。選択とはなんでしょうか?俺が助かる選択はありますでしょうか?」

「キャメルクラッチとテキサスクローバーホールド。どっちがいい?選ばせてあげる」

「マルチデッドエンドじゃねーか!そんな選択あってたまるか!ざけんな!」

「おーけー。つまり両方ね?じゃあ行くわよ」

「聞けよ人の話!……鈴さん?許してくれませんか?」

 

鈴は満面の笑顔を震える弾に向ける。

そして可愛らしく小首を傾げると、獲物ちゃんに断罪を下した。

 

「ダ~メ」

 

 

 

 

 

 

「一夏、俺はもうダメだ……」

「弾?」

 

あれから一週間経った日曜日。またも突如かかってきた親友からの電話に、一夏は怪訝な声を返した。

 

「今すぐ俺んちに来てくれ……」

「お、おいどうしたんだ?」

「頼む一夏……」

「……分かった。すぐ行く!待ってろ!……ところで」

 

一夏はコホンと一つ咳払いをして続ける。

 

「先週あれからどーなったんだ?目覚ましたらお前は何故か泡吹いて悶絶してるし、鈴は気にするなの一点張りだし……。そのまま鈴に連れられて帰ったけど、なぁ弾、俺もしかしてまた……」

 

そこで不意に電話が切られる。一夏は己の行動に不安を感じながらも、友の助けとなる為に外出の準備を始めた。

嫌な予感がするのを懸命に振り払いながら。

 

 

 

「弾!」

「お~きたか。イケメンさんよぉ」

 

出迎えた弾の酒臭い息に一夏は思わず鼻を摘んだ。コイツまた飲んでいやがる。

 

「弾、何があった?」

「な~んも」

「おい」

「ああいう言い方すればお前が来ると思ったんだよ。我ながら演技派だろ?」

 

なんじゃそりゃ?

一夏は青筋を立てて、拳を握り締める。

 

「まぁ上がれや一夏。酒くらい出すぜ」

「いらねぇよアホ。また真っ昼間から酒飲みやがって」

「うるへー。こういう時に飲まなくていつ飲むってんだ!」

「蘭やおばさん達は?」

「揃ってお出かけ。日帰りの旅行ツアーが当たったんだと。帰りは深夜だろうよ。とにかく上がれ」

 

そんで弾だけがまた置いてけぼりか……。

ケラケラと笑って奥に消えていく友の後姿から、一夏は五反田家の闇を垣間見たような気がして少し震えた。それと日曜に頻繁に店休んで大丈夫なのか?商売的に。

 

そんな人様の家庭を勝手に心配をしながら、一夏は弾の後に続いた。

 

 

 

「それで用件は?」

バカ正直にノコノコ来てしまったことを悔いながらも、一夏は問いかける。

 

「それがよー。聞いてくれよ一夏!うへへ……」

だらしなく相好を崩す友の姿に一夏は別の不安が募った。マジ大丈夫かコイツ。

 

「実はよ、午前中虚さんと会っていたんだよ」

「虚さん?……ああ、そう言やお前それで悩んでたっけ」

「でな、勇気を持って聞いたんだよ。先週見た男のことをさ」

「ふむ、それで?」

「いや~『あの人とはなんでもありません』だってよ。ただのお仕事関係だって」

「そうか!良かったな」

「『誤解させてごめんなさい』って謝られてよー。改めてデートの約束してくれたし。俺って愛されてね?」

「ハイハイ」

「だからあん時言ったろ一夏。信じることが大事だって。虚さんに限ってそんなのありえねーってな!好きな人を信じてやることが大切なんだよ、分かるか?」

 

それ言ったの俺だろ。

一夏はそう思ったが、友のためにグッと堪えた。今はとにかく祝ってあげよう。

 

「とにかくおめでとう弾」

「おう!つーわけでお前も飲めよ」

「何でだよ!」

「祝い酒だよ、祝い酒。酒ってのは本来嬉しい時にこそ飲むものなんだ」

「はぁ?お前確か先週は……」

「いいからいいから。そんなことよりグーっといけよ!」

「お前な、いい加減懲りろ」

「んだよ一夏。俺の酒が飲めねぇってのか!」

「逆切れすんな」

「あーそーかい。一夏さんは所詮親友の恋の行方なぞどーでもいいと、上手くいくよう祝う心すらお持ちじゃないということですか。ふーん……」

「何でそうなる……」

「じゃあ付き合えよ。喜びには共に酒で分かち合い、祝う合う。それがダチってもんだ!」

「この酔っ払いが……!」

 

一夏は盛大にため息を吐くと、弾からビールの入ったコップを受け取った。

一杯だけ、一杯だけ付き合ってやろう。そうすれば弾も一応は納得するだろうし、義理も果たせる。

 

 

……あれ?なんかデジャブ……。

 

「ホレホレ一夏!男らしく一気してカッコイイとこ見せろ!」

「クソッタレ野郎」

 

弾の煽りに一夏は最後に毒付くと、ゆっくりとビールを口に含んだ。

アルコールが、体内を、駆け巡っていく……。

 

 

 

 

 

「だ、弾ニキ。も、もう……」

「なんだこれくらいで!まだ序の口じゃない……か。あれぇ?」

 

あれから数十分、ここでようやく弾の腐りきった脳みそが現状を把握した。先週のちびっ子酢豚からの折檻で刻まれた身体の疼きが呼び起こされ、鬼畜一夏の恐怖が脳裏に浮かんでくる。

しかし後悔先にたたずは人の常。気付いた時には大抵既に遅いのである。

 

……人はなぜ過ちを繰り返すのだろうか……。

 

「お、おい一夏。急に突っ伏してどうしたんだよ。冗談きついぜ」

 

酒飲みはバカを繰り返す。それはアルコールに支配された人の性なのか。

 

「えーと一夏さん、起っきして下さいませんか?やっぱ未成年の分際で酒なんてダメ、ゼッタイ!だよな。うん」

 

弾の額に嫌な汗が浮かんでくる。

嫌!もう嫌や!

 

「一夏?頼むから優しい一夏のままで起きてくれー!一夏ぁ、一夏さーん!」

 

 

 

 

 

「うっせーチンカス」

「ひぃぃぃぃ!」

 

そして悲劇は繰り返される。

以下、エンドレス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




他人とお酒を飲む際は、相手の意思を尊重し楽しく飲みましょう。
「人の嫌がるものを無理矢理食わせる権利は誰にもない」井之頭さんの名言です。


次回は久しぶりに思いっきり毒づきたいなぁ…。


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山田真耶は憂鬱 そのいち 

私は山田先生が大好きです(保険)





季節は少しずつ暖かくなっていく三月の終わり。織斑千冬はオープンカフェで、コーヒーを片手にこの一年のことを振り返っていた。

 

弟の入学から、個性溢れる代表候補生らの指導。亡国の台頭、戦い、裏切り。色々なことがあったものだ。千冬はこの一年に思いを巡らせながら、それでも皆が無事に過ごせたことに安堵した。

 

それに確かに辛いことも多々あった。でもその分だけ皆成長している。

千冬は生徒達、何より大切な弟の成長を思いながら小さく微笑んだ。

 

「織斑先生~」

物思いに耽っていた千冬が声の方向を見ると、山田が息を切らし手を振って走ってくる。一年経っても相変わらずな教師らしからぬ様子に千冬は苦笑いした。

 

「はぁはぁ……。お、遅れて申しわけ、ありません」

「いやいい。私もさっき来たばかりだ」

「でも今日は私の方が、お、お願いした、のに」

「気にするな。……とりえあえず一息ついたらどうだ?」

「あ、ありがとうございますぅ~」

 

山田は「ふぃー」と本当に一息つくと、イスに座った。

その後彼女が店員に注文するのを見届けてから、千冬が口を開く。

 

「それで今日は買い物の付き添いだったな」

「はい。私よりずっと『大人の女性』である織斑先生の意見を参考にしたくて」

「ほぅ……。要は年増だと言いたいのか?」

「はうっ!そ、そんなこと思ってませんよ!」

「冗談だ」

 

山田がオロオロと手を動かすのを見て、千冬はまたも苦笑した。

 

「悪かった。でも私はファッション関係はそう詳しくないぞ」

「いいんです。とにかく先生の意見を聞きたくて。私洋服選びは、どうしても自分好みの方ばかり目が行っちゃうんで」

「ふむ」

「ここはビシッ!と格好いいアダルトな服を選びたいんですよ」

「そうなのか」

「そうなんです。私だってもう大人の女性ですから!」

 

えっへん、と胸を張る山田の姿は見た目少女のようで、彼女の言う『大人の女性』とは程遠いのだが。

しかし優しき千冬お姉さんは思っても口には出さず、その穴を埋めるようにコーヒーを口に運んだ。

 

「でもなんで急に買い物しようと思ったんだ?」

千冬が不思議に思ってたことを尋ねる。用事で町に出ていた千冬に、唐突に山田から思わぬ誘いがあって、こうなったからだ。

 

「……べつに。深い意味はありません」

「ん?」

 

山田の態度に一瞬違和感を感じたが、千冬は気のせいだと思い直した。

目を少し細め風を感じる。少し前まで寒かったいうのに、季節は少しずつ暖に向かって変わり始めている。

 

「ああ、そういえば」

季節の移り変わりを考えていた千冬が思い出したように言う。

 

「この前のアレどうなったんだ?」

「アレ?アレって何ですか?」

「お見合いだよ。叔母の勧めで断れなかったっていう……」

 

ピキーン。

歴戦の戦士である千冬には、その瞬間場の空気が一気に凍りついたのを確かに感じ取った。どうなっているんだ?

 

「……ああ、アレですか。……お断りしました」

「そうなのか?」

「ええ。いきなりなお話でしたし。相手の方もちょっと、その、年上で」

「そうか。残念だったな」

「ぜーんぜん残念なんかじゃありませんよー。だって私まだ結婚なんて考えたことなかったし?まだ若いですし?世話になった叔母さんの紹介で会っただけで実は乗り気じゃなかったし?そもそもお付き合いすることさえ思いもよらなかったし?」

「そ、そうか」

 

山田の態度に少し驚きながらも、千冬は引きつった笑みを返した。

 

「これ飲み終わったら出発していいですか?回りたい所多いですし」

「あ、ああ」

 

そして山田は紅茶をじっと見つめたかと思うと、それを一気に飲み干した。

少し釈然としない思いを感じつつ、千冬も自分のコーヒーを飲み干す。

 

「行きましょうか」

「ああ」

 

そして二人は席を立った。

 

 

 

……女性が唐突に買い物に行きたがる場合、それは良いことがあった時か、もしくはスゲーむかつくことがあった時と相場は決まっている……。

 

そうして今、波乱の空気を纏わせながら、二人の女性は歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

「う、ううっ……」

山田の嗚咽が薄暗い路地に響く。

 

 

 

暗い路地、それに女性の嗚咽ときたら最悪の想像をしてしまう方もいるだろう。

しかーし、こと繁華街ではもう一つの可能性の方がめっちゃ大きくなる。それは……

 

 

「ううっ……気持ち悪いです~」

 

そう。それは酔っ払いのゲ○吐きだ。

 

 

 

山田が何故このような醜態を晒しているのか。

それは買い物も終わり、軽く一杯飲んでいこうとある店に入った矢先、お目付け役の千冬が急に学園からの電話で帰って行ってしまったのだ。

買い物も満足いく結果に終わり気分良くなっていた山田は、その流れで最近自身に降りかかったことへの愚痴を聞いてもらおうと考えていたのだが、それが寸前にお釈迦になってしまい、うなだれ、そして荒れた。

 

結果ストッパー役不在のまま急ピッチで飲み続け、見事な酔っ払いが完成したのである。

 

 

 

山田は口元の残りゲ○をハンカチで拭うと、そのハンカチをバッグにしまう。

 

「男なんて……」

自身の情けない姿からつい最近の『あの』屈辱を思い出してしまい、山田は一層惨めな気分になった。

 

そして山田は男と女におけるこの世の無常を呪いながら、ふらふらと千鳥足で欲望渦巻く夜のネオン街へと消えていった……。

 

 

というか単に次の店へはしご酒する為に。

酔っ払いに上限なぞないのである。

 

 

 

 

 

 

「おーい一夏。ご苦労さん、今日はもう上がっていいぞ」

「はい。分かりました!」

 

我らが偉大なる主役織斑一夏は元気良く答えると、持っていた空ケースを置いて額を拭った。大きく安堵の息を吐く。今日の仕事は本当にハードだった。

 

「悪りぃな。こんな遅くまで」

「しょうがないですよ。今日は大変でしたし」

「すまねぇな。その分今日のバイト代は色をつけておくからよ」

「あはは。どうもです」

「じゃあな!気をつけて帰れよ」

「はい。失礼します店長」

 

一夏はそう店長に一礼すると、バイト先の居酒屋を出た。

 

 

 

学生にとって春休みであるこの時期、一夏はバイトに精を出していた。

とはいえ中学の時のように家計のことを考える必要は無いので、特にお金を稼ぐ必要はないのだが、休みを持て余していたのと、一夏の性格から将来の備えの為に短期間だけバイトすることにしたのである。

そもそも一夏は中学卒業の後就職を考えていたほどで、汗水流して働くのは嫌いではない。世間一般では敬遠されがちな肉体労働もさほど苦にはならないのだ。

 

そんなわけで彼は空いた時間を利用し、学園の警備員西田の紹介によって、このイカ料理専門居酒屋『イカ931MAX』に裏方業務として短期間お世話になる次第であった。

 

尤も彼の周りに少女達は、その休みを何故もっと有意義に過ごさないのか、という文句も出たのだが。

ISの訓練に学業、やることは多いはずだ。……そんなお叱りも多々受けた。

後はデートとか、デートとかデートとか、デー……(略)とにかく春休みを利用した桃色空間を夢見ていた少女らの八つ当たりも受けたが、それでも彼は何とか色欲に憑かれた野獣らを説き伏せて、バイトにかこつけたのであった。

 

 

 

「あれ?」

裏口から店を出た一夏が正面に回ると、店の前の電柱を抱え込むように女性が一人蹲っている。

 

……マズイなぁ。

一夏はその姿を見て少し不安になる。酔った人間は完全無防備であり、そのせいで盗難などの犯罪に巻き込まれるのも少なくない。それが女性なら尚更だ。

 

どうあれ介抱した方がいいだろう。一夏は本来の持つ優しさから、蹲る女性に近づき声をかける。

 

「あの、大丈夫ですか?」

しかし女性は反応せず、一夏の不安は強くなる。

 

「俺そこの店で働いているんです。良かったら中で水でも飲んで休んでみては?」

 

そこで不意に女性の身体がビクンと震えた。そして一夏が身構える間もなく……。

 

「オエ~」

吐いた。

 

酸っぱいような刺激臭と共に、一夏の足元は惨事に見舞われる。

この靴まだおニューなのに……泣きたい気持ちになるのを一夏は必死で堪える。また出されたゲ○はあたかも濁った酢豚を連想させてしまい、おそらく自分は当分酢豚食えなくなるだろうな、とも思った。

 

それでも一夏は自身も腰を沈めると、女性の肩にそっと手を置いて、落ち着かせるように軽くさすった。このような災難にぶち当たった時にも常に相手のことを思いやる。それこそがモテ男がモテる所以であるのだ!

 

そしてそのまま女性の状態を確かめる為に顔を覗き込んだ。

 

「え?」

「はれ?」

 

しかしそこで一夏が固まる。だがそれは相手も同じであった。

 

「せ、せんせい……?」

「お、おりむら、くん……?」

 

アホ面で互いの顔を見つめる二人。

 

「「なんでここに?」」

 

声がシンクロし、二人は同時に顔を背ける。

 

先生と生徒。

夜の繁華街で、ゲ○にまみれたくっそ居心地の悪い邂逅を果たした瞬間であった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




           キャスト


織斑一夏……限定鬼畜王。この酢豚SSでは毎度散々な役割になっているが、本来の彼は欠点はあれど、優しく強い志を持った好青年である。
もし一夏が某鬼畜王さんのように積極的にヒロインを落としていくゲームが出たとしたなら、世の紳士たちはたとえ諭吉さんをお布施したしても、きっと後悔はしないだろう。


山田真耶……やまだまや。上から読んでも下から読んでもやまだまや。……親はぜってー狙ってつけただろ!こういう面白半分に親が子に名前をつけると、子供は将来傷つくことになるんだよ!ちきしょう!
総括すると巨乳。


織斑千冬……ブラコン。以上。


凰鈴音……酢豚。





どうでもいいことだが、かつてお世話になった尊敬すべき方と、いや~んな店で邂逅しちまった時のあの何とも言えない空気は何だろうか?そりゃ男たるものどんな聖人だとしてもエロなのは当然だけど……不思議な罪悪感と、身勝手だが軽いショックに襲われる。
……特に相手の手にSエム系の商品なんかが握られていた時には……もう……。
……こんな時どんな顔をすればいいのか分からないの……。


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山田真耶は憂鬱 そのに 

「……お水どうぞ」

「……ありがとうございます」

 

イカ料理専門居酒屋『イカ931MAX』は季節折々の美味しいイカ料理が安く提供されることで、常に大盛況なお店である。しかしそんな賑やかな店の片隅で、一組の男女は場違いにも辛気臭さを存分に撒き散らしながら向かい合っていた。

 

「あの、織斑君……」

「はい」

「本当にここでバイトしてるんですか?」

「……はい」

「学園にそのことは届けているんですか?」

「いえ……」

「駄目ですよ。特に織斑君の場合は色々注目される立場なのに……。しかもこんな遅くまで働くのは……」

「そうですね……すみません」

 

IS学園はバイトに関しては基本禁止にしている。機密保持などの理由から、よほどのことが無い限り認めてはいない。そもそも全寮制で、通っている生徒は皆世間一般からすれば超が付くほどのエリートという認識、更に保障される身分などから、わざわざ好き好んでバイトなぞする者など普通はいないのだ。

 

故に山田としては学園の教師として、更には担任として強く注意すべきことであったが、言えなかった。言えるはずも無かった。

ゲ○まみれで生徒に介抱された教師が、どの口で倫理や教育を語ると言うのか。

山田は先程とは違う意味で泣きたくなるのを堪え、出した水分を補うようにグラスの水をあおった。

 

一方の一夏も居心地の悪さに関しては山田に負けていなかった。

介抱した女性が学園の教師でしたー。しかも担任でしたー。しかもゲ○まみれでしたー。イエーイ!……なんてシャレにならない。いやシャレにする人もいるかもしれないが、少なくとも一夏はそんな趣向を持ち合わせていない優しき男なのだから。

 

結果、場には恒例の沈黙が降りることになる。

一夏は黙って目を伏せ、山田が時折水を飲む際の「カラン」と中の氷が鳴る音だけが虚しく響く。

 

二人は居心地の悪さだけはシンクロしながら、ただ無言の時間だけが過ぎていった……。

 

 

 

 

「嬢ちゃん落ちついたかい?」

 

そんな最悪の沈黙を破る野太い声が上から聞こえ、二人は同時に顔を上げた。そこに立っていたのはこの店の店長。テカったハゲ頭にねじり鉢巻が、年季が入ったオッサンの姿を如実に表している。

 

「は、はい。ご迷惑をお掛けしました」

「気にすんな。つーか俺は何もしちゃいねーよ」

「いえ。お水を頂いて、しかも休ませてもらい本当に感謝しています」

「いいってことよ。にしても一夏の知り合いってことは嬢ちゃんも大学生か?どっちにしろ小娘がヘベレケ状態になるのはちとマズイよな」

「ち、違います!」

 

山田は童顔のコンプレックスを指摘され、顔を真っ赤に反論する。

だがそこでふと言葉の違和感を感じた。嬢ちゃん『も』?

 

一夏の方を見ると、彼はスッと目を逸らした。まさか……。

 

「あの、すみません。彼とはどういったご関係で?」

「どうって、バイトと雇い主だよ」

「えっと、彼のことご存じないんですか?」

「ん?バイト欲しかったところに、丁度ダチの紹介があって雇ったんだよ。コイツも幼く見えっけど、二十歳の大学生なんだろ?」

 

一夏を指差す店の大将に、山田は何言ってんのこの人、という目を向ける。

 

「履歴書とか見なかったんですか?」

「嬢ちゃん覚えとけ。男の仕事は履歴とか関係ねーんだ。大切なのはその心意気なのさ……。俺はコイツを一目見たとき、その瞳の奥に『ゆるぎない意思』を感じ取ったんだ。それで俺には分かったんだよ、コイツはいい店員になるってな……」

 

ドヤ顔でほざくタコに、山田は何言ってんだこのハゲ、という目を向ける。

 

その後「わははははは」とアホ声上げて去っていくオヤジを見送ると、山田は一夏に再度向き合った。一夏の動揺を表すように、彼の指先がピコピコ動く。

 

「織斑君。年齢偽称して働いていたんですか?」

「ち、違いますよ。……いや違いませんけどそれは成り行きで」

「年を偽ってまでバイトしたかったんですか?」

「だから違うんですよ!西……とある人に紹介されて春休みの間働くことになったんですけど、来てみたらいきなり大学生ってことになってて、俺のほうが逆に驚いたくらいなんです」

「ちゃんと説明して訂正しなきゃダメじゃないですか。本来18歳未満は22時以降の労働は禁止されてるんですよ」

「ですけど、あの人基本的に人の話聞かないし。……それで俺のほうも面倒になってそのまま……」

「まぁなんとなく気持ちは分かりますが」

 

あの手の類の人間は人の話を聞かない。聞いたとしても自分の都合のいいように解釈するのだ。大体男というのは皆そうだ、人の気持ちも都合も考えず勝手なことばかり。

山田は拳を握り締めると、自身が受けた最近の屈辱とを重ね合わせ怒りに震えた。本当に男って……!

 

「あの……」

「何ですか!」

 

山田の勝手な八つ当たりに一夏は少し怯むが、そのまま続ける。

 

「先生は、その、何かあったんですか?」

「えっ……ええっと、そのぉ」

 

直ぐに素に戻り、何時もどおりに山田はテンパった。

どうしよう……。

 

一夏に返す言葉が出ず、またも沈黙が訪れようとした。

 

「ヘイお待ち!」

そこに空気を読めないオッサンのむさい声が響き、二人はまたも同時に顔を上げた。

 

「え?なんですか?コレ」

「ウチの名物の特製イカ塩辛だ。うめぇぞ」

「私注文していませんが……」

「いいから。まぁ食ってみろよ」

「しかも一緒についているこの徳利って……。まさかお酒ですか?」

「おいおい。ウチのイカ塩辛を酒無しで食べる気かい?そりゃ勿体無いってもんだぜ」

「あのですね。お気持ちは嬉しいのですが……」

「安心しな。これは奢りだからよ。だから遠慮なく食えや」

 

話聞けよこのハゲ。

色々限界が近い山田は心でそう罵ると、ヤケクソに箸で摘み口の中に塩辛を放りこんだ。

 

「……ん?」

思わず目が丸くなる。食べてびっくりメッチャ美味い。

 

そのまま山田の手は無意識に酒が入った徳利へ伸びる。あれだけ醜態を晒して、もうお酒はこりごりだと思っていたのに我慢できない。そのままお猪口を傾ける。

 

「はぅ……」

思わず満足な息を漏らす。まさにお酒と塩辛が奏でる極上のハーモニー。

 

「どうだ?うめぇだろ」

「……はい。これは凄いですね……」

「だろ?」

「塩辛ってこんなに美味しくなるんですか」

「イカの可能性は無限なんだよ」

「においが少し強烈ですけど。でもそれを補っても美味しい……」

「熟成の証だな。それがこの美味さを出すんだ」

 

半ば無意識に山田の手がまたもお酒に伸びる。このハーモニー、止められない止まらない。

 

「このイカの塩辛……辛いだけじゃない。すごく豊かな風味があって、そして……」

そしてお猪口の酒をぐっと飲み干す。

 

「すごく……イカ臭いです……」

 

山田の発言に一夏と店長が固まる。

が、天然教師山田さんはそれに気付くことなく、店長に向き直ると、お酒によって桜色に染まった頬のまま微笑んだ。

 

「店長さんイカ臭いって凄いんですね。これすごくイカ臭いです……」

「お、おう。そうか……うっ」

 

何故か股間あたりを押さえて去っていくオヤジ。山田は首をかしげてそれを見送る。

 

「店長さんどうしたんでしょう?」

「先生……」

「なんですか?」

「発言には気をつけましょうね」

「へ?」

 

この場において唯一の常識人の一夏は、天然教師にそう注意すると、疲れたようにため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

四季折々のイカ料理が楽しめるイカ料理専門居酒屋『イカ931MAX(イカ・ナインスリーワン・マックス)』

ナイスミドルの店長が素敵な笑顔でお出迎え!皆様のご来店を心よりお待ちしております。

 

最後に店の名について、どうか卑猥な邪推をしないようお願い致します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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山田真耶は憂鬱 そのさん 

お酒は簡単に人を変えます。ついでに人生も。





「つまり織斑君はもっと女性の気持ちを考えてあげるべきなんです」

「はぁ」

「女性の気持ちに疎いというのは微笑ましくもありますが、やはり褒められたものではないことは織斑君も分かっていますよね?」

「えっと……」

「私だってなんていうか、女性の気持ちを弄ぶ織斑君なんて見たくはありませんよ?でもそれとこれとは別ってもんですよ。女性に人気があるのと、不誠実とはイコールではありません」

「そ、そうですか」

「向き合うことが大切なんですよ。鈍感という免罪符に逃げちゃいけません。想いの一方通行なんて悲し過ぎます。例え交わらなくとも向き合う努力をすることが肝心なんです」

「向き合う努力……」

「今はよく分からないと思いますが、いつかきっと分かるようになります。だから頭の片隅にでも留めておいて下さい」

「……はい」

「大丈夫織斑君なら出来ます。あなたが持つ優しさと誠実さがあれば……」

「先生……」

「ごめんなさい。職業病かな?すぐ説教じみてしまいますね」

 

山田はそう言うと一夏に照れたような笑みを向ける。その笑みはあたかも自分と同年代の少女のようで、一夏は何故か気恥ずかしくなり目を逸らした。

 

山田が言った『女性の気持ち』

……それがどういうものかはまだよくわからないけど。

それでも山田が自分に必要なものを提示してくれた、ということは分かった。

 

「先生。ありがとうございます」

だから礼を返そう。どこまでも『教師』なこの人に感謝を。

 

そうして一夏は山田に向き直ると、姿勢を正し感謝をこめて頭を下げた。

 

 

 

「ふふふ。いいんですよ、若人を導くのは大人の役目ですから」

そう言って生が入ったジョッキを豪快に一気飲みする教師山田。

 

「げぇ~ふ」

そしてオヤジのようにお下品にゲップをする。

 

全部ぶち壊しだった。

 

 

 

 

「先生!いい加減飲むの止めてくださいよ!」

一夏が吼える。どうしてこうなった。

 

「織斑君、居酒屋でお酒を飲まないというのはお店にとって失礼ってものです」

「いやそういうことじゃなくて」

「それにこの塩辛!この塩辛を前にお酒無しでいられるはずがありません!それはこのお酒の友……イカ臭さ全開の究極塩辛に対する最高の侮辱と言わざるを得ません」

「女性がイカ臭い言わないで下さいよ。マジでやめて……」

「あれぇ?それって女性差別ですかー?織斑君も所詮は俗にまみれた差別主義しゃれすかー?」

「……先生。もう帰って休みましょう……」

「何寝言いってるんれすか!夜はこれからです!そして私は大人のレディです!」

「大人の女性自称するならもっとしっかりして下さい」

「女も適齢期迎えちゃうと、飲まなきゃやってられないことが多くなるんですよ!将来の不安、周りからの無言のプレッシャー……織斑君、あなたには分からないでしょうねぇ!」

「そんなタイムリーなネタは止めてくださいよ……」

 

もはや制御不可能となった山田を前に一夏はただため息をつく。せっかく気まずいながらも先生と生徒として向き合っていたのに、ほんとどうしてこうなった。

 

しかしそれこそがお酒の魔力である。

ほんの少しだけ……。ほんの一杯だけ……。酒飲みにはこうした言葉がそのまま終わることはまずないのだから。どうあれ口にしたら最後、ほろ酔い気分という泥沼にはまり込んで行くしかないのだ。そしてその先に待つのは……。

 

一夏は身震いする。これからどうなるんだ?

 

「嬢ちゃんいい塩梅になってきたじゃねーか」

そこへ山田に酒を勧めやがった元凶が再登場し、一夏は冷めた目を向けた。

 

「店長……」

「おう一夏。お前も飲むか?」

「飲みませんよ。それよりどうしてくれるんですか?」

「なにが?」

「ん」

 

一夏は山田の方を軽く顎でしゃくってイカ店長に非難を表す。

山田はというと先程のハイテンションから一転、焦点の合わない目をあらぬ方向へ向けている。

 

「ご覧のありさまですよ。せっかく介抱してシラフに戻っていたのに」

「一夏よ」

「なんですか?」

「支えてやれよ、何度でもな……。酒で泣いている女の肩を支えてやるのは男の役目だぜ」

「何言ってんの?」

「酒ってのは楽しくなくちゃならねぇんだ。女の涙は酒の肴にするのはきつ過ぎるぜ」

「恥ずかしくないんすか?年甲斐もなくそーゆーこと言うの。つーかいつ泣いたんだよ」

「一夏。俺はお前には人の痛みを知ることの出来る男になってもらいてぇんだ」

「話聞けよ」

 

やさぐれる一夏。オヤジという生き物は本当に若人の話を聞かない。自分の言葉と世界に酔い『若者はこうあるべき』『こういう人間になって欲しい』といった身勝手極まりない理想を押し付けてくるのだからたまったものではない。

 

そして目の前のオヤジも例に漏れず言いたいことを言うと、ドヤ顔を脂ぎった顔に貼り付けて去って行った。

 

何しに来たんだよクソが。仕事しろよ。

一夏はガンを飛ばしてその背を見送ると、ヤニで汚れた天井を仰ぎ見た。もう帰りたいよう……。

 

「先生ぇ。お願いだからもう帰りましょうよ」

「ん~?いやですよぉー。夜はこれからです~」

「じゃあ俺先に帰るんで。先生は店長に言ってタクシーでも頼んでくださいね」

「わたしを置いていくんですか?」

「えっ?」

「私を置いてくんだ……織斑君もそうやって私を独りにするんだ……ぐすっ」

 

急に泣き始める山田に一夏が慌てて手を振る。

 

「ちょっ先生!泣かないで下さい!」

「独りにしないで下さいよぉ……」

「分かりました、分かりましたから!帰りませんから!」

「あっそ。よしっ……と。男ってやっぱチョロイですね~」

 

ウソ泣きかよ。マジふざけんな。

一夏は拳を握り締め必死に耐える。神様もうキレていいですか?

 

人の話を聞かない酔っ払いと、若人の話を聞かないオヤジ。駄目な大人に囲まれた一夏のストレスが急激にマッハになっていく。

一夏は頭を抱え、自分の不運を呪った。

 

 

 

 

「それで~織斑君聞いてますー?」

「聞いてません」

「ここからが本題なんれすよー。私が受けた屈辱を聞きたいですかー?聞きたいですよね?仕方ないなぁ」

「聞きたくねぇよ」

 

それからさらに一時間、酔っ払いの相手をさせられた一夏の限界はピークに達していた。日付もとうに変わり、希望ある一日が新たに始まっているというのになぜ自分はこんな目に?そろそろ気持ち的にクーデターが勃発しそうです。クーデタークラブです。

 

「ふぃ~。今日も一日お疲れさん、と」

そこで呼ばれもしないのに、イカ野郎がビール片手に一夏の隣に座る。

 

「店長いいんですか?まだ仕事中でしょ」

「いいってことよ。もう大方客も引けたしな」

「そういう問題じゃ……」

「か~!やっぱ仕事の後の一杯は最高だぜ」

 

一夏の当然過ぎる疑問を無視して酒を煽るオヤジ。

 

「ですよね~。この一杯の為に生きているって感じですよね~」

「おっ、嬢ちゃん若いのに良いこと言うじゃねぇか」

「やってらんないことが多すぎるんれすよ~」

「そんな日々の辛さを逃れる為に人は飲むんだよ。ホレ」

「あ~どうも」

 

そうして飲兵衛同士は勝手に盛り上がっていく。素面はそんな飲兵衛に冷めた目を向ける。飲み場の常の光景である。

 

「おい一夏」

「なんすか」

「おめぇも飲むだろ?」

「飲みません」

「遠慮すんなよ。ほれ一杯」

「飲まねぇっつってんだろ」

「織斑君空気読んで下さいよ~」

「あんたは黙ってろ」

 

もはや教師に対する敬語を放棄して一夏は更にやさぐれる。

 

「一夏よぉ。お前も二十歳超えて酒の一つも飲めないなんて恥ずかしいと思わねぇのか?」

 

俺はまだ16の高校生だってんだよ!

そう反論したい一夏であったが、どうあれ歳をごまかしていたのは事実なので黙るしかない。

 

「ほら一夏。空気よめよ」

「そうですよー。空気よんでくださいよ~」

 

酔っ払いに飲むよう暗に強要され、一夏は歯を食いしばる。

 

 

 

なぜ酔っ払いというのは、飲まない、飲めない人間にまで酒を強要するのだろうか?これは飲み場で下戸が抱く疑問である。皆の酒が進むと、あたかも飲まないことが罪のような空気へ向かうのだ。下戸たちは『空気を読まない奴』『場を盛り下げる奴』というレッテルを貼られ、非難の目を向けられて肩身の狭い思いをする。

 

そうした場の身勝手な暗黙の了解に耐え切れず、自滅の道を歩む者も後を絶たない。

それくらい酔っ払い共が複数集まった時の『空気読め。飲め」というプレッシャーは半端ないのだ。

 

どうか皆様方は年齢を遵守し、自身の体調に合わせて正しく楽しく飲んで下さい。

決して飲めない方に無理やり勧めたりしないよう強くお願いいたします。

 

 

 

「ほれ一夏」

歯を食いしばる一夏の前に注がれたビールが差し出される。ジョッキに光る黄金色が美しい。

 

「飲めよ。な?」

「おりむらくんの~ちょっといいとこ見てみたい~ハイッ」

 

酒飲みが持つ『見知らぬ他人とでもその場限りの友情を結ぶことが出来る』スキルを発動した酔っ払い二人が一夏に迫る。一夏はため息をつくと並並と注がれたビールを諦めた様に見た。

 

もうどーでもいいや……。

人はそれを逃避と言う。

 

色々疲れた一夏は薄笑いを浮かべると、渡されたジョッキを一気に煽った。

 

体内に、アルコールが、駆け巡っていく……。

 

 

 

 

 

「あれ~織斑くーん。どうしましたー?」

あれから更に数十分。無言で酒を消費していた一夏が急にテーブルに倒れこんだ。

 

「織斑くん。もうねんねしちゃったんですかー?」

ニヤついた山田が一夏を揺さぶる。しかし反応はない。

 

「織斑君……?」

更に激しく揺さぶる。だが反応なし。

 

え?これって……?

山田は一気にほろ酔い気分が吹っ飛んでいくのを感じた。これってまさか急性アルコール中毒?

 

テンパるのと同時に頭の中が急にクリアになっていく。

未成年、生徒、唯一の男性操縦者、教師、監督責任、酒の強要……そこから導き出る答え『人生終了』

 

「お、織斑くーん!」

涙目でマグニチュード7レベルに揺さぶる山田。終わる、マジで人生が終わってしまう。

 

「おいおい嬢ちゃん。どうしたんだよ?」

「織斑君が目を覚まさないんですよ!」

「ちょっと寝ちまったんだろ?ガキじゃねぇんだから暫くすりゃ……」

「ガキなんですよー!彼はまだ高校生なんです!」

「はぁ?」

「だから彼は高校生!私の生徒なんですよぉ~」

 

それを聞いたイカ店長の顔が真っ青になっていく。

未成年への酒の提出、強要……営業停止間違いなし。下手すりゃ後ろに手が回る。

 

「さ~てと。じゃあ俺そろそろ町内会の会合に行かないと」

あり得ない言い訳ほざいて席を立つイカ野郎。

 

それは人類に残された最後の手段。逃亡。

 

「ちょ、ちょっとー!」

「じゃあ。そーゆーことで」

「ま、待ってくださ……」

 

待たなかった。

イカ野郎は足早に裏に消えていく。

 

一人とり残された山田は絶望的な思いで佇んだ。本当にどうしよう……。

 

「おりむらぐーん。グスッ、お、お願いですから起きてくださいよ~」

大人のプライドをかけ捨てて、一夏にしがみつく山田。その姿は哀れだった。

 

「おりむらぐーん……」

「……ううっ」

 

しかしそこで一夏が僅かに反応を示した。

キタコレ!山田の目に生気が燈る。

 

「織斑君。おりむらくん。起きてください!ここが分かりますか!」

「……うっ」

「織斑君!」

「うっせー。うしちち」

「へっ?」

 

山田の動きが止まる。彼は今なんて?

うしちち……牛乳?

 

「キンキン耳元で叫ぶんじゃねーよ。その牛の乳みたく脳みそプリンにでもなっちまってんのか?」

「え?え?あのぉ……?」

 

混乱する山田を他所に、一夏はゆっくり身体を起こすとグラスに残っていたビールを飲み干した。そしてその空いたグラスを山田に突き出す。

 

「何してんだ?さっさと注げよ」

「ひぃぃぃぃぃぃ!」

 

山田の叫びが店に木霊する。

 

ナイスミドルな店長の笑顔と、四季折々のイカ料理がお出迎えする居酒屋『イカ931MAX』

そんな一つの居酒屋にて鬼畜王が目覚めてしまった瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




以前も申しましたが、私は下戸にも関わらず飲み会が嫌いではありません。結構ホイホイ付いていきます。
しかし皆がお酒の力で口が滑らかになったり、気分がハイになるのはいいのですが、その気分を飲めない人間にまで押し付けようとする行為はどうにかして欲しいと常々思うのですよ。

パワハラや空気の強要等、私は下戸に無理やり飲ませる行為に断固反対します!(キリッ)



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山田真耶は憂鬱 そのよん

謙遜とは日本人特有の、人を思いやる良き精神かもしれません。
しかし時と場合によっては相手をイラつかせるのでご用心を。







山田真耶は人生について考えていた。

 

女として結構な屈辱をその身に受け、その積もったストレスから流れ着いてしまった居酒屋。そこでゲ○が切欠で自らの生徒と悪夢の出会いを果たしちまったこと。そして酔っ払った挙句未成年に酒を飲ませた、人生レッドーカードものの所業。

 

「何アホ面でボケっとしてるんですか?センセも一杯どうです?」

「いえ、もう結構です……」

 

そして今、未成年の教え子に酒を勧められるこの状況。

山田は思う。人生とは真に分からないものだと。一寸先は闇とはこのことか。

 

「ふぃー。……ん?もうないや。先生、冷蔵庫からビール取ってきてくれません?」

「織斑くん。もう止しましょうよぅ」

「ああん?」

「ヒッ!」

「聞こえませんでした?ビール取ってきて欲しいなーって言ったんですけどー?」

「……ハイ」

 

涙目ですごすご立ち上がる山田。生徒に顎で使われるこの情けなさよ。

どうしてこうなったんだろう?彼女は冷蔵庫からビール瓶二本を取り出し思う。自業自得と言われれば、反論の余地など全くございませんが。それでもやりきれない。

 

にしてもあのイカ店長め、逃げたきり帰ってきやがらないし……。

山田はあの赤ら顔のハゲ頭を思い出し憤る。あのハゲ絶対許さない。

 

とにかく自分の社会的地位が未だバイオの如くdanger表示なのは変わりない。なんとか一夏の機嫌を取って穏便に済まさねば。

 

「センセー遅い」

「は、はい!今行きます!」

 

とにかく今は機会を待とう。

山田はそう己に言い聞かせると、引きつった笑顔と共に鬼畜の下に向かった。

 

「はいお待たせしました」

「どうも。……で先生、何があったんですか?」

「へ?」

 

器用に栓抜きを使った一夏が、それを指先でクルクル回しながら尋ねる。

 

「先生の様子見れば分かりますよ。何か余程辛いことあったんでしょ?」

「それは……」

「男関係ですね?」

「えっ!」

「やっぱりそうですか。ピンときましたよ、先生の様子を見て」

 

その鋭さを少しは普段キミの周りで熱視線を送っている子達に向けてやればいいのに……。

山田は心の中でそう思う。でも言わない、言ったら怖いし。

 

「それで理由吐いちゃって下さいよ。あ、そういや既に文字通りゲ○ってましたよね。HAHAHAHAHA」

 

このクソガキ……!

山田は拳を握り締めながらも必死に堪える。教師たるもの先に手を出したら負けなのだ。

 

「ホラ。これでも飲んで全部言っちゃってください」

邪悪な笑顔で二人分のグラスにビールを注ぎ、その片方差し出してくる鬼畜野郎。

 

「いえ、もう私はホントに」

「飲まないんですか?じゃあ失礼して」

 

更にこれ見よがしに自分の分を美味そうに飲んでいく。そしてお決まりの「ぷはー」という感嘆の声。

 

ゴクリ。

その美味そうな飲みっぷりに山田の喉が鳴る。

 

「……先生が飲まないんなら仕方ない。俺が代わりに飲みますか」

 

そして自分に差し出されたグラスに一夏の手が伸びてくる。

山田は反射的にそれより先にグラスを掴んでいた。それは獲物(酒)を奪われはしまいという酒飲みの悲しい本能か。

 

山田はヤケクソ気味にグラスを掲げると、どこぞの姉御らしく豪快に一気飲みする。

見とけやケツの青い小僧が!これが大人の飲み方じゃい!

 

「ぷは~」

そして空になったグラスを叩きつけるようにテーブルに置いた。

 

「いい飲みっぷり。さすが~」

「織斑くん」

「はい?」

「あんまり大人を舐めないほうがいいですよ?」

「そうですか?」

「ええ」

「肝に銘じておきます。とにかくお酒も飲んで少し口も軽くなったでしょ?話して下さい」

 

そう微笑んでこちらをみる一夏。その整ったイケメン顔が、そしてその目が、今に至り妖しい魔力を持っているようで山田は妙な恐怖感を覚えた。

 

どこか上手く誘導されているような気がしてならない。

山田はそう感じながらも、流されるまま語り始めた。

 

 

 

 

「……ということなんです」

「なるほど。お見合いかぁ、ふーん」

「何か?」

「別に。とにかくそれで相手方に立て続けに振られて自棄になってたと」

「うっ、別に振られたわけじゃないです!」

「でも連続してあっちから『もうこれ以上は』って断ってきたんでしょ?」

「ううっ」

 

不思議なことに一旦話してしまえば、滑らかに言葉が出ることに山田自身驚いていた。やはり思った以上にこのことにストレスが溜まっていたのかもしれない。

 

「にしても先生がお見合ねぇ。似合うような、似合わないような」

「はは……」

「しかも複数回……そんなに婚期焦ってたんスか?」

「ち、違います~。叔母の紹介で仕方なくですよぉ」

「ふーん」

 

溜まっていた思いを出し、どこか心が軽くなった山田は、大きく息を吐き出して気持ちを鎮めた。しかし少しスッキリしたのも束の間、同時に思い出してくるはあの屈辱。

考えないようにしていた屈辱の思いが、皮肉にも一夏に話したことで再燃してしまう。

 

 

『真耶ちゃん先方が今回は縁が無かったって……』そう申し訳なさそうに告げてきた叔母の姿。

『気にしちゃだめよ真耶』そう優しく言った母の姿。

『なーに男なんざ星の数ほどいるぞ!』そう励ましてきた父の姿。

 

 

ふざけるな、と思う。

お見合いの決裂なんて珍しくも無いだろうに、なぜ女性が断られる場合は、あたかもこちらに問題があるように捉われなければならないのだ。周りから気を使われなければならないのだ。

これは男女差別ではないのか。

 

山田は苛ただしげにテーブルを指先で叩く。

そもそも自分は結婚なんてまだ考えもしてないのに!ただ叔母の顔を立ててやっただけなんだ。それと参考のために一度体験してみたかっただけなんだ。本気じゃないんだ。

 

……だってそんなことしなくてたって私は……。

 

「先生?」

「……あ。すみません」

 

一人思考の海に沈んでいた山田だったが、一夏の声で我に返った。

 

「でも、確かに織斑くんの言うとおりですよ。……要は振られたんです私」

そして苦笑と共に語り始める。

 

「情けないですよね。でも仕方ないか、自分でも分かってますから。女性の魅力に乏しいって」

更に自虐的に言う。

 

「織斑くんもそう思いますよね?何と言っても織斑先生の弟ですもの。お姉さんと比べてみて魅力の差は歴然でしょ?」

「先生」

「いいんですよ慰めなんて。私なんて本当にダメダメです。男性に人気無いんですよ」

「センセ」

「童顔も、体型も、子供っぽい性格も男性から見ればマイナスなんですよね?分かってるんですよ。でも私は……」

「いつまで胡散臭ぇ謙遜続けんの?」

 

その一夏の冷たい言葉に山田が驚いて目を向ける。

一夏は不機嫌さを隠さない様子でビールをあおった。

 

「思ってもいないことをペラペラとまぁ……」

「ちょっ、どういう意味ですか!」

「どういう意味?そんなの先生ご自身が分かってることでしょうよ」

「私はウソなんて……!」

「ハッ、冗談は上から読んでも下から読んでもの名前だけにして下さいよ」

「ちょっと!」

 

山田が目を剥く。

 

「男にモテない?先生が?アホらしバカくさ」

「なっ」

「モテないわけないでしょうが。自分が一番分かってるクセに。その顔とそのスタイルで、どの口でんな事言えるってんだよ。クソして寝ろよ」

「あ、貴方ねぇ……」

「ただ俺にこう否定して欲しかったんでしょ?『そんなこと有りません!先生は素敵な女性です!』って」

「そんなこと……!」

「へー。じゃあはっきり言いましょうか?その通りですよ、先生に女性の魅力なんてないです。千冬姉と比べりゃ月とスッポン、紅茶とアバ茶っていうレベル差です。だから振られるんですよ」

「な、な、なんてこと言うんですか!これでも結構……!」

「結構?何ですか?」

「いや、その」

「モテてきたって言いたいんでしょ?だからこそお見合いで断ってきた男が気に入らない許せない」

「ううっ」

 

山田が俯くのを見て、鼻で笑う鬼畜王。

 

「アンタら女の常套手段だもんな。謙遜自虐(チラッチラッ)ってやつ。……よーくご存知ですよ」

一夏が遠い目をして言う。

 

「自分を卑下しておいて、こっちがそれに同調してみれば怒る。心を鬼にして厳しい言葉をかけりゃ殴る。敢えて気づかない振りをしてみれば泣く。……どうすりゃいいってんだよ!」

 

一夏が何を例えて言っているのか山田にはよく分からなかった。ただ一つ言えるのは、一夏の華やかな女性関係における闇が垣間見えた気がしたということだ。

 

山田は入学当時の、純情ではにかんだ笑顔が印象的だった少年の姿をその脳裏に思い浮かべる。

IS学園に入学して早1年、彼にとってそれは本当に良かったのだろうか?

 

しかし、そんな山田の教師としての葛藤なぞ、今のやさぐれ一夏には伝わらない。

 

「大体その乳だけでも、男なんざ光に集まる虫のごとく寄ってくるでしょうが」

「ひ、卑猥なこと言わないで下さい!」

 

山田が自らのお宝をかき抱くように腕を組む。

庇うつもりが逆に扇情的な格好になったことに一夏が再度鼻で笑う。

 

「ホラ、そんな風に自分の武器を誇示してる」

「誇示なんてしていませんよ!無駄に大きい苦労が織斑くんに分かってたまるもんですか!」

「また嫌味な謙遜ですかー?」

「謙遜じゃありません!無駄に肩はこるし、汗は溜まるし……大変なんですからね!」

 

言ってから急に恥ずかしくなり俯く山田。男の子に何てことを言っているんだ自分は。

しかし鬼畜一夏は止まらない。

 

「そういうこと前も授業で言ってましたよね。前学期の二組との最後の合同授業の時に」

「へっ?」

「雑談で他の子たちと話してたじゃないですか。胸の大きさの苦労について延々と」

 

山田は記憶を探る。

そういえばそんなこともあった気がする。

 

「それがどうしたんですか?」

「先生に悪気はなかったとは思いますけど、その際に一人の生徒の心を深く傷つけていたんですよ?」

「えっ」

「誰とは言いませんけど二組のとある酢豚をね。というか正に憎みの酢豚だったな、アレは」

「えっ?えっ?……酢豚?」

「先生が胸の大きさを下手に謙遜する間ずっと、その酢豚……その女の子は憤怒の表情で唇を噛み締め、目には涙をため、そして掌に爪を食い込ませ、必死に耐えている様子でしたよ。可哀想に」

「そんな……」

「アレは正に殺人者の目でしたね……。この世の全てを憎むような目。それは憎しみに支配された貧乳の声無き叫びだったんですよ。ナイチチを改善するためにアイツがどんな無駄な努力を日々しているか、デカチチには……あなたには分からないでしょうねぇ!」

 

なんなのこれは……。山田は頭が痛くなってきた。

しかも無駄な努力って、その子を貶しているのはキミの方じゃないんですか?

 

「決して育たない不毛の乳を伸ばすため、アイツがどんなに苦労して……ううっ、毎日腕立てしたり、牛乳リットル飲みとかしてるアイツの、貧乳の悲哀がアンタには届かなかったんですか!そんなの、そんなの悲しすぎるよ……ちっきしょうぉぉぉ!」

 

涙を流し力説する一夏。

なんでお前がそんな怒るんだよ、それにやっぱり貶めてんのはお前じゃねーか。

山田は混乱する頭でそう思った。もうダメ誰か助けて。

 

「くそっ巨乳め許さねぇ!デカけりゃいいってもんじゃねーぞ!」

なんでだよ。

 

「駆逐してやる……!Bカップ以上は、一つ残らず……!」

お前は世の女性に死ねと言うのか。Aカップのみってどんなやねん、このロリコンが。

 

なんでお見合いの愚痴から、乳のことで責められる話になってんだよ。

意味わかんね。常識ってなんだっけ?教えてルソー。

メタパニ状態の山田は目の前のテーブルに目を向ける。置いてあるは嫌なことを忘れる魔法の水。

 

あれだ、飲もう。とにかく飲んでバカになってしまおう。

現実逃避した巨乳教師、山田真耶は魅せられるようにその魔法の水へとゆっくり手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





大は小を兼ねるということわざがあります。
人は大きいものに憧れます。しかし小さいからって馬鹿にするもんじゃありません。小さいものにも尊敬を持って臨みましょう。全てに愛を持って慈しむ精神こそが大切なのですから……。

ただこれは一般論で、決して『ロリー』という新たな扉を開けと言っているのではありませんからね!
某名作ループゲーでもこう言っています。

『ロリコンは病気です』





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山田真耶は憂鬱 そのご

「年収○○以下はお呼びじゃないわ」
「月○○万とってこない男はクズね」

こんなことをほざく相手には、心情的にドロップキックをブチかましてやりたくなります。








山田は誘惑に抗えぬままゆっくりと魔法の水に手を伸ばす。

そしてそれに正に触れようとした瞬間……。

 

「それでいいんですか?」

正面の少年がキツイ声を発した。

 

「そうやってまた酒に逃げるんですか?」

唖然とする山田に眼光鋭く少年は続ける。

 

「逃げるのか?逃げ続けるのか?そしてアルコールが頭に回るのを待つのか?その酔っ払ったもう一人の自分が代わりに現実と闘ってくれるのか?」

「あの……」

「そんな都合のいい話は何処にもありはしないぜ真耶。いや、センセー!」

 

どこぞの(21)のような台詞をほざき続ける一夏に、山田は逆に冷静になった。

 

何言ってんだよ、ついさっきまで飲め飲め言ってたのはそっちだろ。

山田はツッコミを入れることで自分を取り戻す。やはり酒でコヤツのような支離滅裂野郎になるのはマズイ。彼女は魔法の水へ向かっていた手を止めて、大きく息を吐いて深呼吸をした。

 

とはいえ一夏の急な『真耶』呼びにドキっとしたのは秘密にしとこう。本当にイケメンって卑怯だと思う。

 

「誰もが辛い事情を抱えてるんスよ。センセ……」

「それでも織斑くんには分かりませんよ。私の、女の苦労なんて」

 

尚ドヤ顔でほざく一夏を遮るように、山田がやるせなく呟く。

乳における苦労、男なぞに分かってたまるものか。

 

「町に出ても、何もしてないのに歩いているだけで性的な目を向けられる。その辱めが分かりますか?」

「そう思うなら、普段からそう感じさせない服でも着ればいいじゃないスか」

 

しかし鬼畜王は動じない。

 

「センセも何やかんや言いつつ、夏なんて胸を強調した服着てたし」

「そ、そんなこと……!」

「ありますよ。胸の谷間が強調された服装。全く意識してなかったとは言わせませんよ」

「うっ、それはファッションの一環というもので……!」

「出たよファッション。女はそれさえ口にすれば何でも許されると思ってません?ざけんな!」

 

ガン!

一夏が急に憤るように両手をテーブルに振り下ろした。

 

「授業でも身体のラインがはっきり出る、ふざけたエロレオタードみたいなモン着やがって」

「し、仕方ないじゃですか!あれは決められた正装ですよ!」

「ISなんて絶対防御があるっつっても、その用途はどうしようもない兵器じゃないスか。あのにあんな痴女みたいなカッコで戦うなんてアホじゃねーの?」

「そんなこと私に言われても……」

「俺にしてもなんで腹出したあんな恥ずいカッコしなきゃならねーんだよ……。男は宇宙服のようなゴツゴツに憧れても、あんなピチピチスーツなんてお呼びじゃねーんだよ!男のロマン勘違いしてんじゃねーよ!こっちにもコスチューム選べる権利くらいくれたっていいだろうが!」

 

そもそもISは男性操縦者なんて想定していなかったんだから仕方ない。山田は苦い顔で思った。

オンリーワンなYOUが異常なんですよ。

 

「あんなトンデモ技術なら、別に普通の動きやすい服とかの上からでも装着出来るだろ……」

「あの、わたしたちだって皆がみな好きであのカッコしている訳じゃないんですよ?胸とかだって窮屈だし」

「胸が窮屈?ふざけんなっての。こちとら股間がどんなに窮屈か分かりますか?あんなピチピチスーツじゃ、はっきりと形に出ちまうから勃○も出来ない不自由さを。なのにクラスメートのあんな卑猥な格好を、強制的に見せられる男の気持ちがセンセに分かりますか?ええ?」

「……えっと」

「なのに奴らはあからさまに身体を密着してきやがる!あまつさえ距離を置こうとする俺に向かって「ホモ」だの「不感症」だの陰口言いやがるんだ……。ふざけんなよ、鋼の精神力で必死に耐え抜いてるんだよ本当は!おかげで自室のトイレはいつもこの店の名前と同じ臭いだよクソッタレが!」

 

聞きたくなかったなぁそういうの。

山田は今は過ぎ去りし青き果実な年頃の叫びを何ともいえない気持ちで聞いた。

 

「そもそも何だよあの学校。エリート学校気取ってんなら格好からきちんとしとけよ。服装を以ってわが身を省みるという常識を知らねぇのかよ」

「へ?服装?」

「あの制服ですよ。制服!」

「は、はぁ」

 

一夏は怒りを鎮めるように額に手をやり、そして一息ついてから語りだす。

 

「休みに入る前も、学園で偶然楯無さんのパンツを見ちまったことで、いつもの面子に、エロ夏呼ばわりされた挙句の集団リンチですよ……。じゃあ見られないような制服着ろってんだよ。セシリアのロングや、ラウラのズボンタイプが許されているんなら、それは充分可能だろうが。なんで俺だけ、男だけがこんな目に……せめて簡単には見えないような丈のスカート履けっての」

「それはその、生徒の自主性を重んじると言いますか、ファッショ……って、ヤバッ」

「ほーらファッションでしょ?それさえ出せば男が受ける二次被害なんて忘却の彼方だ」

 

一夏がそれ見たことかと言う風に冷笑する。

 

「屈んだだけでパンツ見えるようなミニ履いといて、見られたら男の責任オンリーってどうよ?」

「そんな一方的に男性を責めたりなんてことはしませんよ……」

「あんたバカ?この腐った世界になって冤罪事件がどんだけ増えたと思ってンだ。このうしちち」

「酷い言い方しないで下さい!」

「電車ではどんなに揺れが激しくても、男はずっとホールドアップしてなきゃ訴えられてブタ箱行きなんだぞ!こんな理不尽があるかよ、ちきしょう……」

 

そもそも女尊男卑の世界は自分の責任じゃないやい!山田は切に思った。

 

「IS学園にしても、クソみたいな決まりごとあるにも関わらず風紀は変なとこで緩い。何なのあの学園?」

「それは……他国の異なる文化、考え方、人種、そういった世界各地からの人が集まる学園ですし。風紀に関しては一様には……」

「あんだけスカート短くする学校なんて世界見渡しても日本だけだっつーの」

「ま、まぁ生徒の風紀に関しては、これはおそらくどこの学校も永遠のテーマでありましてですね」

「何が風紀委員だよ。生徒の素行を風紀する前に、自分らのスカートの丈でも風紀しとけよ」

 

一夏はやるせなく呟くと、一気にグラスを煽る。

まるで世の「最近の若い女性はなっとらん!」と不満タラタラのオッサンの愚痴じゃないか。山田は教え子の心に巣くう闇に戦慄した。

 

「ところでお見合いがダメになった要因に心当たりあるんですか?」

「へ?」

 

急に話が変わったことに間の抜けた声を出す山田。しかし話の移り変わりは酔っ払いの十八番である。

 

例えば「あれだから景気が回復しないんだ!」とテレビを見ながら政権についての政治批判を行っていたと思ったら、いきなり「あの店の○○ちゃん最高ー!」と何の脈絡もなく店で知り合ったねーちゃんの話題をしてくる。おそらく本人も何言っているのか分かってないのではないだろうか?それがTHE酔っ払い!

 

とはいえこれは渡りに船。これ以上愚痴られて自分に飛び火する前に、話を変えるチャンスかもしれない。

 

「そう言われても特に思い浮かびませんよぉ」

「マジで?天然ぶりっ子の先生がアホな失言以外で、男にお断りされるなんて考えにくいんですが」

 

この野郎……。

やっぱ一発殴ってやろうかな。

 

「何か変なこと聞いたんじゃないスか?女性歴とか性癖とか」

「そんなこと聞いていませんよ!……そこまで行く前に終わっちゃいましたし」

「ありゃりゃ。で?じゃあ相手とはどんなこと話したんです?」

「一般的なことだけです。えーと……年齢に職業、学歴に趣味とか。……あ、それと年収……」

「年収?年収ねぇ……。あのさセンセー」

「はい?」

「先生の年収ってどんだけなんですか?」

「は?……って、そんなの言えるわけないじゃないですか!」

 

山田が大慌てで手を振る。

 

「大丈夫ですよ。誰にも言いませんから」

「無理ですよ!何言ってるんですか!」

「そこを何とか」

「言えません!」

「ふーん。ところで俺誰かさんに酒を強要されたっけなー?誰だろー?これって外部にバレたら大問題だよなー。山田先生もそう思いません?」

 

ジーサス。

神は死んだ。

 

「さ、センセ。キリキリ吐いちゃってください」

「ううっ」

「さーて電話どこにあったかな?」

「……世の同年代の一般年収と同じくらいですよ」

「ウソはいけませんね」

「ウソじゃないです!私はただの公務員ですよ!」

「俺の姉は何か忘れてません?大体見当ついてるんですから」

「くっ……!」

 

ビールを手にニタニタ笑う鬼畜の姿が憎らしい。

 

「ホラ先生~。誰にも言いませんって。言える訳ないのは俺も同じですから~」

「……」

「センセー」

「……だいたい『禁則事項』くらいです」

「ぶほっ!」

 

一夏が飲んでいたビールを吐き出す。

 

「きゃっ!服にかかったじゃないですか!」

「『禁則事項』?年収『禁則事項』?先生そんなに貰ってんの?ウソでしょ?」

「いや、あの……」

「カマかけただけだったのに……マジかよ」

 

おい今なんて言った?

 

「織斑くん私を騙したんですか!」

「んなことどーでもいい。ってかなんでそんな貰えんの?公務員でしょ?」

「そりゃ表向きはそうなってますけど……。やっぱり色々な『手当て』が付くわけでして……」

「なんだよそれ……」

「でも!世界で唯一のIS専門学園の教員ですよ私?それに一応元日本代表候補ですし、多少はお給料に色が付いても、それは仕方ないと……」

 

何言い訳してるんだろう?

山田は自分にツッコむ。別に犯罪なんかじゃないのに。

 

一夏は答えず黙って俯く。

その様子に山田は急に不安になった。

 

「で、でも別にそんな天文額的な数字でもないでしょ?年収『禁則事項』なんて」

山田が取り繕った笑顔で言う。

 

「世の中には私の年代でこれより貰っている女性がゴマンといますよ!」

更に続ける。

 

「えっと……ISの国家代表クラスの人でしょ?それに芸能人に一流モデルさん。スポーツ選手に、そうそう、起業して成功した人なんかも凄いらしいですよ?それに……何だろ?とにかく沢山いるんですよ!」

 

沈黙する一夏に必死に弁明を続ける。

彼の表情が見えなくて、山田の変な不安は大きくなる。

 

「そもそも普通の会社員だって、一流企業ならくれくらい貰ってますよ織斑くん。きっとね」

「……ハァ?」

「ですから別におかしくないんです。だから最低でもそれと同等の年収を相手方に求めるのは至って当然ですよね?大人なんていつまでも夢見る少女じゃいられないんですから。私もそんな理想高くはないと思いますが、経済的にやっぱりある程度の……」

「FUCK YOU……ぶちのめすぞ先公」

「お、おりむらくん?」

 

一夏の豹変に山田が目をむく。

 

「アンタさぁ、世の男たちが額を汗に金を稼ぐその辛さを分かって言ってんのか?」

「え?」

「年収『禁則事項』だと?ざけんなよ!そこまで貰うのに普通は何年勤めればいいと思ってんだ!」

「そ、そんなこと言われても」

「アンタみたいに『ぬるま湯』に浸かった女には、世の働く男の苦労なんて分からねぇだろうよ」

「なっ、ふざけないで下さい!私は社会人です!働く辛さは織斑くんの何倍も分かってますよ!」

 

山田がここで声を大に否定する。さすがにお気楽な身分の学生にそこまで言われる筋合いはない。

 

「この女尊男卑のご時世で何言ってんのやら」

「うっ、確かに女性に有利な社会情勢になったのは否定できませんが、それでも……!」

「アンタが望む年収稼ぐのに男はどんな苦労してるのか知ってんのか?」

 

一夏がやるせなく頭を振る。

 

「周りがゲームやら遊びやらに現を抜かしている中、毎日必死にお勉強。受験戦争に勝ち抜き一流大学に入学も、そこは断じてゴールなんかじゃない。そこで資格の取得や社会に出るための準備に備え、入って3年も経てば早就職活動。毎日足を棒にして会社を回り頭を下げ続ける日々が実り、やっと掴んだ上場企業の内定。でもホッとするのもつかの間、ここからが本当の地獄……!」

 

「会社に入れば否が応にもすぐ気付く同期との出世戦争。まだまだ自制しなければならない!ギャンブルにも、酒にも女にも溺れず、仕事を第一に考え、ゲスな上司にへつらい、得意先にはおべっか。接待の場では飲めない酒でも胃に流し込み、笑顔を振りまかせる。遅れず、サボらず、ミスもせず、毎日朝から深夜まで家畜のように働き続ける日々……!」

 

「そんな生活を続けて十余年。気が付けばもう若くない……。そんな失った己が青春に時に黄昏ながらも、同期、先輩後輩との出世戦争を勝ち抜き、部下と責任を携えるようになって、初めて到達する年収が『禁則事項』なんだ!」

 

一夏は一気に語り終えると、手に持った酒をグッと飲み干す。

 

「分かるか……?年収『禁則事項』は大金……途方もない大金なんだ……!」

「あ、あの」

「そんな『禁則事項』の年収を、相手にも当然のものとして求めるなんて、アンタは身の程知らないアラフォーかっての。顔を洗ってクソして寝とけよマジで。どんだけ望む男の偏差値高いんだよ」

 

何なのこの子?もう嫌……。

山田は目の前の少年が遠くなっていく感覚と、築き上げてきた常識が崩れていく錯覚を覚える。そして不意に襲ってきた頭痛と共に、現実逃避という願望に再度支配されるのを感じていた。

 

目の前には酒。全てを忘れさせてくれる魔法の水。

 

酒!飲まずにはいられない!

全てをかなぐり捨てた山田には、もう心が魔法の水へと向かうのを止められなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「ところで誰の受け売りですか?さっきの」

「ん?先週の日曜の朝にやってた『中間管理職利根川さんの主張』ってテレビ番組」

「ああそう……」

 

人間、人それぞれです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これは私だけかもですが、私はマンガやアニメでの「もはやスカートの役割果たしてねーだろ!」というくらいのミニスカートは好きではありません。
しかも真面目な委員長体質の子が、こういう制服をその身に、風紀を語ったりするのを見ると、一言言いたくなります。「君らのスカートは風紀的にどうなんだ?」

T○ L○VEるの小手○さんとか、リ○バスの佳○多さんとかを見ると思ってしまいます。
風紀って何だろう?


あと年収って何だろう?


……世の中には分からないものが多すぎますよ……。


ただ1つ。男性に言いたいことがあるように。
女性側にも言い分があるのです……。


さて、当初の予定より長くなりましたが
次回で山田編は終了の予定です。  



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山田真耶は憂鬱 らすと

酒!飲まずにはいられない!

山田は震える手を伸ばすと、その魔法の水を手にした。そして躊躇することなくそれを口に含む。

 

「ぷはーっ」

一気に胃に流し込み満足げな息を吐くと、山田は次に残っていた日本酒に手を付けた。

 

「はぅ……」

ビールとはまた違うお酒の味。身体の芯が温かくなる感覚。

 

ビールも、日本酒も、ここには無いワインも、どれもオンリーワンな味わいがある。全てを美味いと感じ、日々の辛いことを忘れ、心を癒し、明日への活力にする。これこそがお酒の力なのだ。

 

「あははっ」

 

思わず口に笑いが出る。一夏が訝しげに見てくるが、そんな視線も気にならない。陰鬱だった気分がハイになっていく感覚、「ええじゃないか」という底抜けの陽気が内から沸き起こってくる。

 

「センセ?」

一夏の問いかけに答えることなく山田はその感覚に酔う。

 

……静かにしろい。この感覚が……。

また私を蘇らせる。何度でもね!

 

そして山田の目がクワッ!と開かれる。彼女は正に開眼したのだ。

 

アルコールが、体内に、駆け巡っていく……。

 

 

 

 

 

「なーんか随分好き勝手言ってくれましたねぇ?おりむらくーん」

「あ?」

 

山田の急な人を喰ったような言い方に、一夏の眉が上がる。

 

「自分と同額の年収を男性に求めるのがそんなに悪いことですか?」

「程度ってもんがあるでしょうよ。センセの場合望みすぎなんですよ。相手側の都合を考えないのはどうかと思いますけどね」

 

一夏がそっけなく言う。先ほどまでの山田ならそこで黙ってしまっていただろう。

しかし今の山田はもはや言われるままだった山田ではない。酒の力で強気になったYAMADAなのだ!

 

「フン。所詮はケツの青いガキのたわ言ですねぇ」

「なに?」

「散々言ってくれやがりましたけど~。要は織斑君何が言いたいんですかー?『男はつらいよ』とでも言いたい訳?いつの時代の人間ですかキミは」

「アンタ……」

「女尊男卑について随分思うとこがあるみたいですけど、その実、キミの根っこには男尊主義が根付いてません?」

「おい!」

 

一夏が怒りにかられ立ち上げる。

しかし山田は動じない。

 

「織斑君。キミの言うことも間違ってはないですよ?世のあり方が変わり、昔より男性がお金を得るのは難しくなってしまいました。今では女性のほうがいいお給料を貰っているなんてザラです。そういう意味では男性に同情しますね」

「そうだよ。古来より男は家族を支えるために懸命に仕事をしてきたんだ。それを……」

「ストップ」

 

山田は一夏の言葉を断ち切る。

 

「でも君は女性側の都合と言うのを全く考えはしないんですね?」

「は?女性の都合?」

「女性が優位な社会になったとはいえ、結局こと生きていくのには男性が優位なのは変わらないんですよ」

「どこがだよ。この明確な女尊男卑の世界で何言ってんだ。こんだけ優遇されといて、まだ不満なんスか。これ以上何を望むって言うんです?女ってのは」

 

一夏がうんざりしたように言う。

しかし山田はそれに冷笑をもって返す。

 

「分かってないのは君の方。いいですか?……よろしいですか!大前提として、女には出産・子育てという決して切れない大事が控えているんですよ!マタハラって言葉知っているでしょ?女性の社会進出が増えたと言っても、会社から見れば長期離脱する可能性のある女性より、男性を重用するのは変わってないんですよ。じゃあ代わりに男性が出産出来ますか?子育てしてくれますか?家事してくれますか?……出来ませんよね?しませんよねぇ!時代が変わっても世の男性は「男は仕事」と正に君が言ったような言葉を免罪符に、家のことは女性任せじゃないですか!子育てや家の事だってどんだけ心労が溜まるかなんて、男性は知らないでしょ?」

 

マシンガンのように話す山田に、一夏は多少驚きつつも内心ツッコミをいれる。

アンタもまだ知らねぇだろ、子育ての苦労なんて。

 

「男性と違い、一度社会から離れてしまえば職場復帰も難しい。そんな女性が縋れるものって結局の処……お金なんですよ。ええ、世俗的ですよ。俗物ですよ。でもそれが何ですか?保障されない未来のため、生まれてくるかもしれない新たな未来の命の為、女は『備え』を心がけなくちゃいけないんですよ。その『備え』の最も分かりやすい指標が月のお給料、そして年収なんです」

「だからと言ってそれを相手にも求めるのは話が違うんじゃないですか?」

「あのね。君がさっき言ったじゃないですか?『これ以上何を望むのか』って。織斑君、人間ってのは『もっと上に』と向上心を持つことはあっても、下を見て「これでもいいや」となってしまったら終わりなんですよ。保障のない女性が、何で自分より年収が低い男性相手に水準を合わさなければならないんですか?」

 

山田がフンと鼻で笑う。

 

「金が全てってわけじゃないでしょうが。そこはやはり互いに協力と相手への敬意をもって……」

「ハッ!君の方こそ寝言は寝てから言って下さいよ!そんな青臭い台詞、社会に出れば嘲笑ものですよ?」

「……世の中金だと言うんですか?」

「ええお金です。『金は命より重い』利根川さんもそう言ってたでしょ?実は私も見てたんですよ、あの番組」

 

驚く一夏に山田がニヤリと笑う。

中間管理職という立場の難しさがよく分かる番組であった。

 

「IS学園にしても、一体どれほどのお金が動いているのか考えたことありますか?いや、そもそも普通の高校でも、入学金に授業料、制服代に交通費エクセトラ……どれだけのお金が入用になると思います?毎年何十万ですよ。私立にもなればそれが2倍にも3倍にもなります。君らはエリートとして特例で全てが免除されるから実感がないんですよ。自分らがどんなに恵まれているのか、そしてお金の大切さも」

 

山田は一気に言うと、そこでまたもビールに手を伸ばす。

もはや誰にも止められない止まらない。

 

「織斑君は中学のころから、そして今もこうやってお金を稼いでいるのは偉いと思いますよ?そこは素直に凄いと認めます。ですが例え君が汗水流して毎日必死でここでバイトしたとしても、普通は授業料さえ満足に払えないでしょうね」

「だから稼ぎが悪いのはダメだと言いたいんですか?教師でしょ?それは酷くないですか?」

「私だって職業に貴賎はないと思うし、どうあれ生徒たちには例えどんなお仕事でも誇りとやりがいを持って就いて欲しいと願ってますよ。でもそれとは別に、私だって自身の幸せや、不安な将来の為にお金のことを考えるのは、そんなにいけないことなんですか?」

「それは……」

「『世の中お金』っていうと下種を見るような目を向けるヒマ人が多いですがね。人を救うお医者様になるのも、悪を裁く裁判官になるのも、叶えるまでにはどうしようもなくお金が掛かるんですよ。経済的な理由が原因で、誰よりも強い志や、聡明な頭脳を持っていた人が夢を諦めるなんてのは、おそらくこの瞬間にも何処かで起きていますよ。そんな彼らは皆、口を揃えてこう言うでしょうよ『お金さえあれば』ってね」

 

なぜか勝ち誇った顔で鼻息を出す山田に、一夏は眉をひそめつつも返す言葉が上手く出なかった。

確かにお金は大事だし、生きていく上で必要不可欠なものだ。だけど……。

 

「……それでも、俺は金が全てではないって……そう信じたい」

「敢えて言うなら全てといっても過言でないと思いますがね。……ふふ。どうしたんですか織斑君、急に青臭いこと言い出して。酔いが醒めてきましたか?」

「くっ」

「不思議なんですよねー。私も学生の頃はそういう青臭いセリフとか好きだったんですがね。社会に出て荒波に揉まれるようになると、いつの間にか、そういうセリフが苛つくようになってたんですよねー。なんでだと思いますか?」

「知りませんよ」

「世間の辛さを何も知らないションベン臭いガキ共が、恋してるとか愛だとか、正義とか正しさとか、大人相手にドヤ顔で説教するのを見ると、苦笑が浮かんでくるんですよねぇ。特にお金を全否定する言葉なんかは。そういうことを言うなら完全に独り立ちして、大人の庇護から抜け出してから言えって感じですよ。そうなってもまだ同じこと言えるなら尊敬しますけどね。まぁ無理でしょうけど」

 

じゃあどうしろってんだよ。一夏はグダを巻く山田に言いたくなる。

これからを担う若人が「世の中金です!」とでも言えってのか?それは救いが無さ過ぎるじゃないか。

 

「織斑君分かりましたかー?大人の女性はガキには分からない『現実』てやつがあるんですよ。童貞臭い戯言なんざお呼びじゃないんです。言いたいことあるなら稼いで下さいね」

 

山田は唇を歪めると、自分のグラスにビールを注いでいく。

そしてそれを飲もうとした瞬間、一夏が横からかっさらいそれを飲み干した。

 

「ちょっと!」

「センセこそ何も分かってない。男のプライドってやつを……」

「ハァ?プライドぉ~?」

「ISの登場でおかしくなっちゃいましたけど、昔から男は外に出て働き、女は家を守る。これが日本の在り方だったんです」

「だから?」

「男は日々の仕事で辛さを味わいながらも、誇りを持って励んでいたんですよ。仕事への誇り、そして何より一家の主として、家族を守ると言う誇り。プライドが男を強くしてしていたんです!」

「へぇー。そりゃすごーい」

「なのにこのご時勢になって、本来守るべき女性より年収が少なくなることが、家族を養うというプライドが崩れる様が、センセに分かりますか?……いや、決して分からないでしょうよ。女には絶対……!」

 

一夏は耐えるように歯を食いしばる。

プライドを奪われた世の男の苦悩。それは如何ほどのものだっただろうか。

 

「男は女に言われるまでもなく、年収や月給で己の価値を図ってしまう生き物なんだよ!」

「ふーん。なら話が早いじゃないですか。女性に文句言われないくらい稼げばいいんです」

「アンタって人はぁ……!」

 

一夏は拳を握り締める。

分かってもらえない……男と女の認識のズレが悲しい。

 

「一ヶ月懸命に働いて、その対価として貰える給与明細。それを鼻で笑われる男の悲哀が分かりますか?」

「笑われるくらいの給料しか稼げない男性が悪いんです」

「食事でお代わりを頼む際、『稼ぎの少ない身で食うご飯は美味しい?』そう嫌味を言われる男の屈辱が分かりますか?」

「快くお代わりをしてくれない程の給料しか稼げない男性が悪いんです」

「言葉の節々に感じる悪意。……しまいには(稼げ)(安月給)と幻聴にまで責められる男の絶望が分かりますか?」

「心に自己嫌悪が出来るくらいの給料しか稼げない男性が……ってなんでやねん。君は一体何者ですか?」

 

なんで学生の身分で世のお父さん方の苦悩を語ってんだよ。

山田は少し冷静になってツッコミを入れる。

 

「男は……男ってのはねぇ!プライドで出来ているんですよ!アンタには分からないでしょうねぇ!」

「あのねぇ。だから何?『俺はこんなに頑張っています。だからもっと褒めろ感謝しろ』そう言いたいんですか?……ちゃんちゃら可笑しいですよ!いいですか?世の女性にとって男性がどれほど頑張っているかなんて重要じゃないんです!結果です、結果が全てなんです。取って来るお金!これが全てなんです。その頑張りが給料という結果に反映されるんですか?チンケなプライドとやらが一銭にでもなるんですか?どうして男ってのは……いつまでもガキみたいなこと言うんですかね!」

 

山田の息が荒くなっていく。

 

「私がお見合いした人もそうでしたよ。聞きもしない夢とかを嬉しそうに勝手に語ってきて……。全く、現実を見てないって言うか……!」

「だから振られるんだよ」

「なんですって!」

「男というものを理解せず、年収だけ気にしてりゃそりゃ振られるっての。そんで『こんな素敵な私が振られるわけがない、相手が悪い』って自棄を起こす。……自意識高すぎじゃねぇの?」

「このガキ……!」

「そんなに金が好きならどこぞの成金親父でも捕まえろっての。アンタならロリ顔、うしちち、媚びた性格の三拍子で、スケベオヤジなんか簡単にメロメロに出来んだろ。そこで金塊を抱いて溺死してろよ」

「キー!何ですかその言い方は!」

 

山田が大声を出して立ち上がる。

一夏もそれに負けじと立ち上がった。

 

「女の……私の都合なんて考えもしないクセに!」

「そっちこそオレの……男の言い分を聞いてくれたっていいだろ!」

「聞く必要なんざありませんよ!童貞のクサいセリフなんか!」

「アンタもどうせ処女だろうが!センセみたく自意識高く貞操守ってるヤツが行き遅れになるんだよ!」

「な、な、なんですってー!」

「行き遅れー。振られ女ー。お見合い100人斬られ役でも目指すつもりですかー?」

「フ、フフフ。いくら温厚な私といえど流石にキレちまいましたよ」

「やんのか?うしちちセンコー!」

「……いいでしょう。元日本代表の力、存分にその身に刻んであげますよ!このガキンチョ!」

「かかってこいやー!」

 

男と女。やはりこの両者は永遠に分かり合えないのか……。

そんなやるせなさの中、二人は構えを取り対峙する。

 

そして怒れる二人の獣が正にぶつかろうとした瞬間……!

 

「失礼します!」

張りのある声を響かせて、一人の屈強な男性が酔っ払い以外誰も居なくなった店内に入ってきた。

 

紺色の制服に、紋章のある帽子。

誰もが知っているその格好の主は……天下の公僕おまわりさん。

 

「通報がありまして。何やら大声で不謹慎な会話をしていると」

 

ヤベェ。

山田は額に汗が浮かぶのを感じた。例え酔いが冷め切れない状態でも、その姿を見ただけで人は正気を取り戻してしまう。それが世の秩序を守る警察官という存在!

 

「未成年同士でお酒を飲んでいるとか……君たちのことですか?」

 

おまわりさんが疑いの視線を向けてくる。

そりゃあんだけ大声で喚いていれば店内にいた人も不思議に思うだろうなー。山田は一人納得する。

 

「二人ともまだ幼い顔つきですが、まさか……」

「いやだなーおまわりさん。恋人ですよボクたち!」

 

一夏が取り繕うように山田の肩に手を回す。

おい。

 

「ちょっと喧嘩しちゃっただけです」

「本当ですか?」

「はい」

「失礼ですが二人とも本当に二十歳超えているんですか?」

「もちろん!幼く見えるけど自分らは大人です。セン……じゃない真耶。証明してあげて」

 

一夏は山田に向き直り、片目を何度も瞬かせ合図する。

暫しポカンとしていた山田だったが、慌ててバックから身分証を取り出して警官に渡した。

 

「……確かに成年ですね」

「え、ええ。そうです」

「そちらの彼氏さんは身分を証明出来るものは?」

「いやー財布忘れちゃったんです。実は喧嘩の原因もそれなんですよー。会計のことで揉めちゃって」

 

一夏は人好きのする笑顔でのたまう。

山田は畏怖の目で少年を見た。この状況でよくペラペラと……。

 

「……まぁいいでしょう」

警官は未だ少し思うところがあるようだったが、身分証を山田に返した。

 

「では私はこれで。ところでこの店の店員さんはどこに?」

「買い物に行ったみたいですよ。客ほっぽいて何考えてんでしょうね?」

 

一夏がため息混じりに言う。

 

「そうだおまわりさん。ここの店長は見た目からして犯罪者予備軍ですよ。気をつけた方がいいです」

「は?」

「そうですね。彼の言うとおりです。近いうち逮捕したほうがいいと思います」

 

一夏に同意する形で山田も続く。全部投げ捨てて逃げ出しやがったイカ野郎に鉄槌を。

 

警官は首を捻りながらも「ではこれで」と言って去っていった。

大きく安堵の息を吐き、山田は一夏と顔を見合わす。

 

「驚きましたよ。よく咄嗟にあんなウソ言えましたね織斑君」

「内心ドキドキしてましたよ。汗ダラダラです」

「ハンカチ使います?」

「どうも……って、何コレ臭!」

 

汗をふき取るため頬にハンカチを当てた一夏が、顔を顰めてそのハンカチを投げ捨てた。

 

「あ……。そういえばそれでゲ○拭ったんだった……」

「おいふざけんな!」

「すみません……」

「ハァ……。ははっ」

「ふふ」

 

もはや互いに危機を乗り越え、ゲ○の香りを共有した彼らにはわだかまりが消え、連帯感のようなものが生まれていた。言うなれば川原で殴り合いを終えた不良同士が芽生える友情のようなものか。それとも堕ちるとこまで堕ちた者同士の現実逃避か。

 

「どうします先生?これから」

「織斑くんのご予定は?」

「あるわけないでしょ」

「じゃあ場所変えてもう少しお話ししません?まだ言いたいこと沢山あるし」

「偶然ですね。俺もですよ」

「女性の辛さ、愚痴……存分に聞いてもらいますからね」

「先生の方こそ男というものを理解してもらいます」

 

二人の男女は顔を見合わせ笑い合うと、静かにイカ931店を出た。

 

「なんか逃避行みたいですね」

「ドラマの見すぎッスよ先生。何処に行くって言うんです?」

「あーあ。のんびり旅行にでも行きたいなぁ……。休みが欲しいですよぉ」

「大変ですね。身体には気をつけてくださいよセンセ。じゃあ行きましょうか」

 

 

そして彼らは寄り添うように、欲望渦巻く深夜のネオンに消えて行った……。

 

 

 

 

 

 

さて、普通ならその後確実にイヤ~ンな展開になるものだが、そこはお子様二人&酔っ払い。そんなハァハァな関係になるはずもなく、バカ正直に次の店にはしご酒に向かった。

そこで懲りることなく暴走し、酔っ払い二人による傍若無人な行為によるお店の通報によって、敢え無く先ほどとは違う別のポリスの御用になってしまったのであった。

 

酔っ払いというのは、本当にまるで成長しない……。

 

その後暫くして、とある交番にはアホ二人の引き受け人として、明け方近くに呼び出された千冬の姿があった。彼女がそこで見たのは大口開けて長椅子で眠る弟と同僚の姿。千冬は世話になった警官、迷惑をかけた店の人に何度も何度も非礼を詫びると、どうか大事にしないよう深く頭を下げてお願いした。

 

こうしてアホ二人による、はた迷惑な飲み会は終了したのである。

 

 

 

 

 

その後について少しだけ。

 

織斑一夏は姉に顔の形が変わるほどビンタされ、新学期までの間毎日反省文十枚を書く日々を送っている。

とはいえ、素面に戻った彼自身があの日の自分の行為を一番に恥じており、頭を丸めて暫く何処かの山で修行させてくれるよう姉に頼んでいるが、その願いが叶えられる可能性は今のところない。

 

そして山田真耶は、自身が望んでいた暫しの旅行を、青筋立てたIS委員会のお偉いさんたちから笑顔でプレゼントされ。

『研修』という形で旅行に向かおうとしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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メタ酢豚
ヒロイン達のごちゃまぜチューカ定食 ~天津飯~


劇場公開!フリーザ様復活!という嬉しさからコミックを読み直し、そのまま勢いのまま書いたアホ話。
時系列、その他ツッコミどころ満載の部分は敢えて無視してください。




「ついにこの時が来ましたわね……」

セシリア・オルコットはそう呟くと、この場にいる二人の少女に顔を向けた。

 

彼女からの視線を受け、シャルロット・デュノア、ラウラ・ボーデヴィッヒの両名は頷き合うと、その目に強い力を宿して視線を彼女に返した。

どこか緊迫した空気が流れ、少女達の額に汗が滲み出る。

 

「箒さんと鈴さんは?」

「分からない。二人にもここに来るように言っておいたんだけど」

「全く幼馴染コンビは危機感が足りないな」

 

ラウラが小さくため息を吐く。セシリアも少し顔を曇らせた。

 

「まぁいいですわ。この場に居ない人のことを考えても仕方ありません」

 

まとめるのが大好き委員長体質のセシリアはそう言うと鼻息荒く立ち上がり、座っているラウラとシャルロットを見る。何故か見下されているような気がして、シャルロットは少しムカついた。しかし当のセシリアはそんなものは微塵も気にせず両手を華麗に広げてポーズを取る。お嬢様は人の気持ちなぞ分からない。

 

「では先日正式に発売が発表された『超ヒロイン戦記』における、私たちの在り方についての議論を開始致しますわ!」

 

そして力強く宣言した。

 

 

『超ヒロイン戦記』とは作品の垣根を越えたキャラが一同に集う、言わば『スパロボ』の亜流モノだ。この度めでたく我らが『IS』も参加する運びとなったことに、彼女達は喜び、自身の活躍への期待に胸躍らせることになった。

 

しかし、ここにある一つの問題があった。こういうお祭り的要素の集合作品では避けては通れないもの、スパロボをプレイしたことがある人なら分かるであろう、要はキャラの出番の問題である。

 

当然ながら特定の作品のキャラだけを活躍させること、輝かせることなど出来はしない。作品それぞれに強い愛着を持つファンが存在しているからだ。特にこーゆーヒロイン人気の高さがそのまま人気に直結している作品は……。

まあ、とにかくある作品だけ贔屓しようものなら、ピュアな青少年の(勝手な)怒りの鉄槌が会社に下される恐れがいつも存在するのである。故に冒険は出来ず、どの作品も出来るだけ平等にしようとするのが当然といえる。

 

だがそれは結果的に一つの事実に帰依してしまうのだ。

それはキャラの出番の削減、そしてそれ以上に恐るべきこと……。

 

 

それは『リストラ』である。

 

 

 

「私たちISのヒロイン枠は5。他作品と比べても決して少なくは有りません。故に何が起きるかは分かりませんわ。出番の削減のみならず、もしかして……」

セシリアは言葉を切ると、辛そうに言いよどむ。

 

「……リストラも充分あり得ると?」

シャルロットが彼女の続く言葉を補うように呟く。ラウラはゴクリとつばを飲み込んだ。

 

「ええ。その通りですわ。私たちの誰かがその憂き目にあったとしても決して不思議ではありません」

 

シャルロットとラウラはその恐るべき事実に黙り込む。

 

リストラ……それは彼女たちヒロインにとっては『死』を意味する。ヒロインという一身に脚光を浴びる存在から、一気にその他モブへの転落。最悪そのままフェードアウト。少女達はその恐るべき考えに恐怖した。

 

「わ、私は大丈夫だぞ。当初は危険な敵キャラだったし。こういう存在は物語的に『美味しい』はずだ!』

ラウラが自らの黒歴史を持ち出して吠えた。

 

「ラウラ……」

「そうだ。私は大丈夫、大丈夫なのだ。決してモブなんぞに……」

「ラウラさん……」

「それに私は自分で言うのもなんだが、ヒロインの中でも人気がある方だろう?割を食うのなら私よりふさわしいのがいるはずだ!幼馴……」

「それ以上、いけない」

 

シャルロットが親友を諌める。

 

「フフフ……ラウラさん、貴女も本当は分かっているのではなくて?」

セシリアが妖悦に微笑む。

 

「何だと!」

「気高き軍人である貴女のそのうろたえ様、思い出しているのではなくて?先日の『あの事件』を」

「セシリア!」

「申し訳ありませんシャルロットさん。今この場においては私も鬼になりますわ」

 

セシリアがキリッ!とした表情を作り発言する。自分もモブなんぞ真っ平御免だからだ。そしてこれは唯の議論に在らず、己の存在価値をかけた闘いでもあるのだ!

 

「先日アップされたモンハンとのコラボ企画……」

「や、やめろ。やめてくれぇぇぇ!」

「ラウラ!しっかり!」

「ラウラさん!そこに貴女の姿は無かった!ニクミーさんはまぁ……察しますが」

 

セシリアはコホンと咳払いをしてから、打ちひしがれる少女へ断罪を下す。

 

「貴女は主要ヒロインの中で、私達一年一組の専用機持ちの中で唯一リストラされた存在!それは単発的なコラボ企画とはいえ、世の総意と言えるのでは?」

「ち、違う。あれは担当者に見る目が無かっただけだ……。陰謀だ!何かの間違いだ!」

「ラウラ落ち着いて!」

「私がリストラなんて、そんなこと、そんなこと……!ああぁぁ……モンハン……モブ化……」

 

セシリアは友の痛ましすぎる姿にそっと目を閉じた。

 

 

モンハンコラボ事件。

それは公開されたとき大きな議論を巻きこした事件である。

 

世界的に有名なモンハンとのコラボということで、ウキウキしながらその公開の日を待っていたヒロインたちに降りかかった人災。「武器は何になるのかなー」そんな風に和気藹々としていた彼女達の誰が想像しただろうか。

公式サイトでの明らかに足りない人数。命運が別れたことによる何とも言えない空気。

 

ラウラは思い出す。囚われた屈辱を。狩人(イェーガー)になる機会さえなかったことを。

 

そもそもニクミーはともかく、どうして自分がこんな目に?ラウラはその夜ベッドの中で一人涙で枕を濡らしたものだった。尺の都合なら諦めが付いたかもしれない。だが本来自分が居るべきポジションに、青髪の痴女が収まっていた事実が彼女の絶望に磨きをかけた。

 

 

「私は誇り高き軍人だ……ヒロインだ……決してリストラ組では……」

「ラ、ラウラ……」

「堕ちましたわね……」

 

お前のせいだろ!シャルロットが睨みつけるがセッシーは動じない。それがセッシークオリティ!

 

「このように例えラウラさんのように『大きいお友達から大人気のヒロイン』といえど、このような仕打ちが待っているのがこの人の世の常。シャルロットさん、一番人気筆頭の貴女といえども、そしてこの私にしても何が起こっても不思議ではありません。此度の闘いはそんな甘いものではないのです」

 

シャルロットは親友を優しく慰めながらも、その言葉に怯える自分を止められなかった。

どこかで安心していたのかもしれない。自分なら大丈夫だと、なんてったって自分は一番人気だと、可愛いと、良い子だと、愛されてると、それから……。

 

いやいや何を考えているんだ!

シャルロットはどこからかの悪意のある電波を振り払うように頭を振る。

 

だがセシリアの言い分も一理ある。何が起こるかなんて誰にもわからない。何せ初めての試みなのだ。スパロボでも主要キャラがリストラ、モブ化する例は数え切れないほどあった。まさか自分も……。その考えはシャルロットを恐怖に陥れた。

 

セシリアは震える二人の少女を見て沈痛な表情を浮かべた。辛い思い出を呼び起こさせてしまったかもしれない。しかし!こういう時にこそ我らがISヒロインが力を結集して立ち向かわなくてはならないのだ!『モブ化カッコ悪い』『ジークIS!』そんな想いを胸に抱いて。

セシリアは大きく息を吸うとオペラ歌手のように手を広げ、口を開こうとした。

 

 

「待たせたな!話は聞かせて貰ったぞ!」

 

そこに大きな声が響き渡った。口を半開きにしたセシリアがお間抜けな顔でそちらを見る。正気を失いつつあったラウラとシャルロットも驚いて目を向けた。

 

そこには、バックに『どん!』という効果音と砂埃のようなものを携えた一人の女性が立っていた。

 

「なんだ。ただのモッ……箒か」

「モッピ……箒さん、今更何か御用ですの?」

「モッピーに用なぞない!」

 

この畜生ども……!

箒は青筋を浮かべて睨みつける。

 

「貴様ら。『正ヒロイン』であるこの私を差し置いてこういう話題をするとはどういう了見だ?」

「何言ってますの?この掃除用具さんは」

「ごめん。モッピー語は分かんないよ」

「巣に帰れ!」

 

このクソッタレどもが!

箒ちゃんの怒りMAX。なんだこの扱いは?エセ外人どもめ、お前らこそ本当に自分達の母国語話せるのか?

 

「フ、フフフ。だがそんな舐めた言い分もそこまでだ……!」

箒が冷たく笑う。

 

「お前らがどんなに否定しようが私が『神』によって定められた正ヒロインであることは疑いようの無い事実だ!違うか?」

 

「グ、グムー」

外人三人娘はキン肉マンに出てくるような唸り声を上げて唇を噛む。しかしこれはくやしくもまぎれもない事実であるからだ。『神』からの寵愛という意味では箒に勝てるものなぞいない。

 

「随分と小さい話をしていたな。ええっと、出番の削減?リストラ?……プッ、ククク。いやすまない、私には縁の無い話でな。つい……フフフ」

 

この野郎調子に乗りやがって!

ラウラは怒りに震える手を必死に握り締める。なんでこんなにデカイ顔が出来るのだ?民主主義の原理で言えば、真っ先にリストラされるべきはコイツのはずなのに!日本は所詮『神』による独裁国家だとでもいうのか。

 

だがどんなに憤っても神による恩恵は絶対。それは某『フェイクラブ』の作品でも顕著に見られている。

黒髪ちゃんがどんなにフラグを立てようと、神の絶対的なお力により『キムチ』『居眠り』といった悲しい出来事に変換され、結局は金髪さんといい感じになるという世界に収束するように……

それが神に愛されたる乙女の力。

 

そしてこの世界では彼女こそが、その愛を一身に受ける存在なのだ。

 

 

……彼のものは常に一人。「不人気!」「不人気!」の陰口の中で勝利に酔う。

その身体はきっと無限の(神からの)愛で出来ていた……。

 

その名は篠ノ之箒!

 

「そういう訳だ。せいぜいお前らはメインであろう私のシナリオのサブ要因として頑張ってくれ」

 

怒りに震えていたセシリアだったが、そこでようやく気付く。こういう時真っ先に怒りを爆発させる中華娘がこの場にいないことに。モッピーと一緒だと聞いていたが、何故彼女一人だけでここに?

 

「箒さん?鈴さんは……」

 

箒はその問いに眼差しを強くした。そしていつものポーズを決める。

腕を組んでの仁王立ち、『THE箒!』という立ち方。そしてゆっくりと口を開く。

 

 

 

「鈴は私が置いてきた。イベントはこなしたが、ハッキリ言ってこの闘いにはついていけない……」

 

セシリア、シャルロット、ラウラの三名は顔を見合わせると思った。全く同じことを思った。強く思った。どうしようもなく思った。叫びたいくらいに思った!

 

 

 

『お前が言うな!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続きません。

 

 

 

 

 

 




モッピーに最後のセリフを言わせたかった。それだけである。反省している。



全く関係ない人物紹介・用語説明。


『天津飯』……中華ではなく、ここではドラゴンボールに出てくるキャラを指す。主人公悟空の元ライバル。「餃子はオレが置いてきた……」で一躍ネタキャラとして有名になった可哀想なお方。
悟空の親友クリリンとは『ハゲ』『太陽拳』『鼻なしVS三つ目』と様々な共通点があるのも関わらず、最終的にはクリリンが綺麗な嫁さんに可愛い娘、更にはフサフサの髪まで手に入れたのに比べ、彼は最後まで漢らしくそのスタイルと孤高の生き方を貫いた。ランチさんとはうまくいかなかったのだろうか?
でも大丈夫。そんな彼の側にはいつも餃子が優しく笑っているから……だからきっと幸せなんだ!
私はそんな天さんが大好き……いや、まあまあ好きです。



『モンハンコラボ事件』……世界的有名なゲーム、モンハンとISのコラボ企画のこと。しかしUPされた画像は何と言うか、皆様随分とたくましくなられていて……。まあコッチの方が強そうと言われればそうですが。セシリアのミニスカート、短髪のシャルロット等、突っ込み所は多々あったが、それよりも大きな問題があった。リストラである。
ラウラ、鈴というヒロインが削除され、代わりに楯無がそこにいたのである。これは大きな議論を巻き起こした。これを「よくやった!」とスタッフの英断と見るか、「スタッフは貧乳に恨みでもあんのかよ!」とお怒りになるかは、貴方次第である……。



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ヒロイン達のごちゃまぜチューカ定食 ~餃子~

センセー。ヒロインの中にいらない子が一人いまーす!
そ・れ・は?(チラッ)




『さようなら天さん。どうか死なないで……』

「餃子(チャオズ)―!」

 

ちゅどーん!

 

 

 

 

 

「凄惨な光景だね」

「ああ。そしてその数秒後傷一つ付いていないハゲ頭の姿を見て、我ら視聴者は恐怖の渦に巻き込まれるのだ」

「ええ。このナッパなる男、下品で優雅さのカケラもありませんが、インパクトは凄かったですわね」

 

今日も今日とてヒマを持て余したエセ外人三人娘は、一つの部屋に集って昔懐かしのアニメ鑑賞会を開いていた。発案者はラウラ・ボーデヴィッヒ。日本のアニメと茶道を愛するキュートな軍人少女である。

 

「正直、この展開は予測できなったよね。Z戦士が一人にここまでなすすべなくやられていくなんて」

「後ろにまだ大物顔しているベジータが控えているというのにな。あれだけの実力差とは思わなかった。当時の絶望感は凄まじいものがあったそうだ」

「同じサイヤ人でもラデ……なんとかさんとは、どうしてあそこまで差があるのでしょう?」

 

神妙な顔で主人公悟空の兄をディスる少女の名はセシリア・オルコット。メシマズである。

 

「それは言わない約束だよセシリア。仲間から『パワーだけなら栽培マンと同じ』って暗にバカにされた彼の事は……」

「栽培マンといえば、その栽培マンにやられた戦士が一人いたな。えーと……名前何だったか?」

「さあ?『お遊びはここらへんでお終いってのを見せてやりたい』なんて言っておきながら、そのすぐ後に、伝説となる惨めな自爆を決められた方の名前なんて存じませんわ」

 

いや存じているだろ。少女は友人の妙な博識ぶりに呆れた目を向ける。そういえば最近、彼に関するあまりにヘタレすぎる自爆フィギュアが発売されたはずだ。あれはあんまりだと思う。人間ああはなりたくない。

そんな風に身を震わせて、ヒトの悲しい末路を憂う少女の名はシャルロット・デュノア。決してあざとくなどない、心優しきボクっ娘である。

 

「とにかくこの闘いが、Z戦士集結における最後の見せ場になっちゃったよね」

「ああ。ここから戦闘力のインフレが急激に進んだからな。その後は『サイヤ人に非ずは人に非ず』の扱いだ。特にモブZ戦士の扱いは涙を誘うぞ」

「モブの方には優しくないというのはどの世界でも同じなのですね……」

 

そう、例え過去にどれほどの活躍をしようが、主人公とどんな因縁があろうが、モブに堕ちてしまえばその瞬間からどうあがいてもただのモブとなる。そしてモブに人権などない。

 

少女達は懐かしいアニメを見ながら、業界の厳しさに胸を痛めた。

 

 

 

 

 

「要はキャラが多すぎたのだ」

「人数が増えれば増えるほど、均等に活躍させるのは難しくなるからね」

「まあ、仕方がないことかもしれません」

 

一区切りついたところで、彼女達は鑑賞を一時中断しお茶タイムに入っていた。ラウラはシャルロットの入れた紅茶を飲むと満足げに頷く。こういうひと時も悪くない。

 

「あれ?メールだ。誰だろ?……なんだ」

「ん?誰からだシャルロット。もしかして嫁からか?」

「違うよラウラ。箒からだった。箒なら面倒だし返さなくていいかな」

 

何気に非道なことを言うシャルロット。この前の『正ヒロイン』云々の件は未だ彼女に深い闇を落としていた。

 

「ところで今日は鈴さんは?」

「分からん。一応誘ったんだが、大事な用事があると断られた」

「大事な用事?鈴さんにそんな大層なものがあるんですの?」

「……酢豚作ってるとか?」

 

こちらも鈴に対しては辛辣なセリフを発するセシリアに、シャルロットが少し呆れて返した。一見仲が良いグループでも、場に居ない誰かをディスるのは女性に限らず、人間の持つ悲しい性である。

 

「ふーむ。そういえば嫁も今日は大事な用事があると言っていた様な……」

「え?ラウラ本当?」

「……怪しいですわね」

 

英仏の両娘は顔を見合わせると、愛しの日本男児と酢豚の逢瀬を疑った。これは後で検証が必要かもしれない。

 

そうして彼女達の時間は過ぎて行った。

 

 

 

 

 

「何となく鈴って餃子ポジじゃないか?」

ラウラの唐突な物言いに、英仏二人の少女は再度顔を見合わせた。この子のいきなりな言動にも慣れたはずであるが、それでも時に想像の斜め上を行くことをする娘なんだ。

 

「えっとラウラ?いきなりどうしたの?」

「いや、何となくそう思ったのだ。鈴からはこの餃子と同じニオイを感じると」

「いや、流石にそれは……」

「考えてみろ。ISにしても一夏はセカンドシフトへの移行、箒はチートな専用機の入手、セシリアはブルーティアーズの偏向射撃、皆レベルアップ描写がある中で、鈴はどうだ?」

「どうって、その……でもそれは僕とラウラも同じじゃない?」

「元より強者ポジの私たちと鈴を同格に見るのは正直無理がある。そう思わないかシャルロット」

「う……」

「勘違いするな、別に私は鈴を貶めたいわけじゃない。ただ私は心配なのだ。いつか『鈴は置いてきた』と本気で言われる日が来るのではないかと……」

 

ラウラは顔を歪ませて辛そうに言う。

そこにあるのは彼女の優しさだった。友を思うがこその辛辣な意見だった。

 

「モブZ戦士のように戦いの描写が少なくなるのは仕方が無い。それでも餃子のように『戦・力・外!』になるよりはよっぽどマジではないのか?」

「ラウラ……うん、そうだね」

 

シャルロットは親友に頷くと改めて心に誓う。この厳しい業界を生き抜くために弛まぬ努力が必要なのだと。さもなくばその先に待つのは……考えるのも恐ろしい。

 

「まぁそういう訳だ。鈴にもそこら辺は後でしっかりと……」

「フフフ……」

 

ラウラの言葉を遮って、セシリアお嬢様が妖悦に笑う。

お嬢様の嘲るような笑いに親友コンビの間に軽い緊張が走った。

 

「……なんだセシリア。その笑いは?」

「フフ。人は背けたい現実がある場合、それを別の相手に置き換えた何かを創り上げることで心の均衡を保つ、と聞いたことがありますが……」

「セシリア?」

「フフフ。ラウラさん、貴女は何を怯えているんですの?」

「何だと」

「人は一度刻まれた恐怖心からは逃れられない、ということですか。悲しいですわね……」

 

セシリアはやるせないといった様子で首を振る。

 

「セシリア、お前……」

「ラウラさん。貴女は怯えている。迫るべき脅威から目を背けようとしている。鈴さんへの餃子云々はその言わば布石、一つの現実逃避ですわ」

「そんなことはない!私が何に怯えているというのだ!」

「落ち着いてラウラ。セシリア、君は一体何を……!」

 

セシリアは笑みを解くと手を組んで静かに語り始める。彼女達ヒロインに迫っている脅威を。安然としていた立場が脅かされる恐怖を。今ここにもう一度。

 

「……先日我がオルコット家の情報網に一つの気になる噂が届きましたの」

「噂?」

「ええ。お二方も、更識姉妹がヒロインに決定された事実は掴んでいるでしょう?」

 

ラウラとシャルロットは神妙な顔で頷く。流石にその情報は正式決定として、彼女達の耳にも入っていた。

 

「でもあの姉妹がヒロインに加わるのは前々から言われていたことじゃない。別に今更……」

「更にそれが増えることになる、と言われても貴女は穏やかでいられますの?」

「な、何だと!」

 

驚愕するラウラ。シャルロットも驚きで固まる。

 

現在正式なISヒロインの数は7。これだけでもぶっちゃけ多すぎであるというのに。

それが更に増えるというのか?……マジで無理があるだろソレ。

 

「だ、誰なの?まさか亡国とかいうイカレた組織の誰か?敵方がヒロイン候補なんてのは王道だし」

テンパって結構キツイことを言うシャルロット。

 

「いや、まさかの布仏本音か?アイツの人気もあなどれないからな……」

警戒心を露にラウラも続く。これは由々しき事態かも知れない。

 

セシリアは答えず、ただ静かな目で二人の少女を捉える。

とはいえ、実は彼女自身穏やかではない。ヒロインが増えるということは、どうしてもその分出番が減るということだから。

とゆーか神の御心など分かるはずが無いが、これ以上ヒロイン増やしてどうしようというのか。只でさえ飽和状態であるというのに。嗚呼、当初の出番が多く輝いていた時間が懐かしい。

だから只の根も葉もない噂だと、もしくは神の一時の気まぐれだと、そう信じさせて下さいお願いします。

 

「セシリア。で?誰なの?」

「……それは申し上げられませんわ。曖昧な噂で述べるのは混乱を招きますし」

「いや、お前……」

 

話振っといてそりゃないだろ、とラウラは軽く憤る。

 

「私が言いたいのはこれが誰であれ、もし噂が本当で更にヒロインが増えるということになれば、いよいよ『アレ』が現実となる恐れが出てくる、ということですわ」

「『アレ』?セシリア何それ?」

「ま、まさか……」

 

考え込むシャルロットをよそにラウラが震える。セシリアはそんな彼女を一瞥すると、宣言した。

 

「そう。私たちの誰かのリストラですわ!」

 

 

前回同様再び彼女達の間に激震が走り、少女達は互いに顔を見合わせた。

そしてどこか予知のような予感を全員が感じた。これはヒロインという座をかけた戦争になると……。

 

 

 

 

 

 

続いてしまいました。すみません……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




全く関係ない人物紹介・用語説明

『餃子』……中華ではなく、ここではドラゴンボールに出てくるキャラを指す。
天さんによって置いてかれた人。Z戦士初の正式なリストラ要因。ドラゴンボールでの萌え担当の一人。だが男である。もしコヤツが女だったら、私の中の何かが崩れてしまっていただろう。
『かめはめ波』を知らない男子はまずいない、と断言できる中で、彼の使う『どどん波』は今の子供たちでは知らない子もいるのではないだろうか。似たような名前の必殺技でも、天と地ほどの差が付いた技を主に持つキャラである。
ナッパに玉砕アタックを唐突にカマシたお方。前兆もなしな自爆攻撃に私たちの口も驚きで開かれた。
それ以前に「ボクの超能力が効かない!」と必死に天さんに訴えていたが、本気で効くと思っていたのだろうか?ナッパ相手に腹痛でも起こそうってのか?身の程を知りなさい……。
映画版だか、スペシャル版だかでは驚きのヒロインポジになっていた記憶がある。
餃子……恐ろしい子!



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ヒロイン達のごちゃまぜチューカ定食 ~飲茶~

これでまた私は多くの党員の怒りを買うかもしれない……。
しかし!それでも馴れ合う先に進化はないのだから。人の革新を信じて……!
キン肉アタル先生……これでいいんですよね?



「リストラ……」

 

生足ボクっ娘が、あたかも呪われた言葉を発するかのように、忌々しい感じで呟いた。

それは彼女達ヒロインにとっては死そのもの。野球選手のような復活のトライアウトなど存在しない。リストラされ、堕ちてしまえばそれまで。救いの糸なんてものは勿論なくて、遥か上で光り輝くヒロインを羨みながら見上げるだけの、惨めな一モブへのクラスチェンジを意味する。

 

「わ、わたしは……」

 

軍人ロリーの「大丈夫だ」という続きの言葉は空しく切れた。彼女の脳裏に思い出したくもないトラウマが甦る。ゴリラのような風体で走る友人たち。そこに居ない自分。何故か代わりに居る青髪の痴女。

それは忌むべき思い出、刻まれた屈辱の記憶。

 

「フフフ……」

 

笑うメシマズ。

 

 

三者三様の様子を見せながら、少女達はその言葉を胸に刻みつけた。

 

 

 

「では皆さん。お茶でも飲みながらこの問題を話し合いましょうか」

「いや待て、待ってくれ!なんで私たち三人だけで話し合わなければならないんだ!」

 

セシリアの提案にラウラが吠える。

 

「うふふ。ラウラさんどうしたんですの?らしくない姿を晒して」

「く、この……!」

「ラウラ」

「分かっている!……つまり話し合うにしても、箒と鈴も呼んだ席で討論すべきじゃないのか?でないとアイツらに対してフェアではない」

「そ、そうだね。どうしてもこの場に居ない人をスケープゴートにしてしまうものだし。僕もラウラに賛成かな」

 

「フフフ……」

親友コンビの公平正大な提案にも、お嬢様はただ妖しく笑うのみ。

ラウラはその笑いにかなりムカついた。その大きい尻もろとも成層圏まで蹴り飛ばしてやろうか。

 

「ラウラさん、嘘はいけませんわ」

「嘘だと?」

「貴女のその発言は本心でして?箒さんと鈴さんのことを本当に想ってのことですか?」

「当たり前だ!ヤツらも私の大切な友人……」

「それは疑いません。しかし!今この場に至っては私たちは友ではなく、宿敵(ライバル)ですわ!軍人である貴女が、戦場でそんな甘さを見せるとは思えません」

「セシリア?何言ってるの?」

「ラウラさん、貴女はあのお二方との立場を対等にしようと提案しつつも、心の奥底では別のことを考えているのではなくて?」

「わたしが、な、何を……」

 

狼狽するラウラにセシリアはビシッ!と指を突き刺すポーズを決める。あたかもジョジョのようなポーズを決める英国お嬢様にシャルロットは何ともいえない気持ちになる。つーか人を指差すなよ。

 

「セシリア、何を言っているのか正直分からないんだけど。ラウラがどうしたって言うの?」

「フフフ……」

 

またも妖しく笑うお嬢様にシャルロットは心底ムカついた。そのでかいケツを宇宙まで蹴り上げたろか。

 

「あのねセ尻ア、いい加減に……」

「ちょっとお待ちになって。何か発音変じゃありませんでした?」

「気のせいだよ。それより結局君は何を言いたいのさ」

 

彼女は一瞬目を瞑る。そして再びシャルロットを捉えた目には、ケツ女のケツ意の色が表れていた。

彼女の名はセシリア・オルコット。天下無敵のケツ、もといお嬢様。

 

「では語りましょう。私たちの罪を……」

そして話を聞かないお嬢様の一人舞台が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

「箒さんは残念ながら当てはまりません。それは神の御意思ですから」

お嬢様のいきなりな訳分からん台詞に親友コンビは顔を見合わせる。急に何言い出すんだ?このケツは。

 

「セシリア?あの……」

「まあお待ちになって。ラウラさんのことはおいおい話すとして、こちらの方が大事でしょう?」

 

セシリアはシャルロットの抗議を強引に打ち切ると、話し続ける。

 

「人気の面だけで言うならば、残酷ながら真っ先に戦力外通告を受けるのは箒さんであると言わざるを得ません。しかし彼女はやはり何と言うか、その、まぁ正統派?って言う感じで、神に愛されていますし……」

 

曖昧な言い方になるセシリア。箒を正ヒロインと認めたくない、チンケなプライドがそれを邪魔をしていた。

 

「つまり彼女は強制加入キャラ、とでも言いましょうか」

 

そう。それが篠ノ之箒という少女の持つ特権である。

RPGで言えば、ボス戦において「俺も力になるぜ!」と勝手にパーティーに入ってくる存在。他キャラとチェンジさせてくれよ……とプレイヤーのやるせなさを受ける者。

 

捨てよう(リストラ)にも「それをすてるなんてとんでもない!」という天からの注意が成される少女。

 

それこそが、この篠ノ之箒という少女の力。通称モッピー。

正に『どうあがいてもヒロイン』という存在である。

 

「……つまり箒はリストラ対象外の存在だと言いたいの?」

シャルロットが尋ねる。

 

「ええ。ムカつきますが箒さんはやはり特別と言っていいでしょう」

「し、しかし人気は……」

「ラウラさん、ストーリーの流れはキャラ人気で決まるものではありませんわ。人気の高いキャラのみを前面に押し出す先に待っているのは、話の崩壊のみですわ」

 

セシリアが心底やるせない風で言う。

読者の目を気にし過ぎるあまりか、人気の高いキャラのみを極端に活躍させることで、自滅の道を歩んでしまった作品は少なからず存在する。

特に我らがISのようにキャラ人気で成り立っている……と一部で言われている作品のようなモノは。

 

「しかしその読者からの人気というものも、神の前では砂粒にも等しいものですの」

「神……。確かに僕たちではどうすることも出来そうに無いね……」

「『神の寵愛』……このスキル前には何者も無力ですわ……」

 

セシリアは悩ましげに言うと、やるせなく大きく息を吐き出す。

これはマジでどうしようもないのだから。

 

「そんな、しかしそれは贔屓ではないか!そんな非道が許されていいのか!」

「その通りですわ。しかしこれが世の無常というもの。戦士である貴女ならお分かりでしょう?」

「ぐ……!で、では鈴はどうだ?アイツなら神の寵愛なんてものは存在しないだろう?」

「ラウラ……」

 

どこか必死さを醸し出す親友の様子に、シャルロットが痛ましそうに目を向ける。

しかしその言葉はまぎれもない事実。神の愛なぞ全く持って存在しない少女が一人居たではないか。

 

鈴は二組だからいない。

そんな呪いの言葉と共にいつもハブにされる少女。汝の名は凰鈴音。薄幸の酢豚少女。

 

「それなら鈴なら……鈴なら、きっと何とかしてくれる!」

「ラウラ落ち着いて……」

 

ならないよ。つーか鈴に何が出来るのさ?結構酷いことを内心思うシャルロットであった。

 

「何とかしてくれる?それは何をですか、ラウラさん?」

「え?そ、それは……」

「フフフ……」

 

あたかもネズミをいたぶる猫のように攻め立てるセシリア。猫キャラはラウラの方であるはずなのに、不思議な構図であった。

 

「話を戻しましょう。鈴さんですが……残念ながら彼女もまた対象外と言わざるを得ませんわね」

「何だと!何故だセシリア!」

「マジ?」

 

これにはラウラのみならずシャルロットも驚愕した。思わず「マジ?」なんて言っちゃうほどの。

しかしセシリアの言葉はそのくらいの驚きがあったのだ。『鈴=いらない子』これはISファンの間ではネタとは言え、鉄則であると言えるのだから。

 

「それは……鈴さんが一夏さんという私のステディと、ジュニア・ハイスクールを共に過ごした憎っくき酢豚女であるからですわ!」

「セシリア、調子に乗らないで」

「あ、ハイ」

 

シャルロットの一睨みでセッシー撃沈。

 

「コホン。つまり一夏さんの昔を知るという重要なファクターを担っている彼女は、どうしても外せませんの。しかも同じ幼馴染でも箒さんと違い、つい最近までの一夏さんを知る上での貴重な存在ですから」

「……それはそんなに大事なことなのか?」

 

ラウラがおずおずと聞く。

 

「ええ。鈴さんを通じて少し前の一夏さんを描くことで、成長の様子なんかも表せますし。それに一夏さんの嘗てのご学友……えっと五反田さん?とかも鈴さん以外は絡ませられないでしょう?」

「まぁ、確かにそうだね」

 

多少納得できない部分は持ちつつも、シャルロットは一応は頷いた。

 

「でも、それだけじゃ理由には弱いんじゃないかな?確かに一夏の貴重な男友達との交流を描けるといっても、それは鈴を出さなくても描けるわけだし」

 

何より、可愛いヒロインとイチャイチャする様を見れればそれでいい、という悲しい読者層が多い中で、男友達を出すことに果たして需要があるのか?……ということも思ったが、優しい彼女は言わなかった。

 

「そうだそうだ!その理由は弱いぞ!」

ラウラのシャルロットへの援護射撃に、セシリアは首を振ってアメリカ人のように手を広げる。

「やれやれですわ……」とでも言いたげな様子に、ラウラの怒りのボルテージが更にアップされた。

 

「……ラウラさん、シャルロットさん。貴女方はアニメなどで使われる~党というのを聞いたことがありますか?」

「え?何それ?」

「……一応知っている」

 

またしても唐突なお嬢様の訳分からん質問であったが、意外にもラウラが答えた。

 

「ラウラ?それは何?」

「好きなアニメキャラを語るときに~党と言う言い方をするのが一時はやったのだ。また政党のようにそのキャラについて志を共にする者の集まりを用いる際にも使われる」

 

ラウラの説明に、シャルロットは「ふーん」と返す。

全く世の中には意味不明なことに力を注ぐ人たちがいるんだなぁ。

 

「ええ。その通りですわ。そして鈴さんが除外される理由もそれにあるのです」

そして二人の会話にセッシーが割り込み、勝手に続ける。

 

「それは正に狂気の集団。彼女の為なら命を投げ出すことも厭わない狂信者たちの集まり」

そうして一瞬恐ろしげに身を震わすと、セシリアは力強く宣言した。

 

「そう、通称『セカン党』の存在ですわ!」

 

 

 

 

しーん。

一瞬の静寂が支配する。そしてそれを破ったのは、やはり怒りのラウラであった。

 

 

「そんなのが理由になってたまるか!それなら私だって持っているぞ!」

「え?ラウラそうなの?」

「フフ。ではラウラさん、その名称を仰って戴けませんこと?」

「う……そ、それは……」

 

しまった、という様子で唇を噛むラウラ。だが小悪魔セッシーはそれを見逃さない。

 

「あらあら、どうしたんですのラウラさん?ウフフ」

「……ラビットだ」

「え?聞こえませんわよ?」

「だから!『ブラックラビッ党』だ!文句あるのか!」

 

畜生!滅茶苦茶ハズい!ラウラは耳まで真っ赤になりながら答える。

 

 

 

『ブラックラビッ党』

それはラウラに忠誠を誓った連中が集まった政党である。その構成員はとにかくとして、彼女の政党名だけ、他とはずいぶん違う響きを持っているのにお気づきだろうか?

 

箒の『ファース党』

鈴の『セカン党』

セシリアの『オルコッ党』

シャルの『シャルロッ党』

 

幼馴染コンビは一番、二番という繋がりで、エセ外人コンビはネームから。しかし我等がラウラちゃんのだけ、何というかウサギちゃん的と言うか……。よほどの猛者でもない限り、自信満々にこの政党名を宣言するのは難しい。

 

例えば誰かに「なぁお前何党?」と聞かれたとしよう。

 

「オレはファース党」

「ボクはセカン党!」

「ワイはオルコッ党」

「ワシはシャルロッ党」

 

「ブ、ブラックラビッ党(小声)」

 

……という仲間はずれ的な響きを持っているのだ!

これが彼女の政党名『ブラックラビッ党』の持つ罪なのである!

 

 

異論は死ぬほど認めます。

 

 

 

そもそも何故自分だけブラックラビットなのか。いやまあ理由は黒ウサギ部隊から来ているのは分かっている。それでも自分だけ感じるこの疎外感はなんだろう?ラウラは恥ずかしさと共にそんなことも思った。

 

「うふふ。そうでしたわね、可愛い可愛いラビットさん?」

「当方に迎撃の予定アリ。目標、デカケツ!」

「落ち着いてラウラ!いい子だから落ち着きなさい!」

 

衝動的にケツリアのケツに攻撃を加えようとした親友を必死に止めるシャルロット。真面目な彼女はいつもこのように気苦労が絶えないのである。

 

「尻!……じゃなくてセシリア!いい加減にしてよ。要は何が言いたいの!」

怒りを含んだ声で問い詰めるシャルロット。彼女もまた限界が近づいていた。

 

セシリアはラウラとシャルロットを静かに見渡すと、その言葉をゆっくりと呟く。それは全ての始まりにして、全てを終わらせるモノ。来る物拒まず野菜も果物もオルオッケー。みんな大好きチューカ料理。

 

「酢豚ですわ……」

「ハァ?」

「酢豚……そうSUBUTAの恐るべき力!これこそが鈴さんをリストラから守るべく強大な守護となっているのです!」

 

そんな意味不明なことを力強く宣言するセッシー。

 

もう嫌……。シャルロットは心からそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




全く関係ない人物紹介・用語説明

『キン肉アタル』……キン肉マンでの主人公キン肉スグルの兄。通称俺たちの兄貴。
王位争奪戦において、山奥でせっせと訓練に励んでいた、本物のキン肉マンソルジャー御一行を人知れず瞬殺して、それに成り代わり『超人血盟軍』という正義、悪魔の混合チームというドリームチームを、その類まれなる男気とカリスマ性によって立ち上げ参戦した。
しかしその実は、正義超人の馴れ合い化していた友情パワーに喝!を入れるためであり、全ては愛する弟スグルを想っての行動であった。
「男というものはあまり喋るものではない!」「平和に近道はない!茨の道を進め!」等男気溢れる名言を残し、カッコイイ大人に憧れる子供たちの心を鷲掴みにした罪深い漢である。
しかしそんな男の中の男であるアタルだが、その少年時代は両親の過度な英才教育に嫌気が差し、ブチ切れて家庭内暴力を振るった挙句、弟のスグルに全ての責任をおっ付けて家出、という黒歴史が存在していた。
そんなダメ人間一直線の過去を持ちながら、誰の力も借りずあれだけの漢に成長した姿からは、人間とはいくらでもやり直せるのだと、恥ずい黒歴史なんて簡単に乗り越えられるんだ!という希望を我々に教えてくれたのである……。
ナパーム・ストレッチ!


『セカン党』……ISヒロインの一人鈴ちゃんを愛して止まない集団。ヤバァイ連中。
彼らの前では鈴のネガティブな話題も全てが無意味である。例えば鈴の二組云々も彼らに掛かれば「そうでもしないと、鈴の圧倒的なヒロイン力に他の連中が太刀打ちできないからだろ!」というポジティブシンキングに塗り替えられてしまうのである。
しかし『鈴ちゃん可愛い』という共通意識はあるものの、その内実は一枚岩ではなく、様々な派閥が存在する。特に『鈴は酢豚なので美味しく食べましょう』派や『鈴ちゃんの脇ペロペロ』派など、お近づきになりたくない方も多数存在するので、注意が必要である。
未だ互いに罵り合う等、激しい覇権争いが続いている我らがIS政党であるが、一般人から見れば五十歩百歩の「キモーイ」連中であるのは間違いない。よって間違っても「僕はブラックラビッ党!」などと人前では言わないように。
その瞬間貴方のクラス、職場でのカーストは最下層待ったなしになるだろう……。


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ヒロイン達のごちゃまぜチューカ定食 ~超飲茶~

最後かもしれないだろ。
だから……全部話しておきたいんだ。


「SU・BU・TA?」

ラウラは一語一語噛み締めるようにその単語を吐き出した。それは酢豚、正に鈴を表すもの。

 

「ええ。SUBUTAですわ」

自信満々に答えるセシリアに、軽く頭痛を覚えるシャルロット。何言ってんだこのメシマズは?

 

セシリアは自分を凝視する二人の友人の視線を受け、何故か満足げに鼻息を出す。お嬢様は注目されるのがお好きなのである。

 

「では語りましょうか」

彼女の一人舞台は未だ終わる気配は無かった……。

 

 

 

 

 

「ラウラさん、貴女と鈴さんは立ち位置的に似ていますわね」

「は?」

 

急な話の振りに呆けるラウラに、セシリアはヤレヤレと軽く頭を振った。その仕草が一々シャルロットのイライラ感を加速させる。つーかSUBUTAとの関連はどうしたんだ?

 

「貴女と鈴さんは言わばロリータ枠。小さい子にハァハァする駄目人間へのご褒美」

「おい」

 

ヤベーよ、また危険な事言うなよ。

シャルロットは外部団体からの批判を恐れ、セシリアを睨み付ける。

 

「本来なら私のような真のレディこそ、全ての殿方の心を掴んでしかるべきなのですが……本当に世の中には理解に苦しむ人たちがいるものですわ……」

 

駄目だこのケツ、早く何とかしないと……。

シャルロットは軽蔑の眼差しと共にそんなことを思った。

 

一方当事者のラウラは難しい顔をして一人考え込んでいた。

自分はペド野郎御用達の為の存在だったのか?

 

「セシリアほんと何なのさ。ラウラを侮辱するつもりなら僕も容赦しないよ」

「そんなつもりは微塵もありませんわ。しかし繰り返しますが、これはヒロインの座をかけた戦争なのです」

「それと今の話がどう関係あるって言うの?」

「シャルロットさん。私は先程立ち位置と言いましたが、ラウラさんと鈴さんに共通するもの、貴女は分かりませんの?」

「ラウラと鈴……?」

 

そこでシャルロットは思考する。

百歩譲ってラウラがセシリアの言うロリコン枠としても、鈴はそれに当てはまるかは疑わしい。鈴は見た目こそ少し幼いが、ラウラのように幼子のような純真な所はない。むしろ世の中を冷静に見ているところも垣間見えるからだ。

 

「分かりませんか?シャルロットさん」

「うーん」

 

二人の共通……。シャルロットは必死に頭を働かせる。横に居る当人のラウラを差し置いて、お嬢様同士の問答がなされる。

 

「ラウラさんをその曇りなき眼でご覧になりなさい。そうすれば答えが見えますわ」

「ラウラを?」

 

シャルロットはその言葉に倣い親友を見る。その視線に少し困惑するように半歩下がるラウラは、特にいつもと変わることなく相変わらず可愛い。整った顔に、小さな身体、全てがパーフェクト。ハァハァするダメ人間の気持ちも分かる気がする。思わず胸の中に抱きしめたくなる可愛さである。

 

……いや待て胸の中……?シャルロットは目線を親友のその慎ましい胸へ向ける。……むね、MUNE、胸。……つまりはおっぱい。

ま、まさか!シャルロットの顔が驚愕に歪む。

 

「気付きましたか、シャルロットさん」

「セシリア、君は……!」

「そう。それが答え。彼女達二人に共通するもの……それはスレンダーな身体!またの名を貧乳ですわ!」

 

しーん。

お嬢様の超絶アホ発言に、親友コンビは唖然とする以外の選択は無かった……。

 

 

 

「いやいやいやいや、ちょっと待て!待って!君、頭大丈夫?」

珍しくテンパりまくりのシャルロット。親友の為、反論を試みようとする。

 

「なんですのシャルロットさん。貴女もお気づきになったのではなくて?」

「いや、その……。とにかく!いい加減にしてよ!」

「私はふざけてなどいませんわ」

「尻……!」

「ん?尻?……とにかく、お二方に共通するのはその貧乳という事実。それが一つの分岐点なのです」

 

つーか淑女が貧乳発言連発するなよ。

頭を抱えるシャルロットをよそに、セッ尻は止まらない。

 

「人は自分には無いものを持つ相手に憧れを持ちます。殿方が女性に求めるものは何だと思いますか?」

「それは……母性とか、優しさとか、それから……えーと」

「まぁ精神的な面で言えばそうでしょうね。でもここでは肉体的な面についてです」

「肉体的?」

 

オウム返ししながらも、シャルロットの中に疑問が膨らんでいく。このメシマズは何が目的なのだろう?

 

「どの時代でも、男性というのは救いの無い方が多いですわ。粗野でお下品であったり、対照的に女々しかったり……。勿論私の一夏さんは違いますが。一夏さんのように素敵な男らしさを持つ殿方に出会えたことは、正に定められた二人の運命としか……」

「分かったから、もうそれはいいから。話続けてよ」

「もう、いい所でしたのに……。オホン、とにかく男性というのはこの女尊男卑の世にあっても本質は変わりません。女性の容姿やスタイルに邪な目を向ける人がどんなに多いか、貴女ならお分かりになるでしょう?」

「……まぁ」

 

夏、道を歩いているだけで、イヤラシイ視線を受けたことは一度や二度ではない。シャルロットは小さく肯定する。

 

「そんな男性の方が最も意識するセックスアピールポイントは当然女性の胸なのです。そうでしょう?これは当然女性のみが持つものですから」

「はぁ、そっすね」

「女性の価値を胸の大きさで決めるなぞ言語道断ですが、そう見られるのも事実。やりきれませんわ」

「はぁ、そっすね」

「時折『乳比べ』などといって女性を裸に一列に並べた画が出ますが、あれはあんまりですわ。男性が面白半分でやっていることと思いますが、ならご自分もそのやられる立場になってみればいいのに」

「……えー?」

 

無気力に返事していたシャルロットであったが、ここで正気を取り戻した。想像してしまったからだ、男性が一列で自身のマイ・サンを比べられている地獄のような画を。

 

 

 

とはいえ、女性からすれば納得できないことでもある。女性に「貧乳」「デカ乳」呼ばわりは少年誌でもデフォだというのに、男性には「短小」「ビッグ・マグナム」など踏み込むのは少ない、というより皆無である。それは一気にエロゲーの域まで飛び越えなければならない。

しかしである、女性が「貧乳」と呼ばれて嬉しい人はいないように、男性も「短小」呼ばわりされて喜ぶヤツなぞいない。むしろ死にたくなる。本気で止めてくださいお願いします。

 

……そういうわけで人様の身体の特徴でネタにするのは、よく考えて下さい。間違ってもリアルで友人に「オレ(の息子)はビッグ!お前ら(短小)とは違う」などと勝ち誇った顔で言わないように。その瞬間、貴方は友情という円環の輪から永遠に外れることになるでしょう。

 

 

 

シャルロットは大きく頭を振って、その地獄のような光景を頭から追い出そうとした。

どうして自分がこんな目に……。

 

「やりきれませんわねシャルロットさん。男性の醜い欲望というのは……」

いや、どう考えてもオマエのせいだろ。シャルロットは扇風機のように動かしていた頭を止めると、目の前のお嬢を睨み付ける。そろそろ気分的にクーデターを起こしそうだ。

 

「もう僕限界だよ!セシリア!今度という今度は……!」

「落ち着いて下さい」

「落ち着けだって?ああもぅ!君は一体何が言いたいのさ、そもそものテーマは『リストラ』についてでしょ?ひんにゅ……胸と一体何の関係があるのさ!」

 

少しの間「フー、フー」とシャルロットの荒い息だけが響く。

彼女の息が落ち着くのを見計らい、セシリアはゆっくりと立ち上がった。

 

「……それですわ」

「はぁ?」

「ロンゾの教えにこんな格言が残っています。『巨乳は通す、並乳も通す、貧乳は通さない』と……」

「え?それって、あのツノなしキマリさんのことじゃ……」

「つまり、貧乳とはそれだけ狭き門だと言うことです。考えても見て下さい、女性の胸が大きいのと、小さいの、普通の男性はどちらを選びますか?シャルロットさん」

 

「それは……えぇっと、うう……。前者、かな?」

チラリとラウラを横目に伺い、申し訳なさそうにシャルロットは答える。

 

「その通りですわ。下品ですが、それが男性の持つ生来の欲望。当然私たちが出演しているような美少女モノでは、抜群のスタイルを持つ方が真っ先にチョイスされます」

「まぁ、うん」

 

アイドル並の美少女が集まるだけでも不可思議なのに、どうして更にスタイル抜群のおまけまで付くのだろうか?わが身のことながらシャルロットは少し疑問に思った。顔が良いからってスタイルもいいとは限らないだろうに、バスト90近くの美少女がそうそう身近に居てたまるかっての。

 

「美少女モノはその名の通り、出てくる人は皆不自然にも全員美少女。……まぁ、これについてはもはや何も言いませんが、とにかくそうなると、この『胸の大きさ』が一つの区別になるのです」

「それで?」

「人は無きものに憧れる、男性は女性の胸にロマンを見る。この悲しくも醜き絶対の事実」

「で?」

 

ばぁ~かじゃねぇの。という思いを頭の片隅で感じながらも、シャルロットは先を急かす。

 

「『貧乳はステータス』『ロリ最高』などという理解できない言葉がありますが、実際はあくまで少数意見。小さい子にしかハァハァできない愚か者と、自分の今を認識したくないお馬鹿さんの逃避ですわ。違うと言うならその言葉を自信を持って口に出せますか?実際は口にしたら最後、犯罪者に一直線じゃありませんか」

 

コイツは本当に何なんだ……?

