機動戦士ガンダムSEED Gladius (プワプー)
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プロローグ

コズミック・イラ(C.E)

1人の天才が現れた。彼の名はジョージ・グレン。彼は様々な分野において活躍し、多くの人々は彼に称賛の目を向けた。

そして、C.E.15年、彼が設計した探査船に船長として木星探査に旅立つとき、自らの出生を明かした。「ぼくの秘密を今明かそうー。ぼくは、人の自然そのままに、この世界に生まれたものではない。ぼくは受精卵の段階で、人為的な遺伝子操作を受けた者。」と。同時に、遺伝子操作技術を世界中のネットに公開した。

これはそして14年後、ジョージ・グレンの木星帰還後、彼が持ち帰ってきた地球外生命「Evidence01」により親たちは密かに我が子に遺伝子操作を行っていった。

その子供たちは成長するにしたがって、他の自然に生まれた子供たちとの差異を明らかにしていった。

彼らは後に遺伝子操作を受けた人類―コーディネイターと、呼ばれていった。

しかし、遺伝子操作を受けてない人類―ナチュラルの中には彼らに嫉妬、恐怖を抱き始め、コーディネイターたちを迫害していった。

コーディネイター達も迫害から逃れるため、宇宙へ行き大規模なスペースコロニーを建造、発展させ次第に大規模な独立への運動に行っていった。

それをナチュラルたちが承認するわけもなく、彼らは地球連合軍を組織し、彼らに圧力をかけていく。

両者の対立は、C.E.70年2月14日、地球連合軍がプラントのコロニーの1つに核が放ち24万もの死者を出した、後に「血のバレンタイン」と呼ばれる事件を契機に本格的な戦争へと突入していった。

  「この宇宙空間から地球を見ながらこう思う。地球と未知なる宇宙の架け橋、そしてヒトの今と未来に立つ者、調整者(ちょうせいしゃ)‐コーディネイター。このようにあるものだと。ぼくに続いてくれるひとがいることを切に願う。」

このジョージ・グレンの思いとは裏腹に世界は混迷していった。

 

 

南アメリカ合衆国‐南アメリカ大陸にあるこの国は開戦から5日後の2月19日、大西洋連邦に併合され、傀儡国家になってしまったが、元々はプラントに食糧輸出を行ったり、開戦直後はクライン議長からの積極的中立勧告を受諾したり、と親プラントの一面があった。

その国の太平洋側の南に位置する海辺の町から緑豊かな森の奥進んだところにその村はあった。

その村は町の人も一部しか知らない、ナチュラルとコーディネイターが共に住んでいる村であった。

 

 

 

 

 

 見慣れない景色だった。

 たくさんの水槽、多く並ばれている標本。白衣を着た大人たち。男女が言い争う姿。自分より二つぐらい上の男の子。

 自分はここにいたことある?

 一体ここは…?

 そして…。

 

 

 ぼんやりと目を開けると、目の前は真っ暗であった。そして、息苦しかった…。まだ夢を見ているのかと思ったが、どうやら違う。なぜか自分の顔にたくさんの葉っぱが覆い被さっていた。

 起き上がりながら、なんとか掻き分け葉っぱの山から抜け出すと、そこに二人の男が立っていた。

 「やっと、起きたか、ヒロ?」

 隻眼のひかつい風貌をした男が笑いながら言った。

 「…これ、ジェラルドがやったの?」

 まだぼんやりとしながらもいたずらをされ不満げなヒロに、もう一人の中年の男、ハーディが答えた。

 「何度も起こしはしたんだがな…なかなか起きないから、とうとうジェラルドが『サボっている罰だ』と言ってやったのさ。」

 「まったく…。山菜取りに一緒に行くってついて来て、寝てるなんてな…」

 「あっ…」

今日は二人とともに村の外れで山菜取りをしていた。手分けして山菜を探している途中の少しの休憩のつもりだったが、もうあたりは夕暮れ。ヒロは申し訳ない気持ちになった。ハーディはフゥと息を付きながら、

 「まあ、籠の中にはしっかり入っているし、疲れてたんだろう。」

とヒロをそれ以上は責めなかった。

 「なんか、俺の時と態度が違くね?」

とジェラルドは少々ハーディに不満げだった。どうやら当のジェラルドもサボっていたらしい。

 「それは普段の行いだよ。普段ヒロはお前と違って真面目にやってくれてるからな。」

そう言われてしまい、ジェラルドは何も言えなくなってしまった。

 「さあ。もう日も暮れる。早く村に戻ろう。」

 と、ハーディは先程のやり取りに思わず笑っていたヒロに向かって言った。

 「そうだな。あまり遅いと俺たちがセシルに怒られるしな。行くぞ、ヒロ!」

 「うん。待って!」

 ヒロはまだ体についている葉っぱを払落し、二人の方へ走って向かった。

 

 

そんな変わらないいつもの日常であった。

 




初めての投稿作品です。作者はめっちゃ緊張しています。
温かい目で見てくれるとうれしいです。


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序章
第1話 別れ、そして旅立ち Ⅰ


しばらく、原作の第1話より前の時間軸を扱います。
12月ごろまでには原作の第1話まで行けるように頑張ります。


 深い森の中、自然あふれる景色に合わない巨大な機体が座していた。

 ZGMF-1017「ジン」というザフトが兵器として開発した初の量産型MSであった。

 しかし、その機体は戦闘によってなのか今はまったく動かないものとなっていた。  今、ヒロはそのコクピット周辺で何か作業をしていた。

 「うーん。これで動くかな?ジーニアス動かしてみて。」

 コクピット周りで作業していたヒロは中の機器に繋いでいた人工知能を搭載したタブレット‐ジーニアスに声をかけた。

 『了解!』

 ビープ音を鳴らしながらジーニアスは巨大な人型のモノを動かし始めた。

 プラント・地球連合間で戦争が始まってから、壊れてしまったジンの中にはジャンク屋に回収され作業用として改造されるものもあった。今、ヒロも壊れていたジンを知り合いのジャンク屋兼運び屋から買い、作業用に改修しているであった。

 今まで沈黙していたジンのモノアイが光り、立ち上がろうとしていたが、途中で止まり再び座ってしまった。

 それを見て、ヒロはコクピットに向かった。コクピット内ではジーニアスがビービーと鳴らしながらエラーの表示を出していた。

 「またダメだった?」

 ようやく完成したと思っていたヒロは溜息まじりに尋ねた。

 『うーん、コクピットはいちばん複雑だからなぁ…このパーツでは無理だったな…他にないか?』

 「もうここにはないけど…ダグラスがまだいれば、あるかもしれない。」

 昨日から運び屋のダグラスが来ている。このジンの改修のパーツもそこから調達していた。ヒロはジーニアスを連れ、村へ戻っていった。

 しかし、いくらジーニアスの助けがあるにしてもやはり独学では無理なのだろうか。そんな気持ちがヒロにはあった。

 

 

 いつも運び屋が来ると広場で物資の作業をしている。村は基本的に自給自足ではあるが、村で賄えないものもある。それらを月に1度来るダグラスに注文し、この村に近い海辺に運んでもらっている。10人前後しかいない静かなこの村でも、運び屋が来ると、みんな出てきて、それぞれ前回運び屋に頼んだものをもらったり、次来るときまでに欲しいものを注文したりと、賑やかになる。

 広場に向かって行くとその入り口にハーディとアルフレッド、カイルがいた。ダグラスがどこにいるか聞こうとしていたヒロはハーディが持っていた手紙に不思議に思った。この村に手紙がくることは今までダグラスを通じてもなかった。ヒロはハーディに尋ねた。

 「ハーディ、その手紙…?」

 「ああ、どういうルートか知らないが、俺宛だとダグラスが持ってきてな。昔、軍にいた時の同期からでな。自分が上申したMS開発がようやく行われるらしい…。ところで、どうしたんだ?ジンを今日で完成させるって言ってなかったか?」

 「うん、あともうちょっとだけどね。」

 「しかし、凄いよ。一人であそこまでできるなんて…えらいよ。ヒロは。」

 アルフレッドはヒロを褒めた。

 「ありがとう。でも肝心な部分がまだで、しかもパーツがなくて…カイル、まだダグラスはいる?」

 カイルはダグラスの下で何年も働いていて今ではダグラスの片腕として多くの事を任されている青年である。

 「ああ、親方ならまだセシルさんと話していると思うよ。」

 と広場の中央に目を向けた。

 

 

 「今回はいつもより多いのね。大丈夫なの?」

 村の代表であるセシルは運ばれた荷物を確認しながら、ダグラスに尋ねた。地上は、ザフトがニュートロンジャマーを散布したことで、地上はエネルギー、食糧危機になってしまっていた。

 「物資が回らなくなる、なんて心配なら大丈夫だ。そっちはそっちでやっている。今回多いのは、また来月来られるかわからないからな。」

 「この前話していた不審な集団の事?」

 ここ最近、海辺の町では不審な人物を目撃したという情報が多くなった。ダグラスがまず一番に疑ったのは、ブルーコスモスであった。

 「大西洋連邦に併合される前は、この国は親プラントだったからな。コーディネイターが住んでいるかもって思って各地をまわっているんじゃないか。」

 それを聞いていた。ジェラルドは、

 「何か、ご苦労なことするねぇ。戦争中なのに。暇なのか?」

と、皮肉を言った。それに対して、近くにいた研究者風の男、レクサスは珍しく窘めた。

 「おまえもその標的だろうが…それだったら私達は一応この村から離れた方がいいじゃないか。」

 この村は、それぞれの事情をかかえ、この混迷の世界から逃れた人々が集まって作った集落である。セシル・グライナーを代表として、ナチュラル・コーディネイター関係なく共に暮らしている。

 ゆえにコーディネイター排斥を掲げるブルーコスモスにとって格好の標的であった。彼らの一部にはコーディネイターだけでなく、コーディネイターと共にいるナチュラルも許せないと思う者もいる。

 それらのやり取りを聞いて、ダグラスは改めて

 「まあ、まだブルーコスモスと決まったわけではないし…あと、こないだセシルが言っていた傭兵にもたのんだから、数日後には来てくれるだろう。」

 そうこうとやり取りをしていた時、面々はヒロがこちらにやって来るのに気付きその話題をいったん区切った。

 ヒロはみんなの様子がおかしいので気になったが、それには触れずダグラスに話した。

 「ダグラスに頼みがあって…。ジンのパーツ何だけど…持ってきてくれたんのじゃダメだったから来月これらを持ってきてくれる?」

 ヒロはジーニアスをダグラスに渡してパーツの一覧を見せた。それを見ながらダグラスは、気まずそうに答えた。

 「うーん、来月は来られないかもしれないんだが…」

 ヒロは、えっ!?と驚き、どうしようかしばらく考えた後、

 「それじゃあ、僕が取りに行くよ。町から森までの道は知っているし、それぐらいの距離なら一人でも…」

 「今はダメよ!」

 ヒロが言い終わる前に、セシルに反対された。

 この村の外に行くことはよく反対されている。去年も工学を学びたいといったら、村から出るのを反対された。たしかに今、外は戦争しているし危ないのはわかる。しかし、今回は近くの町である。ヒロはなんでと思いながらセシルを見た。

 それに対し、セシルはヒロにはなるだけ隠していたかったと思いながら、

 「ここ数か月、町に不審な集団がいるの。もし、この村が見つかったら大変なことになるの。この村だけじゃない、ダグラスや町の人たち、そしてこの土地を使わせてくれた人にも迷惑がかかるのよ。」

 と答えた。ヒロはガックリした。

 自分も村にできることをしたい。その思いでジーニアスにも手伝ってもらってジンを作業用に改修しようとしていたが、あと一歩まで来たのに…

 それを聞いていたダグラスは、セシルとヒロに提案した。

 「確かに町に行くのは危険だが…。これから帰るときに連れて行って明日の夕方までに俺がこっそりヒロ連れて帰る。俺のところの工場までで町も外にはでない。それでどうだ?」

 それを聞いたヒロは、改めていいか尋ね、とうとうセシルも溜息を付きながら了承した。

 「わかったわ。けど、ちゃんとダグラスの言うこと聞くのよ。」

 「もちろん!ダグラス、すぐに準備してくるね!」

 ヒロは支度をしに急ぎ家に戻っていった。その様子を見ていたジェラルドとレクサスがセシルの所に来た

 「心配なのはわかるが、少しはヒロを信じてやれよ。プラントじゃ15歳はもう成人だぜ。」

 「そうそう。それで私が『ジーニアス』を作るハメになってしまったし…。」

 工学を学びに行かない代わりに、レクサスが独学をサポートに役に立つとして、人工知能を搭載したタブレットを作った。それが「ジーニアス」である。

 「そろそろヒロにだけ隠すってのは、ヒロにとってもつらいしな。」

 と、村唯一の居酒屋の店主サムがいった。

 それを聞いていた彼の妻のイネースが反論した。

 「ヒロは、あんたやジェラルド、レクサスと違って心優しい子よ!あんた達みたいな悪い人間に染まったらどうするのよ!」

 「なんだと!この俺のどこが悪い人間だ!こんな格好いい男、どこ探したっていないぜ!」

 それを聞いたジェラルドが言うと、エルサから

 「顔がすでに悪人顔ですよ…」

 ドッと笑いがおこり、ジェラルドもスネながらも、

 「全く…そりゃ、エルサにとったら一番かっこいい男はアルフレッドだよな~。」

 とちゃかしていた。

 「何です!もうっジェラルドさんは!」

 すっかり話題が変わっている村人たちのやり取りを見ながら、この村の最年長のマルコがその落ち着いた声でセシルに話しかけた。

 「大丈夫、あの子はちゃんとわかってくれてるよ。」

 

 

 一方、ヒロは一日だけでも外に行けることにワクワクしていた。この二年ぐらい町にいってない。支度を終え、玄関の戸を開けると、そこにハーディが待っていた。

 「えっ…と、ヒロ、お前にとったら外に行けなくて辛いのはわかる。ああいう風には言ったが、セシルも出来ればおまえに外の世界を見せてあげたいと思っている。けど、今のこの状況を考えると…心配なんだ。」

 「わかってるよ、ハーディ。わかってる。セシルの気持ちも…。セシルに出会わなかったら、僕はここにはいない。セシルだけじゃなく、村のみんな全員僕にとって大切なんだ…。」

 外の世界を見てみたい、けどそれで村に何かあってほしくない。ヒロはここ数年そんな気持ちの板挟みになっていた。しばらく沈黙が流れ、それを切るようにハーディが口を開いた。

 「何か、近くの町に行くだけなのに…これから長旅に行くみたいな重い雰囲気になってしまったな。すまない。ほら、ダグラスが待っているぞ。」

 そして、ヒロをダグラスたち運び屋の四輪駆動車まで送ってた。村のみんなも見送りに来ていた。思わずヒロはさっきハーディも言っていた言葉を思い出した。

 全く…たった1日なのに大げさだなと心の中で微笑み、そして四輪に乗り込んだ。ヒロが乗るのを確かめた後、ダグラスがセシルに

 「じゃあ、明日の夕方までには必ず。」

 と改めて約束し、行くぞと運び屋たちに声をかけ、出発した。

 「それじゃあ、行ってきます。」

 

 こうして、ヒロはみんなに手を振り、彼を乗せた車は近くの海辺の町へ向かった。

 

 

 



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第2話 別れ、そして旅立ち Ⅱ

本日は一気に2話投稿します。


 「おい、どうだ。見つかったか?」

 夜も深まり、町が静かになった頃、町の外れに数人の集団がいた。リーダー格の男が様子を探りに行っていた男に尋ねた。

 「聞いた通りで間違いないです。あまり町の人間たちも立ち入れない奥の森に道がありました。」

 「そうか。では明日決行する。いいな!」

 報告を聞いたリーダー格の男は周りの者たちに指示を出した。

 「この地球にコーディネイター、宇宙の化け物が住んでるなど…あってはならない!」

 「青き清浄なる世界のために!」

 

 

 

 海辺の町は村から遠くはないが、村に通じる道を複雑にしているために時間がかかる。

 実はもう一つ近道があるのだが、それは緊急用であり四輪の自動車が通るには狭い道なので通ることはできない。

 

 町に着いたときはもう日が暮れていたため、ヒロはダグラスの家に泊めてもらい、翌日の朝からダグラスの工場に向かった。ダグラスの家と工場は直結しているので町の人にも見つかられずに行ける。ダグラスは午後には出発するといい、午前は町長のところへと行った。ヒロは早速ジャンクの山からパーツを探し始めた。

 そして、もう一人ヒロの手伝いをする人間がいた。彼の名はアバン。ダグラスの所に住み込みで働いていて、村にも訪れたことがあり、ヒロにとって1つ上の友達であった。

 「あと、もう少しで完成するのか?」

 「うん、あとは操縦系統だけだよ。まあ、そこが一番の難関なんだけど…」

 「なあなあ、完成したら俺にも動かせてくれよ!」

 作業の手を止め、アバンはジンが動くさまを想像し、ワクワクしていた。

 「お兄ちゃんじゃ、ムリじゃない。MSってコーディネイターしか動かせないしょ?」

女の子の声をした。振り向くとアバンの妹であるリィズがいた。彼女もパーツ探しに手伝いに来てくれた。

 「それにお兄ちゃん、すぐ壊しそうだし…ヒロさん、絶対乗せない方がいいですよ。」

 それに応じるようにジーニアスも『そうだ、そうだ』とビーと音を立てた。

 「何をー。」とアバンが反論をしようとしていた。

 

 何やかんやと探している途中、ふと、ヒロは何かを感じた。

 何だろう、この感じは?

 言葉では言い表せない、何か直感のような感じ、とても嫌な、そんな感じがした。そして、それを感じる方へ向けた。

 

 そんな…そっちは…。

 このいやな感じが当たってほしくないという思いを胸に見た先に、ヒロは驚きそしてだんだんと顔から血の気が引いていった。

 そんなヒロの様子にアバンは不思議に思い彼を呼んでみたが返事がない。気になり彼のもとに近づきアバンもリィズもヒロが見ている方に目を向けた。そして、二人とも驚いた。

 「あれは…煙?」

 「あっちの方角って…」

 その時、ヒロいきなり走り出した。

 「おい、ヒロ!」

 アバンが追いかけようとしたが、ヒロはもう森の方へと消えていった。

 

 

 町の中央のところに町長の事務所がある。そこでは今、ダグラスは町長に今回の報告をしていた。

 「それで町長、あれからどうですか?見慣れない集団は?」

 ダグラスに尋ねられ、町長と呼ばれた、穏やかな雰囲気の男性はため息交じりに答えた。

 「いえ、まだ町にいます。一応は様子を見張ってはいますが、あまりこちらも目立つことは出来ないですし、他の住民も不審がります。」

 下手に行動を起こしては町の方にも危害が及ぶ。町長という立場として、あまり踏み込んだことをできないのであった。

 「さらに、気がかりなことにトムがここ数日行方不明なのです。今、探させていますが…」

 それを聞いたダグラスは驚いた。村の事は、町の人でも限られた人しか知らない。トムもその一人であった。彼の身に何もなければいいが。心配と不穏な空気がしばらく流れた。

 それの静けさを切るようにダグラスを呼ぶ声がした。何事かと思いダグラスは町長室の扉を開けると、リィズそしてアバンの姿がいた。ダグラスは不審に思い、どうしたのかと尋ねた。二人ともゼイゼイとかなり息を切らした様子であった。

 「親方、大変だ…村の方角から煙が…煙が…」

 まだ息が上がっていて途切れ途切れではあったアバンの言葉に、ダグラスと町長はまさかという思いで外に出て村の方角を見、ここからでも見える煙にさらに驚いた。

 ダグラスはハッとしてリィズにヒロはどこにいるか聞いた。

 「それが…」

 

 

 「全く、こんな十人ぐらいしかいないこの村に、あんな装備で来るかぁ?こっちは猟銃と普通のハンドガンしかないんだぞ?」

 「まあ、その代わり色々なもの利用してるけどね…」

 ジェラルドとレクサスは即席のバリケードを盾に相手の様子を見ながらいつもの調子で言った。いや、振る舞っていた。

 襲撃は突然であった。見張りをしていたアルフレッドの声を聞いた直後、銃声や爆音が鳴り響いた。なんとかバリケードを作って、備えていた銃で応戦したが、みんな散り散りになってしまった。今ここにいるのは自分の他にはイネース、レクサス、エルサ、そしてセシルであった。

 今は予想外の抵抗だと思ったのか、向こうはこちらの出方を伺っているようであった。

 「てか、何でセシルおまえはまだここにいるんだよ!」

 思わぬ言葉を受けセシルは何を言いたいんだと心外そうにジェラルドを見た。ジェラルドはそれを無視し、

 「何のためにこっちにバリケードを作ったと思っているんだ!早く後ろの抜け道から逃げろよ!」

 この状況下では全員が逃げ切ることは出来ない。せめて、セシルだけでも逃がそうとしていた。

 「そんな!私よりもエルサの方でしょ!お腹に子供がいるのよ!」

 「だからです。私では逃げ切れません。それにアル…アルフレッドを置いてって行けません。」

 「それに、ヒロが町にいるのよ。母親であるあなたがいてあげなきゃ。」

 イネースがセシルを諭した。セシルもこの状況は理解していた。

 しかし、この村を作ろうと自分が言い出したことだ。自分だけ逃げることなどできない。そんな思いであった。

 「まずいぞ。向こうが動き出したぞ。」

 「早くしろ!」

 「けど…」

 それでも動こうとしないセシルにとうとう、

 「いい加減にしろ!」

 と、ジェラルドが怒鳴り彼女を抜け道に続く茂みに押し飛ばした。

 その時、

 激しい閃光と爆音が響いた。

 

 

 もうどれくらい走ったか。先程からする嫌な予感が消えない。何かの間違いであって欲しい。そう願いながらヒロは村への道を急いでいた。

 と、そこに見慣れない車-ハーフトラックや装輪装甲-が道を塞ぐように止められ、その周辺に数人の男たちがいた。

 男たちもヒロに気付き、手にしていた銃を発砲してきた。

 ヒロはすぐに危険を感じとっさに横の茂みに飛び込んで銃弾を避け、このまま森の中に逃げ込もうとしたが、今まで走ってきた疲労もあったせいか転んでしまい追いつかれてしまった。

 「何だ?おまえもあの村の者か?」

 男たちが向ける銃口にヒロはすくみ動けなくなってしまった。

 「さっきの運動神経…、おまえ…コーディネイターだろ。」

 それだけではない。男たちが自分に向けている憎悪、差別感情、それらがヒロに恐怖を与えていた。

 「お前たちのせいで、一体何人の仲間を殺されたか!」

 「消えろ!宇宙(そら)の化け物め!」

 殺される!ヒロは目をつぶった。ゴメン、みんな…。

 そう思ったとき、銃声、男たちのうめき声がした。何があったんだと思いヒロが目を開けると、あたりから白煙が立ち込めていた。男たちの姿がない。しばらく呆然としていると、誰か大きい男の手に引っ張られ走りだされた。

 「大丈夫か?ヒロ。」

 「ハーディ!」

 ハーディと会えた。

 「村のみんなは?」

 ハーディは黙っていた。もうみんなは…そう思い、ヒロ顔を曇らせた。

 それに気づいたハーディは、

「大丈夫だ。ジェラルドもいる。きっと無事だ。」

 と、励ました。

 しばらくハーディに引っ張られて走ってはいたが、遠くから他の男たちの叫ぶ声が聞こえてきた。どうやら、先程の銃声に他の仲間たちが気付いたらしい。

 ハーディは、軽くクソッと悪態をつきヒロに行くよう促した。ヒロは思わず戸惑った。

 「何で?ハーディ…」

 「ここで足止めする。ヒロ早くお前は森を抜けて町の方に逃げるんだ…」

 「そんな!…!」

 「俺はもう手遅れなんだ。」

 ヒロは思わずハッとした。今まで何で気がつかなかったのか。ハーディの左わき腹から血が流れていた。しかも、かなり多くの血が。

 ここで別れたらもう二度と会えない。そんな思いが込み上げヒロの目から涙が溢れていた。ハーディはフウっと息を付き、

 「ヒロ、俺の最後の…」

 「嫌だよ!聞きたくない!…」

 信じたくない、そこからヒロは何も言えなくなった。

 「ヒロ…」

 ハーディは屈み込み、いつもと変わらぬ諭すような穏やかな口調でヒロの目を合わせて言った。

 「ヒロ!俺はかつて軍人としては正しい行いでも、人として最低なことをした。俺はずっと逃げていた。逃げ続けていた。あれから何が正しくて何が間違いなのか、わからない。その答えに辿り着けなかった。だが、最後にやっとその答えの一つが分かった気がする。自分がしたかったことをできる。それはヒロ、お前を守ることだ。その思いは俺にとって本当なんだ。ヒロ、今日という日がお前にとってとてもつらい日になるかもしれない。だが、だからこそ忘れるな。そして…俺の、俺たちの思いも。いいな。」

 そう言い、ハーディは男たちの声がする方へ向かった。

 「行け、ヒロ。」

 ヒロは何も言えなかった。ハーディの言葉が胸に突き刺さる。今はただ走って行った。

 「それでいい。生きろ。おまえは俺たちの希望なんだ。」

 だんだんと遠くなるヒロの後ろ姿にハーディは呟いた。

 

 

 

 涙が止まらなかった。何でこんなことになったんだ…。昨日まであんなにいつもと変わらないのに…

 そんな思いを巡らしながら駆けていた。

 水の音が聞こえる。いつの間にか沢の近くに来ていた。ここから町に行くにはいったん下って沢を越えなければいけない。ふと下る道の前に誰か人が座っていた。

 よく目を凝らしてみると、セシルがそこにいた。

 「セシル!」

 ヒロの声にセシルもこちらの方を見た。どうやら足を怪我しているようだった。

 「ヒロ…無事だったのね。」

 ヒロは他のみんなの事、村の事を聞こうとしたが、セシルの疲れ切っている様子を見て、とても話を切り出せなかった。

 自分も疲れ切っていた。ハーディがいなかったら自分は死んでいた。けど、ハーディはもう…。

 再び溢れそうな思いを振り払おうとした。今は自分がしっかりしなくちゃ。

 「セシル…、行こう。僕がおぶるから…この沢を抜けたら町は近い。」

 再び込み上げてくる思いを振り払うようにヒロは屈んでセシルに言った。

 「ヒロ…大きくなったんだね。」

 急にセシルがいつも言わないことを言ったのでヒロも思わず驚いた。

 「いきなりどうしたんだよ。セシルらしくないよ。」

 「うん…背中見てたらね…。あんなに小さくて生意気だった子がもうこんなにも大きくなったんだなぁって思ったの。」

 「なに?僕、生意気だったの?」

 「そう。生意気で、言うこと聞かないで…覚えてない?」

 「うーん。どうだろう…」

 さっきまで殺伐とした雰囲気だったのに、今は穏やかであった。このまま続いて欲しい…そう願っていたが、またあの集団の声が聞こえてきた。向こうは本当に全員を殺すつもりでいるらしい。

 ヒロは急いで背中にっとセシルに促した。その時、銃声が響いた。その音を聞きセシルはヒロを庇おうと前に被さったとき二発の銃声が響き、そのセシルの右肩を貫き、セシルは悲鳴を上げた。

 「セシル!…うっ…あああ!」

 どうやらヒロも左ふくらはぎに当たったらしい。焼けつくような痛みが襲った。

 うめきながらセシルはヒロに早く逃げるよう言おうとしたが、とてもそんな状況ではなかった。だんだん足音が大きくなってくる。そして銃の音もする。このままでは二人とも…

 

 何かを決意したのか、セシルは怪我した足を引きずりながら、左腕でヒロを支え崖の近くまで来た。

 「セシル…何を…」

 痛みを耐えながら、そして不安な顔のヒロにセシルは優しく言った。

 「大丈夫、ヒロ。最後に母親として…今まで母親らしいこと出来たかわからないけど…せめて…あなたを…」

 「セシル…母さん…」

 ヒロが言いかけた時、セシルはヒロを抱えるように崖から飛び降りた。

 

 

 

 落ちるまで、数秒なのか長い時間を感じた。ヒロは空の方を見ていた。

 空はいつもと変わらず青かった。

 

 

 

 

 

 




自分で言うのもなんだけど…長いよ!(泣)
本当は第1話、第2話でひとつにする予定だったのですが…
なんか話数が多くなりそうな予感…
次からは1話の長さが短くなる予定(たぶん)


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第3話 別れ、そして旅立ち Ⅲ

最近…せっかくあるし、前書き・後書きになに書こうかなぁ~て考えるのですね。

すみません…第3話です。


 

 

 あれから数日たった。

 かつて村があったところはまだ悲惨な光景だった。

 片付けの作業をしている人たちとは別に軍服姿の三人の男がいた。一人は中年の威厳のある男性で二人は若く彼の部下のようであった。

 「しかし…ひどい有様です。生き残りは一人だとか…しかもまだ少年とか…」

 若い士官、ウェインは顔をしかめて言った。

 一方、もう片方の堅物そうな士官は上官に不満を漏らした。

 「私たちがこの町に来たのは、補給のためです。こんなところに来て良いのですか、ガウェイン大佐。」

 「それもそうだな…。」

 ガウェインはから返事で答えた。

 「ジェローム、ウェインは先に戻っててくれ。俺は後から行く。」

 

 彼らを去っていくのを確認し、ガウェインは広場へ向かった。そこには村人たちの遺体が安置されている。彼はある名前を探し、見つけ、そこで立ち止まった。

 ハーディ・トレンシー

 「まったく…、デュエインのヤツになんて言えばいいか…久しぶりというのに…こういう再会は考えてなかったぞ。」

 もう返事も来ない、その布に包まれたかつての戦友に向かって話しかけた。

 

 

 アバンは部屋に前に立っていた。ジーニアスを手に持ち。

 その隣ではリィズと3人の子どもたちがいた。この3人の子どもたちはダグラスの子どもである。

 『待て、アバン。心の準備ができてない。』

 「お兄ちゃん、本当にいいの?」

 「そうだそうだ、アバン。」

 「いけないんだぞぉ。」

 「お母さんに怒られる~。」

 口々に言われながらも、いいんだよと言い返した。

 そして、部屋に入ろうと、ドアノブに手を伸ばしたとき、

 「何しているの。」

 後ろから女の人の声が聞こえた。振り返るとそこにはマーサが立っていた。

 「ここにはまだ来るなって言っていたでしょ。」

 「いや…ジーニアスを返しに…」

 たじろぎながらアバンが答えると、マーサはひょいっとアバンからジーニアスを取り上げた。

 「あんたたちは他にやることあるでしょ。」

 そう言い、アバンらを追い返した。

 

 すたこらと去るアバンに「やーい、怒られた。」と茶化す子どもたちが去っていくのを確認し、マーサはコンコンとドアを叩いた。

 「入るよ。」

 彼女は部屋にいる人物の返事を待たず、ドアを開けた。もっともこの部屋にいる彼も返事をすることはなかった。もちろん、彼女もそれをわかっていた。

 彼はベッドの上でうずくまっていた。

 「…ご飯、食べてないのかい。身が持たないわよ。」

 さっき運んできた昼食は手を付けられておらず、冷めていた。

 ヒロはマーサの言葉にも何も答えなかった。

 あれからずっとこんな感じだった。

 たまに言葉を発しても、いつも自分を責める言葉だった。

 彼女は片付けながら、

 「ヒロ、あんたが作っていたヤツ、工場のところに置いてあるよ。あと、これジーニアス。さっき、アバンが持っててね。ここに置いとくからね。」

 と言いながら、机にジーニアスを置き部屋を出て行った。

 『ヒロ…』

 

 部屋には、ビープ音が鳴り響くだけだった。

 

 

 村を知らない者たちにとって今回のことは寝耳に水のことであり、また自分たちにも火の粉が降りかかるのではという不安があった。

 さらに、一部隊ではあるが軍が補給を兼ねてしばらくここで休息するといい、滞在している。

 海辺の町では大騒ぎであった。

 今、町長室では話し合いが行われていた。

 「何でこんなタイミングで軍が来るんだ!?」

 「この際あの子をここに来た軍に保護してもらうのはどうです?」

 「しかし、あの子は…」

 「では、どうするのだね!あの子がいる限り、この町にも危険が及ぶかもしれないんだぞ!」

 「そうだそうだ。また、いつあいつらが来るかもしれないじゃないか。」

 

 「ダグラス、あなたはどう思っていますか?」

 今まで彼らのやり取りを聞いていた町長は黙っているダグラスに尋ねた。

 みんなダグラスに目を向けた。ダグラスはただ黙っているだけだった。

 しばらく、静寂が流れた。

 

 「もしもーし。すみませんが…ちょっとよろしいでしょうか~。」

 突然、窓の近くから声が聞こえた。みな驚き、声がした方を見ると、そこには左眼の上から頬にかけ傷があり、白髪頭の髭を生やした老人が立っていた。そして手には刀を持っていた。

 「えっと、申し訳ありません。どなたでしょうか。一応ドアに呼び鈴があったはずなのですが…」

 ここにどうやって入ってきたのか。それも含めて驚きながらも、町長は何とか平静を保ちながら尋ねた。

 「いや~、呼び鈴は確かにあったんだけどね…何度も鳴らしても応答ないし、外からもずいぶん熱心な議論が聞こえてきたから…登ってきちゃった。」

 みんなが唖然としながらも構わずその老人は続けた。

 「いやはや、自己紹介が遅れてしましましたね。ヴァイスウルフの者です。ちなみに自分はルドルフ・ガルダリクといいます。こちらにダグラス・スティサムという人がいると思うのですが…彼から連絡受けてね。」

 名前を呼ばれ、それまで黙っていたダグラスがルドルフの下へとやって来た。

 「自分がダグラスです。しかし、すでに依頼人も亡くなっています。」

 もう依頼はなくなった。と言おうとしたとき、ルドルフに遮られた。

 「いや…依頼は続いてるよ。それに依頼の件だけでなく、もう一つあるんだ。」

 は?と思いがけない言葉を受け、ダグラスは驚いていたが、ルドルフは構わず話を進めた。

 「セシル・グライナーとは、『何かあったとき、ヒロを引き取る』…そういうことになっているんだ。」

 

 

 

 

 

 

 海上に一機の航空機‐スピアヘッドが飛んでいた。

 「どうだ?」

 パイロットの男性士官が後ろの作業している女性下士官に尋ねた。

 「やっぱり…ボスゴロフ級の潜水艦の反応が確認できます。…大佐に報告ですね。」

 パイロットはスピアヘッドを野営地へ戻るために旋回させた。

 

 「大佐のカンが当たってことか…。ZAFTが追ってきたのか…。」

 




簡単な登場人物紹介

主要ではないけど、紹介した方がいい登場人物を載せます。

ダグラス・スティサム
 ナチュラル。運び屋。村に必要な物資を運んでくれていた。ジャンク屋も営んでい  て、ここで働いている人たちは兼務している。また、彼らの中には、徒弟として働い ているのもいる。

マーサ・スティサム
 ナチュラル。ダグラスの妻。彼との間に三人の子供がいる。度胸もあり肝もすわって いる。住み込みのアバンやリィズを含め、ダグラスの下で働いている人たちの面倒も よく見る。彼女には皆、頭が上がらない。

カイル
 ナチュラル。ダグラスの下で働いている青年。今では彼の右腕として、運び屋・ジャ ンク屋をまとめている。


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第4話 別れ、そして旅立ち Ⅳ

すみません、1週間空いてしまいました。



 

 ルドルフがZAFTの大型輸送機ヴァルファウへ戻ってきたのは、もう日が暮れたころであった。彼らが任務で移動する際は、独自に買い改造したこの輸送機で赴く。ある程度改造していて、ここで寝泊まりすることもある。

 ヴァルファウのコクピットには3人の男女がいた。

 「うお~痛てて…」

 ルドルフが入ってくると、そのうちの一人、落ち着いた雰囲気を待った女性が呆れながらルドルフに言った。

 「まったく…なんでそうなっちゃたんですか…。」

 「仕方ないだろう。ミレーユ。」

 

 

 

 遡ること、数時間前。

 ルドルフはダグラスに伴われ、彼の家に行った。ヒロに会うためである。ヒロはまだ部屋に閉じ籠っていた。ダグラスは言葉を探しながら用件を伝えた。

 ヒロは何も答えなかった。

 しばらく続いた無言の雰囲気を最初に切ったのは、ルドルフだった。

 「いつまで、そうし続けるんだ?」

 少し語気を強めに言ったルドルフにダグラスはちょっとと止めようとした。が、ルドルフは構わず続けた。

 「おまえはこのまま何もせず、ここで終わらせるのか?」

 それに対し、今まで黙っていたヒロが言葉を発した。

 「…なんかのあなたに…だよ…もう…てよ」

 よく聞き取れないそのか細い言葉にルドルフはああ?と聞き返した。

 「傭兵なんかのあなたに何がわかるんだよ!もう僕のことはほっといてよ!」

 そのまま、堰を切ったように涙を流し、話し続けた。

 「一体僕の何がわかるんだ!みんな…みんな…死んだんだ…。コーディネイターだからって…コーディネイターといるからって!」

 あの時、向けられた銃、憎悪、それらの恐怖がまた蘇る。自分になぜ…そして自分は…

 「僕さえ…いなければ…!」

 そこへ…

 「この!大ばか者!」

 ヒロが言い終わる前に、ルドルフはヒロを殴った。

 そして…そのまま喧嘩に発展していった。

 何とか、ダグラスらが入って終われたが…話はつかなかった。

 

 

 「で、これからどうするんだよ。ルドルフのおっさん。このまま帰るのか?」

 コクピット席に座っていた若い男、フォルテがやれやれとルドルフに尋ねた。

 「うーん…ここはシグルドに決めてもらおう。このヴァイスウルフのリーダーだしな。どうする?」

 ルドルフは自分は引退した身として、このヴァイスウルフのリーダーはシグルドに任せている。シグルドと呼ばれた男がしばらく考え込んだ後、言った。

 「まだ、依頼の件がある。それがある限りは…」

 ルドルフはそうかと言い、

 「じゃあ、シグルド、フォルテ。この件は2人に任せる。俺はさっきの一件で家に出入り禁止になってしまったしな。じゃあ、俺はもう寝る。年寄りは夜が早いんでな~。」

 と、そそくさと行ってしまった。

 「なんか…面倒を押し付けられた気がするんだが…」

 フォルテがガックリしながらシグルドに言った。シグルドもやれやれといった感じだった。

 

 

 ダグラスは居間のテーブルでマーサが淹れてくれたお茶を飲んでいた。向かいにはマーサも座っている。フウっと息を付いた。

 今日は、いろいろありすぎた。特に傭兵の件が。とりあえず、数日、時間を置くということで終わらせたが…一体どうなることやら。

 そこへ、

 「親方。」

 アバンがやって来た。後ろにはリィズもいた。

 「ヒロの事。本当なのか。本当にこの町から追い出すのか。」

 傭兵の言っていた話が伝わったのだろう。二人もヒロの事が気になるようだ。

 「俺の時や他のみんなの時みたいに、ここで住み込みで働くってのはできないのか?」

 ここで働いている者の中には、親を早く亡くし、ここに住み込みで働かせてもらっているのもいる。アバンもそうである。それができないか、聞いてみた。

 「できればそうしたいが、おまえや他の者たちとは状況が違う。町の住人のなかにそれじゃあ納得できないのもいる。」

 「ヒロが…コーディネイターだからか?」

 アバンが語気を強めた。

 「ヒロがコーディネイターだから追い出すのか?」

そうではないとダグラスが言おうとしたが、アバンは聞かず続けた。

「みんな、急にヒロの事、厄介者扱いして!…親方も。見損なったよ!」

 そのまま今のドアを勢いよく開け出て行った。リィズも「お兄ちゃん、待って」と追いかけて行った。

 「あの子…良くも悪くも、真っ直ぐだから…。」

 「わかっている。」

 ダグラスもできれば、傷が癒えるまでヒロをここで預けたい。

 だが…町の事、家族の事、工場の事を考えてしまい、そこに危害がおよんだら…そしてそれを言い訳にしてるかもしれない…若いころはもっといろんなことができると思っていたのに…

 「俺って、こんな情けないやつだったか?」

 ダグラスは溜息を付いた。

 

 

 

 翌朝。

 アバンはヴァルファウが停められている場所へ行った。

 ここに傭兵がいる…ふと周りを見回しても、誰もいなかった。

 しばらく周りを巡っていると前の格納ハッチが開いているのに気付いた。そこに近づき、のぞいてみると、二機のMSが搭載されていた。

 すげぇ、と感嘆していると、後ろから声をかけられた。

 「おい、小僧。何してるんだ。ここはおまえみたいなヤツが来るところじゃない。」

 振り返ると老人が岩に座って、おにぎりをムシャムシャ食べていた。

 昨日、来ていた傭兵だった。

 「小僧じゃない。アバンだ。なあ、ホントにヒロを連れていくのか?」

 しかし、ルドルフはおにぎりを食べていた。

 アバンはムッとしながらも続けた。

 「ヒロには、あいつの性格じゃ、傭兵みたいなところは…」

 「それは…ヒロが決めることだ。」

 「え?」

 アバンはルドルフに逆に聞かれ戸惑った。ルドルフは続けた。

 「それを決めるのは、俺やお前じゃない…ヒロ自身だ。それに今のあいつを連れていく気はない。」

 ルドルフはさらに続けた。

 「今、あいつは自分で一歩を踏み出していない。そんな人間に俺たち傭兵の戦いに連れていく気はない。それに、それはセシルたちの思い、依頼人に反してしまう。」

 アバンはルドルフの言葉を聞き、ただ黙っていた。

 「おまえはどうなんだ?」

 ルドルフからおもわず自分の事を聞かれ、え?としてしまった。

 

 

 

 

 ウェインはある場所に向かっていた。町に来た際にそれを初めてその一部を見かけ、それがずっと気になっていた。

 ので、その場所に向かって行った。

 工場のようであった。

 何とか敷地内に入っていき、それが置かれている場所に辿り着くとウェインは驚いた。

 ジン?

 そこにはMSジンが座った状態で置かれていた。だが、そのジンは少し違っていた。背中には取り外しできるような大型のコンテナを乗せられるようになっていて、スラスターはその左右の下部に位置していた。手も片方は三本指になっていた。

 ふと、コクピットに作業している少年が見えた。

 

 『違う違う。それじゃ、ダメだ!あー、もう!』

 ビービーと音を出しながらジーニアスは相も変わらずヒロに指示している。が、ヒロは見ようともせず黙々と作業をしていた。

 なぜこんなことをしているのだろうか?もう必要ないのに… 。

 ヒロは自分でも不思議だった。

 そこへ声がした。

 「へえ、すごい。これ、君が作ったの?」

 ヒロは外を見ると、MSの下に軍服を着た青年がいた。ヒロがうんとうなずくと、その青年はまたもへぇと感心し、コクピットの方までやってきた。

 「へ~、中はそのままにしているんだ。これはタブレット?人工知能がついているんだ。そういうのがあるって聞いたことあるけど初めて見たな~。ん?動力系がおかしいんだね。どれ。」

 ヒロはたじろぎながら、ただ青年がうれしそうに作業しているのを見守っていた。

 一体この人は?

 そう思っていると、

「よし。これで動くだろ。ちょっといい。」

 そう言い、ジンを動かした。ジンはゆっくりと立ち上がった。コクピットの入り口につかまりながら立ち上がるのを見たヒロは驚いた。そして、また動かしている青年を見た。

 青年はただ微笑み、またジンを座らせた。

 「あ…ありがとう。ございます。…軍人さん…」

 ヒロはお礼を言おうとしたとき、その青年はまた微笑んだ。

 「僕はウェイン・ギュンター。ウェインでいいよ。僕も…君と同じ、コーディネイターだよ。」

 

 

 

 それはヒロにとって大きな出会いとなった。

 




次話は早めに投稿する予定です。

(あくまで…予定です。)


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第5話 別れ、そして旅立ち Ⅴ

今回は長めです。


 

 「あ~、俺たちまったく必要ないし、もう帰らね?…っても、レーベンがいないと、これ動かせないし…あいつ、どこいったんだ?」

 フォルテはヴァルファウの中で退屈そうにしてた。

 「ちょっとルドルフからの用事でいないのよ。それに、これも仕事のうちよ。」

 ミレーユが答えた。

 

 前日、シグルドとフォルテはヒロに会いに行ってみたら、予想外のことが起きていた。

 マーサからは何しに来たんだとばかりの顔をされ出迎えられたのは、わかっていたが、ヒロが昨日とは違い、部屋から出ていたのだ。しかも、若い地球軍の軍人と共に。

 しばらく、こっちは様子をいることにした。

 

 そこへ様子を見に行っていたシグルドが戻ってきた。

 「それに…この町周辺で不穏な動きがある。それもあるから留まることにした。まあ、もし嫌なら戻ってもいいぞ、ファルテ。」

 フォルテはいるよ、と答え、その地球軍の部隊についてミレーユに尋ねた。

 「それなんだが、あの軍人何者なんだ?てか、あの地球軍、ただの一部隊じゃないだろう?」

 この手の情報はミレーユが知っている。

 「今、連合はMS開発に着手しし始めたの。でも、技術はあってもどういうMSを作ればいいかわからない。運用したことないからね。そこで、コーディネイターのパイロットにMSを動かさせて、他の航空機、戦車の連携も踏まえた実験を行い、そこで得たデータを基にMS開発をしていく。そのために作られた部隊よ。けど…」

 ミレーユは言おうとしたことをシグルドが言った。

 「ザフトが気付き始めてる。」

 「だからザフトの一部隊もいるのか。」

 ミレーユは頷いた。

 「そう。向こうはその前に何とかしたいけど…ただ、MSを本当に開発しているかわからないし…ナチュラルにはできないと思っている。今いるザフトの部隊は、ある特務も兼ねてその情報も得ようとしているの。」

 「その特務って?」

 「ウェイン・ギュンター。彼ね…もとはザフトに居たの。でも、開戦して数日後、脱走したの。そして、向かった場所は…今の地球軍よ」

 それが意味すること。

 その言葉の後、沈黙が流れた。

 

 

 

 作業用ジンの前には、人だかりが出来ていた。

 「すごいなぁ。これ。」

 「これ…工場で使えないか?」

 工場の者たちも興味津々だった。

 ナチュラルでも複雑な動きをさせなければ操縦できる。

 昼休みを利用して、代わる代わるウェインから操縦方法を聞き、動かしていた。

 しかし、不慣れなのか、ジンの動きはグデングデンだった。

 コクピットですかさず『ヘタクソ~!もっと大事に扱え!』とジーニアスからお説教を食らった。

 当のヒロはというと…

 

 離れたところでその様子を見ているだけだった。

 「乗らないのかい?」

 ウェインが隣に来て尋ねた。ヒロは首を横に振った。

 「もう僕には…いらないから…」

 しばらく沈黙が流れた。

 「…何も無くなった…。」

 ウェインはヒロが小さく発した言葉に耳を傾けた。

 「僕はずっと村のために何かしたかった…。だから作ったのに…。」

 「僕は一人だった。親の顔も知らない。僕が三つぐらいの時セシルに出会って、そしてあの村に来た。ずっと幸せだった。外の世界に比べたら、不自由なこともあったけど、僕にとって大切な場所だった…。だから…村のために何かしたかった。…。」

 そこまで言った後、ヒロは何かを言いかけたが、口をつぐんだ。

 ウェインはどうしたの、と尋ねた。

 「話を聞いて、外の世界を見に行きたいって思っていたんだ。でも…今は行きたくない…。村無くなって、みんないなくなって…。もう、どこいっても一人なんだって…。」

 ヒロは涙が溢れそうになった。その様子を見て、ウェインはヒロに静かに語りかけた。

 「目の前で、大切なものを失って、今はとてもつらいと思う。立ち止まってしまうのも無理はないよ。…でも、あの時、君はあのジンを完成させようとしてたでしょ?」

 「僕にも…わからない。なんで、また…。」

 本当に自分でもわからなかった。ウェインは続けた。

 「それでも、ゆっくりとでいい。少しずつ、少しずつ。そしたら自分がやること見つけられるよ。君は一人じゃないから。」

 そう言い、微笑んだ。

 「ウェインも…そうなの?自分で地球軍にいるの?」

  ヒロはおそるおそる尋ねた。聞いてもよかったことなのか…。

 「そうだね…。僕は…僕がやれることをしたかった。」

  ウェインは答えた。

 

 

 

 「どうしたの?アバン?」

 マーサに言われ、アバンは何が?という顔をした。

 「珍しいじゃない。いつもご飯を誰よりも多く、早く食べる子が…」

 ふと下を見ると、食べかけのごはんがあった。

 「珍しいぞ~。」

 「風邪か~?」

 子供たちも次々と聞いてきた。

 「何でもない!」

 アバンは一蹴し、急いでご飯を掻き込んだ。

 

 工場へ行く道、アバンは昨日のルドルフとのやり取りを思い出していた。

 「ここに来たのは、ヒロのためだけではないだろ?」

 あの後、すべて見透かされたように言われ、思わず否定して帰ってきた。

 が、

 たしかに、あそこに行ったのは…自分自身のためでもあった。

 

 

 

 

 地球軍の野営地では、何人か作業に追われていた。

 補給はあくまでここに滞在するための方便であったからである。もちろん、体を休めている者もいるが、そうではない者もいる。

 

 スピアヘッドのコクピットにいた一人の士官が思わず、

 「町に行きてぇ~」

 と呟いた。

 その声が聞こえたジェロームはその士官に向かって怒った。

 「クレイグ・ロフマン中尉、これはただの補給ではないのはわかっているだろう!」

 「けどねぇ~、基地に戻ってもまた任務なんだぜ。だったらパァーとするぐらいいいじゃないか。」

 「だったら…メンブラード二等兵と一緒に行けばよかったじゃないですか…」

 そのやり取りが聞こえたのか、リニアガン・タンクより顔を出したダレンが言った。

 「できたら、そうしたいよ~。なんでパイロットは居残りなんだ…。」

 「ザフト艦の哨戒任務があるだろ!」

 ふたたびジェロームが怒った。

 「全く…向こうもそろそろあきらめてくれればいいのに?そういや哨戒任務の時、沿岸海域に地球軍の艦船らしきものがあったんだが…あれ、使えないか?」

 「ああ、その艦船はダメですよ。」

 そこへ買い物で町に行っていたフェリナが戻ってきた。

 ウェインも一緒だった。

 「なんか、以前戦闘があったところからここまで流れてきたとか…解体回収するには今の時期はあんまりよくないから、しばらくそのままらしいです。とりあえず流されないようにはしてるそうですが…」

 ウェインが付け加えた。

 「動くことは動くらしいですけど、使えないと思いますよ。」

 「…それに、一体どうやって私たちが動かすのよ。」

 先ほどまで話に加わらず、リニアガン・タンクにコンピュータを繋げ作業していたユリアがあきれながら言った。

 

 

 その時、別のコンピュータが何か音をたてた。

 ユリアが、それを確かめるとガウェインを呼んだ。

 「繋がったか!」

 そして、ガウェインは通信を自分がいるテントの方に繋ぐよう指示した。

 

 「お久しぶりです。ガウェイン大佐。」

 通信映像より司令官風の男が映し出された。

 「ダイナス・ロンバート司令。早速で悪いんだが…頼めることは出来るか?」

 「ええ、話は伺っています。こちらの方は守備隊をいつでも発進できます。」

 「ありがとう。協力感謝するよ。」

 

 話は聞こえないが、何かやり取りをしているのをみて、クレイグは不思議に思った。

 「サンディアゴ基地の司令とだろ?どうやってレーザー通信しているんだ?」

 ニュートロンジャマーの影響で電波通信は使えない。レーザー通信は遮蔽物があると通信できない。

 すると、ユリアは上を指さした。

 実は宇宙にいる第八艦隊の力を借り、宇宙を中継して行っている。

 「はぁ~無茶するね~。」

 クレイグは感嘆しながら、呆れていた。

 通信を終えたガウェインは隊員たちが集まっているところに戻ってきた。

 そして、隊員たちに指示した。

 「明後日、早朝にここを出発し、サンディアゴの基地に向かう。途中、ザフトの部隊が追ってくるだろう。我々はそれを迎撃しながら移動することになる。各自、準備を怠るな。」

 もう準備は出来ている。そう思い、クレイグはガウェイン尋ねた。

 「今からでも出発できますよ。」

 「雨だ。」

 クレイグの質問に対し、ガウェインは一言だけ言い、テントに向かった。

 「雨?」

 この時期、ここは雨季になる。

 しかし、それでも明後日に雨が降るのだろうか。

 衛星も使えない今、天気予報も難しい状況である。

 クレイグは空を見上げた。

 

 

 




簡単な登場人物紹介 パートⅡ

主要ではないけど、紹介した方がいい登場人物を載せます。
  
 地球連合軍 特殊遊撃部隊 
 MS開発および運用のための実験部隊。宇宙、地上軍問わず、集められた。一部の軍人 から(特にブルーコスモス)は疎まれている。


 ザイツ・ガウェイン 
 地球軍の大佐。デュエイン・ハルバートンとは同期。この部隊の指揮官。
 もともとの所属は宇宙軍であるが、戦車を動かすこともできる。

 ウェイン・ギュンター 
 階級は少尉。コーディネイター。開戦直前までザフト(プラント)にいた。ザフトを脱走、そして地球軍に所属するという経歴。本人自身も多くの人間から憎まれ、蔑まれている、と思っているが。それにも関わらず、なぜそれを選んだか?それは…

 ジェローム・デュラク 
 階級は大尉。優秀だが、堅物なところがある。スピアヘッドのパイロット。

 クレイグ・ロフマン 
 階級は中尉。陽気な性格。ジェロームと同じく、スピアヘッドのパイロット。

 ダレン・オーガスト 
 階級は曹長。リニアガン・タンクを駆るが、本来三人乗りのため、作戦によって、ガンナーを務めたり、戦車のドライバーを務めたりと任務によって分けている。

 フェリナ・メンブラード 
 階級は伍長。この部隊の中では最年少。部隊のオペレーターを務める。同じオペレーターで先輩であるユリアに憧れている。

 ユリア・アカマツ 
 階級は軍曹。オペレーターのみならず、電子・索敵といったこともこなせる。

 フィリップ・アーチボルト 
 階級は軍曹。輸送機のパイロット。ときどきビビりなところがある。

 ロブ・カースティ 
 階級は曹長。整備担当。メカニックマンとして職人気質であるが、気さくな性格でも ある。




主要登場人物は序章終了後にアップする予定です。


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第6話 別れ、そして旅立ち Ⅵ

3日連続投稿です。
限界なんてない、といっても…さすがにきつかったです。(笑)


 

 ザフトの潜水艦では、発令所にてこの潜水艦の艦長と隊長がやり取りをしていた。

 艦長は壮年に達していた。一方、隊長はまだ若い女性であった。

 艦長がその隊長に意見した。

 「ここは仮にも、地球軍の支配地域だ。これ以上長居できませんぞ。アルテナ・ノヴァーク隊長。」

 いくらMSによってこちらの方が優位であっても、一国の軍事力が一艦船に向けられれば、大きな損害がでる。そういう懸念もあった。それに、ここで固執しなくても、また次の機会もあるのでは、という思いもあった

 「わかっています。しかし、ここで引き下がれば、チャンスは…ありません。」

 「まあ、いいでしょう。」

 「では、動きがありましたら、連絡を。」

 アルテナは発令所をでていった。

 「やれやれ…」

 艦長はあきれた様子で見送った。

 

 

 「ノヴァーク隊長。」

 隊長室に戻る途中、二人の隊員に呼び止められた。

 「どうですか。動きはありましたか?」

 片方の四十過ぎの隊員が尋ねた。

 「他の隊員の中には、出てくるのを待たないで町ごと攻撃しよう、っていう意見も出てますが…」

 もう一人若い男も言った。

 「町を攻撃するわけにはいかないわ。それに…向こうも動かないわけにはいかない。ブライス、マシュー、そのように伝えて。」

 マシューは何か言いたそうにしていた。

 「ノヴァーク隊長、…うーん…アルテナ、これでいいのか?」

 隣にいるブライスはマシューが何を言いたいのか、わかっているようであった。

 彼の話を止めようとはしなかった。

 「マシュー、相手はプラントを裏切ったコーディネイターよ。それにこのまま放置してナチュラルもMSを開発したら、プラントは攻められる。ここで何が何でも墜とさないと…たとえ相手が…誰でも。」

 アルテナは二人に念を押すように言い、隊長室に向かって行った。

 

 「これでいいのですか、ブライスさん。」

 ブライスもウェインの事を知っている。もちろん、二人の関係も…

 「マシュー、これが…戦争だ。」

 そう言い、他の隊員に先ほどのアルテナの指示を伝えに、その場を去った。

 一人残ったマシューは何とも言えない気持ちになった。

 「アルテナ…それでいいのか?お前たち二人は恋人だったんだろ…。」

 

 

 

 

 ヒロは作業用ジンをただ見ていた。

 結局、ウェインがいる間に、乗ることはなかった。

 

 先ほど、ウェインが来た。

 明日発つと聞いたとき、何も言えなかった。

 そのまま、二、三言しか言わず、ウェインは野営地に帰っていった。

 

 そこへ、

 「どうしたんだ?こんなところにいて。」

 声がした。

 ヒロは振り返った。確か、あの傭兵の…

「まだ名乗ってなかったな。シグルド・ダンファードだ。ヴァイスウルフのリーダーだ。」

 「僕は傭兵に入りませんよ。」

 「別に勧誘しに来たわけではない。」

 では、どうして来たんですか、という目を向けられ、シグルドはあまり歓迎されてない、と思った。

 「まあ…、ルドルフが何を言ったかわからないが…そんなに傭兵が嫌いか?実際に傭兵に会ったことあるのか?」

 ヒロに聞いてみた。

 「会ったことは…ないけど…、あまりいい話を聞きません。」

 「まあ、確かに、傭兵はあまりいいイメージを持ってはくれないな。君のようにあからさまに嫌う人たちもいる。」

 シグルドは続けた。

 「だが、俺たちは…戦う。」

 ヒロはえ?とした。

 「俺たちは依頼人の思いを守るために戦っている。自分の命をかけ、他人のために戦う。それが、俺たち…ヴァイスウルフの戦い方だ。」

 

 

 

 「どうだったか、ヒロは?」

 シグルドはヒロと会った後、ヴァルファウに戻る道の途中、ルドルフがやってきた。

 ミレーユも一緒だった。

 「そんなに心配なら、自分で直接行って見たらどうです?」

 「いやいや、俺が行ったら、またひと騒動起こすぞ~。」

 「で、一体何かあったのですか?」

 シグルドは尋ねた。ミレーユと共に来るということは何かあったということだ。

 「うん、まあな…。」

 ルドルフはシグルドに説明した。

 

 「…そうですか。こっちは戻ってフォルテとともにいつでもMS出せるようにしときます。」

 シグルドは二人から事情を聴き、準備に取り掛かろうとした。

 「ああ、頼む。こっちはこっちでやっとくよ。ミレーユ、万が一に備えてレーベンに連絡しといてくれ。」

 「わかりました。」

 

 彼らはその場を後にした。

 

 

 




簡単な登場人物紹介Ⅲ

主要ではないけど、紹介した方がいい登場人物を載せます。
今回はザフトの方です。


 アルテナ・ノヴァーク
 「地球軍に寝返ったコーディナイター、ウェイン・ギュンターおよびMSの撃墜」とい う特務を受けたノヴァーク隊隊長。
 マンデンブロー号事件で両親を失い、それがきっかけでザフトに入隊。ナチュラルを 憎んでいる。
 そして、ナチュラルに味方したウェインに対しても恨みを持つ。

 ブライス・シュマイザー
 四十過ぎと、MS操縦の適齢期を過ぎているが、他の若い世代に劣らず操縦ができる。
 唯一、彼の脱走および地球軍への寝返りの真意を知っている。

 マシュー・ベタンクール
 アルテナ、ウェインとは同時期にザフトに入隊した。任務とはわかっているが、納得 できない部分もある。



次回からいよいよ、このタイトルの話の終盤に入ります。





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第7話 別れ、そして旅立ち Ⅶ

第6話に訂正入ります。
簡単な登場人物紹介Ⅲのところですが、
 (誤)ラガルト→(正)ブライス
です。


もし、今後、誤字とかあれ?おかしいな、と思うところがあればご指摘お願いします。

では、第7話です。



 

 出発の当日の早朝。

 空は曇天で、今にも雨が降りそうだった。

 クレイグは空を見ながら、感嘆していた。

 「すげぇ、大佐の予報が当たったよ。」

 ヒュー、と口を鳴らした。

 「第八艦隊を中継するの同時に、宇宙からの映像と天気図送ってもらったから、それでわかるのよ。」

 ユリアがクレイグに種明かしをした。

 「まったく…。ホントにすげぇぜ。大佐は。」

 クレイグは改めて感嘆した。

 

 

 「僕は後ろですか…」

 ジンは座った状態で格納庫奥、リニアガン・タンクの後方に配された。

 本来リクライニングした状態で格納しているMSだが、ホルダーをうまく改修したためこのようにしていられる。

 リニアガン・タンクにはフェリナとユリアがいた。

 本当なら前方のコクピットでとフェリナは言われたが、後ろにいた方がMSの動きが見え、輸送機やスピアヘッドに指示出せるのが、フェリナの言い分だった。

 これで、後部ハッチを開いたまま、後ろからくるMSに応戦するつもりであった。

 「こんな狭い格納庫で暴れられても、困るし、走って追いつくのは無理だろ?だったらここで、がんばってもらわなきゃ。」

 ロブが少し戸惑っていたウェインに笑いながら言った。普通のジンと比べて足にスラスター増設していて機動力は上である。(これもロブがしてくれたことだ。)

 とはいえ、グゥルなしに輸送機に合わせ移動するのは困難であった。

 「まあ、仕方ないですね。」

 一旦、コクピットからでて、ケーブルで格納庫に降り立った。

 「いいのか。これで?」

 そこへガウェインがやって来た。

 「大佐。大丈夫です。」

 「いや、そっちじゃなくて…あの子の事だ。」

 ガウェインはヒロの事を聞いたのであった。昨日、ここを発つ旨を言いに町長の所に行ったとき、ウェインはヒロに会いにいったが二、三言しか話さなかった。

 「ちゃんと…話せばいいだろうが。」

 「自分もなかなか言い出せなくて。一応、メッセージを録音したんですが。それも渡せませんでした。…ずっとヒロに聞きたいことがあったんですけど、結局聞けませんでした。」

 「何を?」

 「それは…」

 言いかけた時、ウェインは外にいたクレイグに呼ばれた。諸々の確認らしい。

 話をそこで打ち切り、ウェインはクレイグの方へ向かった。

 ガウェインはウェインが他の隊員とのやり取りを見ていた。

 「ウェインもここに馴染めましたね。」

 そこへロブがガウェインの下にやって来た。

 「あいつも…軍に来て、いろいろあったからな。」

 ガウェインは初めてウェインに会った時のことを思い出した。

 「他の連中も…です。」

 「ああ。まったく…不思議なものだ。」

 

 

 いよいよ出発の時間が来た。

 一旦、広い道路にでて滑走路代わりとして飛び立とうとしていた。

 その様子をスピアヘッドから様子をみていたクレイグは笑った。

 「今頃、フィリップのヤツ、こんなやり方あるかってぶつぶつ言ってるんじゃね?」

 それが通信を通して聞こえたのか、ジェロームはクレイグに怒った。

 「もうそろそろ、発進だぞ!気を引き締めろ!」

 「わかってますって。」

 改めて輸送機を見ると、離陸に入っていた。二機のスピアヘッドはそれを確認し発進させた。

 

 「う~、やべ…、なんか緊張してきた…。」

 フィリップはクレイグの予想と少し違っていた。

離陸し始めたところで、ガチガチになりかけてた。

「普段のあの軽い口調はどうしたんですか?」

副操縦士を務めているダレンは励ましの意味を込めながら言った。

 「フィリップ、大丈夫だ。お前たちは、ただサンディアゴ基地の防空圏まで輸送機を飛ばせばいい。どう飛ぶかはフェリナたちがサポートしてくれてる。」

 「しかし、大佐…。ん?降り始めてきた。」

 窓にはポツポツと雨がついてきた。

 「ホントに…大丈夫でしょうか?」

 「向こうも条件は同じだ。こっちとしては、もう少し降ってもらいたいものだが…」

 ガウェインは操縦士の二人に笑いながら言った。

 

 

 

 

 

 ボスゴロフ級潜水母艦の発令所は慌ただしくなった。

 「間違いないんだな?」

 艦長は探索担当に念を押して聞いた。

 「はい!向こうの方に動きがありました。ただ、こちらを警戒し、陸地を移動しています。」

 それを聞き、艦長はすぐ様コクピットで待機していたアルテナに連絡した。

 「聞いての通りだノヴァーク隊長。相手は陸路を飛行する。我々は援護することは出来ない。貴隊の武運を祈る。」

「いえ、ありがとうございます。」

報告を受け、アルテナは一度、息を吸い呼吸を整えた。

 「ノヴァーク隊、出撃!」

 

 ジンが次々と潜水艦より飛び立ち、そして同時に発射されたグゥルに乗った。全部で六機。

 最後、アルテナのMSが出る。

 ジンとは違う。

 ZGMF-515シグーであった。グゥルに乗り、皆が準備できたのを確認し、指示を出した。

 「隊を3つに分け、移動する。先にマシューたち2機、ジンが先行して。ブライス、あなたは他の2機とともに後方をお願い。」

 「了解。」

 各々、輸送機へ向かって行った。

 

 

 

 

 ヒロはふと何かを感じた。

 「何?」

 それを確かめたくて、外に出てみた。

 『どうした、どうした?』

 手に持っていたジーニアスがヒロに尋ねた。

 「…ダメだ。…止めなきゃ。」

 地球軍に向かって来る部隊…そして、このあと起こること。

 それを直感で感じた。

 何を言ってるのかわからず、ジーニアスは困惑するばかりだった。

 でも、どうすれば…

 ふと、作業用ジンに目がとまった。

 これなら…

 ヒロはコクピットに乗った。

 初めて乗るMS。

 『大丈夫か?』

 ジーニアスが心配して尋ねた。

 操縦桿を動かしてみたり、フットペダルを踏み、動くか確かめた。

 ジンは彼の操縦に合わせ、動いた。

 よし…これなら…

 ヒロは直感のする方向へジンを発進させた。

 

 

 

 



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第8話 別れ、そして旅立ち Ⅷ

今年まで、あとわずか…。
間に合うか?


 

 ジンが逃げる輸送機に突撃銃を撃とうとした。

 が、撃つ直前に、タイミングよくスピアヘッドに邪魔された。

 「くっ。」

 マシューは毒づいた。

 うまく近づこうとしても、輸送機の後部からのリニアガン・タンク、スピアヘッド、それらの連携に阻まれた。

 しかも、雨も降っているため、視界も悪い。

 

 

 

 「アーチボルト軍曹、もう少しスピード上げてください。」

 「リニアガン・タンク、撃ちます。デュラク大尉、ロフマン中尉、射線上から避けてください。」

 リニアガン・タンクから発射される。

 「どうですか?」

 ユリアが上方、入り口で顔を出している、ロブに尋ねた。

 「当たってはいないが、牽制できている。向こうも雨で不慣れだしな!」

 すると、

 「それでいい。俺たちは倒すのが、目的ではない。逃げ切ればいいんだ。」

 前方コクピットで待機しているガウェインから通信が入った。

 

 

 

 「マシューさん、これじゃ埒が空きません。格納庫を制圧します。スピアヘッドの方お願いします。」

 もう一人のパイロットがグゥルを加速し始めた。

 「待て、フリッツ!無茶するな!」

 マシューは止めようとしたが、行ってしまった。

 

 

 近づいてくるにジンにユリアはリニアガンを撃った。

 当たりはしたが、かすり傷であった。

 「こんなもので…ジンはヤられはしない!」

 伸ばしたジンの手が格納部の上方に捕まえた。

 

 ふいに輸送機のバランスが崩れる。

 「まずい…三人とも戦車に入って!」

 ウェインはとっさに突撃銃を放った。

 驚いたジンのパイロットは手を離した。

 「大丈夫ですか?」

 ウェインは三人に無事を確認した。

 「大丈夫だ!だが、タンクから繋いでいた。ケーブルがどっかで抜けたか切れた!」

 「え?」

 ウェインはあたりを見回した。リニアガン・タンクに繋げてたケーブルが抜けてしまったらしい。

 「あそこです!」

 フェリナがその場所を見つけ、その場所に向かおうと飛び出た。

 「待って、フェリナ!曹長、お願いします。」

 フェリナでは危険だと、ユリアも出てきた。

 その時、

 再び、ジンが来た。

 コクピットも開いている。

 「まずい!」

 ウェインは再び撃とうとしたが、この状況では、フェリナとユリアを巻き込んでしまう。

 撃つことはできなかった。

 ロブも機関銃を取り出し応戦しようとしたが、間に合わなかった。

 ジンが再び取りついた。

 パイロットがコクピットより銃を撃ってきた。

 

 「危ない!」

 銃声が響いた。

 その時、

 なんとかクレイグのスピアヘッドがやってきて、輸送機に取りついたジンを離すことができた。

 

 

 「なんだ?どうなっている!」

 「アカマツ軍曹、メンブラード伍長、応答してください!」

 輸送機のコクピットでは後ろの方で何が起こったか、わからなかった。

 フィリップとダレンが後ろに通信を入れても、応答がなかった。

 「フィリップ、ダレン、お前たちは基地に進ませていろ。俺が行く。」

 そう言い、ガウェインが銃を持ち、格納庫へ向かった。

最悪の状況を想定して。

 

 ガウェインは格納庫近くになってきたところで、慎重に歩き始めた。

 銃声がない?

 大丈夫か?

 すると、フェリナの声が聞こえてきた。

 一瞬、ガウェインはほっとしたが、その声を聞き急いで向かった。

 「アカマツ軍曹!…ユリアさん!」

 そこで目にしたのは、

 ユリアが血を流し、倒れていた。

 「ガウェイン大佐…私のせいで…ユリアさんが…」

 フェリナはどうしたらいいかわからず、泣いていた。

 ウェインが必死に応急措置をしていた。

 

 

 「まずい!また近づいてくるぞ!」

 ロブが叫んだ。

 「どっちでもいい!指示をくれ!」

 「どうなっている?」

 スピアヘッド二機がうまく、まいてくれてるが、時間の問題だった。

連携によってうまくバランスを保っていたが、今、崩れそうだった。

 ここから退避すべきか、そうガウェインが思った瞬間、

 「フェリナ…ここを頼む。」

 ウェインは何か決意したのか、応急措置をフェリナに変わらせ、ジンのコクピットに向かった。

 「カースティ曹長、戦車どかしてください。ジンを出します。」

 「ウェイン、それは…」

 それはジンを置いてしってしまう可能性が高い。

 ロブが言いかけた時、ウェインに遮られた。

 「ジンをグゥルから引き離せれば、こちらが有利になります。それはMSでしか出来ません。」

 ガウェインは黙り、一瞬瞑目した。

 「わかった。だが、輸送機から離れるな!ロブ、戦車をどかせ!」

 ガウェインは決断し、ウェイン、ロブに指示出した。

 ロブも苦渋ながらも彼に従った。

 おそらく、ガウェインもそうであろう。

 「フィリップ、ジンをパージする!ジンより上の位置につけ!」

 そして、コクピットにいるフィリップに指示出した。

 「え?」

 わけがわからず、一瞬戸惑ったが、ガウェインの語気に押され、ジンのパージをし始めた。

 

 リクライニングされたジンが出されようとした。

 「ガウェイン大佐、ありがとうございます。」

 ウェインはコクピットで上官に聞こえないが、お礼を述べた。

そして、ジンは放出され、宙を舞った。

 

 

 ガウェインはユリアの下へ向かった。

 「フェリナ、ここは俺がやる。お前は、オペレータとしての仕事をしろ。」

 「…しかし、」

 フェリナが反論しようとした。

 「今、それができるのはおまえしかいない…。早く!ロブ…フェリナのサポートしてやれ。」

 そう言い、フェリナを戦車に向かわせた。

 「…大…佐。すみ…ま…せん。」

 呼吸が苦しいながら、途切れ途切れに言葉をユリアはつないだ。

 「しゃべるな。基地までの辛抱だ。」

 ガウェインは出血を止めようと、応急処置しようとした。

 「大…佐、自分で…わかって…い…ます。今まで…MS…データ…まとめ…ありますので…。あり…がとう…ごさい…ま…した。」

 ガウェインが何がだ、話したが…もう返事はなかった。

 もうユリアは話すことはなかった。

 

 ガウェインはしばらく動けなかった。

 

 

 

 「くっ…あと一歩なのに!ナチュラルども!」

 「もういい、輸送機の足を止める!」

 輸送機が上に上がっていき、先ほどから何度も試みて焦っているフリッツにマシューは止めようとした。

 「しかし…」

 反論しようとした時、何か上から来た。

 「え…?」

 気づいたとき、遅かった。

 パージした時の勢いを利用し、ウェインのジンはフリッツのジンを蹴飛ばした。

 そして、剣で片足を切った。

 「うわぁ…。」

 片足を失い、姿勢制御ができない。

 このままでは…

 フリッツは焦った。

ジンはそのまま落下し、大破、炎上した。

 「しまった…。」

 マシューはそう思い、応戦しようとしたが、ウェインの方が早かった。

 主を失ったグゥルを蹴り、再び、その勢いで飛び込んできた。

  やられる…

 そう思った、マシューはグゥルから離れ、地面に着地した。

 ウェインのジンも着地した。

 

 

 そして、そのままマシューのジンに向かって剣を振りかざした。

 キィィン!

 マシューも剣を抜き、防いだ。

 

 「なあ…ウェイン、思い出さないか。」

 通信を開き、マシューはウェインに話しかけた。

 「プラントの警察保安組織からザフトに変わる時…俺たちがザフトに入った時、MSの演習のことを。これが俺たちの力だ、って。その時のことを!」

 「…何が言いたいんだ、マシュー。」

 「もう…あの時には戻れないってことだ。」

 その間もお互い鍔迫り合いになった。。

分はウェインの方が有利であった。

 ウェインはそのまま、バーニアを吹かし押し出した。

 「マシュー、さっきから何言っている。君はいつもそんな風に敵と会話するのか。」

 「いいや…。そうさ…、俺はいつも相手を知らず殺す。名前も、その家族も、友人も、知らずに!それが…戦争だ!俺たちは人殺しさ!」

 マシューも押し出そうとした。

 その時、

 ウェインのジンが引き下がった。

 そして、下へスライディングする形で、滑り込み、マシューの後ろへ回り、ジンを蹴った。

 思いがけない行動に、バランスを崩したマシューのジンはそのまま倒れた。

 「俺とウェインじゃ、腕の違いがありすぎる…」

 しかし、

 「ここで、俺が撃つ…。アルテナには撃たせるか…。」

 引くことはできなかった。

 起き上がろうとしたが、後ろではウェインのジンは銃を構えていた。

 「…撃てよ。」

自分でもわかっていた。無謀だと。

 もう自分ではどうにもできない、マシューは思った。

 「くっ…」

 ウェインは銃の引き金を引くのを躊躇っていた。

 何をいまさら…自分は善人ぶっている…。

 こうなることはわかっていたはずだった。自分の知る者に引き金を引くことに。そのために、こういう道を選んだのに…。

 だが、ウェインは撃てなかった。

 その時、現れたシグーがウェインにジンに体当たりした。

 ウェインもいきなりの事だったので、飛ばされた。

 「アルテナ…、ノヴァーク隊長?」

 「マシュー、あなたはリックと共に輸送機を追って。まもなく後方のブライスたちも来る。ここは私が相手をする。」

 それを聞いたマシューはしかし…と言った。

 「輸送機にMSのデータがあるはず。そのデータによって、ナチュラルがMSを開発してしまう。そのためにも。これは命令よ。」

 「…わかりました、ノヴァーク隊長。」

 マシューは悔しながら、輸送機へ向かった。

 

 

 「くっ、ジンが追ってきました!」

 ロブがガウェインに報告し、リニアガン・タンクの砲身をジンに合わせ始めた。

 「ギュンター中尉、戻ってきてください。」

 フェリナがウェインに呼びかけた。

しかし、応答はない。

このままでは…

すると、

 「ジェローム、クレイグ、お前たちは輸送機の方へ戻ってこい!」

ガウェインがインカムでクレイグとジェロームに指示を出した。

 ガウェインの指示にみんな驚いた。

 今、ここで輸送機の方に向かうと、ウェインは…。

 ジェローム、クレイグは反論しようとしたが、ガウェインに逆に言い返された。

 「どの道スピアヘッドでは…援護することしかできない。」

 「しかし…」

 「それが限界なんだ!俺たち、MSのない、地球軍には…これが限界なんだ!」

 なおも反論しようとした二人にガウェインは叫んだ。

 何も言うことができなかった。

 二人はウェインのジンを後に輸送機へ向かった。

 悔しい思いを胸に。

 

 

 



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第9話 別れ、そして旅立ち Ⅸ

 

 「ブライスさん、自分たちは加勢しなくてもいいんですか?」

 後方より追いついたブライスら三機は他の地球軍を警戒して後方に位置していた。

 雨が降っているため、視界も悪く、かなり慎重に進んだため、予定よりは遅れた。

 今、追いつき、二人の戦いをみて一人が尋ねた。

 「見たところ、隊長のシグーが押している。それに…ハワード、ジョン、お前たちではあの二人の間に入れないさ。」

 

 

 

 

 ウェインのジンをアルテナのシグーは激しい剣のバインドが繰り返された。

 シグーの盾についてるバルカンを撃つことで間合いを作っているアルテナの方がやや有利であった。

 「ウェイン、私は…あなたを許さない!ナチュラルの味方をしたあなたを!」

 キィン

剣のバインドの音が鳴り響く。

 「アルテナ…。」

 「ナチュラルがしたこと…。あの時のこと忘れない…。マンデンブロー号の事を…。」

 あの中にアルテナもいた。両親と共に。

 食料を理事国側が輸出を制限したために、プラントは食料難に陥りかけていた。

 このままでは生きていけない。

 そのために、南アメリカより食料の輸入を行った。

 これでプラントを救える。

 が、

 理事国側は突如、船を撃ってきた。

 どうすることも出来ず、船団は次々と沈められていった。

 沈みゆく船の中、救命ポッドから見た両親の最後が忘れられない。

 「あの時、ナチュラルが私たちに向けた目…。私達だって生きている。家畜でもない、奴隷でもない!なのに、あんな風に踏みにじられて…許せるか!」

 再び、剣が振り下ろされた。

 ジンはそれを受け止めた。

 「アルテナ…。僕もそれを…したことには許せない。けど、許せないからと銃をとって、君たちも殺しているんだ。アルテナ、このままでは君も…。」

 「…黙れ!」

 シグーのバルカンが放たれた。

 ジンはそれを避けるため、後退した。

 ウェインの言葉は遮られた。

 「例え何を言っても、あなたはザフトにとって、裏切り者!ここで…あなたを撃つ!ナチュラルにMSは作らせない…。それを手に入れたら、ナチュラルはプラントを破壊する。…させない。もう、奪わせやしない。私は、プラントを…守る!」

 

 

 

 「ダメだ!」

 突如、彼方より声が響いて聞こえた。

 お互い、手が止まった。

 その方向を向くと、見たことない形のジンが来ていた。

 「あれは…その声、ヒロ!?なぜここに?」

 「これを…止めに来たんだ!」

 「止めに来たって?」

 アルテナも疑問に思った。

 「二人とも知り合いなんでしょ。何でお互い殺そうとするんだ?」

 先ほどの通信を聞いていたんだろう。

 「一体誰だか知らないけど、あなたに止めることはできない。これは軍としての命令よ。裏切り者をここで討つ。それだけよ。」

 「ヒロ、この場から離れるんだ。これは僕たちの問題だ。軍として、戦争なんだ。君がかかわってはいけないことだ。」

 なお、ヒロは引き下がろうとしなかった。

 「命令だから。裏切り者だから。戦争だから。そんな理由で人を殺すなんて…おかしいよ!」

 「おかしいなど…戦争しているんだ。そういうことなんだ。」

 ヒロの言葉は聞き入れられなかった。

 

 

 「おまえ、もしかして地球軍か!それで時間稼ぎをしているのか!」

 ハワードが敵と認識し、ヒロの方に向かっていった。

 「おい、勝手に行くな!」

 ブライスが止めようとしたが、聞かなかった。

 

 「まずい…ヒロ!」

 ウェインはヒロを助けに向かおうとしたが、シグーに阻まれた。

 「お前の相手は、私だ!」

 再び剣が振り下ろされた。

 「アルテナ、あの子は違う。地球軍じゃない!君は…そんな人間も巻き込むのか!」

 ウェインが叫び、応戦した。

 

 

 ジンの剣がヒロに迫ってきた。

 『来るぞ!避けろ!』

 ジーニアスが警告する。

 どっちに避ければ…、右か!?

 直感で感じた。

 操縦桿を思い切り操作して避けた。

 しかし、初めての操縦…よけた勢いにバランスを崩してしまった。

 「マグレで…」

 避けられてしまったジンは再び態勢を直し、剣を振り下ろした。

 間に合わない…

 

 キィィィン!

音が鳴り響いた。

 ヒロのジンの前で見たことのないジンが振り下ろされた剣を剣で止めていた。

 ヒロは驚いた。

 一体誰が…。

 するよ、横に別のジンが来て起こしてくれた。

 「まったく、無茶するぜ…大丈夫か?」

 通信が入った。

 

 「一体何が…」

 見たことのないジンに立ちふさがれ、ハワードは驚いていた。

 「あれは…ジンハイマニューバか!」

 そしてブライスはそのMSの左肩のマーク、白い狼のを見て、ハッとした。

 すると、ジンハイマニューバのパイロットから通信が入った。

 「我々はヴァイスウルフ…傭兵だ。この戦闘に介入するつもりはない。ただ、この少年を守る任務を受けている。もし銃を向けるのなら、我々が相手する。」

 この声は…シグルド?でも何で、僕を…

 ヒロは不思議に思った。

 

 

 「ハワード、下がれ。俺たちの相手はウェイン・ギュンターだ。こっちを相手にしている暇はない。」

 「ブライスさん、この少年だって、あいつの仲間かもしれないじゃないですか。それに、傭兵ごときにここまで言われて下がるわけにはいきません。」

 「そうです。ハワード、俺も加勢する。」

 ジョンも向かって行った。

 「あいつら…」

  ウェインとアルテナ、二人の事は気にかかるが、今はあっちの突っ走った二人を止めるのが先だ。

 

 

 「まあ、そうは言っても…か。どうする、シグルド?」

 フォルテはやれやれという感じで、尋ねた。

 「フォルテ、お前はヒロの方を頼む。」

 シグルドはそう言い、バーニアを吹かした。

 

 

 「墜ちろー!」

 ジョンは突撃銃を撃ち続けた。

 シグルドはそれを避けた。

 そして、ハワードが剣で切りかかろうとした。

 が、遅かった。

 シグルドのジンは一瞬で横にかわし、右に回り込んだ。

 そして、振り切ったジンの手を切り落とした。

 「しまった!」

 ハワードが言ったつかの間、

 ジンハイマニューバはジンの首に当たる部分を掴み、そのまま、もう一機のジンに向かって投げた。

 ジョンは驚き、銃を撃つ姿勢をとき、投げ出されたハワードのジンを受け止めた。

 前方を見たときにはジンハイマニューバはいなかった。

 「どこだ!」

 すると警告音が鳴った。

 「上か!」

 上から跳びかかって来る。

 銃を構えたが、間に合わなかった。

 やられる!

 その時、ジンハイマニューバはなぜか、倒れているハワードのジンを踏み台に跳び、後退した。

 一瞬、何なのかわからなかったが、すぐ近くにブライスのジンがやって来て、銃をジンハイマニューバに向けていたのだ。

 二人は安堵した。

 

 

 「もう一機加わったのか?まあ、シグルドなら大丈夫だろう。おい、下がるぞ。」

 シグルドの戦っている間、フォルテはヒロをこの場から離れさせようとした。

 しかし、ヒロはウェインとアルテナの戦っている場へ向かおうとしていた。

 「おいおい、そっちは危ないって。」

 向こうは戦闘が激しさを増していた。

 とても、止めることはできない。

 「あの二人を止めなきゃいけないんです。それに…何でここに来たんですか。」

 フォルテは困ったなぁと思いつつも、ヒロの問いに答えた。

 「そりゃ、任務を受けているんだよ。お前がそういう無茶して死なないようにって。守ってくれって。」

 「一体誰から?」

 「…セシル・グライナーからだ。」

 一旦、後退したシグルドがヒロに言った。

 「え?」

 「自分の道を決めるまで、見守ってほしい、そう依頼を受けた。」

 「…でも、セシルはもう…。」

 「俺たちは、例え依頼人が亡くなっても、その思いが続く限り、任務を全うする。それだけだ。」

 

 

 

 「何を勝手に動いている!」

 ブライスは二人に怒鳴った。

 「しかし…傭兵ごときに」

 「大ばか者!それでお前たちは命を落とすつもりか!それに、もうすぐ終わる。」

 ブライスはウェインとアルテナの方に目を向けた。

 

 

 ウェインとアルテナの戦いは増していった。

 が、一歩ずつウェインが押され始めた。

 性能の差か…

「ここで終わらせる!」

 シグーがジンを突こうとしてきた。

 ウェインもこれをよけ、剣で突こうと態勢にはいった。

 が、

 一瞬、ジンの動きが鈍くなった。

 避けきれず、ジンは倒れ、シグーの剣はジンの左足付け根からそのまま地面に刺さった。

 これで、

とアルテナが思ったのもつかの間、コクピット内から警告音が聞こえた。

 「しまった。」

 ジンの剣先がシグーの胸部に刺さっていた。

 このままでは、シグーは爆発する。

 「ブライス!」

 アルテナはブライスを呼び、脱出した。

 ブライスはアルテナを救出し、他の二機と共にグゥルを駆り、その場から離れた。

 

 

 「くっ…ダメか。」

 ウェインは何とかジンを動かそうとしたが、無理だった。

 もともとはザフトの機体であり、地球軍にとっては未知の兵器だったもの。

 いくらロブの腕がよくても、自分も整備にかかわっても、限界があった。

 ここに居れば、シグーの爆発に巻き込めれる。

 しかし…

 

 その時、ヒロからの通信が入った。

 「ウェイン、早くそこから脱出するんだ。」

 見ると、ヒロがこちらに向かおうとして、ヴァイスウルフに止められていた。

 「ヒロ…来てはダメだ。爆発に巻き込まれる。」

 「でも!」

 「ヒロ…ゴメン。君につらい思いをさせてしまって。今更だけど、これをジーニアスに送る…。これが僕の最後の…」

 その時、シグーが爆発した。

 ジンも爆発に巻き込まれ、爆炎の中に消えてった。

 

 

 上空からも爆炎は見えた。

 これでは助からないだろう。

 マシューから通信が入った。

 「すいません…。輸送機は…サンディアゴの防空圏に入り、基地からのスピアヘッドが多数来たため、後退しました。…隊長、そちらの方は…。」

 「こっちの方は、もう終わった。そっちは仕方ないわ。向こうもMSを失った…。マシュー、母艦へ帰投して。こちらも今向かう。ブライス、他の機体にも指示出して。」

 アルテナはブライスのジンのコクピットの通信を借り、マシューに連絡した。

 「わかりました。」

 ブライスはウェインがザフトの脱走した時のことを思い出した。

 

 

 「止めないのですか、ブライスさん。」

 「ザフトは義勇軍だ。志願であり、「強制」はない。無理に引き留めることはない。それが…行く先がどこであっても…」

 しばらく沈黙が流れた。

 「そうです…。ザフトは、国を守りたい、その思いで入ってくる人が多いです。…しかし、その国を守るっていうのは、どこまでを指すのでしょうか。」

 「ふっ…、国を守るために、地上に攻め込む…か。まあ、俺はプラントの評議委員会の政治家の考えはわからん。ただ、ユニウスセブンの核攻撃、あれで多くのプラントの人間はナチュラルへの怒りを頂点にした。」

 「それが…怖いんです。その怒りで戦争することに…。人はどこまでも残酷になれる。この後、起きてしまうかもしれないこと。それが…怖いのです。」

 ウェインは続けた。

 「たとえ、そしりを受けても、僕は戦います。プラントを相手に。そして、戒めとしてほしい。…それだけです。」

 

  …ウェイン、何も変わっていないぞ、プラントは。何も…。

 ブライスは心の中で独り言ちた。

 

 

 ヒロは呆然としていた。

 「そんな…そんな…。」

 その時、ジーニアスの電子音が鳴った。

 『ヒロ…、ウェインからだ。爆発直前に…送ったんだ。』

 「え?」

 ジーニアスはそれを再生した。

 

 

 「ヒロ…、こんな形で話すことになってゴメン…。」

 ウェインの声だった。まるで今自分に話している、そんな感じがした。

 「ずっと、言うべきかなって思ったんだけど、なかなか言い出せなかった。君はどう思うんだろうって、不安になった。

 僕は…ザフトを脱走して地球軍に寝返ったんだ。…裏切り者、というわけだ。他の人にとったら、戦争を是とする人間から見たら…。僕は…最悪な人間だ。そういう考えの人もいるんだ。僕は…それを否定しない。

 僕は悲しいことが嫌いなんだ。…理不尽も。

 ヒロ、君に聞けなかったことがあるんだ…。

君は、君の大切な人たちを殺した人を憎んでいる?

 もし、そうだったら、この言葉を受け入れられないと思う。けど、ほんの少しでもいい。心に留めといて欲しい…。

 相手が憎い。その気持ちで銃を撃つこと。それがどんなに恐ろしいことか…。そして、とても悲しいことか…。

人はずっと繰り返してきた。憎いから、殺されたから、踏みにじられたからって。人はどこまでも残酷になれるんだ。どんなこともする。けど、その世界は一体どんなものなのか…。地獄でしかないんだ。もう、いつものように誰かと一緒に毎日を楽しく過ごすことができなくなる。

 僕はそれが嫌だった。それを…何とかしたかった。

 …ゴメンね。こんなメッセージになってしまって。」

 「不思議なんだ。僕は君と一緒に過ごしていて、君がどんな道を進むのか、見てみたいって思ったんだ。何故だろう…。たぶん、君は君なりに見つけられると思っているから、かな?

 それじゃあ、ヒロ…また。」

 

 

 

 そこでメッセージは終わった。

 ヒロはただ泣いているだけだった。

 

 

 



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第10話 別れ、そして旅立ち Ⅹ

今日は一気に3話分投稿します。


 

 

 突如、ジーニアスが電子音をけたたましく鳴らした。

 『大変だ、大変だ!』

 

 

 通信を通して聞こえてくる警告音に驚いていたシグルドとフォルテだが、別の音も聞こえてくるのに気付いた。

 上空からローター音が聞こえてくる。

 上を見上げると、ヴァルファウが飛んできて、近くに降り立った。

 「シグルド、フォルテ、大変なことが起きた。」

 ヴァルファウから通信が入った。

 「あー、レーベン。お前、今までどこに。」

 「そんなことはどうでもよくて…、急いで!」

 フォルテの言葉を尻目にレーベンは二人を急がせた。

 「どうしたんだ、レーベン?」

 「町の近くに泊まっていた艦船が動き出した!」

 「はあ?一体誰が?」

 あんなもの動かせる人間がいるのか、フォルテはレーベンに聞いた。

 「それを言っている暇はないよ!それが、町に向かっているんだ。このままだと…。」

 

 「止めなきゃ…」

 それまで黙っていたヒロが言った。彼もジーニアスから聞いたらしい。

 「あの船を…止めなきゃ。」

 あれだけの大きい船が町にぶつかれば大惨事になる。

 ヒロは作業用ジンを動かした。

 「待て、ヒロ。」

 その時、シグルドが止めた。

 「自分一人で止めに行くつもりか?できるのか?」

 「でも…、これ以上…人が死ぬのを…黙って見てたくない。あそこにも、僕にとって大切な人たちがいるんだ。自分にできること…何とかしたいんだ!」

 ヒロは振り絞って言った。

 その言葉を聞いたシグルドはしばらく黙っていた。

 「そうか…。レーベン、ヴァルファウの中に前の任務で持って行った装備、まだあるんだろう?」

 「うん。そうだろうと思って、だから来たんだ。」

 レーベンが答えた。

 「シグルド、俺たちで止めるのか?」

 フォルテが聞いた。

 「ああ、もちろん。ヒロ、お前にも手伝ってもらう。」

 初めからシグルドも止める気でいたらしい。

 ヒロはえっ?と、驚いていた。

 「自分にできること…したいんだろう?」

 シグルドがヒロに言った。

 「シグルド、これだけだが、どうだ?」

 フォルテが格納庫より取り出してきた。グゥル二機とキャットゥス500㎜無反動砲があった。

 「要は、止めれればいいからな。が、これだけじゃ、足りないか…。確か、あの町は漁業が盛んだったよな?」

 「そうだけど…」

 「そうか…。よし、それで行こう。いいか、みんな、よく聞いといてくれ。」

 シグルドがフォルテとヒロ、レーベンに作戦を話した。

 

 

 

 町はパニック状態だった。とにかく、町の人たちを避難させていた。

 ダグラスはカイルと共に漁船置場の近くまで来ていた。

 「親方!」

 「船に乗って、今からあの艦船に何とか乗り込んで止める!」

 「しかし…何で、いきなり…。」

 「動かすくらいならできるだろうな!」

 「一体誰が?」

 「わからん!とにかく今は止めに行くぞ!」

 漁船置場には漁師たちや他の人もいた。彼らもどうすればいいかわからない状態だった。

 そこへ…

 「ちょっと、ゴメンよ!」

 と巨大なMSがやって来た。

 みんな慌てて、その場から離れた。

 「さてと…、この網借りていくぜ。」

 フォルテは近くで驚いている漁師たちに聞いた。

 「一体…何するんだ!?」

 「あのどでかい艦船を止めるために使うんだ。おっさんたちも手伝ってくれ。それらを繋げて、でかくしてくれないか。」

 「なっ…、何だって、何を…!」

 「手伝うぞ。」

 他の何人か抗議したが、今この状況でそれを文句言っている暇はなかった。

 彼の言葉通り船を止めるとないうなら、彼にかけるしかなかった。

 「ったく、シグルド。無茶苦茶だぜ…。本当にできるのか?…どうだ、繋げたか。」

 フォルテもMSで作業し、漁師たちのほうもできたか、確認した。

 「ああ、こんぐらいでいいか?」

 「十分だ。」

 そして、

 「レーベン、しっかりキャッチしろよ。」

 繋ぎ合わせた網に碇を付け、やってきたヴァルファウに投げた。

 「うまく引っかかってくれ。」

 ヴァルファウの開いている後部ハッチに碇を引っかけた。

 フォルテは上手く固定しているのを確認した後、グゥルに乗り、ヴァルファウと共に左右に展開し、艦船が来るのを待ち構えた。

 まるで…漁をするように。

 艦船は網にそのまま突進したが、そこより進まなかった。

 「なんとか、止まったな。シグルド、ヒロ!あとは任せた!」

 力いっぱい艦船を取り押さえたフォルテは二人を呼んだ。

 

 すると、動きを止まったのを確認し、ヒロの作業用ジンがジンハイマニューバに支えられながらグゥルに乗り、無反動砲を構えていた。

 「これで、狙いやすくなる。ヒロ、それで艦船の推進器を撃つんだ。それで止められる。一発しかないからな…、慎重に。」

「うん…。」

シグルドの指示にヒロが緊張気味に答えた。

 「なに、ジーニアスにもサポートしてもらっている。自信をもて。」

 『そうだ、うまく私が計測しているから大丈夫だ。』

 ジーニアスをコクピットの計器に繋いで、射撃の照準をサポートしてもらっている。

 

 

 

 「まずい…。」

 少々、無理があったかヴァルファウに付けていた碇が取れそうだった。

 「ヒロ、後はお前自身だ!…頼むぞ。」

 そう言い、シグルドはグゥルから降り、フォルテの乗っていたグゥルを踏み台にしながら、ヴァルファウの後部ハッチにつき、碇を持って支えた。

 「危ないな!シグルド。」

 「網の方は何とかもちこたている。フォルテ、気を抜くな。」

 二人の通信が聞こえる。

 後は自分が撃たなければいけない。

 ヒロは無反動砲を推進器に照準を合わせようとした。

 その時、艦橋が見えた。

 これを動かしている犯人が見えた。

 ヒロは思わずハッとした。

 あそこにいるのは…村を襲った者たちだった。

 

 

 「おい!動かないのか!」

 「あの網が邪魔して…」

 「ミサイルとかもないので、切れないです。」

 「くそ!」

 指示を出していた男は悪態をついた。

 あの村に生き残りがいたとは…しかも、町にいるだと?あの町もグルだったのか?

 「この地球は我らのものだ。化け物がいていいわけがない。…この地球(ほし)にいらないんだよ!」

 

 

 

 ヒロは鼓動がだんだんと早くなるのを感じた。

 村を襲った人たちが今度は、町を襲うとしている…。

 セシルやみんなを殺した…あいつらが!

 ヒロの頭に一つの事が思い浮かんだ。

 推進器ではなく、あの艦橋を撃てば…

 それでも、止まるのではないか…そう思い始めた。

 だって、あいつらは…。

 

 

 『おい、ヒロ!どこを狙っている!こっちではない!』

 ジーニアスが推進器とは別の場所に照準を定めたヒロに注意をしている。

 しかし、ヒロには聞こえなかった。

 

 「君の大切な人たちを殺した人を憎んでる?」

 ウェインのメッセージ。聞いたときは、自分がそう思ってるかわからなかった。

 でも、今目の前にして、わかった。

 憎い!

 奪って行った。家族を。みんなを。すべて!

 あいつらが…いなければ!

 今しかなかった。

 僕は…。

 

 

  「それが…願い。」

 引き金を引く準備をしたとき、

 ふと以前、セシルが言っていたことをヒロは思い出した。

 

 

 

 「えっ?何で、この村を造ったかって?」

 セシルがヒロの言ったことを聞き直した。

 「うん、みんなに聞いても、セシルに聞けっていうんだもん。」

 ヒロが今のテーブルで、ココアを飲みながら言った。

 最初、ヒロはセシルに聞こうとしたが、はぐらかされてしまった。そこで、他の人に聞きに行った。結局、めぐりめぐってセシルの所に戻った。

 「そもそも、どうして、そのことを聞きたくなったの。」

 セシルも椅子に座り、聞いた。

 「…外の世界は、ナチュラルとコーディネイターが対立していて…戦争になりそうって言われてるし、気になって。というか、みんな何で外の世界に行かせてくれないの?僕だって知りたいのに。」

 ヒロは外の世界に関心があるからこその疑問であった。

 「そうね…。」

 セシルは言葉を探りながら話した。彼はまだ知らないからである。

 「こうやって、ヒロと毎日過ごすため…かな。」

 ヒロは思わず、え?と驚いた。

 「毎日、ご飯食べて、こうやってのんびりしたり、私が酔いつぶれても世話してくれて、朝寝坊しても起こしてくれて…それが、できるからかな。」

 「それって…、答えになってる?」

 ヒロはあまりに予想外な答えに呆気にとられた。

 「なってる、なってる。…ねえ、ヒロ。今、世界はこんな簡単なことがなかなか出来ないの。ナチュラルだからとか、コーディネイターだからとか、相手が憎いからとか。そして、相手を傷つける。だから…、ヒロも忘れないでね。」

 「え?」

 「ここでの毎日の事を。それが…私の、そしてみんなの願い。」

 セシルは笑顔を向けた。

 ヒロは何を言っているかよくわかってなかった。

 「まあ、今はわからなくてもいいのよ。いつか…分かれば。」

 

 

 

 ヒロは目に涙を浮かべた。

 セシルがあの時言った言葉。

そして、ウェインのメッセージ。

 「…ずるいよ、みんな…。」

 そして、ヒロは引き金を引いた。

 

 

 無反動砲より放たれた弾は艦船に命中した。

 …推進器に。

 

 艦船は動かなくなった。

 先ほどまで、網を突破しようとする力もない。

 どうやら、これで本当に止まった。

 

 

 「…でも、ありがとう。」

 ヒロはコクピットの中で独り言ちた。

 

 

 ヴァルファウの後部ハッチ。

 まだ、不慣れなヒロをそこにフォルテが連れてきてくれた。

 コクピットを開き、格納庫に降りた。

 シグルド、フォルテが待っていた。

 「よくやったな、ヒロ。」

 「まったく、初めてなのにやるじゃないか。」

 二人が喜んで出迎えてくれた。

 「…うん。これで…大丈夫なんだよね。」

 ヒロは艦船に目を向けた。

 「ああ、大丈夫だ。…すまないな。」

 「え?」

「いや…。町に被害はない。おまえが…町を、守ったんだ。」

 「…そうか。よかった…。みんな、無事で…。」

 シグルドの言葉を聞き、安心したヒロは、そのままフラフラとしてしまった。

 シグルドが驚き、支えた。すでにヒロは寝息を立て、寝ていた。

 「…寝ちまったのか?」

 「いろいろあったからな…。」

 「さっきまで、あんなに俺たちの事、嫌がってたのに?」

 「…信頼された、ということだ、フォルテ。」

 二人は彼の、まだ少年のあどけない寝顔を見ながら、微笑んだ。

 

 

 

 「くそ!なんでだ!」

 艦橋では男たちが怒り心頭だった。

 「他の連中との連絡は、まだか!」

 最後の手段として、陸に残した者たちと合流して、叩き潰そうとした。

 「それが…連絡が取れません…。」

 「何だと!?」

 その時、ヘリコプターが近づいてきた。中から人が窓を割って艦橋に入ってきた。

 「ちょっと、失礼するよ。」

 老人であった。片手には銃を、もう片方には刀を持っていた。

 「なっ、じじい、一体…。ぐぁー!」

 近くにいた者が驚き銃を構え撃とうとしたが、先に銃を放たれた。足を撃たれ、倒れた。

 「銃構えるってのは、撃ってくださいって言ってるんだぞ。」

 その老人は殺気を放って行った。

 「なっ、そのじじいを殺せ!」

 逆上したリーダー格の男は他の者たちに指示をした。

 みんなハッとし、迎え撃とうとした。

 が、すべて遅かった。その老人の方がはやかった。

 ある者は銃で撃たれ、ある者は刀で斬られた。

 そして、残ったのは、リーダー格の男だけだった。

 「このぉ。」

 銃を構えたが、体が震えていた。

 その老人に圧倒された。

 近づいてくる。

 なにもできないまま、銃を構えてた腕を刺された。

 「あー、痛い。」

 悲痛の叫びが響いた。

 「さんざん、人を殺しておいて、それはないだろう。」

 老人は不気味な笑みを浮かべていた。

 男は半泣き状態だった。

 老人が顔を近づける。

 「陸にいるお前たちの仲間…、あれ全員俺がのしといた。あとな…、おまえらが殺したがってたコーディネイター…、俺たちが預かることになった。もし、また殺しに来ようとすれば…わかるか?」 

 男は泣きながら助けを求めるだけだった。

 「わかったら…、そとにボートあるから全員連れてって、ここから立ち去れ。」

 

 全員逃げるように去って行った。

 「もう全員いなくなりました。」

 ミレーユが確認と報告に来た。

 ルドルフはやれやれといった感じだった。

 「まったく…甘いね~、あいつは。まあ、俺も…人のこと言えないか。」

 そして、ヴァルファウの方に目を向けた。

 「…だが、いいか。…セシル・グライナーには、本当に感謝しきれないな。」

 ルドルフたちも、その場を後にした。

 

 

 

 

 町では歓声と驚きの声で一杯だった。

 

 その中で、

 「すげぇ…。」

 …ただ一人、別の意味で、彼らヴァイスウルフに驚いていた者がいた。

 

 




え~、まず、読んでくださっている方々にお詫び申し上げます…。
本編には12月中には入りたいといってましが、どうやら年をまたぐことになってしまいました(泣)
本当にすみません。
よもや、ここまで長くなるとは…
この序章は予定として、このタイトルのエピローグ的なものと、ちょこっとしたお話で本編に入ります。
新年は4日か5日ごろに再開する予定です。
投稿し始めてまだ1ヶ月ですが、今年見ていただいてありがとうございました。
また、来年もよろしくお願いします。


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第11話 別れ、そして旅立ち Ⅺ

新年、あけましておめでとうございます。
どうぞ、今年もよろしくおねがいいたします。


おまたせいたしました。
それでは、再開いたします。


 

 

 パナマ宇宙港。

 そこにガウェインは居た。

 シャトルに乗るためである。

 なんとか、サンディアゴ基地に辿り着いたが、MSとパイロットを失ったことで査問会を受けた。普段、厄介者と思っている者たちにとって、最大のチャンスだった。

 特殊遊撃部隊は解隊、そして各々、転属が出された。

 ガウェインは、ザフトと地球軍の戦闘がまったくない宇宙要塞の司令へ着任命令が出された。

 ようは左遷、である。

 その彼のもとに、一人、黄褐色の口ひげをたくわえた、将校がやって来た。

 「なんだ、案外、元気そうじゃないか。」

 聞いたことのある声というかあまりこんなところで出くわしたくない人物の声だと思い、ガウェインが振り返ると、ハルバートンがいた。

 隣には彼の副官である若い男がいた。

 「…何で、ここにいるんだ。」

 ガウェインがやはりと溜息をつきながら聞いた。

 「サンディアゴ基地にいると思ったら、パナマにいるって聞いてね。いや~、これでも忙しい身なのだぞ。そんな、サッサと行かんでくれよ。暇なんだろう。」

 「…その忙しい身の上の第八艦隊の司令官が暇なヤツに何の用か。」

 ハルバートンはガウェインの横に並んだ。

 「なに、前線から辺境に移されて、落ち込んでるんじゃないかと思ってね。」

 「思ってもないことを…。」

 同期であり、共に長い付き合いだからこそできるやりとりであった。

 

 「…で、例のモノは?」

 ハルバートンは、今までのやり取りから、一転して厳粛な顔を向け、ガウェインに尋ねた。

 「ああ。…ここにある。」

 ガウェインはポケットよりメモリーを取り出した。

 その中身は今までの任務で得たMSの運用のデータであった。

 ハルバートンが来た最大の目的はこれの受け取りであった。

 「まあ、うまく隠したっていうのもあるが、上の連中は積極的じゃなかったからな…。優秀なオペレーターがまとめたデータだ。しっかり、活用してくれ。」

 「そうか…、ありがとう。これでG計画も一歩進める。」

 ハルバートンはメモリーを受け取った。

 「おまえにそう言ってくれると、ありがたいよ。」

 ガウェインは少し、悲痛な面持ちになった。

 「…ウェインは…ギュンター少尉は、たとえ裏切り者と罵られても、自分の意志を貫いて戦っていた。ユリアも…アカマツ軍曹も、MSを投入しなければいけない、MAだけでは太刀打ちできないと、オペレーターとして気付いていたからこそ、この部隊に来てくれた。二人とも、守りたいという思いを胸に戦った者たちだ。だが、上にとって、数字の上でしか、数が二人減ったぐらい、としか思ってないだろう。だが、だからこそ、俺は二人の思いを無下にしたくない。…報いてやらなければならない。」

 「ザイツ…。」

 「…大丈夫だ。だが…、やはり…馴れないものだ。いつも…。」

 しばらく、二人に沈黙が流れた。

 

話を変えようとガウェインはハルバートンに言った。

 「ハーディのこと…話さなければな。」

 

 

 

 

 

 ガウェインと別れ、彼の乗ったシャトルを見送ったハルバートンは副官にデータを渡した。

 「これをラミアス大尉に届けてくれ。」

 若い副官はハルバートンからデータを受け取った。

 さらに、ハルバートンは続けた。

 「そして、君にはカリフォルニア基地に異動してもらう。G兵器が完成し、MS開発の軌道に乗せるのと同時にパイロットの訓練・育成も行わなければならない。今、海軍や戦車部隊など多くの分野よりMS運用に携わっている士官が集めって来ている。MAのパイロットであった君にも、携わってもらいたい。…頼むぞ、アスベル・ウォーデン少佐。」

 「『エンディミオンの鷹』には及びませんが、微力ながらも尽力いたします。」

 若い男は敬礼し、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 いよいよ、ヴァイスウルフも町から去る時が来た。

 ヴァルファウには町の人たちから町を救ったせめてものお礼として、ここの特産品など色々なものが積みこまれていた。

 「いいのか、こんなに一杯?」

フォルテは言った。

 「いいんだ。あんたたちには、町を救ってもらったんだ。感謝しきれないぐらいだ。」

 ダグラスが答えた。

 フォルテはシグルドを見た。

 彼はそういうことだ、というような顔をした。

 シグルドも彼らの気持ちを汲んで受け取ろうという、そんな風に言っている感じだった。

 そこへヒロがやって来た。

 シグルドがヒロに近づいてきた。

 「…改めて聞くが、本当にいいのか?」

 シグルドはヒロに尋ねた。

 「うん、僕自身が、自分で決めたんだ。」

 「自分にどこまでできるか、わからない…、それでも…やりたいんだ。」

 「そうか。」

 シグルドは頷いた。

 「一つ…このヴァイスウルフに来る前に、覚えておいてほしいことがある。一人でできることは限られている。だが、ここに仲間がいる。お前は一人じゃない。…それを、忘れるな。」

 ヒロはそれを聞き頷いた。

 

 

 「親方!車の用意できました。」

 カイルがダグラスを呼んだ。

 「そうか、ありがとう。ヒロ、来てくれないか。…いいですか、少しだけ。」

 ダグラスの頼みにシグルドは了承した。

 ヒロは何なのか、わからなかった。

 ダグラスと共に車で向かった。

 「おまえにとってはつらいかもしれないが…、見せたいものがあってね。」

 

 

 

 着いたのは、村があった場所であった。

 だいぶ片づけられていた。

 もう、ここには何もない。

 ヒロは改めて思い、寂しくなった。

 もう、あの日々はもう戻ってこないんだ、と。

 ふと、ヒロは目に留まった。

 かつてあった広場の中央に、大きくはないが石碑があった。

 「これって…」

 ヒロは驚きながらダグラスに聞いた。

 「墓を置くことができなくてな…。でも、それじゃあ何か、と思い色々考えてたんだ。この下にみんな眠っている。嫌…だったか。」

 「ううん。そんなことない。ありがとう、ダグラス。」

 石碑には村のみんなの名前が刻まれていた。

 うまく、言葉にはできないものが込み上げてきた。

 

 ヒロはこの数日の事を思い出した。

 すべてを失って、自分にはもう何もないと思っていた。

 けど、それは違った。

 色々とあった。

 出会いもあった。

 別れもあった。

 裏切り者と言われながらも、憎しみを広げたくないと自分で道を進んだコーディネイター。

 その彼に向けられた、怒り、そして銃口。

 そして、ずっと自分を遠くで見守ってくれていた人たち。

 それらがあったからこそ…。

 

 

 ヒロは再び石碑に目を向けた。

 「母さん…、みんな…、僕はこれから行くよ、外の世界へ…。僕自身、この道を選んでよかったか、まだ…よくわからない。それは、まだよく世界の事を知らないからだと思う。だからこそ…僕は踏み出したいんだ。自分が…どうすればいいか、見つけるために。しばらく、ここには戻れないけど、いつか…。だから…行ってきます。」

 

 

 ヒロはかつて村があった場所を後にし、ヴァイスウルフ、仲間の下へ向かうため、一歩踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし…いいのですか?親方。」

 カイルがダグラスに尋ねた。

 ダグラスは笑いながら言った。

 「俺があいつにしてやったのは、そこで終わらせないためだ。それに、これはあいつが自分で決めたことなんだ。…まあ、後はあいつの頑張り次第だろうけどな。」

 ダグラスはもう出発したヴァイスウルフたちの面々を思い浮かべた。

 果たして受け入れてくれるか、これから彼らもあいつに苦労するだろうか。

 

 

 

 

 ヴァルファウの中ではちょっとしたひと騒動だった。

 無断で乗りこんでくる者たちがいたからである。

 ことに、一番驚いていたのは…ヒロであった。

 

 「何で…アバンとリィズがいるの?」

 彼らは荷物の中に身をひそめ隠れていたのである。

 「もー、お兄ちゃんがあんな大きいくしゃみするから、バレちゃったじゃない!」

 「仕方ないだろ。てか、なんでおまえも付いてくるんだよ!」

 二人はまわりの驚きをよそに言いあっていた。

 そんな様子に、ルドルフはただ、笑っていた。

 シグルド、フォルテ、ミレーユはやれやれとし、さてこの状況をどうするか、という感じだった。

 「え?待って。だから、何で、いるの?」

 ヒロは質問に答えない、彼らにふたたび尋ねた。

 アバンは自分に質問されているのに気付き、そうそう、とみんなに高らかに宣言するように言った。

 「俺、この傭兵に入りたいんだ。なあ、入れてくれよ。」

 

 

 




いや~、このタイトル「別れ、そして旅立ち」もこれで終了です。
しかし…長かった。
本当は5話ぐらいで予定だったのですよ。
しかも、これでも、いくつか話を省いたのですよ。
…いつか、その話もどこかで出したいなっと思ってはいます。

と、言っても、まだ序章はこれで終わりではないので、おいおいこの序章については語りたいと思います。

それでは、改めて、この一年、よろしくお願いします。


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第12話 戦士の休息

おまたせしました。
本当はもうちょっと早く投稿する予定だったのですが…
なかなか、うまくいかないものですね。


 

 

 アドリア海に浮かぶ二つの小さな島。

 そのうちの一つの島にあるホテル「カルロッタ・スメラルド」。

 ここには亡命者や活動家、資産家などいろいろな人たちが宿泊をしている。

 このホテルより少し離れた小島の方を傭兵ヴァイスウルフが根城にしている。

 この二つの島を含め、ホテルは、ルドルフの昔なじみのジネット・エレオノーラが所有、経営している。ちなみに現在は、経営はミレーユの方に一部、任せている。

 

 

 そのホテルにあるバー。

 ルドルフがそこでウィスキー酒を飲んでいると一人の老女が現れ、彼の隣に座った。

 「ジネットか。」

 ルドルフはマスターのガスパールに彼女に自分と同じ酒を注文した。

 「リィズ・ウェイドリィの件、こっちの方で面倒見るわ。」

 「そうか。わざわざ、ありがとうな。」

 「珍しいわね。あなたが了承するなんて。」

 「…なんとなく、そんな感じがしたんだ。」

 

 結局アバンもヴァイスウルフに入ることになった。妹のリィズはジネットが面倒をみることになった。アバンとしても、ついてきたリィズを危険に合わせたくなく、ダグラスの下へ帰らせようとしたが、リィズに拒否されてしまったので、このことを了承した。

 

 「ヒロの方は嫌がっていたのに?」

 「それはそれ、これはこれ、だ。本当は…あいつをこの傭兵稼業に入れたくなかった。自分の宿命に縛らせてしまう気がしてな…。」

 カランとウィスキーグラスを揺らした。

 ガスパールがウィスキー酒をジネットに渡した。

 沈黙が訪れた。

 「…で、あなたはいつ引退するの?」

 突如、話題を切り替えた。

 「もう、引退してるよ。」

 本当の質問はこっちか。

 ルドルフが笑いながら答えた。

 「その割に、またひと暴れしたって、聞いたわ。」 

 「仕方ないだろ。こんな情勢だ。おとなしくしてるのが、無理だ。…そんなに心配か?」

 「もう昔なじみはあなただけなのよ。知り合いはもういないの。わかってる?」

 彼女はバーに飾られている写真に目を向けた。

 バーには、ここに訪れた者、そしてジネットたちのかつての知人の古い写真がいくつか飾られていた。

 彼はその中の一つに目を向けた。

 「…あいつが生きてたら…どうしていただろうな?」

 「さあ…、どうでしょう。」

 二十年近く前の写真。そこにはまだ現役のルドルフともう一人若い男性が写っていた。

 ヴァイスウルフ…白き狼。

 この傭兵部隊の名前は彼の異名からとられたものであった。

 

 再び沈黙が流れた。

 彼は別の写真を見て、思いついたようにジネットに言った。

 「…よし。じゃあ、引退ではないが、少し休暇でもとるか。ジネット、早速だが手配してくれ。二人分だ。」

 「…わかったわ。でも、二人分?」

 「ああ、ちょうどいいしな。あいつに見せたいしな。連れていく。」

 

 

 

 

 シミュレーターを終え、立ち上がったヒロは大きく息をついた。

 ここに来て、一か月たった。

 シグルドとフォルテは各々、任務に出てここにはいない。

 ヒロは、まだMSに乗って戦えるレベルではないといわれ、まだ仕事はない。今はこのようにシミュレーターでMSを動かす毎日であった。

 「全然、ダメだ!ノロクサしか動かない…。何でだー!?」

 もう一台、シミュレーターからゼィゼィと息を荒げ、出てきアバンは嘆いていた。

 『そりゃ、コーディネイターでもさらに訓練積んでようやく操縦できるものだ。おまえなぞ、操縦できるのは百年たっても無理だ。』

 近くに置いていたジーニアスがアバンをバカにしながら答えた。

 「百年なんて、じいさんになってるじゃないか。…今に見てろ。シグルドのように俺だって動かせるんだって証明して見せる。」

 といい、シミュレーターのシートに座って、またやりだした。

 …アバン、そのときは百十六歳だよ…。そこまで長生きするの?

 と思いつつ、ヒロはシミュレーションをしている彼を見た。

 彼がここに来た理由、

 「自分が妹を守るために、人に頼らず強くなりたい。」

 たった一人の肉親だから。リィズを幸せにしたい。

 いつもアバンが言っていたことだ。

 アバンが自分で決めたことだから、自分は言うことはできない。

 自分も、自身で決めたことだからだ。

が、それでも傭兵になるいう選択でよかったのか?彼も来ることはなかったのにと思ってしまう。

 

 そこへ二人の下に壮年の男性がやって来た。

 「ヒロ、ここにいたのか。少し、いいか?」

 彼の名は、オーティス。

 彼はヴァイスウルフの一員というわけではないが、いろいろ協力してもらっている人である。

 「なんですか?」

 ヒロは彼に尋ねた。

 「ちょっと、格納庫の方に来てくれないかな?君の持ってきた作業用MSのことでね。」

 

 

 

 オーティスと共に向かった格納庫では多くの作業をしている人がいて、賑わい、活気にあふれていた。

 ヒロが持ってきた作業用MSもいじくっていた。

 一体、この人たちは。

 「この人たちはファブローニ社の人たちだよ。もともとパワーローダーとかの機械の製作・修理する製作所だったんだ。今はMSに目をつけ、作業用に改修して民間に販売しているのだ。ヴァイスウルフのMSやMAは、ここの製作所の人たちに修理や改修などをしてくれているんだ。」

 戸惑っているヒロにオーティスが説明してくれた。

 その中で、彼らに気付いて、一人の眼鏡をかけた男性がやって来た。

 ヒロより身長が低い。

 「おお、来たか。待ってくれ。おれはエンリコ・ファブローニだ。今、担当のヤツ、呼ぶから。まだ作業中でね。おーい、フィオ!」

 フィオと呼ばれた少女はコクピットで作業していたのか、中から出てきて声をかけた。

 「はーい。あっ、ちょっと待っててね。今こっちの方を終わらせてからくるから。」

 その明るい声が響いた。

 そこへルドルフがやって来た。

 「ピッコロのおやじ、あれ誰だ?」

 ルドルフも初めて会うらしい。

 「ピッコロ言うな。…おれの孫だ。名前はフィオリーナ・カーウィル。手ぇ出したら許さんからな。」

 エンリコはヒロたちをみて言った。

 「カーウィル…。てことは、おまえの娘の方の…。」

 「そうだ。娘夫婦が数年前、宇宙での事故死した後、引き取ったのさ。今まで、プラントやコロニー『世界樹』に行っていたんだが…。世界樹があんなことになったんで、戻って来たんだ。腕は確かだ。安心しろ。あと、いい加減ピッコロ、ピッコロと言うな!俺にはちゃんとエンリコ・ファブローニっていう名があるんだよ!」

 「ピッコロ…おやじ?」

 ヒロが不思議に思い、聞いた。

 「ああ、あいつ、昔から小さくてな。結局、背もそんなに伸びなくてそれであだ名が、ピッコロ(小さい)おやじってことだ。」

 だーかーら、とエンリコが反論していた。

 ちょうど、フィオリーナも来た。

 「おまたせ。あなたのMSをこちらで預けることになったの。これから任務とかあると、中々メンテナンスできないでしょ?」

 「ああ、それで…。」

 「はい、ここにサインを。」

 と、書類を渡した。

 ヒロはサインをした。

 

 「で、なんでルドルフも来ているんだ。おまえにはMSは必要ないんじゃないんか?」

 エンリコがルドルフに聞いた。

 ああ、とルドルフはヒロの方に行った。

 「ヒロ、すぐに出かけるぞ。用意しとけ。」

 「え?どこに?」

 ヒロの質問にルドルフは上を指さした。

 「宇宙に…だ。」 

 

 



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第13話 白銀の砂時計の街‐証明

序章、最後のお話です。
この話も…また長くなってしまった(泣)


 

 

 宇宙に浮かぶ何十基もの砂時計の形をした構造物。

 ここがコーディネイターが住むコロニー、プラントであった。

 ルドルフとヒロが入国審査を終え出てくると、正面に一人の品のよい男性とその娘らしき可愛らしい少女がいた。

ルドルフも気付き、そちらの方へ向かった。どうやら自分たちを出迎えに来た人たちらしい。

 「忙しい身なのに…わざわざ迎えに来てくれるとは思わなかったよ。」

 「他でもないルドルフさんが来るのだから。娘も楽しみにしてたのですよ。」

 「お久しぶりですわ、ルド。」

 「そうか。実はもう一人、連れてきていてね。ヒロ、俺の知り合いで、シーゲル・クラインだ。」

 ルドルフはヒロに目をやった。

「ようこそ、プラントへ。初めまして。」

 「あら、もしかして…ルドのお孫さん?」

 シーゲルの隣にいた少女からの思わぬ質問にルドルフもヒロも吹き出してしまった。

 「!。待て待て、ラクス。どこからそういう発想が来るんだ…。俺には子どもがいないって知ってるだろうに。…こいつは、ヒロだ。まあ、傭兵見習いってとこかな?」

 「初めまして。ヒロ・グライナーです。ええと…」

 「あら、ご挨拶がまだでしたわ。わたくし、ラクス・クラインと申します。これは友達のハロ、ピンクちゃんですわ。」

 差し出されたピンクのボール状の物体が『ハロ、ハロ。まいど。』と音声を出していた。

 「そちらの…お手に持っているタブレットは…あなたのお友達ですか?」

 ラクスはヒロがさっきからビーブ音を出し、ハロに反応しているタブレットに興味を持ち、尋ねた。

 「あっ…えっと、友達というか…、何だろう?こんな性格じゃなかったら…そうなるのかな?」

 『何だと!私のどこが悪い!』

 「人工知能なのかね?」

 シーゲルも興味津々に聞いてきた。

 「ええ、僕が工学を独学で学ぶ手助けとして作ってもらったんですけど、どうも製作者に似てしまったのか…、自分から『天才』ていう意味の『ジーニアス』って名前、決めちゃうんですよ。」 

 『私は天才なのだ。事実ではないか。いいではないか。』

 「面白い方なのですわね、ジーニアスさまって。」

 ビー♪、とジーニアスは自分に「さま」づけされ、上機嫌になった。

 「というか、そろそろ、行かないか?そろそろ、護衛のヤツらも待たせているんだろ?それに、おまえたち二人はこのプラントじゃ、有名人なんだから…あまり目立ちすぎるだろ。」

 「そうですね。では、行きましょうか。あちらから行きましょう。」

 ルドルフの言葉にシーゲルが続いた。

 「有名人?」

 『シーゲル・クライン氏は、プラントの最高評議会議長。そして、ラクス・クライン嬢はプラント国民に人気の歌手だ。…てか、聞いたことぐらいあるだろう?』

 「あれ?そういえば…。」

 説明されるまでピンと来てなかったヒロに、ジーニアスは『やれやれ』と付け加えた。

 

 

 宇宙船ドックより居住分のある底部への移動するエレベータを降下中、ヒロはそこから見える景色に圧倒されていた。

 あの暗く広い宇宙空間のなかにあるとは思えなかった。

 「プラントは初めてかね?」

 その様子を見ていたシーゲルが聞いてきた。

 「え…はい。今まで地球で暮らしていたので…。」

 「まあ、地球に暮らしていらっしゃたのですか。ぜひ、お話くださいまし。わたくしは行ったことがないので…。」

 ラクスがにこやかに言った。

 「これこれ、ラクス。彼はお客様だぞ…。」

 「とか言いつつ、シーゲル、おまえも興味あるんだろ?ここ数十年、地球に戻ってないんだし。」

 「あら、そうなのですか?お父様。」

 「実はそうなのです。…いいかな?ヒロ君。」

 「それは、僕が知るかぎりなら…。」

 「それでしたら、代わりにわたくしたちがプラントの案内をするのはいかがでしょう?」

「ええ、ぜひ。…というか、ルドルフ、仕事じゃなかったの?」

 てっきり仕事だと、思っていたヒロはルドルフに聞いた。

 「俺がここに来るときは、傭兵としては来ない。さらに言えば、傭兵という肩書はとっぱらう。」

 「ルドルフさんとは昔、私がカルロッタ・スメラルドを訪れたときに知り合ってね。 その頃からお世話になっているんだ。」

「そうそう。まあ、滅多にない機会だ。プラントの観光でも今のうちにしとけ。」

 

 

 

 次の日。ヒロは二人に伴われ、中心街へと向かい色々な場所を案内された。

 ルドルフは、自分は行かないと言い、ついて来なかった。

 そして、プラント最高評議会本部に着いた。

 この中に、あるものが観光として置かれているのである。

 中に入っていき、ホールあたりまで行くと、そこには巨大なモニュメントがあった。

 それを見てヒロは圧倒された。

 「これは…。」

 「Evidence(エヴィデンス)01。通称くじら石じゃよ。」

 一人の車いすに乗った老人がやって来た。

 「ゴードンさん。いらっしゃたんですか。」

 シーゲルが彼の方へ向かった。

 「また、見たくてね。もうこんな老人だ。いつでも心置きなくいけるように、見なくてはと思い。それにここに来れば、またあのころの自分に戻ったようで若返った気分になるんだよ。」

 「君もこれを見るのは初めてかね?」

 ゴードンは車いすを動かし近くまで来て、ヒロに尋ねた。

 「はい。」

 「彼は、地球からここに来たのです。」

 シーゲルが説明した。

 「そうか…。地球か。…懐かしいのぉ。」

 彼はかつて自分が住んでいた地球に思いを馳せた。

 そして、ヒロが自分の事に不思議な顔をしているのを見て、ああと思い、言った。

 「私は、ナチュラルだよ。子供がコーディネイターだからね。一緒にこのプラントに住んだのさ。しかし、この歳になるとなにもかも懐かしくなってしまう。地球の景色をもう一度見たくなってしまったわい。」

 プラントはコーディネイターだけが住んでいるというわけではなく、例外として、自分の子供をコーディネイターにしたナチュラルも住んでいる。とはいえ、その数はかなり少なくない。彼もその一人であった。

 「地球に…戻りたいと思うことはないんですか?」

 ヒロはとても懐かしいそうにしている様子をみて、尋ねた。

 「戻りたくない…といえば、嘘になる。できれば、自分の故郷で最期を迎えたい。けど、私はここに残ることを決めたんだ。それが…私なりのけじめかな。」

 ゴードンは微笑んだ。

 そんな和やかな雰囲気であったが、ふと何か嫌な気配をヒロは感じた。

 以前、感じたのと同じような悪意。

 誰かがこの石を狙っている…。

 そんな感じがした。

 その感じた方に集中した。

 一人の男がやって来るのが見えた。

 周りの人たちとは変わらない、観光客のようであった。

 が、他の人たちとは違う、この石に向ける憎悪があるように感じた。

 「三人とも下がってください。」

 ヒロは警戒し、そう三人に言い、その人物の方へ足を進めた。

 向こうはこちらに気付いてない。

 石に近づいてくる彼は持っている鞄からマシンガンを取り出した。

 それを見た周りの人が悲鳴を上げた。

 あたりは騒然となった。

 警備の者も気付き、彼を確保しようと動き出した。

 「これさえ無ければ…、宇宙を独占しやがって!」

 銃がEvidence(エヴィデンス)の方に向けられていた。

 まずい

 急いで走った。

 このままでは間に合わない。

 引き金を引く瞬間、

 「ゴメン、ジーニアス!」

 『おい!(怒)』

 ヒロは持っていたジーニアスをとっさに男に投げた。

 男はいきなり投げつけられ、一瞬、ひるんだ。

 それを見逃さなかったヒロはさっと向かい、相手からマシンガンを取り上げ、押し倒した。

 警備達も続けてやって来た。

 

 

 最高評議会議事堂は一時、騒然となった。

 「いやはや、大きな騒ぎにならなくてなによりだな。お手柄、お手柄。」

 話を聞きつけたルドルフがやって来た。

 ジーニアスは投げられたことに腹を立て、ずっと抗議のビーブ音を鳴らしていた。

 彼は憲兵により連行されていった。

 だが、それで終わりというわけにはいかない人たちがいた。

 プラントの議会である。

 議事堂には、事態を受け、他の議員も来ていた。

 「これから、いろいろやるべきことがあるようだ。すまないね、ヒロ君。せっかくの所を。」

 「いいえ。ありがとうございます。案内していただいて。」

 シーゲルはこれからこの問題の処理をしなければならなくなった。

 ここで、観光案内は終わりとなってしまった。

 「それに、ヒロ。休暇は終わりになりそうだ。」

 ルドルフがヒロに言った。

 「え?」

 

 

 

 

 「もう、行ってしまわれるのですね。さみしいですわ。」

 ラクスは残念がっていた。

 宇宙港には、ラクスとルドルフ、そしてゴードンが見送りに来ていた。

 「ありがとう。あの石を守ってくれて…。残念なことに、あのようにあの石を破壊すべきものと考えておる者もいる。…確かに、Evidence(エヴィデンス)01は証明なんだ。コーディネイターにとって。故に、あの石を壊すことでコーディネイターの存在を消そうとする者がいる。だが、彼らも。このプラントに住む多くの者たちも、コーディネイターの本当の意味、その証明の意味を忘れてしまっている。」

 「本当の意味?」

 ゴードンの言葉にヒロは尋ねた。

 「そうじゃ。今はコーディネイターとは、遺伝子を操作し誕生した人類と思われておる。が本来コーディネイターとは、ジョージ・グレンが『人類と、新たに生まれてくるであろう人類と、そして宇宙との懸け橋になる調整者(コーディネイター)』という思いを込めて命名したのだよ。」

 「初めて知った…。」

 「この混乱の時代…、その願いはどこに行ってしまうのか…。」

 

 

 そろそろ出発の時間が迫ってきた。

 「すまないのぉ。老人の長い話を聞いてくれて。この歳になると、ついつい長くなってしまう。」

 「いえ…そのようなことは、ありがとうございます。ラクスも…プラントを案内してくれてありがとう。また、機会があったら、ここに来るよ。」

 「どういたしまして。今度、わたくしが地球に来た時は、案内をお願いしますわ。」

 「はい。」

 「俺は、まだプラントにいるからな。ミレーユに伝えておいてくれ。」

 ルドルフはまだ、ここにいるらしい。

 彼らに見送られ、ヒロはプラントを後にした。

 

 

 

 ようやく、さきの案件が片づいたその夜、シーゲルとルドルフはクライン邸で酒を酌み交わしていた。

 「今回はありがとうございます。」

 「ん?何がだ?」

 「彼を連れてきてくれて。娘もものすごく興味を持ちましたし…。」

 「まだまだ、私も頑張らなければいけない、と思いましたよ。」

 この一か月近く前、この戦争の落としどころを求め、会談したが、結局交渉は決裂した。

 まだ、戦争の終わりは見えそうになかった。

 さらに強硬派と穏健派が対立を深めて行っている。

 ナチュラルはもう古い人類だ。彼らとは共に生きられない。

 そんな声もある。

 しかし、ナチュラルもコーディネイターが共に暮らす。そんなところで育った、ヒロはまさに、それができることを証明してくれている。

 自分自身、奮い立った。

 少々、疲れている様子を見て、ルドルフは一度、酒を口にし、言った。

 「戦争…終わったらラクスも連れて、カルロッタへ来い。ジネットも会いたがっていたぞ。」

 その言葉を聞き、シーゲルも微笑んだ。

 「ええ、ぜひ。ラクスも喜ぶでしょう。あのバーで歌いたい、と言っています。」

 

 

 宇宙ステーション。その内部にも「カルロッタ・スメラルド」の系列のホテルがある。

 そこで、ミレーユと待ち合わせた。

 初の仕事を受けるためだ。

 「おまたせ。プラントはどうだった?息抜きになったかしら?」

 「ええ、よかったです。」

 地球の事について、ラクスから質問攻めにあったり、ハロたちに遊ばれたり、と息抜きになったかは定かでは部分もあるが、とても楽しい時間を過ごしたことは確かだった。

 「早速だけど、あなたに仕事をしてもらうわ。場所はオーブの資源コロニー、ヘリオポリス。もうすぐ地球連合軍の新型MSが完成されるの。それの受け渡しまでの間の護衛任務に就いてもらうわ。一応、念のためこちらからジンを送っておくから。」

 「わかりました。」

 「これが、あなたにとって初めての仕事になるわ。まあ、向こうにはフォルテもいるから、わからないことがあったら、彼に聞いてね。」

 「はい。」

 …ヘリオポリス。

 自分にとって、初めての任務。

 ここで自分ができること。それをしよう。

 改めて、ヒロは思った。

 

 

 




これで、序章は終了となります。
1ヶ月近くかかってしまったのですね。
ここまで、お付き合いしていただいてありがとうございます。
いや~、長かった。
特に「別れ、そして旅立ち」の部分。
しかも、1話の文字数も長い。目標は1000~2000字を目標にしているのですか…。
実は、ザフトと地球軍の戦闘シーンは一番作者がやりたかったところなのです。
自分、ガンダム作品でああいう感じのは好きなので(笑)。
しかし、結構「ジン」祭りになってましたね(笑)。
まあ、この時代はジンが主力ですしね。


次からようやく本編に入ります。
…これで、「あらすじ詐欺」と言われずに済む(笑)。
本編に入って、何が楽しみかというと、ようやくガンダムを出せる、MSのバリエーションが増えるぜ。
な、ことですね。
ではでは、改めて、ここまで序章を読んでいただきありがとうございました。


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本章
主要キャラクター紹介Ⅰ(ヴァイスウルフ、オーブ、プラント/ザフト)


(注)ネタバレがある可能性アリ
   ご注意を





ヴァイスウルフ

 傭兵部隊。名前の由来は、ルドルフ・ガルダリクと共にしていた傭兵の異名が白き狼からとったもの。

 

 

ヒロ・グライナー

 コーディネイター

 生年月日:C.E??年6月10日(CE.71年時点で15、16歳ぐらいとされる)

 髪:こげ茶(髪型はショートで軽くウェーブした感じ)

 瞳:琥珀色

 

 本編の主人公。好戦的な性格ではないが、自分に何ができるか探すためもあり、ヴァイスウルフに入る。時々戦闘で初心者とは思えない力を発揮する。

 

 

シグルド・ダンファード

 ナチュラル

 生年月日:C.E.44年8月14日

 髪:黒

 瞳:藍

 

 ヴァイスウルフのリーダー。ナチュラルながらもMSをコーディネイター並(もしくは以上)動かすことができるナチュラルでも数少ない一人。

 

 

フォルテ・ブライトン

 コーディネイター

 生年月日:C.E.50年10月23日

 髪:イエローブロンド

 瞳:とび色

 

 ヴァイスウルフのメンバー。MSのパイロット。傭兵になる前はザフトに所属してい て、オデルたちとは同期であった。

 

 

アバン・ウェドリィ

 ナチュラル

 生年月日:C.E.54年7月12日

 髪:(朱に近い)赤色

 瞳:水色

 

 もともとはダグラスの下にて住み込みで働いていた少年。良くも悪くも真っ直ぐな性格。妹のリィズを大事に思っていて、彼女にはしっかりと学校に通ってもらい、よい生活をさせたいと思っている。

 

 

ミレーユ・アドリアーノ

 コーディネイター

 生年月日:不明

 髪:プラチナブロンド

 瞳:グレー

 

 コーディネイターであること以外、年齢、誕生日、経歴不明で、その落ち着いた雰囲気とミステリアスさのある女性。

 

 

 

ルドルフ・ガルダリク

 ナチュラル

 誕生日:CE−1年12月30日

 

 プラント・地球軍間の戦争以前から活動しているその世界では名の知れたベテラン傭兵。

 

 

協力者

ヴァイスウルフのメンバーではないが、彼らに協力している人たち。

 

 

レーベン・トラヴァーズ

 ナチュラル

 生年月日:C.E.46年2月27日

 髪:黒

 瞳:とび色

 

 フリーのジャーナリスト。趣味もあり、いろいろな乗り物(MS以外)を操縦することができる。そのため、よく彼らの移動手段として協力する(こき使われている)。

 

 

 

オーティス・サヴィニー

 ナチュラル

 C.E.29年生まれ

 

 医師。ホテル、カルロッタ・スメラルドの客でもあり、よく彼らを協力している。

 

 

ジネット・エレオノーラ

 ナチュラル

 生年月日:C.E.2年9月5日

 

 ホテル、カルロッタ・スメラルドの経営者。ルドルフとは昔馴染み。現在、その経営の半分はミレーユに任せている部分もある。ホテル経営の裏で情報収集やルドルフへの依頼交渉を行っている。その手腕もミレーユに引き継がせている。

 

 

リィズ・ウェドリィ

 ナチュラル

 生年月日:CE.59年3月3日

 髪:(朱に近い)赤

 瞳:水色

 

 アバンの妹。兄とは対照的に優等生的な性格。

 

 

ジーニアス

 レクサスがヒロのために作った人工知能搭載タブレット。普段はディスプレイに文字を表示し、ビープ音でコミュニケーションする。構造は製作者レクサス曰く、機密とか…。また、製作者に似たのか、己を天才と自称する。

 

 

 

ファブローニ社

 イタリア北部にある小さな町工房。元々は作業用の機械を中心に扱っていたが、MS登場を機にこれらを作業用への改修等も行う。

 傭兵部隊ヴァイスウルフのMSたちもメンテナンスを請け負う。

 

 

エンリコ・ファブローニ

 ナチュラル

 C.E.9年生まれ

 

 ファブローニ社の経営者。身長が低いのが悩み。よくルドルフから「ピッコロおや じ」と言われるが、身長が低いのを気にしているので、言われるのを嫌っている。面倒見は良いが、請求代金はぼったくる。

 

 

フィオリーナ(フィオ)・カーウィル

 コーディネイター(第2世代)

 生年月日:C.E.56年8月1日

 髪:ローシェンナ

 瞳:黒

 

 ファブローニ社の技師。エンリコの孫。設計を学ぶため、プラントに行っていた経験もある。主に作業用MSの設計に関わっている。そのため、ヴァイスウルフのMSのメンテナンス、改修等を大抵彼女が行っている。

 

 

ルイージ・ファブローニ

 ナチュラル

 C.E.35年生まれ

 

 ファブローニ社の経理を主に担当している。エンリコの息子。フィオリーナの叔父。

 

 

 

 

 

 

オーブ連合首長国

 

 

シキ・ヒョウブ

 コーディネイター

 生年月日:C.E.45年2月1日

 髪:黒

 瞳:黒褐色

 

 オーブ本土防衛軍第8教導隊の隊長。階級は二佐。内に野心を秘めている。

 

 

クオン・リタ・ハツセ

 ナチュラル

 生年月日:C.E.47年10月12日

 髪:ブラウン

 瞳:榛色

 

 オーブ本土防衛軍第8教導隊所属でシキの補佐官。階級は二尉。

 

 

ウィリアム・ミッターマイヤー

 ナチュラル

 C.E.44年生まれ

 髪:山吹色

 瞳:グレー

 

 オーブ本土防衛軍第8教導隊所属の二尉。

 

 

ユキヤ・マクシェイン

 ナチュラル

 C.E.50年生まれ

 

オーブ本土防衛軍第8教導隊所属の三尉。まだ若く明るく素直。

 

 

バエン・ジオ・リュウジョウ

 ナチュラル

 C.E.19年生まれ

 

 オーブ本土防衛軍准将。ウズミの『武』における片腕的存在。

 

 

バジリオ・タグ・ヒジュン

 ナチュラル

 C.E.37年生まれ

 

 オーブ軍本土防衛軍一佐。代々から続くオーブの軍人名門家系の氏族。

 

 

ダン・ニシナ

 コーディネイター

 C.E.42年生まれ

 

 オーブ軍の整備士。表向きにはナチュラルと称している潜在コーディネイター。オーブの裏とのつながりもある。

 

 

ミソラ・ニシナ

 ナチュラル

 C.E.57年生まれ

 

 オーブに暮らしているダンの妹で学生。

 

 

ユゲイ・オクセン

 ナチュラル

 C.E.5年生まれ

 

 オーブの前宰相。ウズミに『智』の面で支えた。ヘリオポリスの1件でウズミと共に引責辞任する。そのまま野に下り、悠々自適の生活を送っている。

 

 

 

 

 

 

プラント/ザフト

 

 

オデル・エーアスト

 コーディネイター

 生年月日:C.E.50年11月6日

 髪:黒

 瞳:群青色

 

 ローラシア級ゼーベックのMS隊長を務めるザフトのエースパイロット。「青い迅雷」の異名を持つ。(本人はあまり呼ばれるのは好きではない。)

 

 

エレン・アスナール

 コーディネイター

 生年月日:C.E.50年8月16日

 髪:金

 瞳:青

 

 ローラシア級ゼーベック艦長。もともとは副長であったが、艦長が負傷したため、艦長になった。オデルとは恋人同士。彼の過去を知っている。

 

 

アビー・アマヌエラ

 コーディネイター

 生年月日;C.E.49年12月1日

 

 ゼーベックのメカニックチーフ。姉御肌で、機械いじりが大好きで、MSにふれられるという理由からザフトに入った変わり種。

 

 

シャンルー(相如)・ハン(韓)

 コーディネイター

 生年月日:C.E54年9月28日

 髪:黒

 瞳:セピア

 

 アスランたちと同期。見かけは強面だが、温厚な性格。その性格が災いしてか、なかなか実力を発揮できない。兄のイェンを尊敬しているが、自分は足元に及ばないと思っているふしがある。

 

 

シャルロット・ヒートリー

 コーディネイター

 生年月日:C.E.55年7月18日

 髪:スカーレット

 瞳:パンジー

 

 同じくアスランたちと同期のパイロット。

 明るく活発な性格。「赤」ではあるが、本人はあまりそのことをひっけらかさない。

 

 

イェン(偃)・ハン(韓)

 コーディネイター

 生年月日:C.E.49年9月26日

 髪:黒

 瞳:セピア

 

 オデルとは同期。本来レッドであるが、現在は議会職務の兼ね合いもあり、司法局勤務である。

 

 

ハルヴァン・ラーシェ

 コーディネイター

 C.E.46年生まれ

 

 ゼーベックの副長。もともとはパイロットでMS隊長であったが、足を負傷。現在は、ローデン不在のブリッジをサポートしている。

 

 

ダンクラート・ローデン

 コーディネイター

 C.E.26年生まれ

 

 ゼーベックの前艦長。戦闘の際、負傷し、現在療養中。復帰後は輸送艦艦長を務める。

 

 

 



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主要キャラクター紹介Ⅱ(ユーラシア連邦)

ときどき髪や瞳の色の名前が見慣れぬ名前があると思いますが、
だいたいJIS慣用色名に基づいたものです。

(注)ネタバレの可能性アリ
   ご注意を





ユーラシア連邦

・アンヴァル隊

 対MS戦闘を目的として、アウグスト・セルヴィウスにより設立された部隊。しかし、ユーラシア軍司令部を通さぬ作戦行動、秘匿してヘファイストス社との共同MS開発など軍という組織から逸脱してることが多い。

 

 

ルキナ・セルヴィウス

 ハーフコーディネイター

 生年月日:C.E.55年3月28日

 髪:黄茶色

 瞳:常盤色

 

 父親がナチュラル、母親がコーディネイターに持つハーフ。出生ゆえに、そしてある事件によって自分の存在に悩む。もともと医学生で母親と同じように医者になることを目標としていたが、開戦後望まぬ形で軍人となる。

 

 

アウグスト・セルヴィウス

 ナチュラル

 C.E.6年生まれ

 

 ルキナの祖父。ユーラシア連邦宇宙軍大将。他の軍にも名の知れた軍人。ときに軍の枠内に捉われない物事の考え方、行動をおこすことがある。自他ともに認めるジジバカ。しかし、不本意という形で入隊したルキナに対して、上司としての立場と祖父としての思いに揺れている。

 

 

ディアス・ホークウッド

 コーディネイター

 生年月日:C.E.42年12月9日

 髪:黒

 瞳:黒

 

 大尉。右眼に眼帯のした隻眼のアンヴァル隊の部隊長。普段はマイペースでよく居眠りをしている(しかし、これはもとからではなかった)。戦闘になれば、的確な判断を下し隊長としての職務を全うする。また、それに見合う実力も持ち合わせている。

 

 

タチアナ・クラーセン

 ナチュラル

 生年月日:C.E.45年1月2日

 髪:薄茶色

 瞳:藤色

 

 大尉。司令付の秘書官兼輸送を任されている。物静かでしっかり者。個性派ぞろいの隊をまとまられる人物。ディアスに未練のある様子。

 

 

ユリシーズ・スヴォロヴ

 ナチュラル

 生年月日:C.E.48年11月30日

 髪:黒

 瞳:灰色

 

 中尉。アンヴァル隊の最古参の1人。もともとパイロット科であるが、そっちの才能はイマイチ。頭の回転は速く機転が利く。が、よく悪知恵の方に使う傾向がある。

 

 

アレウス・ソレル

 ???

 生年月日:C.E.47年7月26日

 髪:黒

 瞳:赤橙

 

 中尉。MSパイロットの1人。理知的な青年。

 

 

パーシバル・フォルカー

 ナチュラル

 生年月日:C.E.48年9月7日

 髪:金髪

 瞳:青緑

 

 パイロット要員の1人だが、まだナチュラル用のOSが不十分のため、戦闘機に乗っている。真面目一辺倒すぎて融通が利かないこともある。

 

 

オリガ・クラーセン

 ナチュラル

 生年月日:C.E.49年4月3日

 髪:栗色

 瞳:藤色

 

 アンヴァル隊の最古参の1人。少尉。小柄だが、活発で明るい性格の持ち主。

 

 

ススム・ウェナム

 ナチュラル

 生年月日:C.E.53年5月4日

 髪:黄土色

 瞳:ライトブラウン

 

 伍長。気弱な面があるが、MSに関して人一倍の情熱を持っている。

 

 

ネイミー・アッカーソン

 ナチュラル

 生年月日:C.E.54年9月9日

 

 上等兵。部隊の戦闘オペレーター。開戦後、軍人の父親が戦死したことをうけて、志願兵として入隊した。

 

 

ギース・バットゥーダ

 ナチュラル

 C.E.47年生まれ

 

 曹長。元は民間人で貿易会社を経営していた。器用でいろいろな仕事を任されるのと同時に、パシられる。

 

 

テムル・バータル

 ナチュラル

 C.E.42年生まれ

 

 軍曹。元・反産業開発企業のゲリラに所属していた。現在、ある男の行方を捜している。

 

 

エドガー・ズィーテク

 ナチュラル

 C.E.46年生まれ

 

 少尉。元はモーガン・シュバリエが指揮していた戦車部隊の砲撃手であった。「砲撃手は常に冷静でなければいけない」という心情のもと心がけるが、つい熱くなってしまうことがある。

 

 

ラドリー・タルボット

 ナチュラル

 C.E.35生まれ

 

 技術士官で大尉。アンヴァルの技術スタッフのリーダー。思慮深くまた仲間思いの性格。

 

 

ジャン・ヤーノシュ

 ナチュラル

 C.E.12年生まれ

 

 曹長。頑固な性格で、機体を大事にしない人間には、士官でも怒鳴りつける。

 

 

ダミアン・クレメンテ

 ナチュラル

 C.E.48年生まれ

 

 軍曹。輸送隊の1人で、タチアナの部下。

 

 

スアレム

 ナチュラル

 C.E.13年生まれ

 

 アンヴァルの軍医。

 

 

モニカ・シーコール

 ナチュラル

 C.E.29年生まれ

 

 アンヴァルの看護師。とても面倒見のよい性格。

 

 

ガリツォ・フェルナン

 ナチュラル

 C.E.14年生まれ

 

アンヴァル隊の司令。准将。普段は怠け者でほとんどディアスやタチアナに任せている。

 

 

 

・ヘファイストス社

アクタイオン・インダストリーと並ぶユーラシアの民間企業。本社はフランクフルト。一時期、企業の存続が危ぶまれたが、ジョバンニ・カートライトの下にて持ち直す。

 

 

ジョバンニ・カートライト

 ナチュラル

 C.E.6年生まれ

 

 ヘファイストス社の会長であり、実質的な指導者。アウグストとは同窓。アウグストの思惑に乗る形でアンヴァルに力を貸しているが、腹の底にはまた少し違った思惑を持っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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その他のキャラクター



(注)ネタバレの可能性アリ
   ご注意を





 

オーブ連合首長国

 

ゲンギ・イーサン

 ナチュラル

 アスハ家の庭師でミアカ・シラ・アスハの墓守もしている。かつてはミアカの侍従兼ボディーガードを務めていた。

 

 

 

 

大西洋連邦

 

アーロン・エンリキ

 ナチュラル

 元・南米の大尉。併合後、大西洋連邦の兵士が起こした事故で妻子を失う。政治状況ゆえにその兵士を罪に問えなかったことによって、奪った者たちへの憎しみと愛する家族を守れなかった悔しさを募らせていった。

 

 

デイヴィッド・スワード

 ナチュラル

 大西洋連邦の上院議員。コーディネイターとの問題およびプラント政策について穏健派だが、過激派には容赦ない面も持っている。

 

 

 

 

ユーラシア連邦

 

マリウス・セルヴィウス

 ナチュラル

 ルキナの兄。母方の縁戚の子で幼いときに両親が死んださい、引き取られる。戦闘機パイロットだったが、所属していた小隊とともにMIAとなる。

 

 

 

 

プラント/ザフト

 

ゴードン・ソン(宋)

 ナチュラル

 プラントにいる数少ないナチュラルでイェンとシャンルーの母方の祖父。ジョージ・グレンと親交があり、研究コロニー『Zodiac』での研究資金援助や結党直後の黄道同盟に活動資金の支援をしていた。その意図には理想と胸算用の両面を持っている。

 

 

マレル・イストレフィ

 コーディネイター

 ボズゴロフ級潜水母艦エンブルス艦長。かつてはユーラシアの海上警備隊に所属し、ルキナの父ヴェンツェルとは旧知の仲であった。その後、地球との交流活動のためにプラントに渡る。ルキナがプラント在住の頃は、よく世話をしていた。

 

 

ヴァルター・ユースタス

 コーディネイター

 ザフト特務隊フェイス所属。パトリック・ザラの指令を受ける「非公然特殊部隊」の指揮官という噂もある冷徹な人物。

 

 

 

 

その他

 

ジンイー(進義)・ルゥ(盧)

 ナチュラル

 投資家であり、アンヴァルのスポンサー。

 

 

ジェフ・ハリソン

 ナチュラル

 医者であり、ナチュラル・コーディネイターの垣根を越えて、人道支援活動を行う医療ボランティアを立ち上げたメンバーの1人。ネモの正体を知っている数少ない1人。

 

 

ユリアナ・フロリック

 ナチュラル

 医療ボランティアのメディカルスタッフの1人で看護師。ルキナの母、ミラとは親友の間柄。彼女もまたネモの正体を知っている。

 

 

リンシン(林杏)・チャン(張)

 ナチュラル

 カオシュン在住の医者。医療ボランティアのメンバーでもある。地球軍とザフトでの戦闘でカオシュンが戦場になった後も残り続けて医療活動に従事している。

 

 

サミュエル

 ナチュラル

 赤道連合の港町で、銃火器を商売に扱う商人。闇物資の集荷なども扱う。

 

 

 



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機体設定Ⅰ

 

【ヴァイスウルフ】

 

 

GAT‐X106 クリーガー

 

パイロット:ヒロ・グライナー

 

[機体解説]

 地球連合軍が開発した6機目の機体。ストライクのI.W.S.P(統合兵装ストライカーパック)の開発が難航、そして問題が続出した。そこで、その機能をバックパックではなく、新たに機体とその専用のバックパックによって目指そうとした機体。

 カラーリングは黒・白・赤を基調としたトリコロール。(胴体が黒、コクピットのハッチが赤で、後はストライクとほぼ同じ)

 白兵戦を想定したデュエル、換装による万能のストライクとは別の汎用型機体。

 ストライクと同様洗練された機体かつ背中以外に脚部にもスラスターを増やしているため、機動性・運動性は上である。(もちろんエールを装備したストライクよりは機動性は劣る)

 クリーガーは、ドイツ語で「戦士」という意味である。

 機体自体は完成していたが、専用の追加バックパックは地上にて開発の遅れおよび運用の諸事情により、アークエンジェル出航後、別ルートで移送するため、工場区とは別の場所で保管されていた。

 

 

[武装]

・75㎜対空自動バルカン砲システム「イーゲルシュテルン」×2

 

・腕部30㎜5銃身ガトリング砲

 右腕の装甲に装備されたガトリングガン。

 

・ビームサーベル

 両腰にマウントされている斬撃武器。

 

・57㎜ビームライフル

 ストライクと同型の携帯型のライフル銃。

 

・カービン+9.1m対艦刀

 ライフルよりショートバレル型の実弾銃。のちのビームカービンの実弾タイプである。また銃剣として対艦刀が付いており格闘戦も可能。グリップが可動式になっている。

 (ビームライフルとカービンはそれぞれ腰部にマウントされているビームサーベルの下部にマウントできる。)

・パイツァーアイゼン内蔵シールド

 耐ビームコーティングがされたシールドにパイツァーアイゼンが付属されている。

 

 

 

 

FX.E-00 Gコンドル

 

[機体解説]

 クリーガーの支援戦闘用に開発された支援戦闘機。本機の機首部分にあたるコアブロックが分離でき、クリーガーの背部とドッキングが可能。

 本来、クリーガーのバックパックとして作られていたが、開発の遅れ、クリーガーがバックパックを装備してなくても実戦で活躍したことを受け、コンセプトを変更、再設計開発された。

 

 

[武装]

・ミサイルポッド×2

  14基ミサイルを搭載した、機体の左右2基あるミサイルポッド。

 

・115㎜リニアキャノン装備125㎜長射程ビームライフル

 銃身の長い長距離攻撃を備えたビームライフルに、銃身下部にリニアキャノンはつけられている。

 

・20㎜機関砲×2

・中口径機関砲×2

 ドッキング後離脱したコアブロックの防御用として備えれらている。

 

 

 

 

フォルテ専用ジン

 

パイロット:フォルテ・ブライトン

 

[機体解説]

 ウィングバインダーを外し、キャノン砲を1対装着、それをマウントする下部および真ん中にスラスターを付けている。そのため、大型の装備をしていても、ノーマルのジン以上の機動性を確保している。キャノン砲は、ジンの装備の無反動砲、特火重粒子砲に変えることもでき、任務の状況に応じた想定をしている。

このバックパックはフォルテがファブローニ社(フィオリーナ)に(無理やり)注文した特注品である。

 

 

[武装]

・MMI-M8A3 76㎜重突撃機銃 

・MA-M3 重斬刀

・100㎜キャノン砲 

 左背部に装備されたキャノン砲。手に持って撃つこともできる。

・500㎜無反動砲「キャットゥス」

・特火重粒子砲「パルルス改」

・ハンドグレネード

 閃光弾、発煙弾など、様々な種類のある手榴弾。ジンの腰部右側に計3つマウントしている。

・197㎜専用ショットガン

 ディンの90㎜対空散弾銃とは違い、MSの戦闘を想定したショットガン。

 

 

 

 

 

 

【ザフト】

 

 

ZGMF-515AS シグーアサルト(オデル専用)

 

パイロット:オデル・エーアスト

 

[機体解説]

 火力、推力、装甲の強化を目的とした追加オプションユニットのシグー版。

 素体も通常のシグーと変わらず、追加装甲も一般の仕様ではあるが、武装を彼なりに追加している。

 

 

[武装]

・5連装ミサイルポッド

 両肩に2基ずつ装備されたミサイル。

・アサルトナイフ

 両腰に鞘と共にマウントされている。

・175㎜試製ロングライフル

 ジン長距離強行偵察複座型が装備しているスナイパーライフルの威力不足と500㎜無反動砲の実績から造られたライフル。戦車の砲をMSの手持ち火器にしたようなものである。

・MMI-M7S 76㎜銃突撃機銃

・M7070 28㎜バルカンシステム内装防盾

・MA-M4 重斬刀

 

 

 

 

TMF‐900 バルド

 

パイロット:ブライス・シュマイザー

 

[機体解説]

 ザフトが開発したモビルスーツ。そこで、ジンの後継主力機を目的にシグーとは別のコンセプトをもって開発された。

 大きな特徴は、今までのMSより太くがっちりとした重量級であることと、陸戦を想定したホバリング推進である。これにより機動力を失うこともなく、前線でも活躍ができ、バクゥの欠点である防御面も補えることができた。しかしこのホバリング推進を扱える技術を持ったパイロットがごく少数であることが大きな欠点となった。さらにヘリオポリスで奪取した機体によって、役不足となってしまい、4機試作されただけで、量産化は見送られた。

 

 

[武装]

・MMI-M7S 76mm重突撃機銃

・M68 キャットゥス500㎜無反動砲

・MA-M4 重斬刀

・M7070 28㎜バルカン砲

 両腕部に装備されたバルカン砲。

・M71 タウルス360㎜バズーカ砲。

 ジンのみならず他のMSにも使用され、多くの局面で使われる500㎜無反動砲をブラッシュアップしたバズーカ。タウルスはラテン語で「雄牛」の意。

 

 

 

 

TMF‐958 ギブリ

 

パイロット:マシュー・ベタンクール

 

[機体解説]

 ザフトが開発した陸戦型モビルスーツでジンとバルドの中間に位置する機体。こちらの機動性は脚部に大容量のバーニアを備えることで機動力をあげている。また、足裏にローラと無限軌道を備えているため、バルドのように技術をそこまで必要とはしなくても地表を高速移動することが可能になった。しかし、バルドと同様に量産化は見送られ、数機のみが開発された。

 

 

[武装]

・MA-M91 試製斬機刀

 従来の直剣タイプの重斬刀を日本刀型にした試作品。重斬刀以上の斬撃が可能。初期のタイプはビームコーティングがされてないが、のちに施されるようになり、防御にも用いられるようになる。

 

・MMI-M1021 90㎜散弾銃改

 ディンの90㎜対空散弾銃を改良したもの。

 

・ハンドガン

・アサルトナイフ×2

・アンカーロッド

 左腕に装備されたアンカーを備えたロッド。また、アンカーから電流を流すことができ、機体のコクピットの電子回路に損害を与えることができる。

 

 

 

 

 

 

【ユーラシア(アンヴァル隊)】

 

 

ヒンメルストライダー

 

[機体解説]

 ヘファイストス社が開発したサブフライトシステム。元は乗るのではなくベースバーを持ちハングライダーに乗るような姿勢になるのが特徴。武装をマウントすることもできる。

 動かすのは、MS本体からではなくヒンメルストライダーの動力を使う。

 非常用の食糧などの備品もあり、また予備バッテリーも搭載されているため長期作戦も可能にできる。

 

 

 




ようやく、機体設定出せました!
今後、この設定に追加事項もあるかもしれないので、その時にまた出します。
ちなみに、今後でてくるMSも含め、今までのガンダム作品からのモデルや参照にした(一部パーツを含め)あります。
さあ、これらのモデルになった機体はなんでしょうか?
それを当てる、というのも読んでいく中での一つの楽しみにしていただくと幸いです。


追記
追加更新しました。(H27.6.21)



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PHASE‐1 太陽の都(ヘリオポリス)Ⅰ‐幕が開かれる

どうも、序章から読んでいただいた方、お久しぶりです。
序章なんて長いよ、本編から読むぜってひとも初めまして。
この話より本編開始いたします。


 「血のバレンタイン」の悲劇から端を発した地球、プラント間の戦争は、戦局は疲弊したまま、すでに11ヶ月がたっていた。

 しかし、今、その流れが大きく動こうとしていた。

 

 

C.E.71年1月25日

 

 

  L3宙域、中立国オーブのコロニー、ヘリオポリス。

 この近くに3隻の戦艦がいた。1隻はナスカ級ヴァサリウス。クルーゼ隊の旗艦である。 2隻はローラシア級。そのうちガモフはクルーゼ隊のもう1つ戦艦である。

 そしてもう1隻。名はゼーベック。アスナール隊の艦である。

 

 「しかし…、よろしいのですか、艦長?」

 オペレータのリーネ・イルマリが艦長のエレン・アスナールに聞いた。

 「いくら、あそこに地球軍の秘密兵器があるとはいえ、中立国に攻撃するなんて…。それに我が隊も共同作戦の意味あるのでしょうか」

「だが…、もしあれを運び出されれば、我々の脅威になる。そうクルーゼ隊が判断したのだ。そうですよね、艦長。」

 代わりに答えたのは副艦長のハルヴァン・ラーシュであった。

 「ええ…そうね。」

 

  事の発端は、これより少し前に遡る。

 

 

 

 クルーゼ隊隊長、ラウ・ル・クルーゼよりMS奪取の共同の作戦を持ち掛けられたからである。

 その提案をヴェサリウスに呼び出されたオデルとエレンは、その話を訝しげに聞いた。

 「で、その情報の信ぴょう性は?」

 オデルはラウに尋ねた。

 確かに、地球軍がMSを開発しているかもしれないという話は何度か聞いていた。他の隊がその実験部隊とされる部隊を交戦したというのもある。しかし、どれも確証は得られていなかった。

 ラウが写真を取り出した。

 「これが…証拠だ。」

 確かに、写真には見たことがないMSが写っていた。

 「これが、今我々が近くにいるオーブのヘリオポリスで開発されているとのことだ。我々は、MS部隊でも陽動と潜入部隊での破壊工作を行おうと思う。」

 「それで…。我々の部隊も加わってほしい…と。」

 エレンが口を開いた。

 「本来なら、我々だけでもしようと思えばできるのだがね…。」

 「潜入部隊に行く者たちは、腕はよくても銃撃戦は初めて。MS部隊も先の宇宙ステーション防衛任務で、『黄昏の魔弾』専用の機体は破損していて、万全ではない…。」

 オデルがクルーゼの意図を読み取ったか、彼が言う前に答えた。

 「そうだな。この作戦は…確実性が欲しいのでね。どうかな?」

 それをきいてふたたびオデルは口を開いた。

 「なあ、クルーゼ。そういう話なら艦長だけでいい。なぜ俺もこれに加わらした?」

 「君なら気付いているだろう。これは…まだ議会に話をしていない。彼らの回答を待つのでは遅いと思ったからだ。故に、君がそれではいけないと思うなら「フェイス」としての権限を行使して、この作戦を阻止しても構わない。それも含めて、考えてほしいと思ったのさ。」

 「フェイス」。それは、国防委員会直属の指揮下に置かれる特務隊である。オデルは以前より、この特務隊への転属を打診されていたが、拒み続けていた。が、この艦のMSの隊長として配属するのであればという、条件で「フェイス」となった。故に、彼はとても特務隊の者であり、アスナール隊のMS部隊隊長という奇妙な立ち位置にいる。

 「ゼーベックでは艦長で隊長の彼女の意志が最優先だ。俺が口出しすることではない。で、どうです?アスナール艦長。」

 オデルはエレンにこの作戦を行うかの決定をゆだねた。

 「…先ほどからクルーゼ隊長の話を伺ってると、もう我々が加わる前提で話してるように聞こえますが…。わかりました。我々は後方支援、および潜入部隊の助っ人を出します。そして、この作戦を行うにあたってですが、一つ約束を。これが秘密裏に作られているとすれば、おそらく住民の多くは知らないでしょう。なるだけ、住民の住む街には被害を出さないように。…それでよろしいですね。」

 エレンは溜息を付きながら、承諾した。

 「その件については我々も善処するよ、アスナール艦長。そして、我々にとって、貴艦が加わるのは大きな助力だ。感謝するよ。」

 

 

 「果たして…、どうなることか。」

 クルーゼは約束の際、口元は笑って答えたが、仮面に覆われているため、真意は見えなかった。

 エレンは時間とモニターを見やり、自分の中にある疑念を抱きつつ、独り言ちた。

 

 

 「アビーさん、隊長のシグーにアサルト装着しなくていいんですか?」

 ゼーベックのMSデッキでは、出撃の準備に追われていた。

 「いいの、今回は。」

 「アビーさん。こっちの方もお願いします。」

 「まったく、少しはパイロットに聞きながら、自分で考えなさい!これじゃ、進歩しないよ!」

 騒然としているデッキで、彼女は叫んだ。

 「大変そうだな…。」

 パイロットスーツに着替えてきたオデルがやって来た。

 「まったく…、あたしがチーフになった途端、何でもかんでも頼って来るから困るんだけど…。」

 「それだけ、信頼されていることだよ。」

 「そう?褒め言葉としてもらっとくよ。けど、まだ出撃まだでしょ?来るの早くない?」

 もうすぐ、潜入部隊が出始めるころだが、まだ、MSが出撃するには早い。

 「なに…、俺より早く来すぎてしまった緊張しっぱなしのパイロットたちに激励をっと思ってね。」

 オデルは微笑んだ。

 これから出撃するパイロットのうち2人はアカデミーを卒業し隊に配属されまだ4ヶ月の若いパイロットである。むろん今まで自分のMSを持たなかったので、これが初の実戦である。

 オデルはシグーのコクピットに入り、初めてのMSで調整を行っている、若いパイロットたちに通信を開いた。

 

 1人緊張気味の者がいた。

 整備士の話もはいと、返事はするが実際頭に入っているか、自分でもわからなかった。

 そこにもう1人の初めて乗るパイロットから通信が来た。

 「いい、シャン。演習通りにすればいいんだからね。もうちょっと自分に自信をもって。」

 シャルロットは持ち前の明るく快活な声で励ましてきた。

 「わかっている。というか…、なんでシャルロットは平気なんだ?」

 「そりゃ、私も緊張してるけど…。シャンのそんなガチガチな姿見たら、私まで緊張しちゃダメじゃんって思っちゃうぐらいガチガチなのよ!」

 「…ていわれてもなぁ。」

 「制服の色は関係ないぞ。頑張れ、シャン。」

 ザフトは階級がない。代わりに兵科、アカデミーの成績で制服の色が異なる。

 シャルロットは卒業成績上位20位以上の「赤服」。対して、シャンは「緑服」であった。

 「シャン、いいか。制服の色も、初心もベテランも関係ない。自分の普段をすればいいだけだ。あまり、思いつめると、逆に動けなくなってしまうぞ。」

 オデルより通信が来た。

 「隊長…。」

 「大丈夫だ、俺たちがいる。迷惑と思わず、思いっきり俺たちに後ろを守ってもらえ。おまえは、ただ、出撃して戻って来るだけを考えればいい。

 少し、シャンの緊張もほぐれた。

 「そうだ、そうだ。俺を見てみろ。緑でもあんなひよっこのエリートに勝っちまうんだかなら。」

 「バーツ…だから…。」

 「そうそう。それにシャンの実力は本来なら「赤」と変わらないよ。ただ、同期に運がなかっただけ…。」

 「フォローになってない。」

 「要は、まだ実戦でMSに乗ってないイザークたちにここで差をつけろってことよ。」

 「…だから、フォローになってないって。」

 せっかく、隊長の言葉で少しは落ち着いたのに…。

 シャルロットとしては励ましのつもりだったのだろう。

 だが、逆効果だ、とシャンはがっくしした。

 

 

 モルゲンレーテ工場区。

 

 そこは作業する人たちで活気にあふれて、周囲は雑然としていた。

 「大尉―っ。んじゃ、俺たちゃ、先にアークエンジェルに行ってますんでー!」

 「お願い!」

 無精ひげのコジロー・マードックから呼ばれ、マリュー・ラミアスは返事した。

 「これが終わったら、一杯どうです?いい店知ってるんですよ!」

 「おいおい、おまえがこのねぇちゃん、口説くなんて、十年も早いよ。」

 みんな、陽気になっている。

 それもそのはずである。

 いよいよ、この地球軍の新型MSである「G」が完成し、同じく製造された新型の戦艦、アークエンジェルに搬出され出航するのだ。

 長かった…。

 マリューは感慨にあふれた。

 

 そんな工場区の賑わいの様子を上のキャットウォークから見ている人影があった。

 手にはタブレットを持っている。

 まだ、少年である。

 彼は、地球軍の軍人ではない。

 この「G」の護衛任務を受けた傭兵の1人である。

 「ヒロ、な~にぼけっとしてるんだ?」

 その時、フォルテがやって来て、声をかけてきた。

 「ぼけっとはしてないよ。ただ、もうすぐ終わるんだなぁって…。」

 彼にとって、これは初めての仕事であった。

 そのためか、彼にとって、これには思うものがあった。

 「だが…安心するのは早いぞ。どうやらこの宙域にザフトの艦が来ている。」

 「え?まさか…。」

 ザフトが情報を得て来たかもしれない。

 だが、一応、ここは中立である。

 「この兵器が目的で来ているかまだわからないが…、念のため俺は港に置いてあるMSで待機している。ヒロ、おまえはここに残って何か起こったときは、向かえるようにしとけ。」

 そう言い、フォルテはジンを置いている港へ向かっていた。

 ヒロは上を見上げた。

 地球にいた時の空とは違い、上は円筒の側面が見え、それらを支えるようにシャフトがいくつもある。

 この外は宇宙である。

 このヘリオポリスについたとき、街はのどかで賑やかだった。

 プラントも賑やかであったが、やはり戦争をしている、そんな雰囲気があった。

 が、ここではそんなものは感じられない。

 まだ、こういうところもある。

 ヒロは、なるだけここで戦闘は起こってほしくない、と願いながら、工場区を後にした。

 

 

 



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PHASE‐2 太陽の都(ヘリオポリス)Ⅱ‐ガンダム、起動

 

 

 モルゲンレーテ社の建物、入り口。

 そこには、ここの社員ではない見慣れぬ2人の人物が立っていた。

 「さて…。入ったはいいものの…、一体どこにあるんでしょうかね?例のモノは。小…いえ、ルキナさん。」

 そのうちの一人の男が自分より年下の女の子に聞いた。

 「そう簡単にあります、ってものじゃないでしょ?それに外ではザフトもいるっぽい話よ。おそらくあれを狙っているのかも。早いとこ、探しましょ、ギース。」

 「とは言っても、連中、結構ガード高そうですよ。自分たちがここに入った時に追尾されますからね。一応、面会のアポとった教授を探し…ても、広すぎませんか?」

 一応、怪しまれずに入るため、事前の準備はしてきているが、なかなかの難所であった。

 建物の入り口で案内図を見たが、果たしてうまく入り込めるか。

 それが問題であった。

 

 

 

 

 

 「おーい、ヒロ。来てたのか。」

 ヒロが振り返ると、ちょうどエレカが止まっていて、3人の学生が降りていた。

 彼らは、モルゲンレーテの中にラボがあるカトウ教授のゼミ生たちである。

 よく、ここで顔を合わせ、同じ年代ということもあり、仲良くなった。

 もちろん、彼らには自分が傭兵であることも任務も話してない。

 モルゲンレーテに手伝いにきたジャンク屋ということにしている。

 「これからラボに行くの?」

 ヒロは3人の方へ向かった。

 「そう。それに…サイに手紙のこと聞かないといけないし…な、キラ?」

 「ト、トール!しつこいぞ。」

 なにかトールは意味ありげにキラに向けて話した。

 「手紙って?」

 ヒロは話がつかめず尋ねた。

 「な、何でもないよ、ヒロ。」

 キラは動揺しながらも話を切ろうとしていた。

 「いいじゃんか、ヒロに教えてやっても。あのな…。」

 「だから、トール!」

 ミリアリアが入り口近くにいる人影を見た。

 「あれ?あそこに誰か人がいるよ?」

 3人もそっちに顔を向けた。

 見かけない人たちだった。

 どうやら迷っているらしかった。

 向こうもこちらに気付いたのか、1人の女の子がこっちに来た。

 ちょうど、自分たちと同じぐらいの女の子である。

 髪の長さは、肩より少し長め。

 印象的だったのが、その瞳の深緑の色である。

 まるで、常緑樹の森を思わせるような…

 と、ヒロは思った。

 「すみません!私たち、カトウ教授にお会いしたいのですが、どちらに行けばよろしいのですか?」

 「えっと…。」

 「あっ、自己紹介遅れましたね。私たち、ヘファイストス社の者でして…。ルキナ・セルシウスと申します。こちらは、ギース・バットゥータです。このモルゲンレーテの技術力をぜひわが社も学びたいと思い、サイバネッティク工学の第一人者であるカトウ教授に会いに来たのですが…。ここが広くて…。」

 「え!ヘファイストス社。」

 さきに反応したのはミリアリアであった。

 「確か、ユーラシアにある企業ですよね。アクタイオン・インダストリーに並ぶ。」

 「詳しいんだね、ミリィ。」

 キラが感心していた。

 「だって、就職の事考えたら…ね。」

「ええー!モルゲンレーテじゃないの?」

「確かにモルゲンレーテが1番だけど…、いろいろ調べとかなきゃね。将来のために。」

 トールの驚きにミリアリアは答えた。

 「へ~、ヒロはジャンク屋だから聞いたことあるか?」

トールの質問にヒロは答えなくただぼうっとしていた。

「お~い、ヒロ。」

ふたたびトールの言葉にヒロは我に返った.

どうしたんだ?なんか上の空だったけど…。」

 「なっ、なんでもないよ。それよりも、カトウ教授に会うためなんでしょ。そしたら…。」

 「あっ、私たち、カトウ教授のラボにこれから行くので、案内しますよ?」

 ヒロに逆に指摘され、気付いたミリアリアはルキナに提案した。

 「けど…、この時間、教授ラボにいないと思うかも?どこか、この中にはいると思うけど…。」

 「じゃあ、僕が教授を探してくるよ。」

 ヒロはそう言い、カトウ教授を探しに行った。

 ヒロの手に抱えられていたジーニアスは、『…なるほど。』と意味ありげに思った。

 

 「それじゃあ、行きましょうか。彼が探しに行ってる間、待っていただければ。」

 ミリアリアはそう言い、2人を案内し始めた。

 「ありがとうございます。」

 

 ギースがボソっとルキナに声をかけた。

 「よく、あそこまで言葉が出ますね。」

 「うーん、ユリシーズのせい…かも。」

 

 

 

 ヴァサリルス、ガモフ、ゼーベックは、ヘリポリスに向け発進させた。

 そして、まずヴェサリウスよりカタパルトデッキが開かれ、ジン3機が発進していった。

 へリオポリスの管制官は慌ただしくなった。

 中立の立場であるこのコロニーには戦艦の入港を認めてない。

 何度も停船勧告を出しても返事は来なかった。そして、全通信がノイズだけになった。

Nジャマーがまかれたのである。

 それは、つまり向こうは戦闘行為を仕掛けてきた、ということになる。

 

 港に入港している貨物船でも緊迫していた。

 「敵は!?」

 20代後半の金髪の男が艦長に聞いた。

 「3隻だ。ナスカ級およびローラシア級2隻。1隻は他の2隻より後方にいる。あと、MSの発信も確認されている。」

 「ちっ、ルークとゲイルはメビウスにて待機。まだ出すなよ。」

 この船は偽装した地球軍の輸送艦である。

 彼は自分のMAに乗るために格納庫へ向かった。

 彼の名はムウ・ラ・フラガ。

 Gのパイロットたちをここに送り届ける任務のために来ていた。

 

 

 「おいおい、マジで来るのかよ。」

 同じころそんな管制室の様子を通信で傍受していた、フォルテは独り言ちた。

 周りは真っ暗で、計器類の光が頼りだった。

 このG計画自体極秘なため、護衛にあたっている自分たちの機体も悟られないため港のコンテナに隠しているからである。

 レーダより接近を伝えていた。

 もう通信は聞こえない。

 「3隻…、でさっき発進したMSは3機…?…やっぱりヒロに来てもらえばよかったか。」

 おそらく別働隊がいるだろう。その際、MSに乗っていた方がいい。

 裏目にでてしまった。

 ヒロに連絡しようにも、Nジャマーの影響でできない。

 とにもかくにも、自分はここで迎撃しなければいけなくなった。

 港には地球軍の船があるが…、それだけでは、あの3隻とやりあうのは無理があった。

 そうこう思っていると、爆音が聞こえてきた。

 来たか…。

 コンテナから突き破って、ジンが姿を現した。

 その背中にはウイングスラスターではなく、大きな2つの砲がついていた。

 港を通過して、コロニー中に入った数機のジンに遅れていた1機が立ち止まった。

 いきなりジンが現れたからである。

 が、止まったのが、運のつきだった。

 フォルテのジンの突撃銃の餌食になった。

 「数機…、中に入っちまったか。とにかく、外の方が先だ。」

 ジンの2つの大きな砲の下部にあるスラスターを全開にし、港の外へと向かった。

 

 「あれは…傭兵か?」

 輸送艦より発進し、すでに外で交戦中のメビウス・ゼロのパイロット、ムウ・ラ・フラガは自分たち援護をしているジンを見た。

 この状況下で、ありがたいが…果たして、この戦力差で切り抜けるか…。

 その思いは、フォルテも同じだった。

 

 

 「エーアスト隊長、クルーゼ隊のMSがすでに先行しています。予想通りヘリオポリスより数機MAが出てきました。また、傭兵と思われるMSも確認しました。お気を付けください。」

 オペレータのリーネから外の状況を伝える通信が来た

 「わかった。…他のパイロットも聞いているだろう。簡単な任務と思うと、痛い目見るぞ。…発進する。」

 青いシグーは真っ直ぐ、閃光が飛び散る中に向かって行った。

 

 さきほどの通信。

 やはり傭兵をつけていたか。

 地球軍にとっては重要な兵器だ。

 おそらく、それなりの腕を持っているだろう。

 オデルはそのMSを探し、見つけ出した。

 そのジンは傭兵ならではか、カスタムされていた。

 見たところ、見事な操縦をしていた。

 ほかのジンを翻弄している。

 (一体、どこの傭兵だ?)

 バーツの通信を聞き、オデルもその機体に集中した。

 その左肩にあるマーク、白い狼、数字の2を見た。

 そして思わず笑みがこぼれた。

 (あんな、傭兵ごとき。撃ち落とす。)

 シャルロットの通信が聞こえた。

 彼女は果敢に挑もうとしていた。

 が、オデルはシグーのスラスターを上げ、向かおうとしたシャルロットのジンを止めた。

 (隊長!)

 「行くな、シャルロット。あの機体は俺が相手する。もちろん、シャンもだ。お前たちは、防衛にでてきたミストラルたちを迎え撃て。バーツ、2人のフォロー頼むぞ。いいな。」

 (しかし、隊長…。)

 「あれは、まだお前たちの腕じゃ、太刀打ちできない。返り討ちにあうぞ。」

 シャルロット、シャンは不思議に思った。

 隊長の知り合いなのか。

 そう思いながら、彼らは他のMA群の所へMSを向かわした。

 オデルは3機がミストラルの方へ向かうのを確認し、ジンの方へスラスターを全開にした。

 「まったく…偶然とはいえ、こんなところで会うとはな…フォルテ。」

 彼は臨戦態勢に入った。

 向こうもこちらに気付いたのか、銃を構えた。

 

 

 

 キラたちが部屋に入っていくと、すでに3人いた。

 うち2人、サイとカズィはゼミ生だが、もう1人は見知らぬ人だった。

 金髪で帽子を深く被っている。その奥より金色の瞳をのぞかせる。

 「誰?」

 トールがカズィに聞いた。

 「教授のお客さん、ここで待ってろって言われたんだと。」

 「ありゃりゃ、先客がいたのか。」

 「そしたら、私たちも、ここで待ってます。」

 そう言い、2人も先に来ていたお客さんの方へ行った。

 

 そこへ教授を探していたヒロも入ってきた。

 「カトウ教授…、見つからなかった。」

 「一体どこいっちゃったんだ、教授?」

 トールが呆れたように言った。

 「…ずっと立ってるのもなんだから、どっかから椅子を持ってくるよ。」

 カトウ教授が忙しいのはわかるが、お客さんを待たせてしまうのも悪いのではないか。

 それにあまり待たせると、みんなも作業に集中できないのでは。

 ヒロはそう思い、教授のお客たちに気を使った。

 そんな心配をよそに、男たちはさきほどの手紙の件についての騒いでいた。

 「何か…ヒロ、いつもより親切だね。さっきも、なんかぼうっとしてたけど、もしかして…あの子に惚れたとか?」

 様子を見ていたミリアリアが小声で言った。

 「えっ、いや、そうじゃなくて…。せっかく遠いところから来たのに、待たせるのは悪いかなって思って…。」

 思わずヒロはドキッとした。

 「その、慌てよう…、余計怪しいわよ~。」

 「なになに。何かあったの?」

 先ほどまで、手紙のことでやり取りしていた4人がこちらの方にやって来た。

 「何もないって。とにかく、僕、もう一度、探しに行くね。」

 そう言い、出ようとした瞬間

 突然、激しい揺れと音が襲った。

 「隕石か?」

 ヒロはハッとした。

 まさか…。

 『この宙域一帯からNジャマー反応だ。』

 ジーニアスがビーブ音を鳴らし、知らせた。

 ザフトが攻めてきたんだ。だとすると狙いは…。

 「みんなは、いそいで避難して。絶対、工場区には行かないで。」

 ヒロはみんなに言い、工場区へ向かった。

 「おい、ヒロ!」

 サイが止めようとしたが、行ってしまった。

 

 とにかく一同、言われた通り避難のため、部屋から出てエレベーターへ向かった。

 が、エレベーターはなかなか来ない。

 その間も激しい揺れが続く。

 仕方なく非常階段へ向かった。

 そこで避難している職員から驚くべき言葉が出た。

 「ザフトに攻撃されているんだ。」

 みんな、その言葉を聞いて、驚愕した。

 先ほどの帽子を被った少年が身をひるがえし、工場区へ行ってしまった。

 「…きみ。」

 その人を追ってキラも行ってしまった。

 「キラ!」

 トールがキラに声をかけたが、キラは「すぐ行く。」と言い、走って行った。

 

 「ルキナさん…。」

 ギースは小声で話しかけた。

 おそらく自分たちが狙ってるものは彼らが向かった場所にあると確信した。

 それはルキナも同じだった。

 「工場区に行ってくる。おそらく、例のモノはそこにある。この混乱の中なら持ち出せるかも。ギースはみんなをお願いね。…そのあと合流しましょ。」

 そう言い、彼女も行ってしまった。

 「…はぁ、そんな気がしたというか。」

 溜息をついたが、今はここにいる民間人の避難が先であった。彼は非常階段を下りて行った。

 

 

 ヒロは工場区へ急いで向かう途中、なにか気配を感じた。

 一体…何が。

 その気配は工場区とは別の場所、自分の足元、工場区の地下の部分からだった。

 もしかしたら、そっちにもザフトがいるのかもしれない。

 そう思い、その感じる方へ向かった。

 

 

 

 

 たどり着くと、部屋は暗いが広々とした感じだった。そして、そこになにか置かれていた。

 ザフトがいるようではなかった。

 一体何が…。

 その時、また揺れた。

 ここまで、振動が来ているってことはコロニーにも攻撃されているのではないか。

 彼は部屋の明かりをつけた。

 そこに置かれていたモノが鮮明に姿を現した。

 それはメタリックグレーの色をしたMSであった。

 「これって…。」

 それは地球軍が開発していた。G兵器の同じ形をしていた。

 全部で5機と聞いていたはずなのに…。

 どうする、これも奪われないようにした方がいいのか、起動してここから出した方がいいか。

 そう思案していた

 その時、

 チャキっと、銃を構えたのか、そんな音がした。

 「動かないで。」

 手を挙げ、その声のした方に顔を向けた。

 そこにいたのは、さっきラボに案内したヘファイストス社の人だった。

 「大丈夫。余計なことしなければ、こちらも撃たないから。このMSに用事があるの。」

 彼女はヒロを通り過ぎMSへ近づいていった。

 まだ、銃は向けられていた。

 「君は…一体?」

 なぜ、ここに来たのか。

 何者なのか?

 そう思っているとき、再び激しい揺れがした。

 今度のはかなり大きかった。

 上の天井が崩れかけていた。

 まずい。このままでは!

 ヒロはルキナの方へ向かった。

 「え?…ちょっと!」

 ルキナはヒロがいきなりこちらに向かうという、予想外の動きに困惑してた。

 そのまま、手で押し倒された。

 その勢いでルキナは後ろへと飛ばされた。

 ヒロも、勢い余ったのか、そのままともにすべった。

 その時、天井の瓦礫が先程までいた場所に落ちきた。

 もし、一歩遅かったら、自分たちも下敷きになっているところだった。

 間一髪…、ヒロはそう思ったが、天井のあったところより見える影にハッとした。

 ジンである。

 向こうも気付いたのかこちらの方を向いている。

 見つかったか!

 「こっち!」

 「え?」

 ヒロは彼女の手を引き、コクピットに向かった。

 どの道、避難する場所はここにはない…、なら!

 彼は彼女を連れ、コクピットに入った。

 「一体、どうするの?」

 ルキナがヒロに聞いた。

 「ここにすぐ逃げられるような場所はない…、なら。」

 ヒロはジーニアスを繋げ、起動させた。

 「…MS、動かしたことあるの?」

 ルキナが不安げにシートの横から聞いた。

 「…動かしたことはある。」

 ブゥンと音が鳴り計器類が光り始めた。

  ―General

  Unilateral

  Neuro-Link

  Dispersive

  Autonomic

  Maneuver …

 

 モニター画面には、そんな表示が出た。

 

 

 

 

 「どういうことだ。まだ、1機あったのかよ。」

 工場区の地下を破壊した直後、地面に穴が開き、地下にMSが横たわっているのが見えた。地球軍のものと同じ形をしていた。

 「とにかく、あれも持っていくぞ。今なら誰も…。」

 一緒にいたもう1機のジンのパイロットが言った。

 「おい、待て!こいつ…動き出した。」

 

 

 先程まで沈黙していたはずのメタリックグレーのMSの両目に光が灯った。

 ブゥンと、エンジンの唸り音を立て始める。

 そして、固定されていたボルトがバシッとはじけ飛び、そこから解放されたように、ゆっくりと起き上がっていった。

 

 




序章含めた16話目でヒロイン登場。
そして、ガンダムも登場。


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PHASE‐3 幻のXナンバー

ようやく、オリジナルのガンダムのお披露目です。


 

 

 先程まで沈黙していたMSがいきなり動き出たのを見て、ザフトのパイロットは驚き狼狽した。

 「このMS…動いた!?何で…。」

 「何をしている。はやく、こいつを捕獲するんだ!」

 もう1人のパイロットが叱咤しジンの突撃銃をいま立ち上がったMSに放った。

 MSはそれを避け、飛び上がって、地上によろめきながら着地した。

 動きがぎごちなかった。

 

 「ちょっと、ちゃんと動かしなさいよ!」

 コクピットではルキナはシートにしがみつきながらヒロに言った。

 「わかってるよ。…けど、このMS、なにか…鈍い。」

 ヒロは必死にレバーやスロットルを動かしていた。

 牽制のため、頭部のバルカン砲を撃っても全然当たらない。

 「ジーニアス、何かわかった?」

 繋いでいたジーニアスにこのおかしい原因を聞こうとした。

 『機体とOSの調整がまだ不備なんだ。』

 「…だから、こんなに動きがおかしいのか。」

 再び銃を撃ってきた。

 避けきれない。

 『レーダーセンサーの左上のボタンを押すんだ。』

 「これか!」

 ジーニアスに指摘され、ヒロはボタンを押した。

 そのボタンを押してとたん、MSの色がメタリックグレーから黒と白そして赤に変わった。

 装甲は無傷だった。

 『フェイズシフト装甲だ。これで実弾は効かない。』

 けど、モニターを見るとバッテリーが急激に減っていった。このままでは…。

 「ジーニアス…。このOS、書き換えることできる?」

 ヒロはジーニアスに聞いた。

 『そんなこと、なぜ私がやらなければ、ならないのだ!』

 「このままじゃ、ジーニアスもスクラップになるよ!それでもいいなら、いいけど…」

 『ムムム。えーい、仕方ない。一度だけだぞ、一度だけ!私がこのOSを書き換える。だから、何とか追い払え。私とてスクラップになりたくない!』

 そう言い、ジーニアスは書き換えを始めた。

 モニターでは次々と画面が変わっていく。

 

 その時、再び1機のジンが剣を振りかざしてきた。

 ヒロはそちらに意識を戻し、避けるためペダルを踏み、レバーを引いた。

 MSはすぐに反応し、避けて行った。

 先ほどより動きがよくなっていった。

 これなら…。

 先程試したバルカン砲を放った。

 さきほどと打って変わって、しっかり当たった。

 ジンはそれを避けるため、後ろに下がっていった。

 よし、これなら…。

 「他に武器は?」

 『腰部…ビームサーベルだ。』

 モニターに移される機体に腰部にマウントされているモノを表示した。

 MSは腰にマウントされている2本の棒を手にした。

 そこからピンク色のビームがサーベルの形状をしてでてきた。

 ヒロはMSのバーニアを吹かした。

 先ほどとはちがうなめらかな動き、そして…ジンとは違う、スラスターの出力だった。

 そのまま2機のジンに斬りかかった。

 1機目のジンは反応できず、肩を斬られた。

 ジンは応戦しようと剣を構えたが、それをも斬っていった。

 とっさに反転し、もう1機のジンへ向けた。

 そして、そのまま、もう1本のサーベルでジンの首部分を突いた。

 「くっ、脱出するぞ。」

 機体が損傷し、動かないMSより2人は脱出していった。

 2機の爆発から避けるため、そのMSも後方へ避けた。

 「…ふぅ、助かった。」

 ヒロはホッとした。

 「この人…。」

 ルキナは驚いていた。

 これだけの動かせるということは…。

 そして…彼は一体何者か。

 大西洋連邦の人間には見えない。

 では、自分たちと同じか…と思ったが違う。

 するとヒロはルキナの方へ向いた。

 「とりあえず、退けたけど…。この状況じゃシェルター…空いてないよね…。」

 工場区は爆発とかの影響で跡はひどかった。

 襲撃前まであったMSもなかった。

 モニターを拡大させながら、どこか安全な場所を探した。

 すると、工場区の外、公園らしいところにG兵器の1機が佇んでいた。

 コンテナトレーラーもあった。

 1機だけ無事だったのか。

 とにかく、後ろにいるルキナの事もある。

 ヒロは、そちらの方へ向かった。

 

 

 

 周辺宙域では、地球軍は押されていた。

 というより、一方的であった。

 先ほどMAが出てきた輸送艦もコロニーの外壁に衝突し、大破した。

 「ちっ、このままじゃぁ。」

 フォルテは毒づいた。

 さすがに無理があるか…。

 残るは自分とメビウス・ゼロのみである。

 その間にも、青いシグーが突撃銃を撃ってくる。

 フォルテはジンのバーニアを思いっきり吹かせた。

 「あの青いシグー…そうだよな。」

 フォルテはシグーと対峙した時、嫌な予感はした。

 ジンとシグーの剣がバウンドしたとき、通信が入った。

 やはり…。

 「…久しぶりで、オデル。」

 (の割に、あまり再会を嬉しそうにしてないぞ、フォルテ?)

 シグーのシールドから撃たれるバルカン砲を回転しながら避けた。

 「俺も再会を喜びたいんだがね…。こんな状況じゃムリだ。」

 (ふっ、それもそうだ。)

 「再会の喜びついでに、このまま退いてくれないかな?こっちは任務でね…。失敗すると、後でこっわ~い美人に怒られるんだが…。」

 (残念だが…、それは無理な願いだな。)

 シグーを相手にしている間に、ヘリオポリスからMSが3機出てきた。見たところ、G兵器であった。

 だが、こちらに加勢するわけでもなく、ザフト艦の方に向かって行ってしまった。

 奪われたか…。

 まずい、とフォルテは思い、せめて奪われるなら、と3機に近づこうとしたが、シグーに阻まれた。

 「…さっきから俺を引き離さないのも狙ってやってるってか?」

 「おまえの実力はよく知ってるからな。別に倒せるとまでは思わないさ。」

 ふたたびシグーの突撃銃が襲った。

 

 

 

 一方、ヴェサリウスのブリッチでは驚くべき報告が上がった。

 「オロール機、被弾。緊急帰投。」

 「オロールが被弾だと。こんな戦闘で。」

 この部隊はザフトの中でもエリート部隊だ。

 こんな相手にやられるとは…。

 アデスをはじめ、他のクルーは意外だという声が上がった。

 …一人を除いて。

 「どうやら、ひささかうるさいハエがいるようだな…。」

 「は?」

 アデスはラウの言葉の意味がわからず、聞き返した。

 その前にふたたび通信兵から報告が上がった。

「ミゲル・アイマンよりレーザービーコン受信です。エマージェンシーです。また、同じく他の2名もです。その者たちより6機目のMSを確認したとの報告もあります。」

 「なんだと!」

 艦長のアデスはさらに驚いた。ミゲルが機体を失うことはもちろん、本来あるとされたのは全部で5機のはずではなかったのか。

 「ほう…。ミゲルが機体を失うほどの動きをした最後の1機。そして、6機目の機体。そのままにはしておけないな。」

 そう言い、ラウはブリッジを後にした。

 

 

 突然、ヴェサリウスより退却の信号弾が打ち出された。

 他のジンがヴェサリウスに戻っていく。

 「引き上げる!?だが…まだ何か…。これは。」

 ムウは感じた方へ向かった。

 「私がお前を感じるように、お前も私を感じるのか…。不幸な宿縁だな…、ムウ・ラ・フラガ。」

 

 

 「退却!?」

 フォルテは驚いた。

 それはオデルもだった。

 その時、ヘリオポリスの近くで戦闘の光が見えた。

 メビウス・ゼロと交戦した後、中へと入っていった。

 「あれは…クルーゼ。」

 1人で行くつもりか。オデルはシャン達にゼーベックへの帰還命令を出し、彼もまたヘリオポリスへ向かった。

 「ヘリオポリスの中に…。させるか。…と、忘れ物。」

 ファルテも彼らを追い、港まで入った。

 そして、あることに気付き、港に置いていたもう1つのコンテナを持ち、バーニアを吹かせ、向かった。

 

 

 

 「持ってきました。で、この後、僕たちはどうすればいいのです。」

 コンテナが積まれたトレーラーを運転してきたサイは、地球軍の士官、マリュー・ラミアスに尋ねた。

 「ありがとう。ストライカーパックを…。そしたら、キラ君、もう一度通信を…お願い。」

 マリューは、銃弾の傷を受けた右肩を抑えながら、キラにお願いした。

 「はい。」

 キラは“ストライク”の方に向かった。

 「なるほど…。これは予備電源になってるのか。これをストライク本体につなげればいいのですね。」

 コンテナでコンピュータを動かしていたギースはマリューに言った。

 「そうよ。お願い。」

 マリューはこのような状況になったことを思い返した。

 あの子のおかげで、1機奪取されずにすんだ。

 とはいえ、機密に触れてしまった者たちを解放することもできない。

 それに、今は友軍と連絡を取ることが先だ。

 いまは、この学生たちと一企業の社員‐民間人に手伝ってもらうしかない。

 

 

 そこに遠くからガチャンと動く音が聞こえた。

 「何だ?まだ、ザフトがいたのか?」

 みんな不安がった。

 現れたのは、ストライクや先ほど奪われたMSと似たような形状のMSだった。

 それを見て一番驚いたのは、マリューだった。

 「あれは…、X106“クリーガー”!でも、なぜ…?」

 あの機体は別の場所に置いていたので、奪われなかったんだろう。けど…誰が?

 「マリューさん?無事だったんですね。」

 クリーガーのコクピットが開いた。

 「ヒロ君!…そう、あなたが…。」

 ヒロは周りを見回し、みんながいたことに驚いた。

 どうしてここにいるか知らないが、とりあえず無事を確認し、ホッとした。

 向こうも、自分がこの機体に乗っていること、そしてマリューと知り合いだということに驚いている顔をしていた。

 後で、話した方がいいかな。

 そう思いつつ、ヒロはコクピットの中に目を向けた。

 「君と一緒にいた人…ギースさんもいるようだね。降りられる?」

 ヒロは手を差し伸べ、コクピットにいたルキナに言った。

 すると、彼女は手を払いのけ、コクピットの外に出た。。

 「さっきはありがとう。けど、大丈夫よ。自分で、降りられるわ。」

 と、サッサとケーブルから降りて行ってしまった。

 そして、ギースの下へ向かって行った。

 「……あれ?」

 思わぬ反応に1人取り残されたヒロはただ茫然としているだけだった。

 

 

 

 「つまり、ヒロ君はX106が置かれている部屋に赴いてしまい、キラ君が行ってしまったのを追いかけたルキナさんもそちらに辿り着いてしまい、そこで、ジンが来たために乗ったのね。」

 「はい、そうです。…すみません、他の機体…奪われてしまって。」

 マリューはヒロからクリーガーに乗っていた経緯を聞いていた。

 「でも、これを守ってくれただけでも、大きいわ。とにかく、今は彼らに手伝ってもらって友軍とのコンタクトをとっているんだけど…。」

 この状況では、なかなか出来ていなかった。

 彼らはストライクのバックパックを取り付け作業を見守っていた。

 「けど、ヒロって、傭兵だったんだ…。そう見えないな。」

 ヒロから自分が傭兵であることを聞いたトールは改めて驚いた。そして彼の言葉に、近くにいた他のヘリオポリスの学生たちみんな、頷いた。

 「そんな…。」

 思わずガックシした。

 『まあ、まだまだ駆け出しの見習いだ!』

 ジーニアスもちゃかした。

 

 「…マリューさん、僕もクリーガーから通信を試してみましょうか?」

 彼らの言葉から気を取り直してヒロはマリューに尋ねた。

 「そうね…。ヒロ君にはクリーガーが置いていた場所に、武装や部品を取りに行ってもらえるかしら。通信はストライクだけでできそうだし。」

 「わかりました。」

 ヒロはふたたびクリーガーに乗るために、昇降ケーブルに足をかけた。

 その時、

 なにか、ぞわりとする感覚に襲われた。

 何だ、今の?

 2つの気配をそれぞれ認識した。

 そんな感じがした。

 ヒロは上のメインシャフトの方に目を向けた。

 

 「ぬ…。」

 「なに?」

 シャフトの中でお互い戦闘をしていたラウとムウは奇妙な感覚に襲われた。

 この感じ…。

 いつもお互いがその場に居合わせた際に襲う感覚だが…。

 「…まさかな。何かあるのか…。」

 ラウはムウのメビウス・ゼロのガンバレルを撃ちぬき突破し、中へ向かった。

 「あいつ…、くそ。」

 ムウも毒つきながら、追いかけた。

 

 「シャフトを!…クルーゼ!」

 オデルは追いかけながら、なんとかクルーゼを通信を取ろうとしていた。

 この作戦の前に話したこと…。おかまいなしか。

 その時、

 後ろより大きなコンテナが迫ってきていた。

 それをよけ、踏み台にした。

 追って来るジンが再びコンテナを持った。

 「無茶苦茶なことをする。」

 「なに…、あるものは何でも使うのさ…。」

 無理やり投げたのがいけなかったか。さすがにアームの部分の警告音が鳴っている。

 「とにかく…、今は邪魔するな。おまえだってコロニーを傷つけたくないだろ!」

 こちらもどんどんとヘリオポリスの中へと入っていった。

 

 

 「どうしたの?ヒロ君。」

 マリューは、ケーブルに足をかけたままでずっと止まって上を向いているヒロを不思議に思い聞いた。

 「…何か、迫ってきています。はやく、この場から…!」

 その時、メインシャフトから大きな爆発がした。

 そして、そこから、シグーとメビウス・ゼロが現れた。

 「…まずい。」

 先ほどの感じ、あの機体からだ。

 「ほう…。あれがか。そして、向こうが謎のもう1機か…。」

 「最後の1機。何!?もう1機あったのか!?」

 ムウは驚いていた。

 ここに送り届けたパイロットは5人だったからである。

 シグーがメビウス・ゼロを払いのけ、こちらに向かってきた。

 「どちらにせよ、今のうちに沈んでもらう。」

 ここに近づかせてはいけない。

 シグーを牽制するため、ヒロは再び、クリーガーを操作した。

 「さっきのバルカン砲じゃ、届かない…。これか!」

 モニターに表示された武器を選択した。

 右腕からガトリングガンが出てきて、撃った。

 シグーは一度、引き下がった。

 「…どうやら、あちらの方を落とすのが、先か。」

 再び迫ってきた。

 応戦しようと今度はビームサーベルを出し、構えた。

 その時、

 ピー

 警告音が鳴り、クリーガーの装甲がメタリックグレーに戻った。

 「フェイズシフトダウン。まずいわ。ヒロ君、下がって。」

 マリューがはっと気づいて、大声で彼を呼んだ。

 「エネルギー切れ。…しまった。」

 ヒロは計器がエネルギー切れを示していることに戸惑った。

 そんなに動かしてないのに、もう…。

 シグーが迫って来る。

 その時、

 「やめろー!」

 キラがランチャーストライカーの大型ビーム砲をシグーに向け、発射した。

 

 メインシフトからは遅れてフォルテのジンと、オデルのシグーが出てきた。

 「あれが…。」

 オデルはモニタより2機のMSを確認した。

 「もう1機…いたのかよ!?」

 フォルテは驚いていた。

 話には5機と聞いていたからである。

 ピピピ!

 突如、機体から警告音が聞こえた。

 瞬間、高エネルギーのビームが彼らの方に来た。

 「く!」

 「うぇ!」

 2人は驚き、なんとか避けた。

 エネルギー砲は、そのまま、コロニーに穴を空けた。

 

 「こ、こんな…。」

 キラは青ざめた。

 「コロニーに穴が…。」

 ヒロも驚いていた。

 キラが自分を助けてくれるためとはいえ、このようになってしまって…。

 

 さらに、鉱山より轟音と共に爆発がした。

 「今度は何だ!」

 フォルテの近くで起きた音に目を向けた。

 その立ち込めて煙から白亜の戦艦が現れた。

 「あれは…アークエンジェル!」

 マリューは叫んだ。

 「まずいって!」

 この位置だと、戦艦にぶつかってしまう。

 フォルテはスラスターを全開にし、勢いよく上へ避けた。

 

 

 「くっ…。戦艦の方も落とせなかったのか…。」

 ラウは毒づいた。

 その時、通信が開いた。

 (クルーゼ。ここは引き上げるぞ。お前の機体も損傷している。)

 先ほどのストライクからの攻撃でシグーの右腕を損傷していた。

 「…そうだな。帰投しよう。行くぞ、エーアスト。」

 2機のシグーは先ほど空いた穴より去っていった。

 帰投中、ラウは先ほど応戦したMSの方をモニターで拡大した。

 コクピットが開かれている。

 先ほど、感じたのは、あそこからだった。

 そこから少年が出てきている。

 確か…、ヒロと言っていたが…。

 「まさかな…。年齢が違う。」

 ラウは独り言ちた。

 

 




オリジナル機体の説明は、カスタム機たちと含めて後日投稿します。


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PHASE‐4 崩れゆく大地

不思議な話…。
何度も何度も見直しても誤字脱字って出てくるんですよね…。
…気付いた部分は直そうと思います。
もし、見つけたらご遠慮なくご指摘ください。


 

 

 フォルテとヒロはMSでアークエンジェル付近あたりの哨戒をしていた。

 先ほど、フェイズシフトダウンしたが、実弾兵器は使えるので、ヒロも加わっている。

 どうやら、今のところ、ザフトは来なさそうだった。

 「とりあえず、今のところは大丈夫だな。デッキの方へ移動しよう。そのMSもバッテリー充電した方がいいし…。」

 「うん。」

 フォルテに促され、彼らはカタパルトへ向かった。

 「しかし…、6機目があったとはなぁ…。」

 「マリューさんが言うには、この機体はいろいろあって、アークエンジェルには乗せる予定はなかったって。けど…、僕が乗っていていいのかな?一応、これも機密なんだよね?」

 「まあ、それも含めて、聞いてみるか。」

 彼らがカタパルトに着いた時、そこではなにかひと悶着あったようであった。

 地球軍の兵士が銃を構えてキラを狙っていた。

 それに対し、トール、サイ、カズィが庇うように軍に向いていた。

 「何かあったのですか?」

 ヒロはコクピットハッチを開き尋ねた。

 「いや、大丈夫だ。悪かったなぁ。とんだ騒ぎになっちゃって。」

 ムウがキラに謝った。

 どうやら、キラがコーディネイターか、と聞いたことから端を発したことであった。

 「俺はただ聞きたかっただけどね。君もコーディネイター、だろう?ここに来るまで、これのパイロットになるはずだった連中のシミュレーションを結構見てきたが…、やつらノロクサ動かすにも四苦八苦してたんだぜ。…やれやれだな。」

 ムウは2つの機体、そしてキラとヒロを交互にみて、肩をすくめた。

 「まあ…とにかく、外にいるのはクルーゼ隊、だぜ?さらに、オデル・エーアストもいる。そうだろ、傭兵の…。」

 「フォルテ・ブライトン。こっちがヒロ・グライナー。確かにオデル・エーアストだ。間違いない。」

 その名を聞いて地球軍は一同愕然とした。

 ザフトの内部でも特務を請け負うエリート部隊と知られているクルーゼ隊。そして、その隊長であるラウ・ル・クルーゼと同等以上の実力を持つといわれているエースパイロット、オデル・エーアスト。

 「かなりしつこいぞ~、こんなところでのんびりしている暇は、ないと思うがね。」

 そう言い、彼はデッキの方へ向かって去っていった。

 

 「あ…。マリューさん、この機体どうすればいいのですか?」

 そういえば、とヒロは思い出したようにマリューに尋ねた。

 「ええ、そのことで。ヒロ君、先ほど頼んだこと、お願いできるかしら。この状況だから、その機体もアークエンジェルに収容しておきたいので。」

 「わかりました。」

 「ラミアス大尉、いいのですか!?」

 近くにいたナタルはマリューに言った。彼女としては傭兵に機密を触らせたくないのであろう。

 「確かに…あれは機密事項よ。けど、今動かせるのは、彼しかいない。それに、4機が奪われた今、あの機体も守らなければいけないの。」

 「大尉が言うのであれば…。」

 ナタルはどこか納得いかない様子であった。

 

 

 

 

 「D装備を使うですって!?」

 ゼーベックのブリッジではヴェサリウスに一時いるオデルからの通信を聞いたエレンが驚愕した。

 (ああ、そうだ。捕獲できないのであれば、破壊するしかないだと。…戦艦も破壊できてなかった。)

 「だからって、こっちには話来ていないわよ!」

 対戦艦、要塞用のD装備を使用するということはコロニーに被害がでる。

 何より、そのことについてヴァサリウスより連絡も来ていなかった。

 (俺に言われても…。)

 オデルの後ろではヴェサリウスからD装備をしたジンが発進準備に追われているのが見えた。

 その時、ブリッジに警報が鳴った。

 カタパルトが開かれ、ジンが出て行った。

 そして、それを追うようにもう1機ジンが出て行った。

 「大変です、艦長。シャン…シャンルーのジンが許可なく発進してしまいました。そしてシャルロット機も彼を追って行きました。」

 リーネの報告にエレンは驚いた。

 「え!?何で?他は…アビーやバースたちは止めなかったの?」

 「それが…いきなりだったらしくて…。」

 (…俺が2人を追う。他のは、待機させといてくれ。どの道、もう止められないなら、2人を連れ戻しに行く。)

 オデルが通信を切った。

 「まったく…。」

 エレンは頭を抱えながらシートに座った。

 

 

 

 「これで、いいのかな…。」

 『…しかし、結構、武装あるのだな…。』

 ジーニアスが驚いていた。

 ヒロはモニターをチェックしながら、先ほどの工場区の地下でコンテナに積まれているクリーガーの装備を確認していた。

 「あれ…、このバックパックはどこにもないよな…。マリューさん。」

 ヒロは、モニターに表示されている装備がないことに気付き確認しようと通信を開いたが、繋がらない。

 ノイズが聞こえてくるばかりだった。

 「…もしかして、Nジャマー!?」

 ヒロはバーニアを吹かし、急いでアークエンジェルに戻った。

 

 

 「お断りします。それだったらフォルテさんに乗ってもらってください。」

 「キラ君…。」

 もし、また攻めてきた場合、やはりストライクも動かせた方がいい、そう思ったからである。

 確かにキラの言う通り、フォルテに乗ってもらう方がいいのだが、さきほどのカタパルトやブリッジでのナタルの反応を考えると、難しい。根っからの軍人気質のナタルには、ただでさえ、傭兵に機密を触れさせていて、さらに民間人の、しかもコーディネイターに乗らせたくはない、という思いである。確かに彼女の考えは理解できる。が、実際、OSをまた元に戻して、性能を下げるわけにもいかなった。

 マリューはキラにストライクに乗ってくれるか頼んでいたが、キラは拒否した。

 「あなたは正しいことは正しいかもしれない。周りでは戦争をしているって。でも、僕たちはそれが嫌で中立のここを選んだんだ。それを…。」

 その時、艦内通信が入った。

 「どうしたの?」

 (MSが来るぞ。早くあがって指揮をとれ。君が艦長だ。)

 通信からムウの声が聞こえた。

 「私が!?」

 マリューはいきなり艦長に指名され、戸惑った。

 (先任大尉は俺だろうが、この艦のことはわからん。)

 「わかりました、アークエンジェル発進準備、総員第一戦闘配備。大尉のMAは出られますか?あと、クリーガーは戻ってきていますか?」

 「いや、確認できない。俺のMAもまだ出られない。」

 「そうですか…。では、大尉はCICをお願いします。フォルテさんのジンはアークエンジェルの防衛をお願いします。」

 マリューは、フォルテの方にも通信を入れた。

 (大尉。艦長なんだし、こんな傭兵に呼び捨てでいいですよ。まあ、了解。とにかく、なんとか脱出までは付き合うよ。)

 

 「…卑怯だ。あなたたちは…。」

 一連のやりとりを聞いていたキラはこぶしを握り締め、口を開いた。

 「もしかしたら、奪われた機体もくるかもしれない…。今、それに対抗できるヒロが乗っている機体も戻ってこない…。唯一対抗できるMSに乗れるのは僕だけって言うんでしょ!」

 

 その様子を見ていたギースはこのやり取りに思い当たるところがあったのか、気になりルキナの方に顔を向けた。

 案の定、彼女は少し暗い顔をしていた。

 「…ホント、嫌よね。自分の意志に関係なく…そうせざるをえなくなっていく…。」

 「大丈夫ですか?」

 彼女の言葉に心配になり、気遣うように尋ねた。

 「…大丈夫。ごめんなさい、ギース。大丈夫よ…。」

 ルキナは自分にも言い聞かせるようにつぶやいた。

 

 

 「キラ…か?」

 ストライクがやってきてフォルテは驚いた。

 とは言っても、誰がのっているのかは、動きを見ればわかった。

 「しょうがなく乗っただけです。…もうこれ以上乗りません。」

 キラはしかめつらで返した。

 「どの道、助かるよ…。じゃあ、そうなるように、もうちょい頑張ってくれ。」

 向こうからジンの他に赤いストライクと似たMSもやってきていた。

 あれは…、

 「アスラン…。」

 モルゲンレーテで爆炎の中、偶然出会った幼馴染の名前を呟いた。

 そんなはずはない。戦争が嫌いと言っていた彼がザフト兵なんて。

 そんな思いを胸にキラはソードストライカーを装備したストライクのバーニアを吹かせた。

 

 

 

 「戦闘が始まっている…。」

 遅れてやって来たシャンのジンは、モニターから青、白、赤のトリコロールカラーの、最後の5機目のMSを確認した。

 「あれが…ラスティが乗るはずだった。…クソ!」

 シャンはスラスターを全開にし、ストライクの方に向かおうとした。

 (ちょっと、シャン。危険よ!)

 そこにシャルロットのジンがシャンのジンを止めた。

 「離せ!シャルロット!」

 (シャルロット、シャン!)

 遅れてオデルのシグーもやって来た。

 

 「シャン…、シャンルー。どうした!」

 (あいつを…、あいつを!)

 オデルがシャンに通信を入れたが、あきらかに様子がおかしかった。

 このまま、行かせてしまうと、シャンの身が危険である。

 オデルはシグーでしっかりとジンを押さえた。

 

 

 ようやくアークエンジェルの近くまでたどりつくと大きな爆発音が聞こえてきた。

 ミサイル等を持ったジンがコロニーの被害などお構いなく放っている。

 一方、アークエンジェルは損害を気にしつつ防戦しているため、押され気味だった。

 しかし、やはりかの攻撃もコロニーに被害を及ぼしていた。

 「めちゃくちゃなことを…このコロニーを破壊させない!」

 持ってきていたビームライフルでミサイルを撃ちぬいていった。

 ストライクが見えた、もう1機奪われたという赤い機体と対峙していた。

 (ヒロ、戻って来たか!とにかくあのミサイルをなるだけ防ぐんだ。コロニーの中は小回りの利くMSで迎撃しないと…、マズイ!)

 ジンが近くにやって来た。

 「あれ…フォルテ!?じゃあ、あれに乗っているのは…、キラなのか?」

 なぜ民間人の彼が乗っているのか、事情を知らないヒロは疑問に思った。

 だが、そんなこと考えている暇がなかった。

 次々にミサイルが襲って来る。

 

 飛び回る1機をアークエンジェルが撃墜したが、ミサイルが暴発してシャフトを傷つけていく。

 もう1機がムキになってやってくるのを迎撃するが、その攻撃がさらに被害を及ぼしていた。

 対して、ヒロのMSはビームライフルの威力がジンの突撃銃よりはるかに高いため、逆に傷つけてしまうのではないかと、撃てなかった。

 なんとか、バルカン砲で応戦しているが、効果はなかった。

 

 その時、

 センターシャフトがついに負荷に耐え切れなくなり崩壊を始めた。

 その様子はオデルたちからも見えた。

 「まずい、崩壊するぞ。シャルロット、シャン、ここから出るぞ。」

 (はい。)

 シャンからは返事がなかった。

 が、ここから脱出しなければならない。

 崩壊の際の乱気流やコロニーの構造物に巻き込まれてしまい、機体を大破する可能性だってある。

 オデルのシグーは、動こうとしないジンを無理やり引っ張っていき脱出を図った。

 

 

 

 ついにシャフトは分解し、残ったアキシャルシャフトも次々とはじけ飛んだ。

シャフトを失い支えが無くなった外壁は遠心力によってさら分解していった。

 そして、宇宙との境をなくし空気の急激な流出に乱気流が発生した。

 「ヤバイ。乱気流に巻き込めるぞ!」

 フォルテのジンは片方をアークエンジェルを、もう片方でクリーガーを掴もうとした。

 ヒロも何とかジンに寄せようとしたが、いきなり発生した乱気流に操作が間に合わずクリーガーは流されていった。

 「しまった!」

 その時、

 ドゴゥ。

 クリーガーに気流に流される振動とは違う激しい衝撃が起きた。

コロニーの一部にぶつかったようだ。

 その衝撃でヒロは気を失ってしまった。

 クリーガーは気流に流されるまま、宇宙へ放り出されていった。

 

 

 

 



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PHASE‐5 サイレント・ランニング

 

 「おい!おい、ヒロ!起きろ!」

 フォルテの声が聞こえ、ヒロはぼんやりとだが、目を覚ました。

 「あれ?ここは?」

 「アークエンジェルの格納庫だ。あの気流に流されたの、覚えてるか?」

 「そういえば…。」

 あの乱気流に巻き込まれ、へリオポリスの破片の一部にぶつかったところまでは覚えている。

 その衝撃で気を失い、漂いかけていたのを、フォルテが見つけ回収した、とのことだ。

 コクピットから出ていくと、周りに多くの人がいた。

 「キラが推進器が壊れた救難ボートを見つけてな…、それをアークエンジェルに運んだのさ。」

 フォルテが答えた。

 そうか、本当に崩壊したのか…。

 ヒロは溜息を付いた。

 外の様子をみると、救命ポッドより避難民が降りている途中だった。

 そのうちの1人が出てきた際、キラを見かけ、近寄った。

 赤い髪の女の子だ。

 知り合いなのかな…。

 そう思っていたヒロはハッと思い出しだ。

 「そうだ、ザフトは!?」

 「ああ、ザフトがいまどうしているのかはこちらからはわかってないんだ。むろん、向こうもそうだろうが…。」

 「じゃあ、僕たちは…。」

 護衛任務もほぼ失敗し、ヘリオポリスの崩壊も止められなかった。

 かといて、この状況で終わりにするわけにはいかないと、思った。

 「うーん、そのことなんだが…、アークエンジェルは投降するつもりはないって。この艦と2機のMSは絶対に月本部まで持っていくとさ。今、そのためにサイレントランニングをするのに動いている。一応奪われたとはいえ、G兵器はあと2機あるわけだし…。その間でも、戦闘になるだろうし、ここでおさらば、ってわけにはいかないだろ?というか、そういうの嫌だろ?まあ、俺としても、このまま任務放棄すると後でミレーユが怖いし…。」

 フォルテの言葉を聞いて、ヒロは息をついた。

 そうか、まだやることはある…。

 「そうそう、これから月本部まではこの機体に乗ってもらうことになったから。いつでも戦闘になってもいいように万全にしとけよ。あと、もし戦闘になったら、宇宙だからな。パイロットスーツ着るんだぞ。」

 そう言い、フォルテは去っていった。

 ヒロは見上げ、一度クリーガーを見た。そして、隣にあるストライクの方に目を向けた。

 こちらの方はどうするのか…。

 キラはまた乗るのか。

 「おーい、坊主!手ぇ空いてるなら、手伝ってくれ!クリーガーの部品持ってきたんだろう!」

 マードックに呼ばれた。

 人手が足りないから、乗るのであれば手伝えとのことだ。

 彼には、軍人でないのに、機密を触らせていいのか。

 ヒロは彼らの手伝いに向かった。

 

 

 「艦長…。」

 ブリッジのクルーは動揺していた。

 クルーゼ隊がD装備を持ち出した時点で、止めることはできなかったか。

 そう後悔する者もいる。

 そして、もう1つ彼らの空気を重くしている要因。

 3人のMSの無事がまだ確認されてないのである。

 今、クルー全員がレーダーの反応に固唾をのんでいた。

 信号をキャッチしたリーネが喜びながら報告した。

 「艦長!3機、確認できました。今、ゼーベックに向かってます。」

 肉眼からも確認がとれた。

 3機とも無事であった。

 今、ゼーベックのカタパルトに入っていった。

 エレンは大きく息をついた。

 「私はMSデッキに向かうわ。ハルヴァン、ここはお願い。」

 「わかりました。」

 そう言い、エレンはブリッジを出た。

 

 

 「ふぅ…、終わった。今何時だ?」

 マードックに目いっぱいこき使われヘトヘト気味のヒロはジーニアスに尋ねた。

 外はもちろん宇宙なので、時間感覚が分からない。

 『もう日付は越えてるぞ。』

 「…寝なきゃな。」

 ふとストライクの目の前、キャットウォークにキラがいた。

 「どうしたの、ここにいて。」

 ヒロはキラの方へ向かった。

 しばらく、キラは黙っていたが、口を開いた。

 「…なんで、ヒロは傭兵になったの?」

 「え?」

 思いがけない質問にヒロはビックリした。

 

 

 エレンが格納庫に向かう途中、向こうよりアビーがやって来た。

 「あ~、ちょうどいいところに。」

 「どうしたの?」

 エレンはアビーに聞いた。

 「オデル隊長から言伝をね…。まだシャンから話を聞ける状態じゃないから。今、オデル隊長とシャルロットが一緒にいる。落ち着いたら、隊長室に行くって。…同期の戦死を聞いていてもたっていられなかったのね。」

 「そう…。」

 「しかし…ずいぶんと大事になっちゃたね。」

 2人は通路の窓から外を眺めた。

 ヘリオポリスの残骸があちらこちらに浮かんでいる。

 「あんまり、思いつめなくても大丈夫よ、エレン。」

 「ありがとう…。けど…ね。」

 艦長に任命されたが、若すぎるという批判の声もあり、自分でも力量不足だということはわかっている。

 しかし、自分を艦長にと推薦した、今は療養中に前艦長のためにも、と務めたが…やはり侮られているんだなと思った。

 「…エレン。」

 言葉をかけにくくても、何とか励ましたいと思案していたアビーはふと、エレンの首にかけているひもで通した指輪が目に入った。

そして、なるほどという顔をした。

 「なるほどね~。」

 「え?」

 エレンはいきなりアビーがにやけた顔を向けたわけがわからなかったが。自分のかけている指輪に目を向けているのに気付きしまったという顔をした。

 普段は制服で隠してはいるため、周りに気付かれないようにしていたが、いつどうして出してしまったんだろう、あの時、崩壊で機体の所在がわからなくなった時か、とか、見つかった相手がまずかったなと、いろいろ頭を巡らせた。

 「へ~、そうだったんだ。そうだったんだ~。」

 「…どうしてわかったの?」

 エレンはどうして知ったのか思わずたじろいた。

 「いや~、オデルの機体を整備中の時に偶然ね~。大丈夫よ、たぶん知ってるの、今はあたしだけだし!」

 アビーはにこやかに言った。

 「で…、いつ?」

 ぐいぐいと聞いてきた。

 一応、まだ作戦中なんだが、とは思ったが、エレンはこのまま隠せないと観念し話した。

 「…開戦前にね。」

 恥ずかしそうに話すエレンにほうほうとアビーはうなずていた。

 「水臭いな~。教えてくれてもよかったのに。」

 「それは…、戦争始まっちゃたし。他にも、色々あるの。」

 「何々~。聞かせて聞かせて。」

 (アスナール艦長、至急、ブリッジへお戻りください。ヴェサリウスより通信が来ました。)

 そんな折、タイミングがいいのか悪いのか、ブリッジから艦内通信が入った。

 「さあ、この話はこれでおしまいよ。」

 「今度、詳しく聞かせてね~。」

 そう言い、エレンはブリッジへと戻っていった。

 

 

 

 「そうだったんだ…。できることをやれ…か。」

 居住区でのムウとのやり取りをヒロに話した。

 「…MSを動かせるからって、戦争ができるわけじゃない。僕は…。」

 「…無理しなくてもいいと思うよ。戦いたくないなら、戦わなくても…。」

 「え?」

 「僕自身…、傭兵になるって決めたのは、できるからとかじゃない。人から言われたらでもない。…自分で決めたことだから。僕からは戦えなんて、言えないよ。」

 「なんで…傭兵になるって決めたの?」

 キラは改めてその質問をヒロにした。

 「…守りたいって、思ったから。失う悲しみがどれほどつらいか、知っている。…だから。」

 2人の間にしばらく沈黙が流れた。

 

 

 

 

 「ちょっと、いいかしら。」

 キラと別れて居住区に戻ったヒロは休憩するため居住区に戻った。その途中、ルキナが話しかけてきた。

 「えっと…。」

 「あなた、何であの時、嘘ついたの?」

 「え?嘘って。」

 「あの時、私があそこにいたこと…、嘘ついたでしょ?」

 「ああ。」

 ようやく、ヒロも何を言いたいのか、理解した。

 「嘘はついてないよ。ルキナさんも追っかけてきたのは間違いないでしょ。」

 「でも、そこでのやりとりのこと、ラミアス艦長に話してないでしょ。」

 どうやら、銃を向け、クリーガーに乗ろうとしたことについて言及しているようだ。

 「…言って欲しかったの?」

 「そういう意味じゃなくて…、あなた、傭兵でしょ?護衛の任務しているのに、その護衛対象を狙っていたことを黙っているの?私たちがザフトである可能性だってあるのよ。」

 「本当にそうだったら…、ここで僕に聞かないでしょ?」

 「それは…。」

 「もし、ザフトだったら、あの時ジンのパイロットに通信入れただろうし…。あの場では、あなたたちも巻込まれた側だし…。それをここで言うとかえって混乱するでしょ?」

 「私たちを怪しまないの?」

 「例え、なんであれ、僕にとっては、変わらないよ。危ないと思ったら助ける。それだけだよ。」

 「…そう。」

 返ってきた答えが意外だったのか、それとも何か考えたのか、ただそれだけを言い、振り返って去ろうとした。

 「あ…、あのさ。」

 「なに?」

 ヒロは先ほどのやりとりで気になったことを聞こうとルキナを呼び止めた。

 「さっきからずっとあなた呼ばわりされてるんだけど…。僕はヒロ・グライナーていう名前なんですが…。」

 「…覚えていたら、そう呼びかけるわ。」

 そのまま去っていった。

 『…嫌われたんだな、ヒロ。あきらめろ。片思いの恋は終わったんだ。』

 ジーニアスが慰めるように言った。

 「だからー、そんなんじゃないって。」

 ヒロはたじろぎながらジーニアスに否定した。

 

 

 

 「ルキナさん。」

 ルキナが避難民たちがいる居住区に戻る途中、ギースがやって来た。

 「この艦、やはり『アルテミス』に向かうらしいです。さっきフラガ大尉って人がヘリオポリスの学生に話していました。」

 ギースは先ほど聞いたことを小声で話した。

 ヘリオポリスが崩壊してしまい、外部とも連絡しようがない。

 何より、この件でどう動いているかの情報も欲しかった。

 どこか近くのコロニーに寄って欲しい、という思いがあった。

 が、アークエンジェルは補給も含め、ユーラシアの軍事要塞「アルテミス」へ行くことになった。

 「アルテミス、…ね。」

 だが、その要塞の名前を聞いたルキナとギースはお互いいい予感はしなかった。

 

 

 

 「ヴェサリウスからはなんて言ってきたの?」

 ブリッジに戻ったエレンはハルヴァンに通信の内容を聞いた。

「敵戦艦はアルテミスに向かうと判断し、そこでモフとヴェサリウスで挟み撃ちにするとのことです。ついては、このゼーベックもガモフとともに追って欲しいとのことです。」

 「向こうは…MS、もうないんじゃないの?」

 「奪取した地球軍のMSを投入するとのことです。データはすでにとっているので、問題はないようです。」

 「ということは、こちらもまたMSを出せってことか。」

 そこへブリッジにオデルもやって来た。

 その言葉が一瞬、ブリッジの空気を悪くした。

 先程まで自分勝手にやって、さらに注文をつけるのかという感じだった。

 まあ、無理もないなとオデルは思った。

 実際、バーツたちも不満に思っている。

 これをすんなりと受け入れたくないだろうと思った。

 「その通信は…、そういうことじゃないの?オデル、シャンは大丈夫なの?」

 エレンとしても不満があるようだが、それよりもシャンの方が心配だった。

 「艦長、そのシャンの件だが…この出撃には外してもいいか。今は少し落ち着いたが、あの状態で出したくない。」

 「…そう。MSパイロットの指揮はあなたに任せているわ。あなたの判断でいいわ。」

 「それと、もう1つ…。次の出撃の件なんだが、これはゼーベック全体にかかわるんだが…いいか?」

 「いったい何?」

 オデルの意味ありげな言葉にエレンは訝しげに聞いた。

 

 

 

 

 アークエンジェルのブリッジに警報が響いた。

 「大型の熱量感知!戦艦のエンジンと思われます。」

 「横!?同方向へ向かっている。」

 「気付かれたのか?」

 様子を見にちょうどやって来たフォルテは聞いた。

 ブリッジのクルー全員もそう思い、ぞっとした。

 「でも…遠い…。」

 やはり杞憂か、そう思った。

 その時、

 「目標はかなり高速で移動。本艦を追い抜きます!」

 「まずいぞ!」

 ムウはうなった。

 「ローラシア級2隻は?」

 ナタルはあせって聞いた。

 敵は1隻ではない。3隻いるのだ。今更ではあったが、それを失念していた。

 「本艦の後方に2つの熱源…!」

 「仕掛けて来たか…。」

 フォルテは毒づいた。

 こちらを挟み撃ちにするつもりだ。

 「おい、3隻のデータと宙域図あるか?」

 「あと、ついでにGの詳しいデータも欲しいんだが?」

 ブリッジ全体が沈んだ空気の中、2人はムウとフォルテはまだ諦めた、というような顔をしてなかった。

 「な、なにか策があると?」

 マリューが思わず驚き聞いた。

 「それを…これから考えるんだよ。」

 その問いにムウは不敵に笑って答えた。

 

 

 

 (敵影捕捉、敵影捕捉!第一戦闘配備!軍籍にある者はただちに全員持ち場に付け!)

 アークエンジェル内に警報と艦内アナウンスが鳴った。

 「見つかったのか!」

 寝ていたヒロは、急いで格納庫の方に向かった。

 

 パイロット待機室のドアを開けると、そこにキラがいた。パイロットスーツを着ていた。

 「キラ…。決めたの?」

 「…本当はイヤだ。なんで、僕にだけ…て。でも僕はひとりじゃなかった。」

 その時、ふたたびドアが開いた。

 「ほう…やっとやる気になったってことか?そのカッコは。」

 後ろにムウとフォルテがいた。

 「…戦いたいってわけじゃないけど、この艦は守りたい。みんな乗ってるんですから。」

 「俺たちだってそうさ。意味もなく戦いたがる奴なんてそうはいない。…戦わなきゃ守れねえから、戦うんだ。」

 キラの言葉にムウが応じた。

 ヒロも同じようなことを言っていた。

 そうか…とキラは思った。

 戦争なんて遠い世界、軍人なんてと思ったところもあったが、みんな同じなんだ。

 守りたいから…戦うんだ、と。

 「この4人でアークエンジェルを守るんだ。…作戦、話すぜ。」

 

 

 

 カタパルトデッキでは慌ただしくなった。

 各自、機体に向かった。

 ムウのメビウス・ゼロは他の3機より早く発進準備を始めた。

 作戦…。

 それはアークエンジェルに敵の攻撃が向いている間に、ゼロが前方のナスカ級を叩く、という内容である。

 高速戦艦のナスカ級が動かなくなれば、向こうの追撃をかわせる。

 

 「武器はどうする?」

 コクピットの前でマードックはヒロに尋ねた。

 「ビームライフルも持っていきますが、実弾系も欲しいので、カービンも持っていきます。」

 カービンには銃剣として対艦刀がマウントされているので、エネルギーを食うビームライフルやビームサーベルが使えなくなった時に、射撃にも格闘にも使える。

 「よし、準備させておく。俺はストライクの坊主の方に行くから。」

 そう言い、マードックはストライクの方に向かった。

 

 

 ヒロは彼を見送ったその時、フォルテから通信が入った。

 (キラもそうだが、ヒロ、おまえも初めての実戦になる。とにかく艦と自分を守ること、そして生き残ること。それだけを考えろ。な~に、俺がついている。安心しろ。)

 「…ありがとう、フォルテ。」

 ヒロは大きく息をすった。

 発進準備が着々とおこなわれている。

 ブリッジの通信が来た。

 (ヒロ!)

 聞きなれた声がした。

 「え!?ミリアリア!…何で!?」

 いきなりブリッジにミリアリアが写ったので、ヒロは仰天した。

 状況が理解できず、そのあと言うべき言葉が出なかった。

 (驚いた?私だけじゃないわよ、トールもサイも、カズィもいるわ。みんな、キラばかりに戦わせたくないって。私たちもできることしたいって。なので、以後、私がMSおよぶMAの管制を行います。よろしくネ。)

 そうか…。

 キラが待機室で言っていた言葉、一人じゃないっていうのはそういう意味だったんだ。

 ヒロは納得した。

 

 

 

 

 

 いよいよ、作戦開始である。

 アークエンジェルの艦体前方に伸びた一対の特装砲が展開され始めた。

 「エンジン始動。同時に特装砲発射。目標‐前方ナスカ級。」

 マリューが指示すると、後方のエンジンがふき始めた。

 「ローエングリン発射!‐てぇ!」

 そして、CICにいるナタルの発令でローエングリンがヴァサリウスに向けて発射された。

 

 

 それは待機していたザフトからも確認された。

 ヴェサリウス。ガモフからは先ほど奪取したMSの発進準備がされている。

 そして、ゼーベックでも。

 「熱源、感知!敵戦艦と思われます。」

 「MS隊の発進準備、急がせて。こちらは予定通りの追尾を行う。」

 リーネから報告を受けたエレンは直ちに指示を出した。

 (エレン、先ほど話した予定通りに行う。それまでしっかり捕捉頼むぞ。)

 オデルから通信が入った。

 「ええ。あなたたちも…。残ったMS…、あなたが見た通りならとても強力よ。…無理はしないように。」

 (大丈夫だ。そっちもあんま無理するなよ。)

 エレンの心配している表情を見て、オデルは微笑んで返した。

 

 

 

 

 「隊長―。アサルトの装着、完了しました!」

 外からアビーの声が聞こえた。

 「ありがとう。」

 オデルはコクピットより顔を出し、礼を言った。

 シグーは先ほどまでの姿がかわり、スラスター、胸部、前腕部、脚部に新たな装甲が装着された。

 「隊長~。俺の出撃はナシなんですか?」

 「MSがないのでは、無理だろう。今回は待機だ。、」

 潜入部隊に加わっていたロベルトが不満を漏らした。

 バーツが本来乗っているジンが損傷していて作戦に間に合わないのでロベルトのジンを借り出撃したが、それも壊してしまった。

 そのため、バーツはさらに別の機体に乗ることになった。

 「ヴァサリウス、ガモフよりMSが発進され次第、俺たちも発進する。2人とも…いいな。」

 オデルは念を押すように、ジョルジュ、バーツに言った。

 彼らも、その言葉に意味ありげに頷いた。

 

 

 (前方ナスカ級よりMS発進、確認。)

 いよいよか…。

 まずフォルテのジンが発進した。

 それを見届け、次は自分になった。

 さっきのキラの言葉、そしてミリアリアたちの言葉。

 そして、ヒロは改めて決意した。

 なら…自分は守ろう。

 戦いたくないけど、守ろうという気持ちで戦場に出る人たちを。戦うと決めた自分が。

 

 今、カタパルトがクリーガーを射出した。

 クリーガーはへと飛び立った。

 そして、次にヒロはクリーガーのスラスターを吹かし、真っ直ぐその先を見た。

 

 

 

 




う~ん、なかなか思ったより早く投稿できないです…。
1週間に2話が限界なのか…。
なるだけ早く早く出せるようにします。


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PHASE‐6 包囲網を突破せよ!

