真灯真美は魔王である (灯乃葵)
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00 プロローグ

この00話は特に読まなくても大丈夫です。そのうち本編でも説明します。


前回アップデートされた『勇者システム』を基に新規システムを作成する【因子計画】の結果をご報告致します。

【因子計画】は新たな『勇者システム』が完全に実用化になるまでの繋ぎと『バーテックス自身の戦闘能力を武具として具現化』する『因子システム』の完成と導入を目的としています。当初は特に問題もなく開発は進められ、システムの90%近くが完成してからとある問題が発覚しました。それはこの『因子システム』を『勇者システム』に導入するのは不可能だという問題です。『勇者システム』はバーテックスを『殲滅対象』として設定しているため、このシステムは『敵の力を借りている』と『シンジュ』にみなされ、『勇者システム』と反発が起きてしまい、最悪の場合適合者が殺されてしまうという問題が発覚しました。

ですが我々は考えました。それならば、根本を変更すれば良いのです。

古来より『勇者』の最大の敵は何でしょうか?それは巨大なドラゴンでも邪悪な魔法使いでもありません。

我々が出した答え、それは全てを破壊する力を持つ『魔王』です。

敵の敵は味方という言葉がある通り、『バーテックスの敵は勇者であり、その勇者の敵は魔王』と定義した上で『勇者システム』とは別にもう一つ新たな『システム』を作成するのです。

それが『魔王システム』です。これにより、バーテックスの能力を使うことは『敵の力を借りている』ではなく、『共通の敵を倒すために力を利用する』と認識され、上記の能力を使えるようになるのです。ですがこの能力は『勇者システム』の『満開』と同等かそれ以上の効果を発揮し、さらにいえば厳密には『敵』の力を使っているので、『散華』以上の代償を払うことになりましょう。代償は現在調査中なので、結果をお待ちください。

続けます。我々は前回の12体のバーテックスのデータと鷲尾須美、乃木園子両名の『満開』のデータを基に『魔王システム』を開発することに成功、さらに『シンジュ』様から力を得ることもでき、無事に『因子システム』が完成しました。

後は適合者を発見するだけですが、これは少々困難かもしれません。

『魔王』とは孤独な存在です。となると、四国の学生の中で『孤独に慣れた』少女を見つける必要があります。

四国の女子学生のデータと派遣する人間はこちらにリストアップしました。後程ご確認ください。

なお追記ですが次の戦闘開始まで残り半年を切りました。早急に適合者を発見する必要があるでしょう。

 

以上報告を終わります。

 



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01 晴れやかな魅力

「ーーーーです。皆さんよろしくお願いします」

 

4月24日。高校二年生に進級してから少し過ぎた春の日。真灯真美は教室の一番隅の席で頬杖をつきながら外を眺めていた。

 

「ふわぁ.......」

 

腰まで伸びる長い黒髪と整ってはいるがあまり感情豊かではない顔はどこか冷たい印象を相手に持たせる。その印象に反せず、真美はかなり冷めた性格をしていた。

真美は視線を前に向ける。教卓の横には今日転校してきた少女がいた。

 

「(おお)」

 

そう思うほど転校生は魅力的な容姿をしていた。肩まで伸びた銀髪におっとりとした優しそうな顔立ちをしている。しかしそれに反して胸元は制服の上からでもわかるほど凶悪だった。自分のスレンダー(笑)な胸元を見て真美は舌打ちする。

転校生の自己紹介が終わり、担任が空いている席を探し始める。その視線が真美の隣に向けられた。

 

「それじゃあ星城さん、真灯さんの隣があなたの咳よ真灯さん、星城さんにいろいろと教えてあげてくださいね」

「はぁ」

 

返事だけはするが、真美は話しかけられても無視しようと決めた。どうせ真美が相手しなくても周りのお節介焼きが相手をしてくれるだろう。そう考えていたら、転校生が隣に座った。視線だけ動かして改めて見ると、やはりかなり整った容姿をしていた。すると見られていることに気付いたのだろう、転校生がニッコリと微笑んできた。続けてその可愛らしい小さな唇が動いた。

 

「えへへ、よろしくねまーちゃん」

 

瞬間、真美は初めて思考が停止するという感覚を味わった。まさしく空白といった感じで、何を口にすればいいかが全く思い付かない。たっぷり1分程使って、ようやく真美は返答する。

 

「あの、まーちゃんって誰?」

「まーちゃんはまーちゃんだよぉ。あれ?それともまっちゃんの方が良かった?」

「待って待って。え、もしかして私のことなの?」

「いえすいえす。というわけで改めてよろしくまーちゃん!」

「やめなさい」

「えーそれじゃ、まっちゃん?」

「違う!あだ名を付けるのをやめなさいと言っているのよ!普通に真灯さんでいいじゃない!」

「えー、おもしろくなーいー」

「いいから。あだ名とかやめて」

「わかったよぉ、真美ちゃん」

「はいストップ。なんでファーストネーム&ちゃん付けなのかしら?」

「だってあだ名はイヤだって言ったじゃない」

「言ったけど!え、私「真灯さん」って呼んでって言ったよね?」

「まーにゃんはワガママだなぁ」

「もうこいついやだ!」

 

頭を抱えて絶叫する真美。久しぶりに他人とまともな会話をしたこともあるのだろうが、この少女と喋るととても疲れる。

だがまだ終わらない。真美は顔を上げて周囲を見回して愕然とした。何故なら、クラスメイト全員が真美の方を見てヒソヒソ喋っているのだ。

 

「私、真灯さんがあんなに喋ったの初めて聞いたんだけど.....」

「真灯さんも慌てふためく時があるんだ、意外......」

「ていうか同じ人間だったのか。俺人形か何かかと本気で信じてたんだけど」

 

そんな声が聞こえてくる。いや、陰口を言われるならまだいいが、あからさまに興味津々なことを言われるとものすごく気まずい。そもそも真美は目立たずにいたいのだ。だからこそこの状況はまずい。かなりまずい。

 

「.......そうだ、先生、先生!この騒ぎを納めてください!!」

「.......(感動の眼差し」

「味方が誰もいない!?」

 

いわゆる四面楚歌を初体験して恐れおののく真美。諸悪の根元である転校生はえへへと笑っていた。

そういえば、と半分現実逃避気味に真美は思う。話を良く聞いてなかったからなのだが、真実は転校生の下の名前を知らない。しかしどうせ下の名を呼び会うことなんてないだろうから知る必要はないだろう。

転校生はにこにこととても可愛らしい笑顔で話しかけてきた。

 

「ねーねー、まーちゃん!」

「だからその呼び方は.....!あー、もう何よ!?」

「あのねあのね、」

 

 

この時、この瞬間、この言葉がきっかけで真灯真美の運命は大きく変わってしまった。

ひとりぼっちなだけで他は平凡な普通の少女から、ひとりぼっち異質で異常な少女へと。

 

「世界を救う『魔王』になってくれる?」

 

思わず真未が聞き返そうとして、しかしできなかった。何故なら変化に気付いたからだ。今の今まで真美の稀有な光景を目にして大騒ぎしていたクラスメイト達が、まるでビデオを一時停止したかのように静止している。慌てて椅子から立ち上がり、耳を済まして、窓から外を見る。愕然とした。この教室だけではない、学校が、町中が完全に停まっていた。

 

「な、なにこれ.....!」

「うん、ちゃーんと大赦の連絡通りだね。じゃあまーちゃん、ちょっと目を閉じててね」

「は、え?大赦ってあの大赦の事?あんた一体何者なのよ!?」

「説明は後でちゃんとするから!ほら早く目を閉じてってあー!少し我慢しててね!」

「我慢?ちょっと待って何がーーーーー」

 

真美はその言葉を最後まで言うことができなかった。何故なら、突然花の嵐が巻き起こり、町を、学校を、教室を、そして真美を呑み込んでしまったからだ。視界を花びらに包まれながら真実は思った。

 

ふざけるな、と。



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02 温かい心

「ん、う.......?」

 

頭は少しぼんやりとしているが、手足に力は入ることを確認すると、真美は目を開けた。

そしてまたもや驚愕に包まれた。

真美がいたのは『樹海』だった。

不思議な色をした幹や根っ子、木が絡まり合い、果てが見渡せない程に巨大な森を作り出していた。

真美が立っているのもそんな幹の上だった。

 

とりあえず自分の今の状態を確認してみる真美。しかし着ている服が制服という時点で予想はしていたが、やはり役に立ちそうな物はなかった。あまり使っていない黒色のスマホならあったが、そもそも圏外になっていた。

 

「どうしよう.....」

 

改めて考えてみると、これは相当ヤバいのではないのだろうか?

どこなのかはわからない。連絡を取る方法もない。頼れる人間もいない。

そう考えると、思わず涙が溢れそうになってしまった。

 

「.......誰か、助けてよぉ」

「はいはーい!まーちゃんやっと見つけたよ!」

「みきゃああああああ!!!?」

「みゅ!?なにどうしたの!」

「いやいや!あんたどっから出てきたの!」

「え、上から落ちてきたの」

「上から!?いや、それよりも!あんた今の聞いてた!」

「今のって?」

「い、いや、聞いてないならいいけど」

「.......誰か、助けてよぉ。かーわーいーいー!」

「コ ロ ス」

 

足払いをかけてから星城のマウントを奪い、拳を降り下ろす。するとその大きな胸に当たりポヨンと跳ね返され、何か負けた気がして真美はその場で崩れ落ちた。

 

逆に勝ち誇った顔で星城は起き上がると、制服からスマホを取り出してその画面を見た。

そして決意を固めたような表情で、真美に向けて言う。

 

「まーちゃん、私がついさっき言ったこと覚えてる?」

「.....『世界を救う『魔王』になってくれない』だっけ?」

「そ、私が勇者でまーちゃんが魔王に変身して、奴等からシンジュ様を守るの

「シンジュ様を守る?それに、奴等って.......?」

「奴等っていうのは、あれのこと」

 

星城は真美の後ろを指差した。真美は当然振り向いて、星城の指の先を見た。見て、後悔した。

視線の先。木や根っこがのたうち回るその先に、『異形の存在』がいた。

青色の魚、なのだろうか。それが二匹背ビレのような部分を鎖か何かで結んでいる。体長は恐らく50mを越えるのではないだろうか。

人は自分の理解の範疇を越える存在に出会うと頭が停止するという話があるが、今の真美がまさにそうだった。

身体が動けないし、動かない。

思考が続けられないし、続かない。

 

「ひ、あ」

 

そして、その変化はある種の感情へと繋がっていく。

そう、『恐怖』という名の感情に。

 

「ああああああああ!!!!ああああああああああ!!!!!!」

 

絶叫する。それは自分の心に芽生えた恐怖から逃げるための行為なのだろう。

だが。

それでも視線の先でうねるように動く『存在』がとても恐ろしかった。どんなものより、どんなことよりも『恐怖』を感じた。

 

「(こわい、こわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいーーーーー!)」

 

その時だ。

 

ふわり、と。星城が恐怖に震える真美の身体を抱き締めた。そして、耳元でゆっくりとした口調で話し掛ける。

 

「落ち着いて、まーちゃん。大丈夫、今回だけは、見てるだけでいいから」

「.......あ、え?」

「これはまーちゃんに説明しなかった私の責任。だから安心して。あの敵は、私が倒す。だって、」

 

ニコリと笑うと、星城は真美から離れた。彼女はスマホを取り出した。その画面に表示されているデフォルメされた鈴蘭の花に指先で触れる。その瞬間、スマホから白い花びらが舞い散り、星城を包んでいく。

星城が花びらに包まれて見えなくなる寸前、真美は彼女の温かい声を聞いた。

 

「だって私は、みんなを守る『勇者』なんだから」

 

 

白い花びらを指で摘まんで、逆の腕に触れさせる。すると、まるで花が咲くように星城の腕が白い布に覆われた。

もう片方にも触れさせると、同じ白い布が腕を覆った。こちらには手の甲のところに鈴蘭の花の紋様がある。

次は両足に連続で触れる。白石区ニーソックスと同じ色のブーツが足を包んだ。

続けて上半身。花びらを二枚取り、一枚触れさせると白色のチャイナドレスのような服が現れ、もう一枚使うと服の全体に花びらの意匠が施された。

そして最後に花びらと共に髪の毛に触れると、色が輝く銀髪に変わり、右側に大きな鈴蘭の花のアクセサリーが現れた。

 

これが勇者。

世界を守るために選ばれた、最強の戦士である。

 

花びらが消える。

そこから現れたのは白い服に身を包んだ星城だった。真美が思わずという風に口を開く前に、星城が言う。

 

「それじゃあまーちゃん、ここにいてね。念のためこれ渡しておくよ」

「スマ、ホ.......?」

「これを持っておけば奴の攻撃からも守ってくれるから。じゃあ私は行くね。出てきてくりゅー!」

 

ポン!という音と共に、星城の頭の上に小さな白銀の飛竜が現れた。星城が竜の喉を撫でると、気持ち良さそうに「くぅ」と鳴いた。

 

「さぁて、くりゅー、私たちの力見せてあげるよ!!」

「くううう!」

 

金属が擦れるような音が辺りに響き渡った。音源は魚の化け物からだ。それを見た社が両腕を振る。すると二枚の鉄扇が現れた。扇を構えて彼女は後ろにいる真美に言った。

 

「.......そういえば。まーちゃんってば私の下の名前知らないでしょ?」

「え、あ、うん」

「もう!自己紹介で言ったのに!私の名前はね、星城社」

 

そして、と社は続けた。

 

「バーテックスから世界を守る、『勇者』だよ」



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03 強い意思

えと、やっぱり前書きにはなんか書いた方がいいと思ったので、なんか書きます!


