Inside/SAMURAI (KiLa)
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夢 / Prologue
──それは何度目の敗北だったんだろう。
道場の床に這い蹲るのは二つの矮躯。幼子、稚児。小学生。
立つは一人。超常の頂点、武術の花、いいや武力の最終到達点か。少女というには不相応に完成した、してしまった女が立っている。
挑んだ子どもと挑まれた大人。それはそんな構図。
剣道場は斜陽にて。黄昏の立ち込める
何度目だったろう。何度挑んだのだろう。そして何度目の同じ結果なんだろう。わからない。わからないと断言できる程度の繰り返しで、変わらない結末を出力される。された末。積み上げた黒星にさらに一つ。
敵わない。届かない。
まだ。
そう、まだだ。
まだ、届いていないだけ。
少女は刀を握っていた。真剣だ。模造刀でも逆刃刀でも、ましてや手加減なんてなく。迂遠な婉曲をとことんにまで廃絶して。
その人は。一切の遊びなくただ真摯に、小学生相手に真剣を抜いていた。なのに対する小学生二人。それこそ子どもでしかない彼らは、道場に相応しく道着に竹刀という出てだちで、その女に向かっていっていた。
圧倒的な戦力差。数でこそ単純に倍であるが、そも年齢なんて一回り近くも差があって、握る獲物だって天と地だ。第一なにより、彼女はこと『
勝てる道理はない。勝ち筋はない。勝利に繋がる軌跡がない。
それでも。二人は。
勝てると踏んで、挑んでいた。
見ようによっては大人気ないありさまだったか。負けた二人の想いは真剣だった。真面目に、純粋に、烈火の心意気で彼女に挑んでいた。ゆえにならば幼子であろうと真摯に向き合うは礼賛絶賛される素晴らしい人間らしさで、褒めちぎっても違和ない。が、それでも限度はあろう。限界はあろう。
殺人だか活人だかの道理うんぬんの以前、子どもに本物の刀を向けるのは、果たして人間として正しい在り方なのか──そんな風に、当事者でない三者は避難するか。
だが当事者である彼らには、這い蹲る『彼』と『彼女』の二人には、そうでなくてはいけなかった。そうであってくれなければ納得できなかった。正真、手心の微塵さえ介在しない武威でもって相対してもらわなければ、得心なんてしないのだ。
子どもの意地か、わがままか。武人としての心得か。いいや違う、違うのだ。そんな大層大それた大義名分なんかじゃ説明つかないのだ。
全力の彼女に勝つんだ。全霊の彼女に至るんだ。
だから諦めない。そんな結末は認められない。彼女に勝つのは荒唐無稽なんて言葉では万倍以上に足りないけれど、誰かが言ったか。理不尽が星の数ほどあるように、奇跡だって人の数ほどあるんだと。……違うな馬鹿だな、それでは弱気だ。
勝つ。純粋に。俺達で勝つんだ、と。
『まだ、だぞ。まだ……負けてない』
そう言って敗者の片割れ、幼女は立ち上がる。床にばらまかれた黒髪をすくい上げるように竹刀を支えに立ち上がって、歯を食いしばる。全身には激痛。齢十を超えない幼さの絶頂で、蝶や花をこそ愛でるが相応しいその女の子は、なにでもそれでもそれだからだと、満遍の灼熱がなんのそのと起き上がる。真金、人型の刀。
それは勝者の少女とある種の同様に、歳不相応に鋳造されたかのごとく玲々の赤金。幼さのなかに凛と垣間見える鋒両刃の輪郭は、その身の愚直さを物語る。
しかしその幼女は、白痴阿呆の道理に暗いわけではない。徹頭徹尾不理解を貫く阿呆でも、認められないからと喚くだけの馬鹿ではない。意地も矜持も──そういう言葉をまだ知らない幼さだろうが──そうした信念を確かに握ってもいるが、それではないもっと深い確信を持っている。
そうとも。彼女は決して諦めない。『武』の最上を前にして、思い知って、それでも柄を握り締める無頼女。
道理が解らぬ阿呆でないが、理屈を鑑みない馬鹿なのだから。
『うん。そうだ』
──それに『僕』は同意する。そんな『君』に同調して、追いすがって、微塵粉々に粉砕された専心の刃をつなぎ合わせる。
『君』が諦めずに立ち向かうから、『僕』も負けずに、負けたくないと。
もらったものがあるんだ。大切なものがあるんだ。
『君』が『そう』あってほしいと、言ってくれたことがあるんだ。
強がり。
端から見ても、人伝てに又聞きしても、きっと
貴賎なく加減なく、コテンパンのズタボロにされたその短躯が吐き出す言葉なんて、強がりやせ我慢以外の色はない。勝つんだ、負けない、諦めない。不変の
それほどにボロボロ。それまでにオンボロ。悲惨、凄惨。誤解を承知でありていを表現すれば、幼児虐待といったいどんな差異があるのか。おおよそ良心の欠片を覗かせない、鬼の所業か。
だが。
『懲りないな、お前等も』
その青臭い、幼い陽光の輝かしさを目の当たりにして。
少女は、頂上の女は、純粋に笑いをたたえていた。
さもすれば、不相応に柔らかい花のほころびに似て掠めた口角だった。
ゆえにここに、再び剣が抜刀される。
加減はない。無論、悪意はない。しかし満開たるその心は、確かに愛に燃える零下の酷寒。
冷夏、千の冬。
芥子粒の悪童に向ける手向けのつもりか、みなぎる覇気の天井なきこと。武威を一方的に語らう永劫の片思い。全霊ゆえに一度足りとて彼らに向けられなかった深奥の剣技が、真実白日のなかに現出を開始する。人型の暴威。
対して、生の祝福を受けたばかりの子鹿よりも頼りなく、吹けば散る灯火のように、視線のレベルを戻した彼と彼女。言わずもがな、これから行われるだろう魔剣の前に、彼らが耐えられるだろうだなんて正常な精神でなくとも誤解はない。不相応、過ぎた夢。きっと立ち上がらないで床板を舐めていたほうが、無事に明日を拝めることは当たり前。それこそが正しいあり方。
でも──。
だから──。
正しいことよりも、なにが間違っているのかを知っているから。
虚勢を張り上げて笑うのだ。震える膝っ小僧よりも盛大に、己の愚かさを哄笑させろ。
そして黄昏に白刃が触れる。
斜陽の道場、笑う二人と微笑む少女。酷く滑らかに空気を舐める切っ先、
これから
その間際。それでもブレない確固足るものを信じながら。
『篠ノ之流────』
それはまるで紅蓮に凍る
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DON'T LOSE YOURSELF
────始めに貰った物は、名前だった。
◆◆◆◆◆
IS学園とかいう女の園があるらしい。
らしいというのは女の園という部分に関してであって、とうのIS学園自体は存在する。
そこは、女性にしか動かせないインフィニット・ストラトスとかいう飛行強化外骨格の
嘆かわしい。甘酸っぱい少女の芳しさが機械油に狂わされるのが心底真面目にもったいない。どこぞのお姉さまだかに感化されたかはまったく存じ上げませんが、イチ男子高校生としては一緒に青春エンジョイしてくれる絶対数が少なくなるのがいただけない。俺に付き合ってくれる女の子なんていない? ないですかそーですか。
まぁ正直匂いなんて女の子も男の子も変わらんです。青臭い少年の幻想です。実際のとこ磯くさ嘘です気取ったごめんなさい。我が実姉の洋服とか俺のと一緒に洗うのが申しわけないくらいにはいい匂いします。嗅いではいない。断じて。
でもやっぱり香るなら男より女の子のがいい。当然である。『今日は部活で汗かいてるから……』なんてJKがいたらもうあれじゃない。真っ先に蒸れたその腋を賞味預かり給うね。そんなことない? ないですかそーですか。
とかくそんな女の子の集まる女子校なのだ。
そこに俺は通うのだ。
しかしワタクシ、織斑一夏は男である。実は男として育てられた女な経緯も、性同一性なんたらとかは無論ない。せいぜい中学の文化祭で──いいや止めよう。俺の沽券に関わる。姉に弄ばれた男子中学生なんていない、いいね? でも年上のお姉さんといっぱいなかよくしたい俺はいる。いいね?
