狂人の面を被った小者 (狂乱者)
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第一話「狂人闊歩」

まだまだ未熟者故、皆様からの感想、評価、批評、指摘等、お待ちしております。


 

腐り切った帝都にも、まったりとした午後というものは存在する。

商店街にはある程度、裕福な暮らしを約束された貴族たちが闊歩し、買い物を楽しんでいる。

穏やかな陽気の中でも、各々の購入した服やら家具やらを他人と比べ、嘲笑する点は、現在の帝都の人間模様を示していた。

 

そんな中3つの異様な姿が、人ごみの中で確認出来た。

1つは長すぎる白衣を着た、ピンク髪かつ幼女体型の少女。

血走った目で下に広がる人々を見て、馬鹿みたいな笑い声を上げている。

 

1つは黒ずくめの少年。

逆立てた髪に、へそだしTシャツに黒のジャケット、グラサンを掛け、前方の通行人たちに「退け。人間風情が」とか言っちゃうような、マせているガキである。

 

1つは大樽を背中に背負った青年。

狐目に整った美形であるが、その表情には疲れは一切見受けられない。

大樽の上にはピンク髪の幼女も乗り、狂った笑いを浮かべているが、全く気にせず、青年は樽から繋がれたチューブを加え、中の酒を摂取していた。

 

一際、異常な3人組に周囲の貴族たちはそそくさと道を空ける。

腫れ物を見る様な、仲間外れを見る様な、奇特な目で見る者が殆どであったが、一部の人間たちは恐怖に戦慄しながら、彼らが早く何処かに行ってくれることを願っていた。

ある商人など、彼らを見た途端に泡を吐きながら気絶したくらいである。

 

「さて……あ。ありやがりましたよ。イリス。J」

 

「んにゃははははははははっ! つーいーたーのー!?」

 

「ふん。塵の癖に、ボスに気に入られるなんて、実に不愉快だな」

 

 青年が指を指し、前方の露天商の果物屋を示す。

 ピンク少女が樽から青年の頭の上に移動し、右手を額に当てて、探すモーションを取り、黒い餓鬼は腕組をしながら、店の店員を睨んだ。

 店員は「ひっ!?」と声を出したものの、すぐさま営業スマイルを取り戻し、冷や汗を左手で拭い、マニュアル通りの接客をこなす。

 

「い、いらっしゃいませ。ジーダス様。今日は何用で?」

 

「そうかしこまらずに。私、この店は気に入ってるんでやがりますよー? あの子たちは、此処の果物が大好物でして」

 

 奇妙な敬語を使いつつも、青年はポケットから大量の金貨入り袋を取り出す。

 その額は、帝都でも質素な生活を続けていけば、半年は暮らせる程である。

 

「これで、此処にある果物ぜ、ばぁぁぁぁぁ」

 

「ひぃぃっ!?」

 

 青年が袋を店員に渡した瞬間、吐血した。

 滝のように流れる血液は、青年の咄嗟の判断により、果物には飛び散らず、石畳の上に吐き出される。

 

「ボスッ!?」

 

「にひひひひひ! ジーちゃん! 口開けてー!」

 

 黒い餓鬼こと、「J」が取り乱した直後、頭の上にいたピンク少女、「イリス」が肩車のように、脚を青年の肩に乗せ、頭側から伸ばした手で上顎を掴み、口を開かせるのと同時に、無理やり上を向かせる。

 

「んが」

 

 上を向いたことで、大量の血液が逆流するものの、青年、ジーダスは咽ることなく飲み干す。

 同時にイリスは彼の口内を覗き込むように、頭を動かし、白衣の袖からいつの間にか出したペンライトで、口の中の異常を探る。

 調査中の彼女の表情は真剣そのものであり、先程までの狂った笑い声は既に消えていた。

 

 十数秒後、「異常なーし! いつものー!」と笑顔で言ったイリスは、ジーダスの後頭部を叩き、強引に前を向かせる。

 ジーダスの着ていた黒いスーツにも血が付着していたが、それらはJが自分のハンカチで丁寧に拭き取っていた。

 

「いやはや。失礼しやがりました。これはお詫びです」

 

 再び笑顔を見せ、ジーダスはもう片方のポケットから同じ量が詰まった袋を取り出し、店員に渡す。

 あまりに唐突な出来事に置いてけぼりの店員であったが、お金を受け取ると、すぐさま自分の背後に置いてあった荷車を持ち出し、全ての果物を丁寧に乗せ始めた。

 

「うんうん。では帰りましょうか」

 

「うひひひひひひ! 屑な私にしては上出来ぃー! はぁーい!」

 

「承知しました。ボス。姉御」

 

「あ、ありがとうございましたー!」

 

 店員が果物を全て乗せ終わるのを見ると、Jは荷車を引き始める。

 その隣で、ジーダスは再び酒を飲み始めながら歩き出し、イリスは荷車の果物に囲まれながら、手頃な林檎に噛り付いていた。

 

「あ。荷車は後日、私の部下に届けさせるので。それまでお待ち頂けやがりますか?」

 

 帰り際、店員の方に振り返り、荷車の返却方法を伝えるジーダスに、店員は深々と頭を下げた。

 店員の態度を返事と見た後、彼は隣にいた2人に話しかける。

 

「ちょいと早目に、ショウイさんを売り飛ばしましょうか」

 

 最後にジーダスが言った言葉は店員に聞こえることなく、風に流された。

 

 

 

「ふぅ。死ぬかと思った」

 

 厄災が過ぎ去ったことで、心の平穏を取り戻した店員は商品が無くなったために、閉店作業に取り掛かる。

 店に置いてある箒を取り出し、まずは軽く掃き掃除から、と店員が行動しようとした時だった。

 そこでふと、ジーダスが吐血した部分に視線が行った。

 少なくとも、石畳に水分が吸収される時間は過ぎ去っているはず。

 にも関わらず、血液は吐き出された時と同様、軽い血溜りとなって残っていた。

 

「ん? 何でまだ血がこんなに残っているんだ?」

 

 不思議に思い、血液に箒を向ける。

 すると、血液は箒を避けるように石畳の隙間に逃げ込んでしまったのだ。

 

「んん?」

 

 一瞬の出来事に、店員は右腕の袖で目を擦り、再び血溜りを見ようとするが、既にそこには何もなかった。

 目に映るのは石畳のみ。

 

「……疲れてんだな。俺……しゃーねぇわ。ジーダス様に会ったんだしよぉ」

 

 自分は疲れている、と思い込ませ、店員は再び閉店作業に移った。

 

 

 

 

 

 

 

数刻後

帝都中央 宮殿内 謁見の間

 

「内政官ショウイ。余の政策に口を出し、政務を遅らせた咎により、貴様を牛裂きの刑に処す」

 

 幼き皇帝の放つ、慈悲なき言葉は、跪いたショウイの心に何より響いた。

 死刑宣告。

 人間である以上は絶対に受けたくない宣告を、今、ショウイという人間は、絶対的地位に存在する皇帝から受けたのだ。

 絨毯を見つめる顔には冷や汗と恐怖、絶望が見て取れる。

 周囲の大臣たちも驚きつつ、自分がこうはならないように、と内心焦るばかりであった。

 

「ヌフフ……お見事です。まこと陛下は名君でございますなぁ」

 

 凍りついた空気をグチャグチャという咀嚼音と共に掻き消した、恰幅が良すぎる男が、肉を噛み切りながら、皇帝の背後から現れる。

 暴虐と快楽の全てを得たような顔つきと、太った体型は、彼は唾棄すべき悪人であると同時に、現状の天辺に立つ人間であることを、周囲に無理矢理にでも分からせてしまう。

 

「ぐっ……陛下は大臣に騙されております! どうか民の声に耳をお傾け下さい!」

 

 一層、畏まりながらも、強い意志と言葉でショウイは陛下に進言する。

 彼の残された最後のチャンスでもあったのだろう。

 彼は、皇帝のカリスマ性を知っている。

 だからこそ、彼の下で働くことを選び、ここまでやって来たのだろう。

 しかし―――――

 

「あんな事を言っておるぞ?」

 

「気が触れたのでございましょう」

 

「うん! 昔からお前の言うことに間違いはないものな!」

 

 澄み切っており、純粋なまでのカリスマは、隣のオネスト大臣によって、ドス黒く染められていた。

 自分が悪と気付いていない最もドス黒い悪、を体言している皇帝にショウイの最後の言葉はあっさりと打ち砕かれた。

 

「ショウイ殿。悲しいお別れです」

 

 ギラついた目つきに変わったオネストの一言で、周囲に控えていた兵士たちが動き出し、ショウイを取り押さえる。

 

「陛下アァ!! このままで帝国千年の歴史が!!」

 

 ショウイが叫び始めたため、溜息を吐いたオネストがゆっくりと彼の前に移動しようとした時である。

 

 

謁見の間に繋がる巨大な扉を、勢い良く蹴飛ばして開ける者がいた。

 

 

「すみません。大きな音を立てないと、こちらの話を聞いて貰えそうになかったもので」

 

 黒のスーツを着こなしたジーダスであった。

 背中に樽は背負っていないが、代わりに右手に持った小樽から、チューブを経由して酒を飲んでおり、腰には幾つもの小樽をベルトに吊るしていた。

 その場にいた誰もが、彼の方に視線を移す。

 

「ジーダスか。何用だ」

 

 ジーダスの扉の開け方は不問とし、皇帝はジーダスの真意を問うための質問を投げかける。

 狐目のまま、ジーダスは皇帝の言葉にも関わらず、平然と答えようとした。

その時である。

 

 

「とうっ!」

 

 ジーダスの背後から飛び出し、空中を回転しながら着地する5つの影。

 横に並んだ影たちは次々のポーズを決めながら、名乗り上げる。

 

「溢れる殺意! 殺人光線のB!」

 

「全身制圧刺し殺す! 寄生吸血のJ!」

 

「忠節誓う槍術! 合体頭槍のV!」

 

「死に誘う歪な奏! 仮死楽器のZ!」

 

「斬殺滅茶苦茶! 内部崩壊のG!」

 

 言葉を発した順に、七色レインコートを纏った少女。

 全身黒の服で統一した、グラサンを掛ける少年。

 真っ白なシスター風の服装をした、目を閉じている少女。

 神父風の服装をした大人しそうな少年。

 体に似合わない豊満な肉付きを僅かな服で隠しているだけの少女が言葉を発し、更にポーズを変える。

 

「我ら!」

 

「ジーダス様の配下!」

 

「5人揃って!」

 

「ギャオス!」

 

「四天王!」

 

 ババーンという効果音が響き、謁見の間は静寂に包まれる。

 

「……前から気になっていたのだが、四天王なのに5人居るのは何故なのだ?」

 

 可笑しくなった空気の中、皇帝は汗を掻きながら、前々から疑問に思っていた事を告げる。

 その言葉に、とりあえず全員頷いてみた。

 オネストすら、その場の空気の流れに従わざるを得なかった。

 

「5人揃って四人の公王ってのと同じ原理でやがります」

 

 ジーダスは適当に答えると、本題に入る。

 

「ショウイ殿の処分をこちらに任せて頂きたい」

 

 誰もが耳を疑った。

 そして凍りついた。

 この場にジーダスを知らぬ者がいたら、彼を死刑執行人か何かと勘違いするだろうが、現在、謁見の間にいる人間たちは、全員ジーダスの事を知っている。

 

 財務大臣ジーダス・ノックバッカー

 彼一人で国の3割に匹敵する資金を集め、帝都に捧げている敏腕大臣。

 しかし、その収入方法は―――――――

 

 

「……おほん。ジーダス殿ですか。良いでしょう! 陛下! ショウイ殿の処分はジーダス殿に預けましょう! ショウイ殿はきっと我々の良い礎になって下さいます!」

 

 悪魔、オネストは先程の空気を咳払いで変え、地獄の鬼に匹敵する程の笑みを浮かべた。

 同時に、皇帝は首を傾げたものの信頼するオネストの言葉を受け、訂正する。

 

「そうか。では訂正する。財務大臣ジーダス。内政官ショウイの処分はお前に任せる」

 

 途端、ショウイの顔に絶望が浮かんだ。

 死刑宣告の時に冷や汗は出たが、今は汗すら浮かばない。

 観衆の見せしめとして殺され、死体を晒される、公開処刑は苦痛であり、屈辱である。

 自身の人生の終着点が見せしめである。

 これは誰もが忌み嫌い、誰もが回避しようとすることだ。

 その処刑すら地獄だと言うのに、ジーダスはそれ以上の苦悶をショウイに与えるのである。

 いや、人によってはジーダスの方が良い、という人間もいるが。

 

「感謝の極み。ではショウイ殿。参りましょうか」

 

「ヒッ……い、嫌だ……! 嫌だァァァァ!! 陛下! ご慈悲を! オネスト大臣! 貴方でもいい! 助けてくれ! 嫌だ嫌だ嫌だ!! 怪画は嫌だァァァァァァ!!」

 

 泣き喚くショウイの首を絞め、失神させた後、5人の配下にショウイを持ってこさせる様に命令し、部屋を後にする。

 5人は頷くと、ショウイを持ち上げ、お祭りの様に胴上げしながら退室していった。

 

「わーっしょい! わーっしょい!」

 

「静かに運びやがって下さい」

 

 

 

 

「いやはや。申し訳ありません。陛下。しかし、牛裂きは先日も行いました故、民衆に対する戒めの効果も薄れてしまうでしょう。ですので、ショウイ殿には、より素晴らしい!我々が生きていくため! この帝都の輝かしい未来のための礎になって頂きました!」

 

 大袈裟に身振り手振りをしながら、皇帝に近づくオネストに、皇帝は一切の嫌悪感を示さずに受け入れる。

 

「うん。それは良いことだ。皆も、ショウイの最後を見習うように」

 

 誰もが「はいっ」と返事をするが、内心は恐怖で満ち溢れていた。

 

「ところで大臣。怪画とはどういう意味だ?」

 

 ふと、皇帝は自身の疑問をぶつけてみた。

 ジーダスの行っている収入方法を皇帝は全く知らない。

 聞いてみてもはぐらかされるだけである。

 だが、今回は怪画という情報を得られたため、皇帝は近くにいたオネストに尋ねてみた。

 

「怪画とは即ち、芸術作品で御座います。何せ怪画ですから」

 

「う、うむ? つまりショウイは怪画売りにでもなるのか?」

 

「いえ。飽くまでも、これは処刑で御座います。ショウイ殿には死んで頂きます」

 

「うーん?……つまり……?」

 

 頭をフル回転するものの、答えは一切見付からない。

 悩む陛下を横目に、明確な答えを提示しないオネストは一つの提案をする。

 

「陛下。とりあえずはジーダス殿に任せましょう。そろそろお食事の時間で御座いますので」

 

「……そ、そうだな」

 

 皇帝は席を立ち、オネストと共に部屋から去っていく。

 残された大臣たちも身震いをしながら、各々の職場へと散り、謁見の間には静寂のみが残った。

 



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第二話「怪画製作」

 

 深夜の帝都は騒々しさが売りであるが、時には静かな時もある。

 今宵は後者であった。

 帝都のメインストリートから少し離れた住宅街に立ち並ぶ建築物の中に、ジーダスの自宅はひっそりと存在していた。

 傍目から見れば、ただのレンガ造りの家であるが、内部では悲惨と悲劇と狂気が渦巻く、狂人たちの知床となっている。

と言っても、入った瞬間から狂喜乱舞ではなく、それら全ては地下にて行われている。

 

 地下2階。

 石造りの壁と床の中、簡易的な机と巨大な額縁のみが存在していた。

 冷たい鋼鉄製の扉には覗き窓があり、異常な空間と外とを繋ぐ、唯一の出入り口であった。

 蛍光灯の灯りの下、2人の男が存在する。

 

「はい。ではショウイさん。今から貴方を怪画に変えます」

 

 作業着にエプロン姿のジーダスは腕まくりをした右腕を見せながら、手足を縛られ、猿轡をされたショウイを見る。

 既にショウイの顔は恐怖に染まっており、股間辺りは濡れ切っている。

 服は邪魔だからと全て剥ぎ取られ、生まれたままの姿で、冷たい石床に座っていた。

 逆にジーダスはとっても良い笑顔を浮かべている。

 

「と言っても、すごーく簡単なんですよ?」

 

 ジーダスは床に固定された巨大な額縁、というよりも水槽に額縁を取り付けただけの物の前に、ショウイを引き摺っていく。

 中は透明な液体で満たされており、ジーダスが水槽に触れたため、僅かな振動で小波が起きていた。

 

「ホルマリン漬けにしてお仕舞。それだけでやがりますよー? 簡単簡単」

 

 ホルマリンは生物の標本の作成時などに使用される液体である。

 正確にはホルムアルデヒドの水溶液のこと。

 生体にとって有害であり、生物の組織標本作製のための固定・防腐処理に広く用いられている。

 分子中のアルデヒド其が、主にタンパク質のアミノ其に結合し、生物の様々な生物活性を無くしてしまうために、死に至るのだ。

 要約すると、生物をぶち込めば死ぬ、である。

 

 

「この中にぶち込んで、死ぬまでの苦痛。それから来る断末魔。そして最後の表情。そうして完成した怪画は、一部の『えげつない趣味』を持つ方々に高く売れるんでやがりますよ。今回はショウイ大臣のが、どーしても欲しいって方からのリクエストがありやして」

 淡々、でも何処か嬉々としてジーダスはショウイの手足を縛っていた縄を解き、猿轡を外す。

 ショウイの怪画を欲しがっているのは、過去に権力争いでショウイに敗れた、元同僚である。

 大金を出してまで、自分を追い抜き、買ってきた男の最後の面を眺めたい、という下卑た欲望のため、ショウイはこの狂人に捕まってしまった。

 

「あ。もしクライアントが貴方を要らない、と言った場合……もしかしたら、チャンスがあるかもしれませんよ?」

 

「チャンスだと……?」

 

 ようやく喋ることが許されたショウイは逃げ出す隙を伺い、狂人は目の前でポケット内部から何かを取り出す動作をしている。

 今なら逃げられるかもしれないが、相手は普通の文官とは違う存在。

 下手をすると、更に痛い目に遭わされる可能性もある。

 今は黙って、ジーダスの様子を見ることに決めたショウイであった。

 

「これ。何だか分かります?」

 

 取り出したのは小瓶。

 中には透明な液体が漂っているが、ショウイには皆目検討もつかなかった。

 

「これはですねぇ……『     』の薬ですよ。まだ試作段階の未完成品ですが」

 

「!?」

 

 あまりに衝撃的な言葉に我が耳を疑うショウイ。

 狂人の発した言葉は、この世の理を変える程のものであり、あらゆる者への冒涜でもある。

 恐れることを知らず、ジーダスは少しだけ笑顔を崩して話を続ける。

 

「これで更なる金儲けをすることが、当面の目標なんでやがりますよ」

 

「金儲けだと……? 馬鹿げている! そんな物が完成する訳が無い! ありえない!」

 

 叫ぶショウイの前で姿勢を正し、見下す狂人の瞳は周囲を飛び回る小蝿を、疎ましく見る目に似ていた。

 

「ありえない、なんて事はありえない。私のこの言葉が好きでしてねぇ。まぁ……貴方に使う可能性は、ほぼありえませんが」

 

 小瓶を再びポケットに仕舞うジーダスに対し、ショウイは「好機は今しかない」と判断し、賭けに出る。

 ショウイの中の生存本能は彼自身に渾身の力を出させ、ジーダスを突き飛ばすという行動を起こす。

 

「くっ!!」

 

「ありゃ」

 

 そのまま扉目掛けて走り出す。

 尻餅を着いたジーダスに目も暮れず、ショウイは鋼鉄製のドアノブに手をかける。

 開かない確立の方が高いだろうと、ショウイ自身も思っていたが、重く鈍い音を立てながら扉は簡単に開く。

 

「おっ……」

 

 思いも寄らない結果に、もはや簡単な単語しか発せなくなった彼は、驚きながらも、この怪画制作室から脱出を図る。

 

 

「ヤーハー!」

 

 次の瞬間、ショウイの顔面はへこみ、反対側の壁に叩きつけられていた。

 彼を殴り飛ばしたピンク髪の幼女体型は、笑顔でジーダスに声を掛ける。

 

「ジーちゃん! ご飯出来たってー!」

 

「あぁ。了解しやした。では、彼を縛った後で行きましょうか」

 

「おーけー」

 

 二人は気絶したショウイを再び縄で縛り、部屋に放置した後、施錠をして上に上がっていった。

 

 

 

 

 ジーダス邸の一階、リビング。

 そこでは7名による食事が行われていた。

 全員でテーブルを囲み、静かに食事を取っている者が殆どだが、2名程、食卓上の料理を奪い合うように食べている。

 

「あっ! こら! J! 私の肉を取るなよー!!」

 

「バカが! 遅い奴が罪なのだ!」

 

 黒いグラサンの「J」と緑長髪少女の「G」である。

 Gの言葉は悪いものの、その豊満な肉体は見る男共を虜にしてきた。

 傷ありホットパンツに、あまり胸を隠せていないブラジャーも、彼女が視線を集めてしまう原因の1つなのだが、本人は「動きやすい」との理由で止めようとしない。

 そんなGはナイフの切っ先を黒ずくめのJに向けている。

 理由は机の中央に置かれていたメインディッシュの肉料理の殆どを、Jが取ってしまったため。

 とはいえ、個別に取り分ける料理のため、「自分の」と主張するGの意見は間違っているのだが。

 取り過ぎなJにも非はある。

 

「うるさいなぁ……バカ2人は外で食べてよ。ボクがジーダス様とイリス様と、ゆっくり食事出来ないじゃないか」

 

「全くですね」

 

「本当だねぇ」

 

 騒ぐ2人を、塵を見るような目で見ているのは、七色のレインコートを着ている少女、B。

 七色少女に賛同した、シスター風な少女、Vと神父風な少年、Zは頷いている。

 

「うっせ! お前らもちゃっかり、自分の分を取ってんなよー!」

 

 Gのナイフの先端と怒りが3人も向けられるも、3人は涼しい顔でパンを食べるのみ。

 一方のジーダスとイリスは笑顔で5人の食事風景を眺めていた。

 

「そう言えば、そろそろお薬の時間でしたね」

 

「だねぇ。うひゃひゃひゃひゃ!」

 

 騒がしくも平穏な日常、とはこの事を言うのであろうか。

 少なくとも、彼らがイカれていないのであれば、平和という言葉が最も似合っていただろう。

 

 

「…………おや」

 

 ふとジーダスが首を傾げた。

 瞬間、イリスを除く5人は会話を止め、鋭い目付きと表情になり、感情が消える。

 殺意と狂気のみが支配する空間となったリビングでも、笑顔を絶やさない2人を見ていると、十分に彼らが化け物染みていることを知らせてくれる。

 

「ふむ。オーガさんが死にそうでやがりますねぇ。念のため、V。今回は貴方に任せます」

 

「承知しました。主様」

 

 先程のシスター風の服装をした少女、Vが静かに返事をする。

 立ち上がり、壁に立て掛けてあった、巨大な槍を片手に軽々と持つと、閉じられた瞳が薄っすらと開かれ、主ことジーダスの命令を呑む。

 

「メインストリートの路地裏……ここから東、前に貴方が売り払った夫婦の家の近くで、オーガさんと餓鬼が戦ってやがります。ですが、オーガさんは負けると思いますので、回収して来て下さい」

 

「全ては主様の命じるがままに」

 

 すぐさまVは消え、直後に他の4人が先程と変わらぬ状態で、食事を再開する。

 

「父様。Vだけで大丈夫なのでしょうか?」

 

 神父風の服装した少年は、右手を軽く上げて尋ねる。

 JとGは再び肉を食い始め、レインコート少女はパンに噛り付く。

 

「餓鬼は剣術使いですし、問題ないかと。まぁ、いざとなったら、貴方たちにも出て貰いますよ」

 

 一切、笑顔を崩さぬまま、ジーダスも食事に手を付ける。

 隣の席のイリスは、ジーダスの命令が下り終わるのと同時に、再び笑い始めた。

 

 

 

 

 

路地裏

 

「なっ」

 

 左目が傷によって潰れた大男、オーガの両腕が吹き飛ぶ。

 今まで対峙していた餓鬼の姿は消え、己の唯一の獲物である剣は、腕と共に宙を舞っている。

 先程までの怒号も、既に鳴り止み、残された右目は必死で獲物だった狩人の姿を探す。

 

 自分の前方、首を45度ほど、上げた所に餓鬼を捕らえることが出来た。

 普段ならば、自分が相手を切り落とすに絶好の場所にいるのだが、今の自分には腕がない。

 熱い痛みが来る前に、少年の向けた冷たい瞳が、オーガに向けられる。

 

「(こ、の――――)」

 

 少年の瞳に一瞬恐れ、オーガは己の中に湧き出た恐怖を消す前に切り刻まれた。

 

 

 

 

 はずだった。

 

 

 

「困ります。止めて下さい」

 

「なっ!?」

 

「ッ!?」

 

 少年の剣線を受け止めた白銀の槍を持つ少女は、力のまま、少年を壁に弾き飛ばす。

 

「ぐあっ!」

 

 背中を強打し、落下しながらも意識を手放すことのなかった少年は、そのまま地面に着地する。

 鋭い眼光は消えておらず、自分の邪魔をした正体を見極める。

 

「オーガ隊長。用があって参りました」

 

 オーガの前に回り、少年と対峙したVは瞼を閉じたまま、微笑む。

 

「お、お前は……確かジーダスんとこの……」

 

「お会いするのは初めてでしたね。主様直属の用心棒「ギャオス四天王」の「V」と申します」

 

 少年の一挙一動に気を配りながらも、平然と自己紹介を行うVに、タツミは一歩、踏み出せないでいた。

 彼とて、故郷で鍛えた剣技がある。

 されど、目の前のVと呼ばれた女性は、全く隙がないのだ。

 今も悠長に会話をしているが、常にこちらを見て、逆に隙あらば刺し殺そうという殺意が、簡単に読み取れてしまう。

 

「(コイツ……!)」

 

 睨むことしか出来ないタツミと笑顔のV、そして困惑するオーガという三人であったが、彼はやがて自分が優位に立ったことを知り、傷の痛みを認識し始めるのだった。

 

「ちっ……この餓鬼……! おい! V! 早くその餓鬼を始末して、俺の治療をさせろ!」

 

 痛みと屈辱は湧き上がるオーガであったが、今は目の前の少女に頼るしかないことを悟ると、傲慢な態度を崩さぬまま、Vに命令を下す。

 その時、Vは薄目を開け、冷え切った視線をオーガに向けるも、激情している彼には気付かれなかった。

仕方ないので、彼女は軽く首を傾げ―――――

 

 

「主様以外が私に命令するな。屑が」

 

 

「ハァ!? テメェ! 何を言って……!?」

 

 次の瞬間、叫ぶオーガの腹部をVの槍が貫いた。

 

「!?」

 

 驚きはオーガとタツミ、双方の物である。

 何が起きたか分からない、という表情を浮かべ、オーガは事切れる。

 Vは無言のまま、槍に刺さったままのオーガを見下す。

 まるで往来の通りで、誰かの吐瀉物を見るような目で。

 

「お、お前。な、仲間じゃないのか!?」

 

 オーガとは、権力で腐っていたとはいえ、無条件で仲間に殺される程の男であったのだろうか? という疑問を抱きつつ、タツミは目の前で起きた惨劇の主に問う。

 仲間を何よりも大事にするタツミにとって、彼女の行動は理解不能であり、永遠に理解出来ないのだろう。

 

 

「いえ。主様以外に命令されたものですから、つい腹立たしくて」

 

 

 ごく当たり前といった感じで白いローブを纏った少女は答える。

 自分の主以外が、自分に命令したから殺した? 常人でも全うな理解出来ない答えに、タツミの頭は混乱するばかり。

 

「帰ったら主様にお仕置きされますかね……まぁいいです。では、さようなら」

 

 再び笑顔を表情に灯らせ、Vはタツミの反応以上の速度で、オーガの腕を回収し、消え去る。

 大の大男を持ったままの行動に、タツミは驚きと恐怖を覚える。

 そんなタツミの背後で、小さな血溜りが静かに民家の壁の隙間に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

「それでオーガさんを殺っちゃった、と」

 

「申し訳ありません。主様。何なりと罰をお与え下さい」

 

 数時間後、怪画作成室では、困ったように後頭部を掻きながら、小樽で酒を飲むジーダスとずっと頭を下げているV、目を覚まし、恐怖で震えているショウイの姿があった。

 ちなみに他のメンバーは1階で自室に篭っている。

 

「そうですねぇ……では、V。3日間ほど、色町で身体を売って、金を稼いできて下さい。その間は一切命令しません」

 

「ッ……3日間……ですか……」

 

 主の言葉に苦虫を潰した表情をするV。

 流石に彼女もまだ少女故、身体を売られるには抵抗があるのだろう。

 

「えぇ。3日です」

 

「その間、一切の命令なし……主様に命令されないのですかっ……!?」

 

 どうやら身体うんぬんはどうでも良いらしい。

 主至高の彼女にとって、3日もジーダスの命令がないのは苦痛極まりないようだ。

 

「そうでやがります。まぁ、私の役に立つ仕事ですから。3日経過したら、給付金と一緒に戻ってきて下さい」

 

「……承知しました」

 

 俯いたまま、Vは部屋から出て行く。

 主であるジーダスは、既にVに興味をなくし、淡々とショウイを解放し、身体を掴み、水槽にぶち込む。

 流石に殴られた衝撃がトラウマとなったのか、逃げ出そうとしないショウイは、さながら小動物のようであった。

 

「んぐぐぐぐぐぐ!!」

 

 何か言っているようだが、完全に無視して、蓋を閉じる。

 中で暴れるショウイであるが、特別生のガラスは全く割れず、息苦しさのみが体中を支配していく。

 近づいてくる死を前に、極限の恐怖に襲われるものの、彼を眺めるジーダスの表情は一向に変わる気配はない。

 日常風景とでもいいたげな表情のまま、とうとうショウイはジーダスという狂人に恐怖したまま、死に絶えてしまった。

 あと数分もすれば怪画の完成である。

 そこへイリスがオーガの死体を引き摺って、扉を開ける。

 

「ジーちゃん! 豚野郎の死体補完、完了したよーん!」

 

 満面の笑みで恐ろしいことを言うイリスは、自分の数倍のデカさはあるオーガの死体をジーダスの前に投げつける。

 両腕は綺麗に接合されており、腹部の穴も完全に無くなっている。

 細かい切り傷も消えている辺り、彼女の医術の高さが伺える。

 

「ご苦労様です。では、オーガさんはこっちに」

 

 もう一つ用意してあった、更に巨大な水槽内に死体をぶち込み、蓋をすることで、今宵のジーダスの作業は完了する。

 欠伸をし、酒を飲み干したジーダスはイリスと共に上へと戻っていく。

 閉められた扉の音は残された死体2つの耳には、もう届かなかった。

 

 



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第三話「幼女医者」

 

「これはこれはジーダス様。今宵はどんな商品をお売りになられるので?」

 

「とっておきでやがりますよー」

 

 深夜の帝都の一角、狂った趣味を持つ富豪たちが行うオークション会場にジーダスは足を運んでいた。

 このオークション会場、出品者は自由参加だが、殆どはジーダスのために開かれているような物である。

 何せ、ここの参加者は皆、異常者なのだ。

 

 

「はよう! はよう見せてくれ! 今宵の怪画を!」

 

 太りきった身体と公家のような化粧をし、膨れた顎から涎を垂らす男。

 

「ほっほ。全く少しは静かにして下さいよ」

 

 胴衣を纏い、髪を後方で二つに分け、まるで太い棘のように尖らせている男。

 

「今日はどんな怪画が見られるか……」

 

 ピエロのような鼻を突け、髷を結っている男。

 実に個性的な3人の他にも、右目に眼帯をしたヤクザ風の男など、様々な格好をした男たちが、だだっ広く豪華に装飾されたオークション会場にやって来ていた。

 中には貴婦人の格好をした女性も何人かおり、パッ見では、普通の絵画のオークションにも思えてくる。

 しかし、会場で商品を売る男はジーダス・ノックバッカー。

 売られる商品は勿論、怪画。

 故に、集まる者達も皆、怪画好きの道楽ばかりである。

 

「皆様! お待たせしました! 今宵の商品でございます!」

 

 司会の黒服がマイクを使って、声を出しながら、壇上に上がり、怪画に掛かっていた布を剥ぎ取る。

 隣ではジーダスが笑顔で、観客達の表情を眺めていた。

 

「こ、これは……っ!?」

 

 会場が一瞬で凍る。

 そこにあったのは、帝都警備隊隊長オーガの怪画であった。

 

「皆様もご存知、帝都警備隊元隊長のオーガさんの怪画です。あ。殺ったのはナイトレイドの人たちですし、怪画にすることは宮殿に報告済みですので」

 

 どよめく会場を他所に、ジーダスは聞かれるであろう不安事項を打ち消す言葉を並べていく。

 オーガが死んだ事は、既に帝都中に知れ渡っていたが、まさか怪画になっていたとは、誰もが思わなかった。

と、なると殺したのはジーダスなのか? という疑問にはナイトレイドがやった、と平然と嘘を吐く。

 止めはこちらが刺したが、瀕死にしたのはあの餓鬼である。

 ジーダスは最近、噂になっているナイトレイドに仕業にしておけば、色々と好都合なため、この様な嘘を吐いたのだ。

 またオーガの怪画など、保持しているだけで罪に問われるのではないか、という不安には、既に帝都に報告済み、とこちらは真実を告げる。

 報告した際のオネストは「そうですか。まぁ、良いでしょう」と淡白な答えを残していたため、こうしてジーダスは怪画売りに来ている。

 

「うぅむ。オーガの怪画か……確かに、持っていれば箔が付きそうじゃが……」

 

「むさ苦しい男じゃしのぅ……可愛い子が欲しいぞ!」

 

 何人かの男共は野郎よりも美少女を寄越せと要求してくる。

 そんな彼らの要求に、笑顔のまま、怪画売りは答える。

 

「でしたら私に、直接依頼をおねげーします。それなら値は張りやすが、きっちり要望通りに物をお届けしやしょう。それに現在はナイトレイドも視野に入れておりやすので」

 

「ま、誠か!? うっひょう!」

 

 このオークションは怪画を安く仕入れるために開かれている側面が強い。

 実際に、貴族内でも地位が下の者はオークションでしか怪画を入手する手段がないのだ。

 しかしオークションでは、時折、目玉商品が飛び出してくることがある。

 今回のオーガの怪画など、その良い例だ。

 常に真新しさと安い怪画を求めて、今日もイカれた道楽共はオークションにやって来る。

 ちなみに、上位に行けば、依頼といった形でジーダスから直接、欲しい怪画を得られる。

 その分、値段は膨大な物になっていく。

 更に金を支払えば、怪画前の状態で提供することも可能である。

 この怪画前の状態があるため、一部のマニア達は大金を平気で払うのである。

 

「では、オークションを始めます。まずは――――」

 

 

 色々と問答はあったが、結局、オーガの怪画は麻薬組織の頭である男が、自分に箔を付けるため、という理由で高額で落札した。

 

 

 

 

 

「あ。お疲れ様です。ジーダスさん」

 

「おや。バックさんですか。お疲れ様です」

 

 大金を手にし、帰宅する直前、会場の出入り口でジーダスはバックと呼ばれた、金髪の好青年と出会う。

 右手を軽く上げ、挨拶をするバックにジーダスも同じように返す。

 ただ反対の手で小樽に入った酒を飲みながら、ではあったが。

 

「今日のは凄かったですね。警備隊隊長さんなんて」

 

「いえいえ。たまたま運が良かっただけですよ」

 

 軽い世間話をしている、お互いに美形な好青年。

だが内面は2人とも狂っていた。

 バックは特別メニューと評し、帝都外から美少女を買い取り、先程、会場内にいた客共の何人かに売り捌いている。

 その際、客の要望では足を折る、目を抉る、獣の相手をさせるなどの行為を、平然と行う。

 時折、客達と共に色町で宴会を開き、今後のメニューの日程を知らせているあたり、彼の強かさが滲み出ている。

 バックは同業者として、ジーダスに憧れを抱いていた。

 自分とそう歳は離れていないハズだが、驚くべき手腕と恐るべき用心深さで、様々な事態を切り抜け、大臣という地位まで着いたのだ。

 家系の優劣も影響しただろうが、大臣になったのはジーダス本人の力量であり、最初こそ嫉妬したものの、今では彼の素晴らしい功績に惹かれ、憧れている。

 

「是非とも、今度、家に来て下さい。ご馳走しますよ」

 

「それは楽しみでやがります。機会があったら、是非」

 

「約束ですよ? 絶対ですからね?」

 

「分かっておりやす。では、そろそろ」

 

 小樽の酒を飲み干したジーダスは、腰に掛けてあった次の子樽を手に取り、中身を呑み始める。

 いつもの光景にバックは笑顔で別れの挨拶をし、その場を去る。

 残されたジーダスも帰るべく、足を向けるが、そこである事に気付く。

 

「あー……イリス。ちょっと頼まれ事、されてくれません?」

 

 誰もいないハズの会場出入り口で、ジーダスは独り言を呟いた。

 

 

 

 

 

 

同時刻 帝都 別地区

 

 

「なぁ、アカメ……お前、声はどうしている?」

 

「……声?」

 

 周囲に誰もいない石畳の上で、額に目を付けた男が、前方にいる可憐な黒髪美少女に問う。

 少女、アカメの持つ手には日本刀、帝具「一斬必殺 村雨」が月光を浴び、鈍い光を放っている。

 

「黙っていると聞こえてくる声だよ……今まで殺してきた人間達の、地獄からのうめき声だ」

 

「俺を恨んで、早く地獄に来いって言い続けている」

 

 血走った目が輝き、太く低い声がアカメと傷だらけで伏せているタツミの脳内に届く。

 地獄の亡者たちの絶叫、怨嗟、恨み辛み、全てが男性「首斬りザンク」の耳に届き、それらを掻き消すために、彼は喋り続ける。

 己の罪から眼を背けるように。

 

「俺は喋って誤魔化しているが……お前はどうし「聞こえない」

 

 ザンクの会話を遮り、アカメの凛とした声が夜の闇に響く。

 

「私には、そんな声は聞こえない」

 

 驚いた表情のザンクであるが、すぐさま次の策を思い付く。

 唯一、聞きたかった事柄も聞き出し、既にアカメは用済みなのだ。

 ならば、彼女を生かしておく理由はない。

 けれど、単純に殺される存在ではないため、策を用いるしか、ザンクには手段が無かったのだ。

 額に装着した帝具「スペクテッド」による幻視を用い、油断した隙を突いて斬首を行う。

 策は思案出来た、ならば実行しようと、帝具に意識を向けるが――――

 

 

 

「うけけけけけけけ!!」

 

 闇夜を掻き消す歪な笑いが、ザンクの遥か後方から聞こえてきた。

 

「なんっ……!?」

 

 刹那、ザンクは頭から地面に叩きつけられる。

 否、後頭部を掴まれ、幼女体型の全体重を掛けて、押しつぶされたのだ。

 一瞬で意識を手放したザンクを道端に軽々と放り投げ、彼以上の血走った目で笑う幼女に、アカメは警戒を強化し、タツミは剣を杖代わりに立ち上がる。

 

 

「お前は……見たことあるぞ。ジーダス・ノックバッカー財務大臣の専属医、イリス・アーベンハルトだな」

 

「んふふふふふふ! せいかーい! 私みたいな塵屑と違って、良い臓物の臭いがするよぉ……あぁ! 妄想だけでイっちゃいそうだよぉ! ひゃははははははは!!」

 

 ひたすらに狂った笑いを続けるイリスであるが、周囲に人一人近づこうとしない。

 彼女の発する狂気と血の臭いが、一般人の生存本能を刺激し、近づかせようとしないのだ。

 

「ぬひゃひゃひゃひゃ! いっひひひひひ! 私はこの世で最も価値のない者! ぶひゃひゃ! いけけけけ! ぬはははは!」

 

 一見、腹を抱えて笑うイリスは隙だらけに見えるものの、アカメもタツミも斬りかかろうとはしない。

 タツミは傷のせいであるが、アカメは違う。

 先程のザンクを始末した速度を警戒した上での様子見である。

 あの時、ザンクによって視界が遮られていたとはいえ、彼女の目にはイリスは映っていなかった。

 笑い声が聞こえても、だ。

 にも関わらず、次の瞬間にはザンクに触れる位置まで移動していた脚力は、油断ならないものがある。

 村雨を構えたまま、アカメは神経を尖らせ、イリスの一挙一動に注目する。

 

「んなはははは! こーなーいーのー!? なんならぁ! 来ないんかワレェ! いひゃひゃひゃ! それなら……こっちから行くってばよーん!」

 

 腕をだらしなく下げ、身体を前傾姿勢で丸めたイリスは語尾と同時に、体を限界まで仰け反らせる。

 アカメの耳に空を切る音が聞こえる。

 目を凝らすと、何やら銀色の針らしき物が5つ程、飛んでくるのが見えた。

 

「そんなもの……」

 

 村雨の一振りで、全ての針は叩き落され、アカメの周囲にばら撒かれる。

 暗闇による視界の悪さ、相手の奇妙な動きによる投擲などの誤魔化しは、暗殺者として鍛え上げられたアカメにとって、赤子を斬るより容易いものだ。

 

「ブゥゥゥゥアカァァァァァァァ!!」

 

「ッ!?」

 

 舌を出し、単純な暴言を吐くイリスの言葉と同時に切断された針が次々と閃光を放ち、爆発していく。

 自身の周囲に斬ったことが仇となるも、閃光の時点でアカメは後方に飛んでおり、爆破は誰も仕留めきれず、虚しく石畳を破壊するのみに終わった。

 

「ケヒッ! 次次次次次次ィィィィィ!!」

 

 今度は真っ直ぐな投擲ではなく、放物線を描くよう、上方に針を投げるイリスであったが、正直、ハイテンションになり過ぎて、高く投げすぎてしまった感じも否めない。

 アカメは針が落下するまでの時間に余裕があることを一瞬で確認し、即座にイリスとの距離を詰める。

 村雨を右手に持ち、抜刀の構えを取る。

 瞳には笑みを浮かべるイリスの顔が映るのみ。

 