社が木から跳躍した。した、のだが、その距離と高さが尋常ではない。もうほとんど空を飛んでいるのと同じだろう。そして何度か木や根っこに着地して跳躍を繰り返して、ほんの数秒で敵ーーーーーバーテックスの元に辿り着いた。

スマホのレーダーで確認したところ、今回の敵は魚座らしい。高い金属音を鳴らしながら、魚の口が開いていく。

攻撃が来る。そう察知した社は回避するのではなく、全力で前に跳んだ。

 

「それじゃあ、全力全開でいく、よ!!!!!」

 

魚が完全に口を開く寸前、鉄扇を振り上げて、力の限り上顎に叩きつけた。ガヅン!!と轟音が鳴り、魚の身体が震える。今度は頭を蹴りつけると同時に真横に跳び、そのままもう一匹の頭を殴り付けた。

 

「まだまだぁ!」

 

真上に跳んで二匹の魚を結びつけている鎖の結び目に鉄扇を振るう。

 

「うらああああああああ!!!」

 

連続で金属音が鳴り響く。トドメとばかりに社は身体を回転させながらの一撃を入れる。強烈な一撃が結び目にクリーンヒットし、鎖が木っ端微塵に砕け散った。

支えを失った二匹の魚が地面に落ちる。その拍子に巻き込まれた木々が黒ずみ、枯れ葉となって消えた。それを見た社の表情が歪む。

 

「けど、今のうちに御霊を壊せば、これ以上被害は広がらない!」

 

御霊。バーテックスの心臓にして唯一の弱点。勇者はこれを儀式という行為でバーテックスから取り出し、これを破壊する事で勝利となる。

だが、ここでもう一度だけ言おう。御霊とはバーテックスの『唯一の弱点』。『唯一』ということは、他の攻撃は一切通用しないという事である。

 

「ッ!?」

 

追撃しようとした社は、しかしその動きを止めた。

理由は簡単。横倒しになったバーテックスの鱗が突然青く光り、無数の光線を放ってきたからだ。

飛来する光線を鉄扇で時に受け、時に弾き返し、時にくりゅーに防御してもらいどうにか事なきを得る社。

その間にバーテックスは完全に自らの身体を修復し終わっていた。

このように、バーテックスは心臓である御霊を破壊しない限りいくら破壊しても修復してしまう。だからこそ御霊がバーテックスの『唯一』の弱点となるのだ。

 

「くぅ、これじゃあまた.......!」

 

歯噛みしながら社は鉄扇を構える。だが先にバーテックスが動く。二匹は大きく口を開けて、目一杯空気を吸い込んだ。

 

『キオオオオオオオオオオ!!』

 

バーテックスが吠える。その強烈

な大音量にビリビリと社の身体が震え、動きが固まってしまう。

そして、それが決定的な隙となる。

バーテックスの皮膚の一点が強く輝く。次の瞬間、青色の閃光が社目掛けて撃ち放たれた。

 

「しまっ」

 

硬直が解けるや否や鉄扇を持つ腕を動かそうとするが既に遅く、社を守ろうとしたくりゅーごと、その身を凄まじい衝撃が貫いた。

そのまま社は真下の樹木の上に叩きつけられる。

 

「がはっ、ごほっ.......すっごく痛い、ね..」

 

傷を確認してみると、腹に穴が開くという程ではなかった。くりゅーと近接戦闘であるがゆえの防御力の高さが功を奏したのだろう。

しかし身体に響いた衝撃まではどうにもできなかったらしく、何度も口から血を吐く社。それでもどうにか立ち上がり、バーテックスを見る。どうやらバーテックスはもう社を倒したつもりでいたらしく、目的を果たすためにシンジュ様がある方向へと移動している。

 

そして、その方向には先程置いてきた真灯真美もいる。

 

「ーーーーーーそれなら、余計に諦めたりとかできないよね」

 

勇者として、何より友達として、ここで退くわけにはいかない。

 

社は鉄扇を構えると、バーテックスに向かって大きく跳んだ。攻撃範囲に入るやいなや、左の魚の尾びれに力の限り鉄扇を叩きつけた。バーテックスは悲鳴を上げると同時に、まだ敵を殺していない事に気付き、身体を旋回させた。 真正面からバーテックスを睨み付ける。

 

「勇者を、なめるなあああああああああああ!!!!!」

 

絶叫し、迫り来る巨大な体躯に一人立ち向かっていく。

 

 

「.......」

 

白の少女がたった一人で巨大な化け物と戦っているのを、真灯真美はただ黙って見ていた。

あの化け物、バーテックスへの恐怖は消えていない。今も気を抜けば気絶してしまいそうだった。

それでも目を反らすことができないのは、あの時社が戦いに行く姿がどうしても忘れられないからだった。それぐらい真美の目に社の行動はとても異端にだった。

 

『キオオオオオオオオ!』

 

突然、バーテックスが大きく吠えた。まるで音が壁にでもなったかのような圧迫感を感じ、真美はその場にしゃがみこんでしまう。

これではいざという時に動けないと真美はバーテックスの動きを確認しようと顔を上げて、

 

「.......ッ!!」

 

息が詰まる。何故なら、今まさにバーテックスから放たれた青い閃光によって、社が貫かれたからだ。

さらに状況は悪化する。真美はその状況を理解すると同時に、息が詰まり、視界がどんどん狭まっていくのを感じた。

 

「どうして、こっちに向かってきてるの.......!?」

 

先程まで社にしか興味がなかったバーテックスが、真美がいる方向に向かってきているのだ。

 

今まではバーテックスが真美に直接危害を加えるようなことはなかった。最初に叫んだのだって、あの恐ろしい姿が単純に怖かったからだ。

だが、今回は違う。このままでは確実に死ぬ。

逃げないと。分かっているのに、身体が動かない。思考が続かない。呼吸が乱れる。

 

恐怖が、溢れ出す。

 

「に、にげ、けどどこに?どうやっ、やって?」

 

考えても考えても案なんて浮かばなかった。むしろ、自分が殺されるパターンさえ頭に浮かんでくる。

もうダメだ、と真美は悟った。

社はいない。自分は動けない。他に術も思い付かない。

 

「.......諦めよ」

 

もう声も涙も出ない。立ち上がろうと込めた力が抜けるのを感じた。

 

「(どうせ大した人生でもなかったし。こんな私、いなくなってもいいんだ)」

 

ついに瞳を閉じて、身動き一つしなくなる真美。

 

その時だ。

 

「勇者を、なめるなあああああああああああ!!!!!」

 

思わず目を見開く。

 

見ると、ついさっきバーテックスの一撃に貫かれた社が、再度バーテックスに弾丸のような速度で突撃したのだ。

 

「な、なん、で?私たち、初対面なのよ!?」

 

あの時、星城社は言った。

 

『私は、みんなを守る勇者だから』

 

みんなを。その言葉にはどれだけたくさんの人間が含まれているのだろう。

社の家族に今日初めて出会った真美や他のクラスメイト。全く知らない人間も入っているのかもしれないし、さらにいえば世界中全ての人間も含まれているのかもしれない。

諦めればいいのに。逃げればいいのに。決してそれをしない。

 

「.......私は何をしているのよ」

 

手に握る黒いスマホが真美の言葉に呼応するように震える。

真美が立ち上がる。そして目の前の巨大な敵を、バーテックスを見据えて彼女は叫ぶ。

 

「守られてばかりで、何もできていない!『あの時』誓ったでしょう、真灯真美!もう絶対に、私を誰かに背負わせないって!!」

 

それはとおる出来事をきっかけに、真灯真美が己に定めた一つのルール。孤独に生きると決めた真灯真美の源だ。

 

「私はあんたに言いたいことがたくさんある。なのに、こんなところで死なれても困るし、私も死ねないの。だから、」

 

真美はスマホを頭の上に掲げて、液晶画面に咲いた黒いユリに親指で触れた。

 

 

「私は、私のために、魔王になる!!」

 

 

黒い花びらがいくつも束なり、何本かの鎖を形作ると真美の華奢な身体を縛る。それは魔を統べる王の力を封じ込めるための封印だ。

全身に力を込めて、黒の鎖を引きちぎる。散らばった鎖の破片が真美の全身を包み、漆黒のドレスへと変わる。

さらに残った破片がドレスの上に落ちる。するとその箇所に黒いユリの装飾が花開いた。

真美は長い髪をとくように両手を動かす。それに合わせて、大きなユリの髪どめが長髪に咲いた。

 

最後に腰に現れた鞘から黒い片手剣を引き抜いて構えると、真美は言う。

 

「私は、魔王になる」




ちなみに、ですが真灯真美のシンボルはクロユリ、星城社は鈴蘭の花です。


その、感想まってます!


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04 あなたを大切に

結城友奈は勇者である、終わりましたね。
結構ご都合主義だったし、まだ説明してないところあるよね?って思いました。それでもすごく強くて、可愛くて、みんながみんな立派な勇者だったと思います!



「あああああああああああああああ!!!!!」

 

漆黒の魔王と化した真美は、樹木の幹から跳び、弾丸の様な速度でバーテックスに突撃する。

現在バーテックスは、閃光をまともに受けてしまい、一際太い幹に叩きつけられて動けなくなった社にトドメを指そうとしている。

 

「やぁっ!!」

 

烈迫の気合いと共に黒い刃がバーテックスの硬い鱗を切り裂く。ここで社にだけ気をとられていたバーテックスが真美に気付き、鱗から青い閃光を放つ。それを真美は縦横無尽に剣を振るい、全てを消し飛ばす。

さらに、続けて剣を大上段に構え、力の限り叩きつけた。あまりに強烈な一撃に、バーテックスの身体が地面に落ちる。その隙に真美は呆然としている社の元に降りた。

社が目を真ん丸に見開いて言う。

 

「ま、まーちゃん、なの?」

「そうよ。星城さん」

「それが魔王になったまーちゃん.......なんか本当に悪役みたいだねぇ」

「勝手に言っときなさい。とりあえずいろいろ聞きたいことはあるけど、」

 

真美は一度言葉を切ると後ろを振り向くと、ダメージを修復し終わって体勢を立て直したバーテックスが浮かび上がってきていた。だが真美は慌てるどころかむしろ嬉しそうに笑う。そして剣を構えて高らかに叫んだ。

 

「まずはこの化け物を消してからにしましょうか!!」

 

 

強い。

魔王と化した真灯真美を見て、社は素直にそう感じた。

魔王システム自体のスペックの高さもあるだろうが、明らかに真美の適正がシステムに上乗せされていた。

 

「やああああああっ!!」

 

真美が叫び、漆黒の刃がバーテックスの鱗を抉る。すぐにダメージが修復されるが、構わずに連続で斬りつける。続けて端から見ても恐ろしい勢いで身体を一回転させてのかかと落としが片方のバーテックスに叩きつけられた。その衝撃に耐えきれず、二匹共々地面に落ちていく。

 