しかしなぜか、そんな俺が女子校に入学することになったのだ。繰り返し、ISは女の子にしか乗れない。それのランナー育成学校=女子校。それはわかる、そりゃそうだ。動かせない男に席はない。
ではどうして? 単純である。
俺がISを動かせる世界唯一の男だからなのだ。
で。
どーにかこーしてあーなって、入学させられてしまったのだ。
不満はある。進路を強制的に決められてしまえばそりゃあ、ある。しかしながらだだをこねる勇気も一五歳という年齢では胡散霧散と尽きてしまい、あとは流れ作業でこのザマだ。暖簾に腕押しとひょうきんに振る舞うのはきらいじゃないが、濁流に流される小石はいやなものだ。諸行無常だよこの世界。
不満はある。不満はある。不満はある、が。
期待もある。
その一抹に魅せられてしまう程度に未完成な自分であり、一握に賭けられる熱がある。若気の至りはわりと好み。咲かなきゃ花は枯れられない。
まぁとどのつまり、俺氏けっこう乗り気で入学であらせられる。
校舎の陰で
しかし。
「空ぅ気が甘い」
まったく。
「体が熱いぃ」
なんて。
「素晴らしい! これが、女の園というものか……ッ!」
なんて役に立つんだ
いいぞ。非常に優れて正直いまでは反省している。
スカート、生足、カラータイツに黒ストまで。ときおり駆け抜ける春風にゆれる裾、
なんか視線が痛い。目線が怖い。注目の域を超えてもはや槍衾だろこりゃ。いやさ我が愛しき学び舎(になったらいいな)の門前に立って芳しい香気に思わず感動してやらかしちまったワテクシに非があるとはいえ、ちょっとあんたらこっち見すぎだろ。そんなに俺が珍しいか? ……珍しいか。男だものね。パンダなう。パンダなう! 無理はしてない。
しかし開幕ボッチになりそうな頚木を打ち込んでしまった気がしないでもないが、とかく遅刻はいただけない。おんにゃのこに見とれて間に合わないとか高校デビュー失敗にもほどがある。時間にルーズなフェルマータ系男子のレッテルなんてお断りでござる。
こっち見てひそひそしている上級生方に我に返って赤面なんてしてない。ない!
◆
校門からドロンさせていただいて玄関前のクラス割りをチェック。
一年一組らしい。一年一組織斑一夏。なんとも語感がよろしいが何番煎じ感が拭えない。中学時代ずっと一組でござんした。
その足取りで流れ作業の体育館。入学式である。お偉いさん方の式辞やら扇子持った生徒会長さんやらのありがたいお言葉があったりあまつさえ意味ありげに俺にウインク飛ばしてる気もしたが、同中・同クラスの相川さんとメールしてて覚えてない。それそろスマートなフォンがほしいぜ。
そして現在この時間、一年一組の教室に至るのだ。
「みなさん入学おめでとうございます。私はこのクラスの副担任を務めさせていただきます、山田真耶といいます。これからよろしくお願いしますね?」
やまだまや。
回文である。
しかしローマ字になおすとYAMADAMAYA。逆から読んだらアヤマダメーイ。亜山田
なんておもしろくもない適当な羅列をアタマのなかで疾走させるが、当然そんな逃避は現実に一光もたらすはずもない。むしろ思考が加速しちまったせいで体感時間の伸びが抜群だ。返って長く感じちまう。
つまりようは、この瞬間が早く終わってほしいと願ってるわけで。
「それではまず、自己紹介から始めましょう。出席番号一番の人、お願いします」
「え、あたし?」みたいな顔させてる出席番号一番・相川清香ちゃんに『がんがれ』の意を込めてウインク投げたら『(^ω^)』なんて顔で肘鉄砲で打ち返された。乱太郎馬鹿にすんなし。
そんないつも通りのノリを思わず披露しちまって、なにげなく視線の合った国津さんとやらが若干引いてた。……泣くな俺。
話を戻してつまらせてもらうが、なんともこの教室、空気が気まずい。
空ぅ気がまず……サーセン。
視線の雨。目線の槍。注目のガンマ線照射。
今現在、俺はものすごくたくさんの視線に晒されていた。
そりゃそうさ。不本意ながら世界唯一の肩書きを背負ってしまった俺である。少女の学び舎に黒一点、混入してしまった異分子である。視線が募る。意識が集う。座席も最前列のど真ん中、正面には先生。なにこの保護観察対象。巨大で強大で大々的な生徒会長よろしく教室のど真ん中じゃないだけマシか? ばってんあの人アンノウンじゃん。なにそのスケスケの悪魔俺にもくれよ。
しかしこうして言葉を重ねているが、実際これは体験しなけりゃ伝わらん。やたらかわいい子ぞろいのなかに一人放たれて有無を言わさず視線に晒される。一挙一動、つぶさに観察されるこの気持ち、あわやこのままだと新しい領域を開陳しそうである。あれ、それだともとから素質があったってことにならね?
しかしそろそろ現実に帰ろう。
いくら目を逸らしたところでときは着実に流れるのだ。無間神無月は必要ないのだ。さしあたって、いま俺のすべきことは自己紹介を考えること、やっべちょいとハチワンなダイブキメてる
考えろ俺、今すぐに。第一印象、始めが肝心。たかが自己紹介ごときといえ、ここでミスって今後の学園生活に亀裂が走るのは拙者の望むところじゃない。じゃないのだが、いかんせん、思いつかん。その場の勢いで生きてる自覚は存分だが、思考は放棄していいもんじゃない。
考える。考える。考える、思いつかない。行き当たりばったり、そんな俺もきらいじゃない!
なので今はこのいい匂いのする空気に身をまかせるじゃんよ。
すごいな女の子。野郎がまったくいないとこんな香しいの? フレッシュな青さ。つってもしかしながら、気合い入れすぎて香水キツすぎる感は否めない。匂いの強い柔軟剤でもごまかしているのだろうか。ああ窓、換気扇。窓際の座席がうらやましい。
なんて思って窓際に視線をむけて。
──陽光に流れる黒髪の。
俺は。
──
その。
──鋒両刃の、諸刃の剣。
焦げるような衝動を。
「それでは次、織斑一夏くん」
「────、はい」
押さえつけて、飛び出しそうな心臓に満足して、外面をこれでもかって偽って立ち上がる。
わかってたろ。期待してたろ。それ以上に確信があったろ。だったらなんだよみっともない。予定調和の予測通り、なーにビビってるんだって。震える足を無視しろよ、狂おしいなにかを裁断しろよ。ボイン(爆発の意)しそうになってんなよ。あらあらそういえば予想以上にバストフル。正味俺の周りの女の子は熊本先輩ばりに慎ましい娘ばっかりなのでバランスでもとってるんでしょう。
……なんか色々台無しだけど、真っ平らでいい自閉症にならなくてすんだ。ビー・クール、ビー・クール。もちろん俺にダンゴールはいない。しかし弾ゴールはいる。別に弾をディスってはいない。
いずれにしろ、とうとう俺の自己紹介。
『お前』の視線ばかりが、気にかかる。
「織斑一夏です。誕生日は九月二七日。血液型はAB型。
好きな食べ物は──」
そして、好きなものを吐き出した。
今の俺を誇るように。
◆
俺の自己紹介は無事に終わり、順当にそのあとの人達に番がまわる。
だけれどまったくらしくもなく、俺の意識はお前だけに向かってしまう。
ほかの声が耳に入らない。
「初めまして! 岸原理子ですっ」
耳に入らな眼鏡が似合うな。
「鷹月静寐です。どうかよろしくお願いします」
耳に入らふむしっかりものの世話焼きと見た。
「か、鏡ナギです……っ」
耳に入引っ込みじあんな君も素敵だ。
「四十院神楽です」
うっわなにあの子めっさ美人!
すまない。許して。僕は駄目だ。弱かった(女の子に)。
どういうことだってばよIS学園。これ絶対顔面偏差値とかも入学考査の対象だろ。IS適正とルックスは比例の関係にでもあるんでしょうかね。うちのおねーちゃんが美人さんなのにも納得でござる。
でもイッピー知ってるよ。イッピー鼻曲がってたり左右の目の大きさ違ったり肌白かったりで思いのほかイケメンじゃないって、イッピー知ってるよ……。
うっせぇイッピーは雰囲気イケメンなんだよ。全部okiuraってやつの仕業なんだ。
御手洗くんとかいう中身も外見もイケメンな輩は絶許。妬んではいない。
「──篠ノ之箒だ。ゆえあってISのテストパイロットなるものを務めさせていただいている。以後お見知りおきを」
その散漫たる俺の意識を再び釘付けにするが凛の声。
明瞭透徹なる刃のさえずりは声の記憶を更新し、離れていた時間が彼女をより強固なものへ砥ぎ鍛えたことを過去を裁断しながら教えてくれる。粘りと鋭利の体現、玲々の鋼。
その瞬間、その
たかが一言、ゆえに明快。虚飾の介在を許さないあるがままの朴訥。
その瞬間、俺達は彼女に見とれたのだ。
え、俺の幼馴染みかっこよすぎ……!?