「葬る」

 

「キャハッ―――――」

 

 アカメの帝具である村雨は、少しでも斬った者の全身に呪毒を与え、即座に死に至らしめる、まさしく必殺の名に恥じない帝具である。

 イリスの反応速度を持ってしても、戦闘経験で勝るアカメの行動を避ける術はなく、彼女の首はあっさりと空を舞う―――――

 

 

「……なっ!?」

 

 

 村雨はイリスの首の皮を切断しただけであり、それ以上には決して進まなかった。

 呪毒も発動せず、代わりに傷口から少々の煙が上がるのみ。

 

「んひゃ」

 

 下卑た、歪み切った笑顔で笑う悪魔は、驚愕しているアカメの右手首を掴み、骨ごと握り潰す。

 呆気ない程、簡単に砕かれた骨だが、常人では到底なし得ない事柄を、このイカれた幼女はやってのけた。

 

「ガッ……!!」

 

「村雨ぇぇぇぇ? 呪毒ぅぅぅぅぅ? 何ですかそれぇぇぇぇ? 美味しいんですかぁぁぁぁ? げきゃきゃきゃきゃきゃきゃ!!」

 

 まさに勝ち誇ったように笑うイリスであったが、対するアカメはまだ諦めてはいない。

 痛みをすぐさま押さえつけ、右手で持っていた村雨を手放し、相棒を空に漂わせる。

 そして自由であった左手で柄を持ち、彼女の左腕に斬りかかる。

 正直、自分で刀身に触れたら自殺になってしまう程の危険な賭けであったが、アカメは難なく、その課題をクリアする。

 しかし――――

 

「だーかーらー! 効かないってばぁ!!」

 

 やはり皮膚で村雨の刃は止まってしまう。

 またも煙が上がるだけであり、イリスが死ぬことはない。

 万事休す。

 アカメにピンチが迫るものの、彼女の表情が崩れることはなかった。

 

「いや。これで良い」

 

「あへ?」

 

 アカメは左腕に力を入れ、渾身の力で身体を前に進ませ、左腕に沿われた刃を滑らせ、イリスの肩まで到達させる。

 その間、通過した皮膚は全て切り落とされ、煙が生まれるが、狙いはこれではない。

 到達した際の勢いで、イリスの左腕の力が僅かだが、弱まったのだ。

 この隙にアカメは右腕を解放させ、後方へと飛ぶ。

 

「NOOOOOOO!! 逃げられちゃったよーん! にゃははははは!」

 

 煙の上がる左腕を物ともせず、イリスは再びバカみたいな笑い声を上げ始める。

 アカメは追撃のなかった事に安堵しつつ、上空を見上げる。

 イリスが投げた針が、ようやく落下してくるのが確認でき、彼女は左手で村雨を構える。

 

「アカメ! 大丈夫なのかよ!?」

 

 後ろでタツミが叫ぶが、今は答えている余裕はない。

 油断すれば即座に死ぬ状況で、隙を晒すバカはいないからだ。

 

「にょほほほほほほ! まぁいいや! もっかいぶちのめーす!」

 

 イリスが両腕を勢い良く回転させ、次の攻撃の準備をしている間に、アカメは落ちてきた針全てを、村雨を用いて、イリスの方に弾き飛ばす。

 

 

「んん~~~~? ケッケー! 無駄無駄無駄無駄無駄ァァァァ……あり?」

 

 アカメが弾いた物の正体が分かり、迎撃しようとするも、そこでイリスはある事に気付く。

 今日は一日、解剖と研究で忙しく、今回の呼び出しも緊急だったため、殆ど暇がなかったが故に大事な薬の投与のことを、完全に忘れていた。

 

「やば」

 

 珍しく素直になったイリスは途端に、糸の切れた人形のようになり、座り込んでしまう。

 そこに飛んできた己の針が腹部、胸部、脳天に突き刺さり、爆発する。

 石畳、石柱を巻き込んでの爆発だったため、辺り一面に砂埃が舞う。

 

 

「逃げるぞ! タツミ!」

 

「え? お、おう!」

 

 傷だらけのタツミに肩を貸し、すぐさま場を離れるアカメ。

 イリスの速度ならば、自分達に追いつくことは容易だろう。

 だが、直前に動かなくなったこと、針が刺さった事を判断し、何かしらの効力が切れた物だと判断した。

 最高は死んでいることだが、その可能性は低いと判断し、すぐさま撤退することを選ぶ。

 

 

 

 やがてアカメとタツミが去り、爆破による砂埃が晴れた後、白目を向いたイリスが、そこに横たわっていた。

 傷跡はなく、爆破による衝撃も白衣と洋服が破ける程度で済んでおり、身体には障害の1つもなかった。

 

「あひゃひゃひゃ……ひゃはっ」

 

 気絶しながら、尚、狂った笑いを止めないイリスの側に、暗闇からジーダスが姿を現す。

 

「やれやれ……薬の定期投与を忘れるとは……おバカさんでやがりますねぇ。ほんっと」

 

 小柄なイリスを片手で背負い、未だに気絶していた首切りザンクの足を掴み、引き摺りながら、ジーダスは帰路に着く。

 



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第四話「守銭正義」

 

「んー。そろそろナイトレイドの皆さんに、本格的に狙われ始める頃でありやすかねー」

 

 暖かな陽光が窓から差し込む中、自宅のリビングにある机の上で、頬杖を突きながら、溜息混じりに、Yシャツ姿のジーダスは呟く。

 手元には小樽一杯の酒が入っており、思案を中止すると同時に、一気に飲み干してしまう。

 小樽を置いた机上の上には、他にも「首斬りザンク」の怪画の値段表が、作成中のまま置かれていた。

 ちなみに彼の所有していた帝具「スペクテッド」は宮殿の人間に渡してある。

 

「ジーダス様。どうする? ナイトレイドとか言う暗殺集団、皆殺しにする?」

 

 レインコートの少女は、おやつ代わりのパンを自分の主に差し出しながら、尋ねる。

 自身の大事な主が一言命じれば、どんな相手だろうが殺すという壮絶な覚悟を、呆気なく口に出す。

 

「Bですか。まぁ、保存っつー手もありやがりますがー……やっぱり依頼があるまでは止めておきますかね。オネスト大臣も、北からエスデス将軍を呼び寄せたみたいですしー」

 

「あの女かー……」

 

 レインコート少女ことBは、昔、ジーダスと共にエスデスに会った記憶を思い出すが、不愉快極まりない事だらけのため、すぐさま封印し、ジーダスと出会うまでの記憶を引っ張り出す。

 

 

 

 かつて少女は帝都外の国に暮らす、平凡な人であった。

 野盗により家族を殺され、孤児院に入っていたが、上手く友達が出来ない少女は、常に虐められていた。

 ハーフだとか、変わった点があるとかは一切なく、ただ単に虐めの対象として選ばれただけであった。

 最初の頃は、一つ年上のピンク髪の可愛らしい少女に救われた場面もあったが、結局は変わらず。

 むしろ、その女の子まで虐められるようになってしまった。

 以降の彼女は24時間体制で虐められ続け、とうとう精神を病むまでに至る。

 苦しい現実と先の無い未来に絶望した少女が下した答えは「自殺」である。

 自ら命を絶つため、台所に忍び込み、包丁を拝借し、震える手で額に向けようとするが、涙が溢れて止まらなかった。

 何故、自分がこんな目に遭わなければならないのか。

 何故、自分が選ばれたのか。

 何故、世界はこんなにも辛いのか。

 過酷な現実から逃げるため、彼女は意を決し、包丁を握る手を強める。

 目を見開き、手を動かそうとした瞬間。

 

 

「見ぃつけた」

 

 

 粘っこく、嫌らしく、でも何処か安心出来る声が聞こえ、同時に彼女の持っていた包丁は、頭との間に入った手によって遮られる。

 包丁は掌を貫通し、血液が流れ出るものの、手の持ち主は平然と反対の手で、包丁を奪い取る。

 

「ひっさびさの痛みですねぇ。まぁ、説得にはインパクトが重要でやがりますしねぇ」

 

 包丁を放り投げ、狐目の男性は少女の前にしゃがみ込む。

 流血している手よりも、自分の顔に少女の意識を集中させるべく、笑顔のまま、顔を近づける。

 少し脅えた少女であるが、彼の出す笑顔に恐怖と驚きの表情を浮かべ、唾液を飲み込む。

 

 

「貴女。私のために死にやがって下さい」

 

 

「……へ?」

 

 これがBとジーダスの出会いである。

 後に詳しい話を聞くと、元々、ジーダスは孤児院に何度か足を運んでいたらしい。

 そこでBに出会い、彼女に目を付けていた、とのこと。

 自殺直前に現れたタイミングは、B曰く不明だが、今の彼女にとって、 そんな些細な事はどうでも良い。

 自分を救ってくれたジーダスには感謝してもしきれないのである。

 こうして同じような子どもを、他にも4人集め、用心棒として育て上げたのが「ギャオス四天王」である。

 でも、四天王なのに5人いるのは、最大の謎である。

 

 

 

「さーて、ではでは……っと。オーガさんの怪画がナイトレイドの連中にバレましたねぇ。あの麻薬組織の方々、多少は良い顧客だったんですが……仕方ねーです」

 

 Bに聞こえるような独り言を言い、ジーダスは椅子から降り、立ち上がる。

 飲み終えた小樽を腰の専用ベルトにくっ付け、伸びを行う。

 

「ちょっくら様子見を……おぉ? これは面白くなってきやがりました」

 

「どうかしたの?」

 

 Bは可愛く首を傾げるが、ジーダスは彼女の仕草など気にも留めず、スーツの上着に袖を通す。

 

「あの正義狂いがナイトレイドの2人と闘い始めました。これは上手くいくと……良い金儲けになりやすよ」

 

「おぉ! ボクもお供します!」

 

 すぐさまレインコートのフードを被り、Bは支度を開始する。

 そこへ丁度、自室から出てきたGと出会ったため、ジーダスは準備をしながらGに伝言を頼む。

 

「G。すみませんが、宮殿に連絡をお願いします」

 

「ほぇ? 何て言えばいいの?」

 

「ナイトレイドの怪画を売ります……と」

 

 レインコートとスーツの二人は家を飛び出し、常人を軽く越えた速度の跳躍力で、目的地へと爆進する。

 

 

 

 

 

 

数分後 帝都内

 

「間に合いました!」

 

 正義狂い美少女こと、「セリュー・ユビキタス」の操る生物型帝具「ヘカトンケイル」の右腕を切断し、囚われていたピンクツインテールの銃使い「マイン」を救った、帝具「エクスタス」の使い手、「シェーレ」は安堵の息を吐く。

 もう少し遅れていれば、可愛らしい美少女の肉塊が1つ、出来上がってしまうところだったからだ。

 己の操るエクスタスは、あらゆる物を切断する大鋏型の帝具である。

 相手が生物型帝具のヘカトンケイルだろうが、関係ない。

 

 マインは相方である銃型帝具「パンプキン」と共に、切断されたヘカトンケイルの右腕の下敷きになっているが、彼女の身体能力があれば、1秒と掛からず脱出は出来る。

 セリューは先程の攻防で、両腕を切断され、隠し武器と思われた両腕の機関銃すら破壊されている。

 後は、彼女が呼んだ助けが駆けつける前にマインと共に逃げるだけ。

 

「さぁ。マイン。逃げ――――」

 

 完全にナイトレイドが優勢と思われた現状に、起死回生の銃声が響く。

 マインに手を差し伸べていたシェーレの動きが止まり、目を大きく見開く。

 マインは目の前にいるシェーレの左胸に、突如として出来た穴を眺めることしか出来なかった。

 

「身体が……動かな……」

 

 態勢を立て直したヘカトンケイルの幾重にも並んだ口がシェーレに迫る。

 呆然とするマインとシェーレを見て、口から銃口を覗かせた狂人は、畜生の笑みを浮かべる。

 

 

 

              正 義 執 行

 

 

 

シェーレの上半身に噛み付いたヘカトンケイルは、そのまま顎を振り上げる。

自然と胴体が真っ二つに分かれたシェーレは痛みを感じるより先に、己の相棒が手の内にあることを確認した。

 

「シェ……シェェェェレェェェェェェェェェェッ!!」

 

 絶叫しながら立ち上がり、復讐と殺意に飲み込まれた少女は、涙が流れる瞳で眼前の敵を睨む。

 悪鬼羅刹すら霞む勢いであったが、それでも己が正義を信じて止まない狂人を怯ませるには足りなかった。

 蟲を見下すような目で、悪が死んだことが嬉しくて仕方ない目で、セリューは笑う。

 

「くはっ」

 

「よくも……よくもシェーレを……!!」

 

 ヘカトンケイルに掴まれた際に折られた右腕が痛むが、マインの憎悪はその程度では止まらない。

 

「折られたぐらいでぇ……ッ!!」

 

 パンプキンを持ち上げようとするが、その前に十数人の男たちの声が、後方から聞こえてきた。

 

「おい! こっちだ! 交戦しているぞ! もっと応援を呼べぇ!!」

 

 それはマインにとっては聞きなれない声であり、セリューにとっては聞きなれた声である。

 帝都警備隊員たちが駆けつけ始めたのだ。

 狙撃手であるマインは右腕を折られており、満足に帝具を扱えない状態である。

 絶体絶命が彼女を襲う。

 

 その時―――――――

 

「エクス……タス……」

 

 ヘカトンケイルから放たれる強烈な光が、周囲を包み込む。

 それはシェーレがエクスタスの奥の手である、閃光を放った結果である。

 事情を知らない警備隊員たちには、何かの作戦と警戒させ、セリューには、まだ力が残されていたことを驚かれ、マインにとっては、仲間であるシェーレが最後の力で自分を逃がそうとすることを知らせる光であった。

 マインにとって何よりも優しく感じた光は、シェーレの最後の表情をマインの脳に焼き付けるには十分だった。

 

「今のうちに逃げて下さい……マイン……!」

 

「でもっ……ぐぅっ!!」

 

 シェーレの覚悟を無駄にする訳にはいかない。

 殺し屋家業の彼女らにとって、仲間の死は来るべき必然。

 でも、それでも、出来ることなら巡り合いたくなかった必然でもある。

 声を押し殺し、マインは逃走する。

 

「コロ!! 早くソイツに止めを!!」

 

 セリューが叫んだ事で、ヘカトンケイルはシェーレを再生した右腕に持ち替え、大口を開ける。

 

 

「(ナイトレイド……私の居場所……楽しかったなぁ……)」

 

 目を閉じ、穏やかな表情のまま、シェーレは仲間たちと過ごした日々を思い出す。

 走馬灯は、彼女の全てを思い出させるのではなく、幸せな毎日を思い出させるだけに留まった。

 

「(すいません……タツミ……もう抱きしめてあげられません……)」

 

 一筋の涙を流しながらも、美しい顔を保ったまま、シェーレの人生は終わりを告げる。

 

 

 

 

 

 

「申し訳ない。ちょっと待ちやがって下さい」

 

 

 

 

 

 瞬間、ヘカトンケイルの身体が真横に吹っ飛ぶ。

 巨大な犬が邪魔だった青年の蹴りは、一発で生物型帝具を数十メートルも蹴り飛ばしたのだ。

 吹き飛んだヘカトンケイルの蹴られた部分は抉れ、致命傷を負わされた狂犬は無様に民家の壁に叩きつけられ、手放されたシェーレの上半身は、1人の青年によって抱きかかえられる。

 女性の持っていたエクスタスは地面に突き刺さるが、青年ことジーダスは気にも留めない。

 

 

「は……はぁぁぁぁぁ!?」

 

 絶叫に似た声を上げたのはセリュー・ユビキタス、その人である。

 両腕を失いながらも、痛みによる絶叫などなく、目の前で起きた出来事に叫ぶばかり。

 

「え……?」

 

 既に大量の血液を流しながらも、シェーレは目の前の男性を視界に収めた。

 狐目に黒いスーツ姿の男性は、右手でシェーレを抱きかかえると、地面に落ちていた下半身を見つけ、左手で拾う。

 

「良かった。この程度ならば接合できやすねぇ。B。彼女を運んで下さい」

 

「あいあいさー!」

 

 Bはシェーレの切断面に触れないように、上半身と下半身を両脇に抱きかかえると、地面を蹴って移動しようとする。

 

「待てよ!!」

 

 言葉よりも先に、口内の銃弾を飛ばしてきたセリューが叫ぶ。

 発射された銃弾は全て、ジーダスの頭部に当たるものの、煙が発生するだけで、彼は意にも介さず、Bに運ぶことを命じる。

 驚いたBはセリューを一睨みすると、そのままシェーレを回収し、消え去ってしまう。

 

「待てっつってんだろぉ!? お前も悪の仲間だったのかぁ!? ジーダス・ノックバッカー!!」

 

 殺意に満ちた表情で叫ぶセリューに、周囲にいた警備隊員は及び腰になるが、殺意をぶつけられた本人であるジーダスは欠伸をする程度に落ち着いていた。

 

 

「セリュー・ユビキタスさん。ご安心を。ナイトレイドのシェーレは怪画にして、売り飛ばすだけです。美女は無条件かつ高値で売れますからねぇ。更に、巷で有名なナイトレイドの一人とあっては、どれだけの値が付くか。儲けはしっかりと帝都の軍資金にしますし」

 

「そんな御託はどうでもいい! 悪は滅しなければダメなんだ! 売り飛ばす等、言語道断!! 悪は滅びてこそ悪! その売れた金を帝都に献上したとしても! 悪によって儲けた金など使いたくない! 私の正義が汚されてしまう!!」

 

 切断面から血液を流しながらも、立ち上がり、ジーダスの元へと歩いていくセリュー。

 彼女の正義論はその間も延々と続けられ、警備隊員たちはセリューの怪我の心配より、一刻も早く、この狂った空間の脱出を願った。

 

「悪を滅する事こそ、私の正義だ! お前如きに邪魔されてなるものか!」

 

 とうとうジーダスの目の前まで来たセリューは、再び口内の銃口を顔面に向ける。

 正義に狂った少女の演説、ここに極まれり。

 避けようとしないジーダスの言葉など待たずに、至近距離での発砲を開始する。

 何発もの銃弾が青年の顔にぶつけられ、その度に強い煙が周囲を埋め尽くしていく。

 

「お、おい。流石にマズいんじゃないか?」

 

 ジーダスの発言が本当ならば、セリューは貴重な人材を攻撃していることになる。

 何より、オネストに個人的に支援しているジーダスを殺すことは、大臣を敵に回すことと同意だ。

 流石にマズいと判断した、セリューの仲間たちは彼女を止めるために走り出す。

 

 やがて弾丸を撃ち尽し、銃口を体内に仕舞ったセリューが息を荒くして笑い始める。

 

「あは……あはは……ほら。やっぱり悪は滅びる定めなんだぁ……! あははは……!」

 

 あどけない少女本来の笑顔で笑い続けるセリュー。

 辺りを包んでいた煙が晴れ始め、そこには死体になったジーダスの姿が――――

 

 

 

 

「満足しやしたか? お嬢さん」

 

 

 

 

 開眼し、汚物を見るような見下した視線を向けるジーダスの顔が、そこにあった。

 

「ッ……!!」

 

 今まで感じたことのない恐怖と悪寒が、セリューの全身を駆け巡る。

 様々な悪と会って来た彼女だが、これ程の恐怖を覚えるのは初めてだった。

オーガ隊長との初邂逅、Dr.スタイリッシュに改造される前でも、恐怖など微塵も感じなかった少女に、見るだけでジーダスは恐怖を与える。

 あれだけの銃弾を喰らっても、皮膚が少し焦げているだけの存在は、本当に人間なのだろうかと疑いたくなる。

 

 恐怖に一歩引いたセリューの首を掴み、持ち上げる。

 

「ぐっ……あっ……!」

 

「お前さんの悪に対する殺意は賞賛に値しやす。ですがねぇ。まだまだ足んねぇんですわ。殺意が。圧倒的な殺意が。もっと、もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと必要なんですよ。仲間すら食い殺し、あらゆる全てを喰らい、それでも笑い、殺し続けられる程の殺意がねぇ」

 

 言葉を言い終わると同時に、ジーダスはセリューを地面に投げ捨てる。

 ポケットに手を突っ込み、少し思案した後、手を出し、丁寧に一礼する。

 

「いやはや。これはこれは失礼しました。セリュー・ユビキタスさん。私としたことが熱くなり過ぎやした。お詫びにお金を少々どうぞ。貴女には必要ないと思いますが」

 

 両手に持った袋を足元に置き、下を向いていた顔が元の位置に戻った時、彼はいつもの狐目で微笑むばかり。

 彼の豹変に、またも恐怖を覚えたセリューであったが、ジーダスが去ろうとする直前に声を掛ける。

 

「わ、私は正義を諦めません。この世の悪を全て、私の手で抹消します」

 

「……あぁ。見事な心意気ですね。尊敬に値します」

 

 この言葉の金貨入り袋を残し、ジーダスは消え去る。

 同時に煙が晴れ、セリューの元に隊員たちが駆け寄ってくる。

 ようやく終わった事に、セリューは安心しながら、意識を無くした。

 

 

 後に、警備隊員が宮殿に連絡を取り、ジーダスの証言は本当であることを確認し、この件は、とりあえずの終結を迎える。

 尚、エクスタスは警備隊が宮殿に持ち帰った。

 

 



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第五話「狂人説明」

「シェーレの怪画が売り出された」

 

 ナイトレイドのアジト、会議室に設置された唯一の椅子に座った、ショート銀髪に眼帯をした女性「ナジェンダ」が静かに告げる。

 ナイトレイド全員に衝撃が走り、静かな殺意が渦巻き始める。

 先日のシェーレが殺された時の報告でさえ、悲しみ、怒りに震え、冷静になろうと必死になっていたのに、あまりにも過酷で残酷な現実が突き付けられた。

 

「怪画って……シェーレはセリューに……!」

 

 ピンクツインテールことマインが叫ぶが、ナジェンダは首を横に振る。

 

「殺される直前にジーダス・ノックバッカーが回収した様だ。ご丁寧に接合までして、販売したらしい」

 

 拳を力の限り握るマインだが、それは隣にいたブラードも同様である。

 彼女以上の力を誇る、彼の握り拳からは血が流れ出ており、怒りを表しているようでもあった。

 

「身内の死を愚弄されては、流石に黙っておけん。今後、ジーダス・ノックバッカーに対する情報集めを強化し、今夜にでもシェーレを救出する」

 

 最も冷静に、しかし心に秘めた殺意を浮かび上がらせながら、ナジェンダは言い放つ。

 新参者のタツミは覚悟を決め、小さく頷く。

 

「それにだ。元々、奴の暗殺以来は、市民、革命軍、共に来ている」

 

「じゃ、じゃあ何で行かないんだよ!?」

 

 タツミの言葉は誰もが思う所であるが、この場で首を縦に振る者はいない。

 ボスであるナジェンダは鋭い眼光をタツミに向ける。

 

「奴が化け物だからだ」

 

 そう言い、立ち上がったナジェンダは手元に置いてあった資料を少年に投げつける。

 慌てずに掴み受けたタツミは束ねられた紙の表紙に視線を落とす。

 

「ジーダス・ノックバッカー財務大臣についての資料……」

 

「説明してやろう。タツミ。これから討つべき敵の事を」

 

 

 

『名前:ジーダス・ノックバッカー

 性別:男性

 保有帝具:不明

 詳細:帝都財務大臣

    帝都の財務をほぼ一人で賄っている敏腕者であり、

    金に拘る異常者

    一定の収益を「怪画」と呼ばれる、

    人間標本を貴族たちに売り払うことで得ている

    残りは「視察」と呼ばれる帝都外の住民を無差別に襲撃し、

    金品を奪い、それを売り払う事で儲けている

    個人的にオネスト大臣に支援しており、強力な後ろ盾を持つ

    帝都内でもある程度の自由が約束されており、私兵の保有、

    専属医の任命、怪画売りの販売許可などが例として挙げられる

   

    吐血する場面が多々、目撃されている事から

    「死病持ち」と推測されているが、詳細は不明

    この事から専属医「イリス・アーベンハルト」が付いている

    (後述)

    また腰に下げた小樽には酒が入っており、常に酒を飲んでいる

    休日には大樽を背負い、そこから酒を摂取している

   

    元々、ノックバッカー一族は帝都に仕えて来たが、

    ジーダスが当主になる直前、彼以外の一族は、

    皆、国家反逆罪との理由で、彼自身の手で怪画とされ、

    売り飛ばされている

    これはイリス・アーベンハルトの一族も同様である

 

    尋常ではない身体能力を誇り、

    一度の跳躍で瞬間移動に匹敵する機動力を持つ

    身体も鋼鉄の様に硬く、銃弾程度では傷一つ付かない

    攻撃を受け止めた時には必ず煙が上がるため、

    機械化も推定される

    握力のみで、人の頭部を軽々と潰した、との報告もあり

    また彼に直接触れた者は、体内のあらゆる部分が消滅し、

    死に絶える

 

    私兵として「ギャオス四天王」なる

    少年少女のみで構成された人組を持っている(後述)

    個人を示す通称として

    「酒銭奴、怪画売り、額縁公、死病」がある』

 

 

「な、何だよこれ……」

 

 数枚、資料を捲ったタツミに焦燥感と呆れが襲う。

 明らかに人間ではない項目の数々に、まずは帝具の存在を疑うが、帝具の項目には「不明」の二文字しか書かれていない。

 

「奴が帝具を使う瞬間を見た者はいない。密偵チームの情報、全てを纏めてもこれだけだ。更に言えば、既に犠牲者も出ている」

 

「えっ……!?」

 

 自分が加入する前にいたメンバーが、ジーダスの手によって死んでいる、という事実にタツミは驚くが、ナジェンダは先読みしたかのように言葉を続ける。

 

「ナイトレイドではない。革命軍の一部だ」

 

 ナイトレイドのボスである彼女は事の瑣末を話し始める。

 

 

 タツミがナイトレイドに入る2年ほど前。

 帝都外に視察という名目で出掛けたジーダス、イリス、ギャオス達は帝都から西にある「サイリョウ」という名の村に向かっていた。

 実際には視察とは名ばかりの「怪画」の材料集め兼収益獲得に過ぎなかったのだが。

 この情報を事前に得た革命軍の一部は、彼らを討ち取るべく、西の異民族の一端と共に、奇襲を掛ける。

 襲撃理由は単純明快、ジーダスが死ねば、国の軍資金が大きく傾く事と、彼によって多くの人物の怪画が生み出されたためだ。

 革命軍の中にも、身内を怪画にされ、売り出された者が大勢おり、彼に対する殺意は充満しきっていた。

 早計だと止める者もいたが、怒りに駆られた彼らを止めることは不可能であり、更にジーダスは視察の際は、必ずギャオスとイリスしか連れない事から、多少の犠牲は出るものの、討ち取る事は可能だと信じていた。

 あの惨劇を目撃するまでは。

 

 

 革命軍300人。

 西の異民族200人。

 計500人はたった7人の狂人たちに、数時間の内に狩られ、その内、200人は怪画として売り出された。

 その後、200人はジーダスが直々に相手をしていた事が判明した。

 

 この敗戦は革命軍にとって、戦力増加に対する負担を大きくさせ、帝都にとって良い見せしめとなってしまった。

 それまでは帝都内でのみ有名であったジーダス・ノックバッカーの名を、帝都内外でも大きく知らしめることにもなり、彼は一躍、良い意味でも悪い意味でも有名人となる。

 

 

 

 

「相変わらずデタラメだよな……」

 

 緑髪でゴーグルを頭に掛けた少年、ラバックがタツミの持っている資料を覗き込みながら発言する。

 彼は前に一度だけ、休日に出掛けた際にジーダスを見掛けたのだが、その風体は異常としか称せないものであった。

 

 大樽を背負い、更に樽の上には笑い狂うピンク幼女を乗せ、平然とした顔で、周囲の視線など全く気にせずに闊歩する様は、さながらイカれた大道芸人でも見えた。

 ただ彼の纏う、何とも言えない狂気は素人ながらに感じ取れたものだ。

 

「前にイリスと殺りあったが……村雨が効かなかった」

 

 右手首に包帯を巻いたアカメは背中に刺した村雨の柄を眺めながら、首斬りザンクの時に対峙した、あのイカれ切ったピンク幼女を思い出す。

 

「やはりイリスもジーダスと同様の秘密があると見るべきか……セリュー・ユビキタスの様な改造が、最も可能性が高いが……」

 

 ナジェンダは左手を顎に当て、考えるものの、答えは一向に出ない。

 そもそも情報が少なすぎる状態で、答えなど出るハズがないのである。

 思案を止め、ボスである彼女は立ち上がる。

 

「タツミはその資料を頭に叩き込んでおけ。今はまだ奴を仕留めるには戦力不足だ。私情に狩られ、仲間を失う時ではない」

 

「しかし、来たるべき時、奴らには報いを受けて貰う。受けるべき、必然の報いを」

 

 決意の篭った瞳で前方を睨むナジェンダは一呼吸置き、今夜の作戦を話し始める。

 

「だがまずは、仲間の救出を優先する。シェーレを攫った者は「スカルノフ」という、皇拳寺の拳法家だ」

 

 仲間であるシェーレの事を「買った、売った」ではなく「攫った」という辺り、ナジェンダが仲間を大事に思う気持ちが汲み取れる。

 全員、その事は理解していたため、ツッコむ者などいない。

 いや、いる訳がない。

 それは仲間に対する冒涜になってしまうのだから。

 

「コイツは市民からの暗殺以来も兼ねている。しかし、帝都側も我々がシェーレを救出する事を考え、警戒を強化している可能性もある。故に、今回はマイン、アカメを除いた全員で行くぞ」

 

 ギリッと歯を食いしばるマインであったが、あえて発言はしなかった。

 暗殺家業で生きてきた彼女は餓鬼ではない。

 現状の己では皆の足手纏いでしかないため、我が侭を言う訳にもいかないのである。

 対するアカメは寂しそうな目でリーダーの言葉に頷く。

 

「場所は色町の南にあるスカルノフの自宅だ。まず、レオーネに先陣を切って貰う。そのまま囮として暴れてくれ」

 

「了解っ! 任せな!」

 

 敬礼のポーズを取った後、レオーネは両手を何度も握り直す。

 彼女の動きを見た後、ナジェンダはラバックへと視線を動かす。

 

「ラバック。お前は脱出経路の確保をした後、レオーネのサポートと逃げ出そうとする者の始末を頼む」

 

「了解。ナジェンダさん」

 

 ラバックは己の帝具である「千変万化 クローステール」の糸を指に絡ませながら、答える。

 彼の返事に頷き、最後にタツミとブラートの方に首を向ける。

 

「ブラート、そしてタツミにはスカルノフの殺害、シェーレの奪還を任せる」

 

「了解だ」

 

「あぁ。任せてくれ!」

 

 静かに、しかし熱く答えるブラートと言葉でも熱さをぶつけるタツミに、彼女は頷く。

 

「場所が帝都内だけに時間は掛けられない。短時間で行え」

 

その後、解散を行い、その場を離れる。

 レオーネが右手の握り拳を左手にぶつけながら、退室し、右腕を包帯で固定しているマインも続く。

 そうして全員が立ち去った後、タツミも資料を捲りながら、会議室を後にした。

 

 

 

またタツミが後で確認したイリスとギャオス四天王の情報を載せておく。

 

『名前:イリス・アーベンハルト

 性別:女性

 保有帝具:不明

 詳細:ジーダス・ノックバッカーの専属医

    実年齢はジーダスの2つ下であるが、体型は幼い子どものまま

    ジーダスの指名で軍医という形で帝都に従っている

    天才的な腕を持ち、

    即死以外の生命を全て救う程の技術を持っている

    常にハイテンションで笑っており、

    時折、自分を卑下する発言が見られる

    

    イリスもジーダス同様、超人的な身体能力と防御を誇る

    また爆発する針らしき物を武器として保有しており、

    主に投擲して使う

    

    アーベンハルトの一族は、

    古来よりノックバッカー一族に仕えてきた

    彼女もまたその例に漏れず、

    ジーダス・ノックバッカーに忠誠を誓っている

    アーベンハルトの一族はジーダスが

    ノックバッカーの当主になると同時に、

    彼によってイリス以外、全員怪画にされ、売られている

 

    通称「マッドドクター、キラークイーン、爆弾魔」』

 

『ギャオス四天王

 詳細:ジーダス・ノックバッカー、イリス・アーベンハルトに

    忠誠を誓う5人の少年少女

    皆、年端もいかぬ子どもばかりである

    四天王なのに5人いる

    ジーダスの私兵であり、

    保有はオネスト大臣により許可されている

    それぞれ強力な武具を仕込んでいる』

 

 

 

 

 

 

同時刻 帝都

 

「ふーむ……」

 

「にききききき。動いちゃやだよー。私みたいな価値のない屑がやるお注射だから、変なとこに刺さっちゃうよー」

 

 イリスの自室兼研究室で、ジーダスは定期薬を注入されていた。

 差し出した右腕を机の上に乗せ、そこにイリスが取り出した注射器の先端を突き刺す。

 中に入った無色透明の液体が、ゆっくりと流れ、血管を通って彼の体内を巡って行く。

 やがて液体が無くなった後、イリスは注射針を引き抜き、今度は自分の左腕に別の注射器を打ち込む。

 ジーダスはすぐに袖を伸ばし、1日3回の日課を終わらせる。

 

「この間の革命軍の拠点襲撃ではロクな金が稼げませんでやがりましたねぇ……」

 

「んひゅひゅひゅひゅ……貧乏極まれり! つー奴だね! 私はお金が無くてもクズだけどねーん!」

 

 ハイテンションながらも、注射器を持つ手は全く震えず、一切の無駄なく、薬の投与を終えるイリスからは、腐っても天才である事を知らされる。

 いつもの光景を見ながら、ジーダスは言葉を投げかける。

 

「ねぇイリス。スカルノフさんの所に護衛を置くべきでしょうか?」

 

「誰それー?」

 

「この前、オークションでナイトレイドの女を買った人ですよ。あの人、結構良い顧客なんですよねぇ」

 

「なら助ければー? 別に私はどーでもいいけどさぁー! ふひひひひひ! だって私はこの世で最も価値がないもの! そして私はジーちゃんの道具だもの! うっひょう! 仲間ではないよー!」

 

 更なるハイテンションに戻りつつあるイリスを他所に、ジーダスは脳内で1つの答えを浮かび上がらせる。

 顧客を守らせるには、やはり護衛を付けるしかない、と。

 ついでに護衛料として、膨大に吹っかけてやろうとも。

 

「まぁ、道具でしょうねぇ……分かりました。ではJとGに任せましょう」

 

 狂人は笑顔を浮かべ、イリスの部屋を後にし、2人の個室へと向かう。

 その後、2人を引き連れ、スカルノフの所に護衛派遣と称し、大金を吹っかけるのは、数十分後の出来事である。

 

 

 

 

深夜 帝都 色町 スカルノフ邸

 

 巨大な敷地内に設置された和風の豪邸では、黒服を着た男たちが所狭しと、銃を持って警備を行っていた。

 大金を叩いてまで自分たちを雇った主と、ある商品を守るためである。

 その数、実に100人に及ぶが、それでも豪邸の全てをカバーするには至らない。

 故に、持ち場を決め、索敵範囲を決めることで警備を行っているのだ。

 

 夜なのに明るい色町の、スカルノフ邸から少し離れた民家の上、ベルト型の帝具「百獣王化 ライオネル」によって獣化したレオーネが冷めた視線で、目的地を眺めていた。

 

「さてと……そろそろ行くかな」

 

 仲間との約束の時間は来た。

 民家の屋根上で脚を曲げ、勢い良く刎ねた彼女は、一種の弾丸である。

 目的はスカルノフ邸自慢の中庭。

 かなりの広さを誇る中庭ならば、目立って暴れるのに適している故に、彼女はそこを選んだ。

 そして本人の望んだ通りに、中庭の中央に存在していた池に着水する。

 衝撃で池の水は跳ね上がり、瞬間的に地面が見えてしまう。

 

「な、何だっ!?」

 

 すぐさま近くにいた男たちが銃を構えて、様子を伺う。

 水飛沫が舞う中、レオーネは大胆不敵に笑む。

 

「さぁ、お仕事の時間だ」

 

 

 

 

「な、何事だっ!?」

 

 スカルノフ邸の奥、30畳という途方もない大部屋の真ん中で騒ぎ立てるのは、この屋敷の主である「スカルノフ」である。

 側には白いワンピースのみを着せられたシェーレの怪画と全身黒ずくめの少年、緑の長髪で殺人的な肉体美を誇る少女が立っている。

 

「おっ!? 敵が来た!? ナイトレイドの殺し屋きたーーー!?」

 

「ちょっ! 待ちやがれ!」

 

 はしゃぐ緑髪のGは己の欲望のまま、部屋から飛び出し、Jの制止も聞かずに中庭へと駆けて行く。

 残されたJは右手で顔を抑えながら、溜息を吐く。

 

「あのバカが……」

 

「お、おい! 他の奴らが来たらどうするんだ!?」

 

 ボディーガードが1人消えた事に焦るスカルノフであったが、Jは見下した視線で、雇い主を見る。

 普通、雇い主であれば、多少の敬意は払うものであるが、彼は「そんなことは知らん」とばかりに言葉を吐く。

 

「黙れ屑が。テメェは俺が守ってやるから、そこで大人しくしてな」

 

「なっ、なっ、なぁー!?」

 

 自分よりも遥かに年下の餓鬼に嘗めた態度でバカにされ、スカルノフは憤慨し、何か言い返してやろうと、言葉を探す。

 そんな彼が憤る背後で、空間が僅かに揺らいだのをJは見逃さなかった。

 

「どいてろ! 屑!」

 

「のわぁ!?」

 

 スカルノフの襟首を掴み、シェーレ怪画の側に放り投げ、揺らめいた空間のあった場所に対峙するJ。

 彼の咄嗟の行動に、奇襲を掛けようとしていたブラートが姿を現す。

 

「やるじゃねぇか。流石はジーダスの私兵だけはあるな」

 

 「悪鬼纏身 インクルシオ」を纏い、眼前に立つ姿はまるで正義の仮面のヒーロー。

 されど、彼は己の信じた道のために、殺しを行う集団の一人である。

 その圧倒的な存在感に、Jは思わず唾を飲む。

 

「ボスの名を気安く喋るんじゃねぇ。屑鉄風情が」

 

「なら訂正させてみな。餓鬼」

 

 インクルシオの副武装「ノインテーター」と呼ばれる槍を持ち、構えるブラートと両手の平から白く太い棘を突き出し、血走った目で対峙するJ。

 一触即発の空気の中、ブラートが叫ぶ。

 

「タツミ!」

 

「おう!!」

 

「!?」

 

 Jとスカルノフの意識が完全にブラートに向けられている中、屋根裏から剣を構えたタツミが、スカルノフ目掛けて飛び掛る。

 

「チィッ!!」

 

 すぐさま転身し、雇い主の下に向かおうとするJだが、その隙を逃す程、ブラートは甘くない。

 

「余所見すんなよっ!」

 

「ゲハッ……!!」

 

 ノインテーターによる鋭い突きは、Jの予想速度を遥かに越え、彼の腹部を容赦なく貫く。

 白目を向き、吐血する少年だがブラートに慈悲の念はない。

 

 

「ひゃいっ」

 

 Jが醜態を晒している間に、情けない声を上げ、スカルノフの頭が胴体に別れを告げる。

 タツミの一閃が決まり、残された胴体からは血が噴水の如く溢れ、力無く横たわる。

 標的の死亡を確認すると、すぐにタツミは兄貴と慕うブラートの方に視線を向け、彼の安否を確認する。

 幸い、というより余裕で無傷な兄貴は、膝から崩れ落ちるJの腹部から槍を引き抜いている所であった。

 

「おっし! 任務完了!」

 

「お見事だったな。タツミ」

 

「兄貴の囮作戦のお陰だね!」

 

 喜びつつも、周囲の警戒を怠らない二人は暗殺者の鑑と言えるだろう。

 だが、周囲には人気は無く、あるのは二つの死体のみである。

 ブラートはあまりにも呆気ないJの最後に、何処か違和感を覚えていたが、今はシェーレを運ぶことを優先する。

 良く見れば、タツミの手にはナジェンダから借り受けた手袋を嵌めている。

 これはホルマリン液を防ぎながらシェーレを救出するためである。

 とはいえ、目論みではインクルシオを纏ったブラートが運ぶ手筈になっているのだが。

 

「よし。シェーレを救出するぞ。まずはガラスを破るか……」

 

 ブラートが拳を構える横で、タツミは水槽内に浮かぶシェーレの顔を見て、彼女との記憶を思い出していた。

 初めて会った時は天然な人だと思っていたが、彼女の部下として配属され、彼女の過去を聞いている内に、ナイトレイドという物を少しずつだが理解出来てきた事。

 死んだ仲間は生き返らないと言われ、改めて故郷の仲間に会えない事を悟り、一人で泣いていた時、優しく抱きしめてくれた事。

 今となっては、彼女の存在はタツミにとって大事な物であったと言える。

 気が付けば、タツミの両目からは一筋の涙が出てきていた。

 

「シェーレ……」

 

 だが、泣いているのは彼だけではなかった。

 

 

 

 

「刺し殺す……」

 

 

 

 

 小さい言葉であったが、喧騒が遠くで聞こえる、この部屋では十分に聞こえる音量だった。

 ブラートは構えを解き、再びノインテーターを構え直し、声の方向、ゆっくりと起き上がるJに先端を向ける。

 タツミも一瞬で意識を戻し、剣を構える。

 

「刺し殺す刺し殺す刺し殺す刺し殺す刺し殺す刺し殺す刺し殺す……」

 

 両手をだらしなくぶら下げ、俯いたまま、身体をゆっくりと左右に揺らすJからサングラスが落ちる。

 既にブラートの一撃の余波で壊れていたサングラスは拾わず、彼は動きを止める。

 

「刺し殺す刺し殺す刺し殺す刺し殺す刺し殺す刺し殺す刺し殺す刺し殺す刺し殺す刺し殺す刺し殺す刺し殺す…………」

 

 腹部に開いた穴から流れ出る大量の血液が、彼が人間である証拠だが、瀕死の状態でも立ち上がる事が、彼を化け物である事を証明していた。

 「刺し殺す」を連呼するJは、顔を上げる。

 

 

 

 

「皆殺しだ」

 

 

 

 

 眼から血涙を流し、あらゆる血管が皮膚から浮き出た、彼の顔は化け物としか言い様がなく、まだ新人であるタツミは勿論、幾つもの戦場を渡り歩いて来たブラートでさえ、一瞬、恐怖を覚える程だ。

 

「皆殺し……そう……皆殺しだよォォォォォォ!! ジャイガァァァァァァ!!」

 

 嵐の前の静けさを掻き消し、暴風雨となった感情と共に、彼の全身という全身から白く太い棘が生えてくる。

 顔に至っては、目、口、鼻、耳を除き、所狭しと棘が生え揃い、表情すら読み取れなくなる。

 ただ、声色で彼が怒り狂っている事は容易に判断出来るが。

 黒ずくめだった服は破け、形振り構わない格好となったJは己が扱う「帝愚」の名を叫ぶ。

 

「構えろタツミ! 来るぞ!」

 

 先制攻撃を仕掛けるつもりであったブラートだが、Jの狂気に押されてしまい、一歩遅れる。

 弾丸の如く速度で跳ねたJはブラート目掛けて突っ込む。

 狙いが自分だと理解したブラートはノインテーターでJを上空に弾こうと、槍を少し下げるが、彼の射程範囲に入る直前、Jは異常な速度で方向をタツミに向ける。

 

「ッ!?」

 

 驚くタツミであったが、彼も伊達にナイトレイドでやっている訳ではない。

 構えていた剣で迎撃態勢に入るが、Jはタツミの前方で飛び、少年を避ける。

 

「なっ!?」

 

 Jが狙ったのはブラートでもタツミでもない。

 では誰か?