「社!この化け物を倒す方法を教えなさい!」

「えっ、いままーちゃん私のこと名前で」

「早くっ!!」

「う、うん!バーテックスを倒すにはあの中にある『御霊』を壊す必要があるの!だからどうにかしてそれを引き出す必要があって.......って、まーちゃん!?」

 

驚きのあまり思わず叫ぶ社。何故なら、話の途中で真美がバーテックスに目掛けて急降下したからだ。その黒い剣の切っ先が真っ直ぐバーテックスに向けられているを見て、社はすぐに真美の意図を理解する。

 

「まさか、バーテックスごと『御霊』を破壊するつもり!?」

 

今までの戦闘でもあったがバーテックスには強大な修復機能がある。『つまり御霊』ごとバーテックスを破壊するということは、その修復機能を凌駕する勢いで攻撃しなければいけないのだ。

 

「そんなの無理だよまーちゃん!!」

 

その声が届いたかどうかはわからない。しかし、社は天から落ちる真美と目が合ったような気がした。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

咆哮と共に、真美の天空からの一撃が今まさにもう一度浮かび上がろうとしたバーテックスを繋ぐ鎖に直撃する。甲高い音と共に鎖が木っ端微塵に砕け散り、グラリと二匹の魚が地面に倒れ伏す。

ここまでは先程もできた。問題はここから。破壊された鎖が恐るべき速度で復元されていく。恐らくはバーテックスが体勢を立て直す前に『御霊』を破壊するつもりなのだろうが、明らかにバーテックスの方が速度が早い。しかし、真美に急ぐ様子はなかった。それを見て、ようやく社は理解する。

 

「.......そっか、そういうことなんだねまーちゃん!」

 

そう、時間が足りないのであれば、修復が完了するまでの時間を延長させればいいだけなのだ。立っていた樹木から飛び降りながら、社の脳裏に、先程の自分の言葉が甦る。

『そんなの無理だよ』。

無理。それは社が一番嫌いな言葉だった。なのに、それを口にしてしまった。それも自分よりも何も知らなくて、覚悟も決められなかった友達の前で。

だから、もう一度彼女は誓う。

 

「この言葉を覆したくて、変えたくて、私は勇者になったんだ」

「だからこそ、私は諦めないよ、絶対に!!」

「私は、勇者になる!!」

 

鉄扇を持つ手に残る力の全てを込めて、鎖に叩き付けた。今までで一番の音が響き、復元しかけていた鎖がもう一度破壊される。

 

「まーちゃん!!!」

「任せなさい!!!」

 

お互いを呼び合う。その姿はまるで、長年の親友のような姿で。

 

「例え相手がなんだろうと、私は絶対に負けない」

「そのためにはどんな力も使ってやる、利用してみせる!!」

「私は、私のために、魔王になる!!」

 

真美は漆黒の輝きと共に剣を振るう。その一撃は周囲の木々や根っ子を燃やしながら、地面をのたうち回っていたバーテックスを両断した。両断されたバーテックスが砂となり崩れ落ちる。同時に、その身体から色とりどりの光が溢れ出した。

その時だ。突然、三つの頭を持つ小さな黒い犬が現れ、溢れ出す光に飛び付いた。黒い犬は三つの口を開けると、なんとその光を租借し始めた。効果音はんぐんぐ、といった感じだが、それでも嫌悪感は拭えない光景である。

すべての光を食べ終えた黒い三つ首犬は尻尾を振りながら真美の頭の上に乗っかった。どうやら真美に褒めてもらいたいらしい。三つの頭を順に撫でていると、不意に黒いスマホがバイブ音と共に目の前に出現した。画面には【因子『魚座』を新規更新しました】とあった。不思議に思いながら『一覧』というタブをタップしてみると、11個の色がない紋様と1個の青く輝く紋様が表示された画面に切り替わった。

 

「(これについては後でいいか。まずはやることやらないとね)」

 

そう結論付けて真美はスマホをしまう。この紋様の事やあの巨大な怪物については後で知ればいい。それよりもまずやることがある。

 

「まーちゃんやったね!私たちでバーテックスを倒せたよ!!」

 

それは嬉しそうにかけよってくる。この、勇者を。

 

「.......近付くんじゃないわよ。このクソ勇者!!」

 

いや、『敵』を叩きのめすことだ。

 

「.......え」

 

真美が剣を振るう。完全に油断していた社だったが、寸前でくりゅーの障壁が真美の一撃を防御した。社が信じられないという風に叫んだ。

 

「どうしてまーちゃん!?なんでいきなりこんなことするの!!」

「理由は簡単よ。あんたが説明しないで私を巻き込んだから」

「それは、だって、説明してもしなくても、まーちゃんは『魔王』になったの!だから!」

「だから私に説明しないで、一つの気負いも覚悟もさせないで巻き込んだって?ふざけるなっ!!」

 

さらに連続で斬りつける。くりゅーの障壁に阻まれるが、真美が腕を止めることはなかった。この時、社は連続の衝撃に耐えながらどうするべきか考えていた。ますまは心の底から謝る。

しかし、言葉は出なかった。何故なら。

 

「確かに、最初からあんたと話もせずに突っぱねていたのは私が悪い。けど、説明してくれたら!そしたら!」

 

ポタリ、と。剣を振るう真美の足元に滴が落ちた。真実が泣いているのだ。あのとても冷たく、達観した雰囲気の少女が。

 

「まーちゃん、どうしたの!?なんで泣いてるの!?」

「うるさあああああい!!」

 

絶叫と共に真美が剣を叩きつけて、その場に崩れ落ちた。手から剣が音を立てながら落ち、同時に嗚咽が聞こえ始めた。

 

「だって、な、なに、よあれ!ひくっ、わたしだっ、て!こわ、こわい、ことぐらいあるのよ!な、なのに、いきな、ぐすっ、うえ、いきなりまきこまれ、うわあああああああああああん!!!」

 

その姿を見て、ようやく社は自らが犯したことの重さに気付いたのだった。星城社がバーテックスを相手にして恐怖せずにいられたのは、一重に勇者システムとバーテックスという存在について教えられていたからだ。実際には使ったことも見たことなくても、心構えだけはできる。

しかし、社は真美にその気遣いができなかった。気負いをさせないためという勝手な考えで社はその義務を怠ったのだ。

社は思わず真美にかけよって、震える身体を抱き締めた。

 

「ごめん.......まーちゃんホントにごめんね。私が、ちゃんと教えておけば...!」

「なに、ぐす、よ。いまさ、ら謝っても、ゆるさうう、ないんだから!」

「ごめんね。ホントに、ホントに、ごめんね」

「ひう、う...うああああああああああああああん!!!!!!」

 

魔王で漆黒の少女の声が響き渡る。そして、勇者で白龍の少女は花びらと共に樹海が消えるまで、いつまでもいつまでも優しく声をかけ続けていた。



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05 少女の愛情

今回はほんわか回です!初彼女たちとの絡み回です!


「ん、うう.....ふあぁ、ねむねむだよぉ」

 

朝。星城社は大赦から与えられたアパートの自室で目を覚ました。社は冷蔵庫から牛乳瓶を取り出すと、ベランダに出て牛乳を一気に飲み干した。

 

「ぷはっ!やっぱり朝はこれだよね!」

 

今日は土曜日で、当然ながら学校は休みだった。補習のために休日通学する生徒もクラスにはいるようだが、社はそれなりに成績は良いので関係ない。

社が転入して、最初の戦いが終わってから1ヵ月が経っていた。その間に敵からの攻撃は一度もなく、そして、社と真美が会話することもなかった。というよりも社が近付くと真美が一目散に逃げてしまうのだった。

社自身話したいことはたくさんあるし、大赦からも関係修復を促すメールが何度も届いているのだが、真美から徹底的に避けられてはどうにもならなかった。

と、その時だ。部屋の方からファンシーな音楽が流れてきた。部屋に戻って乳瓶を机に置いて、携帯を手に取った。見ると、画面には『犬吠埼風』と表示されている。

 

「もしもーし、社でーす」

『あ、おはよー社姉ちゃん!今日はよろしくー!!』

「んん?何かあったっけ?」

『姉ちゃん!?料理教えてくれるって約束したじゃん!』

「したっけ?」

『したよ!あたしの女子力上げるために教えてくれるって約束したのに!』

「んー、まぁわかったよ。あ、代わりに樹ちゃんもふもふさせてね?」

『そりゃもうお望みとあればいくらでもどうぞ!』

 

 

「暖かくなってきたわね」

 

真灯真美は先ほど自動販売機で買ったココアを飲みながらそう呟いた。

朝早く起きてからの散歩は真美の長年の習慣だった。さすがに学校がある日はしないが、休日は8時ぐらいに起きてからひたすら歩き続けていた。

 

「.......なんでやし、じゃなくて星城さんが出てくるんだろ」

 

人前であんなに感情を出したのはいつ以来だろうか。あんなに本気になったのはいつ以来だろうか。

そして、涙を流して優しく抱き締めてもらったのはいつ以来だろうか。

バーテックスや魔王システム。いろいろなことがあったが、何故か真美が思い出すのは自分を抱き締めてくれた社の事だった。

 

「そういえば、あれから一度も話してないなぁ」

 

別に話したいわけじゃないけど、と真美は言い訳のように付け加えた。しばらくそのまま歩いていると、近くの砂浜に辿り着いた。

この砂浜が真美の目的地で、理由はここに少し前からいる真美より年下の少女だった。

ポニーテールにした赤色の髪に意志の強さを感じさせる顔立ち。年は恐らく中学生ぐらいだろう。彼女を初めて見つけたのは2ヶ月程前からで、この砂浜でいつも武術の練習をしていた。そのをこうして真美はよく眺めていた。

名前は知らない。というか、知ろうとすらしていない。それでも真美が少女に興味があるのは、単純におもしろいからだった。

 

「はあ!てい、やあ!」

 

勇ましく声を上げながら少女が舞う。いつもながら異様に様になっている。

ふと視線を感じて後ろを振り向くと、車椅子に乗った黒髪の女の子がいた。手には正方形のパックを持っている。

髪をまとめている青いリボンが印象的な少女で、顔立ちはまさしく大和撫子といった風だ。その女の子は瞳に不安そうな色を乗せて口を開いた。

 

「あ、あの、友奈ちゃんに何か.......?」

「誰?」

「えっと、友奈ちゃんは私のお友達であそこにいる子です」

「ふーん」

「それで何か友奈ちゃんにご用があるんですか?」

「別に。ただ見てただけ。何か悪いならやめるけど」

「いえ!そういうわけではないんですけど」

「そう」

 

そこで会話が途切れる。というよりは真美が途切れさしたというべきか。長年のボッチ生活で培ったこのスキルは自動発動なのだ。黒髪の女の子もどうしたらいいかわからないのだろう、微妙な顔をしてから、涙目になって俯いてしまった。内心「やばい」と思う真美だが、当然ながら慰めたりはできない。

 

「はぁ」

 

一度息を吐くと、真美は手のひらを少女の黒髪の上に置いて、優しく動かした。端的にいえば撫でた。

 

「ふあっ」

「悪いわね。我ながら愛想がない性格だから、どうしてもあんな言い方しちゃうのよ」

 

そのまま撫でていると、少女が気持ち良さそうに目を細める。なんだか猫みたいと真美は思った。

 

「東郷さーん!って、何か気持ち良さそうなことしてる!」

 

不意にそんな元気な声が飛んできた。見ると、あの桜色の少女がにこやかな笑顔でこちらに走ってきた。真美は少女の頭から手をのけると言った。

 

「ほら、お友達が来たわよ。それじゃあね」

「あの!よかったら私のぼた餅食べてみませんか?」

「ぼた餅?」

「はい、お菓子作りが趣味なんです」

 

少女が手に持つパックを開けて、その中にたくさんあるぼた餅を見せてくる。だがこれ以上関わるのは面倒なので、真美は無視して家への道を歩き出した。

背後から少女の声が飛んでくる。

 

「ぼた餅、いつか食べてもらいますからね!」

 

もう会うことはないと思うけど、と真美は小さく呟いた。

 

 

「風ちゃーん。社お姉ちゃんですよー」

『お、きたきたー。はーいすぐ開けまーす、と!』

 

元気な声が帰ってきてから数秒待つ。ガチャという音と共に扉が開いた。

扉の先にいたのは、社より年下の少女だ。橙色に近いツインテールに勝ち気そうな顔立ち。社の妹分でもあるこの少女は犬吠埼風という。

 