シャルロットは本当に分からなくなってきた。このお嬢様は何を言っているのか?何をどうしたいのか。

何を、企んでいるのか?

 

一気に喋ったセシリアはここで「ふぅー」と大きく深呼吸すると、視線をもう一人の少女に向ける。ここ暫くずっと沈黙を貫いていたラウラ・ボーデヴィッヒへと。

その視線を受けた少女は、一瞬硬直した後少しずつ後ずさる。

 

「ラウラさん。聡明な貴女なら、これまでで私が何を言わんとしているか、想像出来ているのでは?」

「し、知らない。私は知らない分からない」

「ラウラさん……」

 

セシリアは辛そうに、申し訳なさそうに眉をひそめる。

しかしそれでも『キッ!』と視線を強くすると、怯える少女にゆっくりと近づく。

 

「ラウラさん」

「来るなぁ……!」

 

その姿はいつもの優秀な軍人である、ラウラ・ボーデヴィッヒという少女ではなかった。そこに居るのはただ自らの存在証明に怯える哀れな黒ウサギちゃんの姿だった。

 

「鈴さんと貴女に共通する悲しき事実……」

「や、やめろ」

「鈴さんにあって、貴女に無いもの。そしてSUBUTAの恩恵。これについては後ほど詳しく述べるとして、結論だけ先に述べましょう。……遠まわしな言い方がお嫌いな貴女にとっても、その方が良いでしょうから……」

 

ラウラはいやいやをするように頭を振って、シャルロットに助けを求めて視線を送る。

だが、頼みの親友は自分の哀願の視線に気付くことなく、俯いて「何が目的?」などとブツブツ呟くのみ。それを見てラウラの目が絶望に変わっていく。

 

セシリアはもう一度痛ましそうに少女を見ると、右手を大きく掲げた。そしてそのまま芝居がかった動作で、その指先を震える黒ウサギに向けていく。

 

 

「そう、此度のヒロイン増加によるリストラ対象。……それは」

 

その指先をあたかも銃のように突きつけ、そして宣言する。

 

「それは……貴女ですわ!ラウラさん!」

 

ズキュウウゥン!

 

今、ここにセッシーお嬢様による勝手な断罪が、哀れなウサギちゃんに下された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




全く関係ない人物紹介・用語説明


『キマリ』……FFⅩにおけるメインキャラクターの一人。勇敢で屈強な種族ロンゾ族の青年。
……のはずなのだが、実際は通称『ツノなし』『通さない』『キースフィア窃盗請負人』どうしてこうなった。
『キマリ』で検索すると「弱い」「使えない」などが高確率で表示される可哀想なお方。必殺技は敵の技を覚えて使う青魔法。『サンシャイン』『マイティガード』はまだ許せるが、『自爆』『くさい息』何より『タネ大砲』がキマリという男のやるせなさ加減を表している。何だよタネ大砲って。
高確率で二軍行き待った無しのお方。おそらくプレイした9割の人はキマリさんに非情な戦力外通告を出すであろう。彼をまともに戦闘に立たせないまま終わらせる人もいるのではないだろうか?戦闘に参加しないから経験値が貰えない、敵と戦わないから青魔法も覚えない。負のスパイラルである。
その使いづらさや、時折話す発言の香ばしさから、FFでも屈指のネタキャラとして未来永劫祭り上げられることとなった。キマリも本望だろう、ヤツは生きながらにして究極召還並みの伝説となったのだ……。

ちなみに最も笑ったキマリ関連のネタは。
キマリ「オレ、この青さは、なくさない」
……せめて流行の萌えキャラのような外見なら、こうはならなかったのかな。……キマリ。



『ズキュウウゥン』……ジョジョにおける擬音の一つ。主にショッキングな場面で用いられる。
初出は、作中で主人公と想いあっている女性が、ライバルキャラに無理やり唇を奪われた場面で使われた。大コマで描かれた憎き相手からのいきなりのキス、そして背後に描かれた「ズキュウウゥン」というあたかも鉄砲に打ち抜かれるがごとくの擬音によって、読者に強烈なインパクトを与えることとなった。
あれからどんなに時代が変わろうと、男と女にはこのような「ズキュウウゥン」な出来事は日々起こっている。そこで当社調べによる独断と偏見で選んだ「恋人、妻に言われて最も『ズキュウウゥン』とくる」であろう言葉を発表したい。



第五位 「あなた臭いのよ」

第四位 「顔だけじゃなく頭も悪いのね」

第三位 「あなた下手なのよ」

第二位 「もっと稼いできてよ」

第一位 「死ねばいいのに」

……世の男性諸君、強く生きてください……。


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ヒロイン達のごちゃまぜチューカ定食 ~酢豚~

ハラァ…いっぱいだ。


「そ、そんな……ウソだ……」

 

セッ尻の理不尽な指摘を受けた黒ウサギさんはガックリと膝を付いた。軍人は敵方の前で膝を付くのは恥とされている。しかし今の彼女にはそんな余裕など無かった。まさに指先一つでダウンである。youはshock!

 

一方のダウンさせた側のセシリアも指先を向けたポーズのまま暫し考え込んでいた。

なんかこのポーズのまま長い間固まっていた気がする。気のせいだろうか?

そんなお嬢の電波受信に関係なく世界は回り始める。

 

「わたしが……この誇り高き軍人ラウラ・ボーデヴィッヒたる私が、リストラ要員?」

「へ?……え、ええ。そうですわ!」

「そんな……いいや!そんなことがあってたまるか!ふざけるな!」

 

ラウラの咆哮!気合で立ち上がると、目の前の尻悪魔を睨み付ける。

よくよく考えれば何故自分がそんな理不尽な非道を受け入れなければならないのだ。

 

「私は自分で言うのもなんだが人気ヒロインだぞ!そんな私がどうしてリストラを!」

「そうですわね。貴女は確かに押しも押されぬ人気ヒロインですわね」

「なっ……」

 

反撃してくるかと思いきや、セシリアはあっさり肯定し、ラウラを逆にたじろかせる。

 

「ですがラウラさん。この業界には常に『オンリーワンを目指せ!』という格言があるのです」

「何?」

「ナンバーワンではなく、オンリーワン。勿論ナンバーワンになるに越したことはないのですが、必ずしもそうなれるとは限りません。故に敢えて泥を被る者、作品のアンチを泣く泣く一心に背負う者……。皆自分にしか出来ないオンリーワンな『何か』を見つけ懸命に生きているのです」

 

火がついたセシリアは止まらない。

 

「ラウラさん。貴女は確かに人気のヒロインですわ。可愛らしいお顔に、ロリコンが好むような貧……失礼、スレンダーな身体。そしてその純真な性格。ウフフ、間違いなく強者ですわね」

「お前……」

「しかし!貴女には『これ』といった最後の決めがないのです。人気で語るなら貴女は確かにどこで行われようと上位に入るでしょう。常に二位か三位になるであろう強大な人気、それは認めますわ。ですがそれだけではこの厳しい業界を生き抜くことは出来ません」

 

ラウラに反論の隙も与えずお嬢様の変な理屈は止まらない。

 

「例えば私達の作品のネタキャラといえば、筆頭の箒さんと鈴さんがいるでしょう?あのお二人は人気で言えば私達BIG3との間には大きな壁がありますわ。貴女のお国柄で例えるのなら難攻不落のベルリンの壁……その強固な壁が『人気』という名の下に隔てられています」

 

もはや当事者のラウラさえも置き去りにケツリアは尚止まらない。

 

「しかし単純な人気の面だけで言うなら、真っ先のリストラ要員であろう幼馴染ーズも、実際はリストラ行きは難しいのは分かりますよね?箒さんは『神の寵愛を受けし者』という絶対不可侵の存在、そして鈴さんは……」

「そ、そうだ!鈴だ!なぜ鈴ではいけないんだ!」

 

ここで呆けていたラウラがようやくセッシーの一人舞台に待ったをかける。

 

「お前の理屈は全く意味不明だ!だが私と鈴がひんにゅーでキャラが被っているというなら、その是非は人気の差で優劣を付けるのは決して間違いではないだろう?」

「そうですわね。一般的にはそのような場合は世に浸透するキャラの人気度で決まりますわね」

「そうだ。ならお前が言うように私達の間にベルリンの壁ほどの強固な人気の差があるというのなら、リストラされるべきは私ではなく……」

「鈴さんだと、貴女は仰りたいのですの?」

 

ラウラはそこで口ごもる。これではまるで鈴を蹴落としているかのよう……。

セシリアはそんな彼女の動揺を悟ってか、ニヤリと邪悪に笑う。

 

「ウフフ。ラウラさん、貴女は自分が生き残るために友を『売る』というのですの?」

「ち、違う!わたしは、そんな」

「そうですわね、リストラされし者に待つのは惨めなモブへの転落。ヒロインという絶対的な場所を失いたくはないですわねぇ?その為なら人は鬼にでもなるでしょう」

「うう……」

 

ラウラは罪悪感、己の浅ましさから俯いてしまう。

悪党になりきれない小悪魔セッシーは、ラウラの様子に少し胸が痛みながらも、ここが好機と更に追撃を試みる。

 

「ラウラさん。残念ながらそうはなりませんの」

「え?」

「鈴さんは決してリストラ対象にはなり得ません。それは彼女が持つ特性、何よりSUBUTAの威光……」

「さっきから何なんだ!酢豚が何の関係があるというのだ!」

 

セシリアはゆっくり息を吐き出すと、芝居がかった様子で両手を広げた。

毎度毎度こういう大袈裟な動きにイラッとさせられる、ラウラは小さく歯軋りした。

 

「第一に、鈴さんには彼女の為になら命さえ投げ出す狂気の集団、先に述べた『セカン党』の存在があります」

「またそれか。それなら恥ずかしいが私も含め皆が持っているという話だったろ」

「いいえ、それは違います。私達の党員と鈴さんのとは大きな違いがあるんですの」

「え?」

「彼ら『セカン党』はもはや常識の範疇に当てはまらないのです。私達のような一種のアイドルのそれとは根本的に違う狂気の集団……恐ろしい、私は恐ろしいですわ」

 

震えを抑えるようにセシリアは自らの両肩を抱く。

 

「彼らには世間一般の常識や理論なぞ通用しません『ジーク・スブタ!』を合言葉に、鈴さんによる、鈴さんの為の酢豚郷を創らんがごとく日々暗躍しています」

「酢豚郷って、お前」

「時に醜い内部対立を繰り広げながらも、彼らの根っこにあるのは鈴さんへの熱い、というか熱過ぎる愛。もはや『逝っちゃって下さい』というレベルの人間末期……!」

 

何なんだよコイツ。

ラウラは興奮して話すアホを前にただ呆然とする。

 

「彼らの前では全てが無意味。党員数にしても、数で言えば私達より劣るかもしれません。しかし彼らは『他より数で負けている?なら想いの力で1+1を10にしてみせる!』というように、キン肉マンにおける友情パワーのようなことを持ち出して自信満々に宣うのです」

 

キン肉マンにおける友情パワー。

それは全てを可能とする奇跡を超えた力である。

 

「そう。まさに『ゆで理論』と呼ばれる、何でもありの理論で武装する彼らには何を言っても無駄なのです。鈴さんの為になら彼らは死ぬまで闘い続けるでしょう。そして死して尚、この世に未練を残す怨念と化し、酢豚を求めさ迷い続けるのでしょうね……」

「セシリア。お前大丈夫か?頭とか……」

「狂信者を相手にしたくないというのは、全ての人が持つ共通意識。彼らは善悪の区別、現実と妄想の境がありません。……例えるなら決して手に入らないアイドルの為に、生活費を切り崩してまでお金を貢ぎ続ける人。はたまた所詮はキャラの一環であるはずの声優を偶像化し、神秘性や潔癖性を求めるキチ……」

「おいやめろ」

 

人の話も聞かず、徐々に危なくなるセッシー発言に、ラウラがストップをかけた。

興奮して話し続けるアホを前にラウラは逆に冷静になる。そしてようやく悟り始めた。

 

コイツの話を真に受ける必要なぞ一ミリもないのでは?

 

「とにかく、これが鈴さんの固有政党『セカン党』の恐怖。ヒトが持つ愛という悲しき狂気……」

「あっそ」

「そして何よりは酢豚。SUBUTAなのです。ラウラさんお分かり?」

「だから知らねぇって」

「鈴さんの母国中国により生み出された酢豚は、今や国を超えてまで、その独特な酸味に魅せられた多くの愛好家を生み出しました。それは我が母国イギリスも例外ではありません。もはやSUBUTAといえば、日本におけるOMOTENASHIやSUSHIと同じくらい有名なものなのです。これは凄いことだと思いませんか?」

「知るかアホ」

 

やさぐれるラウラちゃん。

しかしセッシーは動じない。

 

「そんな世界に広がるSUBUTA。その権化である鈴さんを蔑ろになど出来るとお思いですか?無理に決まっていますわ。もしそんなことをすれば最期、世界各地にいる推定億は下らないであろう酢豚フリークの方々が暴動を起こしてしまいますわ。……そうなれば数多くの罪なき方々が傷ついてしまいます」

 

セシリアは世界で時折発生する大規模な暴動による被害を思い浮かべ、その心優しき胸を痛めた。

断じて悲劇のヒロインを気取っているわけではない。多分。

 

「そう。今やSUBUTAは経済をも動かすのです!鈴さんをリストラすることで、それに激怒した方々が『酢豚不買運動』でも起こせばどうなると思いますか?中華料理店は軒並み潰れ、スーパーも大ダメージ。そしてその全ての怒りの矛先はリストラを断行したもの、ひいては作品そのものへ向けられることになるでしょう」

 

そうなればもはやリストラ云々の話ではなくなる。作品存続の危機である。

セシリアはISヒロインの一人として己を戒める。それだけは避けねばならないのだ!

 

「……これが鈴さんがリストラを免れる理由ですわ。ラウラさん、お分かりになりまして?」

「分かったのは貴様の頭がイカレてるということだけだ」

「貴女と鈴さんは属性的に確かに似ています。大衆的な人気で言えば貴女に分があるでしょう。しかし『セカン党』の脅威、そして世界のSUBUTA。この二つは悲しいかな強すぎるのです……」

 

はぁ……。と悩ましげに息を吐くお嬢様。

現実とは非常なものである。

 

「ラウラさん、心中お察し致しますわ。しかし人気の面で私達と幼馴染ーズの間に強固なベルリンの壁があるように、貴女と鈴さんの間にも決して超えることの出来ない強固な壁が存在します。先に述べた二つの要因により、残念ですが貴女のリストラは……」

 

「けど、その強固なベルリンの壁も結局は崩壊したよ。自由・統一を目指す民衆の手によってね」

 

更に調子こいて続けるセシリアの言葉を、ずっと沈黙を守っていた少女が遮る。

彼女の名はシャルロット・デュノア。ISにおいて正ヒロインならぬ真ヒロインと呼ばれる少女。

 

「シャルロット!」

「……シャルロットさん!」

 

ラウラは親友のようやくの覚醒に喜色満面に。

セシリアは聡明な少女に対する警戒を表しながら。

そうして相対していた二人の少女の関心は、今一人の少女に向けられた。

 

「あのさセシリア」

「な、なんですの?」

 

少し狼狽するセシリアを見てシャルロットは小さく笑い、そして問いかける。

 

「君はヒロインの同盟についてどう思う?」

 

ISの真ヒロインと名高いシャルロットによって、物語は終わりの局面を迎えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




全く関係ない人物紹介・用語説明

『ゆで理論』
キン肉マンで用いられる物理や概念、その他諸々を無視して繰り広げられる謎理論のこと。その数は大小を合わせると数えるのも面倒なくらいある。
ただ驚くべきはその理論が何故か妙な説得力を持っているのと、マッスル愛好家たちにとっては「お、また新たなゆで理論かぁ」というように、もはや笑いの一つとして受け止められているということである。
何か間違いを見つける度に、鬼の首を取った様に騒ぎ立てる現代人はその寛容さと優しさを、この偉大な作品から改めて学ぶ必要があるのかもしれない。
マッスル・スパーク!


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幼馴染ーズのごちゃまぜヤミ鍋定食

サクラ大戦の大神さん、TOLOVEるのリトさん、アマガミの変態紳士橘さん、etc・・・
この世には「許される」一握りの選ばれた勇者は確かに存在する。


「なーんでこうなるのかなぁ……」

「こっちのセリフだ」

 

IS学園が誇る幼馴染両名は顔を見合わせると、同時に顔を顰めた。

 

 

 

それは一時間前のことであった。

丁度エセ外人軍団がドラゴンボールを見ながら、サイヤ人についてあーだこーだ話しているその時、酢豚ちゃんこと凰鈴音は皆のアイドル一夏君を口八丁で連れ出し、抜け駆けデートすることに成功していた。

いつも通りポケーっとする一夏の隣で、鈴は小さく気合を入れる。こういう数少ないチャンスを物にしたものが、いつの世も最終的な勝者となるのだから。

 

三馬鹿外人はアニメ鑑賞、更識姉妹の好感度はまだカンストしていない。故に今こそ好機!と力を込める鈴ちゃんであったが、一人忘れていた。真の仲間、もとい真のヒロインである彼女のことを……。

 

「……一夏、鈴。奇遇だな、こんな所で何をしている?」

そう我らがISの正ヒロインである箒さんのことを。

 

 

 

 

「そんで現在、何故かアンタと二人きりでお茶かぁ……」

「フン。文句があるのはこちらも同じだ」

「アンタさぁ、学園からこっそりあたし達の後ついてきてたの?ストーカー?」

「なんだと!」

 

箒が大声を出して立ち上がる。カフェに居た周りの客からの非難の視線集中砲火を受けて、鈴はとりあえず他人の振りをした。

箒も恥ずかしくなったのか、すぐに座り直す。

 

「そもそもアンタ何してたのよ。シャルロットたちと一緒しなかったの?」

「どういうことだ?」

「へ?いや、その……誘われたんじゃないの?」

「いいや?あ、そういえばさっきシャルロットにメールを打ったのだが、返信こないな」

 

鈴はそっと目を閉じる。

先日セシリアから聞いた、正ヒロイン云々による彼女達の闇は思った以上に深いのかもしれない。

 

「はぁ……」

「ため息をつくな鈴」

「せっかく二人きりだったのに。……どこぞのエセ大和撫子さんのせいで」

「な……!フン、そうは言っても結局一夏は千冬さんの鶴の一言で、お前を置いてさっさと帰って行ったじゃないか」

「……うっさいわね」

 

我らが一夏は既に千冬からの電話によりこの場から去っていた。彼曰く「千冬姉からの大事な用事だよ、困るよなー」らしいが真相は分からない。電話を受け喜々とした様子で帰っていく姿からは困っている感じは微塵も見えなかったが。

とはいえ天下の往来で、自分のことで歯をむき出しに言い争う女の子を前にして、居心地が悪くならない男は居ないだろう。一夏の場から逃亡したかった気持ちは、彼と同じ女難の相を持つ男性なら理解できるものかもしれない。

 

とにかくスタコラサッサと小走りに去っていく想い人の背中を見て、アホらしくなった幼馴染ーズは近くのカフェでお茶をする運びとなったのである。

 

「あーあ。こんなことになるなら、あたしもセシリア達とドラゴンボールでも見てればよかった」

「ドラゴンボール?あいつら今そんなもの見ているのか?」

「らしいわよ。あたしは誘いを断ったから、詳しくは分かんないけど」

「……私は誘われてない」

「あ、やべっ」

 

鈴はしまった、という風に小さく舌を出す。

ハブリ関連で彼女を傷つけることは本意ではないからだ。

 

「ま、まぁ気にしなさんな。深い意味はないと思うよ」

「……別に気にしていない」

 

少し居心地の悪い空気が二人を包んだ。

 

 

「だが、アイツらは何で今更ながらにドラゴンボールなぞ見ているのだ?」

沈黙を嫌った箒が、取り直すように言う。

 

「さぁ?聞くところによると、先日誰かさんが調子ぶっこいたこと言ったらしいじゃない。何でも自分を正ヒロインだの、皆にサブとして頑張れだの。その憂さ晴らしじゃないの?……あたしはその場に居なかったから分からないけどー」

「うぐ……」

 

鈴のイヤミったらしい物言いに、箒が小さく唸って押し黙る。

その様子を見て鈴はフンと鼻を鳴らす。後にセシリアから聞いた、箒の腸煮えくる発言を思い出していた。

「鈴は私が置いてきた」だと?ふざけやがって。

 

「聞いたのかお前。私が言ったことを」

「さてね。何のことやら」

「怒っているのか?」

「べつにー。どうせあたしはただのその他ヒロインですしー。誰かさんみたいに神の寵愛なんて受けてないですしー」

 

追い討ちをかけるように鈴は更にイヤミを返す。その言葉に箒が表情を変えたが、生憎謝るつもりなどは毛頭無かった。

 

「……鈴、お前はどうなんだ?」

「何がよ」

「何も思わないのか?次から次へと新たなヒロインが量産されるこの状況が。『いらない子』としてモブに落とされるかもしれない恐怖はないのか?」

「モブ……」

「私は正直怖い。正ヒロインなどと奴等の前では大見得を切ったが、実は不安で仕方なかったんだ!そうでも言って自分を鼓舞しなければやってられなかったんだ!立ち位置的に正ヒロインでありながらライバルは増えるばかりで、一夏との距離は一向に縮まらない。周りからは神の寵愛を受け過ぎている、贔屓だと陰口を叩かれる。それに、それに……!」

 

箒は勢いよく水を一気飲みすると、そのまま震えながらコップを握り締める。ミシミシと嫌な音を奏でるコップを見て鈴は恐怖に駆られた。コイツなんつー握力してんだよ。

 

「驚くべきは世間の私に対するアンチだ……。何故こうも皆私を目の敵にするのだ……」

「箒、アンタ」

「言動を咎められ、説教され、酷い時には存在さえ否定される。何だっていうんだ……!」

「おーい箒さーん?」

「『箒はモッピーの方が可愛げがある』とまで言われる始末。私はあんな珍生物以下だというのか……!」

「うーん」

 

何か雲行きが面倒なことになったなー。

鈴は暗黒に飲まれかけている箒を横目に、楽しい休日の予定が一転こうなったことに、ため息をつくしかなかった。

 

 

 

 

「まぁ確かにアンタのアンチの多さはちょっと驚きよね」

「何故だ、私が何をしたっていうんだ」

「もしかすると一夏より多いんじゃない?」

「くっ!」

 

屈辱に震える箒を前に鈴は考える。

友人の贔屓目ではなく、箒は誤解される所もあるが決して悪い娘ではない。更に主格ヒロインであるにも拘らず、この手のハーレムものでは最もヘイトを受けやすい主人公よりも、ある意味それが顕著なのだ。

 

「ま、気にしなさんな……ってそんな顔しないでよ。怖いなぁ」

「お前にこの辛さが分かるものか。諸悪の根源である不肖のバカ姉ならまだ分かる。だがなぜ私が……」

「ふーむ」

 

再度コップの限界強度に挑む箒を前に、鈴は腕組みをして考える。

箒のアンチ問題とリストラ。これらは何か細い糸のようなもので繋がっているのでは……?と鈴は不意に思ったが、如何せん酢豚脳の鈴ちゃんでは答えを導き出せるはずもなかった。

 

何より箒の握り締めるコップにヒビが入っていくのを目の当たりにし、とりあえず話題を変えようと思った。

 

「もう、やめ!なーんかモヤモヤしてきたからこの話題は一旦ストップしよ」

「お前な、これは私にとっては大事な……」

「まぁまぁ。ところで今晩のこと……ああ、アンタは聞いてなかったかもだけど、ラウラが料理やってみたいって言い出したみたいでさ。箒も参加しない?」

「料理だと?なんでまた急に?しかもラウラが」

「どうせ漫画かアニメの影響じゃない?つーわけでアンタも何か食材持ってきてね」

「おい、食材持ち込みって……何を作るのかさえ決まってないのか?」

「そうみたい。有り合わせのもので皆と一緒に作りたいんだとさ。なーんかセシリアもいるから不安しかないけど。でもまあ、面白そうじゃない?」

「本当に不安しか感じないな。正に闇鍋じゃないか、何かトラブルが起きなければいいが」

 

そうしてため息を吐く箒を前に、鈴は不意に思考に耽った。

闇鍋……トラブル……箒……すなわちダークネス。

一見意味の無いキーワードが鈴ちゃんの酢豚脳の中で踊る。ハッキリとした形にならない何かを見つけようと、懸命に思考の海に浸る。

 

 

 

それは偉大なる先人達が世の後輩達に示した確かな道筋か。

キーワードを脳内酢豚により勝手に結びつけていった鈴がそこで開眼する。

 

「要はとらぶるから、リトさんら英雄たちから学べということね!」

「はぁ?」

 

脳内酢豚物質により、若干ハイになった鈴の発言に箒はただ呆れる。

鈴はなぜかドヤ顔で盛大に鼻息を出すと、備えられている水を豪快に一気飲みした。

 

 

 

 

「リト?……それってあのラブコメハーレムの主人公『結城リト』のことか?」

「さんを付けろよデコスケ野郎」

 

鈴のあまりの言い方に箒の沸点が瞬間突破しかけたが、何とかグッと堪えた。

 

「箒さん、偉大なる先人には敬意を表すのは人として当然ですわよ」

「英国お嬢のようなキモイ話し方やめろ。それより偉大だと?あの男がか?」

「なによぉ、リトさんが不服なの?」

「不服も何もあの男のどこに敬意を表せというのだ。道を歩けば不自然にコケた拍子に女性の胸をまさぐり、更には毎回スカートの中にダイブするような男だぞ。偉大どころか女性から見れば最低な男だろ」

「分かってないなぁ~」

 

箒の義憤にも鈴はやれやれと手を広げるのみ。ムカツキ度満載の様子に箒が軽くブチッときた。

 

「リトさんの偉大さが分からないなんて、箒もまだまだお子様ね」

「あ?」

「なぜゆえ彼が世間から広く『さん』付けて呼ばれているのか。それは世間のリトさんに対する尊称の表れなのよ。間違ってもどこぞの宇宙人の『霧が出てきた人』のような蔑称ではないわ」

 

『さん』付けで呼ばれる者には二種類の人間が存在する。

敬意を持ってそう呼ばれる者と、名前さえ呼びたくないからと揶揄してそう呼ばれる者だ。

 

「分かった分かった。じゃあそのリトさんが何だって言うんだ?」

「ふっふっふっ」

 

鈴は再度ドヤ顔を箒に向けると、水差しからコップに水を注ぎそれを豪快にあおった。ただの水を美味そうに飲むことが出来る庶民派ヒロイン。それが凰鈴音という少女。

その後ゲェ~フ、という下品なゲップ音を轟かせる鈴を、箒はまるでテラフォーマーを見るような目で見た。

 

「では語りますかね」

 

 

英国の尻嬢様が捲くし立てている別の場所で、出番を失われていた酢豚並びにモッピーの『幼馴染ーズ』の逆襲が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




これをお尻サイドのリストラ編とどうクロスさせるか。


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ダメ人間共のごちゃまぜラーメン定食

あきらめたらそこで試合終了だよ。


「ふぅ……。なぁ一夏、これこそ芸術の極みだよな」

 

五反田弾は感極まったように言うと、あたかも今目にした決定的瞬間を心に焼き付けるかのようにそっと目を瞑った。テレビでは一人の漢が毎度変わらず、身体を張って女性の股の間に顔を突っ込んでいる。

 

「ああ。そうだな」

 

織斑一夏はその言葉に頷くと、友に倣い目を閉じる。そして暫くしてから目を開けると、隣の同士を見つめた。そして目を合わせた二人の漢は、同じ志をその胸に力強く言い放った。

 

 

 

「「やっぱTOLOVEるは最高だぜ!」」

 

滅茶苦茶キモイ笑顔で。

 

 

 

 

なぜ一夏が弾と一緒に萌えハレンチアニメなぞ見ることになったのか。

それは数時間前、凰鈴音と篠ノ之箒が街中でどう見ても自分が原因で口論を始めた時のこと。その様子を居心地悪く見守っていた一夏は、千冬からの電話にこれ幸いとばかりにその場を脱出した。

しかし実際は千冬からの電話などではなく、悪友弾からの電話だったのである。一夏は咄嗟に弾からの電話を千冬と偽ることで、いずれはその怒りをこちらに向けてくるであろう幼馴染ーズからの逃走を思いついた。一夏は傍若無人な彼女らが唯一千冬には無条件で従うことを利用したのだ。まさに策士一夏。

 

こうして無事幼馴染ーズからの逃走を成し遂げた一夏は弾と合流し、そして疲れた心を癒す為、気が置けない友人とアニメ鑑賞なぞに興じることにしたのである。

 

 

 

「あ~あ。オレもこんな風に美少女に囲まれて生きたかった」

「実際はそんなにいいもんじゃないけどな」

 

DVDを取り出して、余韻に浸るようにしみじみと呟く弾に、一夏が渋柿を食ったような苦い顔で返した。

 

「けっ、体験者は語るってか?いいご身分だぜ全く」

「弾には分からないさ。隣の芝の色が本当は何色かなんて……」

 

一夏の心底疲れたような顔に一瞬弾がたじろぐ。

 

「そ、そういや新作では唯のハレンチが満載で、俺得過ぎる話だったぜ」

弾が話を変えるため、見ていたDVDの感想を持ち出す。

 

「古手川唯か。そういやお前あの子がお気に入りだったな」

「ああ。あのツンツンした所がデレる瞬間が堪らねぇぜ!」

「……ふぅん」

「一夏は誰押しだっけ?」

「やっぱ春菜ちゃんかな。現代の日本人女性が無くした優しさ、慎ましさなんかを持っている女の子だし。あれこそ大和撫子ってやつだよ」

 

そう答えながらも一夏の脳裏にとある幼馴染が宿る。

外見、立ち振る舞いは大和撫子そのものであるのに、如何せんあの性格と、すぐ手を出すのがなぁ。

 

「ふーん。まぁ一夏が好みそうなタイプ、か?」

「ん?」

「いや何でも。それより他の子はどうよ?」

「実は最近その良さに改めて気付いた子がいる。春菜ちゃんに勝るとも劣らない気持ちだ」

「おっ!誰だれ?もしかして……」

 

弾は興奮気味に続きを促した。ここで「実はナナちゃん!」なぞ一夏が言おうものなら、それはあの旧友の酢豚娘が大勝利することに近付くからだ。だって性格から髪型、更にはナイチチまでそっくりだし。

そんな友達思いのDANが期待する中、一夏がゆっくり口を開く。

 

「ルン。あの真っ直ぐな一途さにキュンとくるんだよなぁ」

「え?ルンって、あのルン?……え~?」

「……何だよ弾。その『え~』は?」

「いやお前いくら何でもあの子はねーだろ。あれだけ沢山魅力的な女の子がいる中で、なんでリストラ要因の不人気な……」

 

バン!

テーブルに拳を突き立てる激しい音に弾の言葉はそこで切れる。見れば一夏がそれは恐ろしい顔でコチラを見ていた。

 

「おい、今なんつった?」

「い、一夏?」

「リストラ?弾、お前RUNちゃんdisってんの?」

 

一夏の剣幕に弾はビビリながらも、反論を試みる。

この『ヒロイン談話』においては譲れない気持ちがあるからだ。

 

「いや一夏、別に間違ってないだろ。ルンが他のヒロインより人気が無いのは確かだし」

「人気だと?少し人気が他のヒロインに劣るからって何だっていうんだ?」

「そりゃ……そう、例えば出番だ。ルンだけ『ダークネス』になってから、あからさまに出番が少ないし。それはやっぱ人気によるリスト……」

「少し出番が減ったからって、それが即リストラに繋がるってのか?そもそもキャラ人気の有る無しだけで全てを決定していいのか?大切なのは如何にストーリーに関わらせるかじゃないのか?どうなんだよ弾、言ってみろよ」

 

うわ、コイツ面倒くせぇな。

弾は親友の意外な一面に少し辟易した。

 

「何そんなにムキになってんだ?読者人気のあるキャラが生き残り、そうじゃないキャラは自然に淘汰されていく、これは全ての鉄則だろ。仕方が無いことなんだよ」

 

弾は一夏に諌めるように言う。

間違っているとは思わない。悲しいがこれが現実だ。

 

「……男がお前みたいな奴ばっかだから、俺を取り巻く環境がいつまで経っても変わらないんだ……!」

「なんだよ一夏、その言い方」

 

悪意の篭った一夏の言葉に、弾がムッとなって返す。そんな友を一夏は嘲るように笑う。

 

「ストーリーでも構成力でもなしに、キャラ人気を第一に計ろうとすることが、この今の風潮を創りだしたんだろうが」

「はぁ?一夏お前何言って……つーか別にキャラ人気を前面に打ち出すことは悪いことじゃねーだろ」

「じゃあ聞くけど、お前の一押しの古手川唯にしても、お前ホントにその子が好きなのか?実際は違うんじゃないのか?」

「何だと?」

「要はツンデレならなんでもいいんだろ?お前は、いやお前らは。キャラが好きなんじゃなくて、その『ツンデレ』という記号が好きなだけだろ?その仕草を見せてくれるなら、要は誰でもいいんだ」

「おい一夏!言葉に気をつけろ。幾らなんでも超えちゃいけないラインってのがあるだろうが!」

 

弾が吼える。

 

「俺のほうこそ間違ってないだろ。猫も杓子もツンデレツンデレ……。ツンデレキャラが居ない作品なぞあるか?ないだろうが。どうせ創る側も『とりあえずツンデレ入れときゃいいだろ』という暗黙の了解の下、そっから話が作られてんだ」

 

一夏の方も尚止まらない。

 

「ツンデレさえ見れば無条件にブヒブヒ媚びるくせに。お前らみたいのを『飼いならされた豚』って言うんだよ」

「いい加減にしろよ一夏!」

 

弾が一夏の胸倉を掴んで暴言を止める。いくら親友の言葉でも許せなかった。

 

「一夏。どうしたんだよ?お前はそんなこと言う奴じゃないだろ……」

弾は怒りと悲しみが入り混じった声で友に問いつめる。

 

「……疲れるんだよ」

「えっ」

 

一夏の内から搾り出すような声に、弾は驚いた。

 

「ツンデレ……俺の周りには、この属性を持った女の子が多くいる。鈴なんか典型的だし、箒もそうだ。広義の意味で言うならセシリアや、あとまだ分からないけど、更識姉妹なんかもどうやらそれっぽい気が。それに……」

 

くそったれ!

弾は急に負け犬の気分を味わうことになった。

 

「自慢か?」

「そうじゃない!そうじゃないんだ……。あれってさ、外から見る分には羨ましいかもしんねーけど、当の本人らからすればキツイこと請け合いなんだよ」

 

一夏がため息を吐く。

 

「増えすぎた安易なツンデレキャラによる、これまた安易な『ツン』という名の暴力行為。何かといえば殴られ、罵られ、制裁される。……俺ら主人公の悲哀がお前に分かるか?」

「い、いいや。それはよく分からないな」

「『デレ』を見せるまでの『ツン』お前らがこれにブヒブヒご褒美とのたまうせいで、キャラによるこれらの行為が正当化され、結果特に理由も無き暴力に俺ら主人公は襲われることになったんだ」

 

一夏がやるせなさそうに続ける。

 

「明確な理由の下での制裁ならまだ納得できるよ。リトさんのハレンチかさ。でも『遊びの誘いを断った』『他の女の子と親しくした』という理由でなんで制裁されなきゃならないんだ?」

「いやまぁ一夏さん。女の子ってのは難しい生き物じゃないですか。それも愛情の裏返し……」

「俺にしても具体的にどんな目に合ってるのか教えてやろうか?箒からは竹刀で打たれ、鈴からは青龍刀をブン投げられ、セシリアからはビームを放たれ、シャルからは……」

「分かった。もういい」

 

止まらない一夏に弾は両手を合わせ、それ以上に待ったをかけた。

 

「一歩間違えれば、あの世に送られてもおかしくない事もあったんだぞ」

「そ、そうなのか」

「その暴力行為の一端を担うツンデレキャラ。そして例えその属性が薄くとも、その『デレ』を拝むまでの『ツン』を後生大事にする奴らのせいで、俺は、いや俺ら主人公はこれからも理不尽な暴力に怯え続けねばならないってのか?畜生」

「一夏……」

「だからこそ俺はルンがいいんだ。あの子は確かに人気は他のヒロインより低いかもしれない。少し腹黒い所も否定しない。でも暴力や口撃がリトさんに向くことは決して無いだろ?ただひたすら一途にリトさんを想っている。そんな子に憧れるのは悪いことなのか?」

 

弾には否定も肯定も出来なかった。誰かにそこまで想われる経験も、一夏の境遇に陥ったことも無かったから。

ああ、でも妹からの折檻は日常的にあるな。あれも一種のツンデレか?……違うか。

 

「あのよ、所詮オレにはお前の辛さは良く分かんねぇけどよ、でもお前はキャラなら誰もが憧れる華の主人公なんだぜ。そこは特権の一つと考えて耐えるしかないんじゃないのか?」

 

弾は一夏の肩を優しく叩きながらそう諭した。良い思いをする数だけ辛い思いもする。それがおそらく主人公という大役なのだろうから。

 

しかし一夏は弾の手を振り払い、俯く。

 

「……いやなんだ」

「おい」

「もう主人公なんて辞めたい……!」

「誰でも一度はそう思うもんだ。多分」

「毎日思ってるよ!」

 

一夏のシャウトに弾は思わず目を見張った。

 

「3年も続けられそうにない……」

「一夏……」

「いっつも批判されて、才能も無く成長の描写はないし、偉大な先人達の足手まといになっているだけだ!」

 

「……口を拭え……」

唾を撒き散らして吼える一夏に、弾はそっとタオルを差し出す。

その友の優しさと、自身の惨めさに一夏は全身を震わせた。

 

「自分はただ顔がいいだけだって、陰口たたかれてるのも知ってる……」

「……っ!」

 

堪えきれず涙を流す一夏を弾は驚きの表情で見つめる。

押し殺したような男の悲しき泣き声が微かに聞こえる中、弾は友の心中を思い目を瞑った。

 

 

 

 

「偉大なるTOLOVEるが世に出て10年……。初めて業界はリトさんに続くハーレムの核となるべき男を得たんだ」

 

一夏が落ち着くのを見計らい、弾は静かに語り始める。

 

「それはお前だ。『ワン・サマー』」

 

更に力強く断言する。

 

「顔がいいだけ?結構じゃないか。実力や人気は身に付けさすことが出来る。だが……」

 

「お前をイケメンにすることは出来ない。例えオレがどんな名脇役でもな。……立派な、才能だ」

「……弾」

「一夏よ。お前が成長した時、萌え豚による初の真に愛されたる男性主人公の誕生」

 

弾は思いを馳せるように、天を仰ぐ。

 

「オレはそんな夢を見ているんだ……」

「え……」

「ん?おかしいか?こんなダチが」

 

そして一夏に向き合うと、照れくさそうに笑った……。

 

 

 

 

「……うん。おかしいよ、黙って聞いてりゃ何訳分からん事言ってんだ?病院に逝け」

「そうか……」

 

季節外れの冷たい風が二人の少年の間を吹き抜けていく。

弾は内心思い描いた展開にならないことへのやるせなさを感じた。

予想では自分の言葉に感動した一夏が、泣きながら抱きついてくるはずだったのだが。

 

……田岡先生。上手くいかないものですね……。

 

「なぁ一夏」

「あん?」

「腹減ってないか?らーめんでも作るよ」

 

急に気恥ずかしくなってきた弾は、とりあえずこの場から一時離脱することにした。

小走りに去っていく弾の後姿を、一夏は口元に微かな笑みを浮かべて見送った。

 

 

 

 

ズルズルとらーめんを啜る音だけが部屋に響く。二人の少年は何も喋ることもなく、少し妙な空気が充満する中、ひたすらにチャーシュー、メンマ入りの無駄に凝った、弾特製味噌らーめんを胃に流し込んでいた。

そんな中弾は麺を箸で摘むと、それをジッと見つめる。

 

「一夏」

「なに?」

「人生ってらーめんに似ているよな」

「はぁ?」

「人間なんて所詮はこのらーめんと同じさ。熱いと美味い、冷めればただのゴミだ」

 

どこかで聞いたことのあるような言葉を弾は言い放つ。

そういえば、キャラ的に同じような主人公の友人ポジで更には同じ赤毛か。

 

「今度は何言い出すんだお前」

「つまり叩かれる内が華だということさ。誰も見向きもされなくなったら、それこそ試合終了だよ。……どの作品も必ずいつかは熱が冷める時が来るんだからな……」

 

一夏は言い返そうと口開きかけたが、思い止まりらーめんを食す作業に戻ることにした。

 

「弾」

「なに?」

「ご飯も食べたい」

「しゃあねぇなぁ。ちょい待ってろ」

 

再度部屋を出て行く弾を見送ると、一夏は先程の弾に倣い、既に少しヨレヨレになってきた麺を摘んで、それを見つめた。

 

「熱いと美味い、冷めればただのゴミね……」

摘んだ麺を豪快に啜り、胃に流し込む。

 

叩かれる内が華だなんて、そんな風には決して思いたくないけれど。

それでも本当は弾が自分を励ましてくれているのは分かっていた。

 

「このらーめん美味いな……」

 

とりあえずシェフ戻ってきたら『美味しい』を改めて伝えようか。

一夏はそう思うと、お楽しみの特大チャーシューを口いっぱいに頬張った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




エセ外国人集団、幼馴染ーズ、駄目人間コンビ。
三者三様の思惑はやがて一つとなって物語は収束する。



……の予定でしたが、こりゃ無理かも。

あきらめるか。


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幼馴染ーズのごちゃまぜヤミ鍋定食Ⅱ ~酢豚の神々~

FC版ロンダルキアの鬼畜っぷりが恐ろしい……。


「リトさんと一夏の差は何だと思う?」

「おい鈴」

「なに?」

「そこで一夏を比較して何になると言うんだ。というかこれは何の話だ?」

「まぁいいじゃない。どうせヒマなんだしさ」

 

箒は多少納得出来ない思いを抱えつつも、素直に彼女の話を聞くことにした。

 

「優しい、ハーレム型、イケメン……二人には共通事項は多いわ」

「え?リト……さん、にイケメン設定なぞあったか?」

「充分見た目イケメンでしょうが。そもそもモテモテの可愛い妹がいんのに、血の繋がった兄貴の顔がイケてないなんて、そんなのある?」

「確か僅かに非血縁の可能性が触れられていたような」

「つまり共通することが多いというなら、何かと批判されることの多い一夏も、リトさんのように誰からも尊敬される漢になれる道はあるということね」

「人の話を聞け」

 

箒は釈然としない様子で腕組みをする。

 

「一夏の地位向上については、ISのヒロインとして願う気持ちは同じでしょ?」

「別にいいじゃないか。非難しているのはどうせ一夏に嫉妬している可哀想……」

「ハーイ早くも本日最初のストップです。箒さん、際どい言い回しは極力控えましょうね」

「……批判や非難ってものは無くならないさ。どうあってもな」

「うん?」

「お前が言うリトさんにしても、全てがみな尊敬とやらを抱いていると思うか?私はそうは思わない。ただ他と比べて非難の声が小さいというだけの話だ。別にあの主人公自体に魅力があって好かれているわけじゃないだろう?」

 

箒が小さく鼻を鳴らす。

 

「何より例え悪気がないとしても、あの男が女性にセクハラをかまし続けている事実には変わりないじゃないか。お前の方こそ女性の一員としてそういう行為になんとも思わないのか?」

 

箒の反撃に鈴の方も腕組みをして、暫し思考する。

確かに被害を受ける側として考えると、同じ女性として何も思わないわけではない。しかし……。

 

「それでもリトさんなら、リトさんならきっと何とかしてくれる……!」

「何とかしてくれるのはハレンチな場を提供することだけだろ」

 

希望を乗せた鈴の言葉。しかし箒が一刀両断する。

 

「お前があの男を持ち出して何を言いたいのか分からんが、私はあの男が一夏の指標となるべき男には到底思えないな。視覚的に楽しませてくれる主人公として、男からは需要があるかもしれないが、女から見れば許されざる者だろ」

「むむむ」

 

このカタブツめ好き勝手言いやがって。鈴は小さく唸って箒をジト目で睨み付けた。

偉大なるリトさんをなんと心得る。

 

「まぁでも、なんつーか……所詮男と女じゃ求めているものに違いがあるってことかなぁ」

鈴がしみじみとした様子で言う。

 

「少年漫画にラノベ……恋愛モノ、学園モノはそれこそ星の数ほど話があって、それぞれに主人公がいる。でもその実態は時に例外こそあれ、大体は同じようなタイプでしょ?」

「ふん」

「草食系に鈍感難聴巻き込まれ型エトセトラ。それがテンプレじゃない」

「……かもな」

「一方の少女漫画じゃ人気の男の子って、大抵オラオラの肉食系俺様タイプじゃない?そこまで極端でなくとも、引っ張ってくれる強い人がスタンダードで、次点で完璧王子様タイプって感じでしょ?至極単純な女の子の総意で言えば、こういう男子が好かれるのよ」

「それで?」

「その理論で言えば、行動力皆無の草食主人公がモテるわけないっつーの。はっきり言えばそういうのって女の子から見ればむしろ嫌な男子じゃない。なのに作中ではそんな行動力もなく、モテる努力さえしない主人公に女性が群がっていく……不思議よね~」

 

鈴はそう言ってやれやれと首を振る。

ハーレム系ヒロインの一角として、この時代の風潮に一言物申さずにはいられなかった。

 

「だからあたしはここに力強く宣言したいの。それはリトさんに学ぶ……」

「アホかお前は」

 

今度は逆に箒さんが鈴ちゃんの言葉を無情に遮った。

 

「お前の言うとんでも理論、漫画なんかの鉄則に当てはめるなら確かにその側面は多少はあるだろうさ。私も行動もせず、努力もしない男は嫌いだからな。でもそれを言うなら少女漫画の主人公も同じだろ」

「ほへ?」

「至って平凡な女が『S気質の美男子に振り回される、今までとは少し変わった学校生活』なんてのがスタンダードだろうが。平凡な女が少し変わった美男子に振り回され想い合っていくという意味では、立場が入れ替わっただけで男の願望と本質的には変わらない」

「む……」

「ヒロイン、ヒーローという相手役のことを考えると、確かに男女が憧れる理想には大きな差異があるだろう。だが結局は自己投影が大きい『主人公』という概念で見れば男女の願望に差異なんて無いんだ。要は自分では変わる努力もしないくせに、変わりたいという願望だけを持っているヤツにとっての都合のいい権化というわけだ」

「ちょっ、バカ!」

 

ヤバイ空気を感じ取った鈴が腰を浮かす。

しかし火がついた箒は止まらない。

 

「故に『実際はこんな奴がモテるはずが無い』というのは無意味な話なんだよ。所詮は理想の一環なんだからな。そして描く理想はハッピーじゃなきゃ目覚めが悪いだろ?」

「モッ……」

「だから都合のいい異世界ものや、トンデモ非日常系が変わらず人気なんだ。そもそも……」

「ハーイ本日二度目のストップでーす!つーか止めろよモッピー!コンチクショウ」

 

めずらしく鈴がストップ役となって箒の暴言を止める。リトさんの偉大さを持ち出して、昨今の主人公象に一言言うつもりだったのに、どうしてこうなった。

 

「アンタどうしたのよ?少し変じゃない?」

「……ふふふ」

「ほ、ほうき?」

 

乾いた笑いを立てる箒に鈴はドン引きする。

 

「……疲れたんだよ……」

 

やるせない、という風で箒が呟く。

時を同じくして、別の場所ではどこぞのワンサマーが似たような台詞を呟いていた。

 

「なぁ鈴。少なくとも私は……いや、私たちは皆何かしらの辛い思いを乗り越えて、世の怠惰に生きている奴らより、よっぽど努力しての今がある。そうだろう?」

「へ?えーと。まぁ、そーすね」

 

鈴がしどろもどろになりながら返事する。急に何言い出すのだこの子は。

 

「私だって身内がアレだという理由で全国を転々とさせられ、いらぬ注目を被ってきた。理由としては多少不純であったとしても剣道にも力を入れて頑張ってきた。なのに何故こうも悪意を受けなければならないんだ?」

 

箒は深くため息を吐き出す。

 

「私に対する悪意、いやアンチと言っていいかな。某サイトでの私のアンチ数を知っているだろ?何故ヒロイン中私だけがこんな扱いを受けねばならないんだ」

「でも私達の作品って元々そういう要素満載だし。あんま気にしないほうが」

「だが私はメインヒロインだぞ。メイン、ヒロインだ。……お前らがどう言おうと私がメインヒロインなんだ!」

 

箒さん絶叫!

 

「『箒イラネ』『シャルロットをメインに』『箒OUT、モッピーINで』……そんな声はもううんざりなんだ!そもそもメインヒロインというのは本来作品の華のはずだろう?なのになぜ私だけがこんな扱いを受けねばならないんだ!」

「……箒」

「初めは期待の裏返しだと思っていた!一夏と同じで主人公ならぬメインヒロイン故の期待だと。だが月日は流れても、お前らはともかく私の扱いだけは全く変わらない……」

 

鈴はライバルであり、友であり、同士でもある少女の肩にそっと優しく手を置いた。その手に伝わる小刻みの振動は、篠ノ之箒という少女が持つ苦悩を否が応にも感じさせられる。

鈴は小さく頭を振って、震える少女を思いやった。そして静かに語りかける。

 

「……かつて『ロゼーン・メイデン』という人形をテーマにした人気作品があったわ」

「なんだその出来の悪いAVに出てきそうなタイトルは。何か違わないか?」

「そうだっけ?まぁ気にしないで。とにかくその作品でもメインヒロインの真紅が、いやヒロインって言っていいのか分からないけど、とにかく主役級の娘が人気面に置いて不遇を囲ったの」

 

鈴は在りし日を懐かしむように目を細める。

 

「高飛車な性格もあってか『不人気!不人気!』とファンからもよくネタにされたわ……懐かしいわね」

「……それがどうしたと言うのだ」

「でもそれはその娘の落ち度なのかしら?あたしは違うんじゃないかと思う」

「では何だ?」

「真紅が悪いんじゃなく、他のヒロインの魅力が強すぎた結果じゃないのかしら。読者というのは勝手なのもので、作者のいわゆる『神の寵愛』を多大に受けしキャラには、どうしても厳しい目を向けてしまうものなの。箒なら分かるでしょ?」

「ああ……」

 

箒は苦々しい顔で呟く。それは確かに身をもって体験している。

 

「真紅も決して悪いキャラじゃない、むしろとても魅力有る子だったわ。しかしあの作品のように、他のサブヒロインのキャラが立っていて、尚且つまたそれが非常に人気が出た場合、どうしてもメイン格が槍玉に挙げられちゃうのよね」

「鈴。お前は何が言いたいんだ?」

「似てない?あたしたちと」

 

鈴の問いかけに箒は黙り込む。

 

「箒の言うとおりメインヒロインってのは作品の華であり、肝でもある。でも一方で振るわなかったり、ストーリー上に問題が起こってしまった場合は、どうしても責任を一身に背負わされてしまう側面があるのよ」

 

メインヒロインというのはかくも華やかで、残酷なものである。

鈴はメインヒロインと呼ばれし先人達に思いを馳せた。

 

「それがメインヒロインと呼ばれし者が背負う業というもの。清濁併せ持った諸刃の剣」

「……私は」

「だから気にするだけ無駄よ。あんたがさっき言ったように、こういうのに対する批判ってのは決して無くならないから。アンチ問題も箒が特別悪いんじゃなく、一つの特権として捉えるべきじゃない?」

 

鈴は箒の肩を優しくポンポンと叩いて離れる。

しかし箒は未だ顔を歪ませ俯いたままだった。

 

「……なら私はただ耐えるべきだとお前は言うのか?特権の一つと割り切り、外野が責め立てる私への文句にも耳を防ぎ、ただひたすら我慢しろと?」

 

低い声で箒が問いかける。

 

「時に誇張され、歪曲され、人間のクズのように描かれる私の姿にも、お前はただ黙って耐えろと、そう言いたいのか」

「いいえ。そうじゃないわ」

「何?」

「有名な台詞があるじゃない?えっと……『相手に批評するという権利があるなら、僕にだって怒る権利がある。アイツはけなした、僕は怒った。それでこの話はおしまい』ってやつがね」

「それは……」

「あたしらのことも世に出回っている以上、批評は免れることは出来ないわ。批評や批判は人に許された基本的権利だもの」

 

往年の名作の一説を持ち出した鈴が、更にどや顔で続ける。

 

「第三者の批判に対し、あたしたちは確かに無力かもしれない。反論の場さえ与えられないかもしれない。でもだからと言ってただひたすら胸に抱えて耐える必要は無いんじゃない?身内でくらい怒ってもいい、愚痴ってもいいのよ」

「……でも、本当にいいのか?」

「当然でしょうが。アンタにしても、そんなささくれるまでストレス溜める必要なんざないの。そもそも真っ当な批判ならともかく、ぶっちゃけこじつけ的なものの方が多いじゃない。批判に対し我が身を正すことも大切よ。でもその全てを箒一人が馬鹿正直に受け止める必要なんてないのよ」

 

時にあきらかに行き過ぎな批判もある。

生真面目な箒には難しいかもしれないが、スルーすること、何より仲間に頼ることも大切なのだから。

 

「そうか。そうだな。私は独りじゃないんだ。お前が、皆がいる!」

「うんうん」

 

鈴が得たりとばかりに頷く。

今、一人の少女の心に巣食う闇を取り払えたことが嬉しかった。

なんか話が変な方向に向かって、尚且つ実はあんま解決していない気もするがたぶん気のせいだ。

 

「私はどうやら独りで抱え込む節があるようだな」

「そうね。まぁいくら評価される立場のあたしたちでも、愚痴や文句を言う権利くらいはあるってことよ。大切なのはそれを引きずらないこと。愚痴ったら『これでおしまい!』って言える潔さを持ちたいものね」

 

鈴は偉大なる先生を脳裏に浮かべて言った。

ドラ、キテレツ、エスパー、セールスマン……etc。それぞれ味がある作品、本当に偉大であります。

 

「な、なぁ鈴」

箒がモジモジと指先を合わせながら、小さな声で尋ねる。

 

「なによ?」

「その……じゃあさっそく話聞いてもらっていいか?長いし、愚痴になってしまうかもしれんが……」

 

鈴はふぃーと息を吐き出すと、近くの店員を呼び二人分の飲み物を追加する。

愚痴を聞くというのは、中々どうして気力がいるものである。それでも友達であり、同士でもある娘の頼みだ。一肌脱ぐしかあるまい。

 

「おーけー。時間はたっぷりあるわ。かかってきなさい!」

 

そう言って鈴は、想い人にとってのもう一人の幼馴染である少女に笑いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




全く関係ない人物紹介・用語説明・ついでに台詞紹介


『ロゼーン・メイデン』
決して不朽の名作『ローゼン・メイデン』ではない。全くの別物である。
どんな代物か気になる方はまずご自分の年齢を確認し、18歳以上であることを確認したのなら、その足で近くのレンタル店に向かおう。そして店員さんに意気揚々とこう尋ねてみるといい。
「すいませーん!ロゼーン・メイデンっていうタイトルの作品ありますか?いや、アニメじゃなく実写版の」
…運が良ければ真相に辿り着くことが出来るかもしれない。
しかしその過程に生じるであろう、店員さんからの冷たい視線などの心的被害については、当局は一切責任を負いませんので自己責任でお願いしたい。

いくら二次創作とはいえ、超えちゃいけない領域というのを思い知った在りし日の思い出。



『アイツはけなした!僕は怒った!それでこの一件はおしまい!』
藤子不二雄先生の『エスパー魔美』のエピソード『くたばれ評論家』に出てくる台詞。
この台詞の前後の「公表された作品については見る人ぜんぶが自由に批評する権利を持つ」「剣鋭介に批評の権利があれば、ぼくにだって怒る権利がある」
などを含め考えさせられる言葉であった。
時代が変わり、ネット社会という匿名性の強くなった現在では、これをそのまま当てはめるのは難しいことなのかもしれない。
それでも創り手と受け取り手、その一つのあるべき形ではないかと思う。

つまりこれは「酢豚にパイナップルなんて邪道中の邪道だよ」と鼻で笑う人に対し「~(中略)この一件はおしまい!」と言える強さを持てということだ。
…違うか。


一つだけ言えるのはやはり偉大な先生、偉大な作品は変わることなく凄いということである。


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幼馴染共のごちゃまぜヤミ鍋定食Ⅲ ~そして酢豚へ~

ドラクエⅠ、Ⅱ、Ⅲの繋がりを知った時は驚いたなぁ。
そう来たか!と。うーん、やっぱ凄い。


友とのささやかな安らぎの一時を過ごした一夏であったが、当然別れが来る。一夏は少し重い気分で自らが今現在住んでいる、正確には強制的に住まされているIS学園という魔境への帰り道をだらだら歩いていた。

 

「はぁ……」

日曜のサザエさんを見るサラリーマンのようなため息を吐き出す一夏。

 

長い休みでも入らない限り、弾や数馬など中学の友達とはそう滅多に会えるものではない。会えばアホらしい話と愚痴しか言ってないような気もするが、それでも気兼ねなくそんな話が出来る友達としばらく会えなくなることに、どこか虚無感が襲った。

 

……ラーメン美味かったなぁ。

舌に弾が作ってくれた味噌ラーメンの味が残っていて、一夏は小さく舌なめずりした。弾があんなに上手にラーメンを作れるとは思わなかった。伊達に食堂の息子をやっている訳ではないのかもしれない、一夏はそうして愛すべきアホの友人を切なげに思い浮かべた。

 

旧友と遊んで思わぬラーメンに出会ったものだ。

一夏は一人小さく笑うと、立ち止まって空を仰いだ。そしてそのまま暫し目を瞑る。頬を撫でる風が心地よかった。

 

「あー!」

「むっ!」

 

聞き慣れた声に彼のシックスセンスが警告を鳴らした、ような気がして一夏は恐る恐る目を開けた。前方にはこちらを指差す酢豚こと鈴ちゃんと、モッピーこと箒さんの、幼馴染ーズの姿。

 

「げっ」

思わず心境がそのまま言葉となる。

 

こちらに猛然とダッシュしてくる幼馴染ーズを目に捉え、一夏はため息を吐く他なかった。

帰り道に思わぬ酢豚に出会ったものだ。つーか今はノーサンキュー、ノースブタだってのに。

一夏は独り引きつった笑みを浮かべると、あきらめたように再度空を仰いだ。

 

 

 

 

「一夏!アンタこんなとこで何してんのよ!」

「千冬さんの用事はどうしたんだ?」

 

幼馴染ーズの問いに一夏は黙り込む。正確には瞬時に言い訳が思い浮かばなかった。

 

「……ねぇ一夏。今日ホントに千冬さんの用事だったの?」

 

黙り込んだ一夏を見て、怪訝そうに鈴が尋ねる。

ヤバイ、一夏の額に冷や汗が滲んだ。

 

「一夏?あたし質問してんだけどー?」

「答えろ一夏!」

 

箒も恐い顔で追随し、一夏のライフが更に削られる。

 

「いちかぁー?」

「二人ともせっかくだから少しお茶しないか?まだ時間あるだろ?」

 

迫ってくる鈴をかわし、一夏は逆にお誘いをする。

どうすれば女性の機嫌が直るのか、どのようにすれば上手く危険を逸らせるのか、それは魔境で過ごす内に鈍感の一夏君が、自ずと少しずつ学んできた生き残る為の術であった。

 

「こうやって幼馴染三人で過ごすのも久しぶりだからさ。なんか嬉しいし。いいだろ?」

 

主人公補正がプラスされた、天下のイケメンスマイルで言う一夏。

それに対する幼馴染の二人はというと……。

 

「しょ、しょうがないわね。アンタがそこまで言うなら付きやってあげてもいいわ!」

「全く仕方ない奴だ。私もヒマじゃないんだがな!」

 

お決まりのチョロインぶりである。

 

うわぁ、相変わらずツンデレって面倒くせー。

一夏はその様子を見て、弾との会話を思い出し、少し辟易する。

 

「そう。良かった。じゃあそこのファミレスにでも入ろうか?俺が奢るよ」

 

しかしそんな思いは顔に出さず、イケメンスマイルのままでお姫様二人をエスコートする一夏。

世のモテる男性はそうやって人知れず苦労を重ねているのである……。

 

 

 

 

「ふーん。弾と会ってたんだ」

「ああ。千冬姉の用事が思いのほか早く済んだんでな。それで少しだけ会って話してたんだ。誤解させて悪かったな」

 

ファミレスに入り、彼女達の機嫌が上昇したのを見計らい、一夏はここに至るまでの現状を話し始めた。勿論馬鹿正直にありのまま話すのではなく、ウソも交えながら。

完全に話をでっちあげるのではなく、真実の中に自分にとって都合のいい嘘を交えて話すこと。それが浮気がばれた際に熟練者が用いる言い訳の極意なのである。

 

「お前らの方こそずっと一緒にいたのか」

「まぁね。このストーカーさんが何かと絡んできてさぁ」

「ぶっとばすぞ酢豚」

 

ガンをつける箒の迫力に、近くに座っていたカップルがそっと席を立つ。

本当にすみません。一夏は心の中で謝罪し、小さく頭を下げた。

 

「アンタさぁ。そうやって凄む癖、止めた方がいいわよ?」

「うるさい」

「せっかく元はいいのにさー。いつもムスッとしてるから敵を作るのよ」

「つまらない奴らのことなんて知ったことか。勝手に好きに言ってればいい」

「そうやってアンチ作って、結局傷ついてんのは誰よ?全く……」

「一夏の前で変なことを言うな!」

 

箒がいつもの怒鳴り声を響かせ、騒がしかった周りが一瞬沈黙に包まれる。

その後「修羅場だ修羅場」「あの男が浮気したみたいよ?」など謂れのない中傷が聞こえ、一夏は絶望した。

 

弾よ、お前はこれでも俺の境遇が羨ましいと思うのか?

一夏はここに居ない友にそっと心で問いかける。それでも一夏は心で泣きながらも、表面上は引きつった笑みを浮かべ「まぁまぁ」とファースト幼馴染を諌めた。

 

主人公ってやっぱ気苦労しかねぇよ……。

そんな思いを噛み締めながら。

 

 

 

 

「TOLOVEるだって?」

ようやく箒の怒りが少し収まったのを見計らい、別れてからの二人の行動を鈴から聞いていた一夏は思わず声を上げた。

 

「そう。さっき箒と話してたの。というよりリトさんについて」

「マジかよ……」

「なによ一夏。どうかした?」

「え?いや何でもない」

 

まさか自分たちもTOLOVEるのアニメで盛り上がっていたとは言えない。

偶然って怖いなぁ。一夏は幼馴染同士の妙な繋がりを不思議に思った。

 

「しかし、なんでまたそんな話題になったんだ?」

「……まぁ色々あったのよ」

 

鈴が箒をチラ見して答える。

箒はムスッとしたまま動じず、黙り込んでいる。

 

「一夏はあの作品どう思う?」

「はい?その、えっと、嫌いではない。さほど好きでもないけどな」

「そうなんだ。じゃあ特にヒロインで好きなのとかないんだ?」

 

「まぁ特には……だが敢えて言うならやっぱ春菜ちゃんが一番と言わざるを得ないだろう。元祖ヒロインだし。でも元祖ヒロインと言えば、もう一人のララもダークネスに入ってから魅力が急上昇だよ。出番自体は減ったけどお姉さんな所が出て来て凄くいい、素晴らしい。ディ・モールト!でも残念な所はルンがより一層目立たなくなったことだ。それだけがダークネスの不満だな。くそっ!なんで皆ルンちゃんをdisりやがるんだ!誰も分かっちゃいない、あの子がどんなに魅力的かを。それにさ……」

「オーケー。もういいオタク野郎」

 

一夏の熱き想いに引きまくった鈴が止めに入る。

何が「さほど好きでもない」だ?このバカは。

 

「すまん。つい……。べ、別にそんなに好きな訳じゃないんだが……」

「どの口で言うの?今のアンタ、最高にキモイわよ」

 

鈴が冷めた目で冷たい言葉を吐き捨てる。

 

 

 

これに限らずオタクというのは、普段無口の癖に何故好きなアニメ、マンガなど得意な分野のことになると熱く早口に語り始めるのだろうか?これは世の一般人が思うオタクへの七不思議の一つであるらしい。

 

人は好きなことについて誰しもその話題を共有したいと思うものである。ただそれは内容によるというのを常に考えなければならない。例えば新郎が花嫁の自慢をするのと、オタクが二次嫁の自慢をするのとでは、当然のことながら受け取り方の印象は天と地ほどの差が有る。

 

「○○君って得意な話題になると急に滑舌良くなるんだね」

ってことを言われないようにする為にも、見に覚えのある方は、好きな話題に触れた時でも常に冷静に自分を省みることを大切にしましょう。

 

 

 

「まぁ一夏がキモイのは分かったとして、要はアンタってあの春菜みたいな子が好きなんだ。ふーん……」

「いやその、俺は」

「何よ?」

「……何でもない。もうそれでいいよ」

「あの子のどこがいいの?」

「お前なぁ。……どこって別に。ただ、大和撫子みたいな子、だからかな?」

「ほ、本当か一夏!」

 

そこでずっと黙って聞き耳を立てていた箒が勢いよく立ち上がった。

 

「お前の好みは、ナンだ、日本古来の良き女性、即ち大和撫子みたいな娘なのか?」

「え?は、はぁ。まぁ……」

「そうかそうか!やはりそうだろうな!大和撫子、いいじゃないか!」

「あのー。箒さん?」

 

一人ドヤ顔でうんうん納得する箒に一夏が少し引く。そんな彼女に蔑みの視線をプレゼントしながら鈴は思った。

お前じゃねーから。大和撫子というポジにオメーの席はねーから。

 

「なんだ鈴その顔は。文句があるのか?」

「おめでたいなぁ、と思って」

「何だと!」

「何よ」

 

そこでまた睨み合う二人を見て一夏が頭を抱える。

いい加減にしろよ、どうしてTOLOVEるのようにヒロイン同士仲良く出来ないんだ。

 

「箒ちゃーん。さっきまでアンタの愚痴を聞いてあげてたのは誰ですかねー?」

「なっ……!ふん、押し付けがましいな!流石何もかもが中途半端な人間は器量も小さいようだ」

「何ですって!」

「ISにしてもそうだ。近距離、遠距離とも決め手がなく中途半端。そんなんだからお前はよく二軍行きと陰口を叩かれるんだ」

「このモップ!調子に乗って!」

 

鈴ちゃん遂に大激怒。密かに気にしていたことを言われ爆発する。

 

「接近戦オンリーのイノシシが何を言うっての!」

「ほう」

「近づいて剣を振るしか能のないクセして!芸がないのよアンタの戦いは!」

 

それは俺のことも暗に馬鹿にしているのだろうか?

接近戦しか出来ない男、織斑一夏はセカンドさんのお言葉に軽く落ち込んだ。

 

「接近戦しか出来ない?いいじゃないか。結構なことだ」

しかし箒は余裕の表情を浮かべる。

 

「はぁ?何言ってんの箒。負け惜しみ?」

「日本には古来よりこんな言葉がある『レベルを上げて物理で殴ればいい』」

「あれ?箒それって2010年のクソゲーオブ……」

「つまり単純な物理攻撃も極めればそれだけで充分なのだ。どこぞの尻のような遠距離からのちまちました魔法、即ちビーム攻撃なぞ必要ない。近づいて強烈な一撃を喰らわせる!それでいいんだ」

 

一夏の疑問を無視して箒が熱く語る。

無視された形の一夏であったが心は軽やかだった。そうか、俺の戦い方は間違ってないのか!

 

「戯言を……!」

「じゃあお前の方はどうだ?接近しては適当に青龍刀をぶん回し、距離をとれば、あのパチモンをぶっ放すだけの戦い方だろうが」

「パチモンじゃない!龍咆!」

「そうそう龍咆だったな。確かアニメではより煌びやかな感じだったなぁ?うらやましいぞ鈴」

 

このアマ……!

箒の皮肉に鈴は屈辱に襲われる。アニメでは演出の都合上、見えない砲撃であるはずの龍咆がただのビームにしか映らなかった苦い記憶が蘇ったからだ。

 

「ほうきぃ……!」

「フフフ」

 

鈴が震え、箒は嘲笑う。

一夏は胃が痛くなる。

 

 

 

IS学園が誇る幼馴染ーズ御一行に、今不穏の空気が漂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





Q 賢者に転職したいんですけど、現実でのダーマの神殿って何処にありますか?
A ハロワです。


Q 魔法使いに転職したいんですけど、どうすればいいですか?
A 今のままを貫いてください。オタクが30を超えれば大抵の方は立派な魔法使いになれますよ。



もはや純粋にゲームを楽しんでいた、ピュアなあの頃の自分には戻れない……。


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幼馴染共のごちゃまぜヤミ鍋定食 ~今にも落ちて来そうな酢豚の下で~

これを書きたかった。後悔はしてない。


後はエセ外国人たちを一話で、なんとか番外シリーズを終わらせたい。



春菜ちゃん『恋人にしたいランキング』堂々の一位おめでとう!

 

一夏は目の前で繰り広げられている騒音問題から暫し現実逃避し、先日発表されたTO LOVEるでの読者ランキングにおいて、お気に入りの娘が見事栄冠を勝ち取ったことに、一人祝杯を挙げたことを思い出していた。

並み居る強豪を抑えての一位。To LOVEるという各ヒロインのレベルが高すぎる中での『恋人部門』での一位、これは物凄い快挙であるといえよう。

 

尤も二位が意外すぎるお人だったので、正直、何と言いますか、えー、少し微妙な思いもあるのですが……。

 

……とにかく快挙なのである!

一夏は思う。ツンデレなるジャンルが全てを圧巻していると言われている業界の中で、結局栄冠を勝ち取ったのは、春菜のようないわゆる絶滅危惧種の『正統派』だった。しかしこれこそ世の男性に潜む願望ではないだろうか。

 

 

 

ISにより女性の権力が圧倒的に強くなって早数年。しかし『女は強し』の風潮はそれ以前からも度々指摘されていたのだ。

勿論これは良いことである。今では年寄り以外誰も信じないが、嘗て日本にみならず世界各地で『男尊女卑』が当たり前だったから。

 

女性は男性に無条件に従うもの。

こんな今となっては最低でアホらしいことが公然とまかり通っていたのである。それからすれば女性の人権が等しく認められるようになった現在は素晴らしいものと言えよう。

 

しかしである。

女性の人権の確保、社会進出は確かに今までにない新たな強い女性像を生み出すことになった。だが一方で大和撫子と称される『可憐で清楚でおしとやかで男子の一歩後を黙ってついてくる女子』なんてものは、もはや幻想となってしまった。つーかいねぇよそんな女性は!

 

 

 

……一夏はとにかく思う。

ツンデレだのクーデレだのというシロモノに「ブヒィィィィィ!」と飼いならされたお豚さんたちが大合唱しているが、それでも男子の奥底にはこのような『正統派』そして『古き良き女性』というものを求める気持ちが刻まれているのではないだろうか?女性が持つ包み込む母性なる優しさを求めているのではないだろうか?

 

一夏は目の前で、歯をむき出しに虚しい言い争いを続ける幼馴染の姿を見てそう思った。

 

 

 

「こんの不人気!」

「不人気はお前も同じだろうが!酢豚!」

 

箒と鈴の言い争いは更に加熱していく様相を見せていた。

元々ISヒロインの中でも特に沸点が低いことに定評がある二人である。その二人が争えば、こうなることは当然の摂理かもしれない。

 

「モップ!イノシシ!物理女!エセ大和撫子!」

「酢豚!中国餃子!パチモン武器!エセ外国人!」

 

もうやめてくれ……。

一夏は頭を抱え願った。女性の、更には知り合いのこういう姿は見たくない。

 

つーか先程から周りからの迷惑な視線が恥ずかしく居たたまれない。周囲の目が気にならないのか?コヤツらは。

 

「二軍行き筆頭のクセに……!」

「何ですって!まだ言うか!」

「フン。戦力では二軍行き。出番もついでに二軍の扱いだろ?違うか二組さん?」

「なっ」

「お前のみに許されるふさわしい格言を贈ってやる……『二組に帰れ』」

 

鈴は屈辱に震える。

『二組に帰れ』それは彼女だけが持つ呪い。ハブにされる魔法の言葉。

 

「言ったわね……。言ってはならないことを言ったわね!」

「事実だろうが」

 

怒れる酢豚を前にモッピーはフフンと勝ち誇った顔を向ける。

 

マジでコイツら置いて帰ろうかな。

一夏は割と本気で考え始めた。

 

「さっきまでの恩を仇で返すようなことをよく言うわね!」

「またそれか。本当に恩着せがましい奴だな」

「人の親切に感謝も返さず、自分がどんなに恵まれているか省みもしない。そんなんだからアンタはアンチ数がぶっちぎりの一位なのよ」

「なんだと!」

 

少し余裕をかましていた箒も、結局はプッツンした。

 

「私のどこが恵まれている!お前に言ってやっただろ!私はこれまで……」

「姉のせいで転校やら、陰口やらで苦しんできたってことでしょ?でもそんなのあたしら皆そうじゃん。セシリアは両親が不幸にも死去してるし、シャルロットも複雑な事情で育ったみたいだし、ラウラも特殊な環境で生きてきた。あたしにしてもそう、両親が離婚して……」

 

今更ながらに凄い生い立ちばかりだな、一夏は改めて彼女達の境遇について一考した。

 

『普通』とは何だろう?

 

「一夏だって子供の頃から、ずっと千冬さんと二人きりで生きてきたのよ。正直アンタだけが不幸だなんて甘ったれないでよね」

 

いや、俺は別に自分がそこまで不幸だと思っていないのだが。千冬姉と一緒だったし。

シスコンをこじらせた男は愛しい姉との蜜月時代を懐かしむように思いを馳せた。

 

「それにアンタはあたし達代表候補生のような努力もなーんもなしに、いきなり原因の根源でもある姉の力で専用機GETしてるし。しかもチート装備持ちの。これを贔屓と言わず何と言う?違うなら、このエセ外国人に正しい日本語で教えてくださいな。真のヒロインの、おっと違うか、正ヒロイン(笑)の箒さーん?」

 

やべぇな。ヤバ過ぎる。

煽りまくる酢豚と、殺意の波動に目覚めつつモッピーを見て、一夏はいい加減にしてくれと切に願った。

 

そんな一夏の願いも虚しく更にヒートアップしていく幼馴染ーズの二人。限界突破は近そうだ。

 

それしてもどうしてコイツらはこんなにカッカしているんだ?

周りの非難100%の視線をビンビンに受けながら、一夏は不思議に思った。沸点の値が低い彼女らであるが、一応TPOは弁えているはずだ。少なくてもこんな人がいる中での喧嘩なぞはしないはずなのに。

 

当然神ならぬ一夏には、彼女らが先程までデリケートな話題により、精神をすり減らしていたことなど知る由もない。箒は自らの風評被害についての不満、鈴は愚痴の聞き手として。

 

要は二人ともストレスが溜まっていたのだ。

 

 

……あ。キレる……。

そして、とうとう二人の少女の怒りが限界を超えたのを一夏は肌で感じ取った。箒と鈴、二人が同じタイミングで立ち上がり、目の前の相手を引っ張叩こうと手を振り上げる。

 

「やめろ!バカ!」

一夏は二人の間に身体を割り込ませる。そして……

 

「ふべっ!」

両者から同時に放たれたビンタは、間に入った一夏の頬を強烈に叩いた。

 

強烈なダブルでのビンタを喰らい、クラクラする頭で彼は思う。

なんでこんな体勢で、二人のビンタが綺麗に入るんだよ。物理法則もへったくれもないじゃないか……。

 

これが敬愛するTO LOVEるの場合なら、オッパイに挟まれるってのに……。

この差はナンだ。ちきしょう……。

 

そのままよろめいた一夏は、足を滑らせると見事に転んだ。そして運が悪いことにテープルの角に頭をぶつけてしまう。

 

「「一夏!」」

互いに喧嘩していた少女が、一転して同時に叫び声をハモらせる。

 

やっぱコイツらって似たモン同士ってヤツなのかなぁ。

そんなことを少し可笑しく思いながら、一夏は気を失った。

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

一夏が目を覚ますと、そこは学校のようだった。校舎に挟まれた中庭のベンチで眠っていたようだ。

 

「ここは……?」

とはいえ自分の知っているIS学園ではない。というより何か違う。何かが根本的に。

だがこの景観は何処かで見たような気もする。直接ではないが、どこかで……。

 

それより俺はここで何をしているんだっけ?

ベンチから立ち上がり、空を見上げる。太陽の日差しが爛々と降り注いでいるが、何故か暑さは全く感じなかった。

 

そのまま周りを伺う。見ると前方に誰かが花壇を手入れしているようだった。

手入れしている人物に近づき声をかける。

 

「あの……すみません」

 

花壇を手入れしていたのは不思議な男だった。

この強い日差しの中、なぜか顔の部分だけ影が掛かっていて良く見えない。歳も自分と同じようで、一方で10歳ほど離れているようにも感じて、一夏は妙な気持ちになった。

 

そんな一夏の気分をよそに、男は手を動かしまま話し始める。

 

「起こしちまったならすまないな。今花壇の手入れ中でね……。『雑草』を取り除いている。『雑草』を野放しにしておくと、せっかく植えた他の花や植物にお日様の光が十分に当たらなくなったりして、成長を妨げることになるんだ。だから定期的に取り除かなきゃいけないんだよ。ついでにゴミもね」

「この日差しの中で、こんな広大な花壇の手入れを?」

「誰かがやらなきゃいけないからな……」

 

男は何事もないように言うと作業を続ける。

 

「ああ……その……えっと」

「なにか?」

「その……参考までに聞きたいんだが、ちょっとした好奇心なんだけど」

 

敬語を使うべきなのか、普通に話していいのかよく分からない。

だけど男の雰囲気から許される気がして、一夏はフランクに話すことにした。

 

「そんな手入れをしてどうなるというんだ?どんな善行も結局は自己満足じゃ……。いや、たとえ違うとしても、周りからは『格好つけ』と陰口を叩かれるとしたら……あんたはどう思ってそんな苦労を?」

 

一夏の問いに、男は作業していた手を止めて答える。

 

「そうだな……。俺は人の『評価』だけを求めてはいない。『評価』だけを求めていると、人はどうあれ卑屈になっていくもんだ……。結果だけを優先し、大切なものを見失うかもしれない。心もどんどん荒んでいく」

 

男は空を一瞬見上げると、更に続ける。

 

「大切なのは『ゆるぎない意思』だと思っている。ゆるぎない『意思』さえあれば、人からどう言われようが、時に流されようが、自分を信じて歩んでいけるだろう?確固たる自分があるわけだからな。違うかい?」

 

「……うらやましいな……」

一夏は小さく呟いた。

 

「俺はずっと姉のようになりたいと思っていた。子供の頃からずっと……。全てを守ることが出来る、千冬姉のような強い人間になりたかったんだ……。アンタのような『意思』を抱いていたこともあった。でも最近思うようになったんだ。そんなの無理かもって、俺なんかには……」

 

一夏は頭を振ると、自嘲気味な笑みを浮かべた。

 

「くだらない男だよ。なんだって半端になっている。どれも中途半端で終わっている……」

 

「そんなことはないぞ……一夏」

「え?」

「お前は立派にやっているじゃないか。『意思』は同じだ。お前が姉に憧れ抱いたその強き想い……。それは変わらずお前のその心の中に宿っているんだよ……一夏」

「なんで俺の名を……知っているんだ?」

 

一夏が唖然として尋ねる。

 

「あれ?……そういやあんた。前にどこかで見たことが……ある」

不意に何かを思い出そうする。一夏の中にある何かの記憶に手が届きかける。

 

「そ、そうだ。この世界は……。何となく分かってきた。この世界は……!」

「どうした?一夏……」

「ねぇ俺、ここに暫く居ちゃダメかな。この優しい世界で少し休んでも……」

「それはダメだ。一夏」

 

男はハッキリとした口調で断言し、一夏の甘い幻想を断ち切る。

 

「お前はお前の世界で生きていかなければならない。たとえ『違う世界』がどんなに魅力的に見えても、どんなに自分にとっての都合のいい世界であっても、人は自分の世界で懸命に生きるしかないんだ……。『違う世界』に逃げてはいけないんだ……。そんなことを叶えてくれる都合のいい神様なんて居やしないんだ……。でもそれが儚くも尊い人間の生き方というものなんだよ……」

 

「あ、あんたは……!そうだ!あんたは……!」

 

一夏に諭すように話していた男の顔が見えてくる。あたかも光が差し込むように色がついてくる。

 

「あんたはハーレム系主人公達の導……TO LOVEるのリトさ……!」

「一夏、お前は立派にやっているよ……。そう……先人の俺が誇りに思えるくらい立派にね……」

 

 

 

 

 

 

「……うう~ん」

「おい一夏!」

「大丈夫?一夏!」

 

一夏が目を開けると、心配げに覗き込む幼馴染ーズの姿があった。額には濡れタオルが当てられ、ソファーに横になっていた。

 

「箒。鈴。ここは?俺いったい……?」

「ごめんなさい。あたし達のせいで一夏頭うっちゃって。それでお店の人がバックルームの方で休ませてくれたの」

「すまなかった一夏」

 

鈴と箒が揃って頭を下げる。

一夏は頭を軽く振って立ち上がると、彼女達の少し後ろで心配そうに立っていた店員に気付いた。瞬時に申し訳なさがこみ上げてくる。本当に迷惑をかけてしまった。

 

「迷惑をかけました」

そう言って頭を下げる。

 

「箒、鈴。お前らも俺に対してじゃなく、お店の人達にしっかり謝罪しろ。アホたれ」

 

二人の首根っこを掴み頭を下げさせる。

なにやら文句を言っているが潔く無視し、そのまま深く頭を下げさせた。

 

『すみませんでした!』

そして、謝罪の言葉を三人で述べた。

 

 

 

 

 

「ふ~ヤレヤレ。とんだお茶になったわね」

「全くだ」

「店員さんに感謝しないとな。あんだけ迷惑かけたってのに」

 

店を出た三人は夕暮れが迫る中、帰り道を歩く。

波乱な一日だったなぁ、一夏は空を見上げ思った。

 

「おお」

思わず感嘆の声を上げる。夜の近づきにより、少しだけ変わった空の色が綺麗だった。

 

「どしたの?一夏」

「……ん。なんかさっき夢を見ていたような……」

「夢?どんな夢だ」

「分からん」

「なにそれ?」

 

呆れた顔を向ける箒と鈴。

一夏は少し気恥ずかしくなり話を変える。

 

「シャルたち何してるかな?」

「どうせヒマを持て余して、ドラゴンボールでも見まくってるんでしょ。多分」

「仕方ない奴らだな。全く」

 

そうして三人で笑いあって歩く。

さっきまで喧嘩していた二人も、今は笑顔で笑い合っている。これが自分のおかげとは思わないし、また役得とは断じて思えないが、皆が笑い合ってくれる為の手助けになったのなら、良かったのではないか。

一夏はそんなことを思い、小さく笑った。

 

「あー少し腹へったなー」

「帰ったら酢豚作ってあげるわよ」

「お前。本当にそれしかレパートリーないのか?」

 

そうして幼馴染ーズは『家』への道を笑い合いながら歩いた。

 

 

 

 

 

 

 

『一夏お前は立派にやっているよ。そしてお前の『意思』はあとの者が感じ取ってくれているさ。大切なのは、そこなんだからな……』

 

 

「ん?」

「なによ一夏。急に止まったと思ったらボケーっとして」

「もしかしてまだ頭痛いのか?」

「……いいや?なんでもない」

 

一夏はそう言うと、幼馴染二人と再び歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




全く関係ない人物紹介・用語説明

『結城リト』
読者からは「リトさん」と敬意を持って「さん」付けされる漢。今日も世のモテない男子読者の欲求を満たすため、女性のオッパイや花園にダイブしてくれている。しかしそこにハレンチさはあっても、嫌悪感を抱かせないのが彼の凄みである。
さすがリトさん!

更に高い園芸能力いうスキルを持ち、自発的に草むしりやゴミ拾いを行う漢。簡単なようで誰にもできることではない。そんな一見地味で目立たない行いも、見ている人は見ているものであり、そんなところに女性はキュンとくるのである。
さすが俺達のリトさん!

そして何よりララ、ナナ、モモの母であるセフィをして「揺るがぬ強い信念の持ち主」と称される漢。その強い信念から来る誠実さで、無自覚に女性を落としまくる罪な男である。「ハーレム主人公に誠実さもクソもねーだろ!」という誰もが思うツッコミはリトさんには当てはまらないのだ。不思議な人ですよ、ほんとに。
さすがみんなのリトさん!

溢れている凡百のエセハーレム野郎共はリトさんを見て、『真のハーレム王』の何たるかを学ぶべきである。チートな強さも、常時wiki持ち知識も、イケメン面もいらないのだ。強い志と誠実さ。これさえあれば男は誰しもかっこよくなれるのだから。……多分。……いや、そうですよね?
そうだと言って下さいリトさん!

……何リトさんについて熱く語ってんだろ……



『今にも落ちて来そうな空の下で』
このアホ話のサブタイの元であるジョジョ第五部のエピソード。
心に来るタイトルと、『真実に向かおうとする意思』の大切さを思い知らされる話は、胸を張って傑作とオススメできる作品である。


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ヒロイン達のごちゃまぜチューカ定食 ~超酢豚~

やっぱまとめきれなかった。


「ヒロインの同盟……ですの?」

「うん」

 

同盟とは主に国同士が様々な思惑の下、手を取り合って協力するという外交手段の一つである。

ただしこれは国家間のみに非ず、日常でも人同士が恋愛などで同盟を結ぶというのは決して珍しいことではない。

 

「えっと、仰りたいことがよく分かりませんが」

「ボクずっと不思議だったんだ。どうしてセシリアが殊更ラウラをリストラ対象にするのかって」

 

シャルロットが小悪魔的に笑う。

 

「それは今説明しましたでしょう?ラウラさんの持つ悲しい特性、そしてSUBUTA……]

「そうだね」

「ならばラウラさんがその対象となるのは自明の理ではなくて?」

「ならねぇよ尻」

「シャ、シャルロットさん?」

 

突然のシャルロットのデビル化にセシリアがキョドる。

シャルロットはペロっと舌を可愛らしく出すと、いつもの可憐な笑みを浮かべた。

悪魔ってより……天使じゃねーか。

 

「ごめんごめん。結構ストレスが溜まってたみたいで。でもさセシリア、君の発言がそのまま地雷原に突っ込んで行っているのを分かってる?」

「何ですって」

 

セシリアが少しムッとしたように返す。

 

「君の勢いについ呑まれていたけどさ、冷静に考えれば高人気キャラのラウラがリストラされるはずないよね。自分の作品を卑下するようでナンだけど、ボクらの作品なんてキャラ人気で90%持ってるじゃないか。バトルやらを本気で求めている人なんかいないでしょ?そんな作品が、キャラをリストラするなんてあり得ないよ。……増えることはあっても」

 

そう、実際はISでリストラ退場なぞあろうはずもないのだ。

特定のキャラを少し前に出すだけで、そのキャラに命を懸ける方が「ブヒィィィ!」と雄たけびと共にお金をザクザク落としてくれるのだから。こんなボロイ商売、止められるはずがない。

 

「そもそもドラゴンボールのような、偉大なバトル漫画を例にすること自体おかしいんだよ。あっちはバトルがメインでしょ?チャオズや天津飯、あと何だっけ?……ああ、ヤムチャか。とにかく別にそんなキャラ個人にどうこう言う作品じゃないよね?」

 

シャルロットは今までの沈黙分を取り戻すかのように、まくしたてる。

 

「でもISは違う。君は酢豚を例に出して色々言ってたけど、そんなの誰でも同じだよ。ISのようにキャラ人気に特化している作品はそれぞれに強いファンがいるものでしょ?ボクらの内誰が消えたって、非難と文句が沸き起こる争いは避けられないよ。そんな愚考をわざわざ起こすと思う?」

 

「リストラとは完全に消えることだけが当てはまるのではありませんわ!モブに落ちること、出番が無くなるというのは、先人の例からも充分にあり得ますわ!」

 

セシリアが反論する。

 

「シャルロットさん。ならば昨今の状況はどうお考えですの?更識姉妹というキャラが新たにヒロインに加えられ、しかも私の掴んだ情報によれば……」

 

セシリアはそこで一瞬グッと堪えるように口を閉ざしたが、観念したように話し始める。

 

「……ええ、白状しますが、何と布仏さんや、まさかの山田先生まで新たな候補になり得るという噂まであるんですのよ!山田先生ですよ、山田先生!冗談じゃありませんわ!いくら見た目ロリ巨乳といっても歳を考えて……」

「はいストップ」

 

シャルロットがお熱くなった英国お嬢様を静止する。

女性キャラに歳を持ち出すのはタブーなのだ。マジで。

 

「……とにかく!只でさえあの会長さんが現れてから、出番が危うくなっている現状について貴女は何も思いになりませんの?それはあまりに危機感が足りないと言わざるを得ませんわね」

「なるほど……危機感ね」

「それとも人気NO.1の余裕ですの?そうですわねぇ、実際は流石にトップの方をリストラさせるなんて冒険は侵さないでしょうし。貴女にとっては所詮はリストラ問題も『対岸の火事』ですか?」

 

難しい言葉知ってるなぁこのお嬢様。どこで覚えたんだ?……その意味が分かる自分自身も大概だが。

シャルロットは、以前鈴や箒が自分たちを『エセ外国人』と陰口を叩いていたのを思い出す。確かに普通は外国では日常会話もままならないはずなんだよなぁ……。

 

シャルロットはこの業界における、数あるタブーについて少しだけやるせなく思った。

 

「どうなんです?シャルロットさん。所詮貴女はトップ故の強者の強み。リストラの危機に扮し、肩を叩かれる寸前の年配サラリーマンの……もとい、ヒロインの気持ちなぞお分かりにならないでしょうね。……そうですわね?ラウラさん」

「え?私?」

 

急に話を振られ、困惑するラウラちゃん。

 

「リストラの瀬戸際にいる者の苦悩……。ヒロインの座を剥奪され、一モブに堕とされる理不尽、そして絶望。その恐ろしさは私もヒロインの一角として十分理解していますわ。しかし!シャルロットさんは、箒さんとは違う意味で特別。私達と同じ土俵に立ってはいないのです!これを強者の驕りと言わずして、何と言いますか?」

 

ここぞとばかりに捲くし立てるセシリアお嬢様。

 

「ラウラさん、貴女の苦悩も実はシャルロットさんにはどこ吹く風。『ザコヒロインどもが低度の争いしてるなー』ぐらいの認識しかないんですのよ?こんなこと許されると思いますか?」

「勝手に決め付けないでよ」

「許されるはずがありませんわ!リストラの恐怖、絶望……。ヒロインの剥奪……!ううぅ……恐ろしい……」

「聞けよ人の話」

 

反論の隙も与えず一方的に捲くし立てるお嬢に、若干キレたシャルロットが冷たく返した。

 

「ラウラさん。これが現実ですわ。親友といえど貴女方の間には、決して埋まることのない溝があるのです」

「シャルロット……」

 

お尻さんのハチャメチャ理論に、純粋なラウラは悲しそうな声を出して親友を見た。

シャルロットはそんなラウラを安心させるように微笑みかけると、元凶のお嬢に向き直る。

 

「だからラウラはそうならないって言ってるでしょ」

「ふぅ……。ですからシャルロットさん、『リストラはない』と決め付けるのは強者の驕りだと」

「そうじゃなくてさ。ラウラはあり得ないんだよ。もしあり得るとしても鈴でしょ」

「な、何ですって!」

 

セッシー驚愕。

 

「貴女私の話を聞いていましたの?鈴さんがあり得ない理由を詳しく説明しましたでしょう?」

「……堂々巡りになっちゃうから視点を変えるけどさ、とにかくラウラはあり得ないんだ。万が一その事態となったとしでも、鈴が一番手。次点、というか僅差で君じゃない?」

 

「ブホォッ」

驚きのあまりお嬢様にあるまじき声を吹き出すセシリア。

 

「な、な、な……なんてことを仰るんですの!」

「ごめんね。でも事実だし」

「私が、酢豚さんはともかくして、この私が……?」

 

怒り、やるせなさなど様々な感情を面にセシリアは震えた。

プライド高き彼女にとって、酢豚娘と同率に考えられたことが我慢ならなかった。

 

「理由を、理由を仰って下さい!なぜラウラさんが免れ、私たちが!というか私が!」

「それはね。うーん、恥ずかしいけどさ、ラウラにはボクがいるから、かな?」

「うん?」

 

興奮するセッシー、照れながら答えるシャル様、可愛らしく首を傾げるラウラちゃん。

三者三様の仕草を見せる中、注目を浴びたシャルロットは一歩前に出て話し始める。

 

「ラウラにはボクが。ボクにはラウラがいる。ボクら二人は作品内で仲の良い親友コンビとしての地位を確立しているよね。これは物凄い強みなんだよ」

 

シャルロットはラウラを見ながら、少し誇らしげに話し続ける。

 

「こういうキャラ萌えの作品は、如何に横の、即ちヒロイン同士の繋がりがあるかが重要になるんだよ。それはオタクの女の子同士によるキモイ妄想……じゃなくて、百合っていうの?そーゆーのを好きな人へのニーズにもなるし、何より普段の日常描写が凄く広がるからね」

 

そう。これが結構大事なのである。

キャラ人気に特化している作品は、ただ主人公とイチャコラすればいいという訳ではない。そこに日常描写……友情、努力、騒動、エトセトラ。それらが入ることにより、キャラの魅力が倍増するのだ。

 

「ボクもラウラと組むことで、様々な恩恵を受けているんだ。ラウラといることで、お母さんというか保護者的な面を見せられるし、強盗を撃退したような二人ならではのエピソードも入れられる。こうやってキャラの魅力を互いに高めあっていくことが出来るんだ。……あ、勿論こんなの関係無しに、ボクがラウラと一緒にいるのはラウラのことが好きだからだよ」

 

シャルロットはラウラに優しく微笑みかけながら断言する。

二人は本当に良いコンビで、信頼しあえる仲の良い親友なのだ。

 

「ボクらの例じゃないけど、キャラが思惑の下くっついたり、協力したりするのは珍しいことじゃない。それは広義の意味で『同盟』という形で、どの作品でも頻繁に行われているんだ」

 

キャラ人気を保つというのは容易なことではない。例えどんなに造形、ストーリー共に優秀なバックボーンを持っていたとしても、個人の力では限界があるからだ。

 

 

 

ところで萌え系作品では物語的にマンネリに陥った場合、ここで安易に『新キャラ投入!』という流れが多い。新しく可愛い女の子を投入するれば、そりゃ喜ぶ方も多いだろう。だがそんな時こそ既存のキャラの存在を改めて考え、隠された魅力を引き出す努力も大切なのではないだろうか?

 

絶賛連載中の『新テニプリ』における今まで敵として闘ってきたライバル達との共闘のように。

絡みが少なかったキャラの組み合わせによる、そのキャラへの再評価の効果はバツグンであるから。

 

 

 

「長々とごめんね。でもキャラによる同盟の大切さ、分かってくれたかな?セシリア」

「……だから何だって言うんですの?それがリストラと何の関係があるのですか?」

「ふふ。セシリアなら分かってくれると……いや?分かってると思うけどなぁ」

「……くっ」

 

今まで散々調子ぶっこいていたお嬢様の悔しがる姿を見て、不謹慎だが少し溜飲が下がるシャルロット。

断罪を一気に下してやろうか、それとももう少しなぶってさしあげようか。

 

「えーと、そうそう鈴だよね。さっきも言ったけど、ボクらの作品は誰が消えても大きな批判は免れない。逆に言えば誰が消えてもダメージにそう差異はないんだよ。……酢豚狂のクーデター?そんなの理由にならないね」

「……シャルロットさん」

「萌え作品特有の幼馴染枠は既に箒がいる。『セカンド幼馴染』の肩書きは確かに当初は物珍しさがあったけど、やがてその設定の意義も無くなっていくし」

「そんなことありませんわ!一夏さんのご学友、ジュニア・ハイスクール時代の思い出。そんな描写を入れるのに、鈴さんの存在はかかせません!」

「五反田さんとかでしょ?別に鈴がいなくても描写できるじゃない。むしろ鈴を入れない方が、男子同士の愚痴や友情なんかを描きやすいしさ」

 

セシリアは思う。この流れはマズイと。

だが開眼したシャルロットを論破するのは容易なことではない。つーか無理じゃね。

 

「そ、それでも鈴さんなら、鈴さんならきっと何とか」

「してくれません」

 

先回りし、無慈悲に断言するシャルロット。

震えるセシリアに、彼女は指を軽く振って問いかける。

 

「でね、セシリア。ここで再度ボクの疑問。なんで君は殊更鈴を持ち上げていたのか?ってね」

「うっ」

「鈴への友情?うん、確かに君ならその線もあるだろうね。セシリアは優しいし」

「わ、わたくしは……」

「でもさ、君の言葉を借りれば、これはヒロインの座をかけた戦争なんでしょ?なら話を振ってきた当本人の君が、そんな甘さを見せるとは思えないんだよ」

「ううっ」

「鈴を持ち上げる意味、そしてヒロイン同士の繋がり、同盟。それから得る答えは……」

 

 

白熱する二人の淑女の闘い。とゆーより今は完全にシャルロットのターンだが。

そんな中、当事者であったはずのラウラは一人置いてけぼりのような疎外感を味わっていた。親友の覚醒は嬉しいが、話に入れないのは寂しい。ウサギさんは結構さびしんぼなのだ。

 

嫁、早く帰ってこないかなぁ……。

窓の方に目を向けながら、ラウラは寂しげにため息を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





全く関係ない人物紹介・用語説明。ついでに台詞紹介


『悪魔ってより……天使じゃねーか』
新テニスの王子様での人気NO.1氷帝学園主将跡部様のお言葉。
デビル化に定評のあるキャラが髪型を褒めちぎられたことにより、天使のような面影になったことに対して述べた台詞である。
何言ってるかわかんねー方が多いと思うが、この偉大なマンガには野暮なツッコミは無粋なのである。我ら読者に出来ることはただ感謝し、笑いを頂くことだけなのだ。

どうあれ跡部様は凄い。毎年リアルに全国から彼に贈られているバレンタイン・チョコの数千分の一でもいいから、世の恵まれない非モテ男子(特に私とか私とか私)にギブミーチョコを!と願うのは罪だろうか?
まぁ妄想するのは個人の自由なので、跡部様になりたい方は、鏡の前でその香ばしい跡部様語録を述べて、気分だけでもなりきってみよう。……さん、はい「俺が王様(キング)だ!」「俺様の美技に酔いな」…………おえっ。
やっぱイケメンでこそ許される台詞だったよ……。

『『氷帝!氷帝!』』





話し変わって、非公開にしていた作品を復活させました。
ここの感想欄で述べた、友達と創作する可能性がどうやら0になったんで。
再公開にあたり、少し手直しや追加をしようかと思いましたが、これも終わった作品なんで、やっぱそのままにしました。

とゆーことで、以前と全く変わりない爽快感ゼロの作品ですが、良かったらご覧になって下さい。





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ヒロインのごちゃまぜ中華定食

どんな困難も、笑顔ウルトラZで乗り越えていきたいものですね


「……それから得る答えは……」

 

まるで罪状を述べていくようにシャルロットは続ける。

今や被告人セッシーは罪に怯え、俯き震えるだけの哀れな子羊であった。

 

「……つまり君の、自身の地位向上の為だね?」

 

そうしてシャル様による断罪が下された。

 

 

 

「どういう意味だシャルロット?」

意味が分からずキョトンとするラウラ。久しぶりに話に入ってきた親友の方を向いて、シャルロットは優しく語りかける。

 

「ねぇラウラ。ボクがさっき言ったヒロイン間の同盟だけど、ボクたちISヒロインにおける横の繋がり、関係はどうなってるかな?」

「わたしたち……?」

「ボクはラウラと。更識姉妹は当然姉妹間、箒は、うーん、少し複雑な思いだけど立ち位置、それに紅椿の性能面から考えても、やっぱり例外的に一夏とのペアだよね。となると……」

 

シャルロットは目の前の俯くお嬢様に視線を戻す。

 

「当然セシリアは鈴と。そうでしょ?タッグマッチ時のペアといい、二人はコンビを組みやすい」

「ふむ。確かに」

「だけどここに落とし穴がある。……失礼を承知で言うけど、セシリアと鈴の扱いをラウラはどう見る?」

「扱い?セシリアと鈴の?……うーん」

「……キャラの踏み台的存在、『あの鈴とセシリアがあっという間にやれるなんて!』っていう感じで、新キャラの強さなんかを示す為の都合のいい役割になってない?」

「ああ。そういえば」

 

 

 

そう。セシリアと鈴の扱いは物語が進むにつれ、微妙なものとなっている。恐らくは今後もモッピーや親友コンビのような優遇を受けるのは難しいだろう。

 

何故こうなるのか?それは二人が所謂『都合のいいキャラ』だからである。

新たな敵、新キャラをバンバン投入すると、どうしても強さのインフレが起きてしまう。その際相手の強さを測るのに一番簡単なやり方が、味方の誰かを『かませ』にすることなのだ。

 

とはいえ味方なら誰でもいいというわけではない。名も知らぬモブや、非専用機持ちのクラスメートが新キャラに蹂躙されたところで、インパクトは少ない。よってある程度の強さを持ったキャラが、即ち専用機持ちの誰かを生贄にすることになってしまうのだ。

 

更には専用機持ちなら誰でもいいのかというと決してそうではない。

 

まず強キャラ設定の楯無、ラウラ、シャルロットはマズイ。何故なら彼女らを簡単にぶちのめすような敵を、我らが主役一夏さんがどうやって勝てるってんだよ!という難題に付き当たってしまうからだ。

箒も正ヒロポジ、チートな専用機持ちということで、少なくとも毎度のやられ役は話的にあり得ない。

簪はキャラが他のアグレッシブな面々と比べ控えめなこともあり、また登場して間もないということでイマイチ。

 

とゆーことでキャラが動かしやすく、読者的にも「まぁアイツらなら仕方ないよな(笑)」で済まされる英中コンビが毎度のかませに決定されるのである!

 

 

 

「考えてみればそうだな。山田先生の時にしろ、私の時にしろ」

「でしょ?見事にやられ役が様になるよね?」

「ふーむ」

 

ラウラは腕組みして英中コンビの軌跡を振り返った。それは正に屈辱の歴史。

……ああはなりたくないと思うのは、これも強者の驕りというものだろうか?

 

「それが二人が持つ負の連鎖。新キャラなんかの強さを表す際に、二人仲良く『かませ犬』にされる……」

「お、恐ろしいな」

「そうだね。同盟ってのは必ずしもボク達のようにプラスになるとは限らないんだ。ヤラレ役は当然一人よりも二人の方が絶望が深くなる。となれば……」

「必然的に相方がそうなるわけか」

 

ラウラはその悲しき事実に小さな胸を痛める。

なんということでしょう。

 

「セシリアといえばかませ。そんな悪しき風潮が……」

「もうやめて下さい!」

 

尚も続けるシャルロットの言葉をセシリアが大声で遮った。

流石にもう耐え切れなかったのだ。目の前でかませかませ言われるのは。

 

「何ですの……何なんですの!この扱い……!」

 

お嬢様は絶望の涙を、その美しき眼から流して吼える。

 

「私が!……この誇り高き私が……なんで、こんな……酷いですわ……」

 

いやいや最初に人を煽ってきたのはお前だろ。

先程見も知らぬ糾弾を受けたラウラは、急に悲劇のヒロインを繰り出すお嬢に冷めた目を向けた。

 

「辛いよね、セシリア」

「シャルロットさん……」

「なまじ実力があるからこそ、そんな非道なかませ扱いを受けてしまう矛盾。何より鈴と一括りにされてしまう屈辱……同情するよ」

「ううう……。なぜ私だけがこんな目に……。日常では鈴さんとの行動のせいで、人数合わせのように『ISの3馬鹿』の1人に加えられ、いつのまにやら三枚目のギャグ要員……。戦闘では毎度毎度のかませ兼やられ役……」

 

シャルロットは震えるセシリアの肩に、そっと優しく手を置いた。

 

「セシリア、大丈夫?」

「あんまりですわ。キャラ崩壊が進み、チョロインの代名詞のように扱われる現状。戦いに活路を見出そうにも、敵方には私のパチモン紛いのISまで現れる始末。何よりキャラのヤムチャ化。こんな扱いを受けるほどの罪を私は犯したというんですの?」

「……よしよし」

「ううっ」

 

慰めるようにセシリアの背中をさするシャルロット。それに対しセシリアは赤子のように彼女の胸に顔を埋めた。

そこにあるのは同じ『ヒロイン』として生きるものだけが分かる共感。

美しき友情。

 

だが一足先に冷静になっていたラウラは、微妙な気持ちでその麗しき女の友情模様を見ていた。

喧嘩を吹っかけてきたのはセシリアだし、今その元凶を追い詰めたのは他ならぬシャルロットだというのに、なぜこんな感じになっているんだと。

 

複雑な思いで二人を見るラウラを他所に、悲劇のヒロインに酔いたがる傾向を持つ少女らは止まらない。

 

「私だって貴女方のように互いに相乗効果を狙えるパートナーに恵まれていれば……ううっ」

「まぁ鈴じゃ厳しいよね」

「鈴さんと組んで私にもたらされたのはギャグキャラ特性だけ。とんだ酢豚ですわ……」

 

お前らあんまりだろ。

ラウラは英仏の少女による、ここに居ない中国酢豚娘へのdisり様に引いた。

 

「でも既にここまでキャラ設定された以上、私は鈴さんと組んでいくしかないんですの……」

「それで、せめて鈴を上げることで相方である自分の地位向上を狙ったんだね?」

「あさましいと思われるでしょう?貴女の親友を貶めてまで己を優先させた私を」

「……それは」

「ですが私にはもう限界だったのです!貴女方は元々の人気に加え、更にはパートナーの相乗効果によって、良ヒロインの地位は今度も保証されています。でも……でも私は違うのです!」

「セシリア……」

「なぜ私だけがニクミーさんと……。鈴さん……酢豚……すぶた、SUBUTA……」

 

酢豚に侵されるセシリア。

シャルロットは同情するように辛そうな目をセシリアに向けた。

ラウラは何言ってんだこいつばーかという目を尻に向けた。

 

「ラウラさんのポジに、鈴さんが納まることが出来れば思ったんですの……」

「まぁ鈴も一応貴重なペド……じゃなくてロリータ属性だもんね。……特に胸は」

「幼い容姿、身体を持つキャラはやはり一定の人気がありますから。そのオンリー・ワンの存在になれば、いくら鈴さんでも人気が出て出番が増えるのではと」

「ロリーな子にハァハァする救いようの無い人たちのことだね。死ねばいいのに」

 

おいシャルロット。

色々あってストレスがマッハだった体の親友に、ラウラは少し不安になった。

 

「ですがそんな救いのない人達のおかげで、実はラウラさんなんかはその地位は保証されていますから。正直羨ましい思いはありますわ」

「まぁ確かに、ラウラのような子をかませ扱いして下げるのは後味が悪くなるだろうね」

「ええ。でも、だからといって私の扱いはあんまりです!私ならなんでも許されると思ったら大間違いですわ!」

 

再度セシリアに怒りの火が点る。

 

「かといって現状の都合のいいかませ扱いがなくなれば、待っているのはリストラかもしれないという事実!パートナーに助けを求めようにも相手は足を引っ張る酢豚!それにもし仮に鈴さんがリストラされようものなら、かませ役は実質私一人が背負うことになるかもしれないという不安!私のやるせなさ、お分かりになりますか?シャルロットさん!」

「は、はぁ……」

「だから貴女の指摘通り、鈴さんを上げることで、せめて私の環境改善を願ったんですの。人気が出れば出番も増える。そしてその分パートナーも恩恵を受けますし」

「キャラが増える分だけ、出番なんかに関してはイス取りゲームになるからね。君がラウラをリストラ対象にしたのもその為でしょ?」

「……私だって本気でラウラさんを、誰かがリストラになればいいなんて思っていませんわ。ただ、それでも、私の現状の扱いが我慢ならなくて……!」

 

俯き震えるセシリアにシャルロットは同情し何も言うことは出来なかった。

俯き震える尻にラウラは呆れて何も言うことは出来なかった。

 

「嫉妬していたのかもしれません。読者人気が高く、扱いがよい貴女たちコンビに」

「ごめんね、セシリア」

「謝らないで下さい。全ては私のあさましさだと分かっているのです。ですが積もりに積もった不満がとうとう爆発してしまったのですわ……。フフ、これでは淑女、というよりヒロイン失格ですわね……」

「そんなことないよ、セシリア」

 

シャルロットが優しく微笑む。

 

「誰にでも不安や不満はあるさ。ボクにだって現状に不満がある部分はあるし。完璧なヒロインなんていやしないよ、ボクらだって血が通った生きた人間なんだ。だからそうやって傷ついたり、嫉妬したり……それでいいんじゃない?」

「シャルロットさん、こんな私を許して下さいますの?」

「当たり前でしょ。同じヒロインとして、君はライバルである以前に大切な友人なんだから」

「ううっ、シャルロットさん、申し訳ありませんでした。そのお優しさに感謝致します!」

 

ひしと抱き合う麗しき二人の少女。その光景は一見すると心を浄化させる程の神々しさがあった。……だがこういうメロドラマに酔った連中が織り成す物語は、本人が熱くなるほど実は周りは冷めるものである。

彼女らより先に冷静になっていたラウラは、何処までも冷めた感じでその光景を見ていた。そして思った。

 

謝るならまず私に謝れよ、と……。

 

 

 

 

「先程はお見苦しい所を見せてしまいましたわね」

「気にしないでよ」

「分かりました。シャルロットさん、ありがとうございます」

 

いや、お前は少しは気にしとけよ。

ラウラは元凶のお嬢様に毒づきたいのを堪え、DVDをセットし直していた。

少し皆の気持ちが落ち着いた所で、アニメの続きを見ることになったからだ。

 

「思えば最初はただドラゴンボールを見ていただけだったのに、随分話が飛躍したもんだね」

「ええ。ですが強さのインフレ、キャラのリストラ問題など、私達が参考にしなければならない点も多いですから」

 

関係ねーだろ、それと今回のことは

完全にやさぐれたウサギさんは、どこまでも勝手なお尻さんに内心ツッコんだ。

 

「一夏さんはまだお帰りにならないのでしょうか……」

「どうなんだろうね。電話してみる?」

「……いえ。止めておきましょう。成り行きとはいえ、休日に淑女がこんなアニメを見ている姿を殿方に知られたくはないですし」

 

こんなとは何だ。偉大なドラゴンボールを何と心得る。

日本のアニメを愛する少女は、お嬢の何気ない一言にムッとなった。

 

「……ハァ。ですが、やはり考えるだけやりきれませんわ……」

「まぁ元気だしなよセシリア。丁度元気玉が登場する回だし」

「何の関係があるんですの?」

「う……その、だから元気玉のように元気を……」

「……ふぅ」

「そ、それに例え扱いはアレでも、セシリアには大切なものがあるじゃない」

 

少しすべってしまったシャルロットが取り直すように言う。

 

「何ですの?それは」

「えーと。……人気」

「……まぁ確かにそうですわね」

「でしょ?何だかんだでやっぱりこれはヒロインには最重要だよ」

「そうですわね!やっぱりこれは大事ですわね!」

「うん。誰とは言わないけど、人気はないのにやたら扱いだけはいい人もいるし」

「そうですわねぇ。誰とは言いませんがやたら神の寵愛を受ける人がいますしねぇ」

「でしょ?モッ……ゴホン、そんな卑怯な存在になるくらいなら、セシリアは今のままでいと思うよ」

「モッ……オホン、その方には元気玉ならぬ人気玉を贈りたいですわね」

「『読者のみんな!私に少しだけ人気を分けてくれ!』って感じかな?……フフ」

「仮にもメインを張るヒロインがそれなんて、私ならとても耐え切れませんわ……フフフ」

 

「「HAHAHAHAHA!」」

 

笑いあう欧州産金髪娘を前にラウラは思った。

女って恐い……。

 

「じゃあ続き見よっか。ねぇラウラ準備できた?」

「……ああ」

「ふぅ。やはりこのオープニングを聞くとテンションが上がりますわね」

「だね。なんかHEAD-CHA-LAな気分になれるよねー」

「元気が出ますわ。何か抱いていた悩みなんて、なんて事無いように思えてきましたわ」

「それこそが歌が持つ大きな力かもね」

「なんか心のまま歌いたい気分ですわ」

「じゃあ歌おっか!」

「ええ!歌いましょう!」

「え?ちょっ……お前ら……」

 

驚くラウラをよそに、意気投合したお嬢様二人はDVD特典で入っていた、主題歌フルバージョン(カラオケver)を大音量で流し初め、そのままデュオで歌い始めた。もはやキャラ崩壊というレベルではない。

 

どうなっているんだ……。

いつの間に自分は摩訶不思議大冒険ワールドに迷い込んだんだ?ラウラには分からなかった。

 

心なしか二人ともヤケクソになっているように見える。

セシリアもそうだが、シャルロットも実は色々ストレス溜まっていたのか……?。

ラウラは親友の狂態をぼんやり眺めながら思う。シャルロットは優しい性格故に何かと己に溜め込みやすい、今度一度じっくり話し合ってみよう。そうしよう。マジで。

 

それにしてもシャルロットはともかく、セシリアのアニソンは違和感が凄いな……。

何処までも一人冷静なラウラさんは、ため息を吐くと目の前の少女たちから視線を外した。なんかもう見ていられない、痛々しくて。

 

「あ」

そこで視線をあらぬ方向に向けたラウラの時間が不意に止まる。

 

そんなラウラの様子に気付くことなく、腕なんか組んでテレビ画面に表示される歌詞を見ながら歌っていた、痛い歌い手の二人。妙なテンションのまま変なポーズまで決めて熱唱し続け、残りは最後のサビの部分!というところで、二人はラウラの方へ振り返った。最後は三人で決めたかったから。

 

「「あ」」

しかし、そこでラウラに遅れて二人の時間も止まった。

 

 

 

時に人は衝動的に「やっちまう」生き物である。

キャラを保ち続けるというのは、中々どうして難しい事なのだ。

そして、そのキャラ崩壊の先に待つのは、大抵絶望と相場が決まっている……。

 

 

 

エセ外人三人娘の視線の先には、何時の間にやら部屋に入っていた幼馴染ーズの姿があった。

ワン・サマー、モッピー、そして酢豚。各々が驚きを顔に貼り付けて友人の狂態を眺めていた。

 

歌声が途切れ、BGMだけが鳴り続ける。

その演奏もやがて終わり、部屋には居心地がクッソ悪い静寂が訪れた……。

 

「……悪い。一応ノックしたんだけど……」

一夏が見てはいけないモノを見てしまったような顔で、目を逸らしながら呟く。

 

「……お前ら何考えてんだ?」

箒が心底軽蔑したように、二人の痛い歌い手を見る。

 

「いや、ち、違うんだよ一夏?ボクはただ、セシリアに無理やり乗せられて……」

「シャ、シャルロットさん!貴女って人は!違うんですの一夏さん!被害者は私の方なのです!」

 

分かり合った友情を彼方に投げ飛ばし、即座に互いを売り渡す二人。

ラウラは醜い女の様を眺めながらぼんやり思う。

 

ヒロインって何だろう?

 

罪を擦り合う二人の少女の声が部屋に虚しく響く。

そんな中我らが凰鈴音が一歩前に出た。そして、あたかも呼ばれもしない戦いについてくるヤムチャを見るような、そんなゴミを見るような視線を英仏少女にプレゼントしながら、ゆっくり口を開く。

 

「Sparking!」

そうして、エセ外人らの代わりに決め台詞をドヤ顔で決めた。

 

 

 

 

 

 

華があり夢がある。

そんな皆の憧れIS学園にも、中々どうしてやりきれぬ悲哀が確かにあるのです。

 

 

そういう訳でIS学園は今日も平和です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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フラグ立たぬ男女のごちゃまぜもんじゃ定食 (一枚目)

どうあれ酢豚ちゃんと仲が良いDANは勝ち組だと思うのですよ。





今とある店の座敷席で一組の年若き男女が向かい合っていた。ジュージュー小気味良い音と香ばしい匂いが漂う中、少年はヘラを使い鉄板の上で手際よく調理する。そしていい頃合になったそれを、相方の少女に取り分けてやると同時に疑問をぶつけた。

 

「なぁ、モテる男の条件って何だと思う?」

「顔」

 

少女はそっけなく答えると、男が取り分けてくれた熱々のもんじゃを口に運んだ。

 

 

 

 

 

「おい鈴そりゃないだろ。それじゃそこで話終わっちまうじゃないか」

五反田弾は情けない声を上げると、正面に座る凰鈴音を恨めしげに見た。

 

「ハフハフ……うっさいなぁ」

鈴は熱々のもんじゃをいささか苦労しながら飲み込む。自身のキャラクター通りの猫舌なのである。

 

「俺的に結構切実な問題なんだよ」

「あっそ」

「いやマジなんだよ鈴。聞いてくれよ」

「アンタねぇ、まずはこのもんじゃの出来を尋ねるとかしないの?」

 

鈴は呆れた目を弾に向ける。開口一番料理の出来栄えではなく、唐突にモテる云々を聞くとは何事だ、全く。

しかし年若き男女が二人、この真夏日に汗かきながらもんじゃ焼きなぞしているのはどうなんだろう?鈴は額の汗を拭いながら、自分達の行動に少し疑問を抱いたが、やっぱ気にしないことにする。もんじゃ食べたかったし。

 

「俺にはもんじゃの出来よりこっちのほうが重要なの!」

「へいへい。で?どしたの?」

「俺だって某親友のようにモテたい!女の子にちやほやされたいんや!」

「いきなりだなぁ」

「凰先生……彼女が欲しいです……」

「あきらめなさい。既に試合終了ですよ」

 

凰先生はそう断罪すると、更に箸ですくいもんじゃを口に放りこむ。熱いけど美味しい。

 

「高校の壁は高い……。中学の頃は周りも相手がいる方が珍しかった。でも今は違うんだ」

しかし弾はめげることなく話し続ける。メンタルの強さは伊達ではない。

 

「新しく出来た友人も当たり前のように彼女がいたりする……。寂しい虚しい……」

「まぁ高校生にでもなれば別におかしくないんじゃないの?」

 

鈴は興味なさげに言う。自分はIS学園という特殊な学校に通っているので詳しくは分からないが。

そんな少女に弾は身を乗り出して問いかける。

 

「そこで俺は思うわけよ。なぜ俺には彼女が出来ないのかと」

「ふーむ」

「だから異性としてどう思うか意見を求めたいんだよ。お前も一応女だし」

「弾。あとで殺すからね」

「スマン失言だった。許してください鈴様」

「ダメ」

 

弾は自身の失言により死亡が確定された未来を憂う。しかし今自分に出来ることをしようと話を続けることにした。嫌な未来は後回しにして考えないに限る。人はそれを逃避と言う。

 

「んで、俺ってそんなにイケてない?」

「うーん」

「そこは否定してくれよ……」

 

ガックリうな垂れる弾。

 

「やっぱ顔か……所詮この世は顔なのか……」

「まぁ悲しいことに一理あるわね」

 

鈴はコーラを飲むと「ふぃー」と一息ついた。炭水化物の権化にコーラ。体重がヤバイことになるラインナップだが、我らが鈴ちゃんは生憎太ることに関しては無縁なのである。どこぞのセッシーさんなどは泣いて悔しがりそうだが。

 

「一夏のようなイケメンばかりいい思いをするのは間違っている!」

めけずに弾が吼える。

 

「男は顔じゃない!顔じゃないんだよぉ!」

「それも一理ある」

「えっマジで?」

 

弾の顔が輝く。まさに暗闇に光が差し込むように。

 

「今はそうでも、将来的には男は顔じゃなくなるわ。最後は金ね。男は金」

「お前……」

 

弾の顔が一瞬で歪む。

 

「そんな夢もロマンもないことを言うなよな……」

「なんでよ。ある意味ロマンじゃない」

「どうかだよ!」

「例えば世紀末なブッサ君でも、将来お金さえ手に入れれば絶世の美女をGET出来るってことよ?」

「いやそれは……」

「逆境に変えればいいのよ。『世のイケメン共よ今に見てろよ!』って感じで。その一心でいつか見返してやろうと努力すればいい。顔の出来不出来で人生達観するのは負け犬のすることね」

「あの~鈴さん?」

「大人になれば誰でも札束で顔引っ叩けば、喜んで尻尾振って服従するようになるわよ」

 

夢も希望もないことを言うと、鈴はもんじゃを食べる作業に戻る。

弾は何とも言えない気分でそれに続いた。

 

 

 

 

 

「要は今俺がモテないのは顔がイケてないからか?」

少し経った後、弾は思い切って尋ねてみた。言って涙が出そうになるが。

 

「いや?アンタ普通にイケメンじゃん」

「へ?」

 

鈴の返しに弾が固まる。

 

「あんましそういう過剰な謙遜は止めた方がいいよ。やり過ぎると嫌味に映るから」

「えっ?えっ?マジで?マジすか学園?」

「うん」

 

あくまで自然に鈴は頷く。

そうか俺って実はメチャ×2イケてたのか!弾の顔に生気がみなぎっていく。

 

「いや待てよ……」

しかしそこで疑問。

 

「じゃあなんで俺はモテねーんだよ!」

その疑問を大にして咆哮する。この世代は顔が全てと言うなら、イケメン弾君がモテないのはおかしいのではないか?

 

鈴はその質問には答えずコーラを飲むと、鉄板のもんじゃの残りに手をつけた。

未だ熱いのか「ふぅふぅ」しながら食べる小動物のような姿に弾は少し萌えたが、この酢豚っ子とはどうあがいてもフラグが成立しないことが分かっているので、再度質問を促す。

 

「答えてくれよ鈴。なぜだ!」

 

鈴ちゃんは小さい口でハムハムし終わると、コーラを流し込む。そして必死の形相で目をむく少年に聖母マリアさまのような慈悲の表情を向けた。

 

「弾。本当に聞きたいの?」

「もったいぶらずに答えてくれよ」

「その答えは弾を更に傷つけるかもしれないわよ?」

「それでもいい。俺は答えを知りたいんだ」

 

弾は似合わない『キリッ』っとした顔で答えを待つ。

でもその理由が「実はアンタ臭いのよ」というものだったらどうしよう……。

 

「ふむ」

鈴はそう呟くと手を膝に置いて姿勢を正した。弾も思わず正座する。

 

「小年よ。汝はモテない理由を真に望むのか?」

「はい……」

「汝が破滅的にモテない理由を本当に聞きたいのか?神に定められし非モテ男の哀歌を」

「あんまモテないモテない連呼しないで下さい。心が折れますんで」

「ごめん。……オホン。では伝えましょう」

 

沈黙が降りる。

ごくり……。弾は唾の飲みこむ音さえやけに響く気がした。

 

 

 

「その理由はね」

「ああ」

「一夏の親友ポジのせい、ぶっちゃけ一夏のせいでーす」

「はぁ?」

 

弾が唖然とするのも構わず、鈴ちゃんは人差し指を天に向かって突き出す!

 

「弾がモテないのはどう考えても一夏がわるーい!」

そして力強く宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




主ヒロインポジの酢豚ちゃんの出番が少ないことに今更ながらに思い、衝動的に書いてしまった。



神様。なぜ私には鈴ちゃんのような子が身近にいないのでしょう…?


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フラグ立たぬ男女のごちゃまぜもんじゃ定食 (二枚目)

世の三大信じてはいけないモノ。

1.ハロワの求人情報。
2.AVの表紙パッケージ。
3.女性が言う「好き」という言葉。






「おばちゃーん!もんじゃお代わりー。えーと、次は豚キムチもんじゃで」

「あいよ。でも今立て込んでいるから、ちょっと待ってもらえるかい?」

「はーい」

 

鈴は元気よく答えると、残っていたコーラを飲み干した。

 

「なんで酢豚もんじゃはないのかしら?」

そしてお品書きを見て一言。

 

あるわけねぇだろ。酢豚もんじゃなんて。

弾はその組み合わせを想像してしまい気持ち悪くなる。悪食にも程があるぞ。

 

「ねぇ弾。今度みんなでさぁ、酢豚お好み焼きパーティーでも……」

「んなことどーでもいいから、さっきの意味を教えてくれよ」

 

話を酢豚にもっていこうとする少女を遮り、弾は真意を問いただす。

 

 

「俺がモテないのは……」

「どう考えても一夏が悪い」

 

思わず呟いた言葉を鈴が補完する。弾は再度頭が混乱しテンパったが、直ぐに自分を取り戻した。

 

「鈴。お前そりゃどういう意味だ?」

「ん?そのまんま」

「お前なぁ……よりによって鈴、お前が一夏を悪く言うつもりなのか!」

 

弾が視線を鋭く詰め寄る。少なくとも彼女の口から一夏の悪口は聞きたくなかった。

例え可愛い女の子が相手でも友人の為ならためらいなく怒ることが出来る、それこそがいい男の条件なのである。そして我らが五反田弾はそれが出来る男なのだ。

 

うほっ!いいDAN!

 

しかし鈴は「男の友情?んなもん知らんわ」というどうでもよさげな感じで答える。

 

「一夏を悪いように言う気はないわ。これは只の事実」

「なんだよそれ」

「弾。アンタの立ち位置は何?」

「へ?」

 

急な質問に弾がまごつく。

 

「アンタのポジは主人公の親友ポジ。ふむ、まぁ結構重要ポジよね」

「……それが何だ?」

「名もなきモブのような屈辱を味わうこともなく、他の、例えば数馬なんかと比べても出番が多い。男性が全くと言っていいほど登場しない中で恵まれてるほうじゃない?」

「お前何が言いたいんだ?」

「ふぅ……」

 

鈴は小さく息を吐くと弾を正面に捉える。

その目には哀れみがはっきりと浮かんでいて、弾は正直少しムカついた。

 

「おい鈴。いつまで焦らすんだよ」

「問題。あたしたちの作品のカテゴリーは何でしょう?」

「ハァ?」

「美少女、萌え、ハーレム、世界観エトセトラ……。典型的なオタク御用達のブヒ作品よね」

「お、おい」

 

唐突に危険なことをほざく酢豚っ子に、弾の心拍数がDANDAN上がっていく。ヤバイって。

 

「そんなオタ向けラブコメには、唯一にして絶対の法則が存在するのよ」

「法則ぅ?」

「ええ」

 

鈴は宣言する。それは弾を絶望に叩き込む悪夢の法則。

 

「そう。オタ向けラブコメの法則『主人公の親友ポジはモテてはならない』という宇宙の真理がね!」

 

ダ~ン。

妙な擬音を内に響かせてDANは絶望した。

 

 

 

 

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待てよ!」

正気に戻った弾が吠える。そんなの急に言われて認められるはずがない。

 

「なんだよそれ!」

「弾……」

「『主人公の親友ポジはモテてはいけない』だと?アホなこと言うのも大概にしろよ」

 

その言葉に鈴は痛ましさMAXの視線を向けてくる。弾はそれに耐えきれず目を逸らした。

ちきしょうそんな哀れみ全開の目で人を見るな!過ぎた哀れみは人を悲しくさせるのだ。

 

「自分で言うのも恥ずいけど、俺はお前の言葉を借りるなら結構な立ち位置なんだろ?」

「ええ」

「名も無きモブとは違う華の主人公の親友ポジ。絡ませ方も豊富にあるはずだ!」

「そうね。それにたまの男同士による友情、同年代の性欲しか頭にないアホ共の臭い日常を挟むことで、一種のマンネリ防止にもなるからね」

「そうだろうが!そんな俺が何故そのような鬼畜にも劣る所業に合わなければならないんだよ!」

 

大声で異を唱える弾。少女から結構酷い台詞が聞こえた気がするが気のせいだろう。

とにかくだ、こんな非道を受け入れられるはずがない。してたまるか。

 

「……弾。アンタは何も分かっていない。オタクという生き物の業を……」

「え?」

「オタクとは、ナイーブさ、繊細さ、強欲さ、独占欲……ありとあらゆるものがごちゃまぜになった生き物なの」

「今オタクは関係ないだろ」

「悪いけどありまくりなのよ。ねぇ弾、アンタの境遇には同情するわ」

「な、何をいきなり」

「アンタはこの萌え系作品の親友ポジで出なければきっと良い目が得られたでしょうに……。見た目結構イケメンで、妹に頭が上がらないヘタレ。でもそんな中にも妹を大切に想っている典型的なシスコン兄の描写。モテたい願う一般的な男子高校生の葛藤……キャラは立っているわ」

 

何なんだよお前。

弾は目の前の友人が急に遠くなる感覚を覚えた。

 

「でも悲しいことにこれって萌え豚作品なのよね」

「おい」

「だからムリ。さよならバイバイゲームセット。最後まで希望を抱いちゃダメ、あきらめて試合終了」

「いや、でも」

「弾はモテないの……モテちゃいけないの!この事実は、間違いなんかじゃないんだから……!」

「ふざけんな!」

 

いくら何でもあんまりだ。

気心知れた友人とは言え女の子にここまで言われるのはキツイよ……。

 

「鈴。お前俺に恨みでもあんの?」

「ないわよ」

「じゃあ俺のこと実はかなり嫌ってたとか?」

「ううん。弾のこと好きだよ」

「なにィ!」

 

えんだー!

幸せな時に流れる歌がDANの脳内に響き渡る。

 

仲の良い友人として大切に思っていた少女。親友を一心に慕う姿を微笑ましく思い、見守ってきた。しかしその相手は対女性限定の人間磁石野郎。手ごわすぎる相手。そんな困難な闘いに挑む少女を陰ながら応援してきた日々。いつか二人が結ばれ幸せを掴んで欲しい、そんなことも願ったりした。

 

しかし知らず少女はいつしか、想い人からずっと応援してくれていた友人の方へと……。なんてこった、そんな恋愛物でよく見られるパターンにまさか自分達が陥っていたなんて!

 

でもそれこそが人間賛歌というもの……。

心の移り変わり、そして妥協は決して罪ではない!

 

手に入らない想い人(一夏)より近くの友人(弾)を。……そんな恋だっていいじゃないか。

希少な薔薇(一夏)よりそこらに生えてる雑草(弾)を。……雑草だって生きてるんだ!

はぐれメタル(ワンサマ)よりスライム(DAN)を。……スライムの方が伸び代があるんだい!

遠くの清流(いt)より近くのドブ川(だn)を。……悲しくなる、ここまでにしよう。

 

とにかく今ここに人知れず我が春は訪れていたのだ!

やった!弾物語完!

 

 

 

 

 

「……なーんてな。どーせ分かってますよ。『友達として』だろ?」

「うん」

 

何らためらう素振りもなく真顔で頷く鈴。迷いない姿は『友達』以外何の意味もなかった……。

 

そんなこったろと思ったよ。

自分のオチはよく分かってる。この少女とはどうあがいてもフラグは立たないんや……。

 

「何?どしたの?」

「フッ……人生の無常をかみ締めていただけさ」

「何それ?」

「別に。……まぁ何だ、俺も、その、あれだ。結構嫌いじゃないぜ鈴のこと」

「そう?ありがと。エヘヘ。少し照れるけど……これからもよろしくね」

 

ちきしょう可愛いじゃないか……。微笑む酢豚っ子を見て弾は不覚にも萌えた。

普段天邪鬼だからこそデレた時の鈴の破壊力は凄まじいものがある。それこそがツンデレと呼ばれる者たちの恐ろしさよ。

しかし悲しむべきは、そんな少女とどんなに親しい空気になろうとも、フラグが一向に立たないことが確定している自分のポジである。全くやりきれない。

 

いや待て……。

そもそもなぜフラグが立たない?見守る友人から恋云々にクラスチェンジする様は、古来よりありきたりにして絶好の類のはずだ。だと言うのに弾自身、この少女とはフラグを立てよう、立てたい、ということは考えもしないのだ。まるで『そう』定められているかのように。

 

なぜだ?なぜ……?

鈴の気持ちを昔から分かっているという自負があるからこそ今まで気にも留めなかったが、これこそが鈴の言うラブコメの法則。神のみえざる手、宇宙の真理なのか?