 答えは一つのみ。

 

「シェーレ……!!」

 

 タツミが叫ぶ中、Jは水槽に突撃し、ガラスをぶち破る。

 だが幸いにも、直前でブラートのノインテーターがJに届き、僅かに軌道をずらしたことで、シェーレの身体に傷が付くことは無かったが、割られたガラスの中から、大量のホルマリン液が流れ出す。

 体に有毒な液体であるホルマリン液の事は、ナジェンダから聞いていたタツミはすぐに後方に飛ぶ。

 インクルシオを装着しているブラートは構わず進み、液体と共に流れてきたシェーレの身体を抱きかかえ、すぐさま液体の範囲から離れる。

 

「そのクズは! テメェら、クズ共の目の前でグッチャグチャにしてやんよォォォッ!」

 

 Jは怪画であった水槽を挟み、二人を睨み、狂気に駆られ、狂気の赴くままに吼える。

 しかし、暗殺者の二人を激怒されるには十分な一言であった。

 

「すまない。シェーレ。3分だけ待ってくれ」

 

 シェーレを床に優しく置き、ブラートは狂人に対峙する。

 隣には冷酷な瞳になったタツミが並び立つ。

 

「何処まで人をバカにしやがる」

 

「だったら先にテメェを」

 

「「殺す」」

 

 剣と槍の先端が、同時に狂人に向けられる。

 棘だらけの狂人は声にならない叫びを上げ、再び飛び掛る。

 シェーレを巻き込まぬよう、二人の漢は狂った獣の討伐に向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっひょー! あの獣のねーちゃんやるぅー!」

 

 Jの状況など露知らず、Gは黒服を千切っては投げ、千切っては投げの活躍をしているレオーネを見て、一人はしゃいでいた。

 見世物になっている黒服たちからしたら、堪ったものではないが、金を貰っている以上、彼らには雇い主を守る義務が発生する。

 されど、レオーネの武神の如き攻撃に生存本能を優先させ、逃げる者も多い。

 

「おっと」

 

「がぐっ!?」

 

 レオーネに向かって行った者はレオーネに潰され、彼女に立ち向かわず逃げようとした者は全て、空間に張り巡らされた糸によって首を切断され、死んでいく。

 豪邸の屋根裏に侵入しているラバックが、幾つものクローステールを網目状に張っておき、逃亡者の一人をも許さない状況を作り上げていた。

 

 ラバックの存在には微塵も気付かないGは、逃げる訳でも、すぐさま闘いに行く訳でもなく、黒服が消えてなくなるのを、ただただ待っていた。

 やがて最後の黒服を殴殺したレオーネの前に、嬉々とした表情のGが降り立つ。

 

「いやー! 強いねー! おねーさん! 名前は!?」

 

「他人に名前を聞く時は、まずは自分から名乗れよ」

 

 数分とはいえ、大の大人を何人も相手にしながらも、レオーネは全くの息切れをせずに答える。

 彼女にとって、この程度は日常茶飯事であり、ウォーミングアップ程度で済んでいた。

 

「そりゃそうか! 私はオヤジに従う「ギャオス四天王」の一人!「G」って言うもんだよ! 宜しく! そして死ね!」

 

 相手の返事を聞かない内に、Gは持っていた包丁らしき刃物を構え、身体を捻りながら飛び掛る。

 不意打ちではあったが、準備運動を終えたレオーネに、しかも正面から仕掛けるには不十分であったと言わざるを得ない。

 

「甘いなー。甘い甘い」

 

「ほえ?」

 

 身体を僅かに横に動かす事で攻撃を交わしたレオーネは、そのまま地面にGを叩き付ける。

 ライオネルで強化された腕力によって放たれた肘討ちは、地面にクレーターを作る程の威力であり、Gの身体、内部に絶大なダメージを与えるには十分であった。

 

「ハッ! ジーダスの私兵もこんなもんか」

 

 一撃で潰されたGに拍子抜けしながら、レオーネは止めを一撃を放つべく、彼女の身体をクレーターから引きずり出そうとする。

 だが、地面に顔を埋めたまま、緑髪の少女は叫ぶ。

 

「だったらー……切り潰せ! ギロン!」

 

 瞬間、レオーネの獣の本能は危険を察知し、クレーターから飛び退く。

 直後、クレーターの中心にいた少女は飛び起き、巨大化した包丁を振り回す。

 虚しく空を切るだけの攻撃であったが、レオーネを退かせる事が目的だった彼女の企みは成功した。

 

「オヤジをバカにしたな……? テメェ、ぶっ殺してやらぁぁぁぁぁ!!」

 

 飛び出したGは、推定2mはある巨大包丁を力任せに振るい、レオーネの命を刈り取ろうとするが、単調な攻撃に当たる彼女ではない。

 しゃがむ事で斬撃を回避し、右手による掌底撃ちを顎に放つ。

 空中かつ、怒りで攻撃が散漫になっていたGに回避する手段はなく、顎にマトモに掌底撃ちを喰らい、無様に宙を舞い、地面に背中から着地する。

 

「ぐぐぐ……このド畜生がぁ……」

 

「おいおい。本気出してこの程度かよ……」

 

 流石に呆れてきたレオーネは、とっとと終わらせるべく、Gに近づき、殴打、蹴りの連打を放つ。

 包丁の側面を向け、最初の数発はガードするものの、すぐに防御範囲を見破ったレオーネの攻撃は、Gの身体、顔に当たっていく。

 一発一発が必殺の威力を誇るものの、決して包丁を手放さなかったのだ、彼女の頑張った点であろう。

 

「これで終わりだっ!」

 

「ッ!」

 

 反撃の隙が無いことを確認したレオーネは、一瞬、蹴りを溜める。

 確かに、反撃は出来ないがガードする事が出来たGはギロンの面を己の前に突き出し、蹴りに備えるも、すぐに無駄であったことを悟ってしまう。

 レオーネの鋭く重い蹴りは、ガードしていたGを包丁ごと吹き飛ばし、後方に存在していた縁側に押し込める。

 

「さて、ブラートとタツミの奴はやったか……?」

 

 完全にGを仕留めたレオーネは反対方向にいるであろう、ブラート達の方を眺める。

 目を凝らすが、幾重にもある障子が邪魔で奥の様子は全く見えない。

 仕方ないので、潜んでいるラバックと共に退路の確保に乗り出そうと動き出した時である。

 

 

 

「…………きひっ。オヤジ……ごめん。抑えきれないや」

 

 

 

 壊れ果てた館の一角を、剣閃の風圧のみで吹き飛ばしたGが満面の笑みで呟いていた。

 レオーネの攻撃で既に満身創痍であるが、包丁、ギロンを掴む手だけは離さず、笑みを浮かべていた顔は徐々に歪んだ笑顔へと変化する。

 

「切り晒し切り殺し切り笑い切り犯し切り並べ切り狂い切り切り切り切り切り……」

 

 爆風に反応したレオーネは口笛を吹き、まだ生き残っていたしぶといGを見る。

 対するGも自分を瀕死まで追い込んだ相手を見て、口から血を垂らしながら言う。

 

 

 

「切り殺す」

 

 

 

 

 

 

同時刻 ジーダス邸

 

「ねーねー。ジーちゃん。もう押していい?」

 

「まだダメですよ」

 

 




「帝愚」は誤字ではありません。


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第六話「蘇生爆破」

「惨めに死に晒せやァァァァァァッ!!」

 

 全身棘棘だらけのJは両手を大きく振り被りながら、タツミ目掛けて飛ぶ。

 単純な飛び掛りであるが、生えきった棘が一層、殺傷能力を上げているため、直撃は避けなければならない。

 ただ、構えるタツミより前に、インクルシオによる鎧を纏った漢が立ちはだかる。

 

「タツミ! お前はシェーレを連れて先に退け!」

 

「りょ、了解! 兄貴!」

 

 暴走しているとはいえ、先程までブラートに手も足も出なかった相手に、自分の信じる兄貴が簡単に負ける訳ないと判断したタツミは、シェーレの身体を引っ張る。

 本当は背負いたい所だが、生憎、防護服は持っていないため、申し訳ないが引っ張ることしか出来ないのである。

 心の中で謝罪しながら、タツミは部屋から出るために移動を開始する。

 

「ぶっ殺すぶっ殺すブッコロォォォォォス!!」

 

「そう言う言葉は、行動し終えた後に言うもんだぜ!」

 

 やたらめったら腕による攻撃を繰り出すJであるが、それら全てはブラートの槍捌きによって防がれてしまう。

 怒りが全身を支配するも、相手に傷一つ付けられない事実に、Jの血液は沸き立ち、彼を更なる怒りの中へと導く。

 

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねェェェェェェェェッ!!」

 

「おっと! 隙だらけだ!」

 

 今までは苛烈な攻撃の暴風だったために防御に回っていたブラートであったが、疲労と怒りで動きが散漫になったJの隙を縫って、両腕を付け根から切断することに成功する。

 

「だからどうしたァァァァァッ!!」

 

 ただ誤算だったのは、Jが一切怯まずに突撃してきた事だった。

 流石に全く隙も晒さずに突撃してきた相手には、攻撃態勢中のブラートも回避の手段がなく、棘による攻撃を受けざるを得なかった。

 

「兄貴っ!」

 

 遠目でブラート達の闘いを見ていたタツミが叫ぶも、彼の声は別の人物の絶叫で掻き消される。

 

「アァァァァァァァアァァァァァッ!? ふっざけんなよォォォォッ! テメェェェェェッ!!」

 

「フザけてなんかねぇさ。俺の方が強かった。それだけだ」

 

 インクルシオ、進化し続ける鎧を装着した彼に対し、Jの棘は余りも非力であった。

 棘の先端は鎧を破るには至らず、飛び込んできた衝撃もブラートが踏ん張ることで、二人を数cm後ろに移動させただけで済んでしまう。

 両腕を失った結果がこれではJが絶叫するのも頷ける。

 

「そらよっ!」

 

 槍を左手に持ち、右手でキツい一発を顔面にお見舞いしたブラートと無様に空中を舞うJ。

 勝者と敗者の差は歴然であった。

 

 

「(ギギギギギ……!! 畜生が畜生が畜生がァァァァ……アァ?)」

 

 吹き飛ばされ、全てがスローモーションに感じたJは、ふとタツミの側のシェーレの死体に視線を移す。

 タツミはこちらを見ているために全く気付かないが、よく見れば、彼女の口元付近にある、小さな血溜りが自分に向かって手を振っているような動作をしていた。

 直後にシェーレの口から体内に入った血溜りであったが、Jにはそれだけで全てが理解出来た。

 

「(あぁ……成程ね。姉御)」

 

 畳の上にダイナミックに不時着したJは全身の棘を収め、まるで芋虫が這うような形で立ち上がる。

 距離が離れていたためか、ブラートも追撃はせず、Jの様子を眺めているだけであった。

 

「……キヒッ。ハーッハッハッハッハッハッ!」

 

「……? どうした。気でも触れたか?」

 

 突如として笑い出したJに首を傾げるブラートとタツミ。

 それでも構えは解かず、Jの一挙一動に注目する。

 

「俺の完敗だよ。ゴミクズども。という訳で……逃げさせて貰う」

 

 言い終わると同時に、二人に背を向け逃走を始めるJに、呆気に取られるブラート。

 先程まで「殺す」だの何だのと勢いづいていた少年が一転、負けを認めて逃げ去ってしまう事態が怪しくて仕方が無いのだ。

 追うべきか迷ったが、長居は無用と、すぐにタツミの側に駆け寄る。

 

「怪我は無かったか?」

 

「俺は大丈夫だけど……兄貴は?」

 

「俺を心配しれくれるのか……照れちまうぜ」

 

「インクルシオの上からでも分かる程、頬を染めないでよ!」

 

「まぁ、それは置いておき……シェーレは俺が担ごう。レオーネとラバックと合流し、さっさとズラかるぞ。モタモタしてると、帝都警備隊の奴らが来ちまう」

 

「あぁ」

 

 ブラートがしゃがみ、シェーレを担ごうとした瞬間、シェーレの瞼が動く。

 

 

 

「……え?」

 

「なっ……!」

 

 

「……ブラート……タツミ……?」

 

 目を開いたシェーレが口を聞き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「困りましたねぇ」

 

「どったのー?」

 

「Jのせいで、予定より早く、女が目覚めました」

 

「アレを使うからだよー。悪趣味ー。んひゃひゃひゃひゃ!」

 

「それはさておき……そうですねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「切らせてよ! ねぇ! 貴女の内臓の一片残らず!」

 

 一方的に叩きのめされていただけのGは其処におらず、いたのは己の狂気の赴くままに、ギロンを振るう少女だけだった。

 速度、的確さが段違いに上がったGの攻撃であるが、それでもレオーネを仕留めるには程遠く、紙一重の所で交わされている。

 ただ無様に反撃を食らわない所は、彼女の技量が上がった点だろう。

 

「私の身体は高いぜ? お前如きにはやれねぇ……な!」

 

 語尾と同時に拳を繰り出し、Gの腹部に小さな風穴を空ける。

 しかし、身体を前に押し出すことで拳を貫通させることに成功したGは、そのままレオーネの右腕を掴む。

 

「コイツ……!?」

 

「ンヒィッ!」

 

 興奮した顔でギロンを振り被るGだが、レオーネの左手が力のまま、少女の右腕を破壊させる。

 腕に穴が開いた事で、ギロンは支えられる物がいなくなり、重力という一番大きな力に従い落下する。

 下方にいたGの身体を突き刺し、大地に突き刺さる姿は、さながら自爆である。

 レオーネは間一髪で右腕を引き抜き、二、三歩、後ろに下がっていた。

 

「なんつーか……強いんだか、弱いんだか、分からない奴だったな……」

 

 Gの右肩から入った巨大包丁は股から突き抜け、不気味過ぎるオブジェをその場に生成している。

 未だにピクピクと全身が動くGの壊された腕や傷口から血液が流れ始める。

 側に落ちている右手は全く動かず、主から離れた事を明確に示していた。

 死体は見慣れているとはいえ、流石に自爆かつオブジェ風に出来たのは初めてだったため、レオーネは奇妙な気持ち悪さを覚える。

 だが、すぐに気持ちを切り替え、Gに警戒しながらもラバックが居るであろう、縁側へと足を運ぶ。

 

 

「……私自身でも良いけど。まだまだ切り足りない」

 

 

 静かに呟く死体は死体にあらず。

 首を左右に細かく揺らし、吐血しながら静かに呟く様は、壊れた機械人形そのもの。

 やがて彼女自身の身体が揺れ始める。

 

「まだ生きてんのか……!?」

 

 驚くレオーネを他所に、彼女自身に起きていたと思われる揺れは徐々に大きくなり、レオーネは自分の足元が揺れていることに気付く。

 

「これは……っ!?」

 

 獣の本能に従い、その場から跳ね退ける。

 瞬間、Gを中心に半径10mの地面が地割れを起こし、地下へと落下していった。

 ぽっかりと出来た穴の淵に立ち、レオーネは肝を冷やす。

 

「あっぶねー……アイツの仕業……だよな?」

 

 流石に地下まで行って、死体を確認することは出来ないため、彼女は今度こそラバックとの合流を目指す。

 

 

 

 

 

 

 

「グギギギギ……絶対に刺し殺してやる……あのクズどもォ……!!」

 

 両手欠損の状態でも、高速で屋敷内を移動するJ。

 既に人の気配が無くなった事から、他のボディガード達が全滅した事を悟るも、どうでも良いと言わんばかりに廊下を走り抜ける。

 無駄に広い廊下であるが、目の前の角を曲がれば縁側がある事を知っていたJは、そこまで駆けつけ、体当たりで仕切りの役割を果たしていた障子を突き破る。

 

「おっと……逃がさねぇよ?」

 

「ガガッ……!?」

 

 障子を破り、外に出た瞬間、Jの首には細い糸が絡められていた。

 元々、張り巡らされていた糸に気付かず触れたJの首には、どんどん糸が絡まっていく。

 何処かで少年の声が聞こえた気がしたが、今はそれどころではないJは、身体を反らしたり、滅茶苦茶に動き回ったりする事で糸を外そうとするが、糸は絡まっていくばかり。

 幾重にも重なった糸は、今まであった余裕を無くし、キツく締まって行く。

 呼吸が出来なくなり、口から泡を吹きながらも抵抗を続けるJであったが、その動きはやがて止まる。

 

「一人たりとも、逃がしはしねぇよ……っと」

 

 糸の持ち主、ラバックは天井裏から顔を覗かし、Jが動かなくなった事を確認すると、再び天井裏に隠れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シェーレ……シェーレだよな!?」

 

「タツミ……そうですが……私は……」

 

 右手を顔に当て、自身の記憶を手探るシェーレと感動で涙腺が潤んでいるタツミ、そしてシェーレの生存に嬉しさと怪しさを感じるブラートの三人が、今は亡きスカルノフの部屋にいるメンバーだ。

 

「しかし……マインも最後を見た訳ではないが……改造……? いや、なら怪画にする必要が……」

 

 どうもご都合過ぎる展開に俯くブラートであるが、横にタツミはシェーレに手を差し出していた。

 

「まずは此処から脱出することが優先だよ! ほら、シェーレ!」

 

「あ……えぇ。すいません……」

 

 手を掴み、ゆっくりと立ち上がるシェーレ。

 白いワンピースはずぶ濡れになり、彼女の豊満な肉体に張り付くが、仲間との再会に感動するタツミはその事に気付かない。

 逆に言えば、それ程、喜んでいるのだ。

 

「マインの奴も喜ぶぜ? 行こう!」

 

「あっ。おい! タツミ!」

 

 シェーレの手を引っ張って走るタツミに、よろけながらも走り出すシェーレ。

 二人を追いかけるブラートが続き、ラバック達との合流地点に向かう。

 

「マイン……ぐっ!」

 

 しかし、マインという言葉を聞いたシェーレは、途端に頭を抑え、しゃがむ。

 

「シェーレ!?」

 

 すぐにタツミが駆け寄るが、シェーレは脳内の頭痛に耐えることで精一杯で、タツミに返事をすることも、ままならなかった。

 

 シェーレの脳内は駆け巡る記憶の数々。

 セリュー・ユビキタスとの死闘の中、マインを逃がすため、自らの最後の力を振り絞った事。

 ヘカトンケイルによって捕食される直前、狐目の青年に助けられた事。

 青年の側にいたレインコートを来た少女によって回収され、民家に入った事。

 民家内にいたピンク髪の幼女体型によって、身体を接合された事。

 そして青年が帰って来た後、狂った笑みを浮かべた幼女に何か薬を投与された事。

 更に―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ。ヤバイ」

 

「ジーちゃん。どうする?」

 

「押して下さい」

 

「いいや! 限界だ! 押すね!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――離れて下さい」

 

 目を見開き、立ち上がったシェーレはタツミを突き飛ばす。

 彼女の行動に、タツミは尻餅を着くが、すぐにシェーレの様子が変わった事に異変を感じ取る。

 

「ブラート。ジーダスの自宅には4階層の地下室が存在します。1階には大量の酒と薬品。2階には実験室と怪画制作室です」

 

「お、おう……?」

 

 冷たい視線で、端的に話し始めたシェーレにブラートは気の抜けた返事しか出来なかった。

 

「それから、彼は『死者蘇生』の薬を研究している模様です」

 

「本当か!?」

 

 死者蘇生、その言葉に喰い付いたタツミに、シェーレは頷く。

 

「詳細は不明ですが、気を付けて下さい。彼は本当の意味で『狂人』です」

 

「あとマインへ伝えて下さい。『ありがとう。すいません』って」

 

 次々と訳の分からない言葉を残すシェーレであったが、彼女は最後にタツミの方を向き、前に彼に見せた笑顔を作る。

 

 

 

 

「それから……タツミ……最後に貴方に会えて良かった……さようなら」

 

 

 

 

「シェーレ……?」

 

 彼女の微笑みを見たタツミの脳内で、何故か、事前に渡されたジーダスについての資料が思い浮かべられた。

 ジーダスの次に書かれていた「イリス・アーベンハルト」についてのページ。

 最後の一文を。

 

『イリス・アーベンハルト 通称:マッドドクター、キラークイーン、爆弾魔』

 

 

 爆弾魔。

 爆弾魔。

 爆弾魔。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、シェーレの身体は爆散した。

 辺りに肉片、内臓、血が飛び散り、タツミとブラートにも大量の血液が付着する。

 突き飛ばされたタツミは幸いにも傷は負わなかったが、彼の受けた傷は外面ではなく、内面だ。

 

 

「え……?」

 

 それはタツミの言葉であったか、ブラートの言葉であったか。

 死んでいたと思われた仲間は実は生きており、直後に爆破された。

 彼女の境遇は僅か一行で表現されてしまう事だが、仲間である二人にとっては、言い表せない程の感情が駆け巡った。

 

 

「―――――――――――!!」

 

 

 声にならない絶叫、表現のしようがない声が館に響き渡る。

 死者の冒涜、仲間への愚弄、狂人畜生、此処に極まれり。

 男二人の咆哮は静まることを知らなかった――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」

 

 

 

 帝都 ジーダス宅にて、狂いきった幼女の笑い声が、男たちの絶叫を覆い隠す程、夜の闇に響く。

 



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第七話「将軍邂逅」

「イェーガーズ……でやすか」

 

「そうですよ。全く要求がドS過ぎますな。エスデス将軍は」

 

 

帝都宮殿 食堂

 

 肥え切った肉袋に、更に食い物を詰めていく諸悪の根源、オネストは対面に座っている、狂人、ジーダス・ノックバッカーの発言に咀嚼しながら答える。

 周囲に控えている警備兵たちは、彼らの食している最高級の食材を見て、喉を鳴らすものの、自分たちは分不相応であることを悟り、視線を逸らす。

 ホールケーキを手掴みで持ち上げ、口に運ぶオネストに対し、ジーダスは自前の小樽で酒を飲みながら、話を続ける。

 

「それはさておき。オネスト大臣。例の薬の件ですが、ナイトレイドに存在がバレやした」

 

「ほう。それは珍しい失態ですな。ジーダス財務大臣。貴方らしくない」

 

「すみません。出来の悪い部下のせいでして。報告が遅れたのは、貴方へのご機嫌取り様に、今回の食材を取りに行っていたためでやがります」

 

「本人を目の前にして言う台詞じゃないですよ。更に謝罪の態度じゃないですよね。絶対」

 

 ややジト目でジーダスを見るオネストだが、ジーダスは笑顔で答えるのみ。

 これ以上、この件を追求してもしょうがないと判断した大臣は、次の話題へと飛ぶ。

 

「まぁいいです。私の支援を続け、こちらに害を与えない限りは、貴方にある程度の自由は約束しましょう。無論、私の邪魔などしたら……」

 

「コレ、でやがりますもんね」

 

 ジーダスは親指を立て、己の首を切るような動作をする。

 己の立場を弁えている狂人に、悪大臣は残虐な笑みを返す。

 

「分かっているなら良いです。今回のケーキ、中々美味でしたよ」

 

「そいつは良かった。北の異民族に腕利きの菓子作りの名人がいると聞き、連れて来させたかいがあった、というものです」

 

「……ちなみに、その名人は、今は?」

 

「売りましたが?」

 

「それは残念」

 

 微笑ましく笑んでいる2人の端的な会話は、実に簡素であったが、言葉の意味を知る警護兵達は、背筋が凍るほどの悪寒を感じた。

 その時、扉が勢いよく開き、中から水色ロングヘアーの美女が、数人の男女を引き連れて入ってくる。

 

「失礼する。オネスト大臣。此処にジーダスがいると聞いたが」

 

「此処にいますよ」

 

 入ってきた「エスデス」将軍は、不適な笑みを作り、ジーダスを指差し、後方の人物たちに紹介を始める。

 

「イェーガーズの諸君。コイツが「ジーダス・ノックバッカー財務大臣」だ。大臣とは名ばかりの狂人だ」

 

「これは酷い説明で」

 

 小樽の中の酒を飲みながら、ジーダスは右手を軽く振る。

 ガスマスクを被った大男、黒髪の青年、同じく黒髪で日本刀を所持した少女、ミステリアスな雰囲気な青年、オカマ、そして見知った顔が一つ。

 

「おや。セリュー・ユビキタスさん。貴女もイェーガーズに入ったので?」

 

「……その節はどうも」

 

 ジーダスの顔を見たセリュー・ユビキタスは明らかに不機嫌な顔で、上辺だけの挨拶を返す。

 視線すら彼の方を向いていないのが、誰から見ても明らかである。

 

「む。セリュー。既にジーダスと会っていたか」

 

「はい。ナイトレイドの賊一人を討ち取った時に、少々」

 

 セリューの脳内に、輝かしくも忌まわしい記憶が蘇る。

 ナイトレイドの1人、既に名前は忘れたが、賊の女を討ち取ったと思った。

その時、唐突に現れ、賊を奪い、更に私に攻撃してきた、忌まわしい男の顔を。

 あの後、上から「財務大臣の行為は正義である」と散々に言われ、渋々納得したが、私は絶対に納得などしない。

 悪は滅ぼすべきなんだ。

 その悪を使って儲けた金など、汚れているに決まっている。

 汚れた金で私の腕が作られているとしたら……

 

 そこまで想像し、セリューは首を左右に振る。

 

「そんなに邪険にしないで下さいよ。私、貴女の正義は素直に尊敬しているんですよ?」

 

「……そうですか」

 

「そうそう。悪は滅ぼすべき、との発言。帝都の軍人としての鑑! 貴女がイェーガーズに入った事により、帝都の住民も安心して暮らせるハズでやがりますしねぇ。私も毎日、安眠できやすよ」

 

「そ、そうですか……? えへへ……」

 

「(ちょろい)」

 

 ジーダスの並べた言葉に、あっさりと陥落するセリューを見て、その場にいた全員が全く同じ言葉を浮かべた。

 ほんわかした雰囲気であったが、すぐにエスデスが場を取り持つことで、緊張が走る。

 

「ジーダス。最近、お前はナイトレイドに狙われているとの情報も入っている。何かあったら、すぐに我々を頼るといい」

 

「これは僥倖。感謝の極み。宜しくお願いしやすね。イェーガーズの皆さん」

 

 自分を護ってくれるであろう、人物に座ったまま話すのは失礼に値すると考え、ジーダスは立ち上がり、一人一人に握手を求める。

 まずは黒髪の青年に。

 

「自分は本日付でイェーガーズに入隊しました。ウェイブと申します! ジーダス財務大臣は我々が全力で護ります故、ご安心して下さい!」

 

 堅苦しく挨拶をするウェイブに笑顔で握手を行う。

 次にキャンディを咥えている日本刀少女の前に向かい、挨拶を交わす。

 

「……クロメ」

 

「……ほぅ。宜しくお願いしやすね」

 

 

「私はランと申します。以後、お見知りおきを」

 

 丁寧な一礼を返したミステリアスな青年、ランにも笑顔で握手を。

 

「私はボルスと言います。素顔を晒さずに挨拶することをお許しください。これは私の罪ですので……」

 

 大柄ながらも、丁寧かつ小心者染みた印象を与えたボルスにも同様に。

 

「セリュー・ユビキタスです! ジーダス大臣の生活の安全は我々にお任せ下さい!」

 

 すっかりジーダスの言葉に乗せられたセリューは敬礼を行いながら、良い笑顔を見せる。

 足元では複雑な表情のへカトンケイルのコロも同様の行為をしていた。

 とりあえず笑顔を返す。

 

「お久しぶ「あ。お疲れ様です。Dr.スタイリッシュ。ではさようなら」

 

「ちょっとぉ! 男には優しくしなさいよ!」

 

「いや。私、どーも貴方は苦手でして」

 

 ジーダスが唯一、苦笑いをしながら敬遠するオカマ、いや、マッドサイエンティスト、Dr.スタイリッシュは憤慨しながらも右手で空を仰ぐポーズを取る。

 

「いいわ! いずれ貴方をスタイリュッシュの虜にしてあ・げ・る。ふふ」

 

「個人名の意味で? 文字通りの意味で?」

 

「両方よ!」

 

「全力で遠慮しやす……が、貴方の天才的な頭脳と技術には期待していやすよ? 今度、またイリスと“遊んで”やって下さい」

 

「ふん。あのイカれた同僚には、手を焼かされるからね」

 

 遊ぶ、の部分を強調しながら話すジーダスに鼻を鳴らすスタイリッシュ。

 彼は仕方なく苦笑いで返す。

 

「そして知って通り。イェーガーズのリーダーである私、エスデスだ。また宜しく頼むぞ。ジーダス」

 

「えぇ。こちらこそ期待していますよ。エスデス将軍様」

 

 期待と冷酷が混ざった、何とも言えない視線をジーダスに向けるエスデスだが、向けられた青年は変わらぬ笑顔でいるままだ。

 

「では戻るぞ」

 

 エスデスは目的が済んだため、イェーガーズを引き連れ、部屋を去っていく。

 嵐が過ぎ去った後のように、静かになった部屋で、ジーダスは再び席に着く。

 

「エスデス将軍に気に入られるのも大変ですねぇ」

 

「まぁ、彼女の恋の相手が見付かれば、私なんて放って置くでしょう」

 

「なら良いのですが」

 

 オネストと会話を始めたジーダスは欠伸をしながら、良い天候の空を見上げる。

 いくつもの超危険種が空を飛び回る様は、宮殿の景観を損ねていた。

 

 

 

 

 

深夜 帝都ジーダス宅 地下2階 イリスの実験室

 

「イリス。GとJの様子はどうですか?」

 

「にゃははははは。時間掛かるねー。特にGちゃんは」

 

 フラスコ、ビーカーが乱雑に置かれた、ほの暗い研究室では、並べられた二つのベッドの片割れの上で気を失っているJが全身、包帯塗れで置かれていた。

 もう片方のベッド上では頭部だけとなったGが眠っていた。

 首から下には何本ものチューブが差し込まれ、部屋の奥にある水溶液から液体を送り込んでいる。

 ベッドの側に立つ、イリスとジーダスは彼らを見ながら、話を続ける。

 

「Gちゃんの帝愚「ギロン」は「切った物の内部を滅茶苦茶にする」だからねぇー。というか、これが本当に帝具じゃなくて良かったね。帝具だったら、いくら人体改造したとはいえ、死んでるよーん。んひひ」

 

「でやがりましょうねぇ。Dr.スタイリッシュに製作して貰った、彼ら専用武器をこちらが勝手に「帝愚」と言っているだけですから」

 

「何で帝愚なんだっけー?」

 

 首を傾げるイリスに、溜息を吐きながら答えるジーダス。

 

「帝より愚者に相応しい武具、だからですね」

 

「普通に専用武具で良いと思うにゃー」

 

「確かに」

 

 二人して、うんうんと頷く。

 名付け親はこの二人なのだから、無責任な発言である。

 

「それで、Gの頭部以外の部分はどうなので?」

 

「人型にするのは難しいねぇー。もう完全に機械化するしかないよー。ぬふふふ。それだとスタっちゃんに全部、お任せコース!」

 

 頭だけとなったGの髪を掬うように撫でる。

 僅かに眉が動くが、それは不快感から来るものではなく、幸福によるものだと、表情で判断出来る。

 

「仕方ありませんねぇ……まぁ、脳味噌さえ無事なら、いくらでも使えますからねぇ。ギャオスは」

 

「うっひょー。そだね。でもGちゃんとJ君は幸運だったね。仕事終わりのVちゃんに回収して貰えてさー」

 

 スカルノフ宅をナイトレイドが襲撃し、撤退した直後、騒ぎを駆けつけた、仕事終わりのVは現場へ直行。

 事前にJとGがいることを聞いていた彼女は、念のため、と二人が残っていないか探し始めた。

 そこで彼女は瀕死のGと泡を吹いていたJを見つけ、すぐさまジーダス宅へと戻ってきたのだった。

 

 急いでイリスの研究室に運び、治療を開始して、既に10日以上が経過している。

 世間ではエスデス将軍直属の三獣士が消え、代わりにイェーガーズなる特殊警察が結成された事が、大々的に公表された。

 

「全くです」

 

「ところでジーちゃん。ナイトレイドの顔が割れてない奴の報告はしなかったのー?」

 

襲撃地点にはおらず、自宅で過ごしていたジーダスがナイトレイドの、世間一般に公表されていない面々、タツミとレオーネの顔を知る訳ないのだが、彼は軽く思案しながら答える。

 

「餓鬼はどうでも良いですからねぇ。怪画ではコアのマニアックな方にしか売れませんし。そういう奴ほど要求がうるせーんですよ。費用ばっか掛かってしゃーない。女性の方は耳と尻尾が生えていたでしょう? 帝具で変身している可能性もありやすしね」

 

「成程ー」

 

 首を激しく上下し、再び笑い始めるイリス。

 ジーダスは帝都のためではなく、怪画売りとして考えた結果、今回の二人の顔を報告しない事に決めた。

 レオーネの件に至っては、彼の帝具勉強不足であるが。

 

「そういえば、Jの容態はいかほどで?」

 

「両腕欠損程度なら何とでもなるよー。首を絞められていたけど、こっちは無問題! ただ帝愚「ジャイガー」の影響で、全身に毒が巡ってるから、普通の腕じゃ無理無理ー。こっちも機械化推奨! てかそれ以外無理! いひひひひひ!」

 

「帝愚「ジャイガー」……体内に仕込むことが可能な棘の様な武具。Jは全身に猛毒が仕込んでありますから、ジャイガーを通して相手に猛毒を注入する……のが望ましいのですが、鎧相手には相性最悪ですねぇ」

 

 Jの敗北要因は、相手が「インクルシオ」を纏った帝具使いだったこと。

 戦闘経験の差、殺意に呑まれた事が原因であったと考えられる。

 普通に弱い、というのもありえるが。

 

「ここ最近のJは思った以上に使えませんねぇ。彼のお陰で、死者蘇生薬を作っていることが、ナイトレイドの連中にバレた訳でやがりますし」

 

 ジーダスの発言に、小刻み笑っていたイリスが、突如として腹を抱えて爆笑し出す。

 右手の指先を彼に向けながら。

 

「んにゃにゃにゃにゃ! 死者蘇生薬をあの女に使ったのはジーちゃんじゃーん! 『アジトにでも帰らせた後、皆さんに笑顔を与えてから目の前で爆発させやりましょうか』とか言ってたのにさー! そりゃ、あそこまで鮮明に記憶が戻ってのは計算外だったけどねー!」

 

 爆笑するイリスを横目に、ジーダスは無視を決め込む。

 彼は自身の欠点を反省し、目の前の二人を見る。

 

「しかし……ナイトレイドの連中に手も足も出ませんでしたか。困りやがりましたねぇー」

 

 ギャオスは帝具使いとの戦闘の経験が殆どなく、主に一般市民の虐殺をやってきた。

 その事実が今回の敗因に繋がった、という事である。

 弱い者虐めしか出来ない者が、強者に蹂躙されるのは世の理であり、必定。

 生き残るには、強者に取り入るか強くなるか、の二択しか残されていない。

 

「きくくくくく……ならー……『あの子』、使う?」

 

 一頻り笑い終えたイリスの顔に、普段の狂笑とは違う、邪悪な笑みが宿る。

 ジーダスは彼女の顔を見ながら、思案に浸る。

 

「ギャオス最後の一人にして、唯一の帝具持ち、かつ最高の器……そうしますか」

 

「きゃっほーい! オッケーオッケー! 地下3階を開放だよーん!」

 

 笑顔で走り去るイリスを見送った後、彼の視線は部屋の一角へと向けられる。

 そこには両手両脚のロープで縛られ、猿轡をされた女性が憎悪に満ちた目で狂人に殺意をぶつけ続けていた。

 

「わざとらしい会話による、私たちの秘密の一角……お土産には丁度良いでしょう?」

 

「ん……んん……!」

 

 一歩、また一歩と近づく足音は彼女にとっての死へのカウントダウンに等しい。

 歩くことを躊躇わない青年は、すぐに女性の目の前に到達し、彼女に視線を合わせるためにしゃがみ込む。

 

「GとJの負傷により、私の警護が薄くなった時に尾行する点はお見事でやがったんですけどねー。ちーと殺気が強過ぎでしたねぇ。身内か何かを怪画にでもされました?」

 

「ぷはっ……恋人よ……アンタに恋人を怪画にされて……!」

 

「それは実に下らない」

 

 猿轡を外された女性は、彼の一言に吼えるように喋るものの、ジーダスは意にも介さない。

 女性が紡ぎ出す罵詈雑言を淡々と受け止め、一息吐いたのを見計らって立ち上がる。

 

「革命軍の密偵だとは思いますが……単独行動していた時点で、私怨に駆られた人というのは分かりやす」

 

「だから何だって言うのよ……!」

 

 彼女は狂人の言う通り、革命軍の密偵チームである。

 「ジーダス・ノックバッカー」についての情報を集めている彼女は、何処にでもいるような、平凡な女性である。

 故に密偵に向いていた。

 何処にでも居そうだからこそ、人が密集する帝都にはうってつけの人物だったのだ。

 

 密偵とし、革命軍に情報を提供し続けてきた彼女であったが、ある日、帝都内にスパイとして入っていた恋人が、ジーダスに捕まり、怪画として売られた事を知り、慟哭し、復讐に駆られてしまった。

 以降の彼女は少し危険な状況でも、一人で情報を集める事をし始め、仲間内に咎められても、決して止めない日々を送る。

 そうしてジーダスの私兵が傷付き、警護が減っている時を狙い、大胆にも家の中にまで侵入したのだ。

 回収した情報をナイトレイドに渡し、恋人の敵を取って貰おうと急いた事が、彼女の寿命を終わらせる結果になる。

 

「今、顧客たちの間では、ナイトレイドの女性陣怪画が最も望まれてやがります」

 

 ナイトレイドのシェーレが怪画になった事により、他のメンバーの怪画、いや、その前の状態で欲しがる輩が増大した。

 極上の女体を味わうために、金を惜しまない性欲の権化どもを思い出しながら、ジーダスは鼻で笑う。

 

「一方、色町の事件以来、ナイトレイド怪画持ちは危険という事も知れ渡っておりやすが……それでも欲しがる人が多いのは、この世の業ですねぇ」

 

「だからそれがどうしたのよ! 殺すならさっさと殺しなさいよ! 革命軍に入った時から、死ぬ覚悟は出来るのよ!」

 

 意味不明な言葉を並べるジーダスに女性は吼え続ける。

 

「ですから、貴女は怪画にする価値もないって事でやがります。まぁ、自分から死にたがってるから、殺しますが」

 

 ジーダスは両手で女性の首を掴み、持ち上げる。

 ギリギリと首を締め上げるものの、絶妙な間隔で彼女の意識は落ちない。

 

「ぐ……くっ……!」

 

「絞殺だと思いますか? 違います」

 

 手の力を緩めず、言葉を紡ぎ出すジーダスの顔は笑みで満ちていた。

 酸素が不足し始めるが、彼女はまだ苦しみの中をさ迷っているだけであった。

 

「(……ッ!?)」

 

 そこで奇妙な不快感に襲われる。

 首から来る苦しみではなく、己の中から湧き上がる不快感。

 まるで大量の蟲に全身を走り回られているような感覚が女性を襲い続ける。

 余りの気持ち悪さと不快感に言葉を発しようとするも、狂人の腕がそれを邪魔する。

 

「ガッ……アァ……?」

 

 次にやって来たのは痛みと喪失感。

 内部からの痛みが全身を駆け巡り、治まると同時に、何かが無くなった感覚が残る。

 

「アェ……ハヘ……?」

 

 徐々に考える事すら出来なくなって来た女性から、大量の汚物が毛穴という毛穴から吐き出され、ジーダスの顔に飛び散るが、全く動じずに首を絞め続ける。

 白目を向いた女性の目が、一瞬で黒く染まり、そこには何も無い空間が出来上がる。

 先程まで50kgはあった彼女の身体は、今では3kgも感じない程、軽くなっていた。

 

「これが私の最大の秘密です……あの世で革命軍の皆さんにお伝え下さい」

 

 手を離し、軽くなった女性の死体を床に置く。

 スーツに飛び散った汚物を手持ちのハンカチで拭き、また別のハンカチで顔の汚れを落とした後、ジーダスは扉に向かう。

 

「Bに掃除させますかね……ん?」

 