「社姉ちゃん、今日はよろしくお願いします!」

「ふっふっふっ、この偉大なるお姉さまに任せておきなさーい!」

「きゃー、社お姉さまかっこいいー!」

 

風からの頼み事はおいしい肉じゃがの作り方を教えて!ということらしい。社はそんな約束いつしたかは全く覚えていないが、風曰く「私にまかせなさーい!!」と豪語したらしい。

キッチンに必要な材料を準備し、エプロンを装着する。包丁を構えながら社は言う。

 

「じゃあさっそくつくろっかー。社のお料理教室はじまりはじまりー」

「まずはどうすればいいですか先生?」

「じゃがいもとにんじんの皮向いて、一口サイズに切ってね」

「りょーかいです!」

 

コトン、コトンと風が人参を包丁で切っていく。その間、社は何故か部屋をきょろきょろしてから口を開いた。

 

「風ちゃん。樹ちゃんはー?」

「まだ、寝て、ますよ。あ、起こし、てもら、えますか?」

 

切っているのに集中しているのか途切れ途切れの風の返事を聞いてから社は風の妹、樹を起こすために部屋のドアを開けた。そして、一気に樹のベッドにダイブした。

 

「いーつーきーちゃーん!」

「ふにゃあ!?わ、え、なになに、あれ、社お姉ちゃん!?」

「もふもふだなぁ、ふわふわだなぁ.......あれ、樹ちゃん、少しおっぱい大きくなった?」

「きゃああああああ!やめてえええええ!」

「むふふ、お姉ちゃんのおっぱいに挟まったらもっと大きくなるよー!」

「むくぅ!?ふわ、ふかふなむう!?」

 

自分の巨大な胸に小学生を埋めて狂喜する高校生の図はそれが同姓でもかなりアウトだが、今この状況では誰もその事実を指摘しないのが樹の運の尽きである。結局、社の蹂躙劇は風が人参とジャガイモを切り終わって社に次の行程を聞きにくるまで続いたのだった。

 

 

「肉じゃがかんせーい!」

「あたしもできたー!」

「えーと、どっちが作ったのかすぐにわかっちゃうね」

 

姉より少し薄い橙色の短い髪と気弱な瞳でどこか小動物的な印象の現在小学六年生の樹は素直にそんな感想を漏らした。その言葉通り、机に置かれた肉じゃがは片方はまさしく肉じゃがでもう片方は端的にいうと謎の黒い物質と化していた。樹は箸を取ると、黒い物質は完全に無視して社の肉じゃがを食べ始めた。

 

「んむ!おいしい!すっごくおいしいよ社お姉ちゃん!」

「ありがとー、もっと食べていいよー!」

「ぐぐ、なんで私のはこんなに真っ黒になるの.......!」

「最初だから仕方ないよー。まぁ、これはちょっとないけどね」

「うがぁ!!これも女子力の差だ!社姉ちゃんのその双丘が強大な女子力を隠し持ってるんだ!」

 

社の胸を指差して激昂する風。そういえばまーちゃんも悔しがってたなぁとふと思ってから社は言う。

 

「これ重いだけなんだけどなぁ」

「け、けどお姉ちゃんも大きくなったんでしょ?この前喜んでたよね?」

「.......気のせいだった」

「あ.......ごめんね」

「よしよし」

「うわあーん、社姉ちゃーん!樹がいじめるー!」

「ええっ!?」

 

社はふざけあう二人を眺めながら、本当によく笑うようになったな、と思った。風と樹、この姉妹とは昔から交流があったが、こんな風に親密な関係になったのはほんの一年前からだ。きっかけは二人の両親が事故で亡くなった時、大赦から気にかけて上げなさいと指令がきたのだ。だが社は指令が来なくても二人を気にかけていた自信はあった。

最初、ここに料理を持ってきた時は二人とも作り笑いにすらなっていない、痛々しい表情が浮かんでいた。だがそれにめげずに毎日毎日料理を持っていき、風に家事をいろいろと教え込み、樹をこれ以上ないぐらいもふった。こうして社が献身的なまでに構った甲斐あり、二人はちゃんと心を開いてくれた。そして、今では社のことを『姉』と呼ぶほど慕っている。

 

「社お姉ちゃん」

「どうしたの、樹ちゃん」

「あのね、学校の宿題でわからないとこがあるから、社お姉ちゃんに教えてもらいたいなぁ、て」

「うん、いいよー。お姉ちゃんに任せなさい!」

「ちょっと樹!ここにすっごく頼りになるお姉さまがいるじゃん!」

「だって、お姉ちゃんも上手だけど、社お姉ちゃんはもっとわかりやすいんだもん」

「うああああ!樹に嫌われたああああああああ!!」

「ほら樹ちゃん、教えてあげるから宿題もってきなさいな」

「はーい」

「うにゃあああああああああああああああああああ!!!!!」

 

少女たちの楽しそうな声が部屋中に響き渡る。それは端から見れば、ただの仲が良い家族そのものだった。




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06 私の苦しみ

真美 「真灯真美です」
社 「星城社でーす!」
真美&社 「新年あけましておめでとうございます!」
真美 「昨年はこの『真灯真美は魔王である』を読 んでくださり、本当にありがとうございました」
社 「まーちゃんまーちゃん!お餅食べようお餅!」
真美 「.....皆様のお見汚しにならぬよう、今年も一段と頑張っていく所存ですので、何卒よろしくお願いいたします」
社 「まーちゃんってお餅にはきなこ派?砂糖醤油派?私は雪見大福派なんだ~」
真美 「.......社、あんたも少しは挨拶しなさいよね」
社 「ふぇ?あ、あけおめことよろー!!私は今年も頑張るよー!!」
真美 「適当!!」
社 「まーちゃんが固すぎるんだよぉ。それじゃあ最後に!ーーーーーーーーー私は今年も勇者になーる!!」
真美 「まとめるのはやっ!?え、えっとーーーーーーーーー私は今年も魔王になる!」





食べ終えた肉じゃがの食器を社と風と樹の三人で洗っていると、不意に風が社に聞いた。

 

「そーいえば社姉ちゃんさー」

「どうしたの風ちゃん」

「いやさ、社姉ちゃん少し遠くの高校に転校したでしょ?それでさ、友達できたのかなぁって」

「友達.......ね」

 

『友達』。その言葉を聞いて、社の表情が少しだけ強ばる。その些細な変化に気付いた風は怪訝そうに言う。

 

「社姉ちゃん?どうしたの?」

「あ、んーん。友達ならできたよ。少なくとも、まーちゃんよりはできたかな」

「まーちゃん?誰?」

「その人も社お姉ちゃんのお友達?」

「友達、なりたいんだけどね。ちょっと私が嫌なことしちゃって」

その言葉に驚いた表情をする風とその隣で食器の水滴を拭く樹。それは星城社はとても優しいということを知っているからだ。そんな彼女が無意識にでも人が本気で嫌がるようなことをするとは思えない。数秒の間が空き、風が意を決したように聞く。

 

どんなことしちゃったの?」

「....あはは、簡単にいうと説明不足ってことかな」

「??」

「えとね、例えば、風ちゃんが樹ちゃんと一緒に遊園地に行ったとするね」

 

コクン、と頷く風と樹。それを見て社が続ける。

 

「それでね、もしも風ちゃんが何も説明しないで樹ちゃんをお化け屋敷に連れて行きました。風ちゃんが説明しなかったのは、樹ちゃんを怖がらせないためなんだけど」

「けど社お姉ちゃん。それでも私、お化け屋敷の前まで来たら怖くて入れないよ」

「うん、そうだよね。それに風ちゃんは樹ちゃんが本当に怖がってたらお化け屋敷には連れていかないでしょ?けど、私はまーちゃんの意思を一切無視してまーちゃんが嫌なことに巻き込んじゃったの」

「話をまとめると、社姉ちゃんはそのまーちゃんに何も説明しないで、まーちゃんが嫌がる事に無理矢理放り込んだ、ってことね?」

「うん。結局私はまーちゃんに何一つ説明できないに、現在進行形でビミョーな関係になってるの」

 

えへへ、と笑う社。その笑みはいつもの暖かい笑みとは違って、どこか寂しそうだった。風と樹はもう一度顔を見合せると、今度は樹が口を開いた。

 

「けど、社お姉ちゃんはまーちゃんさんを嫌な気持ちにさせたかった訳じゃないんでしょ?」

「それは、そうだけど」

「ならそれをちゃんと言わないとダメだと思うよ。私だってお姉ちゃんに無理矢理お化け屋敷に連れていかれたら怒るもん」

「.......だーけーどー!」

 

頭を抱えてその場にしゃがみこむ社。言わなければいけないのはわかっている。それでも言いづらくて仕方ないのだ。しかも、事が事だけにそう簡単にすむ話でもない。最悪、社は真美に命を賭けてくれと言わなければならないかもしれないのだ。

そんな風にうじうじしている社を見て、風がじれったそうに吠えた。

 

「あーもう!社姉ちゃん携帯貸して!!」

「ふえ?なんでー?」

「そのまーちゃんに電話をかける」

「えええええええ!?だ、だめだよ!まーちゃんそんなの絶対嫌がるよ!」

「ええいままよ!大丈夫、どんなことだって『為せば大抵なんとかなる』んだから!!」

 

 

「んーんんーんんー、んんんーんーんんーんー」

 

真美は鼻唄を歌いながら温めたフライパンに卵を割って黄身を落とす。今から朝ごはんを作るのだ。ちなみに現在の時刻は午前11時。もう朝ごはんというか昼ごはんなのだが、休日はいつもこんな感じなので問題はあまりない。

フライパンに少し水を入れて蓋をする。次にトースターに食パンを一枚入れる。そして焼き上がるまでポケーッと椅子に座って待つ。

真灯真美は一人暮らしである。両親は五年前に事故で死に、そして兄弟もおらずやたった一人の親戚も死んだので、所謂天涯孤独というやつだった。

今の家はその親戚と暮らしていた家で、一人暮らしをするにはかなり広い。生活費も親の遺産がかなり残っているのであまり問題はない。さらにいえば、両親がいなくて寂しいと感じなかった。

何故だろう、と真美は自分に問いかけた事はある。一度も答えが出たことはないが。

 

「そろそろかな」

 

立ち上がってトースターから食パンを取って皿に取り、フライパンの目玉焼きが半熟になってるのを確かめてから食パンの上に乗せた。

 

「完成、ジ◯リパン!.......なに言ってんだろ私」

 

いただきますと手を合わせてからエセジ◯リパンを食べ始める真美。と、その時だ。ポン!とテーブルの上に真美の精霊が出てきた。三つ首の黒犬は物欲しそうにジーーーーーーとパンを見つめている。

 

「.......欲しいの?」

「ワン!」

「ワン!」

「ワン!」

 

仲良く同時に鳴きながら尻尾を千切れる程振るう精霊。そういえば、と真美は思う。社は自らの精霊にくりゅーという名前を付けていた。確かに名前がないと少し不便かもしれない。

 

「ねぇ、あなたたち何か要望がある?」

「ワン?」

「ワン!ワン!ワン!」

「.......クゥ」

「三者三用過ぎるでしょ。んー、それじゃあ真面目に聞いてるひー、聞かずにパンを食べているふー、もう興味無くして寝てるみーでいい?」

「ワン!」

「バタバタ(パンに顔を埋めている)」

「クゥクゥ.......」

「ひーは偉いね。ふー、あんたは食べ過ぎ。みーは.......寝てるなら放ってていいや」

 

真美は目の前のひーふーみーを眺めながら、社から受け取った漆黒のスマホを操作した。画面に表示されたのは【因子一覧】だ。

 

「あーあ。どうしよ」

 

あの戦いの後、社から説明はなかった。というよりも、元の世界に戻ったと気付いた瞬間、慰めてくれていた社を押し退けて真美が逃げたのだ。これには我ながらやってしまったと後悔した。

そしてその日の夜は眠らないでひたすら考えた。星城社の事、大赦の事、魔王の事、バーテックスの事、そして因子の事を。結果限られた情報の中で幾つかの仮定を出すことはできた。

ーーーーーーーーそう、できたのだが。

 

「(これが本当だったら、私はかなりめんどいことに巻き込まれたことになるのよね)」

 