 

「……なぁ鈴。さっきお前が言ったこと」

「んー?」

「親友ポジはモテてはいけないとかどうとか」

「言ったわね」

「……何故だ?詳しく教えてくれ」

「ふむ」

 

鈴は少考するように暫し目を閉じる。

弾は緊張し言葉の続きを待った。

 

沈黙が重苦しい……。

 

「はいお待ちー!豚キムチもんじゃだったね」

「わーい!」

 

そこに威勢のいい声と共に届けられる豚キムチもんじゃの生地。それを鈴はさっそく鉄板に広げる。

 

「あの鈴さん。話の続き……」

「まぁ落ち着きなさい。とりあえず今はもんじゃの海に溺れましょう」

 

「うひょー!豚キムチの香り!お腹減るいい匂いにゃー」などと喜色満面にほざく酢豚娘を前に、DANはガックリうな垂れる他なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




女性は本能的に『ライク』と『ラブ』を使い分けるのが上手いとか。

「夢見させるようなことを言うな!(大泣き)」
……とならないよう、私のような非モテは女性の言動に一喜一憂しないよう気をつけたいものですね…。


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フラグ立たぬ男女のごちゃまぜもんじゃ定食 (口直し)

私はイチゴは必ず最後に
どちらかといえばきのこ派で
焼肉は白い飯がないと食えない人間です。







「もんじゃはおかずにもなるのよねー」

 

凰鈴音はドヤ顔で言うと、本当にもんじゃ焼きをおかずに注文したごはんを食べ始める。そんな友人を五反田弾は苦々しい思いで見た。曲がりなりとも料理を営む一家として食には誇りがある。炭水化物のお好み焼き系をおかずに米を食う心境がどうしても理解できなかった。この少女は大切な友人だが、彼にも譲れないことがあるのだ!

 

 

 

『絶対に負けられない戦いがそこにはある』

某放送局がある時期になるとウザイくらい繰り返す台詞だが、それは何もサッカーに限ったことではない。人は誰しも負けられない、譲れない何かを抱えて生きている。

 

そしてこと食に関して言えば、誰しも譲れない『俺ルール』が確かにあるだろう。

 

酢豚にパイナップルを入れるか否か?

ショートケーキは何処から食べる?クリーム?イチゴ?

きのこたけのこ戦争。あなたはどっち派?

焼肉といえば白い飯だろうが!…いやその理論はおかしい。

 

人類は今日に至るまで数え切れぬ程の食の論争を繰り広げている。そしてそれは『酢豚パイナップル問題』のように絶対な答えなど存在するものではなく、終焉することはないだろう。

 

食に関しての『俺ルール』とは馬鹿らしくとも、それほど強大で尊いものであるのだ。

 

 

 

 

「おい鈴。そんなに炭水化物取ったら太るぞ」

もんじゃも二枚目に突入し少し飽きていた弾は、少し剣呑さが混じった声で鈴に忠告する。

 

「だいじょうーぶ。あたし太らない体質」

それに対し英国産尻娘が憤死しそうな台詞を返す鈴。

 

「ハフッハフッ、ハフッハフッ」

 

アホ面で白米ともんじゃをかっ込む鈴の姿を見て、しかめっ面だった弾の顔に思わず笑みが出た。

女の子が美味しそうに食べる姿を見るのは嫌いではない。

 

「そんなに美味いか?」

「一枚目はそれ本来の味を堪能し、二枚目はごはんのおかずとして味わう。一度に二度美味しい、それがお好み焼き系の醍醐味ね」

「飽きねぇの?」

「限られた食材、少ない料理。そんな中でも我が中国では、料理法や組み合わせ、そして食べ方によって、如何ようにも美味しく食べようとする心意気が備わっているのよ。例えば……」

「いやいい」

 

弾は素早く言葉を遮る。食を語らせると長いのだ、この少女は。

 

「でさ。いい加減さっきの理由の総括をしてくれよ」

「分かったわ。じゃあ中国の世紀の大発明、酢豚にパイナップルを入れた始祖の歴史から話してあげる」

「ちげーよアホたれ!そうじゃなくて……俺が、なんだ、モテない理由だよ。何度も言わすなよ……」

「なんだそっちか」

 

暫し頓挫していた話題を、鈴が今思い出したように軽い口調で言う。

 

くそったれ!俺にはこれ以上ないほど重要なんだぞ!

弾は口には出さずとも、決意のこもった目で睨むように彼女を見返した。

 

「でさ。俺が一夏の親友ポジだから……」

「その前に最後の一枚注文しとかない?」

「うがぁぁぁぁ!いい加減にしろよぉぉぉ!」

 

何度も何度も話の筋を折りまくられることに弾がブチキレる。

つーかこの小さい身体にどんだけ入るんだよ。

 

「今日朝から食べてなくてお腹減ってたのよ。久しぶりなんだし付き合ってくれてもいいじゃない」

「……わーったよ。付き合うよ。でも少し腹が落ち着くまで待ってくれ」

「うーん。あたしの腹は未だペコちゃんなのだが」

「イカでも焼いて食ってろ」

「分かった。おばちゃーん!イカ焼き一つねー!」

 

ほんとに頼みやがったよこの人。

弾はヤケクソで言ったことを実行に移す友人を珍獣を見る目で見た。

 

 

 

 

 

「なぁ鈴。俺思ったんだけどよ」

「にゃにー?」

 

何処かうっとりした顔でイカを焼く少女に、弾は何とも言えない気分になる。

 

「親友ポジはモテないって言ったよな?」

「うん」

「でもさ俺の場合は少し違うんじゃないかって」

「うん?」

「ホラ俺らの主役……一夏ってさ、何ていうか……」

 

そこで一瞬躊躇するが、意を決したように弾は顔を上げる。

 

「その……必ずしも読者受けしてるとはいい難いじゃないか」

「アンタ何が言いたいの?」

 

弾は鈴の声に少し剣呑さが混ざったのを感じた。好きな人を悪く言われれば当然だろう。

 

鈴すまねぇ……。後ここに居ない一夏も……。

弾は心で大切な友人らに謝罪するが、それでも己の生きる道のため続ける。

 

「主人公にイマイチ共感出来ない場合、所謂脇役に目を向けるのも有りだと思うんだよ」

 

そう、物語とは決して主人公だけのものに有らず。

それを支える数多のサブ・モブ組によって成り立っている処も大きいのだから。

 

だから自分のように華やかではない脇役にも春が訪れてもいいのではないだろうか?

一夏のヒロインを自分に、一夏の活躍奪いたい、とかそーゆーのではなく。

 

しかし鈴は首を横に振る。

 

「それはないのよ弾。残念だけど」

「なんでだよ!」

「弾の言うように作品内での主人公の交代、活躍の変遷なんかは無いわけじゃない。かつてSeedなdestinyでも、本来主役の『運命』さんは後半『自由』様にタイトルバックもろとも成り代わられたのだから……」

「お前は何を言ってるんだ?」

「気にしないで。とにかく何らかの理由で、主役とサブの活躍度合いが逆転するのは確かにあり得る」

「じゃあ……!」

「でも言ったでしょ。これって萌え豚作品だって。だから無理なのよ……」

「だから何だよ萌え豚作品って!それが何の理由になるんだよ!」

 

弾の尤もな怒りに、鈴は悲しそうに視線を眼前の鉄板に移す。

 

「ねぇ弾。焼きあがったこれを見て。コイツをどう思う?」

「すごく……イカ焼きです。……ってこれがどうしたんだよ」

「そうね。これはイカ。まごうことなきイカ焼きよ。でもこの店のメイン、看板メニューは何?」

「そりゃお好み焼きだろ。若しくはもんじゃ焼き」

「そう。あくまでメインはお好み焼き系。このイカ焼きはあくまで場の繫ぎ、口直しみたいなもんでしょう?まさかイカ焼きを求めて、お好み焼きの店に来るヤツはいないよね?」

 

鈴は焼きあがったイカ焼きを箸で摘む。

 

「弾。アンタは正にイカなのよ。ISという作品の括りの中でメインは一夏、アンタは脇役。それは変わることのない絶対の事実」

「……んなこと言われなくとも分かってるよ。でも夢見るくらいいだろ?脇役だって生きてるんだ」

「ええ。夢見るのは自由。弾の場合は貴重な男役だしね。でもやっぱりそれでも一夏はメインであり、『神の寵愛』を一身に受けし存在なのよ。これがモブ・サブ組との一番の差ね」

 

鈴は摘んだイカ焼きを豪快に噛み千切る。

イカと重ねあわされた弾は、まるで自分が無残に食いちぎられているかのような錯覚を覚えた。

 

「この違いは思いの他大きいわよ。もっとも……」

 

そこで鈴は一旦言葉を切る。

そしてイカ焼きを更に一口。

 

「その違いが現れるほど、弾にヒロインを惚れさせる魅力があればの話だけどね。つーかこの時点で無理ゲーじゃない?」

「それを言っちゃお終いだよ……」

 

弾がうなだれる。親しき仲にも礼儀ありってことわざを知ってくれよ……。

しかし少女は一ミリも気にすることなく続ける。

 

「まぁ仮に弾が一夏を相手にヒロイン奪取に善戦すれば、読者は沸き応援してくれるかもしれないわね」

「へ?そ、そうか?」

「そしてフラグをコツコツ立て続け、いよいよヒロインGETまで辿り着けたとしよう。……うへぇ」

 

自分で言っといてその場面を想像した鈴が顔を歪める。

そんなに嫌がらなくてもいいじゃないか。弾は悲しくなった。

 

「するとどうなるか……。突然読者は一夏の応援に回る。五反田弾がヒロインをGETしてはいけないんだ、という雰囲気になっているの」

「な……」

「たとえ脇役の一時の善戦に拍手したとしても、オタクたちは心の奥底では、主人公からヒロインを奪うことなんて望んでいないものなのよ……」

「なん……だと……」

「それは主人公=俺という観点からすれば、モブに自分の女を取られるということになっちゃうからね」

「そんな!」

 

弾が絶望の声を上げる。

そりゃあんまりだ。脇役やモブにだって人権はあるんだ!

 

「あったり前よ。オタクの耐久値の低さ知らないの?」

「知らねぇよ……」

「過去にも『たまきん事件』『かんなぎ騒動』等オタクの童貞暴走が招いた痛ましい事件があったのよ」

「なんだよそれ」

「オタクってのはね、自己投影が激しすぎる生き物なのよ。そしてピュアというか現実を見ていないの『女性は処女でなければならない』『幼馴染は主人公(俺)に一途でなければならない』こーんな俺ルールを勝手に取り決めて、それから少しでも外れようものなら大顰蹙よ。もうバカかとアホかと」

「ちょっと鈴さん。頼むから過激なことは……」

「可愛い子が高校の1○才にまで恋人どころか、好きなったことさえないなんて、そうそう有りえると思う?無いでしょ普通は!なのに一部オタクは昔好きな人が他にいた、というだけでビッチ呼ばわりよ。こんなのおかしいでしょ!」

 

鈴が鼻息荒く怒りまくる。

もはや怒れる少女は誰にも止められない。

 

「誰かれ構わず身体を許していたっていうならビッチ扱いも分かるわよ。でも好きな人や、付き合っていた人がいたというだけで、どうして責められなくちゃいけないの?」

 

「男は右向いても左向いてもハーレムだらけなのに、なんで女は絶対に操を立てなきゃいけないのよ!」

 

「昔は恋人持ちどころか、未亡人のヒロインさえいたのよ!だからこそストーリーの幅も広げられた。でも今そんなことしたら大ブーイングよ!男の影がチラつくだけでOUTって、どうすりゃいいってのよ!だから似たり寄ったりな、草食男による美少女ハーレムになるんじゃない!」

 

「あたしたちの作品だってきっと10年早く生まれていれば、きっと英国尻お嬢も、あざといボクっ娘も登場しないノーハーレムで、『悲しくも日本と中国に引き裂かれてしまった二人!たとえ遠く離れても、互いの愛を信じ続ける幼馴染同士の壮大な大恋愛劇!』といった傑作になっていたに違いないのよ!」

 

そりゃねーよ。

弾は一人エキサイトする少女を見て思う。そうだとしても相手役は『初代』幼馴染が一夏にはいるだろ。

 

「あたしは年々低下するオタクの耐久値と、それに反比例する女性への欲求に警鐘を鳴らしたいの。このままではいつか取り返しのつかないことになってしまうんじゃないかと。『何か』が起きてからじゃ遅いのよ……」

 

鈴は深刻な顔でワンマンショーを終わらせると、残ったイカ焼きを食いちぎる。

そしてそれをクッチャクッチャと咀嚼すると、豪快なゲップを繰りなした。

 

お前が業界の未来を憂いても仕方ねーだろ。話す隙間もなく演説を黙って聞かされていた弾はそう思った。

それに人は……オタクはそんなに愚かではない。革新はきっと起こるはずだ!

 

しかし弾のガンダム的願いなぞどーでもいい鈴は、今思い出したようにポンと手を打った。

 

「話少し逸れたけどつまりアレよ。なんつーか……そう!弾が恋人を成し得たいのなら、もはや何が起きようと揺らぐことがない……」

 

そこで『キリッ』とした表情を作る。そして……。

 

 

「断固たる決意が必要なのよ!」

 

そして酢豚はタプタプ先生の名言をドヤ顔で決め、無理やり締めくくった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回でもんじゃ定食も完食となります。



ちなみにこんなこと書きましたが私もNTRの類は苦手です。
それでも女性の過去にこだわるのは男としてよくないと思うのですよ(キリッ)

私、コンバット越前は相手の過去にこだわることなく、どのような女性をも受け入れる覚g……。
だからお気軽にご連絡くd……。


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フラグ立たぬ男女のごちゃまぜもんじゃ定食 (ラストオーダー)

ボクらはみんな生きている。
主役だって、脇役だって、モブ1だって……。

みんな生きているんだ!






断固たる決意……!

五反田弾は対面に座る彼女……凰鈴音が言った言葉を噛み締めるように心で唱えた。何か取り繕ったように言われた気もしないでもないが、それでも彼女が自分の為に言った言葉だと信じよう。

 

恋人を持つという意味。その道筋はとても険しいものだ。しかもそれが主人公の親友ポジという立場なら尚更のことである。弾は己の境遇を改めて思う。鈴の言葉を全部鵜呑みにするつもりはないが、それでも難しい立ち位置なのは変わらないだろう。

 

だがしかし、ここからである。

俺ら(親友ポジ)の闘いはこれから。決して試合終了にはさせない、まだ終わらんよ!

 

「鈴。俺頑張るよ!」

「うん?なんだって?」

 

せっかくの決意の言葉をアホ面で聞き返してくる少女に弾は内心ムカついたが、そこは流しておく。寛容さこそが自分のようなポジでは大事なのだから。これが私の生きる道。

 

「断固たる決意。これを胸に俺は未来を生きていくぜ!」

「ほぇー。ま、がんばって~」

 

ストローをくわえ投げやりに鈴は言う。

もう少し真剣に賛同してくれてもいいじゃないか。これが決して超えられぬ脇役の扱いというものなのか?弾はちょっぴり悲しくなる。だが、どうせ自分の扱いなぞこんなものかと一人達観した。

 

「……ああそうだ。諦めるのはまだ早い。ダンコ五反田の精神で俺はいずれ彼女をGETしてやる!」

「それは無理。そんな未来はどの世界線にも存在しないの。そんなシュタインズ・ゲートはありません」

「おい!そりゃないだろ!」

 

鈴の世界線をも跨いだ全否定に弾が早くも崩れ落ちる。

 

「お前が言ったんじゃないか!断固たる決意で臨めってよぉ!」

「それはアレよ」

「何だよ!」

「リップサービス」

 

弾は震えながら拳を握り締める。

もう限界ですよお嬢さん。

 

「鈴!テメェいい加減にしろ!そんなに俺を苛めて楽しいのかコンチクショウ!」

「まぁ落ち着きなさいな。あたしのスマホの待ち受けヨッシーでも見てさ。さぁ一緒に……ヨッシー!」

「ヨッシー!……ってアホかお前!そんなんで誤魔化すんじゃねぇよ!」

「まぁまぁ。でもここであたしが認めちゃったら、今まで散々弾がモテない理由を述べてきたことと矛盾しちゃうじゃない」

「お前の言うことは始めから支離滅裂だよ!」

「弾はモテないのが確定してるの。それは正に宇宙の真理。TO LOVEるにおける、リトさんのハレンチスパイラルのような絶対的なもの……!」

「そんなの勝ち目ゼロってことじゃねぇか!」

「イエース!ヨッシーヨヨヨッシー!」

 

意味不明の返事を出す鈴を前に、弾はいよいよ頭がおかしくなる感覚を覚えた。

げんじゅつし酢豚魔人に何時の間にやらメタパニでもかけられたのか?

 

「……どうして?」

 

不意に弾の曇りなき眼が涙で滲む。

男は泣くものじゃない。そう祖父から、父から教えられてきたであろう男の涙。その意味は重い。

 

「俺はただ……普通の高校生のように彼女が欲しいだけなのに……!」

 

弾の頬を涙が伝う。

それは決して弱さを見せぬ男が零してしまった想いの欠片。

普段泣くことを許されない男が流す涙は見る者の心を強く揺さぶるのである。

 

 

……まぁでも弾の場合は普段から妹にリアルに泣かされてるヘタレ野郎なので、鈴の琴線にはピクリとも反応しなかったのだが。つーか男の汚ェ涙一つで女の心を動かせると思ったら大間違いだ。天下の女子高生舐めんな。

 

しかし流石に友人が可哀想になってきた心優しき鈴ちゃんは、腕を組んで静かに語り始める。

 

「弾。萌え豚ご用達作品における親友ポジには大まかに分けて二週類があるのよ。一つは情報通の残念イケメン。んでもう一つは主人公の完全引き立て役」

「はぁ?」

「引き立て役に関しては述べるまでもないでしょ?主人公より全方位でダメな友人を対比させることにより、『コイツよりはマシ』と主人公を印象付けられるから」

「はぁ」

「それで弾の場合は……まぁ前者よね。情報持ってくる役割は学校が違うから難しいかもだけど」

「お前次は何言い出す気だよ」

「まぁ聞きなさい。この手の主人公は容姿的にも大概平凡設定。なのに友人ポジはイケメン。その意図するとこは何だと思うかね?悩める非モテ少年よ」

「俺が悩んでいる原因は今正に目の前にいる女のせいなんだが」

「やはり弾じゃ分からないか……。仕方ない教えて進ぜよう」

 

ダメだこの酢豚、誰か何とかしないと……。

人の話をまるで聞かない酢豚に、弾は哀れみの酢豚を見るような目で酢豚を見る。

 

「オタクというのは自己投影してナンボの生き物。主人公の平凡設定なんかはその現れなのよ」

「Oh……」

「一方で『おいおいこんなのが実際モテるわけないじゃん……』という属性持ちの主人公も多いのよね~。アニメオタクとか、天邪鬼なぼっt……」

「止めろよ!危険なこと言うのは止めてくれ!ほんと止めて下さいよぉ!」

 

弾の涙の叫び。これ以上はクレーム案件間違いなし。アフタフォローはもう嫌だ!

 

何時の世も、例えば驕った政治家ジイさんらが、うっかり口を滑らすことの後始末は大変なのである。

 

「分かってんだよ!オタクだってバカじゃない!分かっててその世界に浸ってんだよォ!」

「ふむ……?」

「別にいいじゃねぇか夢見るくらい!理想の優しい世界くらい創作に夢見て何が悪い!現実は厳しいんだからさぁ!んなこと皆分かってんだよ!」

 

弾は涙を流し咆哮する。それは親友ポジという形での、世のモテない男の代弁か。

 

そうだ、皆心では本当は分かってるんだ!こんな都合のいい話なんてありえねーって……。

 

分かっていて、それでもオタクは夢を見る。

だから『童貞に都合の良すぎる世界』『現実は違う』とか言わないで。夢から醒めちゃうから。

 

「弾。現実と戦わなきゃ。未来へ進む為のはじめの一歩は、現実と向き合うことで前に踏み出せるのよ?」

「うるせぇ!」

「逃げちゃだめよ。情けない自分を周りと比べてみなさい、もっと頑張りなさい、死ぬ気でやりなさい」

「お前はうつ病患者を自殺に追い込むカウンセラーかよ」

 

鬱が入るくらい思い悩んでいる人に「頑張れ」の連呼。

これは、いけません。絶対に。

 

鈴はそこで今思い出したようにポンと手を合わせる。

 

「だから!あたしが言いたいのは偉大な先人たちに学ぶ、親友ポジがモテない理由なのよ!なんで毎回変な方向に向かっちゃうわけ?やってらんないわよ!」

 

毎回訳分からん方向に舵取りするのは他ならぬお前だろうが!

……と言いたいのを弾はグッと堪える。反論すればまたそれが10にも100にもなって返ってくるからだ。それが女という生き物なのだから。男は黙って耐えるのみ、男はつらいよ。

 

「オタクの概念から言えばイケメンは敵。なのに友人ポジにイケメンが多いのはなぜだと思う?」

「つーかそんな多いか?」

「多いのよ。ハイ・エイティーン関連まで作品を広げて見ればその多さは歴然よ」

「はいえいてぃーん?」

「とにかく多いのよ!OK?あたしはここにオタクのコンプレックスを垣間見ているの」

「またそーゆーこと言う……」

「聞きなさい。友人ポジというのは、いわば神から『お前にヒロインはねーよ、主人公の便利役だから(笑)』と断罪を下されている存在なわけなのよね。つまりどうやってもいい目はないの」

 

くそったれ……!。

弾はもう何度目かのように歯を食いしばる。

 

「つまりこの場合イケメンの友人は、平凡設定の主人公が可憐な女性らにチヤホヤされるのを、指をくわえて見てるしかないという状態なわけよ」

「正に俺の状態だと言いたいんですね、分かります」

「元気出しなさいな。今度酢豚作ってあげるから」

「……しかしそうなると一夏の奴も平凡設定というのになるのか?あんま当てはまらない気が……」

「チッチッチ、甘いわね。平凡は平凡でもこの手の平凡は『自称』平凡なのよ。自分で『俺は特徴のない普通の高校生』って言っておけば、ハーレム作ろうが、秘めた能力持ってようが一応設定は平凡ということになるの」

「えー?」

「でもそういう意味では一夏は珍しいかもね。明確なイケメンでしょ?主人公をイケメン設定にするのは、萌え系作品では勇気のあることだから」

「皆が皆お前が言うような、主人公と自身との設定を重ね合わせるわけでもないってことだろ」

「まぁ、そうかもね」

 

鈴は一瞬考え込むような顔を見せたが、すぐに怒ったように手を振り回す。

 

「もう!また話が変な方に向かっちゃうじゃない!弾のお馬鹿!」

「俺のせいかよ!」

「とにかく!モテないイケメン友人が多いのは、主人公だけがチヤホヤされ、何故か身近のイケメンがモテずに悔しがる姿を存分に眺めたいというオタクの加虐心……つまりは現実における、イケメンリア充へのコンプレックスということが現れているのよ。わかった?」

「アホか!そんなん滅茶苦茶すぎらぁ!」

「何でよ!」

「俺が今言ったばっかじゃねーか。主人公=自分と重ねあわせる人だけじゃないって。脇役に自身を重ねる奴もいれば、感情移入無しに物語を客観的に見てるヤツもいるんだからよ」

「アンタこそ何言ってんのよ。脇役に感情移入するオタクなんていないわよ」

「え?」

「だって冴えない脇役見て『あ、俺がいる』ってなったら爽快感もクソもなくなるじゃない。女に囲まれるリア充を端から眺めるモブなんて、オタクの日常の光景と同じでしょうが。何の為の『優しい世界』よ」

 

コイツ……。

弾は目の前の酢豚を何とも言えない気持ちで眺める。マンガ、アニメ等そっち系に理解のある方だと思っていたのだが、実はオタク関連を嫌っていたのか?

 

「それから……親友ポジのイケメン化だけど、『残念イケメン』にされる場合がホント多いのよねー。ペル4のジュネスとか、トゥーハート2の被アイアンクロー君とか。言わば黙ってりゃカッコイイのに、お調子者の性格で損しているというやつ」

「でもイケメンなんだろ?」

「まぁね。つーかアンタもそうじゃない。黙ってりゃそれなりのイケメン。なのに毎回妹の尻に敷かれ、折檻されるぶっちぎりの情けないシスコン姿のせいで、弾=ヘタレという方程式が成立しちゃってるのよ」

「そんな身も蓋もない言い方ないじゃないか……」

「救いはこの手の残念系はイケメンにも関わらず、同性からの支持が高いと言うことね。萌え作品では主人公ですら『イラネ』と言われる修羅の作品だと考えると、ある意味恵まれてるのかも」

「俺はムサ苦しい野郎の支持よりも、可愛い女の子が声援が欲しい……」

「あるじゃない。熱狂的な女子の声援が」

「えっ、マジで?そんなんあったの?」

 

弾の顔に久しぶりに笑顔がともる。

知らぬは本人だけと言うし、実は熱い想いを向けてくれる女の子がいたのか?

 

「この手の残念イケメン友人キャラは、ほぼ確実に『ホ○』属性が添付されるから。弾も覚えあるでしょ?」

「……」

「一部の腐った女子連中が熱い声援を送ってくれてるじゃない。一夏と弾、×のどちらが前か後ろか、とかさ。攻めの一夏、ヘタレ受けの弾……」

「止めてくれ!」

 

身に覚えがありまくる弾が一転泣き顔で叫ぶ。どうしてこの手の親友キャラは何かとホ○に仕立てられるんだ?周りからも、設定的にも。

事実無根なのに男色扱いされるのはキツイです。

またコッチにその気がなくとも、主人公(相手側)が際どい言動を取るせいで誤解される時もあるし。

 

……あれ?そう考えると一夏のヤツも何かと……。

よく笑顔で身体を寄せてくる親友を思い出し弾は激しく頭を振る。俺は違うぞ!ノーマルだ!女性が大好きで、普通にエッチな健全な男子高校生なんだ!

 

「ちょっと弾。どうしたのよ?」

「すまねぇ、何でもない」

「ふーん。とにかく分かってもらえたかしら?弾がモテない真理を」

「お前さぁ……」

「ま、諦めなさい。出る作品を間違えたってことで。もしこれが少女マンガなら、逆にお腹いっぱいになるくらいの、弾のサブストーリーが拝めたでしょうけどね。さっきも言ったけどこれって萌え豚作品だから」

 

そして鈴は「ムフー」と満足げに鼻息を出すと鼻歌交じりにお品書きを開き始める。その様子から、既に頭の中はもんじゃの注文しかないことが明らかだった。

 

対照的に暗い雰囲気を漂わせながら弾はため息を吐く。

この世には神も仏もないのか。話の主人公はこれからもむやみやたらにモテ続け、脇役・モブ組はずっと女っ気のない日陰の道を歩まねばならないのか。

 

冗談じゃないやい。

ドラクエでの竜王が言う世界の半分、それは男だけの世界でしたー。……そんな地獄が主役以外にだけあてがわれるのはおかしい。そもそも「俺は別にモテたくない」なんてクソむかつくスカした言葉ばかり吐いてる草食野郎が、主人公と言うだけでいい目を見て、「俺はモテたいんだ!」と人間として、雄として当たり前のことを強く思っている脇役がなぜこんな目に合わなければならないのか。

 

一夏のように主役が勝ち目のないイケメンというならまだ分かる。納得できる。

……やっぱそれはそれでムカツクなぁ。やってらんねぇよ……。

 

 

 

 

……いや違う。

今こそ既存の脇役たちは手を取り闘うべきではないのか。

恋仲にはならなくても、自分のような主人公に近い脇役には稀に本音でぶつかってくれる、鈴のような女友達がいる場合がある。けどもっと悲惨なモブには?

 

何も、ない。

モブには何もない。人権さえない。

 

ならこのおかしな世界を変える役割が、自分らのような脇役にこそあるのではなかろうか。

鈴に言われたような脇役たちの屈辱の想いを力に変えて。

一人ひとりは矮小でも、集まればそれは一つの元気玉ならぬ、人気玉となって業界を動かすはず。

そして全ての脇役から、チョイ役にモブその1まで。みんなが幸せになる道はきっとあるはずだから……!

 

弾の死んだ魚のように腐っていた目が覚醒する!

男とは目標が定めれば生きる活力を何度でも取り戻す不死鳥なのである!

 

不当役割の撤廃!格差是正!モブらにも人権を!

オールハンデッドガンパレード!オールハンデッドガンパレード!

どっかの名も無きモブの為に!より良い未来に繋げるために!

 

「がんばれ……頑張れ……!」

「ちょっと、何ブツブツ言ってんのよ。怖いわよ」

「凛、じゃなくて鈴。俺がなってみせるよ。そう……モブの味方に」

「はぁ?」

「全てのモブが笑っていられる世界、そんな世界を作ってみせる!」

「ちょっと弾」

「答えは得た。大丈夫だよ鈴音、モブも頑張っていくから」

「頑張ってもどうにもならないわよ。どう足掻いても、どうにもならないからこそのモブなんだから」

 

あまりに無慈悲な言葉によって弾が後ろに崩れ落ちる。皆にチヤホヤされる主人公や、作品の華のヒロインには、脇役やモブの悲哀なぞ分からないのだ。

そしてそんなDANの想いなぞどーでもいい我らが鈴ちゃんは、小さく頷くと最後の注文を決める。

 

「おばちゃーん。酢豚もんじゃって作れるー?」

 

KOされ、濁った目で薄汚い天井を見上げる弾には、そのラスト・オーダーは聞こえなかった。

 

鉄板から上がる煙を眺めながら、弾はそっと目先を拭う。

これは煙が目に染みただけ……それだけなんだ。

 

弾は一人己にそう言い訳すると、ゆっくりと身体を起こした。目の前には酢豚っ子が嬉々としながら、恐ろしい色をしたもんじゃのタネを混ぜ合わせている。

 

悪夢はまだ終わらないかもしれない。

DANはそのおぞましき物体Xを眺めながら、そう思わずにはいられなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ただ容赦のない酢豚っ子を書きたかった。後悔はしてない。


当初はこの後、酢豚もんじゃによる魔界の味にぶったおれたDANの下に、我らが色男ワンサマーが合流し、絶望し涙するDANに学園祭のチケットを渡して……。
とHAPPY ENDに繋げようかと思ったが、何だかんだでDANは残念ポジのクセに、原作では虚さんといい感じになる幸せ者なのでまぁいいやと。つまりはモテなき男(作者)の醜い嫉妬ですよハイ。……ちきしょう!美人の先輩GETってDANはどんだけ勝ち組やねん!やっぱ顔か……イケメンは正義なのか……?

ま、しかし現実はこんなもの。皆様も二次世界への逃避なぞは程々にして、しっかり前を向いて生きてくださいね、頼みますよ?(萌えゲーを笑顔でプレイしながら)



一つ一つ終わらせたい。
次は暗黒酢豚を完結したいなぁ。




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暗黒酢豚
prologue 『肢体』


内容的にダークなものとなっておりますので苦手な方はご注意を。
それでも見て頂いて、また何かしら思って貰えたら作者として幸いであります。





目に見えるものだけが真実だなんて、誰かあなたに教えたの?

 

 

 

 

 

 

 

 

11月上旬。一人の少年が殺害された。

 

明確な死因は未だ不明。状況証拠も目撃証言もない。では何故『殺害』と断定出来たのか。

何故ならその少年の死体は上半分、ヘソの部位を境界線とするように、そこから上が綺麗に消え失せていたのだ。上半身無き下半身のみの死体……そのような不自然且つ神をも恐れぬような非道の姿でその少年は発見されたからだ。このような非道が自然に起こりえるはずもない。猟奇的な犯人による上半身の切断と部位の隠匿。鬼畜をも超えた悪魔の所業。

 

警察の威信をかけた捜査により、直ぐにこの上半身無き死体の身元が調べあげられた。

そして割り出された被害者の身元、それは更なる驚きをもって世間へと向けられることになる。

 

 

 

 

 

「寒いな……」

篠ノ之箒は上空に舞い上がる己の白い息をぼんやりと見ながら呟いた。時期的にはまだ秋のはずだが、今年は冬の到来が一月早まったのでは?と思うほど寒さが激しい。

 

「全くどうしてこのわたくしが……」

「それ言うの何度目だ?しつこいぞお前は」

「貴女のような極東の野蛮なサムライガールと違って、わたくしは繊細なのですわよ」

「織斑先生のお達しだ。仕方ないだろ」

「フン……なぜわたくしが身も知らぬ男の為なぞに」

 

セシリア・オルコットは箒に忌々しげに返すと前方を睨むように見ながらぶつぶつ文句を言う。

闇が支配する夜の時。そこに点在するように浮かび上がっている眩い人口の光は、この場においてひどく不鮮明であり陰鬱な空気を助長していた。

 

「文句なら織斑先生に言うんだな。まぁ教師の前では優等生の猫被っているお前には無理か?オルコット」

「篠ノ之さん。貴女という人は言葉足らずな普段の語呂に加え、どうやら頭のほうも足りないようですわねぇ?あまり調子にお乗りにならないほうが貴女の為でしてよ」

「ちょ、ちょっと二人とも止めなよ。こんな場で」

「貴女には話してませんわよ。どこぞの妾の子風情が、正統な貴族の当主たるこのわたくしに忠言なぞしないで貰えます?」

「あ……ごめんなさい」

 

シャルロット・デュノアはセシリアの悪意の篭った言葉に俯く。彼女のそのオドオドとした態度にセシリアは煩わしそうに舌打ちをした。

 

「おい止まるな。早く前に進め」

「ご、ごめんラウラ」

 

この場には一際似つかわしくない小柄な少女、ラウラ・ボーデヴィッヒは冷たい口調で前を歩くシャルロットの背を押しやる。シャルロットは慌てて少し小走りに進んだ。

 

箒は何時もどおりの剣呑とした雰囲気のクラスメートを、そして陰鬱な空気に支配されている周りとを順に眺めると大きくため息を吐いた。今居るこの場の空気が重くてやりきれない。

 

だがそれは当然といえることだろう。ここは葬儀場。人の死を悼む場所であるからだ。

 

箒は振り返ると今しがた訪れていた建物を見上げた。宗派なぞは分からないが、未だ耳の奥に先ほどまで読み上げられていたお経の残聴が残っている気がする。

 

「一夏……」

誰にも聞こえない程のか細い声で箒はかつての幼馴染の名前を呼んだ。そしてまたこの葬式の主である少年の名を。

 

 

世間を賑わしている猟奇的殺人事件。その被害者の名は……織斑一夏。

世界最強のブリュンヒルデと名高い織斑千冬の実の弟である。

 

 

 

 

 

 

「疲れた……」

式場から少し離れた場所で箒は程よい高さのブロック塀に座り込んだ。前方には先ほどまで居た建物が見え、未だ多くの人たちの往来が見て取れる。

 

「篠ノ之さん。日本の葬式っていうのは何時もあんな暗い感じなの?」

「あ?」

「ひっ……!ご、ごめんなさい。別に日本を馬鹿にしているわけじゃなくて」

 

別に脅かす意図なぞなかったのだが。

箒は忌々しげに髪をかきあげる。このシャルロットという少女の時に卑屈なまでの態度には、セシリアでなくとも苛々させられる。

 

「しかしやはり納得できませんわ」

セシリアが腕組みをしながら誰に言うまでもなく呟いた。

 

「なぜわたくしたちが呼ばれたんですの?」

「またそれか。何度も何度もしつこい奴だな、もう終わったんだからいいだろうが」

「貴女こそ本当に何もおかしいと思わないんですか?織斑先生の弟とはいえ、わたくしたちには関わりのない男の葬儀に出席ですわよ?」

「それは……代表候補生としての、なんだ」

「関係ありませんわよそんなこと」

「確かにオルコットの言うことは尤もだな」

 

ずっと黙っていたラウラがセシリアに同調する。

 

「教官の命とは言え、私もずっと疑問は尽きなかった」

「あーらボーデヴィッヒさん。貴女の場合は織斑先生の弟ということで、その死を悼み自主的にご参加されたとばかり思っていましたが」

「馬鹿を言うな。せっかく手に入った特権や役割、そして責任を放棄して自ずと愚民の道を選んだ男だぞ。しかも許されざるべきは敬愛する我が教官の顔に泥を塗ったことだ」

「そうですわね。確かにそれを聞いたときはわたくしも理解できませんでしたわ。ISを動かすという名誉を投げ出すなぞ正気の沙汰とは思えません」

「えっと、確か藍越学園っていったっけ?結局そこに行っちゃったんだよね」

「そんな男の為になぜ私が死を悼んでやらねばならない。ふざけた戯言もいい加減にしろよオルコット」

 

そうラウラは吐き捨てるように言った。

男でありながらISを動かした唯一の人間。にも拘らずその権利を放棄し、IS学園に通うこともなく普通の、凡人の道を歩んだ男。それが信じられなく、また許せない。更にその男が敬愛する人の身内なら尚更だ。

 

「け、けど随分と人気がある人だったみたいだね」

またも剣呑となるセシリアとラウラの間を取り直すように、シャルロットが言う。

 

「葬式の場でも男女問わず、特に女の子は泣いている子が沢山いたし」

「フン……同じ女性として恥ずかしいですわね」

「そういえば中国の代表候補生もその一人だったな。幼い子供のように泣きじゃくっていた」

「全く情けないですわ。男如きの為にあんな醜態を晒すなんて」

 

セシリアが軽蔑するように言った。性格的に相容れない相手だが、ISに関する技術だけは一目置いていただけに、男の死に縋って泣くその醜態が余計に気に入らない。

 

「でも仕方ないんじゃないかな。彼女付き合ってたみたいだしあの人と」

「なにっ!本当かデュノア!」

「ひっ……!た、たぶん。ボクも二組の子からチラッと聞いただけだからよく分からないけど……」

「付き合っていた……?凰と一夏が……そうなのか?」

 

箒のいきなりの剣幕にシャルロットが涙を浮かべながら答える。しかし箒は気にすることなく、シャルロットの言った言葉の意味を噛み締めるように考えていた。

 

「あら、そういえば篠ノ之さんって」

セシリアがそんな箒の姿を見て薄笑いと共に話し出す。

 

「聞きましたわよ。かつて幼馴染だったんでしょう?あの男……織斑先生の弟さんと」

「ほう。それは初耳だな。そうなのか篠ノ之?」

「……まぁな」

「それがこんな形で再会とは、貴女も余程不運な星の下に生まれた方ですわね」

「黙れ」

「しかも中国の小娘に取られてたなんて。それってどんな気分なんですの幼馴染さん?」

「ちょっとオルコットさん!幾らなんでもそんな言い方……!」

 

その言い様にシャルロットが思わず止めに入るが、箒はそんな彼女らを一瞥しただけで直ぐに視線を外した。予想に反して挑発に乗ってこない箒の態度にセシリアもつまらなそうに視線を外す。

 

……どんな気分なのか。

箒は己に問いかける。その答えは出ている、答えは……『どうでもいい』だ。

 

織斑一夏。

嘗ては幼馴染だった。随分と仲も良かった。あまつさえ淡い好意も抱いていた。

 

だが、それだけだ。

小さい頃に別れ、それ以来何の連絡も取っていない。今更幼馴染と言われたところで正直どうこう言うこともない。赤の他人だ。驚きはすれ悲しみなんてものはない。

 

……私はこんな冷血な人間だったのか。

箒はまた己に問いかける。それでも昔は仲がよく、しかも好意を抱いていた人間が亡くなったのだ。普通は涙の一つでも出そうなものなのに。

 

だがそれでも……。

箒は気分を落ち着かせるように小さく深呼吸をする。何故かあの中国の代表候補生と恋人だった、という事実が本当なら無性に腹だたしい。何故だろう?

 

「……ねぇみんな。織斑先生のことだけど」

シャルロットが皆を伺うようにしながら話し出す。

 

「何か変じゃなかった?」

「デュノアどういう意味だ?貴様教官を愚弄する気か?」

「ち、違うよラウラ。そうじゃなくて何か態度がさ」

「何だ?ハッキリ言え」

「唯一の肉親を失った割には何と言うか冷静っていうか、その……」

「フン。肉親とは言え所詮あの男は教官にとってその程度の存在だったというだけだろう」

 

嘲るように言うラウラ。だが箒もその点が不思議だった。

幾ら世界最強のブリュンヒルデとはいえ、唯一の肉親があのような無残な殺され方をされたというのに、ああも冷静でいられるのだろうか?

しかも一方で自分や他の代表候補生にはこの葬式に出席するよう強制してきた。その真意が分からない。

 

だがハッキリとしていることは、見つかった下半身の遺体は間違いなく織斑一夏であったということ。

未だ見つからぬ上半身部位が一刀両断されたという事実。それはISという超絶な代物でしかあり得ぬということ。

そして限られた人間しか使用できないはずのIS。それが学園の外で使用されたということ。

 

つまり犯人は……。

箒は首を振ってその考えを追いやる。考えすぎだ。

 

「さてと。じゃあ帰りません?もうよろしいんでしょう?」

「うん。さっき織斑先生に確認とったから」

「では帰るか」

 

セシリア、シャルロット、ラウラが歩いていく。箒もその背を追おうとして……止まった。

箒は目を細めてその一点を見つめる。一瞬往来する人に紛れ込むように、よく知っている顔が見えたような気がしたからだ。

 

「どうしたの?篠ノ之さん」

「……いや何でもない」

 

そうだ。別にあの人がここに居たところで特別不思議なことではない。自分と同じく一夏とは一応知った仲であったわけだし。

箒は体を反転させると先を行く皆の後を追った。夜の寒き風が身体を突き抜けていく。

 

そう。確かなことは三つ。

一夏は確かに殺されたこと。

それにはISが用いられたこと。

そして……。

 

箒は立ち止まると、未だ粛々と続いている一夏の葬式の場を振り向いた。

 

私は……一夏を殺していないこと。

 

 

一際大きな冷風が箒の長い髪を揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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第1話 『暗転』

もう一度言いますがこの作品はダーク的なものです。
ので、ご注意を。





光の中を歩いていた。

暖かな日差しが降り注ぎ、清々しい風が吹き抜けていく。空を見上げれば心を和ませる青空が一面に広がっていて、耳を澄ませば小鳥が囀る心地よき鳴き声が聞こえてくる。

そして隣を歩くのは愛する人。彼女が嬉しそうに微笑んでくる。

 

幸せ。そうだ幸せだ。これ以上何も望むものはない。

 

本当に、本当に、しあわせだ……。

 

 

 

だが次の瞬間、その幸せな風景は一変する。

あたかもガラスがひび割れていくようにそれは壊れていく。日差しも、風も、小鳥も、何より大切な彼女さえも。ただ静かにひび割れ壊れて行く。

 

そしてひび割れて行くセカイから代わりに出現してくるもの。それは闇だった。

闇が空を覆いつくし、周りを押しつぶしていく。セカイが闇に呑まれていく。

 

そんな事を認めることなど出来なくて、そこに居るはずの彼女に向けて手を伸ばした。だが掴めたはずの彼女の身体には触れることなく、ただその手は漆黒の虚空を掴むのみ。どうすることも出来ずただ懸命に手を伸ばし続ける。

 

そしていよいよセカイは闇に塗り替えられた。

だから逃げた。闇に呑まれたくないから。暗い場所で一人ぼっちは嫌だから。懸命に光ある場所へと走る。

 

だがどれだけ走っても闇からは逃げられない。いよいよ走れなくなってその場に蹲ると何も見えなくなった空を見上げた。一人は嫌だ、独りでいるのは耐えられない!

 

闇が自分の中にまで侵食していく。終わりが迫ってくる。

それが堪らなく怖くて空に向け再度手を伸ばす。そして救いを求める言葉をあらん限りに叫んだ。

 

 

 

 

 

 

「助けて!」

 

自身の発した言葉によって織斑一夏は目覚めた。荒い息を吐いたまま直ぐに身体を起こす。

 

「うげぇ……」

身体を起こした拍子に思わずえずいてしまう。本能のまま吐こうとするが、涎以外何も出ることなくただ苦しみに身を任せるしかなかった。

 

暫しの苦しみに耐えた後ようやく少し楽になった一夏は顔を上げ周囲を確認する。だが何も見えない。今しがた見ていた悪夢の続きとばかりに辺り一面には闇が広がっている。一夏は唾を飲み込むと信じられない思いでこの漆黒の空間を探ろうとした。

この現代社会において何も見えない程の闇に覆われるなんてことは普通あり得ないからだ。どんな道にも街灯が備えられていて、町には深夜でも点在する店の明かりが煌煌と照らしている。他の家を見ればどこかそこかに明かりが点っていて人の営みを感じさせる。

 

なのに今居るこの場所には何もない。光が何一つとして見当たらない。

こんなことってあるのか?一夏は歯をカチカチ鳴らしながらただ呆然とするしかなかった。自分はまだ目覚めていないんじゃないのか?あの悪夢の続きを見てるんじゃないのか?そんなことを思う。

だがこれは現実なのだと自分の本能がそれを否定する。何より身体を突き刺す寒さが嫌でもその事実を一夏に認識させた。

 

寒い。もの凄く寒い。

一夏はあまりの寒さに己の身体を掻き抱こうとして、止まった。

 

「なん……で……」

寒いのは当然だ。何故なら一夏は服を着ていなかった。下着すら身に着けていない姿で、この寒い夜に眠っていたのだから。

 

おかしい。こんなの絶対おかしい!一体どうなってるんだ?一夏は一層大きく歯を鳴らしながら震えた。

なんで全裸で眠っている?

ここは一体何処なんだ?

俺は何をされたんだ?

 

怖い。涙が目に滲んでくる。でもそれを情けないなんて思う余裕はない。耐え切れず一夏は涙声で何も見えない前方の闇に向かって口を開いた。

 

「す、すみませ……ん」

震えて声が上手く出ない。それでも唾を飲んでもう一度声を出す。

 

「誰か、誰か、い、いませんかー?」

だが返って来るのは無情の静寂だけ。誰からの返答もない。

 

一夏は絶望的な思いで周囲を見渡した。何も見えない闇が怖い。本当は鼻先直ぐ側に『何か』が居て自分を食べようとしているのでは?そんな思いが止められない。

 

「……あっ!」

だが一夏はそこでようやく救いを見つけた。この闇の中で発する微かな光。いや光というにはおこがましい程の灯りだがそれが確かに見えた。

 

転げ落ちるように眠っていたベッドから降りると、そのまま四つん這いでそれに向かって進んだ。

この小さな赤い光を自分は知っている。見たことがある。一夏はそれに辿り着くと希望を込めて手を伸ばした。そう、これはテレビの電源の灯りだ。

触ってみるとやはり質感はテレビのソレだった。何も見えないまま電源ボタンを懸命に探す。テレビが点けばこの見えなき闇から開放されるからだ。願いを乗せて手当たり次第にボタンを押した。

 

そんな願いが通じたのか、あるボタンを押した後「プツン」という音と共にテレビが点いた。

やった!一夏は思わずガッツボースを作る。そして普段は何とも思わないその人工的な光に感謝した。

良かった、これでもう大丈夫だ。

 

「え?な、なんだよ。ここ……」

だがその大丈夫、という思いは早くも崩れる。

 

一夏が立っている場所。そこは異様な光景だった。

家具やテーブルなどが一様に壊され、床には大小様々なものが散乱している。僅かに覗く窓から見える外の景色は同じく一面の闇だ。

 

見えてきた異様な光景に新たな不安を覚えながらも、一夏はテレビが発する光によって壁にかけてあった服を見つけることが出来た。いやこれは服というより白衣だろうか?だがどんなものでも今は身体を覆うものはありがたい。

大き目のサイズのそれを羽織ると少し気分が良くなった。嬉しいことにボタン式になっていて、それをしっかり留めると心なしか随分寒さが紛れた気がした。

 

まずはこれからどうするかだ。

一夏は口元に手をやりながら考える。まずどう考えてもこの状況は尋常じゃない。知らず何かに巻き込まれた、と考えるのが普通だろう。おそらくは誘拐か何かされたのでは?

昔の忌まわしい記憶が蘇り一夏は首を振る。とりあえずここから出て助けを求めなくては。警察?いやまずは千冬姉に連絡か?どうするべきなのか。

ただもし誘拐などの事件に巻き込まれたというなら、なぜ犯人の姿が見当たらなくて且つ自由に動けるのか。拘束された後もなければ人が居た気配さえここには感じられないのに。

 

一夏は自分を落ち着かせるように大きく一息吐くと決心する。

まずはとにかくここを出よう。そして助けを求める。それが第一だ。

 

『犯人』の存在は気になるが、まずは何か必要な物を探してみることにする。一夏はその思いで周りを必死に見渡した。もし携帯電話でも見つかれば最高だ。それで全てが解決する。

 

「えっ?」

しかし視線を物が乱雑する床の一角に落とした時に、一夏の視線はそこで固まった。

 

何故ならそこにはお金の山があったからだ。一万円札が無造作に捨てられたように、幾つもの小さな山となって散らばっている。一体どれ程の大金なのだろうか?想像も出来ない。

だが今はそのお金の魅力に魅了されている余裕などなかった。むしろそれは余計に一夏を混乱させる。一体どうなっているんだ?何なんだこのお金は?

 

分からない。頭がクラクラする。

そんな混乱した状況で足を踏み出した一夏は何かに躓きその場で転んでしまった。

 

「痛てて」

尻餅をついた身体を右手を支えにして起き上がろうとする。

 

ぬちゃ。

そんな不快感伴う音と共にずらした右手が何かに触れた。反射的にそれを掴んでしまう。そのまま右手を光が点るテレビ前でかざした。

 

右手が掴んだモノ。それは細切れになった動物の腸だった。

図鑑や教科書でしか見たことがない『何か』の動物の腸。未だ生暖かく血のようなものが粘着している。そんなグロテスクな内臓の一部が握られている。

 

「……っ!」

それを投げ捨てると一夏は左手で口元を押さえた。吐き気と叫び声を上げてしまいそうな己を一心に抑える。

 

こんなのあんまりだ。もう沢山だ。

一夏は涙目で助けを請う。これが誘拐でもタチの悪い冗談でもなんでもいい。参ったから。もう止めてくれ。許してくれ。

 

こんなモノが散乱している場所で何か必要な物を探す気力なぞ一夏にはもう無かった。とにかくこの悪夢のような場所から出よう。それで全て終わる。そう願い身体を起こして出口へ歩き始めた。

 

 

 

 

「こんばんは。10時のニュースの時間です」

 

「まずは連日お伝えしている『織斑一夏さん殺害事件』の続報をお伝え致します」

 

「今日警察への取材により織斑一夏さん殺害のその経緯について新たな証言が……」

 

 

足が止まる。止めたくないのに止まる。一刻も早くここから出て行きたいのに動けない。

ゆっくり、ゆっくりと身体を反転させテレビに向き直った。そこに映っていたのは自分の顔。物心ついてから毎日鏡で見ている織斑一夏の顔。それが『殺人の被害者』として顔写真が映っている。そしてその殺害の詳細がアナウンサーによって語られている。

 

「なんだよ……」

唖然としながらその思いを呟く。

 

「なんで俺がテレビに映ってんだよ……」

信じられない、信じたくない思いでただそれを言葉にする。

 

「なんで……何で俺が死んでるんだよ!」

 

足の力が抜けてその場に蹲る。

そしてとうとう耐え切れず一夏は絶叫した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第2話 『悪魔』

「人の記憶を消したり書き換えたりするのはフィクションの鉄板だけどさー。実際はそんな都合よくやれるものじゃないんだよね」

 

篠ノ之束はいつもの脱力した声色で目の前の女性に話しかける。

 

「そのくらい人の脳ってのはややこしく解明されてない謎も多いんだよ。これだけ科学が発展しても人間の限界って未だ未知数なことが多いんだ。面白いよねー」

 

ガクガク。

女性は同意するように顔を前後に揺らす。

 

「そうそう科学といえばさ、まずこの手の話の究極的なものとして真っ先に挙げられるのが『タイムマシン』だよね。でもさーこれって普通に無理なんだよ絶対。質量を持った無機物を遠くにテレポートさせることさえ不可能なのに人間を、しかもそれを過去未来に飛ばすなんてさー。ねぇ?」

 

ガクガクガク。

女性は尚同意する。

 

「ただね束さんはこうも思うわけなんだよ。人そのものを過去未来に送ることなんて絶対に出来ないよ?でも記憶というものを完全に人が支配できるようになればさ、擬似的にそれを起こすことは充分可能になるんじゃないかな?早い話脳みそいじくって相応の記憶と知識与えて『自分は未来人だ』という風にでも仕立てればいいわけ。まぁほぼ只の変人扱いされるだろうけどさ」

 

ガクガクガクガク。

女性は狂ったように同意し続ける。

 

「浦島太郎化は技術的に近い将来そう難しくはないかもね。記憶を消去した適当な奴をさぁ、コールドスリープにでもして100年後くらいに目覚めさせてやればいい。ふふ。それにしても100年後の世界なんてどうなってるんだろうねー?政治、宗教、科学技術に世界情勢。そしてIS。いやぁ~ちょっとワクワクしない?」

 

ガクガクガクガクガク!

もはや同意という言葉など当てはまらない感じに女性は身体を揺らし始める。

 

「ありゃりゃもう壊れちゃったかー。やれやれせっかく束さんがお話してあげていたのにさー」

束はつまらなそうに言うと、女性の頭に繋がっていた数本の管を引き抜いた。その勢いで女性が座らされていた椅子から転げ落ちる。そして痙攣したように身体を小刻みに震わせた。

 

「つまんないのー」

ピンを刺された昆虫のように、時折手足をバタつかせる女性を見下ろしながら束は子供のように言った。

 

殺風景な部屋の中に時折僅かな機械音のみが聞こえる。

束は暫し中腰で昆虫を観察するように女性の様子を見ていたが、興味を無くした様に立ち上がると机に投げ捨ててあった携帯を取った。そしてプッシュする。

 

「あっ。もしもーし束さんだよー。いきなりで悪いけどさ、例のヤツあと二つほど追加よろしくねー」

 

「ん?無理?あはは何言ってるのー?だいじょーぶ、今回も細かい指定はしないからさー」

 

「もう勘弁してくれって?……あのさぁ誰が君の会社を上場企業にしてやったのかな?束さんとの関係を終わりにしたいって言うなら別にそれでもいいよ?でもそうなら君にも相応の覚悟をして貰うことに……」

 

「あははー。そんなに怯えないでよー。君とその会社とはこれからも良きパートナーの関係でいたいからさ。じゃあ揃ったらよろしくねー。お金はそっちの言い値でいいからさ。……でも今回みたいな二十歳超えたババアは止めてよね?若いって言ったらそれ相応のを用意してよ」

 

「ふふ。だからそう怯えなくてもいいって。じゃあ出来るだけ早くヨロシクねー」

 

束は電話を机に放り投げると「んー」と一伸びした。実験は芳しくなかったが、まぁいい。いくら天才とはいえ一発で納得できる結果を出せるものなどいやしない。根気よく続けることこそが大事なのだから。

 

「束さんってば科学者の鑑だねー」

ウンウンと束は一人頷く。さて材料が届くまでどうしようかな?

 

 

 

「悪魔……」

 

そんなか細い声が聞こえ、束は驚いて視線を下に落とす。そこには先程の女性が地に伏せったまま束を睨み上げていた。

 

「おおーまだ話せたんだー。完全に壊れたかと思ったのに」

「この悪魔……!」

「んん?……悪魔?束さんが?ふむ悪魔、悪魔かぁ。うーん中々いいね~」

 

束は小さく笑ってその言葉の意味を考えてみた。天才に天災等。自分は世界で様々な言われようをしてるが、悪魔というのは結構新鮮かも。

 

「この悪魔め……!人の命をなんだと……」

「んー?君は何を言っているのかな?」

 

束は不思議そうに首を捻る。

 

「そもそも君は『人』じゃないじゃん。君は私が買い取った『商品』なんだからさ」

「商……品?」

「そーそー。父親の借金の形として売られたわけ。っていうか君自分で志願してそうなったんでしょーが。むしろ君は私に感謝しなきゃいけない立場なんだよ?私が購入代金としてその借金を肩代わりしなきゃ、君の一家は全員路頭に迷うどころか、家族全員が怖い人たちに地獄を味合わされていたんだからね?」

「私の家の崩壊を招いたのはお前のくせに!お、お前がISなんてものを造らなければ父さんは……」

「はー。やれやれ馬鹿はこれだから救いがないんだよなぁ」

 

束はウンザリしたように両手を広げる。

 

「君の資料は読んだよ。商品のことを知るのは購入者として当たり前のことだからね。君の父親はISの誕生と女性優遇の煽りを受けて没落したんでしょ?でもそれを私に当たるのはお門違いだよ」

「悪魔……」

「地下の岩石爆破の為に生み出されたダイナマイトを戦争に利用した。農作物改善の為の除草剤を兵器として利用した。その場合の責は全て開発者が負わなければならないのかな?違うでしょー」

「悪…魔…」

「私はISを造った。でも別にこんな女尊男卑の世界なんてのは考えてもいなかったよ。そうしたのは世の馬鹿どもがISの便乗に応じて勝手にやっただけ。結局は天才がどんなに優れたものを作ろうと、それを扱うのが大衆の馬鹿である以上、こんな差別溢れる世界になったように、何処か歪みがでるものなのさ」

「あく……ま」

「それともこんな目に遭うなんて思わなかった?でもさこれって普通に当たり前の事なんだよ?治験ってバイト知ってる?ソレと同じ。結局のとこ人の可能性を探る為の実験には、最終的に人で試す他ないわけ。むしろ自分のつまらない人生が最期に科学躍進の為に使われたことを誇りに思ったらどうだい?」

 

虫のように地に這いずりながら自分を見上げる姿に、束は少しサディスティックな思いを抱いた。身を屈めて女性の視線の高さに近づいてやり、問いかける。

 

「ねぇそれよりどんな気分?ソッチの勝手な言い掛かりとはいえ、自分の人生を滅茶苦茶にした相手に買われて、家族を救われて、そして今その憎っくき相手の手によって惨めな生涯を終えるってのは?ねぇねぇ最後に教えてよー。今……どんな気分なのさ?」

「………ぅ」

 

女性は最後の抵抗とばかりに涙を流しながら束を睨みつけた。だがその抵抗も直ぐに終わり、そのまま顔を地に伏せて動かなくなった。

 

「父さん……」

 

最後に父の名を呼び女性は沈黙した。束は冷めた目でそれを見下す。

理解できない。親という血の繋がりしか見出せないどうでもいい関係な者の為に、どうして子が自ら犠牲になるという考えに至るのか。まったく理解できない。

 

「ま、だからこそ馬鹿は馬鹿なのかもねー」

束はそう自分を納得させると、女性の眼球の動きを確認した。

やはりもう壊れていた。もうコレは動かない。永遠に。

 

悪魔。

束は女性に言われた言葉を思い出す。果たして自分はそのような存在なのか。

否、それは違う。自分はただやりたいことをやっているだけだ。したいことをする、子供の頃は誰でも抱いている思いだ。人が持つ原始の欲求。それが大人になるにつれ常識や建前などくだらない思いで自分を誤魔化すことに精一杯になる。

 

くだらない。束は冷笑と共にそんな思いを嗤った。

自分はそんなツマラナイ人間になどなりたくなかった。だから力を手に入れた。ISを造った。結局の所そんな綺麗事や建前を並べるのは、やりたいことをする力もなく、それを認めることも出来ない馬鹿共の最後の抵抗だ。むしろしたいことをして生きている、本能に従って生きている自分の方がよっぽど生物として正しいのではないのか。

 

「ごめんね君。やっぱり私は悪魔より人間の方がいいや」

束はもう動かないモノを見下ろすと「くっくっ」と小さく笑った。

 

「でも中々に面白かったよ。それに評して君の『処理』は私自身でやってあげようかな」

束は右手にISを部分展開する。一瞬にして兵器に変わった右手をうっとりするように見つめた。

 

我ながら大したものを造ったものだと思う。既存の技術を全て過去にしてしまった魔法の技術。そして使い方次第で全てを可能にする。例えば……完全犯罪とか。

束はその完全犯罪という考えにまた妙な笑いがこみ上げてきた。そして今世間を賑わす殺人事件の被害少年のことが頭によぎる。

 

まったくわからないものだ。束は珍しく過去を振り返る。

あの日自分が手を回したのは確かに事実。だが彼が本当にISを動かせるなど期待していなかったし、その後まさかIS学園に通うことなく、有象無象の大衆という馬鹿への道を選ぶなんて思いもしなかった。

それが腹立たしく、だが同時に妙な高揚感を抱いたものだ。

やはり自分は根っからの科学者なのだと思う。自分の思い通りにならないことに癇癪を抱くとのと同じに、そのことに興味を抱き、その原因や要因、解決を突き止めたくなる。

 

「だから人って面白く愉しいんだよ。……ねぇいっくん」

恋する少年を想う少女のように、束は何も無き虚空に向けて一人微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第3話 『不通』

時間にしてほんの一分程だろうか。一夏は尻餅をついたまま、あまりの驚きで遠くなっていた意識をようやく引き寄せると大きく頭を振った。

 

全てを否定したい。それともこれは全部性質の悪い悪夢で、このまま眠ってしまえば何時もどおりの日常が始まってくれるのだろうか?

でも分かっている。そんなのはあり得ないと。これが現実なのだと。一夏はテレビから顔を背けると立ち上がり、必要な物を揃えるために部屋の中を再度散策し始めた。先程もうここには一瞬たりとも居られないと思ったが、それ以上の衝撃が一夏を逆に少し冷静にした。今は何より出るための準備が大事なのだ。

 

テレビからは止むことなくアナウンサーによる『織斑一夏殺害事件』の詳細や続報が粛々と読み上げられている。一夏はリモコンで消音設定にすると、とにかく必要な物を探す作業のみに集中しようとした。

 

 

 

 

それから20分。ようやく外に出るための準備を整えた一夏はテレビが映る部屋に戻ってきた。あれから分かったのは、ここが森のような木々に囲まれた場所だという事。電気は通っているようだが、電灯から電化製品に家具まで、ありとあらゆる物が壊されていること。この建物が少なくとも二階以上の建物だということ。そして何より全てが狂っているということ。

 

テレビの灯りによって見つけたライターを手に、隣接する部屋に向かった一夏が見つけたのはおびただしく広がる血の跡。それを見た瞬間もはやこの建物を捜索しよう、という意思は跡形もなく消えた。廊下で階段を見上げたときに地獄への道にも見えた二階に上がるなんて以ての外だ、絶対出来っこない。一夏は無音のテレビの灯りを眩しそうに見つめると、光に安堵するように大きく息を吐いた。

サイズ的に女性物のようだが、どうにか外に出るための服も見つけることが出来た。幸運にも懐中電灯も。もうここで朝を迎える必要なんてない。それにもし誰かに誘拐されたというのなら、やはり犯人の動向も気になる。今誰も居ないうちに逃げ出さなければ。

 

だというのに、身体が動いてくれない。

闇が支配する外に出るのが怖いのか、テレビの内容が身体を重くしているのか、一夏自身はっきり分からなかったが、テレビの灯りの前から動くことが出来ない。

 

でもダメだ。今のうちに出て行かなきゃいけないんだ。頑張るんだ。一夏は自身に発破をかける。

少女の顔を思い出す。愛しい彼女の顔を。

 

……そうだ。俺は明日あの子と初めて恋人として……。

「よし」一夏は小さく気合を入れると、ようやく灯りの呪縛から抜け出す決心がついた。あの子の為にも帰らなきゃいけない。絶対に。

 

「すみません。後で必ず返します」

一夏はここに居ない持ち主に謝罪の言葉を述べると、無造作に散らばっている一万円札を三枚ポケットにねじ込んだ。願わくばここがこのお金を使う必要のない場所であることを願うが。

 

行こう。

最後に振り返ってテレビを一瞥すると、一夏は外に出るために歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「こんばんはー。ちーちゃん」

弔問客が去り、誰も居なくなった会場の一室で一人物思いに耽っていた織斑千冬は、不意に思いもがけない人物から声をかけられた。

 

「束……?お前が一体何しにここに?」

「線香の一本でもあげようと思ってね。私もいっくんは知らない仲じゃないし」

 

千冬はその言葉に一瞬目を細めたが何も言わず押し黙る。そして束も線香をあげるということもせず、少し笑みを含めて千冬を見た。

 

「ねぇちーちゃん。どうしてあの子たちを呼んだのー?」

「別に意味はない」

「あの子たち、だけで誰を指してるか分かったんだー?さっすがちーちゃん」

「貴様のことだ、大方妹辺りから聞いていたんだろうが。別に隠すことでもない、代表候補生を学園の代表として教師の身内の葬式に出席させた。別におかしくないだろう」

 

話は終わりとばかりに千冬は座布団から腰を浮かすと、そのまま出て行こうとする。

束は口元を吊り上げながらその背に問いかけた。

 

「ちーちゃん疑ってるの?あの子たちの誰かを」

 

その言葉に千冬は振り返る。そして黙って束を見つめた。

 

「ねぇ誰?もしかしてさー……箒ちゃん?」

「聞きたいか?」

「もっちろん」

「疑ってるのは私自身をだ」

「へっ?」

「私は私を誰よりも怪しんでいる」

 

そう言うと千冬は小さく自虐するように笑う。そして今度はもう振り返ることなく出て行った。

束は笑みを消してその背を見送る。誰も居なくなった部屋に時折吹く風の音だけが虚しく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「しかし何だってこんな夜更けにあんなとこにいたんだ?」

「いえ、その……ちょっと色々ありまして……本当にありがとうございました」

 

トラックの助手席で自分を拾ってくれた運転手に一夏は頭を下げる。暖房が入った車の中は先程まで凍えながら歩いていた身にとっては天国のようだった。

自分は助かったんだ、という思いが身体だけではなく心も暖かくした。だがカーナビの方に目をやった瞬間固まってしまう。深夜のニュースでまたも自分の顔が映っていたからだ。

 

 

「タオル使いなよ。さっき少し雨降ってたみたいだし濡れただろ?」

「……あ、ありがとうございます。た、助かります」

 

一夏は震える手でタオルを受け取るとそれを頭に軽く巻きつけた。そのまま下を向いて顔を出来るだけ上げないようにする。別に犯罪を犯しているわけではないのだが、今は運転手に顔を見られたくなかった。

 

「にしても本当にどうしたんだ?遊んでて友達にでも置いてかれたとか?」

「まぁ、そんなとこです」

「そうか。苛めとかじゃないだろうな?」

「いえそんなんじゃ……」

「ならいいけどな」

 

運転手に言葉を返しながら、一夏は窓越しの移り変わっていく景色を眺め安堵の息を吐いた。どうあれこれで助かったんだ。

 

誰かに連れこられたであろうあの建物。幸運だったのはあれが山奥などではなく、深い雑木林の中に建てられたものだったということだ。最悪途中で野宿することも覚悟していたが、道もそんなに険しくなく、しばらく下りを歩いていると嬉しいことに人工的な光が見えてきた。そこから更に進むと環状道路が連なる大きな道に降り立つことが出来て、そこで運よく停止していたトラックに助けを求めたのだった。

 

幸いなことに運転手によれば、ここは隣県との県境近くにあるということで、家からは当初想像していたよりそう遠くない場所だということだった。そして運転手の目的地の通り道だということで、親切にも乗せてもらう事ができ、その後適当な駅で降ろしてもらえることになった。そうやって今に至る。

 

後一時間もすれば駅に着くらしい。一夏は外の景色をぼんやり眺めながらこれからのことを考える。まずはどうあれ千冬姉に連絡を取る手段を考えなければ。

考えている内にあの最悪なニュースも終わったらしい。一夏はようやく視線をカーナビの方に移す。そこでその下に付属してあるホルダーの中に入っているものを見て思わず息を呑んだ。携帯電話だ。

 

「あ、あの!すみません!」

「なんだ?」

「で、電話。電話貸して貰えませんか?連絡したい人がいるんです!」

「はぁ?」

「お願いします!お金なら払いますから!」

 

ポケットの中をまさぐる。

そうだすっかり忘れていた。電話だ、これが出来ればもう何も心配要らない!

 

「えっと。じゃあこのお金で……」

「いいよ電話貸すくらいで金なんて!……ほら使いなよ」

「ありがとうございます!」

 

一夏は携帯電話を受け取るとすぐさま番号をプッシュした。唯一の家族である姉の番号はソラで覚えている。きっと心配しているだろう、早く安心させてあげないと。

 

これでもう本当に大丈夫だ……。

 

 

 

 

 

『この電話番号は現在使われておりません』

聞こえてきた機械的なアナウンスに一夏は小さく首を振った。残念だが繋がらなかった、仕方ない少し時間を置いてもう一度……。

 

だがそこで止まる。

……今何て言った?番号が使われていない?電源や電波じゃなく番号自体が使われてない?

 

一夏はすぐに切ると再度電話をかけた。急いでいたから間違えたんだ。そうなんだ。

今度はゆっくり一つ一つ確認するようにプッシュしていく。これで絶対に繋がるはずだ。

 

『この電話番号は現在使われておりません』

しかし無情にも聞こえてきたのは同じ無機質なアナウンス。一夏は混乱し額に手をやった。どうなってる?姉とは3日前にも電話をかけて話したばかりだ。そんな短期間に変えるわけがない。

 

混乱する中で一夏は再度電話をかける。知らず動悸が激しくなってきた。落ち着けと自分に言い聞かせながらもう一つ覚えている番号をプッシュした。恋人の番号、忘れはしない。昨日だって話したんだから。

 

繋がってくれ!そう願をかけて携帯電話を握り締める。頼むお願いだ。

 

『この電話番号は現在使われて……』

一夏は最後まで聞くまでもなく電話を切った。そのままうな垂れる。

 

「お、おい。アンタ大丈夫か?」

「運転手さん……ここは、どこ、なんですか……?」

「は?いやさっき教えただろ?ここは……」

「俺……一体誰なんですか……?」

 

運転手が気味悪そうに見つめてくる。だがそんなのはどうでもいい、ただ訳が分からない。

一夏は手で顔を覆う。涙が出そうになるのを堪える為に。泣いてしまえば全部壊れる気がして。

 

闇はまだ明けなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第4話 『思慕』

「簪ちゃん。ちょっといいかしら?」

いきなり背後からかけられた声に、更識簪はもう日課となっているIS組み立ての作業を一旦止めた。

 

「……お姉ちゃん。ビックリするからいきなり声かけないで」

「ごめんね。なんか集中してたみたいだから中々声かけづらくて」

 

他意はないだろうが、姉の楯無が気配を全く感じさせないで近づいていたことに簪は少し暗鬱になる。こういう何気ない動作でさえ、自分との差を見せ付けられているようで。

 

「明日休みだからって、こんな時間まで駄目じゃないの」

「分かってる。もう終わる」

「経過はどうなの?」

「別に」

「何か手伝うこと……」

「ない」

 

姉の言葉を遮って返す。

手伝いなんて絶対に要らない。これ以上の劣等感は嫌だ。

 

「そう……」

楯無が寂しそうに呟く。それを横目に簪は止まっていた手を動かし始めた。

 

「ねえ簪ちゃん。ちゃんとご飯食べてる?」

「子供扱いしないで」

「あ、ごめんね。でも最近何か元気がないように見えたから。もし何か悩み事があるのなら」

「………何もないよ」

 

簪は己の動揺を悟られないよう短く返した。

 

姉が日々どうにか自分とコミュニケーションを取ろうとしているのは分かっている。他人とあまり接点を持とうとしない自分を随分と心配してくれているのも勿論分かっている。

それでもそんな心遣いさえ余裕の違いを感じさせられて煩わしい、と思っている自分がいる。そんな自分が嫌だった。誰が好き好んで家族とこういう歪な関係でいたいと思うものか。出来ることなら昔のように仲良き姉妹のままでありたいとも思っている。

 

でもそれは無理なことだ。もう昔とは変わりすぎてしまったのだから。自分も、姉も、そして周りの環境も。

 

「大丈夫……大丈夫」

楯無に聞こえない程の小さな声で、己に言い聞かせるように簪は呟いた。

 

悩み事、という姉の言葉が胸につかえる。簪は手元の機器に集中することでそのことを忘れようとした。

 

互いに無言の状態が続く。その空気の悪さに簪は整備室を出て行きたくなってきた。そして同時に姉に対し僅かな怒りも沸いてくる。ここはこの学園で数少ない自分だけの空間なのに。

 

「用がないなら……私もう少しだけやることがあるから」

「そう。ごめんね簪ちゃん。……じゃあね」

 

そうして背中を見せた姉に簪は小さく安堵の息を吐いた。

 

「あ、そうだ」

だが数歩進んだ所で楯無が立ち止まる。

 

「織斑先生の弟さんについてだけど」

その言葉に簪の手が止まった。

 

「随分と凄惨な事件だったから、今更だけど簪ちゃんも気をつけてね。IS関係者を狙ったっていう話もあるし、私も一応国家の代表生だから」

 

簪は震えを隠すように互いの手を強く握った。

 

「私も葬式に参加したけど、やっぱりああいうのは見てるだけで辛かったからね。だから簪ちゃんも……」

「お姉ちゃん分かったから。だからもう……」

 

言葉を探すように言いよどむ楯無を遮って簪が待ったをかけた。もう出て行ってくれと。

 

「分かったわ。邪魔してごめんなさい。じゃあね」

最後に寂しそうに笑うと楯無は今度こそ出て行った。

 

姉が去り、何時ものように一人になった整備室で簪は震える手で胸を抑えた。

彼のことを思うだけでまるで身体の中に暴風が巻き起こっているかのような感覚に襲われる。彼のこと、彼の身に起こった凄惨な事件のこと、それを忘れたいと願っても自分の中の何かがそれを許してくれない。

 

織斑一夏。

彼にとっては寝耳に水のことだろうが、ずっと嫌っていた。彼のせいで自分の専用機となるべきISの開発が後回しにされたからだ。彼がIS学園への入学を取りやめた後もそれは変わらず、万が一のことを想定され、相変わらず自分のことは先送りにされた。それが悔しく彼が憎かった。

 

……だけど今は。

簪は彼と初めて会ったときのことを思い出す。姉といる時のように、言いたいことも言えず、震え俯くことしか出来なかった見ず知らずの自分を助けてくれたことを。

自分が誰かなんて彼は知る由もなかっただろうし、最後まで知らなかったに違いない。簪は暫しその思い出に浸るように目を閉じた。

 

御伽噺のようなナイトなんて漫画やアニメの世界だけだと思っていた。

正義の味方なんてあり得ない空想のものだと思っていた。

……なのに、あの時颯爽と助けてくれた彼はあたかも思い描いていたヒーローのようで……。

 

彼にとっては自分を助けたことなど気にも留めてなかったに違いない。接点のない自分たちが関わったのはその時だけなのだから。

しかも後に聞いた本音の話によれば、彼は中国の代表候補生と付き合っていたらしい。元より自分が彼とどうこうなるなんてのは無理な話だったのだ。

そう。分かっている。でも、『それでも』という幼い願望が未だ消えてくれない。

 

 

……一目惚れなんてものがあるなんて考えもしなかったな。

簪は変わらない薄暗い天井を見上げながらそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

「よし着いたぞ」

「ありがとうございます。本当に」

 

一夏はここまで運んでくれた親切な運転手に深く頭を下げる。

 

「ああ。まぁ何だ。事情は分からんがとにかく元気出せや」

「……はい」

 

最後に少しだけ笑みを作ると、一夏はもう一度頭を下げてトラックから降りた。そのまま走り去っていくトラックをぼんやり見送る。

 

これからどうしようか。一夏は未だハッキリしない頭で考える。姉にも連絡をつけることが出来ない状況でどうすべきなのか。警察に駆け込むことも今となっては出来そうにない。自分自身右も左も分からない今の状態で、何をどう説明すればいいのか。

 

誰でもいい。誰か信頼できる人に連絡できたら……。

一夏は寒さに震えながら周りを見渡す。暖房がかかった車内から真夜中の寒空はやはり辛い。

 

立ち並ぶホテルに入ろうにも、身元の保証もない自分が泊まれるのかも分からない。一夏はとにかく寒さをしのぐ為に目に入った電話ボックスの中に入った。携帯の普及により、今はもう廃れるだけとなった電話ボックスだが、この瞬間だけはその存在に感謝した。

 

寒さに震える一夏の目に備えられている分厚い電話帳が映る。それを見た瞬間天恵のような考えが浮かんだ。飛びつくように電話帳を捲っていく。姉への電話は何故か繋がらない、他の連絡先も今は分からない。

でも、もしかして……!

 

「あった……!」

一夏の顔にようやく笑顔が出る。

 

五反田食堂。

この個人情報規制化の世の中でも客商売なら番号は載っているに違いないと思った。五反田なんて珍しい名だ、同じものが二つとあるがずがない。一夏は受話器を取ると番号をプッシュしようとして……。

 

「一万札しか持ってないじゃん!」

そう自分にツッコむと、一夏は小銭を手に入れる為に通りの向こう側にあるコンビニへダッシュした。

 

 

 

 

 

 

 

五反田弾は音楽を聴きながら、ただ虚ろに見慣れた自分の部屋の壁を見ていた。イヤホンからは好きな曲が流れているが一向に気分が高揚しない。

 

一夏が死んだ。

その事実を未だ受け入れられず、身体を縛る鈍い痛みのような重みが取れてくれない。

 

一夏の死亡が発覚してから妹の蘭は連日泣き通しだった。妹が親友に淡い想いを抱いていたのは知っていたし、それを慰めることに集中することで弾自身の辛さを忘れることが出来た。だがあれから数日経ち、ようやく蘭も落ち着きを取り戻すようになった。だがそれが皮肉にも加護の対象が無くなったことで、今は弾の方がその重みに押し潰されそうになっていた。

 

かけがえのない友達。何年もの付き合いの親友。それがもういないという事実が受け止めれない。どれだけ犯人への恨みを募らせただろうか。どれだけこの部屋で一人泣いただろうか。だがどんなに悲しんでも死んだ人間は還って来ることはない。絶対に。

 

弾は棚に置かれた写真立てに目を移した。数年前の一場面、一夏を中心に三人が身を寄せ合って笑い合っている絵がそこにある。

 

一夏……。

まるで自分の半身が捥がれたかのような感覚を覚えながら、弾はもういない親友のことを思った。

 

「弾。起きてる?」

そこで部屋がノックされる。そして返事を返す間もなく母親が入ってきた。

 

「やっぱりまだ寝ていなかったの」

「……何?こんな時間に?」

「あなたに電話よ」

「電話?こんな時間に家の?誰から?」

「分からないわ。友達としか聞いてないから。はい」

 

釈然としないまま母親から子機を受け取る。

 

「弾辛いのは分かるけど、お願いだから身体壊さないでね。……早く寝なさい」

母親は心配そうに言うと部屋を出て行った。弾はゆっくりと子機を耳に当てる。

 

「……もしもし」

『弾。俺だよ。良かった、やっと知り合いと繋がった』

「はぁ?」

『弾助けてくれ、俺訳分からなくて』

「いや、いきなり何なんだ?誰だよお前」

『だから俺だって!一夏だよ』

 

その瞬間、弾は今まで感じたことないくらい頭に血が上るのを感じた。その怒りで目の前まで赤く染まっていくような感覚になる。

 

「ふざけんなよテメェ!誰だか知らんがこんな夜中によくそんなふざけたこと言えるな!学校のバカか?それとも何処ぞのヒマ人か?俺のことはいいよ、でもその言葉は死者を、一夏を侮辱してんだよ!もういっぺん俺のダチを愚弄してみろ……ぶっ殺してやる!」

 

荒い息遣いを吐いて弾は吼えた。誰だろうとそれだけは許せなかった。

 

『……ははっ』

暫しの無言の後、電話の相手が小さく笑うのが聞こえた。

 

「何が可笑しいんだよ!」

『いや、違うよ。こんな時だけど何か嬉しいんだよ。やっぱり弾なんだって思えたから』

「何言って……」

『弾。信じられないだろうけど、本当に俺一夏なんだ。弾なら分かるだろ?俺が一夏だって』

「……えっ?」

『弾』

「……」

 

弾は受話器から聞こえる声に、自分の名を呼ぶその聞きなれた声の調子に改めて唖然となった。

 

そんなことあるわけない。死者は生き還ったりしない。

……だというのに電話から聞こえるそれは毎日のように言葉を交わしていた親友のようで。

 

『弾!頼むよ、助けて欲しいんだ!』

「……分かったよ。とりあえず話してみろ」

 

だから震える声でやっとそう返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第5話 『差異』

弾は電話の子機を廊下の充電器に戻すと、家族が皆寝静まった真っ暗の天井を見上げた。

あれから数十分話して分かったこと。それは電話の相手が間違いなく一夏だということだ。例え相手が見えなくとも親友を自称する弾には、当然のようにそれを信じることができた。

 

間違いなく一夏だ。だけど……。

納得できない悶々とした思いが消えてくれない。そもそも死人が生き返るなんてことは絶対になり得ない。という事は連日大々的に報道されているニュースが大前提として間違っているということになる。しかしそんなことがあり得るのだろうか?

何より自分は葬式にも参加したのだ。そこには当然のように千冬が喪主をしており、それはつまり家族にさえその事実が行き渡っていないということになる。どんな理由があるにしろそんな非人道的なことが起こりえるのか?

 

弾は頭を2,3回振ってその考えを打ち消す。

どうあれ親友が、一夏が生きていてくれたのだ。こんなに喜ばしいことはないじゃないか。

 

でも……。

そこでまたも自分の中の何かが警鐘を鳴らす。

 

話しているときに感じた違和感が消えない。電話の相手は間違いなく一夏で、あたかもそこに居るかのように確信することが出来た。それは間違いない。だけど、自分の知る一夏とは何かが違う、そんな気がしてならない。

それが直接顔を合わせて話せていないから、という理由なら問題ない。電話でしかもこんな状態だ。お互い言葉のキャッチボールはいつもの様にはいかない。それは分かっている。だけど……。

 

話していた時に何度も感じた記憶のズレ、言いようのない違和感。全ては気のせいだと思いたい。

今はもう寝よう。弾は大きく息を吐くと部屋に戻ることにする。どうあれ朝を迎えてからだ、一夏に直接会えば全てがはっきりするのだから。

 

ふと立ち止まり後ろを振り返ってみる。

そこに在るのは静寂が支配する闇。それが急に怖くなって弾は部屋に向かう足を速めた。

 

 

 

 

 

 

 

束は真っ暗の部屋の中、ソファーに寝転んで腕を枕にして窓から見える景色を眺めていた。

あの式場からは車ではどれだけ飛ばしても2時間はかかるであろう今居るこの場所も、ISを纏えばほんの数十分。我ながら本当に便利な代物を開発したものだ、束は唇を吊り上げた。

だが数時間前の千冬との会話を思い出し、その唇の吊りは消える。

千冬の言葉の意味が分からない。「疑っているのは自分自身」そう千冬は言った。あれはどういう意味だろう?まさか千冬からそんな言葉を聞くとは思わなかった。

 

束にとって千冬は大事な大事な存在ではあるが、正直今は気に食わなかった。

自分の予想外なことに進むのは気に入らない。千冬が何か感づいているのも、動いているのも知っていた。だがそれはあくまであの専用機持ちの小娘の方に向いているものだと思っていたのだ。なのに。

 

「くくっ」

まぁ、だからこそ面白いともいえる。束は小さく嗤う。

 

予想外ならば予想通りに行くよう修正すればいい。それが科学者・研究者の醍醐味というやつだ。

束は身体を起き上がらせると「んー」と小さく伸びをした。

 

「うーん。やっぱ当たり前だけど寒いねー」

窓を突き破ってこの2階の部屋に入ったせいで夜の冷たい風が絶え間なく入ってくる。まずはこの家の電気を完全に復活させようか。暗いのはいいが寒いし。

 

「さーて『下』はどうなってるかなぁー」

束は嬉しそうに言うと部屋を出て、そのまま階段を下り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ」

一夏は安堵の息を吐くと受話器を戻し、電話ボックスを出た。

電話では埒が明かない、と今からここに来ようとする弾を押しとどめるに苦労したが、何とか話したいことは話せた。これでもう大丈夫だ。

 

一夏は寒さに震えるように己を抱くと歩き始める。弾から聞いた待ち合わせ場所、近くにあるという会員証いらずの漫画喫茶。そこに向かって。

 

だが数歩歩いたところで一夏は立ち止まる。

今日の暖を取れる場所も、後で弾と会えることも確定した。もう問題はないはず、なのに不安が消えない。

 

それは違和感のせい。

先ほど弾と話していたときにどうも話が噛み合わないことが多かった。一夏にとってそれが不思議でなぜか不安に感じる。勿論ただの気のせいだと、そう思いたいのだが。

 

「鈴……」

短い間にもしきりに鈴の話題を出してきた弾との電話を反芻し、一夏は空を見上げた。

 

勿論弾の言うように鈴とも今すぐにでも会いたい。それは当然だ。

でも何で弾は……。

 

一夏は軽く頭を振ると歩き始めた。とにかく弾と会えば全てが解決する、絶対に。

 

そう己に何度も言い聞かせながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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エロ酢豚
織斑一夏の欲望


書いてる別作品があまりに欝っぽくなったので、ギャグものに少し浮気してみた。
何も考えずに書くのはいいものです。



「一夏~酢豚作ろうと思ってるんだけどパイナップル入れる?それとも入れないほうがいい?」

「じゃあ入れて!」

 

一夏は叫ぶように答えると、再び風となった。

 

 

 

 

織斑一夏はこの日を指折り数えて待ちわびていた。

 

本日の授業が終わった瞬間、一夏は教室を飛び出した。皆が目を丸くする中、風になって自室に向かう。大いなる崇高な目的のために。

 

途中、酢豚っ子の訳分からん質問にヤケクソ気味に答え、再び加速する。悪いが今日は酢豚、もとい鈴なんぞに構っている暇はない。というかもう限界なのだ。

 

トップギアのまま自室に飛び込むと一息ついた。激しい息遣いを抑える。

 

「長かった……」

繰り返すが一夏は一日千秋の思いでこの日を待ちわびていた。この金曜日を。「決戦は金曜日」偉大な人たちはよく言ったものだ。

 

一夏は興奮のあまりイケナイ思いになるのをグッと堪える。まだ我慢するのだ、まだ……自らを自制した。

 

携帯を取り出し、電話をかける。胸の高鳴りを抑えろ。クール、クールにだ。

呼び出し音が数回続いたあと、「もしもし」と今この瞬間だけは神と崇めてもいい男の声が聞こえた

 

「弾か。俺だ」

「おお、待ってたぜ」

「ブツは?」

「バッチリだ。俺の顔の広さを舐めんなよ。とはいえ苦労したんだぜ?」

「ありがとう。お前のような友達を持って俺は本当に……」

「よせよ」神が笑う。「俺とお前の仲じゃねぇか」

 

一夏は涙を流しそうになる自分を叱り付ける。泣くんじゃない、男の子だろ!

 

「とはいえ出来れば早く取りに来て欲しい。マジで」

神が急に情けない声を出して、人間になった。

 

「オーケー。時間の猶予は俺の方が切迫だからな。一時間後に行くよ」

「りょーかい」

 

電話が切れる。一夏はグッと握り拳を作ると、桃色空間に思いを馳せながら着替え始めた。

 

 

 

健全な男子高校生が血眼になり、そして何をおいても優先すること、それは誰もがお分かりの事だろう。

そう、そんなのエロ以外はあり得ないということだ。

 

 

 

シャルロットがラウラと同室になるために部屋を出て行く日。一夏は寂しく思いながらも、心のどこかで待ち望んでいる自分に気付いていた。

思えばこの学園に入って以来当初は箒、その後はシャルロット。ずっと女性と同部屋だったのだから。当然そんな状況で「独り遊び」など出来るわけが無い。そんなチャレンジャー精神など持ち合わせていない。

 

男性としてやって来たシャルロットはともかく、男女を一緒にするなんてこの学園頭おかしいんじゃねーの、と一夏は憤っていた。確かに道徳的な思いもある。だがそれ以上にいい年した男を女性と同じ部屋で生活させるなど正気の沙汰ではないからだ。年頃の男子の危険性分かってんのか?

 

『童貞が許されるのは小学生までだよねー』

なーんて一部で言われる時代である。いくら女性に鈍感な一夏とはいえ、当然性欲は人並みにある。要はもうこれ以上賢者になるのは我慢できません、という切実な思いだった。

 

 

 

 

「うわ?」

「あ、一夏」

 

着替え終えてドアを開けた一夏が声を出して驚く。目の前にシャルロットが居たからだ。

 

「シャル、ど、どうしたの?何か用ですか」

色々後ろめたい気持ち満載の一夏が、どもりながら問う。

 

「どうしたはコッチだよ。あんな風に教室飛び出して。何かあったのかと心配して」

「夏だからかな?ハハハ」

「夏って……織斑先生が居ないからってハメを外しちゃダメだよ」

「了解でございますよ」

「ねぇ一夏、一体どうしたの?何か……」

 

怪訝な表情を見せるシャルロットに、一夏は精一杯の笑顔を取り繕う。

 

「何でもないですよ?シャルロットさん。いい天気ですね」

「シャルロットさん……?」

 

シャルロットの顔が疑問の表情に変わる。マズイ、一夏は慌てて言い訳を考える。

 

「実は、えーと。今から病院に行かなきゃいけないんだ。それで……」

「え?ウソ!どこかケガしたの?」

「いや!たいしたことじゃないんだ。ほら先日の訓練で頭打っただろ?そのアレだよ。念のため」

 

我ながら全くのデタラメを口から吐き出していた。ごめんなシャル。仕方ないんだ、男の性なんだ、そんな免罪符を自分自身の言い訳にして。

 

「ねぇ一夏。僕も一緒に行っちゃダメ……かな?心配で」

 

一夏はいい子過ぎるシャルロットの優しさに胸がマジで痛くなった。それに比べて今エロの為だけに彼女の想いを裏切ろうとしている自分のなんとあさましいことよ。

 

「だ、大丈夫だよ。じゃあ行ってきます!」

罪悪感から逃れるように、一夏は振り返ることなく逃げ出した。

 

 

 

 

 

「よう一夏待っていたぜ」

「弾!ブツは……」

「がっつくなよ。ホレ」

 

そう言って弾は押入れからボストンバックを出すと、一夏の前に置いた。一夏が目を丸くする。

 

「え?うそ。ナニコレ?重っ!」

「DVDから本まで取り揃えてやったぜ。お前の好きなジャンルをな!」

「弾、お前って奴は本当に。俺こういう時どうすればいいのか……」

「シコ……笑えばいいと思うよ」

「弾~!」

 

一夏が弾に飛びつき、二人で床を転がる。一夏が満面の笑顔で、弾は少し迷惑そうに。上下逆になりながら、ゴロゴロと。

 

「おにぃうるさい!何やってるのよ!」

 

ドアを蹴っ飛ばし入ってきたのは、弾の妹の蘭。彼女も一夏のチャームにやられた一人である。

『あ』兄妹の声が重なる。妹が見たのは、兄が自分の想い人に圧し掛かっている悪夢のような光景であった。兄が思ったのは、自分の命が風前の灯に陥ったということであった。

 

「よう蘭。お邪魔してる」

転がり回って赤くなった一夏が、弾の下でハァハァしながら言う。黙っていてくれ、若しくは目の前の鬼に説明してくれ。弾は願った。

 

「いえ、はは……お邪魔は私のようですね」

蘭はそう言うと、何とか笑い顔を作りドアを閉めた。一瞬目が合った兄に、恐ろしいガンを飛ばして。

 

「蘭、どうかしたのかな?」

一夏の声が遠く聞こえる。終わった……弾は後で来るであろう妹の折檻に絶望した。

 

 

 

何故か死んだ魚のような目で見送る弾に手を振って、一夏は五反田家を後にした。

 

おそらくIS学園に着くのは午後5時前後。ベストな時間だ。重いバックを抱えながらも一夏の心は軽やかだった。スキップしたい気持ちで学園への道のりを歩く。中を覗き見たい気持ちを押し殺し、一夏は急いだ。

 

 

 

 

 

「よう、坊主」

「西田さん、どうも」

 

IS学園は最重要施設であり、厳重な警戒におかれる。特に一夏の場合は当然優先されて狙われる可能性があるということで、学園の出入りの際は身体、荷物チェックが必須となっていた。

 

しかも世は「女尊男卑」本来は男性の職であった守衛、警備関係も女性が進出するようになっていた。特にこのIS学園は基本女の園ということで、生徒の希望もあり守衛も基本女性となっている。

 

そんな中、午後5時からの金曜の夜勤。唯一この時間だけが、この西田という「男性」が守衛を任されているのである。

そしてそれはこの時間だけが、一夏が唯一エロを持ち込める時間だということを意味していた。

 

「どうしたぁ?やけに御機嫌じゃねーか」

「いやー。俺ホント西田さんが好きだなーって思って」

「気持ち悪りぃ奴だな……」

 

西田が苦い顔をする。

 

「んじゃ、悪いけど中身をチェックさせてもらうぜ」

西田はそうしてボストンバッグの中を見た。瞬間、彼の目が驚きで見開く。

 

「こ、これは!坊主おめぇ……」

 

一夏は目を逸らさなかった。その眼に確固たる決意を宿して西田を捉える。一夏より30年以上人生の先輩である西田を持って、その眼は形容しがたい力があった。

 

西田はしばらく中身を確認していたが、やがて小さく笑うと何も言わずボストンバッグを一夏に渡した。「お前は真の戦士だな……」そんな感嘆の言葉と共に。

 

「西田さん、俺」

「何も言うな坊主。そうだよな、お前も年頃だもんな」

 

西田は行けよ、とばかりに片手を振る。一夏は深々と一礼すると、走っていった。今こそパラダイスへ。禁じられた遊び、桃源郷へ。

 

「ちっ、あの野郎が。一丁前のツラしやがって」

そう言う西田の顔はどこか嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

「でも、坊主よぉ……そりゃ幾らなんでもチャレンジャー過ぎるだろ……」

そして、この呟きも当然一夏には聞こえなかった。

 

 

 

 

「いーちか」

「うおっ」

 

寮に入った所でセカンド幼馴染に声をかけられた一夏はメッチャ動揺した。やましい事がありまくりなのだから当然である。

 

「り、鈴さん。ご機嫌いかがですか?」

「何?変な一夏。そのバッグ何?」

「お前に関係ねぇ!いや、ゴメン。じゃ俺急ぐから」

 

鈴の横を素早く駆け抜けようとしたが、鈴がそれを許さなかった。

 

「待ちなさい!」

 

ビクッ!とあからさまに身体を硬直させ一夏が止まる。まさか今の問答だけでバレちまったのか?一夏は青ざめて恐怖した。

そんな一夏のアホな心配とは裏腹に鈴は一夏の側に来ると、心配そうな顔で彼の顔を覗き込んだ。

 

「シャルロットから聞いたんだけど、病院行っていたって?大丈夫なの」

「へ?……ああ、ああ!大丈夫、問題なし!」

 

一夏が大げさすぎるくらいに、力こぶまで作って答えた。

 

「そう。良かったぁ」

 

鈴が安心したように胸の前で手を組むのを見て、一夏は胸がキュンキュンした。俺の酢豚、ではなくセカンド幼馴染ってこんな可愛いかったっけ?辛抱たまらん。

思わず無意識的に右手が鈴の方に向かうのを寸前で止める。青き性欲がお預け状態の男子高校生ほど危険な生き物はいない。

 

「なぁ鈴」

「ほにゃ?」

 

妙な擬音を発して可愛らしく首を傾げる幼馴染に一夏は限界だった。足に力を入れると虎となりこの場をダッシュした。犯罪者となる前に、何より大切な可愛い幼馴染を傷モノにする前に。

 

「一夏?」

取り残された鈴は一瞬のことに呆け、唖然と立っていた。

 

 

 

部屋に飛び込み、叩きつけるようにドアを閉めてカギを掛ける。必要なアイテムをベストなポジションに置き、精神を統一させる。何しろ久しぶりの己との闘いだ。暴発したら俺は自分を許せなくなるかもしれない……。

 

数分後爆発寸前だった煩悩に多少打ち勝った一夏は、とうとうお宝とご対面することにした。

手の振るえと、荒い息遣いを抑えてボストンバックを開く。そこにはまだ見ぬ女性の神秘、素晴らしき桃源郷が……あるはずだった。

 

「え?」

その一つを手に取った一夏が呆けた声を出す。慌てて所狭しとバッグに詰まったお宝を次から次へと引っ張り出した。

DVD、コミック、雑誌。確かに弾はお宝を用意してくれた。人によっては涎を垂らすラインナップだろう。

 

「違うんだよ……!」

だがしかし一夏は膝から崩れ落ちた。自分は確かにこれが好きだ。でも好きって言ってもそういう意味じゃないんだよ……!

一夏は親友に心でありったけの文句を言うと、泣く泣くお宝をバッグに戻す。実際泣いた。

涙を流しながら一夏は全てをバッグに戻すと、それを隅に押しやる。そこでようやく嗚咽を漏らした。

 

 

 

 

 

「はい。誰?」

一夏が絶望にうな垂れてしばらく経った後、ドアがノックされる。ノロノロとした足取りでドアを開けた。

 

「一夏。さっきのアレ何なのよ」

「一夏!ケガは無かった?大丈夫だったの?」

「全く心配させおって」

「一夏さん!お怪我をされていたなんて。どうして私に……」

「問題ないのか、嫁よ」

 

そこにはいつものメンツが集合していた。どうやら嘘八白並べた自分を心配していたらしい。一夏は申し訳なく思いながらも、彼女達の優しさに感謝した。

 

「大丈夫だよ皆。全然問題ないよ、ありがとう」

一夏がそう云うと、彼女達に笑顔が広がる。一夏は再度彼女達に深く感謝した。

 

 

 

「美味い!何この酢豚!今回は絶品じゃないか?」

「まぁねー今回は自信作」

 

一夏は鈴が持ってきた酢豚を夢中でかっこんだ。程よい酸っぱさの中にパイナップルの甘さが絶妙のアクセントとなっている。そのおかげで胸焼けしない。普段ならご飯のおかずとして食べる酢豚であるが、単品でいくらでも食べられる気がした。

 

「一夏。そんなに急いで食べたら駄目だよ、落ち着いて。それに夕飯食べられなくなっちゃうよ?」

「いいじゃない。その分酢豚食べればいいのよ。一杯作ったんだから」

 

心配するシャルロットに鈴が嬉しそうに答える。自分の作った料理を想い人が美味しいと言ってくれるのは最高の喜びだ。

 

「全くそんなにがっつくな一夏。みっともない」

「可哀想な一夏さん。あんな酢豚を……よっぽどお腹が空いていたんでしょうね」

「おーい嫁。このバッグは何だ?」

 

「ブフォ!」

ラウラの声に一夏が盛大に酢豚を吐き出した。その拍子にパイナップルの塊が気管に入る。苦しくて息も満足に出来なくなった。

 

「一夏!大丈夫?」

シャルロットが背中をさする。俺は大丈夫だ、それよりYOUの親友を止めてくれ。一夏は未だ喋れない状態でラウラを指差した。死ぬ、マジで死ぬ。いろんな意味で。

 

げに恐ろしいのは女性の直感である。鈴は一夏の様子を見て、さらに先程の態度を思い出し、あのバッグに何か秘密があるのだと確信した。立ち上がって、不思議そうな顔をしているラウラの下に向かう。

 

鈴やめてくれ!一夏は苦しさとヤバさで半泣きになりながら願った。だが声は出ない。ちきしょう酢豚!

 

ラウラを軽く押しのけて、鈴がバックを開ける。そして……。

 

「あ」

 

『あ』その一文字の言葉。そのたった一文字には形容しがたい響きがあった。他の少女が腰を浮かし、鈴の下に駆け寄る程の。シャルロットさえも一夏の側を離れて向かう。

 

鈴が一つのDVDを手に取った。『淫乱教師Ⅱ~メス猫と化した俺の姉~』というタイトルのDVDを。

箒が一冊の雑誌を手に取る。『実録近親相姦!禁断の姉弟愛』という雑誌を。

ラウラが一冊のコミックを手に取った。『ムチで叩いて!お姉ちゃん!』というエロマンガを。

 

それから出るわ出るわの「姉と弟モノ」一夏は絶望に陥った。違うんだよ、俺はそんな趣向はないんだ、全部弾のせいなんだ!一夏は声なき声で叫んだ。

 

一通り物色し終わった少女達は何も言わずに黙り込んだ。その表情には苦悶の色がありありと出ている。

 

責めてくれよ、と一夏は思う。

いつも通りの折檻でもこの際構わない。暴力でも何でも振るってくれれば、まだ笑いに変えてお互い誤魔化せるかもしれないのに。

だが頼みの箒でさえも俯いたまま微動だにしない。こちらが暴力を願った時に限って動いてくれない。幼馴染との気持ちの乖離に一夏は泣きそうになった。

 

息苦しい静寂の後、鈴が立ち上がった。

一瞬こちらに顔を向けたかと思うと、すぐに俯く。だがしばらくしてもう一度顔を向けて来た。

 

鈴が笑う。その笑みは「貴方の罪を許します」といった慈愛に満ちたものだった。まさに聖母マリア様のように。しかしそれは今の一夏には、傷口に塩を練りこむような罪悪感という痛みを与えた。

 

「うわぁぁぁ!」

叫び声を上げて一夏が部屋を飛び出した。そのまま走り去る。廊下での他生徒の視線も、門前での西田の呼び声も振り切って。一夏は叫びながらどこまでも、どこまでも駆けていった。

 

 

こうして織斑一夏はIS学園を脱走した。

 

 

 

 

 

三日後の月曜日。出張から帰ってきた織斑千冬によって、実家の居間の片隅でガタガタ震えていた一夏は引きずり出され、学園に戻ることとなった。

その際「違うんだ千冬姉」「俺はノーマルなんだ」とぶつぶつ呟く弟に姉は正直ビビッたが、彼がそうなった理由は最後まで分からなかった。一夏も、理由を知っていると思われる少女達も頑なに口を閉ざした。

 

 

こうして欲望が元で巻き起こった彼の短い逃避行は終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

人間には思い出すだけで死にたくなる過去や、消し去りたい記憶というものが誰しも存在する。

それは母親に隠していたエロ本がバレた事であったり、自分の妄想をノートに目一杯書き込んだりした事など様々だ。

けど大丈夫。人間とはどんな辛い過去も忘れることが出来る生き物なのだから。そしてそんな辛い過去さえも克服し、いつか笑い話に変える強さをヒトは持っているのだから。

 

 

だから一夏たちもこんな出来事など乗り越えて、また皆で笑いあうことが出来るはずだ。

 

 

 

 

 

そういう訳でIS学園は今日も平和です。

 

 

 

 

 

 

 

 






一見完璧に見える計画にも穴はあるものなのです。

ぶっちゃけラノベ、少年漫画でそんな描写出来るわけないとは分かっているが、主人公たちの仙人の如き禁欲の精神力には、尊敬を通り越し不気味でしかない。私なら発狂する。


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織斑一夏の親友 (上)

エロ本、エロ雑誌、エロDVD……etc。男の性欲を満たしてくれるこれらの偉大なアイテムは、時として己に潜む忌まわしい欲望を写してしまう鏡のような性質を持っている…。


「よお一夏。元気にヤッてるか?」

「死ね」

 

出会い頭、一夏の右ストレートが弾の顔面にめり込んだ。

 

 

 

 

 

 

「いーちか」

「……鈴」

 

一人の少年と数人の少女に深い傷を残した「一夏脱走事件」

未だ皆の傷も癒えぬ中、唯一鈴だけが前と変わらぬ態度で接してくれている。一夏は幼馴染の優しさを日々実感していた。本当にいい娘だ。

 

「あのさ、酢豚の新作について……」

「あああ!聞こえない知らない!」

「ちょっ、一夏どうしたのよ?」

 

どうしたの?じゃねえよ。せっかく感謝していたのに、一夏は頭を掻き毟る。お前の「パイナップル入り酢豚」のせいでヒドイ目にあったのを忘れたのか。一夏は鈴を恨めしそうな目で見た。

 

「何よ?変な目で見て」

 

だが鈴はどこ吹く風という感じで気にもしていない。その態度に一夏の毒気が抜かれる。

そうだ、それに元々は俺の完全な自業自得のせいじゃないか。鈴に非は無い。一夏は鈴に笑みを向ける。

 

「ゴメン、何でもない。えーと新作?」

「YES!今回は肉を鶏にしてみました」

「な、なんだってー!」

 

一夏は驚愕した。酢豚とはその名前通りの「豚」を使うのが絶対だと思っていたからだ。それだと「酢鶏」になるじゃないか。それはおかしい。

 

「なあ鈴、それは駄目だろ。いくら料理はフリーダムでも超えちゃいけない一線はあるぞ」

「む……案外アタマ固いのね。料理人のプライドってやつ?」

「まぁな。カレーライスやシチューとは違うんだ。名前に「豚」がついている以上、ルールは守るべきだ」

 

一夏は断言した。一応料理を嗜むものとして譲れないところはある。

 

「ねえ一夏。初めて酢豚にパイナップルを入れた先人は何を考えていたと思う?」

鈴はそんな頑固者に優しく問いかける。

 

「え?それは……」

「パイナップルよ?普通はデザートを酢豚みたいな料理に入れるなんて考えもしないでしょう?でも偉大なる先人はそれをやった。それは現状維持を良しとしない心意気。つまり終わりなき探究心の為なのよ」

 

鈴が思いを馳せるように目を瞑る。

 

「既に完成された料理であると思われていた酢豚。でもそこにパイナップルという一種の劇物を放つことによって、更なる進化を促そうとしたのよ。……結果それは対立を呼び、パイナップル賛成派と反対派の千日戦争を生み出す悲劇を起こしたわ。でもね……」

 

「あたしはその心意気は間違っていないと断言できるわ。もしかしたらその偉大な先人もこの悲劇を予測していたのかもしれない。それでも敢えてそうしたのは、現状に甘んじる酢豚愛好家に『馴れ合うことだけが友情ではない!各々の自立心無くして酢豚の進化はない!』ということを伝えたかったからと思うのよ」

 

そこまで言うと鈴は目を見開き、その瞳に強き決意を宿す。

 

「だからあたしも挑戦したい。飽くなき探求の為、『酢豚鶏肉バージョン』をね」

 

鈴の力説に一夏は感動した。第三者が聞いていれば単純にアホ発言であるのだが。

 

「『馴れ合いだけが友情じゃない』か……いい言葉だな」

「ええ。あたしの尊敬する『キン肉アタル』の信念よ」

 

お前は誰を尊敬しているんだ、相手を選べ。一夏はそう思ったがそれを言わない優しさは持っていた。

 

「鈴ありがとう。おかげで俺も決心がついたよ」

「ん?どういたしまして。ということで明日の休日さ、一緒に……」

「じゃあな鈴。俺は、俺よりダメな奴に会いに行く」

 

唖然とする鈴を置いて、一夏は某格闘ゲームの煽りのような言葉を残し歩き去った。

 

 

 

 

 

 

そうして一夏は次の日、出会い早々ダメな奴にストレートを見舞ったのであった。

 

 

「一夏テメェ!いきなり何しやがる」

弾が吠える。呼び出され、お宝についての感謝でメシでも奢ってもらえると思ったら、食らったのはストレートだった。冗談じゃない。

 

「弾、テメーは俺を怒らせた」

「何がだよ!」

「シャラップ!」

 

鼻を押さえる弾に、一夏が左右から往復ビンタをかました。聖書曰く右の頬をぶたれたら、左の頬もだ。それを実践してやる!一夏は夢中で弾の頬を張った。

 

弾に百裂ビンタを見舞うたびに一夏自身傷ついた。中学の時から苦楽を共にしてきた大切な仲間。その友達に手をあげることに。……だが鈴は言った、『馴れ合うことだけが友情じゃない』と。だから弾、ワイはお前を殴らなアカン。

 

数分後鼻血を垂れ流し、大福のように頬を腫らした弾が倒れこむ。一夏はそれを見下ろし、やるせない思いと共に息を吐いた。弾、分かってくれ。俺の中にお前に対する恨み、わだかまりがある以上は、お前を心から親友とは呼べなかったんだ……一夏は心の中で詫びると、親友を想い静かに涙を流した。

 

 

 

……でもこんなことして次回からエロ関係調達してくれんのかな?……そんな後悔と共に。

 

 

 

 

一方、一夏の愛の往復ビンタにより、ノックアウトされた弾は朦朧とする中で思い出していた。それは数日前の出来事。嫉妬に狂い鬼女と化した妹に折檻を受けたことを。

泣きじゃくる妹に何度も罵られ、蹴りを入れられた。何度も罵られ、キャメルクラッチをされた。何度も罵られ、最後はタワーブリッジをされた。

 

いつからだろう、自分が真性のM野郎だと気付いてしまったのは。弾は朦朧とする中で考える。普段妹に折檻を受けながら、弾はどこか興奮している自分を自覚していた。そう、口では「やめろ!」と言っているのに身体と心は「やめないで!もっと!」と望んでいるような……。そんな許されざる思いを。

 

だが弾はそれを認めたくは無かった。当たり前だ、『自分は妹にイジメられて喜ぶ豚でーす』なんて言えるわけが無い。認められる訳が無い。

 

AVキングの異名を持つ弾であったが、実は妹モノには唯一手を出してはいなかった。この歳にして既に熟女モノまでいける変態のクセに、一大人気の妹系には手を出してはいなかった。

 

怖かったのだ。妹モノを見ることで、己の醜い願望が思い浮かぶのでは?と考えるのが。

勿論蘭とそういう関係になりたいなんて意味ではない。夢にも思わない。つーか吐き気がする。ただもしそのプレイ内容が「妹に苛められるモノ」だったとしたら俺は……。

 

 

一夏、お前もそうだったのか?弾の目から一筋の涙が頬を伝う。

お前の怒りの理由。それは俺だけだと思っていたエロを通じて自覚する己の罪。良かれと思って貸した「姉弟モノ」でお前も自らに潜む何らかの罪を感じてしまったのか?

 

俺はお前に「パンドラの箱」を渡してしまったのか?……すまない一夏、俺の親切は仇になったようだ。許してくれ。弾は薄れ行く意識の中で、親友に詫びた。

 

 

 

でもそうなら『淫乱教師Ⅱ』早く返してくれ。あれは俺のお気に入りなんだ……。

その思いを最後に弾は意識を手放した。

 

 

 

そうして親友同士のすれ違ったままの想いは交わることなく、終わろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

救いの無いアホ共とは別に、IS学園では鈴が鼻歌交じりに酢豚を作っていた。

メインの肉を鶏に変えるだけで、酢豚は大きく様変わりする。豚肉よりあっさりしている分、味付けも余分に濃くしてしまう恐れも出てくるのだ。匙加減が難しい。

 

「千里の道も一歩から。究めるべき酢豚道は未だ暗中模索ね」

 

鈴が呟く。だがそれがいい。だからこそやりがいがある。

鈴は「よしっ」と小さく声を上げると、恋する少年の笑顔を思い、出来上がった酢豚ならぬ酢鶏の味見をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




世の中にはいろんな趣向な人がいます。だから豚野郎でもいいんです!

男同士を描くのはやはり楽しい。ISは男友達成分が足りんのですよ。


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織斑一夏の親友 (下)

今回の悲劇。それは紳士諸君にとっては人事ではないかもしれない。
私は今までの人生でそれを2度も経験し、その度泣き寝入りしてきた。

どうか皆様は勇気を出して苦情を言える強さを持ってください……!



「んん……」

「弾、気付いたか」

 

弾が目を開けると、目の先に一夏の顔があった。というか何故かベンチで膝枕されていた。一体何考えてんだコイツは?すぐさま起き上がる。

 

「勘違いすんなよ!俺だってしたくてしてた訳じゃない」

一夏が慌てたように言う。

 

「その、お前をノックアウトしたとこを近所のオバサンに見られてたんだよ。喧嘩だと思ったらしく警察呼ばれる寸前だったんだ。誤解解こうにもお前は気絶してるし……結構大変だったんだぜ」

 

一夏は小声で言うと、少し離れたところに立っている女性に頭を下げた。一夏に促され弾も頭を下げる。女性はしばらく確認するように見ていたが、やがて去っていった。

 

 

「ふー。まいった。どうもあの年代のオバサンは苦手だ」

「天性のタラシ野郎に苦手な女性がいるとは意外だな」

 

一夏の呟きに弾がツッコミを入れる。

 

「人聞き悪いこと言うな!……まぁ俺には母親いないからさ。ああいう上の女性は何ていうか…」

「悪い」

「謝らなくていいよ」

 

一夏が笑う。それを見て弾にも笑顔が出る。

仲のいい親友同士の友情空間がそこにあった。

 

 

 

 

「ところで一夏。俺さっきまでお前に殴られていたよな?」

「あ、そうだった」

 

 

 

 

 

「酢豚、豚、豚、とーりにーくでーもおっいしーよ。ヘイっ!」

所変わってIS学園では鈴が踊っていた。調理室を貸しきって作っていた、鶏肉を使った新たなる酢豚への試みは思った以上に上出来だったからだ。そりゃ踊りの一つも披露したくなるのだ。

 

「り、鈴?何やってんの?」

「ご機嫌だな」

 

そこに何故か現れる親友コンビ。シャルロットは鈴の狂態に若干引いている。だがそんな彼女の態度など今の鈴ちゃんには些細なことだった。

 

「何って、見れば分かるでしょ?酢豚ダンスよ。ラウラもやる?酢豚、豚、豚……ハイッ」

「ふむ。酢豚、豚、豚……」

「ラウラ!めっ!」

 

振り付け込みで歌い始めたラウラをシャルロットが止める。大切な親友が酢豚色に染められるのを黙って見ている訳にはいかない!

 

「で、相変わらず鈴は酢豚作ってたんだ?」

「相変わらずって失礼な。まるであたしがそれしか作らないみたいに」

 

鈴の返答にシャルロットは出掛かった言葉を何とか飲み込んだ。ラウラが鈴の側にある中華鍋を覗き込む。

 

「ほう。美味そうな酢豚だな。食べていいか?」

「ダメよ~。ダメダメ。これは一夏のだから」

「少しくらいいいだろう?お腹減ってるんだ」

「ダーメ、これはあげれません。新作なんだから先ずは一夏にね。つーかアンタたち何しに来たの?」

 

鈴は恨めしそうな顔をするラウラを横目にシャルロットに問う。

 

「ラウラにお菓子作ってあげようと思って。器具借りに来たんだ」

子供のように不貞腐れるラウラの様子を見て、苦笑しながらシャルロットが答える。

 

「アンタってホントお母さんみたいなとこあるよねー」

「どういう意味かな?鈴」

「別にー」

 

鈴はシャルロットをあしらいながら窓際に寄った。今日もいい天気だ。

 

「そう言えば一夏は何処いったのかな。部屋に居なくて。鈴知ってる?」

「ん?ああ、弾……中学の友達に会いに行くってさ」

「そうなんだ。楽しんでいればいいね」

「そりゃ大丈夫でしょ。アイツらムカツクほど仲いいからね」

「なぁ鈴。酢豚……」

「ダメです」

 

そんな風に少女たちの休日は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

「何言ってんだお前?」

一夏は思わず弾を訝しげに見る。罪ってなんだよ、訳分かんねぇ。

 

あれから一夏がとりあえず謝罪しようと頭を下げると、弾がそれを制した。「俺の罪」だの「パンドラの箱」だの意味不明なことを言う親友に、一夏の頭に「?」がまわる。

 

「え?一夏、お前もエロを通じて己の罪を自覚しちまったんじゃ……」

「だから罪って何だよ。俺はお前のせいで皆に変態野郎だと思われたことが許せなかっただけだ」

「何だそりゃ?話してみな」

 

一夏がその時の出来事を簡単に説明すると、弾は「なーんだ」と何処か拍子抜けするような声を出した。ふざけんな、と一夏は思った。俺がどんな目にあったと思ってるんだ。

 

「いいじゃねぇか。別に『決定的瞬間』を見られた訳じゃないんだろ?俺なんて蘭に見られたときは……」

「そういう問題じゃ!……って、ええっ!お前蘭に見られたことあんの?」

「ああ。さらに裏モノ視聴中にな……あの時は死にたくなった。5日間はお互い気まずかった……」

 

弾が遠い目をして言う。それはキツイ、一夏は本気で同情した。

 

「それはご愁傷様。……でもな弾!俺だって酷い目にあったんだぞ」

「何?皆に無視でもされてんのか?」

「ちげーよ。……でも!あれから箒には改めて殴られたし、セシリアには何故か派手な下着カタログを見せられたし、シャルは何故かボディータッチが増えたし、何より!」

 

一夏は息を吸い込む。

 

「ラウラだよ問題は!学園に戻された翌日の朝、ベッドの中で『一夏は教官とその、そういう関係になりたいのか?』なんて悲しそうに言われたんだぞ!おかしいだろ!ラウラなら普通『私も教官が大好きだ!私達は同士だな』って言いそうなもんだろ。何だよマジで。変わらなかったのは鈴だけだよ……」

 

一夏は血を吐くように叫んだ。本当に大変だったんだ、皆を抑えるのが。何よりラウラの誤解を解くのが。

 

「いやいや待て。え?何ベッドの中って?どゆこと?お前大人の階段上ったシンデレラになってたの?嘘でしょ?……嘘だと言ってよイチカァ!」

 

弾が悲壮な顔で詰め寄る。

 

「うるせぇ何言ってんだ!」

「コッチのセリフだ!エログッズ必要ないじゃねえか。裏切り者め!『淫乱教師Ⅱ』さっさと返せ!テメェはそのラウラって子と仲良くしっぽりヤッてりゃいいだろ!」

「ざけんな!ラウラみたいな純粋な子をそんな風に見れると思ってんのか!歯ぁ食いしばれ!」

 

男同士の醜い言い争いは、再度一夏の右ストレートによって終わりを迎えた。弾が吹っ飛ぶ。その目には涙が汚く光っていた。やるせない。

 

「じゃあな親友。俺、お前のこと好きだったぜ……」

倒れている男に一夏が背を向ける。一夏もやるせなさを感じながら。

 

 

さようなら親友。

 

 

 

「一夏テメェ。せっかくデザート用に、『幼馴染は巨乳巫女!神様の前でエッチなお祓い』他数本を貸してやろうと持ってきてやったのに……」

「弾、大丈夫か?さあ手を取るんだ。俺たち親友だろ?」

 

 

そしてこんにちは親友。

 

 

 

 

 

織斑一夏はIS学園の廊下をスキップしていた。

人は嬉しい時にはスキップをする。他人の目とかそんなの関係ない。嬉しい時はその心のままに表現する。それでいいのだ。

 

「グフフ……」

思わず含み笑いが漏れる。今彼の懐には巨乳幼馴染モノのエロDVDが入っていた。愛おしそうにそれを服の上からそっとなぞる。

 

 

弾から借りたエロDVDは『THE アニマルズ!』という動物もののDVDにカモフラージュされていた。

弾によると、今やプリンターなどを使いDVDの表面を変えるなどお茶の子さいさいであるらしい。さすがに門前のチェックもDVD再生までするようなことはしない。おかげで当番が西田ではないにも関わらず、堂々と持ち込むことが出来た。

 

「織斑君は動物が好きなんだ?」

……そう言って笑った守衛の方の純粋な眼差しに多少心が痛んだが……。

 

 

あの後安い友情を再確認し合った親友によって、一夏は他にもカモフラージュされたエロDVDを何本か勧められた。熟女、人妻、と一夏の好みから幾光年離れていたため断ったのだが。

でも神様弾様、アナタ様はなんつー趣味をしているんですか?

 

 

一夏はヒトの進化を改めて思い知る。エロの媒体は春画から始まり、ビデオテープへと活躍の場を広げ、更にそれがDVDへと変わり、今やパソコンでの動画、ダウンロードの時代だ。そして中身のジャンルも多様化している。これから人類はエロとどう向き合っていくのだろう?一夏は人類の未来に想いを馳せた。エロよ永遠であれ!と……。

 

 

 

 

「いーちか」

「うおぉぉぉ!」

可愛らしい酢豚ちゃんの声に一夏はスキップをやめて、猛然と走り出した。前回のデジャブが脳裏に宿る。酢豚危険注意報発令!ただちに避難せよ。

 

「ちょっといちかぁ!待ってよー」

後ろから鈴の声が聞こえる。だが立ち止まるわけにはいかない。男にはヤラねばならない時があるからだ。

 

だが一夏はふと気になった。鈴の足は速い。なのにその声は遠くなるばかりだった。おかしいと思いつつもスピードは緩めない。

 

一方の鈴はというと、両手で酢豚が入ったタッパーを持って走っていた。だからスピードが出せなかった。一夏の急な逃亡に鈴は驚きつつも悲しくなる。一生懸命作ったのに。

 

「鶏肉酢豚美味しく出来たんだから!食べなさいよー。待ってたんだからー」

「スマン鈴!今忙しいし、腹減ってないんだ!ラウラにでもあげてくれ!」

 

一夏はそう叫ぶと、更にスピードをあげて鈴の視界から消えた。鈴は走るのを止めて俯く。

 

「せっかく美味しく出来たのになぁ……」

鈴は悲しそうに言うと、肩を落としてしょんぼりと歩き去った。

 

 

 

幼馴染の想いを振りきり一夏は自室へと戻った。

スマン鈴。幼馴染に心で謝罪する。昨日言っていた新作酢豚、頑張って作っていたのかな?そう思うと鈴にとても申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 

しかし、そんな気持ちもDVDをセットする頃にはすっかり忘却の彼方だった。

心にあるのは巨乳幼馴染巫女のこと、強いては同じ幼馴染でもファーストのことのみ。

 

ゴクリ、一夏は唾を飲み込む。巨乳巫女と聞いて連想できるのは自分の周りに一人しかいない。箒だ。

姉弟モノには言いようのない想いがこみ上げた一夏であったが、箒なら問題ない。むしろウェルカムだ。

 

一夏は目を瞑る。

 

……ならばイメージしろ

現実で出来ないならせめて妄想の中でヤれ

所詮、童貞の出来ることなどそれくらいしかないのだから

 

誰かが言ったような言葉を適当に改変し、一夏は己の童貞力を極限にまで高めた。もはや俺に死角はない。これから見る巫女さんは箒だ!一夏は開眼しテレビの電源を入れた。

 

早送りできないメーカーのロゴが映る。この数秒でさえ今の一夏にはもどかしかった。我慢できないとばかりにベルトを緩める。さあ今こそ待ち望んで、待ち望んだ桃源郷へ!

 

 

 

『お名前は?』

『は、花絵です』

『年齢は?』

『48歳です』

『母性的でふくよかな身体ですね』

『ありがとうございます』

 

あれ?一夏は呆然とその画面を見つめていた。幼馴染巨乳巫女はどこ行った?なんでこんなオバサンのインタビューが始まってんだ?一体どうなってんの?

 

一夏の狼狽をよそに、そのオバサンへのインタビューは続く。そしてその数分後画面が暗転し、テロップが流れた。一夏を絶望に突き落とすタイトルテロップが。

 

『熟女物語33~ぽっちゃり奥様花絵の獣欲~』

 

 

 

「ふざけんな!」

一夏はDVDを抜き出すと、衝動的にそれを壁に叩きつけた。哀れにも、ぽっちゃり奥様花絵さん主演のカモフラージュしたDVDは真っ二つに割れる。そのDVDの有様はあたかも一夏の心のようだった。

 

あのバカ野郎、中身を間違えやがった。一夏は再度絶望に陥った。なんで、どうしてこうなるんだ?俺はただ誰にも迷惑をかけずに好きなAVを観たいだけなのに。どうして!

 

「ひどい……ひどいよ、あんまりだよ。なんでいつもこんな……ううっ」

一夏は泣いた。ズボンをズリ下げ、ティッシュ箱を胸に抱えたまま、ただ泣き続けた……。

 

 

 

 

 

ある日レンタル店で……。

レンタル店で勇気を振り絞って借りたAVが…。

ふと見ると別物に変わっていた。

そんな時なんで悲しくなるんだろう。

 

 

 

 

 

……そういう訳でIS学園は今日も平和です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




そりゃ人間がそれだけエロな動物だからさ
だがな、それこそが人間の最大の取り柄なんだ
心にエロがある生物、なんとすばらしい!




「寄生獣」傑作です。


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織斑一夏の性欲

人間(♂)は何故性欲というものが強いのか?そう考えたことがあるだろうか。
地位も名誉も金も家族も手に入れた男が『一夜の過ち』で人生を破滅させるのは決して珍しい話ではない。
犯罪だと知りながらも売春に手を染める未成年が後を絶たないのは、それに応える大人がいるためであり、即ち需要と供給のバランスが保たれているからだ。いい年したオッサンが何やってんの……?と思わず頭を抱えたくなるような事件も嫌になるくらい起きている。

人間(♂)というのは得てして救いようの無い生き物であるとも言える。全てを棒に振ることになったとしても、一時の快楽に酔う。その後に残るのはどうしようもない自虐と後悔の賢者タイムだけだというのに……。ホント救えねェ。


そんな救えない男のお話。
大正義ワンサマを愛する方はバックでお願いします。






織斑一夏はムラムラしていた。

イライラではなく、ムラムラ。言葉は似ているようで意味は全然違う。前者はともかく後者はその思いを口に出すだけで性犯罪者扱い待ったなしだ。そしてとにかく彼はムラムラしていたのである。

 

理由は彼を取り巻く環境にある。女の中に男が一人の状況、周りは皆美少女。これでどうにかならないのは煩悩を捨て去った賢人か「うほっ!」な方だけだ。

「朴念仁」「鈍感中の鈍感」と陰口を言われている一夏だが、当然男であることを止めてはいない。そこまで枯れ果ててはいない。今をときめく十六歳を舐めんなと。

 

しかも周りは男である一夏に対して警戒心のカケラも無いのだ。逆に少し引くくらいに。

ベッドに勝手に潜り込んでくるわ、パンツを見せてくるわ、胸を押し付けてくるわ、抱きついてくるわ、誘惑光線を放ってくるわ……むしろ相手の方がウェルカム状態なのである。もう少し慎みというものを持ってくれ!と彼が願うのも間違っていない気がする。これもある意味地獄だ。

 

そんな中にあって、悲しいかな彼の「男」としての本能は見事に反応してしまう。限界が近づいていく。

「仙人」の異名を持つラノベ主人公特有の忍耐力を兼ね備えている一夏であったが、そろそろヤバイ状態になっていた。このままでは噴火も間違いないというくらいに。

 

つまり『息抜き』が必要となっていたのである。

 

 

 

 

 

「ありがとう。弾」

 

一夏は自室でDVDを握り締めたまま、ここに居ない親友に礼を述べた。一夏火山噴火の恐れが高まったとある日のこと、それを見越したように彼の親友から電話があったのだ。

その相手の名は五反田弾。ロリーから熟女まで何でもござれの生粋のAVマニア野郎である。

 

『一夏。お前マジで溜まっているんじゃないのか……?』

 

イエス・キリストに囁いた悪魔のように優しく問いかける親友に、崩壊寸前の一夏の心の堤防はあっさりと崩れた。そして涙ながらに訴えた。日に日に皆のスキンシップが強くなっていってもう限界なのだと。皆の目が怖くてエロ本の一つも部屋に置けないのだと。更には最近一つ年上の痴女まで参戦したせいで、もういつ理性が事切れてもおかしくないのだと。

 

弾は黙ったまま一夏の懺悔を聞いていた。何も言わずに、一夏の悩み……大切な彼女達に邪な欲望を抱くことへの苦悩を黙って聞いていた。そして全てを吐き出した一夏にただ一言こういった。「よく頑張ったな」と。優しく、親愛をもって……。

 

そしてその日のうちに、彼の命というべき『DAN’sコレクション』をそっと渡してくれたのである。精巧に一般DVDにカモフラージュした弾の極エロDVD。それを譲ってくれることの意味を考えた一夏は涙が止まらなかった。

 

そう、それは友情という名のこの世で最も尊い行為。

 

一夏は感謝する以外に無かった。自分はなんて良き親友を持ったのだろう。

 

 

ケースを開けてDVDを取り出すと、その拍子に一枚のメモ帳がヒラヒラと落ちてきた。拾った一夏の顔に笑みが広がる。『今夜は存分にフィーバーだぜ!』と書かれた一文、それは親友からの応援のメッセージ。

 

「弾。分かったよ……。俺、フィーバーするよ……」

一夏は親友からの熱き応援を胸にそっとテイッシュ箱を胸に引き寄せた。某警備会社のコマーシャルが頭にリフレインする。フィーバー!今宵は寝かさないぜMY SON!

 

DVDをセットし、雰囲気作りの為に部屋の電気も消した。動悸が激しくなるのを感じる。そして一瞬の暗転の後明るいPOPな音楽と共に女優のインタービューが始まった。

 

「皆さんこんにちは~」という女優さんの言葉に一夏は「はい。こんにちはー」と律儀に返した。勿論正座したままで。用途的には意味が無い女優のインタービューだが、早送りなどはしない。そんなのは今から身体を張って自分を満たしてくれる女優さんへの裏切りであるからだ。そのような非道は一夏の漢としてのプライドが許さない。

 

その後10分にも及ぶお預けを何とか乗り切った一夏の目は血走り、鼻息も荒く、ハァハァしていた。もはや彼の理性は暴発寸前であり、犯罪者のソレに限りなく近づいていた。ズボンを引き下げ、己との闘いの準備を始める。

 

左手にはリモコンを。右手にはティッシュを。そして心に煩悩を。

久しぶりの闘いに身が震える。さあ、今こそ決戦の刻!死せる飢狼の自由を!フィーバー!

 

 

 

 

 

「一夏居るんでしょ?開けなさいよ~酢豚作ってきたからー!」

 

……クソッタレが!

 

 

 

 

 

「フフン。今回はすっごく美味しいんだから」

鈴はタッパーから酢豚を取り出すと、それをお皿に盛っていく。余程の自信作なのだろうか、鼻歌交じりに本当に楽しそうに準備をする。

 

一方の一夏は目も虚ろにブツブツ呪詛の言葉を呟いていた。ドアをノックし続ける鈴の前には居留守も使えず、何よりノック音をBGMに続けられるはずもない。結局は彼女を受け入れるしか道はなかったからだ。

 

「感謝しなさいよ一夏。本当にとっておきの酢豚なんだから」

「そうか」

「鈴ちゃん特製のパイナップル酢豚を真っ先に味わえる幸せを噛み締めなさい」

「そうか……二組に帰れ」

 

ボソッと聞こえないように呟く。今ならダークサイドに堕ちたアナキンの気持ちが分かる気がした。ダークサマーへ一直線、SUBUTA WARSでも起こしたろか。

 

「フン、フン、フーン」

一夏の気持ちも知らず、嬉しそうに鼻歌を歌い、踊るように手を動かす鈴。ピコピコとツインテールまでも嬉しそうに揺れているような錯覚に陥る。

 

「……嬉しそうだな」

「ん?何か言った?」

「いや。嬉しそうだなって。そんなに上手く出来たのか?その酢豚」

「うん!だからね、真っ先に一夏に食べてもらいたかったの」

 

そう言って鈴が笑う。心底嬉しそうな笑顔には、自分への信頼が溢れている気がして一夏の胸が高鳴った。思わず胸を手で押さえる。

 

おかしいぞ?なんでこんなドキドキしているんだ?

自分に問いかける。目の前の彼女は見慣れた酢豚、もといセカンド幼馴染であり、こんな胸を揺さぶる存在ではなかったはずだ。更には自分の高貴なる闘いを邪魔した憎き張本人だというのに。

 

一夏は幼馴染の顔を凝視する。

可愛いと思う。贔屓目無しにそう思った。しかも料理が上手で、気心も知れている。何より鈍感な自分でも感じるほどの親愛の情。

 

あれ?鈴ってもしかして……。

一夏はセカンド幼馴染を見て思う。胸を揺さぶるこの気持ち、これは一体……。

 

「……あのさ一夏、あんま見つめないでよ。恥ずかしいから」

「え?あ、ああ。悪い」

「あ、謝らなくてもいいけど……その……」

 

居心地が悪そうにモジモジする鈴に一夏の胸が一層高鳴った。

あれ?鈴ってやっぱ普通にかなり可愛くないか?いや、むしろ天使じゃね?

 

近くに居すぎると分からなくなる想いもある。そしてその多くは、失って初めてその大きさに気付くのだ。手遅れになって初めてその存在の大きさを思い知り、後悔するのが人間の性というもの。

 

しかし一夏は手遅れになる前に今ようやく気付くことが出来た。鈴という幼馴染の偉大さ、そして可愛さに。

それは酢豚の導き。パイナップル酢豚の出来栄えが結んだ幼馴染の絆。

 

今ここに傍(DAN)から見れば『お前らさっさと結婚しろよ!』とヤケクソ気味に願う幼馴染のカップルが終に誕生しようとしていた……。

 

……訳が無い。

 

 

 

吊り橋理論というのを誰でも一度は聞いたことがあるのではないだろうか?