機体設定も合わせて投稿しました。



 アークエンジェルの居住区にいる避難民はみな不安を感じていた。

 仕方がない…。これまで、戦争で自分の身にいつ危険が及ぶか、という不安のない生活をしていたのだ。それが、当たり前だった。

 本当にいいところだった。

 ルキナはもうなくなってしまったヘリオポリスの街を思い出していた。

 コーディネイターだからとか、ナチュラルだからとか、それでお互い差別し憎しみ合うなんてことはない。お互いが関係なく暮らしている。さっきヘリオポリスの学生たちもそうである。

 キラがコーディネイターであること。

 しかし、彼らはキラを大切な仲間、大事な友達と言っていた。

 カタパルトで兵士に銃を向けられた時も、彼を庇おうとしていた。

 だからこそ、艦の仕事を手伝いに行ったヘリオポリスの学生たちの事を心配した。

 いくら手伝いとはいえ、一旦こうやって戦争に巻き込まれたら、戻れない。

 自分自身が身をもって味わったからこそ、そう思えた。

 

 

 ヴェサリウスよりMSが発進したのと同時に、ガモフ、ゼーベックからもそれぞれMSが発進した。

 それは、アークエンジェルからも確認できた。

 「後方より接近する熱源5!MSです。」

 「対MS戦闘用意!ミサイル発射管、13番から24番コリントス装填。バリアント両舷起動。目標データ入力急げ。」

 ナタルが対MS戦闘の用意の指示を出していった。

 ブリッジでは来たか、という緊張が走った。

 「機種特定‐ZGMF‐1017Mジンハイマニューバ、ZGMF‐515シグー、そして、これは…!Xナンバー…デュエル、バスター、ブリッツです!」

 一瞬、クルーたちは凍り付いた。

 「…奪ったGをすべて投入してきたというの…!?」

 マリューは呟いた。

 

 

 「まずいな…。俺の持っている武器じゃ、通じないか…。キラ、ヒロ!なるだけ戦艦から離れるなよ!…て、あれ?」

 その情報はフォルテにも通信で伝えられた。

 そして、2人に指示を出した瞬間、ストライクは何かに気付いたのか、前方の方に行ってしまった。

 「キラ!」

 「待て!お前まで行ったら、こっちが手に負えなくなる!キラも距離的に何とかなる!今は、こっちだ!」

 キラを追おうとしたヒロを止め、2機は後ろからくる5機に応戦の構えをした。

 

 

 「ゼーベックから2機来てくれたようですね…。シャン達は出撃してないのですね。」

 ニコルは自分の同期が出てこなかったのを心配した。

 機体は破損していないと聞いていたが、何かあったのか。

 「はん!あんな軟弱者、足手まといなだけだ!それよりヴァサリウスからは、もうアスランが出ている。遅れをとるなよ!」

 「ふん、あんなやつ。」

 それに対し、デュエルのパイロット、イザークは一蹴し、アスランに対抗心を燃やしていた。バスターのパイロット、ディアッカも同じであった。

 2人は、シャンルーのことを、「赤服」になれなかった落ちこぼれ、という認識している。

 向こうは迎撃してきている。

 それらを避けながら、イザークはアスランが戦闘しているMSが目に入った。

 「ディアッカとニコルは艦とあの傭兵を。俺とアスランであのMSをやる。」

 「わかりました。」

 「ええ!?」

 「文句はなしだ。でかい獲物だろ?」

 ディアッカは不満げだった。艦と傭兵ごときを相手にするより自分としてはあちらのMSを倒したかった。

 イザークはそれを一蹴し、ストライクの方へバーニアを吹かした。

 

 

 

 

 「隊長~、いいんすか?向こうにガンガン行かせても?」

 「バーツからその言葉が出るとは…意外だな。実弾系しかない俺たちの機体では、あの2機に対抗できない。…ところで、どうだ?その機体は?」

 (最高だぜ!この加速力…ノーマルとは断然違います。いいんですか、使っても?)

 「バーツ、遠慮しているのか?まあ、気にするな。俺の判断だ。」

 もともと、このジンハイマニューバはオデルに配備されたものであった。

 しかし、見ての通りオデルはシグーに乗っているため、そちらのほうは、現在乗っていない。機体を余らすよりはというのと、バーツの戦闘スタイルを考え、彼に搭乗させた。

 近づくにしたがって、警告音が鳴った。

 ジョルジュから通信が入った。

 (隊長、作戦通り自分はゼーベック周辺で待機します。バーツ、時間までヘマはするなよ?)

 (だ~れに言ってるんだ?こんなのでヘマしていたら、俺はここにはいないぞ。)

 (ふっ、それもそうだ。)

 3機のGに続き、彼らもスラスターを全開に迫った。

 

 

 「…来る!」

 5機。こちらからも確認できた。

 そのうち1機はストライクの方へ行ってしまった。

 追おうとしたかったが、すぐに2機のGの攻撃にさらされた。

 とにかく、こっちがまず先だ。

 ヒロはクリーガーを駆った。

 

 「…あれが、もう1機の…。」

 ディアッカはそちらの方に向けた。

 向こうの獲物はイザークにとられてしまった。

 せめて、こっちの方を落としてやる。

 バスターのバックパックに装備されているガンランチャーと高エネルギーライフルを展開し、クリーガーに向け発射した。

 

 ビームを避けながら、ヒロは右腕ガトリング砲を放った。

 とはいえ、実弾なのでさほど、効果はない。

 ビームライフルを使いたいが、エネルギーの消費もある。

 クリーガーは、今度は銃身に対艦刀が付けられたカービンを構え、放った。

 

 

 

 一方、ジンはアークエンジェルより離れないようにした。

 ブリッツがこちらの方にやって来る。

 ジンは突撃機銃を放ち、応戦した。

 アークエンジェルからの砲撃も加わるので、向こうは近づけない。

 「偶然か、狙ったか…。」

 ヒロがバスターを相手にしているので、長距離からの攻撃には心配しなくて済む。

 もう1機、ブリッツと呼ばれる機体が迫って来る。

 たしか、武装は近接戦闘を意識したのがほとんどだ。

 落とせなくても、近づけさせないことはできる。

 向こうも、アークエンジェルの防戦態勢もあってか攻めあぐねていた。

 それよりも…もう2機の動きが気がかりだった。

 さっき通信ではシグーとは言っていたが、あの形状はシグーアサルトだろうと思いながら、アークエンジェルの防衛線を越えにくいこともあるが、妙におとなしかった。

 その時、ビームが舷側に直撃した。

 バスターがこちらに向けて撃ってきたのだ。

 一瞬ヒヤリとした。

 アンチビーム爆雷のおかげで装甲が赤く白熱した程度で済んだが、これを見て、改めて、従来のMSと桁が違うと実感した。

 

 

 

 

 

 ヴェサリウスのブリッジではラウは考え込んでいた。

 こちらからも、後方からも確認されたのはMS3機であった。

 MAは出ていない。

 機体があれだけの損傷だった。ということは、まだムウ・ラ・フラガは出られないのか。

 なれば、こちらは思う存分やらせてもらう。

 「敵戦艦、まもなく本艦の有効射程圏内に入ります。」

 「こちらからも攻撃開始だ。」

 その報告にラウはアデスに命じた。

 「MSが展開中です。主砲の発射は…。」

 「友軍の艦砲に当たるような間抜けはいないさ。むこうは撃って来るぞ。」

 ラウはアデスの言葉を一蹴した。アデスは仕方なく号令した。

 「主砲発射準備!照準、敵戦艦!」

 

 ヴェサリウスがこちらをロックされているというのはアークエンジェルのブリッジからも確認された。

 こちらからもローエングリンを発射させたいが、そうはいかなかった。

 ムウのメビウス・ゼロが接近していたら巻き込まれてしまう可能性がある。

 そうなったら、この奇襲作戦は台無しになってしまう。

 (ダメです、艦長。)

 ヒロから通信が入った。

 (大尉が近くに…もうすぐ、ヴェサリウスに届きます。)

 「わかるのか!?」

 ナタルは彼の言葉を半信半疑だった。

 (…何となく、そんな感じがするんです。)

 「何となくって…。そんな勘だけで事を言われても…。」

 ナタルの言葉にマリューも同感だった。

が、彼の言葉を信じたい気持ちもあった。

ムウが間に合うのを祈るしかなかった。

 

 

 ラウは突然、はっとした。

 この感覚は…

 「機関最大、艦首下げ!ピッチ角60!」

 突然の命令にアデスは虚をつかれラウの方を見た。

 その時、

 「本艦底部より接近する熱源っ!MAです!」

 アデスは驚き、すぐさま指示をだした。

 が、間に合わない。

 ムウはガンバレルを展開し、リニアガンと同時に機関部に向けて発射した。

 ヴェサリウスの機関部はそれらの砲撃を受け、火を噴いた。

 「よぉっしゃあー!」

 それを確認したムウはガッツポーズした。

 そして、ヴァサリウスの外壁にアンカーを撃ち振り子のように方向転換し宙域を離脱した。

 

 作戦成功の報告はすぐアークエンジェルにもレーザー通信で伝えらえた。ブリッジでは歓声が上がった。

 マリューは先ほどまでの緊張を解くように一度息をつき、再びしゃんとした。

 「機を逃さず、前方ナスカ級を撃ちます。」

 「ローエングリン1番、2番、斉射用意!」

 「陽電子バンクチェンバー臨界、マズルチョーク電位安定しました。」

 それに合わせ、ナタルも指示を出した。CICは発射の準備を進めた。

 そして、

 特装砲‐ローエングリンがヴェサリウスに向け放った。

 ヴェサリウスは傷ついたエンジンで何とか回避行動し、右舷をかすめた。

 が、すさまじい衝撃が襲った。

 完全に戦闘能力を失ったのである。

 

 

ガモフよりヴェサリウスが被弾し、戦闘宙域の撤退という内容のレーザー通信が来た。

 その知らせにアスラン、イザーク、ディアッカ、ニコルは驚き呆然とした。

 先程までの有利な状況が覆されたからである。

 

 

 それはオデルたちにも知らされた。その報告を見たオデルはシグーの銃突撃機銃の上方にあるマガジンをはずし、新たに補てんした。

 その様子はフォルテからも見て取れた。その行動を不可解に思った。

 この状況から撤退するであろう。なのに、なぜ補てんする必要がある。

 思わずはっとした。

そしてアークエンジェルに通信を開いた。

 「アークエンジェル!後方から追って来るヤツじゃない、もう1隻のローラシア級は?どこ行った!?」

 

 「え?」

 その連絡を受け、このまま振り切るつもりでいたマリューは驚いた。

 CICでも、そうであった。

念のため、それを確認した。

 「…これは!」

 トノムラが驚き、急ぎ報告をしようとした瞬間、

 アークエンジェルが衝撃で揺れた。

 「何!?」

 どこからの砲撃か。

 すぐさま、CICから次づぎと報告が上がった。

 「ヘリオポリスの残骸に紛れ、MSが潜んでいます!」

「ローラシア級1機、こちらに近づいてまいります!いつの間に…。」

 ゼーベックはアークエンジェルの右後方に展開していた。

 デブリより新たに1機ジンが確認された。

 手にはパルルス改を持っていた。

 おそらく先ほどの攻撃はそれだろう。

 

 その攻撃はMSからも見えた。

 「ったく、やってくれるぜ!あいつはよ!」

 フォルテは毒づいた。

 「フォルテ!これは?」

 ヒロはわけが分からなかった。

 「第2ラウンドってことさ。」

 シグーアサルトとジンハイマニューバ―、ジンが接近してきた。

 「ジョルジュ、バーツ、おまえたちはうまく立ち回って。敵戦艦の砲撃を分散させるんだ。俺はあのMSたちのおとりになる。」

 (隊長もお気をつけて。)

 ジョルジュのジンがシグーアサルトにパルルス改を渡した。

 一方、シグーアサルトはロングライフルの方をジンに渡した。

 (ここでエリートぼんぼんに鼻を明かしますぜ!)

 3機は打ち合わせ通り、散開した。

 

 

 「火力は向こうが上よ。MSとうまく連携して。」

 エレンはブリッジで指示を出した。

 「この距離を絶対に崩すなよ。先ほどの戦闘から見て取れるように、特装砲と主砲が脅威だ。」

 ハルヴァンは操舵手に指示を出した。

 「…うまく行きますかね。」

 ハルヴァンはエレンに尋ねた。

 「わからないわ。…けど、こうなったらやるしかないわ。」

 

 

 

 

 もちろん、その様子はアスランたちからも見えた。

 「一体、何が?」

 彼らも状況が飲み込めてなかった。

 が、しばらくしてイザークのデュエルが先程まで相手にしていたストライクに打ち掛かった。

 これだけでも落としたいと考えたのだろう。

 クルーゼ隊は精鋭パイロットの集まるエリート部隊。その部隊が完敗し、エースパイロットのオデルが隊長とはいえ、ただの一部隊が敢闘するということ。そして、ナチュラル相手に後れを取るのはプライドの高い彼にとって屈辱であった。

 「イザーク、撤退だぞ!」

 それを見たアスランが止めようとした。

 どうであれ、いま自分たちには撤退命令が出されている。それを無視することは出来なかった。

 が、イザークはそれを聞き入れなかった。

 「おもしろそうじゃないか。」

 ディアッカもイザークに乗っかり、ストライクへと向かった。

 「まずい!」

 ヒロは4機に囲まれているキラの下へ行こうとしたが、シグーアサルトに阻まれた。

 ミサイルを放ち、それらが一気にこちらに来た。

 

 

 「ヒロ!」

 フォルテはジンをクリーガーの方へ向けた。

 オデル相手にヒロでは敵わない。

 今、落とされてないのは機体の性能のおかげだ。

 このままだと…。

 しかし、ジンからロングライフルの銃弾が来た。

 そして、ジンハイマニューバが襲う。

 ストライクにも、クリーガーにも加勢できない状況であった。

 

 

 アークエンジェルでも慌ただしく対応していた。

 襲ってきた戦艦は右後ろにいるため、そして、フォルテが応戦しているジンとジンハイマニューバの連携で火力を集中できない。

 何より、1番の心配はストライクのパワー残量であった。

 これまでの戦闘を考えると、だいぶ残量はないはずである。

 しかし、MSが入り乱れる中、援護することは出来なかった。

 

 ムウのメビウス・ゼロにもその状況がレーザー通信で伝えられた。

 「間に合ってくれよ!」

 ゼロのスラスターを全開にし、アークエンジェルへ急いで向かった。

 

 

 「このパイロット…。」

 先程からミサイル、突撃銃、バルカン砲と撃ちこんでくる。

 なんとか避けようとするが、猛攻に避けきれず当たる。

 それによりフェイズシフトの電力消費でバッテリーが減っていく。

 狙ってやっているのであった。

 こちらも応戦するが、向こうはなんなく避ける。

 まったく歯がたたなかった。

 

 

 

 そして、恐るべき事態が起きた。

 ストライクのフェイズシフトが落ちた。しかもイージスに捕獲されてしまったのである。

 イージスのMA形態によって、4本のかぎづめになった手脚にがっじり掴まれ、ストライクは身動きがとれなかった。

「キラっ!」

仲間が叫び声を上げる。

クリーガーもジンも助けに行ける状況ではない。

マリューも愕然とした。

その時、トノムラがムウからの通信に驚き、マリューに報告した。

 「艦長!フラガ大尉よりレーザー通信『ランチャーストライカー、カタパルト射出用意せよ!』」

 「え?」

 その内容にマリューも驚いた。

 

 

 

 その通信はフォルテとヒロにも伝えられた。

 予備電源のパックをつけるということはわかるが、この状況ではできない。

 イージスはストライクを確保したまま、後ろの戦艦に連行しようとしていた。

 他の3機もイージスの後ろについて行ってしまった。

 このままじゃ、連れていかれる。

 ダメだ…!

 ヒロは無力感に襲われた。

 さっき発進前の自分が守ると決めたこと。

 それが遠のいていく。

 自然とレバーを握っている手に力が入った

 なりふり構っていられなかった。

 

 

 「よそ見して…。もらったー!」

 ジンハイマニューバが、クリーガーがストライクの方に目がいた隙を狙い、剣を振りかざした。

 その瞬間、

 クリーガーのサーベルで斬られた。

 「なっ!?」

 さらに衝撃が走った。

 クリーガーの腕がモニターを覆っている。

 押し倒されたようである。

 そして、クリーガーはスラスターを全開にし、イージスへと加速した。

 「…行かせるか。」

 オデルのシグーアサルトも追っていった。

 フォルテは一瞬向かうべきか迷ったが、レーダーの反応を見て、追いかけた。

 「っ行かせるかよ!」

 バーツはジンハイマニューバを起き上がらせ、阻もうとしたが、離脱の直前、ジンから閃光弾と発煙弾が投げられた。

 視界が一瞬、見えなくなりようやく晴れたころ。

 ヴェサリウスを撃ったMAが迫ってきていた。

 すぐさま応戦に入った。

 それに、敵戦艦の事もある。

 結局、バーツは彼らを阻むことはできず、追いかけることもできなかった。

 

 

 「艦長、アスラン・ザラより通信です。こちらの方に捕獲した機体を一旦、収容したいとのことですが…。」

 リーネがアスランから来た通信をエレンに報告した。

 「この状況でか!?」

 ハルヴァンは驚いた。

 たしかに、ガモフよりこちらの方が近い。

 しかし、敵戦艦から距離はとっているが、安全に着艦できるかはわからなかった。

 「リーネ、アスランに伝えて。『ハッチは開けるけど、保証はしない。』と。」

 

 

 イージスに捕獲されたストライクのコクピットではキラは何が起きたのか分からなかった。

 フェイズシフトが落ちてしまった。

 そして、デュエルのサーベルが迫ってきて、やられると思った。

 が、感じた衝撃は加速時のGであった。

 通信機から目まぐるしくやり取りが交わされていた。

 「アスラン…、どうするつもりだ!?」

 キラはアスランに叫んだ。

 (このまま連行する。)

 その言葉にキラは驚いた。

 「いやだっ!ぼくはザフトの艦になんか行かないっ!」

 (いい加減にしろ!…来るんだ、キラ。でないと…俺は、お前を撃たなきゃならなくなるんだぞ!)

 「アスラン…。」

 (「血のバレンタイン」で母も死んだ…。俺はっ…これ以上…。)

 アスランの苦渋の声が響いた。

 2人が交わす言葉を失った。

 

 その時、イージスから接近の警告音が鳴った。

 「何だ?」

 アスランが確認すると、もう1機がこちらに向かって来るのが見えた。

 (キラァァァァ!)

 ストライクからヒロの声が聞こえた。

 「ヒロ?」

 ということは今近づいてきているのは、クリーガーなのか。

 

 「あっちの方を落とす!行くぞ。」

 イージスの後に付いてきていた他の3機のうち、イザークがクリーガーの方に向かった。せっかく、ストライクを落とせそうだったのにアスランに邪魔されてしまい、鬱憤がたまっていた。

 この際、あっちを落とそうと向かった。

 バスター、ブリッツもデュエルに続いた。

 「飛び込んでくるなんてバカじゃないのか?」

 ディアッカはバスターのバックパックの大型砲を構えた。

 「援護します。」

 ブリッツが近づいて左腕に装備されているトリケロス‐攻防一体になっている装備のライフルを向ける。

 「俺が落とすんだからな!」

 デュエルが背部にマウントされているビームサーベルを持ち接近してくる。

 3機が同時に迫って来る。

 そんなの相手にしている暇はない。

 まずどこから来る。

 その瞬間、攻撃してくる順番が直感で見えた。

 まずは!

 

 バスターからガンランチャーとライフルが放たれる。

 それを避ける。

 避ける動きを予測して、その左足にニコルはライフルを放つ。

 が、瞬間。

 スラスターを使い、ギリギリのところで避けられた。

 「避けられた!」

 ニコルは驚いた。

 だが、上から間髪いれずデュエルが迫る。

 「もらったー!」

 イザークは勝ちを確信した。その体制からでは防御は間に合わない。

 サーベルで突こうとした。

 それを狙ったかのように一気に脚部のスラスターを全開にし、クリーガーは一回転した。

 そして、下の方に行ってしまったデュエルの背中を蹴り跳び、イージスへと再びスラスターを全開にして向かった。

 「何―!?」

 3人はただ驚いた。

 その間にシグーアサルト、ジンが追い越して行った。

 

 

 

 クリーガーがイージスにガトリングガンを放った。

 「クっ!」

 この状態では迎撃できない。アスランは防御態勢をとるため、イージスはMA形態からふたたびMS形態に戻した。

 それによってストライクも自由の身になった。

 クリーガーがストライクに近づく。

 「キラ!アークエンジェルからランチャーストライカーが射出される。早く行って!」

 「う…うん。」

 キラは一瞬イージスを見やり、アークエンジェルへと向かった。

 「キラ!」

 アスランは追いかけようしたが、クリーガーに阻まれた。

 「行かせるかー!」

 ビームライフルを向けた。

 キラの方を気にしていたためとっさに防御態勢がとれなかった。

 まずい…。

 (アスラン、その盾借りるぞ!)

 通信から声が聞こえた。

 「え?」

 近くにシグーアサルトがいた。

 イージスから盾をかり、クリーガーが放ったビームライフルを防いだ。

 そして、そのままクリーガーの方へミサイルを放ち、向かった。

 手にはパルルス改を持っていた。

 

 クリーガーはミサイルを防ごうと盾を構えた。

 その反動で盾が破壊さえた。

 その間に近距離でシグーアサルトがいた。

 パルルス改をこちらに狙っている。

 いくら、威力がビームライフルより劣っていてもこの距離では。

 そして、防ぐ手立ても今失ったばかりである。

 やられる…。

 そう思った瞬間、

 爆炎が周りを覆った。

 その衝撃でオデルも一瞬怯んだ。

 追いかけてきたフォルテが無反動砲を撃ったのである。

 そして、狙ったようにフォルテはパルルス改を奪い、ある場所へ向け放った。

 その場所。

 ゼーベックがいる場所であった。

 

 ゼーベックでは警告音直後のいきなりの砲撃に驚いていた。

 衝撃が走る。

 「艦の損害は!?」

 「機関部が、やられました。」

 「航行ができません!」

 クルーたちが報告する。

 「一体、どうやって?」

 クルーは困惑していた。

 たしかにあの距離から撃つことは可能だ。だが、照準から撃つまでの動作があまりにも早すぎた。

 その疑問にハルヴァンが口を開いた。

 「…ゼーベックは敵戦艦の火力を一気に向けさせないため、そして、こちらの火力をすべてふるうため、横後ろをとった。そして、その間隔をずっと均一にしていた。敵戦艦、この艦、そして、打つ際の角度を読んでいれば、撃つことは可能だ。…理論上は。」

 「そんな凄腕のパイロットがいるのですか?」

 「フォルテ・ブライトンは…MS戦において、オデルより上よ。」

 エレンが険しい顔で言った。

 

 

 「すごい…、フォルテ。」

 ヒロは感嘆しているのも、つかの間、警告音が聞こえた。

 シグーアサルトがものすごい勢いで迫って来る。

 気迫もさきほどよりもすさまじく感じた。

 もうほとんどエネルギー切れに近いクリーガーには銃剣で防ぐしかなかった。

 シグーアサルトの剣と鍔迫り合いし、お互いの剣がバウンドした後、フェイズシフトが落ちた。

 「しまった…。」

 そう気にしているのもつかの間、向こうは次の動作に入っていた。

 腰にさしていた鞘からアサルトナイフを反対の手に持ち、突こうとしていた。

 間に合わない!

 (ヒロ!)

 フォルテのジンも向かってきているが、間に合わない状況だった。

 

 

 その時、ゼーベックから撤退の信号弾が出された。

 どうやらこれ以上の戦闘は出来ないと判断したのであろう。

 それを確認したのか、シグーアサルトのナイフが止まった。

 クリーガーのコクピットからギリギリの距離であった。

 (隊長!これ以上は…こっちももうムリです。)

 ジョルジュから通信が入った。

 どうやら先程のストライクも無事、換装し終えていて迎撃していた。

 4機のXナンバーも離脱していく。

 「わかった…。こっちも撤退する。」

 

 「終わったのか…。」

 ヒロは息を荒げていた。

 もし、信号弾が出されなければ…、

 もし、止めてくれなかったら…、

 自分は落とされていた。

 自分はこのシグーアサルトに手も足も出なかった。

 

 その時、シグーアサルトから通信が入った。

 (経験なしか…状況を見ながら慎重に戦闘を行うが、いざ仲間のためなら身を危険にさらしても行く…、か。)

 自分が、全く歯が立たなかった相手、その姿を今初めて見た。

 その声には先ほどの戦闘の鬼気迫るものからうって変って、落ち着いた雰囲気があった。

 (…名前は?)

 「ヒロ…グライナー。…傭兵です。」

 まだ息を整えられないながらも名前を名乗った。

 (…そうか。フォルテ、いい仲間ができたんだな。)

 (めっちゃ、世話が焼けるけどな。)

 シグーアサルトも離脱していった。

 ヒロは離脱していくのをずっと見ていた。

 

 (ヒロ。)

 フォルテから通信が入った。

 ジンがこちらに近づいてきていた。

 ジンの手をクリーガーの肩においた。

 (俺たちも帰るぞ。…守りきれたんだ。)

 彼はヒロの様子をみて、察したように、優しく接した。

 そうか、守れたんだ。

 そこでようやく彼も落ち着くことができた。

 

 

 

 宙域からの離脱途中、オデルのシグーアサルトはイージスに近づいた。

 「アスラン、すまなかったな。盾を返す。」

 (すみません。エーアスト隊長…。)

 「どうした?アスラン…。」

 アスランが暗い様子だったので尋ねた。

 彼の優秀さは聞いている。ゆえに先ほどの戦闘であのように割って入ったりするなど、おかしいと思った部分はいくつかあった。

 (いえ…。)

 「隠しても…わかるぞ。…何があった?」

 しばらくアスランは黙ったままだったが、重い口を開いた。

 (…先ほど自分が捕獲しようとした機体には、キラ・ヤマト‐自分の友人が乗っていたのです。彼もコーディネイターです。地球軍にいることがおかしい、こっちに来るように説得を試みたんです…。あのまま連れていけば、彼もいっしょに来てくれると思い…。)

 アスランから悲痛な声が聞こえた。

 「…そうだったのか。すまない。気が利かなくて。」

 (…いいえ。申し訳ございません。迷惑をかけてしまい…。)

 「いいんだ…。そのことを、他に話したりは?」

 (クルーゼ隊長には、話しました。が、他に誰も…。)

 「そうか…。」

 

 

 オデルはアスランがガモフに戻っていくのをしばらく見ていた。

 その時、ゼーベックより通信が入った。

 

 

 オデルは帰投後、ブリッジにすぐに向かった。

 そこには、バーツ、ジョルジュもいた。

 「何かあったのか。」

 「オデル、本国からあなたに出頭命令よ。」

 彼が来るのを待っていたエレンはプリントアウトした通信文をオデルに手渡した。

 渡された内容をみて、オデルは息をついた。

 「…やはりか。」

 ヘリオポリス崩壊の件で、評議会で臨時の査問会が行われることになった。クルーゼに出頭の命令がだされ、オデルにも出頭命令が出た。

 「ゼーベックの方はどうするんだ。クルーゼ隊はガモフに追わせるだろうが…。」

 そこへ、船外作業服をきたアビーが入って来た。

 「艦長、一応の応急措置はしたので航行はできますが、本格的な修理が必要です。それに、他に損傷したMSの修理もあるので、本国に戻った方がいいですね。」

 「…だ、そうよ。私たちもどの道本国に戻るわ。」

「なら、このままでいいな。…すまない、俺は少し休ませてもらう。」

 そう言い、オデルはブリッジを後にした。

 その様子を見ていたリーネが口を開いた。

 「先ほどの通信でもそうでしたが…、エーアスト隊長、元気ないですね。」

 「そりゃ、敵の新型艦とMSを取り逃がしまっちたからな…。」

 「そのために兵をまた向かわせなければいけない。今回、あれだけの犠牲者でも落とせなかった戦艦とMS。ということは、ふたたびおおくの犠牲を払わなければいけなくなる。…オデル隊長はそれが一番嫌なことだからな。」

 バーツとジョルジュのやり取りを聞きながら、エレンは彼の事を心配した。

 確かに2人の言ったこともあるだろうが、別の事もあるのではないか。

 エレンはそう感じた。

 

 

 オデルは1人部屋に戻りながら、先程の名前が脳裏によぎった。

 キラ…ヤマト、だと。

 そして、ヒロ。

先ほどの通信から、バイザー越しではあったが、あのヒロであった。

 なぜ!?あの二人が戦場にいるんだ!

 彼をそんな場所に居させたくなかった。

 だから…。

 それなのに…!

彼はこぶしを強く握りしめた。

 

 

 

 

 アークエンジェルはユーラシアの要塞、アルテミスの宙域まで来た。

 物資の搬入もロクにしなかったため、月本部まで補給なしではいけないためである。

 軍の認識コードを持たないこの艦を入れてもらえるかという懸念があったが、それに反し、あっさりと入港の許可が下りた。

 

 「そうだ、キラ、ヒロ。おまえたちに言うの忘れてたことがあったんだ。」

 ムウは格納庫から居住区へ戻る途中、呼び止めた。

 「…ストライクとクリーガーの起動プログラムをロックしておくんだ。きみたち以外に動かすことができないように。」

 2人はムウの言葉の意味が分からなかった。

 「やっぱり…なのかい?大尉さんよ。」

 近くにいたフォルテが意味ありげに聞き返した。

 「まあ、念のためってね。」

 この2人のやりとりにヒロとキラはますます意味が分からなかった。

 しかし、ほどなくして知ることとなる。

 

 

 




遅くなり、すみません。
初めて…1万字を超えた。
うう…、なるだけアルテミスまではテンポよく投稿しようとしたのに…


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PHASE‐7 ユーラシアの要塞

すこし空いてしまいましたが、本編第7話(原作は6話)です。
おそらく、正体は…もう気付いている方がほとんどでしょうが…。



 

 

 周りは薄暗かった。

 が、まぶしい。

 ヒロは目を細めた。

 机に置かれているスタンドライトがこちらに当てられているからである。

 あまり目が開けない。

 それはまぶしいだけではないようであった。

 右まぶたが腫れていて、痛かった。

 影で何人かに囲まれているのはわかる。

 前に座っている男が声を荒げた。

 「いい加減に話したらどうだ!あの機体のパイロットは!?あの機体を起動するにはどうするんだ!」

 一体、このやりとりを何回しただろう。

 「黙ってないで、何かしゃべれ!」

 横にいた男から殴られた。

 これももう何回目だろうか。

 椅子に後ろ手で縛られているため、抵抗も出来ない。

 まったく…、どうしてこんなことになったのか。

 ヒロは思い返そうとしたが、それはそれで思い返したくないものであった、と思った。

 

 

 

 すべてはアルテミスに入港したときからであった。

 

 アークエンジェルがドックに入った時、武装した兵士やMAに囲まれた。

 中にも兵士はなだれ込んできた。

 いきなりの事でクルーたちは唖然とした。

 そして、艦長のマリューをはじめ、ムウ、ナタルはアルテミス内へと連れていかれてしまった。

 残ったクルーたちも食堂へ引っ立てられた。

 食堂にも入り口には銃を持った兵士が立っている。

 避難民たちも何がなんだかわからず、不安げに言葉をかわしていた。

 下士官たちはなんとなくだが、察したようであった。

 

 地球連合と言っても、国同士さまざまな思惑があり、お互い牽制し、一枚岩ではない。

 そして、このアークエンジェルもMSも大西洋連邦がオーブのモルゲンレーテの協力で、ほかの地球連合の国々には極秘に開発したものである。

 ゆえに、ユーラシアの要塞であるアルテミスにとって、機密を得られるまたとない機会である。

 そこへ、ふたたびマリューたちを連れて行った少佐がやって来た。

 誰かを探しているようであった。

 「あれだ。」

 一体誰を探しているのかと思っていたヒロは、見つけた視線が自分であることに驚いた。

 その間もなく、取り押さえられた。

 「えー!?」

 「何なんですか!?」

 ノイマンが立ち上がり、抗議したが、ユーラシアの兵士たちは聞く耳を持たなかった。

 「連れていけ。」

 少佐が兵士に指示し、ヒロを連行しようとした。

 「ちょっ!?フォル…!?」

 ヒロはわけが分からず、フォルテの方を見た。

 が、さっきまでいたはずのところにフォルテはいなかった。

 『ヒロ、すまない。辛抱ヨロシク…、というメッセージを残していったぞ。』

 取り押さえられたはずみでテーブルの下に落としたしまったジーニアスが気付かれないようにそっと表示した。

 「もう1人いるはずだ。探せ。」

 おそらくフォルテのことだろう…。どうやらフォルテは察知してとっさに隠れたのだろうが…。

 一体このモヤモヤは何だろうか。

 そう思いながらなにか釈然としないヒロはアルテミスへ連行された。

 そして、今に至る。

 

 

 

 アルテミス要塞のある場所。

 そこでは先ほど、士官たちを内部に連れて行った兵士たちがいた。

 実はその際2名、アークエンジェルよりその兵士に紛れ出た者たちもいた。

 アルテミスより武装してきた兵士の手を借りて。

 「ありがとう。助かりました。」

 もう人がいないと確認した片方はノーマルスーツのバイザーを開き、手引きした者たちに礼を述べた。

 「いいえ、大丈夫ですよ。ヘリオポリスの崩壊を聞いてもしかしたら…と思ったのですが、ドンピシャでした。司令も隊長も心配していました。」

 「俺たちは、その後の動きは知らないんだが…。あの後、どうなった?」

 もう1人が尋ねた。

 何より情報が欲しかった。

 「…裏では、どこもかしこも、いかに大西洋連邦が造ったMSと戦艦のデータを取ろうか争奪合戦が起こっています。このアルテミスもそれが狙いなのです。」

 「…それだったら、大西洋連邦の動きは?これを守るために動くのか?」

 さらに尋ねた。もしそうであれば、地球連合は瓦解していまいザフトとの戦争どころではなくなる。

 「それが…、ちょっと分からないですよね。ただ、この連合をくずしたくないですし…。」

 「…でもこのままにしておくのは問題と…。」

 その時、別の兵士が内部の連絡を傍受したのか、報告した。

 「今、パイロットが格納庫に連れていかれたそうです。そしてもう1機のパイロットが先程拘束した傭兵と確認して、ガルシア少将が取調室に向かったそうです。」

 どうやらアルテミスが機密を入手してしまうには時間の問題だった。

 「ねえ、ここに手引きしてもらったついでに、悪いんだけど、頼んでもいいかしら?」

 それまで話を聞いていた一人が手引きした兵士たちに頼みごとをした。

 

 

 取調室のドアが開き、禿頭の男が部下を連れたって入って来た。

 この男がこの要塞の司令らしい。

 「いや~、手荒なことをして済まないね。地球軍にとって重要なものになぜ傭兵がと、強奪するのではないかと誤解してね…。護衛の任務だったんだね。早く言ってもらわないと。」

 言葉では謝っているが、本当に謝罪しているというのが感じられなかった。

 しかも、そんなのは嘘だろう。あのMSを調べたいから、聞きだすのに体のいい人間、一応味方の大西洋連邦からではまずいから、一傭兵ならいいと思い、連行したのだろう。

 その男が向き合うように椅子に座った。

 「私はこの当衛星基地司令のジェラード・ガルシアだ。話には聞いたよ。君がもう1機のパイロットなんだってね。」

 なにか企んでいるような顔を向けていた。

 「実は…先ほど、あの内の1機のパイロットがロックの解除に協力をしてくれてね。できれば…、君のもお願いしたいのだよ。あれのロックを解除して、解析とかしてくれるとうれしいのだが…。」

 「今、僕たちが護衛の任務をしていると言いましたよね。なぜ、その護衛対象を売るようなことをしなくてはいけないんですか。」

 ヒロが言い返すと、ガルシアは鼻で笑った。

 「傭兵なぞ、金を支払えばいいだろう、いくら出せばいい?君たちに護衛を依頼した者より高く出すぞ。それに、君はコーディネイターだろう?」

 「だから何なんです?」

 「依頼のためなら、同胞とも平気で戦うコーディネイターは貴重なのだよ。脅威な力を持った者たちから我々を守ってくれるありがたい存在だよ。」

 つまり、都合のいい道具ということか…。

 その言葉に含むものを感じたヒロはむしゃくしゃしてきた。

 さっきから何なんだ。

 フォルテは勝手に逃げちゃうし。

 この男たちの自分を「モノ」として見ている視線。

 自分たちの都合のいい言い訳。

 依頼のために戦うというのも、自分たちの都合のいいようにしているのも腹が立ち始めた。

 さらにこの司令のファーストネームも、だった。

 なんだよ、ジェラードって。

 そりゃ、世の中、似たり寄ったりの名前の人はいっぱいいるけど、こんなところにいるなよ。

 あの無精ひげの、皮肉を言ったり、自分をよくからかったりしたり、よく大酒を飲む、もういない男を思い浮かんだ。

 「残念だよ…。」

 ヒロは思わず、笑みを浮かべた。

 「あなたたちえらい軍人が、力任せにしか物事を動かせない単細胞な人たちで。」

 口の中も切れていたので、うまく喋れてか分からない。

 本当はあんまりこんなことを言いたくはないが、言わずにはいられなかった。

 その言葉を聞いた直後、ガルシアは怒りで顔を真っ赤にした。

 近くにいた士官に再び殴られた

 殴られた勢いで椅子が倒れ、そのまま、視界も90度傾いた。

 「まったくコーディネイターというヤツは…!」

 ガルシアが憎々しげに言った。

 「私はあの戦艦の方に行って来る。あっちの方がはやく終わりそうだしな。…まあ、時間はゆっくりある。」

 そう言い、立ち去って行った。

 

 

 「さぁて。これから、どうするか…。」

 フォルテは思案していた。ユーラシアの士官服を着ている。

 ザフトが攻めてこないと確信し、兵士に緊張感がなくたるんでいるため、うまく要塞に紛れ込めることができた。

 さてと、これからどうするか。

任務を全うするなら、ヒロもそうだが、マリューたちもなんとか連れ戻さなければならない。外には、ザフトの艦がいる。ここの連中は光波防御帯、通称「アルテミスの傘」に頼り切っている。

 いつまでも張っているわけではないが、敵を感知するとすぐさま展開するため、ザフトも攻め落とせない。

 さらに、この防御帯は実弾もビームも両方向、通さないシールドである。

 つまり敵の攻撃も防ぐが、こちらも攻撃できないのである。

 まるで亀だな…。

 と、フォルテは思ったが、亀の方がマシと思い直した。あの生き物攻撃もしてくるし。

 とはいえ、前回マリューから聞いたGの性能のことを思い出した。

 あの中に…確か、これを突破できる機能をもったMSがいる。

 それに向こうが気付いたらここは攻撃される。

 早いところ済ませたいが…。どうすればいいか…。

 一度、ミレーユに通信を入れるか、とも思ったが、そんな時間はない。

 そうこう考えていると背後に気配を感じた。

 たまたま通り過ぎる兵士ではない。

 自分を狙っている。

 バレたか…。

 その背後にいた兵士が話しかけてきた。

 「お困りのようですね…少々、よろしいでしょうか?」

 

 

 

 アルテミスは周囲にいたローラシア級ガモフが遠のいたのを確認し、光波防御帯を解除した。

 だが、彼らは気が付かなかった。1機近づいてくるのを。

 「ミラージュコロイド生成良好…使えるのは80分が限界か。」

 ニコルはブリッツのコクピットでモニターを見ながら独り言ちた。

 ブリッツはやがて姿を消した。レーダにすら映らない。

 このシステムはブリッツに備え付けられた機能であり、この機体の大きな特徴である。

 ステルスを利用して敵陣奥まで侵入し、奇襲や破壊工作を行う、まさしく「電撃」という名を冠したMSである。

 いま、ブリッツは管制室にも気づかれることなくアルテミスの光波防御帯の展開時の中目で近づいた。そして、トリケロスを構え、衛星の岩壁に付けられたリフレクターに向け発射した。

 

 

 アルテミスではドォンと地響きがした。

 何が起きたか分からなかった兵士たちも、攻撃を知りパニックに陥った。

 

 その振動はアークエンジェルのクルーたちにも伝わった。

 アークエンジェル内では困惑していたユーラシアの兵たちを鎮圧したノイマン達がブリッジへ向かった。

 

 マリューたちが軟禁されていた部屋にも振動は伝わった。

 「ちっ、やられたな。」

 ムウは毒づきおもむろに演技がかった声を上げた。

 「うわー、今の爆発で亀裂が入った。空気が~…。」

 そして、2人に小声で話した。

 「叫べよ。ドアを開けさせるんだ。」

 その言葉に理解したマリューも声を上げた。

 ムウは声をあげながら、ドアの近くまで行き、待ち伏せをした。

 ドアが開けられ人が入ってきた。

 ムウは殴りかかろうと構えた瞬間、思わず見知った顔の2人だったので驚いた。

 「わー、ちょっと待った。殴らないでー!助けに来ました。もちろん、本当の意味で。」

 その姿にマリューもナタルも驚いた。

 「あなたは…、ギースさん!何で…?そしてなんでフォルテさんと一緒に。」

 「いや~、いろいろあって。」

 「説明は後です。とにかくアークエンジェルまで案内しますよ。」

 彼らはギースに案内され、アークエンジェルへと急いだ。

 

 

 取調室でも何事かと騒ぎになった。

 そこに2人の兵が入って来た。

 「ザフトが攻めてきました!全員迎撃の準備に入れ、との命令です。」

 そう言うなり、2人は中に入って、ヒロを掴み外に連れて行こうとした。

 取り調べの担当をしていた者が止めようとした。

 「この者に用があると、司令の命令です。我々が連れて行きます。」

 そう言い、さっさと傭兵の少年を連れ、行ってしまった。

 

 

 ヒロは2人に連れられながら、逃げる算段を考えていた。

 今がチャンスであった。

 その時、いきなり2人は立ち止まった。

 片方が後ろ手の手錠を解除してくれた。

 そして、もう片方がノーマルスーツを渡した。

 「え?」

 予想外の事にヒロは驚いた。

 3人目の男がやってヒロを急がせた。

 「早く、これを着て。君の機体はこの要塞の格納庫にあるけど、今、乗って来るから…。港近くで合流するぞ。ロック解除の番号教えてくれ。動かせない。…まったく、偽情報流すはずが、本当に来るとは…。」

 いきなり指示され、何が何だか分からなかった。

 「あなたたちは一体…?」

 本当に信じていいのか分からなかった。

 「まあ、いきなりで信じられないのは仕方ないが…、このままだと、あの戦艦もMSもここでおしゃかになるぞ。とにかく!港までは案内してやる。こっちだ。」

 「あっ、はい!」

 勢いにおされたのもあるが、ここから1人で脱出することもできない。

 今はこの人たちに付いていくしかなかった。

 

 

 先程ストライクのロックを解除していたキラも、近くにいたユーラシア兵を払いのけ、発進した。

 先程、ガルシアから言われた「裏切り者のコーディネイター」。

 その言葉がまだ耳に残っている。

 その時、ジンも応援に駆け付けた。

 (キラ!お前は無事だったのか。)

 「フォルテさんこそ…、どっかに逃げて無事だったんでしょ。ヒロはどうしたんです?」

 自然と口調がきつくなってしまった。

 (なんか、言い方が冷たいな~。俺だって、考えがあってだなぁ…。ヒロはお助けマンたちが何とかしてくれるらしい。俺たちはアークエンジェルが脱出できるようにするぞ。)

 キラはフォルテの言った言葉、お助けマンが気になったが、ブリッツがこちらに気付いたのか迫って来た。

 キラはソードストライカーを装備したストライクで迎撃した。

 

 その時、アークエンジェルでも、ちょうどマリューたちも戻ってきた。

 「艦長!」

 クルーたちは喜びの声を上げた。

 「何なんですか、この衛星。」

 サイが口を尖らせ、不満を漏らした。

 それは一同、同じ気持ちだった。

 マリューはシートに座り声を張った。

 「ここでは身動きが取れないわ。アークエンジェル、発進します!」

 「ラミアス艦長。後ろの港を開けてもらう。そっちから逃げるんだ。」

 ブリッジにギースが入ってきて、マリューに言った。

 残されていたクルーはギースに驚いた。集められた食堂で見かけなかったが、いつの間にいたのか。

 「待ってください。まだ、ヒロとクリーガーが…。」

 それも言わなければと話したとき、ギースが遮った。

 「そっちの方も大丈夫だ…。ブランクはあるが、腕のいいパイロットが連れてきてくれる。」

 「…だそうよ。」

 マリューも少々、不思議がっていた。

 とはいえ、何も事情を知らないクルーたちはギースの言葉が分からなかった。

 

 

 

 アルテミスの格納庫では大騒ぎであった。

 まさか、傘が突破されるなんて思ってなかったし、しかもすでに敵が内部まで侵入しているのである。

 「とにかく、この機体だけでも守り抜け!早く、メビウスを発進させろ!」

 もう1機が行ってしまった状況下で、あの傭兵が乗っていたとされるこのMSを守ることであった。

 これさえあれば、いくらでも解析できる。

 ここの指揮を任された士官が大声で指示を出していた。

 そと彼は、1人パイロットスーツを着た者が立っているのに目が留まった。

 「おい、お前も早くメビウスを発進させろ!」

 そう怒鳴って命令した。

 その時、そのパイロットは足で地面を蹴り、無重力のためその勢いの力に任せ、クリーガーのコクピットに移った。

 「なっ?」

 士官はいきなりの事で戸惑っていたが、クリーガーの両目に光が灯り、動き出したのを見て驚いた。

 「おい!それは違う!戻れ!」

 しかし、聞かず、バーニアを少し吹かせ、港に向かって行った。

 「バ…バカな。」

 スラスターからの風に飛ばされないようそばにある機材に、必死に掴んでいた士官は愕然とした。

 機体を逃がしてしまったのである。

 まさか…、さっきのは、拘束した傭兵か…。だが、違うはずだ。

 なぜなら、パイロットスーツを着ていた者は女だったからである。

 

 

 

 クリーガーに乗ったパイロットはバーニアを吹かせ、次々と落とされ爆発を避けながら、合流ポイントへ急いだ。

 タイミングが重要だった。

 大丈夫。動かすことはできる。

 …間に合って。

 心の中で願った。

 

 まもなく合流地点だ。

 まだ、彼は見えない。

 間に合わなかったのか。

 そもそも、もう来ているが、この状況で見失ったのか。

 それともこの爆発に巻き込まれてしまったのか。

 そう悪い方向へ考えていた、その時、非常口より扉が開き、人がそこからやって来た。

 来た!彼だ!

 パイロットは彼をクリーガーの手のひらに乗せ、そのまま進んだ。

 

 うまくクリーガーに着地したヒロはクリーガーが動いているのに驚いた。

 確かにさっきここまで案内してくれた人にロックの解除の仕方は教えたけど…、一体誰が乗っているのか。

 コクピットが開き、ヒロは入った。

 そこで乗っている人物に驚いた。

 「ルキナ…さん。」

 ヘルメットのバイザー越しから見えた。

 「前が見えない!後ろに行って!このまま、アークエンジェルに向かうわ!」

 ルキナはヒロをシートの後ろに行くように促した。

 「えっと…。」

 ここまでの一部始終のことが頭に入ってこなかった。

 「早く!」

 「はい!」

 彼女の語気に押され、ヒロはシートの後ろに行った。

 

 

 

 アークエンジェルは後ろの方へ旋回した。

 それを見越したように反対側の港が開いた。

 ストライクとジンを呼び戻させ、発進準備にかかった。

 が、まだクリーガーが来ない。

 しかし、このままだと、アークエンジェルも爆発に巻き込まれる。

 マリューは彼が来るのを追いつくのを信じ、発進の号令をかけた。

 

 間一髪、アルテミスの要塞から脱出した時、1機影が見えた。

 クリーガーだ。

 (艦長、遅くなりました。)

 ヒロから通信が入った。

 シートの後ろにいる。

 パイロットシートにはルキナがいた。

 ブリッジの一同は驚いた。

 が、手を止めている暇はなかった。

 すぐにアークエンジェルに着艦し、艦も全速でアルテミスを後にした。

 後ろには3機の追ってきたザフトのMSも追ってきたが、追いつけなかった。

 本当に間一髪だった。

 マリューは一息つくと、ギースの方を見た。

 「そろそろ…、あなたたちの正体を教えてもらえるかもしれないかしら。」

 ギースはやはり…という顔をし、通信越しにルキナを見た。

 

 

 艦長室に彼らは呼ばれた。

 部屋にはマリューら士官が座っていた。

 ルキナは敬礼し、名乗った。

 「…ユーラシア連邦特務部隊「アンヴァル」所属、ルキナ・セルヴィウス少尉です。」

 「同じくギース・バットゥータ曹長であります。」

 どうやらセルシウスは偽名だったらしい。

 「へ~、君たちユーラシアの軍人だったんだ。だからアルテミスにあんな風に潜り込めたわけだ。もしかしてユーラシア連邦のアウグスト・セルヴィウス大将は…。」

 ムウは納得しながら、尋ねた。

 「…祖父です。」

 「けど…ユーラシアの軍人なのに、なぜ私たちを助けたの?」

 「たしかに…君たちもこの戦艦とMSのデータが目的で潜り込んだんだろ?」

 マリューの質問にさらにムウはつっこんで尋ねた。

 おもわずギースは苦笑し、答えた。

 「…ユーラシアも大西洋連邦と同様、いろいろ事情があるのです。大尉なら、察してくれるとありがたいのですが…。」

 「痛いところつくね~。」

 どうやら、連合が一枚岩ではないように、国でもいろいろ思惑があるらしい。

 「大尉!あんまりふざけないでください!」

 ナタルが二人のやり取りに眉をひそめた。

 彼女にとって、軍と一つとなって敵に立ち向かうもので、こんなバラバラで、なおかつ、こんな姑息なことをするのは許しがたいものであった。

 マリューが息をついてふたたび話を戻した。

 「とはいえ、あなたたちもヘリオポリスで巻込まれたことに変わりないわ。」

 「艦長!このままにしておくのですか…。」

 「とは言っても、この件に俺たちができることはないんじゃない?まあ、もし機密をとるようなそぶりを見せたら、わからないけど…。」

 「それは大丈夫です。私たちも、データを盗んでも逃げる状況ではないので。」

 ルキナがムウの言葉にきっぱりと答えた。

 その言葉にムウは一本取られたなという顔をした。

 

 

 

 

 「いててっ。」

 ヒロはおもわず声をあげた。

 消毒液が顔の傷にしみる。

 「ちょっと、動かないで!まちがって目に入ったら、どうするの!」

 ルキナに窘められてしまった。

 『よかったなぁ~、ヒロ。最後にいいことがあって~。』

 ジーニアスが意味ありげな言葉を向けた。

 まったく、この機械は…。

 「…本当にごめんなさい。」

 「いや…、でも、これルキナさんのせいじゃないし…。」

 「けど…。ひどい言葉も言われたでしょ?」

 同じユーラシアの人間が行ったことにルキナは責任を感じたのか、今こうやって医務室にてヒロのけがの手当てをしてくれている。

 「まあ、確かにモノとして見られたりしたけど…。それを言ったのも、思うのもその人だよ。それに、僕たちを助けた人もユーラシアの人でしょ?要塞の人たちがあんなだからと言って、ユーラシアの人間は全員悪いってならないよ。ルキナさんはルキナさん。そうじゃない?」

 「…ありがとう。」

 そう言い、ルキナは黙った。

 「…ルキナさん?」

 何か悪いこと言ったのかなと思い、呼んだ。

 「えっと…、何か僕悪いこと言ったかな?」

 「別に。…はい、終わり。」

 「いてっ!」

 かるく怪我のところを叩かれ、不意打ちを食らったヒロは悶えた。

 「しばらく右まぶたの腫れはひかないから…。戦闘に出くわさないことを祈るのね、ヒロ・グライナー。」

 そう言って、ルキナは医務室を出た。

 たしかに、腫れているため、視界が悪い。これで戦闘になったら、戦いにくい。

 と、言われ思っていたヒロであるが、ふと最後に言われた言葉を思い出した。

 「あれ?いま…ねえ、今、名前言ったよね。」

 確認しようと、医務室をでてルキナを追った。

 ポツンと残ったジーニアスは『やれやれ、一体私はいつまでこれに付き合うのか。』とあきれ気味だった。

 

 

 

 




全世界のジェラードさん、ジェラルドさんごめんなさい。
とまずは謝ります。
偶然、名前を決めていたら、似たり寄ったりになったんです。(笑)



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PHASE‐8 閑話

どうもお待たせしました。
虚空の戦場編、といううべきか、第1のステージの後半に入ります。
…の前の、ちょっとした話です。



 地中海の海域の1つで、イタリア半島とバルカン半島に囲まれた海、アドリア海。

 この海の沿岸の都市の多くは、かつて貿易によって繁栄した美しい街並みが海の美しき色と相まって、今も多くの人々を魅了し続けている。

 ホテル「カルロッタ・スメラルド」はそのような海に浮かぶ島に建てられている。

 

 

 「本当に…いいのですか?私が…このようなきれいなドレスを着ても…。」

 美しいドレスに身を包まれたリィズは困惑気味に言った。

 「あらっ、とってもお似合いよ。それに、手伝いをしたいといったのはあなたよ。」

 ジネットが微笑んだ。リィズはジネットにお世話になってばかりでは悪いと思い、何か手伝いをしたいと申し出た。

 そこでジネットはホテルの接客の手伝いをしてもらおうと思い、彼女にドレスをプレゼントした。

 「…しかし私、こういうの、まったく無関係な世界で育ってきましたし…。」

 リィズは自分には不相応なのではと思っていた。

 「大事なのは心よ。」

 ジネットはしゃがみ、リィズと同じ高さの目線になって静かに話した。

 「心からこの『カルロッタ・スメラルド』にいらっしゃるお客様を気持ちよくもてなすこと。あなたが今、身に着けている美しいドレスはその心の表れ。育ちや身分は関係ないわ。」

 ふたたびジネットはリィズに微笑んだ。

 「…ありがとうございます。」

 リィズは気恥ずかしそうにお礼を述べた。

 「さあ、もうすぐお客さまがいらっしゃるわ。ロビーの方へ行きましょ。」

 そう言い、リィズを促した。

 ジネットは、リィズが不慣れながらも歩く後ろ姿を見て、数年前の事を思い出した。

 そういえば、あの子もこんな感じだったわね。

 最初は恥ずかしく、自分にできるか不安そうであったが、今では経営を一部任せられるまでになった。

 しかし、別の方は…どうやらまだ途上のようであった。

 窓からこのホテルから少し離れた小島を眺めた。

 あそこの一室で、ここ数日、連絡を待ちながら、情報を収集している。

 後で、様子を見に行こうとジネットは思い、ロビーへ向かって行った。

 

 

 ホテルより少し離れた小島にはヴァイスウルフの面々が根城にしている。

 外見上からはただホテルの離れのように見え、実際、彼らはその建物で寝泊まりしているが、島の海岸の下にはMSや任務に必要な時の移動手段が置かれている格納庫がある。

 

 

 ラジオからのニュースや音楽を聞きながら浜辺で、アウトドア用の椅子を傾けさせ、ルドルフはうたたねをしていた。

 昔から仕事がないときはこのように浜辺でワインやウィスキーなど酒を飲み、気ままに過ごしてきた。このように建物ができた今でも、それは変わらない。

 人の気配を感じたルドルフがそちらに目を向けると、ジネットがこちらにやってきていた。

 「相も変わらずだけど…今は2月よ。そろそろ、年齢も考えたらどう?」

 「寒かろうが、暑かろうが、自分が好きなことはやめられないんだよ。」

 (…次に、ユニウスセブン追悼、1周年を控え…)

 プラント側のニュースが流れた。内容はこの戦争の発端となったユニウスセブンのことについてである。

 さまざまな人がやってくるこのホテルは中立のスタイルをとっている。政治的な立場で客を選ばないし、やってくる客の情報をどこかに流すこともしない。

 ゆえに、ニュースなどの番組も、プラント、大西洋連邦、オーブといったさまざまな国のを流す。

 ジネットはこのユニウスセブンのニュースを聞き、溜息をついた。

 「あれから70年。…結局また、核が使われることになるなんて…。」

 「…70年も経ったんだ。もう当時を知る人間はほぼいない。俺たちだって、その当時を体験したわけではない。」

 ルドルフは起き上がり、胡坐をかいてそこに肘をついた。

 「…そうね。」

 ふたたびジネットは溜息を付いた。

 コズミック・イラ。その統一暦が制定する前、世界は混迷の時代だった。石油資源が枯渇、環境汚染が深刻になり、不況の嵐が訪れた。それと相まって、宗教・民族紛争が激化し、世界は国家統合・再編を目指した戦争へと突入した。

 さらに、S型インフルエンザが流行したため、多くの死者を出していった。

 終わりの見えない地獄が続いていく中、中央アジアで核兵器が使用される。このことが多くの人々に衝撃を与えたのか、それを契機に、世界中で紛争終結の機運が高まっていった。

 そして、C.E.9年、新しい統一暦、コズミック・イラの制定と現在の国家の枠組みになっていった。その元年とされたのが核兵器を使用された年である。そして、その核兵器の仕様を「最後の核」と呼んだ。

 「これから…どうなっていくのでしょうね?」

 「…さあな。」

 ルドルフもジネットも紛争終結の機運が高まっていく中、生まれた世代で実際自分たちはその混迷を経験していない。しかし、親から見てそれを直に感じ取って育った部分もあり、その残りつづけた暗いものを味わったこともある。

 ゆえに、今の戦争に何とも言えない思いであった。

 「ところで、何か用事があって来たんじゃないか?」

 ルドルフがジネットに尋ねた。

 「…そう言えば、あなたに依頼が来ているわよ。」

 ジネットがルドルフにプリントアウトした依頼を渡した。

 「珍しいな…。」

 ほとんど依頼はもうミレーユを通じてきて、ヴァイスウルフの面々に任せているため、ジネットから、そして自分あてに来るということは滅多にない。

 来るのは前から知っている者のみだ。

 ルドルフは依頼に目を通した。

 その内容に思わず笑みがこぼれた。

 「懐かしい人間からと思ったら…、確かシグルドたちは中にいたよな。」

 ルドルフは中へと入っていった。

 

 

 格納庫の隣には大きくドーム状の部屋がある。そこは、実際のMSを動かし、MS同士の模擬戦ができる場所になっていた。

 今、そこに2機のプロト・ジンが向かい合って立っている。

 手には訓練用の剣を持っている。

 「…準備はいいか?」

 そのうちの1機に乗っているシグルドは向かいのジンが準備できたかを尋ねた。声の調子はなかばやれやれといった感じだった。

 (いつでも、いいぜ、シグルド!)

 そんな彼とは逆にアバンは意気込み十分という様子だった。

 「では、始めるぞ。」

 そう言い、お互い剣を構えた。

 なかなかシミュレーターでなかなか動かせないでいたアバンは「習うより慣れろだ!」と実際に乗ると言いだし、訓練相手をちょうど任務から帰って来たシグルドにせがんだ。

 シグルドはフォルテやヒロが戻って来れないため、その分の任務もあり、本当はゆっくり休みたいのだが、あまりの執拗なアバンの頼みにとうとう折れ、いまに至る。

 「行くぜ!」

 意気揚々とアバンはレバーを押し、フットペダルを踏んだ。

 が、彼の強い調子に反して彼のジンはのろのろと動き、ぎくしゃくとした動きだった。

 「ちくしょー!」

 アバンは何とか必死にバランスを保とうと、必死にレバーを動かす。

 なんとかバランスをとり一息ついた瞬間、警告音がないコクピットの扉がから叩かれるような音がした。

 モニターで見ると、すでにシグルドのジンが近くにいて、アバンのジンのコクピットに訓練用の剣を当てたのである。

 勝負は一瞬でついた。

 「これで…終わりだ。わかっただろ?まだ、MSを動かせないって。」

 そう言い、シグルドは反転し、戻ろうとした。

 アバンは悔しがり、シグルドに通信を入れた。

 「シグルド、もう1回…!もう1回だけ!」

 その言葉に大きくため息をつき、シグルドは答えた。

 「アバン、戦場にもう1回はないんだぞ。おまえのその行動力は認める。だが、急ぎすぎて失敗したら意味がないんだぞ。」

 そう言い、ジンを動かした。

 が、戻りながら足元が何か引きずる重い感じがした。

 モニターをそちらに移すと、アバンのジンがシグルドのジンの左脚をもっていた。

 アバンのジン自身は操縦できないこともあってか引きずられる形になっていた。

 「お願い!もう一度~!」

 「いい加減にしろ、ふざけてやってるんじゃない!」

 必死にしがみつきしつこいアバンのジンを振り払おうとシグルドも必死に動かした。

 

 

 兵器として使われ人によっては恐怖の対象のMSがこんな珍妙なやり取りをしているのをドームの上部にある窓からフィオリーナが見ていた。

 ヒロの作業用ジンのメンテナンス料やフォルテにむりやり注文し作らされた特注のジンの請求書を渡しにしたのだが、不在のため、渡せず、その時ちょうど、模擬戦をやると聞いたので、興味をもって見に来たのだ。

 「こうやって見ると、シグってすごいですよねー。ナチュラルなのにあそこまでMSを動かせるなんて…。天才って彼の事を指すんですね~。」

 フィオリーナが感嘆し、オーティスに話しかけた。

 オーティスは模擬戦を見に来たというより自分の趣味のコーヒーをブレンドしたりしてコーヒーを淹れているのに夢中であった。

 そんな彼であったが、フィオリーナの言葉に微笑んで返答した。

 「才能があるからって。何もしないでできるものではないよ。君たちコーディネイターもそうだろ?ナチュラルでも、コーディネイターでも、何もしなければ何も得れない。シグルドも努力したからこそ、あそこまで動かせるのだよ。」

 オーティスはそう言いながら、彼女に自分が淹れたコーヒーを渡した。

 そして、続けた。

 「しかし、自分の才能の限界は自分ではわらないものだよ。限界だと思っていても、遠く及ばないと思っても、そこが限界点ではないのかもしれない。そして、それは周りと比較して決められるものではない。競争というのは、あくまでも実力をはかる方法の1つだ。そればかりに目がいっては本当の実力も限界も、己がしたいことも見えなくなってしまう。」

 言い終え、オーティスはにっこりした。

 「とはいっても、いきなりステップを踏み越えるのは尚早だよ、アバン。」

 「…何?」

 ちょうど、訓練場から戻ってきて入って来たアバンに声をかけた。ゼィゼィと息を荒げている。いきなり声をかけられ、意味がわからなかった。シグルドは呆れ顔でその様子を見ていた。

 「自分にできることをゆっくりと着実に行う。そうすれば、いつかできるようになる。MSだろうと、何であろうと同じことさ。」

 アバンにオーティスは説明した。

 「けどよ~。俺もはやく仕事がしたいんだよ。」

 アバンは口を尖らせた。

 「さっきも言っただろ。それで死んでしまったら、すべてがお終いだと。それをわかっていて、行かせる気はない。…ミストラルにも乗れるんだ。方法はいろいろある。MSに乗れるのがすべてではない。」

 シグルドも窘めるように言った。

 アバンは彼らの言葉に理解はしつつもどこか納得していない顔だった。

 そこへ、ルドルフとミレーユがやって来た。

 ここ数日、ミレーユはフォルテたちからの連絡を待っていたり、ヘリオポリスの件の情報収集等に追われていたためか、疲れ気味の顔であった。

 「何かわかったか、ミレーユ?」

 シグルドがミレーユに尋ねた。

 ここに来たということは、何かわかったのだろう。

 「2人からは連絡は来ないけど…、連合の新造艦と行動を共にしていることがわかったわ。一応、彼らなりに任務を続行しているのでしょう…。今回の件も踏まえて、私はこれからハルバートン准将に会いに月に行くわ。…まあ、先客がいたらしいけど。オーティスも一緒に来てくれるかしら?」

 ミレーユはため息交じりに答え、そして、オーティスに聞いた。

 「ええ、月まで美女とご同行できるとは…、うれしい限りですよ。」

 オーティスがコーヒーを注ぎながら答えた。

 そして、今度はルドルフが言った。

 「で、俺個人に珍しく依頼がまた来てね…。アバン、準備しておけ。行くぞ。」

 それを聞いたアバンは先ほどの沈んだ様子から一変した。

 「なに?仕事?行く。行く!MS乗るの?」

 「おまえな…。」

 「ああー、MSには乗らない。ただ、ランチャー背負って、ハーフトラック乗ったりしてMSを相手にする。」

 「え~!?」

 MSに乗れないと知り、アバンは残念がった。

 「仕方ないだろ。レジスタンスなんだし…。とはいえ…、シグルド、次の任務が終わったらお前も来てくれないか?あった方が心強いし。」

 ルドルフはシグルドに言った。

 「わかりました。けど…どこへ?」

 「あれ?言ってなかったっけ?北アフリカだ。あそこで『砂漠の虎』と戦っているレジスタンスを助けるために…だ。とは言っても、本当は…。まあ、いいや、シグルド。お前には見せてもいいだろう。」

 そう言い、先ほど、ジネットから受けとったプリントアウトした依頼内容を渡した。

 シグルドはルドルフ個人の依頼を読むことはめったにないことなので、不思議に思いながら手渡された紙を読み始めた。

 「…これは。」

 読み進むにつれ、思わず苦笑してしまった。

 「おもしろいだろ?」

 「…面白いというべきなのですか?」

 「というわけだ。じゃあ、俺は早速、準備をしてくるからな。」

 そう言い、部屋から出て行った。

 「一体何ですか?」

 シグルドとルドルフのやり取りにアバンとフィオリーナはわからなかった。

 フィオはオーティスに尋ねた。

 「まあ、立ち入るわけにはいかないだろ?」

 オーティスは苦笑しながら答えた。

 

 

 

 その頃…

 

 アルテミスからからくも脱出し、それと同時にザフトの艦の追尾を振り切れたアークエンジェルであったが、問題は山積みであった。

 補給を受けられなかったため、物資がなく本部がある月までもたないのである。

 その影響が今アークエンジェル内にて、様々なところで出ている。

 

 ヒロはクリーガーのコクピットでOSの調整をしていると、人が来た気配がした

 フォルテかなと思いそちらの方に目を向けると意外な人物がいた。

 「あれ?ルキナ…、どうしてここに?」

 ヒロは驚いた。

 ここにいることもそうだが、ここで作業しているメカニックたちと同じ作業服を着ていた。

 「…もう正体は話したし、ラミアス艦長たちは今までのままで、って言ってくれたけど…、この艦人手不足でしょ?民間人の学生たちが手伝っているのに、私たちが何もしないっていうのは、と思って…。で、今一番人がいなくて大変な整備の方を手伝っているの。」

 ヒロはコクピットから出てきた。下の方を向けると、ギースもいた。

 「もちろんあなたたちの機体のデータを盗み取るなんてことはしないようにってバジルール少尉から釘を刺されたけどね。」

 「なら、ここに来ていいの?」

 ヒロが茶化した。

 「マードック軍曹からキラとヒロに言伝を頼まれてきたのよ。あまり弾もないから、戦闘ではあまり実弾系は使わないでほしいって。」

 ルキナが返した。

 そう、弾薬も補給できてないので、ある分でしかやっていくしかない。

 ヒロは溜息をついた。

 「といってもね…。」

そこへキラがやって来た。ストライクのメンテナンスを終えてきていた。

 「ヒロ…、ガンダムの武装の弾が少ないってことなんでけど…。」

彼もルキナから言伝を聞いていたようである。

「ん…?ガンダム?ストライクじゃないの?」

 聞きなれない単語を耳にしたヒロは気になり尋ねた。

 「ああ…。起動画面の文字、General Unilateral…て出るでしょ?あれの頭文字から『ガンダム』って。そのあとストライクって名前だって知ったんだけど…ついね。」

 「ふーん。」

 そういえば、クリーガーを起動するときもその文字が出る。普段気にしてなかったが、言われればそう読める。

 「じゃあ、クリーガーもガンダム…かな?」

 「…そうかな?」

自分がなんとなく言ってはいるが…そう改めて聞かれ、キラも返答に困った。

 「ところで…キラは何か用があるんじゃなかったの?」

 「ああ、そうそう。弾が少ないことで…。」

 ルキナに言われ、キラはヒロに機体の弾薬、ストライクとクリーガーの共通に使うイーゲルシュテルンについての事を改めて聞いた。

 「ああ、そのこと…。キラはどうするの?」

 「僕は、エールストライカーを装備すれば何とかやっていけるよ。まあ、どのみちそっちの方がいいし。」

 「ということは、一番気をつけなくちゃいけないのは僕だけか。フォルテのは、持ってきた僕が乗る予定だったジンから使えるし…。」

 実弾系を多く備えているのはランチャーストライカーであった。が、キラにとって、重装備であり、エールストライカーのほうが使いやすいと思い、その装備で基本戦闘に臨むとのことだ。

 アルテミスの脱出の際、同時にザフトの艦も振り切れたのが、唯一の幸いだった。

 

 

 ヒロとキラはメンテナンスを終え、2人は食堂へ向かった。

 ルキナはまだやることがあるとのことで、格納庫に残った。

 食堂では、トール、ミリアリア、カズィ、サイそして、サイがいて食事をしていた。

 サイの隣には、ヘリオポリスが崩壊し、遭難していた救命ポッドからみかけた赤い髪の毛の女の子もいた。

 彼女の名前は、フレイ・アルスター。

 この艦では、いつもサイと仲睦まじくいる様子を見かける。

 ヘリオポリス、アルテミスの脱出から、落ち着いた後、トールとミリアリアが話したが、手紙とは、フレイがサイから手紙をもらったという話である。そして、キラはフレイにほのかに好意を寄せているとのことだ。

 そのためか、キラはその様子を見るたび、少し顔を曇らせていた。

 「おっ…、整備完了したのか?」

 トールたちはこちらに気付き声をかけてきた。

 そして、気まずげな表情のフレイがキラに声をかけた。

 「あ…の、キラ、この間はごめんなさい。私…考えなしに言っちゃって。」

 「あんなこと…?」

 突然のことで、キラはどきまぎした。

 隣にいたヒロも唐突なことに驚くだけだった。

 「アルテミスで…、キラがコーディネイターって…。」

 「いいよ、別に。気にしてないから。…ホントのことだしね。」

 キラは無理に笑顔を作って答えた。

 「…ありがと。」

 キラからの言葉を聞いたフレイはホッとした顔になり、サイの方をみた。

 これらのやり取りをみて、ヒロは納得した。

 取調室であの司令からキラがロックの解除に協力をしている、と聞いたとき、こんな横暴な人たちにキラが協力するのかと思った。

 後で、聞こうとも思ったが、戻ってしばらくキラは元気なかったので、聞けなかった。おそらく、キラもひどいこと言われたのだろう。

 そう考えているとふと、ズボンをぎゅっと握られる、そんな感じがした。

 下の方をみると女の子がこちらを見て、おねだりの顔をした。

 それを見て、ヒロはああと納得し、彼女の目線と同じになるようにしゃがんだ。

 「また遊びたいんだね、エルちゃん。」

 そして、ジーニアスを彼女に渡した。

 「ありがとう、お兄ちゃん!」

 女の子は嬉しそうに母親のもとへと向かった。

 女の子の母親はこちらの方に向け、いつもありがとうございます、と頭を下げた。

 彼女はこの艦に乗っている人々の最年少で、今では避難民たちのマスコット的存在の女の子である。

 はじめはこの艦に乗って来たときは不安な顔をしていた。

 脱出後、少し艦内も落ち着いてきたころ、ヒロが持っているジーニアスに興味津々な顔を向けてきた。

 そこで、ジーニアスには時折、この子の遊ぶ相手になってもらっている。

 ジーニアスもなんだかんだと言いつつ、まんざらでもない様子だった。

 すこし、気分が軽くなったが、みんなが食べている食事に目を向けるとふたたび気が落ちた。

 ここにも補給を受けられなかった影響が出ていた。

 だが、しばらくして、アークエンジェルは補給を受けることになった。

 それは、このとき誰も考えてなかった方法で。

 そして、彼らは目にすることになる。

 あの…、悲劇の地を。

 

 

 




まさしく、タイトルどおりなのに、なぜか時間がかかった…。不思議だ。


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PHASE‐9 悲劇の地

どんどんと話を進めたいのに、なかなか進まん(泣)
自分の文章力のなさに涙っす…。


 

 宇宙空間に浮かぶ砂時計型のコロニー群、プラント。

 その首都であるアププリウス市のあるプラント最高評議会本部。

 その議場で12人の最高評議会議員たちが湾曲したテーブルについていた。

 彼らに向き合う形で、ラウ、アスラン、そしてオデルは座っている。

 今、この場でヘリオポリス崩壊の臨時査問会が行われている。

 

 「…以上の経過から、ご理解いただけると思いますが、我々の行動は決してヘリオポリス事態を攻撃したのではなく、あの崩壊の最大原因は、むしろ地球軍にあったものとご報告いたします。」

 ラウは報告を終え、席に着いた。

 「やはりオーブは地球軍に与していたのだ!」

 「しかし、アスハ代表は…。」

 「地球に住む者の言葉などあてになるか!」

 議員たちが口々に己の主張を論じ始めようとした。

 「しかし、クルーゼ隊長。」

 それを重々しい声で圧した者がいた。

 国防委員会委員長パトリック・ザラである。

 「その地球軍のMS、はたしてそこまでの犠牲を払ってでも、手に入れる価値のあったものなのかね?」

 「その驚異的な性能について、実際にその1機に乗り、取り逃がした最後の機体と交戦経験のあるアスラン・ザラと、現在ザフトの技術のMSで交戦したオデル・エーアストより報告させていただきます。」

 アスランが立ち上がり、機体の説明を始めた。

 アスランが奪取した機体の性能の報告を聞きながら、なるほど…、とオデルは納得した。

 おそらく、いやほぼザラ委員長とクルーゼは示し合わせている。

 これを機に、強硬派の力を増そうと、奪取した機体を材料にしている。

 アスランが最後の機体に乗っているのがコーディネイターであることを言わないのもそうであろう。

 とはいえ、アスランが自分の親友が地球軍にいるなんてつらいことを報告できるわけがない。

 キラ・ヤマト…。ヒロ・グライナー。

 その名前が頭から離れられない。

 そうこう思案しているうち、アスランが報告を終えた。

 自分の報告の番になった。

 「君が戦闘に加わっても、落とせなかった機体。実際交戦してどうであった。」

 「はい、さきほどアスラン・ザラの説明の通り、これらの機体にはPS装甲が備えられており、現在配備されているMSでは…。」

 説明しながら、あたりを見回すとこの筋書きに気付いている者たちがいる。

 クライン議長はそうであろう。

 オデルの視線が議場の傍聴席にいる2人の男にいった。

 片方の40近くの男性はサントス・エリオット。

 最初のMS開発に関わった技師であり、今もMSの設計・製造に関わっている人物である。おそらく、地球軍の新型兵器を報告書ではなく、直に戦った自分たちの話を聞きたくて来たのだろう。

 もう1人の若い男の名はイェン・ハン。

 シャンルーの兄にして、オデルとは同期で、赤服でパイロットである。

 本来なら、彼も1部隊を率いているか、エースパイロットとして前線にいるのだが、彼は本職のプラント本国での議会職員の仕事の多忙ため、現在ザフトの司法局に配属になっている。

 彼もこの筋書きを勘づいているようだ。

 イェンから、わかっていてその筋書きに乗るのか、という顔を向けてきた。

 とはいえ、仕方がない。

 自分とて嫌である。

 本来、これはMS開発の転換になるのに、政治材料に使われるのは、嫌であるが、事実であるため、報告するしかない。

 そう思いながら、オデルは報告を続けた。

 

 

 あちらこちらに戦闘によって損傷した戦艦やMA、MSそして宇宙船などが散乱していた。

 今、アークエンジェルはデブリ(ベルト)にいる。

 補給のためである。

 デブリ(ベルト)は、人類が宇宙に進出して以来、廃棄された人工衛星やさまざまな廃棄物が宇宙空間に捨てられてきた。そしてそれらは地球の重力にひかれ、地球の周りを漂い形成された地帯である。

 そのような場所であるが、だからこそ補給できそうなモノがありそうと判断した。

 ちなみに、思いついたのはムウである。

 みんな、あまり乗り気ではなかったが、他の手立てはなかった。

 ヒロとフォルテも作業に駆り出されることになった。

 『ヒロ、あれを見ろ!これは、かなり珍しい宇宙船だぞ!』

 「…ジーニアス、僕たちそのために来たんじゃないんだけど…。」

 ヒロはガックシした。

 なぜかジーニアスも来たいと言い出し、連れてきたが…、どうやらデブリ(ベルト)にある、昔の宇宙船とかに興味があったようだ。

 (しかし、意外だな。結構、抵抗あると思っていたが、意外になかったな。)

 フォルテから通信が入った。

 「僕だって、こうやって墓荒らしみたいなことしたくないよ。でも、生きていくっていうのは、とても大変っていうのは、知っているつもりだよ。」

 自分が過ごしてきた村はそうであった。

 そこで生活するための過酷さである。

 便利から離れた中での生活は大変なものであった。

 自分たちで食糧を手にしなければならない時もあった。

 それが、どういうことか、ヒロはそれを初めて知った時のことは忘れられなかった。

 「…だからか。」

 フォルテは独り言ち、納得した。

 ヒロの戦い方の、その行動の根を垣間見た気がした。

 

 ミストラル、MSたちはさらに奥へと進んでいくと、他の周りにある残骸とはまた違う異質な光景が広がっていた。

 それはアークエンジェルからも確認できた。

 マリューも驚愕し、シートより立ち上がった。

 「あ…。」

 「これって…。」

 それを目にした誰もが息を飲み、声を上げた。

 「そんな…。」

 その大地にヒロは見覚えがあった。

 正確にはこれと同じ形をしたコロニーを。

 底面が人の住む場所となっており、その中心から上に伸びる中央シャフト。それが反対側も同じ形になっていて遠くから見れば、それは砂時計のような形をしている。

 しかし、これはすでに中央シャフトは無残に折れ、底面のみしかなかった。

 その大地に降りた皆、その光景に言葉が出なかった。

 

 約1年前の2月14日、地球軍のMA母艦「ルーズベルト」に極秘に持ち込まれた核ミサイルを搭載し発艦したメビウスがプラントのコロニーに放った。

 その名は、「ユニウスセブン」。

 このプラントでは、これまで生産を厳禁されていた食料生産を行うため改装された重要なプラントの1基であった。

 この攻撃により、コロニーは瞬く間に崩壊、24万3721名もの人の命が失われた。

 この事件を直接契機に、地球連合軍とザフトの地球圏全土を巻き込む戦争へと発展していった。

 

 

 

 「あそこの水を!本気なんですか!?」

 一帯を見回った後、一度アークエンジェルに戻ったが、ブリッジでマリューから言われた言葉に驚愕した。そして、キラはおもわず声を上げた。

 「あそこには1億t近い水が凍りついているんだ。」

 ナタルは理由を言わず事実のみ説明した。

 「そんな…。」

 「何で、あそこから何ですか!?」

 「でも、あそこじゃくてもいいじゃないですか!あそこは…。」

 キラに続いてヒロも抗議した。

 彼らだけでなく、他の周りも抵抗を感じていた。

 「ヒロ…、これは艦長たちが決めたことだ。」

 事情を知っているのか、フォルテが説得しようとした。

 「フォルテ…。でも、あそこで人が亡くなったんだよ!…ただ、そこに住んでいただけなのに!…日常があったのに。…今日をどう過ごそうとか、明日の予定とか…。」

 ヒロの声のトーンがどんどんさがっていき、彼は俯いた。

 フォルテはしばしの間黙っていた。

 あの時、ザフトにいたフォルテにも、あの事件の事も、ここが特別の意味もわかっている。

 が…。

 次のマリューの言葉がすべてを決定した。

 「水は、あれしか見つかってないの。」

 ヒロは目を見開いた。

 そして、ムウが口を開いた。

 「誰も大喜びしてるわけじゃない。あそこには踏み込みたくないさ。けど、しょうがねえだろ。俺たちは生きてるんだってことは、生きなきゃなんねえってことなんだよ!」

 「…そんなこと、わかっている。でも…。」

 ムウの言葉には、ヒロもわかっている。

しかし、頭で理解するのと、心で納得するのは別であった。

 その言葉にできないもどかしさにヒロはそのまま、ブリッジから出て行ってしまった。

 「ヒロ!」

 彼を呼び止めようとしたが、フォルテが遮った。

 「ヒロもわかっている。作業もやるさ。ただ…場所、というか、その場所がどういうところっか、というか…。」

 さっきほどのデブリ帯での会話からすれば、作業はするだろう。

 フォルテは彼らになんと言えばいいか、言葉が見つからなかった。

 それを話すと、ヒロの個人的なことを話すことになる。

 『…あいつも、そうだからだ。突然、故郷を、家族を、日常を失った。』

 そこへビーブ音を立ててジーニアスが無重力空間を漂いながら、割り込んだ。

 「…ジーニアス、いつの間に?」

 『いたさ、ずっと。ヒロが投げ出しちまって…。それに私が説明する分にはいいだろう!』

 不満を漏らした。

 

 

 

 

 

 査問会が終了し、オデルが評議会本部から出たとき、イェンに呼び止められた。

 「オデル。」

 「イェン…。」

 「…少し、歩きながらでもいいか?」

 「大丈夫だが…、いいのか?」

 「この査問会は俺の担当ではない。無理言って傍聴させてもらったのさ。」

 「…そうか。」

 「これは…ただの立ち話だ。だから、それを言ったからといって何か先の査問会に影響することはない。」

 イェンが念を押すように言った。

 「あの奪取し損ねた機体そしてもう1機…、あれに乗っているのはコーディネイターだな?」

 その問いにオデルは黙った。

 「…査問会に提出された映像、あれの編集されてないのも見た。」

 一体どこから入手したのか…。

 と思いつつ、オデルは彼の仮説を聞いた。

 「起動した直後、動きがおかしかった機体が突然、動きがよくなった。それがナチュラルにできるか?そして、他の機体も然り。戦闘に出すまで、搭載されたOSを調整した跡があった。…どうだ?」

 さすがは…だな、とオデルは思った。

 「沈黙が答え…ではダメか?」

 「…これは政治上のことで聞いたことだ。それを答えとして受けとっておく。」

 「『戦わねば守れぬのならば、戦うしかない』か…。」

 オデルが議場にてパトリックが放った言葉を口にした。

 たしかに、そうだ…。

 というより、戦争を行う者が人々を納得させるため、だいたい口にする言葉だ。

 だが、

 「昔、そう言えば国民を戦争に参加させることができるって言ったの…なかったか?」

 「…確かにいたな。」

 「かと言って、彼の言葉を批判するのもな…。俺たちだって、そうだろ?」

 彼の言葉には一理ある。

 現に自分たちもザフトに身を置いている。

 が、そう言って、戦うのは彼ら政治家たちではない。兵士たちが行くのだ。

 その言葉を信じ、自分の国のために、愛する人のために、と。

 開戦から1年近くたち、穏健派と強硬派の対立が増し始めている。

 イェンはこのように政治に身を置くことになった時、亡き自分の親がザフトの前身「黄道同盟」の結成のメンバーであったこともあり、シーゲル・クライン、パトリック・ザラに師事してきた。

 周りからは穏健派と捉えられているが、彼自身ゆえに、2人の対立には考えるものがあるようだ。

 

 しばらく沈黙がながれ、イェンが口を静かに開いた。

 「…シャンは、どうだ?ヘリオポリスの時、いろいろあったと聞いた…。」

 イェンはシャンの事をオデルに尋ねた。

 やはり、兄として、たった1人の弟のことが気になるのであろう。

 「…大丈夫だ。ただ、ちょっと…同期の死を知らされてな…。今は一応無断出撃…といことで休日返上で機体整備をさせている。」

 「そうか。」

 イェンは少しほっとしたような顔をした。

 

 

 

 

 イェンと別れ、オデルは一人街を歩いていた。

 先程の議場でのやり取り、そして、イェンの話。

 自分にとって穏健派も強硬派も、どちらの言い分はわかる。

 が…、戦場とは、彼らが思うものではない。

 地球すべてを巻き込む戦争は今までなかったが、世界のどこかで必ず紛争はあった。

 そこにいたことのあるオデルはその時の記憶がいまだに想起した。

 今のようにMSで戦う前のことを…。

 ふと、街中に音楽が流れ始めた。

 そして、映像にピンク色の髪の少女が映し出された。ラクス・クライン。彼女はこのプラントの歌姫として絶大な人気がある。今回、ユニウスセブン1周年式典に流れる曲も歌うことにもなったっている。

 しばらく立ち止まり聞き入っていた。

 ふと人の気配がした。

 横にエレンがいた。

 「…いい歌ね。」

 彼女は静かに言った。

 「…ああ。」

 オデルは思った。

 もし、エレンに出会わなかったら、今頃自分はどうしていただろうか…。

 戦場の中にいることは間違いないだろう。

 だが、こうして音楽を聞き入るような、ことをするような人間にはなっていなかったはずだ。

 かつて…そうであった。

 荒みきった心。あの時はどんな美味きれいな言葉も受け付けないと思っていた。

しかし、あの時、心に不思議と響いた音楽があった。

 2人はしばらく曲を聞いていた。

 

 

 

 ユニウスセブンを望む場所よりミリアリアは両手いっぱいに花を投げた。

 艦に花はないので、みんなで折り紙の花を作った。

 花々が舞っていく。

 そして、その後ろで、ブリッジでみな黙禱した。

 気休めにしかならないかもしれない。しかし、せめてそれだけでもしたいという思いが強かった。

 

 

 作業が始まった。

 (あと、どのくらい?)

 マリューから通信が入る。

 「水はあと4時間ぐらいですね。弾薬の方は…あと1往復ですね。」

 ギースが答える。

 「ギース、弾薬はそっちに運ばせた方がいい?」

 「ええ。お願いします、ルキナさん。」

 ルキナとギースは積み込みされた物資の整理を行っている。

 作業中、ルキナはミストラルで運ばれてくる氷の塊に目を向けた。

 ユニウスセブンでの核攻撃により、プラントのコーディネイターの、ナチュラルへの憎しみの感情を大きくした。一方、ナチュラルもプラントからの物資の輸出が停止し、窮乏さらに、Nジャマーによって、さらに危機に瀕し、プラント、コーディネイターへの感情を最悪になった。

 お互いがお互い敵として銃を下ろさない状況、それはどこまで続くのか?

 人は簡単に敵か、味方かと簡単に二分したがる。

 そう…中間を存在させたがらない。

 どっちかしかないのだろうか?

 ルキナは今まで、ずっとし続けてきた答えの見えない自問を繰り返した。

 

 

 MSたちは付近の哨戒を行いながら、ミストラルの作業を守っていた。

 ヒロは、クリーガーのコクピットのモニターからユニウスセブンに目を向けた。

 ここにいた人たちのように、この戦争で住んでいた場所や命が失われる。

 守りたい。

 多くの人はその思いをもって戦っているはずなのに…。

 なぜ…。

 そう思っていると警告音がなった。

 あわててそれを確認した。

 そこにはMSがいた。

 ZGMF‐LRP704Bジン長距離強行偵察複座型である。

 何かを探しているようだ。

 ライフルを構える。

 ストライクもあのMSに気付いたのか、ライフルを構えていた。

 どうする…。

 ヒロは迷った。

 このまま行ってくれるならいいのだが、ことはそう簡単にはいかないものであった。

 一旦はここから離脱する姿勢をみせたジンではあったが、偶然、近くで作業していたミストラルを見つけてしまったようだ。

 ジンがミストラルに向け銃を撃っている。銃弾がミストラルをかすめていった。

 このままでは、危険だ。増援を呼ぶ可能性だってある。撃たなければ!

 トリガーを引こうとしたが、ハッと気付いた。

 そうだ…増援を呼ぶ。その可能性はある。それはあのジンを帰らせてはいけないということである。

 そして、あれを撃つということはコクピットにいる人を殺すということだ。

 トリガーを引かなければいけないのに、引けなかった。

 結局、ストライクがライフルを放ち、ジンは爆発した。

 直後、通信が流れた。

 (何があった!)

 ヒロはナタルの通信に答えることができなかった。

 手が震えている。

 引けなかった。

 そうだ…。この傭兵という仕事をするということは、人を殺す、それをすることもあるのだ。わかっていたが、今、直面して、それがはっきりとした。

 自分にその覚悟がなかったのか…。

 そして…。

 自分がしなかった代わりに、キラに撃たせてしまった。

 彼だって、人を殺したくないはずなのに…。

 悔恨の念でいっぱいになった。

 

 その様子をフォルテは見ていた。

 ライフルを構えていても撃たなかった様子を。

 「う~ん、とうとう知っちゃった…、てことかな?」

 

 

 再びクリーガーのコクピットに警告音が鳴った。

 何かと思い、モニターであたりを探した

 ふとストライクが何かに近づいているのが見えた。

 それは、救命ポッドであった。

 

 

 




そろそろ登場人物を上げます。
宇宙(1)編が終わるまでには…。


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PHASE‐10 プラントの歌姫

春になったなぁと感じる瞬間…。
いくら寝ても眠いことかな…?


 ストライクが格納庫に持ち帰った救命ポッドを開けるため、皆が集まった。

 「つくづく君は落とし物を拾うのが好きなようだ。」

 ナタルが半ばあきらめたような口調で言った。

 

 マードックが「開けますぜ」と言い、ロックを操作した。

 待機していいた兵士たちが銃を構え、緊張が走る。

 ハッチがゆっくりと開いていった。

 その時、

 『ハロ、ハロ!』

 とピンク色のボール状のロボットが出てきた。

 あれっ?あれってたしか…。

 ヒロには見覚えがあった。

 「ありがとう。ご苦労さまです。」

 そして、ポッドの中からふわりと、ピンクの髪をなびかせ、無重力空間と相まってふわりとした雰囲気をまとった少女が出てきた。

 やっぱり、ヒロはプラントで出会った少女、ラクス・クラインであった。

 でも、なぜ彼女がここに…?

 そう思っていると、ラクスはそのまま、慣性で通り過ぎてしまいそうになった。

 「ラクスっ。」

 ヒロはそちらの方に向かった。

 そのまま行きそうになったラクスは近くにいたキラが手に掴んで止めた。

 「ありがとうございます。」

 ラクスはキラにお礼をいった。

 「あ…いえ。」

 キラは彼女に目を奪われ、赤くなった。

ラクスはヒロに気づいたようだ。

 「あらっ?ヒロ、お久しぶりですわ。」

 にっこりとほほ笑んだ。

 「お…お久しぶりです。」

 えっと…。この状況を知っているのか。ヒロはなかなか切り出せなかった。

 ふと、ラクスはキラの制服の徽章に目を止めた。

 「あら?…あらあら?」

 彼女はあたりを見渡した。

 「ここは…?ザフトの船ではありませんのね?」

 ヒロの方をみておっとりした口調で言った。

 「えっ…ええ。」

 ヒロはただ、そう答えるしかなかった。

 後ろでは厄介ごとがまた舞い込んだ、とナタルが溜息をついた。

 

 

 昨日の査問会を終え、オデルは自宅でゆっくり過ごしていた。

 ゼーベックの修理にはまだ少しかかる。ちょうどいい休暇だ。

 隣の部屋からヴァイオリンの音色が聞こえてくる。

 エレンだ。

 ザフトは国家の正規軍ではなく「義勇軍」である。

 ゆえに、平時はそれぞれ本職がある。

 彼女はヴァイオリニストである。

 オデルはしばらく、その音色を聞いていた。

 リストウォッチから非常呼び出しベルが鳴った。

 オデルは渋々ながらとった。

 

 

 エレンはヴァイオリンを弾くのをやめ、軍服に身をつつみ、出かけ支度をしているオデルに尋ねた。

 「何か…あったの?」

 「…わからない。けど、せっかくの休日も返上になってしまった。」

 オデルは答えた。

 エレンは心配そうな顔を向け、何か言いたそうにしていた。

 「どうしたんだ?」

 彼女の手がオデルの頬に触れる。

 「オデル…あなた、ヘリオポリスの件から、ずっと様子がおかしいわ。」

 その彼女の優しさをいたたまれなかった。

 「大丈夫さ、エレン。」

 「でも…。」

 なおも心配の顔を向ける。

 もしかしたら、彼女は勘付いているのかもしれない。

 困ったような顔をしたオデルは、エレンの腰を抱き寄せ、唇を重ねた。

 いきなりの事でエレンは戸惑ったが、そのまま目を閉じた。

 しばらく静かな時間が流れた。

 唇が離れたとき、エレンは半ばあきれながら、微笑んだ。

 「…男って、卑怯ね。」

 「言葉にするのが不器用な生き物なのさ。」

 オデルも微笑んだ。

 「本当に…大丈夫だ、エレン。…行ってくる。」

 そう言い、彼は自宅を出た。

 

 1人の残った部屋。

 エレンは指輪に目を向けた。

 1年前、彼が言った言葉…。

 待ってほしい、と。自分が本当の自分を取り戻せるまで、と。

 彼女も了承した。

 「オデル…。」

 エレンは不安であった。

 

 

 

 

 「嫌ったら嫌!」

 積み込み作業が終わり、ヒロ、キラ、ルキナは廊下を歩いていると、ふと食堂から声が聞こえた。

 3人は立ち止まり、何があったのかと食堂へ入っていった。

 「なんでよぉ!」

 ミリアリアとフレイが何か言い争っているようだ。

 近くのいたカズィに何があったのか尋ねた。

 「あの女の子の食事だよ。ミリィがフレイに、持っていって、って言ったら、嫌だって。…それで揉めてるわけさ。」

 「嫌よ!コーディネイターの子のところに行くなんて、怖くって。」

 「フレイっ!」

 フレイの言葉をキラとヒロがいるのに気付いたミリアリアが慌てて窘めた。

 フレイも気付き、慌てて言葉を言った。

 「あっ、キラやヒロは別よ?あの子はザフトの子でしょ!?コーディネイターって反射神経とかすごくいいんだもの…。もし、飛びかかってきたら…。」

 キラもヒロもなんて言っていいのか戸惑った。

 「まあ、誰が誰に飛びかかったりするのですの?」

 その時、この場の空気にそぐわないおっとりとした声が聞こえた。

 一同、驚きその声のする方へ振り返り、そのまま固まった。

 当の本人がここにいたのである。

 近くにハロが、相も変わらず、マイドッなど間抜けな声を発してピョンピョンしている。

 「まあ、驚かせてしまったのならすみません。わたくし、喉が渇いてしまって…。それに、笑わないでくださいね、だいぶお腹もすいてしまいましたの。こちらは食堂ですか?なにかいただけるとうれしいのですが…。」

 「…って、ちょっと待って!」

 「鍵とか、してないわけ!?」

 ようやく我に返り、慌てた。

 「やだぁ!なんでザフトの子が勝手に歩き回ってるわけの?」

 フレイは嫌悪感をあらわにした。

 「あら、勝手に…ではありませんわ。わたくしちゃんとお部屋で聞きしましたのよ。でかけてもいいですかって…。それも3度も。」

 そのままフレイのところまで行った。

 「それに、わたくしはザフトではありません。ザフトは軍の名称で、正式にはゾディアック・アライアンス・オブ…。」

 「なっ、なんだって一緒よ!コーディネイターなんだから!」

 「同じではありませんわ。確かにわたくしはコーディネイターですが、軍の人間ではありませんもの。…あなたも、軍の方ではないのでしょう?でしたら、わたくしとあなたは同じですわ。」

 そして、右手を差し出した。

 「ご挨拶が遅れました。わたくしは…。」

 「ちょっと、やだ…やめてよ!」

 ラクスが名乗りかけた時、フレイはあからさまに嫌な態度を見せ遮った。

 「冗談じゃないわ!なんで私があんたなんかと握手しなきゃなんないのよ。」

 その顔に嫌悪が浮かんでいる。

 そして、フレイは叫んだ。

 「コーディネイターのくせに、なれなれしくしないで!」

 その言葉に周囲は凍り付いた。

 そして、改めて思い知らされた。軍の人間だけではない。コーディネイターかナチュラルか、それによって、本人が決して変えることのできないその生まれを、嫌う人間がいることを。

 

 

 ラクスはキラとヒロが食事をもって、戻っていき、そこで幕を引いたが、食堂は空気が重かった。

 「フレイって、ブルーコスモス?」

 カズィがぼそっと聞いた。 

 「違うわよ!でも、あの人たちの言ってることって間違ってないじゃない。病気でもないのに、遺伝子を操作した人間なんて、やっぱり自然に逆らった間違った存在よ!…みんなだって、ほんとはそう思ってるんでしょ!?」

 心外そうに声を荒げたフレイであったが、むっとした表情で言いい、周りを見回した。

 ブルーコスモス。

 もともとは前世紀からC.E.初頭にかけ誕生した自然保護団体である。法律で禁止下のなかでも極秘裏に誕生していったコーディネイターが社会で活躍するにつれ、既存の宗教団体の保守勢力も加わり、反コーディネイター、反プラントの思想潮流になっていた。

 当初は、遺伝子改変に対する抗議活動が中心であったが、次第に過激化していき、迫害やテロ行為を行う者も多くなっていった。

 ヒロがいた村を襲ったのも、そうした過激化したブルーコスモスである。

ただ、反コーディネイターの感情を持つ人すべてがブルーコスモスというわけではなく、その中にもブルーコスモスを嫌う者もいる。

 しかし、賛同者は多く、政界、軍の有力者まで及んでいる。

 フレイのように心情的に同情、同意している者もいる。

 ミリアリアもカズィも黙ってしまった。

 「…だから…。」

 そんな中、ルキナは口を開いた。

 「…間違った存在ってなんなのよ…。そんなの誰が決めたのよ…。」

 ルキナはフレイに非難の目を向けた。

 「だって…禁止だって決められたじゃない、それでも遺伝子を操作するのよ。間違いを間違いって言って悪いの!?」

 同意されると思っていたフレイは、負けじと反論した。

 「間違いって言っても、今もこうしているのよ。さっき、あなたの目の前で話をしていたのよ。…生きているのよ…。」

 立ち上がった。手がその言葉に許せないのか、こぶしを強く握りしめていた。

 「…そう、言われたこともないのに…。勝手な論理を押し付けないで。」

 そのまま立ち去ろうとした。

 「ルキナ、待って!」

 ミリアリアが立ち上がりルキナを止めようとした。

 「さっきの子のところに行くだけよ。ヒロとキラだけだと困ったことあったら、大変でしょ。」

 振り返らず食堂を後にした。

 

 

 「またここに居なくてはいけませんの?」

 ラクスは寂しそうな顔を2人に向けた。

 「ええ…そうですよ。」

 キラが食事のトレイをテーブルに置き、答えた。

 「つまりませんわ。ずっと1人で…。わたくしも向こうでみなさんとお話ししながら頂きたいのに…。」

 残念そうに言い、椅子に座った。

 「仕方ないと思います。コーディネイターのこと…あまり好きじゃないって人もいるし…。」

 「でも、あなたは優しいのですね。ありがとう。それに…、ヒロも。」

 「…僕はついでですか?」

 ヒロは肩を落とした。

 「…僕は、僕もコーディネイターですから…。」

 キラは後ろめたい気分になりながら思い切っていった。

 ラクスは不思議そうに訊いた。

 「あなたがやさしいのは、あなただからでしょう?…お名前を教えていただけます?」

 「あ、キラです。キラ・ヤマト…。」

 キラは顔を赤らめて名乗った。

 「そう。ありがとう、キラさま。」

 2人の沈みかけた気分をラクスのほんわかな雰囲気が和ませた。

 「もし…ここで、一人で寂しかったら、僕たちが来ますよ。」

 ヒロが提案した。

 「それもよろしいですわね。」

 話し相手ができ、ラクスは明るく賛成した。

 「それも、いいけど…。2人とも、忘れてない?」

 そこへルキナが入って来た。

 「彼女…。女の子なのよ。そんなに気安く入るのは…。」

 2人ともハッと気づいた。そして、急に顔を赤らめた。

 「私も、来るのから…。それでよろしいですか?」

 ルキナはラクスに尋ねた。

 「まあ、お話相手が増えまして、うれしいですわ。まだ、ご挨拶がまだでしたね。わたくしラクス・クラインですわ。」

 「…ルキナ・セルヴィウスです。」

 先の食堂での出来事を振り払うように、この一室は和やかな雰囲気になった。

 

 

 

 

 「オデル・エーアスト。出頭いたしました。」

 オデルが入っていったのは国防委員長執務室。

 部屋には人が一人椅子に座っていた。

 この部屋の主、国防委員会委員長、パトリック・ザラである。

 「うむ。さっそくだが、エーアスト、ユニウスセブン追悼式典のため視察に行った民間船が行方不明のことはしっているな。」

 「はい。」

 さきほど、ニュースで流れていたが…。

 「その捜索にクルーゼ隊を向かわせる。だが、先の戦闘でパイロット、MSが十分とはいえない。」

 その言葉からオデルは、パトリックが呼び出した理由が分かった

 「自分も加われ、と。捜索の任であれば、さほど人手は必要ないと思われますが…。」 「ユニウスセブンは現在、地球の引力にひかれデブリの中にある。そして、すでに捜索に向かったユン・ロー隊の偵察のジンも戻らない。その意味がわかるな?」

 なるほど。もしかしたら、地球軍と遭遇してしまった可能性もある。ゆえに人員が必要となったわけか…。とはいえ、ザラ委員長の事だ。ナチュラル相手に、多く割けたくもない。

 「クルーゼ隊は明日、18:00に出航する。これは特務だ、エーアスト。今は、アスナール隊の麾下にあるが、フェイスだということを忘れるなよ。」

 「わかりました。」

 オデルは敬礼し、その場を後にした。

 

 

 「そんなことがあったのか…。」

 ギースはミリアリアとトールから食堂での出来事を聞いた。

 「あの…ギースさん。食堂でのルキナのこと…。」

 聞いていいのか分からない思いがあった。

 が、自分自身ちゃんとこのことについて考えたい。

 ミリアリアは思い切ってギースに尋ねようとした。

 「ミリィちゃん…君が聞きたいことなんとなくわかるよ…。もちろん、興味本位じゃなくてルキナ少尉の事を心配してのこともね。…けど、それについては自分からは言えないことなんだ。これは…ルキナ少尉が自分の口からじゃないと…。」

 トールはいったい何なのかわからない顔をしていた。

 「…コーディネイターもナチュラルも、こう戦争していて、お互い憎んだり、差別したりして忘れがちになってるけど…。」

 ギースは話を続けた。

 「どちらもヒトであるんだけどね。」

 

 

 通信士のシートのついていたパルは計器が反応をしたのを見て、持っていたドリンクを放り出し、計器をいじった。

 「艦長!」

 そして、マリューを呼んだ。

 「つ、通信です!地球軍第八艦隊の暗号パルスです。」

 

 地球軍第八艦隊の麾下の部隊が先遣隊として、アークエンジェルを探していたのだ。

 ようやく仲間の下に合流できる。

 その知らせに艦内はほっとした空気が流れた。

 あともう少しの辛抱だ。

 希望の光が差していた。

 

 しかし、その先遣隊を捉えたザフト艦がいたことをアークエンジェルはこのとき知る由もなかった。

 

 

 

 



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PHASE‐11 守れなかったもの

最近なかなか作業が進まないワケ…。
作業にとガンダム関連の音楽聞いているのですが…それを聞き入って作業が進まない…。


 

 オデルがシグーアサルトのメンテの確認を終え、ヴェサリウスのパイロット待機室に戻るとアスランがいた。

 何か考え事をしているようだ。

 「アスラン、どうした?」

 「あっ、エーアスト隊長…。」

 オデルはアスランの横に並んだ。

 「大丈夫だ…。ラクス嬢はきっと無事だ。」

 「はい…。自分もそう信じています。隊長こそ、ヴェサリウスに加わっていただきありがとうございます。」

 「なに…こっちこそ、すまないな。もう1人付いてきてしまって…。」

 オデルが苦笑交じりに返した。目を格納庫に向ける。

 このヴェサリウスの整備兵の中に、アビーが混じっていた。

 同行が決まり、もちろんシグーアサルトもこちらに運んだのだが…。その機体の整備は他に人間にいじらせない、とアビーは言い、半ば押し通してやって来た。

 「エーアスト隊長、あれは…?」

 アスランはラウのシグーに、見たことのない円盤状の左右に砲を備えたバックパックが取り付けられていた。

 「あれは、ザフトが新たに開発をすすめている多角攻撃、その試作型だよ。」

 紳士的な声が聞こえた。

 2人が振り返るとサントス・エリオットがいた。

 「サントス技師…、いらっしゃっていたのですか?」

 オデルは驚いた。

 本来、このように前線に来ることはないからである。

 「その試作を見るためにね…。君がアスラン・ザラ君だね。初めまして。」

 「初めまして。」

 アスランはきっと姿勢を正した。

 プラントの人間、そして、MSのパイロットであれば、だれでも知っている人物だ。

 「地球軍のガンバレルを見たことがあるかね?ザフトでもあれを取り入れようとしてね。本来は、もっと設計を重ねてから開発をしたかったんだが。ヘリオポリスの件で、地球軍のMS開発が明らかになって、ザラ委員長は急務と考えたのだよ…。けど、これには問題があったんだ。…パイロットの適正がちょうど、クルーゼ隊長でね…。私も同行させてもらうことになったのだよ。もともとガンバレルの機能には興味があってね…。そうそうアスラン君、君の機体も今度…。」

 すっかり、MSのことに熱弁を振るい始めたサントスを見て、アスランはただ驚き呆然と彼の話を聞き、オデルはしまったという顔をした。

 その時、幸運なことにブリッジからラウより連絡が入った。

 彼らはブリッジへと向かって行った。

 

 

 

 ブリッジに向かったとき、2人はラクスが見つかった知らせだと思ったが、彼らの予想は外れた。

 地球軍の艦隊を捉えたとのことだった。

 ラウはこれをあの新造艦‐『足つき』の補給、もしくは出迎えの艦艇ではないかと判断した。

 「ラコーニとポルトの隊の合流が遅れている。もしあれが『足つき』に補給を運ぶ艦ならば、見過ごすわけにはいかない。」

 「しかし…。」

 アスランが反論しようとした。

 「我々は軍人だ。いくらラクス嬢の捜索の任があるとはいえ…な。どうだ、オデルは?」

 ラウもフェイスの彼の意見を聞こうとした。

 むろん、場合によっては、彼は権限を行使できる。

 「…俺がこの艦に同行したのは、ラクス嬢捜索の任だ。それ以外はクルーゼ、お前の判断に任せる。」

 オデルはラウの判断に従った。

 

 

 「レーダーに艦影3を捕捉。護衛艦モントゴメリ、バーナード、ローです。」

 パルの報告にブリッジは喜びの声にあふれた。

 しかし、報告したパルがパネルをみてけげんな表情になった。

 ノイズが入り、画面が乱れているのだ。

 「これは…!」

 「どうしたの?」

 マリューが目をやり、尋ねた。

 「ジャマーです!エリア一帯、干渉を受けています。」

 パルは声を上げた。

 ブリッジはさきほどの空気から一転した。

 それが意味するもの。

 先遣隊が敵に見つかったのである。

 モントゴメリより通信が来た。

 「モントゴメリより入電!『ランデブーは中止、アークエンジェルはただちに反転離脱』とのことです!」

 「そんなあの艦には…。」

 サイが思わず声を上げた。

 「敵の戦力は?」

 この艦の重要性を考えると離脱することが賢明だが、先遣隊を見捨てることもできない。

 場合によっては、助けられるかもしれない。

 マリューは確認のため、CICに戦力を聞いた。

 「ナスカ級!熱紋照合、ジン3、シグー1、それと・・・X303イージスです!」

 トノムラが叫んだ。

 その言葉にブリッジは息を飲んだ。

 「では…あのナスカ級だというの?」

 そうであるなら先遣隊は太刀打ちできない。

 ここで退き下がるか…。

 ブリッジには緊張が漂う。

 そして、しばらく考えていたマリューは静かに言い、頭を起こした。

 「今から反転しても、逃げ切れるという保証もないわ…。総員第一戦闘配備!アークエンジェルは先遣隊の援護に向かいます!」

 

 艦内に警報がけたたましく鳴り響いた。

 キラとヒロは急いでパイロットロッカーへ向かった。

 途中、避難民たちに不安な顔が広がっていた。

 無理もない。

 その時、フレイに呼び止められた。

 「キラ!ヒロ!」

 「戦闘配備って、どういうこと?先遣隊は?」

 「わからない…。まだ何も…。」

 自分たちはまだ、状況が分からないので、何とも言えなかった。

 「大丈夫よね?パパの船、やられたりしないわよね?ね!?」

 フレイが不安の顔で2人に確認した。

 「大丈夫だから、僕たちも行くから。」

 なおも不安げな顔をするフレイをキラは微笑んで答え、向かった。

 

 先遣隊とザフトの交戦は一方的であった。

 もともと、MSに対して、不利な状況にさらに奪われた機体も参戦しているのである。

 「バーナード、沈黙!イージス、ローに向かっていきます!」

 モントゴメリのブリッジでの戦況の報告を聞いていたジョージ。・アルスター事務次官は唖然とした。

 「奪われた味方機に落とされる…。そんなことがあっていいのか。」

 一方的であった。

 その時、こちらに近づいてくる艦影があった。

 アークエンジェルであった。

 「来てくれたのか!」

 「…バカな!」

 喜ぶアルスターの一方でコープマンは愕然とし、握りしめた拳をシートにたたきつけた。

 あの艦は地球軍の今後に必要な大事な艦である。そんな艦がここに来て、落とされてはならない。

 ハルバートンの思いを理解しているコープマンだからこそ悔しい思いであった。

 

 

 アークエンジェルが来たことは、ヴェサリウスからも確認できた。

 「本命のご登場だ。」

 モニターからアークエンジェルより発進したMA、MSも確認できた。

 ラウは一人考えた。

 ムウ・ラ・フラガ以外に感じたもう1人…。あの時、ヘリオポリスでもそうであったが…。あれのテストも兼ね、確かめてみるのもいいだろう。

 「おもしろい…。私も出る。」

 アデスは驚いたが、止める間もなく、ラウはブリッジを出た。

 

 

 

 (つくづく縁がありようだな…。あの隊や機体に。)

 フォルテから飄々としたもの言いの通信が聞こえた。

 モニターからザフトのMSが確認できる。イージスと青いシグーもいた。

 

 ストライクはイージスと交戦し始めた。

 ほかのMSもこちらに気付き、やってくる。

 青いシグーがクリーガーに迫って来る。

 ビームライフル構え、放った。

 シグーのシールドに防がれた。

 「何で!?」

 ヒロは驚いた。

 (対ビームコーティングを施しているのか!?)

 向こうはすでに対策をとってきていた。

 そこにアラートが鳴った。

 もう1機シグーがやって来たのである。

 バックパックがシグーとは別の形状をしていた。

 (やべぇ、増援が来た。)

 2対1、もしくはオデルを相手にしているうちに、どっちかが先遣隊の援護に向かえる状況だったが、不利になった。

 自分が向かえばいいが、エース2人を相手にするわけにいかない。

 といって、ヒロを向かわせたいが、2機がクリーガーの方へ向かうので変わらない。

 とても、先遣隊を助けにいける状況ではなくなった。

 「クルーゼか!?」

 それはオデルも驚いた。

 「エーアスト、仕掛けるぞ。」

 そして、備えられたオールレンジの砲を展開した。

 連合のガンバレルと同様のシステム、それの試作型。

 「ふん、あの男にできて、私にできるはずがない。」

 ラウは、これを使う男への対抗意識が自然と出ていた。

 そして、トリガーを引いた。

 

 (あれは…ガンバレルか?ヒロ、気を付けろ!)

 「これはフラガ大尉の乗っているゼロと同じ…。」

 多角攻撃をできる砲。それは、本体からだけではなく、分離した砲がどこからくるか見極めて避けなければならない。が、それは至難の技であった。

 事実、ガンバレルを搭載したメビウス・ゼロによって、落とされたMSは数多くある。今現在は、メビウス・ゼロを駆るのはムウ・ラ・フラガ一人となったが、それまで大きな脅威であった。

 どこから来る…。

 ヒロは意識を集中した。

 シグー自身も突撃機銃を構え、迫っている。

 大抵の人は見切れない。それがたとえ砲が2門でも。

 砲はすばやく動き、クリーガーの死角に入り込んできた。

 が、ヒロは何か直感に動かされ、クリーガーのスラスターをうまく調整しクリーガーを駆った。

 死角の左後ろの砲を右脚のスラスターを強め、避け、さらにそれを先読みしようとして回り込んだもう1つの砲を今度はシールドで塞ぎ、シグー本体の攻撃に備えるため、その態勢から習いを定めビームライフルを撃ってきた。

 「ほぉ…。」

 ビームライフルを避けたラウは少し驚いた。

 今の攻撃で捉えたと思ったからだ。

 以前も…そうであった。

 このMSの動きはまだ実戦慣れしていない動きをしているが、それと一変した見事な操縦になるときがある。

 「なるほど…。」

 ラウの中にあった疑問が確信に変わった。

 そして、その口元はかすかに笑った。

 「そうか…。やはり…、君もその力を持って生まれたようだね。いや…そのはずだ。…つくづく、不幸なものだよ。この一族は!」

 その愉悦の口調にはどこか憎しみが混ざっていた。

 

 

 その頃、ムウのメビウス・ゼロはジン1機に損傷を与えたが、別のジンにつかまった。すばやくガンバレルを展開し、応戦し、退かせたが、その際、交代しながら撃ってきた1発が当たってしまった。

 「これじゃ、立つ瀬ないでしょ!俺は!」

 ムウは歯噛みして、アークエンジェルへ帰還した。

 どの機体も先遣隊を助けにいける状況ではなくなった。

 

 

 居住区の廊下で立っていたフレイは、ブリッジへ向かった。

 そこでは、戦況が目まぐるしくやりとりがなされていた。

 「ゴットフリート1番、照準合わせ!てェッ!」

 「メビウス・ゼロ帰還します!機体に損傷!」

 みな自分の持ち場に手いっぱいで自分には気付かなかった。

 「ヴェサリウスよりミサイル!ローへ向かっています!」

 モニターにはヴェサリウスのミサイルが撃ち込まれ、爆散した映像が流れた。

 フレイは青ざめ、飛び出した。

 「パパ…パパの船はどれなの…?」

 「今は戦闘中です!非戦闘員はブリッジを出て!」

 サイがCICより飛び出て、彼女を連れだそうとした。

 「パパぁ、パパぁ!」

 「フレイ!さ、行こう!ここに居ちゃだめだ!」

 サイはなんとか彼女をブリッジから連れ出した。

 

 身を縮め青ざめるフレイを抱き寄せる。

 「キラは?…ヒロは?あの子たちはなにやっているの!?」

 「がんばって戦っているよ。でも…。」

 「でも、『大丈夫』って言ったのよ、大丈夫だって!」

 サイはフレイをなだめながら居住区へ連れ戻そうとした。

 そこへ、歌声が聞こえた。

 それを聞いたフレイはふいにサイの手を振り切って、その部屋へ向かった。

 

 

 

 これより少し前、ルキナはMSを発進させた後、ラクスの部屋へ向かった。

 戦闘になり彼女を不安にさせないため、また、何か起こらせないようにもある。

 いくら民間人でも、この艦にとっては敵対関係にあるプラントの人間である。何かで、彼女に怒りや憎しみをぶつけさせない、そんな思いもあった。

 「もう…戦いは始まっているのでしょうか?」

 ラクスは静かにルキナに尋ねた。

 「ええ。」

 「キラさまも…、ヒロも行かれたのですか?」

 「彼らは…パイロットですので…。」

 来てはみたものの、こう尋ねられると、答えに戸惑った。

 どこかラクスの表情は切なげだった。

 ラクスにとって、戦場を見るのはこれが初めてだ。

 ふとラクスは歌いだした。

 自分にできることはない。だが、せめて、歌うことでここに散った命が、そして戦う者の心が安らいで欲しい、そんな思いを込めた。

 ルキナはただ何も言わず、聞いていた。

 保護されてからこれまでラクスの歌声は何度か聞いていた。

 この歌声を聞いた人の中には、こう歌がうまいのは、やはり遺伝子を調整されたからだという人もいた。しかし、うまいだけで、ここまで多くの人の心に響くことはない。ここまで、彼女の歌に多くの人が魅了されるのは、そう心から願って歌っているからであって、遺伝子調整で得られるものではない。

 そう…、ルキナは思った。

 しかし、今この状況でこの穏やかな歌声がかえって心を逆撫でにされる人もいた。

 

 突然、部屋のドアが開いた。

 ラクスは歌をやま、ルキナは身構えた。が、そこに立っていた者に驚いた。

 「フレイ!」

 サイはフレイが部屋に入るのを止めようとした。

 フレイの目には何かを決意したのか、ラクスに顔を向けた。

 

 

 

 

 戦況は一層悪くなるばかりだ。

 バーナードが爆散し、残りはモントゴメリ1隻となった。

 最後の1機のメビウスも落とされた。

 ジンがモントゴメリへ接近する。

 (艦長…。駄目だ。離脱しなきゃこっちまでやられるぞ!)

 帰投したムウから通信が入った。

 しかし、マリューは決断できなかった。

 

 そこへ、フレイがラクスを連れ、再び入って来た。

 「この子を殺すわ!パパの船を撃ったら、この子を殺すって!あいつらに言って!」

 フレイが絶叫した。

 「フレイ!」

 後から追ってきたサイとルキナはその言葉に驚いた。

 「そう言ってー!」

 金切り声で叫ぶ声。目には涙で溢れ無重力空間を漂った。

 が…、

 ヴェサリウスの主砲が放たれ、モントゴメリの艦を貫いた。

 そして、モントゴメリは爆発した。

 

 

 「いやぁぁぁぁぁ!」

 その様子を見たフレイは悲鳴が響き、体は力失ってただ漂うばかりだった。

 それをサイが抱き留めた。

 ラクスもルキナも何も言えず、その様子を沈痛な面持ちで見ているしかなかった。

 

 モントゴメリが爆発した光景はMSからも確認できた。

 急いで周囲を確認するため、モニターを拡大したが、救命ポッドは見当たらなかった。

 何もできなかった。

 ヒロは打ちひしがれた。

 結局、自分たちは助けることができなかった。

 だが、その間も事態は動いていた。

 3隻を撃ち落としたジンたちが、アークエンジェルへと向かって行く。

 「くっ!」

 このままでは、アークエンジェルも…。

 その時、

 (ザフト軍に告ぐ!こちらは地球連合所属艦アークエンジェル!)

 ナタルの声が通信より全周派放送が聞こえた。

 一体どうしたのか?

 そう思っていると、次のナタルの言葉から思いがけない言葉が流れた。

 (当艦は現在、プラント最高評議会議長シーゲル・クラインの令嬢、ラクス・クラインを保護している。偶発的に救命ボートを発見し、人道的立場から保護したのであるが、以降、当艦へ攻撃が加えられた場合、それは貴艦のラクス・クライン嬢に対する責任放棄と判断し、当方は自由意志で、この件を処理するつもりであることをお伝えする!)

 その通達にザフトの兵士たちは驚いた。

 また、ヒロやキラも呆然とした。

 「これは…どういうこと、フォルテ!?」

 (いや…俺に聞かれても…。)

 

 「格好の悪いことだな。」

 ラウはせせら笑った。

 (隊長…。)

 アデスからどうするか通信が入った。

 しかし、もう答えは決まっている。

 自分たちはラクス・クラインの捜索に来たのだ。

 ここで艦を攻撃など、さすがにできない。

 「ああ、わかっている、全軍攻撃中止だ。」

 

 

 アークエンジェルはとりあえずの危機は脱した。

 救助した民間人を人質にするという手を使って。

 

 




サントス技師のMS語りはもうちょっと長くなる予定でした。…あと1000字ぐらい(笑)
そんな冗談はさておき(半分は本当です)、前々回よりフレイ・アルスターが登場しました。
いろいろと話題のある彼女…、今後どうなっていくか?どう絡むか…。


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PHASE‐12 分かれし道

本日はPHASE‐8も少し直しました。大事なことを抜けていて…。
自分もびっくりしました。というか、忘れちゃダメでしょ~。


 

 

 とりあえず危機を脱したアークエンジェルであったが、事態がよくなったというわけではない。事実、離れてはいるが、ナスカ級の艦はアークエンジェルを追っている。

 ヒロは居住区を歩いていた。

 結局、先遣隊を助けることも出来なかった。

 ふと向こうから悲鳴が聞こえた。

 フレイの声であった。

 「いやぁぁぁぁっ!パパっ…パパァぁ!」

 「フレイ…。」

 どうしていいか分からないサイの声も聞こえる。

 どうやら医務室のようである。

 「うそ…うそよぉ!」

 中に入ると、半狂乱のフレイをサイとミリアリアがなだめていた。

 ヒロよりちょっと前にキラも来ていたようであった。

 そうだ…。

 先遣隊の中に、フレイのお父さんもいた。

 近くに救命ポッドもなかった。

 つまり…。

 守れなかった。

 自分たちはフレイの大切な父親を死なせてしまったのだ。

 キラとヒロに気付いたのか、フレイは2人に目を向けた。

 「うそつきっ!」

 その目はギッとしていた。

 「大丈夫って言ったじゃない!僕たちも行くから大丈夫って!何でパパの船を守ってくれなかったの!?なんであいつらをやっつけてくれなかったのよぉ!」

 「フレイ!キラやヒロだって必死に…。」

 2人を罵るフレイをミリアリアがなだめようとした。しかし、彼女は聞く耳を持たず、続けた。

 「あんたたち…、自分もコーディネイターだからって本気で戦ってないんでしょ!」

 その言葉がキラの胸に突き刺さった。いてもたってもいられず、キラは医務室を飛び出すように出て行った。

 「キラ!」

 ヒロは追いかけたかった。

 が、自分が追いかける資格があるのか。

 「なによ!傭兵のくせに、ちゃんと戦いなさいよ!」

 「パパを返して…返してぇぇぇ!」

 なおもフレイは叫ぶ。

その言葉にヒロは何も言えなかった。

 ヒロもまたそのまま医務室を出て行った。

 

 

 足取りが重い…。

 今からどこに向かっているのか。

 自分でもわからなかった。

 ただ、あの場にいることも出来ず、誰にも声をかけられたくなかった。

 フラフラと向かった先は展望室だった。

 ふと、そこから話し声が聞こえた。

 キラと…ラクスの声だった。

 「アスランは…とても仲のいい友だちだったんだ。」

 耳に入ったキラの言葉にヒロは耳を疑った。

 そこからキラがラクスに話している内容。

 アスランという人は、キラの幼いころからの親友であること。彼があの赤い機体、イージスのパイロットであること。

 本来立ち聞きしていいものではないが、その内容にヒロは驚愕した。

 そんなことって。

 確かに、戦闘中、あのイージスとは何か様子がおかしかった。

 まさか、友達同士だったなんて…。

 ヒロは展望室を後にした。

 

 

 

 夜、フォルテがあくびをしながら士官室に入っていった。

 居住区兵舎の方は避難民たちが使っているし、艦の正規クルーで士官なのは3人だけなので、ヒロとフォルテは士官室の方を使わしてもらっている。

 ベッドの上でヒロは寝ずに考え事をしているようだった。

 「…寝れるうちに寝とけ。持たないぞ。」

 フォルテは溜息を付きながら反対側のベッドに向かった。

 「フレイの言ったこと…。」

 ヒロは静かに口を開いた。

 「事実だろ…。俺たちは何もできなかった。そんなもんさ、傭兵に対して…。できて当たり前と受け止められ、出来なきゃちょっとしたことでも非難する。」

 「わかってるよ…。」

 しかし、フレイの言葉がずっと残る。

 「…電気、消すぞ。」

 そう言い、部屋を消灯した。

 ベッドに横になりながら、ヒロは考え事をしていた。

 フレイのこともあるが、もう1つ。

 さきほどの展望室での会話。

 ラクスの婚約者がアスランであったこと。

 あのハロもアスランが作ってくれたものだということだ…。

 2人の会話から伝わるアスランという人の人物像。

 ダメだ…。

 このまま、ラクスを人質にして何かあったら、キラとアスランはお互いに戦う。そんなことさせたくない。かつて、それを見たから…。

 ヒロは起き上がり、そっと部屋を出て行った。

 その様子を寝ながらもフォルテは伺っていた。

 まあ、いいや…。

 フォルテは気にせず、ふたたび眠りについた。

 

 

 ヒロは寝静まった居住区を静かに駆けた。

 そこでキラと出会った。

トールも一緒だった。ラクスを連れていた。

お互いに驚いた。

 「…ヒロ。ごめん、見逃して。」

 どうやらキラも彼女をこのまま人質にしたくないようだ。

 その時、トールに会い、彼も賛同してくれて現在に至る。

 「…僕も、行くよ。」

 「…え?」

 キラはその答えに驚いた。

 「ゴメン…。展望室で2人の話を聞いた。」

 キラは驚いた。

 「ラクスに何かあったら…、あって欲しくない。だから…僕も行くよ。」

 その時、誰か近づいてくる音が聞こえた。格納庫のメカニックの人である。

 ここでは、隠れる場所がない。

 どうする…。

 4人に緊張が走ったその時、

 「あっ、ここにいたのですか。マードック軍曹が格納庫に来てほしいって呼んでましたよ。」

 ルキナの声がした。

 「わかりました。」

 それを聞いたメカニックは格納庫に向かって行き、難を逃れた。

 4人はホッとした。

 「行くなら…、今のうちよ。」

 どうやらルキナにばれていたようだ。

 「ありがとう。でも…。」

 「いいから早く。」

 彼らはなんとかパイロットロッカーへ辿り着いた。

 トールが入り口で見張りをし、キラ、ヒロ、ルキナはラクスを連れ、中に入った。

 キラがノーマルスーツを取り出した。

 「これ着て。その上からで…。」

 と言いかけたが、果たしてその服から着れるかなと思った。

 ラクスはキラの視線に気づき、納得した。

 そして、突然ロングスカートの部分を脱ぎ始めた。

 その行動に思わず3人は驚いた。

 「あなたたちは外にいる!」

 ルキナはヒロとキラを放り出すように外に出させた。

 いきなり出てきたヒロとキラにトールは驚いた。

 

 そんなハプニングもあったが、なんとかラクスが着替え終わり、ヒロとキラもパイロットスーツに着替えた。

 格納庫は人がまばらだった。

 「えっ!俺は呼んだ覚えはないぞ?」

 マードックが先程のメカニックの人と話している。

 気づかれぬうちに、ヒロはクリーガーのコクピットに乗り込み、キラはラクスを連れ、ストライクのコクピットに向かった。

 コクピットに入り、キラの膝の上に乗っかったラクスが彼らにおっとり話した。

 「ありがとうございます。また、お会いしましょうね?」

 「それは…どうかな。」

 トールは苦笑した。」

 「ルキナさんも…ありがとうございます。やさしくしていいただいて。」

 ラクスは視線をルキナに移した。

 「いいえ…。そうおっしゃってくれるのも、私のこと…知らないからです。」

 ルキナはどこか暗い顔をした。

 「それでも…あなたのやさしさは知っていますわ。たとえ、あなたが何であったとしても、あなたのやさしさ、心は変わりませんわ。」

 ラクスはおっとりとほほ笑んで、返した。

 いよいよコクピットを閉じるとき、トールは何を思っていたか、キラに尋ねた。

 「キラ…。おまえは、帰ってくるよな?」

 その言葉にキラはハッとした。

 「おまえはちゃんと帰ってくるよな!?俺たちんとこへ!」

 ハッチを閉じる寸前、キラは頷いた。

 「きっとだぞ!約束だぞ!」

 なおもトールは声を上げた。

 ストライク、クリーガーが動き出して、あたりにいた作業員が驚いた。

 「おい!何をしている!?」

 マードックの声が響いた。

 が、すべて無駄だった。

 (ハッチを開放します!どいてください!)

 ヒロが対外スピーカーで呼びかける。

 クリーガーを先導に出ていき、そしてストライクも出て行った。

 

 

 アークエンジェルから離れ、ヒロは全周波でヴェサリウスに向けた。

 「こちら傭兵部隊ヴァイスウルフ、ヒロ・グライナーです。ラクス・クライン嬢を乗せたストライクと同行している。彼女の身柄を貴艦に引き渡す。ただし、ナスカ級は停止、イージスのパイロットが単機で来ることが条件です。ストライクのパイロットからイージスのパイロットに彼女を引き渡します。」

 それはヴェサリウスに届いていた。

 なおも通信は続く。

 (自分はラクス・クライン嬢引き渡しの立会人として行います!ザフトからも立会人としてオデル・エーアストを指名します。もしこれらが破られた場合…彼女の命は保障しません!)

 「どういうつもりだ。『足つき』め!」

 アデスは眉をひそめた。

 (隊長、行かせてください!)

 アスランから通信が入った。

 アデスは止めようとしたが、

 (…向こうは立会人として俺も同行を要求している。…行かせてもらう。)

 そう言い、オデルからも通信が入った。

 「…わかった。許可する。」

 「よろしいのですか?」

 「チャンスであることも確かさ。」

 ラウはにやりとした。

 これを機にあの機体、そして『足つき』を落とすことができる。

 「艦を止め、私のシグーを用意しろ、アデス。」

 彼もまた格納庫に向かった。

 

 

 イージスがヴェサリウスより発進し、ストライクの手前で止まった。

 後ろには青いシグーアサルトもいる。

 クリーガーがイージスとストライクの間ぐらいの位置についた。

 (2機のパイロットの確認をする。両方コクピットを開いて。)

 ヒロの指示に従いお互い開いた。

 (…双方、間違いないないね。)

 ヒロは2人に尋ねた。

 (…確認した。)

 (こちらも確認した。)

 あのパイロットはおそらく自分たちの事を知っているのだろう。

 そう思いながらアスランはキラに続き、ヒロに通信を入れた。

 2人とも確認できた。

 (ラクス、話して。)

 (え?)

 (あなただってこと、彼にわからせない、と。)

 (ああ、そういうことですの。)

 ラクスは納得し、アスランに向け話した。

 (こんにちは、アスラン。お久ぶりですわ。)

 (確認した。)

 (では、彼女を引き渡す。キラ…ラクスを。)

 ヒロに言われた通り、キラはコクピットの外に出し、彼女をイージスの方に優しく押し出した。

 真空に漂いこちらに来る彼女をアスランが受け止める。

 (ザフト立会人、オデル・エーアスト、確認しましたか。)

 ヒロは彼に確認の念を押させるため尋ねた。

 (…こちらも確認した。)

 これで受け渡しはひと段落した。

 その時、

 (キラ!おまえも一緒に来い!)

 (え?)

 アスランの言葉にキラは驚いた。

 (おまえが地球軍にいる理由がどこにある!?来い、キラ!)

 おそらくこれが最後のチャンスだ。

 一緒にいる機体が自分たちの事を知っているのであれば、これをわかってくれるはずだ。

 今ならキラを連れて行ける。

 そう思いアスランはキラに叫んだ。

 ヒロはその状況を黙って見ていた。

 キラにとってこれが最後のチャンスになるかもしれない。

 キラはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。

 (僕だって、君と戦いたくない…。でも、あの艦には守りたい人たちが…友だちがいるんだ!)

 行けるのであれば、どれだけいいか。けど…。

 キラは泣きたい思いを押さえ、声を振り絞った。

 (ならば仕方ない…。)

 アスランは苦しげな表情で叫んだ。

 (次に戦うときは、俺がお前を撃つ!)

 (…ぼくもだ…!)

 今、2人の道は分かれた。

 

 (…これで引き渡しは終了します。キラ…。)

 ヒロはキラを促し、クリーガーとストライクはアークエンジェルへ引き返した。

 アスランはストライクが離れていくのを見送っていた。

 (いいのか、アスラン?)

 オデルから通信が入った。

 自分のことを心配してくれているのだろう。

 「ええ…。」

 アスランは短く答えた。

 もう戻れない。

 

 

 一方、この好機を逃さない者たちがいた。

 (敵MS、離れます!)

 「エンジン始動だ。」

 ブリッジからのアデスの通信を受け、ラウは命じた。

 そして、ラウはシグーを発進させた。

 

 

 「クルーゼ隊長!?」

 シグーが横切りアスランは驚いた。

 (ラクス嬢を連れて帰投しろ、アスラン!)

 クルーゼ隊長ははじめからこうするつもりだったのだ。

 たしかに、今なら叩ける。

 しかし、これでは…。

 その時、クルーゼのシグーを青いシグーアサルトが阻んだ。

 

 一方、アークエンジェルでは…。

 ヴェサリウスの動きも、シグーも動きも捉えていた。

 そうなる動きを予測していた。ムウのメビウス・ゼロは、先の損傷でまだ出られないので、フォルテのジンを待機させていた。

 が、フォルテのジンは出ようとはしなかった。

 (出さないのか!?)

 発艦許可はすでに出ているが、発進しようとしないジンにムウは通信を入れた。

 「今、ここで出たら、向こうはやはり罠だったと、本格的に攻撃してくるだろう?」

 (…しかし!このままでは…。)

 アークエンジェルが危険になる。

 今度はブリッジからナタルから通信が入った。

 「だから、ヒロは保険を掛けたんだろ?今はあいつらを信じるしかない!」

 フォルテは通信を切った。

 先程CICより状況報告を聞いたとき、オデルも出撃していると聞いた。

 そして、今、シグーを阻んでいる。

 彼に賭けるしかなかった。

 

 

 「何をする、エーアスト!?」

 「クルーゼ、下がれ!」

 「今が好機だぞ、それを逃すのか?」

 「俺はいま、ザフトからの立会人として、ここにいる!ここを戦場にするか否か、俺の判断に従ってもらう!」

 「ここで見逃せば、多くの兵をしなすことになるぞ!?」

 「先遣隊を打つ際、貴様はこう言ったはずだ、『後世、歴史家に笑われたくない』と。クライン議長の令嬢たるラクス嬢を保護し、引き渡してくれた者を背後より攻撃することは、まさしくそれではないか?」

 「宋襄の仁、という言葉は知らんか?」

 「どの道、我々で、あれは落とせん!」

 ラウとオデルの応酬が目まぐるしいやり取りが行われている。

 アスランはどうしたらいいかわからなかった。

 その時、

 「ラウ・ル・クルーゼ隊長!」

 凛とした声でラウに通信をいれたのは、ラクスだった。

 「やめてください!追悼慰霊団代表のわたくしのいる場所を、戦場にするおつもりですか!?そんなことは許しません!」

 いきなりの通信を受け、ラウもオデルも驚いた。

 それは、アスランもだった。

 普段、いつもおっとりしている彼女しか知らないからだ。

 「すぐに戦闘行動を中止してください!聞こえませんか!?」

 しばしの間、沈黙が続いた後、ラウは応答した。

 (…了解しました、ラクス・クライン。)

 3機はヴァサリウスへ帰投し始めた。

 途中、ラウはシグーアサルトに目を向けた。

 そして、独り言ちた。

 「やはり…気付いているのか?あのパイロットが『弟』であることに。」

 

 

 「…よかった。」

 その姿を見て、ヒロはホッとしたように大きく息を吐いた。

 一瞬、このまま戦闘になってしまったらという不安もあった。

 が、あの青いシグーが止めてくれると思っていた。

 出会ったのは、戦場で2回だけしかも、刃を交えたのに…。

 なぜ、そう思ったか…不思議ではあった。

 (…ヒロ。)

 「行こう…、キラ。」

 2人もアークエンジェルへ戻っていった。

 「よかったの…、行かなくて?」

 ヒロはキラに尋ねた

 もしかたら、キラも向こうに行く可能性もあった。

 もし、キラが行きたかったら行かせたかった。

 (ううん、いいんだ。僕は…。)

 同じコーディネイターの…、同胞のところへ行きたい気持ちがあった。

 しかし、それでもキラはこちらに残ることを選んだ。

 友達がいる場所を。

 

 

 



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PHASE‐13 前哨戦

今週中までには低軌道会戦まで終われれば…と思っています。


 

 

 「失礼しました。」

 艦長室より出てきたキラ、ヒロ。

 外で待っていたトール、ミリアリア、ルキナが近寄った。

 「大丈夫?なんて言われたの?」

 「おまえもトイレ掃除1週間とか?」

 トールが尋ねた。

 「おー、それいいねぇ。」

 あとから出てきたムウが笑い、去って行った。

 対照的にナタルは冷たい視線を送った。

 「大丈夫だよ。」

 キラは微笑んだ。

 本来、勝手に捕虜を引き渡すことは軍法違反ではあるが、キラは民間人、ヒロは傭兵なので、免れた。ちなみにヒロの勝手な行動を止めなかったとして、フォルテもこれより前、怒られたのである。

 「…ところで、トイレ掃除って?」

 キラはトールに尋ねた。

 「トールとルキナ、マードック軍曹にすごく怒られたの。それで罰としてトイレ掃除1週間を言われたの。」

 「ふん、どうせ月艦隊と合流するんだ。それまでの辛抱だろ。」

 ミリアリアが笑いながら、説明した。トールは面白くない顔をした。

 「…まあ、艦体の合流まで1週間もかからないのが、せめてもの救いかしら。」

 ルキナも苦笑いした。

 しばし、なごやかな雰囲気が流れた。

 「ホント言うと、ちょっと心配だったんだ。」

 途中、トールが急に真顔になり、キラに話し始めた。

 「え?」

 「あのイージスに乗ってんの…、友だちだったんだろ…。ごめん、聞いちゃった。」

 どうやら、あの場にトールもいたらしい。

 キラは不安に思った。どう思ったのか。しかし、それは杞憂だった。

 「でもよかった。おまえ、ちゃんと帰って来たもんな!」

 トールはうれしそうに笑顔で言った

 キラもそれを聞き、微笑んだ。

 

 

 この会話を聞いていた者がいたことを彼らは気付いてなかった。

 フレイは通路の陰に隠れて、その会話を聞いていた。

 「このままに…しないわ…。」

 憎しみに満ちた声で誰に話すわけもなく、彼女は口にした。

 

 ここ2、3日、アークエンジェルは敵艦とは遭遇せずにすんだ。

 あともう少しで第八艦隊と合流できる。

 が、油断はならなかった。

 

 ここ数日あったこと。いろいろ考えても考えがいたらない。

 本当に自分の戦い方でいいのか。

 ラクスを引き渡した後、この数日ずっとこればかりであった。

 息を抜くため、ヒロは食堂に入っていった。

 食堂にはサイ、カズィ、キラがいた。

 さらにフレイも。

 そこで、キラとフレイが何か話していた。

 フレイがこちらに気付いたのか、振り返った。

 「ヒロにも謝らないと…ね。ほんとうにごめんなさい。ひどいこと言って…。」

 いきなりのフレイの言葉にヒロは驚いた。

 「キラもヒロも一生懸命戦っているのに…。」

 フレイは申し訳ない感じでしゃべっていた。

 どうやらさきほどキラにも謝りたいと話していたのだ。

 「戦争って嫌よね…。早く終わればいいのに…。」

 しかし、その言葉を発した時、ヒロは何か違和感を持った。

 が、その違和感を口では表せなかった。

 その時、艦内に警報が鳴り響いた。

 

 急いで食堂を出ようとした時、一番後ろにいたキラは女の子にぶつかってしまった。

 それに気づいたヒロも振り返った。

 急ぐ気持ちもあったが、女の子もほっとけない。

 「大丈夫?」

 キラは女の子を助け起こそうとした時、フレイがきて、その女の子を起こした。

 「ごめんねぇ、お兄ちゃん急いでるから。」

 「また戦争だけど、大丈夫。お兄ちゃんたちが戦って守ってくれるからね。」

 「ほんとぉ?」

 女の子は彼らを見上げた。

 「うん、悪いやつは、みぃんなやっつけてくれるんだよ。」

 サイから声がかかり、キラとヒロは走り出した。

 「そうよ…。」

 彼らを見送るフレイは女の子のてを握りながらつぶやいた。

 「みぃんなやっつけてもらわなくちゃ…。」

 その声に何か恐ろしい物言いが含んでいた。

 そして、自然と手に力がこもった。

 女の子はその手を振り払い、母親の下へ駆け出した。

 それに気づかないフレイはずっと繰り返した。

 「そうよ…。やっつけてくれなきゃ…。」

 

 

 

 ローラシア級より、デュエル、バスター、ブリッツが出撃した。

 「今日こそ、あの艦とMSを落とすぞ!」

 アークエンジェルが艦隊までの合流にあと10分ほどしかないが、ここであの艦を落として、アスランを、ライバルを引き離したいと考えたイザークとディアッカは押し切った。

 

 3機のMSが密集陣形でこちらに向かうかと思いきや、散開した。

 そして、その射線上からガモフの砲が貫く。

 彼らはガモフの砲をこちらから見えないようにしていたのである。

 「回避!」

 マリューは叫んだが、2発のうち、1発が着弾してしまった。

 

 展開したMSのうち、ストライクはデュエル交戦し、バスターはクリーガーとメビウス・ゼロ、ジンを相手に始めた。

 その隙を狙ってブリッツがアークエンジェルへと行った。

 (ヒロ、お前はアークエンジェルへ行け!)

 「でも…。」

 2機は実弾しかない。バスターを押さえられるか不安だった。

 (おまえの機体の方が機動力あるんだ。それに、おれたちはそんなやわじゃない。)

 そう言い、フォルテはジンが持っていたショットガンを放り投げた。

 宙に浮いたショットガンを受け取り、ヒロはクリーガーのスラスターを全開にし、アークエンジェルへ向かった。

 

 アークエンジェルでもそれは確認できた。

 「バリアント、てぇー!」

 迎撃したが、ブリッツは難なくかわし、ふいに見えなくなった。

 「ブリッツ、ロスト!」

 ミラージュロイドを展開されたのである。

 マリューはすばやく対策を指示し始めようとした。

 この武装を己が対峙することになるとは思わなかったが、こちらが造ったモノである。応戦プランは知っている。

 ただ、こちらはローラシア級も相手にしなければいけない。

 そう思案していると、モニターよりクリーガーが近づいてくるのがわかった。

 なら…。

 マリューは指示を出した。

 「アンチビーム爆雷!」

 指示に従って爆雷が打ち出され、飛散した。

 ふいに何もないような空間からビームが発せられ、爆雷に散らされてあたりを照らした。

 すぐさま、マリューは次の指示を出した。

 「ビーム角からブリッツの位置を推測させて!それをクリーガーに送って!」

 ブリッツの予測位置が算出され、そのデータおよび通信がクリーガーに送られた。

 そのデータを見たヒロはショットガンを構え、その位置へ撃った。そして、続けざまにショットガンを放り投げ、右腕のガトリングガンを放ち、まき散らした。

 ブリッツのミラージュコロイドには弱点がある。

 稼働時間が制限されているだけではなく、展開中、PS装甲は使えない。

 そのため、ミラージュコロイドを解除しなければ、この攻撃を防げない。

 ショットガン、ガトリングガンでまき散らされたため、避けることもできず、ブリッツは姿を現して防いだ。

 その隙をついて、クリーガーが腰にマウントしていたビームサーベルを取り、ブリッツに斬りかかろうとする。

 ブリッツは盾でそれを防いだ。

 クリーガーの機体の動きを封じるため、左腕のグレイプニールを放った。

 が、すぐさまクリーガーの頭部バルカンで破損された。

 ブリッツの武装は、今防いでいる盾に集中しているので、この状態では手立てがない。

 これではミラージュコロイドを展開している暇はない。ブリッツは一旦、引き下がった。

 こちらの方は対処できた。

 が、アークエンジェルに迫るのはブリッツだけではない。

 後方より、ガモフが撃ってくる。

 クリーガーの装備には中・長距離の武装はない。

 「このままでは…!」

 マリューは唸った。

 こうしている間もアークエンジェルの装甲の排熱が限界を迎え始めている。

 ブリッツもクリーガーの隙をついてこちらを撃ってくる。

 クリーガーを先に撃墜するよりも、アークエンジェルを落とせば、かの機体も立ち行かなくなる。

 ニコルにはそのように考え、アークエンジェルの攻撃を優先して行った。

 

 (キラ…戻って!アークエンジェルが!)

 デュエルと交戦していたキラはミリアリアからの通信を受け、ハッとアークエンジェルに目を向けた。

 「アークエンジェルが…。」

 白い艦体の一部が赤く熱されていた。

 クリーガーがなんとか応戦しているが、ブリッツ、遠くにいるガモフの攻撃に防ぎきれてなかった。

 メビウス・ゼロとジンもバスターを相手にしていて、駆け付けられない。

 キラの脳裏に先ほどのフレイの言葉が思い出された。

 …このお兄ちゃんが守ってくれるからね…。

 沈めさせない…。絶対に!

 そう思ったとき、キラの中でなにか弾けた。

 デュエルがサーベルを振り下ろしてくる。

 が、今のキラにとってその太刀筋がはっきり見えた。

 デュエルの攻撃をさっとかわし、サーベルをデュエルのわきへ薙ぎ、すぐにスラスターとバーニアを噴射しストライクを振り向かせた。

 イザークが攻撃をうけ、デュエルの体勢を戻すころには、すでにストライクはアークエンジェルへと向かって行っていた。

 それを受けデュエルが追いかけ、ビームライフルを発射するが、ストライクはそれをなんなくかわしていった。

 キラが見ているのはブリッツだけであった。

 そして、ブリッツに斬りかかる。

 ブリッツもストライクが来るのに気付いて、避けようとしたが、降り下げた瞬間、ストライクはすぐさまブリッツを蹴り上げ、アークエンジェルから引き離した。

 その時、追ってきていたデュエルが死角からサーベルをふるった。

 「キラ、危ない!」

 近くにいたヒロはキラに叫んだ。

 間に合わないと思った。

 が、キラはすばやくストライクを振りかえさせ、宙に浮いていたショットガンを手に持った。

 そして、デュエルの至近距離で放った。

 一瞬視界が遮り、デュエルは怯んだ。

 その隙を狙ってアーマーシュナイダーをとりだし、先ほどサーベルが当たった装甲に向けたたきつけた。

 デュエルに激しいスパークが走り、そのまま沈黙した。

 漂うデュエルをブリッツが抱えるようにし、離脱していった。

 

 それまでの動作があまりの速さで、その様子を見ていたヒロは驚き呆然としてしまった。

 ヒロはクリーガーをストライクの近くに寄せた。

 当のキラは、自分でも本当にこのような動きをしたのかわからず、きょとんとしていた。

 バスターも離脱し、ジンとメビウス・ゼロもこちらに近づいてきた。

 なんとか危機を脱したのであった。

 そして、アークエンジェルは第八艦隊と無事合流した。

 

 

 

 ヴェサリウスはラコーニ隊の艦と合流し、かの隊にラクスをプラントへ送り届けることになった。

 「残念ですわねぇ…。せっかくお会いできたのに…。」

 「プラントでは、みな心配していますよ。」

 ラクスは残念そうにアスランに言った。

 今、アスランは彼女を連れ格納庫へ向かっている。

 ラウもオデルも見送りに来ていた。

 「クルーゼ隊長にも、いろいろとお世話をおかけしました。」

 「お身柄はラコーニが責任を持ってお送りするとのことです。」

 ラウは一礼して応じた。

 「ヴェサリウスは追悼式典には戻られますの?」

 「さあ…それはわかりかねます。」

 「戦果も重要なことでしょうが、犠牲になる者のこともどうか、お忘れなきよう…。」

 「…肝に銘じましょう。」

 この2人のやりとりにアスランはふたたび驚いた。

 ラクスにこのような面もあったことを初めて知ったのであった。

 「エーアスト隊長もありがとうございます。…お戻りにはならないのでしょうか?」

 オデルはパトリックからラクスの捜索でこのヴェサリウスに合流した。

 本来なら彼も戻ってもよいはずだ。

 「…ラコーニ隊に代わり、アスナール隊がヴェサリウスに合流するとのことで…。」

 「そうですか…。」

 ラクスはアスランに向き直った。

 いつもと同じ穏やかな表情だった。

 「何と戦わねばならないのか…。戦争は難しいですわね。」

 アスランはその言葉に答えることは出来なかった。

 「では、また…お会いできる日を楽しみにしておりますわ。」

 そう言い、彼女はシャトルに乗りヴェサリウスを後にした。

 そして、ヴェサリウスはふたたびアークエンジェルを追った。

 

 

 




最近、ガンダムに縁がないというか、なにかあるのか…、ダビングして保存するぞと意気込んで録画したのが1話だけ録画失敗しておしゃかになったり、ゲームのデータ吹っ飛んだり…(汗)
この物語の保存データはなくならないように気を付けます…。


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PHASE‐14 決断の代償

おまたせしました。ようやくアップします。
しかし、この展開になったのは、自分でも驚きだ~。


 数十にのぼる駆逐艦、戦艦に取り囲まれ、アークエンジェルはゆっくりとその旗艦メネラオスの横に近づけていった。

 その様子をモニターより見ていた避難民たちは、その艦隊の威容に圧倒され感嘆し、また安堵の表情を浮かべたのであった。

 地球連合軍第八艦隊、智将ハルバートンが率いる艦隊にとうとう合流できたのであった。

 

 

 

 メネラオスのブリッジより白亜の戦艦を見て、ハルバートンは感慨にふけった。

 ヘリオポリスの件を聞いたときは、本当にこの計画がすべて水に帰したと思ったが、今こうして目の前にある。

 これらのために関わってくれた者たちに報いることができる、そう思った。

 「改めて…このように見ると素晴らしいものです、閣下。」

 ハルバートンの隣に、副官のホフマンとは別の若い男性が立っていた。

 「君も来るかね、ウォーデン中佐?」

 ハルバートンはアスベルに尋ねた。

 アスベル・ウォーデン。

 元はMAのパイロットその後、ハルバートンの副官を務めていたが、現在MS運用のためのパイロット訓練および実用戦術のため集まった士官たちのまとめ役としてカリフォルニア基地に所属している。異動の際、少佐から中佐へとなっている。

 「…では、少しだけ。アークエンジェルより戦闘データを受け取りすぐにパナマ、そしてカリフォルニアに行かなければなりませんので…。」

 「…そうか。まったく、君が動かなければ、進まないとは、大変なもんだな。」

 「いえ…。閣下のおかげでこれでもやりやすい方です。」

 「そうか?私としては君に戻ってきてほしいくらいだよ。」

「…そのようなこと。ヴァイスウルフの代理人も行かれるのですよね?」

 「ああ、彼らには本当に礼を言わなければな。」

 G兵器のうち4機が奪われたとはいえ、2機残り、それを今まで守ってくれた。

 しかも…話では、その傭兵部隊にあの子がいるとは…。

 かつての同期が、死の前日、久しぶりに送ってくれた最初で最後の手紙。

 そしてガウェインから聞いた話。

「…早く行きたいものだな。」

 ハルバートンは白亜の戦艦を見ながら、今か今かと待ち焦がれた。

 

 

 アークエンジェルの格納庫ではせっかく第八艦隊に合流したというのに慌ただしかった。

 「艦隊と合流したってのに、なんでこんなに急がなきゃならなうのです?」

 メビウス・ゼロのハッチから首を出しキラはムウに不満を漏らした。

 ムウは無重力空間でうたた寝をしていたが、突然のキラからの問いにあわてて飛び起き、憮然として答えた。

 「不安なんだよ、壊れたままじゃ!」

 先の戦闘で被弾したところを急ピッチで修理が行われ、キラも駆り出されてしまった。

 マードックが笑いながら言った。

 「第八艦隊つったって、パイロットどもはひよっこ揃いさ!なんかあったときにゃ、やっぱ大尉がでられないとな。」

 近くにいたフォルテも頷いた。

 「まあ、たしかにメビウス・ゼロを扱えるのはフラガ大尉だけだしな…。」

 その時、クリーガーの調整を終えたヒロがこちらに来た。

 「フォルテ、クリーガーなんだけど…OSはどうする?」

 今まで、人員・戦力不足から使わしてもらっていた機体である。

 第八艦隊と合流した今、彼らに返却することになるのだが…。

 それに続いて、キラもムウに尋ねた。

 「ストライクも…、あのままでいいのですか?」

 「わかっちゃいるんだけどさ…。わざわざ元に戻してスペック下げるってのも、なんかこう…。」

 ムウは困った顔をした。

 2機ともナチュラルには扱えないOSである。しかし、それを初期化するのは、今までの2機の活躍を考えると、今の性能のままでいたかった。

 「できれば、あのままで誰か使えないか、なんて思っちゃいますよね。」

 全員驚いて声をした方へ顔を向けた。マリューがこちらの方へやって来る。

 「艦長?」

 「あらら、こんなむさ苦しいとこへ。」

 マリューは軽くうなずいた後、キラの顔を見た。

 「キラ君、ちょっと話せる?」

 どうやら、マリューはキラに用があってここに来たようだ。

 

 キラとマリューが話をするため上のキャットウォークへ行った。

 その間にもメビウス・ゼロの修理は行われている。

ムウはふと考え、ヒロに尋ねた。

 「…なあ、機会があったら、これに乗ってみないか?」

 「え?」

 ヒロは思わず驚いた。

 ムウが指さしているのはメビウス・ゼロである。

 「いや…なに、こないだの戦闘でヤツのこのガンバレルに似たヤツ、かわせただろ?もしかして…適正あるんじゃないかな~と思って。」

 ムウは興味本位で薦めた。

 このメビウス・ゼロに装備されているガンバレルは、普通のパイロットでは扱えない。高度な空間認識能力が求められる。

 「うーん…。自分でもよくわからないですよ。その空間認識能力ってどうわかるんですか?」

 ヒロにはいまいち、自覚がなかった。

 「さあ、俺にもじつはよくわからないんだよね。」

 ムウの答えに思わずヒロはガクっとした。

 「うーんでも、直感みたいなのもあるんだろ?なんか俺もよくわからないけど、俺の家系もなんかそういのがあるらしいし…、もしかして俺の親戚だったりして?どう?」

 ムウは冗談めかして聞いた。

 「知りませんよ…。僕、本当の親の顔なんて知らないんですし…。」

 少し冷たい空気が流れた。

 「大尉ぃ、さすがにそれはまずいんじゃないですか、いくら何でもまだ10代ですぜ?」

 「そうそう。微妙な年頃なんだから。」

 「冗談でも言っていいことと悪いこともありますぜぇ~。」

 マードックとフォルテがヒロに聞こえないようにぼそぼそとムウに言った。

 さすがにムウもまずいと思ったのか、

 「あー、わりぃ。そういうつもりで言ったわけじゃなくてな…。」

 必死に言いつくろった。

 「あらあら、大尉、何いじめてるんですか?」

 キラとの話を終え、戻って来たマリューはムウを茶化した。

 「いや…そんなんじゃないって。」

 ムウは一生懸命言い訳をしていた。

 

 

 

 「いや~、ヘリオポリス崩壊のしらせを受けたときは、もうだめかと思ったよ!それがまさかここで諸君と会えるとは…。」

 ハルバートンはマリューたちの姿を確認しランチから降りてきた。

マリューをはじめクルーたちが一斉に敬礼をした。

 「ありがとうございます、閣下。お久しぶりです。」

 マリューも嬉しそうに挨拶する。

 「ナタル・バジルールであります。」

 「第七機動艦隊所属、ムウ・ラ・フラガであります。」

 ハルバートンは士官たちとの挨拶をしていった。

 そして、一通り終えるとキラたちの方に目を向けた。

 「…彼らが、そうかね?」

 「はい、操艦を手伝ってくれたヘリオポリスの学生たちです。」

 「君たちのご家族の消息も確認してきたぞ。みなさん、ご無事だ。」

 それを聞いて彼らはパッと明るくなった。

 「とんでもない状況の中、よく頑張ってくれた。私からも礼を言う。あとでゆっくり話をしたいものだな。」

 「それと…。」

 ハルバートンはルキナとギースの方に目を向けた、そちらの方へ行った。

 周りも少し固くなった。

 「閣下…その…。」

 そう…忘れたはいないわけではなかったが、この件もあったのであった。

 確かに ユーラシアの軍人が大西洋連邦の機密のデータを不法に得ようとしたのである。本来なら外交問題になる大事である。

 しかし、アルテミスで彼らが助けてくれなければ、もっと大事になっているはずだ。 それに、正体を明かした後、彼らはデータを盗み出そうというそぶりもなかった。

 マリューはそのことも含め、ハルバートンに話そうとした。

 が、それは杞憂だった。

 「君たちのことは、伺っている…。お互い、いろいろあるようだが…。まずは、この艦を助けてくれたことを心から礼を言う。」

 その言葉には偽りもないまぎれもないお礼の言葉だった。

 どうやら、お互いに水面下で話をつけたらしい。

 「ルキナ・セルヴィウスです。」

 「ギース・バットゥータであります。」

 その言葉を聞き、2人は改めて敬礼し、ハルバートンに挨拶した。

 ハルバートンも敬礼を返す

 「閣下、それと…。」

 「ああ、わかっている。ヴァイスウルフの君たちにも礼を言わなければな。」

 「いえいえ、結局、4機は奪取されましたし、任務を全うしたとは…。」

 フォルテが答える。

 「いや…、この艦と2機を守ってくれただけでも、我らにとって大きい。それと君たちに頼みたいこともあるしな…。詳しい話はここに来てくれた代理人から聞いてくれ。」

 そうしてハルバートンは士官たちと共にこの場を後にした。

 先ほどのやり取りからもわかるとおりの人柄で、マリューたちがこの人のために働いているのも納得した。

 そして、もし…話す機会があったら、…できれば聞きたかった。

 そう思うのは、今自分が悩んでいるのもあるのかもしれない。

 知りたかった。

 ハーディのことを。

 そこへランチよりもう1人降りてくる人影があった。

 「無事でなりよりだ。フォルテ、ヒロ。」

 オーティスであった。

 

 

 

 第八艦隊より離れた位置にヴァサリウスはいた。

 そこで、ガモフ、ツィーグラー、ゼーベックとの合流を果たした。

 「やっぱり…ゼーベックに戻ると家に戻ってきた~、って感じですね、隊長!」

 「そうだな。」

 アビーはゼーベックに着き、ランチから降りるとグッと背伸びした。

 同じザフトの艦とはいえ、各々艦の色というものがあり、雰囲気も違う。

 彼らにとっては、このゼーベックはまさしく家(ホーム)なのである。

 「隊長!」

 MSパイロットたちがオデルの帰還に大喜びで出迎えた。

 「ちょっと、ちょっと。あたしが戻って来たことには反応なし?」

 「いや…そうじゃないんですよ。」

 「てか、勝手についていったのに…か?」

 ムスっとしているアビーにみんななだめる。

 「しかし…、本当に第八艦隊を相手に撃つのですか?」

 ジョルジュはオデルに聞いた。

 「『足つき』が地球へ降下しそうだからな。その前に仕留めたいんだろう。」

 とはいえ、いくらMSがMAより優位性が高いとはいえ、本当に戦艦4隻、MS十数機で、艦隊を相手にするのか。

 それは疑問だった。

 が、ラウは何としてでも撃とうとするだろう。

 オデルは、この後起こるであろう戦闘に思いを馳せた。

 

 

 「しっかし、スカイグラスパー2機とは…。やはり本気なのですか、艦長?」

 マードックはハルバートンとの会談を終えたマリューに聞いた。

 「ええ、そうよ。」

 アークエンジェルは人員現状のまま、アラスカに降りることになった。

 ルキナとギースもハルバートンの計らいでアークエンジェルに組み込まれ、またアラスカまでヴァイスウルフが護衛の任務を受けてくれたが、もともと足りない人員に操艦を手伝ってくれたヘリオポリスの学生たちが抜けるのだ。

 とはいえ、この艦とMSは地球軍にとって大事なものである。

 「じゃあ、こっちの方はお願いね。」

 マリューは、搬入および避難民のメネラオスの移送を任せ、格納庫を後にした。

 「ラミアス大尉。」

 ブリッジへ向かう途中、声をかけられた。

 彼女は振り返り、その姿を確認し、嬉しそうに敬礼した。

 「お久しぶりです、ウォーデン中佐。」

 彼も敬礼を返す。

 「中佐はどうしてここへ?」

 「アークエンジェルが得たMSのデータをね。しかもこの後すぐに戻らなければならない。まったく、ゆっくりこの艦を見学できないよ。」

 彼は少し残念気味に言った。

 「中佐ならいつでもご覧になれますよ。しかし、残念です。もし地球に降りられるなら、中佐に指揮していただいてもよかったのに…。」

 「…自信ないのか?」

 その問いに、一瞬マリューは表情を曇らせた。

 が、それは事実だ。

 これまでも自分が艦長に向いてないと思うことが何度もあった。

 自分は甘いのではないか。

 しかし、それを今まで誰かに打ち明けることは出来なかった。

 できるわけがない。艦長なのだから。

 艦長がそれではだめなのだと。

 ここまでこれたが、その堂々巡りがマリューにはあった。

 「大丈夫だ、ラミアス大尉。君が艦長だからここまで来れたのだよ。ラミアス大尉とバジルール少尉。2人の指揮があったからこそだ。…それに君を陰ながらに支えている人もいる。」

 そのまま、アスベルは続けた。

 「それに自分が指揮しても何も役にも立たないさ。俺はもともとMAのパイロットなんだぞ?…自分がやれることを自分の意志を持って行う。…それが、生き残った者が死んだ者たちに対して、報いなければならないできる限りの事だ。」

 アスベルの言葉にマリューは胸を締め付けられた。

 そうだ…。

 先ほどのハルバートンの言葉もそうだ。

 今までザフトのMSに抵抗することもできずに散っていった、多くの兵たち。

 それを見て来たからこそ、自分はこの開発に心血を注いだ。

 改めて、これをアラスカへ届けなければとマリューは決意した。

 たとえ、自分が艦長に向いてなくても。

 「…では、地上で先に、待っている。」

 そう言い、アスベルは去っていった。

 

 

 「え~、本当にいいんですか?」

 ヒロは戸惑い、クリーガーを見上げた。

 オーティスの話によると、このクリーガーをここまでのアークエンジェルとMSの護衛の報酬として譲り受けることになったのである。

 本来、地球軍にとって重要なはずの機体である。傭兵の護衛の任務の報酬として渡せるものではない。が、そうなったのには、わけがあった。

 『いいんじゃね?もらえるものはもらっちゃえ!』

 ジーニアスは軽い感じで促した。

 その代わり、アークエンジェルがアラスカに降りるまでの護衛の依頼を受けることになった。

 「…キラたちは降りるよね?」

 ヒロはフォルテに聞いた。

 「さっき、除隊証持っていったから、そうだろ?」

 その時、

 「君が…ヒロ・グライナー君だね?」

 ヒロはキャットウォークより声をかけられた。

 「はい…。」

 コクピットより顔を出すと、そこにはハルバートンがいた。

 ヒロはコクピットからでて彼の下に向かった。

 「君の事はザイツやハーディから聞いていてね…。一度会ってみたかったんだ。」

 「ハーディが?」

 「そう…私が書いた手紙が届いたその日に、運び屋に渡したから…。君の事を書いてあったよ。」

 ヒロは驚いた。同時に聞きたかった。

 が、なかなか切り出せなかった。

 「しかし、本当にすごいものだよ。先ほどキラ・ヤマト君にも話したんだが、君たちが扱うと、とんでもないスーパーウェポンになってしまうなんてな。」

 ハルバートンはクリーガーを見上げた。

 「本当に…いいのですか?もらってしまって?」

 ヒロは尋ねた。

 「いいのさ。これはもともと、アークエンジェルではなく別の部隊に送ろうとしたものだしな…。今は解散してしまったが…君が乗ってくれるのがいいと思ってな。」

 ヒロはハルバートンの意味がよくわからなかった。

 その時、1人の士官がやってきてハルバートンに声をかけた。

 「閣下、メネラオスから至急お戻りいただけたいと…。」

 「やれやれ…、とのことだ。」

 ハルバートンは肩をすくめた。

 「また今度機会があったら、ゆっくり話したいものだな。…良い時代が来るまで、死ぬなよ。」

 そのまま身を返してハルバートンは去った。

 ヒロは結局、何も聞けず彼の背中を見送った。

 

 

 メネラオスでは敵艦発見の報が知らされた。

 「ナスカ級1、ローラシア級3、方位グリーンアルファ距離500、会敵予測15分後です!」

 「くそっ!こんなときに!」

 ハルバートンは毒づいた。

 敵艦の発見の報を聞き、アークエンジェル内でも慌ただしくなった。

 敵艦発見はアークエンジェルも捉えらていた。

 「搬入作業中止、ベイ閉鎖!メネラオスへのランチは!?」

 「まだ出ていません!」

 「急がせて!…総員第一戦闘配備!」

 

 

 

 (全隔壁閉鎖、各科員は至急持ち場につけ!)

 ザフトの方も戦闘準備が着々と行われていった。

 格納庫でも発進準備が行われ、つぎつぎにMSが発進する。

 「…本当に行うなんて。」

 ロベルトはガックシした。こんな低軌道での戦闘なんて初めてだ。

 (どうせ、お前は援護射撃だろ!)

 バーツより通信が入る。

 (そうですけど…。けど、なんで自分なんです?ジョルジュさんの方が腕いいでしょう?俺…射撃苦手なのに…。)

 (低軌道での戦闘だからだよ…。それとも…ロベルト、バーツのブレーキ役をやるか?)

 地球の重力を考えなければならない。突っ込みすぎてもし重力に引っ張られカプセルもなしに降下すれば、いくらMSといえども灼熱に焼かれてしまう。

 (おいおい、ブレーキ役って、いつおまえが俺のブレーキ役になったんだ?)

 バーツが不満げにふくれっ面で言った。

 (え?私たちがゼーベックに着任した時はすでにジョルジュさん、バーツさんのブレーキ役やってましたよ。)

 (シャルロット…。)

 シャルロットが茶化した。

 (たっく~、シャルロットは…。隊長、どうなんですか?)

 バーツはオデルに振った。

 「…さあ、どうかな。」

 オデルはこのやり取りをほほえましく聞いていた。

 (そんな~、隊長…。)

 (あなたたち、もうすぐ交戦になるのよ?いいかげん、私語は慎みなさい!)

 ブリッジよりエレンから窘められてしまった。

 みんなエレンに窘められしゅんとしてしまった。

 それらのやり取りをみて、オデルは思わず笑みがこぼれた。

 やはり、この隊にいるのは居心地が良かった。

 

 

 地球軍の戦艦からも次々とMAメビウスが飛び立っていく。

 (全艦密集陣形にて迎撃態勢!アークエンジェルは動くな!そのまま本艦につけ!)

 通信機よりハルバートンから命令が下される。

 アークエンジェルを後方へとやり、それを守る形で戦艦、駆逐艦は固まって陣形をとった。

 物量と火力によって敵を迎え撃つのが、従来の地球軍の戦い方であった。

 MSの登場はこれまでの兵器を大きく一変した。

 MSが登場するまでの主力兵器はMAであった。それは、様々な武装に対応できる汎用性はあったもの従来の宇宙戦闘機の延長にあるものだった。

 また、戦艦やコロニーなどを攻撃目標とした運用を想定しており、制宙戦闘やドッグファイトは考慮されていなかったため、複雑な機動ができるなど運動性はそこまでなかった。

 が、MSはその人型のため、MA以上の運動性を発揮、また、武装も持ち替えることができ、MA以上のあらゆる局面での対応が可能になった。

 そのようなMSに対しての地球軍の対抗策は物量と火力によってのみであった。

 が、その戦法は同時に味方を多く犠牲にするものだった。

 MSが初めて実戦に投入されたC.E69年、ハルバートンはMSの有用性を見抜き、MS開発を上申した。このときは却下されてしまったが、ようやくC.E70年7月にようやく本格開発が行われるようになった。

 それが、G計画である。

 しかし、試作機の4機が奪われてしまい、まだ量産化は行われていない。

 彼もまた、従来の地球軍の戦い方でしか応戦できなかった。

 

 

 アークエンジェルのブリッジはみな重苦しい感じだった。

 「イーゲルシュテルン起動、後部ミサイル管コリントス装填!ゴットフリート、ローエングリン発射準備!」

 ナタルが武装の準備を命じていく。

 次々と準備をしていくが、手いっぱいだった。

 「くそっ!」

 小さくトノムラが毒づいた。

 もともと少ない人員、今、ヘリオポリスの学生が抜けさらに足りないのだ。

 ルキナとギースは足りなくなったCICに入っている。しかし、それでも手いっぱいだった。

 その時、

 「すみません、遅れました!」

 ドアが開き少年たちの声が響いた。

 マリューは驚き振り返った。トール、サイ、ミリアリア、カズィであった。

「あなたたち…!?」

 マリューは呆然とした。

 「志願兵です。ホフマン大佐が受領し、私が承認いたしました。」

 ナタルが短く説明する。

 トール、カズィは空いていた、サイとミリアリアはルキナ、ギースと代わり、今までの自分たちの席に着いた。

 その様子をはじめは呆然としたクルーたちも、嬉しそうに彼らを受け入れた。

 が、彼らの決断が今後の彼らの人生にどのように与えるか、その時は誰も知らなかった。

 

 

 戦艦より次々とミサイルが飛んでくる。

 シグーアサルトは、それらをかわしこちらに向かってくるメビウスを落とす。

 1機、ジンが戦艦の砲に当たり散開するのが見えた。

 あの機体はヴェサリウスかツィーグラーのジンであろう。

 (ったく、数が多い!)

 ジンハイマニューバのバーツから通信が聞こえた。

 いかにMSがMAに対してアドバンテージを持っていても、この艦の多さでは攻めあぐねていた。

 が、奪ったあの4機の機体は違った。

 次々にMAはもちろん、戦艦を難なく戦闘不能にし、撃墜していく。

 

 その様子はメネラオスからも確認できた。

 「くそ…、Xナンバーか!」

 「確かにみごとなMSですな…。だが、敵に回しては厄介なだけだ。」

 ハルバートンはうめいた。

 それに対し、ホフマンは冷ややかに言った。

 が、次第にその様子も変わっていった。

 ザフトは手を緩めず、次々と戦艦に迫って来る。

 「セレウコス被弾、戦闘不能!カサンドロス沈黙!」

 「アンティゴノス、プトレマイオス撃沈!」

 「なんだと!?戦闘開始でたった6分で…4隻をか!?」

 その報告にホフマンも愕然とした。

 これまで、従来の敵MSでもこんな短時間で艦を4隻もやられることはなかった。

 MSの後方にいた戦艦が動く。

 その動きはメネラオスもキャッチした。

 「敵ナスカ級、およびローラシア級接近!」

 「セレウコス、カサンドロスにレーザー照射!」

 2隻が狙っているのは戦闘能力を失い、離脱中の戦艦だ。

 ヴェサリウスとガモフの主砲が放たれ、2隻の駆逐艦は沈んだ。

 

 

 ゼーベックの中は少々重たい雰囲気だった。

 奪取したMSがあっても、MSが有利だとしても、4隻で一艦隊と交戦するのだ。

 それに、このような大規模な戦闘は宇宙では半年近くなかった。

 彼らパイロットの無事を祈るしかなかった。

 エレンはふとハルヴァンの方に目を向けた。

 彼もまた、ここから見えないパイロットたちを心配していた。

 できれば自分も行きたい、そんな風に見て取れた。

 「ハルヴァン…。あなたも行く?機体は1機余っているわよ。」

 エレンはハルヴァンに言った。

 「…できることなら出撃したいのですが、この足では足手まといだけです。」

 彼は苦笑した。

 

 

 爆散するセレウコス、カサンドロスをモニターから見え、アークエンジェルのクルーたちは冷たい沈黙が流れた。

 艦長席の通信機が着信し、マリューは受話器を取った。

 ムウからだった。

 

 「おい!なんで俺は発進待機なんだよ!」

 ムウはいらいらと落ち着かない様子であった。

 「第八艦隊ったって、あれ4機相手じゃヤバイぞ!」

 「フラガ大尉…。本艦への出撃指示はまだありません!引き続き待機してください!」

 マリューは通信を切った。

 ムウの気持ちはわかる。この味方の劣勢を見ているだけの現状だけなのである。

 しかし、もしここでアークエンジェルが落とされたり、降下のタイミングを逃したら意味がなくなる。

 マリューはしばし思い悩み、そして決断に至った。

 「メネラオスへ繋いで!」

 彼女はハルバートンに通信を入れた。

 

 

 

 「降りる!?この状況でか?」

 ムウはメビウス・ゼロのコクピットに来たマードックに聞いた。

 「俺に怒鳴ったってしゃあねえでしょう?ま、ズルズルよりゃいいんじゃねえんすか?」

 マードックが答える。

 そのことをクリーガーのコクピットで待機していたヒロはそのことを聞き、しばらく考え、決断した。

 そして、ブリッジに通信を開いた。

 「マリューさん、クリーガー、出ます!発進許可を。」

 その言葉にマリューもムウも驚いた。

 (ちょっと…ヒロ君!)

 「ギリギリに戻ります!万一間に合わなくても、カタログ・スペックではクリーガー単体でも降下できます!」

 (焦りすぎだ、ヒロ!)

 フォルテから窘める通信が入った。

 「焦ってない。けど…向こうは、あの4機がいるんですよ。それにせめて対抗できるのは、このクリーガーだけです。」

 ジン3機、そしてイージスで先遣隊は壊滅したのである。

 今回、これだけ数がいてもあの4機相手では第八艦隊も危ない。

 アークエンジェルが降下できなくなる可能性もある。

 (…わかった。俺も出る。絶対限界点までにはお前を連れ戻さなきゃならねえ。艦長、発進させてくれ。俺が出る分には問題ないだろ?)

 ヒロの意志の固さにフォルテは根負けした。

 (しかし…。)

 マリューは心配した。確かに彼らの申し出はありがたい。が、下手をすれば重力に引き込まれる。

 (はぁ…なあ、艦長、普通なら傭兵を危険な場所にパッパと出すもんだぜ?)

 「そんなこと…。」

 できるはずがない。彼らはここまで損得抜きでアークエンジェルを守ってくれたのだ。そんな人たちを簡単に危険な場所に出撃させるなんてできない。

 (…まあ、そう言って止めてくれるのは嬉しいけど…、ヒロのやつ、このままじゃまた勝手に発進させちゃうぜ?)

 確かに協力もあったが、彼には勝手にカタパルトを開いて出て行った前科がある。

 そして、その間にもザフトは戦艦、MAを撃沈させている。

 決断するしかなかった。

 (…わかりました。フラガ大尉はそのまま待機してください。ヒロ君、フォルテさん、お願いします。)

 マリューは2機を発進準備させた。

 

 アークエンジェルのカタパルトハッチが開き、ヒロ、フォルテは機体を発進させた。

 出た瞬間、一瞬圧倒された。

 今まで、発進した時はどこまでも広がる宇宙空間だが、今は下に地球が見える。

 しかし、感嘆している暇はない。

 (ヒロ、フェイズスリーまでには戻るぞ!)

 フォルテから通信が入る。

 その口調は普段に比べ、すこし固かった。

 「…わかった。」

 スラスターを全開にし、火戦入り乱れる戦場へ向かった。

 MA、MS、戦艦が入り乱れ、各々攻撃によって爆散し、散っていく。

 その光が闇を照らしていた。

 それを見たヒロは何か嫌なものを感じた。

 それはムウやあのザフトのクルーゼとかいう人がいると認識した、別の冷たい感じだった。確かにそれも感じる。

 「なんなんだ…これは。」

 ヒロもそれが何か分からなかった。

 

 

 「俺だけ待機かよ…。」

 ムウは独り言ちた。

 とは言っても、自分が出て行っても大した戦力になるわけでもないが…。

 しかし、せっかくメビウス・ゼロを修理し、万全の態勢にしたのにこのまま見守るだけというのは、つらかった。

 その時、格納庫を人影が通った。

 「いくらヒロとフォルテさんでも、あの数を相手にするのはキツイですよね。それに向こうにはあの4機がいます。」

 それは、聞きなれた声であった。

 「坊主!?」

 ムウはしばし唖然とした。

 「ストライクで待機します。まだ第一戦闘配備ですよね。」

 キラはそのまま、ストライクのコクピットへと向かって行った。

 

 アークエンジェルが降下する様子はヴェサリウスからも確認された。

 「アークエンジェルが動く!?ちぃっ、ハルバートンめ…、第八艦隊を盾にしてでも『足つき』を降ろすつもりか!?」

 ラウは苦々しく口にした。

 こちらの目的は戦艦とMSを落とすことである。

 「追い込め!何としてでも地球へ降下する前に仕留めるのだ!」

 その報告は各々艦よりレーザー通信で届いた。

 MSが2機こちらに向かって来るのも確認できた。

 モニターでそれを確認したが、その機体をみてイザークは顔をゆがませた。

 自分が狙っていたもと違ったからだ。

 「出てこないのかよ!」

 その眼光は自尊心を傷つけられた怒りをにじませた。

 前回の戦闘において、デュエルは電気系統にダメージを受け、コクピット内で小規模の爆発を起こした。その爆発によってイザークはヘルメットを損傷し、破片が彼の顔を傷つけた。

 幸い、コクピットに亀裂が入ってなかったので生還できたが、イザークにはそれを喜ぶ気持ちはなかった。

 ストライクにコーディネイターが乗っているとは知らないイザークには、もちろん相手をナチュラルだと思っていた。しかし、その自分より劣っている種のナチュラル相手に後れをとり、かつ傷をつけられたというのは、彼にとって恥辱であった。

 この恥辱を晴らす。

 その思いで、この怪我をおしてでも、この戦闘に参加したのである。

 しかし、ストライクはなかなか出てこない。

 「出てこい、ストライク…。出ないと…出ないと傷がうずくだろうがー!」

 彼は吠えた。

 クリーガーはカービンでジンの突撃機銃や無反動砲、ミサイルランチャーを撃ちぬく。

 または、その武装した手足を狙う。

 そのうちの1機がなお、こちらに攻撃を仕掛けようとする。

 「やめるんだ!もう戦える状態では…。」

 ヒロは聞こえるはずもないが、なんとかかの機体を退かせようとバルカン砲を撃つが、なおも退かない。

 その時、偶然近くにいたメビウスがリニアガンを放ち、ジンは爆散した。

 「くっ…。」

 ヒロはなんとも言えなかった。

 わからない。

 撃つ覚悟はしているのに、いざとなると撃てなかった。

 撃つのが怖いのか…。

 撃たなければいけないのか…。

 だが、自分がどんなに殺さないで戦っていても、周りは今も多くの命を散らしていった。

 分からなかった。

 その時、コクピット内にアラートが聞こえた。

 ロックされたのである。

 見ると、バスターがこちらにライフルを向けている。

 マズイ…。

 一瞬やられると思ったが、フォルテのジンがクリーガーを飛び蹴ったため、ライフルを避けられた。

 その間にジンは背部にマウントしていた無反動砲を2つとりバスターに放ち、牽制した。バスターも離れていく。

 (ぼけっとするな、ヒロ。)

 フォルテから通信が入った。

 「ごめん…。」

 いつもとは違う様子のヒロにフォルテは気付いた。

 (…ヒロ、しっかり自分を保て。でないと…、呑まれるぞ。)

 「え?」

 (とにかく…、ここでぼさっとしないでまだまだ来るんだぞ。)

 そう言い、去っていった。

 ヒロもまた、戦闘の中へ戻っていった。

 

 

 しかし、第八艦隊の必死の抵抗、フォルテとヒロの奮戦かなわず、とうとうバスターとデュエルが先陣隊列を突破していき、メネラオスと交戦を始めた。

 その報告を聞いたキラはメビウス・ゼロに通信を入れた。

 「フラガ大尉!」

 (ああ、わかっている。)

 ムウはブリッに通信を入れた。

 (艦長、ギリギリまで俺たちを出せ!あと何分ある!?)

 「何を…『俺たち』?」

 マリューは途中怪訝にある。

 先ほど、ヒロとフォルテが出撃して残っているのはムウ1人だけのはずだ。

 その時、キラが通信を割り込んだ。

 (カタログ・スペックはクリーガー同様、ストライクも単体でも降下可能です。)

 「キラくん!?」

 マリューは驚いた。

 ブリッジのクルーたちも同様であった。

 「どうして、あなた…そこに!?」

 とっくにかれは艦を降りたと思っていたからだ。

 ここに残ることがどういうことかわかっているはずなのに…。

 (このままじゃ、メネラオスも危ないですよ!)

 マリューは決断できなかった。

 彼にこの大気圏ギリギリの場所で…。

 そのようにマリューがなかなか決断を出せない中、ナタルがキラに向けて言った。

 「わかった!ただしフェイズスリーまでに戻れ。スペック上は大丈夫でも、やった人間はいないんだ。中がどうなるかは知らないぞ。高度とタイムはつねに注意しろ!」

 (はい!)

 そう言い、通信は切れた。

 思わずマリューは立ち上がった。

 「バジルール少尉!」

 「ここで本艦が落ちたら、第八艦隊の犠牲がすべて無駄になります!」

 2人はしばしにらみ合った。

 

 

 ヒロはアークエンジェルから2機発進されるのを見た。

 ストライクが出てきたことに驚いた。

 乗っているのはキラであろう。

 しかし、トールたちの話では、艦を降りたと聞いていた。

 が、このようにストライクを動かせるのは彼以外考えられなかった。

 ストライクはデュエルと交戦し始めた。

 

 

 戦況が加速する中、1隻のローラシア級が敵の戦列の内側まで入り込んでいた。

 「ガモフ、出過ぎだぞ!何をしている、ゼルマン!?」

 アデスが身を乗り出して叫んだ。

 (…ここまでおいつめ…引くことは…もとはと言えば我ら…、『足つき』は、必ず…。)

 そこで通信が途絶えた。

 おそらく、ゼルマンは責任を感じているのだろう。

 しかし、それは彼だけの責任ではない。

 が、生真面目な彼の事だ。

 それを言い訳にせず。彼は覚悟の上で、今、敵艦へ前進した。

 

 ガモフを止めようとしたメネラオスの前にての応射してくるドレイク級の戦艦を、沈ませたガモフはメネラオスへと向かう。ムウのメビウス・ゼロが接近し、ガンバレルを展開して撃ちこんでも、その勢いは止まらない。

 メネラオスにガモフの砲が当たる。

 メネラオスの主砲もガモフを貫いた。

 

 メネラオスとガモフの撃ちあいはクリーガーからも確認できた。

 このままでは…。

 ヒロはクリーガーを反転させ、急いでメネラオスへ向かった。

 

 

 

 「MSたちを戻らせて!」

 ゼーベックでも、MSたちに戻るよう指示を出した。

 が、オデルがいないことに気付いた。

 (隊長が前に行ってしまったんです!?)

 (さっきガモフの方に向かっていたから…。)

 各々パイロットがオデルを探す。

 (…俺が行く。バースはみんなを戻らせてくれ。)

 (おいおい、ジョルジュ…。)

 (大丈夫だ。すぐ戻る。)

 そう言い、ジョルジュのジンはオデルの所へ向かうため、ふたたび前に出た。

 

 

 

 メネラオスがガモフはお互い、満身創痍ながらも撃ちあっていた。

 ふいに、ガモフが次々と連鎖的に爆発がおき、弾けた。

 「メネラオスは!?」

 急いで向かっていたヒロは確認した。

 メネラオスはまだかろうじて持ちこたえていた。が、エンジンがほとんど機能してなく大気圏に呑まれていく。

そして、メネラオスは艦体が燃え上がり散っていった。

ヒロはふとメネラオスがあった下方のシャトルを目にした。

 避難民を乗せたシャトルである。

 (ヒロ!戻って)

 (ヒロ、もう限界だ。戻れ。)

 通信から聞こえてくる。

 もうザフトのMSも退きはじめている。

 シャトルは大丈夫だろう。

 ヒロはクリーガーを反転し、アークエンジェルへ向かおうとした時、シャトルの降りる先を目にした。

 ストライクとデュエルが戦闘をしている間を通って行った。

 まさか…!?

 デュエルがシャトルの方にライフルを構えている。

 「それは…それには…民間人が…。ダメだー!」

 ヒロはクリーガーのスラスターを吹かせ、急いで向かった。

 が、すべては遅かった。

 デュエルのライフルのビームが放たれ、シャトルを貫いた。

 シャトルは次第に内部より膨れ上がり燃え爆発した。

 「ああああっ!」

 何もできなかった。

 自分は何もできない。

 なぜ…!?

 その時、何か来るのが感じた。

 狙っているのか?

 まだ、続けるのか。まだ、命を奪うのか?

 …させない。撃たなければ…。

 もうこれ以上…、これ以上、

 ヒロはとっさにその方向にビームライフルを構えた。

 

 

 「間に合わなかったか。」

 ガモフが前に出たので、シグーアサルトを駆り急いで向かったが、間に合わなかった。

 しかし、もうこの状況ではアークエンジェルも落とせない。

 だいぶ行ってしまったが、ここからなんとかギリギリ戻れるか…。

 ふと、下の方に、クリーガーがいるのが見えた。

 こちらに上がる気配も、アークエンジェルへ戻る気配もない。

 戻れないのか…。

 あの機体も他の4機と同じで単体で大気圏に降りられるはずだ。

 が、しかし…。

 「何をやっているんだ…、俺は。」

 気が付いたら、シグーアサルトのスラスターを吹かし、戻れるギリギリの状態でクリーガーの所へ向かった。

 相手は傭兵だ、しかも今は地球軍側にいる。

 なのに…。

 向かってしまった。

 情か…。

 自分でもわからなかった。

 「おい、戻れないのか?おい…ヒロ・グライナー!」

 通信を開くが、応答はない。

 このままでは…。

 その時、

 (オデル隊長、早くもどってください!)

 別の声が来た。

 ジョルジュからだった。

 モニターを見ると、こちらにジンが向かってきている。

 ジョルジュはギリギリの中、ジンを操縦し、シグーアサルトへ向かって行った。

 が、モニターを見て驚いた。

 クリーガーの目の前にいたのである。

 こんなところで…!

 「隊長!」

 ジョルジュはオデルを庇うように立ち、銃を構えた。

 が、

 クリーガーの方が早かった。

 クリーガーがこちらを向き、ビームライフルをすでに構えていた。

 なぜ気付かなかった。

 そう思ったジョルジュであったが、目の前をライフルの先から放たれた光がジョルジュの肉体も意識も包み込んだ。

 

 

 

 ジョルジュのジンがクリーガーのビームライフルにコクピットを撃ちぬかれ、動きが止まった。そして、まず上半身つづいて下半身が爆散していくのをオデルの目ははっきり捉えた。

 その光景は先ほど止められたバーツのジンハイマニューバからも見えた。

 「なに…やってるんだよ、ジョルジュ!」

 バーツは声を震わせ、通信を開いた。

 「熱くなるな、突っ込みすぎるなって、いつも俺を窘めていただろ!…、一体これから誰が俺のブレーキ役になるんだよ!おい、返事しろ!」

 バーツはもう返事が来ないジョルジュに向け何度も叫んだ。

 

 その一部始終はオデルのシグーアサルトのモニターから見えた。

 一体何があった…?

 俺がクリーガーの近くまで行っている時に、ジョルジュが俺を助けに来た。

 それだけだったはずだ…。

 なのに…なぜ、撃たれたのだ?

 お互い撃たれると思ったからか?

 オデルは呆然とした。

 だが、沈むような振動で我に返った。

 手を止めたがため、大気に引っ張られ始めたのである。

 「…戻れない。」

 必死にフットペダルを踏むが引力に勝てなかった。

 

 

 引き金を引いたヒロも呆然とした。

 一連のやり取りを通信から聞こえ、ヒロは震えた。

 何をやっていたんだ…自分は。

 今のジンはシグーアサルトを助けるためにきたのに…。

 それを自分が撃った。撃ってしまった。

 先程感じた気配はもう感じない。

 それはどういうことか。

 震えが止まらなかった。

 クリーガーは大気圏へそのまま降下していく。

 ふと下には青い地球が写った。

 どこまでも青く輝く星。

 ヒロはその青さにどこか既視感を覚え、そして胸に突き刺さった。

 

 

 

 シグーアサルトはどんどんと降下していく。

 コクピット内はアラート音が鳴り響いている。

 いくらフッドペダルを踏んでも、レバーを引いても、高度は下がっていく。

 もうだめか…。

 オデルはあきらめかけた。

 いくら追加装甲があっても焼かれない保証がない。

 俺も…このまま死ぬのか…。

 上では、MS、戦艦が戻っている。

 ジンハイマニューバがこちらに来るのを他のジンが必死に止めているのも見える。

 そして、ゼーベックも見えた。

 「エレン…。」

 俺が出かける前、彼女はとても心配していたな…。

 すまない。君の懸念は当たったよ…。

 ジョルジュが死んだのは自分のせいだ。

 結局、一度自分から…過去から逃げたのに、もう一度自分と向き合おうとするのが、愚かだったのか。

 こうやって、己の過去にふれる者たちを目の前にして、自分は恐ろしく感じ始めていた。

 オデルは瞑目した。

 いざ死を目の前にするのはやはり嫌なものだ。

 おかしなはずだ。

 ずっと自分は死に急いでいたはずなのに…。

その時、まるで暗闇を照らす一筋の光が見えたような気がした。

 オデルは不思議とそこに導かれるようにその光に向かって行った。

 

 

 



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PHASE‐15 静かなる戦場

どうも、こんにちわ、こんばんわ。
いよいよ砂漠編です。
いろいろ、番組が終わってしまった時期ですが、この作品はまだまだこれからです。



 一人の男が潜水母艦の上甲板部より夜空を見上げている。

 空はあたり一面星空であり、いま、多くの星のようなものが降り注いでいる。

 現在の時刻は真夜中。

 地中海。

 C.E.70年5月25日、カサブランカ沖海戦にて圧倒的勝利を収めたザフトは地中海へ侵入。そこより、北アフリカへ侵攻。同年同月の30日スエズ攻防戦にても勝利をおさめ、地中海およびアフリカ北部はザフトの支配権となった。

 今、彼が乗船している戦艦はザフトの主力潜水艦ボズゴロフ級潜水母艦である。しかし、彼はザフトではない。ましてや地球軍でもない。

 「こんなにも多く流れ星とは…。いえ…戦闘で散った残骸…というべきですか。」

 彼の下に若い双眸を閉じたような容姿の男が甲板にやって来た。

 「ああ…。」

 不思議なものであった。

 戦闘で散っていった命、その燃えていった命の跡が、この地上より見ると流星として見える。

 ふと、それらとはちがうモノが見えた。

 とりだした双眼鏡にて除くと、戦艦が降りてきているのを捉えた。

 「あれは…。」

 同じようにみていた若い男が呟いた。

 「すぐに連絡を…。」

 艦長は若い男に促した。

 「わかりました、船長。」

 若い男は指示を受け、すぐさま戻っていった。

 彼が戻っていくのを確認した後、船長と呼ばれた男はふたたび空を仰いだ。

 降りていく戦艦の方角。

 話に聞いていた本来降下する地点とはほど遠い場所。そして、彼らにとってはとても厄介な場所。

 とは言うが、彼らにとっては不幸だが、自分たちにとっては幸いか。

 その姿は、この闇夜の中でも光輝くような白さであり、大天使の名にふさわしい威容であった。

 男は、あの艦に乗り合わせている己の親しき人物に思いを馳せた。

 

 

 

 C.E.71.2.14

 

 プラント、アププリウス市の中心にて、ユニウスセブン追悼式典がまもなく執り行われようとしていた。

 「ラクス嬢、まもなく式典が始まります。」

 イェンは控室にいるラクス嬢を呼びにいった。

 「わかりました。では、行きましょうか。」

 彼女は変わらず、おっとりとした口調で答えたが、どこか元気がない。

 「…大丈夫でしょうか?いろいろ、お疲れでしょう。人質となられたりもしましたし…。」

 先日の件の事もある。イェンは彼女を心配し、尋ねた。

 「大丈夫ですわ。あちらの艦で優しくしてくださった方々がいまして。ただ…。」

 彼女は一度、そこで遮った。

 「…ただ、わたくし、初めて戦争を身近に見ました。話には聞いていましたが、今回のことで想像とは違うもので…。」

 彼女の顔は普段のおっとりとしたものから凛とした口調になっていた。

 「…難しいものですわね、戦争を終わらすことは。昨日のビクトリアの陥落のことも…そうです。」

 「…」

 昨日、南アフリカにあるマスドライバー基地、ビクトリアを陥落させることができた。これは、先日の地球軍の新型兵器が開発されたことを受けた「オペレーション・ウロボロス」の見直しの圧力を受け、アフリカ戦線の強化された結果であり、また、その報がユニウスセブン追悼式典に花を添えることになった。

 これにより、勢いづきさらに押し進めていくだろう。

 が、その裏では、ザフト兵士が、投降した地球軍兵士の捕虜を銃殺するという非道な行為を行った。

 しかし、そのことをプラント市民が知る由もなかった。

 そのことは、もちろんラクスにも話がいってはいないだろうが、彼女なりに気付いてはいるのだろう。

 イェンはその言葉を、ラクスが言いたいことを理解した。

 しばらく沈黙が流れた後、ラクスは普段の穏やかな顔に戻った。

 「…みなさまを待たさせてはいけませんわね。…では、行きましょうか。」

 彼女はイェンに伴われ、会場に向かった。

 会場に向かいながら、イェンはそういえばと、もう1つの大規模な戦闘のことを考えた。『足つき』を降下させる前に討ち取るため、クルーゼ隊は攻撃を仕掛けたが、第八艦隊がその総力を持って、降下させ、結局仕留めることはできなかった。

 …オデルは無事であろうか。

 彼が作戦中、地球の重力に引き込まれ、地球へと落ち現在行方不明であるという報告を聞いた。他の2機も降下したと聞いたが、そちらはPS装甲もあってか、無事であった。

 が、ザフトの従来のMSが単体で降下できたという話はこれまでない。

 今、前線に出られないイェンにとって、ただオデルが生きていることを願うだけであった。

 

 

 

 

 

 ユーラシア連邦の都市、フランクフルト。

 そこはライン川の支流、マイン川が流れ、経済の中心都市として、大きなビル群が立ち並び、前世紀、かつての栄華を物語る歴史的建造物とともにある。

 地上はエイプリールフール・クライシスで受けた地球の打撃は大きい。

 現在も、ユーラシア北部では、厳しい冬により、餓死者、凍死者が出ている。

 一部の都市では、持ち直させ、限りある中で経済等を回している。

 この都市もそうである。

 その場所にヘファイストス社の本社が置かれている。

 打ち合わせ室のガラス窓を一人の男性が外を眺めていた。

 すでに老年に達してはいるが、それを思わせない体つきをしている。

 この部屋には彼の他に男たちが5人いる。

 みな背広姿であり、長年からの経験故か今の地位にある者の風格を出している。

 「…ビクトリアが陥落してしまいましたな。」

 「ザフトもこれで強硬派が勢いづくな。こちらもデュエイン・ハルバートンが死んだことで、タカ派、ブルーコスモスの連中の力も強くなる。それに、ユーラシアの上層部もいよいよMS開発に乗り出してきているではないか。こちらの方はいつになったら、完成するのだ?善意だけでこれに参加しているのではないぞ!?」

 ただその男は彼らの言葉を黙って聞いていた。

 「アウグスト…。我々は貴様の口車に乗ってまでわざわざに参加したのか、わかっているであろう?」

 この中で最年長であるグゥイ・ドゥァンムーに問いかけられ、目線を彼らに向けた。

 「…わかっています。だが、ここで愚痴りあっても仕方ないことです。問題はこの先だ。そうでしょ?」

 アウグストの言葉を受け、出資者の1人の、穏やかな物腰の男性も賛同した。

 「そうです。我々の当初の目的、目先のことばかりで本質を忘れてはなりませんぞ。」

 「わかっている!ただ、少し当たらせろ!」

 「こいつ…先日、連合の軍事産業理事に会ってしまったから。機嫌が悪いんだよ。」

 一連のやり取りを終え、この会談の進行役の、ヘファイストス社の会長であるジョバンニ・カートライトが話を進め始めた。

 「で、本題に戻しましょう。今回ヘリオポリスの件は今MS開発を行っているわが社にも大きな衝撃でした。が、皆様の言う通りあまり時間をかけてられません。故に開発スケジュールを大きく変更いたします。」

 そう言い、男は近くに控えていた秘書に指示し、彼らに資料を渡した。

 資料には、開発予定のMSのスペックおよび試算が書かれていた。

 「今、アンヴァルが使っているMSはどうなんだ?」

 資料に目を通した男がアウグストとジョバンニに尋ねた。

 「あれは、鹵獲したザフトのMSを独自に改修したものだ。あんなものを使うなら、遅くてもこっちの方がいい。」

 「…まあ、軍事のことはお前が一番知っている。我々が口を出すことでもない。ただ、ある程度は言わせてもらう。」

 「のっけから、おまえらが気前よく俺らに協力するなんて考えてないさ。」

 「ふん。言ってくれる。」

 

 会談を終え、ヘファイストス社を後にし、別の場所でふたたびアウグストとグゥイは話していた。

 「…例の件、調査できたか?」

 グゥイがアウグストに向け口を開いた。

 「…うむ。今、調べさせてはいますが…。」

 アウグストの口調よりグゥイは嘆息した。

 「収穫はなしか…。ここまで私やお前を手こずらせるとは…、余程の者だな。」

 「…そうですね。」

 彼らが話しているのは、ある者の存在であった。軍において、「アンヴァル」は対MS戦闘のために設立された独立部隊としているが、設立の提唱者アウグスト・セルヴィウスには別の思惑があった。

 それに気づいた者がアンヴァルに探りをいれているか定かではないが、その者の正体がいまだにつかめてない。

 「…引き続き調べさせます。」

 その者は大胆にもこちらが調査しているのを知ったうえで、こちらにメッセージを残した。しかし、見事にそこからたどることはできなかった。

 

 ‐私は、影だ。この世界がより前に進めば、私は貴様たちのすぐ後ろにいる。貴様たちに私を知ることはできない。なぜなら、貴様ら己と己の先にあるものにしか目を向けられないからだ。しかし、私は常にいる。貴様たちの後ろに…‐

 

 アウグストにとって、その者はただ単にブルーコスモスでもないように思えた。

 

 

 「いや~、見渡す限り砂、砂、砂…で、アラスカって砂漠にあったっけ?」

 フォルテが冗談交じりに口を開いた。

 ナタルがキッと睨みつける。

 それをうけ、フォルテは冗談を言うのを止めた。

 ムウはやれやれとしつつもモニターの一点をさした。

 「ここがアラスカ…。で、ずうっと下って、ここが現在地。」

 指が止まったのはアフリカ大陸の北部の場所であった。

 今、士官たちとフォルテは艦長室でブリーフィング中である。

 「仕方ありません。あのまま、ストライクとクリーガーと離れるわけにはいかなかったのですから…。」

 「ですが、ここは完全にザフトの勢力圏です。これで我々がアラスカに着けなかったら、本末転倒です。」

 ナタルが口を開いた。

 「ええ…。それは…、わかってるわ。」

 「もう1つお聞きしますが、ザフトのMSの件についてなぜ、振り下ろさなかったのです。」

 ナタルが再び問いただす。

 「どのみち大気圏降下中に交戦することはできません。下手にこちらが降りるのを失敗する可能性もありますので…。」

 「まあ、そのMSも今はもうどっかいっちゃったし…いいんじゃね?」

 「しかし…!」

 マリューは大気圏突入時のことを思い出した。

 

 

 

 大気圏突入を始めたアークエンジェルだが、まだストライクとクリーガーはまだ戻ってなかった。

 ミリアリアが彼らに必死に呼びかけていた。

 が、モニターにはそのまま降りていく2機の姿があった。

 「あのまま…降りる気か?」

 ナタルは焦り呟く。

 しかし、もう2機を収容することは出来ない。

 その時、アークエンジェルの甲板に何かが降りる衝撃がした。

 幸い、降下姿勢が崩れることはなかったが、それにブリッジのクルーは全員驚愕した。

 青いシグーアサルトがそこにいたのである。

 まさか…こんなときに。

 「振り落せ!イーゲルシュテルン…。」

 「待って!今撃ってはダメ!あのMSは武器は持ってないわ。」

 ナタルはそのMSをどかそうと指示をだそうとしたが、マリューに止められた。

 見たところ、武装はなく、装甲も焼かれかけていた。

 「しかし…艦長!」

 敵のMSである。助ける必要もない。

 「ここで撃ったら、我々も降下に失敗するかもしれないのよ。」

 そして、自分たちの一番の問題がまだ解決していない。

 パルが声を上げた。

 「本艦と2機、突入角に差異!このままでは降下地点が大きくずれます!」

 それを聞いたミリアリアがふたたび2人に必死に呼びかけた。

 「キラ!ヒロ!おねがい!艦に戻って!」

 「無理だ…。2機の推力ではもう…。」

 ブリッジに沈黙が流れた。

 マリューが決断した。

 「艦を寄せて!アークエンジェルのスラスターなら、まだ使える!」

 「しかしそれでは艦も降下地点が…!」

 「本艦だけアラスカに降りても意味がないわ!はやく!」

 彼女に押されノイマンは操作する。

 2機もなんとかこちらの甲板に辿り着けるよう近づいてくる。

 まず、クリーガーが甲板についた。

 そしてストライクに手を伸ばすがなかなかつけない。

 その時、シグーアサルトが手を伸ばし、彼らを助けた。

 アークエンジェルはストライク、クリーガーのロストは回避したものの降下した場所は北アフリカ、ザフトの勢力圏であった。

シグーアサルトは大気圏を抜けた後、しばらくしてアークエンジェルを離れていったが、ザフトの勢力圏だ。無事収容されるだろう。

 と、考えつつも人の心配をしている余裕はない。

 このアークエンジェルのクルーはムウや傭兵のフォルテを除いて、ほどんど、実戦経験のなく、艦長のマリュー自身も指揮を執るのは未経験なのである。

 ナタルの指摘通り、アークエンジェルがアラスカに着けなかったら、意味がない。

 やはり、自分の判断は甘いのか。

 「…ともかく、本艦の目的、および目的地に変更はありません。」

 マリューは重い口調で言った。

 

 

 

 「あれが…噂の新型艦か…。」

 眼鏡をかけた男がスコープでその姿を覗き感嘆した。

 「ホント、こうやって大気圏に降りられんですからね…。」

 「で…、我々はどうします、隊長?」

 隊長と呼ばれた隻眼の、右目に眼帯をした男はあくびをしながら、のんびりしていた。

 それをみた1人の兵士が急かせるように促した。

 「まだ「虎」もレジスタンスもやってきてないんですよ。今がチャンスですって。」

 その言葉に、眼鏡をかけた士官は思わず笑った。

 「よっしゃ、俺たち一番乗り。てわけにはいかないだろ?俺たちもまだ準備できてないんだから。」

 それに同意するようにもう1人の士官も頷いた。

 「本格的に動くのは明日…ということになるな。」

 ようやく、隊長格の男が口を開いた。

 「まあ、じっくりとしていこう。」

 そう言い、ふたたびバギーの席に横になった。

 空には今日もまた星空がまたたぐ。

 

 



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PHASE‐16 胸に秘めしもの

おまたせしました。
しばらくは投稿がスローペースになるかもしれません。


 

 

 「ここにいたのですか。」

 アスランがパイロット控室で1人物思いにふけっていると、そこにニコルが入ってきた。

 「イザークとディアッカは無事に地球に降りたようです。ただ…エーアスト隊長は見つかってないそうです。」

 「そうか…。」

 アスランは相槌をうつが、どこか上の空であった。

 「帰投は未定ですって。しばらくはジブラルタル基地にとどまることになるようです。エーアスト隊長も、地上から捜索隊が出るそうです。」

 ニコルが仲間の無事の安堵と心配を話す姿をみて、アスランは少し後ろめたい気持ちになった。

 もちろん、イザークやディアッカが無事なのはうれしい。それにエーアスト隊長も、ラクスはが消息を絶った時も、ともに捜索に参加してくれた。

 が、アスランの頭の中にあったのは、同じく地球に降下した、自分たちが取り逃がした目標、そこにいる友、キラのことであった。

 ‐次に戦うときは、俺がお前を撃つ!‐

 もう、彼を連れて行くことはできない、それが分かった時に自分が放った言葉ではあるが、今もまだこうして心配している。

 この戦闘では、直接対峙することはなかったが…、本当に自分に撃てるのだろうか。

 そんな思いがアスランにあった。

 

 

 

 「え?キラ、気が付いたの?」

 「うん、ちょっと前にね。」

 ミリアリアが声を弾ませる。答えるサイもトールも安堵した顔であった。

 降下後、アークエンジェルに収容された2人はコクピット内の高温もあってか、意識を失っていて、高熱を出していた。

 地球降下前に乗って来た軍医は楽観的に見ているが、コーディネイターを診たことのあるオーティスもいてくれたのだが、やはりみんな心配であった。

 「うん。ヒロもまだ目は覚まさないけど、だいぶ容体は安定したって。キラの方はもう大丈夫らしいってことで、自分の部屋に戻ってる。食事はフレイが持ってったけど…、あ、戻って来た。」

 サイは食堂の入り口にフレイの姿を確認した。

 ミリアリアがフレイに声をかける。

 「どう、キラの様子は?」

 「もうほんとに大丈夫みたい…。食事もとったし…、昨夜の状態が嘘みたいよ。先生には、今日は寝てろって言われたけど、…やっぱり違うのね、私たちとは、体のできが…。」

 一瞬、冷たい空気が流れたが、それを打ち消すようにミリアリアが明るい声を出した。

 「そっか…よかった、これでひと安心ね。」

 「フレイも疲れたろ?昨夜はずっとキラについていたもんな。少し休んだ方が…。」

 サイはフレイを気遣ったが、フレイはそっけなく答える。

 「私は大丈夫よ。食事もキラといっしょにしたし…、まだみんなみたいに艦の仕事があるわけでもないんだから。キラには早くよくなってもらわなくちゃ。」

 フレイはカップにドリンクを注ぎ、そのまま出て行こうとした。

 「フレイ…でもさ。」

 サイが止めようとフレイに近づいたが、意外な態度がかえってきた。

 「何よ!?」

 「いや、なにって…。」

 いつもとは違うフレイの態度にサイは戸惑った。

 「サイ…。あなたとのことは、パパが決めたことよ。そのパパも…もういないわ。まだお話だけだったし、いろいろ状況も変わったんだから、何も昔の約束に縛られることはないと思うの…。」

 そのまま、フレイは食堂を出ていった。

 一連のやり取りに一同は唖然としていた。サイは特に信じられないような呆然としていた。

 今までずっとフレイはサイとともにいて、仲睦まじかった。そしてなによりフレイがキラのことをずっと看病しているということもある。

 先日の保護したコーディネイターの時に、フレイはコーディネイターに対し嫌悪感を現した。キラに対しても、面と向かって嫌悪を示さなかったが、一定の距離は置いていた。

 それなのに、今の彼女はキラをかいがいしく看病している。

 彼らの中に不穏な空気が流れ始めた。

 

 

 だめよ…。

 自分が放った言葉にサイがショックを受けていることに苦しい思いをしながらフレイはかぶりを振った。

 フレイはキラの部屋に向かいながら、今までのことを思い返した。

 父親が乗っていた艦が撃沈された瞬間。

 キラが敵のパイロットと友人関係と知ったとき。

 私は賭けに勝ったのよ。

 しかし、フレイが志願することで、婚約者である優しいサイが自分をほっとくはずがない。残るという。そして、みんなのことだからきっと同調する。それを知ったキラが自分だけ降りるというわけにもいかなくなる。

 そう、フレイが軍に志願したのは、キラを戦いに引きずり込むためであった。

 それは、まさしく博打だった。

キラには戦って、戦って、戦って死ぬの。

 そこには、フレイの大きなそして黒い思惑があった。

 

 

 「少し、休んだ方がいいんじゃないか?」

 オーティスに声をかけられ、ルキナは思わずはっとしった。

 うたた寝をしてしまったというわけではないがどこかぼっとしていたらしい。

 「大丈夫です…。」

 ルキナは答える。

 『本当に大丈夫か?私が代わりに看ているぞ。』

 そばに置かれているジーニアスも心配し、気遣ってくれた。

 「ヒロも、もう熱は下がったんだ。今度は看ていた君が倒れてしまったら意味ないだろう。」

 オーティスはルキナにドリンクを渡し、少し苦笑いしながら、椅子に座った。

 「そうですが…。」

 「…私が言うのもなんだが、手伝ってくれて感謝するよ。医学の知識もあって、本当に助かったよ。」

 オーティスは持ってきたコーヒーを口に入れた。

 「…軍に入るまでは、医学生だったので…。」

 ルキナはどこか暗い表情で話す。

 「…そうか。」

 オーティスは頷くだけでそう言いまたコーヒーを口に含ませた。

 「…コーディネイター、嫌いなのかね?」

 「…どうして、ですか?」

 突然の質問にルキナは戸惑った。

 「いや、何となく…かな。すまない。言い方が悪かったかね。」

 『一体なにを言いたいんだ?』

 「…コーディネイター自身は嫌いではないです。ただ…、ただ、考え方が嫌いなのかもしれません。プラントの能力重視主義って聞こえのいいように見えるけど、あれは自分たちが優れた種であるからこそっていうのが根にあるというか…。」

 「…けど、私もすこし偏見があったのかも。彼がコーディネイターで傭兵だ

ってわかった時、ただ自分の能力に自惚れているんじゃないかって。でも…。」

 違っていた。

 自分の力を誇示したいとか、ではなく、ただ純粋に、一生懸命に守りたいという気持ちで戦っていた。

 -僕は…守りたいだけなのに…。-

 高熱にうなされながらつぶやいたヒロの言葉が思い出された。

 オーティスは何も言わず、ただ彼女は言葉を聞きながらコーヒーを口にした。

 

 

 

 

 ここは…?

 ふと目を開けると見慣れない場所にいた。

 どこかテントなのか。

 人の声が聞こえる。

 あたりは夜なのか、松明の音も聞こえた。

 「いたっ…!」

 ゆっくり起き上がる中、左足に走る強烈な痛みで意識が覚醒した。

 「…目が覚めたか。」

 ゆっくりと近づいてくる人影がいた。

 「…ダグラス。」

 だが、彼はどこか暗い表情だった。

 目覚めたばかりのヒロはまだ状況を掴めてなく、今までなにがあったのかを思い出そうとしていた。

 ようやく、ハッとし、あわててダグラスに尋ねた。

 「みんなは!?村が襲われて…。」

 「ヒロ…。」

 ダグラスはどこか沈痛な面持ちで話しかけるが、ヒロはそれに気づかず、話す。

 「…そうだ、セシルは?あの後…。」

 起き上がろうとしたが、左足の激しい痛みによって、倒れた。

 その時、ダグラスがやって来た方に目線がいき、ヒロは驚愕した。

 「ヒロ!」

 ダグラスはヒロを起こそうとしたが、ヒロが見たものに気付き、いたたまれない気持ちになった。

 「…そんな。」

 ダグラスに肩を支えながら、のろのろとテントを出る。

 いつも見慣れた村は、別の様相を呈していた。家があった場所は、崩れ、ところどころまだ火が残っており、煙が暗い夜空に吸い込まれるように立ちのぼる。

 周りにある木々も焦げているのもあった。

 そして、目の前に並べ置かれている袋があった。

 「ヒロ…。」

 ヒロはダグラスの制止も聞かずそれらの近くまでいく。

 袋の大きさはちょうど人間サイズであった。そして、袋の口周辺などところどころ人の血が黒ずんだ赤い色のものがついていた。

 誰だかわかるためそばには名前がある。

 それをたどっていき、その名前をみたとき、そこで膝をついた。

 セシル・グライナー

 「…そんな。」

 …母さん。

 ヒロは震える手を袋の口まで伸ばす。

 が、そこで止まる。

 開けることはできなかった。

 そうだ、これは悪い夢だ。

 だから、起きたらきっと、こんな夢を見たと話したら、笑い飛ばすだろう。

 いや…違う。

 心の奥底ではそんな甘い期待を押しのける。

 みんなは死んだんだ、と。

 自分だけが生き残ってしまったんだ、と。

 「…なんで、僕だけ…。」

 何で…?

 ‐おまえたちのせいで、一体何人の仲間が殺されたか!‐

 ‐消えろ、の化け物め!‐

 みんなが…なにをしたんだ。

 ここで、暮らしていただけなのに…。

 

 ヒロは答えがでない問いをずっと自問し続けた。

 ‐俺たちは依頼人の思いを命をかけて守る。それが…ヴァイスウルフの戦い方だ‐

 ‐憎しみで銃を撃つこと。それがどんなに悲しいことか…、恐ろしいことか…。僕は悲しいことが嫌いなんだ‐

今までの出来事がまるで走馬灯のように流れた。

 戦艦が爆散していく光景。

 MAやMSが散っていく光景。

 その中でいつも目にするのは、人の死だ。

 何故だろう…。

 こんなにも簡単に命が失われるのか?

 いいわけがない…。

 なのに、僕は…。

 ‐良い時代が来るまで、死ぬなよ‐

 ハルバートンが最後に言った言葉がよぎった。

 

 

 

 

 ヒロはゆっくりと目を開けた。

 今度は見たことのある天井だった。

 あれから僕は…。

 ヒロはゆっくり起き上がった。

 『起きたか?』

 近くに置かれていたジーニアスが呼びかける。

 「ここは?」

 見たところ、アークエンジェルではあるが…。

 ふと視線の先にルキナがうっぷつして眠っているのが見えた。

 ヒロはわけが分からない状態だった。

 「ずっと看病してたんだよ。」

 扉が開き、オーティスが入って来た。もってきた毛布を、寝息をたてているルキナにかける。

 「大気圏突入して、高熱で気を失ったんだよ、君たちは。」

 「君たち?」

 「キラも…さ。ヒロより前に目が覚めて、今は自室にいるよ。」

 「そう。ここは…アラスカ?」

 『よく見ろ、ここがアラスカだと思うか?』

 ジーニアスが回線を繋いでモニターに外の様子を出させた。

 あたりは砂漠であった。

 ちょうど、日が沈みかけており、夕日のオレンジと影のコントラストで彩られていた。

 「…きれいだ。」

 その景色に思わずヒロは感嘆とした。

 『反応するの、そこか!?』

 ジーニアスが突っ込む。

 「ははは、砂漠での日の出と日の入りはとても幻想的なものだからな。そう思うのも無理はない。ちなみに、ここはサハラ砂漠だ。降下地点がずれたからね。」

 その話を聞き、ヒロはだんだんと大気圏での記憶がよみがえって来た。

 「シャワー浴びてきたら、どうかね?汗もかいたんだし…。」

 オーティスにすすめられ、ベッドから起きたはいいが、ルキナをどうしたらいいか困った。起こすのも悪いし、かといって、今寝ていたのは…。

 そこへオーティスは助け舟を出した。

 「こっちの方が空いている。新しいシーツに替えている。」

 

 

 「図面でしかみたことないからわからないが、間違いないだろう。あれは、ヘリオポリスでつくられた地球軍新型の強襲起動特装艦アークエンジェルだ。」

 スコープを手にその戦艦を目にした金髪の少女は、後ろを振り返り仲間たちに言った。

 彼らは、明らかに正規の軍事というには程遠い雰囲気のものたちだった。

 それらのやりとりを聞いていた彼らとも違う数人がいた。

 「じゃあ、あれにヒロやフォルテも乗っているのか?」

 そのうちの1人、少女と年齢が近い赤い髪の少年が、彼らにとってリーダーにあたる20代後半の男に聞いた。

 「そうなるな…。」

 そう言い、彼もその戦艦の方に目を向けた。

 その時、その一団のバギーから着信が鳴った。

 「どうした?」

 (虎がレセップスを出た。バクゥ5機を連れ、その艦へ向かっているぞ!)

 その通信を聞き、金髪の少女は真っ直ぐの瞳を、ふたたびアークエンジェルへと向けた。

 

 

 シャワーを浴びながら、ヒロは自分の右手の手のひらを見つめた。

 あの時…、

 自分は引き金を引いた。

 …人を殺した。この手で。

 右手をぎゅっとする。

 僕は…何をしたいんだ。

 ウェイン…、僕は…。

 なぜウェインはこの道を選んだんだろう…。

 なぜ、その道を進めたのか。

 僕は別に彼に憎しみなんてなかった。

 …とは言い切れない。

 あの時、多くの命が失って、それでも戦っていて…。

 それが許せないからと、撃った。

 あのパイロットのせいではないのに…。

 守りたい、そんな思いで戦っていても、これでは、自分もあの時の彼らと同じではないか。

 同じように悲しみを広げているだけではないか。

 自分でも分からなくなってきた。

 

 




頭では考えられても文字におこすのは大変なんだ、と本当にしみじみ思います。


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PHASE‐17 砂塵の洗礼

その内機体解説を追加します。


 

 

 「どうだ?噂の『大天使』の様子は?」

 上官の問いにマーチン・ダコスタは顔を上げ振り向き答えた。

 「はっ、依然何の動きもありません!」

 「地上はNジャマーの影響で電波状況がめちゃくちゃだからな。『彼女』はいまだにスヤスヤお休みか…。」

 と言いながら、今度は彼はコーヒーのブレンド方法に集中し始めた。

 「次はシバモカあたりを試すか」など言いながら砂丘を降りて行った。

 彼の名は、アンドリュー・バルドフェルド。

 ザフトの地上部隊のエースパイロットで、名将である。彼は「砂漠の虎」と言われていた。

 彼が歩き向かう先には、ヘリコプターや6輪の車両、そして巨大な機体があり、周りには男たちがいた。

 彼らはバルドフェルドが近づいてくると、すばやく整列した。

 「では、これより地球連合軍新造艦‐アークエンジェルに対する作戦を行う。目的は、敵艦および搭載モビルスーツの戦力評価である!」

 彼の言葉を受け、パイロットの1人が質問した。

 「倒してはいけないのでありますかぁ?」

 どこか冗談交じりの入った質問に周りの兵士もつられて笑う。

 バルドフェルドはしばらく考えた。

 「う~ん。まあ、そのときはそのときだが…。ただあれは、クルーゼ隊がついにしとめられず、第八艦隊がその身を犠牲にして地上に降ろした艦だ。そのことを忘れるな。…一応な。」

 「では、諸君の無事と健闘を祈る!」

 それを合図に兵士たちは敬礼した。

 「総員、搭乗!」

 ダコスタが号令をかけ、みな各々の機体へと乗り込んだ。

 バルトフェルドもダコスタが運転する指揮車に乗り込んだ。

 「さあ、戦争しに行くぞ!」

 一斉にアークエンジェルへと向かった。

 

 

 ザフトの動きを先に捉えたのは、アークエンジェルではなく、昨日の一団だった。

 「ザフトが先に仕掛けましたよ。」

 1人の兵士が隊長に報告する。

 が、肝心の彼はバギーのシートで寝入っていた。

 「隊長、いい加減起きてください…。ここは一応戦場です。それに私たちも出撃準備ぐらいしたほうがいいじゃないのですか?」

 隣のシートにいた20代の女性士官が半ばあきれながら彼をいさめた。

 「ふぁ~、いいじゃないか。どうせ、「虎」もここで一気に仕留めようなんて思ってないだろう?せっかくだし、見物でもする程度で…。てなわけでもう一眠りするから…何かあったら起こして。」

 ふたたび寝ようとするのを、とうとうその女性士官は隊長の耳元で叫んだ。

 「もう十二分に事はおきていますから!起きてください、隊長!」

 「わかったよ…。まったく、ほんとそういうところは姉にそっくり…。」

 「何か言いました?」

 「いやいや、まじめでよろしくて…。さてと。」

 渋々と彼は起き上がり、スコープを手に持って同じようにこれらの戦闘を見学しようとしている士官たちの下まで来た。

 「…アークエンジェルは、地上戦の方は?」

 隊長の問いに眼鏡をかけた士官が答える。

 「皆無でしょうな…。みんな宇宙軍でしょ?」

 さてさて、地上戦が皆無なアークエンジェル。その艦と搭載されているMSの性能はいかほどのものか?

 彼はスコープを覗いた。

 

 

 「接地圧?」

 (そう、おまえ砂漠の砂丘の上を歩いたことあるか?)

目を覚まし、シャワーに入った後、フォルテに呼び出され、ヒロは今、クリーガーのコクピット内でOSをカスタマイズしている。

 『ヒロ、次はそこを…。』

 「ないけど…。」

 フォルテからの通信にヒロは答える。

(砂丘っていうのは言うまでもないが、要は砂が堆積したものだからな…。土やコンクリ―トより柔らかいんだよ。普段歩くように踏み込むと、そのまま沈んで足をとられちまうんだ。こういう砂漠に暮らしている人たちはコツを知っているから、なんなく歩けるが、MSにそんな器用なマネできないだろ?ザフトのMSはいろいろ工夫しているが、おまえたちのは、OSで書き換えればいいだけだろ?)

 「なるほど…。」

 ヒロはキーボードをたたき進めていく。

 敵が襲撃してこない間にしなければならないことはある。

 ヒロは宇宙空間とは違う砂漠の地での運動プログラムの書き換え、フォルテはジンの性能をさらに引き上げるために調整している。

 ジンはGAT‐Xシリーズとは違い、簡単にOSを書き換えることは出来ないので、時間がかかっている。

 『あとは、この砂地でどれだけ接地圧が逃げるか、だな。表に出れればいいが…。』

 「それじゃ、せっかくアークエンジェルが探知されないようにしているのに、見つかっちゃうじゃん。」

 『だから、出れればいいが…と言ったのだ。いざとなったら、戦闘のときに試すのだな。ある程度書き換えているから、すぐにできるはずだ。』

 (そっち終わったか?ならジーニアス借りていくぜ。)

 フォルテは一旦コクピットを出た。

 このままでは今日中に終わりそうにないから、ヒロの調整が終わった後、ジーニアスの手も借ることになった。

 『まったく、人使いが荒いものだ!』

 ジーニアスは不満を漏らした。

 「そんなこと言ったら、降下してから不眠不休のギースさんどうするの?」

 「いやいや、俺は強制じゃなくて自発的だから…。」

 コクピットの入り口からギースが顔をのぞかせる。

 ものすごく眠そうな顔をしていた。

 「しかしまあ、いくらルキナがずっと休まずに看病してたからってあんたも不眠不休じゃくてもいいんじゃない?」

 「このことルキナ少尉に内緒ですよ。あとで知ったら、謝りってきそうで、自分が自ら進んで起きているのに…。」

 なにか言い方がもう変な感じだった。

 「ほらっ、もしルキナ少尉がたとえ許しても、自分だけ寝てましたってのがばれたら、数名怖い人が…。それにこの作業さえ終われば、もうすこしで不眠不休も終わるから…それまでの辛抱です。」

 ギースの話を聞きながらヒロは、後でルキナにお礼を言わなければと思った。

 その時、

 (第二戦闘配備発令!繰り返す、第二戦闘配備発令!)

 艦内に警報が鳴り響いた。

 

 

 「敵…!」

 その警報を聞いたキラはベッドより身を起こした。

 「…もう誰も死なせない…。死なせるもんか…。」

 キラはまるですべての敵を屠る獣のような瞳で上着を引っかけながら部屋を飛び出していった。

 彼らが去った部屋のベッドから身を起こす者がいた。

 「ふ…ふふ。」

 フレイは渇いた笑みをした。

 「…守って、ね…。」

 これで、もうキラは後戻りできない。

 これから、キラは自分を守るために同胞に手をかける。

 それが友であっても。

 そして、それにヒロをも巻込める。

 彼も知っているはずだ。向こうにキラの友達がいることを。

 だからこそ、人質を返すという行動もできた。

 そんな彼が、キラが友と戦うことを嫌がるはずだ。

 きっと、その時は無理にでも止めに入るであろう。

 同じコーディネイター同士で戦い、血を流し、そして死ぬ。

 それこそが自分にとって大切な親を死なせた者たちへの復讐だった。

 

 

 ヒロはパイロットスーツに着替え、クリーガーのコクピットに入り、ブリッジの通信回線を開いた。

 ブリッジでは敵の捕捉に戸惑っていた。

 (5時の方向に敵影3!ザフト戦闘ヘリ‐アジャイルと確認!)

 (ミサイル接近っ!)

 (機影ロスト!)

 どうやら敵の位置が把握できていないらしい。

 (敵はどこだ!?ストライク発進する!)

 キラは我慢できず、ブリッジに通信を開き、発進許可を求めた。

 (キラ、待って、まだ…。)

 ミリアリアが驚いた声を上げる。

 (早くハッチ開けて!)

 (待て、まだ敵の位置も戦力もわかってないんだぞ、焦るな。発進命令も出ていない!)

 (なにのんきなことを言ってるんだ!いいから早くハッチ開けろよ!僕がいってやっつけてやる!)

 いつもとは違うキラの様子にヒロは驚いた。

 (艦長!)

 (言いようは気に入らないけど、出てもらうしかないわね。艦の砲では小回りはきかないから…。MSたちを発進させて!)

 マリューは少しむっとしてような言い方で指示を出した。

 ナタルの号令のもと、ハッチが開き、発進準備が始まる。

(重力を忘れるな!)

 発進直前のナタルの忠告もあったが、ハッチを出た後いつもとはちがう1Gに戸惑った。ここは、宇宙空間でもないし、コロニーでもない。3ヶ月ぶりに戻った地上はいままで普段から暮らしていたのも関わらず重い感じがした。

 とにかく着地をしなければ…。

 ヒロはクリーガーを砂丘に着地させた。

 が、あくまで接地圧は着地してからの設定であったため、案の定、砂地にMSの重さがかかり、動いていった。

 おもわず、バランスを崩しそうになった。

 戦闘ヘリ、アジャイルがこちらに迫ってきてミサイルを撃ってくる。

 まだ、接地圧を完全にはしていないので、いまから避けても、バランスを崩してしまう可能性がある。

 ヒロは、レーダーセンサーの左上のボタンを押す。

 クリーガーは黒と白、赤い色に変わっていく。

 ミサイルが着弾するが、無傷であった。

 「この間に…。」

 PS装甲のため実体弾が当たっても、無効にはできるが、その分バッテリーは消費してしまう。しかし、接地圧の修正をするのは今だった。

 今、ここに敵がビーム兵器を持ってないのが幸いだった。

 

 

 「おっ、MSがでてきた。」

 眼鏡をかけた士官はスコープからその姿を捉えた。

 「あれが話にきいていた大西洋連邦が開発したMSですよね?」

 「間違いないだろう。アルテミスでもあれが戦闘していたんだろう?」

 実は、アークエンジェルが脱出した後、光波防御帯を失ったアルテミスは海賊からの防衛のため、傭兵を雇っていた。

 その傭兵が乗っていた機体、そして、その時、ひと騒動おきたジャンク屋のMSもザフトの従来の機体とは違うMSであり、どちらかというと、ストライクやクリーガーと似ていた。

 それらの大きな違いはPS装甲があるかないかであり、こちらはさきほどのメタリックグレーから色が変わったので、大西洋連邦の機体で間違いないだろう。

 「…バクゥが出てきた。」

 隊長風の男は、ザフトの方の動きを見ていた。

 どうやら、「虎」はあのMSの性能も見るのだろうか。

 ならば、こっちはゆっくり見学させてもらおう。

 

 

 

なんとか足場を確保したが、今度はアジャイルではなく別の機体の接近を伝える警告音が鳴り、モニターをみた。

 見ると、すばやい動きをした何かが迫って来た。

 バルカン砲を撃ち、対応するが、向こうはすぐに避けた。

 「あれは…一体!?」

 よく見ると、キャタピラを駆動させて砂丘を疾走したかと思うと、宙に浮いた瞬間、4本足で砂丘を蹴り駆けて行った。

 そして、すぐさま反転し、ミサイルを撃ってきた。

 この場から避け、間合いをとろうとするが、向こうの機動力に翻弄させられる。

 TMF/A‐802バクゥ。

 ザフトの陸戦用の機体だ。

 大きな特徴は、人型であるジンやシグーとは違い、4本足である。

 これにより、不整地でも安定した走行、そして機動力を確保している。

 その間にもバクゥは執拗に攻撃してくる。

 自分たちをあざ笑うかのように俊敏に動く。

 数機が迫って来る。

 ヒロはなんとか応戦するためにカービンを向ける。

 が、その時脳裏に大気圏で撃ったジンの爆散する姿がよぎった。

 銃口を向けるが、トリガーが引けない。

 「くっ…、こんなときにっ…。」

 ヒロは撃つのをあきらめ、向かってきたバクゥをシールドで受け止め、払った。

 飛ばされたバクゥは4本足を駆使し、すぐさま態勢を直し、着地した。

 「僕は…。」

 息が自然と荒くなった。

 

 

 「遅くなりました。」

 ルキナが急いで格納庫にやって来た。

 「いいとことに来た、こっちのほうを手伝ってくれ!」

 マードックが大声で叫んだ。

 そこに向かうと、整備士たちがフォルテのジンの作業を総出で手伝っていた。

 すでにストライクとクリーガーは発進していて、ムウのスカイグラスパーも先ほどの艦砲射撃で、位置特定のため、出て行った。

 「ジーニアスまだか!?」

 計器類をいじりながら、フォルテはジーニアスを急かした。

 『今、全力でやっている!』

 「早くしてくれ。あとは俺だけなんだから。こういうとき、ストライクやクリーガーのようにシステムの書き換えが楽なのにな…。」

 マードックを含め、整備士たちもこちらのを手伝ってくれてはいるため、時間を短縮でき、あとはジーニアスがなかのソフトをアップデートしてくれるのみとなった。

 通信から、目まぐるしいやりとりが聞こえてくる。

 そこからヒロとキラが苦戦しているのが読み取れた。

 キラの方も接地圧のプログラムを書き換えたようであるのだが、ストライクやクリーガーは汎用型である。たいしてバクゥは環境に特化した機体である。

 「ちくしょー、こういう時、もう1人ぐらいパイロットがいれば…。」

 マードックは毒づいた。

 スカイグラスパーはもう1機ある。

 それならバクゥの機動力にある程度対抗できる、

が、残念なことにパイロットがいないため、機体を余らす形になってしまった。

 「とはいっても、まだ弾薬つめてないからどのみちムリか…。」

 マードックの何気ない言葉ではあったが、それを聞いていた思わず、ルキナは心臓が跳ねるようにドキッとした。

 それに気づいたのか、ギースがこちらを心配そうに見た。

 …パイロットならいる。が、出て行って、どうする?

 あの時は動かせたのは、戦闘をしなかったからだ。

 いざ、戦闘になったら、自分は動かせるか…。

 

 『終わったぞ!』

 ようやくジーニアスがアップデートを完了したことを知らせた。

 「よし、ブリッジ!こっちも出れる。発進させてもらうぜ。」

 すばやくジンをカタパルトに移送し、発進準備をする。

 フォルテはコクピット内で、計器類を確認した。そして、カタパルトの地上からの高さ。現在のクリーガーのいる位置を再度頭に入れた。

 もちろん、フォルテのジンも砂漠に対応してないし、バクゥの機動力には勝てないが…。

 「ジーニアスには悪いが…いきなりダメにするかもな…。」

 まだ、この改修代の支払いも終わってないというのもあるが、今はそれを気にしている余裕はなかった。

 タイミングは1回だけだ。

 リニアカタパルトから勢いよく打ち出され、ジンはその勢いも加え、スラスターを全力にし、ヒロのいるクリーガーまで勢いよくジャンプした。

 

 

 「くぅ…どうすれば…。」

 先ほどからビームライフルを発射するが、バクゥに避けられる。

 精密射撃のため、照準器を出し、ビームライフルを構えるが、その隙を狙って、バクゥがミサイルを撃ってくる。

 それを避けるため、構えを解いてしまうのなかなか撃てないでいた。

 その時、後方から勢いよく飛んできた。

 フォルテのジンだった。

 (ヒロ、俺がバクゥを引き付ける。その間に撃てるようにしておけ。)

 そう言い、バクゥに向け、スラスターを全開にし、前傾姿勢で滑走した。

 「もってくれよ…。」

 フォルテは独り言ちた。

 ジンはバクゥがクリーガーに向かうのを阻んでいる。

 ヒロはその間に、再び照準器で目標を捉え、ビームライフルを右腕はトリガー、左腕は前方のグリップに持ち、構えた。

 が、いざ、スコープで捉えたバクゥを撃とうとするが、トリガーが引けない。

 足元を狙おうとするが、すぐ避けられてしまいかねない。

 正面では、腹部にコクピットがあるバクゥのため、パイロットを死なせてしまう。

 だが、撃たなければならない。

 いつまでもフォルテが持つわけでもない。

 このままではやられてしまう…。

 わかっているのに…。

 心の中で必死に撃てと叫ぶが、体が言うことを聞かなかった。

 

 

 「ヒロ…撃たないのか!?」

 バクゥを引き付けながら、撃ってくるタイミングを見計らっているが、クリーガーはいっこうに撃ってこない。

 ユニウスセブン以来の彼の行動、そして、戦闘記録からみて取れたもの、あくめでフォルテ自身の憶測でしかないが、今ヒロは大きな壁にぶつかっている。

 だが、今ここで言っても駄目だろう。それに…。

 「1人で何とかするしかないか…。」

 フォルテは、バクゥを引き付けたところを急速反転し、ジャンプし、タイミングを合わせ、さらにバーニアを吹かせ、勢いでバクゥを蹴り飛ばした。

 いきなりの事で、バクゥは倒れてしまった。

 すぐさま攻勢に出ようとするが、コクピット内に警告音が鳴り響いた。

 どうやら、今までの動きと先ほどのがとどめだったのか、関節部に限界が来た。

 そこで、ジンはガクと膝をつき動かなくなった。

 「無茶しすぎたか…。」

 ずっと警告音がなり、モニターにエラー表示がでている。

 「…今度はこっちがピンチっていうのはシャレにならねえな…。」

 倒れたバクゥが起き上がり、もう1機と共にこちらに迫ってこようとした。

 やはり敵もバカではないか…。

 「これはマジでやばいかもな…。」

 フォルテは冷や汗をかいた。

 

 

 「フォルテ!」

 クリーガーはライフルを捨て、スラスターを必死に吹かせた。

 自分が撃てなかったために、仲間が危機的な状況に陥らせてしまった。

 「間に合えー!」 

 バクゥがジンにレールガンを放とうとしていた。

 もうだめか…。

 その時、上空よりビームが一線ジンとバクゥの間に割るように降って来た。

 バクゥも驚いたのか、すぐさま後ろに飛びのいた。

 フォルテもヒロも驚き、それが来た方向、上空へ目を向けた。

 「あれは!」

 見ると、その姿は青と白の、戦闘機のような、しかし、地球軍のスピアヘッド、ザフトのインフェストゥスとも違う機体であった。

 さきほどのは、その機体の左に装備されているライフルのような形状より放たれた。

 ただ、操縦者は不慣れなのか、反転する際飛行のバランスを崩し、近くにいるディンにフォローしてもらっていた。

 そのフォローしていたディンが、まるで鷹が獲物を捕らえるようにこちらに急降下し、2丁の突撃機銃をバクゥに向け放った。

バクゥたちは避け、後ろに後退した。

フォルテのジンのそばにディンは降り立った。

 フォルテはそのディンの肩のマークを見て思わず、笑みがこぼれた。

 「マジかよ…。」

 (大丈夫か、フォルテ。)

 いつもと変わらず落ち着いた口調で通信が来た。

 「大丈夫だが…相も変わらず、かっこよく登場してくるね~、シグルド。」

 「シグルド…なんでここに?」

  ヒロもマークが目に入ったのか、驚いている様子で、クリーガーも近づいてきた。

 (ヒロー!あっち、あっち!)