ずっと寝ていたみーにつられたのか、首は三つでも胃は一つにでもなっているせいでお腹一杯になったのか、残りの二匹も眠たそうにうとうとし出した。その頭を一つ一つ撫でる。

 

「(ほんとにあーあ、だねぇ。星城さんに聞きたいけど、聞きにくいし)」

 

はぁ、と溜め息を吐く。同時に、手に握るスマホの画面がバイブと共に切り替わった。その画面には『着信』の下に『星城社』とあった。社から電話がかかって来たのだ。はぁ!?と思わず叫びながらどうして電話がかかってきているのとかこれ出なきゃいけないの?とかそもそも電話番号教えてないのに!などの思考が真美の頭の中を駆け巡った。そして、結局出た答えはシカトだった。これが一番無難で楽な方法だからだ。

 

「(そうよ、そうに決まってる。ここで無視して、学校で会っても無視して、戦いになっても無視すればいい。今までもそうだったじゃない)」

 

わかっている。真灯真美は独りでいい。あの時誓ったではないか、もう誰も自分を背負わせないと。

 

なのに、

なのに、

なのに、

 

「なんで、こんなに苦しいのよっ!!」

 

叫ぶ。

本当はもうわかっている、自分の気持ちも思いも。後は真美がそれを認めるだけなのだ。

震える指で画面に触れて通話状態にすると、画面の向こうで社が何か言う前に何も考えずに言った。

 

「今日の午後7時、楠木公園に来て」

 

それだけ言って通話を切る。テーブルで寝ているひーふーみーを抱き上げて、真美は言った。

 

「私は私の誓いに従う。そう決めたの」

 

 

「ほえー、これが魔王なんだ、すっごく強いね」

 

とあるどこかの場所で『彼女』はそう言った。

『彼女』はベッドの上に寝かされており、その小さな身体には包帯が巻き付けられ、あちこちから何かのコードが繋がられていた。

『彼女』はどこかを見詰めながら続ける。

 

「このお姉ちゃんたちが今の勇者なんだね。うん、強いんじゃないかな。あはは、わかってるよぉ、接触なんてしないから」

 

楽しそうに『彼女』が笑い、それに合わせて髪をまとめた青いリボンが揺れる。だがその笑顔も半分が包帯に隠れている。

 

「この黒いお姉ちゃんはすっごく似てるなぁ。心はぽかぽかだぁ」

 

言いながら髪の青いリボンを撫でる『彼女』。『彼女』の脳裏には、ある少女が浮かんでいた。

友達で、親友だった少女。そして、もうこの世にはいない少女。

 

「あーあ」

 

ポツリ、とあるどこかの場所で『彼女』は呟いた。

それは誰の耳にも届かずに、虚空へと消えていった。

 




今年もクロユリの魔王とスズランの勇者の物語を楽しんでください!


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07 あなたを待っている

卯月ちゃん可愛いよ卯月ちゃん!ぶい!


「ひーふーみー、行くよ」

「ワン!」

「ワン!」

「ワン!」

 

午後8時30分。真美は精霊を頭の上に乗せると戸締まりを確認してから家を出た。

楠木公園は真美の家の近くにある商店街を抜けた先にある小さな公園だ。待ち合わせの時間までは30分もあるが、いろいろと考えながらゆっくり歩くにはちょうどいい時間だろう。いつも散歩している真美はそこら辺の時間感覚には鋭いのだ。

 

「.......ん、まだ寒い」

 

もう4月の終盤といってもこの時間帯はまだ肌寒かった。頭の上だけポカポカと暖かいのはやはり三つ首のもふもふのおかげなのだろう。真美は少し考えてから、寒さを凌ぐためにひーふーみーを頭から降ろして胸に抱いた。途端に身体が暖まってきたので、そのまま商店街を歩き始める。

 

「あんたたち防寒器具みたい。すごい便利ね」

「ワゥン?」

「ワン!ワン!ワン!ワン!」

「クー、クー.......クシュッ!」

「ちゃんと話聞いてくれるのはひーだけね、まったく」

「ワン!」

「ひゃ、わ、やめてよふー、いきなり舐めないで」

「ワンワン!ワオン!」

「なに?自分もちゃんと聞いてるって言いたいの?」

「ワン!」

「それならもう少し静かに聞きなさい。すぐ吠えないの」

「ワオオオオオオン!!」

「これは躾とかしたほうがいいのかな?」

 

幸い、こんな時間だからか誰かとすれ違うこともなかったので、ひーふーみーを見られることなく商店街を抜けられた。そしてまた少し歩き、目的の楠木公園に到着した。スマホで時間を確認すると今は午後8時50分。もう少し早く到着するつもりだったが、予想以上にひーふーみーとの会話に夢中になっていたようだ。

いつまでも立っているのもあれだったので、公園のブランコに座って待つことにする。すぐに暇になったので、ひーふーみーを頭に乗せて限界まで高くこいだりして時間を潰す。そうしてまた少ししてからスマホを見ると時間はとうに9時を過ぎていた。

だが、公園に社の姿はまだなかった。

 

「.......何を期待してたんだろ、私」

 

思わず呟く。すると頭の上で三つに重なったクゥーンが聞こえた。真美は軽く笑ってから三匹の頭をそれぞれ撫でた。

 

「大丈夫だよ。確かに少しは期待してたけど、少しだけだから」

 

そう口にした途端、昼間に携帯を取る時に起こった苦しみがもう一度現れた。

 

だが、これは社が悪いわけではない。他の誰も悪くない。悪いのは、あの時遅かったとはいえ、しっかり役目を果たそうとした社を突き放した真美だ。

 

だから、

 

「だから、私が泣くなんて駄目、なのに.......!」

 

瞳から勝手にこぼれる涙を意識し真美は思う。社が来なかっただけで、こんなにも辛くて、こんなにも苦しいだなんて。

ただ約束をして、それを破られただけ。そう頭では理解しているのに、どうしても涙は止まらなかった。

 

「なん、で、なんでよ!どうして来てくれないの!?約束したじゃない!」

 

真美の声が闇夜に響き渡る。だが応える声はなくて。その事実がさらに彼女を追い詰めた。

 

だから、だろうか。真美は気付けなかった。こちらに向かってきている足音に。

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、や、やぁっと着いたぁ!まーちゃんたら、私の知らない場所を待ち合わせにするんだもん!って、あれぇ!?なんで泣いてるの!」

 

 

 

 

「.......ふぇ?」

 

顔を上げる。そこには少し見慣れてきた感じがある銀髪少女がいた。

社は最初驚いた表情をしていたがすぐに優しく微笑むと、着ていたコートからハンカチを取り出して真美の涙を拭いた。

 

「まーちゃん、もう一度だけど、本当にごめんね。私はあなたに取り返しのつかないことをしちゃったよね」

「.......違う」

「え?」

「あんたは遅くてもしっかりと役目を果たそうとしてくれた。なのに、私は『誓い』を言い訳にしてあんたから逃げて。だからーーーー」

 

真美はそこで一度言葉を切って、社の瞳を見つめる。そして、言葉を続けた。

 

「ーーーーごめんなさい」

 

口にしたと同時に、真灯真美は心の中で『なにか』が壊れるのを確かに感じた。それと同時に心を温かい『なにか』が包み込んだ。初めて感じる、だけど少しも嫌ではない感覚だった。

社は目を数回ぱちくりさせた後、頭を傾げてからまた数回目をぱちくりさせる。そして、

 

「ま、まーちゃんがデレたあああああああああ!?」

 

思いっきり叫んだ。その姿に真美はつい吹き出してしまった。

 

「ふふ、星城さんったらなにそんな叫んでるのよ」

「な、なにどうしたのまーちゃん!」

「ちょっとね。『誓い』を守ることに敏感になりすぎて、自分の感情を殺すことはないかな、って」

「.......『誓い』?」

「まぁ、あんたになら話してもいいかな。他言なんてしなさそうだし。あのね、」

 

そこで真美の言葉は遮られた。社にではない。では何にか。

答えは簡単だ。真美が言葉を発した、その瞬間。

 

世界が停止し、夥しい数の花びらが真美と社を包んだからだ。

 

「タイミング悪いわね、ほんとに」

 

愚痴りながら周囲を見回す。久しぶりの樹海は、以前と何も変わらなかった。

だが、『奴ら』は違った。

社が目を見開いて呟く。

 

「今回は二体同時なんてね.......!」

 

そう。今回はバーテックスが二体同時に攻めてきたのだ。縦に並んだ巨大な無機物は不気味にこちらに近付いてきている。

まず前にいるバーテックスはなんだろうか、まるでイカに綺麗な布を何枚も巻き付かせた、とでもいうべき風貌だ。

その後ろにいるバーテックスはコマのような身体の中心に十字の物体。その周囲にさらに十個の鉤爪が生えている。鉤爪がウネウネと止まることなく動くのはかなり気持ち悪い。

社がスマホの画面を確認しながら言う。

 

「えーと、あのイカモドキが『乙女座』、後ろのが『射手座』だって!」

「『乙女座』と『射手座』。どこら辺がどう女の子と弓矢なんだろ」

「ほんとだよ~....そういえばさまーちゃん。さっきなにか私に言おうとしたよね?」

「あー、長いからこれが終わったら話すから。だからその、聞いてくれる?」

「もっちろん!だって私はまーちゃんの『友達』だからね!」

「.......そっか。じゃあさっさと倒しますか」

 

漆黒のスマホを取り出して、頭の上に掲げる真美。クロユリが表示された画面をタップして花びらに包まれる。

花びらが開けると、真灯真美は最強の『魔王』となった。隣で『勇者』となった社が純白の鉄扇を構えて叫ぶ。

 

「私はみんなを守る勇者になる!!」

 

真美も黒の片手剣をバーテックスに突き付けて、冷笑と共に言う。

 

「さぁ、魔王の凱旋よ。ひれ伏しなさい」

 

弾丸のような速度で飛び出す二人の少女。それに反応して、今まで緩慢としたバーテックスの動きが鋭くなる。『射手座』の十字の中心に赤い光が集まり、真上に打ち出される。光は上昇する途中で数本の光に拡散して、弧を描くように曲がった。

狙いはもちろん真美と社。だが真美は慌てずに剣を振るって光を打ち消した。

 

「星城さん、まずはどうするの?」

 

空中で目は真っ直ぐバーテックスを睨みながら真美が社に問い掛ける。一ヶ月間、一度も話したかったのに、こんなに簡単に話せてしまった。そう考えると、思わず笑みがこぼれるのを社は感じた。

 

「どうしたの?」

「んーん!なんでもない!じゃあ後方支援から破壊しよう!それからあのイカモドキ!」

「りょう、かい!!」

 

さらに真美の速度が上がる。何もしてこない『乙女座』は無視して、『射手座』に肉薄する。

 

「あああああああああ!!!」

 

鉤爪に向けて剣を振るう。しかし、キイイイイイン!という甲高い音が鳴り、刀身が弾かれてしまった。

体制が崩れる。同時に、鉤爪の切っ先その全てが真美に向けられる。先程と同じ赤い光が切っ先に集約されていき、放たれる。

 

「やば.......!」

 

剣の刀身で防御するが、それでも全てはカバーできずに残った数本が精霊によって防御される。だが外傷は避けられても衝撃は防御できない。そのまま樹海の中に消えていった。

「まーちゃん!このおおおおお!!」

 

遅れて『射手座』に辿り着いた社も舞うように鉄扇を振るう。狙いは十字部分、その中心だ。

 

「きゃあ!?」

 

謎の感触と共に社の視界がブレた。見ると、左足首に白い触手が絡まっていた。鉄扇で触手を絶ち切ろうとするが、リーチが僅かに足りない。社は舌打ちする。これでは一方的にやられてしまう。

そして、その予測は間違っていなかった。『射手座』の十字に赤い光が集束、今度は分裂せずにそのまま放たれた。

 

「.......!くりゅうううううううううううう!!!!!」

 

主人の命令に従って純白の飛竜が光の閃光を阻む。社はくりゅーの後ろで歯噛みしながら考える。

 

「(支援と主砲が逆だった!?しまった、勝手に思い込んじゃった!!)」

 

しかし今さらもう遅い。閃光は以前くりゅーが防御しているので、社は動くことができない。そのことに気付いた背後の『乙女座』の触手が社の身体を縛っていく。鉄扇で叩き切ろうとするが、動かそうとした瞬間触手に捕まる。このままではまずい。そう考える社だったが。