 去り際、扉付近の机の上に置かれていたチラシに目を留める。

 「エスデス主催 都民武芸試合」と書かれた紙には、優勝賞金の額が記載されており、この部分がジーダスの興味を引く。

 

「額は微々たる物……ですが「あの子」のウォーミングアップには丁度良いでやがりますかね」

 

 

 



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第八話「少年狂気」

 

 シェーレ救出に失敗した後、タツミとブラート、レオーネが持ち帰った情報はナイトレイド内に冷酷かつ冷徹でありながら、空間が赤に染まる程の激情を生み出した。

 仲間であるシェーレに侮辱の極みを与え、人間の生を弄ぶ所業をしたジーダス一味に、彼らの殺意は爆発寸前まで膨れ上がる。

 それでもボスであるナジェンダは拳を振り下ろし、椅子にぶつける事で、ある程度の殺意を抑え、情報の整理を始めた。

 

 ギャオス四天王の戦闘能力は、そこまで高くない、という事。

 帝具持ちとの戦闘経験が浅い事を見抜いたボスは、彼らへの過剰警戒を悔いる。

 ジーダスへの襲撃を躊躇していた理由の一つに、ギャオスの存在があったからだ。

 しかし、ブラート、レオーネレベルならば無傷で勝利出来る、という事が分かったのは大きな収穫である。

 それでも彼らの化け物染みた生命力は危険である事に変わりないのだが。

 また彼らの持つ武具は文献にも情報が載っていないため、「未知の帝具」か「臣具」である、との判断が下された。

 

 ジーダスは「死者蘇生の薬」を生成している、という事。

 ありえない話ではあるが、シェーレが蘇ったこともある。

 上半身と下半身を切断された人間が死んでいない、という事はまずありえない。

 帝具による復活もありえず、これはとりえず保留される。

 

 ジーダス邸の地下は4階まであり、地下1階には大量の酒と薬、2階にはイリス・アーベンハルトの物であろう実験室と怪画制作室、3階、4階に至っては不明、という事。

 酒は常に飲んでいるジーダスの好みによる物だと推測されるが、薬は不明である。

 先程の死者蘇生薬である可能性も高い。

 3階、4階は全く不明であり、情報収集しようにも、自宅地下では難しい。

 この件も保留となっている。

 ただシェーレが死の間際に残した事から、重要である事は間違いない。

 

 以上の事が今回の任務で分かった情報である。

 既にジーダス宅は判明しているため、ナジェンダは早目に彼の存在を消しておこうと、準備を始めていた。

 レオーネが持ってきた他の情報により、エスデスが帝具持ちのみを集めた部隊を結成しようとしている事が分かり、その結成よりも早く決着を付けたかったのだ。

 ギャオスの二人が欠員している事も関係している。

 

 しかし、ナイトレイドが動く前に、エスデスの方が早く行動を開始してしまった。

 ナイトレイドを装い、次々と良文官を殺していく事件に対応せざるを得なくなり、結果、エスデスの三獣士を始末し、帝具の回収が出来たが、同時にブラートを失う事になった。

 インクルシオはタツミが継承し、彼の熱い魂と思いは幼い戦士に受け継がれる。

 

 戦闘力ではエスデスに次ぐ、とまで称されたブラートの喪失は大きな痛手であり、戦力増加のために、ナジェンダは革命軍本部に向かう。

 このためジーダスを後回しするしかなかったのだ。

 その間にも、狂人は怪画を生み出し、異常者共に売り捌いていく。

 

 またナイトレイドには不安事項が存在していた。

 レオーネの顔が、ギャオスにバレたかもしれない事である。

 レオーネに対峙したGと呼ばれる少女は、右腕を失い、身体に大型包丁が突き刺さっても死なない化け物である。

 この化け物は瀕死の状態のまま、地面の崩落に巻き込まれたため、死んだと推測しているが、その生命力故に、生きている可能性も勿論あった。

 最初はラバックが帝都内を歩き、手配書を探したが、一向に見付からなかった。

 襲撃から既に10日以上経過しているが、未だに手配書が配られる様子はない。

 これによりGが死んだと判断したナイトレイドは、一つの不安事項を消した。

 

 

 これがスカルノフ殺害依頼から、現在までのナイトレイドの動きである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都 エスデス主催 都民武芸試合会場

 

 普段の楽しみが公開処刑ぐらいの都民たちは、久々に開かれた武芸試合大会に、心躍らせていた。

 死から離れ、己の技と技、力と力を競わせ、闘い合う、この会場では帝都に久しく、熱気を渦巻かせていた。

 実際はエスデスの恋の相手を見つける、という目的の元、開催されているだけなのだが。

 知らぬが仏。参加者と見物客は闘争の中で声を荒げていた。

 

 

「次の試合が最後の組み合わせですね」

 

 闘技場の最上階、特別席に座り、欠伸をしているエスデスの横で、整った美形青年であるランが告げる。

 決闘上のリングに上がる二人の少年に対し、司会者を買って出たウェイブが、マイクを使って試合を盛り上げる。

 

「東方! 露天商 アルビノ!」

 

 四季を全く考えない黒いコートを全身に羽織り、赤黒く長いマフラーをした、鋭い眼光の少年がリング上で、身動き一つ取らずに立っている。

 黒いセミロングの髪と、マフラーを口元まで巻き、目しか見えないその姿は、暗殺者を思わせるようであった。

 

「西方! 鍛冶屋 タツミ!」

 

 対するタツミも彼に劣るとも勝らない眼光で、相手を睨む。

 年端は同じくらいであるが、タツミにはナイトレイドに入り、様々な経験をして来た、という武器がある。

 一方の少年、アルビノの素性は不明だが、現状のタツミが簡単に敗北する事は無いだろう。

 

「(両方共、少年か……このタツミってのは年の割りに落ち着いてやがんな。結構な修羅場を潜ってきたと見える)」

 

 司会のウェイブは己の観察眼を働かせ、タツミを観察する。

 

「(アルビノは……未知数だな)」

 

 彼が未熟だからかどうかは不明だが、アルビノの実力は不明であり、それが一層、彼の強さの不明度を際立てている。

 

「はじめっ!」

 

 ウェイブの合図と同時に、タツミの後方に回ったアルビノの蹴りが、顔目掛けて放たれる。

 

「(速い!)」

 

 エスデスすら腰を上げ、アルビノの攻撃を褒める。

 しかし、彼女が気になったのはタツミのその後の行動も含まれている。

 

「ッ!」

 

 アルビノの蹴りを、腕を使ってガードするタツミ。

 少年の防御に黒髪の少年は、さして驚きもせずに後方に飛ぶ。

 直後、タツミの拳が今までアルビノの居た空間を突く。

 タツミの反応速度も中々だが、アルビノも上々である。

 

 飛んだアルビノが態勢を立て直す前に、タツミが彼に近づき、拳のラッシュを放つが、アルビノは全て紙一重で避けていく。

 一瞬の隙を突き、今度はアルビノが攻撃側に回るものの、タツミはアルビノの拳を、両手を使って捌いていく。

 お互いの一撃一撃が相手を気絶させる程の威力であるが、当たらなければ意味がない。

 攻守を交代し、攻防を続け、一分が経過した時、痺れを切らしたタツミが右手の拳に力を溜める。

 ここで攻撃するは無粋と考えたアルビノも同様に、右手に力を溜め、お互い、全く同じタイミングで拳を放つ。

 

 タツミの拳はアルビノの左頬に、アルビノの拳はタツミの左頬に。

 所謂、クロスカウンターという奴が決まる。

 盛り上がっていた会場も、この時ばかりは静まり返った。

 

 拳を振るい、拳を受けたまま動かない2人。

 一瞬の時が、何時間にも感じたが、やがてアルビノの顔が笑う。

 

「……やりやがる」

 

「……お前こそ」

 

 言葉を交わした後、タツミ、アルビノ双方は後方に下がり、距離を取る。

 会場に熱気が戻り、最高潮へと盛り上がっていく。

 

 

「凄まじいですね。あの二人」

 

「……あぁ」

 

 最上階のランの言葉に、上の空で返すエスデス。

 今、彼女の心は2人の少年で埋め尽くされようとしていた。

 しかし、まだ足りない。

 彼女の心を射止めるには、あと一つ、何かが欠けていた。

 

 

 再び地面を蹴り、跳躍で距離を詰める二人の少年。

 アルビノの横薙ぎをタツミはしゃがんで交わし、タツミの足払いをアルビノは僅かに跳ぶ事で避ける。

 一進一退の攻防は、今度は5分に渡って繰り広げられた。

 

 やがてお互いが一定の距離を取り、肩で息をし始めた頃、一迅の風が吹き、アルビノのマフラーの先端が、彼の顔に掛かる。

 この隙を見逃さなかったタツミは距離を詰め、腹部に強力な蹴りを喰らわせる。

 だが攻撃を耐え切ったアルビノは吹き飛ばず、タツミの足を両手で掴むと、投げ飛ばそうと身体を動かす。

 しかし、身体が浮き上がった瞬間、アルビノの力を見極めたタツミのもう片方の足が、彼の米神にヒットし、脳の振動により、アルビノは倒れる。

 同時に、足を持たれていたタツミも地面に背中から着地する。

 

「そこまで! 勝者! タツミ!」

 

 右手を挙げ、試合終了を宣言するウェイブ。

 

「いっつつ……」

 

 立ち上がり、背中を擦るタツミに全ての観客たちが声援を送る。

 その中には彼に武芸試合大会に出る事を進めたラバックとレオーネの姿もある。

 全員の声援を受け、タツミの顔は自然と笑んでいた。

 

「やったぜ!」

 

 

 彼の笑顔は、欠けていたピースを嵌める事となる。

 トクン……と高鳴ったエスデスの顔は乙女そのものとなり、ゆっくりとリングへと続く階段を降りて行く。

 

 エスデスが階段を降り始めると同時に、アルビノは起き上がり、座ったままで周囲を見渡す。

 

「……負けた……か」

 

 敗北したにも関わらず、何処か爽やかな表情なアルビノは、立ち上がり、タツミに拍手を送る。

 気付いたタツミに彼に近づき、声を掛ける。

 

「おめでとう。お前の勝ちだ」

 

「いや。お前も凄かったよ。アルビノ」

 

「謙遜するな。お前は俺より上。それだけだ」

 

 右手を差し出すアルビノに、タツミも右手を差し出し、握手を交わす。

 

「(強いし、嫌味の一つも言わない……こんな奴が帝都にもいるなんてな……)」

 

 アルビノの印象は最高であり、タツミは彼の様な人間が、帝都にいることを驚き、悔やんでいた。

 その時、背後でエスデスがリングに上がる音がする。

 すぐにアルビノは握手を止め、少し後ろに下がる。

 

「タツミ……といったか。良い名前だ」

 

「ど、どうも……」

 

 エスデスを目の前にし、タツミはブラートの死を思い出し、唇を引き締める。

対する将軍様は胸ポケットを探りながら、タツミを見る。

 

「今の勝負、実に鮮やかだった。褒美をやろう」

 

「ありがとうございます」

 

 優勝賞金を故郷への仕送りにしようと参加したタツミは、貰える物は当然、金と思っていた。

 だが、エスデスは恥らいのある笑顔を見せながら、タツミに鎖付きの首輪を嵌める。

 

 

「今から……私のものにしてやろう」

 

 

「……え?」

 

 急展開に付いて行けないタツミにエスデスは笑顔のまま、タツミを引き摺る。

 叫ぶタツミの首筋に軽く手刀を食らわせ、気絶させると、今度は抱きかかえたまま、リングから降りようとするエスデスに一抹の殺意が向けられる。

 

 彼女の背後には、目付きをギラつかせた蹴り態勢のアルビノが迫っていた。

 エスデスは驚く事もなく、振り返り、片足のみで少年の蹴りを相殺してしまう。

 

「……何のつもりだ?」

 

「タツミは嫌がっていた。それは拒否を意味する。ならば敗者である俺は、勝者のタツミを救い出す使命がある」

 

 将軍が向ける殺意には全く怯まず、タツミを返せと言う少年に、エスデスは多少の興味を抱く。

 されど、自分に手を上げようとした者に対して、彼女は容赦などしない。

 

「……良いだろう。この世は弱肉強食。そのマフラーの様になっても文句は言うなよ?」

 

「何……?」

 

 アルビノがマフラーの先端を見ると、僅かながら凍り付いており、エスデスが足で地面を軽く鳴らすと、先端は粉微塵となって砕け散った。

 

「――――――!!」

 

 刹那、殺意に満ちた眼光でエスデスを睨んだアルビノが、タツミと戦った時には比べ物にならない速度で蹴りを放つ。

 

「ほう!」

 

 またも蹴りで相殺し、力のままアルビノを吹き飛ばす将軍エスデス。

 地面に着地したアルビノは獣の様な四速歩行のまま、水色長髪の女性を睨み続ける。

 数秒が経過した後、少年は手刀を作り、一直線に敵へと突っ込む。

 一方のエスデスはタツミを降ろし、右手を差し出す――――

 

 

 

 

「全く。ハシャギ過ぎですよ」

 

 

 

 

 瞬間、ジーダスが二人の間に割って入る。

 アルビノの蹴りを片手で受け止め、エスデスの地面を這う氷を足踏みの衝撃だけで掻き消してしまう。

 非常識な光景に観客たちは驚愕する。

 

「すみません。エスデス将軍。コイツは私の手の者でして……帰ったら躾けておきやすので、ご勘弁願いません?」

 

 アルビノの足を掴み、容赦なくリングに叩き付けながら、ジーダスは笑顔で謝罪する。

 エスデスは敵に向ける冷酷な視線を狂人に向けるも、すぐにタツミを抱きかかえる。

 

「今回だけは大目に見よう。だが、次に来た時は……」

 

「ありがてーです。感謝ですよ。さ、帰りますよ。アルビノ」

 

「うるせぇ……ソイツは俺のマフラーを壊しやがった……あの子から貰った大切なマフラーを……!! アザ……ガハッ!!」

 

 叩きつけられた事により、顔面から血を流しながらもしゃがみ込み、何かを叫ぼうとするアルビノであったが、その前に吐血してしまう。

 まるで体内で何かが暴れ、言葉の先を言わせない様に。

 

「ジーダス……テメェ……ッ!!」

 

「馬鹿でやがりますねぇ。勝手にやらせる訳ないでしょう」

 

 そんな少年の悪態に嫌気が刺したのか、彼以上の速度で近づき、頭を掴むと、そのままリングの床に叩きつけるジーダス。

 白目を剥き、気絶した少年を引き摺り、ジーダスは将軍に一礼し、去っていく。

 

 反対側ではエスデスが愛おしい瞳で気を失ったタツミを見ながら、宮殿に向かう。

 残された観客は展開に着いていけず、ラバックとレオーネは顔を見合わせる。

 

「な、何がどうなっているんだー!?」

 

 

 

 

 また武芸大会はエスデスが帰った事により中止。

 優勝賞金はとりあえずタツミの物となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕刻 ギョガン湖 砦入り口

 

 

「じゃ、じゃあ、これで頼むぜ……」

 

「はいはい。承りました。ご安心を。皆さんの安全は保障します」

 

 帝都から南東に位置するギョガン湖と呼ばれる湖周辺の砦にて、鉄仮面を被った男が、ジーダス・ノックバッカーに大量の金が詰まった袋を渡していた。

 狂人は笑顔で袋を受け取り、上記の言葉を発する。

 

 今回、彼は単独で山賊の砦に乗り込み、数人を惨殺した後、無理矢理に会談の場を設けたのであった。

 会話の内容は「金と引き換えに、山賊たちの安全を保障する」というものである。

 いきなり仲間を殺された山賊たちは怒り狂うものの、ジーダスとの力量さに圧倒され、仕方なく、交渉に応じるしかなかったのだ。

 思案など必要ない、暴力による脅し。

 内容は守る気などないだろう、という事は誰にでも想像出来たが、それでも逆らう事は出来なかった。

 それこそが強者の特権なのだから。

 

 

 袋を担ぎ、砦を後にしたジーダスの前に、数人の人影が見えた。

 数日前に会った面々である、イェーガーズのメンバーである。

 

「あ! ジーダスさん!」

 

「げ。じゃなかった。どうも。イェーガーズの皆さん」

 

 先頭を歩くセリューがジーダスを見つけ、駆け寄ってくる。

 先日の一件により、彼女はすっかり「彼が正義を信奉している」と信じ込んでしまっている。

 故に、こうして笑顔で挨拶出来るのだ。

 

「此処は悪の蔓延る危難な場所ですよ? 早く私たちの後ろへ!」

 

「え、あ、ちょ……」

 

 珍しく戸惑うジーダスの背中を押し、無理矢理後方に並ばせる。

 彼女は善意でやっている事であり、流れの主導権を完全に握っていたために、仕方なく、逆らわずに並び歩くジーダス。

 彼の持つ袋をクロメが怪しそうに見ていたため、「食べ物ではない」とだけ告げておいた。

 

 

「また金稼ぎ? アンタも好きねぇ」

 

「仕方ねーですよ。最近は良い顧客がどんどん死んでやがりますので」

 

 この間は友人の間柄であったバックがナイトレイドによって殺されてしまった。

 最後に会ったのはオーガを売り飛ばした時のオークション会場だったため、約束を破ってしまった事を思い出す。

 しかし、死者の事などどうでも良いジーダスは、すぐに目の前の状況にどうするか考え始める。

 

 セリューを先頭に歩くイェーガーズの最後尾で、ジーダスとスタイリッシュは小さな声で会話をしていた。

 この会話内容をセリューに聞かれると、また一悶着ありそうだからだ。

 

「そうそう。あの子たち。私の好きにして良い訳?」

 

 ふと、スタイリッシュは思い出したかの様に、あの子たち、JとGの事に話題を移す。

 色町で瀕死の重傷を負った2人だが、ある程度は回復したため、現在はスタイリッシュの元で、新たな身体を調整して貰っている所なのだ。

 当然、JとGの2人はスタイリッシュの下にいる。

 

「えぇ。実験事故で死ななければ、ご自由に」

 

「んま。私がミスをすると思ってるの? この「神ノ御手 パーフェクター」を持つ、この私が!」

 

 両手に電子的部品を搭載した手袋らしき帝具を見せつけながら、ポーズを決めるスタイリッシュに、イェーガーズの全員が振り返り、彼を見る。

 ジーダスは呆れながら、苦笑いをするしかなかった。

 

 そうしている間に、山賊たちの砦は目前まで迫ってきていた。

 

 

 

 

 圧倒的。

 その言葉だけで現状は片付いてしまう。

 

 セリューの両腕は「十王の裁き」と呼ばれる様々な武器へと変貌し、敵をなぎ払い、クロメの帝具「八房」と呼ばれる日本刀が、敵を次々と切り裂く。

 ウェイブは生身の蹴りで敵兵を倒し、ボルスの帝具「ルビカンテ」、火炎放射器が、水程度では消えない炎で山賊を焼き殺す。

 イェーガーズの強さに逃げ出そうとした奴らの額を、ランの翼の帝具「マスティマ」が射抜いていく。

 

 強者による絶対的な蹂躙を、少し離れた岩場で見ていたエスデスとタツミ。

 タツミはイェーガーズの力に呆然とし、エスデスはタツミの一挙一動に胸を高鳴らせていた。

 

 様々な人間が己の行動をしている中、狂人は一人、ポケットから取り出した錠剤を空に放り投げた後、口でキャッチし、飲み込んだ。

 

 

 



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第九話「復讐襲撃」

 

「チームスタイリッシュ。熱く激しく攻撃開始よ!」

 

 現在の状況は、タツミがエスデスの元から逃げ出し、ナイトレイドのアジトへと戻った後の話になる。

 ドS将軍から、ようやく逃走出来たタツミは、アカメ、ラバックと合流し、アジトへと、無事に帰還した。

 イェーガーズの帝具の情報、という大きな収穫と共に。

 その晩はナイトレイド全員でタツミの帰還を祝った。

 

 一方、イェーガーズはタツミの行方を捜すものの、見つけられず仕舞いであった。

 だが、一人だけ、タツミの痕跡を追い、ナイトレイドのアジトに辿り着いた者がいた。

 Dr.スタイリッシュである。

 偵察用に五感の一部分だけを特化させた強化人間を使い、タツミ達の追跡を行ったのだ。

 そうして見事に場所を探し当てた彼は、自らの私兵を呼び寄せ、アジトに奇襲を掛ける。

 全ては最高の素材、ナイトレイドとその帝具を独り占めするためである。

 彼の行き過ぎた探究心は、後に己の身を危険の中に投下していくとも知らずに。

 

 

「それに……こっちには面白すぎる玩具もあるし……ね」

 

 戦闘員、スタイリッシュ風に言えば「将棋の歩」が飛び交う中、背後の森の中で、人型とは思えぬ姿をした物体が目を光らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アカメの一閃が飛び掛ってきた男の身体を斬り裂く。

 されど、丸渕眼鏡を掛けた男は怯む事なく、アカメを飛び越し、体勢を立て直す。

 全身が機械で出来ている男「トビー」を相手に、相性最悪なアカメは諦める事無く、己の殺意を高めていく。

 

「アカメちゃん!」

 

 先程、アカメに助けられたラバックが、彼女を援護しようと駆け出すが、そんな彼を邪魔する様に立ちはだかる、巨漢の二人。

 顔は完全に人形そのものであり、感情を感じさせない冷徹な感じが、ラバックの歩を踏み止まらせる。

 

「こいつら……邪魔……!」

 

 自らの帝具「クローステール」を指の間に挟み、引っ張り、攻撃態勢を整える。

 一本一本を絡めての攻撃は、巨漢相手には効果が薄いと判断したラバックは、糸を束ねての攻撃を繰り出そうと考える。

 だが、相手の速度が不明なため、隙の多い束ねた攻撃は危険と判断し、様子見も兼ねて、糸を飛ばす。

 素早く操作されたクローステールが、動かない巨漢の首に絡みつき、一気に締め上げる。

 巨漢たちは慌てることなく、糸を掴み、引っ張り上げる。

 体格差により、簡単にラバックを動かせると判断しての行動だろう。

 だが、その糸は囮であり、既に別の糸を相手の足首に巻きつけたラバックは、そのまま糸同士を絡ませ合い、巨漢同士がぶつかり合う様に仕組む。

 目論見は成功し、突如として足の自由を奪われた巨漢はお互いに衝突する形で転びあう。

 これで巨漢に速度はなく、力だけである事を確認したラバックは、糸を束ね始める。

 

 そこで彼は窓の外から凄まじい殺気が自分に向けられている事に気付いた。

 

「ッ!?」

 

 直感で動作を止め、その場から飛び退くと同時に、窓ガラスが割られ、紫色の液体が彼の今まで居た場所と二人の巨漢に飛び散る。

 巨漢達に掛かった液体は、身体を床ごと溶かし、下の階層との邂逅を簡単にやってのける。

 

「糸使いィィィィ……見ィ付けたァァァァァァ……」

 

 割れた窓から侵入して来た男は、廊下に着地し、ラバックを睨む。

 申し訳程度に羽織った黒いジャケットに黒いズボン。

 逆立てた髪と血走った目。

 片腕だけで大人一人分はある巨大な機械の両手を震わせ、絶叫する。

 

「俺を殺したクズ見っけェェェェェェェッ!!」

 

 スタイリッシュにより機械化した両腕を身に付け、復活を果たしたJは、かつて己を殺したラバックを見付け、嬉しそうに、憎らしそうに、狂いながら叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「余裕ぶってんじゃねぇ!!」

 

 巨大な筋肉男、「カクサン」とスタイリッシュに呼ばれた人物は、前方で巨大な銃を構える、ピンク髪の少女、マインに向かって突撃する。

 飛び上がり、賊から奪い、与えられた「エクスタス」を構え、マイン目掛けて落下する。

 対するマインは自分の帝具「パンプキン」と呼ばれる巨大な銃を構え、先端に砲撃をチャージしていく。

 その様子を見ていたカクサンは邪悪な笑みを浮かべ、彼女を馬鹿にする。

 

「馬鹿が! 俺の身体はインクルシオの一撃すら防いだ! 手前ェの銃撃如き! 簡単に受け止めてやるぜ!」

 

 男の言葉に返事をせず、マインは標的に狙いを定めるのみ。

 彼女の意思に答えるべく、充填されていくエネルギーは更に高まっていく。

 

 マインの帝具「浪漫砲台 パンプキン」にはある特徴がある。

「ピンチの時ほど、威力が上がる」

 ただし、ピンチの際、無条件で威力が上がる訳ではなく、ピンチの時の使用者の感情をエネルギーとして放つ物であるため、危険時に絶望する様な、軟な精神力を持つ者では扱えないのである。

 無論、帝具として基礎攻撃力もあるため、ピンチ時でなくても威力は高い。

 

 これを踏まえた上で、現状の再確認してみる。

 今まで秘匿であったアジトの場所がバレ、大量の敵に奇襲を掛けられている、この状況。

 ピンチと呼ばずして何と呼ぼう。

 

 

 放たれた一撃は凄まじく、大男であるカクサンを軽く覆い尽くしていく。

 

「えっ!? 防ぎきれ……!!」

 

 何とも雑魚に相応しい言葉を残し、スタイリッシュの強化人間、カクサンはこの世から抹消された。

 彼の死を悲しむ者は皆無であった事を付け加えておく。

 

 カクサン消滅直後、彼が持っていたエクスタスは、多少の傷を負った状態で地面に突き刺さる。

 敵を葬り去ったマインはエクスタスへと歩み寄っていく。

 彼女の脳に、自分のために散っていった仲間の、最後の表情が思い出される。

 帝都に回収されしまったエクスタスが、今、彼女たちに元に帰ってきたのだ。

 

 

「……マインッ!」

 

「きゃっ!?」

 

 そこでインクルシオを纏ったタツミが、マインを抱きかかえ、その場から離れる。

 直後、エクスタスが空へと浮かび上がる。

 否、地面から生えた細長い機械の腕が、エクスタスを持っているのである。

 

 

 

「んにゃははははははははは!! もうどうでもいいやー! 皆殺しー! 皆殺しー!!」

 

 

 

 馬鹿みたいな笑い声を上げ、頭部以外は完全な機械となったGが地面から出現した。

 枝と枝を適当に組み合わせた様に思える金属の身体と、3mはある細長い機械の腕、首すら2mはある。

完全に人を止めたフォルムとなったGは、壊れた人形の様に笑い狂うのみ。

 8本となった腕の中の内、2本は彼女の帝愚であった「ギロン」が手の代わりに取り付けられ、別の2本がエクスタスを持ち、構えている。

 全長、7mはある化け物はマインとタツミを見下す。

 

 

「みぃーんな! ぶっ殺してやんよー! キャハハハハハハハッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くたばりやがれェェェェッ!!」

 

 機械化した指先をラバックに向けるJ。

 一本一本の指先が外れ、銃口に変化した手から発射される紫色の弾丸が、緑髪の少年に襲い掛かる。

 

「お前は仕留めたハズじゃ……!?」

 

 己の手で殺めたハズの人間が生きていた事に驚きながらも、ラバックはクローステールの糸による防御壁を生み出す。

 最初に窓の外から放たれた弾丸の速度を見た時、自分の動きでは回避出来ないと判断したからの行動である。

 だが、防御壁に当たった弾丸は糸と共に液状に変化し、床へと落ちていく。

 

「やっべー……」

 

「キヒャハハハハハッ!!」

 

 狂った様に弾丸を連射するJに対し、ラバックは手を高速で動かし、次々と防御壁を厚くしていく。

 やがてお互いの姿が見えなくなる程、厚くなった糸の壁に対し、毒液の弾が次々と厚みを削っていく。

 

「ソラソラソラソラソラァァァァァァッ!!」

 

 何十発という弾丸を撃ちまくり、Jは遂に糸の壁を完全に打ち破る事に成功する。

 壁が薄くなり、その先にいた者はラバックである……ハズだったのだが、そこにはまた、同じような壁があるだけであった。

 

「二重壁だァ? 無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄なんだよォォォォォッ!!」

 

 ラバックのちんけな策にイラついたJは、再び弾を放とうとするが、極度の疲労感が己の身体に襲い掛かった事に舌打ちを行う。

 毒液の出所は彼の体内を巡っている血液であるため、連射すればする程、彼は貧血になり、疲れが溜まっていく。

 肩で息をするJは、良く見れば、周囲にクローステールの糸の結界が出来上がっている事を知る。

 これ以上の発射は危険だと言う事、糸の結界等という小賢しい物に対しての怒り、これらを判断し、腕を後ろに向け、前傾姿勢になったJは地面を蹴り、壁に向かっていく。

 低空飛行で突っ込むと同時に、後ろに向けた機械化した腕が唸り、今度は指先から炎が噴射される。

 所謂、ジェット機と同様の加速を得たJは、糸の結界を突き破り、数秒も掛からず、ラバックの生成した壁を容易く突き破る。

 壁の先にいた人影に対し、邪悪な笑みを浮かべるが、ここで一つ、大きな疑問にぶち当たる。

 

「(何で人影が二つあるんだァ……!?)」

 

 噴射による加速により、改造された彼の目を持ってしても、ラバックを正確に収めることは難しく、「人影」として判断する事しか出来なかった。

 殺意に身を任せ、無駄に加速した事が仇と成る。

 されど、今更止まる事など出来ず、彼は前方にあった人影へと身体をぶつける。

 

「んがっ!?」

 

「っと……あっぶねー」

 

 Jが体当たりをかました人影はラバックではなく、ラバックが作り出した人型の糸人形であった。

 壁により視界を制限した後、囮として人形を生成した彼は、Jの行動をクローステールで探り、突撃してくると分かると、すぐに回避行動を始めていた。

 

 糸は人型を崩し、ラバックの操作の元、Jの身体に次々とクローステールが絡まっていく。

 体勢を崩したJは腕からの炎の射出を止めるが、勢いづいた身体は止まる事など出来ず、廊下の床に何度もぶつかりながら、数十mを移動する。

 ラバックの手の甲に装着されたクローステールの巻取り口から伸びている糸が、勢いよく消費されていく。

 

「首を縛っても死ななかった……改造を受けたとはいえ、死者は蘇らない……ジーダスの死者蘇生薬って奴か? いや……でも、何か引っ掛かる様な……」

 

 ようやく糸が止まった事に気付いたラバックは思案を止め、指で挟んだ糸を引っ張る。

 すると全身に糸が絡んだJが横たわったまま、廊下を引き摺られてくる。

 

「ヌガァァァァァァァッ!! このド畜生がァァァァァァッ!!」

 

 暴れ狂うものの全身を糸で縛られ、身動き一つ取れないJは負け犬の様に吼える。

 絶叫に近い咆哮であったが、ラバックの精神に脅しを掛けるには威厳等、色々と足りない。

 

「さて……首を吊っても死なないんなら……」

 

 ラバックは糸を縛り上げ、締め付けをどんどん強くしていく。

 Jの全身の肉という肉にクローステールの糸が食い込み、血液が流れ出てくる。

 

「全身を切り刻んでやるよ」

 

「ギィィィィィィッ!! アァァァァァァァッ!!」

 

 痛みによる絶叫か、手も足も出ない己の不甲斐なさに対する絶叫か。

 本日、何度目かとなる獣の言葉を叫びながらJの全身から血があふれ出てくる。

 所謂、直立不動で縛られているJであったが、ここで彼も反撃に移る。

 

「調子にィ……乗んなやァァァァッ!!」

 

 渾身の力を込め、両腕を自分の身体の外側へと向ける。

 手首から先が腕の中に引っ込み、出てきたのは、男の子の浪漫、ドリル。

 出て来ると同時に高速回転を始め、己の本分を全うするドリルにラバックは驚く。

 

「いっ!?」

 

「キッキッキィィィィィィッ!!」

 

 ドリルによる回転により、次々と糸を切断していくJは、数分ぶりの自由を手にする。

 手始めに立ち上がり、次の策を行おうとしていたラバックに目掛けて飛び掛る。

 されど、既に動き出していたラバックは糸の槍を生成し、投げるモーションまで取っていた。

 飛び上がり、自分の上空に来たJの頭部目掛けて槍を投擲する。

 しかし、純粋な身体能力では、普通の人間であるラバックより、改造されているJの方が上である。

 顔を僅かに傾けるだけで投擲を回避したJは、獲物の回避行動の前に、上空に陣取る事に成功し、ドリルを向け、落下を始める。

 直撃は死を意味する一撃に、ラバックは横っ飛びで避ける事を選択するが、それよりも前にJが笑い叫ぶ。

 

「バァァァァカァァァァがよォォォォォォッ!!」

 

 左手のドリルが腕から切り離され、弾丸の如く速度でラバックのわき腹を掠めたのだった。

 

「ぐっ!?」

 

 反射的に身体を捻る事で直撃は免れたが、身体に巻いたクローステールごと、腹の肉を削っていったドリルによる痛みに意識を取られてしまう。

 しゃがみ込み、左手で削られた部分を押さえ込む。

 そうしている間に、嬉々としたJの右手のドリルがラバックに襲い掛かる。

 

「死ねやァァァァァァァッ!!」

 

 歓喜と復讐で上擦った声になりながらも叫び続けるJに対し、ラバックは呼吸を荒げながらも、静かに呟く。

 

 

 

「お前がな」

 

 

 

 右手を軽く振るう。

 それだけの動作で、Jの胴体と首は切断され、統制を失った身体は力なく、ラバックの近くに落ちる。

 

「……?」

 

 何が起きたのか理解出来ないJの頭部を見つめながら、勝者である少年は立ち上がる。

 

 

「界断糸……とっておきの一本だ」

 

「界断糸」クローステールの糸の原材料は東海の雲に住むと言われていた、超級危険種である龍の体毛を使用している。

 界断糸はその体毛内でも、急所を護る部位に生えていた体毛を使用した一本である。

 強度は他の糸とは段違いであり、これを容易く破る存在は殆どいない。

 

 先ほど、Jに向かって投げた槍の持ち手部分に界断糸を絡ませておき、右手に持っていたラバックは、Jが自分に迫る前に腕を振るう事で界断糸による切断を試みたのだった。

 ピンと張り詰めた糸の線上に位置していた、哀れな両腕機械の少年の首は、意図も容易く切られ、地面を転がる事となる。

 

「ギググググ……グガァァァァァァッ!!」

 

 首だけになりながらも吼えるJに、身体を震わし驚くラバック。

 

「いってー……うわっ。ま、まだ生きてんのかよ……」

 

 脇腹を押さえ、気味悪がりながらも、クローステールを敗者である少年の頭部に絡ませ、再び力を入れて引っ張っていく。

 またも肉が食い込み、眼球が飛び出そうな程、圧迫されたJの頭部は死の直前を感じさせる様に、震えていく……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何なのよっ! コイツ!」

 

 マインが回避行動を取った後、パンプキンの砲撃を己に伸びてきた機械の腕に放つ。

 しかし、直撃した腕は僅かに衝撃で止まる程度であり、少々の煙を上げながら、再びマインへと襲い掛かる。

 先端に装着されたギロンの切っ先は、ピンク髪の少女の体内を崩すため、幼き身体へと容赦なく伸びる。

 

「くっ!」

 

 横っ飛びで回避するものの、今度は別の手に取り付けられた銃口がマインを狙っていた。

 回避直後の隙を狙われた少女に避ける事は出来ず、凶弾はマインの心臓を撃ち抜く――――

 

「させねぇ!」

 

 前に、インクルシオを纏ったタツミのノインテーターが弾丸を弾く。

 

 腕8本、内訳、ギロン、銃、盾、手が対になって存在しており、手を象ったパーツはエクスタスを持っている。

 足を折り曲げていても、5mはある存在にタツミもマインも攻めあぐねていた。

 

「ひゃっふー! ぶっ殺せー!!」

 

 無差別に動き回る腕に付けた銃が火を噴く。

 それはつまり、銃弾が周囲の被害関係なく放たれる事を意味している。

 周囲に存在し、Gを手伝おうとしていた、スタイリッシュの強化兵たちは、次々と彼女の銃の餌食となっていく。

 一応は仲間であるハズの強化兵たちを撃ち殺しても、Gは狂った笑顔と声で、この場に相応しくない声で笑うのみ。

 

「コイツ……滅茶苦茶だっ……!」

 

 エクスタスの切断を飛んで交わし、そのまま空中からGの頭に迫るタツミであったが、ギロンを交差させた防御に阻まれてしまう。

 その隙にマインの銃撃がGの顔面を狙うが、今度は盾を持った腕が防ぐ。

 お返しと言わんばかりに、エクスタスをマインの方に向かわせるが、既にその場を離れていたマインとは距離が空き過ぎているため、追撃を断念する。

 

「みっなごっろしっ! みっなごっろしっ! あ、そーれ!」

 

 動き続けていた銃の腕は、二本ともマインを標的と捉え、狂った様に弾を吐き続ける。

 横っ飛びからの地面を転がり続ける事で避け続けるマインであったが、彼女が動作を止める前に、懐に潜り込んだタツミのノインテーターが、双方の銃を切り落としてしまう。

 機械化した身体は頑丈であったが、流石に銃までは頑強に出来なかった結果である。

 

「おぉー! やるぅー!」

 

 怒る訳でも、驚く訳でもなく、純粋にタツミを褒めるGだが、既にエクスタスが彼を切り裂かんと、開かれていた。

 タツミはエクスタスの動きには特に注意していたため、後方に飛ぶ事で切り裂かれる事を避ける。

 すると、Gは使い物にならなくなった腕をエクスタスの間に挟みこみ、何の戸惑いもなく切断してしまう。

 

「邪魔な物はー! 切り落としましょー!」

 

 切り口から微弱なスパークを放ち、何本ものケーブルが垂れ下がり、短くなった腕は電源の落ちた機械の様に、動きを停止する。

 

 

「完全にイカれてやがる……」

 

 マインの近くまで後退したタツミの側で、ピンクツインテールの少女は、ある意見を持ち出す。

 

「ねぇ。やっぱりアイツの弱点って頭部よね」

 

「ん? あぁ……まぁ、だろうな」

 

 唯一、人として残っている部分の頭部。

 機械化された腕や身体に対しては全くの防御をしなかったが、頭部だけは分かり易い程の防御をしている。

 誰がどう見ても、彼女の弱点は頭部だと気付けるには、十分な行動である。

 

「なら、やる事は1つ!」

 

「あ。ちょっとっ!」

 

 マインの返事を聞かずに飛び出したタツミはノインテーターを構えたまま、突っ込む。

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

「来いよナイトレイド! 槍なんか捨てて掛かって来い!」

 

 ギロン二刀流にてタツミを迎え撃つG。

 インクルシオを身に付けた少年の突きの連撃を、ギロンを巧みに操る事で捌いて行く。

 されど、帝具使いとの闘いで実戦経験を身に付けているタツミが徐々にGを押し始めていく。

 

「おらぁっ!!」

 

 気合の叫びと共に、ギロンの付いた2本の腕を弾き上げる。

 大きな隙が出来た形になるGであるが、既に、用意していたエクスタスを開き、タツミの目の前まで迫らせている点は抜け目がない。

 だが、姿勢を低くし、駆け抜けようとタツミは動く。

 あっさりとエクスタスを潜り抜けられ、間合いに入られたGは残った盾の腕で、少年の一撃を防ごうとするが、側面から迫っていたエネルギーに気付く。

 タツミが時間を稼いでいる間にチャージし終えたマインの砲撃が、此処に来て放たれたのだ。

 これには盾を2つとも使わないと防御出来ないと悟ったGは、盾を防御に回す。

 その結果、タツミの攻撃範囲内に、己の顔が入ってしまう事となる。

 

「これでっ……!?」

 

 Gの顔面目掛けて、槍を振るい上げようとするタツミであるが、突如、横から襲った衝撃により、側面にあった茂みにまで吹き飛ばされてしまう。

 

「うっひょー! 残念無念!」

 

 エクスタスを片手に任し、自由になったもう片方の手が、タツミを横薙ぎの要領で弾き飛ばしたのであった。

 

「タツミっ!」

 

 飛ばされた仲間の名を叫ぶマインであったが、すぐに敵へと意識を向ける。

 しかし、その時には既に、Gはマインの目の前まで迫ってきていた。

 

「えっ……ぐぅっ!」

 

 動作1つ1つが散漫であり、巨体ゆえに機動力はない、と踏んでいたマインであったが、Gは化け物染みた高速移動で、己の範囲の中にマインを収める。

 タツミを飛ばした腕で、マインの首を掴み、空中へと招待し、ゆっくりと頭部を近づけていく。

 

「すーぐに動き回って逃げちゃう蟲ちゃんっぽい奴はぁー……突き崩しの刑ー!」

 

 2本のギロンの先端がマインに腹部に定められる。

 成すがままではないマインは首を掴まれながらも、パンプキンの砲身をGに向けるものの、盾となった腕が彼女の帝具を叩き落す。

 

「ぐっ……あぁ……!」

 

 呼吸による酸素の取り込みが難しくなり、息苦しくなっていくマインに、狂った頭は嬉しそうに言う。

 

「のひょー! さぁー! お前の罪を数えろー!!」

 

 ギロンを備えた腕が突き出す様に動き、マインの腹部に突き刺さる――――

 

 

「その言葉、そのまま返すぜ」

 

 

「……にゃは?」

 

 後頭部から声が聞こえた。

 そしてゆっくりと伝わってくる熱さ。

 更に遅れてやって来た痛みが、己の後頭部から額にかけて、槍が突き刺さっている事を認識させる。

 

 

 吹き飛ばれた後、敵の意識がマインに向けられたと知ったタツミは、インクルシオの奥の手「透明化」を行い、Gの背後まで移動し、跳び、ノインテーターの先端を頭部に突き刺したのだった。

 

「えっとー……んー?」

 

 マインを掴んでいた手は、彼女の意思とは関係なしに、敵を離してしまい、他の腕も次々と垂れ下がっていく。

 自分を支えていた足も動かなくなり、彼女の意識は痛みで支配されていく。

 

 

「……あぁ。そっか。負けたんだ」

 

 

 痛みによる叫びではなく、呆気なく、彼女は自身の敗北を悟る。

 先程までのハイテンションは完全に鳴りを潜め、そこには静かに現実を受け入れる、年相応の少女の顔があった。

 やがて流血しながらも、彼女の瞳は光を無くし、力なく項垂れる。

 