「何を呆けている小娘共。今年の入学生も例年に逸れない痴愚なのか?」
だから、茫洋に蕩けた意識を現実に引き戻してくれるのは。
「お、織斑先生っ」
「どうした山田君。見蕩れるのは構わんが、第一印象は初対面にしか与えられんぞ?」
同様に、刃を体現できる存在にほかならない。
織斑千冬。我が麗しのおねーさまがそこにいた。
「諸君、初めまして。私がこのクラスの担任、織斑千冬だ」
そう言って教壇に立つ姿のなんと勇ましいことか。
先ほどの自己紹介を冷え冷えと表現するなら、こちらはなんとも暴力的に鮮烈だ。
しかし弟としては雄々しさよりももちっと慎ましさとかが欲しい。男子中学生に黒の下着を洗わせるのはおいちゃんよくないと思うな。ブルっとセーラーなお店に売り飛ばしてくれようか。
途端に、「きゃあ」×27の黄色い悲鳴。
いや別に俺の脳内ダダ漏れで女の子に引かれたわけじゃない。
感激だ。
みんな、感激とやらできゃあきゃあの雄叫びを上げている。
なにせ世界最強のISランナー様のご登場である。IS界の言わば大スター。そりゃあ感激感嘆感涙くらいはしちゃうかもね。言葉が言葉をなしていない。
それら各々を個別に台詞で表したところで言ってることはほとんど同じだから省略するが、参考程度に「濡れるッ!(意訳)」……いやいやイミフすぎんぞなんだよ、叱って? 罵って? あなたのためなら死ねる? これがあの倍率数十倍を誇る天下のIS学園女学生の言動なのか? 半狂乱にラリっちまってんじゃねえかよおい。アッパーとサイケデリック合わせてキメた頭ハッピーセットの輩しかいねぇよ。うそだろ承太郎! しかし見つかったマヌケは俺だった。
「久しいな篠ノ之。強健そうで何よりだ。
が、あまり同級生を魅了してやるな。おまえのような輩のおかげで、毎年、性癖に不自由な奴が後を絶たん」
「褒め言葉として、受け取らせて頂きます」
「宜しい。座れ」
しかしとうの千冬様は降りかかる万雷もなんのその。
立ちっぱになっていた女生徒さんを軽く諌めると着席に促した。
っていうか性癖? え? ここってそんなおとボクった学校なの? ええっ!(歓喜)
いや
「──改めて諸君。私が担任だ、織斑千冬だ。
私の職務は君たちにISの何たるかを叩き込むことにある。
これからお前たちには課題を出す、苦難を強いる、困難を与える。決して簡易安易なぬるま湯を供給しないことを約束しよう。しかし、なあに。案ずることはない。知恵と勇気を全力ですり減らして燃焼すれば実に容易に踏破出来る程度の壁に相違ない。
ここが
ゆえに必ずついて来い。──返事を求む」
俺がトリップってるのをよそにまるで合戦前の侍頭かよってくらいの口上でクラスを鼓舞してくれやがるのが恥ずかしながら俺の姉です。そりゃかっこいいけど。シビれるけど! いやでもだってどこにJKに対して勇気を晒せって発破かける教師がいるんだって。ドン引きだよ。DREAMS COME TRUEすぎるよ。フェイスレス司令だって真っ青だよ。ロッズにフロムがゴッドしちゃうよ。
「「「はいッ!」」」
……姉さん、事件です。
ここの女の子はみんなサムライみたいです。
まあその筆頭が俺のお姉ちゃんなんですけどね!
姉さんが事件です。笑えないオチだぜ。
◆
「入試のときにISを動かしたんだって」
「やっぱりこの学園に入学してきたんだ」
「ねえ誰か話しかけなさいよ」
「わたしいっちゃおうかしら」
「待ってよ、あなた抜け駆けする気?」
HR明けの休み時間の聴覚が捕らえたのは遠巻きな言葉の数々である。
なんぞこれ。学園唯一の男子たる俺としては学校最初の休み時間ならば、それはもうしっちゃかめっちゃかクラスメイツに囲まれて質問攻めに合うと思ってたんだが。おいおい止めろよ押すなよ子猫ちゃん、男の子が珍しいのはわかるけどがっつきすぎはレディーにあらじだぜ? 俺はどこにも逃げないから一人ずつ順番にLINE教え(以下略
などという空想は妄想に昇華したというのはいうまでもなく。
予想に反してこの通り。俺の周りだけぽっかりと穴を空けて人がいない。
……なにこれ新手のイジメだったりします? 聖ルピナス学園に男の分際でしゃしゃるなってこと? マジかよ野球選手のMVPばりに質問内容考えてたのに。関係ないけどここから女子アナ目指す子とかいるんですかね? ミスISとかやったら大盛り上が、らんか。大顰蹙だろうなぁこのご時勢。
などとあわや便所飯すら幻視し始めたこの視界の隅で。
黒い。
ポニーテールが。
揺れた。
(あ、)
辛うじて言葉に出なかった。
窓際の席、立ち上がった彼女に、追随してポニーテール。
カツカツと床面を軽快に叩きながらも凛としてしゃらん。堂とした悠々。視野の端っこにおいてすら強烈な存在感を見せ付ける彼女は、これまた──別の意味でだが──存在感をあふれさせる女生徒を一人連れ立って、そのまま教室から出て行った。
その黒髪の一房が自動ドアに消えるのを見て。
「…………」
思わず立ち上がって、追いかけていた。
◆
そして、まるで上級生に告白する女子みたいな佇まいで。出で立ちで。
織斑一夏は屋上に通ずる扉の裏に身を隠し、荒ぶる鼓動を整えていた。
赤錆色の防錆塗料が塗られた鉄の扉一枚。どうしてかここの戸だけが自動じゃないが、たったそれだけを隔てた先に、お前がいる。……緊張してるのかよ、らしくもない。
──その『らしさ』をくれたのは誰だったか。
「いやはや聞きしに勝るところだな、ここは」
「あら、そうでしょうか。まさしく聞きおよんだ通り、の場所じゃないかと思いますけど」
「と、言うと?」
「女の園」
「今までだって女子校だったじゃないか」
「品行方正、とは斯くあるべしかと」
「なるほどなあ」
なるほどなあ、じゃねぇよ。なんだよそれ。どんな思考回路だよ。まったくわからんぜ。あれか、流行りのメンh(ry不思議ちゃんか? 躁鬱暗示してるタイプの野球用語がお得意ですって? 誰だお前が気分障害だなどと宣うやつは。マジ引くわー。
ドアの向こう、その屋上。全面に緑化がされているだのなんだのが売りの屋上とやらに設置されたベンチにて二人。二人の少女が談笑している。それが扉の隙間から漏れ聞こえるわけで、つまるところ盗み聞き。我ながら悪趣味だ。
不可抗力だとはいえ、会話を見ず知らずのやつに聞かれるのはいいもんじゃないよ。特に女の子が人目を忍んで二人っきりでお話だもの。それはことさら癪に触っちゃうよね。よろしくない……踏み出そう。
俺なら出来る。俺なら出来る。俺なら出来る──思うは埋没、行き着くは深奥。
実に単純な自己暗示。
しかし気休めに思われるだろうそれだって、俺に取っちゃあ重要なもの。呼吸が整う、視界が開ける、音が澄んで肌がひりつく。望む未来への初期化/最適化は前時代的な根性論に通ずる精神補強。柔いもので堅く振舞ったところでそれは高速で壁にめり込む豆腐に違わず、しからば思い描くは最強最高最大の自分。あるがまま、成すがまま。ゆえに俺は始めから『そう』ある存在であり、疑念はない。事実を取り上げろ、認識を固定する。固定観念を観察する固定観念を二重三重に連ねて多角的思考装置を偽装する──出力。イッピーなら、出来る。
羅列クリアー。
俺は、ドアから身を乗り出した。
「ん、誰だ?」
楽しげな会話が寸断される。
耳に心地よい音色がきりりと締まる。
春風を孕んだ一房の黒髪をまとわせて──篠ノ之箒と、目が合った。
「よう」
震えて、ないよな?
上ずって、ないよな?
ちゃんと、お前と目を合わせられているよな?
「久しぶりだな、『箒』」
「────。ああ、そうだな」
一刹那の
驚愕? 空白? それをねじ巻いた末の、ここに至るまでの道中を察して? きっと聡いお前のことだ、そういうもろもろ全部ひっくるめて、結論を下せてしまうのだろう。
万劫の刹那。瞬きの一瞬。けれども思考は疾走して回想を回送し回廊を回遊する。瞬く間の情景はあながち走馬灯ってこんなんだろうな、などとのありふれた感想に結実しながら、記憶の齟齬に血を巡らせているのかもしれない。学力だとか知識だとかじゃなく、お前は昔から利口だったから。
影に埋もれる手を引っ張り上げられた記憶がある。
憧憬では足りない焦げ付きに焼かれる記憶がある。
閉鎖する常識が破砕されて飛び散った記憶がある。
春風がなびく。寂しく髪をさらう。
刹那は須臾へ、逡巡、模糊そして漠へ。しかして渺には至らず次の瞬間には「フッ」とした霞みを浮かべて……ああ、それはなんともお前らしい笑顔だ。
「久し振りだ、『一夏』」
かくして五年ぶり。
アテクシこと織斑イッピーは篠ノ之モッピーと再会することになったのだ。
◆
しかし続くよ! まだ終わらないよ!
なんかいい感じに幕切れっぽいけどそんな空気はデウス・エクス・マキナでござるぜ。
久しぶりのモッピーである。生モッピーである。字面がエロい。
いや、はたしてそれだけだろうか?