 その時、別のところから通信がきた。

 ヒロはその声の主にさらに驚いた

 「え?アバン…なの!?というか、それに乗っていたの!?」

 ヒロもモニターごしより見慣れぬ戦闘機に目を向けた。

 (ヒロ、あのストライクとともに指定されたポイントに行け!そこにバクゥをおびき出すんだ。)

 シグルドから地図が転送されてくる。この付近の地図である。一か所が点滅している。

 周りに、バギーがいて、一団がいた。

 よく見ると、その中にルドルフもいる。

 「けど…。」

 いきなりのことだったので戸惑った。

 (大丈夫だ、今は、とりあえず味方だ。)

 ヒロはシグルドの言葉を信じ、指定されたポイントに向かった。

 ストライクもバギーに従い、ポイントに向かっている。

 バギーを見ると、民族風の衣装や迷彩服をきている男たちであった。

 その中で、紅一点。ここの地元の人たちとは雰囲気の違う金髪の少女がいた。

 その少女が今、二人に指示をだしている。

 不安はあったが、エネルギーの残量も少ない。あとバクゥを3機相手にすることはとてもできない。

 ポイントに着いた。

 本当に大丈夫だろうか?

 不安があったが、今は信じるしかなかった。

 追いかけてきたバクゥはこれを好機と襲って来る。

 2機はタイミングはかりそこから飛びのいた。

 それの入れ替わりにバクゥが着地した瞬間、その地面が爆発し陥没した。

 そして、その地の穴に落ちたバクゥ3機を爆炎に飲み込まれた。

 バクゥが落ちたタイミングで、バギーにのっていた少女たちが点火し爆発を起こしたのであった。

 

 「助かったのか?」

 その様子を見ていたアークエンジェルのブリッジでも驚いた様子だった。

 「アジャイル接近!」

 その時、トノムラが驚きすばやく報告した。

 バクゥをやられ、反撃に来たのか、

 その時、

 どこからよりキャノンが迫って来たアジャイルを貫いた。

 撃ってきた方角は先ほど助けにきた戦闘機のようなものやMSがいる方角ではなかった。

 「一体…。」

 その先に、リニアガンタンクがいて、その周りに人や軍用のバギーカーがいた。

 先ほどバギーに乗っていた者たちとはまた違う様相の者たちだった。

 その様子はバクゥを仕留めたレジスタンスからも見えた。

 が、その攻撃にリーダー格の男が苦々しい顔を向けていた。

 「…あいつら、まだいたのか?」

 

 それを見ていたアークエンジェルのブリッジでは敵の位置の特定に出たムウのスカイグラスパーからの通信が来た。

ミリアリアがマリューに報告した。

 「フラガ大…いえ、少佐より入電です!『敵母艦を発見するも攻撃を断念。敵母艦はレセップス!』」

 「レセップス!?」

 マリューは単語に驚き、声を上げた。

 レセップス。それはバルトフェルド隊の母艦である。

 そして、その隊長、アンドリュー・バルトフェルドは地球軍でも彼を知らないものはいないザフトの名将であった。

 

 

 

 「いや~、相も変わらずいい腕してるね。」

 リニアガンタンクの手前にいた眼鏡をかけた士官が乗っていた砲術士に向け、称賛の言葉を口にした。

 「中尉から賛辞をもらうと嫌な予感しかないんですけど…。」

 「なに、バクゥには大敗しても、さすがに戦闘ヘリには負けないんだなぁって思っただけさ。」

 「やっぱり、嫌味じゃないですか!?」

 彼の抗議もどこ吹く風の顔をし、その士官はふたたびアークエンジェルの方へ目を向けた。

「さてさて、大将が来る前に俺たちの目的果たさないといけませんね、ディアス隊長?」

 「ああ、まったく、ここまで来た道のりも骨が折れたのに、これで、Uターンにはしたくないからな。」

 ディアスと呼ばれた眼帯の男は、眠たそうにしながらも頷いた。

 

 

 

 「撤収する。この戦闘の目的は達した。残存部隊をまとめろ。」

 バルトフェルドはダコスタに指示し、指揮車に戻った。

 ダコスタはバクゥが5機、アジャイルが1機落とされたのに信じられない様子だった。

 無理もない。

 途中の介入した勢力もあったが、まだ、不慣れな戦艦と機体相手にここまでの損失になるとは、当初だれも予想してなかった。

 が、バルトフェルドは別のことを考えていた。

 まず大型の砲をつけていたMS。とっさに運動プログラムを書き換える離れ業をやってのけ、さらに戦艦への数発のミサイルを一発のランチャーで撃ち落としたのだ。

 報告では、奪えなかった機体のパイロットはナチュラルとされていた。

が、どうみてもナチュラルとは思えない動きであった。

 そして、もう1機。こちらはあらかじめ書き換えていたのか、砂地に苦慮することはなかったが、どこが撃つことにためらいを感じながらの戦い方をしていた。

 「ふっ、いずれにせよ、久々に手ごたえのある相手のようだな。」

 去りながら、バルトフェルドは独り言ちた。

 

 

 

 夜が明け始めて来たのか、暗かった空がだんだんと青くなり、地平からは太陽をのぞかせ始めた。

 今、アークエンジェルが降りたこの地でさまざまな勢力の思惑がからみ始める。

 

 

 

 




全開の前書きで投稿がスローペースになるかもと言いましたが、そのことを含め、前書き、後書きだけではなく、活動報告でお知らせできればと思い、匿名設定を解除しました。


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PHASE‐18 虎と抵抗者と馬と…

お久しぶりです。第18話投稿します。


 アークエンジェルの周りに、さきほどバクゥを倒した集団を乗せたバギーが集まって来る。見たところ、アラブ系の男たちであった。が、正規の軍人とは違っていた。もう一方の集団もこちらにやって来る。そちらはラフにしているが、軍服や作業服を着ている。よく見るとユーラシアの軍人っぽい。

 お互い、仲は険悪なのか、どちらもアークエンジェルの前でにらみ合いをしている。が、そこでお互い撃ちあうというようなことまでには至ってはいなかった。

 「味方…と判断されますか?」

 シートを立ったマリューにナタルが尋ねた。

 「少なくとも二勢力ともこちらに銃口は向けられてないわ。」

 短く答え、エレベータに向かった。

 「…ともかく、話してみる。向こうにもその気があるようだから。うまく転べがいろいろと助かるわ。…あとはお願い。」

そう言い残し、マリューはブリッジを後にした。

 ハッチの前では、ムウやライフルを持った数人が駆けつけにきた。

 「俺、あんま銃は得意じゃないんだけどねぇ…。」

 ムウはやれやれといつものように飄々と語る。

 ルキナとギースもやって来た。

 「ラミアス艦長、私たちもいきます。」

 「あっちの集団の方は知り合いなのでね…。」

 「…助かるわ。」

 「…開けるぞ。」

 ハッチが開き、近くに兵を伏せ、マリューとムウはその集団の方へ向かった。

 

 

 

 ヒロたちはコクピット内からアークエンジェル、そして近くに集まっている集団たちの成り行きを見ていた。

 「大丈夫…かな?」

 (まあ、艦長次第でしょ?しかしまあ、シグルドたちがここにいたとは…。)

 (ここにいるのは偶然だ。俺たちは『明けの砂漠』から依頼を受けてここにきたんだ。そこにお前たちが来た。…それだけだ。)

 シグルドが答える。

 たとえ、ここに傭兵の仲間同士がいたとしても、彼らの今所属している人たちが共闘しないということもある。

 (ふ~ん、しかし、アレ、初めて見たが…いったいなに?)

 フォルテが視線を戦闘機のようなものに移し、シグルドに聞いた。

 今まで、ヴァイスウルフにもなかったし、かといって今彼らが共に戦っている者たちのというふうには見えなかった。

 ちょうど、ルドルフの運転するバギーもやってきて、アバンはフィオに怒られていた。

 (あれか…。まあ、贈り物、と言った方がいいかな?詳しくはフィオに聞いた方が早い。)

 (そうか…。あっ、アークエンジェルのハッチが開いた。)

 ともあれ、彼らはコクピット内で会談の行方を見守るしかなかった。

 

 「お前たちはとっくに帰ったと思ったけどな!さすが、アウグスト・セルヴィウスが総帥の部隊だな。」

 このアラブ系の男たちの集団のリーダーとも思われる髭を生やした頬に傷のある男は向かい合っているユーラシアの軍人に皮肉交じりの言葉を投げつけた。

 が、その口調からは邪険に思っている節がある。

 「おいおい、おっさんたち、簡単に俺たちが帰るとでも思ったのか?それに俺たちはあんたらではなくて『天使』に用があるの。それに、あんたらこそなぜ助けたんだ?地球軍とは手を組みたくないんじゃなかったのか?」

 眼鏡をかけた士官が不敵に答える。

 「…出て来たぞ。」

 にらみ合いが続く中、隊長格の男がアークエンジェルに目を向けた。

 ハッチが開いて艦長らしき女性士官と男性士官がこちらに向かってきた。

 眼鏡をかけた男はふうと息をついた。

 「…じゃあ、交渉の順番は譲りますよ。俺たちは成功確率が高いのでね…。」

 そう言い残し、少し後ろに下がった。

 

 

 「助けていただいた…とお礼を言うべきなのでしょうね?地球連合軍第八艦隊所属、マリュー・ラミアスです。」

 マリューが髭面の男に口を開いた。

 「あれぇ、第八艦隊ってのは、全滅したんじゃねぇの?」

 彼女の名乗りを聞き、少年があざけるように笑った。

 マリューはその少年を睨みつける。

 髭面の男が「アフメド。」と、その少年を制した。

 そしてふたたびこちらの方に目を向けた。

 「俺たちは『明けの砂漠』だ。俺の名はサイーブ・アシュマン。礼なんざいらんさ、別にアンタ方を助けたわけじゃない。こっちもこっちの敵を討ったまででね。」

 どうやら、この一団は地元の反ザフトの、ゲリラ活動をしているレジスタンスといったところか。

 「…力になっていただけるのかしら?」

 この敵地のど真ん中。自分たちで乗り切れるとは思っていない。たとえ、レジスタンスであっても味方が欲しかった。

 「話そうっていうなら、まずは銃を降ろしてもらねえとな。…それに、アレのパイロットもだ。お互い傭兵の方も降ろさせようぜ。」

 どうやら伏せていた兵の存在に気付いていたようだ。

 マリューは兵士たちに合図し、そしてストライクに向き直り、キラに出てくるよう指示した。

 ストライクのハッチが開きキラが降りていくのを見ていたヒロたちもコクピットを開ける。

 キラがヘルメットをとると、レジスタンスはどよめいた。少年がMSに乗っていたなど思ってもいなかったのだろう。その中で、彼の姿に息を飲んだ者がいた。

 金髪の少女だ。

 そして、彼女はキラの前に飛び出していった。

 「おまえ…!」

 その動きにムウは危害を加えるのか、と思い警戒したが、長身の男に阻まれた。

 金髪の少女がいきなりキラに手を上げた。

 「おまえがなぜ、あんなものに乗っているっ!?」

 キラは一瞬驚き、反射的に彼女の拳を受け止めた。

 その声はさっき自分に接触した少女であるが、今の言葉から自分を前から知っているようだが…。

 拳を受けられて悔しそうにしている少女の顔を見て、キラはハッとした。

 「きみ…あのとき、モルゲンレーテにいた…!」

 そう…ヘリオポリスがザフトに襲撃された日。避難の際、モルゲンレーテの奥へと行った彼女と共に自分が見たのは、このストライクだった。そして、キラは彼女を避難用シェルターに行かせ、自分はストライクに乗ってしまった。

 まだ1ヶ月もたってないのに、ずいぶん前のように感じた。

 そんなことを思っていたキラであったが、一方の少女は彼の手を振りほどこうとしていた。

 「くっ…離せ!このバカっ!」

 そして彼女のもう一方の拳がキラの頬に当たった。

 思わぬ一撃を食らったキラは殴られら頬を押さえ後ずさった。

 「カガリ!」

 サイーブに咎められ、カガリと呼ばれた金髪の少女は引き下がり、彼女の仲間たちの方へ戻っていった。

 その姿を見送りながら、頭が混乱していた。

 なぜ、彼女がここにいるのか?

 

 

 一連のやり取りを見ていたヒロたちは呆気にとられていた。

 シグルドは大きくため息をついていた。

 「…大丈夫なんだよね?」

 ヒロが困った顔でシグルドに聞いた。

 「大丈夫だが…。まったく、カガリは…。」

 まっすぐなのはいいが、これでお互いの協力しあうかもしれない空気を壊してしまったら、元も子もないだろうと思いながら、そして何より心配したのはこれで、自分の正体をバラしてしまうのではないかということだった。

 

 

 「そっちの用事は終わった?」

 今度は先ほどの軍服を着た者たちがこちらに来た。

 「こっちは終わったさ。」

 サイーブは睨みつけながら言った。

 「おいおい、あまり冷たく言い放つなよ。もしかしたら、手を組みかもしれない相手に…。」

 「ふん、これだけは言わせてもらうぞ。お前たちの都合がどうであれ、俺たちは俺たちの敵を討つだけだ、ということをな。」

 そして、後ろの方にさがった。

 「あ~らら。随分と嫌われてしまったようで…。」

 そして、男はマリューの方に振り返った。

 「…あなたたちは?」

 マリューは尋ねた。

 その時、眼鏡をかけた士官が先ほど打って変わった物腰でマリューに近づく。

 「いや~、すみませんねぇ。このような二度手間をかけさせてしまって。彼ら頑固者で困るでしょ?申し遅れました、自分はユリシーズ・スヴォロヴと言います。中尉です。ユーラシア連邦特別独立部隊、アンヴァルの参謀を務めております。」

 ユリシーズは自己紹介を始めた。

 右目に眼帯をかけた隊長格の男も名乗る。

 「アンヴァル隊長のディアス・ホークウッドです。」

 「アンヴァルって…。」

 マリューはちらりとルキナとギースの方に目を向けた。

 「はい、この度はルキナ・セルヴィウス少尉とギース・バットゥータ曹長がお世話になりました。しかし…新型戦艦の艦長がこのような美人な方であったとは…。まさしくこの艦の名前のごとき天使のような方ですな。しかし、アラスカに降下するはずだったのに、このような地に降りてしまい、さぞ大変だと思われます。どうでしょう、あちらに我らの野営地がございますので、こんなところでなんなんですからこれからのことでもお話しいたしましょう。なに御心配にはいりません。海も陸も平気で走ることができ、乗り手の無事を守るといわれた神話の馬、部隊名にもなっておりますアンヴァルのごとき、どのような場所にも、繰り出せます。」

 もはや、交渉というか口説いているのではないかというような言葉に、マリューもたじろぐしかなかった。

 後ろにいたムウをはじめ他の兵士も唖然としていた。

 そもそも隊長のディアスを差し置いてここまで言っていいのかとも思ったが、彼は彼で勝手にユリシーズが話してくれて労力を使わずに楽なのような雰囲気だった。

 ギースとルキナ、他のアンヴァルのメンバーはいつものことというばかりのあきれ顔であった。

 もちろん、「明けの砂漠」のメンバーもあまりいい顔をせず、聞いていたが、サイーブはユリシーズが発したある単語を耳にし、思わず驚いた。

 「セルヴィウス…だと?まさか、アウグスト・セルヴィウスの孫娘か?」

 「隠すつもりもないので言うが、そうだが。…何か言いたいことでも?」

 サイーブの質問に近くにいたディアスは短く答えた。

 先ほどのこともあるから、大将の悪口の1つや2つ言うのかと思っていたが、予想外の言葉が出てきた。

 「…ということは、ヴェンツェル・セルヴィウスの娘…。」

 その言葉を口にした瞬間、先ほどまでの空気が一変した。

 そして、この後の一連がほぼ一瞬であった。

 ユリシーズ、ディアスとともにいたアンヴァルのメンバーたちが銃を取り、サイーブたちに向けた。対して、サイーブの周りにいた「明けの砂漠」のメンバーも銃を向けた。

 まさに一発触発状態だった。

 が、お互い撃ちかねない状況にも関わらす、彼らは撃たない。

 撃てなかった。

 彼らの間に入るように1人の男が立っていた。

 彼もまた軍服を着ていて階級章からは将官であることがうかがえた。

 お互いが銃を出した瞬間に割って入って来たのだろうが、みな、そのような言葉も出すことができない。

 老年ながらも、その長年軍に、戦場の中に身をおいていたためか、みな、その男発する威圧に圧倒されていた。

 その男がアンヴァルの方を見やった。

 「…何をしている。交渉の場に銃を向けろとは、俺は言った覚えはないが…。」

 その言葉を聞いたアンヴァルの者たちはみな抗議の言葉も発せず銃を下げた。

 そして、今度はサイーブの方に目を向けた。

 「…サイーブ・アシュマン。あまりこの場に関係のないことを持ち込むことはやめていただきたいが…。」

 「いや…、すまない。もう何も聞かない。」

 サイーブも圧倒されながら、そのまま身を引いた。そして、メンバーたちに銃を引かせた。

 お互いは銃を降ろした時、その中で身一つ動かなかったディアスはやれやれといった感じ嘆息した。

 「…まったく、大将も含め血の気が多いようでホント困りますよ。」

 それをきいた将官がにやりとディアスの方に向いた。

 「…おまえもそのポケットの中で、銃をとってただろ?おまえもそれから手を放せ?」

 「…バレてましたか。」

 そう言い、ディアスは軍服の上に羽織っていた上着のポケットから短銃を取り出し、地面に置いた。

 マリューたちは、一体どういうことか分からず、ただ、このやり取りを見ているだけだった。一方、近くにいたルキナは顔をこわばれせていた。ギースは銃こそはとらなかったが、サイーブに非難の目を向けていた。

 その彼に遅れて他の隊員たちが待機しているところから、その男のもとに、口髭を生やした中年の男が急ぎ足でやって来た。階級章をみる准将であった。

 「はぁ、はぁ…。セルヴィウス大将…いきなり、行かないで下さいよ…。こっちが…駆け足に…。」

 男はゼィゼィいいながらアウグストに言った。

 「おいおい、俺より若いのにそんなに息を切らしてどうする、フェルナン?」

 「仕方ないじゃないですか。こっちはアラスカ行ったり、戻ったりそしてこっちに来たりと大移動なんですよ。」

 男の抗議を尻目に将官はマリューたちの方に振り返った。

「それよりも、すみませんな、こんな見苦しいところを見せて。このことは忘れてください。」

 「ラミアス艦長、この方が、アウグスト・セルヴィウス大将です。そして、こちらがガリツォ・フェルナン准将です。」

 ディアスより紹介を受けマリューは敬礼した。

 「あー、そう固くならなくていいよ。俺が勝手に来ただけなんだし…。話はハルバートン少将より聞いている。詳しく話を聞きたいが…、ここじゃぁなんだから、どこかゆっくり話せる場所ないかな?」

 今度はサイーブたちの方を見、彼は言った。

 「…大将にすべてもっていかれた…。」

 一連の件で、己の言が途中で遮られたユリシーズはがっくりと肩を落とした。

 

 

 レセップス級大型地上戦艦、スケイルモーターによって砂を振動、液状化させて移動することができ、海上でも航行可能だが、ボズゴロフ級が海洋戦力を担っているので、主に砂漠で運用されている。

 そのネームシップであるレセップスが「砂漠の虎」アンドリュー・バルトフェルドの旗艦である。

 「もう彼、目が覚めたって?」

 「はい、軍医が言うには、もう大丈夫だと…。」

  昨日、バルトフェルド隊はこの砂漠に、落下に近い形で降下してきたMSを収容、パイロットを保護した。

 隊員たちは、さすがに生きてないだろうと思ったが、なんとパイロットは奇跡的に生きていた。

 降下地点が砂丘でであったこと、パイロットが降下時の操縦がよかったこと、MSの整備がよく行き届いていたことによってけがで済んだ

 とはいっても、しばらく養生しなければいけない怪我ではあるが。

 ダコスタから話を聞きバルトフェルドは医務室に赴き、扉を開いた。

 医務室のベッドではそのパイロットは起き上がっていた。

 「やあ、起きたって、しっかし驚いたね~。宇宙からMSが落ちてくるんだもの。今まで誰もやらないことだよ。」

 群青色の瞳がバルトフェルドの方に目を向ける。

 「…やりたくてやったのではない。しかし、整備士には悪いことをした…。」

 シグーアサルトの方はもう直すことは出来ない状態であった。

 「でも、機体の整備が行き届いているからこそ、君は大けが程度で済んだものさ。君の認識番号も照会させてもらったよ。ジブラルタルには連絡したから、君の事は本国にも届くだろう。しばらくゆっくりしたまえ、『青い迅雷』オデル・エーアスト君。」

 そう言い、彼は部屋を出て行った。

 バルトフェルドが出て行ったあと、オデルはふたたび横になった。

 確かに、今までMSが単独で大気圏突入するなんてなかった話だ。まあ、あの奪取した機体はスペック上可能だが…。

 ザフトの従来のMSが単独で降下したら、途中で燃え尽きる。

 しかし、燃え尽きないで残ったこと。

 おそらく、コクピット内の戦闘記録を見ているはずだ。

 バルトフェルドがそこに言及しなかったこと…。

 そこには感謝しなければと思った。

 …あれから、まだ1日と経っていないと、話を聞いて分かった。

 オデルにとってはとても長い日にちが経ったように感じていた。

 「ジョルジュ…すまない。」

 オデルはあの時、散った戦友の名を口にした。

 届くことなどもうないにもかかわらず。

 

 

 砂丘を抜けた岩山に近づき、その谷底まで明けの砂漠、そしてアンヴァルの順にそして最後にアークエンジェルと進んでいく。

 ここが「明けの砂漠」の本拠地なのか、他にも人がいたり、弾薬が置かれていた。

 ザフトの偵察を警戒し、隠蔽用のネットをMSや人の手で広げていった。

 サイーブに伴われ、マリューたち士官3人、アンヴァルからはアウグストの他にフェルナン、ディアスが奥の司令室らしい部屋へ辿り着いた。

 その部屋には、通信機やコンピューターなどの機械類が並んでいる。

 ある意味、1部隊並の設備である。

 「ひゃ~、こんなところで暮らしているのか?」

 「ここは前線基地だ。タッシル、ムーラ、バナディーヤ。みな家は街にある。…まだ焼かれてなければな。」

 「艦のことも、助かりました。」

 マリューは改めて礼を言う。

 さっき一緒にいた金髪の少女がサイーブに耳打ちし、外へと出て行った。

 「彼女は?」

 その姿を見送ったあと、ムウは尋ねた。

 「…俺たちの『勝利の女神』だ。」

 「へぇ…。で、名前は?」

 だが、サイーブからの答えがなかなか返ってこなかった。

 「女神様じゃ、名を知らなきゃ悪いだろう?」

 ムウは肩をすくめながら言った。

 「…カガリ・ユラだ。」

 サイーブはカップを置き地図を広げた。

 「アンタらはアラスカに行きてぇってことだが…。」

 サイーブのあからさまに話をそらそうとするのを、マリューは不思議に思ったが、話題が話題なだけに地図に注意を引いた。

 サイーブが現在の情勢を話し始めたのだ。

 

 

 

 「Gコンドル?」

 それが先ほどアバンが乗っていた戦闘機のような機体の名称だ。

 アークエンジェルの隠蔽用ネットを張り終え、休憩がてら、キラとヒロはストライクとクリーガーに興味津々のメカニックたちの餌食になってしまった。

 「これって、クリーガーのバックパックにくっつくの?」

 そして、ヒロは渡されたマニュアルを読みながら、ヒロはクリーガーの調整をしているフィオに尋ねた。

 「そう。Gコンドルの機首の部分が分離して、それがバックパックになるの。でも、まだ合体試験はまだだし、何より、ちゃんと接続できるかもわからないから、今こうしてお互いを調整しているの。これもしなきゃいけないし、フォルテのジンも修理しなかきゃならないし…。これはしばらく徹夜続きになりそうだわ~。」

 と言いつつも、フィオの目はキラキラ輝いていた。

 「…なんか、その割にうれしそうだな。」

 アバンが半ばあきれながら言った。

 「そりゃ、そうよ。こんなすごい機体をいじれるのよ!メカニック冥利に尽きるわ。」

 今までとは違うMS、そして、最新機体をいじるということの方が大変さよりも上回ってるのだろう。

 一方、別の目を輝かせている人間はストライクの方にいた。

 「うわ~、モルゲンレーテと大西洋連邦のすべての技術をそそいだ機体!こんなにも、すごいなんて~!操縦桿はスライダータイプになっているんだ。フットペダルも4枚になっているし…。あっ、これがキーボードでOSを調整できるのか?ねえねえ、これでさっきの運動プログラムも変えたの?」

 キラたちとは2、3歳ぐらい年上のスポーツバイザーを被っており、黒縁眼鏡をかけた整備士がキラに次々と質問する。

 「…、そうです。ええっと…。」

 キラは困りながらも質問に答える。

 なぜなら、彼はユーラシア所属の整備士である。

 このレジスタンスの本拠地に行くまでの間、マリューとアウグストとの間で何か話があったのか、これらの機体をユーラシアにも見せてもいいと言われた。

 彼からもデータはとらないと言われた。

 が、 アルテミスでの1件のこともあり、キラは不安だった。

 もし、これが奪われたりでもしたら、アークエンジェルを守ることも出来なくなる。

 

 「あれ、まだ名前言ってなかったっけ?僕はススム・ウェナム。ススムでいいよ。そうか…これなら…。」

 だが、ススムと名乗ったその整備士は、ただ己の好奇心のみで機体を見ていた。

 杞憂かなと、キラは少し安心した。

 「まったく、こんなものを造るから…こうやって調子に乗るやつが出てくるんだ。」

 そこにカガリがこちらにやって来た。その目は先ほどキラに対してと同じようにストライクを睨みつけていた。

 さきほどの事もあってキラは少し警戒した。

 ヒロも少し身構える。

 「…さっきは悪かったな。」

 が、彼女はこぶしを振るうわけでもなく、キラにボソッと謝った。

 「殴るつもりはなかった…わけでもないが、あれははずみだ。許せ。」

 一生懸命謝ろうとはしているが、態度が謝っているようには見えなかった。

 その様子におもわずキラは吹き出してしまった。

 「なにがおかしい!」

 「なにがって…。」

 カガリは心外そうに睨みつけるが、キラはまだ笑っていた。

 その様子を見ながら、ヒロはキラに聞いた。

 「…2人、知り合いだったの?」

「知り合いっていうか、あのときモルゲンレーテにいた子だよ。ほら、ヒロ、覚えてない?」

 「そういえば、おまえもあそこにいたな?傭兵だったのか。しかも、アレに乗っているなんて…。」

 キラに言われたこと、そして、カガリが自分を見ているようなことを言って、ヒロは一生懸命記憶を探っていた。

 そういえば、あの日ラボに金髪の帽子を被った人がいたような…。

 でも、あれ…。

 「…女の子、だったんだ…。」

 帽子を深々とかぶっていたこともあり性別まで分からなかった。あの時のお客さんが、初めて知った。でも何でだろう…。

 と、考えていたが、ヒロが思わず、口に漏らした言葉にカガリはムッとし睨みつけた。

 「まったく、おまえもか!一体、なんだと思っていたんだ!」

 「えっ…、ゴメン。」

 カガリの語気に思わずヒロは謝ってしまった。

 

 

 

 「ふーん、ヒロがねぇ…。そうなのか、フォルテ?」

 ルドルフはピタパンを口にしながらオーティスの話を聞いていた。

 シグルドもフォルテも共にいる。

 ピタパンとはこの北アフリカでは主食として食べられていて、主に肉や野菜類などを挟み、サンドウィッチのように食すのが一般的だが、ルドルフはそのまま口にしている。

 「う~ん、たぶん、というかほぼ…。さっきの戦闘見てたなら、なんとなくわかるだろ?」

 フォルテが答える。

 「まあな…。とは言っても、これはヒロ自身が解決しなきゃならんことだしな…。」

 「そうですね…。だからといって、ほっとくこともできません。あとで、それとなくヒロに聞いてみます。」

 シグルドは静かに答える。

 

 

 

 サイーブから現在の情勢、そしてアラスカまでの道のりを見たマリューは深いため息をついた。

 ここから、アラスカまでは紅海を抜け、インド洋、太平洋を渡るしかない。

 が、目下、ここには「砂漠の虎」がいる。

 まずはここをどうにかしなければいけない状況になった。

 サイーブたちが自分たちを助けたのも、親切心からではなく、『敵の敵は味方』ということだ。

 「サイーブ、そちらの話は終わりました。」

 すると、女性の声がした。

 マリューらが振り返ると、入り口から流れるような美しい金髪の女性が入って来た。

 その女性を見たムウは、ヒュゥと口笛を吹いた。

 さっき、サイーブがカガリと言っていた子よりもこちらの方が女神と呼んだ方がふさわしいのではないかと思ったが、それを言ったら、周り(特に2人ほど)が後で怖いだろうと考え、口に出すのをやめた。

 「ああ、こっちは終わった。」

 サイーブはその女性の問いに答える。

 女性はマリューたちの方に歩み寄り挨拶をした。

 「初めまして。ヴァイスウルフのミレーユ・アドリアーノと申します。この度、護衛任務の件、我々の力及ばず申し訳ございません。」

 「いえ、そのような。あなた方のおかげでここまで来れたのです。しかし、どうしてここに…?」

 マリューはミレーユと握手する。

 そう言えば、さきほどリーダーと思しき人と仲間もいた。

 このレジスタンスから何か依頼を受けているのだろうか。

 「はい。レジスタンスより依頼を受けております。しかし、くわしい内容までは…彼らに迷惑をかけますので、明かすことはできません。申し訳ございません。しかし、今、お互いが協力し合う以上、我々も力の限り尽くします。」

 「ええ、ありがとう。」

 このような敵のど真ん中、思わぬ味方をえて、ホっとする。

 そして、さらにここにユーラシアの部隊とも会うことができたのも幸いであった。

 「…けど、ユーラシアもいるっていうのは驚きましたよ。やはり『砂漠の虎』を?」

 ムウがアウグストに尋ねた。

 「そうさ。だが、ユーラシアの戦車部隊を何度もやられているからな。つい先日もぼろ負けだ。しかし、我々も手をこまねいていられない。ビクトリアが落ちた今、尚更だ。しかも、ことを隠密にやらねばならない」

 アウグストの言葉にマリューたちは訝しむ。

それにフェルナンが話を加える。

 「できることなら、この部隊が倒したとは大っぴらにはしたくないのですよ。だから、レジスタンスの協力を仰ごうとしたら、最初はつっぱねられてね。はははっ。しかし、君たちがここに来てくれたおかげで我々も当初の予定通りに事が進めたわけで、とても感謝しているよ。」

 彼は笑いながら言う。

 「しかし、なんで?」

 ムウはふたたび尋ねた。

 普通正規の軍隊がゲリラに協力を申し入れるなどないことだ。

 しかも、『砂漠の虎』を倒すことを前面に出したくないなんて、普通は逆だ。

 「それは…いろいろあるんだよ。」

 アウグストが不機嫌な顔をして答える。

 「…なにか、聞いちゃまずかったのかな?」

 気まずくなったムウはディアスに聞いた。

 「いえ…、少佐の質問で機嫌が悪いのではないので…。」

 「ルキナに久しぶりに会えたのに、再会の喜びを見事に突っぱねられたので…。」

 フェルナンが笑いながらムウの問いに答えた。

 不機嫌の意外な言葉に、ムウら3人は呆気にとられた。

 「当たり前だろう!1ヶ月ぶりだぞ、1ヶ月ぶり。しかも、ヘリオポリスには、俺に黙っていくし!」

 「そりゃ、ちゃんと人選はこちらでしましたので。」

 「だからってなぜルキナだ。他にもMSが乗れるやつはいるだろう。」

 アウグストとフェルナンのやり取りを聞かされた3人は呆気にとられていた。

 ディアスはというと、いつものこととばかりの顔をしていた。

 「…じじバカなんですね。」

 ムウが苦笑交じりにディアスに話す。

 「ええ、自他ともに…です。」

 「じじバカでなーにが悪い!孫は可愛いモノだろう!」

 ムウの言葉が聞こえたのか、反論した。

 まったく身内には甘い人間なのか、それともこれも何か考えがあっての事なのか。

 アウグスト・セルヴィウスの名は大西洋連邦にも名をとどろかす軍人だ。先ほど、場を収めた威厳をもち、まさしく軍人として見習うべき鑑と思いナタルは尊敬の念を抱いていたが、そのイメージをほんの数時間で壊されたナタルは頭を抱え、溜息を付いた。

 

 

 

 「ははは、それは私も見てみたかったな。」

 アンヴァル所属の軍医、ショウセイ・スアレムはアウグストがルキナから突っぱねられた時の様子を想像し、笑った。

 「少し、こっちの身になってもらいたいです。もうすぐ16ですよ。なのに…。」

 「孫というのは、いくつになっても可愛いものなんだよ。しかし、無事でよかったよ。しかもアルテミスではMSに乗ったんだってね。」

 ショウセイは和やかな話題からそれとなく本題へと話を変えていった。

 「はい…。でも、まだ交戦してはいないので…。」

 「慌てる必要はない。ゆっくりとで、いいよ。」

 「しかし…。」

 「いいの、いいの。その時できることをする。ゆっくり休むのも仕事よ。MSに乗るのは今はディアス隊長たちに任せて、てね。」

 看護師のモニカ・シーコールがにこやかに言った。

 「そうそう、まったく普段は仕事してないんだからここでさせないと。」

 「といいつつあなたもでしょ、オリガ?」

 「そんなことないわよ、姉さん。」

 そこへ医療物資を運んできたオリガ・クラーセンと姉でベルトランの秘書官のタチアナ・クラーセンが入って来た。

「スアレム先生、これ、こっちに置いておきますね。」

 「ああ、ありがとう。これで全部かい?」

ショウセイはタチアナに尋ねる。

 「はい、そうですね。もし、足りなくなった言ってくださいね。」

 「では、私も自分のやれることをしてきます。タチアナ大尉、シミュレーターも持ってきているんですよね?」

 ルキナは立ち上がりタチアナに聞いた。

 「ええ、今、ジャン曹長が調整していると思うけど…。」

 「そうですか、では行ってきます。」

 そう言い、テントから出て行った。

 

 「ルキナ。」

 出てきたルキナは声をかけられた方に目を向ける。そこには、理知的な雰囲気をまとった士官がいた。

 「久しぶり、アレウス。」

 「久しぶりだな。これからどこへ?」

 「シミュレーターの方へ…。」

 「そうか…。」

 2人はシミュレーターが設置されているトレーラのところに向かうと、その前でジャン・ヤーノシュとエドガー・ズィーテクが言い争っていた。

 近くで、ラドリー・タルボットとパーシバル・フォルカーはやれやれといった顔でそのやりとりを見ていた。

 「いったい、どうしたんですか?」

 「ああ、なんか射撃精度についてと機体性能についてとか…。」

 ラドリーは一体どれくらい時間がたったであろう2人のやりとりの方へ目を向けた。

 「だから、もう少し火力上げないと、無理だって!」

 「だが、それしたら機動力が下がるだろう!?」

 「それはわかっているけど…。」

 こちらの方まで聞こえてくるやりとりにラドリーとパーシバルは辟易していた。

 アンヴァルの部隊の中では(アウグストを除く)最年長で、職人気質の頑固なところがある整備士長のジャンと砲術のエキスパートでその時は冷静ではあるが、熱くなりやすいエドガーの言い争いは止める術がない。

 「シミュレーターのシステムからOSに反映させるから、わかるんだが、早くこっちも作業を終えたいんだけどね、もう夕方になるし…。」

 ラドリーは空を見上げた。もう空はどこまでも広がる青々とした色から、オレンジに変わり始めていた。

 「炊事班にも怒られてしまうし、なにより、セロの餌をあげなければ…。」

 今後は視線を下の方へ向けた。

 そこには子犬のセロがいた。

 彼も2人のやりとりに飽きたのかあくびをしていたが、ルキナたちが来たのを見ると近づいてきた。

 「…セロも連れてきたんだ。」

 「いや…、今回人が結構出払うから、基地で留守番させるわけにもいかないしね…。あっちはまだ終わらなそうだな。…悪いけど、2人とも手伝ってくれる?」

 2人の言い争いに構っていたら、作業が終わらない。ラドリーはルキナとアレウスに申し訳ない顔で彼らに協力を仰いだ。

 「いいですよ。」

 「すまないね、ルキナはようやく落ち着けたばかりなのに…。」

 「いえ、タルボット大尉の頼みですし…。」

 2人のことはほっといて作業を始めた。

 

 

 「しかし、なんか大所帯になったな~。」

 「うん…。というか、なんでアバンついてくるの?」

 ヒロはルキナにお礼を言うため、アンヴァルの部隊がいるところまで向かっていた。が、なぜかアバンもついてきていた。

 「だって、ヒロが一目ぼれしたっていうそのルキナって子に会ってみたいじゃん!」

 「ア、アバン!」

 ヒロは思わぬ言葉に動揺した。

 「照れるな、照れるなって。フォルテから聞いたんだ。『あいつ、俺がMSを何機も相手にして大変な時に夢中になっていた。』って。」

 『なるほど。ほぼ事実だな。』

 ジーニアスも乗っかってきた。

 「そ、そんな、僕は…。」

 「まあまあ、落ち着け。大丈夫だ。さあ、行こう。」

 「ちょっと、アバン!待って!」

 アバンに押される形で、アンヴァルが駐留している野営地についた。

 「さて、どこにいるか…。」

 岩陰より探し始める。

 「なんで、こんな形に…。」

 ヒロは溜息を付いた。

 これではまるで…。

 『おっ、いたぞ!あそこのトレーラのところだ!』

 「えっ、どこ?」

 ジーニアスが先にみつけたのか、ビープ音を鳴らす。

 それを聞いて、アバンはジーニアスが指し示した場所に目を向ける。

 『ほら…。なんか、士官と何か楽しそうに談笑している…。』

 「ホントだ。」

 彼らのやりとりを聞いてヒロもそちらに目を向ける。

 その視線の先には、ルキナが物資の搬入の手伝いをしながら青年士官と談笑していた。

 「ほらっ、ヒロ。行けっ!」

 アバンが促そうとした。

 「…いいよ。なんか忙しそうだし…。今は、僕たちもやることあるし…。行こう。」

 しかし、ヒロは行かず、その場を後にした。

 「…え、いいのか?お礼は早めにしろって教わらなかったか~。って、おーい、ヒロ!」

 アバンは驚き、ヒロを止めようとするが、ヒロは構わす、戻っていった。

 

 

 

 夜、すでにあたりは暗くなった。この時期の砂漠は一桁の温度となり寒い。

 レジスタンスとて、軍人とて、四六時中戦いに臨んではいない。

 今は、みな体を休めたり、仲間たちと談笑したりしていた。

 もちろんアークエンジェルのクルーたちもである。

 ただ、こういう場は慣れていないのか、みな重い表情だった。

 そんな中でも1人、休まずにいた者がいた。

 キラであった。

 彼は1人、コクピットの中でOSの調整をしていた。

 どうやらデータを取った形跡はなかった。

 マードックがその様子をみて、半ばからかいにきたが、キラには関係なかった。

 やるしかない。もう同胞を手にかけることにためらいはない。そうでなければ誰がこのアークエンジェルを、みんなを守るんだ。

 そんな思いであった。

 

 カガリはキラがアークエンジェルにいるとは知らず彼を探していた。

 考えてみたら、実はまだ彼の名前を知らなかった。

 さっき彼に会ったのは、そのことも含め、あの時分かれ心配だったが、なぜMSに乗っていたのか、聞きたいことがいろいろあったからだ。しかし、MSに乗っていたことを問いただすと、彼の言葉にこれ以上聞けず、結局名前も聞けなかった。

 そこにシグルドと会った。

 「あっ、シグルド!あのさ、地球軍のMSパイロット見かけなかったか?」

 アークエンジェルの護衛でヴァイスウルフの仲間も乗っていると聞いていた。なら、シグルドならわかるのではと思い、尋ねた。

 「…キラ・ヤマトのことか?彼なら、たぶんアークエンジェルにいるのではないか?」

 「そうか…。あいつキラって言うのか。」

 シグルドを通してであるがやっと名前を知れた。

 「…名前、知らなかったのか?」

 シグルドは呆れながらカガリに言った。

 「えっ、ああ。その、だな…。ほら、いろいろあってだな…。」

 ごまかそうとカガリは顔をそむけた。

 「…カガリ、気を付けろ。正体がバレるぞ。」

 シグルドが嘆息し、カガリに注意を促した。

 「大丈夫だ!…たぶん。というか、ありがとう。アークエンジェルへ行くよ。」

 これ以上、分が悪いと思ったのか、カガリはそそくさと行ってしまった。

 その姿をやれやれといった感じでシグルドは見送った。

 「まったく、世話のやける…。」

 と言いつつ、カガリの正体がばれないか、心配している自分も自分だ、と思った。

 シグルドは振り返り、広場の方へ向かった。

 その途中、ヒロが薪に座っているのが、目に入った。一人でなにか考え事をしているようであった。

 「どうした?他のみんなのところに行かないのか?」

 「シグルド…。」

 シグルドはヒロの隣に座った。

 「…初めての任務で、こんなに大変なことになったが、ここまでよく頑張ったな。」

 「…そんなことないよ。結局、守り切れなかった。」

 どうやら、そのことについてヒロは一人考えていたようだ。

 ここに来るまで、何とか守りたいと戦ってはいた。確かに、今、アークエンジェルは無事ではいるが、その間に多くの人の命が失われた。

 そして、自分も。

 「僕は、全然ダメだよ。人を…撃つことも躊躇ってばかりで、撃っても、ずっとそればかりが頭によぎって…。迷惑かけてばかりだ。」

 人を撃つことに覚悟がなかった。

 この仕事をしていたらいつかはその時はくるとは思っていたが、できればそんなことはしたくなかった。

 しかし、現実は厳しく、人を撃たなければいけないという選択に迫られることもあった。

 シグルドはしばらくだまって聞いた後、口を開いた。

 「人を殺すことにためらいのない人間なんていないし、人を殺したいからという理由で殺す人間はほとんどいない。…戦場は、お互いが生きるために戦う、生と生がぶつかり合う場所だ。みな生き残るという思いで、引き金を引く。人を撃つという手段をもって…だ。ヒロ…、人を殺すというのは、あくまで手段だ。手段だから、もし他に方法があればそれを行えばいい。手立ては必ずしも1つではないからな。」

 しばらく2人の間に沈黙が流れた。

「けど…、ぼくにはそんなことができるほど力を持ってないし強くはないよ…。」

 自分はシグルドやフォルテのように操縦がうまいわけではない。

 「強いっていうのと、力があるというのは、違う。それに…できるか、できないかは強さとか、力とかだけではない。…お前自身に意志があるか、だ。」

 シグルドのこの言葉の意味をこの時、ヒロはまだわからなかった。

 

 

 「けど、なんで私を通すの?直接頼めばいいじゃない。」

 ルキナは呆れながら言う。

 「いや~、だって、あの機体は機密だからね。ちょっと聞きづらいというか…。でも、やっぱりデ実物を見るのとデータで見るのとは違うよ~。」

 それにススムは笑いながら答える。

しかしもう彼の頭はMSのことでいっぱいであった。

 昼間あんなに見たのに、もう1度見たくなったらしい。

 しかし、直接キラに頼む勇気もなく、こうしてルキナとギースに介してもらおうとアークエンジェルまで来ている。

 「けど、フォルカー少尉まで来ることなかったのに。」

 ギースが横を見やる。

 「そんなこと言われても困る。俺だってなんでここに一緒にいるのか…。ん?」

 パーシバルは半ば無理やりの形でついてくることになってしまった。彼は不機嫌そうに答えながら、正面にだれか岩塊よりのぞき見をしている金髪の少女を見かけた。

 

 

 カガリはシグルドの言葉を受けアークエンジェルの近くまできた。

 しかし、さっきの会話…。

 まったく、キサカといいシグルドといい、人を子ども扱いして…。

 自分の正体を明かすつもりなど毛頭ない。というか、できるわけがない。

 それぐらい自分でもわかっている。

 …ただ、気になっていた。

 あの機体もこの戦艦も関係のないことではない。

 だからこそ、という思いがあった。

 「ちょっと待ってよ、フレイ!そんなんじゃわからないよ、ちゃんと話を…。」

 「うるさいわね!話ならもうしたでしょ!?」

 その時、ハッチの近くでなにか男女のやり取りが聞こえた。

 カガリは思わず岩の物陰に隠れた。

 サイとフレイがなにか言い争いをしていた。

 「えーと、カガリさん…だっけ?どうしたの?」

 いきなり声をかけられ、カガリはびっくりし振り向いた。

 そこに、数人いたのであった。

 「えっ、いや…しー。」

 なんと答えていいか言葉を探っていたが、先ほどのぞき見していたところより声が聞こえたので、ふたたび目をやる。

 ルキナたちもその場所をのぞき込む。

 アークエンジェルのハッチからキラが出てきて、フレイはキラの下に駆け寄り、腕にしがみつき背後に隠れた。

 3人の間に気まずい空気が流れる。

 「…なに?」

 先に切り出したのはキラだった。サイに向け尋ねる。

 「…フレイに話があるんだ。キラには関係ないよ。」

 「関係なくないわよ!だって、私、昨夜はキラの部屋に居たんだから!」

 フレイが背後でサイに叫ぶ。

 その言葉にサイは衝撃を受ける。

 隠れて聞いていたカガリたちもその言葉に顔を赤くした。

 盗み聞きするつもりはなかったのだが、そのまま3人のやり取りを全員聞き続けてしまった。

 生真面目なパーシバルもこれ以上の盗み聞きは良くないと窘めつつも、自らも聞き入っていた。 

 キラはフレイの言葉を聞き、愕然としているサイの様子に耐えられなくなり、目をそらす。

 「キ…ラ?ど、どういうことだよ…フレイ、きみ…。」

 サイはなんとか言葉を続けようとするが声が震える。

 「どうだっていいでしょ!サイには関係ない!」

 フレイはなお叫び、キラの背後にうずくまる。

 それまでだまっていたキラが口を開いた。

 「もうよせよ、サイ。」

 「…キラ?」

 サイは驚き、キラの方に目を向けた。

 「どう見ても、君が嫌がるフレイを追っかけるようにしか見えないよ。」

 「…なんだと?」

 「昨夜の戦闘で疲れてるんだ。やめてくんない。」

 そう言い、キラはフレイの肩によせ、アークエンジェル内へと戻ろうとした。

 その姿を見たサイは、それまでのキッと顔をしかめ、キラの背後につかみかかろうとした。

 だが、その手をキラによって一瞬にして逆手にひねりあげられてしまった。

 「やめてよね。本気でケンカしたら、サイがぼくにかなうはずないだろ。」

 キラは冷たくサイに言い放ち、彼を突き放した。

 サイは地面にしりもちをつく。

 「…キラ。」

 サイはキラに驚愕の目を向けた。

 これまで、キラはこのように力でねじ伏せたり、暴言を吐くことなどしてこなかった。

 それが信じられなかった。

 「…フレイはやさしかったんだ。」

 キラは振り返り彼に背を向けて言った。

 「ずっと、ついててくれて…、抱きしめてくれて…、ぼくを守るって…。ぼくがどんな思いでたたかってきたか、誰も気にもしないくせにっ!」

 キラは目に涙を溜め叫んだ。

 これまでずっとみんなを守るために、戦ってきたか。同胞に手をかけてきたか、それまでその同胞に手をかけられなかった結果、守れなかった命。

 それをブリッジからしか見ていない人間に何がわかるんだ。

 誰もわかってくれない。フレイだけが自分の気持ちを理解してくれている。

 どこか、自己憐憫の主張であったが、サイは彼の叫びに返す言葉がなかった。

 そんなキラをフレイは抱きしめた。

 これまでのやりとりを盗み聞きしていたカガリたちもそのまま俯く。

 

 

 

 その時、その沈黙を破るようにするどい笛の音がこの谷底に響き渡った。

 どうやらレジスタンスにとってこれは警報の意味であった。

 サイーブが急いで見張り台の方へ向かった。

 「どうした!?」

 見張りにいた少年が叫んだ。

 「空が…空が燃えているっ!タッシルの方向だ!」

 その言葉にみな、はっと息を飲んだ。

 

 

 




今回、多くの人物が出てきましたが、追々キャラクター紹介に載せます。


オマケ(続けられたら…いいな~)

アバン「どうも~!アバン・ウェドリィです!」
ヒロ 「いきなりなに!?そもそもこれはなんなの?」
アバン「いや~、ガンダムってさぁ、けっこう暗い部分とか、つらい話とかあるじゃん?」
ヒロ 「まあ、確かに…。」
アバン「だから、せめてここだけでも明るくやっていこうというわけさ。」
アバン「そういうわけで今回初試みしたというわけさ。」
ヒロ 「なんか、すこし悪ノリしている感が…。」
アバン「だって、後書きの文字制限が2万字なんだぜ。使わなくちゃ、もったいなくね?」
ヒロ 「そんなところでもったいない精神出さなくても…。」
アバン「ちなみに、あまりにダメだったら、打ち切りなるかもしれない。」
ヒロ 「すでに、打ち切り前提でモノを言っているよ。」
アバン「てなわけ、余力があればここで、本文では語ってない豆知識等をやっていきます!よろしくぅ!」
ヒロ 「えっ、もう終わり!?」
アバン「だって、イントロダクションだもん。」
ヒロ 「本当に大丈夫かな…。」


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PHASE‐19 慢心、ゆえに。

最近、暑いですね。
風邪も流行っています。
ちなみに、自分もうつされました。…家族に。


 レジスタンスの者たちは大慌てで車を発進させていた。

 サイーブをはじめ、メンバーの大半はタッシル出身だ。

 無線はノイズだらけで状況がつかめない。

 「弾薬をはやく!」

 「あいつら…!お袋は病気で寝てんだよっ!」

 「はやく乗れ!もたもたしてっと置いていくぞ!」

 そんな状況の中、サイーブはなんとかまだ冷静だった。みんなをなんとか落ち着かせようと車の近くまで駆けてきた。

 「待て!慌てるんじゃない!」

 「サイーブ、ほっとけって言うのか!?」

 「そうじゃない、半分は残れと言うんだ!落ち着け!別働隊がいるかもしれん!」

 その様子を見ていたマリューは隣のムウにささやいた。

 「…どう思われます?」

 「うーん、『砂漠の虎』は残虐非道…なんて話は聞かないけどなー。」

 「じゃあ、これはどういう…?」

 「さあ、だって俺、知り合いじゃないしねえ。…何かご存じじゃぁないですか?」

 ムウは近くにいたアウグストとフェルナンに尋ねた。

 「うーん、実際対峙したことがないので、なんともいえないが…。」

 「…無意味なアクションを起こすヤツではない。」

 フェルナンの言葉にアウグストが続けた。

 「…では、別働隊があるかもしれないと…?」

 「それは、わからんが…。一応、準備はした方がいいな。まあ、アークエンジェルは行かない方がいいだろう?あの図体じゃ、動くよりとどまるほうがいいだろう?誰かに行ってもらおう。状況が分からなければ何とも判断できない。」

 マリューの問いにアウグストは笑いかけながら答える。

 「そうですね。…少佐、行っていただけます?」

 「俺?」

 マリューが言うと、ムウは自分を指さした。

 よもや、自分が行くということは考えていなかったようだ。

 「スカイグラスパーが一番早いでしょう?」

 マリューは微笑みながら答える。

 「でもなあ…。まだ調整が…。」

 昨日の戦闘で飛ぶことは出来たが、まだ調整は完全ではない。そう言いつくろおうとしていたムウにマリューの援護の形になるようにシグルドが提案した。

 「それなら、俺のディンも行く。」

 後ろから声がした。シグルドとヒロが騒ぎを聞きつけ、こちらにやって来た。

「スカイグラスパーよりは遅いが、いざ戦闘になってもいいだろ?Gコンドルが動かせるからヒロも付いてこさせる。こっちの方はフォルテを残す。…それでどうだ、艦長?」

 シグルドから援護を受けたマリューはふたたびムウににっこりと言った。

 「…だそうですので、心配せずにお願いいたします。」

 「…んじゃいっちょ、行ってきますか。」

 ムウは億劫そうにもアークエンジェルへと向かった。

 その後ろ姿にマリューは念を押した。

 「私たちにできるのはあくまで救援です!バギーでも医師と誰かを行かせますから!」

 シグルドとヒロも機体の方へ向かった。

 アンヴァルの者たちも準備に取り掛かり始めていた。

 そしてマリューも他のクルーたちに向かって呼びかけた。

 「総員!ただちに帰投!警戒態勢を取る!」

 

 

 

 タッシルの街は火の海と化していた。

 ダコスタがバルトフェルドのいる指揮車に戻ってきて、運転席に座った。

 「…終わったか?」

 彼の帰りを待っていたバルトフェルドはダコスタに聞いた。

 「はい!」

 「双方の人的被害は?」

 「はぁ…?あるわけないですよ。戦闘したわけじゃないんですから!」

 ダコスタは半ばあきれた様子で答える。

 「双方だぞ?」

 しかし、バルトフェルドはふたたび念を押すように尋ねた。

 「…そりゃまあ、街の連中の中には、転んだだの火傷しただのってのはあるでしょうが…、ないですよ。」

 そう…。今、目の前で街は燃えているが、バルトフェルドは攻撃前に、ダコスタに命令し街の人間に警告を出し、焼き始めた。

 もちろん、他の部下たちも命令を守り、住民たちが自分たちの狙った目標、武器や食料などの近くにいれば警告を出し、住民たちが安全圏に退いた後、焼き払ったのである。

 ただ、それだけである。住民に死者がでるなど皆無だった。

 「では、引き上げる。ぐずぐずしているとダンナの方が帰って来るぞ。」

 「それを待って討つんじゃないのですか?」

 「おいおい、それじゃ卑怯だろ!?ダコスタくん、ボクがやつらをおびき出そうと思って街を焼いたとでも思ってるの?」

 「はあ…。」

 ダコスタは彼の言葉に呟くだけだった。

「ここでの目的は達した!帰投する!…ね、君が来る必要はなかっただろ?」

 バルトフェルドはダコスタに指示をし、さらに後ろの席に座っているオデルの方を見た。

 出撃準備をしているのが、オデルの耳にも入ったのか、オデルはバルトフェルドに世話になっているお礼も含め、なにか戦闘の手伝いをしたいと進言した。

 バルトフェルドは来ても何もすることはないと言ったが、退かなかったので、とりあえずジンオーカーをトレーラーに乗せ、彼を車の後部座席に乗り来たが、結局必要なかった。

 「…なるほど。バルトフェルド隊長、あなたは面白い人だな。」

 面白いという表現が正しいかわからなかったが、それ以外このバルトフェルドの行為を言い表す言葉が思いつかなかった。

 「そうかい?」

 「…それに、あなたが今思い描いていることがあるのであれば、まだわかりませんよ。」

 オデルが不敵に笑った。

 「おやおや…、君もなかなか面白いね。」

 バルトフェルドは先ほど自分に向けられた言葉をそのまま返した。

 2人のやりとりにダコスタは何が何だかわからなかった。

 

 

 スカイグラスパー、とGコンドル、その後ろにディンがタッシルの上空に着いた頃、すでにザフトの姿は見えなかった。

 街はいまだに燃えていた。

 「ああ…ひでえな…。全滅かな、こりゃ…。」

 さすがのムウも口調が苦くなった。

 上空から見ると、無事に残っている区画はなく、街に動く人影もなかった。

 (あっ!ムウさん、あそこに。)

 絶望がよぎったその時、ヒロは町はずれの小高い丘に人影を捉えた。ムウもその方向を見て、驚いた。生存者が残っていたという安堵感もあったが、ここからみえる人の数からほとんどの住人がいるように見える。

 ムウは通信回線を開いた。マリューに報告した。

 「こちら、フラガ…。生存者を確認。」

 (そう…よかった。)

 「というか、ほとんどみなさんご無事なようで。」

 (え?)

 いったい何がどうなっているのか…。さっぱりわからなかった。

 そうこうするうち、レジスタンスたちのバギーたちも到着してきた。

 みな、家族の無事を確認し、喜んでいた。

 遅れてアークエンジェル、アンヴァルのバギーも到着した。

 「少佐…これは?」

 ナタルも意外そうな顔をしていた。それはアンヴァルの部隊も同じ気持ちだった。

 「動ける者は手を貸せ!けが人もこっちへ運べ!」

 サイーブは車から降りてさっそく指示を出し歩き回っていた。

 すると、「サイーブ」と声をかけられ、そちらの方に目を向けた。

 老人と、彼に付き添っている少年がいた。

 「ヤルー!長老!」

 人ごみの中からカガリが喜びの声を上げ、その場所へ来た。

 「カガリ!父ちゃん!」

 少年も同様であった。

 どうやら、この少年はサイーブの子供のようだった。

 「無事だったか、ヤルー。母さんとネネは…?」

 「シャムセディンのじいさまが、逃げるとき転んで怪我したから、そっちについてる。」

 「そうか…。」

 サイーブは安堵の表情をし、大きな手で頭をなでた。が、すぐにリーダーの表情にもどり長老に尋ねた。

 「…どのくらいやられた?」

 「…死んだ者はおらん。」

 その言葉にサイーブもカガリも驚いた顔をした。

 事情を聞くため、ムウやナタルたちも彼らの近くに来る。

 長老は続けた。

 「最初に警告があったわ。『今から街を焼く、逃げろ』とな…。そして、焼かれた。家。食糧、弾薬、燃料…すべてな。」

 「本当に…どういう事でしょうか、中尉?」

 オリガがユリシーズに耳打ちをした。

 「う~ん、俺に言われてもなぁ、オリガ。これと似たような話はあるけど…。エドガー、エル・アラメインでぼろ負けした戦車部隊の一員としてあの時はどうだった。」

 エル・アラメインにて、モーガン・シュバリエ率いるユーラシアの戦車隊はバルトフェルドの奇策によって大敗した。戦車車両は甚大の被害を受けたが人的被害は軽微だった。

 エドガー・ズィーテクは、その戦車部隊に属していたが、大敗後、MSの投入を上層部に進言したモーガンが厄介払いに近い形で大西洋連邦に配属されたため、彼もこのアンヴァルに異動させられた。

 「…その、ぼろ負けしたとか口に出して言う必要ありますか?…あの時人的被害がなかったのは、バクゥの威力の恐ろしさを連合軍内に広めさせるために意図的にしたのだと、シュバリエ大尉は言っていました。」

 エドガーにとっては苦い経験を思い出しながら答える、

 「今回もなにか意図がある、ということ?」

 「たぶん、あれだな。」

 ユリシーズが何か意味ありげなことを言い、オリガは彼の視線の方へ目を向けた。

 「『こんなこと』?街を焼かれたのが『こんなこと』か!?これのどこがやさしい!?」

 その時、先ほどの場所からカガリの怒りの声が聞こえた。

 彼らはふたたびそちらの方へ視線を向けた。

 どうやらムウが言ったことに対しての反論のようだ。

 「失礼、気に障ったんなら謝るけどね。けどあっちは正規軍だぜ?本気でだったらこんなもんじゃないってことぐらい、わかるだろう?」

 ムウは少し言い方を変えながら話した。

 彼の言葉の言うことはもっともだった。

 が、それが逆にカガリの怒りに火をつけてしまった。

「あいつは卑怯な臆病者だ!我々が留守の街を焼いて、それで勝ったつもりか!?我々はいつだって勇敢に戦ってきた!昨日だってバクゥを倒したんだ。だから臆病で卑怯なあいつは、こんなやり方で仕返しするしかないんだ!何が『砂漠の虎』だ!」

 「おい、サイーブ!ちょっと来てくれ。」

 そこへシグルドがサイーブ方へやって来た。

 サイーブはシグルドともに他のメンバーたちの下へ向かった。

 「どうした?」

 サイーブの言葉にレジスタンスの1人が口を開いた。

 「やつら、街を出て、まだそうたってない!今なら追いつける!」

 「なんだと!?」

 その言葉にサイーブは驚いた。

 「街を襲った直後の今なら、連中も弾薬も底をついているはずだ!」

 「俺たちはやつらを追うぞ!こんな目に遭わされて黙っていられるか!」

 男たちは次々に言い、興奮していた。

 「ちょっとちょっと、マジ?」

 それを聞いてムウは思わずつぶやいた。

 サイーブは冷静を保っていて、彼らを説得している。

 ムウはそんな彼らを見ていたがカガリはキッと彼らを睨みつけているの気付き、戸惑った。

 周りを見回してもみんな視線は冷たい。ナタルもであった。

 「あ…えーと、ヤな奴だな、『虎』って。」

 ムウはごまかし笑いで何とか取り繕うとした。

 「あんたもな!」

 カガリは彼らの耳元で怒鳴ると、サイーブたちの所へと向かった。

サイーブは彼らを懸命に止めていた。

 「馬鹿なことをいうな!そんな暇があったら、けが人の手当てをしろ!女房や子供についてやれ!そっちの方が先だろう!」

 だが、男たちは彼の言葉に耳を貸さず、怒鳴り返した。

 「それでなんになる!?見ろ、タッシルはもう終わりさ!」

 「まさか…、俺たちに『虎』の飼い犬にでもなれって、そんなこと言うんじゃないだろうな、サイーブ!」

 そう吐き捨て彼らは行ってしまった。

 取り残されたサイーブは地団駄を踏んだ後、「エドル!」と叫び、彼の運転する車に乗った。

 「行くのか?サイーブ。」

 やって来たカガリは彼に聞いた。

 「放ってはおけん。シグルド、ここを頼む。」

 サイーブはシグルドに向け言った。

 もしレジスタンスが敗れ、万が一『虎』の気が変わり、誰も守る者がいないここを攻めてきたら、ひとたまりもない。

 「…わかった。」

 シグルドも彼の意をくみ了承した。

 「私も行く!」

 カガリは飛び乗ろうとしたが、払いのけられた。

 「お前は残れ!」

 そう言い、バギーは走り去った。

 サイーブとしては、この戦闘で生きて帰って来れる保証はない。そんな場所に彼女を連れて行くことなどできなかった。

 その意図も知らず、カガリは恨めしそうな視線を送るが、その横にバギーが止まった。

 アフメドが運転席にいて、その後ろにキサカがいた。

 「カガリ、待て!」

 意図を察知したシグルドはカガリを止めようとしたが、彼女は聞かず、飛び乗りバギーは走りだした。

 「シグルド、本当に行かなくていいの!?」

 ヒロはシグルドの方を見た。

 彼もレジスタンスの事をほっとけなかった。

 「…俺が行ったら、ここを誰が守る。」

 「それだったら僕が…。」

 「…撃てるか?」

 「え?」

 ヒロは自分が行くと言いかけたとき、シグルドにいきなり尋ねられ当惑した。

 「レジスタンスたちが危ないからと、相手を撃てるのか?」

 その言葉にヒロはハッとした。しばらく考えるように俯き小さな声で言う。

 「それは…。」

 「今、お前は迷っている。迷うことは悪いことじゃない。だが、俺はその状態で戦場に行かせるなど、できない。」

 「じゃあ、どうすればいいの?」

 ヒロは半ばすがるような思いで尋ねた。

 これまで考えてきた、でも答えが出ない。

 その間にもしなければいけないことがあるのに。

「それは自分で見つけるしかない。他人から答えを与えられたても、それは自分のものではない。結局、また迷いが生じる。…それに、今はここに残っていてもやれることはある。」

 彼は振り返り、そのまま避難した人たちの所へ向かった。

 「考えてるよ。どうすればいいのかって。そんな中でも、やってきたんだ。けど…、僕はあんな結果望んでなかったんだ。なのに…。」

 1人残されたヒロはぎゅっと拳を握りしめた。

 

 

 (なんですって!?追っていった?なんて馬鹿なことを!)

 ムウはユリシーズたちと共にマリューにレジスタンスのことを報告したが、彼女の反応は案の定の反応だった。

 (なぜ止めなかったのです、少佐。)

 「止めたら、こっちと戦争になりそうだったの。で、どうする?」

 ムウは周りを見渡した。

 行ってしまったレジスタンスたちもそうだが、街の人たちの方も気がかりである。

 人々は疲れ果てている。死者がいなくてもけが人は多く、一緒にきた人員だけでは追いつかない。

 ふと、ナタルが子どもをあやしているのが見えた。

 5歳くらいの男の子で腕を骨折したのか、母親の腕の中でいつまでも泣いている。

 「えー、い、痛いのか?ほら、もう泣くな。」

 子供を相手にするのが慣れていないのか、ぎこちないナタルは、制帽をかぶせ、ポケットから菓子を取り出す。

 男の子はその菓子を見て、泣くのをやめ、夢中で頬張る。その様子にナタルはほっとしたが、周りに菓子が欲しそうにしている子ども達に驚き、あくせくしていた。

 めったに見れない光景に思わずムウはニヤニヤした。

 その時、マリューから返事が来た。

 (ヤマト少尉を行かせます。見殺しにはできません。そちらには、残った車両と水や物資を送ります。)

 マリューの言葉に、共に報告を聞いていたアウグストが続けた。

 (こっちも部隊を送る。このアークエンジェルからじゃぁ指揮は出来ないから…今からフェルナンを向かわせ指揮を執らす。ユリシーズ、お前も行け。)

 「えー!?何でですか?」

 ユリシーズは驚いた声を上げた。

 (救援の地上部隊の指揮を執るヤツが必要だろ?ラミアス艦長、ヤマト少尉もこちらの指揮下に入ってもらうが、いいか?)

 (ええ、こちらも動けないで、現場で指揮を執ってくれる人がいて助かります。)

 (というわけだ、ユリシーズ。こちらからMSを送るから連携して行え!)

 「わかりました。やりますよ!」

 そう言い、ユリシーズはエドガーとオリガの方に向いた。

 「…てなわけで俺たちも行くぞ!オリガ、お前たちはここに残って街の人たちの対応を頼む。」

 そう言い、ユリシーズはバギーに乗り込み、レジスタンス救援に向かった。

 

 

 アークエンジェルはもちろんアンヴァルの野営地では準備に追われていた。

 フェルナンの指示を受け、兵士たちは出撃準備をしていく。

 そこにアウグストからフェルナンへの通信が入る。

 (フェルナン、ありったけの弾薬を持っていけ。今は出し惜しみするな!)

 「ええ、わかってます。が…いいのですか?」

 タッシルの街にある物資はすべて失われているのだ。そちらに回すのもある。確かに今は出し惜しみしている暇はないが、それを補えることは出来るのだろうか。

 (それは、タチアナに補給を任せてある。司令部の連中には後で何とでも言い訳する。それが…ダメだったら。ヘソクリを使う。それだけだ。)

 「なら、使います。」

 しかし、ヘソクリとは…この人とはもう何十年の付き合いだが、一体いくつ隠し玉を持っているのか、いまだに分からなかった。本当、恐るべきというか、敵でなくてよかったか。

 (あと…。)

 訂正、やっぱりメンドクサイ人だ。

 ずっと心の中で思っていた彼の評価するのをやめ、フェルナンは呆れ返った。

 一体、あんたは自分の保護者か。

 「まったく、一体何十年の付き合いだと思っているのですか!?そんなにやりたいのなら、自分で行って前線で指揮を執ったらいいじゃないですか!?」

 (行ったら行ったで、指揮官はどっしり構えていろとおまえがうるさいだろ!?)

 「いいのですかディアス隊長、止めなくても?」

 2人のやり取りをよそに着々と準備を進めていく中、ネイミー・アッカーソンはディアスに尋ねた。

 「ずっと軍に長いこといるんだから、こんな忙しい中で程度はわきまえているだろ。ネイミー、あんなやりとりにずっと付き合っていたら身がもたないぞ。」

 ディアス自身の経験か、半ば悟ったような口調であった。

 「えーと、救援部隊の弾薬はこれぐらいで。あっ、街の救援物資はそっちだ。」

 ギースはアンヴァルの物資の分別対応に追われていた。

 形式上はアークエンジェル所属だが、マリューの配慮もありこちらの本来の役目を担っている。

 「俺は待機ですか?」

 パーシバルはスピアヘッドの乗降用タラップに足をかけながらジャンに聞いていた。

 「さっき、隊長が言っていたぞ!お前と傭兵のMSがこっちに残るんだ!」

 周りが騒がしいこともあり、ジャンは大声で返した。

 その後ろ、なにか者が地面に叩き落ちた音がした。

 どうやらススムが慌ててしまい、部品の入った段ボールをひっくり返したようだ。

 「気ぃ付けろ!」

 ジャンが注意をする。

 命令であれば仕方ない。

 パーシバルは悔しそうに降りた。

 その近くにルキナがいた。

 「ん?どうした、ルキナ?」

 「…私も待機、ということよ。隊長やアレウスは出るのに。」

 「…ルキナ。」

 心配そうにパーシバルは言う。

 「…わかっている。わかっているけどね…。」

 自分が行けないことが歯がゆく思うのは初めてかもしれない。

 彼らは他の人たちの出撃を見送ることしか出来なかった。

 

 

 大型トレーラーからコンテナが引き離され、アンヴァルのMSが出される。

 どれも、ザフトの従来のMSを繋ぎ合わせたような形状である。頭部のメインカメラはゴーグル状になっているが、その奥はモノアイである。また、彼らが運用しているMSはすべてジン、および派生機で区別するため、名称を付けている。

 アレウスはジン長距離強行偵察複座型がベースで改修された機体[ロッシェ]に乗り込んだ。手にはリニアガンタンクの備えられているキャノンより大型のレールガンとシグーのシールドと同じくらいの大きさの盾を持っていた

 もともとの偵察機の特性を活かし、敵の特定等をしなければならないため、一番先に出なければいけない。

 [ロッシェ]は、それらの武装をまるでハングライダーをMS大にしたモノにマウントし、ベースバーに手にかけた。

 その名は、ヒンメルストライダー。

 アンヴァルがザフトのグゥルを参照に、地球連合規格で開発したサブフライトシステムである。

 ここは砂漠である。地上を歩くよりもこちらの方が速い。

 (では、発進するぞ。)

 アレウスは周りにいる作業員たちが巻き添えを食らわないよう警告し、退避を確認したのち、発進した。

 続いて、ノーマルのジンに肩部にザウートのキャノン砲が1対、腕に2連副砲があり、背部にはバックパックが通常より大きめで、その他にプロペラントタンクが備えられた機体[プロクス]も同じようにヒンメルストライダーのベースバーを手に持った。

 「ディアス!ヤマト少尉はこっちの指揮下に入る!ストライクの機動力と合わせ連携しろ!」

 大声でフェルナンが[プロクス]のパイロット、ディアスに告げる。

 (わかりました。では、こちらも発進する!)

 そう言いディアスもヒンメルストライダーを駆り、レジスタンス救援へと向かった。

 「では、こちらも行くか。ネイミー、アレウスからデータが送られたら、すぐにオペレーティングを頼む」

 フェルナンはトレーラーに乗り込んだ。

 すでに運転手と助手席にネイミーが乗っていた。

 このトレーラーは、コンソールに電子装置やモニターが設置されていて、陸上での作戦時に指揮をとれるようになっている。

 上部に45㎜バルカン砲を備え付け、砲手が手動で行う。

 その砲手の担っているテムル・バータルが乗り、それを確認した運転手がトラックを発進させた。

 

 「いいのか、フォルテ?俺たち何もしなくても…。」

 彼らの様子を見ながらアバンはフォルテに尋ねた。

 「とは言ってもね~。俺のジンじゃ、今から追いかけるなんて無理だし。このアークエンジェルの方に戦力を残した方がいいだろう?」

 「けどよ~!」

 アバンは悪態をついたが、フォルテの言うことももっともだった。

 だが、アバンにとって自分が何もできないということが一番嫌で悔しかった。

 

 

 

 タッシルを壊滅させたバルトフェルドたちは帰路についていたが、その行軍速度はゆっくりであった。

 「隊長…もう少し急ぎませんか?」

 ダコスタが隣に座っているバルトフェルドに言う。

 「そんなに早く帰りたいのかね?」

 「じゃなくて、追撃されますよ、これじゃ。」

 もうすでにタッシルでのことはレジスタンスに知られているだろうし、なにより、帰投の際、彼は迎え撃つつもりもない反応を見せていた。

 それなのにこんなにゆっくりとしていて彼の意図が読めなかった。

 しかし、彼の懸念の言葉をよそにバルトフェルドはぼそっと呟いた。

 「…運命の分かれ道だな。」

 「は?」

 ダコスタは彼の言葉の意味がわからず、聞き返した。

 「自走砲とバクゥじゃ、ケンカにもならん…。死んだ方がマシ、というセリフはけっこうよく聞くが、本当にそうかね?」

 「はあ?」

 その時、バクゥのパイロットから通信が入った。

 (隊長、後方から接近する車両があります。6…いえ、8、レジスタンスの戦闘車両のようです。)

 その報告を聞き、ダコスタはバルトフェルドの方を見た。

 そう、さっきの独り言といい彼の行動といい、これを見越していたのだ。

 「…やはり、死んだ方がマシなのかねえ?」

 その時、彼らの左横より、レジスタンスのバギーが現れ、指揮車に向けランチャーを発射した。

 指揮車はなんなく避ける。

 「隊長!」

 「仕方ない。交戦する!」

 彼の言葉と同時にバクゥは臨戦態勢に入った。

 

 

 アークエンジェルのブリッジ。

 そこでシートに座っているアウグストは話し始める。

 「…よく忘れがちになるが、戦いの後の事も考えなければいけない、ということだ。」

 「はぁ。」

 独り言を言っているのか、それともこちらに話しているのか分からない彼の言葉に、マリューはとりあえず返事をする。

 「…そういった意味で、今回の『虎』の行動は見事なものだ。」

 敵を褒めるアウグストに他のクルーも一体何が言いたいのか、という目を向ける。

 「…ザフトは地球軍の地上封じ込めのためにマスドライバーを攻撃している。しかし、これにはどうしても地上の軍事拠点の確保、物資が必要となる。このアフリカ共同体の鉱山もその一環だ。しかし、見ての通りそれに反発してレジスタンス活動をしている者たちがいる。さて、そんな彼らにどうするかな?そこ操舵手の君ならどうする?」

 「え、自分がですか?」

 いきなり指名され驚いたノイマンであったが、しばらく考え答える。

 「そりゃ、彼らを撃ちますよ。彼らによって戦力を失ってしまいますし。」

 「そうだ。実際、先の戦闘でこの艦とMSに気を取られていたとはいえ、バクゥを5機も失った。それを放っておくことは出来ない。が、問題もある。それは、彼らは俺たち軍人と違い、地元の人間(・・・・・)であることだ。」

 「もしもタッシルをレジスタンスと通じているから住民ごと街を焼き払ってしまったら、今、彼らの支配を受け入れている街の者たちはどう思う?それに恐怖して抵抗しなくなる。が、それと同時に、関わっていない人間も殺した、非戦闘員も殺した、それならばいつか自分たちも逆らってなくても向こうの都合で殺されるのではないか、なら今のうちに抵抗しよう、と彼らの同情し、味方する者も出てくる。第2、第3のレジスタンス組織が出てきてしまう。出てきたら、また排除すればいいと思うだろうが、そうしているうちに本来以上の戦力を消費してしまう結果なってしまう。」

 「が、今回どうだ?非戦闘員も殺さず、待ち受けるようなことはしない。レジスタンスたちはMSを倒したということに慢心を見せ始めているから絶対に攻撃してくる。明らかな戦力差であってもな。客観的に見たら、挑発に負けて自分たちが倒せたように錯覚し、増長したレジスタンスがMSとランチャー、明らかな戦力差も考えず無謀な戦いをした、と思うだけだ。なんて愚かなんだ、と思うぐらいだろう。」

 「…そんな。」

 そうこれはすべてバルトフェルドの作戦の内なのである。

 もしかしたら自分たちが救援に行くかもしれないことも、考えているのではないか?

 本当に出撃させて大丈夫だったのか?

 そして、そんな相手と戦って勝機があるのか。

 マリューは不安に思った。

 そして、この人はそこまで考えていながらあえて彼の思惑に乗るのか、それとも何かあるのか。

 「まあ、ともあれ、この後のことも含め、レジスタンスが全滅してしまったら、こっちは意味がない。あいつらが間に合うといいが…。」

 アウグストはマリューの不安をよそに独り言ちた。

 その言葉にいろいろな意味を含めて。

 

 

 レジスタンスたちの反攻はバルトフェルドやアウグストの予想通りの展開になっていた。

 3機のバクゥのうち1機が、レジスタンスのミサイルが関節部で爆発し、不調を起こし動けなくなったぐらいだけだった。

 のこりの2機は彼らの砲撃にビクともせず、レジスタンスたちを追い詰めていく。

 4本脚で駆けていた1機がキャタピラに切り替え、下のバギーを押し潰す。

 さらに、近くを駆け抜けたバギー2台を急激なターンをしえ彼らにつき、1台を前脚で横に払い、もう1台を踏みつぶす。

 「ジャアフル!アフドー!」

 サイーブがバクゥの犠牲になった仲間の名前を叫ぶ。

 「くそぉ!」

 アフメドはハンドルを切りバクゥに近づく。そして、その巨大な機体の腹の下に入る。

 カガリとキサカがその隙を狙って各々、手にした武器を腹部に放つ。

 脚の間を抜け、バクゥは一瞬、足を止めた。

 が、この後のことは一瞬にして起こった。

 「飛び降りろ!」

 何かに気付いたのか、キサカは突然叫び、同時にカガリを抱え、バギーから飛び降りた。

 「…え?」

 運転していたアフメドは何が分からず、反応が遅れた。

 瞬間、アフメドがまだ乗っているバギーがバクゥの前脚に蹴り飛ばした。

 キサカに抱えられ砂地に転げ落ちたカガリはつぶされたバギー、そして宙に舞う少年の姿が目に入った。

 「アフメドー!」

 カガリは悲痛な叫びをあげる。

 が、バクゥはまさしく獣のごとく次の獲物を狙っていた。

 先ほどアフメドのバギーを潰したバクゥはターンをし、こちらの方に迫ろうとする。

 その時、そのバクゥにサイーブが放った砲が肩に当たる。

 バクゥがサイーブの方に気を取られた隙を狙ってキサカはカガリを引きずってこの場から走る。

 バギーに迫って来るバクゥをサイーブはバズーカ―を放つが、意味をなさない。

 その間に距離は縮まっていく。

 「ちっくしょー!」

 サイーブはバズーカ―を構える。

 その時、一筋のビームがバクゥの脇に走った。

 そして、その後、キャノン砲がバクゥの前を遮った。

 「接近する熱源!隊長!」

 指揮官車からもそれらを捉えた。

 ダコスタがバルトフェルドに報告する。

 カガリたちからも先ほどのビームを放った姿が見えた。

 「…ストライク。」

 彼女は青、赤、白のトリコロールの機体の名を呟いた。

 

 




まさか、この話が二分割になるとは思わなかった(汗)。
後半は2,3日後に出せるようにします。



オマケ
ヴァイスウルフで一番強いのは?
アバン 「一体誰だろうか?」
ヒロ  「シグルドかルドルフ、かな?でも、フォルテも意外と強いよね。」
アバン 「白兵戦はルドルフだよな~。しかしあの爺さん70超えてあんなだもんな~。」
ヒロ  「シグルドとフォルテはどう思う?」
シグルド「ミレーユ、だな。」
フォルテ「うん、ミレーユ。」
ヒロ  「へ?」
アバン 「これまた意外な答え。」
ヒロ  「ルドルフは?」
ルドルフ「協力者込みなら、ジネット。含まないなら、ミレーユだな。」
アバン 「いったい、どうしてだ?」
シグルド「彼女を怒らせたらいけない。」
アバン 「たとえば?」
シグルド「仕事が回ってこない。(経験談)」
フォルテ「報酬金が来ない。(経験談)」
ルドルフ「俺の秘蔵のワイン、奪われた。(経験談)
     1ヶ月以上口きいてくれない。(経験談)
     ホテルから追い出された。(経験談)」
アバン 「…なんというか。」
ヒロ  「家庭内で立場の弱い世の父親と同じ…。」


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PHASE‐20 MELEE

お待たせしました。
原作では第18話、後半部分になります。


 

 キラは先ほど撃ったビームの射線が不自然に逸れていた。がおかしいことに疑念を持った。

 「それる!?…そうか、砂漠の熱対流で…。」

 この地域の砂漠の気候は一番過ごしやすいとされるが、夜は気温が氷点下まで下がり、昼は30℃近くまでと気温差が激しい。そのため、大気が滞留している状態ができるときがある。それのため、ビームが曲がってしまうのである。

 キラはすばやくキーボードをたたき、熱対流をパラメータに入れた。

 

 ストライクに少し遅れて[プロクス]が上空より状況を確認し、砂漠に着地した。

 バクゥによって、すでに大破したバギーが見受けられた。

 内心苦いモノを感じながら、ディアスは通信回線を開く。

 アレウスの乗った[ロッシェ]はすでに配置についており、レールガンを構えている。

 「ネイミー、配置についたか!?」

 その視線の先、トレーラーがやって来た。

 別方向からユリシーズたちが乗って来たバギーも数台見えた。

 (はい!先ほど、中尉から送られてきたデータそして、いまの状況、この作戦内容を説明します。ヤマト少尉、聞こえていますか?)

 「…聞こえています。」

 ミサイルの着弾をシールドで受けながら通信を聞いたキラは小さくうなずく。

 (現在、バクゥは3機。その内、1機が破損したのか、動いておりません。しかし、また動く可能性があります。注意してください。また、ジープの近くにトレーラーがあります。MSが待機している可能性もあります。レジスタンスのバギーですが、8台のうち4台が大破しています。我々の今作戦の目的は、レジスタンス救援および、安全圏までの脱出です。バクゥの撃破は2の次でお願いします。機動性のあるストライク、を主攻とし、中距離のディアス隊長の[プロクス]とソレル中尉の[ロッシェ]は援護をお願いします。その間にスヴォロヴ中尉たちの地上部隊がレジスタンスの救援をお願いします。なお、敵および味方の位置はこちらで随時知らせますので、気を付けてください。)

 (…いいな、あくまでもレジスタンスの退避が最優先事項だ。それを忘れるなよ(・・・・・・・・)。)

 ネイミーからの話が終わった後、隣にすわっているフェルナンから念を押すように指示する。

 

 アレウスは[ロッシェ]の盾を砂地に差し、レールガンの砲身を上部に乗せ、構える。

 レールガンは大きいため、撃つときはこの方法がベストである。

 また撃った後、砲身冷却、充電、再装填と時間がかかるため、[ロッシェ]の移動範囲は限られている。そして、なにより、このレールガンの精度はあまりよくない。

 (レールガン、間もなく発射されます。射線上に入らないよう注意してください。)

 「レールガン、発射する!…当たるなよ。」

 ネイミーからの警告指示、アレウスの言葉の後、トリガーが引かれた。

 構えていた砲身から強力な電磁加速をかけた弾頭がバクゥに向け、発射された。

 発射された弾頭がバクゥの脇をすり抜ける。

 弾に気を取られたパイロットは次の瞬間、目の前にストライクが現れ、驚愕した。

 ストライクのビームライフルが発射され、それを何とか回避するため、バクゥのミサイルポッドをパージした。

 「…ちぃっ。」

 キラは敵を仕留められなかったのに、少し苛立ちを感じた。

 

 「よし、行くぞ!」

 ユリシーズは防弾チョッキを着、ヘルメットを被りながらバクゥとストライクたちが交戦したのを確認し、指示を出していく。

 彼はゆりーシーズが率いるチームとエドガーが率いるチームに分かれる。

 「エドガー、あまり気をとられるなよ。MSを倒すことが目的じゃないからな。」

 「わかっています。中尉も気をつけて。」

 彼らを乗せたバギーは走り出した。

 

 

 バクゥが地球軍のMSに気をとられている間に、カガリはアフメドの所に急いで向かった。カガリは必死に呼びかけてはいるが、すでにアフメドは虫の息だった。

 「カガリ…おれ…おまえ…。」

 彼は何かを言おうとしたが、言い終わる前に息を引き取った。

 「アフメド?…アフメドー!」

 カガリは何度も呼びかけるがもう彼は返事はしない。

 カガリは涙を流し彼を抱きかかえた。

 

 それをモニターから見えたキラは苦いものを感じた。

 「なんでっ!」

 本当にバギーやランチャーでバクゥを倒せると思ったのか。そんな過信が、甘さが、この結果に至った。

 そう自分と同じであった。自分は守れるはずだった命を自分の甘さで失った。彼は自分の命を失った。

 そう、だから守るために、もう迷わない。撃つことを躊躇わない。

 倒せるものはいま倒す。

 キラはライフルをバクゥに向けた。

 

 

 カガリとキサカがいる場所に1台のバギーがやって来た。

 「はやく、乗れ!今から安全圏まで移動する。」

 助手席に座っていたユリシーズがカガリとキサカに促した。

 キサカは頷き、カガリを移動させようとするが、彼女は動かず、ただアフメドを抱え泣いていた。

 「…カガリ。」

 呼びかけるがカガリは頑として動かない。

 ユリシーズが席から飛び降りた。

 「おい、嬢ちゃん!」

 そして、カガリの肩をつかみ、自分に向かわせた。

 「嬢ちゃん、いいか。ここは戦場だ(・・・・・・)。ここでただ動かず、仲間の死に泣いていたら、いつミサイルが飛んできて今度は君が死んでしまう。君は生きているんだ。生きているのは、たとえ、最後動けなくなるまで、足掻きゃならないんだ。生きた方が勝ちなんだ。」

 その時、ユリシーズのインカムからネイミーの切迫した知らせが流れた。

 (中尉、早くそこから逃げて下さい!そこにMSが…。)

 「え!?」

 彼が見るとそこにバクゥがこちらに近づいてきていた。向こうはまだ横を向いててこちらに気付いていない。

 ユリシーズはバクゥが対峙している相手を見て、どうしてこうなったか分かった。

 「おい!なんでストライクがいるんだ!俺たちが向かうポイントは知らせているはずだ。」

 ネイミーに怒っても仕方ない。

 (さっきからヤマト少尉には伝えています。しかし…。)

 しかし、様子を見ると、ストライクはバクゥを撃つことに気を取られていた。

 このままやり過ごせればいいが、流れ弾に当たる可能性もある。

 「~たくっ!」

 悪態をついても仕方ない。

 バクゥを少しでも足を止めなければいけない。

 そうすれば、キラの方も気付くだろう。

 ユリシーズはバギーからバズーカ―を取り出し運転している兵士に告げた。

 「バギーで2人を安全圏まで絶対に連れて行けよ。」

 「…中尉。」

 「おいおい、俺はそんな自己犠牲精神は持ってないよ。こっちも撃ったら、全力で駆けるよ。隊長も来てるんだろう。」

 そう言い、急いでカガリとキサカ、そして少年の亡骸をバギーに乗せ発進させた。

 ユリシーズと残った兵士がバズーカ―をバクゥに向け構えた。

 「カッサーノ、あくまでも足止めだからな。撃ったら全力で逃げろ。」

 「ええ。」

 カッサーノと言われた兵士は頷く。

 「お前が撃ち終わって、俺がまだ撃ってなくても、逃げろよ。」

 「ラジャーっす。」

 「…そこは少し、考えてほしかったな。」

 「だったら、給料を上げてください。」

 「それは大将に言ってくれ!」

 冗談交じりの会話もつかの間、バクゥは射程距離に入る。

 2人はバズーカを撃ち、即座に後方へ駆けた。

 こちらに向かっていたバクゥの首付近に当たった。

 バクゥは一瞬足を止め、それが来た方にモノアイを向けた。

 「急げ、来るぞ。」

 己の何倍ものある機体がその来た方向にミサイルを発射させる。

 こちらにミサイルが迫ってくる。

 一か八かの賭け…。

 南無三!

 キラからもそれは見えた。

 「え!?」

 いつの間に近くにいたのか、驚いている暇はなかった。ストライクはビームライフルを放ち、ミサイルを撃ち落とす。

 着弾する前に…間に合え!

 上の方で激しい爆音を耳にしながら一生懸命かける。

 そこへ、こちらの異変に気付いた[プロクス]も2連副砲で撃ち落とす。

 全部撃ち落とせたか、その時、近くで激しい轟音が鳴り響き、背後でなにか衝撃を感じた直後、ユリシーズの視界はどちらが上か下か分からず回った。

 どうやら、1発撃ち落とせなかったのが着弾したらしい。

 そんなことを考えている暇もなく、ユリシーズは砂地に体をぶつけながら転がっていく。

 ようやく止まった時、しばらく全身打ち付けられた痛みでなかなか動かない体をなんとか起こし顔を上げる。

 そして、もう1人の仲間に声をかける。

 「おい…カッサーノ!」

 口の中に砂が入ったのかジャリジャリする。見れば全身砂まみれだ。

 口の中の砂を何とかつばで出しながら、ユリシーズが必死に叫ぶが、反応はない。

 轟音で受けた耳がまだ戻ってないせいか、分からなかった。

 ふと視線にひしがれたヘルメットがあった。

 自分の頭をとっさに探るが自分のはまだ被っている。

 それしかなかった。

 ミサイルによって巻き上げられた砂の煙が腫れてきて、MSの姿が目に映る。

 バクゥは2機を相手にしていて、もうこちらのほうには来ない。

 が、まだ流れ弾の危険の範囲内だった。

 「~くっそー!」

 ユリシーズはそのひしがれたヘルメットを持って、ただ懸命に安全圏までかけた。

 

 

 レジスタンスの本拠地。

 無線からその場にいなくても状況は捉えることはできた。

 あまり、いい状況ではない。

 なにより、MSたちの連携が出来ていない。

 (おい、キラ。こっちの指示が聞こえないのか。)

 (こちら…ユリシーズ。早く…バギーを!)

 なおも無線で目まぐるしいやりとりが聞こえる。

 それを聞いていたルキナは苦い表情をした。

 この状況において、動けるMSはいない。

 いや1機だけある。しかし…。

 ルキナは一人何かを考え瞑目した後、決意した。

 「ヤーノシュ曹長、[トゥルビオン]使えますか?」

 ルキナは作業をしているメカニックたちに指示をしているジャンに聞いた。

 「ああ、使えるよ。いつでも動かせるように、メンテンスはしっかり…て、ええ!?ま、まさか、ルキナ…。」

 ヤーノシュは答えている間に彼女の意図を悟ったのか、驚きの声を上げた。

 「ええ、乗ります。準備お願いします。」

 それだけ言い、ルキナは行った。

 「お願いしますって…ええ!?えっと、おい、だれか!大将に連絡を!」

 何十年も整備士をしてきて数えきれないパイロットを相手にしていたジャンであったが、この状況を飲み込めず、慌てた。

 (何だとー!?)

 ブリッジで報告を聞いたアウグストは驚いた。

 「一体、どういうことだ!?」

 「どういう事と言われても…。今、来ましたから聞きます?」

 ジャンがどうしてこうなったかと困っていたところにちょうどルキナがパイロットスーツにすでに着替え、ススムから機体について説明を受けていた。

 そこへ話を聞きつけたパーシバルもやって来た。

 (これは一体どういうことなんだ!?)

 気が気でなかった。

 「[トゥルビオン]なら飛行能力ありますし、現状で一番早く戦場に向かえます。」

 (だが…。)

 「このままでは、救援に行ったみんなもやられてしまいます!」

 確かに、このままでは救援に向かった自分たちも大損害を受ける。

 それは、わかっている。が…。

 アウグストは苦虫を噛み潰したような表情で、拳を握りしめた。

 そして、拳をシートに叩きつけ、怒りに震える声で言った。

 (ルキナ・セルヴィウス少尉…。今すぐ、[トゥルビオン]に乗り、ガイツォ・フェルナン准将の指揮の下、レジスタンスの救援に向かえ!)

 ルキナは静かに敬礼し、ジン戦術航空偵察タイプがベースの機体[トゥルビオン]に向かった。

 

 

 [トゥルビオン]は出撃の勢いを利用するため、また久々に起動させたための慣らしもありアークエンジェルのカタパルトハッチに一旦移動し、今、カタパルトシャトルに接続中であった。

 ルキナはコクピット内で最終確認をしていた。

 ここまでの移動だけでもわかる。

 動かすは久しぶりなのに、依然と変わらない。

 行き届いた整備をしてくれたジャンやススムに本当に感謝の言葉もない。

 ふとコクピットの上部に下げられている小さなもの。

 小さいころから大事にしていたものであるが、今では「お守り」となっている。

 これもそのままにしていてくれていたんだ…。

 そう思っていると、アークエンジェルのブリッジから通信が入った。

 (ルキナ、[トゥルビオン]発進、どうぞ!)

 ミリアリアの言葉を受け、ルキナは静かに息を吸った。

 いよいよだ。

 「ルキナ・セルヴィウス![トゥルビオン]、発進します!」

 カタパルトから勢いよくは射出され、[トゥルビオン]は外へ飛び出した。

 そして射出の勢いから重力がかかる直前の滞空中、[トゥルビオン]は可変翼を展開し、スラスターを全開に戦場へと駆けた。

 「ルキナ!」

 パーシバルは心配そうに[トゥルビン]が発進していくのをみ、自分もなにか決心したようにコンテナの方に向かった。

 

 「よろしいのですか?」

 マリューはアウグストに窺うように尋ねた。

 「…いいも悪いも、現状を打破するにはこれしかない。」

 アウグストは静かに答える。どこか寂しげに。

 アウグストはモニターの方を見上げた。

 祖父としてだけではない。一人の大人として、自分には大きな責任がある。

 どんなに言葉を繕っても、言い訳にしかならない。

 それでも…。

 ルキナがアンヴァルに配属された日、その言葉を言わずにはいられなかった。

 

 

 

 「ほう…。」

 「なぜ、ストライクが…?それに…あのMSたちは、地球軍なのか?しかし、なぜ…。」

 ダコスタは地球軍がレジスタンスの救援に来ていることが不思議であった。

 しかも、昨日の戦闘では見受けられなかったMSも2機いる。

 地上部隊がいるし、地球軍のマークがあるから傭兵でもないが、アークエンジェルにあれほどの戦力があるのか。

 それとも、昨日アジャイルを落とした別の一団か。

 それらがなぜ…?

 ダコスタは今起きていることが解せず、頭を巡らせた。

 しかし、バルトフェルドは別のことを考えていた。

 「そのストライクという機体、先日とは装備違うな。」

 「は、あ、たしかに。」

 「それにビームの照準。即座に熱対流をパラメータに入れたか。」

 が、しかし、そのような離れ技をしているが、他のMSと連携が取れていない。

 他のMSといえば…。

 「あれは改造されたものだが…。ストライクと一緒にいる機体も今回は見受けられない。」

 思案しつつ、MSの戦闘を見ているバルトフェルドはにやりと笑った。

 まったく、面白い。

 先ほど砲撃をくらって動けなかったバクゥが復調したのか、問題がないことを確かめながらのそりと立ち上がる。

 バルトフェルドはそのバクゥのパイロットに向かって無線をとった。

 「カークウッド、代われ。」

 (はっ!?)

 カークウッドと呼ばれたパイロットは思わず聞き返した。

 「バクゥの操縦を代われと言っている。今度一杯おごってやるから!」

 バルトフェルドは構わず続けた。

 (…じゃあ、アルコールの入ったもんでお願いします。)

 パイロットは渋々答えた。

 「隊長!」

 ダコスタは非難の目で呼びかけた。

 バルトフェルドは困った顔をしたダコスタに向かって、にやりと笑う。

 「撃ち合ってみないと分からないこともあるんでね。」

 そう言い、バクゥに乗り込み、行ってしまった。

 残されたダコスタは深くため息をついた。

 その様子を見ていたオデルは思わず笑みがこぼれた。

 「…ダコスタ副官も苦労が多いことで。」

 彼に同情しつつ、ふたたびストライクの方へ目を向けた。

 ストライクの戦い方、宇宙での戦闘に比べ格段に良くなっている。

 パイロットの腕が上がったのだろう…。

 しかし…。

 「ダコスタ副官、ジンオーカーお借りしますね。」

 「えっ、しかし、まだ…。」

 オデルも車から降り、ダコスタの制止を聞かず、歩き出した。

 自分もバルトフェルド隊長のことは言えないな。

 そう思いながら、トレーラーの方へ向かった。

 ジンオーカーのコクピットに乗り込み、メカニックから簡単な説明を受ける。

 「武装は…重斬斧、剣、そして突撃機銃か…。」

 オデルは発進させ、ストライクの方へ向けた。

 

 

 バクゥの放ったミサイルをかわし、ストライクはジャンプする。それを追うように敵もジャンプし蹴りつけようとしてくる。

 それをキラははじき返し、バクゥは空中で態勢を崩した。

 それに照準を定める。

 その時、ストライクに横殴りの衝撃が襲った。

 どうやら右側面にミサイルが当たったようだ。

 さらに数発のミサイルが襲う。

 「3機目!?まだ、動けたのか?」

 すでに戦力外と決めつけていた1機が戦列に加わっていて、キラは驚いた。

 3機はすかさず、編隊を組み、こちらに高速で突っ込んできた。

 避けきれず、はね飛ばされしまった。

 衝撃に耐え、再びモニターに目をやると、ミサイルがこちらに向かって来る。

 まずい…。

 あまりミサイルを被弾し続けると、PS装甲が落ちてしまい、ビームライフルも使えなくなる。

 が、避けきれない。

 その時、横からの砲撃で、こちらに来るミサイルが撃ち落とされた。

 ハッと、キラが周りを見渡すと、ちかくに[プロクス]が来ていた。

 (…大丈夫か。)

 どうやら、先ほどのは[プロクス]からのであった。

 「ええ…。ありがとうございます。」

 (礼を言うのは構わんが、少しこちらに協力してもらいたい。…わかるだろう、この3機のバクゥ。)

 ディアスはキラにいろいろ言いたいことがあったが、今は目の前の問題が優先であった。

 「ええ、急に動きが…。」

 キラも3機のバクゥの統制がとれ、高度な戦術を取っていることに気付いた。

 その間にバクゥたちから大量のミサイルがこちらに迫って来た。

 (むっ、まずい。ヤマト少尉、少し借りるぞ。)

 「ええ!?」

 いきなりシールドを取り上げられ、キラは驚いた。

 しかし、今はそれに抗議する暇はない。

 懸命にストライクを駆り、ミサイルを避けようとしていく。

 (すまないな。これ、装甲が厚くても足が遅いのでね。)

 ミサイルの爆風と砂ぼこりのなか、[プロクス]がストライクのシールドでミサイルを受け止めているのを捉えた。

 その時、

 (ヤマト少尉、ディアス隊長!そちらに1機MSが…!)

 ネイミーから切迫した情報が伝わる。

 が、瞬間、

 「うわっ!?」

 キラの乗っているストライクに衝撃が走る。

 モニターの方に向けると、ジンオーカーがこちらに体当たりをかけてきていた。

 「…もう1機いたのか!?」

 キラは驚きの声を上げた。

 その様子はバルトフェルドからも確認できた。

 そのジンオーカーに乗っているパイロットも容易に想像できた。

 「これは、これは。君も加わる必要がなかったのに。」

 バルトフェルドはストライクとの戦いに水を差され、すこし残念そうに通信を開いた。

 「すみません、バルトフェルド隊長。しかし、あれは我々が宇宙で取り逃がしたものです。責任はここで取らせてもらいます。」

 オデルは口にした言葉に自嘲した。

 明らかに詭弁だ。しかし、バルトフェルド隊長には悪いが、この機体はどうしても自分が相手したかった。いや、相手にいなければならなかった。

おまえは気付いているか…。

 「こういう戦い方を選ぶのか、お前は!」

 オデルの奥底でなにかが弾ける音がした。

 その途端、あたりの視界はクリアになる。

 周りの状況、ストライクがこちらに気付いたのか、応戦の構えをとる瞬間、銃口、モニターの表示、それらが瞬時に知覚できた。

 オデルはジンオーカーのバーニアを吹かせた。

 

 

 「まったく…。仕方ない…か。」

 バルトフェルドはやれやれとためいきをついた。

 せっかく面白いと思い、部下に代わってもらってまできたのに…。

 彼らに割って入ってもいいが、戦いをここで見ていると入っていけるようなものじゃないと感じた。

 彼はバクゥをストライクの援護に行こうとしている改造したジンの方へ向かった。

 「くぅ、しまった。」

 ディアスは舌打ちした。

 さすがにバクゥを3機相手にするのは無理がある。

 ストライクを助け、それからとも考えるが、そこに行くのに阻まれる。

 [ロッシェ]からの援護にも限りがある。

 「もう1機のジンのレールガンにさえ、気を付けろ!それがなければ、こちらは翻弄し、相手を切り崩す。」

 バルトフェルドは他の2機のパイロットに指示し、フォーメーションをとった。

 3機のバクゥが迫って来る、その時、

 横にいたバクゥが何かに蹴り上げられた。

 蹴られたバクゥは飛ばされながらもなんとか姿勢を戻したが、一瞬何が起こったか分からなかった。

 「一体、何が!?」

 バルトフェルドもそちらに向ける。

 すると、そこには他の2機のジンと同じように改造されたジン、正しくはジン戦術航空偵察タイプがいた。

 手には、ビーム突撃銃ではなく、ジンハイマニューバの武装、27㎜銃突撃銃と先端に銃剣があった。腰部にはコンバットナイフとそれを収めたホルダーがあった。

 左肩にはシールドが備えられている。

 「ほう…、これも地球軍の、かな?」

 バルトフェルドは笑みを浮かべた。

 

 「ルキナ…か?いいのか、来ても?」

 (ルキナ!?大丈夫なのか?)

 ディアスは助けにきたジン[トゥルビオン]に通信を入れる。

 アレウスも同じ反応だった。

 さきほどネイミーからこちらに向かってきていると聞いたが、本当のことだったでの、驚いた。

 「来なかったら、隊長、今頃危ないですよ。」

 「そりゃ、そうだ。状況は、ネイミー?」

 ディアスはネイミーの方に通信を入れた。

 敵に1機加わり、こっちも1機加わりとめっまぐるしい状況が続く。

 (はい。先ほど割り込んだジンオーカーはずっとストライクと対峙しています。そして、ソレル中尉の[ロッシェ]のレールガンは残弾1です。あと…。)

 「そうか…。」

 あっちは1対1、こっちは実質2対3、ということになる。

 「まずはこっちを何とかしなければな…。ルキナ、アレウス、連携するぞ!」

 ((了解!))

 まずは[トゥルビオン]が前にで、バクゥ3機を相手にする。

 

 「いくら機動力があっても!」

 いくら改造したとはいえ、元はこちらの機体だ。性能はわかっている。

 先ほどのエールストライカーを装備したストライクの機動力には劣るが、バクゥよりは早いことは確かだ。しかし、PS装甲はもっていない

 3機のバクゥは連携し、ミサイルを[トゥルビオン]に向け、発射した。

 これだけのミサイルを避けきれるか。

 

 ルキナは操縦桿を握っている手が震えていることに気付いた。

 やはり戦闘で動かすのはまだ無理があったのか。

 先ほどから口にするみんなの懸念。

 わかっている。しかし…。

 ‐すまない。‐

 アンヴァルに配属された日、数か月ぶりにあった祖父の発した言葉、今も忘れない。

 そんな祖父の姿を見たのは、あの時が初めてだったかもしれない。

 父の事があったときも祖父は表立ってそんな態度を見せなかった。

 が、それがすべてだったのかもしれない。

 祖父に会った際なじってしまうかもしれない。祖父にも、自分にもどうすることもできないのに。

 祖父の言葉がすべてだった。

 あの時、キラがサイに向けた言葉、それは前の私の気持ちと同じだった。

 誰もわかってくれない。

 有無を言わさずにMSに乗れと迫る。

 乗りたくもない、戦いたくない、しかし、一度コクピットに乗ったら、そこは戦場。生きるために撃つしかない。

 けど、もうここでは今までと違うのだ。

 そして、それまでの間、見てきたこと。

 守りたいと、苦しみながらも戦おうとする姿を見たからこそ、決めたのだ。

 自分の意志で戦う、と。

 だから…。

 なにか弾けるような音が聞こえたように思えた。

 途端に、視界がはっきりと見え、撃ちこまれてくるミサイルの軌道、どこにくるかがはっきり捉えられた。

 ルキナは操縦桿を強く引いた。

 ミサイルの間を縫うように避けながらこちらにやってくるミサイルを引き付け瞬時に後退し、ぶつからせる。

 その爆煙があがる中、すでにフットペダルを踏み[トゥルビオン]はバクゥに向け、突っ込みはじめ、突撃機銃を放つ。

 「こんなもの、バクゥにはっ!」

 バクゥは一瞬、足をとめた。

 その瞬間、横から光が見えた。

 パイロットが知覚するころはすでにそれに飲み込まれていった。

 バクゥがとまるのを狙って、[プロクス]の肩部キャノンが放たれたのであった。

 1機のバクゥは爆炎の中に消えていった。

 

 2機のバクゥが[トゥルビオン]に襲い掛かる。

 向こうはまだ気が付いてない。

 しかし、バクゥたちの視界を砂煙が襲った。

 [ロッシェ]の放ったレールガンがバクゥの目の前に着弾し砂を舞い上げたのだった。

 「な!」

 視界が晴れたとき、驚愕した。

 そこにいたのは、ジンだけではなくスピアヘッドがいたのだ。

 「行けー!」

 スピアヘッドのパイロット、パーシバルはバクゥに突っ込んだ。

 スピアヘッドの主翼がバクゥの翼の部分を切り裂く。

 バクゥは体勢をくずし、その場にくずれこみ、スピアヘッドはよろよろと砂地に不時着した。

 最後の1機が、[トゥルビオン]に向かって来る。

 ルキナはそれを銃剣で切りかかった。

 [トゥルビオン」の肩部がバクゥの前脚によって損傷を受け、バクゥは片方の前脚を切り落とされた。

 

 

 

 一方、ジンオーカーを相手にしているキラはビームライフルを放った。

 が、それをかわされた。

 「…正確な射撃だ。だが…!」

 精確なゆえ銃身の傾き、トリガーを引く瞬間でビームがどのようにくるかわかる。それらがはっきりと見える今ならなおさらである。

 そして…。

 ジンオーカーが重斬斧をライフルに向け振り上げる。

 武装もPS装甲されているわけではない。

 ビームライフルの銃身に斧が食い込み、使い物にならなくなった。

 「く、どうすれば…!」

 今から予備のをとりにはいけない。

 ライフルを放り投げ、左右腰部のホルダーからアーマーシュナイダーを取り出す。

 が、一歩ジンオーカーが速かった。

 左肩の付け根と胴の間に、重斬剣で突かれ、もう一方の右の方は先にアーマーシュナイダーを奪われた。

 そして、勢いによってストライクは押し倒される。

 被さった状態になり、ジンオーカーこちらにアーマーシュナイダーを向けている。

 「まさか…!?」

 残り少ないとはいえ、まだPSは落ちていない。

 が、機体からか…機体を通じてからかパイロットからの殺気がこちらを圧倒する。

 …やられる!

 キラは目を閉じた。

 オデルはアーマーシュナイダーの刃を出させ、ストライクに向ける。

 PS装甲…。だが、装甲と装甲の継ぎ目なら…。

 オデルのその冷淡な目がコクピットハッチの隙間を捉えていた。

 そこに向け、ナイフを振り下ろす。

 その時、彼の脳裏に、ずっと己の中にしまい込んでいた深淵の記憶が蘇える。

 

 

 研究施設のような建物。その一室。

 部屋には、静寂の中、電子音のみが反響し、響く。

 その部屋に竈のような装置があった。

 モニターには胎児らしきものが映し出されていた。

 その装置の前に5歳ぐらいの男の子が立ち、それを見ている。

 …あの男は知っているだろうか。

 いや、知らないだろう。

 先日、ここであの男は助手たちに高らかに演説をしていた。

 助手たちからは彼の言葉に賞賛の拍手を送る。

 あの男が欲しいのは、己の功名だ。

 自分の子供を優秀にさせるとか、そんな親心があるはずがない。

 男の子の手があるスイッチに伸びる。

 この装置の構造などわからない。

 しかし、機器の性能のことだ。勝手にいじれば、どこかで問題は生じる。

 自分にとって「弟」というべき存在。

 自分と同じ目に合わせたくなかった。

 最高の技術といえども、この後さらに技術が上がればこの子もあの男に捨てられる。

 捨てられ、邪魔な存在だと、あの男に向けられる視線。

 しかし、この男の子の中にはこの胎児を哀れむ気持ち以外、別の黒いものがあった。

 …恐ろしかった。

 もしも…、母親が彼を選んだら、

 自分は父親だけでなく、母からも捨てられるのか。

 「…止めないのか。」

 ずっと見ていたのか、入り口のドアより幼子が覗かせていた。

 男の子はそちらを振り返らず、ただその幼子に尋ねた。

 幼子はただ口をつむぐだけだった。目には涙をためている。

 しばらく佇んだ後、その男の子は幼子の方に来た。

 「…行こう。ここにいたら怒られる。」

 男の子は幼子の手をとり外へ歩きはじめる。

 「…言わないから。」

 幼子がか細い震える声で言う。

 「…言わないから…僕…。」

 泣きながら言うその幼子に男の子はしゃがみ、手を頭に乗せた。

 「…ありがとう。」

 

 

 キラは一向に来ない衝撃に不審に思い、閉じていた目をおそるおそる開けた。

 目の前のジンオーカーはナイフをそのままに動かない。

 なぜ…?

 キラは不思議に思った。

 それはオデルも同様だった。

 この躊躇したのが、すべてだった。

 (後退する。君も退いてくれ。)

 バルトフェルドより通信が入る。

 モニターを見ると、どうやら決したようだった。

 オデルも彼らと同様に引き下がった。

 

 …終わった。

 それらを見送り、キラはシートにへたり込んだ。

 それはトレーラーからも確認できた。

 「…司令。」

 ネイミーがフェルナンの方を見る。

 「…深追いは禁物だ。ネイミー、他の者たちにも連絡しろ。」

 フェルナンはそう言い、おおきく息を吐いた。

 戦場となったあちこちで、報せを聞き、MSが過ぎ去るのを見ながら、隊員たちも息をつく。

 「…終わったか。」

 途中、エドガーが乗っていたバギーに拾われたユリシーズも力が抜ける。

 「…結構、被害が出ましたね。」

 エドガーは重い口調で言う。

 「いろいろ言いたいが…。それは隊長か司令が言うだろう。…俺は疲れた。ここで寝かせてもらうぞ。」

 ユリシーズがMSやレジスタンスのメンバーたちがいる方に目を向け、ひしがれたヘルメットを横に静かに置き、仰向けで寝はじめた。

 

 ディアスがコクピットから降りきて周りを見回す。

 レジスタンスたちの者たちがどこか気まずい表情をしていた。

 先に降りていたキラもずっと俯いている。

 ディアスは[トゥルビン]の方に目を向けた。

 まだ、コクピットからルキナは出てこない。その前にアレウスとパーシバルがいる。

 彼女の事は2人に任せ、ディアスはレジスタンスたちの近くに歩み寄る。

 

 「開けるぞ。」

 アレウスは外部ロックを操作し、パーシバルに合図した。彼も頷く。

 戦闘終了後、[トゥルビオン]がなかなか指定の場所に動こうとしなかったので、[プロクス]や[ロッシェ]がなんとか引き連れここまで来た。

 「ルキナ…。」

 ハッチを強制開放させ、中にいるルキアに呼びかけた。

 ルキナは中でヘルメットを取って、それを前に置き、うずくまるような形で震えていた。

 「…大丈夫…アレウス。今から出るから…。」

 出た言葉とは逆に震え、こちらを見ずに答えるルキナにアレウスは悲痛な表情を浮かべた。

 「ルキナ、戦闘は終わったんだ。…もう心配ない。」

 アレウスは右手で彼女を優しく近くまで抱き寄せた。

 まだ彼女の小さくも震える感じが伝わった。

 

 

 「…わかったろ。バクゥを倒したと自分たちがどれほど浮かれていたか。」

 ディアスはレジスタンスの者たちに言う。

 その口調に冷たさがにじんでいた。

 「なんだと!?」

 泣きそうな顔のカガリがディアスの言葉にまっさきに反応した。

 「みんな必死に戦っていたんだぞ!大事な人や大事なものを守るために必死で!みんながバクゥをどれだけ必死に倒そうという思いだったのか知っているのか!?」

 彼女は叫ぶ。

 「…勇気と無謀は違うのをわかっているか!?今回おまえたちは必死に策をめぐらすことも準備も怠ってただ怒りという感情で戦ったに過ぎないんだぞ!」

 「しかし!タッシルの街が焼かれたんだぞ!食料も家も失ったんだぞ!それを…。」

 カガリはなおも反論する。ディアスは続ける。

 「こういう言葉があるの知っているか。『怒りで、感情で戦争してはならない。怒りはいつかは喜びに変わる。死んだ人間は生き返らないのだから。』」

 その言葉にカガリはハッとする。

 ディアスはそのまま振り返り、キラの方へ向かった。

 「…ヤマト少尉、俺が言いたいことわかっているか?」

 そのままキラは黙ったままであった。

 「おまえも感情で銃を撃つな。でないと、痛い目見るぞ。」

 「…自分の甘さで、もう失っています。感情で撃ってはいません。」

 キラは静かに応える。

 「言い方がおかしかったな。少しは周りを見ろ。そうしないと、また失うぞ。」

 そう言い残し、ディアスはその場を去った。

 

 

 




…なんか、主人公の出番が、ない。


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PHASE‐21 邂逅

お久しぶりでございます。
1週間以上と言っていましたが、2週間空けてしまいました(汗)


 冬の時期といえども、砂漠の日差しはそんなことも感じさせなく明るく照らし、どこまで広がる青々とした空であった。

 その陽射しの下では、人々が行き交い、市場などが並び賑わいを見せていた。

街の名はバナディーヤ。

 タッシルより東にある「砂漠の虎」の駐屯地であった。

 「おい、なにボケっとしてんだ!一応、護衛なんだろ。」

 その活気ある様子をぼうっと見ていたキラはカガリに声をかけられ振り返る。

 この街に来たのには、目的があった。

 先日の一件で、多くの難民をかかえ、戦闘で消耗した物資の補給のために来ていた。

 その補給は2つに分け、日用品を揃えるためにこの街に土地勘のあるカガリと手伝いとしてルキナ、そして護衛にキラとヒロがつき、サイーブやキサカ、ナタルなどの面々は表では買えないものを調達することとなった。

 「けど…、本当にここが「虎」の本拠地なの?ずいぶんと賑やかなんけど…。」

 ルキナはカガリにささやく。

 キラもちょうど同じことを思っていた。

 「虎」の本拠地であるということは、ここは支配下にあるということだ。しかし、表立っての抑圧は見受けられない。

 「…ついてこい。」

 カガリに言われ、雑踏を掻き分け角を曲がると、さきほどまでの賑やかな街並みと変わって、地面がえぐられたような大きな爆撃の跡があった。

 そして、その先にこの街並みに似つかわしくない巨大な艦が鎮座していた。

 「平和そうに見えたって、そんなものは見せかけだ。これが現実だ。…あれが、この街の本当の支配者だ。逆らう者は容赦なく消される。だから、私たちは戦う。」

 ならば、逆らわなければいいのではないか?そうでなかったら、あんなふうに命を落とすことなどなかったのに。

 キラはこの光景をみて、カガリの言葉を聞き、そう思った。

 「ところで…、ちょっと気になることが…。」

 「ん?どうしたんだ?」

 ルキナが何か困ったような顔をしていた。キラとカガリは振り返り、カガリが聞いた。

 「ヒロがいないんだけど…。」

 その言葉に2人はハッとし、あたりを見回す。

 たしかにヒロの姿がそこにはなかった。

 

 にぎやかな市場のなか、ヒロはポツンとしていた。

 どこを見渡しても、周りに見慣れた姿はなく、困り果てていた。

 手に持っていたジーニアスもビープ音を鳴らしながら、やれやれといった感じであった。

 「…迷子になった。」

 ヒロはがっくりと肩を落とした。

 

 

 「さきほどの報告ではクラーセン大尉がこちらに戻ってまいります。あと数日後ぐらいでしょう。」

 「うむ。」

 フェルナンがチェスの盤を見つつ、対局者のアウグストに話す。

 アウグストは一手を打ちながら、答える。

 アンヴァルは自分たちが駐屯している基地からある程度の物資を輸送し補給する手段にでた。

 が、それにはいくつか問題がある。地中海はある潜水艦に頼めばいいが、ここまでの陸路である。また、基地にはない物資もある。それをどこで得るかである。

 そこでアウグストはタチアナに基地に戻らせるのと同時に途中この北アフリカのある地域にいる人物に会うように指示を出した。

 「しかし、ラミアス艦長も思い切ったことをしますね。…我々も人のことを言えたわけではありませんが。」

 フェルナンがチェスの次の一手を考えながら、別の話題に変えた。

 知りたいこともあるが、無用な詮索は控えようと思ったからである。

 「思い切ったも何も、彼が艦を離れても他にも艦を守るパイロットはいる。…それだけだ。」

 アウグストはフェルナンの一手を待ちながら、ブランデーを口に含む。

 「第一、セルヴィウス少尉の外出も軍医のスアレム先生からも了解をとっているのだろう?」

 「え、ええ。」

 フェルナンは答え、チェスの駒を動かす。

 「…ヘリオポリスの件も、だろう?」

 アウグストの言葉にフェルナンは一瞬ドキッとしたが、さっきルキナをわざわざ階級で呼んだことからもあり、彼はあくまで部隊の最高司令官と部隊の一員として聞いているのがわかる。

 「…はい。」

 フェルナンは短く答え、あの時のことを想起した。

 アンヴァルは、ヘファイストス社とともにMS開発に乗り出していた。

 それは、ユーラシアの上層部に進言しても却下されるであろうということ(実際、再三進言したモーガンが厄介払いされている)とアンヴァル創設の真の目的を鑑みれば、あまり大っぴらにできるものでもなかった。

 が、大西洋連邦やオーブのように開発は見事に行き詰った。

 そんな折、その2国が(正確にはオーブは一部の者たちが)協力してMS開発および運用母艦の開発をしていて、もうすぐロールアウトされるという話が舞い込んだ。

 しかも機体性能はザフトのMSよりもはるかに凌駕しているというものだった。

 なんとか、データを手に入れることができないと考え、紆余曲折あってルキナとギースがヘファイストス社の社員という形で潜入するという方法になった。

 結果として、MSはザフトに奪取されてしまい、データをそこで得る機会も失ったが、プラントに潜入させている情報員から奪取したMSのデータを得ることができたので、結果としては成功とはいえよう。

 「…まったく、まだ若いのに戦争に浮かれやがって。ロクな人生送れんぞ…。」

 低くつぶやいたアウグストの言葉は、苛立ちを含みながらも寂しげだった。

 フェルナンはちらりと彼を見た後、視線を盤に移した。

 

 

 岩山の上をカスタマイズされたジンが歩いている。

 続いてスラスターを吹かせ、前かがみになり滑るように進む。

 地球に降下後の戦闘で調子を悪くしたジンの修理が終わったのだ。

 一連の動作を終え、フォルテはコクピットより出てきた。

 「問題はない?」

 下でフィオが尋ねる。

 「ああ、問題ない。ようやっと仕事ができるぜ。」

 「よしっ、こっちはこれで片付いたわ。後は…。」

 1つ荷が下りてフィオはホッとした。

 「そっちの方も終わりそうなのか?」

 フォルテはクリーガーの方を見上げながら、フィオに聞いた。

 ずっと、狭い谷底やアークエンジェルの格納庫での作業では息が詰まると、こうして出して広い場所で調整を行っている。

 しかし…、とフォルテは見回した。

 ここにいることをいいことに他の用事のない面々が来ているような気がする。

 近くでは、オーティスがコーヒー器具を持ち出して飲んでいるし、ルドルフはなぜかクリーガーのコクピットで昼寝している。

 少しはザフトの偵察を警戒してほしいものだが…。

 「ええ、後は試験できればいいんだけど…。というか、ルドルフさん!そこ、昼寝する場所じゃないんだから、別の場所で昼寝してください!」

 フィオは大声で昼寝をしているルドルフに叫んだ。

 「んなぁ?…わかった、わかった。今、降りるから。」

 ルドルフはやれやれと起き上がり、ケーブルから降りてきた。

 「まったく、MSのコクピットは昼寝する場所じゃないですよ。というか、ルドルフさん、興味あるんですか?」

 「まあ、ルドルフのおっさんも乗れそうだな…、MS。」

 フィオの言葉にフォルテは苦笑いした。

 ほとんどの人間がMSはコーディネイターしか乗れないと思っている。

 フォルテは、最初のMSの開発に関わった彼だからこそ、それは正しい認識ではないと思っている。

 高い運動性や機動性等を求められてできたMSはその複雑さがゆえ、操縦者の卓抜した反射神経を要求される。それがコーディネイターの能力ならなんとかなろうと生産・実戦投入された。つまり、コーディネイターでもそれらの能力に満たさなければいけない。逆を言えば、ナチュラルでも操縦可能である。

 とはいえ、生み出されたのがコーディネイター社会の中であるため、そんなのは冗談と受け止められてきたし、フォルテ自身もあまり思っていなかったが、実際、シグルドに会って動かされた時は驚かされた。

 そのためか、別にMSにナチュラルが乗れても何の不思議にも感じない。

「嫌だよ、俺は。こんな面倒なのは。MAや戦闘機に乗る方がいいわい。」

ルドルフはイヤイヤな顔をし、その場を後にした。

ちょうどその時ミレーユがやって来た。

 「あら、どこかお出かけですか?」

 「ちょっくら、バナディーヤに行ってくる。」

 「それでしたら、アバンも連れて行ったらどうです?ものすごく行きたがっていましたよ。」

 「嫌だね。あいつ連れて行ったら、俺の財布、破たんさせられる。そうだな…、ドネル・ケバブのうまい店に行ってくるから、なんかあったら連絡くれ。」

 そう言い、ルドルフはそそくさと行ってしまった。

 そのアバンはというと…。

 「はぁ~、なんで俺は留守番なんだ。」

 アバンは盛大なる溜息をついていた。

 「わかるぜ。俺もできることならパアってしたかったぜ。ずっと外に出てないからなぁ。」

 それに合わせるようにトールも溜息をつく。

 「もう、トールまで…、キラたちは任務で行っているのよ。遊びに行ったんじゃないんだから。」

 そんな2人にミリアリアが呆れながら窘めた。

 ここ数日でアバンはヘリオポリスの学生の面々とすぐに打ち解け、こうしてよく共にいる。

 「けどよ~。護衛の任務って、あいつらってそんなにケンカ強かったか?それに、アレのこともあるじゃないか。ヒロ、恥ずかしがって結局行かないんじゃないかと…。」

 「ああ、アレね。」

 トールもその言葉に昨日の出来事を思い出した。

 

 「というわけで、教えてください。」

 「…そんなこと言われても…。」

 いきなりアバンに尋ねられ、トールとミリアリアは困った顔をした。

 内容も内容だが、これは尋ねる人間が違うような…。

 そもそもなんで自分たちに聞くのか。

 隣ではヒロが本当に聞くのかという顔をしている。

 「ねえ、アバン恥ずかしいから、もう…。」

 「そんなこと言っていたらいつまでたっても一歩踏み出せないだろ?なっ、教えてくれよ?2人が一番の手本なんだから~。」

 アバンはヒロがルキナにほのかな好意を寄せているが、一歩も前進ができないのを知り、もどかしく思ったアバンが勝手に押し進めたのである。

 「そういわれると照れるなあ~。じゃあ、ここはいっちょぉ一肌脱ぎますか。」

 「もうっ、すぐに調子に乗るんだから…。でも、どうしたらいいのかしらね?手料理とか?」

 「いいねえ、手料理!ヒロ、作れるだろう?」

 「まあ…。」

 「じゃあ、試しということでわたしも…。」

 「あああ!手料理だとインパクトないから別の方がいいじゃないか?」

 ミリアリアの言葉にトールがあわてて別の案がないか提案した。

 そんなふうにいろいろと思案していると、なにか人の気配がいたので振り返った。

 そこに、面白そうな顔をして聞いているユリシーズがいた。

 一同驚きびっくりした。

 「なっ、なんでこんなところにいるんですか!?」

 「いいじゃないか、そんなこと。それより聞いていると、なんか面白そうじゃないか。俺も手伝うよ。」

 「え、でも…。」

 「まあ、任せなさいって。ルキナの兄貴、マリウスとは昔からの友人だったんだから、その分知ってるのさ。そうだな…これはどうだ。誕生日プレゼントってのは?」

 「え?」

 「まあ、まだ1ヶ月先だけど、アラスカまでのルートを考えると2か月以上かかりそうだろ。その間にあいつの誕生日を迎えそうだからな。明日、パナディーヤ行くんだろう?今のうちに買っといて、誕生日が来たら渡すっていうのはどうかな?」

 「それ、いいかも~。それなら、不自然でないし…。」

 ユリシーズの提案にミリアリアが賛成する。

 「よしっ、決まりだ。じゃあ、ガンバレよ、ヒロ。」

 とまあ、なったのだが…。

 その肝心のヒロはというと…。

 

 「えーと…。ここは…。」

 現在、迷子になってしまったヒロはあたりを見回した。

 多くの店が並び賑やかなのだがどこも同じような感じで、本当に戻っているのかもわからない。

 『せっかくだから昨日の要件をこの場で済ませれば?』

 ジーニアスが面白半分に言う。

 「まったく、他人事だと思って…。」

 ヒロは呆れながら言った。

 そもそも、一体どうして昨日あんなことになったのか。

 そう思いながらとある店の前を横切ったその時、

 「おおい!誰か、そこの泥棒捕まえてくれ!」

 そこの店から大きな老人の声がした。

 

 

 「はあ~。」

 キラは疲れた顔でカフェの椅子にへたり込んだ。

 向かいにはカガリ、右隣にルキナが座る。

 「これでだいたい揃ったが、このフレイってヤツの注文は無茶だぞ。エリザリオの乳液だの化粧水だの、こんなところにあるもんか。」

 「いくらここが一番大きい街でもないわよね…。」

 反対にカガリとルキナは平気な顔であった。

 2人の話に全然ついていけない…。

 なんでもいいから早く終わってほしいと、キラは心の中で溜息をついた。

 今回、任務だから仕方ないものの、女の買い物には付き合うべきではないと痛感した。自分たちでも持てそうなものでもすべてキラ1人に預けていく。

 だが、少しは持ってほしいということも言えない。

 こんな時にヒロがいないのを恨めしく思った。

 ヒロといえば…。

 「ねえ…、ヒロを探しに行かなくていいの?」

 「そんなことやっていたら、買う時間がなくなるだろ?一応、買い物しながら店の人に聞いてみたんだが…あいつ、どこほっつき歩いてるんだ?」

 カガリはムスッと答える。

 「一応、待ち合わせの時間も場所も知っているけど…。」

 ルキナも溜息をつく。

 確かにこれだけの買い物、ヒロを探す時間に割いていたらもっと大変だっただろう。

 なんか2人ともそっけない感じなのだが…、本当に心配しているのだろうか。

 そうこう考えているうち、彼らの前にお茶と料理が並ばれていった。目の前の料理は、うすいパンにトマトやレタスなどの野菜、そしてこんがりと焼けた肉が挟まっていた。

 「これは…?」

 キラは珍しそうにその料理を見る。

 ルキナの方は知っているのか、テーブルに置かれたソースをかけ、食べ始めた。

 カガリがキラの疑問に答えた。

 「ドネル・ケバブさ。見たことないか?垂直の串に肉を刺してあぶり焼きしていって外側から薄くそぎ落とすのさ。ここはこうしてパンに挟んで食べるのさ。」

 「へ~。」

 「パンと肉と野菜の絶妙さがいいのよ。ユーラシアでも結構食べられていて、独自の組み合わせで売られているのもあるわよ。」

 ルキナも説明する。

 だから彼女は知っているのか。

 「まあ、こんな風に食べるスタイルはいわゆるファストフード感覚かな?」

 そこへいきなり聞き馴れてはいるが、この場にはいないであろう声が聞こえ、一同驚きそちらへ見やる。

 なんと、道路側の椅子にルドルフが座っていた。

 彼もまたドネル・ケバブを食べていた。

 「ル、ルドルフ!なんでこんなところに!?」

 カガリが驚いた声を上げる。

 「仕方ないだろ…。追い出されたんだから。買い物はすましたか?ヒロがいないようだが…。」

 「ヒロはどこかではぐれたんだよ。」

 「そうか。まあ、どこかで見つけられるだろう。で、ドネル・ケバブの説明中ではなかったのか。」

 ルドルフは意に介さず、ケバブを食べている。

 「そ、そうだ。それでこのチリソースをかけてだな…。」

 気を取り直して、カガリがキラに説明を再開する。

 しかし、ふたたびここで介入者が出てきた。

 「あいや待った!」

 その声にふたたび目を向ける。

 「ケバブにチリソースなんて何を言ってるんだ、キミは!ここはヨーグルトソースをかけるのが常識だろうが!」

 この場に似つかわしくないアロハシャツにカンカン帽、そしてサングラをかけたその男はいきなり力説を始めた。

 カガリが思わず「はあ?」と聞き返すが、その男は構わず続ける。

 「いや常識というよりも、もっとこう…、そう!ヨーグルトソースをかけないなんて、この料理に対する冒涜に等しい!」

 「…なんなんだ、おまえは。」

 カガリは呆れながらチリソースをドネル・ケバブにかける。

 それを見た男は悲痛な「ああっ!」と悲痛な声を上げる。

 「見ず知らずの男に、私の食べ方をとやかく言われる筋合いはない!」

 そして見せつけるようにドネル・ケバブを頬張った。

 「あーっ、うっまーい!」

 「ああ、なんという…。」

 男は打ちひしがれていた。

 しかし、お互い大人げない低次元の論争であった。

 ルドルフもルキナも自分は関係ないとばかりに食べていた。

 まあ、そうである。

 もう彼らは食べているからどちらからもソースについて言われないだろう。

 が、問題はキラ自身だ。

 2人とも図ったようなタイミングでキラを見た。

 「ほら、お前も。」

 「ああ、待ちたまえ!彼まで邪道に堕とす気か!?」

 「なにを言う!ケバブにはチリソースだ。」

 「いいや、ヨーグルトだ。ヨーグルト以外、考えられない!」

 互いがキラの皿の上で容器を握り引こうとしない。そして、そのまま、二種類のソースがケバブの上にぶちまかれた。

 「ああっ…。」

 「………。」

 ばつが悪そうにカガリと男はキラを見た。

 「いや…悪かったね。」

 男は別のテーブルから椅子を持ってきて、その場に座った。

 「なんで、ここに座るんだよ!」

 「いいじゃないか。」

 「狭いだろう、もう少しどけようか。」

 「ルドルフ!」

 カガリとその男のやり取りを聞きながら、キラはケバブを頬張る。

 「いや…ミックスもなかなか…。」

 とはいえ、ソースの味しかしない。

 結局、先ほどルキナが言っていた絶妙さが分からずじまいになってしまった。

 「しかし、すごい買い物だねえ、パーティでもするの?」

 男が買い物袋をのぞき込む。

 ふたたびカガリが噛みついた。

 「うるさいな~!よけいなお世話だ!だいたいおまえ、さっきからなんなんだ?誰もおまえなんか招待してないぞ!」

 「まあまあ…。」

 男はカガリをなだめたが、ふと外に目を向けた。

 同時にキラも身構え、ルドルフもケバブを口に含みながらゆらりと立ち上がる。

 彼らの様子にルキナは訝しむが、その場に漂う緊張感を感じ取り、身構え始めた。

 「それなのに勝手に座り込んで…。」

 カガリはなおも文句を言い続け、その状況に気付いてなかった。

 「伏せろ!」

 アロハシャツの男が大声で叫び、立ち上がってテーブルを蹴り上げた。

 ルドルフは椅子から離れ前かがみに向かい、ルキナはその場にかがむ。

 カガリはいきなりテーブルをひっくり返され驚き、テーブルに載っていたケバブやお茶が彼女に降りかかる。

 キラは彼女を押さえるように伏せさせる。

 すべては一瞬であった。

 撃ちこまれたロケット弾がさく裂した。

 襲って来る爆風や破片をテーブルに身をかがめてやりすごす。

 「無事か!?」

 爆風で帽子を吹き飛ばされてしまった男が拳銃を取りながら大声で尋ねる。

 が、この男の声が聞こえにくい。

 さっきの爆発音と今、行われている銃撃戦のせいだろう。店の外からマシンガンを連射しながら男たちが突入してくる。

 「死ね、コーディネイター!宇宙(そら)の化け物め!」

 「青き清浄なる世界のために!」

 襲撃者たちの怒号を聞き、カガリが「ブルーコスモスか!?」と目を見開く。

 「まったく、ここで銃を撃つなら砂漠の緑化の方を考えてろよ。」

 ケバブを口で頬張り愚痴を言いながら、ルドルフも拳銃を取り出す。

 が、彼が撃つことはなかった。

 さきほど店にいた客が彼らに応戦しているのだ。

 「かまわん、すべて排除しろ!」

 アロハシャツの男が彼らに命じる。

 男たちは次々と襲撃者たちを倒していく。

 その時、店の端にアロハシャツの男を狙っている男をキラの視界が捉えた。

 思わず、キラはテーブルの陰から飛び出し、先ほど自分の足元に転がってきていた拳銃を掴んで、投げた。

 その拳銃が襲撃者に当たり、狙っていた銃はあらぬ方向へ撃ってしまった。

 その隙をついて、今度はルドルフが後ろからやってきてキラの肩をつかみ、わざと別の方向に向かせた。キラも一瞬だったことと、彼からの殺気にひるみ、別の方向へ向いてしまった。その間に、ルドルフは襲撃者に持っていた銃を撃った。

 周りも銃声がやんでいて、あたりは硝煙の臭いが立ち込めている。

 先ほどの男の方を見やると、すでに銃で撃たれ胴部を血まみれにし息絶えていた。

 キラは一瞬、暗い顔になった。

 「ふー、終わった…か。」

 ルドルフは先ほどとは打って変わって腰をトントンしながらこちらに戻って来る。

 「ん?おまえも普段やっていることだぞ?」

 キラが暗い顔をしているのを気付き、彼に言葉を放つ。

 「おい!ルキナ、大丈夫か!?」

 カガリの声が聞こえてきた。

 2人はそちらの方へ向けた。

 見ると、頭からケバブソースを被ってしまったカガリだが、そんなことなど気にもせず、ルキナの方を心配している。ルキナは左上腕部を押さえている。

 「だ、大丈夫。かすっただけ…。」

 「どっかで手当てしなければいけないな…。」

 ルドルフがなんとかこの場から立ち去ろうとあたりを見回し算段し始める。

 その時、

 「あらっ、アンディ。ずいぶん災難だったわね、大丈夫?」

 柔らかい声がした。

 見ると、金のメッシュが一房ずつ施された美しい黒髪をした女性がこちらにやってきた。

 が、彼らはその女性の隣にいる別の人物の方に目がいった。

 「「「ヒロ!」」」

 ヒロも驚き、キラたちの方へ行く。

 「みんな!…というか、なんでここにいるの?」

 「それはこっちのセリフだ!一体、今までどこほっつき歩いていたんだ。聞いても手掛かりないし…。それにあの人は誰だ?こっちは大変だったんだぞ!」

 カガリはヒロに大声で怒鳴る。

「いや、いろいろあって…。ってカガリ…。」

 ヒロは笑い出しそうになった。

 怒りつつもカガリは心配してくれてはいたのだろう。だが、ソースとお茶を頭から被り悲惨な格好になっている姿になっていて、そっちの方に目が行く。

 「なに、笑っているんだ。」

 カガリがムッとした。

 一方、アンディと呼ばれたその男は女性の方にやって来る。

 「アイシャ、君もやってくるとはな。ボクは無事さ。ただ彼らを巻き込ませてしまったようだ。」

 その男はキラたちに目を向ける。

 「隊長―!」

 遅れて赤い髪の兵士がその男にやって来る。

 隊長って、まさか…?

 「アンドリュー・バルトフェルド…。」

 カガリは小声でその名を口にした。

 キラたちはその場から動けなかった。

 

 

 「キラ君たちが戻らない!?」

 マリューの声がブリッジに響き、当直のクルーたちが顔を上げた。サイも同様であった。

 (ああ…、時間を過ぎても現れない。サイーブたちはそちらへ戻ったか?)

 モニターではキサカが映っている。

 「いいえ、まだよ。」

 (市街では、ブルーコスモスのテロもあったようだ。)

 キサカの報告に皆が驚愕した。

 そこへミレーユがブリッジに入って来た。

 「そのテロがあったところなのですが、ルドルフが行っています。…彼から連絡は?」

 キサカに説明し尋ねる。

 (いや、今のところない。が、もし彼らがルドルフさんと会っていれば、少しは安心できるのだが…。)

 不安がうかがえる。

 マリューは振り向いた。

 「パル伍長!バジルール中尉を呼び出して。」

 探したくても、人手が足りない。

 ブリッジに緊張が走る中サイだけが別の感情も抱えていた。

 そして、彼はそっと誰にも気づかれずにブリッジから抜け出した。

 

 その知らせはアンヴァルに伝わった。

 「…まずいな。」

 「ああ、危ないかもしれないな。」

 ユリシーズの言葉にパーシバルもまた同じ懸念を持っていた。

 キラたちがブルーコスモスの標的にされたとは考えにくい。

 あの街で彼らが狙うのは、おそらく『砂漠の虎』だろう。

 もし、彼らがテロに巻き込まれ、偶然『砂漠の虎』に会っていたら…。

 むしろ、そっちの方が問題であった。

 しかし…、とユリシーズは思った。

 さっきアレウスからルキナを行かせてもよかったのか、と言われたのだが…。

 そもそも決めたのは司令だし自分に言われてもと思ったが、まあ、大丈夫だろうといってしまった。

 このことを知ったらあとでアレウスが自分に心配と怒りをぶつけてくるかもと思い、なんとか言葉を探さなければと、ユリシーズは思った。

 

 

 

 「あ、あの…ほんとうにいいですから。」

 車に乗って豪勢なホテルに着いたキラは、遠慮しているように見せながら謝辞する。

 ここは彼らにとって、敵地である。

 なんとか、この場から離れようと模索し続ける。

 「だめだめ!お茶を台無しにしてしまったのに、命まで助けてもらったんだよ?しかも、君の友達はアイシャの恩人なんだよ?このまま帰すわけにはいかないでしょ?」

 バルトフェルドは彼らの様子に気付かぬ様子で、車から降りた。

 続いて、アイシャも降りる。

 どうやら、ヒロは迷子になって彷徨っているとき、偶然店から装飾品等を奪って逃げようとしていた強盗を撃退した。

 その店はアイシャがよく通うお店だったらしい。

 「いえ…僕も、大丈夫です。」

 ヒロも焦りながら答える。

 「いやいや、彼女も服もぐちゃぐちゃになっちゃったじゃないの。それに、この子もちゃんとした手当てが必要だからね。」

 バルトフェルドはルキナの方へ見やる。

 確かに、あの場で応急手当てしたとはいえ、戻るまで数時間かかる。

 キラたちも黙ってしまった。

 ここは腹をくくるしかなかった。

 なんとか適当にやり過ごして立ち去ろうとみな目を合わせた。

 「…私は大丈夫です。戻って手当てしてもらいますから。」

 が、ルキナだけは頑として聞かない。

 車から降りたと思ったら、ホテルとは反対方向へ行った。

 「ルキナ!」

 ヒロが彼女を止めようとしたが、その手を振り払われた。

 「いいって、言っているでしょう!」

 語気に押され、思わずヒロはたじろいだ。

 しかし、その目には嫌悪ではなくどこかおびえている感じがした。

 ヒロの様子に気づいたのかルキナもハッとし、静かに話した。

 「本当に、たいしたことじゃないから…。」

 「とは言っても、たいしたことない怪我もちゃんとしないと大事になる。…そうじゃないかい?」

 そこへバルトフェルドがやって来た。

 彼の指摘は当たっている。

 ルキナは何も言わず、彼らとともにホテルへと向かった。

 

 

 「ではアイシャ、よろしくな。」

 「ええ。では、行きましょうか。」

 ホテルに入り、しばらく進んだ後、バルトフェルドはアイシャに言うと、彼女はカガリとルキナの手を引いて別の部屋へと歩き出した。

 キラとヒロは慌てて追いかけようとしたが、アイシャに制された。

 「だめよ。すぐすむからアンディと待ってて。男の子は男の子同士、女の子は女の子同士。」

 彼女は甘くしかる調子で言い、楽しそうに連れて行った。

 「おーい、キミたちはこっちだ。」

 バルトフェルドの呼ぶ声がした。

 彼はすでに別の一室に入りかけていた。ルドルフもである。

 2人は顔を合わせ、後ろ髪が引かれる思いでその部屋に入った。

 「いや~、ボクはコーヒーにいささか自信があってね。まあ、かけたまえ。ゆっくりくつろいでくれよ。」

 と言いながら、バルトフェルドはサイフォンをいじっている。

 とはいっても部屋は、とても豪勢なものでとてもくつろげるような気分でなかった。

 2人が気おくれしているにも関わらず、ルドルフはソファに座りくつろいでいる。

 その時、この部屋に1人の若い男が入って来た。

 「バルトフェルド隊長、狙われたと聞きましたよ。ダコスタ副官が嘆いていました。」

 「オデル君か。いや~、ダコスタ君も困ったものだね。もうちょっと人生の楽しみ方を知った方がいいと思うのだが…。けど、この子たちに助けてもらったのさ。このとおりピンピンしているよ。」

 「…そうですか。」

 オデルは2人の方へ目を向けた。

 ヒロは彼を見て驚いた。

 一度、バイザー越しであったが、この人とは会ったことがある。

 自分の正体がバレてしまう可能性が高かった。

 「君も飲むかね、コーヒー?」

 「…いただきます。」

 「では、そこにソファにかけて待っててくれ。しかし、せっかくコーヒーの味のわかる人と出会えたのに君はもうすぐ本国へ戻ってしまうなんて、寂しいよ。」

 「仕方ないことです。本国からの命令であれば。」

 オデルは微笑みながらソファに座る。

 その様子を見ていたヒロはばれてないと思い、内心ホッとした。

 「ほら、君たちも座っていいよ。」

 バルトフェルドがキラたちにも促す。

 ヒロは座ろうとキラの方を見たとき、キラが暖炉のマントルピースの上に置かれたものを見つめているのを気付き、そちらに向かった。

 それは見たことがあるもので、おそらくそれはレプリカだろう。

 「Evidence(エヴィデンス)01…実物を見たことは?」

 背後からバルトフェルドの声がかかった。

 手にはカップを2つ持っていた。

 すでにコーヒーが淹れられていてソファではオデルとルドルフがコーヒーをすすっている。

 「いいえ。」

 キラは首を振った。

 「…1度だけ。」

 ヒロは初めて見たときのことを思い出しながら答えた。

 「…そうか。ところで、どうだい、コーヒーの味は?」

 バルトフェルドに言われキラはコーヒーに口をつけた。

 ヒロも思いとどまったあと、腹をくくり飲んだ。

 2人ともあまりいい表情をしなかった。

 ヒロはルドルフとオデルの方へ視線を向ける。彼らは平然と飲んでいた。

 「ふむ、君たちにはまだわからないようだったな、オトナの味は。」

 バルトフェルドは自分のカップを取りに行き、ソファに座り淹れたコーヒーをすすり、悦に入った。

 

 

 「さあて、どれにしようかしら…。ねえ、あなたならどれがいいと思うかしら?」

 アイシャは広げたいくつかのドレスを思案しながら、すでに手当てを受け、椅子に座っているルキナに尋ねる。

 ケバブで汚れてしまったカガリの服の代わりを選んでいる最中だった。

 「え、ええ…。」

 ルキナは困りながら、答えを探すが、頭では別の事を考えていた。

 結局、言葉に甘えここで手当てを受けてしまった。

 しかし、彼女は本当に大丈夫か不安だった。

 もし、彼らに自分のことが知れるようだったら…。

 そう考えているうち、ふと目の前に気配を感じそちらに向けると、目の前にアイシャがいた。

 ルキナは驚いてしまったが、アイシャはなにか意味を含むようなにっこりとした笑顔を向けた。

 

 

 「まあ、楽しくもやっかいな存在だよねぇ、これも。」

 「やっかい…ですか?」

 コーヒーをすすりながら放ったバルトフェルドの言葉にキラが尋ねる。

 「そりゃあそうでしょ。こんなもの見つけちゃったから、希望っていうか、可能性を信じるようになっちゃたわけだし…。『人は、まだ…先に行ける』とね。…この戦争の、いちばんの根っこにあるものさ。」

 ジョージ・グレンの告白、そして01の発見によって世界は衝撃を受けた。それと宇宙ビジネスが活発になっていったのを契機にコーディネイターを寛容する風潮へとなっていった。これが第1次コーディネイターブームである。しかし、その空気もその中でコーディネイター達が成長すると一変する。彼らもまたジョージ・グレンと同様、様々な分野で活躍を見せていき、遺伝子を最適化されていない人々、ナチュラルとの差は歴然となった。それを受けて、次第にコーディネイターへの批判が強まり、迫害・排斥へとなっていった。

 その先を照らす存在が、その証明が「己」と「そうでない者」という対立を生みだしたという皮肉な結果となってしまった。

 

 その時、コンコンと控えめなノックが聞こえ、彼らはそちらの方へ振り向いた。

 ドアが開き、アイシャが入ってくる。アイシャの後ろにカガリがいるようなのだが、隠れていてよく姿が見えない。

 「ああ、ほら。」

 アイシャは隠れているカガリを前に押し出した。

 その姿にキラやヒロはポカンと口を開け、バルトフェルドたちは「ほーう。」と感嘆していた。

 先ほどの私服とは違い、カガリは髪を結い、ドレスに身を包んでいる。

 「おんな…の子…。」

 その姿に思わずキラは呟くと、カガリはかっとなった。

 「てっめえ!」

 キラはあわてて弁解する。

 「いやっ…!『だったんだよね』って言おうとしただけで…。」

 「同じだろうが、それじゃ!」

 キラはしゅんとなった。

 「あらあら、こっちはなに隠れてるの?」

 「いえ…、そんな。」

 アイシャが気付き、ドアの外へ向かう。

 ルキナの声が聞こえるのだが、なかなか彼女が姿をあらわそうとしない。

 「恥ずかしがることないじゃないの。」

 アイシャは笑いながら彼女を引っ張り、部屋へと入れる。

 その姿に思わずヒロは見とれてしまった。

 鮮やかな青色のドレスに身を包み、肩は怪我を隠すため薄手のストールをはおっている。

 「こ、これ、ね。あのアイシャさんがせっかくならって、私も着ることになって…。私には似合わないからって断ったんだけど…。」

 「あらっ、そんなことないわ。とってもお似合いよ。ね、そう思うでしょ?」

 いきなり振られ、ヒロは戸惑った。

 なにか言おうと頭の中で必死に巡らしていた。

 「えっ…と、あ、…うん…いいと思うよ。」

 『何でぎこちない言い方なんだ。』

 必死に頭の中で言葉を巡らし、かつキラとカガリのやり取りを繰り返さないよう言葉を探し、言ったのであるが、そんなぎこちない様子にジーニアスはやれやれと言った感じだった。

 当の言われた本人は頬を赤らめて俯く。

 そんな彼らの様子にバルトフェルドとアイシャは可笑しそうに笑い、オデルも少し笑みを浮かべていた。

 ルドルフはお若いことでといった風に見ながら別の方に視線を変えた。

 

 

 カガリとルキナもソファに座り、バルトフェルドからコーヒーを渡される。アイシャはすでに部屋を出ていったようだ。

 4人も掛け狭くなりすぎたのか、ルドルフはソファから離れお茶うけに出されたお菓子をいくつか持ち、頬張りながら、さきほどのEvidence01のレプリカをはじめ、調度品を見ながらウロウロしている。

 そして向かいに座っていたオデルも今は後ろ向きになり窓から外を眺めている。

 あえて話に立ち入らないためだろうか。

 「なかなかドレスも似合うね。特に金髪の彼女は、そういう姿も板についているというカンジだ。」

 バルトフェルドはさらりと2人を褒める。カガリは不機嫌そうに返す。

 「勝手に言ってろ。」

 「しゃべらなきゃカンペキ。」

 「余計なお世話だ!」

 カガリがコーヒーに口をつけた後、鋭い目でバルトフェルドに尋ねた。

 「なんだ人にこんな扮装をさせたりする?おまえ、本当に『砂漠の虎』か?それとも、これも毎度のお遊びの一つなのか?それと、隣のヤツは何者だ?」

 バルトフェルドはいつも調子で答える。

 「そんないっぺんに聞かれてもね。まず、彼は…。」

 と、ちらりとオデルの方を見やる。

 「…アスナール隊MS部隊隊長オデル・エーアストだ。バルトフェルド隊長には、先日の戦闘で大気圏に落ちたところ助けてもらい世話になっている。」

 オデルは静かに淡々と振り返らず答える。

 「…というわけさ。それと、ドレスを選んだのはアイシャだ。そして、毎度のお遊びとは?」

 バルトフェルドはオデルの答えるのに続き、カガリに話す。

 「変装してお忍びで街へ出かけてみたり、住民を逃がしては街だけを焼いてみたり、ってことだよ。」

 カガリの言葉にキラたちはひやりとした。

 が、バルトフェルドは彼女の言葉に意を介さず彼女を見つめた。

 「実にいい目だ。」

 口元が曲がり不敵な笑みを浮かべる。

「ふざけるなっ!」

 対して、いつまであしらわれているような態度にカガリはその言葉に爆発した。

 「カガリ…。」

 隣に座っていたキラは彼女を押さえようとした。

 「キミも『死んだ方がマシ』なクチかね?」

 バルトフェルドはふたたび言葉を発した。

 が、さきほどの調子とは変わり、その目には鋭く冷たかった。

 その威圧に思わず立ちすくむ。

 ふいにバルトフェルドはカガリからキラたちのほうへ視線を向ける。

 「キミたちは、どう思う?」

 「「「え?」」」

 突然、振られた3人は声を出した。

 「どうしたらこの戦争は終わると思う?…モビルスーツのパイロットとしては?」

 「おまえ、どうしてそれを!?」

 バルトフェルドの言葉にカガリは思わず叫んだ。

 「おいおい…あんまりまっすぐすぎるのも考えものだぞ。」

 バルトフェルドは噴き出し、笑いながら答え、そして立ち上がる。

 どうやらはったりであったようだ。それにカガリは乗っかってしまった。

 「戦争には制限時間も得点もない。スポーツやゲームみたいにね。そうだろう?」

 「なら、どうやって勝ち負けを決める?どこで終わりにすればいい?」

 バルトフェルドは話しながらソファを離れ、机の方に向かう。

 キラたちは身を構えながら、なんとかここを脱出しようと考え始める。

 周りをみると、オデルはまだ窓の外の方に視線を向けている。

 が、いつ振り返るかわからない。

 ルドルフも構えている様子は見受けられなかった。

 「敵である者をすべて滅ぼして…かね?」

 ふたたび発したバルトフェルドの言葉。

 そちらの方に目を向けると、彼は銃を構えていた。

 「キミたちはパイロットであるが、それぞれ傭兵、共に手を組みながらも裏では反目しているユーラシア連邦所属、そしてコーディネイター、立場が違うキミたちそれぞれ考え方も違うであろう?」

 バルトフェルドの言葉に3人はさらに驚愕した。

 一体、そんな詳しい情報をどこから…。

 カガリもその言葉に驚いていたが、別のところに驚いているようだった。

 「えっ、おまえ!」

 カガリはキラがコーディネイターであると初めて知ったようであった。この状況をどうにかしないといけない事態なのに、彼女はなぜ教えなかったのかと問い詰めるような目でキラを見た。しかし、その目には少しも毛嫌いするような感じはなかった。

 ヒロはそのことに構っている暇もなくどうして彼がわかったのか頭を巡らす。

 バルトフェルドが話し始める。

 「ストライクのパイロット、キミの戦闘2回見させてもらったよ。あれでナチュラルだと言われても素直には信じられないよ。」

 「次に傭兵の君。ヴァイスウルフが地球軍の最新機体の護衛をしているという情報はこちらにも入って来る。」

 そうか…。

 今までザフトに追撃されてきたのだ。彼のもとにも、ある程度は情報は入って来るだろう。そして、今までの戦闘を見て彼なりに推察したのだろう。

しかし…、どうやってルキナはわかっただろうか。

 彼女は先日の戦闘にしか出ていない。それで特定するのは難しいのではないか。

 「そして、彼女…。先日の戦闘の戦い方を見て、一時期ザフト内で広まった話を思い出してね。あれは、カサブランカ沖海戦のことだ。」

  バルトフェルドの言葉にヒロ、キラ、カガリは驚き、ルキナの方を見た。

  ルキナはただ何も言わず俯いていた。

 カサブランカ沖海戦。ザフトがカーペンタリアに基地を完成させ、さらなる地上での軍事拠点確保のため、地中海へ侵攻。カサブランカ沖にて、ユーラシアを主力とした地中海艦隊と衝突。ザフトはこの時水中用MSグーンを実戦投入し、勝利を収めた。これにより、ザフトはイベリア半島の最南端ジブラルタル海峡を望む地に基地を建設。ヨーロッパおよびアフリカへの侵攻の橋頭堡となる拠点を得た。

「その戦いで敗れ壊走する艦隊をザフトが追撃しようとしたんだがね…。地球軍側の鹵獲されたジンに阻まれ、ついに艦隊を追えなかった。その戦い方がね…先日と似ているのだよ。しかし…面白いものだね。その戦いぶりを見た者が、まるで戦女神だとか、軍神アテナのようだ、とか言うんだよね。乗っているパイロットが男か女かなんて分かるわけもないのに。あれだけの操縦技術…いくら探してもなかなかいるものではないよ。」

 敵将より語られるルキナの戦歴。しかし、彼女はその話をされるのが嫌なのか顔をしかめていた。

 「とは言っても、それぞれがどう事情があれ、僕にとっては君たちがパイロットである以上敵となる。…そうだろう? 」

 銃を向けながら、必死に逃走経路を確保しようと考える。そして、それと同時に彼の言葉にどうしても考えてしまう。

 敵だからと銃を撃つ。

 本当にそれしかないのか。いや知っているはずだ、自分は。

 しかし、それをはっきりと言えるのか、銃を撃ち、人の命を失わせた自分が。

 「やっぱり、どちらかが滅びなくてはならないのかねえ…?」

 バルトフェルドが放ったその言葉は先ほどから放っている冷たさは違い、どこか寂しげだった。

 「…それは悲しいことだと思います。」

 ヒロはその言葉に対して静かに口を開いた。

 「ほう…悲しい、とね。」

 バルトフェルドがヒロに聞く。

 「…誰かの命を奪うなんて、それは本来だれかとともに…こうしてコーヒーを飲むこともできるのをしないということじゃないですか。それが不可能じゃないのに…。でも、僕がこのことをあなたにいう資格は…ありません。」

 それは、かつてセシルが自分に向けて言ってくれた言葉に似ていた。

 あの時も思い浮かんだその言葉の意味が今度は別の意味をもってヒロに迫る。しかし、自分は人の命を奪ってしまった。この言葉を言う資格があるのか。

 「…ジョルジュのことか。」

 ふいにそれまでずっと窓の方に向けていたオデルがこちらに振り返った。

 「おまえがあの時、墜としたパイロットだ。」

 その言葉にヒロは目を見開き、俯く。

 MSを撃つために引いたトリガーから手には、人を殺したという、その感触は伝わってこない。しかし、今パイロットの名を言われ、自分が人を殺したのだという実感が湧き上って来る。

 「…バルトフェルド隊長の言葉通り、パイロットである以上、戦場では敵同士だ。戦場とはそういうところだ。誰も自らすすんで死にたいと思うヤツはいない。生き残るために相手を、敵を撃つ。相手が誰かを知らず。銃を持つということは相手の命を奪う、ということだ。」

 オデルの言葉にヒロは何も言えなかった。

 「それが…銃の重みだ。」

 オデルは真っ直ぐヒロを見据え、言葉を放った。

 しばらく、この部屋に沈黙が流れた。

 「まあ、今日のキミたちは命の恩人だし、ここは戦場ではない。」

 それまでの空気を断ち切るようにバルトフェルドは言葉を発し、銃をしまった。

 「それに、ここで撃ったら、そこのご老人が怖そうですしね…。」

 いつもの軽い口調でルドルフの方を見やる。

 「俺とて、超人じゃないさ。まあ、そこのガキ4人を脱出させるぐらいはとりあえず頑張るかな。」

 その言葉にバルトフェルドふと笑い、背を向けた。そして机の呼び出しボタンを押した。

 ドアが開き、アイシャが立っていた。

 「帰りたまえ。話せて楽しかったよ。…よかったかはわからんがね。」

 彼らは目を交わらせ、ドアに向かった。彼らが近くまで行くのを確認し、ルドルフも動く。

 そして、彼らはその場を後にした。

 

 

 彼らが帰ったあとも、しばらくオデルは窓辺に佇んでいた。

 「よかったのかね?」

 ふたたび自作のコーヒーを淹れて持ってきたバルトフェルドは彼に尋ねた。

 「いいも悪いも、彼らを帰らせたのはバルトフェルド隊長でしょう?」

 オデルはバルトフェルドからコーヒーを受け取り、口に含む。

 「いや、そうではなくて。ボクには、君はもっと彼らと話したかったように見えたのだがな…。」

 「…『敵』である彼らに、一体に何をこれ以上話すのです?」

 オデルは静かな口調で切り返した。

 その答えにバルトフェルドは「そうか。」とだけ言い、これ以上何も言わず、コーヒーを飲んだ。

 

 

 

 




あまり文字数を多くはしたくはないのですが、(誤字・脱字確認が大変なので…)どうしてもなってしまう(泣)
もしかしたら、改訂するかもしれません。

追記(5/18)
感想にてご指摘いただいたことに関してもありまして、少しこの場を借りて少し説明いたします。
いきなり改訂して「マリウス」というワードが出ましたが。ルキナには「兄」がいます。それがマリウスです。
ユリシーズ、パーシバル、アレウス、オリガの4人はとルキナの兄は士官学校の同期です。さらにユリシーズはそれ以前からの友人関係です。そのためにルキナの事も知っているのです。もちろん、ユリシーズほどの長さではないけど、他3人もルキナが軍に入る前から知っています。
そのことやその他もろもろの事情もあり、ルキナと4人は、あまり階級を呼ばずに接しています。
マリウスの詳しいことについても含め、後々キャラクター紹介や後の話で説明いたします。
てなわけで、まだ出てないけど名前だけ登場しましたルキナの「兄」マリウス・セルヴィウスでした~。


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PHASE‐22 長閑(のどか)の影で

お久しぶりです。気が付けばもう6月です。
この小説をアップしてから半年たちます。(驚)
しかし、まだ半分もいっていないという現実…。


 「真のオペレーション・スピットブレイク…?いったい…。」

 届けられた情報をある一室で女は、その内容を最後まで見続ける。

 それはこれから議会に提出され可決されるであろう内容とは異なるものであった。

 そして、他にこれとは別の情報もあった。

 これは…、まさか。

 思わず息を飲んだ。

 「なーにか、オモシロい話でもありましたか?」

 その時、いきなり後ろから声をかけられた。

 まだ10代半ばであろうあどけない少年の声であった。

 その女は誰だか知っているのだろう。溜息をついて振り返った。

 「あまりこの場には現れないようにって言われているでしょ?それとも…監視かしら?」

 「そうでしたっけ?でも、いい加減ヒマでヒマで。早く遊びたいな~って。別にカンシしにきたわけではないですよっ。」

 少年は意に介していないようだった。

 その少年は、袖の部分を腕まくっていてかつ前をしめず羽織った状態ではあるが、連合軍の士官候補生の服を着ている。

 が、軍内部において彼を知る者はほとんどいない。

 「…まだその時ではないわ。変な行動起こして『あの人』の計画を壊すことはしないのよ。」

 女は半ば呆れ混じりに注意を促す。

 「そんなこと…言われないでもわかっていますよ。あなたこそ、あまりにも疑わしい行動は慎んでもらいたいですね。ボクは許しませんよ、『あの人』を裏切ることは。」

 注意を受けた少年は、さきほどの子供っぽい口調をやめ、うって変わって人を威圧するような冷淡な声になった。

 対する女も冷たい目を少年に向ける。

 しばらく長い沈黙が続いたが、その沈黙を破ったのは、別の存在だった。

 彼ら以外の別の男が入って来た。

 「イタっ!」

 そして、ゴンと少年の頭を叩く。

 「なにやっているんだ…。他にやることあるだろう?」

 男は少年を咎める。

 「だからって、なんでボクだけ叩かれないと…。」

 「人を挑発するような態度をとるからだろう?」

 少年は抗議の声を上げるが、鋭い目で男はおさえる。

 少年は憮然とした表情をしながらも、渋々と身を引いた。

 「まったく…。わかりました、ボクがいけませんでした。」

 「なら、やるべきことをしろ。」

 「はいはい、わかりました。」

 そう言い残し、少年は部屋を出て行った。

 男も彼が出ていくのを確認した後、何も言わず部屋を出た。

 女は、ザフトからの情報の方へ目を向けた。

 先ほどの少年の言葉が頭に残った。

 私が…裏切る?

 彼の目には、「あの人」にはそう映っているのか?

 いや、「あの人」は知っているはずだ。私は裏切らないと。できるわけがないか。もう、ここまできたのだ。引き返すことは…できない。

 

 

 

 

 

 ジブラルタル基地。

 イベリア半島にありジブラルタル海峡をのぞめるこの基地はザフトの地球上においてヨーロッパ・アフリカ侵攻の橋頭堡として使われている。

 オデルはその基地より本国へと戻るため、シャトルに乗り込んだ。

 機内には彼以外に別の先客がいた。

 年齢は40代後半で、あご鬚を生やしたその男はオデルに気付き「よっ。」と手を上げた。

 「お久しぶりです、ローデン艦長。なぜここに?」

 オデルは通路を挟んだ隣の席に座る。

 「…おまえを迎えに行けとの命令でな。まったく、人を年寄扱いしやがって…。もう怪我も十分治ったと言っているのに。」

 その言葉を聞いて、オデルは思わず苦笑した。

 現在、怪我が治ったダンクラート・ローデンはゼーベックの艦長に戻らず、補給艦の艦長に就いている。

 本来は、軍事要塞の司令としての打診があったが、前線に出ることを望み、今に至っている。周りから、年齢も年齢だからとか、負傷の原因であった、戦闘で被弾し不調に陥った機関部に自ら行って、そこで巻き添えにあったからというのもあり無茶をしてほしくないという周りからの配慮もあるが、本人はお構いなしだ。

 自分より若い兵士たちが懸命に前線で戦っているのに、指揮官が安全圏で居座っているわけにはいかないというのが、ローデンの言い分であり、まさしく彼らしいとオデルは思った。

 「どうだった?バルトフェルドと共にいて?」

 ローデンは笑いながら聞く。バルトフェルドがどういう人物か知っているのだろう。 オデルも彼に振り回されたのではないのかと、それもそれで見ていたいという気持ちもあった。

 「ええ、まあよくコーヒーをいただきました。バルトフェルド隊長の薀蓄と共に。しかしとてもブレンドが美味しくて…。いつか、また頂きたいものです。」

 オデルは笑みを浮かべ答える。

 期待していたのとは違い、ローデンは少々残念な顔をした。

 「それなら、本国への帰還命令を断って残ってもよかったのではないか?」

 「いえ…。命令は命令ですので。」

 オデルは答えつつ、内心自嘲した。

 命令であることを理由にあそこから離れることに。

 あんな形で会うとは思わなかった。

 キラ、ヒロ、そして…。

 彼らはやはり知らないのであろう。自分たちの事を。

 でなければ、あんな風に成長しないだろう。

 そして、それと同時に疑問がでた。

 だが、それを考えることのをオデルは止めた。

 もう会うことはない。だから…。

 しばらくして、シャトルが離陸し大気圏を越え無重力空間に入っていった。

ローデンはフウと息をつき真剣な顔つきに変わり話し始めた。

 「まあ…俺を今度の議会案の審議の場にいさせたくない、というのが本音だろう。」

 もうすぐ、プラントの最高評議会においてオペレーション・ウロボロスの強化案の決議

が行われる。

 強硬派は、この戦争以前より軍務に身を置き、戦歴を重ねてきたローデンの意見を求めることにより、軍事増強という必要性を説き、彼を審議の場に召喚したことがあった。

 が、彼は、軍事の事を冷静に客観的に話すので、強硬派の意図以上の事、つまり彼らの不利なことも話すため-例えば、軍事増強は必要だが必要すぎるとか、これらを配備して他の戦線の方に物資を回すことができるのか等-、それ以後呼ばれることはなかった。

 今、彼らは自ら選んだ情報をもって、市民たちに危機感をあおり法案を通そうとしている。

 とはいえ、世論も開戦以後、物量が上である地球軍に善戦していること、己の脅威として登場した新型MSが公になったことによって好戦へと傾いている。

 「…なんというか、浮かれ始めている。プラントは…。」

 強硬派の者たち、そしてプラント市民たちは理解しているのだろうか。戦うことを決めて、戦地へ行くのは…誰なのか、を。

 

 

 

 プラントの群の1つ‐アププリウス・ワン。

 その中の閑静な住宅街をアスランはエレカを走らせていく。今日は、ある人物に会うためであった。助手席に置かれた花束はいい香りがしていた。

 やがて高級住宅地のなかでも、広い敷地をもつ一軒の邸宅に辿り着く。

 その邸の主の社会的地位もあるのか、セキュリティはしっかりしている。アスランは門の前に取りつけられたカメラに自分の身分証をかざし、それを受け、門が開かれ、彼は車を進める。

 そして執事に取り次がれ、花束を持って邸宅に入ると、階段の上から愛らしい声でかけられた。

 「いらっしゃいませ、アスラン。」

 アスランも上の方をみると、そこにはラクス・クラインがいた。周りには色とりどりのハロが跳ねまわっている。

 アスランは軽く会釈をする。

 「すみません、少し遅れました。」

 「あら、そうですか?」

 彼女は階段を降りながら、ほっとりとほほ笑む。そして、アスランのところまでやってくる。

 「これを。」とアスランが持っていた花束を渡すと、彼女は「まあ、ありがとうごさいます。」とうれしそうに受け取り、花の香りをかいだ。

 その2人の周りをずっと「ハロ」といいながら多くのハロが跳び回っている。

 「…なんですか、このハロたちは?」

 「お客様を歓迎しているのですわ。」

 アスランが戸惑いながら聞くのに対し、ラクスはいつものことなのかおっとりと答える。

 「しかし、すみません。これではかえって迷惑では…。」

 初めてピンクのハロを造りラクスにプレゼントした時、とても喜んでくれたことから、ラクスの誕生日など記念日のたびにプレゼントしていったのだが、こうも多く騒がしいと、考えもせず造りすぎたのではないかと、アスランは反省してしまう。

 「お客様があなただから余計にはしゃいでいるのでしょう。家においでになるのは本当に久しぶりですもの。…さ、どうぞ。」

 ラクスはにっこりと笑みを受け、彼を奥の、屋敷の裏手にある庭へと案内した。

 このような穏やかな時間が流れてはいるが、このプラントの別の場所では慌ただしい1日となろうとしていた。

 

 

 (私は、なにも『地球を占領しよう』、『まだまだ戦争をしよう』と申し上げているわけではない!しかし、状況がこのように動いている以上、こちらも相応の措置を執らざるを得ない…。)

 プラント国防委員長の猛々しい口調で語られる言葉は街のモニターでも流される。

 その街中の一角の屋外カフェでエレンとイェンはいた。

 「いいの、ゆっくりとしていて?」

 エレンがくつろいでコーヒーを飲んでいるイェンに尋ねる。まもなく最高評議会にて、オペレーション・ウロボロスの最終段階であり最後の宇宙港パナマを攻略する作戦、オペレーション・スピットブレイクが採決されようとしていた。

 そのため、このアププリウス市の1区は、各市の代表を迎えたり、審議の準備におわれ、せわしない様子であった。

 「だからこそさ。これから忙しくなる。どうせここから歩いて数分もかからない。たまにはゆっくりとしたいものさ。」

 イェンが笑みを浮かべ、返した。

 「しかし…よかった。」

 「何が?」

 「ようやく笑顔が戻って来たな、ってね。数日後にオデルがこっちに戻ってくるというのも、かな?」

 オデルが低軌道会戦にて地球に単独降下し行方不明となっていた間、エレンはふさぎ込んでいた。

 艦長としての立場もあり、表にはそのような様子をみせてはいないが、人がいない場所ではずっとオデルのことを心配していたのであろう。

 「さてと、そろそろ行くとするか。あまり長くいて君といるところをオデルに誤解させてしまったら、1ヶ月以上口をきいてくれなくなる。」

 半ば冗談めかしたことを言いながら、イェンは立ち上がって、ウェイターを呼び会計を始め支度にとりかかる。

 「あらっ、そもそも誰のせいでこうやってイェンが時間をとってまで会いに来てくれたかと、言ってあげるわ。」

 エレンは笑みを浮かべ、返す。

 そうなったら、きっとオデルは彼女の機嫌を直すため、奮闘するだろう。その姿が安易に思い浮かぶことができ、イェンは思わず内心笑った。

 とはいいつつもお互いを大切に想っている。きっと…。

 「戦争が終わったら…、結婚式だな。」

 イェンは静かにいった。

 エレンはただ微笑んでいる。

 「そのときはちゃんと招待してくれよ。あと、フォルテもな。」

 そう言い、イェンは鞄を持ち、カフェを後にした。

 

 

 最高評議会議事堂の小会議室のスクリーンでパトリックは映像をチェックしていた。

 「そんなものを見せて、まだ駄目押しをしようとするのかね?」

 そんな折、背後より声をかけられる。そこにはシーゲル・クラインが立っていた。

 「君の提出案件、オペレーション・スピットブレイクは本日可決されるだろう。世論も傾いている。もはや、止める術はない。」

 シーゲルは重い口調で言った。

 それに対し、パトリックは心外であるという顔で返す。

 「我々は総意で動いているのです、シーゲル。それを忘れないでいただきたい。」

 「戦禍が広がればその分憎しみは増すぞ!どこまで行こうというのかね、君たちは!?」

 シーゲルは語気を強めた。

 「そうさせないためにも早期終結を目指さねばならんのです!戦争は勝って終わらなければ意味がない!」

 「どこで終わりになるのかね!プラントの戦争の目的を越えてまで!主権国家を勝ち取るだけではなく、すべてを滅ぼすのか!?」

 パトリックは映像を止めた。スクリーンから映像は消え、部屋が明るくなる。

 「我らコーディネイターは、もはや別の新しい種です。ナチュラルとともにある必要はない。」

 「早くも道の行き詰った我らの、どこが新しい種かね!?婚姻統制を敷いても、第三世代の出生率は下がる一方なのだぞ!」

 シーゲルの言葉にパトリックも反論する。

 「これまでとて、けっして平坦な道のりではなかった!今度もまた、必ず乗り越えられる。我らの英知を集結すれば!」

 「パトリック!命は生まれいずるものだ。創り出すものではない!」

 シーゲルはテーブルを激しく打ち、叫んだ。

 「そんな概念、価値観こそがもはや時代遅れのものと知られよ!人は進む!常によりよき明日を求めてな!」

 「そればかりが幸福か!?」

 しかし、いくらシーゲルが言おうともパトリックには届かない。

 (ザラ委員長、お時間です。議場へお越しください。)

 その時、スピーカーから呼び出しの声がし、パトリックは出口へ足を進めた。

 そして彼は背を向け、言い放った。

 「これは総意なのです、クライン議長閣下。我らはもう今持つ力を捨て、進化の道をナチュラルへと逆戻りすることなど出来ぬのですよ。」

 彼が部屋を出て、残されたシーゲルは拳を握りしめた。

 「我らは進化したのではないぞ、パトリック。」

 彼はやりきれない思いであった。

 今度の議長選ではパトリック・ザラが着くであろう。そして、プラントは一層強硬な道をとっていく。しかし、いくら訴えようが、もはや届かない。止めることができない。しかし、止めなければならなかった。このままでは…。

 今日、これまでプラントのために歩んできた2人は決定的に道を違えた。

 

 

 イェンと別れたエレンは1人自宅に帰って来た。

 プラントのコロニーのライトが夕暮れの色を出し始めていて、薄暗い部屋に窓からほんのりとした明かりがさす。

 エレンはオーディオの再生ボタンを押し、ベランダに出た。

 外は柔らかい風が吹いているその風に乗っていくように、オーディオから音楽が流れ始める。

 先日、イェンから奪取し損ねた機体の提出される前の未編集のレポートを見せてもらった。これをどこからどうやって手に入ったのかはわからない。だが、そうしても気にかかっていたことがあった。

 キラ・ヤマト。

 ‐それが、俺の「弟」の名前だ。生きていれば、だ。‐

 かつてオデルが自分のことを話してくれた時に聞いた名前がそこにはあった。

 ‐いや、きっと生きているだろう。「叔母」がきっと守ってくれる。‐

 オデルの話を聞きながらエレンは彼が言葉にする「家族」について、違和感を覚えた。どこかまるで「家族」としての血縁はあるけど、遠いような…。

 そのことを彼に話した。

 そうするとオデルは苦笑しながら話す。

 ‐そうかもしれないな…。俺は、誰しもが暖かい母親の体より産まれたのではなく、命のない機械から生まれた存在だから…かな。その事実が「家族」の事に対して暖かみを帯びることができないんだと思う。‐

 その姿はどこか寂しげであったことをエレンは覚えている。

 忘れないで、オデル…いえ、シュウ。

 エレンは、今ここには居ない最愛の人に、本当の名前で呼びかける。

 あなたは、簡単に人の命が消えていくこの世界で機械から生まれた自分はさらに命が軽い存在だと言った。

 たとえ、あなたがどんな存在であっても、誰であっても、私にとってあなたはこの世で一番大切な人。愛する人であることを。

 オーディオから流れる静かな音楽をエレンは目を閉じ、聴き入った。

 

 

 

 

 レジスタンス「明けの砂漠」の本拠地。その司令室でサイーブ、アークエンジェルの士官、アウグストが中央の机に広げられた地図を前に面した。

 「このあたりは廃坑の空洞だらけだ。そして、こっちには、俺たちがしかけた地雷原がある。戦場にしようってんならこの辺だろう。

 サイーブが地図の一点とその付近の円を描く。

 「…たしかに、これを使わない手はないな。ここら辺は?」

 アウグストはその近くの場所を指し、サイーブに尋ねる。

 「ここは…。しかし、よく聞くな。」

 「ちゃんと納得するまで聞くタチなんでね。」

 その時、フェルナンが司令室に入って来た。

 「将軍、到着しました。ちゃんと届けてくれました。」

 その言葉にアウグストは笑みを浮かべる。

 「そうか。サイーブ、少しいいか?あと、長老も呼んでくれるとありがたい。」

 その言葉に、サイーブと士官たちは訝しむ。

 が、サイーブと長老にいてくれないと困るとフェルナンからいわれ、仕方なく向かった。

 本拠地の入り口近くまでいくと、まえにトレーラーが数台あり、数十人の一団がいた。その前にはアラブ系の壮年の男がいた。

 見慣れぬ一団が来たことが周りにも耳が入り、やってきて見に来る者たちもいた。

 長老とサイーブは思わず驚きの声をあげ、その男の近くまでいった。

 「おお!サルマーン・ハルドゥーン殿ではないか。どうして、ここへ?」

 どうやらこの男性は長老と知己の関係であるようだ。

 「タッシルの街が大火によって焼かれたと聞き、その見舞いに来たのです。わずかながらではありますが、食糧や医療品、衣類などもあります。」

 謙遜の言葉を口にはするが、トレーラーには多くの物資が乗せられていた。

 長老は大火という言葉に訝しむが、すぐにその言葉の意味を悟り頷いた。

 「そうか…。わざわざ遠い所よりありがとう。」

 長老は頭をたれ、サルマーンに謝意を述べた。

 「それと…、アウグスト・セルヴィウス、貴様の使いが来たときは何か嫌な予感がしたが、また会うことになるとはな…。」

 長老に一通りの挨拶をしたあと、サルマーンはアウグストの方へ向かった。

 先ほどとうって変ってあまりいい顔をしてない。

 「そう嫌味を言いつつも、いつもちゃんと品をくれるから俺はありがたく利用させてもらっているんだ。」

 アウグストの褒め言葉にも不機嫌そうな顔をし、サルマーンはトレーラーの方へ目を向けた。

 「…純正品だ。貴様の使いにも言っている。確認しろ。」

 そこへ一団のほうから1名こちらの方へやってきて、アウグストの前に歩み出た。

 「タチアナ・クラーセン大尉。ごくろうであった。」

 アウグストが労いの言葉をかける。

 「いえ、こちらがリストになります。」

 タチアナはアウグストに物資のリストを渡した。

 「うむ。では、搬入作業始めてくれ。」

 そう言うと、近くに控えていたユリシーズにリストを渡し、彼の指示をもとに物資の搬入作業を始まった。

 その様子をみていたアークエンジェルのクルーたちは彼らが何を言っているのかよくわからなかったが、見舞いの品の物資の奥から見えたものに驚いた。

 「あっ、あれは!?」

 チャンドラが声を上げる。

 それらは武器や弾薬であった。中には、ザフトで使用される弾薬もある。

 一体どうやって、そもそもどうしてなのか、という疑問が彼らの頭を駆け巡る。

 「…貴様たちや『明けの砂漠』と違って、表立ってにはできないんだ。少しは控えてもらいたい。」

 搬入作業を見守りながら、サルマーンは呆れた様子でアウグストに話す。

 「敵の支配地域で物資を補給できるのは、おまえしかいないからな。助かるよ。」

 サルマーン・ハルドゥーンはここより西の地域に居を構えている、北アフリカ共同体の有力者の1人であった。有力者なだけあって、この北アフリカ共同体のほかの有力氏族にも顔を利かすことができるし、また、商いを営んでいるため表では手に入りにくいものも得ることができる。そのためか、ザフトも彼には手を出せないでいる。

 考えとしては「明けの砂漠」のように大国の支配をよしとは思わないが、長く結ばれていた交流の歴史を断ち切りたいという考えでもなく、また暴力で抵抗するのも好ましくないと考えている。

 そんな彼ではあるが、縁のあるアウグストの頼み事のため、イヤイヤながらもこうやって引き受けたのであった。

 「しかし…いったい何を考えているんだ?」

 サルマーンはアウグストに尋ねた。

 「何が…だ?」

 一方、アウグストはサルマーンの問いの意図に気付かぬふりをする。

 「とぼけるな。おまえがただ対MSのために部隊を創ったとは考えられん。何を考えている?」

 「そうだな…、あえて言うなら、俺の軍人生活の集大成とでも言おうか。」

 「…集大成、か。あの事か?」

 しかしアウグストは答えない。

 「アレはもうアレで終わったことだ。もし、それについて詫びる気持ちを持たれても困る。」

 そう言い放ち、サルマーンは去っていった。

 

 

 「ギース、この物資をあっちの方に運んでくれ。」

 ユリシーズはリストを見ながらギースに指示する。

 「わかりました。…しかし、ハルドゥーン氏が来るとは思いませんでしたよ。」

 「そういえば、前にそんなこと言っていたな。大将、紹介されて…。」

 「ええ。そして、いつのまにか軍属です。まあ、そうじゃなかったら今頃刑務所行きの処刑ですからね。ホント、2人には感謝しますよ。」

 もともと、ギースは若いながらも父親の後を継ぎ貿易会社を経営していた。しかし、地球とプラントの対立の激化の影響を受け、さらにプラントに密輸を行っていると疑いをもたれ危機に瀕した。その際、助けてもらったのがサルマーン・ハルドゥーンである。今は、会社を父親の代から片腕として働いている人に任せ、さらに、身の安全を図るため、カモフラージュとして軍へと入った。

 「ははは、ここでこき使われるか、処刑されるかの2者択一か。俺としては、どっちもイヤだけどな。」

 「まったく、他人事だと思って、あの時は本当にもうダメだっとおもったんですから。ところで、けっこう食糧ありますね。」

 ギースが物資を見ながら、ユリシーズに聞く。

 「まあな。避難民もいるし…。だが、たしかに少々多いよね。」

 ユリシーズはリストを確認しながら嘆息する。

 これでは食べきる前に傷んでしまうような…。

 「そしたら、少し使っていいですか?」

 ギースが何か思いついたのか、笑いながら聞く。

 「ああ、炊事班と主計のヤツらに聞いてからな…。」

 「では、運んだと聞いてみます。」

 そう言い、ギースはリフトカーに乗り、物資を運び始めた。

 「さて、俺はと…。」

 「これも、お願いします。」

 その時、ハルドゥーン一行の者らしき人物が物資を運んできた。

 「ああ、ありがと。そこに…。…おまえか。」

 ユリシーズはそのまま物資を置いてもらおうと指示を出そうとしたが、その人物をよく見ると心当たりある人物だったため、驚いた。

 「しかし…、ほんと気付かなかった…。なんで、俺の所に?」

 「…大将や准将の所では怪しまれる。」

 ユリシーズの質問に男は答える。先ほどの抑揚をつけた感じではなく、淡々とした口調となった。

 その男の特徴は言い表せそうで言うことは出来ない。顔だちとかははっきりとはわからない。衣服もそうだ。今は民族風の衣装を着ているが、会う場所によって変わる。そこにいる多数の一般人に紛れ込むのがうまいのである。

 「…で、わかったことは?」

 ユリシーズはリストを見ながら話す。男はただ黙っていた。

 「収穫はなしか。でも…目星はついてるんだろう?」

 「…確証はない。」

 男も渡した物資の受領書をとり、ユリシーズに渡す。

 「攻め方を変えるのはどうだ?これだけ、つかめないならバックにそれなりの大物が控えているかもしれないぞ。なんせ影なんだから。」

 「…やってみよう。」

 ユリシーズが受領書にサインする。

 「では、お願いします。」

 男は抑揚がついた口調で述べ、その場を去っていく。

 ユリシーズはその姿をなるだけ見ないように、物資の方へ目を向けた。

 

 

 

 

 アークエンジェルでも先日得た補給物資の搬入作業にとりかかり始めた。

 その通路にある倉庫として使われている小部屋の前に食事のトレイを持っていたカズィは立ち止まった。そして小声で後ろについてきたキラに小声で話した。

 「キラは顔を出さない方がいいよ。鍵開けたらドアの陰にいて。」

 その言葉に思わずキラは怪訝な顔をした。

 「また、キレちゃったら嫌だろ。あのサイがさ…。」

 カズィの言葉にキラは俯くしかなかった。

 カズィがカードキーをスリットに通し、暗証番号をうつのを確認した後、キラは一歩退き、隠れるようにした。

 「サイ…大丈夫?」

 「あ…うん。」

 とはいえ、キラもサイのことは気にかかっていた。

 そっと様子をうかがった。

 「1週間、きついだろうけどさ。規則じゃしょうがないもんな。我慢して。」

 「わかっている。大丈夫だから。」

 その様子を見て、キラはまた俯く。

 その時、ふと長く濃い赤色の髪をした人物が通路の陰に隠れるのが見えた。

 

 

 ポーンと白いゴムボールが地面を跳ねる。

 それをセロは小さい体を同じように飛び跳ねながら追いかける。

 その内、ボールの跳ねるのが低くなり、コロコロと転がるだけになると、セロはボールを口にくわえ、ふたたび跳ねさせてもらおうと飼い主のところにトコトコと向かった。

 が、飼い主はうたた寝をしてしまっていて、いっこうにこちらに反応しない。セロも飼い主がこうなったらなかなか起きないのを知っているので、一生懸命前脚を出し体を揺さぶらせようとするが、人間の大人と子犬ではなかなか効果がなかった。

 セロは「く~ん」と鳴きながら諦めかけたとき、別方向からボールが跳ね飛んできた。

 セロはそれにいち早く反応し、口にくわえたボールをはなし、喜びながら追いかける。

 ボールを投げた主は、うたた寝をしている飼い主に呆れながら、声をかける。

 「ホークウッド大尉、サボリですか?」

 ディアスは目を開け、答える。振り向かなくても声の主はわかっていた。

 「サボってはいない。セロの遊び相手をしていただけだ、クラーセン大尉。」

 「では、周りをよく見てください。」

 ディアスはセロが違うボールを追っかけて遊んでいるのをみ、さらに自分の足元には持ってきたボールがあるのを見た。

 とても言い訳ができる状況ではなかった。

 「…で、何か用か?」

 話を変えようと、ディアスはタチアナに尋ねた。とはいっても、寝ていたことには悪びれた様子はなかった。

 「物資も揃ったことで、今後の事を話すことで、大尉も呼んでくるようにとセルヴィウス大将よりの言伝です。」

 「…そうか。」

 「用件は伝えましたので。あと、ちゃんとボールは片付けといてください。」

 それだけを言い、タチアナはその場を去った。

 ディアスは立ち上がり、誰もいないであろう岩陰に声をかけた。

 「…というわけだ。後は頼むぞ、オリガ。」

 「バレてました?」

 「…ああ。で、おまえは何しに来たんだ?」

 ディアスはセロを呼び寄せた。

 「いえ…特に。強いて言えば、姉さんと隊長が何を話すのかな、って。」

 「聞いての通りだ。ただの連絡だ。それとも何か他に話すことあるのか?」

 ディアスは呆れながら答える。

 「本当に、何も話すことないのですか?」

 オリガは不満そうに言う。

 「…いったい何が言いたい?」

 「…なんで、姉さんと別れたんですか?」

 突然の問いにしばらくディアスは黙った。

 「もう、何年前の話だと思っているんだ。」

 「でも、2人とも未練ありそうな雰囲気ですよ。」

 「お互い決めたことだ。それを妹が蒸し返してどうするんだ。おまえも仕事があるだろう。早く、済ませろ。」

 そう言い残し、ディアスはセロを抱え、その場を去った。

 オリガはこれ以上の追及は出来なかった。

 

 

 

 搬入作業が終わり始めたころ、食糧が手に入ったこともありギースが気晴らしを兼ねて、野営テントで炊事班と共に料理を振る舞い始めた。

 「うわー、おいしそう。」

 「ほんとー!」

 トールとミリアリアが料理をみて感嘆の声をあげる。

 この地域特有の料理が並ばれていてどれも珍しいものだった。

 「あー、でもこのあとブリッジに行かなくちゃいけないんだよな…。」

 トールが残念そうな顔をする。

 「大丈夫さ。あとでアークエンジェルの食堂にも持っていくから食べられるよ。」

 そんなトールにギースは笑って答える。

 それを聞いたトールは打って変わって喜んだ。

 所々で食べようと人が集まり賑やかに食事を食べている。

 街を焼かれここにやってきたタッシルの避難民たちも少し明るい顔になっていた。

 ヒロもアバンに誘われて来ていた。

 目の前には串焼きのケバブ、クスクス、肉団子と卵のタジン鍋がある。

 どれもおいしそうなものでアバンは喜びながら皿にとって食べている。

 ヒロもとってはいるが、頭では強盗から助けた店の店主の話を思い出していた。

 

 

 店は小さなこじんまりとしているが、いくつかのきれいな色を放つ石が並ばれている。それには細工された金属細工とともにアクセサリーとして並ばれていた。

 これはすべてこの店の店主が1つずつ手がけたものである。

 「いやぁ、本当に助かったよ。そこに掛けて、もう少し待っててくれ。すぐに終わるよ。」

 店主の老人に促され、ヒロは近くの椅子に座る。

 そして、店主は一角にある作業場に向かい、なにやら始めた。

 強盗を撃退したお礼をさせてほしいといわれ、最初は戸惑ったが、今ある頼み事をしてもらっている。

 「しかし…この辺では見かけない顔だね?観光かい?」

 作業をしながら店主がヒロに尋ねる。

 「はい。」

 「しかし、ここはこんな街、来ても何もないだろう?」

 「そんなことないですよ、人が活気にあふれて…いい街です。」

 「そうかい…。」

 その間にも店主は手を動かしている。

 「ここいらは、昔から砂漠の中で暮らしてきた。そんな環境もあってか、豊かになるのは難しかった。そんな中でも、と見つけたのが鉱物資源さ。」

 店主が今作業している石を見せる。大きさは長さ2cmぐらい幅1cmぐらいで黄色く透明な輝きを放っている。

 リビアングラス。ここから東側のあたりで産出される天然石である。

 「しかし、それらを欲する者たちがいた。彼らはそれを独占したいため、それを欲する別の者たちと争ってきた。そして、勝った者は負けた者と共に戦った者たちと取決め我々から搾取していった。…全部、我々の意志などお構いなしに、だ。今度の戦争もそうさ。」

 「だから…、もう支配されるのが嫌だから、戦っている人もいます。」

 「そうだね。それで、多くの命を失うこともある。この街は逆に支配を受け入れて安寧を得ている。彼らに逆らわないようにして、彼らを怒らせないように、してね。我々はこの両方の姿勢を繰り返してきた。」

 老人は淡々と述べる。

 「どっちがいいんでしょう…。」

 戦ってタッシルの街のように住む場所を焼かれるか、支配を受け入れいつか彼らが横暴になり虐げられようとも安寧を得るか。

 「…難しいものだな。どちらも根にあるものは同じだからね。昔…そんな歴史の繰り返しを断ち切ろうとした動きもあった。それは、宇宙だった。」

 「宇宙…ですか?」

 「そうだ。再構築戦争が終わった後も地球資源は枯渇していた状態だった。それを打開するために宇宙ビジネスが活発化していく中、それに目をつけた男がいた。今のプラントを見ればわかるだろう?もしも、北アフリカもコロニーを持てれば、この砂漠での農作物を育てることもできるだろうし、資源も得ることができる。そこにかつての大国と対立関係にある南アフリカも協力を得させることで、搾取からの歴史を終わらせる、そんな希望を持っていた。だから、過酷なコロニー建設にも耐えられた。しかし、そこに待っていたのは理不尽だった。共同体の官とその産業の企業との癒着によって富は独占され、彼らのもとに分配されなかった。彼らも抵抗運動をしていったが、軍を掌握していた官は彼らを押えていった。ついに、彼らも武器をとり、コロニー内では戦争となったのだ。しかし、その戦いも簡単なものではなかった。彼の純粋の思いとは裏腹に周りは利権など思惑が渦巻いていた。そちらに味方し、軍事援助したユーラシアもそうだ。戦闘は激しさを増していく中、ユーラシアも撤退してしまった。何を思ったか残って戦い続けたバカもいたが、結局努力むなしくコロニーは人の住めぬものとなってしまい、どちらも放棄せざるを得なくなった。すべて…水泡に帰してしまった。」

 「…よし、できた。」

 そう言うと、老人は立ち上がった。

 リビアングラスを周りにシルバーの型を施しペンダントトップとなり、チェーンがつけられた。

 「いやいや、老人の長話に付き合ってくれてありがとう。」

 「いえ、僕が頼んだことですし…。」

 

 ぼんやりと思い出していると、突然人の顔が目の前に現れ、そこで現実に引き戻された。

 「なーに、考え事してるんだ?」

 アバンが怪訝な顔でこちらを覗いていた。

 「えっ…と。」

 ヒロはたじろぐ。

 「あんまり考え事しながら食うとせっかく美味いモノも楽しめないぞ。」

 「…そうだね。」

 『まあ、アバンのように何にも考えてないのもどうかと思うがな。』

 「悪かったな。」

 ヒロは串焼きケバブに目を向けた。

 そういえば、その人はどうなったのだろうか。

 しかし、ここで考えていてもどうしようもない。

 今はアバンの言う通り、料理を味わう。

 そう思いながら、ケバブを口に運んだ。

 

 

 

 暗い自室でベッドに横になりキラは天井を見上げている。

 その時、ベルの音がして扉が開いた。

 「キラ?」

 キラはその声に飛び起きた。

 「やあねえ、なーに?暗いままで。」

 フレイが照明のスイッチをつけ、部屋に入って来た。

 「さっきはどうしたの?」

 キラはおずおずとかおをそむけながら尋ねる。

 「サイのとこ…来てたでしょ。」

 あの時見たのは間違いなくフレイだった。

 フレイはキラの横にすわり、頭をキラの肩に寄せた。

 「…サイ、馬鹿よね。」

 その言葉にキラは驚いた顔をした。

 フレイはつづける。

 「あなたに敵うはずなんかないのに…、馬鹿なんだから。」

 「…フレイ。」

 その言葉を聞き、キラは表情が暗くなった。

 「キラ?どうしたの?」

 それに気づいたフレイが尋ねる。

 が、キラは答えず、フレイから離れる。

 「キラ?」

 それでもなお黙ったままのキラにフレイは体を寄せ近づける。

 「大丈夫よ、キラ。あなたには、私が…。」

 「やめろ…よ!」

 キラは思わず、フレイの体を突き放した。

 「キラ!?」

 フレイは目を見開き、驚いた顔をした。

 「…ごめん。」

 キラは小さく呟いて部屋を出て行った。

 「キラ!」

 フレイの声が聞こえるが、キラは構わず走り去った。

 キラの中に絶望が渦巻いた。

 フレイはサイの事を愛していたことに。自分のことを好きになったわけではないことに。

 キラは通路の壁にもたれ、そのまま座り込んだ。

 フレイはキラを追いかけたが、見失ってしまった。

 彼女は部屋に戻って、ベッドに座り、モニターをつけた。

 しばらくもしかしたらキラは外にいるかもしれない。

 そう思い、あちこち切り替えていたが、ふとその光景が目に留まった。フレイは眉をひそめ、モニターを切った。それは、今の自分にはないものを見せつけられているようなものだったからだ。

 

 

 

 ギースが料理を振る舞っている話は機体を整備しているアンヴァルの整備士たちやパイロットたちにも届いた。

 「た、食べたい!」

 それがススムはその話を聞き、第一声であった。

 とはいえ、まだすべてのメンテナンスが終わってない。が、このままではなくなってしまう。

 どうしようと悩んでいる姿にラドリーはススムに言った。

 「大丈夫だ、ちゃんと今仕事している者たちの分も作っている、だろ、ユリシーズ?」

 ラドリーはこの話を持ってきたユリシーズに確認する。

 「もちろん。じゃなきゃ、困る。俺もこれからテムルを伴って、ちょっと行かなくちゃいけないし…。」

 「いつもサボっているからでしょう。おかげでとばっちりがこっちに来て。」

 ユリシーズの言葉に呆れながらオリガが返す。

 そこへ[トゥルビオン]からルキナが降りてきた。

 「こっちのほうは大丈夫よ。この間の戦闘での損傷もあったのかとは思えないぐらいちゃんと動いたわ。」

 ススムに報告する。

 「そうですか、まずはこっちは終わりっと。」

 ススムはチェックボードに記す。が、まだまだやることは残っている。

 「怪我の方はもう大丈夫か?」

 アレウスはルキナに先日の怪我の具合を聞いた。

 「ええ、もう大丈夫よ。かすり傷だったし。」

 「そうか。けど、無理はするな?」

 「うん、ありがとう。」

 その時、パーシバルが暗い顔でやってきた。

 「ダメだ、と言われた…。」

 「まあ、そりゃあなあ…。」

 ユリシーズも呆れて言葉が出なかった。

 先日の戦闘で墜落したスピアヘッドの代わりに新しい機体を補充できなかったので、なんとか修理できないか、ジャンに頼んだがムリと一蹴された。かつ、もっと機体を大事に扱えと小一時間説教をくらってしまった。

 「そして、ユリシーズの目付け役をしろと言われた。」

 「ええ!そんなに信用ないんかい、俺…。」

 ユリシーズはがっくりした。

 「それ、私が言いたいわよ!」

 この後、ギースの振る舞われた料理を食べに行く予定だった

 もともとアレウスは別件で来れないのだが、ユリシーズはこの後テムルとともに将軍に言われたことをやるのに、まだ他のことをやり終えてなかった。そのため、彼がふたたびサボらないようにオリガがお目付役をうけさせられ、さらにパーシバルもという形になった。

 そのため手が空いたのはルキナ1人という現状になってしまった。

 「それじゃあ、私もここで何か手伝おうか?1人でも待っているのもなんだし…。」

 「いや、それじゃあ飯を確保するのがいなくなるから、それは困る!」

 「だったら、早く仕事終わるようにすればいいだろう…。」

 ユリシーズの言葉にアレウスがツッコむ。

 「まあ、私たちはその他のだからすぐに終わるようにするから大丈夫よ。ねえ、ユリシーズ?」

 オリガはユリシーズを見ながらいう。その目がなにか怖い。

 「じゃ、じゃあ、オリガとパーシバルが早く来れるように頑張るよ。だから、先に行っていて大丈夫だぞ、ルキナ。」

 ユリシーズはオリガの威圧に押されながら言う。

 「そう…。じゃあ、先に向かってるね。」

 ルキナはアークエンジェルへと向かった。

 

 

 

 

 「で、どうだった、サイは?」

 トールは先ほど食事を運んだカズィに聞いた。

 「うん…。思っていたほど、落ち着いていたよ。」

 「そっか、あともう少しだもんね。サイも食べれればいいんだけど…。」

 カズィの言葉にミリアリアも安堵する。

 彼らもようやく積荷作業が終わり、アークエンジェルの食堂でギースの料理を食べている。

 しかし、どうしてこんなことになったのか。

 コーディネイター嫌いでかつあんなことがあったのにも関わらず、フレイがキラのことを看病する姿をみたときはほほえましく思う中に危ない雰囲気もあったが、それが現実となってしまった。

 なんとなくぼんやりとしたフレイの意図を感じながらもミリアリアは口には出せなかった。

 が、結果としてキラがフレイをとるような形となり、サイはあんなことをしてしまった。今まで仲がよかったゼミの仲間たちに隔たりができ始めてしまった。

 「やっぱMSって動かすの、大変なんだなぁ。」

 トールが話題を変えた。

 「そうね。とは言っても、私たちなんかシミュレーターでさえスカイグラスパーにもダメだったよね。」

 ミリアシアも重い雰囲気を払しょくさせるように努めて明るい調子で言った。

 先日、スカイグラスパーのシミュレーションをしたのだが、カズィとミリアリアは戦場に出た直後、落とされてしまった。その後、割って入って来たカガリが高スコアを出していた。その後もトールがやったのだが、なかなか意外といい成績だった。

 「そしたらさ…。」

 そこへカズィがぼそっと口に出した。最後の方がよく聞き取れないほど小さかった。

 「ん?何だよ?」

 トールが怪訝な顔をして尋ねる。

 「ルキナもMSあんなに動かせるじゃん…。」

 「あのシグルドって人はナチュラルだけど、MS動かせるじゃんか。」

 トールが言う。

 「そうだけどさ…。そういう人って滅多にいるわけないじゃん。…ルキナってコーディネイターなのかなって思ったんだけど…。」

 「そんなに知りたいのか?」

 トールはとがめるようにカズィに聞く。

 「そういうわけじゃ…。」

 「もう、やめようよ。どっちかなんて…。」

 ミリアリアが窘め、この話題を終わらせようとした。

 そんな彼らのやり取りをルキナは食堂の入り口のかげから偶然聞いていしまった。

 その言葉を聞いた瞬間、ルキナは動揺した。

 心臓が激しく波打つのが感じられた。

 いったい彼らがどんな会話をしているのか。

 なんとか落ち着かせて整理しようとするが、その内容がさらに彼女に追い打ちをかける。

 自分がコーディネイターではないか、そうじゃないか。

 自然と後ろへ後ずさっていた。

というより、そこから食堂に足を踏み入れることができなかった。

 怖かった。もし、彼らに尋ねられたら、と。

 自然と息が荒くなる。

 気づいたときはすでにこの場を離れ駆け出していた。

 

 

 




ちなみに店主の昔話はあくまでもオリジナル設定です。



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PHASE‐23 間(はざま)の者

難しいですね、文章の長さやらのバランスって。


 

 夢を見ていた。

 正確には過去の出来事を夢で追体験しているといってよかった。

 島々がいくつか点在、その中心に巨大なシャフトが上に伸びている。

 従来では見受けられない構造のコロニーは、プラントと総称で呼ばれている。

 その居住地区の1画。

 「プラントから出ていけ、亜人類!」

 同世代の子どもが自分に投げかけた言葉。

 それが侮蔑を意味するものだが、ここに来る以前から言われていたためか、もう慣れてしまった部分があったが、やはりそう言われるのは、辛かった。

 しかし、何も言い返すことはできなかった。

 この世界は、人類は今2つの種類に分かれている。

 ナチュラルとコーディネイター。

 でも自分はそのどちらでもなかった。

 彼らが私に対して差別感情を抱くのは、それがコーディネイターの存在理由を否定するとして、タブー視されていることもあるからだ。だからこそ、そこまで差別的な感情を持っていない人でも、できるだけ避けていた。ここは能力主義の場所だから自分も努力すれば認められる。そんな子供心にある希望もすぐに打ち砕かれた。

 一度、母に聞いたことがあった。

 なんで自分はこんなにも人から邪魔な存在と憎まれなければいけないのか、と。

 母は申し訳ないような顔をしていた。

 「みんな、忘れてしまっているの。ナチュラルもコーディネイターもどっちも人なのに、悲しいと感じたり喜び感じたりして生きているのに…。同じことと違うこと、それがどれかを決めるのは自分自身で他人に押し付けられないのに、それに固執してしまっているの。」

 母はそう言いながら、私を抱きしめた。

 「でも、どうかルキナ…。こんなこと言うの、お母さんの勝手だと思うけど…、コーディネイターもナチュラルも恨まないで。」

 

 

 

 「このっ、大ばか者!」

 景色が変わる。ここは…、そうだ家だ。

 目の前のドアの向こうで祖父の怒鳴り声が聞こえる。

 そっとドアの隙間から部屋を覗くと、祖父の他に父がいた。

 「これがおまえの望みだったのか、こうすることが!?それがどういうことかわかっているだろう!?」

 祖父は父を責め立てていた。

 「…言われなくても、わかっていますよ。」

 父が自嘲気味に答える。

 「なら、なぜ…。」

 祖父の声は先ほど違い、どこかやるせなさが感じられた。だが、父はずっと黙ったままで答えない。沈黙が部屋に流れる。

 ややあって、祖父が力を失ったようにガクッとソファに腰を落とし、うなだれて額に手を当てた。

 「…わかっているだろうな。これは…。」

 「ええ…、わかっています。」

 祖父が力なく尋ねた言葉に父は静かに返した。だが、父も祖父も視線を合わせない。

 「では、もう行きますので。」

 父は椅子にかけられてコートを手に取って、こちらに来た。ドアが開く。

 部屋を出た父は私がいたことに気付き、ハッとした顔し、そして寂しげな表情になった。コートのポケットから何かを取り出しそれを私に渡した。

 それを見た私は「これ…。」と父を見た。

 「…ルキナに返すよ。」

 父は寂しげに微笑んだ。私は「でも…。」と、それを父に渡そうとした。が、父は首を横に振った。

 「いいんだ。お父さんは、これをお守りとしていっぱい守ってもらった。だから…。」

 父は振り返り、そのまま家を出て行った。

 開いたままのドアの方をみると、祖父はまだうなだれていた。その姿はいつも自分に診せるのとは違い、とても不安になった。

 父に会ったのも話をしたのも、それきりだった。

 父は帰ってこなかった。

 

 

 暖かい光景、辛く悲しい光景が一変し、どこまで暗くなった。

 ここは…?

 周りを見渡すが、何もない。誰もいない。

 母さん、父さん、マリウス兄さん、どこ!?

 必死に呼びかけるが誰も返事しない。

 急に不安が広がり、足を進める。しかし、どこへ行っても同じだった。

 おじい様、みんな、誰か!?

 どんなに叫んでもやはり返事は返ってこない。

 ふと、そこに誰もいないのにささやかれたような気がした。

 おまえは、永遠に一人だ。

 ルキナはガクと膝を落とした。

 目から涙が溢れ頬を伝っていく。

 その言葉が事実だからだ。

 そう、私は一人だ。たとえ家族がいてくれても、周りに仲間がいても…。永遠に。

 暗闇の中、ただ一人、涙を流し続けた。

 

 

 

 

 目が覚めると、部屋はうす暗かった。

 ルキナはぼんやりと起き上がる。

 そう言えばと思い出し、時計を見た。

 時刻は6時を指していた。しかも午前である。

 ルキナは溜息を付いた。

 約束をすっぽかした形となってしまった。そもそも食堂にいないことを不審に思い、呼びに来たのかもしれない。考えても仕方ない。一旦食堂に行こう。

 そう思い起き上がると、ふとあるものがないことに気付いた。

 ルキナはハッとし周りを見渡すが、やはりない。

 たしかコクピットからずっと持っていた気がしていたが…。

 とにかく探さなければ、と思い部屋を出た。

 

 

 「ふわぁ~、ようやく終わったー!」

 ユリシーズは背伸びするとともにあくびをした。

 「それはこっちのセリフだ。」

 「そうよ。なんでこんなに時間がかかるのよ。あ~、もうギースの料理も冷めちゃっているわよ。それにルキナも待ちくたびれているわよ。」

 それに対し、パーシバルとオリガは不満を漏らした。

 結局、最後までユリシーズにつき合わさるハメになってしまった。

 「いやぁ~、ホント、みんなには悪いことしたよ。」

 しかし、その言葉とは裏腹にサボリにサボって長くなったことにたいしての悪気がなかった。とはいえ、いくら言っても馬の耳に念仏なのだからとパーシバルともオリガも諦めたような感じだった。

 「どうだ、テムルも食べるか?」

 そんな様子も気にせず、ユリシーズはテムルに聞いた。

 「…自分は、その前に食べましたので…。」

 テムルは短く答える。

 「いいよなぁ。まあ、きっとルキナがが気を利かせてくれてるからいいのはあるだろうな~。」

 「でも、いくら気を聞かせてくれるからと言って10時間以上は待たないと思うわ。」

 ユリシーズの言葉にオリガは釘をさす。

 たしかに、食堂に入り見回すと、案の定がいなかった。

 「…ユリシーズ、後で謝りなよ。」

 「ホント、謝らなければな。」

 「本当にその気持ちあるの?」

 そこへ先ほどカウンターに向かったパーシバルが2人のやり取りを遮り、口を開いた。

 「…ルキナがまだここに来ていない。」

 「…へ?」

 ユリシーズが思わずすっとんきょうな声を出した。

 「来てないって、どういうことよ?」

 オリガが尋ねる。

 「さっき、カウンターにいったら、そう調理師が言っていた。来てないって。」

 テムルも頷く。

 どうやら、2人が皿やトレーをもらおうと、厨房にいた人に声をかけると、ルキナと一緒ではないんだ、と言われたようだ。

 食堂の時計を見ると、時刻は6時半である。あれから14時間近くたっている。

 外の方でとも思ったが、ルキナがアークエンジェルに向かった時間を考えれば、もうそっちの方はないはずだ。

 「ちょっと探しに行って来るか…。」

 「私も行く。パーシバルとテムルはそこで待ってて。もしかしたらルキナ、来るかもしれないし。」

 オリガもユリシーズと共に探しに出かけた。

 

 

 

 フレイはアークエンジェルの通路を歩いていた。この時間帯は、当直以外は寝ているためか、まだ艦内は静かだった。

 結局、キラは部屋に戻ってこなかった。不安がフレイの頭をよぎる。

 このまま、戻ってこないのではないか。そうしたら、復讐を果せない。いや、それ以上に、自分を守ってくれる存在がなくなる。大丈夫だ、きっとキラは戻って来る。昨夜もきっといつものようにコクピットで寝ていたのだろう。きっとそうだ。

 そう思いながら自分の中の不安を振り払おうとした。

 その時、足元に何かが当たった。

 なんだろうと、そこに目を落とす。

 これは…、テディベア…のキーホルダー…?

 そこには、キーリングが着いた手のひらサイズのテディベアが落ちていた。

 

 

 

 ルキナは何度目かの溜息をついた。

 ここまで探したのに見つからないなんて…。

 後部デッキへ足を向けた。

 そこに行ってもあるわけないのだが、とりあえず気分を切り替えたかった。そうすれば、どこに置いてきたのかも思い出すかもしれないともあった。

 ドアを開けると、ちょうど朝日が昇り始めていた。

 一瞬、まぶしくて目を細める。

 その時、デッキにはすでに先客がいたのか、人影があった。

 こちらからでは眩しくてあまりよく見えなかったが、その長い濃い赤の髪の色で誰だがわかった。

 その人物もこちらに気付き、振り向いた。

 「…いったい、何かしら?」

 フレイは少し不機嫌な口調でルキナに尋ねる。

 キラを探しにここまで来たのに見つからないこと、ドアが開いてキラではないかという甘い期待をしたが、違ったことに少々苛立っていた。

 「えっと…。」

 対するルキナも返答に戸惑った。

 ヘリオポリスの件からここまで、フレイとは会ってはいても話す機会はほとんどなかった。それに、プラントのクライン議長の娘、ラクスがここに保護された時の件もある。

 どこか敬遠していた。

 「な、なんでもない!」

 ここから立ち去ろうと思い、ドアに引き返そうとしたが、フレイが手に持っているものに気付き、ハッとした。

 「それ、どこにあったの!?」

 ルキナは驚きの声を上げる。

 フレイも自分が手に持っているテディベアのキーホルダーに目を向け、それを出した。

 「これ…あなたの、なの?」

 「…ええ。」

 ルキナは頷く。

 「へ~。」

 再びフレイはキーホルダーに目を向ける。それ見ながらフレイの中で黒いものが渦巻き始めた。

 フレイはルキナに対していい印象はなかった。サイたちは顔見知りだからいいとして、コーディネイターであるヒロとキラと打ち解けていた。コーディネイター嫌いのフレイにとってそれはあまりいいように思えなかった。ラクス・クラインの件だってそうだ。まるで、彼女を庇うようなことをして。

 なんで!?地球連合軍の、ユーラシア連邦の大将の孫娘なのに!

 そう…、その部分もフレイの気に障った。

 砂漠に降りて、ユーラシア連邦に会ってから、祖父に会ってから、フレイには彼女が周りからちやほやされているように見えた。もう父が死んでしまい、今までいた周りからちやほやされなくなった自分にないものは、彼女にはあった。

 さっきから様子を見ていると、これは大事なものなのだろう。

 「あ、あのさ…それ、返してほしいんだけど…。」

 ルキナは先ほどから返す気がない様子のフレイに言葉を探りながら声をかける。

 「そうね…。けど、何か言うことあるんじゃない?偶然だけど、大切なモノを見つけた私に?」

 お礼の言葉を求める言い方だが、言いようがどこか悪意がこもっていて気に入らないが、見つけてもらったことは確かだ。

 「…拾ってくれて、ありがとう。それは、大切なものなのです。どうか、それを返してください。」

ルキナは頭を下げた。だが、どこか不本意な言葉のような気がした。

 しばらく、フレイの中に優越感があった。

 「ふーん。返してもいいけど、これなかなか可愛いよね。もうちょっと借りてもいいかしら?」

 「ちょっ、ちょっと。」

 「いいじゃない、別に。」

 ルキナはフレイの手からキーホルダーを取り戻そうとするが、彼女は取り返されないように手を引く。

 その時、バランスを崩したフレイが思わず後ろにしゃがむように倒れる。

 その瞬間、キーホルダーが宙を舞った。

 それをルキナは追い、掴もうとしたが、叶わず、キーホルダーはデッキの策を越え、そのまま艦体を転がっていき、下へと落ちていった。

 「あっ…。」

 2人とも声を失う。

 拾うにしてもアークエンジェルと崖の間でどうやっても行けない場所だ。

 フレイは罪悪感を押しのけ、強い態度に出ようとした。

 「な、なによ。ちゃんとしていればって…ちょっと!?」

 なんとか言い訳をしようとした直後、思いがけないのを目にし、慌てた。

 ルキナが柵を乗り越えようとしていたからだ。

 「危ないわよ!」

 フレイはルキナの手を引こうとする。

 「放して!あれは…、あれは…!」

 ルキナは彼女の手を振り払おうとし、なおも乗り越えようとしていた。

 「危ないって!」

 ちょうどその時、偶然ルキナを探しに来ていたオリガとユリシーズが彼女を引き戻す。

 他にも、探すのを手伝っていたミリアリア、トール、カガリもいた。

 「いったい何があったんだ?」

 とりあえずは無事であったものの、どうしてそうなったのかユリシーズはわからず聞くが、2人にはそれが聞こえていなかった。

 「そんなに必要なモノじゃないでしょう!?何なのよ、いったい?」

 フレイは非難の言葉を向ける。

 自分の過ちを認めたくいがゆえの虚勢でもあった。

 「だいたい、オカシイわよ。地球軍なのにコーディネイターを庇ったり、MSに乗れたり…。なに、あなたコーディネイターなの?」

 そして、その虚勢を張るために、つい口に出してしまった。

 その言葉を聞いたオリガとユリシーズは凍り付いた。が、一番動揺を隠せなかったのは言われた本人だった。

 「…なによ。」

 ルキナは声を震わせる。

 「ルキナ、お前も落ち着け。」

 ユリシーズは止めに入ろうとするが、彼女の耳には入らなかった。

 昨日の食堂での会話、そして今放たれた言葉がルキナの感情を一気に押し寄せた。

 「なんで、そんなに決めつけたがるのよ、みんな!ナチュラル、それともコーディネイター?…みんな、自分勝手に!いったい、どっちがいいの?ねえ!?」

 その激しい剣幕にフレイもたじろぐ。そしてルキナが何を言っているのか意味がわからなかった。それはトールやミリアリア、カガリもだった。

 だが、オリガとユリシーズはすぐに理解した。そして、彼女が口にするのを何かとか止めようとした。

 「ルキナ、待て!それを今…。」

 が、時すでに遅かった。

 「私は、どっちでもない…。どっちでもないわよ!だって…、私は…。私は…ナチュラルとコーディネイター、その2つの遺伝子を、どちらも半分しか持っていない…、ハーフだから。」

 その言葉に沈黙が流れた。オリガやユリシーズ以外の周りにいた4人はその言葉と意味が頭の中で追いつかず何も言えず、ただ呆然としていた。

 「ルキナ!」

 ユリシーズの言葉でルキナはやっと我に返った。

 ルキナはユリシーズの方をみると、彼は狼狽と苦い表情をしていた。彼のいるその先にも人の姿を認め、ルキナはハッとした。

今の事を聞いたのを、他にもいたのにようやく気付いた。

 その瞬間、全身の血の気が引いた。

 なんてことをしてしまったのだろうか。

 ずっと言わないでいたこと。違う!言えなかった。

 怖かったからだ。

 そのことを言ったら、もうそこで今までの関係がお終いになってしまうのではないか。

 キラも、ヒロも、みんながどんな目で自分を見るのか…怖かった。

 足が震える。

 いやだ!

 誰の表情も見たくなかった。何も言われたくなかった。

 ルキナは後部ハッチのドアにいた人を押しのけるのを気にも留めず、走っていた。

 とにかく、ここには居たくなかった。

 「ルキナ!」

 オリガが彼女を追いかけるが、ルキナは構わずに行ってしまった。

 甲板に沈黙が流れる中、カガリが口を開く。

 「それって…。」

 カガリはここで何があったのかよくは分からない。が、ルキナの言葉に驚きがあった。とは言っても彼女になにか差別の感情があるわけではなかった。

 「あー、何で、こうなるんだよ!」

 そのカガリに気付かないのか、ユリシーズは頭を抱え、しゃがみ悪態をついた。

 

 息が荒くなる。

 どこかで足を止め、一度息を整えたい。そうは思っても足を止めたくなかった。

 とにかく今は誰にも会いたくもないし、誰にも声をかけられたくなかった。

 しかし、どこに行けばいい?どこに逃げればいいか?

 分からなかった。

 いつの間にか[トゥルビオン]の近くまで来ていた。

 

 

 クリーガーのコクピット内でヒロはあくびをした。ハッチは開いた状態だ。そっちの方が、砂漠の朝の気持ちいい風がコクピット内に入って来るからである。

 朝早くフィオに呼び出され、接続テストを今から始めると言われたが、いっこうに始まらない。なにかトラブルでもあったのか、フィオはGコンドルのハッチを開き、コクピットで何かをしている。

 『こりゃぁ、当分時間かかるな?』

 コクピット内に置いているジーニアスも呆れた様子であった。

 「うん。」

 ヒロも待ちくたびれてしまった。

 「なんじゃい。まだ、終わってないのか?」

 そこへいきなりルドルフが顔を出した。

 コクピットまで上がってきたようだが、いきなりでヒロは驚いた。

 「…何で、来たの?」

 「いやあ、絶対ここなら風も通るし、寝るのにちょうどいいだろうと思ってな。」

 『ルドルフにとってMSはちょうどいい寝場所かい。』

 ジーニアスがツッコむ。

 クリーガーの近くではアンヴァルのMSの最終チェックが行われていた。

 ほとんどの人たちが徹夜での作業であった。

 ススムが眠い目をこすりながら道具を運んで[トゥルビオン]の近くを通ると、そこでのエンジンの駆動音に気付く。

 不審に思い見上げると、目に光が灯っていた。

 いったいだれが?

 と思ったが、動かすのはルキナしかない。

そうこう考えていると[トゥルビオン]が動き始める。

 「えー!?」

 ススムは驚きの声を上げた。

 動かすなんて言っていたっけ!?