恐怖空間での緊張や心配のドキドキ感を、時に恋愛感情と勘違いしてしまうというモノである。

今一夏に起こっている感情の揺れもそれに近いものだったとしたら?

 

極限にまで高めていた童貞力と煩悩。崩壊寸前だった理性。それを邪魔した酢豚(♀)の存在。

色々な想いがメチャメチャのグチャグチャになって一夏を襲っていたのである。そしてそれはお預けを喰らった性欲の暴走により『酢豚可愛い』という一種の自己暗示をもたらしたモンスターを生み出そうとしていた。

 

それは恋の吊り橋効果ならぬ恋のAV効果……。

お預け状態による溢れ出した性欲のムラムラを、恋のドキドキと勘違いしたヤバイ状態。

性欲の権化バーサーカーイチカの誕生。

 

なんじゃそりゃ?んな訳あるかい!と思うなかれ。そもそも普通は、この年頃の男子高校生なぞは性欲で動いていると言っても決して過言ではないのだ!一々くっ付くまでにあれこれご大層な理由なんぞない。エロが嫌いな男子なんていません!

 

 

 

閑話休題。

とにかく我らが一夏はお預けが高って色々とヘヴン状態になっていたのである。

 

 

「……鈴。俺……」

「あ、あの……出来たよ一夏。さっきも言ったけど自信作だから……」

 

真正面に捉える一夏の視線に、鈴が顔を真っ赤にして背ける。そんな表情も今の一夏にはワーニングだった。

 

「その、えっと、じゃあ酢豚を召し上がれ」

鈴が酢豚を盛った皿を掲げて微笑む。

 

 

酢豚を召し上がれ……?

いや待て。鈴は酢豚。酢豚は鈴。

要は鈴=酢豚。

つまり「酢豚を召し上がれ」は「私を食べて」の隠語だったんだよ!

な、なんだってー!

 

 

脳内で一人MMRを繰り広げた一夏は、鈴に真剣な眼差しを向ける。超勝手な性欲理論で武装された一夏に、もはや迷いは無かった。

 

「鈴。それがお前の選択か……」

「へ?」

「それが運命というなら、俺は従うよ……」

 

一夏はドアへと向かうと、カギを掛けた。そして鈴に向き直る。そのまま彼女に近づいて行く。

 

「ちょっ……一夏?」

鈴が只ならぬ雰囲気を察して後ずさった。しかし一夏は止まらない。鈴をベッドの方へ追い詰めていく。

 

「一夏、ど、どうしたの?あの、酢豚……」

「分かってる」

 

一夏は鈴の手から酢豚が盛られた皿を取ると、ベッドの枕もとの棚にそっと置いた。

 

「酢豚、食べ、ないの?」

「食べるさ。コッチの酢豚をな」

 

そう言って鈴の髪をそっと撫でた。さらさらした髪が手の中で踊る。

 

「え?いちか……」

「いただきます」

 

そしてゆっくりと酢豚娘をベッドに押し倒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




その後「やめて!あたしを乱暴するつもりなんでしょ?エロ同人みたいに!」という涙目の鈴にヘヴン状態となっていたバーサーカ一夏であったが、P.I.Tの力によって正気と絆を取り戻す!という愛と酢豚の自称感動話を書いたのですが、なんか作者の脳ミソがフィーバーして内容が色々とヤバイことになっていたので、後半部分を全て書き直すことにしました。具体的には一夏さんには犠牲になってもらいます。すまぬ……すまぬ……。

また力がみなぎった時に一気に書くつもりなので、この話を気に入ってくれた物好きな方は気長に待っていてください。






以下、超関係ない愚痴。

いや、もうね。なんでこんなアホ話を再度書こうと思ったかというと……。
人生三度目の『取替えミス』を昨夜つーか今朝!また経験したからなんですよ!

二週間ぶりの『ファイト一発!』
マイ・フェイバリット女優の新作。
定価の6割の中古で買えたお買い得感。

なのに、その結果がコレかよ……。しかも間違えて入っていたDVDが『お婆ちゃんの欲情』って何なんだよ、ホントに。マジふざけんなよ……。店員さん正しく仕事して下さいよ……。

神はどうしてこう何度も何度も私に試練を与えるのか?
ちきしょう……!



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続 織斑一夏の性欲

進撃の一夏。

大天使ワンサマを奉じる方はそっと閉じてください。






「一夏?一体どうしたの……?」

一夏に押し倒された鈴は、今にも自分に圧し掛かろうとする一夏を見上げて問いかけた。訳が分からず、身体が硬直し、思考が停止する。

 

「一夏話して。どうしてこんなこと……」

鈴はそれでも問いかける。それは幼馴染である織斑一夏という人なりを知っているから。そして何より想い人である彼のことを信じているから……。

だから彼女は混乱する中でも思ったのだ。何か事情があるに違いないと。

 

「一夏……」

彼に向かって手を伸ばす。慈しみをもって差し伸ばされた手には彼女の気持ちが篭っていた。このような状況下であっても幼馴染への想いがあふれていた。それが凰鈴音という少女なのだから。

 

「話して……」

そっと一夏の頬に触れながら、鈴は小さく微笑んだ。

 

 

 

 

「ハァハァ」

 

そんな聖母鈴ちゃんに対する野獣の答えはハァハァだった。

 

 

 

 

 

「ちょっと!この流れでなんでそーなんのよ!」

鈴ちゃん素に戻って激怒。悲劇のヒロインとして感動的な展開にならないことへの怒りが沸き起こる。

 

「そんなの知るか!コッチはもう限界なんだよ!」

「何なのよ急に。あたしだって心の準備ってモンが……!」

「お前が誘ったんだろ!」

「いつ!どこで!あたしがそんな誘いをかけた!?」

「『私を美味しく食べて』って言ったじゃねーか!」

「言ってない!酢豚よ酢豚!酢豚の話!」

「分かっている。みなまで言うな!」

「ハァ?アンタ誤解してる!とりあえずどきなさいよ!」

「これが運命石の酢豚(シュタインズ・スブタ)の選択か……」

「シリアスな顔で急に訳分からんことゆーな!」

「もういいから!とにかく美味しくいただきます!」

 

「あっ……バカ!」

そうして鈴は野獣一夏に完全に圧し掛かられた。息苦しさに鈴が小さく呻く。

 

「鈴……」

「止めて一夏。あたし、こんなの……」

 

涙目になった鈴が一夏に懇願する。

 

「鈴。俺の目を見ろ」

「ふぇ?」

 

鈴が一夏を見上げる。目に映るのは彼女の鼻先寸前まで近づいた一夏の『キリリッ!』としたイケメン表情。

 

「俺は本気なんだ!本気で、お前を……!」

「あぅ……」

 

鈴ちゃん沈黙。一夏の真剣なイケメン顔は、どんな女性だろうと抵抗できない妖しい魅力を持っているのだ。まさに神より授かりし恐るべき能力。全ての♀を堕とす『夜王の魔眼』

 

「鈴」

「一夏……」

 

見詰め合う男女に言葉はいらない。甘く、淫靡な空気が漂う。

 

「俺……あなたと、合体したい……」

そんな空気をぶち壊すような一夏の発言。空気の欠片も読めない台詞を言い放つアホがここにいた。

 

「一万年と二千年前からこうしたかった……」

「一夏……」

「白式と甲龍の裸一貫の連係プレイを試したいんだ……!」

「一夏……」

「今ここに日本と中国、真の国交正常化が開かれるんだよ!」

「一夏……」

 

自らいい雰囲気をぶち壊しているとしか思えない一夏さんの最低なセリフも、今の鈴には幸運にも届いてはいなかった。見詰め合った余韻に浸り、未だポーとしていたからだ。

 

「鈴……」

今度は一夏が鈴の頬にそっと触れる。そこで正気に戻った鈴が一夏から目を背けた。迷うようにあらぬ方へ視線を泳がせる。だがそれも長くは続かず、観念したように鈴は一夏に向き直ると、恥ずかしそうに小さくコクンと頷いた。そしてそっと目を閉じる。

 

それを見た一夏はニヤリと邪悪に笑う。

今の一夏の表情は先程のイケメン顔など微塵も無かった。在るのは獲物を食す野獣の目、性欲に支配された♂の顔だった。

 

 

『お預け』は人をこうまで醜いモンスターに変貌させるというのか。一夏のように優しい心を持ち、仙人がごとく忍耐力を持つ漢でさえ、湧き上がるムラムラには勝てないというのか……。

 

だがこれこそが男の持つ性。時代がどう変わろうが、童貞をこじらせたような情けない事件が多発しているのが、この救われない事実を証明している。

 

男とは、なんと醜く救われない生物だろうか。

そして青き獣欲をたぎらせた十代の男子の恐ろしさよ。

 

 

バーサーカ一夏は満足げに鼻息を出すと、目の前の獲物ちゃんを見下ろした。不思議と今から童貞を捨てることへの期待感も、恐怖も無い。

ただ、この身を纏う狂おしいまでの性欲を開放したかった。手段なぞ何でも良いのかもしれない。今はただお預けによるムラムラをどうにかしたかったのだ。

 

……いや、ちょっと待て。本当にいいのか?

そんな中にあって、今更ながらに僅かに残っていた良心というものが、急に一夏の頭の片隅で警告を発してきた。

 

情欲に身を任せたままで、大切な幼馴染を傷モノにして本当にいいのか?そんな思いが頭をよぎる。

自分は今取り返しのつかないことをしようとしているのではないのか?

 

 

「一夏?あの……」

残った僅かな良心と葛藤する一夏に、緊張に耐え切れなくなった鈴が目を開ける。

だが一夏と目が合うと、真っ赤になってすぐに目を閉じた。足を折りたたみ、自分の身体をかき抱くようにして縮こまる。

 

その様子はまるで怯える子猫のよう。加虐心を煽る鈴の姿に一夏のワン・サマーも昂ぶりが収まらなくなった。良心なんてものは瞬間に綺麗さっぱり消え失せる。

 

「鈴、本当にいいんだな?」

一夏が問う。ここでもし「ダメ」なんて言われたら発狂するかもしれない。

 

鈴は答えなかった。恥ずかしそうに更に身体を丸める。

一夏はそれを『OK』だと勝手に見て取った。都合よく解釈するのは童貞の十八番だ。

 

「じゃ、じゃあ。い、いただきます!」

 

万感の想いと共に、今一夏は名実共に『男』になる為に鈴に覆い被さった。

 

 

 

 

 

「嫁ー居るかー?」

「ラウラ。ドアを開けるときはまずノックでしょ?」

「ん?反応ないな。アイツもう寝てるのか?」

「こんな時間にですの?流石にそれはないのでは?」

「えっと、もし眠っているんなら遠慮した方がいいんじゃないかな?」

「大丈夫よ簪ちゃん。一夏くんここ開けなさーい!」

 

 

「っっざけんなぁー!」

 

またもや後一歩のところで邪魔が入る。

悲しすぎる男の悲哀が虚しく響き渡った……。

 

 

 

 

 

「全く何をやっているのだ一夏。あんな大声を出して」

「まぁまぁ箒。でも鈴も居たなんてね」

「ゲーム、やってたんだ?」

「ふむ。なら私も後で混ぜてもらおうかな。嫁よ、何のゲームをやっていたのだ?」

「ふふ。一夏さんゲームもいいですけど、程々にしないといけませんわよ?」

 

いつものメンツ大集合に一夏は乾いた笑いを立てる。このメンツ相手に居留守など使えないし、何より怒りに任せてフロアにまで響き渡るような大声を出してしまったのだ。彼に残されたのは泣く泣くドアを開ける選択しか無かった。

 

部屋に入って来たメンツはベッドに腰掛ける鈴を見て驚いたようだったが、一夏がすぐに言い訳をした。久しぶりに二人でテレビゲームをしていたのだと、つい興が乗って熱くなってしまったと。嘘八百を並べこの場を乗り切ろうとする。

 

否、乗り切れらねばならなかった。こう何度もお預けを喰らったままでは、本気で頭がどうにかなってしまいそうになる。マジでヤバイ状態だ。何とかして鈴以外の彼女達を穏便に、素早く帰さなくては。

 

「鈴どうしたの?やけに静かだね」

「へ?あの、べ、別にあたしは……」

 

そしてもう一つヤバイのは鈴の態度だ。未だ顔は赤いまま、口数も少なく終始俯いている。一夏は内心ヒヤヒヤした。アイコンタクトを送ろうにも鈴は顔を上げようともしないので無理だった。

 

鈴頼む。もっと自然に振舞ってくれ!

一夏は必死に願った。このままでは察しのいい人が何かあったと気付く危険がある。具体的にはデュノアさん家のご令嬢が。

 

「鈴顔赤くない?もしかして風邪?」

「そうなんだよ。鈴のヤツ風邪気味なんだよ。皆も体調には気をつけような。季節の変わり目だしさ。全く、あはははは……」

 

ボロが出ないようシャルロットの問いに一夏が鈴の代わりに答える。しかし我ながら不自然な物言いに、シャルロットの眉が少し上がった気がして一夏の肝が冷えた。

 

「……一夏くん。何かあったの?」

 

ヤバイ、この人も居たんだった。一夏はストレスで胃がチクリと痛むような錯覚を覚える。楯無に疑いを持たれたら誤魔化せる自信は一夏には無かった。

 

「いいえ何も。それより皆で集るなんて何かあったのか?……セシリア」

 

とりあえず一夏は話を逸らすことにした。更に基本自分の問いには何でも嬉しそうに応えてくれるセシリアに話を振ることでこの境地を脱しようと試みる。

 

「はい。実は先程会長さんから少し気になる話を聞きまして……」

「気になる話?」

「そうなんですの。どうやらまたあの連中が……」

「うん。そこからは私が話すね」

 

楯無がセシリアの言葉を受け継ぐ形で話し始める。

その内容は、最近何かとちょっかいをかけてくる亡国の連中が、また怪しい動きをしているらしいとのこと。故に各自気をつけて行動して欲しい、ということだった。

 

「本当は不安を煽っちゃうから、こういうことを闇雲に話したくないんだけどね。でも先日の襲撃みたいに何かあってからじゃ遅いから」

 

楯無が少し心苦しそうに言う。皆を守るべき生徒会長として、出来るだけ他の生徒を不安にさせたくは無かったのだが、そうも言っていられない。

何より一人で抱え込まず皆の力を借りること。皆で問題を共有すること。これが楯無が一夏と知り合ってから強く思うようになったことだったから。

 

「だから一夏くんも気をつけ……」

 

そこで楯無は思わず言葉を切って黙り込んだ。一夏は何かを堪えるように辛そうに歯を食いしばっている。

 

ああ。この子はまた悩んでいるのか……。

楯無はそんな一夏の姿を見て胸を痛める。先日の亡国の襲撃により傷ついた人達もいる。その人たちを守れなかったことに一夏がどんなに心を痛めていたかを知っているからだ。

 

「一夏くん……」

「楯無さん、分かってます。分かってますから……」

 

一夏はそれ以上はもういい、という風に首を振った。

楯無はそんな一夏を見て少し悲しくなる。辛い時、悩んだ時はもう少し自分を頼ってくれればいい、そう思うのはおせっかいなのだろうか?

 

でも、それが織斑一夏という男の子の強さなのかな。

そんな淡い想いも抱きながら、楯無は年下の想い人に微笑んだ。

 

 

……なんて微笑ましい楯無の想いとは裏腹に当の一夏はそれどころではなかった。

ぶっちゃけ亡国がどうだのという楯無の話さえまともに聞いていなかったのである。真剣そうに話を聞く姿を見せつつも、頭では別のことを考えていた。それは『けしからん胸しやがって!』という全くもって救いの無い、八つ当たりのような思いを抱いていたのだ。

 

冬直前だというのに身体のラインがくっきり出るような服を着ている楯無の存在は、今の一夏にとってはデンジャラス以外の何者でもなかったからである。気を抜くと視ているだけで暴発してしまいそうになる。その為一夏は堪える表情を浮かべ、必死に耐える他なかったのだ。

 

 

心配する楯無とその優しさに値しないアホ。

両者の想いは全く別の方向を向きつつも、大いなる運命石の酢豚によって、都合のいい世界に収束しようとしていた。

 

 

 

「とにかく一夏君、気をつけてね。……じゃあ帰ろっかな」

説明を終えた楯無が立ち上がる。よっしゃ!一夏は内心歓喜した。

 

「ん?帰るのか?私は今から嫁とゲームをしなければならないのだが」

「もうラウラさんは。仕方ありませんわね、ここは私も……」

「悪いな皆。俺今から鈴と少し話があるから」

 

一夏が素早く牽制する。もうこれ以上の邪魔はさせない!

 

「話?鈴なんだそれは」

「ふえ?何って、その、あうぅ……」

 

おい鈴しっかりしろ!バレちゃうだろ色々と!

箒にしどろもどろになる鈴に一夏は懇願の視線を送る。

 

「……鈴どうしたの?やっぱりさっきから少し変だよ?」

シャルロットが懐疑の目を向ける。一夏の心臓の鼓動が激しくなった。何とか誤魔化さなければ!

 

「ええと、先程の楯無さんの話に俺も鈴も思い当たるフシがあって……実はさっき二人でそのことを話していたんだ」

「え?一夏君本当?」

「ええ。連中が俺たちの周りを伺っているのは、感じていましたから」

 

とりあえず一夏は亡国の連中のせいにすることにした。連中にとっては寝耳に水の話であるが。

だが偉い人も言っている。『敵に情けはいらない』と。だから別にいいのだ。

 

「そう。一夏君も感づいていたんだ」

「はい。俺も、そして鈴も身に迫る悪意を感じていました。それでそのことを話していたんです」

「そうなんだ……」

「俺はヤツらを許せない。これ以上大切な人を傷つけさせる訳にはいかないんだ……!」

 

亡国の株を下げまくる一夏。とりあえず都合の悪いことは連中のせいにしておけば何とかなる。

 

「だから、鈴ともっと詳しく現状を共有しておきたいと思いまして」

「ねえ一夏君、私も残って聞いていいかな?」

「すみません楯無さん。これは鈴の、国の問題も絡む話ですから……。だから今は……」

「一夏君……」

「すみません。でも本当に助けが必要になれば、その時は必ず皆の力を求めます」

「いいのよ。じゃあ私たちは居ないほうがいいわね?皆帰りましょう」

 

 

人はエロの為ならこうまで変わることが出来るのか。ここまで変われるのか。

自らの欲望のために皆を欺き続ける一夏。でもこれを成長とは断じて言いたくないが。

 

 

 

一夏にとっての邪魔者が去っていき、部屋には静寂が訪れる。

ペテン師一夏はその足でドアへと向かうとカギを再びかけた。これでもう邪魔は入らない。

 

一夏は大きく息を吐き出すと改めて鈴に向かい合った。どこか呆けたようになっていた鈴が、ハッとなって顔をこれ以上にないくらい赤くする。

 

そして一夏はゆっくりと彼女に向かい歩いていく。鈴がその分だけ恐怖したように自らを抱いて後ずさる。

 

「い、いちか……」

「ハァハァ」

 

 

もはや進撃の一夏を止める壁(邪魔)はない。

ウォール・マリア(ヒロインズ)は突破され、ウォール・ローゼ(千冬)は昨日から出張している。

残るは壁はウォ-ル・シーナ(理性)だけ。しかしそんなものでは、もはや一夏の進撃は止まらないだろう。

 

 

今まさに性欲によって、全てが超大型化したワンサマーの進撃が鈴を飲み込もうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





興が乗ったのと、みなぎる力が足りなかったせいで、この性欲シリーズもあと一話続きます。
次回の「織斑一夏の性欲 そして……」で終了です。また力をみなぎらせ頑張ります。

鈴は果たして一夏にパックンチョされてしまうのか?
約束されたワンサマの悲劇とは?

物好きな方はよかったら次回もご覧下さい。


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織斑一夏の性欲 そして……

絶望の一夏。

超イケメンワンサマーを愛する方は……




すべては偶然だ。

だが、その偶然はあらかじめ決められた酢豚の意思でもあった。

俺はイカれていた。いたってイカれていたんだ。

ここでは真実を語っているんであって、これが厨二病の妄想ならどんなにいいだろう。

お預けによるムラムラ効果を知っているか?

知らないやつなんて男にはいないだろう。あれは地獄だ。あれの前では落ち着いて慎重になんてなれやしない。

残念ながら俺も慎重じゃなかった。

 

あの時の俺に言ってやりたい。

迂闊なことをするなと。

軽率なことをするなと。

 

もっと注意を払えと!

 

酢豚にパイナップルを入れるよう囁く悪魔の誘惑のように。

絶望の魔の手は思った以上にずっと身近にあって。

いつでもお前を陥れようと手ぐすね引いているのだと……!

 

 

 

 

 

 

「ハァハァ」

 

一夏はハァハァしながら壁際まで追い込んだ幼馴染の華奢な両肩を掴んだ。

長かった……万感の想いが込み上げる。初めは他ならぬ鈴に邪魔をされ、その次は皆に邪魔された。独り遊びを通り越して連携プレイまで行くのは想像外だったが、今となってはこれも『運命石の酢豚(シュタインズ・スブタ)』の導きであったと言えよう。

 

とにかくお預けが重なった爆発寸前の性欲を開放したかった。頭にあるのはそれだけだった。

 

そのまま鈴をベッドに押し倒す。力を入れてしまった為か鈴が少し呻き声を上げる。しかし今の一夏にはそれを気にする余裕は無かった。普段の彼の持つ優しさという最も尊い感情も、性欲の前には無力であった。

 

「鈴」

そして幼馴染の名前を呼び、押さえつけていた肩から手を離すと、一夏は自身の服を脱ぎ捨てた。程よく鍛えられた一夏の裸を見て、鈴が怯える表情を浮かべる。

 

 

そのまま興奮冷めやらぬまま、ズボンまで脱ぎだそうとするアホには、今鈴が感じている不安も恐怖も分かってはいなかった。

男には醜い欲望をぶつけることが多いであろう行為にも、女性にとっては大事であり、また覚悟が伴うのである。だからこそ女性の不安を思いやり、それを和らげていく努力をするべきなのだ。

 

しかしこのアホはそれをするどころか、言葉よりもキスよりも先に服を脱ぎだしたのである!

それは性欲に支配された男の救われなさか。己の欲望のみを優先させる先に待つのは不幸しかないというのに……。

 

 

もしもこの時の一夏に、普段の彼が持つ人を思いやる優しさが残っていたのなら……。

あのような悲劇は起こらなかったのかもしれない。

 

 

 

「ま、待って!」

ベルトを取り外し、今正にズボンを下ろそうとしている一夏に、鈴は制止の声を上げた。

 

「一夏止めようよ。やっぱり、こんなの……」

「お、おい。ちょっと鈴……?」

「あたし、やっぱりこういうのは勢いでするべきじゃないって……もっと大切に……」

「え?ちょっ……」

「ね?一夏。冷静になろう?あたし達どうかしてた気が……」

 

鈴の突然の拒絶に一夏は動転する。この期に及んでそれはないだろ?

 

「ごめんね。でも、あたし……」

明言こそしなくとも、鈴の態度には強い拒否の意志が感じられた。覆いかぶさる一夏を手で押しのけようとする。

 

一夏の頭にクエスチョンがグルグル回る。え?マジでこのままお預け喰らうの?また?

そんなこと許されるのか?

 

……許されていいはずがない!

 

「一夏どいて?お願いだから……ね?」

「だが断る!」

 

一夏はそう力強く答えると、再度進撃を開始した。一度走り出した十代の青き欲情は止まらない。ブレーキなんて意味は無い。これ以上の一時停止は深刻な故障をもたらすであろう。

 

「へ?ちょっと待ちなさいよ!一夏ぁ!」

「待たない!もう待てません!うぉぉぉお!」

「きゃ?ちょい待って!バカいちかぁ!」

 

一夏は起き上がろうとした鈴の肩を掴むと、雄叫びと共に再度彼女を押し倒す。鈴の抵抗も知ったことではない。目の前の♀をヤる!今の彼の頭にあるのはそれだけだった。

 

「いただきまーす!」

「不二子ちゃ~ん」とばかりの『ルパンダイブ』をかます一夏。ぴよーんと高く飛び上がった先には、ベッドに倒された鈴が居て、唖然と醜いオスの狂態を見上げている。

 

「きゃー!」

反射的に鈴は上から迫るアホに向かって足を突き出した!そして交錯する。

 

「おふぉっ!」

一夏が呻き声を上げ吹っ飛ぶ。カウンターで入った鈴の足は正確に一夏のワン・サマーを捉えていた。しかも完全な臨戦態勢だった故にワン・サマーへの効果は抜群であった。

 

「あが、ががが……」

そのまま床に転がり悶絶するアホが一匹。そこには性欲に支配され、今惨めに自業自得の報いを受けた情けなき男の姿があった。

 

「一夏のバカ!アホ!エッチ!HENTAI!一夏なんて死んじゃえー!」

 

襲い掛かられた恐怖、ワン・サマーへの一撃によるイヤ~な感触。色々な想いがごちゃまぜになった鈴は、そう叫ぶと泣きながら部屋を出て行った。残るのは未だ悶絶するアホが一匹。急に静かになった部屋で呻き声を上げ続ける。

 

「鈴……」

その幼馴染はもはやこの場には居ない。

一夏は絶望に身を震わせながら、男の痛みを存分に味わっていた。

 

 

 

 

 

「欝だ……。俺何やってんだろ……」

鈴が去り、股間の痛みがようやく引いた一夏を待っていたのは、そう誰にも経験があるだろう、どうしようもない賢者タイムである。

 

一夏は頭を抱える。性欲に塗れ、欲望に溺れてとんでもないことを鈴にしてしまった。大切な可愛い幼馴染の心を傷つけてしまった。一夏は更に衝動的に頭を掻き毟る。明日からどんな顔して鈴と顔を合わせばいいのか。

 

そんな絶望にあっても一夏のワン・サマーは未だ昂ぶりの予兆を見せていた。『自分、反抗期ですから』と主張している分身を見て一夏は一層惨めになる。

 

鈴に蹴られて興奮しているのか?息子よ……。

一夏は己の分身ワン・サマーに問いかける。それに対する返事などあるわけがなく、有るのはこの昂ぶりを何とかしろ!という強い反逆だけ。このような状況に陥っても性欲のムラムラ感は完全に無くなっていない。

本当に男というのは、どうしてこうも救われないのだろうか?

 

一発抜いて寝よう……。

一夏は絶望的な気分でそう思うと、のろのろとリモコンに手を伸ばした。辛い時は寝てしまうに限る、そして寝る為には適度の運動による疲労が良いのだから。

再生ボタンを押すと、鈴によって中断されていた女優さんの演技が開始された。

 

「はぁ……」

一夏はため息を吐き出す。ほんの少し前は幸せな思いでこのエロDVDを観ていたというのに。今はこのザマだ。

 

『あおぉぉぉー!』

 

しかしそこは男の性。画面には獣のような声をあげてよがる女優さんの姿。可愛い顔に似合わず迫真の演技を見せる女優魂に一夏のワン・サマーは勿論、萎みかけていた性欲がみなぎっていく。死にたくなるような後悔の欝はハァハァな気分に塗り替えられていく。これこそエロの恐ろしさよ。

 

そうだ。これこそが待ち望んでいたものだったではないか。

一夏はリモコンを握る手に力を込める。鈴という予想外の闖入者が来た為にこんな流れになってしまった。だが本来は今迫真の演技を見せている女優さんとの一本勝負にフィーバー!するつもりだったのだから。

 

そうだ。フィーバーだ。フィーバーなんだよ!

一夏の顔に精気が宿っていく。フィーバーの言葉が頭で縦横無尽に踊る。

 

フィーバー、フィーバー、フィバ、フィバ、フィーバー!

 

一夏はフィーバーな気分と共に終にはズボンまで豪快に脱ぎ捨てた。最後の砦のパンツもずり下げて全裸の開放感に浸る。

それは原始より人に刻まれた本能……裸族の意思……。

 

もはや全てをさらけ出した一夏には迷いはなかった。後は溜まりに溜まった性欲をさらけ出すだけ。

人間って素晴らしい!ビバ!フィーバー!

 

 

「フィーバァァー!」

「一夏!さっきはごめんなさい!でもあたし、こういうのはやっぱりお互い時間……」

 

 

「じかん……かけ……て」

 

時が、止まる。

ドアを壊す勢いで入ってきた鈴が見たのは、全裸で、具体的にはパンツを膝に引っ掛けフィーバー!しようとしている幼馴染の姿だった。この世で最も醜い姿を曝け出す想い人の姿だった。

 

 

 

……あの時の俺に言ってやりたい。

迂闊なことはするなと。

軽率なことはするなと。

もっと注意を払えと!

 

何より、カギを掛けろと!

 

 

鈴は先程泣きながら部屋を出て行った。部屋を出て行ったということは、当然カギを開けて外に出るということだ。そしてカギは自分で中から掛けない限り、勝手にかかることはない。

 

日常に潜む絶望は、こういう些細な所に潜んでいるのである。小さなミスで引き起こされるのである!

 

 

『YES!カモン!カモォォォーン!』

何時の間にか洋モノのノリになった女優さんの迫真の演技だけが、この何ともいえない空間に響き渡る。

 

一夏と鈴は指一本動かすことも出来ずに呆然と見つめ合う。この状況で何を言えばいいというのか?どう行動すれば良いのか?

分かるはずが無い。分かりたくもない。

 

一夏は人生について思いを寄せる。俺の人生はどこでおかしくなったのだろう?

鈴はAVをBGMに今日という日を思う。あたしはただ酢豚を美味しく食べて欲しかっただけなのに。

 

どうして、こうなったんだろう?

 

分からない。だから一夏は笑うことにした。『笑う門には福来る』昔の人もそう言っているじゃないか。

鈴に向け爽やかな笑顔を放つと、指を立てて『キラッ☆』というウインクをする。これこそがフィーバーの正しい終わり方なのだから。

 

だからお前も笑ってよ、鈴。

 

しかし考えて欲しい。一体何処の女性がAVをBGMに全裸で『キラッ☆』をされて喜ぶだろうか。

鈴も当然ながら喜びなどしなかった。彼女は純粋な乙女なのだから。そんな純情娘鈴ちゃんが最低最悪な行動をするアホに下した返事はというと……。

 

「いやぁぁぁぁああ!」

 

絶叫することだけだった……。

 

 

 

そして鈴の絶叫からコンマ一秒と経たずに、我らが一夏は窓を突き破って初冬の寒空へと逃走した。

全裸のままで。

 

 

こうして一人の♂がムラムラにより巻き起こした狂態は、一組の男女の心に決して癒すことの出来ない傷を負わせて、今最悪な終わり方を迎えようとしていた……。

 

 

 

 

 

主が居なくなった部屋で鈴は独り佇む。あれだけの大声を出したというのに、誰もやって来ないのは幸運だと言えよう。未だ大音量で嘆声を上げているTVに向き直ると、彼女は小さく歪に笑った。

 

「もう一夏ったら、こんなモノ見て。相変わらずエッチなんだから」

そして耳障りな音を発するTVの電源を消す。ついでに小さく機械音を発するDVDデッキも蹴り壊した。

 

うん、これでようやく静かになった。

 

「寒いなぁ……」

自らの身体をかき抱くようにして鈴は呟く。

当然である。何故か窓が破られて外の冷たい空気が入ってきているのだから。でも、どうして窓が破られているのだろう?

 

それに一夏は一体何処に行ったのだろうか?

分からない。いや、本当は分かっている気もするが、気のせいだ。自分は何も分からない。何も見てはいない。

 

「あは……」

乾いた笑いを立てて、ベッドの方へ進む。枕元には酢豚が置かれていた。それを手に取る。

パイナップルが入った特製酢豚。これも一生懸命作った気がするが気のせいだ。だって一夏が居ないんだから。

 

「酢豚、豚、豚……」

酢豚ダンスの一節を口ずさむ。いつもは楽しい気分になれる酢豚ダンスなのに。

 

どうして今は涙が出そうになるんだろう?

 

分からないから鈴は考えるのを止めた。思考を停止し、そのまま重力に引かれるままに後ろにぶっ倒れる。

持っていた酢豚がその拍子に床に散乱する。酢豚の酢のニオイの強さの中でも、新鮮なパイナップルの甘い香りが地に倒れた鈴の鼻に優しく届いた。

 

「いちかぁ……」

P.I.Tの優しい芳香に包まれながら、少女は幼馴染を想い一筋の涙を流した。

そして幸せな夢を見るために、そっと意識を手放した……。

 

 

 

 

 

以上が性欲のムラムラに支配された♂(アホ)と、それに巻き込まれた♀(天使)の罪と罰の話である。

尚、その後について少しだけ述べるとする。

 

織斑一夏は失踪の数時間後、校庭の片隅で蹲っている姿で、警戒中の警備員西田によって発見された。

初冬とはいえ、夜の風は凍えるように冷たい。そんな中で全裸の状態で発見された彼は凍え死ぬ寸前のヤバイ状態だったそうだ。

彼の痛ましすぎる姿には、亡国機業の仕業という疑いがあり、学園が迅速に調べを進めている。

 

だが彼を発見した西田によれば、発見当時の一夏ついてこんな証言が残っている。

「アイツは本当に安らかな顔をしていたんだ……。俺には分かる、アレは何かをやりきった顔だ。全てを吐き出した男の顔さ……」

 

この証言の信憑性は分からない。一夏は一命は取り留めたものの、未だ衰弱が激しく話が出来ない状態だからだ。何より精神面での混乱が見られ、復帰にはもう少し時間が掛かるといわれている。

 

 

凰鈴音は織斑一夏の部屋で倒れているところを発見された。

外傷は無いものの、気を失っていたこと、そして床にばら撒かれた酢豚が、彼女が何かに巻き込まれたのを意味していた。

 

彼女もまた現在は病院で治療を受けている。一種の記憶障害を発しており、倒れたであろう時刻の数時間前後の記憶が消失しているのである。思い出そうとする度に強烈な頭痛に襲われるということから、余程痛ましい出来事があったと見て、医師達は慎重にその原因を調べる方針だ。

 

 

織斑千冬は愛する弟の痛ましすぎる姿に怒り狂った。

ある意味死よりも悲惨な状態(全裸で、膝にパンツが申し訳ない程度に引っかかっていた)で発見された弟。その怒りは亡国の皆様に100%向けられることになった。

 

楯無の掴んだ情報によれば亡国の連中の関与が強いということ、被害者である一夏と鈴が何かしらの悪意を感づいていたらしいこと、何より最近のヤツらの目に余る乱入・妨害行為などから、『アイツらの仕業に間違いねぇ!』という絶対結論に導かれたからである。

 

「アイツら全員ぶっ殺してやる!」

と教師にあるまじき物騒な台詞を連日吐いている千冬。世界最強の憎悪を身に受けることになった亡国の方々であるが、今回だけに言えば完全な『濡れ衣』であり、大いに反論したいところであった。だがそんなのはもはや怒り狂った魔人相手では意味を成さないであろう。やはり人間日頃の行いがモノを言うのだ。

 

代表候補生、そして楯無も今回の一件に胸を痛ませ、そして憤った。

友人の記憶障害、想い人の辱め、そしてその二人が仲良く病院送りになった事実は彼女達の心に、亡国機業への強い怒りと、そして強き連帯感をもたらした。

彼女達は胸に誓う。ヤツらを許さないと。必ず二人の仇をとって見せると。

 

世界最強ブリュンヒルデと、鉄の絆を手に入れたヒロインズの怒りによって、亡国終了のお知らせは近いであろう。

亡国の連中からすれば『ちょっと待って!』と身の潔白を明かしたいところだろうが、回り始めた女の怒りの歯車は止まる事を知らない。女性の怒りはかくも恐ろしいのである。

 

こうして一人の男の性欲のムラムラが引き起こした痛ましい事件は、世界を混乱に陥れている亡国機業という邪悪の壊滅、という行いを最後にもたらして終結しようとしていた……。

 

 

 

 

死にたくなる『ブラック・ヒストリー』は誰もが持っている。

時が経って、少年が大人へと変貌したとしても。

記憶には残され続ける。

きっかけがあれば思い出して、恥ずかしさに悶絶することもあるかもしれない。

かつての『痛ましい日々』のことを。

厨二病の自分が紡いだ、思い出のことを。

 

それでも、誰にでも未来は存在する。

全ての人には無限の可能性があるんだ。

 

だから前を向こう。その思い出を胸に強く生きていこう。

 

 

 

これが『シュタインズ・スブタ』の選択だよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回の酢豚娘のように、時に性欲の暴走は自分以外の大切な人にも悲劇をもたらします。

それでも男はそれを止められない……!
恋人、妻、家族が出来たとしても独り遊びを止めることが出来ないように……!
レンタルコーナーでの一角には、老若、地位、立場関係なく一つの共通の意思の下、皆が集うように……!

救われない生き物ですぜ、男ってヤツは。
だからせめて紳士であろう。HENTAIでも何でもいい。
それで誰かを傷つけることの無い、エロを愛する紳士に……。


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織斑一夏の童貞

童貞とは捨てられない人のことを言うんじゃない。守りきれる人のことなんだ!
……ど、どうでしょうか?こう言うと何かカッコよく聞こえませんか?





学生にとって一時の安らぎである冬休みを終え、未だ重い体に鞭打って一週間を乗り切り、迎えた日曜日。一夏は久しぶりに弾の家を訪れていた。

 

「なんか弾と会うのも久しぶりだな」

「そうか?」

「冬休みも結局会えなかったからなー。へへっ、何か嬉しいぜ」

「悪いけどホモはお帰り下さい」

「ちげーよ!」

 

バカ言いあって笑いあう。何気ないこんな時間が一夏には無性に嬉しく思えた。

男の友達って……友情っていいなぁー。

 

「ところでよ一夏」

「んー?」

 

男同士の心地よき空間に寛ぐ一夏に弾が問いかける。

 

「お前ってまだ童貞なの?」

「えっ」

 

冬の寒さが厳しい睦月の休日。

DANによる一つの爆DANが投げ落とされた瞬間だった。

 

 

 

 

「な、何言いだすんだよ弾!そ、そ、そんなの当たり前だろう?」

テンパって、少しどもりながら答える一夏。

 

「ふーん。お前『まだ』童貞なんだ。へー」

対して弾は何処か勝ち誇った顔で頷く。一夏はそのドヤ顔が気に入らなかった。

 

「何だよその顔。俺には恋人なんていないんだから当然だろ」

「一夏みたいなイケメンでもまだなのかー。やっぱそういうのに必要なのは顔じゃないんだよなー」

「おい」

「そっかーまだなのかー。まーだなーのかー。いーちかーはまーだーだよー」

 

ニタニタといやらしい視線を寄越しながら弾は変な歌を囀り出す。

滅茶苦茶ウザイ。思わず一夏が拳を固めるほど。

 

「弾いい加減にしろよ。さっきから何だよ一体」

「俺卒業した」

「は?」

 

いきなり弾が発した衝撃的な言葉に一夏が一瞬硬直する。

 

「卒業?」

「ああ」

「卒論じゃなくて?」

「生憎センテンス・スプリングじゃない」

「……卒業?」

「卒業」

 

一夏は口の渇きを潤すかのように口内で舌を回した。『卒業』とは別れと新たな旅立ちの意である。ならば今その意味の為すこととは……。

ゴクリ。のどを鳴らして唾を飲み込む。無意識に否定したい思いが口の中をカラカラにする。

 

「ええっと、な、何を卒業したって?」

震える声で親友に問う一夏。『勘違いであってくれ!』そんな声無き思いを乗せて。

 

「童貞。別名チェリー。お先に悪いな一夏」

「な、な、なんだってぇー!」

 

しかし現実は童貞に非情であった……。

 

 

 

 

「嘘だ!ウソだうそだライアーだ!嘘だと言ってよ五反田ァ!」

弾を激しく揺さぶりながら一夏は懇願する。

 

「まことにざんねんですがどうていのともはきえてしまいました」

「ふざけんなテメェ!」

 

一夏がマジ声で吼える。

弾は相変わらずニヤニヤ笑っている。

 

「誰?誰とだよ!何時!Who? When?」

「んん?分からないか?引き合わせてくれたのは他ならぬお前だろうに」

「ま、まさか……」

 

一夏は生徒会でよく顔をあわせる年上の女性を脳裏に思い浮かべる。

あんなしっかり者の美人と……だと……?

 

「でも!お前が虚さんと出会ったのは学園祭で、まだ日もそんなに経ってないじゃないか!なのに……」

「あーあ。やだね~。これだから夢見がちな童貞は」

「なにィ!」

「そこに行くまでに、半年間はおままごとみたいなこと続けなきゃいけないって思ってんのか?やれやれ」

 

一夏は拳を血が滲むが如く握り締める。

普段ならここで「調子乗んな!」と鉄拳の一発でもぶち込む所だが、今の弾に対してはそれが出来ない。

 

それは滲み出る男の自信。

『種』として負けたように思える圧倒的な敗北感!

 

「嘘だ……。弾は童貞なんだ……。魔法使いの根源に至るべき男のはずなんだ……」

「聞きたいか?その時の状況を」

「へっ」

「恋人たちにとって特別な日、それはクリスマス。一通りのデートを楽しんだ後、俺らはどちらともなく無言になった。言葉は要らない、頷きあってとあるお城に似た建物に向かう。妖しい薄赤色の灯る室内で俺たちは向かい合った。彼女は震えていた。俺はそんな彼女の初心な様子に小さく微笑むと、緊張を和らげるように優しくキスをする。そしてそのままそっとブラウスのシャツに手を掛け……」

「やめろ!やめてくれ!」

 

一夏が叫ぶ。

童貞には生々しい話は毒なのです。しかもそれが知り合いの話なら特に。

 

「あんまりだ……。そんなのあんまりじゃねーか弾!『生まれた日は違っても捨てるときは同じ女で』そんな義兄弟の契りを結んだ中学時代の誓いを忘れたのかよぉ!」

「アホ抜かすな!なんでお前と穴兄弟にならなきゃいけないんだよ!」

 

弾は泣いて足に縋り付く一夏の襟を掴んで引き離す。

そんな義穴兄弟なんて死んでもごめんです。

 

「穴兄弟はともかく誓っただろ!俺と弾と数馬でさぁ!童貞の誓いを!」

「ん~そうだっけ?」

「発起人はお前だろうが!クラスの女性関係を自慢するチャラ男を見て、ああなってはダメだと俺と数馬に無理やり誓わせただろ!純潔を尊べと!」

「ふっ」

「弾!」

「ねぇ一夏。大人になるって悲しいことなの……」

 

一夏はガックリうな垂れた。もうこの弾は自分の知る弾じゃない。

もはや遠い所に逝ってしまったんだ……。

 

「まぁいいじゃん。ならお前はその誓いを後生大事に守って純潔(笑)でいてくれよ……童貞くん」

「ちっきしょうぉぉぉ!」

「あ、おい一夏!」

 

弾の静止の声を振り切り、一夏は完全負け犬の気分で部屋を飛び出した。

今まで弾に何かと嫉妬されていた自分の立場。なのに一転その悲しき逆転ホームランを感じながら。

 

「い、一夏さん!いらしてたんですか」

玄関に向かう途中に、蘭とばったり顔を合わせる。思いがけない出会いに蘭の頬が赤く染まった。

 

「あ、あの!良かったら一緒にお茶でも如何ですか?」

「蘭……」

「実は最近美味しいケーキを出す店を教えてもらって。一夏さんにも食べて欲しいなって……」

「くっ」

 

なんていい子だ。あの鬼畜野郎の妹とは思えねェ。

一夏は神々しいものを見るような目で蘭を見る。でも今はその優しさが痛い。色々と。

 

「どうでしょうか一夏さん」

「蘭放っておいてくれ。俺は童貞なんだ。……蘭にそんな優しくされる資格なんかない負け犬なんだ……」

「えっ?」

「ちきしょう!」

 

そう言い残しダッシュで去っていく一夏の後姿を蘭は唖然と見送る。暫く立ちすくんでいたが、やがて後方を睨みつけるとノシノシと大魔神のように歩き出した。目指すは愚兄の部屋。

 

「お兄ィ!一夏さんに何したのよ!」

蘭がドアを蹴り飛ばして開ける。

 

「蘭か。いや~ちょっとからかい過ぎたみたいだ」

パソコンを触っていた弾は妹に振り返ると、少し気まずそうに笑った。

 

「どうしたのよ!」

「少し日頃の一夏のモテッぷりに対しての鬱憤を晴らしてやろうと、軽い気持ちで思ったんだけどな」

「ハァ?」

「うーん。まさかアイツがあそこまで耐久が無いとは……。案外一夏も気にしてたのかな……?」

 

兄の言うことが分からず顔をしかめる蘭。

弾はその様子に苦笑しつつ、再度傍らのパソコンに目を落とした。

 

 

 

童貞の掟その一 童貞は例え相手が唯一無二の親友であっても先を越されるのは我慢できない。

 

 

 

 

 

「くそっ!弾の馬鹿野郎……」

IS学園に逃げ帰った一夏は未だ屈辱に震えていた。

 

「何が卒業だよ……。俺はこの学園で皆を守る男になると決心したんだ……。自分の純潔さえも守れないような男がどうやってみんなを守れるってんだよ……」

 

童貞を正当化するかのように一夏は呟く。それを人は負け惜しみと言う。

 

「どったの一夏。怖い顔して」

「鈴」

「そんな顔一夏に似合わないわよ。笑顔でいなさいよ」

 

そうしてお手本のように笑顔を見せるセカンド幼馴染。いい子である。

 

「そういや一夏、今日は用事あるって言ってなかったっけ?」

「ああ。実はさっきまで弾のとこ……」

 

言いかけていた一夏の言葉が止まる。

弾の会話が不意に頭に過ぎる。それは経験の有無。

 

……鈴は大丈夫だよな?

少女の顔を凝視しながら一夏は考える。いや!そんなことあるわけがない!鈴が経験済みなんて!

 

でも鈴には自分の知らない空白の期間がある。

中学の時中国に帰国してから、このIS学園で出会うまでの約一年余りの空白。それが怖い。

 

最近みたYAHOI!ニュースのトップ画面に表示されていた記事を思い出す。

それは中国における性の問題。まだ幼い年での妊娠など、性のモラル、低年齢化が問題になってるとのことだ。

 

……まさか鈴が、そんな……!

こちらをのほほんと見つめる鈴を前に、次々嫌な想像が湧いてくる。

 

思えば幾ら才能があったとしても、ど素人が一年足らずで代表候補生に上り詰めるなんて普通は無理な気がする。しかも大国である中国の代表候補にだ。未だに賄賂や汚職が常習化していると聞く中国の上層部、まさか鈴のその身体を見返りに……?

 

そうして一夏は勝手に自らの妄想の世界に浸かっていく。

 

周りの代表候補生の中でも鈴だけはある意味異色の存在だ。

箒のように身内にIS開発者がいるというわけでもなく、セシリアやシャルロットのように昔からISに触れることが出来る環境にいたわけでもなく、ラウラのような特殊訓練を受けてきたわけでもない。普通の中華料理店の娘、ただの一般人だったはず。

 

コネも金もない身の少女が、果たして一年足らずでそこまで上り詰めることは本当に可能だろうか?

 

一夏の脳裏にスケベ顔のオッサンが思い浮かぶ。ドラマに出てくる典型的な小悪党のように、卑猥な取引を持ちかける姿。俯く鈴に「代表候補生になりたいなら……分かってるよね?」そう囁く姿が。

……そして鈴は目に涙を浮かべながら、家族の為、将来の為、お金の為に……!

 

一夏は鼻息を荒くする。なんて羨ましい!

……じゃない!なんて卑怯な奴らなんだ!おのれ中国!

 

 

 

童貞の掟その二 童貞は一旦疑心暗鬼に捉われると歯止めが利かなくなる。

 

 

「ちょっと一夏?おーい?」

「許せねェ!そんなスケベオヤジなんざぶっ殺してやる!俺の可愛い幼馴染に!」

「へっ?」

「鈴!お前それでいいのか!純潔はそんな簡単に捨てられるものなのかよ!」

「なんのこっちゃ」

「金が全てじゃないだろ!そういうのはもっとこう、愛が……」

「アンタの言うことさっぱり分からないんだけど。でもお金は普通に大事でしょうが。世の中お金だし」

「くっ!」

 

一夏は絶望に支配される。鈴は既に心まで穢れてしまっていたのか!

こんな世の中間違っている。なぜ純潔を尊び愛を信じる年若き若人が苦悩し、老い先短い金持ちのジジイ共が愛人美人沢山こしらえてウハウハ気分でいやがるんだよ!おかしいだろ!

 

「ちきしょう!所詮世の中ヤレるのは金持ちと権力者ばかりだってことかよ!」

 

一夏は憤怒の声を上げると走り去って行く。後には一方的な疑いを掛けられた鈴だけが残された。

 

「変な一夏……」

鈴は首を傾げ呟く他なかった。

 

 

 

童貞の掟その三 童貞は「俺がヤレないのはどう考えても世間(他人)が悪い!」と責任転嫁する。

 

 

 

 

「くそったれ……」

鈴の前から走り去った一夏は廊下の片隅で佇んでいた。やりきれない。

 

……鈴も経験済みなのか。

勝手に暴走し、トンチンカンな妄想を誇大化させた童貞野郎がそこにいた。ダメダメである。

 

『童貞が許されるのは小学生までだよねー』

『ごめんさい。わたし童貞はちょっと……』

『童貞は消毒だ~!』

 

頭の奥で何処からかあらぬ声が聞こえた気がして一夏は耳を塞ぐ。

止めてくれ!俺をこれ以上苦しめないでくれ!

 

誰かに相談しようにも相談できる人なぞ周りにはいない。

普通の学校なら同じ傷を持つ童貞同士で傷を舐めあうものだが、この学園ではそれも叶わない。女性しかいない中、周りの女子に「俺童貞だけど、どうすればいい?」なんて相談できるわけない。言った時点で人生が終わる。

 

かといって教師に相談しようにも思い浮かぶは姉と山田先生の姿。

クソの役にも立ちそうにない。

 

「絶望した!IS学園に絶望した!」

一夏は一人叫ぶ。

 

……せめて男のカウンセラーぐらい用意してくれよ!コッチは色々難しい思春期の男なんだぞ!

 

一夏は涙を流すとトボトボ歩き出した。

もう部屋に行こう。童貞に優しくない世界なんて滅びちまうのを願って眠ってしまおう……。

 

「あ」

そこで足がピタリと止まる。

 

いた。一人だけいた。相談できる人が!

一夏の顔に笑みが広がっていく。それはあたかも差し出された一本の救いの糸か。

 

「うおおおおお!」

一夏は走り出す!彼女の下へ!

 

「待っててくれよビッ○先輩!もとい楯無さーん!」

最低な言葉を吐き出しながら……。

 

 

 

童貞の掟その四 童貞は普段は○ッチを嫌悪するクセに都合のいい時には神扱いする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ぶっちゃけラノベや少年漫画で、主人公が誰かと一線越えちまったらそこで試合終了だしなぁ。
童貞、永久寸止めを絶対義務とされる主人公は大変だ。
ま、まあヒロインの方も全て不自然な経験ナッシング設定にされるんですがね。……お互い様か。


今話は上下編的なもので終わらせる予定です。ヒロイン全部出しちゃうと、健全作品(?)じゃなくなる恐れがありそうなので……。
ではよろしければ次回のビ○チ先輩との対話をご覧下さい。



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更識楯無の生娘

生娘かそうでないかなんて女性の価値になんら影響なぞしません。
せいぜいユニコーンに乗れるか乗れないかの違いくらいですよ。





いざ○ッチ先輩の下へと駆け出した一夏であったが、ふと思い止まると携帯を取り出した。楯無は何時も神出鬼没に現れる反面、普段は何処にいるのか誰にも分からないような所がある人だからだ。

 

楯無の番号をプッシュする。待つまでもなく最初のコール音の後すぐに彼女が電話をとってくれた。

 

「もしもーし一夏くん?」

「ビッ……楯無さん今何処?少し相談したいことが」

「そうなの?ちょうど一夏くんの部屋にお邪魔してるよー。早く帰ってらっしゃいな」

 

なんでナチュラルに人様の部屋に上がり込んでんだこのビ○チ!

一夏は一瞬沸騰しかけたが何とか心を鎮める。今ヘソを曲げられては困るからだ。

 

「ふぅー。分かりました。すみませんけど少しそこで待っててください」

「おっけー。それで相談って何かな?もしかして愛の告白?今更ながらにおねーさんの魅力にメロメロになっちゃったとか?いやんこのスケベ」

「楯無さん。真面目な話なんです」

「一夏くん?」

「俺、どうすればいいのか分からなくて。こんなこと楯無さんにしか相談なくて」

「一夏くん……」

「苦しい、辛い、寂しい。何よりくやしいんだよ楯無さん……」

「……分かったわ。茶化してごめんなさい。私に出来ることなら遠慮なく言ってね。どんなことでも協力するから。それは約束する」

「あ、ありがとうございます。じゃあ後で」

 

一夏は電話を切ると胸に手を置いて一呼吸する。

『どんなことでも協力する』楯無はそう言った。

 

これはもしかして相談以上のこともオッケーということだろうか?

そうだ。これはその先もウェルカムという彼女の合図なんだ。イェーイ!

 

「グフフフのフ」

一夏は童貞特有の気持ち悪い妄想笑いを浮かべる。

 

そして逸る心を落ち着かせるようにゆっくりと歩き出した。

 

 

 

童貞の掟その五 童貞は女性の言葉を自らの都合の良い様に自己解釈する。

 

 

 

 

「お帰り一夏くん」

「どうも」

 

少し心配げな楯無に迎えられ一夏は自室に戻った。

ドアを閉めると彼女に改めて向かい合う。

 

「早速ですがいいですか?」

「ええ」

「楯無さん!」

「は、はい」

「俺、俺、お、おれはぁ……!」

「一夏くん落ち着いて?ゆっくり落ち着いて話して。ね?私はちゃんと聞くから」

 

一夏は一つ大きく深呼吸する。

そして再度楯無を見据えると高らかに宣言した。

 

「俺童貞なんです!」

「は?」

「守りたい、童貞を。捨てたくない、純潔を。……なーんてそんなの嘘です!強がりです!本当は一秒でも早く捨てたいんです!大人になりたいんです!一皮剥けたいんです!」

「ちょ、ちょっと一夏くん、待って……」

「変ですか?おかしいですか?つーか普通でしょ?この年頃の男なんて身体はエロで出来てるんスよ!おかしいのはヤリたくても出来ないこの世界の構図なんだ!童貞に優しくない世界が悪いんや!」

「あの……」

「だから迷える童貞に愛の手を差し伸べてやって下さい!恥を捨てさせて下さい!大人にしてやって下さい!要は一発ヤラセて下さい!」

「……」

 

俯き黙り込む楯無の様子に一夏は気付かない。

童貞はいったん一直線になると周りが見えなくなるからだ。

 

「いいでしょ?どうせ楯無さんなら経験豊富で、数多の男がその身体の上を風のように通りぬけて行ったんでしょ?今更童貞一匹くらいそれに加えてくれても問題ないっしょ!そりゃ俺だって理想はありましたよ?出来れば初めて同士愛を囁きながら初々しくって。でも今はもうそんなんどうでもいいんです!弾のクソ野郎に先を越されたまま屈辱に震えながら過ごすのには耐えられません!ビッ○相手に初めてを捧げるのは、まぁ少しアレだと自分でも思いますが仕方ないんです。そこは妥協しないといけないのは分かってますから。あんま贅沢は言いません。……つーわけで一発おなシャス!」

 

最低過ぎる言葉を吐き出しながら一夏は笑顔でサムズアップした。楯無から発せられる殺意の波動に気付かぬままに。アホ丸出しである。こじらせた童貞ほど救えないものはない。

 

「……一夏くん」

「大丈夫です!万が一に備え、ゴムは抜かりなく用意してありますから!」

「死になさい」

「へ?ちゃんと極薄タイプのヤツで……」

 

尚アホをほざき続ける一夏の前で、楯無は華麗に半回転すると見事な回し蹴りを繰り出した。モロに顔面にもらいぶっ飛ぶ一夏が最後に見たのは、蹴りを入れる際にスカートから覗いた楯無の黒のショーツ。

 

よりによって黒かよ……。やっぱビ○チじゃねーか……。

薄れ行く意識の中、一夏は小さく微笑むと、そっと意識を手放した……。

 

 

 

童貞の掟その六 童貞は女性のパンツの色は白以外認めない(でも実は他も大好き)

 

 

 

 

 

「ん?………ここは」

「おはよう。少しは頭冷えたかしら?」

 

暫し気絶した一夏が目を覚ますと、楯無が豚を見るような蔑みの視線を存分にプレゼントしてくれた。

 

「あの、なんか奥歯グラグラするんですが」

「自業自得よ」

 

一夏の情けない声にも、楯無は一片の同情も寄せない。まぁ当たり前である。

 

「それで一夏くん。一応聞いておくけど、どういうこと?」

「どういうこと、とは?」

「変なお薬やってるんじゃないなら答えなさい。なんであんなふざけたことを言ったのかを」

「俺はふざけてなんかいませんよ!」

「えっ?」

「見損なわないで下さい!あんなの冗談で言えると思いますか?」

 

一夏の真剣な眼差しに楯無の方が一転戸惑うように後ずさった。

 

「俺は捨てたいんです。……ヤリたいんです!その思いは、きっと、間違いなんかじゃないんだから!」

「ちょっと……」

「楯無さん。お願いですから俺の真剣な想いだけは否定しないで下さい。俺は本気なんです」

「そ、そうなの?えっと、ごめんなさい?」

 

ペコリと頭を下げる楯無。

彼女も普段の人騒がせな言動に関わらず、内実はお人よしというか、純なんである。

 

「分かってくれればいいんです。じゃあヤラセて下さい」

「……いやいや待て待て!『じゃあ』じゃないでしょ!調子乗るな!」

「チッ」

「一夏くん。君今舌打ちしたね?」

「いいじゃないスか。別に減るもんじゃなし、一発くらいヤラセてくれても」

「そんな女の一大事を簡単に許せるワケないでしょ!こっちも心の準備ってもんがあるんだから!」

「えっ」

 

楯無の顔を真っ赤にした叫びに一夏が固まる。

 

「楯無さんって……もしかして、まだ?」

「な、なに。悪い?ってか当たり前でしょ!」

「えーっ?」

「『えーっ?』て何よ!」

 

楯無さん。更に真っ赤っ赤。

 

「つまり楯無さんって」

「な、なによぉ」

「処女なのにさも経験豊富なような、からかった態度を取ってたんですか?」

「うっ」

「処女なのに無理やり胸触らせたり、パンツ見せたりしていたんですかー?」

「ううっ」

「処女なのに裸Yシャツで男のベッド潜り込んだりしていたんスか~?」

「ううぅっー!」

「ないわー」

 

一夏はアメリカ人のように『やれやれ』のジェスチャーをとる。その目は既に困ったお子様を見守る父親のような目にシフトチェンジしていた。

 

「何だ……。楯無さんってただの処女ビッ○だったのか……」

「しょ、しょ、処女○ッチゆーな!」

「なんだかなぁ……。少しガッカリだ」

 

普段の楯無なら瞬時にキルされるような最低な言葉をぶつける一夏。

しかし今の楯無は何も出来ず真っ赤に俯くことしか出来なかった。人はメッキが剥がれることほど恥ずかしいものはないのである。

 

「……なによ。なんでよー!処女の何が悪いってのよー!」

楯無さんの咆哮。処女が背伸びしたっていいじゃない。

 

 

 

どうでもいいが『ビッ○』だけだと汚い言葉に聞こえるのに『処女ビ○チ』となると、こう少し微笑ましく聞こえるようになるのは気のせいだろうか?……やっぱ気のせいかな……。

 

 

「いや別に悪くないんスけどね。でも何かなぁー」

「何よ!言いたいことあるなら言いなさいよ!」

「うーん。上手く言えないんですけど、なんか微妙なんですよ」

「だから何が!」

「言うならば簪が実は経験済みだった、というような感じ?……いや違うな。……うーむ何だろう?この得体の知れないモヤモヤ感というかガッカリ感は」

 

一夏は口元に手をやり考え込む。その様子は人類史の謎に挑む哲学者のようだった。

対照的に楯無はジト目で目の前の哲学者を睨みつける。妹まで例に出しやがったよこの男。

 

「一夏くん。ちょっとオイタが過ぎない?簪ちゃんまで持ち出して」

「ああ、すみません。深い意味は特にないです。ただ身近な例を」

「君が童て……経験がないことを苦悩するのは勝手だけどさ、どうあれ小さすぎわよ。男ならもっと器を大きくしてなさい。そんな経験の有る無しくらいで……」

「でも簪で思い出したけど、これって楯無さんにも関係ある話だと思いますが」

「へっ?どゆこと?」

 

楯無がキョトンとした顔をする。

 

「さっき俺言ったじゃないですか。弾のクソ野郎に先を越されたままではいられないって」

「そ、そうだっけ?」

「つまりそういうことですよ」

「どういうことよ?」

「う~ん」

 

困ったような視線を寄越す一夏に、楯無は少し不安が募っていく。

 

「楯無さんなら察してくれると思ったんだけど」

「そんなのいきなり言われて分かるわけないでしょ!」

「五反田弾のこと知ってますよね?」

「え?えぇ。まぁ。君の親友でしょ?」

「俺にそんな親友なんていません。誓い合ったダチを裏切るような親友なんて」

「あの、一夏くん?」

「とにかく、そのクソ野郎が誰と付き合ってるのかご存知ですよね?……ということは?」

「ん?それは…………あ」

「そういうことですよ。先越されちゃいましたね」

「なん……だと……」

 

楯無はガックリ膝から崩れ落ちる。亡国との戦いでも決して膝を付かなかった彼女の気高き心。それが淡くも崩れ落ちた。

 

「聞いてない……。わたし何も聞いてないよ……」

「敢えて言わなかったんじゃないですか?虚さん優しいし、楯無さんを気遣ったとか」

「マジで?マジなの?」

「はい」

 

再度ガックリ頭を垂れる楯無。「マジで?」と彼女には似合わない台詞をゾンビのように呟き続ける。

友人に先を越されるというのは男に限らず女もまた複雑なものなのです。

 

「でも、でもあの二人が付き合い始めたのはつい最近のはず……」

「らしいですね」

「なのにもうそこまで?そんなの……」

「今時はそんなもんらしいですよ?数ヶ月おままごとするカップルなんていないんですって」

 

クソ野郎との屈辱の会話を思い出しながら一夏が言う。

 

 

でも事実である。時代は迅速さを求めているのだ。付き合って三日後にはベッドインするカップルなんて珍しくもない。そりゃAVだって出会って五秒後にはインサイトしますわ。

 

「嘘、ウソよ。そんなの……」

「楯無さん……」

「小さい頃は二人でコウノトリの存在を信じてたくらいだったのよ?その彼女が私を置いて……」

「えー」

「新たな『高み』に既に羽ばたいていた……そういうことなの?」

 

内に広がる漆黒の思いに楯無はぎゅっと胸元を掴む。

それは親しい友人に先を越されていたということを認めたくないという思い。僅かに残る自尊心、プライド。そんなあさましき思いが彼女を苦しめた。

 

傷心の楯無の様子に一夏もまた胸を痛めた。

それは傷つく彼女の姿があまりにも痛ましく思えたから。……というわけではない。ただ今の楯無の姿が少し前の自分の姿とモロに被り、それを客観的に見せられてるようで非常に恥ずいのだ。

 

……弾から見て俺はこういう風に見えていたのか。

一夏は眼前の少女から目を逸らして、一人悶絶しつつ思う。これはひどい。

 

 

「私……どうすればいいの……」

 

大切な友人が、知らぬ間に大人の階段上ったシンデレラになっていたことに絶望する生娘。

童貞はその肩にそっと優しく手を置いてやることしか出来なかった……。

 

 

 

童貞の掟その七 童貞は同じ未経験者なら性別、人種、果ては種族を超えて共感することが出来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




相変わらずの悪い癖で、今話で終わらせる筈が書いてる内に興が乗り、楯無さんをイジめるお話になってしまいました。
処女なのに言動がいかにもビッ○っぽい女性って、こう、胸にクるものがありますね(にっこり)


とはいえ一夏にイジメられっぱなしの楯無さんじゃないので、次の完結編では童貞に逆襲する彼女も見せたいと思います。
では宜しければまたご覧になって下さい。



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織斑一夏の童貞の主張

○○君になら、私いいよ……。
そんなことを言われてみたい人生だったなー(遠い目)





生娘楯無が絶望により膝をつき涙を流すこと数分。楯無の肩に手を置いたまま、男らしく黙って寄り添っていた童貞一夏はそっと立ち上がると彼女の傍を離れた。

冷蔵庫からお茶を取り出し、彼女の下へ戻る。こちらを見上げる楯無の目は捨てられた子犬のように頼りなさげな目をしていた。いつもの自信に満ち溢れた彼女とは程遠い姿に一夏の胸が痛んだ。

 

「どうぞ楯無さん。少しは落ち着きましたか?」

「ありがとう」

 

お茶を渡して彼女の傍に屈む一夏。

目の高さを合わせようとする彼の優しさに楯無は小さく微笑んだ。

 

「ごめんね。取り戻したところ見せちゃって」

「気にしないで下さい。友達に先を越されるやるせなさは分かりますから」

「あはは……そうだね。辛い、よね……」

「ええ。本当に」

 

一夏は噛み締めるように楯無に同意する。

ちきしょう!これも全部五反田弾というヤツのせいなんだ!

 

「一夏くん」

「はい」

「私たちって似たもの同士かなぁ?」

「……そうかもしれませんね」

「ふふ」

「ははは」

 

互いに泣きそうな顔で笑いあう二人。

そこには確かに友に先を越された未経験者同士のシンパシーがあった。

 

「ねぇ」

「何ですか?」

「一夏くんは、その、経験したかったんだよね?」

「……はい。でも楯無さん、傍目には不純で不潔な考えに思えるかもしれないけど、俺は……」

「ううん。責めたいわけじゃないの。ただ……」

 

楯無はそこで言葉を途切らせる。

そして一つ息を吐き出すと、一夏の目をしっかり見据えて問いかけた。

 

「どうして、私だったの?」

「そ、それは」

 

一夏は一瞬言葉を選ぶように顔を背けたが、楯無の言葉の中の意思を感じ取り、しっかりと向き合った。

真摯には誠意を持って返す。これが人の道。

 

「楯無さんじゃないと、駄目だと思ったからです……」

「他の子のことは考えなかったの?君なら沢山いるでしょう?」

「他の女性は考えられませんでした。楯無さん以外は……」

「一夏……くん……」

 

楯無はぎゅっと自分の袖を掴んだ。

恥ずかしく、こそばゆく、でも暖かい。そんな想いが自分の内に広がっていく。

 

「一夏くん。私……わたし……」

「なんですか?」

「わ、私でよければ……」

「えっ」

「だから、君がその、したいって望むなら……わたし、いいよ」

「た、楯無さん?」

「勘違いしないでね!誰でもってわけじゃなくて、その……一夏くんだから……」

 

それは楯無の精一杯の告白。

顔をこれ以上にないほど真っ赤にして、消え入りそうな声で一夏に告げる。

 

「楯無さん。そ、それって」

近くにいるはずの一夏の声が不思議と遠く聞こえる。

 

恥ずかしくて顔を上がることも出来ずに楯無は俯くことしか出来なかった。もう匙は投げられてしまった。胸に期するはこれから起こることへの恐怖と不安。そして僅かな期待。

楯無は不安を飲み込むように口内の唾を飲み込むと、拳を握り締め俯いた。

 

……もう止まれない。私はこのまま一夏くんと……。

ごめんね簪ちゃん。お姉ちゃんはやっぱりただの女です。

 

一夏の手が再度肩に触れる。少年の両手が少女の両肩を優しく包み込む。

楯無は目を閉じると、覚悟を決め、自らの身体を一夏に委ねることにした。

 

 

そして二人は若さにかまけためくりめく愛欲と肉欲の瞬間を迎える。

もはやただのケモノとなった男女は誰にも止められない……。

 

 

禁・則・事・項!(いや~ん)

 

 

 

 

 

 

 

 

……にはならなかった。

 

「すみません無理ッス」

「ほえ?」

 

両肩を掴まれた状態での、至近距離からの一夏の否定の言葉に、楯無は素っ頓狂な声を出す。

無理?無理って言った?ホワイ?

 

「いや、だってこちらとしては、楯無さんが経験豊富な熟練の戦士だと思ってお願いしたんスよ?なのに」

「え?え?え?」

「その~相手も初めてとなると、コッチの心構えもまた違うっつーか」

「へ?ど、どういう……」

「いやあの、さっきも言ったけど別に処女が悪いんじゃなくて。なんていうか、え~と」

 

一夏はもどかしそうに頭を掻き毟る。

 

「例えるならメシ食いに来て、洋食を注文したのに、出されたのは和食でしたって感じ?」

「はぁ?」

「ステーキ楽しみに食いに来たのに、寿司を出されたら誰でも戸惑うでしょう?」

「はぁ?」

「俺は楯無さんがその手のプロだと思って、男としてのプライド……相手をリードすることとか、そういう意地を一切捨てた心構えでこの戦いに臨もうとしたいたんです。言わば敢えて負け犬の心境で」

「はぁ?」

「なのに実は相手が処女でしたー……というのは全ての計算が根底から狂ってしまうわけでして」

「はぁ?」

 

一体全体何言っちゃってんのコイツは?

楯無の頭にクエスチョンマークと共に言いようのない怒りがこみ上げてくる。女の一世一代の告白に対し、何ワケ分からん理屈並べててんだこのバカは。

 

「俺としてはですね、やっぱ相手が同じ初めてならもっとこう……順序を踏んでやりたいんですよ」

「順序?」

「清く正しいお付き合いから始まり、楽しくデートして……あの弾のクソ野郎が言ったような半年間のおままごとはともかく、やっぱ互いを知り、絆を高めていく時間が欲しいんですよ」

「絆?」

「そういったかけがえのない時間を共有し、そこで初めて最終段階に進みたいんです。やっぱり初めて同士は、そうやって築き上げる愛が何より大切だと俺は思うんですよ」

「愛?」

 

オウムのように断片的に言葉を聞き返す楯無。

彼女の限界は近かった。しかし世界一の童貞バカはそれに気付かない。

 

 

「……要はキミは私が処女だったのがいけないと……そう言いたいわけですか」

「何度も言う様に処女自体は尊いものですよ。ただ今の状況的には悪手、やはりガッカリですかね」

 

一夏は首を横に振って「やれやれだぜ」という意を示す。

童貞とは女と見れば誰でもガッツくようなチャラ男に非ず、相手の経験の有無が非常に大事なのです。

 

「やっぱ結局の所なんで楯無さん処女なんですかー!っていうことに行き着くんですよ。だっておかしいじゃないですか?俺はビッ○先輩に筆おろしされる子羊ちゃんの気分でこの決戦に臨んでいたんですよ?なのにいざ始まる寸前に実は処女でしたなんて詐欺ですよ。ビッ○詐欺ですよ。箒とかシャルとか簪とかが処女なら一向に構いませんよ?でも楯無さんは違うでしょう?普段散々ビ○チっぽい言動しといてそりゃねーでしょ!しかもこんなヤル気満々な場でそれを告白されても、こっちは『こんな時どんな顔すればいいのか分からないの……』っていうレイ・アヤナミ気分ですよ!下半身発射準備オールオッケーだったのに、今は俺の中の清純という名の良心が『処女相手に早まってはいけない』と待ったをかけてくるやるせなさが分かりますか?楯無さんが処女と分かった以上、もっと時間をかけて、初めてはもっとムードよくしたいしなぁ。……っていうビュアな男心が煩悩を邪魔するわけでして。……あーもう!楯無さんが見た目通りならなんら問題なかったのに、なんで処女ビ○チなんですか!ただの○ッチで良かったんですよ、少なくともこの場では!そうすれば俺は何も思い悩むことなく、流れる川に浮かぶ笹の如くただ身体を委ねるだけで良かったワケですから。それが全部パー。楯無さん、俺はこの昂ぶりをどこで鎮めればいいんスかね?」

 

一夏は史上最低な童貞の主張を延々と垂れ流すと大きくため息を吐いた。

 

楯無は自分の中の何かがブチッと切れる音を確かに聞いた。

いつのまにか掌から血が滲んでいるのに気付く。それは爪をめり込ませ過ぎた故の傷。目の前のクズをオーバーキルせよ!という殺意の波動による産物。

 

……簪ちゃんごめんなさい。お姉ちゃんは今から殺人者になります。

今後は厚いガラス越しにしか会話出来なくなるけど、こんなお姉ちゃんを許してね。

 

「あ、そうだ!ねぇ楯無さん、どっか知り合いに都合のいいビッ○一人くらい知りません?」

「死ね童貞」

 

楯無は勢いよく半回転すると、先ほど一夏をぶっ飛ばした時より遥かにスビードを乗せた回し蹴りをアホの顔面に叩き込んだ。「ぶひぃ!」と豚のような、つーか豚そのものの悲鳴を上げ崩れ落ちる一夏。しかし楯無は容赦しなかった。追撃の一撃、崩れ落ちる童貞の股の間を狙って己の足を鞭のように蹴り上げる!

 

それは古来よりどんな屈強な猛者でも、どんな荒行に耐え抜いた勇者でも一撃KOする恐ろしき技。

実際危ないからほんとマジで止めての……『金的蹴り』

 

キーン!

そんな擬音を発するかのように直撃する『金的蹴り』別名『男殺し』

 

「あふぅん」

逝った声を断末魔に一夏は死んだ。男として……。

 

「ふんっ。クズめ」

ビクン、ビクンと痙攣する一夏を、楯無はまるでゴミのように見下ろした。

もはや使い物にならないかもしれないが知ったこっちゃない。こじらせた童貞が悪いのだ。

 

ただ強烈な一撃を喰らわしたというのに、気絶する一夏の顔がどこか安らかで、楯無は妙にイラついた。

 

……にしてもどうしてくれようか。流石にこのままリアルにキルしたらまずいよなぁ……。

楯無は腕を組んでアホを見下ろし考える。やっぱり可愛い妹とムショのガラス越しでしか会話できなくなるのは嫌だ。世間体もあるし。

 

かといって、ここまで女の自尊心を傷つけられといて、このまま許してやるのもむかつく。

楯無は未だ痙攣する一夏の顔面を踏みつけると、グリグリしながら考える。どうしてくれようか?

 

楯無の無意識な女王様プレイに、気絶しているはずの一夏の顔が妖しく歪む。心なしか息も荒くなった。

織斑一夏、その本性は姉や周りの女性関係によって培われた豚体質。真性のM野郎なのである。

 

「……そうだ。うふふ」

一夏の顔をグリグリ踏みつける楯無の顔にも愉悦が広がる。と言ってもこちらは別に女王様プレイに快感フレーズを覚えたわけではない。単に良いことを思いついただけである。

 

散々人を勝手にビッ○呼ばわりし、処女の必要悪を好き勝手述べてくれやがった童貞バカ。

ならばこちらもそれに応えてやる。処女が罪だと言うのならば、こっちも童貞の罪を暴き、罰を与えてやる。そして殺す。肉体的ではなく精神的に、つまりその心を。

 

「フフフ……あーはっはっはっ」

楯無は嗤う。女を辱めた罪の重さ。それをたっぷり教えてやる。

 

楯無は愉悦のままグリグリし続け。

一夏は豚のままハァハァし続ける。

 

生娘と童貞による一幕は、カオスな光景を呈したまま最終章に進もうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





どうも。終わる終わる詐欺に定評のあるコンバットであります。

すみませんまた終わりませんでした。どうも生娘楯無さんを描くのが楽しくて、横道に逸れていってしまいます。打てば響くような女性っていいですね。実際楯無のような一癖ある女性こそ、一夏君の男を上げる為に必要な相手かもしれません。



ネットのニュース一覧を開いてみても、40超えのオッサンによるロリコン事件や、世間体や役職・身分をパーにする男共の性に関する事件が連日報道されています。『男はいつまでも少年の心を忘れない』とか言いますが、いい年したオッサンが童貞の心を忘れずにいてどないすんねん!と思いますよ。

性欲は簡単に男を獣に変える、これはどうしようもない性かもしれませんが、どうか女性の尊い心を傷つけない、理性ある人間でありたいものですな。
まぁ私のようにこじらせた挙句AVマスターになるのも問題ですがね!……ちきしょう。




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更識楯無の生娘の主張

久方ぶりのIS。
とりあえずえっちぃ酢豚だけは完結させよう。





「う~ん」

「おハロー」

 

目を覚ました一夏に某魔女さんのような挨拶をかます楯無。

どうでもいいがキャラ的にビッ○扱いされやすいということで似ている二人である。

 

「楯無さん?……ハッ!」

 

一夏は慌てて自分のマイ・サンに手をやった。

何故か教師ビンビン物語な息子の様子に安堵する。どうやら種殺しは免れたようだ。

 

「……女の子の前で粗末なものをいじくらないでくれる?」

「あ、すみません!」

 

嫌悪感丸出しに言う楯無に、一夏はすぐにマイサンから手を離した。

しかしすぐにムカッと来た。いくら何でも粗末はないだろ、これでもDANよりは立派なんだぞ!

 

「全くこれだから童貞は。デリカシーのかけらもない生き物ね」

「なにィ」

 

楯無の童貞を軽蔑するような物言いに一夏は目を剥く。

 

「ヤることしか頭が無く節操も無い。こんなんじゃ世のチャラ男に女の子盗られても仕方ないわね」

「なっ……!」

「あ~ヤダヤダ童貞なんて。こっちだって大事な初めてに相手が童貞なんてお断りですわ~。オホホのホ」

「アンタって人はぁ!」

「なによ?」

「よりによってヤリチ○のチャラ男と比較するなんてナンセンスでしょうが!男はともかく、女は誰しも初めての時は相手にも初めてを……つまり童貞を求めるものでしょう!」

 

女性とは殊更愛だのシチュエーションなどを大事にする。どこの世界に初めてをヤリ○ンに捧げたいと思う女性がいるだろうか?

 

「ふふ……あははははははは!バッカじゃないのー!」

しかしそんな一夏のピュアな童貞意見は生娘の爆笑によって否定された。

 

「一夏君。世の女はねぇ、夢見る童貞が願うほど清純じゃないっての」

「ど、どういう事ですか?」

「男は初めてのときだって、ただ鼻息荒く獣のように腰振ってりゃ勝手にいい気持ちになれるかもしれないけどさ。女は違うって事」

「え?」

「女の初体験ってのは相当の覚悟に忍耐や苦痛を伴うものなのよ。だから自分のことで手一杯で、こっちの苦悩を考えもしない童貞に身体を任すよりも、女の子に手馴れてて、不安を解消し、優しくリードしてくれる大人の男に捧げたい……そういう子も多いんだよ?」

「そ、そんなバカな!そんなことあるわけない!」

 

一夏は絶叫する。

そんなの認められない。処女にとって、チャラ男>童貞なんてことが!

 

「君たち童貞は好きな子には殊更キモイ処女性を求めるけどさ、女の子からすれば経験の有る無しなんて相手に求めないってこと。いやむしろ選べるのなら、多くは経験有りのほうを選ぶわね」

「嘘だ!」

「女ってのは相手に『安心』と『余裕』を求めるのよ。だからブラの外し方も知らず、キスの前にスカートの中に手を突っ込みたがるような童貞なんてお呼びじゃないの」

「嘘だ嘘だ!お、女の子だって『はじめてどうし』に誰しも憧れを持っているはずなんや!」

「ねーよ。童貞乙」

 

楯無はキャラ崩壊とも言える口調で一夏を、童貞を断罪した。

哀れにも童貞は「うああああ!」と髪を掻き毟って咆哮する。

 

「そんなことない!チャラ男が絶対勝利するなんてのはエロ同人ゲーだけで充分だ!」

「君は普段何をプレイしてんのよ……」

「『はじめてどうし』だからこその喜び、哀切、快楽、そして愛!これでしょう!それが一番大事!」

「お前は何を言っているんだ?」

 

一夏の崩壊具合に楯無は呆れ帰る。

本当に童貞と言うのは堪え性がなく、夢見がちなものだ。

 

「女の初めてに愛はともかく快楽なんてあるわけないでしょ」

「えっ?」

「えっ」

 

一夏の呆けた様子に楯無の方が驚いた。何驚いてんのこの子は?

 

「あ、あの……無いんスか?快楽?」

「ないわよ」

「だって、AVとかじゃ処女の触れ込みの女優さんが、おっぱい揉まれているだけで快楽に絶叫したり……」

「そんなの全部演技に決まってんでしょ。バカ」

「そんな!」

「胸触られても痛いかくすぐったいだけよ」

「だってAVとかえっちぃ本の中じゃ……」

「そんなの全部童貞に都合のいいまやかしの事実でありまーす」

「そんな馬鹿な……。俺の信じていた世界は……虚構だったと言うんですか?」

 

一夏はガックリと頭を垂れる。今まで信じていた世界が淡くも崩れ落ちた瞬間だった。

 

 

 

童貞の掟その八 童貞はAVとエロ本を基準にS○Xを考える。

 

 

 

「おっぱいさえ制覇すれば女性を満足させられると……そう、信じていたのに……!」

「んな分けないでしょ。アホですかアンタは」

「俺はこれから何を信じたら……」

 

楯無はAVを絶対視し、今その幻想が砕けてしまった哀れな男を見て思う。

死ねばいいのに。

 

「無知ってのは怖いわね。女の子のことを何も分かってない」

楯無はやれやれと首を振った。全く理想だけご大層な童貞はホント救いがない。マジ死ねよ。

 

「……違う」

「え?」

「そんなの間違ってる」

 

しかし今楯無の前にいるのは、童貞は童貞でも世の有象無象の童貞ではなかった。

傷つき倒れても、何度でも立ち上がる不屈の男。天下のイケメン、織斑一夏その人なのだ!

 

「そんな考え楯無さんだけだ!楯無さんがおかしいんだ!」

「ふーん。その根拠は?」

「こ、根拠って……そう!だってシャルやセシリアや、それから……えっと、クラスの皆!誰も楯無さんみたいなエグイ事言っているのなんて聞いたことないですよ!皆『恋人欲しい』とか『付き合ってみたい』とかそんなピュアな事を言う可愛い子ばかりなんです。それが普通なんです!楯無さんがおかしいんだ!この処女エロ年増!」

 

一夏はそう反論する。怒りとパニックのあまり、後で確実に殺されるようなセリフを口走りながら。

 

「ハッ、君はどうしようもないバカだな」

しかし楯無は動じない。

 

「一夏君さー。老婆心で言うけど、女の子に、特に身の回りの子にそんな幻想抱いていると、後で大きなしっぺ返し喰うわよ」

「んなことない!」

「君ファミレスとかで隣の席に座った女の子グループの内輪話とか聞いたことない?年頃の女の子ってどんなエグイ話してると思う?男の下ネタよりヒドイわよ」

「違う!女子はそんな話なんてしないんだ!お花畑と蝶々をバックに、『うふふ、あはは』と言った天使の囀りのような会話しかしないんだい!」

 

楯無は急に目の前の少年が可哀想になってきた。

姉に対する過度の思慕といい、この子は女性に幻想抱きすぎじゃないのか?

 

「一夏君。現実を見なさい。そんな女の子なんていないのよ?」

「だって俺、皆とよくお茶したりするけど、そんな話になったことなんて一度もないですよ!」

「キミの前でそんな話するわけないでしょーが。君IS学園に慣れきったせいで忘れてない?YOUは男だよ?男性の前でも全く素の姿を見せられる女の子がいたら、逆に怖いわ」

「じゃ、じゃあ楯無さんは箒に鈴。セシリアにシャルにラウラ、簪に至っても!俺が知らないだけで、そんな耳をふさぎたくなるような話をしてるって言うんですか!」

「……うん」

 

楯無が少しの逡巡の後頷いた。別に一夏の勢いに呑まれたわけではない。ただ一瞬想像してしまったからだ。愛しの妹が「あたしの彼氏ちょー最悪なんだけどー。メッチャ早漏だしー」とか言っちゃう場面を。

 

これはひどい。

 

「ウソだ……。セシリアが、ラウラが、皆が。……俺の大切な子たちが、俺の居ない所ではそんな頭の悪いギャル会話を……」

「女は怖いのよ」

「もしや俺が童貞だと言う事もネタにされてるってことですか?『一夏ってさー童貞なんだよねー。ちょっとマジ勘弁して欲しいよねー。一緒に居るの恥ずいからさっさと風俗でも行って卒業しろってかんじー。キャハハハハ、マジきもーい』……なーんて会話をしているって言うんですか。くそったれ!」

「えー?……えっと、どうなのかしらね?」

 

それはギャルどうこうより人間としてどうなんだろう?

 

「俺はどうすれば……」

 

今度こそ膝をつき打ちのめされる一夏を見て、楯無はそろそろ許してやろうかと思い始めた。一応の復讐は果たしたし、これ以上苛めるのも可哀想だ。

 

「ま、一夏くん。顔を上げなさいな。私は……」

「このまま俺は楯無さんと同じ道を辿ることになるんですかね?魔法使いへの悲しき童貞……道程を」

 

おい。今何つった?

どーゆー意味だ?それは。

 

「ちょっと一夏君」

「分かってるんですよ本当は!所詮は経験なき者なんて誰も相手にして貰えないって!黄金体験(ゴールド・エクスペリエンス)が何より大事なんだって!……このまま俺は本気で魔法使いコースという修羅の道に逝っちまうしかないんですか?」

「あの~?」

「魔法使いという名の、異性に相手にされないボッチ人間……楯無さんのように俺もなっちゃうのかな?」

「おい」

「種族間でのボッチなんて嫌だ!誰だよ!経験の有る無しで『種』としての優劣が決まるなんて風潮作りやがったのは!ダーヴィン先生もあの世で泣いてるぞ!」

「……」

「ボッチなんてあんまりだ!このまま楯無さんみたく、知識だけ偏った経験ゼロの情けなくも恥ずい人間になるしかないなんて……ちきしょう!」

 

人生の壁に絶望した一夏は気付いていなかった。

己の発する言葉に……。己の叫びがどれだけ生娘にダメージと怒りを与えていたかなんて……。

 

そして悲劇とは、何時の世もそんな何気なく発せられた言葉から起こり得るのである。

 

 

「ハァ~。もういいや。寝よう、寝て楽になろう。つーわけで楯無さん、すみませんけど出てって……」

「フ、フフフフフ……」

「ん?楯無さん?」

 

楯無の様子に怪訝に思った一夏が彼女の肩に手を置く。

その瞬間、クワッ!と目を開いた楯無が世界一の童貞バカに迫る!

 

「この野郎ぉぉぉ!ざけた事ばっか言いやがってぇぇぇー!」

「た、たてなしさん?」

「童貞のクセにバカにしやがってよぉぉぉ!何がボッチだよ!エッチしろオラァァァ!」

「ええー?」

「こんなエロガキにまでシカトされるなんて!どうせ私なんて知識だけの経験ゼロ年増で!学園最強の設定でありながら敵には負けてばかり!そんなんだから誰にも相手にされず、親友にも先を越されたって……そう言いたいんだろうぉぉー!」

「そんなことまで言ってませんよ!落ち着いて下さい楯無さーん!」

「うがぁぁぁー!」

「や、止めて!俺の部屋がー!」

 

完全に制御不能になる楯無。暴れまわって一夏の部屋をぶっ壊していく。

それはまるで悪魔が乗り移ったかのよう。その有様はまさに破壊神シン・タテナシ。

 

もはや彼女を止められる者などいないのか……?

 

 

 

 

「うるさいぞ!何の騒ぎだアホ共!」

「あうっ!」

「ぶへぇ!……なんで俺まで……」

 

そこに颯爽と現れたブリュンヒルデによって、理性を無くしていた悲しき生娘が物理によって強制的に沈黙させられた。ついでとばかりに童貞野郎も殴られたが、まぁ些細なことだろう。

 

 

こうして童貞と処女による救いのない騒動はようやく終わりを迎えたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一夏と楯無、二人の騒動で終わらせるつもりでしたが、急遽千冬大明神に登場頂くことになりました。
毎回右往左往して続きましたが、次回こそ大人の千冬お姉さまに締めてもらいます。





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ぼくらの童貞

このお話はフィクションです。
実際の千冬センセーは妙齢の女性通りの知識と、何より『経験』を既に持っ……





このお話は童貞に優しいお話になっております(にっこり)





「で?どういうことだこれは」

数分後、仲良く正座させられた一夏・楯無の未経験ダメコンビに千冬が問いかける。

 

あんなに騒いでいた二人は今や借りてきた猫のようにおとなしくなった。

一夏の真っ赤に腫れた頬が痛々しい。毎回何かある度に彼が「教育」という名の物理的指導を受ける様は、IS学園が持つ闇の部分を醸し出している、かもしれない。

 

「更識。お前までこんな騒ぎを起こすとは」

「申し訳ありません織斑先生」

「あのさ千冬姉……」

「貴様は黙ってろ」

 

一夏は言葉を呑んで黙り込む。このような扱いはいつものことだ。

 

「何があった?言え」

「え?あ~、えっとぉ……」

 

珍しく楯無が言いよどむ。今更ながらに恥ずかしくなってきたからだ。

 

「どうした。早く言え」

「あの、その、結構ナイーブな話題でありまして」

「いいから早く言えと言っている!もう一度キツイ仕置きを喰らいたいのか?」

「分かりました……」

 

楯無は観念したように小さくため息をつくと、ゆっくりと一部始終を語り始めた。

 

 

 

 

「なんだそれは。馬鹿らしい」

話を聞き終わった千冬はフンと呆れたように鼻を鳴らした。

 

「そんなくだらないことで喧嘩したのか?恥ずかしいと思わないのか?」

「面目ありません……」

「ごめん千冬ね……すみません織斑先生」

 

少し冷静になった一夏と楯無が揃って頭を下げる。

 

「そんなつまらんことに力を使うより、今の貴様らにはもっとやるべき事が他にあるだろ?」

「は、はい」

「すみません」

 

とにかく頭を下げるしかない二人。

 

「高校生の身分でそういうのに興味を持つなど百年早い。学生の本分は勉強と己を鍛えることだ。そういうのは成人して、しっかり自分というものを保てるようになってからだな……」

「はい……」

「ごめん……」

 

千冬先生のお説教は続く。

未経験コンビは頭を垂れた体勢のまま聞き入った。

 

「そもそもお前らみたいなガキが経験が無いなんてのは当然のことだ。全く色気づきおって。別に婚約している関係でもあるまいに……」

「ん?」

「へっ?」

「そういうのは後生大事にするものなのだ。成人した後、将来を約束した結婚相手とするものだ」

「「えー?」」

 

楯無と一夏の声が綺麗に重なる。

この初心な発言。まさか……。

 

「あ、あの……。織斑先生って、もしかして……」

 

おっかなびっくり聞く楯無。

『こんなこと聞いて殺されないかな?』という不安を抱えながらも、彼女は勇気を振り絞ってその真意を尋ねる。これは普段目上の人間相手には、良識ある態度を振舞っている楯無ではとても考えられないことだったが、そのくらい今の彼女は危うい精神状態にあったのだ。

 

「ま、まだ……なんですか?その、男女の、け、経験……」

そして匙は投げられた。

 

歴戦の戦士である楯無でさえ、自分の質問の恐ろしさに額に汗が浮かんでくるのを止められなかった。

そして一夏は口を結んだまま唾を飲み込んだ。その両手は祈るように固く握られている。

 

それは女の尊厳をかけた問い。守り導く対象である己が生徒からぶつけられた時限爆弾。弟の縋るような視線がそれに輪をかける。正に己の存在意義をかけた質問に直面することとなった千冬。

 

真摯に答えるのか、うやむやに誤魔化すのか、暴力に訴えて質問をなかったことにするのか。

この場合何が正しいのか、絶対な正解なんてないのだろう。だからこそ千冬の判断で全て決まる。

 

どうする教師!

どうする姉!

 

 

 

 

 

「ん?何を言っているのだ。当たり前だろう?私には婚約してる相手もいないしな」

そう、全く恥じることのない、威勢堂々としたいつもの態度で千冬は宣言した。

 

一夏と楯無は一瞬顔をお見合いさせると、おりむらせんせー(2X歳)を驚愕の目で見た。

なんてこった。こんなことが……。

 

「童貞が許されるのは小学生まで」

「ユニコーンに乗ることが出来る乙女なぞ只の夢物語」

 

そんな言葉が叫ばれるようになるほど性の低年齢化が進んだ現代日本。そんな中でドキューン!歳にもなって、未経験であることを堂々と胸を張って宣言出来る大人が身近にいるなんて。

 

ああ……自分達はなんてくだらないことで言い争っていたんだろう……。

 

「ありがとうございました織斑先生……」

「千冬姉……俺ら目が覚めたよ……」

 

二人は目に涙を浮かべながら、人生の師に礼を述べる。

いいんだ。別に経験がなくったって。だって身近にこんな手本がいるんだもの。バキューン!歳になっても、バリバリの未経験である大人が。しかも何ら恥じることなく……。

 

特に楯無は目の前を覆っていた霧が晴れていくような爽快感を感じていた。

ドン底だと思っていたがまだ上がいたんだ。こんなに嬉しいことはない……。

 

「……まぁ分かったならいい」

二人の生徒が目をキラキラさせながら感動する様を見て、彼らの師は首を傾げながらも頷いた。

 

「千冬姉。俺は信じてたよ!千冬姉に限ってそんなことは無いって!」

「だから織斑先生と言えと何度言えば分かるのだ!」

「いてっ!……エへへ」

「何を笑っているんだ?お前は」

 

殴られて尚一夏が浮かべる気持ち悪いニヤケ顔に若干引く千冬。

ここまで幸せそうな顔を見るのも久しい。何が弟をここまで喜ばせたのか、姉には分からなかった。

 

「とにかくだ!仲違いしていたのなら、お前らもいい加減……」

「あ、そうだった。ごめんなさい楯無さん。失礼なことばっかり言って」

「いいのよ一夏くん。私のほうこそつい熱くなっちゃって」

「じゃあ」

「うん。仲直り」

 

千冬が締めの言葉を言い切る前に、二人は手を取り合って仲直りの意を示した。そして広がる笑顔。

その光景は微笑ましく良き事だが、どうも千冬的に釈然というかスッキリしなかった。なんだコイツら。

 

「ね、一夏くん。仲直りのお祝いにお茶でも飲みにいかない?」

「いいですね。食堂まだやってましたよね?何かデザートでも食べますか?奢りますよ」

「コラコラ。そういうのは年上の役目」

「一つしか違わないじゃないですか」

「そうね。一つ、たった一つだけだけだったわ。私ったら何を危惧していたんだろ。私はまだ若いんだ、現役の天下の女子高校生なんだ!私には未来がある、これからなのよ!」

 

楯無はそう宣言すると、千冬の方に笑顔を向ける。

千冬は何故かその物言いと笑顔が非常にムカついた。なんでだろう?いい笑顔なのだが、クッソムカツく。

 

あたかも「私は若い!ピー(放送禁止)歳の先生とは違うのよー。おーほっほっほ」……ってな感じで言われているようで。まぁ気のせいに違いないだろうが。

 

「じゃあ一夏くん。食堂行こっか」

「はい」

「私はケーキにしよっかなー」

「食堂の限定ケーキ美味しいですよね」

 

あはは、うふふ……。

そんな和やかな笑い声を上げ、さっきまでいがみ合っていた童貞・処女コンビは部屋を出て行った。

 

「ふっ……。全く困ったやつらだ」

一人残された千冬は苦笑いを浮かべる。これが若さか……。

 

少し納得できない思いも確かにあるが、どうあれアイツらも分かってくれたらしい。

教師千冬は生徒を正しく導けたことに一人納得すると、満足した表情で部屋を出た。

 

 

 

こうして、下手をすればIS学園全体を巻き込む危険があった恐るべき地雷、一組の少年少女を悩ませた『性』という名の黒き霧は、学園が誇る偉大なる教師織斑千冬によって取り除かれた。

 

しかしいくら天下のIS学園とて、そこに通うのは思春期の多敏な少年少女。この先もきっと『性』のことで悩み苦しむこともあるだろう。

でも大丈夫。だってIS学園にはぼくらの織斑千冬がいるのだから。未経験であることを恥と思うこともなく、むしろ誇りを持って純潔であることを誇れる人が!だからきっと大丈夫。苦しい時、悩んだ時は彼女の背中を見て安心……じゃない、納得すればいい。

 

僕には・私には若さがあると。

輝ける未来が待ち受けているはずなのだと。

(禁則×事項)歳とは違うのだと。

そう胸に想いを抱いて……。

 

ジーク千冬!

ビバ妙齢処女!

人生って、人間って素晴らしい。童貞&処女に幸あれ!ハレルヤ!

 

 

 

そういうわけでIS学園は千冬様(放送禁止)歳のおかげで今日も平和です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうか。そんなことがあったのか」

『ああ。今日は悪かったな取り乱して。でもな弾、俺やっと目が覚めたよ』

「そうか」

『ああ。今ならちゃんと祝福出来る。遅ればせながら、弾初体験おめでとう』

「いや、あの、そういう風に言われると……」

『俺もいつかその背を追えるように頑張っていくよ。でも急ぐつもりはないんだ。俺は俺のペースでやっていくつもりだよ。既に経験者の弾からは情けなく思えるかもだけど、俺は、いや俺たちはそう決めたんだ』

「そ、そうか。……俺たち?……まぁいいか。ところで一夏。実は俺も黙っていたことが……」

『あ、そうそう。そういや楯無さんも弾に一言よろしく伝えてくれと言ってたっけ』

「え……?」

『やっぱ楯無さんも、親友がそんな大切なことを自分に話してくれなかったのは少しショックだったみたいだ。でも楯無さんの方も改めて虚さんと話し合って、直接お祝いの言葉を述べるって言ってたから』

「た、楯無さんって。お前、まさか彼女に言ったんじゃ……」

『良かったな弾。虚さんと上手くやっていくにはやっぱ親友の楯無さんの了承が重大だからな。今夜二人で話し合うって言ってたけど、今の楯無さんならきっと受け入れてくれるさ!』

「いや、ちょ、おまっ……待て!待ってくれ……!その話し合いとやらを止めてくれ一夏!頼む!」

『待てって言われても遅いって。今ちょうど話し合ってる頃だし』

「Noぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

『ん?何だよ変なヤツ……。じゃあな弾、とにかくおめでとうな!』

「違う!違うんだ一夏!俺はまだ……!」

 

プツン。

電話が切れた。スマホを握り締めた弾の顔から血の気が引いていく。

 

弾は震えながら視線を傍らのパソコンに移した。そこには今の今まで見ていたサイトが表示されている。

 

『恋人たちにとって特別な日、それはクリスマス。一通りのデートを楽しんだ後、俺らはどちらともなく無言になった。言葉は要らない、頷きあってとあるお城に似た建物に向かう。妖しい薄赤色の灯る室内で俺たちは向かい合った。彼女は震えていた。俺はそんな彼女の初心な様子に小さく微笑むと、緊張を和らげるように優しくキスをする。そしてそのままそっとブラウスのシャツに手を掛け……』

 

「うわぁぁぁぁぁ!」」

弾の絶望の叫びが五反田家に鳴り響く。

 

『童貞が初体験を妄想するスレ33』

パソコンに表示される童貞丸出しの妄想文を前に、DANはただ己の見栄を嘆くしかなかった……。

 

 

 

童貞の掟ラスト 童貞は友人にさも経験したかのように嘘をつく 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




如何でしたでしょうか。
万が一にも全ての掟が当てはまった貴方は骨の髄まで童貞です。それを誇りましょう。

童貞は決して罪じゃない……罪じゃないんや!





……ラストの掟、男なら七割の方(適当)は経験したことあると思うのですが、どうでしょうか?
書いてて私の消し去りたい記憶が蘇った。よくもドヤ顔であんな嘘っぱちをダチに話していたもんだ……。

アンインストール。
アンインストール!




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チューカスブタ
織斑一夏の姉 (上)


兄弟はいいものです。姉弟はどうなのだろうか?


「よお一夏。どうよ幼馴染巨乳巫女の感想は?あれはイイものだろ?」

「だだんだ、だんだん、だーん。やあ我らが弾さんじゃあないですか」

 

一夏の訳分からん返事に弾は電話越しに固まった。なんだコイツのテンションは。

 

「何だよ一夏。何かいいことあったのか?」

「……昨日お前が貸してくれたアレの内容があまりにも衝撃的でな」

「そりゃ良かった。そんでな昨日も言ったけど、見ないなら『淫乱教師Ⅱ』他数本を返してくれや」

「もうないよ」

 

は?弾は呆然とする。今何と言ったコヤツは。

 

「ないって、え?どゆこと?」

「『セシリアビーム!』によって全部炭と化しちゃったよ。アハハ」

「ビーム?お、おい一夏。冗談だろ?一夏ジョークってやつだよな?」

「いいじゃないか。お前には愛しの花絵さんが、それに沢山の熟女奥様方がいるだろ?」

「一夏?おまえ……?」

「じゃあな熟女スキー。商品チェックは忘れずにしやがれコンチクショー!」

 

そう言って電話が切れた。アイツは何を言ってるんだ?弾は訳が分からなかった。花絵さん?俺の一押し素人女優じゃないか。何で一夏が知っているんだ?いや、それより「もうない」とはどういう意味だろうか?

 

「まさかなぁ……」

全く俺の親友は冗談きついぜ、弾はそう思い込もうとした。

 

 

だが現実は非情である。

 

 

一夏は電話を切ると、邪な笑みを浮かべた。罪悪感は無い。これは天罰だ。天からの裁きのビームだ。

 

「おい一夏。何を叫んでいる」

「何でもないよ千冬姉。じゃあメシにしよう」

 

一夏は姉に笑顔で答えた。

 

 

 

 

 

ここ織斑家では久しぶりに姉弟水入らずでのんびり過ごしていた。

学園では公私の区別をつけるため厳しい態度を崩さない千冬であったが、今は普通の仲の良い姉弟らしく話に花を咲かせている。千冬自身久しぶりに可愛い弟と教師としてではなく、姉として接することに喜びを覚えていた。

 

「美味いな。お前の料理はやはり何と言うか落ち着く」

「ありがと千冬姉」

「ふむ。味噌汁もいい味出している。懐かしい味だ」

「あはは。懐かしいって何だよ。お代わりは?」

「頂こう」

 

千冬に茶碗を返しながら、一夏も久しぶりなこの空間に幸せを感じていた。お互い珍しく時間が空いたので、掃除などの所用の為に実家に帰ってきたのだが、本当に良かったと思う。

 

「ところで一夏。小娘共とは上手くやっているのか?」

「うん。仲良くやってるよ」

「改めてボーデヴィッヒの件はすまなかったな。だがアイツもお前らと過ごすことで変わって来ているようだ。感謝するぞ一夏」

「なんだよ千冬姉。学園じゃ叱ってばかりのクセに」

「公私混同を教師がする訳にはいかんだろうが。まあお前はまだまだ修行が足りんがな。だいたい……」

「チェッ、ここでも説教は止めてくれよな」

 

そう言いながらも一夏は嬉しそうに笑った。

 

 

 

「ふう。ご馳走様」

「お粗末様。よく食ったなぁ」

「女性にそういうこと言うな!デリカシーの無い奴め」

 

千冬が照れたように睨み付ける。一夏は苦笑して頭を下げた。

 

「でも沢山食べてくれた方が俺としては嬉しいよ。……皆あんま俺の料理食べてくれないからなぁ」

「そりゃお前。あの年頃の女ってのは……」

 

少し悲しそうに言う一夏に、千冬は答えを返してやろうかと思ったが止めた。どうせ一夏には女性が日々グラム単位で己の体重と闘っているのだと言っても理解できないだろう。

 

「それに皆基本的に料理上手だからなぁ」

「ほう。そうなのか?」

「ああ。箒は和食全般上手だし。鈴は酢……中華を得意としてるし、シャルは料理部で何でもうまく作れるし。ラウラはまぁ、いいけど」

「そうか。なんか一人足りない気がするのだが」

「ん?ああ『ヤツ』は悪いけど問題外。ありゃアートだよ。どんな料理も触るだけで180度変えてしまう魔術師。激マズ暴走お嬢様。料理の変人。汝の母国はイギリス也」

 

コイツ友達の事どう思ってんだ?千冬は一夏の非情な一面に少し引いた。

 

「アイツそんなに酷いのか」

「酷いなんてもんじゃないよ。正直病院行きもおかしくない状態になったこともあるし。そのクセ料理作りたがるから始末に終えない。どうやったらサンドイッチで、『ああ』することが出来るんだろう?」

「病院って、大袈裟なやつだなお前は」

「千冬姉は知らないからそう言えるんだよ。学園の条文に『セシリアは料理禁止』って入れてくれない?」

「馬鹿か。全く……」

 

そうやって姉弟水入らずの楽しい休日は過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

「……という感じに千冬姉と過ごしたんだ」

 

「へー。そうなんだ。良かったわね」

「二日続けていなくなったと思ったら……まあ千冬さんなら仕方ないな」

「いいな。私も教官と昔話に花を咲かせたい」

「ふふ。いいじゃないラウラ。久しぶりの家族水入らずでなんだから。でしょ?一夏」

 

次の日授業が終了した後、一夏の部屋でいつものメンバーが集まり話をしていた。

ちなみに鈴に関しては一夏があの後頭を下げて謝った。鈴は気にしないで、と寛大に言い、その後ラウラを交えて「酢鶏」を美味しく頂いた。

 

「あの~一夏さん?私のことそんな風に思ってらっしゃるんですの?」

セシリアがおずおずと一夏に聞く。「料理下手」とはあんまりではないか。

 

「冗談だよセシリア。実際はそんな酷い言い方してないよ」

嘘です。実際はもっとヒデー言い方しました。

 

「まぁセッシーちゃんは問題外として、やっぱ料理って『美味しい』って食べてもらうことが作り手にとって最高の喜びだよね」

鈴が頷いて言う。

 

「ちょっと鈴さん!それって……!」

「ふふ。そうだね。僕も同感」

「まぁな。私も同意する」

「この前の酢豚おいしかったな」

「美味かったよなラウラ。鈴サンキューな」

「えへへ。ありがと」

 

そうして歯噛みするセシリアを他所に、皆は料理の話題で盛り上がる。

 

この手の話題になるといつも自分は「蚊帳の外」になる。セシリアは悔しかった。鈴、シャルロットは勿論、普段は黙り込むことが多い箒がこれ見よがしに話すのがなんとなく気に入らなかった。

ラウラも料理は出来ないが彼女自身はそんなこと気にしてはいないし、何より一夏を筆頭に皆ラウラにはどこか甘い。自分のようにネタにされる事は無く、ラウラが会話に参加出来るよう誰かが話を振ったりする。この差は何なのか。セシリアは憤った。

 

「とにかく美味しい料理は淑女の嗜みよね~」

鈴がセッシーを横目に邪悪な笑みを浮かべる。

 

「おいおい鈴。『美味しい』は余計だろ。世の中には『普通』の料理さえまともに作れない人もいるのだから」

箒が調子に乗って誰かさんを勝ち誇った目で見る。

 

「二人とも、そういう言い方しないの」

シャルロットはクラスメートを庇うようにとりなおす。

 

「でも千冬姉も昨日『将来の相手は料理上手がいいぞ』って言ってたなー」

一夏がお嬢様の気持ちを無視した能天気な言葉を放つ。

 

「ほう。教官が?なら私も覚えてみるか。セシリアじゃあるまいし訓練すれば上達するのだろう?」

ラウラが悪意の無い直球でセシリアにダメージを与えた。

 

 

「うわぁぁぁん!」

そうして彼女は泣きながらこの魔境から逃走した。

 

 

 

 

 

「チェルシー!皆酷いんですの!」

「あはは。お嬢様落ち着いて……」

 

部屋に逃げ帰ったセシリアは実家のメイド兼親友に電話をかけた。愚痴らなきゃやってらんない。

 

「でもお嬢様。そろそろ真剣に料理を覚えては?このままだと本当に料理テロを起こしてしまいそうで……」

「酷い!チェルシーまでそんな事を!私だって一生懸命やっていますのに」

 

その懸命さが間違ったほうに向かっているんですよ。彼女の親友は電話越しに小さくため息を吐いた。

 

「鈴さんにしても箒さんにしてもここぞとばかりに調子に乗って!」

「ああ凰鈴音さん。仲の良い子なんでしたよね?」

「べ、別にそんなことありませんわ!あんな人でなし……」

 

チェルシーは受話器を放し、聞こえないように小さく笑う。ホント素直じゃないんだから。

 

「彼女に料理を教わればいいじゃないですか。中華は種類も多く美味しいですよ。料理を嗜むものとして私も中華料理には尊敬を抱いています」

「何を言ってるんですの!この私にあの酢豚魔人に頭を下げろと言うんですか!」

「酢豚魔人?その方は酢豚が得意なんですか?それはいいですね。私も好きです」

「もう、貴女までそんな事を!酢豚にパイナップルを悦んで入れるような人に教えて頂くことなど……」

「なんですって?」

 

不意に低い声で聞き返した親友にセシリアはビビッた。どうしたんだろう?

 

「パイナップル?酢豚にパイナップル?その方はそんな非道を?」

「あの、チェルシー?」

「酢豚という完成された料理になんていうことを!正に上等な料理にハチミツをぶちまけるような暴挙!」

 

狼狽するセシリアをよそに彼女の親友は遠く離れたイギリスの地で怒り狂った。そう彼女は「パイナップル反対派」であったのだ。

 

「……お嬢様。私も来週日本に向かいます」

「はい?」

「週末の二日間で、せめて小学生レベルの基本ぐらいは学んでもらいます!酢豚にパイナップルを入れるような悪人に笑われたままでいい筈がありません!」

 

何気に酷いことを言う親友であったが、セシリアは驚きでそれどころではなかった。

 

「では来週お目にかかります。一夏様にもよろしくお伝えください」

 

そして電話は切られた。セシリアは呆然と自分の携帯見る。

 

「ど、どうなっているんですの……?」

訳が分からずセシリアは呟いた。

 

 

 

 

 

 

 




この酢豚は出来損ないだ。食べられないよ。
一週間後またここに来てください。本物の酢豚を見せてあげますよ。


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織斑一夏の姉 (中)

中VS英の究極・至高の酢豚対決を書きたかったが、サブタイ違いだと断念。

予定通りに進まないものです。姉どこ行った?


セシリア・オルコットは空港に来ていた。

携帯で時刻を確認する。まもなく現れるはずだ。セシリアは久しぶりの親友との再会に心が弾んだ。

ただ酢豚が原因で再会するとは思わなかったが。人生とは不思議なものである

 

「お嬢様―!」

自分を呼ぶ懐かしい声にセシリアは手を上げた。

 

 

 

「チェルシー!久しぶりですわね」

「ええ。お嬢様もお元気そうで」

 

久しぶりの再会にお互い笑顔が広がる。

 

「それにしても結構な荷物ですわね」

「ええ。調味料やら何やら沢山持ってきましたから」

「チェルシー、やる気ですのね……」

「勿論です。覚悟してくださいね、時間は限られていますから。スパルタでいきますよー」

 

大げさに握りこぶを作る彼女にセシリアは苦笑した。

 

「そういえば一夏様は?お目にかかるのを楽しみにしていましたのに」

「それなのですが……一夏さん急用が出来まして、明日の夜まで戻らないそうなんですの」

「ええっ!そうなんですか?ガッカリです。会っていろいろお話したかったのに」

「そうですわね。私も貴女を紹介したかったのですが」

「ハァ……。でも仕方ありませんね。じゃあお嬢様、さっそくホテルで特訓ですよ!」

 

 

 

 

オルコット家の者にシングルやダブルと言った概念は無い。ホテルと言えばスイート。しかも特上。これしかないのである。

こうして二人の英国淑女はキッチン付のスイートを貸しきり、向かい合った。

 

「いいですかお嬢様?料理をする上で大切なのは基本です。教科書どおりやれば大きく失敗することなど普通はありません。お嬢様のが普通にならないのは、スパイスも調味料も分からないクセに何でも入れちゃうからダメなんです」

「むむ、チェルシー。私だって……」

「シャラップ!お嬢様、私は今だけは使用人でも、友人でもなく、先生として接するつもりですから」

「は、はい」

「ではさっそく料理の基本、調味料から軽く勉強していきましょうか」

「よろしくお願いしますわ!」

 

 

 

「チェルシー。何ですのこの鷹の爪とは!私に鳥さんの爪を入れろと言うんですの?」

「お嬢様。それはただの名称で実際はトウガラシです」

 

「チェルシー。タバスコは赤で辛い、故に少量なのでしょう?ということはこの緑のタバスコは辛くないので沢山入れろ、ということなのですね!」

「どうして勝手に変な自己理論を結論付けるんですか。さらにさっそく盛大に入れてますよね。行動する前にご自分の考えの是非を考えてください」

 

「チェルシー!このハバネロなる調味料、鮮やかな色をしていますわ。美しい、もっと沢山いれましょう。そうしましょう」

「お嬢様、マジメにやってる?しかもまた勝手に入れやがって下さりましたね。こん畜生」

 

「チェルシー。……ふふふ。この芳しい香り。締めはこの香辛料を噴きかけて完成ですわ!」

「セシリア。それアナタ用の香水だよ……」

 

香水を料理に嬉々として吹きかける主兼親友の姿を見て、チェルシーは頭を抱えた。言葉遣いも主に対してではなく、お馬鹿な友人に対してのソレになった。

少なくてもあの香水は料理に吹きかけるために、遠く離れた英国から持ってきたわけじゃない。

 

「うふふ。私なんだかレベルアップしているのを感じますわー!」

「気のせいだよ」

 

優雅にくるくる回りながらまた違う香水を料理に吹きかけるセシリア。

これマジで本人に食わせようかな?チェルシーは香水たっぷりのパスタを見てそう思った。

 

 

 

 

 

所変わって市内のカフェではいつもの面子がお茶をしていた。

 

「あーあ。一夏の奴まーた急用だってさ。つまんないの」

鈴がストローを下品にくわえる。

 

「仕方あるまい。千冬さん絡みだからな」

箒が熱い紅茶をすすった。シャルロットは、このカフェで箒が緑茶でも頼んだらどうしようかと思ったが、どうやら杞憂に終わったようで安心した。

 

「ハフッハフッ……熱いけどこのパンケーキ旨いな」

ラウラはいつも通り美味しいものに夢中である。

 

「ラウラ。ゆっくり食べないと火傷しちゃうよ。ところでセシリアも友達に会っているんだよね?」

シャルロットがラウラの口の周りをハンカチで軽く拭いて、皆に尋ねた。

 

「ああ。そうらしいわね。なんでもセシリアの幼馴染で、友人で、メイドなんでしょ?」

「ややこしいな。アイツが言うには友人は料理上手らしい。教わってレベルアップしてくると息巻いていた」

「ハフハフ……セシリアがレベルアップなんて無理だろ箒」

「もうラウラったら。そんなこと言わないの」

「うんにゃ、ラウラは間違ってない。あの暗黒料理破壊お嬢様のレベルが上がるなんてことは……絶対にあり得ないのだ!」

 

鈴が立ち上がって力強く宣言する。

だよねー、と少女達の笑い声が上がる。

そうしてセシリアお嬢様は、本人の知らぬところで今日も友人にdisられていた。

 

 

 

 

 

「ハクション!……フフ。また誰かが私の噂をしているのでしょうか?美しさとは罪ですわ……ハッ、もしかして一夏さんが!うふふ一夏さ~ん」

「そんだけコショウ山盛に振り掛けりゃ、くしゃみくらい出ますよ」

 

そして毎度変わらずのセッシーであった。

 

 

 

 

次の日、チェルシーは隣のキングベッドで太平楽な顔をして眠る親友を見て、小さくため息を吐いた。

元からオルコット家の当主という肩書きを脱ぎ捨てて、友人として接する場合は「アホの子」のような部分を多少見せていた子であったが、ここまでだっただろうか?しばらく見ないうちに成長どころか、悪化している気がする。アホ具合が。

 

「でも、それはいいことなのでしょうね……」

そう、それはセシリアが、ありのまま自分を素直に出しているということ。それはきっと飾る必要も無く、彼女が幸せに過ごしていることに他ならないのだから

 

「この日本でお嬢様は良き友人達に巡り合えたのですね……」

電話や手紙で知った、セシリアの友人達にチェルシーは今一度心で礼を述べる。側にいられない自分の代わりに、セシリアを笑顔にしていてくれることに感謝を。

 

一夏様。箒さん、シャルロットさん、ラウラさん、酢豚、本当に……。

 

 

……酢豚?酢豚魔人!

母親のような暖かい気持ちでセシリアを見ていたチェルシーの心が急に燃え上がった。酢豚魔人、彼女こそはパイナップルを酢豚にぶち込む野蛮人ではないか。

そうだ、このままではいけない。なんとしてもセシリアに頑張ってもらい、彼女をギャフンと言わせなくては。これは自分のプライドの問題でもある。「パイナップル賛成派」VS「反対派」の代理戦争なのだ。

 

 

「お嬢様!……起きてください」

「うう~ん。一夏さ~ん。うへへ……」

「セシリア!」

人には見せられないアホ面を晒す親友を、チェルシーは叩き起こした。

 

 

 

「ということで昨日から今朝まで、お嬢様には少しの向上も見られませんでした。やる気あんのか?ていう感じです。どうしようもないレベルです」

「チェルシー?あのですね……」

「いいですかお嬢様、昨日も言いましたが料理は基本が大事なのです。もはやお嬢様に調味料云々を教えるのはヤメです。どうか私の言うとおりに作ってください。それだけでいいのです」

「チェルシー?でも……」

「余計なモノを加えず言うとおりに。いいですね?後、時々は味見をすること。これも大事です」

「チェルシー!わたく……」

「じゃあさっそくやりましょう。まずは基本的な伝統料理から」

「チェル……」

 

セシリアに料理の本質を教えるのは、オラウターンに講義をしているようなものだ。

 

出来るメイドであるチェルシーは早々に結論付けると、もはや余計なことは教えないことにした。とにかく余計な手順や考えを起こさせず、自分のコピーを作らせる。これしかない。

それにしても天才肌で何にでも器用にこなすセシリアが、何故料理に関してはこうまで破滅的になるのだろうか?チェルシーは首を捻った。

 

様々な想いが入り混じりながらも、時間が限られる中、彼女は出来る範囲でセシリアを鍛え上げていった。

 

 

時間は冷酷にも過ぎて行く。そして彼女が日本に滞在する時間が終わろうとしていた。

 

 

「お嬢様。結局私が教えたいことの十分の一も教えられませんでしたが、良く頑張り……頑張ってないですよね。全然なっていませんでしたが、まあ生徒がセシリアというのを考えると仕方ないのでしょう」

「あの?私凄く貶されている気がするのですが」

「心残りは山ほどありますが、御武運を祈っております。どうか悪しき酢豚娘をその手で!」

「チェルシー。分かりましたわ!私に任せなさい!」

「全然任せられない気がするのですが、杞憂だと信じます。ではお嬢様、私はこれで失礼します。……久しぶりにお会いできて良かった。元気なお姿を見られて。どうか皆様にもよろしくお伝えください」

「チェルシー……私も」

「名残惜しいのでここでお別れにしましょう。それとしつこいですが、くれぐれも御作りになった料理に余計な手を加えてはいけませんよ?」

「分かっていますわ」

「では失礼します。どうかお元気で」

 

 

 

そうしてチェルシーは短い日本滞在を終えて、英国へと帰国して行った。

セシリアは寂しい気持ちになりながらも、前を向いた。手にはチェルシー助言の下、作り上げた料理がある。これを一夏に食べてもらうのだ。「美味しい」って喜んでもらうのだ。

 

セシリアは「よしっ」と気合を入れると、学園への道を歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





スーパーで半額になったショートケーキを買った。食べた。
甘かった。一人で食うケーキは本当に甘かったよ……ちきしょう!


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織斑一夏の姉 (下)

昔世話になって、現在は教師やってる先輩と飲んできた。このご時世、生徒のことでさぞかし苦労していると思いきや、先輩曰く「生徒が怖い?いやいやご冗談を。本当に怖いのは大人だよ。頭の固いジジババ委員会にPTA云々……」らしい。うーむ。


「コペルニクスもガリレオも」 「二人の前では天動説!」 「「この世界は二人を中心に回っている!」」
全く関係ないが、このフレーズを考えた人は天才だと思う。めっちゃ笑った。天才とはいたる所に遍在する。



「あらセシリア。お帰り」

学園に着いたセシリアが自室へと歩いていると鈴に声をかけられた。

 

「鈴さん。一夏さんは?」

「まだ帰ってきてないみたいなのよ。全く」

「そうですか……」

「そういやアンタの方は?その手荷物はもしかして」

「フフフ……特訓を終えた私の真の実力、貴女にも見せて差し上げましてよ」

「ム。言うじゃないセシリア。ならあたしも後で見せてもらうわよ」

「望むところですわ」

 

セシリアは不敵な笑みを浮かべるとその場を後にした。

 

 

部屋に戻ったセシリアは作り上げた料理を広げる。特製の容器に入った料理は軽く温めたりするだけで、作り立ての美味しさそのままの味で出すことが出来る。

 

だがその料理を眺めていると、ふとムクムクとある欲望が湧いてきた。

どうも作った料理がパッとしない。常にエレガントさを求める彼女には、どことなく凡庸な見た目が気に入らなかった。自分が作ったものにしては優雅さが感じられない。

 

『余計な手を加えるな』

親友が何度も繰り返した言葉を反芻する。だがそれで本当にいいのか?という思いが湧き上がる。100%言われた通りに作った料理、いわばコピー品。それは本当に自分の料理だと胸を張って言えるのか?

 

セシリアは腕組みして長い間考えた。親友の助言を取るか、自らの欲望を取るか。

そして考え抜いた彼女は、終にある言葉を発した。

 

 

 

「いろどりがたりませんわね」

 

それはセシリア・オルコットが自らの欲望に負けた瞬間だった……。

 

 

 

 

 

「ただいまセシリア。友達の件ごめんな。急に千冬姉から用が入って」

「いいんですの。一夏さんお帰りなさいませ」

 

そして夜、電話を受けたセシリアが一夏の部屋に行くと、鈴も既にいた。面白そうにセシリアを見ている。

 

「鈴から聞いたんだけど、何やら自信があるんだって?」

「はい。チェルシー監修の自信作ですわ」

「そっか。なら安心、じゃない、期待できるな。俺メシ食ってなくてさ。千冬姉は急な用事入ったって言って、人呼んでおいてさっさと何処か行っちまうし」

「ホラ拗ねないの。じゃあセシリアさっそく見せなさいよ」

 

鈴に促されセシリアは自信満々に料理を広げる。今こそ自分が作り上げた自信作を!

 

 

しかし期待に目を見張っていた一夏と鈴の表情が、その「料理」を見た瞬間固まった。なんだコレは?この禍々しい色と臭いは?

 

「セシリア、あの?これって……」

「さあ一夏さん。召し上がってください!」

「え?でも……」

「一夏止めなさいよ。これどう見てもおかしいわよ」

「鈴さん!何を言うんですの。これはチェルシーの協力の下私が作り上げた自信作ですのよ」

「本当?どう見てもヤバイじゃない」

「全く。これだから酢豚にパイナップルを入れるような人は……この優雅な料理を理解できないのですね」

「セシリア。気を悪くしたら申し訳ないけど、本当に、本当に大丈夫なんだよな?」

「もう一夏さんまで!大丈夫です、何度も味見しましたから」

 

ホテルでは、とセシリアは心の中で付け加える。先程「少し」手を加えたとはいえ、そんなに味は変わっていないはずだ。

 

「そうか。……良し!分かった、頂くよ」

「一夏止めなさいって。どう見ても普通じゃないよコレ」

「鈴さんは黙って!」

「鈴、俺はセシリアを信じるよ。じゃ……いただきます!」

「はい!沢山召し上がってください」

 

 

 

 

 

そしてしばらくしてIS学園に救急車の音が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

「ううう。一夏さん、どうしてこんな事に」

暗い救急病院のロビーでセシリアは涙を流した。テメェのせいだろ!他に居合わせた少女達は彼女を睨みつける。

 

あの後男らしく豪快に一口食べた一夏は軽い痙攣を起こした後、その場にぶっ倒れた。何事かと慌てるセシリアをよそに鈴が泡を吹いている一夏の気道を確保し、校医を呼びに行ったおかげで最悪の事態は何とか免れることが出来たのだ。

 

しかしまだ予断を許さない状況である。後れてやって来た彼を慕う少女達が一心に無事を祈っていた。一方で元凶の少女をありったけ呪いまくるが、口には出さない『病院内は静かに!』という常識があるからだ。

 

しかしそんな常識を守れない人物がそこまで迫っていた。

 

 

始めに「ソレ」を感じたのはラウラだった。戦場で培った感覚が、何か恐ろしいモノが向かっていることに気付く。何だろうか?とてつもなく恐ろしい。ラウラの全身に鳥肌が立つ。

 

そしてラウラの感覚から数秒遅れて「ソレ」は現れた。

 

 

鬼がいた。

そこにいたのは鬼だった。

 

「フー!フー!」と荒い息を吐いて、全身から湯気のようなものをうっすらと出しているように見える。禍々しい気を放つソレはヒトを超越した存在。愛する弟を集中治療室送りにされた姉という鬼がいたのである。

 

「きょ、きょう、かん?」

ラウラの声が震えて、うまく言葉にならなかった。恐ろしかった、ただ恐ろしかった。

 

鬼、もとい千冬は「グッ」と少し腰を落としたかと思うと、ものすごいスピードでこちらに向かってきた。数十メートルあった距離が一瞬に無くなる。「人間やめますか?」というくらい恐るべきスピードだ。

 

 

『学校の廊下を走るな!』普段生徒にそう注意している千冬は更に上位の『病院の廊下を走るな!』という掟をぶち破って、一つの放たれた魔弾となって憎き元凶へと向かう。

 

「オル、コットォォォオオオオオ!」

「お、織斑せん……ほげぇ!」

 

そしてスピードを殺すことなく放たれた、千冬の強烈なビンタが元凶の少女を文字通り吹っ飛ばした。

拳を固めなかったのは、千冬に残った教師という最後の良心に違いなかった。

 

 

その時の様子を、偶然居合わせた酢豚(仮)は後にこう語る。

 

『マンガにあるでしょ?『聖闘士星矢』とかさ。まぁΩの方でもいいけど。殴った相手が上に飛んでいくってやつ。あたしもあんなのマンガの世界だけだと思ってたのよ……。でもね、その時セシリアは確かに飛んだのよ。宙をくるくる回りながらね。あの時のセシリア、まるでバレリーナのように優雅に空を舞っていたわ……』

 

とまあ、結局強制的に四回転半ジャンプをやらされたセシリアは、顔面から地面に着地した。そこには優雅さなど一つも無い。あるのは「悲惨」それのみだった。

 

「フー!フー!」

 

千冬の荒い息が静かな病院に響く。間近でその恐怖を目の当たりにしたラウラは既に涙目だった。歯をガチガチさせ、足を内股にし、何かを堪えるように震えていた。

 

「あっ……」

ラウラが小さく声をあげて、そのままペタンと地に座り込んだ。

 

彼女の断末魔のような呟きが何を意味していたのか、それは誰にも分からない。例え分かっていても、口には出さない優しさを持った少女達だったから。

 

「フー!フー!フゥー、フゥー」

 

ようやく千冬の息が収まっていく。だが誰もその場を動くものはいなかった。真の恐怖を知った少女達はただ震えていた。

 

 

こうして酢豚から始まり、一人のお嬢様によって引き起こされた騒動は、その元凶のノックアウトという結末で終わりを告げたのである。

 

 

 

 

 

「おはようー」

「おはよ。あ~まだ眠いよー」

 

朝。学園に通う少女達の眠そうな声があちこちから聞こえる。凰鈴音はそんな日常の風景に軽い喜びを感じ、天を仰いだ。

 

あの後皆が恐怖に震える中に届いた吉報。一夏が目を覚ましたという報せにどれだけ安堵したことか。皆で抱き合って、涙を流して彼の無事を喜んだ。気絶している元凶の1名を除いて。

 

不思議なことにあれだけの症状を見せたにも拘らず、目覚めた一夏はスッキリした様子だったらしい。後遺症も無く、身体にも異常は何一つ見つからなかった。

一応念のため一晩入院することになったのだが、千冬が「もう心配いらない」と他の少女達を強制的に帰らせた。だからきっと大丈夫なのだろう。

 

 

 

余談だが、実は運ばれて来た一夏は当初手の施しようがない状態だった。医者が匙を投げかけた時、何の前触れも無く元気に起き上がったのだ。

医者たちは、セシリアが作った料理には自分達さえ理解の及ばない効果を人体に与えるのではないか?と考えているそうだ。彼女の料理の謎を解明することによって、人類は更に先に進めることが期待されている……かもしれない。

 

 

 

「おはよう鈴」

「一夏!アンタ大丈夫なの?」

 

いつも通りのんびりした様子で現れた一夏に、鈴が勢いよく問いかける。

 

「何が?」

「何って。アンタ……」

「なんか俺昨日の記憶が曖昧でさ。目が覚めたら病院だったし。不思議だよなー」

「え?ちょっと一夏?」

 

狼狽する鈴を置いて、一夏が級友達に挨拶をしにいく。鈴は呆然とそれを見送った。どうなっているのだ?

 

「一種の記憶喪失だ」

「千冬さん?」

 

不意にかけられた声に鈴が振り向くと、千冬が仁王立ちしていた。あまりのタイミングの良さに、鈴は声をかける機会を狙っていたのではないか、と思った。

 

「あまりの体験に脳が無意識に思い出すのを拒否しているのだろう。……可哀想に」

「千冬さん……」

 

鈴が辛そうに千冬を、そして離れた一夏を見る。

 

「悲しいことですわね……」

「ちょっと!……ハイ?セシリア、なの?」

 

聞こえた元凶の声に鈴が怒って振り返ると、そこには確かにセシリアがいた。ただ頬の片方が尋常では無いくらいに腫れ上がっている。鈴は痛ましさに思わず顔を顰めた。

 

「鈴さん。今回のことは全て私の責。お怒りは当然ですわ」

「へ?いや、まぁ、そうだね」

 

だが今の彼女の顔を見ると、とても怒る気にはなれない。

 

「この顔はその罰だと思っていますの。ですから……」

「そういうことだ」

 

千冬が前に出て、セシリアに並ぶ。

 

「私とて正直まだ納得していないし、アイツの家族として許してはいない。だが一介の教師として、お前らを導く者として、今回のことは水に流さねばならないと思う。具体的にはイギリスとの外交問題もあるし、いくら学園が治外法権とはいえ、さすがに生徒をここまでぶん殴ったことがバレると、教育委員会や、PTAの奴らがうるさそうだしな」

 

おい教師、本音がただ漏れているぞ。鈴はそう思ったが当人達は既に和解し、握手などしている。

 

「そういう訳だオルコット。すまなかったな」

「いえ私が悪いのです」

「まぁ、姉として今後もアイツのことをよろしく頼む」

 

そんな感動的な両者の和解。しかし……。

 

「分かりましたわ!お義姉さま」

「誰が貴様の姉だ!」

「ほげぇ!」

 

口は災いの元。恨みが完全に晴れていない千冬の鋭いビンタが再度セシリアをぶっ飛ばした。「ヤベッ」そんな千冬の呟きが聞こえる。鈴はぶっ倒れたセシリアの下に多くの生徒や教員が駆け寄っていくのを、どこか人事のように見つめていた。

 

 

 

 

「おはよセシリア。今日は遅……わっ!」

「おはようございます一夏さん」

「ど、どうしたんだ?その顔!」

「これですか?片方の頬は昨日熊に殴られて、もう片方はさっき蜂に刺されましたの」

「熊?蜂?」

 

訳が分からず「?」が回る一夏をよそに、遅れてやってきた山田がHRの始まりを告げた。だが山田の顔には、朝から凄い心労の色が見て取れる。

 

「……おはようございます皆さん。ではHR始めます」

「先生。千冬姉……じゃなくて織斑先生は?」

 

一夏の質問に山田が「ビクッ!」と身体を振るわす。一夏は不思議そうに見た。

 

「お、織斑先生は、その、急きょ教育委員会の方へ、えーと出張?が決まりまして……」

「そうなんですか?にしても教育委員会かぁ。凄ぇなー」

「ハ、ハハ。そう、ですね」

 

一夏の純粋な感嘆に山田が顔を引きつらせる。セシリアは自分の席でニヤリと邪悪な笑みを浮かべた。

 

そうして担任が一人欠けた教室で、いつも通りの一日が始まろうとしていた。

 

 

 

 

彼女の頬の腫れが引く頃には、このような悲劇も忘れて皆楽しく笑いあっているはずである。

身体に受けた傷も、心に負った傷も、人は克服していく強さがあるのだから。

 

だから大丈夫。一人の教師の経歴が傷を負ったのだとしても、そういうのを乗り越えていく強さを、このIS学園に通うものは皆持っているのだから。

 

 

 

そういう訳でIS学園は今日も……多分平和です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






先日担当さんの好意で、某ゲーム会社を主とするライターさんと少しだけお話しする機会を頂いた。
昨今素人目にも厳しい業界の状況だと思っていたが、それでもトップクラスの書き手が貰えるマネーに驚く。


結論、エロゲー王に俺はなる!