 

「社をおおおおおおおお、は、な、せええええええええええええ!」

 

強烈な咆哮と共に真下から飛び出した真美が社を捕らえた触手を斬り下ろした。

 

「ま、まーちゃん!ありがと!」

「しっかりしなさい!後衛やら前衛やらはもう関係ない、どっちも叩き斬るっ!!!」

 

真美は連続で『乙女座』の布を剣で斬りつける真美。そのダメージもすぐに修復されるが、数秒動きを遅らせることができた。

 

「貫く!!」

 

剣の切っ先を『乙女座』に突き付ける。前回の『魚座』のように『御霊』ごと破壊するのだ。

 

「.......私も負けてられない!!散らす!!」

 

鉄扇を縦横無尽に振るい、光を左右上下に撒き散らしながら少しずつ前に進む社。真美も雄叫びを上げながらさらに刃を突き立てる。

 

「私は、世界を守るーーーー」

「私は、私のためにーーーー」

 

この時、星城社は心から嬉しいと思っていた。真美とこうやって協力して戦いたかったからだ。だからこそ、この戦いは負けられない。絶対に。

 

「勇者になる!!」

「魔王になる!!」

 

二つの轟音が同時に樹海に鳴り響く。一つは真美の刃が『乙女座』を貫き、もう一つは社の鉄扇が『射手座』に直撃したからだ。その衝撃で地面に落ちていく二体のバーテックス。だが油断せずに剣を構え直して真美が言う。

 

「ごめん、『御霊』破壊できかった。少し狙いが逸れたわ」

「それよりもさっさと追撃しよう!」

「.......なんだか今日の星城さんは頼もしいわね」

「そう?まぁ私は勇者だからね!ほら、いこーーーえ?」

 

社の言葉が途切れる。何故なら、赤い幾千もの光が社と真美目掛けて飛来してきたからだ。その時、社は見た。地面に落ちていく『射手座』の鉤爪と十字が赤く光っているのを。

 

「しまっ.......!?」

 

そして、二人の少女が赤に呑み込まれた。




いろいろな指摘、感想お願いします!


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08 あなたを見つめる

すいません、更新遅くなって。ちょっと新しいのでも書こうかなぁとか考えてましてですね。すいません言い訳ですねごめんなさい!


「....し.....や..ろ.....おき....い.....起きなさい、社!!」

「......ん、くあ、まー...ちゃん?」

「起きた?なら早く立ちなさい」

 

頭を振って意識をしっかり覚醒させると、すぐに周囲を見回して現状を確認する社。どうやら樹海の底にいるらしい。

 

「そっか、私たちバーテックスの攻撃が直撃して.....私気絶しちゃったんだ。ごめんね」

「気にしなくていいわ。気絶してたのも五分ぐらいだったしね」

「けどなんでだろ、精霊がいたのにダメージが入るなんて」

「見てたけど、なんか精霊の防御ごと落とされてたって感じね。で、先に落ちたあんたの方が衝撃強かったみたい」

「これは大赦に意見しとかないとなぁ。あれ、じゃあまーちゃんは私より後に落ちたの?」

「ていうか、あんたの上にね」

「気絶した理由それじゃないのかなぁ.......?」

 

真美は無視してスマホからひーふーみーを呼び出して、頭の上に乗せた。そして画面を『因子一覧』に切り替えて社に問い掛ける。

 

「これのこと教えなさい」

「えーと、私もよくは知らないんだけど。聞いた話によるとバーテックスの力を武器に変換することができるとかどうのこうの」

「ふーん.......」

 

と、その時だ。絡み合う樹木を貫いて、赤い光が降り注いだ。真美と社は即座に反応すると、剣と鉄扇を振るって全ての光を打ち消した。社はスマホを睨みながら言う。

 

「『射手座』だけ私たちの真上にいて、『乙女座』はシンジュ様のところに向かってる!?早くしないと!」

「けど、あの光をどうにかしないと『乙女座』には近付けないわよ?そもそもここから脱出できるかどうかもわからないのに」

「だからって!」

「だから、私に任せてみない?」

「ふえ?」

 

『因子一覧』画面にある『魚座』の紋様を社に見せながら得意気に言う。

 

「これを使う。なにかいけそうな気がするの」

「そ、そんなのてきとー過ぎだよ!いきなり使ったこともない力使うなんて!」

「あら、いいじゃない。大丈夫、私のこと信じなさいって。女の勘って奴よ」

 

その言葉に社は少し考える素振りを見せる。真美に全部を任せるというのが余程不安のようだ。その不安は真美のことを下に見ているとかではなく、単純に心配なのだ。

 

「.......わかったよ。まーちゃんのこと、信じるね」

 

だから、社は笑顔を見せることにした。目の前の『友達』が安心できるように。

 

「ありがと」

 

一言だけ真美は言うと、黒い剣をバーテックスがいる空に振り上げて、高らかに宣言した。

 

「さぁて、それじゃあ始めよう。楽しい楽しい逆転劇をね!!」

 

スマホに表示された『魚座』の紋様をタップする。すると、画面から色とりどりの光が溢れ出す。光が少しずつ集まり、何かを形作っていく。それは、深い青をした三匹の『魚』だった。魚たちはゆっくりと真美の周囲を立体的な円を描くように泳いでいる。

 

「.......これだけ?」

 

ポツリ、と社が呟いた。真美も首筋から冷や汗が大量に出ている。そして突然カッ、と両目を見開いて叫んだ。

 

「あんな化け物倒して、これだけって!『魚座』もっと仕事しなさいよ!全国の魚座の人に謝れ!」

「ま、まーちゃん、それは逆ギレ過ぎるよぉ」

「だって!これだけって!もっと気合い入れて作りなさいよ大赦!」

 

さんざん無茶苦茶なことを言った真美がついにシンジュ様にまで愚痴ろうとした、その時だ。もう一度赤い光が樹海を突き破ってきた。

魚に気をとられた二人はまた反応が遅れた。

このままでは先程と同じになってしまう。そんな考えが頭をよぎり、思わず目を閉じる社。

だが、いつまで経っても衝撃はこなかった。

 

「ーーーーなるほどね」

 

嬉しそうな真美の声が聞こえたので、恐る恐る目を開ける。そして驚いた。何故なら、社と真美を包むように青い何かが展開していたからだ。どうやらこれが光を防御したらしい。指で触れてみると、チャプンと柔らかい感触が返ってきた。

 

「これって.......水?」

「この魚たちが出してるみたい。水のバリア、ってとこね」

「す....すごいよ!これなら『射手座』を倒すことができる!」

「じゃあ、『射手座』は私に任せなさい。あんたは『乙女座』を足止めしてて!」

「了解!」

 

ドン!!と真美が真上に跳んだ。同時に、何本もの赤い光が真美に向かって放たれる。だが真美は速度を緩めずに、光と真正面から衝突する。そして、水のバリアに触れた途端、全ての光が欠片も残らずに消えた。樹海を抜ける後ろ姿を見つめて社は呟いた。

 

「まーちゃん、私も頑張るからね」

 

 

「.......見えた!!」

 

『射手座』の元に辿り着いた真美は、迫る鉤爪や赤い光を水のバリアで防御し、十字の中心点に剣を突き立てた。ギャリギャリギャリギャリ!!と剣とバーテックスの皮膚がぶつかり合い、火花が散る。 その火花も次々と水の膜に当たり、音をたてながら蒸発していく。反射的に目を閉じそうになるが、それを気合いと根性と押し止め、剣を握る手に更に力を込める。

だがバーテックスも貫かれるのを待っているはずがない。火花が散る十字の中心に赤い光が収束し、真美の目の前で放たれる。

 

「っ!?」

 

剣の切っ先が光線に圧倒されて押し返された。負けてたまるかと腕に力を込めるが、少しも前に進めない。水のバリアのおかげで真美が地面に墜落したりダメージを負うことはないが、これでは『射手座』に攻撃できない。しかも、今しがた作った刺し傷も完全に回復している。

こうなってしまえば、高い自己修復能力を持つバーテックスに真美が勝てるはずがない。

 

「それなら!!」

 

光線の射程から外れるように、真美は『射手座』の上に跳ぶ。そこから剣を逆手に握り返して、回転しながらバーテックスを斬り付けた。その一撃で身体の中身をさらけ出す『射手座』。そこには、鈍く輝く『御霊』もあった。

真美はもう一度高く跳ぶ。そして、今度こそ敵を貫くために剣を両手で握った。

 

「覚えてなさい、私の敵。私は真灯真美、最強の魔王よ!!」

 

『射手座』がこちらに十字を向けようとボロボロの身体を動かすがもう遅い。バーテックスの肉体が修復されて『御霊』が見えなくなる前に、真美の剣が貫いた。

 

「ひーふーみー!餌の時間よ食べなさい!」

「「「ワンワン!」」」

 

黒い三つ首精霊が嬉しそう尻尾を振りながら光の群れに飛び付いて、んぐんぐと美味しそうに咀嚼する。光の全てをひーふーみーが食べ尽くすと、前回と同じように真美のスマホが震えた。見ると画面には『新たに因子『射手座』を追加しました』の文字が。『因子一覧』を確認すると、『魚座』の隣で赤銅色の紋様が輝いていた。思わず気を緩めそうになるが、すぐに引き締める。まだ戦いは終わってないのだ。スマホで社の位置を確認すると、かなり後しにいた。そして『乙女座』も同じ場所にいた。

真美は後ろを振り返る。視線の先にはスマホが示す通り、白の勇者とバーテックスがいた。

 

「.......」

 

それを見た真美が無言で指を動かす。指先がスマホの画面に表示されている『因子一覧』にある一つをタップした。その因子の名は『射手座』だ。

先程と同じように光が溢れ、形作っていく。現れたのは赤銅色の長弓だった。弦に指をかけると現れた矢を力一杯引く。

 

「撃ち抜きなさい!!」

 

赤い流れ星が天を翔る。途中で矢が何本も分裂して、まるで流星群のようになる。

 

「やああああああしいいいいいいいろおおおおおおおおおおおお!!よおおおおおおけええええええなああああああさああああああいいいいいいいい!!!!」

 

腹の底から思いっきり叫ぶ。すると社がこちらを向いて、次に迫ってくる流星に気付き、最後に慌てて真横に避けた。

 

そしてーーーーーーーバーテックスの、『乙女座』の体躯が『御霊』ごと穿たれた。

 

ひーふーみーが『乙女座』の『御霊』から溢れる光に向かっていくのを見て、今度こそ真美は安心して息を吐いた。と、同時に横から抱き付かれた。

 

「まーちゃあああああん!やったねえええええええええ!!」

「これも社のおかげよ。ありがと」

「えへへ」

「どうしたの?」

「まーちゃんがまた名前で呼んでくれたし、『ありがと』って言ってくれたから」

「.......」

「あ、顔真っ赤!かわいいー!」

 

そうやって楽しそうにじゃれつく二人を、たくさんの花びらが包み込んだ。

 

 

花びらが開けた時、二人が立っていたのは楠木公園ではなく学校の屋上だった。どうやら戦いが終わった後は確実にここに飛ばされるらしい。

 

「はー、今回も疲れたね」

「けど勝てたからいいじゃない」

「うん!.......それで、早くまーちゃん教えてよ!」

「.......あー。ちょっと長くなるわよ?」

「ドンとこーい!」

 

元気良く胸を叩く社。真美は思わず微笑みながら、まず最初に何を話そうか考えて、口を開いた。

 

「『小さく世界を変えてみなさい』」

「ふえ?」

「これ、私の従姉妹の言葉なの。大きな世界を変えることは難しいけど、自分の世界だけは変えられる、変えることができるって意味なんだけど」

「いい言葉だね!さすがはまーちゃんの従姉妹!」

「ありがと.......私さ、小さい頃に親をどっちも事故で亡くしてるんだよね」

「.......え、そ、そうなの?」

「うん」

 

真美は頷いて、なんとなく社から視線を上げて夜空を見上げた。そして予報では今日は満月だった事を思い出したが、残念ながら雲に隠れて見えなかった。真美は視線を社に戻して続ける。

 

「で、厄介になれる親戚がその従姉妹の家族しかいなくてさ。私はそこに預けられることになったの。けどまぁ、その従姉妹も家族が死んで一人暮らしだったんけど」

「お母さんとお父さんがいなくてしくなかったの?」

「そう、ね。寂しくはなかったかな。観月姉』のおかげで毎日がすごく楽しかったから」

「楽しい....?どうして?だって、まーちゃんと観月さんは家族を亡くしたんだよ!なのにどうして毎日が楽しいって思えたの!?」

「初めて観月姉と会ったときにね、言われたんだ。『小さく世界を変えるわよ。そしたら寂しくなくなるから』って」

「.......」

「だから、寂しくはなかったの。だって両親が死んで終わったはずの私の世界を観月姉が楽しいものに変えてくれたから」

「恩人、なんだね」

「うん。本当に、観月姉には感謝してるし、恩人だと思ってる。けど、それと同時にねーーーーーー」

 

その時、雲が晴れて満月が顔を出した。月の光が真美と社を照らした。思わず社は息が詰まった。何故なら、照らし出された真美はーーーーーーー

 

「私が殺した人でもあるの」

「..............え?」

 




感想やここ間違ってるよ!など待ってます!