「……なんつーか、うん。綺麗になったね、箒」
「世辞は止せよ。照れるだろう」
もう多分つーか確実に俺が改めるべくもないほどに伝わってるんだろうがなにを隠そうこの篠ノ之箒、とても美人さんである。
黒髪は艶やかに。輪郭はシャープ。メリとハリで凹凸を描くスマートバディ。都雅に切れる双眸に、桜に濡れる口唇のツヤやかなるかな。およそ一五歳にしては出来すぎた、女性が必要とする要素を惜しげもなくその外装に搭載している。なにこのエレクトロアームズ。
しかしだがそれだけに止まらず。かわいいよりも美しいを体現する御身において、その軽やかさすらも超越して体現する犀利の極峰の、なんと冷え冷えする刀身か。
そういえば昔、箒のことカタナみたいとか言ってたやつがいた気がする。当時の幼心にも納得できるほどだったが、今となっちゃそれどころじゃねえ。超カッケー。なにこれ、どうして男の俺より凛々しいの? 俺が死ぬの?(男性として)
「イヤミか貴様ッッ!」
「……嫌味がましいのはどちらだ」
コンチクショーコノヤロー。まるで俺が『男の子』を教えられてないみたいじゃないかよ。いや確かに壁になる親父なんていないけど。ああでも千冬姉は十分壁とかもう色々超越してるけど! お前のそのかっこよさが一欠けらでも俺にあったなら……! 亜弓さんの嫉妬シーンを見たときの胸に迫る思いったらなかったよ。
「箒ちゃん……おそろしい子……!」
「……怖がられてもな」
オーケー落ち着け俺。どうやらまだテンパってるらしい。それに花とゆめ購読者ってバレた。
箒さんの怪訝げな目が大分痛いです。あと
閑話休題(言ってみたかった)
普通にしよう、普通に。
常識に当てはまろう、常識に。
いやそりゃ規格外のナイスレディ目の前にして常識もへったくれもないんでございましょうがね。
冷静にならんといかにゃあな。熱血して鉄血がうんたらかんたらに落ち着こう。
改めて箒さんを見る。うん、美人。俺が女だったら抱かれてた。おお、ビューリホー。ただしボクサーにはならない。
「美人だなぁ」
「まったくさっきからどうしたんだおまえは。いやさ褒められるには否はないが、そのだな。おまえに言われるのはやはり照れるよ」
ぽりぽりとそれこそ漫画の一描写のごとく赤らめた頬を掻く箒ちゃん。
……いいね。やっぱ女の子なんだね。
オーゲ。大分調子戻ってきた。
「しかたないんです。箒ちゃんがおよろしくなってるのがいけないんです」
「ふふ。だったらそういうおまえは──うん。変わったな」
「変わりますとも」
「……五年振りか」
「……ああ」
束さんがIS発表して、世界が変わって、要人保護プログラムで箒ちゃんが転校して、五年。
今でも覚えてるよ、その日のこと。誰よりもかっこよかったお前が駄々こねるのは新鮮で、だからこそ辛辣で、きっと俺の心は張り裂けていた。……ああ、覚えてる。お前が俺に提示したことだって。
俺はそれに乗らなかった。乗れなかった。
俺は弱くて。お前は強くて。
お前が連れ出してくれた日向のなかで、焼け焦げてしまうほどに脆いから。
脆かったから──。
「ところで篠ノ之さん。そろそろ私を紹介していただけると嬉しいのですけれど」
「む? ああ、すまない四十院。私としたことがついつい哀愁に呑まれていたよ」
二人してある意味の感傷に耽っていれば軽やかに、これまた美声が空間を揺らす。
そうだ。ここにいるのは箒ちゃんだけじゃねぇ。
もう
確かお名前は……。
「一夏、紹介しよう。こいつは四十院神楽。私が世話になっている企業の社長令嬢さんだ」
「お初にお目にかかります、織斑さん。あなたのお話は篠ノ之さんから常々……なんでも大層愉快なお方だそうで」
ちょっと箒ちゃん。俺のことどんな風に話してんの? おもしろいとか一歩譲って気さくなくらいの紹介ならいいけど『愉快な男』って確実にあれじゃね? 誤解生まない? ……生まないな。否定ができない!
「くすくす。噂に
「だろう?」
内心のもやもやに喘ぐさまを見て美女二人がうんうんと納得の意を示していた。
当然のごとく遺憾のイッピーです。しかしかわいいから許す。いい匂いするから許すでござる。
そんな四十院神楽さんを改めて捕らえる。……なにこの美人さん。
箒ちゃんを散々美人! かっこいい! フェムタチ抱いて! なんて褒め称えたけど、こちらも負けず劣らずの美人さんだ。お淑やかというか、浮世離れというか、もうあれ。見るから感じるからに一線画してる。あえて言いたい、佳人であると。
純和製。大和撫子ってこういうことなのかも知れん。そんくらい、すごい。
なんかかわいいかわいいしか連呼しない昨今のガールズよろしく語彙の貧弱さが恥ずかしいが、どこぞの誰かが言ったのさ。究極に近づけば近づくほど表現は陳腐になるって。こういうことなのかもわからん。
そんな美人さんに実ははさまれて座っているのでござる。
いやほら屋上にベンチあってそこで二人が座ってご歓談してたわけであって女の子同士だからって密着して座るわけでもないからちょうど間に一人分くらいあってやましい気持ちはないです本当です四十院さんいい匂いですはぁ~hshs! hshs!
ああここにあったかアルカディア。俺は高みへと導かれた。
キーンコーンカーンコーン。
楽しい時間はすぐすぎる。
香しい少女らのにほいを掻き消す機械鈴の振動は実にアタイをイラッピーにさせますよまったく。美人と佳人にはさまれたら誰だって動きたくなくなるさね。
とはいえ、遅刻でマイ・フェイバリット・ブリュンヒルデの顔に泥を塗るのはいただけない。
「
「おい、待て、一夏。私たちを置いて行くのか」
「俺は今から九回授業に間に合う!」
でも正直劫の眼がいいです。俺の雷切で女の子たちと(自主規制)
脇目も振らずに女の子を置き去りにする俺。手のひら返して突発的に。そんな気分屋さんがイッピーです。
「まったく一夏の奴は……仕方ないな。失礼、四十院」
「良き哉」
「うん?」
そうして気になって振り返ってみれば。
箒ちゃんが四十院さんをお姫様抱っこしながら疾走していた。
え、ちょ、なにあれ。どこの星の王子様だよ。サムライっつーよりナイトだよ。男の尊厳丸つぶれだようっせ元からそんなのないとかいうなよ。今度「世界を革命する力を!」ってやってもらおう。
……今日から腕立てをしようと思った、まる。
◆
「それではこれより一年一組のクラス代表を決める。自薦他薦は問わん、誰かいないか?」
教室への帰路をプリンセス抱っこで駆け抜けて道中の少女諸兄らをきゃーきゃー沸かせたのも新しく、初の授業である。入学初日からである。
ISの専門課程やりながら高校の単位も取らなきゃいけないから時間割カツカツなんだって。夏休み短くならなきゃいいけどなぁ。
教壇には千冬姉。少し離れてやまや先生。
準備万端で早速授業、の前になんかなんか代表決めるだかどうとか。クラス委員長兼対抗戦の代表だってよ。おいカール、次の手が透けて見えるぞ。
「はい! 織斑先生っ」
「立候補か、相川?」
「織斑くんがいいと思いますっ」
ほれみろやっぱり、俺に押し付けにきやがった。
わかるよわかる、クラス委員なんて面倒なことを他人に丸投げしたい心境なんてそらぁもう共感するさ。でもそういうのよくないと思うよ。人は毅然として困難に向かうべきだよ、そういうときにこそ勇気は発揮されるんだと思、う、よ、ってオイ。
「相川……お前、友達を売って出世するのか……!」
「そうよ。私は中からこのクラスを変えるの」
ファッキンこのマタ・ハリ野郎(女だけど)
謀られたーマジ謀られたー。同中とか関係ないわー。ぜってぇあのアマ俺がスマホ勢じゃないのいいことにグループ内で俺の悪口書き込んでるわ。つぶやイッターで晒し上げてやる。全国二九人のイッピーファンを舐めるな。
ランスロット相川。そんな人間KMFはチッピーだけで十分だぜ……。
「はい」
「どうした四十院。おまえは自薦か?」
捨てる神あれば拾う神あり。
暗澹に沈む我が心に清らかなる女神の歌声が響き渡る。
その名、四十院神楽。
赤い河のほとりあたりでイシュタル様とか崇められそうな颯爽たる御心で、よもやクラス代表が決定しそうな雰囲気を打ち抜いた。
すごい、すごいよ四十院さん。ああ、あんた俺の女神だよ!