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織斑一夏の日常

ただのとある日常の話。


篠ノ之箒は悩んでいた。

ずっと会いたくて、逢いたかった幼馴染と再会して数ヶ月が経ち、それなりの時間を共有したと思っている。だが一向に彼との距離が縮まっている気がしないのは何故だろうか。

 

理由は分かっている。ツンツンしていた英国お嬢様の変わり身の術から始まり、酢豚の来襲。流石に同性ならと安心していた奴の正体は、生足全開の油断ならない女性だった。ツンツンどころかギラギラしていた軍人少女も、いつのまにやらファーストキッス。同じファーストでも何故自分とこんなに違うのか。

 

要は次から次へと増えていく彼を慕う女の存在である。

 

友人が出来るのはいい。一人の男性を巡るライバルではあるが、彼女達との付き合いは本当に楽しく、心地よい。箒は心からそう思っていた。あまり人付き合いに向いていない自分を、快く輪に加えてくれる皆に言葉には出さずとも箒は感謝していた。

 

だがそうは思ってもやはり今の状況は気に食わないものである。距離は縮まらずライバルは増えていく一方。友達百人ならともかく、ライバル百人なんて出来なくていい。流石にこれ以上は増えないと信じたいが……だが箒は嫌な予感が消えなかった。そう遠くない未来、あと二人くらい増えそうな気が……気のせいだろう、多分。

 

 

それもこれもみんな一夏のせいだ!

箒はいつものように結論づけると、やりきれない想いを胸に抱え、肩を怒らせて校内をのし歩く。すれ違う人は箒のムスッとした顔を見て、道を開ける。まさに箒大魔神様である。

 

 

「お怒りのようね」

 

その怒りの背中にかけられる言葉、振り返るとヤツがいる。ヤツの名は酢豚。だって酢豚持ってるし。

 

「酢豚鈴か。何のようだ」

「あの、あたしの姓勝手に変えないでくれる?……まぁ将来的には変える予定っていうか予約あるけどね。今はまだ流石に無理だから」

「何だと?どういう意味だ!」

 

酢豚娘に箒さん瞬間激昂。相変わらずの沸点である。鈴はフフンと勝ち誇った笑みを向けた。

 

「そんなにカッカしなさんな。綺麗な顔が台無しよ」

 

箒が「ぐぬぬ……」と小さく唸る。だがすぐに深呼吸し心を落ち着かせた。

 

「ふぅー。で、その手の料理は、やっぱり相変わらずの酢豚か」

「酢豚よ」

「一夏に食べさせるのか?」

「ええ。酢豚だし」

「幾らなんでも毎回作りすぎじゃないのか?飽きられるぞ」

「酢豚は飽きないもん」

「どうだか、お前それしか作れないのか?」

「……すぶた」

「フン。女たるもの好きな料理ばかり作ってどうする?栄養のバランスを考えて……」

 

「うっさいわね!いいでしょ!酢豚はあたしと一夏の絆なんだからね!」

鈴ちゃんも激昂。沸点の低さなら負けない!……胸は完敗だが。

 

「それに酢豚はいろんな食材を組み合わせられる万能料理だもん!どんなお肉も、お野菜もドンと来いだもん!パイナップルまで拒まずの凄いやつだもん!これだけで栄養をしっかり取れるんだからね!」

 

鈴はムキー!と吠えると、肩を怒らせて去っていく。アイツ何しに来たんだ?箒は首を捻る。それよりアイツは今から一夏に会いに行くのか……。

箒はため息を吐くと自室へと歩き出した。やっぱりライバルはこれ以上いらない。

 

 

 

 

 

「なんか一学期もあっという間だったなぁ」

「そうだね」

 

箒と鈴が意味のない会話をしていた別の場所では、一夏とシャルロットがのんびりお話ししていた。冷房が効いて適度な温度に保たれている室内は心地よい。やはりこの学園金かけすぎ、一夏は思った。

 

「一夏はさ、その、夏休みどうなの?」

「どうって?」

「えーと、予定とか……」

「特にないかなぁ。バイトも今年は必要なさそうだし」

「そ、そうなんだ」

「ああ。シャルは実家に……あ、悪い」

「いいよ」

 

謝る一夏にシャルロットが笑顔を返した。一夏は反省する。この前彼女の状況を聞いたばかりなのに。

 

「なぁシャル。夏休みさ、よかったらでいいんだけど」

シャルロットの笑顔がどこか寂しそうに見えた一夏が珍しく、本当に珍しく歩み寄りを見せる。

 

「その、もしヒマならさ。えーと」

「え?あの、一夏……?」

「シャルさえ良ければさ」

「は、はい」

「俺と……」 

「一夏さ~ん!」

 

しかしそう上手くいかないのがこの世界の掟である。空気読まないお嬢様が、今は懐かし中学生日記のような雰囲気になった二人の世界をぶっ壊した。何の悪意もなく人の想いを、舌をクラッシュさせる天下無敵のお嬢様。汝の名はセシリア也。

 

「購買にいたんですの?探しましたわ」

「セシリア?ど、どうかしたのか」

「ん?どうしたんですの一夏さん。驚いた顔をなされて」

「いや、別に。な、シャル?」

「……うん」

 

シャルロットさん珍しくおかんむり。チャンスを邪魔され不貞腐れる。全くこのセッシーは!

 

「一夏さん!私ついに掴みましたの」

「何を?」

「料理の極意ですわ!今からお見せ致しますわ」

「さーてと。俺そろそろ町内会の夏祭りの手伝いに……」

「一夏さん!」

 

セシリアの呼び声を振り切って一夏は逃走した。彼女の料理云々は嫌なことしか引き起こさない。先日の忌まわしい記憶が最近になって甦った一夏はひたすら逃げた。

 

 

 

 

「もう一夏さんたら!酷いですわ」

「そうだね。ねぇセシリア、納豆知っているよね?」

「ナットウ?……あの腐ったおぞましい臭いの豆ですか?」

「うん。一夏さ、その納豆を美味しく食べることが出来る女性が好きなんだって」

「な、なんと!」

 

セッシー驚愕。文化の壁に頭が一瞬クラッと来た。

 

「後『くさや』っていう日本料理も美味しく食べることの出来る人じゃないとダメだとか」

「クサヤ?ですか。何かあまりいい響きがしませんわね」

「ニオイが強烈らしいけど、日本人全ての好物でソウルフードなんだって。これを食べれない相手とは国際結婚なんて無理っていうのが日本人の常識らしいよ」

「そんなことが……」

「納豆以上の強敵だけど、僕セシリアなら克服出来ると信じてるよ。セシリアは僕の大切な友達だから」

 

セッシー大感激。自分は何て良き友を持ったことか。

 

「シャルロットさん貴女という方は……。ううっ私も貴女のことは大切な友人だと思っていますわ!貴女との友情にかけて、このセシリア・オルコット!必ずあの納豆とそのクサヤなるものを克服してみせますわ!」

「わーすごーい。さすがセシリアー」

「さっそく挑戦致しますわ」

「うん。がんばってー」

 

意気揚々と歩き去っていくセシリアの背中を見送るシャルロット。彼女が完全に視界から消えたところで、シャルロットはニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

 

 

一夏は部屋に逃げ帰り一息つくと、部屋には先客がいた。

ベッドに誰かがスヤスヤ寝息を立てている。

 

「ラウラか……」

一夏は苦笑するとベッドに近づき彼女の頭を軽く小突いた。ラウラが寝ぼけ眼で見上げる。

 

「嫁か。お帰り」

「ただいま。ツッコミどころは多々あるが、とりあえず何してる?」

「お前を待っていたら鈴が来てな。美味そうな酢豚を持っていたから貰ったんだ。食いすぎたら、眠くなって……ふあ~ぁ」

 

ラウラが指さした先には、いつもと変わらぬ鈴特製の酢豚があった。

 

「パイナップル入りも良いものだ。酸っぱさの中にほどよい甘さがクセになる」

「そう?」

 

一夏は何故か可笑しくなった。ラウラが酢豚を語る日が来るとは。

そういえばラウラも、訓練の時の厳しさとはうって変わって普段はこんな幼子のような面を見せる。

酢豚の酸味の中でパイナップルの甘さが一層引き立つように、ラウラも軍人の凛としている一面があるからこそ、普段の幼い行動が一層可愛く映るのかもしれない。

 

「眠い。嫁、寝るぞ」

「その広げた両手は何だ。一緒に寝ろと?」

「当然だ。夫婦だからな」

 

一夏は苦笑するとラウラの隣に寝転んだ。照れくさいし、普段は彼女に注意していることだが、こういう日も悪くないと思った。

 

ラウラが身体を寄せてくる。その髪を撫でながら一夏も目を閉じた。

 

 

 

 

 

ありふれた日常。でもそういう何気ない日々が大切なのかもしれません。

 

 

そういう訳でIS学園は今日も平和です。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よしっ!」

 

自室で唸っていた箒は立ち上がった。あれこれ悩むのはやめだ。悩むより行動、それこそが今の自分には必要なのだから。

まずは一夏を誘いに行ってみよう。行き先は何処でもいい。とりあえず自分の方から一歩を。

 

箒は奥手な自分を叱責するように再度気合を入れると、一夏の部屋に向かった。

 

 

 

 

このあと一夏の待ち受ける運命については述べるまでも無い。

彼のミスを言うなら、慌てていたあまりカギをかけずにいたことだろうか。

 

ドアを開けた彼女が、ベッドでクラスメートと寄り添ってスヤスヤ眠る想い人を見てどういう行動を起こすか、それは「モッピー知ってるよ」というくらいに明白なことであるから。

 

 

 

 

そういう訳で彼の周りは今日も騒がしくなりそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 




では皆様良いお年を。


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五反田弾の浮気

今更ながらに目次に並ぶ『織斑一夏』という単語の多さについてふと思った。

そうだ、サブタイくらい変えてみよう。



ある金曜日の夜、織斑一夏はゴクリと唾を飲み込むと、ポケットから携帯電話を取り出した。少し震える手で番号をプッシュする。不安と胸の高鳴り、仕方ないのだ、男の子はいつだって恋する乙男なの。……いや違うか。

お馴染みの呼び出し音の後、相手の呑気な声が聞こえた。一夏は努めて明るい声を出そうとする。

 

「あ、俺だけど。あのさ、明日だけどさ、一緒にどっか遊びに……」

 

「え?用事?あ、そう。ふーん……」

 

「いやいや気にすんなよ。ヒマかなーって思ってかけただけだから」

 

「ああ、じゃあな。また……」

 

ツー。ツー。

 

 

 

「……弾」

 

 

 

 

 

「リンえも~ん!」

「なんだい一夏君。また皆にイジメられたのかい?」

 

遊びの誘いをすげなく断られた一夏は、偶然遊びに来た鈴に泣きついた。国民的スターの青狸に縋るダメ男君のノリで迫る一夏に、鈴も大人の対応で応えてあげる。

 

「弾が最近冷たいんだよ~!」

「しょうがないなぁ一夏君は」

 

鈴はそう言うとポケットから秘密のアイテムを……出せるわけもなく、マンガを読む作業に戻った。

 

「いやいや、鈴!聞いてくれよ」

「うっさいわね。今いいとこなんだから」

「弾が冷たいんだ!」

「あっそ」

「おかしいだろ!何でだ?俺なんかしたっけ?何かアイツから聞いてない?なぁなぁ」

「ゆーらーすーなー」

 

駄々っ子のように揺さぶってくる一夏に、鈴はため息をつくと、ヤレヤレとマンガを読むのを中断した。我ながら人がいいというか。

 

「で?弾が冷たいって、それさっきかけたっていう電話のこと?」

「ああ。遊ぼうと思ったのにすげなく断られた」

「弾にだって予定はあるでしょ。そんなん一回断られたぐらいで」

「違うんだよ!先週も、先々週も、その更に前の週もなんだ!これで4連敗だぞ。いくら何でもおかしいだろ!」

 

コイツまるまる一月も弾を誘っていたのかよ……。

つーか先週は自分と遊んだではないか。つまり弾の代わりだったということなのか?

鈴は怒りやら呆れやらで頭が軽く混乱するが、一夏の為に何とか頭を働かせようとした。

 

「まあ確かにね。約一月も振られ続けているってことか」

「ふ、振られたちゃうわ!そんなこと言うな!」

「何でそんな傷ついた顔するのよ。ばか……」

 

女として、恋する少年が誰かに関心を寄せるのを見るのは辛いものがある。ただこの場合の救いはその相手が男であるという点だ。

 

けどまぁそれもまた複雑なのである。

 

「何故だ……。用事ってなんだよ?」

「あのさ一夏。弾も新しい学校に入ったんだから、あたし達の知らない交友関係を築くのは当然でしょうが。アイツなら友達沢山出来るだろうし、もしかしたら彼女でも出来たのかもしんないし」

「それは……」

「一夏だってそうでしょ?あたしはともかく箒やシャルロット……ここで出会った皆とのこと全てを弾が知っているはずもないでしょ?昔みたいにいつも一緒にいられるはずないんだから」

 

鈴は子供をあやすように優しく一夏に答える。その心に大きな慈しみを持って。

 

「嫌だ!そんなの認めない!弾は俺のだ!」

 

コイツ……。

鈴は自分の慈悲の心も置き去りにした、一夏の堂々のジャイアリズム宣言にドン引きした。百歩譲ったとしても対象が男ってどういうことだ?このホモ野郎め。

せめて『認めない!鈴は俺のだ!誰にも渡さない!アイツは俺にとって誰よりも大切な女なんだ!』……そのくらいのことを言ってみせる甲斐性を見せたらどうなのだ。

 

鈴は先程の一夏のセリフを自分の都合よく改変して想像し、一人ニヤケた。

 

「おい鈴。何不気味な顔してんだ?気持ち悪いぞ」

 

うっさい甲斐性無し!

鈴は一夏を睨みつける。

 

「まぁとにかく、あんま気にしないことね。弾のことだからそのうちまた勝手に誘ってくるわよ」

「うう。弾~」

 

未だ嘆いている一夏を見て、鈴は盛大にため息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

「……で、わざわざ俺のところに来たと」

「ま、そゆこと」

 

次の日の土曜日、鈴は弾と会っていた。あの後部屋に帰ってから弾に電話をかけ、少しの時間会う約束を取り付けたのだ。弾の家近くのファミレスで向かい合う。

 

「時間大丈夫?」

「お前とお茶飲むくらいはな。にしても久しぶりにお前から会う約束してきたかと思えば」

 

弾がやれやれと両手を広げる。

 

「やっぱ一夏絡みか、お前も大変だなぁ」

「まぁね。手のかかる子供持つと苦労すんのよ」

「ハハハ。で?その子供はなんで連れてこなかったんだ?」

「さりげなく誘ったんだけどね。『あんましつこいと嫌われるかもしれないから』だってさ。全く……」

「……何考えてんだアイツは……」

「だからこうやってあたしが来たことも一夏には内緒にしてね?アイツ拗ねちゃうから」

「どこのお子様だよ……」

 

弾が呆れたように首を振った。

 

「まぁ仕方ない面もあると思う。アイツって言うなれば女子高に男一人で放りこまれた訳でしょ?しかも寮やら何やら管理されていて、学園以外での新しい出会いも難しいし。結局昔の友達に依存してしまうのよ」

「ふーん。そんなもんかね」

「周りは全員異性ってのは実際キツイからねー。分かってはいるんだけどさぁ。でもさ弾、一夏ったらヒドイのよ?もう少し女の子の気持ちってヤツを……」

 

弾が苦笑して、タンマをかけるように片手を挙げた。久しぶりに鈴の愚痴を聞いてあげたいところだが、そうなると時間がいくらあっても足りない。

 

「でも少し意外だな。お前なら『あたしがいるのになんて贅沢な!』って怒りそうなもんだと思っていたけど」

「ム……。まぁ、ね。そりゃ多少はムカツキますが」

 

鈴が一瞬ムフーと鼻息を荒くする。

 

「でも小、中とアンタ達と同じフツーの学校で揉まれて来た身としては、一夏の気持ちも理解できてしまうのよねぇ。あたしだってアンタらとよくつるんでいたけど、勿論同性の友達も居たわけで、別の安心感があったわけだし」

「そりゃそうだ。実際そういう意味ではアイツの境遇には同情する」

「それに特に一夏の場合、男友達とバカやっていたいっていう考えの方が強いでしょ?だから余計にね。……でもさぁ、だからといって『弾は俺のだ!』はないっつーの。アイツってホントさぁ……」

 

弾は再度片手を挙げて、続く鈴の愚痴を止めた。何かヤバそうな言葉が聞こえた気もしたが、たぶん気のせいだろう。そうに違いない。

 

「オホン。……ところで弾、結局用事って何なの?」

 

気を取り直すように鈴が尋ねた。

 

 

 

 

 

「バイト?」

「ああ。新しい楽器が欲しくてな」

 

別に隠すことでもない。弾はそう答えると、呑気にコーラーを啜った。

 

「それが理由?なーんだ」

「なんだとは失礼なヤツだな」

「だってさー。約一月まるごと一夏の誘い蹴ってたんでしょ?なんか特別な理由あるかと思ったからさ」

「しょうがないだろ。今のバイト基本土日祝日限定でまる一日だし。それに加えて家の手伝いもあって会うヒマ無かったんだよ」

「なーる。弾も色々頑張ってんだ。……新しい学校はどう?」

「ま、ボチボチだな。それなりに楽しくやってるよ」

「そっか、良かったわね」

 

鈴が微笑む。弾も笑って頷いた。

 

「でさ、弾も忙しいとは思うんだけどね、その、もし時間できたら一夏と会ってやってくんない?アイツって寂しがり屋なとこあるし、色々ストレスも溜まってるだろうしさ」

 

結局、最後はやっぱり一夏の為か。弾は苦笑する。

 

「了解。来週は多分時間取れそうだから」

「ありがと弾」

「べ、別に。アンタの為にやるんじゃないんだからね!」

「……これはヒドイ。ないわー。男のソレはキモイ」

「うるさい」

「へへ。弾ありがとね」

 

そう笑って嬉しそうにジュースを啜る鈴を見て、弾も微笑んだ。

それにしても改めて見なくても、やはり可愛らしい顔立ちをしていらっしゃる。下手なアイドルよりもよっぽど可愛いと思うのは友達の贔屓目だろうか。こんな子に想われる一夏に嫉妬の一つも抱いても誰も文句言わないだろう。

 

だけどそれよりも虚しいのはいい年をした男女が、こうやって二人きりでお茶を飲んでいるのにロマンスのカケラも無いことである。弾自身、目の前の少女を可愛いと思うものの、恋人云々に、ということは考えもしない。それはやはり鈴の想いを誰よりも知っているという自負があるからだろうか。

 

鈴の場合、昔から本人は隠しているつもりでもその想いは周りにはバレバレであった。そのことに気付いていないのは本人と一夏くらいだろう。そういう意味では似たもの同士なんだが、弾は昔を懐かしむように思い出し、小さく声を出して笑う。

 

「何よ。なんか可笑しい?」

「別に。ただ俺はお前の味方だぞ、と」

「はぁ?」

「いや、気にするな。何でもない」

 

一夏が誰を選ぶかなんて分からないし、そこは自分などがとやかく言える問題ではない。それでも叶うならこの少女と上手くいって欲しい、と勝手にも願ってしまう。鈍感の親友をゲットする道のりは厳しいだろうし、ライバルは想像以上に多いだろう。何より自身の大切な妹もそのライバル候補の一人である。

 

それでも願ってしまう。『頑張れ鈴』

 

「じゃあ俺そろそろバイト行くわ」

「そう?ありがとね。忙しい中時間作ってもらって。今度あたしとも遊んでよね」

「へいへい。……ああ会計は俺が払ってやるよ」

「『男が払うのは義務』ってやつ?そーゆーの好きじゃない。割り勘にしましょ」

「いや違う。やってみたかったんだよこういうの。さりげなく彼女の分も払うってシチュエーション。……その相手はまだいないけどな!」

 

弾は伝票を掴むと、カッコつけて歩き出した。鈴が苦笑するのが見なくても分かる。

 

「ま、アンタにもそのうち春が来るわよ。多分」

「うっせぇ!」

 

 

 

 

 

 

「おーいりーん。居るかー?」

「はいはい。……お帰り一夏」

 

弾との会合から丁度一週間経った土曜日の夜、部屋にやってきた一夏を一目見て、鈴は苦笑せざるを得なかった。一夏の満面の笑顔、それは今日という一日を楽しんだのを雄弁に物語っていた。

 

「いやー久しぶりに弾と遊んだよ。やっぱ最高だな!」

「あーそーですか」

「弾の奴最近ずっとバイトしていたんだってさ。うんうん、そういう事だったんだよ。鈴知ってた?」

「……いいえ。そうなんだ」

「そうなんだよ。それに『ダチなんだから要らぬ遠慮すんな』って言われてさ。ヘヘ……」

「アンタねぇ……」

 

嬉しそうに話し続ける一夏に鈴は呆れるしかない。腰に手をやって苦笑いを浮かべた。

 

「あ、そうだ。これお土産。お菓子」

「あら珍しい。何の冗談?」

「いや?なんか知らないけど弾が持っていけって。『鈴に感謝しろよ』って渡された。なんでだ?」

「もう、あのお馬鹿」

 

鈴が笑って受け取る。それは自分の好きなお菓子だった。

 

「立ち話もなんだから部屋に入りなさいよ。このお菓子とお茶と酢豚でも出すわ」

「なんでそこで酢豚が出てくんだよ……」

 

一夏はぶつぶつ言いながらも笑顔を浮かべて、鈴の部屋に入った。鈴は後ろ手にドアを閉めると、貰ったお菓子を見て微笑む。

 

ありがと、弾。

鈴は友人に心で礼を述べると、お茶を沸かしに流しへと向かった。

 

 

 

 

 

知らぬは男性ばかり。気付かない女性の『内助の功』により、世の男性方も知らぬうちに救われていることもあるのかもしれません

 

 

 

そういう訳でIS学園は今日も平和です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




という訳で弾の浮気疑惑(?)という仮初の体裁をとった酢豚ちゃんの話でした。弾のドロドロ展開なんて誰得な話を期待した人なんていませんよね?私は所詮酢豚しか書けないのですよ……。



とある筋からの意見によれば、一夏は『自分が幸せにする!』って思う女性より『自分を幸せにしてくれる』女性を選ぶべきではないかと言うんですよ。それはつまりどこぞの酢豚娘に他ならないという結論に達さざるを得ないということでありましてですね。つまりすぶたその一人勝ち状態、負け犬どもは……




かゆい
うま



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凰鈴音の夏

最近鈴とセシリアのコンビが私の中でキテいる。
乗るしかない、このビッグウェーブに。……という思いで書いたものであります。







「暑い。暑い暑い暑い!あっっっつぅーいよー!こんちきしょー!」

 

茹だる様な暑さが続く夏の日、IS学園の一室で我らが鈴ちゃんは一人吼えた。ベッドの上でショートパンツから伸びる健康的な足をバタバタさせながら、文句を重ねる。

 

「エアコンプリーズ!カキ氷食べたいよー!冬が始まらなーい!」

 

叫んだ所で余計に体感温度が上がるだけだというのに、この子は尚止まらない。少し可哀想な酢豚っ子、それが鈴ちゃん。

 

「うおー!がおー!ヨッシー!」

「うるさいですわよ鈴さん!いい加減にして下さい!」

 

最後には人語さえ放棄した鈴に、ようやく友が待ったをかけた。彼女の名はセシリア・オルコット。本人は固くなに認めはしないが、周りからは鈴のマブダチと見られている、これまた少し残念な所がある少女である。

 

「セッシー……」

「セッシーではありません!鈴さん、レディが暑さくらいでとり乱して恥ずかしくないんですの?」

 

そう諌める彼女の前には、既に空となった高級アイスの容器が5つも並べられている。

 

「豚のようにアイス食いまくってる人に言われても説得力ないし」

「ぶ、豚ですって!この高貴なる淑女セシリア・オルコットになんて事を!」

「セッシーはアイス豚!」

「ムキー!」

 

暑さは人の心を疲弊させる。二人の少女は無駄な労力となる、意味の無き言い争いに汗を流した。

 

 

 

夏休み前の日本では、記録的な猛暑が続いていた。

「なんで7月でこんなに暑いのよー!」と日本育ちの酢豚が茹で酢豚になるくらいの猛暑が続いている。

 

そんな地獄のような日々の中、年頃のやわな少女たちがエアコン無しで生きられるはずが無い。しかし電気代など考えもしない少女達による、昼夜問わずのエアコンフル稼働は、結果何台もの故障を出してしまった。そしてその対応にいい加減ブチ切れた千冬の「夏は暑いのが当たり前だ!」の鶴の一言により、授業以外の時間帯には制限がかけられる事になってしまったのである。

 

そうした鬼の所業により、IS学園の英国お嬢様のお部屋の中では、英中デコボココンビが暑さにより、更にアホに磨きがかかってしまう悲しき事態を引き起こしてしまっていた。

 

「うう、暑いですわ、暑いですわ。あいすアイスICE……」

鈴との不毛な言い争いに疲れたセシリアは、ゾンビのように冷凍庫をまさぐる。

 

「ああ!」

「なによ?」

「アイスがもうありませんの!」

「そらそんだけアホみたいに食ってりゃ、無くなるでしょ」

「神様……何ゆえこの私にこのような試練を与えるのですか!」

「売店行って買ってくればいいじゃない」

「私の高貴な口には決められた高級メーカーのアイスしか通りません!」

「ドライアイスでも喰らってろ」

 

そもそもこういうグルメ思考の人間に限って、極限状態では誰よりもあさましく、雑なものを貪るものである。

 

「日本の暑さは異常ですわ!ああ、イギリスの涼しい夏が恋しい!」

「アッチも雨とかで大概でしょ」

「こちらほど酷いなんてあり得ません!それにこの蒸し暑い湿度!不快にも程がありますわ」

「あたしはアンタのキンキン声が何より不快だわ」

 

先ほどまで雄叫びを浴びていた自分の行為を他所に、鈴はゴロリとベッドに寝転んだ。

 

「鈴さん!私のベッドを汗まみれにしないで下さい!」

「うっさいなぁ、あたしのフローラルな香りを染み込ませてやるんだから、感謝しなさいよ」

「酢豚の臭いなんて、NO THANK YOUですわ!ノーサンキュー!」

 

『ノーサンキュー』って聞きようによっては『ファッキュー』に聞こえるんだよなぁ、と鈴は物凄くどうでもいいことを思った。

 

「織斑先生もあんまりですわ。お金のことなんて、何なら学園全てのエアコン購入から取り付け工事まで、この私が全て出してあげても構いませんのに」

「クソ成金女」

「何か言いまして?」

「クソ成金女」

「聞こえてましたわよ!普通はそこで言い直すなり、トボけたりするものでしょう!」

「どうしろって言うのよ……」

 

鈴は汗を拭い、窓越しに燦々と照らす太陽の光を眩しそうに見上げる。

 

「そういやここに来る間、アンタのクラスメート数人が出て行くのを見たよ。暑いから外のファミレスかどっかに避難するって。アンタは行かなかったの?」

「涼を得るために外出するなんて貧乏くさいことなど、この私の辞書にはありませんわ」

「あ~。いつもは気にもならないお嬢様の台詞が今日はやけに癪に障る」

「本来なら適度な室温に保たれた部屋で、優雅に読書をしようと思ってましたのに」

「でも、ここに居たってストレスと体温が溜まるだけだしさ。一緒にどっか出かけない?」

「お断りです!この暑い中出掛けるなんて狂気の沙汰ですわ。私は絶対に動きません!」

「さいですか。じゃあ、あたしはもう行く……」

 

そこで鈴がやれやれと立ち上げると同時に、部屋のドアが開いた。

 

「セシリアー。ああ、やっぱり鈴も居たか。ヒマなら今から出掛けないか?」

「まぁ一夏さん!奇遇ですわ、私も丁度出掛けたいと思っていたんですの!」

 

あまりの変わり身の速さ。それこそが恋に燃えるチョロイン、セッシー!

 

「死ねばいいのに……」

鈴は誰にも聞こえない程の小さな声でボソッっと毒づいた。

 

 

 

 

 

 

「で?一夏。これはどーゆーこと?」

「どうって、見て分からないか?」

「分かるわよ。見たまんまだから納得出来ねぇってんだよー!うがー!」

 

またもや吼える鈴。

汗と一緒に涙を流しながら、一夏に文句を言う。

 

「釣り堀!これどー見ても釣り堀じゃない!このクソ暑い中釣り?アンタの頭の中どうなってんのよー!」

「ふむ。嫁よ、鈴は何でこんなに怒っているのだ?」

「分からん……」

 

一夏とラウラは顔を見合わせると、同じタイミングで首を傾げる。

その息の合った夫婦のような仕草に鈴は再び「がおー!」と負け犬の遠吠えをするしかなかった。

 

 

一夏の誘いにホイホイついていった英中アホコンビ。校門前で待っていたラウラと合流し、一時間以上かけて電車に揺られながら、目的地へと向かった。途中何度か一夏に行き先を尋ねるも「着いてのお楽しみ」ということで回答は得られなかった。そんでいざ着いていれば、答えは釣り堀……鈴の咆哮は至極当然であるかもしれない。

 

「なんで釣り堀?なぜこの暑い中釣り?一夏アンタ暑さでやられちゃった?」

「ラウラが釣りをやってみたいって言い出してさ。それで丁度弾から聞いていた、オープンされたばかりのこの釣り堀に」

「うむ。そういうことだ」

「シャルと箒も誘ったんだけど、両方とも部活でさ」

「だから!あたしが言いたいのはなんでこのクソ暑い中、しかも外で釣りなんかするのかってこと!」

「何言ってんだ鈴。夏の太陽の日差しを浴びながら、魚との手汗握る勝負をする。最高じゃないか」

「嫁よ早く早く」

 

手を繋いで歩いていく、自称夫婦を眺めながら鈴はガックリと膝を折った。

二人きりのデートとは違うと分かってはいたが、一夏と何所か涼しいところでお喋りが出来ると楽しみにしていたのに、まさかの仕打ち。一夏にロマンスなど求めてはいけないとはいえ、これはあんまりではないか。

 

「セシリア~。どうしよ、あたし既に死にそう……」

鈴はもう一人の、この場においては多少常識のあると思われる友人に助言を求める。

 

「私は一夏さんが望むなら、火の中針の中釣り堀の中、お供いたしますわ」

「アンタ……」

 

毅然とした顔で言い放ったセッシーの素晴らしき内助の功発言に、鈴の目が見開かれる。

 

「おーい鈴、セシリアー。受付するから早く来いよー!」

「は、はぁーい」

 

そうして駆けていく友人の後ろをノロノロと鈴も続く。

しかし目敏い鈴ちゃんには気付いていた。一夏に返事する友の顔が一瞬引きつり、何ともいえない表情になったのを……。

 

 

 

 

「そう。ラウラいいぞ!そこでタモに寄せて……オッケー、二匹目の大物だ、やったぜ!」

「わーい」

 

あれから更に一時間、鈴は隣の笑い声を聞きながら、竿を片手に、レンタルされたタオルで汗を拭った。もう数え切れないくらい汗を拭っているが、それでも止め処なく流れ続けてくる。

 

「面白いな一夏!」

「よかったなラウラ。でも本場の海釣りはもっと面白いんだぜ。今度一緒に行こうか」

「ああ。楽しみだ」

 

アハハ、ウフフ。と楽しそうに笑いあう釣り馬鹿コンビ。

鈴はこれまたレンタルされた麦わら帽子を目深に被りなおす。コッチは全然釣れやしねぇ。

 

「暑ちぃ……」

もはや呪詛のように繰り返される言葉を吐き出して、鈴はペットボトルのお茶を一気飲みした。

 

それにしても、ピクリともアタリが来ない。

鈴は半ば義務感のように、ウキを凝視し続けるが何も変化が訪れない。ラウラは大小合わせると既に4匹も釣り上げているというのに。同じエサ、同じ仕掛けでどうしてこうも釣果が違うのか。野生の本能を無くし、人間様の与えるエサに群がるフヌケの魚のくせに!平等にエサを食えよ、こん畜生。

 

「フィーッシュ!」

隣では釣り馬鹿一夏のドヤ声が聞こえる。どうやら一夏も本日3匹目の獲物をゲットしたらしい。

 

「おお。流石だな一夏」

「へへ。まぁな。これでラウラとの差は一匹だぜ」

「ふふん、嫁が夫に勝てるのか?」

 

二人の無駄に元気な会話が耳に入る。

というか、何故この二人はクソ暑い中、楽しそうに釣りなぞ続けられるのだ?

 

「はぁ……はぁ」

暑い。やっぱし暑い。鈴は犬のように舌を出して小さく喘ぐ。

 

「ねぇセシリア。アタリあった?」

鈴は一夏とは反対隣に座るセシリアに問いかける。

 

「せしりあー?ちょっと、無視、しないでよー」

暑さで話すのさえおっくうになりながらも鈴は会話を続けた。そういえばセシリアの奴先程から急に静かになったなぁ、と少し不思議に思った。

 

「セシリア?おーい、セッシーちゃーん?いい加減返事くらい……」

帰ってこない返事に焦れた鈴が、彼女に手を伸ばす。が、その手が途中で止まった。

 

「セシリア!」

友人の様子に鈴は驚いて身を寄せる。

 

荒い息を吐きながら、どこか焦点の定まらない瞳。鈴の声にも反応を返すことなく、ボンヤリと水面を眺めている。間違いない熱中病だ。鈴は少しでも影を作ろうと、セシリアに覆いかぶさるようにして陽を遮ろうとした。

 

「フィィィーッシュ!4匹目!」

「残念だったな嫁!私もヒットだ!」

 

黙れ釣り馬鹿一号二号!

鈴はアホ二匹の方向へ中指を立てた。空気読め!このアホども。

 

「ちょっと一夏!アンタいい加減にしなさい!コッチ見ろ!そんで手伝え!」

「なに?どうし……って、あ!」

 

一夏の驚きの声を聞いて、覆いかぶさるようにしていた鈴はようやく安堵の息を漏らした。とりあえずセシリアを涼しい所に避難させなければ。

 

「セシリア引いてる、引いてるよ!お前のウキ!」

 

死ね!

一夏のとんちんかんな答えに鈴は怒りのボルテージが瞬間突破した。この状況で何言ってやがる!

 

「セシリア、引いてるって。……セシリア?おいどうした!」

ようやく異変に気付いたのか、一夏の声の調子が変わる。

 

「見ての通り熱中病!一夏!手を貸しなさい!」

「セシリア?大丈夫か、セシリア!」

 

一夏が竿を放り投げて駆け寄る。

 

「セシリア!」

「はい!一夏さん!」

 

そこでいきなりグロッキー状態だったセシリアが正気に戻り、立ち上がった。一夏王子様の想いを乗せた自身の名を呼ぶ声に、お姫様セッシーは地獄からの復活を果たしたのだ!

 

それはまさに二人の、というより彼女の愛の力か。

 

「へ?」

ビックリしたのは鈴である。覆いかぶさるようにして彼女を守っていた鈴は、セシリアの急な立ち上がりにより、顎に強烈な頭突きを喰らうハメになってしまった。

 

「はうっ」

目から火花を出した鈴がセシリアから離れ、ふらふら~と千鳥足のようになりながら、池の方へ向かう。

 

『あ』

一夏、セシリア、ラウラ、三人の声が綺麗に重なった。そして……。

 

 

「にょ、にょえええええ?」

 

ドボーン!

 

派手な水飛沫を上げて、我らが鈴ちゃんは魚臭い池にダイブすることとなった……。

 

 

 

 

 

 

「はー」

冷房の効いた電車の中で鈴は安堵の息を吐く。電車の中が楽園とはどういうことだ。

 

「全く。鈴さんのせいで、予定よりだいぶ遅くなりそうですわ」

 

鈴の左隣に座るセシリアがため息交じりに言う。

それを聞いて、ブチッと鈴ちゃん怒りの波動が沸き起こる。

 

「あのねぇ!あたしはアンタを助けようとしたのよ」

「私は別に助けなんて求めていませんわよ」

「完全に熱中症寸前だったでしょーが!お馬鹿」

「……子供じゃあるまいし、自己管理くらい出来ます。気のせいですわ」

 

このアマ……。

鈴はその澄ました横顔にハイキックをぶち込みたい衝動に駆られたが、何とか堪えた。

 

それは池に落ちた後の鈴に対し、誰よりも親身になってくれたのは、他ならぬ彼女だったから。

釣り堀の管理人に何度も頭を下げてシャワーを借してくれるよう頼み、鈴には長めのシャワーを浴びるように言って、自身はその間に近くの店から着替え一式を買ってきてくれた。

帰り道には、頼みもしないのにジュースを次から次へと渡してきた。

 

『あれはセシリアの感謝の裏返しだよ』

一夏が先程なぜか嬉しそうにこっそり囁いてきたが、そんなことは一応親しい友人やってる鈴の方が良く分かっていた。それよりも一夏はこういう心の機敏には敏いのに、何故自分の好意にはあれだけ鈍感なのか、ということの方が不思議に思えた。

 

「でも悪かったなセシリア。もっと気を使うべきだった。悪い」

鈴の右隣に座った一夏が胸元で軽く手を合わせる。

 

「い、いいえ一夏さんのせいではありませんわ。私のミスなのです」

「それでも謝らせてくれ、ごめんなセシリア」

「うむ。私も一夏との勝負に熱くなり過ぎていて気付かなかった。すまなかったなセシリア」

 

頭を下げる一夏の隣で、ラウラもちょこんと頭を下げる。セシリアは真っ赤になって、ぶんぶんと両手を振った。

 

「あの、本当に私の体調管理不足が招いたことですから。どうか気にしないで下さい」

「うん。アンタのせいだね。分かってんじゃん」

「うるさいですわ!」

 

笑い声が起きて、セシリアが怒ったように顔を背ける。鈴がやれやれと頭を掻いて、隣の一夏たちの方へ身体を向けると、その反対から凄く小さな声で「ありがとうございました」と聞こえた。

 

 

 

 

ガタン、ゴトンと不思議と何処か心地よい音を立てながら電車は進む。

ラウラは急に静かになったかと思えば、いつの間にか一夏の肩を枕に眠ってしまっていた。あどけない様子で眠るラウラの姿は嫉妬さえ起きない。鈴は一夏と顔を見合わせて小さく笑った。

 

それから更に数十分。電車は走り続ける。

もう少しで到着か、鈴は今日一日をぼんやりと思い出しながら、物思いに耽る。全くとんでもない一日だったなぁ。

 

「ん……?」

そこで不意に右肩に重りを感じて視線を移す。

 

「ちょっ……」

視線の先、というより目の前には一夏の顔があった。すぐに視線を外し、思わず心臓に手をやる。

 

どうやら一夏のほうもラウラに倣い眠ってしまったらしい。鈴は顔が赤くなっていくのを感じた。滅茶苦茶恥ずかしい。それに気のせいか周りの注目も増えた気がする。

 

もう一度視線を右肩にやると、二つ隣で眠る少女と変わらぬあどけない表情で眠る少年がいた。その姿に、鈴は真っ赤になりながも愛おしさを感じて、小さく微笑む。

これは散々な目にあった自分に贈られた、僅かなご褒美なのかな?

 

「う~ん」

「セシリア?」

 

しかしそうは問屋が下ろさないのが、天下のセシリア・オルコットというお嬢様。微笑ましい桃色空間を形成していた二人の間に、例え無意識であっても割って入ってくる。

 

「おーい」

「むにゃむにゃ」

 

鈴の左肩に倒れこんできて眠るお嬢様を見て、鈴はため息を吐いた。自分は宿り木じゃないっての。

 

「アンタはノーサンキューだってのに」

「う~ん。一夏さーん……うへへ……」

「はぁ……ったくもう」

 

両肩の重みに苦笑する。鈴は二人を起こさないよう、なるべく身体を動かさないようにしながら、顔を窓の外に向けた。

ガラス越しには未だ強い日差しが降り注いでいる。

 

「明日も暑いのかなぁ」

 

変わり行く景色を眺めながら、鈴はそっと小さな声で呟いた。

 

 

 

 

これはそんなとある夏の日の一日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




たま~に敢えてクソ暑い中で釣りに行きたくなる衝動……釣り好きな方なら分かってくれるかな?

そして冷房の効いた図書館の有り難味をしみじみと感じるこの頃。


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男たちの夏 『立志編』

タイトルと登場人物に深い意味はありません。
間違っても検索しないように!絶対ですよ。
夏だからといって新たなゲートを開くことになっても、責任は負いません。


夏は人を変える妖しい魅力を持っている。

それは時に人をほんの少し大胆にさせる。夏休み明け、クラスで気になっていた真面目なあの子が茶髪になっていた……なんてのは日常茶飯事である。

生涯の童貞を誓い合った戦友が、唐突に鋼の誓いを打ち破り、勝ち誇った視線を向けてくるのも夏の風物詩と言えよう。

 

……夏には魔物が棲んでいる……。

 

 

 

 

 

それは五反田弾にとって全く思いもしない言葉であった。

 

「なぁ弾。いい天気だしナンパしに行かないか」

 

お盆前のとある日、早朝から家に訪ねて来た一夏を迎え、朝食後自室で二人のんびりテレビを見て過ごしていた弾は、テレビに目を向けたまま唐突にほざき出す一夏に心底驚いた。思わず目をこする。気付かぬうちに夢の世界に行ってしまったのだろうか?

 

「どうした?弾」

「あれ?いつのまにか眠っちまったのかと。おかしいな」

「あはは。何だよそれ、変なの」

 

いやいや変なのはお前だろうが。

弾は頭を軽く振って、これがリアルであることを確かめると親友を訝しげに見る。どうなってんだ一体。

 

「おい一夏。お前今なんて」

「待って。今いいとこだから」

「いや、だから……」

「おおー。打った!」

 

カキーン!

テレビでは高校球児がそれこそ全てをかけ、汗だくで白球を追いかけている。先程の一夏の台詞などとは、あまりにかけ離れている健全な光景。

 

「がんばれ、頑張れ……!」

 

手を組んでテレビの球児に応援を送る一夏の姿は、まさに視聴者の鑑。

弾は訳が分からなくなった。暑さで耳がやられちまったのだろうか?

 

「なぁ一夏」

「んー?」

「気のせいかもしんないけど、さっき何か言わなかったか?」

「さっき?……ああ、ヒマならナンパでも行かないかって」

 

ジーサス。マジだったよ。

弾は軽く眩暈を起こす。一夏が、あの一夏がこんなことを言うなんて!

 

「どうしたんだ?何があったんだ?悩みがあるなら相談に乗るぞ!」

「わ、驚かすな!」

 

鼻先まで顔を近づけて詰め寄る弾に、一夏が驚いた声を上げる。

 

「一夏。お前自分が何言ってるのか分かってんのか?」

「ん?せっかくいい天気だからナンパでもって思ったんだけど。嫌か?」

 

『いい天気だから買い物に行こうぜ』ってなノリでナンパに誘う親友に、弾は恐ろしいものを感じた。コイツ悪霊でも取り付いてんじゃねーのか。

 

「あーあ。アウトになっちった……」

チャンスで後一本が出ず、凡退したチームを見て一夏がしょんぼりした声を出す。

 

甲子園には魔物が棲む……。

不意にこの有名な言葉が頭の中でリフレインされる。弾は友の狂態に軽く身震いした。

 

 

 

 

テレビでの緊迫の場面が一段落したのを見て、弾は先程の言葉の意味を確かめることにした。

 

「お前さ。ナンパって言葉の意味分かってる?」

「幾らなんでも人をバカにしすぎじゃないか?」

 

弾の確認に一夏が呆れた口調で返した。

 

「だってよ、おかしいだろ!よりによってお前がナンパなんて言い出すなんて!」

 

弾が吼える。

長年友達やってる身としては、こんな事を言い出す一夏に何かがあったとしか思えなかった。

 

「別に深い意味ないんだけどな」

 

そんな弾の心配をよそに、一夏がのんびりした声を出す。

 

「実はさ、昨日散歩してたら偶然に工藤と重森に会ったんだよ」

「工藤と重森?……一夏それって中学ん時のクラスメートの?」

「そう。んでちょっと話したんだけど。二人とも随分格好よくなっててさ」

 

弾は記憶を探る。数ヶ月前偶然町で見た時は、二人とも中学時代そのままの地味で目立たない感じだったはず。

それが一夏の言うように変わったという事は……。

 

「夏休みデビューってやつだな」

「何だそれ?」

「夏休みを境に今までの自分と決別することだ。中学ん時もいたろ?夏休み明け、いきなり垢抜けてたりする子とかさ」

「んー?そうだっけか?」

 

一夏が少し釈然としない様子で考え込むのをよそに、弾が話を急かす。

 

「それで、その二人がどうしたんだ?」

「ああ。それで久しぶりに話してたんだけど、恋人云々の話になって」

「恋人だと?」

「うん。そんで俺が『彼女なんていない』って答えたら、なんかナンパの話になって……。なんでも先日二人で登山しに行った時に、そこでナンパされた人と恋仲になったとか」

 

なんで山なんだよ、と弾は思った。健全な高校生の男二人がクソ暑い中、山に登ってどうすんだ。それに普通ナンパと言えば海だろ。しかも逆ナンかよ訳分からねぇ。

ツッコミたい思いを堪え、弾は一夏の話を聞いた。

 

「ま、とにかく二人の話聞いて、一度ナンパってものを体験したいなって思ったんだよ」

 

変わらずのんびりと話す一夏を弾は凝視する。

いくら一夏とはいえ、当然自分と同じ男である訳だし、ナンパを通じて彼女が欲しいと思ったり、その先のムフフなことまで妄想してもおかしくはない。

 

しかし、それでも腑に落ちない。

何故ならコヤツがあの『織斑一夏』であるから!それに尽きる。

 

一方で弾の胸に、言いようのない嬉しさが込みあがってくるものがあった。

『朴念仁』『おホモさん』中学の時、一部からそう陰口を言われていた一夏がこんなことを言うなんて、成長したものだと。

我が子の成長に喜ぶ親のように、弾は友の姿に感慨深いものを感じた。

 

「……なんだよ弾。気味が悪い顔で見んな」

「気にするな。俺は嬉しいんだよ……」

「変な奴だな」

「でもいいのか?鈴とかに知れたらマズイことになるぞ」

 

弾が旧友の酢豚っ子少女の顔を浮かべながら忠告する。

しかし一夏は弾の忠告に、ムッとしたように顔を顰めた。

 

「別にいいだろ。そんなの」

「お、おい一夏」

「そもそも俺は誰とも付き合ってないし。なんで鈴の、アイツらの顔色伺わなきゃならないんだ?」

「一夏……」

 

何かあったのだろうか?

憮然とした顔で言う一夏に、弾は少し心配になった。

 

「とにかく、弾さえよければ夏の思い出として、そーゆー体験もいいかなって思っただけ。嫌ならいいよ」

 

一夏はそう言うと、視線をテレビに戻した。

弾が神妙な顔でそんな一夏の整った横顔を眺めていると、不意に昔の記憶が蘇った。

 

 

それは時は中学時代。

 

修学旅行の時、弾が密かに憧れていた女の子から夜に呼び出され、ガッツポーズをしながら向かった弾を待っていたのは、「実は私、織斑君のことが好きなの……」という気になっていた子からの、一夏への恋の橋渡しのお願いであった……。

ガックリしながら、大部屋でクラスメートと騒ぐ一夏にそのことを伝えると、返ってきた返事は「そんなことより大貧民しようぜ!」だったことを。

 

 

卒業式の後、これまた弾が少しいいなと思ったいた子から教室に呼び出され、ドキドキしながら向かった弾を待っていたのは、「実は私、いつも一緒にいる織斑君と五反田君を見て色々妄想していたの……」という少し気になっていた子からの、何と返事すればいいのか分からない告白であった……。

「しかも織斑君が総受けなの……」そう神妙な顔で告白する彼女に、弾は呆然となるしかなかった。家に帰り『YAOI』に関することをネットで調べ、その事実に泣いたことを。

 

 

そんな苦い記憶が蘇る。

それからすれば、動機はどうあれ女の子への関心を最大限に解き放つ、ナンパをしたいという思いは、一夏にとって大成長と言えるのではないだろうか?

 

ならば親友として一肌脱いでやるしかあるまい!

 

「オッケー分かった行こう今すぐ行こう絶対行こう!つーわけでさっさとキリキリ準備しやがれ!」

「だ、弾?」

 

弾に豹変に、一夏が驚いた声を返す。

 

「ナンパといえば海!気合入れてくぞ一夏!」

「あ、ああ。でもホントにいいのか?」

「問題ない!あと数馬も呼ぼう。二人じゃダメなんだ、三人でないと……」

「へ?どうして?」

「どうしてもだ!」

「あ、はい。でも数馬昼からバイトなんだろ?だから今日来れなかったって……」

「そんなの休ませる!男にはヤらねばならない時があるんだ。アイツも分かってくれるはずだ」

「弾?あのぉ……」

「オラさっさと準備しに帰れよ!青春は待っててくれねぇぞ!」

 

未だ少し怯んでいる一夏を強引に家から追い出すと、弾は数馬に電話をかけた。

渋る数馬を熱く、時に冷静に説得する。友情を持ち出し、青春を持ち出し、性夏を持ち出し必死に説得する。何としてももう一人友人が必要だった。それも出来れば気の置けない友人が。

頭数の絶対数は二人でもなく、四人でもなく、三人なのだ。

 

そして十数分にも及ぶDANの説得に、観念したように数馬がOKの返事を出した。

弾は急ぎで家に来るように伝えると、自らも準備を始める。

 

これは一夏の為、一夏の成長の為……。

そう己に言い聞かせつつも、弾は自らの頬が緩みまくるのを止められなかった。

 

「ついに、いや早速この時が来たか……」

 

もしやの時のために、先日買ったばかりのコンドーさんをそっと財布に忍ばせる。思えば使う相手もいやしないのに、コンビニで衝動的にこれを買ったのは、この時の見越しての予知だったのかも知れん。

 

「グフフ……」

キモイ顔で妖しく笑うDAN。

 

ナンパなぞ経験したことはないが、今回はやる気満々の人間(♀)磁石男の一夏様がいる!

これは凄いアドバンテージである。夏の海という心と身体が開放される唯一無二の場所。そこに我らが一夏が解き放たれればどうなるか……。

 

それは自分がおこぼれにあずかる可能性が大きくなるということである。

 

さようなら俺の初めて。

さようなら僕のチェリー。

弾はMY童貞に早めの別れを切り出した。思えば短い付き合いだったぜ……。

 

そして具体的な『行為』をキモイ顔で妄想し始めた。

 

 

 

……童貞というのは救いのない生き物だ。

そもそも見も知らぬ相手と、ナンパ後にムフフな関係になるなど熟練のプロでも簡単なことではない。その口説きテクニックは一朝一夕で身に付くものではないし、ナンパとは数多の失敗の下に成り立つものであって、大抵の人間はその過程で心が折れてしまう厳しいものなのだ。

しかし今DANは成功を前提とし、更にはそのお相手まで妄想し出す始末であった。可愛い子がいい、出来ればリードしたい、経験が無い子が……etc。ホント救えねぇ。

 

 

要はあまり夢を見るなということである!

 

 

 

そんな妄想を続けるアホの下に、来客を告げる母の声が遠くに聞こえた。

足音が近づいてくる。一夏か?それとも数馬だろうか?とにかく皆揃ったら仲良く性春の旅へGOだ!

 

コンコンとドアがノックされるのを聞き、弾が喜んで来客を迎え入れる。

 

「おせーぞ!さぁ共に行こうぜ、俺たちの輝かしい未来へ!」

「ニーハオ」

 

ドアを開けると、そこに立っていたのはチューカ酢豚娘でした。

弾は勢いよく開けたドアを、無言で力強く閉めた。

 

「ねぇ弾?訪ねて来た女の子に対して、これはあんまりじゃない?」

 

鈴の声が冷たく響く。

弾は夏だというのにドアノブを握り締めたままガタガタ震えだした。それは輝かしい計画が崩れることへの畏れなのか。それともこの少女に抱く本能的な恐怖なのか。弾にも分からなかった。

 

「弾?開けなさいよ」

「すまない!こっちに来ないでくれないか!」

 

そう。今日だけはこっちのラインに来ないでくれ!

弾は涙を堪えて願う。部屋の外にいる少女は仲の良い友達で、可愛く大切に思っている女の子でもある。

 

それでも、今日だけは男同士の間に入らないでくれ!

そう、願うしかなかった。

 

「……弾」

「悪りぃ鈴!今日は大切な用事があるんだ!お前には悪いけど一夏と数馬、三人で出掛け……」

「数馬は来ないわよ」

 

え?弾は呆然とする。

今コヤツは何と言った?

 

「り、鈴。お前今何て……」

「すこーしハメを外し過ぎたわねぇ?弾」

「な、何を言って、つーか数馬のことを、どうして?」

「うふふ」

 

哀れな鼠と化したDANに、子猫鈴ちゃんの微かな笑い声が突き刺さる

 

「偶然とは恐ろしいわね~。丁度さっき歩いてたら数馬と会ってさ。久しぶりだったから嬉しくてお話しようと思ったんだけど、なーんか挙動不審でね。それでその訳を尋ねてみたの……フフ。数馬はいい子だからすぐ教えてくれたわ。あんたのお誘いのことをね!」

「ち、ちなみに数馬君は?」

「お願いして帰ってもらったわ。良い子の数馬をそんな非道に巻き込ませる訳にはいかないから。友達として」

 

オーマイガ。

弾は神を恨んだ。何故主は童貞に試練を与えたもうのか。

 

「弾。アンタがお馬鹿な企みを企てるのは勝手だけど、一夏を巻き込むのは感心しないわね」

「違う!濡れ衣だ。今回の発案者は俺じゃない!一夏だ!」

 

友をあっさり売る薄情者DAN。

だって怖いんだもん。

 

「一夏がナンパなんて発案するわけないでしょ」

「いやマジで!」

「弾さぁ……」

「ホントなんだって!俺はただアイツに協力をし……」

「あたしをこれ以上怒らせないで」

 

氷点下の鈴様のお声にDANは口にチャックする以外は無かった。

冤罪とは果たして何時自分の身に降りかかるか分からないのだ。

 

「弾、いい加減開けて。顔をあわせてOHANASHIしましょ?」

 

OHANASHIという名の折檻じゃないのか?

弾にマグニチュード8並みの恐怖という名の震えが襲う。

 

「弾?」

「嫌だ!俺はここを開けんぞ!」

 

そりゃ好きな人がナンパしに行くなんてことを、笑って見過ごすことが出来るヤツなんぞいない。

誰だって怒る。俺だってそうする。でもだからと言ってみすみす折檻されるのは御免だ!

 

それにボコボコに殴られた顔でこの後どうやって女の子を誘えというのか。

この期に及んで尚、弾は水着のお姉ちゃんとのアバンチュールを諦めてはいなかった。

 

「弾」

「うわあぁぁぁ!聞こえないィィィ!」

 

弾は耳を塞ぎ大声を出す。それは追い詰められた獲物が見せる虚しき最後の抵抗。

 

「弾!」

「あー!がー!うおー!んあー、んあー」

 

もはや人語さえ放棄して弾は無様に抵抗し続ける。

そこには人間のプライドというものは微塵も残っていなかった。

 

「……いい度胸だわ……」

鈴の押し殺した声が響き、やがて足音がゆっくり遠ざかっていく。

 

弾はとりあえずは助かったという安堵感、そして余計に自分の罪が重くなったことへの恐怖感、その相対する二つの感情を等しく感じ、床にへたりこむ。

 

『後で覚えてなさいよ』

去り際、鈴がそう呟いたのを弾の耳はしっかりと捉えていた。

 

薔薇色のえっちぃ妄想空間なぞ、もう弾の中には存在していなかった。

 

 

 

 

一先ず折檻の危機は去ったようだが、問題は解決したわけではない。

下手をすればこの先ひと夏中、指導という名の折檻を身体に教えられる可能性が有る。

恐ろしい鬼女酢豚と化した友達に、後で思いっきり苛められるであろう俺。

……最悪さ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






カップルで賑わう海に野郎二人で泳ぎに行った今年の夏。
逆ナンってのは都市伝説ですよね…?
夢見させるようなことを言うな!


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教師たちの夜

洒落たBARで素敵な人を口説き落とす。


そんな風に妄想していた時期が私にもありました。



「わぁ……。お洒落なBARですね」

「そうだな」

 

世のサラリーマン、公務員にとって真の平穏と呼べる土曜日の夜。山田と千冬は少し足を伸ばし、洒落たBARなぞに繰り出していた。いくら教職者とはいえ、多感な女子高生たちを指導する日々はストレスも溜まる。たまには飲まなきゃやってられないのだ。

 

「一週間お疲れ様でした」

「そっちもな。お疲れ」

 

グラスを掲げ、一週間の苦労を互いに労う。

 

「ふぅ。美味しい」

「そうか」

 

相変わらず山田が酒を飲む姿は、犯罪に近い何かを感じる。

千冬は頭を振ると、彼女から視線を外し店内を見渡した。山田の言うように洒落た感じの中にも、落ち着いた雰囲気を感じさせる創りになっていて、千冬の好みに近い店であった。

 

「いい店じゃないか。よく見つけたな」

「生徒達に見せてもらったタウン誌に紹介されていたんですよー。それで行ってみたくなって」

「そうか」

「生徒達から『先生もBARなんかに行くのー?っていうか行けるのー?』って笑われましてね。全くもう、私だって立派な大人だってのに」

 

山田は見た目もそうだが、緩い性格もあってか友達のように接する生徒も多い。

千冬としては生徒との間に、過度の親しい距離を持つことはあまり肯定的ではないため、少し顔を顰めた。

 

「はふぅー。あ、すみませーん。同じやつお代わりお願いします」

「ペース速くないか?」

「エヘヘ。つい美味しくて。それにしても今週は会議とかも多くて大変でしたね」

「まぁな」

「来週もテストの準備とかで忙しくなりそうだなぁ。ハァ……やることが多すぎですよ」

「仕方なかろう。IS学園といえどそこは変わらない。教師とはそういうものだ」

「あ~あ。飲まなきゃやってられませんよー。……すみませーん!もう1杯別に注文お願いします。えっと種類はー」

 

山田の早いペースに千冬は眉をひそめた。とはいえ今週、来週と多忙な感がある。彼女の不満や、愚痴を言いたがる気分も仕方が無いことかもしれない。千冬はそんな山田を見て仕方ない、と思い直し小さく笑う。

 

「全く生徒には見せられんな。こんな姿は」

「今は教師じゃありませんから。勤務時間外ですぅ」

「まぁ、そうだが」

「そうそう生徒といえば、さっきの生徒達との話の続きなんですが、織斑君」

「……アイツがどうした?」

「やっぱり人気があるんですねー。本気がどうか分かりませんが、狙っている子多いみたいですよー」

「……ほぅ」

 

千冬の目が心なしか鋭くなる。だがアルコールが回り始め、ほろ酔い気分に成り始めた山田は、それに気付かずに続ける。

 

「そういう話で結構盛り上がっちゃって。不謹慎ですが、やっぱり女たるもの色恋話は聞くだけで楽しいですから」

「知るか」

「もう、織斑先生は……」

「生徒と仲良くするのは結構だが、垣根はしっかりと守れよ」

「分かってますよぅ……」

「おい大丈夫か。もう酔ったのか?」

「酔っていません。子供じゃないんですからぁ。それで、織斑君ですよ」

「だから何だ」

「ぶっちゃけ織斑君ってホモなんですか?」

「ゴホッ!」

 

らしくない姿で、むせるように咳をする千冬。山田はその様子を見て締りの無い顔で笑った。

 

「いきなり何を言い出すんだ!」

「だってぇー。生徒達が言っていたんですよー。全然反応が無いって」

「反応?何のだ!」

「さぁ~。よく分かりませーん」

 

このアマ……。

ヘラヘラ笑う山田に、千冬の怒りのボルテージが溜まってくる。物理で殴って酔いを醒ましてやろうか?

 

「でも確かに織斑君って、少し不安なとこあるんですよねー。初めは奥手なだけだと思っていたんですが」

「一体何を……」

「女性に対して淡白と言いますか……。専用機持ちの子が、あれだけ可愛い子たちがあからさまにアプローチしてるのに、なーんかそっけないし」

「フン」

「他の子たちもそれが不思議みたいですよ。それを見てチャンスだと思う子もいるようですけど、『もしかしてアッチ系?』っていう風に思う子もいて」

「全く。くだらないことを言いおって」

「で?実際どうなんですかぁ?」

 

少し舌足らずのように話す山田の姿は、不思議とそんなに違和感は感じない。だが今の彼女は、自分の魅力を計算しているぶりっ子のようで無性にむかつく。

千冬はイライラを抑えるように軽く一呼吸をした。普段の彼女は天然だからこそ、よい後輩に思えるのだと改めて分かった。

 

「山田先生。バカを言うな」

「ええー。違うんですかぁ」

「アイツは特殊な性癖なぞ持っていない。普通の男だ」

「ほんとの本当にー?」

 

コイツうぜぇ……。

気を取り直すように、千冬もグラスの酒を一気に煽る。割と強めの酒だったので、少しクラッと来た。

 

「マスター。私も同じヤツをもう一杯くれ」

「先生も速くないですかぁ」

「誰のせいだと……」

「で?違うっていうならぁ~。その根拠を聞かせてくださいよー。せんせー」

「チッ」

 

千冬は舌打ちすると、運ばれてきたグラスをこれまた一気に煽った。強い酒の反動にこめかみを押さえていると、暫くしてアルコールが体内に浸透していくのを感じた。何となく気分がハイになるふわふわした感覚。

 

「……そうだな。では少し昔話をしてやろう」

「昔話ですかぁ?いきなりですねぇ」

「一夏がホモではないという証拠にもなるしな」

「ほほう。では聞きましょうか」

 

そうして千冬は在りし日を思い出しながら、かつて弟とやり合った一幕を山田に語り始めた。

 

 

 

 

 

『……千冬姉。話がある』

『なんだ一夏、恐い顔して』

『俺の部屋勝手に入ったろ?』

『……いいや?』

『弾から借りた本が綺麗さっぱり無くなっているんですが!』

『お前は友人から借りた本をベッドの下に隠す趣向があるのか?』

『くっ……!いいから返してくれよ!』

『それは出来ん』

『なんで!』

『既に無いものを返すことは出来んからだ。今頃は市のリサイクル工場行きだろう』

『な、なんてことを……千冬姉、なんてことをしてくれたんだ……』

『当然だ。中学生の分際で色気づきおって。学生の本分に集中しろ』

『半年足らずだったけど、苦楽を共にしてきた俺の戦友たちを捨てた……だと……?千冬姉ぇ、あんたって人はぁ……!』

『なんだ一夏その顔は。私は保護者として当然のことを……』

『いくら千冬姉でも許せねぇ!辛い時も、悩める時も!俺は誌面から微笑む彼女達のおかげで元気になれたのに!』

『お前は何を言っているのだ』

『やっちゃいけなかったんだよ!そんなんだから大人って、エロ本だって簡単に捨てれるんだ!』

『い、一夏……』

『そんな大人、こっちから絶交してやる!』

 

 

 

 

 

「そんなことが……」

「ああ」

 

千冬は懐かしむように目を細める。

 

「思えばアイツが私に本気で反抗したのはあれが初めてだったかもな……。良かれと思った行動だったが、アイツにとってはあのエロ本に、ゆずれない何かがあったんだろう」

「ほうほう。やっぱり織斑君も男の子ですねぇー」

「その時も、何時ものように時間がたてばアイツの方が折れると高をくくっていたんだ。それが三日たっても、一週間たっても私を無視し続けてな……。あたかも『いないもの』のように。あれはマジで堪えた」

「あちゃー。そりゃキツイっすね」

 

それは確かにキツかった。

愛する弟からの徹底した無視攻撃、千冬にとってそのダメージは如何ほどであったろうか。

 

「それで十日目で私の方が折れてやった。流石に大人げないと思ってな。仕方なく歩み寄りを見せてやったんだ」

「ふむふむ。それで仲直りを?」

「いや、アイツはそれでも私を無視し続けた」

「わお」

「それから更に一週間がたって、改めて私が真摯に謝罪した。唯一の肉親がいがみ合ってても仕方がないからな。これも大人の余裕というヤツだ」

「本音は?」

「一夏のシカトに心が耐え切れなかった。限界だった」

「ですよねー」

 

そこで山田が笑う。

千冬もそれにつられたように苦笑いをした。

 

「……まぁ、そういう感じでアイツも、エロに全てを掛けるその辺の助平男子と変わらないということだ」

「なるほどぉー。ふーん?」

「なんだ?その顔は」

「いえいえ少し安心したといいますか。流石にホモ云々は半ば冗談だって分かっていましたが、それでも万が一ってこともありますからねー」

「オホン。山田先生、それが君と何の関係が?」

 

少し警戒を見せる千冬にも山田は動じずに続ける。

 

「……こう多忙な日々が続くとふっと思うんですよ。将来のこととかー、結婚のこととか?まぁ織斑せんせーには無縁の馬鹿みたいな悩みかもしれませんが」

「大丈夫か?そんなに疲れていたのか?」

「織斑君がソッチ系じゃないのはよーく分かりました。で?実際彼ってどんな女性がタイプなんですかね?」

「何?」

「タイプですよぅ。女性の好みです。例えば眼鏡掛けた人がいいとかー、巨乳好きとか?」

「おい」

 

ダン!

山田は既に何杯目かのお酒を飲み終えると、そのグラスを勢いよくテーブルに置き、据わった目で千冬を見つめる。

 

「いやね。やっぱり真面目な話、普通女なら誰しも将来に不安はあるんですよ。こんな世の中でもそれは変わりません。だってどうやったって体力面で男性に敵う訳ないし、女が独りで生きていける余裕ってのはそうありませんから。世間じゃ女の事情も考えないアホどもが、少しお金持ちの人と結ばれただけで、やれ『財産目当て』だの『結局は金か』などとほざいて非難しますけど、実際先立つものが無い苦しみ、貧しさなんかを考えないんですかね?我が物顔で『愛の無い結婚なんかして本当に幸せかい?』なんてほざく童貞臭い連中もいますけど、フザケンナって感じですよ。愛なんて後から付いてくればいいんですよ!そもそも幸せの概念なんて人それぞれなんです!他人がどーこー言う資格なんざ無いんです!お金目当てで何が悪いんですか!そんな女性に文句言うならせめて人一人養えるだけのお金を稼いでから言えって話ですよ!そうすれば少しはその苦労も……」

 

「もういい。やめろ」

 

興奮してマシンガンのように話す山田に千冬が待ったをかけた。山田のそれもあくまで一つの考え。個人の一意見なのだから。

更に手持ちの酒を一気飲みする山田に、千冬が水が入ったグラスを差し出す。

 

「落ち着け。悪酔いしずぎだぞ、水を飲め」

「酔っていません。わたひは子供じゃないんれす!大人です!れでぃです!」

「あのなぁ……」

「だからぁ!そこでわたひの一夏君の登場ですよ!」

「……私の、一夏くん?」

「一夏君って、唯一の男性操縦者ってことで将来も安泰じゃないれすかー?しかも混ざりっ気なしのイケメン。更に母性本能をくすぐるいい子ときたら、もうこれはお買い得間違い無しって感じー」

「…………ォィ」

「それに一夏くんって、何処に出しても恥ずかしくないくらいの超級シスコンだしー。それって要は年上好きってことでしょー?そうでしょー?前に授業で偶然圧し掛かったとき、凄く赤くなって動揺していましたし、他の乳臭いお子様軍団よりは脈ありだと思うんれふよー。せんせーの話聞いて彼もふつーの男の子だと改めて確信できましたしー。もうこれは手垢が付かないうちに本気で狙うしかないと……」

 

「おい山田」

千冬が氷点下の声でそれを遮る。

 

「お前あんま調子乗んなよこれ以上ふざけたお花畑なこと抜かしているとその牛の乳のように脳みそまでプリンにするぞマジで」

「あ、ハイ」

 

千冬の殺気に、一気にシラフまで強制的に戻らされた山田が、パブロフの犬のようにカクカクと頷く。

先程までの酔っぱらい気分なぞ綺麗さっぱり消え失せた。恐るべき千冬のガン付け!

 

「……一夏にもいずれは大切に想う誰かが出来る。……それはいい」

 

千冬のエターナルフォースブリザードの殺気によって、周りの空気まで凍った中、グラスを傾けて彼女は静かに語り始める。

 

「それが『誰か』は分からん。でもアイツが心からそう思える女性に巡りあえたのなら、それは喜ばしいことだ」

「織斑先生……」

「だから我々はアイツ等が、生徒達が大切なものを考えることが出来るよう、その環境を作って行かねばならない。学園の日々が、あいつらの長い人生に大きくプラスになることを祈って」

「ふふ。そうですね。本当にそうです……」

 

例え職場を離れてもやっぱりふと思うのは可愛い生徒のこと。

根っからの教師である二人は、グラスを互いに上げて乾杯の合図に入る。心の中で願う乾杯音頭は『生徒の幸せに』

 

カラン。

軽くグラスが合わさった音が小さく響いた。

 

 

 

 

 

 

 

「ところで先生的に織斑君のお相手にはどんなことを望むんです?」

「ふぅ……。そんな仮定の話を今しても仕方あるまい」

「あはは……。まぁそうですけど」

「そんな何十年後のことを話しても意味はないからな」

「何十年後?え?あのぉ……」

「アイツもそれまでに姉離れしてればいいのだがな。全く困った弟を持つ姉は大変だ」

「あの織斑先生……。彼も後二年弱で一応結婚も出来る年頃になるんですが……そのお相手も不自由してなさそうですし……」

「ぶっとばずぞ山田」

「あ、ハイ」

 

そんな週末の夜。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




子供の頃は皆、『愛』と『金』を天秤にかけた場合、何ら躊躇うことなく『愛』を取っていたはず。
……何時からだろう?「金は命より重い」の言葉を完全否定できなくなったのは。
何より、いらなくなったお宝を……お世話になった本やDVDの彼女達を、何ら躊躇うことなく捨てることが出来るようになったのは……。

ねぇビュウ……。大人になるって悲しいことなの。いやマジで。


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凰鈴音の酢豚

酢豚


「ワシの酢豚舞踊は百八式まであるぞ」

 

とある昼下がり、凰鈴音こと酢豚は何時ものように訳分からんことを唐突に言い出した。

運悪く酢豚と時間を共にしていたシャルロット・デュノアは、聡明な彼女らしく華麗にシカトする。この酢豚は下手に反応すると、余計調子に乗るからだ。

 

「あたしの酢豚ダンスは百八番まであるわ」

 

言い直すなよ。どーでもいいんだよ。

シャルロットは努めて無視するために、読みかけの料理本に視線を戻す。

 

ふむふむ、鯖の味噌煮かぁ……。これなんかは一夏喜んでくれるのかな?

シャルロットは恋する少年の喜ぶ顔を思い浮かべる。

 

「酢豚、豚、豚、パイナップルはー必要かー?ヘイっ!……これが記念すべき第一番酢豚ダンス」

しかし、そんな幸せな想像も酢豚の戯言によって邪魔をされる。

 

「酢豚、豚、豚、とーりにーくでーもおっいしーよ、ヘイっ!……これが第二番と見せかけて実は第三番酢豚ダンス」

歌声のみならず、妖しい踊りまでプラスする酢豚がマジでうざい。

 

「酢豚、豚、豚、カシューナッツもいけるっかも、ヘイっ!……これが第十四番酢豚ダンス」

神様、もう限界です。

 

「酢豚、豚、豚、ぎゅーにっくだーけっは……」

「もういい!何なんだよ君は!」

 

シャルロット、遂に切れる。

しかし切れられた方の鈴は待ってましたとばかりに、ニヤリと邪悪な酢豚スマイルを浮かべた。ようやく反応してくれて嬉しかったのかもしれない。

 

「いや~テニプリ読み直していたら、改めて師範の強さを思い知らされて」

「鈴、キミね……」

「でもアンタもそう思うでしょ?あの絶望感、テニスの試合でタカさんがガチで死んでいく恐怖!テニスとはかくも命の取り合いということを思い知らされたわね」

「知らないよ」

「うっそだー。ホモとテニプリが嫌いな女子なんていません!」

 

ドヤ顔でのたまう鈴を前に、IS学園で数少ない常識人を自称するシャルロットはため息をつくしかなかった。そもそも、なんでこの酢豚は人の部屋で我が物顔に漫画なぞ読んでいるんだ?

「うひょー。才気煥発の極み!これで勝てる!」……などとコミック片手にほざいている酢豚を前に、シャルロットは己の不幸を嘆かずにはいられなかった。

 

 

 

 

「ねえ鈴。結局何しに来たのさ」

 

鈴が一冊読み終わったのを見計らい、シャルロットは尋ねる。

そもそも先程唐突に部屋を訪ねてきたかと思うと、説明も無いまま彼女は部屋に居座りだしたのだ。

 

「ラウラに用があったんだけど。出かけてたなんて知らなかったから。だからヒマになってさ」

「ああ。そういえば最初ラウラのこと聞いてたね。ラウラに何の用だったの?」

「うーん、用というか……つーか聞かない方がいいと思う」

「そんな言い方されたら逆に気になるじゃない」

「酢豚パーティーのお誘い」

「帰れ」

 

シャルロットは汚物を見るような蔑みの視線をプレゼントすると共に、ドアの方を指差した。

 

「ちょ、ちょっと、そんな冷たい言い方しないでよ~。流石にキャラ違くない?」

「ごめん。少し言葉が悪かったかな。でもラウラを変な道に誘うのは止めてよね」

「変な道って何よ、あたしはただ酢豚美味しく出来たから一緒に食べようとしただけ」

「……この前ラウラがお風呂上りに、さっき君が見せたような変な踊りと、妙な歌を口ずさんでたんだけど?」

「酢豚ダンスね。ラウラには既に第三十三番まで教えたわ」

「やっぱりお前か!ラウラは純粋な子なんだから変なこと吹き込まないでよ!酢豚狂は一人で充分!」

 

シャルロットの怒りが爆発する。

先日お風呂上りに親友が真っ裸で妙なダンスを踊るのを目撃した、彼女のショックはどれだけ大きかったことか。「りーんごーの風味っもあっなどっれなーい、ヘイっ!」なんて歌っていた気がするが、思わずその場で頭を抱え蹲ってしまったものだった。

 

ラウラが。可愛いボクのラウラが……。

彼女はその夜、悪夢にうなさたのを思い出す。山盛り酢豚を片手にラウラが「シャルロット、食え、貪り食え、お前も酢豚の世界に来るんだ、というより酢豚そのものになるんだ!」と迫ってくる最悪の夢を見るハメになったことを。

 

それもこれも全部やはりこの目の前の中華酢豚が原因だったのだ!

 

「ねぇ、前から思ってたんだけど、君は何なの?何が君をそこまで酢豚に駆り立てるの?」

 

それはシャルロットの心からの疑問であった。某英国お嬢のような処置なしの魔界料理人ならともかく、鈴の料理の腕は一緒に過ごす上で彼女も知っていたから。

中華は勿論、簡単な和食、お菓子まで美味しく仕上げる腕。また一夏の好みを知り尽くし、時に料理部の自分でさえ舌を巻くほどの手際の良さは、軽い嫉妬を起こす程のものだった。

 

にもかかわらず、この少女は酢豚にこだわるのである。

目玉焼きしか出来ない女性のように、それしか作れない、というのなら分かるのだが、鈴は違う。確かな実力と豊富なレパートリーを持っているにも関わらず、酢豚に異常なこだわりを見せるのだ。

 

鈴は穏やかな目でシャルロットを見つめる。そして軽く微笑むと窓の方へ歩いていき、外を眺めた。その憂いの表情は儚げで、どこぞの令嬢のような雰囲気を醸し出している。

 

まぁ見た目は可憐な少女でも、どうあれ結局は酢豚に行き着くのだが。

シャルロットは思う。鈴って絶対性格で損してる。

 

「シャルロット。あたしたちってまるで酢豚だと思わない?」

 

何言ってんだコイツ?

シャルロットは鈴を可哀想な人を見る目で見た。とうとう常人とは違う世界に逝っちゃたのか?

 

「あたしたちは生い立ちに、生まれた国、文化など全てが違うわ。そんな何もかも異なった人間がこの遠く離れた地で出会った。これはもう一つの奇跡じゃないかしら」

 

鈴は顔を外に向けたまま続ける。

 

「酢豚ってのはね。それこそ様々なものがごちゃまぜになって、化学反応を起こして一つの料理になるの。一見料理材料とは無縁のパイナップルでえ、その身に包み込んで昇華させているわ。正しい酢豚のあり方なんてない、答えなんて無いの。それでいいのよ」

 

鈴はそう言うと窓を開けた。部屋の中に新鮮な風が吹き抜けていき、シャルロットの髪を優しく揺らす。

 

「酢豚って、考えてみれば不思議な料理名と思わない?だって名前に『豚』が入っているのよ?『肉』ならともかく『豚』……おそらく最初に酢豚を編み出した偉人は、酢豚を豚以外で作ることなんて想定していなかったんじゃないかしら。おそらく酢豚=豚肉だったのよ」

 

鈴は髪を掻き上げる。そして清清しい風に目を細め、そのまま続ける。

 

「でも酢豚はご存知の通り、豚肉以外をお断りするような矮小な料理じゃないわ。鶏肉でも、まぁ値段は張るけど牛肉でも、更には魚でさえその身に優しく包み込んでしまう。そして対極の存在と言える果物まで……分かるかしら?始まりの人が決めたであろう『豚』という概念に対しても、人は模索を続け、今日に至るまで酢豚を進化させてきたのよ」

 

シャルロットは思った。

この流れは何?どーなってんの?

 

「それは正に酢豚が持つ無限の可能性、INFINITE SUBUTA。略して『IS』ね。要はISも酢豚なのよ」

 

おいISを酢豚で汚すなよ。

ISに憧れ、凄まじい倍率を潜り抜けて入学してきた少女たちには、決して聞かせられない台詞だとシャルロットは思った。

 

「あの……酢豚?じゃなくて鈴。結局何が言いたいのかな?」

 

酢豚、もとい鈴の真意が分からずシャルロットは尋ねた。

鈴は軽く頷くと、その真意を語り始める。

 

「あたしたちは国、環境、考え方、みーんな違う。そんな違う人間がIS学園という場所で、自身の存在を声高に表現しながらも、一つになっている。これって凄いことだとあたしは思うの。違う?」

「それは、うん。確かに」

「ここの連中って、皆が皆クセのあるヤツばかりじゃん?箒にセシリア、そんでラウラも。そんな自己主張の強いヤツらが一つになるのってホント難しいと思うわけよ。でもあたしたちはお互いにいい意味でライバルやって、互いを認め仲良くしてるじゃない」

「うん……」

「それはあたかも一つの料理のようだとあたしは思うのよ。それはこのIS学園という器に盛られた料理。一癖も二癖もあるような、クセのある食材ばかりが材料に使われている。これらが全部一緒になって、一つの料理となるのは簡単なことじゃない。でもあたしたちはそれを可能にしているでしょ?」

 

それは正に酢豚のようだと鈴は言いたいのだ。

野菜、お肉、果物、全てがごちゃまぜになりながらも、一つの料理として完成している酢豚のように。

 

「確かにそれは一つの奇跡かもね」

 

シャルロットは軽く微笑むと、風が入ってくる窓の方へ顔を向けた。

祖国フランスから遠く離れた日本。ここで誰かと出会い、共に過ごすことになるなんて、昔は想像もしていなかった。

そして『彼』に出会えたことも。

 

「そして何よりそのクセのある材料を一つにする為の、とある魔法の調味料?って言えば言いのかな。それがここにあるからこそ、可能としているのよ。……それが分かる?シャルロット」

 

そんなシャルロットの心を読んだかのように鈴が尋ねる。

 

「ふふ。……確かに魔法かも。本当に不思議な調味料だね」

「まぁね。で?それはナンでしょう?」

「一夏、でしょ?」

「正解」

 

考え方や、育った環境に生き方、全部が違う。

そんな自分達がまとまっているのは一夏がいるから。

例えどんなに違っても、彼を想う気持ちだけは一緒だから。

 

「だからあたしは酢豚を愛するのよ。一夏との約束というのもあるけど、この日本で、このIS学園で皆と出会えた幸運、クセのあるごちゃまぜのヤツらが一つになる奇跡、それはあたしにとってあたかも酢豚のようなものなの」

 

鈴はそう言うと大きく息を吐いて、綺麗な笑みを浮かべた。

その笑みにつられるように、シャルロットの顔にも微笑が浮かぶ。

 

「もう当たり前のように思っちゃうけど、皆と出会えたこの奇跡に感謝しないといけないね。ありがと鈴」

「どういたしまして」

 

そうして二人の少女は顔を見合わせると、小さく笑い合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「とゆーわけで友情の証として、酢豚ダンスをアンタにも教えてあげるわ!」

「ごめん。それはいい」

「まぁそう言わずに」

「いや結構です」

「照れなくてもいいのに」

「違う。単純に嫌なだけ。ホント勘弁して」

「……そんなに?」

「アレをやるくらいならボクは死を選ぶよ」

「いやいや。そこまでなの?アンタの中での酢豚ダンスは?」

「鈴にも酢豚に矜持があるのはよく分かったよ。それに関してはもう何も言わない。でもあのダンスは別」

「そう……」

「あのおぞましいダンスをやるくらいなら、『酢豚大食い競争無制限勝負!』にでも挑む方がまだマシだよ。あのダンスは人類が到達した魔の境地というべき、後世に残すべからずの負の遺産だね」

「そこまで言わなくてもいいじゃない……」

 

 

そんな二人の少女のとある昼下がり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




酢豚


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織斑一夏の墓場 (上)

速報です。

今日未明、唯一の男性操縦者としてIS学園に入学したIさん(仮名)が大怪我を負い、病院に搬送されました。
詳しい原因はまだ分かっていませんが、どうやら痴情のもつれだということです。



『墓場』と聞いて連想するものは?

 

先祖の供養といった意味合いのほかには、暗闇、お化け、霊といった恐怖を煽るものを連想するだろう。墓場という言葉は本能的に恐怖をイメージさせるのである。

墓場は恐ろしい、恐ろしいものである。

しかしこと一部の男性諸君に至っては『墓場』という言葉に、霊だのお化けだの、そんなものより遥かにもっと恐ろしい意味合いを感じ取ってしまうのではないだろうか?

 

例えるなら、終電間近の駅のホーム。人目も憚らずイチャつくカップルを眺めながら、家でとっくにイビキをかいて眠っているであろうパートナーを思う。自分の人生とは何だったのか、何処で選択を間違えてしまったのか、こんなはずじゃなかった。……いつしか『墓場』とはそんなことを思い知らさせてくれる単語となるのだ。

 

それは即ち『人生の墓場』……つまりは結婚である。

 

 

 

 

 

 

「セシリアー。昼ごはんどうする?酢豚でも食べに行く?」

「貴女はどうして外食時にまで酢豚を食べようとするんですの?」

 

今日も今日とて、なんやかんや一緒にいることの多い英中デコボココンビは、町に繰り出し乙女の楽しみであるショッピングなどを嗜んでいた。とはいえ、今回はセシリアが部屋で干物化していた鈴を半ば無理やり連れ出したのであるが。お嬢様とはショッピングをせずにはいられない生き物なのだ。

 

そして店を何件か回ったところで、腹を空かせた鈴が昼食の相談を持ちかけた次第である。

 

「学園で酢豚、外でも酢豚。貴女の辞書には酢豚しかないのですか?」

「自分で作る酢豚もいいけど、店で食べる酢豚もまた新しい発見があって良いのよ」

「貴女の酢豚趣向なぞ分かりたくもありませんわ。お断りです」

「じゃあ餃子食べにいこっか。この前美味しいのを出す店見つけたの」

「なんで脂っこいものばかりを薦めるんですの?一先ずお買い物の休憩をかねて、近くのカフェで休むのはどうでしょうか?荷物もかさばって少々疲れましたわ」

「あたしは特に疲れてない。アンタみたいにアホみたいに買ってないし。つーかアンタ何でも買いすぎ」

「欲しいものがあった時はその場で手に入れる。後回しにして後悔するのは三流のすることですわ」

「チッ……死ねばいいのに」

 

鈴は聞こえないようボソッと呪詛の言葉を呟く。もし聞こえようものなら、結構めんどいことになるからだ、このお嬢様は。

鈴は戦利品が入った袋を誇らしげに掲げるセシリアを冷ややかに見つめた。

 

しかし金持ちというのは、どうして選ぶことをしないのだろうか?鈴には不思議でならなかった。買い物、特にファッション関係は、選ぶ楽しさも醍醐味の一つであるというのに。

なのにこのお嬢様ときたら、少しでも気に入ったものがあると、その場で値段に糸目をつけず購入するのである。世の人間は財布と相談しながら数千円、時に数百円の攻防をしながら購入しているというのに。全くふざけんなよこん畜生!

 

 

鈴は思い出す。

先程訪れた店で中学生くらいの子が友達に「この靴の為にお年玉とお小遣いを溜めてたんだー」と誇らしげに話す微笑ましい光景の横で、この金持ちお嬢がその子と同じデザインの靴を指差しながら「この靴を色違いで全部下さい」と店員にほざいたのを。

 

勿論セシリアに悪気はないのは分かるし、彼女が殊更悪意を持って金持ち自慢をするような人間でないのは、暫く友人やってきてよく理解している。要はセシリアというのは天然で、尚且つごく自然に金持ちなのだ。お財布と相談するという概念自体持ち合わせちゃいないのだ。

 

それでも、分かってても、その時の女の子達の表情が……。

決して安くない同タイプの靴を色違いで数足購入し、更に別料金で運送の手配までする友人。その隣で何ともやりきれない顔を浮かべる少女たちを横目に、鈴は物凄く居たたまれない思いになったものだった。

 

 

「なんかあたしらの国が爆買いで非難されてるみたいだけど、こういう無自覚な金持ち連中こそ、真に許すべからずではないだろうか……」

「ん?鈴さん何か言いましたか?」

「いや別に。じゃあアンタのお望みどおり、近くのカフェでも入ろっか」

「あの、お荷物少し持って頂けません?私こういう荷物を持つこと自体慣れてなくて」

「甘ったれんなよこん畜生」

 

セシリアを置いてすたすた歩いていく鈴。

「お待ちになって~」と情けない声を出して追いかけてくるお嬢様を見て、鈴はいい気味だと思った。

 

 

 

 

「およ?」

「どうかしましたか?」

 

オープンカフェにて、とりあえず何か飲み物を注文しようとしたところで、鈴が携帯を眺めたまま固まった。

 

「ちょい失礼」

鈴は携帯を持って席を離れていく。勝手に先に注文するわけにもいかず、セシリアは手持ち無沙汰で鈴の帰りを待った。

 

「ラン、ランララランランラン」

それから十五分近く経った後、イライラ腕組みしながら待っているセシリアの下に、ようやく鈴が鼻歌混じりに帰ってきた。能天気な様子にセシリアの目が剣呑になる。

 

「もう、どうしたんですの。相方を置いて訳も言わずに席を離れるなんて!マナーがなっていませんわ」

「ごめん。珍しい友達から電話があってさ」

「IS学園の方?」

「違う違う。中学ン時の。懐かしいなぁ、話したの二年ぶりくらいかなー」

「そうなんですの」

「あたしたちと同じで、近くで買い物してるんだってさ。凄い偶然だ」

「そうですか。ところで注文どうします?何を頼むんですの?」

「んー。なんでもいいや。あたしの分も適当に頼んで」

 

鈴は心あらずといった風で答えると、携帯を操作し続ける。

同席する自分を無視するような鈴の行動にセシリアの眉が上がる。

 

「鈴さん!」

「うっさいなぁ、なによー」

 

自分を無視するなと文句を言おうとしたセシリアだったが、グッと言葉を堪えた。今回は自分が無理を言って、鈴を買い物に付き合わせたのだから、大目に見てやるべきかもしれない。

 

何より祖国を離れ、旧友らと会えない寂しさは自分も同じではないのか。

いまだ携帯から目を離さない鈴に、セシリアは小さくため息を吐くと、そのまま彼女に向き直った。

 

「鈴さん。お買い物は一応済みましたし、お友達の所に行ってくれてもいいですわよ」

「え?いいの!……って流石にそりゃ失礼でしょ。今日はアンタと買い物に来たわけだし」

「私は大丈夫ですわ。それに私達はいつでもご一緒できますけど、その方とは違うんでしょう?せっかくの機会を無下にしてはいけませんわ」

「うーん。でもなぁ……」

「いいから行ってくださいな。今日はお付き合い感謝いたしますわ」

「ごめんねセシリア。今回のは貸しにしといて。じゃ」

 

申し訳なさそうにしながらも、足早に去っていく鈴。その姿は久しぶりの友達に会える喜びに溢れているようで、その背を見送るセシリアの顔にも思わず苦笑が出た。

 

その後店員に一人分となった紅茶を注文すると、背もたれに身体を預け、セシリアは空を仰ぎ見た。これからどうしようか。

 

 

「セシリア?」

 

その声にセシリアは驚きつつも反射的に姿勢を正した。その方の前ではだらしない姿なぞ見せられるはずがない、そう彼女が常日頃から心がけている、彼本人の声が聞こえたから。

 

「一夏さん!」

 

驚いた声を上げる彼女の目の前には、思いもよらぬ相手、織斑一夏が立っていた。

 

 

 

 

「そっか。鈴と一緒だったのか」

「はい。今はご友人のところへ向かわれましたが」

「俺も今日は朝から中学の友達と遊びに来ていてさ。今丁度別れたトコだったんだ」

「まぁ。そうなんですの」

「にしても凄い偶然だな。街中で会うだけでも珍しいのに、鈴は昔の友達と会うために去って行き、俺は逆に昔の友達と別れてセシリアと会うなんて」

「ええ。まったく」

 

二人の間に笑い声が起こる。

セシリアは一夏と話しながらこの幸運に感謝した。彼を独り占めできる機会など、そうそう有りはしないのだから。鈴が去っていったのも結果的に由としよう、いやナイスプレー、ナイススブタだったと言っておこう。

 

「また随分と買い込んだなぁ」

セシリアの脇の荷物を見て一夏が苦笑する。

 

「異国で一人生活するのは何かと入用でして。気軽にお買い物にも行けませんし」

「そっか。考えてみれば大変だよな」

「でも私が自分で選んだ道ですから」

「偉いな。俺なんて学園の入学にしても成り行きだからなぁ。流されてばっかだ」

「そんなことありませんわ」

「セシリアは凄いよ。頑張ってる」

「そ、そんな私なんて……」

「もっと誇っていいと思うぞ。イギリスから遠いこの日本で、一人頑張ってるんだからさ。尊敬するよ」

「一夏さん……」

 

セシリアは感極まったような声を出して、想い人を見つめる。

一夏は天下のイケメンスマイルで優しく微笑み返すと、運ばれて来たカフェオレに口をつけた。そして香りを楽しむかのように目を閉じる。そんな何気ない仕草にも、セシリアにとっては胸キュンさせられるのだ。

 

 

 

尤もIS学園が誇る恋に焦がれる六重奏の皆様に至っては、息をするように一夏のことを求めているので、何気ない仕草、行動なんかでも『ピンピロピロリ~ン』とサクラ大戦の如く好感度が上昇する仕様である。

更にはその筆頭のセシリアお嬢様に至っては、もう「あんさんは何やねん」と大阪人ばりにツッコミが入るほどの盲目的な惚れっぷりなので、例え一夏がだらしなく昼寝していても「かわいい!」と目尻を下げ、例え醜悪な大食い酢豚競争であったとしても、一夏が大喰らいすれば「なんて男らしいんですの!」となるレベルなのだ。つまり何をしても好感度上昇は間違い無しのビギナーモードである。

 

それは『さすおに』ならぬ『さすいち』

全て一夏が惚れられるように世界が収束する!

最近では六重奏どころか、何重奏になるか分からない程なので、もはや彼が持つ固有スキルと言ってもいいだろう。我らが一夏さんの魅了の力は留まることを知らないのである。

 

 

 

「セシリア?おーいセシリアー」

「……ハッ」

「何だよ急に呆けたりして」

「い、いえ何でもありません」

 

セシリアは胸元に手をやってドキドキ感を落ち着かせた。久しぶりの二人きりなので、どうしても胸が高鳴ってしまう。

落ち着け、クールになれ。そう心の中で自らに言い聞かせるセシリアを、一夏は怪訝そうに見つめた。

 

「あ~、その、買い物はまだ途中なのか?」

「え?……あ、えっと」

「さっきの話に戻るけど、鈴はもう戻ってこないんだろ?」

「はい。おそらくは」

「ふーん」

 

頬杖をつきながら、気の無い返事をする一夏。

そんな彼を横目にセシリアは自らを奮い立たせるように拳を握り締めた。この絶好の機会、逃してなるものか!という思いを持って眦を強くし、一夏を見上げる。

 

「い、一夏さん!あの、お時間があるなら、私と……!」

「良かったら俺が代わりに付き合おうか」

「へっ」

 

思わず間の抜けた声を出すセシリア。

一夏は再度呆けるセシリアを前に、水を一口飲んで口元を潤わすと、笑って続ける。

 

「買い物。女の子の流行は分からないから役に立たないかもだけど、荷物持ちくらいには」

「よ、よろしいんですの?」

「ああ。まだ二時半を回ったところで時間もあるし。邪魔じゃないなら」

「ありがとうございます一夏さん。嬉しいです、本当に……」

「大げさだなぁ。じゃあもう少し休んだら出かけようか」

「はい!」

 

嬉しそうに頷くセシリアを見て、一夏も微笑む。

セシリアは幸せをかみ締めながらも、一方で冷静に今後のことを考えた。それは酢豚を筆頭とするお邪魔虫たちの存在。

 

脳内セッシーが瞬時に他ライバルたちの今日の予定を演算する。

 

箒→部活。IS学園に居る。

シャルロット→ラウラと勉強会。IS学園に居る。

ラウラ→シャルロットと一緒。IS学園に居る。

更識姉妹→生徒会の仕事。IS学園に居る。

鈴→酢豚。

 

結論『セッシー大勝利!』

 

そう。考えるまでもなくこの状況は誰にも邪魔されることの無い、正に千載一遇のチャンスなのであった。いつもいつもIS学園では彼を誘おうとする度に、あたかも『神の見えざる手』の如く他の女性から邪魔が入る日々!

くやしさにハンカチをかみ締めた回数も数え切れず。シャルロットや箒が一夏と抜け駆けするのを見ながら、泣き寝入りするしかない屈辱の日々!

だがそんなのも今日で終わり。これからは輝かしい日々が始まるのだ!酢豚と共に廊下の片隅から、病んだ目で一夏を見送る日々などお終いなのだ!

 

「……来ましたわ。ついに、遂にこのセシリア・オルコットの時代が来ましたわー!」

「セ、セシリア?」

 

「おーほっほっほ!」とお嬢様キャラのテンプレのような笑い声で勝ち鬨を上げるセシリア。

ドンビキする一夏をよそに、雌伏の時を経たセシリアの逆襲が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




速報をお伝えしました。
詳しい状況が分かり次第、随時お伝えいたします。


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織斑一夏の墓場 (中)

ここで新たな情報が入りました。

先程速報でお伝えした、世界唯一の男性操縦者Iさん(仮名)が病院に搬送された件に関して、新たな情報が入りました。Iさん(仮名)と当時行動を共にしていたというDさん(自称親友)の証言を得られましたのでお送りします。


『俺ら友人は皆こうなることを恐れてたんだ。アイツはモテ過ぎるんだよ。息を吐くように無自覚に女性を惹きつける。同性のサポートがない中で、いつかこのような悲劇が起きてしまうのではないかと心配していたんだ。そもそもIS学園なんかに行かなければ、俺達と同じ普通の学校に通っていれば、きっと楽しく笑って過ごせたはず……えっ、当時の状況を話せ?……ああ、地獄絵図だったよ。何人もの女性から一斉に嫉妬攻撃を受ける様は。あの時、広場で数多のISから同時に放たれた攻撃はあたかも閃光となってアイツを襲……』

ザザザ……ザザ……


「簪ちゃんありがと。もういいわよ」

「うん、分かった」

 

簪は楯無に頷くと、プリントの束を机に置き、安堵の息を大きく吐き出した。朝から色々整理したり、職員室を行き来したりと中々の忙しさだったのが、ようやく一段落着いたからだ。

 

「かんちゃんお疲れー」

「ありがと。本音もお疲れ様」

 

手渡されたお茶を受け取り、簪が礼を述べる。

 

「それにしてもてんてこ舞いの忙しさだったねー」

「そうだね」

「ごめんねー。生徒会の仕事を手伝わせちゃって。お姉ちゃんが風邪引いちゃったから」

「気にしないで。大丈夫だから」

「ありがとーかんちゃん」

 

本音に和やかに笑う簪、そんな妹の様子を見て楯無は嬉しそうに微笑んだ。

あの子は変わった。それがとても嬉しい。

 

「さーて。じゃあお昼ご飯でも食べにいこっか。お姉さんが後輩に奢ってあげよう」

「奢るって言っても学食じゃないですかー」

「文句言わない。ホラ行くわよ」

「あ、ごめんなさい。私は……」

 

簪が申し訳なそうに待ったをかける。

 

「かんちゃん?」

「ごめんね。お手伝いが一段落着いたのなら、私はしたいことがあって」

「なになにー?」

「えっと……カップケーキでも作ろうかなって……」

「あー。分かった、おりむーに?」

「え、その、あの、ううっ……」

 

顔を真っ赤にして俯く簪。楯無はそんな初心な妹の様子に苦笑するしかなかった。

 

「分かったわ。簪ちゃん、行っていいわよ」

「うん……」

「おりむーによろしくねー」

「もう本音!……じゃあ私は」

 

真っ赤な顔のまま本音を一睨みして、簪は部屋を出て行く。

姉と従者はそれを微笑ましい思いで見送った。

 

「かんちゃん、うまくいくといいなー」

「……そうね」

「どうかしましたー?」

「別に。じゃあ私達二人だけで学食に行こっか」

「はーい」

 

妹に遅れて、楯無も本音と共に部屋を出た。

楯無は簪が歩いていったであろう方向を見ながら、先程の妹の表情を思い浮かべた。

 

それは恋する女の子の顔。織斑一夏という少年に恋する妹の様子が嬉しく、微笑ましい。

だけど……。

 

胸にチクリとするような感覚に楯無は小さく顔を顰めた。しかしそれも一瞬のことで、直ぐに本音に向き直ると、いつもの彼女の調子で飄々と歩き出した。

 

「お腹減ったなぁー」

「減ったねぇ」

「かんちゃん、私の分も作ってくれないかな?」

「ふふ。そうだといいわね」

 

 

……私も頑張るべきかな?

本音と何気ない会話をしながら、楯無はそんなことを思った。

 

 

 

 

 

 

「はぁ……。疲れた……」

一夏は心底疲れたように大きく息を吐き出した。両手の荷物がそれに拍車を掛ける。

 

「彼氏さんは大変ですね~」

「だから彼氏じゃないって!」

 

やけにフランクな店員に一夏は返すと、イスに腰掛けたままガックリうな垂れた。

もう燃え尽きそうだよ……。

 

「ホラホラ。そろそろシャキっとしないと!彼女さんが戻ってきますよ」

「だから違うっての!」

「可愛い方ですよね~。あんな素敵な子、ちゃんと掴まえとかないとダメですよ」

「店員さん、あのねぇ」

 

話を聞かない店員に一夏が再度反論しようと身を乗り出す。

 

「一夏さーん。お待たせしましたわ。じゃあ続きを再開致しましょう」

 

そこにお手洗いから戻ってきたお嬢様の上機嫌な声が響く。

一夏は引きつった愛想笑いを彼女に返しながら、さっさと学園に帰らなかった己の軽率な行動を悔いたくなった。

 

 

 

カフェを後にした二人がとりあえず向かったのは、有名なブティックだった。高級なプランドを専門的に扱う店であり、小物一つ見ても一夏からすれば目ん玉が飛び出そうな値段の店である。THE庶民の一夏は、場違い感を全身にひしひし感じながらも、セシリアに付き添っていたのだが、そこで一夏にとって災難の女性店員が登場したのである。

 

来るや否や一夏とセシリアを勝手にカップルと決めつけ、殊更素敵な恋人のようだと持ち上げ始めたのだ。

一夏からすれば勘違いであり、大いにその間違いを訂正したい思いだったが、恋人に仕立てられた少女は違った。つーか違いすぎた。セシリアの方は目を輝かせ、その店員とまるで十年来の友人のように親しく話し始めたのだ。呆然とする一夏を置き去りに、彼はいつの間にか、セシリアの理想のスーパーヒーロー兼彼氏になったようだった。

 

こんなに俺とお嬢様で意識の差があるなんて思わなかった……!と某霧星人の如く彼が嘆きたくなったかは謎であるが。

 

その後店員の恋人発言に、乗せに乗せられまくったセシリアは完全な有頂天セッシーとなった。

そこから何故かモデル云々の話になり、遂には『セッシーのセッシーによるセッシーの為のファッションショー!』が開催される流れになったのである。無論観客は一夏一人。

 

そして小休憩を挟むまで、一時間以上に及ぶセシリアのファッションショーを延々と見学することとなったのだった。

 

 

 

「一夏さん。このヘッドバンドはどうでしょう?」

「似合ってるよ」

「このイヤリングもいいと思いません?」

「似合ってるよ」

「それとこのお洋服中々のデザインですわ。また試着して来ますね」

「似合っ……」

 

ショーの再開後もセシリアは止まらなかった。小物や洋服を試着しては嬉しそうに一夏に見せる。それに対し一夏は疲れた笑顔で「似合ってるよ」を繰り返した。既にヤケクソ気味だった。

 

 

 

ところでバカの一つ覚えみたいに「似合ってる」しか言わない一夏だったが、実は女性に対するファッションへの感想についてはあながち間違ってはいない。女性が男性に求める感想は「似合ってる」だの、「可愛い」だの、こういうのなのだから。「コーディネートがどう」とか「色合いのバランス」だとかそんな感想求めちゃいないのである。

そういう踏み込んだ話は同じ趣向の女性同士でするものであり、女性側も本心では男性に求めちゃいない。故に例え微妙でも、とにかく「似合ってる」と言えば満足する方が多いので、世の男性諸君はとりあえず女性を褒めまくりましょう。

 

 

 

「はぁ……」

セシリアが寸法を測るために、他の店員と着替え場所まで行くのを見届けると、一夏は何度目かのため息を吐いた。

 

「またまたそんな顔して。もっと嬉しそうにして下さいよ~」

 

一夏にとって悪魔の店員が馴れ馴れしく話しかけてくる。そりゃ店にとっては物凄いお得意様だろう、何せクソ高い代物をポンポン買ってくれるのだから。

 

「男性って大概こうですね。お連れで来る場合、殆どの男性が今のお客様のような反応をしますよ」

「服ってそんなに気合入れて着るものなんですか?」

「女性にとってファッションは命なのです」

「意味分からないですよ……」

 

理解不能、という風に一夏は首を振る。

多少の趣味はあるが、基本着れれば何でもいいというスタイルの一夏には理解できなかった。

 

「とにかくもっと楽しそうにして下さい。そういう感情は態度に出ますし、それで喧嘩になるカップルも少なくないのですから」

「だからカップルじゃ……」

「恋人に笑顔で褒めてもらえるだけで、女は幸せな気持ちになるものですよ」

 

マジで話聞けよこの野郎、と一夏は思ったが、先程からのセシリアの楽しそうな顔を思い浮かべる。

子供のようにはしゃぐ彼女の姿を見たのは初めてではないだろうか?

 

幸せな気持ち。

服を褒められただけでそんな風に思えるのはよく分からないけれど。

 

それでも、セシリアが楽しんでくれるならそれも悪くないか。

 

一夏がそう思い直したところで、セシリアが奥から手を振って歩いてきた。一夏は一瞬目を閉じて、自身の気合を入れなおすと、得意のイケメンスマイルを繰り出す。そして口を開いた。

 

「似合ってるよ」

 

 

 

 

 

 

中段構えから呼吸を正し、素振りをする。

馴染んだこの一連の動きを箒は集中して繰り返していた。

 

剣道では全国でもトップクラスの実力になった今も、箒自身は自分には特別な技術力があるわけではないと思っている。華麗な技や、小手先で流す技術は自分には無い。ただ基本に忠実に、愚直なまでに前に進む。これで自分のスタイルと自負していた。

 

だから剣道の基本中の基本である素振りも決して嫌いではない。

箒は額に汗を浮かべながら、他の部員達と共に一心に竹刀を振るった。

 

 

 

「あ~疲れた」

「そうだねー」

 

部活が終わり、先輩が去った後に待っているのは道場の清掃である。箒たち下級生は疲れた体にムチ打って最後の後始末に励んでいた。

ブーたれる部員達を横目に箒は黙々と作業を続ける。清掃は嫌いではない、何かを綺麗にすることは心を綺麗にすることにも繋がる、そう思っているからだ。

 

「篠ノ之さん、相変わらず手際がいいね」

「そうか?」

「うんうん。いい奥さんになるよ~」

「なっ!何を言い出すんだ!」

「あれ~?誰を想像したの?」

「そう言えば旦那さん、最近道場に顔見せないね」

「旦那って、一夏は別に、そんな……」

「おや?別に織斑君のこととは言ってないけどー?」

 

瞬時に耳まで真っ赤になる箒。

他の部員達はそんな可愛らしい少女を見て微笑を浮かべる。

 

「篠ノ之さんたまに彼連れて来てよー。人の旦那でも、やっぱイケメンがいればやる気も出るし」

「だ、だから!まだ旦那ではないと……!」

「まだ?それってどういう意味~?」

「ううぅ……もう勘弁してくれ」

 

これ以上ないほど真っ赤になる箒だが、他の部員達の攻撃は続いた。女性にとって他人の色恋話ほど楽しい話題は無いのだから。

 

一方の箒も真っ赤な顔で懸命に対応しながらも、この状況を少し楽しんでいる自分に驚いていた。

以前の自分なら考えられなかっただろう。周りに壁を作り、他人を否定していたかつての自分。誰かと馴れ合う気など無かったし、剣道も個人でやれるものだから続けて来た。それが今はこうやって他の部員たちと、くだらない話に一喜一憂したりする。

 

自分は変わった、箒はつくづくそう思った。

そしてそんな風に自分を変えてくれたのは、やっぱり……。

 

「もしもーし?また彼のこと考えてる?」

「考えてない!」

 

バッチリ考えながらも、素直になれない不器用な少女は大声でそう返した。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……。よいお買い物が出来ましたわ」

「ソリャヨカッタネ」

 

あれからさらに一時間近くたって、ようやく閉幕が決まったTHEセシリアショー。ひたすら「似合ってる」を繰り返したロボット一夏は既にボロボロになっていた。

一人ご満悦なお嬢様は、鼻歌などを口ずさみながらボロボロになった少年をまたもカフェに誘い、嬉しそうに話し続ける。英国の淑女はお茶をせずにはいられない文化人なのである。

 

「一夏さん。今日はありがとうございました」

「ドウイタシマシテ」

「本当に楽しかったですわ。一夏さんと二人きりで、こうやってお買い物できて……」

「えっ」

「一夏さんはどうでした?私と一緒で楽しめましたか?」

「へ?あ、ああ。もちろん」

「良かった……」

 

胸に手を当てて嬉しそうに呟くセシリア。その真っ直ぐな好意に流石の一夏も気恥ずかしくなって、視線をあらぬ方へさ迷わせた。不意に『カップル』という先程の店員の言葉が頭を過ぎって、一夏の視線の動きが更に激しくなる。

 

「一夏さん」

「はい!なんでしょう!」

 

思わず挙動不審に答える一夏。

 

「もうそろそろ帰らなければいけませんわね……」

「そうだな」

「残念ですわ……」

「そ、そう?」

「はい。一夏さんと二人きりでお買い物なんて、こんな機会滅多にありませんもの」

「また来ればいいじゃないか。荷物持ちくらいならいつでも付き合うよ」

「本当ですか?」

「もちろん」

「約束ですよ」

 

そうして微笑むセシリアは可憐で、思わず一夏は彼女の顔を見つめた。

今日一日の苦労など忘れてしまえるような、そんな嬉しそうな彼女の表情。

 

 

いつも数多の女性の好意に晒されている我らが一夏であるが、実はセシリアのように、ど真ん中ストレート的に好意をぶつけてくる相手は意外と少ない。

いつもムスッとしている箒に、天邪鬼鈴。大人しい簪に、飄々としている楯無。自己主張の少ないシャルロットに、お子様なラウラ。彼女達のその内面に潜む想いは、比べる差などない程皆大きいものであるが、伝え方によって受け取り方は違うものである。

 

 

そんなわけで一夏は、セシリアの直球的な好意に状況も重なってか、少しドギマギしていた。

正面に座るセシリアと目が合う。直ぐに照れたように顔を俯かせる彼女を見て、思わず一夏の顔がほころんだ。畜生、可愛いじゃないか。

 

 

そんな微笑ましい桃色空間の空気が二人を包む。

『セッシー大勝利!』の刻はゆっくりと、しかし確実に訪れようとしていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




先程の映像に乱れが生じたことを謝罪いたします。
それと今関係者から届いた情報によると、先程のDさん(自称親友)が言ったような、定められた場所以外でのIS展開、及び私怨による使用など絶対にありえないということです。不適切で誤った発言を流してしまったことを深くお詫びいたします。


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織斑一夏の墓場 (下)

ニュースをお伝えします。

昨日病院に搬送された世界唯一の男性操縦者Iさん(仮名)ですが、先程発表された病院のコメントによると、命に別状はなく、意識も今ははっきりしているということです。
それと昨日Iさん(仮名)が病院に搬送された理由を、痴情のもつれだとお伝えしましたが、IS学園は昨夜声明で、それは誤りであり、彼の負傷はIS学園に敵対するテロリストの仕業である疑いが強いとの発表を行いました。重ね重ね不確かな情報をお伝えしたことを謝罪いたします。

罪無き少年を傷つけたテロ行為。
決してそんな非道を平然と行う集団を許してはなりません!


え?なんだって?

 

 

 

……という返しをご存知だろうか。某ラノベの主人公が好んで用いたという噂がある、会話の返し方の一つである。

主に男が自分に好意を持つ女性への返事の際に使われるという逸話があるが、基本的には不誠実な意味合いが強いであろう。勇気を振り絞って想いを伝えようとした女性の覚悟を踏みにじる返事である。しかもそれが確信犯なら尚更だ。

 

ところでラブコメ主人公が持つ絶対的な固有スキルとして『鈍感』があるが、もう一つ絶対的なものが挙げられる。それが『難聴』だ。

普段は目敏いクセに、女性が小声で「……すき」とかいった場合は、それが正ヒロイン以外の場合、ほぼ100%の確率でスルーされる。酷いものになると「キス」を「キムチ」に変換したりと、神の見えざる手が周りの因果律さえ捻じ曲げて邪魔をしやがる。ちきしょう!

 

くっついたら、そこでラブコメ終了だよ?

 

というホワイトヘアードブッダ先生のありがたいお言葉があるように、終了化阻止の為作者(神)としてはあらゆる手を使ってカップル化への妨害行為をする。上記の「え?なんだって?」にしても、主人公とヒロインが前に進むのを阻止するのには絶好の手段であろう。

なんせ一世一代の告白を「え?なんだって?」と返された場合、改めてその想いを伝えることなぞ出来るはずも無いからだ。ほぼ確実に「……なんでもない」と言った風にあやふやになること間違い無しだ。

 

 

「貴方が好き……」

「え?なんだって?」

「だから好きだって」

「え?なんだって?」

「好きだっつってんでしょ!アイ・ライク・ユー!」

「え?なんだって?」

「Love!ジュテーム!アモーレ!つーかいい加減にしろ!」

「オーケーまいった!降参だ!お前の覚悟確かに受け取った!」

「嬉しい!これで二人は本当の石波ラブラブ天驚拳だね!」

「「希望の未来へレディー・ゴー!」」

 

ちゃんちゃん。

 

 

……実際はこんな風に打たれ強く告白を続けるヒロインなぞいやしない。

またどーでもいいが、ラブコメでは『ヒロインの方から動いたら負け』ということわざがあり、積極的な娘は退場要員になりやすいのだ。ジャンプだけ見ても、さ○きとか、○リーのように……。

 

つまりは「え?なんだって?」と言われた時点でお仕舞いなのである。ラブコメ終了サヨウナラ。

 

全くふざけた返しがあったものである。

 

 

だがこと現実生活においては「え?なんだって?」と聞き返すことはある意味勇気のある行動と言えよう。

特に日本人は曖昧で、なぁなぁで済ますことが多いと言われている。分かったフリをしてやり過ごす、聞こえたフリをして相手に合わせる、といったことは誰しも経験があることだろう。

 

しかし得てしてこういう分かったフリ、聞こえたフリをして相手に合わせることは落とし穴が潜んでいるものなのだ。取り返しのつかない何かが。

 

「え?なんだって?」……あの時そう聞いていれば……!

後になってそのように後悔しても時既に遅いのである。

 

 

 

 

 

 

 

「どうしたんですの一夏さん。急に黙られて」

「イヤ、別に何でも」

 

いけない、何故だかアホみたいに呆けていたようだ。一夏は軽く頭を振って自分を取り戻す。何処から変な電波を長々と受けていたような感覚があるが多分の気のせいだろう。

 

「これからどうしようか?すぐ帰る?」

気を取り直すように一夏が尋ねる。

 

「一夏さんはどうされたいんですの?」

「俺?オレは別にどっちでも」

「ならもう少しだけ私とお喋りして頂けませんか?」

「あ、ええと」

「……ダメでしょうか?」

「そ、そんなことないぞ!まだ時間あるし。全然いいよ」

 

その言葉に喜んだ顔を見せるセシリアに、一夏はまたもドキドキした。

 

おかしいぞ、どうなっているんだ?

一夏は胸に手を当てて暫し考える。今日はセシリアが殊更可愛く見えるのはどうしてだろう?いやいつも美人なのは間違いないが、この胸の高鳴りは一体……。

 

そんな一夏の内心の動揺も知らず、天然小悪魔セッシーは嬉しそうに彼に話しかける。

 

「一夏さん、今日は友人の方とご一緒してらしたのでしょう?」

「へ?……ああ」

「楽しまれましたか?」

「まぁな」

「どんなことを話されてるんですの?」

「話?」

「ええ。殿方同士ってどんな話題をなさるのか少し気になって」

「どうって、くだらない話ばっかだよ。近況とか、互いの学校のこととか、後下ネタ……」

「シモネタ?なんですの?それは」

「……いや、何でもありません。忘れてください」

「はぁ」

 

訝しげに首を傾げるセシリアを前に、一夏は落ち着けと自らに言い聞かせる。

女の子の前で下ネタなんて、何テンパってんだよ。

 

この流れを挽回しなくては。

一夏は少し足りないと一部で陰口を叩かれている脳みそで懸命に考えた。しかし上手いことが思い浮かばない。普段女性に文字通り囲まれている百戦錬磨の一夏とて、こういう形で向かい合うのは勝手が違うからだ。

 

何か気の利いたことを言おうとするが、それを言葉に出来ず一夏は難しい顔をして黙り込む。

セシリアはそんな彼を不思議そうに見た。

 

 

 

デートにおいて会話に困る。……これは男なら誰もが一度は体験する道であろう。

 

『男というのはあまり喋るものではない!』……そんな風に背中で引っ張っていく男なぞ絶滅危惧種となった昨今、男がまず考えるのは如何に場を盛り上げる、というか場を盛り下げない為の手段であり、男はデートの際にはやたらとお喋りになってしまう傾向がある……らしい。その結果口から出まかせを言ったり、大口を叩いたり、普段のキャラに合わないことを言ったりして、自滅する者も少なくない。

『楽しませなければならない』『退屈させてはいけない』その心構えは大事だが、そんなことを第一に優先させるあまり、変な方向に暴走してしまうのは愚の骨頂である。あくまで自然体が一番なのだ。女性にとっては甘酸っぱい空気を好む方もいるので、沈黙が必ずしも悪手とは限らないのだから。

 

「知るかボケ!こちとらデートどころか、母親以外の女性とサシで話すらしたことのない、純潔を尊ぶ日本男児じゃい!」

 

そういう悲しい、もといピュアな方のお帰りはあちら……。

……ではなく、いつか春が来ると信じて己を高めましょう。冬眠の時期が長ければ長いほど、人は強く逞しく芽吹くのですから。

 

ですよね?

誰かそうだと言ってください!

 

 

……まぁ要はテンパった時の会話には充分に気をつけろということである!

 

 

 

「後はそうだな……将来のこととかを話したな、うん」

少し沈黙が続いた後、一夏はこの空気を変える為に思いついたまま話しかける。

 

「将来のことですか?」

「ああ。大切なことだろ?やっぱり」

「そうですわね。大切なことだと私も思います」

「セシリアは考えたりしないのか?将来のこと」

「私ですか?私はまだ具体的には……」

「大切だと思うんだけどなー。俺とセシリアにとっては」

「えっ」

「やっぱさ、俺らの場合色々乗り越えなきゃいけないことがあるだろ?文化とか、それから名前とかさ」

「ええっ!」

 

セシリアの驚き様に一夏の方が目をむいた。

 

「な、なんだよセシリア。急に」

「い、一夏さん!それは、その、ど、ど、どういう意味でしょうか?」

「どうって、ええっと、必要だと思うんだけど?将来について備えようとするのは。違うかな?」

 

セシリアの様子に若干引いた一夏がしどろもどろに答えた。

 

「将来の備え……」

「いや、そういうのって今のうちから少し考えていた方が良くないか?いずれは向き合わなきゃいけないんだからさ。俺的にはセシリアがあまり考えていない方が意外だった。少しショック、なんて……」

「はうっ!」

「あれっ?セシリア?」

 

急に悶絶しだすセシリアに一夏は更に動揺する。

どうしたのだろうか?何かマズイことを言ったか?

 

「一夏さんは私との将来を既に考えて……?そんな……そんなことって……」

「セシリア?」

 

え?なんだって?

更に独り言を言い始める少女に一夏は不安になる。ぶつぶつとセシリアは何言ったんだ?

 

「一夏さん!」

「ハイ!」

 

大声を出すセシリアに一夏も反射的に大声で返した。

 

「そ、そういうことでよろしいのですね?」

 

そういうことって、どういうことよ?

一夏はそう思ったが、尋常ではないセシリアの様子に口をつぐんだ。真剣な表情で見つめてくる彼女の意味が分からず困惑する。が、とりあえず頷いておく。相手に合わせようとする日本人男性の悲しい性だ。

 

「ああ……」

感極まったように呟くセシリア。

 

「一夏さん……私、わたくしは……」

「あの~セシリアさん?」

「ごめんなさい。でも、嬉しくて……」

 

え?何この感じ。どーなってんの?

セシリア感動の訳が分からず一夏は更に混乱する。

 

「セシリア、ちょっと話を……」

「一夏さん!」

「うおっ」

「申し訳ありませんでした」

 

立ち上がり深々と頭を下げる少女を前に、少年の頭は『?』マークに埋め尽くされる。

 

「一夏さんがそこまで考えて下さっていたなんて……」

「はい?」

「ですから、その、将来のことをです。……二人の将来を……私との婚約を……幸せな結婚を……」

 

え?なんだって?

セシリアが最後ごにょごにょと言った言葉が良く聞こえず、一夏は聞き返そうとした。だが、頬に手を当て俯く幸せそうなセシリアの様子に、開きかけた口を閉ざした。よく分からんが、今の彼女には聞き返せる雰囲気ではない。KYと名高い一夏とて、偶には空気を読むのである。

 

「一夏さん」

「何」

「いつ頃から考えて下さったんですの?」

「考えて下った?……それって将来のことか?」

「は、はい」

「漠然と考えたのは入学してすぐだよ」

「……それはつまり私と出会った瞬間に……?」

「へ?」

「やっぱり私達は惹かれあう運命だったのですね……。一目見た時から二人は……」

「セシリア?」

「はぅぅ……」

 

おいおいまたかよ。

一夏は小さくため息を吐くと、あきらめたように視線を空に移した。セシリアという少女は、たまにこうやって一人の世界に旅立つことがある。半年以上友人やってきて、一夏も最近は慣れてきた。

 

故にいつものこととして、一夏は彼女のそうなった理由も聞かず、暢気に空を眺めた。適度な日差し、心地よい風に目を細める。いい気持ちだ。

 

将来を誓い合った新生カップルに桃色的な沈黙が優しく包む。

それはあたかも場の空気までもが、祝福しているようだった……。

 

 

 

んなわけない。

 

 

 

考えるまでも無く、現時点で一夏が誰かとの将来を考えるなぞあり得ない。

そもそも仮にも遊びたい盛りの高1の男が直ぐに結婚を考えるようなヤツなら、逆に恐い。一夏のように相手に困らないイケメンなら尚更である。

 

一夏が言った文化や名前云々は、異国の少女が文化が全く違うこの日本で過ごすことへの同情。若くして大貴族オルコット家の当主としての責任を負わされた彼女と、ブリュンヒルデの弟として注目される自身との共感。単純にこんな思いからである。オルコット家の婿養子になるのか、それともセシリアが織斑姓を名乗るのか、とか間違ってもそんな話ではない。そもそも我らがワン・サマーに、ヒロインが泣いて喜ぶような気の利いた未来の展望なぞ言えるわけがない。世紀末の鈍感舐めんなと。

 

一夏にとって不幸だったのが、相手が人の話を聞かない、というか自分の世界に没頭することに定評のあるセッシーであったということ。滅多に無い二人きりというシチュエーションに気分が互いにハイになっていたということだ。

 

 

それらの要因により、二人の想いはすれ違ったまま、歯車は狂ったままで暴走してしまう。

 

 

 

「ふぅー」

運ばれて来たコーヒーに口をつけ、一夏は満足な息を漏らした。いい香りで美味しい。

 

「一夏さん……」

「ん?」

「私は幸せですわ……」

「……そっか。そりゃ良かったな」

 

そんなにお茶が美味しかったのか?

そんなトンチンカンなことを考えながら、一夏は幸せそうな顔でお茶を飲むセシリアを見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

一夏墓標設立まで待ったなし。

MajiでKillする(される)五秒前。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後に応援メッセージが届けられましたのでお送りします。


「彼の回復を生徒達皆と祈っています」
「クラスメートとして悲しくてたまりません。早く元気になって欲しい!」
「生徒会の仕事を手伝ってくれる良き後輩さんです。今はただ無事を願うだけです」
「おりむー」


Iさん(仮名)は学園でも皆から愛されているようですね……。
後は回復を見守りましょう。


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織斑一夏の墓場~そして墓標へ~

シャルロット・デュノアは料理が好きである。

自分が丹精込めて作った料理を好きな人が美味しそうに食べてくれる、その様子を見るのは幸せな気分にさせてくれるから。故に彼女は料理を上達させるために日々努力を惜しまない。何事も継続し続けることが大事だと知っているからだ。

だから彼女は今日も料理をする。その先にある自分が成してきた努力のご褒美……一夏の笑顔を思い浮かべながら。

 

 

 

「シャルロット。まだか~」

「もうちょっとだよラウラ」

 

ナイフとフォークを子供のように握り締めたラウラに返事すると、シャルロットはオーブンに表示されている残り時間を再確認した。既に部屋全体に甘い香りが漂っており、その香りに興奮したラウラが、先程からシャルロットを何度もせっついていた。

 

「お腹減ったぞ」

「もう数分で焼き終わるよ。でも直ぐ食べられるわけじゃないからね。冷まさないといけないから」

「ええ~」

「それに食べ過ぎると夕飯食べられなくなっちゃうから程々にね。パウンドケーキって案外お腹にくるから」

「勉強頑張ったんだから、今日くらいケーキお腹いっぱい食べていいじゃないか」

「だーめ」

「むぅ……」

 

子供のように頬をふくらますラウラの様子に、シャルロットは小さく笑う。

 

「ほらそんなに膨れないの。お茶入れてあげるからそれを飲んで待っててね」

「私は煎茶にしてくれ。私専用の猫型湯飲みに入れてな」

「ハイハイ」

 

シャルロットは湯を沸かすと急須でこした煎茶を、前に二人で買い物に行った時に見つけたラウラの湯飲みに注いでいく。デフォルメ化した猫をあしらった湯飲みで、結構な大きさであるがラウラのお気に入りだった。

 

お茶を用意すると、シャルロットは再度オーブンに向き直った。終了を知らせるブザーが点滅し、ようやく一息つく。

 

「ん?誰からだ?」

 

ラウラの声が後ろから聞こえたが、シャルロットはそれには応えず、取り出しの準備をする。

オーブンを開けると甘い香りが更に部屋に充満し、シャルロットは小さく微笑んだ。

 

「な、なにィ!」

「ラウラ?」

 

しかしそこでラウラが急に大声を上げたので、シャルロットが驚いて振り向いた。

 

「どうしたのラウラ?お腹減ったのは分かったからさ。もう出来たよ」

「違う!そうじゃない!携帯を見てみろ!」

「えっと、ボク料理中だから手元に無いよ。一体どうしたのさ?」

「ええい!なら私のを見ろ!今セシリアのヤツから入ってきたメールだ!」

「セシリア?確か鈴と出掛けるって言ってなかった?どうせ鈴が何かしでかしたんでしょ?」

「いいから見ろ!」

「もうそんなに興奮しないの。えっと何々……」

 

ラウラを嗜めながら、シャルロットは彼女から手渡された携帯を見た。

 

 

 

ぼちゃ。

 

その内容を見た瞬間、シャルロットの手からラウラの携帯がこぼれ、淹れたばかりのお茶が入った、ラウラ専用猫型湯飲みの中に無残に落ちる。

「ギャー!」と自分の携帯を、熱々のお茶へダイブされたことにラウラが叫び声を上げたが、シャルロットの耳には入ってこなかった。書かれていた内容が余りにもショッキングというか、信じられないものだったから。

 

「シャ、シャルロット!けーたい、私の携帯ぃぃぃ!」

「携帯?……ハッ」

「取り出してくれぇ!早く!」

「そうだよ。何かの間違いなんだ。ボクの携帯で確認しないと!」

「オイィィィ!」

 

ラウラが助けを求め手を伸ばすのも構わず、シャルロットは自身の携帯が置いてある場所まで走る。その後ラウラが涙目で湯気立ち上る湯飲みの中に手を入れるのを横目に、シャルロットは自分の携帯を確認した。

 

願わくば間違いでありますように……。

そんな祈りを捧げながら。

 

しかし……。

 

 

「ふ、ふふ、ふふふふふ」

シャルロットの逝っちゃった笑い声が妖しく響く。

 

「熱ちぃー!」と絶叫するラウラと、一人乾いた笑い声を上げ続けるシャルロット。

先程まで穏やかだった少女たちの部屋。それが今や一転してカオスな空気に支配されていた。

 

 

 

 

 

 

「あれ?電話入ってたのか。気付かなかった」

 

親友コンビカオス化の一時間前。

ふと何気なく携帯を取り出した一夏は、点滅している携帯に驚いた声をあげた。

 

「そーいやさっきバス乗った時に、サイレントにしたままだったっけ」

セシリアに出会う直前の行動を思い出し、一夏が一人納得する。

 

「誰からだろ?着信三つも入ってるし……あっ」

「どうしました?」

「いや、今日遊んでいた友達からだった。どうしたんだろ?何回も掛けてきて」

 

暫く携帯を見つめていた一夏がセシリアに向き直る。

 

「悪いセシリア。少し気になるから電話してきていいか?」

「あ、はい。どうぞ」

「ごめんな。すぐ戻るから」

 

その言葉通りほんの数分で一夏は戻ってきた。しかしその表情には困った様子が如実に現れている。

 

「一夏さん。どうされました?」

「やっぱり友達からだったよ。どうやら財布落しちゃったらしい」

「まぁ」

「そのせいで帰れなくて途方にくれてるみたいだ。ごめんなセシリア、俺ちょっと助けに行ってくるよ」

「私もご一緒しますわ」

「いや、止めた方がいい。見つからなきゃ近くの交番行って、落し物の手続きとかしなきゃらならないし。俺一度体験したことあるけど、あれって結構時間喰うんだよ。遅くなるかもしれないから、セシリアは先に帰ってくれ」

「ですが……」

「いいから。そもそもこれはセシリアには無関係な話だし。頼む」

「……はい。分かりました。……でも残念ですわ……」

 

セシリアが無念そうに返事をする。

その声には一夏との時間が終わることの寂しさが多分に含まれていた。

 

「ごめんな」

「いいんですの。そういう友人思いなところが一夏さんですもの」

 

そう言って小さく笑うセシリア。

その笑い顔が無理をしているように儚げに見えて、一夏は申し訳なく思った。何かフォローしなければ、慣れないそんな心配りが我らがワンサマーを駆り立てる。

 

「それにさ、俺的にセシリアをその友達のとこに連れていきたくないんだよ」

「えっ」

 

……だから普段言わないようなことまで言ってしまう。

 

「そいつ女の子見るとすぐにだらしなくなる奴だから。セシリアみたいな美人を連れてったらどうなることか」

「え?い、一夏さん。そんな……」

「いくら友達でもコレは別。ダチとは言えセシリアは渡せない。……なーんて」

「もう……。心配されなくても私は既に一夏さんだけのものですよ。だって二人は生まれながらにして結ばれる様定められた運命ですもの……」

 

あれ?何この反応。

セシリアの反応に一夏が若干戸惑いを見せる。だがすぐに気のせいだと自らを納得させた。今はとにかく友人の下に行かなければならないからだ。

 

「……じゃ。そういうわけで俺は行くよ」

「あの、ちょ、ちょっと待ってください!」

 

立ち上がり行こうとした一夏をセシリアが呼び止める。

 

「何?セシリア」

「あの、えと、で、出来れば私達の門出の証が欲しいと思いまして。今日という記念日の……」

「門出?記念日?」

「それで二人の写真を撮りたいなと。世俗的で少し恥ずかしいのですが」

「何の記念……?」

「駄目でしょうか?」

 

だから何の記念日だよ?

一夏はそう聞きたかったが、セシリアのあまりに真剣な表情がそれを許さない雰囲気を持っていた。更に友人の下に行く時間が迫っていることから、とりあえず頷いておく。別に写真くらいどうってことない。

 

「ありがとうございます一夏さん」

「でもデジカメ持ってんの?」

「そこのお店に置いてあると思います。少しお待ちになって下さい、すぐ買ってきますから」

「いや、いい!いいよ!わざわざ買わなくて!携帯で撮りゃいいだろ」

 

本当に店へ駆けて行こうとしたお嬢様を一夏は必死で止める。

なんで使い捨てカメラみたいな感覚でデジカメを買おうとするんだ。

 

「携帯で一緒に自撮りしよう。な?それでいいだろ?」

「一夏さんがそう仰るなら。……普段何かと無遠慮に向けられるせいか、携帯のカメラは正直好きになれませんが」

「まぁ今回はそれでいいだろ?じゃあセシリアこっち来て」

「はい」

「どっちの携帯で撮る?」

「私のでお願いします」

「分かった。じゃあ操作頼む」

「申し訳ありません。私携帯のカメラ撮影機能はあまり詳しくなくて」

「ええー」

 

その後試行錯誤しながらも一夏はセシリアの携帯を操作して、二人のツーショット写真を自撮りした。と言っても人の携帯では勝手がよく分からず、その結果セシリアが気に入った写真が出来るまでに、更に時間が掛かってしまった。

 

「ありがとうございました一夏さん。満足ですわ」

「……どういたしまして。じゃあ俺マジでもう行かないと」

「はい。ご友人の方にどうぞよろしくお伝えください。……披露宴の際には、その方もお呼びすることになるかもしれないので……」

 

え?なんだって?