 とにかく確認のため大声で叫ぶ。

 「ルキナ少尉―![トゥルビオン]出すのですか!?」

 しかし、返事が来ない。

 その間にも、[トゥルビオン]はゆっくりと一歩ずつ進む。

 ススムの周りの整備士たちも異変に気付き、一帯はざわめき始める。

 「おい、どうしたんだ!?」

 ラドリーがやって来て[トゥルビオン]を止めようとしている整備士たちに聞く。

 「大尉―っ!さっきルキナが乗り込んだらしいんだが…、[トゥルビオン]を動かすって話、聞いていますか?」

 ジャンが大声で返す。

 「いや、聞いてない。…てことは!?」

 ジャンとラドリーは事の重大さに気付いた。

 「おい、なんとしてでも止めろ!」

 ジャンは整備士たちに大声で指示する。

 整備士たちも大慌てで止めようとするが、所詮、人とMS。

 [トゥルビオン]の背部のスラスターが吹かされる。

 周りの者たちもこのままでは巻き込まれると、バラバラと避難する。

 そして、ついにその場から飛び立ってしまった。

 ルキナを追いかけてきたオリガも駆け付けたが、一歩遅かった。

 「誰か!ルキナを止めて!」

 必死に叫ぶが、無意味だった。

 ヒロはハッとし、コクピットハッチを急いで、閉めた。

 それに巻込まれそうになったルドルフが中に入ってしまったが、そんなことを気にしている暇はなかった。

 追いかけなければ…。

 しかし、クリーガーに飛行能力はない。まだGコンドルもまだ調整中である。

 周りを見回すと、近くに置かれていたヒンメルストライダーが目に入った。

 「これ…、借ります。」

 外部スピーカーから声をかけ、ヒンメルストライダーのベースバーに手をかけ、クリーガーを発進させ、[トゥルビオン]を追いかけて行った。

 

 

 

 その騒動は司令室で作戦会議中だったアウグストたちにも報告された。

 ルキナの無断出撃という報告にみな驚きの声を上げる。

 最初に報告にきたオリガを含め、その近くにいた者たちからも詳しく話を聞くこととなった。 その場にいたミレーユは小さな通信機のスイッチをそっと押した。

 その経緯を聞いていたムウは、フレイとルキナの口論がどうしてそこまで飛ぶのかと不思議に思った。と同時に女同士の喧嘩は恐ろしく、自分でも予測しがたいものと感じた。が、それ以上に最後の方が驚いた。たぶん、マリューやナタルもだろう。彼女たちもオリガの報告の最後の言葉、その事実に一番驚愕した。

 ルキナがハーフコーディネイターであること。

 「その…セルヴィウス大将…。少尉がハーフとは…?」

 マリューが恐る恐る尋ねる。

 アウグストは沈痛な面持ちで答える。

 「言葉の通りだ、艦長…。」

 「言葉どおりとおっしゃられても…。」

 確かに、コーディネイターは遺伝子操作されたとはいえヒトであることは変わりない。両者の間に子どもが産まれるは可能だ。とは頭ではわかっていても現在の情勢のせいか、マリューは心のどこかで受け入れきれなかった。

 「あまりこのことは口にしたくなかったのだがな…。」

 それを聞いてムウは、あの時サイーブがルキナの父親を口にしたとき、ピリピリした空気になったのはそのためかと納得した。

 「し、しかしっ!どうして、そのような…。将軍のお子さんも元は…。」

 ナタルは抗議の声を上げる。ヘリオポリスでのキラをストライクの乗せたときからもわかるように彼女にとって、軍人として、コーディネイターは敵であると認識を持っている。アウグスト・セルヴィウスの息子、つまりルキナの父親もユーラシアの軍人だったと聞く。それなのに、という思いがあった。

 「…あまり軍人としての価値観にばかりとらわれると、自分を窮屈にするぞ、中尉?」

 それに対し、アウグストは静かに言う。

 自分も敵であるコーディネイターであるキラに本来機密の最新鋭の機体に乗せているし、彼女もキラをパイロットとして評価しているが、それは軍人として、戦いに勝つための判断だからである。それを否定されたように思ったが、ナタルは反論できなかった。アウグストのその言葉にどこか哀しみがこもっていたからだ。

 「それに…、俺たちの世代はそんな今のようなナチュラルだ、コーディネイターだのはそこまでなかったさ。それが顕著になったのは、極秘裏に生まれたり、コーディネイターブームの世代、息子の世代だろう…。アイツもアイツなりに考えての事だからな…。まあ、それまで俺とヴェンツェルはほとんど絶縁状態だったからな。」

「あれっ、ルキナにお兄さんいましたよね?その人も…?」

 トールはふとした疑問を口にした。

 「マリウスは、遠縁の子でね。両親が亡くなったとき、まだ幼い彼を引き取ったんだ。彼はナチュラルだ。」

 「けど…、他人事みたいな言い方になるが、ナチュラルの社会の中で暮らすなんて酷じゃなかったのか?要は、半分はコーディネイターなんだから。なんというか、ほら…。」

 ムウは珍しく真剣な顔つきでアウグストに尋ねた。

 ナチュラルの社会の中、しかも理事国で暮らすこと、それがどんなに大変なことかコーディネイターが嫌いなナチュラルは彼らをモノとして扱う。それはアルテミスでのキラへの件がいい例だ。

 「確かに他人事だな…。たとえ半分とはいえ『人為的に改良された遺伝子情報』を持っているからな。だから『コーディネイター』と名前はつけられているが…。だが、その逆もある。」

 「えっ…?」

 「コーディネイターはコーディネイターで、『コーディネイターとして理由である、遺伝子改良をされてない』からコーディネイターではないと見ている。そしてコーディネイターの方がハーフに対して蔑視感情が苛烈なんだ。」

 アウグストの言っている意味がよくとれないムウにディアスが補足的意味も含め答える。

 「また…何で?」

 マリューもよくわからず尋ねる。

 「ナチュラルとの間に子どもができれば、コーディネイターの能力は半分しか受け継がれない。その子どもがさらにナチュラルと結ばれれば、さらに半分に…。そうしていくことでやがてコーディネイターの持っている改良された遺伝子がなくなっていき、能力もナチュラルと変わらなくなる。このことを『ナチュラル帰り』と呼んでいて、コーディネイターの存在を否定するものとしてタブー視されている。特に、コーディネイターこそが新たな種と選民思想を持っている者たちにとってはな。…ルキナは、そういう人間にとっては認めることができない存在なんだ。」

 ディアスは怒りを含みながらやるせない面持ちで話す。

 「それ故か、あの子は自分からハーフだと告げることを怖がっていた。悩んで悩んでなんとか言おうと決意しても、その前にどこからか自分の素性を知られてたり、自分から告げたとしても、そこから差別の目を向けられたということもあったから余計に…な。だからこそ、ちゃんとした形でと、俺たちは思っていたんだがな…。」

 アウグストが沈痛な面持ちで話す。

 この場に重い沈黙が流れ続けた。

 

 

 

 

 ヒロとルドルフもクリーガーのコクピット内で一連のやり取りを聞いていた。

 というより、ミレーユが通信機を使いジーニアス経由で繋げてもらって聞かせてもらったという方が正しかった。

 その内容にヒロは驚愕した。

 「なるほど。だからか…。」

 シートの後ろにいるルドルフはどこか納得するような顔をしていた。

 「ルドルフ?」

 「バナディーヤでのこと。怪我した時、『砂漠の虎』の本拠地で治療を頑なに拒んでただろう?遺伝子はその気になれば手に入れられる。彼女はそこから素性を明らかにされるのを怖がってたんだろうな…。」

 その言葉にヒロはハッとした。

 考えてみれば、他にも思い当たることはある。

 『と、いうよりルキナはどこまで行くつもりなんだ!?』

 ジーニアスがビープ音を鳴らす。

 たしかに、そろそろバッテリーも無くなるはずだ。

 ジーニアスからの通信回路も今はノイズだらけになっている。

 このままでは、戻るのが困難になる。

 その時、[トゥルビオン]の高度が下がり始め、そのままずるずると砂漠に着地した。

 ちょうど砂丘と礫平原の境あたりっぽかった。

 そしてそこから動かない。

 どうやらバッテリーが無くなったようである。

 クリーガーの方はヒンメルストライダーのおかげでまだ大丈夫である。

 近くに降り立ち、ルキナに通信回路を開くがやはり返事はない。

 とにかく一度話を、と一旦降り、[トゥルビオン]のハッチを外から開けようとするが開かない。

 『…中で開けられないようにしているな。』

 「ルキナ、聞こえてる?戻らないと…。」

 「…戻らない。」

 ヒロが呼びかける。返事は来たが、予想通りの答えだった。

 「ルキナ…。このままだと、大変なことに…。」

 無断出撃をしたことになってしまう。場合によっては、脱走ともとらえられてしまう。

 一度、降りて下で待っているルドルフの所に戻った。

 「どうだ?」

 ヒロが首を振ると、やはりという顔で溜息をついた。

 「こりゃ、長期戦になるわな…。」

 無理やり連れて帰らすというのは、事が事だけに避けたかった。

 ヒロとルドルフはルキナが出てくるまで待つしかなかった。

 

 

 アークエンジェルの後部デッキに数人の男たちが集まっていた。

 長い1本のロープの後方男たちは持っていて、それがデッキから先まで伸びている。柵の付近でキサカがそしてテムルが柵を越えた艦体の端に命綱として体に巻き、さらに下をなにか吊り下げるように持っている。子どものようだ。

 「頼むぞー!ヤルー、お前だけが頼りだ!」

 ユリシーズが拡声器でヤルーに言う。

 アークエンジェルを動かすということもできず、隙間が子どもが1人で入れるぐらいのため、サイーブの息子のヤルーにこのような形でとりに行ってもらっている。

 「ロープの事は安心しろ。キサカとテムルはとっても力強くたくましいからな!」

 「がんばれー!ヤルー!」

 近くでカガリもヤルーに声援を送る。

 とはいってもこちらからでは様子は見えない。

 その時、テムルが下の動きを捉え、デッキの方に叫ぶ。

 「ロープを引っ張ってくれ!」

 合図を受け、皆がロープを引き上げる。

 テムルも引き上げられながら、ロープの先に集中している。

 そして、ヤルーが隙間から姿をあらわすのと同時に強く上げ、ヤルーを抱える。

 テムルに抱えられデッキに着いた時、ヤルーは土まみれの顔で手に持っているものを見せた。

 「これだよね?」

 ユリシーズが確認すると、それは土ぼこりがついてはいるが、間違いなくいつもルキナが大事にしているテディベアのキーホルダーであった。

 「ああ、これだ!」

 その瞬間、歓声があがった。

 「えらいぞ、ヤルー!」

 褒められたヤルーも嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。

 

 艦内からモニターでその様子をマリューは一安心した。が、やるべきことはまだあった。

 アウグストからは、ルキナは形式上アークエンジェル所属であるので、これは艦内の問題となるとのことで自分に一任された。

 とはいうもののフレイからも聞こうにも彼女は「自分は悪くない」の一点張りである。ルキナも戻ってきていない。

 マリューは振り返り、管制担当のミリアリアに聞く。

 「どう、無線は?」

 「応答がありません。」

 ミリアリアが不安な声で応じた。

 クリーガーもロストしてしまったが、Nジャマーの影響で、通信がかつてのようにできず、レーダーも使えないため、位置を把握することができない。

 「…捜索は出さないのですか?」

 謹慎から解かれたばかりのサイがチャンドラとトノムラに小声で尋ねる。

 ここでいつまでも連絡ができるのを待っているより数機のMSで捜索するのが早いのではないのかという思いがあった。

 それに対し、トノムラとチャンドラは「う~ん」と唸った。

 「戦闘中や作戦行動中に行方不明になったとかならまだしも、無断出撃だからな…。」

 「これって要は脱走みたいなもんだろう?」

 「脱走って…。」

 「本人が戻る意思がなかったら、脱走とほぼ同意義だよ。」

 「脱走は重罪だ。」

 2人の話を聞いていたミリアリアはモニターに目を向けた。

 それを聞いたミリアリアはルキナの言葉を思い出した。

‐ 間違った存在って何よ。…間違いって言ってもこうして目の前にいるの。‐

 昨日のカズィの疑問がその言葉を聞いたときミリアリアにもあった。もしかしたら…、と。しかし、結局そこまでだった。そこからとくに何も考えなかった。

 お願い、ヒロ…。

 ただ、今はヒロがルキナを連れて帰ってくることを祈るだけだった。

 

 キラもまた捜索に行かなくていいのかという思いでいた。

 待機命令は出てないがストライクのコクピットにいたが、依然命令が来ないので、仕方なくその場を後にした。

 けど昨日のこともあって自分の部屋に戻る気にはなれず、艦の外へ出た。そしてどこに行くわけでもなく周りをウロウロした。

 途中でアンヴァルの人たちとすれ違うが、普段通りの様子に少し腹が立った。

 みんな、心配じゃないのか。

 それとも軍とはそういうところなのか。もし、自分もそうなったら誰も探しに来ないのではないのか。今まで、僕だけがMSを動かせるからと、同胞を殺してみんなを守って来たのに…。

 底冷えする思いが湧き上るのを否定するように頭をふった。

 ふと視線の先に、ござを敷いてセロとともに昼寝をしているディアスがいた。キラはそこに向かった。

 「…いいんですか、本当に探しに行かなくて。」

 少しばかりの非難をこめた口調でキラは聞く。

 「聞いているだろう?後々、脱走とみなされてしまうかもしれないから、捜索は出せないって。少尉が自分で戻って来るのを待つしかないだろう。」

 ディアスは目を閉じたままキラに応じる。それを聞いたキラはムッとした顔になった。が、ディアスは構わず続けた。

 「それに、もし捜索に行ったとして連れて帰るのか、本人が嫌がっても?」

 その言葉にキラは息を呑んだ。

 その様子を見ながら、ディアスは起き上がる。それに気づいたのかセロも起き、目いっぱいの体を伸ばし、そして頭をフルフル振らす。

 「まあ、俺たちにできるのはここを守ることだ。」

 その言葉に「え?」と疑問に思っているキラの肩にポンと手を置く。

 「帰る場所がなくったら、帰るに帰れなくなるだろ?」

 その表情に笑みが浮かんでいた。

 

 

 「長いな…。」

 クリーガーのコクピットからアークエンジェルへ通信を開くが駄目だった。おそらく向こうもキャッチできていないはずだ。なんとか、戻る方法を考えなければいけないが、あれから何度か声をかけたが、いっこうに出てくる気配がない。

 「まったく、ヒロも強情だったが、あの子もなかなかの強情だな。」

 ルドルフは溜息をついた。

 「ルドルフ、僕が強情だったてどういうこと?」

 「強情だっただろ?俺を殴るし~。」

 「それは、ルドルフが殴って来たからだろ!?」

 『…なあ、ちょっといいか?』

 そんな時、ジーニアスがピープ音を鳴らす。

 「どうしたの?」

 ヒロは何事か尋ねる。

 『バッテリー切れということは、中の冷房装置って使えないだろう?いくら乾燥地帯とはいえ、狭いコクピットで中は閉めきっているから…。』

 ジーニアスの懸念の言葉にルドルフとヒロは顔を合わせハッとし、あわててヒロは[トゥルビオン]のハッチへ、ルドルフはクリーガーやヒンメルストライダーから水や救急箱を取りに向かった。

 「ルキナ!」

 ヒロはハッチを開け、ルキナを呼びかける。コクピット内からはモワッとした熱気が来た。

 「…大丈夫…。」

 ルキナはヒロの呼びかけには応じるが、ぐったりとしていて顔は蒼白だった。

 ジーニアスの不安が的中した。

 「ルドルフ!」

 「はやく、涼しい日陰へ!」

 ルドルフに言われ、ヒロは急いで岩場の日陰までルキナを担いで運んだ。

 ルドルフがシートを何枚か重ねえ寝させられるようにしていて、冷たい水でタオルを濡らしていた。

 「足を高くして寝かせるんだ。水で濡らしたタオルを首筋や脇にあてるんだ。水分は…飲めるか?」

 ルドルフの指示にしたがってヒロは応急処置を行う。ルドルフが経口補水液を持ってルキナに聞く。ルキナも軽くうなずき、口に含む。

 まだ日差しは自分たちの真上にあり、照らしつけていた。

 

 

 

 

 夕方となり、日も地平線の近くまで降りはじめ、橙色を帯びてきた。

 しかし、アークエンジェルにもアンヴァルの野営地にも連絡は来なかった。

 ユリシーズは谷の入り口近くにあるちょうど椅子にできそうな岩に腰をかけ、[トゥルビオン]とクリーガーが飛び立っていた方角をずっと見ていた。

 「そこで待ち続けていても、帰ってこないぞ。」

 そこへ後ろから声をかけられる。アレウスであった。その表情は険しかった。その理由は明白だった。

 「…あんまり怒るなよ。彼らだって知らなかったんだから。」

 ユリシーズは苦笑いした。

 「その知らないということが問題だ!それが今回の事を招いたのだろう。そして、今の戦争の図式もそうだろう!?」

 だが、アレウスは強い口調で返した。

 「アレウス…。確かに知らないことで悪い結果をもたらすことは多くある。けど、『全知』の人間にはいない。知らないと知って、そこから知ることもできるしその先を学ぶことができる。それに、中途半端な知識はなんたら~ていうのもあるだろう?」

 「中途半端に得た知識など、それは『真に知った』と言うことではない!」

 アレウスはなおも下がらない。

 「とは言っても、ここで怒ってもしゃあないだろう?この件はラミアス艦長に委ねたんだから…。まあ、俺の無知が今知ったのは、『ここで待っていても確かにルキナが帰ってくるわけではない。』、かな。まあ、気休めだ。」

 ユリシーズは立ち上がり、肩を竦め、谷底の奥へと歩いていった。

 その後ろ姿をみながらアレウスはユリシーズがずっと見ていた方角へ目を向けた。

 ただ知らなかったことも、知ろうとしなかったことも…それがどれほどの罪か。そして、知った気になって、実は何も知ることができていないことも、だ。この世界の大半はそんな人間ばかりだ。そして、どこかで完全に消し去らなければならないにも関わらず、歪んだまま繕い続ける。本当に、愚かな者ばかりだ。

 握りしめられたその拳には自然と力が入っていた

 

 

 

 夜になり、空に星が出始める。

 通信は相変わらずで、もう夜になるため、下手に動かない方がいいと判断し、救難信号を出し、ここで夜を明かすことにした。

 ルキナも顔色がよくなってはいたが、油断はできない。熱中症は回復したつもりでも体に影響が残っていれば再発する恐れもあるし、体の抵抗力も弱っている。今も横になって休んでいて寝息を立てている。

ヒロとルドルフはたき火を間に向かい合って腰を下ろしていた。足元には非常用の食糧パックと湯気がたっているカップを置いていた。

 ヒロはカップを持った。スープの温かさが手のひらから体へと感じる。

 「…どうした、ずっと口にしないで手に持っているだけで?」

 「うん、温かくて。でも、不思議だな…、昼間はあんなに気温が高かったのに…。」

 そして、空の星が明るくても、自分たちのたき火の明かり以外あたりは真っ暗だ。

 この中を砂丘のなかを歩いても、自分がどこを歩いているのかも分からなくなってしまって、人がいないこのどこまでも続いて果てなく感じる砂漠から永遠に1人取り残されてしまうのではないだろうか。

 「そうだな。日が出れば暑いが、夜は寒い。人が生きるの必要な水も少ないし、作物も育ちにくい。かといってようやく水が流れる川を見つければ、山脈の雪解けや気候の気まぐれで洪水をおこす。こんな過酷な環境の自然の中にいると、とてもじゃないが『自然に帰れ』とか『自然を保護しよう』なんて上から目線で言えないさ。」

 「…そうだね。」

 ルドルフの言葉にヒロは思わず苦笑した。

 ヒロ自身も砂漠ではないが自然のなかで暮らしていたからこそ、自然は時に自分たちに牙をむくことは身に染みていた。

 「とは言っても、そんな土地でも工夫して暮らしている人間たちはいる。人はそうやって積み重ねて生きてきた。知恵を絞ってな…。」

 そう言いながら、ルドルフは食糧パックの袋を破る。

 そうだ。この砂漠の中でも、人はその脆弱な肉体でも必死に生きてきた。自分のできる限りの力を振り絞って。

 「…コーディネイターって何だろう。」

 ヒロはカップの方に目を向けたままぽつりと呟いた。

 「遺伝子を人為的に操作して産まれた者、と言うけれど…。」

 今まで何度か考えたことはあった。なんでコーディネイターとナチュラルは憎しみ合うのか、一緒に暮らすこともできるのに。遺伝子操作が違法だから?優れた運動能力や優秀や頭脳をもっているから?でも、コーディネイターが持っているのはその素質であって、ちゃんと学んだり練習したりしなければその能力は得られない。こうして生きている。悲しいことも嬉しいことも心から感じる。それとも、その感情もナチュラルと違うのか。今回の事でこのことが大きな重みを増していた。

 「人の夢や希望だったから、それに可能性があったからじゃないの?」

 プラントで聞いたコーディネイターという本当の意味。そしてくじら石の存在によって遠くに行きたいという人々の願い。夢想家と言われてしまうかもしれないが、そう思いたかった。それはどこかで、そうあってほしいという自分の願望もあった。

 ヒロはルドルフに顔を向け、問いかけるように見つめた。ルドルフもまた食べる手を止めヒロの顔を見る。その眼は、ヒロの問いの意味を探っているようであった。ヒロもまた視線を外さない。

 短い沈黙が2人に流れたあと、ルドルフが口を開いた。

 「…夢や希望か。」

 そうつぶやいた後、星空を見上げ、静かな声で話しはじめた。

 「親や祖父の代の人間から聞いた話だが…、俺たちが産まれる以前、C.E.以前の世の中は酷くてな…。地球資源が急速に不足して環境汚染も酷くて、それから守るがためにやれ民族だ、宗教だ。あの民族を殺せ、あの国は悪の国家だ、と戦争やテロがひどくなってな…。さらにS型インフルエンザが世界的に流行して、道を歩けばそこに人の死体が転がっている、しかも、その死を弔う祭儀もなく…な。そんな酷い世の中だった。文字通り世界は地獄を見ていた。ファーストコーディネイター、ジョージ・グレンが生み出されたのもそんな時代の中だ。彼を生み出した科学者っていうのは、それを目の当たりにしたからこそ彼に夢や光を見たかったんじゃないのか?『これが人の世界の終りなのか。我々にはまだ可能性が残っているのではないか。その先に道は果てしなくあるのではないか』ってね。」

 そして、ルドルフはショートブレットの食糧を口にし、スープも口に流し込んだ。

 「けど、夢や希望っていうのは同じでもそれを叶えるための道筋っていうのは人によって違う。ブルーコスモスもそうだ。パトロンの真の意図は知らないが、出発地点はそんな地獄の世界を人の手で汚してしまった地球を平和な美しい星に再生したい。まだ世界は終わりではないのかというな…。」

 その話をするルドルフの顔がどこか寂しげだった。

 「それって、悲しいね。元は同じように夢や希望を見たかったのに…。」

 今の情勢をみてわかるように、ブルーコスモスは夢や希望を託した者をすべて否定し、その存在を排除しようとしているし、夢や希望を託された側もその願いを忘れている。

 では…、自分はどうなのだろうか。

 「ルドルフ…、僕の、本当の両親…知っている?」

 今まで誰にも言えなかったことをルドルフに聞いた。

 「どうして、そんなことを聞くんだ。」

 「どうして、僕をコーディネイターにしたのかなって…。」

 そもそもなぜ両親は自分をなぜコーディネイターにしたのか、ずっと疑問に思っていたことだが、知りたくなかった部分も持っていた。そのことで自分を捨てたんではないか、と思うこともあったからだ。もしかしたら、いつかは…という不安とともに。

 ルドルフはカップを口元へ運ぶ。

 「おまえの…両親の事は知らない。だから、なんでコーディネイターにしたのかは知らない。けど…。」

 「けど?」

 「命の危険にさらされたお前を助けたヤツのことは知っている。」

 「え?」

 いきなりの思いがけない言葉にヒロは驚いた。

 命の危険っていつの話だ?まったく記憶がない。

 「ずっとお前が小さいとき…さ。本当に幼い時だ。それを助けたのが、ユル・アティラス。傭兵だ。白き狼って異名を持っていてね。ヴァイスウルフはそこからとっているんだ。俺にとっては…弟子みたいなものかな。」

 いきなり何を話すのかと思いながらもヒロは耳を傾ける。

 「あいつは自分の境遇のせいか、殺戮とか逸脱した依頼以外は何でも引き受けた。子どもからの小さなものから報酬にならないようなこともな。『何かを守りたい』ていう思いが強くてな。依頼者がもこの世にいなくても、その依頼が完了した後でも、もしその依頼対象に身の危険があったら、助けに行っていた。他の同業者から愚か者と言われることもあったが、あいつはその信念を曲げなかった。そこまで、とは行かなくても、そんな信念を自分の意志をはっきりと持って戦うものたちでいてほしい。そして、自分の心のままでに戦ってほしい。それが不可能だと、仕方ないと言って自分の思いを自分で裏切るようなことはしないでほしい。だから…この傭兵部隊にヴァイスウルフってつけたんだ。」

 ルドルフの口元に笑みが浮かんでいた。なにか自分が尋ねたことから脱線しているようにヒロは感じたが、ルドルフは続ける。

 「そういうヤツにお前は助けられたんだ。お前の両親は、なによりもお前を大切にしていた。だから、あいつは…ユルはお前を守ったんだ。」

 ヒロは「あっ」と合点がいった。

 「だから、どんな理由があろうともそれだけは忘れるな、ヒロ。」

 ルドルフはふたたびスープを口に運んだ。

 ヒロもまた視線をカップに移した。

 思わず笑みがこぼれる。それをごまかすように一気にスープを飲みほした。

 喉から胃へ、胃から全身へ、暖かくなっていくのを感じた。

 

 

 

 サイーブは1人、司令室で地図を広げながらレセップス突破作戦を考えていた。現在話し合うことができなくても、敵はこっちの事情は汲んでくれない。

 「サイーブ、聞きたいことがあるんだが…。」

 そこへカガリが司令室に入って来た。そして、壁の方に向かい電熱器に置かれているポッドを取り、コーヒーをカップに2つ注ぐ。

 「サイーブは知っていたのか?ほら、あの時…。」

 カガリはサイーブにカップを渡しながら聞いた。

 「知っているというか、話には聞いていた、という方が正しいかもな。」

 サイーブはカガリを見やる。おそらくカガリはそのことで何か知りたいのだろう。しかし下手に他人の、しかも人から聞いた話をするのはあまりよくないと思いながらも、彼女の性分から考えると無理だろうと考え、嘆息した。

 「何年もまえになるのだが、俺が大学でまだ教鞭をとっていたときに、その大学の教授に会いにヴェンツェル・セルヴィウスが訪れに来たんだ。アウグスト・セルヴィウスのことを聞いている身として、あの男の息子がどんな奴なのか一目拝んでやろうという気持ちもあって、向かったんだが…。結局すれ違いで会えなかった。その後、教授から何度も彼の話を聞いているうちにちゃんと会いたいとは思うようになってな。また教授に会うときに、取り付けるたんだがな…。」

 「けど?」

 急にサイーブが言葉を濁し始めたので、カガリは訝しんだ。そして、この後続けてくれたサイーブの話にカガリは言葉を失った。

 

 

 

 砂漠の静けさの中、たき火がパチッと音を立てる。

 ヒロは上を仰ぎ星空を見ている。

 ルドルフと交代で見張りをすることになったが、なにかレーダーに引っかかったら、ジーニアスが感知できるように繋いでいるので、さして見張りとしての役目はない。

 「…いいかしら。」

 そこにヒロの横に座る人影があった。ルキナであった。

 「…大丈夫だよ。」

 ヒロはスープ缶を開け、中身をフライパンに注ぎ温める。

 ルキナもまた星空を見上げる。

 「…きれいね。」

 「うん。」

 地上に降り立ってからこうやってゆっくりする時間もなかったせいか、瞬いて見える星が一層きれいに感じる。

 ちょうど温まったスープをカップに移し、ルキナに渡した。そして今度は自分の分を温めはじめる。

 そして、ヒロもふたたび星空を見上げ、北の方向を指さした。

 「大きな柄杓の形をした7つの星が北斗七星。そして先端の2つの星の間隔を口が開いている方向に5つ延長すると北極星。…だから、あの星が北極星かな。そうでしょ?」

 「ええ。」

 ルキナはその質問に戸惑いながら答える。一度天体のことを学べば知っていることだし、ここでなくても星の見える場所に行けば、ちゃんと見ることはできる。それに対し、ヒロは本当に北斗七星を見たことも北極星を見つけたことにも素直に喜んでいるようだった。

 「初めて見たよ、南半球に住んでいたから。」

 「…だから。」

 いきなりの事で驚いたが、すぐに納得した。たしかに南半球では南極に近ければ近いほど北の星は見えない。

 「やっぱり、南半球は違うの?」

 「うん。星の回転が逆だし、南半球では天の南極が探しにくいからね。北極はこんなに明るいのに…。でも、昔の人はこうやって星を見て暗い中でも道が進めたんだね…。すごいよね、本当に。」

 「ええ、そうね…。」

 ヒロの言葉に頷きながらも、ルキナの笑みは硬かった。そして、表情が暗く陰り、顔を俯いた。

 「ルキナ?」

 それに気づいたヒロは声をかける。が、彼女は黙ったままだった。

 「まだ具合、悪いの?少し、横に…。」

 いたわるような顔でヒロは尋ねるが、ルキナはただ首を横に振った。

 「…ごめんね。」

 そして、小さくなんとか絞り出すような声を出した。

 「え?」

 その言葉にヒロは訝しんだ。

 「私のこと、ハーフだってこと。…今まで、黙っていて。それに、私のせいでこんなことに…。」

 自分のことを今まで言えなかった。怖かったからだ。だから逃げ出した。逃げてはいけないのに…。

 本当は、戻りたかった。ヒロの言った通り、このままでは大事になるのも確かだ。もし、それでアンヴァル隊がなくなったら…。それももっと怖かった。また前に配属された所に戻りたくない。もうモノとしてみられ、モノのように扱われるのはイヤだ。そうやって頭ではわかっているのに…。

 「私は、生まれてきてよかったのかな…。」

 ルキナは暗い声で呟いた。彼に聞いてもどうしようもないのに…。ナチュラルでもコーディネイターでもない自分。その度にどちらからも差別を受けた。そのために母も父も苦しめてしまった。そして、今はみんなに迷惑をかけている。なら、いっそのこと…。

 「それは…。」

 しかし、ヒロは言葉が続かなかった。

 俯いていて表情はわからないが、体を震わせていた。

 「…ごめんね。」

 ふたたび、絞り出すような声でルキナは言った。

 それは何を謝っているのだろうか。自分の正体を隠していたことか。嘘偽って周りといたことか。1人勝手に逃げたことか。答えに困るようなことを聞いてしまったからか。…それとも、いまこうして謝ることで自分から他人から逃れることか。

 ルキナ自身もわからなかった。

 何とか堪えようとしていた涙が頬をつたう。それがきっかけとなり、堰を切ったように泣き咽ぶ。

 ヒロは彼女の嗚咽の声を聞きながらも、何も声をかけることができない自分にもどかしく感じた。だが、何を言っても気休めにしかならない。自分ができるのは、ただこうしてそばにいることだけだった。

 

 

 

 空が白み始める頃、バクゥ戦術偵察タイプが砂漠を駆ける。

 ザフトの支配圏になったとはいえ、レーダーがきかない今、この砂漠で何が起こるか分からない。ましてや、地球軍の戦艦がここに降下したとなれば、である。

 「ん?」

 救難信号をキャッチし、パイロットは不審に思った。

 いったい、なんでこんなところで?広い砂漠ゆえに遭難したのがいるのか、もしくは罠か。

 ぎりぎりまで近づき、それを確認する。

 それを見たパイロットは機種を特定する。

 パイロットはハッと驚く。

 これは…。

 パイロットは友軍の輸送機に連絡を入れた。

 

 

 

 地平線の先までも広がっているような感覚になる広大な砂の海に1機の輸送機と数機のMSがいた。

 その中に見慣れぬMSが2機いた。そのうち1機はグレー、ダークグレーに配色され、いままでのMSとはまったく違う形状で重装の感じが見受けられる。そして脚部は今までのとは違い太みがある。

 そしてもう1機。全体的にダークブルーにペイントされていて、頭部はヘルメットを下部たような形状はジンに似ているが、後ろに伸びるとさか状のセンサーアイはジンより少し短く前方に伸びている。肩部はなにかとげとげしくなっている。

 いま1人の兵士が、その前に立っている40過ぎの男と20代の若い男にバクゥ戦術偵察タイプからもたらされた情報を報告しに来た。

 「ブライスさん、ベタンクール隊長代理!偵察から報告が…!」

 兵士の慌ただしい様子に、ブライス、マシューは訝しんだ。

 

 

 




やばい最長になってしまった。(汗)


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PHASE‐24 思いと決意

最近サブタイを考えるのがなかなか難しくて…。
センスがなくて申し訳ない(汗)


 

 

 「おい、ヒロ。起きろ。」

 ルドルフの声に閉じていた瞼を開ける。

 「あれ…ルドルフ?」

 まだ覚めてないぼうっとした顔でヒロは、目の前になぜいるのかという疑問を口にした。

 夜が明けたのか、もう明るくなっていて彼の後ろには青々とした空の色があった。

 「おまえな~、見張りが寝てどうするんだ、まったく…。」

 ルドルフは呆れながら溜息をつく。

 あっ、そうかとヒロは申し訳ない気持ちになりながらふと右肩の方をみると、ルキナが顔を寄せて寝ていた。

 「…ジーニアスが異変を知らせてるぞ。」

 ルドルフが真剣な顔つきで言い、その言葉にヒロも驚いた。

 その声に隣のルキナも目が覚める。

 「どうしたの?」

 「わからない。とにかくコクピットに向かうよ。」

 そう言い、ヒロはすぐにクリーガーのコクピットに向かった。

 「何かあったの、ジーニアス?」

 計器類をいじりながら、繋げていたジーニアスに聞く。

 『ザフトの機体が複数いる。3時の方向だ。』

 ヒロはモニターを拡大し、その方角を見やる。

 ルドルフも警戒しながら、ジーニアスに聞く。

 と、そこに黒いシルエットがあった。

 それをさらに拡大すると、そこに見えたのは、たしかにザフトの機体であった。

 

 

 

 「間違いないのだな?」

 ブライスがバクゥ戦術偵察タイプのパイロットに確認する。

 ここからでは肉眼では捉えることはできない。

 (はい。間違いありません。)

 「他には?」

 マシューも聞く。

 それがいるなら、そこかに戦艦がいるはずだ。

 (いえ…今のところ確認はできません。)

 「この場合、どうした方がいい?」

 パイロットの報告を聞き、マシューはブライスに聞く。

 「それを判断するのは、お前の役目だぞ?」

 ブレイスは呆れながら答える。

 「副官としての意見を聞きたいんだよ。俺としては、これからバルトフェルド隊と合流しなきゃならないから、このまま交戦せずにいたい。けど…俺たちの隊が地球軍の新型を前に引き下がれるか?」

 マシューは心外そうに言う。

 現在、ノヴァーク隊は隊長のアルテナが新型のテストパイロットの任務を受け、本国に呼び戻されているため、代理としてマシューが指揮を執っている。『足付き』が北アフリカに降下したという報を受け、ザフトの試作機のテストも兼ねてバルトフェルド隊と合流しともに撃つ任務を受けている。

 ここで交戦すれば、損害が出るのは必然だ。そうなると増援の目的が果たせない。それが、たとえ後でまた交戦しようとも。それでも、バルトフェルドの指揮下で連携するか単独で行うかでも大きな違いがある。が、心情的には見過ごせない。自分たちはかつてMSが開発されるかもしれないということでデータ及び鹵獲されたジンのパイロットの抹殺の任務を行った。

 しかし、パイロットを撃ったがMSは開発されてしまった。それはマシューたちが思っている以上の性能だった。

 「ふーむ…。さきほど救難信号を出していたという報告があった。ということは、あのMSは動けない可能性もある。だが、それは、今が好機であることも可能だ。墜とすにしても、鹵獲するにしても。」

 ブライスが助言する。

 マシューはしばらく考えたあと、決断した。

 「よし、パイロットは全員MSに搭乗。射程ギリギリの距離で警戒を行う。バクゥ戦術偵察タイプは輸送機の護衛。敵MSがなお動かないのであれば、順次引き上げバルトフェルド隊に合流する。殿は俺とブライスで行う。ブライス、バルドで出撃してくれないか?俺もギブリで出る。」

 「なるほど、その2機なら追いつけるからな。まあ、大破しないように扱おう。みな、持ち場につけ。」

 ブライスの号令でパイロットは各々のジンオーカー、ザウートに乗り込んだ。

 

 

 一方、ヒロもクリーガーのコクピット内でザフトの攻撃に備えていた。しかし、ザフトのMSは近づいてくるだけでいっこうに仕掛けてこない。

 「…撃ってこない?」

 ヒロは訝しんだ。モニターから見えるのは、全部で6機。ザウートが2機とバクゥ、ジンオーカー。そして見たことがないMSが2機いた。

 ジーニアスもそのMSには「識別、未確認MS…新型か?」と表示している。

 『救難信号出していたからな…。』

 「このまま去ってくれるといいんだけど…。」

 できれば戦闘は避けたい。

 ザウートは機動力もない。実質1対4となる。

 あきらかにこちらが不利であることは明白だった。

 

 

 「う~む。」

 ルドルフも岩場の陰でこの状況を歯噛みした。

 逆に、こういう状態の方が危険だ。

 何かの拍子で、交戦してしまう。

 ルドルフはルキナの方に目を向けた。

 症状がよくなったとはいえ、今もまだ倦怠感が残っているのか、座っていてもつらそうだった。

 自分も出ると言っていたが、この状態では危険だ。

 それにまだ[トゥルビオン]はバッテリーの充電が終わっていない。

 そして、MSに乗れない自分の装備と言えば、ランチャーが2丁である。

 ふたたびクリーガーとザフトの方に目をやる。

 立ち去ってくれることを祈るしかなかった。

 

 

 

 

 バクゥ、ジンオーカー、バルド、ギブリが少しずつ前進する。

 みな、いつ向こうが攻撃しているか警戒している。

 この状態が一番、パイロットの神経をすり減らす。

 バクゥのパイロットもそうであった。

 近づくにつれ呼吸が荒くなるのが自分でもわかった。

 操縦桿の手が震えている。

 隊長代理は、あくまで警戒であるといったが、もし先に向こうが攻撃してきたら、どうなるのか。地球軍の新型の話は聞いている。ビームライフル1発当たれば、バクゥなんかひとたまりもない。

 そう、最初の1発がもし自分だったら…?

 コクピットに直撃すれば、即死だ。自分は焼かれて死ぬ。

 いやだ…。そんなのは。

 フットペダルの足の力も強くなり始める。

 (おい、早すぎるぞ!前へ出過ぎるな!)

 通信からの声もパイロットの耳には届かなかった。

 彼の頭の中にあるのは、撃たれる前に撃たなければならないという思いだった。

 命令違反だということも、もう関係なかった。

 「うわあああぁぁぁぁ!」

 言葉にならない声を叫び、パイロットはトリガーを引いた。

 

 

 「撃ってきた!?」

 ヒロはシールドでレールガンの弾を防ぐ。

 マシューたちも驚きの事態だった。

 「おい、前へ出るな!下がれ!」

 マシューの呼びかけも空しく、レールガンを放ったバクゥはそのまま前へと進み、頭部に搭載されたビームサーベルを展開し、クリーガーに向かっていく。

 (隊長代理!?)

 他のパイロットからも困惑の通信が来る。

 自分だって、困っているのに。

 (マシュー!)

 そんな様子を知ってか、ブライスがマシューを奮い立たそう叫ぶ。我に返ったマシューは他の機体に指示する。

 「ザウートはそのまま配置について援護を!他は前進!バクゥの援護を行う!」

 

 

 「来る!」

 ここでは、ルキナたちに被害が及んでしまう。

 ヒロもクリーガーを動かした。

 迫って来るバクゥにビームライフルを構える。

 照準器を出し、狙いを足に定める。

 外れるな!

 ライフルの砲口から火が噴き、バクゥの左脚に命中する。

 左脚を失ったバクゥは前へ倒れ込む。

 その時、コクピットから警告音が鳴る。

 見たことがない機体が近くまで迫っていて。刀を振り下ろす。

 重斬剣とは違う、細身の刀身だった。

 それをシールドで防ぐ。

 とっさにギブリは空いている手でアサルトナイフを持ち、クリーガーの胴体を突く。

 が、PS装甲のため効果はなかった。

 

 「くそっ!」

 マシューは吐き捨てる。

 (マシュー、避けろ!)

 ブライスの通信にマシューは急いで、ギブリを下がらせる。

 その場所にバズーカ―の弾頭が着弾し、爆風を起こす。

 「うわっ!」

 思わず、クリーガーがよろめく。いくらPS装甲とはいえ衝撃までは防げない。

 「やっぱりダメか…。あれが、噂に聞く…。」

 (いくらPS装甲とはいえ限界がある。が、我々もそれをしている程の余裕もない。)

 「…どうする?ジンオーカーは退かせるだろ。」

 (それが賢明だな…。なかなかの腕のようだが…。ようは止めればいいんだ。)

 ブライスは意味ありげに言う。

 「おもしろい方法見つけたのか?」

 マシューも笑みを浮かべ彼に問う。

 

 

 「…下がるのか?」

 ヒロも様子を伺っている。大気圏中ではビームの減衰率が高い。バッテリー切れの懸念もあるので、下手に撃てない。

 ジンオーカーが前脚を失ったバクゥを運び、退いていくが…。

 その時、2機こちらに迫って来た。

 そのうちの1機、重量がありそうな、機体がこちらに向かって来る。

 ビームライフルを構えたとき、その機体の速さに驚いた。

 「これは…?」

 まるで砂場をすべるような形で、迫って来る。その速さはバクゥと変わらない。

 『ホバークラフトと同じ原理か!?』

 ジーニアスも驚く。そして、モニターにホバークラフトに仕組みと図が表示される。

 が、それをじっくり見ている暇はない。

 バルドが無反動砲を構え、砲弾を放つ。

 クリーガーのシールドでそれを防ぐ。

 その時、横から来る気配を感じ、ヒロはそちらを向く。

 そこにさきほどの機体がいた。

 ギブリが散弾銃を構える。

 そちらに備え、シールドを構えるが、別の機体が後ろに回り込んだのを見る。

 そちらが再び無反動砲を撃ったので、そちらに向き直り、シールドで防ぐ。

 

 「なるほど…。反応は早いが…。」

 ブライスは笑みを見せる。その方がかえってこちらに好都合だった。

 うまく引き込めた。

 「それが命取りになる!」

 

 シールドで防いだヒロはハッとした。

 さっき銃を構えていた機体は!?

 さっきいた方をみるが、いない。

 ハッと上に何かをいるのを感じ、見上げる。

 そこにいた。

 ギブリはバルドに注意を向かせたとき、ジャンプして高く飛び上がっていたのだ。

 「しまった!」

 ライフルを構えるが太陽によって、目標を捉えられない。

 「これで!」

 マシューはギブリの左腕に装備されたアンカーロッドをクリーガーのコクピット付近に向け、射出する。そして電流がアンカーロッドを通し、クリーガーに流れる。

 ヒロは驚く。

 一瞬やられると思った。

 しかし、次の瞬間、メインコンソールがショートしたように激しく光った。

 そして、目の前が真っ暗になった。

 

 クリーガーの目の灯が消え、メタリックグレーを戻り、そして力なく倒れた。

 「何が起きたの?」

 様子が分からず、ルキナはルドルフに聞く。

 「いや…一体なにが?」

 しかし、彼も分からなかった。

 急に動かなくなった。だが、外見上損傷が見受けられない。

 ルキナは急いで[トゥルビオン]へ向かう。

 「おい、君はまだ…!?」

 「このままだと、捕獲される。もう捕獲されかけている!助けないと!」

 ルキナはコクピットに乗り込んだ。

 「本当にいいのか?」

 ルドルフがコクピット入り口から顔をのぞかせ念を押すように聞いた。

 「君はこれに乗るのに恐怖を抱いていたのであろう?」

 まるで見透かされた目にルキナは思わずそむけたくなった。しかし、俯くことせず、ルドルフを真っ直ぐ見た。。

 「…ええ、怖いです。でもここでこれを動かさなかったら後悔する。だから…!」

 その思いに嘘偽りはない。

 それを聞いたルドルフは深く息を吐いた。

 「俺もできる限り援護する。いいな、決して無茶はするな。」

 そしてハッチから砂地へ飛び降りた。

 「…はい!」

 ルキナはハッチを閉め、[トゥルビオン]を起動させた。

 ルキナは何とか落ち着こうと深呼吸する。

 大丈夫、先日も動かせた。

 たしかにルドルフに言われたことは事実だ。不安もある。

 でも、なにより自分がしたかった。

 [トゥルビオン]のスラスターを吹かせ、沈黙してしまったクリーガーとザフトの機体の所へ飛ばした。

 

 

 

 

 「ふ~、こっちはもう動けないな。出てこないけど…。パイロットは死んでないよな?」

 「…これで死んだら、落雷にあった車や飛行機に乗っている者は感電死しているぞ。それにまだ終わってないぞ。」

 マシューの言葉にブライスは呆れながら答える。そして、目をもう1機に向ける。

 [トゥルビオン]がこちらに向かって来る。

 「リック、コイツを頼んだぞ。向こうの心理的抵抗を突ける。」

 タンクモードをMS形態に戻ったザウートに動かなくなったクリーガーを渡す。

 ザウートはクリーガーの頭部を鷲掴んで、2連複砲の銃口を背後に構える。

 ギブリとバルドは臨戦態勢に入る。

 そして、ブライスが[トゥルビオン]に向け、全周波放送で呼びかけた。

 「そこの機体、この新型のパイロットは生きている!」

 

 いきなりの全周波放送にルキナは訝しむ。

 いったい、彼らは何を…。

 しかし、次の言葉に愕然とする。

 (機体を引け!もし、退かずに抵抗するのであれば、パイロットの命はない!)

 「そんな!」

 ここからでもザウートの2連複砲がクリーガーに向けられるのが見えた。

 ルキナは[トゥルビオン]を止め、その場から動けなかった。

 「なにやってんだ、あいつは!」

 応戦するために出て行ったのに、動けなくなってしかも人質になるなんて、そんな話あるかい!

 ヒンメルストライダーから引っ張り出してきた小型の通信機でその放送を聞いたルドルフは悪態をついた。

 

 

 

 しばらく、膠着状態が続いた。

 バルド、ギブリは警戒し銃を構えるが、[トゥルビオン]は動かない。

 「…退くか?」

 マシューがブライスに聞く。

 「気を付けろ。その瞬間を狙っているかもしれない。向こうにとってこの機体を奪われてはならないものだからな…。」

 2人はザウートに合図を送りながら、慎重に後退をしようとする。

 その様子はルキナからも見えた。

 うまく隙を突けば…。

 操縦桿を握る手が自然と力がこもる。

 その時、[トゥルビオン]の近くで爆風が舞った。

 [トゥルビオン]に衝撃が襲った。

 

 

 「今度は誰だ!」

 マシューが叫ぶ。先ほどバクゥを抱え離脱したジンオーカーが無反動砲を持ち、[トゥルビオン]へ向かって行っていた。

 (隊長代理、アレを放っておけと言うんですか!鹵獲されてナチュラルが乗るなんて…!)

 MSは自分たちコーディネイターの兵器だ。それをナチュラルが扱うなんて、許せなかった。このまま、ナチュラルに使われるなら、自分たちの手で葬ってやらなければならない。

 パイロットは怒りに震えていた。

 「~、ったく!」

 まったく何なんだ。いくら許せないからと言ってもこれは命令違反だ。アルテナがいればこんなことにはならない。自分が指揮しているからか?

 マシューは歯噛みした。

 

 

 ルキナはすぐに態勢を立て直し、応戦のため突撃機銃を構える。

 が、下手に撃てばクリーガーを撃たれてしまう。

 そのまま後退しながら、弾を避けていく。

 バルドが迫って来る。

 [トゥルビオン]はそれなりに機動力をもっているが、その機体も早い。

 追いつかれないよう、スラスターを吹かしていく。

 横からもう1機ギブリもやって来る。

 その瞬間、後ろから衝撃が襲ってきて[トゥルビオン]は砂地に倒れ込む。

 ジンオーカーが背後より殴りかかったのであった。

 ジンオーカーが銃を構え、こちらを狙って来る。

 その時、ジンオーカーの頭部に砲弾が2発命中した。

 ルドルフが岩場からランチャーで狙ったからである。

 メインカメラをやられたのか、ジンオーカーは銃を左右に振っていた。

 ルドルフはMSに巻き込まれないようすぐに岩場を後にした。

 

 

 

 その頃、ヒロはコクピット内が暗いなか、そしてジーニアスが無反応の中、必死に操縦桿を引くが、反応はなかった。コクピットの外から戦闘の音が聞こえてくる。

 ルキナが今戦っているんだ。

 助けにいかなければ…。

 キーボードを打って再起動しようとするが、エラーの表示ばかりがでる。

 「動いてくれよ!」

 歯がゆい思いで拳をシートに叩くが、そんなものは無意味な行為だった。

 『で、電子回路が…やられ…たんだ…。』

 ジーニアスが意識を取り戻し、ヒロに告げる。

 彼もその影響を受けたせいか、表示がおかしい。

 「電子回路が…って、ここじゃ修理できないよ。」

 本来なら電子回路版を取り出し壊れているチップなどがあれば交換して修復するが、今はそんな時間も物もない。

 どうする、どうする…。

 ヒロは目いっぱい頭を回転した。

 「…ジーニアスは大丈夫なの?」

 こっちのほうで考えるのはいっぱいのはずだが、もしジーニアスにも電子回路に異常があり、機能停止になってしまっては直すことはできない。

 『私はこんなことでは壊れやしない!なぜなら私は天才なのだから!』

 そんな論理が破たんした理由を言うのはコンピュータとしてどうなのかと思いながら、ふと思いついた。

 「そしたら、ジーニアスとシステムをリンクさせて使えなくなった部分を補うことってできる。」

 『…おい、待て。と言ってもどうせスクラップになるぞとか言うのであろう。』

 「わかった?」

 『すでにお見通しだ。緊急事態だ。背に腹はかえられない。一度、回路を出してダメなところを言っていけ!』

 ジーニアスは半ばやけくそ気味だった。

 ヒロは小さい懐中電灯を手に持ち、明かりをつけ回路の取り出しにかかった。

 

 

 バドルの無反動砲から放たれた砲弾を突撃機銃で撃ち落とす。

 ルドルフのおかげで危機は免れたが状況は変わらない。

 リックはなかなか墜とせない[トゥルビオン]を見て、歯噛みした。

 このままクリーガーを撃ってもいいが、それで[トゥルビオン]を墜とせる保証はない。

 とはいっても、このまま何もするわけにはいかない。

 [トゥルビオン]を牽制するため、2連複砲を上に放った。

 

 

 真近くで砲の音が轟きヒロは思わず伏せた。

 が、何もない。

 威嚇か?

 とにかく何もわからない。

 必死に自分を急かしながら、ジーニアスに電子部品の番号を告げる。

 ヒロは悔しい思いといつ撃ってくるかわからない恐怖の中で自問をした。

 こうなる前に撃つべきだったのか?ただ、退かすことだけではなく…。

 だが、果たしていざ敵が目の前にいて撃てるのか?

 …敵。

 敵って何だ。撃ってくる…相手?

 ‐生き残るために敵を撃つ。‐

 バナディーヤでのオデルの言葉が自問しているヒロの中に蘇える。

 そうだ、僕だって死にたくない。…死ぬのは怖い。あの時、ジンを撃ったのは、心の奥では自分に向けられた銃から逃れたい思いもあった。いつもそうだ。守るためにと言いながら、人を死なせたくないといいながら、自分も死にたくない。

 結局、自分は臆病で偽善者なのか。

 そんな中途半端な思いで人を撃ってしまう。

 …違う。違う!

 銃の重み、命の重み…。

 人が死ぬというのがどういうことか、それを見てきた自分だからこそ、人を死なせたくないんだ。僕がそうしたいと決めたんじゃないか。

 ‐自分が自分を裏切るな。‐

 ルドルフの言葉がよぎる。

 そうだ。僕がしたいのは…。

 電子回路を戻し、システムとリンクしたジーニアスのモニターに次々表示され、同時にコクピットのモニターも表示されていく。

 計器類が明るくなり、モニター画面が再起動を始める。

 

 

 

 ザウートの砲音がルキナたちにも響く。

 ルキナは一瞬躊躇し、ザウートの方へ目を向ける。

 どうやら威嚇なのか、クリーガーは無事だった。

 しかし、バルドは一瞬の隙を見逃さなかった。

 無反動砲が突撃機銃を捉えた。

 [トゥルビオン]はすばやく突撃機銃を手放した。

 宙に放られた銃は爆発する。

 低く腰を構え斬機刀を高くあげたギブリが[トゥルビオン]に一気に打ち下ろす。

 [トゥルビオン]は左肩のシールドで受けようとするが、その斬撃の速さにとっさに後ろに避ける。振り下ろされた刀が、左腕を斬り落とす。

 もし、後ろにすこし下がらなかったら、胴体ごと真っ二つに斬られていた。

 打ち下ろされた勢いの衝撃に押されるが、スラスターを吹かし、何とか体勢を立て直す。

 が、振り下ろした刀から再び腰を落としてそれを振り上げる。

 とっさに横に避けようとするが、間に合わず右腕を切り裂かれた。そのまま砂地に倒れ込んでしまった。

 「動かない…!」

必死に操縦桿を動かすが、倒れ方が悪かったのか、動力系が不具合を起こし、動かない。

 その間にもギブリが近づいて、刀を振り上げる。

 コクピットから脱出してもここは宇宙とは違い、すぐ見つけられてしまう。

 もう、打つ手はない。

 

 

 

 クリーガーの目が光りだし、ギクシャクと四肢が動き始める。

 それにリックは驚いた。

 そのつかの間、腕を掴まれ、そのまま背負い投げされるようにクリーガーの前へと投げ倒される。

 状況は!?

 再起動したせいか、バッテリー残量が大きく減っていた。

 PSを展開はできない。

 そして、回復したモニターから外を見る。

 [トゥルビオン]にギブリの刀が振り下ろされそうだった。

 僕がいまできること、したいこと。

 だから…間に合え!

 スラスターを目いっぱい吹かした。

 

 

 「本来、こちらのものだった機体を墜とすのは抵抗があるが…。」

 マシューは動けない[トゥルビオン]に向け、刀を振り上げる。

 しかし、もう自分は手を汚している。

 今さら躊躇などするなど、そんな偽善的なことをすることなどできるわけない。

 刀を[トゥルビオン]に向け、振り下ろした。

 ルキナは息を飲み、目を閉じた。

 しかし、来るであろう衝撃がなく、ルキナは不思議に思い、ゆっくりと目を開けた。

 その視線の先にあったのは、ギブリでもなくバルドでもなく、クリーガーの背中だった。

 間一髪、クリーガーがシールドでギブリの刀を防いでいるのであった。

 

 

 クリーガーがこの場にいることにマシューもブライスも驚いた。

 「なぜっ!?リック!」

 ザウートはのびた様に仰向けで倒れていた。

 リックは投げ倒された衝撃で気絶していた。

 その隙を狙ってシールドで刀を抑えていたクリーガーが右こぶしでギブリを殴りつける。頭部に思いっきりヒットしたギブリは後方へと吹っ飛んだ。

 

 

 (マシュー!?)

 ブライスが驚きの声を上げる。

 「大丈夫だ、ブライス。メインカメラを損傷して少し視界が悪くなったが、まだやれる!」

 (向こうもパワーが限界のはずだ。)

 「まったく今日はなんて日だ!」

 (文句は終わってからだ!)

 「わかってるよ!」

 マシューはスラスターを吹かした。

 

 

 ビームライフルはさっきの場所に置いてきてしまったので使えない。しかしすぐ後ろには動けない[トゥルビオン]がいるので接近戦は避けたい。

 が、その間にもバルドとギブリが迫って来る。

 2機を相手に行けるかっ…。

 クリーガーを2機へ向かわせる。

 ギブリがまずこちらに斬機刀を振り下ろすため、刀を高く上げる。

 シールドは…。ダメだ。次にもたせなければ(・・・・・・・・・)…。

 そう直感し、クリーガーの右手を腰部に伸ばそうとする。

 「こっちの方が速い!」

 それを見えたマシューがサーベルを出させまいと刀を振り下ろし始める。斬機刀にはビームコーティングがされてないので、打ち破ることはできない。

 が、クリーガーは右側のサーベルを出し、逆手状態で振りあげ斬機刀を迎えうつ。

 「行けー!」

 斬機刀がビームサーベルによって両断された。そのまま頭部に来る斬撃を何とかかわす。

 「なにっ!」

 マシューは歯噛みをした。そんな戦い方あるかっ!?とは思いかけるが、その時後ろに飛ばされたよう激しい衝撃が再び襲った。

 ギブリを踏み台に蹴り、クリーガーは反転して[トゥルビオン]に急いで戻る。

 バルドがバズーカを[トゥルビオン]に向け放ったのであった。

 ギリギリで砲弾をシールドで防ぐ。

 ヒロは息を荒げ、肩を上下する。

 なんとかできたが、まだ向こうは動ける。

 対して、こちらはもうエネルギーの残量が少ない。

 どうする…。

 

 その時、ギブリとバルドの近くに砲弾が2発着弾し、爆風と衝撃が襲う。2機は突然のことで一旦後方へと退いた。

 一体今のは…?

 ヒロは驚き上を見ると、ヒンメルストライダーにのっているフォルテのジンをシグルドのディンがいて、そして、こちらに降り立った。Gコンドルもいる。

 (ふい~、なんとか間に合ったか。)

 (無事か、ヒロ?)

 昨日振りなのに、どこかなつかしく感じられた。ヒロは思わず喜びと驚きの声を上げる。

 「フォルテ、シグルド!…どうして!?」

 (説明は後だ。ヒロ、クリーガーはバッテリーがもうないのか?)

 「…あと、少ししか。」

 (Gコンドルを装着しろ。あれはストライカーパックと同じで予備電源を兼ねたバッテリーが内蔵されている。)

 「でも…。」

 (援護は俺たちがする。行け!)

 (ヒロ、行けるか?)

 有重力の地上で、しかも戦闘中にパックパックの装着は至難であった。

 どのみちバッテリーもわずかである。やるしかない。それにシグルドもフォルテも援護してくれる。大丈夫だ、できる。

 「…そうか。」

 ふとヒロは気付いた。入ると決めたとき自分に言ったシグルドの言葉が浮かんだ。

 忘れていた。ずっとどこかで自分がやらなければ、守らなければと思い、余裕がなくなっていた。そのせいか見えなくなっていた。こうやって仲間がいることに。

 そうだ。僕1人では何もできない。でも、今は…!

 「アバン、行くよ!」

 ヒロはアバンにこたえる。

(アバン、それはこっちでするからアバンはGコンドルを近づけて。ヒロ、そっちもシークエンスに入って。)

 フィオの指示する声が聞こえる。どうやらGコンドルの後ろのナビゲータコンソールに座っている。

 Gコンドルが低く飛び始める。

 ヒロも息をつめ、それを見やる。

 クリーガーが砂地を蹴り、飛び上がった。

 それに合わせ、Gコンドルの機首部分が分離し、それ以外の本体が翼を上に起きあげ、こちらに降りてくる。

 それを背中にドッキングさせようと態勢に入る。

 

 

 

 「まずいぞ!」

 ブライスは歯噛みする。

 今までこの機体がバックパックを装着する話は聞かなかったが、もう1機奪取し損ねた機体の事もある。それも同じかもしれない。ということは、装着されれば厄介だ。向こうはバッテリーがふたたび満タンになり、こちらが不利となる。

 「アレを止めるぞ!」

 マシューがやっと起き上がったザウートと後方に控えているもう1機のザウートに促す。

 が、ディンとカスタムされたジンに阻まれる。

 後ろに控えていたザウート2連キャノン砲を2機に向け放とうとした時、目の前を爆風と衝撃が襲う。

 そのビームの射線が来た先、上空を見上げると、そこには、クリーガーがいた。背中には先ほどの航空機の後方部分を装備し、滞空している。砲身が長いライフル-125㎜長射程ビームライフルを持ちこちらに向け構えている。それを再びギブリとバルドに向け放つ。

 ギブリとバルドは避けるが、その近くにビームが着弾し、激しい衝撃が襲う。

 ストライクのアグニとはいかなくても、バスターの超高インパルス長射程狙撃ライフル並の威力があった。

 「まずい…。」

 もうこちらの打つ手がなくなった。

 するとクリーガーから声が聞こえた。

 (今のは、威嚇です。もし、まだ攻撃してくるなら輸送機を攻撃します。)

 その声は少年の声だった。

 自分たちが戦っていた相手にも驚いたが、その内容に驚いた。

 「輸送機って、遠いぞ!」

 戦闘に巻込めれないよう離しているが、あの砲はそこまで射程が届くのだろうか?

 (…退くぞ、マシュー。このまま戦えばバルトフェルド隊に合流できなくなる。)

 「…ああ。」

 自分たちから仕掛けてこの結果だ、悔しいが仕方なかった。

 機体を後退させていく。

 下がりながらブライスは先ほどの声の主の事を考えていた。

 あの声…、間違いない。あの時の少年だ…。

 それと同時に彼がなぜこの場にいることにも疑問を持った。

 

 

 

 機体が退いていくのを確認し、クリーガーは砂地に降り立った。

 ヒロは大きく息を吐く。

 (馴れないハッタリかますからだよ。撃つことで来ても、撃つ気ないのに。)

 フォルテがからかう。

 「でも、退いてくれてよかった。」

 ヒロはふたたび大きく息をついた。

 「…どうやら、吹っ切れたようだな。」

 シグルドがそんなヒロの様子を見て微笑んだ。

 (しかし、シグルド。よくヒロができるって思ったな。今まであれだけウジウジしていたのに、しかもいつ敵の攻撃が向かうかもしれない状況で…。)

 フォルテは先ほどのバックパックユニットの装着を話題にした。

 「信じてたからな。それにフォルテも敵の攻撃が届かないようにしっかり守るだろう?」

 (信用されてるってか。)

 「信頼してるんだよ、仲間だからな。」

 (よくそんな格好いいこと言えるな、まったく。)

 その言葉を聞いたフォルテはきまり悪そうに苦笑した。

 

 

 クリーガーとGコンドルは近くの砂場に着地し、そこにディンとジンも来る。

 「しっかし、探しに来てみたらこんなことになっているとはな~。俺たちが来なかったらヤバかったんじゃね?)

 どうやら、シグルドとフォルテ、アバンは捜索を出せないアークエンジェルとアンヴァルの代わりに3人の捜索を、フィオはアバンにGコンドルをいじらせて損傷させてたくない気持ちでついてきたとのことだ。

 フィオは[トゥルビオン]の応急措置をしている。クリーガーもこのままジーニアスとリンクさせておけば動ける。

 あとは…。

 「ルキナ…。」

 ヒロはルキナの所に向かう。

 「…戻るわ。」

 ヒロが聞くより前にルキナが答える。

 「私にとって、今はあそこが、アンヴァルが居場所よ。…だから、戻らないと。」

 そしてルキナは遠くの方へ目を向けた。その顔はどこか寂しげでもあった。

 ルキナがどうして軍に身を置くことになったかは知らない。ハーフであることでどれだけの思いをしたのかも自分でも想像できないだろう。でもルキナにとっては、その矛盾の中にある居場所なのだと、ヒロは思った。

 「そうだ…。」

 その様子を見たヒロは何を思ったか、クリーガーのコクピットに行き、何かを探し始めた。

 「ええと、ここに。無事だといいんだけど…、あった。」

 コクピットの後ろに置かれた袋から小さな箱を取り出し、それを持ってルキナのとこに向かった。

 「ルキナ…いいかな?」

 ヒロはドキドキしていた。これを今ここで渡していいのかという思いと本来渡す時が違うためである。でも、それ以上に今ここで渡したいという思いが強かった。

 「…どうしたの?」

 ルキナはヒロの様子に不思議がっていた。

 「えっ…と…。」

 いざ口に出そうとするが、なかなか出さないもどかしさの中で、必死に言葉をつむいだ。

 「あの…これ。」

 小さな箱をルキナに差し出す。

 「まだ…、1ヶ月先だって聞いてるんだけど…誕生日プレゼント。」

 その言葉にルキナも驚いた顔をしていた。

 「…僕は、僕は本当の親を知らないけど、ずっとみんながセシルがいてくれた。でも、心の中では、そのうれしさとともに怖さもあったんだ。本当の親がいないのは、僕が…僕がコーディネイターだから捨てたんじゃないかって。…もしかしたら、セシルも、みんなも僕の事を捨てるんじゃないかって。…でも、でもそんなことないって思えたのは、僕の誕生日の時だった。『誕生日おめでとう。』ってその言葉を聞くだけでも、僕はいてよかったんだって心から思えてた。だから…。」

 ヒロはルキナに小さな箱を渡した。

 おそらくこれが、自分がルキナに対してできることだ。これだけかもしれないけど、せめてものではあったもしたかった。

 そうこう考えていると、急に照れくさくなりそのままぐるっと半周し、「じゃ、じゃあっ」とその場を去ろうとした。しかし、「ちょ、ちょっと待って。」とルキナに後ろから腕を掴まれふたたび向き直った。

 「中身、見るまで…いいかしら。」

 ヒロは顔を赤らめ、何も言えずコクコクと頷いた。

 ルキナが箱に包まれ袋を開き、箱を開ける。その中を見て、ルキナは驚きそれを取り出した。リビアングラスのペンダントであった。

 「こ、こんなにいいものを…。」

 「リ、リビアングラス…!」

 本当にいいのかと尋ねる前にヒロが話始めた。

 「…幸運のお守りになるんだって。気に…、入らなかった?」

 ヒロはハラハラと窺うように聞いた。

 「そんなことないわ。とてもきれいで…。」

 しばし2人の間に静かな時間が流れる。

 ヒロは急に後ろからヘッドロックをかけられた。

 「ヒ~ロ~、おまえ嘘ついてたな~。」

 誰がしたのかは後ろからする声で誰だがすぐに分かった。

 「ちょっ、アバン…!これには…。」

 必死にいいわけをしながら、肩ごしに振り返って腕を払おうとした。

 「わ~、きれい。見せて。」

 いつの間にかフィオも来ていた。

 「なんだ、なんだ~?俺たちが一生懸命探しにきたって言うのに…。よし、今からみんなに知らせにいくか~。」

 「わ~、ちょっと待って!アバン~!」

 面白がった顔をしながら走っていくアバンをヒロはあわてて追いかけた。

 「まったく、何やってるのよ2人とも。」

 それを呆れながら見ていたフィオはルキナの方に向き直り、手に持っていたペンダントへ目を向けた。

 「あっちはほっといて…。本当にきれいよね~。」

 「ええ。」

太陽の光に照らされ、リビアングラスは透き通るような鮮やかな黄色に輝いていた。

 

 

 

 

 




後日、加筆修正入るかもしれません。


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PHASE-25 決戦、前日

 

 

 「では、長老。今度は街が復興したら来ます。」

 「ああ、ぜひ来てくれ。ちゃんとした礼ともてなしをしたいのでね。」

 サルマーン・ハルドゥーンは数日間の滞在を終え、帰路につこうとしていた。彼は見送りにきたアウグストの姿を目にし、眉をひそめた。

 「物資を送るのさえ、ひと手間かかるのにこれ(・・)は何なんだ?」

 「まあ、ついでと思ってくれ。そんな迷惑はかけない。」

 サルマーンがこれと指したのは、大きなコンテナトレーラーとここに来たアンヴァルの隊員の半数近くの者たちだった。

 「本当によろしいのですか?こちらの方は…。」

 隣にいたマリューは少し不安になり尋ねる。これから決戦が間近なのに、人員を減らすことに。さらに一時的とはいえ本来戦力と考えていたモビルスーツも1機いなくなるのだ。

 「ああ、こっちの作戦に支障をきたさない程度さ。ちょっとジブラルタルの動きが怪しいから、少し戻すだけさ。」

 戻る組の準備を整えたのを確認したフェルナンはアウグストのもとに来た。

 「では、将軍…。」

 「うむ、頼むぞ。」

 2人はなにか意味ありげな目をしていた。

 一方、もう1人帰る準備を進めていた。

 「なんで、俺が行かなかきゃ行けないの?」

 「一応よ、一応。アークエンジェルがここから出発するまでには間に合うわ。」

 ミレーユが嘆息したフォルテをなだめた。

 「ちゃんとお願いしますね、フォルテ♪」

 Gコンドルの調整を終え、フィオリーナもファブローニ社のあるイタリア北部へ帰ることになった。サルマーンに送ってもらうことになったが、万が一もかねて途中までフォルテが護衛として同行することになった。しかしフォルテとしては乗り気ではない。

 「間に合うとか間に合わないじゃなくてだな…。なんでルドルフのおっさん、先に帰っちまったんだ~。」

 「それは本人に言いなさい。」

 「それにフォルテ~、ジンの改修とこないだの修理の代金まだなんだけど…。遅延分も追加で請求する?」

 「うぐ…。」

 こう言われてはぐうの音も出ない。結局、フォルテは途中まで行くことになった。

 

 

 

 

 サルマーン一行が去った後も準備に大忙しだった。

 「本当に、いいのだな?保障はできないぞ。」

 ジャンがユリシーズに念を押すように聞いた。

 「だが、バギーとランチャーだけっていうのも心許ないだろ?ありがとう、曹長。急ピッチで仕上げてくれて。」

 そういいながらユリシーズは機体を眺めた。前後にプロペラがあり、中央部は作業トラクターのように座席とアクセル、そしてレバーがついている。FVS700 ディクタス。もともとホバーバイクとしてつかわれていたのを軍用に改造した物である。そのため、上部には機関銃やランチャー等をマウントできるようにしている。

 小回りも利き、機動力もあるためレジスタンスたちのバギーを援護するために用意された。

 「だが、なぜ俺までこっちに駆り出されなければならない。」

 パーシバルとしては少し不満げだった。

 「だってスピアヘッドぶっ壊しちまったんだからしょうがないだろう?操縦は見させてもらったし、けっこういけるだろう?」

 「ぐっ…。というか、あの時無理やり手伝わされたのはそう意味があったのか。」

「ははは、そういうことさ。」

 「じゃあ、俺もこっちなのはなんでですか?」

 エドガーも不満な顔で訴える。

 「そりゃぁのろまな戦車を持っていくのは得策じゃないだろう。てか、おまえらそんなに乗りたくないか!?少しはテムルを見倣えよ。文句も言わずにやってるぞ。」

 ユリシーズが黙々と自分に合わせ調整しているテムルを指さした。

その近くでは、一番の難題に取り掛かっていた。それは[トゥルビオン]であった。先日の戦闘で中破した[トゥルビオン]は修理だけというわけにはいかないものだった。主武装の27㎜突撃機銃を失ってしまったのである。そこで武装の見直しもされることになった。さらに、あるものでしなければいけないので、その分工夫しなければならない。フィオリーナ・カーウィルにも途中まで手伝ってもわらったこともありなんとか間に合いそうだった。

 27㎜突撃機銃からシグーやディンが使用している76㎜突撃機銃となり、近接武器は腕に(アークエンジェルおよびクリーガーの予備から使わせてもらった)試製9.1㎜対艦刀がマウントしている。普段は折りたたまれているが、使用の際は旋回させる。そして腰部には今まで通りコンバットナイフがあった。

 その新しい[トゥルビオン]の姿を見上げ、ススムはホッと息をついた。

 「よかったな、間に合って。」

 ラドリーもやってきてそれを見上げた。

 「ええ、あとはルキナ少尉に説明をするだけです。できるならギリギリは避けたいんですが…まだ、謹慎解かれてないですよね?」

 先日の一件は、ルキナは無断で出撃したとして謹慎処分となった。

 「ああ、さっき解かれたって言っていたぞ。こっちにはシャワー浴びてから行くって。シャワールームに行く途中であったぞ。」

 「シャ、シャワー…。」

 その単語を聞いたススムが思わず顔を赤面しながら何かを考え始めた。

 「な~に、考えてんだ~、ススム・ウェナム~?」

 そんなススムの背後から両肩をがっしと掴み、にやついた顔つきでユリシーズがちょっかいを出し始めた。

 「えっ、いや不謹慎なことは考えていませんよ!」

 「な~んだ。これから覗き見行こうぜって誘おうとしたのにな~。」

 「え~っ!?」

 「その話乗った!タチアナ大尉やオリガ少尉も行っているっていうのをちょうど聞いてきたところだ。」

 別の整備士がどこから仕入れてきたか分からない情報をユリシーズに告げた。どうやらマリューが気を利かせ、シャワーを使わせてもらっているとのことだ。

 「ちょっ、オリガはともかくすげ~チャンスじゃないっスか!?待てよ…もしかしたらラミアス艦長やバジルール中尉が来る可能性も…。」

 「おい、中尉さんよ~。それはそれは聞き捨てならないじゃねぇか~。」

 「俺たちも混ぜてくださいよ~。」

 ユリシーズの妄想を聞いていた周りにいた男たちも興味津々に集まり始めた。

 「よぉし、じゃあ集まれ~!これから作戦内容を話す。」

 そう言いながらユリシーズはどこから持ってきたかわからないアークエンジェルの図面を取り出した。周りも完全に乗り気になった時、ふと誰かが疑問を口にした。

 「あれ…?もしかしてモニカさんもいるのか?」

 その言葉に、男たちは急に固まった静まりかえった。

 「う~。『虎穴に入らずんば虎児を得ず』という言葉はあるが、その虎児がハズレだった場合、それはそれで…。」

 ユリシーズは声を震わせながら決行するか悩み始めた。

 「待て、中尉。6分の1の確率だぞ。それでもやめるとは、男気がないのか?」

 「6分の1でもそれはそれでデカいんだぞ!」

 「なんか、モニカが聞いたらヤバイような話じゃないか?」

 結局行くか行かないか談合がなおも続く様子にジャンは溜息をつきながらラドリーに聞いた。

 「なら、巻き込まれないうちに俺たちは退散しますか、曹長?」

 「それがいいな、大尉。」

 「俺も一緒にいいですか?」

 このままでは自分も巻込まれ、身に危険が及ぶかもしれないと感じたパーシバルもラドリーとジャンの元へやってきた。

 

 

 

 「くしゅんっ…。あら~、どこかでカッコいい男性たちが私のことを噂しているのかしら。まあ、どうしましょ~。やっぱ若い子がいいかしら…。イケメンで…。あ~、でも私ももうこの年齢だからな~。どうせなら、同じ年でも紳士な方がいいかしら…?」

 洗面台にて顔にパックをしながらモニカが嬉しそうにその男の人の人物像をイメージし始めた。

 「えー、いいな~。私も噂されたい~。というか、イイ男いないかしらー。ねえ、姉さんはどうなの?」

 オリガは羨ましそうしながらシャワー室から顔を出したタチアナの方に目を向けた。タチアナは聞いていないのか、シャワーを気持ちよく浴びていた。

 「姉さん、聞いてる?」

 「ん?いったい何が?」

 オリガは少し大きめに声を出しだ。そこでようやくタチアナも気付き、蛇口を閉めた。

 「だから、イイ男いないかしらって話よっ。まあ、姉さんのことだからすぐに相手は見つかるでしょうね~。」

 「そんなことないわよ。」

 「やっぱり隊長のこと、気にしてるの?」

 「こらっ、オリガ。あなたはすぐにそっちに…。」

 「あらあら、あなたたちはまだ若いんだからいくらでもチャンスはあるわよ。…というか現在進行形の人もいるけどね~。」

 にこやかに話すモニカはチラッと視線をルキナに移した。シャワーから出て着替え終わったルキナは視線に気づき「え…私ですか?」と不思議そうな顔を浮かべた。

 「違うの?そのペンダント大事そうにしているから…。」

 ルキナの意外な反応にオリガは少々驚いた顔を向けた。その言葉を聞いたルキナは「ああ…。」と手に持っているペンダントに目を向けた。

 「家族以外からプレゼント貰うの、初めてで…。それに、こんなにきれいだし…。」

 「いやいや、私が言いたいのは…。」

 「あっ私、これらから機体の最終確認に行きますのでこれで。」

 ルキナはペンダントを首にかけ、リビアングラスを見えないように制服の下に入れ、シャワールームを出て行った。

 「行っちゃった…。ヒロ君が好意を寄せていること、気づいていないのかな?それともわざと気のないふりをしているとか?」

 「…さあ、どうでしょうかね。」

 オリガは聞き出せなかったことに残念な思いと疑問も残った思いだった。対して、タチアナは何か知っているような様子だった。

 「姉さん、何か知ってるの?」

 それを見たオリガはタチアナから聞き出そうと試みた。

 「残念だけど、それは教えることはできないわ。」

 「そうよ。あなたもあるでしょ、人にあまり知られたくないこと?」

 タチアナはやんわりとオリガの質問をかわした。そして、モニカも続いた。

 「え~。もしかしてモニカさんも知ってるんですかー!?」

 2人の様子を見ながら、オリガはガッカリした。

 

 

 

 「だ~か~ら、なんでおまえが乗らなきゃ行けないんだ!?それだったら、あたしが乗る!」

 「何でさ!カガリはレジスタンスたちと行動するんだろ?必要ないじゃないか!?」

 「おまえたちな…、いい加減にしろ!」

 アバンとカガリの口論の声、そしてマードックの怒鳴り声が格納庫全体に響いた。

 「どうしたの?」

 機体のメンテナンスを終え、キャットウォークを降りてきたヒロは彼らのやりとりを呆れながら見ているシグルドに聞いた。

 「ああ、どっちがスカイグラスパーを乗るかって話になったんだが…。2人とも正規のクルーでもないからマードック曹長に怒られてるんだ。」

 機動力確保のたま、Gコンドルのバックパックユニットを装着した状態でクリーガーは出撃することになったので、アバンは手が空いた状態になってしまった。

 なら、スカイグラスパーをとしたのだが、それに対し、カガリがシミュレーターでトップが自分なのだからアバンが乗るくらいなら自分が乗ると言いだしたのだ。

 「まあ、たしかにマードックさんなら怒りそうだね。」

 ヒロは苦笑いした。いくら護衛任務を受けてるとはいえ、許可なく勝手に乗ることはできないし、ましてや民間人が乗ることなんてできない。マードックにとっては、それ以外にも勝手に使われて機体を傷つけられるのはたまったものではないという思いの方が強いだろう。シグルドとしてはどっちでもいいが、とにかくあまり迷惑かけるなというような思いだった。

 

 

 

 先日到着した友軍の機体の状態を見に、バルトフェルドとダコスタはレセップスの格納庫に向かった。そこには、マシューとブライスもいた。

 「しっかし、キミたちも面白いねぇ。来て早々に修理とは…。」

 「いや~、すみません。ホント、何から何まで世話になって…。」

 「もう少し反省の色を見せろ、そして謝るところはそこか、マシュー。」

 格納庫にてバルドとギブリを見上げながらいつもの調子で発したバルトフェルドの言葉に、マシューも軽いノリの感じで答え、ブライスがそれを窘める。

 「損害もこのレセップスで修理できるレベルだし、相手のこちらがまだ知らない手の内も知れたからツーペイゼロだろ?」

 「おまえなぁ~。」

 バルトフェルドの隣でダコスタは2人のやり取りを見ながら思わずブライスに同情したくなった。副官としての苦労がわかるだろうからか…。

 「まあ、それはそれとして問題はこっちの方だ。」

 バルトフェルドの言葉にダコスタはふたたびそちらに意識を向けた。バルトフェルドの手には今から来る機体の書類があった。

 「ザウートばかりで…。バクゥは品切れなのかね~!?」

  ノヴァーク隊が来たといっても、バクゥを失う前の話だ。これでは戦力が足りない。

 「その埋め合わせのつもりですかね、クルーゼ隊のあの2人は…。」

 ダコスタも同じ気持ちながら輸送機の方へ目を向けた。ヴァルファウからは送られたザウートの他に2機のMSが現れる。デュエルとバスター。ザフトが奪取した地球軍の機体だ。とはいっても、パイロットたちは地上戦の経験がないエリート部隊のパイロット。先日オデル・エーアストが見せたような戦い方がすぐに誰にもできるものではないと、地上戦を経験しているダコスタは思った。

 「う~ん、あの2機は、同系統の機体だな…。あいつ(・・・)とよく似ている。」

 一方、バルトフェルドが彼らが乗っている機体に興味を惹かれていた。ストライクと似ているからだろうか。

 「やはり厳しいですかね、この戦力では…。」

 ブライスは眉をひそめながらバルトフェルドに尋ねる。それに対し、「ん?」とバルトフェルドは驚いた顔を向けた。どうやらすっかり忘れていたような感じだった。

 「ああ、そうだね。あとは、コイツの出来次第っかな?」

 バルトフェルドはふたたび並ばれている機体たちを見上げ、オレンジ色の獣型の機体に目を向けた。TMF/A-803 ラゴゥ。バクゥより一回り大きく、さらに大型のビーム砲を2門備えられた上位機種である。もともとはこれだけよかったのだが、バクゥが足りない状況の今これをさらに強化することになったのであった。

 

 

 まもなくの荒涼の大地に決戦の火ぶたが開かれようとしていた。

 

 

 





オマケ
シャワー覗き見隊の作戦名は…、
ユリシーズ「『ドキっ!ワクっ!荒涼とした砂塵の大地に美しき花々の癒しをえよう』だ。どうだ、イイネーミングだろ。」
パーシバル「…ネーミングセンスのなさだけには感服する。」



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PHASE-26 砂塵の決戦

 

 谷底にアークエンジェルのエンジン音が鳴り響き、周りも慌ただしくなり始めた。レジスタンスの男たちは各々家族と別れを告げバギーに乗り込む。家族も無事を祈りながら見送る。その一角でカガリはアフメドの母親に呼び止められていた。

 アークエンジェルも発進準備に入り始めていた。

 「おそらく向こうも持てる戦力で来るだろう。厳しい戦いになると思うが、お互いよろしく頼みますぞ、ラミアス艦長。」

 アウグストは前回同様、ブリッジの艦長席の横につけられたシートに座った。

 「ええ、よろしくお願いします。」

 「行くぞー!」

 サイーブの号令と共にレジスタンスのバギーが走り出た。バギーの集団の中には数台アンヴァルの部隊もいる。そして、アークエンジェルもまた動き出した。

 バギーが走る中、カガリは手に持っている緑の石を見ていた。

 「…それは?」

 バギーが走る中、キサカが手に持って緑の石を見ているカガリに尋ねた。

 「アフメドが…いずれ加工して私にくれようとしたものだと…。さっきおふくろさんから…。」

 「…きれいな石だな。」

 キサカは低く呟き、そしてふたたび黙り込んだ。

 本当に…。

 カガリはその石を大事にしながらポケットにしまった。

 

 

 アークエンジェルたちの動きはレセップスからも確認された。

 「動き出しちゃったって?」

 「はっ!北北西へ進攻中です。」

 ブリッジに入って来たバルトフェルドの問いに、オペレーターが答える。

 彼らはモニターに近づく。そこには白亜の戦艦の姿が映っていた。

 これが、地球軍の新型艦…。

 マシューはその姿に思わず圧倒された。

 「タルパティア工場区跡地に向かっているか…。ま、ここを突破しようと思えば、ボクが向こうの指揮官でもそう動くだろうな。」

 「では、予定通りと…?」

 ブライスが先ほどブリーフィングルームで話された作戦の確認の意味も含め尋ねる。

 「うーん…、もうちょっと待ってほしかったが、仕方ない。」

 「出撃ですか!?」

 バルトフェルドの言葉にイザークは声を弾ませる。

 「ああ。レセップス、発進する!コード02!ピートリーとヘンリー・カーターに打電しろ!」

 バルトフェルドは頷き、クルーたちに命じた。

 

 

 食堂で食事をとっているヒロたちだが、キラは料理をつつくばかりで食べてない。

 「キラ、食欲ないの?」

 「なに、キラ食べないのか?なら、俺がもらっていいか?」

 向かいに座っているヒロは訝しんで聞く。それを聞いたアバンがキラのトレイにも手を出そうとしていた。

 「いや…そんなんじゃないけど。」

 しかし、それはそうと2人の食事を見ていると…。

 「なんだぁ、まだ食ってないのか?ヒロとアバンを見習えよ。ほら、これも。」

 「小食なのか?」

 そこへムウとディアスもやって来た。ムウは隣に座り料理をぽいと置いた。

 見習えと言われても…。

 そう思いながら、ヒロとアバンのトレイを見る。盛られている量は確実にキラの倍以上ある。あんな量、出撃前はもちろん普段でも食べられない量だ。料理をカウンターでとっている時、そんなに食べるのかと聞いたら2人ともこれが普通だと答えたが…。

 「そう言えば、まだ礼を言ってなかったな。ありがとうな、ルキナの事。」

 ややあってディアスはヒロの方をみて口を開いた。

 「いえ、僕は何も…。」

 結局戻ると決めたのはルキナ本人だし、自分はなに1つしていない。ヒロは戸惑いながら答えた。

 「いや、大将もなんだかんだと喜んでいるよ。」

 ディアスは笑みを浮かべた。しかしこうは言ったもののセルヴィウス大将の胸中を考えると複雑な気分であった。

 「まあ、あんまりこの話題はもう大将の前でしない方がいいかもな。あの人、俺たちが見ていないところでは結構気が気でないようだったからな。何かそこだけおかしなオーラが漂っていると隠れてい見たヤツの話だと、大将が大量の花持ちこんで、花占いしてたって言ってたからな。『帰ってくる。帰ってこない。大丈夫だ。大丈夫じゃない』ってな。しばらくしてようやく立ち上がったあと、『よし、これを機にイチャイチャした展開になってなれば許そう』て言ってなにか踏ん切りつけていたからな。」

 ディアスはその時のことを思い出し笑いしそうになって必死にこらえていた。

 「そういや~ヒロ、あの時…。」

 「わー。待って、アバン!」

 ディアスの言葉を聞いたアバンがからかい始めたのを、ヒロは必死で止めに入った。

 その時、地響きのような轟音が食堂に響いた。

 

 

 アークエンジェルの居住区まで届いた爆音以外に、外ではバギーの一団が向かう先の地平線に黒煙が立ち上っている。

 「スヴォロヴ中尉、何が起きたか説明して。」

 バギーも通信機から先行しているユリシーズたちから状況の報告を聞こうとした。

 (レジスタンスが用意した地雷を全部『虎』がブワッてして…。もうコレは使い物にならねえな。)

 「中尉、報告はちゃんと第三者にもわかるように…。つまり、地雷原が除去されたのね?」

 (…ああ、そうッス。)

 タチアナはユリシーズの独特な表現に辟易しながらも周りに分かるように確認した。

 「うろたるな!攻撃を受けたわけではない。」

 それを目にして動揺しているレジスタンスたちにサイーブは怒鳴る。たしかにこちらは損害はないが、あれだけの地雷を一瞬で除去出来てしまう相手の技術力と自分たちの作戦を敵に見透かされていると恐怖という心理的ダメージが大きい。

 「大尉…。」

 アンヴァルの兵士がタチアナを見た。おそらくみな同じ気持ちであろう。だが、ここで自分たちが動揺するわけにはいかない。動揺は伝播し、戦闘にも影響出かねない。

 「動揺を隠せない気持ちはわかるけど、今は隠しなさい。私たちが動揺すればもっと不安は広がるわ。」

 「『虎』もいよいよ、本気で牙をむいたようだな…。」

 サイーブの言葉が沈黙の中、響く。その言葉を聞きながら、カガリはアフメドの最期が、そして敵将の姿が思い浮かび、歯を食いしばった。

 あんなふざけたヤツに、アフメドは…!

 だが、今日は絶対にあいつを本気に追い込んでやる。

 カガリもサイーブと同様の気持ちを抱いた。

 

 

 

 

 「そうだよ!1号機にランチャー、2号機にソードだ!…『何で?』って、換装するより俺が乗り換えた方が早いからさ!」

 ムウは艦内通信機でスカイグラスパ―の装備について指示を出し、通信を切った。

 「こちらの準備はもう大丈夫だな。」

 ムウが通信を切ったのを確認したあと、ディアスは他のパイロットに念を押すように見回しながら聞く。

 それに対し、残りのキラ、ヒロ、ルキナ、シグルドが頷く。

 「よし。じゃあ、最終確認だ。俺の[プロクス]はのろまなもんだからな。甲板で対空、対艦にあたる。足のはやいヤツでバクゥを迎え撃つ。以上、上官の少佐を差し置いてここの指揮を任せられた俺からの言葉だ。」

 ディアスの言葉の最後の部分に思わず全員ずりおちそうになった。

 「なんで、俺なのかのね?ここからは少佐が執ります?」

 ディアスは周りの反応も気にせず。ムウにふった。

 「いや~、俺もそんな柄じゃないし…。ここはいっそリーダーに…。」

 ムウとディアスはシグルドの方に目を向けた。

 「一介の傭兵が部隊を指揮するなんて聞いたことがないんだが…。」

 シグルドもさすがに困り顔になってしまった。

 その時、艦内スピーカーからミリアリアの声が流れた。

 (パイロットはそれぞれ搭乗機にて待機してください。)

 それを聞いた、ディアスは先ほどの態度と打って変わって真剣な顔つきになった。

 「…いよいよだ。」

 それに全員が頷いた。

 

 

 「レ、レーダーにっ…!」

 「レーダーに敵機とおぼしき影!攪乱ひどく、数は捕捉不能!1時半の方向です!」

 レーダーにいくつかの交点が浮かび、それを報告しようとおもわず舌がもつれたカズィに代わりトノムラが叫。続いて、チャンドラも声を上げる。

 「その後方に大型の熱量2!敵空母、および駆逐艦と思われます!」

 バルトフェルドの母艦、レセップスともう1隻はピートリー級の戦艦だ。艦橋からはまだ戦艦の姿は見えないが、戦闘ヘリコプターのアジャイルが見え始めた。

 「対空、対艦、対モビルスーツ戦闘、迎撃開始!」

 「モビルスーツ、スカイグラスパー発進準備!」

 それを見たマリューは戦闘開始の指示を出し、次いでナタルがMSおよびスカイグラスパ―に発進を命じた。

 

 

 バックパックを装備したクリーガーがカタパルトから射出され上空を飛ぶ。すでにストライクとスカイグラスパーは出撃し前方に向かっている。[プロクス]はアークエンジェルの甲板上で対空迎撃をとっている。

 彼方より大きな黒い影とそれより小さめの影を捉える。陸上母艦レセップスともう1隻である。甲板の上にはザウートらしき影が見え、周囲にいた戦闘ヘリアジャイル、戦闘機インフェストゥスがこちらに近づいてきている。そして、レセップスも近づくにつれ、ハッチが開きバクゥが出てくる。

 レジスタンスとアンヴァルの地上部隊もミサイルやランチャーを撃ち始め、応戦を始めた。

 「バクゥは全部で…7機!」

 数日前の戦闘の時の見慣れぬMS2機はいない。

 あれは、別の部隊だったのか?

 そう考えながらも、今いるバクゥを対処することに専念することに思考を向けた。

 

 

 そのころ、レセップスの格納庫ではオレンジ色の「虎」をイメージしたようなパイロットスーツに身を包んだバルトフェルドが準備を進めていた。隣にはピンクのパイロットスーツに身を包んだアイシャもいる。総力戦となる今回の戦闘では彼も出撃するからだ。では、なぜアイシャもかというと…、それは彼らの目の前にあるMS、ラゴゥに理由があった。背中に装備されたビーム兵器を有効に使用するため、前席にガンナー、後席にパイロットと複座式をとっているからである。

 ラゴゥは先日の姿から少し変わっていた。ジンハイマニューバ―のスラスターを用いて機動力を上げ、背中の他に翼の部分に砲を2門備え、ビームサーベルもまるで牙のように2つ増え、尾部にアンカーランチャーが追加されている。少なくなった戦力をカバーするために改修したのだ。ラゴゥジンハイマニューバである。

 彼らは今、コクピットに乗り込み発進体勢に入った。

 

 

 

 「あー、ちくしょ!戦車と勝手が違う!」

 ディクタスの機関銃を撃ちながら、エドガーは毒づいた。

 「…少尉、右!」

 テムルが声を上げ、エドガーに促す。エドガーも気付き、すぐさまディクタスを左へと思いっきり寄せた。エドガーが走っていた線上にミサイルが着弾する。

 レジスタンスたちが放ったランチャーがアジャイルに命中し、アジャイルは機体をバラバラと落ちていく。それに歓喜の声が上がった瞬間、バギーにバクゥのミサイルが着弾する

 「ハールファー!ウセル!」

 カガリが声を上げるが、乗っているバギーも横に急に転換する。近くにミサイルが飛んできたからだ。何とかかわしたバギーにバクゥが近づいてくる。このままでは間に合わない。その時、ユリシーズの乗ったホバーバイクがバクゥの目の前に横切り、その間にメインカメラに発光弾を放つ。一時、視界を失ったバクゥは立ち止まり、その間に上空で滞空していたディンが突撃機銃を撃ちこみ、バクゥは爆散した。そして、ディンはレセップスの僚艦に狙いを定めた。

 上空に高く上がり、まるで鷹が獲物を狙うがごとき急降下していく。そして両手に構えた突撃機銃と散弾銃で甲板上のザウートを撃墜し、砲門を潰し、そこからふたたび上昇していく。

 そして、そのタイミングを狙ってムウのスカイグラスパーのアグニを放ち機関部に命中した。ピートリーはそのまま速度を落としていった。

 ピートリーをなんとか行動不能にし、周りにいた戦闘ヘリと次々と墜とし、バクゥもあと3機となりこちらが優位に立ち始めたと思われたその時、アークエンジェルの環境に激しい衝動が背後から襲った。

 「6時の方向に艦影っ!?敵艦が!」

 「なんですって!?」

 マリューは思わず驚きの声を上げる。ナタルも歯噛みする。

 「もう1隻、伏せていたのか…。」

 後方の岩陰からもう1隻の駆逐艦ヘンリー・カーターが姿を現した。周りにはアジャイルがいる。そしてヘンリー・カーターとレセップスからの艦砲の一斉射撃がアークエンジェルを襲う。

 「艦砲直撃コース!」

 トノムラがわめきマリューとナタルが同時に叫ぶ。

 「かわせ!」

 「撃ち落とせ!」

 だが、いきなりの事なのでどちらもかなわずアークエンジェルにミサイルが直撃する。船体が大きく傾き、工場跡地に突っ込んでしまい、そこで身動きが取れなくなった。

 

 

 動きが取れなくなったのを見計らってヘンリー・カーターからMSが発艦されていった。

 まず、バルドとギブリが出てきて、次にバクゥ2機とジンオーカーが出撃する。

 「よし、行くぞ!」

 マシューが他の機体に号令をかけ、ギブリは先頭に立つ。

 「しまったっ…。」

 比較的後方にいたヒロはアークエンジェルの異変にいち早く気付いた。

 ディアスが援護しているが、このままでは危なかった。

 スカイグラスパーも気付き、向かおうとしていて、周辺のアジャイルを撃墜し、進んでいる。しかし、[トゥルビオン]とディンは他の残っているバクゥを相手にしていて、ストライクは隊長機と思しき機体と交戦を始めている。

 その機体はバクゥより一回り大きく、背中と翼の部分に2門ずつ計4門のビーム砲、口には縦横と伸びるビームサーベルがついていた。そしてバクゥよりかなり速い。ストライクは機体相手に苦戦していた。おそらく、『砂漠の虎』が乗っているのだろう。先日の敵将の姿がよぎる。しかし、そちらも何とかしたい思いであったが、今は砲撃にさらされているアークエンジェルを助ける方が先だ。アークエンジェルの援護に向かった。

 

 

 クリーガーが近づいてくるのを見たブライスはしばし何かを考えたあと、マシューに通信を開いた。

 「マシュー、こちらに1機来る。」

 (え?)

 マシューは驚き、モニターをそちらの方へ向ける。

 (これは、この間の…。)

 「マシュー、あれは俺が相手にする。おまえは『足つけ』へ。」

 (ふぇ!?)

 ブライスの言葉に思わず素っ頓狂な声を出す。いつもならマシューが意気込んで相手にしようとするのをブライスが止める役になるからだ。

 (ちょっ、待てよ、ブライス…。俺たちの狙いは…。)

 「わかっているさ。だが、アレだけはなんとしても相手にしなければならないんだ。」

 そう言い残し、ブライスはスラスターを吹かせ、バルドをクリーガーに向かわした。

 「おい、ブライス…。」

 マシューは彼が言っている意味がわからなかった。

 (隊長代理…。)

 他のパイロットから声をかけられ、我に返り『足つけ』へ向かった。

 マシューたちが『足つき』へ向かうのを見たブライスは視線をクリーガーに戻す。

 すまないな、マシュー。どうしても確かめなければならなかった。あのクリーガーのパイロット。あの声は…、そう、間違いない。あの時(・・・)いた少年だ。

 そして同時に疑念が生じた。あの時戦いを止めようとした少年が今、戦いに身を置いているのかを。

 バルドの肩に担いでいるタウルス360㎜バズーカ砲を構え、狙いを定めた。

 伏せていた駆逐艦から出撃した数機のMSから1機こちらに向かって来るのがヒロからも捉えることができた。と同時に弾頭がこちらに向かって来る。

 「くぅっ!」

 弾速が無反動砲より速い。何とかかわすが、後ろで砲がさく裂した衝撃を受ける。どうやら威力も無反動より大きいようだ。なんとか立て直し、カービンを構える。

 向こうは装備しているバズーカ砲ならすぐには突撃機銃には切り替えられない。

 ならっ!

 クリーガーのスラスターを全開にした。バックパックユニットのおかげで機動性は飛躍的に向上した。バズーカの砲撃をかいくぐりバルドへと接近する。

 「接近戦に持ち込むつもりか。」

 ブライスは吐き捨て、バズーカを左手に持ちかえ、右手に腰部の重斬刀に伸ばした。こちらにビーム兵器に対しての防御はない。だが、向こうもビームの減衰率を気にかけているはずだ。カービンの銃身下部に取り付けられた対艦刀が迫る。バルドはそれを重斬刀で受けた。

 剣と剣が鍔迫り合いをし、どちらも引かず押さずの状況だった。

 ヒロはレバーを必死で前に出すが、なかなか前に押し出せない。バズーカは砲身が長いため、撃つことはできない。

 その時、バルドより通信が入った。

 (ヴァイスウルフの者だな。そして、君はあの時の少年だな?)

 「あの時って…。」

 いきなりの通信と何のことを言っているかヒロはわからなかった。

 (ウェイン・ギュンターの…、あの場で戦いを止めさせようとした少年だな。)

 その名前にヒロはハッとした。

 なぜ、ウェインのことを?そして、このパイロットがあの場にいたザフトの1人と思い至った。

 その表情をみたブライスはやはりと思い、そして眉をひそめた。

 

 

 一方、ストライクもラゴゥと五分の戦いを繰り広げていた。ラゴゥのビームをシールドで防ぎ、機体が跳びかかって来るのを、避け、滑り込むような状態でラゴゥにライフルで応射する。ラゴゥもその機動力を生かしてよけ、砂丘の陰に隠れる。姿を一瞬見失ったキラはあたりを見回しながら、その機体に乗っているのはバルトフェルドではないかと思案した。その時、後ろから回り込み放ったビームをシールドで再び防ぐ。

 「なるほど、いい腕ね。」

 「だろう?今日は冷静に戦っているようだが、この間は凄かったぞ。まあ、今日までお預けだったがね。」

 スコープを覗きながら話したアイシャにバルトフェルドが答える。どこか声を弾ませたような口調だった。

 「なんで嬉しそうなの?」

 アイシャはその様子を感じ取ったのか、くすりと笑った。

 「辛いわね、アンディ。ああいう子、好きでしょうに。」

 アイシャのつぶやきに、バルトフェルドはわずかながら動揺した。あの少年によって多くのパイロットを失った。なのに自分は敵である彼を称賛している。

 「…投降、すると思うか?」

 「いいえ。」

 バルトフェルドは思わず口にした疑問をアイシャは即答した。

 そうだな…。先日、あの少年たちに向かって自分は言ったではないか。自分とあの少年は敵同士なのだ。たとえ、どんなに自分があの少年を気に入っても…。

 バルトフェルドはラゴゥを駆った。

 

 

 動けなくなったアークエンジェルに、敵の砲撃が集中する。

 「これは…!レセップス甲板上にデュエルとバスターを確認!」

 トノムラのことばにクルーが驚愕した。しかし、今はそれよりもこの艦をどうにかしなければいけなかった。

 「スラスター全開、上昇!これではゴッドフリートの射線が取れない!」

 マリューがノイマンに叫ぶ。

 「やってます!しかし船体がなにかに引っかかって…!」

 対するノイマンも焦りを感じているようだ。しかし、工場跡地に突っ込んだ時、建物の残骸に翼が引っかかり、身動きが取れなくなった。ふたたびアークエンジェルに砲撃がくらい、艦が激しく揺れる。

 その時、クルーたちに恐ろしい予感がした。このままアークエンジェルは撃沈してしまうのではないか、という。

 みな、背中に冷たいもの感じ青ざめた。…1人を除いて。アウグストだけは、興奮の入り混じった笑みを見せていた。それを見たクルーはなぜ笑っていられるのかという驚愕の思いを向けた。

 「さすがは、『砂漠の虎』だな…。」

 アウグストは意に介せず、ぼそりと独り言ちた。

 

 「くそっ!」

 アバンは艦内通路で揺れにしがみつきながら歯噛みした。この状況で自分が何もできないのが悔しかった。ゆれる艦を必死に走り出し、ある場所へと向かった。

 

 

 「アークエンジェルが…。」

 (くっ、一気に流れが変わったか…。)

 アークエンジェルとレセップスの中間の位置にいるディンや[トゥルビオン]もアークエンジェルの援護に行こうとしたが、隊長機が出てきて、ふたたびザフトの方も勢いを取り戻した感じだ。2機に向かってバクゥのミサイル、レールガンが放たれる。さらに彼らの回避行動を予測し、アジャイルがミサイルを放ってくる。これらを何とかかわすがこれではキリがない。

 アークエンジェルは未だにそこから動けずに砲撃にさらされていた。このままでは、撃沈されるのも時間の問題だった

 その時、ルキナの中で不思議な感覚が襲った。先日の戦闘の時のように、視界がクリアになり、機体が、ミサイルの動きが精密に感じることができ、アークエンジェルまでの道筋がはっきりと捉えられた。

 「…シグルドさん、突破します。」

 (…何?)

 シグルドが聞き返す時には、ルキナはレバーを押してフットペダルを踏み、アークエンジェルへとスラスターを全開にし、加速をかけた。

 「わざわざ墜とされにきたか!?」

 これ幸いとばかりにバクゥとアジャイル、インフェストゥスは[トゥルビオン]に一斉に集中攻撃をかけた。攻撃の第1波が当たるかと思われた瞬間、[トゥルビオン]は下に屈むようにそしてその姿勢で進むようにかわした。さらに第2波、第3波も次々とかわす。

 「…むしろ好都合か。」

 シグルドはその突拍子もないように見える行動を咎めるつもりはなく、相手が[トゥルビオン]に注意が行っている間に、彼らの後ろに回り込んでいった。そして突撃機銃で撃ち落とす。

 (1つだけ、借りていくぞ。)

 [トゥルビオン]のすれ違いざまにディンは腰部にマウントされていたコンバットナイフを抜き取っていった。格闘戦の兵器がないディンにとっては必要なものだった。

 「お願いします。」

 ルキナはそう言い残し、急いでアークエンジェルへと目指した。戻りながらも、アークエンジェルを渦巻く火線、MS、そして艦の位置をみながら、まず対処すべきは後ろの戦艦からと判断し、[トゥルビオン]をアークエンジェルの後方へと向かった。そこから方向転換し、ヘンリー・カーターで向かおうとした瞬間、アークエンジェルのカタパルトが開き、白い機体が飛び出してくるのを知覚した。

 あれは…。

 そこから飛び出し、自分と同じようにヘンリー・カーターに向かって行く機体はスカイグラスパーであった。

 

 

 カタパルトから打ち出される瞬間のGにアバンは歯を食いしばりながら、操縦桿を強く握り、そして引き、上昇させた。Gコンドルとは違い、ソードストライカーの重みがあるが、動かすことができた。

 (おい!2号機、誰が乗っている!?)

 ブリッジとムウはいきなり発進した2号機に驚いていた。

 「俺だ!アバンだ!」

 アバンは通信機に向かって叫ぶや、ピートリー級ヘンリー・カーターへと降下し始める。

 スカイグラスパー1号機、そして[トゥルビオン]も合流してきた。3機は対空戦闘態勢の駆逐艦の砲撃を掻い潜っていく。

 まず、[トゥルビオン]が前方の砲塔を撃ち、続いて左側面に反転し、甲板上にいるザウートと砲塔を撃つ。

 それを見たアバンはスカイグラスパーを右側面へと向かわせた。

 目の前に無数の砲弾が迫って来る。これが1発あたり、運が悪かった終わりだ。けど…。

 できる、できないじゃない。やるか、やらないかだ!

 アバンは心の中で叫び、思いっきり操縦桿を動かした。

 ヘンリー・カーターの艦隊にパイツァーアイゼンを打ちこみ、それを支点にして遠心力でシュベルトゲーベルで切り裂く。そして1号機のアグニが火を噴き、艦上のザウートごと艦を貫く。

 「よっしゃぁー!」

 アバンが歓喜の声を上げたのもつかの間、駆逐艦の対空ミサイルが機体をかすめた。

 「くそっ!」

 エンジンに損害を与えられてしまい、アバンはスカイグラスパーを砂地に軟着陸させた。

 

 

 後方の駆逐艦をなんとか撃退できたが、アークエンジェルは依然として動けず、レセップスからの砲撃にさらされていた。

 「ホークウッド大尉、船体に引っかかっている残骸を!」

 (待て、バクゥがこっちに!)

 バクゥの放ったミサイルを撃ち落としそのバクゥを突撃機銃を撃つ。

 ディアスもバクゥや砲を迎撃するのに手いっぱいだった。

 ブリッジではもう打つ手がなかった。

 このまま負ける…?

 誰もがそう思ったとき、ふいにアウグストは立ち上がった。

 ブリッジの窓の向こうより小さく光るもの。それを見逃さなかった。思わず破顔した。

 「…どうやら我々の方に()があったようだぞ、ラミアス艦長。」

 その言葉を聞いたマリューはアウグストへ目を向けた。が、彼が一体何を言っているのか、その言葉の意味は分からなかった。一方、アウグストは息をつくとふたたびシートに座りこんだ。

 「ったく、久々だぞ。こんなにハラハラしたのは…。」

 

 

 

 「司令、準備が整いました。」

 ネイミーがフェルナンに報告する。

 フェルナンも別の岩場から光が見えるのを確認できた。そして、こちらからも合図としてアークエンジェル、正確にはアウグストへと光を送っている。

 Nジャマー下でレーダーが使えなくなったうえに電波障害も起き通信は使えないものとなった。ゆえに、別働隊の合図も工夫しなければいけない。この地下の有線の通信を使うのは相手に傍受される危険があり、また光を使ったレーダー通信は遮断物がほぼない砂漠にはうってつけだが、そんな大層な装備を相手に気付かれずに持ち運ぶことはできない。そこで、用いられることにしたのは手鏡である。10cmぐらいの大きさのカード上のコンパクトミラーだが、太陽光を反射させると意外と遠くまで光は届く。相手は戦闘に気にしているし、万が一光っても気付きにくいだろう。

 彼らがなぜここにいるのか。

 サルマーンが戻るのを利用し、あらかじめ別働隊として移動させていた。もちろん、アークエンジェルにも「明けの砂漠」にも別働隊のことは伝えていない。

 「しかし…。」とフェルナンは呟いた。アンドリュー・バルトフェルドもかなりの指揮官だ。だからこそ、この作戦が通用したんだろう。まあ、あとで艦長やサイーブには怒られそうだが…。

 「では…。」

 フェルナンは手をあげ、それを降ろした。それを合図にまず兵士がレバーを引いた。

 

 

 レセップスがアークエンジェルへと砲を撃ちながら接近し始めようとすると、突然砂地より爆発と衝撃が襲った。

 「地雷がまだあったのか!?」

 ダコスタは驚きの声を上げる。地雷原は先ほど自分たちが除去した場所だし、たしかにすべて除いたはずだ。しかし…。

 そう思っているとオペレーターが声をあげる。

 「9時の方向より砲撃が…!」

 言い終える前に再び衝撃がきて、今度は白い煙がレセップスを覆った。

 レセップスの異変とヘンリー・カーターが破壊されたことに気をとられた間をついて、[トゥルビオン]は突撃機銃を、[プロクス]が2連キャノン砲を放ち、依然として動きのとれないアークエンジェルに引っかかっている建物の残骸を壊した。

 「外れた!」

 ノイマンは喜びの声を上げ、操縦桿を引いた。建物の残骸を振り落しながらアークエンジェルは浮き上がる。

 「面舵60度!…ナタル!」

 「ゴットフリート、照準っ!」

 「中尉、俺が説明したとおりだ!タイミングを頼むぞ!」

 すかさずマリューは指示し、ナタルもまた叫んだ。それにアウグストも続く。レセップスに起きたこと、別働隊の件は先ほど伝えた。狙いは白い煙に覆われたレセップスであった。

 

 

 「いっ、いったいこれは…。」

 ダコスタの戸惑いの思いは、艦上のMSのパイロットたちも同様だった。

 「なんだ、これはっ!」

 「これじゃあ、撃てないでしょ!」

 イザークとバスターは見えない状況に苛立っていた。

 「くそっ、この状況でこんなことに構っていられるかっ!」

 目の前には、あのストライクがいるのに自分たちはこの甲板の上で見ているしかない。そんなことできるかっ!

 煙で混乱している今がチャンスだった。デュエルは甲板より砂地に飛び降りた。近くにいたバスターもデュエルの影が飛び降りるのを目にし、続いた。そして彼らは、煙の中から抜けてストライクの方へ向かった。彼らはストライクばかりに目を向けていたため、白い煙が飛んできた岩山に2つの巨大な影があるのに気付かなかった。もし、気付いていればこのあとの戦況は変わっていただろう。

 まもなく煙が晴れはじめる。

 「じゃあ、行きますか。」

 「ええ。」

 ふと岩の上にはトレーラーやバギーの他に2機のMSの影があった。それはフォルテのジンと[ロッシェ]であった。どちらもヒンメルストライダーのバーを手に持っている。フォルテもまた、アンヴァルから極秘に依頼を受けられ、フィオがファブローニ社に戻るのを利用し、彼らと共に行動していた。ちなみに、フィオはサルマーンの一団とともに家路に着いている。

 煙が晴れはじめるのと同時に、ジンと[ロッシェ]はヒンメルストライダーに乗り滑り込むようにレセップスに急降下した。

 まず、ジンがヒンメルストライダーのバーから手をはなし、落ちながら背中の無反動砲2丁をもち、周りのザウートを撃ちぬく。そして[ロッシェ]が脚部に取りつけたパルデュス誘導弾を放ち、砲塔2門を切り裂く。

 「てぇぇ!」

 そしてそれを待っていたかのように、アークエンジェルの主砲ゴットフリートが火を噴いた。その射線は後部を貫き、機関部を損傷した。レセップスは黒い煙をあげ、座礁するように止まる。フォルテのジンは[ロッシェ]はふたたびヒンメルストライダーを駆り、離脱した。

 

 

 後ろからの駆逐艦、レセップスを行動不能になったのが見てとれたが、まだバルドとクリーガー、ストライクとラゴゥの戦闘は続いていた。

 ヒロはバルドの砲撃を避けながらさきほどの通信、バルドのパイロットの言葉が気になっていた。

 「ウェインを、知ってるんですか、あなたはあの場にいたのですか!?」

 (ああ、知ってるさ。)

 「なら、なぜ…!?」

 あの戦いを止めなかったのですか。

 そう口にしようと瞬間、重斬刀で押しきられそのまま倒れ込まされた。

 (それが戦争だ!たとえ戦争を止めたいと、憎しみを広めたくないという思いであろうと戦いに出ている以上、敵対している以上撃つしかない!撃つし撃たれるものになるのだ!)

 その言葉にヒロはハッとした。この人はさらにウェインがなぜ地球軍に行ったことを知っていたのであった。

 「撃ったことを否定できん。それを否定すれば撃った者はどうなる!それに、おまえも兵器(それ)に乗っている以上、そうであろうがっ!」

 ブライスは言葉を荒げた。自分でも驚きだった。なぜここまでただあの場に居合わせた少年に言うのか。いや、ウェインを知っているからこそ、ここまで言うのではないのか…。どこかで怒っているのかもしれない。ウェインの思いを知っていながら、あの時戦いを止めようとした者が戦いに身を置いているのに。

 (…それでも、僕は!)

 ヒロはバーニアを吹かし、クリーガーを浮かせはじめる。

 「僕は、敵だからと簡単に撃つような、殺すような戦いはしたくない!」

 バルドが体勢を直したクリーガーにバズーカ砲を構える。とっさに腰部のサーベルを抜き、バズーカ砲の砲身を切り裂く。そして、バルドを蹴り飛ばした。隙をつかれたバルドはその勢いで倒れた。

 

 

 一方、ストライクは周りに繰り広げられる戦闘に気を取られる余裕もなく、ラゴゥと激しい戦闘を続けていた。一方、ラゴゥではアイシャがレセップスの様子に気付いた。

 「まずいわよ、アンディ。」

 「『足つけ』め!あれだけの攻撃で、まだ!?」

 バルトフェルドも周囲の様子を見て舌打ちした。包囲網を完成させ、アークエンジェルを追い詰めたが、いつ伏せていたか分からない別働隊によって最終的に自分たちの母艦が奇襲を受け大破している。動けるMSはデュエル、バスター、ギブリだが、デュエルとバスターは砂地にとられており、ギブリの装備では戦艦を墜とすことはできない。

 いつの間にか形成は逆転していた。

 

 

 アークエンジェルからも大勢が決したことを伺うことができた。

 「ラミアス艦長、通信機借りますね。」

 アウグストは立ち上がり、全周波の通信を開いた。

 「ザフト軍地上部隊バルトフェルト隊に告ぐ!」

 それはすべてのMS、戦艦に流れた。

 (現在、貴隊の戦艦、駆逐艦は行動不能になり、MSも航空機もすべて戦える状態ではない。)

 「なにをっ!」

 その放送を聞き、イザークは歯噛みしデュエルを進めようとするがふたたび足をとられズルズルと滑っていった。

 (当艦もこれ以上の戦闘は望まない。よって降伏をすすめる。)

 「なっ、セルヴィウス将軍!?」

 思わずナタルは叫んだ。

 

 

 「アンディ…。」

 アイシャはその通信を聞き、バルトフェルドの方を見た。通信の内容なだけにストライクもいまは牽制をしている。バルトフェルドはアイシャに答えず、通信を開いた。

 「…条件は?こちらの身は保障するのかね?」

 たとえ降伏しても、その後銃殺刑では降伏の意味がない。もっとも、そのことをしたのははじめはザフトであるが…。ビクトリアには多くのユーラシア将兵がいたはすだ。それなのに許すはずないだろう。たとえ、セルヴィウスが、でも。

 ‐どこで終わりにすればいい?敵である者を、すべて滅ぼしてかね?‐

 あの時少年たちに言った言葉がよぎる。

 それに対し、アウグストは口を開いた。

 (まず、ザフトが支配している鉱区をレジスタンス「明けの砂漠」に返し、今後彼らの鉱区の支配権を奪わないこと。第2に、今後アンヴァルの作戦行動に協力すること。そして第3に、北アフリカの統治を地元民の意向をもって統治すること。その3件を飲めば、部下の命も、彼らが投降を拒否して退却することも保障する。あっ、あとアークエンジェルがアフリカ抜けるまでは攻撃しないこともつけさせてももらう。)

 「おいおい…。」

 なんという条件だ。

 「将軍、我々の目標はレセップスを突破することです!それは『砂漠の虎』を倒さなければ叶わないことです!なのに、なぜ…!?」

 ナタルはシートを蹴って上階へ行き、アウグストの近くまで行き、詰め寄った。が、アウグストはそのまま続ける。

 「…以上の条件を飲めば、そちらの身を保障する。」

 「将軍っ!」

 「…ディアス、フェルナン。そして他のヤツにも伝えろ。返事があるまで攻撃はするな、いいな。」

 アウグストは全周波放送を切った後、すぐさま、他の部隊に通信を開き、指示を出した。

 

 

 アウグストの言葉はレジスタンスにも聞こえた。

 「セルヴィウスめ、勝手に何を言ってるんだ!」

 鉱区を取り戻したいと言った。支配されない、そして支配しないとも言った。この内容はまさしく自分たちの望みだ。だが、その条件を『砂漠の虎』に突き付けるのだ。仮にできたとしても他の者たちの感情が許すはずがない。

 サイーブは眉をひそめた。

 「いや~、また大将の悪い癖だ。すぐ仲間に引き入れたがる。」

 アウグストの言葉を聞いていたフェルナンは思わず笑みがこぼれた。思いっきりバルトフェルドを仲間に引き入れようとしているのがわかる。とは言っても彼の狙いはそれだけではないだろう。

 「こんなことして大丈夫なのでしょう?」

 なんとなくアウグストの意図を理解しつつ思案しているフェルナンにネイミーはおそるおそる尋ねた。もちろんこんなこと地球軍司令部はもちろんユーラシア司令部も許さないだろう。

 「あの人がそれで止められるとでも?それにゲリラ上がりや結構身の危ない奴のいるこの部隊に降伏兵が入っても問題なかろう。まあ、彼がアンヴァルに所属してくれれば私が指揮を執るのも楽になるからいいのだけどね。」

 少々、他人事なフェルナンにネイミーは本当に大丈夫か、少し不安になった。

 

 

 (…隊長!)

 ダコスタが心配になりバルトフェルドへ通信を入れた。彼もまた先ほどの通信を聞いていたのだろう。不安と同時にこの危機的状況をひっくり返してくれるような期待の目をしていた。バルトフェルドはしばらく沈黙したのち、彼に告げた。

 「ダコスタくん、対艦命令を出したまえ!」

 ダコスタはその指示に息を呑んだ。

 「勝敗は決した、残存兵をまとめてノヴァーク隊とともにバナディーヤに引き上げ、ジブラルタルと連絡をとれ。」

 (隊ちょ…。)

 一方的に通信を切った。たしかに彼の条件は普通ならいい条件だ。セルヴィウスという名前は聞いていたが、彼がこの戦いに裏にいたとは気付かなかった。しかもその男はこれまで辛酸をなめていた男を自分の陣営に引き入れようとしている。実に面白い。こんなにも計算で割り切れないもの、予測しきれないもの、自分の興味を惹かす者たちに、この数日間で出会うとは…。しかし、部下たちを、彼らをこれ以上巻き込むわけにはいかない。彼らは彼らでやってもらうしかない、たとえ、この後降伏しようとも。彼は前席のアイシャにも促した。

 「きみも脱出しろ、アイシャ。」

 それに対し、アイシャは肩を竦めて笑った。

 「そんなことするくらいなら、死んだ方がマシね。」

 「…では、付き合ってくれ。」

 そして、アウグストへ通信を開いた。

 「残念ですが、その申し出には承諾できないですな。」

 ただ、それだけを告げた。

 (そうか。あいわかった。)

 アウグストもまたそれのみを言葉にし、通信を切った。

 バルトフェルドはふたたびスラスターを全開にし、自分がもっとも興味を惹かせてもらった少年が駆るストライクへと向けた。

 

 

 「…バルトフェルドさんっ。なぜ…?」

 ストライクに向かって行くラゴゥを見ながらヒロはバルトフェルドの言葉が脳裏によぎった。MSたちが撤退を行っている。バルドとギブリも彼らの撤退をさせるために戦闘している。もしかして、バルトフェルドさんは1機残り、どちらかが撃たれるまで戦うのではないだろうか。ヒロはクリーガーを彼らの所へ向けた。

 

 

 ストライクが応戦のためライフルを構えたところを、アイシャは狙いをつけて、ビームを放った。キラはライフルが爆発する、すんでのところで放し、とっさにシールドで2射目、3射目を防ぐ。ラゴゥはストライクがシールドで視界が狭まった隙を狙い、懐に飛び込む。ストライクはエールに備えられているビームサーベルを抜く動きに連動して、ラゴゥに振りかざした。2機がすれ違った瞬間、ラゴゥの背中のビーム砲が切り裂かれ、バルトフェルドはそれをパージする。

 「バルトフェルドさんっ!もう、勝負はつきました。降伏を受け入れてください!今なら、まだ間に合います!」

 キラは通信を開き、バルトフェルドに呼びかけた。

 (言ったはずだろう!…戦争の終わりに明確なルールなどない、と!)

 返ってきたバルトフェルドの言葉に衝撃を受ける。そう、明確なルールがないということは、そのルールは戦争で戦っている個人によって変わる。アウグストは降伏を促しこの戦闘を終わらすこととし、バルトフェルドは戦いどちらかが死ぬまでを終わりとしている。

 ラゴゥの尾部に備えられていたアンカーランチャーがストライクのシールドに絡みつき、引っ張ると同時に、激しい電流が流れシールドを破壊する。ストライクは倒れながらも、切り裂こうとしているラゴゥにサーベルをふるう。

 エールストライカーの翼端が切り落とされ、ストライクは倒れ込む。一方ラゴゥも翼と片方のサーベルを2つ失った。

 その時、ストライクから警告音が鳴り、フェイズシフトが落ちた。ストライクはメタリックグレーの色に戻っていく。

 (戦うしかないだろう!お互いに敵である限り、どちらかが滅びるまでな!)

 満身創痍でビーム砲の損傷によってショートを起こしているラゴゥのコクピット内でバルトフェルドは鬼気迫る顔で叫んだ。

 ラゴゥはストライクに飛びかかるようにジャンプし、残り片方のサーベルをストライクのコクピットへと向けた。

 このままでは…!

 クリーガーは腰部にマウントされたサーベルをラゴゥに投げつけた。それが、ラゴゥの片脚を突き刺し、足は爆散する。それによってラゴゥはバランスを崩した。ストライクがアーマーシュナイダーを取り出し、それを突き出す。

 それはラゴゥの首筋に突き立てられた。ラゴゥの勢いで飛ばされたストライクだが、どこも損傷はない。

 ラゴゥはそのまま身を沈め、激しい火花が散る中、爆散していった。

 ヒロもキラも息を上下に肩を動かし、荒い息をした。もし、どちらも瞬時に動かなかったら、やられていた。しかし…。

 その時、キラの目から涙が溢れた。

 「ぼくはっ…、殺したいわけじゃないのに…。」

 ヒロもまたギュッとレバーを強く握り、下に俯いた。

 

 

 

 

 「『明けの砂漠』に!」

 「じゃあ、まあ、そういうことで。」

 「乾杯っ!」

 サイーブの掲げた杯に、マリューも自分の杯を上げ、応えた。ムウが意味なく締め、最後にアウグストが音頭をとって、ナタル、フェルナンを含め、杯を上げた。

 その夜、「明けの砂漠」の本拠地で祝杯が挙げられた。みな、初めて会ったときのわだかまりも今では消え、共に喜び共に飲んでいた。

 「いや~、マードックのおっさんにこっぴどく怒られちまったよー!」

 しかし、当の怒られたアバンのしゅんとする様子もなく、興奮した口調でスカイグラスパ―に乗った時のことを話す。その話を聞いていたトールは身を乗り出し興奮しながら話を聞いていた。

 「じゃあ、俺もあんな風に乗れるかなっ!」

 「もうっ、トールったら。」

 そんなトールの様子にミリアリアは窘めた。

 「でも、スカイグラスパーがいきなり発進した時はホントに驚いたんだから…。でも、そのおかげで助かったんだもんね~。」

 「いや~。俺もあの砲弾の中をくぐり抜けるの、けっこうビビったんだぜー!」

 褒められたアバンはすっかり誇らしげな顔であった。

 怖いという気持ちはあった。自分が死ぬかもしれない、もし死んだらリィズの事を誰が守っていくのか、そんな思いもあった。けど、二の足を踏んで、何もしないで終わるのはもっと嫌だった。

 「いつか絶対にモビルスーツに乗ってやる。」

 1歩ずつ進んで、シグルドやフォルテ、ヒロに追いついて見せる。アバンは1人意気込んだ。

 「アバンってさ…。」

 ふいにサイが口を開いた。

 「…すごいよね、そんな前向きで。」

 どこか皮肉を言ってしまっているような口にしたサイ自身そう思ってしまった。が、当のアバンはあまり気にしている様子ではなかった。

 「う~ん。なんというか、上を見上げたりしながら前に進みたいから、かもな。」

 その言葉にサイはおもわず「え?」と驚いた顔をした。

 「下見てさ…、そこに別の人がいたら今の自分でも十分だって思ってしまって何もしなくなるし、上だけただ見ているのも、そこに届くかもしれないのにあんなに遠いんだって変に諦めてそこにいる人をひがんじまうかもしれないしな…。だから、上を向きながら前に進みたいんだ。そこに届くようにっ。まあ、要は「自分」が何かしたいってことじゃね?」

 トール、ミリアリア、カズィが先日の件もあって気まずい雰囲気ではないかとそわそわしていたが、アバンはそれに気付かずにんまりと話している。

 サイはその言葉に驚きと感心しながら、その真っ直ぐさにどこか羨ましくも思った。 こんな風に自分もキラに思えたら、と。そうしたら、キラをフレイをとられたからって憎んで、妬んだりすることはなかっただろう。でも実際、サイにはそうすることができなかった。

 

 

 一方、皆が騒いで飲んでいる一角でヒロは1人岩に腰をおろしてまだ量が減ってないかプの方に視線を向けていた。

 「どうしたんだ?」

 シグルドに声をかけられたヒロは、シグルドの方に目を向けた。

 「…結局、あの人を死なせてしまった。」

 ヒロはただポツリと呟いた。あんなふうに決意したのに結局どうすることもできなかった。降伏を拒んだとはいえ、何か方法があったのではないか、そう思ってしまう。

 「人ひとりができることなんて限られている。何でもできるわけではない。俺も目的を果たせず失敗し、そういう悔しい思いは何度もしているさ。」

 シグルドの言葉にヒロは目を丸くし、シグルドの方に顔を向けた。

 「…なんだ?意外だって顔をしてるぞ。」

 「いや、だって…。」

 今のシグルドの実力を見ているヒロにとってあまり想像ができなかった。

 「俺はスーパーマンでもないし、超人でもない。最初っから何でもできる人間なんていないさ。」

 「…そうだね。」

 シグルドの言葉に、おもわずヒロも笑みを浮かべ、応えた。

 「だから、僕は…。」

 ヒロは続ける。

 「それでも…。できないからって、戦争だからって、自分が守りたいものを貫きたい。自分に嘘をつきたくない。」

 そう、言葉を放つヒロはつい先日のような姿ではなかった

 「…そうか。」

 シグルドはただそれだけを言い、持っていた杯に入った酒を口に入れた。

 

 

 

 

 

 




 砂漠編、終了しました。なんか、結構間をあけながら投稿してたのと、いろいろ重要な回があったせいか、結構長くやったな~て感じがしてしまいました。
 とはいえ、物語上まだ半分以下です。
 読者のみなさまには今後ともよろしくお願いします。



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PHASE-27 動きはじめる影 

お久しぶりです。
しばらくゆっくり休んで8月に入ってから再開するぞってしていたら、
いつの間にか5日も過ぎてました(汗)


 ラグランジュポイント(L)5に浮かぶ無数の砂時計型のコロニープラント群。その周辺に設置された浮きドッグから次々と戦艦が発進していった。その中に、クルーゼ隊の所属艦、ヴェサリウスの姿もあった。オペレーション・スピットブレイク。その作戦準備のため、地球に降下するためである。地球衛星軌道上まで移動した後、クルーゼ隊のモビルスーツパイロットたちはローラシア級戦艦のカプセルを使って降下する。

 そして、その宙域周辺で2機のモビルスーツが模擬演習がてらその船団を見送っていた。1機はバルド、もう1機はジン系統ではあるが、ジンおよびジンハイマニューバとは別の姿をしていた。

 「か~!ホント、毎日毎日、発進していくな~!ザフトの軍規模ってこんなに大きかったか?」

 ジン系統のモビルスーツに乗っているバーツは呆れと感嘆の声を上げながら素朴な疑問をバルドのパイロットに投げかけた。

 「いや~、俺、指揮官やったことないし、分からないっすよ。けど一応、宇宙(そら)の規模を維持しなければいけませんからね…。」

 バルドのパイロットも今更ながら、自分の所属する組織の大きさを感じたようだ。このパイロットはヘルメットのバイザーによって顔はよく判別できないが20そこそこの若者であった。

 「まっ、俺たちには関係ない事かっ。今は思う存分、休暇を楽しみますかっ、なあ?」

 そう言いながら、バーツはジン系統のMSをバルドの方へ向き直らせた。模擬戦の再会である。

 「そうっすね。」

 バルドのパイロットも頷く代わりに、ジン系統のMSの前に正面に向いた。

 「そういや…この休暇明けからこっちの隊に異動するんだろう?久々に腕がなるなぁ。」

 「ははっ、オデル…、そっかその時はちゃんとしなくちゃいけないか…。オデル隊長も驚くだろうな、俺が来るのに。」

 2人はフットペダルを踏み、己の機体を相手に向け加速させた。スラスターを吹かせ、互いにぶつかり合う様は遠くより見るとまるで2つの光が互いに意思疎通をとっているかのように点滅していた。

 

 

 

 

 

 ユーラシア司令部。

 この一室でユーラシア軍上層部は先ほどもたれされた報告に苦々しい顔をしていた。

 「まったく、セルヴィウスのヤツめっ!また身勝手なことを!」

 1人の将官は拳を机に叩きつけた。

 北アフリカに駐留しているザフトの名将、アンドリュー・バルトフェルドの戦死についてである。表向きはアークエンジェルが撃ったことになっているが、この件にアウグスト・セルヴィウスが関与していることは間違いなかった。

 「大西洋連邦の新型艦、MSに接触したにも関わらず、データをよこしもしない。」

 「監視役はどうしたんだ?この時のための監視だろう。」

 「無駄だよ。そんなものは…。」

 「ヤツのことだ。問うても、演習に行っていたと言うつもりだろう。」

 別の将官が半ば諦めたように言う。

 「それに別にMSのデータがなくとも…我々には我々の、がある。そうだろう?」

 将官の1人が口ひげを蓄えた別の将官に目を向ける。

 「ええ。こちらはアクタイオン・インダストリーと共に開発中です。後数か月後には完成予定です。またロールアウト後の試験運用パイロットも用意しております。」

 将官は彼らに説明しながら各々の席の前にあるモニターにMSの映像が映し出された。GAT‐Xシリーズを反映したようなV字アンテナにツインアイの頭部。背中のバックパックはこのMSの最大の特徴と言えよう。次の映像では、ウィングバインダーが前方に旋回し、そこから発振器が展開され、MSを覆うような防御壁が出現した。

 それを見た将官たちが笑みを浮かべる。将官たちは大西洋連邦がモビルスーツを独自に開発し、その技術を独占することで連合内の地位を強めることに対抗して、ユーラシア連邦もモビルスーツ開発に乗り出した。

 「これでコーディネイター共の戦争の後、大西洋連邦に対抗できますな。」

 「ええ、そうですな。」

 それを聞きながら会議室に集まった将校の1人、ヴァルトシュタインは顔には出さないがこのやり取りに半ば呆れた思いであった。これまで何度も上申されてきたMS開発にようやく重い腰を上げたかと思えば、目的はただ自分たちの力の維持のためである。それも、まだ今の戦争が終わってないのにである。戦いの「次」を考えろという言葉があるが、まだプラントとの戦争の終息の道筋も見えてない。

 この本部では、一連のやりとりのようなことが日常的に行われている。前線では多くの兵が死んでいくのに、それを鑑みず、責任もとらない。守るべき国民の生活が苦しい中でも、彼らは己の利益と繁栄のため華やかなパーティーを行い、国民が食べるものがなく飢え死にしていくなか、豪勢な料理を食している。

 会議が終わり、将官たちが歓談する中、1人の男が会議室より出ていくのがヴァルトシュタインは見えた。男の名はセルゲイ・ドヴォラック。

 ヴァルトシュタインはドヴォラックにある企業、組織との繋がりがあるという疑念の目を向けながらその後ろ姿を見送った。

 

 

 

 

 「あまり、この場では接触しない方がいいと言わなかったか?」

 男は少し冗談めかした口調で話した。

 「だからこうして用件を伝えるのを装っているのでしょう?」

 そうと知りつつも女はつい怒った口調で返してしまった。一度、落ち着こうと息を吐き、ふたたび口を開いた。

 「…先方はアークエンジェルがアラスカに着かないことを望んでいるとのことです。」

 「要は、パイロットがコーディネイターだからだろ?それで、我々が動け…と。そんなことしなくても、ザフトが勝手にやってくれる。そっちの方が、一石二鳥だろう?」

 「中将もそう言っていました。」

 わざわざこちらから動かなくても、ザフトは部隊を向けるだろう。そうすれば、ザフトも兵力を消費するし、アークエンジェルもアラスカに着かなくなる。また、うまく着けたとしても、多くの損害を被るはずだ。彼らの本来(・・)所属する部隊の指揮官も同じことを考えているようだ。

男は、やはりという顔をしながらも、しばし考え、ふたたび口を開いた。

 「だが、それでは少々困ることもある。万が一、ということもある。私としてはパイロットは確実に始末してほしいからな…。キラ・ヤマト…。彼はまさしくこの歪んだ世界の象徴だからな。」

 「はい?」

 男の言葉の意味が分からず、女は思わず聞き返した。それに対し、男は話し続けた。

 「ザフトに潜入しているあの者に連絡しておいてくれ。ストライクとクリーガーを仕留めるように仕掛けておけ。なんならあの男、『協力者』に頼んででもいい。だが、『彼女』は撃つな。そう伝えてくれ。」

 「わかりました…。」

 女は言いそうになった言葉を飲みこみ、了承の旨だけを述べた。先の話からストライクは撃墜したい理由はわかるが、クリーガーも?

 もしや彼は嫉妬しているのだろうか?

 「クリーガーの撃墜もはいっているのに、君も疑問に思うだろう。だが確証はないが、クリーガーのパイロットも墜とさなければいけない、そのような存在だ。」

 まるで自分の思っていることを見透かされたような口調で男は話し、不気味な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 「…今回は見事に充実した演習(・・)になりましたな。」

 アンヴァルも目的は達成したとはいえ司令部の目をごまかすために、まだ北アフリカにとどまっていた。

 現在は「明けの砂漠」の本拠地から北西の離れたところで演習を行っている。

 「…演習での死亡と戦死では遺族への保障が違う。いくら部下が了承しているからというのは言い訳にはできん。ユーラシアに戻ったら手続きと同時に裏で行う。一番身近にいた遺族をほっといた人間の贖罪と思ってくれてもいいさ。」

 アウグストは苦笑交じりに話した。

 「私は何も言っておりませんぞ、将軍。では、いつも通りにやらせていただきます。」

 それに対し、フェルナンはいつもどおりの様子で応えた。

 「…そうか。ところで例の件はどうなった。ちょくちょく来てたんだろ、アイツ?」

 「ええ、内偵の報告では…。」

 フェルナンが真剣な表情で説明を始める。

 「…例の部隊が関わっている、との見方です。」

 「例の部隊か…。」

 フェルナンもアウグストもあえて部隊名を口に出さなかった。いや、正確には口に出したくなかったのかもしれない。実のところ、その部隊が「ある」というのを、正確には知らない。ただ、あるというのを聞いたぐらいであった。それは、部隊の特殊性にあった。軍とは、「戦争で勝つために、人を殺すことが許されている組織」である。その組織において、勝利を得るためなら、軍規の範囲内で手段を選ばず行う。だが、実際に行われるものには軍規から逸脱したものがあり、それは嫌悪感や後ろめたい気持ちをおこすものでもあり、みずから手を下して行いたくはない事である。その部隊はそれら汚れ仕事を行う特殊部隊である。

 「大方は予想していたがな。アレはブルーコスモス、そのバックにある軍需産業複合体とつながりがあるしな…。」

 軍の裏の任務を行う部隊は、不必要となれば抹殺され、社会にも知られることなく闇に葬られてしまうという結末があるのは歴史が証明している。ある男がその部隊の指揮官に就任した際、彼は軍と密接な関係にある組織に近づき、彼らと関係を持つことによって、軍からの切り捨てから逃れ、さらに今まで以上に軍の中で高い地位を持ち始めている。

 「…こっちもあまりゆっくりはしてられないな。」

 これからますます地球連合軍内部においてタカ派、というよりブルーコスモスの力が増していくだろう。アークエンジェルも…。

 「そういえば、将軍。アークエンジェルの件ですが…。」

 アウグストが思案していた時、フェルナンからアークエンジェルの事について話題に上げられた。

 「アラスカまで無補給・単独でインド洋、太平洋を向けるのは難しいでしょうからね。インド洋までですが、()に救援を頼みました。あそこをザフトや海賊を通り抜けることができて、頼めるのはあの艦だけですし…。」

 アウグストはフェルナンの言葉に思わず目を丸くした。彼はすでに先回りして手は打っていたのであった。

 「それに、将軍がじかに彼に連絡することに抵抗するでしょう?なので、私がやっておきました。」

 フェルナンはにんまりと笑みを浮かべた。

 「~たく、お前というヤツは…。まったく…、俺は公私を混同しないと言っているだろう。」

 「それをルキナのいるときに欲しいですね~。」

 「ぐっ…。わかった。俺の負けだ。まったく…。」

 今回はフェルナンの方が一枚上手だったようだ。

 

 

 

 海の中はほの暗く静かであった。それはまるで宇宙空間と似ている。違いがあるとすれば。ここには、光が届かぬがゆえ独自の進化を遂げた生命がいる。その中を進んでいく黒く大きな長い、まるで鯨のような物体が航行していた。が、それは鯨ではなく鉄の塊、潜水艦であった。それは地球連合軍のものとも、ザフトのものとも違う形をしていた。

 その潜水艦の艦長室に1人の男がいた。潜水艦がいま航行している海域は、地球軍もザフトもあまり来ない。そのため半舷休憩をとっている。この男もそうである。艦長という立場ではあるが、人である。今はクルーの任せ椅子にもたれかかって仮眠をとっている。

 

 

 その部屋が出す独特の雰囲気であるがゆえだろうか、そこに向かって行くにつれ空気が重く感じていった。突然の報せだった。まさか、嘘であってほしい、そんな一縷の望みにすがりながらここまで向かってきた。

 その部屋の扉を開けると、すでに子供たちと父親がそこにいた。自分が着いたのに初めに気付いた息子は「父さん…。」と声を震わせていた。娘はずっとぎゅっと口を結び下の方を見ていた。自分は息子に対して何も言わず、周りを見回した。そして部屋のちょうど真ん中あたりに置かれた簡素なベッド、そしてそこに横たわっているもの、それを覆っている布に目を向け、そこに近づいていった。自分の心臓がドクンと脈打つ音が聞こえる、それ(・・)を確かめたら自分が壊れてしまうのではないかという恐怖と認めてしまう不安がよぎった。

 顔を覆っている布をとると、そこには最愛の人の姿があった。その顔はまるで眠っているようで今もまた起きるような…。未だに信じられない思いを胸に静かに己の手を最愛の人の頬に触れる。が、手から感じたのは温もりではなく冷たい感触だった。

 「死んでいるのが嘘なくらい…、顔がきれいだろう。だが…。」

 それまでずっと黙っていた父親が重い口を開いた。だが、自分の耳に言葉は入って来ても頭の中にまでは届かなかった。それまでの世界がぐにゃりと歪んだような、視界が見えなかった。

 最愛の人、妻の同僚から細かく何が起こったのか、自分に話し始めた。近くでコーディネイターのテロが起こったこと、妻も同僚たちとともに救命活動に加わっていたこと、コーディネイターであるゆえに治療にあたったナチュラルに殺されたこと…。

 「…娘さんは今とてもつらい思いをしているだろう。」

 その時、娘はその病院に来ていて、現場に遭遇してしまった。「目の前で傷ついていいるのを救うのにナチュラルもコーディネイターも関係ない。どちらも同じ、1つの命だ。」そのような考えを持ったナチュラル、コーディネイターの医師たちが集まって創設した医療ボランティアの手伝いを娘はすることがあった。それは妻の考えもあったし、自分も娘に多くの人にふれてほしい、外に目を向けてほしいという考えもあり同意していた。その日も手伝いにやって来たのだが、状況が状況のため、妻が娘を帰らせようとした時に襲われたのであった。娘は妻が庇ったこともあって無傷だったが、自分の目の前で、そして自分を庇って母親が死んだことに呆然自失となっていた。

 それなのに自分は…。

 妻が死んだ後、必死に自分を抑えるようにしていた。それは妻が望まないことだ、しかし、真実を知った時、絶望と憎しみがあふれるようになった。近くに、助けを求める声があったのに…。

 

 船内通信のアラートが鳴り響くのが、覚醒しつつある意識に聞こえ始めて来て、思わずガバと起き上がった。激しい息遣いになっており、落ち着くのに少し時間がかかりそうだったが、とらないわけにはいかなかった。

 「…どうした?」

 なるだけ低く抑制した声をだした。モニターがないタイプなので顔が映らないのは幸いであった。

 (ネモ船長、暗号電文を受け取って、発令所まで来てくれますか?)

 通信士はこちらの様子がおかしいとは気付かず、事務的に用件を述べた。もしかしたら、わかっているがわざと気に掛けないようにしているのかもしれない。それがこの声の主、ハックことハックルベリーの性格のいいところだ。

 「わかった。今から行く。」

 こちらも短く答え、通信を切った。そして、深く息を吐きながら椅子にもたれかかった。

 なぜ、昔のことを…。偽りの名で、まるで世間から離れるような潜水艦生活をしている今の自分の身には、もう置いてきたものだというのに…。

 あの時のこと…。許せなかった。どうしても果たしたかった。たとえ理屈でわかっていても。だが、それをしたことによって多大なものを引き換えにしなければならなかった。本当の「己」をこの世から消すのはもちろん、それ以上に父親として、あの子たちとともにいることはもできなくなった。子どもが一番辛い目にあい助けを求めても、手を差し伸べることもできなかった。そして今も…。

 

 

 ネモが発令所に入ると、ハックが頷き、ネモもそちらの方へ向かい、モニターに目を向けた。

 「『海を渡る大天使、マラッカまで鯨が道案内せよ ハネウマ』だ、そうです。もうちょい、センスあってもいいような気がしますが…。」

  もうすでに彼らには何を指しているのか、理解しているようだった。「ハネウマ」は暴れ馬を意味する。自分たちが知っている暴れ馬は1つの部隊しかない。

 「で、どうしますか、ネモ船長?」

 ネモといわれた男はしばらく思案した。これはアンヴァルの、というよりフェルナン准将からだろう、彼の頼みであるならば断わるわけにはいかない。

 「…行けそうか?」

 ネモは他の者たちも見渡しながら、尋ねた。自分たちは正規の軍人ではない。普段は戦闘をなるだけ避けているし、戦闘を行うのであれば普段は非武装にしているこの潜水艦に武装をつけたりと準備しなければいけない。必要とあらば、この住み慣れた潜水艦を一時乗り換えることもある。確認の意味もあった。

 「船長、修理に出し終えたばっかりなんですよ。これで沈んだら、修理業者にクレームものですよ。」

 彼らを代表し、ハックが応じた。その言葉に周りからも笑い声がこぼれる。

 「…そうか。」

 ネモも笑みを浮かべ、どこか納得したような顔になった。そして、艦長としての毅然とした顔つきになり号令した。

 「では、これより我が艦はインド洋へと向かう。向かう先は…アークエンジェルだ。」

 

 

 

 

 




ガンダムの新作が待ち遠しいこの頃です。

…久々の投稿で、いつも後書きにどんなこと書いていたっけって思いだせない(汗)
ちなみに間隔が結構あいた理由は前書き以外にもありまして、おいおい語ります。(まだ、それが不確定なので…。)




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PHASE-28 海中からの強襲

投稿する際、ついでに前の話の誤字・脱字や文脈の修正も行っていますが…、
それでもまだまだある(泣)


 

 「砂漠の虎」、アンドリュー・バルトフェルドを撃ったアークエンジェルはアラスカへと向け進みだした。ちょうど紅海に入ったところで、激闘をくぐり抜けてきたことやこの海域あたりで敵襲に遭うこともなさそうとのことでクルーが交代で休憩をとり、甲板に出ることも許可された。

 

 「甲板に行かなくていいのですか?」

 「うーん、私はいいわ。まだ、これが終わってないからね。」

 格納庫で[トゥルビオン]を整備していたギースは同じく整備しているルキナに話しかけた。少しでも戦力があった方がいいということで、[トゥルビオン]はアンヴァルからアークエンジェルに配備させてもらった。正規の整備のメカニッククルーまでは連れていけないので、ギースが臨時の機付長となった。

 現在、改めて調整を行っているが、ここからはギース1人でもできると思い、彼は気分転換も兼ねて勧めたのであった。しかし、ルキナの返答はそっけないものだった。ギースは少々困り顔になりながら、やはりと思い巡らしていた。ルキナがハーフコーディネイターであることが明るみになったときから、彼女はどことなくクルーとの接触を避けているようだった。おそらくそれは、自分に向けられる目、言葉を恐れているのだろう。決してこの艦のクルーを信じていないわけではない。

 「ルキナにとって、アークエンジェルは、アンヴァルと同様、自分の居場所になり始めている。」

 アウグストが砂漠を発つ前に、言っていた言葉を思い出した。ずっと友軍から孤立し、かつ艦のクルーは生き残りの補充員と志願した学生たちと言う独特の雰囲気もあるためかもと、その言葉を聞いたとき、ギースは思った。ゆえに、一歩踏み出すのが怖いのかもしれない。思えば、アンヴァルに異動して来て間もない時もこんな感じであった。

 「…そうですか。」

 そう理解しているからこそ、あえてギースは彼女に差し挟むような言動は控えた。

 

 

 ヒロは後方甲板に足を向けていた。ふたたびアラスカに向けたフォルテとともに護衛任務が始まったのであった。シグルドたちはまだここに残り「砂漠の虎」が討たれたことによるザフトが攻撃を仕掛けてくるかもしれなく、それに備えるとのことだ。ただ、アバンは別の仕事がこれから入るとのことで、降下前に乗っていてオーティスとともにその任務地へ行くらしい。

 ちょうど入り口に近づくと誰かのすすり泣く声が聞こえた。

 やめたほうがいいかなと思い引き返そうとした瞬間、自動ドアが開いてしまった。

 「あっ…。」

 声の主はキラであったようだ。当のキラは甲板上に腰を下ろしていたが、自分が泣いている姿を見られ、恥ずかしいと思ったのか立ち上がり、手すりの方へ歩き出した。そして、一生懸命涙をぬぐっていた。

 「ご、ごめん…。別に何も…。」

 『なんだ、泣いてたのか~。』

 「ジーニアスっ!」

 からかうジーニアスをヒロは咎めながら、この間の悪い雰囲気をどうにかしようとあくせくしていた。

 「大丈夫っ、大丈夫だから…。ただ…。」

 ふいにアンドリュー・バルトフェルドの姿がよぎり、彼の言葉が蘇える。

 「僕が戦わなきゃ…倒さなきゃ、いけないのに…!」

 自分の目の前で散った命、守るためにこの手で同胞を殺そうともと決めたのに…。あの人に会って、ふたたび揺らぐ。迷ってはいけないのに…。

 「僕は、あの人を…。」

 殺したくなかった。でも守るために自分はあの人を殺した。

 そんな思いがぐるぐるとキラの中に渦巻くと、ふたたび涙が溢れ始めた。

 ヒロはキラが泣きながらつむぐ言葉を聞きながら、何で泣いていたのかを察した。しばらく、なにか考えた後、言葉を発した。

 「僕も…死なせたくなかった。」

 ふと発したヒロの言葉にキラはハッと驚き、振り返った。ヒロも手すりに向かってきてキラと並んでたった。

 「でも、結局何もできなかった。」

 「そっ、そんなことないよ。もしあの時ヒロが来なかったら、僕がやられ…。」

 そこでキラは言葉を止めた。もしあの時ヒロが助けなかったら自分は死んでいた。けど、その結果、バルトフェルドさんを死なす結果になってしまった。

 あの時、ヒロもこんなふうに悩まなかったのか、そう口にしようとした時、先にヒロが話し始めた。

 「だから…、あまり自分を追い詰めるようなことはしなくていいよ。ここには僕たちもいる。…って、僕が言えたことじゃないかも知れないけど…。けど、ちゃんと誰かいる。」

 その言葉に思わずキラに笑みがこぼれ、下を向いた。ヒロなりの気遣いなのか、いや、違う。正規の軍人と傭兵と違いはあれど、今は共に戦っている。自分は1人じゃない。そう思うと、不思議と自分の中にあった何か渦巻くものが穏やかになった気分だった。

 ありがとう、と言おうと顔を上げたとき、ヒロが身を乗り出しているのを見て、思わずぎょっとした。

 「えっ。ヒロ、危ない…。」

 「おい、いったい何やってるんだ!?」

 ちょうどその時、いきなり後ろから大声をかけられ、ヒロは驚き、思わずバランスを崩しかけてしまった。なんとか落ちないようにと手すりに手を掴み、バランスをとろうとしていて、その様子を見ていたキラはアタフタし、どうすればいいか困惑していた。なんとか着地できたが、同時に左ひざのすねを柵に当ててしまった。

 「痛たたたっ…。」

 突然声を発した当のカガリはその様子に呆れていた。

 「何って…、ちょっとトビウオ見つけて…。」

 ヒロは左ひざのすねをおさえながら答える。その時、別の方角からピチャッと、海面に何か跳ねたような小さな飛沫が上がった。

 「まったく…。」

 ヒロの言い分を聞いたカガリは呆れながら大きなため息をついた。なにか艦に関わる不審なものならいざ知らず、トビウオを見たいがためなんて…。

 「ホントにそれで艦を守れるのか?少しはシャキッとしろよな。」

 「そんなこと言われても…、そもそもなんでカガリもこの艦にいるの?レジスタンスじゃなかったの?」

 ヒロは思い出したように尋ねた。彼女は砂漠を発つ際、自分も連れて行けと半ば無理やりついてきたのであった。もちろん、砂漠でいつもカガリの護衛のような存在だったキサカも、である。

 「えっ…、あ~、ほらっ、おまえたちが頼りなさげだからだっ。」

 「「えっ!?」」

 思わずヒロとキラは驚き困った顔をした。言葉に窮したカガリとってはもっともらしい理由を言ったつもりだが、対する言われた本人たちは戸惑ってしまう。

 「いや、だってどう見てもお前たちどっか抜けてるようだし…。さっきだって危なかっただろ?」

 『まあ、そうだな。おまけにキラはさっきまで泣いてたし。』

 「ほらなっ。」

 カガリは無慈悲に言い放ち、おまけにジーニアスの納得の言葉の援護まで加わった。そうまで言われてはキラとヒロは言い返すこともできなかった。

 「それはそうと、お前たちはどうなんだよ?」

 「え?」

 「だから…、コーディネイターなのに地球軍にいるし、どう見たって傭兵に見えないし、…。」

 カガリはぶっきらぼうに言い放った。その言葉を聞いて思わずキラは苦笑した。今まで「コーディネイターのくせに」と言われたことはあるが、あまり不快な感じはしない。彼女の素直さが感じるからだろうか。

 「おかしいかな?」

 「おかしいとかじゃないんだけどな…。けど、コーディネイターとナチュラルの敵対で戦争になったわけで…。おまえにはそういうのないのか?」

 「…君は?」

 「私は、そんな気持ちはないさ。ただ攻撃されるから戦わなきゃってだけで…。」

 「ぼくも、かな?」

 キラは答えながら、ふと笑みを浮かべた。ふとキラはヒロの方へ目を向けると、何か真剣に考えているようだった。どうしたの、とキラは聞こうとしたが、その前にヒロの方から口を開いた。

 「…そんなに傭兵に見えないかな?」

 どうやらさっきのカガリの言葉を真に受け、考えていたようだ。そういえば、トールたちにも同じようなことを言われていたような…。そんな様子のヒロにキラはたまらず吹き出し、笑ってしまった。ヒロとカガリはどうしてそんなに笑うことがあったのか、わからない顔をしていたが、キラははばからず笑った。考えてみたら、こんな和やかな会話をするのはずいぶん久しくしていない気がした。

 「キラぁ、こんなところにいたのぉ?」

 ちょうどその時、別の声が聞こえ、3人は振り向く。甲板にやって来たのはフレイだった。

 「ふぅ、あつーい。もう、捜しちゃったわよぉ。甲板に出るなら、誘ってくれればいいのにぃ~。」

 そう言いながらフレイはキラに近づいていき、甘えたしぐさで腕にしがみつく。

 「あ…ああ、ごめん。」

 キラはどぎまぎし、時折カガリとヒロをちらりと目にやりながら謝る。

 「でも、あまり長くいたら日に焼けちゃうな…。もう少ししたら、お部屋に戻りましょ?」

 フレイはキラの当惑に気にもせず、そして自分たちの関係を2人、おもにカガリに見せつけるように媚びるように言った。

 その様子を見ていたカガリは肩をすくめ、くるりと背を向けた。

 「じゃあな、お邪魔みたいだから。行くぞ、ヒロ。」

 「え、何で?」

 「あのなぁ、少しは察しろ!」

 カガリに怒鳴られながらヒロは無理やり引っ張って艦内の方へ戻っていった。それを見送りながらキラはいたたまれない気持ちになった。

 「おまえさぁ、知らないわけ?」

 「…何を?」

 廊下を歩きながら、カガリはヒロに尋ねたが、ヒロはまったく訳もわからない顔をしていた。その様子を見たカガリは盛大な溜息をついた。あの時自分は偶然覗き見に近い形で知ったが、キラとフレイの関係はその後も艦内で噂は流れていた。

 「だから…。」

 その時、艦内に敵襲を知らせる警報が鳴った。

 

 

 

 上空からディンが3機が飛行形態をとり、アークエンジェルに近づきつつあった。

 「よぉし、『足付き』を確認っ!グーン隊、発進準備!」

 ディンのコクピットモニターにてアークエンジェルを確認したマルコ・モラシムは己の母艦に通信を開いた。彼はインド洋周辺を制圧下に置くザフトの部隊長である。「紅海の鯱」の異名を持ち、珊瑚海にて地球軍の対潜水艦戦艦隊と交戦し壊滅させた戦果を持つ。クルーゼの挑発に乗る形でアークエンジェルを襲撃した。

 「グーン、発進準備。」

 そして、モラシムの通信を受け、後方に待機していた彼の潜水母艦、クストーの艦長の指示を受け、クストーの前方の大型ドライチューブよりグーン2機を発進させた。

 

 

 ディンが迫って来るのを受け、クリーガー、スカイグラスパー、[トゥルビオン]が発進した。ストライクとフォルテのジンは飛行能力がないため、迎撃に加われなかった。アークエンジェルは砲門を開き、そして、イーゲルシュテルン、ウォンバットを放ち応戦する。

 ディンは飛行形態を解除し、迫るミサイルを右、左と次々に避けていく。そして、邪魔な武装を潰すため、突撃機銃を構えた。

 「させないっ。」

 ヒロはクリーガーのバックパックユニットのメインスラスターを吹かしながら、ビームライフルを銃に撃つ。銃を撃たれたディンは爆発のすんでのところで手放し、爆風に巻き添えを食らわないように上空に後退しながら、胸部のミサイルをクリーガーに向け、放つ。クリーガーはシールドで防ぎながらディンを追いかける。

 「…重いっ。」

 ヒロはフットペダルを踏みながら、苦い表情をした。まだバックパックユニットを装備した戦闘はこれで3回と浅い。さらに、上空の、高機動での戦闘は今回が初めてだ。

 その時、ふと背後から迫ってくる気配を感じた。

そして遅れてコクピットにロックされたアラート音が響いた。

 クリーガーの下から別のディンが銃で狙っている。

 PS装甲ではあるが、まだ慣れないなかでは、あまり消費したくない。

 しかし、今から反転しようにも間に合わない状況だった。

 ある程度のバッテリーの消費を覚悟したヒロだったが、結局ディンは撃たなかった。いや、撃てなかったのである。

 後ろから[トゥルビオン]の右腕から展開された対艦刀にコクピット部分を貫かれたのであった。力尽きたように腕をだられと垂れたディンを[トゥルビオン]が対艦刀を引く抜いたことにより、そのまま落下していく。

 [トゥルビオン]はクリーガの方に近づいた。

 (ヒロ、大丈夫…。)

 「…うん。ご、ごめん。」

 (え?)

 「あっ、いや…。」

 (2人ともまだ来るぞ。)

 その時、ムウからも通信が入った。残りの2機のディンがこちらに迫って来ていた。3機は臨戦態勢に入った。

 

 

 上空でMSの戦闘が続く中、トノムラはソナーに反応があり、訝しんだ。よく耳をたてるとゴゥンという何かが迫って来るような音であった。スピードもそれなりにある。

 「ソナーに感あり…。これは5…いや2!?これは…モビルスーツです!」

 「何だとっ!?」

 トノムラは今度は何か発射するような音を聞き、ふたたび叫んだ。

 「ソナーに突発音!魚雷です!」

 「回避っ!」

 その言葉に、マリューは声をあげるが、ノイマンは「間に合いません!」と答えた。が、このままでは当たる。アークエンジェルには魚雷を防ぐ手立てはない。残された方法は1つだった。

 「推力最大!離水っ!」

 マリューの指示を受け、ノイマンが懸命に操縦桿を引く。アークエンジェルはその巨体を持ち上げ、海面から離れ、魚雷をかわした。

 魚雷をかわしたのはグーンからも確認したのか、海面から姿を現し、下から攻撃を行おうとした。ストライクとジンはカタパルトで迎撃しようとするが、姿を現して、こちらが狙おうとすれば、すぐに海面に潜るため、狙いが定まらない。

 上空からクリーガーが海中へ急降下し、対艦刀で斬りかかろうとするが、同様だった。その状況に歯噛みしていたキラは何かを思い立ち、格納庫の方へ行ったん戻った。そして、今度は、ビームライフルではなく、第八艦隊に合流した際に補給されたバズーカを手にしていた。水中ではビームは使えないが、実体弾のバズーカであれば使用できる。

 (キラっ、水圧に気をつけるんだぞっ!)

 フォルテの言葉を受けながら、ストライクは水中へと入っていった。水中用ではないため、深い所には行けないが、超伝導電磁推進で何とかしのいでいるが、やはりグーンの方が早かった。バズーカを撃っても遅い弾速ではすぐ避けられてしまう。

 2機のグーンはストライクを翻弄させながら、迫って来た。その勢いに押され、ストライクはバズーカを手放してしまった。

 しかし、どうにかしなければいけない。

 キラはそのうちの1機の背中に張り付いた。

 そして、アーマーシュナイダーを取り出し、背中に突き刺す。

 耐圧殻を傷つけられたグーンは、どんどんと水圧によりへこんでいき、最後は爆散した。

 「くそーっ!」

 それを見たもう1機のパイロットは先程まで侮っていたストライクに怒りを向け、水中航行形態になり、そして、ふたたび魚雷を放ち、ストライクに迫った。

 魚雷を何とかかわすキラだったが、1発当たってしまった。

 その衝撃で残りのアーマーシュナイダーを落としてしまう。

 「しまった…!」

 バズーカも失ってしまった今、もうストライクに武器はない。なんとか浮き上がって戻ろうとしたところ、グーンは逃がさないとばかり迫り体当たりをしてきた。

 このまま勢いで、奥深くまで持っていかれてしまい、危険であった。

 まずいっ…。

 キラは焦ったその時、急に勢いが止まった。目の前のグーンが止まったのであった。何事かと訝しんでいると、グーンはそのまま爆散した。

 訳が分からない状態のキラであったが、ストライクが沈んでいくのに気付いたキラは慌ててフットペダルを踏んだ。その時、グーンの残骸から目の前からストライクの腕を掴まれ驚いた。なんと目の前には、脚部や肩部にスケイルがつけられている改造されてはいるが、ジンフェムウスがいたのであった。

 まだ敵がっ!?

 そう思い、焦ったキラであったが、そのジンフェムウスはそのままストライクを海面へと引き上げ始めていた。

 (大丈夫かね?)

 その時、ジンフェムウスのパイロットから通信が入った。自分より年上で、双眸を閉じたような細い目であった。

 「え…、ええ。」

 敵…ではないのか?

 キラは呆然としつつ、少し安堵した。そして、引き上げられながら、先ほどの水中の方へ目を向けた、まだグーンの残骸があった。ふと脳裏にバルトフェルドの姿が蘇える。

 

 

 一方、上空ではまだ戦闘が続いていた。モラシムは海中の状況に歯噛みした。

 「ハンスのグーンもやられたのかっ!?」

 その時、海面に別の黒い物体がいるのを捉えた。

 それは、アークエンジェルでも同じだった。

 「…これは!?」

 戦闘の方に気を向けていたためか、知らぬうちに何か大きいモノが迫ってくることに気付かなかった。

 「艦長っ!何か巨体がこちらに近づいてきます!」

 「何ですって!?」

 トノムラの報告にマリューは驚いた。まだ何かいたのか?

 ブリッジが正体不明機に動揺している間にも、その巨大な物体は近づいてくる。

 「不明機、浮上してきます!」

 トノムラの叫ぶと同時に、ブリッジからもその姿を捉えられた。大きく黒いそれ(・・)は、まるで鯨が海面へと出るような豪快さと水しぶきを上げながら浮上した。

 「潜水艦…。」

 マリューは一体何者かもわからぬ潜水艦のいきなりの登場に思わず呆然とした。それは上空で戦闘していた機体たちも同様であった。

 …あれは?

 ルキナはモニターを拡大し、その姿を捉えた。

 間違いない…。あの潜水艦はっ、あの人のっ!?

 格納庫にいるギースはこの潜水艦がここに現れるのを知っていただのだろうか。いや、知らないだろう。どうしてここに現れたのか。

 ルキナは驚きと同時に、多くの疑念がうず巻いていた。

 

 

 海面よりでた潜水艦では周囲の驚きに気をとられることなく、すぐに次の行動に移していた。

 「よしっ、対空ミサイル発射っ!間違っても撃つ相手を間違えるなよ。」

 浮上を確認したネモが指示を出す。

 「全然使ってないので…、それは保障できません、船長っ!」

 砲撃担当の男が笑いながら、応える。

 潜水艦より、ディンに向けてミサイルが放たれた。保障はできないといいながら、しっかりと狙い通りに向かって行った。

 いきなりの奇襲で、ディンの1機はミサイルによって撃墜された。モラシムは何とか避けたが、その時、クリーガーが迫り、対艦刀を横に振るう。それを体勢を斜めにしてギリギリ避けたディンであったが、翼を損傷してしまった。なんとか、飛行はできるが、戦闘できない。この状況ではもうアークエンジェルを攻撃できない。

 「くっ、一旦引く!」

 モラシムは悔しい思いを胸に残った1機のディンと共に去って行った。

 

 

 

 「友軍…ですか?」

 ノイマンはマリューに振り向き、尋ねた。

 「あの潜水艦、我が軍には見られない形状です。」

 ナタルもシートから立ちあがり、艦橋窓の見えるところまで上がってきていた。

 その時潜水艦から通信が開かれた。モニターに艦長らしき男が映った。

 (いきなりのことで驚いているでしょうが、我々はあなたたちとは戦闘する意思はありません。自分たちはアンヴァル司令フェルナン准将からアークエンジェルを救援するよう頼まれた者とでも言っておきましょうか。こんな形で話すのもなんですから、そちらに乗艦してもよろしいでしょうか?)

 モニターから見る限り年齢は40代ぐらいだろうか。精悍な面構えをしていて、深く被った制帽の下からは濃い緑色の瞳をのぞかせながら、不敵に笑った。

 

 

 

 

 

 




ストライクバズーカが発売される記念に…。
しかし、最近バズーカ率が高いような…。ゲームでバズーカ使ってるからか!?

駄文
この前、ケバブ店でケバブサンドを頼んだ時、お店の人からソースを「洋風にしますか、和風にしますか」と尋ねらた。思わず、心の中で「和風…和風!?」と思ってしまった。ケバブのソースは、ヨーグルトかチリかに刺客到来?


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PHASE-29 心のさざ波

 

 海上でザフトの襲撃、そして思わぬ救援を受けたアークエンジェルはふたたび着水し、停止していた。モビルスーツを着艦させるためカタパルトが開き、そして突如現れた潜水艦の艦長と話をするため、貨物搬入口が開いた。

 「俺たちは、宅配便ですかね?」

 潜水艦の上部ハッチから出て来て、入り口と繋がるのを待っていたハックはぽつりと感想をもらした。それを聞いたネモは思わず笑い声を上げた。

 「はははっ、まあいつもそんなことしてるからそう思うんだろう。どう考えてもこの入り口からの方が入りやすいだろう?なんなら、あっちのカタパルトまでがんばって登るか?」

 「イヤですよ。それに、もし登るなんて言ったら、船長もやるでしょうっ!?」

 そう言ってハックは、これで本当にやるのではないかという不安がかすめた。が、ネモは搬入口のタラップを上がり始めたので少しほっとした。

「というか、俺もなんで行くんですか?話なら船長だけでも…。」

 「別にいいぞ、戻っても。彼らは宇宙軍だからソナーの使い方にも慣れてないだろうって思って連れてきたが、[ヴァーグ]もアークエンジェルに入っていったし、ここはサイラスにでも…。」

 「やります、やりますっ!俺の方が耳がいいんですからねっ、船長。あいつに譲れるかって…。」

 そう意気込みながら搬入口を駆けのぼり始めた。その後姿を見ながら、ネモは笑みを浮かべ、アークエンジェルの中へ入っていった。

 

 

 (そりゃあさ、ありがたいぜ。こっちはほとんどが、海の戦闘なんて初めてなんだし…。)

 (しかし、軍人ではないと言っています。ここは慎重にした方が…。)

 (とにかく、詳しいことを聞かなければなりません。少佐、お願いしますね。)

 コクピット内からの通信機からはムウとマリュー、ナタルのやりとりが聞こえてくる。一応、ギースから確認をとったものの、まだ相手の意図を測りかねているようだ。

 「う~ん、ルキナ、知ってる人?」

 クリーガーをカタパルトに戻りながら、もう1つのカタパルトに着艦させているルキナに通信をいれた。しかし、ルキナからは何も返事がなかった。モニターからは何か考え事をしているようだった。

 「…ルキナ?」

 (えっ?ああ、ごめんなさい。私も詳しくは…。)

 メカニックたちの指示に従いながら、モビルスーツをデッキのメンテナンスベッドへと移動させる。格納庫では[ヴァーグ]とストライクが先に戻っていた。

 ルキナが[トゥルビオン]を停止させ、コクピットを開くとギースが待っていた。

 「どうですか、[トゥルビオン]は?」

 「ええ、大丈夫よ。」

 キャットウォークへと出ると、下の方の人に気付き、そちらの方へ向けた。ちょうど、貨物口から入って来た潜水艦の艦長とクルーが[ヴァーグ]のパイロットとムウと合流して艦長室に向かおうとしていた。その内、艦長の方が気付いたのか、ふと目線を上にあげ、こちらの方を見た。周囲が戦闘後の機体のチェックメンテナンスで騒がしい中、2人の間のみ、静かな沈黙が流れていて。その沈黙が破れたのは、潜水艦のクルーの1人が「船長―、行きますよぉ!」と呼ばれ、艦長がそちらの方へ向かうため視線をはずした時だった。ルキナはまだ、ムウに伴われ格納庫を去って行く艦長の後ろ姿を見続けていたが、彼女も声をかけられ、その場を後にした。

 

 

 

 マリュー、ナタル、ムウの3人は潜水艦の艦長とクルー2名と艦長室で会談が行われた

 「改めて、とでも言っときましょうか。船長のネモです。」

 警戒されている中にも関わらず、男は堂々と、かつ物腰を柔らかめに名乗った。

 「へえ~、ネモ船長ね…。じゃあ、あの潜水艦はノーチラス号とか?」

  ムウはからかうように尋ねる。

 「残念ながら、アレは私が乗る以前からあるもので…。『ケートゥス』と言います。」

 ネモは苦笑しながら答える。

 「しかし、フェルナン准将からというのは…?そもそもあなた方は何者ですか?」

 ナタルはそんなやりとりを不機嫌に見ながら本題に入った。が、彼女の疑問はマリューたちにとっても同じだった。

 「確かにあなた方にとって、我々のことを不審に思うでしょう。あえて一言で言うならば、潜水艦『ケートゥス』はアンヴァル部隊とヘファイストス社の使いパシリ(・・・・・)である、ということですかね。」

 「はぁ…。」

 「ようは、表立っての動きができないときにちょうどいい艦ということです。今回も聞くところによると、アラスカまで自力でかつ無補給で行かなければならないとか…。」

 ネモの言葉を聞きながらマリューは痛いところを衝かれたような気がした。アークエンジェル及びストライクは地球軍の大きな切り札になるとして造られたはずなのに、いくらザフトの勢力圏といえども、地球軍本部は救援も補給もよこさない。

 「そこで、インド洋まで我々に同行してほしい、とフェルナン准将から頼まれました。本当は、アラスカ近くまで行きたいのですが、こちらにもいろいろ都合がありましてね…。」

 「いえ…、そんなことは。」

 マリューたちにとってはありがたい話だった。ナタルはあまり納得していない様子だが、この海域でさきほども戦闘になったのだ。アークエンジェル単独で行けるとは楽観視していない。

 「あと、ソナーの使い方も心得ているクルーを連れてきましたので、そちらはまだ不慣れでしょう?分からないことがあったら何でも聞いてください。」

 ネモはちらりと後ろを振り返り、ハックを見やる。

 なにか、いろいろと手配をしてくれている心配りにマリューは口元を緩めた。

 「ええ、ありがとうございます。こちらも助かります。」

 

 

 ふたたびアラスカに向け航海を始めた、アークエンジェル。その甲板上にルキナは1人佇んでいた。風に当たれば、複雑な感情もどこかに飛ぶのではと思ったが、無理であった。

 「なんで…。」

 手に持っていたキーホルダーを眺めながらつぶやいた。

 潜水艦が来た理由はフェルナン准将の頼みであることは人づてに聞いた。だが、ルキナの中に納得できない部分があるのはそこではなかった。

 「ここにいたんだ、ルキナ。」

 そこへヒロが顔を出した。

 「ギースさんが探していたよ。どうしたの?」

 ヒロはルキナが浮かない顔をしていたことに気付き尋ねた。

 「なんでもないわ。今から行くわ。」

 あの人がいるのはインド洋までだ。それまで極力会うのを避ければいい。

 ルキナは自分に言い聞かせながら甲板を後にした。

 

 

 

 地球へ降下し、ジブラルタル基地に降り立ったアスランとニコルはブリーフィングルームへ向かっていた。ここで先に降りていたイザークとディアッカに合流することになっていた。部屋に近づくにつれ、イザークの声が聞こえてきた。

 「お願いします、隊長!アイツを追わせてください!」

 「イザーク、感情的になりすぎだぞ。」

 どうやら、イザークがラウに何か懇願しているようだ。しかし、アスランはそれよりもイザークの傷に驚いた。

 「イザーク、その傷…。」

 思わずアスランは口に出すが、イザークは「ふんっ。」と顔をそむけた。

 「傷はもういいのだが、ストライクを討つまでは痕を消すつもりはないと言うことでな…。そして、その追討任務を志願してな…。確かに、『足つき』がアラスカにデータを持って入るのは阻止しなければならないが…、今は別の隊が追っているし、我々には別の任務がある。」

 そう、そもそも宇宙軍の自分たちが降下してきたのはオペレーション・スピットブレイクのためであった。しかし、イザークはなお食って掛かる。

 「宇宙(そら)からずっと我々の仕事でした、隊長!アイツは我々の手でっ!」

 「私も同じ気持ちです、隊長!」

 するとディアッカもイザークに賛同した。ふだん、斜に構えた性格であまり熱くなったりしないディアッカの態度にアスランとニコルは驚いた。

 「俺もね、散々屈辱を味わされたんだよ、あいつにはっ!」

 アスランとニコルの視線に気づいたディアッカは顔をしかめながら言葉を吐いた。2人の言葉を受けたラウはしばし考え込んだ後、口を開いた。

 「私は作戦準備のため動けないが…、きみたちでやってみるかね?」

 イザークとディアックはそろって「はい!」と意気込んで答えた。

 「では、イザーク、ディアッカ、ニコル、アスラン、そして、あとでもう1人、別の隊から配属させてもらう。まだ地上に来て日が浅い君たちの大きな力になる。そして、指揮は…アスラン君に任せよう。」

 「えっ!?」

 アスランは思いがけない言葉に動揺したが、ラウは続けた。

 「カーペンタリアで母艦を受領できるよう、手配する。そこで彼にも合流させる。ただちに移動準備にかかりたまえ。」

 「いろいろと因縁のある艦だ。難しいだろうが、君に期待しているよ、アスラン。」

 さらにラウは畳みかけるように言葉を発した。そう、彼はストライクのパイロットがアスランにとって大事な存在と知っている。その上であえて指名したのだ。こうまで言われては断ることもできない。アスランは複雑な表情になった。

 「ザラ隊…ね。」

 「ふん…お手並み拝見といこう。」

 一方、イザークとディアッカはアスランが隊長に指名されたことをあまり快く思ってないようだった。しかし、言いだしたのは自分たちだ。この追悼任務を無下にすることは出来ない。そう思いつつ、2人は足早に部屋を出た。

 「アスラン、約束(・・)は覚えているだろうね?」

 ニコルとアスランも部屋を出ようとした時、ラウはアスランを呼び止め、確認するように尋ねた。約束、それはラウにキラの事を話した時に交わしたものだ。もし説得に失敗したら、自分がストライクを撃つと。

 「…はい。」

 アスランは向き直り、声を硬くしながら答えた。

 「ならいい。もし撃たねば、次に撃たれるのは君かもしれんぞ。」

 ラウは頷き、低い声で言った。その言葉はアスランの胸に深く突き刺さった。

 

 

 

 アークエンジェルにふたたび襲撃が来た。

 「レーダーに反応、ディン3機です!」

 「ソナーに感あり、7時の方向、モビルスーツです!」

 そして、ソナーにも数日前の襲撃の同様の反応があり、トノムラは叫んだ。

 「数は?」

 「音紋照合、グーン2、それと不明が1ですが…間違いありません。」

 ここ数日、ハックから教わったトノムラは今回はてきぱきとした動きになっていた。

 (ラミアス艦長っ!こっちは潜水母艦に攻撃を仕掛ける。)

 ケートゥスも動きを捉えたのか、ネモから通信が入った。アークエンジェルは浅瀬の方に行き、ケートゥスはモビルスーツの航跡から母艦の位置を特定し、スカイグラスパーと連携して叩く。あらかじめ、話し合われた作戦である。

 「ええ、お願いします。」

 マリューは通信を切ると、艦内に戦闘配備の号令をかけた。ケートゥスもすぐさま潜航を開始した。

 上空より先日同様、ディンが迫ってきていた。

 アークエンジェルからふたたびクリーガー、[トゥルビオン]が発進し、応戦に入った。フォルテのジンは艦の上で、迎撃に加わった。

 

 

 

 一方、海中ではモビルスーツ3機が水中航行形態で近づきつつあった。2機はグーンであるが、1機は見たことがないモビルスーツであった。

 「ふんっ、浅い海を行ってくれるとは、むしろ好都合だ。今日こそ沈めてやるぞ。」

 謎のMSに乗っているモラシムはアークエンジェルのとった行動をあざ笑うように、魚雷を発射した。つづいてグーンもそれぞれ前腕部より魚雷を発射する。

 アークエンジェルは前回同様、離水して魚雷の直撃を逃れるが、向こうもそれを想定し、グーンが海面にでてライフルダーツを放たれ、艦首に命中した

 カタパルトでは、水中MSの応戦のため、[ヴァーグ]が発進し、つづいてソードストライカーを装備したストライクが発進しようとしていた。

 (本当にソードでいいのか?)

 通信機からマードックは怪訝そうに聞くが、対して、キラはてきぱきと答える。

 「レーザーを切れば実剣として使えますから!」

 前回の戦闘で、バズーカは失ってしまった。だからといって、空中戦・水中戦ができないからと甲板上で手をこまねいていたくなかった。どの道、この方法しかなかった。そうしてストライクはカタパルトから射出され、水中に入っていった。

 水中ではすでに[ヴァーグ]とグーンが戦闘を始めている。そのうちの1機がストライクに気付いたのかフォノン・メーザー砲を放った。ストライクは盾代わりのパイツァーアイゼンの本体キャニスターでそれを防ぎながら岩場に身を隠していく。向こうの方が水中での機動力は上なのは承知済みだ。迫って来るグーンにうまく取りつき、シュベルトゲーベルを振り下ろそうとした時、コクピット内に右側からの警告音が鳴り響いた。

 キラがハッとしそちら側に目を向けた瞬間、激しい衝撃が機体を襲った。魚雷がストライクに命中したのだ。

 一体何が…?

 なんとかストライクを立て直し、魚雷が来た方をみると、なにかオウムガイみたいな形状をした機体であった。その機体が変形すると、猿人類みたいな形状になった。

 その機体がやってくるとグーン2機が海上へ上がっていった。アークエンジェルを再び攻撃するためだ。しかし、キラはそちらを気にする余裕がなかった。謎のモビルスーツがこちらに迫って来たのである。

 それはグーンを相手にしていた[ヴァーグ]もそうであった。[ヴァーグ]は海上のグーンを追いかけたかったが、海中でのストライクの戦闘は明らかに不利だ。

 「UMF-5 ゾノ、か…。」

 サイラスはコンピュータで照合し、機種の特定をした。どうやらザフトがグーンの陸上戦闘の低い問題解消を取り入れた最新機種であった。その特徴を鑑みると、なおさらそっちの方が重要だ。[ヴァーグ]もゾノの方へ向かった。

 

 アークエンジェルの格納庫では、ムウがランチャーストライカーを装備したスカイグラスパーの発進準備にかかり始めた。モビルスーツの航跡からケートゥスが潜水母艦に攻撃をしかけ、誘い込み、スカイグラスパーで叩くためだ。

 「だから何で機体を遊ばせておくんだよ!私は乗れるんだぞ!」

 その隣、スカイグラスパー2号機の前ではカガリがマードックに噛みつくような勢いで迫っていた。

 「いや、でも、あんたは…。」

 マードックは渋った。それもそのはずだ。カガリは民間人だ。そんな彼女に機体は任せるにはできないし、砂漠でアバンのように勝手に乗られ、しかも壊されたりでもしたらたまったもんじゃない。しかし、カガリは勢いを増し強い口調で言った。

 「アークエンジェルが沈んだらみんな終わりなんだぞ!?なのに、なにもさせないで、それでやられたら恨んで化けて出るぞ!」

 「お嬢ちゃんの勝ちだな、曹長。2号機、用意してやれよ。」

 「え~!?」

 「母艦をやりに行くんだ。火力が多い方がいい。だが、これは遊びじゃないんだぜ。わかってるだろうな?」

 「もちろんだ。私はいつでも真剣だ!」

 そうして、1号機と2号機は発進した。

 

 

 海中の戦闘から離れたところにボズゴロフ級潜水母艦クストーはいた。先日の戦闘で所属不明の潜水艦が現れたため、念のため警戒していたが、いっこうに気配がなくソナーからも探知できなかった。

 「よし、さらにMSを出すぞ。」

 警戒を解いた艦長のモンローはクルーに告げた。アークエンジェルへの攻撃をさらに畳みかけるためだ。まずグーンを出すため、前方のドライチューブの開閉が始まった。

 その音をハックは聞き逃さなかった。

 「船長っ!」

 「よし、魚雷、発射っ!」

 ケートゥスからクストーに向け、魚雷を発射した。その突発音がクストーにも聞こえた。

 「っ、突発音です!」

 「回避っ!」

 「間に合いませんっ!」

 魚雷がドライチューブに命中した。

 「上空に機影っ!」

 「浮上しろ!そして、ディンだけでも出す。」

 激しい揺れの中クストーは叫んだ。潜水艦だけでも手いっぱいになるのに上空から狙われては厄介だ。

 クストーは浮上し、上部のドライチューブのハッチが開いた。

 浮上したクストーをスカイグラスパーが捉え、ムウはアグニを放ち、艦隊の真ん中を貫いた。ちょうど燃料部のところだったのか、艦隊が膨らみそこから一気に弾けるように爆発した。

 「やったかっ!?」

 爆炎と水しぶきをかいくぐりながら低空飛行しているカガリであったが、いきなりディンが目の前に現れ、驚き旋回させる。

 どうやら1機だけ難を逃れたのがいたのだ。

 ムウのそれに気づき、上空から降下しながら狙う。ディンに狙いを定め、トリガーを引こうとした時、目の前にカガリ機が横切った。

 「ちょろちょろするなよ!俺が撃っちゃうじゃないか!」

 「なにをっ!」

 カガリだって必死にやっているのに邪魔者扱いされカチンときた。しかし、後ろから衝撃が走り言い返すことができなかった。

 どうやらディンの放った突撃機銃に被弾したようだ。

 (大丈夫かっ!?)

 ムウは驚きと心配の声で尋ねた。

 「ナビゲーションモジュールをやられただけだ!大丈夫。」

 (帰投できるな?はやく離脱しろ。)

 ムウは少し安堵したのち、カガリに命じた。

 「大丈夫だ、まだ…。」

 (フラフラ飛ばれても邪魔なだけなんだよ!それくらいのこと、わかるだろう!?)

 ムウの言葉にカガリはムッとしたが、言い返さなかった。ムウの言っていることが正しかった。

 「…わかったよ。」

 渋々の態度で、カガリは機体をアークエンジェルのいる方向へ向けた。

 

 

 海上からはグーンが海中から出ては攻撃し、また海中に身を隠していた。アークエンジェルも下部のイーゲルシュテルンで応戦するが、ほとんど無意味だった。

 「ストライクと[ヴァーグ]は何をしている。」

 頼れるのは2機だけなのだが、なかなか姿を表さない。

 「ゴットフリートの射線がとれれば…。」

サイは毒づいた。主砲のゴットフリートであれば、一撃で敵機を撃破できるのだが、両舷上部にあり構造上真下には撃てない。が、それを聞いていたマリューは何か思いついた顔をした。

 「ノイマン少尉!一度でいい、艦をバレルロールさせて!」

 「ええっ!?」

 マリューの言葉にノイマンをはじめ他のクルーも驚いた顔をした。無理もない。小型の戦闘機ならともかく、巨大な戦艦を、しかも有重力下で行うのだ。

 「ゴットフリートの射線をとる!一度で当ててよね、ナタルっ!」

 「わっ…、わかりました。」

 しかし、マリューは続けてナタルに命じて、彼女は本気のようだ。マリューの気迫にナタルも珍しく上ずった声で答えた。

 (本艦はこれよりバレルロールを行う!衝撃に備えよ!繰り返す…。)

 艦内に放送が入り、みな驚いた顔をし、あわてて機材や物を固定をし始めた。

 それは甲板上にいるフォルテも同じだった。

 「俺どこに避難すればいいんだよっ!」

 いくら改造されているとはいえ、もとはノーマルのジンだ。飛ぶことも水中に入ることもできない。グゥルは地球軍のカタパルトと規格が合わないため持ってきていない。

 こうなったら…。

 「マードック曹長っ!機体の固定ベルトあるか!?」

 フォルテはマードックに通信を入れた。

 「グーン2機、浮上しますっ!」

 「ゴットフリート照準、いいか?」

 マリューはシートベルトを締めながら、確認する。クルーもあわてて体を固定する。

 「行きますよ…!」

 ノイマンがスラスターと舵を操作し、巨大な艦は傾き始める。

 アークエンジェルに攻撃を仕掛けようとして海面にでたグーンのパイロットも、まさか目標が逆さまになっている状況になっているとは知らず驚愕した。主砲と固定ベルトを命綱のように使用しぶら下がっているジンが自分を捉えているのを見えたが、間髪いれずゴットフリートをジンの無反動砲を放たれ撃沈した。もう1機も、もう1つの砲で撃たれ沈んだ。

 回転して戻っていく艦橋からそれを捉え、歓声が上がった。

 

 

 水中ではなお激しい戦闘が続いていた。

 ちょうどその時、海面でグーン2機を吹き飛ばした衝撃が来た。

 ゾノはそれに思わず気をとられ動きを止めた。

 その隙を逃さなかった[ヴァーグ]は魚雷を発射した。一瞬遅れたゾノは慌てて回避するが、同じく隙をついてきたストライクがシュベルトゲーベルをゾノに突き刺した。

 ゾノは一瞬動きが止まったかのように見えたが、ゾノは急にガシっとストライクの頭部を掴み、そのまま海底の岩場に叩きつけた。そして、最後の力を振り絞るように掌部のレーザを発射しようとした。

 「こんな至近距離でっ!?」

 その時、[ヴァーグ]が銛をゾノの手首あたりの隙間に突き刺した。掴まれた力が弱まった隙を狙い、ストライクは腰部のアーマーシュナイダーを突き立て、蹴飛ばした。

 まるで生気を失ったように海中に投げ出されたゾノはそのまま爆発した。

 

 

 

 バックパックユニットのミサイルを放ちディンを牽制したヒロは照準器を出し、ライフルを構える。1発だけのチャンス。全神経をトリガーに集中した。

 両腕に銃を構えていたディンはミサイルをかいくぐり、態勢を整え始めた。

 その隙を狙い、ライフルを放つ。

 ディンはあわてて突撃機銃を構えるが間に合わず、銃を貫通し、右腕を失った。そして、ひるんだところで、ふたたびライフルを撃ちもう1丁の銃を撃ち落とす。

 攻撃能力を失ったディンは反転し、母艦があるであろう方向へ去って行った。

 これで、1機。

 ヒロは肩で息をしながら周りを見た。もうすでに周りの戦闘は終わっていた。どうやら他の2機はルキナが撃退したらしい。[トゥルビオン]がこちらにやって来る。

 (…また、来るわよ。)

 先ほどのディンの事を言っているのだろう。ルキナはそんな懸念を述べた。

 「そしたら、また追い返すよ。…何度も。」

 ヒロは息を整えながら、答えた。

 (…そう。)

 「どうしたの?何かあったの?」

 なにかそっけにない態度に違和感を覚えたヒロはルキナに尋ねた。

 「何もないわよ。なんでそんなこと聞くの。」

 「だって…ルキナ、ここ最近様子がおかしいし、何かあるんだったら…。」

 「何もないわよっ!余計なお節介はやめてっ!」

 通信機からのルキナの声がコクピット内に響き渡った。しばらく2人の間に沈黙が流れた。ルキナの方からポツリと言った。モニターから暗く苦い表情をしていた。

 (…強く言ってごめんなさい。でも、ヒロには関係ない話なの。だから、ごめん。今は話しかけないで…。)

 そのまま[トゥルビオン]を翻し、アークエンジェルへ帰投した。そのまま、1人残されたヒロは、ふたたび何か言いかけようとしたが、そのまま口をつぐみ、帰投した。

 

 

 

 あたりの波打つ音、キャノピーで遮っていても通り抜ける太陽光がおぼろげに知覚し始め、カガリは目を開けた。しばらくはぼっとしていたが、どうして自分がここにいるのか、その経緯を思い出し始めた。

 被弾したためにアークエンジェルに帰投しようとしていたが、途中、ザフトの輸送機に遭遇してしまった。応戦し、放った銃弾は敵機を捉えたが、己の機体もまた被弾し、墜落してしまった。

 とにかくアークエンジェルとコンタクトをとらなければ…。

 そう思い、計器類をいじるが、なにも反応がなかった。

 「こちら、カガリ。アークエンジェル、どうぞ…。」

 通信機もダメなようだ。

 カガリは仕方なく、諦め前の方を見た。

 どうやら自分が不時着したのは、どこかの島の一部でここは浜のようだった。

 

 

 

 

 




 いろいろやりたいことがあるのにどれも進まない…。(もちろんこの小説も。)なにより一番この夏できなくてガッカリだったのはガンプラを作れなかったこと!
 どんどん買ってしまうからたまる一方…(涙目)。



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PHASE-30 星降る夜に

お久しぶりです。ようやく更新できました(汗)


 

 

 なんで、ここにザフトが…?

 カガリは息を殺し、岩場から様子を伺っていた。

 救難信号をセットし、この島で救助を待つまで上陸をし、島の全容を知るため散策したところで思わぬものが目に入った。

 モビルスーツである。しかも、近くにザフト兵がいた。

 カガリはホルスターから銃をとり、身構えた。

 

 

 なんとか追撃をかわしたアークエンジェルでは、思わぬアクシデントが舞い込んだ。 スカイグラスパー2号機で出撃したカガリが戻ってきてないのだ。被弾こそしたが、飛行に支障はなかった。しかし、戻ってきてない。

 「MIAと認定されますか、艦長?」

 ブリッジに不安と戸惑いの空気が流れ始める中、ナタルはマリューに問うた。MIAとはミッシング・イン・アクションの略で、戦闘中行方不明のことである。つまり確認できないが、戦死という判断を下すのである。

 その言葉に、トノムラから小声で聞いたサイとミリアリアは驚き、マリューは眉をひそめた。

 「それは早計ね、撃墜は確認されてないわ。」

 マリューはそう言いながらパルの方へ向いた。

 「日没までの時間は?」

 「約1時間です。」

 そのやりとりにナタルは驚いて声を上げた。

 「捜索されるおつもりですか!?ここはザフトの勢力圏ですよ!」

 ナタルとしては、いつまた襲撃があるかわからない敵の勢力圏で、自軍の兵士ではい民間人の捜索に時間をかけるのは危険を伴うし、時間の無駄であると思っていた。しかし、マリューはかまわず続ける。

 「日没までは上空からの捜索を、日が沈んだら海中の捜索をしてもらうわ。今戻って来たパイロットたちに伝えて。」

 「艦長っ!」

 「報告にでも記録にでも、好きに書きなさい!」

 なおも抗議するナタルであったが、マリューに気押され、それきり黙った。

 

 (こっちも潜水艦で探してみる。アクティブ・ソナーと使えば海底の様子もわかる。それに、夜でも動けるしな。)

 ネモからも通信が入る。事情を聞いた彼らも協力してくれることになったのだ。アクティブ・ソナーとは、自ら音波を出して、その音波が反射して戻ってくるまでの時間差から位置を把握するものである。音を発するため、敵に感知されやすいのと、現在ではあまり使用されるものではないが、今は隠密行動を隠す必要もないこともあり使用を試みようとしている。一度浮上していたケートゥスはゆっくりと動き出し、ふたたび海中に潜っていった。

 そしてアークエンジェルからも捜索のモビルスーツを発進準備に取り掛かった。ナタルの懸念するようにまたザフトの襲撃があるかわからない。交代しながらの捜索となった。

 

 

 

 ザフトのカーペンタリア基地の1室でニコルは落ち着かない様子で右にと左にと、行ったり来たりしていた。それに対しディアッカはのんびりと椅子に腰をかけ雑誌を読んでいる。

 カーペンタリア基地に到着した彼らであったが、マシントラブルで彼らより遅く到着することになっていたアスランが一向に到着せず、そこに輸送機がインド洋で消息を絶ったというニュースが届いたのであった。

 ニコルがなおも落ち着かない様子でいると、そこへ司令部に情報を聞きに言ったイザークが部屋に戻って来た。

 「イザーク、アスランの消息…。」

 ニコルが司令部からの情報を尋ねようとした時、イザークは芝居がかった声を上げた。

 「ザラ隊の諸君っ!さて、我が隊初任務の内容を通達する!それは、これ以上ないというほど重要な……隊長殿の捜索である!」

 言い終わると同時に、イザークとディアッカは同時に笑い出した。その様子を見ながらニコルはムッとした表情になった。イザークは笑いながら続けた。

 「本部もいろいろと忙しいってことでね。自分たちの隊は自分たちで探せとさ。とは言っても、もう日が落ちる。捜索は明日かな?」

 「そんなっ!」

 イザークの言葉にニコルは抗議の言葉を上げるんだ。

 イザークが出て行こうと入り口に立ったとき、目の前に緑の制服に包まれた兵士が立っていた。年齢はイザークたちより一回り上程度で、背は高く兵士らしく引き締まった体つきをしていて、鋭い眼光をのぞかせていた。

 いきなりのことでの驚きとその異様な威圧感にイザークは思わず一歩後ろに下がってしまった。3人ともそのまま黙ってしまい、彼が何者か尋ねるのを失念していた。先に、その男の方から口を開いた。

 「本日付でザラ隊に配属したクトラド・タルカンです。隊長に挨拶に来たのですが…。」

 クトラドと名乗った兵士は敬礼し、挨拶する。

 ニコルは、たしかクルーゼ隊長が1人別の隊から配属させると言っていたのを思い出した。ニコルはクトラドの方へ向かう。

 「すみません、今、アスラン…ザラ隊長はここに向かう途中、消息を絶って…。」

 「行方不明と言うことですか?」

 「はい、捜索が僕たちだけで行えとのことですが…。」

 「そうですか…。」

 クトラドは納得した顔をし、頷いた。

 「ですが、もう日没です。レーダーが使えない現状、夜の捜索は困難を極めますし、いくら我々の勢力圏でも危険を伴います。」

 「しかし…。」

 もしかしたら協力を得られると思っていたニコルは食い下がった。

 「地球に住んだこともなく、まだ地球に来て間もないあなた方では、かえって迷惑なのです。心配の気持ちがおありでしょうが、お分かりいただけたい。」

 正論をつかれ、ニコルはぐっと黙ってしまった。

 「では、自分は宿舎の方に戻りますので…。また、明日、捜索時にこちらに伺います。」

 一礼し、クトラドは部屋を出た。イザークはまるで自分たちをバカにしているのではないかと言う物言いに癇癪を起こし、ディアッカがそれをなだめいた。ニコルは溜息をつき、窓の外へ見やった。たしかに自分は地球のことを全然知らない。そとは赤い夕焼け空をしているが、それが翌日晴れる意味だったか、雨の意味だったか、確信できなかった。

 

 

 

 「おまえ、本当に地球軍か?」

 手と足を縛られ身動きが取れなくなり転がっているカガリにザフト兵は少しあきれ気味の口調で聞いた。

 「認識票もないようだし…。俺は戦場で、ああいう悲鳴を聞いたことがないぞ。」

 「悪かったな!」

 そう言われ、カガリは顔を赤らめ、怒り返した。応戦したはいいものの、結局返り討ちにあってしまい、このような状況になってしまった。

 「所属部隊は?なぜあんなところを単機で飛んでいた?」

 ふたたびザフト兵‐アスランは尋ねた。カーペンタリアに移動中、自分が乗っていた輸送機がこの少女が乗っていた戦闘機の攻撃を受け、アスランはイージスとともに脱出し、この島に不時着した。

 「私は軍人じゃない!所属部隊なんかないさ!こんなとこ来たくて、うわっ…。」

 カガリは反論しようと身を起こしたが、バランスを崩し転がってしまった。その様子を見ていたアスランは噴き出しそうになった笑いをこらえていた。そして、カガリを背に再びイージスのコクピットに向かって歩き出した。

 カガリはザフト兵が向かう先にあるモノに目を向けた。V字アンテナ、ツインアイ、そしてメタリックグレーの色をしている機体…ヘリオポリスで造られ、そしてザフトに奪われたXナンバーの1つであるとわかった。

 ストライクといい、この機体といい、自分の目の前にふたたび現れたことに、これが造られた背景を考えれば、何か因縁を感じてしまう。そういえば、ヒロの乗っているのもXナンバーのようだが…。話では5機と聞いていたが、いったい…。と考えつつもそんな場合ではなかった。

 「おまえ、あのときヘリオポリス(・・・・・・)を襲ったやつらの1人か?」

 カガリはザフト兵に問いただした。アスランは思わず歩みを止め振り返った。

 「私もあの時、あそこにいた。お前たちがぶっ壊した、あのヘリオポリスの中にな!」

 アスランは何も答えず、ふたたび歩きだし、イージスのコクピットに乗り込んだ。通信機を試し、友軍と連絡を取ってみようと思ったが、やはり繋がらなかった。

 ヘリオポリス…。今思えば、あそこがすべての始まりかもしれない。そこで開発が行われた地球軍のモビルスーツを奪取することがアスランにとって初陣だった。そして、そこでキラと思いがけない再会をし、お互い敵同士となってしまい、今では、自分が彼の追討任務の隊長として指揮を執ることになった。あれが始まりだとすれば、終わりはどこなのだろうか?それは、やはり…。

 ふとアスランの頭によぎったものに背筋が凍るような感じがした。

 

 

 

 インド洋、マラッカ海峡に近い海域にて2隻のボズゴロフ級の潜水艦、エルブルス及びロンゴノットが浮上していた。ロンゴノット艦長ブーフハイムがカーペンタリア基地からの報告を知らせにエンブルスにやって来た。

 エルブルスの艦長マレル・イストレフィは浮上しているのをこの時とばかり上部甲板で夕日を眺めながら横になっていた。

 「モラシム隊がやられたようだ、イストレフィ。」

 「…だそうだな。さっき損傷した1機が緊急着艦してきた。」

 マレルの言葉にブーフハイムは眉をひそめた。

 「そう、怒るなよ。つい先ほどだったんだ。パイロットもここまで来るのにギリギリだったし、今は休ませてるんだ。で、カーペンタリアからはなんて?」

 ブーフハイムの表情を読み取ったマレルは弁明し、もたらされた報告を促した。ブーフハイムはまったく身勝手なと思いながらも彼に話し始めた。

 「クルーゼ隊の奪取した機体のパイロットたちの隊が結成され、『足つき』を追うことになった。1週間後ぐらいに合流できるだろうから俺たちはそのバックアップをしろとの事だ。」

 ブーフハイムはおもしろくない面持ちで話す。

 「なるほどね…。まあ、妥当だろうよ。バルトフェルト隊もモラシム隊も落とせなかったんだ。俺たちでだけでは無理だろう?」

 「宇宙(そら)のやつらに海の戦いの何が分かる?」

 そう吐き捨て、ブーフハイムが憤然として己の艦に戻るのを見送りながらマレルは溜息をついた。そしてふたたび夕日を眺めた。

 地球とプラントの交流の懸け橋になるためにプラントに行ってからどれくらいの月日が経っただろうか。ナチュラルとともにそれを目指していたなんてことは、今ではもう考えられないことだった。もう、そのナチュラルもいない。それからはプラントの独立の機運が高まり地上のことなど考える余裕などなくなっていた。そして、その空気に流されるまま軍に身を置くことになった。

 

 

 

 

 日が水平線の先へと沈み、あたりが暗くなってだいぶ時間が過ぎた。

 「休めって言われてもな~。」

 ヒロは困り顔で自室に向かっていた。

 日没によってカガリの捜索は一旦中断され、パイロットは休むよう言われた。現在はケートゥスが周辺海域を捜索しているが、いまだに連絡もこない。手掛かりがまったくないこんな状況では休む気にもなれない。機体のメンテナンスなどと理由を見つけて、格納庫にずっといたが、とうとう半ば無理やりに戻された。

 ドアの前に立ち、やはり休めないと思ったヒロは逸る気持ちを落ち着かせるようと展望デッキに向かった。

 そこには、すでに先客がいた。

 「ルキナもここにいたんだ。」

 ヒロはルキナの方にやって来た。

 「ええ。眠れないからちょっとここにいただけよ。」

 「ぼくも同じだ。」

 2人はしばらく展望デッキから見える星空を見ていた。

 「そういえば砂漠を出てから、こうルキナと話す機会なかったね。他のみんなともそうらしいけど…。」

 「心配してくれるの、いいけど…、あまり私と関わらない方がいいわよ。」

 「え?」

 思ってもなかった返答にヒロは戸惑った。

 「私は…疫病神だから。」

 「疫病神って…。いきなり、なんでそんなこと言うのさ?」

 ヒロは驚きながら尋ねた。

 「言った通りの意味よ。私はナチュラルからも、コーディネイターからも嫌われ者。そんな私と居たら、災難が降りかかるわ。」

 「そんなこと…。」

 「なくはないわ。」

 ルキナの言葉に、否定しようとしたヒロは最後まで言えなかった。

 「ヒロは知らないだけ。だから、そう言えるのよ。わかってからじゃ遅いのよ。それに、1人は慣れているし…。」

 「そんな1人だなんて!?じゃあ、アンヴァルの人たちは!?みんな…。」

 ルキナは何も言わず、そのまま展望室を後にした。

 ポツンと取り残されたヒロはふたたび展望デッキの外へ見やった。外は星が瞬き綺麗であったが、先ほどとは違い寂しい感じがした。

 1人。

 その言葉に、突き刺さるような胸の痛みを感じた。あの時(・・・)の記憶が脳裏によみがえる。

 「…1人は、つらいよ。」

 ヒロはポツリと呟いた。

 

 

 

 「どうだ?」

 ケートゥスの発令所にネモは入って来て、副長のテオドアに聞いた。

 「いや、まだハックのヘッドホンに反応はない。」

 テオドアは首を横に振り答えた。その間もハックはずっとヘッドホンの音に集中していた。

 アクティブ・ソナーの超音波を用いて、物体に反射し返って来た音から距離からモニター画面に海にある物体の姿を捉えるようにしているが、スカイグラスパーらしき機体の姿は確認されていない。ザフトの中型輸送機の姿はあったが…。

 「そうか…。もうすぐ夜が明ける。そしたら向こうも捜索を再開する。ハック、少し休んで…。」

 「あっ、船長。」

 その時、ハックは何か音を捉えたのかヘッドホンに耳を立てていた。それに気付いたネモとテオドアも近くにやって来た。

 「どうした?」

 「何かの音が聞こえます。電子音か…。」

 ハックはさらに音がどういうものか探っていた。

 「この規則的な音は…救難信号です!」

 ハックの言葉にネモも食いついた。

 「方角、距離は!?」

 「待ってください、今…。」

 ハックは計器をいじりながら、位置を特定しようとしていた。それを待つ間、ネモは別のクルーに指示を出した。

 「アークエンジェルにも通信を開け。」

 

 

 

 (海賊との話はついたのか?)

 発令所のモニター越しでブーフハイムはマレルに確認した。クルーゼ隊のパイロットたちが来る前に、アークエンジェルを討つための準備の話をしていた。

 「ああ、したさ。向こうには金を払っとけばぁ大丈夫だろう。おまえはいつも気に食わないようだが、余計な戦闘はしたくないだろう?」

 (赤道連合の怠慢だ。海賊を野放しにするなどっ!)

 「そんなの俺に言ってもしょうがないだろう。」

 (とにかく、本当に通るのか?)

 「ああ、確実だろう。」

 マレルはこのあたりの海域を映し出されたモニターに目を移した。

 「ここから下の方を通るのはリスクがありすぎるし、上の半島の方を通るのであれば、初めから内陸部を通っている。…間違いないさ、『足つき』はマラッカ海峡を通る。」

 

 

 

 




 えー、実に2か月半ぶりの更新です。いきなり何も告知なくそんな期間をあけてしまい申し訳ございません。
 9月末に1度更新して、それからしばらく1ヶ月以上あいていまうという旨を伝えたかったのですが、予定より早く忙しくなり…。結局、そのまま来てしまいました。他にも理由があり、それは追々にでも…。
 その時に後書きに書くことをメモしたものに目を通すと、それだけ期間が過ぎたことを改めて思います。
 だって、ガンダムの新作がもうすぐ始まりますねって…、もう7話ですよ!?
 そんなこんなで、こんなノロノロ更新な小説ですが、完結までなにとぞご付き合いよろしくお願いします。



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PHASE-31 マラッカ海峡突破戦

お待たせしました!
ようやく、更新です!
…てか、最近同じことしか前書きで言っていない(汗)



 

 (まったく!母艦の故障なぞ、あれだけ待機状態だったのだぞ。整備の怠慢だ!だから嫌なのだ。エリートと組むのはっ!)

 ブーフハイムは苛立ちを隠せないようだった。クルーゼ隊のパイロットたちと別の隊からのパイロットで構成されたアークエンジェルの追討の任を受けた新しい隊、ザラ隊は母艦の故障のため、カーペンタリアから出発することができず、マラッカ海峡に間に合うことができなくなったのだ。

 マレルは溜息をつきながら、ブーフハイムをなだめようとした。

 「いや~、おれに言われてもなぁ…。それにいくらここで騒いでも遅いだろう。俺たちだけでやるしかないさ。とにかく落ち着け。もうすぐ『足つき』を迎え撃つんだから。」

 (そんなことは言われないでも分かっている!)

 ブーフハイムは怒りながら通信を切った。

 「やれやれ…。まあ、あいつは前方。俺が後方だから大丈夫か…。」

 マレルはモニターに目をやった。

 マラッカ海峡は細長い。前をロンゴノット、後ろをエルブルスで挟み撃ちにする作戦をとることになった。しかし、どう考えてもあの艦を沈めるだけの火力をこちらはあまり持ち合わせてない。

 「少し…考えなければな…。」

 マレルは1人思案し始めた。

 

 

 

 

 カガリを救出したアークエンジェルはマラッカ海峡を通り始めた。

 「マラッカ海峡は古くからの海上交通の要衝となっている。ザフトが地球上に侵攻、通商破壊を行ってことで、一時はその賑わいを失ったものの、ここの価値はそれなりに残っている。」

 ブリッジのモニターには海峡の航路地図が映し出され、ネモは艦長席のとなりで説明している。

 「ただ、この海峡は航行の難所にもなっていてね…。南東に行くほど幅が狭くなっている。まあ、一応この艦のサイズでも通ることはできるがね。さらに突然水深が変わったり、気象が激しかったりと実際恐ろしいほど航行するのは難しいんだ。」

 そのために、ネモがこちらの方に乗り、水先案内人の役を買って出た。

 「しかし、案内はうれしいのですがどうやって潜水艦の方に戻られるのです?海峡を越えることはできないからインド洋までと聞いていましたが…。」

 マリューは素朴な疑問を口にした。

 「ここに来るときに乗って来た水上機で帰るさ。そもそもその為に乗って来たからな。」

 「あれ、ですね。マードック曹長を始め、興味津々でしたね。私でもですが…。」

 「SOC-1。偵察・観測用に製造された水上機だ。あれは航空機愛好会の面々で造ったレプリカさ。」

 「航空機愛好会ですか…。」

 マリューは素性があまり知れないこの男が、自分の乗機を嬉々として説明している姿を見て、思わぬ一端を垣間見たと思い、微笑んだ。

 「さて、そろそろ気を引き締めないとな。ザフトの襲撃があるとしたらもうすぐだろう。」

 モニターは、海峡が狭くなり始めるところに差し掛かっている。

 普段であれば、他の民間船も往来しているはずだが、ここで戦闘が行われるのを事前に察知したのだろうか、それらは見受けられない。

 「レーダーに反応っ、モビルスーツです!グリーン、アルファ!これは…。ブルー、ブラボーからもこちらに迫ってきます。」

 その時、トノムラが叫んだ。レーダーには無数の光点が浮かぶ。そして、すでに正面からも影を捉えることができた。グゥルに乗ったジンやシグー、ディン、海中からはグーンが迫って来ていた。

 「挟み撃ちにするということね…。」

 マリューは呟いた。マラッカ海峡の入り口と出口、どちらも塞げばこちらには逃げ場はない。しかし、それはこちらも予想していたことだった。

 「予定通り突破します!総員第一戦闘配備っ!」

マリューの号令とともにカタパルトより機体が次々と発進していく。ストライクはソードストライカーを装備し、手にジンの無反動砲を持ち水中へと飛び込んだ。ランチャーを装備したスカイグラスパーと[トゥルビオン]が前方のモビルスーツ群の応戦に入り、クリーガーとジンでアークエンジェルの防衛にあたる。

 上空よりディンのミサイルランチャーやジンの無反動砲が次々とアークエンジェルに襲い掛かろうとする。

 それを艦のミサイル、バルカン砲、アサルトライフルで次々と落とす。

 爆発し、その衝撃が周辺にも響く中、爆風を縫ってディンが散弾銃を構え、こちらに向かって来る。

 それをクリーガーは腰部のサーベルを抜き取り、銃を構えていた腕を切り落とした。

 「ったく、キリがないな。」

 甲板上で迎撃しているフォルテは毒づいた。

 しかし、まだ戦闘は始まったばかりだ。

 

 

 

 

 後方のマレルはMSを出撃させたあと、そのままエンブルスを浮上させていた。その甲板部にはシグーと左右に兵員輸送車が2台、グゥルが待機していた。車内ではマレルを始め、兵士たちが自動小銃を持ち、白兵戦の準備をしていた。

 「これは俺の独断だ。この戦闘が終わったら、そう証言しろ。責任は俺が持つ。」

左側の装甲車からマレルは通信機を使い、副艦長に告げた。

 (何をおっしゃるんです、艦長。我々も艦長の策をよしとし、こうして準備に当たっているのです。)

 「そう言ってくれるとありがたい。ここの指揮は任せる。」

 (はっ!艦長もお気をつけて!)

 通信を切ったマレルは兵員装甲車の椅子に座った。

 (しかし、艦長も無茶なことを考えますよ。これ、本当に大丈夫なんですか?)

 シグーのパイロットから心配する声が聞こえた。

 「まあ、無茶といやぁ無茶かもしれねえが…。なに、お前ならやってくれるって信じているさ。」

 (はは。褒めても何もでませんよ、艦長。まあ、豚もおだてりゃ木に登るっていう言葉もありますから。)

 「これより『足つき』内部に侵入し、これを制圧する。」

 装甲兵員輸送車をシグーの両腕に装着させ、シグーはグゥルに乗り、これらの護衛として周りについているジンやディンとともにアークエンジェルへ向かった。

 

 

 

 上空でディンを迎撃していたヒロは後ろのモビルスーツたちの動きに訝しんだ。こちらに攻撃を仕掛けてはいるが、何かを狙っているような…。

 そのさらに後ろに奇妙な光景を見て、驚いた。

 (なんじゃありゃ!?)

 近くのフォルテもそれが見えたのであろう驚きの声を上げた。

 なにせ、シグーが両腕に兵員輸送車が取り付けられている。とはいっても、手を止めてはいられない。周りのMSの装備に驚きブリッジに通信を開いた。

 (おい、ブリッジ!D装備を持ったヤツらが来ているぞ!)

 「なっ…!?」

 ブリッジからのモニターからそれを捉えることができ、マリューは驚きの声を上げる。

 「ウォンバット照準、イーゲルシュテルン、取りつかせるな!」

 「モビルスーツを後方へ!」

 ナタル、マリューが叫び、後方への応戦体勢を急がせる。あれが当たれば艦も無事では済まない。まだアラスカまで半分も行っていない中、大きな損傷を受けるのを阻止しなければならない。

 (ヒロ!)

 「わかった!」

 ヒロはクリーガーを反転させ、後方へ急いだ。

 

 

 「イストレフィ艦長、モビルスーツがこっちに…。」

 シグーのパイロットは声を上ずらせマレルに通信を入れた。両腕に兵員輸送車をマウントした状態では、武器を使うこともできない。

 (慌てるなっ!これぐらいのことは想定してある!)

 「しかし…。」

 他のMSは対艦用の装備が中心である。

 「自分が行きます、イストレフィ艦長。自分はこの艦に助けてもらった恩があります。それにあの機体は自分の手で墜としたいのです。」

 ともに来ていたディンのパイロットはそう言い、クリーガーへ向けた。先日の戦闘であの機体と交戦し、損傷。武器もなくなったため、母艦に戻ろうとしたが、すでに撃沈され、他の機体とも交信が取れなかった。他の友軍と合流するために彷徨っていたところ、機体のバッテリーも己の体力も限界に近いなか、かろうじてエンブルスに辿り着けた。結局、自分だけが生き残り、仲間は全員死んだことはこの後知った。

 「モラシム隊長や、他のみんなの仇…。」

 たとえ、倒すことができなくても一矢報いる思いで、スラスターを全開に、クリーガーへ急降下した。

 

 

 周りにいたMSの内、ディンがこちらに急接近するのを見たヒロはビームライフルを放ち応戦する。

 クリーガーはディンが持っている突撃機銃を撃ちぬいた。しかし、武器を失ってもなお、ディンはクリーガーに突進してきた。

 「まだ、来るのか…!?」

 ヒロは戸惑いながら、クリーガーを後退させた。

 が、ディンは逃がさないとばかりに、クリーガーの腕を掴み、そのまま突進した。衝撃によって機体がよろめいた隙を狙い、ディンは落ちていた重斬剣を拾い、振るった。

 「装甲と装甲の間なら…。」

 いくらPS装甲でも、機体には製造した時にパーツの継ぎ目はあるだろうし、そこまでカバーはされていないはずだ。かなりの技量を持ったパイロットでないとできないものであるが、この至近距離、そして狙い目はコクピット。これならば…。

 「…このままじゃっ。」

 ディンが剣を突こうとした瞬間、クリーガーの腰部の両サーベルを咄嗟に抜き、斬りかかった。ビームサーベルは弧を描くような軌道を見せ、ディンは剣を持っていた前腕部を斬りおとされてしまった。

 もう一方のビームサーベルはディンの頭部右部を貫き、火花が散っていた。

 「こんな無謀なことを…。早く、脱出をっ!」

 「無謀だと…。おまえたちに何が分かるっ!」

 ヒロの言葉にパイロットは怒りをあらわにした。

 「ナチュラルは、俺の家族を、コーディネイターだからって殺したんだ。民間人だったんだぞっ!そんなヤツらがこんなもん持っていいはずがない!」

 「だからって…!?」

 ヒロが反論しかけたとき、ディンの後ろにいたモビルスーツ達からキャニスの小型ミサイルと大型ミサイルが発射され、クリーガーとディンに迫るのが見えた。

 「まさか…味方ごとっ!?」

 彼らを巻き込むように、ミサイルはアークエンジェルに着弾し、爆発した。

 それを皮切りに他のモビルスーツもミサイルやバズーカを撃ちこむ。

 後方からの衝撃がブリッジにも響いた。

 

 

 「後ろか!?っておわ!?」

 フォルテはさきほどの衝撃とクリーガーの安否に気がいった間に、前方からの攻撃によって下方のハッチの扉が外れてしまっていた。

 「やべっ…。」

 こっちから侵入されたら、手が付けられない。

 フォルテはカタパルトまで降り、そこで迎撃に入った。

 

 

 「ヒロっ!」

 前方で迎撃していた[トゥルビオン]は翻し、艦へ向かった。

 爆発に巻き込まれたのではないかと、近づくと、シールドでなんとか爆発の衝撃を守っていたクリーガーの姿を確認できた。衝撃によって先ほどいた位置より後ろに下がっていた。

 その目の前には、ミサイルによって無残な姿になったディンもいた。

 「なんで…、そうなるんです。」

 ヒロはそれ(・・)を見ながら、悲痛な思いがした。

 (クリーガー、状況はっ!?)

 その時、ブリッジから通信が入った。

 「わかりません。まだ、爆煙で…。」

 ヒロが着弾点の様子を見ている間に、輸送車を取り付けたシグーが近づいてきた。

 (これは…。まずいぞ!あいつら、アークエンジェルに入るぞ!)

 上空を飛んでいたムウは爆煙の合間から見えたアークエンジェルの中央部の左側後ろ側面に空いた穴と、そこに向かう様子から察知し、通信機から大声で叫んだ。シグーは、こちらを牽制するため、グゥルのミサイルを放ってきた。

 「まずい・・・。」

 「私が行く。貸してっ!」

 「ええっ!?」

 まだ立ち上がれないクリーガーからシールドを勝手に奪い、[トゥルビオン]がシグーへと向かった。

 「くっ、ここまで来てっ!」

 迫って来るジン戦術航空偵察タイプにシグーのパイロットはグゥルに備えられているミサイルを放った。

 ミサイルが[トゥルビオン]の手前で収束し、爆発する。

 「やったか!?」

 シグーのパイロットは爆煙が覆うのを見ながら、心の中で少し安堵した。偵察タイプの装甲を考えれば、無事ではすまない。

 そう思ったのもつかの間、煙の中からロケットアンカーが飛び出してきて、シグーの右腕を掴んだ。

 「なっ!?」

 アンカーの根本の方には、ひしゃがれたシールドを持っている[トゥルビオン]の姿があり、右腕の対艦刀を展開し、刺突の構えでこちらに迫って来た。

 (左側の車をパージしろ!)

 その時、座席から飛び降りるように運転席へ移動したマレルから通信が入った。

マレルの言葉にシグーのパイロットは即座に左の兵員輸送車をパージし、穴の方へと押し出すようにした。

 瞬間、シグーのボディと腰の間に[トゥルビオン]に突き刺さる。

シグーはその寸でのところで右側の方もパージした。

 「はぁ…、はぁ…。輸送車は?」

 突き刺さったところから火花をチリチリと上げ、動かなくなったシグーを確認した後、ルキナは横目で兵員輸送車の位置を確認しようと、視線を移そうとした時、シグーがのろのろと右腕を上げ、こちらにつかみかかろうとした。

 「まだっ!」

 応戦しようと、シールドを投げ捨て左腕の対艦刀を展開しようとした時、突き刺さったところから垂れ流れ始めているオイルが目に留まった。

 それがまるで血を流しているがごときに見え、鳥肌が立つのを感じた。

 反射的に対艦刀を抜き差し、振り払うように押し出した。

 ルキナはヘルメットのバイザーを上げ、荒くなった息を整えようと、深く呼吸し、改めて周りを見渡す。

 左側の兵員輸送車は穴の方にギリギリの形で着地していてザフト兵が見えた。右側の方は見当たらないので、そのまま落下したのであろう。

 「侵入された…。」

 [トゥルビオン]を空いた穴の方まで近づかせ、中の様子を見ようとしたが手前に止まっていた輸送車が突然爆発し、思わず後ずさった。

 おそらく、後を追われないように仕掛けていたのだろう。

 ふたたび様子を見るために近づくと、もうすでにザフト兵の姿はなかった。輸送車の残骸をどかしながら、見るとなんとか人1人は行けそうだった。

 (ルキナっ、輸送車は!?)

 ヒロもこちらの方にやって来た。

 「ヒロ、艦長に伝えて!ザフト兵が艦に侵入したわ。」

 (わかった。…て、ルキナは?)

 [トゥルビオン]はそのまま動かず、穴の開いたところを右腕で動かないように固定させ、左腕を伸ばす格好となっていた。

 「私は…。」

 言いながら、拳銃を取り出しハッチを開いた。

 アークエンジェルの前進によって起きている風圧の強さに耐えながら、前に出る。なるだけ近くに寄せたとはいえ、まだそれなりに距離はある。

 ルキナは一度深呼吸をし、アークエンジェルへ駆けだした。

 「ル、ルキナっ!?」

 クリーガーのコクピットからルキナが[トゥルビオン]の左腕をつたって、駆けるのを目にし、驚きの声を上げる。

 落ちるのではないかと、クリーガーの手を下に伸ばしたが、彼女はなんとか艦の中に入ったようだ。

 「なんでそんな無茶を…。」

 ヒロはクリーガーをカタパルトへ向けた。

 左舷カタパルトではフォルテが前方からのモビルスーツを応戦していた。

 「ヒロ、いいところに…。こっちも頼む。」

 「ごめん、フォルテ!補給っ!」

 「はぁ!?まだ、そんな…おわっ!?」

 フォルテがクリーガーの方に気をとられていた瞬間、目の前で爆発の衝撃があった。 ヒロは後ろを気にかけながらも、振り返らず、クリーガーはアークエンジェルの格納庫まで戻った。ハッチを開いて降り、そのまま走り出した。

 「おおい!補給じゃないのか!?」

 マードックの声も顧みず、ヒロはザフト兵が侵入したであろう居住区へ向かった。

 

 

 

 「結局、半数か…。」

 艦を進みながらマレルは人数を確認したが、見渡すといるのは半数以下しかいない。もう1台の方とも連絡はとれない。これでこの巨大な戦艦を制圧するのは困難だが、もう戻れない。

 「この艦は友軍から孤立している。銃撃戦に慣れてないやつも多くいるだろう。」

 ここで部下たちの思いを踏みにじれない。マレルは今までで初めての楽観的観測を述べた。

 「とにかく、ブリッジだ。そこを制圧すれば終わる、いいな。」

 兵士たちが左右の通路に行くのを見送りながらマレルはぼそりと呟いた。

 「行くも地獄、戻るも地獄か…。まるでこの世界みたいだな、ヴェンツエル。」

 

 

 

 ザフト兵侵入の報を受け、マリューはブリッジの指揮をナタルに任せ、ネモとともに艦内の中心部に降りてきた。すでにバリケードが造られ、武装した数人のクルーとキサカ、カガリが待機していた。本来ならキサカやカガリは民間人のため、巻き込むのは少し抵抗があったが、砂漠での戦いを見ているため、本来の乗員数にも及ばないこの艦にとってとても力になる。

 「機関部、格納庫そして艦橋(ブリッジ)を掌握させないように。格納庫の方はマードック曹長に伝えて。」

 マリューもまた銃を取り、クルーたちに指示をだした。

 「マリューさん!」

 その時、格納庫の方からヒロがやって来た。急いできたのか、息を荒くしていた。

 「ヒロ君!?なんでここに?」

 マリューは驚いた顔をした。外は大多数の敵モビルスーツを相手に必死の応戦をしているはずだ。

 「はぁ、はぁ…、ルキナが…。」

 ヒロは息を整えながら、必死に言葉をつむぎだした。

 「ルキナが…、さっきザフトが入っていったところから、1人で行って…。」

 「何ですって!?」

 マリューはその報告に驚いた声を上げた。どれくらいのザフト兵が侵入したのかもわからないのに、1人で向かうとは無謀なことである。こっちの守りもあるため、応援に駆け付けるにもどのくらいの人を連れて行けばいいかすらも分からないし、自分もここの指揮を執らなければいけないので、ルキナを探しにいくことはできない。しかし、放っておくこともできない。

 「…俺が行く、艦長。」

 それまで黙っていたネモが口を開いた。

 「この艦のことは詳しくないから、彼を道案内で同伴につけてもらないか。」

 「ええ。」

 「しかし、大丈夫なのですか?2人で…。」

 マリューの懸念を口にした。彼らだけで大丈夫なのだろうか。

 「だったら、私も行く!」

 そこにカガリも挙手し志願した。

 「これで3人、いやそこの大男くんも来るだろうから4人か…。これなら問題ないだろう、艦長?」

 「え、ええ…まあ。では、お願いします。」

 ヒロとネモ、カガリそしてキサカはルキナと合流するため、中央部後方へ向かい始めた。

 「ところでヒロ、おまえ銃持ってきてないだろう?」

 「あっ…。」

 途中、カガリに指摘されヒロはやハッと気付いた。

 「まったく…。大丈夫なのか、それで?ほら。」

 ヒロは銃をカガリから渡されたが、しばらくそれを眺めてからポンとカガリに返した。

 「いいや。たぶん、使わないし。」

 「おいっ!よくないだろう!」

 そんなやりとりをしている背を見送りながら、1人の兵士がマリューに呟いた。

 「大丈夫なのでしょうか、本当に?」

 「…さあ。」

 マリューも少し不安に思いながらも、彼らが無事にルキナと合流できることを祈るだけだった。

 

 

 

 「う~、もうなんなのよ…。」

 キラの部屋にてフレイは艦の振動を感じながら、げっそりとした声で溜息をついた。船酔いで寝込んでから、なんとかここまで回復したが、この揺れでふたたび船酔いがぶり返りそうだった。

 水でも飲めば少しは楽になろうが、今はキラが出撃していないため、頼る者もいない。フレイは仕方なくドアを開け、外に出た。艦が揺れる中、必死に手すりに掴みながら通路の角を曲がったその時、見慣れない格好の男がいた。

 フレイは一瞬分からなかったが、その男が着ているのが地球軍ではなくザフトの制服と理解した瞬間、ハッとし、思わず悲鳴を上げた。

 

 

 ルキナはザフト兵に警戒しながら慎重に艦内を進んでいた。どれくらいのザフト兵がいるかわからないが、狙いはブリッジだろう。

 その時、居住区の方からフレイの悲鳴が聞こえた。

 「フレイ・アルスター?」

 あちらはブリッジの方向とは違うが、艦内に詳しくないザフト兵が迷い込み、フレイと鉢合わせしたのか。

 ルキナはそちらの方へ急いだ。

 

 

 

 向こうもこちらの気配に気付いたようで振り返り銃を構えた。

 「あっ…。」

 フレイはその場から逃げようとしたが、男の持っている自動小銃の恐怖で足が震え、動かなくそのままへたり込んだ。

 「なんだ、こんぐらいの兵も地球軍にはいるのか…。」

 マレルは警戒を解き、銃を下げた。

 「おい、嬢ちゃん。どっかに隠れているんだ。って、そんなにおびえなくても…。」

 まあ無理もないとマレルは溜息をついた。地上にはほとんどのコーディネイターは住んでいない。いても、コーディネイターを受け入れている国かあるいは己の出自を隠して住んでいる者だ。彼女たちのような年齢でコーディネイターを見た者はいない方が大多数だ。ゆえに、テレビや誰かが言ったコーディネイター像しかない。

 「まあ、いいか。」

 見たところ、彼女は怯えるばかりでこちらには銃を向けていない。他の連中にも非武装や子供は撃たないように言ってある。とりあえずは命を落とすことはないであろう。

 先へ進むため、マレルは進み始めたとき、遠くから足音が聞こえてきた。

 しまった…。

 さっきの悲鳴を聞いて駆けつけてきたのか。

 ブリッジまでなるだけ銃撃戦は避けたい気持ちがあったが、まだこの艦内の配置を完全に掌握していない状態で逃げ回るのは得策ではなかった。幸い聞こえてくる足音は1人だけだ。銃を構え、そちらに振り向いた瞬間、向こうも銃を構えていた。

 その瞬間、普段のマレルであればすぐさま引き金を引いていたのだが、銃を構えていた人物に驚き、引き金を引けなかった。

 「なっ、ルキナ!?」

 「マレル…おじさん。」

 ルキナもまた、自分の知る者が本来いるべきではないこの場にいることに驚きの顔をしていた。

 「なんの…冗談だ?なんで、こんなところにいる?なんでそんなもん持っている?」

 マレルは動揺しながら、ルキナを質した。しかし、ルキナは黙ったままただ銃を構えているだけだった。

 「まさか、軍にいるのか?そうなのか!?」

 「…そうよ。」

 ルキナはただ静かに答えた。しかし、マレルはまだ信じられないという顔をしていた。

 「なんでいるんだ、軍なんかに…。しかも、よりによって地球軍に…。おまえの父親を、自分の息子を殺したアウグスト・セルヴィウスのいる地球軍に…。」

 マレルの言葉にルキナは一瞬身をこわばらせた。近くにいたフレイはその言葉に驚き、さっきまでの恐怖もどこかに消えていた。

 「入りたくて入ったわけじゃない!」

 「だったら…。」

 「でも、抜けることもできない…。どうすることもできないのよ!」

 「おじさんだって…、なんで戦争に参加してるのよ!ナチュラルとコーディネイターが戦争したら、地上に残っているコーディネイターがどうなるか…。私だって…。このまま、どっちも戦い続けたら…、私の居場所は…どこにもなくなる。」

 堰を切るように涙が溢れ始め、言葉が途切れ途切れになりながらもルキナは悲痛な思いを叫んだ。

 その言葉を聞いたマレルは愕然とした。

 そんなことはわかっていることだった。

 宇宙には上がらず、地上に残ったコーディネイターはまだいる。その多くは、迫害から逃れオーブのような中立国に移住する者もいれば、排斥され続けてもなお諸事情で理事国に残っている者もいる。だが、地球とプラントという誰にでもわかりやすい対立図式にしてきたためであろうか、地上と宇宙の交流が途絶えたためであろうか、すでにプラントにいるコーディネイターは、コーディネイターは宇宙にいることが当たり前と思っている。なかには、地球などもう用のないものとさえ思っている者もいる。

いつの間にか、プラントに住み続け、そして、その空気に染まって行き、己の理想とともに忘れてしまったようだ。

 ルキナの言葉は、かつてナチュラルとコーディネイターの融和を目指していた者として、そのためにプラントに行き、相互の交流を深めようとしていたかつての自分が、今の自分に向けて言っている様に見えた。

 マレルは呆然とただ立っているだけだった。

 

 

 

 「ルキナ、伏せろっ!」

 その時、どこからかの声に2人はハッとした。

 ルキナはその声を聞くやフレイの近くにいき屈んだ。

 マレルは声の方へ銃をむけたが、その瞬間目の前が煙幕に覆われ視界が遮られた。

 怯んだ瞬間、向こうから銃撃が来る。応戦するが、銃弾が肩をかすめた。

 「くそっ。」

 マレルは反撃を諦め、その場を離れた。

 「…逃げたか。」

 ネモがちらりとルキナを一瞥したが、すぐザフト兵が逃げた方角に目を向けた。遅れてヒロたちもやって来て、ルキナたちのほうに向かった。

 「ここを、頼む。」

 ネモはキサカに言い残し、マレルを追った。脱力し、その場にへたり込んだルキナはネモの方へ目を向けた。去って行く背中に助けを求めるように手を伸ばしたかった。しかし、できなかった。できるはずがない。あの時(・・・)、父親の差し伸べられた手を自分は拒んだ。自分を心配してくれる言葉なのに、そこに今までの優しさはなくその目は褪めていた。それでも…、あの時自分が拒絶しなければ、父は今もいてくれたはずだ。だからこそ、自分が誰かに助けを求めることなんてできない。たとえ、辛くても…。

 どうすることもできないもどかしさが胸にこみ上げてくる。

 ルキナは沸き起こった感情を必死に抑えた。

 「ルキナ…。」

 そこへヒロが心配そうにやって来て手を伸ばした。しかし、ルキナは払いのける。そう自分はこの手を、差し伸べられた手に伸ばす資格などないのだ、と。

 「…平気よ。それにこの前も言ったでしょ、あまり関わらない方がいいって。」

 ルキナはまだ震える足で立ち上がり、ヒロに背を向けた。

 しかし、ルキナの声は震えていて、とても大丈夫には見えなかった。ヒロは意を決して、1度は払いのけられた手を掴んだ。

 「大丈夫そうに、見えないよ。」

 ルキナは驚き目を見開いた。ヒロはただまっすぐにルキナを見つめた。

 「僕は確かにルキナのことを知らない。余計なお節介かもいれない。もちろん、なにも話さなくてもいい。でも…そうやって無理してるのを、僕はただ見て居ることなんてできないよ。」

 「今、でなくてもいい。僕は…その時までずっと手を差し伸べているよ。」

 「なんで…。」

 ルキナは小さく呟く。その言葉に、ルキナは先ほどまで抑えていた感情がまた込み上げてくるのを感じた。

 そう言われてしまっては、寄りかかりたくなる。あれほど、自分に言い聞かせてきたのに…。けど…。

 もうこれ以上、ルキナは何も話さず、ただ涙を流した。

 

 

 

 マレルは後方まで逃れてきた。そこには数人のザフト兵たちもいた。どうやらブリッジも格納庫も制圧できなく、ここまで逃れてきたようだ。

 「艦長っ。」

 「他は?」

 「これしか…。」

 その時、艦の壁から爆発と衝撃が襲って来た。外のMSのミサイルかバズーカがその場所に着弾したのである。マレルは衝撃に吹き飛ばされた。

 「おい!無事な奴はいるか。」

 身を起こしたマレルは、あたりを見まわすが、誰からも返事がない。

 まさか、最後は自軍の攻撃でやられるとは…。

 マレルは自嘲めいた笑みを浮かべ、その場に座りこんだ。

 その時、まだたちこめている粉塵人の影の姿が浮かんだ。

 「…よう。」

 マレルはその人物に向け、この場にはそぐわない気のない挨拶をした。煙の間からネモが現れた。

 「まさか、生きていたなんてな…。ルキナは、知っているのか?」

 マレルの問いにネモはただ黙っているだけだった。その、肯定とも否定ともとれる態度にマレルは思わず、笑みを浮かべた。

 「…そうか。俺にこんなん言う資格ないかもしれないが、ルキナに悪いことしたって伝えといてくれないか?」

 そう言いながら、マレルは先ほどの爆発で空いた穴の方に歩き始めていた。その行動を不審に思ったネモは何をするのか察しがついたが、すでに遅かった。マレルは艦の外へと身を投げていた。

 「まったく…。情けなぇよな。」

 それが彼の最後の言葉だった。

 ネモはそれをただ見ていることしかできなかった。彼がしばらく呆然としていると、突然艦に激しい衝撃が襲った。

 

 

 「状況は!?」

 ザフト兵を撃退した後、通信を受けたマリューがふたたびブリッジに戻って来た。

 艦内でのザフト兵の掃討の間、モビルスーツから攻撃でアークエンジェルは多数被弾していた。甲板では、水中の敵を片付けてきたストライクも加わり、応戦しているが、あちこちに黒煙が上がり、時間の問題だった。

 「このままでは、推力が持ちません!」

 あともう少しで海峡を抜けられるというのに…。

 その時、別の方角から弾が飛んできて、ザフトのMSを墜とした。

 「一体何が…。」

 「9時の方向に熱源、モビルスーツです!」

 トノムラがモニターの反応を見て驚いた声を上げた。

 艦窓からも機影を捉えることができた。確かにモビルスーツだが、ザフトとは違い、各々カスタムされていた。そして、それらはこちらではなく、向こうを攻撃していた。

 「これは…。」

 「そのまま進んでくれ。アレは敵ではない。…味方でもないがな。パイロットにもアイツらに銃を向けないよう伝えてくれ。」

 そこへネモがブリッジへ上がって来た。

 「え?」

 マリューたちは状況を飲み込めずにいた。

 「あれは、ここら辺を拠点にしている海賊だ。」

 

 

 

 「なぜだ…。」

 海賊が正規軍と組むなどありえない話だ。だが、それが今目の前で現実に起きている。ブーフハイムは、これは悪夢ではないかと震えた。あと一息で『足つき』を墜とせるところまで追い詰めたのに、今は次々と自軍のモビルスーツが海賊のモビルスーツに撃墜され、形勢が逆転している。

 「なぜ、海賊共がこちらを襲う。イストレフィが話をつけたのではなかったのか…。」

 「艦長っ、こちらにグーンが来ます!」

 オペレーターが切迫した声を上げる。海賊の水中用モビルスーツが迫って生きているのだ。しかし、こちらの水中用のモビルスーツはすでに全滅していた。

 「突発音!魚雷来ます!」

 「回避しろ!」

 「できません。」

 その言葉にブーフハイムは愕然とした。拳をぎゅっと握り、やり場のない怒りで一杯だった。

 魚雷が艦に着弾し、発令所に激しい勢いで海水が流れ始めていた。

 「このっ…。」

 しかし、ブーフハイムの言葉は最後まで言えなかった。

 次の瞬間、取りつかれた1機のグーンの腕から放たれた魚雷によって、発令所は押しつぶされ、そこから爆発した。

 艦の中枢を破壊され、動かなくなったロンゴノットはそこから水圧で押しつぶされながら、爆破した。

 

 

 

 アークエンジェルからは前方から、水柱が上がるのが見えた。おそらく、敵母艦が撃沈したのであろう。それを受け、敵MSも混乱状態にある。

 「とにかく助かった…。」

 甲板上で待機していたジンのコクピットの中でフォルテは大きく息を吐き、脱力した。

 一時はどうなるかと思ったが、彼らによって向こうはこちらに攻撃できる状態ではなく、後方も動く気配がない。

 (もう、大丈夫なのでしょうか?)

 同じように甲板で待機していたストライクから通信が入った。

 「…だろうな。危機一髪だったぜ。」

 フォルテは見渡すと、これでよく沈まなかったと思うぐらいアークエンジェルは損傷していた。

 「後は…、あのバカだけだ。」

 

 

 

 アークエンジェルはマラッカ海峡で一番狭い所を通り抜けようとしている。ここを渡れば、太平洋に出る。カタパルトから機体下部、翼にフロートが設けられた複葉機、水上機が飛び立っていった。ネモがインド洋に待機させているケートゥスに戻るためである。よく見ると航空機から光が点滅しているのが見え、ブリッジからも捉えられた。

 「艦長、ネモ船長より回光通信機でメッセージです。『貴艦の航海の無事を祈る』とのことです。」

 パルが信号の内容を解析し、マリューに伝えた。

 「こっちもお礼を伝えて。」

 マリューはホッと息をつきながら、指示を出した。しかし、同時にこれだけ損傷してしまい、果たしてこれからの太平洋の大海原を抜け、無事にアラスカに辿り着けるか不安に感じた。

 ともあれ、アークエンジェルはマラッカ海峡を抜け、太平洋に辿り着いた。それは、この航海も半分に差し掛かったことを意味した。

 

 

 

 

 アークエンジェルが去ったマラッカ海峡はそれまでの戦闘が嘘のように民間船が往来して活気にあふれていた。

 ケートゥスは近くの港に寄せ、補給を含めた休憩をしていた。

 そこへ甲板上にいるネモのもとに海賊のリーダー格の男がやって来た。

 「いやぁー、上々、上々。一石二鳥ならぬ、三鳥な仕事はないぜ。今度もあったらよろしくな。」

 今回、ザフトが海峡で待ち構えていることを知ることができたのも、この男からの情報だった。もちろん、親切心からではない。ザフトの部隊と地球軍の新型艦、己の手にしたときにどちらに利があるか天秤にかけ、かつ、この海峡、ひいては赤道連合に利益になるように行動しているのだ。

 「まあ、こんなにおいしい話をくれた礼にこの後どうだ?うまい鍋料理や鶏飯があるいい店を知ってるんだ。おごってやるぞ。もちろん、乗組員全員にだ。」

 ニヤついた顔で男は後ろの高層ビルが並び立つ街を指さし、ネモ達を誘う。

 「…そうだな。おーいっ!この後、こいつのおごりで食べに行くぞっ!」

 そう言い、ネモは積荷や補修など作業しているクルー達に声をかけた。

 クルーの面々は久しぶりに陸地に上がれること、休めることで歓喜に沸いた。一方、テオドアはギョッと驚きの顔をした。

 「船長―、いいのか!そいつがおごるって明日、ここに雪が降るぐらいあり得ない話だぞ!」

 テオドアがいるところは作業音で騒がしいので怒鳴り声になっていた。

 「んだとー!?安心しろっ!いつもなら、店とつるんでぼったくるが、今日は特別だよっ!」

 それに対し、海賊のリーダーが怒鳴り声で返した。

 「心配ならここで留守番してもいいぞ、テオドア!」

 「じゃあ、副長の分も一杯飲んできますぜっ!」

 ネモも笑いながら、大声を出す。それに、別の所にいたハックも乗っかる。

 「行くさっ!ハック、見てろよ…。お前の飲む酒、全部飲んでやるからなっ!」

 「そんな~。」

 クルー達から笑い声が上がり、はやく、飯にありつくため、全員作業を急いだ。

 「たく~っ。まったく、こんな船員持つと苦労するよな、ネモ船長さんよ。」

 「ほとんど船の上に過ごしている身としては見ていて飽きない。」

 リーダーの同情の言葉にネモは微笑みながら答える。

 「はぁ~、この船長ありてってか。」

 海賊のリーダーはやれやれとお手上げのジェスチャーをとった。

 「なあ…。」

 「ん?どうした?」

 急に神妙な面持ちになったネモに男は訝しんだ。

 「おまえは…故郷に帰りたいと思ったことはないのか?」

 ネモは空を見上げ、男に尋ねた。

 「…なんだ、いきなり?」

 男はネモの質問に戸惑いながらネモと同じように空を見上げた。

 「…あれからもう1年経ったんだ。住めば都ってね。それに、俺たちはすでに社会や家族っちゅう1つのコミニティーからはみ出して、アウトローな人間になった。もうそんなものを去って生きている。お前も、そうだろう?」

 「…そうだな。」

 すでに予想していた男の答えにネモは静かにうなずいた。

 ‐ルキナに悪いことしたって伝えといてくれないか?‐

 マレルの今際の言葉が脳裏によぎる。

 あそこでルキナとマレルがどんなやり取りしていたかわからない。が、自分になにができるだろうか。

 あの時(・・・)、自分が差し伸べた手をあの子が拒絶してから…。当たり前だ。自分の目は憎しみに満ちていた。そんな自分が手を差し伸べても、それは偽善に似たものでしかない。

 だからこそ、そんな自分が今更何も言えるはずもない。

 ネモは遠く水平線、さらにその先にあるあの白亜の艦がいるであろう方角に目を向け、ただずんだ。

 

 その頭上、青々と晴れた空には、はるか宇宙(そら)にある無数の砂時計たちの姿が肉眼でもわかるほどはっきりと浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 プラントの政治的中心地であるアププリウス市・1区。そこに置かれている国防委員会本部の委員長室、パトリック・ザラが執務を行っている部屋に軍の指揮官にあたる白服に身をつつみ、左の襟元には特務隊所属の証である徽章をつけた男が部屋に入って来た。20代後半ぐらい、端正な目鼻立ちだが、どこか冷たさを持っていた。

 「失礼します、ザラ委員長閣下。」

 男は敬礼し、挨拶をした。

 「ヴァルター・ユースタス、任務だ。」

 パトリック・ザラはそう言いながら2つの書類を出した。1つ目は、現在ザフトが極秘裏に開発した最新鋭の機体であった。

 「この機体のパイロットの監視をしてもらいたい。お前はこの機体の機密を知り、重要性をわかっている人間の1人だからわかるだろう?」

 もう1つには、パイロットの名前、オデル・エーアストと名が記されていた。が記されていた。

 「そうですか…。しかし、それならば、何故(なにゆえ)彼をパイロットに任命したのですか?」

 「腕は確かだ。この者を推薦した人間もいる。しかし最近、カナーバらが彼に接近を図っている。穏健派の連中に取り込まれる前に、ということだ。」

 ここ最近は、自分たち強硬派の勢いがあり、このまま自分が議長職になるところまで来ているが、用心に越したことはない。

 パトリックにはそういう思惑もあった。

 「…では、こちらの裁量で任せられてもよろしいですか?」

 ヴァルターは念を押すように確認した。

 「ああ、任せる。」

 ヴァルターはパトリックの任務を受領し、敬礼し、執務室を後にした。

 

 

 

 

 






一応、見直しましたが…何せ長いので…後日、加筆・修正があるかもしれません。
あと2話ぐらいは本編から逸れます。
マラッカ海峡は本編や外伝でも省かれた設定上の出来事です。設定上の出来事でも、公式にあるから使ってもいいよねっ、とやってしまった話です(笑)。
そもそも、ネモ船長およびケートゥス号があまりにも出番が短いのも、ちょっとねぇと思い下心出した結果が…、なんかえらく出来上がるまでに時間がかかってしまった(汗)



そんなこんなと、設定上の出来事をいいましたが、この小説を書いていて欠かせないのが、SEED本編の設定資料です。私は普段「メカ○ック&…」という本を参考にしたり、最近は「電○データコレクション」も仲間に加わっています。もちろん本編は重要なのでDVDの録画も見ています。


最近の1話の投稿期間が長いせいか、いろいろあとがきに載せたい話題がたまるんですよね…。そのうち、後書きの方がボリューミーになりそう(笑)。




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PHASE-32 鋼鉄の巨人兵

今回は少し早めに投稿できました(ヤッター)



 

 

 マイウス市にある工廠の奥の区画で、サントスはそこに置かれているモビルスーツの前に1人佇んでいた。

 彼の目の前にあるモビルスーツの名は[ザフト]。C.E.65年に完成した史上初のモビルスーツ試作第1号である。

 MSの起源は、『ツォルコフスキー』に搭載されていた外骨格補助動力装備の宇宙服であった。現在、我々コーディネイターはこのようにプラントを建造し、に住んでいるが、やはり宇宙(そら)で作業・居住は地上より安易ではない。そこで、ナチュラル・コーディネイター問わず、ヒトはさらなる宇宙の先へ進める、という願いを込めてジャン・カルロ・マニア―ニ技師は『ツゥルコフスキー』の宇宙服から人型の作業機械、MSを開発に着手し始めた。そして、これが史上初のモビルスーツ試作第1号であった。

 あれから、6年。

 まだそれほど経ってないにも関わらず、今も新たに誕生するモビルスーツを見ていると、随分と昔の事のように思ってしまう。

 「ここにいらっしゃったのでか、サントス技師。」

 この倉庫に反射する足音ともに若い男の声が聞こえた。

 「おお、コートニー君か。」

 「準備ができましたので呼びに来ました。」

 「おお、そうか。わざわざすまないね。」

 「いえ。コレも見ておきたいという思いもありましたからね。自分もいつかこんな風に『夢』を持った美しいモビルスーツを開発したいです。」

 「…そうか。」

 コートニーが目を輝かせながら、モビルスーツの話をしているのに対し、いつもなら同じぐらい話題に飛びついて語り始めるサントスが少し顔を曇らせながら、うなずいた。

 「どうしました?」

 それに訝しんだコートニーが尋ねた。

 「いや、なんでもないよ…。そうそう準備ができたのだよね。では、行くとするか。」

 「ええ。」

 サントスはもう1度、[ザフト]に目を向けた後、コートニーと共に工廠を後にした。

 

 

 

 砂時計上のコロニー、プラントに人工の陽の光が輝き始め、朝を迎えていた。各家庭では、みな起き、朝食を食べ、仕事に出かける。

 市内にあるマンションの1室もまた同じで、朝食の準備が進められていた。

 フライパンの上でベーコンがジューッと音を立てながら、焼かれていた。ちょうどいい焼き入れになりかけた頃に、上から卵を落し、白身が固まって、黄身がまだ半熟な頃に、フライパンから皿に移せば、ベーコンエッグの完成だ。それと同時に、ポップアップ型のトースターから食パンがきつね色になって跳ね上がった。

 朝食の準備が終わったころ、寝室のドアが開き、あくびをしながらオデルが出てきた。

 「はぁ~…。まったく、なんでこんな朝早くから呼び出されるのか…。まだ、国防本部も人いないだろう…。」

 気の乗らない顔をし、テーブルには行かず、リビングに置かれたソファに持っていた赤い制服の上着を放り投げ、身をダイブするように再び横になった。

 「具合悪いとか言って…行くの、やめてもいいよなぁ。」

 そんなオデルの様子に、朝食をテーブルに置いていたエレンは呆れながら、答えた。

 「行かなくてもいいけど、国防委員長の呼び出しに仮病を使ったって、後でローデン艦長、やドゥリオ、アビーとかが笑いに来るわよ。それでもいいなら、どうぞ。」

 「たしかに…。それはまずいな。」

 そう言いながらも、オデルは起き上がるのも億劫そうにしていた。

 「とにかく…。もう行かなくちゃ、まずい時間じゃないの?」

 エレンに指摘され、オデルは時計を見ると、ハッとし飛び上がった。

 「…なっ!?ホントだ!」

 急いでテーブルへ向かい、ベーコンエッグを食パンの上にのせ、それを手に持った。

 「じゃあ、行ってきます。」

 「行ってらっしゃい。」

 「…見送りは、なし?」

 と、オデルは少し寂しい顔をした。

 「私は、これから朝ごはんよ。」

 「せめて、玄関までっ!って、それいつもか…。というか、最近なんか機嫌悪くないか?何か、あったか?」

 「…シャトルに遅れるわよ。」

 「やべっ。」

 オデルは食パンを口に放りこみながら、家を出た。慌てて出ていったのか、ドアの開閉の音がリビングにまで聞こえていた。

 エレンは食事の手を止め、ベランダのある窓まで行いった。そこからちょうど慌てて走っていくオデルの後ろ姿が見えた。その姿をエレンは見送りながら、深いため息をついた。

 

 

 

 

 ゼーベックの格納庫には、ペイント弾まみれのバルドと、肩部、前腕部、脚部、背部に追加装甲され、武装に大型の斧を持ったジンが帰還していた。その姿にアビーはしかめ面で迎えていた。

 「いや~、やっぱモビルスーツは戦闘で動かすことが一番だな。」

 「そうっすね、バーツさん。」

 ジンとバルドのコクピットからバーツと、半月前からゼーベックに転属したザップ・ドゥイリオが満足気に出てきた。

 「あんたたちねぇ~。」

 今まで黙って見ていたアビーがやって来た。

 「毎回毎回、ヒマさえあれば模擬戦やって…、やり過ぎよ!モビルスーツも消耗品なのよ!少しはパーツの負担考えなさいよ!整備する身になりなさい!」

 「そう言われてもな~。俺たちはオペレーション・スピットブレイクじゃぁ居残り組だし、近頃宇宙は大きな戦いなさそうだし…。なまってしょうがねぇぜ。」

 「ほんと、ほんと。」

 バーツの退屈そうな物言いにドゥリオも頷く。

 「だからって、他にやることないのかしら…この人たちは。」

 アビーはうんざりとした。

 「なんだぁ?朝っぱらから…。なーに盛り上がってるんだぁ?」

 そこへ格納庫に豪快な声が響き渡った。アビーたちもその声の主の方へ視線を向けた。そこにはローデンが手に酒を持ってきてやって来た。

 「…何しに来たんですか?」

 「何しにって、来ちゃダメか?」

 ローデンの当たり前のような顔にアビーはガックシした。

 「しょうがないだろう…。向こうの連中、頭硬くてなぁ。艦に酒を持ちこませてくれないんだ。」

 「それ、言い訳になってませんから。」

 「艦長っ、いい酒ですね。」

 「おう、ちゃんとつまみも持ってきたぞ。」

 「お相伴にあずかります。」

 バーツとドゥリオはノリノリであった。もうここで酒盛りを始めるのか、とアビーは何を言ってももうダメだろうと諦めた。

 その時、ブリッジから通信が入った。

 

 

 

 

 国防委員長室執務室で辞令を受けたオデルはまだ頭が混乱していた。

 「えっと…。それはどういう意味で…?」

 「言った通りの意味だ、エーアスト。おまえには最新鋭機の受領とともに本来の特務隊の任務に就いてもらう。」

 「それは…拒否することはできないのですか?自分はゼーベックのMS隊長の配属の条件でフェイスになったのです。ゼーベックからの外れるのであれば、フェイスの任命も取り下げてもらいたいのですが…。」

 その言葉にパトリックは溜息をつきながら続けた。

 「フェイスとは本来、職務は国防委員会直属の指揮下で動いてもらうものだ。その

条件となった一戦艦のMS隊長の任命は、私の命令(・・・・)で着任したことにしているのだ。それを忘れるな、いいな。」

 パトリックは厳しい表情と視線を向けた。それは、暗に抗弁はするなと言う意味をもっていた。

 「…わかりました。」

 

 

 

 「では、以上の物品がそろい次第、艦の方に連絡いたします。」

窓口でガチガチンに緊張していたシャンルーは事務員の言葉を聞いて、一気に肩の荷がおり、大きく息を吐いた。その横で、見守っていたハルヴァンは笑みをこぼした。

 「お疲れさま。どうだ、そこまで緊張することなかっただろう?」

 「いえ…、何か書類に不備があったら艦長や副長に迷惑かかると思ったら、心配で…。」

 シャンルーは脱力しながら、答える。

 「だが、やってみるのもいいだろう?」

 「まあ…。でもなんで自分が?」

 ハルヴァンとシャンルーは次の任務までに必要な弾薬などの物資の申請手続きをするために国防事務局に来ていた。

 「ああ、艦長は別の用件で呼ばれていないし、オデルも国防委員会に呼ばれていないからな。どうだ?次は報告レポートをやるといのは。」

 「ええ~!?」

 

 「おやおや、ラーシェ副長ではないかね?」

 そこへハルヴァンやシャンルーとは親子に近い年の差のある艦長級の男がやって来た。

 「お久しぶりです、艦長。どのようなご用件で?」

 「なに…地球降下組の護衛の件もあってね…。君こそ若い隊員を連れてきてどうしたのかね?」

 「若い兵を見守ることも副長の役目と心得ていますので…。」

 「ふむぅ、なるほど。あっ、そうそう…。」

 ハルヴァンが事務的な応対で答えると、艦長は思い出したように言葉を続けた。

 「今後、ゼーベックはいろいろと大変だとか…。いやぁ、君も苦労するだろう。」

 なには含むような言い方にハルヴァンは顔をしかめ、事情の知らないシャンルーは頭の中で疑問符が乱舞した。

 「艦長、少々言い方を慎んでもよろしいのでは?」

 「なに…、アスナール艦長のお手並み拝見ということさ。では…。」

 ハルヴァンと年配の艦長のやりとりにいまだ理解していないシャンルーは艦長の後ろ姿を見送りながら小声でハルヴァンに尋ねた。

 「なんなんですか?一体…。」

 「あの世代のコーディネイターはこのプラントは自分たちの手で作り上げたもの、と自負している者が多いんだ。」

 ハルヴァンは、先ほどのやりとりにうんざりとした様子で答える。

 「そういう人間にとって、エレンのように外から来た人間が自分たちと同じように隊をまとめる艦長のポストにいるのは、あまりいい気がしないのだろう。」

 「…そんなこと言ったら、他にもいるじゃないですか?」

 「まあ、いろいろあるのさ…。」

 しかし…と、ハルヴァンは思った。こういう話はすぐに嗅ぎ付けてくるというか…。

 どうやら、すでにオデルの転属の話が軍内に広まっているようだ。先ほどのは、今までの活躍は、オデルのおかげだと揶揄しているのだろう。

 

 

 

 

 「ああっ~。疲れた…。」

 オデルは公園にベンチに座り、溜息をついた。朝食を一気に食べたせいか、あまり食べた気がしなく、近くのパン屋でサンドウィッチを買い、頬張った。

 思えば、怪我の休養明けからここ最近、ゆっくり休める時間がなかった。イェンを通して、多くの評議員との会食が多く、堅苦しいのは好きではないオデルにとっては疲労がたまる数日であった。

 食べながら、ふとオデルは周りを見渡した。公園はいつもと変わらない人々の憩いの場としてなっている。しかし、議長選が近いためか、街頭モニターには国民に訴える演説が流れ、それがここまで聞こえてくる。

 ここ最近のプラントの空気は変わったと感じとれた。

 「…どうするか。」

 オデルは首にかけていた指輪を取り出し、それを見つめた。もう片方の指輪を渡した時、決めたはずなのに、今はその時の決意が揺らいでいる。

 「まったく呑気なものだな。だいぶ弛んでいるのではないか?俺に気付かないとは。」

 すると突然先ほどまでいなかったベンチの隣から声がした。

 オデルは警戒し、相手の出方を伺おうとしていた。彼はその声の主が何者かわかっていたのだ。

 「…何でここにいる?まさか…、俺ってわけないだろ?」

 オデルは相手を探るように尋ねた。

 「ああ、そうだな。あの時(・・・)の1件で、お前は死亡認定されている。どこで何してようが、俺の管轄外だ。しかし、まさか、あのガキがザフトのエースパイロットになっているとはな…。」

 「どこで何してもいいってさっき言っただろ?」

 「まあ、そうだ。しかも彼女(・・)とともにいるとは…。」

 「…何が言いたい?」

 オデルは顔をしかめた。

 「別に…。ただ、どんなに取り繕ってもおまえは未だにこちら側の人間なのだ、と思うのさ。」

 そうして男はベンチから立ち上がり去って行った。

 「あっ、待て!なんで、ここに…?」

 オデルは立ち上がり、男に疑問を投げようとしたが、立ち上がると男が去っていた方に目を向けたがすでにいなかった。よく周りを見渡しても、その男らしき人物はついに見つけられなかった。

 自分があの男に対しての印象は、無表情で感情など出さない人間で、その特徴はフェイクの時もあり、はっきりできない。ここに来たのなら、一般人として、ごくありふれた装いをするであろう。結局、このプラントにいる理由を聞くことはできなかったが、そもそもあの男がそんなことは話さない。

 思案しながら突っ立ていると、リストウォッチから呼び出し音が鳴った。

 

 

 

 オデルは呼び出しを受け、ゼーベックに向かうと格納庫では多くの技師たちがいて、搬入作業をしていた。今、1機MSがちょうど運ばれてくるところだった。

 「すまないね、急に呼び出すようなことをしてしまって…。」

 オデルが着いたことに気付いたサントスがやって来た。

 「サントス技師。あの機体なんですけど…。」

 オデルがサントスに尋ねたのは、緑褐色が基調とし、太腿部、足の甲部、二の腕部分が緑色で、ウイングバインダーがジンより小型、頭部は従来のザフトのMSだが、どこかGAT-Xシリーズに似ているところがあり、盾とライフルを持った機体、ZGMF-600 ゲイツであった。

 半月ほど前にロールアウトされたばかりで、実戦データ収集を兼ねて指揮官やエースパイロットに優先的に配備され始めている機体である。

 「俺は…。」

 「ああ、君の転属話は聞いているよ。私も君が受領することになっている最新鋭機に少しは関わっているのでね。」

 まだゼーベックには伝わっていないであろうと、サントスは気を利かせ小声で彼の疑問に答えた。

 「あれは、これから君にテストパイロットを務めてもらう機体のアグレッサー機になってもらうために運んで来たのさ。おお、ちょうど来たね。」

 そこへ、ザフトのエースパイロットスーツで、カラーリングが従来と異なり白に黄色に身を包んだ青年がこちらにやって来た。

 「紹介するよ、オデル君。彼の名はコートニー・ヒエロニムス。もともとはヴェルヌ設計局のテストパイロットで、統合された後は、さまざまな機体に搭乗してもらっている。」

 「はじめまして。」

 「こちらこそ。」

 「腕前はなかなかだ。フォルテ君にも引けをとらない。おかげでこちらも助かっているよ。」

 「まあ、フォルテの場合は、ジンに拘り過ぎて他の乗らないんじゃないか?」

 「ははは。それは言えているな。」

 ちょうど、その時、もう1機が搬入されようとしていた。

 「あれが、君に乗ってもらいたい機体だよ。」

 それはジンと似ている機体だった。ノーマルのジンと変わらないようにみえるが、脚部には高機動型とは違うスラスターがあり、ウイングバインダーも少し異なっていた。また、これまでの重突撃機銃や重斬刀とは異なるライフルや剣もマウントされ、左腕には盾があった。

 「試製ジンハイマニューバ2型。ジンハイマニューバ…M型の改良を試みて開発されたプロトタイプさ。」

 

 

 「そもそもの起こりは、20年近く前になる。」

 3人はモビルスーツを見下ろせるパイロットロッカー指導し、サントスはジンのこれまでの開発経緯を語り始めた。

 

 

 「C.E.50年、プラント内の自治権等の獲得を目的として政治団体『黄道同盟』が結成されたのだが、プラント出資国いわば理事国に活動を圧殺され、地下活動をしていた。その頃より、軍備のことも考えられ、MSに目をつけられた。その時は、あくまでもしも(・・・)に備えての事だったが、C.E.63年に起こった理事国のやり方に批判行動として起こったサボタージュに対しての威嚇行動、独立論が高まり本格的なMSの軍事転用の研究が行われた。MAは従来の宇宙戦闘機の延長線上にあり、対戦艦・コロニーが主目的であった。国力がはるかに理事国に劣っていたプラントは、数ではなく性能によって劣勢を覆そうと考えていた。『黄道同盟』それが可能なモノを造ることを命題とした。」

 サントスはそれまでの激動の流れに思いを馳せていた。

 「『黄道同盟』の支援の下、MSの研究が行われ、ついにC.E.65年、MS試作第1号『ザフト』が完成した。ヒトと同じように自在に動く関節、様々な作業を行えるための繊細な手、さまざまな場所に降り立つことができる2本の脚。」

 MSの試作機を完成させた以後は、実用的に改良がなされ、その2年後のC.E.67年、その試験機になるYMF-01B プロトジン(またはジン・トレーナー)、そして本格的な生産が行われた時に、ZGMF-1017となった。

 「C.E.69年に初めて実戦投入されたZGMF-1017は大きな戦果をもたらした。以降開戦してより主力機として担って来たが、一方、優れた腕前を持ったパイロットたちが扱うには性能の限界があった。」

 サントスは格納庫に目を移した。

 「そこでいくつかのプランが練られた。1つ目は火力、防御力、推力の強化を追加装備による性能拡張。これは、新型機の投入へとシフトし、生産数は少ないが、アサルトシュラウド以外の追加装備もある。ほら、あのジンもそうさ。」

 そう言い、バーツが現在、愛機としているジンに目を移す。

 バーツやヘリオポリスで戦死したミゲル・アイマンのように緑服でありながらエースとしての力量を持っていたりベテランのである者もいる。新型が回りにくい彼らには、より優れたパーツでノーマルジンよりも性能をアップしたモノに乗ったり、追加装甲をするものもある。

 バーツの場合は、彼の戦い方に合わせ、汎用型のジンを接近戦に特化したさせている。また、他にも狙撃用などもある。

 「そして2つ目、それは新型後継機 ZGMF-515シグーの開発であった。しかし、それを開発するまでには時間を要する。そこで、その繋ぎとして、ジンを改修したのがM型だ。」

 サントスは現在、オデルが現在、乗機にしているジンハイマニューバへ目を向けた。

 「M型は新しいエンジンをメインスラスターとして搭載し、さらに各部にスラスター増設、高機動に耐えられる装甲、関節部の強化を図り、性能をアップした。エンディミオン・クレーターでの戦いで投入されたその機体は、シグーが開発された後も高い実績を残してきた。なにより、ノーマルジンと共用パーツが多いこと、そして操作性が変わらないことが、前線の整備士たちやパイロットから評価を得ていた。」

 「それは、ゲイツが配備され始めても変わらなかった。ゲイツは、鹵獲した連合のGAT-Xシリーズの技術が盛り込まれて開発した機体のため、これまでのMSの性能を大幅に上回っている。が、ビーム兵器の搭載に拘ったためにパイロットからは不評を買っていている部分もあり、それが、ジン目の機体、特にM型の後継機を望む声となっていった。」

 「そこで、M型にも連合の機体の技術を取り入れたブラッシュアップをした機体の開発の声がかかった。それが、この試製M2型だ。」

 

 「あの~、熱弁をふるっているところいいでしょうか?」

 サントスが熱く語っていてひと段落したところで、入り口にいたドゥリオが辟易とした顔をしながら、声を出した。

 「おや、いつの間にいたのかね?」

 「いや…いたのですが、な~んか入っていい空気でなかったので…。」

 オデルはその言葉を聞いて、もう少し早く切り出してほしかったという顔をドゥリオに向けた。対するドゥリオも仕方ないだろぅ、とアイコンタクトを送った。

 「MSの調整をしてほしいと、ウチの整備士が…。」

 「おおっ!では、行くとするか。」

 サントスは先ほどまでの熱気のまま、格納庫へと一足先に向かった。

 「しかし、よかったです。」

 コートニーはサントスの後ろ姿を見ながら、微笑んだ。

 「あの長い話が、か?俺からすると、熱意が伝わってくるのはいいけど、苦行としか…。やはり、技術師の人間はアレが普通なのか?」

 「いえ、そっちではなく…。実はサントス技師、ここのところ元気があまりなかったので…。あんなに生き生きと語るのを見るのは久しぶりです。」

 「…そうなんだ。」

 オデルは、先ほどの話を聞いていて、本当に元気がなかったのかと思うぐらいサントスの熱弁のため実感が湧かなかった。

 

 

 

 

 オデルは試作ジンハイマニューバ2型に乗り込み、システムの立ち上げを行った。スイッチを押すと、計器類やモニターが光り、ブゥンと駆動音が鳴り始めた。一通り見まわしたが、ジンとさほど変わらないようであった。

その時、コクピット外からローデンが身を乗り出してきた。

 「よう、元気か?聞いたぞ、お前の転属の話。」

 「ちょっ…、それをどこで!?」

 「結構、軍内じゃぁ広まってる話でな…。」

 「それ、簡単に漏れていい話なのか?」

 「あえてパトリックが広めさせたんだろう。政治の話さ。もちろん、このままクライン派も引き下がらないだろう。…で、おまえはどうなんだ?」

 「…興味がない。」

 「こりゃぁ、バッサリと…。だが、今回の件のように周りはそうはいかんのさ。」

 「それを言ったら、ローデン艦長だってそうじゃないですか?」

 「俺か?俺は昔っからオレ流よ。シーゲルやパトリックが何を言おうと、関係ない。」

 それを受けて、オデルはローデン艦長らしいと思いながら笑みを浮かべた。

 「って、俺の事はどうでもいいんだ。おまえのことを言っているんだよっ。」

 ローデンはつい、調子に乗せられたと気付き、話題を戻した。

 「そうですね…。じゃあ、エレンが決めた方にしますよ。アイツが決めたなら、俺は文句を言わず、そっちに着きます。」

 「はははっ。まあ、それを聞けば、このノロケやがってって言うだろうがな…。俺は妙に納得するな。」

 「俺がお前に初めて会ったとき、トゲトゲしかった生意気なクソガキだったが、いつの間にか少しは丸くなりやがって…。考えれば、そうなったのはエレンに初めて会ったときからか?」

 「…さあ?」

 「まあ、ガンバリや。なにか相談があったら酒の相手ぐらいにはなってやれるさ。ついでに、このテストも見ていくからな。」

 ローデンは笑みを浮かべながらその場を去った。

 「『初めて』、か…。」

 オデルはローデンが先ほど言った言葉を口にし、複雑な気持ちになった。確かにオデル・エーアストとして彼女に会ったのは、ローデン艦長の言っていた時が初めてだが、本当の出会いはもっと前であった。だが、それを知る者はここにはいない。いや、いてはいけなかった。

 

 

 

 ゼーベックからコートニーのゲイツが、そしてオデルの乗った試製ジンハイマニューバ2型が発進し、相対(あいたい)した。

 (では、テスト開始と行こうか。)

 サントスの合図とともに、互いに瞬時にビームライフルを構え、発射した。それを互いに盾で防ぎ、牽制しあう。

 「こっちのビームライフルは威力が弱い…。」

 オデルは見た感じの感想をもらした。ビーム兵器の運用可能なジェネレーターを搭載しているが、ゲイツ以前のため、まだ出力が弱かった。

 「従来のより遅いが…。」

 オデルはフットペダルを踏み、試製ジンハイマニューバ2型を加速させる。新型スラスターを搭載したM型に対して、既存のスラスター強化とバーニア追加の試製M2型は加速性能が遅かった。

 そこへゲイツが現れ、腰部に装備されているリールからアンカーを発射した。こちらを捕らえようとした1基のアンカーを避けるため後方に下がったのを、横から現れた別のアンカーの先端クロー内部からビーム砲が発射された。それを脚部のバーニアを吹かせ咄嗟に避けた。アンカーのリールが下がっていくのを見ながら、オデルは冷や汗をかいた。

 「…いきなり、これ(・・)を使うか?」

 (それの特性を把握するにはうってつけだろう?)