「私も織斑さんが適任だと思います」
女神は女神でも断頭台の女神だった。
ふえぇぇ、助けてお姉ちゃん。みんながイッピーいじめんの。おいこら颯爽と候補者一覧に俺の名前加えてんなよ。本人の意見ぐらい聞いてみろよ訊いて下さいお願いします違ぇよ顔赤らめんなよアイコンタクトだよ愛コンタクト(意味深)じゃねぇよ察してくれよもうウィンクしちゃう。便所の落書きを眺めるような目をしていた相川はタイキックである。
空間投影の黒板(と言っていいのかどうか)にデカデカと表示される我が名前。チッピーは俺の辞退に聞く耳持たなかった。
このままじゃ俺に決定してしまう。
よろしくない。
だったらどうする? 決まってる。
だったら俺が、
「──織斑先生。私も立候補します」
誰かを推薦するまでもなくどなたかだかが自ら立候補してくれやがりましたよナイスだぜ。
新たに君臨した闇風を払う光の女神に手を合わせるべく音源に眼を向ければ──なんてまどろっこしい茶番な心境を綴るまでもなく。
その声。その色。
この俺が、誰だかと判別つかないはずがなくて。
「私も、この篠ノ之箒もクラス代表に立候補します」
きりりと凛然、ただ刃。
刀身走る波紋と震わせ、空気を撫でる確たる声ぞ、麗しかな。
篠ノ之箒は冷然と、
反対なんてない。反論なんて上がらない。むしろ「おお!」「きゃあ!」なんて歓声のほうが強いくらいだ。だってテストパイロットをしている女の子だぜ? 単純に実力を予見すればいくらたった一人の男子とはいえ、およぼうはずもないだろう。おまけにかっこいい。誰から見ても外に出すのに恥ずかしくない。クラスの顔を張らせるのに否はない。なのに。
なのにこんなときだからこそ、改めて、言う。
次の手が、透けて見える。
「良いだろう篠ノ之。唯一の立候補者だ。
幾ら他薦とはいえどうにも織斑はやる気に欠ける。教師としてはやる気のある者に一任した方が安心出来るわけだが、そうさな。それでは推薦した生徒らも納得すまい。
ああ、であれば──」
「ええ、でしたら──」
なぜか体が冷える。
黄色い歓声、ある種の盛り上がりさえ見せる教室のなかで、きっとこの感覚に囚われているのは俺だけだ。小粋なジョークも冗談も、ひょうきんを演じる言葉さえ湧き上がらない。
背骨、体幹、体の芯。ぞわりと伝達する零下の疾走。筋繊維と血液循環が媒介するはずの熱量が今ばかり、今ばかりは冷却材を輸送する金属ポンプのようにしか感じない。
織斑千冬。かつて最強の名を欲しいままにした、最強。
それを前に、なお鋭利犀利とナマクラに色褪せない篠ノ之箒、幼馴染み。
二人の目が、俺に合わさって。
「────織斑と、クラス代表を賭けて試合に励んでもらおうかな」
「────織斑と、クラス代表を賭けて決闘に臨むしかありません」
たった今、俺こと織斑イッピーと篠ノ之モッピーの決闘が決定したのだった。
オルコット嬢は別クラスです。
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吐きそうだ
不安で。
怖くて。
どうしようもなく、狂わしようもなく。
恐れに恐れて、張り裂けるように泣き出したくて。
天上高く武威の頂点。黄金の極光を背景に頂く桜花が宝剣。
それに照らされて生きてきた。それに焦がされて歩いてきた。
巨大な光源。ゆえに影は濃く、陰は深く。
我が身の空虚さにひび割れ沈むゴミクズの心は、一つの幻想に手を伸ばす。
誰かが望むナニモノか。
誰しもが求むナニモノか。
あるべきものをあるべき場所に。
可能性の仮面。
『そう』あるこそが自然真っ当で至極当然。そんな存在。
その『
◆◆◆◆◆
夕焼け小焼けで日が暮れて、逢魔が時に心が軋む。
帰宅なう。帰路なう。気力損なう。
入学初日からハプニングとか王道的なラブコメ展開はハーレムものにかぎって実に許容するところだが、持ち込まれる議題がラッキースケベに結実しないのであれば芥も同じである。マジ芥・エスト・ファーブラ。あれその脚本家だとラッキースケベ(必然)にならね? ちょっち獣の爪牙になってくるわ魔名はいらない。
IS学園は全寮制とのこと。男児たる我輩もその例外に嬉しいことにあぶれなかったためなんと女生徒諸君らと同じ学生寮で生活であるやったぜランドリーで人の少ない時間帯を調べねばなるまい他意はない、決して。
というか二人で一部屋使う仕様らしい。つまるところそうしないといけない程度に部屋数がかつかつ。そんなところにイッピー様の乱入だ。いったいどんな割り振りになってるんでしょうね。もしかして女の子と相部屋だったりします? チッピーも女の子だよねとかいうオチはお呼びじゃないから頼むぜおい。
「…………」
心が、上がらない。
熱が、回らない。
果敢に脳内を疾走させるいつもながらの妄言連打は普段以上に虚しくて、互いが無様に磨耗して、気づけば砕けて灰になる。思考のゴミ箱があるのなら、そこはきっと全人類の英知が集まっていることだろう。
黄昏時に黄昏る。
つまらないジョーク。
──箒ちゃんとの決闘が決まった。
なんだよ決闘って。
このご時勢におかしいだろ決闘法とかどうなってんのよ犯罪だろタイマン張っちゃう弦太朗さんも正味年少送りになっちまうよソースは野崎君ああ治外法権でしたねぇここ! 喧しいわ。
ないわー。ほんとないわー。
入学初日から問題とかなんなんすか。
予感がなかったといえば、嘘だ。
不満を申し奉るとはいえ。
不評を上げ連ねるとはいえ。
篠ノ之箒と相見えたその瞬間に、こうなることはわかっていたはずだ。
正直箒ちゃんは、少なくとも俺の記憶のなかの彼女は、闘争というものを好んでいた。剣道場を営む家庭環境がそうさせたのか、はたまた生来的なものかは知らないが、とかく。とにかく戦い、鎬を削り、技を散らすという行為を好いていた。ほうきちゃんはまぞ。おねえさまのあしの(自主規制)
……というか、そうだな。んな七面倒なうんぬんのわけもなく。
ただ。
負けず嫌い。
その一言に尽きるバカで、諦めの悪いアホだったのだ。
だから世界最強に向かって行けたのか。
だから自由奔放と駆け回って行けたのか。
だから、別れの際の最後まで、俺の先を歩いていたのか。
今の彼女はどうだろう。今の箒ちゃんは、どうだろう。あの頃のままか、変わったか。
そんなのモチのロンに変わっている。六年ってのは軽くない。俺が『こう』して『こう』なる程度に、箒ちゃんは大人びていた。鋭くなっていた。なんだか人当たりもよくなって……正味昔はガキ大将的な果敢さと口下手と不器用さが混ざり合って友達なんて数えるほども──それこそ俺くらいしかいねーってほどにはコミュ障だったはず。まぁおかげでアタイが散々引き連れ回されたんだけどね。先生方からイジメ容疑をかけられていたのはご愛嬌だ。
そんな強さを抱いたまま、変わったのか。
そういった幼さを秘めて、礎に、研いで、鍛えて、あの頃のように笑っている。
だったらきっと今度もまた、この手を握ってくれるんだろう。強く掴んで引っ張って、日向に連れ出してくれるんだろう。だって。
だってさ。
『イッピー、おまえはオトコの癖に────』
それは原初の荘厳ではないけれど。
きっかけでは、確かにあって。
『────織斑と、クラス代表を賭けて決闘に臨むしかありません』
つまり今日のその言葉ってのは、お前が俺のことをどういう風に見ているかってことの証左なわけだ。
変わった。変わった変わった、変わったなぁ、箒ちゃん。
色んな不純を削ぎ払い、真の真金に近づいたさ。
変わるとは、変化とは、なにも変質だけを指していうことではない。
ナマクラを研ぎ上げるも変化であり、修練でより成功な技に仕上げるのも変化であり。
用途を変えずに、より強く強靭なものへと昇華すること。
──業物が大業物に昇格される。それも、変化だ。
それはただでさえ真っ直ぐだったやつがさらに磨きをかけて研ぎ澄ました、すごいやつがもっとすごいやつなったという意味での変化。ようするに純度としての激変で、抱く根幹・心鉄こそは未だ在り。確然としている。変貌してるのではなく、変化してるんだ。
だから、それがための陥穽。
己がより純度が高くなったからおまえもそうだろう? という、帰結。
俺たちの関係がどういうものかって、ずうっと疑いもなく『そう』信じてるんでしょ?
あの頃のままに、私が純度を上げたのだから。
お前もまた、あの頃の役割のままに精度を上げているはずだろう?
そんな風に対戦が決まったわけでして。
言わずもがな、俺は受けたわけでして。
「俺の将来の夢はシュレッダー機だっつったじゃん、クソッタレ」
わりと真面目にイラッピーなんですよね、ワテクシ。
あーもーあれよ。鈴ちゃんとか弾君とか御手洗くんとか蘭ちゃんとかが見たり聞いたりしたら腹抱えて笑うか録音して後日黒歴史発表会するか切れたナイフ()なんつってバカにするようなこったろうけど、つーかもうすでに穴があったら入りたいけど! どうにも譲れないものがあったりする。
そりゃあ誰だってそんなことの一〇や二〇はございましょうが、これは、今の織斑イッピーがやりたいこと。
素のままに、気のままに、あるがままに、わがまま。酷い自分勝手の大横暴。感情ばかりを振り上げる、子どもっぽさの典型例。
でも、それでいいのだと認めてくれる人がいるのだ。教えてくれた人がいるのだ。
だからあいつらは俺をバカにするけども。
決して、馬鹿だと言わないんだ。
ゆえにここはバカらしく。
箒ちゃんにここらで一発、織斑イッピーを教えてやらにゃあいかんでしょ。
お前がくれた三種の神器──そしてみんながくれた四番目。
教えてやらにゃあ、いかんでしょ?