と毎度のことのように一夏は思ったが、急いでいたのでその疑問をスルーする。

 

「じゃあセシリア。気をつけて帰ってくれよ」

「はい分かりまし……って、一夏さん!お待ちになって!」

「何だよ!」

 

いい加減焦れてきた来た一夏が強めの声で返す。

 

「皆さんにはどうしましょう?」

「皆?……ああ。セシリアから伝えておいてくれ」

「え?よろしいのですか?お伝えしても」

「当たり前だろ。しっかり話とかないと。千冬姉のこともあるし」

「お、織斑先生にもですか。それは流石に勇気がいりますわ。うぅ……」

「じゃあ他の、とりあえずは山田先生にでも言っておけば大丈夫だろ。とにかく説明は任せた」

「は、はい。お任せください」

「こういうのは早い方がいいからな。手遅れにならないうちにしっかりと説明しておいてくれ」

「一夏さん……!分かりました。一夏さんの覚悟と想い、しっかりと受け取りましたわ!」

「ん?……まぁいいや。とにかく頼んだ」

「はい!それと一夏さんもどうか気をつけて。お帰りをお待ちしていますわ」

 

そうして一夏は急ぐように駆けて行く。

セシリアは想い人の背中が見えなくなるまで見送った。

 

こうして思いもがけなかった二人のデートは終わりを迎えた。

 

 

……双方に大きな誤解を与えながら。

 

 

言うまでも無く一夏がセシリアに頼んだ話というのは、帰りが遅くなることへの説明以外何物でもない。しかし今のスーパー有頂天MAXセッシーには、言葉足らずの一夏の話は全て、自分の都合のいい桃色未来の展望にすり替えられてしまったのである!

 

それは恋する乙女の肥大化した傍迷惑な妄想力のせいか。

それとも色男の鈍感と難聴がもたらした罪なのか。

それは神のみぞ知ることである。

 

 

もはや言い訳は効かない。

『進めば死、退くのも死』マルチ墓場ENDに突入したワンサマに明日はあるのだろうか?

 

 

 

そんなクソシナリオに入ったことを一人知らない一夏は、ただ友を助けるために走る。

そして彼の背中が視界から消えるとセシリアは携帯を取り出した。

 

大切な友人たちに『説明』するために。

強敵だったライバルたちに『セッシー大勝利!』を宣言するために。

 

 

「送信……と」

そして断罪は下された。

 

 

 

 

 

 

「ああ疲れた~」

夜も更け門限も既に過ぎた頃、一夏は疲れた身体を引きずって学園に帰ってきた。

 

危惧していた通りに、遅くなってしまったことに一夏はため息をつく。今はとにかく休みたい。セシリアは上手く説明してくれたのだろうか?

 

「おい」

「げっ、ちふ……じゃない織斑先生」

 

寮の入り口付近で唐突に一夏は千冬に呼び止められる。

 

「先生。セシリアから説明は受けてると思いますが……」

「ちょっと来い」

「へ?」

 

千冬はそれだけ言うと歩いていく。

一夏は不思議に思いながらも、とりあえず後を追った。

 

千冬は近くの教員専用の部屋に入ると、ドアを閉めて一夏に向き合う。

どうしたんだろ?千冬のいつもと違う様子に一夏の疑問は更に強くなった。

 

「どういうことだ一夏?」

「一夏?おいおい学校じゃ姉弟として振舞わないって言ったのは千冬姉だろ?」

「質問に答えろ!」

 

千冬激昂!

一夏はただ目を丸くする。

 

「ど、どうしたんだよ千冬姉?」

「……認めんぞ」

 

一夏の疑問に、地獄の底から聞こえるような怨念の声で千冬は返す。

 

「私は……わたしは絶対に絶ッッッッッ対に認めんからな!」

「え?え?え?……何を?」

「認めん!認めんぞ!認めてたまるかぁ!そもそもお前は学生の分際でどういうつもりだ!まだ自立もしていないケツの青い分際で!」

「千冬姉……?」

「そうか。相手は一生金に困らない金持ちだから関係ないとでも言うのか?男として情けなくないのか?どうなんだ一夏!私はお前をそんな軟弱に育てた覚えは無いぞ!」

「あのぉ……」

「くそっ、クソッ、くそぉ!あの英国産成金女め!それともアレか、お前は日本人特有の金髪に憧れでもあるのか?それともあの尻か。あの無駄にデカイ尻なのか?どうなんだ!」

「……」

「あのフィッシュアンドチップスめ!私の一夏を!『千冬お姉ちゃーん』と可愛らしく抱きついてきていた私の天使を返せ!鬼畜米英許すまじ!地獄に堕ちろファッキン・ブリティッシュ!」

 

一夏はもう見てられないとばかりに姉の乱心から目を逸らした。身内として姉の狂態は悲しいです。

それに今気付いたが酒臭い。この人神聖な学び舎で飲んでやがるよコンチクショウ。

 

……まぁ変なクスリでもやるよりはマシか……。

どっちが保護者か分からないようなことを思いながら、一夏は優しく子供に言い聞かせるように千冬を諭す。

 

「千冬姉。学校でお酒を飲んじゃいけないよ?」

「大人ってのはなぁ、飲まなきゃやってられないことがあるんだよ!」

「千冬姉……」

 

一夏は思わず手で顔を覆い、呻き声を上げた。

少なくとも俺が憧れたのはこんな酔っ払いの姿じゃないやい!

 

「千冬姉どうしたんだよ?本当に変だぞ、つーか変すぎるぞ?」

「こんなこと急に聞かされて、冷静でいられる身内が何処にいる!」

「大袈裟な。門限過ぎたのは謝るけど、別にそこまでたいしたことじゃないだろ」

「まだ誤魔化す気か?いい加減お前の口からきちんと報告しろ。いっそ一思いに止めを刺してくれ……!」

「だから何のこっちゃ」

「軟弱者め!女に説明をおっつけて逃げる気か?証拠も挙がっているのに!」

「千冬姉。いい子だから今日はもう寝なさい。ね?」

「これを見ろ愚弟!こんなもんを皆に送っといてまだシラを切る気か!」

「ハァ……。だから何だって………………の」

 

携帯を突きつけられた一夏の時間が止まる。

 

「え?ちょ……あれ?……ナニ……コレ……?」

 

そこに写っていたのは数時間前にセシリアと写した自撮り写真。

それはいい。それは問題ない。顔がくっ付きそうな程近く寄り添っているが、それはまぁ一応セーフだろう。

 

問題なのは画像の下に書かれている一文。

一夏の時間を止めたその凶悪な一文。それは……。

 

 

 

 

 

 

『私達婚約しました♡♡』

 

 

 

 

 

 

「GYAOOOOOOOOOOO!」

人語さえ放棄した一夏の叫び声が狭い部屋に響く。

 

「な、な、なんじゃこりゃー!」

「わざとらしくトボけるな!他にも……見ろ!コッチのは式場がどうやらとかまで書いてあるじゃないか!」

 

再度突きつけられた携帯を覗くと、そこにはさっきのとは別のツーショット写真。しかしそれと共に添付された文章には、確かに結婚式場がどうこう、招待客がどうこうまで書いてある。

更に別の画像には、一夏がセシリアに囁いた(ことにされている)愛の言葉まで……ってふざけんな!こんなクサイこと死んでも言わねぇよ!

 

「セシリアァァァ!」

ここに来てようやく腐りかけたワンサマ脳が状況を把握する。

この状況はマズイ。最悪だ。

 

「そ、そうだ。セシリアだ、セシリアに直接誤解を解かないと!」

一夏は慌てて、昼以降ずっとサイレントモードにしていた携帯を取り出す。

 

「え?」

しかしずっと見ていなかった携帯をポケットから取り出した瞬間、またも一夏の時間は停止する。

 

 

着信履歴25件

未開封メール33件

 

 

「何だよ……何なんだよ……」

マジで何なのだコレは。尋常じゃない。

 

それでも見なくてはならない。勇気を持って前に進まなければ……!

一夏は震える指で、メールを開いた。

 

 

 

『嘘だと言ってよ一夏』

『おねーさんは一夏君をそんな嘘をつく子になるよう指導した覚えはないよ?』

『お前は私の嫁だ!あと最近の携帯って頑丈なんだな』

『殺』

『一夏ボクは信じてるよ何かの間違いだってこんなの絶対おかしいよねぇ連絡してボクはセシリアの間違いだって分かってるから怒ってないからちゃんと話して誤解を解いて電話電話電話電』

 

 

 

「はわわわわ……」

恐い。恐すぎる。

 

表示された一覧を見て一夏は震え上がる。なんだよ『殺』って。箒さん……。

箒は『殺』以外にも『滅殺』『撲殺』とトリプル殺で送ってきていやがる。どんだけ殺したいんだよ。

まだ簪や楯無の方が単純に動揺やお怒りを想像できていい。ラウラは良く分からん。携帯って何だ?

 

問題はシャルロットだ。メッチャ恐い。

件名に入りきらない文字で埋め尽くされ、送られた回数も多い。半端ない数のメールと着信は箒やシャルロットのように一人が何回も送ってきているせいだ。

シャルロットの文は他の連中のような怒りが見えない。その分ただただ恐い。

「連絡して」とエンドレスで書かれているだけのメールもあり、一夏は歯をカチカチ鳴らしながらそれを見た。

 

後は本音とか清香などのクラスメートからも来ている。鈴はどうしたのかと不思議に思ったが、膨大な数の間に『酢豚』と書かれたヤツが入っていて、一夏は妙な安心をした。

 

とにかく一つ言えること。

現在織斑一夏は落ちたら終了の綱の上に立っております。大ピンチです。

 

「千冬姉ぇ、千冬姉はどこで知ったの?」

「山田のヤツが大慌てで教えてくれたよ!ご丁寧に不愉快な画像つきでな!」

 

ジーサス。

一夏は神を呪う。山田まで知ったということはどれだけ拡散したのか想像も出来ない。女性の伝達力の凄さは一夏もこの学園に来て充分承知しているから。

 

だが、とにかく今自分に出来ることをしなければならない!

一夏は自分を奮い立たせる。まだ終わらんよ!

 

「おい一夏!いい加減を説明を……!」

「ごめん千冬姉!後でちゃんと話すから」

「あ、おい!」

 

一夏は千冬を振り切って部屋を出た。目指すは元凶のお嬢様の部屋!彼は風となって駆け抜ける。

 

「見つけたぞ一夏!」

そこに轟く少女のお怒りの声。そこに立っていたのは……。

 

「箒……さん」

「一夏ぁ、貴様というヤツは……乙女の純情を、わたしの気持ちを踏みにじってぇぇぇ!」

 

箒の手に当たり前のように木刀が握られているのを見て、一夏はまたもガタガタ震える。

『撲殺』それは木刀持ちスキル所有の箒の場合、冗談ではないのだ。マジで。

 

「許さん!」

「ひぃぃぃぃ!」

 

誤解を説明する間もなく一夏は逃走する。

世の中には二種類の人間がいる。『話を聞く人』と『話を聞いてくれない人』だ。

そして箒のように我らがワンサマの身近にいる女性は、圧倒的に後者が多いのである。故に彼に残された選択は逃げることだけなのだ……。

 

「一夏ぁ!待て!」

「ひぃぃぃぃ!」

 

殺意の嫉妬を向けられた少年の悲しすぎる悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 

 

「それでですねチェルシー。一夏さんは私のことをずっと想ってくださっていたんです」

「そうなんですか。本当に良かったですねお嬢様」

「はい。私嬉しくて嬉しくて」

「こちらでの式の手配などはお任せください。その前に各方面に紹介したり、色々ありますが」

「そうですわね。お願いできますか?チェルシー」

「勿論です!だってお嬢様の一生の晴れ舞台ですもの!」

「チェルシー……」

「お嬢様……いやセシリア。本当におめでとう。ううっ、立派に成長されて私嬉しい……」

「くすん。ありがとうございます。貴女のような親友を持てて私も……」

「セシリア……」

「チェルシー……」

 

お互い遠く離れた場所にいる英国少女二人による熱き友情。

相手役の一夏の本心を置き去りに、ストーリーは彼の知らないところで更に進んでいた。

 

 

 

 

 

「ひぃぃぃぃ!」

 

一方お嬢様が現在住んでおられるIS学園寮の廊下では、相も変わらず少年の叫び声が響く。

唯一変わったのは彼を追いかける人が一人、二人と増えていっていることだ。

 

 

捕まれば『死』リアルで『死』つーか『死』あるのみ。

だから逃げる。とにかく逃げる。目指すべきお嬢様の部屋から遠ざかろうが、とにかく逃げるだけ。

それが彼に許された唯一の生存条件なのだから……。

 

『一夏!』

後ろから折り重なった少女たちの声が聞こえる。

 

「ひぃぃぃぃ!」

一夏は涙を撒き散らしながら、そう叫び声をあげるしかなかった……。

 

 

 

 

 

「チェルシー。私幸せになりますわ!」

一人幸せそうなお嬢様の声が彼女の部屋に響く。

 

「ぎゃああああああ!」

その少し遠くで、一人の少年の断末魔が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

男と女はすれ違いが常というもの。想いのすれ違いは悲劇しか生みません。

そういう訳でIS学園は今日も平和で……

 

 

 

プツン。

 

 

 

 

 

 

 

 

速報をお伝えします。

 

 

 

 

 

 



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織斑一夏の戦争

中学生の時、放課後の図書室で望郷編を読んで、ガン泣きした若かりしあの頃……。






時は世紀末。人類は有史以来変わることなく戦いにあけくれていた。

宗教、価値観、貧困、様々な要因が人を戦争に駆り立てる。誰もが奥底では平和を望んでいるはずなのに、その平和実現の為に戦争を続けなければならないというジレンマが苦しめる。

 

人類皆が真に手を取り合って分かり合う日は訪れるのだろうか……。

 

 

 

 

 

 

「いやおかしいだろ」

「どうした一夏?」

 

いつのまにやら普通に隣に立っている弾に、一夏は疑問を投げかける。

 

「何で俺ら戦争してんの?」

「おいおい一夏しっかりしてくれよ。お前は俺らの組織のエースなんだぜ」

「いやいやいや。チョット待て弾。落ち着こう」

「俺は落ち着いてるよ。大丈夫か一夏、ハラ減ってんのか?酢豚食うか?」

「……オーケー分かった。今戦争状態なのはなんとなく理解した。俺がこの組織のエースだというのも不本意だが了解した」

「ふむ」

「でもお前これはあんまりだろ。いくら常識が通用しない戦争つってもこんな大義名分はねぇよ」

「不満なのか?」

「当たり前だ!なんで戦争の理由が『酢豚にパイナップルを入れるか否か』なんだよ!馬鹿にしてんのか!」

 

一夏の当然過ぎる怒りの声が木霊した。

 

 

 

『酢豚戦争』

 

それは環境破壊、高齢化社会など、人類が向かい合わねばならない懸念事項の一つであった酢豚論争が、もうどうにも収まりがつかず『よろしい、ならば戦争だ!』状態になっちまったことで起こった、どうしようもない戦争である。

 

『酢豚にパイナップルは必要か否か』それは偉大なる酢豚が発明されて以来、人類が常に直面してきた問題で、対立の悲劇をもたらしてきた論争である。かつて中国で産声を上げた酢豚は、その勢力を拡大し続け、やがてそれは世界の『SUBUTA』となって世界各地でこの論争が繰り広げられてきた。

 

しかし答えは出ず……。

いつしか世界はパイナップル肯定派、通称『P.I.T(パイナップル・インザ・チューカスブタ』とパイナップル否定派、通称『P.D.M(パイナップルは・ダメダメよ・ミンナノスブタ』に別れ、激しい対立を生み、互いの覇権を懸けた戦争に突入したのであった……。

 

 

 

「おい弾。幾ら何でもこじつけ過ぎだろ。何だよ『パイナップルは・ダメダメよ』って。しかも最後の『ミンナノスブタ』って、もう接合性さえ放棄してるじゃねぇか、ふざけんなよ」

「ああ。『P.D.M』の考えは理解できないな」

「俺は全てにおいて理解不能だ」

「酢豚のあるべき姿は俺ら『P.I.T』にしか成し得ないというのに。パイナップルは必要だ。そして酢豚は中華、チューカなんだ。そんなことも分からないヤツらの好きにはさせないぜ」

「お前らも大概だろ。つーか何で中華のスペルが『T』なんだよ。普通は『C』じゃ……」

「まぁそんな訳で俺らは日々悪しきエセ酢豚軍団と戦っている。思い出したか?」

「話逸らすな」

 

一夏は心底疲れたようにため息を吐く。

 

「もうどーでもいいや。で?状況どうなってんの?」

「俺らは所詮日陰者のレジスタンスだ。今や世界の共通SUBUTAとなった、奴ら『P.D.M』の規模には到底敵わない」

「ふーん。日陰者って自覚あんだ」

「だから精々がこうやってゲリラ活動を行うくらいしか出来ない現状だ」

「ゲリラ活動ね。いよいよ終わってんな」

「だからこその個の力だ。頼むぜ俺らのエース」

「リリーフに交代してくんない?」

「我らが『P.I.T』の旗印、鈴のカリスマ酢豚力で皆をまとめてはいるが、それも限界に来ている」

「やっぱし鈴か……。どうせそんなこったろと思ったよ」

 

一夏は諦めに似た自嘲の笑みを浮かべる。

 

「奴らは規模も大きく強大な軍事力を持っている。正面からの対抗手段は無いに等しい」

「ISでも使っちまえ」

「IS?何だそれ」

「えっ?何ってお前、ISってのは……あれ?……何だっけ?」

 

投げやりに答えていた一夏はそこで首を捻る。

おかしい、自分はISなるものを知っていた気がするのだが。

 

「一夏。いい加減しっかりしてくれよ」

「うーん。確か女性にだけ使用可能なスーツみたいなもんがあった気がするんだが……。銃機器とか全部無効にするチート装備の」

「そんな都合のいいものあるわけないだろ。メルヘンやファンタジーじゃないんだから」

「そう、だな。そんな都合のいいものあるわけないよなー」

 

一夏は腕組みして引きつった笑みを浮かべた。

 

「そもそも女性だけが使える武装ってなんだよ。そんな物騒なもん存在したら、女性が率先して戦場に立つことになっちまうじゃないか。古来よりどんな国、指導者、果ては鬼畜な独裁者であっても、戦場に女性を送り込むことだけは否としてきたんだぞ。ふざけてんのか一夏?」

「いや俺に言われても……」

「ゲームにしろ、漫画にしろ、アニメにしろ、なんで当たり前のように女性が戦ってんだよ。ふざけんなよ。しかもなんでどれも萌え系の、筋肉のキの字もないような女の子に対して、屈強な男がやられ役になるんだよ……。戦いを舐めんじゃねー!せめてミカサさんのように鍛え上げ、マッチョにするなりして、説得感を出せってんだ!」

「お前は誰と戦ってんだよ……」

 

 

 

 

とにかく本人の意思はともかくエースが復帰した我らがP.I.T。

圧倒的に不利な戦力差の中、赤く混濁たる酢豚の為にP.I.Tの反撃は狼煙を上げる。

 

「やったぞ一夏!お前の活躍で、敵のアジトの一つを壊滅したぜ!」

「ふーん。よかったね」

「さすが俺らのエースだぜ。まさに一夏無双だな!」

「『戦いは数』だよ弾ニキ。アムロじゃあるまいし、実際はこんな無双なんてありえねぇよ」

「安心しろ。そーゆーかけ離れたご都合主義は、古今東西どんな作品でも行われている」

「さいですか」

 

 

そうして物語にありがちの、中盤に一度勝利に酔ったP.I.Tの面々だったが、敵方の反撃に合い一転して後退させられる。更に追い討ちをかけるようにお決まりの内部崩壊まで起こり、絶体絶命の危機に陥った。

 

一度勝利の余韻を味あわせてからどん底に叩き落す。良くある恒例のパターンである。

 

 

 

 

「一夏。知っての通り、俺らの組織は既に壊滅寸前だ」

「いきなりだな弾。展開早過ぎじゃね?」

「うるさい。とにかくピンチなんだ。こうなりゃ一発逆転のサヨナラホームランしかない!」

「タッチアウトで試合終了にならなきゃいいけどな。どうすんだ?」

「敵の総本部の場所が判明した。そこにカミカゼアタックを仕掛ける!」

「ふーん。がんばって」

「けど相手の防衛線が強力で、俺らみたいな生半可な腕の奴じゃ無理なんだ。くそったれ!」

「そりゃ大変だね」

「ああ。だからここはエース級の実力がある奴じゃないと……(チラッ)」

「……」

 

「くやしいけど僕達じゃ……(チラッ)」

「ああ。所詮はモブだし。俺にもエースの力があれば皆を守れるのに……!(チラッ)」

「やっぱヒーロー役はイケメンじゃないとなー。代わりに行きたいけど残念だわー(チラッ)」

 

どっから湧いて来たんだよコイツら。

わざとらしくチラチラ見てきやがって。こういう命がけの一発逆転の作戦の際に、主人公が行かなければならない空気に持っていくのは酷いと思う。主人公だって人の子、命が惜しい時もあるってのに!

 

さりげなく周りが主人公に『死んで来い』と命令するような風潮に、織斑一夏は断固反対します。

 

「一夏その目……そうか、覚悟を決めてくれたのか……」

「決めてねぇよバカ」

「後のことは任せとけ。だから安心して……」

 

死んで来いってか?

一夏は思う。ここで「ヒーローだって人の子でーす」と言えたらどんなに人生楽だろう。

 

「分かったよ、行くよ、行きますよ、行きゃいいんでしょ」

「さすが一夏!やっぱイケメンのエースは格が違うぜ!」

「フン、確かにそこにいるようなモブ共じゃ締りはつかないだろうしな」

 

精一杯のイヤミを周りのモブ役に放つ一夏。突撃供養にされるのだからこのくらい許されていいだろう。

しかしそう言われ悔しがる顔を拝もうにも、モブの顔は良く見えない。何故ならモブに顔など必要ないからだ。都合よく顔部分が陰になっていやがる。モブはどこまでもモブなのだ。

 

くそったれ……。

なんの高揚感もないまま、一夏はモブに見送られその場を後にした。

 

 

 

 

「……一夏、命をとした決断感謝する」

「その空気に持ってったのお前だろうが」

 

一夏は弾をぶん殴りたい気持ちを抑える。

一応最後の別れなのだ。立つ鳥跡を濁さずと言うし、綺麗さっぱりさよならしよう。

 

「じゃあなクソ野郎。鈴を頼んだぜ」

「なぁ一夏。この戦争の意味は何だと思う?」

 

しかしせっかく颯爽と去ろうとしたのに呼び止められる。

 

「弾お前空気読めよ……。まぁいい、えーと、酢豚だろ?パイナップルの有無についてだっけ」

「それもある。でも本質は『自由』の開放なんだ」

「ハァ?」

「『P.D.M』の意味覚えてるだろ?」

「『パイナップルは・ダメダメよ・ミンナノスブタ』だろ?アホらし』

「そうだ。しかしお前は『PDM』の別の意味を知っているか?」

 

弾は急に似合わないシリアスな顔を作ると、そのまま続ける。

 

「PDM……Product Data Management……日本語で言うなら『製品データ管理』ってとこか」

「はぁ?」

「至極単純に言うと製品の一連の流れを一元化し、管理の徹底を図るというやつだ」

「はぁ」

 

急に何言ってんだコイツ?

 

「一夏よ。世界は今や『P.D.M』のSUBUTAによって一元化され、管理されているんだ。パイナップルが入っている酢豚は邪道の極みとして処罰される。そこに自由はあるか?そんな管理社会に人の革新は存在するのか?」

 

誰だよお前。

 

「酢豚とは本来フリーダムなんだよ。パイナップルを入れようが、熊を入れようが、鯨を入れようが、それは人が許された自由なんだ。答えなんて無い、それこそが酢豚のあり方じゃなかったのか?」

 

知るか。

 

「一元化された管理社会からの一脱。自由を求めるからこそ人は戦うんだ。開放こそが力になるんだよ。これは酢豚を冠とした革命なんだ!一元管理からの脱却、人の尊厳を取り戻すための戦争だ!」

「何そのご大層な設定」

「これをコードネーム、Sのレコンキスタと呼んでいる」

「えっ、そんなコードネームがあったのか?」

「ごめん。実は今考えた」

「死ね」

 

弾の顔面に正拳突きをめり込ませてぶっ飛ばし、鼻血のデコレーションを咲かせると、一夏は歩き出した。弾のクセに最後に少しカッコイイことを言ったと思ったらコレだよ。

もうどーでもいい、さっさと終われ。そんなヤケクソな気持ちと共に一夏は死地へと向かった。

 

 

 

 

そうして最終決戦。

映画で、銃弾が主人公一向にだけ都合よく外れる珍現象をその身で体験しながら、一夏は任務をこなしていく。そして敵の小型飛行機を乗っ取り、後はいよいよカミカゼアタックをするのみとなった。

飛行機を敵の総本部に向けて全速力でかっ飛ばす。

 

「俺の戦いもここまでか」

しかし悲壮感は無い。こんな世界さっさと終わっちまえという気持ちの方が強いからだ。

 

「酢豚バンザーイ!」

 

ちゅどーん!

ヤケクソで叫んだ一夏の言葉と共に、P.D.Mの本部はカミカゼアタックにより壊滅していく。

 

こうして一人の英雄の尊い犠牲によって、長きに渡る酢豚戦争が終結したのであった……。

 

 

 

 

「もしもし弾。状況はどう?」

「鈴か。終わったよ……。一夏がやってくれた」

「そう……よくやってくれたわ」

「これで俺らの戦いも終わったな……」

「何言ってんの弾。ここからが始まりじゃない」

「始まり?」

「フフフ。これからは我ら『P.I.T』の天下なのよ。まずは偽りの酢豚に侵された人たちを正していかないと」

「でも鈴。俺らは自由の為の尊厳を勝ち取ったんだぞ。もういいだろ、これ以上どうしようってんだよ?」

 

「弾の疑問はもっともね。あたしの考えを聞かせてあげる。あたしはね『P.D.M』にかわって新しい酢豚イズムを創り上げるわ。愚民どもをあたしたちに従わせる為にね!それは酢豚にはパイナップルが絶対だということ、これを永遠の決まりごとにすることが幸福に繋がるという教えよ。あたしはこれを『不滅酢豚(エターナルスブタ)』とてきとうに名づけた!日陰者とバカにされていた『P.I.T』はこれにて永遠にして絶対の酢豚になるのよ!」

 

「不滅酢豚……?」

「あたしは不滅酢豚の始祖となるわ。ウフフ」

「でも鈴……。そんなものを皆が信じるのか?」

「信じない奴は酢豚強制所送りにするわ!朝昼晩、間食におやつまでパイナップル入り酢豚を与え続け、矯正するのよ!」

「……」

「……ねぇ弾。人を従わせるには酢豚を用いるのが一番なのよ。『P.D.M』もそうだったし……人類は昔から酢豚を用いて人を支配し、導いてきたのよ。……それはそうと一夏はどうなったの?」

「総本部にカミカゼ特攻して戦死したよ」

「そうだわ。一夏を『P.I.T』に殉じた英雄ということにしなさい。パイナップル入り酢豚をその手に持った銅像を作らせましょう。PRに使えるわ……フフフフ」

 

「あーはっはっは!」

 

不滅酢豚の始祖となった権力者の高笑いが響く。

戦争とは、何時の世も勝った者が全ての理を破壊して、新たに自分らに都合のいい理を作る。強大な管理支配からの開放を目指して始めた戦いは、新たな管理者となり、他者を支配することで終結する。変わらないジレンマ。終わらないワルツ。

 

人はいつまで過ちを繰り返すのだろうか……?

人類の新たな支配者となった鈴の高笑いを電話越しに聞きながら、弾は人間の無常について考えざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

「なんつー夢だ……」

 

一夏は頭を抑えて身体を起こすと、小さく呻いた。

珍しく鮮明に見た夢を覚えている。人生でもベスト3どころか、トップ1に入る悪夢だった。

 

「最悪……」

 

一夏は一人呟く。悪夢を見た後の目覚めというのは本当に気持ち悪いものだ。でもこんなクソみてーな夢を見た原因は何となく分かっている。それは……。

 

「虚さ~ん。ムニャムニャ」

 

今自分の足にしがみ付いて眠っているアホのせいだ。

 

 

クリスマスイブ前日の23日。休日の心地よさに、つかの間の平穏を味わっていた一夏の下にかかってきた電話。それは今年初めて世の勝ち組となり、指折り数えてクリスマスを待っていたはずの親友DANからだった。

聞くと何でもイブのデートが虚の用事によってダメになったらしい。一年で最も大事なデート日和がおしゃかになったDANは絶望し、ひたすら泣いたようだ。

 

それで耐えきれず親友の一夏に泣きついて、呼び出し、慰めてもらうことにしたのである。しかも人の都合も考えず、途中何度も帰ろうとする一夏にその度に泣きを入れて。

 

その結果が人生初の朝帰りだ。でも全然嬉しくない。しかも戻ったら鬼姉に殺される予感がビンビンだ。

 

「あぁ……もう行かないとな……」

 

一夏はさっきとは違う意味で頭を抱えると、時計を恨めしそうに見上げた。今日は楽しいクリスマスイブ。カップルにとって特別な日。

しかし織斑一夏にとっては、今日という日は胃が痛くなる日でしかなかった。

 

数日前からやけに目をぎらつかせ、この日の予定を繰り返し聞いてきた少女たちの顔を思い出す。

あれは正に獣の目。欲望にとり憑かれた亡者の目だった。

 

「うわ……」

 

携帯を開くと既にフライングしてきた何名かの名が表示されている。

もう分かっている。つーかこれまでの経験でよーく分かっているよコンチクショウ。

 

これは戦争だ。

織斑一夏とデートする為の女の戦い。

 

でも……普通の戦争とは唯一違うことがある。

それは被害を受けるのが結局は全て自分になるということ。巡り巡って結末がどうなろうと最後は自分が制裁を受ける流れになる。あの学園に通って身にしみて理解したことだ。

 

「ちきしょう……」

 

DANに夜遅くまで愚痴に付き合わされたせいで体が重い。このアホと違って自分はこれから離れたIS学園に帰らないといけないのに。進んで死地に行かねばならないのだ。

 

「おい弾。俺行くからな」

「あぁ、虚さん……そこはダメ……」

「クソ野郎……」

 

未だ足にしがみ付くDANを蹴っ飛ばして離れさすと、一夏はベッドから布団を引っぺがし、無造作にDANに叩きつけた。一応風邪は引かないように、そう友を思いやる彼の最後の優しさだった。

尤もこのDANがその優しさに値する男なのかは分からないが。

 

「じゃあな」

 

返事に期待することなく一夏はそう言うと、クソ野郎の部屋を出た。

 

 

 

 

DANの家を出ると一夏は空を見上げた。吐く息がうっすらと白く舞い上がっていく。

 

「戦争反対……」

 

未だ朝日が差さない暗い闇の中、一夏は心からそう思った。

そして叶わないと知りつつも、それでも願ってしまう。

 

……どうか今日一日が平和に、何より無事に過ごせますように……。

 

思わず笑みが出る。人間最後は笑ったもん勝ちだ。そーゆーことにさせてくれ、お願いします神様。

 

「行くか」

地獄へ。

 

夢で見た死地に赴くヒーローのように、一夏はIS魔境に向けて足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




宗教や教義は時に救いにも破滅にもなります。
人間平和が一番。酢豚の力で世界が平和に……なるわけないか。


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織斑一夏のSchool Days

みんなの一夏。




『もっとしっかりしてくれ……!このお腹にはお前の子がいるんだぞ……!』

『……うるさい』

『え?』

『なんで子供なんて作ったんだよ!誰がそうしろと頼んだ!』

『……え?』

『そんなこと急に言われたって、俺どうすればいいのかなんて分からねぇよ!』

『そ、そんな。この子の父親はお前なんだぞ……』

『知るかよ……』

 

 

「コイツ殺していいか?」

 

 

 

『おい!これ以上アイツの気持ちを弄ぶのは止めろ!』

『ハァ?』

『アイツは今泣いているんだ!何とも思わないのかよ!』

『何お前?モテない男のやっかみか?面倒なんだよ、何もかも』

『テメェ……!俺は全部知っているんだぞ、お前がアイツ以外の多くの女に手を出していることを……!』

『そうさ!浮気だよ。悪いか?ははは』

 

 

「死ねばいいのに」

 

 

 

『今だけは私のことだけを……あの人を嫌いでいて下さい……』

『俺アイツのこと嫌いになったわけじゃないから上手く言えないけど……。最高だよ、アイツなんかよりずっといい。お前のこの大きくてやわらかい尻に比べたら……(以下禁則事項)』

 

 

「FUCK YOU」

 

 

 

『ん?メール?誰からだ?』

『ごめん

……

……

……

……

……

……

……

……

……

……さよなら』

『え?』

 

牙突(包丁ver)

 

『ズルイよ……。自分だけ、自分だけあの子と幸せになろうなんてぇ!』

『うばらっ!』

 

ザクッザクッ。

死ーん。

 

 

「これは仕方ないね」

 

 

 

『やっぱりそうじゃない。……中に誰もいないわよ……』

 

終。

 

 

 

 

「どうだ?感想は」

ラウラがドヤ顔で彼女の部屋に集まった面々を見渡す。

 

 

……なんつーもんを見せやがるんだよ。

集まった少年少女たちは、このアニメ好きドイツ軍人のセンスに驚愕すると共に、暇を持て余していた己の境遇を悔やみたくなった。

 

 

 

 

 

「おいラウラ。誰がこんな胸糞アニメをチョイスしろと言った?」

箒が不機嫌さを顔に張り付かせて言う。

 

「いや~。あたしも流石にここまでゲスな主人公のアニメは初めて見たなー」

鈴が一周まわってある意味感心したように言う。

 

「あまりの身勝手さに思わず汚い言葉を呟いてしまいましたわ。お恥ずかしい。でもFUCK」

セシリアが恥ずかしがりながらそれでも言う。

 

「でも結末は自業自得かもね」

シャルロットが納得するように言う。

 

「うむ。この凄惨な話も日本のアニメーションが到達した一つの形なのだ」

ラウラがしたり顔で言う。

 

「ん?どうした嫁?顔色悪いぞ、お腹でも痛いのか?」

「ラウラ……お前な、こんなモン見せられて俺どう言えば良いってんだ?」

 

そして一夏は真っ青な顔で言った。

 

 

 

『School Life』

それはあるチャレンジャーな局が製作・放送したアニメ作品である。

 

内容はヤることしか頭にないゲスの極みの主人公が、性欲のまま片っ端から出てくる女の子を喰いまくっていく、という放送禁止スレスレの問題作である。

最後はヒロインを孕ませた疑惑のゲスの極み男が、それでも尚浮気を続けた挙句、他ならぬそのヒロインに牙突をブチかまされ、自業自得の短き一生を終えるというものである。全くもって救いのない、ある意味爽快感抜群の余韻で幕を閉じる、萌えアニメに一石を投じた作品であった。

 

つーかこんな修羅場漂う血塗れのスクールライフなんてもんがあってたまるか!

そんな視聴者の咆哮が響き渡るアニメでもあった。

 

だがまぁそれもいい。平凡少年がいきなり手に入れるトンデモ能力も、異世界GOもない。あくまで普通の高校生の織り成す……いやこいつら全然普通じゃねぇや。……とにかく!どうあれそういうチャレンジャー精神にある意味敬意を持ちたい。

そうお思いになる人もいるかもしれない。しかしここに一つ問題があった。

 

このアニメ、イケメン・モテ男には大変胃に優しくないアニメだと言う事だ。

 

 

 

 

「それにしてもこのアニメの主人公酷いよね」

シャルロットが皆を見渡して言う。

 

「最低だな」

「死ねばいいのに」

「ファッキン野郎ですわ」

「どうした嫁?やっぱりお腹痛いのか?」

「何でもない……」

 

ラウラに弱弱しく答えながら一夏は胸の辺りを押さえる。

どうしてだろう?自分のことではないと分かっているのに胃がズキズキする。

 

「……ねぇ一夏はどう思う?」

「あ、お、俺か?なんだよシャル」

「一夏はこのアニメのクズ男を見てどう思った?」

「クズってお前……。いやどうって、その……皆が言うように、さ、最低としか……」

 

不意の質問にキョドる一夏さん。

 

「一夏は違うよね?」

「へ?」

「このアニメのような人間のクズとは違うよね……?」

「う……」

「女の子を身重にしておいて、責任から逃げ出すようなゲスの極み男とは違うよね……?」

「あ、あの……」

 

なんだろう、シャルロットの目がメッチャ恐い。

「一夏、分かってるよね?」彼女の目は如実にそう語っている気がした。もし彼女の意にそぐわない言葉を言おうものなら、その瞬間にも悲しみの向こう側へ旅立ってしまうような……。

 

思わず助けを求めるように他の少女達へ目を向ける一夏。

しかし彼の願いは虚しく、他の少女達も目をぎらつかせて一夏の答えを待っている。唯一ラウラだけはいつも通りだったが、正直彼女はこういう場ではあまり当てにならない。

 

「ねぇ一夏。どうして黙ってるの?一夏はそうなったら責任を取ってくれるよね?」

「いや、その、シャルさん?」

 

シャルロットの剣幕に一夏はたじろぐ。

 

責任。

責任感とは違う意味の重い言葉。『人生の墓場』へ特急間違い無しのありがたいお言葉。

同時に一夏のようなモテ男が、本能的に聞きたくない言葉トップ3に入るとも言われている。何しろその「責任」の言葉を了承することにより、他女性との関係が強制シャットダウンされるのだから。

 

「一夏?」

「ううっ……も、もちろん俺は……」

「そーゆーのどうかと思う」

 

しかしそこで悩める少年を助ける声が不意に届き、一夏は縋るようにその方を見た。

 

「鈴……?」

その意外な人物に一夏が驚いた声を上げる。

 

「鈴?ボクは一夏に聞いてるんだけど?」

「そういうのフェアじゃないんじゃない?」

「どういう意味かな?」

「責任、責任って。まるで男を繋ぎとめるために子供を利用するってことよ」

「利用?……鈴、いくらなんでも言葉に気をつけなよ」

「そうかしら?」

 

不意に鈴とシャルロットの間に火花が散る。

え?どうなってんの?一夏の胃が更に痛くなる。

 

「おい鈴。フェアもなにもないだろうが。シャルロットの何処が間違っているんだ?」

そこに箒も怒りを携えてシャルロットに加勢する。

 

「どうあれその過程で女性を傷物にしたのなら、男はその責任を取るべきだ」

「それは分かってる。でもあたしはそのやり方が気に入らない」

「やり方だと?」

「子供を授かるのって……そういうのじゃないでしょう?上手く言えないけど、子供を理由にするのは、あたしはやっぱり……」

「何言ってるんだお前は」

 

箒が遮り、やれやれと首を振る。

 

「あのアニメのゲス男も、責任を取らずふらふらしているからこその結末だっただろ?責任をとって、あのヒロインと共に歩む誠意を持っていればあんな悲劇は起こらなかった。そうだろ一夏?」

 

俺に振るな。

箒さんの視線をかわしながら一夏くんは願った。

 

「でも私は鈴さんの言わんとしてることも何となく分かりますわ」

更にはセッシーも参戦する。

 

「子供を授かったというのは本来素晴らしいことですわ。ですがあのアニメの女性は、それをただ男性を繋ぎとめるだけの手段に用いていた節がありました。それは女性として、何より母としてどうでしょうか?」

「じゃあ君はどうしろってのさ。授かった子供を『なかったこと』にして再度向き合う努力をしろとでも?」

「そんなことは言っていません!」

「子供が出来た以上、もう理想論だけじゃやっていけなくなるんだよ?子供の為にも、そのことで相手に責任を取らせようとすることの何がいけないの?」

「私だって男性の責任の有無については貴女方とほぼ同じ意見ですわ。ただあの女性の考え方というか、矮小さが気に入らないのです!」

 

シャルロットとセシリアまでもヒートアップし、一夏は絶望する。

一体全体どうなってるんだ?なんでただのアニメ鑑賞からこんな重い話題になってんだよ……。

 

「分からんな。邪魔なら皆排除すればいいのにな。恋愛とはどんな手段を用いようとも、最終的に立っていたものが勝者なのだ」

 

ラウラが一人煎餅を齧りながらのんきに言う。

誰だよそんな物騒なことをラウラに教えたのは。

 

 

「一夏は絶対に責任を取ってくれるよ!ボクは信じてる!」

シャルさん。そんなこと急に言われても。

 

「そうだ!私は幼馴染なんだぞ!」

幼馴染関係ないよ箒。

 

「アンタらねぇ、世の中そんな自分の願いどおり物事が進んでくれたら苦労しないわよ!一夏の都合も考えなさいよ」

鈴さん。そう思うならそっとして頂けませんかね。

 

「綺麗事だけじゃない、確かにそうですわ。……ところで一夏さんは入り婿はお嫌でしょうか?」

何言ってんのこのお嬢様。

 

シャルロット・箒VS鈴・セシリアの二陣営に別れ、言い争いが激しくなる場を見て一夏は決心する。

 

逃げるしかない。

このままでは近いうちに自分に火の粉が、いや火の粉どころか業火が降りかかる。間違いない。その証拠にいつの間にか、アニメの主人公の立場が自分に置き換えられている。もはや猶予はない、逃げることで後が怖いが、今はそれよりも自分の命が大切なのだ。

 

モテ男とはその場しのぎのプロである。

嫌なことは先送り!『見ざる言わざる聞かざる』のコンボだ!文句あるかちきしょう!

 

「ん?どうした嫁?気配を絶って何処に行く気だ?」

「ああ。ごめんなラウラ。お腹痛いからちょっとトイレ行ってくる」

「そうか。しっかり出してこい」

 

純粋な夫に励まされ一夏はそっと愛憎渦巻く魔境を出る。

そして静かにドアを閉めるとダッシュでその場から駆け出した……。

 

 

 

 

 

「おえっ」

手洗い場で思わずうずくまる一夏。思った以上にストレスがマッハだったようだ。

 

「おりむー?」

「……のほほんさん?」

 

一夏が濁った目を向けると、そこにいつの間にか本音が立っていた。

 

「どうしたの?大丈夫?」

「あ、うん。何とか……」

「おりむー口元よごれてるよ」

 

そう言うと本音はハンカチを出して一夏の口の辺りを拭う。

 

「ご、ごめん!ハンカチ貸して、ちゃんと洗濯して返すからさ」

「いいよそんなの~。それより本当にだいじょーぶ?」

 

本音は気にした風でもなく、一夏の口元を拭いたハンカチをポケットに戻す。

そして自らも屈んで一夏の背を優しくさすった。

 

一夏はその優しさに思わず涙が零れそうになるのをグッと堪える。

人間辛いときに純粋な優しさを向けられることほど、心にクるものはない。

 

「おりむー?」

「ううっ……のほほんさんは優しいなぁ……」

「よしよし」

 

暫し子供のように背をさすられ、一夏はようやく自分を取り戻した。

 

「もう大丈夫。ありがとう」

「そう?良かったー」

「のほほんさん。お礼に何か奢るよ」

「いいよそんなのー。それより保健室行かなくていいの?」

「のほほんさんのおかげでもう大丈夫だから。ね?お礼させてくれない?」

「う~ん」

「ケーキでも奢らせてよ」

「分かったよ。じゃあお言葉に甘えるよ。おりむー、学食へ行こうー!」

 

そうして二人並んで歩く。

一夏の心は平穏に満たされていた。女の子って、こういうのでいいんだよ。こういうので。

 

「エヘヘ~ケーキケーキ」

「ちょ、ちょっとのほほんさん」

「何食べようかな~」

「まいったな……」

 

ケーキがよほど楽しみなのか、一夏の腕に手をやって嬉しそうに本音が言う。

それに対し、一夏は彼女の豊満な胸を直に感じて、だらしなく相好を崩した。

仕方ないんや……男の性なんや……。

 

 

そうして一夏の胃が痛くなるスクールライフは『大天使のほほんさん大勝利!』で幕を下ろそうとしていた。

 

 

 

 

 

 

『見つけた……』

 

そんな微笑ましい男女の背中に不気味に響く声。

声の主は一人?それとも二人?まさかの五人?

 

どうあれ一夏君が平穏なSchool Daysを過ごすのは難しいようです。

 

 

 

 

そういうわけでIS学園は今日も平和、もとい修羅場です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




先日久しぶりに見てみたが、やはりアレは凄ェアニメだった。
いくらモテても、あんな学校生活死んでもごめん……つーかマジで死ぬんだけど。とにかくノーサンキューです。

しかし一定の真理はあるようにも思える。
そもそも『ハーレム』なんて都合のいいもんは、普通はあるわけない。
想い人が自分以外の異性と仲良くしているのを見て、何とも思わない人なんているだろうか?

嫉妬、自己嫌悪、謀略……そんなことを願っても当たり前ではないのか。
そう考えるとある意味彼らはリアルなのかもしれない。



要は何が言いたいのかというと、のほほんさんはIS魔境に舞い降りた天使だということですよ。
あとなんだろ…酢豚可愛いですよ(投げやり)




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凰鈴音の友情破壊ゲー (鉄道編)

あのゲームで日本の都道府県と各地名産を覚えたのは私だけではないはず。





「アンタらほんと仲いいよね」

 

この部屋の主、凰鈴音は寄り添うようにして本を読んでいる親友コンビに向けて唐突に言葉を放った。その親友コンビ、シャルロット・デュノアとラウラ・ボーデヴィッヒは不意の言葉に揃ってキョトンとした目を友人に向ける。

 

「どうしたの鈴。いきなり」

「べつに。何となくそう思っただけ」

「当たり前だ。シャルロットは私の大切な友人だからな」

「ありがとラウラ」

 

シャルロットが親友の髪にそっと手をやって礼を述べる。

 

「ふふ。羨ましい関係ですわね」

それを見た英国貴族セシリア・オルコットが紅茶を片手に優雅に微笑む。

 

「そうだな」

篠ノ之箒もセシリアに倣い湯飲みを片手に小さく笑う。

 

「セシリア。後で私にも紅茶を貰えないか?」

「勿論ですわ。その代わり箒さんもジャパン・ティーを淹れて戴けます?」

「ああ。喜んで」

 

箒とセシリアも己の好物を仲良く共有し合う。

 

そんな麗しく可憐な少女たちの午後のお茶会。

微笑ましく柔らかい空気を漂わせながら、何時ものように平和にのんびり過ぎようとしていた。

 

 

 

「その幻想を……ぶち壊す……」

 

不幸にもそんな酢豚の呟きが聞こえぬままに……。

 

 

 

 

「ねぇTVゲームやらない?」

唐突な鈴の提案に他の少女たちは顔を見合わせた。

 

「ゲームだと?」

「そうそう。箒はやったことないと思うけど、結構オモロイもんよ」

「ボクもあんまり……一夏に教えてもらって何回かやったくらいかなぁ」

「私は結構やるぞ。戦争モノの対戦がかなり熱いんだ」

「とにかくヒマだし、なんかやってみない?」

 

鈴が皆を見渡して提案する。

 

「私はお断り致しますわ。そんな低俗なものをする趣味はありませんの」

「一夏もゲーム好きなのに。その言葉後でそっくり伝えておくわね」

「ゲームとはなんて素晴らしき趣味でしょう!私もずっと興味がありましたの」

 

流石は変わり身の早さに定評があるセッシーである。

シャルロットと箒はそんな恋に命を掛けるお嬢様に小さく舌打ちした。

 

「……じゃあ、せっかくだしボクもやってみるよ」

「なら私もやってみるか」

「何をするんだ鈴。私の最近のお勧めはバトルフィールドなんだが」

「ごめんラウラ。それ系は初心者には難しいから」

「そうか……」

「また今度ね。……ここは初心者にも優しく、更には盛り上がれる定番のゲームにしましょう」

 

言いつつ鈴がゲームをセットしていく。

 

「なぁ鈴。私はゲーム類は初心者なのだが大丈夫か?」

「だいじょーぶ。基本ボタン押してりゃ進む奴をチョイスしたし」

「どんな種類のゲーム?」

「ボートゲームを多く揃えたわ。友情がテーマの素晴らしきゲームたちよ」

「友情を?ということは協力してプレイするということでしょうか?それは良いですわね」

「……まぁ間違ってないわね。協力プレイねぇ……」

「ん?どうした鈴」

「別に。とにかくやってみよっか。アンタら全員物覚えが速いし、すぐ覚えるだろうから」

 

そうして鈴は一つのゲームを起動させる。

 

「協力プレイ、出来ると良いわね……」

そんな呟きを発しながら。

 

 

 

 

 

 

「いい加減にしろ!」

箒の怒号が部屋に煩く響く。

 

「セシリア!いい加減高価なカードを溜め込むのはやめたらどうだ!」

「あーらドベ常連の弱者がなにかほざいていますわね。見苦しいですわ~」

「貴様……!」

「ゲームとは言え、やはりその人となりが現れてしまうものですわね。お金持ちって罪ですわ……あら箒さん、また借金ですの?少しお情けを与えてあげましょうか?」

「コロす……」

 

 

「ねぇラウラ……どうしてさっきボクに貧乏神をなすりつけたの……?」

シャルロットの押し殺した声が重く響く。

 

「シャ、シャルロット違うんだ。あの時はどうにも仕方なく……」

「二人で協力して一位二位を狙おうって言ったよね……?」

「た、戦いとは常に無常で残酷なものであって……」

「ラウラ?」

「うっ」

「……分かったよ。ラウラがその気ならボクにも考えがあるから」

 

あれから早二時間。「うふふ、あはは……」といった乙女の桃色空間に支配されていた場に、もはやその名残は微塵も見えない。

そこに在るのは殺伐とした空気。尖ったナイフのように剣呑な空気が漂っていた。

 

 

まさかここまで熱くなるとは……。鈴は他の面子を横目に少しやっちまった感に襲われる。

ある程度想像通りとはいえ、ここまでだと少し怖い。というかコイツら全員沸点低過ぎ。

 

そしてそれは時間の経過と共に一層激しくなる……。

 

「ギャー!わ、わたくしの周りがう○ちだらけに!」

「あははははは!あーはっはっはっ!」

「箒さん!貴女という人はなんて嫌がらせを!」

「どうだ?う○ちに囲まれて動けない恐怖というのは。クソみたいな性格のお前にふさわしいカードだろ?」

「FUCK!順位を放棄してまでそんな汚いカードを溜め込んで!貴女にプライドはないのですか?」

「お前の真似をしただけだ。何が悪い」

「この卑怯者!」

「フン。何とでも言え。ところでいいのか?お前の近くにヤツが迫ってるぞ」

「え?」

 

プレイヤーを恐怖と怒りのどん底に引きずり込む存在。

ヤツ名は……『キングボンビー』

 

「Son of a bitch!」

「日本語で話せ。鬼畜米英」

 

 

「よし!次ようやく目的地か。長い闘いだったな……」

「……ポチっとね」

 

みなぶっとびカード発動!

 

「シャルロットォォォォ!」

「あ、ごめーんラウラ。つい使っちゃった。仕方ないよね?ボクは目的地まで遠かったし」

「ちょっ、ふざけるな!久しぶりの到着だったんだぞ!」

「ごめんね。でもこれが勝負の残酷さなんでしょ?ラウラがさっき自分で言ったじゃない」

「シャルロット……!」

「ふぅー。やれやれ結局ボクが一位みたいだね。セシリアも自滅していくし、やっぱりこういうのは手堅く真面目にやることこそが勝利への近み……」

 

陰陽師カード。

使いますか? → はい/いいえ

 

「……ラウラ」

「すまない……これは使いたくなかった……」

「それを使ったら……元には戻れなくなるよ?」

「シャルロット」

「ね?ラウラいい子だから。ボクは色々あったけど最後はラウラと笑って終わりt……」

「えい」

 

陰陽師カード発動!

 

「ラウラァァァァ!」

「勝負とは、かくも残酷なものなんだ……」

 

 

 

「潰し合ってるわね……」

アドバイザー的ポジで皆の戦いを一歩引いて見守っていた鈴は、その醜さにやるせなく天を仰ぐ。

 

まぁ大体分かっていたことでもある。それこそが友情破壊ゲーと名高い魔物の恐ろしさなのだから。

どんな紳士淑女でも、ガキでもおっさんでも、平等に愉しませ同時にブチ切れさせる魔の魅力……それがこの『桃鉄』にはあるのだ。

 

それでも何処かで願っていた。シャルロットとラウラならもしかしてと。

仲の良い親友コンビなら、自分たちが到達できなった境地『仲良く平和に協力プレイ』に到達出来るのではないかと……。

 

モッピーと尻?

あれは元から期待してないからどうでもいい。

 

とにかく先日このゲームが切欠で弾と一夏と大喧嘩になり、未だ険悪な状態が続いている自分たちのようにはならないと。……そう思いたかった。

 

少女は涙を流し、その優しき胸を痛める。人はどうしてこうも争いを止められないのか?

まぁどう考えても、半ば八つ当たりで皆にゲームを吹っ掛けた酢豚が諸悪の原因だが、彼女は気にしない。

都合の悪いことは考えないのが悲劇のヒロインの条件だ。

 

 

 

鈴はため息と共に静かに立ち上がるとドアの方に向かう。

後ろからは怒りに支配された女性の金切り声。おそらくそう遠くない未来に、箒の木刀かセシリアビームによって、あのゲームも御釈迦かも知れない。

 

それでもいい。そうやって女の子はまた一つ世間を知り、現実を知り、強くなっていくの……。

鈴は宿敵(とも)の成長を望みゆっくりとドアに手を掛けた。

 

それにどうせこの流れでの結末は、今までの経験から『鬼教師による説教』というオチだろうし。今のうち逃げるに限る。

鈴はそのまま静かに部屋を出ると、「うーん」と小さく伸びをする。

 

さて、一夏の機嫌が直ってるのを期待して遊びに行きますか。

そうして鈴はゆっくり歩き出した。

 

 

 

 

 

友情を試すゲームをする際は相手へのリスペクトと思いやりを忘れずに!それを怠ると悲劇が起きます。

 

 

そういうわけでIS学園は今日も平和です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




まだ幼かった頃、親戚の集まりで大人たちが何故か桃鉄をやりだした。
初めは和気藹々とやっていたが、ゲームの年数を重ねるにつれ皆の笑顔が消えていくことに、子供ながらに恐怖を感じた。そして最後は……。
子供にとって絶対の存在である大人。その大人の醜い姿にああはなるまいと切に思った。

そして月日は流れ……。
先日友人たちとモモテツからのプロレスに発展してしまった私がいる。

歴史は繰り返されるというのか……。


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織斑一夏の今日から俺は!! 『始動編』

高校デビューに、大学デビュー。
粋がって尊大な言葉を吐いたり、孤高の人なんかを気取ってみたりする。
不良やアウトローな方を嫌悪しつつも、実はそれに憧れて妄想しちゃったりする。

そ、そんな黒歴史、男なら誰しもありますよね?






「ちっきしょう……」

 

俺は自室への道を毒づきながら歩いていた。

今日も今日とて千冬姉に説教されたからである。原因は皆の前で「千冬姉」と親しげに呼んでしまった為だ。

 

「立場をわきまえろ」

 

千冬姉はいつもそう言う。

この学園にいる以上は、自分たちは姉と弟ではなく、只の教師と生徒だと。

 

……分かってはいるんだけどなぁ……。

 

無意識に出てしまうため息が虚しい。

俺は胸に消化しきれない何かを感じ、やるせなく天を仰いだ。

 

誰かにこの胸のわだかまりを聞いて欲しいと思うも、その相談相手が思い浮かばない。何故なら周りは皆女性、カッコ悪い姿を見せたくないという男のプライドが邪魔をする。

 

結局弾の顔をしか思い浮かばない。

俺は学園での交友関係の狭さに少し悲しくなりつつも、弾に電話をするために足を速めた。

 

 

 

 

 

 

「なるほどねぇ」

「そうなんだよ弾。どう思う?」

 

翌日、俺は早速朝から弾の家を訪れていた。

 

「まぁ確かに仕方ないとはいえ、他人行儀がずっと続くのはキツイかもな」

「だろ?千冬姉酷いだろ?たった二人の家族なのに、毎回あんな態度とらなくてもさぁ」

「でも千冬さんは教師でもあるわけだし、そりゃお前を特別扱いは出来ないだろ」

「別に特別扱いしろってんじゃなくてさぁ。こう何て言うか……」

「気に掛けて欲しいんだろ?ガキだねお前も」

 

馬鹿にするような弾の言い方に思わずカッとなって睨みつける。

しかしそんな俺の睨みもどこ吹く風で、弾は鷹揚に頷いて語りだす。

 

「ま、分からんでもない。関心を持って欲しい、構って欲しいと願うのは家族なら当たり前のことさ」

「そ、そうか?そうだよな」

「それが姉、妹のような異性なら尚更だ。男にはそういうガキっぽい面があるからな」

「そうそう。そうなんだよ弾!やっぱりお前なら分かってくれると思ってたぜ」

「俺も蘭が今よりもう少しお淑やかな頃、構ってやりたい一心で、よく不意に目の前でエロ本を広げて泣かせてやったもんだ。懐かしいぜ……でもそれが男の持つどうしようもない性なんだよなぁ」

「最低だなお前」

 

俺は侮蔑の視線をアホ野郎に存分にプレゼントする。

蘭がお前に対してあんな攻撃的になったのは自業自得じゃないのか。

 

「でもなぁ、どうすりゃいいんだろなー」

俺は千冬姉の顔を思い浮かべ、ため息を吐く。

 

そういえば千冬姉の『姉』としての笑顔を見たのは何時だったかな?もう随分前のような気がする。

 

「千冬姉は俺のことなんてどうでもいいのかな……」

「千冬さんがどう思っているのか俺には分からんが、でもお前に関心が薄くなった理由は分かる」

「え?」

「要はお前はいい子過ぎるんだよ」

 

弾は俺に向けてビシっと指を突き立てた。

 

「な、なんだよそれ」

「お前が中学からバイトしてたのは何の為だ?」

「それは千冬姉にこれ以上迷惑掛けられないから……」

「掃除洗濯料理……家事を覚えたのは?」

「それは千冬姉に美味しいものを食べて貰いたいから……。それに千冬姉は家の掃除とかあんまやらないし。パンツとかも脱ぎっぱなしにして放置したり……」

「お前が強くなりたいと思うようになったのは何でだ?」

「それは守られるんじゃなく、千冬姉を守れるような男になりたいから……」

「このシスコンが」

 

弾は呆れたような目を向けてくる。

なんでだよ、家族を大切に思うのは普通だろうが。

 

「でもお前のそういう処がダメなんだよ」

「なんだと?」

「いいか一夏。家の為にバイトし、姉の為に家事全般を覚えた。……そんな出来のいい弟なんざ普通はいないんだ」

「そんなことないだろ」

「あるんだよ。でもそれがお前らの場合、築き上げてきた時間から、それが当たり前のようになっているんだ。嫌な言い方になるけどな、千冬さんはお前のことを『手間のかからないいい子』と決め付けて、胡坐をかいているわけだ」

「そんな……」

「『出来の悪い子ほど可愛い』ってのを知らないのかよ?千冬さんにとって、お前は心配する程のことはない、ってある意味高をくくられているわけだな」

 

俺は弾の言葉に黙り込む。

千冬姉の為、千冬姉の為……そんな思いが逆に俺に対する無関心に繋がっていたというのか?

 

「俺はどうすればいいんだ……?」

「解決法はある」

「え!マジか?」

「ああ。千冬さんのお前に対する固定概念を崩してやればいいんだよ」

「そう言われても……」

「ヤンキーだよ」

「はぁ?」

「ヤンキー、不良……今日から少し遅れた高校デビューだ!」

 

そして弾は力強く宣言した。

 

 

 

 

「何言ってんだ弾、頭大丈夫か?」

「失礼なやつだな、お前のために言ってやってんのに」

 

弾が両手を広げ、やれやれと頭を振る。

その仕草がバカにされてるようで少しムカツク。

 

「昨日まで真面目で自分に従順だった弟がいきなりグレてみろ。いくら千冬さんも驚くさ」

「どうかな。……ただ殴られて終わりな気がする」

「かもな。でもお前のことを思い直すきっかけぐらいにはなるかもよ?」

「うーん。でも俺は別にそこまでして……。今更千冬姉に迷惑かけるなんてことを……」

「おいおい。マジに考えるなよ。あくまでフリだフリ。なんちゃってデビューってやつだよ」

 

弾が困ったやつだ、という風に苦笑いで俺を見る。

 

「まぁ一夏が嫌って言うなら俺は別にそれでもいいよ。これは一夏の問題だしな」

「うっ」

「でもな一夏。何かを変える為には、男は今までの自分と決別しなくちゃいけない時もあるんだぜ」

「何似合わない台詞言ってんの?」

「うるへー。自分の内を変えるには外見からって言葉を知らんのか」

「そうなのか?」

「そうなの。それにやっぱ女はアウトローな人間に惹かれるもんだってさ」

「はぁ?」

「きっと『チョイ悪一夏くん』になった日には更にモテモテだろうよ。羨ましいぜコンチクショー!」

「別にモテたいと思わない。俺は千冬姉さえいればいい」

 

俺がそう言うと弾は一歩後ずさって変な目を向けてきた。

なんだよ一体。

 

「なぁ一夏?その、前から思ってたんだけど……お前と千冬さんって姉弟だよね?」

「当たり前だろ」

「あの、それ以上じゃありませんよね……?」

「それ以上って?」

「いや!なんでもない!」

 

弾は「そうだよな、うん」「いくら何でも…」などとぶつぶつ独り言を言い出す。

ホント何だってんだよ。

 

「と、とにかくだ!どうする一夏?」

「でも不良ったって、俺どうすればいいのか分かんねぇよ」

「安心しろ。こんなこともあろうかと此処にその答えが用意してある」

 

そして弾は引き出しからブリーチ一式を取り出した。

 

「不良といえば茶髪!これは昔からの鉄則だ」

「茶髪?」

「そうだ茶髪だ」

「弾。お前染めてたの?」

「おいおい、これは地毛に決まってんだろ」

「え?だってお前のその髪の色……」

「あっはっは、何言ってんだ一夏。俺のはどう見ても日本人特有の髪の色だろ?」

「いやどう見てもあか……」

「一夏~。頼むからしっかりしてくれよ。俺も蘭もどこにでもいる普通の髪さ。そうだろ?」

「えー……」

「お前の学園での周りを思い出してみろ。別に俺らがおかしくないことが分かるだろ?」

 

俺はIS学園の人たちを思い浮かべる。

うん。確かに弾以上の、緑色っぽい髪の教師や、青色っぽい髪をした生徒会長がいるような気がする。

 

「な?髪と言っても十人十色。生まれつき日本人から少し離れた色の人もいるし、後は光の反射でそれっぽく見えるときもある。お前の気のせいなんだよ絶対」

「そうか……そうだよな」

「ああ!生まれつきと光の反射、これだよ。髪の色が多少違うことだけであれこれ思うのはよくないぜ」

「だよな。金髪ならともかく緑や青に紫なんて、そんなの気のせいだよな!」

「そうだ。全ては気のせいだ。深く考えるな……分かったな?」

 

弾が珍しく真面目な顔をしてこちらを見る。

そうだ。これは深く考えてはいけないんだ。俺の深層でも何かがそう言ってる。

「どうしても気になるならアマガミでもやってろ!」……そんな声が。

 

「とにかくだ!とにかく不良といえば茶髪なんだよ!いい加減覚悟決めろよ!」

「なんでお前がそんな必死なんだよ」

 

でも確かに弾の言うとおり変わろうとする努力も時には必要かもしれない。

俺は不承ながら弾に了解の意を伝えた。

 

「よっしゃ!じゃあさっそく染めてみよう」

「でもなんか不安だな。変な色にならない?」

「大丈夫大丈夫。これ弱いやつだし、ほんの少し茶色っぽくなるだけだよ」

「そうか?信じて良いのか?」

「一夏俺を信じろ。お前が信じる俺を信じろ。俺が信じる俺を信じろ……!」

「何訳分からんこと言ってんだよ……」

 

呆れる俺に弾は有無を言わさず調合した液体を髪に塗りつけていく。

もう仕方ないか……俺はもう諦めたように目を閉じた。

 

 

 

 

 

「おい弾」

「なんですか?」

「お前どうしてくれるんだ?」

「何のことでしょうか?一夏さん」

「この髪を見てくれ。コイツをど思う?」

「すごく……金髪です」

「死ね」

「うばらっ!」

 

とりあえず弾の顔面に拳をめり込ませた。奇声を上げて弾が後ろに倒れる。

 

「お前どうしてくれるんだ!これのどこか軽い茶髪だ!」

「いやスマン!調合間違えたみたいだ。ごめん、ホントごめん」

 

鼻を手で押さえた弾が土下座して言う。

ふざけんな!

 

「今すぐ元に戻せ!」

「その、止めた方がいいです。短時間の染め直しは将来の髪の過疎化に繋がるんで……」

「バカ言うな!さすがにこんなんで学園戻れるか!」

「いや~似合ってますよ一夏さん。スーパーサイヤ人みたいで」

「テメェ……」

「うっかりミスってやつだな。てへぺろっ」

 

俺は無言で弾の顎にアッパーをぶちかます。

豚のような悲鳴を上げて弾が吹っ飛んだ。それは許されない、箒ならともかくお前がそれをやるのは!

 

「でも一夏。染め直しは止めた方がいい!説明書にもそう書いてある!」

 

立ち上がった弾が泣き顔で一枚の紙を差し出してくる。

そこに書いてあるは『注意!非常に強い薬品なので染め直しには日を数日は空けること。連続使用で頭皮に重大な危機をもたらしても、当社は責任を負いません』……何が弱いやつだ!マジふざけんな!

 

「ま、まぁ一夏。いいじゃないか、これでどう見ても不良間違いなしだぜ」

弾が媚びた笑いを浮かべる。

 

「千冬さんも今のお前見れば認識を改めるさ」

そもそもこんなクソ野郎に相談したのが間違いだった。

 

「ほら。俺オススメのヤンキー漫画貸してやるから。これでも見て参考にしとけ」

そして頼みもしないのに紙袋に詰まった漫画を差し出してくる。

 

「GOOD LUCK!」

「KILL YOU」

 

最後にもう一度クソ野郎の顔面に拳をめり込ませる。そしてアホの繰り出す汚ねぇ赤の噴水を見届けると、俺は紙袋を手にクソ野郎の部屋を出た。

 

 

 

 

 

学園への帰りの電車を怒り冷め切れないまま待っていると、携帯が振るえてメッセージが入ってきた。セシリアだった。

 

「あ、そうだった……」

先週、今日の午後から出かける約束をしたんだった。今の今まで忘れていた。

 

忘れていたことをセシリアに悪いと思いつつも、げんなりする。

また足が棒になるくらい色んな店に連れまわされるのかなぁ……。

 

マンガでも読みつつ気分転換して帰ろう。

俺は大きくため息を吐くと紙袋からマンガを一冊取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




高校の時、夏休み限定で茶髪デビューしてみた。
しかし当時の私は何を思ったか、学校が始まってもそのままで向かい、当然のごとく先生方に指導室で説教された。

叱られ、頭を小突かれ、「もう二度としません!」と泣いて頭を下げまくった時、自分は決してアウトローにはなれないと分かった、遠いあの日の思い出……。


『今日から俺は!!』
ギャク漫画としても、友情ものとしてもオススメ。ヤンキー漫画の傑作の一つだと思います。





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織斑一夏の今日から俺は!! 『対金髪編』

ヤサイマシマシニンニクマシアブラカラメマシ





学園に戻る電車の中で、俺は弾のアホに渡されたヤンキー漫画を読んでいた。こういったジャンルはあまり読んだとことが無かったが、中々面白い。

おかげで退屈な思いをすることなく時間を潰すことができた。そして読みながら思ったことがある。

 

 

確かに一度変わってみようとするのも有りかもしれない。

 

 

 

 

 

「一夏!そ、その髪どうしたの?」

 

学園に到着後、直ぐに出会ったシャルに驚かれた。

そりゃそうだよなぁ。

 

さてどうしようかと思ったが、ここは新たな自分を試すチャンスかも。

俺はシャルの方を向くと、とりあえずメンチを切ってみた。それは優しい彼女ならば何をしようが、最後は許してくれるだろうという汚い考えもあるからだ。ごめんねシャル。

 

「い、いちか?」

「んだよ文句あんのか?そういうお年頃なんだよ!ああん!」

 

意味無く凄んでみる。どうも発言のチョイスを間違った気がするが。

 

シャルは口を半開きにしたまま呆然と俺を見ている。彼女のそんな姿は何となく新鮮な気がした。でもこれからどうすっかな……。

 

「気安く俺に触れると怪我するぜ……」

後に引けなくなったので、更に電車で読んだ漫画の台詞を言ってみた。シャルさん反応プリーズ!

 

シャルは顔を俯かせ沈黙する。その表情は見えない。

早々にやっちまったかな?デビューは失敗か?今すぐ謝るべきだろうか?

 

「あの、シャルさ……」

「……プッ」

 

俯いていたシャルが小さく声を漏らした。小刻みに震え出しながら。

 

「あははははは!」

 

そして大きく笑い出す。

シャルの大口開けて爆笑する姿に、逆に俺のほうがテンパった。

 

「な、何笑ってんだよ!ああん?」

「くくくっ……ごめんごめん。でも本当にどうしたの?」

「ど、どうしたってお前。俺は今までの自分とはオサラバしたんだよ。文句あるか!」

「そうなんだー」

 

シャルは一転ニコニコした笑顔で俺を見る。

その瞳には「しょうがないなぁこの子は」という思いがありありと出ていた。シャルは時々このような母性的というか、お姉さんのような面を見せるときがある。

 

しかしこの状況では、その向けられる思いがとても恥ずかしい。

 

「で?本当にどうしたの?漫画?それともドラマの影響かな?」

「う、うるせぇ!そんなんじゃねェよ!」

「金髪かぁー。ボクはそれもいいと思うけど皆はどう言うかな?」

「俺がそうしたからこうしたんだ!女の指図は受けねェ!」

「ふふ。仕方ないなぁ一夏は」

 

ちきしょう。あたかも駄々をこねる子供を見るような視線を向けやがって。バカにするようでもなく、ただ子供の我侭を微笑み混じりに見守る母親のような目。その優しさが痛い。というより恥ずい。

 

「お、俺は出かけっから、これを預かっとけ!」

 

未だニコニコしているシャルに漫画が詰まった紙袋を手渡す。

シャルは中に入っていた漫画の表紙をチラリと見て、また小さく笑い出した。

 

「はいはい。じゃあ一夏も車には気をつけてね」

「ガキじゃねェんだよ!」

「ふふ。ごめんね。とにかく気をつけて」

 

笑顔で手を振るシャルに背を向けると、逃げるようにその場を去る。

初っ端から負けた気全開だった。

 

 

 

 

 

「一夏さん?どうしたんですのその髪は!」

シャルと別れ校門近くの待ち合わせ場所で待っていた俺に、セシリアも開口一番驚きの声を出した。

 

「まぁ、ちょっとな」

シャルの時は過剰な物言いで失敗した。少し気をつけてアピールしよう。

 

「で、でも」

「男には何かを変えなくちゃいけない時もあるんだよ。覚えとけ」

 

どっかのアホが言ったような台詞を言ってみる。

そのアホのせいでこうなったわけだが。

 

「えっと……」

「嫌か?じゃあ買い物やめるか?」

「い、いえ!いいえ!絶対に止めません!申し訳ありません一夏さん、少し驚いただけですわ」

「そうか」

「では早く行きましょう。時間は限られていますから」

 

セシリアはそう微笑むと歩き出す。

うーむ、どうも反応が薄い気がする。シャルといいセシリアといい。同じ金髪だからか?

 

「一夏さんとお買い物……うふふ、凄く楽しみですの」

「そうか」

「沢山リストアップしてきましたのよ。色々なお店に一緒に回りましょうね一夏さん」

「そ、そうか」

「それで食事は最高級のレストランを予約しましたから。期待して下さいね」

「……そうか」

 

また勝手に決めやがって、俺は心で小さく文句を言う。

 

女というのはなんで当然のように、男が好きで買いものに付き合ってくれていると思うのだろう?しかもなんでウザいマナーが多い洒落たレストランなんかを好むのだろうか。あんなのいくら美味しくても、肩が凝るだけで全然楽しくない。目玉飛び出る値段のくせに量も少ないし。

 

男は牛丼とか、ラーメンとか、そういうのでいいんだよ!

 

そうだ、これはいい機会かもしれない。

俺はセシリアの後姿を見ながら思う。いつもいつも流されるまま皆に付きあわせれていた俺の境遇。それに一石を投じる絶好の機会なのではないだろうか?

 

いつもはとても言えないが今の俺は一味違う。

この金髪は伊達じゃない。勇気を出せ俺!

 

 

「一夏さんはフランス料理はお好きですか?」

「……いい」

「え?今なんと?」

「おフランスなんかどうでもいい。キャンセルしろ」

「はい?」

「キャンセルだ。それより良いものを食わせてやっから」

「で、でも私がとったのは最高級のお店ですわよ?」

 

セシリアは食い下がる。

しかも俺も引くわけにはいかない。以前連れて行かれたような堅苦しい店なんてまっぴらだ。

 

「今日はお前にメイドインジャパンというものを教えてやる」

「え?で、でも……」

「セシリア。お前俺を信じられないのか?」

「そ、そんなこと有り得ません!」

「なら俺に任せろ。女は黙って信じた男の後をついてくりゃいいんだよ」

 

そして凄まじい俺様発言を繰り出すと、返事をまたず颯爽と歩き出した。でもこんなこと言って、逆上したお嬢様に後ろから撃たれはしないよね?

 

内心ビクつきながら少し早足で歩き出す。撃たれないように多少ジクザグ歩きになったのは秘密だ。

こっそり後ろを窺うと、セシリアは俯きつつも黙ってついてきた。

 

 

 

 

町に出るためにセシリアと並んで電車に乗る。

しかし先ほどから互いに会話がなく、沈黙が重苦しい。

 

やっぱ怒ってるのかな?

そう思い、先ほどの言葉を詫びようと思ったところで、俺は読んだマンガの内容を思い出した。

 

『男というものは簡単に頭を垂れるものではない』

『真の硬派は背中で語れ』

 

そうだ。ここで謝りでもしたらいつもと変わりないじゃないか。

俺はそう思い直すと、腕を組んで窓から変わる景色を眺める。……フリをしてさりげなくセシリアの様子を窺った。

 

さすがにセシリアを傷つけてまでこんなことを続けるのは良くないからだ。

しかし、俺の予想に反してセシリアは言葉こそ発しないが、決してこの状況を嫌がっているようには見えなかった。口元が綻んでいる。何が嬉しいんだろう?……うーん。よく分からん。

 

結局何を話したらいいのか分からず、電車の時間は殆ど無言のまま過ぎていった。

 

 

 

 

駅を降りたところで俺は後ろのセシリアに振り返る。

 

「セシリア。今日の買い物だけどな」

「はい」

「今すぐに入用なものってわけじゃないんだろ?」

「え?は、はい。まぁ……」

「じゃあ買い物もキャンセルしよう」

「そんな!」

「悪いけど俺は買い物の気分じゃないんだ」

「で、でも……でもわたくしは先週からこの日をずっと楽しみにしていて……」

 

セシリアの泣きそうな顔に心が痛む。

しかしここで折れてはいつもと変わりはしない。

 

「一夏さんはわたくしと一緒するのはお嫌なのですか?」

「勘違いするな。言ったはずだ、今日はメイドインジャパンを教えると。俺を信じてついてこい」

「え?」

「デートコースは俺に任しとけ」

「で、でーと?」

「ホラ行くぞ!」

「……はい」

 

強気にやってみるもんだなぁ。

セシリアがおとなしくついてくるのを見て、俺はあの地獄の店巡りを免れたことに内心安堵した。

 

 

 

 

まずはレジャーランド内のゲーセンに連れて行った。

金のない高校生にとって時間を潰すのにはゲーセンが最適だからである。

 

物珍しそうに店内を見渡すセシリアをとりあえず格闘ゲームの前に座らせる。

「男は黙ってスト2」と昔誰かが言っていたように、男は皆格闘ゲームが大好きなのだ。女は分からんが。

セシリアが不慣れなレバー操作に四苦八苦しているのを見てほっこりする。ガチャガチャ戦法は初心者の必ず通る道であり、誰しもこれを乗り越えて次のステージに向かうのだ。

 

次に普段はあまりやらない流行の音ゲーにも挑戦してみた。

こういうのはセシリアは流石のセンスだった。俺よりも上達が早い。少しくやしい。

 

「うふふ」

小さく笑い声を上げて、セシリアがリズムに合わせパネルを操作する。どうやら彼女なりに楽しんでいるらしい、俺は小さく安堵する。良かった。

 

その姿を眺めながら、お嬢様がゲーセンをする姿は貴重な絵だなぁとぼんやり思った。

 

 

 

 

ゲーセンで時間を潰した後、隣接するボーリング場に向かった。

 

セシリアにやったことがあるのか聞くと「少しだけ」と答えたので、とりあえず2ゲームを予約する。いい所を見せてやろうと息巻いていたが、セシリアは1ゲーム目からいきなり150超えを出して、あっさりと俺のスコアを超えやがった。面目を潰され俺は黄昏るしかなかった。

 

何が「少しだけ」だよ。

セシリア曰く英国人が大好きなスヌーカーや、紳士の嗜みである玉突きことビリヤードに感覚が似ているらしい。だからすぐに慣れたと。

 

ビリヤードとボーリングがどう似てるってんだよ。

結局納得できない俺のほうが熱くなってしまい、更に2ゲームを追加するハメになった。

 

 

 

 

その後門限の関係で早めの夕食に向かう。向かう先はTHE男メシの代表格である『ラーメン三郎』

 

女性を『サブロー』に連れて行くことがどういうことか、俺とて分かっている。だが日本が世界に誇る『マシマシ』『特盛り』の文化をイギリスの少女にも身をもって体験してもらいたかった。これこそが真の文化交流というものである。あと単に俺が食いたかったからだ。

 

席に座り二人分を注文する。しかし傍目から見ても、狭くどこか小汚い店の中で、セシリアの姿は異常だった。店の熱気にセシリアが怯えた表情を浮かべる。そして心なしか周りの客の目がキツイ気がした。

 

『サブローを冒涜するな』『男の聖域に女子供を連れ込むな』

そんな男たちの声無き声が俺の耳に聞こえた気がした……。

 

運ばれてきた『サブロー』のヤサイマシマシラーメンを見て、当然というべきかセシリアが目を丸くする。

流石に彼女のはマシマシではなくチョイマシをオーダーしたのだが、それでもやはりと言うべきか半分も食べ切れずにギブアップした。

 

俺は自分の分を平らげると、残ったセシリアの器にも手をつけた。俺の奇行にセシリアが固まる。

しかし一介の『サブロリアン』として例え相方のとはいえ、器に沢山残すのは耐えられなかったのだ。頼んだ以上は感謝と責任を持って美味しくいただく。それが我らが『サブロリアン』の基本精神である。

 

軽蔑間違いなしの俺の行動だが、セシリアは文句を言うことなく最後まで黙って見ていた。

実質二人前を平らげ、今更ながらにサブローラーメンの海に溺れ悶絶する俺。口元を押さえ、流石に一言非礼を詫びようと彼女を見ると、何故か微笑んでいた。

 

「男らしいですわね……」

 

何言ってんの?

俺はうっとりした顔で言う少女にそう思ったが、とりあえず吐き気がマッハなのでトイレへ駆け込んだ。

 

 

 

 

未だラーメンで重い身体を引きずりつつ、学園に到着した頃にはすっかり暗くなっていた。

 

帰りの電車ではサブローの中毒性と、一部の人が「豚のエサ」と蔑む悲しさをセシリア相手に延々と熱く語ってしまったのを思い出す。しかし我ながらどーでもいいと思う話だったが、聞いていた彼女も存外楽しそうだったのが不思議だ。お嬢様の考えは平民には良く分からない。

 

「一夏さん、今日はありがとうございました」

「気にするな」

 

実際セシリアは気にしてもいいと思う。結局ゲーセンにサブローと俺の好きなことしかやってない。

 

「楽しかったですわ」

「うむ」

 

マジで?

内心ビンビンにそう思ったが、とりあえず横柄に頷いておく。

 

「で、では……おやすみなさい」

 

何故か少し頬を染めたセシリアが小走りに去っていく。

近い内改めてお詫びしよう、俺は彼女の後姿を見送りながらそう思った。

 

 

 

 

その後シャルに預けていたマンガを返してもらい部屋で読む。

 

マンガの中で『お嬢様はなぜヤンキーに惹かれるのか』という説明がなされていたので見てみる。

それによると高飛車なお嬢様キャラは、内心自分を引っ張っていってくれる強い男性像に、例外なく憧れるのだというのだ。それこそがお嬢様の所以だと。普段男を見下して言動は、逆に強い男への依存を願う表れだと。だから不良の多少なりとも強引なところに惹かれる……ということらしい。

 

アホかと思う。

そんな女性が簡単になびけば苦労はない。そのようなチョロイお嬢様なんてのはいやしないのだ。

 

 

時計を見るといい時間になっていた。そろそろ千冬姉も部屋に戻っているだろう。

俺は小さく気合を入れると、当初の目的のため立ち上がった。

 

待ってろよ千冬姉!

 

 

 

 

ノックしても返事がなく、部屋の前で途方に暮れていた俺に偶然通りかかった教師が教えてくれた。

千冬姉は急な出張が入り学園を離れたということ、帰りは2,3日後らしい。

 

なんだそりゃ。

俺は部屋に戻り不貞寝して、そのまま眠った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





……あまり強い言葉を遣うなよ。
弱く見えるぞ。

某マンガのカッコイイ台詞ですが、人は外見を変化させることによって、個の内面も変わってしまう生き物。恥をかかないよう不相応な変化には気をつけなくちゃいけません。大抵は黒歴史で終わります。

とはいえヤンキーさんらにとっては粋がることも才能の一つ。
「俺の女になれよ!」……このような台詞、私の人生で今後使える日は来るのだろうか?




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織斑一夏の今日から俺は!! 『対暗b…略して暗部編』

なんか話のタイトル的に『今日から俺は!!』より『ジゴロ次五郎』になっていると今更気付く。
いっそのことジゴロ一夏で。






季節も冬に変わろうと準備を始め、まもなくこたつが恋しくなるであろうこの季節。俺は暖かい布団の中でまどろみの幸福に包まれていた。

「もう起きなくては」そんな己の声が遠く聞こえながらも、「あと五分だけ」と己に言い聞かせ、二度寝に向かおうとする際の心地よさは筆舌しがたいものがある。

 

「……んん?」

しかし二度寝に落ちていこうとする幸せが、不意にモゾモゾと布団が動く感覚によって破られた。

 

ラウラかぁ……。

ぼんやりする頭で級友の少女のことを考える。彼女がこうやってベッドに入り込んでくるのは、一度や二度ではないからだ。腹の辺りがモゾモゾする感覚に少しずつ意識がクリアになっていく。それと共にまどろみの幸福が消えていくことに苛つきも覚えた。

 

「にゃふふふ……」

小さく笑い声が布団の中から聞こえる。

 

ラウラがこんな笑い声を立てるのは珍しいと思いながらも、俺は布団の中に手を入れると、相手の腕を掴んで強引に引き寄せた。安眠を妨害されたことに対するちょっとした趣向返しだ。

 

「きゃっ!ちょ、ちょっとぉ!」

 

布団の中で少女が暴れる。

俺は更に引き寄せようとして……違和感を感じた。

 

違う。

この柔らか過ぎる感触は違う。いや、別にラウラが柔らかくないというのではなく、女性の持つふくよかさというものか、とにかく違うのだ。

 

「……って何でやねん!」

俺はその少女というより、自分にツッコミを入れて布団をめくった。なんで我ながら女性のふくよかさで相手を識別出来るんだよ。

 

案の定、めくった布団の中にいたのは級友の軍人少女ではなく。

 

「や、やっほー。グッモーニーン」

イタズラ好きの生徒会長様だった。

 

 

 

 

「勘弁して下さいよ」

俺は頭を掻いて楯無さんに文句を言う。時刻は六時半前、これならもう三十分はまどろんでいられたのに。

 

「なによー、ちょっとした冗談じゃないの」

しかしこの人は俺の文句なぞ気にする人ではない。ベッドに座り込んだまま、拗ねたように腕を組んでこちらを見てくる。

 

「人の大事な安眠を妨害しないで下さい」

「まぁ気にしなさんな。私と一夏くんの仲じゃない」

「親しき仲にも礼儀ありって言葉知っています?」

「な~んか今日はやけにつっかかるなぁ。反抗期かい?」

「違いますよ」

「反抗期といえば、えーと、その髪はどうしたのかな?」

「男の都合です」

「うーん、お姉さん的にはいきなりその色はないんじゃないかと……」

 

アナタには言われたかない。

俺は心からそう思った。無論口には出さないが。つーか出せないが。

 

「しかし随分と強引だったね今日のキミは」

「え?」

「無理やり引き寄せてくるなんてビックリだよ」

「そ、それはラウラかと思ったから!」

「……ふーん。あの子にはいつもそうやってんだ」

 

ジト目で見つめてくる会長様に俺は耐え切れず目を逸らす。何なんだよ。

 

「もういいでしょ。出てって下さい!」

「なによー。やっぱり今日の一夏君冷たい。金髪にしたからって性格まで変える必要は無いんじゃない?」

「俺は別に……」

「外見の変化や乱れは知らず内面にまで影響するんだよ少年。悩みがあるのなら、この頼りになるおねーさんに相談しなさいな」

 

別に悩みも何もないのだが。この髪は不可抗力でこうなったわけだし。

 

「何かあったんでしょ?理由ゲロっちゃいなさい」

「何もないッス」

「またまた~」

「それより早く帰って下さい」

「ダメです。ちゃんと話しなさい」

「だからんなの無いっての!俺はそれよりもこの状況がまた噂になる方が嫌なんですよ!」

 

若干強い声で反論する。

 

「噂?」

「楯無さんが早朝に俺の部屋から出て行くのを、クラスメートに見られたことが前にもあったんですよ!」

「ほほぅ」

「誤解解くの大変だったんですからね。楯無さんその時も今と同じカッコだったし」

 

その時も今と同じ大き目のYシャツ一枚という姿だった。男にとって非常に目に毒な格好である。

そんな格好の女性が早朝に男の部屋から出てくるのはどういうことか……誰でも『そう』想像する。

 

「せめてパジャマくらい着てくださいよ。……いやそもそも、こんな時間に部屋に忍び込んで来るのは勘弁してもらいたいんですよ。俺だって男ですし」

「うふふ。それってやっぱりおねーさんの魅力にコーフンするってこと?」

「なっ!」

「一夏くんはエッチだねぇ~」

 

そう言うと楯無さんはニヤニヤ笑いながら胸を強調するようなポーズをとってきた。

俺は真っ赤になって目を逸らす……これがいつもの俺の行動。楯無さんはそんな俺の様子を存分にからかって場は一応終了するだろう。

 

……だが今日は、今の俺は何かが違った。

彼女の人を喰った態度が非常に腹立たしい。大切な朝の睡眠を妨害されただけではなく、悪びれる様子も無く男を舐めたようなその態度が。

 

不良モノという男が強い立場のマンガを見たせいなのかも知れない。

楯無さんの色気を前に出して俺をからかう行為がやけにムカっと来た。

 

男を莫迦にするこの生徒会長様に、一度目にモノ見せてやろうか。

 

 

「ホラホラ~。何ならオッパイ触らせてあげよっか?」

「分かりました。じゃあお願いします」

「へ?」

 

小悪魔的に俺をからかっていた楯無さんが固まる。

俺は無視して立ち上がると、部屋の鍵を殊更音を立てるようにして掛けた。

そしてそのまま彼女に近づいていく。

 

「えっ……ちょ、ちょ、ちょい待って……」

「待ちません。発言には責任を持つよう以前俺に言ったのは貴女じゃないですか」

「ほ、本気じゃないんでしょ?」

「そう思いますか?」

「待ちなさい!私は冗談のつもりで……」

「知るかよ」

 

俺は混乱する彼女をそのまま押し倒すと、素早くその上に跨った。所謂マウントポジションである。

単純にして明快。喧嘩にしても格闘技にしてもこのポジションを取られた時点で負けは確定する。いくら楯無さんが武芸に秀でてようが、こうなってはどうしようもないのだ。それに単純な力だけなら男の俺のほうが強いし。

 

「い、一夏くん。やめて……」

「楯無さんが悪いんですよ。あんまし男をナメた態度とるから……これはその言動に対する責任です」

 

俺は意図して冷たい表情と声を作ると、更に圧し掛かるようにして楯無さんの首元に手を伸ばした。そしてシャツのボタンに触れると、彼女の身体がビクっと震えた。

見下ろす目に入るのは、乱れたYシャツから覗く豊満な胸の谷間と下着。

 

……ゴクリ。

その扇情的な姿に俺の中のワン・サマーが反応する。このままだと意に反して進撃を始めそうな勢いだ。

 

何より今更ながらにこの状況がヤバイ。いくら楯無さんが相手とはいえやり過ぎたかも知れない。

これ以上、いけない。

 

「……なーんてビックリしましたか?楯無さん、これに懲りたらあんまり男をからかうのは……」

「ぐすっ」

「はえっ?」

 

思わずマヌケな声が出る。

顔を横に逸らした楯無さんから聞こえたのは、押し殺したような泣き声。

 

「た、楯無さん?えっと~……」

「……うぅっ」

「す、す、すみません!コレ冗談なんですよー!」

 

俺は彼女の上から床に飛び降りるとそのまま流れるように土下座をした。

 

 

 

 

 

「すみませんでした!」

 

あれから十分以上経った今も俺は土下座し続けている。

楯無さんはというと、上掛け用に貸してあげた俺の制服を羽織った後は、ずっとそっぽを向いたままだ。非常に気まずい。

 

「楯無さん、あの……」

 

だが反応なし。

この狭い部屋の中、無視されるのはキツイ。

 

「……あ~、その~。……楯無さんってまだそういう経験なかったんですか?俺てっきり……」

 

ギン!

俺の無神経な問いに楯無さんが親をも殺すような睨みを向けてきた。俺は瞬時に土下座の体制に戻る。

 

『お前初めてだったのかよ……』

マンガの中で言われていた台詞が不意に口に出てしまったのだが、どうやら地雷だったようだ。

 

とはいえ内心ホッとしている自分もいる。男というのはつくづく身勝手な生き物だと思う。

 

にしても普段散々人を誘惑しているのになぁ……。

俺はそう思わないでもなかったが、それでも非はコチラにあるので謝るしかない。

 

「楯無さん。本当に、すみませんでした!」

俺は再度頭を地にこすり付ける。暫しそのままでいると、彼女の方から小さなため息が聞こえた。

 

「もういいよ。私の方こそからかい過ぎたかもしれないし」

そしてようやくこっちを向いてくれた。

 

「でも反省してよね一夏くん」

「はい!勿論です」

「でもよりによってキミがあんなことするなんて、というか出来るなんて……」

「……すみません」

「本当にその髪の影響じゃないでしょうね?」

 

楯無さんが疑わしげに見つめてくる。

『外見は人の内面をも変える』さっき彼女が言った言葉だが、いくら何でもそんなことは無いだろう。

 

「いやー。でも楯無さんも案外初心なんですねー」

「どういう意味?」

 

また声が氷点下に戻った。

なんでこう地雷ばっか踏んじゃうんだ俺って。

 

「……どうせ私のこと、背伸びしてだけのお子様だって思っているんでしょ?」

「いいえ!そんなこと無いですよ!」

「どうだか」

「ハハハ……」

 

すいません。ちょっとそう思いました。

 

 

また沈黙が訪れる。俺はそれから逃れるように時計を見上げると、時刻は七時前になっていた。そろそろ学園に向かう準備をし始める時間だ。

 

「楯無さん申し訳ありませんがそろそろ……」

「そうね。まだ言いたいことあるけど今は遠慮しますか。でも……一夏君!」

「ハイ!」

「さっきの行動の意味、後でちゃんと考えて貰いますからね」

 

そうして楯無さんはいつもの小悪魔的な笑みを浮かべた。ようやく普段の様子に戻ったのを見て俺は安心する。彼女が意識してそういう態度を取ってくれたのがなんとなく分かった。そのことに小さく感謝する。

 

だから俺も誠意を持って返そう。

 

「分かりました。責任を取ります」

「ゴホッ!」

 

俺の返事に楯無さんが驚いたようにむせた。どうしたんだろう?

 

「せ、責任って。何言ってんのよ!」

「男として責任を取ります」

「え?で、でも……」

「責任を取ります」

「でも、私は暗部の、所謂裏の人間で……」

「責任を取ります」

「簪ちゃんのこともあるし……」

「責任を取ります!」

 

俺は責任という言葉を繰り返す。

『男は責任を取れ!』読んだヤンキー漫画でも何度も描かれていたことだ。男は責任が大事なのだ。

 

具体的に何の責任かはよく分からんが。

 

楯無さんは珍しく慌てたように両手をバタバタ動かしたかと思うと、急に立ち上がる。そして俺を一瞥すると逃げるように去っていった。俺を見る瞳が潤んでいた気がするが意味が分からない。それになんであんな顔を真っ赤にして慌てていたのかも。やはりあの人は謎だ。ミステリアスなレディだ。

 

「俺の制服……」

 

楯無さんが上掛けに俺の制服を着たまま去って行ったのを思いだして、俺はやるせなく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




楯無さんは実際攻めに回られると弱くなるタイプだと思う(ゲス顔)


『責任』……まだ身を固める気のない世のモテ男クンは、軽々しくこの言葉を約束しないよう気をつけましょう。特に適齢期を過ぎたお姉さまに言った日には……。




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織斑一夏の今日から俺は!! 『続 対暗部一派編』

能天気に見える女性にはその実二種類ある。
マジで頭の中に春のお花畑が咲いている人と、実際は笑顔を仮面に物事を冷静に考えている人だ。






楯無さんの襲撃を何とか撃退した俺は、学園に向かう準備を始める。朝っぱらから精神をすり減らしたので、食堂に行く気にもならず、軽く菓子パンを摘むと教室に向かうことにした。全く朝からついてない。

それにしても休み明けの学校というのは、どうして何時でも、どんな時でも変わらず気が重くなるのだろう。俺は小さくため息を吐くと、バックを担いで部屋を出た。

 

 

 

 

「一夏!お、お前なんだその髪は!」

 

教室に入ってすぐ待ち構えるように立っていた箒に驚かれる。休み明け、しかも早めに来たというのに、既に箒のほかに5、6人の生徒がいて楽しそうにお喋りをしていた。女は逞しい。

 

「おはよ箒。朝っぱらから大声出すなよ」

「ふざけるな!なんだその髪は!日本人として恥ずかしくないのか!」

 

どうやら箒はこの髪をお気に召さないらしい。それは何となく分かる。分かるが……。

 

「日本人ねぇ……お前さぁ、クラスのみんなを見て同じこと言える?」

「うっ……」

 

箒が押し黙る。

周りを見渡すと、他の数名の生徒が気まずそうに目を逸らしてしまった。どうやらタブーに触れてしまったらしい。反省。

 

「で、でもどうしたんだ?お前も金髪を見れば崇め立てる世の凡百の男と同じだったのか!」

「うるせーな。緑や青やピンクよりマシだろ」

 

そろそろウザくなってきたので投げやりに返事をすると、箒の脇をすり抜けて自分の席に向かった。未だ箒が喚いているが無視する。その途中にクラスメートの相川さんと目が合うと、彼女は引きつった笑みを浮かべた。彼女の髪の色は……まぁ日本人の髪色だ。そうだ、そうに違いない。

 

ただ申し訳ないことを言ってしまった気がして、俺は小さく頭を下げる。

髪の色なんて関係ないんだ。全ては光具合と気のせいなんだ……そう自分に言い聞かせながら。

 

その後相変わらず俺を見てニコニコしているシャル、何故かチラチラ見てきてモジモジしているセシリア。いつもと変わらないラウラなどが登校してきて、いつもの騒がしい空気になる。そして他クラスメートは俺を見るたびに集まってきて、理由を尋ねてきた。

 

曰く「何かあったのか?」「もしかして失恋したのか?」など。

なんで髪の色を変えただけで失恋やら、あたかも人生の一大事のようなことを心配されるのか分からない。こういう何気ない時にクラスメートとの距離を感じる時がある。俺は適当に相手をしながら、男女の価値観の違いについて一人思いを馳せた。

 

 

 

 

 

「あ~疲れた」

見世物パンダのようだった一日を終えると、俺はすぐ自室に帰ることにした。クラスメートのみならず、果ては他クラスからも見物人がやってくる始末だった。これ以上質問と好奇の視線はウンザリだ、早く自室で休みたい。

 

「ん?」

早足で歩く俺に振動が伝わる。見れば携帯にメッセージが入っていた。発信者は簪。

 

さてどうしようか。

出来れば部屋に戻って休みたいが、今朝のことを楯無さん自身の口から聞いたのかもしれない。だとしたらちゃんと説明しておかないと、少し厄介なことになるかも。

 

仕方ない、向かうとしよう。

俺はやれやれと思いながら、彼女が待つ整備室に向かうことにした。

 

 

 

 

「簪」

「ごめんね一夏。急に呼ん……って、そ、その髪どうしたの?」

 

お前には驚かれたくないよ……。

姉と似たようなリアクションを取る青髪の……ゲフンゲフン、少し青みがかかったように見える日本人特有の髪を見ながら俺は内心小さくツッコむ。

 

「ちょっと色々あったんだよ」

「え?で、でも……」

「それより俺に何か用があったんじゃないのか?」

「あ、う、うん。えっと」

 

やっぱり楯無さんのことか?

少し身構える。

 

「あのね。今弐式を整備をしてるんだけど、一夏の意見を聞きたいな、と思って」

「……ん?そんなこと?」

「う、うん。あの、迷惑だった?」

「そうじゃねぇけど……」

 

なんだ、用ってそんなことか。

俺は少し拍子抜けする。

 

「接近用の武装のことで一夏にアドバイス貰えたらなって思って……」

「ふむ」

「ごめんね。一夏も忙しいのに」

「別にんな事ないけど」

 

……やっぱ簪って、いつも強引に俺を引っ張っていく周りの女性陣とはタイプが違うなぁ。

俺は目の前の内気な少女を見て思う。とはいえ彼女のように気遣いが出来る女の子は俺の周り、というより昨今の女尊社会では少なくなったこともあってか、好ましいものでもある。

 

しかし……。

 

「それで、どうかな?私は接近戦は得意な方じゃないから、一夏の意見を参考にしたいの」

「甘ったれるな」

「えっ、い、一夏?」

 

俺は簪のお願いを一刀両断する。

 

理由は二つ。

一つは今日一日の皆からの質問攻撃に疲れて、ぶっちゃけストレスが溜まっていたこと。

もう一つは我ながら忘れてしまいそうになるが、俺は強い男として生まれ変わったからだ。

 

今までのように、女性の無茶振りにただ笑顔で頷くだけのイエスマン一夏とは違う。この金髪はその証。

時に突き放す厳しさを見せる!それが漢。それが硬派。

 

「まずは自分で考えてみろよ」

「あ……」

 

小さく声を上げ簪が俯いてしまう。ちょっと冷たく言いすぎたかな?

流石にそのまま去ってしまうわけにもいかず、俺は備えられている椅子を見つけると、それに腰を下ろした。

 

 

 

 

カチャカチャと簪が整備する音だけが響く。

会話もなく、どこか気まずい空気が漂っている。非常に居心地悪い。

 

「あの、一夏?」

「な、何?」

 

どうしようかと思ってると、簪の方から話を振ってきてくれた。

 

「あの、えっと、その髪本当にどうしたの?」

「お前に関係ない」

「ご、ごめんね」

「整備、時間掛かりそうなのか?」

「うん。……一夏。その、やっぱりアドバイス貰えないかな?」

「もっとベストを尽くせよ」

 

言ってから今更ながらに気付く。これじゃ俺ってただの嫌なヤツじゃないか。

 

流石に言いすぎだ。

俺は謝罪しようと簪の方に向き直る。

 

「簪。あのさ」

「ぐすっ」

「……え?」

 

彼女に向き直ったまま固まる。

これって朝のデジャブ?

 

「わ、わたし、一夏を怒らせるようなこと、し、したのかな?」

「いや、ちょっ……簪?」

「ごめんなさい……」

 

泣きながら頭を下げる簪を見て、ようやく俺は自分の愚行の重大さに気付いた。

 

「ち、違う!違う違う!冗談だよ!冗談冗談!」

 

テンパったまま手を合わせ謝る。それにしても楯無さんといい、この姉妹実は根っこのメンタルはそう強くないのか?

 

「一夏?」

「ごめん!ただマンガの影響で粋がってみたかっただけなんだ!」

「で、でも私が……」

「簪は悪くないんだ!ホント許してくれ!何でもするから!」

 

そして俺は恥という文字などかなぐり捨てて、椅子から飛び降りると、そのまま流れるように土下座をした。

今を生きるために出来るだけのことをする。それが真の男というものだ!文句あるかちきしょう。

 

 

 

その後泣く簪を宥める為に俺は力を尽くした。

 

頭を地に擦り付けて自らの言動を悔い続けた。

「簪は悪くない!」とオウムのように連呼し続けた。

「全部五反田弾という奴のせいなんだ!」とアホの友人を売って自身を正当化し続けた。

なかなか泣き止まぬ簪を膝に乗せて落ち着くまで頭をナデナデし続けた。

今週末お出掛けの約束をした。

 

 

これらの甲斐もあってか、ようやく簪も落ち着いたのを見て取れ一安心する。

どうやら楯無さんに殺られる未来は回避出来たようだ。やれやれだぜ。

 

「じゃあ俺行くわ」

「うん……」

「週末どっか遊びに行こう。決まったら連絡するから」

「うん……」

「簪も行きたいとこあったら連絡してくれ」

「うん……」

「えーと。……じゃ、じゃあこれで。楽しみにしてるから」

「はい……」

 

何故か惚けたようになっている少女を置いて俺は整備室を出る。

しかし代わりに何か大事なものを無くしてしまった気がした。

 

 

 

 

「お~りむ」

整備室を出て少し歩いたところで唐突に声をかけられた。驚いて振り返る。

 

「のほほんさん」

「えへへー。こんにちわー」

 

やけに嬉しそうだ。いつもにも増してニコニコしている。

 

「どうしたの?こんなところで」

「おりむー」

「な、何?」

「急に金髪に変えてどうしたのかと思ったけどー。うんうん、これはいいことかもねー」

「はぁ?」

 

わけが分からん。なんでのほほんさんはこんな機嫌良さげなんだ。

 

「あのさ、一体どうしたの?」

「どうしたと思うー?」

 

こちらの質問に答えることなく、話が通じないが如く、未だニコニコし続ける少女に軽く舌打ちする。

のほほんと天然な様子がこの少女の特徴だと分かっているが、そういうのはこちらの気分によっては、イラっとくる時もあるのだ。それが人間と言うものだ。

 

いい機会だ。前から密かに思っていたこと、それを一発ビシッと注意してやるべきかもしれない。

心を鬼にして級友を嗜めることも大事なのではないだろうか?彼女の今後の為にも。

 

「なぁ、そういう態度は時に人を不快にさせることを分かって……」

「これな~んだ」

 

そう言うと彼女は満面の笑みのままスマホを向けてきた。

写っていたのは俺が簪を膝に乗っけて頭を撫でてている画像。

 

「えっへへー。ビックリしちゃったよー。簪ちゃんの様子見にきたら、おりむーとあんなことしてるなんてー。あれ?おりむーなんで土下座してるの?」

 

俺はその画像を見た瞬間にのほほん様に土下座をしていた。

これはヤバイ。ヤバ過ぎる。いくら俺とてこのような画像がヤツらの目に触れたらどうなるか想像するのも恐ろしい。具体的には幼馴染ーズにバレるのが怖すぎる。

 

「神様仏様本音様。どうかご慈悲を与えて頂けないでしょうか?」

「ん~?」

「どうかその画像を消して下さりませんか?」

「おりむー」

「ハイ!」

「わたしケーキが食べたいなー」

「お供いたしますよ。へへへ」

 

もみ手をしながら彼女に続く。もはやプライドなど地平線の彼方にかなぐり捨てている自分の姿に情けなくもなるがここは我慢だ。彼女のように頭にお花畑が咲いている子には下手に出て、おべっかを使えばどうにでもなる。昨日読んだ本にもそう書いてあった。女なんてチョロイもんだと。

 

「おりむー早く行こうよー」

「ハッ!只今!」

 

今に見てろよコンチクショー。

 

 

 

その後学食でプレミアムケーキを彼女にご馳走した。

笑顔で3つもペロリと食べた彼女に「太るよ?」と親切に忠告すると、更に4つ注文された。その度に俺の財布が優しくないダメージを受けていく。ちきしょう。

 

結局彼女は七個も平らげ、更におみやげに三つ注文する始末だった。計十個。どんだけ食うんだよ。

会計のおばちゃんに値段を聞いて、目玉が飛び出そうになる。なにがプレミアムだふざけんな。

さらば諭吉!俺はたった一枚の戦友に泣く泣く別れを告げるしかなかった……。

 

そして学食からの帰り道、どうにか画像を消してもらうことに成功する。

目の前で消してくれた優しき天使本音様に、俺は感謝しホッと一息ついた。何とか悲劇は取り留めたようだ。全く今日は朝からピンチの連続である。

 

「やれやれ。何とか一件落着か」

「なにがー?」

「別に。ま、言いたいことはあるけど画像を消してくれて感謝するよ」

「そう?」

「てっきりアレをネタにまだ何かさせられると思ったから」

「わたしのことそんな悪い子だと思ってたのー?」

「ま、まさかぁ。でものほほんさんが詰めの甘い女性で……もとい、素直な子で助かったよ」

「だって別に消したってだいじょーぶだもん。画像は既にパソコンに転送済みだから~」

「は?」

 

唖然とする俺に相変わらずニコニコ微笑む彼女。

悪夢は終わっていなかった。

 

 

 

 

堕天使のほほんと別れた俺は、自室で横になっていた。

 

「誰にも見せないよ~。将来の為に取っとくだけだから~」

呆然と佇む俺に悪魔は笑顔でそう告げた。今はそれを信じるしかない。

 

「だからねおりむー。簪ちゃんのこと裏切っちゃだめだよ~。……分かってるよね?」

そして、その言葉と共に見せた彼女の冷たい表情も思い出し、背筋がブルっとなる。

 

どうあれ思うことは一つ。

のほほーんスロット!みたいな無垢な平和そうな顔しといて、彼女は策士に違いない……。

 

 

「やってらんねー……」

朝から悩まされた、対暗部用暗部とかいうよく分からん、特殊な家系の連中のことを恨めしく思いながら、俺は不貞寝するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




のほほんさんは策士(えー)
対暗部用暗部っていう訳わからんー家に仕えていることや、最新刊での一夏への気遣い(らしい)などから、ただの春爛漫な能天気ガールとは思えません。あののほほんとした面は実は彼女の仮初のペルソナ。本当の彼女は冷静で合理的主義者……なわけないか。


どーでもいいが、もし原作がモ○ピーから一転、逆転満塁ホームランでまさかの簪ルートにでもなろうものなら、私は喜んで大人買いし、「参りました!」と土下座する準備がある。……それ以前にハ○ヒのようにノーゲームになる予感ビンビンだが。




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織斑一夏の今日から俺は!! 『対酢豚…そしてラスボス編』

カッコつけたいという想い。自分を分かって欲しいという想い。
そんな想いを常に併せ持つ生き物……男ってのは真にめんどくさいものでありますよ。





「ありゃりゃ。話には聞いてたけど、こりゃまた見事な金髪ね」

 

対暗部一派とのやりとりから一夜。俺は朝食を食べに食堂に向かっていたところ、昨日一日会わなかった鈴と出くわした。

 

「鈴か」

「おはよ。良かった、ちょうど一夏の部屋に行こうと思ってたから。食堂行くんでしょ?」

「まぁな」

「あたしも一緒するわね。いいでしょ?」

「そういやお前昨日クラスに顔見せに来なかったな。我ながら結構な騒ぎだったのに」

「あたし昨日休んだんだ。少し熱出て」

「大丈夫か?」

「うん。今はもう平気。で、ティナが昨日結構驚いて報告してくれたから、早速見てみようと思ったわけ」

「ふん。それでご感想は?」

「いいんじゃない?結構似合ってる……と言えなくもない」

 

鈴は周り比べ俺の変化にあまり驚きはないようで、それ以上は干渉してこなかった。

それはそれで少し寂しいと思うのはエゴだろうか。そんなことを思いながら鈴と並んで歩いた。

 

 

 

食堂に着くといつも通り女性の喧騒に包まれている。一日経っても、未だ俺の姿を見て遠巻きに騒いでいる人も多々いるが、俺自身は少し慣れて来ていた。

 

朝定食を注文し席に着く。鈴は酢豚定食を注文していた。酢豚、朝から酢豚。身体を張ってネタを表現する芸人のように、いかなる時も酢豚を表現する鈴は正に酢豚の申し子、骨の髄までSUBUTAガールだ。

 

「なによ?酢豚に文句あるの?」

「……いいや。ただ病みあがりだから軽いものの方がよくね?」

「病み上がりには酢豚が一番!中国四千年の歴史でそう定められてるの」

「そんな歴史があってたまるか」

「積み重ねてきた我等が酢豚の歴史。一夏にはまだ理解できないか……」

「したくねぇよ」

 

俺は心底そう思いながら返すと、日替わりの朝定食を眺める。

ご飯、納豆、焼き魚になめこの味噌汁。これぞ日本の朝御飯だな。素晴らしい。

 

「じゃあなぜ酢豚が病みあがりに良いか教えてあげる。あたしが思うに酢豚のお酢の効果が……」

「せっかく日本の良き朝飯に浸っていたのに酢豚講座なんざ止めてくれ。それより俺の姿見て何か他に言うこと無いのかよ?」

「なんだ気にかけて欲しかったの?」

「い、いや別に。そうじゃねぇけどよ」

「どーせまた弾とアホなことやった結果でしょう?」

「うぐ……」

 

当ってる……。

 

「……弾から聞いたのか?」

「聞かなくても分かるわよ。一夏のことなんて」

「ぐっ」

「それとも理由は千冬さん関係?構ってもらいたくて、少し遅れた反抗期してみたくなったとか?」

「グ、グム~」

 

ただただキン肉マンに出てくるキャラのように唸るしかない俺。

見透かされてるよちきしょう!

 

「ありゃー図星?こりゃまた子供っぽいことで」

「そ、そんなんじゃねェよ!舐めてんのかお前!」

「そして外見の変化と共に粋がってみる……まぁ手段としては無難なやり方ね」

 

くそったれ!

何なんだよコイツは……!

 

「まだまだ親離れ出来ない子供かな?一夏くんは」

「なんだよ。……人のこと何も知らないくせに、分かったようなこと言いやがって」

「ふぅ。何年あんたと一緒に過ごしたと思ってるのよ。伊達に幼馴染やってません」

 

さっき言ってた積み重ねてきた歴史というやつか?

幼馴染ってやつはホントに……。

 

「それに中学ん時も結構いたからねー。今のアンタみたいに長い休み明けに変わっちゃったりするのが。覚えてない?」

「うっ」

「でもそーゆーのは知らぬは本人のみで、実は周りからは『痛い人』扱いだという……」

「ううっ」

「そしてそれは後に黒歴史と痛い記憶となって、他ならぬ本人自身を苦しめるのよ!」

「やめろぉ!」

 

俺は叫んでいた。

黒歴史、痛い記憶……何か知らんがこれ以上は聞きたくない耐えられない。

 

「ふむ。ま、冗談はこれくらにして何があったわけ?聞いてあげるから話してみ」

「……別に何でもねェよ」

「ふーん。じゃあいいや、この話はお終いね」

「いや待てよ。待ってくれよ!その……千冬姉がさ」

「千冬さんが?どうしたの?」

 

気付けばあたかも誘導されるように、俺は胸の内をこの小柄な幼馴染に話していた。

我ながら情けない。だが一方でこうやって話すことが出来る安堵感も僅かに感じていた。

 

「なるほどねぇ。でも外見変えて相手の反応を期待するのは大小誰しもやってることだしね」

「そうなのか?」

「うん。それに金髪にするくらい別にいいんじゃない?誰かに迷惑掛けるわけでもなし」

「あ、ああ」

「千冬さんは何て?」

「まだ見せてない。ここ数日出張でいなくて」

「千冬さん何て言うのかしらね。でもま、程々にしときなさいよ?以上!」

 

そう話を打ち切ると、鈴は酢豚定食に取り掛かり始めた。

「おいしい!」満面の笑みで酢豚を頬張る。

 

俺は小さくため息を吐くと、納豆をゆっくりかき混ぜる。

結局胸に抱いていたガキっぽい想いを鈴にも話してしまった。弾や鈴相手ではどうも上手く誤魔化せない。自分を曝け出してしまうんだよなぁ。

 

やっぱ思春期を共に過ごした幼馴染ってのはやっかいなものだ……。

 

 

「おーりむ」

「あら」

「ひぃっ」

 

唐突に後ろから聞こえた声に俺の心臓は激しく脈打ちだす。

その声の主は悪魔。天使の仮面を被った小悪魔THEのほほん。

 

「おっはよー」

「お、おはようございます布仏様……」

「ちょっと一夏、アンタどうしたの?」

「そうだよおりむー。どうしたの?変な態度取らないで普通にしてよ~」

「へ?わ、悪い。まだ寝ぼけてんのかな?ハハハ……」

「あははー。安心してよおりむー。わたし約束は守る子だよー。……相手が破らない限り、ね?」

 

本音様は俺にウインクをすると、鈴に軽く頭を下げて去っていく。

俺は納豆をかき混ぜる手を機械的に動かしたまま、知らず小さく震えていた。

 

「相変わらずのほほんとしてる子よねー。ん?一夏本当にどうしたのよ?」

「何でもない……何でもないんだ……」

「そ、そう?」

「だが一つ忠告しておいてやる。最も恐ろしいのは、彼女のように一見平和そうに見える人だ……」

「ほえ?」

「お前は知らなくていい……。鈴よ、頼むからお前はそのままでいてくれよな……」

 

不思議そうにそうに首を傾げる鈴。

俺はそんな彼女に小さく笑いかけると、かき混ぜまくった納豆をかっ込んだ。

 

 

 

 

 

 

今日も一日騒がしくも何とか授業を終え、生徒が待ち望む放課後。俺は千冬姉の部屋の前に立っていた。早めの出張を終え学園に戻ってきたことを、帰りのHRで山田先生が言っていたからだ。

 

鈴に指摘されたように、思えばこの髪の切欠は千冬姉に気にかけて貰いたいという俺のガキ臭い想い。情けないがその通りだ。自分の想いは騙せない。

 

千冬姉は今の俺の姿を見てどう思うだろうか?

怒るか、嘆くか、呆れるか、それとも心配してくれるのか?

分からない。だから……確かめよう。

 

俺はゆっくりと深呼吸すると部屋をノックする。中から「入れ」という聞き慣れた声が聞こえ、俺はもう一度大きく息を吐くと部屋に入った。

 

「な……。おい!その髪はどういうつもりだ!」

 

入った直後にいきなり響く千冬姉の怒鳴り声。

やはり怒りで来たか。

 

さてどうしようか。

俺は案外冷静になって考える。自分の本音、家族への愛情を正直に話すか、それとも……。

 

「どういうつもりだと聞いている!」

 

少し黙っててくれよ。

千冬姉の怒鳴り声で思考を乱され、俺は顔を顰める。

 

「おい織斑!」

 

うっせぇなぁ。

段々腹が立ってきた俺は不貞腐れたようにズボンのポケットに手を突っ込む。大体何が『織斑』だ。いくら体裁があっても『一夏』と名前で呼んでくれるくらい別にいいだろ。

 

「織斑!お前なんだその態度は!」

 

……オーケー。やっぱ正直に胸のうちを話すのは止めだ!弾が言ってた不良路線!これで行く!

千冬姉の怒鳴り声にブチ切れて来た俺はそう結論付けた。

 

だいたい悪いのは千冬姉じゃないか。

二人きりの姉弟。両親のいない俺らは唯一の家族。なのに俺の寂しい気持ちを考えもしてくれない。目が合っても冷たく無視され、口を開けば説教と注意ばかり。

 

こんなことってあるかよ、これのどこか家族なんだよ。

例えここでは教師と生徒の関係だとしても、少しくらい俺の気持ちを汲んでくれたって罰は当らないはずだ。

 

「ふぅー」と大きく息を吐く。

ここが試練の場、この金髪は正にこの時のため。今こそ勇気を見せる時!さぁいざ行かん!

 

「織斑!」

「うっせー年増ババア」

 

今日から俺は変わる!

そんな決意の下、俺は唯一の大切な姉にガンを飛ばした。

 

 

 

 

 

 

「うっううっ……」

部屋に泣き声が響く。全てに絶望するような哀れな声。

 

「こんなの……こんなのって……」

自室に戻った俺は幼子のようにただ泣いていた。悲しみが止まらない。

 

「これが姉の、教師の……いや人間のやることかよ……」

真っ赤に腫れた頬がジンジン痛い。でもそれより痛むのは心。

 

「あんまりだぁぁぁ~!」

 

うおーん!

やるせない想いが号泣となって溢れ出ていく。

 

震える手鏡に映るは見事な坊主頭。

長く共に歩んできた俺の髪。それを一気に失った俺は、流れ出る涙を止めることなど出来なかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




反抗期。
それは男に生まれた以上大小誰しも経験があることでしょう(女性もですが)これを経験し、少年はまた一つ大人に近づくのであります。
まぁたまに永遠の反抗期にお入りになるヤバイ方もいらっしゃいますが……。
ともかく大人になる為の通過儀礼と言えるかもしれませんね。

しっかしこの反抗期と言うのは、大人になって振り返ると、結構その、『痛い』ものであります…。

私も当然それを経験した一人でありまして、中学何年時かは忘れましたが、とにかく家族がウザく感じるようになった時期がありました。その時期はいつも孤高を気取り「けっ!やってらんねー」といった態度を取っておりました。

父親はそんな私をニヤニヤ見ているだけでしたが、母親には随分と心配をかけたのを覚えています。
母に悪いと思いながらも、「もっと俺を分かってくれよ!」という妙な意地があり、罪悪感と苛つき感を常に同時に感じている状態だったと記憶しております。

正に気分は『ロンリー・ウルフ』
カッコつけ自分に酔っている正真正銘の『痛い人』でありましたね……。

長々とどうでもいいこと書きましたが、何でこんなこと書いたのかというと、先日家族と親戚一同で集まったのですが、その際反抗期の話題になり、自ずと私のことにも触れられ随分と笑われましてね……。私はその間、耳を押さえ悶絶するしかなかったという。全くやりきれませんなぁ。

反抗期、そして男の思春期と言うのは全くもって黒歴史な思い出が多いものです。

あなたの黒歴史は何ですか?



さて『今日から一夏』も次で終わりです。
あの家庭環境でグレない一夏は人間が出来てるなぁと思うこの頃。



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織斑一夏の今日から俺は!! 『IB編』

人の口調や態度が急に変わるときには注意が必要である。

例えるなら普段ムカつく上司が急に優しくなる肩たたき前の一幕……。
長年連れ添った彼氏が唐突に丁寧な感謝を述べてくるお別れ前のやりとり……。

注意が、必要である。






「年増ババア」

そう言った俺が目にしたのは正に鬼の姿だった。

 

一瞬にして人間辞めたスピードで間合いを詰められ、手を振りかぶる千冬姉は筆舌しがたいような憤怒の形相をしていた。俺は蛇に睨まれた蛙の如く動くことが出来ず、そのままぶっ飛ばされて気を失った。

 

次に気が付いた時には強制的に椅子に座らせられていた。

千冬鬼は俺を豚を見るような目で見下ろしたまま、手に持ったバリカンのスイッチを入れた。

 

驚き慄く弟にも姉は何の関心も示さなかった。「ウィーン」と悪魔の音が耳元に近づいてきて俺は震えた。

「止めてくれ!」そう叫んでも無駄だった。

「許してください!」そんな命乞いも意味なかった。

 

鬼の力のような左手一本で肩を抑えられ、動くことすらも出来なかった。

「あ、あ、ああ~!」俺の断末魔だけが空しく響く。

 

そして俺は瞬く間に見事な坊主頭にされた。

最後に黒染めを頭にぶっかけられ、そのまま部屋の外に蹴り出された。

 

そうして俺の『今日から』デビューは無残に終わりを迎えたのである。

 

 

 

 

 

「くそぉ……」

そして俺は自室に戻った後、ただ惨めに泣いている。

 

別にそうファッションに興味あるわけでもないが、あの髪型は16年生きて来た中で、自分なりに似合うと思っていた形だったのに。それをあの鬼は数分で綺麗さっぱり粉砕してくれやがった。

 

「何であんなのが教師やれてんだよ……」

俺は怨念の混じった声で呟くと、もう一度手鏡を覗き見る。

 

いくら何でもこれはあんまり過ぎるだろう。

暴言は認めるが、その理由も聞くことなく問答無用で殴りつけ、尚且つ勝手に坊主頭にするなんて許されるのか?昭和じゃあるまいし、教師の権限越えてるだろ。教育委員会にリークしたろか。

 

それともあの場においては『教師と生徒』ではなく『姉と弟』の関係を持ち出すのだろうか?

汚いなさすが大人きたない。

 

怒りが収まらず俺は姉への恨みを募らせる。とはいえこれは義憤であり、俺にはその権利がある。実際俺らよりはかなり年増なんだし。それとも「ババア」の方が不味かったのか?ちきしょう。

 

「あの年増クソババア……」

「入るぞ」

「ひぃっ!」

 

尚千冬お姉さまの恨みを呟いていた所に、当のご本人様がいきなり現れて、心臓が飛び出そうになる。

 

「ち、千冬姉……」

ノックくらいしろよ!そう言いたかったが、その言葉を飲み込んで俺は姉を見つめる。

 

「あの、何か御用でしょうか?」

姉を見たとたん殴られた頬がズキズキ痛み出し、身体もガタガタ震えだした。トラウマとは恐ろしい。

 

「千冬ね……いや織斑先生。先程はその、本当に馬鹿なことを言ってしまって……」

「それはいい」

 

おや?

何か態度がおかしい。千冬姉は俺の謝罪を手で制すると、居心地悪そうに体を傾けた。どうしたのだろう?てっきり説教or折檻の続きかもと思ったのに。

 

「その……なんだ」

千冬姉は俺に向き直ると目を逸らしたまま口を開く。

 

「……悪かったな」

「え?」

「流石にソレはやり過ぎた。すまなかった」

「え?ええー?」

 

謝った?

あの唯我独尊の権化の千冬姉が?

 

「それと、アレだ」

その行為を信じられず唖然とする俺に、千冬姉は尚決まり悪げに続ける。

 

「お前の気持ちを考えもしてらなかった。そこは……反省すべきかもしれない」

「千冬姉……」

「だがやはりこの学園では教師と生徒である以上、お前を特別扱い出来ないんだよ。それは他生徒の不信感を呼びかねんのだ。分かるだろ?」

「それは、うん」

「とはいえお前には寂しい思いも、苦労もかけていると思う。だがな、お前は私の唯一の弟だ。大切な家族だ。その想いは私とて変わっていないし、何があっても絶対に変わらない」

「へへ……」

「笑うな馬鹿者。とにかくそういうことだ。それと改めて……謝罪する。すまなかった」

「いや、いいよ。止めてくれよ」

 

俺は両手を振ってそれを制する。

急に照れくさくなってくる。でも少し嬉しい。

 

「だけどな一夏。お前も言いたいことがあるのなら言葉にしないと駄目だ。外見を変えることで、相手に分かって貰おうとしても限度がある。いくら家族でも言葉にしないと伝わらないものがある」

「えっ?」

「……何でもない。とにかく休め。それとあいつらに感謝しとけよ」

「千冬姉?それってどういう…」

「織斑先生だ。馬鹿者」

「あっ、すいません!」

「まったく。……じゃあな、一夏」

 

最後に小さく笑うと千冬姉はドアを開け去って行った。

 

「『一夏』か。へへっ」

 

やっぱり名前で呼ばれるのは心地いい。

俺は千冬姉が見せてくれた最後の優しさに感謝し、ドアの方へ小さくお辞儀をする。

 

陰鬱だった気分はいつの間にか晴れやかになっていた。

 

 

 

 

 

「ん?」

千冬姉が去って暫くした後。部屋のドアがノックされ、ベッドに寝転んでいた俺は身体を起こした。

 

「誰?」

「あたし。今大丈夫?」

「鈴か。まぁ入れよ」

 

俺がそう返事すると鈴が部屋に入ってくる。

と思ったらいつもの面子もいて、箒にセシリアに、シャルにラウラも一緒に。

 

「お前らどうしたんだ?」

部屋に大集合した面子を見渡して俺は驚きの声を上げる。

 

しかし皆声を発しない。

目を見開き、口をアングリ開けて俺を見ている。何なんだよ。

 

「一夏……その髪……」

 

シャルの声でハッとなって頭を触る。すっかり忘れてた。

今の俺は……!

 

「あの、これはな、海よりも深い事情があって……!」

「…………プっ」

「へ?」

「あははははははは!あーはっはっはっはっは!」

 

俺の言い訳は鈴の盛大な笑い声にかき消される。

 

「あ、ア、アンタ。その髪どうし……ククク」

「お、おい鈴!」

「ぼ、坊主。坊主頭の一夏……ククク、こりゃまた……だめだぁ!にゃはははは!」

 

人を指差しアホみたいに笑い転げる酢豚馴染み。失礼にも程がある。

 

「鈴お前なぁ、いい加減……」

『……プっ』

「ええ?」

『あははははははは!あーはっはっはっはっは!』

 

笑いは伝染する。

箒、セシリア、シャル、ラウラもつられたように大口開けて笑い出す。

 

一度笑いのスイッチが入った女子高生は止まらない。

俺は「ぐぬぬ」と唸ったまま数分間、アホ面下げて笑い転げる少女らを見守るしかなかった……。

 

 

 

 

「一夏ごめんなさい!つい周りに流されて……本当にごめんね?」

「いいよ別に……」

「一夏さん、失礼をお許し下さい。わたくしとしたことがお恥ずかしいですわ」

「仕方ないよ。自分でもおかしいと思うから…」

「まぁ気にしなさんな。そ、そ、それも味があっていいんじゃない?……ププっ」

「お前は笑いすぎだよコノヤロー」

「丸刈りは男らしくて嫌いではないが……お前はあまり似合わないな。というか破滅的に似合ってない」

「俺もそう思う。でもね箒さん、お前は時に正直すぎるのもどうかと思うよ?」

「頭ジョリジョリだな嫁よ。気持ちいい」

「やめなさい」

 

笑い転げていた少女たちはようやく平静を取り戻した。一名ほど未だ笑いが止まらない酢豚がいるが無視しよう。酢豚だし。

 

「ラウラ。いい加減頭を撫でるのは止めてくれ」

「うーむ。この感覚クセになりそうだぞ」

 

ラウラはずっと俺の頭をジョリジョリし続けている。

悲しいやら空しいやら。でもラウラが楽しそうならいいか。

 

「ラウラもう止めなさい。でもさっきはボクもつい笑っちゃったけど、今冷静になると少しショックかも」

「そうですわね。一夏さんの素敵なお姿がこんな……い、いえ勿論今も素敵ですが!」

「気を使わなくていいよ、セシリア」

 

俺は弱弱しく笑う。

友達がいきなり坊主頭になる。そんなの誰でも驚き笑うだろう。誰だってそうする、俺だってそうする。

 

「それにしても千冬さんもムゴイことするな……」

「そういやさ、お前らなんで皆で俺の部屋に来たんだ?」

 

俺は聞き忘れていた疑問をぶつける。

 

「あたしとラウラが廊下で怒りMAXの千冬さんと偶然会ってね。何があったのか聞いたわけ」

「恐ろしかったな、あの時の教官は。あのようなお怒りの姿は始めてみたかもしれん」

「千冬姉と?」

「ああ。教官も余程腹に据えていたのか理由を話してくれたんだ。お前が暴言を吐いたと。そして暫く話を聞いていたのだが、驚いたことに鈴が突然反論し始めてな」

 

思わず鈴を見る。

 

「驚いたぞ、教官相手に『一夏の寂しさを分かってやれ』だの『家族なのだから』とか言い出すからな。何のことかよく分からないが、私はヒヤヒヤしたよ」

「鈴お前……」

「な、なによ」

 

鈴は照れくさそうに目を逸らす。

 

「そうしている内にシャルロットらも集まってきたのだ」

「ボクと箒とセシリアでちょっと喋ってたんだけどね。偶然鈴と先生が言い合っているのが聞こえて」

「驚いたことに、話を聞いたシャルロットとセシリアまでもが教官に意見を述べ始めてな。あの時は本当に肝を冷やしたぞシャルロット」

「ごめんねラウラ」

「私も驚いた。あの千冬さん相手に、お前らは一体どうしたんだと」

「まぁ、いろいろ思うこともありましたので……」

 

俺はセシリアとシャルロットとを順に見る。

短い間の金髪デビューだったが、その間関わった友人の少女たちが……。

 

「みんな……」

「ま、そーゆーわけで、話し合ってる内に千冬さんも分かってくれたってワケ。もういいでしょ?」

 

鈴がそっぽを向いたままで言う。

 

「そうか。そうだな。みんなありがとうな」

 

俺は皆に頭を下げる。

千冬姉が言っていた感謝の意、ようやく理解することが出来た。

 

「ふむ。よく分からんが嫁よ、ならもっとジョリジョリしていいか?」

「止めてくれ」

 

また皆の笑い声が起きる。

俺は少女たちの優しさを感じながら、胸に広がる暖かな気持ちに包まれた。

 

ありがとう皆……。

 

 

 

 

 

 

 

 

ピリリリリリ。

 

「ん?」

そんな幸せな想いの中、急に鳴り出す携帯。俺は相手を確認すると電話に出る。今なら誰にでも優しくできそうだ。愛って素晴らしい。

 

「織斑君?」

「えっ」

 

おりむらくん。

別におかしくはない。おかしくはないのだが……。電話の相手からそう言われるのは心外だった。

 

「今大丈夫?」

「あ、ああ大丈夫」

「一人?」

「いいや。箒たちも一緒」

「そう。ならもはや時間の問題……」

「何が?」

「織斑君。突然だけど情報の危機管理についてどう思う?」

「はい?」

「この情報化社会は私たちに快適さと便利さをもたらしたけど、一方で弊害ももたらしたと思うんだ」

「はぁ?」

「ネットにツイッター、SNSらによって情報は迅速に巨大化して拡散していくんだよ。あたかも意志を持ったモンスターのように。様々な手段よって。怖いよね」

「ちょ、ちょっと待って」

 

おかしい。おかし過ぎる。

一体全体どうなってんだ?だって彼女はこんな喋り方……。

 

「えっと、君、のほほんさん……だよね?」

「そうだよー」

 

うん。やっぱりのほほんさんだ。

 

「話続けるね。でも情報伝達の発達に比べ、人の情報流出への危機意識は低いままなんだよ。これって問題だと思わない?」

「あの……」

「ウイルス問題に、ハッカー攻撃。でも一番の問題は自己管理の甘さだと思うんだ。個人のちょっとした油断や軽い気持ちが悲劇をもたらすんだよ」

「ちょ、のほほんさん!」

「なに?」

「いい加減にしてよ。どうしたんだよ?おかしいよ」

 

俺がそう言うとのほほんさんは黙り込む。

得体の知れない不安に襲われる。どうなってんだ?

 

「……つまり、ね?これはたとえ話だけど」

「ああ」

「とある少女がパソコンに大事な情報を開示している最中に急な用事が入ったとするよ?自分以外部屋に誰もいなくて油断があったんだろうね彼女の頭は用事のことで一杯になりその用事以外のこと全てが消え失せるそのまま着の身着のまま部屋を出ていく彼女そして何とか用事を済ませて一息つきながら部屋に戻ってきた彼女が見たものとは……」

 

息をつく間もなく一気に話す電話口の少女。この人は本当に普段よく知るあの少女なのだろうか?

のほほん(仮)さんじゃないのか?うーん。

 

「何だと思う?織斑君」

「……さぁ?」

「ルームメイトとその友人たちが、パソコンに開示されていた情報をね、食い入るように見ていた姿だったんだよ。怖いよねー」

「……はぁ。そーなの?」

 

結局何が言いたいのだろう?こののほほん(仮)さんは。

 

「大抵の悲劇はこういうちょっとした油断から起きちゃうんだよね」

「のほほん(仮)さん。結局これどういうオチなのさ」

「何が言いたいのか、分かってくれなかったかなぁ?」

「分からないよ」

「だよねー。あはは……」

 

沈黙が訪れる。

え?なにこれ?

 

「のほほんさ……」

「つまり要は何が言いたいのかというとー……」

「うん」

「ごめんなさい!」

「へ?」

「ごめんなさい!おりむー今すぐ何処かに逃げて!また生きて元気に逢えるのを楽しみにしてるからね!本当にごめんねー!」

 

プツン。

不意に電話が切れる。

 

一体彼女はどうしたんだ?