 ゲイツの腰部アンカー、エクステンションナル・アレスターはその名「延長する、捕縛」を関する通りのもので、相手の意表をつく隠し武器として備わっている。いきなり使うものではないが、これは機体をするテストでもあるため、コートニーは使用したのだ。

 だが、彼の指摘通りであることは間違いなかった。

 加速性能と航行距離ではM型より劣るが、これを避けるための運動性は勝っていた。

 「なら…。」

 オデルは試製M2型の腰部から重斬刀を抜き、片方からレーザー刃を発生させた。この重斬刀は、ビーム砲の試作実験機のモビルスーツに備わっているものを使っており、剣先は実体剣で刃はレーザー刃の複合型となっている。

 それをゲイツに斬りかかろうと振り下ろした。

 コートニーはゲイツの盾でレーザー刃を防ぎ、試製M2型を弾き飛ばす。

 その間に、ゲイツの盾の先端から2本のビーム刃を出し、試製2型を突こうと前進する。

 試製2型は左腕にある盾でそのビーム刃を防いだ。

 

 

 

 2機は互いに牽制をするために、一度距離を取った。どちらから仕掛けてくるか、様子見となるであろう。

 「これじゃあ、埒が明かないな。どうやって行くか…。」

 オデルは先ほど得た武装の感覚を再確認した。

 まずビームライフルは当てにはできない。威力はジンの装備、パルルス改よりはよくなっているが、射程距離が足りない。こちらの機動力を活かしてうまく近距離で撃てればいいが、コートニーの腕を考えると、この銃身《バレル》の長さでは強行突破は難しいだろう。

 むしろ、同じ強行なら…。

 その時、警告音が鳴った。

 こちらが思案していて注意が少し行き届かないところを察したのか、ゲイツが距離を詰めてきた。

 ゲイツがライフルをこちらに向け、撃ってくる。

 「こうなったら…。」

 オデルは試製M2型を加速させ、ビームライフルを盾で防ぎ、ゲイツに迫る。

 「突っ込んでくるつもりかっ!」

 コートニーは驚きの声を上げつつも、内心やはりという思いがあった。

 なら…、こっちはっ!

 ゲイツは間合いをとるため、後ろに下がり始めた。

 その動きを見たオデルは、フットペダルを踏み込んで、さらに加速をかけた。盾を前に構えながら、腰部のレーザー重斬刀に手をかける。

 「間に合わないか…。」

 コートニーは詰められそうになった瞬間、エクステンションナル・アレスターを射出、同時に動きを封じ込めた後に突くために盾のビームクローを展開した。

 「それを…待っていた。」

 オデルは一瞬、笑みを浮かべた。

 そして、踏んでいたフットペダルを一拍ほど戻し、レバーを動かし、また踏み込んだ。

 試製M2型は急に動きを止め、左右から来たエクステンションナル・アレスターを切断、その後加速し、ゲイツのビームクローを下に避け、その勢いで斬りかかり、コクピット手前寸前で止めた。ゲイツも懐に入りこまれる寸前にビームライフルを構えており、銃口はコクピットに向けられていた。

 両者とも、それきり動かないで止まっているが、そこでテスト終了となった。

 

 

 

 

 アププリウス市内の住宅街のクライン邸では、シーゲル・クラインがある男と内密に階段をしていた。

 シーゲルと向き合っている男は、さきほどこの邸宅に来るまでの雰囲気が一変し、どこか近づきがたいものであった。さらに、その男から何か探ろうとしても、徒労に終わる。男は無表情で腹の底が読めないのであった。

 本来であれば、この男はプラントのトップであるシーゲル・クラインに会うことはもとより、このプラントにとって招き入れざる男である。が、現にここにいる。それは、この男の偽装工作と今会っているシーゲル・クラインの協力もあったからだ。

 「早速ですが、あなたをお呼びしましたのはコレ(・・)についてです。」

 シーゲルはディスクを取り出し、コンピューターに読み込ませ、それを男に見せた。

 モニター画面には、V字型の4本アンテナのツインアイとザフトのMSには見受けられない特徴的なMSが映し出された。YMF-X000A DREADNOUGHT(ドレッドノート)

 男はスペックに目を通していくうち、ある単語が目に入った。

 「Nジャマーキャンセラー、か…。」

 男は無表情で、抑揚を欠いた口調でその言葉を声に出した。

 「…あまり驚かないのだね?」

 「元々、Nジャマーはザフトが開発したものだ。それに、いくらMAに対して優位性を誇るMSでもバッテリー切れをおこせば、ただの鉄のカタマリ。ザフトもそれはわかっているだろう。それに、半永久的エネルギーの核という存在は、物量の劣る側にとっては魅力的なはずだ。それを無効化することは考えてはいたであろう。だが、その研究はユニウスセブンの件で、しばらく鳴りを潜めていた。」

 男は問いに淡々と答え、己の推察を述べた。シーゲルもそれに頷き、ふたたび口を開く。

 「そして、ザフトは核をモビルスーツの動力にするために、このNジャマーキャンセラーを搭載することになりました。」

 シーゲルの表情にはどこかやるせない面持ちがあったが、一瞬瞑目した後、決意を込めた目で、続けた。

 「私は、これを…Nジャマーキャンセラーをマルキオ導師の下へ送ります。」

 「地球上のエネルギー解決のためか?」

 「もちろん、ただ渡すだけではないです。」

 確かに、これがあればエネルギー不足解消の一端になるであろうだが、それはもろ刃の剣であった。それが、地球軍の手に渡った場合、ふたたび核を撃ってくることは目に見えている。

 「そのためにあなたをお呼びいたしました。」

 

 

 

 

 オーディオから流れる音楽が心地よい眠気を誘う。いつの間にか、外は茜色に染まっていたオデルは早々に帰宅して、テスト終了後、試製M2型についての評価をサントスに説明する等で工廠にいったが、早々に切り上げ、自宅のソファに横たわっていた。

 「あら?もう帰ってきていたの?」

 そこへエレンが帰宅した。

 「機体テストの報告、しなくてよかったの?」

 「もう今日は疲れた。サントス技師には、後日レポートで提出する旨は伝えているさ。どうせ、しばらく本国からしばらく離れるような任務もなさそうだしな…。」

 と、起き上がりながらオデルはしまったという顔をした。

 「とっ…とにかく、今日は朝っぱらから疲れたんだ。まったく、人使いが荒くてしょうがない…。」

 「今までもこんな感じだったわよ。休養期間が長くて、体が鈍ったからじゃない?」

 「…悪かったな。」

 オデルはあわてて話題を変えようとしたが、逆に無理があった。オデルはもう何も言えないと、ふてくされながら、ふたたび横になった。ちらりと夕飯の準備を始めるエレンの姿を見ながら、午前中に偶然出くわしたあの男の言葉がよぎった。

 「…なあ、エレン。もうこの話はしないと言ったけどさぁ…。」

 オデルはソファに寝転がった状態で、できるだけエレンの顔を見ず、神妙な顔つきで話し始める。

 「なら、しないで…。」

 エレンも夕飯の準備に取り掛かりながら、オデルが何を言いたいのか理解し、きっぱりと断った。

 「だが、あの時と今では情勢が違う。今からでも遅くはない。」

 オデルは立ち上がり、エレンの方へ向いた。エレンは夕飯の準備の手を止め、オデルの方へ行く。

 「エレン…。お前の手は誰かの心に安らぎを与える音楽を奏でる手だ。人を殺める手ではない。俺は、もう何人もの命を奪った血まみれの手だ。お前まで…そうなってほしくないんだ。」

 オデルの目には、懇願するようなもどかしい思いにあふれていた。

 「地獄に落ちるのは、俺だけでいい…。それだけの業を背負っている。」

 「人は…生きているなら何かしら背負うものよ。」

 「そういう言葉で、済まされるものではないんだ。なんせ、俺は…。」

 「ねえ、オデル。」

 エレンは沈痛な面持ちのオデルに優しく微笑んだ。

 「前にこの話をした時に私が言ったこと、覚えている?」

 「ああ、覚えている。だが…、俺はおまえにだって償いきれないことをしたのだぞ?」

 「あの時のこと(・・・・・・)は、私も同じよ。」

 エレンはオデルの胸に身を預ける。

 「私も業を背負っている。それが辛いときもあるわ。けど、あなたがいるから歩いていけるのよ。だから…この先、あなたが言うように過酷かもしれない。でも道連れがいれば、軽くなるでしょ?だから…あなたばかり重荷を背負うようなことはしないで、シュウ。」

 その言葉を聞いてオデルは嬉しいような悲しいような複雑な気持ちで溢れた。エレンにどれだけ自分が救われてきたか、このまま共にいたい。だが、それゆえにエレンの身に危険が及んでほしくない。

 だが、今は…。

 オデルはエレンをそのまま抱き寄せた。

 

 

 

 

 




今回、あとがきは箇条書きっぽく…


今話、オデルの話なのか、モビルスーツの話なのか、プラント内政争の話なのか…(汗)。初期案はメインがMSなのでこのタイトルになりました。(笑)

サントス技師の語りは作者も一番難しいところでした。漫画のように絵があればわかりやすいのだが…(ボソッ)


なるだけ作中の戦闘シーンは同じのを繰り返さないようにしているのですが…最近、そろそろネタ切れになりそうでヒヤヒヤしています。


ちなみに、書いている途中、プラント内「政争」の漢字変換が間違ってプラント内「清掃」となってしまった。
時期が時期なだけに、プラント全市民参加のプラント大掃除が目に浮かんでしまった。けど、コロニーの衛生管理はやはり重要だから、そういうのたまにあるのかな?


今年中にあと1話は投稿できるようにしたいなぁと思っています。それが一番区切りいいし…。でも、去年は失敗したんだよな~(涙)



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PHASE-33 交錯する思惑

わーい!(喜)
前回の投稿時の予定通りアップできたぞ~!



 

 月面都市コペルニクス。

 クレーター内に建設された大規模の都市国家である。現在は地球連合、ザフトに属していない中立自由都市国家であり、宇宙開発に大きな役割を果たした場所でもある、多くのグローバル企業が入ってきていた。ヘファイストス社もその1つである。

 

 

 

 「わざわざ、国防産業連合理事であるアズラエル財閥のご当主から連絡をなさるとは…。いったいどのようのご用件で?」

 ヘファイストス社コペルニクス支社の会長室で、ジョバンニはモニター越しにある男とやり取りしていた。その男はジョバンニよりはるかに若い30代ぐらいで、金髪で青い瞳の色をした背広姿の男性であった。

 (いえいえ、たいした用事ではないのですよ。ただ、カートライト会長を主導に、反連合組織と通じており、武器の供与を行っていると聞き及んだので。)

 「まさか、そのようなこと…。ヘファイストス社は、一民間企業です。私の意向だけで動いてはおりません。」

 (もちろん、ボクもそれはよく存じているのですが、いやはや、困ったことに疑っている人たちもいるのでネ。どうやら貴社がモビルスーツの開発・生産を行っている、という話もありましてネ。)

 「ああ、その件でございますか。」

 ジョバンニは秘書に合図を送り、それを受けた秘書はなにかを始めた。そして、ジョバンニはふたたび若い男の方へ向いた。

 「確かに、我々はモビルスーツの開発を行っております。といえども、我々のは、あくまで作業機械、ということで開発いたしました。もしそれを兵器にとお疑いなのでしたら、その設計図を先ほどお送りいたしましたので、ご覧いただければわかります。」

 ジョバンニが説明を終えるとともに、そのデータを受け取ったのか、相手の若い男はそれを見ている。そこには型式番号GMW-01と人型の機械、そして基本スペックが映し出されていた。

 (なるほど…。なかなかの作業機械(・・・・)ですネ。)

 「我々は商売人でございます。政治的な野望なぞございませんよ。もしそれでも疑いようがあれば…。」

 (いいえ。結構ですよ、会長。)

 若い男がジョバンニの言葉を止める。

 (この件は、ボクの方から言っておきますよ。いやはや、さすが、カートライト会長ですネ。前会長とは違い(・・・・・・・)分別があり、こちらは大助かりですヨ。)

 若い金髪の男は、何かを揶揄するように言い、通信を切った。

 近くの応接のソファで聞いていた社長のオーウェンは大きく息を吐いた。

 「…なんとかごまかせましたね。しかし、MBE-01の基本フレーム、GMW-01のデータを渡した時はヒヤヒヤしましたよ。」

 それに対し、ジョバンニは笑って答えた。

 「アズライルのことだ。口で言っても、納得しないだろう。逆にデータを見せることで、この程度しかできないのであれば、脅威ではないと油断してくる方がよい。ただ、彼の洞察力は優れたものだ。もしかしたら、この特性に気付いているかもしれん。」

 「そっ、それでは!?」

 「安心しろ。そのために芝居はうった。性格上、その特性に気付いたからと言って、こちらも気付いているとは想像できる人間ではない。」

 「そうだといいのですが…。」

 ジョバンニの言葉を聞いてほっと息とついたオーウェンだが、まだどこか不安な様子であった。

 「しかし、…本当にこれでよかったのでしょうか?」

 オーウェンは窺いながら、口を開いた。

 「もちろん、会長の意図はわかります。ただ、私たちは、さきほど会長が言ったように商売人です。そこに政治的野心が入れば、いつしか我々が彼ら(・・)のようになってしまう可能性が…。」

 「…オーウェン、言いたいことはわかる。」

 ジョバンニは机の上に置いてある古びたサイコロを手に転がしながら、応える。

 「だがな…これは、大きな博打でもあるんだ。」

 「博打…ですか?」

 「そうだ。あの戦争(・・・・)の後の地球では、残った人類を賄えるほどのエネルギーも物資もなかった。それが、わずか70年足らずでここまで持ち直したのは奇跡と言いようがない。もちろんプラントの存在が大きかった。理事国もそこは理解していたし、プラントも独立自治という旗を掲げながらも、地球の存在を邪険にはしなかった。それは、地球・プラントとも人類が未来へと進むレールに必要な両輪だと分かっていたからだ。しかし、互いがいがみ合うようになり戦争に突入してしまった。

 その結果、どうだ?

 プラントは先行きが見えなくなりつつあるのに、その未来の担い手の若い人材を潰しているといる。地球上ではNジャマーが散布され深刻なエネルギー不足・飢餓に見舞われているのに何も対策をしない。しかも、両陣営とも己の認めないシステムを破壊し、自分が望む1つ社会システムを作ろうとする者どもが台頭している。」

 ジョバンニは相も変わらず、サイコロを手に転がしてはいるが、心は遠い過去を思い起こしていた。

 「確かに我々は商売人だ。だからこそ、商売人らしく、相手のニーズに応じて物を供給すればよい。その見返りが目先の利益でなくとも、衰退した世界よりはマシであろう。」

 すると、サイコロを転がしていた手を止めた。

 「さて、私はこれからその顧客(・・・・)に会うのでな。こちらの方は任せるぞ。」

 「ええ、お任せください。」

 オーウェンは立ち上がり、会長室を後にした。

 

 

 

 「しっかし、コペルニクスにこんなところがあるとは思わなかったな。タルボット、お前は知っていたか?」

 コペルニクスの工場区。そこにある大きな倉庫から入ってあるエレベータに乗り、たくましい体つきの30代後半の男が感嘆しながら、ラドリーと共に地下へと降りて言った。

 「いえ、俺も初めは知らなかったです。知っているのはヘファイストス社のようにコペルニクスでも一握りの力のある者だけでしょう…。しかし、秘密基地みたくて面白くないですか、ベルトラン中佐?」

 「そんなものか~。」

 ラドリーとベルトランが向かっているのは、コペルニクスの港の地下にある秘密裏にされている建造ドックである。

 そこでは、暗い青みの緑色を基調としたこれまで見たことのない戦艦がいた。全長は275mであり、従来の地球軍と同様、艦の中央に突き出した艦橋部があるが、中央部の突き出た左右には2連の砲門が、その下に単砲が備えられている。そして甲板に対空砲塔がある。その前方には2基のカタパルトデッキがある。MSの搭載能力を有した戦艦である。

 「おお!なかなか凄いじゃないか…。」

 ベルトランとタルボットは外観をみるため、その周辺を1周した。

 「なるべく早くこの艦の指揮をしたいものだ。コイツもモビルスーツがアンヴァルに送られ次第、発進させるのか?」

 ベルトランは感慨深げに見ながら、タルボットに尋ねた。

 「こちらの方はまだだと思います。現在カートライト会長、セルヴィウス大将、ドゥァンムー氏らが、MBE-01をはじめ、MBE-X003、MBE-X005、MBE-X008は輸送の方法を話していると思いますが、戦艦の方は別の場所で建造している艦がまだできていませんので…。第一、これは地上に降ろせるものでもないですし。」

 「じゃあ、しばらくはお預けか。まあ、当分地上の方が活発になっているからな。どうせ俺も月基地の後方のヒマ人だしな。」

 タルボットの言葉にベルトランはガックリしながら柵の上に肘をついて、溜息をついた。

 

 

 

 社長のオーウェルが退出した後、ジョバンニはアウグストとグゥイを部屋に招き入れた。

 「お呼びいたしましたのに、お待たせて申し訳ないです。ちょっと、込み入った用件がございまして…。ささ、お座りください。」

 「何だ?俺を裏切る画策をしていたのか?」

 ジョバンニの言葉にアウグストがからかい交じりに返した。

 「はははっ、まさかっ。安心したまえ、君を裏切ることはしないさ。…今のところは、な。」

 ジョバンニは笑いながら、応接のソファに座る。

 「たしかに、君と私は出自も進んだ道も主義も違う。だが、この状況で今何が必要とし、何を為すかは合致している。それは覚えてくれたまえ。」

 その言葉にアウグストはうんざりとした顔で答えた。

 「よく言うよ。それは昔っから変わらぬと言うことか、お前の?」

 「そうだ。そしてお前は暴れん坊だったから軍人になった。私はロマンチストだから商人になったのさ。」

 「おいおい。ロマンは現在、安売りセールしているのか?」

 一番ロマンという言葉が似合わない男が自分に対して言い表しているのをアウグストは皮肉なじりに返した。

 そこへグゥイがため息交じりに口を開いた。

 「老人の…昔話はこれぐらいでいいだろう?本題に入ろう。」

 「そうですね…では。」

 ジョバンニはテーブルにメモリーの入ったディスクを置いた。

 「モビルスーツを地上に運ぶ手段はセルヴィウスに一任する。そして、これは改良したOSのデータだ。」

 アウグストはそのディスクを手に持った。

 「しかし…驚いたものだな。連合もオーブですら苦戦しているナチュラル用のOSを完成したとは…。これ、高く売れるんじゃないか?」

 「ならば、これをどうやって完成させたか事細かにソフトウェア工学の基礎からじっくりと説明してやるが、どうかな?」

 「いや…俺はこの分野に関して、まったくもってよくわからんから、やめておく。」

 ジョバンニは溜息をつき、本題に戻った。

 「完成したモビルスーツの方には、奪取されたときの保険としてまだこれを乗せてない。引き渡した時にそれでアップデートしてもらいたい。」

 「…わかった。」

 「どうなのだ、部隊の方は?だいぶ情勢がきな臭くなっているぞ?」

 今度はグゥイがアウグストに尋ねた。

 「本音を言えば、出資者の期待どおりとは行かないですね。ただ、最終的に帳尻合わせになるようにするつもりです。」

 「そうでなくては困るからな。」

 グゥイは立ち上がり、杖をつきながら窓まで歩いた。

 「あとは…プラントにも我々と同じ思いがいてくれることを願うだけだ。」

 

 

 

 

 

 シーゲルは自室のベランダから夜のアププリウス市の風景を眺めていた。夜の幻想的な風景がシーゲルの心をかきむしる。

 本当に、これが正しいことか。

 それは決断した己でも分からなかった。

 Nジャマーキャンセラーにより地上のエネルギー問題は解決できる。それは、プラントのためにもなるからだ。パトリックは、コーディネイターの優位性を確信し、地球を不要のものと考えている。しかし、コーディネイターの種としての存続問題、プラントコロニーの完全自立の困難である。ただ、地球にも懸念される問題はある。Nジャマーキャンセラーが渡っても、ブルーコスモスつまりコーディネイター排斥派になれば、ユニウスセブンの悲劇の繰り返しになる。

 そのために、事態を想定して、臨機応変に対処してくれる傭兵に依頼した。彼らであれば、きっと大丈夫だろう。また、地球連合側からも協力が必要だった。そのために()を今回呼んだのであった。

 彼が思案していると、どこからともなく『マイド、マイドっ。』と、電子から発せられた声が聞こえてきた。シーゲルがその声を発する場所へ振り向くと、ピンク色のハロが転がっていた。

 『ミトメタクナイッ。』

 羽のようなものをパタパタとしているハロをシーゲルは両手で持った。

 「お父様、こちらにピンクちゃんいらっしゃいませんでしたか?」

 ちょうどその時、ラクスがハロを探しにやって来た。

 「ああ、ここにいるよ。」

 ラクスに差し出そうとすると、ハロは『ハロー、ラクス。』と飛び出し、ポンポンと跳ねながらラクスの両手に収まった。

 「あらあら、ピンクちゃん、いけませんわよ。ちゃんとお礼を言いなさないな。」

 ラクスの姿に、シーゲルは胸を締め付けられそうだった。自分の決断に迷いがあるとすれば、それはラクスであろう。この先、自分がどうなろうと覚悟はしている。だが、残されるラクスはどうなるだろうか。

 「どうなさいましたか、お父様?」

 ラクスの問いにシーゲルは思考の海からハッと引き寄せられた。

 「いや…、なんでもない。」

 そして、視線を時計の方へ移した。

 「私は、これから客人に会う時間だ。すまないな、ラクス。」

 「いえ…。」

 ラクスは部屋を出る手前で止まり、ふたたびシーゲルの方へ向いた。

 「お父様。」

 いつもであれば、この後おやすみのあいさつをするのだが、今日は違っていた。

 「そのあと、少し、お話よろしいでしょうか?」

 その口調には柔らかさがあったが、自分を見据えるその真っ直ぐな瞳には何か決意を込めたものを感じた。

 シーゲルはその瞳を見ながら、やはりと心のどこかで納得していた。

長くこういう世界にいるからこそわかるのであろう。

 「ああ…。後で、な。」

 シーゲルは静かにうなずいた。

 

 

 

 「ほっ…本当にオデルに何も話してないのか?」

 アププリス・ワンの中心街から高級住宅街へと向かう道路を、エレカで走らせているイェンは助手席に座っているエレンに尋ねた。その口調にはいつもの冷静さは失っていた。

 「ええ。言うにもなかなか切り出せなくて…。向こうも気付いてくれるかなって思っていたのだけど、こういうことは鈍感と言うか…。」

 エレンも困り顔で返す。

 「…なんか変な汗が出てきたぞ。」

 もしもオデルがこのことを知ればどうなるか、そして、己の身の危険を感じた。後々、いろいろ覚悟して言うことは出来るが、これからのオデルの転属先のこともあるため簡単にはいかない。

 イェンの頭の中でいろいろな考えがぐるぐると回った。

 「でも、その方がよかったかもしれない。」

 「…え?」

 エレンの言葉があれこれと考えているイェンの思考を断ち切った。

 「もし、このことが知れたときのことを考えれば、オデルにまで何かあって欲しくない。私1人が罪を被るだけでいいわ。」

 そう言いながら、エレンは目を落とした。

 やがて車は、高級住宅の中でもひときわ大きい邸宅への道に入り、門までやって来た。そこは最高評議会議長そして、全プラントにて絶大なる人気を得ている歌姫の邸宅であった。

 

 

 

 

 

 赤道近い地域特有の強い日差しを照り受け、その白亜の色をさらに輝かせているアークエンジェルは、現在南太平洋上を横断中であった。

 その艦内にある食堂。

 「…大丈夫なのか?」

 カガリは向かいの席に腰を下ろし、ぐったりとしているヒロに聞いた。

 「もう…しばらく…動きたくない。」

 『まあ、自業自得だな。』

 カガリはジーニアスの言葉に少し納得した。

 マラッカ海峡で多く被弾したこの艦は、近くの小さな島の沿岸に停泊し、応急の修理を行った。その際、ヒロは戦闘中の無断行動および虚偽報告のため、ナタルとフォルテから大目玉をくらい、修理の手伝いに駆り出された。

 「はい、これ飲む?」

 そこへコトンとドリンクが置かれた。その先の視線を向けるとミリアリアがいた。

 「はちみつレモンよ。バナディーヤで買った分が残っていたから食堂の厨房を借りて作ったの。」

 「ありがとう、ミリアリア。」

 「はい、カガリさんの分も。」

 ミリアリアはカガリにも渡した。

 「ありがとう。って、もう1個持っているのは?」

 「あっ、これはトールに持っていく分よ。最近、休憩の合間もスカイグラスパーのシミュレーターに入りっぱなしだから…。」

 以前、シミュレーターで成績を出してからトールはずっとのめり込んでいた。ミリアリアは、初めはトールのいつもの調子に乗った行為かと思っていたが、今では真剣に打ち込んでいる姿を見て、近くで見守っている。

 「そのうち、本当にスカイグラスパーに乗るなんて言いださないか心配なんだけど…。」

 『まあ、その心配は無用だな。なんせ、今動かせるのは1機しかないからな~。』

 「ジーニアス、それは私に対するあてつけかっ!?」

 インド洋の小島に不時着したカガリの乗っていたスカイグラスパーは彼女の遭難救助と共に回収できたが、損傷の程度を見ると、出撃することはできない。ちなみに、戻って来た彼女は生還できたにもかかわらずマードックから怒られたり、キサカからも無言の叱責をくらい、散々な目に遭った。

 「あっ、あのさ…ミリアリア。」

 一口飲んでからずっと固まったように黙っていたヒロが言いにくそうに切り出した。

 「うん、どうしたの?」

 「え~とっ…、そうそう、疲労回復のために飲むなら、もうちょっとさっぱり系の方がいいかもしれないよ。だから…もうちょっとレモンとはちみつと水で…。」

 ヒロはすぐさま厨房に行きせっせと始めた。

 「これでいいんじゃない?」

 「え~そうかな?」

 ミリアリアは味見して見た。

 「ホントだ。前の方は味見してないから分からないけど、こっちの方がさっぱりしていていいかもっ。ありがとうね。」

 そう言い、ミリアリアはトールの分を持って食堂を去った。

 「ミリアリア…味見してなかったんだ。

 ヒロはホッと一息つき、呟いた。カガリは訝しみ、試しに渡された方のはちみつレモンを少し口にし、その途端、固まった。

 「…すまん、ヒロ、私のも薄めてくれ。これ、砂糖が入りすぎてヤバイ…。」

 

 そんな折、艦内にけたたましい警報が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 (敵はX102(デュエル)X103(バスター)X207(ブリッツ)X303(イージス)unknown(アンノウン)よ。)

 ブリッジにて機種特定されたことを告げるミリアリアの声をコクピットに入った各々は聞いていた。

 (くそっ、因縁の隊かっ!)

 CICから発せられたその誰かの言葉にヒロは違和感を覚え、ムウへと通信を開いた。

 「ムウさん…、因縁の隊(・・・・)なんですか?」

 (え?)

 ムウはヒロの言葉に一瞬不思議な顔をしたが、しばらく考え込んだ後、口を開いた。

 (いや…、違うかもな。)

 奪取されたXナンバー。ヘリオポリスから地球に降下するまでずっと追いかけてきた機体だけに因縁と口にしたのだろうが、そうであるなれば、指揮官はラウ・ル・クルーゼのはずだ。だが、なにか言葉に言い表せない感覚(・・)が来なかった。ヒロ自身、最初はその感覚を実戦で感じる殺気だと思っていたが、それを感じない時もあった。そのことを話した時、ムウも同じような感覚(・・)があることを知った。

 そうこう思案していると、発進の準備が回って来た。

 因縁の隊ではないか、それとも指揮官が違うのか。それはわからないが、例の4機であることは間違いない。

 こちらは、前回の戦闘で大きなダメージを受けている。

 ヒロは気を引き締め、クリーガーを発進させた。

 

 

 

 




あとがき

この話で今年の投稿はお終いです。区切りもいいですし!(あと2日で出せる自信がまったくない。)


てなわけでいつも通り駄文を…と思ったが、なぜかあまり出てこない!
いつもは本文以上に出てくるのに…(泣)。
あえて話題にするなら、ガンダムの新作ゲームが発表されて発売まで楽しみだということですね~。


では、よいお年をっ。来年もよろしくお願いします。





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PHASE-34 南海の楽園

あけましておめでとうございます…からだいぶ時期が経ってしまった(汗)
この時期は…寒中見舞いかしら?(立春より前に投稿出来てよかった~)
というわけで今年もよろしくお願いします。



 

 

 (ご覧いただいているのは、現在、我が国の領海からわずか20キロの所で行われている戦闘の模様ですっ!)

 切迫しながらも、どこか興奮気味の女性ニュースキャスターの声と共に、戦闘の映像が街頭や各家庭のテレビモニターに繰り返し、流れている。街を行き交う人々もその映像を、それが己の近くで行われていると理解しつつも、その実感なく見ている。

 ここはオーブ連合首長国。南太平洋に大小さまざまな島から構成される島国である。

 (政府は不測の事態に備え、すでに軍の出動を命じ、緊急首長会議を召集…。)

 首都オロファトにある行政府にて各州の首長たちと側近たちが集まり、細長いテーブルでこの中継を見つめ、低く話し合っていた。

 「ウズミ様…。」

 その中心に座っている代表の男がテーブルの端に座っている威厳ある顔つきで髭を蓄えた壮年の男を見やり、彼に窺うように声をかける。

 ウズミ・ナラ・アスハ。彼はオーブの前代表であり、ヘリオポリス崩壊の件で責任を取る形で辞任したのであった。

 「許可なく領海に近づく武装艦に対する我が国の措置に、例外(・・)はありますまい。軍司令本部のリュウジョウ准将にもそう伝えるものですぞ、ホムラ代表。」

 「はあ…しかし…。」

 そう言われたが、ホムラは当惑していた。もちろん、普通はそうするだろう。だが、今回領海に近づきつつある艦と機体は、彼らにとって複雑な事情を持っている。

 「ただ、テレビ中継(・・・・・)はあまりありがたくない…と思いますがな。」

 「…そうですな。」

 ウズミの言葉にホムラは意図を察し、すぐさま側近を呼びつけ、指示を出した。

 

 

 

 「それで…、ハツセ二尉、今回我々が呼び出された理由は?」

 軍司令本部に2人の将校が急ぎ足で進んでいた。階級章は二佐を示している若い男、シキ・ヒョウブは己の補佐官、クオン・リタ・ハツセに尋ねた。

 「それは、司令室に来ればわかるとリュウジョウ准将はおっしゃっておりました。」

 「何か…わけありということか。でなければ、教導部隊の我々を呼ぶわけないしな。」

 教導部隊いわゆるアグレッサー部隊は、敵部隊をシミュレートし、軍事演習において、仮想敵機としての役割を行う部隊の事である。オーブは中立を保つため、その軍事力を保有しているが、その中立ゆえに実戦経験は乏しいものであった。それを補うためにアグレッサー部隊を設けている。

 シキはその本土防衛軍第8教導部隊の隊長である。

 司令室に辿り着く、その中は対応に慌ただしく動いていた。

 「ヒョウブ二佐。」

 本土防衛軍に所属するガウラン・タグ・ヒジュンに呼びかけられ、彼らはそちらに向かう。そこには本土防衛軍准将バエン・ジオ・リュウジョウの姿もあった。

 「ヒョウブ二佐、ただいま出頭したしました。」

 「いまはそんな堅苦しいことはいい。お前たちに見せたいのはアレ(・・)だ。」

 彼に促されモニターに目を向ける。

 そこには黒煙を上げている白亜の戦艦とツインアイのザフトのとは異なるモビルスーツが見受けられた。

 「行政府からは例外なく(・・・・)対処せよと指示を受けている。が、先ほどまで流していたテレビ中継は止めさせている。」

 本土防衛軍准将バエン・ジオ・リュウジョウの言葉より、シキは行政府にいる代表しいてはウズミの意図を理解した。

 「つまり…そういうこと(・・・・・・)と?」

 「ああ。まったく…無茶なことばかり言いやがる…。現在ティリングの第2護衛艦群を向かわせているところだ。」

 バエンは溜息をついた。

 

 

 

 

 「5番、7番、イーゲルシュテルン被弾!」

 「損害率25パーセントを超えました!」

 次々と上がる報告にマリューの顔には焦りの色が見え始めた。もともとマラッカ海峡にて多数被弾、そして付け焼き刃の補修であったため、戦闘はなるだけ避けて太平洋を横断したかった。しかし、そううまく行くわけもなく、敵に遭遇した。しかも、相手はヘリオポリスで奪取された4機であった。そして、シグータイプの機体も共にいる。

 「機動兵器は…。何をしているっ!」

 いつも冷静なナタルも焦燥感に駆られながら、叫ぶ。

 「各機、応戦していますが…。」

 ミリアリアもやりきれない思いで答える。

 

 

 

 『足つき』からミサイルが発射される。

 その攻撃を、グゥルを移動させることによってアスランは避けていった。

 重力があるというのはこんなにも厄介なものだと、アスランは苦々しく思った。ましてや海上での戦闘となると余計にそう感じてしまう。

 無重力の宇宙空間および設定された有重力のコロニー内では高機動をいかんなく発揮できるが、大気圏内ではこのMS支援空中機動飛翔体グゥルに乗っていない限り、運用もままならないし、運動性も制約される。

 だいぶ損害を受けている『足つき』を、なかなか墜とせず、じれったくなったのかデュエルとバスターが前に出て行った。

 「イザーク、ディアッカ前に出過ぎだっ!」

 (うるさいっ!)

 2機の特性を考えれば後方向きではあるが、アスランの言葉を無視し、イザークとディアッカは前衛からの攻撃を始めた。

 (隊長、俺が行く。)

 そこへイージスの隣に濃い目の青い色をした機体がやって来た。

 「クトラドさん。しかしっ…。」

 (まだ地上戦に慣れていないのだろう。なら、あまり無理するな。)

 クトラドはそう言い残し、機体をアークエンジェルへと向けた。

 その機体はシグーをベースとなっていて、両肩に大型のビーム砲があり、左腰部には実体剣と複合型となっているレーザ刃をマウントしていた。YFX-200 シグーディープアームズ、それがこの機体の名称である。連合軍のビーム兵器技術を参考にした試作機であるが、ビーム砲は大型のままであり、冷却能力が不足のため連射できないという欠点もある。

 そのため、クトラドはシグーのM7S重突撃機銃と右腰部にM4重斬刀と従来の武装を装備している。

 

 

 

 

 「PS装甲って、こんなにも厄介だなんて…。」

 (少しは、俺の苦労も分かってくれたか?)

 デュエルの攻撃をかわし、下がって来たルキナが愚痴をこぼし、フォルテがそれに応じた。実弾・実体剣しか装備がない両機体。砂漠から腕を振るっていたルキナもこれら相手には手こずっていた。

 デュエルは後方にいるストライクによってグゥルを失い、なおも取りつこうとしたところをストライクによってビームサーベルの柄を斬られ、踏み台にされ海面に叩き落とされてしまった。

 

 上空で応戦していたクリーガーも一旦フォルテのジンの近くの甲板上に着地してきた。そこへシグーディープアームズがこちらに向かってきて、両肩のビーム砲を発射した。

 (うぉっ、ヒロ!)

 フォルテはとっさにクリーガーの腕を引っ張りシールドで防いだ。

 シグーディープアームズはそのまま2射目はなく、すれ違い通り過ぎた。

 (どうやら、まだお前たちのビームライフルのように連射は出来ないようだな…。手に突撃機銃を持っているしな…。)

 シグーディープアームズが反転し、こちらに向かって来る。 クリーガーは甲板から飛びあがり、シグーディープアームズへと向かった。

 (ヒロ、あのグゥルからうまく切り離すようにしてくれ。それをこっちで使う。)

 「ええっ!?」

 フォルテからの要請にヒロは困った顔をした。グゥルがなければ、飛行能力のない機体は落下し、戦線を離脱しなければならない。ブリッジからもそう指示が出てきている。しかし、それを破壊せずに奪うのは至難の技であった。

 「そんな無茶な注文…。」

 クリーガーの腰部のビームサーベルを抜いた。

 「ビームサーベル、だと…。」

 クトラドはクリーガーの動きに訝しんだ。飛行能力のあるクリーガーの方が有利だ。射撃の腕が壊滅的に悪くない限り、機体を墜とせることは出来るだろう。さきほどからの戦いぶりを見て居る限り、そうではなさそうだ。

 ということは、向こうの狙いはおそらくグゥルを破壊するか奪うか、だろう。

 「…させるかっ。」

 シグーディープアームズの足をグゥルのMS足止め具から外し、そこから降り、グゥルを加速させながら落下させた。

 「グゥルから降りた!?なんで…!?」

 ヒロは訝しんだ。グゥルはクリーガーを通り抜けていった。

 「まさか、フォルテっ!?」

 ヒロが気付いたときは遅かった。

 「そこだっ!」

 クトラドがグゥルの無線コントロールからミサイルを甲板上にいるジンに向け一斉に発射した。

 「…ヤバイ。っくそ!」

 シグーディープアームズとクリーガーがちょうど重ねったため、捉えにくくなり、一拍遅れたジンはあわてて突撃機銃を乱射した。

 そこでミサイルが爆発した。

 「フォルテっ!」

 銃での応戦にとっての爆発か着弾しての爆発か上空からでは捉えにくかった。その時、コクピットに警告音が鳴った。

 正面からシグーディープアームズが落下速度と共にレーザ重斬刀を構え、落ちてくる。

 「くっ。」

 ヒロはビームサーベルを構え、相対するため、フットペダルを踏もうとした時、今度は後方からの警告音が鳴った。

 「今度はなに!?」

 モニターで確認すると、グゥルが今度はこちらに向かってきた。

 グゥルの装備は実弾だが衝撃で斬り合いのタイミングを無効に有利にずらされる可能性もある。しかし、今グゥルの方も向くこともできなかった。

 どうする…。

 しかし、迷っている暇はなかった。

 ヒロは大きく息を吸って吐いて、自分を落ち着かせた。そして、クリーガーを滞空させ、ビームサーベルを両手で構えた。グリップをギュっと握り、全神経を敵機、自機、グゥルに集中させた。

 「なにを…?」

 クトラドはクリーガーの様子に訝しんだ。

 「ふっ…。なら、そのまま墜としてみせる。」

 無線コントロールでグゥルを加速させた。いくらこちらの出方を伺おうとも、大抵の人間は間近に来るものから反射的に対処するものである。

 「…来る!」

 グゥルが迫るギリギリの距離の気配を感じ取り、ヒロはとっさにクリーガーを左半回転させ、ビームサーベルを左に持ってグゥルをついた。

 「背後がガラ空きだぞ!」

 クトラドは勝ち誇った笑みを浮かべ、レーザ重斬刀を振り上げ、斬りかかろうとした。

 その時、

 クリーガーの右手が右腰部のビームサーベルを持ち、そのまま一旦、折りたたんだまま腕を前にし、すぐさま後ろに突いた。

 「なっ!?」

 いきなりの事にクトラドは慌ててフットペダルを外し、レバーを引き、グリップを横へと向けた。

 クリーガーのビームサーベルはシグーディープアームズ頭部に寸でのところで交わされたが、その隙をついて、ヒロは左てのビームサーベルをグゥルから引き抜き、クリーガーを反転させ、グゥルを踏み台にし、シグーディープアームズに迫った。

 その背後でグゥルは爆発した。

 一瞬対応に一拍遅れたクトラドは焦ったが、その衝撃によってクリーガーが少し動きを止めたのを機に、クリーガーを踏みつけ飛び上がった。

 クトラドは両肩のビーム砲を向け、クリーガーに狙いを定めた。

 しかし、クリーガーの後ろからこちらに向けて弾丸が飛んできた。

 シグーディープアームズはそれを空中で何とかかわす。

 甲板にいたジンが100㎜キャノン砲を手に持っているのが見えた。

 そこへイージスがこちらに手を伸ばしてやって来て、シグーディープアームズはその手を掴み、離脱した。

 「フォルテ、ごめん。グゥル…。」

 「いや…。アレはいくらでもあるからいいさ。それにこっちも手持ちの武器は100㎜キャノン砲(これ)しかない。」

 

 

 

 「無事ですか?」

 アスランはクトラドに通信を開いた。

 (ああ。だが、グゥルがない以上、これ以上の戦闘はムリだ。すまないが、戦線から離れる。)

 「では、艦に回収の指示を…。」

 (いや。隊長は構わず『足つき』への攻撃を。)

 「しかしっ…。」

 (アレ(・・)さえ墜とせば、終わる。…そうでしょう?)

 そう言い残し、シグーディープアームズは海へと飛び降りた。

 アスランはグゥルを駆り、アークエンジェルへと接近した。

 そうだ、これを墜とせばいいんだ。

 照準器(スコープ)を出し、狙いを定める。そこへ白い機体が視界に入った。

 キラ…。

 アスランはそこに乗っている友を思い、苦い面持ちをした。

 

 

 

 

 

 ブリッジも緊迫した状況のなか、チャンドラが声を上げた。

 「領海線上にオーブ艦が出てきています!」

 モニターにはオーブの護衛艦、戦闘ヘリコプターがこちらに向かってくるのが映し出されていた。

 「…助けに来てくれたぁ!」

 それを見たカズィは思わず安堵の声を上げた。

 「領海に寄り過ぎているわ!取り舵15!」

 しかし、マリューの言葉によってその希望は打ち消された。ヘリオポリスの少年たちは息を呑んだ。

 「しかし…。」

 「これ以上寄ったら、撃たれるわよ。」

 ノイマンの抗議にマリューは事実を突き付ける。

 「オーブは友軍ではないのよ!平時ならまだしも、この状況では…。」

 オーブは開戦の折、中立を貫く宣言をしている。つまり、敵ではないが味方でもない。オーブにとっては、ザフトであろうと地球軍であろうと領海侵犯をする者であることには変わりはない。

 「かまうことはない!」

 その時、声がし、クルーたちがその方向をみるとカガリとキサカがいた。カガリはちらりと艦窓から赤い機体を視界にとらえた。

 先日、無人島にいたあの…イージスという機体だ。

 アスラン…。

 カガリはその時、出会った若い兵士の姿がよぎった。乗っているのはおそらく()であろう。カガリには彼を撃つ機会があった。正確にはイージスを破壊したいがためであった。アレによって地球の人たちが犠牲になる。だが、アスランはアレを壊させるわけにはいかなかった。カガリに迫られた選択は、彼を撃つことだった。

 できなかった。どうしても引き金を引けなかった。

 しかし、そのためにこの艦が危機に陥ってしまっている事態に、カガリはやりきれない気持ちだった。

 「オーブには私が話す!はやく!」

 だからこそ、今自分ができることをしなければいけなかった。カガリはマリューの元へ駆け寄った。

 「カガリさん…?」

 「展開中のオーブ艦より入電!」

 マリューはカガリの言葉に戸惑い、尋ねようとした時、パルが報告した。

 (接近中の地球軍艦艇、およびザフト軍に通告する!)

 通信モニターに司令らしき将校が映し出された。そして、艦、モビルスーツに向け、将校は告げる。

 (貴艦らはオーブ連合首長国の領域に接近中である。速やかに進路を変更されたし!我が国は武装した船舶および航空機、モビルスーツ等の事前協議なき領域への進入を一切認めない。速やかに転進せよ!)

 この放送を聞いている各々が様々な反応を示していた。ある者は真剣なまなざしで聞いており、ある者は見下すように聞いていた。

 (繰り返す、速やかに変更せよ!この警告は最後通達である!本艦隊は転進が認められない場合、我が国は自衛権を行使し、貴艦らを攻撃する!)

 「攻撃って…俺たちも?そんな…。」

 「…なにが中立だよ。アークエンジェルはオーブ製だぜ?」

 カズィは思わず声を上げ、頭を抱えるそれに対し、他のクルーは冷ややかな反応を見せた。

 「かまわん!そのまま領海へ向かえ!」

 カガリは勢いよく通信席まで駆けあがり、カズィのインカムを奪い取り、通信越しの将校に向け怒鳴った。

 「この状況でよくそんなこと言えるな!アークエンジェルは今からオーブの領海に入る!だが、攻撃するな!」

 (なんだ、おまえは!?)

 将校はいきなりのことに驚き、カガリを睨んだ。もちろんカガリも引き下がるはずなく、必死に叫んだ。

 「おまえこそなんだ!おまえでは判断できんというのなら、行政府へつなげ!」

 カガリは一瞬ためらったが、すぐに叫んだ。

 「父を、ウズミ・ナラ・アスハを呼べ!私は…私は、カガリ・ユラ・アスハだ!」

 その名前を聞いた瞬間、ブリッジは静まり返った。特に、ヘリオポリスの学生たちは驚愕していた。もちろん艦内のみならず、アークエンジェルを攻撃しているザフトや応戦しているモビルスーツたち、果てはオーブ艦群まで、まるですべて時間が止まったように停止していた。

 ウズミ・ナラ・アスハ。その名前を知らないオーブ国民はいない。オーブの前の代表首長であり、アスハ家の当主。それを『父』というのであれば…。

 「カガリが…お姫様?」

 ヒロは困惑した。

 (これは大問題だぞ、ヒロ。)

 「…まあ、たしかに。」

 そこに通信が開かれたフォルテの言葉にヒロは頷いた。地球軍の艦船に中立国であるオーブの代表首長の娘が乗っていることは国際的にも問題のはずだ。しかし、フォルテのいう大問題とは別のところにあった。

 (ようは、カガリは『姫』っていうことになるんだろ?ならば、世の『姫様』という概念をアイツによって一気に壊されちまったんだぞ。)

 「…そんなこと言って、カガリに怒られるんじゃない?」

 ヒロは呆れた表情になった。

 

 

 

 しばし呆然としていた将校は、我に返り口を開いた。

 (なっ…姫様がそんな艦にのっておられるはずがなかろう!もし仮に、それが真実であったとしても、そんな言葉に従えるものではないわ!)

 「あっ、待て!こらー!」

 一方的に通信を切られ、カガリは怒鳴ろうとしたが、その時ブリッジに激しい衝撃がおこった。

 バスターがふたたび艦に砲火を浴びせていた。

 そうはさせまいと、甲板上のストライクがグゥルに向けライフルを撃ち、ムウのスカイグラスパーがランチャーを発射し、バスターを狙う。

 グゥルを撃たれ、足場を失ったバスターはスカイグラスパーの砲撃を何とか躱し、落下する前に放った最後の砲撃がメインエンジンに直撃した。

 船体が激しく揺れ、大きく傾く。他のクルーは必死に自分のシートにしがみつくが、通信席の脇に突っ立ったままのカガリは飛ばされてしまい、下にいたキサカに抱きとめられた。

 その様子はオーブ艦隊からもうかがえることができた。見ていた将校たちも驚きの声を上げる。

 「1番、2番エンジン被弾!48から55ブロックまで隔壁閉鎖!」

 「推力が落ちます!高度、維持できません!」

 次から次へと上がる報告にマリューは歯を軋ませる。ノイマンとトールが必死に艦を立て直そうと操艦するが、無駄であった。

 その時、ふとキサカが囁いた。

 「これでは領海へ落ちても仕方あるまい。」

 その言葉に、ナタルは驚き、マリューも相手を探るように窺った。

 「心配はいらん。第二護衛艦群の砲手は優秀だ。巧くやる(・・・・)さ。」

 マリューはそこでキサカの言葉の意味をくみ取った。そして、操縦席に向き直り、クルーに指示を出した。

 「ノイマン少尉、操縦不能を装ってオーブ領海へ!オーブ艦への発砲は厳禁と、パイロットたちにも伝えて!」

 つまり、やむを得なく領海に入った場合は仕方がない、ということだ。しかし、ザフトもいる。彼らの目をごまかすためにオーブ艦はアークエンジェルを撃沈させたと偽装する必要がある。もし、パイロットが意図に気付かず、オーブ艦を撃てば最悪の事態になってしまう。そのための指示であった。

 こうして、アークエンジェルは黒煙を上げ、船体を傾けながら落下していき、オーブ領海へと着水した。

オーブ艦隊の護衛艦の砲がアークエンジェルへと向け、通告を発した。

 (警告に従わない貴艦らに対し、我が国はこれより自衛権を行使するものとする!)

 その直後、砲撃が始まりアークエンジェルを覆い隠すように無数の水柱が上がる。

 近くにいた、イージス、にも砲撃が来て、それをかわす。アスランはライフルのスコープでアークエンジェルを照準するが、攻撃ヘリに割り込まれてしまった。

 「くぅ…。」

 これではどうすることもできない。しかし、無理に押し通るには、機体のバッテリーも残り少なく、下手にオーブに当たれば、外交上の大問題にまで発展する。

 仕方なくアスランたちは引き上げ始めた。

 

 

 

 

 「さて、とんだ茶番だが、致し方ありますまい。」

 行政府の閣僚室でウズミは立ち上がり、周りを見回した。みな一様に重たい雰囲気であった。それは無理もないことであった。

 「公式発表の文章は?」

 「すでに草案第2案が…。」

 ウズミはこれまで自分が代表であったときのように促し、補佐官もそれに答え、草稿を現代表ではなく、彼のもとに持っていく。周囲もそれに関し何も言わなかった。

 「よいでしょう。こちらはお任せする。あの艦とモルゲンレーテには私が…。」

 ホムラにそう告げ、彼はドアに向かった。

 「…どうにもやっかいなものだ、あの艦は…。」

 緊急会議が閉会し、首長たちは立ち上がり各々口を開き始める、どこの誰かから声が発せられた。それを聞いたウズミは足を止めた。

 「今更…言っても仕方ありますまい。」

 釘を刺される言葉に首長たちは目を下に向けた。その中でホムラがふと呟いた。

 「ミアカ・シラ・アスハがここにいたら、どう思ったでしょうな…。」

 その言葉にウズミはどこか寂しげな表情を浮かべながら口を開いた。

 「それこそ…もう、昔の話ですぞ。死んだ人間は、なにもしてくれない。」

 そう言い放ち、部屋を出た。

 

 

 

 「はあー、まったく…。次から次へと難題ばかりが降りかかる。」

 作戦司令室でとりあえずしのいだバエンは溜息をついた。代表首長の娘が地球軍の艦船に乗っていたということを差し引いても、今回領海侵犯してきた艦には国の内部の事情が絡んでいる。そもそも、行政府がああ言ってのだから、その気だったのだろうが…。

 「准将、ウズミ様がこちらの方に向かわれるとのことです。」

 ガウランが報告しに来た。

 「うん、わかった。ヒョウブ二佐、この件は君にも協力してもらうよ。」

 「わかりました。」

 バエンの言葉を受け、シキも了承し、クオンとともにこの場を後にした。

 

 

 

 

 

 「こんな発表、素直に信じろというのか!?」

 イザークは怒りをあらわにし、テーブルに紙を叩きつけた。そこにはアークエンジェルに関するオーブの公式発表が書かれていた。

 「『足つき』はすでにオーブから離脱しました…な~んて、本気で言っているの?俺たちバカにされてんのかね?やっぱ隊長が若いからかね?」

 「ディアッカっ!」

 いつものように皮肉調子のディアッカにニコルはたしなめた。

 それに対し、アスランは意に介せず落ち着け払って言った。

 「そんなことはどうでもいい。…だが、これがオーブの正式回答だという以上、ここでいくら『嘘だ』と騒いだところで、どうにもならないだろう。」

 「なにを…っ!?」

 「押しきって通れば、本国も巻き込む外交問題だ。」

 なおもイザークはかっとなったが、アスランがそれを制する。アスランの正論をつきつけられ、言い返すことはできなかった。

 「ふーん、さすがは冷静な判断だな、アスラン…いや、ザラ隊長?」

 彼に負けたくはないイザークは嘲笑するように言った。

 「隊長は…何か案があるのか?」

 そこにこれまでこのやりとりを黙って見ていたクトラドが口を開いた。アスランはやや沈黙したあと自分の意見を述べた。

 「カーペンタリアから圧力をかけてもらうが、すぐに解決しないようなら、潜入する。…それでいいか?」

 予想もつかなったアスランの大胆な案に、周りは驚きで目を見張った。

 「『足つき』の動向を探るんですね?」

 ニコルの言葉にアスランは頷いた。

 「相手は一国家なんだ。確証もないまま、俺たちの独断で不用意なことはできない。オーブの軍事技術の高さは俺たちが身をもって知っているんだからな。それに…ヘリオポリスの時とは違うのだしな。」

 ヘリオポリスという単語にイザークとディアッカは一瞬、苦い表情をした。どうやら、中立にもかかわらず連合に加担した、とオーブを貶している彼らにも思うところはあるようだ。

 当たり前だ。たとえ、連合に味方していたからといって宇宙空間を生きられないヒトの唯一の生活可能な人口の大地を崩壊させていい理由になどならないし、それを認めさせてはならない。なにより、自分たちの大地、ユニウスセブンを崩壊させられた自分たちが…。

 しばらく黙っていたイザークが口を開いた。

 「OK、従おう。潜入って言うのも面白そうだし…。」

 彼もまた赤服のエリートだ。これ以上抗議してもどうしようもないし、それに代わる妙案もない。ディアッカは不服そうだったが、イザークがこう言ってはどうすることもできなかった。

 「案外ヤツの、ストライクのパイロットの顔を拝めるかもしれないぜ?」

 そして、捨てゼリフのように言い放ち、イザークとディアッカは部屋を出て行った。その言葉にアスランはふと暗い表情をした。その表情をみたニコルは訝しんだが、何も言うことはできなかった。

 

 

 

 

 

 「…なんで僕たちここにいるの?」

 オノゴロ島内にあるオーブ軍司令本部の1室、これからマリューたち士官らとウズミが会談する部屋の前にヒロとフォルテは立っていた。

 あの後アークエンジェルは、第2護衛艦群に先導され、オノゴロ島内の隠しドックまで案内された。その時、マリューたちはキサカ改めオーブ軍陸軍第21特務空挺部隊のレドニル・キサカ一佐からウズミ・ナラ・アスハとの会談話を聞かされた。

 そこになぜかヒロとフォルテも来ることになった。

 「まあ、念のためさ。アルテミスのようなことはなさそうだが、用心に越したことはないだろう?」

 「まあ、そりゃそうだけど…。」

 そこへ側近らしき人にとともに部屋に近づいてくる人影があった。

 おそらく、この人が『オーブの獅子』と呼ばれ、カガリの父親であるウズミ・ナラ・アスハであろう。そう思えるのは、その人から発せられる穏やかさと気品さのなかにある圧倒的な威圧を感じたからだろう。

 その人物と思わず目が合ってしまった。

 ヒロは失礼なことをしてしまったと戸惑ったが、相手は別の反応だった。その人物は驚きの表情を見せていた。

 「ウズミ様…。」

 側近の言葉に我に返ったウズミは居住まいを正し、部屋に入っていった。

 「…何なんだ、今の?」

 フォルテは小声でヒロに話しかけた。

 「…さあ。」

 ヒロも何がなんだかさっぱりわからなかった。

 

 

 

 目の前に座っている壮年の男の、まさしく『獅子』という異名を持つにふさわしい威風たる顔つき、堂々たる姿にマリューは圧倒される思いだった。

 「ご承知のとおり、我がオーブは中立国だ。公式には、貴艦は我が軍に追われ、領海から離脱した…ということになっている。」

 「…はい。」

 マリューは顔を強張らせながらウズミの言葉に頷いた。隣のナタルも同じように緊張した面持ちだった。おそらく、彼女も向かいに座っているウズミの発する威圧に気圧されているのであろう。

 「助けてくださったのは、まさか、お嬢さまが乗っていたから…ではないですよね?」

 そんな中、ムウはいつもの調子で口を挟んだ。彼はこういうものには慣れているのだろうか?

 その問いに対し、ウズミは苦笑しながら答える。

 「国の命運と甘ったれたバカ娘1人の命、はかりにかけるとお思いか?」

 「失礼いたししました。」

 言葉とは裏腹に悪びれる様子もないムウに対し、ウズミもまた怒る様子もなかった。

 「そうであったなら、いっそ判りやすくていいがな…。」

 ウズミは独り言のように続ける。

 「我らが中立を保つのはナチュラル、コーディネイター、どちらも敵にまわしたくないからだ…。もちろん、それに限らず民族、人種も同じように思っている。排斥することは簡単なことだ。しかし、そればかりでは国は成り立っていかない。ゆえに理念を掲げている。  だが、力なくばその意志は押し通すことはできず、だからといって力を持てば、それもまた狙われる。」

 ウズミはふっと笑った。

 「…軍人である君らには、いらぬ話であろうな。」

 「いえ…、ウズミ様のお言葉もわかります。ですが、我々は…。」

 マリューは途中で、口ごもった。

 たしかに、オーブは数少ないコーディネイターとナチュラルが共存する国の1つだ。だから、キラもコーディネイターを隠さず暮らしていた。だが実際、中立であるオーブでさえ、その意思を通すために力を持たなければならない。

 「…ですが、我々は。」

 ふと、亡きハルバートンの言葉がよぎった。

 こうしている間も、友軍はザフトによって命を散らしていく。そして、このままパナマが陥とされれば、地球上に生きる人々はエネルギーも物資も持たず、飢え死にしてしまう。だからこそ戦わなければならない。そのための()となるこの艦とモビルスーツをなんとしてもアラスカに届けなければならない。

 だが、もしかしたらこの戦いも地球の国がプラントを、コーディネイターを排斥(・・)した結果なのだろうか。そもそもこういう考えが大国の考えなのか。今、ヘリオポリスではコーディネイターを隠すことなく普通の学生生活を送っていたキラもいまでは、仲間内で孤立している。

 あの時、ストライクの前で自分があの子たちに言った言葉、『戦争をしている、外の世界は。それが現実だ』、それ言葉もまた押しつけだったのではないだろうか?

 マリューの頭には答えの出ない自問がぐるぐる回った。

 部屋には、暫しの沈黙が落ちる。

 「…ともあれ、こちらも貴艦を沈めなかった最大の理由を、お話せねばならん。」

 そして、ウズミは今までの穏やかな表情から一転して鋭い目で彼女らを見つめ、口を開いた。

 「ストライク、クリーガーのこれまでの戦闘データ、およびパイロットのモルゲンレーテへの技術協力を、我が国は希望している。」

 

 

 

 

 

 「レーベン…聞いてくれよ~…。」

 「ええ、聞いています。」

 ホテル『カルロッテ・スメラルド』から少し離れた小島、ヴァイスウルフの根城の居間にあたる1室で、男は酔っ払いソファに寝っ転がりながら愚痴をこぼす。

 このやりとりはもう何回目になるだろうか。

 レーベンはその向かいのソファに座り、溜息をついた。とはいえ、相手をしている男は酩酊状態で、自分がこの話をどのくらいしたのか、わかっていないだろう。

 本来なら、今日は取材資料の整理をする予定だったのだが、以前取材で会ったジャーナリストがいきなり訪問して来て、彼の愚痴を聞く羽目になってしまった。

 「レーベンさん。お水持ってきました。」

 「ああ、ありがとう。」

 リィズが持ってきてくれた水の入ったグラスコップを向かい側の相手に渡した。しかし、当の本人は「いらない。」と、グラスの水につけず、机に置いてしまった。

 「まったく、いつもよく来るわね…。」

 ミレーユがあきれ顔でやって来た。男はミレーユの声にとっさに反応し、いきなり起き上がりミレーユに向き直った。

 「これは、これは…ミス・アドリアーノ。いつもレーベンがお世話になっているようで…。」

 そこまで言って、またソファに寝転がった。

 「レーベン。ここ(・・)がどこだが知ってるでしょう。そう、やすやすと部外者(・・・)を入れないで。このまま外に放りなげましょ。この時期、外で寝てても凍死するわけじゃないし…。」

 「ミレーユ…。毎度のことで申し訳ないし、不機嫌なのもわかるけど、それはあまりにもひどいと思うよ。」

 ミレーユの理不尽な物言いに、レーベンは必死になだめた。

 「機嫌が悪いのは、シグルドに言ってちょうだいっ。例の件(・・・)の詳細をこっちは聞いてないのよ。」

 「例の件ってフィオリーナさんが購入したパ―ツのことですか?」

 リィズがふとレーベンに尋ねた。

 「そう、そして不審な一団に奪われそうになった大変だったパーツ騒動のこと。たしか、そのときシグルドが話をつけたんじゃないの?」

 「ええ。でも、一体何なのか、パーツはどうするのか、そのうち向こうから連絡をよこすって言ったきりなのよ。こっちも暇じゃないのよ。ただでさえ人手が足りないのに…。で、その当人が見渡らないけど?」

 ミレーユはシグルドがいないことに気付き、あたりを見渡した。

 「さっきルドルフに呼ばれて、ガスパールのバーに行ったよ。なにか、大事な話があるとかで貸し切りにしているらしいよ。」

 

 

 

 ホテルのロビー階にあるバーはその趣とマスターのガスパールの人柄から宿泊客以外にも訪れる客が多くいた。そのバーから直接外へつながるドアが開き、ルドルフが出てくるが、その目の前にジネットが待っていて驚いた。

 「…どうした、ジネット?」

 「シグルドは?」

 ルドルフは目をバーの店内へと移した。そこでは、シグルドが1人佇んでいた。窓越しのため、表情はよく見て取れないが、なにか考え込んでいる様子だった。

 「う~ん、しばらく待ってくれないか?さすがにあれじゃあ、ムリがある。」

 「そうね。でも、なんで彼にあのこと(・・・・)を話したの?墓場までもっていくって言ってなかったかしら?」

 「うっ…。」

 ジネットの指摘にルドルフは言葉が詰まった。

 「…蔑むなら蔑んでいいぞ。どうしようもないカッコつけたがりの男だと。」

 ルドルフは自嘲気味に笑った。

 「もう、慣れてるわ。」

 「あっ、そう…。」

 ルドルフはジネットから文句の1つや2つ言われる覚悟をしていたが、逆にあっさり返される方がこたえたようだ。

 「安心しなさい。私は墓場まで持っていくつもりだから。あなたの酒のトラブルとか、ギャンブルの失敗とか…。」

 「まったく…、勝てないわな。」

 もう何十年という付き合いになるが、やはり彼女にはかなわないと、ルドルフは肩を落とした。

 

 

 

 1人バーに残されたシグルドは呆然としていた。

 急にルドルフに呼び出され、話を聞いてみれば、それは衝撃的な内容だった。

 ふと、シグルドはバーに飾られている写真の近くまで行った。

 「ユル…。あなたは知っていたのか?だから、ヒロを…。」

 16年前。ある出来事を境に、誰の前からも姿を消したユル・アティラスがふたたび現れた。そして、それ以降、もう彼を見た者は現在までいない。そして、その件で彼は死んだと、彼を知る者たちはそう結論付けた。

 「俺は…。」

 これからどうすればいい。果たしてヒロに会ったとき、今までと同じように接することができるのか?

 シグルドはやり場のない気持ちであふれた。

 

 

 

 




あとがき(という名の作者の小言)
 前書きにも書いたけど、新年あけまして…から20日以上過ぎてしまいました(汗)。
 今年は去年の初夏あたりからのスローペースを少しペースアップするぞっと意気込んでいたものの…早くも、そうはいかなくなってしまいました(汗)
 そんなノロノロとした小説ですが、今年もよろしくお願いします。

 そろそろ新登場のキャラが増えたので、アップしようかな~(願望)


以下から作者の小言が始まります…。




・やった1万字いかなかった~~~~あっ?
と思っていたら戦闘シーンを書いていなかったため、結局1万時越しに…(泣)
作者的には読者の方々にあまり1話を長く読ませるのは面目ないと努力しているのだが…。

・ムウさんってウズミ殿との会談でもいつも通りなのは、やはり上流階級出身ゆえかしら?




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PHASE-35 平和の国の真実

最近、この長さで大丈夫だろうかと不安になります。もう少し短い方が読みやすいのでは、と…。



 早朝のためか、あたりはとても静かだった。カガリは気配を消して、邸内の庭をそろりそろりと歩いていた。

 この時間ならまだ使用人たちも寝ている…。

 抜け出すには絶好のチャンスであった。

 昨晩は侍女のマーナとともにこの邸に戻ってきてしまったが、カガリはアークエンジェルのことが気になっていた。ストライクとクリーガーがモルゲンレーテの工場に向かっているはずだ。急いでこの邸を出なければいけなかった。といっても、彼女にはそれだけが理由ではなかった。まだ、左の頬がヒリヒリと痛む。

 「モルゲンレーテへ行かれるのですか?」

 そこへ思いがけなく声をかけられ、カガリの心臓は跳ね上がった。思わず叫びそうになったが、それでは邸の者に自分が抜け出したことがバレてしまうので、あわてて両手で口を押えた。そして、声のした方へ振り返った。そこに立っていたのはこの邸の一角の花壇の手入れを行っている庭師のゲンギ・イーサンであった。

 「やあ、ゲンギか…。こんな朝早くから庭の手入れか?」

 カガリはなんとか心を落ち着かせながら、話を切り出した。いきなり逃げ出しては長年従事しているゲンギに失礼にあたる。とは言っても、はやくこの場を切り抜けたかった。

 「いえ…、ただマーナ殿が、姫様が脱走するのではないかと言って気をもんでいましたぞ。」

 その言葉を聞いた瞬間、カガリは冷や汗をかいた。このままではマーナにいいつけられてしまう。

 「頼む、ゲンギ。今は見逃してくれっ。」

 カガリは最終手段として両手を顔の前で合わせ、ゲンギに頼んでみた。

 「マーナには後で怒られるから…。だが、今だけはっ。」

 「姫様、そのようなこと…わかっております。マーナ殿には言いませんよ。」

 ゲンギは苦笑しながら答えた。

 「しかし、姫様…どうかマーナ殿やウズミ様のお気持ちもご理解くださいませ。カガリ様が家出をなさったとき、それはとてもとてもご心配なさったのです。」

 「ああ~、わかったっ。わかったよ、ゲンギ。」

 このままゲンギの話を聞いていたら、ばつが悪くなる。カガリはそこで区切った。

 「大丈夫だ。今日は帰ってくる。それでいいか?」

 「…わかりました。では、いってらっしゃいませ。」

 「ああ。行ってくる。」

 カガリはようやく解放され、その足で急いでモルゲンレーテに向かった。

 「姫様…。貴女がお生まれになる前の話なのです…。この家に帰ってこられなかった方がいたのです…。それは、待ち続けた方たちに、どれほど深い悲しみをもたらしたことか…、どれほどの激しき怒りをお持ちになったか…。」

 その背を見送りながら、ゲンギは呟いた。カガリはまだそのことを知らない。あのこと(・・・・)はまだ知るべきではないというウズミが決めたからだ。だが、いつか彼女は知るだろう。その時、彼女はどう思うだろうか。

 

 

 

 

 早朝。アークエンジェルの周囲には、モルゲンレーテからのスタッフがやってきて早速修理作業に入っていた。

 「もう作業が始まったんだなぁ。」

 「なんか…落ち着かないね。」

 内部のほうはまだこれからであったが、その様子を食堂のモニターで見ていた少年たちはなにか落ち着かない気分だった。

 「…あれ?もうヒロたち、行ったのか。」

 そこへフォルテがあくびをしながら入って来た。

 「ええ、さっき…。って、部屋…ヒロと一緒ですよね?気付かなかったんですか?」

 「そんな、いちいち気にしないさ。そんなもん気にしてたら、逆に疲れちまう。」

 カウンターから食事のトレイを持ってきて、彼らの近くに座った。

 「しかし…あいつらの戦闘データね~。役に立つのか?」

 「え?」

 周りにいた少年たちはフォルテが食べながら発したその言葉の意味がわからず、キョトンとした顔をした。

 「それって、どういう意味ですか?」

 サイが彼らの疑問を代表する形で尋ねる。

 「あんまし口に出さないようにしていたけど…。あいつらの操縦、出来すぎ(・・・・)だよ。」

 「ふーん。俺からしたら他のパイロットとどう違うのかわからないけど…。なんかあるんですか?」

 「それ(・・)だよ。」

 「へ?」

 トールとしてはどう操縦のテクニックが違うのか聞いただけなのに、フォルテから返って来た言葉にますますわからなくなった。

 「あいつらがモビルスーツ乗って実戦やってまだ2ヶ月(・・・)だぞ?たしかにヒロはシミュレーターやっていたし、1回乗ったことあるが、本当の意味での初陣はあの時だと言ってもよい。さらにキラなんか乗ったことすらないド素人だぞ?ザフトでモビルスーツのパイロットがああなる(・・・・)には、まず適正試験、そして訓練がある。ちょっとやそっとで乗り回せるものではないさ。そもそもモビルスーツとはな…。」

 「待ってください、フォルテさんっ。そこから(・・・・)の話はいいです。随分と聞きましたので…。」

 フォルテが力説し、果てにはモビルスーツにまで熱弁をふるいかけたが、以前興味本位で彼に聞いてその話の長さに苦い経験をしていたトールが止めた。

 「そうか?じゃあ、いいや。」

 水を差された形となったが、フォルテは気にせず、食事を口に運ぶ。トールはホッと息をついた。その近くでカズィがボソッと呟くようにいった。

 「でも…コーディネイターの方がはるかに、ナチュラルなんかよりできるでしょ?」

 「カズィっ。」

 ミリアリアがカズィに咎めるような口調で言うが、フォルテはそんなこと気にせず、答える。

 「それは、本人の努力(・・・・・)次第だな。自分に何かできるものをすれば、できるし、やらなきゃできない。…そうだろう?俺はキラのようにあんなに速くプログラミングはできない。OSがあそこまで早く書き換えできるかって言われてもムリだな。ヒロが書き換えたのはジーニアスが…。あー!ジーニアスっ!」

 と言いかけ、ふと思い出したように声を上げた。

 「やべえ、やべえ。あいつ、ここんところ置き去りにされてばっかりで、いじけてるんだよなぁ。全く、何でおれが…。あっ、コレまだ食べかけだから片付けられないようにしてくれよな。」

 ミリアリアに言づけをし、部屋に戻るため、立ち上がった。

 「まったく…だったら手足ぐらいつけてもらうようにすればいいのに…。」

 ブツブツ文句言いながらフォルテは食堂を後にした。少年たちは、ジーニアスに手足がついたのをイメージしてみたが、あまりにも似合わず、トールなんかは思わず吹き出してしまった。

 一方、サイは先ほどのフォルテの言葉を思い返していた。

 ‐自分に何かできるものをすれば、できるし、やらなければできない。‐

 自分にできることはなんだろうか。自分はキラのようにモビルスーツに乗ることはできなかった。だけど、キラにできなく、自分にできることはあるのだろうか?

 それは、おそらく自分で探さなければいけないのかもしれない。

 

 

 

 

 ストライクとクリーガーをモルゲンレーテの工場へと移動させたキラとヒロは、ここの女性スタッフであるエリカ・シモンズに連れられ、奥の部屋へと進んだ。そして、そこの光景を見て、目を丸くし驚いた。

 「これは…!?」

 「ガン…ダム?」

 ストライクやクリーガーなどのXナンバーに似た機体がずらりと整列するように並んでいたのであった。

 白をベースに、胸部は黒、前腕部や脚部など所々が赤となっている。バックパックはエールストライカーの簡略された形をなっていた。

 「これが、中立国オーブという国の、本当の姿だ。」

 そこへ、背後から声がしたので振り返るとカガリがいた。どこか不機嫌な様子で、左ほおが赤く腫れていた。

 「そう驚くことないでしょう?ストライクやクリーガーだって、オーブのヘリオポリスにあったのだし…。」

 エリカが驚く2人の様子を面白そうにみながら、話した。

 「これはMBF-M1 M1アストレイ。モルゲンレーテ社製、オーブ軍の機体よ。」

 エリカは機体の前に設置されているメンテナンスパネルを開き、機体の構造図を彼らに見せる。

 「これはオーブの護りだ。」

 今度はカガリが話し始めた。

 「知っているだろう?『オーブは他国を侵略しない、他国の侵略を許さない、他国の争いに介入しない』…その理念を貫くために()さ。」

 「力…。」

 カガリの言葉にヒロはつぶやいた。

 「オーブはそういう国だ…いや、そういう国のはずだった!父上が裏切るまではなっ!」

 「「えっ!?」」

 それを聞きキラとヒロは驚きの声をあげ、その言葉の意図を探った。するとエリカがあきれ顔で口を開いた。

 「あら、まーだおっしゃってるんですか?そうでないと、何度も申し上げましたでしょ?ヘリオポリスでのモビルスーツ開発の件、ウズミ様はご存じなかったと…。」

 「黙れ!そんな言い訳、通ると思うか!?国の最高責任者が!」

 エリカの言葉を遮り、カガリはまくし立てる。

 「知らなかったと言ったところで、それも罪だ!」

 厳しい言葉ではあるが、カガリの言うことももっともである。

 「だから、責任はお取りになったじゃありませんか。」

 「叔父上に譲ったところで、つねにああだこうだと口を出して、何も変わってないじゃないか!責任を取るなら宰相のオクセンのように下野すべきではないのか!?」

 「仕方ありません。ウズミ様は今のオーブに必要な方なのですから。だから、あえてオクセン様が身を引いたのです。」

 「あの卑怯者のどこが、だ!」

 カガリのなおも噛みつくのに対し、エリカが溜息をついた。

 「あれほど可愛がっていらしたお嬢様がこれでは、ウズミ様も報われませんわね。おまけに昨日の騒ぎ(・・・・・)では…、たしかにほっぺの一つも叩かれますわ。」

 そう言われるとカガリはきまりの悪そうな顔をした。どうやら、左の頬のはその時のもののようらしい。

 「さ、こんなおバカさんは放っておいて…。来て。」

 エリカはふたたび歩き出し案内し始めた。

 次に案内された部屋はなにか研究施設のようで、部屋にいた社員もなにかしているようだった。その正面は強化ガラスとなっており、ガラスの先にはM1アストレイ3機が並んでいた。

 「アサギ、マユラ、ジュリ!」

 (((はぁーい!)))

 エリカがインカムをとり呼びかけると、スピーカーから3人の女の子の返事が来た。彼女たちはこのM1アストレイのパイロットたちであり、3人のリーダ格でクセッ毛の金髪のアサギ・コードウェル、髪は短めで赤髪のマユラ・ラバッツ、眼鏡をかけたジュリ・ウー・ニェンである。

 (あ、カガリ様!)

 (あら、ホントっ。)

 (なあに、帰って来たの?)

 「悪かったな!」

 3人がカガリの姿を認め、次々に口を開く。

 (隣の男の子たち、なに!?)

 (まさか、家出かと思ったけど、オトコを見つけに行ったとか?。)

 (こういうのって、やっぱ両手に花って言うのかなぁ?)

 「バカ!そんなんじゃない!」

 彼女たちの言葉にカガリは心外なというばかりに反論する。しかし返って彼女たちの格好のマトになってしまった。

 (ムキになるとこがかえって怪しぃー!)

 (いいな~!あたしも素敵な男性をゲットしたいなぁー!)

 (それよりオーブって一妻多夫制だったけ?それだったらいいな~。)

 「おまえら!いい加減にしろよなー!」

 終わりの見えない少女たちの応酬にエリカが割って入った。

 「はいはい。再会の挨拶はそれくらいにして…。始める(・・・)わよ。」

 (((はーい。)))

 エリカの指示に3人のパイロットは返事をした。

 すると、M1アストレイが動き始めたのだが、各々なにかのモーションをしているのだが、いかんせんその動くは遅く何をしているのか見ていたヒロとキラはわからなかった。

 「…相変わらずだな。」

 一方、その動きにカガリは溜息をつきながら呟く。

 「これでも、倍近くは速くなったんです。」

 エリカの言葉を聞いた2人は愕然とした。ということはもっと動きが遅かったのだ。

 「これじゃあ、アッという間にやられるぞ。ただのマトじゃないか?」

 カガリが辛らつな言葉を投げる。

 (ひっど~い。)

 (人の苦労も知らないでっ!)

 (自分だって乗れないくせにっ!)

 それに対し、スピーカーからも反論の声が上がった。

 「言ったなぁ!?なら、そこを代わってみせろ!私が動かしてやる!」

 「はいはい、やめやめ。」

 ふたたび始まった少女たちの口論にエリカが割って入った。

 「でも、カガリ様の言うことも事実よ。私たちはアレを強くしたいの。あなたたちの機体のようにね。」

  エリカに話を急に振られ、キラたちは戸惑ったが、エリカは続ける。

 「技術協力をお願いしたいのは、アレのサポートシステムのOS開発よ。」

 

 

 

 

 オーブの軍事基地の一角では、ある整備士が仕事のない日にもかかわらずやって来て整備場を借り、ヘリコプターを、しかも廃棄処分が決定したものを修理していた。どうやら、彼にとって日常茶飯事であり、また周知の事実となっていて、誰も咎める者もいない。

 ただ、時々そんな彼の元にからかい半分ながら話し相手になってもらうためにやってくる人間もいた。

 「P0シリーズ?聞いたことないな…。」

 「あれ?ダン、知らなかったのか?結構軍の中じゃあ広まっているぞ?」

 オーブ軍の若い士官、ユキヤが持ちこんできた話の内容にダンは作業の手を止めた。

 「昨日、領海侵犯した地球軍の艦とモビルスーツ…。あれ、ヘリオポリスで造られただろ?それと並行して造られたM1アストレイのプロトタイプを所有しているのが来るっていう話さ。たしか…傭兵とジャンク屋、だったかな。」

 ヘリオポリスでモビルスーツが造られていたことも昨日の騒ぎについても、誰から聞くまでもなくオーブ軍およびモルゲンレーテ内では話題となっていたため、自然とダンのところにも入って来た。しかし、現在量産をしているM1アストレイに試作機があったとは初耳だった。

 「…また、何で?」

 「さあ?そこまでは知らないけどな。ただ、五大氏族と呼ばれるサハク家が関与しているとかなんとか…。」

 「サハク…。」

 サハク家は複数の首長家が集まったこの国の氏族の1つで、代表首長になることができる五大氏族のうちの一氏族である。とはいっても、代表首長は代々最大首長のアスハ家がなっており、サハク家は担ってきた仕事のためか政治の表舞台には出ることはなく、アスハ家に憎しみに近い感情を持っている者もいる。

 「まあ、俺にとったら氏族のお偉いさまの話なんて関係ないけどな。俺としたら早く実機に乗れれば、それに越したことないしなっ。」

 自分には関係のないとお気楽に話すユキヤにダンは笑みをこぼした。

 「ふっ、よく言う。素質があるのに、シミュレーターもあまりせず、M1のテストパイロットたちとよくおしゃべりしているという少尉どのの目撃談を聞いたことがあるぞ?」

 痛いところをつかれたユキヤは一瞬言葉に詰まったが、言い訳をした。

 「そりゃ、いくらシミュレーターでもナチュラルが動かすのは難しいのさ。同じナチュラル(・・・・)のダンだってわかるだろう?」

 「…まあ、な。だが、努力は大切さ。どんな機体でも真摯に接しなければいざという時に向き合ってくれないぞ?」

 三尉であるユキヤにとって階級が下である者に言われれば、大抵は怒りそうだが、今でもそのようにガラクタ同然のものを最後まで面倒をみてジャンク屋のごとく再利用している彼の姿をみれば、反論することもできなかった。

 「はぁ…。まだ使えるのに処分するのはかわいそうだと、丹念に非番を使って修復している整備士に言われたら、やるしかないな。」

 「これは、あくまで俺個人の、さ。軍の方で使えなくなったからといって、まだ飛べるものを捨てるのはもったいないだろう。」

 「じゃあ、それ動くようになったら俺にも操縦させてくれよ。」

 ユキヤをそう言い、この場を去った。

 しかし…。と彼を見送りながらダンの頭の中で切り替えた。

 サハクの話が俺のところに来ないとは…。

 彼の話では、あまり大事のように見えないが、裏ではだいぶ深刻な問題になっているかもしれない。もしかしすると、ヘリオポリスの件も、じつはサハクが独自に動いた結果かもしれない。それならば、ウズミ・ナラ・アスハが辞任した理由もうなずける。

 「まったく、もうこれ(・・)から離れてずいぶん経つのに…。」

 性分だろうか…。

 もうそちら(・・・)には関わらないであろうと思っていたが、どうやらそうもいかなくなりそうだとダンは感じた。

 

 

 

 

 アークエンジェルの格納庫内でもモルゲンレーテ社員たちによる作業が始まった。ストライクやクリーガー以外の機動兵器の修復のためである。

 「しっかし[トゥルビオン]まで修復の手が入るとは…。」

 ギースが[トゥルビオン]を見上げながら、呆れ混じりに言った。

 「ありがたいような…、申し訳ないような…。」

 ルキナも複雑な気持ちだった。

 「そうっすね。あの人は無料(タダ)だからと、この時とばかり喜んでいますが…。」

 ギースはちらりとフォルテのジンの方を見る。そこでは、モルゲンレーテの技術者にフォルテが何か話しているようだった。

 「まあ、ゆっくりとするのもいいかもしれないっスね。これからまた休めるときもないですし、俺なんか隊に戻ったらまた大将や中尉にコキ使われそうですし…。たまにはのんびりとダラダラと…。」

 「バットゥーダ曹長っ、いいかしら?」

 ギースが喜びに浸りながら言いかけたところに、マリューに呼びかけられた。そしてギースは一瞬固まった後ガックリと肩を落とした。

 「ううっ…。俺の休暇…。」

 「まだ、いくらでも休める時間はあるわよ、ギース。」

 ギースの嘆きにルキナは慰めの言葉をかけた。果たして、それが効果的かわからないが、ギースは仕方なく、マリューも下へ向かった。

 さてと、とルキナはこれからどうしようかと思い巡らした。アークエンジェルは極秘裏の入港のため、上陸できてもモルゲンレーテの敷地内だけであるしそうやすやすとウロウロすることもできない。

 考えてみれば、軍に入ってから、このように暇を持て余して何をしようと思えるようになれるとは思わなかった。あの頃(・・・)は何かをしようという考えを持てなかった。ただ言われたことをする。…それだけ(・・・・)だった。アンヴァルに異動した時、一番戸惑ったのがそれ(・・)だった。そして、愕然とした。自分がこうも慣らされていた(・・・・・・・)ことに…。

 そう思っていると、カガリがカーゴパンツとTシャツ姿で格納庫内をウロウロとしているのを認め、驚いた。昨日、彼女は侍女に伴われて艦を降り、帰っていったはずだったのに…。

 カガリもこちらに気付いたのか、こっちにやってきた。

 「こっちもすごいなぁ…。モルゲンレーテの方もストライクとクリーガーの修理でいっぱい人がいたけど、ここも多くの人がやってるんだぁ。」

 彼女は感心しながらあたりを見まわす。

 「そうね。ところで、こんなところにいていいの?お姫様が…。」

 『姫』という単語が出て、カガリは口を尖らせた。

 「いけないのか?それに、『姫』とか言うなよ。あまり…好きじゃないんだから。」

 カガリの言葉に思わずルキナは吹き出した。

 「そう?でも、『お姫様』なんて女の子なら1回は夢見るものよ。」

 「『お姫様』っていうのは、そう夢見る女の子がなるものさ。あたしはあたしのしたいようにやりたいだけさ。」

 カガリとルキナは作業音で騒がしい格納庫から移動した。

 「けど、なんで砂漠にいたの?」

 「父と喧嘩してな…。『おまえは世界を知らない』って。それで世界を見に行ったのさ。サイーブは父と知り合いだし、タッシルはキサカの故郷だったからちょうどよかったのさ。」

 「そう…。」

 「あっ…。」

 そこまで話してカガリはしまったという顔をした。

 「すまない。ルキナは…。」

 「そんな、気を使わなくていいわよ。私には、父親はいないけど、カガリにはいる。それは事実なんだから…。」

 ルキナは苦笑しながら返した。

 「いや…それだけじゃなくて…。実は、その…サイーブからその話(・・・)を聞いていたんだ。なんか、それって卑怯に思えてな…。」

 カガリはサイーブから聞いた話を思い出した。

 会っていた教授は政治学の教授であったこと。ヴェンツェルがナチュラルとコーディネイターの融和のために政治家の道を目指していたこと。その矢先に、ヴェンツェルの妻、つまりルキナの母親がナチュラルによって殺されたこと。その原因となったコーディネイターのテロはヴェンツェルが出る選挙区の対抗馬が仕組んだこと。その事実を知ったヴェンツェルがその相手に復讐をしたこと。アウグストがヴェンツェルを消したこと。

 当のカガリにとっては、サイーブが知っている理由を聞くためだけに質問しただけに、なにかあまり他人に知られたくない話を本人が知らずに、知ってしまったことに申し訳なく思った。

 その言葉を聞き、ルキナは逆に彼女の潔さに、呆れを越して感心してしまった。

 彼女は本当に真っ直ぐなんだと…。

 「そういえば…。」

 カガリがふと思い出したのか尋ねた。

 「ルキナは、その…開戦のとき、オーブに移住するとか考えなかったのか?」

 カガリはふと思い出したのか尋ねた。

 「ほらっ、そんなこともあったし。結局、ナチュラルとコーディネイターで分かれての戦争だろう?フレイって子のように戦争から避難するために留学っていう形でオーブに来ている人がいるし…。オーブなら、法と理念さえ守れれば、どんな人でも受け入れる。そりゃ問題がないわけではないけど…、少なくとも地球連合の国にいるよりかはお互いの差別もないし…。」

 カガリの言葉を受け、ルキナはややあって答えた。

 「そうね…。『開戦すれば、たとえ自分たちがそう思わなくても他の人間にとってコーディネイターは()となる』。そう言われて、身の安全のために周りから薦められたわ。…でも、私はユーラシアに残ることを選んだわ。」

 その答えに以外に思ったカガリはふたたび質問した。

 「なんで、だ?それで、ルキナも大変だったんじゃないのか?」

 「そうね…。」

 おまえは敵だと、外国人排斥に似た感情を持つ人から嫌がらせを受けたこともあるし、憎悪の目を向けられたこともある。周りの人たちの助けもあり、なんとか切り抜けらていたが、それは日々自分の精神をすり減らすほど過酷であった。そして、突然スパイ容疑で軍に拘束された。どんなに無実を訴えても聞いてもらえず、極刑を免れない状態だった。そこへ彼ら(・・)から刑を回避する交換条件として、軍に入隊し、モビルスーツのパイロットをすることを提示された。選択肢などなかった。

 もし、オーブに移住していたら、こんなふうになってなかったのかもしれない。人の命を助けたい。そんな風な意志を持つ医者ではなく、人の命を奪う軍人になんて…。

 「…でも、もし時間(とき)を戻しても、同じ選択していたかも。」

 ルキナはおもむろに口を開いた。

 「…不安があったの。もし、オーブでも…、居場所(・・・)がなかったらって…。」

 コーディネイターとナチュラルが普通に共存できる場所は、自分にとってはまさしく理想郷だろう。だが、だからこそ恐ろしいのだ。その場所でもなかったら、と。

 「それに、ユーラシアには私の家がある。辛い思い出もあるけど、それと同じぐらい幸せもある場所…。だから、私にとってそこが『帰る場所』なのよ。」

 それを聞き、カガリはこれ以上追及せず、自分の聞いたことに苦笑した。

 「悪かったな、なんかイヤなこと、聞いて…。」

 それに対し、ルキナは首を横にふった。

 「ううん、大丈夫よ。それに、カガリを見ていて、少しはオーブっていう国がわかったかも。」

 「え?あたし…?」

 いきなりのことにカガリは戸惑った。その様子にルキナは微笑みながら説明した。

 「そう…。だからこそ、カガリはパワフルな『お姫様』なんだっていうこともね。」

 「だーかーら、『姫』って言うなって。」

 なんでかわからなかったが、ふたたび『姫』という単語を出され、カガリはふくれっ面を見せた。が、すぐにルキナとカガリは同時に吹き出し、笑った。

 

 

 

 

 

 モルゲンレーテ社のMS開発部の技師の1室。その部屋で、今20代半ばの若い女性がデスクワークをしていた。そこへコンコンとドアを叩く音がしたので、彼女は仕事の手を止め、立ち上がりドアの方まで歩みをすすめた。

 「はい。」

 彼女はインターフォンで応答すると、モニターにはシキとその後ろにクオンの姿があった。

 (やあ、カローラ・ハーグレイヴ技師。いい茶葉があって、君へのプレゼントにしようと思い買って来たのだが…どうかな?)

 カローラと呼ばれた女性はシキのこのやりとりに慣れているのか、やや溜息をついた後、ドアを開いた。

 「ヒョウブ二佐…、わざわざよろしいのに。」

 「忙しい身の上の君に、時間を取らせてしまっているのだ。これぐらいのことはさせてもらわないとな。」

 シキの受け答えにカローラは思わず吹き出しそうになった。本来なら権限で通せるにも関わらずこのようなことをするのは、彼の礼儀なのだろう。

 「…お茶を入れますので、どうぞ。」

 「うむ。」

 「ハツセ二尉も。」

 「失礼します。」

 カローラは2人を自室へと招き入れた。

 「…大丈夫(・・・)かね?」

 「ええ。ちゃんとしていますので。」

 何か含みのある言い方をしたシキの問いに、カローラは熟知しているのか、返答した。

 「そうか。では…、」

 と、シキの表情が一転した。

 「例のモノ(・・・・)は、順調に進んでいるか?」

 シキは探るように尋ねる。

 「はい。それと同じフレームのX105とX106がモルゲンレーテにて修理が行われていますので、そのデータも手に入りやすいです。うまく行けば、もう少し早く完成しそうです。」

 「そうか。しかし…君には苦労をかけるな。」

 シキはカローラに労いの言葉をかける。

 「そんなことはないです。たしかに、シモンズ主任の目を盗んで行うのは少し気が引けますが…、他ならぬウズミ様の頼みです。」

 カローラは彼らに乞われ、モビルスーツ開発に関わっていた。しかし、それは現在量産が開始しているM1アストレイではなかった。

 そもそもなぜこのようなことが起こったのか。それはオーブという国の事情があった。地球とザフトとの戦争が開戦し、数ヶ月。ザフトが投入しているモビルスーツの存在はオーブにおいても着目され、その実用化を目指した。オーブは中立をとっていても有事のことを考えれば必要不可欠であった。

 ウズミ・ナラ・アスハはその開発を自国の出来る範囲内での開発を進めようとした。 もし、ザフト側もしくは地球側と密かに結んで行えば その場ではなんとか乗り切れても、後々いいように利用され、オーブの禍根になりかねないという思惑がった。そういう考えだからこそ地球連合がプラントに宣戦布告した際、オーブの理念を用いて中立宣言したのは、『オーブという国家を守るための盾』としたからだ。

 しかし、それを快く思わない者たちがいた。それがサハク家である。彼らはアスハの政策を綺麗事、非現実的と批判していた。実際、MS開発は行きづまっていた。彼らは逆に表面上(・・・)地球連合と協力することで、オーブを守ろうとした。また彼らと協力することで行き詰っているMS開発を打破することがきると考えたのだ。そのために行われたのがヘリオポリスでのG兵器の開発であり、その技術を盗用することによってオーブ国産のモビルスーツ アストレイ の開発が成功した。そして、そのP0シリーズと呼ばれる機体を元にM1アストレイが制式量産された。

 一方、ウズミの方も何もしていないわけではなかった。ウズミはサハクが秘密裏にモビルスーツを製造したことを逆手に取った。それは、彼らのアストレイのデータを経由して連合のデータを得、彼らの独自のモビルスーツの開発を行ったのだ。これにより、文字通り自国の範囲内(・・・・・・)で行えることができた。

 「このようにヒョウブ二佐が動いていただいている、というおかげでもあります。」

 だが、このモビルスーツ開発はサハク家に秘密裏に行われなければならなかった。そこで、ウズミはバエンを通じて、本土防衛軍に新しいアグレッサー部隊を設立した。それが第8教導部隊である。アグレッサーという特性上、鹵獲したジンを扱うこともできるし、シミュレートのためにアストレイのデータも得ることができる。そして、モルゲンレーテノ社員でもサハク家よりではないカローラへとデータを届ける役目及び開発の進捗状況の報告等を担っていた。

 「そうだな。ただ…。」

 シキは思い巡らせた。ウズミにとって信頼できる軍人は他にもいるはずだ。だが、彼はシキにこの件を任せた。ウズミがシキの心に秘めている野心を知らないはずがない。

では、なぜ将来己の脅威となろうとする者にあえて力を与えるようなことをするのか。 シキはウズミの心算を推し量った。だが、簡単に見えるものではなかった。

 「ふっ…面白い。」

 ふと笑みをこぼした。

 「どうなさいました?」

 カローラが彼に尋ねる。

 「いや…。乗ってみる(・・・・・)のも悪くないなっ、と思っただけさ。」

 

 

 

 

 モルゲンレーテ社内カローラの部屋とは別の1室。今はその部屋に人がいないのか部屋は暗かった。清掃服に身をつつんだダンは灯りのスイッチをつけ、まさしくこれから清掃作業に入るがごとく入室した。帽子を深く被るだけで部外者だとは誰も気づかない。

 ダンは迷うことなく、ある人物のデスクまで歩き出した。デスクまで来ると、小さなコンピュータを置き、それをパソコンに繋げ、両方とも起動する。

 ダンはナチュラルとは思えない、タイピングの速さで、もちろん正確にキーボードを入力していく。彼は、周囲にはナチュラルと言い、振る舞いもナチュラルのごとくしていたが、コーディネイターであった。

 セキュリティでがっちり固められ、パスワードが途中遮っても、それをなんなくも解いていく。そして、目的のモノを見つけると小さなコンピュータにコピーしていった。

 ちょうど、コピーを終えると外から人の足音が聞こえてきた。

 ダンは急いで、清掃作業に取り掛かった。

 そこへ部屋のドアが開き、バエンとエリカが入って来た。

 「どうだ、状況は?」

 「はい。なるだけ早く補修が済むように急ピッチに行っています。OS開発の方も、彼たち特にヤマト少尉であれば、できるでしょう。あらっ、掃除の人が来ていたのね。」

 エリカが清掃員に気付いた。

 「お疲れ様です。」

 ダンは帽子のつばに右手をつかみ、そのままお辞儀挨拶した。

 なんでこんな時にこんなところに…。

 エリカ・シモンズを含め他の社員がこの部屋に入って来ても、軽く乗り切れるだろうが、今回に限って内心では心臓が破裂するのではないかと言うぐらいバクンバクンと鳴っていた。まさか、バエンがここに来ると思っていなかった。

 「ええ、いつもごくろうさま。」

 エリカはにこやかに挨拶し、自分のデスクに向かう。

 「ええと…、どこまで話していたかな?そうそうOS開発の話だな。彼に協力を仰いだのは、『我が国における潜在コーディネイターの軍需産業への貢献』という文献を読んで、かね?だが、コーディネイターといえども万能ではない。得手不得手というものがあるだろう?」

 バエンが話を切り出す。エリカはうなずき、答える。

 「ええ。彼はもともとカトウ教授のゼミに所属していまして、教授の研究のプログラム解析を手伝ったりしていたそうです。その中にはヘリオポリスのモビルスーツのデータもありました。もちろん、ヤマト少尉はそのことを知りませんでしたが…。」

 エリカはコンピュータを起動し、キーボード入力を行う。

 「しかし、緊急事態…あれだけの短期間でOSを書き換えできたのです。彼の能力には目を見張るものがあります。」

 「そうか。君がそこまで言うのであれば、間違いないだろう。」

 バエンはそのままエリカの作業を終えるのを待った。ちらりと清掃員を見た後、ややあって口を開いた。

 「君が先ほど言っていた『潜在コーディネイターの軍需産業への貢献』…。たしかに、我々がコーディネイターを受け入れているのは、そういう面もあるだろう。だが、オーブが高い技術力を有するには、必要かつ重要な人材と思っているからさ。もちろん、この国を好いてくれ者も他国の人間でも、我が国の法を守ってくれるなら喜んで迎え入れる。言い方を変えれば、法を守る者であれば、その者がどう考え(・・・・)どう行動(・・・・)しようと受け入れるということさ。我々がそれに命令すること(・・・・・・)拒否すること(・・・・・・)もしない。コーディネイターに限らず、この小さな島国が生き残るには人材(・・)が必要と思っているからな。…()もそうだろう?」

 エリカがコンピュータからデータをプリントアウトし、資料を持ってきた。ちょうどその時、後ろでは清掃員が作業を終え、挨拶し出て行った。

 「…ええ、そうですね。これが、今回まとめたレポートです。まだ、完成していないので現段階のものですが…。」

 「いや、構わないよ。ありがとう、無理を言ってすまなかったな。」

 バエンはエリカに感謝の意を述べ、資料を受け取った。

 

 

 

 「はぁ~、驚いた。」

 ダンはこの場から早く去るために急ぎ足で歩を進めた。先ほどバエンがこちらに視線を向けて来ていた。

 「俺も、鈍ったのかな…。」

 以前ならこんなアクシデントでも落ち着いて対処したのだが…。

溜息をつきながら、手に持っているコンピュータ、シュレッダーにかけられたゴミに目を向けた。バエンの先ほどの言葉が脳裏によぎる。あれは、エリカにではなく、あきらかに自分に向けて言ったものだ。

 「…そう解釈させていただきますよ、准将。」

 お墨付きを得たと、ダンはニヤリと口元に笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 「いたいた…。ヤマト少尉っ。」

 モルゲンレーテの工場で、キラを探していたギースは彼を見つけ、呼びかけ彼の下へと向かった。

 「あっ…、『少尉』ってまずかったかな。」

 「なんですか?」

 キラはギースに尋ねた。

 「あっ、そうだった。明日午後なんですけど、軍本部での両親との面会が許可されたそうです。もう他の学生たちには伝えたのですが、ヤマト少尉はいなかったので…。細かい予定とか、一応形式上書類も必要で…」

 ギースが紙を差し出し見せた。

 「ヤマト少尉も、面会しますよね?」

 ギースの表情はキラが面会するという方向で決まっているような顔であった。それを感じ取ったキラは俯きながら答えた。

 「いえ…。明日、面会しないと言ってください。」

 「ええ!?…なんで?」

 ギースは驚いた顔をした。

 「やることもありますし…。」

 「また面会の時間がとれるかわかりませんよ。ご両親にとってヤマト少尉はたった1人しかしない大事な家族なんですよ?ホントに、いいのですか?」

 ギースは念を押すように聞いた。もし、両親との中が悪ければ、これ以上は言わないが、みたところそんな感じではなさそうだった。なおも追及するギースにキラは辟易しながらポツリとつぶやいた。

 「僕が、コーディネイター(・・・・・・・・)だから、できる(・・・)からモビルスーツに乗って、戦って、人を殺して…。なのに、どうやって普通に、今まで通りに会えって言うんですか?…できないですよ。両親に『なんでぼくを、コーディネイターにしたの』ってなじってしまいそうで…。」

 キラは顔をしかめた。ギースの言葉通り、自分だって両親は大事な家族だ。だからこそ、その言葉が2人を傷つけてしまいかねない気がして嫌だった。

 ギースはキラの言葉を聞いて、黙り、2人の間に沈黙が流れた。

 「…なので、僕は行きますね。『今は会いたくない』と、そう伝言してください。」

 キラはギースに背を向け、歩いていった。

 「…ヤマト少尉!」

 ギースが追いかけてきた。

 「なんですか?もう用事は終わったんじゃないですか?」

 振り向いたキラはもう構わないでほしいという顔をした。

 「まあ、そうだけど…。ヤマト少尉はどうしたい(・・・・・)ですか?」

 唐突な質問にキラは首をかしげた。

 「いったい…なにを言ってるですか?」

 ギースに質問の意図に理解できないキラは聞き返した。

 「う~ん。そう言われても、俺に言えるのはここまでですし…。」

 ますますわからなくなった。

 「んじゃぁ、とりあえずコレ、渡しておきますね。」

 内ポケットからなにかメモ書きし、それを手渡した。キラはそれをみたが、いったい何が書いてあるのかそこの書かれている文字が読めなかった。

 「…これ?」

 「ああ。もし困ったらそこに連絡してください。俺の名前出せば、大丈夫ですので…。」

 そう言い残し、ギースは去って行った。1人残ったキラはギースの行動の意味がわからず、頭に疑問符が飛んでいた。

 

 

 

 

 翌日。

 日の出の時間といえども、まだ太陽が水平線から出きっておらず、空は東に行くほど黒から紅、青へと変わっている。まだモヤがかかるなか、沿岸に小さな漁船が停泊していた。この時間帯に釣りをしたり、漁業に携わる者もオーブにはいるので珍しくないが、その漁船に乗っている男たちは釣り糸を垂らしたままで、獲物を待っている様子ではなかった。

 すると漁船の船端を掴む手が海中より現れた。漁船の男たちはそれに驚くことなく、手を差し伸べ、ウェットスーツ姿の人物を船に乗せた。同様にあと3人を乗せた。

 「クルーゼ隊、アスラン・ザラだ。」

 最初に船に乗り込んだ人物がゴーグルとマスクを外し、挨拶をする。他の3人、イザーク、ディアッカ、ニコルも外し、顔をあらわす。

 「ようこそ。平和の国(・・・・)へ。」

 それを受け、漁船の男、オーブに潜んでいるザフトの諜報員は彼らを迎え入れた。

 

 

 岩場で彼らの様子を、知れずに覗いている人影があった。かの者も釣りをたらし、簡易座椅子に座っているので、彼ら同様普通の釣り人と傍から見れば思うだろう。しかし、深く被った帽子から覗かせるその目は鋭い光を放っていた。

 「おやおや、ここのところお客さん(・・・・)が多いことだ。」

 意味深な言葉をつぶやきながら、どこか面白そうに眺めていた。

 

 

 

 




あとがき
今回はちょっと真面目に…。
ウズミ・ナラ・アスハはヘリオポリスのモビルスーツ製造を知っていたかor知らなかったか?
原作ではカガリはそのことについて「周りが言っている。父は何も言っていない。」と述べており、外伝『ASTRAY』ではサハクの独断専行で、ロンド・ミナは「ウズミは知らない」と言っています。
作者としては、ウズミは「知っていた」のではないかと推測し、その前提でこの流れでの話を書きました。
あくまでも、あくまでも私のイマジネーションですが…。



作品を書いている際、すこし楽にできるようにと、キャラに謎のあだ名をつけているときがちらほらあります。最近、それがここで思わず出てしまうのではないかと心配…。(今も後書き入れるの忘れていたし…(汗))



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PHASE-36  帰る場所

う~ん。特に戦闘シーンもないのに1万字を越してしまった…、しかも2週連続。
でも、区切ると区切るとで、話数が増えてしまう。
…悩みだ。


 

 

 (ほうっ、潜入とは…。アスランもよく考えたものだ。カーペンタリアから言ってはいるが、オーブからの回答はいまだ納得せぬもの…。そして、未だに太平洋上に『足つき』を発見した報もなし。日数から考えてもまだアラスカの防衛圏には遠い…。)

 「ええ。」

 モニター越しではあるが、仮面ゆえにその表情はよく見えないが、口元には笑みが浮かべているようだった。

 (君もすまないね。わざわざこちらに来させて…。)

 「いえ…。むしろ、人事に働きかけたクルーゼ隊長の方にご迷惑をかけたと思っております。」

 クトラドはラウに感謝の意を述べる。

 (私としては、()との関係を断ち切りたくないのでね…。それに、ザフトの指揮官の1人として君が|あの隊にいるよりも前線で腕を振るった方が軍のためにもなる、と思うのだがね…。)

 その言葉にクトラドは無言になった。彼も終始、その厳つい表情を崩さないので、本心はわからなかった。しばらく沈黙がながれややあって、ラウから口を開いた。

 (…まあ、いい。それは君が希望したこと…。では、彼らを頼むよ。)

 そして通信は切れた。クトラドもまた何も言わず、敬礼を返した。

 

 

 

 

 

 アスランたちは諜報員から渡れたモルゲンレーテ社の作業服に着替えた。そして、オノゴロ島の地図と偽造IDカードを渡された。

 「あんたらの捜し物(・・・)があるとしたらその島だろう。俺が言えるのはそこまでだ。なんせそれ(・・)に関して一切情報が入って来てないからな…。」

 男は肩をすくめ言い、続ける。とは言っても、アスランたちはそれを確認するために潜入をするので問題なかった。

 「そのIDは、工場の第一エリアまで入れるものだ。その先は完全な個人情報管理システムでね。急にはどうしようもないんだ。」

 彼らの言葉にアスランも肩を竦める。

 仕方のない事だ。あとは限られたなかで、自分たちがやっていくしかない。しかし、自分は本当に『足つき』がいる証拠を、キラやカガリがこの島にいることを捜したいんだろうか?

 彼らはそこで諜報員たちと別れ、島内へと入っていった。

 

 

 

 

 「もしやと思ったが、やはり…。」

 軍本部の執務室で、ウズミは机に置かれている資料を目にし、なんとも言えない気持ちになった。ストライクのパイロット、キラ・ヤマトの名は聞いていたのだが、もう1機の方のパイロットはただ傭兵としか聞いていただけなので会ったときには驚いた。

 もちろん、()のことが書かれている情報はあまりにも少ない。同名の他人と言うこともあるだろう。しかし、彼が間違いなくあの子(・・・)であると自分に流れる()がそう告げていた。

 血、か…。

 ウズミは、自分は何を言いだすんだと思わず自嘲気味の笑みを浮かべた。

 「しかし…。まさか、このような形で来ようとは…。」

 果たして彼はこの国を見て、どう思うだろうか。できればもっと違う形で来て、見せたかった。彼女(・・)が愛していたこの国を…。

 ふと机の上にある写真立てに目を移した。

 そこには、もう喪った、決して戻ることのない幸せなに日々の1ページを切り取った写真。もうどれほどの時が経っただろうか。自分もホムラも、もう若いというにはほど遠い齢となった。だが、彼女は…。あの時(・・・)より齢を重ねることはなくなった。

 「彼もまた…『白き狼』を背負うのか…。」

 ウズミは呟いた。

 

 

 

 

 

 「しっかし、随分と借りるなぁ。迷惑かけなかったか?」

 フォルテはヒロが両手で重そうに運んでいる本を見ながら感嘆と呆れ混じりに言った。

 「ちゃんとことわって借りたよ…。まだ必要そうなのは艦に置いてるけど…。フォルテだって、選書してやるって言って、何冊か借りてたじゃないか。」

 「そりゃ、こんなにもヒマなんだぜ。」

 彼ら傭兵といえども、万が一、艦の護衛任務に就いている彼らもアークエンジェルがオーブにいるという判断材料の1つにされている可能性もあるため、勝手に敷地外には出られない身であった。そこへフォルテがふと誰かに気付いた。そして、ヒロの本をいくつかとり、前を見えるようにし、笑みを向けた。

 「なあ、ヒロ。傭兵にとって同じ傭兵業をしているヤツは商売敵にもなるが、合同で任務を遂行する重要な仲間にもなる。…てなわけで、お前に凄い傭兵部隊のメンバーを紹介するよ。」

 「え?フォルテ、なに?って、フォルテ…。」

 フォルテの言葉にヒロは意味が分からず問いかけるが、フォルテはさっさと行き始めた。一生懸命彼の後についていくと、その先には6歳ぐらいの小さな女の子がいた。

 「よう、風花っ!」

 フォルテに呼びかけられたその少女は振り返った。

 「フォルテじゃない。…ところで、彼は?」

 少女がヒロに気付き、フォルテに尋ねた。

 「ああ…、こいつはヒロ・グライナー。つい最近入った、俺たちヴァイスウルフの仲間さ。」

 その言葉に少女は信じられない顔をしていた。

 「ヒロ。こいつは風花・アジャー。傭兵部隊サーペントテールのメンバーの1人さ。そういや、他のメンバーは見かけないようだが…。」

 「ええ。詳しいことは言えないけど、他の任務をしていて…。それ、ここでの任務の交渉をアタシがすることになったのよ。」

 「ほお~、まあ…お口から生まれてきたような性格だからな、風花は。ぴったりじゃねえか。」

 「なによぉ、その言い方。」

 「へ~、この子が…。」

 風花はヒロのつぶやきに一瞬顔をしかめた。

 「子供だからってできないと思っているの?」

 彼女は自分が『子供』とみられるのが嫌いだった。彼女は育った環境もあり、自分と同世代を見たことがなかったが、大人が自分を見る目でなんとなく子供というものを理解した。それは『子供は、いかに愚かしい存在か』ということだ。そういうこともありヒロの自分を見る目が子ども扱いしているのかと思った。

 「私にはムリだと?」

 「え…?いや、この齢でできるなんてすごいなあって思っただけだよ。僕なんか、風花ちゃんぐらいのころは、やろうと思ってもできなかったし…。すごいんだね、風花ちゃんは。」

 なにか妙な感じもしたが、子供だからとバカにしている節もない。

 その横では、事情を察したフォルテが腹を抑え、必死に笑いをこらえていた。

 「どうしたの、フォルテ?」

 それをヒロは訝しみ尋ねた。

 「いや…なんでもない。」

 とか言いつつ、まだ笑いをこらえているフォルテをヒロと風花は不審の目で見た。

 「お~い、風花―!先、行っているぞー!」

 遠くの方で2人組の男女が風花に声をかけてきた。

 「うんっ!今行くー。じゃあ、私は用があるので…。」

 「ああ、じゃあな。」

 フォルテとヒロはそこで小さな傭兵と別れた。

 

 

 

 

 バエンはモルゲンレーテでの用事をすませ、軍本部へ戻る途中、ふと工場内を見て回っているカガリの姿を見つけた。ここ数日、彼女の日課になっている。父親のウズミと顔を合わせたくないため、あまり家に居たくもないのだろう。

 「やれやれ、『獅子』も娘には手を焼くか…。」

 こんなところいると、侍女のマーナが知ればどんな顔するか…。いや、もしかしたらこちらに追及されてしまうかもしれない。

 「まったく、こまったお姫様だ…。」

 バエンはカガリの下へ向かった。

 「おや、カガリ嬢。ここのところお見掛けしないと思いましたら…、このような場所にいらっしゃったのですか?」

 バエンに呼びかけられ、カガリは振り返った。

 「バエン、久しぶりだなっ。それにしても、お見掛けしないとは…知っているくせに。」

 「…まあ、カガリ嬢は常に話題の種につきませんから。」

 「なんだ、それは…。」

 バエンの返しにカガリは苦笑した。しばらく2人は歓談するが、カガリは思い出したように話題を変えた。

 「そうだ、砂漠でシグルドにも会ったぞっ。アイツは、相も変わらず凄かったな…。バエンはもうだいぶ会ってないだろう?」

 「…ええ。」

 「言っておけばよかったなぁ…。ネイも、心配しているだろう?」

 カガリの気遣いに、バエンは笑みを浮かべ、返す。

 「…無沙汰は無事の便りという言葉もあります。それにアイツも覚悟を持って出て行ったのです。おめおめと帰ってはきませんよ。むしろ帰ってきたら、そのまま蹴り倒して追い出します。」

 「…そうか。というか、なんか私の事も言われている気がするが…。悪かったな、帰ってきて…。というか、おめおめと帰って来たとは思ってないぞっ。これは…あれだ、人助けというやつだ。」

 そう言うつもりで言ったわけではないが、カガリが何を言った意味を悟り、バエンは思わず吹き出してしまった。

 「もちろん、それは存じております。カガリ嬢のご活躍なさった話も聞き及んでおりますので…。海上戦にて地球軍の戦闘機に乗られたとか…。」

 「なんだ、もう知っていたのか…。せっかくだからこれから話そうとしたのに。」

 カガリはわざとっぽく口を尖らせた。

 「これはこれは、わたくし、なんという失態を…。ぜひぜひ、カガリ嬢から武勇伝をお聞かせ願いますでしょうか?」

 「よしよし、では話すといたそう。」

 バエンの大げさな振る舞いに合わせるようにカガリも口調を合わせ、スカイグラスパーに乗るまでの経緯、乗った時の感想、ザフトの潜水艦の撃墜に一役かったことを嬉々としてバエンに話した。バエンもまたにこやかにカガリの話を聞く。

 「…けど、ひどいことに少佐、私のことを邪魔者扱いしたんだ。それに気をとられていたら被弾してしまって、仕方なく帰投しているとことに、ザフトの輸送機と遭遇してしまったんだ。」

 カガリは残念そうな顔をし、さも相手が悪いように言う。

 「その時、墜落してしまって…。やっぱりシミュレーターとはちょっと違ったなぁ。けど、気がついたとき、姿勢がしっかりと制御されて不時着していたから、バエンの手ほどきのおかげだな。」

 「手ほどき、ですか…。」

 ふとバエンは重い表情になり、カガリに尋ねた。

 「カガリ様…、軍人訓練を始める前に、私があなた様におっしゃたこと…覚えていますか?」

 カガリはバエンの表情に気付かず、先ほどの調子で答える。

 「ああ…。『上に立つ者、一般兵の戦いを知らなければならない。そうでなければ、優れた戦術論を語るのみでは兵はついては来ない。』…その言葉はしっかりと覚えているぞ。」

 「そうです。そして、わたしは持てる力の限り、あなた様にお教えいたしました。…しかし、もしかしたらわたしの不覚であったかもしれません。」

 「…バエン?」

 カガリはバエンの言葉の意味を理解できなかった。そして、ようやく弁の様子が違うのに気付き訝しんだ。バエンはカガリを見据え、告げた。

 「カガリ様…。どうか、あなたが手にした、その銃をお捨てください。」

 それは、カガリにとってあまりにも衝撃的な言葉であった。

 「バっ…バエン!?」

 カガリの動揺を気にせず、バエンは切り出す。

 「カガリ様、あなたはウズミ前代表の中立政策を非難し、オーブの参戦を呼びかけているとのことですね?」

 「ああ、そうだ。私が行ってきた砂漠でも自分の土地を守るために、たとえ貧弱な装備であろうともみな必死に戦っていた。だが、オーブはどうだ?これだけの力を持ち、富み栄えている。あんなこと(・・・・・)もしたっ。それでも、未だに地球にもプラントにもいい顔をしている。私は戦争を終わらせたい。あんなこと…。なのに…、なぜ銃を捨てなければいけないっ!?いったい何の関係があるんだ!?」

 カガリは己の意思をバエンにはっきりと伝え、バエンもまたカガリに真剣に向き合う。

 カガリにとって幸運なことだったのは、父ウズミをはじめとして、彼女の考えていることを、「子供だから」とか「若いから」という理由で始めからつっぱねるのではなく、幼い意見だとしても、真剣に聞き入れ、考えさせ、発信させ、その上で賛成したり、反対を述べる者が周りにはいた。それゆえに、まだ16という齢にもかかわらず、彼女の性格上勢いでつっぱしることもあるが、国のことを考え、行動するというのが身についていた。

 バエンもまた、彼女の意見に耳を傾け、熟考する。

 彼女のその言葉は、よく言えば潔い、悪く言えば自己満足の正義であった。

 世界は依然として戦争にあって人々が苦しんでいるのに、自分たちが平和で富栄得ているのは卑怯だ。一見すると、もっともな意見のように思えるだろう。だが、彼女が見てきたのは「戦争」の一部だ。本当に「戦争」を知ってはいない。

 「私は、氏族の一員といえども政治を担う五大氏族よりはるかに低く、ましてやホクハ家やヒジュン家のように代々軍人の家系としてオーブを担ってきた氏族にも及ばない下級氏族の出…、ゆえに前線に立ち、武勲を上げることのみが身を立てる術でした。私の戦いは、その戦いのみ集中すればいいものです。しかし、上に立つ者の戦いはそればかりではいけません。」

 バエンは続けて話す。

 「『戦争』とは、単純なものに見えて、その実には複雑な構成をしております。そして、それは常に変化していきます。上に立つ者は、その情勢を見極め、そして、己の国の状況をつねに見て判断しなければなりません。そして、『戦争』を行うことに大いなる責任を持たなければなりません。命を背負うという覚悟、汚名を受けるという覚悟…。」

 カガリは何も言えず、固まっていた。

 「もちろん、これはわたしの出過ぎた意見でございます。それをどう受け止めるかはカガリ様にございます。わたし個人としてはカガリ様がわたしを尊敬し、模範としてくださるのは身に余る光栄でございます。しかし、それでカガリ様の道をお誤りさせてしまったことは無念でございます。」

 バエンは身を翻し、その場を去って行った。

 1人残されたカガリはどうしてよいかわからず、呆然としていた。

 

 

 

 

 

 オーブ軍本部内の1室、昨日のマリューの言葉通り、ヘリオポリスの学生たちは両親との面会が行われていた。部屋に入った瞬間、少年たちは顔をほころばせ、両親の下へ駆け寄り、両親たちも彼らを抱きとめた。両親に何を話そう。別れてから2ヶ月間、まるでそれ以上時が経ったような気もした。そして、ここが自分たちの帰る場所なんだと少年たちは実感した。

 そんななか、フレイは両親を亡くしてないためにいないのだが、キラとキラの両親の姿はなかった。

 彼らの再会を果たせた部屋から離れた1室では、男女が待っていた。

 「ヤマト夫妻…ですな。」

 ドアが開き、ウズミ・ナラ・アスハが入って来る。男女は立ち上がりウズミに軽く頭を下げる。彼らはキラの両親、ハルマとカリダである。

 「ウズミ様…。もう2度とお目にかからない、というお約束でしたのに…。」

 「運命のいたずらか…。子どもらが出会ってしまったのです。致し方ありますまい…。」

 ウズミの言葉にカリダは顔に憂色を浮かべ、ハルマはそのカリダをそっと肩に抱き寄せた。

 

 

 

 「う~…、やっぱり借りすぎたかな?」

 ヒロは本を重そうに食堂まで運んできた。

 『当たり前だっ。そもそも、ヒロはいつも基本的なことだけ知っておけばいいと深堀りせず、必要に迫られた時にしか…。』

 「ごめん、ジーニアス。今、見えないから何言っているか分からない。」

 本の上にジーニアスを置いているため、ヒロからただ、彼がビーブ音を鳴らしていることしかわからない。

 この後キラと落ち合い、OS改良をするために食堂に向かっていた。とはいっても、ヒロはキラほど、プログラミングに関して詳しくはない。しかしだからと言ってキラに任せっきりと言うのも悪いと思い、このようにモルゲンレーテ社から借りてきたのだ。

 しかし…。

 そういう専門的な本を探していると言っただけで、事情を詳しく聞かずモルゲンレーテノ技術者たちは目を輝かせ、選書してくれた。なんか、申し訳ないような気もした。

 すると、そこでゴツンと誰かとぶつかった。

 「うわぁっ!」

 『ぬわー!』

 ヒロが後ろに倒れ、ジーニアスごと本をバラバラと落としてしまったが、彼にとって現在優先するのは、ぶつかった人の心配だった。これだけの本と思いっきりぶつかったので、どこかけがしているのではないか。

 「いたたっ…大丈夫?って、フレイ?」

 自分の目の前でぶつかったのはフレイだとわかった。しかし、彼女はしゃがみ込んだまま顔を上げなかった。

 「…フレイ?今ので、どっか怪我したの!?医務室に…。」

 「…なんで?」

 ヒロが慌てふためいていると、フレイはか細く、震える声を発した。

 「…なんで、あなたたち(・・・・・)はそうなのよ!?」

 「えっ?」

 顔を上げたフレイにヒロは思わず、驚いた表情になった。こちらを睨む目は涙に濡れていてのだ。それはさっきぶつかったことによる涙ではなかった。

 「…フっ、フレイ?」

 ヒロは戸惑い何を言っていいか分からなかった。とりあえず、彼女を立たせようと手を差し伸べたが、振り払われてしまった。

 「構わないでっ!」

 彼女はそのまま走って行ってしまった。

 「いったい…。」

 さきほどフレイが来たのは、士官室のある方だった。もしかしてキラと何かあったのだろうか。

 『まあ…どっちにしろ、艦内ではかなり噂になっていたのにカガリから聞くまでまったく分からなかった鈍いヒロには無理難題な話だな。』

 「いや、だって…サイとフレイが仲良かったじゃん。しかも、婚約者だったんでしょ?それでキラとフレイ…。でも、フレイはサイが嫌いってわけでもないのに、なんでそうなるの?」

 ヒロは本を拾い集めながら、ジーニアスに問い詰めた。

 『私が知るかっ!そもそも、そういうことは人工知能に聞くものか!?』

 「…そうかなぁ。でも…。」

 『でも…?』

 「いや、いいや…。」

 ヒロはたぶんまたそのことについて思ったことを話せば、もうこれ以上ジーニアスはまた何か言ってきそうなので、そこで話を切った。

 そして、ヒロは本を拾い上げ、食堂に向かった。

 

 

 

 

 

 「どんな事態になろうとも、私たちは絶対に、あの子に真実(・・)を話すことはありません。」

 カリダはウズミに自分たちの答えを話した。

 「兄弟(・・)のことも…ですな?」

 ウズミの探るような言葉に2人は一瞬動揺したが、ハルマが落ち着いて答える。

 「可哀想な気もしますが…、その方がキラのためです。」

 決して言うことのできない秘密。それを互いに共有していた。

 「すべては最初のお約束通りに…。ウズミ様にこうしてお目にかかるのも、これが本当に最後でしょう。」

 「わかりました。私にはあなた方や彼女(・・)にとても返しきれない()があります。」

 ウズミも彼らの決意を尊重し、頷いた。

 「話は、終わったか?」

 そこで話を終えようとした時、ふと窓から声がし、3人は驚き振り向いた。

 「なんか、喜ぶこともできない再会だな。久しぶりだな。」

 窓にいた人物はそのまま彼らの方に歩み寄った。

 「なぜ、ルドルフさんがここに…?」

 カリダは疑念の言葉を述べた。

 「俺も、おまえたちと同じ用件があってね。それに、ウズミ・ナラ・アスハ…あんたも俺に聞きたいことがあるんだろ?」

 ちらりとウズミの方へ向けた。

 「…よろしいのですか?」

 それに対し、ルドルフは頷く。

 「だから、ここに来たんだ。カリダたちにも話さなければいけないと思ってな…。」

 カリダとハルマはいったい何のことかわからなかった。

 「ヒロのことを…。」

 次に発したルドルフの言葉に2人は愕然とした。

 ルドルフは話し始めた。

 

 

 

 

 アストレイの試験場では、つい先日までとは見違えるほど機体が滑らかに動いていた。

 「新しい量子サブルーチンを構築して、シナプス融合の代理速度を40%向上させ、一般的なナチュラルの神経接合に適合するよう、イオンポンプの分子構造を書き換えました。」

 キラの説明を耳で聞きながら、目は相も変わらずガラス越しの機体に目がいっていた。エリカを始め、技術者たちは感嘆の声をあげ、相も変わらずやって来たカガリやついでに来ていたルキナも感心していた。

 「すごいわ、こんな短期間でっ!」

 エリカはキラとヒロの方に向き直り、2人をほめちぎった。カガリがヒロの方に寄ってきて肩をポンと叩いた。

 「…で、この作業のどれくらい貢献できたんだ?」

 『ほんの少しだな。』

 「えっ、それよりもう少しはできたよっ。…たぶん。」

 「少し…。結局、キラにほとんど任せたようなもんじゃん。おまけにモルゲンレーテからいろいろ専門書まで借りて…これじゃあどっちが技術協力(・・・・)したんだが…。」

 すでにある程度この新しいOSができるまでの話を知っていたカガリはヒロを茶化した。ジーニアスもそれに乗っかていた。その様子を見ていたキラは思わず吹き出してしまった。

 「そんなことないよ、カガリ。ヒロがいて本当に助かったんだから。」

 「本当か~?」

 キラの言葉にカガリはまだどこか懐疑的な様子だった。だが、キラにとってはプログラムを組んだことにそれくらいヒロが貢献したかどうかではなかった。もし、彼がいなければどこか鬱屈とした思いでいただろう。いや、実際そうだった。砂漠では本当に自分の中で殺伐とした感覚を持っており、僻んでいた。もちろん、それが今はなくなったかといえば、うそでまだ心のどこかに屈折したものがある。だからこそ、昨日ギースにああ言ったことをいったのだが…。

 そういえばとふとキラは思い出し、昨日ギースからもらったメモをポケットから取り出した。

 「ルキナ…聞きたいことがあるんだけど、昨日ギースさんにもらって…。なんて読むかわかる。」

 カガリとヒロものぞき込むが、2人ともわからないようであった。

 「なんだぁ、これ。汚いアルファベットの殴り書きか?」

 カガリは思わず、そこに書いてるものの感想をもらす。最初はキラもそう思っていたが、よく見るとアルファベットぽくなかった。一方、ルキナは思い当たる節があるのか、なにか思い出すように考えていた。

 「これ…、アラビア文字よ。…たしか、『7つの航海』って呼んで、ギースの会社名だった。」

 「ルキナ…アラビア文字、読めるの?」

 「ギースの会社名だけね。よくこっちのほうで書いているから。」

 「へ~。…て、バットゥータ曹長、社長だったの?」

 キラは意外そうな顔をした。

 「そうよ。」

 「社長なのに、軍人なのか?」

 カガリもなかば呆れ混じりで聞く。それに対しルキナは苦笑した。

 「いろいろ、あったのよ。…たぶん。」

 「で、一体それがどういう意味になるんだ。そもそも7つの航海ってなんなんだ?」

 「もしかして…シンドバッドの冒険の?」

 ヒロはルキナに確認するように聞いた。

 「ええ。それを社名の由来にしたらしいわよ。」

 「シンドバッドの冒険?」

 「それ…ギースが名付けたのか?」

 「先代社長、ギースのお父さんだって。シンドバッドのように困難を乗り越え、シンドバッドのように成功をおさめるようにって。」

 『そもそもシンドバッドもといシンドバードは当時のイスラム商人の群像の象徴みたいなものだからな…。割とあっているかも。』

 「へ~。」

 カガリは感心しながら、ジーニアスのウンチク話を聞いていた。一方、キラはギースがこれを渡した意図を測りかねていた。

 「どうして、これをくれたんだろう?」

 少尉は、どうしたいですか?

 あの時、ギースが自分に尋ねたのはどうしてだろうか?

 「さすがに…そこまでは、わからないわ。ギースに聞いてみれば?」

 ルキナは肩をすくめる。

 まあ、確かにそうだろうな。そもそも 困ったらここに連絡してくれと言われたが、一体なにに、困ったらなのだろうか。

 訳がますますわからなくなってきた。

 

 

 

 試験場を後にし、ストライクとクリーガーの整備の方があるからと、そこでルキナとカガリと別れ、モルゲンレーテの工場へ向かった。

 「キラ…。本当に…今日、ご両親に会わなくてよかったの?」

 「うん…。」

 ヒロの問いにキラはうつむきながら答える。

 「会える時に会った方がいいよ。」

 「そう…、だね。」

 ヒロの事情はすでに聞いている。その彼からそう言われてしまうと、少々申し訳ない気持ちもあった。もちろん、そこまで考えても会うのをやめたのには、キラ自身色々な思いがあった。

 「そうか…。」

 ヒロもこれ以上追及はしなかった。キラが決めたことであるならば無理強いさせるわけにもいかない。

 ふいにキラの肩に乗っかていたトリィが飛んで行ってしまった。

 「ああ、トリィっ。ヒロ、先にモビルスーツの方に行ってて。」

 キラは慌ててトリィを追いかけて行った。

 

 

 

 

 

 もう夕刻の時間になったのであろう。窓からは西日が差し込んで来て、薄暗い部屋に橙色の光が混ざりこんでいる。

 現在、部屋にはウズミとルドルフのみであった。

 ルドルフはカリダとハルマの言葉を今もまだ心の中で反芻していた。

 自分の知る限りを、自分の確信があることはすべて話した。話を聞いたカリダとハルマは、初めは沈痛な面持ちで何も話さなかった。

 「別に、俺を責めてもかまわない…。」

 一瞬、カリダにどうしようもない怒りをちらつかせたが、やがて静かに口を開いた。

 「あの子が生きていた…。それだけでも、これほどうれしいことはないのです。」

 ハルマもまた穏やかな顔で、うなずいた。

 「…わたしたちのこと、キラのこと…それを考えて取ってくれた行動です。それをどう攻めることができるのでしょうか?」

 「罵られると思ったのだがな…。」

 ルドルフは深くため息をつく。むしろ、そちらの方が自分にとって気が楽だったと思いつつ、そうさせてしまうかも知れなかったことに自己嫌悪な気分になった。だが、彼らは自分を責めなかった。だが、そんな2人だからこそキラはあんな風に「普通の子」として育ったのかもしれない。

 それに比べ、自分はどうだ?

 砂漠の時ヒロは本当の親の事を自分に聞いた。自分は話すことができなかった。…言えるわけがないと思った。あいつは苦悩しながらも、自分の道を考えていた。ただ、純粋に…。

 しかし、それも身勝手なのだろうか。ただ、問題を先送りにしているのではないかと思ってしまうこともある。

 「…あの子を、傭兵という世界から切り離せませんか?」

 それまで黙っていたウズミが重い口を開いた。

 「また、随分と大胆な…。そもそもヒロとは何も言葉も交わさなかったんだろう?」

 「ええ。しかし、すれ違いざま見た彼の目…。あの子の瞳は彼女(・・)と同じ…、真っ直ぐで何も迷うことなく人を見る澄んだ瞳…。」

 ウズミの言いたいことを理解したルドルフは苦笑しながら返す。

 「それは、俺も十分に知っているさ。伊達に何十年もこの世界で生きてないさ。確かにヒロは優しすぎる(・・・・・)。裏社会で生きていくにあまりにも甘い…。そこは、アイツとはかなり違うな。」

 「…ユル・アティラス。」

 ウズミはふと名前を口に出した。それにルドルフも頷く。

 「ああ。ユルのやつも『何かを守りたい』という思いを持っていたが、いざ敵と相対すれば、ヤツは執拗に追いかけ、己の狩場に持っていき、仕留める…。まさに、狼だな。敵に回したくないやつだった…。コレ(・・)が証明している。」

 ルドルフは自分の左眼から頬にかけてある傷を指さした。

 「では…。」

 ウズミが言いかけたが、ルドルフのその寂しさと覚悟の目に言葉が詰まった。

 「だがな…、今状況は違えど、ユルを拾ったときと同じなのさ。」

 ルドルフはまるで昔を懐かしむように話す。

 「…突然、自分の居場所を失い、どうすればいいかわからないでいる。ユルの場合は、それを怒りに変え、刃を向けたがな…。俺はな…、人がどこかに旅立つのは、そこに帰る場所があるからだと思っている。帰る場所をまったく捨て去ってまでまったく新しい世界へ飛び込むのは相当な覚悟が必要なんだよ。俺は誰かさんのように器用でもないから、こういうことしか教えられないが…。アイツが最終的にどこへ行くか、自分の帰る場所がどこか自分で決めるまでは、帰る場所になってやる…。それだけさ。」

 「…そうですか。出過ぎたことをしましたな。」

 ウズミは頷いた。そう言われれば、これ以上、何も言うことはできない。先ほどの2人の言った通り、彼自身が自分たちのために、そしてヒロのために行動してくれたのだ。それを自分たちが、なにより、あの時受け入れなかった自分が彼のことに口を出すことなどできないはずだ。

 もしかしたら、そのことが自分の中で先送りにしてきて積み重なった利息のようになって、それを清算しなければならない、そう駆りたてられてしまったのかもしれない。

 

 

 

 

 工場の建物から出たキラは一生懸命あたりを見まわした。

「どこ行ったんだよ…、トリィ…。」

 もしトリィが敷地外にまで行ってしまえば、探しに行くことはできなくなる。それに、出航の日にちもそんなにない。

 「トリィー!」

 アスランからもらった大事な大事なもの…。それをここで失すのは、まるでアスランとの繋がりが失ってしまうのではないかと、不安にあおられた。

 フェンスの付近まで歩いていくと、向こう側に作業服を着た4人が立っていた。うちの1人が手のひらに乗っているメタリックグレーの鳥の姿を見つけ、キラは破顔した。あそこにトリィがいたのだ。その人がこちらに近づいてくる。

 きっと、彼らからも自分がその鳥の持ち主だとわかって届けてくれているのだろう。

 そう思っていたのもつかの間、キラは深く被った帽子から見えた髪、そして顔に体が固まった。

 …アスラン?

 なぜ、ザフトの軍人である彼がここにいるのか、と考えが追いつかなかった。アスランはだんだんとこちらに近づいてくる。

 「きみ…の?」

 アスランはまるでキラを知らない人のようにぎこちないながらにトリィを差し出す。一瞬訝しんだキラだが、すぐに彼の意図を悟った。おそらく彼の後ろにいる3人は彼の仲間、つまりザフトの兵士だ。

 「うん…、ありがとう…。」

 キラもまたぎこちないながらにトリィを受け取る。自分もそうだ。ここで自分が地球軍の、ストライクのパイロットとわかれば、大きな事態になってしまう。

 トリィを返したアスランはすぐに身を翻し、去って行く。それを見ていたキラは泣きそうな顔になった。しかし、泣いてはいけない。身を切る思いにキラは叫んだ。

 「昔、友だちに…!」

 アスランは思わず立ち止まった。

 「大事な友達にもらった…大切なものなんだ!」

 これしか言えない。でも言いたかった。

 キラとアスランに、まるで2人の心情を表しているような黄昏時の夕陽の色が空を覆っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 北米西海岸、カリフォルニア。16世紀から17世紀ごろにヨーロッパ人の開拓が始まり、今では豊かな農業、産業発展の場になるなどしている。地域によって様々な気候の顔を見せるその場所に、地球連合軍の基地、併設して士官学校があった。

 そして、その敷地内にある開けた場所では、モビルスーツが数機、まるでランニングするかのように走っていた。グレーの四肢、ボディはダークブルーと赤色、ゴーグルのようなバイザーであった。背中にはビームサーベルは1本装備されている。GAT-01 ストライクダガー、地球連合軍が開発した量産機である。

 「ちくしょ~、いったいどのくらいコレ(・・)やらせるんだ?」

 そのモビルスーツの内の1機、コクピット内でエドワード・ハレルソンは溜息をもらした。もうかれこれ何周も同じように走っている。フットペダルを踏む足の筋肉は痛み始め、操縦桿を握っている手も痺れてきている。

 (おまえだけさらに10周追加してもいいぞっ、ハレルソン。)

 その時、彼らを指導している士官から怒鳴り声が聞こえてきた。

 その士官が乗っているモビルスーツはどことなくダガーに似つつも形状や配色が違っていた。そして、背中にエールストライカーが取り付けられている。GAT-01A1 ダガー。通称105ダガーと言われる機体は、ストライカーパックを取り入れたストライクの制式量産機だが、生産性の高いストライクダガーを優先させたため、現在少数にとどまっている。

 「え~、そりゃないっスよ、シュバリエ大尉。」

 エドはその105ダガーに乗っている教官モーガン・シュバリエからの言葉にへこんだ。

 (はははっ。エド、また怒られたな。)

 今度は隣で走っているストライクダガーから通信が入った。

 「そりゃ、ここにやって来て、ずっとコレばっかじゃ飽きますって、エンリキ大尉。俺たち、元は戦闘機パイロットだったんですよ。噂じゃ、航空機に変形できるモビルスーツが開発されているとか…。俺はそっちのテストパイロットをしたいですよ。」

 エドは不満を漏らした。それに対し、エンリキは苦笑した。2人とも大西洋連邦に併合された南アメリカの戦闘機パイロットで、エドにとってアーロン・エンリキはその時から何度も世話になっている先輩だった。

 (エド…、また怒られるぞ。シュバリエ大尉が言っているだろう?『全ての神経をMSと繋げろ。自分の手足のごとく操縦しろ』と。まだまだなのに、テストパイロットなんてできないだろ?)

 「そんな~。」

 「まったく、ハレルソンのやつ…。」

 どうやら今日も彼は居残り訓練になりそうだ。モーガンは息を吐くと、ちらりと隅にあるものに気付き、はモニターをズームにした。

 そこにはエレカがモビルスーツ関連の建物に向かっているところであった。運転しているのは、ここの若い士官のようだが、乗っている2人は軍人のように見えなかった。40代ぐらいであろう男性と、まだ10代の赤髪の男の子であった。

 「アレが…中佐の言っていた…。」

 傭兵が来る。

 そのことは事前に伝えられていた。他の者たちはそれを聞いたとき訝しんだが、モーガンはどこか納得していた。

 「こりゃ、おもしれえことになりそうだな。」

 

 

 

 




あとがき
今回のタイトルなのですが、いくつか案があり、結構迷いました。もしかしたら、別の話で、そのタイトルにするかもしれません。


新作ゲームが発売され、買ったはいいけど、なにを引き継ぎしようかと迷いっぱなしで全然始められない(汗)初めはこれさえあればいいやと思っていると、悩めば悩むほど候補が増える…(汗)我ながら、欲まみれだなぁと思った…。


最近、コミックボンボンのマンガが復刻版(という表現でいいのか…)が出ているのを見て、SDガンダム英雄伝!とか、SDガンダムフルカラー劇場とか武者○伝とか(さらにいえば武者頑駄無シリーズの伝説の大将軍編以降のヤツ)(てか全部ガンダムだけど気にしない)なんて願っています。
ヤバイ…、自分の年齢ばれてしまう…。

なーんて、あとがきで書こうかなってメモってたら…、
なんとホントに武者頑駄無シリーズが再販決定してたーっ!(喜(´;ω;`))


そして、さらに、テレ朝のニチアサに…。(´;ω;`)←うれし泣きですよ!
もうここまで驚きのニュースがありまくって、SEEDが映画化と言われても本当のことと信じられそう…。



と、ここまでいい話ばっかでしたが、世の中そうは問屋が卸さないというか…、悲しい話も入ってきる…。



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PHASE-37 カリフォルニア・デイズ

いやはや…ずいぶんと更新が遅れてしまいました。
今回の話はアバンがメインの話です。
ちなみに作者としてはアバンのキャラはわかりやすいためか書きやすいキャラの上位3位に入っています。



 

―C.E.71年 3月上旬―

 

 

 基地の一角にある建物に到着すると、入り口の前ではアスベル・ウォーデンが待っていた。彼は停止したエレカまで歩み寄って来た。運転していた兵士が先に、続いてオーティス、最後にアバンが車から降りた。

 「お久しぶりです。ミスター・サヴィニー。」

 「月基地でお会いした以来ですな、ウォーデン中佐。」

 2人は握手し、互いに挨拶をした。

 「彼が、そうですね。」

 次にアスベルはオーティスの後ろにいたアバンに目を移した。

 「ええ、アバン・ウェドリィです。彼が適任と思い、こちらで人選しました。」

 2人はアスベルに伴われ、建物内を移動していた。途中、アバンが身を乗り出し、アスベルに尋ねた。

 「なあなあ、中佐。さっき外で見かけたんだけど、アレMSだよな?俺も乗れるのか?」

 「ああっ、こら、中佐に失礼なっ。」

 付き添っていた若い兵士がアバンを窘めるが、アスベルは気にもしてる様子もなく、アバンの質問に答える。

 「そうだね。君のも乗ってもらうよ。だが、その前に…。」

 ある部屋につき、アスベルがその扉を開いた。

 「だけど、実機に乗ってもらう前に君にコレ(・・)をしてもらってもいいかな。」

 そこにはずらりと大型の、まるでモビルスーツの胸部のような箱型の機械が横一列に並ばれていた。

 「おおっ、すげぇ。」

 「これらはナチュラル用に改良されている。君が今まで使っていたシミュレーターはザフトが使っているシミュレーター、つまりコーディネイター用のだと聞いている。それに比べれば断然と動かすことができる。まずはその手ごたえを感じてほしくてね。」

 アスベルの説明を聞きながらもアバンはさっそくシミュレーターにおさまり、開始した。確かに今までのは、動いてもノロノロとしか動かなかったが、コレは自分が普段目にしているMSの動きと同じであった。

 アバンが何度も何度シミュレーターをやり没頭しているところに部屋に1人の金髪の女性が入って来た。彼女は不思議そうに眺めながらアスベルに尋ねた。

 「あれ?使用中だったのですか?」

 「ああ、ヒューストン少尉。」

 ジェーン・ヒューストン。地球連合軍海軍の所属で、現在、連合の水中MSの試験パイロットを務めている。

 「さっきほど傭兵に来てもらって、いまシミュレーターをしてもらってるんだよ、そろそろ終わるかな?」

 アスベルが彼女に事情を話していると、ちょうどシミュレーション終了の表示が外部のモニターに出て、中からアバンが出てきた。

 「もう、これで何回目ですか?ゲームじゃないんですよ。」

 「ええ~、いいじゃん。もう1回、いいか?」

 「まったく…。」

 若い兵士の言葉にもアバンは気にせず、一度外に出て、自分のミッションレコードを見た後、もう1度やりたそうな顔をした。

 その様子を見ていたジェーンは顔をしかめ、アスベルに問いただした。

 「中佐、本当にコイツが傭兵なんですか?どうみても、ただのガキじゃないですか?」

 「ヒューストン少尉、これはだな…。ってアバン君?」

 アスベルが説明しようとするまえに、アバンがズンズンとジェーンの下へと向かった。そして、ジェーンに向かい挑発するように反論した。

 「何も見ないで勝手に決めないでくれないか?それにガキじゃない、アバン、アバン・ウェドリィだ、オバさん(・・・・)。」

 「オバさん…。誰がオ バ さ ん ですっってー!?」

 アバンの発した言葉にジェーンはかっとなり、大人げもなく声を上げた。

 「いったいどの生意気な口が言ってるんだいっ!シミュレーターをゲーム感覚でやっているからガキって言ったんだ。それに、オバさんだって!えっ!?このガキ!」

 「だからガキじゃない、アバンだっ!おれは17歳だ!それをガキっていうんだからオバさんだろうっ!」

 「17なんてまだガキのガキじゃないかっ。それに、私はまだ24歳だっ!」

 いつ果てるとも知れない応酬が始まった。傍から見れば、子どもの喧嘩としか言いようのない口論であった。

 

 

 

 「ちぇ、結局俺だけ居残りでシミュレーターかよ。」

 シミュレーター室に3人の男、先ほど実機訓練をしていたエド、エンリキ、そして指導教官のモーガンが入って来た。

 「当たる前だ。お前はもっとまじめに訓練に打ち込め。」

 エドの愚痴を窘めたのは、モーガンであった。

 モーガン・シュバリエ。

 彼はユーラシア連邦の陸軍戦車部隊を指揮し、夜間作戦が得意であり、先を読んだ戦い方が一見無茶ぶりに見えたことから「月下の狂犬」という異名を持っている。ユーラシアからは厄介払いという形で、訓練交換士官として大西洋連邦に配属されてきた。

 「ん?喧嘩か?」

 3人はアバンとジェーンの口論に気付き、アスベルたちの方へ向かった。

 「これは…どうなっているんですか、中佐?」

 エンリキがアスベルに尋ねた。

 「なんというか…まあ、気にしないでくれたまえ。大尉たちはシミュレーターをしに来たのだろう?構わずにやってくれたまえ。」

 聞かれたアスベルは苦笑いした。

 「構わず…と言われてもな~。」

 3人は目を向けた。確かに、内容を聞いているとあまりにもバカバカしい喧嘩なのだが、下手に近づけば、そのバカげた喧嘩に巻き込まれない。ましてや止めようにも止めれそうなものではなさそうだ。現に、アスベルとオーティスはこの喧嘩をよそに、依頼内容の確認とか、今後の話を進めていた。

 「あれが、今日来た傭兵か?」

 気をとりなおし、モーガンはジェーンの喧嘩の相手の赤髪の少年に視線を移す。

 「ええ、アバン・ウェドリィという少年です。」

 モーガンとアスベルのやりとりを聞きながら、エドとエンリキもまた、アバンと言われた赤髪の少年に目を向ける。

 「へ~、あいつが…。」

 まず初めに抱いた印象は意外、というものだった。

 どうみてもまだ10代にしか見えない少年で、ジェーンの言い分通り、傭兵とは思えない。だが、その目にはたしかな信念を宿っていた。

 「なあ、エンリキ大尉?彼の話している言葉なんですけど…。」

 「ん?」

 アバンと言われた少年の話している言葉に、ふとあることに気付いたエドはエンリキに聞いてみた。

 だが、エドの疑問はそこでいったん打ち切られた。

 このシミュレーターの入り口から黒髪の長い髪をたらし、頬から首筋にかけて花弁のような火傷痕がある女性が入って来て、ツカツカといつまでも口論を続けている2人に向かって行った。

 「いったい、何をしているの!?」

 その女性の叱る声が、部屋に響き渡る。

 ジェーンとアバンはその女性士官に圧倒され、静かになった。

 「レっ、レナ教官…。」

 その姿を見たジェーンはやや後ろに下がるようにしながら、身を縮こませる。

 レナ・イメリア。

 北米カリフォルニア士官学校の教官である。階級章をみると中尉であることがわかる。彼女は、コーディネイター並の反射神経を持ち、ナチュラル用OSのサポートがなくてもMSを自在に乗れることができるナチュラルの数少ないパイロットである。連合のモビルスーツパイロットの教官を務め、ヘリオポリスで戦死したGAT-Xシリーズの本来のパイロットたちの教官でもあった。

 「いったい何をしているの、ジェーン?」

 「えっ…と、このガキが…。というか、本当に傭兵なんですか?」

 ジェーンはたじろぎながらレナに返す。

 「またガキって言ったっ!ガキって言うやつはガキなんだぞ!」

 「なにをー!」

 「いい加減にしなさいっ!」

 再燃したジェーンとアバンの口論にレナは割って入る。ふたたび2人は黙る。

 「いいのか、中佐?」

 「こういうことはイメリア中尉の方が慣れていますよ。それにシュバリエ大尉、これ以上私の負担を増やさないでください。」

 これらの様子を眺めているだけでいたアスベルの本心が垣間見れた言葉であった。

 一方、レナは溜息をつきながら、ジェーンに向く。

 「ジェーン…、この子は紛れもなく依頼した傭兵よ。あなたがなんと言おうと、私たちは彼に依頼を頼むわ。」

 「でも…。」

 「先方は、それを見越して彼を寄越したのよ。人は見掛けでは判断できない。…そうでしょ?」

 「…はい、レナ教官。」

 ジェーンはなおも釈然としない顔であったが、己の教官にこうまで言われれば何も言うことは出来ない。

 そしてレナは、今度はアバンの方をむいた。

 「あなたもよっ。アバン・ウェドリィ。」

 「えっ!?」

 自分も叱られると思ってなかったアバンはたじろいだ。

 「いや、俺は…別に。ここの人間じゃないし…。」

 小さい声でもぞもぞと言い訳をした。

 「では、あなたは何しにここに来たの?」

 「あなたは私たちからの依頼を受けてここに来たのでしょ?それは、あなたが それを、まったく関係のない事で、その信頼を崩すことになるのよ。」

 ただ叱るのではなく、諭させる言い方にアバンもおとなしくうなずくしかなかった。

 「あと…オバさん(・・・・)と言うのも考えた方がいいわよっ。わかった?」

 「はっ、はい!」

 なぜ『オバさん』という単語だけ語気が強かったのか、アバンにはわからなかったが、彼女の気迫に押され、ただ頷くことしか出来なかった。

 「そりゃ…、ジェーンがそう言われたらレナ教官も…。」

 「エドワード・ハレルソン少尉。言いたいことがあるのであれば、どうぞ面と向かって、はっきりと言えばよろしいのでは?」

 「いっ!?」

 まさかエドも自分がこっそりと口に出した言葉がレナに聞こえていたとは思っていなかったので、これをどう切り抜ければいいか左右を見渡した。

 しかし、モーガンは呆れ返っている様子だし、エンリキは頭を抱えている。誰かに助け舟を出してもらえそうになく、逃げ切れるような雰囲気でもなく、エドはうろたえるばかりであった。

 

 

 

 

 

 「まったく…、なんでこんなことになるんだか…。」

 ジェーンは溜息とついた。手にはバケツとブラシを持っている。

 「それは、俺のセリフだ~。俺、軍人じゃないのに…。」

 ホースと同じくブラシを持っているアバンも不満気な顔だった。

 「え~、2人さん…。それは、俺も納得できないんですけど…。なんか、俺だけ置いてけぼり?」

 その後ろからエドワードも掃除道具を持ってついてくるが、どこか小さくなっていた。ジェーンとアバンは同時にエドワードの方へ向いた。

 「だいたい、誰のせいでこうなったと?ハレルソン少尉があんなふうに言うからこうなったんでしょう?」

 「ほんとだ。せっかくあれで収まっていたのに…。」

 彼ら3人はあの後、レナから居残り掃除を命じられてしまった。それもこれもエドのあの余計な一言(・・・・・・・)が原因だ。

 しかし、今さら文句を言っても仕方なく、3人は掃除に取り掛かり始めた。

 「まったく…本当だったら今頃モビルスーツに乗っていたのに…。というか、俺がここに来た意味…。」

 今回の任務で、モビルスーツが乗れると聞いて喜んで来たのに、その肝心のモビルスーツに乗れてない。しかも居残り掃除だ。

 「なあ、もしかして南米出身か?」

 すると、エドに声をかけられた。

 「え?そうだけど…。」

 「やっぱり…。言葉がそっちの方ぽかったからなっ。かくいう俺も南米なんだぜ。」

 「マジか!ええっと…。」

 「エドワード・ハレルソンだ、エドでいい。よろしくなっ。」

 「俺は、アバンだ。」

 こんなところで同郷出身の人間に会うとは思いもしらなかった。と言っても、南アメリカも地球連合なんだからいるといればいるだろうが…。

 アバンは思わず心が弾んだ。

 「あと、そっちの少尉さんもエドでいいぜ。あんまり堅苦しい呼び方だと肩凝っちまうしな…。」

 「けど…。」

 ジェーンは少々戸惑った。いくら本人がいいと言っても、向こうの方が階級は上だ。しかも、ここは軍隊。規則はしっかりとしなければいけない。

 「気にするなって。これから同じパイロットなんだ。階級も所属も関係ない。…そうだろう?」

 エドの理屈にもならない言い分にジェーンは思わず吹き出しかけた。それを隠すように、ジェーンはわざっとぽく言い返した。

 「まあ…少尉がいいのであれば、今後そう呼びますけど…もしかして、それって口説いてるのかしら?」

 「ジェーンが口説かれるってありえね~。」

 アバンがジェーンの言葉にからかった。それを聞いたジェーンはアバンの方に向き、ブラシを両手に上げ、向かって行った。

 「言ったわねー!」

 「うぉーっ!?」

 「はははっ!」

 驚いたアバンはそれから逃げるように駆けまわり、ジェーンも追いかける。それを見ていたエドはこの2人はこんなことをし続けて、よく飽きないものだと半ば感心しながら大声で笑った。

 

 

 

 

 

 夜になり、基地も当直の者以外は休みに入っているため、静かであった。アバンはこっそり部屋を抜け出していた。

 「明日まで待てねえって。」

 明日から本格的にモビルスーツに乗れるとオーティスから言われたが、アバンはすでに待ちきれなかった。実機には乗れなくとも、せめてシミュレーターで乗る気分ぐらいは味わえるだろうと、忍びこもうとしていた。

 「あれ?」

 いざ、シミュレーター室までやってきたはいいが、部屋に灯りがついていた。

 こんな時間にだれがいるんだ?

 アバンは不思議に思いこっそり覗き込んだ。そこに1人の若い士官が部屋にいた。制帽の下から見える黄土色の髪の毛、ここからでは横からしか見えないが、おそらく今日あったエドたち、その中で最年少のジェーンよりも若そうな顔つきであった。どうやら、彼もシミュレーターにいそしんでいるようだった。

 「ん?」

 若い士官はアバンに気付いたのか、ドアの方に視線を移した。アバンはとっさに隠れたが、遅かった。

 「君も…これをしに来たのかい?」

 若い士官に声をかけられ、観念したアバンは部屋に入って来た。

 「ええ、そうっす。」

 「そうか。でも、見かけない顔だし…軍服着てないし…。もしかして、今日来るって言っていた傭兵かな?」

 「はい…。アバン・ウェドリィッス。」

 「そうか…。僕はセドリック、よろしくね。」

 セドリックと名乗った士官の態度にアバンは意外の念に打たれた。セドリックはそんなアバンの様子に気付いたのか、首をかしげた。

 「…どうしたんだい?」

 「いや…、さっき会った人たちは俺の事、ガキだとか馬鹿にするけど、なんか兄ちゃんにはないんだなって…。」

 アバンの言葉に思わずセドリックは笑った。

 「はははっ。僕も、ここじゃまだひよっこだからね…。自分より年下が来たからって急に偉くなれるわけじゃないさ。」

 「へえ~。」

 アバンはこの若い士官に好感を持った。軍人というのは、なんか堅苦しくて、偉そうにしているようなイメージがあったが、エドといいセドリックといい、気さくな人もいるのだなと、印象を改めた。

 「それよりも…どうしてここに来たんだい?ここは本来許可ないと…。」

 セドリックは思い出したように尋ねるが、アバンはギョッした。

 「あっ…いや…。あっ、明日からの実機乗るの、待てないし…。ここでちゃんとできれば、ガツンと他の大人たちに見せつけれるかなって…。」

 よい言い訳も思いつかず、この人であれば本当のことを言ってもいいかなと思ったアバンは、言葉に詰まりながらも返答する。

 「本当は、いけないけど…。1回だけだよ。」

 それを見ていたセドリックは苦笑いしつつも、彼にシミュレーターをすすめた。怒られるかもしれないと覚悟していたアバンは思わず顔を破顔させる。

 「えっ、いいのか!?」

 「ああ。」

 アバンは嬉しそうにシミュレーターに収まった。

 

 

 

 「いやぁ、やったやったっ。」

 アバンは満足そうにシミュレーターから出てきた。たった1回であったにしろ、とても大きなものに感じた。

 「本当にアリガトな、セドリック少尉。」

 アバンは改めてセドリックに礼を述べた。

 「いや、気にしなくていいよ。」

 「けど、なんでこんな時間にわざわざシミュレーターをしているんだ?昼間でもしているんじゃないのか?」

 ふとアバンは思い出したように尋ねた。

 「まあ…、そうだけどね。上達したいのなら、強くなりたいなら人よりももっとやらないと、って…。『努力は裏切らない』ってある人の言葉でね…。」

 「へ~。セドリックはその人のこと尊敬してるんだな。」

 「ああ…。僕が軍に入ったのも…いろいろ理由あるけど、その人の背中を追いかけたかったっていうのが一番の理由かな。」

 「その人、すげえ人だったのか?」

 「ああ。とても偉大で、反抗したくても反抗するのがむなしく感じてしまうぐらい…かな?」

 「そうなんだ…。」

 するとどこからかの時計の音が鳴った。それに気付いたアバンは慌て始めた。

 「やべっ、もう戻らないとバレたらマズイ…。セドリックっ、ありがとう。」

 アバンは大慌てで、部屋に戻っていった。

 まるで一陣の風だな…。

 セドリックは思わず彼の印象を風に例えてしまった。

 「強くなりたい、か…。」

 セドリック先ほどの言葉を反芻した。

 ‐自分も、連れて行ってくださいっ。自分はMAの訓練プログラムも受けています。‐

 あの時のことがよみがえる。

 だが、それはあっさりと断られてしまった。

 ‐貴官にはこのG計画を軌道に乗せるための重要な任務を課せられているのをわかっていはずだ。それを途中で放り投げるのが貴官の信条かっ。‐

 最後に見た背中姿が今もよみがえる。

 ‐しかしっ…‐

 必死に反論しようにも、言葉が出ずにつまる。思えば、この人は、常にそうであった。自分が軍に入った時から、公私をわけ隔てていた。家に帰れば、父親として接してくれるその人は互いに軍服を身に纏えば、准将と少尉の関係となる。今も、これは上官として自分に言っているのだ。

 だからこそ、歯がゆい。

 ‐…自分のやるべきことを、やるのだ。そうすれば、いつか道は開ける。‐

 その人は静かに言う。

 それが、自分が最後に見た父親の背中姿だった。

 ときにここで過ごす時間がとても虚しく感じてしまうときがある。自分の知る者が多く死んでいった。なのに、自分は何もしていないのではないのか、と。無意味に過ごしているんではないのか、と。

 1人残ったシミュレーター室でセドリックは佇んだ。

 

 

 

 

 

 

―C.E.71年 3月中旬―

 

 

 2機のストライクダガーが演習用のサーベルと盾を持ち、相対していた。

 「いつでもいいぜっ。」

 アバンは意気揚々と告げる。

 (自信ありげだな。ここは先輩として見せつけてやるか)

 対するエドも不敵に返した。

 そして、演習スタートの合図に両社は互いにサーベルを振り下ろした。

 「ったく、エドのやつ…。相変わらず格闘戦が好きだな。あいつの射撃の成績ってどうなんだ?」

 アバンとエドの模擬戦を見ながらモーガンが呆れながらにレナに尋ねた。

 「中の下、といった感じですね。」

 「射撃で牽制、あるいは撃墜する。格闘戦に持ち込むのは最終手段っていっているのになぁ…。」

 「現在、格闘戦に特化した機体もあるから、その内彼にテストパイロットにさせるのはどうか?」

 アスベルが苦笑しながら、レナとモーガンに言った。

 「まあ、それは彼の成績次第ですな。」

 

 

 

 「だはーっ。結局、今日もエドに有効打を与えることができなかったー。」

 演習を終えたアバンは、ゴロンとそのまま地面に寝っころがった。

 「そりゃ、俺だってちゃんと訓練しているんだ。簡単に負けたくはないさ。」

 エドは笑いながらドリンクを飲む。

 「けど、途中途中俺がしたい動きができなかったけど…、あれ、なんでだ?」

 「それはだな~、えっと…。」

 「それは、OSのパターンに入ってないからだろう。」

 エドが答えに窮していると、別の所から答えがきた。

 「エンリキ大尉。」

 声をした方を振り返ったエドは笑みを浮かべた。

 「OSのパターン…ってなんだそりゃ?」

 アバンはエンリキの答えに意味がわかってなかった。エンリキがそれをくわしく説明を始めた。

 「量産機に載せているOSは、ヘリオポリスで開発したMSの戦闘データを基にしているんだ。もともとMSは複雑でそれを兵器として操縦するのは、一般的なナチュラルでは難しくてね…。そこで、各種戦闘状況下でモビルスーツがどう対応するか…、それをある程度パターン化してモビルスーツ自身に対応させるようにしたのさ。それが、今君たちが乗っているストライクダガーのOSさ。」

 「へ~、知らなかった。」

 アバンが感心しながら頷く。

 「というか、そのOSをさらに発展させるために傭兵に依頼したのに…君は聞かされていなかったのか?」

 「えっ、そうなの!?俺は、『モビルスーツに乗れるぞ』って言われたから、よっしゃーと思って来たんだが…。というか、なんで俺がモビルスーツに乗ることとOSの発展が関係するんだ?」

 アバンに質問され、エンリキは答えるべきか悩んだ。答えることによって、これ以降アバンが意識して動かせば、せっかく依頼したことが達成できなくなりそうであったからだ。

 たしかに、状況をある程度パターン化して、対応することによってナチュラルでも兵器として流動的にMSを動かせることができるようになった。

 しかし、戦場はおよそ人が読めない不測の事態が起こる場所。マニュアルに沿った行動では対応でないことなど何度も遭遇する。また、このようなOSを搭載できたのも量産性と操作性を重点に置いた性能をおさえたストライクダガーだからこそできたものだ。敵も次々と新型を、より性能のいい機体を投入してくるのに対処するにはこちらも性能のよい機体でなければいけない。そのためにも、OSのさらなる改良が見込まれているのだ。実際、ダガーより上位機種および単一コンセプトに特化した1ランク上の機体と渡り合えるモビルスーツを開発の計画が為されている。そこで考えられたのが、『軍という組織の外部』で、戦いのスタイルの『型にはまっていない』人間にMSを動かしてもらおうと考えた。

 それが、アバンの受けた依頼の内容であった。ただ、本人自身は知らなかったようだが…。

 「まあ、そんなこといいじゃないか?これで、地球軍のモビルスーツの発展に寄与したって、一躍有名になるんだぜ?」

 「おー、そうすれば仕事もこのあとがっぽり入るか~!」

 エドの言葉にアバンはすっかりその気になり、さきほどの疑念などすでにどこかに飛び去っていた。

 と、そこへアバンとエドのお腹が同時に鳴った。それを聞いたエンリキは思わず吹き出した。

 「じゃあ、昼でも食べるか?」

 「「よっしゃーっ!」」

 エンリキの言葉にエドとアバンははしゃいだ。

 

 

 

 食堂では、パイロット用の食事が用意されていた。調理師からポンと乗っけられた料理に、さきほどの歓喜はどこへやら、エドとアバンはげんなりといった表情だった。

 「なんか…、飯を食べるっていうのはいいけど…、もっとパアっとしたものを食べたいぜ。」

 アバンは溜息をもらしながら、トレーをテーブルに置く。

 「それは、俺も思おう、毎度、毎度。ハンバーガとかないのか?後で買ってくるか。」

 「一応、バランスを考えれた食事なんだから、ちゃんと食べるんだ。」

 「ちぇ…。」

 エンリキに窘められたエドは渋々といった表情で、食事に手を付ける。

 すると別の場所から揶揄するような声が聞こえてきた。

 「おうおう、いいね~。モビルスーツ(・・・・・・)パイロット達は…。そんなにも良い食事が摂れて…。」

 見ると、ここの基地に所属している大西洋連邦の兵士たちであった。

 「なんだぁ?あいつら…。」

 「ほっとけ…いつものヤツさ。」

 アバンは向こうの兵士がまるでこちらを揶揄するような言い方に不機嫌になりかけるがエンリキに制される。

 「いつもって?」

 「いいから食べろ。さびしいめしの前でする話じゃない。」

 エドも顔をしかめ食べ始める。アバンはなんで2人がそんな風にしているのかわからなかった。その間にも向こうの兵士たちからエンリキたちをバカにするような話をこちらにわざと聞こえるように大声で話していた。

 「士官だったら、たとえ南アメリカの軍人でも食べれるなんてまぁ…。」

 「ホントだぜ。実戦で役に立つのかも分からないやつらに。」

 「まったくだぜ、あの時(・・・)とんだ腑抜けっぷりを思い出すと笑っちまうぜ。」

 「なんなんだよ、さっきから…。別に、お前たちの話なんか聞きたくないってェの。」

 「アバン…。」

 「いいから黙っとけ。こっちから言えば、向こうの思うつぼだ。」

 「さっきからエドもエンリキ大尉も何なんだよ。あんなにバカにされて腹立つじゃないか?」

 「なんだ~。そこのガキんちょ、南米の人間なのに知らないのか?」

 兵士の1人が話し始めた。

 「教えてやるぜ。バカな南アフリカの首脳たちはは開戦直後、宇宙人の味方しようとしたんだぜ。んで、俺たちがそれから解放(・・)するために行ったら、なんと一戦も交えることなく終わっちまったんだぜ。俺たちの兵力みて、ビビって逃げちまったんだよ。はははっ。」

 「はははっ、ケッサクだぜ~!」

 彼の取り巻きも笑い出す。

 「まあ、こんだけ言われても何もしないんじゃぁ、まさしくってか?」

 「ホント南アメリカの兵の質の程度がわかるぜ。」

 大西洋連邦の兵士たちはなおもバカにした言い方をしながら食事に手を付け始める。すると、先頭切って2人をバカにしていた兵士の向かいに座っている男がなにか視界に入ったのか、驚いた声をあげた。

 「おいっ。」

 「ん?…!?」

 向かいの男の様子がおかしく尋ねようとしたが、その前に、視界に何か頭上に叩きつけられ、視界にはいろいろな食べ物が自分の頭から垂れ下がっているのが映った。

 「どうよっ。パイロット用のメシは?口に合ったか?」

 後ろでは、アバンがしてやったりの顔で立っていた。彼らの話に堪忍袋の緒が切れ、自分の食事のトレーを持ってきて、兵士の1人の頭に思いっきり落としたのであった。

 「なっ…。このガキが!?」

 もちろん相手も黙ってはいない。彼らはアバンに殴りかかって来た。対するアバンも彼らに殴り返す。

 「おいっ、アバンっ!」

 エンリキは止めようと声を上げるが、無駄だった。すると、エドもまた立ち上がり、アバンの方へ向かう。しかし、彼は仲裁に入ったわけでなく、アバンに殴りかかろうとした兵士を逆に殴ったのであった。

 「おい、エドまで!?」

 「大尉!さすがに俺も我慢の限界だっ!」

 そうしてエドも喧嘩に加わってしまった。

 「おまえたち…いい加減にしろっ。」

 エンリキが彼らを止めようと割って入ったが、大西洋連邦の兵士の拳が顔面に食らった。エンリキはそちらの方をみると、兵士はかかってこいとばかりに挑発していた。

 エンリキもまた今までずっと我慢していたのが限界だったのか、思いっきり兵士の顔に右ストレートを浴びせた。

 「ちょっと、なにやっての!?」

 ジェーンが食堂に入って来て、乱闘騒ぎに驚いた声を上げたが、どうすることもできなかった。

 

 

 

 「ったく、また居残り掃除かよ…。」

 「なんか、無限ループになって来た。」

 アバンとエドは腫れた顔を渋らせていた。

 「ちょっと、今回私は関係ないのよっ。なのに、監督やれって…。エンリキ大尉も…。」

 それに対し、一番反発したのはジェーンだった。たまたま、乱闘騒ぎの場に食堂にやって来て、たまたまそのことの報告を行った結果、彼らの居残り掃除の監督(主にさぼらないように監視だが)をやるハメになってしまった。

 「すまないな、ヒューストン少尉。」

 エンリキも申し訳ない顔をしていた。

 「だいたい…なんでアバンが喧嘩ふっかけるのよ。エドや大尉ならともかく…。」

 ジェーンは呆れ顔でアバンを見る。

 「だってよ~。あんなにバカにされて腹が立つじゃねえか…。エドとエンリキ大尉、一生懸命やっているのに…。」

 アバンはふてくされた顔をする。

 「はぁ…。まあ、とっとと終わらせますか?」

 「ああ、そうだな。」

 3人はさっそく掃除に取り掛かった。

 途中、アバンは何かを思い出したのか、掃除の手を止め、エンリキに向き直った。

 「そうだ、エンリキ大尉。これ…たぶん大尉のじゃないか?」

 アバンはポケットから取り出し、エンリキに差し出す。

 「さっきの乱闘中に落ちてきたから…。」

 それは写真であった。3人の人物、エンリキと女性の人、そして小さな男の子が写っていた。

 「ああ、そうだ…。よかった、どっかに落としてしまったと思っていたんだ。とても大事なモノでな…、ありがとう。」

 エンリキはアバンから写真を受け取った。

 「うぉっ、美人さん…しかも小さな男の子もいる。」

 エドが顔を覗かせ写真を見る。

 「ご家族ですか?」

 同じく覗いたジェーンが尋ねた。

 「ああ、そうだ。…妻と息子だ。」

 そのことに一番驚いた顔をしたのはエドであった。

 「えーっ!?エンリキ大尉、結婚していたんです!?しかも、子どもまで…。」

 「エド、初めて知ったのか?」

 「まあ、あんまり聞かれなかったからな…。」

 少々、照れながらエンリキは話す。

 「でも…ご家族は南米の方に居るのでしょう?なかなか大変じゃないですか?」

 「まあ…な。遠くに、いるからな。」

 ジェーンの問いにエンリキはどこか寂しげな、そして曇らせた表情で話した。

 

 

 

 

 

―その次の日―

 

 

 「エンリキ大尉、ハレルソン少尉、ここにいましたか。」

 いつものようにMSの訓練をし、休憩中のところにアスベルがやってきた。

 「デトロイドから発注した品が来たので、2人にさっそくみてもらいたいのですが…。」

 「おっ、来ましたか。」

 エンリキは笑みをこぼした。

 「何が来たんだ?」

 事情を知らないアバンはエドに尋ねた。

 「戦闘機に変形できるMSが開発されてね。そのテストパイロットを元戦闘機乗りの俺たちが任されたのさ。」

 「へ~。」

 「まあ俺としたら、『可変モビルスーツ』なんて名称より、翼とエンジン、コクピットがついていたら戦闘機だと思っているがな。」

 4人は早速、格納庫へ向かった。

 

 

 

 「なっ、なっ、なっ…なんじゃ、こりゃー!」

それを見て、エドは驚きの声を上げた。それはアーロンもアスベルも同じ思いだった。みんな開いた口が塞がらず、呆然とするしかなかった。

 「おー!確かにエドの言う通り、どう見ても戦闘機だな…。これ、どうやってモビルスーツになるんだ?」

 アバンは不思議そうにそれ(・・)を眺めた。

 それ(・・)は戦闘機であった。砂漠で見たスカイグラスパーやGコンドルに似ているが、それより一回り大きい。そして、主翼が2枚ある複葉機。そして上の翼の下部に機関砲、ミサイルが装備できそうになっている。さらに特徴的なのは、Gコンドルではロングライフルがホールドされていたが、こっちは機体上部に2門ビーム砲が備わっている。

 「いや…、違う。これは戦闘機だ。やはり、俺の…。」

 「待てっ!落ち着け、エド。これは俺たちが設計図のデータで見たものと明らか様に違っているぞっ。おまえのその仮説はまだ証明されてない。」

 そんなやりとりをしている間に、この機体の機付整備士らしき技術者を見つけたアスベルはけしかけ整備士の襟首をつかんだ。

 「これは、一体どういうことかっ!?」

 その鬼気迫る表情に整備士は思わず尻込みした。

 「こっちはMSを要求したのだが…?なぜ戦闘機なんだ?」

 「きゅ…急を要する事情があって、こうなったのです?」

 整備士はたじろぎながら戦闘機の方に目をむけ、説明を始める。

 「これは、FX-650 スカイコンカラー。FX-550 スカイグラスパーはGAT-105 ストライクの戦術支援用として開発された戦闘機だということはご存じのはずです。ゆえに、その火力はストライカーパックの兵装に依存することになります。しかし、ストライカーパックはストライクの換装に使われてしまいますので、そうなれば火力は落ちます。そこで、戦闘機事態にMSなみの火力を持たせたのが、この戦闘機です。」

 「機体の説明はわかった。なぜ、これがここに送られてきたのだ?急な事情なんて聞いていないぞ?」

 「私どもには、詳しく伝えられてこなかったです。…ただ、うわさだと軍需産業の要請があって、GAT-333をベースとした先行製造機を開発するとか…。」

 「軍需産業…。」

 アスベルはそこで、いったい誰が噛んでいるのか、察した。

 「とっ…とにかく、我々は上からの命令に従っただけです。我々がすることは機体の搬送・整備です。それ以上のことを言われても何もできません。」

 整備士は自分たちに非はないことを主張し続けた。

 「とりあえず、GAT-333に採用予定の機能は出来る範囲で搭載されています。例えば、1号機の方に、無線コントロールでサブフライトシステムとしての運用もできます。あとは…。」

 整備士は送られてきた機体が違うことについてはこれで打ち切りとばかりに機体の特徴の説明を始めた。アスベルはその話を聞いているのか聞いていないのかわからないが、しばし考え込んだ後、溜息をつき、エンリキたちに向き直った。

 「エンリキ大尉、ハレルソン少尉…すまないが、コレのテストパイロットを引き受けてもらえないだろうか?今進めているOSの改良と合わせれば、きっとGAT-333の方も設計データよりよいものができるであろう。」

 「異存ありません。」

 「乗れれば何でもいいっスよ。」

 そもそも本来テストする予定だった機体ができていないのだし、とりあえずあるものでやっていくしかなかった。

 

 

 

 

 

―C.E.71年 3月下旬―

 

 

 「ダメだ…。調子が悪い…。」

 アバンはかれこれ小1時間、音楽プレイヤーと面と向かっていた。エドから「いい曲がある」と教えてもらったはいいが、いかんせん手持ちのプライヤーは年季がはいっており、こうやって再生するも途中途中おかしくなっていた。

 「ええい、動けっ。」

 廊下を歩きながら、一生懸命機械を叩き、直そうとしていると、ちょうど通路の角を曲がったところで人とぶつかってしまった。

 「いててっ…。」

 「すまない…。どうやら、私も不注意だったようだ。」

 その落ち着いた声に、ここで会ったことの人ではなく、アバンは驚いた。一方の男性もそうだった。

 「君は…軍の人間ではなさそうだね?」

 「まあ、そうですけど…あっー!」

 アバンは思い出したようにあたりの床を見まわし、近くに落っこっている音楽プレイヤーに駆け寄る、一生懸命ボタンを押すが、落としたショックのためか動かなくなってしまった。

 

 

 

 「そうか…。君が傭兵だったのか。」

 「ああ。おっさんも軍人なのか?なんかそうはみえない雰囲気だが…。えっと…。」

 「まだ名乗ってなかったね、ジャン・キャリーだ。」

 「俺は、アバン。アバン・ウェドリィ。でも、パイロット候補生が集まっていたとき、見かけなかったけど…。」

 彼らは収容されているモビルスーツを除ける休憩所に移動し、ぶつかって壊れたお詫びとしてジャンに動かなくなった音楽プレイヤーを直してもらっていた。

 「ああ。私は、ここの配属の者ではないのでね。ここには、機体を受領しに来たのさ。」

 そこに視線を移すと、ストライクダガーや105ダガーに似ているようで違う形状のモビルスーツがいた。

 「GAT-01D ロングダガー。GAT-01の上位機種にあたる機体さ。」

 「俺も乗って見てー。まだ行かないなら試しに乗ってもいいか?」

 アバンは目を輝かせせがむが。ジャンは苦笑した。

 「うーん、難しいだろうな。ストライクダガーは生産性とパイロットに合わせてナチュラル用のOSも低く抑えられているんだ。それに対し、この機体は量産機の機体性能を活かすことを主目的としていて、かつ今後ナチュラルでもそのぐらいの性能を扱えるように試験的な意味も含めて開発されたものでね…。」

 「へー、ということはジャンはコーディネイターなんだ。」

 アバンが普通にコーディネイターと口にしたことに、ジャンは修理の手を動かしながら苦笑した。

 「まあ、そういうことだね。…ナチュラルの地球連合にコーディネイターがいるのは、変わっているかい?」

 「うーん…たまたま居合わせて友だちを守りたいからっていう理由で、地球軍に入っているコーディネイターもいるし…。いてもいいじゃないのか。ジャンもそれなりに理由があっているんだろう?」

 アバンのあっけらかんとした答えにジャンは笑みをこぼした。

 「…君は、面白い子だね。」

 「そうか?」

 「君ぐらいの年頃は、互いが互いに見たこともないからね。人から聞いた話のイメージで印象を持つ者が多いんだよ。つまり…なんというか、コーディネイターは自然に逆らった存在とか…、彼らは地球を穢そうとしているとか…。バケモノみたい、とか?」

 「ふ~ん、そうなんだ…。」

 アバンとしてはむしろそっちの方がイメージしにくかった。一応、コーディネイターとは何なのかとかは話には聞いていたが、実際初めてヒロに会ったとき、ヒロがコーディネイターだって知った時、どう思ったっけ?

 ふと、考えてみると、『コーディネイター』っていう言葉がなんとなくカッコよく思えって、すっげーとかしか思わなかったような…。

 というか、あんな風にボケっとしていてフラフラと危なっかしくて、大人しくて、しかもあんな大自然の範囲で本人の遊び場と見ていると、嘘だろうと思ってしまう。

 「いや…あまり深く考えなくてもいいんだよ?」

 ずっと悶々と考え込んでいるアバンにジャンは心配の声をかけるが、アバンの顔は悩みすぎるというより、ずっと疑問符が浮かんでいるようであった。

 

 「キャリー少尉、まだカリフォルニアにいらしたのですか?」

 すると、廊下よりレナがいた。その言葉の口調から、まるでジャンがここにいることが不愉快な風に思えた。

 「これは…イメリア中尉。」

 それに対し、ジャンはどこかアタフタした様子だった。

 「まだパナマの部隊にお戻りにならないのですか?」

 レナは入って来て、ジャンを咎める。

 「ああ…、そうですが…しかし…。」

 ジャンはそれまでのが嘘のようにしどろもどろになっていた。

 「いつザフトが攻めてくるか、わからないのですよ?」

 「そっ…そうですな。では、すぐに戻ります。」

 ジャンは彼女に対し、何も言い訳をせず、急いでこの場から去ろうとした。この状況に驚いたのはアバンであった。

 「待ってくれよ、レナ教官っ!」

 アバンがレナの前にやってきた。

 「まだジャンのおっさんがいてくれなきゃ困るんだ。おっさんがいてくれないと、コレが直んねえんだよ…。」

 アバンの切実な訴えに、レナは詰まり、しばらくして息をはいた。

 「…わかりました。キャリー少尉、ソレを直すまでもよろしいです。」

 そう言い、レナはその場を去った。彼女を去ったのを見届けたジャンは、それまで張りつめていたものを吐き出すように大きく息をついた。

 「はぁ~、なんか君に何度も助けられてるな?」

 「いや、俺が困るし…。それよりレナ教官どうしたんだ?なんというか…。」

 なにか今まで見たことがない目でジャンを見ていた。まるで憎んでいるような…。

 「彼女は…コーディネイターを憎んでいるのさ。」

 

 

 

 レナは戻る途中、通路で立ち止まり大きく息を吐いた。

 「わざわざ一触即発の事態にしなくてもよかったのに…。」

 後ろからアスベルに声をかけられ、振り返った。

 「ウォーデン中佐…。」

 「すまないね、彼が来ることを前もって言っておけばよかったな。」

 「…そこまで気を使わなくてもよろしいのに…。」

 「アクの強い部下たちを持つと、自然と身についてしまうのだよ。」

 アスベルはその者たちを思い浮かべながら、笑いながら言う。レナも一体どの人たちをいっているのかわかり、つられて微笑む。

 「ついこの前、ヒューストン少尉が嘆いていてね…。『レナ教官はアバンに対して、何か甘い気がする』って。」

 「そう…見えますか?」

 レナとしては彼もここで訓練プログラミングを受けている以上、傭兵であっても教教え子だ。誰かを特別扱いにするつもりはない。

 「ふむ…私としては初め傭兵に依頼することに中尉はあまりいい顔をしていなかったと思うが…。」

 「それは…、嫌いな傭兵がいますので…。」

 そうだ…。そのためあまり傭兵は好きではない。にもかかわらず、アバンが傭兵だ問うことを時々忘れてしまう。やはりどこかで彼を重ねているのかもしれない。

 「…()のことかね?」

 アスベルはたった今、彼女が思っていた重ねた人のことを言い当てた。

 

 

 

 「レナ教官が…コーディネイターを、憎んでいる?」

 アバンは戸惑いの表情を見せた。するとおもむろにジャンは口を開いた。

 「過去にプラントから来たコーディネイターが起こしたテロによって弟さんを失ってね…。頬から首筋に見える火傷痕はその時の傷だとのことだ。」

 思いがけずに知ったレナの過去にアバンは呆然と聞いていた。

 「ここにはそういう思いも持った者たちが多くいる。ジェーン・ヒューストン少尉…、彼女もザフトによって自分の所属していた艦隊は彼女1人を残し、全滅した。彼女はその艦隊を打ち破ったザフトの指揮官、マルコ・モラシムに復讐を誓っている。そのマルコ・モラシムはユニウスセブンで家族を失い、ナチュラルを憎んでいる。」

 ジャンは静かに続けた。

 「…戦争とはそういうもの(・・・・・・)なのだ。思想に関わらず、撃つということは誰かを死なせ、誰かを憎しみに駆り立て、その者に銃をとらせる。そして、また誰かを撃つ。…私は、そんな戦争による憎しみ合いの連鎖を止めるために連合軍に加わったのだ。しかし、軍の上官からは同胞だからわざと殺さないでいる、同胞からは裏切り者と罵られる…。我ながら、『ジョーカー』…道化師みたいな存在だよ。」

 ジャンは少々、自嘲めいた口調で話を終わらせた。

 「でも…、」

 そこへふとアバンが口を開く。

 「ジャンは真剣に、自分で考えてその連鎖を止めたいって思ったんだろう?俺はいいと思うな。それを笑うヤツがいたら、言ってくれ。俺がなぐってやる。」

 「はははっ。…本当に面白い子だ、君は。」

 アバンの真っ直ぐな姿勢にジャンは笑みを浮かべた。

 その後、ジャンは音楽プレイヤーを修理した後、カリフォルニア基地からパナマへと戻っていった。

 

 

 

 

 

―C.E.71年 4月1日―

 

 

 「へ~、これは意外だったな…。」

 数日が経ち。ジェーンが冷やかし半分でアバンの様子を見に来ていた。

 ちょうど、レナとの演習訓練を行っている最中だった。

 「レナ教官がいくら手加減しているとはいえ…正直あそこまで乗れるとは思わなかったな…。」

 「これまで、ずっと俺たちの訓練プログラムに必死に食らいついてきたからな…。」

 エドはしみじみと見ていた。

 「でも…こういうこともいうのもなんだけど…あいつには無茶を死んでほしくはないな。」

 ジェーンが不思議そうな顔をしているのに気付いたエドは付け足すように言った。

 「俺は、何度も死にかけたことがあるからな…。だから、死を見るのはそれが自分でも他人でも嫌なのさ。」

 その言葉を聞き、ジェーンは少し黙ったが、ややあって笑みをこぼした。

 「少尉のことも少しは印象が変わったかも…。もう少し軽薄なヤツだとは思っていたわ。」

「そうか?そう見えるものか?」

 「というより、戦闘機のパイロットってみんなそんな感じがするわ。」

 エドは声を上げて笑った。

 「まあ、俺がこう気楽でいられるのも、自由にできるのも大尉のおかげだからな…。戦闘機時代から俺のことを評価してくれたのは、大尉だけだ。」

 エドはその時の出来事に思いを馳せた。

 「俺は、戦闘機での上官からの評価は、まったくもって最悪…。別に俺の技量が、ではない。むしろ、俺は誰よりも操縦が一番だと思っている。だが、集団戦闘っていうのは、みんなが力を合わせ、平均的に力量を合わせなきゃいけない…。」

 「自分が一番ね~。自信たっぷりに言うね…。」

 「もちろんだ。だが、大尉はその時、俺にこう言ってくれたんだ。『エド、飛行機乗りって言うのは空の上では自分こそ王様だと思わなくてはいけない。だからこそ先駆者たちはだからこそ遠くにそして高く飛行機を飛ばそうと夢見た。鷲もどうだ?彼らは空の王者ゆえに、雄々しく美しくのではないか。』ってな。俺も、そうだと思っている。」

 エドは空を見上げた。どこまでも青く、そしてとてつもなく広い空。

 「戦闘機に乗って空を飛ぶ感覚…、本当に、あれは最高なんだぜっ。戦闘機を通して体に風を感じるような…、重力のしがらみに逆らって飛ぶのは、なんか地上にあるしがらみとかいろいろなものが取り払われて、自由になるというか…そんな風に感じるんだ。」

 エドが『空を飛ぶ』という魅力を、目を輝かせながら、まるで子供のように話す姿にジェーンは微笑みながら聞いていた。

 「ねえ…ついでに、もう一個…質問してもいいかな?」

 ジェーンは彼にどうしても聞いてみたかったことを、口に出すかどうかずっと迷っていた思いを言葉に乗せた。

 

 

 

 

 

―その日の夜、未明―

 

 

 

 軍の施設も当直で起きている人以外は寝ていて静かだった。

 そんな中、エンリキは1人、ある場所に向かっていた。そこにはスカイコンカラーとストライクダガーが置かれている格納庫であった。当直の整備士が作業をしていた。

 「あれ…お疲れ様です。」

 彼はエンリキが来たことに驚きながらも挨拶をする。

 「こんな夜遅くまでご苦労さま。」

 エンリキは整備士の近くまでやって来た。

 「いえ…こここそが自分たちにとっての戦場だと思っているので…。」

 そう言いながらスカイコンカラーを見上げる。

 「だいぶ、テストも順調だとか…。GAT-333の開発に必要なデータは十分とれたと聞きました。」

 「そうか…。」

 エンリキは静かに頷いた。

 「では、コレがなくても…大丈夫だな。」

 「え…、え?」

 整備士はエンリキの言葉に理解が追いつかなかった。

 「これから俺は…GAT‐01に乗り、スカイコンカラーを使わせてもらう。」

 「そんなっ…。これの許可は出ていませんし…第一コレがなくても大丈夫って…、これからの地球軍にとって大切な機体なんですよ。それをおいそれと失うようなことがあっては…。」

 エンリキは溜息をついた。

 「君が少し不真面目な整備士であればよかったのだが…。」

 「え?」

 整備士はエンリキの言葉を最後まで聞けなかった。途中で、なにか自分の近くで銃声が聞こえた後、彼という意識はなかった。

整備士が頭より血しぶきを上げながら、倒れ込む。彼の後ろにいつの間にかいた数人の兵士のうちの1人が撃ったのだ。だが、エンリキはそれに驚いた様子も見せず、そして撃った兵士を咎めもせず、淡々としていた。

 兵士たちは自分の役割を全うした顔で彼に敬礼する。エンリキはその兵士たちに静かに告げる。

 「これから俺はコレに乗り、輸送機に合流する。お前たちは急いで指定されたポイントに待機していてくれ。」

 そして兵士たちと別れを告げ、エンリキはストライクダガーに乗り込んだ。

 

 

 

 いきなり警報がけたたましくなり、高いびきをかいていた、アバンはビックリしてベッドから転げ落ちた。

 「いてててっ。いったい何なんだよ…。」

 アバンは部屋から出てみると兵士たちは慌ただしく様子だった。

 「ザフトが攻めてきたのか?」

 アバンは近くを走っていた兵士に尋ねたが、その答えは予想外のものであった。

 「違うっ…。エンリキ大尉が…無断でモビルスーツを発進させたんだっ。」

 「え!?」

 「しかも、その整備作業にあたっていた整備兵を射殺したとかで…とにかく、こっちは急いでいるんだっ。」

 兵士はそのまま走り去っていた。

 「エンリキ大尉が…いったいなんで?」

 アバンにはいったいなにが起こったのか、まだ理解できなかった。

 

 

 

 

 

 

 




あとがき

MSVのキャラがどんな感じかと、外伝『ASTRAY』やMSV戦記を読んでみているのですが…。時々キャラが…、キャラ違くねっ!と驚くことが…(汗)
例えば、ジェーン。というか、特に思ったのがジェーン。私は『ASTRAY』から先に読み、MSVを後で読んだ形となったのですが…。その順番で読むと、まあ…思わず「どうしてこうなった。」と叫びそうになった(汗)(特にMSV戦記「珊瑚海海戦」の初めの段落)
詳細は…お読みいただければわかります。




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PHASE-38 銃口の行方

去年も忙しくてなかなか更新が遅れてしまってと言っていましたが、今年も変わらず…。最低限として月刊誌と同じように月1で更新できることを目標としています。…でも、それだとあとどれくらいの期間かかるだろうか…(白目)


 

 (ハレルソン少尉、まだ状況がわからないのです。発進許可は…。)

 管制官はもう1機のスカイコンカラーに飛び乗ったエドを制止していた。

 「ふざけるなっ。このまま、カリフォルニアの防空圏を過ぎちまったらどうなるかわかっているのか!?早く出撃許可を出せっ。」

 (しかしっ…。)

 管制官はエドの迫力に負け、言葉がつまった。そこへモニター画面がアスベルに切り替わった。

 (大丈夫なのか、エド?)

 そこへアスベルが割り込んでエドに聞いた。

 「お願いです、中佐。中佐だってエンリキ大尉がこんなことをしでかすような人じゃないって知っているでしょう?」

 ここで踏みとどまっても仕方がない。とにもかくにもエンリキ大尉がなんでこんなことをしたのか聞かねばならなかった。

 アスベルはしばし考えたあと、エドに告げた。

 (わかった、ハレルソン少尉。発進を許可する。やむを得ない場合には撃墜しても構わない。)

 「そっ、そんな…。」

 後ろの方の言葉にエドは困惑した。それはエンリキ大尉がこちらに銃を向けてくるかもしれないと言っているようなものだ。

 (万一に備えて、だ…。)

 アスベルはそうは言ったが、エドにとっては万に一つでもエンリキ大尉が銃を向けるとは思っていない。

 きっと、何かの間違いだ…。

 エドは心の奥にざわめくものを押し込め、エンリキ大尉を信じようとスカイコンカラーの離陸準備に入った。誘導され、いざスカイコンカラーを発進させる寸前、機体になにか乗っかったような…そんな重み加わった感覚が体に伝わって来た。エドが訝しんで上を見上げると、ストライクダガーが乗っかっていた。

 (エド、俺も行くぜ。)

 突然、無線から入って来た声にエドは驚いた。

 「アバンか!?」

 どうやら、ストライクダガーにはアバンが乗っていたのだ。

 「まったく、危ないことを…。」

 エドはアバンの無茶な行動に苦笑いした。もし、これが発進直後であれば、ストライクダガーもスカイコンカラーも危険にさらしていた。

 (ダガーじゃ飛べないからな…。頼むぜ、エド。)

 当の本人は意に介してないようではあるが…。

 「振り落されるなよ。」

 (ああっ。)

 2機はエンリキを追いかけ、カリフォルニア基地から飛び立った。

 「あのバカ2人だけでいいのか?」

 やってきたモーガンがアスベルに問いかける。

 「どのみち頼りになる航空戦力はハレルソン少尉だけです。それに、シュヴァリエ大尉にはやってもらいたいことがあります。」

 アスベルはモーガンに別の頼みごとをした。

 

 

 

 

 

 

 一方、エンリキは無線コントールさせているスカイコンカラーを上空に飛んでいた大型の輸送機に着艦した。格納庫では兵士たちが彼の到着を待っていた。みな、地球軍の制服をきているが、南アメリカ軍の兵士たちであった。

 「ご無事でなによりです、エンリキ大尉。」

 彼を出迎えた兵士を代表し、士官が彼に敬礼した。その敬礼は地球連合で使用されているものではなく、南アメリカ旧来の敬礼であった。

 「これが、大西洋連邦が製造したモビルスーツですか?」

 他の兵士がストライクダガーを見上げる。

 「ああ、そうだ。そして、ここには他のモビルスーツの戦闘データもある。」

 アーロンはポケットからメモリを出した。それも見た兵士たちが感嘆の声を上げていた。

 「これさえあれば、我々に協力してくれる企業もモビルスーツを生産できるであろう。」

 兵士から喜びの声が上がる。それを受け、エンリキは高らかに演説する。

 「我々はこの1年を待った。間もなくザフトがパナマを攻める大規模作戦が行われる。その時こそ好機だ。南アメリカ合衆国を、あの横暴なる大西洋連邦よりとり戻そうではないかっ!」

 「おおーっ!」

 兵士はそれに呼応するように叫んだ。

 「そして、今日…南アメリカの独立の旗揚げの狼煙として、今、我々の足元にあるカリフォルニアに怒りの鉄槌を下す!やつらに己の繁栄が、幸福が、一体なんの上から成り立っているのか…見せつけようではないかっ!」

 エンリキの宣言に兵士たちはさらに高揚する。

 「エンリキ大尉っ。」

 そこへ兵士が報告にやって来た。

 「後方より追手が来ています。熱源は1つのようですが、その速さから戦闘機ではないかと…。」

 「そうか…。」

 エンリキは追手が誰なのか見当がついているようであった。

 「GAT-01で出撃する。グゥルも用意してくれ。」

 「しかし、エンリキ大尉…。もうすぐ時間が…。」

 「安心しろ。ちゃんと間に合わせる。」

 兵士は計画に支障をきたさないか不安であった。それを感じ取ったエンリキはなだめた。エンリキとて、今更何があろうと計画を変更することもましてや中止するなんてことはする気はなかった。

 たった1年…。だが、とても長い1年であった。

 エンリキは今日という日(・・・・・・)が今まで戦ってきた意味であった。

 

 

 

 

 

 

 

 「なあっ、エド!いつになったら追いつくんだよっ。早くしないと…。」

 (わかっているっ!)

 急かすアバンに対し、エドはめずらしく苛立ちをぶつけた。

 その時、スカイコンカラーのレーダーにMSの反応があった。照合するとエンリキが奪っていたストライクダガーであった。

 夜未明のため、目視しにくいが、前方より巨大な人型のシルエットがこちらに向かって来るのが確認できた。

 「いいなっ、アバン。俺が大尉を説得している間、口を挟むなよっ。」

 「なんでさっ。」

 エドの言葉にアバンは心外そうに言う。

 「話がややこしくなるからだよっ!」

 そう吐き捨てエドはアバンとの通信をきると、今度は向こうのストライクダガーに周波数を合わせた。

 「…エンリキ大尉ですよね?」

 だんだんと近づいてくるストライクダガーの形がくっきりとしてくる。強奪した際、サブフライトシステムとして使用したスカイコンカラーではなく、グゥルに乗っているのも目視できた。

 (…ああ、そうだ。)

 エンリキからエドの心配をまるで知らないような落ち着いた口ぶりでエンリキから返答が来た。それが、エドの焦燥感を駆った。

 「何をしているんですか、大尉!無断出撃なんて…。懲罰程度じゃすみませんよ。」

 口調に反して、その伝える言葉はいつも自分を諫めるエンリキのようになっていた。きっと心の中では、何かの冗談であるという思いがあったからであろう。

 (エド…。これは、なにもふざけてやっているわけではない。俺は自らの意思でこのGAT-01、そしてスカイコンカラーを強奪したのだ。)

 「そんな…。なぜですかっ?なぜこんなことを…。」

 なぜこんなものを奪う必要があるのか。

 エドには見当がつかなかった。

 そのエドの疑問に答えるようにエンリキが静かに言った。

 (すべては大義のため、南米の真の本当の独立のため…。そして、大西洋連邦に一矢報いるためだ。)

 「…南米の独立?」

 (そうだ。思い出してみろ、エド。大西洋連邦がしたことを…。ヤツらは『自由と民主主義』を名目に己の尺度の正義のみで、他国を平然と武力侵攻をする。そして、その強大な力に怯え、つい前まで勇ましいことを口にしていたのが掌を返すが如く屈服する南米の政治家たち…。俺はそんな輩から南アメリカを取り戻し、本当の自由の国にする。エド…今の祖国がどうなっているかお前だって知っているだろう。)

 「うっ…。」

 エンリキの言葉にエドは言葉につまった。

 元々、政情不安定な時があったり貧富の格差が大きかったりと問題はいくつかあった。しかし、大西洋連邦に併合されたからと言って、それらの問題が解決されたわけでもなく、むしろ悪化したといってもいいだろう。南米軍は地球連合軍の一員と言えども、大西洋連邦の下部に位置づけられ、その多くは各地に派遣され、国内に維持しなければいけない戦力は残ってなかった。その国内では、不本意な統合に反発した一部の一派がゲリラ・テロを行い、大西洋連邦はその強権をもって、ときに度を越した排除を行っていった。他方、ブルーコスモスの襲撃やテロは黙認されていた。

 (俺はそんな志をともにする者とともに今回の行動に出た。まずは手始めにカリフォルニア基地を一発で焼き尽くす!)

 そんなバカな…。

 基地を一発で壊滅するなど、Nジャマーによって使えなくなった核兵器を撃たない限りありえない。だが、エンリキが大げさに言っているようにはエドには思えなかった。

 「大尉…、まさか!?」

 そこへふと1つの考えに至った。

 「気化爆弾と使う気ですかっ!?」

 たしかにアレ(・・)であればカリフォルニア基地を一瞬で壊滅できる。

 「気化爆弾…。なんだ、そりゃ?」

 エドに言われ仕方なく話に割って入んないようにしているアバンは、いったいそれがなんであるかわからなかった。

 エンリキはエドの問いに沈黙したままであった。それが正解であると、認めているとエドは思った。

 「そんな…。」

 しかし、エンリキ大尉はそれを一体どこで手に入れたのだろうか。簡単に入手できる代物ではない。

 だが、今はそのことを考えるよりもやることがあった。

 「基地が撃たれれば近くの街にも被害が出る…。本当にそんなこと(・・・・・)するんですか!?街に住んでいる一般市民にまで巻き込むなんて非道なことを…。」

 (基地の近くに住むというのは、いつか敵の流れ弾が飛んでくる可能性もある…、それを覚悟して住んでいるのであろう?それをいまさら何を躊躇う。)

 「エンリキ大尉…?」

 普段のエンリキであれば言わないような言葉にエドは戸惑った。

 (この国は『自由と民主主義』の国であるであろう。ならば、その責任を取らなければいけない。なぜなら、南米の武力侵攻も、南米の国がああなったのも自分たちが決めたことであるのだからなっ!それをいまさら『ただ普通に暮らしている我々を撃つのは卑怯だ』などと…どの口が言うっ!)

 鬼気迫るその表情にエドはたじろぐがここで退いてしまっては説得できない。

 「そんなことしたら、家族はどうなるんですか!?」

 当然、地球連合から反逆者となる。そうなれば、エンリキの家族にも危害が及んでしまう。

 (家族、か…。)

 しかし、エンリキからは意外な言葉が返って来た。

 (それは…ない。遠くにいるからな。俺ですら手の届かない遠く(・・・・・・・・)に…な。)

 一瞬、何を言っているのかわからなかったが、次第にその意味が分かってきて、エドはみるみる内に顔を強張らせた。

 それは…

  つまり…

 (俺は…別になにかの主義者ではない。民生…生活が安定すればよい、と思っていた。だからこそ、この軍服に袖を通した。ほんの少しでも南米に住む人々が、なにより自分の愛する家族が安心して暮らせれば…と。…あの時(・・・)までは。)

 エンリキの言葉の最後の部分。その口調に、悔しさと憎しみの入り混じった感情がこもっていた。

 

 

 雨は依然として降っており、周りの声や音も聞こえてこなかった。

 否

 自分に沸き起こる感情にいっぱいでどうすることもできず、これ以上溢れないよう、奥底で閉ざしているのだ。

 どうして…妻と子は死ななればいけなかったのか?

 その問いは今でもわからない。だが、それが誰からも答えてはくれなかった。

 ‐もしもこの件の経緯が公になればどうなるか…。国内の反体制派がそれを名分として国民を扇動し無用な争いを仕掛けるであろう。それは、国民の生活(・・・・・)が脅かされてしまうということなのだよ。国の安定(・・・・)…それが何よりではないかと思わないかい?‐

 併合され、大西洋連邦の意向を受けて成立した政権の者からはそう言われた。所詮、傀儡国家であるゆえに、彼らにとって一番の大事は大西洋連邦であった。そんなことは今更言うまでもなくわかっていたため、そこになにも感じなかったが、なにより重かったのは、彼らが言い訳として用いた言葉…『国民の生活』、『国の安定』であった。

 虚脱感…。

 すべてが無意味に感じてしまった。

 国が安定していれば、国民の生活も安定する。守られる。

 では、俺は…?それの家族はこの国に住む国民ではなかったのか?

 それでは俺は今まで何のために軍に身を置いていたのだ?

 我が身に火の粉が降りかかり、はじめて理解した。

 国は守ってくれない。彼らにとって大事なのは国というシステムが維持できるかどうか、だ。そこに住む人間はその要素の一つ。誰が死のうが構わない。それが普通に暮らしている人間であろうと、愛国心にあふれた自分たちの支持者であろうと…。

 (では、家族を失った俺の怒りは!?突然、命を絶たれた家族の悲しみは、苦しみは!?いったいどこに収めればいいのだ!?)

 「エンリキ大尉…。」

 エドはもう、何も答えることができなかった。

 (それが今の『国の形』というのであれば、私は変えるっ!だからこそ、撃たなければならないっ!)

 いや、できるはずがない。

 2人の間に沈黙が流れた。

 (そんなの…、おかしいっ!)

 それをつき破るように、別の声が聞こえてきた。アバンであった。

 「アバン…?」

 

 

 

 これまでエドに口出しするなと言われていたから黙って聞いていた。だが、聞いているうちになにかすっきりとしないグルグルとしたものが自分の腹の中に渦巻き、居てもたってもいられなくなって、アバンは叫んだ。

 おかしくないか?

 エンリキ大尉の家族が死んだこと…。その喪失感、その無念が晴らせないこと。それは大尉のみにしか本当にわからないことで、聞いている自分は知った気になっているかもしれない。でも、それで多くの人たちを殺すことに何の関係がある?

 「俺は政治とかそんな難しいことは全然ッわかんねえっ!」

 独立とか民主主義とかウンタラカンタラと聞いても、それがいいものなのかわからない。ただ、一つ言えることがある。

 「ただ普通に暮らしている人たちを死なせて得るものって、それって本当にいいものなのかよっ!?」

 それじゃあ、エンリキ大尉が今怒っているもの(・・)と同じではないか。

 「『自分たちは奪われた身で、他の人はいい思いをしているんだから、勝手に奪ってもいいだろう』なんて考え方をするなっ。…俺は、そう教わった。エンリキ大尉がしていることってまさにそれじゃんかっ!その先に本当にエンリキ大尉が目指しているもの(・・・・・・・・)ってあるのかよっ。」

 さっきまで腹にため込んだものが一気に出た気がして、自分の中ではスッキリとした気がした。それで、向こうがどう思うかは別だが…。

 ふたたび長い沈黙が流れてしまってアバンは戸惑った。

 (くっ…、はははっ…。ははははっ!)

 すると、エドの方から吹き出し笑いが聞こえてきた。

 「なんだよ、エド…。俺なにか変なこと言ったか?」

 「いや…。まったく…おまえは、ホントに大馬鹿ヤローだな。」

 「はぁっ!?」

 なんでエドが笑ったのか、そしてなんでバカと言われなければいけないか、アバンはまったくわからず、ただ笑うエドを呆気に見ていた。

 

 

 ようやく笑い収まったエドは一息つき、エンリキに向け話し始めた。

 「エンリキ大尉。こりゃぁ、大尉の負けですよ。」

 (なん…だと?)

 エンリキは訝しんだ。

 「だって、エンリキ大尉の言葉は…確かにそれ(・・)も1つの動機だけど、気化爆弾を落とす理由のすべて(・・・)ではない。大尉は話していないこともある。だが、アバンの汚っならしくても意志のこもった自分のすべてをのせた言葉だ。俺はそっちの方がいい。」

 (いったい何が言いたい、エド。)

 「俺は…あんたのすることを止める。ずっと世話になったせめてもの恩返しだ。あんたをこんなこと(・・・・・)に手を染めさせねぇ。」

 今度こそはっきりとエンリキ大尉を止める。

 エドは強く決意した。

 

 

 

 (だが、もう遅い。気化弾頭ミサイルはもうすぐ発射を行う。この暗闇の、レーダーの聞かぬ中で見つけられるか?そして、私は止めない。おまえごときに止められてたまるものかっ!)

 「だったら、力づくでも止めますよっ。」

 そして、エドはいったん下降したと思ったら、急にアバンのストライクダガーを振り落した。いきなり揺さぶられたアバンはストライクダガーの手から離してしまい、落ちてしまった。

 「痛って~。エド、なにするんだよ!」

 「これは、俺とエンリキ大尉の問題だ。」

 そう言い残し、エドはふたたびスカイコンカラーを上昇させ、エンリキのストライクダガーへと向かった。

 「なんだよ、こんなときだけ部外者扱いかよ!」

 アバンは通信機に向け喚いたが、一方的に切られてしまった。

 そうだよ…、アバン。

 エドは通信機を切った後、独り言ちた。

 今まで共に訓練し過ごしたし、同郷であっても、おまえは傭兵なんだ。おまえの言葉のおかげで今こうやって向かって行けるが、おまえには関係のない事なんだ。そんなことで、おまえを死なすわけにはいかない。それに…いくら敵となったからといってかつての仲間に銃を向けるっていうのはあまり気分のいいもんじゃねえんだ。

 エドは、こちらを見下ろし銃を構えるストライクダガーへと駆けた。

 「ちっくしょー…。」

 上空では暗闇の空の中に一条の光線がパッと双方向から現れては消えを繰り返していた。

 俺だけまた仲間外れだなんて、なんのためにここまで訓練してきたと思っているんだ。

 「俺だって、戦えるんだー!」

 しかし、ここからでは2機の行方は見えないし、ビームライフルも届かない。

 「…そうかっ!」

 しばし方法を考えていたアバンは、ひらめいた。それは自分もどこかここより高いところにいけばいいのだとという発想に思い至った。

 「こうしちゃいられねえ…。」

 アバンは上空の戦闘を気に掛けつつ、その場所を目指した。

 

 

 

 

 

 一方、そのころアスベルから別命を受けたモーガンは一陸小隊を率いて標的のある場所を見つけ出していた。

 「あれか…。」

 そこには、エンリキからの指示を待っている兵士たちであった。その真ん中にはトレーラー移動式のロケット発射システムがあった。

 おそらく、アレが気化爆弾であろう。

 モーガンがアスベルから受けたのは、どこかに潜んでいるであろう気化爆弾のロケット発射システムの無力化と制圧であった。この広い場所で、かつ夜中にそれを見つけるのは至難ではあるが、何度も夜襲を成功させてきたモーガンであれば、可能だとアスベルが判断したのだ。 

 まさしく、今彼はそれを見つけ、一部隊を各班に分け、制圧にかかろうとしていた。

 「よしっ…。」

 タイミングを見たモーガンが合図をしようとした瞬間、地面がなにか揺れているのをふと感じた。それは、どんどん大きくなってきてガチャンッと機械音も響かせていた。

 「大尉…。」

 近くにいた兵士も不審がりモーガンに声をかける。どうやら向こうも気付いたのか、ざわついている。

 その間にもどんどんと音が大きくなり、木々に休んでいた鳥たちも驚き、飛び立つ。 そして、大きなシルエットが姿を現した。

 「なっ…だれだっ。こんなところにGAT‐01でやって来るバカは!」

 それはストライクダガーであった。

 

 

 「なっ…なんだ、これはっ…。」

 一方、ストライクダガーに乗っているアバンは驚き困惑した。

 なにしろ、エドとエンリキの空の戦闘に加勢できる場所を探していたら、なにか兵士たちがいて、しかもミサイル発射台もあるのだ。

 兵士たちは驚き、こちらを撃ってくるが、ストライクダガーには効かない。

 「…このっ。」

 アバンはストライクダガーで1歩踏み出し、ライフルを彼らに向ける。

 すると、彼らは自分たちの10倍の人型兵器が動き、自分たちにライフルを向けれたことに恐怖したのか、後ずさりや、腰をぬかすたり、そして、恐れ無茶苦茶に銃を撃ったりした。

 「なっ…。」

 それを見たアバンは思わず、レバーから手を離した。

 自分は今、こんな人たちを撃とうとしていたのか?

 あんな顔をされたら、まるでこっちが悪者みたいじゃねえか…。

 戸惑っていると、急に森より地球軍の兵士が現れ、彼らを拘束していった。

 「えっ…?モーガンのおっさん!?」

 訳も分からずモニターを拡大すると、指揮しているのがモーガンとわかり、余計になにが起きたかわからなくなってしまった。

 

 

 

 拘束し、無事気化爆弾を確保することに成功したモーガンはストライクダガーを見上げ大きく息をはいた。

 「まあ…なんとか無力化できたが…。」

 結果としてはよかったが、なんか予定がくるったような感じがし、モーガンはどこか釈然としない気持ちだった。

 まったく、バカが関わるとろくなことがない。

 すると、どこかでプロペラの回転音が聞こえてきた。

 ふと上をみると、輸送機が低空で飛行していた。

 もしや、あれは…。

 後ろのハッチが開いており、兵士がグレネードランシャーを担ぎ、こちらの方を狙っている様子だった。

 「まさか、アレ(・・)も気化爆弾か!?」

 たしかにアスベルは数発と言っていた。しかも、大きさについては言及していない。ここが無力化され、証拠隠滅もかねて撃ってくるということか…。

 「総員退避っ!?」

 果たして人が走る速さで気化爆弾の衝撃から逃げ切れるか?いや、無理であろう…。だが、その命令を言うしか今はなかった。

 その時、アバンのストライクダガーが輸送機に面と向かい、ライフルを掲げていた。

 「間に合えーっ!」

 さっきの怖気はどこへ行ったかわからない。まだ、手が震えている感覚はする。でもここで動かなかったら、みんな死ぬ。

 アバンは照準器で狙いを定める。

 向こうもこちらに気付いたのか、輸送機がそこから動き、避けようとしている。

 集中しろっ!

 コレにかけるしかなかった。

 アバンはトリガーを引いた。

 

 

 

 

 突然、別の方向から爆発音がして、エドとエンリキはそちらの方へ向けた。真っ暗闇の中、赤く燃える火柱が立ち、機体の残骸がバラバラと落ちていた。

 「いったい何が…?」

 まったく周りのことに目がいっていなかった2人にとっては状況が把握できず、狐に包まれたような表情であった。ふと、エンリキは爆発のあった地点の場所がどこか気付き、いそいで通信機に手を伸ばした。しかし、いくら呼びかけても地上で待機している兵士たちや輸送機からの応答はなかった。

 そんな…。

 エンリキは動揺を隠せなかった。

 いったい誰が…!?

 ストライクダガーを反転させ、その場へと向かった。すると、気化爆弾の発射台と待機していた兵がいる場所に佇んでいるストライクダガーを見つけた。

 その瞬間に、腹の中で怒りがふつふつと沸き起こり、ストライクダガーに向かった。

 「エンリキ大尉っ。」

 エドはいまだに何が起きたかわからないが、機体越しに伝わって来るエンリキの怒りに尋常ではない何かを感じ、彼を追いかけた。

 

 

 

 やったのか…?

 炎を見ながらアバンはコクピットの中で呆然としていた。

 確かにトリガーを引いて、ビームは輸送機に当たり、爆散した。しかし、それが本当に自分のしたことなのか実感が持てなかった。

 「アバーンっ!」

 エンリキは目の前にいるのが、アバンだということを認識しつつも、己の中より湧き上る怒りのままに銃を向けた。

 「これを…、おまえがやった(・・・)のかっ!?」

 やっとここまで来たのに…。俺がいままでどれほどの思いだったのか。

 それを、それを…。

 初めからアバンはエンリキの行為を突っぱねていたにも関わらず、彼であれば、こんなことはしないという希望的観測の中、裏切られた…そんな思いだった。

 怒りのままに銃を向けた。

 「ロック…された!?」

 アバンが気付いたときには遅かった。その場所を振り返るとグゥルに乗っているストライクダガーがこちらに銃口を向けている。

 あれは…エンリキ大尉の?

 アバンは彼の機体から怒りを発しているのを感じた。

 それに怯み、アバンは動作が遅れた。

 逃げれない…。

 

 

 

 「アバン、エンリキ大尉っ!?くそっ…。」

 エンリキを追いかけてきたエドはなんでこんなところにアバンがいるのか、そしてなぜエンリキが怒りのままに行動しているのかわからなかった。しかし、彼が目にしているのはエンリキがアバンを撃とうとしている光景だった。

 なんでだ、大尉!?

 あれはアバンが操縦しているストライクダガーだとわからないはずがない。それなのに、撃とうとしているなんて…。

 エドはすぐさまスカイコンカラーのビーム砲をエンリキのストライクダガーに向け、放った。

 ビームはストライクダガーを貫いた。

 ストライクダガーは一瞬動きが止まり、グゥルのバランスを崩したと思った瞬間、エンジン部より火が噴き、中から破裂するように爆発を起こした。

 

 

 何が…起きた?

 燃える炎にまかれながら、エンリキは何が起こったのか、自分が誰に撃たれたか知る由もなかった。

 忍ばせていた家族の写真がすり抜けてきて自分の目の前で燃えていく。

 ああ…、いかないでくれ。

 エンリキは写真に手を伸ばすが、まるで彼から離れていくように燃えていく。

 自分ももうすぐそっちにいく。

 しかし、なぜだろう。

 むこうにいっても…会えないような気がした。

 そう考えると、ものすごく寂しい思いが溢れ、せめてソレ(・・)だけは手放さないようにと、一生懸命にまた手を伸ばす。

 しかし、彼の手が届く前に、写真もエンリキも炎の中に消えていった。

 

 

 

 

 「…どうやら無事だったようだな。」

 モーガンは未だに燃えている墜落した機体の残骸を見ながら、深く息を吐く。そして上を見上げ、呆然と突っ立っているストライクダガーへと視線を向けた。

 しかし…。

 モーガンは逃げながらも決して見過ごさなかった。

 アバンが撃つ直前に、2方向より攻撃があったことを…。

 最初の1発は、それほど威力はないが、輸送機の動きを止めるもので、2発目はビーム砲か、光りの射線が見え、それが翼を貫いてバランスを崩し、最後にアバンの攻撃で墜とした。そう…見えた。

 

 

 

 

 モーガンたちのいる地点から少し離れた林の中、そこに軍用のトレーラーと1機の105ダガーがいた。その105ダガーはバスターの武装である超高インパルス長射程狙撃ライフルを構えており、それを外部ジェネレーターに繋げ、さらにトレーラーに繋がっている状態で会った。

 輸送機が墜落したのを確認し息をつくと、カリフォルニア基地から通信が入った。

 (イメリア中尉、ごくろうさま。)

 アスベルは最悪の事態を想定し、レナに別の地点に待機させていた。それなりに離れたところからの砲撃になるため、現在試作中の装備を持ちだして行った。

 「もっと精度がよかったら、墜とせてました。やはり性能をよくするには『ストライカー』ではない方がよいみたいです。」

 (それは開発スタッフに言っておく。)

 「それと私やアバン以外に何者かが撃った可能性があります。ここからでは観測できないので、もう少し離れたところになります。」

 威力不足のため足止め程度にしかならなかったが、もし同じ威力のを使っていたらその1発で終わっていた。

 一体何者が…?

 レナの心には、別の勢力がここにいるという懸念はさることながら、かなりの腕前を持った者がいるという

 (まっ…まあ、それ以降こちらに攻撃がないということは我々の敵、ということではないだろう…。あまり無用な争いは避けたい。早めに基地に戻ってくれないか。)

 「…わかりました。」

 

 

 

 

 「…ふぅ。さすがに撃ってこないか。」

 しばらく経っても向こうからなにも攻撃がないことにシグルドはホッと息をついた。

 とは言っても、さすがに向こうからこっちまでかなり距離があるからな…。

 彼もまたジンに乗って身を潜めていて、偵察機用のスナイパーライフルと、電子戦・空中指揮型のディンの大型レーダーで索敵能力と精度を高め、輸送機の狙撃を行った。

 彼がコクピットから降りるとフィオが不満そうに待っていた。

 「なんで威力のないスナイパーライフルを使ったのよ?言ってくれればこの大型レーダーの他にラゴゥにビームキャノンもそれなり使えるようにしたのに…。そうすれば、さっきのシグルドの腕だったら1発で終わったじゃん。あんな回りくどいことして…。もしかして、そっちでもさほどの威力はでないと思っていたの?」

 彼女の指摘はもっともだ。

 シグルドは苦笑した。もちろん、彼女の腕は疑っていない。何度もあり合わせので、こちらの要求に応えてくれる。

 「いいんだ、これで…。依頼人から『これは地球軍内で終わらせること』と言われている。それに…。」

 「それに?」

 「いや…、いい。それより早く撤収するぞ。こんなところにいつまでもいたら変な疑いをかけられる。」

 「わかった。準備始めるね。」

 フィオはそう言うと、さっさと機材へと向かった。

 フィオを見送ったあと、シグルドはふたたび、輸送機を墜とした方角に目を向けた。

あそこにはアバンがいた。そして、今回彼は初めて引き金を引いた。銃の向こう側に誰がいるかを知りながら…。

 「おまえは、おまえの答えを探せ、アバン。」

 戦う理由は人それぞれだ。ヴァイスウルフのメンバーであっても、フォルテにはフォルテの戦いが、ヒロにはヒロの戦いがある。そして、自分にも…。

 今回の件で、アバンが持っている戦う理由が揺らぐかもしれないし、失うかもしれない。しかし、それでも戦う理由は自分が見つけるものだ。

 「シグルドー!行くよー!」

 「わかった。」

 フィオに呼ばれ、シグルドもまた撤収の準備に入った。

 長い長い夜の終わりを告げるかのように東の空が白く明るくなり始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エドは軍施設の屋上で寝っ転がり、ハンバーガーを頬張りながらただ空を眺めていた。基地は先日の騒動がまるで嘘のようにいつも通りの日常を過ごしていた。

 エンリキ大尉は…失った戦う意味をもう一度見つけたかったのかもしれない。

 あのアドレナリンが沸騰する感覚…。自分の目の前に強敵が現れたとき、血や肉が湧き踊る興奮…。戦いが好きかと言われれば、どちらかといえば好きではないが、それには嘘をつけなかった。そして、自分は戦場でしか生きられない、と思っている。

 エンリキ大尉は、そんな生き方の中で、戦場とは違う、1つの小さな幸せを見つけた。そして、不器用な生き方であっても、それを守ろうとしていた。

 それを失ってしまったエンリキ大尉は、戦場でしか生きられない不器用な生き方の中で、探していた。いや、見つけたかったのかもしれない。それが…あんな方法であっても…。

 じゃあ、自分はどうなんだろうか?