ちなみに小一の『将来の夢』作文にシュレッダー機って書いて以来未だにネタにされる。愛だと信じたい。
しっかし正真、争いごとはきらいでござるのにね。
そりゃ痛いより気持ちいいがいいし? 辛いより楽しいがいいし? 刹那主義と快楽主義の折衷案でニコニコできたら一番じゃねーかって。負けず嫌いで見栄張りたがりの自覚はあるけど、
でも箒ちゃんだからなー。モッピーは特別だからなー。
穏便で面白楽しく愉快ならいいんだけど……ああそうさ、心臓の熱は誤魔化せない。
二律背反。そりゃあ刺激も過激も好みだけどね、別に修羅曼荼羅出身のラディカルブレイバーじゃないんですよ。祝言は挙げる側より参列する方が性に合ってるんですよ紫織さん! ポジション的にあっちが石上神道流だね! 俺の首が飛ぶね! うるせえヌキヌキポンさせろや(マイルドな表現)
ったく熱血沙汰なんて俺みたいな平和主義にはウケが悪いぜおい。
いや嘘じゃねぇし。日和って終わるならラッキーだし。
マジマジ。俺ってば平和主義だって本当だって。
アーケン石エルフに渡すぐらいには友達想いだって!
そいであれよあれよと一年生寮に到着。
早い。実に早い。考えごとしてたせいか知らんがもう着いちゃいましたよ。これ一時限目ギリギリに起きても遅刻しなくね? 朝は弱いからこういうの嬉しいよ。代わりに夜は強いぜマダム(真顔)
山田先生に渡されたルームキーは1025室。ホテルもかくやの内装をイッピー的批評するのも速くしゅたたっと階段を駆け登る。大浴場の場所は覚えたあしからず。
到着、門前なり。
照明を反射する1025のプレートが眩しい。
宴の準備は大丈夫か? チェック、ワン、ツー。よし。
「ルームチェックの時間だコラァ!!」
でもちゃんと手でドア開けるのがイッピークオリティ教養がすごい!
「む?」
ボイン。
まずは、ボインである。
────ボインの話をしよう。
ボインとは、魅力的に作動し、魅惑的に動作されなければならない。
霧島さん直伝のもはや味のしないガムみたいな三番煎じエントリーを果たした拙者の前に飛び込んできたのは圧倒的視界占有力を誇る二房の禁断の果実であり珠と水滴を乗せる瑞々しさを目に蛇の甘言など過たず聖書に倣うがごとくの衝動に駆られるのはなるほど人類の抱くオリジナル・シンであり楽園追放に追いやられるは無神論者を黙らせる格好の経験で無論のこと代償はソドムへの幽閉なれば堕天奈落の跳梁跋扈に未だアダム・カドモンは現れずアビスに引かれて真なるツォアルへの到達ははるか彼方つまり端的に申しまして。
女体があった。
全裸である。
ボン・キュ・ボンのナイスバディである。
湯上りらしくお湯に濡れ、湯気をまとい、濡れ髪をなめかましく。
素っ裸の生まれたまま。
篠ノ之箒さんがいらっしゃった。
「凄く……一撃必殺です」
おいおいどうなってんだよIS学園おもにチッピー。
どうしてダイナミックエントリーした先に全裸の箒ちゃんがいるんだよありがとうございます!
神聖を置き捨て、一見に身魂すべてを投ずるなど、かくも容易い!
かくも容易い工程によって、ボインは実現する!
「その……なんだ。私にも羞恥心くらいはあってな。
そんな熱心に注視しないでくれると嬉しいのだが……」
あまりにも堂々とラッキースケベに賜っていたせいだろうか。
数瞬というには存分すぎる間を空けて、おずおずと箒さんは腕で体を隠しつつ背を向ける。
実に色っぽい。唐突だが俺には写真撮る趣味があったりするよ。
「ハーイ篠ノ之さーん。ピースピース」
「梵天王魔王自在大自在、除其衰患令得安穏、諸余怨敵皆悉摧滅──」
「
わあい平和。いちか平和大好き。
ピースだけにってな!
俺はキメ顔で言わざる得なかった。
◆
なにが、とは言わないが。一説によると眉毛の色と同じらしい。
なにが、とは言わないが。白の特急券でした。
グレートだぜ。
「つまり、おまえが私の同室というわけか」
「
ダイノガッツ!
で。
廊下に追い出された俺が吉田さんにプリンセスダッコだかしてまろびでそうな巨砲にただでさえベイベしてたベイベがスピリットエヴォリューションしかけてたら「昼間の篠ノ之さんのパクリー?」とか言われてちょっとへこんでポッキーがたけのこの里に帰ってきてマジかよ中折れしていいのは2.5mmバランスまでだろ……のあたりでオープンセサミした1025室に
今来た産業。
箒ちゃん
着替え終わって
事情説明
「多分姉さんの配慮だろうな。
いきなり赤の他人と相部屋になるより知り合いのほうがいいだろう、って」
「ははあ。千冬さんも大変だな」
「女の子のなかに一人投げ出された俺のほうが大変ですー」
「自ら進んで骨を折って、よく言うさ」
五体投地でご慈悲に賜ったのも新しく。
箒ちゃんと同室ってのは間違いでも勘違いでもないようだった。
しかしだが、ありがたい。そりゃあいくら俺が健全優良な人畜無害こと人畜さんだとしてもね、見知らぬおんにゃのこと共同生活なんて耐え難い。まっぱ見られてビンタの一つも飛んでこない箒もどうかと思っちゃったりしますけど。俺がサイブリットだったらループ再生していたでござる。だよなレンツォ!
……にしてもやっぱ侮れんぜ、箒。
なにがとは、言わんがね。
「それで、一夏。おまえの機体はどうなったのだ?」
「ああ、それな。データ取りもかねて、学園で専用機用意してくれるんだと。数日中には用意できるって話だが……お前のときまでには間に合うだろうさ」
「ふうむ、そうか」
専用機。つまり専用IS。
ほら箒ちゃんと決闘もとい試合が決まったじゃん? でまぁ日程いつにするかなんて話になりまして、そしたら俺っちの練習期間を見越して一週間後と相成り、ああそれならそれまでに専用機が間に合うな(byチッピー)、なんてことになってるわけだ。
一応唯一の男じゃん? そうなると稼働データがのどから手が出るくらい貴重なわけで、つつがなく専用機っつー馳走に与る次第なわけざます。関係ないけどざます口調って吉原あたりから派生したらしいよ。芸妓さんと遊女一緒くたにする昨今の流れはどうかと思うな。でも成人式で花魁の格好するのは許す、許すでござる。あれはいいものだ……。
話戻って専用機。それをなにやら気にする箒ちゃん。そりゃあこれから戦うことになる相手の情報、気にならない輩なんぞ武芸者としては落第だ……侍はどうかは知らんけど。タカヒロ的には武士娘だけど。ダイスケ的にはオールオッケーだけど。
ということよりも、箒が心配することはもっと別で。
「ならば私も気兼ねなく、専用機で臨めるわけだな」
つまり敵情視察とかなんて微塵もなくて、ただ公平に、私が全力を振るうに不備がないかと、そういうことらしいっす。
そうともこいつはテストパイロット。しかも稀有な専用機持ち。
いくらISが登場してから日が浅いとはいえ、比例してパイロットも若くなる道理は無論ない。
そのなかでも専用機を与えられてるっつーことは秀でて優れてることの証明であり……裏返せば、もしも専用機がなく俺が量産機だったとしたら、それに合わせて自分も量産機にしていただろうっていう手心──はン。なんとも大層なお手前で。
ある種傲慢の凝った考えのまま、俺をそういう風に見ていると。
あの頃のままのそのままに、私たちは『そう』だったろう、と。
先頭に彼女。その影に彼。極光よりも暖かな日陰にて清々の明々。極彩色に斬新で、切りつけるように朗らかで、進歩する鉄鋼船の雄々しさで、憧憬。流入してくる新世界────。
うーむ。これはあれだな。──虚仮にしてぇわ。
「男子三日会わざれば刮目して見よ。
「火付きの不安定な青二才は頬を張るまで起きんでな。
私の経験の話だが、虚けは無自覚に心得ていて可愛らしいよ」
「ファッ!?」
え、ちょ、なにこれなんなのこの娘。
こいつこんなに口悪かったっけ? もっと剛毅木訥質実剛健に潔くなかった? サムライガールはどこいった。落ち武者ったの? お前のねーちゃんですらもっとおくすり飲めたねに包んでくれるくらいには歯に衣着せてくれんのに。ちなみに俺はぶどう味が好きです。
「どうした一夏。言い返さんのか?」
「ん?」と傲岸不遜の傍若無人。
まさしくウザさあまって憎さ一〇〇倍。そこまで口が達者でいらっしゃるならぜひとも我がソハヤ丸もいじめてもらいたいものだ。
一聞して口悪のそれに、ああ。しかしここでようやく気づくのだ。
とどのつまり、なんだ。怖気づくなと。
日和ってないで戦えと……なんとも巧妙不器用に、イッピーを煽っていらっしゃるのだ。
私がおまえの『強さ』を見誤るわけないだろう──やってくれる。
やられっぱなしは、性じゃない。
「──いいぞ吠えてろ。
そうしてまで手にしたい瞬間があるなら、お前にオトコノコを教えてやる」