携帯を手に俺は首を傾げるしかない。

 

「一夏さんどうしたんですの?布仏さんからですか?」

「そうなんだけど……」

 

釈然としないまま携帯を見つめてると画面が変わる。

メールを受信した報せだった。発信者は楯無さん。

 

めずらしいな、と思った。

楯無さんはメールするくらいなら、直接部屋まで来て話すようなタイプだから。

そう思いながら開いてみる。

 

『一夏くん。私これを喜ぶべきなのか悲しむべきなのか分からないよ……』

 

そこにはこんな一文だけ書かれてあった。

いよいよ分からない。昨日のことといい楯無さんまでどうしたんだろう?

まさか対暗部一派の皆様方は、全員変なものにでもあたったんじゃなかろうか?

 

「ん?」

文の下に画像が添付されていて、何の気なしにそれも開いてみる。

 

そして俺は……全てを『理解』した。

 

ピロリロリン。

 

「あれ?誰からだろう?えーと」

シャルの声がどこか遠く聞こえる。俺はゆっくり立ち上がった。

 

そのままドアの方へ向かうと、後ろからは狙ったように一斉に他の少女たちの携帯の着信音が鳴り出した。もはや猶予はない。

 

「あれ?一夏どこ行くの?」

「ちょっと出てくる」

 

俺はあくまで平常のままシャルに返事すると、静かに部屋を出た。

そう、ちょっと出よう。そして出たままここには帰らないでいよう。出来れば永遠に。

 

部屋を出ると早足で歩き出す。行き先なんて分からない。とにかく歩く。

 

あの偽証脳内お花畑女……!

怒りがこみ上げる。何が「誰にも言わない」だ。自分の不注意でバレてりゃ世話ないじゃないか!

 

添付されていた画像には、俺が簪を膝に乗せて愛でている証拠がバッチリ写っていた。

言い逃れは出来ない。更に複数の女性に見られたということは、明日の朝には地球の裏側にまで広まっているだろう。女ってのはそんなものだ。伝達力は男の想像を超えている。

 

だから逃げよう。どこでもいい。ここではない、どこかへ。

 

そうだ奈良に行こう。奈良に行って仏の道に進もう。

思えば紆余曲折を経て、この坊主頭に辿り着いたのは神様ならぬ仏様の導きに違いない。俺に仏門に入れという導きだったんだ!

 

俗世の欲を捨て、同じ志を持つ男たちと共に自らを鍛え上げる修行に励む。なんと素晴らしいことか!

ここに入学してから色欲に支配されてきた俺の人生。そんなのオサラバだ!これからが俺の新しい人生の幕開けなんだ!

女なんていらない。休日は鹿と戯れよう。鹿と修行僧に囲まれた生活、正に男の生きる道。

 

坊主万歳!

何がインフィニット・ストラトスだ。時代は坊主、これからはインフィニット・ボウズだ!無限の可能性のある坊主の道を極めてみせる。いつかは成層圏にまで解脱してやるさ!

 

 

ドガァン!

後ろでドアがぶっ壊される音が聞こえた気がした。多分気のせいだろう。でも一応走っておこう。

 

さぁ行こう!奈良に向かって!

俗世を捨て去り、同士と鹿に囲まれる生活を夢見て!

 

……でも涙が出るのは何故だろう?

 

『一夏ァ!』

後ろから重なった超恐ろしい鬼女たちの声が聞こえた気がする。

 

俺は走った。

耳を塞いで、涙を流し、ただひたすらに走り続けた……。

 

 

 

 

 

 

 

彼に安息の地はあるのだろうか?

分からない。でも時間はわだかまりさえもいずれは解消してくれるもの。

彼の髪が前と同じに生え揃う頃には、きっと今まで通り、皆と笑いあう生活が送れているはずだから……。

 

だからきっと大丈夫!

 

 

そういう訳でIS学園は今日も平和です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




日々の生活に疲れて来ると、動物に癒されたい!寺巡りでもしてみたい!と思うときがあります。
寺と鹿と大仏。これさえあれば他に何も要りません。


そうだ奈良に行こう。




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少女たちのミュージック・アワー

『ニシンのパイ』に『ウナギゼリー』最初に考案したイギリスの方を尊敬する……。





「どしたの一夏。なんか随分ご機嫌じゃない?」

 

いつもの面子で夕食を取っている中、鈴は隣に座る一夏に問いかけた。

一夏はお喋りに興じている皆をチラリと見ると、心なしか声を潜めて鈴に答える。

 

「分かるか?」

「まぁね」

「実は最近ラジオに投稿するのが俺的にブームなんだ」

 

一夏は嬉しそうに答える。

 

「たまたま聞いてた番組がそういうリスナーからのお便りを紹介する番組でな。聞いてて面白かったから、俺も好奇心で一回投稿してみたんだ」

「ふーん」

「それが幸運にも番組で紹介されてさ。ちょっとこそばゆかったけど嬉しかったなー」

「へー」

「MCのお姉さんがまたいいんだよ。まだ新人らしいけど、明るく楽しく紹介してくれるんだ」

「ほーん」

 

気の抜けた鈴の返事にも一夏は気にすることなく続ける。

 

「メインは音楽なんだけど、その合間にお便りを紹介するコーナーがあって」

「そんなのにハマッてんの?しかもラジオ投稿って、一昔前じゃあるまいし」

「いいじゃねーか。そんなの俺の勝手だろ」

 

気分を害された一夏は少し怒った声を出す。

 

「ごめんごめん。それで何ていう番組に?」

「……別に。どうでもいいだろ」

「そんなに拗ねないでよ。子供だなぁ」

「うるせーな」

 

鈴はそっぽを向いた一夏を見て苦笑する。

しかし一夏は一旦こうなると意固地になる性格だ。これ以上聞き出すのは難しくなったかもしれない。

 

「ねぇ一夏その番組って……」

 

そこで鈴は言いかけた言葉を飲み込む。

視線を感じたからだ。あたかもこっそり自分たちを注視しているかのような気配。

 

鈴はいつの間にか周りのお喋りが止まっているのに気付く。顔を上げると正面のシャルロットと目が合った。彼女は慌てて取り繕ったような笑みを隣のセシリアに向ける。

 

「えっと。……それからどうしたって?セシリア」

「え?あ、はい。それでわたくしは……」

「そ、そうだラウラ!私のデザート食べないか?もうお腹一杯でな!」

「う、うむ。貰おう」

 

また先ほどと変わらないお喋りに戻る少女たち。

鈴は気のせいか、と小さく首を捻る。

 

そうしていつもと変わることなく夕食の時間は過ぎていった。

 

 

 

 

「ビンゴ!どうやらこれのようね」

夕食後自室でパソコンを操作していた鈴は勝ちどきを上げる。一夏が聞いているであろう番組を突き止めたからだ。

 

結局一夏の機嫌は直らないまま答えてくれなかったので、鈴一人で推察するしかなかったのだが、見つけるのはそう難しいことではなかった。とはいえ今はインターネットラジオを含めるとその番組数は膨大なものがある。その中から目的の番組を見分けるのは本来至難の業だ。

 

しかし一夏は語らずともいくつものヒントを与えてくれた。

メインは音楽で、その合間にリスナーからのお便りコーナがあり、MCは新人女性。しかも一夏のあの浮かれようから番組は今日に違いなく、更には夜更かしの習慣がない一夏が聴くとなると、そう遅い時間でもない。故におそらくは9時~11時の間くらいだと思われる。

 

それらを総合し、ネットで調べてみると該当する番組があった。まだ始まって間もない新しい番組で、9時から10時までの一時間、音楽とリスナーからの投稿をメインにやっている番組である。

 

「便利な世の中になったもんよねー」

鈴は情報化社会の利便さに一人頷く。ネットで調べりゃ何でも分かっちゃうのだ。少し怖いけど。

 

時計を見ると8時50分。ちょうど後十分ほどで始まる。鈴はルームメイトの邪魔にならぬようイヤホンをつけると、その番組を待った。

 

「甘いわね一夏。この美少女探偵鈴ちゃんにかかればこんなのラクショーよ」

フフン、とドヤ顔で呟く鈴。

 

やはり好きな人のことはもっと知りたいと思うし、趣味は共有したい。

鈴は皆に抜け駆けし、一夏との距離をこっそり詰められた事に一人小さく喜んだ。

 

 

 

 

「ふーむ。中々面白いじゃない」

番組を聴き終えた鈴は小さく満足げな声を出す。

 

正直あまり期待していなかったのだが、聴いてみると面白かった。流れる音楽は流行の曲からクラシックまで多岐に渡り、MCの女性は新人らしいが、逆に頑張っている必死さが見て取れ、明るく元気に紹介する様子は好感が持てた。

 

「あたしも何か投稿してみよっかなー」

呟いてから苦笑する。これじゃあ一夏をバカに出来ない。

 

鈴はベッドに横になると、思いつくアイデアをあれこれ考えながら目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

「皆さんこんばんはー。じゃあ今日も一時間お付き合いくださーい」

MCの女性の挨拶が終わると、明るいメロディーが流れる。

 

鈴は思いの他ワクワクしている自分に気付いていた。前回から一週間、軽いお遊びのつもりだったのに、何を投稿しようか随分と悩んだのを思い出す。ようやく書いて送ったのだが、それは果たして紹介されるのだろうか?

 

そんな鈴の期待の中、お便りコーナーがスタートする。

 

「はーい。それじゃー皆さんからのお便りコーナー初めまーす。今日はいつもよりお便りが多くて私も嬉しいです。ありがとうございまーす。では一通目、ペンネーム『恋するウサギ』さんから」

 

「『嫁が最近私に冷たい気がする。この番組のことも夫である私に教えてくれなかった。隠し事をされるのは悲しいことだ。嫁の愛情を取り戻すにはどうしたらよいのか教えて欲しい』……うーむ、なるほど」

 

お嫁さんとうまくいってない旦那さんからかな?可哀想に……。

鈴はその見知らぬ『恋するウサギ』さんの夫婦仲を憂い心配する。

 

「うーん。私は結婚していないので偉そうなこと言えませんが、やはりパートナーであるお嫁さんを信じて待ってあげるべきでは?『恋するウサギ』さんはこんなにお嫁さんのことを想っているんだから大丈夫ですよ。夫婦ってのは強い絆があるはずですから!」

 

MCのお姉さんの言葉に鈴は深く頷く。

そうだ。夫婦ってのは強い絆があるはずなんだ。だから頑張ってね『恋するウサギ』さん。

 

「少しは参考になったかな?ラジオネーム『恋するウサギ』さん。……って少しフランク過ぎますかね?ごめんなさい。では次のお便りにいってみましょう。ペンネーム『ウナギゼリーはとんでもないものを盗んでいきました。イギリス人の味覚です』さんから。……凄いペンネームですね」

 

「『ご機嫌麗しゅう事かと存じます。先週から愛するお方と共にこの番組を聴いている者ですわ。早速ですがご相談があります。わたくしには運命で定められた愛する殿方がいるのですが、文化の違い、家督相続など、超えなければならない問題が多いんですの。そう、あたかもロミオとジュリエットのように、二人の間には多くの困難があるんですの。ああ、なんて辛く苦しい道なのでしょう!でもわたくしたちは負けません!二人の愛の力を信じ、どんな困難も乗り越え、きっと幸せな未来を掴み取って見せますわ!では失礼致します』……えーと。これは相談……ですかね?」

 

全然相談じゃない。ただのノロケ話じゃないのこれ?

鈴は長々と自分に酔った投稿を聞いて思う。何でか知らんが凄くイライラするなぁコイツ。

 

「えっと、そうですねー。とにかく『ウナギゼリー』さんがその男性をどんなに想っているのかはよーく分かりました。その想いがあれば大丈夫ですよ。愛は地球を救っちゃうくらいですから。だからその力でどんな困難をも乗り越えて下さいねー。頑張って!」

 

MCのお姉さんの言葉に鈴は苦虫を噛み潰したような顔をする。

どうしてだろう?この『ウナギゼリー』とやらはどうも応援したくねぇ。

 

「じゃあ次のお便りに行きますねー。お次は『男装の麗人』さんから」

 

「『初めまして。先週ふとしたことからこの番組を知り、投稿させてもらいました。早速ですが聞いてください。ボクには好きな人がいます。その相手もボクのことが好きです。二人は両想いなんです。でも彼にはライバルが多く、ボクの大切な親友も彼のことが好きなんです。親友がこの先待ち受けるであろう失恋によって、傷つくのを見たくありません。他の連中のアンとポンとタンのアンポンタン三人組はどうでもいいのですが。特に幼馴染というだけでデカイ顔をしている二馬鹿は、マジであんま調子ぶっこくなと一度……。すみません、話が逸れましたが、何かアドバイスがあればよろしくお願いします』……す、少し毒舌が混じってますね。はは……」

 

オイ。これってもしかして……!

しかし鈴は一瞬浮きかけた腰を下ろす。いや違う他人の空似だ。世の中には似たような人物、似たような環境の人が三人はいると聞く。だからこれは偶然なんだ。

 

「親友と恋人、友情と愛情の天秤は何時の世も難しい問題でしょうね。しかも友人同士で同じ男性を好きになったというのは……お辛いことでしょう。ですが恋愛ごとで誰も傷つかず、丸く納まるというのは無理と言うもの。親友だからこそ取り繕いせず、胸の内をとことん話し合うべきではないでしょうか?傷付くことを恐れずに真正面に向き合う。それが真の友達だと……私はそう思います」

 

MCのお姉さんの声を聞きながら、鈴はぶつぶつ自らに言い聞かせる。

落ち着け……これは只の偶然なんだ……。まだ慌てるような時間じゃない。

 

「さて、じゃあ前半部最後のお便りを紹介しますねー。ペンネーム『正統派幼馴染』さんから」

 

「『先週幼馴染の惹かれあう想いの力で、この番組のことを突き止め、聴いている者です。突然ですが幼馴染というものをどう思われますか?私が思うに幼馴染というのは、幼少期にかけがえのない時間を共に過ごした者同士のことを言うのであって、間違ってもセカンドだのサードだのそんな称号が付くものではないと思います。大体何ですか『セカンド幼馴染(笑)』って。もうバカかとアホかと。まぁこんなエセ幼馴染認定されて喜ぶ勘違い女なんていないでしょうけど(笑)いるとしたら正統の幼馴染の資格が足りないことに気付けない哀れな女くらいでしょう。そうそう足りないと言えば、私の知り合いにも色々と足りないのが一人いまして。具体的に胸とかが(笑)私はソイツを見てるとつくづく幼馴染というものを誤解しているなと……』」

 

プツン。

鈴はラジオを消すと静かに立ち上がる。もはや腰を下ろす必要はない。

 

「り、鈴。どうしたの?」

ルームメイトのティナ・ハミルトンが引きつった顔で問いかける。今の鈴の顔は正に殺人者の顔をしているからだ。メッチャ怖い。

 

「ちょっと行ってくるわ」

「ど、どこに?」

「日中戦争のリベンジに。いや場合によっちゃ世界大戦かな?フフフ……」

 

引いているティナを横目に鈴は部屋を出て行く。

オーケー。よーく分かった。皆自分と同じようにラジオ番組を突き止め、我こそが特別だと思い込んでいたようだ。全くその執念だけはライバルとして見事だと言っておこう。

 

「ウフフ……。バカみたい……」

でもこれじゃ悩んで悩んで、最終的にあんな投稿を送った自分がバカみたいじゃないか。どいつもこいつも色欲や愚痴に塗れまくった投稿しやがって。

 

鈴は幽鬼のように笑いながらゆっくり歩く。目指すは『正統派幼馴染』とやらのお部屋。場合によっちゃ

『男装の麗人』とやらの部屋も訊ねてみようか?

 

 

そうして一人の悲しき少女の異変を纏わせながら、IS学園の夜は過ぎようとしていた……。

 

 

 

 

 

「はーい。では今日最後のお頼りはー。ペンネーム『P.I.C』さんから」

 

「『ニーハオ。先週から聴いてみて面白かったので、自分も投稿してみました。何を書くのか迷いましたが、最終的にこの日本で出会った友人たちについて一言書こうと思いました。日本に帰ってきて早数ヶ月が経ち色々なことがありましたが、その中で新しい友人も出来ました。あたしは自分でも少し天邪鬼な所があるのは自覚していますので、普段は言えませんが皆に感謝しています。ライバルでもあるけど、皆ありがとね!ではこれからも番組楽しみにしています』……ハイ。お便りありがとうございます」

 

「普段面と向かっては照れくさくて言えない事ってありますからねー。この番組に投稿した事で『P.I.C』さんの気持ちが少しでも軽くなったなら私も嬉しいです。でも出来れば友達に直接思いを告げて欲しいな、とも思います。ではそろそろ終わりの時間です。最後にお送りする曲は……」

 

「ふぃー」

一夏は本日最後の曲が流れ出すと大さく息を吐いた。

 

今日は今までに比べ変わった投稿が多かった。何故か胸がモヤモヤしたり、心臓がドキドキするような投稿があった気もするが気のせいだろう。そうに違いない。

 

最後に紹介された投稿を一夏は思い出す。

自分もこの学園に入ってかけがえのない友人たちが出来た。一緒にいるのが当たり前過ぎて、普段は感謝なんて言ってないけど、一度しっかり伝えるべきなのかもしれない。「ありがとう」って。

 

「よし。寝よ」

一夏はベッドに潜り込むと、大切な皆を思い浮かべ小さく微笑む。

 

静かに流れる癒されるようなメロディが心地よい。

何となくいい夢を見られる気がした。

 

 

 

 

ただ眠りに落ちる寸前、どこか遠くのほうで女性が言い争う金切り声と、何かが破壊されるような音が聞こえた気がした……。

 

 

 

 

 

翌朝、一夏は他生徒共に連絡掲示板を唖然と見上げていた。

そこには一枚の張り紙が貼られてあった。

 

一年一組 篠ノ之箒

一年二組 凰鈴音

 

以上を三日間の謹慎処分とする。

 

 

 

 

 

 

ではまた来週!

チャンチャン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




匿名性が強いインターネットにおいては、リアルでは穏やかな人や優しい人でさえ、攻撃性や残忍性を発揮してしまうことが多々あるとのこと。相手の顔や存在が分からないというのは、忌憚のない意見を言える反面、良心の歯止めもなく残酷なことを行ってしまう危険もあります。
恥ずかしながら私も多少なりともその経験があります。本当に気をつけないといけませんね。



他国の文化を、自分たちの価値観だけで否定したり馬鹿にするのはいけないことです。
ただ……ウ、ウナギゼリーだけは……ウナギ好き日本人としてはどうしても……!おえっ。




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凰鈴音のハニートラップ

美人局、出会い系、ネットの性別偽り、エッチ前のシャワーの間に財布諸共ドロン作戦、風俗での写真と実物全然違うじゃねーか詐欺、エトセトラ……。世の中には男の愚かしさを利用したトラップが多く存在します。良い子の男性は気をつけましょうね。
……まぁ見え透いた罠に引っかかるお馬鹿な獲物ちゃんも悪いんですが。





「よし。これで上がり」

「おめでとうシャルロット」

「流石ですわね」

 

シャルロットの勝ち鬨に、既に上がっていたラウラとセシリアが声をかける。

 

「今回はあたしが最後の二人に残っちゃったか」

「そうだな。それにしても……」

 

今回は参加せず勝負を見守っていた箒が小さくタメ息を吐く。

 

「またお前はドベ候補じゃないか。なんでそんなに弱いんだ一夏?」

「ほっとけ」

 

ぶすっとした表情で一夏は返した。

 

 

 

 

ババ抜き。

それは単純にして、相手のウソを見抜く洞察力、心を読ませないためのポーカーフェイスがカギとなる知的なゲームである。

 

今日も今日とてヒマを持て余し、唯一の男子の部屋に遊びに来ていたクラスメートと、その他一名の専用機持ちの面々。誰が言い出したのかババ抜きというレトロ遊びをすることになったのだが、一夏はこれで開幕から4連敗という暗黒時代の虎党のような負けっぷりを見せていた。一夏のように一直線な人間、悪く言えば単純な人にはこの手の心理戦ゲームはキツイのである。

 

「一夏との一騎打ちかー。こりゃ楽勝かな?」

鈴が既に勝ち誇った顔で小さく笑う。

 

「頑張って一夏!」

シャルロットの声援に一夏は力強く頷いた。これ以上の負けは男としてのプライドが許さない。

 

「一夏さんファイトですわ!」

セシリアの声援に一夏は力強く親指を立てた。その声援で男は幾らでも強くなれる。

 

「無我の境地だ嫁よ。欲を捨て無になることこそ勝利への道標」

ラウラの応援に一夏は敬礼を返した。無我の境地なぞテニスの王子様でもない限り使えないのだが。

 

「幼馴染としてこれ以上の醜態を晒すなよ」

箒の応援(?)に一夏は「幼馴染関係ねーじゃん」と心の中で反論した。もう少し優しくしてくれよ。

 

「ねぇ一夏。何か賭けない?」

そんな悩める猪少年に目の前の猫少女が意地悪な提案をする。

 

「賭けるって何をだよ」

「これで負けたら一夏5連敗じゃない。流石にそれは情けなさ過ぎるんじゃない?」

「うっせーな」

「その回避の為にも何かリスクを背負ってみるのも大事だと思うわけ。どう?」

「グム~」

 

鈴の言葉に一夏は押し黙る。確かに彼女の言葉も一理ある。『別に負けたところで何かあるわけではない』

そんな心の甘さがこの連敗に繋がっているかもしれないのだ。

 

「分かったよ。何を賭けるんだ?」

「何でもいいけど。そうねぇ……じゃあ負けたら相手の言うこと何でも一つ聞くってのはどう?」

「なっ!鈴さん!」

 

よかならぬ気配を嗅ぎつけたセシリアが吠える。お嬢様の恋に関する嗅覚は尋常ではないのだ。

 

「シャラップセッシー。これはあたしと一夏のサシの勝負よ。部外者は黙ってみてなさい」

「……何でもって、どこまでの範囲でのことだ?」

「別にそう大層なことじゃないわよ。なに?やる前から負けること考えてるの?チキンな一夏ちゃん」

 

ムカッ。

鈴の挑発に瞬間的に怒りが有頂天になる一夏。単純である。

 

「いいぜ。やってやるよ」

「そうこなくっちゃ。お遊びにしても多少の緊張感がないとね」

「ちょっと鈴……」

「ハイハイ、シャルロットも黙ってね。ぶっちゃけ一夏が勝てばそれでいいんだから。簡単でしょ?それとも何?アンタら一夏を信用できないんだ?」

 

そう言われれば彼に恋する少女たちは黙るしかない。

少女たちは意中の少年に『勝て勝て』パワーを送ると、酢豚に『負けろ負けろ』怨念を送り始めた。

 

そんなギャラリーが見守る中勝負は始まる。

 

「にゃふふふ」

笑いながら手持ちの二枚のカードをシャッフルしまくる鈴。こちらにはババはないのだから、必然的に鈴が持っていることになる。つまりババじゃない方を引けば上がりだ。勝負は一発勝負!一夏は気合を入れた。

 

鈴がかざす二枚のカード。一夏はそれを穴が開くほど見つめると、意を決して右のカードに手をやった。その瞬間鈴が「プッ」と小さく噴出すのが聞こえ、慌てて手を離す。鈴を再度窺うと目を逸らして口笛を吹いている。あやしい……。

 

次に左のカードに手を伸ばす。その瞬間鈴が小さく息を呑み、身体を硬直させた。ビンゴ!一夏はニヤリと笑うと狙いを決めた鷹のように鈴の左のカードを掠め取る。カードに触れた瞬間、鈴が大きく目を見開いた。

 

ざまあみろ、俺だってこう何度も負けてりゃ学習するんだよ!

一夏はドヤ顔で鈴を見返すと、勝利を確信して引いたカードを覗き込む。そして硬直した。

 

「はれ?」

そこに有ったのはイヤラシイ顔をした老婆が写っているカード、ババ。

 

「あははははは!」

鈴が一夏を指差して爆笑する。

 

「単純だねぇ一夏は。女の態度を簡単に信用しちゃいけないぞー」

「だ、騙しやがったな!」

「騙すのがゲームの基本。騙される方が悪いのが勝負の常。お分かり?一夏ちゃん」

「くそぉ……」

 

とはいえここで悔やんでも仕方がない。一夏は鈴に見えないように高速でシャッフルすると、二枚のカードをかざした。

 

こちらを面白そうに見てくる鈴を出来るだけ無視して、一夏は極力ポーカーフェイスを決め込んだ。

『がんばれ!』というギャラリーの少女たちの声が耳に力強く届く。さぁかかってこい!まだ終わらんよ。

 

「ねぇ一夏。ババはどっち?」

「教えるわけねーだろ」

「そこを何とか」

「うるさい。早く取れよ」

「右かな?左かな?トラップカードはどっち?」

「だから言わねーって」

「ハンタのクラピカ理論によると、人は二者択一の道を選ぶ際、多くは無意識に左を選ぶらしいわね?」

「そんな誘導尋問には引っかからねーよ」

「教えてくれたらパンツ見せてあげる」

「えっ?」

 

その瞬間一夏の視線が手持ちのカードに動く。鈴はその視線の行き先を確認すると、その反対側のカードを素早く掠め取った。

 

「ああっ!」

「ハイあーがり。残念だったね~一夏」

 

鈴が最後のペアになったカードを山に放り投げ、勝ち鬨をあげる。

 

「ちょっ、卑怯だぞ!そんな……」

「さっきも言ったけど、ゲームは騙されるほうが悪い」

「こんなのはあんまりだ!ズルだ!イカサマだ!」

「こんなしょーもない手にひっかかるアンタがお馬鹿なだけ。このスケベ」

「お、俺は悪くねぇ!男の本能に訴える手なんて、そんなの……!」

 

「いーちーかー」

鈴に醜い文句を垂れていた一夏は後ろから聞こえた声にビクッとなる。恐る恐る振り返ればギャラリーの皆様方がそれは怖ろしい顔でこちらを見ていた。

 

「一夏!貴様はそんな手に……恥ずかしくないのか!幼馴染として情けないぞ!」

「一夏さん。少し幻滅ですわ」

「ねぇ一夏。それはないんじゃない?」

「なんだ、一夏はパンツ見たかったのか?」

 

一名ほど分かってない眼帯少女がいたが、他少女たちの高まるプレッシャーに一夏は後ずさりする。

 

「違うんだみんな!これは男の悲しき性でありまして!」

『成敗!』

 

当然、怒れる少女たちが言い訳を聞くわけがなく、一夏はお決まりのボコボコにされた。

 

 

 

 

数分後、ボロゾーキンのように横たわる一夏を置いて、多少のストレス解消に成功した少女たちは各々帰り支度を始める。色々あったが今日も一日楽しかった。

 

「おーい一夏。生きてるー?」

鈴の声に一夏はうつ伏せに倒れこんだまま、右手の中指を上げる。ファック・スブタ!

 

鈴はそれに苦笑すると、一夏の下へ向かい手を掴んだ。

 

「ホラ一夏、起きなさい。行くわよ」

「何処にだよ」

「あたしの部屋」

「お前の部屋?なんで?」

「お馬鹿な勝負事とは言え約束は守らないとね」

 

鈴の言うことが分からず首を傾げる一夏。そんな一夏に鈴は頬を染めながら照れるように額を掻く。

 

「結果的にババ教えてくれたし、少しだけパンツ見せてあげてもいいかなーって」

「ハイ?」

「みんなの前で見せるのは抵抗あるし、あたしの部屋でなら……」

「行きます!逝きます!生きます!イクぞコラ!」

 

ノックアウトされていた一夏は瞬時に復活すると猛々しく吠えた。

うぉぉぉん!俺はまるで人間自家用発電所だ!

 

「いーちーかー」

「ヒッ」

 

猛る野獣となっていた一夏は後ろから聞こえた怖ろしき声に、瞬時に震える小鹿ちゃんと化す。

 

この男は本当に学習しない……。

 

「私はお前をそんな堕落した幼馴染に育てた覚えはないぞ!」

お前に育てられた覚えはねーよ。一夏は思う。

 

「一夏さん、ちょー幻滅ですわ。エロかっこ悪いですわ~」

お嬢様がそんなギャル語を使うなよな……。一夏はやるせなくツッコむ。

 

「ハァ……。一夏キミって人は……」

そんな失望の目を向けないで下さいよシャルさん。一夏は悲しくなる。

 

「後で私のパンツ持ってきてやろうか?」

もう少し常識を学べよラウラ。一夏は少女の成長を願う。でも今晩一晩だけでも貸して欲しいな。

 

「フッ。全く女ってヤツは……」

自らの命運を悟った一夏は、ニヒルな笑みを浮かべると、周りの少女たちを見渡した。そして大きく息を吸い込み、力強く宣言する。

 

「俺は悪くねぇ!」

『黙れ!このスケベ!』

 

案の定ボコボコにされた。

 

 

 

 

鈴は背後から聞こえるボカスカという打撃音をBGMに窓から景色を眺める。こんなのんびりとした平和な時間が一番なのだ。一名ほど平和じゃない者がいるが、自業自得といえばそれまでだし、彼女たちのストレス解消も兼ねた折檻も、もはや彼には慣れっこだろう。

 

とはいえ、やはり可哀想な気がしないでもない。

鈴は幼馴染の少年の叫び声を聞きながら考える。後でこっそりご褒美をあげちゃおうか。何せこちらには『何でも言う事を聞かせられる』権利があるのだ。抜け駆けしようが、パンツ見せようが文句は言わせない。

 

鈴は「うーん」と小さく伸びをして微笑む。

 

天下泰平事もなし。

後ろから轟く少年の断末魔を聞きながら、少女は戦いの日々の中での、一時の穏やかな時間に感謝した。

 

 

 

 

 

 

ハニートラップ。

それは男の本能を付いた女性の恐るべき狩猟手段。哀れな獲物ちゃんにならぬ心構えが大切です。

 

 

そういう訳でIS学園は今日も平和です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




実は今話は多少の変化はあれど、私が体験した実話であります。ふと思い出したので書いてみました。

唯一大きく違うのは、私には当然その後の『ご褒美』なぞ存在せず、貰ったのは周りからの嘲笑だけというオチでしたがね。ハッハッハ!
……ピュアな少年の純情を弄ぶ女性なんて豆腐の角に頭ぶつけて泣いちゃえばいいんだ……。

ハニー・トラップ。
「美しい薔薇には棘がある」昔の偉い人はうまく言ったものです。いい女に誘われてホイホイついて行った挙句、全財産搾取されて「アーッ!」なことにならぬようイケメン以外は美しい花には気をつけましょう。




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織斑一夏と少女たちの何気ない日々

ちょっとだけいつもと趣向を変えてみた。





※1 てるてる坊主

 

 

「今日も雨ですわね」

放課後、食堂の一席で向かい合って座っていたセシリアが外を見ながら呟いた。

 

「ああ。でも天気予報によると明日、明後日くらいには雨もあがるらしいぞ」

「そうですか……」

「ん?セシリアは雨が好きなのか?」

「特別好きというわけではありませんが……ただ故郷が比較的雨が多いので、つい思い出して」

 

その横顔が少し寂しそうに見えたのは気のせいだろうか?

まだ幼さの残る歳の少女が一人で異国の地で過ごすということ。その重圧は俺には想像も出来ない。

 

「シャルはどうだ?雨は好きか?」

もう一人の同席していた少女に尋ねてみる。

 

「う~ん。どうだろ?でも日本の雨は欧州より湿度が高く感じるから、少し嫌かもね」

「それは確かに感じますわ。髪が乱れてセットが大変ですの」

「うんうん。おかげでここ最近はいつもより早起きだよ」

 

女性特有の悩みを共有しあう少女たち。男にはあまり縁の無い悩みであるが、朝に三十分もセットに費やす女性からすれば、一大事なのだろう。

 

「それに暑くなるのは分かっているけど、そろそろお日様がみたいかな」

「そうですわね。今週末はお買い物に行きたいですし」

「じゃあてるてる坊主でも作ろうか」

「「てるてる坊主?」」

 

俺の言葉に二人が揃って首を傾げる。計ったような二人の少女の様子に思わず笑みが出た。

 

「日本に伝わるおまじないみたいなもんだよ。それを窓際に吊るしとくと晴れになるっていう」

「そうなんだ。おもしろそうだね」

「それでは一夏さん。教えて頂けますか?」

「よしきた。じゃあ俺の部屋で作ろう」

 

「はーい」とまるで姉妹のように揃えて返事する二人の少女。

と言ってもてるてる坊主とはそんな大層なものじゃない。基本はティッシュと輪ゴムと吊るす紐があれば完成。後はお好みでマジック、色ペン、リボンと言った所か。

 

まぁそれでも、普段勉強でもISでも教えられてばかりの俺が、どうあれ何かを教えることの出来る数少ない機会だ。笑った顔や髪を生やしたりなんかして、沢山のてるてる坊主たちを作ろうか。

 

席を立ち部屋に向かう。思えばイギリスとフランスの少女とてるてる坊主を作ることになるなんて、一年前は想像もできなかった。本当に人生って天気と同じように分からないものだと思う。

 

「晴れるといいね一夏」

「効き目があるか分からないけどな」

「大丈夫。きっと効きますわ」

 

ちっぽけなお人形に願をかけて。

 

 

あーした天気にな~れ。

 

 

 

 

 

 

※2 アジときどきサバところによりフグ

 

 

「サビキ釣りは初心者にも優しい釣りなんだ」

防波堤で、俺は二人の小柄な少女に説明する。

 

「このカゴにアミエビを入れて後は下に沈めるだけ。簡単だろ?」

「ねぇ一夏。これ臭いんだけど」

「まぁ……そうだろうな。そういうモンだ」

 

異臭を放つコマセを嫌そうに見る鈴。

サビキ釣りは夏の釣り場の風物詩とはいえ、女の子にはキツイ面も確かにある。

 

「スプーンあるから。それ使って上手く手に付かないように入れてくれ」

「え~」

「じゃあ俺が毎回入れてやるよ」

 

あからさまに不服な表情の鈴に苦笑するしかない。

鈴は比較的大丈夫な部類だと思っていたが、これじゃミミズ系のエサは無理だろうな。

 

「よし一夏、さっそくやってみるぞ」

「待て待て。今サビキを付けてやるから」

 

一方ラウラは、早くも竿を持って待ちきれないとばかりにせっつく。日差し対策に被った麦わら帽子がよく似合っていた。

 

「それにしてもいい年の若い男女が釣りってなぁ……」

「なんだよ鈴。嫌だったのか?」

「別にそうじゃないけどさ。女の子遊びに誘っておいてこれは無いんじゃない?まぁアンタにそんな心遣い求めるのは野暮だってことは分かってるけどさー」

「そう言うなよ。久しぶりの快晴なんだしさ。それに海って快適だろ?」

「まぁね。確かに少し涼しいし。……魚臭いけど」

「安心しろ、これからもっと臭くなるから。……よし!これで仕掛けはオッケー。ラウラやってみ」

「任せろ」

 

仕掛けを付けた竿をラウラに手渡す。

 

「投げ方はさっき教えた通りだから。軽く力抜いて」

「いくぞ。……とおっ」

「そうそう。上手い上手い」

 

流石ラウラ、物覚えが早い。

 

「一夏!なんかブルッと来たぞ!」

「早速アタリが来たか。ゆっくり上げてみな」

「うむ。……おおっ!魚がこんなに!」

「おっ三匹も。しかもメインのアジじゃないか。おめでとラウラ」

 

釣れた豆アジを針から外し、海水を入れたバケツの中に入れる。活きがよくバケツの中で元気に泳ぎ回るアジをラウラは嬉しそうに眺めている。

……ただ数十分後には大抵悲惨な状態になっているから、あまり魚に感情移入して欲しくはないな。

 

「よし!次行くぞ!」

「はいはい」

「一夏の今晩のおかずの分も私が釣り上げてやるからな」

「それは頼もしい」

 

ラウラは早くもやる気MAX様子だ。やはり初心者にとっては、魚が釣れてこそ面白いのだから。

 

「ちょい待ち一夏!あたしの竿は?」

「まぁ待て。まずはラウラのカゴにアミエビ入れてから」

「そんなの誰でも出来るでしょ!何ならあたしがやるから一夏は仕掛け作ってよ。それは一夏にしか出来ないんだから」

 

言うが否や鈴はラウラのカゴにアミエビを入れ始めた。さっきまでアミエビに嫌悪感丸出しだった少女とは思えない豪快な手つきでカゴに入れていく。ラウラの釣果を見て勝負心に火が点いたのかな?さすが負けず嫌いに定評のある幼馴染だ。

 

「う~。手ェくさーい!」

「大丈夫だ。それがやがて病みつきになる」

「ならねーよ!」

「お前もいずれ分かるさ。釣りの恐るべき魅力、釣りバカ日誌への道を……」

「バカ言ってないで早く仕掛け作ってよ!」

 

鈴用の竿を取り出し仕掛けを作る。と言ってもこのサビキ釣りは難しい仕掛けなぞ必要なく、基本的に糸を軽く結んでいくだけでオッケーの、簡単なのが魅力の釣りなのだ。

 

「やったまた来たぞ!今回は四匹だ!」

「あー!ラウラずるい!一夏あたしのはまだ?」

「一夏よ。この魚は針を深く飲んでるようだが、これはどうやって取るんだ?」

「ちょっと!先あたし!」

 

矢継ぎ早に両側から投げかけられる言葉の応酬。

屈んだり立ち上がったり、あっちに行ったりこっちに行ったりと忙しいことこの上ない。

 

「ほい出来上がり。鈴これ使って」

「オッケー」

「一夏。私のを見てくれ」

「ああ。今回は小サバだな……ん?」

「どうした?」

「ラウラ。最後のそれフグじゃないか。外道がかかっちまったな」

「外道?コイツは外道なのか。……うむ。確かに腹を膨らませて生意気そうなヤツだな」

 

キューキュー泣き声のような音をたてるフグを針から取り外しにかかる。結構深く飲んでるな。

 

「やった!早速あたしにも来たよー。わお!五匹も掛かってる」

「へぇ。アジが三匹にサバが二匹。バランスいいな」

「えっへん。これが才能の差ってやつかにゃー?ラウラちゃん」

「ムッ」

 

鈴の勝ち誇った声にラウラはカチンと来たようだ。急かすように肩を揺さぶってくる。

 

「早くしてくれ一夏」

「もう少しで外れそうなんだけど……。よし!ようやく取れたぞこのフグ公め」

「一夏~。あたしのやつも早くとってよー」

「分かってるって。ちょいと待ってろよ」

 

鈴の下に向かいながら、チラリと横目で俺用に持ってきた竿の方に目を向ける。

この調子じゃ自分用に釣りをするヒマはないかもしれない。

 

「よっしゃ!ここから更にあたしの爆釣りを見せてあげるわ!」

「ふふん。私に勝てると思っているのか?」

 

でもこの二人が楽しそうなら、それでいいかな。

 

 

 

 

 

 

※3 不器用な少女のぶつかり方

 

 

「フッ」

小さく息を吐き出し竹刀を振る。何度も何度でも。

 

剣道の最も基本である素振り、その中の一つ上下素振りを延々と行っている。中学の時に一応頂点を極めた立場だが、基本の素振りは嫌いではない。熟練者や上達者の中には基本を無下にし、自分の型を追求する者も出てくるが、私は基本の型が好きだった。

 

朝の道場。部員も人っ子一人居ない空間は私にとっては好ましかった。それは集中できるから。剣道とは突き詰めれば己との戦いであると思っている。故に雑音に惑わされることなく自分の世界に没頭できるこの空間が好きだった。

 

……なのに今は集中が出来ない。

 

「ダメか……」

仮初の集中と構えを解く。やはり練習に身が入らない。

 

タオルで汗を拭うと、道場の入り口を見る。

素振り中も何度も目が行ってしまった。ここに来るはずのない少年の姿を夢想してしまう。

 

「一夏のバカ」

思わずそんな呟きが出た。

 

 

 

「もういい加減にしろ」

そう言われたのは昨日のこと。朝練習を繰り返し誘う私に一夏はうんざりしたように言った。自分は別に剣道部員じゃないんだと、出る義務はないんだと、そう言ってきて……その結果喧嘩となった。

 

確かにそうかもしれない。しつこくキツイ言葉で言い過ぎたのかもしれない。一日経ってみて私自身反省すべきことは色々出てくる。

 

でも、それでも……と思う。思ってしまう。

一夏の方だって私の気持ちを少しくらい汲んでくれてもいいじゃないだろうかと。

 

不安なのだ。離れていた時間、それを取り戻すことの出来ないもどかしさが。

不安なのだ。今の一夏は沢山の素敵な女の子たちに囲まれているのが。

不安なのだ。一夏がまた私から離れていくのが。手の届かない遠くに行ってしまうのが。

 

その不安を解消する方法が見つけられない。

 

セシリアのように自分に自信を持つことも。

鈴のように親しい友達感を出すことも。

シャルロットのように優しく接することも。

ラウラのようにありのまま想いをぶつけることも。

 

私には、出来ない。

不器用な私には他の子たちの真似は何一つ出来ない。

 

剣を交えることで想いを酌んで欲しいと願うのは自分でも我侭だと思っている。

一夏にもそれを求めるのは理不尽だとも分かっている。

 

でも、それでも……!

 

 

「おはよ」

ふてくされたような声に思わず顔を上げる。見れば一夏が頭を掻きながら道場に入って来た。

 

「一夏……。どうしたんだ?」

「どうって、朝練しに来たんだよ」

「で、でも昨日は」

「いいだろ別に。それよりヒマなら相手してくれよ」

 

腕を軽くストレッチしながら言う一夏に私は言葉が出ない。何か話さなければ……そんな思いだけが頭の中をグルグル回る。

 

『来てくれて感謝する』かな?それとも『昨日は悪かった』と言えばいいのかな?

そんな答えなき自問だけを繰り返していたが、やがて意を決して一夏に向き合った。とにかく何かを……。

 

「い、一夏!」

「なに?」

「その……なんだその髪は。寝癖がひどいじゃないか。道場は神聖な場なのだぞ、身だしなみを整えないでどうするんだ。だらしないぞ」

 

なのに結局口から出るのはこんな小言だけ。自分の性格が嫌になる。

 

「どうせ面を被るしいいだろ別に」

「そういう問題ではない。ちょっと待ってろ」

 

更衣室まで急ぎ戻ると、ブラシを手に戻る。

 

「ほら寝癖を直してやるからジッとしてろ」

「水もジェルもなしに直らねぇよ」

「いいから」

 

やはり女性より硬い男の髪、それを何度もブラッシングする。一夏も始めは身体を動かし嫌そうにしていたが、やがて観念したのかおとなしくされるがままになった。

数センチと離れていない一夏の顔を盗み見る。不貞腐れたようにそっぽを向いてるが、これは単に照れているだけだと、何となく分かった。思わず笑みが出る。

 

「一夏」

「なんだよ」

「ありがとう」

 

自然と思いが言葉に出ていた。

驚いた顔を向けてくる一夏の顔を間近に見て、慌てて手を振る。

 

「いや、深い意味はないぞ一夏!ただ、あれだ……そのぉ」

「箒」

「な、なんだ!」

「何のことか分からんが、変なものでも食ったのか?それともまだ寝ぼけてんの?」

 

ニヤニヤしている一夏を見て分かって私をからかっているのだと理解する。

だからお返しに髪を梳く力を思いっきり強くしてやった。

 

「いってぇー!ハゲになったらどうすんだ!」

「うるさい!遅刻してきた分覚悟しろよ、ビシバシ鍛えてやる。」

「たまには優しくしてくれよ」

「文句言うな。ほら、もういいから早速打ち込みをやるぞ!」

 

向かい合い、構えて一夏と対峙する。

もうさっきまでのモヤモヤは無くなっていた。

 

「手加減しないぞ!」

「してくれたことないくせに」

 

そうだ。私は他の子たちのように器用じゃないのだから。手を抜いたりは出来ない。

だから手加減無しにぶつかろう。この竹刀を想いを乗せた剣に変えて。

 

「いくぞ一夏!」

 

そして私はありったけの想いと共に剣を打ち下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




更識姉妹を出さなかったのは決してハブったわけではなく、姉の方が別のヨゴレ作品に出演してもらっているせいであります。


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織斑一夏と少女たちの何気ない日々 2

時折何故か思い出したかのようにISのSSがふと書きたくなる。
やっぱキャラが魅力的だからなのかな。





※ こちらボーデヴィッヒ、任務を遂行する。

 

 

 

現在の時刻、深夜1時。私は為すべき任務を全うするためそっと自分のベッドを出た。

立ち上がるとシャルロットが眠るベッドを振り返る。微かな寝息が聞こえ一安心した。どうやらグッスリ眠っているようだ。

 

シャルロットは唯一無二の親友ではあるのだが、これから行う任務に関しては協力は得られない。むしろ顔を強張らせお説教されること間違いなしだ。この手のシャルロットのお説教は、何と言うか本能的な恐怖を感じるというか、要はメッチャ怖いのだ。故に勘弁願いたいのが本音である。

 

私は極力音を立てないように部屋を出ると、小さく安堵の息を吐く。気分はメタルギア。

そのままニンジャのように素早く静かに動く。部屋を出たとは言え油断はならない。任務達成までには数多くの障害がある。夜更かしする生徒、見回りの警備、教師の巡回etc……。中でも最大の障害は敬愛する教官だ。見つかった時点で私の身が一体どうなるの想像するのも怖ろしい。

 

それでも私はやらねばならぬのだ。この任務を。

なぜならそれは私がラウラ・ボーデヴィッヒであるからだ。

 

任務完了まであと少し。幸運にも邪魔なく目標の部屋にたどり着いた私は軽く額を拭う。毎回の如く今回も難しい任務だったが、ようやく完遂できそうだ。

 

「ムッ!」

しかし目標の部屋に侵入しようとした瞬間、行く手をカギに遮られた。

 

最近目標は戸締りに特に気を使うようになった、と風の噂と言うか鈴から聞いたのを思い出す。おそらくは鈴が幼馴染とやらの気軽さから、部屋に図々しく入り浸っているから目標が警戒したのだろう。全くとんだ酢豚である。

 

しかし私はラウラ・ボーデヴィッヒ。こんな障害などには負けない。

私は密かに忍ばせていたものを取り出すと、それをドアのカギ穴に差し込んだ。所謂ピッキングツールという代物だ。バイオの影響でピッキングに興味を持ったわけであるが、人生何が役立つことになるか分からないものだ。「何事も興味を持つことが大切だよ」シャルロットはよくそう言ってくれるが、本当にその通りだと思う。

 

数分の格闘の末、ようやく最後の障害を除いた私は目標の部屋に侵入する。

そのまま足音を忍ばせ目標に到達する。ペンライトを照らすと、シャルロットより僅かに大きな寝息を発する目標を上から見下ろした。

 

うむ。やはり嫁の寝顔は何度見てもよいものだ。

私はもう辛抱堪らなくなり、着ていた服を脱ぎ捨てると嫁のベッドに潜り込んだ。此度の任務もまた困難なミッションだった。暫しその勝利の余韻に浸っていたい……のだが、嫁の体温とベッドの中の温もりに直ぐに睡魔が襲ってくる。

 

嫁とベッドを共にすると、どうしてこうも眠たくなるのだろう。もっとその温もりを堪能したいと思っても、毎回すぐに耐えきれない睡魔が襲ってくるのだ。全く持って謎である。でもその謎はとっても心地よいものなのだ。だから力を振り絞って嫁にしがみ付く。

 

「おやしゅみ……」

ムニャムニャと何か寝言らしきものを呟く一夏に、私も舌足らずとなった挨拶を返し、そっと意識を手放した。

 

 

 

 

「ラウラ!俺のベッドに勝手に入ってくるなって言ってるだろ!」

「だって夫婦だから」

 

翌朝、目を覚ました一夏に毎度の言葉をかけられる。

しかし私はそれにも決められている言葉を返す。

 

後悔はない。例え一夏に注意されようが、シャルロットに説教されようが、皆に怒られようが、教官に罰を与えられようが、私は屈しない。この任務にはそれだけの犠牲を払うだけの価値があるのだ。

 

一夏は私の嫁。

そして私はラウラ・ボーデヴィッヒであるからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

※ のほほ~んスロット!

 

 

 

「のほほんさんって、昔からのほほんさんだったの?」

「ん~?」

 

いつも通りの授業が終わった放課後、俺は明日の生徒会で使う資料の用意をしていたのほほんさんに、特に深い意味もなく問いかけた。

 

「どうしたのおりむー」

「いや何となく気になって」

「私は昔から私だよー」

「うーん。そうじゃなくて、何と言うか……」

「ん~?」

 

口元に手をやって考える素振りを見せるのほほんさん。

やはり仕草一つ見てものほほ~んな感じがする。

 

「その……癒し系というかほんわかしているっていうか」

「あ~なるほどー。性格のこと?」

「うん」

「そうだね~。自分のことだから何だけど昔からこんな感じかな?」

「ふーん」

 

やはりのほほんさんは昔からのほほんさんだったのか。正にのほほんな人だな。

俺は一人納得して頷く。

 

「でもねおりむー。私には一つ特技があるんだよ」

「へぇー。何それ?」

「その名も『のほほ~んスロット!』」

「ん?それって今は懐かしぷよぷよ……?」

「まぁまぁ。そういうことはいいから。とにかく知りたいでしょ~?」

「そうだね。どんな特技なの?」

「そのスロットの目に応じて様々な『わたし』を演じられるのだ」

「なにそれ?」

「物は試し。やってみよー」

 

するとのほほさんは右手を前に差し出したポーズのまま固まった。

 

「のほほんさん?」

「この右手がレバー代わり。じゃあおりむー、上下に押しちゃってくれる?」

「ハイハイ」

 

子供っぽいことするなぁ、と俺は小さく笑いがこぼれる。

こういう所が彼女らしいけど。

 

「うぃーん。がっしゃーん!」

俺がのほほんさんの右手を下に引くと、そんな機械音を真似てのほほんさんが動き出した。

 

「ピッ、ピッ、ピ。ちゃらららっちゃらーん」

「くく……どうなったの?」

 

彼女のおかしな様子に笑いをかみ殺した俺が尋ねる。

 

「『本心のわたし』の目が揃いましたー」

「つまり本音が本音を言うわけですね。分かります」

「くっだらねぇこと言ってんじゃないわよ。鈍感野郎」

「えっ?」

 

いきなりの驚きの発言に思わず目の前の少女をあ然と見つめる。

い、今のは一体……。

 

「の、のほほんさん?」

「時折忘れた頃に笑えねぇジョーク挟んできやがってさ。それを聞くほうの身になれっての」

「あの……」

「ウケてるとでも思ってんの?おめでたいわね!クラスの皆笑ったフリしてあげてるのよ!たった一人の男子生徒に気を使ってあげてさぁ」

「そ、そ、そんな!」

「大体なんなのよアンタ。鈍感にも程があるでしょ?過ぎた鈍さは人を傷つけること分かってんの?」

 

のほほんさんの豹変は俺の理解の範疇を容易に飛び越えてしまう。

どういうことだ?さっきのスロットお遊びで悪魔でも降臨させてしまったというのか?

 

それよりも、彼女の口からこういうのを聞くのはとにかく……キツイです。

 

「女の子が必死で想いを伝えているっていうのに、気付きもしないってのは最低だと思わないの?」

「お、俺は別に、あの」

「セッシーや二組の酢豚さんなんかは本人もアホだからどーでもいいけどさ。流石に他の女の子の精一杯

の告白を『鈍感』の言葉だけで無碍にするのは人として終わってるわ」

「そ、そんなこと」

「ないって?ウソつけ。大体ちょっと前にクラスの皆で話してたよね。去年のバレンタインのこと。なーにが『親切な子が多くて親が居ない俺に同情の義理チョコをたくさんくれたんだー』だよ!ふざけんなっての!女の立場から言わせて貰えば、そんな誰もが博愛精神に優れちゃいないっての!本気なのか照れなのか分からないけど、どっちにしろホントおめでたい人だね!」

「お、おれは……」

 

彼女の容赦のない口撃に俺は俯くしかなかった。

頼みますからもう勘弁して下さい……。

 

「尻お嬢や酢豚魔人はどーでもいいけど、かんちゃんまで弄び酷く傷つけようものなら、マジでそのフニャチンと種無し玉袋を切り取って……」

「うわぁぁぁぁぁ!『のほほ~んスロット!』」

 

耐え切れなくなった俺は、彼女の右手を引っ張って『のほほ~んスロット!』を強制始動させた。

 

「ピッ、ピッ、ピ。ちゃらららら~らら~」

「の、のほほん様?」

「『普段のわたし』の目が揃ったよ~。おりむー」

 

俺は安堵のあまりその場に崩れ落ちる。

どうやら助かった。もう少しで精神ポイントがゼロになるとこだった。ダメージは大きいけど。

 

「どう?おりむー。中々の特技でしょー?」

「……のほほんさん」

「なにー?」

「今後俺の前で『のほほ~んスロット』は絶対禁止でお願いします……」

 

 

 

のほほ~んスロット!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




のほほんさんは天使です(断言)


暗黒酢豚どないしよ……。




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織斑一夏と少女たちの何気ない日々 3

女性は察しの悪い男がワーストに嫌いだと聞きます(ただしイケメンは除く)
けど男からすれば「そんなの気付けっていう方が無理だろ!」っていうのも結構多い気がします……。





※あなたのお名前

 

 

「じゃあこの用紙をデュノアに渡しておいてくれ」

「分かりました」

「それと出来るだけ早く提出するようにも伝えてくれ」

「はい」

 

昼休み。職員室で俺は千冬姉からプリントを受け取ると軽く頭を下げた。

学校では教師と生徒。その関係も板についてきたもんだなぁ。

 

「じゃあ失礼します」

「織斑」

「はい?」

「デュノアはどうだ?皆と上手くやっているのか?」

「え?……ああ、はい。問題ないですよ。彼女優しくていい子ですし」

「そうか。まぁお前も知っての通り複雑な事情を持っている奴だ。気に掛けてやれ」

「分かってるよ千冬ね……スイマセン。分かりました先生」

「全くお前は……ハァ。もういい行け」

「は、はい」

「ちゃんとデュノアに渡しておけよ」

「はい。失礼します」

 

職員室を出て額を拭う。

やっぱ油断するとどうも地の調子が出てしまうな。もっと用心しないと。

 

 

そう反省しながら教室へと戻った。

 

 

 

 

何時もどおりの喧噪が支配する教室につくと、シャルの居場所を探す。

いた。自席の近く、箒にセシリアにラウラ。お馴染みのメンバーも一緒だ。プリントを片手にそこに向かう。

 

「あ、一夏」

「デュノア。これ先生から」

 

俺に気付き軽く手を振ってきたシャルに、千冬姉から頼まれたプリントを差し出した。

 

「必要事項を書いて近日中に出してくれってさ。……ん?」

しかし俺の話など聞こえてないかのようにシャルが唖然とこっちを見ている。良く見れば他の皆も。

 

「い、いちか。今なんて」

「だから織斑先生からだって」

「そうじゃなくて。今ボクを」

「ん?どうしたんだデュノア?」

「うっ……」

 

シャルは差し出したプリントを受け取ろうともせず、ただ縋るように俺を見ている。

 

「あの、ボク何か一夏を怒らせることしちゃったかな?」

「へっ?」

「だとしたらごめんなさい!謝るから許して!」

「ちょ、待てよ!どうしたんだよ?」

 

急に涙声になるシャルに俺のほうがテンパった。

意味分からない。一体どうしたんだ?

 

「一夏さん。何があったかは存じませんがシャルロットさんが可哀想ですわ」

「見損なったぞ一夏!陰険な奴め!男らしくない!」

「それでは私の嫁失格だぞ!」

「えー?」

 

意味分からない。何で急に俺が責められる流れになってんの?俺何もしてないのに!

 

「一夏ごめんなさい。ボク本当に何をしたか分からないんだ。でも謝るから許して……」

「落ち着けよシャル!俺は……」

「え?今なんて……」

「シャル?」

「良かったぁ。許してくれたんだ……」

 

シャルが笑って目元を拭う。皆も安心したように頷いている。

俺一人だけが意味が分からずクエスチョンマーク沢山を漂わせていた。

 

 

 

 

「なんだ。そうだったんだ」

シャルが安心したように息をつく。

 

「悪い。さっきまで千冬姉と少し話していたからさ。つられてその呼び方になってたみたいだ」

「もう……驚いたんだからね。いきなりそう呼ぶからさ」

「良かったですわ。何事も無くて」

「人騒がせな奴だ。全く」

「それでこそ私の嫁だ」

 

嫁関係ないぞラウラ。

まぁ良く分からんが皆も安心というか納得してくれたようだ。だけどなぁ……。

 

「でもね一夏、もうさっきみたいに呼んだりしないでね」

「あのさぁ別に間違ってなくね?」

 

段々納得いかない思いが出てきて俺は問う。

はっきり言って俺が責められる筋合いは微塵も無かった気がしてきた。

 

「シャルの姓は間違いなくデュノアだろ?」

「そ、そうだけど」

「なら別にいいじゃん。あだ名でもなく本名なんだしさ」

「えっと、そういうことじゃなくて……」

「という訳で俺が文句を言われる所以はない」

「あの~一夏さん?シャルロットさんが言いたいのは多分……」

「何?オルコット」

 

少し意固地になった俺がそう返すとセシリアが目を丸くした。

 

「おい一夏」

「なんだよ篠ノ之」

「よ、嫁」

「ボーデヴィッヒ」

 

うーん。結構新鮮かもこの呼び方。少し楽しくなってきた。

 

「なぁ。今度から暫く皆苗字呼びにしない?俺のことも織斑でいい……」

『ダメ!』

「はい。分かりました」

 

皆の鬼気迫る顔に無条件に俺は降伏した。

 

 

 

やっぱ女のコって分からない。

そんなことを思ったとある昼下がりの一幕。

 

 

 

 

 

 

 

 

※君に届かない

 

 

「長年日本に住んでいた身として言わせてもらえば、日本人は物事を間接的に伝える節があるわね」

「はぁ?」

 

学生憩いの日である日曜日。朝っぱらから出来立て酢豚を片手に俺の部屋に遊びに来た鈴であったが、思えば最初から様子がおかしかった。何故か余所行きの格好をしていて、おめかしまでしているようにも見えた。更には落ち着きがないようにソワソワしていた。そして毎度の如く俺に手作り酢豚を差し出してくれた後、不意にそんな脈拍もないことを言い出したのだ。

 

「ムグムグ……なんだよいきなり」

「一夏。今食べている酢豚を見てみなさい。こいつをどう思う?」

「すごく……酢豚です」

「そう酢豚。我が中国におけるソウルフード。毎度の食卓になくてはならぬもの」

「さすがに毎度の酢豚は問題じゃないのか?コレステロールやばそうだぞ」

「つまり中国にとっての酢豚は日本における味噌汁と同じようなものなのよ」

 

なにがつまりで、更にどう味噌汁と繋がるんだよ。

俺は酢豚な幼馴染を怪訝な顔で見たが、まぁコイツはこういう奴なんだと一人納得することにした。

 

「一夏聞いてる?酢豚は味噌汁なの。日本人にとっての味噌汁は毎度の食卓に必須のソウルフードでしょ?そして毎日心を込めて作られるもの、つまりは……あたしが何を言いたいか分かる?」

「分かるわけない」

「ええい、このニブチンめが」

「最近は皆に散々言われているせいで悲しいかなその自覚が少し出てきたけど、今回に関してはお前が訳分からないだけだと思う」

 

鈴とは付き合いが長いがたまにこんな風に理解が及ばない言動をする。

たまに脳までSUBUTAになってしまったのではないかと危惧してしまう程に。

 

「だからあたしの酢豚は所謂日本人にとっての味噌汁と同じだって言ってんの!」

「主に肉料理のおかずとして用いられる酢豚を汁物と同一にするのは納得できない」

「もう!比喩に決まってんでしょーが」

「鈴。悪いが俺も料理を嗜む者としてそこは譲れない。酢豚と味噌汁は根本的に違うものだ」

「そんな当たり前のことをマジ顔で反論すんなー!そんなん分かってんだよー!うがー!」

「何で切れるんだよ……」

「このニブチン!明治の文豪漱石先生も言ってるでしょ!『月が綺麗ですね』とかけてその心は?」

「はぁ?」

 

本当に鈴のやつどうしたんだろう?

今日は更に磨きがかかっておかしいぞ。

 

「鈴お前ホント大丈夫か?悩みがあるなら相談に乗るぞ?」

「あたしが悩んでいるのは目の前の男の鈍感具合にだっての!」

「だから何だってんだよ」

「日本人は『月が綺麗ですね』とかけて『アイラブユー』と表現してきた、奥ゆかしさとややこしさの心があるじゃないの!アンダスタン?」

 

もうホント何言ってんだよ鈴……。

俺は目の前の小柄な幼馴染が遠くなる感覚に襲われた。とうとう常人とは違うSUBUTAワールドに逝っちゃったのか。

 

「なぁ鈴。悩みがあるなら何でも聞くし、俺に言いにくいことならセシリア達も呼ぶぞ?」

「なんでよー!」

 

興奮する鈴を前に俺は悲しそうに首を振った。

どうやったら『月が綺麗』が『アイラブユー』になるというんだ。意味わかんねー。

 

「鈴。もういい今日は少し休め。きっと疲れてるんだよ」

「あ~。某西宮さんもきっとあの時こういう思いだったのかな……」

「何?」

「うきぃ!」

「はい?何の真似だ?」

「何でもねーよニブチンめ。一度昔の文学作品やら読んで、女心や間接的なプロボーズのやり方諸々勉強してこいっての。チクショー」

 

意味不明なことを言ってやさぐれる幼馴染。

うーん。鈴も最近は昔と違って単純な男友達のノリとは変わってきたな。少しさみしい。

 

「あーあ。君に届け……か」

「なんだって?」

「ただし難聴・鈍感相手には別ってことか。はぁ~」

「おい鈴」

「なんでもないわよニブチン」

 

鈴は俺をジト目で見てきながらため息を吐くと、自分の分の酢豚を食べ始めた。

俺はやっぱりその理由が分からず首を傾げつつ酢豚を食べる作業に戻る。うん、どうあれやっぱり鈴の酢豚は美味しいな。飽きの来ない味で、けど何処か懐かしくも思える味だ。

 

これからもずっと食べていきたい、そんな安心する酢豚。

ヤケ食いのように酢豚をかっ喰らう鈴を見ながら、俺は平和な日々を願い小さく微笑んだのであった。

 

 

 

 

 

「なぁ鈴。これからもずっと俺に酢豚を作ってくれよな」

「ブホッ!」

 

鈴がむせたように酢豚を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




          募集案件
    
コンバット社

急募『酢豚を毎日作ってくれる女性を募集しています!頼んますよホント!どなたでも一度面接に!』  

応募数 永遠の0


一夏社

期間限定『美味しい酢豚を作ってくれる方がいたらうれしいです。無理にとは言いませんが』

応募数 あまりの応募多数によりこの案件は即刻終了いたしました


……ちきしょう。




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織斑一夏と少女たちの何気ない日々 4

リハビリ的に





※ 正しい娘(ヒロイン)の育てかた

 

 

「一夏あれは一体何だ?」

「ああ。あれはー」

 

俺の隣に座ってテレビを見ていたラウラが画面を指差しながら聞いてくる。ラウラは最近自身が疑問に思ったことをよく尋ねてくるようになった。スポーツ、芸能、流行エトセトラ。でもそれは良いことだと思う。そうやって多方面に興味を持つことで皆成長していくのだから……。

 

俺はラウラの健やかな成長を願う。

ラウラ。たくさん興味を持ってたくさん知っていくんだぞ。俺に出来ることなら何でも教えてやるから。

 

「ところで一夏。今日の合同授業で他クラスの生徒とも積極的に話をしてみたのだが」

「そうか。偉いぞラウラ」

「その中で一つ気になる話題が出たんだが、それが私にはよく分からなくてな」

「そうなのか。ま、とりあえず俺に聞いてくれ。俺で分かることなら何でも答えるからさ」

 

俺は任せろという風に自分の胸を叩く。

ラウラはそんな俺に笑みを返してくると、その笑顔のまま口を開いた。

 

「SEXについてなんだが……」

 

 

俺は早くも来るべき時が来てしまったと思った。

 

 

 

 

「そう……。とうとうラウラもそれに興味を……」

「ああ。ついにその瞬間が来てしまった」

 

俺はラウラを帰らせた後、速攻でシャルを呼び出してこの問題を話し合っていた。

 

「ボクがいない時に限ってそんな話題に触れてしまうなんて」

「なぁシャル。どうすればいいかな?」

「難しいよね……。勿論ラウラだって最低限の知識はあるだろうけど、それが逆に仇になったのかも。生半可な知識しかない子が性のガールズトークを聞くのは本当にキツイから」

「えっ?そんなスゴイの?」

「うん。半端ない」

 

……ちょっと聞いてみたい気がする。

 

「ラウラにとっては今までの世界が崩れてしまう程だったかもしれないね」

「そんなにかよ。女子って普段俺が居ないときに何話してんの?」

「それは置いといて。とにかく難しいよね、これはデリケートな問題だし」

「そうだよなー」

「一歩間違えればラウラの成長過程に多大な影響を及ぼすかも。軽はずみなことは言えないよ」

「うーん」

 

俺とシャルは互いにこのことで頭を悩ませた。僭越ながらラウラの保護者的なものを自称する俺たちにとって、この性の問題は避けては通れない重大なものだから。

でも、だからこそ俺たちが……俺が何とかしなければならない。

 

「分かった。わざわざ部屋まで来てもらって悪かったなシャル。後は俺に任せてくれ」

「大丈夫?」

「ああ。大丈夫!俺が必ずやって見せるから」

「ふふ。そうだね、一夏なら大丈夫だよね。じゃあラウラをお願い」

 

シャルの大きな信頼を胸に俺は決心を新たにする。

必ずラウラを清く正しく導いてみせると。

 

「それにしても何かあれだな」

「あれって?」

「今の俺らって自分の娘を心配する親みたいじゃね?」

「お、お、親?ボ、ボクと一夏が……親……かぁ」

 

なぜか急にシャルがぽーと呆けたようになる。それを不思議に思いながらも、俺はラウラへの説明の『準備』のために電話を取った。

 

 

 

 

「よおラウラいらっしゃい」

「うむ。それで一夏、今日はどうしたんだ?」

 

翌日。俺はラウラを部屋に呼び出していた。

 

「昨日のラウラの疑問に答えようと思ってな」

「SEXか?教えてくれる気になったのか?SEXの本質、セックスの意義、せっくすの技を」

 

そんな女の子がSEXセックス連発するんじゃありません。

男はその言葉だけで色々辛抱堪らなくなるんです。

 

「……その答えがここにある」

俺は昨日の『準備』の結果であるブツを彼女に差し出す。

 

「これは……本か?」

「ああ。本だ。これにラウラの疑問の回答がすべて載ってある」

「そうか。私としては一夏に直接教えて欲しかったのだが」

「あの、そーゆーこと軽く言うの止めてマジで」

 

俺は少し前かがみになりながら言葉を返す。

 

「と、とにかくだ!まずはこれを読んで勉強してみてくれ」

「……まぁ分かった。でもな一夏、この表紙は何か……」

「ラウラ俺を信じてくれ。これは俺の親友の選りすぐりのベスト・セレクションなんだ。ラウラの為に無理言って準備してもらった人生の教科書なんだ」

「そうか。ありがとう一夏。ならさっそく部屋でこれを読んで勉強してみる」

「ああ。じゃあなラウラ。頑張れよ」

 

 

 

「ふぅー」

ラウラが出て行った後、俺は僅かな達成感と共に額の汗をぬぐった。

 

性を学ぶにはその媒体に触れるのが一番だ。本、DVD、動画……昨今その情報は嫌になるくらい溢れている。男は誰しもそれでエロを知り知識を蓄えていくのだから。その中でもやはり入門編としては本がオススメだろう。俺と違いラウラは勉学も得意としてるし、それで学ぶことは問題ないはずだ。

 

だからラウラにもこれが正解に違いない。

 

ありがとな弾……。

俺は急にも関わらずあれだけのお宝を用意してくれた、どうしようもないエロ猿兼親友に心で礼を述べる。あれはきっとラウラを正しく導く為の道標になるはずだ。

 

そして俺は『娘』の健やかな成長を願い、そっと一人微笑んだのだった。

 

 

 

その晩、ラウラに渡した人生の教科書を片手に、かつてないほど怒りまくったシャルが部屋に乗り込んで来て、強烈なビンタをかまされた。

 

「ラウラが変な子に育ったらどうするの!」

 

正座されられ、その上からマシンガンのように繰り出されるシャルの非難と説教を聞きながら、俺は娘の育て方の難しさをひしひしと感じたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

※ あさきゆめみし君と

 

 

「待たせたな」

「いや。じゃあ行くか」

 

待ちあわせ場所で既に私を待っていた一夏がそう言って、壁に預けていた身体を起こす。

そのまま二人で歩き出した。

 

 

「もう春も終わりになってきたな」

「そうだなー。もう日中は制服着てて暑い時あるくらいだし」

「だからといって着崩しただらしない格好はするなよ」

「女子はいいよな。制服自由勝手にカスタマイズ出来るんだから。それで季節にも応用できるし」

「そうは言っても実際それをやっているのは鈴にセシリアにラウラ……専用機持ちばかりだぞ。一般生徒は皆ほとんどノーマルタイプだ」

「それもそうか」

 

隣の一夏は気だるげにそう言うと、頭の後ろに手を組んでつまらなそうに歩く。

 

「箒は春休みも帰らなかったし、実家は久しぶりなんだろ?どうだった?」

「まぁ……特に何も。用事といってもそう大事なものでもなかったしな」

「ふーん」

「一夏の方はどうなんだ?お前も実家は久しぶりだったんだろ?」

「別に俺の家は誰かが待ってるわけじゃないし。久しぶりに掃除しに帰っただけだから」

 

悲観的にでももなく、あくまで自然な感じで言う一夏に少し安心した。私も人より波乱万丈な家庭環境を送っていると自負しているが、一夏もまた複雑なものがある。

 

暫し無言で歩く。少し強い風が心地よかった。

 

「ふぁーあ。春って何でこんな眠くなんのかなぁ」

「もっとちゃんとしろ一夏。みっともない歩き方するな」

「うるさいなー。千冬姉みたいなこと言うなよ。休みの日くらいいいだろ、学園の外なんだし」

「そういう気の緩みが常日頃の行動に現れてしまうものなんだ。休みの日こそ己を律してだな……」

「あーうっさい」

 

一夏はうんざりしたように言うと早足で歩いていく。

 

「一夏!」

「休みの日くらい喧しく言うのはやめてくれ」

 

前からそう返してくる一夏に、私は小さくため息を吐くとその背を追った。

 

再度無言になって並木道を歩く。しかしついさっきまでの沈黙とは違う心地悪さの残る類のものだ。

一夏の言うとおり喧しく言い過ぎたかと思うが、どうしても一言素直に謝ることが出来ない。偶然が重なって実現した一夏との帰郷。せっかくの二人だけの時間だというのに。

 

会話もなくその間を埋めるように周りを見渡しながら歩く。

桜がつらなる並木道。春を告げる桜の短く儚い役目を終えた花びらが地に降り積もっている。短い春の終わりを感じさせる光景。

 

それを寂しいと思う人も多いだろうが、私はその光景が嫌いではなかった。

子供のころはこの桜の花びらの上を、この時期しか見れない桜の絨毯の上を歩くのが好きだった。

 

そういえば小さい頃はこの道を一夏と二人で……。

顔を上げてこれが最後だというように花を散らしている桜を見上げた。不意に私の中である男の子と女の子の姿が浮かんできた。胴着を身に着け小さな竹刀を担いでこの道を歩く幼い子供。昔の私と一夏。

 

ずっと一緒にいられると思っていた。毎年この道を二人で歩んでいけると思っていた。

そう何の疑いもなく信じていた幼い日々。

 

「箒」

「えっ?」

 

その儚い夢に浸っていたせいか、いつの間にか先を歩いていた一夏が止まって私に向かい合っていた。

 

「な、なんだ?」

一夏はそれに答えず無言で私の方に手を伸ばしてくる。思わず身体が固まった。

 

そんな私の緊張を感じ取ったのか一夏の表情も緩む。そしてそのまま私の頭の上に手をやった。

 

「ほら花びら。髪についてたぞ」

それを私の前でかざす一夏。差し出された桜の花びらを受け取ると、急に訳もなく恥ずかしくなり俯いてしまった。

 

「あ、ああ。その、ありがとう一夏」

「なんかさ、この光景見ると尚更春も終わりかもって思うよな」

「そうだな……」

「でも懐かしいよな。この道」

 

弾かれたように顔を上げ一夏を見る。目を細め周りの桜に目をやっている一夏を見て、不思議と私と同じように一夏も昔を思い出しているのだと確信できた。

 

そのことに胸が温かくなってくる。

思い出を共有している。同じ夢を見ている。それがとても嬉しい。

 

「にしても箒大きくなったよなー」

視線を私に戻した一夏が少し意地悪く笑う。

 

「な、何がだ!」

「あの時はあんなにチビだったのに」

「それはお前もだろ!」

「そっか。それもそうだなー」

「まったくお前は……ふふっ」

「ははっ」

 

そして一夏と顔を見合わせて笑う。

心地悪かった空気が風と共に流れていくのを感じた。

 

「じゃあ行くか」

「ああ」

 

離れていた距離が縮まって並んで歩く。一夏は桜を見上げながら歩いている。会話はなくとも心地悪さは感じない、この雰囲気が心地よい。

 

目の奥にかつての光景が蘇る。

好きな男の子の隣で胸を高鳴らせて歩く女の子の姿。昔の私。

 

あの時願ったような一緒に腕を組んだり、手を繋いで歩く関係には未だなれていないけれど。

あれから離れ離れになって、もう会えないとさえ思ったこともあったけど。

 

それでも今、一夏は私の隣にいる。

 

 

 

風が強く吹く。儚い役目を終えた桜が代わりに地を桜色に敷き詰めていく。

 

来年もまたこの道を二人で。

そう願い私は手の花びらを空に放つ。

 

風に運ばれて桜の花びらが空に舞い上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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織斑一夏と少女たちの何気ない日々 5

黒酢酢豚……やはりSUBUTAの可能性は無限です。



それとあとがきでお知らせがあります。






※インフィニット・ヨシザウルス

 

 

 

眠れない……。ラウラは何度目かの寝返りをうつと諦めたように目を開けた。最近は寝つきが良かったはずなのに今日に限って目がさえてなかなか寝付けない。

 

「うーむ」

愛しの嫁の下に行けばすぐ寝付ける自信はあるのだか。一夏に寄り添って眠るあの温もりと安心感は格別なのだ。しかしそれをすると今隣で静かな寝息を立てている親友に翌朝確実に怒られてしまう。それは避けたい。

 

「はぁ……」

どうしようか。明日は一限目からテストがある。その為にも睡眠は必要なのに。

 

そこでラウラは不意に思い出した。一夏が以前言っていた言葉を。

 

「なに?眠れない時はどうするって?ラウラそれは無理に寝ようとするからだよ。逆に考えるんだ、夜な夜な羊でも数えてればいいさ、そう考えるんだ」

 

さすが私の嫁だ。ラウラは一人頷くとそれを実行することにする。そして目を閉じた。どれだけ数えれることが出来るか少し楽しみだ。ではやってみよう。

 

羊が一匹。

羊が二匹。

ヨッシーが三匹。

 

ん?そこでラウラは目を開ける。

なぜそこでヨッシーが出てくるんだ。

 

ラウラは頭を振ってあの大食い可愛いアホ面を振り払うと、もう一度最初からカウントし始める。

 

羊が一匹。

ヨッシーが二匹。

ヨッシーが三匹。

 

……なぜか羊がヨッシーに置き換わってしまう。

終いには「ヨッシー」というあの声まで頭に響くようになってきた。なんだこれは?

 

寝る前にシャルロットの注意も聞かず『ヨッシーのウールワールド』をやり過ぎたのが問題だったのか。そうこうする内にも彼女の中でヨッシーが増幅していく。

 

『ヨッシー』

『ヨッシー!』

『ヨッスィー!!』

 

「うう……」

まるで悪夢にうなされる様にラウラは呻いた。頭の中には無限マリオのようにヨッシーが1UPしていく。止められない止まらない。

 

「もう……ダメだ!」

ラウラは終に叫ぶと布団を蹴っ飛ばして起き上がった。こんな状態で眠れるわけがない。

 

このヨッシー地獄を鎮める方法は一つしかない。

ラウラはベットから降りるとふらふら~とそこへ向かった。

 

 

 

 

「ん……?」

眠っていたシャルロットは点滅する光に不意に目を覚ます。そして驚愕した。

 

「ラウラ何やってるの!こんな時間に」

暗い部屋の中、親友が夜中にテレビゲームをしている。保護者を自称する彼女の怒りは当然であった。

 

「ラウラ!ゲームは一日一時間だって約束したでしょ!」

「シャルロット……」

「ラウラ?」

 

そこでシャルロットは気づく。親友の異変に。

 

「消えてくれないんだ……」

「ラ、ラウラ。どうしたの?」

「ヨッシーの幻影が私の中から。……ああ、ヨッシー、赤ヨッシー、青ヨッシー、黄ヨッシー……」

「ラウラしっかりして!」

「これを鎮めるためにはこのゲームをクリアして、全てのヨッシーを解き放たねばならないんだ……。シャルロット分かってくれ、これが私の使命なんだ……ヨッシーが一匹、ヨッシーが二匹……」

「ラウラ落ち着いて!そっちの世界に行っちゃだめ!」

 

シャルロットは親友の肩を揺さぶって止める。しかしもはや今のラウラはテレビ画面から目を離すことなく「ヨッシー」「ヨッシー」と呪文のように言い続ける哀れな『ヨッシー症候群』と化していたのであった……。

 

 

 

ヨッシーは時に人を狂わせる。

その可愛さで人の内部からゆっくりと侵食・増殖していくのだ。

 

わたしもヨッシー。

あなたもヨッシー。

 

ヨッシー。

 

 

 

 

 

 

 

 

※男にはそっとしておいて欲しい時がある(切実)

 

 

 

『かんぱーい』

乾杯の音頭が重なり、少女たちの和やかで明るい声が部屋に響く。部屋の主である一夏は微笑みとともにそれを見守った。

 

「一夏君お疲れ様」

「はい。ありがとうございます」

「大活躍だったね」

「いえ楯無さんのフォローのおかげです」

 

いつもは人を喰ったような笑みを作る楯無も、今は本当に楽しそうに笑っている。一夏もそれに呼応するように笑った。

 

毎度おなじみ傍迷惑な亡国の連中による突然の襲撃。

それを誰の被害を出すこともなく撃退できたことが一夏は嬉しかった。

 

「でも一夏さん。本当に素敵でしたわ」

「まぁ私の幼馴染だからな」

「やっぱり一夏は凄いよね」

「さすが私の嫁」

「ヒーローみたいだったよ」

「黒酢酢豚最高」

 

少女たちの喝采に一夏は照れまくる。でも今はそれが恥ずかしくも心地よい。みんなを守れたということが何より誇らしく嬉しかった。

 

「ありがとう。でも勝てたのはみんなの協力があったからだよ。本当にありがとう!」

 

天下のイケメンスマイルで場の少女たちを見渡し感謝を述べる一夏。当然のように当てられた少女たちの瞳にはエロ漫画のごとくハートマークが浮かび上がる。

 

そんないつも通りの風に楽しい宴は過ぎていった。

過ぎていくはずだったのだ。でも現実とは非情なものなのだ……。

 

 

 

 

「わっ?なにこれ……揺れてない?」

「な、なんですのこれは!」

「地震だ!それに結構大きいぞ!頭を低くしてろ!」

 

急な揺れに驚く欧州組に箒が大声で注意した。普段地震にあまり馴染みのない国とは違い、日本は頻繁に起こるゆえにその恐ろしさも知っているからだ。

 

「セシリア!シャル!棚の側から離れろ!」

戸惑ったように動かない二人を一夏が強引に引き寄せて守るように抱きしめた。そのまま被さるように揺れが収まるのを待つ。

 

「ぐっ!」

「一夏!」

 

地震の揺れで棚に置いてあった小物が落ちて一夏の肩に直撃した。痛みに思わず声を出した一夏を心配したシャルロットが身体を上げようとしたが、一夏はそれを許さず力を込めて押さえ込むように抱きしめた。

 

「……みんな大丈夫か?」

恐怖の揺れが収まったのを見て一夏が周りに声をかける。

 

「大丈夫よ一夏君。簪ちゃんも無事」

「私も大丈夫だ一夏」

「あたしも。ラウラも大丈夫」

「そうか」

 

一夏はほっと安堵の息を吐くと腕の中の少女二人を解放する。

 

「ごめんな二人とも。キツく押さえ込んじゃって」

「う、ううん」

「あ、あり、ありがとう、ございます……」

 

非常事態とはいえ想いを寄せる男性からの突然の抱擁にテンパる二人。顔が真っ赤っ赤になっているのは決して押さえ込まれていた故の息苦しさからではないだろう。

 

「あ、一夏!さっき落ちてきた何かにぶつかったんじゃないの?」

「大丈夫だシャル、たいしたことじゃない」

「一夏さん……わたくし達を庇ったせいで……」

「セシリア気にすんなって。本当に大丈夫だから。それより二人にケガがなくて良かった」

 

そうしてまたも至近距離からのイケメンスマイルを放つワン・サマー。セシリア&シャルロットの瞳を見れば「抱いて!ていうか結婚して!子供は男の子と女の子両方ずつがいいな!」というくらいの特大ハートマークに輝いている。

 

他の少女達はそれを見て少しムカっと来たが、彼が身を挺して彼女達を守ったことは分かっているので、何も言わずその様子を見守った。

そんなおとぎ話のナイトのような一夏くん。これで終われば既に限界突破しているであろう少女達の高感度は更に成層圏まで尽きぬけていたかもしれない。しかし現実とは、本当に……。

 

ドサッ。

ほんの微かに感じる余震を感じていた皆の前にそんな音とともに何かが落ちてきた。当然皆の視線がそれに集まる。

 

それは男物の大き目のバッグ。

そして最悪にも落ちた衝撃で止め具が壊れ中身がブチまけられた格好になっていた。その中身とは……。

 

ま、予想通りエロである。エロエロである。

そんな表紙パッケージだけで1・8・禁!と分かるほどのブツが散乱してしまっていた。

 

この場合、何が悪かったのだろう?

エロの隠し場所は全ての全人類の男が一度は悩むであろう問題である。下ではなく上、定番のベッドの死角に隠すのではなく棚の最上段に隠した一夏が悪かったのか。それとも気まぐれな地震を引き起こした地球が悪かったのか。それは誰にも分からない。

 

しかし場の空気というものがある。

今の今まで「抱いて!」というくらいのイケメン行動していた人の前にこーゆーのが降りかかって、一体どーしろというのか。いつもみたいに責める事も出来やしない。

 

ホント、こーゆーのってないよ……。

 

皆がどーにもしようがなく固まること13秒。

ナイト一夏はゆっくり立ち上がると全く慌てる様子もなく静かに戸口に向かった。ドアを開ける際にそっと顔を上げ天を仰ぐ。しかしそれも一瞬のこと、そのまま静かに自然に部屋を出て行った。

 

部屋に残った少女達はただそれを黙って見送ることしか出来なかった……。

 

 

 

 

「一夏ー!いい加減出て来い!誰も怒ってないから!」

「一夏さーん!お願いですから出ていらして!」

 

一時間後。一夏は遠くから聞こえる少女達の声に耳を塞ぎながら校庭の暗がりに蹲っていた。

 

「一夏どこなの?出てきて!ボクはちっとも気にしてないよ!」

「私ならどんなプレイでも大丈夫だぞ!」

 

一夏は頭を抱える。その優しさが時に男の骨身に痛く染みるんです。

 

「一夏……!お願いだから出てきて……!」

「おねーさんはどんな性癖だって受け入れてあげるから!」

 

一夏は顔を覆う。もうやめて……。

 

「エロ本くらいなんなのよー!あたしはそんなの気にしないわよ!エロ夏だっていいじゃん!」

 

エロエロうるせぇ!一夏は酢豚っ子のエロ宣伝に声なき咆哮を上げた。

 

 

こんだけ騒ぎにしていれば、もはや学園のみんなに知れ渡るのは時間の問題である。最終的に今隠れているこの場所も騒ぎにブチ切れた姉の鬼教師に引きずり出されるであろう。それは神の摂理というべき定められた事柄だ。

 

でも、なんで。なんで……。

 

「なんでほっといてくれないんだよおぉぉぉ!」

 

男には独りにして欲しいとき、触らないでそっとしておいて欲しいことがある。

どうにも分かり合えぬ男と女の無常をひしひし感じながら、一夏は満月に向かって吼えるしかなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

※うん。やっぱりお前が全部悪い

 

 

 

「気持ちいい風だな」

「そうね」

 

暖かな春の息吹を感じながら鈴は隣の一夏と笑いあう。

季節は四月。全ての始まりの月。側の川原に芽吹こうとしている草木の姿が心を和ませる。

 

「振り返ってみれば何かあっという間だったよなー。この1年」

「そう?」

「ああ。立て続けに色んなことが起こったよな。本当に……」

 

そう。色々なことが起こった。

一夏に会うことを夢見て日本に戻ってきたこと。目の前の相変わらずの朴念仁が引き起こすあれこれ。次から次へと途切れることなく現れる友達兼恋のライバル。

 

本当に色々ありやがったなぁ……。

 

「どうした鈴。出来の悪い酢豚を食べたような顔して」

「なんでもないわよコンチクショウ」

 

コイツ人の気も知らないで。

悪気なきその顔に中国拳法を叩き込んでやりたくなる。

 

しかし我等が一夏はそんな少女の心などどこ吹く風でのんびり歩き続ける。

 

 

「こうして二人でここ歩くのも久しぶりだな」

「中学のときはよくここ通っていたけどね」

「だな。弾と三人で、時々数馬も入れてよく」

「そうね。あの時はずっとこんな時間が続くと思ってたなぁ」

 

一夏とずっと二人で。そう単純に思っていた。願っていた。

国に帰ることに、別れることになるなんて知らずに。

 

「でも鈴は今ここにいる。それでいいだろ?」

 

悲しい思い出を打ち消すような一夏の言葉に鈴は顔を上げる。一夏は自身の言葉を気にするようでもなく変わらず歩いている。

それが嬉しく、ちょっと悔しかった。

 

「お、鈴ちょっと」

不意に一夏に土手の一角へと手を引かれる。そこには小さな花がその身を咲かそうとしていた。

 

「かわいいな。これ何て花だっけ?」

「さぁ?あたしもそう詳しいわけじゃないし」

 

屈んで面白そうに花を見つめる一夏。その横顔を鈴は見つめる。

 

「ガキの頃はさ、こういう花とか植物とか簡単に探せたんだけどな」

「まぁね」

「年とるとそういうのが難しくなるよなー」

「おっさんかアンタは」

 

昔みたいに笑う。この空気が心地よい。

 

「シャルなら分かるかもなー。花とか詳しそうだし」

なのに。この男は言わないでいい余計なことを言いやがる。

 

せっかく幸せな空気に浸っていたのに。

こっちの気も知らず自然にライバルの名を出す朴念仁。むかつく。

 

「ラウラに持っていってあげようかな。でも枯れちまうか」

いい加減にしろこの野郎。

 

鈴はだんだんイライラしてきた。本当にコッチの気も知らないで。

自分を差し置いて別の女の名を出すこと、女の子と二人きりという状況にも全く『その気』を見せない態度。変わらぬトーヘンボク。

 

そして無邪気に楽しそうに花を見ている様子。最近背が伸びて少し大人っぽくなった横顔。ドキドキヤキモキさせられるその行動。

もう、全てに腹が立つ。

 

だから、不意にキスしてやった。

 

唇の一瞬の会合の後、すぐに顔を離す。至近距離で見つめ合う一夏は何が起こったのか分からない、という風に呆けていた。そんな顔もやっぱりむかついた。

 

「おま、お前!急に何するんだよ!」

一夏が口を手で押さえ慌てて離れる。

 

本当にあたしは何やってんでしょうか?

鈴は己に問いかける。これも全部春の妖精のせい、ということに出来ないかな?

 

「おい鈴!」

しかし一夏の怒ったような声に再度腹が立ってきた。

 

不意打ちとはいえ、こんな可愛い子にキスされといて怒ることないんじゃないの?

つーか口元を手で押さえんなよ。失礼だろチキショー。

こっちはファーストキスだってのに。

 

ん?

そこで鈴は気付く、というか思い出す。目の前のコイツはファーストキッスじゃないじゃん!

 

頼みもしないのに、目の奥に自分と同じ小柄な少女とキスを交わす朴念仁の姿が浮かんでくる。

ああもう!やっぱり超むかつく!

 

だからその顔を引き寄せてもう一度キスしてやった。

今度は長く。息の続く限り。

 

初めは固まってた一夏も10秒を数える頃には手足をバタつかせて離れようとしてきた。でも逃がさない。首に手を回し押さえ込むようにして唇を押し付ける。

 

20。

30。

40秒。

 

「ぷはっ!」

鈴はようやく塞いでいた唇を開放すると大きく息を吸った。緊張からかすごく息苦しい。

 

見れば一夏も胸に手をやって大きく息を吸っている。

うん。そんな似た者同士なところもやっぱりむかつく。

 

「り、鈴!おま、お前って奴は!い、いきなり何を……!」

 

顔を真っ赤にして抗議しようとする一夏。

鈴はそれを遮る様に力強く返した。

 

「アンタが悪い!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




久しぶりのスブタ作品。やはり疲れた身にはアホ話のほうが良いということを実感しました。


それでお知らせですが、最近の多忙や書く余裕の減少なんかがありまして、P.I.Tの中の続けることが難しいシリーズなんかは削除していく方針です。と言ってもそんなに多くはないですが。
いっそのことこのスブタ作品自体削除してヨッシー1本に集中しようかと思いましたが、今回久しぶりに書いてみてやはり楽しかったこと、後の自分の黒歴史をニヤニヤ眺めるためにも作品自体は残そうと思います。
ただ作品内の旧暗黒酢豚や上下編等になっているやつで続けられそうにないのは、24日をメドに削除するつもりです。24日に深い意味はありません。ありませんよちくしょー。

もし続きを待っている方がおりましたら本当に申し訳ありませんでした。

あと連載中の「Killer Queen」に関しては書いていて一番楽しいのですが、如何せん書き始めるまでの気力が沸かない、それよりヨッシーに癒しを求めたくなる、というジレンマに陥っている状況です。疲れた身体にダークは厳しい。
これもいっそ消して逃亡しようかとも思いましたが、やはり書き始めたら一番楽しい、一応結末まで考えている、ということで残します。ただ一作品で連載というのは「書かなきゃ」と自身にプレッシャー的なものがかかるので、P.I.Tの新たな暗黒酢豚の方に組み込ませて貰い、楽に書いてくつもりです。

全部こっちの都合だけで申し訳ありません。
見捨てられてもしょうがないものですが、これからも出来ればダンゴ虫のようにひっそり更新していくつもりですので、ヒマな時は見てバカにして頂けたら幸いであります。



12月24日 聖夜のメリー来痢酢魔酢
削除ならびにKiller Queen引越し終了



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織斑一夏の腐女子

ヤツらが……やって来る……!





「なぁ鈴。女ってどうしてあり得ない想像すんの?」

「ん?」

 

とある午後。俺は久しぶりに鈴の部屋に遊びに来ていた。

そして一通りの無駄話の後、思い切って最近気になっていたことを相談することにする。

 

「どしたん?急に」

「この前の休みにさ。弾と遊んでいるところに偶然クラスメートと会ったんだよ」

「ふむ」

「そしたら次の日にやたら目をキラキラさせながら弾との関係を聞いてきてさ。参ったよ」

「ふむふむ」

「ただの友達だって言ってのに中々信じてくれなくてさ」

「ふーむ」

「全く。友達以外何があるってんだよ」

「そりゃおホモ達でしょ」

「……やっぱし?」

「そらそうよ」

 

鈴は「当然」とばかりに頷く。

 

「あのなぁ……。鈴なら長い付き合いだしよく知ってるだろ。俺にその気は無い!」

「でもさ。アンタって昔からちょっと「おいおい」って思うほど男に密着するし」

「それはスキンシップというやつで」

「肩に手を回すのは勿論のこと腰にまで手を回したり……」

「ただのスキンシップだ!」

「話すとき相手の目をジッと見つめるし」

「スキンシップ!」

「『お前と一緒にいるのが好きだ』とか男に対しては恥じらいもなく言うしさ」

「スキンシ……」

「そう言えば何でも許されると思ってんのかテメーコノヤロー」

 

鈴の恫喝に俺はただ押し黙るしかなかった。

違う!全部ただのスキンシップだ!友達への友愛表現なんだ!それ以外に無いんだ!

俺は声なき声でそう反論する。意味無いけど。

 

「ま、冗談はともかく。そんな感じでその子たちが思う気持ちは分かる」

「俺はいい迷惑なんだよ!」

 

最近やたら俺の尻に熱い視線が注がれている気がするんだぞ!ちくしょうめ。

まだ混ざりっ気なしの新品だってのに。

 

「別にいいじゃん。妄想するのは人の自由」

「ったく。なんでそんなおかしな妄想すんのかな?常識的に考えてあり得ないだろ」

「アンタら男だって似たり寄ったりでしょ」

「ん?なにが」

「女の子が仲良くしてるの見れば『百合だ』『萌え~』とか言って超キモイ妄想してるじゃん」

「俺はしない」

「女の子って同性同士で手をつないだり抱き合ったりなんて別に何とも思わないのにさ。それを世の一大事みたいにキモイ笑顔で騒ぎ立てて……うえっ」

 

鈴が自分の身体を抱くようにして身を震わせる。

 

「鈴?」

「ごめんちょっとトラウマが……。とにかく男も女も両方どっちもどっちってことよ」

「うーん」

 

何か少し納得いかない。

 

「でもなぁ。事実無根のホモ扱いされんのは……」

「いいじゃない。ある意味光栄に思わないと」

「はぁ?何言ってんだ」

「『ホモが嫌いな女子なんていません』業界にはそんな名言があるけどさ、これって実は一つの絶対条件付きの言葉なのよ」

 

鈴がしたり顔で続ける。

 

「ホモが嫌いな女子なんていない……『ただしイケメンに限る』ってね」

「え?」

「つまりブサメン同士がどれだけ親密に仲良くしてようが女の子は食指が動かないのよ。女子がその心を動かすのはあくまでも綺麗なものにだけ……。つまりイケメン同士のイチャイチャにしか興味ないわけ」

「なんじゃそりゃ」

「そういう訳で弾と一夏がその対象に選ばれたのは、アンタらが女子の厳しい美審査を通り抜けた証でもあるわけよ。おめでとさん。うほっいい男!」

「アホかお前は!」

 

おめでたいのはお前の腐った酢豚脳だ!

と声なき声で強く言う。実際口に出したら蹴られるから言わないけど。

 

「どうすりゃいいってんだ……」

「安心しなさい。その概念を覆す方法が一つだけあるわ」

「え?マジで?」

「その薔薇咲き誇る幻想をぶち壊す方法。……それはね一夏、アンタが普通に女の子とデートする男だってのを皆に見せ付ければいいってことよ」

「そうなのか?」

「そうなの」

 

どうも彼女たちの情念はそんな簡単に消えるものではないと思うのだが。でも鈴を信じよう。

 

「それで一夏。ここまで言えば次にどうすればいいのか分かるわよね?」

「馬鹿にするなよ。そのくらい俺にだって察しがついてる」

「そう。だったら話が早いわ。明後日は都合よく休日だし」

「ああ。分かってる」

 

俺は鈴を見つめる。

鈴も俺を見つめている。言葉は要らない。

 

 

 

「明日シャルを誘ってみるよ」

「ちょっと待たんかーい!」

 

鈴がいきなり身体と大声を使ってノリツッコミを入れてきた。

相変わらず芸人根性に優れている子だ。

 

「なんでそこでシャルロットが出てくんのよ!誘うべき都合いい相手が他にいるでしょーが!具体的には目の前に!超可愛い女の子がさぁ!」

「何言ってんだ鈴。お前が言いたかったのはつまりそういう事なんだろ?」

「ハァ?」

「シャルといえば男装だ。不本意にも俺がこの疑惑を持たれるようになったのも実は『シャルル』との一件があったからなんだよ」

 

俺はあの日々を懐かしむように目を細めた。

身近に『男』が居る生活。あの時の俺は輝いていた。本当に楽しかったんだ……。

 

「現実に戻ってきなさいよ。それで?」

「つまり俺の風評被害の土台が既にその時にはある程度出来ていたという話になる」

「ふむ」

「それを完全にぶち壊すためには、俺がシャルルとシャルは完全に別だと認識している、ということをはっきり示さねばならない。もうあの時のシャルルはいないんだと。一時ドキドキしてハァハァしたかった男の子のシャルルはもういないと。そんな邪な思いは今の女の子のシャルに対して思うべきことなんだと……。そういう当たり前のことを皆の前で白黒はっきりさせることが風評被害を取り除く第一歩なんだ」

 

俺は鈴相手に熱い持論を語る。

そう。思えばあの時シャルルが俺の前に現れたときから全てが始まったんだ……。

 

「……ねぇ今何つった?さりげなくとんでもないこと言わなかった?アンタまさかあの時のシャルルとハァハァしたいって思ってたの?」

「気のせいだ聞き間違いだ。それよりまぁそういうことだよ鈴」

「待てよこの野郎」

「よし。じゃあ早速明日シャルを誘ってみるぜ!」

「おいホモ夏」

「じゃあな鈴。アドバイスありがとな!」

 

持つべきものは気軽に相談できる幼馴染だな。俺は昔ながらの幼馴染に感謝して彼女の部屋を出た。

 

後ろの方から「酢豚ー!」と誰かの怒りの声が聞こえた気がしたが、空耳だろう。

 

 

 

 

翌朝。俺は少し緊張しながら教室までの道程を歩いていた。何せどうあれシャルをデートに誘うのだ。緊張しないはずが無い。

 

「おはよう織斑君」

「調子はどう?」

「ああ。おはよ」

 

途中登校してきたクラスメートに挨拶する。

どこにでもある風景。変わらぬ何時もどおりの光景。……でもさぁ。

 

人の尻見ながら調子尋ねるなっての。

腐ってやがる……(対応が)遅すぎたんだ。

 

もしここで俺が「調子悪い」って言おうものならどんな想像されるか分かったもんじゃない。

やっぱり駄目だ。どんどんクラスメートたちが腐っていってる。このままだとマジで弾×一夏本でも作られてしまうかもしれん。早急に何とかせねば。

 

俺は強い決意を新たに教室へと向かった。

 

 

 

「シャル!」

そして教室。俺は開口一番隅にまで届くような大声でシャルに近づいた。

 

「な、なに?どうしたの一夏」

「明日俺と一緒に出掛けてくれ!」

「ええっ」

「駄目か!」

「だ、だめじゃないけど……。どうしたの?何か欲しいものでもあるの?」

「違う。シャルと出掛けたいだけだ!」

「あの一夏。それって……」

「俺とデートしてくれ!」

 

ブゥー!

シャルの側に居たセシリアが飲んでいた紅茶を噴水のように吐き出した。案外面白い一芸を持っているもんだな最近のお金持ちは。

だがそんなことは今はどうでもいい。

 

「シャル!駄目か!」

「あの、い、いいの?」

「俺の方が頼んでるんだ!」

「一夏……。う、うん。もちろん喜んで!」

「よしっ!」

 

ガッツボーズする。

ここまで皆の前で言えばはっきりするだろう。俺はまぎれもなくノーマルだと。求めているのはシャルルではなくシャルなのだということが。

ふと静まり返った教室を見渡せば箒が木刀を自分の顔面にめり込ませたままぶっ倒れていた。

でも今はそんな些細な事なんてどうでもいいんだ。

 

「一夏。ボク凄く嬉しいよ……」

「俺もだ。シャル……」

 

これで尻を見られながらの挨拶も消えるだろう。すごく嬉しい。

 

皆分かってくれたか?俺はモーホーじゃない。ノーマルだ。女の子が好きなただの男なんだ……。

そんな勝利の感慨を感じながら俺は拳を握り締めた。

 

 

 

 

 

 

二週間後……。

 

「Oh……」

放課後。誰も居なくなった教室で、俺は偶然見つけてしまった一冊の薄い本を片手に一人佇んでいる。

俺はその内容にただ戦慄するしかなかった。

 

『一夏の夜の淫夢』

主人公ICHIKAが赤髪の長髪友人やら、とある事情で女性の格好をした金髪の美少年らを片っ端から喰って行く『両刀使い』の物語。誰がモチーフになっているか丸分かりだ。せめて名前くらい変えろよ!

 

「ふざけんな!」

俺は本を引き裂いて崩れ落ちる。俺の行動は何だったんだ……。

 

更に何より俺の絶望を濃くしたのは、最後のページに書かれていた作者名だった。

 

 

 

作 ラウラ・ボーデヴィッヒ。

協力 クラリッサと愉快なウサギたち。

 

 

 

 

 

 

 

 

おいおい。腐女子ってのはノンケにだって構わず(男を)喰わせちゃう人間なんだぜ。

 

ちゃんちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




男子が彼女らの「アッー!」趣向に「オエッ」となるのと同様に。
女子も彼らの「萌えー!」な趣向に「キモッ」となるらしい。

両者の間には例え一周回っても決して交わることの無い「溝」があるようだ……。
そんなのに無縁の良い子の皆様は、いずれ世界の平和の為に両者が手を取り合うことを願いましょう。




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織斑一夏の初夢

皆様はよい新年を迎えられたでしょうか?
ちなみに私は犬におっかけられる初夢で一年の最初を迎えました。





腕を組んで煌びやかな建物から出てきた二人。そんな幸せいっぱいの二人を迎えてくれたのは、多くの人たちからの拍手と喝采であった。

 

「おめでとー!」

「幸せにね!」

「イヤッホゥー!」

「リア充爆発しろ!」

「恋人募集中!」

「酢豚ー!」

 

結婚式。

それは将来を誓い合ったカップルの一つのゴールでもある。特に女性にとっては人生の最大イベントと捉える人も多く、誰もが想い人との幸せな式を夢見ているものなのだ。

 

そして今ここにも一組のカップルが幸せの門を潜ろうとしていた。

一夏は照れたように参列者に手を振りながら、隣の花嫁の肩に手を置いた。花嫁はベールをしており、更に恥ずかしそうに俯いているためその表情は見えない。そんな彼女も愛しく思え、一夏は小さく笑った。自分は幸せ者だ。

 

……ただ少し互いの身長差が気になった。自分の愛しい伴侶はこんなに背が低かったっけ?

しかし一夏は首を振ってその感じた違和感を押しやる。自分の履いている靴が上げ底にでもなっているのだろう。そうに違いない。

 

「二人ともキスしろよ!」

そこで誰かが余計な声を出した。結婚式に絶対一人はいる昔なじみのお調子者というやつだ。良く見れば長髪の赤髪だったような気がするし。

 

「キース!」

「キース!」

「キース!」

 

そこで挙がるキスの大合唱。

式でのチュッチュ強制は時々見かける光景だが、これを「ハレンチな!」と断罪する者なぞいない。むしろ恥ずかしがってやらないでいると「空気読め!」のブーイングが起こる。やってらんねー。

 

しかし親は、特に花嫁側のおやっさんにしてみれば、いくら相手が夫になる男性とはいえ、愛しい娘のキスシーンを見せられて心から「イエーイ!」と喜ぶことが出来るだろうか?

 

まぁどうでもいい。とにかく場をそういう「キスしなきゃいけない流れ」にさせられた一夏は困ったように頭をかいた。どうあれこの恥ずかしくも幸せな空気を無視できるほど彼はKYではないのだ。

 

花嫁と向かい合う。彼女も小さく頷いたのを見ると、一夏はそっとその肩を抱いた。やはり身長差が気になったが、履いている靴がシークレットブーツ仕様にでもなっているんだ。絶対そうなんだ。

 

そしてベールをそっと上げる。後は花嫁の可憐な唇に己の唇を……。

 

 

 

「あれぇ?」

そこで一夏は素っ頓狂な声を出した。

 

「鈴?」

「なによー。早くしなさいよぉー」

「いやいやいや。ちょっとちょっとちょっと。あれあれあれー?」

「いいから早く愛の証、情熱のキッスをしなさいよ。ホレぶちゅーって」

「待て待て。なんでお前がここにいんの?」

「アンタと結婚したからに決まってるでしょーが!何寝ぼけんのよ!」

「えー!そんなバカなー!」

 

一夏大絶叫。自分が思っていた結婚相手がいつの間にかすり替わってましたー。なんてシャレにならない。

でもこの世は奇なり。昔は実際にこういう非道が世界各地でマジで起こっていたらしいから恐ろしい。

 

「なによー!あたしとじゃ不満だっての?」

「そ、そういうことじゃなくて」

「じゃあ早くキッスしないよ。愛のテーゼ、永遠の誓いのキッスを!ハリーハリー!」

「いや待て落ち着け!俺は……」

 

 

「おーほっほっほ!無様ですわね!鈴さん!」

テンパる一夏をよそに大きな声が響く。驚いて目を向ければヤツがいた。天下御免のお嬢様が。しかも鈴と同じくウエディングドレスまで着て。

 

「セシリア?何でお前まで?」

「やはり一夏さんの愛を受け止めるのはチャイニーズの小娘ごときでは役不足だったようですわね」

「それにどうしたんだよその格好?」

「さぁ一夏さん。こんな酢豚娘なぞ黄河に投げ捨ててわたくしと真実の愛を誓い合いましょう!

「セシリアさん。頼むから話聞いて」

「大丈夫ですわ。もう既にオルコット家の婿養子としての戸籍は用意致しましたから」

「俺の事情は無視ですか」

 

相変わらず己の妄想道を突き進むお嬢様である。

 

「はぁ?急に現れて何言い出すのよこのメシマズ。つーかケツがでか過ぎてドレスがしわになってるわよ」

「なんですって!」

「エステにでも行ってケツの矯正でもしてから着なさいよ。やーい尻デカー」

「ムキー!あなたこそ相変わらずお胸がスマートでいらっしゃいますこと!ここまでドレスが映えない方も珍しいですわね!」

「言ってくれたわね!メシマズケツリア!」

 

いつの間にか新郎を置いて喧嘩をおっ始める二人。

 

「おい……」

一人取り残された一夏は唖然とその醜い争いを眺めていた。わけわかんねー。

 

「全く。相変わらず野蛮な二人だよね」

「シャル?」

 

そこにさりげなく手を取ってくる新参者。彼女もまた当然のようにウエディングドレスを着ている。

 

「さぁ一夏。あんな凸凹コンビなんて放っておいてボクと愛の逃避行へ」

「何言っちゃってんのシャルまで!」

「ホラホラ早く。五月蝿いの見つからないうちに。もう新居、二人の愛の巣まで用意してあるんだから」

「相変わらずちゃっかりしてますね……」

「ありがとう。じゃあ行くよ!」

 

「待て!」

そこに響く声。もう見なくても大体分かってきた。ウエディングドレス姿の新たな刺客、それは……。

 

「なんだモッピーか」

「某お小遣いサイトのような愛称で呼ぶな!とにかくそこまでだ!」

「何の用?ボクたちはこれからの人生設計の話し合いで忙しいんだけど」

「そんな人生設計なぞあってたまるか!そ、それに!そういうのは幼馴染とするものだ!」

「ハン。幼馴染が結ばれるなんて今は流行らないの。メルヘンやファンタジーじゃないんだから」

「何だと!」

「今や幼馴染というものは『約束された敗北』……ツンデレやらクーデレやら男装の麗人エトセトラ、そういうのの当て馬にしかならない惨めな存在なんだよ。っていうか箒の境遇にピッタリじゃない」

「実は人が気にしていることを……!許さん!決闘だ!」

「全くこれだから暴力系幼馴染は。ちょっと待っててね一夏、すぐにあのモッピーを片してくるから」

 

そしてまたしても一夏を置いて決闘を始める二人。

ポツンと取り残された一夏は思う。どうでもいいけど当事者を置き去りにするなよな。

 

「おーい嫁」

「うん分かってるよ。ここまできたら」

 

やはりそこにはドレスを着たラウラがいた。慣れって怖い。

 

「一夏。今日で名実ともに私の嫁になったな!」

「それよりラウラ。あっちのほうにおいしいお菓子があったぞ」

「本当か?」

「うん」

「そうか。ちょっと行って来る」

 

そう言うとラウラはドレスを引っ下げて向こうに消えて行った。

素直でいい子だ……。でも自分の存在が食欲より劣るというのもそれはそれで悲しい。

 

囃し立てていたギャラリーがいつの間にか誰もいなくなった場所で、一夏が思うのはたった一つ。

 

逃げるしかない。

 

一夏はそっとこの場を後にする。結婚式でこんな修羅場なぞノーサンキューだ。

だから逃げよう、ヤツらの目の届かぬ場所へ。地平線の彼方まで。

 

「そうは問屋が卸さないよチミ」

しかし織斑一夏という人間にはそんな都合のいい逃亡なぞ許されないのであった。

 

「た、楯無さん」

「やっほー」

「あの、そのドレスはやっぱり……?」

「うん。君の想像通り。じゃあ結婚しよっか」

「楯無さんまでそんな大事を簡単に言わないで下さいよ!」

「なんで?自分で言うのもなんだけど私っていい女でしょ?何の文句があるの?しかも私と結婚したら対暗部用暗部っていう力まで付いてくるのよ?そういう危険な力って男の憧れでしょう?」

「俺は普通の人並みの幸せが望みなんですよ!それだけでいいんです!」

 

そういう非日常に憧れるのは結婚前まで!

結婚後は誰もが普通を愛するようになるのが男の常なのだから。

 

「ふむ仕方ない。なら特別に今お申し込みで、もれなく可愛い妹と癒し系な従者がついて来まーす」

「へっ?」

 

楯無は大袈裟に手を広げる。その後ろから出てきたのは。

 

「ど、どうも一夏」

「おりむー」

「oh……」

 

やっぱりというか簪と本音であった。

 

「簪……。お前まで……」

「ご、ごめんね。でも私やっぱり一夏と一緒にいたくて。それで……」

 

この場でそんないじらしいこと言わないでくれよ……。

一夏は頭を抑えて苦悩する。結局のとこ男が最後に弱いのはこういうタイプの子なのだ。

 

「おりむー。私は二号さんでいいよ~」

反対にこういう一見頭の弱そうな子は実際裏で何考えているか分かったもんじゃない。

 

「よし。じゃあ一夏君。私達三人を末永く可愛がって……」

「うわぁ~!」

 

だから逃げた。男に許された最後の手段、耳を塞いで全力ダッシュだ。

 

『待てー!』

いつの間にか8人もの大所帯に膨れ上がった声が、逃げども逃げどもずっとついて来る。

 

一夏は泣いた。

泣きながら、それでもただ走り続けるしかなかった……。

 

 

 

 

 

 

 

「はうっ!」

布団を蹴飛ばして目を覚ました一夏が見たのは実家の見慣れた天井だった。

 

「はぁはぁ……ああ良かった。夢かぁ……」

一夏は額の汗を拭って大きく息を吐き出す。最終的には飢えた8人の淫獣らに追いつかれ、全員に圧し掛かられながら「結婚しろ!」「責任とれ!」の大合唱をされたところでようやく目が覚めたのであった。

 

「それにしても新年早々ヒデェ夢だった……」

美女軍団に追いかけられ迫られ圧し掛かられる夢。普通の男なら「覚めないで!」と願うものである。しかしそこはこの織斑一夏、そんじょそこらの男とは格が違うのだ。

 

時計を見ると時刻は午前四時を回ったところだった。一夏は布団を直すと潜り込む。

 

よし!まだ一般的には朝じゃない。だから今の夢はなし!こんな恐ろしい初夢なんてノーカンだ!

一夏はそう己に都合よく解釈すると、今度こそ自分が望む夢を見れることを願い目を閉じる。

 

「千冬姉のウエディングドレス姿……フフ」

そんな幸せな夢を見れることを願って。

 

 

 

……つーかこの男は何を夢見ていたのであろうか。

夢とは本人の深層に潜む願望の一種でもある。彼は誰とゴールインした夢を見ていたのであろうか。

いつの間にか酢豚へと変わっていた花嫁だったが、本来彼が望んでいた相手とは……。

 

だがそれ以上いけない。

それは人が歩むにはあまりに厳し過ぎる修羅の道……!

 

まぁ、でも夢を見るのは自由なのだから。

だからいいんだ。夢の中くらい叶わないことを願ったとしても。いいに決まっているんだ……。

 

「千冬姉……ぐふふ」

気持ち悪いニヤケ顔で眠りの入り口にこんにちはする一夏。

 

そうして色々sis-konをこじらせた男は、今度こそ幸せな夢を見るためにネバーランドに旅立った。

 

 

 

 

 

「一夏!いい加減責任を取れ!」

「もうイギリスでの披露宴の準備も整っていますのよ!」

「一夏はボクがいなきゃ駄目なんだから!そうだよね?」

「一夏。このお菓子美味しいな」

「一夏君もう年貢の納め時じゃない?」

「ごめんね一夏……」

「もう観念しちゃいなよおりむー」

「酢豚!」

 

「助けてくれー!」

 

しかし夢の中とて彼に平穏なぞ訪れない。

一夏はさっきの夢の続きとばかりに、相も変わらず8人の獣に追いかけられる悪夢にうなされるのであった……。

 

 

 

これはそんな罪なモテ男の初夢。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




初日のお参りで「願ったのは世界の平和だよ」な-んて言ってる健やか過ぎるイケメン・美女カップルを目撃し、微笑ましくなると同時に空しくなったコンバットです。
『金!食!美女!』……こんな欲に塗れた願いしかでなかった私はなんて醜いんだ……。ううっ。







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織斑一夏のパンツ (上)

とある『NOMIKAI』の調査によれば、女性の二割にあたる方が「男性のパンツに興味がある」と答え、更にその内の半数にあたる方が「男性のパンツを『使用』したことがある」と答えたそうです。



※注 但しこの調査時、皆アルコールにより『出来上がった』状態だった為、調査に信憑性は全くございません。





「いちかー?おーい」

「あら?いませんわね」

 

今日も無事平穏に学校が終わった放課後のこと。セッシーとスブタの英中凸凹コンビは天下のスケコマシ男の部屋を訪ねていた。

しかしドアを開けども愛しの彼の姿は無い。二人は部屋を見渡しながら小さく肩を落とした。

 

「全く一夏のやつ何処ほっつき歩いてんだか。放課後遊ぼうって約束してたのに」

「そのうち帰ってきますわよ。一夏さんは約束を破る方ではありませんし」

「何よ分かったように言っちゃってさー。フンだ、じゃあ部屋で待ってよっと」

「ちょっと鈴さん!」

 

遠慮なくズカズカと主不在の男の部屋に入っていく鈴。当然セシリアが眉をひそめる。

 

「一夏さんがいらっしゃらないのに!勝手に殿方に部屋に入るなんて」

「いいのよ。あたしと一夏の仲だもん」

「どんな仲ですか!ただの幼馴染でしょう?とにかくそんな無作法はわたくしが許しません!」

「うっさいなー。じゃあお行儀のよろしいお嬢様は部屋の前で立って待ってれば?」

「ぐぬぬ」

「ふふん」

 

鈴は意地悪く笑うと、一夏のベッドにダイブしてそのまま布団に潜り込んだ。

 

「なっ!一夏さんの匂い漂うベッドの中に……じゅるり。なんてうらやまけしからないことを!」

「それなんて日本語?」

「と、とにかくはしたないですわ!早く出てきなさい!」

「へいへい」

 

イモムシのようにベッドから這い出る鈴。

 

「まったく!貴女という人は!」

「アンタも結局部屋に入って来てんじゃん」

「貴女の監視ですわ!何をなさるか分かったもんじゃありませんから」

「さいですか」

 

鈴はやれやれと小さく伸びをする。

 

「ん?」

そこであるモノが目に入ってしまった。さっきは見えなかったが布団をめくったせいで現れたモノ。すなわちベッドの中にあったモノ。

 

「これは……」

「なっ!ななな」

 

セシリアがソレを見て口を半開きに驚愕した。

それはぱんつ。一夏のおパンツ。ワンサマー'sトランクス。しかもあたかも使用済みのように皺になっているお宝(?)モノ。それが今少女二人の前に顕在していたのだ!

 

「うわー。一夏って意外と派手なパンツ履いてんだー」

「あわわわ」

 

セシリアさん、リンゴのように顔を真っ赤にする。

しかし鈴の指摘も尤もであった。百獣の王ライオンと天昇る龍がこれでもかと大きくプリントされていて、色も鮮やか。何とも派手なおパンツである。

 

「そういや下着を派手にする奴って実はムッツリだって誰かが言ってたわね」

「え?そ、そうなんですか?」

「そういやアンタもいつも派手な下着だもんね。このムッツリスケベ」

「な、なな、な……」

「ふむ」

 

恥ずかしさに震えるセッシーをよそにスブタは顎に手をやり考え込む仕草を見せた。

異性のパンツ。それは人の本能を刺激するもの。それは男も女も変わらない(たぶん)

 

「ねえベッドの中にあったんだし、これ流石に着用済みってわけじゃないよね?」

「知りませんわよ!」

「よし。……おりゃ」

「ちょっ!」

 

何と酢豚娘はいきなりそのおパンツを手に取った!

 

「生暖かい。ベッドの中にあったから当然かー」

「はわわわわわわ……」

「流石にあたしは変態じゃないから匂い嗅いだりしないけど。でもこの手触りは中々……」

「あばばばばばば……」

「ふーむ」

 

変態だー!というツッコミはさておき、あたかも哲学者のように考え込みながら男のパンツを弄繰り回すチューカスブタ娘。その姿に純情英国お嬢様は言葉にならない声を発して悶絶する。

そんなカオスな光景が主不在の部屋で展開されていたのであった。

 

 

 

 

「全く貴女という人は!」

あれから暫く経って、ようやく平静を取り戻したセシリアが鈴に吼えた。ちなみに未だ部屋の主は帰って来ない。

 

「うっさいわねぇ」

鈴はそう言うとゴロンとベットに寝転がった。ちなみにその手には未だパンツが握られている。

 

「いい加減それを離しなさい!」

「それってなーに?」

「うっ……そ、それはそれですわ!」

「ふふ。何?アンタも触りたい?」

「ふざけないで下さい!」

「無理しちゃって」

「鈴さん。非常識という皮を纏っているチャイニーズに常識を求めるのは無理があると存じてはいますが、それでも幾らなんでも人の下着で遊ぶなんて許されないことですわよ」

 

怒りのせいか結構酷い差別発言をする英国淑女。

そこには未だ騎士制度が残る国を母国に持つ少女の深層にある、アジア諸国に対する差別意識という闇があった、かもしれない。

 

しかし鈴は気にする様子もなく何かを考え込むように目を閉じていた。パンツ握ったまま。

 

「ねぇセシリア。あたしね常々思っていたの。男女の不平等について」

「えっ?」

 

いきなりの酢豚的社会風刺発言にセッシー驚愕。

 

「どうして男と女ではパンツというものに対し異性からの目が違うのかって」

「あの、唐突に何言い出すんですの?」

「パンツの用途は男も女も同じ、秘所を覆い隠す為のもの。本来それだけのもののはずなのに、世の男共は女性のパンツを覗くために日々ありとあらゆる手段を模索しているわ。まるで繁殖期のエテ公の如く鼻息荒く懸命になって……。その情熱を世界の平和の為に向けることが出来たなら、どんなに輝かしい未来が待っているでしょうに」

 

鈴はその優しい胸を痛め世界を憂う。

男ってのはホントどうしようもねぇな!

 

「セシリア。これから先、人は何処に向かっていくのかしら……」

「少なくとも貴女の逝きつく先は檻付きの病院ですわね」

「まぁつまりアレよ。要は女のパンツだけが性の対象に見られるのが納得できないわけよ。男が女のパンツをそういう目で見るというなら、コッチだって同じようにしてやってもいいでしょ?」

「鈴さん。貴女本当に大丈夫なんですか?頭とか脳とか」

「だからあたしたち女が男のパンツに興味を持つのもおかしくないし、罪じゃない」

 

常人には理解の及ばぬスブタ理論を並べる少女。

セッシーは思う。このチューカ娘、少し足りない人だと内心思っていたが、ここまで終わっていたなんて。

 

「鈴さん。今ならまだ間に合うかもしれません。一度先生に診てもらいましょう。私も付き添い致しますから」

「けどここからが本番なのよ、セッシー」

 

しかしセシリアの友人としての優しさなどおかまいなしに鈴は止まらない。

 

「セッシーではありませんわ!」

「そんなのはどうでもいいのよ。今は重要じゃない。ただあたしは別にふざけてこんな事をしてるんじゃないのよ、マジで」

 

ウソつけ。

セシリアはジト目でチューカ娘をにらみつけた。

 

「まだこっちに来て日が浅いアンタは知らないだろうけど、日本にはあたし達の常識が及ばないことが多々あるのよね」

「どの国も貴女の祖国からはそう言われたくないと思いますけど」

「シャラップ。ウナギゼリーやニシンパイを喜んで貪り食っているようなメシマズ国は黙ってなさい。アレは幾らなんでも酷すぎだわ……ってそんなことどーでもいいのよ!だからパンツなのよ!パンツ!」

「何なんですか本当に」

「日本ではね、好きな異性のパンツを頭に被ることで愛を示すという狂った文化があるわけよ」

「またお馬鹿な戯言を……」

「いやマジなんだけど」

「えっ?」

 

鈴の真剣な表情にセシリアが面食らう。

 

「いやこれ冗談抜きに。ホントに」

「なっ……い、いや騙されませんわよ!そうやってまたわたくしをからかって!」

「ごめん。これはマジに冗談じゃない」

「そ、そ、そんなことあるわけ」

「だから言ったじゃない。この国には理解の及ばぬことがあるって。あたしだって少し悪乗りしたトコはあるけど、完全にふざけていたわけじゃない。少しでもその日本の文化に慣れないといけないと思って……」

 

そうして鈴はギュッとパンツを握り締める。

そこには今まで隠していた彼女の苦悩が表れていた。

 

「あたしも異性の下着を頭に被るなんて狂ってるとしか思えない。でもこれが日本なのよ!」

「そんなの信じられませんわ!」

「甘いわね。これを見てみなさい!」

 

そうして鈴は一夏の部屋の本棚から一冊の本を取り出した。それを驚愕しているセシリアに渡す。

 

「キャー!なんですのこの表紙は!」

そこに描かれていたのは女性のパンツを顔に装着し、自身は上半身裸に下はふんどしのような意味不明の摩訶不思議な格好をした男が、目を三角に華麗なポーズを決めていた。

 

「『変態仮面』人は彼をそう呼んでいるわ……」

「へ、へ、へ、HENTAI?」

「そう変態。ホントにそういう名称なのよ。その絵の通り女性のパンツ被って変身するわけ。正確には『クロス・アウッ!』って感じに服を脱ぎ捨てるんだけど」

「こんなの酷すぎですわ!人権団体に即刻有害指定図書として抗議致しますわ!」

「黙りなさい。そうやって一々抗議したり騒ぎ立てる連中のせいで、業界はどんどん規制が厳しくなってるんじゃないの!あんまりよ!日本は、あたしの好きな日本はこんなに不自由で小さい国だったというの?」

 

日本を愛し、ジャパン文化を愛する少女は勢いのままそう吼えた。

鈴はかつての日々を思う。そう、昔の少年誌、例えばジャ○プなんかは今とは比べものにならない程エロかったと。いや○ャンプだけじゃない。漫画にゲーム、昔はどれももっと自由があった。夢があった。

 

それなのに!すべての事に噛み付くエセ人権団体とやらのせいで!

そんな規制だらけの文化に未来などあるのかってんだ。

 

「まったく!ホントやりきれないわ……」

「貴女は何なんですの……?」

「ああもう!また話がズレちゃったじゃない!だからパンツだって言ってんでしょーが!」

「なんで貴女が怒るんですか」

 

怒りたいのは自分の方だとセシリアは至極当然なことを思った。

 

「日本は相手のパンツを被って愛を示す文化がある。じゃあどーするのかって話よ」

「あの、わたくしは未だ信じられないのですが。いくら極東の地の野蛮人な文化とはいえ……」

「謝れ!日本人に謝れ!」

「あ、すみませんでした。つい」

「ついでにイギリスは中国にも謝罪しろ!アヘン戦争の恨み!未だ我が同胞の心から消えず!」

「……」

 

セシリアは天を仰ぎ、この地での人間関係について改めて思った。

自分は友だち選び間違えたのだろうか?

 

「あーもう!だからそーじゃなくて、パンツの事だって何度言わんのよ!何回話逸らせば気が済むわけ?」

「毎回脱線させるのは貴女でしょうが。それで、貴女の言葉は誓って事実なのですか?」

「モチのロンよ」

「貴女のお可哀想な頭と同じくらい信じられませんわね。それにチャイニーズの言う事ですし」

「よし後で殺す。……それはともかくこれだけはマジだって。この漫画映画化もされてんだから。しかも空前絶後の大ヒット。それくらい日本人にとっては『異性のパンツを被る』というのは当たり前で且つ尊い文化として認識されてるわけよ」

「……信じられません。わたくしは信じません」

「しつこいわね。じゃあ今度一緒にその映画レンタルしてみる?つーか疑ってんなら今携帯で本当に商品化されてるか検索なりしてみればいいじゃん。それであたしの言ってる事が嘘じゃないって分かるから」

「ううっ頭が痛いですわ。この国って一体……」

「だから他国は昔からこう言うのよ。『神秘の国ジャパン』ってね」

 

それ違う。神秘って絶対そういう事じゃない。

しかしセシリアはそうツッコむ気にもならなかった。日本と自国との文化の違いに頭を悩ませ、深く傷ついていたからである。というより想い人とのことを。

 

……嗚呼!例え二人に大いなる愛があったとしても、文化の違いというのはやはり大きいのでしょうか?

セシリアは神にそう問いかける。そして自分達に待ち受けるであろう愛の困難を思いその胸を痛めた。

 

いつも通りの妄想大爆発で悲劇のヒロインを演じきっている少女。それを鈴は冷めた目で見つめる。

コイツいっつも妄想してんな。

 

「それでセシリア。アンタはどうするの?」

「えっ?何がですか?」

「日本にはそういう狂った文化がある。それはこの本をバイブルとしている一夏も例外じゃない」

「そ、それは」

「アンタにそれを受け入れる『覚悟』はあるの?」

「うっ……」

 

うろたえるセシリア。

そりゃ「人のパンツ被るのに抵抗なんてナッシングでーす」だったら逆に怖いわ。

 

「あたしには……その『KAKUGO』があるわ」

しかしお嬢様の葛藤を他所に酢豚は力強く言い切った。パンツ握り締めながら。

 

「例えそれがどんなに狂っていて、受け入れがたいものだとしても。それが一夏の望みだというのなら」

「酢豚さん……じゃない鈴さん。貴女は……」

「アンタはどうなの?」

「わたくしは……」

「アンタの一夏への想いはそんなもの?所詮は上辺だけの薄っぺらいものなの?」

「なっ!」

 

鈴の言葉にセシリアが目を剥く。その言葉は受け入れられない。

自分の想いが薄っぺらいなんて、そんなことあるわけないのに!確かに過ごした年月しか誇るものが無いアホな幼馴染連中に比べたら、自分は彼と共に過ごした日は浅いだろう、それは認める。でもそれをカバーして有り余るほどの想いが自分にはある。ライバルたちにも決して負けない想いの強さが。

 

強き意思が点っていくセシリアの目。それを目にして鈴が満足したように小さく笑った。

 

「セシリア。どうやら『覚悟』は決まったようね」

「貴女がわたくしをどう思おうと構いません。しかしわたくしの一夏さんへの想いを疑われることだけは……断じて我慢なりませんわ!」

「ふふ。それでこそあたしのライバルね!セシリア」

 

もはや言葉はいらない。

鈴は宿敵(ライバル)に握手を差し出すようにパンツを差し出した。

 

「さあ。このパンツを取りなさいセシリア」

「…………えー」

 

例え色々覚悟完了したとしてもそれはそれで別である。

だって人様のパンツだし。それとこれは話が別というものだ。そもそもこの酢豚がおかしいのであって、一般の感覚を持つ女の子なら誰だって普通は躊躇する。

 

しかしこのまま手に取らないというのも負けたようでムカツク。

負けず嫌いのセシリアさん。一夏パンツを前に大いに悩みまくっていた。

 

「どうするの?セシリア」

「くっ!」

「ただ言っておくけどこれを手に取ったら最後、もう純粋純情穢れの無いお嬢様には戻れないわよ。アンタも『向こう側』の人間になってしまうわ」

 

どんな側だよ。

この酢豚と同じ側だということだろうか。やっぱ嫌だなぁ。

 

「それでもいいと言うなら……それでも一夏への想いを貫きたいのなら……!」

酢豚が一人熱く続ける。

 

「アンタの目に、この一夏パンツがそれでも眩しく映ると言うのなら……!」

もはや酢豚は止まらない。

 

「捨てなさい!アンタを縛るプライドやら常識やら何もかも全部!そうして今までの自分と決別して、初めてこの一夏パンツを受け取ることが出来るのよ!」

 

そして酢豚は皺くちゃになったワンサマーパンツを高らかに掲げた。

 

 

セシリアの目には、窓から差し込む僅かな陽を浴びたそのパンツが、あたかも神の祝福を受けたかのように、そしてあたかも一夏がそこで微笑んでいるかのように輝いて見えたのだった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




上下編であります。セッシーは果たして悪魔(酢豚)の誘惑に耐えることが出来るのか…?
……ま、まぁ私のアホ作品ですし、何となくオチが想像できる方もいるかもですが。

いや~。それにしてもパンツって不思議ですね。ただの布切れに過ぎないのに、どうして男はあんなものを見るだけの為に命をかけるんですかね?
全くエロしか頭に無い男ってのはサイテーですよ。私には断じて理解出来ませんね!(目を逸らしながら)




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織斑一夏のパンツ (下)

変態秘奥義





ぱんつ。

それは形こそ違えど男も女も等しく必ず身に着けるもの(ノーパン主義の方もいるかもだが)

そして男の興味を惹きつけてやまないもの。今日も今日とて世界の何処かで、命の危険を冒してでもそれを覗いたり、または不当に手に入れようとしたりして、どこぞの人間失格のアホが天下の公僕お巡りさんによって、ブタ箱にぶち込まれている理由となるもの。まさにお宝、魔性の輝きを持つ神秘の布切れ。

 

しかしそれは何も救えねぇエロ男だけに当てはまるものではない。

好きな人のぱんつに魅せられるのは何も男だけではないのだ。女だってそう、恋する男性のおパンツを前に冷静にいられる子なんていない。そりゃクンクンしたり、ハァハァしたくなるのもそりゃまぁ当然っちゃー当然なのだ。だって女の子だもん。恋のパワーはどんな行動をも可能とするのだ!

 

そして今ここに一人の女性、超成金英国メシマズお貴族やられ役チョロイン略して『尻』の異名を持つセシリア・オルコットも、その恋して止まない男性のぱんつを前にただ目を奪われていた。

 

 

 

 

「どうするのセシリア?」

楽園を追われたイブに囁いた蛇のごとく鈴はセシリアに問いかける。

 

「アンタにそのKAKUGOがある?全ての人に後ろ指を指されながら、HENTAI道を究めるこの険しくもおぞましい修羅の道を逝くKAKUGOが」

鈴は似合わない真面目な顔で安っぽいKAKUGOを連発させる。

 

「もし生半可なKAKUGOでついてくるつもりなら、止めておきなさい。一夏パンツを手に入れるということは、そんな易しいことではないのよ」

鈴はそう言って「くしゃり」と音が出るほどワンサマーパンツを握り締めた。

 

『出来ればここで退いて欲しい……』優しい少女である鈴は友を想いそう願う。散々煽っておいてふざけんなよこの酢豚、と外野から言われようが、やはり世間知らずの純粋培養のお嬢様にこの道は険しすぎるのだ。出来ればセシリアには今のまま、少し頭がお花畑なただの能天気なアホ尻のままで……天使の如く慈愛心を持つ鈴ちゃんは一方でそう思わざるを得なかったのだ。

 

「……わたしくを見損なわないでください」

しかし鈴の天使の優しさをよそに、セッシーはその瞳に鋼の如く意志を湛えて返答する。

 

「貴女の戯言など心底本当にどうでもいいのですが、一夏さんへの想いという話となれば……やはり退くことは出来ませんわ!」

「セシリア。アンタ……」

「わたくしはセシリア・オルコット。そう遠くない将来、イチカ・オルコットとなる殿方の全てを受け入れずして、どうして永遠の伴侶を名乗れるでしょうか?」

「おい調子乗んな尻」

「わたしくしは、一夏さんの全てを……!し、下着を被ることで相手の愛を試すのがジャパンの文化だというのなら、そ、そ、そのKAKUGOを……!」

 

そしてセッシーは酢豚の手から一夏パンツをひったくった!