 戦う意味なんて考えてこなかった。むしろ考えても、仕方のないことだった。なぜなら手柄を立ててもたいして変わらないとわかっていたからだ。

 だからこそ、あの時自分は何も言い返せなかった。

 「ん?どうしたんだ、エド?」

 そこへアバンがやって来て、エドの隣に座る。

 「いや…。アバンこそ、あまり元気ないな?それこそおまえの取柄なのに?」

 「そうか…?」

 アバンはそっけなく返すがやはりどこか声に元気はない。ふと視線を落とすと、アバンの手が震えていることに気付いた。

 「情けねぇよな…。」

 アバンは俯き、震える手をもう一方の手で覆う。

 「あんな風に偉そうにエンリキ大尉説教垂れたのに、俺…奪って手に入れた。」

 「別に撃ったのは初めてじゃないんだけどな…ああやって銃の先に人を見たのは…初めてだ。」

 エドはおもむろに口を開いた。

 「アバンは…これからどうするんだ?」

 「ん?」

 「おまえの言っていることはわかるよ。人に銃を向けて気持ちのいいもんなんてない。俺たちの場合は軍事だからと割り切れるが…。」

 「それは、わかんねぇ。」

 アバンは思ったことをそのまま口に出した。

 「エドたちのように割り切れればいいかもしれないけど、なにか…俺にはそれはできないし、だからと言って、そんな器用な戦い方できねえし…。」

 アバンは顔を上げた。

 「だから、その時になって自分が一番したいことをするさ。あの時もそうだった。だから、後悔はない。たぶん、それが俺が『強くなりたい』って思うイメージだと思うからな。」

 先ほどまでの暗さとは違い、はっきりと『自分』という意志を持って口に出した。

 「そうか…。」

 エドはそうやってすぐに見つけられたアバンの戦う理由、戦う意味に少しうらやましさがあった。と、同時に自分にももしかしたら見つけられるかもしれないというどこか希望があった。

 

 

 

 

 

 

 南アメリカ合衆国。

 「うむ…、そうか。ご苦労。」

 この邸の主は電話の相手を労いの言葉をかけ、切った。そして、向かいにいる客人に話しかけた。

 「どうやら、気化爆弾の…カリフォルニアへの投下は防げた、とのことだ。君たちの活躍もあってね…。しかし…気化爆弾の出所を掴めなかったのは残念なことだ。私が、表舞台に返り咲く好機でもあったのだが…。」

 この男は、この南アメリカ合衆国の政治に携わっていたが、政争に負け、表舞台から退けられていた。しかし、男の眼には権力をふたたび得ようという野心を秘めていた。

 「どこぞのバカが一部の軍人を焚き付けた…とまではすぐにわかるが…ただ、それだけでは得ることのできない情報、兵器を備えていた。だれかが裏で糸を操っていた…としか考えられない。」

 男はそれが一体何者でどんな目的かはあらかた推測できていた。

 おそらく、カリフォルニア基地にいるある軍人を排除したい上層部の一部と気化爆弾の威力を測りたかった者たちが現在の大西洋連邦に不満のある南米の軍人を利用したのであろう。

 ゆえに、彼はそれを阻止するために動いた。そうしなければ、南米は力を削がれ今後独立する力がなくなってしまう。

 「まあ、君たちにはいらぬ話であったがな。」

 とは言っても、傭兵には関わりのない話だ。これ以上、話してその情報が使われても困る。男はそこで話を切った。

 「ええ。その正体を掴めという依頼は受けてはいませんので…。」

 向かいに座っている客人、ミレーユもまた関心のないこととさらりと受け流す。

 「では、約束の報酬だ。」

 男は執事を呼び、小切手をミレーユに差し出した。

 

 

 

 

 

 

 男はミレーユが帰った後、1人チェス盤の前に座り駒を弄んでいた。

 先ほどああは言ったが、実のところ、まだ彼は政権を得る気はなかった。それはまだ時期尚早、というのが彼なりの推測があった。

 「さてさて…これからどうなるか。」

 現在、地球連合軍はブルーコスモスが台頭してきている。そして、プラントは先日パトリック・ザラが最高評議会議長に選ばれた。

 おそらく戦争の形が変わるであろう。

 現在ザフトが進めているザフトの最後のマスドライバー、パナマの制圧作戦がそのいい例だ。今回の作戦規模がマスドライバーを制圧するだけにしてはあまりにも大きすぎる。いくら併合され傀儡国家となったからといって今回のように不満を持っている南米の人間たちはいる。彼らを味方につけ、制圧もしくは破壊すれば小規模ですむ。いくら、自軍が有利とはいいえ、もとより数で圧倒的に劣るザフトが投入するには多すぎる。

 「パトリック・ザラが議長になってしまったからな…。」

 それがただの驕りであれば、こちらとしては勝手に失敗してもらって、クライン派に政権に戻ってもらいたいと思っている。でなければ、狙いは別の所にあるのか…。

 「それよりも自分たちの心配をすべきか…。」

 この戦争が終われば、場合によって、独立戦争に持っていくことができるであろう。だが、大西洋連邦という強大な国に立ち向かうには、今のままでは難しいであろう。まさしく国全体をかけなければいけないであろう。

 「…『英雄』が必要だな。」

 自分は嫌われ者であることは己自身わかっている。ゆえに、南アメリカ国民が納得する惹きつけてくれる人物が中心にさせなければいけない。

 だが、南アメリカの軍人はまさしく大西洋連邦の尖兵という体のいい盾代わりとなってしまっている。果たして、生き残るはどれほどいるか…。

 「ゆっくりと構図を練っているのも…悪くはない。」

 男は外を眺め、夜空に薄く白銀に輝く砂時計群を眺めた。

 

 

 

 

 

 

 4月1日 ‐プラント アプリリウス市‐

コンピュータによる予備選別と住民投票により強硬派のパトリック・ザラがプラント最高評議会議長に就任した。彼は国防委員会委員長だが、その職も引き続き兼任することになった。破れたシーゲル・クラインは議長職を退き、そのまま役職にはつかず、野に下ることになった。

 離任および就任式が行われ、引き継ぎとともに2人は握手する。プラント独立のためにともに苦渋の道を乗り越え、輝かしい未来を手に取るために戦った友であった。そして思想主義に違いにより道を違え、政敵となった。

 そして今、パトリック・ザラが議長に選出された。それは国民がパトリックを支持したということになり、自分たちが穏健派に勝ったことを意味していた。

 自分は正しかった。

 パトリックはかすかな優越感を浮かべた顔をシーゲルに向ける。一方、シーゲルはやりきれない表情だった。

 「…連合事務総長のオルバーニ事務総長の親書を提出するために特使が来ることは、伺っていますな?」

 「ええ。クライン()議長は彼との繋がりがありますから…。野に下った後でも、ぜひご協力はお願いいただきたい。ただ…どのような内容はわからないので、実際(・・)どこまで受け入れるかはその時でないと…。」

 そうパトリックは口には出すが、半年ほど前に、オルバーニとシーゲルによる戦争の落としどころをつける会議を画策したのは、周知の事実だ。彼の親書がどのようなものかパトリックがわからないはずがない。それをこのように言うということは彼の中では、すでに議長就任日に可決されたオペレーション・スピットブレイクの実行は決定済みであったのだ。

 「連合軍では、すでにMSの量産化が始まっていると聞くぞ。ここまで勝ってこれたMSというアドバンテージはもうすでにないものに等しいんだぞ?」

 「我々も彼らの技術を取り入れ、同等の性能…いえ、さらに上の(・・・・・)MSが開発されています。我々はナチュラルの1歩、2歩以上先に行く力があることをお忘れなく…。」

 シーゲルの懸念をパトリックは一蹴した。一方、シーゲルは顔を曇らせた。

 

 

 

 

 

 プラント支点にあるザフトの工廠にオデルはユーリ・アマルフィと共に来ていた。彼らは今、長い通路を進み、ある場所へと向かう。

 「すまないね。今日まで何も言わなくて。」

 「それが、ザラ委員長からのご命令だったんでしょ?アマルフィ氏が気にすることではありません。」

 「まあ、そうだね。」

 そして、セキュリティがされているドアの前につき、ユーリはIDカードをスリットに通した。ドアが開くと、中は暗かったが広大な空間を感じられた。

 ユーリが先にすすみ、オデルがついていくと、そこに薄明かりのライトを浴びて佇んでいるモビルスーツの姿があった。

 4本の(アンテナ)とツインアイ、直線的な機体。それはこれまでのザフトのモビルスーツとは一線を画し、どちらかというとクルーゼ隊がヘリオポリスで奪取したものと似ていた。背部にはデュエルと同様のスラスターバックパック、その上部にビームサーベルがマウントされ、右手にはビームライフル、左前腕部にはシールド、両肩には放熱用のフィンが備えられていた。さらにこの機体に特徴的なのは、背部のスラスターの横に大型のビーム砲が備えられていた。

 「ZGMF-X03A アークトゥルス…。これは、ザフトの威信をかけた最新鋭のモビルスーツだ。だが、これに備わっているブツ(・・)の特殊性ゆえにザラ委員長が議長に就任する今日まで君を正式なパイロットの任命にできなかったのだよ。」

 ユーリが視線をアークトゥルスの腹部へと視線を移し、オデルもそちらに視線を移すと、アークトゥルスのエンジン部が開けられて、作業員たちが確認作業をしていた。そのエンジン部にしるされたマーク(・・・)を目にし、さすがのオデルも驚きを禁じ得なかった。

 「ソレ(・・)が、このモビルスーツを秘匿しなければいけない理由だ。」

 ユーリが静かに告げる。

 「なぜ…これが?」

 そもそもコレ(・・)は使えないはずだ。しかし、使えなくなった以後に開発されたモビルスーツのエンジンとしているということは、何かしら使える理由があるのであろう。もちろん、使えるようになった理由も、コレ(・・)をモビルスーツに使う理由には一切興味はない。ただ、このパイロットとなるであれば話は別になる。

 「そうだな…。私も初めはコレ(・・)を本当に搭載するべきか悩んだよ。」

 ユーリは少し口をつむぎ、ふたたび静かに言った。

 「だが、そうやって長引けば長引かすほどニコルに…戦場にいる若者たちに辛い思いをさせてしまっている。だから、せめて…戦争を早く終わらせるために(・・・・・・・・・・・・・)と思って決めたんだ。」

 そして、オデルの方を向きふと笑った。

 「親バカ…と思ってもいいさ。」

 「いえ…。そういう理由でもいいと思いますよ。」

 オデル自身にコレ(・・)が正しいのかどうかわからない。ゆえにその判断に対し肯定否定などできない。

 ふたたびユーリは顔を引き締め、モビルスーツに視線を戻す。

 「もちろん、コレ(・・)はもろ刃の剣であることはわかっている。これがもし地球軍の手に渡ればどうなるか…。そうなればユニウスセブンの惨劇(・・・・・・・・・・)をふたたび起こしてしまう。」

 「…それほどのモノ(・・)、本当に自分がパイロットでいいんでしょうか?」

 「なにを言っている。君だからこそザラ議長もパイロットに任命したし、私も安心して渡せるのだよ。この戦争で君は地球軍を倒している。そして、味方がピンチの時は、その異名のごとく現れ救う。君は英雄だよ。」

 ユーリがこれまでの戦歴と自分を褒めたたえる言葉に、何かさっぱりとしない思いで聞いていた。

 オデルはふたたびアークトゥルスを見上げた。

 少なくとも、ユーリが話すような大した人間ではないと、オデル自身は思っていた。

 

 

 

 

 

 

 プラントと地球連合との1年以上にも及ぶ長く続く戦いは両陣営に暗い影を落とし始めてきた。

 コーディネイターこそ新たなる種と信じ、古き種のナチュラルをすべて滅ぼそうとするパトリック・ザラとコーディネイターはあってはいけない存在と憎み、差別し除外しようとするブルーコスモス。

 戦争の目的も、1のコロニー群の独立の是非という本来の目的から逸れ、互いの種を殲滅しようとする生存競争のごとく戦争へと変わろうとしてきた。そして、ソレ(・・)はどちらかが滅びない限り、終わらない。

 だが、その辿り着いた道の途中は、どのようなものか。

 世界はふたたび地獄をみることになるのであろうか。

 

 

 

 それとも…。

 

 

 

 地球衛星軌道上でローラシア級の宇宙戦艦がいた。

 この1、2ヶ月、ザフトの多くが地球への降下を行っているため、ありふれた光景のように思われるが、どうやら違うようであった。

 (…そこの不明艦、ただちに所属を述べよっ。繰り返す…。)

 別の艦より数機のモビルスーツがその宇宙戦艦に近づきながら、警告を発する。しかし、戦艦からは何も応答がなかった。

 (貴艦を臨検する。抵抗する場合は実力を行使する!)

 数機のモビルスーツが戦艦を囲んだそのとき、下部にあるMSカタパルトが切り離され、地上へと降りていく。

 (カプセルがっ!?)

 (かまうな。あっちは地上に任せる…。我々はこっちを…。なっ!?)

 降下カプセルの分離に注意がいった部下を知ったし、ふたたび警告を発した隊長は驚きの声を上げた。

 ローラシア級の戦艦は下部の降下カプセルを分離して役目を終えたかのように、船体が膨れ上がり、内部で爆発を起こした。

 取り囲んでいたモビルスーツ達は破片から避けるため、一定の距離まで後退した。

 (これは…いったい?)

 事態がわからないパイロットたちは呆然と見つめていた。その中にあって、冷静さを取り戻した隊長格のパイロットは後方で待機していた母艦に通信を開いた。

 (さっきのカプセルの降下予定地点…割り出せるか?)

 (はい…。北緯37°、西経5°。)

 (ジブラルタルか!?)

 隊長は語気を強めた。こちらに一切返事をしなかった不明艦は敵の偽装船でジブラルタルへの攻撃の可能性も考えたからだ。

 (いえ…、少しずれていきます。…ここは!?)

 オペレーターが、カプセルが降下した場所に驚きの声を上げ、報告した。

 (…厄介なところに降下してくれたな…。)

 報告を聞いた隊長のパイロットは苦い表情をした。

 

 

 

 

 




あとがき
 ザフトのMSの話(PHASE-32)をやったんだから、地球連合もしなければという謎の使命感にかられ、今回の話を作りました。とはいっても、年表でみるとこの時点であるのはストライクダガー、105ダガー、そしてかろうじてロングダガ―だけなんですよね…(汗)てなわけで…、地球軍側のMSVが出るのは当分後ですかねぁ…。(遠い目)


 例のアレの件(本編でもまだ名称を出していないのでこっちでも指示語で行きます)ですが、ソレを搭載する理由が、ニコルが死んだからという風な理由になっていますが、フリーダムやジャスティスがロールアウトされた時期を考え(ゆえに2機が使用できなかったというのもあるけど、それだと動かせるか確証のない機体開発するのってどうなの~とも思い)、「地上で子どもが頑張っているんだから、自分も頑張らなければっ」的な理由にしました。
 こんなノリの軽い言葉で書きましたが、ユーリ自身、息子のニコルの性格を知っていたり(あまり好戦的でない性格にもかかわらず銃を取ったこと。)と、大事だからこそというものですね。
 …その思いが、どう転がるか。





 このあとがきにオマケをつけようかなぁっと思っていたり、外伝の方に2話ほど載せたいとおもいつつも本編が手いっぱいでつけられない。(でも、欲しいっ。)
 その時にはお知らせかなにかをしますね。



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PHASE-39 幽霊部隊

どうも、こんばんは…。
今回は久々に平日の投稿です。


 

 

 ユーラシアの東部に位置し、深く生い茂った木々に囲まれた山あい。木々の合間を縫うように風がなびく。

 ここは静かな所なのだな…。

 アレウスはその穏やかな風を感じながら眼前の光景に目を移す。そこには不釣り合いに、土はえぐれ、周囲の木は倒れ、一部は今も焼け焦げた跡を残していた。

 ふと、倒れた木の根元をよく凝らして見ると、小さな芽が顔をのぞかしていた。

 なるほど自然とはたくましいものだ。

 この光景を生み出したのは、人間の手によるものだ。しかし、自然はその身勝手な人間の都合に関係なく、己の生を全うするために、そして、それを次につなげるための営みを続けている。

 そんな感傷に浸っていると、後ろより人がやって来た。

 「やれやれ、基地にその後の調査でわかったことはないそうだ。で、君の方は…?」

 アレウスは首を横に振った。

 「そうか…。」

 フェルナンがため息交じりにアレウスの横に立つ。

 ザフトが降下してきて、いよいよ地上も活発になってきた矢先、ここの空域を防空圏としていた基地より定時哨戒していた一個小隊が連絡を途絶えた。飛行経路より連絡が途絶えた場所を割り出し、捜索隊を出し、この場所に辿り着いたが、彼らが見たのは、大破した戦闘機の残骸、まだ燃え残っている火種であった。パイロットたちの姿はそこにはなかったが、形式上MIAとしたが、現場の状況から戦死したものだと扱われた。

 「君も…もどかしい気分であろう。マリウス少尉とは同期であり、友人で会ったのだろう?」

 「はい。マリウスは…よき友人でした。」

 そのパイロットの1人は、アウグストの孫であり、ルキナの兄であるマリウスもいた。

 ここでなにが起きたかは調査隊が派遣されたが未だに解明されていない。現場にMSがいたらしい跡が残っていたため、ザフトと交戦したのではないかと結論付けられたが、ザフトが狙っているマスドライバーにもはるかに遠く、彼らが欲しそうな資源もないこの地域にいたのかという疑問も残されていた。

 噂では、これより少し離れた東にいったところにあるユーラシア連邦の領内に軍所有のエリアがあるらしい。しかし、そこには、一般人はもちろん軍や政府関係者もやすやすと入ってはいけずそこ(・・)に何があるのか、なぜ軍が所有しているのかわからないのである。彼ら小隊はそのエリアに何かしらの形で関わったために全滅してしまったのだという話もでている。

 「例の部隊(・・・・)が関わっているのではないかという話もあって、そのしっぽが掴めると思ったのだがなぁ…。」

 フェルナンは困り果てた顔をした。

 「例の部隊(・・・・)…。ルキナが軍に拘束された一件にも関係していると言われる部隊、ですか…。」

 「ふむ…。君は、その時は彼女が名目上配属されていた基地にいたが心当たりはあるかね?」

 それに対し、アレウスは首を横に振った。

 「まあ、そうだよね…。」

 すると、西より風が吹き抜けた。

 アレウスはその方角を見て、その方角にいてある任務に入った者たちを思い起こした。

 「彼ら(・・)は…大丈夫でしょうか?」

 「なに、きっとやってくれるだろう…。」

 

 

 

 

 

 

 「あれが、例のモノ(・・・・)か…。」

 スコープで赤土色の、起伏のある丘が広がりいくつかの低高の木々が点在する大地にズシンと置かれているカプセルを見ながらパーシバルは呟く。

 「案の定、ザフトもいるがな…。」

 それにユリシーズが付け加える。

 彼らがいるのは、イベリア半島、ちょうどザフトのジブラルタル基地の支配圏である山の峰をぬけた、ユーラシア連邦のイベリア半島最大の地上基地セビリアとの中間地点にあたる部分である。

 先日、ヘファイストス社よりMSが完成したと連絡があった。だが、問題となったはどう引き渡すかであった。そこでザフトの降下カプセルにMSを入れ、うまくかいくぐって降下させ、それをアンヴァルが回収するということになり、実際にこのように地上に降ろされた。

 アンヴァルとしては安全な地点で降下してもらいたかったが、衛星軌道上にて直前まで不審に思われない限界がここであったため文句は言えなかった。

 あとは自力で手に入れるしかなかった。

 2人は目視で状況を確認した後、トレーラーに戻っていく。

 「敵の数はどれくらいだ、ネイミー。」

 中に入ったユリシーズは早速ネイミーにレーダーで把握している状況を尋ねた。

 「ジン3機、バクゥ2機。偵察用機が1機です。」

 「…で、こっちは[プロクス]、[ロッシェ]、そしてリニアガン・タンク…。」

 パーシバルがこちらにある戦力を確認し始める。

 「はいっ、いいですか。」

 そこへ1人の下士官が手を上げる。彼の名前はダミヤン・クレメンテ。階級は軍曹で輸送隊の1人でタチアナの部下になる。が、今はギースの代わりの主計官として働いてもらっている。

 「なんだ?」

 「俺たちの主任務は輸送ですよね。全然、戦闘にその任務は入りませんよね?俺たちは帰った方がいいと思います。そう思いませんか、タチアナ大尉?」

 彼はきっとなにかやらされるのではないかと思い、なるだけここから離れられる言い訳を考えて居たのであった。

 「残念だけど…軍曹、そうはいかないのよ。」

 だが、タチアナは彼の期待していた答えを出さなかった。

 「一応、私たちはセビリア基地から(・・・・・・)所属基地まで(・・・・・・)輸送任務をしていて(・・・・・・・・・)偶然(・・)ザフトの部隊と(・・・・・・・)護衛部隊が(・・・・・)交戦になった(・・・・・・)ということにしなければいけないことになっているの。」

 「まあ、ようするにセビリア基地から部隊が派遣されないのと、俺たちがそこにいる体のいい言い訳が必要ってことだな。」

 「では、ついでにもう1つ、質問いいか?」

 今度はパーシバルが尋ねた

 「そもそも、なぜ指揮をとるのがユリシーズなのだ?」

 「そうっスよ。それが不安材料なんですから…。隊長が別の用事でいないんだったら、タチアナ大尉が指揮を執れば…。」

 パーシバルにダミヤンも乗っかる。

 「それができないから、彼にやってもらってるんでしょ?私はここにはいない(・・・・・・・・・)ことになっているんだから。だから、あなたにもここにいてもらっているのよ。」

 タチアナがユリシーズの代わりに答えた。

 「えっ?どういう意味で?」

 「おまえなぁ…。俺たちが軍上層部から常に目を光らされても好き勝手やっているのは、大将のおかげだけではないんだぞ。」

 「中尉っ。」

 「はいはい…。」

 2人はタチアナとユリシーズがいったいなにを意味しているのか、わからなかった。

 「なに…どうしたの?」

 「いや、何でもない。じゃあ、集まったから作戦を話すぞ。」

 そこへオリガがトレーラーに入って来たが、ユリシーズはそこで話を区切り、作戦概要を話始めた。

 

 

 

 

 「しかし、ホークウッド隊長がいないからパイロットは誰だろうと思っていたけど、まさかねぇ…。」

 「[ロッシェ]はフォルカー少尉っていうのはわかるけど、[プロクス]はズィーテク少尉だと思っていた。」

 [プロクス]と[ロッシェ]の調整を行っている整備士は愚痴をこぼした。

 「ズィーテク少尉は戦車たちを指揮しなくちゃいけないんだ。それにやるなら黙ってやれっ。誰が乗ろうと俺たちの仕事はコレ(・・)だ。」

 「しかし…。」

 ジャンに怒鳴られるが、やはりどこか気が進まなかった。

 それは司令塔のトレーラーの中でもそうだった。

 

 

 

 「中尉、本当に()に操縦させるんですか?」

 1人の兵士がユリシーズに尋ねた。

 「ちょっと、そっちの方ばっかじゃなくて、私の方も言ってよ。」

 オリガが文句を言っていた。

 「オリガ…、おまえはシートにしっかりしがみついていれば問題ないんだ。」

 「ユリシーズっ。だからって何で私なのよっ!他にもいるでしょ!?」

 「いや…、条件に一番合うのが、オリガだけなんだよ。Gに耐えれるように訓練されていて、降下カプセルの解除コードの操作ができて…あと、背が小さい。」

 最後の言葉を言った瞬間、ユリシーズの頬に一発平手打ちがさく裂し、目の前にぱちりと電気が飛び散るようなものを見ながら、そのままトレーラーの床に倒れた。

 「…もう、いい。」

 その一発を浴びせたオリガは怒りながらトレーラーを後にし[プロクス]に向かった。

 ユリシーズはひりひりする頬を抑えながら起き上がって彼女を見送ったあと、先ほど不満を漏らした兵士に向き直った。

 「まあ、お前たちの言いたいこともあるだろうが、隊長もアレウスもルキナもいない現状で、操縦できて、この作戦の役目を担えるのはテムルだけなんだよ。」

 「はあ…。」

 

 

 

 オリガは防弾チョッキを着て、ヘルメットを手に持ち、[プロクス]までやって来た。機体の足元ではテムルが黙々と準備をしていた。

 「狭いコクピットがさらに狭くなっちゃけど、よろしくね。」

 ユリシーズに対しての不満はたくさんあるが、テムルに向けてもしょうがないし、彼とて、きっと1人増えるのは大変であろう。

 すると、テムルはオリガを手招きし、コクピットを指さした。

 なんであろうと、不思議に思いながらオリガがコクピット内をみると、シートの後ろに人一人分が立てるスペースが確保されていた。

 「ジャン曹長に頼んだ。」

 テムルは短く言う。

 「いいの、それで?」

 オリガは確認の意味も込めて尋ねると、テムルは首を縦に頷いた。そして、ふたたびテムルはコクピットの調整作業に入った。

 寡黙でいつも1人でいることの多いテムルは初めは無愛想なのではと印象に思うが、じつはとても気配りがうまい。

 そこへふとオリガは尋ねた。

 「ねえ…テムル。どうしてゲリラから軍人に転身したの?」

 するとテムルは作業の手を止め、オリガの方に振り向いた。表情は相も変わらずだが、どこかそれ以上踏み込んではいけない気がした。

 「あっ、もちろん不満とかじゃなくて…。じゃっ…じゃあ、出身地はテムル、ときどきユリシーズと話しているときにあまり聞かない言葉聞くし…。」

 オリガは慌てて質問を変えた。

 これから乗り合わせるのに、さらに自分の命は彼にかかっているのに、空気を悪くしてしまったら最悪だ。というか、いろいろと気遣ってくれた人にこんな間の悪い質問をしてしまった自分を後悔している。

 ときどきうかつな時があるが。この時ばかりは猛省している。

 すると、テムルは静かに口を開いた。

 「…中央アジア、キルギス。」

 「えっ…。」

 その言葉にオリガは驚きを隠せなかった。

 

 

 

 

 「歴史上において、中央アジア地域っていうのは大国と大国に挟まれたゆえに左右されることが多かった。そして、再構築戦争の時も例外ではなかったとさ。」

 トレーラーの中では、ユリシーズはテムルがかつて自分に話してくれたこと、そしてそのあと自身で調べたその中央アジア地域について話し始めた。

 『最後の核』が使用されたカシミール地方から北に伸びてかつてのCISと言われた地域は中央アジア戦線と呼ばれていた。そこは地理的そして歴史的に戦争勃発以前から、現在のユーラシア連邦と東アジア共和国の2大大国、そして汎ムスリム会議、はてはインド地域が主だって動いていた赤道連合、さらにそこの鉱物資源狙っての大西洋連邦といくつもの思惑が絡み合い、そして火薬庫となっていた。

 「テムルはその中央アジアの山岳地帯で牧畜が主の小さな集落で生まれ育った。」

 その地域は戦後も問題を抱えていた。

 紛争によって荒廃した街、産業の壊滅による経済の混乱、そして核兵器による放射能の残存汚染を始めとする兵器の残留物質の健康被害…。それは70年経っても消えることはなかった。

 「そんな折、近くで地域復興という名の下の開発が行われた。」

 主だったのは、経済援助を行った大西洋連邦とその国に本拠をおく大企業だった。

 「と言っても、それは向こうに都合のいいものであり、その地域への恩恵は少なかった。さらに、地域の特性を考えもせずに行われたために、今までは安全だった集落は自然災害の被害にあった。

 「ちなみに、その企業っていうのは自然保護団体『ブルーコスモス』の資金援助もおこなっているところだったというのは、何とも皮肉だな。だが、テムルにとって一番許せなかったのは…。」

 ある時、この集落で結ばれた若い夫婦の子どもをコーディネイターにしようという提案がでた。そこには70年経ってもなお残る『戦争の爪痕』の懸念からであった。この若い夫婦に遺伝子損傷があるかはわからない。だが、その集落でなくても他の地域からはそういった話がでている。万が一ということもあった。

 『次世代に負を残したくない。』…そんな想いを込め、貧しい暮らしなか必死に貯めたお金で遺伝子操作を行い、子どもは誕生した。

 だが、どこから嗅ぎ付けたのかブルーコスモスが『青き清浄なる世界』という元に、その家族を襲撃し、その家族は命を落とした。

 「…なんというか、皮肉な話だよな。自然を畏怖し、自然と共に生きてきた自分たちの暮らしを勝手な都合で奪われ、今度はその連中に『自然ではない』と命を奪われる。」

 ユリシーズはどこか寂しげな表情だった。

 「しかし、それでは…なんでゲリラからユーラシア軍(ウチ)に?」

 「共に参加していた同郷でテムルにとって兄貴分だったやつがな…。ゲリラ内での内紛で行方が分からなくなってしまったんだ。テムルはその兄貴分は死んだと思い、ゲリラから抜けて故郷で静かに暮らしていたんだが、しばらくしてその兄貴分が生きているかもという情報を得た。それをもたらしたのが、セルヴィウス大将。」

 「大将が…ですか?」

 「まあ、大将は一度ゲリラ部隊の掃討にいたからかな…。その時テムルのことを知ったんだろう。」

 ユリシーズは話を続ける。

 「そして、テムルはその兄貴分を見つけるために軍に入ったというわけさ。」

 「中尉…各員、配置についたとのことです。」

 すると兵士が報告にしにきた。

 「そうか…じゃあ…。」

 「中尉っ!?」

 すると、急にネイミーがなにかを見つけたのか叫んだ。

 「反応、上空からです!」

 

 

 

 それは、ザフトの部隊も感知した。

 上空より地上戦闘において、大気圏外より急襲する際に使用する降下カプセルが降りてきていた。

 (おいっ。いったいどこの部隊だ?なにか報告は…。)

 ザフト中隊の隊長は尋ねた。

 (いえ、何も…。)

 その時、降下かプセルのボルトがはずれ、カプセルから黒い色をしたジンが4機姿を表し、中隊の真ん中に降りてきた。

 しばらく、ザフトの部隊は唖然としていたが、隊長がシグーを黒いジンのところに向かわせ、所属を尋ねた。

 (おい、どこの所属だ。何も聞いて…。)

 しかし、隊長の言葉はそこで途切れた。黒いジンの1機の重斬刀によってコクピットの部分を貫かれたからである。

 (おっ、おい!)

 (どういうつもりだ!)

 ザフトの部隊は突然の事態、そして隊長機を失ったことで混乱状態に陥った。

 

 

 

 (いったいどうなってるんだよっ!?同士討ち…なわけないよな。)

 「あきらかに、違うだろ?だが…。」

 (だが…?)

 心当たりがあるような様子のユリシーズにパーシバルは問う。

 (レイス…。)

 ユリシーズが答えるまえにテムルが呟いた。

 「レイスって幽霊っていう意味ですけど…。」

 ユリシーズの近くにいたダミヤンはつぶやく。

 「…俺たちがあいつら(・・・・)に対して便宜上呼んでいる名前だ。なにせ本当に存在するかしないかわからない部隊だったからな。」

 「え…?」

 「まあ、それについては…いつかは話す。」

 ユリシーズはタチアナの方を見て、彼女もうなずく。

 「まずは…この状況をどうにかすることだ。さすがに三つ巴はキツい。」

 すると、ユリシーズはネイミーのところまでやってきたインカムをとった。

 「ネイミー。ザフトの例のチャンネルあるだろう?」

 「はい。…今、使うのですか?」

 「そうさ、じゃなきゃ、いつ使うのさ。秘匿回線で頼む。あと、傍受用のも用意しといてくれ。」

 「…わかりました。」

 ネイミーは頷くとすぐに準備に取り掛かった。そして、そのチャンネルに繋がったことを確認したユリシーズはインカムをつけ、話し始めた。

 「あー…、デイビス隊、応答せよ。こちらザフト特殊工作部隊隊長アレクサンダー・ロジャーズ。…聞こえているか?」

 周りの兵士たちはいったいユリシーズが何を言っているのかさっぱりわからず目を丸くしていた。なんと、彼が話している相手は目の前で謎の部隊の襲撃にあっている、これから自分たちが戦おうとしていた相手なのだ。

 そもそも、彼はどこの部隊が知っていたのか。

 その疑念が彼らの中でぐるぐるとしていると、ザフト側からの応答があった。

 (隊長はさっき戦死していて副長である自分が今、指揮をとっている。特殊工作部隊だと…?なんでこんなところにいる!?)

 「はい。現在、我が隊は地球連合軍に潜入中で、地球連合軍の任務でこの近くにきています。」

 (なにバカなことを言っている。そんな話、聞いたことないぞ。)

 まあ、そうなるだろうな…、とこの会話を聞いている者たちは思った。

 いきなり特殊工作部隊とか、任務で潜入中だとか言われて、簡単に信じるのは馬鹿ぐらいしかいない。

 だが、ユリシーズは話続ける。

 「それは、そうでしょう。我々は国防事務局内(・・・・・・)に存在する部隊です。そして、その任務の特殊性ゆえにザフト内でもあまり知られてないのです。」

 (…少し、待て。)

 副長がそう言うと、チャンネルを閉じた。

 するとユリシーズは今度は傍受用のヘッドフォンを取り、聞き耳を立てている。どうやら周波をあわせてザフトの話を聞いているようだった。

 「これは、ラッキーだ。…国防事務局にいた人間がいたようだ。そいつに確認を取っているな。」

 ユリシーズは彼らの会話内容を独り言ちた。その表情にはどこかこの状況を楽しんでいるような薄気味悪い、なにかを企んでいるような笑みであった。

 それを聞いたダミヤンはそれではこっちが嘘をついているのがバレてしまうのではないかと不安でいっぱいだった。

 すると、ザフトのほうから秘匿回線でこちらにかけてきた。

 (…どうやら貴隊の言っていることは本当のことだな…。アレクサンダー・ロジャーズという男、実際に国防事務局にいたようだな。すまない、疑って…。)

 「いいですよ。それはいつも慣れていること(・・・・・・・・・・)です。で、本題に入りましょうか。手短に話すと、現在、貴隊が交戦している部隊は、我が隊が本国からの命令で追っていた裏切り者のコーディネイターで構成された部隊なのです。」

 (裏切り者、だと…?)

 「はい。そして、大規模作戦(・・・・・)の前に排除しろ、との命令を受けていますそして、探しだし見つけ出したところ貴隊が交戦していました。つきましては協力を仰ぎたいのですが…。」

 ザフト兵はしばらく沈黙したのち口を開いた。

 (…そうか。どうすればいい?我らは隊長を失い、現在も手数が少なくなっている。)

 「これからデータを送りますので、ポイントに向かってください。そこに仕掛け(・・・)があります。その仕掛けにかかったところを攻撃してください。」

 そう言うとユリシーズはデータをザフトに送り、無線をきった。

 「もう、この回線と部隊名は使えないな。」

 「それ…|いろいろと大変のなのよ。」

 「いや~タチアナ大尉…緊急事態だったもんで…。ネイミー、後でリストから削除しといてくれ。それと、[プロクス]にタイミング(・・・・・)を見て、攻撃を仕掛けるように伝えてくれ。」

 「わかりました。」

 「…たっ、種明かししてくれませんか?」

 ダミヤンは混乱していた。当初、ザフトがこちらのこんな嘘ぱっちを信じるなんて思ってもみなかった。そうであろう。ザフトの特殊部隊なんかあるかないかなんてわからないし、そもそも誰が指揮を執っているのかなんて普通はわかるはずがない。

 しかし、ユリシーズは彼らを自分たちは地球軍に潜入したザフトの特殊部隊であると勘違いさせたのだ。しかも、タチアナやネイミーはこのことに平然としている。

 「それは、教えられないな~。」

 それに対し、ユリシーズはさきほどの悪い笑みを向けた。

 自分は普段、アンヴァルの戦闘には参加していない。ゆえにこれらのことがいつも通りおこなわれているのか、それとも今回が特別なのか。どちらにしても、普通の部隊ではありえないことだらけであった。

 これ以上考えると自分の脳の容量の限界をむかえるかもしれない。

 ダミヤンは最後にと、もう1つ質問した。

 「では、いったいこれからなにをするのですか(・・・・・・・・・・・・・)?」

 すると、ふたたびユリシーズはあの悪い笑みで答えた。

 「俺たちの戦力で2つを相手にするのはムリっていうのはさっきも言っただろう?だから、ちょっと仕掛け(・・・)をしたのさ。仕掛けをね…。」

 

 

 

 

 「ここがポイントか…。」

 副長は残ったモビルスーツとともに指定されたポイントに集結した。

 半信半疑であったが、この状況を打開するにはこの手しかなかった。こちらに現在残っているのは3機。対して向こうは無傷の4機。不利であった。

 それは向こうも分かっているのか、誘うわけでもなく黒いジンはこちらにやって来た。

 これでいい。

 後は彼ら(・・)が仕掛けたトラップを待つだけだ。

 偶然にもこの隊に国防事務局にいた者がいたおかげで、彼らを偽物と断じることをしなかった。彼の話では、たしかにその部隊はあり、特別な方法を使って情報のやり取りをしているとのことであった。

 それを聞けば、もう彼らは本物(・・)だ。

 そして、自分たちは裏切った同胞を始末できる名誉も得られる。

 副長はあの黒いジンたちがトラップにかかる瞬間に、いつでも引き金を引けるように突撃機銃を構えた。

 さあ、来い…。

 しかし、待てども何も起こるような様子はない。このままでは距離が近づきすぎてこちらも危ない。

 そもそも、迎撃しなければいけない距離だった。

 まさか、仕掛けがうまく作動しなかったのか。

 副長に不安と恐怖が込み上げてきた。

 もう一回連絡を取るか…。

 そう思い、彼がチャンネルを開こうとした瞬間、足元より閃光が視界を覆い始めた。

 なんでだ?

 副長は愕然とした。

 なんで自分の足元(・・・・・)にトラップがある!?

 そのままパイロットは光に包まれ思考も停止した。

 今、彼らの足元でトラップが作動し、激しい閃光を放った後、轟音を轟かせ爆炎を上げた。

 

 

 

 黒いジンたちは彼らがいつ応射してこられてもいいように構えながら、ザフトのモビルスーツに迫っていた。

 しかし、このジンのパイロットたちにとっても、いきなり彼らの足元で爆発がおこるなど予想しておらず、爆発に巻き込まれないように逆制動をかけ、足を止めた。

 すると、別のところから砲撃がやってきた。そして自分たちの目の前にザウートの方を背負ったジンが目の前に現れたのであった。

 一瞬、遅れたために、内の2機は片腕を失ってしまった。

 「凄い…振動。」

 オリガはGに耐えながら、シートにしっかりしがみついていた。

 さきほど、ユリシーズから相手の隙を狙って攻撃を始めてくれと言われたときはまったく意味がわからなかったが、どうやら今のがその時であったようだ。

 一応の奇襲には成功したが、問題はこのあとだった。

 これからある程度時間を稼がなければいけない。

 しかし、相手がザフトからこの黒いジンたちになろうとも自分がやれることはこうやってシートにしがみつくのみでであった。

 それは歯がゆいことであったが、こうやって見ていると自分には到底ここまでモビルシーツを動かすことなんてできないと思った。

 テムルに任せるしかなかった。

 

 

 

 

 「ズィーテク少尉、バータル軍曹の[プロクス]が戦闘を始めました。」

 「わかった。合図がいつあってもいいように撃てるようにしておけよ。」

 「了解(ラジャー)。」

 点在する低高の木々の林に身を隠すようにしているリニアガン・タンク内にてエドガーは報告を受け、ガンナーに指示を出す。

 「…大丈夫でしょうか?」

 ドライバーが不安そうにエドガーに視線を送った。

 「状況が変わっても、俺たちがやることは変わらないさ。それに、バータル軍曹が頑張ってくれなきゃ俺たちなんか役にも立たないものさ。」

 

 

 

 

 4機を相手に、[プロクス]は善戦していた。

 が、もともと機動性がなく、かつ1人プラスに乗っている状態ではなかなか動き回れなかった。

 すれ違いざまに黒いジンの突撃機銃が右肩部のキャノンに命中してしまった。

 その反動によって[プロクス]はバランスが崩れかかる。

 それを狙って黒いジンが斬りかかろうとしていた。

 その時、黒いジンは気付かなかった。

 いま、自分が通ったところにビーコンがあることに…。

 「まずいですよ…。」

 トレーラー内でその様子を見て居た思わずダミヤンは叫んだ。

 その時、ずっとモニターを見てなにかを待っていたネイミーが叫んだ。

 「反応、ありました。位置、距離測定…。ズィーテク少尉!」

 そして、すぐにリニアガン・タンクを率いているエドガーが指揮をとっているリニアガン・タンク隊へと送った。

 

 

 

 なんとか、[プロクス]は崩れることなく、バランスを保ったが、その隙をつき、別の黒いジンが剣を突き立て、こちらに迫って来てきていた。[プロクス]も剣を抜くが、間に合いそうになかった。

 やられる…。

 隣でシートに捕まっているオリガは思わず目をつむった。

 が、その瞬間、どこからか飛んできた砲弾が黒いジンのスラスターを内部に突き抜けていくかのように当たった。

 スラスターが小爆発を起こして不調になり、一瞬何が起きたかわからない黒いジンの気がそれたのを狙い、テムルは、剣をふるった。剣刃は黒いジンの胴部を切り裂き、ジンは爆発した。

 「…間に合ったか。」

 さすがのテムルも冷や汗をかいていた。

 

 

 

 ‐Hit‐

 こちらから戦況が見えない状況で、ディスプレイに浮かぶ文字列が浮かぶ。これのみが、自分たちがモビルスーツに命中したかわかる唯一の方法だった。

 起伏ある丘に点在する林にリニアガン・タンクを配置させ、有視界から外れるのをあらかじめカモフラージュを施して設置したビーコンのみで距離と位置を観測して撃つ。

 だが、彼らにはもう1つ懸念があった。

 その結果を待ちかねていると、林の中からは急いで走って来る兵士の姿があった。エドガーはタンクのドアを開け、彼を呼ぶ。

 「弾の威力はどうだった?」

 そう、当てるのはずっとやってきたことだから簡単なことだ。だが、問題はMSに通用できるかであった。

 「はい…。スラスターの部分と弱い部分ですが、たしかに装甲を貫きました。」

 「そうか…。」

 それを聞いたエドガーは内心ホッとした。どうやら開発中の試作の砲弾はなかなか使えるようだった。

 「…しかし大将といい、スヴォロヴ中尉といい相手の庭を自分の庭に作り替えるが上手ですね。」

 ふたたび戦車の中に戻るとドライバーから笑みを向けていた。

 「まあな…。」

 だが、まだ1発だけだし、なにしろ試作品のため数が少ない。気を引き締めなければいけなかった。

 

 

 

 

 

 黒いジンが迂闊にこちらに近づかないように牽制し、にらみ合いが続く中、テムルは先ほど被弾したキャノン砲の状態を見た。しかし、モニターでは警告サインがでており使えない状態であった。そんものあっても邪魔なだけだ。

 「肩部キャノン、パージ…。プロペラントタンク、パージ…。」

 テムルは両肩のキャノン砲を2門とも外し、ついでにバランス調整の役割を担っていたプロペラントタンクもはずす。

 これで少しは軽くなった。

 が、残った武器であと3機相手にしなくてはいけなかった。

 そのうちの1機が別の方向に進み出た。

 どうやら敵も気付いたようだった。

 「中尉っ!」

 「敵もバカではないってことさ、パーシバルっ、少尉っ!」

 そしてインカムで叫ぶ。

 「わかっているっ!」

 別の林では、膝をついてなるだけ低くし、カモフラージュとして使っている木と同じ色の布から[ロッシェ]のモノアイが光り、大型のレールガンを構えていた。

 こちらもトレーラーと戦車との射撃データリンクをしている。

 まず、エドガーの戦車隊が砲弾を各方面より放つ。

 さすがに敵も理解したのか、なんとか避けようとするが、1発脚部に当たり、動けなくなる。

 「当たれっ。」

 そこを、[ロッシェ]がレールガンを放ち放たれ、黒いジンの胸部を貫いた。黒いジンは沈黙し、そのまま倒れ込んだ。

 

 

 

 

 「…今だ。」

 テムルは急いで降下カプセルに向かった。

 残りの2機も気付き、こちらを追いながら、突撃機銃を撃ってくる。[プロクス]も2連副砲で牽制しながら、急いでカプセルに向かう。

 あと少しで手が届く。

 と思った瞬間、[プロクス]に砲弾があたり、[プロクス]は衝撃で吹き飛ばされ、カプセルに激突し、倒れ込んだ。

 

 

 「いったい何があった!?」

 ユリシーズはスコープで戦闘の様子を見ている兵士に尋ねるが、それよりもはやくネイミーが報告する。

 「中尉っ!カプセル近くで熱紋が…。」

 すると、まるで地面からモビルスーツが生えるように、砂を被った黒いジンが現れた。

 「もう1機いたのかよ。っていうか潜んでいたのかよ…。」

 さすがのユリシーズも驚いていた。

 おそらくこのカプセルが降下した直後からいたのであろう。そして、あくまでも奥の手として向こうも残していた。今、それを使ったのだ。相手の無茶苦茶な戦略もさることながら、数日間ずっと潜んでいる強靭な精神に唖然とするしかなかった。

 「バータル軍曹!オリガ少尉っ!」

 そんな思案もネイミーの必死の叫びでストップした。そうやら返事がないのだ。だが、テムルが簡単にやられたとは考えにくい。

 しかし、[プロクス]は依然として動かなかった。

 

 

 (くっ…我慢できん!)

 パーシバルが通信越しに叫ぶと、カモフラージュを取り、そちらに勢いよく向かった。しかし、武器は長距離用の大型のレールガンとシールドのみの[ロッシェ]にはほんの少しの時間稼ぎしかならなかった。

 「くそっ!」

 ユリシーズは悪態をつくが、どうすることもできなかった。

 黒いジンが降下カプセルに近づいてくる。この状況でそれを止める術はなかった。

 奪われる…。

 誰もがそう思った瞬間、黒いジンの腹部にミサイルが当たり、爆発する。ジンはそのミサイルが放たれた方にギロリとモノアイを向ける。

 [プロクス]のコクピットが開いており、そこに人が立っていた。オリガであった。彼女は[プロクス]のコクピット内に備えていたランチャーを構えていた。

 「いっ…、オリガっ!?」

 スコープでそれを認めたユリシーズも驚きの声を上げた。

 オリガはふたたびランチャーを発射した。ふたたびジンに当たるが、ビクともしない。

 「おいっ、オリガ!下がれ!」

 ユリシーズはオリガに無線で連絡をするが、彼女はジンと対峙したまま、動かない。

 「オリガっ!」

 その状況にたまらず、タチアナが割って入り叫んだ。

 「早く、そこから退きなさい!そんなもの…守ってもしょうがないのよっ!」

 しかし、依然としてオリガは返事をしなかった。彼女の耳にはもちろん2人の言葉は聞こえていた。

 だが…。

 オリガはインカムを取り捨てた。

 ユリシーズが言いたいことも、お姉ちゃんが言いたいこともわかるが、聞きたくない。

 黒いジンがこちらに銃を向けてくる。

 あんなのに撃たれれば、ひとたまりもない。けど、退けなかった。

 自分がここで退いてしまったら、敵の思うつぼだ。

 負けてたまるか…。

 オリガはランチャーを構え、神経を集中させる。

 その時、遠くよりプロペラの回転音とエンジン音が聞こえてきた。

 それは黒いジンたちにも聞こえたのだろう。それを確かめるように空を見上げる。オリガもつられ、上を見上げると、連合軍の大型輸送機がMSの攻撃回避高度の限界を飛んでいたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 輸送機の貨物室には、1機のモビルスーツがおり、リクライニングの姿勢で電源を落とした状態でいた。

 直線的な形状で、ツインアイ、2本のV字のブレードアンテナ…。シールドとライフルを持ち、背部にはビームサーベルがマウントしていた。それは、地球連合が生み出したGAT-Xシリーズと似た形状のモノだった。ベースカラーは白、肩部とボディはコバルトブルーとストライクの青より少し濃い目で、腹部はグレー、そして排熱ダクトは黄色だった。

 (まもなく限界高度です。)

 輸送機のコクピットよりパイロットから通信が入った。

 「…わかった。」

 モビルスーツのコクピット内で待機していたパイロットはうなずき、OSを起動した。モニターに『General Unilateral Neuro-Link Dispersive Autonomic Maneuver…』と文字列が並び、計器類等が光り出す。

 MBE-003 ヘカトス。ヘファイストス社とアンヴァルの共同開発された高性能モビルスーツでOSはその性能に対応できるようにG兵器に搭載されているOSを使っていた。

 「ヘカトス…、『遠くにまで力の及ぶ者』。」

 ディアスは呟き、瞑目した。

 己の存在は世界の広さからすれば小さいものだ。

 自分の右眼を失った日から、自分の居場所を失ったときから、戦友たちを失ったときそれを痛感した。自分たちにとってあんな出来事(・・・・・・)でもそれを知る者はほとんどいない。あの時(・・・)から、ときどき自分は生者(・・)なのか、死者(・・)なのかわからなくなるときがある。

 (機体、パージします。)

 輸送機のパイロットの言葉と同時に後方のハッチが開いた。ディアスは目を開き、操縦桿を握った。そして、ガコンと留め具が外され、機体が後ろに下がり、ヘカトスは宙に躍り出た。

 

 

 

 何かが降って来る…!?

 オリガがそう思った瞬間、突如彼女は誰かに腕を掴まれ、気付いたときには[プロクス]のコクピットに入っていた。

 「テムルっ!?」

 黒いジンたちの意識が上にいったのを見計らって、テムルが彼女を連れだし、[プロクス]をその場から離脱を始めたのだ。

 「脳震とう…起こした。」

 テムルは短く毒づいた。

 「脳震とうって…あんなんだったのに、それだけ?いや、そうじゃなくてここから離れたら…。」

 「いいんだっ。」

 オリガの言葉をテムルが遮る。

 「あれは…味方だ。」

 

 

 

 

 

 

 この先、どこまで行けるか…。

 ディアスは照準器を出し、下のジンにビームライフルを狙い定めた。

 これが、その始めの…トリガーだ!

 ヘカトスのライフルから一条のビームが黒いジンの鎖骨を貫き、爆発する。それをうけ、他のジンは後方へ下がり、降りてくるヘカトスへ突撃機銃を撃ち続けた。ヘカトスはシールドで防ぎながら降り立つ。

 

 

 

 「凄い…。」

 オリガが感嘆しているのを余所に、テムルはヘカトスと黒いジンの戦闘を横目で見ながら、カプセルに急いでいった。

 もうこの[プロクス]の状態では援護に行けない。しかし、カプセル内に1機だけ(・・・・)あるアレであれば行ける。

 「少尉、もうすぐ着く。」

 そうして、カプセルの目の前につきコクピットを開いたテムルはカプセルの側面にある開口付近にワイヤーガンを放った。

 「待って、本当にコレを使うの?」

 オリガの問いにテムルは頷く。

 しっかりと固定したのを確認したテムルはオリガを抱え、カプセルまでジャンプし、中へと入っていった。

 

 

 

 (…バータル軍曹とオリガ少尉がカプセルの中に入りました。)

 偵察班からの報告が入る。

 「よしっ、あの黒いジン3機を隊長が相手にしている間に、戦車部隊と[ロッシェ]は下がれ。」

 (あの中にモビルスーツがあるんだろう?俺もとりに行く。)

 パーシバルが反論した。

 「いや、それは無理だ。」

 しかし、ユリシーズから予想外の言葉が出た。

 「あの中にはモビルスーツは1機しかない。」

 その言葉に、通信ウィンドウ越しのパーシバルを含め、周りの者たちは鳩に豆鉄砲を食ったような顔をしていた。

 「…はぁ~!?」

 そして、みな同時に声を上げた。

 

 

 

 

 相手の戦い方が変わった。

 これまでは一撃必中でこちらのコクピットやエンジンなどのバイタルパートを狙っていた。が、いくら撃っても効果がない(・・・・・・・・・・・・)理由に気付き始めているようであった。そして、今はずっとこちらの足を止めさせないように、応射している。

  2重装甲。

 実体弾に対して、ある程度無力化できるPS装甲ではあるが、展開している間電力を消費し続けるため、稼働時間はジン等のモビルスーツに比べ短い。

 その欠点の補填は、すでに初めて実用化されたG兵器の設計の時点から行われていた。 その1つが、この2重装甲である。

 外側に通常装甲、内側にPS装甲を備え、実体弾を被弾した時、外装に備えている圧力センサーの反応でフェイズシフトする。これにより、エネルギー消費量は大幅に軽減する。現在、G兵器を開発した大西洋連邦は、それを採用した後継機を開発しているという。

 とは言っても、いつまでも当たり続けていては、エネルギーは消費されてしまう。

 ディアスは計器のバッテリー残量を見ながら、罠とわかっていても、必死に敵の攻撃を回避するため、動かす。

 回避の度、全方位からのGが体に重くのしかかる。

 なるほど…こいつら手練れ(・・・)ている。

 自分たちのこれまでの先方が通用しなくても次の手を考える。しかも命令とか指示ではなく互いに自分たちが考え、意志疎通で行う。

 戦場の場数を踏まなければ、そんな判断はできない。

 そうか、おまえたちか(・・・・・・)…。

 だが、今はそんな感傷的な気分に浸っている暇はない。

 いくらモビルスーツの防御が優れていても、中身の人間がダメになったらただの鉄くずだ。

 これをいつまでも続けていては体がもたない。

 いい加減に、手を探さなければ…。

 そこへ正面の黒いジンが突撃機銃を構え、ふたたびこちらを撃つ姿勢を見せたとき、すると、後方の降下カプセルの方向から黒いジンに向け、機関銃が放たれ、黒いジンに銃弾の穴が開いた。そして、ジンはそのまま動かなくなった。

 「…助かったというべきか。」

 真っ暗な降下カプセルの中から出てきて、そのシルエットが鮮明になる。

 ヘカトスと同じような直線的な形状。背部にビームサーベル一対を、手には機関銃とシールドを持っている。頭部のセンサーはゴーグル型となっていて、ベースカラーは白で胸部はライトグレー。肩部と膝から下の部分、脚部スラスターはダークグレー。これは、ヘファイストス社が量産機として開発したものであり、GMW-01に各種戦闘目的に合わせた外装アーマーを装着することで、戦闘レベルのスペックを引き出させた機体である。この形態は通常タイプでMBE-01という形式番号を持ち、名称は『バレット』である。

 今、操縦しているのは先ほど中に入ったテムルであった。

 オリガはと言うと、カプセルの中で、巻き込まれない場所にいた。

 「テムル…いけるか?」

 ディアスは通信で尋ねると、彼はだまって頷いた。

 2機の黒いジンはというとうかつに動いてこない。

 この状況は不利だと分かっている。いや、すでに勝敗は決していた。

 それがわからないあいつら(・・・・)ではない。だが、彼らは撤退する動きは見せない。いや、撤退などないのだ。彼らのような部隊にとって、失敗=死なのだ。勝つことのみが生きることであった。それは、自分もかつて同じようなところにいたために十分理解できる。

 ディアスは一度深呼吸し、黒いジンを見据える。

 その目には、普段の気の抜けたものから鋭く、獲物を捕らえる捕食者のごとく戦士の眼をしていた。

 せめて、彼ら(・・)に戦う者として正面より受け止めよう。

 彼は操縦桿を強く握りしめた。

 どれほどの時間が経ったのだろうか。

 膠着状態を破るように、まず1機がこちらに射撃しながら迫って来る、その後ろからもう1機が剣を抜く。

 射撃するジンをテムルがバレットを駆り、シールドを掲げ、ジンに近づく。そして、2機がすれ違う瞬間に背部のサーベルを抜き、切り裂く。

 切り裂かれたジンは閃光をほとばしり爆発した。

 もう1機のジンはヘカトスに向かってきていた。

 ヘカトスはライフルを向け、放つ。

 だが、向こうはタイミングを見計らっていたのか、寸でのところ避け、右腕に当たる右腕は爆発し、持っていた剣とともに失うが、それでもなおジンは動きを止めず、頭から突進していった。思わぬ行動にディアスは動きが遅れ、後ろに押されカプセルに激突した。

 カプセルでは大きな衝撃にオリガが身を屈ませたのが視界にとらえた。

 「こいつ…。」

 ヘカトスのビームサーベルを取ろうと右手をあげるが、その腕を左腕につかまれ動かせなかった。その膠着状態が続いた。

 「まさか…。」

 ディアスは相手が何をするのか察した。

 「オリガ、そのまま伏せてろ!」

 全周波でディアスは叫ぶと、思いっきりフットペダルを踏んだ。ジンはそのまま抑え込もうとしたが、機体の性能差によって力負けし、今度はジンの方が押されていった。

 そして、ヘカトスはジンの首元と掴むと、空中へとジンを投げだした。

 その滞空中、ジンは内部より閃光が走り、爆発をした。

 最後の手段として自爆装置を使い、一矢報いようとしていたのだ。

 バラバラと落ちる、機体の残骸をディアスは見届けた後、トレーラーの方を一瞥した。

 「…許しは乞うつもりは、ない。」

 そして、通信を切ったコクピット内で独り言ちた。

 

 

 

 

 

 「大将…。無事に作戦は終了しました。」

 大西洋の海に夕陽が落ちるころ、フェルナンは基地近くの釣り場にいたアウグストの元に報告しにやってきた 。

 彼は目立つからとこの立案した人物から言われ、彼はずっと暇を持て余していたのだ。そこで作戦中は基地の近くの街の居酒屋で昼間っから飲んだり、このように釣りをしていた。

 「ユリシーズは?」

 本来なら彼もともに来る予定だったが、その姿はいない。

 「彼は、他のメンバーから詰問されています。」

 「まあ、モビルスーツ取りに行くと言いながらそのモビルスーツの1つが別の所からやってきたり中には1機しかないないなら怒るだろうな。まあ、それを込みでやったんだしな…。」

 今回の作戦…その目的の1つは、ヘファイストス社から送られてきたモビルスーツを取りに行くという形で、彼らが追っている部隊を自分たちの目の前に出させることにあった。

 「これで、ヤツらの正体が見えたといっても言い。」

 対する相手の姿が見えれば、こちらもそれなりの対処ができる。彼らが何者(・・)で、どこから続いているのか。その糸口が見えてきた。

 「そうですね…。しかし、本当に()には驚かされました。」

 「まあな…。それを提案された時はあれだったが。アイツは見事にやった。下手な目を出せば、今までの積み上げたものをすべて吹っ飛ばしかねない賭けで、人の命をチップにし、たった一言を引き出させた。」

 実は今回の作戦で、相手の姿以外にもう1つの狙いがあった。

 そして、それもまた見事に成功した。

 「いやはや…ときどき()の判断に困ります。」

 「まあな…、ああいったのも自分の家のくだらない日常の、あらかじめ敷かれたレールの上で生きていくことの嫌気からきているからな…。」

 そこで今話題にしている人物の話を切った。これ以上言うのも、彼に悪い気がしたからであった。

 「あとは…ディアス・ホークウッド次第だ。あいつが…コレ(・・)に、しかと向き合うかどうかだ、だ。」

 

 

 

 セロの散歩のために街に繰り出したディアスは途中、休憩がてら公園に行き、セロをペット用の遊び場に離した後、自分はベンチに座って、その様子を眺めていた。その一方では別の事も考えていた。

 「お久しぶりです、少尉(・・)。」

 すると、となりに大男が座ってき彼に挨拶をした。顔に大きな傷があるが、その落ち着いた雰囲気のため、威圧されてしまうようなものはなかった。

 「今は大尉だ。…まあ、階級なんて飾りだがな。」

 「…相変わらずですね。」

 大男はディアスの言葉に笑みを浮かべた。

 「そっちのほうはどうなんだ?」

 「ドゥァンムー殿のおかげで、こちらはみな、食うことには困らずにやって行けていますよ。」

 「…そうか。それならよかった。」

 ディアスはどこか安堵した表情で頷いた。

 「俺は…おまえたちにすまないことをしているな。」

 ディアスは視線を落とし、ふたたび話し始めた。

 「俺は…あの時(・・・)、死んでいるかおまえたちのように生きながら死人になっているかどっちかのはずだった。なのに、俺は生きている(・・・・・・・)まだ生きているんだ(・・・・・・・・・)だ。」

 「しかし、我々はあなたが生きている(・・・・・・・・・)、そして1年半前、あなたが我々に言った言葉があったからこそ、我々はこうしてここにいる(・・・・・)。でなければ、今ごろ世界のすべてを呪ってどこかでくたばっていたでしょう。」

 「…そうか。」

 その言葉がかえって辛いときもある。こういう生き方もまた彼らを苦しめているのではないかと自責にかられるときがある。そして、これから自分がいうことは彼らにさらに辛い決断をさせようとしていた。

 「…少尉。」

 隣の男はディアスの様子に心配そうに尋ねる。

 「すまない。本当はおまえたちが生き返る(・・・・)まではっと思っていた。が、アンヴァルだけではムリだ。あの時間(・・・・)を共有し、あの時(・・・)を乗り越えたお前たちの助けが必要なんだ。」

 ディアスが何を言いたいのか、それは男にはわかっていた。そして、これは彼が自分たちに謝罪することでもないことも…。

 「少尉の助けをできること…それも我々の戦う理由ですよ。」

 自分たちと同様にディアスもまた苦しい思いをしていた。そして、自分たちはさきほど言った通りあの時間(・・・・)を共有した戦友だ。だからこそ、いつでも呼ばれるのを待っていた。そして、その時は来たのであった。

 

 

 

 

 

 

 北アフリカの地中海沿岸の都市。

 ハルドゥーンを訪れにある部族の長がやって来た。彼の表情から憔悴しきっていることがうかがえる。

 「ハルドゥーン殿、どうすればいい。みな不安がっている。」

 「これは、どうすることもできないでしょう。()に弁明に言ったとしても、今度は我々に銃口を向けてくるかもしれない…。」

 「しかし…それでは、バナディーヤが…。」

 部族の長は悲痛な面持ちをした。その気持ちはハルドゥーンにも痛いほどわかる。だが、どうすることもできなかった。

 ハルドゥーンは邸宅の中庭に目を移した。

 「()猫であった(・・・・・)と思えてしまうほど、嫌な後任がきたものだ。」

 

 

 

 

 サハラ砂漠。

 この時期にかかると砂嵐が頻繁に発生し、砂塵が強風に吹き上げられ上空高く舞い、それはまるでおぞましさを感じさせるほどのものはであるが、今日リビア砂漠の交易都市であるバナディーヤでは別の様相を見せていた。

 「なんだよ…、あれはっ。」

 変事を聞きつけ、様子を探りに来た『明けの砂漠』の者たちがその光景に開いた口が塞がらなかった。

 バナディーヤの街を覆うように空高く上っている砂嵐のようなものは、黒煙であった。そして、街は、火の海であった。

 周りにはザフトの陸上戦艦及びMSが包囲し、街に向け砲撃している。

 

 

 陸上戦艦の艦長が困惑気味にこの作戦の指揮をとっている白髪の優男を見た。男はつねに笑みを絶やさずにいて、この状況でも笑っているのかと、艦長は背中に寒気を感じた。

 本来なら階級は艦長の方が上ではあるが、彼の所属するザフトの部隊とその隊長が国防委員長より与えられた権限により、口を挟むこともできなかった。だが、これをいつまでも黙ってい見ているわけにもいかなかった。

 「なにも、ここまでしなくても…。ここはバルトフェルド隊長の駐屯地になっていた場所です。これでは我々に反抗する者が出てきます。」

 艦長はおそるおそる尋ねるが、その男は気にも留めていないようであった。

 「では…その時は、その者たちを1人残らず(・・・・・)消さなければなりませんな。」

 恐ろしい事をさも当たり前のごとく話すその男に艦長は顔をひきつらせた。

 「そもそも、バルトフェルド隊長が甘い要因も一因にあるんですよ。聞くところによると、ここバナディーヤからもレジスタンスがいたそうじゃないですか。彼らを支援した者もいたとか…。で、あるならばここも攻撃すべきでしょう?」

 「しっ…しかし、この街には民間人もいます。仮にレジスタンスを支援していた者たちがいるのであれば、その者たちを見つければ…。」

 「民間人(・・・)とは()ですか?」

 優男は艦長の言葉に対し、質した。

 「あなたは…民間人(・・・)反逆者(・・・)の見分けがつくのですか?」

 優男は艦長の方に顔を向き、なおも問い詰める。艦長はその問いに答えることができず、言葉につまった。

 「見分けがつかないのであれば、すべて(・・・)を葬らなければならないのですよ。たとえ、1人でも残せば、後の禍根(・・・・)となる。それは歴史が証明しているでしょう?ゆえに、私は疑いがあれば根こそぎ刈ります。やるからには徹底的に行います。…それが、私の信条です。私が、そうですから(・・・・・・)…。」

 「例え、それが後顧の憂いのなるものだとしても…よくぞそのように平気な顔(・・・・)をしていらっしゃる。」

 艦長は皮肉交じりに言ったが、当の本人はどこ吹く風とばかりに答える。

 「これが、仕事(・・)なので…。」

 すると、通信をキャッチしたのか、オペレーターが報告した。

 「本国よりユースタス隊長より通信がはいってきました。」

 そこへ通信が入った。

 (首尾はどうだ?)

 「抜かりはございません。ユースタス隊長。」

 (そうか…。これからザフトはこの情勢を決するべく大規模作戦を行う。ささいな綻び(・・・・・・)も見逃してはならないのだ。)

 「はい。」

 (ところで今、ジブラルタル基地に屯留し、北アフリカのレジスタンス掃討をおこなっているな?)

 「はい、現在進行形ですが…。」

 (すまないが、そこは現地部隊に任して、違う任にあたってくれ。)

 「隊長がそこまでおっしゃるということは…とても重要なことが起きましたか?」

 (ああ。先日、ユーラシア地域に落下した降下カプセルを調査した部隊が全滅した。偵察機の壊れたデータを修復していると、かろうじて画像が残っていてな…。そこには新型のMSが映っていた。)

 「ほう…。たしかに脅威、ですな。」

 その優男のにこりとした笑みの瞳から不気味な光を放っていた。

 

 

 

 

 ハックは格納庫に搬入されてきたモノをかれこれ小1時間見続け、その正体を探ろうとしていた。しかし、考えれば考えるほど、わからない。

 それは一見すると青い色をした戦闘機のようだった。しかし、戦闘機にしては大きい。それに、コクピットも普通は上にあるはずなのだが、腹部と言い表していいような場所にあった。ハッチが開いていてそこでは|コレともに乗って来たススムとかいうアンヴァルの整備士がメンテをおこなっているのだから間違いない。

 「なあ…アレっていわゆるモビルアーマーか?」

 ちょうど近くを通ったサイラスに聞いた。

 「すこしは勉学に励んだ方がいいと思うがな。モビルアーマーとは宇宙戦闘機のことを言うのだぞ。それがわざわざこの大気圏内のましてや海中を移動する潜水艦にあるとはお笑い草だ。」

 「じゃあ、なんなんだよ。そもそもアレがなんでここにあるんだ?また船長のコレクションが増えたのか?」

 「あれは、積荷(・・)だ。」

 「船長っ!?」

 ハックはまさか今話題にした当人が近くにいたとは思わず驚いた。

 「積荷とは…?」

 そんなハックの様子を横目にサイラスがネモに尋ねた。

 「ああ。ヘファイストス社というより、アンヴァルからなんだが、最終目的地はアラスカだが、その前に追いつければ渡してくれ、と言われてな…。」

 「そこへ渡せば、これの正体もわかるんですね?」

 ハックは身を乗り出し尋ねた。

 ネモの曖昧な表現よりもアレ(・・)がいったいどういうものであるのかという思いの方が強かった。

 「なんだ、ハック…。やる気だなぁ。この積み荷を届けるのが優先事項だけど、他にもい事が立て込んでいてな…。ここはハックに任せるか。」

 「船長~、そりゃぁないっすよ。」

 ガックリとうなだれるハックに隣にいたサイラスをはじめ、近くにいた船員たちは大笑いした。

 「どうしたんですか、いったい…?」

 そこへ話題になっている巨大な航空機(・・・・・・)の整備を終えたススムが入って来た。まさか、自分のことが関係しているとは思わず…。

 「いや、な…。アレ(・・)がいったいなんなのかハックが知りたがっていてな。」

 ネモが笑いをこらえながら説明する。

 「なあ、ススムさんよ~。せっかくタダで乗せるんだからアレ(・・)について教えてくれよ~?」

 「ダメですよ…。」

 ハックはススムに頼むが見事に断られた。

 「一応、アンヴァルのものなので、機密扱いなのですか…。」

 「そこを頼むよ~。開発に関わってきくじゃないか、ススム~。技術者としてはやっぱり性能とか誰かに話したいだろう~?」

 「それは、そうなのですが…。」

 ハックに付け込まれ、困った顔で考え込んだススムは少し観念したようだった。

 「…わかりました。名前だけですよ。」

 そして、タブレットを出して操作し、ハックに見せた。

 「どれどれ…。」

 ハックがのぞき込むと、そこには型式番号MBE-008という数字と『GRADIVUS』というこの機体の名称が表示されていた。

 

 

 

 

 

 

 




あとがき
 やはり1ヶ月がちょうど投稿できる間隔期間ですね…(汗)
 ところで(あえて話題をかえて…)最近、電子書籍を買ったのですが、ガンダム関連では今まで出版されたけど本屋でなかなか見つけることができなかった小説版を買っています。
 読んでこの小説のスキルアップに繋げればいいなぁ…(願望)。
 面白くて、次のを買っていくといつの間にかお金が…(汗)
 今月は発刊情報がでてからずっと楽しみにしていた例の新装版も出ることですし…(前々回あたりでこのあとがきに書いてあれ(・・)っす。)
 次回のあとがきはたぶんその話になると思います。


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PHASE-40 出港前日 

1ヶ月更新が遅れに遅れ2ヶ月近くたってしまいました…。
今話で話の本筋に戻ります。
なにか久しぶりの主人公がでたなぁ…って感じてしまいました。


 モルゲンレーテ社の作業員たちが昼夜を問わず、補修作業に取り組んでくれたおかげで大損害を受けていたアークエンジェルは以前と変わらぬ姿に戻っていった。そして、いよいよ出航に向け、艦および搭載機の最終チェックも行われていた。

 格納庫で[トゥルビオン]の最終チェックを終えたルキナは、部屋に戻ろうと歩き出したところ、上方より何か白いものが飛んできているのが目に移った。

 いったい何なのか、と目を凝らすと、それはだんだんと下降し始め、ちょうどルキナの目の前に着地した。

 「紙…飛行機?」

 それを拾い、手に取ったルキナは訝しんだ。大抵の紙飛行機は折り紙だが、この紙飛行機は厚紙で作られていた。

 いったい誰が、そしてなぜ作ったのかと疑問に思っていると、紙飛行機が飛んできた方向からヒロが走ってやって来た。

 「よかった~、ルキナが拾ってくれて…。もし、パワーローダーに踏んずけられてもしたら、どうしようかと…。」

 ヒロは息を整えながら、ホッと胸をなでおろした。

 「これ…ヒロが作ったの?」

 ルキナはヒロに紙飛行機を差し出した。

 「ううん、フォルテが作ったんだ。」

 紙飛行機を受け取った、ヒロは指さし、ルキナを促した。彼の指の先の方向に共に進むと、そこにフォルテとカガリがいた。

 ここのドックに入って半月、あまりにも暇を持て余したフォルテは紙飛行機を作り始め、そして飛ばさなければ意味がないと、この艦で一番広い空間である格納庫で試しに紙飛行機を飛ばしていたのだ。

 「本当なら、ゴム動力飛行機とか作りたかったんだが、いかんせん、誰かさん(・・・・)がまったくもって役に立たずで…。」

 「悪かったなっ。第一、いきなり、ああだこうだと言われても、専門店すらも知らないんだから普通はムリな話だっ。」

 フォルテがわざとらしくため息をつきながら、ちらりとカガリを見る。そのカガリは心外そうに言い返した。

 どうやら、フォルテはクラフト飛行機を製作しようと考えて居たらしいが、艦内に満足な材料はなく、唯一島の街へと行けるカガリに買い物を頼んでも、結局どういったものを買っていいのかわからなかったため、厚紙の紙飛行機になったのである。

 「でも、こんなに飛ぶなんて思わなかったよ。」

 ヒロは目を輝かせて、紙飛行機を眺めた。

 「それは…アレだ。飛行機の機体のバランス云々しかり、飛ばし方やいかに紙飛行機を空気の流れに乗せるか、だな。」

 「流れに乗るか…。実際、[トゥルビオン]で飛行するのも、うまく風に乗ることを考えるから、やっぱり同じことなのね。」

 「へ~、そうなんだ。」

 「って、クリーガーも飛行できるだろっ!?」

 ルキナの言葉にヒロが感心しているのをカガリは思わず突っ込んだ。

 「う~ん…そう言われてもクリーガーを飛行させることでいっぱいいっぱいだから、そんな風に考える余裕なんてないからなぁ…。」

 「まあ、まだまだっていうことだな。」

 「少しは見習えよな。」

 「え~と…。」

 カガリとフォルテの言葉にヒロは何も言い返すことはできなかった。彼らの話を聞きながら、ルキナは紙飛行機に目を移した。小さいころ、よく父親が好きで、飛ばしていたからだろうか。どこか懐かしさが込み上げてくると同時に寂しさもあった。

 「しっかし…いくら飛ぶって言っても、あんな風にだれでも…。」

 と、カガリはゴムを紙飛行機の先端に掛け、パチンコ玉のように打った。紙飛行機は、勢いよく上がっていき、格納庫上部の空調の流れに乗って遠くまで行ってしまった。打ったカガリ自身、まさかそこまで飛ぶとは思わず思わず目を丸くしていた。

 「カ、ガ、リ~!」

 フォルテは勢いよく飛び出し、紙飛行機の行く先を目を凝らした。

 「ほらっ、カガリっ!おまえも行くぞ!誰かに壊されたら、たまらんっ!」

 「なっ、なんで私が…。」

 「お前が考えもなしにやるからだっ。」

 そして、フォルテは無理やりカガリも同伴させ紙飛行機を追いかけて行った。

 「あちゃ~…。」

 完全に置いてけぼりをくった形となったが、今更追いかける気もなかった。ふとヒロは目を落とすと、余った厚紙とはさみが置かれていた。

 「…作って待ってようか?」

 ヒロはそれらを手に持った。万が一、飛んでいった紙飛行機が壊れたときのことを考えれば、妥当かと思った。自分はただフォルテがいくつかの形のを作っているのを見ていただけであったが、そのうちの簡単そうなのは出来る気がした。

 「あっ…、もちろんルキナが良ければだけど…。」

 あまり浮かない表情をしているのに気付いたヒロはルキナに尋ねた。

 やっぱりこういうのは敬遠されるのだろうか…。

 しかし、ルキナからの返答はヒロの心配をいい意味で裏切るものであった。

 「ええ、いいわよ。私…好きよ。そうやって何かに夢中って。」

 「そっ、そう…かな?」

 元々はフォルテが始めたものであったが、なにか横取りした気分になりながらも、ヒロはなにか照れた。

 「だったら…もうちょっと端の方に行こうか?」

 そんな2人の様子をたまたま通りかかったトールはう~むと唸りながら見て、なにかを考えるしぐさをしていた。

 

 

 

 

 旧世紀の中近世の西欧の宮殿を思わせるような大きな白い邸を、そのような豪勢な建物は自分には縁のないものだ、と思いながら、シキは後にした。

 その建物ふさわしい門構えから出ると、クオンが軍用車とともに待っていた。

 「やれやれ…、ここまで大きいとあの(いおり)がしれっと建っていても気付かないだろうな。」

 車の後部座席に乗り込んだシキは己がかつてよく訪れていた庵を引き合いに出した。

 「庵の主は落ちぶれ氏族…対して、こちらの邸の主は最大首長です。」

 「もしどちらかを選ぶとしたら…君は()を選ぶだろう?」

 クオンは何も言わず車のキーを回し、エンジンをかける。だが、バックミラーに写った顔よりかすかに微笑んでいるのを見え、それが答えであると、シキは理解した。

 「…そうだ、外出ついでだ。いいコーヒーを出す喫茶店があるのだが、どうかね?」

 何を言いだすか、と思えば…。この外出を口実として使おうというシキの思惑に気付いたクオンは辟易とし溜息をついた。

 「二佐…、それでしたら、基地に戻ってデスクワークの合間のコーヒーの方が格別です。…書類がたまっています。」

 シキの誘いをクオンは体よくあしらい、車を発進させた。

 

 

 

 軍用車が去って行くのを、ウズミは応接間の窓より覗いていた。

 「ウズミ様…。」

 すると部屋の隅のちょうど陽が入ってこなく影になっている場所に1人人物が音もなく姿を現した。

 それに対し、ウズミは驚くそぶりを見せず、窓に向いたまま声をかける。

 「さきほどの話…頼むぞ。」

 「はい。」

 それだけの会話をすますと、その者は音もなく立ち去った。

 シキを呼びだした一件、独自に進めていたモビルスーツ開発計画を表向きは凍結にし、裏では試作機の開発を続け、今後起こるであろう有事までに、秘匿管理することであった。それを担ってもらうためにウズミは彼を呼び出した。いや、正確には彼ら(・・)もしくはかの組織(・・・・)と言うべきか…。

 みなまで言わずとも、理解し、己らがどうするべきかわかっている。そして、それを着実に実行する。

 恐ろしさを感じてしまうほどの優秀さであり、訓練をされているのであろう。

 そう感嘆しつつ、ふと寂しさも去来した。

 これもまた…オーブの真実。

 コバルトブルーの海、どこまでも続いているかのような錯覚を覚える澄み切った青空…。

 ここから見えるオーブの美しき景色がその思いを一層と増してくる。

 『他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない』

 オーブ建国時より掲げている理念ではあるが、それだけで通すこともできない。そのための()がなければやっていけないのも事実だ。その一つが軍事力、そしてもう一つ…。それが、彼ら、だ。

 彼らは建国時よりオーブを裏の根の部分より守って来た組織である。通常、このオーブのアンダーグラウンドの仕事は代々サハク家が担ってきた。が、かの組織はサハク家を含め、どの氏族にも属さない、という点である。

 だが、本当にそれが正しいことなのであろうか。

 力はただ力。

 むしろ虚勢の張ったものでしかないのではないか。そう思うのは、自身もまた同じであるからであろう。

 ウズミの脳裏にふとあの時の光景が思い出された。

 あの日は雨であった。

 空港にて着陸した飛行機のタラップから棺が数人に抱えられながら降りてくる。

 すべてが一変した。

 これまで威厳に満ちた父親は、覇気を失い、急激に衰えた。

 そして、自分も…。

 雨が降りしきる中、喪失という悲しみと同時に、いやそれ以上に、自分の内側より、雨をも蒸発させるのではないかと思うほど、激しく熱い炎が燃え上がるのを感じた。

 それが、殺した相手への憎しみだと、理解するにはさほど時間がかからなかった。

 できることであれば、その炎の勢いのままに、おそらくすべてを焼き尽くが如く相手に復讐したかった。だが、それはできなかった。

 もしかしたら、父親もそうだったのかもしれない。

 1人の父親として、大事な家族を殺されたことへの復讐を果たしたいという思いと、己が国家元首であり、そうしてしまうことで国を災禍へと導いてしまう未来への懸念というジレンマの中であったのかもしれない。

 そうなること(・・・・・・)をわかった上で、彼女は死の間際に、己の死についてのことを遺したのだろう。

 我々が銃をとらないように…、オーブと言う国を炎に飲み込まれないように、と…。

 

 

 

 

 「ヒロ、このままでは手遅れになるぞっ!」

 「…どうしたのさ、トール。」

 いきなり部屋に入って来て、まるで締め切りまじかで消費者の購入心理を促すような文句を発したトールにヒロは困惑した。

 そもそも何が手遅れになるのか、ヒロには思い当たるふしがなかった。

 それに対し、トールはなにかもどかしげであった。

 「お~い、こっちは作業中なんだ。あんまり騒ぐなよ。」

 あれから紙飛行機を作っているとき、フォルテとカガリは戻って来たが、手元には案の定というべきか紙飛行機はなかった。フォルテ曰く、とてつもない壊れ方をしていて、目にも触れたくないほどであったらしい。(そもそも、紙なのにどういう壊れ方をしたのだろうか。気になるが、すでに現物はないため見ることも構わない。)

 そして、もう作る意欲を失ったフォルテはさっさと道具類を片付けてしまい。その場で解散という形になってしまった。そこでさすがに悪いと思ったのかカガリはあの後、エリカに手伝ってもらい、クラフト飛行機の材料とパーツを買って持ってきたのだ。(ちなみに、エリカからは子どもにと、紙飛行機の製作を頼まれた。)製作の意欲を取り戻したフォルテはエリカの子どものために紙飛行機を、そして、自分のためにクラフト飛行機を作っていた。

 そんなこんなで、フォルテは集中して取り組みたいと思っていたが、トールはそれに構わず話を続けた。彼にとっては、こっちの方が重大であった。

 「いいか、もうすぐアラスカだろう?」

 「うん、まあ…やっと、というか…。」

 「そしたら、お前は仕事を終え、俺たちも除隊だ。」

 「まあ、そうなるだろうね…。」

 トールはここまで言ってもヒロの反応が薄いことにじれったく感じていた。

 「ホントに察しが悪いな。ということは、ルキナにも会えなくなるんだぞ。」

 「…たしかに、ルキナともみんなとも別れるのか。寂しいな。」

 「だぁ~、そこじゃなくてっ!」

 鈍感なのか、わざとはぐらかせているのか、トールとしてはヒロ自身から気付いてほしいため、自らその言葉を口にすることはできないと思っていた。しかし、これではいつまでたっても彼がそこまでたどり着けるようには思えなかった。

 『待て、トール。お前の聞き方や考え方はわかるしかし残念だが、それがヒロには通用しない。』

 そこへビープ音を鳴らしながらジーニアスが割って入った。

 「じゃあ、どうするんだよ?」

 『もうストレートに言うしかないのだよ。まあ、ここは私に任せろ。』

 「あのさ…。いったい何を話しているのさ?それに、なんでジーニアスはわかるの?」

 ヒロは彼らの会話についていけなかった。

 『それだけ、おまえはわかりやすい信号を出している、ということさ。それは、ずばりっ、ヒロっ、おまえがルキナを好きだと言うことだ。しかも『Like』ではなく、『Love』つまり、男としてのヒロは、女としてのルキナを好きだということさ。』

 「あっ、えっ…。」

 ジーニアスの唐突に、そしてストレートな指摘にヒロは固まり、そして顔面が赤くなっていった。ジーニアスはさらに続ける。

 『そして、それに勘付いている我々はいい加減、告白しろっと言いたいのだ。』

 「えええええっ~」

 『告白、とまでいかなくともデートに誘うなりなんなりとしろ、ということだ。しなければもうアラスカへついて以降、会う機会がほとんどない状態で、時が流れ、ヒロの秘めた思いだけ残して、ルキナは別の男と…。』

 「だだだだって…そんなこと僕が一方的に…。そっ…それに、ルキナの気持ちだって…。」

 「だぁー、そんな相手の気持ちうんぬんよりまずはヒロがどうかだなんだよっ。で、どうなんだ、好きなのか?好きと認めちまえー!」

 『それともなにか~。なにか、あるのか?ルキナが別の男を好きではないのかという思い当たるフシが!?』

 「それは…。」

 ヒロは口ごもる。

 「あー、もう面倒だな…。」

 2人と1体(?)のやりとりにうんざりした様子のフォルテはそちらに向き直った。

 「ヒロ、さっきもう会えなくなるのは寂しいって言ったろ?なら、そういう意味で(・・・・・・・)その後も会う約束すればいいじゃねえか?」

 「「えっ?」」

 『なんですと!?』

 唐突な提案に2人(と1台)は素っ頓狂な声を(文字列を)上げた。

 「まあ、つまりだな…。任務の空いた休暇とかを利用して会うってことさ。どこで会うかや行くのかを適当でもいいさ。それなら、トールの目的も半分は果たせるだろう?」

 「たしかに…。」

 トールは考えるしぐさをしながら頷いた。

 「でも、それって結局やっぱり何かなくちゃいけないんじゃないかな?いきなり会おうっていのも…。」

 「だから、それは適当でいいって。どっか見に行こうとか、食べに行こうとか…。」

 「ふーん…って、それってやっぱりデートじゃ…。」

 「ああっ、それいいねっ!」

 フォルテの提案にふとヒロは指摘しようとしたが、トールに遮られた。そして、トールはヒロの方に向き直り、肩をがしっと叩いた。

 「じゃあ、ヒロ、それで決まりだ!何でもいいから誘えっ。」

 「誘えって言われても…なにかあるかな?」

 ヒロは考えてみたもののなかなか案が浮かばず、フォルテの方をみた。どこまで聞く気だとフォルテは思ったが、自分から言った手前最後まで答えるしかなかった。

 「う~ん…ジェラートかな?」

 「ジェラート?」

 「あの長靴の半島じゃ、名物の氷菓だ。有名な映画でもジェラート食べるシーンあるし…、古代からある都市の観光名所の泉の近くや水の都として有名な街の広場にも売られているほどだ。ある意味、街を散策しながらっていう理由づけもできるだろう?」

 「そうか…。」

 「よし、そうと決まれば行くぞっ。」

 いきなりトールは立ち上がった。

 「えっ!?今っ!?」

 「当たり前だ。善は急げって言うだろ?」

 『待て、面白そうだ。私も行くぞっ!』

 トールはジーニアスを抱え、驚くヒロを有無を言わさず、引っ張って部屋を出て行った。

 「やれやれ…。やっと静かになったか。」

 面倒事が終わってホッとしたフォルテはふたたび取り組み始めた。

 

 

 

 

 オーブ近海から少し離れたところでザラ隊を乗せたボズゴロフは浮上していた。隣にはカーペンタリアからの補給艦が並んでいる。アスランは上部甲板にたたずみ海を見つめていた。

 ‐『足つき』はオーブにいる。間違いない。‐

 それのみで根拠を言わないアスランに当然、イザークとディアッカは反論したがそれを譲らず、オーブから出てくる前提で待ち伏せをかけた。もちろん、そのことに不満があるのは彼らだけではなくこの艦の艦長をはじめクルーたちもであった。だが、アスランはその根拠を決して言うことはできなかった。

 そこへクトラドがやってきた彼の横に立った。

 相も変わらずの無表情であるが、おそらく彼も何か言いに来たのであろう。

 しかし、彼の口から出たのは意外な言葉だった。

 「海は…初めてか?」

 「………はい?」

 思わぬ質問にアスランは目を丸くした。さすがのクトラドも言葉が少なかったのかと、改めて質問した。

 「君たちは、宇宙生まれの宇宙育ちだと聞いている…。こうやって本物の海を目にするのは初めてだろう?」

 「…そうですね。」

 プラントにも一応海は存在するが、本物の海はそんな人工的なものとは比較することもできないぐらい広大で、圧倒される。

 「地球生まれ…ですか?」

 「ああ…。ただ、海とはまったく無縁の山岳地帯だったがな…。」

 それ以上会話が続かず、2人の周りの海鳥と波の音しかなかった。ややあってクトラドが口を開いた。

 「…すまない。」

 「えっ!?」

 いきなり謝られたアスランはいったいどうしたのか、と驚いた顔をした。

 「…話下手でな。言わなくてはいけないとわかっていてもなかなか…。」

 そして、クトラドは溜息をついた。

 「まったく…。こういうときに戦歴の長い自分が言わなくてはいけないのにな…。」

 そうまで言われ、アスランはハッとした。

 おそらくクトラドは自分におそらく意見を言いに来たのだろう。

 「すみませんでした。自分が気付くべきだしたのに…。」

 アスランは姿勢を正し、クトラドに向いた。だが、逆にクトラドは戸惑った様子だった。

 「いや…俺は何も、隊長の判断に何か言いに来たわけではなくてだな…。」

 その表情から読み取れないが、おそらく困った顔をしているのであろう。

 「…クルーゼ隊長から、内密に、ということでかのパイロット(・・・・・・・)について、聞いている。」

 アスランはドキッと心臓が跳ね上がるような感覚に襲われた。

 「えっ…!?それでは…。」

 「いや、誰にも話していないし、話す気もない。隊長がどういう思いか、その表情でわかる。けど、言わずとも心配する者もいる。きっと俺以上に、いい言葉をかけてくれるだろう、な。」

 クトラドは視線を後ろに向けると、甲板に上がって来る自分の影があった。

 そして、クトラドはくるりと背を向け去って行った。

 アスランが彼を黙って見送ると、さきほどあがって来たニコルが近くまでやってきた。

 「クトラドさんと話していたのですか?」

 「あっ、ああ…。」

 アスランは何と答えればいいか考えあぐねた。

 「あっ、いや…地球のこと、とか?」

 するとニコルが目を輝かせて話はじめた。

 「そうですか。クトラドさん、結構地球に詳しくて、僕、いろいろと聞いたんです。」

 「あっ、ああ…。」

 地球に降りてからニコルは、よく自分にプラントではみることのできない、地球の変化を子供のように興奮した顔で報告してくれていた。おそらく、地球に住んでいたクトラドにその疑問等を聞いたのであろう。

 すると、仕事を終えた補給艦がボズゴロフから離れて行き、だんだんと海へを潜っていった。

 その姿をしばし、2人で見送った後、ニコルがふたたび口を開いた。

 「これで、僕たちの機体の大気圏内用の装備を使うことができますね。」

 アスランの表情にどこか暗いことに気付いたニコルは心配そうに彼を見た。

 「何か…あったのですか?」

 「え?」

 「いえ…ずっと思い悩んでいるというか…。今回の決断のことですか?」

 「いや…その…。」

 ニコルが自分を心配してくれることは嬉しいが、だからと言って本当のことを話すことはできなかった。どう答えればいいのか思い悩んでいると、ニコルから意外な言葉がやってきた。

 「でも、僕はアスランを、じゃない隊長を信じています。」

 一瞬、目を丸くしたアスランだったが、純粋に自分を慕ってくれるニコルに思わず笑みがこぼれた。

 「…そうか。そうだな、ニコル。」

 そうだ。自分は、今、この隊の隊長なのだ。

 キラのことで悩むことはある。が、ニコルのように自分を信じてくれる者のために戦わなければいけないし、しっかりしなければいけない。

 アスランは改めて思った。

 

 

 

 

 「なあ、頼むよ~。」

 「そんなこと言われても…。」

 マードックはキラにむかって両手を拍ち、頭を下げた。当のキラはというと、困惑していた。

 「一回だけっ。なんならほんの数秒動かすだけでもいいんだ。坊主…いや、『少尉』殿っ。」

 マードックはこの時とばかりにキラを普段の『坊主』呼びではなく、『少尉』と敬称をつけるが、だからといって、キラにもゆずれないものはあった。

 「どうしたんだ、いったい?」

 ムウが冷やかし半分にやってきた。

 「マードック曹長があのストライカーパックを使ってほしいって言っているんです。」

 キラは視線をそのストライカーパックに目をうつした。エールストライカーとソードストライカー、ランチャーストライカーをそのまま3つ合わせたストライカーであった。

 「たしか…、スカイグラスパーと一緒に搬入されたっていう、なにかストライカーパックを全部乗せたような…。」

 「マルチプルアサルトストライカーっすよ。」

 ムウの上をかぶせるようにマードックが答える。

 「僕は、あまりにも多機能すぎて使い勝手が悪いのと、あまりにも重すぎてストライクの機動力が低下するからって使いたくなかったんです。」

 キラはもうこのやりとりが何度目か、辟易としていた。

 「そうだ。なんなら少佐のスカイグラスパーでもいいからお願いしますぜぇ…。」

 「いや~、まずこんな重いの乗せては飛べないだろ。」

 「そこは少佐の腕でカバーを…。」

 「おだててもムリなものはムリだし…。」

 キラはマードックのお願いがムウに移った隙を見て、格納庫から出ていった。

 確かに、ストライクは試作機だ。いろいろ試すのは当たり前だが、さすがにあの3つのストライカーを合体したものはどうかと思う。それを言えば、マードックからは「ロマンだ」と返されてしまい、果たしてどうすべきか。

 そうこう思案しながら廊下を歩いていると、途中トールがジーニアスを抱え、なにかのぞき込んでいた。不審に思った、キラは近くまでやってきて、彼にたずねた。

 「なにしているの、トール?」

 「しー…キラ、今大事なところなんだ…。」

 『ヒロの人生でいくつかある最大のイベントなんだ。』

 キラは訝しみ、トールが覗いている方に目を向けた。そこではヒロとルキナが何か話しているようだった。キラもまた、彼らの会話に聞き耳を立てた。

 

 

 

 「そういえば…今、フォルテさんまた飛行機の製作始めたって?」

 「うん。あの後、落ち込んでいてずっと寝込んでいたのに、箱を見た瞬間、思いっきり飛びあがったんだよ。けど、ごめんね。せっかく作っているときだったのに中途半端に終わって…。」

 何気ないやりとりだが、どこかヒロのほうはぎこちない感じがする。ルキナは気付いていないのか、気にしていないのか話を続ける。

 「いいのよ、フォルテさんが元気になってよかったじゃない。」

 「まあ、ね…。」

 その会話をトールとジーニアスはじれったく見ていた。

 「今だっ、ヒロ。切り出せっ。」

 『前振りが長い。これでは言うタイミングを逃すぞっ。』

 「いったい2人は何をしてるのさ?」

 事情を知らないキラはむしろ2人が邪魔をしているように思えた。

 「あっ…ところで、さ…。」

 ヒロも感じ取ったのか、どぎまぎとしながら話題を変えた。

 「あのさぁ、ルキナ…ジェラートとか食べたくない?」

 「あーなんという誘い方…。」

 『基本のキもなっていない…。』

 トールとジーニアスはがっくりとうなだれた。

 さすがにルキナもいきなりで困惑していた。

 「えっ…。」

 さすがにまずいと思ったのかヒロは焦った。

 「あっ、いや、その…。さっきおいしいジェラートの店があるって聞いて…それで…、アラスカに着いてこの任務が終わった後、いや、それから少し明けてでもいいから…どうかなぁって…。」

 ヒロがしどろもどろになりながら一生懸命にわけを話していると、ルキナはお腹を抱え、笑いをこらえていた。

 「えっ…なんか僕、おかしかった、かな?」

 この状況は考えていなかったので想定外のことにヒロは呆然としていた。

 「ああ、可笑しい。」

 『まったくだ…。』

 一方、外野ではトールとジーニアスが完全に実況と解説役へとなっていて、キラは呆れた様子を見せていた。

 「いえ、ごめんなさい。…ねえ、ユリシーズになにか吹き込まれた?」

 「えっ!?ユリシーズさん!?」

 いきなりユリシーズの名前が出てきて、ヒロは驚いた。

 ふと思い当たるところがあるが、このジェラートには当たり前だが一切かかわっていない。とは言っても、トールに焚き付けられたからとも言えない。

 「いいや、いいや…。なにもっ。」

 「そう…。」

 ルキナはしばし何か考えているようだった。

 「あーこれはダメだな…。」

 『ヒロの恋はここで潰えるのかぁ~。』

 「2人とも、遊んでいるの真剣なの?」

 2人の会話とこの1人と1台からだいたいの状況はわかってきた。こういうのかこっそりとみるのは悪いと思いキラは去ろうとしたが、トールに無理やりつかまれ、そのままとどまることになってしまった。

 「あの…ルキナ?」

 いまだ返事を言わないルキナにヒロはおそるおそる声をかけた。

 だが、この様子だととてもではないが成功したとは思えない。

 「じゃあ、そしたらさ…。」

 ややあってルキナが静かに口を開いた。

 「途中で終わっちゃった…紙飛行機製作の埋め合わせっていうことで、どうかしら?」

 「埋め合わせ…っていいの!?」

 いい返事を期待していなかったヒロは思わず驚きの声を上げ、思わず確認してしまった。

 「ええ。」

 ルキナのはっきりと頷いた言葉にヒロの心臓は跳ね上がり、有頂天になりそうだった。

 もうこの際どういう理由であろうともいいし、トールたちのことなどもうどうでもいい。ただ、ルキナから返事がもらえたこと…それが嬉しくて、それだけしか考えられなかった。

 

 

 

 

 太陽が地平線より出始める時刻。東の空が徐々に明るくなり始める頃…。島の外れの人気のない所でカガリはムスッとした顔つきでウズミについていっていた。

 今日はアークエンジェルの出航日。

カガリは自室で旅の準備をしていたところ部屋にウズミが入って来た。ウズミが己の荷物を一瞥した後、「あの艦とともに行くつもりか?」と聞かれ、カガリは身構えて「はい」と答えた。

 先日、バエンにああは言われたが、カガリはやはり放っておけなかった。

 互いに対峙した格好となり、カガリはウズミの次に発せられる言葉を待っていたのは、意外な言葉であった。

 今から、おまえに連れて行くところがある、

 と。

 そこで、おまえに見せたいものがある…そう言われ現在にいたる。

 だが、カガリは今更何を見せられても決意を変えるつもりはなかった。

 しかし…と、カガリはあたりを見まわした。

 街から離れた海に面した丘。

 あたりが静かなためにここからでも波の音が聞こえてくる。

 オーブにもこのようなところがあったなんて知らなかった。

 幼いころより、よく邸の外に脱走して、いろんな場所に行った。よくマーナや使用人たちを困らせていたな、と懐かしく思った。

 すると、途中で開けた場所についた。

 規則的に花が植えられ、風で香りがあたりを覆う。その真ん中の奥には小さな石碑が置かれた。

 「…ゲンギ?」

 そこでは庭師のゲンギが掃除をしていた。ゲンギは2人に気付くと少し戸惑った表情を見せた。

 「…ウズミ様。」

 「カガリと2人で話がしたい。」

 ゲンギは心得たのかその場から下がった。

 「お父さま、ここは…?」

 カガリは周囲を見渡しながら尋ねた。

 「ここはおまえの叔母の墓だ。」

 「叔母上の…!?」

 「そうだ…。カガリ、お前の叔母がどうして亡くなったかは聞いているか?」

 「それは…たしか病気で…。」

 思えば、生まれてないのであるからというのもあるが、自分は叔母がどのような人であったのか、知らない。聞きたくても、あまり聞いてはいけないような…わからないが子供心にそう感じた。

 そして、ウズミは静かに重い口を開いた。

 「そうだ…。病にかかり、遠く異国の地で療養むなしく亡くなったと…、そういうことにしてほしいと、彼女は今わの際に言い遺したのだ。」

 「…え?」

 それはいったいどういうことなのだろうか。カガリは意図をはかりかねていると、ウズミの手が震えているのに気付いた。

 それは悲しみではなく、どこか怒りのような…。

 そう思っていると、ウズミは驚くべき事実を口にした。

 「…お前の叔母、私の妹、ミアカ・シラ・アスハは…殺された(・・・・)のだ。」

 ウズミの言葉にカガリは衝撃を受けた。

 「そんなっ…!そんなこと…。」

 なぜ殺されたのか。そもそも国家元首の家族を殺すなどテロ行為ではないのか!?

 父や祖父は報復を考えていなかったのか。

 もし自分だったら許せない。

 「当時の国家元首…つまりお前の祖父であり、私の父も相手への報復を考えていた。たとえ相手が個人であろうともその過失を国に問いたかった。もちろん戦争も辞さない覚悟であった。…私もだ。」

 最後の言葉、今まで見せたことのない父の表情にカガリはビクッとした。

 「だから…であろう。ミアカは…、彼女は自分の死を『病死』にしてほしいと告げたのだ。そうすれば、相手への報復も戦争もない。彼女は最期のさいごまで、この国を戦禍を被ることを憂いていた。」

 そして、ウズミはカガリを見つめた。

 「カガリ…たとえお前が、あの艦を助けたい、戦争を終わらせたいと思っていても、銃を向けられた相手にとっては自己満足な正義なのだっ!」

 カガリは言葉を飲んだ。

 自己満足…?私はただこんな戦争を終わらせたい。でも、このオーブ(平和の国)にいてどうすることもできない。せめて、戦場の中にいる彼らを、彼らに刃を向ける敵から守るために戦いたい…そう思っているのに。

 「しかしっ…。」

 カガリは何もいうことはできなかった。そこにウズミは一喝する。

 「お前が誰かの夫を撃てば、その妻はお前を恨むだろう。お前が誰かの息子を撃てば、その母はおまえを恨むであろう。そして、お前が誰かに撃たれれば、私はそいつを恨むであろう!こんな簡単な連鎖がなぜわからんっ!?」

 何も言い返せなかった。自分の目の前にいるのは大事な家族の命を奪われた側の人間なのだ。

 「銃を取るばかりが戦いではない。…戦争の根を学ぶのだ。」

 ウズミはカガリの肩に両手を置いて揺さぶった。

 ヘリオポリスの1件以降、カガリのウズミに対する尊敬も信頼も一気に落ち、父の言葉など受け入れることはできず反発していた。しかし、今は言葉が真っ直ぐに自分の中に入ってくる。

 銃を取るばかりが戦いではない。

 それはウズミ自身の経験から喪失と悲しみ、そして葛藤から得た答えなのだ。

 「お父さま…。」

 カガリはウズミを見上げる。

 自分も見つけられるのであろうか。叔母や父が辿り着いた答えに…。

 

 

 墓の前で1人佇むカガリを残し、ウズミは出口へと向かって行った。そのそばにはゲンギが控えていた。

 「…すまないな、朝早くに。」

 「いえ…。」

 ウズミの言葉にゲンギは首を振った。

 「しかし…いつもながら手入れが行き届いている。本来であれば…我ら兄弟、もっとミアカに会いに来たいのだが…君たちに任せてっぱなしだな。」

 「ウズミ様も、ホムラ様も、今では国を担う重要な役職にある身…。それに、本来であれば、どのような処罰も受ける覚悟でした私に庭師として居続けさせてくださる先代やウズミ様への恩もございます。」

 「ずっと仕えてくれた者を追い出してはミアカに合わせる顔がない。」

 ウズミは振り返り、再びカガリを見た。

 彼女はいまだにじっとしていて、何かを考えているようだ。

 ウズミはそれを静かに見守った。

大丈夫だ…あの子は、私とは違う。きっと答えに辿り着き、その道を行くであろう。

 そして、ふとウズミはゲンギに向け、口を開いた。

 「…ゲンギだからこそ、話すべきかもしれんな。」

 その言葉に、ゲンギはウズミの言葉をはかりかねた。

 「ずっとミアカに仕え、彼女の遺言を届けに来て、そして()を知る者として…。」

 そして、ウズミは静かに告げた。

 

 

 

 

 

 




あとがき
ヒロ&ルキナのカップリングは書いていて、それはそれで面白いですね。ヒロがとにかく初々しくて…(笑)



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PHASE-41 いつか来た道

ガンダムUCのTV版が終わってしまいました(泣)
最近UCばっか見てるなぁ、と食傷気味に感じつつもやっぱり見るとみると引き込まれ…。
そして10月から鉄血の2期が始まります。
思えば、こんなにも連続で、ガンダムの作品を見ることができるなんて…
嬉しい限りです。


 

 

 朝もやのかかるオノゴロ島の岩壁の一部が、まるで切り取られたかのように、その部分が上へと持ちあがっていく。そして、その中から、まわりの自然とは不釣り合いなドックが姿を表し、そしてその奥から白亜の戦艦がゆっくりと姿を表す。そして、その周りにはオーブの護衛艦隊が待機していた。

 ドックの監視ブースからはその艦を見送る姿があった。

 ウズミとエリカはもちろん、艦に乗らずここにいることを決めたカガリ…そして、キラの両親であった。

 結局、キラは両親に会うことはしなかったが、ウズミの計らいか、出航の見送りに呼び、ガラス越しではあったが、キラと対面させてあげたのであった。

 白亜の戦艦は護衛艦にまるで守られるようにゆっくりと進み出た。

 いよいよ、アークエンジェルのアラスカへ向けての最後の航海が始まったのだ。

 

 

 

 

 白亜の戦艦の出航の様子を離れた海岸より見ている1人の男の姿があった。

 ゲンギ・イーサンである。

 「あの艦に…。」

 さきほどウズミから聞いた話に困惑していた。初めは信じられなかったが、嘘をつくとは思えない。が、ゲンギの胸中は複雑な思いであった。

 「どうか、ハウメアよ…、護りたまえ…。」

 ただゲンギにできることは祈ることのみで、靄の中に消えていく艦を静かに見送った。

 

 

 

 

 

 ついにこの時が来た。

 オーブの艦隊が島群より北東へと向かっていると、発令所から聞いたアスランはそこにアークエンジェルがいることに確信していた。

 他のパイロットたちはすでに己の愛機に搭乗し、報告を待ち構えていた。アスランもまた足早に格納庫へ向かい、アスランは愛機、イージスのコクピットで静かに待機する。

 (艦隊より離脱艦あり!艦特定…『足つき』です!)

 コクピット内で発令所から報告を聞いてもアスランは感情を表に出さず、努めて冷静を保っていた。

 「出撃する!今日こそ足つきを落とすぞ!」

 ボズゴロフが浮上し、上部ハッチが、そして、海中の大型ドライチューブが開き、次々と機体が発進していった。

 

 

 

 

 「…っレーダーに反応!」

 オーブの領海を出て間もないアークエンジェルのブリッジ内に早速緊張が入った。

 「…待ち伏せをかけていた、ということか。」

 報告にナタルが歯噛みした。

 「機種特定…急いでっ。」

 マリューの指示にトノムラは急いで確認作業を行う。

 「データ照合っ!イージス、デュエル、ブリッツ、シグーですが…。」

 トノムラの歯切れの悪い言葉にマリューはCICの方へ振り向く。

 今までずっと追いかけてきた4機のGにバスターの姿がないのも疑問だが、トノムラの反応は違ったものであった。

 「…速い。グゥルに乗ったMSでもこんな速度では…。特にイージスっ、他の3機に先行してきますっ!」

 「対潜、対モビルスーツ戦闘用意っ!」

 マリューは矢継ぎ早に指示を促した。

 

 

 

 

 (…逃げ切れればいい!厳しいと思うが、各自健闘をっ!)

 マリューの叱咤激励を通信機越しに聞きながら各々準備を始めている。

 アークエンジェルから煙幕弾を放ち、同時に艦橋の両脇のスモーク・ディスチャージャーからも煙を発せ、艦を覆わせていく。

甲板上の防戦態勢のため、ストライクと[トゥルビオン]、ジンがすでに出ていて、スカイグラスパー1号機にはエールストライカーが、2号機にはソードストライカーを装備され発進していく。

 (…GAT-X106 クリーガー、第2カタパルトへ…。)

 2機に続き、クリーガーが発進準備に入る。手には125㎜長射程ビームライフルを持ち、サイドアーマーにカービンをマウントしている。

 モニターに映るミリアリアの表情は少し曇った表情であった。トールがスカイグラスパー2号機のパイロットとして出撃したという事情があったためである。

 ここ最近ずっとシミュレーショターに入っていたトールは出航前に志願してきた。あまりの熱心な志願にムウもマードックも支援だけならと、渋々認めた。

 「大丈夫だよ、ミリィ。」

 ヒロはそれを感じ取り励ました。

 「ムウさんがしっかりフォローしてくれるし、それに僕たちもいる。…だから心配しないで。」

 一瞬、ミリアリアは目を丸くするが、すぐに微笑んだ。

 (そういう気の利いた言葉…もっとかける人がいるんじゃない?ルキナとか…。)

 「ええっ!?」

 こちらの反応を伺っていたミリアリアは通信ウィンドに顔を寄せ小声でささやいた。

 (…でも、ありがとう。嬉しいわ。)

 と言い終え、こちらが聞き返す前に、ふたたびオペレーターの職務に戻っていった。

 (クリーガー、カタパルト装着。)

 すでに外ではモビルスーツもスカイグラスパーも発進している。自分が遅れるわけにはいかない。

 (…発進、どうぞ。)

 ミリアリアの言葉をともに前方の発進信号が変わる。

 「ヒロ・グライナー、クリーガー、行きます!」

 それを合図に、ヒロはクリーガーを発進させ、スカイグラスパーの後を追った。

 

 

 

 

 (わあぁっ!)

 まもなく煙幕の中を駆け抜けている時、ビーム光が見え、トールの上ずった声が通信機か聞こえた。

 ヒロはトールの身に何かあったのかと心配になり、クリーガーをさらに加速させ、煙幕の外に出た。すぐにスカイグラスパーの飛行予測ルートの方に視線をうつすと、2号機は無事であった。

 うまくかわしたのだろう…。

 ホッとするつかの間、ヒロは飛んできたビーム砲の方に長射程ビームライフルを構え、スコープで覗いた。

 いくら、こちらに迫って来る速度が早くでもまだ距離はある。だが、ビーム砲がここまで届くとは…。

 ヒロは目を凝らし、見るとその正体に思わず声を上げた。

 「えっ…あれって?」

前方から見慣れない赤い戦闘機が近づいてくるが見えた。先端にビーム砲が装備されそこから撃ってきたのであろう。

 するとその戦闘機はこちらを捉えたのであろうか、急に速度を落とした。

 ふとヒロが疑問に思っていると、その赤い戦闘機は見る見るうちに姿を変え、MSへと変形した。

 その姿はみたことのあるMSであった。

 「あれは…イージス!?」

 だが、その形状は今まで見て居たものとは違っていた。

 本来MA形態時のみしか使用できなかった『スキュラ』をMS状態でも使用可能にするようにコクピット部分がせりあがっており、武装は大型のビームライフルとシールドと変わっていた。MA形態時に翼になっていたウイングバインダーは換装され、火力増強としてレールガンが備えられている。

 「今…イージスの相手をしている暇なんてないのに…。」

 このライフルではエネルギー消費が激しい。できれば応戦したくなかった。が、このまま背を向けて離れることもできなかった。

 すると、アークエンジェルを覆っている煙幕から強力なビーム砲が放たれた。

 イージスはそれをすれすれにかわす。

 「今だっ。」

 ヒロはその隙を見て、クリーガーを上空へと加速させる。

 「待ていっ!」

 後から追いついたデュエルが逃がさないとばかりにビームライフルをクリーガーに向ける。デュエルは、アサルトシュラウドと背部のバックパックを外し、ディンの飛行用ユニットにビーム砲とレーザー重斬刀を装備したバックパック(データ上にあったストライクのI.W.S.Pをザフト独自に開発した装備)である大気圏内用装備「ジェグス」を装備していた。

が、ふたたび、煙幕の中からビーム砲を放たれた。

 「…散開だ!」

 こちらから敵を捕捉できない以上、ひとつに固まるのは危険だ。アスランは後ろから来るクトラドとニコルを含め、指示を出した。

 

 

 

 

 「…はずした!?」

 この煙のなかからでは見ることはできないが、敵機に当たった爆発光がないため、キラはそう確信した。上空にいるスカイグラスパーから座標と射撃データを送ってもらって、そこから敵の動きを予測し、アグニを撃ったが、やはり自分の目での狙撃より難しい。

 それに…。

 ガコンッ。

 エールストライカー部に備えられているエネルギーパックが1つパージされた。やはり電力消費が激しかった。

 「こうなったら…。」

 こんな重い装備(・・・・・・・)を背負って高くジャンプできるかどうかわからないが、ここにいつまでもとどまっているよりはマシだ。

 ストライクを高く駆った。

 (おいおい、煙幕の意味ないだろっ!?)

 フォルテの制止の声が聞こえるが、それを尻目にさらに推力のままに上がっていった。

 

 

 

 

 

「なっ!?」

 アスランはいきなり煙の中から姿を現したストライクはもちろん、その姿に驚いた。エール、ランチャー、ソードストライカーをすべて装備したような重装備であった。

 だが、従来のエールストライカーよりもはるかに推力があるのか、自機の上を

 落下と共に、ストライクはシュベルトゲーベルを抜き、こちらに振り下ろす。

 アスランはシールドを掲げ、それを防いだ。

 どの道、そんな重い装備では一瞬。

 ストライクはさらに下降していった。

 「もらったーっ!」

 イザークはビームライフルを構えた。

 そんな重い装備では、このようにジャンプするモーションが遅れる。

 「…ムウさんっ!」

 キラはデュエルのビームライフルの銃口から目を逸らさず、通信機に叫んだ。

 そして、トリガーを撃つ瞬間に、マルチプルアサルトストライカーをパージし、ビーム光はストライクとストライカーの間を抜けていった。

 ディアクティブモードになったストライクは甲板に着地するとすぐに上を見上げる。1号機が滑り込んでくる。キラはタイミングを見計らってふたたび甲板をジャンプする。

 (プレンゼント、落とすなよっ!)

 ムウのいつもの軽い調子が聞こえ、スカイグラスパーのエールパックとシールド、ビームライフルが切り離された。

 「させるかー!」

 デュエルはビーム砲を放とうと、スコープで狙うが、[トゥルビオン]に阻まれた。

 その間にストライクはエールを装着し、ふたたび機体が色づいた。

 そして、そのままエールのスラスターを吹かし、ビームライフルで、デュエルの翼を撃ちぬいた。

 「くそー!」

 翼を片方失ったデュエルはバランスを崩し、海へと落下していった。

 「ザフトも追加装備を次々と増やしてきたか…。」

 後方のいたフォルテはつぶやいた。

 おそらくあの装備はアサルドシュラウドと同じく、ジンやシグーなどの強化パーツとして開発されたものであろう。大気圏内ではアサルドシュライドを装備したままでは重量によって使い勝手が悪くなり、MSとの白兵戦を想定したデュエルの性能を落としてしまう。

 ジンとシグーと同じくすべてにおいて広く対応できる汎用型のデュエルだからこその装備なのだろう。

 フォルテがなにかと感心していると、コクピット内に敵機が近づいている警告音が鳴り響いた。目の前をみると、煙の残る後方より突如としてブリッツが姿を現したのだ。

 バックパックをデュエル同様ディンの翼を使用しているが、違うのは2対の鉤爪があることであった。

 いったいいつからそこにっ1?

 突撃機銃で応戦するフォルテは驚きを隠せずにいた。

 ミラージュコロイドを使用して近づいたとして、慣性移動のできる宇宙空間と違い、大気圏内ではスラスターを吹かせなければ移動できない。そうであれば、その熱で発見できる。訝しんでいると今度は上空より無数の弾丸が降り注ぎ、あわてて避ける。

 見ると、シグーディープアームがいた。

 かの機体もまた大気圏内装備、デュエルと同じ「ジェグス」を装備していた。

 「アマルフィっ、ジン(こいつ)は俺がおさえる。『足つき』を…。」

 「わかりました。」

 シグーの援護をもらったブリッツはジンを通り過ぎる。

 フォルテは背後を撃とうとしたが、上空からのシグーのビーム砲に邪魔された。

「くそ…。どいつもこいつも飛べやがってっ!」

 フォルテは毒づいた。

 ブリッツを見送りながら、クトラドはニコルの操縦に感心した。

 ミラージュコロイドを展開してもスラスターの熱量によって探知されないためにカバーを長く覆っているが、それ以外に、スラスターを吹かさなくてもある程度滑空できるようにブリッツの大気圏内装備は施されている。

 が、滑空するにしても気流に乗らなければうまくできず、それはかなりの技量を要する。ずっと宇宙ぐらいの人間ならなおさらだ。

 なるほど、この地球に降下してからずっとこの地球の自然を観察しているニコルだからこそ、覚えがよかったのだろう。

 一方、ジンを抜けたブリッツはアークエンジェルに向けトリケロスのビームライフルを向けた。

 「これで…。」

 この状態から攻撃するのは抵抗がある。

 できるなら投降を呼びかけたいが、この『足つき』は味方に多大な被害をもたらした。それに、アスランの隊長としての任務を達成させたい。

 その思いでトリガーを引こうとした瞬間。ブリッツの目の前に、ジン偵察タイプが現れ、体当たりを食らわす。

 いきなりのことで思わずよろけそうになるが、踏ん張り、ブリッツは2対の鉤爪を左手に装備し、[トゥルビオン]の突撃機銃を持っている右腕を挟み込む。

 「くっ…。」

 ルキナはなんとかこの鉤爪から脱しようと動かすもまったく動じず、銃を撃てども、相手はPS装甲のため、効果はなかった。

 すると、右腕の方からギシギシときしむ音が聞こえてきた。

 あの鉤爪は万力みたいなもの…!?

 コクピット内にも警告音がけたたましく鳴り響いている。

 しかし、すぐ後ろはアークエンジェルのブリッジだ。

 引くことはできない。

 [トゥルビオン]は逆に前に出て、左腕でブリッツのトリケロスを押える。

 「…なんて無茶を。」

 ニコルは相手に感心と呆れの混じった思いを抱いた。

 (アマルフィっ!そいつに構うなっ。艦を墜とせば、どのみち終わるっ!)

 通信機からクトラドの声が聞こえる。

 しかし、向こうも下がれない事情がある。うまくよけていくこともできないであろう。なら、正面から行くしかない。

 どちらも一歩も動かない状態が続いた。

 

 

 

 

 「くっ…、アマルフィっ!」

 このままでは時間が過ぎるだけだ。それに…。

 その時、上空からの気配にクトラドはハっと上を仰いだ。

 太陽を背に黒いシルエット、一瞬航空機に見まがうようなものがこちらに勢いよく降りてくる。

 「アマルフィっ!何かそっちに向かっているぞっ!」

 クトラドの叫び声にニコルはハッと上を見上げた。

 この状態では、どうすることできない。

 ニコルは苦渋の思いで、万力を離し、後ろに退いた。

 そして、それ(・・)は[トゥルビオン]をブリッツの間に割って入るように勢いよく降り立った。

 「…しまったっ!」

 ニコルはとっさにトリケロスのビームサーベルでクリーガーを薙ぎ払おうとするが、クリーガーはとっさに下に避け、その姿勢のまま、腰部のサーベルをとり、振り上げ、ブリッツの右肩をまるごと斬りおとした。

 右腕に武器の集中しているブリッツにとって致命的であった。残っているのはグレイプニールだが、それでアークエンジェルもどうにかできるものではない。

 これで…いち、抜けだっ。

 ヒロはブリッツをそのまま蹴り落とした。

 ブリッツはなすすべもなく、アークエンジェルから落ちていった。シグーディープアームズは不利と見たか一旦下がっていった。

 「間に合って、よかった…。」

 ヒロは大きく息をはいた。

 上空にいたクリーガーはアークエンジェルの異変に察知し、駆け付けたのだ。

 「それは、そうと…ヒロ。」

 いきなりジンがやってきたかと思うと、突撃銃のグリップをゴツンとクリーガーの頭に叩いた。おもわずヒロは「いたっ。」と言ってしまった。

 「おまえ、遠距離型のバスターの牽制のために上空待機だったんだぞ?それをほったらかして…また…。」

 すると、ヒロに遮られた。

 「いなかった。」

 「はぁ?」

 「はぁ?じゃなくてバスターがいなかったんだ。」

 「そりゃ、どういう…。」

 バスターがいない。

 たしかに今までの戦闘スタイルを考えれば、バスターも前に出てきて攻撃して来ている。今回、その姿を見せていないのは、後方にいるのかと思ったら、実は違っていた。

 じゃあ、どこにいるのか?

 フォルテとヒロが思案しているとブリッジでは別の動きがあった。

 「9時の方向!ソナーに感っ!この速さは…MSですっ!数1っ!」

 トノムラの報告にマリューとナタルは驚いた表情を見せた。

 いまごろ1機現れるとはっ!

 甲板にいたクリーガーとジンにも海面より黒い影が見え始め、次第にそれは浮かんでくるのを捉えることができた。

 2機はビームライフルと突撃機銃を構える。

 その黒い影がだんだんと大きくなり、とうとう姿を現した。それは流線型の、まるでグーンを思わせるような、しかし、それより大きな機体が姿をしていた。そして、海上より顔を出したその大型の機体は丸みのある先頭部が2つに左右に開き、上部のカバーが外されると、その中にバスターの姿が現れた。

 「バスターっ!」

 「なんだっ!?あのデカブツはっ!?」

 2人が驚くのもつかの間、バスターの両腕に持っているアームユニットおよび肩部のミサイルを放った。

 2機はあわてて、応戦し、攻撃を凌ぐ。

 バスターはふたたびアームを閉じ、海中へと潜っていった。

 「なんなんだ、いったい…。」

 2人は唖然としていた。つかの間、フォルテはなにか考え始めた。

 「…厄介だな。」

 バスターが潜っていった場所を見ながらフォルテは呟いた。

 「とはいえ、あれはどちらかというと、水中戦用の装備と言ってもいいだろう…。」

 「どのみち、水中用のMSはこっちにはないんだから、なんとかしないと…。」

 そう言いながら、ヒロはジンの持っていた無反動をクリーガーに持ち変えた。

 「おい?」

 「もともと、バスターを牽制するのは僕の役目だったんだ。それにクリーガーは飛行能力あるからなんとかしてみるよ。」

 そう言い、甲板から飛び立った。

 「やれやれ、珍しく積極的というか…。」

 フォルテはなかば呆れた様子で見送った。

 思えば、オーブの滞在がいい休養になったのだろう。ヘリオポリス以来、あそこまでながく休んだことはない。

 「…それよりも。」

 フォルテは[トゥルビオン]に向き直った。

 「そっちはどうだ?」

 フォルテはルキナに尋ねた。

 「右腕の関節部がやられたのか…。さっきからずっとアラーム鳴りっぱなしで…。」

 「そうか…。じゃあ、一旦下がった方がいいな。」

 おそらく、あの攻撃ではすぐに復調できそうにないし、メカニックたちに見てもらった方が言い。しかし、ルキナは不満げだった。

 「そんなっ、右腕以外は無事ですし、まだ行けます。」

 「いやっ、だから…万全の状態でないし…。」

 「私だけ退がることなできません。」

 ルキナにおされ、フォルテは頭を抱えた。

 「しゃあねえ…、じゃあ、俺の援護っていうことでどうだ?」

 後方に控えている自分のさらに後ろなら、もう直接MSと戦闘になることはないであろう。ルキナもそれに納得したのか、うなずいた。

 「…フォローする身になってくれよ~。」

 だいたいこういうのって普通はフラガ少佐がすることではないのか。

 フォルテは心の中でぼやいた。

 

 

 

 

 クリーガーはすれすれに低空飛行し、海を注視した。

 さきほどの攻撃から一旦、バスターは先頭部を開かなければ攻撃できない。その隙を狙えば、うまく行くはずだ。

 ふたたび浮上するバスターの影が見え始め、クリーガーは無反動砲を構える。

 海面に浮かんだバスターはクリーガーがこちらに向けているのに、焦った。

 「くっ…。」

 今、攻撃態勢に入ればやられる。

 なら…。

 「いけー!」

 バスターは変形を解かず、そのままクリーガーに突っ込んだ。ヒロもあわてて、無反動を放とうとするが、ぶつかった衝撃で、当たらなかった。

 そして、そのまま海中へを飛ばされる。

 「ここならっ!」

 バスターは一旦クリーガーから離れ、態勢を整えた。

 クリーガーはその勢いのまま、岩場に衝突した。

 「海中に…。」

 逆に向こうに有利な状況に持っていかれてしまった。

 バスターはふたたびクリーガーに迫り、魚雷を発射した。

 いくら不利な状況になってもやるしかない。

 クリーガーは無反動砲を放ち、その隙に、岩場を蹴った。

 魚雷はさく裂し、目の前を水泡が覆う。

 「やったかっ!?」

 視界が開けると、そこにクリーガーに姿はなかった。

 「なっ!?」

 あたりを見渡すと、上にクリーガーがいた。

 「くそっ。」

 バスターは上へと突進をかけるが、クリーガーにすんでのところで避けられた。

 この装備で急に反転するのは難しい。

 クリーガーはそのまま水中兵装の背中に接近し、ビームサーベルを抜き、兵装に当てた。

 ビームは水の中では完全に拡散してしまう、ということは逆に水の中ではないところで発生させればよい。

 クリーガーのビームサーベルをゼロ距離で発生させ、兵装を貫いた。

 「…くそぅ。」

 ディアッカはあわてて水中用兵装をパージした。その瞬間、兵装は爆発する。

 爆発の力に押されながら、バスターは水中でバランスを保とうと必死にペダルを踏んだ。が、そっちに集中していると、敵機が近づいてくる警告音がなった。

 「しまったっ!」

 気付いたときには目の前にクリーガーがいた。

 応戦の態勢に入る間もなく、クリーガーに蹴り飛ばされバスターは浅瀬の岩盤に激突した。

 「これでもう…。」

 海中よりあがって来ても、グゥルもない。もうバスターに戦闘能力はないに等しかった。

 クリーガーはそれを確認し、上へとあがりアークエンジェルへと戻っていった。

 

 

 

 

 

 残りはイージスとシグーディープアームズのみとなった。

 一旦、退いたクトラドはふたたび攻撃を仕掛けるが、2機に阻まれて突破できなかった。

 一方、イージスの方はというと…。

 未だストライクとの応射が続いており、一進一退であった。

 その状況を打開しようと、イージスは一度距離をとり、MA形態に変化し、急襲した。

  猛烈な勢いで来るイージスにライフルを向けるが、これでは当てることができないと悟ったキラはイージスのビームをかわしていく。

 なおも迫るイージスであったが、アークエンジェルからの砲撃により、一旦後退し始め、態勢を立て直そうと、近くに浮かんでいた群島にMS形態に戻り、着地しようとした。

 キラはその瞬間を見逃さなかった。

 ビームライフルを、イージスがまさに着地する瞬間、目の前に放った。

 いきなりの攻撃と衝撃で後ずさりした。

 その間に、アークエンジェルは進む。

 キラはストライクの残りのエネルギーに目をやった。

 だいぶ消費している。

 それならば、イージスも同様であろう。

 アスランも残っている戦力では攻めきれないとわかるはずだ。

 撤退してくれ…。

 しかし、キラの思いとは裏腹にイージスはふたたび攻撃を仕掛けてきた。

 なんでっ…。

 そして、群島の1つにイージスが一度態勢を立て直そうと着地する、その目の前をビームライフルを放つ。

 イージスはその衝撃で後ずさる。

 ストライクは甲板より、その場へと飛び降りた。

 「トールっ!ソードストライカーをっ!」

 (わかったっ!)

 念にはと、キラは換装するためにトールに告げた。トールもわかっていたのかすぐさまストライクのすぐ上に来て、ソードを射出した。

 ストライクはエールをパージし、そして、ソードストライカーを装着した。

 (ヤマト少尉っ!深追いするなっ!)

 ナタルの制止の声が通信機から聞こえてくるが、キラの頭には入ってこなかった。

 

 

 

 

 いきなりの攻撃に驚いたアスランは落ち着くのに、半歩遅れた。

 上を見上げると、『足つき』はどんどんと進んでいた。

 このままでは…。

 周りを見ても、残っている機体は自分とシグーしかいないのはわかっていた。

 だが、ここであきらめるわけにはいかなかった。

 アスランはアークエンジェルからのバルカン砲やミサイルの応射を食らっても、なおもビームライフルで撃つ。しかし、直撃を食らい、衝撃が襲う。

 それでも…と、ふたたび銃を構えた途端、警告音が鳴り響いた。ハッとアスランが見上げるとストライクが迫ってきていた。

 あまりの急な出来事で一拍遅れたイージスはライフルをストライクに向けるよりも前に、長剣が振り下ろされるのをみて、あわてて飛びのく。ふたたびライフルを向けるが、その前にストライクからの右こぶしのストレートを食らい、よろめいた。

 (やめろ、アスランっ!)

 その時、スピーカーからキラの声が聞こえてきた。

 (もう下がれ、きみたちの負けだっ!)

 その言葉にアスランはカッと血が上った。

 負けた…?キラに…?

 (ザラ隊長、撤…!)

 「なにをっ!?」

 その時、クトラドからの撤退を進言する通信が入ったが、それも耳に入らずアスランは喚いた。

 

 

 

 

 上空でこちらを攻撃していたシグーディープアームズが攻撃の手を止め、下がっていくのを確認したアークエンジェルは、もう追撃してこないと判断し、機動兵器たちに帰投命令を出した。しかし、ストライクは一向に戻って来ようとする素振りも見せず、イージスと対峙している。

 (ヤマト少尉、何をしているっ。)

 ナタルからの呼びかけにも応答がない。飛行能力のないストライクは帰艦できない。

 「…僕が行きますっ。」

 まだ、甲板に残っていたヒロはこの状況に歯がゆく思い、飛び立った。クリーガーなら飛行能力はあるし、ストライクを連れて帰れる。そして、ストライクのもとへと急いで向かった。

 

 

 

 

 「ザラ隊長っ!」

 一旦下がったクトラドは、アスランに呼びかけるが。いっこうに返事がない。

 おそらく、彼はまだ攻撃を続ける気でいるのであろう。

 だが、この状況ではどうすることもできない。まだギリギリまで好機はある。なにより、先ほどの様子から見ると、頭に血が上っているのであろう。

 (クトラドさんっ!)

 そこへニコルからの通信が入った。目をやると、彼もまた島に着地しているが、この状況をどうするか判断しかねていた。彼も一時撤退を思ったのだろうが、アスランからの指示がまったくなく、焦っているのであろう。

 クトラドは一旦、ブリッツの近くまで降りてくる。

 「ニコル、おまえはデュエルとバスターを連れて、戦線から離脱しろっ。隊長は俺が連れて帰る。」

 そう言い残し、クトラドはイージスとストライクの対峙している場所へ向かおうとするが、ブリッツもともやって来ようとした。

 (僕も…行きます!)

 アスランを心配しての事だろう。

 しかし…。

 「おまえは武装がもう何もないだろう!?そんなんで何ができる!」

 なおも引き下がらないブリッツを払いのけ、クトラドはシグーを駆った。

 するとアークエンジェルからクリーガーが降りてきて、ストライクとイージスの下へ向かって来るのが、見えた。

 ストライクの加勢に来たのか?

 クトラドはそうはさせまいと、クリーガーにバックパックのビーム砲を放った。

 「ストライクを下がらせるだけなのに…!?」

 ヒロはシグーからの攻撃を避け、ストライクをイージスの方に目を向けた。このまま、押し通していくこともできない。ストライクはイージスの方に集中し過ぎているのか、気付いてないようだった。

 「…ならっ。」

 ヒロはクリーガーを反転させ、カービンを構え、シグーを牽制するために撃った。

 

 

 

 

 キラとアスランにはそんな周りの様子など気付かず、お互い面と向かいあう。

 (アスラン、これ以上戦いたくないっ!)

 さらに続けて言われたキラの言葉にアスランは叫び返す。

 「なにを今さらっ!撃てばいいだろう!?おまえも言ったはずだ!」

 (アスラン…!)

 「お前もおれを撃つ、と…言ったはずだっ!」

 アスランは激高に任せ、ビームライフルを向け、トリガーに手をかけた。

 と、その時、イージスのコクピットから音が鳴ったかと思うと。フェイズシフトがダウンした。鮮やかな赤の機体色がメタリックグレーに変わっていく。

 カッとなっていたアスランは今まで警告音が鳴っていたのも気付かなかったのだ。

 しまった…。

 もうストライクへの攻撃の手段が残ってないのだ。

 アスランは愕然とした。

 一方、ストライクは、長剣は構えている。

 あれだけ言ったのだ。

 攻撃し来ないわけがない。

 長剣が自分に振り下ろされる。

 そう思っていた。

 が…。

 その時。

 (アスラン、下がってっ!)

 突然ニコルの声が響いた。

 2機に向かって、ミラージュコロイドを展開していたブリッツが姿を現し、ランサーダートの1本を片手にストライクに立ち向かう。

 

 

 

 

 それは突然のことであった。横から急にブリッツが現れたのだ。

 向かって来る敵を倒す。

これまで何度も経験した戦闘においての条件反射だった。

 ストライクはシュベルトゲーベルを振り下ろし、ブリッツめがけて弧を描くように下から斬りかかった。

 ほとんど無意識的に行った動作に気付き、止めようという意志にキラが思うまで、一拍かかった。

 その一拍の時間…すでに遅かった。

 重量のあるシュベルトゲーベルを止めることもできず、その遠心力そのままにブリッツに刃が吸い込む。

 思わず、腕を下げるが間に合わず、ブリッツの胴と脚を真っ二つに割っていった。

 

 

 

 (うわぁぁぁぁっ!)

 「ニコル…?」

 アスランはその光景を呆然としながらつぶやいた。

ブリッツの胴と脚が分かれる瞬間、ニコルの悲痛な叫び声が聞こえ、ブリッツの胴より上が落ちていく様。

 ほんの数秒がまるで長く感じられた。

 はじめは一体何が起こったのかよくわからなかった。

 すると、脚部の方に残っていたエンジンが火花を上げたかと思うと、大きな爆発を起こし、ブリッツの上半身も爆炎と衝撃を巻き込ませていく。

 「ニ…コ…ル?」

 起こった出来事の理解が追いついてきたときアスランの声が震えあがる。

 そんなバカな…。

 あの刃は自分が受けるはずだった。

 そう思っていた。

 なのに…。

 ニコルが自分を庇った。

 そして…。

 「ニコルー!」

 アスランは絶叫した。

 

 

 

 

 (ニコルー!)

 アスランの叫びにキラは、ビクリと体を強張らせた。

 そして、自分の両手をわらわらと操縦桿から離し、顔の近くまで上げた。

 今まで何度もトリガーを引いた。

 そこには何も伝わって来なかった。

 しかし、アスランの悲痛な叫び声によってそれが実感を伴って来る。

 まるで人を斬ったような感触が襲い掛かって来る。

 僕は…。

 

 

 

 

 

 

 どれだけそうしていただろうか。

 イージスとストライクも、その近くにいたクリーガーもシグーディープアームズもその場で固まった。

数秒前に起きた出来事に呆然としていた。

しかし、あちこちに散らばったブリッツの破片、残された上半身は、熱によって装甲が溶けかけ、ひしゃげていた。

 中のパイロットが生きているのは不可能に等しい…。

 そう、つきつけているようだった。

 (ニコル…。)

 (馬鹿な…。)

 すると、デュエルとバスターも陸に上がってきていたのだ。

 (くそー!ストライクーっ!)

 (アスランっ!)

 仲間を討たれた激情に駆られイザークが、続いてディアッカがストライクに向け撃つ。

 キラも横からの攻撃に気付き、パンツァーアイゼンで防ぎながら後退する。

 (ヤマト少尉!なにをしている!?)

 ナタルから叱咤の声が通信より聞こえる。

 そして上空ではアークエンジェルが近づいてきて、クリーガーがライフルで2機を牽制する。

 (戻れ!深追いする必要はないと言ったはずだ!)

 どうしていなかったのだろう。

 キラはその言葉に深く後悔する。

 クリーガーがやって来てストライクの手を掴み、上空へ引き上げる。

 「逃がすかー!」 

 デュエルのライフルで狙うが、上空のアークエンジェルの射撃に邪魔される。

 (よせ、イザーク。今は、下がるんだ!)

 ディアッカが援護しながら、今にも向かって行きそうなイザークを制する。すでにイージスはバッテリー切れを起こし、2機も残り少ない。

 未だ呆然と動かないイージスにもイーゲルシュテルンが降りかかるが、シグーディープアームズがイージスを守りながら防ぐ。

 (アスランっ!)

 そして、いまだ呆然と動かないアスランにも叱咤の声をかけた。アスランはいまだ手が震え、どうすることもできなかった。

 バスター、デュエルが下がり、イージスもシグーに抱えられるように下がっていった。

キラはその様子を、モニターで見て、そして爆散した1機の残骸にも目を向けた。

 (戦闘空域を離脱する!推力最大っ!)

 ストライクとクリーガーが着艦すると同時に、アークエンジェルは追撃が来ないうちにこの場から離れていった。

 

 

 

 

 

 彼らが去って数時間後…。

 1機の小型ヘリが島に着陸した。

 「さて…と。早いところ終えますか。」

 操縦席から降りてきて、まるで準備体操のごとく体を伸ばしたのはダンであった。彼はさきほど戦闘が行われた場所へと向かい、あたりの光景を見渡した。

 息を吸おうとすると、まるで熱気を吸い込んでしまったような、熱さと重さがあり口を覆う。ビームライフルを使用したためだ。

 MSの装甲を一発で打ち破るその威力は、流れ弾によって生み出された目の前の破壊を見れば一目瞭然だ。硬い岩や地面が粘土のように抉られていた。

 「これが…MS同士の戦闘か。」

 ここでは誰もいない無人島での戦闘であったが、もし人のいるところ、市街地であったらどうなっていたか…。

 想像しただけでも、嫌悪が走った。

 「というか…。」

 ダンは溜息をつき、ちょうどいい岩場に腰をおろした。

 「俺、せっかくの休暇になにやってるんだ?」

 はじめは、興味本位に、そして個人的にオーブのMSについて調べていた。すると、どこから嗅ぎ付けたか、かの組織に知れることになった。己が、かの組織としての仕事から離れて久しいが、やはり属する者。ゆえに、半ば使いパシリとして、調査することになってしまった。

 今回も、サハク家が戦闘で破壊されたG兵器を回収するために動いていて、先回りして情報を得るようにと言われここきたのであった。

 「けど、なんで()なんだ?」

 あの組織の力をもってすれば、軍の情報部やらどこにでも情報源はあるだろうに。

 「あの(おさ)め~。」

 どこか釈然とせず、腹の中がぐつぐつとしてきた。

 すると、彼の手元にあった通信機が鳴りだした。

 はじめはよもやこんな無人島にまで耳があるのかと思ったが、呼び出し音ではなかった。

 これは…。

 通信機を操作すると、なにか信号をキャッチしたようだ。

 救難信号のようだ。

 いったいどこからと、通信機を手に、信号元をたどっていくと、目の前にブリッツの胴体であったモノの前までやってきた。

 

 

 

 

 




あとがき
今回の4機の改造機を登場させるまでの話を少々…。
元々、大気圏外での戦闘を想定された4機ですが、やはりそれが足かせをなり原作では(まあ元々機体の特性を考えないでの戦闘もありましたが)1機のストライクに太刀打ちできませんでした。
原作でそれならば、飛行能力持ったMS2機いる状態じゃあさらに、ザラ隊無理じゃない?と思い、じゃあ大気圏内装備を付けようと思い至りました。
初期設定の段階では、作者独自の大気圏内装備の案がありましたが、ちょうどその頃、HDリマスターに合わせて、連載されたコミカライズ版に出てきて、そちらの方を出そうと思いました。とはいえ、そちらを出すには少々問題がありまして、イージス以外の3機はまだ雑誌面でしか設定のお披露目がされていない等々の理由で、多少変えています。
例えば、ブリッツがその例ですね。本当はあの鉤爪は強制放電の仕様になっていて、ゴールドフレームのマガノイクタチの前段階的な武装(エネルギー吸収はできない)になっているのですが、そもそもマガノイクタチの構想は中立国オーブの象徴を意識しているので、その系列の武器がそれ以外から出るのでは…と思い、万力タイプにしました。
個人的にはイージスとデュエルの武装は好きでした。
イージスはMA形態が戦闘機みたいで、まさしくガンダムの可変機的なカッコよさがあり、デュエルの場合、アサルトシュラウドで大気圏内運用は重量ありすぎな面もありましたから、これはこれでありかなぁと思っています。


最後に…
イージスは飛行形態で他よりも速いところで、思わず「3倍」とつけたくなっちゃいました。「赤い機体」だけに…。



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PHASE-42 悲しみと憎しみと

今回の話は原作の「閃光の刻」にあたる話です。
まだ半分あるなぁと思いつつ、ここまで来たなぁと感慨にふけました。
これはひとえに読んでいただいてくださる方々がいたからこそ来れたのだと思います。まだまだ、終わりませんが、完結を目指して書きつづけるので、よろしくお願いします。




 

 ストライクを連れて帰投したヒロはコクピット内でうなだれた。

 どうして起きてしまったのか…。

 頭の中で自問する。

 ブリッツはその武装は右腕に集中している。だから、右腕を斬り上げた時点で、今までのブリッツのパイロットの行動を思えば、退がる…そう、思っていた。

 なのに…。

 今までの戦いを思い起こす。

 誰も殺さないように…。

 たとえ偽善でも…と決めたが、それを成し遂げられたことなどない。

 戦争だから…そうなってしまうのはしかたのないこと。

 その事実を突き付けられても、やはり、やりきれない気持ちであった。

 他に方法はあったのではないか。

 思考をめぐらせながら、OSを閉じ、電源を落とした。

 コクピットハッチを開き、ケーブルで降りてくると格納庫の一角に人だかりができていた。

 キラがマードックをはじめ、多くの整備士たちに囲まれ、称賛の声で迎えられていたのだ。

 すると、マードックはこちらに気付いたのか、いつもの胴間声で呼びかけてきた。

 「ようっ!ヒロもお疲れさんっ!」

 「えっ…ええ。」

 マードックがポンポンと背中を叩き、笑顔で迎える。ヒロは戸惑いつつも返事をした。

 「そうだっ、近くで見ていたんだろ?もっとくわしく教えてくれよっ、坊主がブリッツを倒したところを…。」

 どうやら、マードックたちはブリッツをキラが倒してきたことに喜びに沸いていたようだ。一方、褒められている当の本人は嫌悪感を表しているようだった。

 ブリッツを倒した。

 その言葉にヒロは顔を曇らせる。

 そして、今自分の中にある思いと、彼らとの思いの差を見せつけられた。

 彼らにとっては、ただ()を倒した、という程度でしかないことに…。

 「…うん?どうした?」

 マードックはヒロが暗い表情に不思議そうにこちらを覗きこむ。

 「いえ…。」

 ヒロは首を横に振り、そして口を開いた。

 「でも…。そんな…大きな声で、喜んで話せませんよ。」

 人が人を殺したことなんて…。

 なにか、急に疲労がドッと出始めてきた。

 ヒロはマードックを振り払い、進み始める。

 整備士たちは分からないと言った表情で驚き、戸惑っているが、構わず、その足でパイロットロッカーに向かい、着替える。

 そして、足早に廊下を進んだ。

 「あっ…ヒロ。」

 途中、ルキナとすれ違い、なにか話しかけてきたが、ヒロの耳には入ってこなかった。

 とにかく今は、部屋に戻って休みたかった。

 部屋のドアを開けると、ジーニアスのビープ音が聞こえてきた。

 なにか言いたいことがあるのだろうか?

 しかし、ディスプレイに目も行かず、ベッドにダイブし、そのまま寝入った。

 

 

 

 

 アスランは1人呆然と開かれたままのロッカーの前にたっていた。さきほどイザークのやり場のない怒りにまかせ、はずみで開いてしまったロッカーだ。その中に赤い制服が吊り下げられている。もうその制服に袖を通す者はいない。そうニコルはもういないのだ。

 アスランがゆっくりと制服に触れると、バサリとロッカーからこぼれ落ちた。目を向けると、そこには楽譜が散らばっていた。

 「くっ…うぅぅ…っ。」

 ‐寝ていませんでした?‐

 あれは、地球に降下する前の時だった。

 第八艦隊との戦闘後の休暇の間にニコルは小さなピアノのコンサートを開いた。

 ‐本当は、もっとちゃんとしたのをやりたいんですけどね…-

 ふと寂しげに言ったニコルに自分はスピットブレイクが終われば、情勢が変わるだろうからと言った。

 そう、もう少しすれば、きっとニコルもちゃんとしたコンサートをできたであろう。

 …なのにっ!

 「撃たれるのは、俺の…俺のはずだったっ!俺がっ!今まであいつを撃てなかった俺の甘さがっ…ニコル、おまえを殺したっ!」

 次に会う時はおまえを撃つ!

 そう言ったのに、自分はキラを殺すこともできず、キラが自分を殺すことなど、考えていなかった。

 その甘さが、ニコルを死なせてしまった。

 「…キラを撃つっ!…今度こそ…必ず…!」

 アスランは つぶやいた。

 1人、悲壮な覚悟を…。

 それをパイロットロッカーの入り口の陰で、クトラドは黙って聞いていた。

 そうか…。

 そして、何を思ったのか、しばらくしてその場を去った。

 「ちょっといいか?」

 クトラドが1人廊下を進んでいると、イザークとディアッカが待ち構えていた。

 イザークにはなにか険しい表情でクトラドを見ていた。しばらく、互いににらみ合うような形で面と向かっていたが、ややあってイザークが口を開いた。

 「あんたからMSの戦闘を教えてもらいたい。」

 「なあ、イザーク。それはちょっと言い方が…。」

 「うるさいっ。」

 いったい何を言うのかと思い、少々身構えていたが、意外な言葉にクトラドは目を丸くした。

 イザークもこちらの反応に気付いたのか、話を続けた。

 「…俺はエースパイロットだ。お前の本来所属する隊のようにただ後方にいてMSのテストやら輸送やらをやっていくのではない。前線で敵を倒し功績を得て出世することだ。…と今でも自負している。」

 「だから、教えてもらうのになんていう言い方なんだ?」

 ディアッカの突っ込みに関わらず、イザークはまだ続ける。

 「だが、あなたと共に戦って…痛感した。あなたは強い。どこの部隊に所属していようと関係なく…。このままではストライクには勝てない。それではミゲルやニコルの仇も討てない。だから、教わりたい…。」

 態度はぞんざいであったが、その言葉には今まで自分に対して、見下していたというよりも、なにか敬意を払うものであった。おそらく、今まで誰かに物事を頼むというようなことはあまりしてこなかったのであろう。

 「…いいでしょう、自分でよければ。」

 「…ありがとう。では、早速格納庫のシミュレーターに行って待っているから、頼むぞ。」

 そう言い残し、イザークは足早に格納庫へと向かっていた。

 それを横でディアッカがあきれ気味にイザークを諫めていた。

 「おまえなぁ…もう少し、考えて言った方がいいじゃないのか。」

 「うるさいっ。おまえだって同じだろっ!?」

 「そりゃ…そうだが…。」

 その2人を見送りながら、今まで見たことのない一面に少々驚きを隠せなかった。しかし、それだけ彼らにとってニコルの死は衝撃的であったのだ。

 「ふっ…強さが欲しいか…。」

 クトラドは呟くが、そこにあったのは、感心ではなく皮肉混じりであった。

 「お前たちでは本当の(・・・)強さは手に入らない。」

 お前たちも、アスラン・ザラも、ニコルですらも…。何も考えず、ただ他人から与えられた思考で敵と対する者たちに…。

 とはいっても、クトラドもあまり人の事は言えなかった。

 そろそろこちらの目的も遂行しなければ…。

 そのためにこの隊に派遣されたのだ。

 

 

 

 

 

 「…お腹空いた。」

 『戻ってきてすぐ寝たかと思えば、今度は空腹…か。まったく…。』

 「ジーニアスには言われたくないんだけど…。」

 戻ってしばらく寝ていたヒロだったが、お腹がすき始めた。時計を見ると、戦闘から戻って来た時間からも、食堂が開いている時間からも、だいぶ経っていた。

 そんなにも寝ていたんだと、思いつつ…寝ても空腹になっても先の戦闘での出来事は頭から離れることはない。

 まだやっているかなと、思いながら入ると、ある人物が目に入った。

 「…あれ?ルキナ、今から食事?」

 「ええ。さっきまで破損した右腕の修理と調整をしていたから…。」

 「そう、なんだ。」

 どうやら、まだ整備士たちの作業が終わってないこともあって、食堂はまだ開いていた。

 ヒロは食事のトレイをとり、ルキナの向かい側に座る。

 と、ここまでいつも変わらないように見えたが、ヒロの中でどこか違和感がした。

 いったいなぜだろうかと思いつつ、前を見た。

 ‐『男としてのヒロは、女としてのルキナを好きだということさ』‐

 出港前日にジーニアスに言われたことを思い出し、急激に心臓がバクバクと早鐘が打ち始めた。

 そうか、それだ。

 さきほどからの違和感。

 あれから急にヒロはルキナを意識しだし、今2人でいることもどうすればいいか分からない状態であった。

 すると、こちらの視線に気付いたのか、ルキナは不思議そうに尋ねる。

 「どうしたの?」

 「いや…あっ、そういえばアークエンジェルに帰投した直後、何か言おうとしていた?僕、気付かずに行っちゃった気がするんだけど…?」

 どうにかごまかそうとヒロは帰投直後のことを思い出し聞いてみた。

 「ああ、あの時…ね。いいのよ、たいしたことないから…。」

 ルキナとの会話はそれっきりになってしまった。

 だめだ…なにか話さなければ。

 ヒロは一生懸命頭を巡らせた。

 そもそも相手がどう思っているかわかならないのに、あんな風に急に誘ってよかったのか?

 もし…もしも、だ。

 ルキナに好きな人がいて、自分の事をなんとも思ってなかったらどうするんだ?

 「あのさ…」

 ヒロは恐る恐る尋ねる。

 「ルキナは、今まで…誰かと、ほら、どこかに買い物に行くとか…あった?」

 というか、自分でも何を言っているのか?そもそもそんなの聞いてどうするんだ?

 自分でもおかしいと思いつつ、聞いてしまった。

 そんな自分を知っているのか、知らないのかルキナはしばらく考え、そして答えた。

 「そうね…あるわよ。」

 「えっ!?」

 「兄さんやユリシーズや…みんなで。」

 「え…ああ、そう…か。」

 思わず肯定の言葉に戸惑ったが、なにか少し安堵した。

 「いや…、ジェラート誘ったのいいけど…ルキナに迷惑だったかなっと思って…。」

 机に置かれていたジーニアスが『おいおいおいっ!?』と突っ込みを入れていた。

 まあ、そうだよね…。誘っといて何を言いだすのか、と言いたいのだろう。

 ルキナは目を丸くしたが、すぐに表情をゆるめた。

 「そんなことないわよ。」

 「本当っ!?」

 「ここにいたか、ヒロっ!?」

 ルキナからの言葉にヒロは思わず喜ぶが、食堂の入り口からのフォルテの大声によって遮られた。

 「へっ!?フォルテ…?」

 ヒロは驚き、振り返る。

 いったい何したのか、ヒロは見当つかなかったからだ。

 「おまえ、クリーガーの調整の時間言っていただろうっ!」

 「あれ…そうだっけ?」

 そういえば、寝ているとき、フォルテに何か言われた気がするが、よく覚えていなかった。

 「返事はしていたぞ、返事はっ。」

 そして、ヒロの首根っこを掴み、引きずるように連れて行った。

 「ったく、おまえは時間を決めても、それに遅すぎたり早すぎたり…。たまには時間に合わせようとは思わないのか?」

 「そんなこと言われても~。」

 ヒロはフォルテに引きずられる形で食堂を出て行った。

 「あちゃ~、あれはマードック曹長からも大目玉だね。」

 フォルテとヒロと入れ替わりで入ってきたのはミリアリアであった。ちょうど彼女は交代時間となり、ドリンクを取りに来たのであった。

 「…そうね。」

 ルキナも苦笑いした。そういえば、[トゥルビオン]の右腕の修理中にフォルテがヒロの所在を聞いていたことを疑問に思っていたが、こういうことであったと納得した。

 「…で、どうなの?」

 ミリアリアはヒロが座っていた隣の椅子に座り尋ねる。

 「え?」

 「聞いていたわよ~、今までの会話っ。結構、いい雰囲気だったじゃない?」

 「えっ…え!?」

 ルキナは戸惑った様子だ。

 どうやらミリアリアはフォルテが来るまでの間の2人の会話を立ち聞きしていたようだ。

 「あんな風にマイペースだし、世間知らずなところはあるけど…私は、ヒロはいい人だと思うけどね~。」

 おだてでもなく、まぎれもないヒロに対するミリアリアの印象であった。

 「うん…それは、私も…思うわ。」

 「もしかして実はルキナ…他に好きな人がいる、とか?」

 ミリアリアはあいまいなルキナの返答に対し、身を乗り出して聞く。

 「そっ…それは…。」

 いきなりの質問にルキナは困惑した。

 その答えをはっきりと返すことができないからだ。

 それは、たぶん、自分が誰かを好きになることはないだろう…そう思っていたからだ。

 いつも…「ひとり」だった。

 ナチュラルでもコーディネイターでもない自分。

 地球にもプラントにも属せない自分。

 ナチュラルからもコーディネイターからも嫌われる自分。

 「家族」は自分と向き合って接してくれた。

 しかし、結局自分は「家族」とも違う存在であることだ、と半ば八つ当たりに「家族」に当たり、そんな自分に嫌気がさしたり…。

 そして、あの事件を境に「家族」は壊れた。

 ‐君はナチュラルとコーディネイターの融和の象徴なのだよ。‐

 誰かが言った言葉。

 ナチュラルとコーディネイターも同じ人。いつか日か、互いに理解し合い、手をとる時が来る。君はナチュラルとコーディネイターが愛し合って産まれた存在。だから、希望の象徴だよ。

 しかし、現実は?

 母はコーディネイターに身内を殺されたからと、ナチュラルに殺され、父は母を殺されたことへの憎しみをもって、それを起こした者たちに引き金を引いた。

 私は希望の象徴?疫病神?

 自分の存在意義に悩んでいた頃であった。

 ()に出会ったのは…。

 彼もまた、私と同じ存在(・・・・)であった。

 誰にも話してない秘密の共有する者同士…そして、その存在ゆえの傷を持つ者同士…。初めは、馴れ合いであったのかもしれない。しかし私は、次第に彼に惹かれていった。

 それが、私にとっての初恋…なのだろう。

 しかし、その恋は彼に想いを告げる前に終わりを迎えた。

 彼を好きになったからこそ、恋をしたからこそ…感じたのかもしれない。彼は、愛さないと…。

 すでに相手がいるというわけではない。

 彼は誰かを愛することはしない。

 口にこそしなくと、うすうす感じていた。

 それから…彼は今までと変わらず、私に接してくれている。私もまた…。

 自分の中でもしかしたら…という思いがあるのだろうか。もう、終わったと思いながらも…。

 だからこそ、自分がヒロに対して抱いている思いは恋愛感情なのかわからず、対してヒロの気持ちを受け取りづらい。それが、逆に負い目を感じてしまう。

 「ってなに、ずっと人の顔を見ているの?」

 ふと視線を感じ、顔を上げるとミリアリアはなにかにニヤついていた。

 「ううん、何でも…。」

 ルキナは変わったなぁという風に思った。もちろんいい意味での方である。

 初めて会ったときは、暗に壁を作っていて、自分の出自がしれてからはしばらく避けていたけど、今はこうして変わらない、どこにでもいる同世代の女の子と変わらない感じで話している。

 たぶん、ヒロのおかげなのだろうなぁ、と思いつつ、だからこそ応援しているのかなぁと改めて思った。

 

 

 

 

 

 「レーダーに艦影っ!」

 ボズゴロフの発令所のオペレーターの声に、アスランたちは振り向いた。

 「『足つき』です!」

 「間違いないか!?」

 ボズゴロフの艦長が質すと、オペレーターは強くうなずいた。

 そして、モニターを見上げ、周辺地域の地図を映し出す。

 「群島の多い海域だな。日の出も近い。しかけるのは有利か…。」

 「今日でカタだ!ストライクめ!」

 「ニコルの仇もお前の傷の礼も、俺がまとめて取ってやる!」

 艦長の言葉に続き、イザーク、ディアッカが威勢よく声を上げる。

 それらの言葉を受け、アスランは冷静に告げた。

 「…出撃する。」

 

 

 

 

 

 (総員第一戦闘配備!総員戦闘配備!)

 アークエンジェルでも敵の動きを捉えた。けたたましく警報が鳴り、非番だった者たちが慌ただしく自分の配置につく。

 「キラっ!」

 キラもストライクへ向かうため、急いで廊下を走っていると、背後から声をかけられた。

 フレイであった。

 「キラ…キラ、私…。」

 一方のフレイもいったいキラを呼んだものの何を話せばいいか、と考えあぐねていた。

 なにせ、あの1件以来、2人は言葉を交わしていないのだ。

 そう…オーブでの家族との面会の時、キラは両親に会わなかったのは、会いに来る家族のいないフレイを気遣っての事でもあった。フレイはそのキラの気遣いを踏みにじった。しかし、フレイ自身も気付きかけていた。…キラの事を本当に好きになったことに。そもそもキラに近づいたのは復讐のため、なのに、今は本当に好きになっている。

 先日の喧嘩のこと、今まで騙していたこと、そして、本当に好きであること…それらをすべて話したいのに、謝罪と本当の気持ちを伝えたいのに、うまく言いだすことができなかった。

 警報が鳴り響く。

 「ごめん…、あとで。」

 今は出撃しなければいけない。いつまでも待っていることはできなかった。

 だから…。

 「…帰ってから。」

 キラは笑って、そして、去って行った。

 そう…帰ってから。

 その姿を見送りながら、フレイは思った。

 すべてを話そう。そして、戦いで疲れて帰って来たキラを優しく迎えてあげよう…。

 帰ってきたら…

 

 

 

 

 「敵影4!5時方向、距離3000っ!」

 朝日が海面より現れた頃、アークエンジェルの後方から4機のMSの影が見えた。前回の戦闘で水中兵装を失ったバスターはグゥルに乗っていた。遠距離から長射程狙撃ライフルを放ち、アークエンジェルをかすめる。アークエンジェルもまたバリアントを放ち、応戦する。

 その間に、アークエンジェルから次々と機動兵器が発進し、応戦にあたる。

 それをデュエルとシグーで迎え撃ってきた。これにより、バスターはアウトレンジからのアークエンジェルの攻撃に集中することができる。

 これまで腕は確かながらもスタンドプレーが多かった彼らであったが、皮肉にも緩衝材的な存在であったニコルを失ったことで、彼らは結束し、連携をとることになったのである。

 実力、連携、MSの性能…それらを活かした彼らの攻撃は、だんだんとアークエンジェルを追い詰めていった。

 次第に、アークエンジェルの火器は破壊され、黒煙を上げる。

 そして、ブリッジのクルーの声が切迫したものなってきていた。

 「アラスカは!?」

 マリューは通信士席を振り向く。

 「ダメです!応答ありまえん!」

 アラスカの防空圏まであと少しなのに…。

 するとトノムラが声を上げた。

 「直上にイージス!」

 イージスがこちらの隙をつき、接近していたのだ。

 「面舵―!」

 MA形態に変形し、スキュラと連結させたビームライフルをこちらに向けるのを察知したマリューは叫ぶ。

 しかし、巨大な艦を急に回避させるのは至難であった。

 やられる…っ!

 むき出しの艦橋に守るすべはない。

 その時、別の方向からビームライフルの光線がイージスに向け、放たれる。とっさにイージスは、回避し、そちらの方向にビーム砲を放った。

 それを、ビームライフルを放ったMS…クリーガーがシールドで防いだ。

 イージスはMS形態にもどり、レールガンを放ち応戦した。

 すんでのクリーガーの介入で、アークエンジェルは危機は回避できたが、その間にもバスターの攻撃は続いていた。

 

 

 

 

 

 アスランは押し通ろうと、イージスの腕部サーベルを発生させ、クリーガーに斬りかかろうと向かい、クリーガーもまた腰部のサーベルを抜き、応戦の態勢に入ったその時、イージスの背後からシグーディープアームズがクリーガーめがけて突っ込んできた。

 しまったっ!

 いきなりの事で、シールドを前にかざすが、シグーの激突の衝撃で、クリーガーはシグーとともに落下していく。

 「クトラドさんっ!」

 (コイツは俺がおさえるっ!隊長は『足つき』、そしてストライクに集中しろ!その為に今日を迎えたのだろうっ!?)

 そうだっ!

 アスランは白亜の戦艦とその甲板上にいるストライクに目を向けた。

 俺の手で、お前を撃つ!

 好機(チャンス)はもう2度と来ない。

 今日こそ、ここで、キラを撃つ。

 アスランは鬼気迫る気迫でストライクへと向かった。

 「ヒロっ!」

 キラはクリーガーを助けに行こうとするが、イージスに遮られてしまった。

 「…アスラン。」

 赤い機体に乗っているパイロットを思い、キラは歯噛みした。

 アレに乗っているは自分の友だちだ。

 けど、アスランから見ての自分は?

 自分はアスランの仲間を殺した。アスランは自分を許さないであろう。

 ‐戦うしかなかろう?互いに敵である限り、どちらかが滅びるまで…。‐

 砂漠での敵将の言葉がよみがえる。

 もはやキラもアスランも互いで敵でしかないのだ。

 キラは赤い機体にライフルを向けた。

 

 

 

 

 

 クリーガーはそのままシグーに押されていき、どんどんとアークエンジェルから遠ざかる。近くの島に着地するためか、シグーが離れた隙を狙い、クリーガーを立て直し、着地させる。

 上空にはアークエンジェルが見える。

 艦の歩みを緩めることはしなかった。しかし、通信機からはこちらを拾うために様座な方法を模索している会話が聞こえてきた。

 ヒロは意を決し、叫んだ。

 「アークエンジェルは先に行ってくださいっ!」

 (ヒロ君っ!?)

 マリューは驚いた顔をした。

 「クリーガーなら飛行能力がありますし、なんとか戻ります。」

 (でもっ…。)

 マリューが言い懸けた瞬間、激しい衝撃によってモニターのなかの艦は大きく揺れ、そのまま切れた。

 アークエンジェルは激しい攻撃を受けている。

 こちらを気に掛けている余裕などないはずだ。

 クリーガーは目の前のシグーディープアームズと対した。

 

 

 

 

 アークエンジェルはなおも3機から激しい攻撃を受けていて、被害は深刻であった。左舷からは黒い煙があがり、高度が下がっていった。

 「プラズマタンブラー損傷!レビテーター、ダウン!」

 「揚力維持できません!」

 「姿勢制御を優先して!」

 「緊急パワー、補助レビテーター接続に!」

 被害報告とそれらの対応にブリッジのやりとりをじれったく聞きながら、副操縦席に座っているトールはパイロットシートから立った。

 「スカイグラスパーで出ますっ!」

 その言葉にマリューは驚き、ミリアリアは声を上げた。

 「危ないですよ!このままじゃっ!」

 「待ちなさい、ケーニヒ二等兵…!」

 ブリッジを飛び出し出て行くトールをマリューは止めようとしたが、ふたたびアークエンジェルは被弾したのか、激しく揺れ、マリューの言葉は遮られてしまった。

 トールは格納庫へと向かって行ってしまった。

 

 

 

 アークエンジェルにふたたびミサイルが被弾し、黒煙を上げる。

 スカイグラスパーは上空からアグニを、フォルテのジンは無反動砲をミサイルを放ったバスターに向け撃つが、避けられる。

 アークエンジェルの甲板上では艦の揺れを感じながらキラは歯噛みする。

 バスターを何とかしたい気持ちもあるが、こっちも[トゥルビオン]とともに、イージスとデュエルを抑えるの精一杯であっにた。

 ストライクはエールのスラスターを吹かせ、跳びあがる。

 それを待っていたように、デュエルがビーム砲を放つ。さらにスラスターを噴射し、なんとかストライクはよけるが、間髪入れず、今度はレーザー重斬刀を振り下ろそうと迫ってきていた。

 おもわず、イーゲルシュテルンで牽制し、距離を置き、降りていく。

 デュエルは一旦距離を取りふたたび迫ろうとした時、横から[トゥルビオン]の対艦刀で押しきられ、バランスを崩す。

 その隙を狙って、[トゥルビオン]はもう片方の対艦刀でデュエルのメインカメラを貫く。

 カメラをやられ、見ることができなくなったデュエルは必死にもがくが、そのまま[トゥルビオン]に蹴られ、海面へと落下していった。

 …これで1機。

 キラは安堵し、甲板への着地体勢に入ったのを、イージスは見逃さなかった。

 腰部のレールガンを放ち、いきなりの攻撃でバランスを崩し、そして、突進してきたイージスにもろに激突され、ストライクはアークエンジェルではなく、ヒロが着地したであろう島の端に降りてしまった。

 「キラっ!」

 ルキナはストライクを気に掛けるが、アークエンジェルにふたたびバスターが攻撃を放つ。

 先に落ちたヒロも含め、気がかりであったが、今はアークエンジェルを援護するのが先決であった。

 

 

 

 

 雲一つなく青かった空に黒くどんよりとした雲が覆い始め、今にも雨が降りそうであった。

 が、クルーにそれを気にする余裕などなかった。

 ブリッジでは警告音が鳴り、不調をしめすランプが点滅する。

 「姿勢制御不能っ!」

 これまで何とか高度を保っていたアークエンジェルであったが、ノイマンの絶望的な声が響いた。

 「着底する!総員衝撃に備えよ!」

 マリューの言葉とともに、アークエンジェルはだんだんと高度が下がっていき、目の前にあった島々の1つに突っ込んでいった。

 なおもバスターがこちらを狙っていて、それをスカイグラスパー2機とジン、[トゥルビオン]で応戦していた。

 

 

 

 

 (こらっ、回り込みすぎるなっ!狙い撃ちにされるぞ!)

 「はいっ!」

 ムウからの叱咤の声にトールは不満げに思いつつも、懸命に操縦桿を倒す。

 この前の戦闘はあんなにうまくできたのに…。

 トールは歯噛みした。

 出撃前は初陣の緊張が嘘のようになく、自分はできると思っていた。

 しかし、今は、ムウたちについていくの背いっぱいであった。

 「ええいっ、邪魔だ!」

 バスターは射程にはいったところにあらわれるスカイグラスパーに苛立ちを覚えた。

 あんな前世紀の兵器なんかにっ!

 うち1機が大きく反転し、無防備な姿をさらしていた。

 これなら狙えると、バスターは肩部の6連ミサイルを開き、発射した。

 それはトールにとって不意打ちであった。

 いくら逃げてもミサイルはやっても追いかけてきた。

 やられると思った瞬間、自分の背後にジンが飛んできていた。

 そして、ミサイルはジンに命中する。

 ジンはミサイルを受ける直前に、無反動を放ち、それがバスターのグゥルに命中する。

 バスターはグゥルの爆発する瞬間、飛び降り難を逃れる。

 「フォルテさんっ!?」

 トールが後ろを向け、煙に覆われて見えないジンに向かって叫んだ。

 「フォルテさんっ!」

 ブリッジのミリアリアも叫ぶ。しかし、いくら通信機に叫んでも、応答はなかった。やがて、煙が晴れ、ボロボロになったジンが甲板にぶつかる。

 「救護班っ!ただちにジンのパイロットの救出をっ!」

 と告げた瞬間、艦は激しく揺れる。

 とうとうアークエンジェルは島の1つに着地したのだ。木々をなぎ倒し、地面をえぐりながら、アークエンジェルはやっとのことで停止した。

 必死にシートにしがみついていた、マリューは前方を見た瞬間、息を呑んだ。

 グゥルから寸で飛び降りたバスターはなおも諦めず、落ちながらも砲をこちらに向けていた。

ジンの救援に向かった[トゥルビオン]が慌てて、突撃銃を構えるが、間に合わない。

 今度こそやられる!

 そう思った瞬間、

 (やらせるかぁぁぁっ!)

 と雄たけびと共に、ムウのスカグラスパーが突っ込んできた。

 バスターもスカイグラスパーに気付いたのか、砲を向け、撃ちあいとなった。

 両者すれ違いざま、

 バスターは対装甲散弾砲を、スカイグラスパーはアグニを放った。

 対装甲散弾砲はスカイグラスパーの左翼に受け、アグニはバスターの右腕を貫く。

 そのまま、スカイグラスパーは沿岸の海に不時着し、バスターは落下し、アークエンジェル前方の斜面に激突した。

 「ハイドロ消失、駆動パルス低下…くそっ。」

 ディアッカは必死にレバーを動かすが、落下の衝撃で動力系がやられたのか、いっこうにバスターは動けなかった。

 すると、コクピットにロック警告音(アラート)が鳴った。

 モニターを見ると、左部ゴットフリートがこちらを狙っていた。

 苦渋の決断であった。

 ディアッカはヘルメットを取り、コクピットハッチを開けた。そして、その入り口にたち両手を上げたのであった。

 投降する、という意思表示だ。

 その様子はブリッジからでも捉えられた。

 マリューもナタルも困惑していた。

 

 

 

 

 一方、甲板ではフォルテのジンの前にギースやマードックを始めとする整備士たちと応急セットを持ってきた医療班が待機していた。

 やっとこさコクピットを開けると、フォルテが横たわっていた。

 「おいっ、(にい)ちゃん、大丈夫か?」

 マードックが声をかけると、返事がない。

 意識がないのか、と肩に手をかけようとした瞬間、

 「痛って~~~~!」

 急にフォルテは大声をあげた。

 近くにいたマードックは思わずぎょっとした。

 「痛いし、熱いっ!コンチクショー、モビルスーツまでダメにしちまったっ!」

 なにか悪態ついているが、まあここまで叫ぶ元気があるなら大丈夫だろう。

 マードックは、そちらをギースと医療班に任せ、アークエンジェルの被弾箇所の応急的な補修に向かった。

 フォルテの安否を通信から聞いたトールはほっと息を吐いた。

 だが、暇はない。

 ふと目を凝らすと、ストライクとイージスが戦闘を繰り広げていた。

 見たところ、ストライクはイージスに力負けしていた。

 …キラっ!

 トールはキラを助けに行こうとスカイグラスパーを駆った。

 

 

 

 

 「被害状況をっ!」

 ひとまず一難去ったアークエンジェルはいまだに動けない状態であった。被弾箇所の応急補修は急ピッチで進められているが、火器はほとんど失い、機動兵器も2機損失していた。

 「ストライクとクリーガーは呼び戻せないかっ!?」

 この状況では戦線を離れなければいけない。が、いまだに2機は交戦中であった。こちらからの通信も届かない。

 (すぐに呼び戻します。)

 すると損傷もない[トゥルビオン]が甲板から飛び立ち、ストライクとクリーガーがいるであろう島へと急いで向かった。

 

 

 

 

 

 降り始めた雨は次第に激しさを増していった。その雨粒を蒸発させながら、一条の光線が光り落ちていく。

 その射線上にいたクリーガーは横へと飛び跳ねるように避け、地面を踏みきって飛ぶ。

 ビームは森に着弾し、周りの木々が吹き飛ばされ、あるいはなぎ倒れながらビームの熱により灼けていく。

 クリーガーはビームライフルを構え、上空にいるシグーディープアームズに向け、放った。

 しばらく、後退すると海岸線沿いに出た。

 本来であれば白い砂浜に、青い海を綺麗なところであるだろうが、今は気にすることもできなかった。

 射撃での応戦では埒が明かないと判断したのか、シグーディープアームズはレーザー重斬刀を抜き、こちらに迫る。

 こちらも、はやくアークエンジェルに合流しなければならない。

 そのためにはまずこの追撃から逃れなければならなかった。

 クリーガーを後ろに退がり、足元は海水につかる。

 もう逃げ場がないと思ったのか、シグーは勢いよくこちらに迫る。

 今だ。

 クリーガーは持っていたビームライフルを放つ。

 急激な高熱で温度が上がった海水が白い蒸気を、そして、水しぶきを上げ、クリーガーとシグーの前を覆う。

 「何っ!?」

 いきなり視界を失い、ひるんだシグーは動きを止めてしまった。

 クリーガーはその隙をつき、シグーを蹴り飛ばす。そして、反転し、アークエンジェルが向かった方角へと向かって行った。

 いきおいよく後ろへと飛ばされたシグーは体勢を立て直し、前を向いたがすでにクリーガーの姿はいなかった。

 「くっ、ここにきて…。」

 激しい雨のため、視界も悪い。

 おそらく『足つき』へと戻ったのであろう。

 シグーは身を翻し、急いで向かった。

 

 

 

 

 ヒロはシグーをまき、海岸線を沿って、アークエンジェルへ戻ろうとすると、前方に火花が薄くではあるが捉えた。

 視界が悪いため、見えにくいが、ぼんやりと映る赤い機体と白い機体が見えた。

 「キラも、この島に着地していたのっ…。」

 アークエンジェルのことも気になるが、前回の戦闘の事もある。

 ヒロは急いで、ストライクの方へと向かった。

 

 

 

 

 

 ストライクとイージスはなおも戦い続けていた。

 ビームサーベルで斬り合い、互いのシールドで防ぎ、また離れ打ちかかる。

 「キラァァァァっ!」

 アスランは叫び、ストライクに迫り、また斬りかかる。

 しかし、こんなに激しい猛攻でも相手に届かない。

 「お前がニコルを…ニコルを殺したァァァァっ!」

 イージスの激しい猛攻にストライクは耐えていた。

 しかし、キラはその先への攻撃に転じない。いや、できなかった。

 この攻撃は見ればわかる。

 アスランは自分を殺しに来ている。

 では、自分は…?

 できない。

 死ぬわけにはいかないと思っていても、目の前のアスランを殺すことなんてできなかった。

 なかば諦めかけたその時、

 (キラぁっ!)

 無線からトールの声をが聞こえ、キラはハッとしその方向を見た。

 スカイグラスパー2号機が上空からこちらに突っ込んできた。

 「トールっ!?ダメだ、来るなぁぁ!」

 キラの制止も聞かず、2号機はストライクを援護するために、ミサイルをイージスに発射し、足元へと着弾する。イージスはミサイルの爆発の寸でで、ジャンプし回避するが、この戦闘に邪魔が入ったと思ったのか、スカイグラスパーに向き、イージスのシールドをスカイグラスパーに投げつけた。

 シールドは回転しながら、スカイグラスパーへと一直線に飛んでいく。

 いきなりのことで、トールは回避することもできないまま、それが来るのを、怯え見るしかなかった。

 そして、スカイグラスパーのコクピットに突き刺さった。

 それをキラはすべて見ていた。

 コクピットが粉砕されるのをっ。

 ヘルメットが飛んでいくところも。

 そして、赤い血が飛び散っていくのを…。

 まるですべてがスロー再生のようにゆっくりと流れたかと思うと、スカイグラスパーは爆発し、四散していった。

 「トールっ!」

 トールが死んだ。キラはうめきながら泣き叫ぶ。

 -俺もがんばんなきゃ。おまえも、いろいろと大変だけどさ…。-

 トールがスカイグラスパーに志願した時、心配する自分にトールが言った言葉がよみがえる。

 -自分で志願したんだもんな。-

 トールを殺した。

 誰が…?

 そう目の前にいる赤い機体。

 「アスラァァァンっ!」

 ストライクはイージスに突進した。

 もうさきほどまで弱気はどこにもなかった。視界も鮮明に見える。

 ただあるのは、大事な友達を殺した目の前の相手を撃つことだけであった。

 ビームサーベルで左腕を斬りおとし、顔面を蹴りつけた。

 イージスは蹴られたまま、倒れ、下にある木々を倒す。

 なおもストライクは迫り、サーベルを振り下ろす。

 ストライクの動作が急に変わっていた。

 さきほどまで攻勢だったのに、今ではこちらが向こうの一太刀を防ぐのに目いっぱいであった。

 だが、負けるわけにいかない。

 「キラァァァァっ!」

 こいつがニコルを殺したのだ。

 だから、自分は負けるわけにはいかなかった。

 「俺がっ、お前をっ、撃つっ!」

 体の奥底でなにか弾ける音がしたかと思うと、視界が鮮明になった。そして、さきほどまでのストライクの太刀筋がはっきりと捉える。

 行けるっ!

 イージスもまだクローよりサーベルを出し、襲い掛かる。

 白と赤の機体は互いに激しい打ち合いへとなった。

 

 

 

 

 

 上空での爆発が見えた後、2機の激しい戦闘を繰り広げられていた。

 その様子にヒロは背筋が凍る感じがした。

 そして、その光景に末恐ろしい何かを感じた。

 僕は知っている。

 彼らが幼いころからの友だちだったということを…。

 なのに…。

 今、2人は互いに憎しみのまま、目の前の()を撃つことのみ戦っていた。

 なぜ…?

 戦争…だから?

 だから、2人は戦うのか、殺し合うのか

 そして、ヒロはかつて見た光景を思い出させる。

 あの時も、同じ雨の日だった。

 互いに知る者同士…なのに、互いに殺し合った者たち…。

 「…止めなきゃ。」

 ヒロはクリーガーを駆ろうとした時、背後に殺気を感じた。

 振り返ると、シグーディープアームズ飛びあがっていて、こちらにレーザー重斬刀を振り下ろそうとしていた。

 まずいっ!

 ヒロは慌てて、シールドを前に出し、防ぐが振り下ろした勢いに飛ばされた。

 「うあぁぁっ!」

 衝撃で思わずよろめいた。

 「…追いついたぞ。」

 なおも斬りかかろうとするシグーに必死にシールドで防ぐ。

 「待ってくださいっ。あの2機の戦闘をやめさせなきゃっ…。これじゃぁ…。」

 いまここで、シグーを相手にしている暇はない。

 2人の戦いを止めたい、その一心であった。しかし、クトラドはその言葉を聞き、ピクリとこめかみが動いた。

 「戦闘を止める、だと…?」

 その言葉にクトラドは激しい怒りが込みあがった。

 「ふざけているのかっ!?これがおまえたち(・・・・・)が選んだ結果であろうっ!」

 そしてふたたび斬りかかり、クリーガーが慌ててシールドで防ぐ。

 「『プラントが悪い』、『地球が悪い』、『コーディネイターが原因だ』、『ナチュラルのせいだ』…そうやって今いる自分の所属するとこからでしかものを見ることができず、その視野の狭さで、相手のことなどみることもできないのに、起こることを相手に責任転嫁する。そして、相手が『敵』だから『仕方がない』『しょうがない』と撃つっ!そうやってきたから、今、ここで起きている(・・・・・)のであろうっ!?」

 「…ならっ、なおさらじゃないかっ。」

 クリーガーを前に進め、シールドで押し出し、飛ぶ。

 「もうっ遅いっ!」

 シグーは追っかけるように飛び立ち、ビーム砲を放つ。クリーガーは飛び立ち、それを避けた。

 「言ったであろう…もう起きているのだ、とっ!おまえたち(・・・・・)勝手な理屈(・・・・・)で奪ったんだ!なら、同じく奪う(・・)っ!それだけだっ!」

 「奪ったって…あなたは…うあっ。」

 シグーに蹴り飛ばされ、クリーガーはよろめく。

その隙を狙い、シグーはレーザー重斬刀を高く上げていた。

 「もう後戻りなど、できないのだっ!」

 これで…終わりだっ!

 シグーはレーザー重斬刀を振り下ろす。

 …避けられないっ!

 ヒロはなすすべもなく、刃が自分に迫るのを見ていることしか出来なかった。

 その刹那、

 クリーガーとシグーディープアームズの間を割って入った影がいた。

 「…え?」

 ヒロは目の前に現れたものがなぜここにいるのかと己の脳が認識する前に、それにクリーガーは突き飛ばされた。

 そして、シグーディープアームズが振り下ろした刃はその機体に…[トゥルビオン]を薙いだ。

 「ルキナ―!」

 その光景を、胴部分が背中を反るようにひしゃがれた[トゥルビオン]を目にしたヒロは叫んだ。

 

 

 

 

 

 乾いた警告音がコクピット内に響き渡る中、ルキナはゆっくりと目を覚ました。

 時間にしてほんの少しではあるが、意識を失っていたようだ。

 今、ヒロの声が聞こえた気がした。

 おぼろげにコクピット内を見渡すと、計器類は壊れ、レバーも破損していた。

 わたしは…

 ルキナはまだぼんやりとする頭で、意識を失う前の記憶を手繰りよせた。

 そうだ…。

 アークエンジェルが不時着し、火砲もほとんど使えない状態で…しかもスカイグラスパーもジンも戦闘不能状態となった。

 クリーガーとストライクを呼び戻すために向かったのだ。

 2機が不時着したと思われる島で探していると、火花が散るのが見えた。

 クリーガーとシグーディープアームズが戦っていたのだ。

 それから…。

 クリーガーにシグーのレーザー重斬刀が振り下ろされようとして…

 考えるよりも前に行動していた。

 クリーガーを突き飛ばし、その直後、背後より衝撃が襲ったのだ。

 そこからの記憶がないということはそこで意識を失ったのであろう。

 そうだ…。クリーガーは?

 モニターは壊れていたが、コクピットハッチがえぐれていたため、正面を見ることができた。

 そこからクリーガーの姿を捉えた。

 よかった、無事で…。

 だが、まだ[トゥルビオン]が爆発しないということは、推進部とエンジン部をうまく外されたのだろう、奇跡というしかない。

 ほっと息をつくが、そうも言っていられる状態でもなかった。

 このままでは落下する。

 なんとか、姿勢を安定させ着地させようと、身を起こそうとするが、左わき腹の違和感を覚えた。

 まるで突き刺されようにそこから動かないような…。

 その違和感が焼けつくような猛烈な痛みが襲う。

 そんな…。

 ルキナは恐る恐る左下をみると、すると、脇腹の部分を破片が貫いていたのだ。

 痛みに悶え、身をよじろうとしても、その破片はどこか後部部品から突き出したものだったのか、はずれることができず、さらに激痛を増すだけであった。

 すると、[トゥルビオン]がどんどんと落下してく感覚がシートから伝わってくる。

 だが、もはやそれを止める術も、ここか脱出する手段もなかった。

 このまま…死ぬ、の?

 ふとルキナは恐怖に体が震え、思わずクリーガーの手を伸ばす。

 「ジェ…ラート…食べ…たかったな。」

 地球とプラントの戦争が始まってから、よかったことなんてなかった。

 「敵」だと白眼視され、むりやり軍に入らされ、人を殺して…。

 「楽しみ…だったのに…。」

 だから…少しくらい、ほんの瞬間でもよかった…。

 クリーガーはまるでこちらが手を伸ばしているの気付いたのか、手を伸ばしていた。

 やっぱり…。

 彼はいつも手を差し伸べてくる。…今も。

 ああ…そうか。

 ルキナはずっと胸の中につっかえてものが何であったのか、ようやく気付いた。

 「…でも、少し…遅かったな。」

 どんなに手を伸ばしても…、どんなに手を伸ばされても離れていくばかりであった。

 

 

 

 

 突き飛ばれた勢いに耐えながら、ヒロはスラスターを吹かせ、クリーガーの体勢を立て直す。そして、フットペダルを踏み、急いで落下していく[トゥルビオン]へと向かう。

 いかないでくれ…。

 藁にもすがる思いで、クリーガーの手を伸ばすが、[トゥルビオン]との距離は縮まらない。

 そして…。

 [トゥルビオン]は熱帯の木々の中へと落ちていった。

 「そんな…。」

 クリーガーは呆然と立ち尽くした。

 ルキナが…ルキナが死んだ?

 「そんな…っ、そんなのって…。」

 ヒロはそのことに納得できずにうめいた。胸に突き刺さる痛みが襲う。

 「だって…約束…したじゃないかっ!」

 ジェラート食べに行こうって。

 目からあふれた涙は頬を伝う。

 なのに…、なのにっ…。

 体の奥底…いずこより熱を発っしはじめているを感じた。

 なんでルキナが死ななければいけないんだっ!

 その熱は小さな感情という火から発しており、その火はだんだんと燃えあがり炎となっていった。

 ‐おまえたちの勝手な理屈で奪ったんだ!だから、同じように奪うっ!‐

 それが…これ(・・)か?

 勝手な理屈はどっちだ?それでルキナを死なせたのだろう?

 こんなこと(・・・・・)…あっていいはずがないっ!!

 その炎に飲まれるようにヒロの思考は真っ赤に染まった。

 

 

 

 

 「…まさか。」

 クトラドは[トゥルビオン]を信じられないという表情で見ていた。

 たしかにずっとクリーガーに気をとられ、周りに目をいかなかった非はある。

 だが…。

 よもや彼女(・・)を撃ってしまうとは…。

 すんでのところで重斬刀のレーザーは切った。

 しかし、振り下ろした刃は止めようとも止め斬らず、[トゥルビオン]を薙いだ。真っ二つにならなことが不幸中の幸いとというか…。

 とにもかくも彼の者(・・・)のためにも安否が急がれる。 

 その時、前方から凄まじい殺気を感じた。

 目の前にクリーガーがサーベルを持ち、迫ってきていた。突然のことにクトラドは2門の背部のビーム砲を放つ。

 ビーム砲の1つは避けられ、もう1つはクリーガーの肩をかすめるが、なおも接近してくる。

 「なんという無茶を…。」

 しかし…とクトラドは訝しんだ。

 こんな戦い方をするパイロットだったか?

 「ウォォォォっ!」

 ヒロは今まで発したことのない唸るような叫びで激しく斬りかかる。それをシグーディープアームズは避ける。

 太刀筋が荒い。この軌道でならば、読めるし、なんなく避ける。

 シグーはビームサーベルが横に斬った瞬間に身をかがめ、クリーガーの懐にはいり、レーザー重斬刀で突く。

 とっさに左手のシールドで防ごうとするが、それをレーザー重斬刀で振り払う。クリーガーの左腕は斬りおとされ、持っていたシールドははじけ飛び、両者の間に落ちていく。

 その瞬間、クリーガーのビームサーベルがシールドを突き抜け頭部に迫る。

 「なっ!」

 とっさに避け、シグーもレーザー重斬刀で斬りかかる。

 クリーガーのビームサーベルはシグーディープアームズのビーム砲を貫き、シグーのレーザー重斬刀はクリーガーの右眼のカメラとブレードアンテナを破損させた。

 シグーは足でクリーガーを突き飛ばした。

 逃がすかぁっ!

 クリーガーは一旦後ろへと下がるが、ふたたびビームサーベルでシグーディープアームズに斬りかかろうとする。

 「っしつこい!」

 残っているビーム砲でクリーガーの足元を狙う。

 ビーム砲によって、一旦クリーガーはバランスを崩すが、ふたたび、こちらに迫る。

 絶対に逃がさない!

 「…なんなんだ。」

 ふたたび斬りかかるクリーガーを避けながら、クトラドは呟いた。

 迫りくる殺気とこちらを逃がさないとばかりに執拗に追いかけてくる気迫。

 今までこのパイロットと対峙して、今までなかった面であった。

 シグーの右腕を斬り落とし、なおも迫る。

 「『SEEDを持つ者』なのか?」

 クトラドは思わず口にだした。

 「…いや、そうではない。」

 しかし、すぐに否定した。

 戦い方がまるで違う。鬼神のような狂戦士のような戦い方であるが、違っていた。

 「お前は…誰だ!?」

 目の前のそれに押しつぶされそうな圧迫が全身にのしかかる。

 これ以上、逃げようにも逃げれらない。

 クリーガーのビームサーベルが迫ってきていた。

 やられる…。

 クトラドはこの追撃戦で初めて己が負けると感じた。

 が、そのビームサーベルは自分の機体に届く前に、消え、代わりにサーベルを握っていた―クリーガーの拳がガンと機体にあたった。

 クトラドはしばらく呆然とした。さきほど感じた殺気もない。

 いったい何が…?

 死ななかったという安堵よりもなぜかのパイロットが手をとめたのか、そちらの疑念が彼の中を支配した。

 

 

 

 

 もうすぐエネルギー切れの警告音がなる中、ヒロは荒い息をしながらうなだれた。

 「…違う。」

 さきほどまで体の奥から発する熱のままに、目の前にいた機体に斬りかかっていた。

 奪ったから…ルキナを殺したから…それを正当化するようなことを言ったから…許せなかった。

 相手を追い詰め、あと少しで終わると思った瞬間、どこから声が聞こえた気がした。

 違う…。

 それが誰かの声か、それとも自分の奥底にしまった理性の声かわからない。

 ただ、その声がしたとき、急に熱が冷め始めていた。それはあまりに急激であったため、パイロットスーツによって温度調整がされているのにも関わらず、寒気がし、我に返って前をみれば、あと少しで、シグーディープアームズのコクピットにサーベルを貫くところであった。

 「僕は…僕は…。」

 いったい何をしたのだ?

 記憶の糸を手繰りながら、己のした行為に恐怖を覚えた。

 そして頭を振る。

 そうだ…こんなのに違う…違うんだ。

 それが何であるかはわからない。でも、ルキナの死を悲しむことと、その理不尽な死への怒りに呑まれ、正気を失い、目の前の相手を倒すこと。

 それでは、ルキナを死なせたものと同じではないか。

 ヒロは息をととのえ、深呼吸しようとした。

 その時であった。

 突如横合いから閃光が覆った。

 そして、その真っ白な閃光が視界を覆ったかと思うと、激しい衝撃が襲い始めた。

シグーはとっさに回避行動を始めていて、ふらつきながらも飛び、この場から逃れ始めた。しかし、動くことができなかったクリーガーは衝撃をまともに食らってしまった。装甲の一部がはがれ、その衝撃に流されていく。

 ヒロは視界が反転し、コクピット全体のあらゆる方向から衝撃が襲い掛かっていた。

 すると森の合間から銀色の機体が視界にわずかに入った。

 [トゥルビオン]…?

 落下による爆発はなく、ずっとそこにいたのであった。

 それに気付いたヒロは後悔した。

 助けにいくべきだったのに…。

 ルキナが生きているかわからない。それでも、真っ先にすべきことであったのに、自分は目の前にいた相手を倒すことのみしか頭がいかなかった。

 ヒロは弱弱しく手を伸ばした。

 しかし、届くはずもなかった。

 ああ…離れていく。

まるでこの衝撃は自分の後悔と自責の念だ。それに押しつぶされるようにヒロの全身を打ち付け、ヒロの視界はそこで真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 アークエンジェルの艦窓より爆炎が上がり、続いて激しい轟音が響いてきた。

 マリューとナタルはその光景に息を呑んだ。

 一方、ミリアリアのモニター上の画面を今だ理解できず、眺めていた。

 はじめはトールのスカイグラスパーがシグナルロストした。

 一瞬、なにか不調でも起きたのかと思った。

 何がかんだかわからないまま、次に[トゥルビオン]、ストライク、そして、最後にクリーガーの通信回線がザっと乱れ、『SIGNAL LOST』の文字列に変わった。

 「…なに、いったい…?」

 彼らの身に何か起きたのか、いや…そんなことない。だって、彼らはいつも帰ってきたではないか…?

 ミリアリアはこの事態を今だ飲み込めず、ただモニターに見入るだけであった。

 

 

 

 





あとがき
月に1回だせるようになりたいとあとがきで宣言したからと言って、1ヶ月ものんびりしいいということではないのだー!
と思わず自分に喝を入れてしまいそうです。
というのは、ある程度出来上がっていて、ああこの話ははやくアップ出来るかなぁと思っていたら、結局1ヶ月経ってしまいましたよ…。
実はというと(言い訳になるが)最後の部分はなんども書き直したのですよね。
やっぱり重要な回でもあったので…。
この話は原作ではターニングポイントとなるところであり、またこの小説でもターニングポイントになるので…。
今回ここに何を書こうかと考えていました。この部分は原作ではターニングポイントになるところでもあるので、この小説の今までの解説みたいなもの(キャラクターの名前の元ネタ等々…)やここまで書いて思ったことなどを考えましたけど…結局中身のないあとがきで終わってしまった。(本当はあったのに…)
最後にどうでもいい話かもしれないけど…本文2万字いきそうになってしまった。(読者様…また長くなってごめんなさい)
この勢いだと最後の方どうなるかとハラハラしているのですが、よく見るとこのサイトの本文は15万まで大丈夫そうなので、少し安心しました。(いやぁ、さすがに10万字書ける自信はない)




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PHASE-43 生と死の狭間で

前話の読者の反応にビックリしている作者です。
というか、前の話で心も精神も魂もすり減るほどだったから、投稿した後、動けなかった(汗)


 「キラ…トール、聞こえますか?」

 凄まじい轟音と爆炎にしんと静まり返ったブリッジ内にミリアリアの声が響く。

 「ヒロっ、ルキナ…応答してくださいっ。」

 どんなに呼んでも返事が返ってこないことに、ミリアリアの声音は次第に焦りがにじみ出る。しかし、どんなに呼びかけても誰からも返事が来ず、モニターにはただ『SIGNAL LOST』の文字のみが浮かんでいた。

 (今の爆発音は!?)

 いまだ呆然としていたマリューのところムウからの通信が入って来た。

 「爆発は…わかりません。ですが…現在、ストライク、クリーガー、[トゥルビオン]およびスカイグラスパー2号機…それら、すべてとの交信が途絶えています。」

 その言葉を聞き、ムウの顔が強張る。

 爆発、そして通信も識別番号も途絶えたこと。

 それらがいったい何を意味するのか…ムウもマリューもわかっていたのだ。

 「ろ、6時の方向!レーダに機影!数、3!」

 その時、モニターの反応にカズィは声を上げた。

 「AMF-101 ディンです!会敵予測、15分後っ!」

 こちらの息つく間もなく追撃部隊が迫ってきているのだ。パルの報告を聞いたマリューはすぐに叫んだ。

 「迎撃用意っ!」

 「無茶です!現在、半数以上の火器が使用不能です!」

 マリューの指示にナタルは反論した。

 「これではモビルスーツ襲撃に対して、10分とも持ちません!」

 彼女の指摘はもっともであった。しかも、こちらは機動兵器を欠いている。とても、迎え撃てるような状態ではなかった。

 「キラ…応答してっ!ディンが…。ヒロ、戻って来れないっ!?」

 CICではミリアリアがなおも交信が途絶えたパイロットたちに通信を試みていた。

 「お願い…誰か…。誰か応答してっ!ディンが…。」

 「もうやめろっ。」

 ナタルは通信のスイッチを切った。驚いて顔を上げたミリアリアにナタルは告げた。

 「彼らは、MIAだ。…わかるだろう。」

 MIA…『戦闘中行方不明(Missing In Action)』…それは以前、紅海での戦いで遭難したカガリの捜索の際に聞いた言葉だ。

 行方不明という言葉が使われているが、戦死であるとほぼ言っているようなことである。

 「そんな…。」

 それを聞いたミリアリアは目を見開いたまま、弱弱しくかぶりを振る。

 「受け止めろ。割り切れなければ、次に死ぬのは自分だぞ。」

 ナタルの言葉がさらに重くのしかかる。ミリアリアにとって、とても受け入れるものではなかった。

 それはトールが死んだということ

 もうあの底抜けに明るい笑顔に会うことは出来ない。

 そんなの…受け入れることができない。

 ミリアリアはふらりと立ち上がりブリッジを出て行った。

 それを他のクルーはただ見送ることしか出来なかった。それはマリューも同じであった。 

 しかし、こうしている間にも敵は迫ってきている。

 「ディン、接近!会敵まであと11分!」

 もうすでに艦の応急的な補修を終え、飛行可能になっていた。しかし…。

 マリューは後方に声をかける。

 「機体の最後の確認地点は!?」

 「7時方向の小島です!」

 このやりとりにナタルは叫ぶ

 「この状況で戻るのですか!?無茶です!」

 彼女の言葉はもっともだ。今、戻れば、ディンの攻撃を振りきれない。

 「ディンの射程に入ります!」

 それは、ここに留まっても同じことだ。

 選択肢は1つしかない。

 「艦長っ!離脱しなければ、やられます!」

 ナタルの判断は正しい。

 しかし…

 「でも…もしかしたら、みんな脱出しているからもしれないじゃないですか…。」

 サイは必死の口調でナタルに訴える。

 そう…シグナルがロストしたのは、機体であって、それが彼らの命を同義ではない。

 彼の言う通り、脱出していて、救助を待っているかもしれない。

 マリューはカズィの方に振り返る。

 「本部とのコンタクトは!?」

 「応答ありません!」

 大西洋連邦からの援軍を呼ぶことはできない。

 このままでは全員の命も危ない。

 生きているかわからないパイロット数人と生きているクルー全員の命を天秤に掛けなくてもどちらが重要か自明である。

 決断しなければいけない。

 非情な決断を…。

 だが…。

 「オーブに島の位置と救援要請信号を…!」

 「オーブに!?」

 マリューの言葉にナタルは驚く。

 「人命救助よ!オーブは受け入れてくれる!」

 わずかな希望にすがりたかった。

 「しかし…」

 なおもしぶったナタルにマリューは怒鳴った。

 「責任は、私が取りますっ!」

 それが甘いことも重々承知だ。自分が艦長として十分ではないことも分かっている。だけど、やらずにはいられなかった。

 「ディン接近!距離8000っ!」

 「機関最大!この空域からの離脱を最優先する!」

 マリューは彼らの安否に憂い、彼らを置いていくのにためらいを覚えつつ。号令をかけた。

 

 

 

 

 

 

 一方、群島の近海に待機していたボズゴロフでは、イザークが発令所に駆け込んできていた。

 「いったいどうなっている。」

 海に落下して負傷を負ったイザークはボズゴロフに帰投し、手当てを受けていたが、艦が動いていることに察知して医務室から飛び出してきたのだ。

 彼はモニターを見ると、艦の進路は『足つき』が向かうアラスカではなく、南に…カーペンタリア基地のある大洋州連合の方へ向かっているのであった。

 「なぜ、『足つき』を追わない?状況はどうなっている!?アスランとディアッカは!?クトラドは!?あいつらは帰艦したのか!?」

 一方的にまくし立てる彼に対し、艦長は冷静に告げる。

 「…艦を南に針路をとっているのは、我々にクルーゼ隊長から帰投命令が出た。」

 「…なんだとっ?なぜだっ!?なぜ帰投命令が出るんだ!?『足つき』をここまで追い詰めたのだぞっ!」

 イザークは信じられないといった表情で艦長に詰め寄る。

 自分が戦線を離脱した時には『足つき』は艦体のあちこちから黒煙を上げていた。もう1度出撃すれば、今度こそ墜とせる。

 なのにっ…。

 「『足つき』はボズマン隊が追撃している。もはや我々に…追撃能力がないからだ。」

 艦長のその言葉にイザークは目を見開いた。

 「バスターとイージスともに交信が途切れ、両パイロットからエマージェンシーも出ていない。」

 それがどういうことだ…。考えに至っても、それを受け入れたくなかった。

 「すぐに艦を戻せっ!あいつらがっ…あいつらが簡単にやられるか!?伊達に()を来ているわけではないんだぞ!?」

 「ならば、状況判断を冷静にできるのではないのか?」

 イザークは抗議するが、艦長はたしなめた。

 「捜索隊はすでにガーランド隊が出ている。クトラド・タルカン…彼はエマージェンシーが出ていたのでかの隊に回収してもらった。もともと彼はそこの所属だしな…。」

 「だがっ…。」

 「オーブも動いているのだ。言ったであろう、我々に追撃能力がないと?万が一、オーブと交戦になれば、確実に我々はやられる。…だろう?」

 艦長の言葉に、イザークの反論は封じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 アークエンジェルの救難要請を受け、オーブは早速、そのポイントの島に救援隊を派遣した。報せを聞いたカガリもまた居てもたってもいられず、キサカとともに現地に向かった。

 島に降りたカガリはその光景に息を呑んだ。

 未だあちこちに立ちこめる煙、えぐれた地表、ヤシの木々も折れ曲がっていた。これらが戦闘のすさまじさを物語っていた。

 あちらこちらに飛び散った破片があり、すでに原型をとどめていないが、残っている頭部からイージスのものだとわかった。

 カガリの脳裏にその機体の搭乗者、インド洋の無人島で会ったパイロットの顔が脳裏に浮かんだ。

 「…あいつが?」

 アスランがキラと戦ったのか?

 すると、仰向けに横たわり鉄灰色の状態のストライクが目に入った。

 「…キラっ!」

 カガリは駆け出し、ストライクのコクピットに向かった。

 「カガリっ!よせっ!」

 キサカの制止も聞かず、カガリはストライクの上に登り、周りにいる兵士たちを押しのけ、覗きこんだ。

 「キラっ…!」

 カガリは目にしたものに絶句し、後ずさった。

 シートはドロドロに溶け、内部は高温の熱によって焼けていた。しかし、そこにいるはずのパイロットの、キラの姿も形もなかった。

 カガリの後ろにいたキサカはカガリが無残な死体を見てしまったと思い、彼女を痛まし気にみた。

 「カガリ…。」

 「アイツ…いない!」

 「なに?」

 思いもよらないカガリの言葉に驚きの声を上げた。

 「もしかしたら…どこかに飛ばされたのか、それとも脱出したのかもっ!」

 カガリの中にキラが生きているという淡い期待を持った。

 すぐさま、ストライクから飛び降りると、別方向から笛の音が聞こえ、兵士が声を上げた。

 「キサカ一佐!向こうの浜に!」

 「キラっ!?」

 カガリは飛ぶようにその場所に向かった。

 波打ち際に倒れている影をみとめ、それを囲んでいる人をかき分け、カガリは影のすぐそばまで行った。

 「キラっ!…っ!?」

 しかし、カガリの期待は裏切られた。

 横たわっていたその人物はザフトの赤いパイロットスーツを身に着けていたのだ。

 キラではない…。

 カガリは愕然とするが、バイザーごしから見える顔に目を見開いた。

 …アスラン?

 そう…無人島で過ごしたザフトの兵士の少年…そして、先ほどのバラバラになったイージスのパイロットでもあるアスランであった。

 

 

 

 

 アルバトロス。

 オーブの要人輸送用飛行艇で、その内部には医務室まで設けられているほどの大型である。

 医務室のドアの前でキサカは緊張した面持ちで立っていた。

 その後も捜索を続けられたが、大きな成果を得られなかった。

 ストライクとイージスの付近にスカイグラスパーの残骸を発見し、その状態からパイロットは死亡したと判断された。そして、捜索範囲を広げると、熱帯林の中でコクピット部が大きく損壊した[トゥルビオン]を発見したが、そこでもパイロットが発見できていない。

 クリーガーは機体すら発見できていない。

 キサカは大きく息を吐き、壁にもたれる。

 この奇妙な状態にわけがわからない思いであった。そこにはキサカ自身もパイロットたちが生きて欲しいという思いがあるからだろうか。

 「どうしたのです?」

 すると急に声をかけられ、キサカはその声のする方に振り返った。

 「なんだ…ニシナ整備兵か。なぜこんなところに?」

 「そりゃ、捜索隊に加われって急に言われたからですよ。一応、MSの状態とか調べるのでしょう?まったく、こっちは今日休暇だっていうのに…。」

 「すまないな、それは…。」

 ダンのぼやきに苦笑した。

 「ああ…まあ手当てが出るんで、まあそれで…ということで。…どうです?捜索の方は?さっき来たばかりなので、状況はわからないのですが…。」

 「ああ…。だが、なんと言えばいいか…。」

 ダンから説明を求められ、キサカは何と言っていいのかわからなかった。

 とりあえず、かいつまんで話した。

 「…それは、なにかの怪奇で?」

 それを聞いたダンの第一声はそれであった。

 「俺も同じことを思ったさ。普通、遺体の状態がどんなに悪くても、なにかしら痕跡はあるだろうし、生きているなら、術がないのだからこの島にいるはずだ。なのに…。」

 発見されないパイロットたちがここにいるという痕跡が見当たらない。

 「まあ、クリーガーの方は海に落ちた可能性もあるから、そちらも捜索している。だが…。」

 おそらく、それはかなりの時間を要するだろう。

 残った手段は海岸で発見されたザフトの兵士の証言のみだ。

 それも、キサカには悩ましい問題であった。

 ザフトから事情を聞くのに、カガリは1人で聞きたいと言いだした。

 もちろん、いくら負傷しているとはいえ、身の危険もあるからと反対したが、彼女に強く懇願されてしまった。

 やむをえず、この場で待つことにしたが、何かあってもすぐに駆け付けられるようにこの場で待機している。

 しかし…。

 キサカふと思った。

 カガリはあのパイロットを見つけたとき、動揺していたが、顔見知りなのだろうか。

 「もしもーし、キサカ一佐?」

 思案を始めたキサカの視界にすでに入っていないのか、ダンが呼びかけても返事をしなかった。

 すると、ドアが開きカガリが出てきた。

 「カガリっ。」

 キサカはすぐにカガリのもとに向かった。

 彼から話を聞けたかどうかよりも、彼女の身になにもなかったかのほうが気がかりであった。彼女はずっと俯いたままで、様子がおかしいことに気付き、キサカは訝しんだ。

 「カガリ…?」

 「…すまない、キサカ。少し…1人にしてくれ。」

 なにかあったのか、心配し声をかけるキサカにカガリは俯いたまま言った。

 そして、その足でその場を後にした。

 キサカは何も言えず、ただ見送るしか出来なかった。

 

 

 

 医務室から離れた廊下でカガリは立ち止まった。舷窓から夕焼けの、オレンジ色の光が差し込んできた。

 「…っなんでそんなことになるんだっ!」

 カガリは壁を拳で打ち付けた。

 ザフトのパイロット、アスランから話を聞いた。キラたちの安否のこと。そして、アスランがキラを殺したのかということを…。

 アスランから返って来た言葉は、ストライク以外の機体がどうなったか知らないこと、そして、最も一番聞きたくなかったこと、ストライクを討ったことであった。

 カガリはその言葉を聞き、銃口を向けた。

 あの時(・・・)向けた銃の引き金は引けなかった。しかし、もし引いていたらキラは死ぬことはなかった。

 カガリはわめいた。

 キラの事を、アスランが撃ったパイロットのことを。話しても彼にとってはただ敵を撃ったに過ぎない。キラがどんな人間でも知ったことではないだろう。しかし、カガリには言わずにはいられなかった。

 すると、意外な言葉が返って来た。

 ‐しっている…‐

 アスランから発せられた言葉に急に腹の底から冷えるような感じがした。

 知っている?キラを?

 カガリがもう一度、尋ねるとアスランは頷いた。

 -しってるよ…よく…。小さいころからずっと……。ともだち、だったんだ-

 アスランがキラについて放った言葉は衝撃的なものであった。

 キラとアスランが小さいころからの友だち…?それがなぜ、殺し合うのかっ!?

 カガリにはわからなかった。

 ‐わからない…。‐

 そして、アスランもまた同じであった。

 ‐別れて…次に会ったときは敵だった。‐

 なんでそうなったのだろうか。

 ‐いっしょに来いと何度も言った…。あいつはコーディネイターだ!俺たちの仲間なんだ!地球軍にいることの方がおかしい!‐

 そうだろう!?俺もキラもコーディネイター。なら、俺たちは味方のはずだ。なのに、なんでナチュラルの味方をするんだ。あいつらは敵なのに…。

 ‐なのに、あいつは聞かなくて…。‐

 だから「敵」となった。そしてキラは次々と同胞を味方のコーディネイターを殺していった。そして…

 ‐ニコルを殺した…。‐

 カガリはアスランの話を呆然と聞いていた。

 だから殺したのか?

 ‐自分の仲間を殺したのだ。ピアノが好きで、まだ15で、銃を持つのが似つかわしくないのにそれでもプラントを守るためにと戦って…なら、倒すしかないじゃないかっ!?‐

 アスランのまるでキラがすべて悪いというような言いぶりにカガリは叫び返した。

 ‐キラだって守りたいもののために戦っていたんだ!‐

 コーディネイターだから、仲間だから、ナチュラルは敵だから?

 アスランは知らないだろうが、キラの友だちはナチュラルだ。その友達を守るために戦っていたのに…。

 ‐なのに…なんで殺されなきゃなんないだ!それも…、友だち(・・・)のおまえにっ!?‐

 アスランの声から嗚咽が漏れ、その目から涙が溢れていた。

 彼はむせび泣いた。

 友を守るために友を殺して、友が殺されたからと友に殺される。

 そんなことがあっていいのかっ!?

 すでにカガリの手に持っていた銃は降ろされていた。

 自分がすべきことはキラの仇だからと彼を撃つことではない。

 カガリは一旦部屋を出た。

 自身の気持ちに整理をつかせるためだ。

 カガリは手に持っている銃に目を向ける。

 殺されたから、だから憎み殺せば、それですべて解決するのか?それで、本当に幸せか?それで失った痛みをいやせるか?

 カガリはもう片方に持っているものに目を向ける。

 [トゥルビオン]のコクピットの中から見つかったテディベアのキーホルダー。

 戦争だからといって、友が敵となり、友を守るために、その友と戦い、そして、周りの人間まで巻き込んで互いに撃ちたい、殺し合う。

 ‐殺されたから殺して…殺したから殺されて…それでホントに最後は平和になるのかっ!?‐

 さきほど彼に向けて叫んだ言葉。そして、これはかつての自分に対して発した言葉でもあった。

 アークエンジェルの出航前まで、父が自分に言った言葉を聞くまで、戦争を終わらせるなら戦うことが当たり前だと思っていた。そうでなければ守れない。あの砂漠でのレジスタンスのように。

 しかし、違う。

 レジスタンスたちの戦いとキラとアスランの戦い。

 同じように見えてなにかが違った。

 何が違うのか、今のカガリにはわからなかった。

 しかし、1つだけ確かなことがある。

 自分は彼を撃たない。

 こんな戦いを、撃っても何も得れない、何も戻らない戦いが続くのであれば、誰かが断ち切らなければならない。

 なら、私が断ち切る。だから…。

 カガリは心にかたく決断した。

 

 

 

 「オーブは…まだいるか?」

 「ええ。当分はいそうですな。」

 イージスとバスター、それぞれのパイロットの捜索命令を出された潜水艦グリムスヴォトンの発令所において、上官の声に艦長のカーティスは振り向き、答える。

 白服に身を包んだその男は、精悍な顔つきに引き締まった体をしていて歴戦の戦死の雰囲気を醸し出している。そして、袖から見える銀色の腕、義手をしていた。

 戦争初期に負った傷であるが、腕を失ってなお、戦場に立ち続ける男の目には強靭な意志を感じられた。

 「しかし、まあ、ここまで来て『足つき』の追撃はボズマン隊が、2機の捜索はこの隊が、自分たちは帰投なんてやるせないだろうな、ザラ隊は。…いや、クルーゼ隊かな。」

 カーティスは嘆息しながらその男、そしてこの隊の隊長であるショーン・ガーランドに言った。

 「…冷たい言い方をするようだが、艦に残っていたパイロットは1人だけ…しかもMSはどれも動かせないんだ。帰投命令が妥当であろう。」

 ショーンの、的を得た言葉にカーティスはうなずく。

 「…まあ、そうでしょうな。…さてさて、他人のことは置いといて、この現状、どうしますか?」

 命令を出され、この海域にやって来たグリムスヴォトンは救難信号を出していたクトラドを回収したものの、オーブ軍がこの海域にやってきたことを受け、様子見の状態であった。

 「…ソナー手が聞いたというなにか海面に落ちた衝撃音…結局、何だったんだ?」

 ショーンは思案しながら、これまでの報告の内容のその後の経過を尋ねた。そちらに何かあるとしたら、なるだけ気付かれないようにだが、動くことはできる。

 「ああ、グーンを向かわして周辺捜索をさせましたが、何もなかったとのことだ。大方、MSの一部品が落ちた音だろうとのことさ。」

 「そうか…。」

 とうことは、もうここでできることは他になさそうだ。

 「…カーペンタリアに帰投する。」

 彼は指示を出した。

 「オーブがどうしてこの海域にやってきたか…その理由はわからないが、あくまでかの国は中立国(・・・)だ。もし、パイロットたちを発見すれば、ザフト(こちら)にも連絡入れよう…。こちらが下手に動いていらない衝突は避けたいものだしな…。」

 「了解。」

 カーティスは彼の意を受け、クルーに指示を出す。

 するとショーンはカーティスの傍に行き、小声で付け加える。

 「なるだけ早く着くようにできないか?」

 「…例の件ですか?」

 「ああ。軍医もこの艦の設備では万全ではないと言っている。」

 「まあ、ここは地球軍との戦闘に比較的あわない場所だから可能だが…。」

 カーティスは頭を掻きむしる。

 「クトラドも少々、面倒なものを持ちこんできたよなぁ。…意外とは意外だが。」

 「まあ、クトラドが誤解されやすい性格だというのはわかってるさ。だが、その件(・・・)に関してぼやくは筋違いだ。」

 ショーンはカーティスを窘める。

 「我々は軍人(・・)である前に()だ。人が人たらしめるルールがある。いくら、戦場が荒涼の地とはいえ、それは絶対に守らねばらない。…そうだろう。」

 ショーンは真っ直ぐとはっきりと強い意志で告げる。

 そうだ。

 だからこそ、私は戦場(・・)から去らない。腕を失ってもなお…。

 そうでなければ、腕を置いていったあの戦場、その戦場で死んでいった多くの部下や戦友たちに顔向けができない。

 カーティスは笑みがこぼれた。

 「ああ、そうだ。そして、おまえはずっとそれを為してきた。だから、俺を始め、みなこの部隊にいるのだ。」

 クルーもまたカーティスを同じ思いなのだろう。彼らもまた、ショーンに尊敬の念をこめて見る。

 「ふっ、俺を褒めても、なにも出ないがな…。それに、それができるのは俺1人ではない。このグリムスヴォトンのクルーがいるからさ。

 それに対し、ショーンは少々照れくさそうに言う。

 すると、発令所に呼び出しのビープ音がなった。

 「医務室からです。」

 「繋いでくれ。」

 ショーンはすぐに通信機に向かった。おそらく、さきほど話していた例の件であろう。

 (…隊長、すこしよろしいですか?)

 モニターには軍医のすこし戸惑った表情が映った。

 「どうした?」

 なにかあったのだろうか。

 (いえ…あの…通信(ここ)から話すのは…ちょっと…。)

 しかし、軍医はなにか言葉を濁していた。

 「わかった。今から医務室に向かう。」

 そう告げ、ショーンは通信を切った。

 「いったい何かあったのでしょうかね?」

 カーティスは訝しんだ表情であった。

 「容体が悪化したのであれば、もっと慌ただしいだろうから違うかもな…。とりあえず行って来る。」

 ショーンは医務室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 『遅い、遅いっ、遅い~っ!』

 ヒロたちが使用している士官室。その机に置かれたジーニアスは真っ暗の部屋の中、彼らの帰りを苛立だし気に待っていた。

 すると、自動ドアが開き、廊下の明かりが部屋に漏れ、その四角く切り取った光の中に人影ができていた。

 ジーニアスは待ちくたびれた鬱憤を晴らすように部屋の明かりがついた瞬間、盛大にビープ音を鳴らした。

 『こら~いったいいつまで待たせる気だ!?1日経っているのだぞ、1日っ!』

 『ルキナか!?ルキナと会っていたのか!?鼻の下伸ばしてっ!?この天才ジーニアスを差し置いて…って、あれ?』

 しばらく文句を並びたてていたジーニアスであったが、目の前にいる人物を認識し、疑問符を映した。

 『…フォルテか?』

 「あ~、なんかすまねえなぁ…ヒロじゃなくて。」

 『いやこの際だからフォルテでもいいっ。なぜ1日経ってもこないんだっ!?』

 「えっ…なに?八つ当たり?」

 『おかげで私はずっと暗―い部屋の中で放置され続けたのだぞ!?』

 「やばい…またいじけるのか?」

 『誰でもいいから、コレ(・・)を頼む~!』

 「ああ…そうか。」

 もし人間であればいまにも泣き出しそうな訴えにフォルテはようやく納得した。

 

 

 

 

 「…で、落ち着いたか?」

 『ふぅ~、おかげさまで…。極楽、極楽っ。』

 さっきまでの当たり散らしはどこへやら…ジーニアスはすっかり上機嫌であった。

 現在、彼はアークエンジェルのコンセントからコネクターをつなげて充電している。本人曰く、別に必要というわけではないが、ヒトが食事をしたりお風呂にはいってたりとリフレッシュとして行いたいとのことである。

 『おおっ、忘れそうであった。ヒロはどうしたのだ?それにフォルテも全然帰ってこなかったし…。』

 落ち着いたジーニアスはフォルテに問うが、彼をよく見ると、頭に包帯を巻いていた。

 「俺はさっきまで医務室にいたのさ。それで格納庫で壊れたジンの様子を見に行って…それから戻って来た。」

 『なぬっ、壊れたと…?』

 「ああっ。修復不能って言われたよ。」

 フォルテの言葉にどこか悲哀が漂っていた。

 『…改修代。』

 「それを言わないでくれ。」

 ジーニアスがぼそりと告げるとフォルテは頭を抱えた。

 ジンの改修代が支払い終わる前に、そのジンが大破してしまった。さらに、金を稼ぐことを考えると、手っ取り早いのはなにか依頼を受けて、それをするのだが、その実行手段のMSがない。

 『…でヒロは?』

 なにやらさっきからこの問いを繰り返しているのだが、全然ジーニアスが聞きたい答え意に辿り着かない。

 ふとフォルテは困った顔をした。

 「ヒロは…ああ…うん。」

 しばらく、なにか考えているようであった。

 『まさか…。』

 いまだに答えないフォルテにジーニアスは最悪の予感がよぎった。

 『まてまてっ、なにかの冗談だろ?』

 ヒロの身に何かあったのか…?いや、それならまだマシかもしれない。もしかすると、もしかすると…。

 ディスプレイに冷や汗が表示されるように、ジーニアスは彼の発する言葉を気が気でなく待っていた。

 すると、フォルテはポンポンと画面を、人の肩にするように、軽くたたいた。

 『なっ…なにぞそれはっ!?答えになってないぞっ!?』

 予想外のことにジーニアスは一瞬ポカンとしかけたが、仕切り直し問い詰めた。しかし、フォルテはそのまま自分のベッドの方に向かった。

 「とにかく俺は忙しいんだ。これから荷物をまとめなきゃいけない。」

 『荷物をまとめるって…?』

 ジーニアスは恐る恐る尋ねる。

 「…さっき、この部屋に戻る前にミレーユと連絡をとったんだ。そしたら、すぐに次の仕事に向かえって…。しかも、アークエンジェルがアラスカの基地の中に入るまでにって言うんだぞ!?…まったく人使いが荒い。」

 『次の仕事?どこに?というか、護衛任務は基地に到着するまでだろう?仕事放棄するのか?』

 「ああっ…それは、近くのカリフォルニアにアバンがいるから、オーティスとともに来るってよ。」

 『なにっ!?アバンが、だと…。』

 その名前に一瞬たじろいた。

 あ鉄砲玉のように突っ走るバカに護衛というものがつもなるのか、どうか…。

 気が気でなかった。

 「とにかくアラスカまでガンバレよや。…とにかくキラもルキナもトールもいない状況で俺たちだけが大っぴらにできるわけないんだ。」

 『…どういうことだ。』

 しかし、フォルテは何も言わずに部屋を出てしまいヒロのことを聞けなかった。

 ふたたびジーニアスはポツンと取り残される形となった。

 『ヒ~ロ~。どこかにいるのであれば、そこにいると返事してくれ~!』

 

 

 

 

 

 

 

 浮かんでいる…?

 朧げな意識の中、そのように知覚した。

 それはまるで宇宙空間にいるような、しかし、自分の体になにか纏うような、そんな感覚であった。

 薄く目を開けると、光が薄くしか届いておらず、さらに、その光と自分の間はなにか揺らめいており、時折気泡が浮かび上がる。

 ここは…海の中?

 かろうじて見える光からどんどんと遠ざかっていた。

 沈んでいく。

 すでに体の感覚はあまりない。

 ああ…このまま死ぬのか…。

 そう思ったとき、どこから声が聞こえたような気がした。

 女の人の声、とても澄んで、どこまでも遠くへと旋律に乗せて響いていく。

 …歌だ。 

 誰かが歌っているんだ。

 不思議だ。聞いたこともないはずもない、名前も知らない歌のはずなのに、どこか懐かしくてあたたかい歌声であった。

 でも…時折なぜか悲しげに声を震わせているときがある。

 なんで泣いているの?

 ふいに猛烈な眠気に襲われ、視界が薄暗くなっていく。

 歌声もどんどんと聞こえなくなってくる。

 寝てはだめだ。

 心の奥底で叫ぶも空しく、そのまま急速に意識を遠のかせていった。

 自分の近くにゴゥンと音を立てながら、近づいてくる大きな人型の影が来ているのも気付かずに…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 …お…っ。

 …し…しろっ。

 今度、自分の耳に入って来るのは誰かが自分に呼びかけ叫ぶ声であった。

 さきほどまでの浮かんでいた感覚はなくなっていた。代わりに冷たく硬い感触が背中越しに感じられた。

 誰かに引きあげられたのだろうか?

 ヘルメットは外され、空気が肺に入り込んでくる。

 しかし、それは自然の空気とかとはほど遠い、オイルと鉄が混じった臭いを含む空気であった。

 なんとか指先だけでも動かそうとするが長い間、水に使っていたためか、動かしているという感覚すらなく、やはたと体が重かった。

 「おいっ、しっかりしろっ!」

 今度こそ呼びかけられた声がはっきりと聞こえ、瞼をのろのろと開ける。

 景色がぼんやりとしか見ることができず、目の前にいて自分に呼びかけている人の輪郭しかわからず、誰だかはっきりとはわからなかった。

 制帽を被り、コートを羽織った…ただ、以前どこかで会ったことあるような…聞いたことのあるという声と、その人の瞳が見たことのある深い緑の瞳の色をしているのを知覚するこはできた。

 それに安堵したのか、どっと疲労が出て、ふたたび瞼を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 南太平洋上…。

 スコールが通りすぎ、穏やかになった波の合間から黒い鉄の塊が浮かび上がり、その巨体の上半部を覗かせた。

 ヘファイストス社を経由してのアンヴァルの依頼で、積み荷をアラスカへと運んでいたケートゥス号であったが、現在、南西へと変えていた。

 「ネモ、ちょっといいか。」

 通路でネモはテオドアに呼び止められる。

 「どうした?」

 「針路はこのままで赤道連合に向けていいのか?」

 「ああ。積み荷の方の優先度が低くなったからな…。こっちの方を先にした方がいいだろ?」

 「…そうか。」

 テオドアはどこかぎこちなく話を続ける。

 「…で、なにしに行くんだ?」

 ネモが向かって行く先にあるのは、ラッタルがあり、そこを上がるとあとは上甲板部のみである。

 「ああ。さっき医務室に行ったて()にこの後のことを話そうとしたがいなくてね。そしたら甲板にいると聞いて…。」

 「ああ、なるほど。」

 「しばらく、そっちの方は任せる。」

 「わかった。…けど、おまえは大丈夫か(・・・・・・・・)?」

 「何がだ?」

 テオドアの問いの意図に気付いていないのか、それとも気付いているけどあくまでもしらを切るのか、ネモは彼に問いを返した。

 「いや…いい。」

 テオドアはこれ以上深く追及することもできないと悟り、そこで話を区切り、去って行った。ネモは彼を見送った後、ラッタルまで向かった。

 

 

 

 

 

 もう長いこと触れてないと思えるほど、雲一つない青空に輝く太陽の陽の暖かみが全身に行き渡っていく。そして、甲板にふく潮風が温まりすぎないよう火照る体を冷まさせる。

 ヒロは清涼な風を浴びながら大きく息を吸い、空気を取り込む。

 …美味しい。

 1日中潜水艦のこもった空気しか吸っていなかったためか、そう感じられた。

 「どうだ?潜水艦暮らしをしていると、信じられないくらい外の空気が美味いだろう?」

 するとギィと艦内につながるドアふたが開くと同時に声をかけられた。

 ネモは甲板に上がってきてヒロの横にやってくる。

 「いつもは身近にあって、ごく当たり前すぎるせいかわからないがな…。」

 「…そうですね。」

 目に見えず、触れても感触もなく、味もしないはずの「空気」。しかし、さきほど吸った瞬間、間違いなく「美味しい」という表現が浮かんだ。自分は生きているのだと、実感させられた。 

 そう…生きているのだ、と。

 しばらく、2人で甲板に吹き抜ける風に当たっていると、ネモが話を切り出した。

 「君の所属する傭兵部隊と連絡をとってね…。君をアラスカに送ってくれるように頼まれた。」

 アラスカ…。

 それは何度も聞いた地名であった。

 心の奥底で、ズキリと痛みを感じるが、それを振り払うようにネモに尋ねた。

 「アラスカ、ということは…アークエンジェルは…?」

 「今はまだ大西洋連邦領内だが、数日でアラスカ…JOSH-Aに着くだろう。」

 「…そうですか。」

 やっとたどり着いたんだ。

 そこに着くまで、色々なことがあった。

 しかし、それを思いはせると、はやりまた心が痛むので、そこで終わりにする。

 「ただ、こっちも仕事があってね…。少々立ち寄らせてもらうよ。」

 「…わかりました。」

 自分は海中に落ちて、危なかったところ助けてもらった身だ。

 それに、早くアラスカに着いても、もう自分にできることなど何一つない。

 そう…何一つ。

 けど、やはり気がかりであった。

 あれから…あの戦闘(・・・・)で何が起きたのかを、どんなことになったのかを。聞くのは、怖いが、ずっと聞かないわけにもいかなかった。

 「あの…ネモ船長っ!」

 ヒロは声を振り絞って尋ねる。

 「船長なら…他にも、詳しいこと…聞いていませんか?他の人…パイロットはどうなったのか?あの島にはまだいたんです。」

 すると、ネモはヒロを見据え、静かに言う。

 「それを聞いて、どうする?」

 その言葉にヒロは体をビクリとした。

 「…しんどい思いをするだけだぞ?」

 きっとネモ船長の言う通りだろう。

 聞いたからと言って、もはやあの島に戻っても、すべて終わった後(・・・・・・・・)であり、さらにクリーガーは激しく損傷しているため、そこの戻る手段もない。

 けど…。

 「アークエンジェルとMSをアラスカに届ける…これは、僕の感情を抜きにしても、ヘリオポリスから続く護衛任務の延長線上です。…つまり、これは仕事です。たとえ、それがどんな結果でも、僕の行動の結果を、仕事の結果を聞かなければならない…僕は、そう思っています。」

 いまにも膝が崩れそう担うのを必死に踏み込み、ヒロはまっすぐ目を向けて言う。

 「…そうか。」

 ネモはただうなずき、しばらく黙した。

 そして、おもむろに告げる。

 「アークエンジェルから要請を受けて、オーブが捜索したのだが…、あの島で見つかったのはイージスのパイロットのみだ。ストライク、[トゥルビオン]そしてスカイグラスパー2号機のパイロットは見つかっていない。アークエンジェルの方では、艦長は戻ってこなかったパイロットたちをMIAと認定した。」

 ヒロはなにか言おうと、声に出そうとするが、何も言えなかった。

 「これが…俺が知る限りのことだ。」

 目の前が真っ暗になりそうだった。胃の中のものをすべて吐き出したいくらい、ぐちゃぐちゃとかき乱されている感覚になった。

 「…わかりました。」

 それでも必死に耐え、ヒロはなんとか背一杯言葉を出した。

 「…潮風はあまり体に当たると悪い。あまり長居しないようにな。」

 そう言い残し、ネモは艦内へと入っていた。

 1人残ったヒロは振り返り、手すりに両手をつき、体を震わせた。

 MIAと認定…それは戦死であると同義であるのはヒロにもわかっていた。

 つまり、それはルキナもキラもトールも死んだということだ。

 死んだんだ。

 「うっ…うっ…。」

 頬に涙が伝う。

 その涙は彼らの死への悲しみだけではない、痛恨の念もあった。

 「守るって決めたのに…。」

 ヘリオポリスでの脱出の時の戦いの前、キラは戦うことに悩んでいた。でも、友だちを守るためにMSに乗った。トールもそんなキラを見て、自分もできることをしたいと、スカイグラスパーのパイロットに志願した。

 なのにっ。

 銃をとるということは、そういうことだ。

 分かっていたけど、自分は分かっているつもりだったのか!?

 だからこそ、守りたかったんだ。

 それなのにっ!

 死んだんだっ!僕は、なにもできなかった!

 あの印象的な深い緑色の瞳が脳裏によぎる。

 ルキナを思い浮かべると、胸に痛む傷は隠すことができないくらい痛む。

 「うぅぅぁぁぁぁっ…。」

 ヒロは膝をつき、うなだれて泣いた。

 その痛みに泣いた。

 人の死を悲しみ泣いた。

 誰も守れないっ!

 そして、自分の無力さに泣いた。

 

 

 

 

 

 

 ネモはラッタルを降りた後もしばらくその場にいた。

 おそらく彼は泣いているだろう。失い悲しんで、無力感に打ちしがれて…。

 ‐おまえは大丈夫か?‐

 さきほどのテオドアの言葉がよぎる。

 その時は、そしらぬ顔で通したが、腹の奥底ではなにか大きな重しがあるような感じだった。

 いったい何を考えているっ!?

 ネモはそんな感傷を振りはらうように帽子をとり、髪をかき上げる。

 そんなもの…今更ではないか!?

 悲嘆にくれても、後悔をしても、すべて遅い。

 もう…彼女は死んだのだから。

 

 

 

 

 




あとがき

本文はシリアスだけど、あとがきは先月に刊行された新装版『SDガンダムフルカラー劇場』の話を…(笑)
というか、もう2巻目がでていますしね(汗)
まあ、SEED勢がでてきたということで、ちょうどいい機会ということで(苦笑)
作者は連載されていたころは単行本を買って読んでいたのではなく、本屋でボンボンを立ち読みで見ていました。(おっ…お金がなかったんだよ(子供だし…)(汗)!
まだ、立ち読みというものに寛容な時代だったんだよ(汗)
で、今回新装版を買って久々に読みましたが、や~大爆笑、大爆笑。
ふと、これが終了した以降のガンダム作品も登場させるとどうなるどうと思っていたら…なんと二次創作があったんですね(喜)
そちらの方も楽しく拝見しています。
では~。




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PHASE-44 苦しみに救いの手を

明けましておめでとうございます。…というか、あけてしまった(汗)
12月中にはアップするぞと決めていたのですが…
というわけで(どういうわけさ)、今年もよろしくお願いします。



 オーブ大型飛行艇アルバトロス、医務室。

 その室内に1人のけが人と少女がいたが、互いに無言のまま、時計の針の音だけが聞こえるだけであった。

いったいどれほどのこうしていたのだろうか。

 その静寂を破ったのはノックの音がして、ドアが開いた時であった。

 「迎えが来た。」

 現れた長身の男、キサカが告げると、部屋にいた少女、カガリは立ち上がり、ベッドに座っている若い男に近づく。

 「アスラン。」

 名前を呼ばれたアスランはどこかうつろな目つきで顔を上げた。

 「ほら、迎えだ。ザフトの軍人ではオーブに連れて行くことはできない。」

 当のアスランはカガリの言った言葉が頭に入ってこないのか、ぼんやりとしていた。それを見たカガリは困った顔をする。

 「くそ!おまえ…大丈夫か?」

 彼女はアスランの腕を引っ張り立たせた。

 大丈夫かって…。

 定まらない思考の中でアスランは苦笑した。

 「やっぱ変なやつだな、おまえは。」

 さっきはけが人なのに胸倉をつかんだり激しく揺らしたりと乱暴に扱ったのに、今は本気で自分の事を心配してくれている。

 「ありがとう…というのかな?…今は、よく…わからないが…。」

 今もまだ夢のなかにいるようだ。

 キラを殺して、自分が生きていて、キラを見知った少女に、味方でもない自分を心配してもらって…。

 アスランはふらりと歩き出した。

 「ちょっと待て!」

 部屋から出ようとした時、カガリに呼び止められた。

 彼女はアスランに近づき、首に下げていたチェーンを外すと、それをアスランの首に掛けた。

 「ハウメアの護り石だ。」

 アスランの首元のチェーンの先に赤い石が光る。

 「お前…危なっかしそうだからな。…護ってもらえ。」

 「キラを…殺したのにか?」

 彼女はあんなにも怒っていたのに、悲しんでいたのに…なのに、なぜ、キラを殺した自分にそんなことを言うのだろうか?

 カガリはその自嘲気味な問いかけにまっすぐアスランを見て、答える。

 「もう…誰にも死んでほしくない。」

 その涙に潤んだ、しかし、自分をしっかりと見据えるそのまなざしに、アスランは見入った。

 その後、アスランはボートに乗り、沖合に停泊していたザフトのヘリに運ばれた。

 彼を収容したヘリは離水し、この海域から飛び立っていった。

 島の木々の陰で、ザフトのヘリを見つめる男の姿があった。

 休暇中に島での捜索に駆り出されたダンであった。

 彼はヘリを複雑な気持ちで見ていた。

 それは先日の別の群島での戦闘の件に関わっていた。

 本当にこのままでよかったのだろうか?