 Gの背中と言える部分に着地していたタツミは槍を引き抜き、マインの側へと降り立つ。

 喉を解放された事により起きる咳をしながら、マインはパンプキンを手にし、立ち上がる。

 

「来るのが遅いわよ!」

 

「いやー……悪い悪い」

 

「大体、勝手に突っ走るんじゃないわよ! 作戦があるなら一言、言ってから行きなさいよね!?」

 

「悪かったって……俺も吹き飛ばされてから思い付いただけなんだから」

 

「なら、私を勝手に囮にしたって事!?」

 

「だからそれは謝ってるって……」

 

 マインは己が勝手に囮された事を怒り、感情のままタツミに怒りをぶつけていた。

 対するタツミは罪悪感からか、ひたすらに謝るばかりであった。

 

 

 

 

 呑気に会話を行う2人の目の前で、機能停止したGの額から、黒い輝きが見えた。

 

 

 



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第十話「殺意奔流」

 

 

「な、何だぁ!?」

 

 目の前で起こった出来事に全く付いていけないラバックの発した言葉は、現状を的確に表すには最適であった。

 

 クローステールにて、Jの頭部を始末しようとしていた所、突如、Jの頭が震え始め、目、耳、口から出てきた「黒い何か」に、頭は覆いつくされた。

 同時に、黒い何かは触手の様に伸び、切断された身体に付着し、あっという間に身体すら覆ってしまう。

 クローステールにも伸びてきていたため、すぐさま糸を切断し、ラバックは後方へと距離を置く。

 黒い何かによって接着させられた頭と身体は、再び一つの身体として機能を始める。

 しかし、その姿は生前のJではなく、Jの形を採った黒い影の化け物と成り果てていた。

 殺意に満ち溢れた眼光のみを残したままで。

 

「■■■■■■■――――――!!」

 

 声にならない咆哮を行い、ラバックへと飛び掛る黒い影。

 呆けていたラバックも、自身の身の危険に反応し、クローステールを構える。

 しかし、先程、糸が侵食された事を思い出し、いかなる攻撃をしようかと思い悩む。

 その僅かな隙ですら、化け物染みた速度を誇る化け物には十分であった。

 

「うおっ!」

 

 獣の如き姿を採った影は、大口を開け、ラバックを噛み砕こうと跳ぶが、戦闘経験で勝っていた少年の動きの方が僅差であるが早かった。

 紙一重で攻撃を避けた後方で、地面を滑りながら方向転換を行う怪物の姿が見える。

 仕方なく、クローステールを牽制程度に張り巡らすが、怪物は物ともせずに突っ込んでくる。

 糸を何本も切断しながら走るものの、その度に黒い影から幾つもの塊が落ち、地面に付着していく。

 残された何本かの糸は、化け物の身体に付着した際、切断の役割のみを果たし、侵食される事はなかった。

 

「(侵食は変化中限定って事か……? なら、好都合だぜ!)」

 

 またも馬鹿みたいに一直線に跳んで来る怪物の爪による一撃を回避し、クローステールの網を生成し始める。

 だが、黒い何かは怪物であり、獣ではない。

 

「ぐっ!?」

 

 抉られた脇腹から激痛が走る。

 視線を移すと、クローステールにより切断された黒い塊が変化し、突起物の様な物となり、彼の脇腹を突き刺しているのが確認出来た。

 

「(やられた……! 知能だけはありますって事かよ!)」

 

 痛みに意識を取られている内に、ラバックの眼前には怪物の爪が迫る。

 速度、威力、獲物の隙、と三拍子揃った一撃は容赦なく、少年の顔を引き裂こうと伸びる。

 だが、ラバックは上半身を仰け反らせる事で、致命傷を避ける。

 右頬には大きな3本の切り傷が出来るが、死ぬよりは安い代償である。

 

 手による横振りが回避された怪物は、そのまま足でラバックの肩に着地する。

 当然、押し倒される体勢で少年は横たわり、致命的な隙を晒してしまう。

 黒い塊による突起物はラバックが倒れた衝撃で黒い影に戻り、そのまま消え去る。

 脇腹の左頬から流血が始まるが、今のラバックには痛みを感じる余裕などない。

 目の前に、明確な死神が迫っているのだから。

 

 足で肩を押さえつけられたため、クローステールを扱う事が出来ず、蹴りを入れようにも相手には届かない、といった絶望的な状況にも関わらず、泣き叫ぶ事などせずに、相手の行動を見る事に集中しているラバック。

 

「■■■■■■―――――!!」

 

 化け物は勝ち誇った様に遠吠えをし、腹部から黒い槍の形状をした突起物を生成していく。

 怪物の腹部の前方にはラバックの顔があり、この突起物が射出されれば、1つの死体が出来上がってしまう。

 絶体絶命。

 槍が完全に出来上がり、いよいよ発射される―――――

 

 

 

 

 

 

「葬る」

 

 

 

 

 

 

 凛とした声が闇夜の廊下に響き、鋭い一閃が怪物の後頭部に放たれる。

 トビーとの殺し合いを制したアカメがラバックの援助に駆けつけ、村雨による一撃を繰り出したのだ。

 黒い影の化け物の身体が一際震え、直後に影は薄れ、元のJの姿に戻っていく。

 

「かはっ……!」

 

 突然の強襲、訪れた死によって頭を一刀両断されたJはロクな言葉も発せずに沈黙する。

 前のめり倒れたJの死体をどけ、ラバックは安堵の息を吐きながら立ち上がる。

 

「ふぅ……助かったよ。アカメちゃん」

 

「遅くなってすまなかった。思いの外、手間取った」

 

 ラバックが周囲を見渡すと、遥か後方で首を切断された襲撃者の姿が見えた。

 数本、張り巡らせておいたクローステールにより、アカメの勝利を察知したラバックは、Jに押さえつけられても、取り乱す事はしなかった。

 必ずアカメが助けに入ると確信していたからだ。

 勿論。助けが遅れた場合の事を考え、何本かの糸を体内に隠し持っていたのもあるが。

 

「いっつつ……さっきの黒い奴とか気になることはあるけど……今は皆の安否確認が最優先かな」

 

「ラバック……傷は大丈夫なのか?」

 

 仲間の脇腹と右頬から流れる血を見て、アカメは心配そうに声を掛ける。

 少しの嬉しさを噛み締めながら、ラバックは右手の親指を立てる。

 

「これくらい、男の子だからね!」

 

「そうか。なら行こう」

 

「えっ、いや、もうちょっと心配して欲しいかなー……」

 

 既に駆け出していたアカメに続き、ラバックも痛みを抑えながら走り出す。

 脇腹の傷をクローステールで覆い、応急処置を施しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボス……姉御……お先に……失礼……します……」

 

 最後に呟いた言葉はJに残された理性から生まれた一言。

 使えない奴扱いを受けながらも、死してまで主であるジーダスとイリスの事を思いながら、Jは命を完全に散らす。

 2人が去った後、Jの死体が一回だけ飛び跳ねる。

 額から肉を掻き分けて出てきた花弁の様な物体が、彼の身体を全て吸収すると、静かに消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!? マイン! 離れろ!」

 

「え?」

 

 本日、何度目かになる、タツミによるマインを抱きかかえての逃亡。

 今回もこの行動が幸を呼ぶ事となる。

 

 

「アァァァァア亜ァァァァァァ阿アァァァァッ!!」

 

 

 絶叫。続いて咆哮。

 Dr.スタイリッシュにより、頭部以外、完全な機械となったGの悲痛な叫びが、二人の耳に入る。

 数十m離れ、マインを降ろしたタツミが見た光景は、全身を黒い何かで覆われていくGの姿であった。

 まるで蟲に這われているのを嫌がるように、動かなくなったハズの身体を死に物狂いで動かすG。

 足掻き一つ一つが強力な衝撃を地面に放ち、小さなクレーターを作り出すが、既に完全に黒い何かに覆われた彼女には、それを気にする程の余裕はない。

 目とギロン以外は黒く塗り潰された存在は、口があったであろう部分から、高音と低音が混ざった不快感満載の声を出す。

 

 

「……斬り切り霧桐錐限伐りキリきり…………」

 

 

 持っていたエクスタスすら真っ黒に覆い付くし、停止した身体は動き出す。

 流石に壊された部分の修復は出来ないのか、銃弾が放たれる事は無かったが。

 

「アイツ……本当に生き物なの……?」

 

「まるで殺意に動かされる人形だな……」

 

 タツミの例えは的確に思えた。

 頭部を激しく動かし、獲物を探す姿は壊れた人形そのものであり、憐れにも思えてくる。

 再びノインテーターを構え、タツミは化け物へと駆け出す。

 

「援護頼むぜ!」

 

「えぇ! 任せなさい!」

 

 何度もタツミに助けられたマインは素直にパンプキンを構え、銃口を怪物へと向ける。

 走り寄るタツミを獲物として捉えた怪物はギロンの切っ先を向け、本来の腕以上に伸ばし、襲い掛かる。

 3m以上伸びる腕に驚くタツミであるが、咄嗟の判断で走り抜け、そのまま足に力を入れ、地面を蹴ろうとする。

 だが、それより早く、地面に差し込んだギロンを中心とした半径3mの範囲が振動し、地割れを起こす。

 

「!?」

 

 跳ぶために姿勢を低くしていたタツミにとっては不意打ちであり、回避する手段などない。

 地面の亀裂に足を取られた事で姿勢を崩し、転びそうになるタツミの眼前に開かれたエクスタスが襲い来る。

 万物両断エクスタスの前では、インクルシオの鎧は無力であり、非力であった。

 

「キリ桐切り……ギッ」

 

 大鋏型帝具エクスタスを閉じるだけで、少年を絶命させられる絶好の好機に、怪物はよろけ、隙を晒してしまう。

 否、自ら望んでよろけたのではなく、パンプキンの砲撃を受けたためであった。

 影の影響なのか、マインの行動を全く見ていなかった怪物は盾で防御する事を忘れ、成すがままに浪漫砲台の攻撃を受けてしまう。

 だが、以前の弱点であった頭部に攻撃を喰らうが、よろけただけで済んだのは、影のお陰でもあるだろう。

 

「限錐霧斬り……」

 

 瞳を動かし、マインに狙いを定めた化け物は一度の跳躍で、彼女との距離を詰める。

 しかし、数分前にその動きを見ていたマインは、既に回避行動を始めていた。

 

 盾の面を使い、彼女を押し潰そうとする怪物から横っ飛びで距離を空け、地面に寝転がった状態のまま、再び砲撃を始める。

 心の余裕はあったとはいえ、一撃喰らえば瀕死確定の攻撃を避けた彼女は、まさにピンチそのもの。

 放たれた砲撃は太く、化け物を覆い尽くす程であり、容易にかわすのは困難となっていた。

 更に盾を攻撃に使ったせいで、防御に回す手段がなくなり、化け物は砲撃をその身で受け止めざるを得なかった。

 

「どうよ!」

 

 クリーンヒットさせた手応えを感じたマインは立ち上がり、敵の生死を見極めようとする。

 動きを止めた化け物は銅像の様に突っ立っているだけである。

 戻ったタツミが横に並び、2人で化け物の行動に注目する。

 いくら化け物でも、多少のダメージは負っているはず。

 そこをタツミとの連携で再び崩す、というのがマインの算段であった。

 が、この計画は呆気なく崩壊する。

 

 

 

 

 

「あれは……?」

 

 ふと、タツミは上空に違和感を覚え、空を見上げる。

 綺麗な夜空が広がる他に、回転しながら舞う物が1つ、そこに存在していた。

 

「エクスタス……?」

 

 タツミの言葉にマインも空を見上げる。

 中を舞うのは黒い影が剥がれ落ち、元の姿に戻ったエクスタスであった。

 だが、直後に意識は逆方向に向けられる事になる。

 

「キキキキキキキキキキキッ!!」

 

 声は前方から聞こえた。

 少年の足元の地面から突き出した2本の巨大包丁……ギロンを黒く塗り潰した物体が、インクルシオの腹部に突き刺さる。

 鎧により、内部にまでギロンが突き刺さる事はなかったが、あまりの衝撃により、タツミは後方に吹き飛ばされる。

 

「ぐおっ……!」

 

「なっ……!?」

 

 よく見れば、怪物はギロンを装着していた腕を地面に突き刺していた。

 伸びる腕を利用し、ギロンを彼らの足元まで移動させていたのだ。

 黒く塗り潰す事でギロンの特性を殺し、囮としてエクスタスを放り投げた事で、ようやく成功した、怪物の苦肉の策と言えるだろう。

 結果は良好であり、タツミを吹き飛ばした後、マインの目の前に降り立つ化け物。

 元々、エクスタスを持っていた手で彼女の頭を掴み、軽々と持ち上げる。

 この怪物、どうしてもマインを持ち上げてから殺したいらしい。

 

「このっ……!」

 

 同じ様な状況でも、マインが取る行動は一つだけ。

 パンプキンの銃口を構えるだけである。

 だが、今度は既にチャージをある程度終えた状態で、だ。

 

「キッ!」

 

 目以外は黒く染まった頭部もろとも、砲撃をほぼ零距離で受けるが、決して手を離そうとはしない。

 砲撃終了後、ほぼ無傷の化け物は手に力を込め、マインの頭部を圧迫していく。

 

「ガッ……アァァァァァァァッ!!」

 

 脳内が潰されていく様な感覚に、人間であるマインは絶叫するも、怪物はその声を煩いとも、心地良いとも思わず、ただ淡々と力を込めていくのみ。

 

「マインッ!!」

 

 後方で体勢を直したタツミが走り出すが、前には2本のギロンを持つ手が、行く手を遮る。

 

「どけぇぇぇぇぇぇっ!!」

 

 ノインテーターで薙ぎ払いを行うが、攻めではなく、受け手に回ったギロンは易々と攻撃を受け流す。

 焦りで攻撃が単調になったタツミの攻撃を流す事は、今の怪物にとっては容易であった。

 

 

「アッ……アァッ……!!」

 

 ミシミシ、と嫌な音を立てていく少女の頭。

 眼前の化け物は「キリキリ」と言葉を発するのみ。

 痛みと苦痛の中、マインの意識は別の物に向けられる。

 

 

 

 

「(…………シェーレ?)」

 

 

 

 

 空中を舞っているエクスタスを優しく持った女性が、彼女の目に入ったのだ。

 かつて自分を護るために死んだ仲間の姿が。

 

 微笑む女性はエクスタスを掴むと、柄を持ち、刃を開いていく。

 後は重力に逆らう事なく、落下する。

 落下地点には――――――

 

 

 

「キ―――――――」

 

 

 

 黒く染まった化け物の頭部があった。

 万物両断エクスタスの前には、どんな物でも無力に等しい。

 頭部を真っ二つにされた怪物は、マインを掴んでいた手の力を緩め、タツミと闘っていたギロンを地面に横たわらせる。

 何が起きたか理解出来ないまま、化け物は後方へとよろけ、今度こそ機能を停止させた。

 

 攻撃の手が止んだ隙に、タツミは落下するマインと地面の間に滑り込む様に入り、抱き止める。

 受け止められたマインは、圧迫された痛みよりも先に、地面に刺さったエクスタスの側に佇む女性に視線を向ける。

 

「シェーレ……シェーレなんでしょう!?」

 

「えっ?」

 

 タツミに降ろされたマインはエクスタスの元へと掛けていく。

 姿がおぼろげな女性は言葉を返す訳でなく、駆け寄ってくるマインに微笑むのみ

 優しい顔に、マインの涙腺が潤み、両手を広げ、近づいていく。

 やがて女性とマインの姿が重なった時、女性……シェーレの姿は光の粒子となって消えてしまう。

 それでもマインは残されたエクスタスを抱き、しゃがみ込む。

 彼女の記憶の中でシェーレと過ごした日々が思い出され、一筋の涙が頬を伝う。

 

 

 

 

「……おかえり。シェーレ」

 

 

「……ただいま。マイン」

 

 

 声の主はそこには居なかったが、二人の耳には、確かに声が聞こえた―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オヤジ……オフクロ……先に逝って……飯、食べ……」

 

 帰ってきた仲間に涙している二人から少し離れた所で、Gは最後の言葉を述べていた。

 彼女もまた、懐かしい日々を思い浮かべ、涙し、そして額から出て来た花弁に全てを吸収され、消え去った。

 

 

 



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第十一話「潜入調査」

 

 Dr.スタイリッシュ。

 帝都の学者にして、イェーガーズの一員。あとオカマ。

 帝具「神ノ御手 パーフェクター」を持つ人物であり、マッドサイエンティスト。

 そんな彼は、単独でナイトレイドのアジトを発見し、奇襲を掛ける。

 様々な部下、毒、自らを危険種に変える薬などを使い、ナイトレイドを苦しめるも、

 とうとう一人の犠牲も出せず、自分がイェーガーズ、最初の犠牲者となってしまう。

 しかし、彼の奇襲により、アジトの場所がバレたナイトレイドは、新たな拠点に移動せざるを得なくなる。

 その過程で本部から来た、新たな仲間「スサノオ」と「チェルシー」を加え、合計八人となったナイトレイドは、新アジトが見付かるまでの、潜伏地点へと移る。

 

 そこでナイトレイドは態勢が整うまでの間、鍛錬に励む。

 マーグ高地と呼ばれる秘境にて潜伏している彼らは、空気が薄い状態での鍛錬により、効率良く、己のレベルを上げていく。

 同時に新入りであるスサノオ、チェルシーとの親睦も深め、コンディションは徐々に整っていく。

 

 

 一方、世間では新型危険種という大柄な人型危険種が発見され、帝都周辺の民家や人々を襲撃する様になっていた。

 イェーガーズはこれらの殲滅に日々、奔走している。

 

 

 暗殺組織、特殊警察組織、二つの組織が互いの目標に向かい、精進している頃、狂人は欲望の赴くままに視察に繰り出していた。

 二人の手駒を失ったにも関わらず、帝都北側への視察と題し、イリス、残りのギャオスと共に北へと向かう。

 流石にエスデスも危険と判断したのか、「クロメ」を護衛に付け、合計、六人となったパーティ。

 彼らの目標は……

 

 

 

「あー……ったく。暇でしょーがねぇ……でやがります」

 

「くひゃひゃひゃひゃひゃ! クロちん。お菓子食べる?」

 

「貰う」

 

「父様。母様。足元が歪んでおります。お気を付けて」

 

「ふわぁ……眠いなぁ……」

 

「………………」

 

 戦闘をクロメが務め、そのすぐ後ろにイリス、ジーダス、Z、Bと並び、殿はアルビノが着く。

 険しくも、木々が生い茂る山道を登り、目的地である北の異民族の拠点を目指す。

 今回もオネストに提供する食料の確保と、適当な怪画材料の調達が主な目的である。

 尚、Vは留守番をしている。

 

「ふーむ……しっかし、どいつもコイツも使えねぇ……ですねぇ。いや、本当」

 

 大樽を背負い、そこからチューブで酒を飲みながらも、汗一つ掻いていないジーダスは、後頭部を掻きながらぼやく。

 遂にJとGが死んだのだが、彼は少しも表情を変える事無く、淡々とその事実を受けいれた。

 いや、舌打ちはしていたが。

 

「クロちんは私と違って使える子だねぇ~。可愛い可愛い! んにゃははははは!」

 

「どうも」

 

 やたらと触ってくるイリスをジト目で見ながらも、クロメは周囲に気配がないか、敏感になる。

 

 

「……止まって」

 

「ほえ?」

 

 クロメが急に立ち止まる。

 気が付けば、複数の気配が彼らを取り囲んでいた。

 周囲の森の隙間から、大型な人型の化け物が姿を現し、六人を睨む。

 巷で有名になっている人型危険種たちである。

 

「ほう」

 

「………………」

 

「ふーん」

 

 各々に反応する中、クロメは八房の柄に右手を沿わせ、構える。

 だが、その前にジーダスがクロメの前に立ち、手で制止を掛け、後方のZに命令を下す。

 

 

 

「Z。殺せ」

 

 

 

「承知しました」

 

 主の命を受けた神父服を身に纏っていたZは、格好に相応しくないエレキギターを背中から外し、手に持つ。

 同時に、クロメを除いた全員が耳を防ぐ。

 

「?」

 

「あぁ。クロメさん。耳を塞いだ方がいいぞ」

 

「分かった」

 

 ジーダスの言うがまま、耳を塞ぐクロメ。

 危険種たちは隙だらけの六人を殺すべく、駆け出す。

 醜い殺意に犯された獣たちは、脱兎の如き速度で彼らに迫るも、それよりも早く、耳を劈く音が、危険種たちの脳内に響き渡る。

 

 無言ながら、激しい動きでエレキギターから音を奏でるZ。

 アンプが無くとも、凄まじい音を出すエレキギターはZの帝愚である。

 やがて凄まじい音にやられたのか、危険種たちは次々と前のめりに倒れていく。

 演奏を止めると同時に、全員は耳から手を離し、音を聞き入れる態勢を整える。

 

 

「…………クソが」

 

 

 演奏直後、言葉を発したのはZであった。

 先程までの大人しい少年の性格は鳴りを潜め、そこには血走った目で、倒れている危険種を睨む、狂人の性格が出始めていた。

 

「……俺を……お、俺を! 俺をそんな目で見るなァァァァァッ!!」

 

 突如、発狂した様に叫び声を上げたZは、エレキギターを振り被り、目の前にいた危険種の身体を滅茶苦茶に叩いていく。

 そこには美しさや凶暴さなどは微塵もなく、ただただ、恐怖に囚われた少年が泣き叫びながら、眼前の生物を肉塊へと変化させていく様子だけがあった。

 

「あれは……?」

 

 Zの豹変に首を傾げるクロメに、ジーダスが丁寧に解説を加える。

 

「Zの持つ帝愚「仮死楽器 ジグラ」はスタイリッシュによって作成された、帝具「スクリーム」の下位互換とも呼べる代物だ。効果は単純、「聞いた者を仮死状態にする」それだけだ」

 

「帝愚……?」

 

「あー……それの説明は後ほど……面倒くさいですねぇ……ともかく仮死させた後は、自由自在。好きに出来るんだが、アイツは仮死状態の生物が「自分を馬鹿にしている」っつー被害妄想に囚われているから、あぁやって発狂しながら殴り殺すんだわ」

 

「被害妄想……ね」

 

 

「俺の側に近寄るなあぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 叫びながら、横たわっている危険種全てを殴り殺す事、数分。

 全てを肉塊へと変えたZは大きな溜息を吐いた後、爽やかな笑顔に戻り、ジーダスに一礼をする。

 

「終わりました。父様」

 

「ご苦労さん。んじゃ、行きましょうか」

 

 足元の肉塊を横に蹴り飛ばし、ジーダスは何事も無かったかのように、歩を進める。

 他のメンバーも同様に歩き始めるが、クロメだけは彼らの異常さに、僅かながらの恐怖を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジーダス・ノックバッカーを仕留める」

 

 ナイトレイドのボスであるナジェンダの一言により、新入りのチェルシーは帝都内にある、ジーダス邸の側まで移動していた。

 配下を二人失い、イェーガーズが新種の危険種の殲滅に動いている間こそ、ジーダスを討つ好機だと踏んだためだ。

 そのためには、彼の「秘密」とやらを知る必要がある。

 そこで抜擢されたのが、変装の帝具「ガイアファンデーション」を持つチェルシーであった。

 現在、ジーダス一味は北へと視察に出掛けているため、今の内に自宅地下へと潜入し、情報を得てくる事が、彼女の仕事である。

 一応、荒事になった時のためラバックも帝都に向かっている。

 タツミはエスデスに見付かると厄介なため、レオーネはGが生きていた事により、顔がバレている可能性があったため、まだ割れていないラバックが選ばれた。

 二人はジーダス邸の側まで移動し、ラバックは近くで待機、チェルシーは変装し、ジーダスに成りすまして、地下へと潜入、といった形を取る。

 

 

 

 

 

 

 

「(ジーダス・ノックバッカー……仲間の仇だからね。隅々まで調べさせて貰うよ)」

 

 ジーダスに変装したチェルシーは、かつて地方のチームの一員であったが、自身が任務で出掛けている最中に、ジーダス一味によって仲間を全員、売り飛ばされた過去を持つ。

 故に、彼女はジーダスに恨みを持っている一人なのだ。

 だからといって、感情的になる事はなく、彼女は暗殺者として、静かにドアを開ける。

 

「(鍵が掛かってない……ラッキー)」

 

 家の中に入り込む。

 近くの民家の影からはラバックが顔を除かせて、チェルシーの行動を見守っていた。

 

 

 

「(まずは地下室への入り口を探さないと……)」

 

 不自然に辺りを見回さない様に、あくまで自然を保ちながら、彼女は部屋の探索を開始する。

 まず入ったのは食堂。

 綺麗に掃除の行き届いた食堂では一人の少女が、おやつの果物と紅茶を飲みながら、のんびりと過ごしていた。

 

「あら。主様。お早いお帰りで」

 

「あぁ。V。ちっと用事が早めに済みやしてね」

 

 最初にして最後の鬼門。

 留守番をしているVの情報は入っていたため、彼女にバレない事こそが、今回の任務の鍵である。

 チェルシーの内面に冷や汗が垂れる。

 だが、彼女の不安を他所にVこと、シスター風の服装をした少女は立ち上がり、台所へと足を運ぶ。

 

「今、お茶を用意しますね」

 

「いや。今日は遠慮しておきやすよ」

 

「そうですか……分かりました。所で、他の皆さんは?」

 

「珍しく帝都を見て回るとのことで……」

 

「本当に珍しいですね……承知しました。私は此処にいますので、何かあったら申し付けて下さいね」

 

 閉じられた瞳のまま、微笑みを作るV。

 チェルシーはバレていない事に安堵の息を吐くと、そのまま地下室への入り口を探すため、台所を出る。

 

「(地下階段の情報を引き出そうかとも思ったけど……下手するとバレるしね。ここは自力で探すしかないか……)」

 

 廊下を歩き、側面にあるドアを開けていくチェルシー。

 部屋の殆どはギャオスの私室になっているらしく、それぞれの趣味思考が凝らされた部屋になっていた。

 しかし、今のチェルシーにギャオスの事を調べている暇はない。

 そうして5分ほど探し、ようやく怪しげな扉の前に辿り着く。

 

「(いかにも……って感じだね。ここかな?)」

 

 ドアノブを掴み、捻ると木製の扉は鈍い音を響かせながら、ゆっくりと開いていく。

 鍵が掛かっていた場合は、Vから鍵の在り処を聞き出す覚悟もしていたが、それをしなくて済んだ事に、とりあえず安心する。

 

 目の前には石で出来た階段が見え、地下へと続いている。

 冷たい風と何処か血生臭い臭いが、彼女の顔に吹きかかる。

 

「(よし……当たり)」

 

 階段を降りつつ、扉を閉め、彼女は地下一階へと向かう。

 

 

 

 

 階段を降りると、石畳の床と小さなランプが置かれた小部屋に辿り着く。

 小部屋には二つの扉があり、片方を除くと大量の大樽と瓶に入った透明な液体が広がった大部屋となっており、もう片方は医療器具や実験器具が大量に配備された部屋であった。

 

「(これがシェーレって人が言っていた、実験室と保管部屋か……)」

 

 地下一階の情報はシェーレが死の間際に残した言葉により、ある程度の情報は得ていた。

 今回の潜入は彼女の情報があったからこそ、成し得た所業とも言えよう。

 まずは保管部屋に入るものの、本当に酒と薬以外は何もないため、早々に切り上げ、次に実験室に入る。

 ベッドやら机やら置いてある実験室では、薬品の臭いに混じり、腐臭と血の臭いが充満していた。

 嫌悪感を示しながらも、何か役立つ物が無いか探す。

 

 

「(ん? これは……!)」

 

 

 そこでチェルシーは、机の上に無造作に置かれていた、一冊の本を手に取る。

 

 

 

 表紙には「レギオンの生態、実験経過と死者蘇生薬(仮)についての私的絞殺……じゃなかった、考察」と長ったらしいタイトルが書かれていた。

 

 

 

「(これって……!)」

 

 中身を軽く読んで見るチェルシーは、この本こそ、自分たちが求めていた物だと判断し、同時に驚愕した。

 そこにはジーダスの強さの秘密、弱点、死者蘇生薬の真実など、彼らの仲間以外は決して知りようがない内容が示されていたからだ。

 

「(これは絶対に持ち帰らないと!)」

 

 懐に本を仕舞い、部屋の外に出る。

 目的を果たした彼女の目の前には、地下二階への階段が続いていた。

 

「(少なくとも、ジーダス達は明日までは帰って来られないハズ……私のキャラに合ってないけど、此処は更に奥まで調べちゃいますか)」

 

 意を決し、更に地下へと進んでいくチェルシー。

 ジーダスが彼女の仲間の仇でなければ、彼女を此処まで大胆にさせる事は無かったのだろうか。

 この彼女の行動が吉とでるか、凶と出るか……

 

 

 

 

 

 地下二階も一階と同様の作りであり、違うのは扉が一つだけ、という点だけであった。

 躊躇いこそ無いが、用心をして扉を開ける。

 そこには巨大な水槽と机のみが置かれた、質素な部屋であった。

 

「(怪画制作室……ジーダスの狂気の象徴にして収入源……)」

 

 軽く調べてみたが、特に目ぼしい物は何もないため、すぐに部屋を後にする。

 そうして彼女は地下三階へと向かう。

 

 

 

 地下三階、二階と全く同じ作りである。

 扉も一つだけであり、彼女は部屋へと入る。

 

 そこは本当に何も無い部屋、という表現が相応しかった。

 石造りの部屋には何も置いておらず、あったとしても、それは強烈な血の臭いだけであった。

 

「(何もないわね……何の部屋なのかしら?)」

 

 血の臭いには、ある程度耐性が出来ていたチェルシーは隠し部屋があるかもしれないと、隅々まで部屋を探すが、特にそれ関係の仕掛け等は見付からず、部屋を出ざるを得なかった。

 

「(怪しいけど……仕方ない)」

 

 そして彼女はシェーレの情報によると、最後の階層、地下四階へと足を運んでいく。

 

 

 

 地下四階、ここは階段の終わりと同時に目の前に扉が存在していた。

 鉄格子の小さな窓が付いた、鋼鉄の扉が行く手を遮っている。

 しかし、この扉には幾つもの血痕がこびり付いており、隙間からは腐臭と血の臭いしかして来ない。

 

「(うっ……)」

 

 戸惑いながらも、彼女は覚悟を決め、ドアノブに手を掛ける。

 捻りながら、扉を開け―――――――られなかった。

 

「……あれ?」

 

 今まで鍵が掛かってなかった事から、ここも大丈夫だろうと踏んだチェルシーであったが、この部屋だけは鍵が掛かっていた。

 何度か捻るが金属音が聞こえるのみ。

 開錠技術を持たない彼女は、部屋に入る事を諦め、階段を上っていく。

 既に目的は達成された。

 後は生きて帰るのみ。

 

 

 

 

 無事に一階まで戻ってきたチェルシーは、地下へと扉を閉め、玄関へと向かう。

 特に何も無かった事に拍子抜けしながらも、玄関に辿り着き、ドアに手を掛ける。

 

 

 

 

 

「もうお帰りですか? もう少しゆっくりしていけば良いのに」

 

 

 

 

 

「ッ……!?」

 

 

 チェルシーの背後で、薄目を開けたVが白銀の槍の先端を向けながら、言葉を放つ。

 先端は彼女の背中、1cmの所まで迫っており、Vが僅かに力を込めれば、チェルシーの身体には穴が開いてしまうだろう。

 

「……何の事でやがりますかねぇ?」

 

 だが、チェルシーもすぐに正体を晒す程、間抜けではない。

 まだVがこちらを偽者と見抜いた証拠が無いからだ。

 少なくとも、チェルシーの記憶内ではバレた様子は一切ない。

 

「ふふっ。演技がお上手なのですね。主様の真似をするなんて……ねぇ」

 

「V。気でも触れやがりました? 私に向かって、こんな態度を取るなんて……」

 

「…………こちらを向いて頂けますか?」

 

「…………それで納得するなら」

 

 Vの言葉通り、振り向くチェルシー。

 ジーダスとしての表情、笑顔を一切崩さずに、常に余裕のある言動を選んでいく。

 対面したVはジーダスの行動、表情、態度、言動、全てに注目する。

 

 

 

 

 

 そうして30秒ほどが経過した時、Vは槍を下げる。

 

 

 

 

 

「失礼しました。主様。いつも主様が申し付けておりました「とりあえず私が一人で来たら、カマを掛けろ」というのを実行したまでです。演技とはいえ、主様に槍を向けた事、お許しください」

 

 一礼するVにジーダスは笑顔のまま答える。

 

「構いません。お見事でやした。V。今後もその調子で頼みやがりますよ。私はちょっとイリス達を迎えに行って来ますので」

 

「承知しました。お帰りをお待ちしております」

 

 笑顔で右手を軽く振るVを背後に、扉を閉め、外に出るチェルシー。

 民家の影に隠れていたラバックの元に向かい、ジーダス邸が見えなくなった時点でガイアファンデーションを解く。

 

「ぷはぁっ……あー。死ぬかと思った」

 

「お疲れ様。チェルシーちゃん。良い報告は出来そうかい?」

 

 チェルシーに労いの言葉を掛けるラバックに、チェルシーは懐から取り出した本を見せ、小悪魔的な笑顔を見せる。

 

「最高の報告が出来るよ」

 

 

 



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第十二話「自害回顧」

 

「帰った……帰りやした」

 

 北の異民族の拠点を潰し、ジーダスが帰宅したのはチェルシーが立ち去ってから、数時間後の事であった。

 クロメの加勢により、思った以上に早く済んでしまったため、予定を切り上げて戻ったのだ。

 尚、途中で宮殿に立ち寄り、オネストに献上品を奉納した後、戻って来た彼だが、イリスはクロメが気に入ったのか、一緒に付いていき、アルビノとBはそれぞれ帝都内を散策している。

 

「ん? 鍵が開いてやがる……」

 

「お帰りなさい。主様。女神様たちは見付かりました?」

 

 イリスの事を女神と呼ぶVは首を傾げながら、主であるジーダスに問う。

 己を慕う部下の発言に、開錠と言葉の意味が理解出来ないジーダスは聞き返す。

 

「はい? 私はたった今、北から帰って来たのだが……」

 

「え? 先程、お一人で帰って来たじゃないですか」

 

「…………まさか」

 

 噛み合わない言葉に、ジーダスは一つの懸念を生み出し、地下室へと早足に向かう。

 主の行動に少し驚いたVも、すぐに後を追う。

 

 

 

 

 

 地下二階 イリスの実験室にて、ジーダスは空白となった机上を見つめた後、その周辺を探し回る。

 行動の目的は、イリスが付けていた実験を書き連ねた日誌である。

 あれには、ジーダスとイリスの全てと言っても過言ではない情報が記されており、決して身内以外に見せてはいけない物なのである。

 幾ら探しても見付からない事に、ジーダスは初めて己の油断と愚かさを呪った。

 

「……チッ」

 

「あの……主様?」

 

 不安そうにジーダスの背中に声を掛ける少女。

 脅えるその姿は年相応の女の子であり、とても可愛らしく見える。

 だが、目の前の狂人は、そんな彼女の美しさなど微塵も考えず、言葉を紡ぎ出す。

 

 

 

 

「V。貴女は私と侵入者を間違えました」

 

 

 

 

「…………え?」

 

 呆然とし、意味を全く理解出来ないVに対し、ジーダスは淡々と続ける。

 

「しかも、私とイリスの重大な秘密を持ち出されました」

 

「え……わ、私……」

 

 振り返った顔に浮かんでいたのは笑顔。

 舌打ちをした時の殺気に満ちた表情は消え、微笑みといっても問題ない顔で、ジーダスはVに近寄る。

 

「さて……V。今から貴女のすべき事は分かりますか? あれだけ私を崇拝していたにも関わらず、侵入者と私を間違えた。貴女のすべき事が」

 

「あ……あぁ……私……私のすべき事は……」

 

 両手で頭を抱え、しゃがみ込もうとするVの手を掴み、無理矢理に立ち上がらせる。

 顔を除きこむジーダスの目は、顔とは違い笑ってはいなかった。

 

「貴女のすべき事は?」

 

「し、侵入者を討ち取って……主様に謝罪をする事……」

 

 脅えきった顔で言葉を力なく出すVに対し、ジーダスは薄く目を開く。

 冷め切った瞳がそこにあった。

 

「普段ならそうです。ですが、貴女はしてはならないミスを犯した……してはならないミスを」

 

「してはならない……ミス……」

 

「そう。絶対に越えてはいけない線を、貴女は越えてしまった……さぁ、ここまで言えば分かりますよね? 貴女のすべき事が」

 

「……………………」

 

 力なく手を降ろすVの手を離すジーダス。

 虚ろな瞳でゆっくりと動きながら、入り口付近に立て掛けてあった白銀の槍を手に取ると、主の方を向く。

 

 

 

 

 

 

 

 

「死んでお詫び申し上げます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は躊躇う事なく、槍を己の額に突き刺し、意識が途切れる前に、槍を持つ手を下へと引っ張る。

 当然、槍も手に沿って動き、Vの身体は縦に両断される。

 大量の血飛沫が沸きあがり、床と壁、実験器具を汚していく。

 血が溢れる床の上を歩き、主である青年は頭部付近にあった花弁らしき物体を取り上げる。

 花弁から大量の黒い何かが溢れ出るが、構わずに口を開け、飲み込んでしまう。

 口から大量の黒い何かが溢れ続け、死体となったVに纏わり付いた後、黒い何かは少女の全てを吸収し、ジーダスの口内へと消えていく。

 大量の血痕を残し、ジーダスは笑顔のまま告げる。

 

「そう。それが正解」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Vが自害する数時間前。

 

 帝都内を目立たずに、しかし早足に移動する二人の少年少女が居た。

 ナイトレイドのチェルシーとラバックである。

 先程、ジーダスの重大な秘密を手に入れた二人は、急いで内容を報告すべく、帝都からの脱出を図っていた。

 とはいえ、別に追っ手がいる訳でもないため、心の余裕はあるのだが。

 

「しかし、ジーダスの重大な秘密って何だろうね?」

 

「チラッと読んだだけじゃさっぱりだけど……戻ればじっくり読めるし、そこで対抗策を練られるしね」

 

 あまり大声で話せない内容のため、小声で話しながらも移動は止めない二人。

 人が蔓延るメインストリートを進み、門へと向かうチェルシー達であったが、そこで二人に声を掛ける人物が現れる。

 

 

 

「……チェルシー?」

 

 

 

「え?」

 

 自身の名を呼ばれ、チェルシーはふと、足を止める。

 声がした先を見ると、同じ様に足を止め、自分を見ている人物がいた。

 季節を考えない黒いコートに、赤黒く長いマフラーをした少年……

 

「アル……ビノ……?」

 

「チェルシー……」

 

 少女の前まで移動して来た少年は、人目も憚らずチェルシーに抱きつく。

 状況が理解出来ないラバックは「え? え?」と混乱するばかり。

 

「貴方……生きてたの……?」

 

「チェルシーこそ……心配した……!」

 

 涙目になるアルビノに呆然とするチェルシー。

 周囲の人々も二人を奇妙な物を見る様な目付きで見てきたため、とりあえずラバックは自身の貸し本屋へと二人を連れて行く。

 

 

 

 

 

 

「えーと……つまり、アルビノ君はチェルシーちゃんと同郷だったんだけど、とある理由で村を離れる事になったと。んで、別の村に移り住んだ途端、ジーダスに村を壊滅させられて、唯一生き残りだった君は、奴に引き取られた、と……こういう事で合ってる?」

 

「そうだな」

 

 チェルシーとアルビノの回想を三行でまとめたラバックは、奥から飲み物を取ってきて、二人に渡す。

 当然、自分の分はカウンターの上に置いてある。

 

「でも良かったよ。アルビノが生きててさ。村がジーダスに襲われたって聞いた時、私、てっきり死んじゃったかと思ってたし……」

 

「心配掛けた……だが、俺もチェルシーの事は心配していた……俺にとって最も大切な、このマフラーをくれた、お前の事を」

 

 そう言い、アルビノは先端を不器用ながらも修復したマフラーに触れる。

 元々は真紅に染まっていた物が、年季によって所々黒くなっているが、彼がマフラーを大切に扱っている事は理解出来る。

 

「そのマフラー……アルビノが村を出て行く時に、私があげた奴だよね?」

 

「そう……以降、辛い時も悲しい時も、このマフラーがあったから耐えられた……チェルシーとの思い出が、俺の精神を壊さずにいてくれたんだ。ありがとう」

 

 頭を深々と下げるアルビノに、チェルシーは軽く答える。

 

「いやいや……そこまでの事をした覚えはないけどね……」

 

 マフラーでの思い出はそこそことし、暗殺者である彼女は話題を本命へと持っていく。

 

「……所で、ジーダスについて聞いても良い?」

 

 チェルシーは純粋に、同郷の知り合いだったアルビノが生きていた事を喜んだが、同時に彼がジーダスの私兵である事を知ると、情報を聞き出そうとしていた。

 少女である前にプロの暗殺者であるチェルシーにとって、アルビノは貴重な情報源なのだ。

 そんな彼女の真意を知ってか知らずか、アルビノはチェルシーの言葉に答えていく。

 

「構わないが……その前に一つだけ。俺の会話は全てジーダスに聞かれている可能性が高い」

 

「ッ……それは本当?」

 

「チェルシーの前で嘘は吐かない。故に、話しても良いが、二人が危険な目に遭うだけだぞ」

 

「ふむ……聞かれるメカニズムは不明だが、それは困ったね……」

 

 ラバックは指を顎に当て、思案する。

 チェルシーも同様に考え込むが、そこで一つの案が浮かぶ。

 

「それじゃあ………………………諦めましょう」

 

「ん?」

 

「おぉ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数時間後 帝都外

 ナイトレイドの潜伏地点へと向かう二人は、道中の森の中を馬に乗って移動していた。

 アルビノとは帝都で別れ、そのまま何事もなく、帝都を出る事が出来たのであった。

 