追記 新作上げます!こうご期待!.......あ、やっぱ嘘です。あんまりこうはしないでください


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09 私を信じて

今回は短いです。真美と社の関係が決まるので、あんまり長いのもあれかなぁ、と思いまして。


「まーちゃんが、殺した?どういうこと?」

「そのままの意味。私が殺したの。この手で、観月姉を」

 

真美の口調はとても朗らかだった。単純に友だちと話しているかのような軽い調子。

 

だけど、彼女は笑っていなかった。喜怒哀楽のどの感情もない、完全なる無表情。

 

「殺した理由は、まぁ殺されかけたからなんだけどね。生活に苦しくなってさ、そしてら観月姉ってばいろいろとヤバイことに足突っ込んだらしくて」

「それでおかしくなって、いきなり私を襲ってきたわけ。で、小さい私は簡単に馬乗りになられて首を絞められてね」

「でも私も死にたくなかったから咄嗟に近くのカッターでグサッと」

 

真灯真美の言葉が続けられた。偽りの気持ちで塗り固められた中身のこもっていない言葉が吐き出される。

 

「(これがーーーーーー私が望んだことなの?)」

 

その言葉を受け止めて、社は自分に問いかける。

確かに、真美に全てを吐き出してほしいと願ってあたのは社だ。あそこまで他人を拒否してきた真美の本音を聞くことに若干の恐怖もあったが、それ以上に真美が心の底から思いをぶつけてきてくれたらとても嬉しいと考えていた。

 

だから、真美が全部話すと言ってくれたときは嬉しかった。心を開いてくれたと思った。

なのに、明らかに真美はまだ隠していた。結局、社ができたのは真美の強固な心の壁にほんの少し亀裂を入れることしかできなかった。

 

「(思い込み、だった)」

 

当然だ。何故なら社が真美の思いを受け止めるという覚悟を示していないのに、本音を口にすることなんてできないだろう。なのに、社は何もしなかった。自分は対価を支払おうとはせずに、一方的に真美に要求した。これでは初めての戦闘よりもタチが悪い。

 

「(.......だけど)」

 

だけど、そんな風に結論付けてまた諦めるのか?このまま真美の本心を聞かずに、なあなあで済ませるのが果たして正解なのか?

違うだろう。一度した失敗を繰り返しそうになっているなら、それを全身全霊で覆せばいい。そしてまたやり直せばいいのだ。どこからでも、やろうと思えばスタートすることはできる。

 

「.......『真美』」

「え、今あんた名前で呼んで.......」

「私ね、小さいときに迷子になったときがあるの」

「?どうしたの、突然」

「お願い、聞いて。その時は怖くて、寂しくて、どうすればいいかわからなくて、ずっと泣いてたの。その時だった、いきなり知らない女の人が私の頭を撫でながらこう言ったの。『そんなに悲しいなら、あたしが変えてあげる』って」

 

それは星城社の根本。

この言葉のおかげで社は勇者という力で知っている人たちも、知らない人たちも、みんなを助けると決意することができた。

 

社は真美を真正面から見つめて、言った。

 

「真美は?どうして他人を拒絶するの?」

「だからそれは、観月姉に殺されかけたから」

「今さらこう言うのもおかしいけど言うよ。私は私のことを教えたの、だから真美も教えて」

「え.......?」

「殺されかけたから?そんな、まるで他人に無理矢理やらされたような言い方、やめなよ」

 

その時、今まで無表情だった真美が明らかに揺れ動くのを社は見逃さなかった。社は一歩だけ真美に近付いて続けた。

 

「何を思って他人を拒絶したの?お願い、教えて。私は真美のことを知りたいの。安心して綺麗なことも汚いことも全部私が受け止めるから」

「や......し、ろ」

 

掠れたような小さな声。そして真美に明確な変化が生じた。それは些細な、しかし確実な変化。

ポツリ、と。真美の瞳から一筋の涙がこぼれた。同時に、真美が叫んだ。

 

「だって、私がいなかったら、ママもパパも、観月姉も自分の人生を無駄にしないですんだから!!」

「.......うん」

「私がいたからママもパパも死んじゃって、観月姉もおかしくなって!だから私は誰かに関わっちゃいけないのよ!!だから私は誓ったの、誰にも私を背負わせないって!」

 

言葉が紡がれるたびにボロボロと大粒の涙を溢す真美。今までの真美からはとても想像できないほど泣きじゃくりながら社の服を掴んでさらに叫ぶ。

 

「こんな私を背負えるっていうの!?あんたは私のこの、ひ、ひと、ヒトゴロシの手を握れるの!?ねぇ、答えてみなさいよ!!」

「握れるよ」

 

考えるまでもなく、社はそう答えた。そして、真美の両手を握りしめた。真美は驚いたように目を見開き、次いでその場にしゃがみこんだ。社もしゃがんでしっかりと目線を合わせて言った。

 

「だから、背負わせてよ。私と友達になろう」

 

 

「うふふ、良かったぁ。ちゃんとお友達になれたみたいで」

 

その少女は虚空を見つめながら呟いた。と、不意にベットに横たわる少女の隣に二人の人間が現れた。

どちらも女性だ。片方は少女の元担任で年は一回りも同年上だ。もう片方は始めて見る。綺麗な金髪の女の子で、年は少女より少し年下だろうか。

 

「久しぶり。調子はどう?」

「私はぜっこうちょーですー。先生はー?」

「あのね。何度も言ったけど、私はもうあなたの先生じゃないの。だから先生はやめてね」

「はぁーい、せんせー」

「.......はぁ」

 

溜め息を吐く年上の女性。少女は次に金髪の少女に目を向けた。視線に気付いた少女が小さな声で言う。

 

「初見」

「先生誰ですか、この子?」

 

少女が年上の女性に問いかける。しかし、何か言う前に金髪の少女がまた小さな声で答えた。

 

「新規」

「しんき?どーゆーこと?」

「新規、三人目、適正値最大」

「.......もしかして?」

 

その言葉に金髪の少女がコクンと頷いた。

 

「私、新規、勇者」

 

同時に赤色のスマホを取り出して蓮の花が描かれた画面に触れる。花びらが舞い踊り、次の瞬間そこに赤い一人の勇者が降臨する。

 

「私、守木熾純、最強、勇者」




最後の女の子の名前は「かみき・しじゅん」と読みます。
※ 内容をほぼ変更しました。


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10 至上の愛らしさ

まず最初に、更新が大幅に遅れて申し訳ありませんでした。大学の準備が忙しくて、こっちに手が回せなかったのです。これからはこんなことがないようにしますので、何卒ご容赦ください。


季節は秋。あの夜から数ヶ月が経っていた。その間、バーテックスの襲撃は一度も無く、おかげで真美と社は夏休みを存分に楽しむことができ、とても穏やかな日々が続いていた。

そんなある日の昼下がり。授業中、真美は隣の社からこっそり一枚の手紙を渡された。手紙には社の丸っこい文字で『この後屋上集合!』と書いてある。すぐに目線で聞いてみると、社も微妙な顔で頭を傾げるだけだった。

というわけで、授業終了の鐘が鳴ると同時に真美は社の襟首を掴んで教室から出た。今のが今日の最後の授業だったのですぐにホームルームのはずだが、そんなのは知ったこっちゃないのである。

 

「ま、真美ー、首が苦しいのですよー!」

「語尾変わってるわよ。それで?どうして屋上に行かなきゃならないの?」

「えっへへー、教えてほしい?ね、教えてほしい?」

「別に興味があるわけじゃないけど。今から帰ってもいいのよ?」

「それは困るからだめ!」

「じゃあ早く教えなさい」

「もう、わかったよぉ。あのね、さっき『至急連絡があるので~』って大赦からメールがきたの」

「そういえば、社って大赦と繋がりがあったわね。忘れてた」

 

そんな風に言い合っている内に屋上に辿り着いた。真美はようやく握ってた襟首を離して屋上を見回す。しかし、真美と社以外誰もいない。社もそれに気付いたらしく、真美からできるだけ距離を取りながら言う。

 

「あ、あれー、おかしーなー(棒読み)」

「.......はぁ」

「待って真美なんで私の頭を掴むのいたああああああい!ちょ、やめ、にぎゃあ!」

「どーうーしーてー人を呼び出しておいて来てないのかしらー?」

「わ、わかんない!」

「ったく、連絡役が使えないなんて。大赦もバカなんじゃないの?」

「否定。大赦、有能、感謝」

「そうだよー、大赦のおかげで私たちの生活は成り立ってるんだよ?ね!」

「肯定」

「......ちょっと待って」

「疑問」

「そうだよね、どうしたの真美って.......え?」

 

二人揃って自分達の間の少し下に視線を向ける。そこには小学生ぐらいの年であろう女の子が立っていた。肩で切り揃えられた金髪に深い碧眼。まるで西洋人形のように整った顔立ちをしていてとても愛くるしい。

真美と社は顔を見合わせる。今の二人にとって視線での会話など楽勝なのだ。話し合いの結果、社は近付くとしゃがんで視線を合わせてできるだけ優しく声をかける。

 

「あなた、お名前はなんていうの?どうしてここにいるの?」

 

すると少女は頭を可愛らしく傾げて、少し考える素振りを見せた。そして言いたい事がまとまったらしく口を開いた。

 

「私、守木熾純。会話、所望」

「私たちと?初めましてだよね?真美の妹?」

「この長い黒髪に黒い目とこんな見目麗しい洋風美少女に繋がりがあるとでも?」

「だよねー......じゃあ、もしかして?」

「大赦の?」

「肯定。私、新規」

「新規?うーん、その話し方ちょっと分かりにくいなぁ。もっと可愛く「あたしは守木熾純です」って言ってみて。はい、りぴーとあふたみー」

「了承。あたしはかみゅっ!」

 

沈黙。開始五秒で噛んだ。今まで感情を見せなかった幼い少女が顔を真っ赤にして俯く姿は中々に保護欲をそそられる光景だった。そんな光景に社が「きゅーん」となった顔をして熾純を抱き締めた。熾純の小さな身体がその大きな胸に挟まってるのも気にしない。真美も頬を染めて視線を逸らした。

 

「.......私、会話、所望。包容、解除、要求」

「ねぇねぇ熾純ちゃんって何歳なの?あ、私のことはお姉ちゃんって呼んでね?アメちゃん食べる?イチゴ味だよ!」

「拒否、空ふあむっ!?」

「話聞かないで無理矢理押し込むとかあんた鬼ね」

 

むぐむぐと口元を押さえながらアメを舐める熾純。そんな姿も小動物みたいでとても愛らしいと真美は思った。どうやらアメに満足したようで、期待に満ちた目で小さく口を開けた。

 

「甘味、美味。再度、所望」

「うんいいよー。今度はメロンだよー」

「歓喜」

 

社があーんと開けられた熾純の口の中にアメを放り込む。今度は時間をかけてむぐむぐとアメを頬張る。それを愛らしそうに眺めながら社が言う。

 

「ね、熾純ちゃん。そういえば私の名前教えてなかったよね。私は星城社。よろしくね!こっちの無愛想なお姉ちゃんは、」

「殺すわよ?真灯真美。よろしくね、熾純」

「伝聞、話題、魔王?」

「そうよ。私は最強の魔王なんだから」

「同類、私、最強、勇者」

「へー、熾純ちゃんって勇者なんだぁ.......って、勇者?」

「肯定。適正、歴代、最高、最強、勇者」

「ふーん。社、それってすごいの?」

「すごいよー!適正が高ければ高いほど、勇者としての地力が高いってことだからね。精霊も高性能なのが渡されてるんでしょ?」

「否定。私、精霊、取得、無し」

「ふえ?じゃあ武器とか結界とかどうするの?」

「実演」

 