 もしかしたら、()を元の居場所に連れてかえらす最後のチャンスだったかもしれない。しかし、いち整備兵がそんなことすれば、自分の素性がバレてしまう危険がある。

 それに…。

 ()この一連の出来事(・・・・・・・・)をどう説明するのかも問題であった。ここに来る前に()から頼まれたが、()の性格上、果たしてどう反応するか…。

 「つか、他人の心配なんてしてもしょうがないんだがな…。」

 ダンは無意識につぶやいた。

 以前の自分であれば、簡単に突き放していただろうが、こんなにも世話を焼くなんて思ってもみなかった。

 長くこちら(・・・)側にいたからだろうか、あちら(・・・)を知る人間としてこちら(・・・)にいる人間があちら(・・・)に行くのを止めたいからか…それとも、今の世界の情勢が、こちら(・・・)あちら(・・・)の境目がなくなっているせいか…。

 その理由はダン自身にもわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 木材の独特のにおいが一面を覆っていた。

 これは夢だと、ヒロは半ば自覚しながらも、ヒロはまだこの家に来たばかりの幼い自分と同化し、この家を一通り見て回った。

 間取りが大ざっぱに区切られていて、家具も必要最低限しかない。

 ふとヒロは上を見上げると、一枚のカードが置物のようにその背を支えながら置かれていた。

 そのカードの絵に描かれているのは1人の男性が片手に杖を持ち、片手に男の子を担いでいる絵であった。

 「その絵が気になるの?」

 後ろからセシルがやって来た。

 ヒロはその絵を指さして「これはなに?」と彼女に尋ねた。

 「これは、聖クリストフォロスがキリストを背負って川を渡ったという話の絵を印刷したカードよ。」

 セシルは丁寧に説明してくれたが、まだ幼い身にはその内容は難しく、頭がこんがらがりそうになった。

 「つまり、旅をする人のお守りかしら?」

 「ふ~ん…。」

 ヒロはセシルの話を結局理解できたのかわからないまま、そのカードを見つめ続けていた。

 

 

 

 「なんでこんな夢を見るんだろ?」

 ヒロはいまだ寝ぼけた思考で起き上がった。

 ゴゥンと潜水艦の機関音が聞こえてくる。

 そうか…とヒロは思い出した。

 この潜水艦に、「聖クリストフォロス」の絵が描かれたカードがあったからだ。

 まだぼやけた思考で答えに辿り着いたヒロはやがてベッドから身を起こし、部屋を出た。

 従来の潜水艦に比べれば大きいもののやはり狭く、空気もこもりやすかった。

 今では運び屋の輸送手段として用いられているケートゥス号であるが、その前身は「軍艦としての潜水艦」であった。いまだ実用化は困難とされた航空機を搭載できる潜水艦、いわゆる潜水空母の構想が再構築戦争後、ユーラシア連邦で持ち上がったが、やはり技術力不足と高コストがために設計段階で中止となり忘れ去れられたそれは、C.E.60年代にプラントの手に渡り、MSの軍事転用研究と共に行われた運用母艦の開発の中で、潜水母艦の試験的検証のために建造された。この潜水艦を元に、ボズゴロフ級が建造された後は、月の一大企業に買い取られ、現在に至る。

 ヒロは呆然としたまま、廊下を歩いていた。

 とくにこの艦内ですることがなかったのだ。

 ヘリオポリスから今までの航海では、とにかくアークエンジェルをアラスカに辿り着かせること、艦を守ることのみで頭がいっぱいであった。

 しかし、このケートゥス号で自分のやることは何もなかった。

 自然と向かった先は格納庫であった。

 ヒロはクリーガーを見上げた。

 左腕を失い、頭部の右半分はシグーのレーザー重斬刀によって焼かれなく、爆発や海への落下の衝撃によって装甲にあちこちダメージがあり、右ひざの部分はフレームがむき出しの状態…

 とても、動かせる状態ではなかった。

 虚脱感が全身に覆う。

 それは、あの時(・・・)と同じ感覚であった。

 すべてを失い、何もなくなり、この先が見えなくなり、そして空っぽになっていく感覚…。そして、すべてがどうでもよくなり、自暴自棄になる感覚…。

 ヒロは頭を振った。

 その感覚(・・・・)はとても怖い。

 たぶん、日長一日ずっとこういう風にしていたら、きっとそうなってしまうであろう。

 何かしなければ…。

 ヒロは考えを巡らした。

 

 

 

 

 

 「なんとっ!手伝いをしたい、と!?」

 船長室にてヒロからの突然の申し出にテオドアは驚きの声を上げた。

 「はい。もちろん、迷惑でなければの話ですが…。」

 ヒロが考えたのは、艦の手伝いであった。

 「まあ、この艦はつねに人手不足だからありがたいといえばありがたいが…。とはいっても、君はお客さんだし…。」

 テオドアはちらりと椅子に座っているネモの方を見る。彼の判断に任せるということだ。

 ネモは考えているのか、瞑目した後、顔をあげ、おもむろに言った。

 「君の手伝いをしたいという申し入れを無下にすることはできない。」

 そして、ヒロの向き合い言った。

 「頼まれて、もらえるかな?」

 「はい。」

 ヒロは断られるのではないかと内心不安に思っていたため、安堵の表情になった。

 「で、今、君の手伝いを必要としているところだが…。」

 ネモはテオドアの方に目を向ける。

 「まあ、今の時間だと…あそこだな。」

 テオドアもネモと同じ場所を思い浮かんだであろうという顔で言った。

 

 

 

 

 「なにっ!?手伝いっ!?」

 料理長のモリスは目を丸くし、再度言った。

 「ああ、そうだ。」

 ネモはうなずく。

 「…迷惑でした?」

 「いやいやいや、そんなことないさ。」

 ヒロの言葉にモリスは首を振る。

 「朝食の時間が終わってすぐに昼食の準備で目の回る忙しさでな…つい大きな声で荒げちまったんだ。手伝いなんて大歓迎さ。」

 モリスはさっそくヒロを調理場に案内する。

 「しばらく海の上だったからな。今日は缶詰類を使った食事になるメニューはトマトベースで野菜と浮上した時につった魚のスープ、フルーツサラダ、そしてパンだ。君はフルーツ缶を開けて、皿に移す作業をしてくれ。」

 「わかりました。」

 ヒロはうなずくと、さっそく手を洗い、調理場に向かった。

 「いやー、これは驚いたな。」

 テオドアは意外そうな顔をした。

 「なんというか…燃え尽き症候群みたいなのになってしまうのではないかと思っていたよ。」

 もちろん、実際にこの目で見ていたわけではが…。

 だが、そんなことなく、ヒロは手伝いを自発的にしている。

 「いや、少し違うな。」

 しかしテオドアの考えにネモは首を振った。

 「実際、そうなりそうだったのだろう。」

 自分に尋ねたときの様子を見ればわかる。彼は真剣にその任務に打ち込んでいた。しかし、結果は彼が思っていたものではなく、さらに過酷なものであった。なんとかその結果を受け止めようとするが、すればするほど疲労感と失意が増していく。

 「…だからこそ今は、とりあえず何かを見つけて気持ちを繋げているのだと思うぞ。」

 ネモは顔を曇らせ言う。

 「…俺も、そうだったからな。」

 かつての自分もそうだった。

 自分がすべてをささげてでも打ちこんできた。その未来を願って…。しかし、それは自分が為す前に消えてなくなった。

 それ以後、未来も見えず、今までの自分さえも自分で否定するように自暴自棄になっていた。

 「…そうか。」

 テオドアは静かにうなずいた。

 「だけど…。」

 ネモとテオドアは調理場を後にした時、ネモはつぶやいた。

 「だけど?」

 それを聞いたテオドアが尋ねる。

 「いや…なんでもない。」

 しかし、ネモはその先を言わず、そのまま廊下を歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 ザフトのカーペンタリア基地ではオペレーション・スピットブレイクの準備が進められていた。

 「いや~、すげえな。あらたまって見ると、壮観だなぁ。」

 一足先についたマシューは敷地内を移動しながら次々と集まって来るMSを感嘆しながら見ていた。

 しかし、彼が話しかけている相手はどこか上の空であった。

 「おい、ブライスっ!」

 「あっ、ああ…、どうした?」

 マシューが再度呼びかけ、ようやくブライスは返事をした。

 「いや、だから、こんな風に集まるとなんかいよいよっていう感じだな。」

 「まあな…。」

 こういうことを言うと、たいていブライスは「あまり浮かれないようにっ」とか「気を引き締めろ」と窘めるが、当の本人がどこか心ここにあらずといった感じだ。

 やり取りしている間も、輸送機が降り立ち、ハッチからモビルスーツが降りてくる。

 「本国での防衛線以外で、こんなにも部隊が集まるってよっぽどというか、今までもなかたよな…。」

 マシューが呟いた言葉にブライスも同感であった。

 たしかにカオシュン、ビクトリアのマスドライバーの攻略作戦においてもここまで部隊を動員はしていない。いくら、大西洋連邦の膝元のパナマといえどもここまでの戦力が必要か…? それとも、この作戦を立案した者はもっと先を見ているのか。

 考えても詮無いことではあるが、だからこそ、いつ迅速の行動できるようにと構えなくてはいけない。と思いつつ、自身が気を引き締めるべきだと思い至った。気取られないようにとしているつもりだが、マシューに気付かれているということはそれなりに面に出ているのであろう。

 ブライスは嘆息しつつも、ふと敷地内に懐かしい人物を目にし、そっちの方向へと急ぎ足で進め追いかけた。

 突然、方向を変えたブライスにマシューは驚きつつ、付いていく。すると、その先に2人組のザフトの兵士の姿が見えた。

 その人物の影が確かなものをなるとブライスは彼に向けて大声で呼びかける。

 「ショーンっ!」

 2人の内、白服の男が立ち止まり、振り返ると、ブライスの姿を見掛け、こちらへとやってきた。

 「ブライスではないか。」

 2人は互いに再会を喜び合った。

 「…では、隊長。」

 すると、ショーンの隣にいた背の高い鋭い目をした男が告げた。

 「ああ。クトラド、先に行っといてくれ。」

 クトラドと呼ばれた一礼し、その場を去った。

 自分もこの場を後にしようかと思ったが、2人はそのまま話し始め、タイミングを失ってしまった。

 「MS教導隊以来か…。」

 ブライスの言葉を聞いたマシューはなるほどと理解した。

 MS教導隊…その部隊はブライスがこの隊に来る前に所属していた部隊であり、士官学校(アカデミー)が表立ってできるまえに、ザフトに入隊したMSパイロットであれば、だれでも世話になる部隊である。

 ザフトが明確に軍事組織化したのは、C.E.68年のマンデンブロー号事件からである。ザフトは当時より「義勇軍」としての意味合いが強く、志願する者たちによって軍は形成されたが、いくら身体能力が高いコーディネイターといえども、すぐに戦いができるわけではなかった。

 彼らの教官となったのは以前より理事国に対してレジスタンスやゲリラに身を置いていた者たちで、MSのテストパイロットを務めた者たちであった。彼らはMS教導隊として、志願してきたパイロットの教育にあたっていった。後に士官学校(アカデミー)が設立されると、教導隊は解散し、そのまま士官学校(アカデミー)の教官に就く者、ブライスのように前線に戦う者など様々な形でこの戦いに身を置いている。

 つまり、この人もブライス同様に、歴戦の戦士なのかとマシューは思いながらふとショーンの右腕に目がいった。

 「ああ…これか。」

 ショーンもその視線に気付いたのか、袖をまくる。

 彼の右腕は他の身体の部位のような肉ではなく、灰色の鋼鉄の腕であった。

 「それは…いったい?」

 ブライスも知らなかったようだ。彼は驚きのまなざしでそれを見つめた。

 「去年のビクトリアの戦いでね…。」

 ショーンが指しているのは、後に第1次ビクトリア攻防戦と言われる戦いであった。

 

 

 

 開戦から1ヶ月も経たない3月8日。

 ザフトは地球上に侵攻を開始した。

 地球軌道上からビクトリア宇宙港に侵攻したが、地上戦力の支援を欠いた結果、ザフト側の敗北となった。

 この結果を受けてプラント評議会は、この制圧失敗を地上戦力の支援がなかったものと判断し、地上における軍事拠点の確保、マスドライバー制圧による地球軍の地上封じ込め、核兵器使用不可のためのNジャマーの地上への散布の3つの柱からなる「オペレーション・ウロボロス」を可決し、4月に決行された。

 しかし、この「第1次ビクトリア攻略戦」において、いくつか不明な点があった。

 宇宙という過酷な環境で生きるプラントにとって、単なる防衛戦ではその脅威を取り除くことはできないという考えにおいて、地上の補給路を断つことによって宇宙に駐留する地球軍の維持を不可能にさせることを目的であること。農業プラントの1基、ユニウスセブンが地球軍の核ミサイルで失ったプラントにとって死活問題に関わる重要な問題である「食料確保」のためと、一見、理に適っているように見えるだろう。

 しかし、この攻略戦が行われた時期は月と地球の橋頭堡であった「世界樹の攻防戦」の最中であり、国力で圧倒的に劣り、優れたる肉体、頭脳を持つと自負するコーディネイターが自らいたずらに戦線を拡大させ、作戦を失敗するというのは、無差別攻撃を受けたという一時の感情に流された結果であるとしても、笑止なことである。

 

 

 

 「地球軍の砲弾がコクピット付近に着弾し、次に意識が戻った時はもう腕がなくなって、俺は脱出用シャトルの医務室の中であった。部下たちはまだ前線で戦っていたのにな…。」

 ショーンが義手に目を向けながら、その時の記憶に想いはせる。

 「俺はそのまま宇宙へと脱出したが、部下たちは誰1人戻ってこなかった。」

 ‐行きはよいよい、帰りは怖い‐

 東の島国わらべ歌にある歌詞の一部と同じであった。

 軌道上から降下したものの、退避手段であるシャトルは少なく、あぶれる者がいるのは自明であった。

 残された者たちはその後どうなったか、それは言うまでもなかった。

 「俺は部下を見殺しにした臆病者だ。プラントに戻った時、どんなそしりも罰も受けるつもりだった。」

 そこでショーンは口をつむぐ。

 「…右腕も失った時、俺の頭に『除隊』の言葉が浮かんだよ。でもな、俺が今後戦場から離れ目を背けていても、同じような悲劇が起こる。…なら、居つづけなければと思って…今は、前線ではないが補給部隊を任されている。」

 「オペレーション・スピットブレイクは?」

 「後方支援部隊の予定だったが、先日ザラ隊の捜索の件でね…。詳細はあまり言えないが、この後ジブラルタル基地へ移送任務を受けた。」

 「そうか。」

 ブライスは静かに言う。

 「…この戦時下でこうして久しぶりに会えただけでも、幸運というべきか。」

 しばらく静寂が流れる中、マシューはなんとなくこの2人に今は入ってはいけない気がした。

 そして、ふと思った。

 ビクトリア攻略戦は1年前、それで今は補給部隊の隊長をしていると言うことは彼は半年ちょっとでこの戦場に戻って来たのだ。それは並大抵の努力では成し得ず、文字通り血のにじむようなリハビリを行っていたのであろう、と想像でき、この人の強靭な意志を垣間見た。

 「ガーランド隊長ですね。」

 不意に発せられた言葉が静寂を破り、全員ギョっとして、その声のする方を振り返った。

 そこには白髪の優男が笑みをこぼし、立っていた。

 なんだ?この男…。

 見るからにやわそうな兵士と思っていたマシューであったが、ブライスとショーンの方を見ると、彼らはまるでこの優男を警戒しているような顔つきで見ていた。

 マシューが2人の様子のおかしさに訝しんでいるとショーンが口を開いた。

 「君は…?」

 ショーンの言葉にこの優男はまるで営業セールスマンのような身振りで自己紹介を始めた。

 「すみません。まだ話がそちらの方にいってなかったようですね…。わたくし、ユースタス隊長の指令である調査(・・・・)を行っているイリヤ・グリと申します。」

 物腰のやわらかそうな口ぶりであったが、なにか言葉に表現できないような薄気味悪さが含んでいた。

 この時になってはじめてマシューはこの男の異様さに気付いた。

 「ユースタス…ヴァルター・ユースタス隊長か。…例の特務隊(・・・・)の。」

 ブライスの言葉はどこか硬かった。

 「例の…と言われると少々聞こえが悪いですね。まあ、その辺はいいでしょう。」

 「そのユースタス隊長の下にいる貴官がいったい何の用で?」

 「実は…私が現在行っている調査(・・)とガーランド隊長がお受けした任務(・・)、少々関係があるようでして…そのことでお話があって伺いました。」

 ブライスは何を言っているのかと顔を訝しむが、ショーンは未だ彼を警戒しているようであった。

 

 

 

 

 

 

 大忙しの昼食の準備の後は、さらに忙しくなる昼食の時間。

 船員(クルー)が交代で食事を取るため、食事の盛り付けと後片付けで、バタバタとし、あっという間に時間が過ぎていった。

 「しっかしまあ、お客さんなのに艦の手伝いをするとは…奇特だなぁ。」

 食べ終えたハックは感心しながらコップの水を飲んだ。

 「そんなお客さんなんて…。それに、吹き飛ばされて海に落ちて沈んでいたのを助けてもらったんです。なにかしないと悪いじゃないですか。」

 テーブルを拭きながらヒロは答える。

 「いやいやいやっ、そこが偉いってわけさ。コイツなんか艦に乗ってからずっと部屋でトイロボットを作っているか、格納庫で機械いじりしているかのしかないぜ。」

 ハックはご飯を食べ終えた後、さっそく持ってきた小型ロボットをいじっているススムに目を向ける。

 話題を振られた当の本人は「え?」と驚きの声を上げた。

 「でも…ボクの取柄は機械いじり(コレ)しかないし…。それに、僕が調理場に入ったら大変なことになるよ。」

 「…まあ、そうだな。」

 それが安易に想像できてしまい、納得してしまった。

 気を取り直し、ハックはヒロに尋ねた。

 「ここでの手伝いの後も、何かあるのか?」

 「はい。ドミニクさんのの手伝いで艦の点検を…さすがに機関室には入れてくれませんが…。」

 「お~い、ヒロっ!残りの片付けやってくれっ!」

 すると厨房からモリスの呼び声が聞こえた。

 「はーいっ!…では、行きますね。」

 ヒロは厨房へと向かって行った。

 「へ~、えらいこった。」

 その積極的に手伝いをする後ろ姿を見ながら、ハックはふたたび感嘆の声をもらした。

 

 

 

 

 ザフトの追撃から逃れ、なんとか大西洋連邦の防空圏に入ることができたアークエンジェルのクルーは、みなザフトの制空圏ギリギリの追撃と先の戦闘の出来事に疲労と安全の実感の乏しさのなかにいた。

 帰ってこない…。

 キラが戦闘から戻って来るのを部屋で待っていたフレイは、いつの間にか眠り込んでしまい、目を覚まして時間を見て驚いた。戦闘が始まったのは早朝だったのに時計は夕刻を指していたのだ。

 それにもかかわらず、キラが戻ってこないのを不審に思ったフレイは士官室を出て、彼を探しに行った。

 どんなに探し回ってもキラの姿はどこにいなかった。

 すると、ちょうど、彼女も見知った顔の、サイと同じ学生仲間であるカズィを見かけ、彼に駆け寄り、尋ねた。

 「カズィ。ねえ、キラはどこ?」

 その言葉を聞いたカズィはまごつき、彼女から視線を逸らして、小声短く言った。

 「…MIA。」

 「え?」

 その言葉をフレイは理解できずにいた。カズィがもう一度言う。

 「…戦闘中行方不明。未確認の戦死だって…軍ではそういう言い方をするんだ。」

 彼の言葉をフレイは未だ飲み込めずにいた。

 カズィはその場から立ち去ろうとするが、フレイはなおも詰め寄る。

 「ちょっと待ってよ!だから、キラはどこ!?」

 「だから、わからないんだよ!生きてんのかどうかさえ!」

 「ちょっと!なによそれは!?」

 フレイはなおもカズィに詰め寄った。

 彼のその言い方…それはまるで…。

 フレイは1つの言葉を思い浮かんだが、それを信じたくなかった。

 しかし、カズィはたった今、フレイが思い浮かんだ言葉を告げる。

 「…たぶん、死んだんだよ。」

 その言葉にフレイは目を見張った。

 「…もういいだろ。」

 さらなる追求を恐れたカズィは、そのまま立ち去った。

 フレイは呆然としていた。

 キラが…死んだ?

 キラが戦って、殺して、そして死ぬこと。

 それが彼女の望みだった。

 しかし、彼女はそれを喜ぶどころか受け入れられなかった。

 キラが帰ってきたら…。

 キラにしたことをすべて謝り、キラに許してもらい、そして、これからすべてをやり直すはずだった。

 なのに、そのキラがもうどこにもいないなんて…。

 これから自分はどうすればいいのか?

 フレイは1人ポツンと立ち尽くした。

 

 

 

 

 

 「ふー、こんなもんでいいだろう。」

 比較的波が穏やかな沖合で、機関長のドミニク・ヴレイクはケートゥス号の外壁の点検を行っていた。気密性が重要な潜水艦にとってスコール等に遭ったときは、浮上しているときにある程度調べておかなければならない。

 「後は港に着いたときに大きな点検作業をするから、もういいぞっ!」

 「わかりましたっ。」

 ドミニクは手伝いをしてもらっているヒロに呼びかけ、その後、潜っている機関士のアンリを引きあげさせる。

 「ヒロって言ったか…。お前さん、飲み込みが早くて助かるよ。よかったなぁ、アンリ。もし、順番が違っていたら、おまえ…きっとここにいないぞ?」

 「そんなぁ~。」

 上がってきて、潜水服を脱いだアンリは心外の声を上げる。

 「でも、彼…手伝いでこの艦にいるんですよ。おやっさんの助手になるかなんてわからないじゃないですか?」

 「いんや、ものは試しじゃないか?どうだ、ヒロ。いっそのことケートゥス号(この潜水艦)で技師の助手やらないか?」

 しかし、ヒロから返事はなく、彼はなにか考えているのか、ずっと北西の方角の水平線を眺めていた。

 「おーい、ヒロっ!」

 「はいっ!」

 大声でドミニクが呼びかけると、ヒロは振り返る。

 「何か、向こうにあるのか?」

 ドミニクもそちらに目を凝らしてみるが、水平線には何もない。

 「あっ、いえ…今頃、アークエンジェルは地球軍のところに着けたのかなぁって…。」

 ヒロは懐かしい白亜の戦艦に思いを馳せ、水平線を見るが、ハッとし、ドミニクに向き直る。

 「すみませんっ。手伝いをしているのにっ。」

 「ああ…まあ、終わった後だからからいいさ。」

 こちらから見ているかぎりでは、点検作業中に眺めている様子はなかった。

 「だが、なかには命にかかわるもんもある。気を付けるんだぞ。」

 「…はい。」

 ヒロは申し訳に気持ちになった。

 「やっぱり…気になるのか?」

 ドミニクはヒロに聞いた。

 彼のこの艦に乗るまでの事情は船長から聞いていた。これから手伝いをしてもらう作業の迷惑云々もそうだが、1人の人間として、心配の部分もあった。

 「いえ…ただ、放り投げて来てしまったような気がして…。」

 やむを得ないとはいえ、自分はこの潜水艦で敵襲の心配などしないで過ごし、一方アークエンジェルは必死に味方の圏内まで航行し、仕事である護衛任務をフォルテに任せてしまっているのではないのか?

 しかし、もしアークエンジェルにいたとして、どうなのだろうか?

 キラもいない。ルキナもいない。トールもいない。MSも大きく損害させておいて、自分だけがおめおめと生き延びている。

 ミリアリアになんと言えばいいか?フレイにどう顔を向けられるか?

 そんな覚悟なんてない。

 2つの相反する思いがヒロの中でせめぎ合っている。

 「…逃げるっていうのも1つの手だぞ?」

 ドミニクはこれまでとは違った声の調子でおもむろに言う。

 「おまえさんは、なんでも向き合わなくちゃって思っているだろうが、あんまりなんでも受け止め続けると、お前さん自身ダメになってしまうぞ。…そういう時は一旦、離れて考えてみるっていうのも手さ。この艦は今までおまえさんがいたところを違って、敵襲もない、何が何でも銃を持つような場所じゃない。そういう違ったところで考えられるんじゃないか?」

 日に焼けた小麦色の顔をニっと笑みを浮かべる。

 「なにっ、ここは逃げたからって後ろ指さす連中はいないさ。安心しろ。」

 そして、ヒロの背中をポンポンと叩く。

 「俺としたら、ここにいて、技師助手になってくれるのがありがたいんだがなっ。はっ、はっ、はっ!」

 「…おやっさん。」

 アンリは最後の言葉にうなだれた。せっかくいいことを言っていたのに、台無しだ。しかし、ヒロはそれを気にしている様子はなく、何か考え込んでいるようであった。

 

 

 

 

 

 

 

 船長室ではネモとテオドアが次の仕事のことについて話していた。

 「本当にこんなものが赤道連合の一都市にあるのか?」

 テオドアは渡されたタブレットを見ながら半信半疑であった。

 この後、赤道連合の港湾都市で、依頼を受けた荷物を受け取りに行くのだが、ヘファイストス社からその街にあるというモノを見つけ、買い取るという仕事が入って来た。

 だが、そのモノがモノなだけにテオドアが疑うのも無理なかった。

 「だが、根拠もなく来ないだろ?」

 ネモは苦笑いしながら言う。

 「サミュレルのじいさんとこはジャンク屋から買い取った品も取り扱っている。もしかしたらあの人のツテであるかもしれない。」

 「じゃあ、ススムのやつを連れて行くか?」

 「ああ。こういうのは知識のある人間がいたほうがいいだろう。あとは食料品も買い出ししたいからモリスも行くし、ハックも行かせる。」

 陸地に上陸できる機会があれば、基本、そこで買い出しをする。

特に、食料は新鮮な野菜や生鮮食品は長い航海に出ればいくら保存技術が発達したといえども、なかなか口にできない。かつて大航海時代といわれた時代において、多くの船員は栄養失調等で死んでいった。

 それを戒めとし、決して油断せず、ネモは 補給をするようにしていた。

 「そしたら、ヒロも行かせてはどうだ?」

 テオドアが提案した。

 「手伝いをするのを了承してなんだが、見ていてちょっと働きすぎなところもあるし…。」

 「そうだな。」

 ネモもその言葉に頷いた。

 モリスやドミニクの他にも、いろいろと作業の手伝いをしている。

 たしかに繋ぎとめるためとはいえ、根を詰めているようであった。それでは、彼自身の実がもたないであろう。

 一旦、艦から出て街に行けば、きっとよい気分転換にもなるだろう。

 

 

 

 

 

 

 「この街で荷物を受け取るのですか?」

 ヒロはモニターに映る地図を見ながら尋ねる。

 「そうさ。そして、その荷物を依頼の受けた街まで届けるのさ。」

 ハックが説明する。すると計器に何か反応があった。

 「おっ、赤道連合海軍からだ。」

 ハックはそちらに目を移し、確認する。

 「海軍?」

 ヒロはモニターに目を移すと、それからの通信らしい波形が映し出された。

 ふと、これがどこかで見たことあるような気がするが、どこであったか思い出せない。それ以上に、次のハックの言葉に気を取られた。

 「そう。いくら民間とはいっても俺たちが入港するっていうのは本来、いろいろ面倒だからな。だから、海上警備をしている海軍を通じて、ポート・オーソリティへと繋げてもらっているのさ。」

 「それってどういう…?」

 「まあ、俺たちは運送屋だが…こう…たまに法に触れるようなことをするというか…。だからといって赤道連合としては取り締まりたくないというか…。」

 ハックの言葉の意味が分からなかったヒロにサイラスが付け加える。

 「海運産業が主の赤道連合はザフトの通商破壊のあおりを受けて経済的に大きな打撃を受けたのさ。でも、いくら中立国とだからといっても、オーブのように軍事力があるわけでもないから、手の施しようがない。そこで企業から請け負っているフリーランスの運び屋も入港できるようにしたのさ。民間企業も海運輸送ができなくなったのを、俺たちに委託して輸送させているしな。もちろん、表立ってできないから、いろいろ手続きをしなければならない。」

 「…そう、なのですか?」

 「なんで、お前がしゃしゃり出てくるんだよ。」

 「君の知性ではわかりにくであろう?」

 2人のやりとりを横目にヒロは黙考していた。

 思えば、地球とプラントが戦争しているといっても、衝突しているのは、理事国とプラントであって、よく話題に上ったり、自身もいたからか、オーブは中立だけど、他にもこの戦争に中立の姿勢でいる国は他にもある。

 村にいたころ、戦争という話は聞いても、実感が持てなかったせいか、あまりにも話でないためか忘れがちとなってしまっていた。

 「まあ、赤道連合にはもう1つあるんだけどな…。」

 「え?」

 「あっ、いや…なんでもない。」

 ハックがポツリと呟いたのを、ヒロは考えを一旦区切り、そちらに目を向けると、ハックはあわてて話題を変え、本題に入った。

 「とにかく…この街で荷物を受け取るのもそうだけど、せっかくの上陸の機会だから、日用品とかも買い出しに行くのさ。それにヒロも加わってほしいって船長の頼みさ。」

 「わかりました。」

 ヒロは返事をしながら、これから行く街がどういうところか、楽しみで胸が高まる気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

 




あとがき


 もっと早くアップする気でいたのですが、じつは次の話を合体させていたんですよ…。
 そしたら圧倒的に文字数が多くて、話数をとるか文字数をとるか悩んだ結果、分割しました。
 なんてしていたら、いつの間にか、年を越えてしまっていたのですよ(言い訳)。



 今回、この話で書いた「第1次ビクトリア攻略戦」について、ここでさらに追加を…。というか、あくまでも私見ですので…あしからず…。
 「第1次ビクトリア攻略戦」について、いろいろな資料で見ても、「あれっ、これってちょっとおかしくない?」と思うところが出てきて、いろいろと理由を考えてもやはりおかしいなと作者は思いました。そこで、作者が至ったのは「『オペレーション・ウロボロス』を可決させるための材料にすること」ではないかと考えです。
 作戦に失敗した→でも、地球上のマスドライバーをとらないとプラント守れない→地上戦力必要だよね→単なる降下作戦だとMSの有用性はないよね→レーダーを使用不可にするNジャマー投下しようかって言う風になったのでは…。
 そうなれば、当時の議長であるシーゲルも反論できない。
 Nジャマー投下、いわゆる『エイプリルフール・クライシス』に関していろいろ言われるシーゲルだけど、私見ですが「穏健派」っていうのは、多数決議決に置いて、自分の意志に反することでも、その結果を受け止めて実行し、主義主張合っても、反対論と折衷したり、協議したりするのものだと思っていますので、こういう流れであれば、Nジャマー投下の議決決定になるのでは…
 (さらに、強硬派の「地球への核攻撃報復」というカードもあるし…。)
 結果論として、「核攻撃よりも大きな被害出して、地球の反プラント意識を植え付けた」という非難はありますが、これが核兵器だったら、その後の汚染等々考えればどっちがいいのやら…。
 こういう時代の政治家(というかトップ)ってすさまじい判断下すから、非常に大変でしょうね…。(どこかの小説で書いてありましたね…「いい選択をするのではない。より悪くない方を選択するのだ」と…まさしく、これでしょうかね…)









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PHASE-45 Cross Culture


 1ヶ月に1話をと、思っていましたが、考えてみれば(いや、すぐにわかるだコまないで)それだと1年で12話という計算なのですよね。
 そうすると、完結まであとどれくらいかかるんだ(汗)

 …がんばってペース上げようかな(汗)上げれるかな?上げたいなぁ…(願望)






 

 

 ケートゥス号から降りて、街の中へと入っていくと、ヒロはその光景に目を輝かせた。

 艦内にあったこの街のガイドブックであらかじめ調べていたが、改めて実物を見るのはやはり違っていた。

 かつて植民地として支配していたヨーロッパの名残を残す建物と地元の文化が混じりあった街並み。海から見えた金色のドーム屋根のモスク。多くの活気に満ちた地元の人々。

 「…すごい。」

 ヒロはその一言のみを口にし、それ以外何も言わなかった。いや、言えなかった。

 南米の小さな海の町、プラント、ヘリオポリス、バナディーヤ…。

 今まで見た街ともどれも違う。

 それぞれに、そこに暮らしてきた人の歴史や文化があり、それぞれ違う。そして、東は太平洋からアジアへと、西はインド洋で、その先は中東、ヨーロッパへと人々が行き交う交差点であり、それを表しているようにその2つが混じりあった文化を持つこの街。

 それは自分が生まれるずっとずっと前から繋がっている道筋…。

 そのことを考えると、簡単に表現できず、やはり「すごい」という平凡な一言しか出てこないのである。

 ヒロが街を魅了しているのを察してか、ネモは他の人に言った。

 「サミュエルのじいさんのところへは俺とハック、ススムで行く。モリスはヒロともに日用品や食材の買い出しをしてくれ。」

 「りょーかい。」

 モリスはちらりとヒロを見た。

 「安心しろ、ヒロがふら~と迷子にならないようにちゃんと見ておくから…。」

 その言葉に心当たりがあり、思わずヒロはドキリとした。

 そういえば、バナディーヤでも街並みに感動し、そのままカガリたちとはぐれてしまったのだ。

 「えっ、いや…ちゃんと、後についていきます。」

 同じ轍を踏むわけにはいかない。

 「はっ、はっ、はっ!好奇心旺盛っていうのはいいことさ。じゃあ、待ち合わせはいつものバーカフェの前でいいな?」

 「ああ。」

 こうして2組に分かれ、各々のするべきことをするために雑踏の中に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 満身創痍の状態で大西洋連邦の防空圏に入ったアークエンジェルは守備隊の護衛を受けながら、アラスカに向かっていた。そこに1機の哨戒ヘリコプターがやって来ていた。

 「はっはっはっー!俺、参上っ!」

 格納庫に着いたヘリコプターから勢いよく降りてきたアバンは片手をグーにし、その腕を上げ、大声を出した。

 「あー…まあ、あいも変わらず元気なことで…。」

 正面にいたためアバンの大声をもろに食らったフォルテは半ばあきれ顔で迎える。

 「これが元気でいられずいれかって!なんたってとうとう俺も自分のMSを持つことができるようになったからなー!」

 ふたたび大声で話すアバンに格納庫の整備士たちは煩わし気であったが、アバンはそんなことちっとも気にも留めてなかった。

 フォルテはわざらしく拍手をし、彼に言った。

 「そうか、そうか…おめでとうな。けどな、アバン…その肝心のMSはいったいどこにあるんだ?」

 「え…えー!?」

 アバンは大慌てで左右を見渡すが、たしかになかった。

 そして、くるりとうしろを向き、後から降りてきたオーティスに言う。

 「なあなぁ、オーティス…。俺のMSがない。」

 「いや…さすがにこのヘリでは運べないだろ?」

 MS輸送を想定されていない時代に造られた哨戒ヘリで来たのだ。オーティスの指摘はもともであった。アバンはガックシとうなだれた。

 「…まあ、きっとウォーデン中佐のことだからきっとアラスカの本部に届けてくれたのではないのか?アークエンジェルだと居場所がなかなか特定できなかったし…。」

 「あー、そうかっ!」

 オーティスが推測を述べるとすぐに彼は立ち直った。

 フォルテはその様子を呆れながら見た後、オーティスに告げた。

 「じゃあ、俺は哨戒ヘリ(そっち)に乗って、次の依頼の場所に行くから…。」

 「うむ。あとはこっちの方でやっておく。」

 フォルテはヘリに乗り込んだ。

 「ところで、フォルテ…。艦長さんたちは?」

 そういえば、周りにフォルテの見送りはいなかった。

 「ああ、俺からいいって言っといてるからいいんだ。」

 「なにか…不思議な感じね。」

 すると背後から声をかけられ、振り向くとマリューがこちらにやって来ていた。

 「艦長…わざわざ傭兵なんか(・・・・・)のために見送りに来なくてよかったのに…。」

 フォルテは苦笑した。

 「その傭兵たちが自分たちの得にもならないのにいてくれたおかげで、アークエンジェルは大西洋連邦防空圏(ここ)まで来れたのよ。」

 「いや…それはあのお人好し(・・・・・・)がほっとかない性分だからですよ。その言葉はソイツがアラスカに着いたときに言ってくださいよ。」

 「あなたもほうっておけない性分(・・・・・・・・・・)でしょ?…本当にここまで艦を守ってくれてありがとう。」

 そして、マリューは深く頭を下げた。

 「あっ、いや…艦長…。」

 フォルテは戸惑い、しどろもどろになっていた。

 「できれば…今度会う時は、()として会いたくはないわね。」

 「いや~それは分からないっスよ。なにせ、金で相手も立場も変える傭兵なのでね。」

 フォルテは自嘲と皮肉が混じった言葉で返すが、マリューは気にする様子も見せなかった。

 そして、フォルテはヘリに乗り込み、艦を後にした。

 自分の次の依頼の場所…プラントに向かうために。

 

 

 

 

 

 

 「すごく賑やかなのですねっ。」

 「おうよっ。なにせ、ここの通りのマーケットは世界的にも有名だからな。」

 食材を買い揃えたヒロとモリスはついでと露店市場に立ち寄った。

 多くの人でごった返し、気を付けなければ人の波にさらわれてしまいそうなほどであるが、ヒロはその合間から見えるアンティーク品、特産物、屋台で売られている食べ物に目を輝かせた。

 「本当は夜が本番なんだ。もっと人が多くいて、活気に満ち溢れている。」

 こんなにも混んでいるのに、さらに人がいたらどうなってしまうか…。

 見てみたい気持ち半面、この通りを歩ききれるか自信がなかった。

 すると、ざわりと、この明るい賑やかな声とは違った人の動揺した声が響いてきた。

 なんだろうとヒロは訝しむとこの通りを抜けた、向こう側の大通りから罵声が聞こえてきた。

 「青き清浄なる世界のためにっ!」

 その言葉にヒロは思わず体を強張らせた。

 大通りでは老若男女がプラカードを掲げ、拡声器を持って叫び、デモ活動をしていた。

 さきほど聞こえてきたスローガンから彼らがブルーコスモスだと安易に推測できた。

 プラカードには遺伝子を模したらせん図がはさみで切られている絵に『NO』の文字を並べたものや地球の絵になにか描かれているものがあった。

 「この清浄なる大地を踏みにじるコーディネイターどもを抹殺するべきだっ!」

 「あってはならないもの(・・・・・・・・・・)を消し去る使命が我々にはあるっ! 」

 聞こえてくるのは、コーディネイターという存在がどれほどの『悪』であり、倒すべき存在か、ということを喧伝したものであるが、それら聞こえてくる言葉1つ1つがまるで鋭利な刃物となり、体に突き刺さるようであった。膝が震える。額に冷たい背が流れるのを感じた。

 今にも崩れそうになりそうな体をモリスが腕を掴み、支える。

 「ここから離れるぞ。」

 小声でヒロに呼びかけ、彼を誘導する。

 ヒロはモリスに支えられ、やっとの思いで、歩き出す。

 「コーディネイターをすべて滅ぼせっ!」

 耳を塞ぎたくなるような言葉。しかし、どんなに耳を塞いでも、奥の方からまるで反響するようにいつまで自分の中で響いてくる。

 ヒロはただ、何も考えず、この場から離れたい一心であった。

 

 

 

 

 

 「…落ち着いたか?」

 大通りから外れた広場でモリスはベンチに腰掛けているヒロに声をかける。

 遠くからパトカーのサイレンが鳴り響いている。

 ヒロは渡したミネラルウォーターのペットボトル一気に飲みほした後、大きく息を吐き、そして呼吸を整えていた。

 迂闊だった。

 モリスは内心舌打ちした。

 中立国だからと安心していたため、よもやヘイトスピーチに出くわすとは思ってもいなかった。

 アレはゲリラ的なものであろう。

 事前の申請があれば、こちらに情報が入って来るし、警官もいるはずだ。

 モリスはヒロを見る。

 さきほどより落ち着いてきてはいるものの、まだ顔は青ざめている。

 当たり前だ。

 傍から聞いている自分が聞いても、気分が悪くなるような罵詈雑言だ。

 青き清浄なる世界と言っているが、あんな言葉を空気に混ぜている方がその清浄なる世界というものを濁らせているのではないかと斜めに思ってしまう。

 あれは一部の人間だ。誰かを攻撃することで、自分たちのアイデンティティに自信をつけたい連中だ。

 人それぞれ考え方の違うヤツがいる。

 どの言葉が思い浮かんでも、差別的言葉をもろに受けた本人にとって、どれも慰めにもならないだろう。

 「…はじめて、かもしれません。」

 ヒロの声は震えていて、小さく耳を立てなければ聞こえないものであった。

 「今まで…そんな、コーディネイターとか、あんまし気にしてこなかったから…。」

 あのデモの言葉を聞いたとき、自分に向かって直接言われていなかったけど、コーディネイター(・・・・・・・・)である以上、やはり自分に言っている言葉だと受け止めた。

 ‐コーディネイターのくせに、なれなれしくしないでっ!‐

 そういえば、フレイがラクスに対して、そんな言葉を言ったことを思い出した。

 あの時の言葉もコーディネイターに対する、嫌悪感が出た言葉であるが、あのデモで聞いた言葉は、嫌悪を通り越したものを感じ、村を襲った者たちの目と同じものであった。

 自分は生きてはいけない、すべてを否定され、まるで自分の足元の地面が崩れ去って、真っ暗の闇の中に落ちて行くような…。

 「ものすごく…嫌ですね。」

 あんなことを言われ、自分の根本が揺らがれてしまい、恐ろしく、追い詰められてしまい、思わず、拳を上げてしまうかもしれない。

 実際に、コーディネイターのなかには、ナチュラルは滅ぶべく人種だと言っている人もいる。

 …でも。

 「モリスさんは…コーディネイターのこと、どう思っているのですか?」

 「なにっ?」

 突然の質問に、モリスは目を丸くし、しばし考える姿勢を見せた。

 「う~ん…俺の周りでも、コーディネイターにいい感情じゃない話は山のようにあふれていたけどな…。」

 そして、モリスはヒロに目を向ける。

 「頭がいいとか運動神経がいいとか、それに対するやっかいや嫌がらせなんてコーディネイターがいる前からある話じゃないか。コーディネイターがいなくなれば万事解決とは、俺は思えねえな。それに、好きとか嫌いっていうのは、実際に会って、その時の印象から出てくるもんだろ?一度も会っていないのに、そいつが嫌いかわかるんだ?」

 「僕…コーディネイターですけど、会ってどうですか?」

 「抜けたところのあるお人好しで 、かな?」

 「…そうですか。」

 ヒロは自然と顔がほころんだ。

 「…ああいう人たち(・・・・・・・)もいる。」

 コーディネイターを嫌悪し、排斥するナチュラルの人たちの姿を目の当たりにし、実際にいることを知った。

 「でも、モリスさんのような人もいる。」

 だからといって、ナチュラル全員がそんな感情を抱いているわけではない。

 「…それで僕は十分です。」

 ヒロは立ちあがった。

 「もう大丈夫です。…行きましょう。」

 モリスもまた顔をほころばせた。

 「…そうか。」

 傷ついたのではないかと心配していた。恨み節の1つや2つ受ける覚悟もあった。しかし、彼はコーディネイターに対する両端の考えを聞き、受け止めて、それで自分の感情や考えと向き合い、結論を出したのだ。

 柳みたい、かもな。

 モリスは心の中で感心した。

 とはいっても、やはり差別的な言葉を受けたのだ。すこし気分転換が必要だろう。

 「じゃあ、うまい飯でも食べに行くかっ。」

 モリスはヒロを誘う。

 腹が減る。美味いものを食べれば元気が出る。

 それはナチュラル、コーディネイターなんて関係ない。

 2人はふたたび市場へと戻った。

 

 

 

 

 

 「じゃあ、積み荷の方は後で配達させる。」

 「…頼む。」

 通りからはずれた道の古びた板の看板が目印となっているのがサミュエルの店であった。主に扱うのは銃などの武器類であるが、ジャンク品や表では手に入れない物品、集荷などを扱っている。

 「しかし…それはちと厄介な話だな。」

 ある意味、彼の店で手に入らないものはないといっても過言ではないが、そんな彼にもその品は難しい問題であった。

 「連合製のMSが裏ルートで出回っているから手に入れてこいなんて、おまえさんとこの注文者はえらく難儀な仕事を依頼してきたな…。」

 「報酬は支払わているんだ。…やるしかないだろ?」

 これにはネモも苦笑いであった。

 「連合のMSっていうなら、おまえさんの艦にぶっ壊れたのがあるだろ?それ…もらっちまえばいいじゃないか?」

 「相変わらず、情報が早いな。だが、それは艦に乗せている()の所有物だ。それを勝手に取るわけにはいかない。」

 「まあ、律儀だな。」

 サミュエルは溜息をしつつ、思案し始めた。

 「だがな…、そもそも連合のMSの量産は始まっていると聞くが、まだ実戦に顔をだしてないからなぁ。出ても、公にはならないような戦闘だ。ジャンク屋でも簡単に手に入れられる代物ではない。この間、オーブ近海でそのMS同士の戦闘があったと聞くが、すぐにオーブの人間たちがやってきてこっちは手も出せなかったしな…。そういえば、盾が今度オークションに出されると聞いたが…それじゃMSとは言えないしな。」

 「…そうか。」

 「まあ、1つ…心当たりがないとはないのだが…。」

 サミュエルが口ごもる。

 「ちょいと曰く付き(・・・・)のMSで、俺は存在を知っているという程度だがな…。」

 「曰く付き?」

 ハックはいったいそのMSになにかあるのか不思議に思った。

 「なんというか、あまり地球軍にとってあまり表で目立ってほしくないMSらしいんだよ…。俺は話すだけだからそれを手に入れようとして、もしく手に入れて追いかけられても責任はとらないぞ。」

 「それでもいい。」

 どのみち注文者であるヘファイストス社も自分たちに依頼したのだから表に出す気はないだろう。

 ネモはうなずき、彼の話を聞き始めた。

 「実は、現在生産ラインになっている連合の量産MSに上位機種があるって話だ。その機体はヘリオポリスで奪われたヤツをコンセプトにしているというが、ちょいと問題なのは、それはとあるコーディネイターたち(・・・・・・・・・・・・・)が操縦するモノなのさ。」

 『コーディネイターが操縦するMS』という言葉を聞いただけでもある程度の察しはつくが、彼の話を聞き続けた。彼のニュアンスが少し違っていたというのもあったからだ。

 「けど、ナチュラルでも操縦ができるMSが登場すると、そのとあるコーディネイターたち(・・・・・・・・・・・・・)は用済みとされて処分(・・)され始めている。」

 「『処分』…。」

 ススムは顔を青ざめ、ゴクリとつばを飲み込んだ。

 想像しただけでも、恐ろしい気がしたきた。

 「俺が言っているんじゃねえ。彼らのお偉い方がそう呼んでいるんだ。」

 サミュエルはススムの反応に付け加えるように言った。

 そして、話を続けた。

 「そして、そいつらの持っている機体も処分された…はずだった。開発の経緯や運用がどうであれ、MSには変わらない。しかも、連合、というよりも大西洋連邦が開発したものだしな…。企業とかはそりゃ喉から手が出るだろうよ、大金をはたいてでも…。」

 アークエンジェルのアルテミスで拿捕されかけたことが例にある通り、連合のMSの技術は大西洋連邦が独占している。ユーラシアの国々はもちろんのこと、企業もその技術欲しさに実物を狙っているほどである。

 「そして、その大金に目を眩むやつ大西洋連邦の軍人がいて、金欲しさに書類には処分を書いて、裏で企業とかにに売りさばく。」

 サミュエルはまるで何かを持っているようなしぐさをして、それを横にずらすという動作をした。

 つまり、『横流し』を意味しているのだ。

 「…で、実はこの赤道連合にそのMSを手に入れたヤツら(・・・)がいるのさ。」

 サミュエルは誰を指しているか口に出して言わなかったが、ネモには察しがついた。

 「なるほど…爺さんの言いたいことはわかった。その手に入れたヤツも誰だかも含めて…な。」

 「遅かれ早かれ、おまえさんたちがMSを探しているっていう話も含めてもうこの界隈じゃあ知れ渡っているさ。俺ができるのはここまでだ。こっちはこっちでお前さんたちから頼まれた仕事をする。…それだけさ。」

 「話が聞けただけでも、それだけの価値はあったさ。では、その件はなんとかこっちの方でやっていこう。」

 そう言い、ネモ達は店を去った。

 

 

 

 

 

 待ち合わせのカフェの入り口にはモリスとヒロが一足早く来ていたようであった。

 「おおっ、どうだった?…例のMSは?」

 それを聞いて一番初めに反応したのはハックであった。彼はうなだれながらぼやいた。

 「よりにもよって、アイツらが持っているとは…ついてねえな。」

 ハックもまたサミュエルが誰の事を言っていたのかわかっていたようだ。モリスもまたそれだけで察しがついた。

 「げえっ!?アイツら…。」

 「そんなに手ごわい相手なのですか?」

 ケートゥス号への帰路の途中、ヒロは尋ねた。

 「手ごわい、というか厄介というか…。」

 「職業柄、多少の縁はあるけどなぁ。」

 「船長~どうします?連中…こっちにそれに釣りあうモノでなければ、取引に応じないッスよ。」

 すると、艦を留めてある波止場に近い人気のない倉庫まで着くと、ネモは足を止めた。

 「…船長?」

 ハックは訝しむと、ヒロはふと周りを見回した。

 「どうしたの?」

 「なにか…あちこちから人の気配(・・・・)が…。」

 「「「へ?」」」

 ヒロの言葉にハックとモリス、ススムはあたりを見渡すが人なんてどこにもいない。ネモは何か構えているようであるが…。

 「誰もいないぞ。」

 ハックがヒロにそう言うタイミングで後ろから声がした。

 「よう、船長さんよぉ。1ヶ月ちょっとでまた会っちまったな。」

 「ぎゃ~、来たー!」

 声がする方を振り返った途端、ハックは声を上げた。

 「いくら感激したからと言って、あんまりはしゃぐなよ。」

 「いや、感激してないって…。」

 男はハックの突っ込みに意に介さず、ネモたちに近づく。

 「随分と早かったな。」

 「まあな、『兵は神速を尊ぶ』ってあるだろ?」

 すると男が手を上げると、周りから武装した男たちが彼らを取り囲むように銃を構えて居た。

 「この人達…?」

 「…ここらへんを拠点としている海賊さ。」

 ヒロのつぶやきにモリスが小声で答える。

 「アークエンジェルがマラッカ海峡を抜けるときにザフトを襲撃したのも連中さ。」

 それが今回は自分たちに銃を向けている。どうやら今目の前にいる男がこの海賊の頭領らしい。

 「そうそう、下手に動かない方がいいぞ。潜水艦を沈められたくなかったらなぁ。…話すか?」

 海賊の頭領は飄々とし、通信機に何か話した後、ネモに渡す。

 通信機をネモが受け取ると、テオドアの声が聞こえてきた。

 (ネモか?なんか…いきなり海賊が踏み込んできて(ふね)を乗っ取られたんだが…。)

 

 

 

 

 

 彼らに伴われ、というか半ば連れられて行く形で潜水艦を留めている波止場に着くと、艦の周りにグーンが数機おり、艦内へとつながる上部ハッチには見張りの武装した海賊がいた。

 「…いったいどういうつもりだ、これは?」

 ただならぬ様子にネモは海賊の頭領に言う。

 「なぁに…、そちらの潜水艦にちょっとおもしろいもの(・・・・・・・)が積まれているっていう話を聞いてね。」

 頭領の言葉にネモは眉をひそめる。

 「本来なら海賊稼業よろしく襲って奪うところだが、よしみとして取引しようって言う話だ。」

 「取引?」

 「そう。お前んとこに壊れちゃいるが、ヘリオポリスで造られたMSがあるだろ?それと、お前たちが欲しがっているMSと交換するのどうか?」

 頭領の言葉を聞いたヒロはすぐにクリーガーのことを言っているだとわかり、話に入ろうとするが、ネモに遮られた。

 「…ネモ船長?」

 ヒロの困惑の表情を背に、ネモは頭領に話しかける。

 「なるほど…。だが、人と話をするのにこれはどうなのだ?」

 「言ったろ?その気なら力づくで奪うって。まあ、ここじゃぁ話をするのも何だから艦内でしようじゃないか。案内してくれや、船長。」

 言葉とは裏腹に、彼らにも銃を向けた海賊が取り囲み、半ば無理やりに促した。

 「話があるのは艦長と副長だけだからな。残りは他のやつらと同様に船員室に…。」

 「待ってくれ。」

 頭領が部下に指示を出すのはネモが割り込む。

 「ここにいる2人は客だ。この艦の船員(クルー)ではない。」

 ネモはヒロとススムを指し、頭領に話す。

 「彼らは客室代わりに使っている士官室に居てもらう。…ハック、お前が連れていってくれ。」

 「了解っ。」

 ハックがネモの指示を受け、ヒロとススムを士官室に連れて行く

 「こらこらっ、船長さんよ、勝手に…。」

 「この艦の主は俺だ。」

 周りの部下たちはハックがヒロたちを連れて行かないように迫るが、その前にモリスに立ち塞がった。

 「俺を他の船員たちのところに行かせるのだろっ!?よろしく頼むわっ!これ、重いからお前たちも手伝えっ!」

 街の市場で買った日用品や食料品を部下たちの目の前でドカドカと置き、行く手を阻んで行った。

 ネモはハックたちが中に入っていくのを確認した後、頭領に向き直った。

 「言っただろ?話をするのは俺とテオドアだ、と。なら、それ以外文句はないだろ?」

 占拠という暴力的手段をとっている海賊にとって、彼らの一連の行動は許しがたいもののはずであるが、それを意に介さず、どこか余裕の笑みであった。

 「まあ、いいぜ。時間はたっぷりとある。ゆっくり話そうや。」

そして、ネモともども艦の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 「ああ~、海賊の襲撃を受けるなんて…。基本、この艦はそういう目に遭わないようにしているんじゃなかったのですか!?」

 士官室内でススムは頭を抱えてた。

 「それはコッチも同じ気持ちだっ。ったく…ホント、アイツら、やってくるよ。」

 ハックはブツブツと文句を言いながら、室内でなにか準備始めている。

 「船長達…どうなるんですか?さっきの海賊の話…あれ、クリーガーのことですよね?僕がこんなところにいてもいいのですか?」

 「そうですよっ!警備隊とか呼ばなくていいんですか!?」

 「あの海賊は赤道連合の政府や軍と繋がっている。…そんなもんムリだ。」

 ハックにあっさりと跳ね返されたススムは「なんでっ!?」と信じられない顔をした。

 「あくまで噂程度としか聞いてないから、詳しいことは知るかっ!とにかく、国が守ってくれるなんて都合のいいことはないっていうことだけだ。」

 ハックは奥の棚から荷物を取り出していた。

 「あーっ!アレ(・・)…、どうしようっ!?」

 ススムはなにがなんだかと事態を飲み込めず、呆然としたが、自分が整備担当を任された機体の存在を思い出して、叫んだ。

 「アレ(・・)、今はお前以外起動できないようにロックかけているんだろ?…クリーガーも?」

 「あっ、はい…。」

 「…なら、しばらくは心配ないさ。問題はこっちだ。」

 そして、士官室の床にある大きな扉を開ける。

 扉を開けた瞬間、今まで開かなかったのか、モワッとした湿気と臭気がここまで漂ってきた。その扉を覗くと、中に梯子があり、その先に通路があるようであった。

 ヒロとススムは一体何なのかと呆然としているがハックが促す。

 「ほらっ、気付かれる前にさっさと行く。」

 そう言うとハックは先に降りていく。2人もまた後に続いた。

 「コレは船内で何かあったとき用の緊急通路だ。」

 ハックは進みながら説明する。

 「この先はちょうど格納庫の下に位置していて、そこに2人乗りの潜水艇が置かれている。お前たちはそれに乗り込め。その後注水して、発令所にいる船員にうまくハッチを開かせる。お前たちはそれで脱出するんだ。」

 「ええ~!?」

 いきなりの事でススムは思わず声を上げた。

 「取引なんてアッチは言っているが、潜水艦占拠されている以上、同じ土俵に立てるわけないだろ!?…いいか。」

 ハックは地図を広げる。

 「ここが今、俺たちがいる都市で、ここから海峡を進んでいくと、大都市がある。そこまでたどり着けるだけの航行距離もあるし、食料もある。で、その都市にドゥアンムー商会の支部があるから、そこに行くんだ。これを出せば、通る。」

 そして、ハックは名刺を渡す。

 「商会なら最終的にクリーガーもあの機体も取り戻してくれる。いいな。」

 そして、ふたたびハックは通路を進んだ。

 いきなりのことでなかなか追いつけなかった2人だが、ヒロはハックに詰め寄る。

 「そんなっ!?みんなを置いてなんか…行けません。」

 「お前たちは自分の身だけを考えるんだ。」

 ハックに念を押されるように言われるが、ヒロは納得できなかった。

 すると、とつぜんスピーカーから音声が流れだした。

 (さあっ…これで、船長室(ここ)でする会話が艦全体に聞こえるだろ?)

 「ぎゃっ!?なんで、海賊たちが流すんだよっ!」

 頭目の声にハックは驚きの声を上げる。

 その間にも、頭目とネモの会話が流れてきた。

 (こんなふざけた真似をしてどういうつもりだ?)

 (見てのとおり、船員(クルー)全員にここでする重要な話を聞かせてあげるっていう親心っていうやつさ。)

 ネモの咎めの声に頭領はさらりと流す。

 (なにせ、船員の命がかかっているんだ。誰だって死ぬのは嫌だろ?しかも、知らず知らずになんて…)

 その会話を聞いていたヒロに焦りの表情が浮かんだ。

 こんな風な状況になったのは、クリーガーがケートゥス号にあったからだ。それなのに、他の人を置いて自分だけ逃げるようなことはできなかった。

 「ハックさん…やっぱり僕、戻ります。」

 「おいおいっ、なんのためにお前たちを逃がすと思っているんだっ!?」

 ヒロが戻ろうとするのを、ハックは手を掴んで止める。

 「だって、僕たちが逃げたとわかったら、どうなるか…ハックさんだって…。」

 「そりゃぁ、俺も怖いさっ。」

 ヒロの反論はハックの言葉に遮られた。

 「見ろよっ。お前たちを逃がすってかっこいいこと言っていながら、ビビってるんだぜ!ヒザが笑ってるんだぜっ。」

 下を見ると、ハックの膝ががくがくと震え、今にも崩れ落ちそうであった。

 「そりゃあさぁ、カッコ悪いがな…。カッコ悪いならいっそのこと相手の要求を呑んだ方がラクかもな…。でも、それじゃあ俺たちが仕事として今までやってきた…積み重ねてきたものがすべてパアっになっちまうんだ。そのうえ、お前たちみたいなガキンちょを守れないなんてカッコ悪いこの上ないだろ?」

 普段のハックからは考えられない…どんどんと声が小さくなっていき、今にも消えそうになっていた。

 「なあ…頼む。言うこと、聞いてくれ。」

 自分を止めるために掴んでいる手もまた震えていて、ハックの抱いている恐怖が伝わって来る。

 この人も怖いのだ…。

 当たり前だ。死ぬかもしれないのに、それを怖がらない人間なんていない。

 でも…それでも、背一杯奮い立たせて、自分たちを逃がそうとしてくれている。

 この人達のその思いを無駄にできない。でも、だからこそ、この人達を助けたい。ヒロの中で、思いがせめぎ合う。

 どうすればいいのだろうか?

 どうすれば…全員が助かる方法があるだろうか?

 クリーガーを海賊に渡すか?

 船長達は渡すつもりがないが、クリーガーのパイロットは自分だ。渡すといえば通るかもしれない。

 しかし、後々もらう予定だったのだからといっても、それはアラスカに着いた後(・・・・・・・・・)での話だ。クリーガーの中にある戦闘データを渡すことも依頼にある。その仕事も放棄するわけにはいかない。

 それに、渡してこちらが確実に助かる見込みがあるわけではない。

 ‐ここら辺を拠点としている海賊さ。マラッカを抜けるときにザフトを襲撃した連中さ‐

 ふとヒロに説明した海賊の事についての話がよぎった。

 ‐あの海賊は赤道連合の政府や軍と繋がっている。‐

 ‐噂程度で、詳しいことは知らないがな。‐

 そういえば…。

 ‐これ…赤道連合の海軍の波形パターンさ。‐

 そうか…。

 アレがどこかで見たことあると思っていたが、それがどこかようやく思い出した。

 霧の中から晴れ渡る空の下へと抜けるようにヒロの頭の中で1つ1つ、点になっていた物事が繋がっていった。

 あとは打開策だ。

 どうすればいい?

 ヒロはハックの方に顔を向けた。

 「…なんだ?」

 ハックはいきなり顔を向けられ、たじろいだ。

 「ハックさん、少し…話、聞いてもいいですか?」

 「なにを?」

 「ススムも。」

 「ボクも?」

 ハックとススムはヒロが何を考えているのかわからず互いに顔を見合した。

 

 

 

 

 

 「船長さんよぉ、よく考えましょうや。」

 ケートゥス号の船長室ではネモとテオドアが頭領と向かい合いに座り、その周りに海賊たちが銃を持って囲んでいた。

 「依頼された積み荷をしっかりと運ぶ。それが俺たちの仕事だ。一部とはいえ、他人に売り渡すのは信用(・・)に関わる。」

 ネモは頭領の要求に折れなかった。

 「信用(・・)なんて宙に浮いたもので腹は満たねぇぞ?」

 「その宙に浮いたものでも商売は成り立っているんだ。それを失くしても、食ってはいけないさ。」

 「そうか…。確かに商売をやっていけないだろうなぁ。」

 しかし、頭領は溜息をつき、呆れた声を出す。

 「なら、あの機体の価値を考えよう。確かにあの機体も依頼された人間の持ち物だから運ぶ。だが、受け渡す相手…その上の人間は果たして、機体を持ってきて欲しいと思っているか?なにせ、相手はコーディネイターと戦っている地球軍。そして、あの機体に乗ったのはコーディネイター。…一目瞭然だろ?なら、こんなところで筋を通すよりも自分たちの益になることを考えないといけねぇぜ~。」

 「そのことに関しては俺たちに関わりの話だ。」

 ネモは一歩も引かなかった。

 「それで、MSを手に入れなくなってもか?」

 「たしかに俺たちは上からの依頼で連合のMSを探してはいるが、あくまでMS自体(・・・・)であってお前たちの持っている(・・・・・・・・・・)とは言っていない。ここで手に入らなかったら、別のところを探す。」

 売り言葉に買い言葉とわかっていてもネモは言うしかなかった。

 今、ハックが逃がしているであろう彼らが安全圏に行くまではここで時間を稼がなくてはいけない。

 …そう、海賊たちが本格的に行動するまえに。

 それが、現状、自分たちにできることであった。

 しかし、それも奇妙であった。

 ここまで言われれば、大抵は人質を使って、こちらに要求を呑ませようとするが、その気配がまったくない。

 むしろ、目の前にいる頭領はニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。

 まるで彼も何かを待っているかのような…。

 いったい何を待っている?

 この奇妙な腹の探り合いに終止符を打ったのは、部屋の外から聞こえてきた海賊の怒鳴り声だ。

 「おいっ!おとなしくしていろと言っているだろっ!」

 「ちょっと話があって来たのです。…通りますね。」

 その声を聞いたテオドアとネモは一瞬、驚きの表情が変わった。

 なぜっ!?

 そのまま扉は開き、1人の少年が入って来た。

 「失礼します。海賊の頭領さんにお話があってきました。」

 周りの部下たちはヒロの行動に腹を立てているが、意に介さず、ヒロは頭領のところまでやって来た。ドアの近くではススムとハックがハラハラと見守っていた。

 テオドアはハックに彼らを逃がさなかったことへの非難の視線を送った。

 ハックはたじろぎ、少し後ずさった。

 もちろん彼も、2人を逃がしたかったのだが、こちらだっていろいろとあったのだ。そこも少し斟酌してほしかった。

 「…下がるんだ。」

 ネモは静かに、だがどこか怒気を込め、ヒロに言う。

 「艦に乗る前に言ったはずだぞ。これは俺とコイツとの話、だと。」

 今ならまだ間にあう。はやく逃げるんだ。

 口に出せないが、ヒロに対する言葉にネモのそんな気持ちが入っていた。

 「いいじゃねえか。」

 すると、頭領が遮った。そして、立ち上がり、ヒロのところまで行く。

 「俺と話がしたい…だろ?坊主。ただし、それなりの名がなきゃ俺は聞かないぞ?」

 「名乗る者でもないと思いますけど、僕はヒロ・グライナーです。白い狼(ヴァイスウルフ)の一員で、頭領さんが欲しがっているクリーガーの暫定的なパイロットです。」

 「ほぉ…そうか。俺たちはおめえが乗っているそのクリーガーっていうMSに用事があったんだよ。」

 そして、頭目はにやりとする。

 「なら、おまえと話をする。…それでいいな。」

 「ええ。」

 「こらっ、待て!俺たちと話をしているんだったろ!」

 テオドアが割って入ろうとするが、周りにいた部下に抑えられる。

 「ほらっ、だってアンタら頭固いし…こっちの方がいいだろ?」

 そうか…。

 ここでネモは頭領の真意に気付いた。が、もう手遅れであった。頭領は完全にヒロのみを相手にする気になっている。

 「…で、どうよ。船長との会話聞いていただろ?お前のあの壊れたMSと俺たちが持っているMS、そしてこの艦を解放すること…悪い条件じゃないだろ?」

 頭目は営業マンがするがごとく笑みを向ける。

 「…そうですね。」

 ヒロは頭領の提示に考えているようだった。

 「早く決めた方がいいぞ。」

 すると、突然、頭領の声音が変わった。

 「でなきゃ、この潜水艦は一方的な銃撃多重奏を奏でることになるぞ。」

 頭領の、低く冷たい声音を合図に一斉に、海賊たちがネモをはじめ、銃を向けた。ススムは悲鳴を上げ、テオドアとハックもこの事態に驚いているようであった。一方、ネモは平静を保ちつつ、頭領に話を持ちかける。

 「たしかにMSは彼のものだ。この艦の船長は俺だ。一旦、2人で話をさせて…。」

 「もうこのガキが出てきた時点で交渉相手は変わっているんだよ、幽霊(ゴースト)。少し、黙ってろや。」

 しかし、ネモの提案を頭領は遮る。そして、ふたたびヒロの方へ向く。

 「…で、どうだ?」

 それはさきほどと違い、高圧的なものであった。

 ヒロは彼らが銃をネモ達に向けたことに体をビクリとさせた。

 まずい…。

 ネモは内心、焦燥感に駆られた。

 おそらく、この状況は船員室にいる他の者たちにも起きているのであろう。

 一言、ヒロが海賊の要求を拒めば、引き金を引きかねない。

 もはや、彼が言える言葉は1つしかない。

 きっと彼の事だ。クリーガーを明け渡すというであろう。

 そう思いつつ、ネモはヒロを見る。

 すると、彼は一旦大きく息を吸い、吐いたあと、顔を上げ、頭領に向いた。

 この状況でも落ち着いている?

 彼の目は、まっすぐのまま、頭領から視線を逸らすことはなかった。

 そして、口を開く。

 「…頭領さんの言い分はわかりました。ところで、そのクリーガーのことで1点、話す隊ことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 静かに物おじせず、相手を刺激することのない落ち着いた声音であった。

 声が通るのだな…。

 部屋が狭いということもあるが、第三者からもよく聞き取れることができる。初めて見る彼の一面かもしれない。

 ネモはこのような状況でもそう捉えることのできる自分を自嘲した。本当は内心いっぱいいっぱいで船長という立場でなかったら逃げ出したいぐらいなのに…。

 すると、今度は頭領が彼の提案に応えた。

 「…まあ、俺たちの手に渡るもんだ。聞いといて損はないだろう。…坊主、言ってみな?」

 ひとまず話を聞く姿勢を持ったことにテオドアやハックは安堵の息をもらしていた。

 「まず、クリーガーも含めてこれらのMSはOSを最適化することによって戦闘に対応しているのです。」

 ヒロは落ち着いた声で話を始めた。

 「そのOSの最適化の際、参考データとしてストライクの水中戦闘データを使わせてもらったのです。クリーガーは今までの航海で1回もなかったのですが、万が一も考えて…。」

 すると手持ちのコンピュータを取り出した。

 「そのデータの中にはこのマラッカ海峡でザフトを迎撃した時のもあるのですが、その時のがこれ(・・)です。」

 ヒロは頭領に見せる。

 「ちょうど、前方にいたザフト軍が海賊の襲撃を受ける直前あたりですね。その際に、ストライクはどこからかの通信の波形を拾ったのですよ。そのことをそのパイロットに聞いても知らないと言っていたので、特に気にしなかったのですが…。」

 そして、頭領にコンピュータを見せながら、次の操作をする。

 「こちらはケートゥス号がこの港町に来る前に赤道連合の海軍とやりとりした際の通信波形です。」

 ヒロはさらに続けた。

 「この波形とマラッカ海峡の波形が…ほらっ、同じなのですよ。」

 コンピュータを操作し、2つの波形を重ねると見事に合致した。

 「坊主…何が言いたいんだ?」

 するとそれまで黙って聞いていた頭領が口を開いた。

 「つまり、赤道連合(・・・・)の合図で、俺たちが襲撃したみたいなぁ言い方じゃないか?すべて状況証拠じゃないか?」

 頭領の言い分はもっともであった。しかし、ヒロは窮することなく、返した。

 「もちろん、もしも(・・・)の話です…。しかし、このデータを地球軍が見ればどう思うか?ここを通る地球軍関連に卸している船もやられていると聞いています。しかも相手は国家です。個人がする以上に調べることもできます。」

 「そうか…。だがなぁ、坊主…一歩惜しかったなぁ。」

 頭領はニヤリと勝ち誇った笑みを向けながら、ヒロに銃口を向ける。

 「そんなデータ…ここで俺たちが力づくで奪い取って消せばいいだけの話じゃないか。ロックの解除はその道のプロにやらせりゃなんとかなる。しかも、そのストライクっていうMSもつい先日撃墜されたのだろ?そのデータを知る方法はなくなるって言うわけさ。…残念だったな。」

 引き金に指をかけ、今まさに撃つ所までいっていた。

 「僕になにかあったときは、そのバックアップをアラスカで渡しておくようにっ。」

 思いがけない言葉に頭領の動くはぴたりと止まった。

 「…クリーガーとストライクの中にあるデータですべてとは言っていませんよ。その今までの戦闘データを、後学のためにバックアップを別の所にとっておいたのです。もちろん艦長の許可を得て。機密にかかわる以外は。そのバックアップに関して、信頼しているのに保管し、万が一の時には、とさっきのことを伝えているのです。」

 ヒロの口元がほころぶ。

 「今は、僕の無事が知らされていると思うので、開くことはないでしょう。…もちろん、僕が無事だとわかる限り。」

 ヒロはさらに続ける。

 「もちろん、その部分のデータは僕個人が勝手にしたことなので、それを削除して地球軍に渡しても僕の仕事に影響はないです。」

 それを最後に部屋はしんと静まり返った。

 銃をネモ達につきつけている海賊の部下たちは困惑しながら自分の頭領に目を向ける。ネモ達もまた彼がいったい何を言うのか、待っていた。

 しかし、頭領は何も言わず、不気味な沈黙が流れた。

 やがて、口を開く。

 「な~るほど…なるほど…。」

 その言葉を発した後、ふたたび黙るが、ふたたびしゃべり始めた。

 「ったく、お人好し(・・・・)と聞いて、ここに引きずり出すとこまではよかったが…。」

 頭領は苦笑し、ヒロに向けていた銃を下ろした。

 「おまえ…いい悪党(・・)になれるぞ。」

 そして、ネモの方に向き直り、そちらに歩み寄る。

 「赤道連合と俺たちが繋がっているというのは、かなり痛い(・・・・・)。かなり…な。」

 頭領は部下たちをちらりと見て、合図をする。すると、部下たちもまた銃を下ろす。

 「『データを消すこと』と『MSを渡すおよび潜水艦の解放』、それでつり合いがとれる。…どうだ?」

 ネモは静かに口を開く。

 「…こっちはそれで問題ない。」

 「そうか。じゃあ、これで交渉成立だな。」

 その言葉を合図にテオドアとハックは気づまりを吐き出すように大きく息を吐いた。

 「この艦にもう用はない。さっさと引き上げるぞ。」

 すると部下は出て行き、他の海賊たちに頭領の指示を連絡しに行った。

 「倉庫まで案内するから艦の外で待っている。責任者と交渉したやつは絶対についてこい。いいな。」

 そう言い、頭領は他の海賊たちを引きあげさせ、自分も船長室から出て行った。

 海賊のいなくなった船長室で、静寂になった空気を最初に破ったのはネモであった。

 「なぜ、戻って来たっ!?」

 その声に怒気が含み、ネモはヒロを見据える。

 「自ら鉄火場に足を踏み入れるバカがどこにいる!?」

 ヒロはたじろぐが、「それでも…」と反論した。

 「僕の事で巻き込まれたんですよ。それをほうっておいてはいけません。」

 「これは君だけの問題ではないっ!」

 ネモは一喝する。

 「巻き込まれた、だと?俺たちは端からそう思ってはいない。MSはお前のモノでもあるが、俺たちの仕事の荷でもあるんだっ。」

 両者に険呑な空気が流れ始める。

 そこへテオドアが割って入る。

 「海賊が艦の外で待っているのだろ?連中の気が変わらないうちに行った方がいい。」

 テオドアがネモの肩をおき、告げる。

 ネモはしばらく黙った後、入口へと身を翻す。

 「…行くぞ。ススムとハックも来い。」

 「俺もっスか?」

 MSに関する知識があるススムもついていくのは当然だが、なぜ自分もいくのかハックは戸惑った。

 「…おまえにも責任はあるだろ?」

 反論は許さないとばかりの低い声にハックは何も言えなかった。

 ネモが先に部屋を出て、ススムとハックがその後をついていった。

 船長室にはヒロとテオドアだけが残された。

 「僕のしたこと…間違っていたんでしょうか。」

 ヒロはつぶやく。テオドアは息を吐き、ポンと肩に手を置いた。

 「…本当に危ない橋だったんだ。」

 テオドアは続ける。

 「あの海賊たちはなにか目的あって行動しているんだが、その行為に予測がつかないんだ。下手をしたら、死人が出たかもしれないんだ。…さっきのように。」

 「でも…。」

 そこで、ヒロは口ごもる。

 「切り抜けられたことは感謝しているさ。…もちろん、船長も。けどな…これが今回うまくはまったからよかったけど、次は違うかもしれない。さっきも言ったように予測のできない連中だからな?」

 たしかに、全員に銃を向けたときは本当にこのままうまくいけるかわからず怖かった。もしかしたら、本当に誰か撃たれたかもしれない。

 テオドアが深く息をつく。

 「まあ…アイツは『船長』という『責任』を負っているんだ。背負うのを止めた身ながらな…。」

 「え?」

 テオドアのぼそりと言った言葉を聞きとれなかったヒロはもう1度聞こうとしたが、「1人ごとだ、気にするな」と返されてしまった。そして、ヒロの背中をポンポンと叩く。

 「ほらっ、君も行くのだろ?艦の外にトレーラーを待たせちゃ悪い。行った、行った!」

 彼に促されたヒロは船長室を後にし、急いでケートゥス号を降り、そこで待っていたトレーラーに乗った。そして、海賊たちとともにMSの受け取り場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 海賊たちに案内されたのは、街から少し離れたところにある漁村であった。そこへ入っていき、しばらく車を走らすと、村の奥の海岸沿いに廃墟となった小さな倉庫がポツンと佇んでいた。

 先導していた海賊の車がそこで止まり、中から頭領が降りてきて、こちらに促す。

 ネモ達も車から降り、彼らに案内され倉庫に入っていく。

 すると、倉庫の中の自分たちの視界一杯にして、グレーとオレンジ色のMSが横たわっていた。

 「GAT-01D ロングダガ―って言うやつさ。」

 頭領が説明する。

 「すごい…。」

 ススムは驚いた表情で前に進み、じっくりと精査するようにMSを見上げ、左右に歩いた。

 「こんなにも形を残した廃棄MSなんて見たことないよっ。」

 ススムは目を丸くし、驚きを口にした。

 ところどころ砲撃を受けた後や、機銃のかすり傷は目にするが、機体はほとんど原型のままといっていいものであった。

 「そりゃ、かたち残っている方が価値は上がるだろ?」

 「…これを受け取るのはありがたいが、お前たちは他のところで取引するから手に入れたのだろ。」

 「ああ~それね…。」

 ネモの問いに、頭領はそのMSの奥を案内する。

 「安心しろ、もう1機ある。」

 ロングダガーの隣に、もう1機…同じくロングダガーは横たわっていた。

 「あいもかわらず、抜け目ないな…。」

 ネモは苦笑した。

 「よかった…。ちょっと心配だったんですよね。僕たちが割って入って、海賊さんも取引相手の人も困るんじゃないかと…。」

 「この海賊のこともそうだが、おまえのそのお人好しもそこまで行くとすがすがしいよ。」

 ハックはヒロの心配にあきれながら返した。

 「そうそう。それにな…坊主。」

 頭目はハックの言葉に頷きながら、ヒロの近くまでやってきた。

 「俺たちは海賊。気分次第で船を襲い、金品や物資を奪い取るし、場合によっちゃあ人を殺す。そんなのは無用な心配さ。それにな…今回はコレで済んだが、次また坊主を襲うかもしれねぇ。それなのに親しみ込めて海賊さん(・・・・)なんて呼ばれちゃこっちの威厳がないのさ。」

 ヒロを脅すように言う頭目であったが、突然倉庫の入り口から中に響き渡るぐらい大声で海賊を呼ぶ声がした。

 「ちょいと、あんたたちっ!今朝獲った魚、ここに置いておくからしっかり食べるんだよっ!」

 見たところ、この漁村に住む老婆であった。

 「あんたら、ちょうと目を離すと、食べるもん偏るんだから…いいねっ!」

 彼女は海賊に物怖じせず大声を上げた。一方の海賊は怒るどころかタジタジであった。

 「わかったわかったっ、ばあさんっ!しっかり食べるって他の連中にも伝えておくよ!」

 態度が180度一変した様子に他は目を丸くした。

 そして、ネモとハックは思わず吹き出し笑った。

 「あっ、こらっ!だから…!」

 頭目は慌てふためく。

 「ええいっ!こうなったら約束破棄して、今からお前たちの船を襲うぞ!」

 と宣言したもの、ふたたび外からの呼びかけに遮られる。

 「おーい!手ぇ空いてるかー!」

 今度は引き締まった肉つきで肌は日に焼けている地元の漁師らしい初老の男性であった。

 「これから船の修理、ちょいとするからなー!手伝ってくれー!」 

 「わかったわかったっ!人手集めるから待っていてくれー!」

 もはやこれでは海賊の威厳もへったくれもない。

 「たー!だから、あんまし連れて来たくなかったんだよ…。」

 頭目はがっくしとうなだれた。

 「なに、誰かに言うつもりもないし、笑いの種にするつもりはないさ。」

 ネモは笑いながら言う。

 「ただ、ちょっと意外だったな、と思ったぐらいさ。」

 頭目は頭をかきあげた。

 「なに、この村の人達にでっかい恩があるだけさ…。」

 「恩…?」

 「まあ…いろいろと、な。頭が上がらないんだ。」

 ヒロの疑問に頭目が答える。が、しゃべりすぎたと思ったのか、途端に背を向く。

 「とにかく、ここの用事はもう終わったんだ。さっさと積んで持っていけ。」

 頭目に半ば追い出されるような形で急かさ、MSをトレーラーに積み込んだ。

 「ああ…言い忘れていた。」

 これからトレーラーを発進させようとした時、頭目はネモが乗っている助手席まで近づく。

 「この村のこと…絶対に外に言うなよ。…ここにいろいろと面倒事を持ちこみたくない。」

 それに対し、ネモは頷いた。

 「もちろん、こちらもそのつもりだ。見たところ…こんないい村はなかなかない。」

 「おまえさんならそう言うと思って、案内したんだ。」

 頭目に笑みがこぼれた。

 「さあさあっ、俺の気が変わらないうちにさっさと帰れや。」

 すると、急に背を向け、手を払った。

 「…そうさせてもらう。」

 ネモも運転席のハックを促し、トレーラーを発進させた。

 後部席にいたヒロは振り向いた。

 見送る気はないということか、頭目は背を向けたままであるが、本当にその気であれば、とうにその場からいないはずだ。これが彼なりの見送りであり、照れ隠しであろう。

 ハックのように、彼らの事を聞けば、艦を占拠された1件のように、あまりよく思わないだろうが、それでも憎めないのは、そういう一面を見たからだろうか。

 「おうっ、もう帰りか?」

 トレーラーが村から街に出る幹線道路に入ったあたりで、そこで、網の修復作業をしている男の人に声をかけられた。

 「アイツらに会いに行ったんじゃなかったのか?」

 海賊たちが外から人を連れてくるのは珍しいことなのか、小さな村ゆえすぐに話は広まるようだ。

 「いえ…。いろいろあって来ただけで、会いに来たというわけではないです。」

 トレーラーは一旦停止し、ネモは身を乗り出し、男性にこたえる。

 「はるばるプラントから会いに来たのかと思ったよ。」

 「プラント?」

 ヒロは驚き、呟いた。

 

 

 

 

 

 

 「ったく、調子狂っちまったぜ。」

 一方、ネモ達が去った後、海賊の頭領は入り口に置かれた魚介類を持って、自分たちの住居へと入っていった。

 「ホントにあのガキ…お人好しな顔をしていて、全然傭兵に見えないし、あんなに口達者とは思ってもいなかったぜ。ありゃぁ、半分詐欺だって…。」

 部下の1人が小言を口にしているのを頭目は聞き耳を立てながら、まったくその通りだと苦笑した。

 クリーガーのパイロットはお人好し、と聞いていたので、自分の事で他人に迷惑がかかると思えば出てくるだろうし、脅せば折れると思っていた。

 そのために潜水艦を占拠するという行動に出たが、結果は散々であった。

 いったいどういう経緯で傭兵になったのか。

 そこまで考えつつ、それは人のことを言えないと、自嘲した。

 自分たちがこんなところで海賊をやるなんて、ザフトに志願して入隊した時はこれっぽっちも思ってもいなかった。

 そう、あの時(・・・)まで…。

 ビクトリアの降下作戦に失敗し、唯一の退却手段である宇宙(そら)へ上がるシャトルにも乗れず、目の前には地球軍という状況の中、自分たちに残されたのは、全滅という道か、大洋州連合への命がけの逃亡であった。

 だが、大洋州連合までの道のりは過酷なもであり、1人また1人と多くの仲間が道の途中で斃れていった。さらに間の悪いことに、Nジャマーが地上に投下されたことによって、それまで使えていた電子機器や製品が使用不能になり、絶望的な状況へとなった。

 もうこれまでと思ったとき、助けてくれたのが、偶然漂着したこの漁村であった。彼らの介抱のおかげで体力も取り戻し、体調も回復したが、ここに着くまで持っていた思い…『プラントに帰る』という気にはなれなかった。

 『自分たちの住む場所、プラントに核ミサイルを撃ったナチュラルは敵だ』と指導者の言われるまま戦い、むしろそれが正しいことと思っていたが、飢えと極度の疲労の前にして、そして自分たちを助けてくれるナチュラルを前にして、そんな人から与えられた信念はもろく崩れ去った。むしろ、自分たちをこんな状況に置いといて、助けも来ず、Nジャマーを投下して、自分たちを殺そうとしたのはどっちか。

 「不信」…その一言であった。

 なにをするわけでもなく、たまに村人の手伝いをしながら過ごしていたが、転機になったのは村人の1人で、自分たちと積極的に交流をもった老人がポツリとこぼした言葉であった。

 海運業の仕事に従事している息子が今度、仕事で東アジアに行くが、無事に帰って来れるかという心配事であった。ザフトの通商破壊の対象となっていたのであろう。

 自分たちはいつかこの国の政府に捕まって理事国に引き渡されるか、プラントからも逃亡罪で殺されるかもしれない。先は短い。おそらく、とくに何もする気がなかったのは、そういう思いがあったのだろう。しかし、その時、どうせ短いのであれば、自分たちを助けてくれたこの人たちのために使おうと決意した。

 そしてわずかに動くジンで、ザフトに銃を向け、村人の息子が乗っている船を守った。

 もちろんすぐさま赤道連合の海軍がやってきたが、覚悟はできていた。

 ところが、彼らから罪人として裁かない代わりとして赤道連合の暗黙の了解で地球軍・ザフト問わず海賊行為をすることを提示された。中立国で、赤道連合になんの利益もない戦争によって、通商破壊や、カーペンタリア基地への攻撃準備のために住民を挑発するのはたまったものではないらしい。しかし、オーブと違い、軍事力も工業力もないこの国が表立って歯向かうことはできない。

 ゆえに、自分たちはちょうどよかったのであろう。

 自分たちも行く当てもなく、世話になった漁村のために働けるならと了承し、今に至っている。

 ホント、人生なんて何が起こるかわかったものではない。

 

 

 

 

 

 「そりゃあ、初めは驚いたさ。こんなど田舎にいきなりあんな巨大なモンが数機うじゃうじゃと海面から上がって、陸に降りてきたときはさ…。」

 男性は、いまは懐かしい話とばかりに海賊たちが村に流れ着いたときの事を話していた。

 「しっかし…いくら中立の国だからといって、よくザフトの人間を受け入れたっスねぇ。」

 運転席のハックはなかば呆れたような口調で言う。対して、男性は笑いながら話す。

 「地球とプラントが戦争しているからといって、誰もが銃をとっているわけじゃないさ。おまえさんたちだってそうだろ?」

 「はぁ…まあ…。」

 そう言われ、ハックは言い返せなかった。

 「魚を獲って、それを街で売って…いっぱい獲れて多く売れたら、喜び酒を飲み…あんまし獲れず売れなかったら、残念と酒を飲み…。」

 男性は続ける。

 「困っているやつがいるならその手助けをする。それがこの村人でも、流れ者でも、ナチュラルでもコーディネイターでも…。それが、ここに住んで父親たちの世代、祖父の世代、その前から続いている生活を俺たちはしたいからしているのさ。」

 そう笑いながら言った男性に見送られながら、ふたたび発進させたトレーラーはどんどんと村から離れていく。

 男性の話したことにヒロはあることを思い出した。

 それはかつてセシルが言った言葉…毎日を過ごすこと。

 いまではああいう風に笑って話してくれていたが、戦争になっていろいろと被ることもあっただろうし、自分が想像もできないぐらいの苦労や大変さもあっただろう。

 それでも、口にした言葉。

 では、自分はどうなのだろうか。

 これまでのことを改めて考えさせられたのであった。

 

 

 

 

 トレーラーが波止場に着くころ、ケートゥス号の近くに別のトラックが停められていた。どうやら、自分たちが出ている間にサミュエルの店の品が運ばれてきたようであった。

 ネモの代理をしていたテオドアとサミュエルが迎える。

 「どうやら…うまくいったようだな。」

 「…おかげさまで。」

 サミュエルがトレーラーから降りてきたネモに告げる。

 「しかし、じいさんも人が悪い。わざと遠くから見ていたなんて…。」

 テオドアは溜息をつく。

 MSの話で、海賊たちのところにあると話したのはサミュエルだ。ならば、艦を占拠されることなどそれ以後の出来事はすでにサミュエルは周知であったのだ。

 「まあ、おまえさんたちには少々驚かせてしまったが、あれ以上わしが動けば、わしの信用(・・)が失われてしまう。」

 「わざわざ俺たちに海賊が来ると暗に伝えてくれたんだ。爺さんの言うように信用を失うだろ?」

 「まあ、そりゃ…。」

 すると、サミュエルは積み荷の運搬作業の手伝いをしているヒロに視線を移した。

 「まあ、それでもおまえさんたちに手を貸したのは、白い狼のやんちゃ坊主に少々、縁があってな…まあ、昔話さ。」

 サミュエルはその当時の事を懐かしく思った。

 よく白い狼(ユル・アティラス)がオーブでの仕事の度に来ていたことを。あの国で買うのはある人(・・・)に悪いから、と。

 しかし、彼ももう十数年、会ってすらいないし、姿すら見ていない。

 もう本当に昔の話のことだ。

 現在の彼の異名からとった白い狼(ヴァイスウルフ)にもそこまで縁もないはずだ。

 なのに、ふと懐かしくなり、ついつい手を貸してしまった。

 サミュエルはふたたびヒロの方に目を向けた。

 こうやって見ると、あの子が()とどことなく似ている気がした気がしてしまう。…不思議なものだ。あの子とユル・アティラスは性格も雰囲気もまったく違うのに…。

 

 

 

 

 

 

 サミュエルから届けられた荷物の搬入を無事に終え、この街でのするべきことを終えたケートゥス号は早々と港を後にした。

 上甲板部でヒロはどんどんと離れていく港街を見つめながら、この街での出来事を思い出していた。

 活気賑わい生活する人々、あってはならない存在だと否定し排除の声を上げる人々、辛い経験をして裏稼業でもその場所で生きる人々、困っている人間をどんな人でも受け入れずと続く日常を送る人々…。

 誰も彼もが違う考え方を持っていて、正解は1つではない考え方。

 東西交易の中継貿易地として栄えた港町…それぞれ違った文化、違った風土を持っていた人々が行き交ったからだろうか。アークエンジェルにいて、この海峡を通った時には知ることのできなかったことだ。

 そして、今度は海を見つめる。

 海峡を航行しているため、左右両岸に陸地が見えるが、それを抜ければどこまで広く、水平線のさらに向こうまで続く広大な水の連なり。

 その彼方にはいったいどんな世界があるのだろうか。

 この港町と同じようなところか。それとも、タッシルやバナディーヤみたいなところか。

 ヒロはしばらく海に見入られながら、まだ見ない世界に物思いにふけった。

 

 

 

 

 

 

 

 





あとがき


 前回のあとがきで書きそびれたけど、11月に「ASTRAY」の新刊が出ましたね。
 この後したい話があるので、一言述べて終了します…『ミナ様の寝室、本邦初公開!?』
 すみません…思わずそこに目がいってしまい…。




 今回のタイトル…どうしようかと悩んだ結果、上記のようになりました。
 「Cross Culture」とは「異文化」とか「相互文化」という意味です。
 今話のメインの舞台が東西交通の要衝となり、さまざまな文化が混じりあった都市。海賊、運び屋、裏商人、地元の住人、それぞれの考え方および戦争との向き合い方…それはヒロが外の世界に出て、傭兵という仕事そしてアークエンジェルの中とは違うものを経験します。
 異文化という意味で使いたいのであれば「Different Culture」というのが、適訳でしょうが、「Different」つまり「違い」だと、例えば2本の線がそのまま互いにもう1つの線があると知らないまま伸びていくようなイメージに対し、「Cross」つまり「交わり」や「交差」だと、ぶつかりもあるかもしれないけど、それによって自分が通っている線以外もあるのだと認識できるというイメージが自分の中にあり、そちらを使わせていただきました。





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PHASE-46 忘れられた戦場


前話で1ヶ月に2話掲載をたった1ヶ月で挫折してはいけないとパソコンに打ち出していますが…なんかあとがきのネタを思いついている暇がなくなった(泣)
しかも、前回のまえがきなのに誤字があったし…(汗)



 

 

 港町を出航したケートゥス号は、一旦、マラッカ海峡の出口にある大都市に寄港し、手に入れた連合製のMSをドゥアンムー商会の支部に届け、そこからヘファイストス社へと送るように手配した。そして終えた後、南シナ海を北へと目指していた。

 「これらの荷物を届けに行くのですね?」

 「そうさ。ただ、私は行けないからね。行くのは、船長と君。だから、こうして説明しているのだよ。」

 ヒロは船医から港町でサミュエルを通じて受け取った品、今回の荷物についての説明を受けていた。箱の中には医薬品、ガーゼや包帯などの医療消耗品が詰められていた。

 「…これらも裏ルートから手に入れたものなのですか?」

 一見、普通の品々であったので、思わずヒロは質問を口にした。

 「はははっ。これらはすべて寄付や募金からのもので、ちゃんとしたものさ。ただ、場所が場所だから、我々のような運び屋が持っていくのさ。」

 「そんなに…危険なところなのですか?」

 「そうだよ。だから、これ…。」

そう言われ手渡されたのは、フラックジャケットと戦闘用ヘルメットであった。

 それらを見たヒロは、目をしばたたかせた。

 「あれ?船長、なにも言っていないのか…。そうか…。」

 ヒロの反応を見た船医は、少々困ったような顔をした。彼が今回行く場所を知っているものだと思っていたためである。自分の口からそれを言っていいのか、答えあぐねたがやがて話し始めた。

 「…まあ、こちらから言っても問題ないだろう。今回行く場所は東アジア共和国、その地方都市で経済都市、カオシュン(・・・・・)さ。」

 「カオシュンって…。」

 ヒロはどこか漠然としか不安を心奥底より感じた。

 

 

 

 

 

 沖合に艦を固定し、ヒロとネモは小型船に乗り移り、静かにケートゥス号を出発した。

 船の中では2人は終始無言であった。

 先日の1件のこともあるが、これから行く場所がさらに無口にさせていった。

 遠くからでも見える。

 大きなビル群。その間より大きなレールが弧を描いて、天を目指すように高く伸びていた。

 しかし、次第に近づくにつれ、高層ビルのところどころでは崩壊し、一部が欠け、それより上部の階層がないものが点在し、マスドライバーも大きく崩壊していた。

 カオシュン。

 C.E.71年1月。

 これまで膠着状態が続いていた地球軍とZAFTであったが、太平洋・北回帰線を戦線に活発化していった。目的はこのカオシュンにある宇宙港、つまりマスドライバーをめぐる戦いであった。およそ1週間を要した戦闘によってカオシュン宇宙港は陥落した。

 それはヘリオポリスが攻撃を受けたわずか2日前のことであった。

 街の中心街であるビル群からすこし離れたところで、船を接岸し、そこで、待っていた地元の案内人と医療ボランティアのスタッフと合流した。

 ネモとその案内人スタッフが一通りの挨拶をした後、船に乗せていた荷物を停めていた車へと移動させた。

 すると、突然大きな轟音と震動が響いた。

 ハッと驚きその方向を振り向くと、宇宙港のあるビル群から大きな煙が上がるのが見えた。

 いったい何が起こったのか?

 ヒロがその方向を視線を注いでいる中、案内人がネモに話しかけた。

 「ここからは遠いけど、砲弾が間違って飛んでくるかもしれない。遠回りで慎重に行かせてもらう。」

 「ああ…。そうしてくれ。」

 砲弾だってっ!

 案内人の言葉を聞いたヒロが驚いているのもつかの間、ふたたび轟音が聞こえた。

 カオシュンが陥落したのは3ヶ月前のことだ。しかし、今の爆発は明らかにMSの砲撃であった。

 戦闘は終わったのではなかったのか!?

 荷物を車に積み終え、車に乗ってその場を後にしながらも、ヒロは困惑しながらそれを見送った。

 

 

 

 

 中心街から少し離れた街の中に入ると、宇宙港付近から尾砲撃の音は鳴りやんでいた。

 あれは…何なんだろうか?

 ヒロが考えていると、赤い十字マークを上に高々とつけた病院の建物が見えてきた。

 「裏手に回ってくれ。」

 スタッフが運転する地元の案内人に指示を出し、案内人も角で車を曲げる。

 その車内からヒロは覗くと、その光景に息を呑んだ。

 病院の入り口には溢れんばかりの人で埋め尽くされていて、病院のスタッフだろうか、数人が対応していた。

 病院の裏手につくと、1人の事務スタッフが待っていた。

 そこで車を停めて、ネモとヒロは同乗していたスタッフに促され降りる。

 「これらはこちらで運ぶのですが、リストとか作ってあります?」

 「これだ。」

 ネモはあらかじめ作成していたのか、運んできた物品のリストの紙を渡した。

 「2人は、裏口から案内します。ついてきてください。」

 一緒にやってきたスタッフと案内人を残し、ネモとヒロは裏口から病院へと入っていった。

 病院のなかでは、廊下の両端をストレッチャーと色別のタグを付けている負傷者で埋め尽くされ、患者のうめき声や悲鳴、医者の叫び声や怒号が飛び交っていた。

 ヒロはその光景に呆然と立ち尽くした。

 そうしている間もスタッフは平然とかき分け進み、ネモもその後をついていく。

 自分も行かなければいけない。

 ヒロは恐る恐る歩き始めた。

 廊下を慌ただしく駆ける医者やスタッフを避けながら、視線が自然と病院に運ばれてきた負傷者へといってしまう。

 目を覆いたくなるようなひどい傷を負い、悲鳴を上げる重傷者。応急処置のために、看護師が必死に暴れる負傷者をおさえ、医者が必死に対応する。

 またあるところではストレッチャーの横たわっている人の上にカバーがかけられていて、看護師も医者もいない。ただ横で人が泣き喚いていた。

 血と消毒液の臭いとそれらの光景が自分の中でぐちゃぐちゃに混じりあうような感覚になり、寒気を覚える。

 「どうした?」

 ネモは振り返ると、顔を青ざめ立ち尽くしているヒロに声をかける。

 「あっ…。」

 大丈夫だという言葉を口に出す前に、胃の中のモノを吐き出したい衝動が襲い、言葉にできなかった。

 「おいっ、ヒロっ!?」

 ネモが肩をつかまれ、顔を見るが、当のヒロには彼の顔が歪んで見えた。彼だけではないすべての景色がぐにゃりと曲がっているようであった。

 なおもネモがこちらに声をかけているが、聞こえてこない。

 くらりくらりとヒロはそのまま視界が真っ暗になった。

 

 

 

 

 

 

 「まあ、迷走神経反射ね…。まあ要するにさっきの光景見て、すこしショックを受けちゃったっていうことよ。」

 「はぁ…。」

 ヒロはベッドに足を高くした状態で横になりながら女医の説明を聞いていた。

「初めて来た人にとっては、刺激が強いから、そうなる人もいるわ。…しばらくそのままの姿勢でいれば治るわ。もし、それでもよくならなかったら言ってね。」

 「はい。ええっと…。」

 「リンシン・チャンよ。」

 「わかりました、チャン先生。」

 するとリンシンはネモの方に向いた。

 「少し待っていてね、ハリソン先生ももうすぐ来るから。」

 「済まない。この場合にはどっち宛てにすればいいか今度検討するよ。」

 「いやー、遅くなってすまないねぇ、ネモ君。」

 突然、大きな声で、男の医者が入って来た。

 その声にまだ気分の優れないヒロの頭を突き抜け、グラングランとした。

 「…ハリソン先生。」

 リンシンはヒロに目配せし、窘めた。 

 「んー?あー、すまなかったね~。まったく…ネモ君も少しは配慮して、連れてくるんだね。そうそう、自己紹介が遅れたね。私はジェフ・ハリソン。ここに来ている医療ボランティアチームのリーダーを努めさせている。まあ、肩書なんてどうでもいいんだがな。なにせ、仕事と責任が増えるだけだしな。ところで、彼は新しい水夫なのか?」

 こちらが答える間もなく、次々としゃべり続けるその医者にネモはすでに慣れた様子で話す。

 「いや。彼は客だ。ただ、目的地に着くまで距離もあるし、何かしたいとのことで彼からの申し出で潜水艦の手伝いをしてもらっている。今回もそれの延長線上だ。」

 「ほ~、そうだったのか。」

 ジェフは感心のまなざしをヒロに向ける。対しヒロは、気分悪く倒れてしまい、逆に世話になってしまったことに申し訳ない気持ちになった。

 「すみません、倒れてしまって…。」

 「なにっ、気にすることはない。さっきも言ったようにあんなのを見て気分良くなる人間なんていないさ。見続ければ慣れると言われるが…あまり慣れたくもないものさ。」

 ジェフは気にするそぶりも見せていなかった。

 「…で、本題に入ろうか。」

 それを受け、ネモは話を切り出した。

 「さっきスタッフにも手伝ってもらったが、医薬品、栄養治療食、飲料水…その他医療消耗品を持ってきた。」

 「ああ。ここに来る前に倉庫に入れるところを確認したよ。」

 ジェフは頷いた。

 「いまだ戦場(・・)でなにもないこの場所にこれだけのものを届けてくれたんだ。ほんと、感謝しきれないよ。」

 戦場…戦場っ!?

 「ここではまだ戦闘が続いているんですか!?」

 その言葉を聞いたヒロは飛び起き、尋ねた。

 あまりの勢いであったのか、リンシンとジェフは目を丸くしてこちらを見た。

 「あっ…すみません。僕、何も知らなくて…。その…カオシュンは3ヶ月前に陥落したと聞いたから、てっきり戦闘は終わっているものだと思っていて…。」。

 「謝ることではないよ。確かに、君の言う通り…マスドライバーは破壊され、カオシュン宇宙港は陥ちた。」

 穏やかなに応えたジェフは窓の外へと視線を向け、嘆息する。

 「しかし、残念だがそれで戦闘が終わったわけではないんだ。地球軍はその後、すぐに東アジア共和国を中心として、カオシュンの奪還作戦が開始された。いくらマスドライバーが破壊されたとはいえ、敵の手のままにあるわけにはいかないとね…。ザフトもまた、いくら破壊されたとはいえ、それを放置したままではいつ再建されるかわからない。だからその防衛のために応戦をしている。…まあ、3ヶ月前ほど大規模ではないこともあるし、はやりこれを見ていない人にとってはもはや過去(・・)()出来事(・・・)と思っているために、あまりニュースにならないから、知らないのも無理はない。」

 「そう、だったのですか…。」

 ジェフの話を聞いたヒロは顔を曇らせた。

 ザフトの作戦目標であるマスドライバーの制圧、それを防衛する地球軍。一方がそれを達成できからといって、そこで戦闘が終わりのように見えても、もう一方はそれでただ黙っているわけではない。

 それは誰かを撃ってからと撃たれ、誰かに撃たれたからと撃って…。その連鎖が、1つの戦いが、また新たな戦いを呼び起こしているようであった。

 そういうことは見ている(・・・・)のだから想像できたはずなのに…。知らなかったでは済まされない思いであった。

 「…と、両軍に言い分はあるし、それが戦う理由なのだろうが…彼らはここがどういうところ(・・・・・・・)であったのか、すっかり忘れておる。」

 ジェフの、溜息とともに出た言葉にヒロはいったいどういった意味なのか不思議に思った。

 「カオシュンのマスドライバーはパナマやビクトリアのように軍事基地内にあるのだが、民間人の住む街から非常に近い位置にあるのだよ。」

 ジェフがヒロの疑問に答えるように話し続ける。

 「地球軍の、プトレマイオス基地への補給路っていう点ばかりに目がいっているけど、もともとマスドライバーが建造されたのは宇宙ビジネスのため。東アジアは資源衛星も持っていたから経済的側面が大きかったのさ。いくら軍事基地を目標といっても、人の10倍以上あるMSの、10倍以上の砲弾が、しかも降下してくるMSが撃てば、それが街へと飛んでいかないわけがない。応戦する側も然り…さ。」

 「カオシュンは昔からずっと経済で発展した賑やかな街だったのよ。」

すると、今度はリンシンが話し始めた。彼女はこのカオシュンに住み、この街にある病院で働いていた医者であったのだ。

 「宇宙ビジネス関連の企業の入った高層ビルが立ち並び、その周辺には飲食街が栄えていて、夜でも夜景がきれいだったのよ。」

 懐かしむようなリンシンの言葉からヒロは在りし日のカオシュンの街の様子が想像できた。きっと、この間立ち寄った海峡の港街に負けないぐらいの賑やかな街であったのであろうと…。

 「でも、マスドライバーがあって…ここが戦場になってすべて一変してしまった。」

 リンシンは俯く。

 「ハリソン先生の言う通り、いくらマスドライバーを目標としても、人の住んでいる街に砲弾が飛び交う。人が家族とゆっくり過ごす上を、会話が弾む食事中に、日々の労働の中を…。すべてが破壊されていく中で、職も失い、安全な生活はなく…私が元々働いていた病院も、近くに砲弾が落ちてきて、やっていけなくて閉鎖してしまったわ。そんな中を誰だって望んで暮らしたいとは思わないわ。この街から避難した人たちもいるわ。」

 「チャン先生は…ここに残って怖くないですか?」

 「もちろん、怖いわ。」

 ヒロの問いにリンシンは静かに答えた。

 「でも、この街から逃れられた人もいるけど逃げられない人もいる。もしくは、逃げてもその逃げた先でやっていけなくて戻って来る人もいる。そうした中でもここで生きていけない人も爆撃でけがを負うし、病気になる。なのに、そこに病院もなく、医者も看護師もいなかったら困るでしょ?」

 そして、リンシンはジェフの方にちらりと見る。

 「最終的に残っている医者は私ともう1人、スタッフは数える程度…。どうすることもできない状況の中、ハリソン先生たち医療ボランティアが来てくださったおかげでこうしてやっていけているの。」

 「チャン先生には、別の場所での活動に参加してもらっているからね。まあ、困っているときはお互い様だ。互いが受けた恩は互いが困っているときに返す…ということさ。」

 「すごい…です。」

 ヒロは思ったままを呟いた。

 「私たちはただ…自分にできることをしているだけだよ。」

 ジェフが微笑んだ。

 「たしかに、これは危険の隣り合わせだ。この病院もいつか爆撃されてしまうかもしれない。そういう可能性もあるのだ。」

 「爆撃って…ここは病院なのにですか!?」

 「ああ、そうだ。」

 ヒロの驚きにジェフは低い声で答える。

 「いつの時代も、どんな場所でも、どのような軍であろうとも、病院が攻撃にさらされることがある。」

 ジェフは深く息をついた。

 「その攻撃を、それを行った軍や政府は『過失』だとか『誤爆』としているが、『戦闘地域に民間人はもういない』とか『敵に支配された地域には敵しかいない』、『そんな地域で機能している施設は戦闘拠点しかない』といった意識があり、民間人がいることも、そこに医療従事者がいるという事象を判断から排除して行っているものもある。」

 ジェフはヒロをまっすぐ見据える。

 その目には、なぜ命を救う場所に爆弾が降り注ぐのか、そういった行為を認めてはいけない、現状を知ってほしいと訴えているようであった。

 「それでも私がここにいるのは…爆撃の巻き添えになったり、感染症にかかったり…衛生環境の悪化による体調不良だったり…それらで失う命に目をつぶって通り過ぎることはできなかっただけなのだ。それに対し、できることが医療活動をすることだった。ただ、それだけのことさ。」

 するとコンコンとドアをノックする音が聞こえ、ドアが開いた。

 「ハリソン先生…。」

 開いた隙間から小柄の初老の女性看護師が顔を覗かせた。

 「ネモ船長からくださったお菓子があるでのすが…。」

 「おおっ、そうか。ネモ君、ありがとう。」

 「どういたしまして。それより早く言った方がいいのでは?きっと腹を空かせて今か今かと待っている連中がいるから呼びに来たのだろう?」

 「そうだろうね。リンダ、開けて休憩室に置いておいてくれ。早い者勝ちだが、ちゃんと最低1人1個は食べられるように。でないと、食べ物の恨みは恐ろしいからな。」

 「もちろん、そのように。」

 リンダと呼ばれた小柄の看護師はドアを閉め、急いで廊下を歩いていった。

 「長話になってしまったね。さて、君たちも案内しよう。ここにいる間はゆっくりとくつろぎたまえ。」

 「僕もいただいていいのですか?」

 「もちろん。美味しいものはみんなでわけるとなお美味しい、と言うであろう?チャン先生、案内してあげてくれ。」

 「ええ。」

 ヒロはリンシンに案内され、部屋を出ていった。

 「いや~、あの子はなかなかいい子だ。知らないことを知らないと受け止め、人の話を聞き、彼なりに理解しようと努める。つい、私も話が長くなってしまったよ。」

 「あなたの長い話はいつものような気がしますよ。それに、たしかに彼はしっかりした面もありますが、たまに自分から鉄火場に足を踏み込んでいくときもありますよ。」

 「それは君だって…初めて会った頃はそうだったじゃないか?」

 「そうでしたっけ?」

 「そうさ。さあ、早くしないとハイエナ共に君が持ってきてくれた菓子を食べられてしまう。行こうではないか。」

 そう言い、ハリソンはネモを促す。しかし、ネモは立ったまま、なにか思いつめた表情し、やがて意を決したように口を開いた。

 「ハリソン先生、どうしてもあなたに伝えなければいけません。」

 「一体何かな?」

 「…できれば、ユリアナにも聞いてもらいたいのです。」

 ジェフはいったい何のことかと訝しむが、ネモのどこか暗い表情に不穏なものを感じた。

 

 

 

 

 

 「ハリソン先生、遅いですね。もう食べ終わっちゃいますよ。」

 口にお菓子を含みながら、事務スタッフのベンジャミンはほとんど空になりかけているお菓子の箱に目を移した。

 「と言いつつ、食べ過ぎですよ。」

 それに対し、別のスタッフが文句を言う。

 「だってコレ、どう見ても1人一個以上あるじゃないか?」

 「確かにハリソン先生は早い者勝ちって言っていたけど、同時に1人1個を確実に食べれるように言っていたのだから…モノには限度っていうものがあるのよ。ユリアナだってあまり食べてないんだから…彼女、怒るわよ~。」

 「ええ~!?もうお腹の中ですよ~。」

 リンダの言葉にベンジャミンは自分の腹を見た。

 「そのでっかいぽっこり腹に詰め込み過ぎだ。」

 「ぽっちゃりと言ってください。」

 「でも…いい加減このままだと本当にこの無尽蔵のお腹にすべて収まられてしまいそうだわね。」

 リンダはベンジャミンの膨らんだお腹を見ながら嘆息した。

 「じゃあ、僕、呼びに行きますよ。この後どうするのかネモ船長にも聞かないといけないし…。」

 「じゃあお願い。」

 ヒロはさっそく椅子から立ちあがり、先ほどの部屋へと向かった。ドアの前にノックをしようとした瞬間、看護師のユリアナ・フロリックの声が聞こえてきた。

 「ルキナがっ!?」

 その言葉にヒロは身を強張らせた。

 その間にも部屋からは話し声が聞こえてくる。

 「MIA…マリウスの時にも聞いたが、たしか戦闘中行方不明だったかな?」

 ジェフがネモに確認するように尋ねていた。

 「ああ。ただ行方不明なんて言ってはいるが、死体が見つかってなくて確認はできないけど戦死、ということだ。」

 ネモが苦しげに答える。

 「後で伝え聞いた話だが、艦長が宙域から離脱する際に近くの中立国であるオーブに捜索を要請して、オーブもそれを受けて捜索してくれたんだ。だが…しかし、機体は見つかってもパイロットは、ルキナは見つからなかった。」

 ここから離れるべきか、それともドアを開けるべきか…。

 どちらかを選ぶこともできず、ヒロはただその場から動けなかった。

 「みんなには、ルキナが拘束された時も、軍に入った時も会えなくてもずっと気に掛けてくれたから…言わなければと思っているのだが…。」

 ネモの悲しげに震える声が聞こえてくる。

 「どう伝えればいいのか…。いまさら、俺が、どうやって言っていいのか分からないんだ…。だから、まず、2人に話してから…と。」

 ケートゥス号がヘファイストス社からの請負をしており、アンヴァルの頼みごとも引き受けているということからルキナとネモ船長がどこかで会ったことぐらいはあるのは推測できる。ただ、その声音から知己以上の関係を窺わせていた。

 ヒロはまるで金縛りにあったように一歩も動けなかった。

 「どうしたんだ?」

 すると突然後ろから声をかけられ、ヒロは体をビクリとして背後を振り向く。

 そこには医療ボランティアの1人で医者であるジョルディ・ゴールウェイが立っていた。

 きっとなかなかヒロが戻ってこないのを不審に思い、様子を見に来たのだろう。

 「まだ、ハリソン先生たち呼んでないのか?」

 「あっ…。」

 ヒロはどう答えていいのか戸惑った。

 なんでずっとここにいたのかということを答えにくいこともあったが、中での会話にいきなり入るのは悪い気がした。

 「すっ、すみません。どうやら、まだ話し中らしくて…。」

 ヒロはたじろぎながら答える。それに対し、ジョルディは気にする様子もなかった。

 「そうか…。なんか、顔色悪いが、大丈夫か?」

 「あっ、いえ…。」

 自分の顔を見れるわけがないので、なんとも言えないが、そうまで心配されると言うことはよほどのことか。しかし、その理由を聞かれたくもないし、話したくなかった。

 「あの…そのっ、僕、少し外の空気を吸ってきますね。」

 ヒロは逃げるように駆けだした。

一方、部屋の外でヒロが聞いていたことも、ジョルディとのやり取りがあったことも知らない3人の話は途中であった。

 「そうだったのか…ルキナが…。」

 ジェフはうなだれるネモに声をかける。

 「君の今の姿を見ればわかる…たとえ君が『ネモ』であっても、ルキナのことをどれほど思いやっていたのか。そんな君を誰がなじることができる?」

 「『ネモ』であってもか…。」

 ネモは呟く。

 「なんで『ネモ』となったのか…。それらの原因が自分にすべてあるにもかかわらず、何も彼女にしてやることもできなかったのに…考えれば俺は卑怯な男だ。」

 

 

 

 

 

 扉を開けて、病院の建物の外に出たヒロは大きく息を吸い、そして吐いた。心臓が破裂するのではないかと言うぐらい大きな音を立てている。

 衝動的であった。

 会話を聞いてしまい、自分に沸き起こった感情をどう処理することもできず、そこに居続けることも隠し通すこともできず、ここまで来てしまった。

 息を整えながら、ヒロの頭の中では、置いていった事象が駆け巡る。

 アークエンジェルの事、仕事の事、自分が今までしてきたこと、守れなかったもの…。

 ネモ船長の、あの悲痛な声とともにそれらが自分に押し寄せてくる。

 すると、病院の角の奥からポンと軽い音の後にカンッと缶のようなものが落ちた音が聞こえてきた。

 何があるのだろうかと、ヒロは不思議に思い、近づくと、そこで小さな男の子が遊戯用のエアソフトガンを手に持ち、離れたところに置かれた空き缶を的にして撃っていった。

 放たれたBB弾が缶に当たって、台から落ちたと思えば、次に放ったBB弾は缶から大きくそれ壁にぶつかって跳ね返る。

 すべて撃ち終えたあと、男の子はくやしそうな表情をしながら、的のところまでかけより、落ちているBB弾を拾い、的を戻す。ふたたび所定の位置に戻ろうとしたところで男の子はこちらの存在に気付き、ヒロと目があった。

 「あっ…。」

 男の子の、なにを見ているのだという非難めいた目を向けられ、一瞬躊躇するが、このまま立ち去ることもできず、ヒロは男の子のもとへと歩み寄った。

 「それで…遊んでいたの?」

 「違うよっ。」

 ヒロの質問に対し、男の子は口を尖らせて答えた。

 「銃の使い方の練習をしていたんだよ。」

 その言葉にヒロはギョッとした。男の子は心外そうに話し続ける。

 「あんな奴らが来て、あんなでっかいので街を踏み荒らして、街はメチャクチャになった。軍人も守るとか戦うとか偉そうなこと言っているくせに、俺たちが住んでいるのにガンガン撃って街を破壊していくんだ。父ちゃんもじいちゃんも親戚のおじちゃんも近所のおばちゃんも死んだ。俺が、母ちゃんを守るんだっ。」

 男の子の悲しみと怒りの混じったまなざしにヒロは何も返せなかった。

 すると、ヒロはまだ男の子がじっとこちらを見ているのに気付いた。

 「ねえ、兄ちゃんっ!銃の使い方知っている?」

 「ええっ!?」

 ヒロは戸惑い、なんと答えればいいか悩んでしまったが、男の子はそれ肯定と受け止めたようであった。

 「ねえ、教えてっ。教えてよっ!」

 男の子からエアソフトガンを無理やり持たされた。

 ヒロはそのおもちゃの銃を見ながら、どうするべきか困った。

 子どもに銃の使い方を教えていいのかというのもあるが、それを言うのであれば銃を持つことがいったいどういうことか教えなければいけないのかとか、そもそも自分がそんなこと教えられるほどの偉さもない。

 そうしている間にも、男の子にせっつかされ、的の前に立たされた。

 なし崩し的になってしまったが、まず撃って、それから何か言った方がいい。

 ヒロはおもちゃの銃を構え、缶を狙いすました。

いよいよ引き金に手をかけた瞬間、目の前でジンが撃ちぬかれ、爆発するビジョンが見えた。

 ハッとし、ヒロは前をみるが、何の変哲もない的が立っているだけであった。

 今のはいったい…。

 「早く~。」

 男の子はまだ撃たないヒロを促す声をかける。

 気を取り直しふたたび構えると、今度はシグーディープアームズがこちらに迫って来る。

 やられるっ!?

 ヒロはとっさにトリガーボタンを押し、ビームライフルを放つ。すると、突然シグーディープアームズが消え、ビームはすり抜けていき、切り替わるように現れたビル群の一角を貫く。

 しまったっ。

 すでに手遅れであった。ビルの上層部がえぐれた部分の支えを失い、どんどんと傾いていく。それが引き金となって、上層部は下層階に落下し、そして、どんどんとビルが崩壊していく。

 ビルがあった場所は瓦礫と化し、土ぼこりが舞った。

 そんなっ…。

 ヒロは恐怖に後ずさりすると、ふと気配を感じ、視線を落とした。そのMSの下には多くの人がビルの崩壊に巻き込まれないように遠く逃げ、自分の乗っているMSに恐怖で顔を引きつらせているのが見えた。

 僕は…僕は、そんなつもりじゃっ。

 この場から離れようにも一歩動けば、人を踏みつぶしかねない。

 

 

 「ねー、兄ちゃんっ。まだー!?」

 いつまでたっても撃とうとしないことを不審に思いかけた男の子の声で、ヒロは我に返った。どうやらまだ自分はおもちゃの銃を構えたまま、引き金も引かずずっと立っていたのであった。

 あれは…幻?

 ヒロは戸惑いながら、構えをとき、男の子のもとに戻って来る。

 「ごめん。僕、今…ちょっと撃てなくて…。」

 ヒロは男の子にエアソフトガンを返す。

 男の子はがっくりし、そしてヒロを不審げにみるが、すると遠くから男の子を呼ぶ声が聞こえてきた。どうやら彼の母親のようだ。呼ばれた男の子は母親に返事をし、こちらを一瞥した後、去っていった。

 1人残ったヒロは呆然と俯き、立ち尽くしていた。

 今の幻影は…?

 ‐守るために戦うんだ‐

 男の子は言った。

 それはかつて、自分がヴァイスウルフに入る時に、己の中(・・・)で抱いた決意と同じものであった。

 守るために戦う。

 それはきっと自分や男の子だけでなく、地球軍の兵士やザフトの兵士もそう思っているのであろう。

 しかし…。

 ヒロは顔を上げ、破壊されつくしたカオシュンの街並みに目を向けた。

 その為に引く銃は、それは自分と対する者だけでなく、その周りをも傷つけると考えたことはあるのか?

 アークエンジェルの航路は主に砂漠や海の上を通っていたが、だからといってそこに人がいないとは限らない。

 僕は…その銃弾が流れて行くところを最後まで見ていたか?

 ふと気配を感じ、その方向を振り向くとユリアナが立っていた。

 「ゴールウェイ先生が気分悪そうだったって聞いてみたけど…。」

 どうやらさっきの、男の子に銃を教えようとしていたところも見ていたようだ。

 「…軽蔑しても構わないです。」

 いくらなし崩しとはいえ、子どもに銃を教えようとしたのだ。それがどうなるのかと分かっていなかったのにかわっているつもりになって…。

 「僕は…傭兵です。MSという兵器に乗っていたのですよ。『守りたい』って…。でも、僕は何も見ていなかった。銃を向ける相手だけではない。自分が今、銃を持っている周りがなんなのか…。そして、結局、何も守れず、誰も助けられず…。僕は…。」

 キラとアスランの、2人の戦いを止めることもできなかった。そうなると予感していたのに…。ルキナを助けられなかった。

 そんな自分なんてこの人達に罵られても当然だ。

 自嘲しようとするが、そこで言葉が詰まる。

 しばらく沈黙の後、ユリアナがヒロに近づいてくる。

 「この街を破壊したのは兵器よ。ここに住む人達を殺したのは兵器よ。」

 ヒロは体を強張らせ俯く。ユリアナと目を合わせることができない。

 「中には、武器を持っていない人しかいないとわかっても、悪意(・・)で攻撃する人達もいるわ。」

 そして、静かに言う。

 「それを守ったのも、また兵器を持った人間よ。」

 ハッと顔を上げたヒロはユリアナと目が合った。

 「私たちが人を殺す兵器を肯定することはできないわ。でも、それは私たち(・・・)()立場(・・)だからというものあるわ。善いことと悪いことってその人その人で違うでしょ?それは、あなた自身が決めることよ。」

 ユリアナの目がまっすぐヒロを捉え、ヒロは背けることもできなかった。

 「ただ…。」

 何かを押し殺したような顔をヒロに向ける。

 「あなたは人を死なせて、それを悲しんでいる。そんなあなたに1つだけ言わせて。人の死を悼むことは大事なこと。でもね…その人の死を、その喪失ばかりに目がいってしまってはダメ。なぜなら、死んだ人にもう何かしてやれることはないのだから…。でも、その人の、その死んだ人が生きている時に願っていたことをすることはできる。」

 昔、あなたと同じような人がいた。大事な人を失い、大きな悲しみに暮れた人が。

 その人は時に自分を責め、時にその不条理に憤り…そして、そのやり場のないもどかしさを怒りへと憎悪へと変えていった。そして、その人がその怒りや憎悪を他者へと向けてしまった。それは、その人にとって大事な人がもっとも望んでいないことであった。

 そのことを自分はどれほど悔やんだか。もっと何か声をかけるべきであったか、何かしてあげられたのではないか。

 だからこそ、今、彼に言うのであろう。

 ユリアナはそっとヒロの肩に手をのせた。

 「あなたは他人を理解しようとすることができる、物事を深く見通すことができる、自分と相手を大切にする表現をできる…そんな力を持っている子なのだから…。」

 そして、手をヒロの肩から放し、彼の返事も待たずに歩き出す。

 1人残ったヒロは、ユリアナの言葉を心の中で反芻する。

 ‐死んだ人が生きているときに願っていたこと‐

 ルキナは…いったい何を願っていたのだろうか?

 彼女と出会って、彼女がハーフだと知って、彼女の孤独を垣間見て…。

 こんな風にナチュラルとコーディネイターが互いに憎み合う中で、互いを殺し合う世界で…。

 彼女はいったい何を望んでいたのだろうか?

 ヒロは1人、自問し続けた。

 

 

 

 

 「なんで、彼に言葉をかけなかったの?」

 ユリアナは角を曲がったところで、そこでずっと立っていたネモに質した。

 どうやら、彼女はヒロに何も言わず、その角にいたネモに代わりヒロに声をかけたのだ。

 「俺は死んだ身だ。」

 ネモはぶっきらぼうに答える。

 だからこそ、本名を捨てて今の生活をしている。

 「そんな人間が生きている人間に、なにをどう言葉をかけるんだ。」

 「じゃあ、私があなたに言わせてもらうわ。」

 ユリアナが背を向けるネモに言い放つ。

 「あの子に言ったこと…あなたにも向けた言葉なのよ。」

 立ち去ろうとしたネモは一瞬ピタリと止まる。ユリアナは間髪入れずに続ける。

 「あなたは、自分は死んだ身だと嘯いているけど、ここで立って話しているのよ。今だって何も感じてないわけじゃないでしょ?」

 「なら、なおさらだ…。」

 ネモはユリアナを見ずに吐き捨てる。

 「あの子にしてられることなんて…俺にはなかったんだ。」

 そう言い放ち、ネモは去って行った。

 「ホント…バカなんだから。」

 彼を見送りながらユリアナは溜息をつき、つぶやいた。

 

 

 

 

 

 

 

 日が傾き始め、空がオレンジ色に染まり始めたころ…夜になればNジャマー下での遷都はほとんどない。ゆえにこの時間帯を狙ってネモとヒロは出発をすることになった。

 「本当に助かったよ。」

 病院の入り口前に停まっている車に乗ろうとしていたヒロとネモのところにジェフたちが見送りに来た。

 「特にヒロ君、義務ではなく仕事でもないのに…ここまで来てくれて。君には感謝の念でいっぱいだよ。本当にありがとう。」

 「そんなっ…僕なんて…。」

 ジェフの言葉をヒロは受け取るのを戸惑った。

 それに気付いたジェフはしばし考えた後、ふたたび口を開いた。

 「そしたら、私は君にある言葉を送ろうか。」

 そして、一旦咳払いし、そして言った。

 「『誰かが私に一杯のお茶をくださったなんて、これが生まれてはじめてです。』」

 一瞬、ジェフが何を言いだしたのかと周りの人間たちは当惑するが、ジェフは構わず、言葉の説明を始めた。

 「その人にお茶を淹れたのは、義務感からかもしれないし、もしかしたら別の理由かもしれない。でも淹れてもらった人にとっては、その行為が嬉しいのさ。君はどんな人間であっても、今までなにかしたとしても、どんな理由があっても、君が医薬品などの物資を運んできたこと…そのことに感謝したいからこうやって『ありがとう』と言ったのだよ。」

 そして、ジェフは「あ、そうそう」とふたたび何かを思い出しようであった。

 「そういえば、この言葉…ルキナにも言ったっけ?」

 周りの者たちはギョッとした。そもそも、ジェフも目の前にいる者たちの事情を知っているはずだ。しかし、当の本人はそんなことおかまいなしに、当時の事を懐かんでいるようであった。

 「あれは…たしか彼女が自分のことで『堂々めぐり』になっていた時だったなぁ…この言葉を送ったんだよ。そして、実際にと、保護施設でスープを配ばったりと…。それからだ、あの子が医療ボランティアの手伝いを始めたのは…。もちろんミラもヴェンツェルも同意してくれた。あの子が医者になりたいと気持ちを明かしてくれた時も、それがきっかけと言っていたなぁ…。」

 「そう…だったのですか。」

 医者になりたい。

 いつだったか…話してくれたルキナの夢。

 そのきっかけになった話をここで聞くなんて思ってもいなかった。

 すべてを聞いたわけではない。話の途中で、彼女自身が何か触れたくないものがあったのか、話を区切ったからだ。ただ、話をしているとき、彼女は目を輝かせて話していた。

 彼女は本当に医者になりたいのだと、そのためにどれほど一生懸命打ち込んできたのか、まだ未来像を描けていない自分にとって輝いて見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 「ネモ君。」

 車に先にヒロが乗り、その後をネモが乗ろうとするところをジェフは彼を呼び止めた。

 「彼と話をしてみたまえ。」

 ジェフは笑みを向け言うが、当の本人の反応は鈍かった。

 「おや?気付いてないのかね?あんなにもわかりやすいのに…。」

 「意外と鈍いところがあるからねぇ…。

 「いったい何を?」

 ネモはジェフとユリアナが何を指して言っているのかますます分かっていないようであった。

 「まあ、とにかく話をするのだな。」

 ジェフは少し困った様子をみせたが、それ以上言わなかった。

 「…いったい何を話せばいいのです?」

 ネモは溜息をついた。

 「こんな俺の話なんて…。」

 ジェフが何をいいたいのかわからない。しかし、本名を捨て、こんな生活をしている自分の話なんてそれまでの経緯含め、ヒロにとってプラスになるようなことはない。

 「成功ばかりが人生でないのだよ。」

 すると、ジェフはにこりとしたまま、きっぱりと言い放った。

 「君が今まで見たもの、聞いたもの、経験したもの…善いと思ったことは善いと言い、悪いと思ったことは悪いと言う。それが子どもや若い者への年長者の責任ではないかい?」

 年の功というべきか、このように言うのも年長者としての意見か…。

 「とにもかくにも、彼と話をするのだよ、いいね?もう4度目はないからな。」

 もはやその言葉の一点張りであった。

 ネモは結局分からずしまいのまま、車に乗り込んだ。

 ヒロとネモを乗せた車はふたたびもと来た道へと、走らせていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 デブリベルト。

 数多くの宇宙塵が漂うこのエリアで1機のMSの最終調整のためのテストが行われようとしていた。

 1つ操作を間違えれば激突しかねないほど、多くある岩塊の合間を黒いMSが縦横無尽に抜けていった。

 「いよいよか。」

 そのMSの様子を見ている1隻のシャトルの操縦席に1人の男が入って来た。

アンヴァルの技術大尉であり、この計画に携わったラドリー・タルボットである。

 「ああ。これで一仕事終わるさ。」

 パイロットシートに座っている若い男は嬉しそうに彼に応じた。

 ヘファイストス社の技師の1人で、このテストに立ちあっているのであった。

 「X005の稼働状況はどうですか、ソレル中尉?」

 技師は通信機に向かい、黒いMSを操縦しているパイロット、アレウス・ソレルに尋ねる。

 (問題ない。むしろ、この機体は今まで乗っていた[ロッシェ]と比べ物にならないぐらいだ。)

 アレウスの感想に技師は笑みがこぼれる。

 主設計・開発をしたのは別の人間だが、この機体も、いやそれだけではない、バレットもヘカトスも、そしていまケートゥス号が運んでいる機体も、その開発に心血を注いだチームの一員として最高の言葉であった。

 だが、油断は禁物だ。

 この機体を狙っての襲撃もあるからだ。

 事実、イベリア半島でそういった出来事があった。

 だからこそ、念を押して、デブリの漂う宇宙ごみの調査という名目もつけ、同伴してるラドリーも休暇で、友人である自分を尋ねるためにコペルニクスにやってきて彼の仕事の誘いでここに来た、という体になっている。

 「では、中尉。ダミーを射出します。」

 すると船体から小さな機械がバラバラと飛び出し、各所でMSに模したバルーンを射出した。本当なら仮想敵としてのMSを用意して、本格的な模擬戦をしたかったのだが、そんな戦闘光を見せれば怪しまれる。

 アレウスも文句ひとつ言わず、実際にMSと戦闘するかのような機動で、MSを駆った。

MBE-X005は見事な動きで、デブリの合間をぬい、バルーンに模擬弾を放ち、撃ち落とす。

 「いい動きじゃないか。」

 ラドリーもMSの出来の良さに笑みがこぼれる。

 「あとはX005用の武装も用意しています。この後…。」

 すると、ブリッジ内に警告音が鳴った。

 「見つかったか!?」

 ラドリーはとっさにモニターに目をやる。ボタンを操作する。

 すると船体を大きな灰色のバルーンに包ませ、デブリにカモフラージュした。アレウスもまた近くのデブリに隠れる身を潜める。

 「いったい…なにが?」

 外が見えるカメラをONにすると、あきらさまに軍ではない、改造されたジンが数機うろついていた。

 「…海賊か?」

 ジンたちはあきらめ、宙域から立ち去り始めた。

 うまくやり過ごせたか。

 エンジニアもラドリーもホッとした瞬間、目の前にいたジンたちの上方から弾頭が飛んできて、破壊していく。

 「いったいっ!?」

 ここにもくる衝撃によろけながら、ラドリーはカメラを上へと向ける。

 すると、黒いジンが数機、こちらに迫って来た。

 「まさか…。」

 ラドリーは息をのんだ。

 イベリア半島に現れた部隊…幽霊(レイス)なのか!?

 どこから情報が漏れたのか、それとも偶然か

 「おい…どうする?」

 技師はこういうことに慣れてないためかうろたえた目でラドリーを見る。

 ラドリーはX005の方に目を向ける。

 どうやらアレウスは隠れているようだ。

 なら…

 「このまま去ることを祈ろう。」

 なぜここにやってきたのかわからない。しかし、もしたまたまであれば、こちらが迂闊に動くことはできない

 息を殺し、黒いジンたちが過ぎ去るのをじっと待ち続ける。

 モニターからかの機体たちは何かを探すようにモノアイのカメラを動かしているようであった。

 たのむ…はやく行ってくれ。

 やがて、じろじろとあたりを見渡すのをやめた。

 諦めてくれたか?

 そう安堵したのもつかの間、黒いジンはいきなり突撃機銃を構え、手あたり次第、撃ち始めた。

 「なんて乱暴なっ!?」

 相手はこちらを引きずり出すため、無差別に攻撃を始めたのだ。

 「どうする…ラドリー!?」

 ラドリーは歯ぎしりした。

 デブリが衝撃によって動き始め、こちらに衝突するかもしれない。だが、それは相手も同じことのはずだ。

 「もうダメだ、ラドリー!」

 我慢の限界が来たのはエンジニアだった。

 「落ち着けっ!今、姿を現せば、やられるぞ!」

 ラドリーは技師をなだめようとする。

 「このままじっとしていたら当たっちまうだろ!?こっちにはX005もある!コンテナから武装を射出して中尉に戦ってもらえばいい。」

 すると、バルーンがどこかの破片に当たったのか、引き裂かれ船体が露わになってしまった。

 見つかった!?

 黒いジンがこちらに迫って来る。

 X005が非常事態に気付き、隠れていた岩陰から飛び出し、シャトルへと書ける。

 「くそっ!」

 すでに技師は錯乱状態であった。

 「おいっ!」

ラドリーはノーマルスーツを着ながら叫ぶ。

 「この船にも武装はある。」

 外付で一旦船外に出て、取り付ければ足跡で砲台がある。

 「俺はそっちに行く。いいか、中尉に武装を渡すためにコンテナを開けるんだ。」

 アレウスがこちらを助けるために出ていったが、X005が持っていたのは模擬弾の入った銃だし、備えられている武装で対処できるような状況ではない。

 「それからは全力でこの宙域から離脱することを考えるんだ。」

 とにかく、倒すよりも知られないようにするよりもまず逃げて生き延びることが先決であった。

 「…開かねえ」

 技師は今にも泣きそうな声で言う。

 「コンテナハッチが開かないんだ。さっきの攻撃でやられたかも…。」

 「わかった。船外にある手動装置で俺が開く。いいな?」

 ラドリーは再度彼をなだめ、外へと出た。

 「うまく開いてくれよ~。」

 ラドリーは外のレバーを必死に引く。

 故障しているため、固かったが、全身に力をこめて引いた。

 コンテナハッチが開き、ブリッジで技師が操作したのか、X005の武装コンテナが射出された。

 X005がこちらがコンテナを射出したのを気付いたのか、黒いジンをかわしながら、近づいていく。

 これで…。

 「やったぞっ…。」

 なんとか切り抜けられる。

 安堵し、すぐに技師を安堵させようと通信を入れようとした瞬間、ブリッジに砲弾が着弾した。

 何が起きたのか。

 ラドリーは状況を飲み込む前に衝撃で命綱は切れ、船から飛ばされてしまった。

 船は内部から誘爆するように爆発する。

 中尉はっ!?

 衝撃と奔流に押し流され、上下がグルグルと回っていくなか、ラドリーは必死にX005とアレウスを探す。

 しかし、次第に脳に血が巡ってこなくなり、しだいにぼんやりと視界が霞んできて、そこで意識が飛んだ。

 

 

 

 

 

 「…これが、自分の…知っているかぎりです。」

 コペルニクスにある病室。その療養ベッドで横になっているラドリーは椅子に座っているジョバンニに話した。

 「…そうか。」

 事件が起きて、ラドリーは救助された。

 大きな怪我はなかったが、しばらく宇宙空間を漂流していたために衰弱していた。

 「…大将や会長に…申し訳…ないです。」

 ラドリーはつぶやく。責任を感じているのであろう。

 「セルヴィウスからの伝言だ。『ゆっくり休むのだ』と。彼も来る。」

 ラドリーはうなずき、ふたたび眠りについた。

 ジョバンニは席を立ち、病室をあとにする。

 情報がどこから漏れたか、『シェイド』が誰なのか、いまだわからないが、彼にいま地上の、アンヴァル内で起きたこと(・・・・・・・・・・・・)を言うのは得策ではないだろう。

 カートライトは窓に目を向ける。

 なにやら、まるで世界の情勢が暗雲漂ってくるように自分たちの周りもきな臭くなってきていた。

 

 

 




あとがき


今回の舞台のカオシュン…
SEEDの記念すべき第1話の冒頭にあるのに、なぜかマスドライバー施設の名称は不明のままで、その後もあまり話題にならなかったですよね(汗)
なんか仲間外れにされている感じで可哀想になってきた(笑)



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PHASE-47 暗中模索




まえがき

1ヶ月に2話計画が崩れていますが、
なんとか急ピッチで進ませていますという
意気込みぐらいは言わせて(汗)
というか、今日の長さは2話に匹敵する(言い訳)





 

 

 リスボン。

 そこはヨーロッパにおいても最も西の位置にある、大西洋岸にある大都市である。商業や観光など、様々な分野で重要なこの都市にユーラシア連邦の軍事基地があった。

 このリスボン基地は士官学校や航空基地、工廠などを有する主要軍港であった。

そんな基地がザフトの地上基地であるジブラルタル基地から近い位置にあるため、最前線基地であると思われるが、その実、前線としての緊張感があるわけでもなく、ザフトとの小競り合いはほとんどないに等しかった。

 これは、セビリア基地にも同様の事がいえるのだが、ザフトの軍事目標がマスドライバーであること、そして、ジブラルタル基地はそのための軍事拠点であること、ザフトはそれ以外においては積極的に交戦してこないということが理由に上げられる。大戦初期のカサブランカ沖で、ユーラシアはザフトの軍事拠点確保を阻止するために迎え撃ったが、返り討ちに遭い、多くの損害を被っている。

 ならば、交戦し、街を破壊され経済的にも大きな打撃を受けるのであれば、下手に刺激しない方がいい、というのが最前線の基地司令官の考えであった。

 アンヴァルは、このリスボン基地の敷地内にある、長く使われていない小さな飛行場を本部として使用していた。

 

 

 

 

 

 「姉さんっ!」

 オリガは勢いよくドアを開き、息を切らせながらも、タチアナに寄る。

 「さっきパーシバルから聞いたのっ!アレウスが行方不明ってどういうこと!?」

 「オリガ、まずは落ち着いてっ。それに、ここがどこだがわかっているの?」

 「あっ…。」

 オリガはタチアナの先にいる、執務机に座っている人物に気付き、我に返った。とにもかくにも話の真偽が知りたく、タチアナのいる場所を会う兵士ごとに聞いて、辿り着いたのはまさか、司令室であったとは…。

 執務机に座っていたアウグストは、彼女を責め立てることなく、一瞬瞑目し、やがて目を開いた後、静かに告げる。

 「オリガ…パーシバルからどのように伝わっているか知らぬが、アレウスはデブリベルトでのMBE-X005の試験中に黒いモビルスーツ群に襲われた。その場にいたラドリーは発見されたが、船は大破、そしてMBE-X005の姿形もなかった。まだ、彼の生死が分からぬゆえ行方不明としているが…。」

 そこまで言ったのち、アウグストは口をつぐんだ。

 この先を言うこと…それはオリガに対して、ということもあるが、先日アンヴァルにもたらされた報せと同意義になることを認めてしまうことができなかったのだ。

 「問題は別だ…。」

 アウグストは自分にも言い聞かせるように話を切り替えた。

 「黒いMS…おそらくそれは先日のイベリア半島で襲った連中と同じであろう。と、いうことはMBE-X005のデブリベルトでのテストの情報が漏れたということだ。」

 アウグストはこの部屋にいる者たちの全員に 視線を送ると、椅子から立ちあがり、窓に近づき、外を窺う。

 それは、この部屋にいる以外の人間が盗み聞きをすることへの警戒というわけではなく、アンヴァルが本部として使っている基地の状況をあらためて見るためであった。

 目の前には滑走路が1本あり、管制塔ビルと、この建物だけで周囲には何もなかった。

 リスボン基地の司令部がここからでは霞んで見えるほど、遠くにある。

 そんなところにある基地に外から見知らぬ人が来ればすぐにわかる。ということは、ここにいつも出入りしている者かアンヴァルの人間しかいない。

 と、言っても…。

 「MSの譲渡やテストの件に関してはそれに関わる一部の者しか話していない。」

 その作戦行動時に乗るパイロット、それの整備に関わる技術者、作戦を指揮する者…そういった面々で、アウグストが事前に調べ、見てきて確証した者たちにしか話していないのである。

 「…そうですね。イベリア半島の時は、私はあそこにあるのがMSは1機だけということは知らず、本当に送られてきたものと思っていましたので…。」

 アウグストの言葉を受け、タチアナが降下カプセルに入っていたMS、そして、ヘカトスの件を話し始めた。

 「えっ…ということは、ユリシーズは姉さんも騙していたということ?」

 オリガはちらりとユリシーズの方を向いた。

 「騙していたとは人聞きが悪いなっ。大将と准将以外に知っているのが、作戦立案の俺とパイロットの隊長…それと輸送するヘリのパイロット…。必要以上に話さなかった結果だよっ。さっきも大将が言ったこと…もう忘れたのか?」

 それは、いくら信頼する人物でも、MSの存在を明かさなくても十分に遂行できると思ったときは知らせない徹底ぶりを表していた。タチアナは本来、あの場にはいないということになっていたのだ。

 「じゃあ、なんでテムルは知っていたのよっ!?」

 「それは、事前打ち合わせと称して、直前にあいつの地元の言語で教えたからだ。お前たちは何言っているかなんてわからないしな。」

 「じゃあ、私にはなんで教えなかったのよ!一番、危険な役割だったじゃない!?私があのコンテナを開ける役目だったのよ。」

 「私が言いたいのはッ。」

 いつ果てるとしれない応酬をタチアナが一言発し、止めさせる。

 強い語気に気圧されユリシーズとオリガは黙り込む。それを確認したタチアナは話を続ける。

 「そうしてまで秘匿されている情報がどういった経緯で漏れているのかがわからないということですね。」

 「まあ、そうだな。今回、このテストのことをこの部隊内で言ったのは、パイロットのアレウスとラドリーだけだ。だが、2人とも命の危険にさらされた。」

 ということは第3者がその情報を知ったということになる。しかも、考えたくはないが この部隊にやはりスパイがいるということだ。

 しかし、この場で論じても詮無いことであった。

 「とにかく、この情報の漏えいに関してはタチアナに一任する。」

 アウグストは嘆息し、執務机まで戻って来る。

 「わかりました。」

 「…だが、深入りは危険だからな。なにか異変があればすぐに知らせろ。」

 今度はディアスとダミアンに顔を向ける。

 「ディアスはダミアンとともにセビリア基地に行ってくれ。」

 アウグストは机の引き出しから封筒を取り出す。

 「先日の1件の借り(・・)を返さなくてはいけないからな。」

 借り、というのはいうまでもなく降下カプセルの回収に関してセビリア基地に黙認してもらったことである。

 「しかし…自分たちが行っても、司令に会えるのでしょうか?」

 「使い(・・)をやると言っているから、向こうも簡単に司令に会えるようにしてあるだろうからその点は気にしなくていい。それに俺が行ったら、目立つから駄目だ。」

 そして、アウグストはその足で、ドアへと向かう。

 「俺はしばらく仮眠室で休む。…なにかあればフェルナンに伝えてくれ。」

顔を向けないまま告げた後、アウグストはドアを開け、部屋を出て行った。

 この状況にまず驚いたのがダミアンで次いで、乱入した形でこの打ち合わせに居合わせたオリガであった。大抵であれば、アウグストが何か言って、打ち合わせは終了なのだが、今のがそうだったのか、曖昧で困った様子を見せた。

 オリガたちはこの時とばかりに自分たちよりも階級が上の者たちの反応を窺う。

 ユリシーズは完全にこちらの視線に無視をし、ディアスは何か察しているのか考えて居るのか、瞑目しているのか、寝ているのか、よくわからない。タチアナはアウグストの態度に理解しつつ困ったような笑みでフェルナンに向ける。そして、フェルナンはやはり…と嘆息をし、口を開いた。

 「デブリベルトの襲撃の件に、それぞれ思うことがあるだろうが…。」

 フェルナンはアウグストのことには触れないで話を進めた。

 「今は各々指示されたことを、できることをやっていってくれ。…以上だ。」

 そこで、この打ち合わせは終了した。

 

 

 

 

 「…では、情報漏えいの調査はすぐに始められたのですね。」

 「ああ。」

 ラドリーはベッドから上半身を起こしジョバンニの話を聞いていた。救助され数日間は衰弱していた彼もだいぶ体力が回復してきた。その彼から、地上の様子を知りたいと願い出て、ジョバンニも折を見て話すに至った。

 だが、どこか歯切れの悪い言い方に楽観的な見方はできないと心の中で思った。いや、調査しても出てこなかったというようなものではなくもっと悪いような…。

 「その日の夜のことだ。」

 しばらく沈黙が流れた後、ジョバンニはその重い口を開いた。

 「事態は我々が思っていた以上に進んでいってしまったのだ。」

 

 

 

 アナログ時計の針が夜遅い時間を指し始めた頃、それまで仮眠をとっていたアウグストはリスボン基地司令からの緊急の呼び出しを受け、急いで基地司令部へと向かって行った。

 「いったい何が起きたんだ?」

 足早に司令室に入ると、室内には基地司令とフェルナンが座って待っていた。

 すると、基地司令が立ちあがりアウグストのもとにやって来て報告書を渡した。

 「こちらの管轄で起きた事件なので、まずはこちらで対応しました。あとはセルヴィウス大将にお任せします。」

 見てみぬふりをする、という意思表示であろう。司令はその後、部屋を後にした。

 報告書を渡されたアウグストはソファに腰を下ろし、報告書に目を通す。

 それを読むにつれ、次第に顔をしかめた。

 「これで、俺が納得すると?」

 アウグストは向かいに座って様子を伺っていたフェルナンに問うた。

 「そうおっしゃられても、そこには起きたこと以外は書いていません。それを目撃した私が言うのです。」

 「まあ、そうだな。」

 アウグストは嘆息した。

 しかし、この報告書だけで起きた事案を片付けるには複雑に絡み合い、理解できない。だからこそ、納得ができなかった。

 「…おまえが目撃者であるのならば、この事件の仔細について話してもらうぞ。

 「そう言うと思いました。」

 フェルナンは心得ていたのか、すでに整理できていたようだ。

 「ちょうど私はセビリア基地にディアスの件で行き、彼らを連れて帰っていたときです。」

 フェルナンは事件の概要を話し始めた。

 

 

 

 

 

 セビリア基地からの帰り道。フェルナンはそのまますぐにリスボンの基地には戻らず、ディアスとダイアンを連れて街の中を歩いていた。

 遅めの夕食をおごるつもりもああり、ディアスとダミアンの気分転換も兼ねていた。2人は基地から街への移動の間も、そして今もあまり言葉を発さなかった。こちらが話題を振っても、それとなく返すだけで会話の続かなくなっていたのであった。

 「さあさあ、何が食べたいかね?遠慮なく言ってみたまえ。」

 フェルナンは後ろからついてくるディアスとダミアンをちらりと見ながら尋ねた。

 「やっぱり若いからがっつりとした肉がいいかね?それても、海の街だからこその魚介類か…。なんなら、ファドを聞きながら酒を飲むっていうのもアリだな。」

 にこやかに話すフェルナンに対し、先に口を開いたのはダミアンであった。

 「いえ、そんな…おごりだなんて…。」

 「いいのだよ。で、君の希望は何かね?」

 「では、さっぱりしたのを…。」

 「じゃあ、魚介だな。で、ディアスはどうかね。」

 ディアスは答えず、ダミアンはそっと彼を伺っていた。

 すると、突然ディアスは立ち止まった。

 「どうかしたかね?」

 「あそこに、クラーセン大尉とユリシーズが…。」

 「うん?」

 フェルナンがディアスの視線の先を見ると、川沿いの薄暗い人気のない場所で2人の人が話しているのが見えた。

 薄暗いため、シルエットから男女と見てとれるが、自分にはそれだけしか見えなかった。

 「なっ、なにかの間違いじゃないですか?ほらっ、まさか…。」

 ダミアンがなにかたじろぎながら言う。まあ、気持ちはわかるわけではないとフェルナンは内心思った。なにせ、昼の騒動のことを考えれば、なんとタイミングの悪いことか。

 「…そう、かもな。」

 ディアスもそのためか、自分を納得させるように答える。

 「すみません、早く行き…。」

 言い終える前に、ディアスはいきなり、2人の男女のいる方へ駆け出した。

 「えっ、大尉っ!?」

 フェルナンとダミアンはその突然の行動に驚き、ディアスの後を追うが、追いつけない。

 その間に、ディアスは上着の胸にしまっているホルダーから銃を取り出し2人の男女の方へと向ける。

 「大尉っ!」

 フェルナンが止めようとするが、間に合わなかった。

 「タチアナっ!」

 ディアスの叫ぶ声の後、銃声が、2発(・・)、鳴り響いた。

 フェルナンとダミアンがようやくその場所についたとき、彼らは驚きで目を見開いた。

 最初に目がいったのは、自分たちの正面に立っている銃を持っていたユルシーズであった。その銃口からは硝煙がたちこめていた。しかし、彼は右胸部付近から血を流し、信じられないといった表情で、自分たちを視界にこちら側を見ていた。彼が見ていたのは、銃を構えているディアスであった。

 ユリシーズは息も絶え絶えに、手を震わせながら、ディアスに銃を向けるが、ふたたびディアスはユリシーズを撃つ。

 銃弾が、今度は左胸部を撃ちぬいた。

 撃たれたユリシーズは銃撃の反動で後ろへとよろめき、その体の流れのまま、後方の川へと転落した。

 そこで、フェルナンはハッとし、状況を整理するために、周りを見渡す。

 ディアスがユリシーズにとどめの1発を撃つ前に、2発の銃声が聞こえた。1発はディアスが最初にユリシーズに撃ったもので、2発目はユリシーズが放ったものであろう。

 では、誰に…?

 そうだ、タチアナ大尉っ!?

 ここに駆け出す前のディアスの言葉の1人がユリシーズ本人と正しければ、もう1人はタチアナのはずだ。

 ふと視線を左下にずらすと、ちょうどさっきまでユリシーズとディアスのいた間のところで、タチアナが倒れていた。

 「大尉っ!?」

 フェルナンはタチアナのもとへと駆け寄る。その間に、聴取があるため、ディアスにそばから動かないことと、ダミアンに彼を見てもらうことを告げていく。

 「大尉っ!無事かっ!?」

 「じゅっ…准将…。」

 タチアナは痛みをこらえながら右肩をおさえていた。

 見たところ、それ以外に負った傷はなさそうだ。

 「すぐに基地から呼ぶ。」

 そう言い、フェルナンは応急措置を始めた。

 

 

 

 

 「これが…私が見たすべてです。」

 「そうか…。」

 それは報告書に書いてあった通りの内容であった。

 その後の川の捜索が行われたが、いまだユリシーズは見つかっていない。しかし、銃創、川に染みわたった出血量から死亡したと判断されている。

 「1つ、疑問がある。」

 アウグストがふたたびフェルナンを質す。

 「なぜタチアナとユリシーズがそこにいたのだ。この報告書のディアスの言葉によれば、2人が言い争うように見えて、男の影の方が銃を取り出したのを見えたからと言っている。」

 「いえ…そこまでは…。」

 さすがにフェルナンもわからなかったようだ。これは本人に聞くしかなさそうだ。

 「タチアナと話せるか?」

 「今、治療を受けていて医務室にいるが、聞いてみます。」

 

 

 

 

 

 「失礼します。」

 右腕を固定されたタチアナと同伴としてモニカが入って来た。

 「あまり長時間の聴取はやめていただきたいのですが…。」

 「そんな固っ苦しいものではないさ。ただ、聞きたいことがあって聞くだけだ。もちろんタチアナが話したくなければ、だが…。」

 「いいえ、大将。」

 タチアナは否定する。

 「実はユリシーズと会っていたことに関して、まず大将に話をするべきでした。しかし…。」

 「俺に?」

 「はい。大将から受けた情報漏えいの件に関してです。」

 その言葉を聞いて、アウグストは深刻な顔に変わりタチアナの話を聞いた。

 「私が調査を進めているときに、1つコンピュータに不審な点がありました。それを辿って調べると、ユリシーズのIDとパスワードが、うまく偽装された状態で出てきました。」

 「つまり、ユリシーズが情報漏えいの犯人だと…。」

 「まだ、確証はありません。しかし、気になり、大将に話をしようと思った矢先、彼がこちらに接触してきました。」

 「ユリシーズは、自分が調べられていることに気付いたのか?」

 「そこまでは…。」

 「スヴォロヴ中尉がタチアナ大尉を呼び止めたところは私も見ました。」

 一緒にいたモニカは付け加えるように話す。

 「なるほど…。」

 アウグストは点が繋がったことに合点がいった表情をみせた。

 「それで、こちら側に話を持って来る前に、ディアスたちが目撃したことになったのか。」

 「はい。私が彼に話した後、彼は口封じのためか、いきなり銃を取り出しました。…あとは、准将たちの知っているとおりです。」

 「ふむ。…まあ、怪我が軽くて幸いだ。さすが銃の腕前がピカイチ悪いヤツのことだけはあるなぁ。」

 とにもかくにも、ユリシーズがタチアナに銃を向けた時点で彼が情報をレイスにもたらした可能性がかなり高くなった。

 その生存は極めて低いが、逆にこれからいくらでも調べることができるということだ。

 「しかし、懸念はまだあります。」

 フェルナンはアウグストに言った。

 「幽霊部隊はこちらを知る術はなくなりました。もしかしたら、タチアナ大尉がさらに向こうに不利な情報を持っているのではないか、推測し、再び襲撃をかけてくることも…。」

 「う~ん…それは可能性としては低いかもな。」

 アウグストはフェルナンの懸念に否定的見方をした。

 「もし、襲うのであれば、ユリシーズが撃ったときに、別のところで待ち伏せした方が手っ取り早い。今では、こちらも警戒しているからな。それに、不利な情報をタチアナが仮に持っていたら、すぐに俺が仕掛けてくると考えているが、ご覧の通り俺は手をうっていない。向こうも、下手に出てこないだろ。」

 「…そうですか。」

 「だが、どのみちもう夜更けだ。タチアナを帰宅させるにしても、夜道を歩かせるわけにも行かないからな。しかも、タチアナは怪我をしている。1人ぐらいボディーガードをつけてもいいかもな。」

 「では、すぐに…。さて、誰を…。」

 「いるだろ?適任(・・)が。」

 アウグストはにんまりと答えた。

 

 

 

 

 

 「オリガ…。」

 人気のない廊下の椅子にオリガは沈んだ顔で座っていた。普段の明るさは消えたその沈痛な面持ちにパーシバルは居てもたってもいれず声をかけた。

 「姉さんが撃たれたって聞いて…。」

 オリガが力なく話し始める。

 「それで…急いで来たら、撃ったのはユリシーズ?しかも、今まで情報を流していたのは彼だって…。」

 オリガは俯く。

 「オリガ…。」

 「じゃあ、ユリシーズが…マリウスを殺したの?アレウスも死なせたっていうこと?」

 まだ、そっちの方までは調査されていないが、ユリシーズが情報を流していた以上、関係なくはなさそうだ。

 オリガは信じられないといった表情でパーシバルに質す。まるでこれがなにかの、悪い冗談であってほしいような懇願の響きがあった。

 パーシバルは何も答えられなかった。

 自分だってそんなこと信じたくない。これが夢であってくれればいいと、報せを聞いてからずっと頭の中で繰り返してきた思いであった。しかし、話を聞けば聞くほど、だんだんと現実味を増してきていた。

 「なんでよ…。」

 オリガは答えるのを待たず、よわよわしく頭を振る。

 今まで仲間だと思っていた人間が実は裏切っていたのだ。しかも、仲間を手に掛けて…。

パーシバルは彼女になんと声をかけていいのかわからなかった。

 その場にいることしか出来なかった。

 

 

 

 

 「なんで、俺なのです?」

 ディアスは不機嫌面で質した。アウグストは苦笑いで応じた。

 「おいおい、今日は色々(・・)やらかした(・・・・・)だろ。これで済むと思えば楽だろ?」

 「しかし…。」

 いまだ納得のいかないディアスにアウグストはきっぱりと言い放つ。

 「いいからこれは命令だ。いいなっ。」

 こうまで言われてしまっては行かなくてはいけない。

 渋々といった感じで、ディアスはセロを連れてきた。

 「…散歩ついでだ。」

 ディアスはタチアナと共に部屋を出て行った。

 彼らが出ていくのを確認した後、息をついたアウグストは次の件とフェルナンに尋ねる。

 「それで…ユリシーズ・スヴォロヴの件に関して、もう来ているだろ?」

 「ええ。()から連絡が来ました。言うには、『軍服に袖を通した時点において、我が弟はどこかで死ぬであろう覚悟は出来ております。それをいちいちと固執するのはこの戦時下において他の兵士の遺族に対し、失礼に値します。ただ、我が弟が起こしたことにつきましては…』。」

 「ああ…つまり、もうどうでもいい。勝手にやってくれ。ということだろ?」

 「つまり、そういうことですな。」

 「今回の件、情報漏えいなんていっても、本部から嫌われている部隊だ。それをやったからといって、彼にとっては痛くもかゆくもない、ということか。そして無関係だからこちらにいちいち関わるなと…。」

 アウグストは大きく息を吐いた。

 「しかしまあ…話には聞いていたし、彼とは一度会ったこともあるが…まったく嫌な家だなぁ。」

 「それは同感です。」

 アウグストもフェルナンも苦笑いであった。

 「だが、優秀(・・)であることは違いないな。フェルナンと違って…。」

 「ええ。優秀ですね、大将と違って…。」

 「っと、馬鹿なことをやっている暇はなかったな。」

 皮肉と冗談の言い合いをそこで終え、アウグストは表情を変えた。

 「もう1人…片付けなければいけないことがあったな。」

 そう言うとアウグストは席を立ち、ある場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 ダミアンはもはや夜食といってよい夕食を食堂で取っていた。

 昼間は騒動に巻き込まれ、営倉にしばらく入れられ、夜も例の1件でしばらく拘束され、その後の聴取などでようやく解放されたのだが、口に入れるものはいつもと変わらないのはずなのに、味を感じない。

 もしかしたら昼のことが頭から離れられないからか。

 「しっかし、隊長がいなかったら大尉も危なかったってことだよな。」

 夜遅くまで作業をしていた整備士たちもまた食堂で夜食を食べており、その会話がここまで聞こえてきた。

 どこか他人事のように会話しているのは感じられるのは、騒動の衝撃の大きさとまるで映画のような出来事であったということからか。

 「そうだよな。なんか、昼間になんか基地でひと悶着やらかしたからって聞いたけど…。」

 すると整備士たちの視線が、その唯一の同伴者に目がいった。

 「なあ、クリメンテ曹長…。あの隊長(・・・・)がなんで殴ったんだ?」

 整備士たちがそうまで言うのは、戦場であればいざ知らず、普段のディアスは暇さえあれば昼寝をしたり、子犬とじゃれているだけしかしていない。昼行燈と揶揄されてもどこ吹く風といった態度から、いきなり人に殴りかかろうとしたのは想像できないのであろう。

 「実は…俺もいきなりの事で驚いたのと、その後のゴタゴタが大きすぎてよく覚えてないんだ。」

 うそだ。

 おどけたように笑ってごまかすが、内心は心臓が跳ね上がっていた。

 昼間の出来事は覚えている。しかし、それを誰かに話す気にはとてもなれないものであり、できればごまかし置きたかった。

 整備士たちは「まあ、あんなことあったことだしな…。」と言い、特段気にする様子も見せず、これ以上追及はなかった。

 きっと大したことないのだと結論付けたのであろう。

 ダミアンは心の中でフゥと息を吐いた。

 よかった。

 ディアスが人を殴ったその時のことを話せば、あのこと(・・・・)も話してしまいそうであった。

 それは昼間、セビリア基地で基地司令に会い、アウグストから預かっていた資料を渡して帰路に着こうとした時であった。

 

 

 

 

 

 

 

 「これで、ようやく用事が終わりましたね。」

 ダミアンはホッと息をついた。

 「というか、なんで自分たちなんですかねぇ~。本来なら准将や大将の仕事のはずなのに…。もう、人使い荒いですよ~。」

 文句を言うダミアンにディアスは苦笑いした。

 「まあ、そうだな。だが、フェルナン准将は帰って来たら、夕飯をおごるって言っていたぞ?」

 「なら、食べます。」

 こうなったら目いっぱい食べてやる。

 やけ食いするぞ、という顔をみせるダミアンにディアスは少し呆れ気味に見ていた。

 すると長い廊下の正面から1人の軍人が歩いてくるのが見えたとき、ディアスの表情が一変した。

 「…どうしました、隊長?」

 大きく目を開き、顔を強張らせ立ち止まったディアスを不思議に思い、尋ねるが、やってきた軍人もディアス同様の反応であった。見た目は背が高く、立派な容姿で、階級章を見るに少佐であることがうかがえる。

 「ラフ・オルドニェス…。」

 ディアスは呟く。

 相手の方はやがて憎々し気な表情になり、そして、侮辱する目つきになった。

 「おやおや…。裏切り者(・・・・)のコーディネイターがなんで平然と歩いているんだ?」

 いきなり嘲るようなもの言いにダミアンは腹立たしい思いいだくが、それ以上にディアスの方は顔をしかめていた。だが、それをおかまいなくラフは続ける。

 「凶暴な犬(・・・・)はちゃんと鎖に繋いでおくようにしないと…。でないと、ふたたび(・・・・)牙をむかれてはたまったものではないからな。」

 「俺は…俺たち(・・・)は裏切ったことなんて一度たりともないっ。それを…勝手に濡れ衣を着せたのだろ、お前が!?」

 ディアスは珍しく声を荒げて反論する。

 それにはダミアンも思わず後ずさった。

 「変な言いがかりはよしてくれ。判断した(・・・・)のは上層部。俺は、ただ見たまま(・・・・)を報告しただけだ、ユーラシアの軍人としてな。」

 「なにを…。」

 「お前が納得しようとしまいと関係ないさ。それが事実なのだからな。それともなにか?」

 ラフはまるでどこか勝ち誇った顔をして言い放った。

 「おまえ…お前の恋人(・・・・・)を取ったことを未だに根に持っているっ…。」

 ラフは言い終わる前に、ディアスに軍服の襟首を掴みそのままに壁に押し付ける。ディアスの顔は怒りと哀しみと憎しみと苦しみが混ぜ合わさったものであった。

 一方、その言葉を聞いたダミアンは驚愕した。

 恋人だって!?

 ディアスとタチアナが付き合っていたということがオリガを通じて知っていた。

 つまり…。

 ダミアンの理解が追いつく前にラフはディアスに冷笑を浮かべ、言い続ける。

 「おいおい、何をそんなに怒っているんだよ?よく考えてみろ。お前はコーディネイター、彼女はナチュラルだろ。異なった種が結ばれることができるなんて本気で思っていたのか?」

 ディアスの手に力がこもり、さらに押し付ける。

 「それがどれだけ周りを不幸(・・)にするか…お前だってわかっているだろ?」

 「…黙れ。」

 通りすがる周りに兵士達がこのいざこざを、認め、囁き始める。このままではMPが来て、さらに事態がややこしくなる。

 「隊長…まずいです。」

 ダミアンは焦り、なんとか収束させようと小声で呼ぶかけるが、ディアスの耳には入っていなかった。状況を悟ったラフはそれをも利用し、ディアスを挑発する。

 「ほらっ、早くこの手をどけた方がいいんじゃないか?このままではお前は上官侮辱罪になるぞ。」

 ディアスは苦々しい表情になる。

 自分たちがこの基地に来た理由を思えば、ここで騒動を起こしてしまうわけにはいかない。しかし、この手を引くことは出来なかった。

 「それとも、お前が言った濡れ衣事件(・・・・・)の時のようなことをするのか?彼女を…。」

 「違うっ!」

 ディアスは勢いよくラフを壁に押しあてた。

 「俺は…俺はッ…。」

 「隊長っ…!?」

どうすることもできず、ダミアンは立ち尽くしているだけであった。

 止めなければと思うが、恐怖で足が動かない。

 こんな風に激昂するディアスを今まで見たことがない。このように暴力で相手をねじ伏せる姿なんて見たことがない。

 その後、すぐにMPが駆け付けて、ディアスとラフの間に割って入り、取り押さえたため、さらなる暴力沙汰は免れたが、フェルナンが基地に来て、話をつけてくれるまで、ディアスとダミアンは拘束を受けたのであった。

 

 

 

 

 それにしても…とダミアンは思った。

 隊長とあのラフという男の会話の意味は何だったのか?しかも、タチアナ大尉が絡んでいるということがうかがえる。

 自分には知ってはいけないことなのかもしれないが、耳に入ってしまった以上、気になって仕方がない。

 「あ~、どうすればいいんだっ!?」

 ダミアンは頭を抱える。

 いっそこと、忘れられればいいのに…。

 そんな憂鬱に浸っていると、後ろから肩を叩かれた。

 振り返ると、そこにアウグストが立っていた。

 「せっ、セッ、セルヴィウス大将っ!?」

 ダミアンは驚き、ばねのごとく直立に立ちあがった。

 いくらこの部隊の上官・部下の関係がどこよりも緩いとはいえ、やはり、将官クラスの人物が下士官である自分のところに現れると、居ずまいを正してしまう。

 そもそも、いったい自分になにか用なのか。

 「あ…そんな風に、かしこまらなくていいぞ。俺が来ただけだから。」

 アウグストはダミアンに楽にするように促す。

 「今日は、本当に大変な1日だったな。」

 アウグストから労いの言葉をかけられ、ダミアンは表情が緩むが、次の言葉に思わず体がビクついた。

 「さて…今日の昼間のことなのだが…。」

 まさか何かお咎めがあるのだろうか…。

 内心ヒヤヒヤするが、意外な言葉がやって来た。

 「おそらく、中途半端だと気になって仕方ないだろ?ただ、ここじゃあちょっと話しにくい。来てもらえるかな。」

 思わぬことに目が点になった。

 

 

 

 

 アウグストとダミアンは人気のない倉庫に入っていった。

 ダミアンはどぎまぎしていた。

 しばらく奥にはいったところで、アウグストは空いた一斗缶を拾い、それを椅子代わりに腰をかけた。

 「話が長くなるだろうからな、お前もかけろ。」

 ダミアンは促され、落ち着きなくなんとか見つけ、それに腰掛けた。

 「さて、昼間のことだがおまえはどこまで聞いた…。」

 「あっ…その…。」

 「どこまで聞いたか?」

 話すべきか躊躇ったが、アウグストに気圧され、昼間の自分が聞いたことをかいつまんで話した。

 「…そうか。」

 大将は何があったのか知っているのだろうか。

 そんな疑念が浮かんでいるとき、アウグストが沈黙を破り、話し始めた。

 「これは…お前には関係のない話だ。興味本位で突っ込んでいい話ではない。」

 「…はい。」

 「とはいえ…そんなうやむやで、お前が理髪師のように穴を掘ってしゃべられても困る。」

 ダミアンはアウグストの1人ごとのようなつぶやきにどぎまぎしながら待っていた。

 「そこで、おまえには真実を話そうと思う。」

 いきなりのことで訳がわからない気持ちであった。

 しかし、そんなダミアンの思いなんて気にもせず、アウグストは話し始めた。

 

 

 

 

 

 基地のゲートを通り、繁華街を抜けて、住宅街へと歩いて抜けていく。

 夜更けということもあるのか、あたりは静かで、街灯と月の光が路を照らしていた。

 いつもの街なのに夜は初めてだろうか、セロは好奇心と怖がるのと、街をトコトコと歩いていた。

 セロがどこか飛んで行かないようにリードを持っているディアスは隣でともに歩いているタチアナの、固定された右腕に目を向けた。

 「…腕、痛むか?」

 かすり傷と言っても、銃で撃たれたのだ。かなりの激痛のはずだ。

 「…ちょっと大げさなだけよ。そんな大した怪我じゃないわ。」

 「そうか。」

 「ああ。」

 会話はそれきりで、2人はふたたび黙ったまま歩き続けた。

 「…ありがとう。」

 ふたたび口を開いたのはタチアナであった。

 「うん?」

 「私が撃たれそうになった時、とっさに駆け付けてくれて…。」

 「あれは、条件反射だ。仲間が危なかったら、すぐに行くさ。」

 「そう…。」

 そしてみたびの沈黙が流れる。

 いつ以来だろうか。

 2人きりになるのも、会話をするのも…。

 あのころの2人はごくありきたりな恋人であった。ただ1つ…自分はコーディネイター、彼女はナチュラル…異なる人種であることを除いて。

 外の世界ではその存在に互いに妬み憎しみ合っていたが、自分には関係なかった。

 初めて、自分という存在を認めてくれた人。

 自分を想ってくれる人。

 自分はこの人のためであったら、自分のすべてを賭けてもよかった。

 「久しぶりよね。こんな風に2人で帰るなんて…。」

 ふたたびタチアナから話しかけた。

 「…同じこと、考えていたでしょ?」

 タチアナに尋ねるが、ディアスは答えなかった。

 たしかに、同じことを考えていた。しかし、肯定することはできなかった。

 そんな会話の調子が続くが、それも終わりをむかえる。

 タチアナの住んでいるアパートの前に着いたのだ。

 「もう、ここで大丈夫よ。」

 「そうか。」

 ディアスは返事をしながら、目をわずかにタチアナの部屋の窓へとむける。

 主のいない部屋はもちろん暗かったが、ある1点ディアスは見逃さなかった。しかし、それをあえてディアスは口を出さなかった。

 なぜならここからは自分の役目ではないからだ。

 ディアスは自分で自分を納得させた。

 「…じゃあ、俺はもう戻るからな。」

 「ええ。」

 ディアスは振り向き、もと来た道へと歩き始める。

 「ディアスっ。」

 その姿を見送りながらタチアナは思わず、彼を呼び止めた。ディアスの足がぴたりと止まる。そして、振り向いた。

 タチアナは思わず呼び止めたが、何をはなしていいかわからず、たった一言だけいった。

 「おやすみなさい。」

 その穏やかに微笑むのを見て、ディアスはどこか懐かしさを感じ、そして戸惑いを覚えながら返す。

 「ああ。…また明日な。」

 ディアスはふたたび背を向け、歩き出していった。

 

 

 

 

 ディアスを見送ったタチアナはアパートの自室へと向かって行く。

 すこしの寂しさを胸に残して…。

 もし…できることなら、一緒にいることができないのであれば、せめてもっと彼を見送り続けていたかった。

 在りし日の思い出が呼応するようによみがえって来る。

 胸にずっとしまっていた彼への思いがあふれだし、それに浸りながら自室の電気をつける。

 すると、自分の視界に急に現れた存在に思わずハッと息を呑む。

 「ラフ…なんでここに…?」

 タチアナは自分の部屋で彼女の帰宅をじっと待っていたその存在、ラフに疑問を投げかける。

 「なんでって、撃たれたと聞いて心配で駆けつけてきたのさ。…恋人(・・)のことを心配するのは当然だろ?」

 ラフの言葉にタチアナは眉をひそめる。

 誰かの目があるわけでないのに、よくも言えたものだと…。

 「でも、こっちも驚いたな。まさかあの男(・・・)と共に帰ってきていたなんて…。」

 「彼は命令を受けただけよ。私の帰宅中にまた襲われないように護衛するというね…。」

 ラフはまるで、ディアスと共にいたのが悪いと責めるような言葉に対し、タチアナはきっぱりと言い放つ。

 「そもそも彼とは今は同じ部隊なのだから…そういうことだってあるでしょ。」

 もうこの話はお終いという意味も込め、タチアナは彼に背を向く。

 「だけど、やっぱり気になるんだよ。」

 だが、ラフはなおも追及するようにタチアナに近寄る。

 「君たちは、以前は恋人関係だったんだ。しかも、こっちには昼間のこと(・・・・・)もあるからね。」

 昼間のこと。その言葉にタチアナは悟った。

 ディアスがセビリア基地でなにかひと悶着を起こしたと聞いていたが、具体的なことまでは知らされていなかった。おそらく、セルヴィウス大将とフェルナン准将の配慮があったのだろうとタチアナは理解した。

 「アイツの反応を見ればわかるさ。だからこそ、妬きたくもなる。…少しはわかってくれるだろ。」

 ラフの両手がタチアナの両肩に静かに乗せられる。

 「だから…証がいるのさ。」

 「嘘よ。あなたはっ…。」

 タチアナは彼の手を払いのけ、反論する。しかし、それは遮られた。

 払いのけられたラフの手が、タチアナの吊り下げている左腕を掴んだからだ。突然の事と痛みにタチアナはうめき声をあげ、振り払おうとするがラフは離そうとせず、無理やり彼女を引き寄せ唇を重ねた。

 思わぬことにタチアナは逃れようとするが、どうすることもできなかった。

 唇が離れたときにも試みたが、依然として、左腕を掴まれ身動きができなかった。

 「言っただろ?証がいるって…。」

 ラフはその言葉とは裏腹に冷たく言い放つ。

 そして、ふたたびタチアナを引き寄せ、耳元でささやく。

 「…別に、そこらへんにいるありきたりな恋人を演じる気はないさ。君が俺を拒絶しても構わない。」

 そうだ。

 この男には、自分をいとおしむとか愛情の類の気持ちなんて持ち合わせていない。タチアナもそのことは知っている。

 彼から離れようと思えばいくらでもできるはずだ。

 しかし…。

 「しかし、忘れないでほしいな。俺は司令部(・・・)から任されているんだ。」

 その言葉にタチアナは身を強張らせる。

 「アンヴァルをあの部隊(・・・・)の時のように…。」

 「やめてっ!」

 ラフが言い終わる前にタチアナは遮った。

 「やめて…。それは…それだけはっ…。」

 タチアナはラフが言うことを理解し、恐怖で顔を引きつらせ、懇願する。

 あの時の記憶が鎌首をもたげる。

 多くの命が犠牲になった。あの部隊は巻き込まれたのだ。自分の迂闊さが招いた出来事…だからもう、それだけは避けたかった。

 だが、ラフは何も答えず、ただタチアナに冷たい視線を送るだけだった。タチアナはこれ以上の言葉が続かず、脱力し座り込む。

 ラフはタチアナの、打ちのめされた姿をまるで楽しむように見下ろす。

 彼女を抑えるには、あの部隊(・・・・)のことを出すのが手っ取り早い。それだけで彼女は簡単に折れ、見てのとおり、もはや自分に対してすげない態度も抵抗もしなくなる。

 ラフは彼女のそんな様子を見ても憐れなんて感情は微塵も感じていない。むしろいい気味だと思っている。昔は彼女に対して好意は抱いていた。しかし、彼女の指摘しようとしたように、一切そんな感情なんてない。

 それもこれもお前が悪いのさ。

 ラフは肩膝をつき、俯く彼女のあごを自分の手であげる。

 恐怖に染まった目でこちらを見返す。だが、抵抗する素振りは見せない。

 だからこれは復讐なのさ。

 ラフは心の中でタチアナに言う。

 そして、ふたたび唇を重ねた。

 生理的嫌悪を感じながら、タチアナはなにも抵抗せず、その感触に身を任せた。いや、抵抗なんてできない。

 もうあんなことは、そして自分の身に起きたことはもう2度と味わいたくない。

 やはり…。

 タチアナは 諦念を抱いた。

 もう戻れないのだ、と…。

 この部屋に戻るまでに抱いたディアスに対して、残っていた想いも、もしかしたらもう1度戻れるのではと抱いた淡い期待も…。

 それらの思いがどんどんと真っ黒に塗りつぶされていくようであった。 

 

 

 

 

 

 「そっ、そんな…。」

 アウグストの話を聞き終えたダミアンは顔を青ざめた。

 そのあまりにも衝撃的な内容にめまいを覚え、先ほど食べた夜食が胃から吐き出しそうな気分だった。

 「ちょっと待ってください…。」

 ふとダミアンはあることに気付いた。

 「大将はそこまで存じているであれば…もしかして…。」

 それ以上、ダミアンは言えなかった。その可能性を信じたくなかったからだ。だが、アウグストなら、自分がこの言葉の先を、何を言いたいのか分かっているはずだ。だが、当の本人は無言であった。

 「…なんで、否定しないんですか?」

 耐えかねたダミアンは声を震わす。

 「『自分は違う』と…その一言だけでいいのにっ!?」

 自然と怒りが込み上げてきた。

 「わかりました。」

 何も答えないアウグストにダミアンは吐き捨てるように言う。

 「あなたがそうやって人を駒のように使って、捨てるような…利用するような人だとは思いませんでした。」

 この部隊に配属された時、なかば左遷ということを知り、気落ちしたが、その創設者がアウグスト・セルヴィウスと知り、心躍らせた。

 なにせ、あの「ディルムンの英雄」だ。ユーラシア宇宙軍の基礎の部分に携わった人だ。しかし、その尊敬が軽蔑にわかる。

 「あなたは…最低な人だ。」

 彼がまるで溜まったものをすべて吐き出すように言い終え、肩を上下させる。

 ようやく息が整った頃、アウグストは静かに口を開いた。

 「ダミアン…。」

 「なんですか?言い訳なんて聞きたくないです。」

 もはや聞きたくない。そんなぞんざいな態度にアウグストはふぅと息をはいた。

 「よくわかったよ。お前はいいやつ(・・・・)なんだと…。だが…。」

 訝しんだ瞬間、その後の言葉が聞き取れなかった。

 ふいに首筋にちくりと虫にさされたような痛みを感じるとともに、視界がぼやけ始めた。

 「どう…。」

 呂律も回らず、足がふらつくと背後に人、見知らぬ男がいたことに今更気付いた。

 「えっ…?」

 誰?なぜ?

 だんだんと意識が暗くなっていく中、ぼんやりと自分は殺されてしまうのではないのかという言いようのない恐怖が支配した。

 ああ…なんでもっとはやく気付かなかったのだろう。

 大将がここまで話す理由も、そして自分の態度を見た結果なのだろう。

 どさりと地面に倒れ、視界が暗くなった。

 

 

 

 アウグストは倒れたダミアンを助けもせず、ただずっと見下ろしていた。

 「ほんとっ、お前はいいやつだ。」

 もはや聞くことも話すこともないダミアンに向け、アウグストは1人話す。

 「こうなるであろうということを疑いもせずにな。…それでいい。」

 「俺を肯定するな。」

 そして、アウグストは立ち上がり、暗がりにいた男に声をかける。

 「おまえにも苦労をかけたな。」

 男は終始無言であった。

 「さて…大忙しになるぞ。」

 アウグストはふたたび物言わなくなったダミアンを見下ろした。

 「…本番はこれからだ。」

 その眼光は鋭く光っていた。

 

 

 

 

 基地への帰る道すがら…

 ディアスはタチアナのアパートから離れた人気のない街角で立ち止まった。

 タチアナの部屋の…暗くはあったが、カーテンの隙間より人影がみえたのをディアスの、その優れた視力は見逃さなかった。

 アイツだろう。

 今日の昼間、会いたくもなかったあの男の姿が脳裏に浮かび、ディアスは苦い顔をする。

 自分たちを見下す眼、そして厭悪の態度…

 あんな男の手がタチアナに触れるのを思うと、腹立たしくなってくる。

 だが、ふとディアスは気付いた。

 俺はまだ…タチアナに…未練があるのか?

 もう想ってはいけないと、あの時(・・・)からしまい続けてきた想い…。

 ディアスは愕然とした。

 あんなことになってもなお、彼女がその後どうなったのか知っていてもなお、その想いを残し続けていたなんて…。

 ふと視線を落とすと、セロがこちらを心配するように見上げている。ディアスはセロを持ち上げ、視線をあわす。

 「セロ…おまえが気に病むことではない。」

 そうだ…。

 「これで…いいんだ。」

たとえ想いを抱いていても、それを出してはいけない。そうでなければ、過ち(・・)を繰り返すことになる。

 だからこそ、ふたたび(・・・・)同じ部隊に属そうとも、オリガから指摘されてもその想いを沸き起こさなかった。もしかしたら無意識的にしまい込んだのかもしれない。

 時にふと思うことがある。

 なぜ自分はコーディネイターなのか?なぜナチュラルを好きになったのか?

 答えの出ない問い。だが、1つ言えるのは、もはやどうすることもできないということであった。

 ディアスは1人、夜の街へと溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 数日後。

 (珍しいわね、あなたから連絡があるなんて…。)

 「なに…少し話したいことがあってね。」

 アウグストは司令室の秘匿回線である1人の女性に連絡を取っていた。その女性は齢60歳前後、一見温和な老貴婦人と思わせるような印象であった。

 (奇遇ね、私もそうよ。まずは私からでいいかしら?)

 アウグストは無言でうなずく。

 それを確認した老婦人は話を切り出す。

 (あまり時間もないから手短に言うわ。まずはこれを見て。)

 すると、別のモニターからMSのデータが表示された。

 「これは…カタリーナ?」

 カタリーナと呼ばれた女性は説明を始める。

 (『X計画』…MSを独自に開発した大西洋連邦の対抗手段、対ザフト戦後の連合内での発言力の維持のために始動された国家プロジェクトよ。)

 「ほう…司令部もようやく重い腰をあげたか。だが、少し言葉(・・)引っかかる(・・・・・)なぁ。」

 (やはり、気付くと思ったわ。)

 カタリーナは笑みを浮かべる。

 「…で、何をしようというのだ?」

 (そうね…一言でいうのであれば、その計画のために多くを支払う(ペイ)するつもりよ。もちろん、司令部はさほどの痛手にならないね。)

 カタリーナはユーラシア連邦司令部、ひいては地球連合の上層部が考えている作戦…しかもほんの一部にしか知られていない概要をアウグストに説明した。

 「それは…また…一体どこのどいつがその筋書きを書いたんだ?そもそも、その確証(・・)あどこにあるんだ?」

 その内容を聞いたアウグストは眉をひそめた。

 (曰く、確かな情報筋からだそうよ。主にブルーコスモス(・・・・・・・)は動いているとのことよ。)

 「…で、こっちの司令部は知っていながら知らないふりをしてあえて乗るつもりか。現場は知らないままで。」

 アウグストは大仰に息をつく。

 (だから、『X計画』があるのよ。一時は発言力を失うけど、その裏を返せばザフトとの戦争は大西洋連邦が主導…つまり、その戦争が終わるまで損失を被るのは大西洋連邦。偉い国が見栄を張りたがるものだし、MSも自分たちのものだもの。他の国の人間には渡したくないでしょ?対して、ユーラシアはそこでは大きな損失になっても、温存できるっていうのは彼らの算段よ。)

 「随分と姑息だな。」

 (未来に対して大志があれば、今はどんなに卑怯に振る舞おうと問題ない、ということよ。)

 「ふっ…なかなか、ご高尚な(・・・・)こった…。」

 アウグストは皮肉まじりに言い放った。

 そもそも『損失』というが、消えていくのは数ではない。戦場の兵士の命だ。

 だからなんだっ、戦争をしているのだぞっ!犠牲なんてつきものだ。

 そうやって言うのは簡単だ。だが、それを言う人間は所詮、戦場がどういうものか知らない頭でっかちの連中だ。

 (…やっぱりね。)

 「うん?」

 (あなたがこのことを知らなかったことよ。彼女があなたの創設した部隊に異動命令が出たとき、もしかしてと思ったけど…。)

 カタリーナはなにか納得したような表情で続ける。

 (やっぱりあなたはあの頃(・・・)から変わらないわ。だから、私はあなたに味方をしているのよ。あのモグラのように分厚いシェルターにこもった利己的で厚顔無恥の男たちではなく…。)

 カタリーナの言葉を聞きながら、アウグストは果たしてそうだろうかと自問してみた。

 いや、随分と変わったさ。

 ちらりと、壁に掛けられた鏡を覗く。

 白髪のまじった髪と髭。そして、齢からくるしわもにじみ出ている。

 よくもまあ、老いたものだ…。

 体の節々も痛み、徹夜が少しでも続くと、その疲労がなかなかとれない。

 本来なら、軍を退役していてもよい年齢だ。

 誰だって、さらに己の肉体を酷使してまで働きたいという者はよほどのことでない限りいない。むろん、アウグストもその1人であった。退役後のいわゆる第2の人生というものを思い描き、それを実践するのを、数年前まではいまかいまかと待ち望んでいてさえいた。

 しかし、現実はそうはならなかった。

 地球とプラントとの開戦。

 これまで両者の関係は緊張状態にあり、打開策を講じても平行線のまま、とうとう戦争に突入したのであった。

 ‐人類は、宇宙さえも戦場に変えた。‐

 かつて、故郷の貧窮を打開するためにコロニー建設計画を構想した男の、その夢を砕かれ、夢とともに運命を共にした男の言葉が脳裏によぎった。

 苦難の末に完成したそれはしかし、当時の北アフリカ共同体の政府と半民半官企業によって独占状態であった。それに反発した抵抗運動を発端として武力衝突がおき、ユーラシア連邦は反政府勢力の武力支援の要請という名分、そのコロニーの利権を得ることを目的に軍を派遣した。

 あの頃(・・・)…その紛争に従軍したころの自分にはその戦場に足を踏み入れるまで、甘い認識を持っていた。

 親世代が経験しているとはいえ、自分は体験していない世代。

 それは想像以上に悲惨な戦場であった。

 今でも夢に出てくることがあった。

 コロニーという限定空間内での戦闘がどれほど神経をすり減らすものであったか。あらゆる生物の生存を拒絶する真空空間を隔てた外壁を破壊すればどうなるか、多くの遺体を限度のある土壌にどれほど埋葬できるか。血や硝煙などの異臭が密閉空間にずっとたちこめ続ければどうなるか。

 そんな異質性とともに戦争である以上必然的に起こる人の死。それも自分が今まで見てきたような厳かなものではなく、何の前触れもなく、悼むこともできないゴミのような死。そして、憎しみ、痛み…。

 いくら自分は軍人だからと割り切っても残る人を殺すことへの嫌悪感と罪悪感、しかし敵に自分が、大切なものが傷つけられ、敵に対して憎しみをぶつけるという狂気。

 人はいとも簡単に飲み込まれるのだ。

 それを経験しているからこそ、半ば義務感もありアウグストはなおも軍服に袖を通す。

 だが…結局どうすることもできなかった。

 地球とプラントが戦争になるであろうことは簡単に想像できたはずだったのに…。

 大西洋連邦の月面軍事基地の建造が発覚の居直りから旧世紀から続いた宇宙条約が形骸したことによって始まった宇宙軍備競争。ジョージ・グレンの告白直後の極秘裏に誕生したコーディネイターが成長して各分野で活躍したことによって、ナチュラルとコーディネイターの「ヒト」としての差が歴然とし、批判勢力が活発したこと。それに伴う排斥・差別・迫害、テロ、独立運動…。

 そう…誰もが思っていたはずだ。

 互いが互いに存在を認めない。世界がどんどんと暗く、悪い方向へと流れていって行くことに…。

 しかし、それについて声を大にして挙げる者はあまりにも少なかった。それに耳を傾ける者もまた少なかった。

 その時代の流れで俺は何をした?

 いや、俺は何もしてはいない。

 ただ、働いていた。

 あの戦場が自分の中で、しこりとして残りつつも、目の前の雑事に追われる日々であった。

 戦場から帰還したのち、軍事作戦の失策の目くらましとして「英雄」としてまつり上げられる一方で、前線から遠のかされ、不遇の時を過ごしていたのは言い訳にしかない。その上、自分の過ちから目を背けたいがために、雑事を言い訳として、家族と向き合っても来なかった。それが妻の死の誘因となった。誰に責められなくてもわかっていることだ。息子が俺を憎むのも当然であった。

 そんな自分が今さら何をしようというのか?

 やったところで何も変わらないのではないか。

 だが、それで諦めるという選択もできなかった。

 あの戦場が、そこで散った命が、己の影のようについてくる。

 ‐私は、影だ。‐

 かの言葉がその過去とともに刃となって胸を貫いていた。

 「…俺はずっと逃げ続けてきたんだ。」

 アウグストはボソッと呟いた。

 「だが、もうどんなに見ないふりをし続けることもできなくなった。俺はこれ以上…あの子に背負わせたくない。だから…。」

 そう言いながら、USBメモリーを取り出した。

 「もしあの頃の俺であれば、こんなこと(・・・・・)はしない、カタリーナ。だが、今の俺はする。だから連絡を入れたのだよ。」

 (蔑んでほしいため?非難してほしいため?)

 カタリーナの問いにアウグストは無言であった。

 しばし、沈黙が流れる。

 さきに口を開いたのはカタリーナであった。

 (…そろそろこの回線を使い続けるわけにはいかないわ。切るわね。)

 アウグストはただ無言でうなずいた。

 そして、通信は切れた。

 「お見通し…というかわけか。」

 アウグストは1人ぽつりとつぶやいた。

 今回の1件…X500の強奪からはじまったこの一連の出来事…これは幽霊部隊との戦いにおける第2局面となる。

 その結果は言うまでもない…完膚なきまでの敗北である、と。

 やられた…。

 アウグストは苦虫を噛み潰すような顔をした。

 なにせこちらの打つ手を出しにくくなったのだ。まさしく、暗闇のなかを手探りで行かなければいけないように…。

 カタリーナも状況を聞いて察したのであろう。

 だからこそ、言わせなかった。それを自分の中でとどめるべきものだと。

 それと同時に、1つの手札を持ってきた。

 思案していると、ドアをノックする音が聞こえた。

 アウグストはすぐに居ずまいを正した。

 「入ってくれ。」

 「失礼します、セルヴィウス大将。」

 ドアを開けてに部屋に入ってきたのはタチアナであった。

 「怪我の方はどうだ?」

 「はい、だいぶよくなりました。すみません、次の日もお休みをいただいて…。」

 「気にすることはないさ。」

 アウグストはタチアナにいたわりの言葉をかける。

 「それで、その後の調査のことを報告に来たのですが…。」

 「ああ、聞かせてもらおう。」

 タチアナは持ってきた書類を渡した。

 「許可をいただいて、ユリシーズ・スヴォロヴが使用していたコンピュータを調べたところ、アドレスに不審な点があり、それを追ったのですが、途中で足取りがつかめなくて…。」

 タチアナは顔を曇らせた。

 「まあ、さすが幽霊というだけある。おそらく彼の1件を聞いてすぐに消したのであろう。」

 その言葉にタチアナは訝しんだ。

 「俺はアンヴァルの情報漏えいは2人で行っていたのではないかと推測している。だから、今までしっぽを掴めていなかったことにも納得がいくんだ。

 「…つまり。」

 「君は休んでいたから知るのが遅くなっただろうが、ユリシーズ・スヴォロヴの事件の後から、クレメンス曹長の姿が見えなくてな。無断欠勤が続いている。」

 アウグストは深刻な顔つきになった。

 「クレメンス曹長が!?」

 タチアナも驚いた顔をした。

 「俺だってそうは思いたくない。だが、この部隊の主だった者たちにしか知ることのできない情報を手に入れられるユリシーズが情報漏えいの犯人だった。クレメンス曹長も、アイツほどとはいかないが、輸送部隊の特質上、そして、ギースの代わりをやっている以上ありうる話だ。」

 そして、アウグストはUSBメモリーを取り出した。

 「これはクレメンス曹長について、こちらが可能なかぎり集めた情報だ。」

 そして、机にそっと置き、前へ出す。

 つまり、これからうまく探り当てることができるかもしれないというのがアウグストの考えだとタチアナは読みとった。

 「わかりました。引き続き、調査を続けます。」

 タチアナはUSBメモリーを受け取り、そして退出した。

 彼女が出ていき、ふたたび1人になったアウグストはしばらく天上を仰いで、なにか考え事をしていた。

 そして、ふたたび前を向く。

 「出せる手札(・・)は出さなければな…。」

 そしてふたたび秘匿回線を開き、今度はドゥアンムー商会へとつないだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 太平洋上。

 カオシュンでの積み荷の受け渡しを終えたケートゥス号は一路アラスカに向けて北東へと針路を進めていた。

 艦内はこれといって変わったことはなく、ヒロは艦の手伝いをしていた。ただ、その日は、格納庫にいた。

 ヒロはクリーガーの前に立つ。

 手伝いを申し出てから、この格納庫に来ることは何度かあったが、こうやってクリーガーの前に向き合うように立つのは久しぶりであった。

 その姿は依然ボロボロの状態であった。

 それを見上げたヒロは心の中で問いかけた。

 ガンダム(きみ)はいったいどんな存在?

 答えてくれるわけではないが、問いかけずにはいられなかった。

 ‐君たちが扱うと、とんでもないスーパーウェポンになってしまうな。

 ハルバートン提督の言葉がよぎる。

 ザフトにせめて対抗するためにとして造られた兵器…その内の1機がクリーガーだ。だからこそ、ハルバートン提督にはそう言ったのであろう。

 それはかつてモルゲンレーテにて、カガリがM1アストレイに向けて言った言葉と同じ意味であった。

 オーブの護り(・・)。オーブの意志を貫く()

 ハルバートン提督もカガリもMSを戦うための力、守るための力、そんな存在として見ているから出た言葉なのであろう。

 しかし…。

 先日のカオシュンの光景がよみがえる。

 あの街を破壊したのはMSだ。

 きっとカオシュンに住んでいた人達にとって、そこで日常を送っていた人にとって、MSは自分たちの住む場所を、日常を破壊している存在として見ているであろう。

 『モノの見方』

 1つのモノであっても、人それぞれによって、そのモノの意味が変わる。

 昔、そんなことがあったなとヒロはそのことを思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 「…で、わからなくて降参してきたと。」

 セシルはテーブルにうなだれているヒロからそのワケを聞き、結論を言った。

 「降参してないよっ。…でも、どうしても見えないんだよぉ。」

 ヒロはセシルに問題の紙を渡した。

 ジェラルドからゲームだと言われ、この紙を渡された。さまざまな黒い模様がところどころに散りばめられた、その中に動物が隠れているという。それを、当ててみろと持ちかけてきたのだ。ちなみに、ジェラルドは答えをもう解いてきたのだ。

 必死に探しても分からず、ジェラルドの勝ち誇った顔が悔しくて仕方なかった。

 「自分が解けたからって人に見せびらかすなんて、ジェラルドらしいといえばジェラルドらしいけど…。」

 セシルはその紙を受け取り、眺めはじめた。

 「いつものいじわる(・・・・)だよ。ただの黒い模様を動物が隠れているって言って、僕の反応を楽しんでいるんだ。」

 ヒロはふてくされ、テーブルにうっぷつした。

 「そうねぇ…。」

 セシルは紙を高く上げたり、角度を変えたり見ていた。

 すると、セシルは何か見つけたのか、ヒロに確かめる。

 「ねぇねぇ、ヒロ。ジェラルドはここに何匹の動物がいるって言った?」

 「うん…4匹って言っていたけど…。」

 それも適当に言っているのかもしれない。ヒロは半ば諦めた口調で答えるが、セシルはにんまりとした。

 そして、ヒロを起こし、紙を見させる。

 「じゃあ、ほらっ。ヒロがさっきまで見ていた紙を上下180度回転させて…。」

 セシルは紙を上下変えて、ペンを持った。

 「ここと、ここ…。あとは、こことここ、ね。」

 「ああっ、パンダ!それと、ウサギとペンギンが2羽っ。」

 セシルがペンで線を書くと、動物の姿が浮かんだ。

 「なんで…。」

 ヒロはじっと紙を見た。

 さっきまではただの黒い模様だったのに、いまではどう見ても、動物に見える。

 「それは、ずっと真正面からしか見てなかったからよ。どうやって見るかなんて言われてないでしょ?」

 たしかに、ジェラルドからはここに動物が隠れているから探し当ててみろ、と言われただけで、どうやって見るかなんて一言も言われていない。

 「そして、それが正しい(・・・・・・)…そう信じて思い込んでしまって見えなかったのよ。」

 セシルから言われ、ヒロはたしかに自分はずっと思いこんでいたことに気付かされた。渡された位置が正しい見方というわけでなく、動物が隠れていると思ってすらもいなかった。だからこそ、動物なんて最初から見つからなかったのだ。

 「それはこの絵だけじゃなくてもそうよ。物事っていうのは1つのモノであっても、自分が見ていることと他の人が見ていることでは違って見える。誰かが言ったからといって、それも1つの見方であって、そればかりが正しいというわけではないのよ。だから、ヒロ…。」

 セシルは穏やかに言った。

 「あなたはその物事に対して、よく見て、よく聞いて、自分で考えて、自分の意思で決めるのよ。」

 

 

 

 

 

 

 あの頃はまだ、小さくてセシルの言葉をよく理解できなかったが、今なら少しは分かるかもしれない。

 あの時、自分が諦めたのは「いつものジェラルドのいじわる」だとして、答えなんてないものだと眺めていた。だからこそ簡単に諦めた。そうやって、思い込みや先入観があったからこそ解けなかったのだ。

 それは日常の、ありふれた出来事だけではない。

 この戦争にも同じことが言えるかもしれない。

 地球連合もプラントも守るためを戦う。

 地球軍はこれ以上、宇宙からやって来たザフトに自分たちの地球が奪われたくないから、取り返したいから戦っている。ザフトは、プラントを、「ヒト」として扱われない自分たちの唯一「人」として暮らせる場所を守りたいから銃をとる。

 すべては国のため、守りたい人のため…でも、ああやって砲弾が降り注ぐ中で暮らす人にとってはたまったものではない。

 「僕は…戦争の事をよく知らなくちゃいけない…。」

 たとえこの大きな戦争の一部であっても、関わっているのだ。

 ヒロは次々と浮かぶ疑念や問い、悩みを悶々と考えつづけた。しかし、考えれば考えるほど、さらに悩みや問いは増えていく。

 その中で自分はできることはなんなのか…。

 う~ん、と唸っていると、そこへ後ろから声をかけられた。

 「ヒロ…ちょっといいか?」

 ネモの声で思考の海から引き戻された。

 ヒロはいったいどうしたのだろうかと不思議に思い、振り向く。

 「少し、手伝ってもらいたいことがあるんだが…。」

 

 

 

 

 「で、ヒロは船長とともに上甲板にいるのか…。」

 ヒロを探していたハックはうなだれた。

 「せっかく、こっちの方で頼みたいことあったのに…。」

 よもやネモ船長からの直々の手伝いに行っているとは思いもしなかった。

 しかも、その手伝いの内容もであった。

 「まあ、あきらめろ。」

 テオドアがきっぱりと言う。

 「あれはしばらく戻ってこないぞ。」

 

 

 

 

 「ふ~、暑い…。」

 ヒロは額から流れる汗をぬぐう。

 北回帰線上を航行しているため、熱帯に近い太陽に日差しが甲板に降り注いでいる。

 現在、ヒロはネモ船長に頼まれて、ともに彼のコレクションの1つである航空機の定期メンテナンスを手伝っていた。

 「お疲れ。たまにはこういうのもいいだろ?」

 ネモもコートを脱いでいた。肩にはクーラーボックスがかけられていた。

 「すごいですね。動かせることができるのですよね?」

 ヒロは航空機を見上げながら尋ねた。

 「まあな、原動機は現在に合わせたものだが、それ以外は可能なかぎり当時に近い形にさせている。」

 ネモは嬉しそうに答えながら、クーラーボックスを降ろした。そして、蓋を開ける。

 「どうだ?仕事終わりの、しかもこう暑い日には格別だぞ?」

 取り出したのはビール缶であった。

 「いえ。僕、未成年ですし…。」

 「プラントでは15歳以上から成人だと聞いているが?」

 ネモのいじわるな質問に、ヒロは必死になって返した。

 「僕はプラント育ちではないですし、僕まで酒を飲んで酔いつぶれたら、厄介なことになると心しているので、試したこともないです。」

 「そうか。」

 ネモは押し付けることもせず、今度は炭酸飲料を取り出した。

 「これなら飲めるだろ?」

 「はい。」

 ヒロは炭酸飲料缶をネモから受け取った。冷たくよく冷えていた。

 「かく言う、俺もビールではないしな。」

 ネモはビール缶を戻し、ヒロと同じ炭酸飲料缶を取り出した。

 「意外です。テオドア副長やハックさんとか、結構飲んでいましたので…。」

 「俺の場合は、禁酒しているのさ。…それだけだ。」

 そう言って、ネモは缶を開け、ごくごくと飲む。

 ヒロもまた缶を開けて飲み始める。

 シュワっと泡立つ冷えた液体が、暑さでカラカラになった喉を潤す。

 体にたまった熱気がよく冷えた飲み物と甲板に吹き抜ける涼し気風によって冷まされていく。

 しばらく、お互いに話はなかったが、ヒロはネモに声をかけた。

 「あの…船長。」

 ネモにどうしても聞きたいことがあったからだ。

 「ルキナとはどういう関係…だったんですか?」

 それを聞くのが恐ろしいという気持ちもある。でも、聞かなければいけないと思ったからこそ、尋ねた。彼はなにか考えているのか、ヒロの問いにすぐには答えなかった。 その待っている時間がじれったく、心臓がバクバクと早鐘をうつ。

 「ルキナとは…。」

 ようやくネモが口を開いた。

 「彼女の父親、ヴェンツェルと友人だったんだ。アイツが死んだあとも、その娘であったルキナを気に掛けていた。ただ…それだけだ。

 「そう…ですか。」

 そっけないように答えるが、それは自分を気遣ってか。

 やはり、カオシュンでのことがあったから、そのように思えてしまうのだろうか。

 ヒロは口を開いた。

 「…すみません。」

 「うん?」

 「僕が…僕がもっとしっかりしていれば…もっとうまく操縦できていれば、ルキナを死なせることはなかったのです。いえ…その後、すぐにルキナのもとに向かえば、よかったのに…僕は…。」

 結果として、ルキナを死なせてしまった。

 だから…。

 しかし、ネモから返って来たのは意外な言葉であった。

 「バカなことを言うではない。」

 思わぬことにヒロは戸惑う。

 「君は全力を尽くしたのだろ?やれることをしなかったわけではない。やれないことを責めてもどうすることもできない。」

 「でも…。」

 「人は、すべてがすべてできるわけではないんだ。人がやれることというのは、自分が思ったほどできないものだ。」

 ネモは続ける。

 「だから、1人でなんでもしようなどと背負うな。できないのに、やらなければと無理をして、出来なかったとき自分を責めてさらに過ちを犯す。」

 ネモの瞳にどこかもの寂しさを感じた。

 「見ろよ、この海を。」

 ネモに促され、ヒロも海の方へと目を向ける。

 「水平線いっぱいに広がっていても、俺たちが見ているのは海のほんの一部だ。海も世界も俺たちが思っている以上にでかいのさ。」

 そして、ネモは上を仰ぐ。

 「おまえはまだ若い。少しずつ自分のできることをしていって、そして世界を広げて行けばいい。…それでいいんじゃないか。」

 そしてヒロに向け、穏やかに微笑む。

 思わず視線を外した。

 「自分のできること、ですか…。」

 ヒロもつられて笑みを浮かべ、海へともう一度、目を向けた。

 青く輝き、その水平線の向こうまで目いっぱい広がっている海。海だけではない、この青空の向こうの、さらに宇宙の先にはプラントがある。

 自分の目では見えない先にも、多くのことがあるのだ。

 外の世界を見てみたい。

 幼い頃、森の合間から見えたまるで行く手を阻むように横に連なる山脈を目にした時、港町の高台から海を眺めた時に抱いた思い。

 その先を何度も何度も想像したが、見れば見るほど、改めてこの広さに驚かせる。

 そんな世界の中の小さな自分。

 果たして、自分にできること、自分がしたいことは何か。

 さきほどクリーガーの前で自問した言葉。

 それをふたたび、海と同じ色で青々と広がる空を見上げながら自分に問いかけた。

 

 

 

 

 

 

 






あとがき

今回の話でPHESE-43からの一連の流れが一区切りします。
そこで次回からの話を少し…。
この後いよいよ『アラスカ編』と思った読者は多々いると思いますが…
『オーブ編(part1 or part2)』に舞台を移します。
外伝『Astray』でもかなり関わりを持ち、原作本編でも中立国でもあるのと、キラたちヘリオポリスの領有する国でもちらほら出て。アラスカ後では、メインとなっていき、さらにDestinyでも…以下略(もう言わなくてもわかると思うので、もう説明は省きます)
だけど、オーブ戦まではクローズアップされません(まあ、小国+中立国だからというのもありますが…)。でも、シンの回想ではなんだかんだとじわりじわりと来ている雰囲気なのですよね。というわけで、そこも含めて、オーブの話をします。


それと今回はもう1つ…
モノの見方、と関連できるかはわからずとして、
現在放送中のガンダムの番組を見ていて改めて思ったのは『ガンダムってその見ている世代ごとで、いそいろ登場人物等の印象とか変わるんだなぁ』ですね。
たぶん、自分がその主人公サイドと同じ年代だと、彼らに共感を持ち、対立陣営に対していい印象を持っていないでしょうね。でも、いまの年齢で見ているからか、思ったことも、この年齢だとたぶんこう思うかなって…。




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PHASE-48 光り輝く天球・壱 ‐はじまり、はじまり‐

お気に入り登録が100を達成していた(わあぉ)。
よくよくこんな小説を登録してくれたなぁっと、逆にいいんですかと思ってしまう…
(ネガティブで申し訳ない)
これからも完結まで走り続けて行きますので、
これからもよろしくお願いします。






『他国を侵略せず、

 他国の侵略を許さず、

 他国の争いに介入しない。

 

 南太平洋に浮かぶ20以上の群島からなる島嶼国家、オーブ連合首長国。

 建国時より上記の理念を掲げ、その理念の下に国防軍を保有し、その理念ゆえに海外派兵はC.E.の歴史においては皆無であった。

 地球連合…主に理事国が独立を掲げるプラントに対しての宣戦布告をし、いよいよ開戦の機運が高まる中、当時に代表ウズミ・ナラ・アスハは、この理念を下に、オーブはこの戦争にいかなる事態が起ころうとも中立・独立を貫くという宣言を行った。

 開戦から1年近く経った現在、オーブの所有コロニー『ヘリオポリス』がザフトの地球軍新型機動兵器の奪取作戦により崩壊という非常事態、一部避難民が戦闘に巻き込まれ、命を落とすという悲劇を経てもなお、中立を貫き続けている。

 

 しかし、この建国の理念がいかにして掲げられることになったのか、知る者はほとんどいない。

 

 

‐レーベン・トラヴァーズ私的レポートより‐』

 

 

 

 

 

 

 ヤラファス島、通称オーブ本島と言われる通り、この島に首都が置かれ、 政治の中枢となっていた。

 中心街の オープンカフェでレーベンはコンピュータの前で悶々としていた。机には資料が れている。

 「オーブ連合首長国…もともと複数の部族が寄り集まってできた国家。現在は立憲君主制をとっている。国家元首は各部族の代表である首長たちの中から、さらに勢力の強い5つの氏族、俗に五大氏族の中から選ばれた代表首長であると同時に、主権は国民にあり、議会によって政策、決定を行う、という政治システムをとっている。しかし、依然として首長たちの力、とくに最大首長家であったアスハ家が代表首長を継いでいる…。元々、この国は産油国として富を得、石油枯渇後はその資本によって工業国へと転身、以後C.E.年代には赤道直下という利点を活かした宇宙港の誘致、宇宙コロニ―での技術産業、コーディネイター受け入れによって先進技術国へと成っていった。その過程は…。」

その後も、オーブの経済・歴史について自分の書き上げたレポートを読んでいくが、どこか納得のいく顔をしていなかった。

 「な~んか、違うんだとなぁ…。」

 レーベンは長時間の執筆作業で凝り固まった首肩をグルグルと回しながら、嘆息する。

 ちょうど、オーブに来たのだからと、これを機に 「中立国オーブ」について調べ、集めた資料を基に書き上げた。しかし、どこか薄っぺらい様な気がしてならない。これではもっと奥深い何かがあるのを見ようともせず、表面だけで理解できた気になって、偉そうに批評する評論家みたいだ。

 「特にこことか、こことか、こことか…どうしてオーブはその選択をしたのか、これじゃあ全く見えてこないというか…。やっぱりまだ調べる必要があるかなぁ…。」

 しかし、問題もあった。調査の期限が刻一刻と迫ってきているのだ。

 「ミレーユたち、もう終わっちゃかなぁ…。」

 大きく背伸びし、一息つけながらレーベンは別の用事で共に来ているミレーユたちがいまどうしているだろうかと気になった。

 

 

 

 

 

 

 

 所変わって、ヤラファス島の南にある島、オノゴロ島。

 国防本部や半国営企業モルゲンレーテ社のあるこの島の軍港に1隻の貨物船が停泊していた。

 今、そこに積まれていたコンテナがクレーンで釣り上げられ、ゆっくりと地上へと降ろされていた。

 少し離れたところでその様子を見ている男がいた。

 たくましい肉体に凛々しく端正な顔立ち、謹厳実直・質実剛健という言葉が合いそうであった。

 そこに太陽に反射し、そのきらびやかさを増した金髪をなびかせて近づいてくる女性がいた。

 「シグルド、アークエンジェルはJOSH-Aに到着したそうよ。後は契約等の話が済めば、そちらの仕事は終わるわ。」

 「…そうか。」

 ミレーユの言葉をシグルドはただ頷き、短く答えただけであった。

 「なにかこの国に嫌な思い出でもあるの?オーブ(ここ)に来てからずっと不機嫌そうよ。」

 彼は寡黙、というタイプではない。無駄な会話が嫌いというわけでもない。にも関わらず、あまりにもそっけなく応えたことにミレーユは面白半分で質した。

 「別に…いつもどおりだ。」

 彼女の追及をかわそうとしているが、やはりいつもと違っていた。

 「シグー!ミレーユさーん!」

 すると、コンテナの作業が終わるったのかフィオがモルゲンレーテ社の主任技術師であるエリカ・シモンズとともにやって来た。

 「この後、モルゲンレーテの工場の見学をさせてもらえることになったのー!」

 フィオは嬉しそうに報告した。

 「いいのか?」

 「もちろん、それも今回の取引(・・)の報酬に入っているのだから。」

 取引。

 果たして今回の案件はその言葉に当てはまるかはなはだ疑問ではあった。

 なにせ、フィオリーナがクリーガーの一部改造を行うために手に入れたMSのパーツを本来の所有者に戻しただけの話である。

だが、互いに利益になったのでるのであれば、そうであろう。

 当の本人、フィオはというと、パーツを手に入れたときの苦労や手放すことへの未練はすでにどこかへと飛んでいったのか、今はこの後のことを楽しみにしているようであった。そして、エリカと同じモルゲンレーテ社の赤いジャケットを羽織った女性に付き添われ、彼女は社内見学へと行ってしまった。

 「実は…よかったぁという気持ちを、ああ少し遅かったかなていう気持ちが半々ってところかしら。」

 エリカは意味ありげに話し始めた。

 もともと自分たちが持っていたパーツは、連合からの技術盗用で開発した3機の試作機の予備パーツにあたるものであった。しかし、ヘリオポリスが襲撃され、崩壊したことにより、3機はなんとか無事であったが、2機分の予備パーツは行方不明となってしまったのだ。

 「本当は諦めていたのよ。」

 「右腕と右脚だけでもか?」

 シグルドが付け加える。

 「それでも欲しかったのよ。ただ、少し事情が変わってね…。」

 エリカは口ごもり、そして申し訳なさそうな顔をした。

 「でも、実は残りのパーツを持っていた所有者が現れて、この後引き取るからうまくいけばPシリーズがもう1機できるかもしれないわ。」

 「取引か…。」

 一連の会話でシグルドが一番興味を持ったのは、残りのパーツの所有者のことであった。

 ヘリオポリスが崩壊して、かれこれ3ヶ月は経っている。Pシリーズがジャンク屋や傭兵が乗っているという情報と共に、その機体をどうにかして手に入れようと企業や軍を始め、裏社会の人間まで躍起になっていた。実際、フィオにパーツを引き渡そうとしたジャンク屋もその価値以上に厄介事からなんとか逃れようとしたから起こしたアクションでもある。にもかかわらず、これまでその所有者が元の所有者へ引き渡そうと至ったのか、いろいろな憶測ができる。

 とはいっても、自分たちの仕事はこの引き渡しで終わりだ。この先の事は関知すべきではない。

 フィオが見学を終え次第、本島にいるレーベンを合流し、一刻も早くこの国から出るだけであった。

 「そうそう、この後だけど…。」

 「ある方(・・・)があなたに会いたいそうよ。一緒に来てくれるかしら?」

 エリカは思い出したようにシグルドに告げた。

 「もちろん、その方もこのPシリーズに関わっているからこの仕事の一環であるということは忘れないでね。」

 シグルドがあまりいい顔をしなかったことを察してか、付け加えるようににこやかに言った。

 

 

 

 

 

 

 「さて、どうしたものか…。」

 ダンは自宅の書斎で手前にはコンピュータをいじりながら、悩んでいた。

 約束は約束として、彼に一連の出来事は話した。あとは彼自身の問題だ。こっちの懸念は、彼の身を今後どうするか、だ。

 彼を元の居場所に戻すのが一番いい方法だが、それをどのようにして行うかも問題だ。

 あれこれと考えていると、ふと書斎のドアが音もなく開く気配を察知した。ついで、人1人がこちらにソロリソロリと音もなく近づいてくる。

 こんなことを考えるのは1人しかいない。

 「何の用だ、ミソラ。」

 名前を呼ばれ、後ろの人物は「あちゃ~」と、悔しがっていた。

 「もう~、あと1歩だったのに~。今度こそ兄さんを驚かせることができると思っていたんだから。」

 ダンは溜息をつき、クルリと椅子を180度向かせた。

 「あと1歩もなにもこの部屋に入って来た初めから全部まるわかりだ。」

 まったく凝りもしない妹だ。

 ダンはこの年の離れた妹のミソラの相も変わらずの行動に呆れた表情であった。

 当の本人はそんなことはお構いなしのようだ。ミソラはダンの肩ごしにあるコンピュータを覗く。

 「あー、このMSのデータ…例のヤツの?」

 「ああ、そうさ。」

 ミソラは興味津々にそのデータを読んでいった。そして、一通り見終えると、ダンの方へと向き直った。

 「…で、このMSでいったいどんな遊びを思いついたの?」

 「遊びってなぁ…おまえ…。」

 ダンは心外な顔をして見せた。これは仕事場から取って来たのだ。それを仕事以外に何に使う。

 と思いつつ、ダンはにんまりとした。

 「遊びだよ。遊びという名の仕事さ。」

 「仕事という名の遊びでしょ?」

 このMSにある面白い機能(・・・・・)を別の用途で使えないかと考え、きっとモルゲンレーテの人達が見たら技術屋魂に火がつき、こっちがお願いしなくても勝手に手伝ってくれるだろうと予想し、あとはいったいどういう名目で着手するか、構想を練っているところであった。

 だが、今はそれを考えるよりも手を付ける事案がもう1つある。

 「ところで、ミソラはどうするんだ?9月まであと半年もないんだぞ?カレッジにしろ、ハイスクールにしろ、もしくは就職するだの…いい加減決めないと俺も学校からも言われてるんだぞ。」

 「そう言われても~。」

 ミソラはげんなりとした顔になった。

 「だって、一度でもいいから宇宙(そら)に行きたいって思って、ヘリオポリスにある学校を決めたのに、崩壊しちゃうんだも~ん。他のコロニーに行きたいって言ったら危険だって猛反対受けるし…。」

 

 ミソラは口を尖らせながら、不満を言い並べた。そして、一息ついた後、ミソラはダンに尋ねた。

 「そうだ。もうすぐ、その時期だからクラスで何かしようと思ったんだけど、兄さんの時は何をしたの?」

 「何をしたって言ってもなぁ…そんな大したことしてない気がするが…。」

 「ええっ!?一度しかない青春だよっ。」

 「いや…そんなこと言われても…。」

 ミソラになぜか怒られてしまうが、もう過ぎてしまったことなのでどうするこもできるはずもない。

 「もうっ…兄さんに聞いたのが間違いだった。こうなれば、誰も真似できないようなとびっきりの事をするかぁ。」

 なにか勝手に意気込み始めている様子のミソラにダンは、何をしても構わないが、とりあえず、他人に迷惑をかけなければよいと思いつつ、クラスメイトの誰かが巻き込まれるんだろうなぁとそのどこの誰かを憐れに思いつつ見守った。

 

 

 

 

 

 

 シグルドがエリカに案内されたのはモルゲンレーテの社員でもごく一部の者しか立ち入れない部屋であった。

 その部屋は薄暗く全体を完全に把握できないが、無機質でどこか殺風景な雰囲気を醸し出していた。

 エリカは自分の役目は終えたというのか、「ここで待っていて」と言い残して、部屋を出て行ってしまった。

 シグルドはこの部屋に1人置き去りにされるという形になった。

 否、

 彼の正面、部屋の暗さのためはっきりとその正体を掴めないが、黒い影が座していた。

 「アストレイの件、ご苦労であった。」

 その影が声を発する。その声音は女のものであり、どこか冷たく高圧的であった。

 この部屋に入ってからそれなりに目が慣れてきたが、やはり正面の人物を捉えることはできない。しかし、シグルドはその影が何者であるか推察できているようであった。

 「そのために俺を呼んだのか?」

 彼としては、あまりこの国に長居したくなかった。

 「用件があるのであれば手短に言ってくれ。」

 シグルドは促す。

 「ふっ、そう()かすな。」

 影はシグルドのぞんざいな態度に怒ることはせず、話し続ける。

 「そなたのことは噂には聞いていてな…。少々、試させてもらった。そして、はっきりとした。」

 「何をだ?」

 「シグルド・ダンファード…どうだ?我らと手を組まないか?」

 「手を組む、だと?」

 シグルドは影の言葉に眉をひそめる。

 「我らはいずれ世界を手にする。その同志(・・)にとして誘ったのだ。そなたのその能力…一介の傭兵で終わるには実に惜しい。」

 「俺は、自分でこの道を選んだんだ。現状に不満はないさ。」

 「ウズミ・ナラ・アスハを打ち倒すことができる、としてもか?」

 影は言い放つ。

 「言ったであろう?噂を聞いていると…。そなたのことを調べさせてもらった。母親の事だ。ある活動家や運動との関わっていたと言うことも含めて、な。」

 シグルドは眉をピクリと動いたが、黙したままであった。

 「だからこそ、おまえは下野(・・)したのであろう?いや、せざるを得なかったというべきか…。」

 やがて、シグルドは深く息をつき、一拍置いて、口を開いた。

 「…どうやら、おまえたちは俺の事を少し勘違いしてないか?」

 そして、静かに言う。

 「俺は別に活動家たちのように揺れる時代への気高い理想も浮かされるほどの情熱も持っていない…。」

 そして、振り返り部屋を出ようと歩き出す。

 「だが、ウズミ・ナラに対しての憎しみはあるだろ?」

 その問いを聞いたシグルドは一度歩みを止め、顔だけ振り向く。

 「あの男とは…そういった簡単な言葉で片づけられないものじゃないさ。」

 再び歩き出し、部屋を出て行った。

 

 

 

 

 シグルドが部屋を出た後、その影の背後から別の影が姿を現す。その形は座っている影とほとんどと言っていい程、同じであった。

 「いいのか、ミナ?」

 「いいさ。少々、私の眼鏡違いだっただけのことだ。」

 ミナと言われたその影は自分の後ろに立っている者、自分の半身と言っていい存在である弟のギナの問いに対し、答えた。

 ロンド・ミナ・サハク。ロンド・ギナ・サハク。背丈も容姿も瓜二つで違うのは性別だけの彼らは先ほどのシグルドとの会話の通り、野望を持っていた。

 「で、取り戻したパーツはどうする?」

 「残りのパーツを取り戻したのち、アメノミハシラへと持っていく。P01、P02、P03…すでに世に放たれた3機のアストレイに続く4機目となろうぞ。」

 「そうか…。では、我は引き続きP01の運用データをとるとしよう。ちょうど、新しき(・・・)右腕(・・)が移植されたことだし…。」

 彼らは自分の野望を達成すべく確実に事を進めていた。

 「なかなか…精が出るようだな。」

 すると突然、薄暗い部屋にミナでもない、ギナでもない、第3者の、冷たく鋭い声が響いた。

 この部屋に入ることは だが、その人物は例外であった。

 「これは養父上(ちちうえ)…こんなところまで一体何しに来たのです。」

 ミナは椅子から立ちあがり、代わりに彼を椅子へとすすめる。

 その男は何も遠慮することもなく、当たり前のように椅子に座った。

 男の名はコトー・サハク。

 オーブの氏族の1つであるサハク家の当主にて、この姉弟の養父にあたる。

 「なに、アスハ憎しと事を進めているお前たちの活躍とその様子を見に来ただけだ。」

 彼らの会話の端々からうかがうことのできるアスハに対しての憎しみと蔑み…それは、このサハク家の特殊性にも要因があった。

 古くから存在するサハク家は政治のアンダーグラウンドの面の役割を担ってきた。陰謀。恫喝、裏切り、暗殺…数えきれない汚れ仕事をし、このオーブという国を支えてきた。どうしてこの家がその役割を担うにいたったか、一族のほとんどの者たちも覚えてないほどではあるが、ただ、それを快く思っていない者も存在した。

 政治の表舞台にでること。

 それがサハク家の者たちの願いであり、その思いがいつしか、代表首長を代々つとめ政治の表舞台を飾る自分たちの対極としての存在、アスハ家へ憎しみにちかい感情を募らせていった。

 この姉弟も例外ではない。

 特に、彼らの場合は、他の家の者が表立ってアスハの憎しみを口にしないことを平然と言い放ち、批判をしていた。

 そして、同時に、アスハの行為に批判的ながらも、それを言わない自分の養父に失望もしていた。ただ、下級氏族にすぎなかったサハク家を代表首長の選ばれる資格権限のある五大氏族に入らせた手腕は認めてはいた。だからこそ、邪険にすることはしなかった。

 「そして、お前たちに1つの問答をしに来たのだ。」

 「問答、ですと?」

 ギナは訝しむ。

 「そうだ。お前たちにサハクの後継者にふさわしいか定めるべく実権を渡し数年…お前たちはその遺伝子操作によって得た能力をいかんなく発揮し、サハクの地位を私以上に上げてきた。そして、ここ最近の一番の功績は、連合との協約及び技術盗用によって開発されたMS…アストレイシリーズを開発に成功・量産体制を整えたことだ。」

 コトーはつらつらと並べ立て、そして問い質す。

 「お前たちはそれほどの力を手に入れ、そして、サハクの力をもって何を為そうとするのだ?これは現当主として、次期当主への、サハク家を担う者にふさわしいか、その資格を問うものである。」

 ミナとギナは共に黙るが、やがてミナが答えた。

 「『支配者による統治世界の構築』…。」

 「ほう…。」

 「養父上もご存じでしょう、オーブの長く続く欺瞞(・・)を。代表首長を五大氏族の中から選挙で選ぼうとも、一般市民より選出された議会があろうとも、この国は建国時より代々アスハの者たちがトップに居つづけ、世襲されてきたそして、オーブの氏族、国民すべてアスハの名に崇拝し、その統治に一切の疑問を持っていない。アスハただ、それだけでオーブに君臨し続けているのですよ。そう…アスハの()だけで。我が目指すのは、その逆です。名でもない血縁でもない人の上に立てし者、支配者たる能力を持つ者こそが統治者となる世界…それが我らの目指している世界です。」

 「そして、おまえたちはその世界での支配者(・・・)たろうと?」

 「我々にはその力を持っている…。そう自負しております。だからこそ、我らをコーディネイターになさったのでしょう?」

 両者の間に沈黙が流れる。

 この親子には血縁はない。

 サハクは常に実力のある者を一族に向かえ後継者としてきた。現当主のコトー・サハクも先代から認められ、当主となったのである。この姉弟の場合は、それをさらに発展させる形として、養子となるために受精卵の段階で遺伝子操作を受けたのであった。

 そのことが彼らの思想の根源となっているのである。

 コトーは鋭い眼光を見据えたまま、しばし沈黙するが、やがて口を開く。

 「なるほど。おまえたちの野心はわかった。」

 だが、次の言葉は冷たく、彼らをつき離したものであった。

 「おまえたちは世界を知らなすぎる。」

 思いもかけない養父の言葉に2人は眉をひそめた。それを横目にコトーは続けた。

 「オーブは、しょせんオーブだ。己を能力ある者と思うがいいが、それはこの小さな島国であるからこそまだ通用する程度のものだ。」

 「つまり、我らは井の中の蛙と?」

 反論したのはギナであった。

 そこには怒りが混じっている。

 MSの開発の1件…それは大国である大西洋連邦に協力すると見せかけ、その裏では見事に彼らから開発技術をかすめ取れたのだ。さきほどその功績を口にしたのはコトーの方だ。それで世界を知らないと言われるのは心外であった。

 だが、コトーは彼の反論に目もくれてなかった。

 やがて、椅子から立ちあがる。

 「お前たちは、アスハを憎んでいるが…。」

 そして、彼らに背を向け、顔のみを向け、そして嘲るように言い放った。

 「そんなのでは、ウズミを勝つことなど到底できない。…それだけの程度の者たちだ。」

 

 

 

 

 

 

 先ほど案内された道をそのまま辿って行き、シグルドは元の場所まで戻って来た。そこにはミレーユとエリカが待っていた。

 「それで、お偉い方と会って何を話してきたの?」

 ミレーユが面白そうに尋ねた。一国のMSの開発計画に関わっているような人物ならそれなりに国の要職にある者と簡単に推察できる。その人物が一介の傭兵に会いたいということに少し興味があったのであろう。

 「別に。たいしたことは話してないさ。」

 「そう…。」

 ありきたりなシグルドの答えにミレーユはしこりが残りつつも、それ以上追及しても分かっていたためそこで終えた。

 すると、そこへちょうどフィオがモルゲンレーテの見学を終えて戻って来た。

 「お待たせ~!ねえ、オーブって先進技術立国っていわれているだけあるわよね。もう、ホントっに凄かったんだからっ。」

 目を輝かせて、感想を話すフィオに案内をしたモルゲンレーテの社員が微笑んでフィオを褒める。

 「フィオちゃん本当に勉強熱心で…。ウチにもフィオちゃんぐらいの年の息子にも爪の垢を煎じて飲ませたいわ。」

 「ねえねえ、爪の垢って煎じることができるの?」

 フィオは女性社員の言葉に真顔でシグルドに聞く。

 「ことわざだ。その人にあやかりたいっていうことさ。」

 「なるほど~。つまり、アスカさんの息子さんは私を見倣ってほしいのか。じゃあ、今度勉強でも教えようかな~。」

 自分が褒められていることに気付いたフィオは照れ笑いした。

 「今度(・・)な。今回は(・・・)これでお終いだ。」

 「…やっぱりダメなの?」

 あくまでも、ここでの仕事を終わりにして、帰ろうとするシグルドにフィオは訴えるような目をむけるが効果はなかった。

 「次の仕事があるんだ。」

 フィオは名残り惜しそうに、見送るエリカと見学の案内をしてくれた女性社員に別れの挨拶をする。

 モルゲンレーテ社を出たシグルドたちは一旦、近くの海岸公園にまで行った。

 「それで、次はどこに行くんだ?早いところレーベンと合流しなくてはな。」

 シグルドはミレーユに尋ねる。

 この仕事の後のすぐに仕事があるということだけを聞いていて、それがどういった内容なのかはまだ聞いていない。

 「ああ、レーベンを迎えに行く必要はないわ。」

 「なんで?」

 いきなりのミレーユの言葉にシグルドは疑問が湧き上った。

 「だって、次の仕事はすぐそこ…国防本部よ。」

 「……はぁっ!?」

 しばらく彼女の言葉の理解が追いつくまで固まり、そして驚きの声を上げた。

 「こっ、国防本部って…ええっ!?俺は聞いていないぞ!?」

 「だって、今、言ったからよ。」

 ミレーユはあっさりと言い返す。

 「パーツの受領の話と相まって、依頼が入って来たのよ。依頼主はカガリ・ユラ。それともオーブの代表首長家アスハの当主、ウズミ・ナラ・アスハの1人娘…カガリ・ユラ・アスハと言った方がいいかしら?」

 

 

 

 

 

 「カガリって、あのカガリ(・・・・・)だよね?」

 フィオが念を押すように尋ねた。

 北アフリカの砂漠においてレジスタンス『明けの砂漠』と共に戦い、日に焼け、ジャケットとTシャツ、カーゴパンツ姿からはとても国家元首の家族とは想像できなかった。

 「それは、隣の彼(・・・)に聞いた方が手っ取り早いんじゃないかしら。」

 ミレーユが意味ありげに含み笑いをし、シグルドへと目をむけた。

 「さあ…。」

 「あらっ、いつまでしらを切る(・・・・・)つもりかしら?」

 レジスタンスからの依頼が来たときのルドルフとシグルドの意味深長なやり取りは目にしている。おそらく、カガリのことがあったのであろう。

 「さて、なんのことやら…。」

 しかし、シグルドは知らぬ存ぜぬをつき通すつもりであった。

 遠くからの声がするまでは…。

 「シグルドー!」

 声をする方に一同顔を向けると、そこにカガリの姿があった。軍服姿であったが、砂漠で会った本人に間違いなかった。

 カガリは 急いでかけてくる。

 「こらっ、カガリ…あまり急いで行くな。」

 彼女の後を追ってこれまた懐かしい人物、キサカもやってきた。

 「カガリー、やっぱりカガリだー!久しぶりっ!」

 フィオは 再会を喜んで声をかける。

 一方、ミレーユは今度こそ言い逃れはできないと言った顔でシグルドを見る。

 シグルドは頭を抱えるが、同時に覚えた違和感にすべてを察した。

 「ミレーユ、俺の名前を勝手に使っただろ?」

 「うん?どうしたんだ?」

 カガリはシグルドの言葉の意味が分からず、首をかしげる。

 それを見たシグルドはやはりと思った。

 

 

 

 

 

 

 「えっ!?シグルド、何も知らなかったのか?」

 場所を国防本部内の一室へと移し、話を聞いたカガリは驚きの声をあげる。

 「ああ。ミレーユが俺の名前を持ちだして、お前の反応を知るためだろう。それで、砂漠での会った本人か確かめるつもりだったのだろうな。」

 推察するに、依頼を受けたときミレーユは と思ったのであろう。しかし、そこら辺の情報がまったくなく確かめることもできず、それによってさらに疑念を持ち、確かめるつもりで行ったのであろう。もちろん、他にも理由があるだろうが…。

 「やっぱり隠す必要があるのか?」

 「「当たり前だ。」」

 カガリの言葉にシグルドとキサカはほぼ同時に言う。

 何年もたって、実は参加していたという逸話になるのであればともかく、戦時中のなかで、中立国を表明している国家元首、今は前代表だが、の娘がザフトに抵抗するレジスタンスに参加していたとなれば国際問題になりかねない。

 「第一、ミレーユもだ。いくら、カガリの正体を掴みたいからと言って、ここまでやって…。そういうものは詮索しないんじゃなかったのか?」

 「それは、もし彼女が最大首長家の娘だったら、もっと報酬をもらえたはずでしょ?」

 「表向きはレジスタンスとの協力なんだから報酬が高かったら不自然すぎて勘ぐる連中が出てくるだろう?」

 シグルドは溜息をつき、そして、カガリに向き直る。

 「聞いてのとおり、俺は依頼について何1つ知らないんだ。」

 「そんな…じゃあ、ダメなのか?」

 カガリが残念そうな顔をする。

 「とりあえず、内容を聞いてからだ。」

 「わかった。」

 こうして彼女はシグルドたちに頼みたい依頼を話し始めた。

 彼女の話は以下のようであった。

 オーブが中立国として貫いていくため、自国の防衛力強化としてMSを開発した。ヘリオポリスで試作機が造られ、それを元に地上では量産機が開発・製造された。最終的にストライクのパイロット、キラ・ヤマトの協力によって制式化されたが、他にも問題を抱えていた。そのため、地球軍にもザフトにもその戦力を秘匿しておきたかった。

 カガリはその仕事を受け持つことになった。

 しかし、彼女の一本気な性格上、秘匿することになかなかの妙案が思い浮かばないし、実際どのようにすればいいのか戸惑った。そこに、もし地球軍もザフトもオーブに戦力をあぶるために非正規部隊か傭兵を雇って襲撃をかけるのではないか、それを国防軍が迎え撃てば怪しまれること、であるならば、こちらも軍に頼らない戦力で対応すればいいのではないかと助言を受け、砂漠でのレジスタンスとの戦いを思い出したカガリは傭兵部隊『ヴァイスウルフ』に依頼したのだ。

 「つまり、襲撃を受けてもM1アストレイを出させないこと、隠し通して守る抜けということか…。」

 「ああ。それで真っ先に思い浮かんだのが、『ヴァイスウルフ』だったんだ…。」

 話を終え、カガリはシグルドの顔を伺った。話を聞いていないと言うことは、土壇場で依頼を断るのではないかと思ったからだ。

 「なるほど…。」

 シグルドはしばらく何か考え込み始めた。

 「頼む。シグルドにとっては不本意かもしれないが、私にとって最も信頼できるのはシグルドなんだ。この通りっ…。」

 カガリは必死のお願いと、頭を下げる。

 「ねえシグルド…カガリがこうまでお願いしているのだから、依頼受けようよ。」

 フィオがカガリに加勢するように頼み込む。

 「フィオはもっとモルゲンレーテを見たいという下心で言っているだろ?」

 「そっ、それだけじゃないわよっ。」

 シグルドの指摘にフィオはビクリと驚くが隠し通していなかった。

 やがて、しばらく考えていたシグルドは答えが出たのか、やがて大きく息をついた。

 「本当は…こういう依頼の手続きでトラブルがあったら断るのだがな…。勝手に受理して勝手に交渉して、勝手に引き受けたというのはこっちの責任だ。…依頼を引き受けよう。」

 「ありがとう、シグルド。」

 カガリはパッと表情が明るくなる。

 「具体的なことはM1アストレイがあるモルゲンレーテで話したいが、もう夕方だ。宿泊先はこっちで手配したから、今日はゆっくりと休んでくれ。」

 「ああ、そうだな。俺もこう立て続けに、さらにいろいろと会って疲れた。」

 シグルドはやれやれと疲れ顔で席から立ちあがる。

 そして、部屋を出ようとすると、突然カガリが思い出したようにシグルドに話しだす。

 「そういえば、バエンにもう会ったのか?」

 その言葉に突然、場の空気が凍りついた。

 ミレーユとフィオはいったいどういう意味かわからなかった。

 カガリは「知らなかったのか。」と意外な顔をして、説明する。

 「バエンとシグルドは親子だぞ。」

 「ねえねえ、シグルドっ…バエンって誰?」

 「オーブ国防軍の准将よ。そして、オーブの氏族の1つであるリュウジョウ家の当主…。」

 フィオの疑問に依頼を引き受ける際に事前にオーブのことを調べていたミレーユが答える。

 ということは、それはつまり…。

 フィオとミレーユはまさかといった表情でシグルドを見た。

 対するシグルドはワナワナと震え、カガリを見据える。

 「カガリ…おまえ、余計なことを…。」

 「えっ…えっ?知らなかったのか?」

 「『えっ、知らなかったのか?』じゃない…。」

 シグルドは頭を抱えた。

 その様子を見ていたキサカもあきれ顔をするしかなかった。

 

 

 

 

 

 オーブの島々への移動手段は各港より発着する旅客船兼自動車渡船いわゆるフェリーといわれる船や貨客船を利用してきた。そのため海運も発達し、貨物船の往来もあったが、この十数年の経済発展によってさらなる交通・流通速度、コスト減を求められるようになり、島と島の間に海底トンネルと橋梁が合わさった自動車道が建造され開通している。

 シグルドたちはカガリから手配された宿泊場があるオーブ本島、ヤラファス島へと車を走らせた。

 「へ~、シグルド…オーブの人間だったんだ。」

 途中、合流してきたレーベンが先ほどの顛末をフィオから聞き、驚きと意外といった顔をした。

 「なんというか…名前からして北欧あたりの出身かなって思っていたからね。」

 「あっ、たしかにそうは思うよね。」

 レーベンの言葉に、助手席でオーブの観光ガイドブックを見ていたフィオが反応する。

 「まあ、そう思うだろうとは普通は…。この名前(・・・・)からからな。」

 運転しているシグルドはげんなりとした顔になった。

 「だが、レーベンたちの、俺の出身地についての推測の半分(・・)正解(・・)だ。」

 「えっ?半分ってどういう…?」

 レーベンとフィオはその言葉の意味が解らず、戸惑う。

 「俺が生まれた国(・・・・・)はスカンジナビ王国だ。そして、6~7歳ごろにリュウジョウ家の養子になって、それ以来この国で育った。」

 「へ~、そうなんだ。じゃあ、なんで傭兵(・・)になったの?」

 「それは…いろいろ(・・・・)とあるんだよ。」

 フィオの率直な質問に、シグルドは歯切れも悪い返答であったが、うまくかわそうとした。

 「物好きね。」

 すると後部座席のミレーユが口を開いた。

 「いくら養子(・・)とはいえ氏族の跡継ぎなのだから、下手なこと(・・・・・)しなければ…いえ、あなたの実力ならいずれはオーブの国防軍を率いる指揮官っていう将来が待っていたはずよ。十分、表の街道を歩いていていけるのよ。なのに、それをわざわざ捨ててまで、表の世界から裏の世界に来るなんて…物好き以外いないわ。」

 車内が静寂に包まれ、冷たい空気が流れる。

 助手席のフィオは、場の空気が悪くなったことに戸惑い、ちらりとバックミラーからミレーユを伺い、レーベンは運転席と隣とを交互に視線を移し、固唾を飲んだ。

 しかし、事態はレーベンとフィオが心配していたことにはならなかった。

 シグルドが落ち着いた声で、返す。

 「俺は、ミレーユと過去は知らない。だが、そう言いたいだけの思いはあるだろう。フォルテやヒロ、アバンが傭兵という道を選んだいきさつを考えれば、なおのこと俺の選択は物好きだと思われても仕方ないだろう。」

 さらにシグルドは続ける。

 「だがな、ミレーユ。俺がここにいたのは、リュウジョウ家の養子になったのは、流されてきた結果なんだ。流されたていく中で、俺じゃない他の誰かによって、俺が生きていくといことの最悪の中からの最善の選択だったんだ。しかも、その選択の先の未来は、俺が行くであろう道の先は、俺にはなかった(・・・・)だ。」

 シグルドの表情は、未来がなかったことに対する寂しさなのか、辛さのか、それとも、自分が生きる道を選択したその誰かに対しての、生きていることへの感謝か、うれしさか…どうにも読み取れない複雑なものであった。

 「まあ、こう言っても、君からは『甘い』というだろうがな。」

 対して、ミレーユは何も言わなかった。

 ただ、車窓の流れ行く景色をずっと見据えていた。その表情はどこか曇らせ、口をつぐんだままであった。

 それに対し、シグルドは何か咎めることもせず、そのまま黙った。

 それを察したフィオはいきなり窓を開けた。一瞬、冷たくなった雰囲気になり、さらにいろいろなものがない交ぜになってしまった空気を換えようとフィオのとっさの判断だ。 そして、ふたたびガイドブックを取り出した。

 「ねえねえ、ここのお店、美味しそうなの。後でホテルに着いたら、行こうよ。」

すぐ近くだしっ。」

 「あっ、僕も賛成っ。」

 フィオの提案にレーベンも賛同する。

 「おいおい…。」

 観光できたわけではないのだが…と言いかけ、そこで言葉を呑み込む。きっと彼らなりにこの悪くなった空気をなんとかしようとしているのであろう。その原因を作った人間として、咎めることはできない。

 「…そうだな。せっかく来たんだから、行って損はないだろう。」

 「ミレーユさんもっ。」

 シグルドからも了承を得たフィオは、後部座席へと振り向いた。

 ミレーユはしばらく黙っていたが、彼女も2人の配慮に気付いているのであろう。ややあって、口を開き短く答えた。

 「…わかったわ。」

 全員から了承を得たフィオは満面の笑みを浮かべた。

 「よーしっ!そうと決まればシグルドっ、早くっ、早くっ!」

 フィオはシグルドを急かす。

 「おまえなぁ…怒られるぞ?」

 シグルドは呆れながらも、速度制限ギリギリまでアクセルを踏んだ。

 「よーしっ、シグルドっ、あの車を追い越そうっ!」

 「バカっ、さすがにそれは交通違反だっ。」

 外から吹き込んでくる空気によって、新鮮になった車内はさきほどのモヤモヤはどこへやら明るい雰囲気へとすっかり変わっていった。

 

 

 

 




あとがき

PHASE-36ぐらいに書いた新装版の件について…
先日、作者が一番読みたかったものが出てウキウキ気分で買いました。
タイトルは「天星七人衆」
武者頑駄無零壱が好きなんですね。きっかけは「武者○伝」でしたが…。
そのシリーズでは武者頑駄無零壱を始め、
迅風頑駄無や剣聖頑駄無を持っていましたね。
(もちろん他の作品のも買って作ってました。)
当時、作者は本編よりも武者頑駄無たちが好きだったのです。
今では懐かしい話だ。
ちなみ今、作者の手元には天星大将軍があります。
作りたいけど、これ1つと考えるとなかなか手はつけられない(汗)
その話で思い出したのですが、LEGEND BBに武者頑駄無真悪参が
発売されるためか新生大将軍が店にありました。
あまりの衝撃にその勢いで買ってしまいましたよ(いい加減に作らなければ…汗)
当時のはなかなか再販されないので希少ですよね。
あとがきがこれだけで終わってしまった(汗)

というか、あとがきの方が本文書くよりスムーズに書けるってどいうこと(困惑)


‐追記‐
ちなみに、シグルドの本名は「シグルド・セオ・リュウジョウ」です。







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PHASE-49 光り輝く天球・弐 ‐姫と傭兵‐

まえがき

話がどんどん進んでいくけど、
新しい登場人物とか登場機体とかも
いよいよまとめなくてはいけないのに…。
中々、事は上手く進まない…(汗)




 翌朝。

 シグルドたちはカガリに先導のもと、オノゴロのモルゲンレーテの地下工場に来ていた。

 工場区にあるメンテナンスベッドには、いざという時のためのディンを置いた。

 「けど…MSの置き場所ができたのはいいとして、これだとバレませんか?」

 フィオは迎えに来たエリカに聞いた。人の10倍近くもあるMSをおいそれと置けないので、場所の提供はうれしいが、これではM1アストレイの在処を伝えているようではないだろうか。

 「大丈夫よ、MSの発進ゲートはこの島の様々な場所にあるから。」

 しかし、エリカはフィオほどの懸念は持っていないらしくニコリと答える。

 「というか、ミレーユは依頼の詳細を聞くためだから同伴しているのはいいとして、なんでおまえまでついてくるんだ?言っておくが、依頼を受けたからと言って、モルゲンレーテの見学が好きにできるというわけじゃないんだぞ。」

 「わっ、わかってるわよっ。」

 シグルドの指摘にフィオは慌てふためくが、もはや下手な建前は使う気はないようだ。

 「でも~、いつでもディンを出撃するようにメンテナンスしなくちゃいけないいじゃん。同じモノでもいじる人によって違うっていうからやっぱりそこを知る必要があるじゃない。」

 「どんな言い訳だよ。」

 シグルドは溜息を吐いた。

 「それで、見せたいものはこの奥なんだ。ついてきてくれ。」

 カガリに促され、エリカに案内されて工場区の奥へと歩を進める。

 「モルゲンレーテにはシグルドの知り合いはいないんだね?」

 道すがら、フィオはこそこそとシグルドに話しかけた。

 「そんなに頻繁に会っても困るがな…。俺としては、できることなら会わないで済みたいものだが…。」

 しかし、シグルドのわずかながらの希望はすぐに砕かれた。

 工場区のさらに下層へと降りて、奥の部屋へとたどり着く。その部屋はM1アストレイの試験場のある部屋なのだが、すでに先客がいた。

 「遅かったではないか、シグルド。」

 扉を開くと、シキが椅子に座り、部屋に備わっているインスタントコーヒーの入ったコップを飲んでいた。隣にはクオンが立っている。

 「なんでシキがいるんだっ?」

 シグルドは恨めしそうな顔でシキに詰め寄った。

 「なに、いるからいるんだ。それに、今後協力してやっていくことになるんだから、そんな不機嫌そうにするなよ。」

 「協力…?」

 シグルドはカガリの方へと顔を向ける。

 「これから話すところだったんだ。ここでM1を見てもらって、その後国防本部へ行ったときに。まったく、こういうこと(・・・・・・)だけはシキは早いんだな。それをもっと書類仕事に回せば、クオンも肩の荷が下りると思うが…。」

 「カガリ嬢、人には仕事量のキャパシティというものがございまして…。その時限り、それ以上できたとしても、今後続かないようであれば、無理せずに行うのが定石なのです。」

 「変な言い訳はいいさ。まったく…。」

 「おい、こらっ。こっちの話はどうなっているんだっ。協力って…。」

 カガリがシキのペースに乗せられて、そこで話の脱線をされないようにとシグルドは間を割ろうとしたが、別の人物が入ってきた。

 「カガリ様、これは依頼内容に反することでないでしょうか?」

 「ミレーユ…?」

 いつもと違う、どこか不機嫌で圧するような感じにシグルドは戸惑った。ミレーユは続けて言う。

 「我々はM1の戦力秘匿のための防衛の依頼を受けました。それは国防軍、つまり正規軍が出れば、かえって相手に余計な情報を与えかねないからということをおっしゃっていましたね。それにも関わらず、正規軍と協力するということは我々を信用していないと言うことですか?それであれば、ここで我々は手を引かせていただく所存にございます。」

 「いや、ちょっと待ってよ。ちゃんと話すから…。」

 カガリはたじろいだ。さすがにこんなことに発展するとは思っていなかったようだ。

 「ミレーユ…少し落ち着け。確かにカガリは物事の順序を間違えていたが、ここで手を引くというのは早計じゃないか?」

 シグルドがミレーユをなだめる。カガリに助け舟をするということもあるが、本来であれば、これらの意図に彼女は気付くはずだ。

 「どうやら、少々…我々がせっかち(・・・・)だったようですな。カガリ嬢には申しわけない事をしました。カガリ嬢…今ここで我々のことを話した方がよろしいと思います。このままでは変な誤解を与えてしまいます。」

 「…そうだな。」

 カガリは説明を始めた。

 「シグルドたちにはM1の防衛をしてもらいたい。ただ、襲撃者が来るということは表立ってにしろ、裏からにしろオーブという国に侵入してくるということだ。つまり、本来国防軍の任務をシグルドたちに任せるということだ。でも例えシグルドであったとしても一介の傭兵が国防軍を差し置くというのは、やはりどこか…う~ん、なんというか…。」

 カガリはそこで言いにくいのか言葉につまる。それを今度はシキが重ねて続ける。

 「正規軍が傭兵に対する感情はおまえたちが身に染みてわかっているだろ?」

 「まあな…。」

 シグルドは思い当たる節が数えきれないほどあるためすぐに納得がいった。

 「だから、俺たちがバックアップとして君たちが動きやすいように協力すると言うことさ。まあ、いざとなったら援護もするがな。」

 「シキは教導隊の隊長なのだが、その部隊はMS戦闘の教導隊だから、都合がいいだろうと思ったんだ。それにシグルドとシキは士官学校で同期で首席がどちらかと競っていた親友だからやりやすいだろ?」

 「そういう人選か…。まあ、どちらにしろ納得はいったか、ミレーユ?」

 「…ええ。」

 ミレーユはまだどこか不機嫌であったが、そこでこの話を終わりにしても大丈夫なようであった。

 「…では、こちら側の話もいいかしら?」

 待っていたようにエリカが切り出す。

 「ああ。そっちの方が本題だしな。始めてくれ。」

 カガリの言葉を合図にエリカは説明を始めた。

 「では、まず基本的な概要から話すわ。MBF-M1 M1アストレイ…私たちはP0シリーズと混同を避けるためにM1と呼んでいるのだけど、機体自体はすでに1月末には量産が開始されていたの。ただ、OSに関しては完成されていなかったの。」

 案内しながら、エリカは 説明をしていた。

 「知ってのとおり、MSはその複雑な操縦から高い身体能力を持つコーディネイターだからこそ扱えるものだったの。もちろん、ナチュラルには動かすことはできるけど、戦闘のような機動はとてもじゃないけど、できるものではないわ。だからこそ、ナチュラル用のOSの完成が早急の課題だった。それが先日、ストライクのパイロット、キラ・ヤマトとあなたの仲間の1人、ヒロ・グライナーによって改良されたOSが完成されたわ。」

 「ちなみに、9割9分9厘はキラだからな。」

 カガリが付け加えるように言う。

 「でも…いくら戦力の秘匿とはいっても、ここまで完成しているのに隠し通すの?」

 フィオは率直な疑問を投げた。

 「それは…。」

 カガリは答えにくいことなのか言葉につまった。

 「まあ、見てくれればわかるわ。」

 エリカは部屋の奥の、強化ガラスになっているところまで案内する。その向こう側ではM1アストレイが3機、稼働していた。

 「もちろんパイロットは全員ナチュラルよ。」

 「本当に、滑らかに動いている…。」

 フィオは3機の動きに感嘆の声を漏らした。

 アバンの操縦を見たことがあったため、ナチュラルが動かすのがいかに大変かはわかっているため、それがコーディネイターの操縦と変わらないのを見ていると、改良OSの完成がとても重要なことかわかる。

 (あーっ!)