「いやー、チェルシーちゃんの頭の回転の速さには参っちゃうね」

 

「まぁ、あれくらいはね……でも、アルビノがあんな事言い出すなんて……」

 

 アルビノとの会話の中で、確かな手応えを得た二人は、良い情報を持って、アジトへと進む。

 チェルシーは僅かに頬を赤らめながら。

 

「でも……その前に」

 

「……えぇ」

 

 ラバックの言葉にチェルシーは表情を正し、頷き、馬を止め、地面に降りる。

 人気のない山道には馬の荒い吐息だけが響く。

 

 

 

「いるんだろ? 殺気が強すぎて分かりやすいぜ」

 

「ここなら安心して殺り合えるから」

 

 

 

 二人の言葉に、木々の間から姿を表す少女が一人。

 透明化していたレインコートのフードを脱ぎ、姿を現す。

 するとレインコートは派手な七色へと戻る。

 

「アルビノと話していた……ナイトレイドの人達……だよね?」

 

 幼さの残る少女は静かに尋ねるが、ラバックはとぼけた様に答えるのみ。

 

「さぁ? どうだろうね」

 

「……そう。まぁいいや。ナイトレイドじゃなかったらゴメンナサイ。もしそうだったら……JとGの仇、取らせて貰うよ」

 

 殺意に満ちた視線で、レインコート少女、Bはフードを被り直し、二人を見る。

 

 ジーダスからJとGが死んだ事を聞かされた彼女は、大いに悲しんだ。

 主へと異常な忠誠心と殺人への意識を除けば、彼女はまだまだ幼い子どもである。

 共に生活をしていた家族同然の存在が消えれば、それは悲しむに決まっている。

 ギャオスの中でも、特に仲間意識が強かったBは泣き喚き、ナイトレイドへの復讐を決めたのだった。

 とはいえ、全く情報のない状態では探し様もないため、彼女は北からの帰還後、単独で帝都内をうろついていた。

 ナイトレイドに関する情報集めのためだ。

 しかし、歩けど歩けど何の手掛かりも掴めず、諦め、帰宅しようとした矢先、アルビノが二人の少年少女に声を掛けている場面を目撃し、尾行を開始した。

 

 帝愚「殺人光線 バルゴン」、つまりレインコートの持つ「透明化」を使用し、貸し本屋内での密談を目撃した彼女は、二人がナイトレイド、もしくはそれに強く関係する者であると判断し、尾行を続ける。

 身体改造によって、馬にすら容易に追いつく脚力を誇り、木々の隙間から二人を追跡していたBであったが、既にラバック達には尾行がバレており、声掛けによって出て来た……というのが事の瑣末である。

 

「敵討ち……事情を知っているって事は……やっぱりジーダスは私兵の出来事を把握出来る能力、もしくは帝具持ちって事か……」

 

 ラバックはBの発言から、ジーダスの情報収集の源を考え、二つの推測に辿り着く。

 特殊能力か帝具持ちであると。

 

 

 

「じゃあ、覚悟してねっ!」

 

 Bが意気込むと、レインコートから模様と同様の虹が放物線を描きながら、ゆっくりと二人に迫る。

 

「んん?」

 

 流石に難解過ぎる攻撃に二人は首を傾げる。

 が、あの虹に当たる事は危険という事だけは分かるため、チェルシーは森の中に逃げ、ラバックはバックステップで少し下がり、クローステールの糸を、周辺の木々に張り巡らす。

 まずは自分にとって有利な状況を作り上げる事こそが、戦闘の基本である。

 そして帝具を見せた、という事は暗殺家業の彼にとっての本気を意味する。

 この殺し合い、Bが死ぬか、ラバック&チェルシーが死ぬか。

 

「殺す―――――」

 

 レインコートから虹を射出し続けたまま、Bはラバックの元へと掛ける。

 張り巡らされたクローステールを紙一重で交わし、易々と彼の下へと辿り着く。

 その間、虹は糸に触れるものの、ただすり抜けるのみ。

 されどラバックは既に、クローステールの槍を作り上げており、少女の心臓目掛けて突き出していた後だった。

 

「……にはっ。残念」

 

「最近、こんなのばっかだよなぁ!?」

 

 攻撃を避けようとせずに受けたBであるが、レインコートが槍を簡単に防いでしまう。

 流石に服で防がれた経験はなかったため、ラバックは驚きながらも後方へと下がる。

 突かれた衝撃により、後方の糸に接触するBであったが、やはりレインコートが彼女を糸から守る。

 三本の糸が切断され、ラバックは今後の行動を考える。

 

「(あのレインコートのせいで、クローステールが効かないと見るべきか……なら、露出してる顔を狙うしかない訳だけど……可愛い子の顔を攻撃するのもな……)」

 

「さぁさぁ。殺しちゃうよ?」

 

 思案する少年に向かい、レインコート少女は駆け出す。

 ようやく射出された虹はラバックの後方の地面に着地するも、やはり何も変化はない。

 地面と接着すると同時に虹は消える。

 

「(第一、あの虹は何なんだよ! 全く、不確定要素多過ぎるぞ! この子!)」

 

 Bの殴打を避けつつ、時折、不意打ち気味に来る蹴りは体に巻きつけたクローステールで防ぐ、という防御を繰り返し、少女は再び少年から距離を取る。

 

「うーん……お兄さん。結構強いね……私の切り札も当たらないし……」

 

「その発言は、虹が切り札って事でいいのかな?」

 

「どうぞご自由に捉えてね。それじゃあ……」

 

 フードを更に深く被り、目元まで覆い隠してしまう。

 するとレインコートが七色に輝き始めると同時に、周囲の景色と同化し始め、彼女の姿は完全に消えて無くなる。

 

「透明化か……」

 

「あはは。その首を跳ね飛ばして上げるね」

 

 前方から聞こえてきた声はすぐに消え、静寂に包まれた木々が、風に揺れる音のみが残る。

 

「でも、身内に使える奴がいると……案外、対処し易いもんだよ」

 

 ラバックはそう言うと、ゴーグルを装着し、クローステールの糸を操作し、地面を何度も抉り上げる。

 巻き起こる砂埃が周囲に散布され、軽い砂の結界が完成する。

 

「ふえっ!? 痛っ!?」

 

 突然の砂嵐に、砂が目に入ったBは思わず、両手で顔を覆う。

 

「透明化は見えなくなるだけだ。存在が消えた訳じゃない。古典的な手だけど、砂埃や水を周囲に散乱させれば、簡単に居場所が判明する……つー事だよ!」

 

 自分はゴーグルによって視界を確保していたラバックは持っていたナイフを、動きを見せたBの顔目掛けて投擲する。

 目を瞑っていたBには回避する手段がなく、ナイフが突き刺さるものの、手で顔を覆っていた事が幸いし、致命傷に至らずに済む。

 

「普通は手で覆うよな……そこも計算済みっ!」

 

 行動を読んでいたラバックはナイフに糸を絡ませており、操作する事でBの腕を強制的に動かす。

 いきなり腕が勝手に動いた事により、Bは体勢を崩し、転んでしまう。

 

「あうっ!」

 

「……ごめんな。これで終わり」

 

 転倒した結果、フードが脱げ、透明化が終わってしまった無防備なBに、少年の投擲したナイフが額に突き刺さる。

 

「あっ……」

 

 驚いた様に目を見開き、動きを止める少女だが、ラバックは既にクローステールにより槍を編み出し、次の行動に備えていた。

 

「(あのJって奴は死んだと思った後に、黒い何かに飲み込まれて変化しやがった……だから、この子も化け物になる可能性は十分にある……なら、変化が始まったと同時に頭部を完璧に壊す……!)」

 

 投擲モーションのまま、Bを注意深く見るラバックであるが、一向に動く気配はない。

 頭部から黒い何かが溢れ出る事もなく、二分が経過する。

 既に砂埃は消えており、周囲には木陰から二人を様子見するチェルシーの気配しかない。

 

「……大丈夫……なのか?」

 

 一応、槍を持った少女を眺めるラバック。

 ナイフを糸によって回収し、徐々に近づいていく。

 

 

 

 

 その時である。

 

「!」

 

 一際、身体が跳ねた後、Bの額から溢れ出た黒い何かが、少女の身体をあっという間に包んでしまう。

 時間差で油断していた事、侵食速度がJよりも段違いであった事もあり、ラバックが行動する前に、全身を影にしたBは立ち上がり、逃げる様に森の中へと走っていく。

 

「あ! 待て!」

 

 追い掛け様とする少年であったが、森の中で奇襲を掛けられると危険だと判断し、その場に一瞬、踏みとどまる。

 しかし、チェルシーがいない事に気付き、急いで後を追う。

 

「(まさか追い掛けたのか……!?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 クローステール使いから逃走したBは、森の少し開けた場所でのたうち回っていた。

 全身を支配する殺意が、人間を殺せと叫び続ける。

 頭が殺意で満たされ、可笑しくなりそうであった。

 だがそれでも、彼女は僅かに正常を保っていられたのは、ジーダスへの異常な忠誠心であろう。

 彼の役に立ちたい。

 それ以外に自分に価値はない。

 自分を救ってくれた、あの人のために―――――

 

 

 殺意が満ちていく中、Bの目の前に人影が現れる。

 もう警戒態勢に入る余裕もない少女の前に出て来たのは、彼女が最も敬愛する人物、ジーダス・ノックバッカーであった。

 

「ジーダス……様……?」

 

 朦朧とする意識を呼び起こし、少女は必死にジーダスという存在を認識しようと、頭を動かす。

 殺意の言葉が蔓延り、周りの木々すら殺す対象と誤認し始めた視覚でさえ、主である青年を間違えずに認識する。

 

「ジーダス様……ごめんなさい……ボク……失敗しちゃった……」

 

「………………良く頑張りやがりましたね。B」

 

 笑顔のまま、労いの言葉を発したジーダスにBは思わず、俯かせていた顔を上げる。

 後光が射す事により、神々しささえ感じる青年の姿に、Bは一筋の涙を流す。

 

「褒めて……くれるの……? こんなボクを……」

 

「えぇ。ですから、B……」

 

 

 

 

 

 

「貴女。私のために死にやがって下さい」

 

 

 

 

 

 

 発された言葉は偶然にも、Bがジーダスと出会った際に言われた台詞と、一言一句、間違わずに合っていた。

 懐かしい出会った頃の記憶を思い出し、瞳から更に涙が溢れ出す。

 

「……ジーダス様。その言葉……えへへ……やっぱりジーダス様は優しいや……」

 

 頭の中の殺意が全て消え去ると同時に、彼女を覆っていた黒い何かが頭部から現れた花弁に吸収される。

 無論、彼女の身体も取り込まれるのだが、その際の彼女の顔は笑顔で満ち溢れていた。

 

 花弁はBの全てを吸収し、静かに消え去る。

 

 

 残されたジーダスは煙と共に、一人の美少女へと変化する。

 否、元に戻る。

 

「……知らないまま死ねるって事は……本当、幸せな事だね……」

 

 チェルシーは何処か寂しさを覚えながら、遅れてやって来たラバックと合流し、仲間の下へと戻っていく。

 

 

 

 



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第十三話「狂人正体」

 

「これがジーダス・ノックバッカー及びイリス・アーベンハルトの全てか……」

 

 チェルシーが持ち帰った「イリスの実験本」を読み終えたナジェンダは、会議室の椅子から立ち上がり、既に情報を頭に叩き込んでいる他のメンバーに指令を下す。

 

「明日の夜、ジーダス・ノックバッカーが視察のため、南に向かうという情報を得た。そこで決着をつける」

 

 決意に満ちた目で全員が頷き、決戦への覚悟を決める。

 成すべき使命、革命のため、障害と成り得る狂人、ジーダスを討つ、と。

 

 

 

 

 

 

 

「しかしまさか……絶滅したと思われていた超級危険種と同化していたとは……」

 

 各々が退室した後、残っていたナジェンダとチェルシーは今一度、実験本の中身を確認していた。

 

「そりゃ帝具なしでも強い訳だ……素材どころか、そのものを取り入れているんだもの」

 

 チェルシーは本を持ち、適当に捲ってみる。

 ご丁寧に記載された内容が、彼女の目に入る。

 

 

『超級危険種 レギオン』

 始皇帝が存在していた時代、つまり千年前に存在していた生物。

 分子レベルで存在している危険種であり、食肉傾向が強いため、寄生主の体内を食い殺し、操作し、行動範囲を広げていた。

 存在が確認された当初は「未知のウィルス」と思われていたが、「ノックバッカー一族」により、存在が露呈し、以降、超級危険種として認定される。

 百年間の研究による結果、絶滅させる事に成功。

 以後、その存在は現代まで確認されていなかった……が、実際はノックバッカー一族により生き永らえており、「改造」された結果、ノックバッカー一族の身体に囚われ、以後、体の良い存在として扱われてきた。

 

 

注意事項

 レギオンは生物であるため、「感情」を持っている。

 彼らの感情は、自身らを絶命に追い込んだ「人間」を極端に憎んでおり、「殺意」として存在している。

 ノックバッカー一族はレギオンと同化した際、この「殺意」を受け続けたため、徐々に狂い始めてしまった。

 現当主「ジーダス」は殺意で狂った両親から生まれた、「存在意義が殺意に満たされた器」である。

 生まれた理由は「人間の絶滅」のため。

 それ以外の価値はなく、それ以外は何も知らないのである。

 

 

レギオンの特性

 

元々備わっている能力

「鋼鉄の如き強度を誇る肉体」

 全身に同化させる事で、人間でも同様の硬さを誇る事が可能。

 「帝具 村雨」の持つ呪毒すら、表面に存在しているレギオンが引き受けるため、本体には全く影響しない。

 

「死滅すると大量の煙を上げる」

 死んだ時は蒸発する様に煙を上げて死ぬ。

 これを利用し、目暗まし等を行う事が可能。

 

「透明化」

 レギオン自身は透明化が可能である。

 ただし、同化した人間は臓器等の関係で不可能。

 

「個体同士の会話」

 遠距離でも会話が可能。

 特殊な電波らしき物(詳細不明)により、遠く離れている個体の情報を得る事が出来る。

 

「飛行能力」

 レギオン自身は飛行能力を有する。

 同化した人間は体重の関係で不可能。

 

「単体生殖」

 交尾を必要としないため、単体で生殖を行える。

 ただし改造により、効率は大幅に低下している。

 それでも一匹で10万体近くは生成可能。

 

改造により備わった能力

「同化」

 人間との同化。

 ノックバッカー一族のみが行ってきた秘術であり、現在はジーダス以外のノックバッカーが存在しないため、完璧な実現は不可能。

 資料もなく、ジーダス自身も方法を知らないため。

 私の技術力である程度の再現は可能。

 

「宿主の再生能力の強化」

 同化した存在の治癒能力を大幅に向上させる。

 四肢切断程度ならば、一日くっ付けて置けば、元に戻る。

 擦り傷、切り傷程度ならば即座に完治する。

 

「身体能力の大幅強化」

 生物の身体能力を大幅に底上げし、超人に匹敵する力を誇る様になる。

 また痛覚を遮断する効果も持つ。

 

 

弱点

「餌の確保」

 レギオンは生物故、餌が無ければ死んでしまう。

 故に、日々、大量の餌の確保が必要である。

 ノックバッカー一族は改造の際、餌を「酒」にする事で難を逃れてきた。

 そのため、一日で大樽二つ分を摂取しないと、レギオンは飢え死にする。

 

「薬の投与」

 レギオンの調整、調和のために必要な薬の定期投与を忘れると、レギオンが暴走し、自ずと身体が崩壊する。

 一日三回、飲み薬、注射、どちらでも可能。

 

「体外への放出」

 レギオンは改造により、ノックバッカー一族の体内から放出されると、数秒で死に至る。

 彼に触れた人間が内部から食い荒らされるも、何も残らないのはこのため。

 ただし、私の改造により、「他人の体内でなら生存」させる事も可能。

 この場合、レギオンの能力は著しく低下する。

 

特性

 ジーダスは血液内にレギオンを混ぜ、様々な場所にバラまく事で、血液内のレギオンを使い、色々な情報を得てきた。

 レギオンの混ざった血液は、レギオンが死なない限り消える事はない。

 

 例外として私、イリスの体内にもレギオンが入っている。

 私の技術により、レギオンの品種改良が出来たお陰だ。

 しかし、ノックバッカー一族に比べ、レギオンの性能は大幅に劣化している。

 悪しからず。

 

 

 

 

 

「奴の広い情報網はレギオンによる物……「死病」と呼ばれた事もレギオンのせい、と……種を明かせば簡単な物だが、この超級危険種を飼い馴らした事こそ、ノックバッカー一族の狂気なのかもしれんな……」

 

「身体能力等も同様。でもそのレギオンの殺意に飲み込まれているなんて……結局、人間が危険種を完全に操作するなんて不可能って訳だね」

 

「その点だけでいえば、哀れな生き物なのかもしれんな。ジーダス・ノックバッカーという生物は」

 

「まぁ、理由はどうであれ非道を行った事に変わりないからね」

 

「そうだな。仲間を愚弄した罪、革命軍にとって障害、依頼が来ている以上、奴には消えて貰う」

 

 ボスの会話をした後、チェルシーは更にページを捲り、「死者蘇生薬」の部分を読んでいく。

 

 

 

 

『死者蘇生薬』

 正確にはノックバッカー一族の体内以外でも生存可能になった、大量のレギオンを液体と一緒に体内に染み込ませ、強制的に脳や心肺等を蘇らせた状態にする薬物。

 まだ試作段階のため、完全に元通りになる事はない。

身体面は日常生活を行える程度になっている。

戦闘などは不可能。

記憶、魂、精神といった面はまだ不明な点が多い。

ただ精神の形が、この薬物によって一定期間、現世を漂う……という非現実的な報告もあるが、詳細不明。

またレギオン維持のため、大量の酒と定期的な薬の摂取が必要となる。

 

 

「分からんのは、何故、殺戮を求めるジーダスが死者蘇生薬をイリスに作らせたか……という点だ」

 

「狂人の考える事は不明だけど……皆目検討も付かないね」

 

 そうしてページを捲っていく中、全員がそれぞれの思いを抱いた、最後のページを開く。

 

 

 

 

 

 

「この本を私とジーダス以外が読んでいる場合、読んでいる貴方は何者だろうか?

 多分、ジーダスや私に深い恨みを抱いているだろうか。

 それとも利用しようしているだろうか。

 この際、どちらでも構わない。

 私ことイリス・アーベンハルトは、この本を読んでいる貴方に望む。

 

 ジーダス・ノックバッカーを殺してくれ。

 

 彼は生まれる前から、存在を定められた存在。

 全ての人間の殺戮。

 これだけのために存在している、

 彼の犯した非道、非人道的行動は許される物ではない事は分かっている。

 それでも、私は彼を救ってやりたいのだ。

 仲間すら何の価値も見出していない彼だが、私は救いたい。彼を救ってやりたい。

 だが、私は彼の道具である以上、何も出来ない。

 自分が愚かしいと呪う事もある……が、今、ここで愚痴を言ってもしょうがない。

 貴方がジーダスに恨みを抱いているのならば、殺せるだけの力があるのならば、いや、この際に彼の持つ金に興味があるでも良い。

 彼を殺してやってくれ。

 これは私の我侭だ。

 非常に勝手な我侭だ。

 でも言わせて欲しい。

 彼は人間でありながら人間ではないのだ。

 そんな彼は哀れであり、悲しくもあり、虚しいのだ。

 故に殺してくれ。

 

 彼を殺す際、私は貴方の邪魔をするだろう。

 でも構わない。

 容赦なく殺してくれ。

 私と彼を殺してやってくれ。

 

 

 しかし、私には一つだけ気掛かりな事がある。

 それはははははははははは、彼のあたうけけけけけけけけけけけ

 ははははははははははははマザーレうひひひひひひひひひひひひ

 だから私は彼にきけけけけけけけけけけけうひゃひゃひゃひゃひゃひゃ」

 

 

 

 

 

 文章の最後は書き殴った様に、汚い字となっており、ここで研究日誌は終わりを告げている。

 普段のイリスとは全く違った文章に、これが彼女の本性であったと驚くと同時に、彼女の願望を見て、何とも言えない気持ちになった。

 それでも暗殺対象に情を抱く彼らではない。

 アカメの様に、更なる決意を固め、ナイトレイドは明日の夜の決行に備える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数刻前 ジーダス邸にて

 

 

「……Bも死んだか」

 

「戻って来たのー?」

 

 実験室にこびり付いた血痕を雑巾で拭き取りながら、イリスは後方で佇むジーダスに問う。

 忌々しげに近くにあった机の脚を蹴飛ばし、壊してしまうジーダスだが、イリスは彼に微塵の恐怖も抱かない。

 よく見れば、彼の体内に、何処からともなく現れた黒い影が吸収されているのが分かる。

 

「イリス。あの実験本を何故、机の中とか金庫の中とかに入れて置かなかったんだ?」

 

「んー? だってジーちゃんが何も言わないんだもん」

 

 致命的な失敗を犯したVは処分したが、今回の件はイリスにも非があるとし、ジーダスは幼女に問う。

 雑巾をバケツ内の水に浸し、絞りながら狂った医者は笑う。

 

「私が何も言わなくてもやれよ……クズが」

 

「にゃはははは。実は気付いていたよ? あの本の位置は」

 

「ハァ? だったら片付けるなんなりしろよ」

 

 イリスの一言に怒りを覚えた青年は、幼女の首を掴んで軽々と持ち上げる。

 息苦しさがイリスの全身に伝わるものの、彼女は少しの苦しさも見せず、いつもの笑みを浮かべる。

 

「私はジーちゃんの道具だよー? 仲間じゃないもーん。道具のミスは使用者のミスでしょー?」

 

「……チッ」

 

「ふにゃ!」

 

 壁に叩きつける様に投げ捨て、舌打ちをしながらジーダスは部屋を後にする。

 一方のイリスは相方が居なくなった事を確認すると、普段とは違う笑顔を見せる。

 

「んふふふふふ……やっぱり鍵を開けておいて正解だったねぇ。盗んだのはナイトレイドの人達かなー。なら、もうすぐ私たちは死ぬねぇ……でもでも、その方が幸せだよね? ねぇ、ジーダス・ノックバッカー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(殺意が酷いな……残っているのはアルビノとZ……チッ。自分の中から知性が消えていくのが分かる……クソが……どうする……)」

 

 自室にて、ベッドに身体を預けながら、ジーダスは天井を眺める。

 スーツはだらけなく肌蹴、華奢ながらも鍛え上げられ、割れた腹筋が顔を除かせる。

 白髪の髪を掻き分け、血が滲む程、頭を引っ掻きながら、今後の行動を思案していく。

 

「(秘密が知られた以上、生かしておく訳にはいかねぇ……ナイトレイドが近い内に俺を殺しに来るのは確実……なら、こちらから出て行ってやるか……? 戦力的には不安だが……切り札、奥の手もある……イレギュラーさえ起こらなければ、殺し尽くせるだろう……)」

 

 視界に入る天井の染みが、今まで殺してきた人々の表情に変化していく様に見えて来たが、今の彼にとっては些細な事である。

 

「(イェーガーズは……こちらの手札を見せる事になる。殺せば良いが……今、帝都と敵対してもメリットはねぇ……やはり身内だけで決着を付けるしかねぇか……なら)」

 

 考えをまとめ、ジーダスは上半身を起こす。

 そのままベッドから降り、手に付着した血を洗い流すために洗面台へと急ぐ。

 殺意で爛々と輝く、鋭い眼光をしながら。

 

 

「最終決戦だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の夜

 

 帝都から南に15km程、進んだ地点。

 鬱蒼と生い茂る木々と切り立った高い崖が存在する地点にジーダス一味は到着した。

 目的地へと向かう道中にある道だが、周辺に人気がなく、見晴らしの良い崖、身を隠すのにうってつけの森があるこの場所こそ、暗殺者集団が襲って来るに相応しい場所だろうとジーダスは読み、足を止めた。

 

 後ろを歩いていたイリス、Z、アルビノは先頭にいる青年が止まった事で、足を止める。

 

「さて……今から、皆さんには殺し合いをして貰います。あとアルビノ。貴方の帝具、解除してありますから」

 

「ほへー!」

 

「……父様? 一体どういう意味で?」

 

「……………………!」

 

 笑顔で振り返ったジーダスは両手を広げ、高らかに宣言する。

 

「此処でナイトレイドとの最終決戦を行う。手段、方法は問わない。向こうが死んで、こちらが生きていれば勝ち。最終的な勝利条件は――――――」

 

 次の言葉を発しようとしたジーダスの頭部に、一筋のエネルギー弾が直撃する。

 激しい煙が湧き上がる中、困惑するZと、少し驚いた顔になるアルビノ、ニタニタと笑っているイリス。

 煙が晴れると、そこには顔の半分が焼け爛れ、顔の筋組織が露出しながらも無表情のジーダスが立っていた。

 

 

 

「皆殺しだ」

 

 

 

 その言葉が開始の合図となったのか、周囲の木々の隙間から、インクルシオを纏ったタツミ、アカメ、スサノオ、レオーネが飛び出し、Zに攻撃を仕掛ける。

 アルビノは後方に飛び、イリスとジーダスはZを庇う様に前に出る。

 

「経緯は知らねぇが、やっぱりZの帝愚を狙って来やがったか!」

 

「キヒヒヒヒヒヒヒッ! 盛り上がって来たぁぁぁーー!!」

 

 長柄の先端に槌が付いた、特殊な槍を振るうスサノオの一撃を左手一本で受け止めるジーダスは、そのままレオーネの拳を右足で止める。

 インクルシオの副武装であるノインテーターを腹部で受け、右手でアカメの村雨の刃を掴むイリス。

 攻撃が止められた事を即座に判断すると、四人は順々に後方に飛び、すぐさま攻撃を入る。

 

「オラァッ!」

 

 最初に離れたタツミは、アカメの村雨を受け止め、煙が湧き出ているイリスを飛び越え、混乱気味のZへと迫る。

 

「ケハハハハッ! 簡単には殺らせませーん!」

 

 その言葉と同時に、イリスの背中から四本の紅い触手が飛び出し、タツミの行く手を遮る。

 

「うおっ!?」

 

 いきなりの出来事に驚くタツミは、触手に弾き飛ばされ、地面に落下する。

 

「お前……!」

 

 アカメは目を凝らし、何処か不可思議な触手の動きを見る。

 先端付近に黒い靄(もや)らしき物が現れては消え、現れては消えを繰り返し、触手を操作していた。

 触手自体に意思はなく、恐らくレギオンを触手の先端から放出し、持たせる事で操作している、とアカメは判断する。

 特性上、体外に吐き出されたレギオンは数秒で消えるため、その度に新しいレギオンが射出、先端を掴み、操作をいう動作を繰り返しているのだろう。

 

「生まれた時から私という人間は存在していなかった! クズな私に価値はない! にゃはははははは! 最強の暗殺者アカメちゃん! だったら私を殺して頂戴!」

 

「……………行くぞ」

 

 村雨を引き抜き、自由の身となったアカメはイリスではなく、触手に斬りかかる。

 奇妙な動きで回避行動を取る触手であったが、散漫な動きではアカメの斬撃を回避する事は出来ない。

 4本の内、1本を斬り落としたアカメは、そのままZへと向かう。

 だが、流石にZも行動しない訳はなく、背中に背負っていたエレキギターを手に持ち、まさに演奏しようとして所であった。

 

 

 

 

 

 

「そらよっ!」

 

「Gを瀕死にさせた女はお前だったな……」

 

 レオーネの蹴りを簡単に受け止めながら、ジーダスはお返しとばかりに蹴りを放つ。

 それを余裕でかわす獣耳を生やした女性は返事せず、構えを取るのみ。

 

「……あー……Z対策で耳栓してんのかぁー……そうだな……じゃあ……ッと」

 

 無言のまま、しかし強力な槍によるスサノオの突きを避けながら、ジーダスは叫ぶ。

 

 

「Z!! 最大音量!!」

 

「……承知しました。父様」

 

 アカメの村雨による横薙ぎを、後方に飛んで避け、ギターを構える手に力が入る。

 先程のジーダスの声は、耳栓をしているナイトレイドの面々にも聞こえており、全員がZの行動を止めるべく、駆ける。

 されど、二人の狂人が行く手を遮る。

 

「甘い」

 

 マインが放った頭部狙いの射撃もかわされ、いよいよ演奏が開始される――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪ぃな」

 

 

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 Zの背後から声が聞こえる。

 背後に立っていたのは赤黒いマフラーを巻いた、黒いコートの少年。

 少年の右手は、Zの腹部を貫通し、エレキギターを完全に破壊していた。

 

 

「…………な、なん……で……?」

 

 力なく膝から倒れるZの頭部を蹴りで完全に破壊し、中に入っていた花弁を掴むと、握り潰す。

 黒い何かが破壊された花弁から流れ出すも、力なく地面に垂れ、染み込んで行くのみ。

 

 

 

「……このタイミングで裏切るかぁ……よく今まで耐えたもんだなぁ、おい。アルビノよぉ」

 

「アハハハハハハハハハハハハハッ!! さいっこー!!」

 

 

 怒りや憎悪を通り越し、1人は称え、1人は笑う。

 ギャオス四天王最後の1人、アルビノは裏切り、ナイトレイド側に付く。

 舌を出し、今まで自分を散々利用してきたクズ共に言い放つ。

 

「俺はチェルシーの味方だよ。バーカ」

 

 

 

 



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第十四話「終末化身」

 

 アルビノがチェルシー達と出会い、貸し本屋で会話をしていた頃にまで時は戻る。

 

 

 

「それじゃあ………………………諦めましょう」

 

「ん?」

 

「おぉ?」

 

 アルビノの会話がジーダスに聞かれていると教えられたチェルシーは、使い古された手を試す事にした。

 

『アルビノが見た内容は伝わってるの?』

 

 紙に書いた文字をアルビノに見せる。

 そう。筆談である。

 

「諦めるのか……」

 

『いや。それは大丈夫だ』

 

『チェルシーちゃん。やるぅー』

 

 流石に無言のままだと怪しまれるため、会話は続けながら筆談で、重要な内容を話していく。

 

『そう。なら…………』

 

 暫し思案した後、チェルシーは驚くべき内容を書き記す。

 

「そう。諦めるよ。仕方ないもん」

 

『アルビノ。私たちはナイトレイドに所属してるの』

 

「ちょっ!?」

 

 チェルシーの暴露にラバックが驚くが、彼女は人差し指を口元に持っていき、仲間を制する。

 

「ならばどうする? 俺から聞き出す事などないが……」

 

『ナイトレイド……帝都の殺し屋か……成る程。チェルシーが纏っていた僅かな血の臭いは、それのせいか……』

 

『血の臭い……ね。アルビノの方がよっぽど酷いけどね』

 

『仕方ない。俺はジーダスの地下三階で、危険種やら殺人鬼やらと、トレーニングと称して、延々と闘わせられたからな』

 

「そうだねぇ……じゃあさ、昔話に花でも咲かせようか」

 

『ラバックが言ってた、アルビノの強さはそのせいか……で、どうする? 私たちがナイトレイドを知った今、アルビノは何をする?』

 

「昔話か……じゃあ、俺がチェルシーに惚れた話でも……」

 

 

「ハァッ!?」

 

 

 突然のアルビノの言葉に、ガタンッと椅子から立ち上がるチェルシー。

 その顔は赤に染まっている。

 

「……どうした?」

 

「い、いや……惚れてるって……」

 

 動揺するチェルシーに対し、アルビノは真面目な顔で答える。

 

「俺はチェルシーが好きだ」

 

「あぅ……」

 

 堂々と腕組をしながら、好意を露にするアルビノに、流石のチェルシーも頬を赤らめながら、俯くしかなかった。

 

 

「……え。何この空気。絶対に場違いでしょ」

 

 ラバックのツッコミが虚しく響く。

 チェルシーは気持ちを整理し、とりあえず席に着く。

 

「久々にあった友人にいきなり告白されるなんて……」

 

「言うのが遅れてすまなかった。だが、言うまでは死ねん、と思っていた程だ」

 

「いや、とりあえず、今、言うべき時じゃないでしょ」

 

 またもラバックの言葉が虚しく響く。

 もうやめて! ラバックのHPはゼロよ! と叫びたくなるシーンなので、先へと進む。

 

 

『返事か……俺はチェルシーが好きだからな。お前のためなら何でもしよう』

 

『何でも……ね。じゃあ、ジーダスを裏切ってくれる?』

 

「さて、では昔話だったな……」

 

『分かった。どうすれば良い? アイツの情報でも流すか?』

 

「そうそう。昔のアルビノは本当、何をしても死んだ魚みたいな目、してたもんね」

 

『即答……まぁ、こっちとしては嬉しいけどね。そんな感じ』

 

「仕方ない。あの時の俺には何も無かったからな。だが、チェルシーや周りの人々が、俺に生命を与えてくれた」

 

『では、ギャオス四天王とジーダスについて話そう。イリスについてもだ』

 

 

 

 こうしてジーダスから様々な情報を得たチェルシーとラバックは、帝都を後にする。

 最後にこんな会話を残して。

 

『最後に。何度も言っているが、俺はチェルシーの味方だ。奴を裏切るタイミングは、こちらに任せて貰って良いか?』

 

『えぇ。お任せするよ』

 

『感謝する。お前たちが成るべく喜ぶタイミングで裏切るとしよう』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうしてアルビノがZを殺害したシーンに戻る。

 

 一瞬の隙を突き、ノインテーターの先端がイリスを地面に押さえつけ、スサノオの槍がジーダスの身体を押し潰す。

 周囲のナイトレイドは耳栓が不必要と判断し、耳から外す。

 

「アヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!! 絶体絶命! 絶対絶望! 背水の陣ッ!! 残された選択肢は死ぬだけかぁ~ッ!? イヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!!」

 

「コイツ……」

 

 槍の先端を押し付けられ、地面に横たわる小さな医者は狂った様に笑い続ける。

 右手で何度も地面を叩きながら、あまりの可笑しさに涙が出て来ても笑う事を止めない。

 一方のジーダスは地面を伝い、自分の中に入ってくる殺意を抑えながら、次の手を考える。

 

「(奥の手は、暫くは使用不可能になっちまった……あの糞餓鬼が……帝具の解除もしちまったし……さて、そうなると……)」

 

「動くな」

 

 ジーダスを抑えているスサノオの手に力が入り、槍が背中ごと、狂人の身体を地面へと押し込める。

 激痛が走るハズだが、ジーダスは思案したままの表情を変える事はない。

 

「ジーダス・ノックバッカー。これまでだ」

 

 木々の隙間から、ナイトレイドのボス、スーツを着込み、整った顔に眼帯をし、右腕を義手としたナジェンダが現れ、ジーダスの前方に立つ。

 アカメ、レオーネはジーダスとイリスの動きに注目、いつでも動ける様にしている。

 

「これまで……これまでねぇ……そう……これまで……」

 

 呟くだけの青年に、ナジェンダは己の疑問をぶつける。

 

「死ぬ前に一つだけ聞いておきたい……何故、殺戮を求めるお前が死者蘇生薬などを作った?」

 

「……そこまで知っていたか……なら……答えようじゃあないか……」

 

 無様に地面に押し付けられながらも、ジーダスは笑顔を崩していく。

 今まで作り笑いだけであった笑顔は消え去り、残ったのは彼の本性、殺戮のためだけに生まれてきた存在が見せた、初めての表情。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「殺すためだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何?」

 

 

 

 

 

 

「人の数は有限だ。いずれは尽きる。新たに人が生まれるためには、女と男がセックスをし、そして命が宿り、成長し、人となる……赤ん坊を殺すのはつまらない……だから、殺した奴を蘇らせて、再び殺す。殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して!! 俺の欲望を永遠に満たすためだけに殺す! そのためにあんな薬を作ったんだよ!!」

 

 

 

 

 イリスを除く、周囲の人間は絶句する。

 人型帝具のスサノオですら、狂人の発する言葉の意味を一回では理解出来ない程であった。

 殺すために蘇らせる。

 それこそジーダスが死者蘇生薬を作らせた真意。

 底なしの欲望、本能を満たすためだけに死者を冒涜する薬を作ったのだ。

 

 

 

 

「ヒッ……ヒヒヒ……アヒャヒャ……アーハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」

 

 

 

 

 その笑い声は狂った幼女ではなく、真に狂っていた人間であった生物が放った物。

 どんな場面でも、殆ど感情的になる事がなかった狂人の馬鹿みたいな笑い声は、イリスすら黙らせ、周囲に響き渡る。

 

 

 

「人間はよォ! 俺に殺されるためだけに存在しているんだ! お前らも! 帝都の奴らも! イリスすら例外じゃねぇ! この世には俺と俺に殺される人間だけいれば良い!!」

 

 

 

 途端、スサノオの力すら撥ね退け、狂人は宙へと舞う。

 あまりの出来事に行動が遅れるナイトレイドのメンバー。

 生まれて初めての狂笑を浮かべ、狂人は飛んできたマインの砲撃を片腕で弾く。

 

「嘘っ!?」

 

 遠くでマインが驚くが、狂人の耳には届かない。

 駆け出し、村雨を振るうアカメの一撃を右足で受け止め、レオーネの右ストレートを左脚で受け流す。

 その隙を、同じく跳んで来たスサノオの槍が顔面を狙い、放たれる。

 避ける暇も無い攻撃であったが、ジーダスは狂った笑みのまま、顔面で攻撃を受け止めた。

 

「どうした? もっともっともっともっと殺意をぶつけろよ? おぉ?」

 

 スサノオが引く前に槍についた槌の部分を両手で掴み、力のまま粉砕する。

 だが、アカメとレオーネを戻らせる事が目的であったスサノオの企みは成功し、2人は地面に着地する。

 ならば残されたスサノオを殺そうと、ジーダスは空を蹴るという、人ではない所業を行い、彼の首筋に噛み喰らう。

 実際は足の裏のレギオンの飛行能力を利用し、跳んだだけに過ぎないのだが。

 

 だが、スサノオは人にあらず。

 帝具人間である彼の皮膚は強化されたとはいえ、狂人の顎程度の力では砕けない。

 両手を組み、振り被り、地面に叩き落すスサノオにジーダスは殺意を強め、落下する。

 

 小型のクレーターが生成され、砂埃が舞う中、中心では1匹の狂人が爛々と目を光らせながら、前傾姿勢で立ち上がる。

 

「あぁ……ようやく馴染んできた……九百年分の殺意が……我が子らが……殺意の渦を作っていく……ケケッ」

 

 獣から人間へと姿勢を正し、両手を広げる。

 それだけの動作で砂埃を取り払い、暗殺者たちが警戒する中、狂人は笑う。

 

「さぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁ。殺し合いじゃあなく、一方的な虐殺。俺の俺による俺のためだけの! いつもの行事を始めようじゃあないか!」

 

 右手の先端から大量の黒い影を放出させながら、前方にいたレオーネを薙ぎ払う。

 距離にして15mは離れていたハズだが、黒い影は20m近く伸び、彼女を射程範囲内に収める。

 

「チッ!」

 

 舌打ちをし、レオーネは高々と跳ぶ事で回避を行う。

 だが、振るわれたのは、単なる光線などではない。

 要は長く伸びた腕と同等の物だ。

 故に、空中に逃げた彼女を追う事など、容易なのである。

 

「ぐあっ!」

 

 横一閃の薙ぎ払いは、波状に変化し、レオーネを黒い影が襲う。

 腹部に当たった影は、彼女を近くの木々まで吹き飛ばし、腕を振るいきると同時に消滅する。

 

「レオーネ!」

 

 すぐさまナジェンダが彼女に駆け寄る。

 ジーダスの追撃は、スサノオとアカメが彼に攻撃を仕掛ける事で防いでいた。

 

「ぐぅ……いや、悪いね。ボス……この程度ならすぐに……!?」

 

 よろめきながら、目の前に来たボスに軽く手を振って無事をアピールするレオーネ。

 百獣王化 ライオネルの奥の手「獅子は死なず(リジェネレーター)」により、驚異的な回復力を持つ彼女にとって、単なる攻撃は致命傷にならず、意味を成さない。

 だが、このジーダスから発せられた黒い影は単なる攻撃ではない。

 

「がっ……ハァッ……!?」

 

「!?」

 

 立ち上がろうとしていたレオーネは激しく吐血する。

 腹部と背中に強い衝撃を受けたが、こんな物は彼女からした日常茶飯事レベルの出来事である。

 されど、彼女の吐血は止まらず、滝の如き血流が流れ始める。

 

「何だ……私の中が……可笑しい……?」

 

「ッ! レギオンか!」

 

 

 ナジェンダの予想は当たっている。

 あの黒い影は体外へと放出された、大量のレギオンである。

 数秒間は外に出せる事を利用し、レギオンの薙ぎ払いを慣行したジーダスは、当たった対象の体内に侵入し、内部から食い殺すという戦法を確立させた。

 

「クソッ……ゲホッ!」

 

 今も、死に絶えながら、彼女の内臓を食い尽くしていくレギオンの群が波打ちながら、彼女の中で暴れている。

 だが、彼女の帝具も黙って見ている訳ではない。

 内臓にすら効力を発揮する奥の手は、すぐさま内臓を修復し、レギオンの波止場となる。

 やがて時間切れとなったレギオンは消滅し、彼女の吐血は止まる。

 しかし、内臓の3分の1も食われた彼女は、満足に動ける身体では無くなっていた。

 

「畜生……!」

 

 

「ケハッ! 帝具の効果か何か知らねぇが、まだ生きてやがんの! 面倒臭ぇーなぁ! おいおい!!」

 

 瞬時に距離を詰め、攻撃を仕掛けてくるスサノオに嫌気が刺したジーダスは、全身からレギオンを展開し、彼の体内にも大量の超級危険種を侵入させる。

 帝具生物であるスサノオは並大抵の事では死なないが、体内の何処かにある核を砕かれれば死んでしまう、という弱点を持っている。

 それを知ってか知らずか、そもそも彼を帝具人間という事さえ知らないジーダスは、本能の赴くままに、レギオンによる体内蹂躙を開始する。

 

「マズいッ……!」

 