「私は速いぞ。知らぬわけはあるまいな?」
知ってるよ。その速さ。
知ってるよ。その強さ。
お前はそんな大言壮語さえも中身のともなった真実に変えてしまうって。なにより誰より近くで見てきた俺だから、知らないなんてあり得ないよ。傲慢にだってとれる自信過剰っぷりを虚仮威しにしないくらい、お前が強いのなんて皆目存知だから。
だから。
「箒」
箒ちゃん。
「なんだ?」
俺。
「負けないからな」
イッピーという今を。
俺が俺としてあるがままの今を。
お前が知らない物語を斯く語ろう。
「……そうか」
しかしなぜ。
その一瞬に滲んだのが。
憮然、だったのだろうか。
◆
ゆうべはおたのしみでしたのにね(落胆)
別に初日から懇ろな関係を期待していた俺はいない。
同室が箒だと知って諦めた俺はいない。
ハッピージョブもできずに悶々とした俺はない。
そんな俺はいない。いないのです。
『朝起きると隣り(のベッド)に女の子がいた!?』をリアルに体験しつつ起床──ができなかった。だって起きたらもう隣のベッドにいないんだもの。期待はしてませんでしたとも。
だができればもう二人ばかし役者増やしてオルタードでフェイブラな夢を叶えてくれてもいいと思います。となると配役的にモッピーとたばたばにはさまれてラブリーマイエンジェル鈴ちゃんが起こしてくれるのか。間違いなく鈴を抱きしめて二度寝だな。
ちなみに昨晩はそのまま共同生活する上の軽いルールを決めて就寝。実は枕変わるとと寝れないなんていう繊細なワテクシですがなぜか枕が家で使ってるやつだった。チッピーの手際の良さはすごいね。下着の数が合ってないのは気のせいだよね。
そうして眠気眼で半覚醒していれば、ちょうど朝シャンしてきた箒とグッモーニング。
一年生の部活動はまだ始まってないから個人的に鍛錬でもしてきたんでしょう。朝っぱらから風呂上りの女の子と対面できるなんて安いラブコメでもあるまいにやったぜ。
でもって食堂で二人してレヴェルの高い朝ごはん食べて。
すれ違う女の子達に爽やかな挨拶を返しつつ登校して。
俺の専用機は試合ギリギリになるかもとかありがたいお言葉をいただいて。
テキスト丸読みな鷹月さんがいい匂いで近うよれガールで。
ちょっと幸せな気持ちに包まれて。
「────あの人は、関係ない」
この、ザマである。
遮らなかったのは斬られると錯覚したからだろうか。
①:鷹月さんがテキスト丸読みでちょっとドヤ顔。
②:『ISコアは篠ノ之束博士しか~』とか言う。
③:谷本さんが『もしかして篠ノ之さんって博士の関係者?』なんて疑問を投げる。
④:チッピーいとも容易く肯定。有名人ってことでみんながわいわい騒ぐ。
⑤:箒ちゃんが太極←イマココ!
いやどちらかってーと波旬ブースト? いやいや束ブースト?
いやいやいや、それこそどうでもいい。
そんな茶番の付け入る隙はなくて。
その一言は、まさしく
零下凛冽酷寒蕭条の、冷たい刀の一撃だった。
激情でもなく。赫々としているわけでもなく。怠慢怠惰の惰性でも、表面を取り繕った偽りでもない。誇張とか脚色とか迂遠とか大げさであるとかも無論、だのに外界の拒絶なんておこがましく。見当違いなんて余計なお世話で。
本当に、どこまでも、自分自身で制御し切った、してしまった。
殺意だった。
誰もが口を噤む。無言に強要されて停止する。
それでも可憐な居合い演舞を終えたあとのように
ついカッとなってやった。そんな未成年の主張を蹴り飛ばす、己の判断の上に成り立つものであるのだと。
流されるなという。染まるなという。呑まれるなという。
闇落ち復讐偽悪にダークサイド、落ちて堕ちるなという。
人は。
そうあってはならないと云う。
恐怖や怒り、感情に支配されるのが人間だが、感情を支配できるのも人間だ。
だったら、彼女は。
恐れは怒りに、怒りは憎しみに、憎しみは痛みに──その連鎖をぶった切って支配立脚する、彼女は?
そうしたどうしようもない空気のまま、一年一組は午前の授業を終えるのでした。
◆
正直フォローのしようがねぇですよ。
女の子が怒鳴ったらあれかな、とか。クラスの雰囲気悪くなっちゃうかな、とか。ちょっと流れ的に察して口はさもうとか画策していたのがもはや懐かしい。なにあれ。どうにかできたの? 刃に触れて自傷なんてリアル自滅因子はマジで勘弁五秒前。び、びびってたわけじゃねーし。
忸怩たる。しかしマヌケなことに腹は減る。
カツカレーを所望する胃袋には遺憾ながらも抗えない。
食堂なうです。
「しかしやはり、ここの食事は実に美味だな」
「ハム、ハムハム」
「国外の生徒に対応する過程の副産物かな。品数の充実が結果として品質の向上にまで一躍買ってくれたというわけか、なんにしても私が難癖付け入る四隅はないな」
「ハム。ハムッ」
「そうか。旨いか」
ハムちゃんズはズッ友だょ!
まぁハムスターの寿命は二年そこららしいけど。
確かに甘粕大尉も
対面に座る箒さんとお食事。
俺が昼食にチョイスしたカツカレーをハムハムハフハフやってるとなぜか意思疎通が成立した。これが幼馴染みのデフォルトなのだろうか。得意顔で一五歳の純情ハート読んでるんじゃねーよどうせなら武士パイ揉ませろとか忖度してくれよ嘘嘘冗談だよ睨むなよ!
マジで読まれたぞ……すまし顔で逆サトラレさんとか止めてくれ。
なにごともなかったように振舞っている、わけじゃなかった。
その、なんとも思ってないという感じの
その、午前中にいたたまれない空気を作ったのを忘れているといった顔は。
冷たい一言でなぎ払った午前を、まるでなかったかのように誤魔化してるわけじゃなかった。
言いすぎてやりすぎたと、反省してることもなかった。
謝罪の意が反転してる色もなかった。
努めて明るく振舞って、なに食わぬ顔で昼ごはん食べて、俺の小粋な冗句に『気を使ってくれてありがとう』なんて内心推し量って感謝ともいえない少し甘酸っぱい感情に満たされている、なんてことは微塵絶対全然なくて。
少しばかし気さくに感じる食卓風景はただ、純粋にあるがままの素のまま。
つまり、さっきの一幕を、本当に気にも止めていないのだ。
なにごともなかったように振舞う、でなく。
ただ単に、なにも『なかった』ということ。
あんな明らかに『やらかして』おいて。
一片も。一毛も。一つも。
気にかけていない。
彼女のなかではその程度の価値の一場面で。
篠ノ之束に抱く殺意は真実で、決して変わることがないのだと。
それだけは何人たりとも誤解を許させないのだ。……悲しい。
きゅうっと。悲鳴を上げるものがある。
それは、とても悲しいことだ。
そしてその想いは、価値観は、決して揺らぐことのない俺の真実。
悲しいことを悲しいと、楽しいことを楽しいと感じれるこの心こそ、俺の真実。
だったら。
だったら俺のするべきことは?
んなこたぁいつだって変わらない。
「なぁ箒」
「──ところで一夏。今日の放課後は暇か?」
「心外だぜ俺みたいなナイスヤングがそんなにヒマしてると思われるなんてよどこにでも付き合うぜ兄貴」
マジバナ期待したみんなごめん。
でもデートお誘いには勝てない!
サーセン。
「だったら剣道場に来い。撃剣と洒落込もう」
「おうおういいぜお買い物でもゲーセンでもクラブでもバーでも付き合ってやら、ゑ?」
「そうも快諾されるとこちらまで快いな」
お前の笑顔が見れてなによりだ……ッ!
箒ちゃんってハーレムモノの鈍感主人公属性もってるんじゃねーかな。
なんて、直前までのちょっとイケてる考えなんて忘れて思ってしまいました。
女の子ってズルい。
◆◆◆
引き続く午後のビミョーにいたたまれない雰囲気なんてまるっと無視して放課後ティータイムにトキメキながら。
若干異常に煌々と轟くダルさに辟易しながら。
向かいますのは剣道場。
ちょいと遅れてのご登場。どっかの合気道の達人みたいにさまざまなヴィジョンが見えたりしてない程度に足が重かったのはきっと気のせい。ええはい、少々胃が痛い。
つってもしかし、剣道は久しぶりだな。何年ぶりだ? 最近はぶん殴られたりすごくぶん殴られたりたっくさんぶん殴られたりが多かったから道具使うのは久々なんだよな。どいつもこいつもばかすか殴りやがってまったく。これ以上イケメンなったらどうすんだよ。
いやーボコられる未来しか見えねえ。
通常の三倍かけて道場に到着。どっから嗅ぎつけたか知らないが箒ちゃんとの剣道観戦しにこようとしてるやつらを巻くのに手間どった。第六天魔王の野望張りに偽報打ちまくったおかげだな。つーか素直に剣道場で待ち伏せしてればよかったんでね? 第七層の天中殺並みの単調さだぜ。
敷居を跨ぐ。
斬
ら
れ
た
…………?