熾純が指を振る。すると今まで熾純を抱き締めていた社が突然弾かれたように後ろに吹き飛んだ。そのまま飛んでいき、柵にぶつかって動きが止まった。少し自慢気に熾純が言う。

 

「私、専用、結界、『神域』」

「おお、攻撃としても使えるってわけね。わりと便利じゃない」

「期待、所望」

「そうね、期待してるわよ。最強の勇者さん」

 

真美は熾純の金髪を優しく撫でる。気持ち良さそうに目を細める熾純を見ながら真美は考える。

 

「(こんな小さな子まで戦いに巻き込んで、しかも実験台にするなんて。大赦は本当におかしいんじゃないの?)」

 

社から聞いたこの戦いの真実。それは真美の予想と方向性は合っていて、規模がまるで違った。

曰く、今の四国がこんな状況に陥ったのはバーテックスが原因であるということ。バーテックスには通常の兵器群の力は通用せず、唯一対抗できるのが神である『シンジュ』様から力を授かった勇者だけだということ。

そしてーーーーーーバーテックスが『シンジュ』様の元に辿り着いたその時、世界が終わるということ。

 

「(大赦、か。ちょっと会う必要があるかもね)」

「魔王?」

「なんでもない。後魔王じゃなくて真美って呼んで」

「了承」

「そうだ、これから歓迎会しましょ!社もいいわよねー?」

「お、おっけーい」

「疑問。場所」

「そんなの決まってるじゃない」

 

真美はウインクして朗らかに続ける。

 

「ウチでやるのよ」

 

 

「真美、居住?」

「そうよ。私の家。あ、熾純は主役だからそこら辺に座っててね。社ー、準備するわよー」

「はーい。何作るの?」

「とりあえず材料は買い込だから、作れるだけ作りましょ。熾純はこれでも食べててね」

 

レジ袋の中からチョコのお菓子を取って熾純に渡す。しかし熾純は頭を傾げて不思議そうにお菓子の箱をペタペタ触っている。まさか、と思いながら真美は聞く。

 

「熾純、まさか食べたことないの?」

「肯定。所見、食物?」

「えーと、ちょっと貸してね」

 

お菓子を受け取ると、真美は熾純の目の前でお菓子の切り取り線を破って中の袋を取り出して見せた。それを見た熾純が「驚愕!」と碧の瞳をまん丸にして声を上げた。真美は袋からチョコを取って熾純の口に放り込むと、屋上の時のように口元を押さえながらむぐむぐと食べ始めた。

 

「おいしい?」

 

真美が聞くと、熾純は嬉しそうに頷いた。

 

「肯定!所望!多数、所望!」

「はいはい。あーんして」

「了承!」

 

パクッ、とチョコに食い付く熾純。まるで雛が餌をせがんでいるようで可愛らしい。思わず頭を撫でる真美。端から見ると黒髪美少女と金髪美幼女が戯れていて、かなり魅力的だった。

だが、忘れてはいけない。この場には後一人面倒なのがいることを。

 

「ぐすっ.....いいもんいいもん。私にはくりゅーがいるもん。ねー、くりゅー」

 

これ見よがしに床にしゃがんで指で地面を弄る社。少し可哀想だったので、真美は笑いながら手招きした。

 

「ほらこっちおいで社。撫でてあげるから」

「まーみー!!」

「感触、最高、継続、希望」

 

そのまま真美は社と熾純を撫で回し、陽が沈むまで続けられた。結局、熾純の歓迎内は次の日に持ち越され、二人は真美の家に泊まることになった。

というわけで、真美と社が買い込んだ材料を少しだけ使い、きつねうどんを作って食べた。食べ終わったお椀を洗いながら真美は後ろでテレビを見て騒いでいる社と熾純に言う。

 

「あんたたちー、風呂入ってきなさーい」

「はーい、おかあさーん」

「母親、了承」

「誰が母さんか。後で私も入るから、先入っといて」

 

真美の家の浴室はかなり広い。これは観月が幼い真美と一緒に入浴できて、なおかつ充分に遊ぶことができるように広くしたのだ。だがよくよく考えてみればマンションの入浴を改造する為にはどれだけ金を費やしているのだろう、と思わなくもない。

 

「よーし、洗い物終わり」

 

風呂場から社と熾純の楽しそうな声が聞こえてくる。タンスから自分と社、熾純の寝巻きを取って風呂場に向かう。洗濯機の上に寝巻きを置いてから服を脱いで篭に入れた。と、篭の中に見慣れない白い布があったので引っ張り出してみる。そして真美は納得した。確かにこれは見慣れない。何故ならこんな大きさは手に取ったことすらないからだ。それはーーーーー社のブラだった。サイズを見ると真美より3つも上。途端に世界に憎悪を感じた真美は力の限りの振りかぶって白色の布を篭の中に叩き込んだ。

だが、まだ悪夢は終わらなかった。

 

「.......」

「お、真美ちゃんやっときたー!」

「きゅ、救助、要請」

「きゃん!もう、くすぐったいよしーちゃん!」

「.............」

 

浴場で熾純が社の大きな胸に埋もれていた。その光景を見てさらに殺意が沸く真美。濡れたタイルを滑りながら桶を手に取って、フルスイングで社の頭をどついた。「にぎゃっ!」と猫みたいな声を上げて社が吹っ飛ぶ。

 

「ま、真美ぃ!?なんでどつくの!?危ないよ、痛いよ!!」

「黙りなさい。その肉塊抉るわよ」

「......真美ってば。もっと牛乳飲まないと」

「殺すわよ」

「真美、真美、発育、不良?」

「そんなことを言うのはこの口?ねぇ、この口?」

「みゅうし、みゃみ、にゅうきゃく」

「いきなり入ってきて傍若無人に振る舞うとは!この魔王め!」

「じょうい!にょうい!」

「本当に魔王なんだけど、悪い?」

 

適当に吐き捨てると、真美は社と熾純と入れ替わりに座ると、手にシャンプーを出して髪の先までさっさと洗う。真美の長い黒髪はリンスまで使おうとするとかなり時間がかかるので、ちゃんと洗うのは週に一度ぐらいだった。しかし女子力が高いことで有名な星城社からしてみれば信じられないらしく、湯船から驚きの声を出した。

 

「なんで真美の髪ってすごく雑な洗い方なのにそんなに綺麗なの!?」

「体質よ体質。あ、そういえば熾純、お家の人にちゃんと連絡した?」

「連絡、不要」

「もう、いいわけないでしょ。後でちゃんと電話するのよ。わかった?」

「.......了承」

「て 真美も早くこっちきてよー!」

「はいはーい」

 

タオルを手にかけて白い煙を出すお湯に片足を入れる。途端に心地良い温かさがじんわりとやってくる。あまりの気持ちよさに思わずため息が出たくらいだ。肩までつかりながら真美は半分夢見心地で呟いた。

 

「どうして今日はこんなに気持ちいいんだろ.......」

「そーれーはー!」

 

ギュッと左右から柔らかい感触に挟まれる。その正体は言わずもがな社と熾純である。二人が隙間なく引っ付いてるのとは別の理由で、真美は温かくなるのを感じた。

 

「私たちがいるからだよぉ!」

「社、私、真美、両隣、温暖」

「そうねー、そうかもね。ありがと」

「きゃっはー!真美ってば時々デレちゃうんだからーもうかわいいーなー!」

「可憐、可にぇん!」

「.......熾純顔真っ赤だけど大丈夫?」

「問題、皆無!私、依然、入浴、かにょぶくぶくぶくぶく」

「きゃああああああ!熾純が沈んだ!社、冷水持ってきて!!」

「熾純ちゃんが死んだ!この人でなし!」

「死んでないわよ!てかそんなこと言ってる場合じゃないでしょ!!」

 

 

『最終問題です!次の三つのうち、日本神話に登場する神様はどれでしょう!』

「あ、ねぇねぇこのクイズでみんなで勝負しようよ!」

 

椅子に座りテレビを見ながら、少し季節外れのスティックアイスを食べていた社が名案!というふうに言った。その後ろで将棋を差していた真美と熾純は手を止めると、ほとんど同時に自らが勝利した時に要求するものを口にした。

 

「いいわよ。じゃあ私が勝ったら社、あんた罰ゲームだからね」

「同意、私、勝者、社、命令、受理」

「あれ?なんだか私vs真美&熾純ちゃんになってる?」

「それが世界の選択なのよ。諦めなさい」

 

そんなこんなでクイズスタートである。テレビの画面には三つの選択肢が出ているが、真美には全く見覚えのない言葉だった。自分から勝負を仕掛けてきたくせに、社も不思議そうな顔で首を傾げている。だが金髪碧眼の美幼女は何気ない顔でテレビの前に立つと真ん中の名前を指差した。

 

「正答、指定」

「へあー、熾純ちゃん自信あるね!」

「なにこれ、なんて読むの?てんてら?」

「否定、正答、『天照』」

 

結局悩んでも悩んでもわからなかったので、真美は一番上、社は一番下を選んだ。そして正解が発表されたが、案の定熾純が選んだ『天照』だった。真美と社は思わず拍手するが、正解した熾純は喜んだりはしゃぐのではなく、何故か頬を膨らせてむくれていた。その様子に二人で顔を見合わせて、恐る恐る社が聞く。

 

「し、熾純ちゃん?どうして怒ってるの?」

「否定」

「いや、絶対怒ってるじゃん。顔怖いわよ熾純」

「否定」

「(ちょっと社!あんた熾純に何したのよ!ものすごい不機嫌じゃない!)」

「(わ、私知らないよ!真美こそ勝手にお菓子でも食べたんじゃないの!?)」

「(そんな社みたいなことするか!と、とりあえず機嫌を直さないと!)」

「(おー!)」

「真美」

 

ヒソヒソ小声で話し合っていた真美の袖を熾純が引っぱる。そのお人形さんのように整った顔には、今度は怒りではなく不安のような色があった。

 

「真美、『シンジュ』、信頼、信用?」

「『シンジュ』様のことを好きかってこと?それなら、まぁ感謝はしてるわよ。私たちの世界を守ってくれたんだからね」

「真美、再度、質問」

「なに?」

「真美、魔王、不満?」

「.......えーと。そうね」

 

真美は今までのことを思い出してみた。

確かにいろいろと辛かったが、それ以上に楽しい思い出ができたことは確かだ。何より、自らに定めた『誓い』に圧迫感を感じなくなった。それは真灯真美が過去に対してしっかりとけじめを付けたという証明なのだろう。

だから、真美は熾純の質問にこう返答することにした。

 

「後悔もあるけど、それ以上に感謝もある。だから私は『魔王』になれたことに後悔はしてない、かな」

「.......返答、感謝」

「ところで社。また空気にしたのは悪かったからあんたまでむくれないでよ」

「どーせ私は真美にも熾純ちゃんにも大事にされてませんよーだ」

「私、勝利、商品、命令、受理!」

「あ、そういえばそうだったわね。なにさせようかしら」

「慰めたりしてくれないの!?鬼畜過ぎるよ!」

 

 

深夜。守木熾純はどうにか布団から抜け出すことに成功していた。理由は両隣からガッチリと魔王と勇者に挟まれていたからだ。

熾純はベランダに出ると、手に握っているスマホを掲げて画面に花開く蓮の花に触れた。舞い散る花弁が少女を包み、一人の勇者を降臨させる。

 

柵に飛び乗り、空中に向けて飛び下りた。すると今まで夜空だったはずの空間が歪み、形を変えていき、色鮮やかな木々が乱立する樹海と化した。

そしてーーーーーー樹海の向こう側から巨大な白の体躯が進軍してきた。今回の敵は【蟹座】。下半身は夥しい突起が生えた三角垂になっているが、上半身は一般的な蟹だった。といっても数倍醜悪なのだが。

熾純は一度瞳を閉じて、大きく息を吸って、開けると同時に息を吐いた。熾純の周囲に現れた九本の剣を【蟹座】に向ける。

 

「神罰、開始」

 

そして、激突が始まった。




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