 使い手であるナジェンダはレオーネを少し離れた所に連れて行き、戦況を見通すために、戦場に目を向ける。

 そこでは体内から手足を砕かれ、それでもジーダスには屈しない眼光と意思を示しているスサノオが、横たわる姿が目に入った。

 

「キキキキキキキキッ! お前さん人間じゃねーのかよ! 同類かぁ!? ウヒャヒャヒャヒャ!」

 

 手足の再生を開始するスサノオを見下しながら、笑うジーダスは蝿を追い払う様に、マインの砲撃を弾いていく。

 スサノオ体内のレギオンは核を見つける前に消滅し、消滅は免れた彼だが、戦況が変わった訳ではない。

 

 アカメも近寄るだけで即死の相手の隙を見付け、斬撃を繰り出すものの、その全てが皮膚表面のレギオンに防がれてしまう。

 今はスサノオの潰す事に専念している狂人は、アカメには本気で殺しに掛からず、鬱陶しそうに相手をするだけである。

 

 

 

「にひひひひひ……どーする? インクルシオのお坊ちゃん! あのままじゃ、お仲間さんは死んじゃうよ?」

 

「くそっ……!」

 

 タツミはイリスを抑えているために、ロクに動く事が出来なかった。

 あの狂人の攻撃は、このインクルシオならばある程度は防げるかもしれない、と考えたのだが、こちらの小さい狂人を無視する訳にはいかず、歯がゆい思いをしていた。

 

「…………お前。タツミだな?」

 

「え……?」

 

 彼らから少し離れた位置で、アルビノが戦況を見ながら話しかける。

 インクルシオを纏ったタツミを見た事はない彼だが、声、放つ殺気、何より仲間の事を心配する優しさを感じ取り、一目でタツミだと理解したのだ。

 

「ただZを殺しただけで裏切った……とは言わん。チェルシーのためでもあるが、お前は俺に勝った。つまり勝者。ならば俺はお前のために動こう」

 

「アルビノ……」

 

「ケヒャヒャヒャ! アルちゃん! 帝具使っちゃうの!? あのひっじょーに危険な帝具をぉー!?」

 

 ノインテーターの下で幼女が笑うが、アルビノは気にせずにしゃがみ込み、そして叫ぶ。

 禁忌と呼ばれた帝具を発動させるため。

 

 

 

「アザトォォォォォォス!!」

 

 

 

 叫び終わると同時に、彼の身体を幾つもの鎧が埋め尽くしてく。

 インクルシオに酷似した白銀の鎧は、美しさと禍々しさを兼ね備えたおぞましい覇気を纏い、一人の化け物をこの世に誕生させる。

 額に装着された血走った一つ目が、主であったジーダスを視界に納める。

 途端にジーダスの動きは止まるが、代わりに少年の脳内に、清清しいまでの意味不明かつ凶気の言葉が流れ始める。

 

 

 

 

 

呪怨混在仕様丸剤苦痛採算奇人消化消失消滅焦土開拓転変嘔吐有罪死刑処刑甘味濾過苦悶思慮配慮怨恨異端共通視界幽冥老練労組微塵九弾検算農民示唆勇気混沌悪夢絶望怨念呪怨混在仕様丸剤苦痛採算奇人消化消失消滅焦土開拓転変嘔吐有罪死刑処刑甘味濾過苦悶思慮配慮怨恨異端共通視界幽冥老練労組微塵九弾検算農民示唆勇気混沌悪夢絶望怨念呪怨混在仕様丸剤苦痛採算奇人消化消失消滅焦土開拓転変嘔吐有罪死刑処刑甘味濾過苦悶思慮配慮怨恨異端共通視界幽冥老練労組微塵九弾検算農民示唆勇気混沌悪夢絶望怨念呪怨混在仕様丸剤苦痛採算奇人消化消失消滅焦土開拓転変嘔吐有罪死刑処刑甘味濾過苦悶思慮配慮怨恨異端共通視界幽冥老練労組微塵九弾検算農民示唆勇気混沌悪夢絶望怨念呪怨混在仕様丸剤苦痛採算奇人消化消失消滅焦土開拓転変嘔吐有罪死刑処刑甘味濾過苦悶思慮配慮怨恨異端共通視界幽冥老練労組微塵九弾検算農民示唆勇気混沌悪夢絶望怨念呪怨混在仕様丸剤苦痛採算奇人消化消失消滅焦土開拓転変嘔吐有罪死刑処刑甘味濾過苦悶思慮配慮怨恨異端共通

 

 

 

 

 

 ありあらゆる文字が脳内に浮かび上がり、意味も成さない羅列となり、少年の脳味噌をたっぷりと犯していく。

 滅茶苦茶な感情は体内で跳ね回り、苦痛を延々と与え続ける。

 しかし、少年の固い意思と瞳は前方の狂人を睨み続ける事を選択する。

 

「説明しよう! 『終末化身 アザトース』とは、過去に存在していたと言われる超級危険種の龍、もしくは悪魔から切り取った脊髄、鱗、眼球をオリハルコンで構成した鎧型帝具である! 使用者は装着から30秒間、精神汚染を受け続け、更に動くだけで身体が崩れていく! 心臓の鼓動すら範囲内! だがだがだが! 30秒経過しても生きている時は、絶大な力が使用者に屈服し、自由に扱えるのだー! しかも経過前の傷は完全回復付き! おっとくー!」

 

 説明口調のイリスは嬉しそうに叫び、タツミが油断するのを誘ったが、ますます槍に込められる力は増すばかりであった。

 

「ちくしょぉぉぉぉぉぉ!! 懇切丁寧に説明したんだから油断しろよー!」

 

「……いや、流石にねぇわ」

 

 動きを封じられたジーダスに対し、スサノオは手足を回復させ、距離を取り、アカメはスーさんの横に移動する。

 

 動かすだけで体が崩壊していくにも関わらず、アルビノは右手でジーダスを指差す。

 

「これで終わりだ。イカれた屑野郎」

 

「おやおやおやおやおやおやおや……おやぁ? ウヒヒ。これは困った。実に困った……ケヒッ」

 

 アザトースの眼力によって、行動を制止させられたハズのジーダスは口を動かし、軽快な言葉で返事をする。

 その顔には歪み切った笑みが浮かんでいた。

 

 

 



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第十五話「殺意分割」

 

 アザトースを纏ったアルビノは身体が軋み、脳内に絶叫が響き渡る中、身体を動かし、ジーダスの元へと駆けて行く。

 一歩、大地を蹴る度に骨が砕け、筋肉が千切れていくが、知った事か、と彼の歩みは止まらない。

 対するジーダスは笑いながら、アザトースの眼力によって封じられた足腰を無理矢理動かし、鎧を装着した少年の到着を迎え撃つ。

 

「殺す」

 

「アヒャヒャヒャヒャ!」

 

 グローブを付けた拳を、憎き相手の顔面目掛けて放つが、狂人は身体を反らして回避する。

 その際の戻る反動を味方に付け、派手な頭突きをお見舞いするものの、アザトースの頑強過ぎる兜が、アルビノを守り、逆にジーダスの額付近に存在していたレギオンを消滅させてしまう。

 額から煙を上げながら、ジーダスは兜に引っ付いた黒い影を見て、ニヤリと笑う。

 頭突きが通じない事など、最初から理解していた彼は、レギオンを付着させる事だけを目的としていた。

 主に命じられるまま、レギオンは兜の隙間からアルビノの頭部に侵入しようとするが、それを許す程、アザトースは寛容ではない。

 内部に蔓延る膨大なエネルギーは装着者もろとも、レギオンを死に至らしめる苦痛を与える。

 レギオンは意図も簡単に消え去るが、アルビノは頑強な意思を持って、エネルギーに耐え切り、次の拳を振るう。

 

「殺す」

 

「イヒャッ!」

 

 今度は左手で少年の殴打を受け止めるものの、強大過ぎる威力にレギオンは死に絶え、同時に彼の腕を吹き飛ばしてしまう。

 痛覚を遮断されているジーダスは痛みこそ感じないものの、久々に腕を飛ばされた事実に笑っていた。

 

「まぁ……コイツの腕だしねぇ……ウヒッ」

 

 手応えを感じたアルビノはラッシュを繰り出そうとするも、蓄積された激痛に耐えかね、身体を支える脚は役目を放棄し、彼は地面に前のめりに倒れこむ。

 その隙にジーダスは吹き飛ばされた腕の近くに飛び、千切られた部分からレギオンによる黒い影を生やし、腕を胴体に接着させる。

 

「アルビノッ!」

 

 タツミが叫ぶものの、返事はない。

 代わりに1人の狂人が答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「時間が来た。そろそろ決めようかね」

 

 タツミの足元で這い蹲っているイリスがそう呟くと、アザトースがドス黒く輝き始め、周囲に暴風が巻き起こる。

 狂人と少年の闘いを見ながら、隙あらば援護しようしていたナイトレイドは、腕で強風が顔に当たるを防ぎながら、風が収まるのを待っていた。

 

 

「さぁて……問題はこれから……どうやって……」

 

 腕が完全に馴染み、元に戻ったジーダスの前で、アザトースを纏った少年がゆっくりと立ち上がる。

 砕け散ったハズの脚は完全に再生し、目にあたる部分からは黒炎が静かに燃えている様に見えた。

 

「30秒経過……俺は勝ったぞ。ジーダス・ノックバッカー」

 

「己に? 俺に? どっちの意味で?」

 

「両方だッ!!」

 

 膨大な力を己の物としたアルビノは地面を蹴り、ジーダスに近づく。

 回避行動を取ろうとするジーダスであったが、その前にアルビノは彼の腹部を貫通させる拳を放ち、行動を終えていた。

 

「……ここまでとはねぇ。当てが外れた……か」

 

 自分の中心に穴が空きつつも、狂人は少しの驚きを見せるばかり。

 大量の煙を、片手を振るう事で薙ぎ払い、手刀でジーダスの四肢を容易く切断する。

 レギオンの死の証しが再び湧き上がる前に、ジーダスの身体から手を引っこ抜き、ついでに心臓を引っ張り出し、潰す。

 この間、実に数秒に満たない虐殺であった。

 

 あまりの強さに、ナイトレイドの全員もアルビノの行動を静観する事しか出来ず、タツミに至ってはイリスとの会話をする余裕すら出て来た程だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっひょう。ジーちゃんの心臓潰れちった。もうアイツ1人だけでいいんじゃないかな?」

 

「……圧倒的だな。アレ」

 

「そりゃそうでしょ。そもそもあの力を身に付ける前に、人間なら死んじゃうもん」

 

 あっさりと心臓を潰された相方を淡々と評するイリスに、タツミは実験本を読んだ時に思った、己の疑問を投げかけてみる。

 

「なぁ……あの実験の本の最後にあった言葉って……アンタの本心なんだろう?」

 

「んにゃ? まぁ、そうだね。結構、最近になって書いたやつだけど」

 

「なら……何でアイツの手助けなんかしてるんだ? そりゃ力で敵わないのは知ってるけど……」

 

 戦士として成長中の少年の言葉に、狂った医者は溜息を吐いた後に答える。

 

「それが私にとって全てだからさ。私の一族、アーベンハルトは代々、ノックバッカー一族に仕えてきた。私は生まれる前から、あの狂人に仕える事を義務付けられていた。そうやって両親に教育させられたのさ。父親から人格を消すために「使えない奴」扱いされ、母親からは「無感情じゃ申し訳ない」と無理矢理笑わせられ……そうして出来上がったのが私さ」

 

「だからって……あんな言葉を書くだけの理性は残ってるんだろ!? ならアイツを説得するなり、止めるなり出来たはずじゃ……!」

 

「説得? 止める? そんな事は不可能さ。君が仲間を守るのが当然の様に、私にとっては彼に使え、殺す事を手伝う事が当然だったのさ……そうだねぇ。私は矛盾している。もはや私自身の考えは無いに等しい。彼を救いたいのか。殺したいのか。私は何がしたいのか……」

 

 幼い頃から狂う様に教育され、出来上がった後も狂人に仕え続け、そしてとうとう、主である青年が死に至る直前まで来ている状況になり、幼い狂人は己の中の「自我」という物に、改めて気付く。

 されど長年の狂気によって蝕まれてきた自我は、彼女の意思と混ざり合い、もはや彼女自身も何がしたいのか分からない状況へと導いていた。

 

「まぁ、ともかくだ。少年。君たち常人は、私たち狂人を理解しよう、なんて考えないことだ。『あぁ。コイツらはこういう奴なんだ』とでも理解し、拒絶し、排除すればいい。古来より、狂人なんてそんなもんさ」

 

「だけど……!」

 

「クケケッ。私の最後の会話相手がマトモな人間で、少しは良かったと思えたよ。ありがとう、なんて言わないけどね。狂った人間の末路は、愚かで惨めで醜くて、全ての人間が見て、ザマミロ&スカッと爽やかの笑いが止まらなくなる、じゃあないとねぇ」

 

 タツミがイリスの様子の変化に気が付く前に、幼女の触手が動き出す方が早かった。

 すぐさま触手の切断に移るが、そもそもイリスの狙いはインクルシオではない。

 

「なっ……!?」

 

 自らの首を切断し、ジーダスとアルビノの方へ、頭を投擲する1本の触手。

 残りの2本は地面に突き刺さり、彼女の身体を空へと浮かせる。

 

 

 

「ジーダス・ノックバッカー!……やっぱジーちゃーん!!」

 

 

 

 首だけとなったイリスが叫びながら、ジーダス達へと向かっていく。

 あまりに突飛な行動に、誰も彼女の妨害をする事は出来なかった。

 

 

 

 

「先に死んでるよー!」

 

 

 

 

 満面の笑みで言い放ち、イリスの頭部は爆発する。

 空へと昇る身体も同時に爆破され、甚大ではない衝撃が、その場にいた全員を襲う。

 狙撃のために離れていたマインすら、暴風で吹き飛ばされる程だ。

 帝具の破壊時に起こる衝撃すら軽く凌駕する、膨大過ぎる爆破により、周囲の物は殆ど消え去った……

 

 

 衝撃派に飲み込まれる寸前、心臓を失った狂人は呟く。

 

「やっぱ……お前も使えないわ。人間」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんつー威力だよ……」

 

 残っていた森の中から、ラバックが顔を出す。

 今回、ジーダスがイェーガーズを連れて来た事を考慮し、援軍として待機していたラバックであったが、突然の爆破に驚き、様子を見に戻ってきたのだった。

 辺り一面が焼け野原のなった中、爆心地から少し離れた所でアカメを庇い、右半身を失ったスサノオを見付け、駆け寄る。

 

「スーさん! 大丈夫か!?」

 

「ラバックか……この程度ならな。それに俺が存在している、という事はナジェンダも無事だ」

 

 身体を再生させながら、スサノオは答える。

 

「なら良かった……アカメちゃんも大丈夫?」

 

「あぁ……すまない。スーさん……」

 

「気にするな。核を潰されない限り、俺は死なん」

 

 2人の安否を確認していると、彼らの後方で立ち上がる人物がいた。

 インクルシオを解除したタツミである。

 身体の爆破に最も近い所で巻き込まれたタツミであったが、インクルシオの鎧が爆破を防ぎ、大事には至らなかった。

 とはいえ、負傷した事には変わりなく、インクルシオを解除せざるを得なくなったのだが。

 

「ラバ……アカメにスーさんも無事か……ボスと姐さん、マインは……?」

 

 よろけるタツミにアカメ達は駆け寄り、肩を貸す。

 すると、彼の後ろで少年の声が聞こえた。

 

「無事だぞ。タツミ」

 

「すまないな……助かった」

 

 アザトースを身に付けたままのアルビノがレオーネを背負い、後ろには無傷のナジェンダ、マインが続いている。

 

「良かった……無事か……ぐっ……」

 

「タツミ! 無理をするな!」

 

 肩を貸すアカメとラバックは、倒れそうになるタツミを支え、ゆっくりと腰を下ろしていく。

 地面に座り、全員の状況を確認していくボス。

 

「レオーネ、タツミは重傷。スサノオも相当、力を消費したな……アカメは軽症。無傷なのは私とラバック……マインはどうだ?」

 

「無事よ。殆ど役に立たなかったけどね……」

 

「無事である事が最も大事だ……感謝する。アルビノ……と言ったか」

 

 ナジェンダは己を庇った少年に礼を言う。

 だが、アルビノは首を横に振る。

 

「構わない。俺はそもそもチェルシーとタツミのために行動しただけに過ぎない。礼を言われる様な事はしていないつもりだ」

 

 爆破が起きる直前。

 一瞬でイリスの爆発を見抜いたアルビノは生身で危険であろうと思ったナジェンダとレオーネの側に跳び、2人を衝撃から、アザトースの力を持って守ったのである。

 暴風が収まると、額の目によって、その場にいたナイトレイドの面々の安否を確認し、ナジェンダに報告。

 残っていたラバックとマインの行方を捜す依頼を受け、すぐに飛び立つ。

 風により後ろの木に後頭部をぶつけていたマインを回収し、戻ってきた所で、ラバック達を発見し、先程の光景に戻る。

 

 

 哀れ、狂人の最後の爆発はナイトレイドを誰1人として殺せず、虚しく自滅しただけに終わった。

 

 

「周囲に俺達以外の気配なし……ジーダスは死んだか……」

 

 アルビノが周囲の気配を探るが、ナイトレイド以外の人気は全く無い。

 そもそも心臓を潰された時点でジーダスの死は確定していたのだ。

 今更、爆発がどうこうではないと思うが。

 

「でもアンタさ。そんな帝具持ってるなら、どうして今まで使わなかったの? あと、いい加減脱いだら?」

 

 後頭部にコブが出来ていないか確認しながら、マインが尋ねる。

 確かに。

 ここまで強力な帝具を有していながら、ジーダスに反逆しなかった事が疑問になる。

 

「発動寸前に俺の体内の、多分レギオンだな、が暴れまくって、邪魔してたせいだ。あとコイツは30秒経過後は、装着者が気を失うまでは脱げない仕様なんだ」

 

「成る程……チェルシーが君から聞いた情報だと、君自身はイリスによって改造されていないから、疑問に思っていたのだが……解決した」

 

 腰を落ち着け、スサノオの回復を待っていた面々であったが、ようやく半身が生え揃え、彼が復帰を果たした事により、近くの革命軍の拠点へ急ぐ。

 

 レオーネをスサノオが、タツミをラバックが背負い、一向は足を運ばせる。

 

 

 

 

 

 こうして狂人との闘いは終焉を迎えた。

 新たな仲間である「アルビノ」を加え、ナイトレイドは帝都軍との決戦に臨む――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ……?」

 

 

 殿を務めていたアルビノが己の中の小さな違和感に気付いたのは、戦闘が行われた地点から3km程、移動した森の中での事だ。

 ドス黒い感情……彼もよく知る殺意が、対象もいないに膨れ上がる。

 アザトースの精神汚染すらも耐え切った少年に襲い掛かる圧倒的な殺意。

 あの意味不明な文字列が可愛く思える程の殺意は少年の意思を乗っ取り、砕き、嬲り、罵り、弄び、蹂躙していく。

 彼がアザトースの精神汚染に耐え切ったのは、チェルシーという想い人がおり、かつ目の前に全ての敵である存在、ジーダスがいたからであろう。

 だが、既にジーダスはいない。

 2つの感情が揃った事により、汚染を飲み干した彼にとって、この殺意の波を乗り切るのは難しい事であった。

 ならば、彼の取る行動は1つだけ。

 

 

「アカメ……だったな」

 

「そうだ。どうした?」

 

 

「今すぐ、その帝具で俺を斬れ」

 

「……何?」

 

 全員が耳を疑い、少年の方に振り返る。

 そこには白銀であった鎧をドス黒く染め、全身を震わせながら、頭を抱えているアルビノがいた。

 

「早くしろ……俺を殺すんだ……早く!!」

 

「……分かった」

 

 一目で只事では無いと判断したアカメは、村雨を構え、走り出す。

 アルビノはアカメに斬られやすい様に、腹部の装甲を叩き割り、腹を露出させる。

 突きの構えのまま、アカメの村雨がアルビノに突き刺さる―――――

 

 

 

 

 事はなかった。

 腹部から飛び出した黒い影、レギオンは村雨の突きを受け止めると、そのまま虚しく消滅していく。

 アルビノの体内に残されていた、残り少ないレギオンが全力を掛けて、寄生主の邪魔をしたのであった。

 

「クソッ……! すまない……! 俺を殺してくれ……!!」

 

 兜から血涙を流しながら、アルビノの姿は黒で埋め尽くされていく。

 殺意の奔流に、アカメは距離を置き、スサノオとラバックは背負っている2人のために、更に距離を開ける。

 マインがパンプキンを構え、ナジェンダは歯軋りをする。

 

「まだ生きているのか……!? ジーダス・ノックバッカー……!!」

 

 

 声にならない絶叫をしながら、殺意に犯され、全身を黒で染めたアザトースを纏った、アルビノは静かに言葉を発する。

 

 

「―――――――殺す」

 

 

 

 



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第十六話「油断嘲笑」

 

「ッ!」

 

 それは誰の言葉だったか。

 少なくとも、その場にいたナイトレイド全員が発する可能性がある言葉である。

 アルビノの纏うアザトースは白銀から漆黒へと変貌し、額の眼球は血走っていた瞳を、全て紅へと変える。

 その視界に入った者、全ての脳内に意味の無い羅列が並べられる。

 自身の思考を掻き乱され、行動しようとする意思を消される精神汚染は、全員の行動を制御するには余りにも強大な力であった。

 

「――――――!!」

 

 腰を下げ、一度の跳躍で正面にいたナジェンダを押し倒すアルビノ。

 ジーダス戦でも見せた速度は凄まじい武器となり、彼らに襲い掛かる。

 

「クソッ!」

 

 義手である右腕で少年を吹き飛ばそうとするが、その前にアルビノの左手が機械仕掛けの腕を木っ端微塵にしてしまう。

 他のメンバーはボスを救おうと駆け出すが、アルビノがナジェンダの頭部を潰す方が遥かに早い。

 自身の人生の終が見えたナジェンダは、鋭い眼光のまま、自分に跨る少年を睨む。

 

「ガッ……な……める……な……!!」

 

 されど、少年の発した言葉は苦痛に満ちている物であった。

 先程までの洗練された速度は消え去り、さび付いた人形の様に散漫な行動で、右手を振り上げる。

 

「ナジェンダさん!!」

 

 ラバックがクローステールを操作しながら叫ぶ。

 距離的に糸ではアルビノを止めるだけの威力が足りず、どうしようもない焦燥感が彼を襲う。

 だが、アルビノの右腕はナジェンダではなく、自身の頭部にある眼球に向かって振り下ろされた。

 

「アァァァァァァァアアァァァァァァア!!」

 

「アルビノッ!?」

 

 額の目玉を潰しながら、少年は絶叫し、ナイトレイドのボスから飛び退く。

 殺意の波に飲まれまいと抗う少年の意志が、ナジェンダを死から遠ざけた。

 

 

 

 

「すまない……!」

 

 苦虫を潰した様な表情で、アカメはアルビノに対し、村雨で袈裟懸けに斬る。

 だが、アザトースの頑丈な鎧の露出していた関節部分を守る様に、少年の右手甲が斬撃を防ぐ。

 

「殺して……いや、殺さない……殺す殺す殺す……嫌だ嫌だ嫌だ……!」

 

 苦悶と苦痛の慟哭を上げながら、アカメを弾き飛ばすアルビノ。

 同時に背後から破損した槍を振り下ろすスサノオの攻撃を避け、自身の頭部を狙って撃って来たマインの狙撃をかわす。

 砲撃を避けた姿勢のまま、アルビノは兜から血流しながら、マインを捉える。

 彼の中の殺意は、邪魔な狙撃手を殺す事に決めたのだ。

 

 スサノオの第二撃が繰り出されるよりも前に、アルビノはマインの目の前に迫っていた。

 

「はやっ……! くぅ!」

 

 咄嗟にパンプキンの銃身で防御を取るものの、小柄な少女が強大な力を蓄えた一撃に耐えられる訳がなく、結果は背後の木まで吹き飛ばされ、背中を強打する事になった。

 暗殺者として鍛えてきたマインの身体を持ってしても、暴力の塊を完全に受け止める事は出来ず、意識を手放してしまう。

 

「アァァァァァァァ……すまないすまないすまないすまない……殺してやる……!」

 

 またも動きが鈍り、アルビノは右手で左腕を掴むと、ゆっくりと身体から引き剥がしていく。

 

「この程度でぇ……!!」

 

 ぶちぶちという肉が引き千切れる音、決壊直前のダムの如く、流れ出てくる少量の血液。

 暴れる左腕と激痛を意志のみで押さえ込み、彼は左腕をもぎ取る事に成功する。

 大量の血液が外に飛び出る事を喜ぶ様に吹き出ていく。

 そのまま左腕を投げ捨てると、再び絶叫し、今度はスサノオへと向かう。

 

 

 

 

 

 

「アイツ……操られているのか……?」

 

 ナジェンダを介抱しながら、ラバックは呟く。

 彼の問いに、彼らのボスは答える。

 

「理由は不明だが……ジーダスに何かされたに違いない……イリスの技術か、レギオンの隠された特性か……」

 

「じゃ、じゃあナジェンダさん。アルビノは……」

 

 ラバックの肩を借り、ナジェンダは立ち上がる。

 義手が破壊され、左腕一本の状態となっても、彼女の意志が消える事はない。

 

「本人の望み通りにするしかないだろう……」

 

 忌々しげに言葉を発する彼女は、現状の再確認に務める。

 

「(レオーネ、タツミ、マインは気絶……レオーネは内臓にダメージが来ている。ライオネルの効果があるといえ、危険な状態だ……戦力はアカメ、ラバック、スサノオだけ……申し訳ないが、クローステールでどうにか出来るとは思えん……実質はアカメとスサノオ頼みか……奥の手を使用するしかないのか……!?)」

 

 思案するナジェンダの前方では、スサノオがアルビノの右腕を切断する事に成功していた。

 しかし、同時に彼の両脚は潰され、支える物が無くなった身体にアザトースにより、増幅された蹴りが放たれる。

 

「アルビノ……お前は……!」

 

 スサノオの言葉を無視し、欠損した両腕が存在した部分から、大量の赤黒い血流を流しながらも直立するアルビノは、吹き飛ばされた帝具人間には興味を無くし、立ち上がっていたナジェンダとラバックに視線を向ける。

 

「殺す……殺し……ごめん……俺は……ころ……」

 

 スサノオが鎧全体に与えたダメージ、長時間による着用、本人の深刻なダメージにより、兜が破損し、数十分ぶりに少年の顔が外に解放される。

 彼が見せた顔は―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

              「殺してくれ」

 

                悲惨

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナイトレイドの人間を傷つけまいと、中に存在する膨大な殺意に抗い続けた少年の顔は、上記の言葉に集約される。

 

 目から血涙を流し、口は舌を何度も噛み切り、自害を図ろうとした結果、歯が割れ、血液が流れ出ている。

 割れた歯の隙間から見える舌は既に根元にしか存在せず、それでも彼は生存を果たしていた。

 否、彼の纏うアザトースが装着者に異常な生命力を与え、無理矢理に生かしている状態であった。

 さながら呪いと化した力により、少年は苦痛の生を強いられる。

 

 

「――――――――!!」

 

 アルビノの顔を見たナジェンダとラバックは、驚愕と憎悪を覚える。

 憎悪の対象は、狂人、ジーダス・ノックバッカーに対してだ。

 一方でボスは視線を動かし、ある事に気付く。

 

「アァアアァァァァァァァッッ!!」

 

 悲痛な叫び声を上げ、アルビノはナジェンダの顔面を蹴り飛ばすために、地面を駆ける。

 ラバックが正面に立つが、ナジェンダは左腕でそれを制する。

 

「ナジェンダさん……?」

 

「……もう眠らせてやろう」

 

 先程とは違い、落ち着いた雰囲気を取り戻したボスは、向かってくるアルビノの見据え、言葉を放つ。

 

「……今だ! チェルシー!!」

 

「ッ!?」

 

 チェルシー。

 アルビノが好意を抱き、自分の全てを救ってくれたと豪語する少女。

 ジーダス戦の時には決して姿を見せなかった彼女を呼ぶ声に、アルビノは、ナジェンダの目の前で全ての行動を停止させる。

 ナジェンダが向けた左手の示す先に彼女がいると判断し、首を向けるも、あるのは木々ばかり。

 愛する存在がいない事を確認し、再びナジェンダの方へと顔を向けるが――――

 

 

 

「葬る」

 

 

 

 最強の暗殺者、アカメの声が背後から聞こえた。

 いや、聞こえた時には、彼の内部には呪毒が入っていた後であった。

 露出した首筋に放たれた一閃から侵入した呪毒は、彼の心臓に到達し、生命としての鼓動を剥奪していく。

 

 チェルシーに固執するアルビノの意識を狙って行われたブラフである。

 アカメが気付かれない様に、少年の背後に迫っている事に気付いたナジェンダは、この策を思いつき、アイコンタクトでアカメと連絡を取り、実行したのだ。

 

 外部からの強力な死に対しては、流石のアザトースも対抗し切れず、鎧は少年の身体から剥がれ落ちていく。

 帝具は消え、残されたのは一人の少年のみ。

 

 

「……ごめん……それから……ありがとう……」

 

 

 力なく膝から、前のめりに倒れこみ、アルビノは自身の人生に終わりを告げる。

 横たわったまま、ほぼ全ての生命活動を停止した少年は、最後の力を振り絞り、首をナジェンダの方に向けながら、最後の言葉を残していく。

 

 

「チェルシーを……頼む……」

 

 

 最後まで、己の愛した人物の心配をし、アルビノは完全に息絶えた。

 

 

「……謝るのはこちらの方だ……」

 

「チェルシーは任された……必ず革命成功まで生き残って貰う……!」

 

 しゃがみこみ、開いていた目を閉じさせ、ナジェンダは決意を表明する。

 ラバック、アカメはやり切れない表情と感情を抱き、他の仲間の元へと向かおうと、動き出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帝具すら使いこなせず、誰一人として殺せず……使えねぇ使えねぇ使えねぇ使えねぇ。やっぱ人間はクズしかいねぇなぁ! アヒャヒャヒャヒャッ!!」

 

 

 

 今、この世で最も聞きたくない声が3人の耳に入る。

 声の方向に顔を向けると、そこには枝から吊り下がったジーダスの頭部が、厭らしい顔を浮かべながら笑い狂っていた。

 首から下は黒い影となっており、それが一目でレギオンだと分かる。

 身体の形を取ったレギオンの右手に当たる部分に、花型のオブジェを持っている事が分かる。

 

「どうせ仕舞いだ……やっぱ教えてやるべきだよなぁ? クキャキャキャ!! ギャオスの死後、身体から出た黒い影の正体! アルビノが狂った原因がよぉ? ヒャッヒャッ!!」

 

 頭以外は黒い影となり分散させ、空を舞う。

 残された頭部は落下を始めるが、既に落下地点に身体の形を作っていたレギオンの首に当たる部分が受け止める。

 

「『分散合致 グラシャラボラス』……帝具の一つ……効果は、花弁に所有者の持つ『何か』を分散させ、受け取った者に与える……コイツの持つ『殺意』をギャオス、イリスに分け与え、コイツの殺意を抑えさせた……そもそもギャオスの存在価値なんて、それだけなんだよ! イヒャ! そして花弁を受け取った者が死んだ時、その全てを吸収して、本体を持つ所有者に返還する……だが、コイツの殺意が凄まじすぎて、溢れたのが『黒い影』の正体! アルビノが狂ったのは、コイツの殺意の半分をアイツに与えたから! アヒャヒャ! しかぁし……結局はどいつもこいつも死んじまった! あのチビ女すら死んだしよぉ……ほんっと! 世の中はクズと馬鹿しかいねぇな! ケキャキャキャキャキャキャッ!!」

 

「そしてコイツこそ、私を弱めていた、最も厄介だった物! 試しにアルビノに殺意を分けたら、あっさり壊れやがって……アザトースに耐えた時の精神力を見せろっつーの! まぁでも、壊れてくれた方が助かったけどねーん。ウフフフフフフ! クキキキキキキキ! まだ理性が残っていたコイツが、殺意抑制と私の主導権を弱めるために取った行動! でもぉ……JとGが死んだせいで、一気に抑制が弱まった……ンフフフ! 言葉遣いの荒さがその証拠ぉ! キケケケケケ!」

 

 狂った笑いをしながら、ジーダスは己が持つ帝具の説明をしていく。

 だが、説明が終わると同時に、アカメは憂いを絶ち、斬りかかる。

 今までナイトレイドは黙って説明を聞いていたのは、ジーダスの持つ花型の物体の正体を知るためであった。

 彼の説明に嘘があった場合は危険なのだが、今のジーダスは殺意に塗れ、まともな判断が出来なくっている。

 そうでなければ、敵の目の前で自身の戦力の説明などしない。

 勝者の余裕とも違い、狂っているがために説明をしていると判断し、終わったからこそ、アカメは斬り込みに行ったのだ。

 

「ジーダスは一体、何を言っている……? 弱めていた? あの帝具で? 何の事だ……!」

 

 狂人の言葉に疑問を抱くナジェンダの声を聞き、笑みを広がらせたジーダスの頭部は、アカメの一撃をレギオンと化した手で受け止めた後、空に浮かび、追撃を避ける。

 

「元々、ジーダス・ノックバッカーは幼少期に殆ど死んでやがったのさ! 私を移植された瞬間からなぁ! クケケ……今までの私を評するのなら……狂人の面を被った小さき者……ってとこかぁ? ウケケケケケケ! もう止めるがなぁ!」

 

 大量のレギオンが展開し、ジーダスの頭部を包んでいく。

 黒に消える間際、震えていた頭部から白銀の鋭い触覚が飛び出るのが、アカメには確認出来た。

 

 数秒でレギオンは分散し、元の人の身体の形に戻る。

 そしてジーダスの頭部が姿を見せる。

 

 

「なっ―――――――」

 

「うわぁ……」

 

「…………………!」

 

 

 ジーダス・ノックバッカーの頭部の側面からは幾本もの太く鋭い触覚が生えていた。

 額や後頭部も一際、大きい触角が貫いており、鼻の辺りには最も大きく、存在を主張している触覚が出て来ている。

 鼻の触覚の付け根には青く染まった眼球らしき部位が付いており、先端からはノイズが混ざった奇妙な声が発せられる。

 

 

「主は『お前の名は何か?』とお尋ねになると、ソレは答えた」

 

「我が名はレギオン。我々は大勢であるが故に――――――――」

 

「ハッハハハッハハハハッハハハハハハッ!!」

 

 ジーダス・ノックバッカー、否、超級危険種「レギオン」の親玉である「マザーレギオン」は、乗っ取った人間の脳味噌を使い、人語を理解し、笑い声を上げる。

 全てを見下し、全てを嘲笑し、全ての人間を皆殺しにすると誓った、狂った声を上げながら。

 

 

 

 

 最終決戦、開始。

 

 

 

 



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最終話「狂気終幕」

 超級危険種「レギオン」

 彼らの親玉にして、ノックバッカー一族に支配され続けていた存在が「マザーレギオン」である。

 ノックバッカー一族は最も早く、この女王の存在に気付き、支配出来る様に改造を施した。

 100年に渡る研究の末、遂に女王は屈服し、ノックバッカー一族に下る事となる。

 その心内に復讐を宿らせたまま。

 

 

 

 

 

「奴はジーダスじゃないって事!?」

 

 驚くのは緑色のコートを羽織り、手に嵌めたグローブの指先から糸を這わせている少年、ラバック。

 隣では、隻腕に眼帯をした美男子、ではなく美女であるナジェンダが冷静に現状を把握しようと努めていた。

 

「キケケケケケッ! ジーダスを乗っ取ったのが、この私! マザーレギオン! 長年、ノックバッカー一族に従い続けて来たが、狂気に呑まれまくっていたコイツは実に容易く支配出来たよォ! ウヒャヒャヒャヒャッ!!」

 

 顔の中央、鼻を突き破って出て来た触角の先端からノイズ混じりの声を発するマザーレギオン。

 不愉快極まりない声は、この場で意識を保っているナジェンダ、ラバック、アカメの三人の耳に届き、容赦なく脳味噌に染み渡っていく。

 聞き続ける事が苦悶に感じる程のノイズと音量でも、一切構わず、軍団の女王は言葉を紡いでいく。

 

「ジーダスの目的は人類の抹殺! 私たち、レギオンの目的は人類への復讐! どちらにせよ、やる事は変わりないけどねぇぇぇぇぇッ!!」

 

 耳障りな声を響かせながら、レギオンで構成された身体は前方に位置するアカメに襲い掛かる。

 対するアカメは村雨を器用に扱い、飛来するレギオンの塊を防ぎ、弾き飛ばす。

 身体を形成しているレギオンを放出するため、徐々に形が崩れていく。

 それでもジーダスの頭部を突き破り、存在しているマザーレギオンは笑い続ける。

 

「そのレギオンは私が直々に生み出した野生のレギオン! 触れれば体内を食われて、ハイ! 終了! ってな訳! イヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!」

 

「ぐっ……!」

 

 村雨の効果にて、触れた部分のレギオンは死滅するも、飛んでくる塊全てを消し去れる訳ではない。

 一部分が欠けただけでは、レギオンは止まらず、飛ばされた後も軌道を修正し、再びアカメに向かっていく。

 最初は危なげもなく、塊を弾き飛ばしていたアカメであったが、その数が五つともなると、流石に疲労の表情が見て取れる程になっていた。

 

「ケヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!………………んん?」

 

 圧倒的な優位に立った事で、マザーは豪快な笑い声を発するものの、そこである事に気付く。

 アカメを守るように張られている糸の存在に。

 触手の根元にある、曇りきったガラス窓の様な目を動かし、少し離れた所で手を動かしているラバックの姿を視界に収める。

 先程まで隣にいた女性は消えていたが、片腕では何も出来まいと鼻で笑い、残りの身体を構成していた、全てのレギオンを緑コートの少年へと向かわせる。

 黒い触手の形を採ったレギオンは、ラバックを刺し貫くべく勢いを増して直進していく。

 

「やっぱそう来るよな!」

 

 ラバックはレギオンの攻撃対象が自分に移った事を確認すると、残されていたクローステールで自分の前に糸による防御壁を生成していく。

 だが、彼の思惑をあっさりと砕く様に、壁を貫いたレギオン触手はラバックの頭部目掛けて進み続ける。

 

「まぁ、分かっていたけどな!」

 

 防御壁は単なる目暗ましであり、作り出した本人は後方へと跳ぶ事で、攻撃を回避していた。

 注目を自身に向けさせる事でラバックが狙っていた事。

 それは――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「天叢雲剣」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ケヒッ?」

 

 両断。

 後方からの凄まじい力に気付かなかったジーダスの頭部に寄生していたマザーレギオンはスサノオの放った斬撃を受け、地に落ちる。

 

 背中に巨大な輪を取り付け、胸部の中心に禍々しく光る黒い球体を浮かび上がらせ、全身に機械化染みたパーツを宿らせたスサノオが顕在していた。

 

 

「囮役……ご苦労……ラバック……」

 

「ナジェンダさん!」

 

 木々の隙間で力を使い果たし、倒れこんでいるナジェンダにラバックが駆け寄る。

 ナジェンダが行ったのは「スサノオの奥の手解放」である。

 「狂化」と呼ばれるスサノオの奥の手は、胸の勾玉からマスターの生命力を吸い取る事で発動する、まさに奥の手である。

 得られる能力は絶大であり、先程使用した「天叢雲剣」は超級危険種だろうが、一撃の下、真っ二つにする事が出来る。

 

「即死級の攻撃を、何度も繰り出されては敵わないからな……奥の手を使用させて貰った……」

 

 生命力を大幅に吸われたナジェンダは、肩で息をし、ラバックの肩を借りて立ち上がる。

 その視線の先には、縦に分かれたマザーレギオンが地面の上で痙攣していた。

 寄生していたジーダスの頭部もろともの切断のため、一定量の血液がばら撒かれるが、それを気にする人物はこの場にはいない。

 

 

「ガッ……グガガッ……ぐげげげげげげげげげげげげ」

 

 

 身体が二つに分かれても、壊れたラジオから流れ出る音声の様に、言葉を放ち続けるマザーレギオン。

 女王が斬られたと同時にアカメやラバックに襲い掛かっていたレギオンは消滅し、アカメはようやく一息吐く事が出来た。

 

「こんっ……なあっさり……なさけな……いみっとも……ないあられ……もない……」

 

 長き渡りノックバッカーに苦渋を飲ませられ続け、ようやくジーダスを乗っ取る事で、全人類に復讐が出来ると思った矢先、対峙していた人間共に簡単に殺られ、マザーレギオンは憤慨する。

 爆発する感情のまま、言葉を出そうとするも、その気力すら湧かない状態である。

 残された手段は虚しく死に絶えるのみ……

 

 

「私達は革命を成す。そのためにも、此処で死ぬ訳にはいかない」

 

「なんで……わたしたちは……ふくしゅう……おまえたち、にんげんが……」

 

 アカメの声がマザーレギオンに向けられるが、既に死の淵にいるレギオンには届いていないようであった。

 うわ言の様に言葉を呟き続け、青く輝いていた目を黒へと沈黙させる。

 

 

 

「……終わったか」

 

 気配が消えた事により、アカメは村雨を鞘へと仕舞い、全員の無事を確認するべく、周囲を見渡す。

 ナジェンダは疲労が凄まじく、義手こそ壊されたが傷は殆ど負っていない。

 ラバックも同様。今はナジェンダの側で立位を支えている。

 マイン、タツミ、レオーネはそれぞれ気を失ってはいるが、外傷は見られない。

 レオーネは内部の傷が心配なため、一刻も早く移動する必要があるが。

 

 未だに奥の手発動中のスサノオは、脅威が去った事により、解除しようと胸の前に手を持っていく。

 

 

 

 

 

 そこで膨大な殺意をアカメとスサノオは感知した。

 

 

 

 

 すぐさま抜刀し、構えるアカメと顔をマザーレギオンへと向けるスサノオ。

 ナジェンダとラバックも、二人の行動を見てから、死体となっていたハズのマザーレギオンへと視線を向ける。

 

 