「ぁ、…………え」
しかし、なぜか腕も足も首もついていた。
殺されたはずなのに生きていた。
奇跡だ。神秘だ。神の加護だ。
ありがとう生命。俺は、これからも生きてゆく。
──いや、おい。
おい、おい。
おいおい、そうじゃねえだろ。
そうじゃ、ねえだろ?
さっきのは、なんだ?
途端に走った無色透明で脈絡もクソもへったくれもないただただ心臓を滅殺するためだけに存在していたかのような旧世界最単調の
まるで、とか。きっと、とか。たぶん、なんて。
そんな誤魔化しの婉曲なんかで道化を気取るなぞ許さず。
確かに。今。俺は。
斬り殺されていた。
無痛の出血が内臓の意味を教えてくれるこの氷河。
凍ったままの瞳が、硬質なままに視線の先で像を捕らえる。
そこにいたのは──剣鬼。
夕暮れに疾走する時間を切り取られた道場のなか。
無音のみが活躍する単調な停滞のなか。
未だ白い日光の差し込む無風地帯に、道場の中央に、黙して瞑する黒髪のヒトガタ。
場所を間違えてたのならよかった。
風呂の使用時間間違えてまっぱの女子に嫌われるくらいならよかった。
その黒髪は。
切先諸刃に酷似するその横顔は、閉じた目蓋で断頭するその眼は、鞘に収まる大太刀に類似するポニーテールは。
篠ノ之箒。
正座して黙する、ただそれだけ。
それだけの、孤独の果てが、そこにあった。
「 、」
声が出ない。
声帯が動かない。足が動かない。そもそも心臓が動いていない。
無呼吸。血液ケイデンスの凝固。
なのにまだ切り口から流血が収まらない。
錯覚の流血が止まらない。
これはなんだ。
これは、なんなんだ。
──白々しい。
それはどうしようもなくさすがに、白々しいだろ、俺。
前を見る。
お前を見る。
『君』を見る。
そうだよ、そうなんだよ! それしかねえだろうがよ! 彼女しかあり得ねえだろうがよ!
どうしようもなく、どうにもできず、ただただあるがままに鋭利を極めてしまった刀の女。外来も外部環境もすべてを意に介さず、己がそのままに切り続ける分断魔。完結し切ってにっちもさっちも埒が明かないどん詰まりのどん詰まり! 終わって終われなくて結局終わるしかなかったディスアドゥレセンスの黙示録! ──既知感。
よく知る感覚だった。よく見た光景だった。
一人っきりの一人ぼっちだけが至れる、至ってしまえる、場所だった。
そうさ、俺はよく知ってるだろ。
この寂しい処を知ってるだろ。
あの世界最大最強最愛最高峰の
一つの理で完成してしまえる、人間大の宇宙開闢。
恐ろしく冷たく、夥しく熱く、呆気ないほどに辛く、終わらないほどに痛い、その場所。
だが。
だが、それでもあのひとは。あのひとには。
うぬぼれることを許されるなら。
あのひとには、それでもどうしようもないお荷物みたいな餓鬼と、それでもどうしようもなく迷惑な友がいた。『そう』ならないでいられる取るに足らないたった二つだけはあったんだ。それはいつでも俺にとって、くだらないとの謗りを受けようとも確かな誇り。でも。
なんてことはない。
でも、なんてことはない。
でも、どうしようもない。
彼女は。
彼女は、この六年間。
ずっと。
一人は、駄目なのだ。
心が折れそうな時に一人でいると、折れないまでも心は曲がってしまう。
独りじゃ駄目なのだ。
言葉や想いだけじゃ伝わらないものがある。繋いだ手から伝わる体温でないと、凍えた心は溶けはしない。
沈んでいたとき、助けて/助けられる。
澱んでいたとき、触れて/触れられる。
そんな温もりが──なく。頑なに孤高。
体温がなく冷徹。自らに冷却。
だからつまりようするに、篠ノ之箒とは一人だったのだ。
織斑一夏が色んな人たちに支えられてきたのと裏腹に、あのひとがそれでも帰れる場所があったのとは正逆に、彼女は孤独に孤高とただ一人。
一人きりだったから、こうなった。
誰にも教えられなかったから、咎められなかったから。怒られなかったから。
誰をも求めなかったから、正さなかったから、怒らなかったから。
『人』の字をぶった切って『一』。
支えもなく完成。そして終結。
思って『鬼』、その名は剣鬼なり。
一人だった女の成れの果てが、ここにいた。
呆然と、立ち尽くす。
直立不動。未だ呼吸は蒼穹の彼方。
すでに斬撃被弾回数は俺が立てた中指の数より多かった。
「遅かったな一夏。早速士合おう」
朗らかな笑みで。
清爽の軽やかさで。
たおやかな挙措で、とても自然な挙動で、正座を崩して立ち上がる。立ち上がって振り返る。回るように追従する柔軟な黒髪は、刃に似ていたが鋼じゃなかった。華やかというには硬質で、絶壁というには温和だった。それは理想的なアンバランス、剛と柔の両立だ。こんな女の子に笑顔で名前を呼ばれて、意味もなく喜ばない野郎はいないだろう。
ようやく気づいたとでも言外に言うさまは、青春じみて眩しかった。
急転直下で収まる剣気。幻のように、蜃気楼のように、消える。
そこでやっと、俺は、辛うじて唇を動かせた。
「──いや、止めとく。よく考えたら試合前に決着つきかねない」
「私は気にしない」
──そんな。
「男の子が気にするんですー」
──そんな笑顔で喋るなよ、箒。
どうして笑顔でいられるんだよ、箒ちゃん。
ビビッていた。ブルっていた。
嘘偽りなく。
虚栄も、強がりもできずに。
怯えていた。
予想以上とか、想像以上とか、そんなレベルなんて引き千切っていた。はるか彼方を最高速で疾駆していた。ぶっ飛んでいた。
「なんだ、急に連れないじゃないかよ一夏」
「うるへー男の子の日なんだよ」
「……私じゃなかったら許されない冗談だぞ、それ」
それでもいつも通りを装えたのは、もはや奇跡どころの騒ぎじゃない神秘だった。
なんでそんなのでいられるんだよ。そんな普通の顔ができるんだよ。
おかしいだろ……気づけよ。お前ならそのくらいワケないだろ。
お前が俺にくれた物は、こんなものじゃなかったろう……ッ!
だから。
やめろ。
やめろ。
やめてくれ。
やめてくれよ。
やめろ、やめろよ。
知ってるから。わかったから。もう十分だから。
それが最初で最後の分岐点で『僕』が悪かったのはわかったから!
だから……だからもう……!
「 あ、」
──砕けた。
多分、すごく重要なものが砕けた。
そんな音だった。
これもまた、既知感のある、聞いたことがある音だった。
確か、ああ。あれだ。どっかの毛の生えてもいないガキンチョに被せかかっていた仮面が砕かれたときのあれ。あれと同じ音だ。
「? どうしたんだ、一夏?」
そうか、だから同じ音がするのか。
だから、今その音が聞こえるのか。
『強さ』を曲解したその劣悪。
彼女を一人にしたやつは誰だ?
箒ちゃんを一人にしたやつは誰だ?
『君』を一人にしたやつは誰だ?
束さんか? ISか? 千冬姉か? いいや違う、違うだろう!
ほかならない、俺だろう!
彼女には、俺しか友達がいなかった。うぬぼれでもなく、自画自賛でもなく、ほかにも確かに知り合いがいただろうが、友達は俺だけだった。憧れだったんだ、憧れなんだ!
そんな俺と逃げたいと、始めに引いてくれたその小さな掌で、最後にもう一度自分から手を差し出してくれていたのに! だからこれは! この最悪は!
俺の罪。
イッピーの罪。
『僕』への罰。
ああ、そうさ。これは身勝手な錯覚にほかならず、責任を感じるのなどお門違い。
たかが小学生高校生が自意識過剰をこじらせてのた打ち回って発狂しかける程度の幼稚さだ。責任が贖罪がどうだと、それこそ相手に失礼極まりない迷惑男の勘違いと同じだろう。滑稽だ! 滑稽だ!
でも。それでも。
でも、きっと。
イッピーなら。
「──なんでもねーよ」
イッピーなら、救えたかもしれなかったのに。
砕けたはずの仮面の戯言が、ここに俺の果てを告げていた。
固法先輩? OutLineでも待っててくださいよ
※本編【WINDOW開ける】より引用あり。(一部変更を含む)
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