 

「ちょっと!」

「わたくしは……わたくしはぁ……!」

「セシリア!」

「一夏さん!これがわたくしが貴方に捧げる愛ですわ!」

 

そしてセシリアは奪った一夏パンツを先ほどの鈴のように高らかに掲げる。

 

そして彼女は……。

あたかも帽子を被るようにそれを頭から被った。

更に男のデンジャー部分がちょうど鼻先にあたるように、というオマケつきで。

そう。彼女は愛の『パンツマン』ならぬ『パンツウーマン』という変態仮面に変身したのであった……。

 

 

 

 

「あ、ああ、ぁぁぁ……!」

パンツを被ったセシリアのイッた声が主の居ない部屋に響く。

 

「これが一夏さんの一番深いニオイ……はぁぁ……!」

「セ、セシリア?あんた正気ぃ?」

「ぁぁ…。な、何て猛々しくも神々しい香りなんでしょう……!天国とはこんな身近にあったのですね……」

「……ォイ」

「一夏さん……今わたくし達は身も心も一つとなっていますわ……!」

 

セシリアは更に悦に入り身体を悶絶させる。

鈴はその狂態を見ながら思った。ただひたすらに思った。

 

これはひどい。

 

頭に男モノのパンツを被っている年頃の乙女。その顔は派手な龍と虎の柄に覆われ見ることは出来ない。しかし男の大事な部分を鼻先に、そのニオイを吸い込むようにしている友の姿に鈴は戦慄せざるを得なかった。変態だー!おまわりさーん!

 

友達間違えたかなぁ……。

つい先ほどのセシリアと全く同じことを思いながら、鈴はこの学園での友人関係に思いを馳せた。全くこの学園には木刀女だの男装女だの軍人女だのロクなのがいない。そんで今度はお嬢様の皮を纏った変態女と来た。本当に一夏の周りにはおかしな女しか居やしないじゃないか。

 

やはり自分が一夏の側に居てそのような変人連中から守ってあげないと。

永遠のヒロイン鈴ちゃんはそう新たに決心する。やはり自分しか居ないのだ。一夏を幸せに出来るのは。

 

「ねぇセシリア。いい加減変態仮面のマネは止めなさいよ」

「はうぅ……一夏さ~ん……」

「ちょっとセシリア!いい加減にしろコノヤロー」

 

鈴はガクガクとセシリアを揺する。決して羨ましくなったわけじゃない。絶対にだ。

そのままセシリアの頭から一夏パンツを取ろうとするが……取れない!お嬢様の細腕のクセに凄い力で抵抗してくる。これがHENTAIの恐ろしさか。

 

「セシリア!アンタいい加減にしなさい!一夏のニオイ独り占めすんな!アタシにも譲れチクショー!」

とうとう本音が出てしまった鈴がセシリアをマグニチュード7レベルに揺さぶる。

 

「邪魔しないでください!一夏さんとの愛の共有を!」

「アンタの一方的な変態行為でしょーが!」

「違いますわ!今こうして一夏さんの香りに包まれて……一つになって……一夏さんのわたくしへの想いが自分のことのように感じられますわ!ああ一夏さん……!こんなにもわたくしのことを想って下さっていたのですね……!」

「そりゃオメーの妄想じゃい!」

「敗者の遠吠えは見苦しいですわよ!中国人らしく負け犬はお犬でも食べにお国に帰ってください!」

「何時の時代の話よ!だいたい食関係はアンタら英国バカ舌連中にだけは言われたく……!」

 

「ただいまっと」

しかしそこで聞こえた声に争っていた英中アホコンビはピタリと動きを止めた。

 

ただいま、今そう言った。

それは自分の家に帰ってきた時に言う言葉、つまり即ちその言葉の主は……。

 

こりゃヤベェ!こんなの一夏に見せたらセシリアの人生終わっちゃうやんけ!

 

鈴が友人の『人生終了』を理解したその間僅かコンマ一秒。

鈴は電光石火の速さで、不意の来訪者に固まったセシリアから一夏パンツを剥ぎ取った!

 

「あれ?鈴に……セシリアか。何やってんだ?俺の部屋で」

一夏が顔を上げた時には何時もどおりの二人が居た。ギリ間に合ったようだ。

 

「や、やぁ一夏くん。元気かい?今日もカッコイイぞ」

「何だよ鈴その言い方。何か企んでんじゃないだろうな?」

「ま、まさかぁ。あはは」

「それよりどうしたんだよ。いくらお前でも勝手に人の部屋に入るなんて」

「ああ、ご、ごめんね。つい……」

 

鈴はベッドに腰を下ろすと、セシリアの手を引いて彼女も座らせた。そして剥ぎ取った一夏パンツ後ろ手でそっとベッドの隅へ投げた。

危なかった。けどもともとベッドの中にあったものだし、これで大丈夫だろう。

 

「鈴はともかくセシリアまで。らしくないな……セシリア?」

「…………」

「おいセシリア。どうしたんだよ」

 

へんじはない。ただのしかばねのようだ。

 

「セシリア!……どうしたんだ?」

「ま、まぁまぁ一夏。セシリアも固まりたいお年頃なのよ。気にしないで」

「そうか。まぁそういう時もあるよな」

 

納得すんなよ、と鈴は思ったがとりあえず一夏の単純さに一安心する。

それにしても間一髪だった。いくらライバルとはいえ人生からの退場はあまりにも可哀想だから。

 

「よっこらしょ」

 

そのままナチュラルに鈴とセシリアの間に座る一夏。女性が座るベッドの隣に何の緊張もなく腰掛ける一夏を見て、鈴は少しやるせない気持ちになった。女性に囲まれたIS学園の修羅の日々は男を否が応にも強くさせる。もう中学の頃の女性に初心な所もあった一夏はいないのかなぁ。

 

「あれ?」

そこで一夏は驚いたように声を出した。

 

「な、なによ」

「こんなとこにあったのかこのパンツ。探してたんだよ、よかった」

 

一夏が鈴が投げたパンツを見つけ、それを手にとって喜ぶ。

 

「どうだ鈴。これカッコよくね?」

「いや、あたしに聞かれても」

 

つーか女の子に男物のぱんつの出来なんか聞くんじゃねぇよ。

鈴は嬉しそうに尋ねてくる一夏を見てそう思う。

 

「ペイントされたこの龍がポイントだと思うんだ。どうよ鈴?」

「知らねーよ」

 

それさっきまで隣のお嬢様が頭から被ってましたよ、ドヤ顔で説明する一夏を冷めた目で見ながら鈴はそう心の中でツッコンだ。

 

「しかしこんなベッドの隅にあったのかー。弾のパンツ」

「えっ?」

 

おい今なんつった?

鈴は口をアホみたいに開けて固まる。

 

「い、い、一夏。今、な、なんて。それ……弾のとか何とか聞こえたんだけど」

「ああ。これ弾のパンツ」

「な、な、にゃんだってぇ~!」

 

驚きのあまり思わずネコ語になる鈴。

いやいやいやいやおかしいだろ!仲いいとはいえ友達のパンツを!訳わかんにゃい!

 

「何で弾のパンツをアンタが持ってんのよー!アンタらまさか本当にそういう関係だったの?」

「そういう関係の意味が分からんが別におかしくないだろ」

「おかしいに決まってるっつーの!一夏はやっぱりマジモンのホモだったのかー!うわーんひどいよー!」

「やっぱり……?いやそれより、泣くなよいい子だから」

 

一夏に頭を撫でられて幼子のように泣いていた鈴も少し落ち着きを取り戻した。一夏のナデナデは最高だ。

しかし冷静になった鈴はそこで重大な事実に気付く。

 

一夏ぱんつだと思っていたパンツ。それは一夏ぱんつではなく弾ぱんつだった。

そして自分のすぐ横には先ほどそのパンツで変態仮面してた友人が一人……。

 

チラリ。

横目で友人を伺う。

 

「うわぁ……」

その友人は顔面蒼白で歯をカチカチ鳴らせながら震えていた。固まっている間も最悪にも自分たちの会話の方は聞こえていたらしい。

 

「いや実はさ。鈴には言ってなかったけど前の連休に弾の家に泊まりにいったんだよ」

隣に座るセッシー局地地震に気付く様子もなく、ワンサマーは能天気に話を続ける。

 

「そん時に間違えて持って帰ってきてしまったみたいなんだ」

「そ、そう。ところで一夏、分かったからその話は後で……」

「ま、男同士だし。こんなこともあるよな。パンツ間違えることくらい」

「一夏分かったから。お願いだからもうその話は。お嬢様マジで自殺しちゃうかもしれないんで……」

「しかもよりによって弾の履いていたヤツ持って帰ってきちまってさー。まいったよアハハハ」

 

OH!NOoooooo!

鈴はもう横に居る友人を見ることは出来なかった。あまりに悲惨すぎて。

 

 

……なんと猛々しくも神々しい香りなんでしょう!

……一夏さん。今わたくしたちは見も心も一つになっていますわ……!

……一夏さんのわたくしへの想いが自分のことのように感じられますわ!

 

なーんて意気揚々と語っていたこと。

それは全て他人様のパンツ(使用済み)でのことだった。

 

これはひどい。酷すぎる。

嗚呼、神はなぜこのような試練を尻に与えたもうのか!優しい鈴ちゃんは友を憂い、今だけは神という存在を呪わずにいられなかった。

 

「ま、無事弾パンツ見つかってよかったよ。めでたしだな」

「どこがだこの野郎!」

 

鈴が怒りに咆哮する!

何一つめでたくなんかねぇよ!

 

「一夏アンタって奴は!どーやったら他人のパンツ間違えんのよぉー!しかもし、し、使用済みを!」

「ん?ダチ同士そーゆーこともあるだろ」

「ねーよボケ!」

「なんだよ荒れてんな」

「そりゃ荒れるっつーの!よりによって弾のを!……ううっ、こんなのあんまりだよ……」

「鈴疲れてんのか?」

「あたしじゃねーっての!いくらなんでもセシリアが可哀想でー!」

「セシリアが?一体何言って……」

 

そこで一夏の言葉を遮るようにセシリアは無言でスッと立ち上がった。鈴は驚きの目で友を見上げる。

 

「セシリアどうしたんだー?トイレか?」

能天気なことをのたまう一夏を鈴は成層圏まで蹴り飛ばしてやりたくなった。

 

「ふ、ふふ、うふふふふふ……」

「セ、セシリア?アンタ……」

「ふ、うふふフフフフ、アハハハハハハハハHAHAHAHAHAHAHA!」

 

セシリアが嗤う。それはまさに狂人の笑み。

鈴は痛ましさに目を逸らし、一夏はただ唖然とその狂態を見つめる。

 

それから一通り嗤い続けた彼女は不意にその嗤いを止めた。

セシリアの目から一筋の涙が流れ落ちる。綺麗だった。鈴はセシリアが静かに涙を流す様子を見て自らの目にも涙が浮かんでくるのを感じた。これも一つの想いの共有か。別にパンツを被らなくたって想いを分かち合うことは出来るのだ!友達だもの。

 

そしてセシリアは……。

あたかもゼンマイが切れた玩具のように、その身体をゆっくりと前に投げ出したのだった……。

 

 

 

「お、おい!セシリアぁ?」

いきなり床に顔面からダイブかました友人に一夏が慌てて駆け寄る。

 

「うわっ!鼻血出てるし!どうしたんだよ一体。セシリア!おい!」

「一夏……。そっとしておいてあげなさい」

「何言ってんだよ!どう見ても失神してるぞ!」

「だからよ。今は、今だけはセシリアにいい夢を見せてあげるのよ。……ううっ」

「何言ってんだよさっきから」

「見なさい一夏。セシリア、いい顔して眠ってるじゃない……」

 

そう。セシリアは安らかな顔で眠っている、というか気絶していた。

彼女の鼻から先ほどの涙に混じって鼻血が一筋流れていく。その鼻血は地にダイブした衝撃のものではなく、出来れば本物の一夏パンツを被っている夢を見ているからだと、そうあって欲しい。鈴はそう願い、自らの涙がこぼれないように顔を天に向けた。

 

 

これがパンツに魅せられ変態仮面を目指してしまった者の罪なのか。

鈴は友でありライバルであり同士でもあるお嬢様の尻を見ながら、人の無常を思わざるを得なかった。

 

 

 

 

 

 

HENTAI道とはいばらの道。

その根源に辿り着くには己を修羅と化すしかないのでしょう。

 

 

そういうわけでHENTAIだらけのIS学園は今日も平和です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




鈴のツインテールをパンツの両足部分から出して……
というネタを寸前で止めて良かったと心から思います。




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五反田弾の罪 (上)

三国志には色々とロマンがあります(ニッコリ)
私が好きな武将は関羽と趙雲です。





きっかけは友人の少女による忘れ物のせいだった……。

 

 

 

 

 

『ねえ弾!あたしアンタのとこに忘れ物しちゃったよね?紙袋』

「ああ、これお前のだったのか?」

『あ、あたしのじゃないわよ!クラスメートに頼まれて買ったやつなの!本当なんだから!』

「何興奮してんだよ」

『アンタ中身見てないわよね?』

「見てねーよ」

『そっか。ふぅ~』

「どうしたんだ?」

 

久しぶりに鈴と一夏と数馬、中学時代の仲良しグループが弾の家に集まった休日。騒がしくも楽しい一日が終わり、旧友達が帰った部屋で一人余韻に浸っていた弾は、小一時間ほど前に帰った鈴からの興奮した様子の電話に驚いた。

 

『弾いい?絶対それ開けちゃダメだからね!』

「は?」

『いいから約束して!あたしもう電車乗っちゃったから取りに戻れないの。明後日取りに行くから!』

「それは別にいいけどさ。何ならそっち送ってやろうか?」

『いやいい!あたしが直接取りに行くから!お願いだからそれに触らないで』

「…まぁいいけど」

『絶対よ。とにかく開けない触らない見ない。頼んだわよ弾』

 

そう言うと電話は切れた。弾は首を傾げながらその紙袋を見る。

 

見ちゃダメ開けちゃダメ……と言われる物ほど見たく開けたくなるのは何故だろう。

弾は暫しその紙袋を見つめていたが、小さく首を振ると立ち上がった。長い付き合いとはいえ、女の子の私物を見るなんて非道すぎる。しかも「見ないでくれ」と必死に頼んでいたものなんだから。

 

弾はそのままトイレにでも行こうと部屋を出かけたが、立ち止まる。

……やっぱ気になる。あの鈴が必死に頼むもの、一体何が入っているのだろう。

 

暫し欲求と友情の狭間で葛藤していた弾であったが、この場は欲求の方が打ち勝ってしまった。

今日一日楽しく過ごし、しかも互いによく知っている間柄だ。別に少し中身見たくらいでどうこうないだろう。

 

弾は勝手な理論で己の欲求を正当化すると、その紙袋を手に取る。流石に下着でも入っているようなら止めよう、そう思って軽く触って見るとそんな感触はなかった。四角く固い感触……これは本か?

 

弾は意を決してその紙袋を開ける。中に入っていたのはやはり本のようだった。大手書店のロゴが入った厚い袋に数冊入っている。

 

流石にこれを開けるのはマズイよなぁ。

弾は腕を組んで思い悩む。この包装を取ってしまえばもう言い訳がつかない。今なら間に合う。

しかしここまできて「やーめた」ってのもなぁ……。

 

思い悩んでいた弾であったが、やはり欲求の方が先に立ってしまった。

 

まぁ大丈夫だろう。うっかり蘭が間違えて開けてしまったことにでもすれば鈴も勘弁してくれるだろう。見た感じ入っているのはただの本みたいだし。問題ないな!

 

妹を売るという最低の理論で武装した弾は、そうしてその包みを剥がしに掛かった。

 

友達に頼まれたという本。それが事実かは分からんがやはり気になる。もしかしたら恋愛成就の為の指南書みたいなものかもしれない、弾は少女の自分の親友に向ける淡い気持ちを思い小さく微笑んだ。

 

さて、どんなもんかな。

弾はようやく厳重な包みを剥がし終わるとそれを開けた。

 

「……えっ?」

しかしそれを見た瞬間、弾はあたかもメデューサに睨まれたように固まってしまう。

 

「嘘だろ……」

そして信じられない、という風の罪を犯した男の呟きだけが部屋に空しく響いたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「うわっ、弾見てみろよ雨めちゃくちゃ強くなってる。入る前は小降りだったのに」

「あ~」

「やっぱ延長しなけりゃ良かったかな?」

「そうだな~」

 

気の無い返事をする弾。一夏はそれに対し小さくため息を吐くと、降りしきる雨を見上げた。

 

幸運にも連休が続いた週末。皆で集まった昨日の今日ではあるが、前々から鈴には内緒で野郎お二人様オンリーで遊びを計画していた弾と一夏。しかしむさ苦しいカラオケを終えて店を出てみれば、いきなりの大雨にげんなりする。

 

しかしそれ以上に一夏が気になったのは弾の態度だった。

カラオケ中も心ここにあらず、といった風。昨日皆で遊んでいた時は普段どおりだったのに。

 

「この後どうする?」

「どうすっかなー」

「帰るか?」

「そうすっかなー」

 

相変わらず気の無い返事を続ける弾に一夏は再度ため息を吐くと、念の為持ってきていた小さなビニール傘を傘入れから取り出した。

 

「じゃあせっかくだけど今日は帰るとするか」

「んー」

「弾こっち来いよ。コンビニの小さい傘で悪いけどさ」

「んー……んん?おい!どーゆーことだ?」

「なんだよ」

「傘はお前の一本しかないだろ。ま、まさかお前」

 

急な弾の態度の変化に一夏は首を傾げる。

 

「弾は傘持ってきてなかったろ。だから一緒に」

「おいおいふざけんなよ一夏。相合傘して帰れってのか?」

「うん」

「うんってお前なぁ」

「何だよ恥ずかしいのか?別に男同士だからいいだろ」

 

男同士……。

その言葉に弾の脳裏に妖しげなイメージがやけにリアル浮かんできた。弾は慌ててそのイメージを追い払うように勢いよく首を振る。違う!俺は違うんだ!

 

「その、俺はいいよ……。傘は一夏のだしお前が使えよ。俺はこのまま帰るから」

「何言ってんだよ。こんな豪雨の中帰ったら風邪引いちまうぞ」

「でもなぁ……」

「そんなに俺と一緒の傘で帰るのが嫌なのか?」

「そ、そうじゃないけどさ」

「あーもう!何だよお前!」

 

一夏は怒ったように声を出すと弾の手を掴む。そしてそのまま手を引いて歩き出した。

思わず弾の胸がドキッと高鳴る。

 

「いいから帰るぞ。暫く止みそうもないし、この雨だから誰も他人の事なんて気にしないって」

「わ、分かったよ」

「ほら弾、もっとこっち寄れよ」

「え?いやいいよ!このままで」

「いいからもっと俺の方に寄れって。お前濡れてるじゃんか」

「ぬ、濡れる?」

 

一夏のその言葉に弾の脳裏にまたもイメージが浮かんできた。さっきよりも更に鮮明に。

 

 

 

『こ、これ以上兄者を裏切るわけには』

『その豪快な髭に似合わず、女々しいことを仰るのですな将軍は』

『軍師殿もうお許しくだされ……』

『ふっ。口ではそう言っても関羽殿のココはそう言っていませんぞ。こんなにも濡れて』

『ぐ、軍師殿……孔明殿ぉ!』

 

 

「やめろ、止めてくれ!」

「弾?」

 

隣の一夏が仰天するのにも構わず、弾は己の創り出す幻影に向けて叫んだ。しかしそれは無駄だった。もはや彼自身にも止められない、筋肉隆々の男二人がくんずほぐれつる姿がハッキリ浮かんできた。

 

「弾!どうしたんだ?」

「な、なんでもねぇよ。……なんでもない」

「もしかして風邪か?季節の変わり目だし」

「いや、まぁ、そうかもな。ハハ……」

「マジかよ。ちょっとじっとしてろ」

「えっ?」

 

すると一夏は顔を寄せると右手を弾の額に置いてきた。

 

「熱は……触った感じないみたいだけど」

「あばばばば」

 

僅か数センチという一夏とのゼロ距離状態に弾はキョドりまくった。

 

 

……いやいや落ち着けよ俺!

弾は己を落ち着かせるためにすごく大きく振りかぶ……深呼吸する。俺はそっちのケはない。当然だ。俺はノーマルなんだ、そしてスケベだ、超が付くくらいの女好きなんだ…。そう心で念仏のように唱えながら。

 

……でも一夏って何か良いニオイがするんだよな……。

 

「って何でやねん!」

弾はいきなり沸いてきた己の深遠の声にツッコむ。そんな友人のいきなりの咆哮に一夏は引いた。

 

「弾お前……本当に大丈夫か?どうしたんだよ」

「あ、ああ大丈夫、大丈夫ですよ一夏殿」

「…殿?なぁやっぱ体調悪いのか?触った感じ熱はないみたいだけど、身体火照ったりする?」

「火照る……?」

 

 

 

『関羽殿、この身体を疼く火照りはそう簡単には消えてくれませんぞ……』

『孔明殿……ならば今宵は共にその火照りを鎮めようぞ……』

 

 

「止めろぉぉぉぉぉ!」

「お、おい弾!なんだよ、何なんだよ!」

 

弾は頭を振り、その長髪を勢いよく揺らしてその幻影を振り払う。友の苦悩を何も知らない一夏はただ訳が分からず混乱するしかない。

 

弾は一人苦悩する。昨日好奇心に駆られてあんなモノを見てしまったばっかりに…!

 

 

そう。それは男にとってはネクロノミコンに匹敵する禁断の書、つーか理解できねー書。

友人の少女の訴えを無視し、紙袋に入っていたお宝、別名『BL』という禁書に触れてしまった罪。それが今弾に重く圧し掛かっていたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




女性の妄想具現化は恐ろしいものがあります。
「いやこれは流石にくっ付けるの無理でしょ…」という男の意見なぞ、開眼した彼女達の前ではそよ風のようなものです。恐ろしいものですよ。ある意味真夏の怪談よりよっぽどの恐怖感がありますね。



……でも、何と言うか、ソッチに行く気はないし、理解共感は全く出来ないのですが。
時に女性ならではの物凄く心情描写がお上手な作品もあるわけでして。
悔しい!…でも見ちゃうって感じで。……本当に恐ろしいものですよ。





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五反田弾の罪 (下)

風呂上り、鏡に映った髪の濡れた己の姿を見て「おっ!俺って実は結構IKEMENじゃね?」となったことがある人。
怒らないから手を挙げましょう……(スッ)





三国志。

それは他国の歴史伝でありながら日本人にとっても知らぬ者はいないだろう、と断言できるほどの人気のある物語である。

魅力のある武将に軍師。彼らが男、否漢の信念を懸けて覇権を争う様は人の心を熱くする。

故に彼らの物語は小説化に映画化、更には漫画化にゲーム化……全てのジャンルで繰り広げられている。例えどれだけの時が経とうとも、それはあらゆる媒体へと姿を代え、見る者に深い感動を与えているのだ。

 

しかしである。

よもや三国志の時代から二千年の時が経った現代日本で、漢たちの熱き物語が違う意味で熱く燃え滾る様になろうとは一体誰が想像出来たであろうか?

 

剣を持たずに竿を持ち、果ては「背を見せるは武人の恥」の屈強な武将達がガンガン後ろから攻められることになるなんて当時の一体誰が想像できただろう?……つーかそんなの誰も想像出来ねェよ!ノストラダムス先生でも予言不可能だわ。

 

まぁそんなこと言ったら「じゃあ俺らを女性化するのはいいってのかよ!」という英雄達の怨念の声が聞こえてきそうだが。

 

とにかく!人の想像とは無限であり、それを駆使して人は新たな世界を生み出してきたのだ。人の可能性とは凄まじい。

しかし一方で行き過ぎたそれは、時に理解できない異物として他者から認識される危険をも孕んでしまったのである。しかしそれでも人は強い。例え「日陰者」「ヤヴァイ人」と後ろ指を差されることになろうと『意思』を貫き通す強さを兼ね備えている生き物へと進化してきたのだ。

そして何より人間の知の探求とは恐ろしい。理解できないものに対し、嫌悪感を抱くと同時にそれを受け入れようともしてしまう性を持っているのだ。そう、あたかも一人のとある少年が「キモイキモイ」と呟きながらも、その禁忌本を読み進める手を止められなかったように……。

 

その先に待っているのは『破滅』か『新たな世界』か。

今ここにその禁忌に触れてしまった少年、五反田弾もその崖っぷちに立たされていたのであった。

 

 

 

 

 

 

「雨止まないな」

「そうだな」

 

一向に止まない雨に辟易した一夏によって飲食店の店先に避難して数分。雨は止むどころか弱まることも無く降り続け、一夏はため息混じりに曇天の空を眺めている。

 

「あっ今少し光った」

「ああ」

「そういやさ、昔『子供は雷を見たらヘソを隠せ』って言われたけどあの信憑性って何だろうな」

「さあな」

 

魂が抜けたような返事を続ける弾に、一夏が心配して顔を寄せる。

 

「弾大丈夫か?熱ないか?」

「大丈夫だって!デコ触るな!」

 

自分の体調を心配してくる一夏を手荒くあしらう弾。一夏が少し気分を害したように手を引っ込めた。弾はその様子を見て悪いと思ったが、今は気にするわけにはいかなかった。クールにならなければ。

 

チラリ、と隣に居る一夏をこっそりと伺うと、一夏は雨を見上げながら濡れた髪を掻きあげている。その仕草がやけにセクスィーで、思わず「君が一番セクシー」と言ってしまいそうになる。

 

弾は慌てて目をそらす。何考えてんだ俺は?

 

でもやっぱ改めて一夏ってイケメンなんだよなぁ……。

妙な気分になりながら弾は親友のことを考える。そりゃ美人として名高い千冬の弟なのだ。しかも顔のパーツがそっくりの。そりゃイケてるに決まっている。

 

決まっている。……だけど!

 

「だからなんでそんないいニオイするんだよ!」

耐え切れず弾は叫んだ。考えないようにしてもさっきから嫌でも香りが漂ってくるのだ。

 

「えっ?何?」

「何?じゃねーよ!よく考えたらおかしいだろ一夏!何だよそのニオイは!」

「は?……ああこれね。香水だよ」

「香水ィ?」

 

一夏とは程遠いアイテムに思える香水に弾は驚いた。

なぜそんなものを?女の園に入学した結果、そんなのを用いるチャラ男になっていたのか一夏は。

 

「セシリアに貰ったんだ。さっきカラオケ店出る前にトイレで少し吹きかけた」

「なんで俺相手なのにそんなの使う必要あんだよ!」

「なんでってカラオケで少し汗かいた気がしたから、それだけだよ。お前こそなんで怒るんだ?」

「べ、別に怒ってねぇよ」

 

弾は小さく鼻を鳴らすとそっぽを向いた。だが理由が分かった所で一夏から匂う魅力的な香りは変わらない。弾の手はイライラするように開いたり閉じたりしていた。

 

 

 

香水。

それは元は不快な体臭を隠す為に発明されたものだが、長い時を超えて今やその用途は主にファッション的なものへと変化していったものである。

更には『メスの本能を刺激する!』『吹きかけるだけで貴女も彼の女王様に!』といった本来の香水の意味合いとは斜め上の方へ行ってしまった商品も開発されるようになった。

 

ちなみにセシリアさんが一夏君にプレゼントしたのは、小瓶1本ウン万円もするというシロモノで体臭改善を目的にしたものではなく、相手を昂らせてそのまま『ベッド・イン!』する事を目的としたものであった。

故に策士セッシーは当然「わたくし以外の人の前では使わないで下さいね」と念を押したのだが、我等がワンサマーはそんなご立派なTPOなぞ持ち合わせちゃいない。単に汗の匂いを和らげるスプレー程度にしか考えていなかった。

 

こうしてDANの悲劇への流れは止まることなく勢いを増していったのである。

 

 

 

昨日触れてしまった三国志の男祭りによるデジャブ。そして今一夏から漂うやけに魅力的なニオイ。それにより弾の頭はパンク寸前になりそうだった。

この流れを変えなければ大変なことになる!弾は本能的にそう思った。大きく深呼吸をすると、和やかな笑みを浮かべてイイ匂いを発するイイ男に問いかける。

 

「一夏。帰ったらゲームでも……やらないか?」

「ゲーム?ああ、そうしようか。雨止みそうもないし」

「何やる?久しぶりに桃鉄なんてどうだ?」

「うーん……。あ、そうだ!無双ゲームやろうぜ、三国志のやつ。弾持ってたよな」

「はい?」

 

忘れようとした所に三国志を出すワン・サマーさん。悪気なぞ勿論ない、彼は何も知らないのだから。しかし今の弾にとってはその『三国志』というワードは大変デンジャラスなものなのだ。

 

「三国志……か……」

「あれ面白いよなー。よし俺の関羽の青龍偃月刀で全てをなぎ払ってやるぜ」

「……じゃあ俺孔明使おっかな……」

 

弾の頭にせっかく忘れようとした禁断の絵がムクムクと浮かんでくる。そして主の意思になぞそっちのけで脳内のヒゲと優男はおっ始めやがる。一瞬にして弾は正常な判断が出来なくなった。

 

男と女、男と男……。違いは何なんだろう……?

 

「三国志いいよなー。カッコイイし、俺もあんな漢になりたいよ」

「なぁ一夏」

「んー?弾はどの武将が好き?」

「男同士のセックスってどう思う?」

「えっ?」

 

一夏は朗らかに笑っていた顔を瞬時に引きつらせて弾を見つめた。

暫し桃源郷に行ったように頭がフワフワしていた弾であったが、自分を見つめる一夏の引きつった表情に慌てて我に返る。

 

「いや!違う!そういう意味じゃなくてだな!」

じゃどーゆー意味だ。弾は自分にツッコミを入れる。全く無意識に出てしまった。

 

「い、一夏……あの」

心なしか隣の一夏との距離が半歩分ほど広がったような気がする。弾は必死で言い訳を考えた。

 

「一夏、俺は……!」

「弾」

「はい!」

「雨も小振りになってきたし今のうちに行こうぜ」

 

一夏は明るく言うと傘を広げ弾に入るよう促す。それは普段どおりの一夏の姿。でも雨は全然小降りになんてなっていない。それに弾は気付いてしまった、傘をさす親友の手が震えていたのを……。

 

そのまま並んで歩く。ただ歩く際の二人の距離、これが広がったのは決して気のせいじゃない。さっきまでは触れ合う程近かったのに、今はあきらかに一夏のほうが外側に出ている。弾は泣きたくなった。

 

「一夏お前肩濡れてないか?もっとコッチに……」

「いや?気のせいだよ。アハハハ……ハ」

 

一夏のわざとらしい明るい声がキツイ。

弾は言い訳も何も考えられぬままクッソ居心地の悪い相合傘の中を歩いた。

 

 

 

 

豪雨の中を二人無言で歩く。喋らずともツー・カーで分かり合える仲、と言ってもこの無言状態はそれとは違う。弾は懸命に話題を探すが見つからず、一夏の方からも苦悩だけがよく伝わってくる。

 

一夏は傘の外に出る面積が多くなったせいか、しきりにうっとおしそうに濡れた髪を掻きあげていた。

『雨は男の色気を二割方増す』という昔からのお約束事があるように、雨に濡れた一夏の姿は妙な色気を発していた。しかもセッシー印の香水がそれに輪をかける。

 

このままでは長きに渡る友人関係が壊れてしまうかもしれん。とにかく誤解を解くこと、それには話題が必要だ。弾は必死に脳みそに総動員をかける、俺のチンケな脳よ、どうかいいアイデアを導いてくれ!

 

そこにヒゲと優男がスッと脳内に浮かんでくる。

お前らじゃねぇ。座ってろ。

 

しかし弾はようやく答えを導き出した。

姉だ。超絶シスコンである一夏には姉さえ出せば食い付いて来る。弾は己の導いた答えに満足そうに鼻息を出した。これを切欠にする!

 

「なぁ一夏。千冬さん元気か?」

「千冬姉?ああ、元気だよ」

「離れていたときもあったけど、今は一緒に暮らしているようなもんだからなー」

「うーん、寮生活でしかも学校では教師と生徒の関係だからあんまそういう意識はないけど」

「でもそれでも良かったじゃないか。また家族が側に居られるようになって」

「ありがとう」

 

一夏が嬉しそうに微笑む。子供のように純粋な笑顔だった。

そのいい笑顔に弾もほっこりする。そしてヒゲと優男が、一夏の笑顔というニフラム効果によって消えていくのを感じた。一夏すげぇ!

 

「にしても千冬さん美人だよなー」

「何だよいきなり」

「あんな美人奥さんに貰えたら最高だろうなーって」

「……まだ早いだろ、結婚なんて」

「そうかぁ?」

「そうだよ。だって千冬姉料理とかしないし。ガサツだし。だから俺がもう少し側に居てやらないと……」

「お前ってホントオカン系だよな」

「うるせー」

 

よし!いい感じだ。この流れで!

弾はいつもの関係に近づいたことでようやく張り詰めていた緊張を解いた。

 

「家事得意だし一夏って女みたいなとこあるよなー」

「女みたいって、お前なぁ」

「一夏の方がいい奥さんになったりしてな」

「何言ってんだお前」

「唯一の男性操縦者ってのはウソで実は女だったりして」

「はぁ?」

「案外セーラー服とか着たら似合うかもしれんな。お前女顔だし」

「……おい」

「そうだ。実は蘭の奴が昨日サイズ間違って服買ってきたらしくてさー。俺んち帰ったら試しにそれ着てみないか?新たな自分に会えるかもしれんぞ?……なーんt……」

 

なーんてな。

という言葉が続かなかった。一夏が引きまくっているのに弾はようやく気付いたからだ。

 

「一夏?ど、どうしたんだ?」

「お前、やっぱ今日おかしいよ色々……」

「な、何言ってんだよぉ。今のはアメリカン、いやチャイニーズジョークってやつだよ。ハハハ」

 

弾はそう言って一夏の肩を叩こうと手を伸ばす。

しかし一夏がスッとその手をかわした。

 

「あの、一夏さん?」

「弾。俺、その、用事思い出したからここで帰るよ」

「帰るって、じゃあゲーム……やらないの?」

「悪い。じゃあこれ。傘は弾が使っていいからさ……」

 

そうして一夏は弾に取っ手を握らせると傘から出た。そのまま一歩二歩とゆっくり退いていく。

暫し呆然となってした弾だったが、ここに来てようやく現状を把握した。これは……!

 

「違う!そういう意味じゃねェよ!俺はただ……」

 

「ガシッ!」と弾は下がろうとする一夏の手を掴んだ。このまま帰す訳にはいかない。今日一日の自分の態度、そして発言を思い出すと改めてその危うさに戦慄する。誤解されるに充分なものだ。

 

手を掴まれた一夏が恐る恐ると言った風に弾を見る。いつもの一夏を知る者からは考えられない弱々しい瞳。食べられることを恐れる小動物の姿、雨に晒された姿が一層それに拍車をかける。

 

 

 

『関羽殿……かわいらしいですぞ……』

『孔明殿……そなたもかわいらしい……』

 

 

 

「……可愛いよなお前……」

気付けばそんな言葉を発していた。

 

「弾……お前、そんな……」

「……ん?んん?……違う!そうじゃない!」

 

弾は必死で手を振る。違うんだ。暫し休んでいたヒゲと優男が急に「こんにちは」してきたせいなんだ!弾は半泣きになりながら詰め寄る。

 

「ヒィッ……!」

しかし一夏には弾の都合など知らないしどうでもいい。友の性癖を誤解した一夏は震えながら後ろに下がっていく。

 

「い、一夏!」

「ごめん!俺急いでるから!じゃ!」

 

一夏は背を向けると駆けて行こうとする。

 

「一夏ぁ!」

だから弾はありったけの想いを乗せて叫んだ。

 

男の魂の叫びにさすがの一夏も立ち止まる。そして恐々と振り向いてきた。

弾は眼を閉じると一呼吸する。

 

大丈夫だ。俺には、いや俺らには『魔法の言葉』がある。

どんなに拗れようとも元通りになる、絶対の『魔法の言葉』が。だから大丈夫、またいつもみたいに笑い合えるさ……。

 

そして弾は開眼し一夏と正面から向き合うと、その『魔法』を唱えるために口を開いた。

 

 

 

「俺たち……ホモ達だよな?」

そうしてニッコリ微笑んだのであった……。

 

 

 

決まった……。

弾は微笑んだまま、己の発した『魔法の言葉』を噛み締めていた。

 

『僕たち、友達だよね?』

それは魔法。どんなに大きく喧嘩しようとも、それさえ発せば仲直り出来る魔法の言葉。だって友達だから、かけがえのない親友だから……。そんな思いを乗せ相手にぶつかるもの。

 

だからこれさえ言えば絶対大丈夫、一夏もきっと分かってくれる。

弾は菩薩のような笑みのまま、そう確信したのであった……。

はずだった。

 

しかし一夏は顔面蒼白で今はハッキリ分かるほどガタガタ震えている。

あれ?何だこの反応?弾は首をひねる。ここは一夏が笑顔で駆け寄ってくるシーンじゃないのか?

何でだ?俺は確実に魔法を唱えたはずなのに。確かに言ったはずだ「俺たちはホモ達」だと。

 

いや待て。

…………ホモ達?ホモ達だってぇぇぇぇ!

 

「違う!なし!なし!今のなーし!ノーカンだ!間違いだ!」

弾は絶叫する。こんなの間違いだ。脳裏に住み着いたヒゲと優男のせいで間違ってしまったんだ!全部あの酢豚娘のせいなんだ!

 

しかし弾の思いをよそに一夏はくしゃりと顔を歪ませると深々と頭を下げてきた。弾は混乱する。

 

「一夏?」

「ごめん。俺……」

「一夏?俺の話を……」

「弾の気持ちは嬉しいよ。でも、俺はやっぱりお前とそういう関係になるのは考えられなくて、その……」

「あの、一夏さん?」

「ごめん!俺!お前の気持ちには応えられない!本当にごめん!」

 

そう言うと一夏は呼び止める間もなく全力全速で走り去って行った。

手の力が抜け傘を放す。降りしきる強い雨が弾を濡らしていく。

 

「……ちがう」

弾は呟く。

 

「……ちがうんだよ」

弾は雨の中誰も居なくなった場所で、誰に言うこともなくそう発した。

 

「俺は……」

全部あのヒゲと優男のせいだと。いやそもそも諸悪の根源はあの酢豚っ子だと、そう心で自己弁護して。

 

もうどうにもならないと分かっていても。それでも……!

 

「俺はホモじゃなーい!」

 

そう泣きながら叫ばずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

えぴろーぐ。

 

その日のうちに耐え切れず鈴に泣きながら相談した一夏によって、DANの罪は暴かれることとなった。

一夏を優しく抱きしめて慰めながらも、想い人を醜き獣欲によって汚し傷つけた、そう理解した鈴。翌日憤怒の酢豚大明神となってDANの下に向かった。

 

そこで更に「見ないで」と何度も頼んでいた約束も破られていたことが判明する。殺人者の目になる鈴。

役満にリーチどころかダブル役満に届きそうな命の危険を感じ、DANは即座に妹を売り渡した。せめてBL本の件だけでも助かろうとして。

これは蘭のせいだと、蘭が勝手に開けて見たんだと必死に、文字通り命を掛けて土下座し命乞いをした。

 

しかしそんなことはこの兄妹を昔から知る鈴には通用しなかった。

被疑者として妹は呼びだされ、そこで兄の嘘と罪は全て発覚する。

 

怒り狂う鈴から地獄のフルコースをその身に食らうDAN。五反田家に自業自得な男の絶叫が響く。

 

そしてその怒りは、兄によって事実無根の罪を被されそうになった妹も同じであった。

勝手に女の子の私物を開け盗み見た罪を被されただけではなく、鈴によって聞かされた己が兄の罪。それは想い人をよりによって実の兄により汚された……という最低のもの。その怒りは凄まじいものであった。

 

実際はそんな「アッー!」な関係には当然なっていないのだが、そんなのは怒れる女相手には意味が無い。女性がこうなったらもう何を言っても無駄なのだ。

 

兄の罪は怒れる妹の手によってたちどころに拡散された。

それは瞬く間に町内どころか日本さえも飛び越えて、一時間後にはイギリス、フランス、ドイツの少女までが知ることになった。正にグローバル化である。

 

噂の伝達による上乗せにより、最終的にDANは『雨の日に現れる戦慄の男色モンスター』という都市伝説レベルにまで行き着いてしまった。

『男はDANを見たら尻を隠せ!』なる最悪な格言さえ生まれ、誤解が解ける数ヶ月の間、彼はダンゴ虫のようにひっそりと暮らすことを余儀なくされたのであった。

 

 

 

 

 

 

「見ないで!」と言う女性の秘密を勝手に覗いちゃいけません。そんな大罪には必ず罰が当たります。

 

そういう訳で一夏(とDAN)の周りは今日も波乱です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




一夏がホモという幻想を一度壊したかった。イケメンシスコンホモなんてあんまりじゃないですか。せめてイケメンシスコンくらいにしてあげないと。

誰にでも秘密の趣味ってのはあります。あるものです。
それが犯罪ではない限りは決して騒ぎ立てるようなことはせず、そっとしておいてあげましょう。






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織斑一夏のBADEND

題名どおりの誰得BAD作品。何で不意にこんなの書きたくなったかは我ながら謎。決して私が最近振られたからとかそーいうことではないと思う。

今回のヒロインは鈴ちゃん。そしてもう一つ構想してる作品では箒ちゃんの予定。





「久しぶりね。元気?」

「ああ」

 

変わらぬ笑顔で手を上げて挨拶の意を示す鈴に、俺も軽く手を上げて返す。

 

「箒に聞いたんだけど、少し体調崩してたんだって?」

「まぁな」

「相変わらず不摂生な生活してんじゃないの?ファーストフードで済ませたりさ」

「かもな」

「あんなに家事全般得意だった一夏がねぇ。分からないものね」

「仕事が忙しいんだよ」

「気をつけなさいよ。もう若くないんだから」

「その台詞、千冬姉の前では間違っても言うなよ。命の保障はしないぜ」

「あはははは」

 

鈴が笑う。

昔と変わらない笑顔で。

 

 

 

……俺は、昔のように笑えているのだろうか。

 

「ねぇ一夏。ここも変わらないね」

笑い声を止めた鈴が眼前の小さな川を見ながら呟く。

 

「子供の頃さぁ、時々ここで遊んだよね。覚えてる?」

「そうだっけ?」

「うん。あたしはよく覚えてるよ。あたしにとっては大事な思い出だし」

「だからここに呼び出したのか?」

「うん……」

「そうか」

 

俺は鈴に倣って目の前の川を眺める。そうしていると気のせいか微かな灯火のような記憶がぼんやり浮かんで来た。子供の頃の俺と鈴。そして弾。

 

互いに無言で目の前の静かに流れる川を眺める。横目で鈴を伺うと思いを馳せるように目を閉じていた。鈴の長い髪が風に靡いて後ろに流れる。今はもうトレードマークだったツインテールじゃない。

 

「おめでとうって、言えばいいのかな?」

その変わってしまった鈴を見るのが少し苦しくて、俺は視線を川へと戻し、そう問いかけた。

 

「ん?なにが?」

「結婚」

「……そっか。知ってたんだ」

「三日前、久しぶりに飲んでた時に弾が口を滑らせた。アイツは自分の隠し事には向いてない」

「かもね。全く弾の奴はしょーがないわね。あたしから今日サプライズで言おうと思ってたのにさ」

「それは残念だったな」

「後で叱っとかなきゃ」

「程々にしとけよ。……おめでとう鈴」

「ありがと」

 

ここで初めて互いに向かい合う形で祝福の言葉を述べた。

鈴が笑う。綺麗な笑みで。

 

……俺は今、ちゃんと笑っているのかな?

 

「弾なら心配ないな。絶対上手くやっていけるさ」

「そうかなぁ……。不安の方が大きいけど」

「何だよそれ。弾が聞いたら泣くぞ」

「ふふ。かもね」

「ったく。嫁さんになるんだから、ちゃんと夫を立ててやれよ。ガキの頃とは違うんだからな」

「一夏の方はどうなの?」

 

そこで鈴が不意に問いかけて来る。

 

「なにが?」

「今も変わらず女の子をとっかえひっかえしてるんかなー?って」

「人聞きの悪い事言うな」

「でも箒が愚痴ってたわよ。配属先でも相変わらずのモテっぷりなんだって?」

「別に」

「あんま女性を泣かすんじゃないわよ。一夏こそ昔と違ってもう女性関係で刺される歳になるんだから」

「物騒なこと言うんじゃねーよ」

「『嘗ての唯一のIS男性操縦者、痴情のもつれで刺される!』なんて三面記事はごめんだからね」

「止めろバカ」

「ごめんごめん」

 

鈴は小さく舌を出すと俺から視線を外した。俺も外して空を見上げる。

どんよりした曇り空。あんまり好きじゃない。

 

「一年くらい前からだって?」

「何が?」

「弾と正式に付き合い始めたの」

「……うん」

「ふーん。そっか」

「なに?言いたいことあるなら言ってよ」

「あの時俺と別れたのは、既に鈴の中で弾の存在があったからかなって思ってさ」

「そもそも本当に付き合ってたの?あたし達」

 

少し声色が変わった鈴に俺は黙り込む。

 

「いや違うか。少なくともあたしの方は付き合っていると思っていた、ううん思いたかった。でも一夏は違った。でしょ?」

「……どうだったかな」

「そもそも彼氏とデートするのに順番待ちなんて普通じゃないし。今週は箒、来週は簪。再来週は……誰だっけ?名前忘れたけどあの背の高い美人さん。エトセトラエトセトラ……。さてここで問題です、恋人(仮)の鈴ちゃんがデート出来るのは一体何時になるのでしょー?」

「止めろ」

「エッチするのにも順番待ちだったもんねー。水曜日はあの子と、金曜日は別の子と。そんで日曜日、ようやく鈴ちゃんの出番が回ってきたかと思いきや!何といきなり現れた新たな別の刺客によってドタキャンであります。そんなイチモツの先が乾く暇も無い恋人(仮)に人知れず涙を流す日々。嗚呼!なんて可哀想な鈴ちゃんでしょう……」

「止めろつってんだろ!いい加減にしろ!」

 

鈴の婉曲した非難に俺は振り払うように叫んだ。

もう沢山だ。

 

「今のその叫び。あたしの方が言っていい資格があったと思うのですがね」

「俺の方から誰かに色目を使ったことや誘いをかけたことなんて一度も無い」

「そうね。それは確かにそうだったと思う。でもどうあれ一夏の周りには常に女がいたじゃない。それがあたしには耐えられなかった。例えそこにどんな理由があったとしても」

「それで俺を見限ったわけだ」

「……そうね」

 

俯いてか細く答えた鈴に罪悪感が芽生えてくる。分かってる。悪いのは俺だった。全部俺の罪だ。

気持ちを落ち着かせようとしていると、鈴が小さく頭を下げてきた。

 

「ごめん。怒ってる?」

「怒ってない」

「本当に?」

「ああ」

「そっか。良かった。……ごめんね、こんな事言うつもりじゃなかったのに。こうやって話すの久しぶりなのにね。もっと楽しくお話したかったんだけどなぁ」

 

鈴が自分の頭を小突きながら寂しげに笑う。

そう。思えばいつもこうやって気を遣わせてばかりだった。

 

「なぁ鈴。俺もずっと聞きたかったんだけど」

「ん?なぁに?」

「お前の方こそ怒ってないのか?」

「怒る?」

「それが俺に愛想尽かした理由なんだろ。今はどうだ?まだ俺を許せないか?」

 

鈴は一瞬考え込むような仕草を見せたが、すぐに向き直ってきた。

 

「怒ってないよ。今もそして昔も」

「嘘だ」

「本当だって」

「じゃあどうして」

「怒ったわけじゃないし、憎んだわけでもない。ただ……疲れたのよ」

 

鈴が自嘲するかのように笑う。

 

「怒ったり憎んだりする内はまだ良かったのかもね。でもあたしは疲れちゃったんだ。一夏といるのが」

「疲れた…か」

「うん。IS学園卒業して皆それぞれ自分の道行っちゃったよね。あたしね今だから言うけどさ、確かに別れは寂しかったけど、一方では喜んでいた部分もあったんだ」

「なんで?」

「これで一夏を独占出来るかもって、そんなこと思ったの。ヒドイでしょ?あんだけ一緒に濃密な時間を過ごした大切な友達なのに」

 

どう応えればいいのか分からず俺は黙り込む。

 

「でも環境が変わっても一夏の境遇は変わらなかった。変わったのは一夏を囲む周りのメンツだけ」

「俺は……」

「分かってるよ。『そんな気は無かった』って言いたいんでしょ?でもそんな理由あたしには関係なかった。あたしはただ自分だけを見て欲しかった。一夏を独り占めしたかった。それがどうしても叶わないって分かったとき、ただ疲れちゃったのよ」

 

それが鈴の願いだというなら、俺はどんな仕打ちを彼女にしていたのだろう。

足元に転がっていた石を拾うと、それを弄りながら自分の過去、そして今を思う。

 

 

……本当に俺は何も変わっちゃいない。

 

「さてと。あーあ、変な昔話になっちゃったね」

「そうだな。……なぁ鈴」

「んー?」

「弾のこと好きか?」

「今更何言い出すのよ。その相手と結婚というものを控えている女性に向かって」

「俺よりも?」

 

そう言って弄んでいた石を川に向かってサイドスローで投げつけた。

投げた石は水面をジャンプすることなく水中に沈んでいく。

 

「あーあ。昔は3段ジャンプくらい出来たのになー」

「ねぇ一夏」

「ん?」

「自惚れないでよね」

「だな。冗談だよ。ごめん」

 

昔とは違う。

そんなのは当たり前だ。

 

「じゃあね。あたしそろそろ行くわ」

「そうか」

「結婚式出てくれる?」

「勿論。親友と幼馴染との式だからな。喜んで参加するよ。何なら式でお馴染みの、友人代表として祝辞でも述べてやろうか?それか二人を称える歌を歌ってもいい」

「あはははは。それいいかもね」

「だろ?」

 

鈴と暫し笑いあう。

こんな風に二人で笑い合うのは最後かも、と思いながら。

 

「じゃあ正確な日取りが決まったら案内状送るから」

「了解」

「一夏も駅まで一緒に行く?」

「いや。俺はせっかくだしもう暫くここにいるよ。故郷も久しぶりだったから」

「そう。……じゃあね一夏」

「おう」

「身体気をつけなさいよ」

「ああ」

 

そして背を向けて歩いていく鈴の背中を見送る。その小さな背が見えなくなるまで。

鈴は一度も振り返ることなく歩いていった。ただ前だけを向いて。

 

 

そうして俺達は久しぶりの出会いを終えた。

 

 

 

 

 

鈴の背が完全に見えなくなった後、俺は地面に座り込んだ。

そのまま目の前の川、そして曇り空へと視線を移す。

 

そうやってぼんやり眺めているとポケットの携帯が鳴りだした。取り出して確認する。表示される苗字、取引先で知り合った女性からだった。そういえば先日しつこく聞いて来るから番号交換したっけ。

 

名前は何て言ってたかな?顔も……よく思い出せない。

 

暫しその画面を眺めていたが、それをポケットに押し戻した。そのまま腕を枕にして横になる。

 

さっきまで一緒だった鈴のことを思う。

既に前を向いている鈴。それが誇らしく、羨ましく……そして悲しい。

 

「幸せにな。鈴……」

 

最後まで直接言えなかった言葉をいなくなった相手に向けて言う。

ただその言葉は届けたい相手に届くことなく曇り空へと消えていく。

 

 

携帯は未だ鳴り続けている。その一向におさまらない着信が、相手の執念のように感じられて煩わしい。それを遮断するように目を閉じる。すると脳裏に、この川辺で無邪気に遊ぶ三人の子供たちの姿が浮かんできた。

 

その己の創り出した儚き幻影が何故か涙が出そうになるほど懐かしくて。

俺は右手で両目を覆い、小さく笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




女性は子供っぽい夢や幻想を捨てきれない男と違い、絶対的にリアリストだそうです。


ハーレムなんて許されるのは学生の頃だけ(まぁ実際はそれも許されませんが)一夏に限らず世のハーレム主人公達も何も変わらぬまま、答えを出さぬまま時が流れていけば、強い女性はそんな男を置いてさっさと前に進んでいくのかもしれませんね。

そんなある意味変わらなかった一夏のifのお話でした。
まぁ一夏さんは実際誰かこの人と決めたなら、その人をずっと一途に想い続ける男だと思いますけど。




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織斑一夏の『鈍感問答』

クッソ暑い部屋の中、汗だくパンツ一丁でfateの『聖杯問答』の回をボケーと見ていた時に思いついた話。
タイトルに意味なし、内容に意味なし、オチなしの三拍子揃った話。

一応のテーマは『イケメンの鈍感は罪なのか?』
……だった。当初は。

……全てはこの暑さのせいなんです……。





「皆様お集まり頂きありがとうございます」

セシリア・オルコットは集まった面子を見渡すと深々と頭を下げた。

 

「今回は何?セシリア」

シャルロット・デュノアが懐疑の視線を存分にプレゼントしながら尋ねる。

このお嬢が発起人で何かする場合、大概他人を巻き込んでの悲劇が訪れる。それを想像しシャルロットは早くもため息を吐いた。周りが変人だらけの中にあって彼女のような常識人はいつも大変なのである。

 

 

「お前が大事な用だと言うから予定をキャンセルして来たんだからな」

篠ノ之箒が怒気を含んだ声でセシリアを軽く睨む。ボッチ疑惑に定評のある箒さんに本当に予定があったのかは謎だが。

 

「どーせアンタのことだからロクでもないことでしょ」

凰酢豚がアクビを噛み殺しながらつまらなそうに言う。珍しくも彼女は今回はノータッチ・ノースブタだった。

 

「コホン。ところでシャルロットさん、ラウラさんは一緒じゃないんですか?」

「ラウラは織斑先生に呼ばれたみたいで来れないって」

「そうですか。仕方ありませんわね」

「それより一夏はどうした?今朝から電話しても繋がらないんだ。鈴お前何か知ってるか?」

「そういや昨日の晩、千冬さんに急な用事頼まれたって言ってたっけ。多分それじゃない?」

「そうなのか?それでも電話に出るくらい出来るだろうに。全く一夏の奴は……」

 

「ハイ!皆さん注目お願い致しますわ!」

女子特有の話が別方向に長くなるのを遮るため、セシリアが場を制するように大きな声を出した。

 

「なによ?何企んでるの?」

「失礼な。ただ本日忙しい中皆様にお越し頂いたのは他でもありません。一夏さんについてですわ」

「一夏について?どういうことセシリア」

 

シャルロットの問いにセシリアを目を閉じる。そしてゆっくりと口を開いた。

 

「……一夏さんは素敵な人ですわ……」

「ハァ?アンタ急に何を」

「優しく頼もしく逞しく美しく更には知的で……正に男性の鑑というべき御方ですわ……」

「いや?どこぞのセカンドとかいう酢豚しか頭にないパクリ民族……とは違う正当な幼馴染として一言言っておくが、最後の知的だけはどうかと思うぞ」

「正直たまりませんわ……ぐふふ」

「セシリア。君ねぇ……」

 

自称正当派幼馴染さんの忠告なぞ耳に入らない様子のアホ面満開のトロ顔に、シャルロットは呆れるしかなかった。コッチはお嬢様の妄想劇場に付き合うほどヒマじゃないってのに。なんだよもう。

 

「一夏さんこそオルコット家の当主に収まるべき唯一の御方。その思いは揺らいだことはありませんわ」

「調子のるな尻」

「寝言は尻で言ってよね」

「尻ねばいいのに」

 

「ただそんな完璧な一夏さんにも唯一の気がかりな点があるんですの……」

三者三様のブーイングにもめげることなくセシリアは続ける。尻がデカイ人は心もデカイのだ。

 

「なによ?一夏のこと悪く言うつもりなら、どっかのファーストとかいう先着順に酔ってるだけの掃除用具さん……とは違う真の幼馴染として一言申さずにはいられないから」

 

幼馴染、という記号に縋ることしか出来ない人って悲しいね。ボクから見れば五十歩百歩だよ。

シャルロットは僅かな冷笑と共にそう思った。

 

「腐れ酢豚は後で中国まで蹴り飛ばすとして、要は何が言いたいのだ?セシリア」

 

箒の問いにセシリアはゆっくりと語りだす。

 

「……一夏さんの唯一の懸念事項。その『鈍感』さについてですわ……」

「っ!セシリアそれは」

「ア、アンタ」

「今更そこに触れるというのか……」

 

集まった他三人の少女たちはその発言に驚きを隠せなかった。

IS業界において一夏=超ド級の鈍感というのはデフォであり、また一種の闇でもあるからだ。

 

「心苦しいですがわたくしは、いやわたくしたちは向き合わざるを得ないんですの。この事実に」

「だがセシリア、お前なんで急にそのことを?」

「そうだよ何で今更。どうしたの?」

 

箒とシャルロットの詰問にセシリアは「ふぅ」と悩めかしいため息を漏らす。そこには苦渋の決断を下したであろう少女の苦悩が表れていた。

……が、一応このお嬢とマブタチやっている鈴だけは気付いていた。どうせ実際はご大層な理由なんぞありゃしない。このセッシーのことだから映画か雑誌かなんかに影響されてのことだろう。

 

「箒さん」

「な、なんだ」

 

急に呼ばれた箒が若干どもりながら返事する。

 

「一夏さんと一番付き合いが長いのは箒さんです。そんな貴女にお聞きしたいんですの」

「いや付き合い長いのはあたし」

「箒さん。一夏さんは以前から、その、何というか、時にあのような鈍さがある御方だったのですか?」

「そうね……確かにアイツは中学の頃から……」

「箒さんどうなのです?」

 

セカンドをあからさまに無視するセッシーに、ファーストは「ざまぁ」と溜飲を下げながら答える。

 

「そうだな。確かに一夏は昔から女性の好意に疎いところがあった」

「そうですか」

「ああ。幼馴染として心苦しいがこの点は庇いきれない」

「昔からというと、やはり根は深そうですね」

「だな。私はアイツにもっと人の気持ちを思い遣る心構えを持って欲しいと思っているのだ。過ぎた鈍感は時に人を傷つける。そしてそれは断じて優しさなどではない」

 

箒は腕組みをしながら彼女らしい意思の篭った口調で言う。

鈴は「オメーが言うな」的な少し納得できない思いを抱きながらも彼女に同調する。

 

「まぁ確かにねー。一夏の鈍感具合は度が過ぎてるわ」

「鈴もそう思うか?」

「そりゃあね。アイツ人が勇気振り絞って例えた告白も綺麗にスルーしやがったり……あーなんか思い出したらムカついてきた」

「例の『酢豚を毎日作る』の件か?確かにそれは酷いよな」

「でしょ?アイツのあの鈍感具合はホントにどうしようもないわ。女の子の気持ちを何にも分かってない」

「うむ全くだ。私も付き合うの意味を『買い物に』という風に勝手に捉えられたしな。全くあの場でどうやったらその方向に持っていくと言うのだ。鈍いにも程がある!」

「うんうん。それにさー……」

 

普段いがみ合うことが多い二人だが、ここは仲良く同調して共通の幼馴染をディスりまくる。

セシリアは難しい顔をして二人を眺める。「水を向けたのはオメーだろうが!」と言われれば確かにその通りだが、やはり想い人がディスられるのを見るはいい気分がしない。

 

「でもそれってどうなのかな」

しかし暫し考え込むように黙り込んでいたシャルロットが場の空気を変える。

 

「鈴だって直接ハッキリと一夏に想いを伝えたわけじゃないんでしょ?」

「な、なによぉ。いきなり」

「鈴のことだし何時もの友達面を出しながら、照れ隠し気味に言ったんじゃないの?」

「うっ」

「そんなの気付けって言う方が無理じゃないかな?」

「なんだシャルロット、一夏が場に居ないここでもあいつの肩を持つのか?相変わらずお優しいことだな」

「……箒だって直接男女の意味で付き合ってくれ、なんて絶対言ってないくせに。言葉足らずな自分のことは置いて一夏の揚げ足ばかり取るなんてさ。『幼馴染』として恥ずかしくないの?」

「なんだと!」

 

箒さん大噴火。沸点爆発の怒りの目でシャルロットを睨む。しかし彼女は動じない。

 

「だいたい一夏のこと鈍感鈍感責めるけどさ、じゃあ鈍感じゃない一夏って何?一夏に何を求めているの?」

「何ってお前、そんなの私がさっき言っただろう。向けられる女性の気持ちや、隠された言葉の意味を鋭く察することが出来るような……」

「ふーん。じゃあ箒は一夏が自分が異性から人気あることを自覚し、甘い言葉や艶かしい言動で女性を虜にし誑かすような、そんな男性になって欲しいってことだね」

「そ、そんなことは言っていないだろ!」

「もしかして箒ってホストみたいのに憧れがあるんじゃない?」

「いい加減にしろシャルロット!」

 

箒が拳を固めて立ちあがる。

 

「どうして一夏の鈍感をどうにしかしたい、という思いをそんな風に捉えることが出来るんだ!」

「別に。ただ鈍感な面も含めての一夏じゃない。それを一方的に否定するなんてどうかと思っただけ」

「まぁ箒いいじゃない。他の子たちはあたしたちと違って一夏とはまだ短い付き合いなんだしさ。一夏を思い遣る気持ちの持ちようってやつも違うのよ」

「過ごした年月よりも大切なのはその中身じゃない?過ごした時間だけに囚われた『幼馴染』様には分からないかもしれないけど」

「ちょっとアンタ、それどういう意味よ」

 

鈴の猫目が鋭く上がる。

 

「まぁまぁ皆さん落ちついて」

「お前は黙って一人でそのデカ尻でも振って遊んでろ」

 

ヒートアップする場を抑えようとしたデカシッリーさんの勇気ある行動を、モッピーが一刀両断する。そのあまりな言葉にセッシーも案の定ブチ切れた。

 

「言ってくれましたわね……!大体一夏さんはあれだけ人を惹きつける特徴をお持ちになりながら、女性に対しては少し鈍い初心なところが魅力の御方でしょうに。それを全否定するなんてどうかしていますわ!」

 

いや待て。そもそも一夏の鈍感に対する会を開いたのは君でしょ。

シャルロットは当初の目的を忘れ去ったであろう、無責任な発言をほざく開催主をジト目で睨む。何ていう勝手な人、否尻だろう。でも今はそれよりもこのアホ幼馴染ーズが先だ。

 

「私は全否定なぞしていない!ただ幼馴染として一夏に欠点を直して欲しいと願っているだけだ!」

「そーだそーだ」

「そういうのが世間では余計なお世話って言うんだよ。別に幼馴染って恋人でも何でもないのに」

「シャルロットさんの言うとおりですわ」

 

いつの間にか場は日中幼馴染同盟VS仏英金髪連合の体をなしていた。この状態を打開するためには第三者の存在が必要不可欠であるが、生憎そのピースである独の少女はここにいない。

 

 

ガルルルルル……キシャー!

という唸り声さえ聞こえてきそうなキャットファイトを漂わせる空気に、廊下を歩いていた他生徒も窓の外を飛んでいた鳥も、本能的な身の危険を感じてこの辺りから離れていく。

 

 

はた迷惑なお尻さんの余計な提案により、今IS学園の一室では一触即発の戦争状態に突入しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

一方そんな修羅場漂うIS学園という魔境から、遠く離れたとある場所では……。

 

「一夏!早く早く」

「走ったら危ないぞ」

「おお、何だここは。真っ暗だ」

「深海魚のコーナーだな」

「あはは。変な顔の奴がたくさんいるぞ。面白いな」

「そうか、良かったな。……でもまさか千冬姉に頼まれた用事ってのが、ラウラと出かけることだったとはなー」

「以前教官に日本のことをもっと知りたいと頼んでいたんだ。覚えていて下さったとは、さすが教官だ」

「でもそれで連れてきたのは結局水族館だしなぁ。我ながらこれじゃ日本の文化も何もないな。俺こういう案内には慣れてなくてさ、寺とかの方が良かったか?ごめんなラウラ」

「気にするな。私は一夏と一緒なだけでとても楽しいんだ」

「そ、そうか。……ありがとラウラ」

「ほら嫁!早く奥に行くぞ」

「ラウラ急いだら危ないって。……やれやれ、じゃあ夫婦同士手を繋いでゆっくり歩いて行こうか」

「そうだな!」

「よし。暗いから気をつけろよな。ラウラ」

「分かった」

 

アハハ…ウフフ……。

 

そんな微笑ましい男女の幸せ空間がありましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

鈍感と言われる人相手には、結局のとこ自分の純な想いをこれでもかと真っ直ぐにぶつけられる人が勝利するものです。

世の鈍感にお悩みのヒロインたちはツンデレなぞしてる暇があったら『毎日酢豚、じゃなくご飯作らせてよ!要はあたしと結婚しろってことよコンチクショー!』とか『付き合ってくれ!私はお前と幼馴染の壁を乗り越えて恋人になりたいんだ!』とか超ド級の鈍感野郎にも、己の想いをハッキリ届けるような努力でもしましょう。君に届け。

 

 

 

そういう訳でIS学園の戦争勃発をよそに一夏とラウラは今日も平和です。

 

 

 

 

~オチがないまま終わる~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




終わりです。オチないまま終わりです、すみません。
ただ決してこのテーマに飽きたわけでも、話が思いつかなかったわけでもなく、逆にこのテーマで書きたいことが多過ぎて、以前の定食シリーズなみの長さになる恐れがあると思い、ここで止めました。

代わりに少しここで徒然なるままに。

『鈍感(対女性限定)』とはラブコメでは主人公が持つ絶対的なスキルといえるでしょう。このスキルを持ってない主人公なんて昨今いないと断言できますし、我らがIS業界が誇る主人公である一夏さんも、このスキルを存分に持ってやがります。
でもまぁ当然っちゃー当然ですよね。これがないと話が続くことなく「あなたが好き!」「俺もだ!」の
一話で終わっちゃいますから。

ただこれがあるせいで時に、というかほぼ必ずラブコメ・ハーレム主人公は読者のヘイトを受けるハメになります。
これが神にーさまのようにやんごとなき理由で女性をおとしていく場合、若しくは鬼畜王さんのように「全ては女は俺のモノ!」という風に突き抜けていればアレですが、こんなのは中高生や我ら繊細なオタクには中々受け入れるのは難しく、結局は受身の自称凡人草食君がハーレムを創るという謎の展開に……。

とまぁそれは置いといて。
そういう意味では一夏はある意味珍しい主人公と言えるかもしれません。ISというものが存在する世界観とはいえ、こと学園のラブコメという観点で見れば、主人公が明確なイケメンですから。

ただこのイケメンというのが個人的に曲者だと思う時があるわけでありまして…。
私のように作中で主人公がモテる理由なんかを探してしまう捻くれ者にとって、主人公がイケメンというのは、モテることへの疑うことのない全うな理由となるわけです。

しかしこうなると性格の面がどうも難しい。
例えば親友の弾に「一夏ってモテるよなー」と言われれば、原作の彼なら「そんなことあり得ない」と間違いなく完全否定するでしょう。読者からすれば「ふざけんなボケ!」と血の涙を流すことでありますが、仮に同じ質問に対し「うん。困るほどモテてるよ」という己の環境・境遇を冷静に見極める一夏だったりしたら……これもまた微妙な思いになります。

ハーレムものは、平凡主人公がルックス等を気配りなどの性格でカバーしてハーレムを創る、というのが一般的ですが、イケメン主人公が更に性格まで気配り上手なイケメンだったとしたら、もうこりゃある意味どうしようもなくなると思うんですよ。感情移入もクソもない、完璧すぎて。
……私はこういう主人公の作品を見てみたいですが。


とにかく要は批判が多い一夏さんの鈍感模様ですが、こと学園ラブコメという面では仕方ないのかなー、ということを何故かFateのDVDを見ているときに思った次第でありました。イケメンも色々大変なんですよ、たぶん。私には分かりませんがね!


さて。クッソ長く尚且つすっげーどうでもいいあとがきになってしまいました。
全てはエアコンの調子が悪く、日々腐りかけた酢豚のようになっている作者の脳みそのせいということに。





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五反田弾の悪夢

子供の頃はゲームにおせちにお餅にお年玉エトセトラ。
楽しい思い出しかないお正月も、大人になると出費が嵩んだり、面倒事が多くなるものでして。





正月。それは全ての人にとって一年で一番の憩いの期間。

家族を連れて実家に帰省する者。海外旅行と洒落込む者。愛する人とのラブラブっぷりを神様に見せつけに行く者など各々それぞれがそれを満喫する。

 

正月。それは誰もが『いい夢』を見るための特別なものなのだ……。

 

 

 

 

五反田弾は自室で漫画を見ながら熱々の餅を貪っていた。餅の食感を楽しみながら弾は幸せを噛み締める。煩わしかった家族親類の挨拶が一段落して、ようやくのんびり出来たからだ。お年玉は嬉しいが思春期真っ盛りの高校生の少年にとって大人の集まりは居心地が悪い。

 

「うまっ、やっぱつきたては違うな」

熱々のお餅、トッピングはきなこに小豆、ついでに砂糖醤油。それさえあれば何もいらない。弾は新年のめでたさと世の平和を詠いながら、ただただ幸せを感じていた。

 

「よぉ。邪魔するぞ」

 

しかしいきなり響く声と共にノックもなしに戸が開かれた。驚いた弾が視線を向ける。

 

「一夏?」

「あけましておめでとう弾」

「ああ。おめでと……で、どうしたんだ?正月早々いきなり」

「迷惑だったか?」

「そうじゃねぇけどさ」

「ちょっと相談したいことがあってさ」

 

相談?弾は一夏に座るように促すと、頭をかきながら身体を起こした。正直寝正月を満喫したいところだが、親友の相談とあれば無視するわけにもいくまい。

 

「わぁったよ。それでどうしたんだ?また鈴と喧嘩でもしたのか?」

「喧嘩とは違うけど鈴のことだよ。よく分かったな」

「マジか。適当に言ったのによ。ったく新年早々しょうがねぇな」

「そう言わないでくれよ。俺的には一大事なんだからさ」

「へいへい。じゃあ聞かせろよ。どうせくだらないことだろうけどさ」

「それなんだけどな……」

 

一夏はそこで難しい顔を作ると、弾が食べていた餅の残りを取って食べ始めた。それがとっておきの最後のきなこ風味だったので弾は少し悲しくなる。

 

「うまいな。小豆もいいけどやっぱ餅はきなこだな」

「まぁな」

「納豆で食べるところもあるらしいけど、あれってどーなのかな?」

「どーでもいいじゃねぇか」

 

餅を食いながらのほほんと話す一夏に弾はDANDAN苛々してきた。

 

「おい一夏。早く言えよ」

「実は妊娠しちゃったみたいでさー」

「はぁ?くだらない冗談言うなよ、まだ脳みそ寝てんじゃねぇのかお前」

「失礼なやつだな」

「一夏くん。男の子ってのはね?絶対妊娠できないの。分かった?ならウチ帰って早く寝てなさい」

 

弾はやさしく親友に言い聞かせるとごろんと横になる。一夏はこんなくだらない冗談を聞かせるために、人の幸せな寝正月気分を壊したってのか?まったく。

 

「おい弾。真面目に聞いてくれって」

「何だよしつけぇなぁ。そんなに心配なら病院逝ってこい」

「もう行ったよ」

「へー。それで医者はなんだって?脳に疾患があるって言われなかったか?」

「お前こそいい加減にしろ。何で俺が妊娠するってんだよ。鈴だよ鈴!」

「なにぃー!!!」

 

弾大絶叫。新年度の初っ端から今年一番のサプライズであります。

 

「り、り、りり、り、りり、鈴?」

「ああ」

「お前、お前お前お前!鈴と、そ、そんな関係だったのか?」

「ああ」

「で、でもよ!妊娠するってのは当然その『行為』をしなければ出来ないんだぞ!分かってんのか一夏!コウノトリが運んでくるってことはないんだからな!そ、そう、具体的にはおしべとめしべがだな……」

「セックスしたに決まってんだろ」

「Oh……」

 

その言葉に弾は膝を付く。

いつかはこの二人が結ばれれば……と望んでいたが、実際聞いてみるとその場面がぼんやり浮かんでしまい、勝手だがすげーモヤモヤするのに気付いた。

 

「それで、どうするかって話なんだよ……」

「ど、どーするってお前」

「俺ら学生だしさ。更にはIS学園なんて特殊な環境にいるわけで」

「あ、ああ」

「正直俺らだけで子供を育てるのは厳しいって分かってる」

「一夏……」

「俺はまだまだガキだ。何の身分も保証も力もない。幼い綺麗ごとだけじゃみんな不幸にしてしまう」

「そうだな……」

 

家族を養う、それは決して簡単なことではない。

しかも一夏は学生の身分で年齢的には庇護が必要な子供である。そんな者がどうやって妻と新たな生命を養っていけるというのか。

本来はとてもめでたいことなのに……本当にままならない。

 

「一夏お前さぁ。何でちゃんとしないんだよ……」

「ちゃんと?何をだよ」

「何ってお前、避に……」

 

避妊のやり方知ってんのか?

と言おうとしたが、流石にいくら一夏相手にもそれは失礼だと思い弾は言葉を飲み込んだ。

 

「……で?一夏。お前はどうしたいんだ?」

弾は難しい顔で親友に聞く。結局大事なのは一夏の心構えなのだから。

 

「厳しいのは分かってる」

「ああ」

「何も分かってない、甘いと言われるのも分かってる」

「ああ」

「それでも……それでも俺は新たに授かった命を失わせる真似はしたくないんだ!」

「よく言った!それでこそ一夏だ!」

 

弾は誇らしい思いで親友の決断を後押しした。

世間からは甘いと言われるだろう。年長者がいたならばその無知を厳しく叱責されるに違いない。

 

それでも、これが織斑一夏なのだ。

これが自分の親友なのだ。

 

「それで今日お前に会いに来たのは、サポートを頼みたいからなんだ」

「任せとけ。俺に出来ることなら何だってしてやる!それは約束する」

 

胸を叩いて弾は力強く返す。

大切な友人を、そしてその愛の結晶を守る為だ。どんなことだって協力してやるさ!

 

一夏が安心したように笑う。それを見た弾も微笑み返す。

きっと厳しいこと、辛いことがたくさん待ってるに違いない。でも大丈夫、この二人ならきっと……。

 

弾は友人として、大切な二人の末長い幸せを願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

「そっか。じゃあさっそく頼むわ」

「へっ?」

 

バターン!

一夏ののほほんとした声に弾が一瞬呆けると、いきなりドアが蹴り開けられた。

 

「ニーハオ」

「鈴?」

「あけましておめでとう、は言わないわよ。中国じゃ正月は来月だし」

「んなことどーでもいいよ!何なんだよ!」

「愛しいベビーが産まれたからさ、さっそく弾に手伝ってもらおうかなと」

「……は?」

 

何て言ったコイツ。産まれた?

弾のチンケな頭は酒でも呑んだようにクラクラしてくる。

 

「そっか。がんばったな鈴」

「うん。ねぇ見て一夏そっくりでしょ」

「ほんとだ」

「天使みたいでしょ」

「天使だな」

 

あはは、うふふ……。と早速親バカっぷりを見せる二人に弾の思考は追いつかない。

追いつかないが、だからこそ叫ぶしかなかった。

 

「なんでいきなり子供が産まれんだよ!十月十日っていう常識があんだろ!」

「それはあれだよ」

「何だよ!」

「だってISだし」

 

そう。ISは全てを可能にする。

細かい設定?常識?時空列?……ISは深く考えるな、ただ感じるんだ。

 

「無限の可能性の前にはそんなの微々たるもんだよ」

「ふざけんな!おかしいだろ!」

「弾うるさい!マイベイビーが泣いたらどうすんのよ!」

「あっごめん」

「まったく弾おじさんはしょうがないよなー」

「しょうがないおじさんでごめんねーベイビーちゃん」

 

いきなり理不尽に責められる流れにも弾はぐっと堪えて黙り込む。

いつものことさ。こんなのは。

 

「ま、そーゆーわけだ。じゃあ弾しばらく子供の世話頼むぞ」

「はい?」

「ミルクは常温で飲ましてね。はいこれ赤ちゃんに関するマニュアルよ」

「はい?ちょっと……あれ?」

 

ドサドサ、と赤ちゃんと一緒にマニュアルの資料の束を鈴に渡される。

なんだこれ?どうなってんの?弾のヒューズが飛んだ頭はこの状況に対応できない。

 

「それ全部読んどいてね。もし万が一でもベイビーに害をなしたなら、正月明けの空は拝めないと思ったほうがいいわよ」

「そういうことだ。じゃあな弾」

「おいちょっと待て!お前らどこ行くんだ?」

「「デート」」

 

綺麗に声がハモる。弾は更に混乱する。

 

「ふざけんな!赤ん坊放っておいてデートに出かけるバカがどこにいるってんだ!」

 

弾の至極まっとうな叫びが響く。しかし一夏と鈴は顔を見合わせると「何言ってんだコイツ」という目を揃って向けてきた。

 

「弾知らないのか。子供が生まれた後でも、妻を女性として扱ってあげるのが夫婦円満の秘訣なんだよ」

「知るかボケ!」

「まぁ弾には分からないか。この領域(レベル)の話は」

「一夏それは可哀想よ。非モテの弾にそれを理解しろって言う方が土台無理なんだからさ」

「まぁそうだな」

 

弾はガックリ膝を付く。

正月早々俺のライフはゼロだよ……。

 

「そういうわけでじゃあな弾。行ってくる」

「わーい。一夏と一緒に旅行だー」

 

幸せそうなカップルと不幸せな男が一人。

これがクリスマスからお正月に続く人生の縮図だってのか?ちきしょう……。

 

「あ、そうだ忘れてた。鈴」

「ん?ああ、そういえばそーだったわね」

 

絶望する弾の前に腕を組んで出て行こうとしていた二人は、思い出したようにポンと手を打つと部屋の外に消えていく。しかしすぐに戻ってきた。……両手いっぱいの赤ちゃんと共に。

 

「弾。ついでにこの子らの面倒も頼む」

「いいよね?どうせ予定もないだろうし」

「な、な、なんじゃこりゃー!」

 

両手いっぱいに抱えきれないほどの赤ちゃんを押し付けられ、弾は呆然としながらも叫ぶ他なかった。

 

「何だよこの赤ん坊は!」

「ん?ああ、これは箒との子で、こっちはセシリア。これはシャルで隣はラウラとの子。右手に移って左から楯無さん、簪、のほほんさん。最後にこっちが虚さんに山田先生との子供だ」

「……えっ?ちょっと待て。今聞いちゃいけない名前が一人混じっていた気がするけど」

「どうあれ全てが俺の大事なかけがえのない愛する子供たちだ。だから弾頼んだぞ」

「ちょっと一夏さん、僕頭がおかしくなってきそうなんですが。いや既に狂ってんのカナ?アハハ」

「大丈夫。弾なら出来るさ。それにさっき言ったろ?『何でもする』って。だから大丈夫!」

 

そう言ってにこやかに笑い親指で立てると、一夏は鈴の肩を抱いて出て行った。

残されたのはただ一人の哀れな男、と数多の赤ちゃんたち。

 

オギャー

オギャー

スブター

 

「う、う、うわぁぁぁぁぁぁあああああ!」

 

弾に最後に残された道。それは泣きながら叫ぶことだけだった……。

 

 

 

 

 

 

 

「はぅあっ!」

額にもの凄い汗を浮かべて弾は飛び起きた。

 

「はぁはぁ……ゆ、夢?」

見慣れた自分の部屋。目の前には読みかけの漫画と食べかけの餅。間違っても沢山の赤ん坊なんていない。

 

「ははっ。そうか、ゆ、夢だよなもちろん。はぁ~」

安堵の息を吐く。そうだあれは正月の魔物、悪夢だ。あんな恐ろしい恐怖なんてなかったんや……。

 

よし。正月早々縁起が悪いがもう終わったんだ。餅でも食って落ち着こう!

そう思い直し弾は今度こそとっておきのきなこ餅に手を伸ばす……。

 

「よぉっ。邪魔するぞ」

しかしそこに響く親友の声、否悪魔の声か。

 

「い、い、一夏さん?」

「あけましておめでとう弾。……ちょっと相談したいことがあってさ」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

正月が生み出す悪夢。それは終わりそうにない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お正月。一番身分が低く甲斐性なしである私がご親類全員の幼い子供たちの面倒を見るはめになりました。
時間にして4時間ちょいだったと思いますが、泣く・叫ぶ・喚く・馬にされる・ケツを蹴られる・金的にアッパーされる、など幼い子供ゆえの無邪気さを存分に発揮してくれやがりまして、私のライフは数時間で一気にゼロになってしまいました。

保父さんに小学校の先生。
日々天使であり子悪魔でもある子供たちを相手にしている方々。同じ男として本当に尊敬致します。




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織斑一夏の夢

いつも通りのギャグを書こうとして、途中やっぱシリアスなものにしたいなぁとか思って、でも最後は結局ギャグに逃げた作品。
要はいつものどうしようもない酢豚的作品であります。

ちなみに私は昔からカレーパンマン一筋です。







「千冬姉。俺学園辞めるよ」

「なんだと?」

 

進路について大事な話があるから、と一夏に相談された千冬。それで授業が終わり進路相談室で向かい合ってみれば、開口一番この台詞。さすがの千冬も口をあんぐり開けて固まった。

 

「悪いけどもう決めたんだ」

「いやいやちょっと待て。どうしたんだいきなり、何があった?」

「……」

「まさか誰かにいじめられていたとかか?それともあの専用機メス猫共の誰かに襲われたのか?」

 

驚きのあまり物騒な台詞を吐く千冬。しかし一夏は動じることなく千冬に対した。

 

「いじめなんてないよ。クラスの皆は本当によくしてくれてる」

「そうか」

「あと連中に襲われそうになるのはもう日常風景だから一々気にしちゃいない」

「そうか」

「偽造婚姻届を作成されそうになるのも、夜のハニートラップにも慣れた」

「そうか」

「嫌になるくらい訪れた貞操の危機をも乗り越えて俺は今ここにいる」

「そうか」

 

あのメス猫共いつか必ず制裁してやる。

千冬はそう強く決心した。

 

「いじめではなく、お前の尊い純潔を奪われたわけでもない。ならどうしたというんだ?」

 

一夏の貞操の無事を内心安堵しながらも千冬は優しく問いかける。一夏は決意を固めたように唇を一瞬強く結ぶと、ゆっくりと己の思いを口にした。

 

「千冬姉。実は俺子供の頃はさ、正義の味方ってやつに憧れていたんだ」

「正義の味方だと?」

「困ってる人を、弱き人に手を差し伸べてやれる、強く優しい正義の味方に。……だってその指標となる存在はいつも俺のすぐ側にあったからさ」

「一夏お前……」

「うん。そうだよ千冬姉」

 

弟からの尊敬の眼差しを受けて千冬はこそばゆくも誇らしい思いになった。たとえ役不足でも親の代わりとなって自分の背中を見せてきた。それを目標として感じ取ってくれていたのだから。

 

「そうか。お前はその背から確かなものを感じ取ってくれていたんだな」

「うん。俺はね、アンパンマンに憧れていたんだ」

「おいちょっと待て」

 

千冬はずっこけながら待ったを入れる。

 

「なんでアンパンマンだ。普通この流れは私への憧れを切実に語るシーンだろ!」

「ごめん。でもアンパンマンこそが子供の頃の俺にとってのヒーローだったんだ。テレビ越しのあの強い背中を見て俺は育ったんだ」

 

つまり私の背中はアンパンマン以下だったということか?

千冬は非常に悲しくなった。

 

「分かった。いや悲しくなるので分かりたくないがそれはもういい。つまりお前は正義の味方に憧れていて、それが学園を辞める理由になったということか?」

「いや、うーんどう言ったらいいのか」

「ん?まぁいい。とにかく学園辞めてどうするというんだ。どこぞの英霊予定のように正義をこじらせて紛争地帯にでも行くとか言い出すんじゃないだろうな?」

「はぁ?行くわけないだろ」

 

ばぁ~かじゃねぇの。

と顔全体で表してきた弟に姉は一瞬殺意の波動が目覚めかけた。

 

「子供の頃はって言っただろ。そもそも高校生にもなって『正義の味方(笑)』なんて夢持ってる奴なんているわけないじゃん。千冬姉大丈夫?」

「謝れ!全国のエミヤさんに謝れ!」

「正義の味方なんていやしないんだよ千冬姉。成長した今なら分かる、アンパンマンなんてまやかしだ。何の感情も無く自分の顔を人に分け与えるヒーローなんて俺は認めない。そこに哀楽はあるのかよ?」

「お前は幼少向けの番組に何を言っているのだ」

「泣きもせず笑いもしない。そんなヒーローなんて俺は認めない」

 

千冬は強い決意を携えて語りだす弟を見て思った。

これはもうダメかも分からんね。

 

「それでお前は結局何が言いたいんだ?」

「アンパンマンは駄目だ。だから俺はカレーパンマンになるよ」

「よし病院へGO」

「そもそもおかしくないか千冬姉?何でテンプレの如く出てくるキャラはカレーパンマンを嫌って、誰も彼もアンパンマンにぞっこんなんだよ。なんで皆カレーパンマンの頭を「ノーサンキュー」って突き返すんだよ!」

「もしもし病院ですか?一人診て貰いたいのがいるんで予約をお願いします。はい精神科で」

「ショクパンマンにはドキンちゃんがいるってのに!なんでカレーパンマンだけあんな扱いなんだよ!」

「では来週の木曜日に。症状ですか?多分中二病をこじらせたのが原因だと思います」

「俺はそんな非道を認めない。カレーパンマンだってヒーローなんだ……」

「ではよろしくお願い致します。失礼します」

 

電話を切った千冬は哀愁を含んだ目で外の景色を眺めた。

今日もいい天気だ……。

 

「喜べマイブラザー。これでお前は一族の恥が決定した」

「子供置いて失踪した親の家に恥も何もないだろ」

 

まことにその通りであります。

 

「……いやいや、一夏お前親のことをそんな風に思うのはよくないぞ。それには事情が……」

「ハン。千冬姉がそんなの言える立場かよ」

「なんだと?どういう意味だ!」

 

馬鹿にしたような弟からの嘲りに千冬さんのボルテージが急上昇する。

 

「親代わりとなってお前を育ててきた私に何を言うか!」

「親代わりだって?千冬姉が?……ハハッ」

「一夏貴様!なんだその笑いは!」

「親の代わりなんて……してくれなかった癖に!」

 

いきなりのシャウトに千冬は固まる。

 

「俺を独りぼっちにして自分は一年もドイツに行ってたくせにぃ!」

「いや、お前それは……」

「そうやって都合のいいことは全部忘れて自分の意見を押し付けるのが千冬姉だ!」

「そんなことはない!」

「8月も9月も10月のときと、12月と1月の時も俺はずっと……待っていた!」

「な、なにを?」

「プレゼントだろ!」

 

一夏は泣いていた。

その目に深い悲しみの涙を溢れさせて……。

 

「俺にとって最高のプレゼントを……千冬姉の帰りをいつもいつもずっと待ってたのに!」

「い、一夏」

「手紙もだ。長い休みの日はいつもそれを期待して待っていた!なのにアンタは一度も帰ってきてくれるどころか手紙さえ満足に送ってくれなかったじゃないか!どうせお荷物の俺を厄介払いできて遠い外国で楽しくやっていたんだろ!」

「そんなこと……そんなことあるわけないだろ!」

「嘘をつけぇ!じゃあなんで俺を置いてドイツなんかに行ったんだよ!」

「仕方が無かったんだ!あの時はああするしか……お前を守るために!それにドイツでもお前を忘れたことなんてただの一度も無かった!私はいつもお前のことを思って……」

「勝手に思ってるだけの姉の想いなど、弟に伝わるわけがないだろぉ!」

「くっ!」

 

千冬は何も言い返すことは出来なかった。

 

思いは口に出してはっきり伝えないと相手には届かない。例えそれが肉親であってもだ。

 

私はこんなにお前を愛している、だから家族ならそれを察してくれ。

そんなものは家族という存在に甘えただけの勝手な言い草に過ぎない。

 

例えば病気で長期入院している娘がいたとしよう。その入院費用には莫大なお金がいる。親はその為に毎日朝から晩までそれこそ寝る間も惜しんで働いている。愛する子供の為に、子供の入院費用を稼ぎ命を繋ぎとめる為に。親は言うだろう「お見舞いに行けなくてごめんね、でもお前の為にお仕事をしなきゃならないんだ。分かってくれるよね?」

……それは確かにその通りだ。大人としては何も間違っていないかもしれない。

ただ子供はどう思うだろう。誰も見舞いの来ない独りぼっちの病室で、子は必死に働いているであろう親に心からの感謝をするだろうか。

否、違うだろう。子供にとってはそんな大人の都合などどうでもいいのだ。そんな現実が欲しいんじゃない。ただ側にいて欲しい。「愛してる」そう面と向かって言って欲しい。それだけなのだ……。

 

「学園で再会後も姉弟で接することさえ許されない。こんなことってあるかよ!」

「仕方が無いだろう!他の生徒の手前もあるのだ。そこはお前も察してくれないと」

「そうかよ。結局そうやってまた俺に我慢を強いるんだろ?じゃあいつになったら家族として接してくれるんだ?長い休みに入るまで?それとも卒業までか?いつまで俺を独りぼっちにすればいいってんだ!」

「一夏……」

「アンタは震える弟を抱きしめてくれる手の代わりに、これからも鉄拳とISの銃弾をプレゼントしてくれるってのか?どうなんだよ千冬姉ぇ!」

「……っ!」

 

千冬は胸に広がる心苦しさに声が出なくなった。

考えてみれば自分が最強のIS操縦者として世間から祀り上げられ、そして今このIS学園の教師となったことで一夏にどれだけの気苦労を与えていたのだろうか。

ドイツ行きの切欠となった誘拐未遂事件。世界最強の肉親ということによる世間からの容赦の無い好奇の視線。そしてIS学園での危険な日々。忘れもしない銀の福音との交戦による意識不明の大怪我。それらが全て自分の責ではないとどうして言えるだろうか。

 

何より他の連中のように一夏は望んでこの学園に来たわけではないのだ。たまたま偶然にISを動かしてしまった故に望まぬ形で入ってきた言わばイレギュラーの存在だ。

……いやそもそもその『偶然』さえもあの天災の力が働いていなかった、と本当に言えるのだろうか?

 

「もういいだろ千冬姉。俺はこれからは自分の道は自分で決めて行きたいんだ」

「だがな……」

「俺は夢をかなえたい。そして何より千冬姉と教師と生徒ではなく家族として向き合いたいんだ」

「そう、か……」

 

千冬は目を閉じて己の罪を思う。自分の存在が一夏の夢を阻害し、心を傷つけてきたというのなら。

……こんな自分が弟の行く先をこれ以上決め付ける権利なぞありはしない。

 

「千冬姉。認めてくれるよな?カレーパンマンへの夢をさ」

「………………えー」

 

しかし冷静に考えればやっぱおかしいと思う。

カレーパンマンだぞカレーパンマン!これならスーパーマンになるという夢のほうがまだマシだ。

 

そもそも何で弟による病院直行のアホ台詞から何でこんな流れになっているんだ?おかしくね?こういう時弟にどー言えばいいのか教えて下さいよ、行方不明のご両親様。もう顔も覚えていませんが。

 

「……なぁ一夏。お前カレーパンマンになるって夢だが、具体的にはどうするのだ?」

「とりあえず第一歩としてカレーパンを極める為パン屋に修行しに行く」

「……マジか?」

「うん。もうネットで調べて決めた。住み込みで働くよ。お金も貯めたいしさ」

 

何か一気に現実的な夢になったなぁ。

 

「アイツらには何て言うつもりだ?」

「何も言わない。このまま去る」

「おいそれは流石に人としてどうかと」

「だって全員言ったら地の果てまで追いかけてきそうな奴らばっかりじゃないか」

「まぁ確かに……」

「これからの人生暫く女なんて必要ないんだ。俺の夢はそんな色欲に構って叶う程安い夢じゃないんだよ千冬姉。今の俺には愛と勇気と弾だけいればいいんだ」

「そうか」

 

愛と勇気だけが友達。考えてみればそれはあのヒーローにふさわしいフレーズではないか。

千冬は小さく笑う。ただ最後の「だん」という言葉だけが気になったが、まぁ些細なことだろうな。

 

「じゃあ行くよ千冬姉」

「さすがに早過ぎだろ。別れを惜しむ暇もないじゃないか」

「ごめん。でも一刻も早くカレーパンマンになりたいんだ」

「ところでどこで働くんだ?私には当然教えてくれるんだろう」

「悪い。でも少しの切欠から奴らに知られてしまう恐れがある。だから言えない」

「お前な!家族に就職先を教えないなんてそんな馬鹿なことが許されると……!」

「そうやってまた俺の夢を邪魔するのか!アンタは弟の夢を応援する代わりに嫉妬と欲情に塗れた獣たちをプレゼントしてくれるってのかよ!千冬姉ェ!」

「分かったもういい」

 

そんな風にキレるのは卑怯だと思う。

お姉ちゃん何も言えないじゃん。

 

「じゃあね千冬姉」

「あ、うん」

「元気でねー」

「オマエモナー」

 

もはや脳のキャパシティーを越えてしまった千冬をよそに一夏はスキップしながら去っていく。

 

そんなにこの学園から、私の手の中から出たかったのかマイブラザー。

その喜びに溢れた弟の背中を見ながら千冬はそっと悲しみの涙を流さずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれからもう二年か……」

学園全ての生徒に驚天動地の混乱をもたらした『一夏失踪事件』から早二年。千冬は便箋と小さな紙袋を手に昔を懐かしんでいた。

 

「ふっ。アイツも一丁前の男の顔になりおって」

 

便箋の中には手紙と一枚の写真。そこにはいち早くこの学園から巣立った弟が満面の笑顔の子供たちに囲まれて写っている。当然その顔もまた笑顔だ。

 

「お前は夢を叶えたんだな一夏……」

 

紙袋に入るは一夏が作り手紙と共に送ってくれたカレーパン。

全国を飛び回り子供を笑顔にするカレーパンを届けるヒーロー。カレーパンマンになるという夢を叶えた弟。写真に写るその姿を千冬は目を細めて眺める。

 

「……美味いな」

カレーパンを一口齧る。

 

夢を叶えた弟のカレーパンの味はちょっとだけしょっぱかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ブレンパワード。
OPが狂っているアニメとして……じゃなくてガンダムの生みの親の方の作品として有名ですが、にわかの私は昔スパロボやってた時に出てたくらいしか知りませんでしたが、最近偶然に作中の数々の有名台詞を聞く機会があり、その言葉のセンスや言い回しに度肝を抜かされました。

(一例)

「8歳と9歳と10歳の時と、12歳と13歳の時も僕はずっと待っていた!」
「クリスマスプレゼントの代わりにそのピストルの弾を息子にくれるのか!」
「息子の為に死ねぇぇぇ!」
「情熱を秘めた肉体……」

などマジ凄えーと思いました。敵キャラの掘り下げも含めて。ジョナサンさん……。

母親と息子。姉と弟。
いつの世も男と女とは難しいものですね……(適当な締め)




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鷹月静寐の気苦労

強烈な個性を持つ人の友人やるのは刺激が多く面白い反面気苦労も多いわけで。





「まったくしょうがない奴め!」

 

部活帰りだろうか、結構遅くに部屋に戻ってきた篠ノ之さんは、入ってくるなり怒り収まらぬ感じで吼えた。私のことかと一瞬思ったが違うらしい。同居人として知り合って間もない頃は彼女のこういった仕草に大変驚いたものだが、最近はいい加減慣れてしまった自分がいる。これは成長と言えるのかな?うーん。

 

篠ノ之さんは持っていたバッグを乱暴にベッドの方に投げると、部屋の中を半円を描くようにグルグル歩き出した。これはあれだ、彼女なりの怒りを鎮める方法だ。正直この状態の彼女とはあんまり関わり合いたくないが、同じ部屋に住む者としてそうは言っていられないのが辛いところ。

 

ま、それにこういう態度を見せてくれるようになったのは私に対する信頼とも取れるわけだし。

 

「どうしたの篠ノ之さん?」

どうせ彼女がここまで感情を表す事柄なんて意中の幼馴染くんのことでしかないんだけど。それでも律儀に聞いてあげるのが友人関係を円滑に進めるためには必要なのです。

 

「別に何でもない」

ムスッとしたまま篠ノ之さんが言う。毎度変わらず素直じゃない。

 

「そんなことないでしょ?何があったか話してみて?」

「鷹月には関係ないだろ」

 

ならそんな風に不機嫌な姿を見せないでよね、もう。

 

「そうごめんね。じゃあ聞かない」

「えっ……あ、いや……うう~」

 

しかし早々に一歩退いてやると、不服そうにコチラを見てきた。

本当に素直じゃないなぁ。聞いて欲しいならはっきりそう言えばいいのに。

 

ため息を一つ。

根は良い子で、慣れれば不器用なこの性格も可愛らしくもあるのだが、同時にとても面倒くさい子だ。こりゃ織斑君も大変だと少し同情。

 

仕方ないなぁ。

明日の予習の手を止めノートを閉じる。経験上今回は長くなりそうだから。

 

「篠ノ之さん。良かったら何があったのか話してくれないかな?」

あくまでこちらが下手に出て優しく問いかける。彼女にはこれが一番。

 

「むっ……そこまで言うなら」

「ありがとう」

 

一応不承不承のポーズを取りながら篠ノ之さんが私に向き直る。我ながら彼女への手綱が上手くなったものだ。

 

「実は一夏の奴がだな……」

「うんうん」

 

予想通りの篠ノ之さんの話を聞きながら思う。

実は私ってば結構苦労人な人生を歩むのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

「鷹月さん寝不足?珍しいね」

 

翌日。一限目の休み時間に欠伸をかみ殺して目をこする私に、諸悪の根源その人がのんきに話しかけてきた。

 

うん。キミのせいだけどね。

と口に出かけたが何とか止める。正確にはキミの幼馴染さんのせいだし。

 

「昨夜遅くまでおしゃべりしちゃって」

「へーそうなんだ。あんま夜更かししない方がいいぞ」

 

おい。

 

「……篠ノ之さんが中々解放してくれなくてね」

「ふーん」

「何かあったみたいだけど、織斑君知らないかなぁ?」

「知らない」

 

このやろー。

 

「ちょっと聞いたんだけど、昨日部活関係で彼女と少しモメたそうじゃない?」

「ああ。たいしたことじゃないよ」

 

その『たいしたことじゃない』事のせいで私は日付が変わるまで愚痴に付き合わされたんですけど!

その愚痴った人を見れば何時もの専用機持ちの面々と一緒に笑っている。昨夜遅くまでの愚痴の一方通行で随分とストレスの方も発散出来たようで。おかげでコッチは予習も出来ずにでしたが。

 

「どうしたの?」

 

目の前ののほほんとした顔を見てると段々イライラしたきた。

私には一発ぐらいその頬を叩いてもいい権利がある気がする。

 

そこで「アハハハハ」と声高に笑う同居人の声が聞こえてきた。横目で伺えば何が可笑しいのか分からないが、2組の凰さんの肩を叩きながら楽しそうに笑ってる。っていうか彼女は何でナチュラルにこのクラスにいるんだろう?2組に帰れ。……なーんてね。

 

しかしどうあれ思うこと。

この幼馴染組、ちょっと、いやかなりムカツク。お灸が必要かな。

 

「ねぇ織斑くんさ」

「何?」

「今週末ヒマかな?」

「んー。特に予定無いぞ」

「そう。……じゃあ」

 

席を立ち彼に顔を近づける。

 

「ちょっと付き合ってくれないかな?」

「いいよ別に」

 

しかし全く反応なし。さすが各方面から鈍感に定評がありまくる人だ。

 

「織斑君さ、意味分かってる?」

「何が?」

「年頃の男女が休日に出かける意味」

「ただの買い物か何かだろ?」

 

やっぱり彼にとってはそうだった。『特別』でも何でもない、ただの友達とのお出かけという感覚。

しかしそれも想定内。更に近づき耳元で囁くようにして言ってやった。

 

「……デートのお誘いだよ」

「へっ?」

 

思わぬ言葉に驚いたであろう、彼のその呆けた顔に内心にんまりする。勿論表情には出さずに。

 

『アイツは私の気持ちを全然察してくれない!』

篠ノ之さんが愚痴る時のお決まりの台詞。昨夜も2回は聞いた。鈍感な彼への嫉妬とやるせなさ。想いを分かって欲しいという彼女の願い。

 

しかしそれは彼女の言葉が足りないからでもあるのにとも思う。なら分かるようにはっきり言葉で伝えてやればいいのにと。

 

その彼女の度重なる愚痴から思い、学んだことを実行してみたが一応は効いたようだ。やったね。

しかし買い物をデートに置き換えただけでこうも狼狽するとは。ちょっと可愛いかも。

 

「どうかな?織斑君」

「え?ああ、ど、どうだろ?」

「聞いてるのは私なんだけど。それでデートのお誘い受けてくれる?」

「えーと……」

「そっか。織斑君は嫌なんだ」

「嫌じゃない!」

 

いきなりの強い声にちょっとびっくり。

 

「そ、そう?じゃあ……日曜日に……いい?」

「分かった」

 

んん?ちょっとからかって笑って終わるつもりが……あれ?

今更だが少し変な舵取りに変わっちゃったかも。

 

でもやっぱり悪い気がしてもう一度篠ノ之さんの方を伺ってみる。しかし彼女は未だこちらのことなど気にもせず周りと笑っていた。その態度に少しムカツク。専用機持ち相手ならハリネズミの如く嫉妬アンテナを立てまくって警戒しているのに、私なんかじゃそれに触れることさえないというわけですか。そうですか。

 

でもね篠ノ之さん?相応にして足元をすくわれるってのはそういう油断からくるものなんだよ。

 

「じゃあ俺行くよ」

 

織斑君はそう言って背を向けて歩き始める。だがニ、三歩歩いたところで振り返ってきた。

 

「鷹月さん」

「はい?」

「楽しみにしてる」

「……っ」

 

卑怯だと思う。凄く卑怯だ。

そんな言葉をいきなり言うなんて。そんな風に笑うなんて。

 

さっきとは逆に固まって口をパクパクさせる私に背を向けて、彼は歩いていった。やはり彼は無自覚にしろ対女性では百戦錬磨の一筋縄では行かない相手だ。私もそれなりの覚悟を決める必要がある。あと対応するための準備もね。

 

じゃあまずは何を着ていくか考えることから始めようかな。

私は頬杖をつきながらそんな想像を始める。

 

篠ノ之さんは私たちのお出かけも知らず、まだ楽しそうに笑っていた。それに申し訳なさがまた浮かぶが、よくよく考えれば気にする必要はない。だって彼女は彼との仲を尋ねるといつも言うではないか「一夏はただの幼馴染だ!」と。顔を真っ赤にしながら。現に昨夜も3回は聞いた、しっかり言質は取ってある。それは恋人関係はおろか男女の仲も篠ノ之さん自身が否定しているということになるわけでして。

 

そう。つまり私が彼とデートに行こうが、もしかしてその先に少し進んじゃいそうが、彼女に文句を言われる筋合いは無いと言うことになります。ね?篠ノ之さん。

 

「ふふ」

思わず笑みが出る。

 

ルームメイトから連日聞かされている彼のこと。おかげで彼の好みから行動パターンまで当方は強制的に学習済みでありますよ。それを駆使していざ闘い(デート)の場に。勝利へのキーワードは『素直になること』『自分の思いをはっきりと言葉で伝えること』これだね。

 

さて、どうなるもんかな。

予習できなかったノートを広げながら私は週末の闘いに思いを馳せる。

 

 

眠気はもう治まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




油断大敵ですよ箒ちゃん。
案外一夏君のような超モテタイプは職場の地味で目立たない子なんかとゴールインすることも多いかも。




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織斑一夏の罪

我ながら久っさしぶりに書いたのがこんなのかよ……
神様。明るい話が書けません。







健やかなる時も

病めるときも

喜びのときも

悲しみのときも

あなたは妻となる者を慈しみ、愛し続けることをここに誓いますか?

 

 

 

 

 

……はい。誓います。

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……」

目を覚ました一夏は仰向けのまま、目に入る汚い天井を暗鬱の思いで見た。ヤニやら劣化やらで汚く変色した天井模様。見ているだけで吐き気が酷くなりそうだ。

 

顔を背けるために体を横にすると、ベッドがミシミシと嫌な音を立てて軋んだ。ベッドとは名ばかりの粗末な寝床。身体を休めることが本来の機能のはずなのに、その役割をぜんぜん果たしていない。

 

「ちっ」

小さく舌打ちして身体を起こす。頭があたかも鉛が乗っかっているように重い。

 

ふらつく足で一夏は立ち上がると、ゆっくりと窓のほうへ向かった。

ボロキレのようなカーテンを思いっきり引っ張る。目に入るのは今日もいつもの雨模様。

 

 

 

変わらぬイギリスの空。

 

 

 

一夏は軽く頭を振ると、持ってきていた旅行用のバッグからペットボトルのミネラルウォーターを引っ張り出した。手で触れると既にぬるくなっている。出来ればキンキンに冷えた水が飲みたかった。だがこんな超格安のモーテルに冷蔵庫なんて洒落たものが置いてあるはずも無い。

 

どんよりとした天気を肴にぬるくなった不味い水を喉に押し込む。

無性に日本の……自分の故郷の空が恋しくなった。

 

そんな故郷の青い空を思い浮かべていると、テーブルの上に置いてあった携帯が鳴る。立ち上がり手にとって確認するとやはり相手は妻からだった。一夏はため息をつくと、手に取った携帯を静かにテーブルに置いて、再度ベッドに仰向けになった。勢いをつけた為、またベッドが嫌な音を奏でる。

 

携帯は鳴り続けている。

一夏はそれから逃れるように両手を目にやって静かに瞳を閉じた。

 

 

 

どうしてこうなったんだろう?

何度も何度も繰り返し反芻した思い。答えは未だ出ない。

愛し合い・誓い合い・彼女を守り抜く。そう決めたはずだった。

彼女を選んだ。沢山の好意の中から、そして数多の愛情の中から。誰でもない、自分の意思で。

多くの大切な人たちの涙を犠牲にして、彼女の笑顔を選んだんだ。

彼女となら生涯を共に出来ると、そう思ったはずだったのに。

 

 

本当にそうなのか?

そこで頭の隅に自分の中の蛇が囁いてきた。本当にそう思っていたのか?織斑一夏と。

 

「違う、違う違う!俺は確かにアイツを愛して……愛そうと誓って……!」

己の中の蛇に一夏は返す。だが何も言葉は返ってこない。返ってくるのは己を嘲笑うような罪という名の幻聴だけ。

 

 

どうして、こうなったんだろう?

 

 

 

「セシリア……」

未だ鳴り続ける電話の相手……妻の名前を一夏は呟く。

 

 

守り抜くと誓った彼女の笑顔。

その心からの笑顔を見たのはもう何時のことだろう?一夏自身もう分からなかった。

 

 

 

 

 

 

一夏は学園を卒業すると同時にイギリスに渡り、オルコットの籍に入った。セシリアは国を代表する貴族の、財閥の家柄だ。学園を卒業すれば当然の如く祖国に帰らなければならなかったし、オルコット家の当主としての職務を果たさなければならないからだ。だから一夏の方が彼女について行くのは必然であり決定事項でもあった。

 

織斑の名を捨てること、日本を離れること、葛藤がなかったのか?と言われれば嘘になる。千冬からももう少し時間をかけるよう何度も何度も言われた。

 

「お前らはまだ若すぎる。もう少し時間を置かないと不幸になるだけだ」

「お前の為を思って言っているんだ一夏。お願いだから分かってくれ」

「なぜだ一夏。何をそんなに急いでいるんだ?私にはお前が分からない」

 

何度この台詞を聞いただろう。終いには姉と喧嘩別れする形で一夏は家を出た。

最後に見た見送る姉の悲しそうな顔はきっと生涯忘れることは出来ないだろう。

 

なぜあの時そんなにムキになって急いでいたのだろう?一夏は回想する。

姉の言うように急ぐ必要なんて何も無かった。世の一般の恋愛のように普通に恋をし、お互いをより理解していく。それじゃいけなかったのか。

 

 

 

……いけなかったのだろう。

一夏は目の奥に未だ焼きついて離れない大切な子らの泣き顔が浮かんできて、歯を食いしばった。

 

年若き男と女。それが仲間としていつまでも変わらぬ友情を……なんてのは土台無理な話だったんだ。

いや、少なくとも一夏自身はそう願っていた。むしろ彼女たちとはそういう男女の関係になりたくない、とさえどこかで思っていた。大切な仲間としてずっとこの関係を保ちたいと願っていたのだ。

ずっと、ずっと変わらないまま大切な仲間として、友達として……。

 

でも、そんなのは一夏の勝手な願望に過ぎなかった。

 

命をかけて運命を共にするというのは絆が深まる。戦友というのがいい例だ。

但しそれはあくまで何より友情というのが大前提なのだ。友情が。

 

亡国との命をかけた戦い。その他様々な困難。確かに学園での日々は本当に波乱万丈だった。そしてそれを乗り越えるたびに皆との絆は確かに強くなっていった。

……だけどそれは少なくても一夏が望んだ形での絆ではなかった。

いつからだろう?大切な仲間であるはずの彼女たちに言い知れぬ思いを抱くようになったのは。自分を見つめる視線に、自分に触れようとする手に、自分に投げかけてくる言葉に。

 

恐怖を、感じるようになったのは。

 

 

「だってどうしようもなかったんだよ……。千冬姉、俺にはどうにも……」

 

不意に口に出た弱言。意図せず出た言葉の相手はやはり姉だった。

その情けなさに一夏は己を嗤った。あれから3年、なのに本当に自分は何一つ成長しちゃいない。

 

「なんで誰もかれもこんな最低なヤツを……」

己を卑下する言葉が止まらない。無さけなくてやるせなくて、そして申し訳なくて。

 

そこでようやく繰り返し鳴っていた着信は止んだ。代わりにすぐさま画面にメッセージが表示される。

 

『申し訳ありません一夏さん。電話に出ることはできませんか?』

『お身体は大丈夫なんですか?お返事をいただけませんか?申し訳ありません』

『何度も繰り返し申し訳ありません。でもわたくし心配で、本当にごめんなさい』

 

申し訳ありません。

ごめんなさい。

読んだ一夏は己の胸を掻き毟る。もはや口癖となった妻の言葉。謝罪という名の罰。だけど妻を、セシリアをそのようにしたのは他ならぬ自分なのだ。

彼女が謝る必要なんて何一つないというのに。全部自分の罪だというのに。

 

一夏は仰向けのまま左手をかざす。その薬指に収まっているダイヤの指輪を見上げる。

それは愛の結晶。番の相手を永久に愛するという誓約の証。

ああ、そうだよ。分かってるよ。妻は自分を愛している。

あの日腕の中で私を選んでくれてありがとうと、代わりに貴方を永遠に愛し続けますと、そう泣きながら言ってくれた言葉と想いをそのままに、彼女はずっと自分を愛してくれている。

 

……だけど俺は?今でもセシリアを?

そこでまた己の蛇が囁いた。ウソツキめと。

 

お前は本当はセシリアを愛しちゃいなかったんだろ?

……違う。

 

セシリアを選んだんじゃない。ただ彼女に逃げただけだろ?

……違う。

 

違わないさ。

だって、お前は。

 

……蛇が嗤う。俺の中の俺が。

 

最初から誰も愛しちゃいないんだ。

「違……」

 

違う。

その言葉は出ない。もう出せない。

 

 

『どうしてセシリアなんだ。私の何がいけなかったんだ一夏。教えてくれ』

『ごめんなさい一夏。でもボクじゃダメだったの?もう夢見ることも出来ないの?」

『お前は私の嫁だ。……嫁……のはずだったのに……!』

『嫌だ……。あたし、やっぱりこんなのヤダ……。一夏とずっと一緒にいたいよぉ」

 

『一夏』

『一夏』

『一夏』

 

「やめてくれ!」

一夏は蛇が創り出す己の幻聴に向かって叫ぶ。

 

そうだ。そうだよ。その通りだよ。

俺は誰も愛しちゃいない。愛していなかったんだ。

でも……。

 

一夏は幼子のように己を掻き抱いて目を瞑る。

 

でも……愛されたいとも思っちゃいなかった。

 

 

「ごめんなさい」

口に出た言葉は妻に向けたものか、『彼女たち』に向けたものなのか、もう分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今話は『織斑一夏の罰』という話でセットなる予定です。
次回はいつになるか正直分かりませんが、ヒマでしたら読んで作者の頭を嘲笑ってやって下されば本望でございます




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最終酢豚
凰鈴音の夢


この作品の中だけでも色々エタった話がありまくる中、今話で最終話となります。
今まで読んで下さりありがとうございました。





「結婚しよう」

 

子供の頃からずっと憧れ、夢に夢見ていた想い人からのその台詞。その長年夢見ていた事がようやく叶ったことに、鈴は嬉しさよりも驚きが先に出ていた。

 

「一夏……。ほんとうにあたしでいいの?」

「ああ……。お前がいいんだ」

「で、でも一夏の周りには魅力ある沢山の女性がいっぱいいて。あ、あたしなんかじゃ……」

「鈴」

「あたしシャルロットみたいに優しくないし、セシリアみたいにスタイルよくないし……」

「鈴」

「ラウラみたいに可愛くないし、箒みたいに互いに理解し合うこと出来ないし……」

「鈴」

「あたしみたいな女が一夏の隣にいる資格なんて……」

「鈴!」

 

己を卑下し続ける鈴の言葉を一夏は一蹴するとその細い肩を掴んだ。そしてその目を逸らすことなく、尚且つ意思を携えた瞳を彼女に向けたままはっきりと想いを口にする。

 

「俺は、お前を選んだんだ」

 

鈴は口元を押さえると、その眼からはただただ涙が零れ落ちた。これは夢?うん、そうに違いない。こんな幸せがあるはずがない。

 

でも……夢でもいい。今はこの幸せに身を委ねていたい。

 

「ありがとう一夏。あたし本当に嬉しい!」

「プロポーズ。受けてくれるか?」

「うん!……あっ違うよね。……はい!お受けします!」

「ありがとう」

 

そう言って一夏は鈴を優しく抱きしめた。鈴は小さく息を吐いてその愛する人からの抱擁に身を任せる。

 

ああ……こんな幸せがあっていいのだろうか?

 

「一夏。あたし絶対に良いお嫁さんになってみせるからね」

「そうか」

「毎日一夏より早起きして一夏を起こしてあげて」

「うん」

「一夏の着ているものをしっかり綺麗に洗濯してあげて」

「うん」

「部屋の隅まで掃除してピカピカにして見せるんだから」

「ふふ。でもあんま力入れ過ぎんなよな」

「えへへ」

 

唇が触れ合うほどの距離で笑い合う。

 

「それでね!毎日とびっきりの酢豚を作ってあげるからね!」

 

一番の得意料理であり、尚且つ二人の絆でもある酢豚。

それを毎日一夏が美味しそうに食べている姿を想像し、鈴は最高の笑顔を浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「酢豚~?」

 

しかしそんな鈴の純な思いは一夏自身の口によって崩壊される。

 

「おい鈴、お前本気か?毎日酢豚食わせる気か?」

「へっ?一夏?」

「ふざけんなよ。毎日酢豚ってお前、俺を早死にさせたいのか?」

「えっ……えっ?」

「あんなコレステロール高いもの朝昼晩毎日食わせるなんてどんな鬼嫁だよ」

「ち、違……流石に朝昼晩なんて。それにあたしの酢豚はちゃんと栄養バランスを考えた……」

「そうか!お前俺に酢豚を過剰摂取させて早死にさせ保険金を毟り取ろうって魂胆なんだろ!」

「そ、そんな!そんなことあるわけないでしょ!ひどいよ一夏、どうしてそんなこと言うの!」

「だってお前中国人だし」

 

鈴はガクッと膝を突く。

ひどい、いくら何でもあんまりだ。一夏からそんなこと言われるなんて……。

 

「あーあ。やっぱり鈴って最低だよね」

 

そこで一夏と二人だけだったはずの空間に誰かの声が聞こえた。思わず振り返る。

 

「シャルロット?」

「毎日酢豚なんて人として終わってるよ。いっそ酢豚と結婚した方がいいんじゃない?」

「なっ、ふざけ……!」

「まったくその通りですわね」

 

思わぬ闖入者に驚きながらも、言い返そうとする鈴。しかしれは新たな声の主によって遮られる。

 

「セ、セシリアぁ?」

「本当に貴女って人は酢豚のことしか頭に無い骨の髄まで酢豚の酢豚中の酢豚ですわね」

「ア、アンタ」

「おいたわしや一夏さん。このような極悪非道の酢豚魔人に捕まったせいで、こんな早くにご逝去されることになる運命だなんて。ううっ……」

「セシリア泣かないでよ。ボクも悲しくて涙が……」

 

いきなり現れた挙句に唐突に人をdisっておいてさらには泣き始める金髪二人。

鈴はアホの子のように口を開けたまま固まるしかなかった。

 

「おい一夏。こんな酢豚なんてもう宅急便で中国に送り返したらどうだ?」

「箒ぃ?」

「お前も知らないとは言わさんぞ。春先は黄砂が飛んできて車の掃除とかで大変なんだ!しかもpm2.5まで。一体どうしてくれるんだ?日本の子供達に甚大な影響が起きたらどう責任を取ってくれるんだお前は」

 

そんなのあたしのせいじゃないじゃん!

鈴はいきなり現れた箒さんに至極まっとうなツッコミを入れる。一体全体何なんだよこの流れは。

 

「まったく鈴はどうしようもないな」

「ちょっとアンタたちマジで一体何なの」

「所詮は中華酢豚か。酢豚にパイナップルを入れる味覚音痴の野蛮人め。二組に帰れ」

「おいモッピー!」

「うむ。箒の言うとおりだ。酢豚にパイナップルを入れる極悪行為。極刑に値する」

「ラ、ラウラ?」

 

結局いつものメンバーが大集合。ドリフターズかよ。

 

「どうしようもないねこの酢豚は」

「一夏さん。こんな酢豚なんてわたくしのジャンボジェットで黄河に投げ捨てちゃいましょう」

「二組に帰れ!」

「パイナップル酢豚ダメゼッタイ。ところで一夏私は杏仁豆腐が食べたい」

「イエーイ酢豚ゴーホーム。オーケーじゃあ今から一緒に食べに行こうなラウラ」

 

いつのまにか皆に周りを取り囲まれ盛大にdisられる。

つーか何で一夏がその輪に加わっているんだよ。アンタさっき愛を誓ったばっかじゃん。

 

酢豚!

酢豚!

酢豚!

 

そしてどこからか沸き起こる酢豚の大合唱。

鈴は耐え切れずその場にしゃがみ込んでしまう。だが耳を塞ぎ眼を瞑っても酢豚コールは鳴り止まない。

 

酢豚!

酢豚!

酢豚!

 

「もう止めてよぉ……。チャーハンだって餃子だって作るから……」

 

結局油っこいものばかりじゃねぇか!という一夏のツッコミさておき酢豚コールは止まらない。

 

酢豚!

酢豚!

酢豚!

 

「お願いだから。もうみんな許してよぉ。あたし頑張るから」

 

酢豚!

酢豚!

酢豚!

 

……りん。

 

「一夏助けてよぉ」

 

酢豚!

酢豚!

酢豚!

 

……おい鈴!

 

「一夏ぁ」

「鈴!」

 

その強くも優しい声に鈴は眼を開ける。

 

そして光に包まれた……。

 

 

 

 

 

 

 

「おい鈴。大丈夫か?だいぶうなされてたぞ」

「い、いちかぁ?」

 

眼を開けるとそこは見慣れた……わけではないが覚えのある部屋。顔を横にずらすと一夏が心配そうに覗き込んでいる。

 

「あ、あれ?あたし……」

記憶がこんがらがって上手く頭が働かない。どうしてここに?ここはどこだっけ?

 

「鈴本当に大丈夫か?」

「えっと、あの……」

「ちょっとゴメン」

 

そう言うと一夏は混乱する鈴のおでこに自分のをくっつけた。一夏の体温が伝わるのと同時に酢豚悪夢によって侵食されていた記憶のほうも少しずつだがハッキリしてくる。

 

ああ、そうだ。自分は一夏と……。

夢なんかじゃない!そうなんだ!

 

「熱はないな。となるとやっぱり緊張か……」

「一夏!」

「な、なんだよ」

「あたしたち結婚したんだよね?そうでしょ!」

「……は?何言ってんだよ。寝惚けてるのか?」

 

しかし一夏の否定の言葉に鈴の目の前に漆黒のカーテンが落ちてくる。

そんな……やっぱり全部夢だったの?

 

「まだ式はおろか婚姻届もだしてないんだからさ」

「えっ?」

「婚約、の間違いだろ」

「えっ?……あっ」

「やれやれようやく眼が覚めたか?いやもしかしてこれが女性に訪れるマリッジブルーってヤツなのか?」

 

そこで鈴はようやく全部思い出すことが出来た。

そうだ、自分たちは婚約して。それでそのご挨拶に。

 

ああ。なんだここは一夏の実家だったんだ。

 

「一夏!」

「お、おい」

 

思わず一夏の胸に飛び込む。

 

「本当にどうしたんだよ鈴」

「……怖い夢を見たの」

「夢?」

「うん。……ねぇ一夏。これは夢じゃないよね?一夏はここに、あたしの側に居るよね?」

「鈴?」

「一夏お願い答えて!一夏はあたしの側に居てくれるよね?あたしたちはずっと一緒に……!」

「馬鹿だなお前は」

 

そうして一夏はその返事とばかりに鈴を強く抱きしめた。

 

「側にいるよ。ずっと、ずっとな。」

「いちかぁ」

「なんだよ泣くなよ。年食っても相変わらず泣き虫さんだな鈴は」

「女の子に年食ったって言うな~!」

「23超えて女の子はないだろ」

「うっさい!女性ってのはね、永遠の女の子なのよ!」

「はいはい。そうですか」

 

そうして互いに笑いあう。

愛する人との心地よい空間は鈴から先程の悪夢酢豚を忘れさせてくれるのに充分な幸せだった……。

 

 

 

 

 

 

 

「ところで良いニュースと悪いニュースどっちから聞きたい?」

「へっ?」

 

しかしかの夢の如く鈴のそんな幸せな思いは一夏自身の口によって破られる。

 

「えっ?ニュースって。ど、どゆこと一夏?」

 

一夏は一瞬難しい顔をして考え込むようにしたが、意を決したように話し始める。

 

「そうだな。良いニュースってのは……まぁ鈴が心配していたってのは全部夢だったってことだ。俺はずっと鈴の側に居るし、鈴を愛する想いも絶対に変わらない」

 

鈴は一夏のその言葉に顔が熱くなる。そしてそれ以上の熱を持った幸せに包まれた。

ああ、本当にこれは夢の続きではないだろうか。こんな幸せを感じられるなんて。

 

……あれ?でもさっき一夏は悪いニュースもあるって言ってたような……?

 

「あの一夏?じゃあもう一つの悪いニュースってのは?」

 

鈴の言葉に一夏は小さくため息を吐くと、黙って顔を鈴の斜め前のほうに向けた。

 

「鈴。そこに置いてあるものを見てくれ。アレをどう思う?」

「どうって、ただの時計じゃない」

「そうだな。まごうことなき時計だ。まだ分からないか?」

「んー?なんなの?」

「……オーケー。じゃあここはどこだか分かるか?鈴」

「どこって、一夏の実家じゃない」

「そうだ。俺の実家だ。……でだ、お前は何だって俺の実家に来ていると思う?」

「何で……って。ご挨拶に……」

「誰に?」

「そりゃあ……ち、千冬さ……」

「そうだな。俺の親代わりは千冬姉なんだから。で、さっきの話に戻るけど今何時だと思う?」

「は、針はじゅうと、は、はちを指しているように、み、見える気がす、するわね」

「そうだな。現在絶賛午前10時40分をまわったところだな。……さすがに思い出したか?」

「あ、ああ……ああぁ……!」

 

鈴はギャグ漫画のように全身をガクガク震えさせる。

そうだ。段々と思い出してくる。思い出してしまう……!

 

鈴の酢豚チックな頭に昨夜のことがフラッシュバックする。

 

 

 

『そうか。お前ら二人もとうとう……』

『は、はい!』

『うん。決めたんだ鈴と一緒になるって』

『そうか……』

『あ、あのふつつか者ですが、よろしくお願いします!』

『まぁなんだ、私としてもどこの誰かも分からん奴よりは気心しれた鈴が良いと思っていたからな』

『ありがと千冬姉』

『あ、ありがとうございます千冬さん!……じゃなくて、えっと。お、お義姉さん!』

『………………オホン。ところでお前らが一緒になることについて一つだけ心配なことがある』

『なんだよ千冬姉』

『お前らの距離感のことだ。どうも昔からの友達感覚が抜けてないところがあるように思えてな』

『えっと、どういうことでしょうか?お義姉さん』

『………………ゴホン!まぁ何だ、どうも鈴が一夏に甘えすぎているように思えてならんのだ』

『えっ?』

『千冬姉……』

『分かっている。だが最後の姉馬鹿の忠言として聞いてくれ。別に一歩下がって黙って夫に着いて行くような関係になれとは言わん。だがやはり妻として夫を立てて欲しいとは思うのだ』

『でも俺は鈴にそんな負担をかけたくは……』

『分かっている。だが言っただろう最後の姉馬鹿だと。お前はこれで完全に私の手の中から出て行ってしまうのだから……だから最後に余計なお節介として言わせて貰ったんだ』

『千冬姉……』

『ただ勘違いするなよ。私は鈴に何か不満なぞあるわけないし、今回のことは本当嬉しく思っている』

『ありがとう。千冬姉』

『以上だ。鈴も急に変な事を言って悪かったな。まぁ今日から暫くゆっくりしていって……』

 

『待ってください!』

 

『なんだ?』

『この休み期間の中であたしが一夏のお嫁さんにふさわしいことを証明させてください!』

『ほう……』

『おい鈴無理すんなって。せっかくの正月休みの中帰省に付き合ってもらったんだからさ』

『いいの一夏。確かに考えればあたしに甘えがあったと思う。だからそれを払拭したいの』

『俺は鈴にそんな苦労を期待してない』

『違うの。あたしがそうしたいの。あたし自身が一夏のお嫁さんにふさわしい女性だってことを!』

『そうか、よく言ったな鈴。吐いた唾は飲ませんぞ。お前も大人だし言った以上は自分の言葉に責任に持つのだぞ』

『はい。この期間であたしのことしっかりと見極めて下さい。よろしくお願いしますお義姉さん!』

『………………ゲッホン!!よし私の最後の授業だ。お前が本当に一夏にふさわしいか厳しく採点してやるからな!』

『はい!お義姉さん!』

『………………まだお義姉さん言うな。……くそぉ、私の一夏が……ううっ』

 

 

 

 

 

 

 

「ああ……ああ……ああぁぁぁぁぁー!」

思い出した。全部思い出してしまった。悪夢以上の認めたくない現実を。

 

「い、一夏」

「何?」

「ち、ちなみに千冬さんは今何を……?」

 

一夏は頭を抱えると心底同情する眼を鈴に向ける。

 

「6時を回った頃にはまだ千冬姉も『しょうがないな』って笑ってた」

「7時を回った頃にもまだ千冬姉は『慣れない家で疲れているんだろうな』って頷いてた」

「8時を回った頃になると千冬姉が『まだか……』ってテーブルを指でコツコツと叩き始めた」

「9時を回った頃になると千冬姉が『クソが……』って歯軋りをし始めた」

「10時を回るとその目は殺人者の据わった目に変わっていた」

「そして10時を半分も過ぎた頃、とうとう千冬姉に『あの馬鹿を叩き起こして来い』とおっそろしい声で命令さえて今俺はここにいるわけだ。……分かったか?」

 

「う、うう……ひいいいぃぃぃぃ」

身体が震え鳥肌が立つのが止まらない。昨夜ドヤ顔で「嫁にふさわしいかしっかり見極めて!」って言ったのにその翌朝から大、大、大寝坊。我ながらどの口で言ったんだ。シャレにならん。

 

でも仕方が無かったんだ。昨夜は明日からはアレをしよう、これもしなきゃ……って感じで緊張のあまりか全然眠くならなくて。気を紛らわすためにスマホをいじっていたら、アラーム設定をうっかりオフにしちゃったりして。何より自分は枕が変わると慣れるまで目覚めが悪くて。最近ギリギリまでお仕事が忙しくて。何よりあの悪夢のせいで……。

 

とこんな感じで自分自身に言い訳を並べるが、それで事態が好転するはずも無い。

結果が全てである。婚約相手の実家で初日から超寝過ごしをかますという結果だけが!

   

「……まぁそういう訳だ鈴。今から一緒に千冬姉に土下座でもしような。俺も付き合うからさ」

「うわああああぁぁぁぁ!!」

 

しかしそんな旦那(予定)の優しい心遣いも置き去りに鈴ちゃんは亀のように布団に潜り込んでしまった。

 

「お、おい鈴!」

「これは夢!夢なのよ!」

「はぁ?」

「これは全部夢!次に起きたら一夏と幸せな結婚をしている現実に戻っているはずなの!」

「鈴目を覚ませ!今ここが現実だ!」

「小さな庭付きの白い家に幸せに暮らしているはずなんだもん!」

「鈴頼むから出てきてくれ!しかも悲しいかな今の俺に一軒家を構える甲斐性なんてない!」

「子供は男の子に女の子に男の子!一夏似の世界一可愛い子供たちに囲まれて毎日笑ってるんだもん!」

「そ、そういう家族計画はまだ早いんじゃないでしょうか。とにかく起きるんだ鈴!」

「小さなペットなんか飼っちゃって、庭で子供たちと戯れているのを一夏と笑顔で肩を寄せ合って眺めたりしてるんだもん!ゼッタイ絶対そうなんだからー!」

「鈴お願いだから現実に戻って来い!鈴!りーん!」

 

 

 

 

 

 

鈴ちゃんが布団の中で夢見た光景は果たして叶うのでしょうか?

大丈夫。鈴ちゃんは世界で一番可愛い酢豚なのだから。夢が現実になる日はそこまで来てます。

 

そういうわけで未来の織斑家は幸せが溢れているようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




子供(学生)の頃、通学のバスの中で、盛大にため息を吐いて死人のような顔で携帯をイジるサラリーマンを見て、ああはなりたくないといつも思っていた。

友達と夜遊びした帰り、終電間近の駅のホームで、ベンチに身体を投げ出して半分夢の世界に旅立っている疲れきったおじさんを見て、ああはなりたくないと友達と笑っていた。

そして時は流れ、通勤の車のルームミラーに映る己の顔はかつて見た死んだ魚の目そっくりで……。
あの日憧れない『社蓄』なるものに立派に成長しちまった私を見て昔の私は何を思うだろうが。

でも今なら分かる。かつてのリーマンもおっさんも食うため、家族の為毎日必死に働いてるんですよ!

……ちきしょう。

とまぁこんな生活を送る中で、これ以上は無理ゲーだということで最終話となりました。

再開はおそらくありません。するとしたら私がドロップアウトして暇で仕方なくなった時だと思うので、私自身再開するようなことにならない様祈る次第であります。
 
改めて振り返って見ますと、初めてのメタ作品から今作終了までの4年にも及ぶ中で「応援しています」「酢豚可愛い」「死ね」など沢山の愛のあるメッセージを頂戴しました。それら全てが私の良き思い出であり宝物です。すいません嘘です。でもハイ感謝しています。
 
他の完結済み二作とヨッシーに関しては申し訳ないです。

最後にとこの話を書き上げる前、いっそ未練残さないために全部消してサヨナラしよう!と思った次第でしたが、個別の消し方が分かんねーって事で非公開にしました。でも復活は多分ありません。どうか忘れてやって下さい。

長々書きましたが、とにかく見てくれた方々ありがとうございました。

今年も早一ヶ月。来年こそは鈴ちゃんのような可愛い酢豚との出会いと、宝くじが当たることを夢見て一人ヨッシーの画像を見ながら世界の平和を謳いたいと思います。


では。




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