 青に染まっていた眼球を真っ赤にし、分かれた身体をレギオンによって無理矢理に繋ぎ合わせ、次々とレギオンによって獣の様な身体を形成していく化け物の姿が、そこにあった。

 アカメとスサノオが駆けるよりも早く、全長50mに及ぶ、まさしく「怪獣」と呼ぶに相応しい存在が出来上がる。

 狼に類似した姿を採った大量のレギオン達は、女王を生かそうと必死に働き続け、外的を排除しようと集まり、形作る。

 この怪獣は女王を守る城であり、同時に敵を排除する獣である。

 生きた城は声を発する事が出来ない状態でも口を開け、咆哮する。

 

 レギオンという怪獣とナイトレイドの闘いは続く。

 

 

 

 

 

 

 

 急な巨大化であるが、スサノオは事前の殺意を感じ取り、気絶していたレオーネとタツミを脇に抱え、その場から離れる。

 アカメはマインを背負い、すぐさま跳び、ナジェンダとラバックも駆ける事で被害を受ける事を避けていた。

 

 

 

 全長50mの獣は、統制官を失いつつある存在であるため、眼下で動く小さな獲物を狩り殺す事にのみ、全ての動きを集中させている。

 ゆっくりと振り上げられた右腕は回避するスサノオを捕らえる事は出来ず、触れていった木々をレギオンで埋め尽くし、瞬時に食い殺してしまう。

 対象を捕まえられなかった事を怒り、今度は惨めに動き回る男女を潰すべく、左腕で横薙ぎを繰り出すが、鈍重過ぎる動きでは暗殺者として鍛え上げられた二人を捕縛する事は敵わない。

 代わりに大量の木が吹き飛ばされ、軽い更地がその場に生まれる。

 あっさりとかわされ、ますます怒りを募らせていく怪獣は口に当たる部分を開き、残り一人、ピンク髪少女を背負った事で機動性が落ちた赤目の少女の方を向く。

 口から黒い塊が射出される瞬間、アカメの目には怪獣の喉奥で赤く発光する物体が移る。

 口内から発射される黒い弾丸はレギオンの塊であり、触れれば死ぬ事を意味する。

 大人一人分はある弾丸は変則軌道を行いながらアカメに迫るものの、仲間を守る事に集中している凄腕の暗殺者に触れる事は出来ず、地面にぶつかり跳ね返るのみ。

 

 

「チッ……どうする……」

 

 ナイトレイドのボス、ナジェンダは獣から距離を取りつつ、今後の行動を思案していく。

 全身がレギオンの化け物では、生身で触れる事は危険である。

 ならば帝具人間であるスサノオの「天叢雲剣」が最も効果的であるが、それは相手が単一の個体である場合のみだ。

 アレは群集体。群が集まって生み出された存在。

 簡単な斬撃程度では、傷を埋めるべくレギオンが移動するだけで終わるだろう。

 どうするのか。

 考えられる弱点は、マザーレギオンの存在である。

 奴こそ、このレギオンの親玉であり、現状を生み出した張本人。

 スサノオの一撃により瀕死に陥っているであろう、マザーレギオンに止めを刺せば、この怪獣も自然に消滅する、というのが彼女の考えだ。

 

 しかし、そのマザーレギオンは身体の何処にいるのか分からないのが問題なのだ。

 分かりやすく額とか心臓部とか腹部にいれば話は別だが、わざわざ弱点を剥き出しにする理由がない。

 そう考えると、某マッドサイエンティストは何で額に己を表出させていたんだろう、等と考えるのは無駄なので止めておく。

 ともかく、あの怪獣の弱点の場所が不明な限り打つ手がない、というのが現状である。

 

 

 思案しつつも、アカメが時間を稼いでくれたお陰で安全域まで退避出来たナジェンダ、ラバック、スサノオの三人は小高い丘の上にいた。

 相手の動きをよく見るためだ。

 スサノオはレオーネとタツミをナジェンダ達に預け、すぐにアカメの援護に向かう。

 

 帝具の奥の手により、激しく体力を消耗しているナジェンダは再び地面に腰を着け、息を荒くしつつも呼吸を整える。

 心配そうにラバックが彼女を見るが、左手を軽く上げ、大丈夫である事を示す。

 視界の先には未だに気を失っているレオーネと意識を取り戻したタツミの姿が映り込む。

 

「うっ……ここは……ラバ……それに……ボス!?」

 

「起きたか……タツミ……いきなりですまないが、インクルシオは使えそうか……?」

 

 乱れる呼吸を落ち着けながら、ナジェンダはタツミの様子を尋ねる。

 イリスの自爆に最も近くで巻き込まれたタツミであるが、インクルシオの頑丈過ぎる鎧が殆どのダメージを受け負ってくれたお陰で彼自身には目立った外傷は無かった。

 胸を撫で下ろすラバック達の側で、息を切らしたアカメが到着する。

 

「タツミ……目が覚めたか……」

 

「うぅ……」

 

 背負ったマインを完全に守りきり、アカメ自身も一切の傷を負わずにレギオン達から逃げ切ったのだ。

 背後のマインを下ろすと、彼女はくぐもった声を出す。

 今はスサノオが「八咫鏡」と呼ばれる巨大鑑を眼前に展開し、レギオンの弾丸を跳ね返し、怪獣自らに当てている。

 とはいえ、弾丸はレギオンであるため、獣には何らダメージを与えていない。

 

「アカメ! 悪い……心配掛けたな……」

 

「いや、無事なら……いい……それより、今は……スーさんを……!」

 

 後方に振り返り、戦況を見るアカメに対し、タツミは頷き、ボスであるナジェンダの方を向く。

 

「あぁ。ボス。あの怪獣っぽい奴を倒せばいいんだろ?」

 

「そうだ……ただ奴はレギオンの塊……生身で触れれば死ぬ……更に、弱点である核の場所が不明だ……」

 

「いや……核の場所なら……見た……喉の辺りだ……」

 

「本当か!? 良し……なら行ける……! ボス。ラバ。アカメ。行ってくるぜ!」

 

 アカメの言葉を受け、タツミはしゃがみこみ、己が帝具の名を叫ぶ。

 自身の尊敬する熱き人物から託された帝具を。

 タツミの思いに答え、帝具は少年の身体に装着されていく。

 

 

「インクルシオォォォォォォォォォッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「埒が明かないな……!」

 

 スサノオは空を飛びながら、本日何度目かになる「天叢雲剣」を繰り出し、怪獣の身体を切断するが、傷口から伸びたレギオン同士が即座に繋がり、彼の攻撃を無かったものにしてしまうため、一向に致命傷を与えられない。

 スサノオも目立った外傷はないが、レギオンに触れれば帝具人間であるスサノオの核は容易に喰われてしまう為、これはある意味で当たり前である。

 こちらは弱点を見つけ出し、潰さなければ永遠に勝てず、向こうは軽くでも触れられれば勝ち。

 あまりにも不利な条件の中だがスサノオの目に宿った闘志は消える事はなかった。

 

 まだ短い期間だが、帝具である自分を「仲間」と言ってくれた仲間たちのためにも、こんな所で諦める訳には、死ぬ訳にはいかない。

 感情がある彼だからこそ、闘志を滾らせ、目の前の怪物に当たる事が出来た。

 

 

「スーさん!」

 

 そこへ思っていた仲間の声が聞こえる。

 インクルシオという鎧を纏った、幼くも勇猛果敢な戦士タツミがノインテーターを持ち、まだ残っていた木の天辺から彼に声を掛けた。

 

「タツミ! 回復したか!」

 

「あぁ! スーさん! 奴の弱点が分かったぞ!」

 

「本当か!」

 

 レギオンの右腕による薙ぎ払いを避け、スサノオはすぐさまタツミの側まで移動する。

 

「スーさん。俺を思いっきり、奴の喉辺りに向かって投げてくれ」

 

「いくらインクルシオとはいえ、奴に触れる事は危険だぞ。それを承知した上での発言か?」

 

「そうさ。アカメを、スーさんを、仲間を信じているからの発言さ」

 

「……分かった。死ぬなよ」

 

「あぁ!」

 

 スサノオはタツミを腕を掴むと、レギオンの喉元に向かって投擲を開始する。

 しかし、何度も攻撃を回避された事に怪獣はとうとうキレ、大口を開け、何本もの太く長く黒い触手を放っていた。

 飛んで来るタツミ目掛けて触手が伸びるが、少年は怯む事なく、ノインテーターを目の前で素早く回転させ、まるで盾の様に扱う。

 奇しくも、それはブラートが三獣戦で見せた使い方でもあった。

 確実に成長しているタツミは、また少しアニキであるブラートに近付いて行く。

 

「ウオォォォォォォォォォッ!!」

 

 黒い触手はノインテーターの回転に弾かれ、次々と形を崩し、散り散りとなっていく。

 他の触手が背後からタツミを襲撃しようと向きを変えるが、それら全てをスサノオの天叢雲剣が断ち切っていく。

 

 やがてレギオンの口内まで来たタツミは喉奥で赤く光る、マザーレギオンを発見する。

 弱弱しくも憎悪に満ちた光を放つマザーレギオンは、未だにジーダスの頭部を身体に付着させたままであるが、今のタツミにとってそれはどうでも良い。

 触手は無駄と判断し、怪獣は口を閉じる事でタツミを食い殺そうと閉口し始める。

 されど奥の手発動により、強化された腕力を誇るスサノオの投擲による速度を得たタツミはそれよりも早く、マザーレギオンの前まで迫っていた。

 

「これで……終わりだぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 回転を止め、ノインテーターの切っ先をマザーレギオンへと向け、突き出す。

 周囲のレギオンが主を守ろうと動くが、既に遅し。

 タツミの突きにより、マザーレギオンの身体は貫かれ、レギオンは全て消えて行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というのが理想であったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁっ……!?」

 

 目を赤く輝かせたマザーレギオンの全身から、真っ赤で細い触手が発生し、ノインテーターの突きを防いでいた。

 タツミが次の攻撃を繰り出すよりも早く、触手で槍を奪い、ニヤリと笑った様な表情を作るマザーレギオン。

 既に投擲の勢いは消え、インクルシオを纏った少年に残されたのは重力に従って落下する事のみ。

 ただ普通の落下と違うのは、地面よりも前にレギオンの大群に飲まれるという事か。

 

「ぎぎぎぎぎぎぎぎ……キヒヒッ」

 

 人としての言語を失っても、勝ち誇った笑いを行うマザーレギオンはタツミを見下し、触手の先端を彼に向ける。

 レギオンに呑ませて殺すよりも、自身で殺す事に決めた様だ。

 

「ちく……しょ……!!」

 

 鎧の中で驚愕と悔しさに塗れた表情を浮かべるタツミと笑い狂うマザーレギオン。

 触手はゆらゆらと宙を動いた後、タツミに向かって突き進む。

 

 

 

 

 

 

 

 その時である。

 乾いた音がレギオン犇く怪獣の中で、一際大きな音で響く。

 一体何事か、と全てのレギオンは音の正体を認知すべく、眼球を動かす。

 同時にマザーレギオンが赤い発光を止め、ゆっくりと落下を始める。

 そして理解する。

 自分たちの主である、マザーレギオンが攻撃を受けた音だという事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よしっ! 最後に汚名返上出来たわね!」

 

 ナジェンダ達の側で、パンプキンを構えていたマインがガッツポーズを取る。

 万が一に備え、気絶から復活したマインが狙撃をした結果が前述の通りである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 絶叫。

 全てのレギオンはマザーレギオンが死んだ事により、統制が取れなくなり、形を崩していく。

 群により脅威を発揮するレギオンであるが、それは頂点に立つ者の指示があってこそだ。

 今の彼らは烏合の衆より脆く、醜い存在であった。

 

「無事か? タツミ」

 

 落下していくタツミはレギオンに触れる事なく、スサノオに抱きかかえられる。

 所謂、お姫様抱っこという形で。

 だがタツミは恥ずかしがる事もなく、スサノオの前で軽く拳を突き出して答える。

 

「約束。守ったぜ」

 

「……あぁ。そうだな」

 

 全てのレギオンが消え去っていく中、ナイトレイドは勝利を手にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギッ……にんげ……くそ……ころす……かなら……!!」

 

 だがしかし、脅威はまだ生き残っていた。

 マインの狙撃を受け、風前の灯となった命を無理矢理に発光させ、マザーレギオンは無様に地面を這い蹲っていた。

 流石にジーダスの頭部は使い物にならないと判断し、落下地点に捨ててあるが。

 見るに耐えないおぞましさと人間への憎悪を執念と力に変え、ゆっくりと何処かへと這って行く。

 

 そんなマザーレギオンの前に、黒い触手が地面から現れる。

 すぐさまレギオンだと気付いたマザーは、助けを求める命令を下す。

 黒い触手は先端を折り曲げ、頷く動作を見せた後、マザーレギオンに向かって伸びていく。

 これですこしは傷の回復が出来る、生き延びる事が出来る、と安堵する。

 しかし、触手はマザーレギオンの直前まで伸びた後、再び先端を空へと伸ばす。

 

「?」

 

 謎の動作に疑問を抱くマザーレギオンであったが、直後に答えを知る。

 

 

 

 

 

 触手は容赦なく、マザーレギオンを叩き潰した。

 

 

 

 

 

「!?!?!?」

 

 理解不能な行動に驚きながら、マザーレギオンは息絶える。

 触手が地面から退くと、そこには潰された哀れなマザーレギオンの死体が残っているだけだった。

 触手は主であるマザーレギオンを潰した後、別の方向に向かっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……生まれる前から殺意を持って生まれて来た……そして幼少期にマザーレギオンを移植され、乗っ取られた……しかし、しかしだ。それでも俺は人を殺したかった。殺して殺して殺して殺して、殺し尽くしたかった。俺自身の意思で。俺自身の力で。それも敵わず、それも出来ず、俺は支配されたままの人生を過ごして来た……」

 

 淡々と独白を続けるのは、ジーダス・ノックバッカーの頭部。

 真っ二つにされ、中身をマザーレギオンに吸い尽くされ、もはや言葉を発する事すら不可思議な状態にも関わらず、彼は続ける。

 マザーレギオンの支配から解放された、彼本来の言葉を。

 

 

「だがそれでも……俺が最後に殺す奴は決めていた……」

 

 

 マザーレギオンを潰した触手がジーダスの頭部まで伸びてきて、再び全身を振り上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺自身だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 触手は力尽きる様にジーダスの頭部を潰し、そのまま消滅していく。

 ここに、ジーダス・ノックバッカーは完全に死んだ。

 最後のノックバッカーが死んだ事により、永きに渡って狂人を生み出してきたノックバッカー一族の血筋も途絶える。

 

 

 

 

 これにて狂人の面を被った小者という物語は幕を閉じる。

 ナイトレイドの今後の活躍や帝都の人間たちの行動など、物語内の人物達の話はまだまだ続くが、これは「ジーダス・ノックバッカー」が主役の物語。

 故に終幕。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジーちゃん! ジーちゃん!」

 

「……んん……イリス……か……?」

 

「そだよー! ほら! 皆待ってるよ! 早くいこー!」

 

「何処に……って、まぁ、予想は出来るがね」

 

「んふふふふふ! てか、やっと本当のジーちゃんに会えたねー!」

 

「……………………そうだな」

 

「にひひひひひ! ならいいか! 早く早くー!」

 

「はいはい。んじゃ、逝こうか」

 

「私はずっとジーちゃんと一緒だよー!」

 

「なら、結婚でもするかね」

 

「おっけー!」

 

「なんつー味気ないプロポーズ……まぁいいか」

 

「にゃははははははは!!」

 

 

                 完

 

 




これにて終わりです。
ここまで読んで頂き、本当にありがとうございました。
やはり読み直してみても、まだまだ未熟な点が目立ちますね。
「ここが可笑しい」
「ここは、この原作キャラではこうするのでは?」
「このキャラは何がしたかったのか」
「このキャラは何処に行ったの?」
「展開、文法、日本語が変」などの質問、指摘ありましたら、どんどん書いて下さい。
お待ちしております。

閲覧、ありがとうございました。
また新作にて、お会いしましょう。


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死亡者図鑑

サブタイトルの通り。
本編を読んだ後にご覧下さい。
本編では使われなかった設定も含みます。
作者の力不足が目立ちます。



名前:B

本名:ユー

詳細:幼少期をマインと同じ孤児院で過ごす。

   何の変哲も無く過ごしていたが「何となく」という理由で虐めの対象に選ばれる。

   以後、マインに助けられそうになるも、結局変わらず。

   ジーダスに拾われた事で、彼の私兵となる。

   ジーダス、イリスの事を「様付け」で呼ぶ。

   

   幼い頃の病で、皮膚に水が触れると溶けてしまう性質を持っている。

   現在はイリスの治療のお陰で、外見は問題なくなったが、

   水に沈んだ場合は、死んでしまう。

 

   彼女はマインに対しては「殺したくない」という思いを抱いているが、

   ジーダスの命令ならば、躊躇わずに行う覚悟は持っている。

   マインを「マインお姉ちゃん」と呼ぶ。

 

帝愚「殺人光線 バルゴン」

詳細:七色に輝くレインコート

   不可視化し、どんな攻撃で「7発」までは防ぐ。

   以降はただのレインコートであり、普通に破ける。

   防御回数は時間経過で回復可能だが、1時間で1つと、かなり遅い。

   コートから放つ虹色の「殺人光線」が武器となっている。

   まるで虹を掛けるように、ゆるやかに放たれる光線は、

   触れた対象を必ず殺す。

   この殺す、というのはあらゆる意味での死であり、この世のどんな

   防御も意味を成さない。

   攻撃速度が遅く、光線自体も避けやすいのだが、問題は発動中でも

   本体が動けることである。

   勿論。コートを纏っている彼女に触れれば死ぬ。

   殺人光線であるため、物体には一切効かない点が弱点。

   盾ならば防げるが、服程度ならば問題ない。

 

元ネタ:昭和ガメラシリーズより「冷凍怪獣バルゴン」

 

 

 

 

名前:J

本名:グレイヴ

詳細:ジーダスを「ボス」、イリスを「姉御」と呼ぶ、人を常に見下す少年。

   「ジーダス」と「イリス」そして

   「自分、仲間」以外は総じてクズとしか見ていない。

   実力的に勝る人間だろうが、決して屈することはない。

   仲間にも高圧的な態度だが、他の人間よりは格上に見ている節がある。

   帝愚使用のため、「イリス」に全身を改造されており、

   体内を常に猛毒が流れる「毒人間」となっている。

   故に、ジーダスと同様に定期的に薬を摂取しないと死ぬ。

   帝愚の過剰使用でも同様。

   だが、「彼は「ボス」と同じ特徴を持ち、他の人間とは違う」という点に

   至上の喜びを感じている。

 

帝愚「寄生吸血 ジャイガー」

詳細:全身に仕込まれた特殊な針を扱う。

   体の至る所から飛び出る針。

   長さ1メートル。

   太さ20センチ。

   長さと太さは自由に変更可能。

   この針に刺されると、血を抜かれ、同時に強力な毒を流し込まれる。

 

元ネタ:昭和ガメラシリーズより「大魔獣ジャイガー」

 

 

 

 

名前:V

本名:カルマ

詳細:ジーダスを「主様」、イリスを「女神様」と慕う少女。

   6つに分裂する巨大な槍を軽々と扱い、シスターの様な格好を好んでしている。

   愚直なまでにジーダスを崇拝している。

   その狂信ぶりは5人の中で断トツであり、彼女はジーダスとイリスさえいれば、

   この世界には何も要らない、と思っている節すらある。

   故に、彼と彼女をバカにする者は誰であれ、所構わず飛び掛る弱点が存在する。

 

帝愚「合体頭槍 バイラス」

詳細:6つに分かれている槍。

   合体させることで、巨大な槍へと変貌する。

   合体時、長さ2メートル

   分裂時、長さ80センチ

   あらゆる物を貫き、一度貫いた物であれば、好きな場所に「穴」を開けられる。

   例:手の平を貫いても、彼女の意思1つで心臓や脳に穴を空けられる。

   貫きさえすれば、いつでも発動可能。

   本編では全く生かされなかった。反省。

 

元ネタ:昭和ガメラシリーズより「宇宙怪獣バイラス」

 

 

 

 

名前:Z

本名:ザラック

詳細:ジーダスを「父様(とおさま)」、イリスを「母様(かあさま)」と呼ぶ少年。

   実際は被害妄想の激しい気弱な人間である。

   普段はジーダス、イリスを見習って、落ち着いた風に取り繕っているが、

   他人の視線すら恐怖の対象であり、中傷的な言葉を投げかけられると、

   すぐにパニックに陥ってしまう。

   帝愚の能力を使用した後は、身動きの取れない人々を「恐怖の眼差し」で

   視認し、「防衛本能の赴くまま」、エレキギターで撲殺し回っている。

   戦闘能力こそ高いが、精神が脆弱過ぎるため、タイマンには向かない。

   代わりに撤退戦や集団戦では無類の強さを誇る。

 

帝愚「仮死楽器 ジグラ」

詳細:銀色に輝くエレキギター

   放たれる音を聞いた者を、強制的に仮死状態にする。

   正確には「脳の機能を停止させ、その間はジグラが放つ電波が

   仮死状態の身体を維持させている」状態になる。

   この間のジグラは仮死状態にしておく事に力を割く為、攻撃等は一切出来ない。

   ただし、この時にジグラを破壊してしまうと、仮死状態の者は

   そのまま死んでしまうため、迂闊に攻撃出来ないのである。

   耳栓をする、機械、生物型帝具等には一切効果がない。

 

元ネタ:昭和ガメラシリーズより「深海怪獣ジグラ」

 

 

 

 

名前:G

本名:ルキア

詳細:ジーダスを「オヤジ」、イリスを「お袋」と呼び従う少女。

   所謂、野生児であり、改造前から驚異的な身体能力を誇る。

   戦闘経験は浅いが、本能が研ぎ澄まされており、異常なまでの

   第六感により、奇襲等は不可能に近い。

   反面、知能は他のメンバーに比べても低いため、ごり押しになりがち。

   そこが最大の弱点である。

   感情豊かで挑発に乗りやすい。

   豊満な胸囲と薄い服装故、様々な男に言い寄られるが、

   本人は「ジーダス」に全てを捧げているため、

   それ以外の男は全て断るか斬っている。

 

帝愚「内部崩壊 ギロン」

詳細:包丁に酷似した巨大刃を扱う。

   ぶった斬った物体の「内部」のを滅茶苦茶に破壊する。

   人を斬れば、外見は問題ないが、内臓やら骨やらがぐちゃぐちゃになる。

   斬る対象は持ち主の価値観で変わる。

   (家を家として見るか、内部にある部屋として見るか)

   地面に突き刺せば、一定の範囲に地割れを起こせる。

   また帝愚を投げると、自由自在に操作可能。

 

元ネタ:昭和ガメラシリーズより「大悪獣ギロン」

 

 

 

 

名前:アルビノ

詳細:ジーダスが最も贔屓目にしている最高の器。

   イリスと違い、先天性の「空っぽ」人間。

   誕生時に親が手を滑らせ、頭から落下した際、脳の一部分に傷を受け、

   この世の全てが無機質に感じるようになってしまった。

   それで親や周囲の愛情の元、健やかに育つが、視察中のジーダスによって

   村は壊滅。

   残された少年は泣き喚くことも、逃げることも、怒ることも、

   絶望することもせずに立っていたため、気に入ったジーダスによって連れ去られる。

 

   ジーダス曰く「最後のギャオス四天王」

   四天王が次々と消え、殺意が抑えきれなくなってきたため、

   彼に自分の持つ「半分の殺意」を与え、満たされた器となった。

 

   殺意譲渡までは、ぶっきら棒な口調だが、非常に優しい少年であり、嫌味や妬みを一切持たない。

   ジーダスを嫌っており、隙あらば逃げ出そうと考えていた。

   自分を負かしたタツミに敬意を払っている。

 

   殺意譲渡後の彼は基本的に無口であり、隙あらば殺戮を行う危険人物であるが、

   幼い頃の優しさが残っており、圧倒的な殺意の中、僅かな制御が掛かるようにはなっている。

   戦闘能力も高く、唯一、イリスの人体改造を受けていない。

 

   ナイトレイドのチェルシーとは同郷であり、彼女から可愛がられていた。

   数年後、引越し先の村がジーダスに襲撃された。

   彼女が「初恋」の人物であり、彼女に対しては、

   異常な殺意を押さえ込むことが可能。

   マフラーはチェルシーからの贈り物であり、

   マフラーに触れる者は誰であれ許さない。

   ジーダスやイリスすら、この部分には触れないようにしている。

   チェルシーのためなら、自身の身を投げ出す事も構わないが、

   ジーダスの命令に逆らうことは難しい。

   普段は彼の自宅、地下3階で特訓に励んでいる。

 

帝具「アザトース」

詳細:超大型危険種「アザトース」と呼ばれる悪魔の脊髄、鱗、眼球を使い、

   オリハルコンで強化した絶対的な鎧。

   身に付けただけで激痛が走り、心臓の鼓動だけで全身に裂傷が走る程の

   危険な代物だが、装着し、30秒後には完全に身体に馴染み、

   それまでの全ての傷を癒し、以後、主と認めた装着者に絶対的な力を与える。

   しかし、精神汚染まで来るため、常人、超人程度では扱えない代物。

   扱えるのは「壊れた超人」が「人を辞めた化け物」のみである。

 

   眼球により、視認した生物に精神汚染を始め、鱗により絶対的な防御を得る。

   脊髄を副武装、双剣「ニャル&ホテプ」として使用出来る。

 

元ネタ:平成ガメラシリーズより「アルビノギャオス」

帝具元ネタ:クトゥルフ神話より「アザトース」

 

 

 

 

名前:イリス・アーベンハルト

詳細:「ジーダス」とは2個違いの幼馴染兼相棒(年下)

   「自分はこの世で最も価値がない」が口癖のハイテンション少女。

   常に狂った笑いをしながら、ネガティブ発現をしている。

   「ノックバッカー」の秘密である「レギオン」の事を知っており、彼の専属医を受け持っている。

   ただし、「ジーダス」はレギオンにより再生能力が高いため、彼の身体面では、彼女の出番は殆どない。

   とはいえ、彼の身体を維持するための「薬」の精製には、彼女が不可欠なため、

   「ジーダス」は彼女を守ることの優先順位を上げている。

   天才的な腕を持ち、部位損傷程度ならば簡単に修復出来る。

   帝都の軍医でもあるが性格のため、彼女に診て貰いたいと、思う者は少ない。

   

   「ノックバッカー」の家系とは長い付き合いであり、

   「アーベンハルト」の家系は代々「ノックバッカー」の補佐を務めてきた。

   「ノックバッカー」の家系が徐々に狂い始めてきた時、

   「アーベンハルト」の家系の人間は次の世代の人間を同じように壊し、狂わせてきた。

   「アーベンハルト」の忠義は、自分たちの子どもを狂わせる程、確かな物である。

   彼女の父は、イリスを「この世で最も価値の無い愚物」と言い続け、

   (彼女自身の人間性を無くすことで、忠義のみにするため)

   母は「常に笑顔で笑い狂う」ことを教えてきた。

   (ネガティブではノックバッカー一族に申し訳ない、という理由のため)

   その結果、ハイテンションなネガティブ少女が完成したのである。

   幼女体型なのは、小さい身体でいることで、両親からの寵愛を受けられる、と

   脳が判断し、成長しなくなった結果である。

   この異常に両親は大層、喜んだ。

   イリスが完成した後、両親は「用済み」として、ジーダスに殺されたが、

   その際の両親は満面の笑みで極上の幸せを感じているようだった、とジーダスは

   言っている。

 

   両親の教育により、「自分は何も持っていない空っぽの人間」という印象を

   嫌という程、植えつけられ、ジーダスに忠義に尽くすことだけを

   生きがいにしている。

   空っぽの彼女は狂気を加速させ、ジーダスすら予想しなかった「自爆」という

   手段に乗り出し、彼に秘密で自身の脳、心臓に強力な爆弾を仕込んでいる。

   彼女が死ぬと同時に発動する爆弾は、周囲を軽く焼け野原に変える。

   でもナイトレイドは誰一人殺せなかった。

 

   普段は「ジーダス」の背負う樽の上に座っている。

   レギオンを借りており、現在のレギオンの細かい調整は彼女が行っている。

   そのため、彼女の再生能力も高く、彼と彼女を結び付けている。

   彼女は投薬時の薬に餌の養分を混ぜているため、酒の摂取が必要ない。

   代わりにレギオンの性能が落ちているため、ジーダスは酒摂取方を取っている。

   個人的には「ジーダス」に好意を抱いている。

   しかし、付き合いたいや交わりたいといった類ではなく、

   「この人ならば、私の殆どを捧げられる程、信頼出来る」といった意味合いである。

 

   小型ドリル兼爆弾を武器としている。

   投擲能力は皆無だが、レギオンが武器を背負い、飛んでいるため、自動ホーミング弾が完成している。

   この爆弾は彼女の意思1つで爆発し、1個でも大の大人一人を簡単に肉塊に変える力を持っている。

 

   相棒の呼び名は「ジーちゃん」

   ちなみに彼女は「イリス」と呼び捨てにされている。

   他称は「マッドドクター」「キラークイーン」「爆弾魔」

 

   「死者蘇生薬」の作成を行える唯一の人物であり、彼女なしでは、ジーダスの野望は叶わない。

   故に、ジーダスは彼女を大事にしている節がある。

   何もないが故に、あらゆる全てを吸収してきた彼女だからこそ、成せる業である。

 

   人体改造により、専用武器「帝愚」を「ギャオス」に持たせている。

   「帝愚」作成者は「Dr.スタイリッシュ」

   (本人曰く、「失敗作の失敗作ばかりを貰って行った」とのこと)

   彼らは異常な身体能力を誇るが、寿命が極端に短くなっている。

   痛覚の遮断、五感の発達、帝愚への適応が実験結果。

   ジーダス曰く「まぁ、実験体でやがりますし」とのこと。

   仮に彼らが死んでも、次はデメリットなしの改造を施した

   用心棒を作るから問題ないのだろう。

   イリス曰く「自爆装置が付けられずに残念」らしい。

   ジーダスの帝具があるために、止められた。

   またギャオスの面々はイリスにも忠誠を誓っている。

 

   体内に4本の赤い触手を移植している。

   適当に見繕った危険種の触手である。

 

元ネタ:平成ガメラシリーズより「邪神イリス」

 

 

 

 

名前:ジーダス・ノックバッカー

詳細:帝都の財政を担当している大臣。

   20代前半の青年。狐目。

   敬語とため口が混ざった、適当な口調。

   「○○でやがりますねー」

   後にマザーレギオンの人格が出て来た事により、荒々しい口調になっていく。

 

   代々、帝都に仕えてきた一族「ノックバッカー」の現当主。

   前当主である父親は国家反逆を企てたとして、息子である「ジーダス」が

   一族諸共、処分し(売り出し)ている。

   (実際はマザーレギオンの復讐のため、邪魔となった他の一族を消すために行った)

   当主になった後は、元々の趣味であった「怪画売り」により、得た資金で国の財務大臣を担当する(賄賂による昇格)

   腕は一流であり、帝都もこの判断は間違っていなかったと思っている。

   同時に専属医として「イリス」を抱え込んでいる。

 

   財務大臣である事を盾に、ある程度の自由を帝都から約束されている。

   (レギオンの秘匿、「イリス」を専属医として従軍させる、「ギャオス」の私兵化等)

   国資金の三割は彼が補っているためである。

   更に個人的にオネスト大臣に高級食材、金品を提供しているため、

   彼に手を出す事は、オネストを敵に回すことにもなる。

 

   獲物(主に人間)を気絶させ、生きたまま、ガラス張りの額縁に飾り、

   えげつない趣味(ネクロフィリア、サイコパス)を持つ金持ち道楽共に売り捌き、国の資金、己の利益としている。

   (この事は帝都公認であるが、一部の真面目な人間は彼の行為を忌み嫌っている)

   時には輪切りにして売り出すこともある。

   味方すら死んだ際には死体処理として売り出すためこともある。

   (尚、成るべく新品同然、つまり無傷のまま売り出すが、傷付いた時は

   「イリス」の力を借りて、修復した上で売り出している)

   また依頼をされた場合は、自ら獲物を狩る時もある。

   獲物が美少女、美少年かつ、クライアントの指示があった場合のみ、

   飾らずにそのまま売る。この場合の値段は3倍以上である。

 

   全身の隅々まで、先祖の技術である「レギオン」を施しているため、

   超人に匹敵する身体能力を誇り、一族最高の適応力を誇る。

   しかし、彼の本当に恐ろしい所は「用心深さ」事である。

   レギオンを受け入れる際、両親から受けた手術により、既に全身は瀕死状態。

   薬漬けで生活しているため、レギオンが消える事は、彼の死を意味する。

   それでも三分ほどは自力で生きていられるが。

   新作の兵器や用心棒などに金銭を惜しみなく使っている。

   金は大事だが、命を賭ける程ではない。

   曰く「金は使ってこその金。死んでしまっては意味ねーですから」とのこと。

   その最たる例が、様々な孤児院から引き取った六人の子どもを徹底的に教育、実験し、仕上げた用心棒集団「ギャオス四天王」である。

   勿論。彼らの価値も目的に比べれば安い物である。

 

   情は皆無であり、全ての生物が価値を持たない。

   専属医兼相棒である「イリス」ですら「目的達成のための、必要不可欠の駒」程度の感情しかない。

   (これもマザーレギオンの影響)

 

   1日3回の薬の投与をしないと、身体が崩壊する。

   薬の精製は己でも出来るが、基本的には「イリス」に任せている。

   「イリス」の方が遥かに早く、安全性の高い薬が出来るため。

   己で作った場合は時間も掛かり、イリス作に比べると危険度が高い。

   薬は「飲み薬」「注射」の2種類である。どちらを摂取しても良い。

 

   いきなり吐血をする難病を患っているが、これは実は演技。

   吐いた血の中に、大量のレギオンを潜ませ、その場の監視に当たらせている。

   このため、彼の血液は血液中のレギオンが死なない限り、消えない。

   普段は地面や壁に染み込ませ、目立たないようにしている。

   血液は自由に動かせ、この間は他人の体内にも侵入可能。

   吐血は体内をレギオンで傷付けさせ、すぐさま再生することで治している。

   また彼に直接触れた敵対者はレギオンが即座に体内に侵入し、

   体中を食い荒らしてしまう。

   これは体外に排出されたレギオンは彼の管轄外となり、

   本能のままに動くレギオンが体内を食い荒らすため。

   侵入させるか否かは、彼の意思で操作出来るため、普段の生活に困ることはない。

   しかし、「死病持ち」と彼に近づかない人間はいる。

   この血液を帝都やら地方にバラ巻いているため、あらゆる情報を持っている。

   故に、それなりの人物(メインキャラ)が瀕死、死んだ後に、「ギャオス」を

   派遣し、死体を持っていかせることも多い。

 

   普段の容姿と性格から「酒銭奴」と呼ばれている。(「額縁公」「怪画売り」「死病」)

   樽の金は彼の財布から出ているため、帝国は何も言ってこない。

 

   レギオンにより、現在の彼は不死身に近い。

   刃物で切断しようにも、皮膚までしか斬れない。

   触れただけで、レギオンに感染して死ぬ。

   攻撃の殆どを回避される、等等。

   彼の素性を知っていながら、襲う者は数少ない。

   またレギオンの死の特性を利用して、自らを傷つけることで、

   目暗ましの煙を発生させる事もある。

 

   商売柄、恨まれることも多いことを、幼い頃から知っていたため、

   用心棒集団「ギャオス四天王」を育て上げている。

   また彼らとイリスの脳に「分散合致 グラシャラボラス」が埋め込まれている。

 

   真の目的は「全人間の殺害」である。

   レギオンの殺戮本能により、狂った家系に生まれた彼は、一族最高の

   「殺意」を持って生まれてきた。

   故に、レギオンとの相性は最高なのである。

   金を集めている理由は「レギオンの改造と死者蘇生薬の作成」のためである。

   レギオンを改造し、空中散布出来るようにした後、

   バラまき、全ての生物を殺した後、

   死者蘇生薬で蘇らせ、再び殺す、というループにより、

   自身の殺戮欲求を

   永遠に満たすためである。

   敬語は社会に溶け込むためものだが、本能が荒々しいため、

   グラシャラボラスを使い、殺意を分ける事で使用可能になったが、

   それでも残っていた一部が出てきてしまい、

   現在の言葉遣いが形成された。

   (実際はマザーレギオンのせい)

 

   帝具「グラシャラボラス」により、「自身の殺害欲求」を六つに分け、ギャオス、イリスに分け与えることで、目的達成までの殺意を抑えている。

   故に、ギャオスかイリスが死ぬと、彼に殺意が戻るため、本来の荒々しく、凶暴な人物に戻っていく。

   同時に殺意で全身が支配されるため、理知的な行動が出来なくなる。

 

   狂人の正体は「マザーレギオンに乗っ取られた存在」である。

   僅かな理性を残し、脳味噌をマザーに乗っ取られた彼は、邪魔な一族である

   「ノックバッカー」と「アーベンハルト」を消し去る。

   そうして人間社会を学び、青年となったジーダスを完全に乗っ取った。

   殺意だけで動いていた人間は実に容易く陥落した。

   その後は人間を消すためだけに動いている。

   彼女の内部で生成されたレギオンは野生の特性を持っており、

   体外に放出されても死なない。

 

元ネタ:平成ガメラシリーズより「ジーダス」

 

 

 

 

オリジナル用語

 

 

レギオン

「ジーダス」の先祖が手懐け、改造に成功した超級危険種の一種。

「マザーレギオン」を頂点として存在している生物。

分子レベルの細かさで存在している。

元々は食肉生物であり、群で行動することが基本となっている。

触れた生物の体内に侵入し、内部を食い荒らし、寄生することで生き延びていた。

存在が確認された当初は、未知のウィルスと思われていたが、「ノックバッカー」一族に

よって解析され、一族が生成した抗体によって絶滅した、と言われている。

生物故に意思を持っており、人類に絶命寸前まで追い込まれた事から、

人間に対し、深い殺戮願望を持っていた。

これを受け継ぎ続けたノックバッカー一族は狂ってしまい、最狂の化け物

「ジーダス・ノックバッカー」が生まれた。

 

鋼鉄のような硬さを誇り、単体生殖を圧倒的速度で行い、増殖していく。

「ジーダス」の先祖が発見し、研究したことで

「ノックバッカー」一族のみ、レギオンを操ることに成功している。

この事実は「ノックバッカー」一族の秘密であり、

一般的には「レギオン」は絶滅したことになっている。

生物のため、大量の食料を必要とするが、改造により、

大量の「酒」で補えている。

それでも1日3樽必要なため、「ジーダス」は常に背中に樽を背負い、

そこから伸びたチューブで酒を補充している。

樽はレギオンの補佐によって持っているため、重さは感じない。

 

能力(○が元々。☆が改造によって)

○鋼鉄の強度を誇る身体。

○死滅すると大量の煙(無害)を上げる。

○透明化

○個体同士のテレパシーによる会話

○飛行能力

○単体生殖

 

 

☆神経や筋肉に張り付き、宿主の身体能力を大幅に上げ、痛覚を遮断する。

☆宿主の再生を強化する(腕を切断されても、1日くっ付けておけば完全に元に戻る。尚、即席でも可能だが、レギオンの助力がないと、すぐに離れてしまう。切り傷程度なら、数秒で完治する)

☆身体と同化し、伸縮を可能とする。

☆全身に同化することで、あらゆる干渉を防ぐ電磁波を放つ(エネルギー系の攻撃や透視なども防いでしまう)

 

 

弱点

生命線である「酒」を半日以上摂取しないと、レギオンの身体は崩壊していく。

改造により「ジーダス」の体内から排出されると、数秒で死に絶える。

 (血液内にいる間は存在出来る)

マザーレギオンの死亡。

 

元ネタ:平成ガメラシリーズより「宇宙怪獣レギオン」

 

 

 

 

死者蘇生薬

正確には「レギオン」を体内に住まわせ、あらゆる機能を強制的に復活させた状態。

ジーダスの完成されたレギオンとは違い、イリスが独自に改造を重ねた結果であるため、

数時間のみしか生きられず、定期的に薬を摂取しないといけない状態。

能力的にもかなり劣り、日常生活を送るのが限界となる。

ただし、元より一般人に近い者程、弊害はなくなる。

帝具の使用などは可能だが、制約が付き纏う物は扱えなくなる。

また他のレギオンの過剰摂取により、肉体が耐え切れずに弾け飛ぶため、ジーダスはこの

薬とレギオンを使って、殺戮を起こそうとしている。

 

記憶、魂、精神といった部分は肉体に宿っているまま、という前提の下、行っている。

 

 

 

 

帝具「分散合致 グラシャラボラス」

ジーダスが扱う帝具。

7つに分割出来る、花型の帝具であり、使用者の「持っているもの」を花弁に宿らせる。

物体から精神的なものまで、範囲は幅広く、

始皇帝はこれを使い、戦力の拡散を行っていた。

ジーダスは自身の「殺意」を分散させ、各自の脳に埋め込んでいる。

イリスのみ、普通に飲み込ませたため、胃の辺りに留まっている。

また埋め込まれた者が死亡すると、花弁は光輝き、その者の「全て」を吸収し、

持ち主に寄与する。

ジーダスの場合、花弁の許容範囲ギリギリの殺意であったため、寄生対象者の

全てを吸収した場合、暴走する。

全身を殺意で飲み込まれ、僅かな間のみ生存出来る。

時間経過後、死に絶え、残った機能でジーダスに回収される。

グラシャラボラスの花弁は破壊されても、吸収した物は使用者の元に戻る。

完全に破壊するためには、本体を壊す必要がある。

 

 

 

帝愚

Dr.スタイリッシュが人体実験の過程で生み出した武具。

曰く「失敗作の失敗作」との事。

帝具並の性能を誇る物も存在するが、扱いが難しく、常人には扱えないという弱点が存在する。

名前の由来は「帝より愚者に相応しい武具」から。

名付け親はジーダス&イリス

詳細は各ギャオスの項目下に。

 

 

 

 

 



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