 すると外部スピーカーから甲高い声が響いた。

 (ちょっとマユラ、ジュリっ、あれ、見てっ!)

 すると、今度は別の声が響いた。

 (えーっ!なんで~!)

 (ちょっとずるいわ~!)

 どうやらこの声の主たちは、試験場でM1アストレイを操縦しているパイロットたちのようだ。

 (この間の時といい、カガリ様ばかりずるいっ!)

 (また、イイ男と一緒にいるなんてっ!しかも、ヒョウブ二佐もいらっしゃるし…。)

 男…?

 シグルドはあたりを見渡す。

 現在、カガリの近くにいる男と言えば、自分とシキだけだが、先ほどの会話からシキははずれている。ということは自分以外いなかった。

 「あのなぁ…。」

 カガリは大きくため息をつく。

 「シグルドはそうなんじゃないって!」

 しかし、カガリの反論は彼女たちの耳に入っていないようだ。

 (シグルドさん、あたし、アサギ・コードウェルですっ。)

 (マユラ・ラバッツです。)

 (私はジュリ・ウー・ニエンです。)

 (ねえ、カノジョいますか?)

 (この後、食事でも…。)

 (カガリ様とはどんな関係ですか?)

 「って、人の話を聞けー!なんで、おまえたちはそう毎回毎回、そういう話題にしたがるんだぁー!」

 完全に話が脱線してしまった状態になってしまった。

 「はいはい、今日は(・・・)そこまでね。」

 エリカが割って入る。どうやらこんなやりとりは日常茶飯事のようだ。

 「彼は傭兵(・・)よ。カガリ様の依頼で随伴しているのよ。今から彼にあなたたちの模擬戦を見てもらうの。」

 エリカが説明すると、彼女たちのどこか辟易とした反応が返って来た。

 (まさか、さらに追加(・・)特訓(・・)ですか?)

 (ええ~!?筋肉痛がようやく治ったのに~。)

 「その根性を叩きなおすにはむしろそっちの方がいいかもなっ。」

 (((ひっど~い!)))

 またか…と、ため息が出そうになるのを抑えるとともに、彼女たちの1人が発した『追加の特訓』という言葉が気になった。

 ただ、その疑念を口に出す前に、カガリが「見ればわかる」と言い、そして、エリカの指示で模擬戦が始まった。シグルドは彼女に言われた通り、この模擬戦の成り行きを見ることにした。

 そして、しばらく見ているうちに彼女たちの言いたいことがわかった。

 「なるほど。カガリたちが言いたいことはわかった。」

 シグルドはあえて明確な言葉を避けて、この模擬戦の感想を述べた。

 「彼女たちの操縦技術はこれでも高い方なのよ。」

 エリカはM1アストレイのパイロットをしているテストパイロットたちのことをフォローする。

 たしかにエリカの言うように、彼女たちの操縦技量は十分あり(そもそも、そうでなければテストパイロットは務まらない)、M1アストレイの動きは、見事なものであった。しかし、模擬戦に移行するとガラリと変わる。

 いざ、対峙するが、間合いも攻めも防御もカウンターもすべてグダグダであった。しかも、片方がではなく両方共であった。これでは模擬戦という意味すらもなかった。

 「だから、サーペントテールに頼んで特訓メニューを作ってもらったんだ。彼らに依頼した『M1の性能を確かめるテスト』もこれじゃあできないからな。」

 カガリの言葉に、なるほど、とシグルドは先ほどの3人娘の『特訓』という言葉を思い出し、合点がいった。

 「テストパイロットがこれではいつまでもアグレッサーも役目を果たせない。戦闘技術を新たに研究・開発、仮想敵のシミュレートをしても、自軍の戦力が実戦レベルにならなければ不可能な話だ。そして、アグレッサーができないということは実戦のとき司令部もMS部隊をどう運用していいかもわからない…。」

 「そういうことだ。といっても、我々アグレッサーも無下に日を過ごすつもりはない。情勢は日々一刻と動いている。」

 「だから、俺たちに協力(・・)という名目のもとで、研究しておこうということだ。まったく、抜け目ないな。」

 「…でも、なんでこんなにも模擬戦になるとダメダメになるの?」

 フィオは素朴な質問をした。シグルドとシキの会話でどうしてもM1を隠し通したいオーブの実情はわかった。しかし、そちらの方の謎は解けていない。

 「それは…中立国ゆえ、としか自分の口からは言えないな。」

 「それって?」

 「一にも二にも実戦(・・)の経験が少ないってことさ。特に若い世代は、な。」

 カガリは思いつめた顔で話を再開する。

 「今は、なんとか中立を保っているこの国だけど、地球軍とのMS開発の協力という一件以降、虎視眈々とオーブの技術を狙っている勢力もある。そして、肝心のオーブの守りがこれだと分かれば、たちまち攻撃されかねない…。非正規部隊とか傭兵とか本当にこの国に襲撃をかけるかわからないが、ヘリオポリスのこともある…。」

 カガリは唇を噛みしめ、俯いた。

 あの場所で、地球軍のMSがどこからかザフトに漏れて、それでヘリオポリスは襲撃された。そして、戦場となってその後どうなったかを思えば尚更であった。

 しかし、そうならないようにオーブを守るための剣それがM1アストレイ…それなのに未だ配備できずにいて、そのことが知られれば攻撃されかねないからこそと守らなければいけないと思うも、その手段ははやり守るための剣である。まさに堂々めぐりの状況であった。

 「だからこそ、俺たち(・・・・)が必要なんだろ?」

 シグルドの言葉にカガリはハッと顔を上げる。

 「昨日、すでにこの任務を引き受けたんだ。今更、手を引くなんて考えない。もちろん、依頼主を裏切ることもしないし、任務完了するまで放棄しない。それが俺たちのスタイルだ。だから、依頼したんだろ?」

 「ああ、そうだったな…。ありがとう、シグルド。」

 「おいおい、礼を言うのは終わってからだろ。まだ、始まってもいない。」

 「あっ、そうだったな。」

 カガリは思わず気恥ずかしなった。

 「ところで、話の腰を折って悪いのだけど、いいかしら?」

 エリカがふたたび話し始めた。

 「ここでM1の実態について見に来ただけっていうのも折角だし、すこしM1の試乗してもらえないかしら?」

 いきなりの申し出にシグルドは困惑した。

 「それは…サーペントテールの仕事の領分では?」

 「もちろん彼らには私から伝えるわ。実は、ナチュラルの操縦のサポートという観点から別のアプローチとしてOSを改良したものを製作中なの。そこで、あなたのデータも欲しいかなって思って…。」

 つまるところ、彼女の言葉は技術者としての興味からでてきたものであった。

 「それは妙案だ。」

 真っ先に賛同したのはカガリであった。

 「よしっ、シグルド。依頼主の命令だ。M1に乗って来てくれ。」

 「命令っ!?そんな内容、聞いていないぞ!?」

 「いいじゃんっ。自分がこれから守る機体の性能を把握することもできるだろ?」

 「私も賛成~!」

 フィオもカガリに賛同する。

 とても逃げ切れる状況ではなかった。

 「なんで、こうなるんだ?」

 シグルドはM1のコクピットの中で不満そうにしていた。

 (まだごねているのか?もう、乗っちゃったんだから、男ならバシッと決めるもんだろ。)

 「無理やり乗せた人間が何を言うかっ。」

 と、いくらカガリに文句を言っても詮無いことだ。しかし、強化ガラスの向こう側の人間たちは他人事と思って楽しんでいるようであった。さらに、試験場の中の3機のアストレイ3人娘はなにかはしゃいでいるのがスピーカー越しからもわかった。

外部スピーカーからエリカの声が流れる。

 (それじゃあ、始めてくれるかしら。)

 「了解。基本動作でいいんだな。」

 (ついでにザフトのMSを動かす時との感触の違いも教えてくれると助かるわ。)

 「始めるぞ。」

 そして、シグルドはM1を動かした。

 コクピットモジュールがザフト製と違うこともあるが、感触は従来とはまるで別物であった。こちらの方は人体により近い動きができるためか、フィットする感じがする。

 「…操作性も違うな。」

 ザフトのMSではその動作をするのに必要な操作がこちらの方が少なくて済んでしまう。

 すると、先ほど自分が入って来た扉が開き、もう1機のM1が入って来た。

 「なんだ?」

 シグルドは訝しむが、外部スピーカーから楽しむような声が流れた。

 (シグルド、せっかくの機会だ。ここで俺と模擬戦を行う。)

 「はぁっ!?」

 声の主はシキで、しかも唐突の宣言にシグルドは理解が追いつけなかった。

 すると、今度はカガリから無線が入る。

 (だ、そうだ。2人なら模擬戦をやっても様になるだろうし、いいじゃないか?)

 「まさか…そのために俺を乗せたのかっ!?」

 (いや、ついでだ。)

 代わりに答えたのはシキであった。

 「ついでってなんだよっ!?」

 (もともと、そのつもりはなかったんだけど…ヒョウブ二佐があなたの腕を試してみたいって言うし、この2人の模擬戦の手本としてそこの3人に見せるのもいい手だって思って…。私もそっちの方がデータを取りやすいと思ってね。)

 「何だ…その結びそうで、てんでバラバラな利害の一致は…。」

 呆れを越してしまい、頭を抱えたい気分であった。

 だが、シキはお構いなしであった。

 M1の手に持っている、模擬戦用のビームサーベルを振り下ろす。

 (行くぞ、シグルドっ!)

 「っ、いきなりかよっ!」

 シグルドはシールドで攻撃を防ぐ。

 (いきなりではないっ。さっきちゃんと言ったぞ。)

 「ほぼ同時に攻撃したじゃないかっ!?」

 互いに言い争うが、どちらも見劣りしない、激しい攻防であった。

 

 

 

 

 「すっご~い。シグの実力は知っているけど、シキさんも負けてないね。」

 「2人の模擬戦闘を見るの…あれば生身だったけど、見るのは久しぶりかもしれないな。」

 フィオとカガリが食い入るように見ていた。

 「これ(・・)と同じぐらい、仕事をしていただければいいのですが…。」

 「それは同感だな。」

 「いいぞ~!」

 さらに、さきほどM1に乗っていた3人娘も加わって、視察ブースで模擬戦を観戦し、黄色い声援を送っていた。

 ミレーユだけは、2人の模擬戦を見むきせず、後ろへと向き直った。

 「あれっ…ミレーユ、見て行かないの?」

 「依頼の詳細の話は終わったでしょ?なら、ここからはシグルドの仕事よ。」

 この場から立ち去ろうとするミレーユにフィオは尋ねるが、彼女はこちらに一瞥し、一言二言述べただけで去って行ってしまった。

 「ミレーユ…。」

 今日の彼女はなにかおかしい。いや、昨日も不機嫌であったが…。しかし、不機嫌というかなんというか、うまく表現できず、フィオはただ見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 「失礼します…あれっ?」

 ダンは書類を持って、国防本部にある教導部隊の部屋に入ったが、肝心の探している人物が見当たらなく左右を見渡した。

 「おや、ニシナ整備士、どうしたんだ?」

 彼のもとに、山吹色の髪が少しハネたくせ毛のある士官がやって来た。

 「ヒョウブ二佐はご在室ですか、マイヤー二尉?」

 マイヤーと言われた男は、げんなりとした顔に変わった。

 彼の本名はウィリアム・ミッターマイヤーと言う。しかし、彼の名前があまりに長いのと言いにくいためか多くの人がフルネームの途中で舌を噛んだりと悪戦苦闘していた。さらにとどめは、幼いころのカガリが彼のフルネームをしっかり言おうと何度も挑戦するがやはりダメで、それでも懸命に言おうと頑張る姿に本人が申し訳なくなってしまったため、ウィル・マイヤーと縮めた通称を用いるようになった。

 「あの人、モルゲンレーテに行くって言ったきり、まだ帰ってきてないんだよぉ。」

 そして、シキの執務机を指さした。

 「ほらっ、見ろよっ!あの、うず高く積まれ書類の山をっ。まるで重力に挑戦するかのように高くそびえ立っているだろっ。」

 「あっちゃ~、これは世界記録を狙えそうですね。」

 もはや何も言うことができなかった。

 「ハツセ二尉も一緒だから、時間見て帰ってくるというかこさせるというかだけど…。」

 こちらの方は後回しになってしまうか…。

 ウィルの嘆きを聞きながら、ダンは次の手を考えた方がいいと思案し始めた。

 この攻め手がよいと思ったが、どうすべきか…。

 すると、背後に気配を察知し、振り向く。

 そこにバエンが立っていた。

 「リュっ、リュウジョウ准将っ!?」

 「おや、ニシナ整備兵…何をそんなに慌てているのかな?」

 「あっ、いや…って、ええっ!?」

 書類を 取られてしまった。

 「なになに…。ミラージュコロイド粒子を応用した云々…。これをなんでアグレッサー部隊に持ってきたんだ?」

 「ええっと…。」

 ダンはつい先ほどまで、頭に入れていた理由を話し始める。

 「今後、この技術を発展し搭載したMSが出てくる可能性は十分にあると思います。で、あるならば、それを想定し、シミュレートした方がよいと思い、そして、実機に搭載することで、さらに見識を広げることができるのではと思った所存にございます。」

 「ううむ、そういう言い訳か…。」

 バエンはポツリと呟く。ダンは冷や汗をかきまくっていた。

 そして、バエンの言葉を今か今かと待ち、やがてバエンは「そういえば…」とふたたびこちらに向いた。

「この技術を持った機体ってたしかエマージェンシーが出された島にはなかったような~…。」

 「ええっと、他にもと思い捜索範囲を広げたところ、近隣海域でミラージュコロイドシステムを搭載した機体の残骸を発見しましたっ。」

 「でも、おかしいなぁ…そちら(・・・)の方はほとんど残骸だけだった気がするが…。」

 「たまたま(・・・・)そのデータが入っているコンピュータが残っていたので取らせてもらいました。」

 「…コクピットはパイロットの生存が不可能というぐらい破損していたのにか?」

 「はいっ、たまたま(・・・・)です。」

 こうなればやけくそだ。

 すると、バエンが何か考えるしぐさをした後、そしておもむろに言った。

 「検証機としてM1は何機欲しい?」

 「えっ!?」

 「これを1機ですべてやるのは機体に負荷がかかるだろ?」

 「あっ…じゃあ2機あれば…。」

 「そうか。おって、そちらに回す。」

 「えっ…ええっ!?」

 「何を驚いているんだ。やっていいということさ。」

 「あっ、はい。」

 「ここの教導部隊は教導隊群の中に組織されているが、俺の直轄でもある。俺がゴーサイン出せば済む話だろ?」

 「そっ、そうですね…。」

 「まあ、これは表だってできないから、モルゲンレーテの技術者たちは仕事の合間となるがいいかな?」

 「はいっ。」

 「君も、ちゃんと仕事(・・)するのだぞ。そちらをおろそかにしてしまえば、いろいろと問題が生じるからな。」

 

 

 

 

 「そうか、ミレーユ、帰ったのか?」

 「うん。なにかすごく不機嫌だった。」

 やっとこさM1の模擬戦から解放され、一息ついたシグルドはフィオからミレーユのことを伝えた。

 「やっぱり、さっきのことで怒らせたのかな?後でちゃんと謝っておくか…。」

 「いや、それであんな風に機嫌を損ねると思えないがな…。」

 シキの部隊の協力のことを先に話さなかったのが原因と考えていたカガリであったが、シグルドは否定した。

 「やれやれ…。わかってないな、シグルド。そこのところは成長していないということか…。」

 そこへシキが横から入って来た。

 「何がわかってないって?そもそも、今日さっき会ったばかりで…。もしかして、おまえのその態度が原因じゃないのか?」

 「私は女性に対して、常に真摯な態度で接している。そこに問題があるとでも?」

 「大ありだ。それでいったい変な騒動を起こしたと思っている。」

 「それで、ミス・アドリアーノが機嫌を損ねたのは…。」

 「そこはスルーかっ。」

 どうやら、彼自身思いあたることがあったのか、なるだけシグルドの話を避けて、続ける。

 「…ハツセ二尉に会ったからさ。」

 「はあ?」

 突拍子もないような回答に、思わずシグルドは間の抜けた声を出した。

 「意味がわからないぞ。それにいいのか、クオン?これで…。」

 「二佐のおっしゃる意味がわかっていますので…。」

 シグルドは勝手に原因にされたクオンに聞くが、彼女はシキの言葉をりかいしているようであった。シグルドはますますわからなくなった。

 すると、突然カガリのお腹の間抜けな音が鳴り響いた。しばらく周りの時間が止まったように、沈黙が流れた。

 「腹、減ったっ。」

 カガリはその珍網を破るような第一声を上げた。

 「もうお昼だものね。」

 フィオは時計を見た。

 「おまえなぁ…動いていたのは俺だったのだぞ?MS動かしたり、模擬戦やったり…。どうしてそんなに腹が減るんだ?」

 「腹減るものは減るんだ。なにか食べに行こう。」

 「そうだね、私もお腹空いたっ。」

 カガリの提案にフィオも賛同する。

 「じゃあ、ここの社食か国防省の食堂かにしよう。」

 シグルドは呆れ顔するが、彼女たちの頭の中はすでに昼食のことでいっぱいで、こちらの話など入って来ていなかった。

 彼らは食堂へ向かうため、試験場を後にした。

 「ふむ、昼か…。」

 シキもまた時計を見た。

 「たしかになにか腹に入れなければ午後からの職務に支障が出るな。」

 なにか考えているように、腕を組む。

 「そうだ。彼らと綿密な打ち合わせもまだだからついでに我々も行くか。」

 シキは彼らを追いかけようと歩き出そうとするがクオンに止められる。

 「二佐、机にやるべき書類が山のように積もっているのをご存じでしょう?昼は売店で買って済ませてください。」

 「…やはり、か。」

 シキとしては、彼らとの打ち合わせを理由に書類仕事から逃れようと計画していたが会えなく潰えてしまったのであった。

 

 

 

 

 

 

 海岸沿いの公園のベンチでミレーユは1人座っていた。

 今は昼時。

 公園には昼食を食べ終え、就業時刻まで別のベンチで休憩をとっている会社員や子供連れの主婦たちが世間話に花を咲かせ、子ども達は近くで遊び、端ではストリートパフォーマンスがやっていて、それを道行く人が足をとめ、目を奪われていた。

 平穏な日常がここにはある。

 ふと、ミレーユは上を見上げた。

 晴れ渡った空に雲1つなく、空の色は青々としていた。

 空というのは…どこで見ても変わらない。

 それが血と硝煙の臭いがたちこめる戦場であって…、どぶと路地の腐敗した臭いのする場所であっても…。このような穏やかな場所で見るのとたいして変わらないのだと思った。

 ふと遠くから車のクラクションが聞こえてきた。

 その音の方を見る、車の中にいるレーベンは手を振っていた。

 「よかったよ、ちょうどオノゴロにいた時で…本島だったら、幹線道路を行ったり来たりしなければいけなかったからね。」

 レーベンの話を聞きながらも、ミレーユは返さず、ただ窓の外を眺めていた。

 公園で見たときと変わらない風景であった。

 「人それぞれ、見るものは同じでも感じ方は違う。」

 レーベンの言葉にミレーユは運転席へと目を向けた。

 「それは人が歩んできた道がそれぞれにありどれとて同じものはないから。正しい道も間違った道も歩んできた道。だからこそ、だれもそれを否定することはできない。」

 「まったく…。」

 お見通しというわけか…。

 ミレーユは溜息をついた。

 ふと、車窓から見えたものに

 「ちょっと、車を停めてっ。」

 「えっ!?なにっ!?」

 急なことで驚くレーベンであったが、車を路肩によせ停止させた。道路を挟んだ向こう側には5つ星にあたる高級ホテルがそびえ立っていた。

 「どうしたのさ、ミレーユ。」

 しかし、ミレーユは返事をせず、ホテルの方を凝視している。訝しんだレーベンもそちらの方向を見た。

 すると、玄関口に高級車が止まっており、3人の男がいた。

 「あれ、ジンイー・ルゥよ…投資家の。それと、大西洋連邦上院議員のデイヴィッド・スワード。」

 ミレーユがその内のさきほど降りてきたやせ形でアジア系の男性と初老の男性に目を向けた。

 「ジンイー・ルゥって主に月や宇宙ビジネス関係への投資をしているんだよね?ヘファイストス社ともそれなりに懇意があるという噂だし…。でも、なんでこんなところで?」

 「もう1人…いるからよ。」

 今度は、2人より先に車に降りて、彼らを迎える男へと視線を移した。

 「ユゲイ・オクセン…オーブの前宰相だよ。」

 今度はレーベンが驚きの声をあげる。

 3人は共にホテルへと入っていた。

 「あの3人が会談って…。」

 「さあね。」

 「もしかして…尾ける、つもりないよね?」

 レーベンはゴクリとつばを飲み込んだ。

 彼女ならやりかねないと思ったからだ。

 「もう行きましょう。車を出して。」

 「え?」

 しかし、彼女はあっけなく引き下がったので、思わず目を丸くする。

 「私はそこまで命知らず(・・・・)じゃないわよ。」

 「え?」

 「あっ…うん。」

 彼女の言葉の意味を理解できなかったが、彼女に従った。車が発進する直前、ミレーユはちらりとホテルの方へと目を向けた。

さっき窺っていたところ、ベルスタッフやタクシーの運転手、清掃人…一見普通に見えたが、その普通さが逆に不気味に感じた。

 おそらく、あの3人のホテルでの会談に探りを入れてくる人間を見張る、もしくは始末するための存在であろう。

 しかも、隠してはいるが相当の手練れだ。

 「平和の国(・・・・)ね。」

 ミレーユは意味ありげに呟いた。

 

 

 

 

 

 一方、ホテルへと入っていったジンイーとデイヴィッドはユゲイに案内され、上階へと向かう。そこには5つ星の最上級レストランがあった。

 そして、店のホールの案内で、個室へと入っていく。

 「どうでしたか、オーブは?」

 彼らが入ると、すでに先客がおり、彼らを歓待した。

 「なかなか…いい国ですな、ホムラ代表。いや…。」

 ジンイーは苦笑し、訂正した。

「今日あなたをその名でお呼びするわけにはいけませんでしたな。」

 「ええ。今日は、アスハ家のホムラとして…。」

 ホムラは確認するように頷いた。

 

 

 

 

 

 「ったく、疲れた。」

 シグルドは国防省の通路の脇にある休憩所に腰を下ろした。

 「モルゲンレーテの社内や試験場、工場に国防司令部…。このオノゴロをほとんど見て回っているといってもいいかも…。」

 フィオも疲れ顔であった。

 昼食を食堂で食べ終え、午後もずっと午前と同じように見て回ったのだ。

 行く先々で兵士や技術者などさまざまな人と談笑していた。

 もはやこれがカガリにとっては日課なのだろう。

 こちちはこれで終わって一息つくことできるのにほっとしているが、当の本人は疲れ顔1つも見せず、別の所に行って来るからとその軽い足取りでどこかへと行ってしまった。

 「でも、よかった。私、少し不安だったんだ。砂漠での時のように気軽に声をかけられないんじゃないかって。」

 しかし、そんなことは杞憂だった。

 というより、カガリ自身、誰とでも自然に声をかけてきて、こちらが変な気遣いをするのが可笑しく思えてしまった。

 「それと、おもしろい(・・・・・)ものも見えれたし…ねえ?」

 「おまえなぁ…。」

 シグルドはげんなりとした顔をした。

 行く先々で、シグルドを知らない若い者たちからは、見知らぬ人物がカガリの護衛をしていること驚き、訝しみ、警戒し、シグルドを知る者たちからは「なんで下野したのに、カガリ様のお守りをしているのだ」と会うたびに言われていた。

 「これで侍女のマーナに会ったらとんでもないことを言われそうで…。」

 アスハ家に仕え、幼い頃母を亡くしたカガリにとって母親同然の存在で、カガリに近づく男はチェックをする彼女に会えばどうなるか…。

 あらぬ誤解と騒動が待ち受けているのだと思うと、気が気でない。

 「シグがこの国に着いたときに様子が変だった理由が分かった気がする。」

 「これからあと何日かかるか知らないが、虎穴に入らないように細心の注意を払わなければな…。」

 とは言っても、自分はオーブにいるんだ、と改めて認識させらる日でもあった。

 生まれたのはスカンジナビアであっても、その人生の大半を過ごしたのはオーブだし、自分自身の存在を考えればシグルドにとって、ここが祖国といえよう。そういう理屈を抜きにしても、ここには多くの思い出もある。

 この国には来たというよりも帰ってきた、という言葉を使う方がしっくりと来るぐらいに…。

 なら、せっかく帰ってきた(・・・・・)のであれば、行っておきた所もある。

 まだ、それだけの余力があるのだ。

 「フィオはこの後、すぐにホテルに戻るのか。」

 「私、この後アサギたちとパンケーキが美味しい店に行くの。」

 「そうか。」

 疲れたと言いつつも、美味しいものを食べにいくのは別ということか、

 と思いつつ、自分も人のことを言えないと、シグルドは苦笑し、立ちあがる。

 「じゃあ、俺たちもここで解散ということで…。1人でホテルに帰れるだろ?」

 「あれ?シグルドもどこか行くの?」

 「ああ、俺はこれから友だち(・・・)に会いに行って来る。」

 「シグルドの…友だち?」

 「ああ。とても…大事な友だちだ。」

 「そうか…。てっきり、シグルドも誘おうと思ったのに…。」

 「そんな…女子が3人も4人もいる賑やかなところに俺が行っても仕方ないだろ?もしも、そっちの方が早く帰ったら、ミレーユたちにも言っておいてくれ。」

 「…わかった。」

 そして、シグルドを見送ったフィオは、彼の姿が見えなくなると深くため息をついた。

 「どうしよう…困ったなぁ。」

 実のところ、アサギたちからシグルドも一緒に来てもらうように頼まれたのだ。だが、こうして誘うこともする前に終わってしまった。

 いったいどういい訳をすればいいのか…。

 しかし、シグルドが「友だちに会いに行く」と告げたときに、ふいに見せた寂しそうな表情に、引き留めることもできなかった。

 

 

 

 

 

 

 西に傾いてきた陽によって、水平線も空も橙色に染めていく。辺りは穏やかに吹き抜ける風の音のみで辺りは静寂に包まれていた。

 シグルドは石で造られた階段を上っていき、やがて丘の頂上に着いた。

 そこからは島の中央部にそびえ立つ火山が、その向こう側に見える湾が一望できる。

 この風景はずっと変わらない。

 そう、俺がオーブに来たときから…。

 風に乗って花の匂いを道しるべに丘の頂の、ひらけた場所までやってきたシグルドはそこに置かれた小さな墓碑の前に立たずむ。

 「久しぶり、ミアカ。」

 シグルドは墓前に持っていた花束を置いた。

 しかし、返事がかえってくることはない。

 ミアカ・シラ・アスハ

 シグルドはその名前の下に刻まれた命数に寂しさと痛みが込み上げてくる。

 「俺の方が…年下だったのに…。」

 もはや自分の方が彼女の齢を越えてしまった。

 ‐名前は?‐

 ‐へえ、シグルド君か。じゃあ、シグだね。‐

 ‐私はミアカ。よろしく、シグ。‐

 その優しい声も、微笑みも、差し伸べてくれた手の暖かさも…。

 目を閉じれば、その姿を鮮明に思い出せる。

 だけど、

 どこを探しても、あなたの姿はないのだと…ひしひしと身にしみる。

 「俺がユルと同じように傭兵になって、しかもその隊の名前が『白い狼(ヴァイスウルフ)』だって言ったら、どう思うかな…。」

 きっと困ったような笑みを向けるであろう。

 ‐見つけたのでしょ?シグがしたいこと…。なら、シグの決めたことに私は反対しないわ。‐

 そして最後にはうなずいて応援してくる。

 「ミアカはいつもそうだったな…。」

 シグルドはふと笑みがこぼれた。と同時に、胸の奥そこまで刃を突き抜けられた痛みを襲い、顔をゆがませる。

 あの頃からずっと自分の無力さを悔やんできた。

 そして、思わずにいられない。

 もっと自分に()があれば、と…。

 ふと、海からの柔らかい風に乗って、花の香りがしてきた。

 同時に人の気配を感じ、シグルドは振り返った。

 西日を背にしているため、思わず目を細めたが、その見覚えある立ち姿に息を呑んだ。

 「…カガリ?」

 なぜ、ここに?

 彼女もまた、シグルドがこの場所にいることに驚いているようであった。

 

 

 

 

 

 墓参りの帰り道、2人はその近くの砂浜を歩いていた。

 「けど、驚いた。」

 「それはこっちのセリフだ。」

 「シグルド…ミアカ叔母様のこと、知っていたんだな。」

 「ああ、ミアカとユル…俺がオーブに来て、初めての友だちになった人たちだ。」

 「ユル?」

 「ユル・アティラス…『白き狼』の異名を持つ傭兵…俺たちの部隊名はそこから来ているんだ。」

 「へえ~、そうなんだ…。」

 「あの頃は、よく3人でいろいろなところに遊びに行ったな…。」

 この砂浜もその1つであった。

 ふと、シグルドは後ろを振り向く。

 並んでいる足跡…

 あの頃3人で歩いた足跡と今歩いている2人の足跡が重なる。

 「なあ、ミアカ叔母様ってどんな人だった?」

 カガリはシグルドを窺うように質問した。

 「ほらっ、あたしが生まれる前だったし…。だけど、やっぱり知りたいなぁって…。」

 「そうだな…。」

 シグルドは空を見上げ、生前のミアカを思い浮かべた。

 「ミアカは、心優しくて聡明で…」

 いつも自分を差し置いて、他人を心配し、他人の事を優先していた。

 「歌が上手くて…」

 透き通った美しい歌声。ずっと聞いていたいほど好きだった。

 「あと、どこかの(・・・・)誰かさん(・・・・)と違って落ち着いていて…まさしく大人の女性って感じだったな。」

 最後のオチのような言葉にカガリはふくれっ面を見せた。

 「どこかの誰かって…悪かったな、どうせ私はがさつで子供っぽいですよぉっだ…。」

 シグルドは思わず吹き出し笑いそうになるのをこらえた。ここで、笑ったらさらに拗ねるであろう…。

 シグルドはあえて口に出さなかったが、ミアカとカガリが似ているところもある。しかし、それを口にするのは躊躇うものであった。

 一方、カガリは拗ねながら、歩き出すと足元にこげ茶色をしたもじゃもじゃした毛の果実が波に洗い流されながらくるりと転がっていた。

 「おっ、ヤシの実だ。」

 カガリはそれを持ちあげ、あたりを見渡す。どこかの椰子の木から落ちて転がって来たかと思ったが、その木が生えているのは随分と先の方にありそこから転がって来たとは考えにくい。

 「どこかからやって来たのかな?」

 カガリはシグルドに見せる。シグルドは椰子の実をしばらく見つめた後、口ずさんだ。

 「名も知らぬ遠き島より流れ寄る椰子の実一つ…。」

 「どうした、いったい?」

 カガリは訝しんだ。

 「『椰子の実』っていう歌さ。知っているだろ?」

 「それは知っているさ。でもなんで急に口ずさんだだよ。」

 「そりゃ…カガリがその椰子の実がどこかから来たって言ったから。」

 「確かに言ったけど…。」

 それでなんで歌うのかは不思議だった。

 「さてさて、カガリ…この椰子の実をどうする?」

 「どうするって…。」

 カガリは椰子の実を見つめる。

 見つけたのは見つけたがどうしようかまでは考えていなかった。でも、このままというわけにもいかないし、だからといって歌を聞いていて捨てることもできない。

 歌…?そうかっ。

 カガリはいい案が思いついたとばかり、シグルドに向く。

 「なあ、オーブは法と理念を守れば、誰でも受け入れるっていうことぐらいは知っているな?」

 「それで?」

 「これをあそこに生い茂っているヤシの木の近くに植えようっ。」

 カガリは前方のヤシの木々を指さし、駆けて行った。

 

 

 

 

 

 

 島の成因にはいくつかある。その中で洋島は坂道が多いと言われている。それは海底から直接海面に達しているからではないかと学校の先生が冗談めかして言っていたため、本当なのか嘘なのかはっきり分からない。

 なんで、そんなどうでもいいことを思い出してしまったのか?

 現在進行形で、自分は自転車で坂道を上っているからである。

 普段乗らないというのもあるが、ここまで急こう配の坂道を上っていると少しうらめしいくもなる。

 「シンー!早くー!」

 なんでだっ!?

 自分と同じ坂道を上っていたはずなのに、頂上付近で同級生のミソラはまったくへっちゃら顔で待っている。

 「待ってくれよー!少し、休ませて…。」

 大声で返すも息が続かず、一旦自転車をとめ、吸って吐いて呼吸を整える。

 「あちゃー。シン…そこで止まると逆につらいぞ?」

 自分が置いていかれないようにとわざわざ後ろを走っていたマサキが追いついて声をかける。

 「でも…こんなの、行けって…。こっちは大きな荷物持っているし…。」

 そうだ。こんなに大変な理由はきっと後ろに乗せている買った物にある。

 いきなり何を思いついたのか、何をするのか言われないまま、ミソラに準備のための買い出しと無理やり連れてこられ、荷物持ちにされてしまった。

 「って言ってもなぁ…それ、電動アシストなんだぜ?」

 マサキの指摘にああ、そういえばとシンは思い出した。モーターによって人力での負担を軽減してくれるから電動アシスト自転車なのに全く役に立っているのか実感できない。

 ならば、いっそのこと…

 「ああ、補助してくれているからマシなだけあって、それ(・・)切ったら、さらにペダル重くなるぞ。」

 思わず言い当てられ、スイッチを切ろうとした手がピタリと止まる。

 「普段乗らないからって、ミソラが考慮してソッチを回したんだ。アイツなんか普通の自転車プラス後ろに1人分乗せているんだからな。」

 すると、ミソラの後ろに乗っているマユの声が聞こえてきた。

 「お兄ちゃん、ガンバってー!あと、もうちょっとだよー!」

 「…というわけだ。」

 マサキはシンの肩をポンと叩いた。

 「じゃあ、あともうちょっとだからガンバレっ。」

 そして、先にグングンと登っていった。

 わざわざ後ろを走っていたのに、これでは完全に置いていかれてしまうではないか…。

 ああ、やりますよ。やるしかないじゃん。

 「やってやるー。」

 シンは勢いよくペダルを踏み、進もうとした。

 するとどこからか歌声のようなものが聞こえていた。

 シンは不思議に思い、耳を澄ませ、集中して聞くとやはり歌声であった。

 あまり人気のないところでいったい誰が歌っているのだろうか。

 坂道の横側、海の方の、砂浜から聞こえてくる。

 「ほらー!シンー、置いていくよー!」

 しかし、ミソラの声によって、遮られてしまった。

 シンは不満そうに見上げるが、なんとマサキもすでに登り切っていたのだ。

 まずい…このままだと本当に置いていかれる。

 シンは慌ててペダルに足をかけ、地面を蹴った。

 相変わらずペダルは重かったが、なぜかさっきとは違い億劫ではなかった。

 

 

 

 

 

 オーブから北上したところの広い太平洋の真ん中に浮かぶポツンと浮かぶ島があった。

 熱帯の植物や木々に覆われた一見無人島に思われる島であるが、古びた滑走路、今にも崩れそうなコンクリート造りの通信所があるなど、かつて旧世紀の前線基地として使われたであろうことが窺える。

 それらはその役目をすでに終え、この島の自然と共にただ時を過ごすのみとなっていた。その中で、1つ、森の中央部のひらけた場所にバラック作りの小屋が建っていた。この建物は他の建物同様に古かったが、改築した後が見られる

 その小屋の前にはいかにも荒くれ者といった風貌の男たちが集まっていた。男たちは

暇を持て余しながらも何かを待っているようであった。

 やがて、1人の男がバラック小屋から出てきた。

 粗野にみえる顔立ち、鋭い目つき、髭をたくわえたその男の姿は、この静かで穏やかな島では異質な空気を身に纏っている。それはこの男の職業と関係してくる。

 男の名はギャバン・ワーラッハ。民間軍事会社所属の傭兵であった。

 小屋の前で待っていた男たちはギャバンの前に集まってくる。彼らはみな、ギャバンの部下である。

 「隊長、本部からはなんと?」つ

 その内の1人の質問に、ギャバンはニヤリと笑って答えた。

 「ああ。この業務(・・・・)についての権限はすべて俺に任せるってことになった。ま、じゃなけりゃ、こんなガキの使い(・・・・・)のような(・・・・)仕事(・・)なんか引き受けられっか。」

 その言葉を聞いて、部下たちもつられて口元を上げる。

 そもそも今回の仕事について、ギャバンを始め、彼らは不満を抱いていた。

 彼らの仕事場は戦場だ。それが地上であろうと宇宙であろうと、状況がよかろうと悪かろうと戦場さえ与えてくれれば文句は言わない。しかし、今回、彼らが向かわされたのは、こんな自分たち以外誰もいないちっぽけな無人島を拠点とした、戦場とはかけ離れたところへの仕事であった。もちろん、本部も彼らの性格は心得ているので、彼らにはこの島に到着するまであらかじめ仕事の内容は伝えなかった。

 ただ、彼らは失念していた。この部隊の隊長がギャバン・ワーラッハであったことに…。

 彼は島に到着し、仕事の内容を聞かされるや否や、すぐに通信機に飛びつき、本部に連絡し、喚き散らした。それから数日、彼らから自分たちの満足いく回答が得られるまで応酬が続いたのだ。そして、最終的に本部は、ギャバンに対して、この仕事は全面的に任せることを引き出したのであった。

 それは、彼らにとって大きな旨味だ。

 正規軍と違う民間軍事会社ではあるが、その登場から曖昧さゆえに起きた不祥事や問題に鑑み、彼らの行動について定義し、指針を盛り込んだ文書が採択されるなどの制約がされ始めた。会社の上層部もその動きに配慮して、モラルの遵守に躍起になっている。

 しかし、それは彼らのような無法者には不満の種の1つであった。そもそもそんなモラルを守れといって素直に守るようであれば、正規軍に入ればいいだけの話だ。

それに対し、ギャバンは部下に対し、そんなことは求めていない。

 虐殺、強盗等々、戦場では部下たちに好き放題やらせている。彼にとって部下に求めるのは自分についてこられるだけの実力を持っているかぐらいだ。

 その点に関して、ギャバンを雇用している会社も頭を抱える問題であるが、それを差し引いても、ギャバンは必ず仕事を成功させる実力者であった。

 実際、彼はどんな不利な状況でもこちらの損害を軽微に、むしろ相手に大打撃を与えて戻って来るほどである。そのため、排することもできず、かといって会社の評判を考えれば表だって出したくはない。そのため、彼らは民間軍事会社の所属戦闘員の名簿にはない、裏の部隊であった。

 そんな彼らを使うということは、今回、あまり世間に知られたくはない仕事であることはギャバン自身了承していた。

 「さあさあ、手前ぇら、稼ぎ時だ。」

 ギャバンは両手を広げ、不気味な笑みを浮かべ、大仰に彼らを煽った

 「あの平和ボケの国、オーブに戦争(・・)というものを見せてやろうじゃねえぁ。」

 

 

 

 




あとがき

ある時、「デスクワーク」ってワードで打とうとしたら、
間違って「だすくわーく」って打って、
さらに変換して「出す苦ワーク」ってなった。
なんだろう、作者の苦しみがパソコンに伝わった?



ウィリアム・ミッターマイヤー
ウィリアム・ミッターマイヤー
ウィリアム・ミッターマイヤー
…長いっ!作者も書くのに四苦八苦していますっ!
パソコンでなんど打ち間違えたか(苦)
(というか、そろそろ後半戦になってきたので、各登場人物の元ネタとかモデルとか
書いていこうかな?)




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PHASE-50 光り輝く天球・参 ‐慮外の敵‐

まえがき

今さらながら今月気付いたこと
→今年、『SEED』放映開始15年じゃんっ!?
もうそんな月日経ったのかと…年とるわけだぁ(遠い目)





 昼下がりの午後の出来事であった。

 「ねえねえ、シグルド。もしも、襲撃者がやってきたらコレ(・・)使わない?」

 フィオからデータを手渡され見ると、レールガンであった。現在、モルゲンレーテ社で試作中の装備であるらしい。

 「本当はもっと別の形になるんだけど、測距離センサーとレールガンの射程距離を測定したいから、ちょうどいいんじゃないかってエリカさんが…。」

 「う~ん…携行の長距離砲はなかなかないからありがたいが…。」

 しかし、シグルドの返事はいまいちであった。

 「ディンだとあまりにも重たくて、無理だと思うが?」

 「そこはうまく固定すれば、なんとかなるよ。使い方次第って、いつもシグルドが言っているじゃん。」

 「そうだが…。」

 「お願い。私のためと思って…。」

 「シモンズ主任にいったい何を口走ったんだ、フィオ?いまなら、まだ怒らないから話してみろ。」

 「もしもし…。さっきから2人とも騒がしいだが…一応、ここ、わたしが使っている部屋だということを忘れてほしくないんだが…。」

 「いつも、人の作業中にノコノコとやって来ていた人間がよく言う。」

 「私は別に人の邪魔はしていない。」

 シグルドの反論にカガリは心外そうに返した。だが、シグルドはふたたび反論する。

 「俺は随分と、作業の手をとめることが何度かあったが…。」

 「それはシグルドの要領の問題だ。」

 「カガリ、文句言っているけど、カガリも手が止まっているよ。」

 カガリから依頼を受けて、数日が経った。

 特に変わったこともないまま、シグルドは名目上の依頼である『カガリの護衛』の毎日を過ごしていた。今日は、どこかに行くわけではなく、国防本部にカガリにあてがわれた部屋にいることになった。

 部屋といっても、建前上役職のないため、公に部屋を使わせることはできないので、日ごろ軍の倉庫代わりに使われている部屋を使うことになった。そのため、部屋には要らないものが入った段ボールが置かれていたり、棚にあったりと散乱していたが、カガリは気にもせず、自分が使う空間がとりあえず片付けて使っているという状態であった。

そして、現在、手持無沙汰にしているシグルドとフィオは空いているソファでくつろいでいる。

 「しかし、どういった心境の変化があったんだ?」

 シグルドはメイカーで淹れたコーヒーを飲んだ後、一拍置いてカガリに尋ねた。

 「心境の変化って?」

 「砂漠での時、俺に散々言っていただろ?ウズミ前代表が中立の立場をあくまでも取り続けることに反発していたり、地球軍の兵器を作っておいて、それでいいのかって…。」

 「ああ、それは…。」

 たしかに砂漠でシグルドと再会した時、カガリは彼に言い放った。

 ヘリオポリスで地球軍の新型兵器の開発の協力のこと、崩壊後ふたたび父親に問い質すが「世界を知らない」と言われ反発して飛び出したこと、レジスタンスで戦って一層中途半端なオーブの姿勢に反感を抱いたこと…。

 だが…

 「あの後、偶然、()だったザフトの兵士と、生身の少年兵士と会ったんだ。」

 無人島での出来事を思い起こす。

 「その時、ふと仲間を殺して恨んでいた敵の『砂漠の虎』の言葉がよみがえった。」

 ‐なら、どうやって勝ち負けを決める?どこで終わりにすればいい…?やはり、どちらかが滅びなくてはならんのかねえ…?‐

 いま思えば、無人島の出来事はきっかけ(・・・・)だったのかもしれない。

 「オーブに戻ってきて、それでもアークエンジェルの…キラの事がどうしても気がかりでともに行こうとした時、お父様からミアカ叔母様のこと聞かされて…。『お前が誰かの夫を撃てば、その妻はお前を恨むだろう、お前が誰かの息子を撃てば、その母はお前を恨むだろう。そして、お前が誰かに撃たれれば、私はそいつを恨むだろう』…お父様から銃を取ることによって起こる『憎しみの連鎖』について言われた。」

 カガリは暗い顔で俯く。

 「そして、その『連鎖』の結末を見たんだ。」

 オーブ近海で起きたアークエンジェルとザフトの戦い、ストライクとイージスの戦いのことをカガリは話した。

 「ストライクを討ったイージスのパイロット、アスランはキラとは昔からの友だちだったんだ。」

 今でも、なぜこんなことにと悲しみとやりきれなさで心を埋め尽くす。

 「アスランは彼のお母さんがユニウスセブンにいて…それでザフトに入って…。キラだって、友だちを守るためにストライクに乗って…そして、キラがアスランの仲間を討って、だから、アスランがキラを討って…。」

 カガリはやりきれない思いで話し続ける。

 「私は…アスランを撃てなかった。持っていた銃を、引き金を引くことができなかった。キラを討ったパイロットが目の前にいて、キラを失って悲しくて憎くて悔しくてっ…。」

 でも…。

 「それでアスランを撃ったからって…キラは戻ってこないっ、それで戦いも終わらないっ。」

 カガリは震える手をギュッと握った。

 「だから、私は…私はっ。」

 キラの死を、キラを撃ったアスランに、その代償を支払わせまいと決めた。撃って撃たれての循環の輪が繰り返されるのであれば、私がそこで止める。

 たとえ、死の悲しみを、後悔を抱えても…。

 「だから…『銃を取ること』以外の解決…それを模索したいと思ったんだ。」

 人の死を悲しみ、それを晴らすために銃を取るということは誰かか同じように悲しみ銃を取ることだ。そればかりを繰り返して本当に終わりはあるのか?

 ‐どこで終わりにすればいい?‐

 その言葉が別の意味を伴って、カガリの胸に去来する。

 「それは…見つかったか?」

 それまで黙って彼女の言葉を聞いていたシグルドは静かに尋ねた。

 カガリは彼の問いに小さく首を横に振った。

 「そうやって『憎しみの連鎖』を目の当たりにして…じゃあ、どうすればいいのかと考えてもわからないことばかりだ。」

 カガリは今、自分の中にあるさまざまなものを話す。

 「銃を取ることだけが戦いではない。でも、オーブは中立を維持するためにその力を持っている。お父様はヘリオポリスでの連合のMS製造は知らなかったと言っておきながら、自分とユゲイが職を降りる形で幕を引いた。にもかかわらず、自国のMSの量産は行っている。なぜ、そういうことをするのか…それが『国を守るため』とは言うことは解るけど…でも、どこか納得できな部分もある。だから、解らない。」

 それはまだ学び始め、そしてまっすぐな性格の彼女にとっては難題なものであった。

 「だけど、解らないからといって、やっぱりわからないままではいけないから…だからこうして、今、自分にできることをしようと…そこから学ぼうと思ったんだ。それで答えを見つける一歩の前身になるならって…。」

 「…そうか。」

 彼女の決意をきいたシグルドは静かにうなずく。

 「…何か言わないのか?」

 カガリは黙ってずっと話を聞いて、そして、静かにうなずいたシグルドに尋ねた。

 「何を、だ?カガリの考えだろ?」

 「それは、そうだが…。」

 シグルドは思わず苦笑した。

 「だって、砂漠の時だってそうだ。『おまえは間違っている』とか何も言わなかったじゃないか。…気付いていたんだろ?なら…」

 「言えば、納得したか?」

 「それは…。」

 シグルドの指摘にカガリは口ごもる。

 たしかにきっとそこでシグルドに何か言われても納得できず、反発していただろう。

 「正しいとか間違っているとか、それは結局、その人自身が思うことだ。だから、俺は間違っているんじゃないかと思っても、カガリが正しいと思っているなら、それがカガリの考えだと受け入れるだけだ。」

 「ほう…国を出たことでどうなったかと思えば、随分とご立派な物言いを言うほど成長したな。」

 突然。まったく別の所からの声がかけられ、3人は同時にドアの方を振り向いた。

 入り口の前に軍服姿の壮年の男が立っていた。

 「バエン…!どうしたんだ、何かあったのか?」

 「たまたま通りかがったので少々ご様子をと…。」

 ドア元に立っていたバエン・ジオ・リュウジョウは、カガリに勧められ部屋へと入って来て、応接用のソファに座る。カガリはすぐさま、コーヒーを淹れていた。

 この人がシグルドの養父(おとう)さん…。

 フィオは自分の目の前に座っているその軍人の姿をじっと見つめた。

 50代に入っているが年齢を感じさせず、無駄肉のない、しかしやせ過ぎではない筋骨、武人といった雰囲気であるが、堅苦しさはなく、氏族であっても気取ったところはない…そういった印象を持った。

 視線を自分の隣に座っているシグルドに移すと、彼はたじろいでいた。

 「さっき通りがかったって言っていたが、何かあったのか?」

 カガリはバエンにコーヒーを出し、シグルドの隣に座るとすぐに尋ねた。

 「いえ。少し、国防五軍の准将級の会合がありまして…。」

 「…五軍?」

 フィオはシグルドの耳打ちをする。

 「オーブには本土防衛軍の他に、国防宇宙軍、陸、海、空軍の五軍で構成されている。もともとは陸・海・空とあったところに、宇宙開発で宇宙軍が、そして、島嶼国家ゆえに起こる他の軍の管轄とかの兼ね合いがあって、本土防衛軍が置かれたんだ。」

 「いや~、宇宙・陸・海・空はそれぞれ独自の信条を持っていて軍内の雰囲気も違うから、もう調整に苦労して苦労して…。」

 「そんなに大変なの?」

 「まあな。軍の派閥争いっていうのはどこにでもあるが、オーブはちょっと変わっているというか…。頑固で偏屈で…その割に、変な義理堅さとかすごい勇猛果敢で…それは面倒で、面倒で。」

 「…よく、そんなアクが強いのにやっていけるね。」

 「まあな…最高司令官のおかげと言っておこうか。」

 フィオはシグルドのその意味深な言葉に疑問符がうかんだ。

 頑固で偏屈であるが、その義理堅さゆえに軍内での多少の軋轢はあっても最高司令官である代表首長の忠義という面では同じため、いざ戦闘になれば一致団結して戦うのである。ちなみに、代表首長への忠義と言いはしたが、代表首長は代々アスハ家が務めているため、アスハへの忠義と言い換えてもよいかもしれない。

 「おっや~。シグルドも軍にいた時は、随分とやらかしてくれたではないか?」

 「そういう父上も…若い時は結構いろいろと面倒なことをしたと聞き及んでいますが、准将?」

 フィオはさきほどからのシグルドとバエンのやりとりに不思議に思い、口を開いた。

 「ねえねえ、シグルド…さっきから文法の使い方がおかしいよ。」

 「本当だ。さっきからバエンに対して…なんでなんだ?」

 「それは…。」

 フィオとカガリの指摘にシグルドは口ごもる。

 「それはだな…。一言で言うなら、下野した身での自分がどっちで接すればいいのかよっくわからないからだ。」

 オーブにいた頃は、軍にいるときは上官として、家にいるときは父親として接してきた。

 「別に…そんな気にすることないじゃないか。」

 シグルドの悩みとは正反対にバエンはあっさりとしていた。

 「おまえがどんな身の上であろうと、俺はおまえの父親だと思っているし、元がつくが部下であるとも思っているんだ。別にどう態度されても気にはしないさ。…というか、そういう気遣いは国にいた頃にもっとやってほしかったがなぁ…。」

 「それは…。」

 バエンはさらにたたみかけるように続ける。

 「まあ…俺はいいとして、ネイの方がどうかな?仕事とはいえ、オーブに戻って来たのはたしかなんだ。にも関わらず、会いに行きもしないなんて…ネイが知ったら、きっと小1時間説教を食らうぞ~。」

 「え~!シグルド、まだネイに会いに行っていないのか!?ものすごく怒られるぞ?」

 「仕事がひと段落したら、母上には挨拶に行くつもりだ。カガリ、それまで黙っていろおよ?」

 「なんでさぁ…、会えるうちに会えばいいだろ?」

 「いろいろとあるんだ。」

 シグルドはまた面倒事ができてしまったのではないかと気もそぞろであった。

 「さてと…。」

 ちょうどバエンはコーヒーを飲み終え、ソファを立ちあがった。

 「では、息抜きもできたことだし…そろそろおいとましますか。この後、面会もあることだし…。」

 「そうか。」

 カガリも立ちあがり、彼を見送る。

 「バエン…M1の件、引き続きなにかあったら報告を頼む。」

 「…もちろんです。」

 そして、バエンは退出していった。

 シグルドは胡乱気に見送った。

 本当に何もないのか?

 息抜きに来たとは言うが、なにか隠しているような気がしてならなかった。

 「なあ、シグルド…今日1日何もなかったら、バーベキューしないか?」

 突然のカガリの提案にシグルドは目を丸くした。

 「また、唐突な思い付きを…。」

 「だってさぁ、さっきもバエンがいったように何もないからな。こう何日も私の護衛に付き合わせるのも疲れるだろ?たまにはリラックスするのもいいだろ?ヴァイスウルフに用意したホテルはコテージタイプのだからできる場所ぐらいあるだろ?」

 「それは、そうだが…。」

 そもそもそのタイプにしたのは、客室が一戸ごとゆえに と、万が一ヴァイスウルフを狙っての襲撃があっても、他の一般人に被害を受けないために用意したものではないのか。

 「それ、いいね。早速、準備をしてもらうためにレーベンに連絡を入れた。」

 そう思いつつも、カガリの提案を聞いたフィオはノリノリであった。

 「ああ、頼む。」

 満面の笑みを浮かべ、レーベンに連絡を入れるためにフィオは部屋を後にした。カガリはシグルドの様子に気付いた。

 「…迷惑だったか?」

 「いや、そういうわけでは…。」

 「そうか。楽しみだな、バーベキューっ。」

 カガリはそう言えば自分が書類作業をしていたことを思い出し、バーベキューまでには終わらせようと張り切って机に座った。

 シグルドは彼女の邪魔にならないようにそっと部屋を後にした。

 廊下を歩きながら、さきほど自分が抱いた違和感について考えていた。

 問い質してみるか、いまなら自分の執務室に戻っているはずだ。しかし、どうやってその部屋に入るかだ。オーブにいたときも簡単に行けなかったのだから、一介の傭兵ではなおさらであろう。

 そこへウィルが通りかかった。

 「おう、シグルド。どうしたんだ、姫のお守りは?」

 「今、彼女はこの後のバーベキューのために、目の前の作業を終えることに一生懸命だからな。邪魔にならないようにと出てきたのさ。」

 「バーベキューか…。いいねぇ、最近こんがりと焼けた塊の肉を食べてないなぁ…。」

 「ウィルも行くか?」

 「いや、残念なことにまだ仕事が残っているのさ。今日も夜通しで本部泊まりだろうな…。まあ、准将もそうだからなんとも言えねえが…。」

 「なに?最近、あの人、ずっと泊まり込みなのか?」

 「あっ、ああ…。」

 ウィルの言葉にシグルドの疑念はますます強くなった。

 「よし、ウィルっ、ちょっと来てくれっ。」

 そう言い、彼を無理やりに引っ張った。

 「来てくれって…もうしているじゃんかっ。」

 引っ張られながら、文句を言うが、無駄であった。

 

 

 

 

 「…では演習用に使っている哨戒艇を回るということでいいな。」

 「ええ。」

 バエンは自室にて、シキとなにやら打ち合わせをしていた。

 すると部屋の外で兵士が何事か騒いでいた。

 そして、バンと扉が開き、シグルドが入って来ていた。

 「おいっ、許可なく入室は…。」

 「ミッタマイヤー二尉が急いで報告があるんだ。俺はそれについてきただけだ。」

 「なあ、どうみても俺は引っ張られているだけだが…。」

 「シグルド…それにウィルまで…。」

 シキは彼の驚きの行動に目を丸くするが、バエンは苦笑していた。

 「いい。こいつらを通してやれ。」

 兵士に指示し、彼らを入室させた。

 「今まで、俺に何か聞くときや意見言う時はあらゆる手段をつかって入って来たが、この手はちょっと斬新だな。」

 「その度にあらゆる手段で入らせないようにされていたがな…。」

 「当たり前だ。特別扱いするつもりはないからな。」

 そして、バエンは居ずまいを正し、シグルドに聞く。

 「それで…何で来た?」

 「しらばっくれるなよ。何もないって嘘つきやがって…。」

 シグルドがバエンに迫った。

 「ウィルがここのところあなたが軍本部で寝泊まりしていると聞いた。なにかなくてはそんなことはしない。…だろ?いったい、何を掴んでいるんだ?」

 話を聞きながらバエンは思わず笑みをこぼした。

 さきほどカガリの部屋を訪れたときは、どう態度で接すればいいのか困惑していたのに、今はそんなこといっさい気にせずにいる。

 そういうことを考えている暇はないということか…。

 さて、いったいどうしたものか…。

 「別に嘘はついていない。」

 バエンは話を切り出した。

 「ただ、ここ数日、領海付近に不審船団が出没しているんだ。」

 「不審船、だと?」

 シグルドは眉をひそめた。

 「ああ、まだその所属も明らかにされていなくてな…。とりあえず、従来通りに国防海軍が沿岸警備を行っている。」

 「だが、何かあるからここに待機している。…そういうことか?」

 「…一応だ。M1の件と関係があるのかわからないから、話さなかっただけだ。」

 「そうか。」

 しばし、彼らの間に沈黙が流れる。シグルドはじっとバエンから視線を外さなかった。またバエンもずっとシグルドを見据えていた。

 どうやら、もし隠し事をしていてもこれ以上追及できないであろう。

 シグルドは息をつき、身を乗り出していた体を元に戻す。

 「そのことをカガリに話しても?」

 「…構わない。」

 「わかった。もう用事は以上だ。」

 そして、シグルドはふたたびウィルを引っ張った。

 「ちょっ!?おい、シグルド!なんでまた俺を引っ張るんだ!?」

 「ここに入る時に引っ張っていったんだから、出るときも同じでないと変だろう?」

 「いやっ、それ、言い訳になっていって!」

 シグルドとウィルが部屋を出て行ったあと、バエンは何か考えているような顔をしていた。

 「…少し、ドジを踏んだのかもな。」

 バエンは呟いた。

 「ヒョウブ二佐、君にはもしかしたら貧乏くじを引かせてしまったかもな…。」

 「それも込みの協力者です。できる限りの事はします。」

 シキもまた、彼がなにか隠している察しているようであったが、なにも追及しなかった。そして、彼もまた部屋を後にした。

 「…まだウズミにもホムラ代表にも耳にいれてないのだが。」

 シキが退出したのを確認すると、バエンは机の引き出しから1枚の写真を取り出した。

 この国は中立国で戦場となりにくいため傭兵にとって一時的な休息の場となっている。また、ザフト、地球連合などの潜入工作員も潜んでいる。そうでなくても、犯罪組織や武装組織が潜伏している可能性もある。

 それらを一々、過剰に対処していればキリがなく、逆に足元を見られてしまうこともある。そのため軍や政府など国内の各情報機関がそれらの動きを監視し、情報を集める。そして、攻撃されるなどの急を要するものから定期報告まで情報の報告が来ることになっている。

 この1枚の写真も彼らが監視対象としている犯罪組織のもので、切迫性のない定期報告のものであった。

 しかし、バエンは見逃さなかった。

 この写真に写っている人物の中の大勢の1人。

 その人物がこの国にとってどれほど危険な人物か。しかし、この人物が関わった事件があまりにも重大で衝撃的ゆえ、ごく一部のみしか知らない秘匿ゆえ情報機関からは見逃された。

 なぜコイツがこの国にやって来たのか?

 偶然か、それとも…。

 バエンの中に大きな不安が影を落とすと同時に、杞憂であることを願った。

 

 

 

 

 

 「それ…確かなのね。」

 アドリア海に浮かぶ小島、そこに建てられているホテル・スメラルドにあるガスパールのバーでジネットは先ほど常連客からの話に耳を疑った。

 「ああ、本当の本当だ。俺だって腰を抜かしそうになったんだ。」

 初老の品のいい紳士風に見える少し小太りな男は大げさなしぐさをしながら話す。

 「俺はその時、それはそれはとても上機嫌だったんだ。なにせ、久しぶりのオーブへのバカンス…他のリゾート地のこれからのシーズンに向けて、準備運動のような気分だったんだ。だが、まさかそこであんな奴を見てしまうとは思わなかった。」

 「それが…ギャバン・ワーラッハ。」

 「そう、その男っ!まさしく黒猫を見てしまった如く、この後、俺はクルーザーからすべってひっくり返っちまうんじゃねえかってぐらい不吉なことが起きるんじゃないかとビクビクしてしまったんだぞっ。」

 「黒猫はとても甘えん坊で人懐っこいって言われているんですよ。」

 「知ってるさっ。ものの例えだ、例え。俺だって、ギューっとしたくなるぐらいだからな。」

 若い女性のバーテンダーと男性のやりとりを横目にジネットは考え事をしていた。

 今、シグルドたちがオーブにいる。仕事のためだ。

 関係はないだろうが、万が一鉢合わせした場合はとても危険だ。

 とくに…シグルドに関しては。

 「…ルドルフに連絡いれますか?」

 ガスパールはこっそりとジネットに話した。

 「まだ、確証はないわ。それに…彼はプラントよ。数日で戻って来られるようなものではないわ。」

 あの男に対抗できるのはルドルフぐらいだが、現状無理の状態である。

 ジネットは最悪の事態を考えるが、同時に別の事も考え始める。

 やがて考えがいたったジネットはミレーユに連絡を入れるためバーを後にした。

 

 

 

 

 「つまり、リュウジョウ准将は他になにかを隠していると?」

 「まあな…。」

 コテージの外ではバーベキューの真っ最中ではあるが、シグルドとミレーユはテラスに置かれた椅子に座り、先ほどのことを話していた。

 もちろん、カガリにも不審船の話をした。

 一応、用心はしておくよに、と。

 しかし、彼はバエンがまだ話していないことがあるとふんでいた。

 「いったい何を隠したいのかまでは分からないが…なにかあまりいい予感はしない。これは…本当に憶測だ。」

 「そう…。」

 「そっちの方からはどうだ?どこかがオーブに関して、何かの動きがあるといった情報は…?」

 彼の問いにミレーユは首を横に振った。

 「そもそも、連合もザフトもそれどころじゃないからね。」

 「オペレーション・スピットブレイク…最後のマスドライバーであるパナマの攻防戦か…。」

 そういった戦場の情報に関して傭兵の嗅覚は鋭い。大きい戦場であればあるほど、そこで依頼が来れば大きい稼ぎになる。しかし、今回不思議なことにパナマへの攻防戦に向けて双方から傭兵への依頼があるという話は聞かなかった。

 「しかし…なんか()だな。プラントのこの作戦概要は…。」

 「あら?あなたはそう見ている(・・・・・・)のね。」

 「そりゃ、そうだろう。防衛ラインの戦力を最低ギリギリまで抑えて、地上に多くの部隊を降ろし、さらに宇宙(そら)からの降下部隊も投入する。ずいぶんと大きく動いている…。」

 「マスドライバーを2つ落として、さらに第8艦隊も壊滅、Nジャマーのよって核の脅威がないから、そこまだ、防御を固める必要はなくなったからじゃない?」

 「まあ、そう言うのもあるだろうが、パナマは他の2つと違うのは、元は南米ものでもあったということだ。シーゲル・クラインの政治工作によって南米がプラント側に立って、1度は無傷で手に入れられたようなものだ。まあ、その後、大西洋連邦に武力で併合されたが、その強行に南米の中にも不満を持つ者は少なからずいる。それらの勢力とうまく交渉してひっかきまわしてもらって攻めた方がそこまで大規模な戦力はいらないはずだ。」

 「それでは時間がかかってスピットブレイクにならないからでしょ。議長になったパトリック・ザラは戦争の早期終結を掲げて、就任したのよ。早く結果を出したいのよ、要は…。勢いで権力を掌握したから、早く地盤を固めないとクライン派にまたひっくり返されると思っているのよ。」

 「面倒なものだ。」

 大抵、何か軍事作戦を展開するというのは、それが成功しなければいけない。そうでなければ、金銭的な損失、世論の信頼の低下など、さまざまな大打撃がある。

 ゆえに、事前調査を始め、参謀が練りに練って作戦を行うものだ。

 そもそもパトリック・ザラは国防委員長だ。軍のそういった事情ぐらい把握しているはずなのだが、自分の政治成果を優先したいがために、急かさせるとは…。

 軍のエキスパートという名が聞いてあきれる。

 「それが、政治(・・)じゃない?」

 「俺は政治が嫌いなんだ。」

 そう言いきって、シグルドはグラスの中に入っている飲み物を一気に飲み干した。

 「まあ、これで連合とザフトの特殊部隊は除外される。残るはそれらから依頼を受けた傭兵や民間軍事会社か。」

 「けど、それらが果たしてどれほどで来るのか…。ヘリオポリスと違い、こちらは本土…アークエンジェルの件でも、ザフトの一部隊で強行突破はしなかった…。いくら、バックがいても、手を出すのは難しいでしょ?」

 ミレーユの指摘ももっともだ。シグルドも自分の知っている限りの傭兵部隊や民間軍事会社を頭の中で候補に挙げていく。しかし、どれもしっくりくるものはなかった。

 「だが、うま味もある。MSが登場したとはいえ、軍でもない傭兵や軍事会社が手に入れるのは難しい。しかし、手に入れれば、それだけアドバンテージも高い。しかも、それがこれまで乗れなかったナチュラルでも、というのであれば、な…。」

 これまでMSに乗れるのは例外を除いてコーディネイターがほとんどだ。つまり、自然と傭兵しかり民間軍事会社のMS戦闘員はコーディネイターとなっていく。ナチュラルの傭兵にとっては自分の稼ぎが少なくなる。会社の経営陣にとっては彼らを雇うために高い報酬を支払わなければならないので、コストがかかってくるということになる。

 ナチュラルでも操縦可能なM1を手に入れることができるのであれば、それらの問題を解消できるため、どんな手を使ってでも手に入れたいはずだ。相手は国といってもプラントや理事国に比べれば手は出せやすい。

 「あらっ、その考え方なら、我が部隊はある意味で大きな(・・・)存在(・・)、ということかしら?」

 ミレーユは笑みを向けた。

 確かに自分を始め、MSパイロットはフォルテ、ヒロ、そして、ナチュラル用のOSができていればという仮定にあたればアバンもそれにあたる。大方、ミレーユのことだから、依頼を受ける際に、地球軍のいらなそうなナチュラル用OSにされたMSを報酬としているのであろう。

 まだ実力が未知数の2人を合わせてこの部隊には計4人いることになる。

 確かにいち傭兵部隊にすれば、大きなアドバンテージであった。

 「だが、まだまだ(・・・・)さ。」

 シグルドは苦笑しながら、グラスに飲み物をそそぐ。

 そう…たしかに裏社会では大きくなるであろう。だが、世界を見渡せば未だに小さな存在だ。

 「俺はこれで終わるつもりはない。このヴァイスウルフをいつか…一国の軍隊の大部隊に匹敵するほどまでの戦力に育て上げる。()を持つ者たちが、無視できないほどに…な。」

 それが俺の…白き狼(ヴァイスウルフ)の戦いだ。

 「シグルドー!」

 「もう、だいぶ肉が焼けたぞー!早く来ないと全部食べるぞー!」

 バーベキューコンロの側で肉が焼けるのを待ちわびていたフィオとカガリが自分たちに呼びかける。

 シグルドとミレーユは顔を見交わした後、2人とも椅子から立ちあがり、彼らの下へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

 いつもの日常が終わり、人々はまた明日へと眠りにつく。そして、日をまたいだ未明となった。

 国防本部は慌ただしい空気に包まれた。

 「…それで、現状は?」

 バエンは司令部に着くやいなやオペレーターに問いただす。

 「はい。巡回中の護衛艦より領海付近で不審船団を発見。警告を発し、彼らへの対応をしているとのことです。」

 「また(・・)現れたということだな…。」

 「護衛艦の報告では、ここ数日に現れる不審船と船の特徴がほぼ同じであると…。」

 これで連続日数をふたたび更新したことになる。

 「不審船団の対処は国防海軍の管轄だ。そちらに任せておけばいい。」

 自分たちがやることは他にある。

 「ヒョウブ二佐を呼んできてくれ。」

 バエンは近くにいた兵士に、同じく本部で待機しているシキを呼びだした。

 

 

 

 

 寝静まった部屋に電話の音が鳴り響いた。

 シグルドはすぐに受話器を取る。

 「もしもし。」

 (どうやら、寝ぼけていないようだな。)

 電話口でシキが皮肉めいた一声を上げる。

 「まあな。もちろん推測の域であったが、あそこまで動いていたということは今日の可能性が高いと思っていたからな。…あたりだろ?」

 (ああ、先ほどリュウジョウ准将から呼び出しがあった。)

 「つまり、不審船団が現れた、と。」

 (そうだ。)

 シキは頷き、そして、彼に問いかける。

 (シグルド…もし、彼らの狙いがM1だとすると、わざわざ領海で数日間は何のためだと思う?)

 「それは、そちらの方に注意を向けたいからだろ。」

 どうやら満足した回答だったのか、電話越しのシキの声は嬉しそうであった。

 (現在、こちらもその応戦に準備をしている。)

 「…すぐに向かった方がいいな。」

 どのみち電話で話していても、なにもできない。

 シグルドは受話器を置き、急いで部屋を出て、駐車場の車に向かった。

 キーを回し、エンジンをかけたその時、助手席にカガリが乗り込んできた。

 「私も行くぞっ。」

 慌てて飛び起きたのか、急いできたのか息はあがっていたが、こちらをみた表情はなんで自分を置いていくんだという不満気であった。

 「ふつう、こういう時の雇い主は後ろで終わるまで待っているのだがな…。」

 「私が任された仕事だぞ。それなのに、安全なところにいれるわけがないだろっ。」

 これ以上言っても、頑として聞かないであろう。

 どのみち、まず向かうのは国防本部だ。いきなりそこを攻めてくることはさすがにないであろう。

 シグルドは彼女を乗せて、車を走らせた。

 

 

 

 

 「よし。まずはシグルドの連絡はこれでお終い、と。」

 シキは受話器を置いた。

 一応、車にはこちらの動きがわかるように通信機の類は置いてあるであろう。

 シキはモニターの地図に目を向ける。

 さきほどシグルドと話したように不審船が囮であれば、別働隊が動くはずだ。

 その現れる場所。

 領海に現れた不審船の目から外れる場所で、身を隠すにはうってつけの場所。

 シキは本島の北東部にある大小さまざまな島々が入り組んでいる地点に目を向けた。

 おそらくそこら辺であろう。

 シキは待機しているウィルとクオンに連絡をいれた。

 

 

 

 

 

 オーブ本島、ヤラファス島。

 その北東部ではリバー・ボートの類の船舶が停まっていた。

 「はっはっはっ。どうやら、連中、あっちの方に食いついたようだぜ。」

 領海付近で不審船が現れ、しかも何日も続いているということからオーブ軍は神経をそちらの方にむけて対応を追っている。

 それが囮である知らずに…。

 こちらは彼らが仲間の不審船に目を奪われている間に、一番怪しいオノゴロに乗り込む。

 こんなにもスムーズに行くとは思わなかった。

 「さあ…行きますかっ。」

 この船団を仕切っている男が声を上げる。

 それに従って他の船も動きだす。

 意気揚々と船を進めるが、入り組んだ島の途中で、自分たちとは別の船が突如現れた。

 「なんだぁ、ありゃ?」

 それが視界に入った男は訝しんだ。

 

 

 

 「お~、備えあれば憂いなしっていうのはこういうことを言うんだな。」

 船の操舵室にいるウィルからも見るからに怪しい小型船の一団がいることを確認できた。やはり別働隊がいたようだ。

 「さあ、ここからは君の独擅場だ、ハツセ二尉っ。」

 船の前方にいるクオンに声をかけた。

 ここには、国防海軍はいない。

 もしいたらいたで面倒であるが、自国領内に入りこんだ者を背後から奇襲をかけるのはこちら(・・・)の領分だ。

 文句は言わせない。

 船の先端に立つ彼女は、片手には回転式弾倉を持つグレネードランチャーを、もう片手には短機関銃を手にしていた。

 そして、ウィルの言葉を合図にするように、クオンはグレネードランチャーを船団のうちの1隻に狙いを定め、引き金を引いた。

 

 

 

 

 「おいおい、あれは何なんだ?」

 「迷い込んだ漁船か?」

 「なら、面倒だから沈ませようぜ。」

 ここら辺はいい漁場でもある。

 だからこそ、無法者たちはこちらに向かって来る船が偶然迷い込んだ漁船と思いこみ、警戒をしてなかった。

 なにせ、ここは平和の国。なにかあってもろくな対応ができない。ヘリオポリスのように…。

 「おっ、おいっ!あれ…。」

 そう小ばかにしていた瞬間、別の男の慌てた声がその思考を途切れさせた。いや、途切れてしまった。

 その矢先、男の目の前で、何かがさく裂し、閃光と爆音が鳴り響いた。

 それが、男が最期に認識したものであった。

 一方、他の船に乗った男たちはその出来事に唖然とした。

 突然、向こうの船からグレネード弾が飛んできて、それが船団の内の1隻に命中。船は爆炎と黒煙をあげながら、停止し、沈んでいった。

 1隻の船が炎上し、沈んでいくのを他の船の乗組員が唖然と見ていた。

 まさか、と誰もがそう思った。そして、彼らを仕切っていた男が怒りで大声を上げる。

 「あっ…あの女をぶっ殺せっ!」

 その言葉を合図に船は一斉にウィルたちのもとへと向かって来る。

 クオンは甲板で助走をつけ、こちらに向かって来る船へと飛び越える。

 それを認めたウィルは、なるだけ流れ弾から避けるように後方へと船を下げた。

 クオンがいきなり飛び越えて着地した船の乗組員たちは仰天するが、クオンはグレネードランチャーを自分のいる船と並走している船に向け撃ち、こちらの船では応戦しようと銃を構えた男たちにもう片方の手に持っている短機関銃を撃ちこむ。

 別の船が仕留めようと、回り込み、急造に備え付けた機関銃を構え、狙いを定めた瞬間、それを察知したクオンは銃撃で倒れた男を盾として、また別の船へとジャンプし、移動する。

 「くそっ、くそっ、あの女をなんとかしろっ!」

 男の叫ぶ声も空しく響くだけで、乗組員は次々と撃たれ、船は沈められていく。

 とうとう仕切っている男の乗っている船のみしか残っていなかった。

 男は歯噛みした後、すぐさま船を反転させるように他の乗組員に指示を出した。

 「チクショーっ!」

 急旋回した船の中で悪態をつく。

 「何だよっ!話が違えじゃんかっ!なにが、平和ボケだっ!?」

 完全に背を向けた状態のため、自分の船が狙われているのも気付いていなかった。

 彼らの頭にはとにかく逃げることしかなかった。

 「あの女、バケモノかよっ。あんなの相手なんて聞いてねえって!」

 こうなれば命あっての物種。別に金さえもらえればどうでもいいのだ。

 だが、彼らの逃走は空しく終わった。

 最後のグレネード弾が船に着弾した。

 船を沈めず、乗組員だけを撃って鎮圧した船からクオンが止めの一発を放ったのだ。

 彼女の前に、動ける者はいなかった。

 

 

 

 「いっや~!すげえっスね、ハツセ二尉っ!」

 巻き込まれないように下がっていたウィルたちの船はクオンを拾い上げるため、ふたたび近づいていった。たしかに作戦はうまいったが、ウィルはなぜかこの船に乗っている別の人物に眉をひそめた。

 「…なんでこの船に乗っているんだ、オオシマ准尉?これは本土防衛軍が使う練習用艦艇だが。」

 リュウ・オオシマはその大柄の体つき同様大きな声で言った。

 「いや~、ここ、俺の仮眠部屋にしていて…ほらっ、本部の方だと少しベッドが小さくて…。」

 「まったく…お前と言うやつは。」

 その回答にウィルは呆れるしかなかった

 とりあえず、今はこちらが受けた任務は完了した。

 ウィルは嘆息しながら、シキへと報告する。

 

 

 

 

 クオンたちが別働隊を鎮圧している頃、シグルドの運転する車は本島から繋がる幹線道路を抜けオノゴロ島に入った。

 通信から聞こえてきた別働隊鎮圧の報告にシグルドは訝しむ。

 本当にこれが主攻か?

 確かに、領海は囮として別働隊の存在はあるのは示唆されている。

 しかし、リバー・ボートの類で攻めきれると本気で思っていたのか?

 道路で車を一旦停止させた。

 「シグルド?」

 「俺はここで降りる。地下工場のディンを射出してもらい、そこから出撃()る。」

 「ええっ!?」

 シグルドは最低限の衝撃に耐えられるように後部シートからヘッドギアとグローブを取り出す。

 この別働隊も囮かもしれない。

 「じゃあ、あたしも行く!ランチャーも入っているんだろ?」

 「ダメだ。」

 しかし、シグルドに拒否された。

 「おまえはこのまま国防本部に行くんだ。」

 「でもっ…。」

 「なぜ、俺がMSで行くと思っているのだ。おそらく、相手はMSでやって来る。」

 そうなれば、MSにとって豆粒ほどの大きさでしかない人が巻き込まれればたまったものではない。

 「そうだけど…。」

 カガリは納得できなかった。

 「おまえに万が一の事があればどうするんだ?」

 シグルドは念を押すように、カガリを説得する。

 「いいな。おまえは本部に行くんだ。」

 シグルドは車から出て、道路を駆けだした。そして、通信機を取り出し、すぐさまシキに連絡を入れる。

 「シキか?モルゲンレーテに連絡して、俺のディンをすぐに出してくれ。ポイントは今から送る。」

 (カガリ嬢は?)

 シキは自分がMSに乗る理由は聞かなかった。

 彼ももしかしたら同じように考えたのか。

 「そのまま国防本部行くように言った。」

 (そうか…。では、すぐに準備する。キサカ一佐に連絡を入れて、カガリ嬢を迎えに行ってもらう。)

 「そうしてくれ…。」

 カガリは走り去っていくシグルドの後ろ姿を、バックミラー越しに見送った。

 「シグルド…。」

 カガリは彼を追いかけたい気持ちに駆り立てられるが、実際自分が行ってもどうすることもできないことも理解していた。たしかにランチャーだけではMSに対抗でいない。それはまさしく身をもって(・・・・・)経験していることだ。カガリは歯がゆい思いを抱えながらも仕方なく、車を発進させた。

 

 

 

 

 薄暗い部屋に緊急用のコールが鳴り響く。

 ミレーユは布団の中から手探りで、それを荒っぽくとった。

 「…どうしたの?」

 この通信機に、そして緊急にかけてくるのは、現状で1人しかいない。

ジネットだ。

 (シグルドはどこにいる?)

 いきなりの問いにミレーユは眉をひそめ、起きた。

 「この部屋にはいないわ。今、オーブの領海付近で騒ぎがあって、そこへ向かったわ。」

 (彼…今回の襲撃の犯人について何か言っていなかった?)

 なにが言いたいのか分からず、ますます疑念がわく。

 「いいえ、何も…。そもそも、いったい何者が仕掛けてくるなんて、こっちにはそんな情報は来てないわ。」

 (なんてこと…)と愕然とした声が聞こえてきた。

 そして、ジネットはしばらく黙っていたが、ややあってミレーユに告げた。

 (すぐに彼を止めてっ。…でないと、彼…死ぬわよ。)

 「ちょっと、それって…。」

 いきなり飛び出した物騒な言葉にミレーユは問い質そうとしたが。通信はそれきり切れた。

 「いったい…。」

 ジネットの言いたいことはなにかわからなかった。

 しかし…

 ミレーユは居間へと向かい、そのソファで寝ているレーベンを叩き起こした。

 「どうしたのさ~、ミレーユ…なにかあったの?」

 まだ寝ぼけているレーベンの襟首を掴み、叩き起こす。

 「早く車を出してっ。」

 ミレーユはなにか不吉な予感を覚えた。

 

 

 

 

 領海内では護衛艦シホツチが待機していた。シホツチだけではない。領海で不審船の対処に追われている護衛艦以外の他の護衛艦は各自領海内での本部から指示された任務に就いていた。

 「トダカ一尉。何があったのでしょうか?」

 副官のアマギがふと漏らした。

 「本部からは『護衛艦が各自警戒を怠らず、哨戒し、適宜判断せよ』と通達されていますが…いったい何かが起こっているのでしょうか?」

 「俺だって知らないさ。」

 すると上空監視の兵士が声を上げた。

 アマギとトダカは言われた方向へと目を向けると、領空に5機のMS…ディンが飛行していた。

 「なっ!?」

 トダカは驚きの声を上げる。

 これは明らかに領空侵犯だ

 しかし、国防空軍所属の戦闘機の姿がどこにもいない。

 何がどうなっているんだ!?

 トダカは愕然とした。

 「見ろよっ、あれ…今頃慌ててやんの。」

 ディンのパイロットはこちらを攻撃してこない護衛艦に揶揄するように言い放った。

 「いいのかよ、一発で終わるんだぜ?」

 他のパイロットが言うが、彼らをまとめているこのMSのリーダー格の男に制される。

 「隊長の作戦だ。このままオノゴロに奇襲をかける。」

 あとはこのまま真っ直ぐ向かうだけ。

 向こうは突然の出来事に慌てている。

 自分たちはその間をすっと抜けていけばいいだけだ。

 そう思っていた。

 すると突然、何か高速の物体が横から飛んできて先頭のディンに命中した。

 何が起きたのか、わからないまま、ディンは爆散し、墜ちていた。

 「何だっ!?」

 その突然の出来事に残りの4機は足を止めた。

 どこからの攻撃か?

 4機は辺りを警戒する。

 すると、ふたたび、その内の1機の左肩に命中した。

 「あっちだっ!?」

 1機はそれが飛んできた方向を算出した。すると、今自分たちが飛んでいる海域のかなり距離の離れた無人島からであった。

 「バカな、あんなところからっ!?」

レーダーが使えないNジャマー下で遠距離の攻撃はほぼ不可能だ。

しかし、実際に撃ってきて、そして命中した。

 まぐれだっ!まぐれに決まっている!?

 しかし、このままでは作戦に支障をきたしかねない。

 彼らは小島へと向かって行った。

 

 

 

 

 「よしっ、くいついた。」

 オノゴロ島でディンに乗り込んだシグルドは少し離れた小島で待ち構えていた。

 しかし…とシグルドは今、撃った砲に目を落とす。

 先ほど、彼が使ったのは、昼間にフィオから頼まれた試作品のレールガンであった。

 あくまで牽制用として使ってみたが、その性能はいい意味で想定外であった。

 その威力もさることながら、センサーを合わせて使うことにより、こんな長距離からでも運用できたのだ。ただ、現状、固定砲台にしなければいけないが…。

 シグルドは空を見上げる。

 日の出前ではあるが、空は明るくなってきており、下弦へと移り行く月が白く見えが、所々で雲に隠れていた。

 ディンの右ホルスターから突撃機銃を、左ホルスターは重斬刀を‐本来散弾銃ではあるが今回はそこにMSとの接近戦用にマウントしている‐左手に持ち、小島から飛び立ち、上昇した。

 そして、そのまま4機のディンに向かっていくことはせずタイミングを見計らって反転し、さらに上昇して行った。

 「ちっ、追えっ!追えっ!アイツを仕留めるんだっ!」

 撃っておきながら、逃げるような動きにコケにされたと思ったパイロットたちは、シグルドのディンを追いかける。

 執拗に追いかけ突撃銃を撃つが、なんなくかわされていく。

そして、シグルドのディンはなおも上昇し、厚みのある雲の中へと入っていった。

 すぐさまディンのパイロットは視界不良の戦い、計器戦用に切り替え、センサーでシグルドのディンを追う。

 熱紋では、ディンはまだどんどんと上昇していた。

 このまま雲の上にまで行き、自分たちが抜けたところ待ち伏せする気か?

 リーダー格の男は、その動きから対策を練る。

 ならば、それを逆手にとるまでだ。

 「いいかっ、雲を抜けたら、なんであろうと撃ち続けろっ!向こうはこっちが何もしてこれないと踏んでいるっ。」

 もうすぐ雲を抜ける。

 他のディンも突撃機銃を構え始めているのが影から見えた。

 すると、その直前、センサーの熱紋が突然消えた。

 「何っ?」

 それを訝しみ、考える間もなく雲を抜けたディンたちは一斉に突撃機銃を撃ち続けた。

 この一撃で倒そうと、弾倉すべての弾を撃ち果たすが、一拍置いて、そこに自分たちが追いかけていたディンの姿がいないことに気付いた。

 「そんなバカなっ!」

 熱反応は1つしかなく、それを自分たちは追いかけてきたのだ。

いないはずがない。

 「どういうことだ…?」

 まさか、自分たちはMSの幽霊(ゴースト)を追いかけてきたのではないかというバカバカしい考えまで浮かんだ。

 空振りに終わってしまい、気が緩んでしまった。

 すると、突然、自分たちが通って来た雲の中から追いかけていたディンが重斬刀を逆手持ちで現れた。

 「これで…2機目っ。」

 シグルドのディンは比較的雲の近くにいたディンをその剣で切りつけた。

 突然のことに、動けなかったディンはそのまま撃墜される。

 「いっ、いたっ!?」

 その、あまりの突然の出来事に他のディンは慌てて突撃銃を向けるが、弾倉に弾がないことに気がつき、結局撃てなかった。

 そして、シグルドのディンはふたたび雲の中へと入っていた。

 「周囲、警戒っ!」

 リーダー格の男は残りの2機に指示を出し、3機はそれぞれを背に向け、弾を装填し、現れるのを警戒した。

 どうやら、敵に一杯食わされたようだ。

 どうしてこうなったのかは考えている暇はない。次の攻撃に備えなければいけないからだ。しかし、さっきの手はもう通用しない。

 今度こそ、現れた瞬間にハチの巣にしてやる。

 リーダー格の男は左腕を損傷しているディンを雲から遠ざけ、自分がその前方に配置、無傷のディンは最前の位置にし、段階的な射撃および防御を取らせた。

 さあ、来るなら来い。

 男たちはふたたびディンが雲から出てくるのを待った。

 一方、シグルドは次の行動へと移すために雲の中を待機していた。

 まず初手は上手くいった。

 1回限りの奇襲。

 シグルドは雲の中へと入り、彼らも自分を追いかけてきたのを確認すると、肩部ミサイル部からダミーのミサイルをこのまま進めば行く、予定飛行ルートへと1発撃った。それと同時にディンを飛行形態のまま、計器戦用センサーになるだけかからない位置で、彼らが通り過ぎていくのを待った。

 もちろん、大気圏内での飛行はある程度熱量が出るのは避けられない。

 しかし、彼らは自分たちの攻撃を仕掛けておいて、逃げるような行動を取ったシグルドのディンの挑発と受け取って、頭に血が上った状態で追いかけていたため、そこまで注意がいかなかった。

 これで1対3となったが、依然戦力比は向こうが有利だ。

 相手は自分が出てくるのを待ち構えているであろう。次こそ撃つと、意気込んでいるに違いない。

 ならば、それを利用する。

 まもなく雲から抜ける。

 その瞬間、シグルドは3機のディンの位置を見分ける。

 前に1機。最後方に片腕を損傷したディンとそれをカバーするように前に立つディン。

 ならば…。

 シグルドは判断と同時に操縦桿を引いた。

 3機のディンはシグルドのディンが出てきた瞬間、構えていた突撃機銃を放った。

 しかし、撃つのとほぼ同時にシグルドのディンは下方に滑るように移動する。

 時間にしてわずか数秒。

 真下に滑り込んだシグルドのディンは右の突撃機銃を前の位置にいるディンに向け撃ち、同時に対空ミサイルを一気に後ろの位置にいるディンに放つ。

 思わぬ行動に足を止めた前方のディンは突撃機銃をもろに食らい撃墜される。

 残りの2機は後退しながら、必死に突撃機銃を撃ち続け、対空ミサイルを撃ち落とす。

 シグルドはフットペダルを踏み込み、対空ミサイルの後を追うように一気に2機のディンに向かっていく。

 損傷したディンをカバーしながら、対空ミサイルを撃ち落とすことに必死だったディンは向かって来るシグルドのディンに突撃機銃を構えるのを一拍遅れた。

 それを見逃さず、シグルドは敵のディンの懐に入りこみ、左腕の重斬刀で突く。

 航空機との空戦を想定されたディンの武装では、MSとの接近戦用はなく、懐に入られたディンはなすすべもなく、撃墜された。

 残ったのは片腕を損傷したディン1機のみ。

 そのディンはこれまでの一連のシグルドの動きに圧倒されてしまい、動けなかった。

 楽な仕事であるとタカをくくってしまい、自分以外のディンが全滅するなんてコレッぽっちも思ってもいなかったからだ。

 逃げなければ…

 頭ではわかっていても体が動かない。

 その間にも、ディンの突撃銃を自分に向けて構える。

 しかし、操縦桿を握る手も、ペダルにかけている足もガタガタを震える。

 「たっ、助けて…!」

 相手に聞こえもしない懇願。

 叫び終わる前に彼の声はディンの突撃銃によってかき消された。無数の巨大な弾丸が襲ってきた。

 己を動かす主を失ったディンは、そのまま制止し、墜ちていく。

 そして、そのまま海面へと落ち、その衝撃によって大破、爆発したのか大きな水柱が上がった。

 

 

 

 

 レーダーから5機のディンの反応が消えたことに、ギャバンは眉をひそめた。

 「なぁにやってるんだ?…あいつらは。」

 ギャバンは部下の不甲斐なさに溜息をもらした。

 そして、残っている1つの反応に目をやる。

 数で上回る相手を、ほぼ同性能の機体で倒したディンのパイロット。それなりの腕を持っているようだ。

 …面白い。

 別に無視しても構わないが、派手に暴れ回る方がかえって好都合かもしれない。

 それに、しばらく、この暗い水の中に居続けるのも、飽きてきたところだ。

 ギャバンは、現在搭乗している機体を進ませた。

 

 

 

 

 「…どうですか?」

 シホツチの艦橋では、アマギは双眼鏡で上空の戦闘を見ていたトダカをうかがう。

 「詳しくは知らん。」

 トダカは双眼鏡を降ろした。

 「だが、爆発光は3つあった。」

 そして、先ほど落下してきたディン。合わせて4機。

 どうやらさきほど小島に身を潜めていたディンがすべて倒したようだ。

 「すごい…。」

 アマギは思わず口を漏らした。

 先日、地球軍のアークエンジェルとザフトのMSとの戦闘は自分たちも出動していたので間近で見ていたが、MS同士の戦闘にふたたび圧倒された。

 「シグルド・セオ・リュウジョウ…いや、シグルド・ダンファードか…。」

 トダカはゆっくりと降下してくるディンの左肩の白い狼のエンブレムを見て、呟いた。

 「しかし、なぜこんなところに?カガリ様の護衛が…?」

 アマギは疑念を口に知る。

 彼らが聞いているのは、カガリの護衛に傭兵がついたということぐらいだ。にもかかわらず、その傭兵がこの場にいる。もしも、カガリが近くにいれば別の話だが…。

 「俺だって知るか。」

 どうやら自分たちの知らないところで、何かが動いているのであろう。

 すると、その時索敵担当の兵士が声を上げた。

 「トダカ一尉っ、ソナー探知っ!」

 トダカとアマギはハッとし、兵士を中止する。そして、兵士はふたたび叫んだ。

 「モビルスーツですっ!海中にモビルスーツがいますっ!」

 まさかといった表情でトダカは索敵のコンソールへとやって来て、ヘッドフォンを耳に当てる。

 すると、たしかにゴゥンとする推進音とともに金属同士がこすれる音が聞こえてきた。

潜水艦とは違う…モビルスーツであった。

 先ほどのディン同様、いつ領海付近を突破されたのかわからない。しかし、今はその理由を探している暇はなかった。

 「対潜用意っ!」

 トダカはすぐさま艦の兵士に命じた。

 

 

 

 

 一方、降下してきたシグルドは周囲を警戒しながら通常の高度を飛行していた。

 これで本当におしまいか?

 領海に不審船、内部の群島に現れた集団、そして先ほどのモビルスーツ…おそらく、領海付近の騒ぎを囮にして、その間にモビルスーツでオノゴロまで一気に攻めるつもりであったのだろう。

 しかし、それらの行動がどうにも腑に落ちなかった。

 モビルスーツ4機だけで十分と本当に思ったのか、それとも別の…何かがまだあるのか?

 そう思案していると、突然、足元、海中からレーザーがこちらにむけ照準されていた。

 …まずいっ。

 それがなにかはわからないが、身の危険を即座に感じ取ったシグルドはすぐさまその射線から機体を避ける。

 すると、一拍遅れてそれは、ディンの右ホルスターに命中し、ホルスターは砕けた。

 フォノン・メーザー砲である。

 そして、ふたたび、海中からレーザーが照射された。

 シグルドはふたたび操縦桿を引く。

 音波を用いた兵器であるフォノン・メーザー砲はその射線は目に見えないため、その直前の照準用のレーザーのみが回避する頼みの綱だ。とはいえ、光と音の早さの違いはほんのわずか。少しでも判断が遅れれば命取りであった。

 

 

 

 

 シグルドのディンが海中から攻撃を受けているのを、シホツチの艦橋からでも捉えることはできた。

 「ソナーっ!」

 トダカは索敵担当兵に向ける。

 さきほどこちらで探知したMSと同一か。それとも他に数機いるか?

 「推進音は1つだけです!」

 と、いうことは1機のみ。

 しかし、ここはこちらで対応するものか?

 本来であれば護衛艦群がただちに出動するのだが、本部からはまだ何も言ってこない。他の対応に遅れているのか?

 トダカは思案するが、途中兵士の上ずった声で中断する。

 「トダカ一尉っ!不明機(アンノウン)こちらに接近しますっ!」

 「ただちに迎撃っ!魚雷…。」

 トダカが命令を下す前に艦体は激しく揺れた。

 そして、目の前に異形の姿は現れた。

 UMF-5 ゾノだ。

 ゾノに向け、25mmガトリング砲が放たれるがまったくビクともしない。

 ゾノは右腕の、鋭利な爪を開き、高々と掲げる。

 やられるっ…

 シホツチの誰もがそう思ったであろう。

 しかし、ゾノの爪は、シホツチの間に入って来たディンの重斬刀によって受け止められた。

 一度は安堵するが、すぐさま速射砲の砲撃用意をさせる。

 (撃つなっ!)

 しかし、ディンからパイロットの声によって遮られた。

 (すぐにこの海域から離れるんだ。このMSはこっちで受け持つっ。)

 「何をっ!?」

 アマギは心外そうに顔をしかめた。

 すると、トダカがアマギをとめ、おもむろにシグルドに向かって、応えた。

 「現在、貴機が交戦しているMSは我が国に許可なく、領海に侵入したものである。それに対し、警告・自衛権の行使は我が艦の職務と自認している。」

 そうだ。

 アマギもトダカの言葉に心の中でうなずく。

 だが、敵はオーブの領海に入りこんできているのだ。それを対処するのが国防海軍である自分たちの職務と自認している。

 しかし、すぐさまシグルドは反論した。

 (貴艦は本部からどんな指示を受けているんだっ!?)

 「それを貴機に言う義務はない。」

 トダカの回答にシグルドは「そうじゃなくて…」と内心舌打ちした。

 おそらく、この護衛艦の艦長は実直なのだろう。

 シグルドは言い方を変えた。

 「ここで貴艦になにかあったら、どうなるか?それぐらいは想像(・・)できるだろっ!?」

 「いったい何が言いたいんだ!?あの男はっ。」

 一方のシホツチではアマギは憮然としてシグルドの言葉を聞いていた。

 (相手はザフトでもなければ、地球軍でもないっ!そんなヤツラにオーブの軍人の矜持をかける価値はあるのかっ!?)

 なんと無礼な奴なんだっ!?

 アマギはだんだんとその傭兵に腹立たしくなってきた。

しかし、トダカは彼の言葉の意図に気付いたのか、ハッとしたような顔をしていた。そしてややあって、おもむろに口を開いた。

 「艦をこの海域から離脱する。」

 「はっ…えっ!?」

 アマギは 反射的に答えるが、すぐに驚きの声を上げる。

 てっきり、傭兵の言葉に構わず対潜迎撃用意を進めるのかと思っていたからだ。

 「いっ、いいのですか?」

 「万が一、我が艦がここで撃沈されることがあれば、そちらの方が問題だ。」

 意固地になって、目の前のことにとらわれるよりも大事なことがあるということだ。

 もし、ここでこの艦が撃沈されることになればどうなるか?

 おそらく各マスコミはその真相を探り、市民も不安をかき立てるであろう。第2のヘリオポリスのような事態になるのではないか、と。

 だからこその『適宜判断』か…。

 トダカはようやく合点がいった。

 おそらくこれも政治(・・)というやつだろう。

 もちろん、トダカとて納得はしていない。

相手が何と言おうと迎撃する気はある。

だが、それでオーブに災禍が降りかかるのを防げるのであれば、そちらを選ぶとしよう。

 文句は後で言わせてもらうぞ。

 トダカは後退するシホツチの艦橋でディンを見送った。

 

 

 

 

 護衛艦が後退し始めるのを窺いながら、シグルドはほっと息をついた。

 どうやら自分が何を言いたかったのか、わかってくれたようだ。

 とはいえ、終わった後、文句の1つや2つは言われるであろう。

 「まあ、いいさ…。」

 それぐらやすいもんだ。終わって戻ったら、何べんでも聞いてやるさ。偏屈な軍人さんよ。

 「さて、そのためには…。」

 シグルドはゾノへと目を向けた。

 コイツを片付けなければいけない。

 「はははっ、マジで来やがったよ。」

 ギャバンは自分の攻撃から護衛艦を守るためにノコノコと上空から降りてきたディンに嘲笑を浮かべた。

 「こういうバカ(・・・・・・)がまだいたなんてなっ。」

 このディンはおそらく傭兵であろう。

 なんの依頼を受けたかは知らないが、報酬とは無縁の護衛艦を助けるなんてバカ以外にない。

 いったいどこの傭兵だ。

 ギャバンはディンの左肩のエンブレムに目が留まった。

 それを見ると、一拍置いて、口の端を釣り上げ声を上げて笑った。

 「ハッハッハッハッ、コイツは最高だっ!」

 噂には聞いていたが、まさかこんなところで出くわすとはうれしい偶然があるものだ。

 「アイツ(・・・)が生きていたか、それとも、アイツの真似事をしているバカがやってきるだけか…。」

 どちらにしろ、手合わせすればわかる。

 面白いっ、やってやろうじゃねぇかっ。

 

 

 

 

 

 一方、車を国防本部へ向け走らせているカガリは聞こえてくる通信機に耳をそば立てた。

 (こちら、シホツチ。所属不明機(アンノウン)を発見。現在、無人島より出現したMSが交戦中…)

 その通信内容にカガリはシグルドのディンが戦っているのだと理解した。

 先ほど4機のディンに続いて、今度はゾノとの戦闘…。

 シグルドの腕は知っている。おそらく大丈夫だと思うが、連戦となるのだ。モビルスーツのバッテリーだって時間的問題もある。

 シグルドからは何度も念を押されるように、国防本部に行けと言われた。自分の身になにかあってはいけないからと…。

 でも、しかし…。

 モビルスーツが出てくるぐらいだ。襲撃者は十中八九、M1アストレイを狙っている。

 それなのに…。

 自分だけこのまま何もせずにいていいのか?

 国防本部に向かって行っても、自分にできることはないであろう。

 自分が任された仕事なのに、自分はなにもできないのが歯がゆかった。

 だから、せめて…。

 カガリは車のハンドルを切った。

 国防本部へと向かう道からそれていく。

 所属不明機(アンノウン)とシグルドが交戦しているのはこの先にある無人の小島だ。そこに向かうための足が必要であった。

 次第に、小さな漁船やボートが停泊している船着き場に向かう。

 そこには明朝釣りをしようとする釣り人の姿がちらほら見えた。

 カガリは途中で車を降り、車の後部からランチャーを担ぐ。

 そして、並ぶボートの1つ、木製のエンジンモーターを取り付けた小型ボートに乗り込む。

 「誰かのものか知らないけど、コレ、借りていくぞっ。」

 釣り人たちは何事かと互いに目をしばたたかせているうちに、カガリはエンジンをかける。そして、一旦降りて、船を押し出して、また乗り込んで、急いで小島へと向かった。

 

 

 

 

 

 ゾノとシグルドのディンは一進一退の攻防が続いていた。

 すると、ゾノの爪の間にある方からふたたびレーザーが照射された。

 ふたたびフォノン・メーザー砲が放たれる。

 しかし、後ろにはまだ護衛艦がいる。

 シグルドはとっさにフットペダルを踏み、ディンでゾノをタックルした。

 至近距離からの攻撃であるため、ディンをかすったが、ゾノがよろめいたため、護衛艦の射線からは外れた。

 シグルドはその勢いで、ディンを上昇させる。

ゾノもまた一度体勢を立て直すために海中へと潜っていった。

 空戦用と水中戦用。

 本来の用途として、仕掛けるべき相手ではないが、そうもいかなかった。

 おそらく、これら一連の騒動を起こしたのがあのゾノのパイロットだ。

 シグルドは警戒しながら、海を窺う。

 海へと近づかなければ、こちらの方が有利である。

 しかし…。

 ゾノが海より顔を出し、フォノン・メーザー砲を放つ。

 ディンはそれを避け、突撃機銃を撃つ。

 しかし、ゾノには効いていないようであった。ふたたびゾノは海へと潜っていった。

 「やはり…ゾノの装甲では効かないか…。」

 水圧に耐えられるようにされている装甲。並のアサルトライフルでは撃ちぬけるはずもない。

 どうする?

 今、持っている武器で有効なのは重斬刀だが、使い方次第…しかも、見たところ相手は手練れだ。逆にこっちが仕掛けてやられかねない。

 では、レールガンを使うか?それも時間がかかる。ゾノは陸戦での戦闘の性能の低下はない。

 どうする!?

 すると、先にゾノの方が動いた。

 海中からロケット推進の魚雷を一定間隔に撃ってきた。

 「こちらに手がないと気がついたかっ!?」

 ディンは肩部ミサイルランチャーで撃ち落としていく。

 こうなったら…一か八か、だ。

 シグルドは魚雷とミサイルの応戦でできた煙幕を目くらましとして利用し、海中へと向かう。

 おそらく、次に海中から顔を出した時が勝負っ。

 しかし、予想外の方向に動いた。

 煙に中を突破していくディンの前方からこちらに急速に向かって来る黒い影が視界にはいった。

 それは水中巡行形態のゾノであった。

 相手も同じ考えであったのだ。

 巡行形態の推進力を使い、ゾノは海中から飛び上がってきていた。おそらく、こちらがこの煙幕のなか海面に向かって来ると踏んで。

 このままでは激突される。

 突撃機銃で撃っても弾ははじき返されるだけ。

 やられるっ!?

 とっさに後退するが、それでも激突のその衝撃はまぬがれなかった。

 ディンが体勢を崩したのを見たゾノはすぐさまMS形態へと戻し、クローでディンの東部を掴み、海面へと叩きつけた。

 そして、そのままディンを引きずって進みだした。

 強烈なGによって視界の色調を失い、装甲のどこかに裂け目ができたのか、流れてくる海水に溺れかける。

 ディンを引きずったゾノは小島へと上陸し、砂浜にディンを叩きつける。

 「ここ、は…?」

 いまだ揺らぐ視界でシグルドは場所を確認する。どうやら近くの小島らしい。

かろうじて突撃機銃は持っていた。

 武器を手放さなかっただけでも幸いか。

 しかし、目の前にゾノが立ちはだかり、フォノン・メーザー砲を構えていた。

 一歩でも動けば撃つということか…

 圧倒的に不利な状況にシグルドは懸命に考える。

 (はっ、俺の部下を倒すからそれなりに手練れかと思ったがな…。)

 すると、あざ笑うかの声が唐突に外部スピーカーから聞こえてきた。

 「その声っ!?」

 シグルドは大きく目を見開いた。

 聞き覚えのあった声であったからだ。

 (そのエンブレム(・・・・・・・)はただのお飾りってことかぁ!?)

 白き狼…それを知っている!?そして、この声…まさかっ!?

 かつての、大きな傷となっている過去の記憶が掘り起こされる。

 この島ではないが、オーブにある浜辺。

 現在(いま)と同じ、払暁の(とき)

 ‐ああん?ガキがいたのか?‐

 あの時もこの男の声を聞いた。

 「ギャバン・ワーラッハっ!?」

 なぜだ!?なぜ、この男がオーブ(ここ)にいる…?

 ‐シグ…逃げて…‐

 何が起きたのかわからなかった。

 逃げて、とミアカの声がよみがえる。

 あの時は、恐怖で足が震えていた。

 …逃げたくないっ。約束したんだ、ユルとっ。…守るって。

 (どこの馬の骨かぁ知れねえが、こちとらボーナスもかかってるんでなぁ…)

 何もできなかった…

 ただ、一方的に殴る蹴られ…動けなくなるまで。

 自分が子どもだったからとか、相手が大人だからとか…そんなことはどうでもよかった。

 悔しかった。

 無力だった自分が…。

 力が欲しかった。

 (さっさと消えてもらおうかっ!)

 悲しみ、悔やみ、憎しみ、憤り…

 あらゆる感情が湧き上って来る。

 「おまえは…おまえだけはー!?」

 シグルドは激情に駆られるまま、突撃銃を放つ。

 装甲によってはじかれ、まったく効き目がなくても構わず、撃ち続けた。

 体勢を立て直し、さらに撃ち続けた。

 ただ、がむしゃらに…。

 しかし、ゾノがひるむ様子はなかった。

 逆に、その鉤爪で突撃銃を持っていた右腕をわし掴みにする。

 そして、至近距離からフォノン・メーザー砲を放たれる。

 攻撃の衝撃でディンは体勢を崩した。

 ゾノはそれを思いっきり踏みつけた。

 グワンとコクピットは振動で揺れる。

 (ああっ!?最後まで人の話は聞けってーのっ。)

 苛立つギャバンの声に続き、衝撃がコクピットを襲う。

 ゾノはその足で何度も踏みつけていた。

 襲い続ける衝撃にシグルドの意識は朦朧としてくる。

 やがて、衝撃がやんだかと思うと、モニター前面には、ゾノがフォノン・メーザー砲を構えている姿があった。

 もはや、逃げることも抵抗する力は残っていなかった。

 俺は…また、なにもできないのか…。

 諦めかけた。

 その時、

 突如、横合いから火線がクローに直撃する。

 それは小さな砲撃であったが、ゾノをわずかにひるませるには効果は十分であった。

 なにが…?

 シグルドは火線が上がってきた陸地をズームする。そこにいる人物に息を呑んだ。

 ランチャーを構えていたカガリの姿がいた。

 「カガリっ!?なぜ…。」

 どうしてここにいるんだ!?

 すると、ゾノのモノアイがカガリの方へと向いているのに気付いた。

 まずいっ…このままでは…!?

 カガリの身が危険だ。

 しかし、呼びかけるにも外部スピーカーでは、あの男にカガリの素性を知られてしまう危険がある。

 カガリ…逃げろ、逃げるんだっ!?

 しかし、カガリは逃げもせず、ランチャーをかかげ、もう1発放とうとしている。

 自分のためにわずかな隙を作ろうとしているのだろう。

 だが、今ディンには武器を失い、ミサイルもなかった。

 カガリが作ってくれた隙を活かすどころか、彼女を襲おうとしているゾノを止める術がない。

 …いや、1つ(・・)だけある。

 だが、それは危険な賭けであった。

 成功する可能性は低い。

 よしんば、成功したとしても相手がまだ戦える状態であったらならば、こちらの手はもうなくなる。

 どうするっ!?

 わずかな時間の、迫られる判断…。

 やるか、やらないか。

 …いや、違う。

 シグルドは心の中で否定した瞬間、すでに動作を始めていた。

 判断する(・・・・)必要(・・)なんてない(・・・・・)

 俺はとっくに決めていた(・・・・・)

 いったい何を迷う必要があるのか?

 シートの左横からテンキーを出す。

 そして、入力と同時に、フットペダルを踏み、ゾノへとタックルし、押し出す。

 テンキーに暗証番号を打ち込み、レバーを引く。そして、ディンをそのまま前進するだけの簡単な自動操作へと切り替え、すぐにコクピットからワイヤーを突っ立て、飛び降りる。

 あとはほんのわずかな間の流れであった。

 地面へと着地したシグルドは、すぐにカガリの下へと向かう。

 カガリは驚くが、説明する暇もないなかで、すぐに彼女をかかえ、岩場のくぼみに身を隠し、彼女を庇うようにその上に身をかぶせる。

 その刹那、

 閃光が背後から突き抜ける。

 ディンが自爆したのだ。

 激しい轟音が響き、目の前のカガリの声さえも聞こえないほどであった。

 そして、熱と衝撃が背後から何度も痛みとなって襲う。

 何度か失いそうになった意識をギリギリまで保たせ、シグルドはカガリの抱く手を決して緩めなかった。

 手放してしまったら、一身に受けているこの衝撃をカガリにも被る。

 そんなことは…させない。

 シグルドは背中を襲う激しい痛みをこらえ、歯を食いしばる。

 俺は…おまえまで…失いたくない。

 

 

 

 

 

 ポツリと1滴の雨粒が額に当たった。

 「…うっ…。」

 カガリはゆっくりと目を開けた。黒みがかった曇天の空がまず視界に入った。

 自分の体になにか重さがかかる。

 そちらに目を移すとシグルドが覆いかぶさっていた。

 そうだ…。

 カガリは意識を失う前の出来事を思い出した。

 シグルドの下へと向かい、小島へとたどり着くと、ディンがやられそうだった。

 無駄だとわかっていても、なんとかしたくて、カガリはロケットランチャーをゾノに放った。それでも、うまく隙を作れば、シグルドであれば、好転してくれると思ったから、だからこそ撃った。

 その後は、一瞬の出来事であった。

 シグルドがコクピットから出て、こちらに向かって覆いかぶさり、ディンが自爆して…

 ゾノはッ!?どうなったっ!?

 カガリは目を爆発直前までゾノがいた場所に向けると、そこにゾノの姿はいなかった。

 爆発に巻き込まれて海中に沈んだか、それとも逃げたか…

 どちらにしろ危機は去ったのだ。

 「よかった…。」

 カガリは安堵した。

 「シグルド、ゾノは去ったぞ。…やったぞ。」

 カガリは自分に覆いかぶさっているシグルドに呼びかけた。

 しかし、彼からの返事はない。

 まだ気を失っているのか?

 カガリは一旦、身を起こそうと、彼の体に手を触れたとき、恐ろしく冷たいことにぎょっとした。

 「…シグルド?」

 そして、背中に手をあてたとき、なにかぬるりとした生暖かいものが触れた。

 なにかと、カガリはその手を見ると、それは真っ赤な液体…血であった。

 自分には血が出るほどの怪我も痛みもない。…ということは。

 「っシグルド!?」

 カガリがあわてて起き上がると、ハッと息を呑んだ。

 背中には無数の破片が突き刺さった傷と打撲傷があった。

 「そんなっ…シグルド…。」

 その時、カガリはようやく悟った。

 シグルドは、あの爆発から、降り注ぐ破片から自分を庇ったのだと…。

 「シグルド…シグルドっ。」

 カガリは懸命に呼びかけるが、彼から返事はまったくない。

 私を庇って…私のせいでシグルドは…。

 その時、死という文字が頭の中にちらついた。

 シグルドが…死ぬ?

 「嫌だ…ダメだ…。」

 カガリはわなわなと震えた。

 「死ぬな、シグルド…死なないでくれ…。シグルドー!」

 カガリの叫びは、曇天の空にむなしく響き渡っただけであった。

 

 

 

 




あとがき

宇宙世紀だと、マゼラ・トップ砲とか180㎜キャノンとか対艦ライフルとかあるのに、
なんでSEEDに携行型の長距離砲がないの!?
バッテリーMSなのに(血涙)


はい、というわけで今回少しアップが遅くなりましたね(汗)
いや~久しぶりにMS戦闘書いたけど、何話ぶりだろ?


オーブの軍人さん(特に年配層)のイメージが三河武士だと思うのは作者だけ!?
というか、源頼朝配下の武士たちも相当だったから武士って言うのは大抵濃いんですかねぇ…。



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PHASE-51 光り輝く天球・肆 ‐転回・前編‐

実に久しぶりの更新です。
あまりにも久しぶりすぎて投稿の仕方を忘れかけていた(汗)


 熱い…息苦しい

 まるで逆巻く渦に呑まれているような感覚であった。

 ‐シグルドっ!‐

 周りから聞こえてくる淀んだような声や音以外に、よく通った声が自分を呼ぶ。

 誰だ?

 シグルドはその姿を探す。

 「シグルドっ!」

 ぼやけた視界に、涙に濡れた金色の瞳がうつった。

 ‐シグルドっ!しっかりしろっ!‐

 自分を呼ぶかける声が今度は、目の前に養父(ちち)バエンの、しかもまだ30代前半の頃の姿へと変わった。

 すると、数々の過去の光景がフラッシュバックする。

 朝日がのぼり始めたばかりの薄明りの砂浜。風にたなびくつややかな黒髪。透き通った歌声。見慣れぬ男たち。そして、全身を打ちつけるような衝撃。

 次に気付いたとき、砂にまみれて横たわっていた。

 ミアカは…?

 朦朧とする意識の中、顔を上げると男たちの集団が離れていくのが視界に入った。その中に意識を失っているのか、連れて行かれようとするミアカの姿もあった。

 だめっ、…いかないで。

 必死に手を伸ばした瞬間、今度は別の光景に変わる。

 ‐どうしてっ!?お母さんっ!‐

 泣きながら、母のもとへと駆けていこうとする前に祖父に止められた。

 母は心配ないとこちらに顔を向ける前に、そばにいた男に阻まれ車に乗せられる。

 それは突然のことであった。

 いきなり警察のような男たちがやってきて母は連行された。

 まだ幼かった自分は何もわからず、ただただ呆然とその成り行きを見ているだけであった、

 ‐なんでっ!?‐

 祖父にすがりむせび泣いた。

 ‐お母さん、なにも悪いことしていないんだよね!?

 ‐ああ…悪いことなんかなにもしていない。‐

 ‐じゃあ、なんでこんなこと(・・・・・)するの!?‐

 ‐いいかい、シグルド。‐

 祖父は、静かにいった。

 ‐理不尽を許してはいけない、諦めてはいけない。そして、打ち勝つ心を持つんだ。…人を恨んではいけないよ。‐

 その声が奥底に響くと同時にまた別の光景へと変わる。

 風に揺られる木々の音、鳥のさえずり、時折聞こえてくるそれらの音以外、あたりは静寂に包まれていた。

 深緑の木々に覆われた茂みの中で、シグルドは息をひそめ、狙撃銃を構えていた。夏季がこの土地にとってもっとも過ごしやすい時期といえども夜は肌寒くはあるが、シグルドは耐え続けた。

 銃口の先にはコンクリート状の建物があり、シグルドはとある1室にいる人物を狙っていた。

 あれから十数年近い時は流れた。

 もう2度と失いたくない、大切なものを守れる力が欲しい。

 そのために、ずっと己を鍛え、そして力を得てきた。

 ‐恨んではいけない‐

 あの時の祖父の言葉はいまでも心の中にあるが奥底でくすぶり続ける火が消えることはなかった。

 自分ではどうすることもできない感情もまた存在しなにかのきっかけで噴き出していた。

 だからこそ、ここに来た(・・・・・)

 あそこにいる男は、多くの人の命を奪った。その死に責任を負うべき存在にも関わらず、その罪をまったく自覚していない。それは、奪われた者の悲しみがどんなものか、怒りがどんなものか…その男は一切理解していないのだ。

 それが許せなかった。

 だから、その痛み(・・)を思い知らせるためにこうしている。

 スコープ越しから格子のついた窓が開こうとしているのを捉えた。

 シグルドは息を殺し、狙いを定める。

 あと少し…。

 ふと脳裏に、懐かしい大事な人たちの顔がよぎる。

 母、祖父、そしてミアカ…

 理不尽な暴力で、命を散らした大切な人たち。

 もうすぐ…終わる。

 窓が完全に開き、男が顔を出す。

 今だっ。

 シグルドは引き金を引いた。

 

 

 

 

 「ダンファードさんっ!わかりますかっ!」

 いきなり目の前にライトを当てられ、そして、医師の呼びかけによりシグルドの意識は現在(いま)に戻る。

 ここは…どこだ?

 MS、爆発、襲いかかる衝撃波…

 自分が意識を失う前の記憶が次々とよみがえってきた。

 そうだ、俺は…

 どうやら病院に運ばれたらしいと、まだ意識が朧げながらも認識した。

 と、同時に忘れてはならない直前までそばにいた人物を思いだした。

 カガリは…?そうだ、カガリはどうなった!?

 あれだけの爆風と衝撃だ。しかもその後の記憶はまったくない。

 彼女は無事であろうか。

 しかし、体が思うように動かない。

 身じろぎすると、治療にあたっている医者が制止する。

かろうじて目だけを動かすと、部屋の外、ガラス越しにカガリの姿があった。泣きじゃくったのか目は赤く腫れ、それでもまだ泣きそうな顔であった。とはいえ、ここから見る限りどこか怪我をした様子はなかった。

 まったく…泣き虫姫が…

 シグルドは彼女の無事に安堵しつつ、苦笑した。

 思えば自分が怪我するたびに彼女は大泣きであった。自分が怪我したわけでないのに…。

 その姿を見て張りつめていたものがほぐれてきて、眠気が襲ってきた。

 薬が効いてきたのだろうか…。

 シグルドはふたたびカガリの方へと視線を移す。

 彼女のそばにクオンの姿がみえた。

 …大丈夫か。

 クオンが病院にいるということはシキもいるはずだ。ならば、カガリのことは任せてもいいだろう。

 シグルドは安堵し、そのまま眠気に身を任せた。

 

 

 

 

 「かの医師はとても優秀な方だ。きっとシグルドも助かるだろう…。」

 シキはICU治療の病院区画にある待合室でミレーユにここに至るまでの経緯を説明した。

 まだ明け方の時間帯のためか病院関係者以外にいる人間は彼らだけであった。

 現在、彼らはオロファト市内にある国防軍中央病院にいた。

 その名の通り、オーブ国防軍の管轄にしている病院で軍人、軍属およびその家族の傷病を診察対応が中心だが、一般市民の救急医療の受け入れ先としても指定されており、高度の医療施設とスタッフを備えた病院である。

 「ええ…二佐にはさまざまなご尽力(・・・・・・・)をしていただき感謝いたします。」

 ミレーユは謝意を述べるが、そこにはどこか含みのある言い方があった。

 いくらこの病院が一般の救急医療を受け入れているとはいえ、さらにシグルドが元・オーブ軍人であっても、ここまで迅速かつ優先して使うことはできないであろう。

 おそらく、シキが救急搬送を要請した際に何かしら手を打ったはずだ。

例えば、カガリも巻き込まれたと報告すれば、彼女も負傷した可能性もあるので、受けた側もすぐさま対応にあたり、彼女を高度の医療機関に搬送する。そして、ついでに(・・・・)護衛も搬送できるというわけだ。

 もちろん、彼女も見た目では怪我の程度は軽いとはいえ何かあるかわからない。念のための検査もしなければいけないから彼の行動に批判することはできない。

 この軍人はただ指揮能力が高いというだけでなく政治的感覚も持っている。

 ミレーユはあらためてこの若い佐官を評した。

 と、同時に身構えた。

 何かしらの見返りがある可能性もあるからだ。

 シキはこちらの警戒に気付いたのか、ふっと笑った。

 「私たちはあなたたちをバックアップするという任務があります…。そのためにいかなる努力も惜しみません。」

 これもまた仕事の一環であり他意はないと暗に伝えたのであった。

 「では、こちらも仕事がありますので…。」

 シキは会釈したのち、待合室を後にした。

 部屋を出ると廊下でクオンが待っていた。

 すでにカガリの方の検査は終わり、彼女は侍女と共に帰ったのであった。

 「ミッターマイヤーから連絡は?」

 シキはすぐさま、戦闘のあった無人島に残したウィリアムからの報告の有無を聞いた。

 「いいえ。まだ襲撃した集団がいないか周辺警戒しながらなので、調査隊の到着も遅れているようです。」

 実のところ、現場に到着したときにはすでにゾノの姿はなかった。

 ディンの自爆から逃れたのか、それとも巻き込まれ海中に沈んだのか?

 後者であれば、調査隊が海中で捜索すればいいだけの話だが、問題は前者の場合だ。

 戦闘要員として当てにしていたシグルドは重体、責任者であるカガリもとても指揮を執れるような精神状態ではない。最悪、自分たちだけで、しかもM1アストレイを使わずに迎撃しなければならない。それがどれほど困難なものか…。

 そもそも敵は何者なのだ?

 シキは最悪な方を想定した戦術を練り、前提となる相手の存在について推測する。

 ここ数日の不審船団、その行動に合わせて出現した所属不明のMS。

 向かっていた方向がオノゴロであったので、彼らの狙いがM1であったという蓋然性は高い。しかし、M1を狙おうとする勢力といっても地球軍はザフトの大攻勢の作戦の噂でこちらを気に掛ける理由がない。ザフトもまたしかり。では別のところが、と考えるがそれらも考えにくい。それは襲撃前にシグルドがミレーユに話していたことと同じ考えであった。

 しかし、実際に襲撃はあった。それを望むものがいることは確かだ。

 それとも自分たちは知らないだけで、上は知っているのであろうか?

 バエンが何かを隠していると感じたのはそれ(・・)か?

 「どちらにしろ、調査結果が出なければわからない…か。」

 シキはつぶやいた。

 結局のところ、自分の持つ情報だけで推測できるのはこれが限界であった。

 そうこう思案を巡らせていると、彼の携帯端末から呼び出し音が鳴った。

 

 

 

 

 シキに連絡を入れたのは、エリカであった。

 すぐにモルゲンレーテに来てほしいとのことであった。

 彼女もまた不測の事態に備えて待機していた。

 彼女の呼び出しに何事かとシキは問いかけたが、彼女は詳細は来たときに話すというのみであった。

 不審に思いつつも、行かなければわからないので、シキはクオンを先に軍本部に戻るよう伝えた後、その足ですぐにモルゲンレーテに向かった。

エリカから指定された会議室に入った瞬間、彼は驚きを隠せなかった。その部屋にはエリカ以外にも彼の予期しえなかった人物が2人いたのであった。

 1人はバエン、そしてもう1人はウズミであった。

 なぜここにウズミ前代表が?

 バエンは、シキの直属の上司であり今回の一件に関わっている。ゆえに、この場にいても納得できるが、では、なぜウズミがいるのか?確かに代表辞任後、軍とモルゲンレーテに関わる事案の裁断を行っていた。しかし、この案件に関してはカガリに一任していたはずで、出てくることはなかった。それがなぜ今になって?

 疑問に思いながらも、まずはエリカの話を聞かなければとシキは椅子に座り、エリカに尋ねた。

 「それで…いったい何かあったのですか?」

 彼の質問を待っていたかのようにエリカは話を切り出した。

 「はい。未明ごろに当社のホストコンピュータ端末に不正侵入がありました。」

 「…なんだと?」

 驚く内容ではあるが、エリカの表情から深刻さはうかがえない。続けて彼女は言う。

 「ただ、幸いにも一番重要度の高いデータまで侵入される前に対策課が対応しましたので、なにか機密情報が盗まれたということはありませんでした。」

 「そうか…。」

 その話を最初聞いたとき、シキは驚きを隠せなかったが少し安堵した。

 モルゲンレーテには多くの軍事機密に関わるデータがある。そこが狙われることがあるが、今回起きたのはタイミング的に襲撃があった時間帯とほぼ同時だ。

 関連性がないとはいえない。

 「そのため二佐にも注意(・・)してもらいと思い、お話しました。」

 最後の言葉にシキは訝しむように眉をひそめた。

 どこか含みがあるような言い方であったからだ。

 まるで自分たちが今の任務から外れたような…

 エリカもどこか落ち着きがない様子であった。

 「シモンズ主任、まずあれ(・・)を出さなければ、ヒョウブ二佐も状況を把握できないと思うが…」

 すると、これまで成り行きを見守るように黙していたウズミがつぶやいた。

 その言葉にエリカはシキに差し出すように机に資料を置いた。

 「M1の最終データとテストパイロットの報告書です。」

 エリカの言葉にウズミが続ける。

 「ここ数日間領海付近を航行し続けていた不審船団は撃退した。彼らの正体および拠点が何処かなどを明らかにするにしても赤道連合の沿岸警備隊と情報を共有しなければわからぬこともあり時間がかかる。であるならば、ふたたび襲撃がある前に我々も事態に備えなければいけない。」

 「それが…これ(・・)ですか?」

 「そうだ。M1がハード・ソフト共にようやく完成し、これから急ピッチで配備を進め、訓練プログラムを順次おこなっていくつもりだ。ということは、そなたたちの本来の職務(・・・・・)に就いてもらわなければならない。」

 本来の職務…つまり教導隊の仕事と同時に、カガリから受けた任務から外れろと暗に示されていた。

 そして、ウズミは別の書類も出した。

 「ただ、そなたらは此度の襲撃に事件に携わったことで超過勤務時間となっていよう。いくら国の防衛を担う仕事とはいえ休息は必要だ。そこで、しばらく君たちの部隊は休暇を積極的にとってもらいたい。」

 

 

 

 

 

 シキが退出し、エリカもいなくなった後、会議室にはバエンとウズミの2人のみとなった。

 「あれは素直に言うことを聞かないぞ。」

 バエンはシキの態度について謂った。

 表に出さなくてもそれくらいのことはわかる。

 なにせ今まで行っていた任務に横やりが入って排除されたのだ。しかも、それを直接的でもなければ、その任務に関して指揮する人間でもない。そんなことされれば自分も腹立たしく思うだろう。

 「そんなことはわかっておる。」

 ウズミも承知の上での事であのように言ったのであった。

 「だが、いくら無人島とはいえ本土の喉元まで差し掛かったのだ。市民には伏せたとしても責任は免れない。」

 おそらく首長会議とまではいかなくても五大氏族や閣僚内から声が上がるはずだ。

 では誰が取るか?

 そこからが問題(・・)となる。

 ゆえにウズミは早めに手を打ったのだ。

 「いわゆる政治的主導権争いというわけだ。」

 軍人である自分がそこに関してとやかく言うつもりはない。だが、納得も気持ちもそれとこれとは別である。

 「そなたとて無関係ではないぞ。」

 「…もちろん。」

 何を言いたいのか理解したバエンはすぐに応じた。ウズミはしばし黙った後、静かに言った。

 「私はあくまで軍を統括するのみの立場であり、それは代表もしかり…ゆえに五軍が各々独自に遂行する任務について何かしら口出しするつもりはない。」

 婉曲な表現ではあるが、一連の襲撃事件に関してバエンが何かを隠しているのを察知しているようであった。

 その言葉にバエンは訝しんだ。

 なにせわざわざ口に出して言うほどでもないからだ。

 ウズミはさらに言葉を続ける。

 「とはいえ、例えばそれに関わる職務(・・)を代表から指示されれば無関係とはいかない。」

 

 

 

 

 

 バエンが軍本部にある自室に戻った頃には時計はすでに午前7時を回っていた。

 徹夜となったわけではあるが、バエンは休む間もなく残った事務処理を行っていた。

 さきほどまでの襲撃事件の残務処理はもちろんのこと、自分が処分を受けて不在の間に』部下に引き継ぎをする事務案件もあった。

 「…やはり気付いていたか。」

 バエンは独りごちたのはモルゲンレーテでのウズミの言葉であった。

 彼はこの一連の襲撃事件に関して何か裏があると思っている。そして、そこには本土防衛軍の特殊部隊(・・・・)の任務が絡んでいることも。

 とはいえ、自分が何かしらの処分を受けても任務が継続できるようにはしてある。そもそも、それ自体織り込み済みで作戦行動している。だから心配しなくても彼らがうまくやってくれるはずだ。

 だが…

 バエンは気にかかることがあった。

 最後にウズミが発した言葉…一体、彼は何を考えているのか。

 自分がどうこうできる問題ではないが、長年の勘からか、あまりいい予感がしなかった。

 

 

 

 

 首都オロファトから郊外へといく幹線道路と連なる横道から林を抜ける道を進んでいくとひらけたところに出て倉庫群が立ち並んでいる。

 かつては工場から出荷された物品を小型機で輸送するために一時的な保管庫として利用されてきたが、経済成長によって変化する物流と立地条件についていけず会社は倒産、倉庫も廃墟と化していた。

 しかし、誰も使われていないはずの倉庫の内の1棟から灯りがついていた。

 灯りがついている倉庫の中には何人もの柄の悪そうな連中がいた。

 ここをたまり場としているのか、室内には空になった酒瓶やゴミが散らかっていた。

 今、その広間にいくつもの木箱が積み上げられ置かれていた。

 彼らのリーダー格らしき男が、手下に命じて箱を開けさせる。

 すると中にはアサルトライフルが入っていた。それも数丁ではない。ここの集まっている人数分以上の量であった。他の木箱にも弾薬など様々な装備が入っていた。

 リーダー格の男は1丁のライフルを持つ。

 ひと通り確認した後、ふたたび銃を置き、他の手下にも促した。

 それを合図に他の者たちも次々と手を取り喜びの声をあげる。

 「なかなかではないかっ。」

 リーダー格の男は、その輪から抜け、隅に座って酒を飲みながら様子を見ていた女の下へとやって来た。

 彼女が木箱の装備を調達した人物であった。

 「あれほどの銃を用意できるとは…。」

 「あら?期待していなかったの?」

 「いや…ただ、君がここまでのことをするとは正直思っていなかったのだよ。」

 男も席に座り、空いているグラスに酒を注いだ。

 「君はオーブ国防五軍の中でもっとも強いといわれる本土防衛軍、さらにその精鋭の両用偵察部隊の所属の人間だったんだ。」

 女は男の言葉に苦笑いを浮かべた。

 「あら、私をここまで誘ったのはあなたなのよ。それに本土防衛軍といっても、その前に『元』がつくわ。いいえ、それさえ(・・・・)もつかない…不名誉除隊(・・・・・)だから。」

 女は寂しげな表情を浮かべ、酒を飲んだ。

 残った氷がグラスの底に当たり、カランと音が倉庫に響く。

 「本当にひどい話だ。」

 男は女の境遇に憐れんだのか顔を曇らせた。

 「しかし、なにも気に病むことはない。君は国を守りたいという一心だったのだ。」

 「けど…トップはそうは思わなかった。だからこういう処分なのよ。」

 女は酒が無くなり氷だけとなったグラスをわずかに振る。氷とグラスの当たる男がカランとかすかに響く。

 「しかし…ホンドウ警務官もひどいものだ。身内である君に対してなにか手助けがあってもよかったはずだ。」

 「昔気質で頑固で融通が利かないのよ、父は…。」

 女は吐き捨てるようにこぼした。

 「オーブの理念を正義とし、理念のために戦うのが軍人の務め、と。でも、そういう軍人でめでたいと思うわ。本当の軍人の仕事を知らないんだもん。国の外では、どれほどの軍人が命を賭して戦っているのか。理念で、国を守れるなら軍人なんていらないのに…。」

 「だからアスハ(・・・)きれいごとの理想(・・・・・・・・)に盲従できるのだろ?国民もそうだ。」

 男は嘲るように言った。

 「だが、もうすぐ変わる。」

 男は女の空になったグラスに酒をついだあと、木箱の山に目を移した。

 「俺たちの手で変えるんだ。この平和ボケの国を。」

 男はグラスを掲げた。

 「オーブの力を世界に見せつけるのだ。」

 女もまたふたたび酒で満たされたグラスをあげた。

 「そして、軍人に正当な名誉をっ。」

 

 

 

 

 

 緊急手術を受けたシグルドは、しばらくは経過ICUに留まっていたが、傷の治りが順調と判断されたため、今は一般の個室病棟に移っていた。

 「暇だっ…。」

 シグルドは大きなため息をついた。

 なにせベッドで寝ているだけで特に何もすることがないからだ。

 まだ傷口は縫い合わされただけのため、養生するのが当たり前であったが、シグルドにとって不満であった。何度かこっそりと筋トレをしようと試みたが、その度に看護師に発見され阻止される始末であった。

 「暇だよぉ~。」

 シグルドと同じくらい溜息をついたのはフィオであった。

 「モルゲンレーテの社内見学ができなくなっちゃった…。」

 そもそも部外者でもあるフィオが軍事関連もありセキュリティの厳重なモルゲンレーテの社内見学をできたのは依頼の関係上やエリカの好意からだ。なのに、自分が怪我をしていて動けないのに、彼女だけが立ち入ることは易々とできない。

 しかし、それを口に出すことはしなかった。

 言えば、その倍になって言い返されてしまう。

 彼女曰く、先日の襲撃事件で自分は置いてけぼりをくらったとのことだ。朝、起きたら誰もおらず、連絡もつかず、仕方なく部屋で待っていても誰も帰ってこず…。

 そのことを、耳にタコができるくらい聞かされているので、それに繋がりそうなことはしばらく言わないようにしようとシグルドは決めたのであった。

 そんなこんなと2人が暇をしているところに、ミレーユが病室に入って来た。

 「…どうだった?」

 シグルドは、彼女の姿を認めるとふたたび上体を起こし、短い一言で問いかけた。

 「いいえ。」

 彼女の返答もまた簡素なものであった。

 「…というより、面会できなかったわ。出てきても代理の者そして、決まって一言、『追って通知するので待っていてほしい』ですって。」

 「そうか…。」

 2人が話しているのは、カガリから依頼された任務、その今後についてだった。

 今回の襲撃事件のその詳細はわからないが、MSまで出てきたのだ。M1に関わっているとみて間違いないはずだ。あれから数日経ち、そのことについて何か話があってもいいはずだが、未だにない。そもそも依頼者本人であるカガリが、襲撃事件以降、姿を見せていないのだ。この病室にやって来ないだけではない、カガリがいつも行きそうなところにも姿を見せていないのだと、フィオがアサギたちから聞いた話だ。

 「シキから何か聞けたか?」

 依頼者本人に会えないのであれば、周りから様子を聞くしかない。

 しかし、ミレーユの表情は明るくはなかった。

 「軍本部で会えなかったから、あなたから聞いた窓口(・・)を使って会ったわ。だけど、収穫なし。彼も今、そっちの職務を外されているらしいから何も教えることができないって…。分かったことと言えばそれぐらい、ね。」

 結局のところ、収穫はないということだ。

 とはいえ、これだけでもわかることがある。

 「やはり…なにかおかしいな。」

 任務のその後についての話がない。依頼者とは会えない。しかも協力していたシキたちの部隊もその任務から外されたのだ。

 なにかの力が働いている。

 それもカガリやシキを抑えるほどのもの…思い当たる人物がすぐに浮かびシグルドは眉をひそめた。シグルドにとってあまりいい思いのしない人物だからだ。だが、()以上に動き、そして可能な人間は思い浮かばない。

 いったい何を考えているんだ、ウズミ?

 おそらく政治的な意図があるのだろうが、だからこそシグルドにとって腹立たしかった。

 すると、そこへ病室のドアをノックする音がして、シグルドの思案は中断した。彼は顔を上げる。

 可能性としてレーベンであろうが、どうも違うようだ。

ミレーユとフィオへと顔を向けるが、彼女たちもこの来訪を知らないようなのか首をかしげる。

 ふたたびドアをコンコンと叩く音が聞こえた。

 ミレーユが用心しながら、来訪者の正体をつかもうとドアの陰にたつ。

 網入り型ガラスの向こう側に見える人影は細身で、身長は平均より少し高めといった感じであった。

 とりあえずこちらを襲うといったような雰囲気でないので、ミレーユはドアを開けた。

 するとドアの前にはサングラスをかけた、見立て通りの体格と身長の若い男性が立っていた。

 「いやぁ、これはこれは…。」

 その男はミレーユの姿をみるやいなや、サングラスを外し、すぐさま彼女の手を取った。

 「噂はかねがね聞いておりましたが、噂以上にとてもお美しい…。初めまして、リャオピン・グオと申します。そこにおりますシグルドとは国防士官学校の同期になります。お近づきのしるしにどうでしょう?この後、近くにあるリゾートホテルの最上階にございますバーにて、南海の宝珠が夜のとばりの中で輝く景色を眺めながら共に過ごしませんか?」

 思いっきり手を横に振りほどいたと思えば、そのまま彼の腕をひねり上げた。

 「痛たたたっ。ちょっ…ちょっと、痛いですっ。」

 あまりに突然のことにリャオピンは驚き痛みを訴えるが、ミレーユは気に留めずシグルドの方へ振り向く。

 「ねえ、あなたの知り合いってまともな人間はいないの?」

 「まるで俺がその中心みたいなじゃないか!?だが…そいつはいい。そのまま追い出せっ。」

 シグルドの言葉にリャオピンは悲嘆の声で訴える。

 「ひでっ。せっかく見舞いに来たのに…おまえはそんな薄情なやつだったのか!?」

 だが、シグルドはすぐに言い返す。

 「おまえがそんな殊勝なことをするかっ。そいう時は何かあるってことなんだよっ。主に、トラブル。それで今度は(・・)何のトラブルだ?酒か?ギャンブルか?女か?」

 「いや、さすがにケガ人に頼むほど人使い荒くないから安心しろ。」

 リャオピンは否定するが、なにか否定するとこがおかしかった。

 つまり、本人も自覚しているのだ。

 「…それってトラブル3点セットじゃん…。」

フィオははじめこそミレーユとシグルドの冷たい対応を受けたリャオピンに少し同情を向けたが、その同情したことを後悔した。そして、2人の対応に納得した。

 「ミレーユ、早くそいつをつまみ出せっ。」

 「いや待てってっ。せめて彼女のご連絡先を…。自分の胸ポケットに入っておりますので遠慮なくお取りいただければ…。」

 「だれが取り出すって?」

 2人がリャオピンを追い出そうとするのを、彼は必死にしがみつくという不思議な応酬はリャオピンの背後に現れた人物によって終了した。

 「ここは病院だ。あまり騒ぐな。」

 そう言って、リャオピンの後頭部をはたいたことによって、リャオピンは言葉をつぐんだ。

 その人物を見たシグルドは破顔した。

 「ホンドウ教官っ。」

 シグルドは彼を出迎えようとベッドから出ようとするが、その人物が彼を止めた。

 「けが人だろ?そのままでいいさ。」

 そして、近くにある椅子をベッドのそばへ寄せた。

 「それに、もう『教官』はよせ。今は、ただのいち警務官だ。」

 「俺にとっては『教官』は『教官』ですよ。」

 シグルドはミレーユとフィオを見ると今入って来た人物を紹介した。

 「この人は、マーカス・ホンドウ…士官学校で俺の教官だった人だ。教官、こちらはミレーユとフィオリーナです。」

 「よろしく。」

 一通り挨拶を終えるとフィオはミレーユにそっと聞いた。

 「つまり…?」

 「元凶(・・)の1人ってことね。」

 「リュウジョウ准将だけかと思った。」

 なにか意味ありげな言葉にシグルドは心外だとばかりに言う。

 「なんか俺がいつも迷惑かけているみたいな言い方だな。」

 彼らのやり取りを見ていたマーカスは顔をほころばせた。

 「()は聞いていたが…元気にやっているようだ。やんちゃ(・・・・)も含めて、な。」

 「ええ…まあ。」

 さきほどまで威勢のよかったシグルドもマーカスに言われれば形無しであった。このかつての教官はシグルドにとってそれほどの存在なのだろう。

 その様子を見ていたリャオピンが陰でくつくつとおかしく笑う。

 「しかし、なんでリャオピンといっしょに?」

 居ずまいが悪いと思ったシグルドは話題を変えた。

 とはいえ、マーカスが自分を見舞いに来るのにわざわざ人を連れてくることはないだろうから不思議には思っていた。

 「おまえに会うのに、いろいろとチェックが厳しいんだよ。こうして秘書官(・・・)を通さないといけなくてな…。」

 マーカスはリャンオピンの方を向いて面倒だと表情で訴える。さすがにリャオピンは気まずそうな顔をするが、「規則なので…」と小声で答えた。

 マーカスはそれ以上何も言わず荷物を取り出した。

 「ということで、見舞いついでにベッドで暇をしているお前に仕事(・・)を渡しにきたのさ。」

 そう言うと、マーカスは未完成の木工作品と木工用の道具をテーブルに置いた。

 「…これは?」

 「もうすぐこどもの日だろ?」

 その一言でシグルドにはマーカスの意図がわかった。

 これらは子どもの日に行われるチャリティーに出すものであった。彼はよくクリスマスなどの行事にこういったものをしているのだ。

 「…つまり、手伝えと?」

 「どうせ、おまえのことだからベッドで大人しているタイプじゃないだろ?」

 「あきらめろ、シグルド。これも教官の教え子の宿命だ。」

 どうやらリャオピンの分もあるようだ。

 「おまえはどちらかというと下手くそだったがな。」

 シグルドはリャオピンの不格好な作った品を思い出し、苦笑いをうかべた。

 「お前だって、人のこと言えないだろ。」

 「いやいや…まだ、俺の方がマシさ。」

 「そうか、そうか。」

 シグルドの言葉に我が意を得たりとリャオピンはニヤリと笑みを浮かべ、すぐさまドアの近くに置いていた物を出して彼の前に置いた。

 それはさきほど話題にあがったリャオピンの分のものであった。

 「やっぱ、こういうのはうまいヤツの方が子ども達も喜ぶからな~。それに俺、忙しいし…。ここはシグルドにお任せしますわ~。」

 「おい、それアリかよっ。」

 シグルドが抗議するがすでに彼はドアのところまで離れていた。

 「武士に二言はないって言うだろ?ってなわけでヨロシク~。俺、これから用事あるから~。」

 そうして、リャオピンはすたこらと去って行った。

 あまりにも唐突でつむじ風のような行動にシグルドは唖然とするしかなかった。

 「これって…アリですか?」

 マーカスは笑みをこぼし、シグルドの背中をポンと叩いた。

 「うまくのせられたな、シグルド。リャオピンの作戦勝ち(・・・・)だ。」

 そして、リャオピンが居ないのにいつまでもいると不審がられるからと彼も病室を後にした。

 「いいの、シグルド?」

 フィオはあまりにもひどいと、自分が行ってリャンピンに押し返すと意気込むがそれをシグルドは制する。

 「アイツの性格と悪知恵は知っているんだ。だけど、何か裏があると思わないで俺が言ってしまったし…教官の言う通り、あいつの作戦勝ち(・・・・)さ。」

 仕方がないと、シグルドはさっそく工作に取り掛かろうと机を出した。

 フィオも工作を手伝い始めた。

 「でも、ひどい人よね~。」

 フィオはまだ不満だったのか愚痴をこぼす。

 「忙しいなんて、絶対にやりたくない言い訳だよっ。」

 「ホント…あなたの士官学校の同期っていうけどよく卒業できたわね。」

 どうも2人ともリャオピンにいい印象を懐いていないようであった

 まあ、さきほどの行動を見ればそうであろうと思いつつ、シグルドは擁護した。

 「実際、忙しいんだろ…仕事でな。」

 「そういえば、さっき秘書官って言っていたけど、何の仕事なの?」

 フィオは一連の会話を思い出し、訊ねた。

 「ああ。アイツ、ウズミの秘書官だ。」

 シグルドの言葉を聞いてミレーユとフィオは驚きで固まった。

 「はあっ!?」

 「うそでしょ!?」

 今、シグルドが言ったウズミという人物はこの国で1人しかない。

 オーブの獅子…ウズミ・ナラ・アスハ。

 あんなチャラチャラした軽薄で不真面目な男がそんな人物の秘書官だなんて彼女たちはただただ驚きしかなかった。

 

 

 

 

 一方、リャオピンはというと…

 行政府へと向かい、その中にある首長たちの秘書官が集まる控室にそっと入っていった。

 現在、隣で会議が行われているため部屋には秘書官たちがいるが、みな会議を映し出したモニターに目を向けていた。その内の1人がリャオピンの入室に気付き、目を向ける。

 遅刻だと、叱るような目であった。

 リャオピンの先輩にあたる秘書官、マイク・イズカワである。彼もまたウズミの秘書官である。

 「いやいや、すいません。ちょっと用事で…。」

 リャオピンは彼のもとへ行き、小声で謝罪の言葉を口にする。 

 マイクも慣れているのか、これ以上追及することはしなかった。

 「それで…どうですか?」

 リャオピンは会議の進行状況を尋ねる。

 「見ればわかるさ。」

 マイクは説明せず、ただ会議室が映されているモニターに促した。

 リャオピンは促されるまま、モニターに目を向けた。

 現在、行われているのは国家安全保障会議である。

代表首長の召集によって開かれ、枢密院および閣僚、そして国防五軍の准将級が陪席として会議を構成し、国防に関わる重大案件を話し合うものである。国家の重要事の会議の1つであり、関係者はよほどの理由がないかぎり出席するものだが、1つだけ席が空席になっているところがあった。サハク家当主コトー・サハクがこの会議に出ていないのであった。彼はヘリオポリスの一件で、機械相であった彼の後継者とともに国防大臣の座を辞任しているが、五大氏族としての枢密院の席は健在であるため、本来は出席すべき立場にある。しかし実際、彼は欠席している。他の氏族たちは、そのことを気に留めていないようで会議は進んでいた。

 リャオピンが会議の全体像を把握したところで行政府の情報調査室職員による調査報告が終わったようであった。

 

 

 

 

 この会議で、行われているのは先日の襲撃事件についてであった。

 不審船団は何者であり、何の目的で領海侵入をしようとしたのか、そしてそれに呼応するのかのように現れた武装船団、そしてMS…。

 その存在は首長たちの気持ちを暗いものにした。

 3ヶ月前のヘリオポリスの襲撃、先月の領海付近での戦闘。

 それに続き、とうとうオーブを狙った襲撃があったのだ。

 しかし、彼らが何者か?

 それが分からなければ対応策を講ずることはできない。

 調査によって不審船団が、赤道連合および大洋州連合を拠点とする犯罪組織だということは判明した。しかし、彼らがもっとも肝心としている武装船団とMSについてはいまだ正体不明であった。

 そのことがさらに彼らを鬱屈とした気分にさせるのであった。

 「それでは何のためにこの会議を開いたのだっ。」

 五大氏族が1つ、キオウ家の当主が職員をとがめた。

 これは会議に出席した首長たちが思ったことであるが、あえて口に出さないようにしていた。それだけ困難なことであると理解しているからだ。それでも口に出すのがかの当主の性格である。

 それに対し、職員は申し訳なさそうに弁明する。

 「そちらに関しましては、現在、当海域にて発見された機体を捜査中です。…が、コクピット内のデータは消去され復元を試みていますが、二重三重のロックがかかっており、時間を要しております。」

 「その時間とはどれくらいなのだ!?ふたたび同じことが起き、今度は人家に被害が及ぶやもしれんことをそなたは理解しているのかっ。」

 キオウの口調は激しくなっていた。

 「キオウ、そなたの気持ちはわかる。しかし、ここで彼を責めても仕方ないとて。」

 最年長の首長、マイリが彼をなだめる。

 とはいえ、悠長に構えているわけにもいかなかった。

 オーブは中立。ゆえに他国の戦争なんて関係ないというのがオーブ国民の大半の認識である。しかし、それが薄いガラス板のようにもろいものであることは首長たちは自覚していた。一度、強風が吹けばひび割れ、災禍がこの国へと突き抜けていく…いかに割れないように情勢を見極め行動しなければならない。ゆえに、判断と行動が求められる。

 「リュウジョウ准将、あなたはここ数日の不審船団について警戒をしていましたが、それはなにか推測していたのでしょうか?」

 1人の首長が手掛かりを求め、会議に出席しているバエンに問いかける。

 陪席している国防軍の准将級、その幕僚長にあたる者は発言権はない。しかし高度な知識、意見を求められれば発言できる。

 バエンは首長の問いに静かに答える。

 「領海に侵入するというのは、たいてい何かしらの意図があって行われます。多くの場合は他の国々に対する軍事力誇示を目的としておりますが、そうであれば戦闘艦を用います。しかし、今回は漁船を以て領海付近を航行していた。それはなにか隠密なことがあると思い、警戒しておりました。」

 今度は別の首長が問うた。

 「しかし、それは国防海軍の職務ではないのかね?いくら本土防衛軍といえども、あまり他軍の職務に横やりをいえるのはいかがなものか?ヒジュン准将もあまりいい気分ではないでしょう。」

 そこにはバエンに対する責任を問う内容も含まれていた。

 今後の対応はもちろん、今回ここまで奥深くオーブの領域に侵入を許したことに対して何かしらの責任を負わなければいけない。

 とはいえ今回、特殊な事情(・・・・・)がある。

 そういった意味では、いま目の前にいるバエンは格好の対象であった。

 首長の言葉を聞きながら、バエンは海軍准将の方を見た。

 彼は沈黙を貫いていた。

 しかし、その意図ははかりかねるものである。

 さきほどの首長の言葉にあったように彼はヒジュン家の人間である。バエンの部下であるガウランが宗家に対し、彼は分家であるが、その実力をもって准将に昇格したことで宗家の若き当主ガウランにとって頭のあがらない存在であった。

 その人物が沈黙しているのは、バエンを庇ってのことか、それとも彼を蹴落として宗家のガウランを准将に昇格させたいのか…けっして腹の内は読めない男であった。

 こういうの、嫌いなんだけどなぁ…。

 そもそも政治とか悪だくみとかそういったものが肌に合わないから軍人の道をとったはずなのに、いつの間にか政治的駆け引きをしなければならない立場になってしまった。

 まったく…どこで間違ったのか…。

 この会議の案件が今回で決まらないこと、自分の責任と処分が確定している目に見えているせいか、バエンは心の中でぼやいていた。

 一方、この会議を不愉快な気持ちで見ている者がいた。

 平和ボケをした無能どもめ…。

 首長たちの論議をそう侮蔑を込めて心の中で吐き捨てたのは、オーブ国防宇宙軍のカジワラであった。

 宇宙軍は、旧世紀から存在した陸・海・空軍と違い、C.E.(コズミック・イラ)になって建軍された比較的新しい軍組織であり、統合作戦および特殊部隊としての任務を有した本土防衛軍とは違った意味で他の軍と色合いが異なっていた。

 それは、氏族たちの影響力が少ないことから他軍では根強く残る氏族出身の准将の地位に、一般市民出身が准将になれること。それゆえにサハクの影響力が大きいことであった。

 カジワラも例外ではない。

 彼は、オーブが平和(・・)であるのは、サハク家が裏で担ってきた謀略などの汚い仕事によって得られていると認識していた。

 ゆえに、アスハの言葉などなんも実のもたない綺麗事である非難し、周りの氏族たちはそれに妄信する者たちと思っている。

 今回の襲撃事件の対応もそうだ。

 正体を知りたいのであれば、生き残った者に無理やり(・・・・)にでも聞けばいい。他国で活動する犯罪組織ならその国に強硬な姿勢で主張すればよい。そして、襲撃があれば、警告などせず、そのまま攻撃すればよい。次に攻撃がある前に先制攻撃すればよい。人家の被害や他国との折衝云々と気にしていては国など守れない。

 なんて生ぬるいのだ。

 それが彼の認識だった。

 いや、そもそもが間違い(・・・)であったのだ。

 もともと、軍とモルゲンレーテはサハク家がその職務を担ってきたのだ。しかし、そのポストはヘリオポリスの一件以降、ウズミによって占められている。とはいえ、彼らが行ったことが間違えればオーブ自体を危機に招きかねないものであるので、彼らの実権を取られたのは当然といえば当然だが、彼にはそんな認識はない。

 やはり、サハクが実権を握るべきだ。

 もちろん、カジワラはその思いを実行に移していた。

 彼らが、サハク家にしたように、責任を免れない状況を作るのだ。そうすれば降りざるをえない。

 カジワラは扉に目を向け、吉報(・・)を待ち構えていた。

 そんな彼の思いを応えるように会議室の扉が開いた。

 「失礼しますっ。」

 兵士が急ぎの報告として入室してきたのだ。

 それを見たカジワラは内心ほくそ笑む。

 事は成った、と。

 一方、これまで対応について話し合っていた首長たちは怪訝な顔を浮かべていた。

 「いったい何事だ!?」

 当然、首長たちはふたたび襲撃があったのではないかと初めは思ったが、どうも切迫した様子ではないので不審がった。

 「その者は宇宙軍の警務官補です。ある事が判明した際、入室するように言っておりました。」

 カジワラは立ちあがり、彼らの疑念に答えた。

 たしかに、その兵士には警務官を表す腕章があった。

 「なんだとっ!?」

 その事を聞いてまず不機嫌な表情になったのはキオウであった。

 彼は大のサハク嫌いということで首長たちでも有名であるのだ。

 「カジワラ准将、貴官にはこの会議に発言権はないのだが…。」

 もちろん、サハク派の人間にいい顔をする首長たちはここにはあまりいない。

 別の首長も、非難を込めてキオウに続いた。

 「もちろんです。しかし、この会議の内容に関わること、また火急の事案ゆえこのような対応をとりました。」

 もはや退けることもできないと首長たちは判断した。

 そして、代表首長のホムラが彼らの意を汲み、問いかけた。

 「それではカジワラ准将…あなたがたの調査で何が判明したのですか?」

 あくまで首長の質疑に答えるという形式を作りだしたのだ。

 そのことをカジワラは内心非難しながら答える。

 「我々はこの一連の襲撃事件と連動するかのように発生したモルゲンレーテのホストコンピュータへハッキングを行った者を探し出しておりました。」

 「それは宇宙軍の職務ではないであろう?」

 「ヘリオポリスおよびアマノミハシラのデータもございますゆえ見過ごすことは出来ません。」

 首長の指摘をカジワラは言い返すと続けて言う。

 「そして、その犯人は判明し、現在、拘束すべき出動いたしました。」

 その言葉に首長たちはざわついた。

 その一件もいまだ犯人を特定できないでいたから。さらに、出動したということはこのオーブ国内にその人物がいるということになる。

 「して、誰なのだ!?ハッキングを行った者は!?」

 その問いを待っていたかのようにカジワラは容疑者の名前を口にした。

 「その者の名は、シグルド・ダンファード。」

 

 

 

 

 「おいおい…マジかよ…。」

 リャオピンは控室のモニターを見ながらつぶやいた。

 シグルドが機密漏えいの容疑者だって?

 リャオピンからすればそんなバカな話と一蹴するであろうが、当の首長たちの驚きは大きいようだ。会議室はざわついていた。

 「まさか…あの男が?」

 「いくら傭兵といえでも、自分の出身国を売るようなマネをするのか?」

 その声はもはやひそひそ声とはいえないぐらい、モニター越しからも聞こえることができた。

 「いや、あの男ならやりかねん。あやつ、前よりウズミ様には反抗的であったからな。」

 「しかし、カガリ様が…。」

 「それとこれとは別やもしれん。あやつの母親、クリスティーナ・ダールグレンの件もある。」

 一瞬、興味を引きそうな話に聞き耳を立てかけたが、意識を別にむける。

 彼らが動揺しているなか、1人事態を眺めている者がいる。

 代表首長ホムラでさえ、落ち着かせようと対応に追われている中、冷静に黙している者…それはウズミであった。

 

 

 

 

 一方、カジワラは優越感に浸っていた。

 「首長方のお気持ちはわかります。しかし、実際証拠があります。彼が共にいるメカニックにハッキングをさせていたのです。その者はここ最近、モルゲンレーテ内に出入りしているため何のデータを盗むか、コンピュータのファイアーウォールを切り抜けることなどたやすいのです。」

 説明をし続けると、首長たちは自分を注目する。

 これまで自分たちの主張は正しいにも関わらず、無視され続けていた。

 この愚かな連中はいつも現実が見えず理想ばかり口にする。そして、こういった事態になれば、うろたえて何の行動も起こさない。

 だが、今回は違う。

 自分たちがその対処の術を知っている。

 彼らは、自分たちに頼らなければいけないのだ。

 そして、それを実行すれば、自分たちの計画が実行できる。

 それは、まず、シグルドとその仲間を機密漏えいの容疑で拘束する。そして、彼を雇った人物、カガリ・ユラ・アスハに責任を追及させる。

 きっとあの小娘のことだ。

 自分が騙されているなんて知らないであろう。

 しかし、そんなこと関係ない。

 国家の重要機密が盗まれようとしたのだ。

 この会議に、この襲撃事件の対応の責任者である彼女がいないのは、彼女に責任をいかせないという政治的思惑があってだが、こうなっては責任を免れない。

そして、彼女にその職務を任せたウズミにも責任を追及する。そうすれば、彼の現在のポストは空くことができる。

軍とモルゲンレーテ。

 サハク家が占めていた席を。

 カジワラはその後、サハク家のある方(・・・)に座ってもらうように進めるつもりであった。

 さあ、これでどうだ。

 カジワラはウズミへと目を向けた。

 きっと手の打ちようがないとほぞをかんでいるであろう…そう、カジワラは思っていた。

 しかし、その責任追及の矢を間接的に向けられたウズミは平静をしていた。そして、おもむろに口を開いた。

 「彼らを拘束に向かったと言ったが…何か起きた(・・・・・)のだ?」

 兵士への問いの言葉にカジワラは理解できなかった。

 いったい何を言っているのだ、この男は?

 今、自分は機密漏えいの容疑として拘束に向かったと言ったはずだ。

 なのに、何が起きたか…だと?

 彼らを拘束した以外にあり得ないではないか。

 しかし、カジワラの考えは否定された。

警務官補は少し戸惑いつつも申し訳なさそうな顔をした。

 「はい。病院に向かった警務官補たちはまず数名を病室に向かわせました。しかし、その者たちは彼らに返り討ちにあい、残りの者たちも応援に向かったのですが…。」

 そして、彼はその時のことを語り始めた。

 

 

 

 

 「…少し、ひどくない。」

 外のやり取りを、ドアに耳を立て聞いていたフィオは呟いた。

 廊下では拘束しようとした兵士たちが伸びており、近くにはブラフとはいえトラップ装置があるのだ。何も知らない兵士は恐怖であろう。

 「ケンカ(・・・)は向こうから仕掛けてきたんだ。…それとも、おとなしく逮捕されたかったか?」

 「それはいやだよぉ…。」

 どうしてこんなことになったのか…フィオにはまったくわからなかった。

 突然、宇宙軍の警務隊と名乗る者たちが来て、自分たちを機密漏えいの容疑で拘束すると言ってきたのだ。

 もちろん、心当たりなんてないのだが、向こうはお構いなしに捕まえようとして来たので、シグルドとミレーユが返り討ちにした。

 今は、部屋のドアにバリケードを作り、籠城のような状態となっている。

 「とはいえ、あくまで時間稼ぎだ。」

 病院の外にいる他の警務官が来るまでの間に何か突破口を見つけなければならない。

 「それで…本当に何もしていないんだな、フィオ?」

 シグルドは確認するようにフィオに問う。

 「心当たりがなくてもちょっと拝借したデータがそれに該当する可能性もあるわ。もしかしたら、交渉材料になるかもしれない…どうなの?」

 ミレーユもフィオを見て訊ねる。

 2人の目は完全にフィオを疑っていた。

 彼女が何かやらかしたのではないか、と。

 「ちょっと、本当に何もしていないし、データを取ってないよっ。信じてよっ。」

 フィオは心外とばかりにむっつり言う。

 その言葉にシグルドとミレーユはかすかに疑いを持ちつつ、次の考えへとうつった。

 「ということは、誰か(・・)が私たちに無実の罪(・・・・)を着せようとしているってこと?」

 「そうだろうな。」

 ミレーユの考えにシグルドはうなずく。

 「俺たちが悪事を働いたことによって雇ったカガリに責任を追及したいっていう連中がいるんだろう。また、それを阻止しようとするのもいる。ミレーユ、さっきリャンピンから何かもらったんじゃないのか?」

 すると、彼女は小さく折りたたまれた紙きれを出した。

 おそらく、リャオピンが彼女に口説きながら手を握った際に渡したのだろう。

 「たしかにもらったわ。まさか、こんな風に使うとは思わなかったけど…。」

 そこには地図のようなものとなにかの印が書かれているが、渡された時は何なのかわからなかった。

 「けど、面倒ね…。」

 ミレーユは溜息をついた。

 不都合な事態になれば、依頼者が雇った傭兵(こちら)を裏切ることは多々ある。場合によってはこちらに責任を帰することもある。そして、今回のように身に覚えない罪を着せることもある。

 しかし、政治的対立の中に巻き込まれるのははじめてだ。

 その渦中に身を置いて思うことは、本当にこれ(・・)が重要事かとことだ。別になにか政治に口出す気はないが、くだらないとしか思えない。

 「だから、政治(・・)は嫌いだ。」

 シグルドも不機嫌面であった。彼も自分たちが利用されるというのを嫌っているようだ。

 「で、これ(・・)、使うの?」

 ミレーユは紙切れを見せながら訊ねた。

 「一応、こういった時に備えてこちらも逃走ルートは確保しているわ。」

 これが罠という可能性もあるが、ミレーユは先ほど見たリャンピンから向こうが用意したものに不備があるのではないかと信用していなかった。

 対して、シグルドは違った。

 「リャオピンは真面目じゃないが、仕事はできる男だ。でなければ、ウズミの秘書官なんかつとまらないさ。それにそっち(・・・)を使えば、先方に借り(・・)ができる。」

 「なるほどね。」

 ミレーユはシグルドが何を言いたいのか理解した。

 「てなわけで…。」

 話はまとまったと、シグルドは立ちあがった。

 「ミレーユ、フィオを連れてレーベンと合流した後、そのメモの方法でオーブを脱出してくれ。」

 「…あなたは?」

 ミレーユは怪訝な顔を浮かべて問いかけた。

 さきほどの会話の流れから彼も含まれているように見えたが、今の言葉には含まれていなかったのだ。

 「俺は、ここに残る。」

 「どうしてっ!?」

 それに抗議したのはフィオであった。

 「私たち、罪を着せられたんだよっ。なのに、残ったら危険じゃないの!?第一、残ってどうするのよ!?」

 「今回の襲撃犯を追う。」

 「えー!?」

 シグルドの言葉にフィオは驚きの声を上げる。

 「この状況でなに考えているの。こんな状況でなにも得にならないことをして何になるの?」

 ミレーユもシグルドの行動に反対する。

 さっき言ったように自分たちは追われている身だ。にも関わらず、もう関係のない事をして何の得になるという思いであった。

 「わかるでしょ?私たちの依頼者(・・・・・・・)は、もう蚊帳の外だってこと?」

 彼女はカガリが関わることができないと暗に言った。

 だから、彼女の助けを借りることはできないし、そもそも彼女の()性格(・・)を考えれば、この不利な状況を覆そうには思えなかった。

 「だが、こうなるのは彼女の意志ではないということだろ?俺の依頼人はあくまでも彼女だ。」

 あくまでもシグルドは譲らない気だ。

 「逃げるよりも、ここで襲撃者を追って倒せば、俺たちをはめようとした人間からも金銭を要求できるし、ウズミ側からも金銭をさらに要求できる。一石二鳥だと思うが?」

 そして、続けて言った。

 「それに、勝手に罪を着せられたり、逃げろと有無を言わさず示されたり…こっちのことなんかお構いなしに決められて、いつものおまえだったら腹立つといってやり返すだろ?」

 しかし、彼女は頑なに拒んだ。

 「ダメ。今回はリスクが大きい(・・・・・・・)。得るよりも損失の方の可能性が高いなら、そんな無茶はする気はないわ。」

 損得計算で考える彼女らしい考えであったが、シグルドの顔が険しくなった。

 「ミレーユ…おまえ、ジネットから()を聞いた?」

 そこには非難も込められているが、同時に怒りもこもっていた。

 「…さあ?どうかしら?」

 しかし、ミレーユは動ぜずしらを切るだけであった。

 どうしよう…。

 2人の言葉の応酬にフィオは困り果てていた。

 時に2人の意見が食い違うことはあったが、大抵どこかで妥協点を見つけるか、現状打破のために一時休戦をするかであった。

だが、今回どちらも譲る気はないといった雰囲気だ。

 ここまで意地になるシグルドもミレーユも初めて見た。

 しかし、彼らの間を取り持ついい考えは浮かばず、かといってこのままでは自分たちは捕まってしまう。

 こういう時こそレーベンにいてほしいのだが…。

 フィオはどうしたらいいのかわからなかった。

 彼女が見守るなか、まず口を開いたのはシグルドだった。

 「もう、いい。」

 それは自分の意見を折ったではなく、このまま何を言っても無駄だというあきらめのニュアンスであった。

 「俺は襲撃者を追う。」

 もはやミレーユの意見は聞かないといった言い方である。

 もしかして…このまま部隊(チーム)解散!?

 フィオはハラハラしながら事態を見ていた。

 が、ミレーユは何も言わず、シグルドも彼女を無視し、ここから脱出するために窓に向かった。

 本当にこのままでいいの~!?

 やっぱり何かいうべきだ。

 そう思い、フィオが「待って」と言いかけたその時、

 「待ちなさいっ。」 

 ミレーユが先に言葉を放った。

 とはいえ、どこか冷たいものがある。

 すると、ミレーユは銃を取り出し、シグルドに銃口を向けたのだ。

 「ミレーユっ!?」

 フィオは想像もしなかった彼女の行動に驚きの声を上げる。

 シグルドも予想外であったのだろう。

 彼は窓から降りるのをやめ、体をミレーユの方へと向けた。

 「別にこっちも無理やり引きとめるつもりはないわ。私たちはあくまでもビジネスパートナー(・・・・・・・・・)。仕事上で協力しあえないのであればそれはそれでおしまい(・・・・)よ。」

 そして、ミレーユは引き金を引いたのであった。

 

 

 

 

 「我々は部屋の中から銃声が聞こえたので急ぎ突入したところ、部屋にはすでにシグルド・ダンファードの姿はありませんでした。窓を覗いたところ、そこにも姿はなく…しかし、血痕があったのでおそらうそのまま逃亡したものを思われます。そして、部屋にいた2名から経緯を聞いたところ以上のことがあったとのことです。」

 警務官補が説明し終えると、あたりはしんと静まり返った。

 カジワラも例外ではなかった。

 彼は起きた事態をいまだ飲み込めずにいた。

 返り討ちにあうと考えていなかった。取り逃がすこともだ。さらに、なぜ仲間同士なのに彼女はシグルドを撃ったのか?

 今後仕事をしている中で()になることもある、だから今のうちに排除した、と彼女が説明していたと警務官補は話すが、わけがわからなかった。

 一方、すべて聞き終えたウズミは息をつくと、卓上の呼び出しボタンを押した。

 「グオ秘書官。」

 それは隣の秘書官の控室に繋がっていて彼はリャオピンを呼んだのだ。すぐさまリャオピンは会議室に入ってきてウズミの傍まで向かった。

 「すぐに本土防衛軍の警務隊とともに現場に向かい、宇宙軍の警務隊から引き継ぐのだ。オーブの本島(・・)において警務官らの公務妨害および軍病院内で発砲事件が起きたのだ。その管轄は本土防衛軍にすでに移すべきだ。」

 ウズミはリャオピンに指示を出しながらバエンに視線を向けた。

 形式上、軍の了承が必要なためだ。

 バエンもまた、それを理解し、無言でうなずくとすぐにそばにいた兵士に警務隊の出動を要請した。

 「2人には聴取せねばならない。フィオリーナ・カーライルには機密漏えい事件について、ミレーユ・アドリアーノには発砲事件について。そして逃亡中のシグルド・ダンファードを手配にかけるのだ。」

 その言葉に他の首長たちは驚いた。

 それはシグルドが機密漏えいの容疑者であると認めたと同義であった。それでは、カガリの責任問題が出てくると思ったからだ。

 ホムラも隣で息を飲んだ。

 すると、ウズミは見計らったように立ちあがり会議に出席している首長たちを見回した。

 「此度の襲撃事件およびその関連する事件に関して、今後、私に任せていただけないでしょうか?愚娘が担当しておりましたこの職務は私の職務の一部でございます。本来であれば私も責任を取る立場にあります。そして、その後任として軍事に詳しいサハク家当主コトー・サハク氏にと思っておりましたが、あいにく彼はこの会議に欠席しています。しかし、事態は急を要しております。暫定的な措置であってもよろしいのです。首長方にご同意いただけたく思います。」

 代表を退き、あくまでもいち首長家の当主という立場としてウズミは具申した。

 とはいえ、実力も実績もあり、ヘリオポリスの件さえなければいまだ代表の立場でいたであろう彼に異を唱える者はいなかった。

 なにより、サハク派に実権を奪い返されてはいけないという思いも強かった。

 こんなの決定がまかり通るか…

 ようやく我に返ったカジワラはこの決定に臍をかんだ。

 ウズミは暫定といったが、決してサハク派(こちら)に実権を渡すつもりはない気だ。だが、それを阻止することも翻意をうながすこともできない。

 ここにコトーがいればまだなんとかなったかもしれないが…。

 カジワラの不満はコトーにも向かった。

 おそらく彼が欠席したのはこのためであろう。

 もし、彼がここにいればサハク派(自分たち)がアスハから実権を取り戻せと、彼に促したであろう。だからこそ、彼が欠席した。

面と向かってアスハと対立することができないのだ。

 アスハへの不満を持ちながらもそれを表立って主張できない…カジワラの目にはコトーは不甲斐ないサハク家の当主としか見えていなかった。

 やはり早くあの方(・・・)こそこの国を、いやひいては世界を治めるにふさわしい…

 カジワラはひそかな決意を抱いた。

 

 

 

 

 乾いた破裂音が聞こえてきたのは、ちょうど車を停めた直後であった。

 それが銃声だとわかったレーベンは運転席からそっと窺う。

 ちょうど近くまで来たから、ついでにシグルドの見舞いにでも思って着たのだが、彼が音のした方向へと目を向けると、ちょうどシグルドの病室の窓が割れていた。

 シグルドの身に何かあったのか?

 事情の知らないレーベンはいそいで車から降りようとシートベルトに手をかけたその時、後部座席のドアが勝手に開き、人が乗り込んできた。

 「…よう、レーベン。そのまま車を出してくれないか?」

 「シグルド?」

 乗って来た人物が、今心配していたその本人であり、レーベンは目を丸くする。彼は息も絶え絶えで、腕の袖口から血が流れていた。

 「どうしたのさ?今、銃声が聞こえて、見たら病室のガラスが割れていて、そして、君がここにいて…。」

 「そんなことはどうでもいい。」

 彼を遮る。

 「とにかく発車してくれ。」

 彼の鬼気迫る顔にレーベンは何も言えず、そのまま車を出した。

 

 

 

 




あとがき

お久しぶりです。
なかなか更新できずに申し訳ありませんでした。
いや~いろいろ都合があって…(半分は言い訳でもある)
しかし、初めはこの話は早く終わる予定だったのに…
こんなにも長くなってかかってしまうとは(゚Д゚;)
長いということに関してもう1つ…今回の話は前編ということは後編もあります。
というかなぜこんなタイトルになったのか
実は両方合わせると4万字を超えるんですね(汗)
4万字…4万字!?
う~ん…
削ろうか、いや、削った方がいいよね。
読者の方、疲れちゃうよね…
でも、あの話もこの場面も削りたくない
やっぱ、そこは笑い取りたいし…
ってな感じで結局分割することに決めました。
いや~分割するところもどこでするか悩んだんですね(汗)
その結果、さらに字数を増やす結果に…
ってな、感じです(汗)
いやはや…遅れてしまい申し訳ないです。
いや~長かった(改めて)
本当は1年以内にアップしたかったのに、というか年をまたいだ(汗)
ただ、ちょくちょく作者はこのサイトにあらわれています。
実は、前の話を見直していくつか修正したりしています。
そのうちの1つに、登場人物の名前が変わっているのもいます。
まだちょい顔出し程度の方々なので誰が変更になったのか分かりにくいですが…
もし、わかいにくいという声が上がればその変更をどこかのあとがきで紹介します。



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PHASE-52 光り輝く天球・伍 ‐転回・後編‐

おまたせしました。
後編です。


 行政府にて国家安全保障会議が行われている最中、その議題の、ある意味中心的人物となっているカガリは現在キサカとともに国防本部にあるM1の件でカガリが使用していた部屋にいた。

 それまで使用していた書類や私物を片付けるためである。

 事前にウズミからこの職務から外されることは伝えられていた。

 外されるということに、ただそれだけではない意味も含まれていたのだが、その時のカガリにはそこまで考えが及ばなかった。

 自分の力量不足だった…ただ、その認識だけである。

 それによってシグルドが大怪我をした。命を落としかねないほどのものだった。

 そのことがカガリに大きくのしかかった。

 だから、ウズミの言葉に素直に頷いたのであった。

 キサカもいるのは護衛と同時に、表向きには怪我でしばらく表に出れないとしているカガリが何も知らない第三者と鉢合わせないようにするためであった。

 護衛…

 その言葉にカガリは胸の奥底がズキリと痛む。

 つい最近まで近くにはシグルドがいた、『護衛』という形で。

 シグルドは元気にしているだろうか?

 意識を取り戻したと聞いているが、見舞いには行けていない。

 止められているということもあるが、会って何と言えばいいのかわからなかった。

 思えば、いつもシグルドに守ってもらっているのではないか?

 その時、キサカの元に連絡が入った。

 彼の部下の兵士からであった。

 カガリは片付けを続けていたが、彼らの会話を聞こえてきた事に思わず手を止めた。

 シグルドが機密漏えい容疑だって?

 しかも、拘束に向かった警務隊を返り討ちにして現在も逃亡中とのことだ。

 信じられないっ

 カガリは慌てて外に飛び出そうとした。

 「待てっ。どこに行くんだ、カガリっ。」

 それを見たキサカが慌ててカガリの腕を掴み引きとめた。

 「離せっ、キサカ!?お父様に問い質すんだっ。」

 それに対し、カガリは必死に振りほどこうとする。

 もはや幾度となく繰り返されてきたやり取りではある。だが、今回ばかりは互いに引くことはしなかった。

 「シグルドが…シグルドがそんなことするはずないだろっ!?」

 にも関わらず、彼を容疑者として今も警務隊が追っているのだ。それを指示したのは他なる父ウズミだ。

 「シグルドは私を庇って命を落としかけたんだぞっ。それなのに、なんでお父さまは…っ。」

 「カガリ、落ち着くんだ。」

 キサカは必死に彼女をなだめる。

 無論、キサカもカガリ同様シグルドがそんなことをするとは思っていない。しかし、彼が機密漏えいを行ったという証拠が出されたのだ。ちゃんと証拠としての効力はあるものである。対して、シグルドが無罪であるという証拠はない。しかも、自分たちは第三者から見ればシグルドに近しい関係の者だ。そんな自分たちがいくら彼の無実を叫ぼうと他の者には届かないのだ。

 場合によっては、ここでカガリが出てくることも見越しているのかもしれない。そうすることでカガリの責任を追及できる。それでは何のために彼女を表に出さないようにしているのか意味がない。ゆえに、キサカは懸命に彼女を引き止めていた。

 おそらく、ウズミもそれを考えて指示したのかもしれない。

 とにかく自分はこの後、ウズミに呼び出されている。彼女から引き継がれることになった襲撃犯の追跡調査の任務につくためだ。

 カガリは侍女のマーナが迎えに来て、アスハの屋敷に戻ることになっている。

 それまでになんとか彼女を引き留めようとしていた。

 すると、廊下の向こう側から人が近づいてくる気配を感じた。

 キサカは隠れようと、カガリを部屋の中まで戻そうとするが間に合わなかった。

 誰が来たのだ?

 この場をやり過ごそうとした思っていたが、その人物をみるとキサカは眉をひそめた。

 よりによって…

 こちらにやって来るのはコトーと彼の護衛であった。

 今、一番出くわしたくない人物であったのだ。

 カガリが健在だと知れば、きっとサハクの実権を奪い返すための謀を彼女に向けるかもしれない。

 キサカはカガリを自分の陰に隠して身構える。

 一方のカガリは、はじめキサカの行動に不審がるが、すぐに人が来ているのだと知った。そして、その人物がコトーであることも。 

 小さい頃より、周りの者からサハク家の人間には気を付けるようにと言われていた。特に当主のそれがコトーには、と。

 どうしてかは、カガリにはわからなかった。

 同じオーブの氏族の一員であり国の政に携わる人達なのに、なぜ周りの人達は彼を遠ざけるのかまったくもってわからなかった。

 そのため、分家の人達とはそれなりに関わりがあっても、今まで直接コトーに会って話をすることができなかった。

 それが今回、初めて対面する。

 いつもであれば、カガリからすすんで挨拶をするなり話を切り出すが、今回それができなかった。キサカによって彼の陰に遮られているからだけではない。遠くからでも感じる彼の圧によって阻まれた。

 父と対峙した時とはまったく違う。

 父の場合は、厳かな雰囲気の中にどこか包むような温かさがある。たとえ対峙した言葉でも敬意を払い、その言葉を受け止めていた。しかし、コトーは違った。すべてを近づけさせない冷たく鋭利な氷の刃のような鋭い眼光でそんな空気をまとっていた。

 この両者の距離がいよいよ互いが無視できないところまで近づいたとき、突如思いもよらないところから声があがった。

 「姫様っ。」

 その声の主は、カガリを迎えにきたマーナであった。

 「マーナ殿っ。」

 キサカは今が好機とばかりカガリを連れて、なるだけコトーと護衛と顔を合わせないように、マーナの所へと向かった。そして、急いで彼女に引き渡してこの場を後にした。

 コトーは一瞥しただけで、とくに何も言わず、その姿を見送るだけであった。

 

 

 

 

 さっきのは何だったのだろうか…

 邸に戻る車の中でカガリは、さきほどのことを考えていた。

 なぜ、コトーがあそこにやって来たのだろうか?本来であれば国防会議に出席しているはずなのに…

 「姫様、…あの男に何か言われたのでございますか?」

 マーナは心配そうに尋ねた。

 彼女はカガリがずっと何も話さないのをさきほどの事に関係あると思っているようだった。

 「えっ?いや、何でもないぞ、マーナ。」

 カガリもいきなりのことで面食らった顔になる。

 「まったく…サハクの者はみな意地汚のうございますから。」

 マーナはそのことに気付かないのか厭わしく話し続ける。 

 「コトー様は少し違うのではないかと、ほんの少し、ええほんの少しは思ったこともありましたよ。しかし、先代のご当主やウズミ様の行為を裏切り、五大氏族入りの有力候補だったイクマ様を陥れ、代表首長の座まで虎視眈々と狙っておりまして…。ミアカ様のことだって…。」

 「ミアカ叔母様だってっ!?」

 マーナからその名を聞いた瞬間、カガリは驚く。

 彼女に起こった真実(・・)はウズミから聞いている。

 しかし、マーナの口ぶりからなにかコトーが関わっているような言い方だ。

 「いえいえ、カガリ様。これは、姫様がお生まれになられる昔の話でございますのでそのようなこと…。」

 「マーナっ!?」

 マーナは口がすべってしまったとはっとして、必死にごまかそうとするがすでに遅かった。

 カガリはずっとマーナを見つめて答えを待っている。

 困り顔になったマーナは車内に自分と彼女以外運転手しかいないのに、そっと耳打ちをした。

 「実は…ミアカ様がお亡くなりになる前に、コトー様とのご結婚の話があったのでございます。」

 「けっ、結婚っ!?」

 突然出てきた単語にカガリは驚愕した。

 「はい、他の氏族との結婚話もございましたが…さすがにその話が出たときはわれら使用人を始め、アスハ家の者たちはみな反対いたしました。それはもう、サハクの分家筋とアスハの血筋に近い氏族間での婚姻はございますが、さすがに本家同士とは…先代様も娘をサハクの人間になどと思うておりましたでしょうが、当時の情勢を鑑みればサハク家の力を活かさなければならないという半ば断腸の思いでお決めになられたのでしょう…。」

 結婚。

 その言葉がカガリの中で反芻した。

 まだカガリには誰かと付き合いたいとか、あの3人娘たちがはしゃぐほど恋というものに熱心でもないが、結婚の式場となる神殿の祭壇を訪れれば、そこで誰かと愛を誓いあうといった漠然として程度の思いはあった。

 しかし、自分も首長家の人間。家のために自分が心から選んだ相手ではなく父親が決めた人物と結婚するかもしれない。

 もちろん、カガリ自身、首長家の人間としての責務を果たす覚悟はある。

 しかし、そこに本当に愛があるだろうか?

 それを結婚といえようか?

 ミアカ叔母様はどんな気持ちだったのだろうか?

 心から想う人がいたのだろうか、その人と添い遂げたいと思っていたのか、それとも国のためにと責務をとったのか?

 マーナはカガリの気持ちを置いていきながら話を続ける。

 「しかし、やはり反対の声が強く、再考ということで結婚は延期となりました。その後、ミアカ様はかどわかされてそのままお亡くなりになられたためその話は無いものとして以後、扱われました。」

 そして、マーナはここぞ核心とばかりに力説する。

 「しかし、我々はある疑問を持ったのです。ミアカ様は療養されていた別荘は公になっておらず、他の者が知る由もないことです。なのに、ミアカ様がかどわかされたというのは内部に手引きしたものがいたのではないかと。それに何ヶ月もかかったのは、サハクがミアカ様を人質として、当主に何か脅していたのではないのかと。当時、五大氏族でもないサハクが枢密院の会議に出席していたという話もございますので…。」

 カガリは何も言えず、ただただ呆然と聞いていた。

 「ああっ…おいたわしやミアカ様っ…。先代様も、ウズミ様も、ホムラ様も…どれほどのご心痛でございましたでしょう。」

 マーナは当時のことを思い出し、そして涙ぐむ。

 カガリは大きな衝撃を受けていた。事件にそんな裏の事情があったことだけでなく、その内容にもついてもであった。

 代表の座につくために、権力を得るために謀をする。

 なぜ?

 同じオーブの氏族同士、国のために協力し合うものではないのか?

 お父様は叔母様の死について話した時、その理不尽に怒りをあらわにしていた。もしも、父もマーナ達と同じようにサハクが関わっていたと思っていたら?

 だからサハクを遠ざけているのか?

 それが『政治(・・)』なのか?

 自分に責任がいかないように、シグルドを庇わないことも?

 自分のことを守ってくれたのに?

 カガリは納得できず理解できなかった。しかし、それを反証する答えも見つけられなかった。もはや、カガリはなにがなんだからわからなくなっていった。

 

 

 

 

 人気のない岩岸に釣りをしている老人が1人いた。

 その老人は早朝からこの場所で釣りを始めているが、昼を過ぎても彼の椅子の側に置かれたバケツに魚は1匹もいなかった。

 しかし、老人はそのことを気にしていなかった。

 彼はずっと釣り糸を垂らしたまま、椅子に座っていた。

 すると、老人の足元に置いてある携帯端末の着信を知らせるアラームが鳴る。

 「…私だ。」 

 老人は、それに手を伸ばし電話に出た。

 ただし、携帯端末は置いたまま、あくまで両手は釣り竿を握っていた。

 その格好で、携帯端末の相手の話を聞いていた。

 「なるほど…。」

 やがて電話の相手が説明を終えると老人はうなずく。

 「リュウジョウは謹慎処分、カガリ姫の職務はウズミ氏が引き継ぐということか…。」

 彼が聞いていたのは、さきほど行政府で行われた会議の内容である。

 「まあ…妥当な判断であろう。むしろ、順当(・・)というべきか…。」

 老人はその決定を評した。最後に少しの毒を付け加えて。

 (ええ、それ以外にありませんので…。)

 電話の主もどこか含みを持たせている。なにか思うことがあるようだ。

 だが、それ以上なにも言わずに電話を切った。

 「…やれやれ。」

 電話が切れて、しばらくして老人は嘆息した。電話の相手の意図を理解したからだ。

 「ワシはもう隠居して、悠々自適に残りの人生を送りたいのだがなぁ…。」

 面倒事を引き受けてしまったとぼやきながらも、老人はどこか楽しげであった。

 

 

 

 

 夕方6時のチャイムの音が透き通った空気を振動し、街に響き渡る。

 大抵、この音が鳴れば子供は遊び場から家に帰る時間としている。しかし、1人の少年が自宅とは逆の方向に街中を走り抜けていく。

 齢は8歳ぐらい、ブラウンの髪をしており小さな体に背負っているリュックサックを上下に揺らしている。勢いよく駆け抜けていくが、まるで澄みきった海をそのまま移したような鮮やかな青い瞳は輝いていた。

 今日こそは…。

 少年は胸を弾ませる。

 母親が帰宅する時刻は少し遅くて9時ごろだと言っていた。対して、彼女(・・)は7時ごろだ。

 なら2時間、彼女に会える時間がある。

 大丈夫、ちゃんと紙に行き先を書いて家に置いておいた。

 こんなチャンスを逃すことはない。

 あまりのうれしさに、少年は途中にある雑木林で一旦足を止め、そしてその中へと入っていった。

 「近道っ。」

 道なりに行けばその先の角で曲がっていくが、こちらを通っていく方が早く着く。

 暗くなった時間に通るのは危ないと言われているが、それでも少年はこの道を選んだ。

 それだけ早く会いたいという思いが強かった。

 もうすぐ着くっ

 喜びもつかの間、ふと足に何かが突っかかり、いきおいよく前に倒れてしまった。

 「いててて…。」

 薄暗かったため、地面からでていた木の根っこに気付かず、引っかかってしまったのだ。

 男の子は起き上がり、服についた土を払い落す。

 ついでにどこか擦りむいたところはないかと探すと、ふと目線の先に血のようなものが1滴落ちているのが入った。

 自分の膝やひじをみても、怪我して血が出ているような怪我はなかった。さらに、自分が転んだところより遠い。

 よくよく見ると、その血は、さらに先の方にも落ちていて、もう1滴、さらにもう1滴と続いていた。

 なんだろう…

 不思議に思った男の子はその跡を辿っていく。

 途中、血が藪の方へと入っていき、中をくぐっていった。すると血のあとの先に力なく投げ出されている人の足があった。

 

 

 

 

 外出の用事を終えて、教導部隊のオフィスに戻って来たウィリアムは目を疑った。室内には、人がおらず、いたとしても部隊長であるシキ1人であった。

 すでに時刻は終業時刻を過ぎている。定刻で仕事を終えるのはいいことだが、それでも大抵の人は残っている。とくにその筆頭に挙げられる人物が自分の視界に入る限りいなかった。その疑念を拭うべくシキに報告を終えるとすぐに問いかけた。

 「ハツセ二尉は?」

 「彼女はもう帰った。」

 「帰った?帰った!?」

 あまりにもあっさりとした回答もさることながら、その答えがあまりにも意外すぎて思わず二度言葉に出した。

 「なんか用事があったか?俺、何の引き継ぎもないんですが?」

 特に用事とかでない限り、彼女がシキより早く帰宅するなんて考えられない。しかし、その際の引き継ぎの話もなかったから当惑した。

 「お前、数日前に私が言ったことを忘れたのか?」

 「…何を?」

 「人事部から通達された休暇や手当ての件だ。」

 「ああ、そういえばそんなことあったな。」

 カガリの例の件で自分を含めて一部の部隊の人間は、多くの日が超過勤務であった。もちろん、有事ではない時は(もちろん有事には有事の規約があるが)代休や手当てを受けることができる。とはいえ、あくまで極秘の協力であったためそれを表に出さないようにするために、部隊全体に有給等々の通達をしたのだ。

 「それで、ハツセ二尉、マクシャイン三尉そしてオオシマ准尉がまず率先して定時帰宅、そして休みをとるように指示した。」

 「…その3人?」

 「考えてみろ。仕事の時間の半分をいかにさぼるかを思案する私がとっても誰も何も思わないであろう?」

 「なるほど。」

 ウィリアムは合点がいった。

 エリカから資料を渡され、これから教導隊としての仕事が舞い込んできたために、いくら休みが取れるといっても取ることに遠慮しがちになりがちな部下にシキは一石を投じたのだ。

 その年中サボることに費やす上官の目付にして、仕事に時間を拘束されているクオンとまだ若手のユキヤとリュウに休みを取ることによって、自分も休暇を取ることができるという心理が生まれるといわけだ。実のところ若手はもう1人いるが、彼はシキと同じく、休みというものを有効活用する人間なので効果はないから除外されたのであろう。

 上官として、部隊を指揮する者としてそういった采配もしなければいけないのであろう。

 と考えて、ウィリアムはふと思った。

 「…俺は?」

 思えば、自分もカガリの件で超過勤務していたはずだ。

 「ない。」

 「ないっ!?なんで!?」

 きっぱりと言い切られ、ウィリアムはあまりにもひどすぎると抗議する。

 「俺だって休みが欲しいっ。給料欲しいっ。」

 それに対し、シキは反論する。

 「お前までいなくなってしまっては、誰がハツセ二尉の仕事の代わりをするんだ?さきだって、引き継ぎの事を聞いただろ?」

 「それはいつものクセですっ。勢いで言っただけですよっ。」

 ウィルもここで認めまいと食い下がる。

 「私とて休みを取りたい、さらに欲を言えば彼女の方が仕事はやりやすい。だが、我慢しているのだ。第一、こういう時はお前の方がいいのだ。」

 ウィルはさらに反論しようとしたが、最後の方の言葉の意味を考えたため、次の言葉に間があいた。

 「…何、考えている?」

 「察しがよくて助かる。」

 ウィルの問いかけに、意を得たとシキはにやりと笑みを浮かべる。

 「だ~、だから言いたくなかったんだっ。」

 そこまで言ってウィルは後悔した。

 おそらくM1の件について彼が何かを企んでいるのであろう。外されたことについて不満であるのはわかっていた。確かにウィルも納得していない部分はある。しかし、あえて口に出さなかった。言えば、なにかよからぬことに巻き込まれかねないからだ。

 「なに…たいしたことではない。」

 シキは簡単に言うが、これは上の命令を無視してすることなのだ。一歩間違えれば危険な橋ではある。

 「は~、たくっ…。」

 ウィルは貧乏くじを引かされた気分であった。

 

 

 

 

 そのクオンはというと、自宅へと戻るため本島まで車を走らせていた。

 運転中の彼女は不機嫌だった。

 シキが自分に休暇を取らせた意図は理解している。しかし、彼女は納得できなかった。

 自分が働き過ぎだと周囲から見られているということは心外であり、またそう思われる原因はその上官(・・)にあるのだ。にも関わらず、当人からそのことを言われれば、腹が立たない道理はない。それに、どうも自分を外そうという気も感じられる。

 とはいえ、決まってしまったことを覆すことはできない。

 明日からどうするか?

 特になにかしなければいけないこともないし、何かしたいこともない。

 ルームメイトもその期間に休暇があれば、なにか予定を立てるだろうか?

 あれこれ考えているころ、ちょうど家に着いた。

 オロファト郊外の住宅街にある平屋建ての住居。

 その敷地内の駐車スペースに車を停め、荷物を持って玄関まで歩く。

 その時、ふと、隣の家と垣根になっている茂みに気配を感じ、クオンは立ち止まる。

 一体何が?

 クオンは条件反射で警戒する。

 猫などの小動物とは違う。そして、薄暗いこの時間帯にあまり人は通らない。

 やがて、茂みから何かが動き出した音がした。

 クオンは身構え、そちらに向く。

 しかし、その影が外灯に射線上に入り、その正体がわかると一瞬にして気を緩める。

 「ケントくんっ!?」

 「クオン、お帰りなさいっ。」

 ケントと呼ばれた少年は嬉しそうにクオンに駆け寄った。

 「ケントくん…なんでここに?」

 こんな時間にいるはずのない彼はいることにクオンは戸惑うが、ケントは違った。

 「遊びに来たんだよ。だけどね…ちょっと来てほしいんだ。」

 ケントは君の腕を掴んで来て欲しそうな顔で言う。

 クオンは応じるか迷ったが、やがて彼に応じ、一緒に歩き出した。

 そして、彼に導かれるままついたのは近くの雑木林であった。

 「ケントくん…ここは危ないってお母さんから言われたでしょ。」

 先を行くケントを止めるべきか悩みながら声をかける。

 「ちょっと待っててー。あと、もうちょっとなんだ…。」

 しかし、ケントはなにか探すように地面を見つめていた。

 「あっー、あったっ!」

 そして、それを見つけたケントはさらに奥へと藪の中へと入っていた。

 「ケントくんっ。」

 クオンは彼を追いかけると同時に彼が見つけたもの知るために、その地面を見る。

 すると、そこにはくすんだ赤色の液体、よくみると血であった。

 「ケントくんっ、ちょっと待ってっ!」

 その先にあるものが、少なくともいい予感がしなかったクオンは慌てて彼を追いかける。まだ小さい彼に見せるべきものではないと思ったからだ。

 「お兄ちゃん、人を連れてきたよっ。」

 ケントはすでに目的地である大きな木に辿り着いていた。そして、そこにいる人影に声をかける。そのすぐにクオンは追いつく。

 「ケントくん、何をっ…!?」

 クオンは彼に見せないように後ろに下がらさせようとした時、寄りかかっている人影が視界に入り、驚き手を止めた。

 「…シグルド!?」

 そこにいたのは病院から逃亡したシグルド本人であった。

 彼女の声に気付いたのか、名前を呼ばれたシグルドはゆっくりと顔をあげた。

 「よう…クオン…。」

 腹部の包帯には血がついていて、意識もぼんやりとしていた。

 なぜ、ここに?

 それよりもとにかく今は彼の傷をどうにかしなければいけない。

 おそらく逃亡中に傷が開いたのだろう。

 そう思っていると、後ろの方から誰か踏んだのか木の枝が折れる音が聞こえた。

 ケントはすぐそばにいる。

 自分たち以外の誰かがいる。

 クオンはとっさにケントを後ろに庇い、ホルスターから銃を抜き構えた。

 だが、彼女が撃つことはなかった。

 そこにいた人物にふたたび驚き、そして、顔見知りであるとわかったからだ。

 すると、そこには2人組の男がいた。若い男性と老人。若い方の男性はこちらが銃を向けたことに固まったが、老人の方は動じず、彼女の前へとやって来た。

 「オクセンさん?…なぜ?」

 彼女の目の前にいるのはユゲイ・オクセン。そして、若い方はレーベンであった。

 ユゲイはこちらの聞きたいことを了解しているがまずはとばかりに人差し指を口元近くに立てた。

 

 

 

 

 「これは…いったいどうなっているの?」

 帰宅したクオンのルームメイト、マキノ・イノウエはこの状況に頭を抱えた。

 彼女は行政府情報調査室という政府の情報機関に勤めている。この数日間、先日の襲撃事件における調査および情報収集だけでなく、軍とモルゲンレーテの権限をウズミから奪取しようとするサハク派からシグルドたちを国外に逃がすための計画を立てるなど多忙な日々を送っていたのだ。

 しかし、どちらも順調に事が進んでいるとはいえず、さらにシグルドの一件に関しては、先方の予期せぬ行動によって計画がおじゃんとなってしまったのだ。しかも、打って変わって今度は彼を見つけ出すことになってしまった。

 この数日間の目まぐるしい仕事に一旦区切りをつけ、ゆっくり休もうと自宅に戻ったら、彼女の予想しない状況が待っていた。

 逃亡して行方不明のはずのシグルドがなぜかいて、しかも手当てをうけてリビングのソファで寝ているのだ。また、後の捜査によって判明した共に逃亡したと思われるジャーナリストもいる。さらになぜか前宰相ユゲイもいるのだ。

一軒家賃貸とはいえ、こう人数がいると狭く感じられてしまう。

 「ごめん、マキノ。でも…。」

 クオンはケントの方を見た。

 「だってお兄ちゃん、ケガしてたんだもん…。」

 この状況にいたったのはケントがシグルドを見つけたことから始まる。

 ここに来る途中、雑木林を通っていったのだがそこで身を潜めていたシグルドを見つけたのだ。

 彼がひどい怪我を負っているのを見て、ケントはなんとか助けようとするが自分1人でどうすることもできなかった。そこで、クオンが帰宅するのを待って助けを求めたのだ。

 クオンも初めはシグルドがいたことに驚き、またどうするべきか悩んだが、ケントが真剣に彼を助けたいという思いであることを知り、家に入れ、そして内密に頼める医者に診てもらったのだ。ケントも家に帰らず、ずっとここに残っていった。

 もともと遊びに来たわけだし彼の事を心配しているのだ。

 とはいえ、まだ8歳の子どものためじっとしていられず、リビングには持ってきた学校のドリルやら遊び道具、出されたお菓子が広がっていた。

 ちなみに残りの2人はというと…レーベンは巻き込まれる形でついてきたとのことであり、ユゲイの方は知らない。

 彼曰く、レーベンの取材を受ける予定だったのだが待ち合わせ場所にいっこうに現れず探しにいったら出くわした、というが真偽のほどはわからない。レーベンが元々その予定だったと言っても納得できない。それがあくまで名目であるのではないかと疑うような人間がユゲイ・オクセンなのである。

 そのユゲイは出されたお茶を飲んでくつろいでいる。

 ここ…他人の家ですけど。

 愚痴をこぼしたところで始まらない。

 マキノとしては彼を追う側なので仕事場に知らせるのが決まった手段であるが、そうできるわけもなかった。

 その理由はケントにあった。

 「ねえ、マキノ…お兄ちゃんを助けてあげようよ。」

 ケントはマキノに頼む。

 そう、彼はここにいたる裏事情なので知らず、ただ純粋に彼を助けたいと思っているのだ。

 「お兄ちゃん、なんか追われているみたいなんだ。」

 そして、なぜか核心をつく。

 「お兄ちゃん、もしかしたら秘密のエージェントかもしれないんだ。悪いヤツらを追っていてケガしたかもっ。ねえ、だから…。」

 どうやら状況がテレビで見たドラマの場面と似ているため、ケントはそのように認識したようであった。

 実に子どもらしい発想と思いつつも、これがまただいたい合っているのが面白いとマキノは不覚にも思ってしまった。シグルドのことをケントが想像するようなスパイとかではないが、傭兵である時点で一般人ではないし、追われているのも確かだ。ただし、悪いヤツらではなく軍や政府(私たち)に、だ。とはいえ手負いの人間を捕まえようとする時点で彼にとっては『悪い人』認定か…。

 だからこそ困った…。

 果たしてどう彼に言い聞かせればいいのかとマキノは悩む。

 クオンに目を向けても彼女も同じであった。

 ケントの頼みを引き受けることを安易にできなかった。なにせ、すでに彼は逃亡犯とされてしまったのだから追う自分たちが彼を助ければ命令違反だ。しかし、ケントの思いをくじくことはしたくなかった。だからといって事情を話すこともできない。

 とにかく、彼を危険にさらさないように遠ざけなければいけない。

 「ボクも手伝うよ。ボク、ガンバルからっ。」

 問題はこのように意気込み、そのまま首を突っ込んでしまいそうなケントをどう止めるかだ。

 マキノはしばし考える。

 なかなかいい案が思いつかないマキノはふと時計に目が向きその時刻にあることを思いついた。

 「ねえ、ケント。」

 マキノはしゃがんでケントと同じ目線になり、そして両手を彼の両肩においた。

 「ケントが手伝うって気持ちはうれしいんだけど、もう夜遅い時間になっちゃたのよ。」

 そして、彼に時計を見させるように誘導する。

 時刻は夜9時。

 彼の母親がすでに帰宅し、彼が残したメモを見ているはずだ。

 「もうすぐお母さんが迎えにやって来るから今日はここまでってことで…ね。」

 そうすれば、シグルドのことをどうするか彼がいない場で決められる。

 彼がまた家にくることがあっても、数日の時間はあく。

 次に来たときにうまくごまかせられるはずだ。

 「今日のこと、お母さんに内緒にしてね。」

 しかし、うまく事がいくわけがなかった。

 「えー!?イヤだっ。」

 ケントは不満顔で言う。

 「お母さんにナイショにするけど…でも、それじゃあ、ボクがすることなんてなにもないじゃんかっ。ボクだってお兄ちゃんを助けたいのに…。」

 自分がいない間に決められると気付いたのだ。そして、自分が邪魔者扱いされたと思っている。

 「じゃあ、ボク、今日、ここに泊まっていい?明日、学校休みだしっ。そしたら、ボクも手伝うことできるよっ。」

 ケントは自分も仲間に入れてもらうよう懸命に訴える。

 「えっと…。」

 マキノはどう返答してよいものか困惑する。

 話がおかしな方向になってしまった。

 なんとか彼を遠ざけようとしたのに逆効果となってしまった。

 そもそも、自分たちはシグルドのことを、『助ける』とも『助けない』とも一言も言っていないのだが、彼の中ではすでに『助ける』という選択しかないようだ。

 「クオン…。」

 マキノは助けを求めるようにクオンに目を向けた。本当は、そうさせたくなかったが…。ケントもまたクオンの方に駆け寄り、同じように訴えるのだった。

 「ねえ、クオン…いいでしょ?今日、ここに泊まっていい?」

 それは彼女であれば、自分の願いを聞き入れてくれるという期待感を持っていた。それほどケントはクオンのことを信頼していたのだ。

 ごめん、クオン…

 マキノは心の中で謝った。

 クオンはしばし困ったような表情で答えあぐねていたが、やがて意を決して口を開く。

 「それは…できないわ、ケントくん。」

 「そんなーっ。」

 ケントはがっかりとした表情でうつむく。

 「…クオンもボクを仲間外れにするの?」

 ケントはさびしげに言う。それを見たクオンは眉を落とすが、彼に諭すように答える。

 「違うわ。いい、ケントくん?このお兄ちゃんが追われているっていうことはケントくんが危険な目にあうかもしれないってことなのよ。私たちはその危険からケントくんを守りたくてその追っている人達にケントくんを知らせないようにしたいの。それに今日、この家に泊まるってお母さんからいいかどうかも聞いてないでしょ?」

 「じゃあ、お母さんが来たときに聞くよ。それじゃダメ?」

 「それでもダメよ。」

 クオンはケントに言い聞かせる。

 「この家に遊びにくることだって前もってお母さんに聞かないで、ただメモだけ置いてきたんでしょ?」

 「…うん。」

 「何も知らないお母さんが、家に帰ったら暗くてケントくんがいなかったら、メモをみるまでとてもとても心配すると思うわ。それなのに、家に泊まるっていったらお母さんの気持ちどうなる?」

 「だって…そうじゃなきゃクオンに会いに行けないし…。」

 ケントは言い訳するが、口をもごもごさせて小さく言うだけだった。

 「どんな理由があっても、ちゃんと自分で言ってそしていいって言わないとダメだって教わったでしょ?」

 ケントはうつむきながらうなずいた。

 「でも…ボクが助けたいって言ったのに、なにもしなくていいの?」

 自分が言っておいて、安全なところでそれを見ていることができないと思っているようであった。

 「大丈夫よ。ケントくんのその気持ちだけでもきっとお兄ちゃんも喜ぶから。それに私たちがケントくんの代わりにちゃんと助けてあげるから。それともわたしたちじゃダメ?」

 「そんなことないよっ。ボク、クオンのこと、信じているよっ。…じゃあ、絶対に・・絶対にお兄ちゃんを助けてね。」

 「ええ。」

 ようやく、ケントが折れたところで玄関のベルが鳴った。

 誰が来たのかは、これらの会話を推し量れば明白であった。

 「ほらっ、帰る支度を始めなくちゃ。」

 クオンは立ちあがり、ケントにうながす。

 「…また、遊びに来るね。その時、教えてね。」

 「ええ。だけど、遊びにくるときはちゃんとお母さんに言ってからね。」

 そう言うと、ケントはうなずいて出していたものをリュックにしまい始めた。

 そして、クオンは訪問者の応対するために玄関に向かった。

 「…僕たち、どこかに隠れた方がいい?」

 これまでずっと彼女らの会話を聞いていたレーベンはそっとマキノに耳打ちする。おそらく、来たのはケントの母親だろうが、リビングまで入ってくることを考えると自分たちの姿が見られないようにした方がいいのではないかという懸念があった。

 「大丈夫よ、どうせ玄関までだから。」

 しかし、マキノの返答はそっけないものであった。

 レーベンは少し訝しむが、それ以上聞くことはできなかった。

 クオンが玄関を開けると、黒い光沢がありしわひとつないスーツを着こなし、そのスーツに負けずに無駄のないしゃきっとした立ち姿をした30代の女性が立っていた。

 ケントの母親、ラナ・リンデンである。

 「ケントは?いるのでしょ?」

 ラナは挨拶もなく、ただ用件のみをクオンに告げた。その口調はぞんざいなものであった。

 「ええ、リンデンさん…。」

 やがてリュックを背負ったケントが玄関まで出てきた。

 ケントの姿を認めたラナはクオンに対して向けていた態度を一変して彼に柔和な笑みを浮かべた。

 「ほら、ケント。明日、学校が休みだからってもう夜遅いでしょ?さあ、帰りましょ。」

 ケントは俯いたまま、コクリと頷き、差し出されたラナの手を繋ぐ。

 「今日の夕飯は魚よ。」

 「…ロコモコがいい。」

 「こんな遅い時間だと食べきれないでしょ?また今度ね。」

 ラナはすでにクオンが眼中にないとばかり、ケントを家の前の道路に停めた車へと連れて去って行く。

 途中、ケントが名残り惜しそうに、ほんの少しクオンへと目を向けるが、それまでであった。クオンもまた最後まで見送らず玄関を閉めた。

 「いったい何なのさ…あれ?」

 物陰でこっそりと見ていたレーベンは唖然とした。

 あの女性の身なりはしっかりとしており、立ち居もそれにふさわしいものだ。おそらく礼儀作法もしっかりとしているはずなのだが、応対したクオンに対してはとても冷たいものであった。とても恐ろしいぐらいに…。

 彼らが帰った後、リビングに戻って来たクオンは申し訳なさそうに顔を向ける。

 「…ごめん、マキノ。」

 「まったくよ、ほんと…。」

 マキノも溜息をつくが、どこかあきらめたような感じであった。

 「いったい…何?」

 それに対し、2人の会話にレーベンはまったく理解ができなかった。

 彼女たちは何を話しているのだと?

 レーベンはまったく気付いていないが、帰り際にケントが言った言葉を了承したことによって自分たちはシグルドたちを助けなければいけなくなったのだ。

 もちろん、答えを控えることはできたが、あの子の真剣なまなざしにそれはできなかった。

 「まあ…ケントは完全に『助ける』って前提だしね…。」

 そうやって決めたなら、頑として意思を曲げることはしないのだ、ケントは。

 それをまず説得できなかった自分が悪い。

 そのため、マキノはもう過ぎたことと気にしていなかった。

 問題は、この後だからである。

 「てなわけで…。」

 マキノはレーベンとソファで寝ているシグルドに向き直った。

 「あんたたちを何がなんでも、匿って逃がすからね~覚悟しておきなさいよ。」

 「なんか…ヤケクソみたいな顔で言われても…。」

 レーベンは勢いに押され気持ち後ずさった。

 たしかにありがたいといえばありがたい話である。

 実のところ、レーベンは病院から逃走したシグルドを拾って車で逃げてきたのだが、その経緯も事情も一切知らない。本当に、ただ巻き込まれただけなのだ。

 だから、逃げている最中、シグルドが意識を失った時は大慌てだった。この後どこに隠れればいいかも聞いておらず、ここの地縁もない。

 とはいえ、これはシグルドの問題だ。

 自分がここでしゃしゃり出てしまったら、それこそ共犯確定になる。

 応じていいのかと悩んでいるその時、ソファから声がした。

 「おい、なに勝手に決めてるんだ。」

 それまで寝ていたはずのシグルドが目を開けていたのだ。

 「狸寝入り?…いつから起きていたの?」

 レーベンはこの状況の説明を求めないシグルドの様子から寝ているふりをしているとわかった。まあ、そっちの方が話は早いが…。

 「こんながさつでうるさい声が聞こえてきちゃ否応なく目を覚ますか。ただ、起きたら起きたでいろいろ大変だから、な。」

 「…まあ、そうだね。」

 マキノとケントのやりとりの最中にシグルドが起きればたしかに話がややこしいことになったであろうと簡単に想像できたため、レーベンは納得してしまった。

 「それよりも…。」

 まだ動くと痛みが走るのか、顔をしかめながらシグルドは上体を起こしてマキノに向き直った。

 「おまえら、俺を『追う側』なんだろ?なのに、俺を逃がす手伝いなんてするんじゃないっ。」

 シグルドに支援を断られたマキノはムッとした。

 「あのね~。誰の助けなしにどうやって逃げるつもりなのよっ。もう容疑者として手配した以上、片目つぶって国外に脱出なんてできなくなったからね。」

 そもそも、こんなややこしい事態になったのは誰のせいだ。

 そう不満に思っているが、シグルドから意外な言葉が出てくる。

 「俺は逃げる(・・・)なんて一言もいってないっ。」

 「じゃあ、どうするつもりなのよ?」

 「襲撃犯を追いかける。」

 驚くべき発言に開いた口が塞がらなかった。

 それもそうだ。

 すでに契約は無効になったようなものだ。にも関わらず、なにかあるわけでもなく彼自身は任務を遂行しようとしている。しかも、その襲撃者の正体についてこちらの調査でも未だ不明なのだ。

 「…襲撃犯を知っているの?」

 マキノは訊いた。

 いくらなんでも何の当てもなく探すほどシグルドは無鉄砲ではないことは知っている。

 「…その勢力の一部の人間を、な。」

 シグルドはそう答えるとなにやら意味ありげに笑みを浮かべた。

 「親父から聞いてないのか?」

 「リュウジョウ准将から?」

 どういうことだ?

 マキノは疑問を抱いた。

 軍でその情報を得ているのであれば情報調査室と共有するはずだ。しかし、それがきていない。もしかして、本土防衛軍で独自の任務で動いている。

 シグルドはさらにぼそりとつぶやいた。

 「…とはいっても、親父自身の中で留めているのかもしれない。それをウズミが勘付いているかもしれない。」

 「…なにそれ?どうしてウズミ様も?」

 マキノはわけがわからなかった。

 たしかにこの一件は彼が引き継いだが、それを知ってのことなのか?

 「まあ、あくまでも推測(・・)だ。だが、もしそうだったならば、俺につっぱねられうことを想定して国外脱出の道筋を用意したのもうなずける。」

 「…どういうこと?」

 しかし、シグルドはこれ以上マキノの疑問に答えるようなことはしなかった。

 シグルドは立ち上がり着てきた上着をはおる。

 「俺たちはもう行く。すこし休ませてくれたことは礼を言う。だが、ご覧のとおり首を突っ込めばお前たちにも危険が及ぶんだ。」

 そして、レーベンへと目を向けた。

 「あの少年に今度会ったら、礼を言っておいてくれ。おかげで助かったって。この後のことは俺たちでなんとかする。行くぞ、レーベン。」

 レーベンはやはり自分もついていかなければいけないんだと半ばあきらめ顔であった。

 彼が出て行こうとするが、マキノはふたたび彼らを止めた。

 「ちょっと待ってっ。あなたたちが襲撃者を知っているならなおさらよ。」

 「おまえなぁ…それじゃあ職務規定違反になるぞ?」

 「アンタに協力することと調査室に話を持っていくこともたいして変わりはしないわ。」

 「おいおい…。」

 シグルドは呆れまじりの溜息をついた。

 一応の礼として含みのある言葉で襲撃者を追う助言をしたのだが、変な方向にやる気は出させてしまったようだ。

 「それで事が進むなら、藁だってつかむわ。」

 「それに…。」

 それまで黙っていたクオンが口を開いた。

 「あなたが逃げ切ったにせよ捕まったにせよ、その足取りは追う。なら、この家で匿ったことは明らかになるわ。…そうでしょ?」

 「…クオン、お前もかよ。」

 「私はケントくんがあなたを助けてくれるように頼まれて、それを引き受けたのよ。」

 「おいおい…。」

 要するに、ケントのその頼みは自分を助けることだから襲撃者を追うということも助けに入るという解釈だ。

 「かつてあなたがしたことを同じよ。」

 「いや…俺は貸し(・・)を作ったつもりないんだが…。」

 「なら、これも私がしたいこと。それでいいでしょ?」 

 2人の様子にレーベンはシグルドに耳打ちした。

 「…どうするの、シグルド?」

 それはシグルドも困った事態となってしまった。

 確かに、彼女たちの力を借りれば襲撃者を追いやすい。しかし、その襲撃者のうちの1人、あの男(・・・)がいる以上、簡単にうなずけなかった。

 自分がそいつを知った経緯(・・)、あの事件(・・)に彼女たちを近づかせたくなかった。

 しかし、ごまかして彼女たちを引かせることもできない。

 「そんなに困っているのであれば、いい方法があるぞ?」

 すると、それまでこれまでの成り行きを見ていたユゲイが口を開いた。

 ちょうどお茶を一服終えたとこであった。

 「そういえば…なんでユゲイ様がここにいるんですか?」

 マキノはこの招かれざる客に訊いた。

 「もう忘れたのかい、マキノ。ワシはそこのジャーナリストとの…。」

 「その建前はいいですっ。」

 何かの考えがあってこの人がやって来たのは明白であった。

 その本心を問いたかったのだ。

 「まあ…たしかに建前は抜きにしようか。」

 ユゲイもあっさりと認め、ここに来た理由を話し始めた。

 「実はワシのところにも、此度の一件についての話が入って来たのだよ。それを耳にしたとき、どうもきな臭いものを感じ取ったのだ。そこで、この事件を詳しく知っていそうなシグルドを探していたのだ。」

 「ああ、そうか。だけど、シグルドが逃亡中だから一緒にいるレーベンを探していたってことね。」

 マキノは納得した表情になった。

 「そうだ。それで、シグルド…ワシに雇われないか?」

 ユゲイの唐突な言葉に一同、驚く。

 「いやいやいや…ちゃんとワケはあるぞ。」

 みんなの反応が意外であったことにユゲイは話を付け加える。

 「さっき言ったように、この一件に違和感を覚えた。しかし、ワシは隠居の身でありなんの役職にもついていない。そんな人間が国事に関わるのはちと回りくどくて面倒なのだよ。そこで直接動かせて、かつ遂行能力のある人物を探していたのだ。」

 「それが…俺、ということか。」

 「そうだ。それに、君たちにとっても都合がよいであろう?」

 またもや意味ありげな言葉にみな訝しむ。

 ユゲイはその反応を見て、ニッコリと答える。

 「襲撃者を追いかけるシグルドにとって、オーブからの追手をワシが食い止めることができる。それに襲撃者と戦う際、クオンもおれば心強いであろう。そして、彼に協力したいマキノやクオンにとって、もしも上にバレてもワシからの頼み事(・・・)とすれば言い逃れできよう…。なあ、悪い話ではなかろう?」

 思いもよらないことが起きてしまったものだ。

 シグルドは内心、苦笑した。

 たしかにユゲイであれば、それができるであろう。

 もちろん、彼自身も何か考えがあってのことであることは確かだ。

 だが、それ無下につっぱることはできない。

 いかにも好々爺のごとく穏やかに言うが、その(じつ)、半ば脅しをかけてきている言いようであるからだ。

 「…わかった。」

 ここは承諾しかないようだ。

 それを聞いたユゲイはニッコリと笑みを浮かべた。

 「よし。それでマキノたちはどうだ?」

 「どうって言われても…。」

 マキノたちも思わぬ話に困惑しているが、承諾せざるを得ないと思ったのかうなずいた。

 「よいよい…。」

 ユゲイは満足そうであった。

 こうして、奇妙な共闘が始まった。

 

 

 

 

 オロファト市内の多くのホテルが立ち並ぶ地区。

 その一角にあるバーは観光客、地元の人間問わず多くの人が訪れ賑わいを見せていた。

 それは今日も例外ではなかった。

 今宵、店に入って来た男性客は混み合うなかから自分が座る席を確保しようとあたりを見渡す。その最中、カウンター席の端に座る美女に目が行く。説教的な男性であれば、彼女をナンパしようと近寄っていく。しかし、男たちはその近くまで来ただけで、そのまま彼女から遠ざかる。彼らは、今、彼女がものすごく機嫌が悪いと雰囲気から感じ取ったのだ。

 実際、彼女は怒っていた。

 まったくとんだ災難よっ。

 ミレーユは心の中で怒りの言葉を吐きだし、次いで出されたカクテルを飲み干す。

 事情聴取を受けた彼女は機密漏えいに関わっていないとして釈放された。ちなみに、フィオリーナの方は、証拠もあがっているためしばらく勾留は続くようである。

 もはやここには用はないと、さっさとカルロッタ・スメラルドに戻ろうと思ったが、すでに時間も遅く、便もない。また、この一件でカガリとの契約は無効となったため、これまで使っていたホテルは滞在できなくなった。そのため、仕方なく別のホテルに泊まり1日滞在することとなったのだ。

 どいつもこいつも身勝手なんだからっ。

 彼女の怒りの矛先はシグルドとレーベンに向けられていた。

 人の意見なんか聞く耳を持たず、勝手に行動してどっかに行ったシグルドと、それについていったレーベン。

 警務官から、シグルドが病院から抜け出し逃亡した際、彼を車に乗せていったのがレーベンであると聞かされた。その話を聞いたミレーユは、彼の性格、状況からレーベンがただたんに巻き込まれたと推測した。

 なに、あの猪突猛進に押しきられているのよ。あんなのさっさと放っておいて戻ってきなさいっ。

 これまでシグルドが傭兵の仕事(・・・・・)を越えて事に関わることはあった。その度に、こっちは振り回され苦労してきた。それでも我慢してきたのは、しっかりと仕事をするし、ちゃんとその分の報酬も得ることができたからだ。

 だが、今回は度を越している。

 だからこそ、これ以上ついていけないと手を切った。

 とはいえ、このように彼に不満をこぼすのは、心のどこかでは気に掛けているからなのだが、それを指摘しても彼女は決して認めないであろう。

 このように険悪な顔つきで飲んでいる彼女に誰も近づけないのだが、そこにあえて声をかける1人の勇者が現れたのであった。

 「これはこれは…偶然ですね。」

 彼女の隣に座り、酒をバーテンダーに注文したのはリャオピンだった。

 周りの客たちはこの2人の成り行きに固唾を飲んだ。誰もがこの男は数秒後には物理的にノックアウトされると思っていた。

 「よもや、ふたたびあなたにお会いできるとは…。とても光栄です。」

 歯が浮くような言葉をかけるリャオピンにミレーユはスパッと短く返す。

 「私はとっても嫌よ。気分転換したいのにあなたなんかと会ってしまって。」

 彼女は明らかに不快であるといった態度であった。

 しかし、そこでリャオピンは引かなかった。

 「気分転換とは…。なにか嫌なことがあったので?相談に乗りましょうか?」

 なにもかも知っているくせに知らないふりをしてっ!

 「仲間内で喧嘩した?シグルドと何かあったと?」

 「別にっ。」

 今、一番聞きたくない名を聞き、ミレーユはさらに不機嫌になる。

 というか、さきほどから彼は人を口説くつもりで気分を害させることしか言わない。そんなので女性を振り向かせられると思っているのか。

 ミレーユはだんだんと腹が立ってきた。

 「第一、彼とはビジネスパートナー…仕事上だけの付き合いよ。…私は『仲間』とか『友』とか『家族』とか世の美しい関係の付き合いなんてこれまで一度もないわ。」

 「…そう。」

 その言葉に対して何も言わず、ただ聞いているだけであった。

 「それよりもいいの、あなたこそ?いろいろと忙しい身(・・・・)じゃないの?」

 「いや~ちょっと残念なことに…。」

 リャオピンは苦笑いを浮かべた。

 「ちょっと仕事の失敗(・・・・・)があったんで…事務の仕事はしばらくやらせてもらえなくなっちゃんですよ~。その代わり、ホムラ代表と教導部隊の連絡係をすることになったのですが…。」

 「…どういうことかしら、それ?」

 リャオピンの話にミレーユは思わず手を止めて訊く。

 仕事の失敗というのは、自分たちを国外へ脱出されることができなかったことであろう。それはおいといて、なぜホムラ代表と教導部隊が繋がるのか?そして、なぜそれをわざわざ彼が口に出したのか。

 「さてさて…どういうことでしょうかね~。」

 リャオピンは彼女が何に関心を示したのかわかっていてあえてとぼけえるふりをする。

 その様子にミレーユは一瞬不愉快に感じたが、考えを改めて見てみる。

 初めは、とてもイライラすると思っていたが、これらの言葉は何かの意図を込めているのではないか?

 深く考え過ぎのように思えてならないが、シグルドの彼に対する評価を思い出すと、やはり何かの意図があると思ってしまう。

 そして、ふと何かに気付いたミレーユはそれまでのぞんざいの態度とは一変し、リャオピンに向き直る。

 「…お互いに慰めが欲しいってことね。」

 リャオピンはにっこりと笑い席を立った。

 「もっと静かに飲むことができるバーがこの近くにあるんです。そこで飲み直しませんか?」

 「ええ、そうしようかしら。」

 ミレーユもまた微笑み、リャオピンの誘いに応じた。

 

 

 

 

 朝。

 オノゴロ島の海沿いの道を1台の黒い車が走っていた。

 ここは…昔とあまり変わっていないな。

 後部座席でホムラは車窓の流れる景色を懐かしむように目にしていた。

 経済発展にともない高層ビル群が立ち並ぶようになったといはいえ郊外へと進めば、依然としてオーブの自然が残っている。

 この道の先にアスハの別荘がある。

 今ではあまり使われなくなったが、昔はよく長期休暇を家族で訪れていた。

 母、忙しい合間を縫って自分たちと過ごしてくれた父と従伯父、兄、そして妹。

 当時の自分にとってそれが当たり前の時間であり、今でも色あせない大切な思い出であった。それだけに、現在(いま)に至るまでに起きたことを思えば、その思い出も、胸に突き刺す痛みとなった。

 別荘の敷地内に車は到着した。

 車から降りたホムラは、運転手をそこで待機させ、邸内に入るのではなく別の場所へとその足で運んだ。

 

 

 

 

 「どうもおかしいのよね…。」

 朝のコーヒーを飲みながら出したマキノはぶつぶつ言う。

 彼女が考えているのは昨夜の出来事の1つであった。

 手を組むことになったことが決まり、マキノはさっそく襲撃者の名前を訊いた。今日、職場で手掛かりを得るためにだ。

 しかし彼はそれを問われた時、どこか歯切れが悪かった。

 ‐ギャバン・ワーラッハ。そいつが先日の襲撃の、ゾノのパイロットの名前だ。‐

 やっとのことで聞き出せたが、あまりにも簡潔すぎる答えであった。

 それだけで本当に見つけられると思っているのか。

 せめて所属ぐらい、例えば民間軍事会社とか武装勢力とか明かしてほしかった。

 「シグルド…絶対に他に何か隠しているわ。」

 ここまで来ていまだ足踏みする彼があまりにもらしくないのが、怪しく感じるのだ。

 彼女の独り言をクオンは聞きながらもそれに受け答えはしなかった。

 これが、彼女が思考を整理しているのだとわかっているからだ。

 もちろん、クオンもマキノ同様シグルドが何か隠している思っている。

 手を組む以上、隠し事をしているのは互いに連携も取れないし、命の危険にさらされてしまう。

 とはいえ、そのことを無理に聞きたいとまでは思っていなかった。

 それよりも目下のところ彼女の心配は、マキノが仕事に遅刻しないかどうかであった。

 考え事をしているせいで明らかに普段よりも朝の準備が遅い。

 自分は休みだからいいが、彼女は今日も普段通り出勤するのだ。

 とはいえ、考え事をしている彼女に何を言っても無駄なのは承知済みなので言わずにただ見守るだけであった。

 その時ちょうど玄関ベルが鳴った。

 まだ時刻は朝7時。

 あまりに早い訪問に訝し気ながら、考え事をしているマキノに代わってクオンが出ると、ユゲイが立っていた。

 「失礼するぞ。」

 こちらの了承の有無などおかまいなしにユゲイは家に上がりこんできた。彼の後ろからレーベンも続き、彼は申し訳なさそうにしながら入って来る。

 「ちょっとっ!?朝の女子の家に勝手に上がりこんでくるなんて失礼じゃないっ!?」

 リビングにまで入って来てはじめて気付いたのかマキノが抗議の声を上げた。

 今更感が拭えないが…。

 「声はかけたぞ。それに…いつまでも外で待っておったらレーベンくんを誰かに目撃されるであろう?」

 「そんな屁理屈…。」

 しかし、彼女はこれ以上反論しなかった。

 彼の来訪は何かがあってのことというのは推測できたからだ。

 ユゲイもそれを察知したようであった。

 「実のところ…随分と悩んだのだ。」

 そして、テーブルに封筒を置いた。

 「ちょっと…これっ!?」

 封筒の外見にマキノは驚きの声を上げる。

 それは、機密ファイルに用いられるものであったからだ。

 「ああ。ここには国家の機密(・・・・・)に関する文書が入っている。」

 ユゲイは彼女に答えるに言った。

 「どうしてこんなものを…。」

 それほどの機密文書であれば、無断で持ち出せば重罪だ。

 ユゲイはそれを覚悟で持ってきたのだ。

 「昨夜ワシはシグルドから聞いた名にどれほど驚いたか…そして、同時に合点がいった。」

 「それって…ギャバン・ワーラッハて男のこと?」

 マキノの質問にユゲイは頷いた。

 「そして、このファイルにはその男がオーブで(・・・)関わった事件(・・・・・・)について書かれている。」

 「…え?」

 マキノはそのユゲイの言葉に驚きを禁じ得ない。

 彼がオーブにおいて事件を起こしていれば、名前ぐらい情報機関で伝わっているはずだ。しかし、その名前はシグルドが聞かされた時、まったく知らなかった。

 「だが…その前に…。」

 ユゲイが何か含んだ言い方をする。

 「この内容(・・・・)を知ること(・・・・)は君たちにとって非常に危ない橋を渡らせてしまう。それほど厄介な事件(・・・・・)だ。ゆえに、手を引く(・・・・)という選択を用意する。」

 「…それほど厄介(・・)なの?」

 マキノは顔を強張らせる。

 手を組むと決めたにも関わらず、それをたった1日でひっくり返す。しかも、他ならぬ提案者であるユゲイから出てきた言葉だ。

 彼にそう言わすのはよほどのことのものだ。

 「言い出した身として申し訳ない。だが、万が一ということもある。だから、今一度君たちに選択する機会をもうけたかった。退いてもらっても構わない。このまま続けるとなれば、もう…後には退けないからな。」

 どうやら自分たちを試すためではなく本気で心配し言っているようである。

 「…どうするかは君たち次第だ。」

 マキノはいったん息をついた。そしてクオンへと向いた。

 「どうする、クオン?」

 ここは彼女の決定に従おうと思ったからだ。

 あまりにも重いからなすりつけたというわけではなく、昨夜、ああは言ったが、そこまで拘る気はないのだ。

 シグルドから情報を得られなければまた別の手を考えればいい。

 だからクオンが引くと言えば引くことを選ぶし、続けると決めればそのままついていくだけであった。

 とはいえ、クオンの答え(・・)ははっきりとしていた。

 「私は、すでにこのオーブ政府にとって危険対象者(・・・・・)よ。今さらその理由が1つ増えようが減ろうが何か変わるわけないわ。」

 「なるほど。じゃあ後で私がそのピックアップをこっそり削除しておくわ。」

 冗談めかした言葉を言った後、ふたたびユゲイに向き直る。

 「本当に…よいのだな?」

 ユゲイが念を押した。これが最後のチャンスだと。

 「知らない方がよかった、と思ったことは何度もありました。それで傷ついて、つらい思いして…。」

 クオンは困ったような笑みを浮かべた。

 「けど…知らないというつらさも知っていますから。」

 「…そうか。」

 ユゲイは彼女たちの決断を尊重しもう何も言わなかった。そして、彼女たちに封筒を差し出した。

 その封筒をマキノが手に取った。

 数十枚もあるであろう、厚くそして重かった。

 ユゲイほどの人物が、ああまで言わせるほどの最重要の事件がこの中に入っている。

 マキノはつばをゴクリと飲み込む。

 まるで他人の秘密を覗き見る気分だ。

 どこか悪いことをしつつも、知りたいという好奇心によって覗き見る行為…いや、その表現は間違っていないであろう…国という秘密を見るのだから。

 マキノは封筒を開けて、書類を取り出した。

 

 

 

 

 別荘の地下には緊急事態用の避難シェルターが備えられていた。久しくこの別荘が使われなくなったのと同時にシェルターも使われなくなったが、しかし、その内部へと入ると真新しさがあった。さらに奥にはこれまでなかった扉がある。

 ホムラはロックを解除すると、その重々しい扉が開かれる。

 「おまちしておりました、ホムラ代表。」

 扉の先にはカローラが待っていて、彼をその奥へと案内する。

 「しかし、話を聞かされるまでは半信半疑であったよ…このような隠し場所(・・・・)があったとは…。」

 「私もです。モルゲンレーテの地下工場の近くに工場区があるとは夢にも思いませんでした。」

 ホムラの感嘆にカローラもうなずく。

 この場所は、ウズミが密かに推し進めていたMS計画を続けるために用意した一空間だとのことだ。

 その計画はサハク派のアストレイおよびその量産機がオーブのMSとして制式採用されたことで表向きは凍結された。しかし、実際はアスハ家の私費と私有地で続けられていたのだった。

 自分の別荘の地下、しかも位置的にはモルゲンレーテの地下工場の近くにある。

 サハク派もよもや自分たちの目と鼻の先でMS計画が進んでいるとは夢にも思っていないであろう。

 自分の兄ながら思いもよらない発想に毎度驚かせる。

 「…そういえば、君に見せようと思ったものがあったのだ。」

 とホムラは1つの書類を取り出した。

 「これは?」

 「昨日のモルゲンレーテへの不正アクセスの件で拘束した容疑者の調書だ。その一部分を持ってきたのだ。彼女、途中からMSについて持論を展開して…聴取した者も、あまりにも長く真剣に話すものだから、ついついそれも書きとどめておいたとのことで…。」

 本命の容疑について、彼女から得られるものがなかったためか、あまりにも短くなったため、その蛇足も付け加えたようだ。

 「それはそれは…。」

 カローラは笑みを浮かべて、その書類に目を通した。

 どうしたものか、彼女が詳しくわかりやすく話していたのか、下手な論文よりも面白いものとなっていた。

 「うらやましいです。こんなにも才能があって…。」

 しかも、その内容はどれもカローラの目を引くような興味深く新しさもあった。

 もちろん不正アクセスの件は許されるものではないが、もしできるなら、今進めているMSの開発計画を、彼女に任せたいと思うようなものであった。

 「君の気持ちがわかるよ。」

 ホムラは、自分も感じたことあるのかうなずく。

 やがて、彼らは大きくひらけた空間に辿り着いた。

 薄暗いその部屋の中で、白く光るライトは自分たちの目の前にまるで鎮座するように置かれているMSに当てられていた。

 「これが、例の機体(・・・・)かね?」

 ホムラはMSを見上げ尋ねる。

 「いいえ。これは、フラグシップとなるべき機体の試作機です。」

 カローラは機体の説明を始める。

 「ORB-00…私たちは機体名や型式番号ではなく、通称としてその番号からとった『零式(ぜろしき)』と呼んでおります。」

 「ふむ…。」

 ホムラは零式(ぜろしき)と呼ばれたその機体を見上げた。

 フォルムは現在量産しているアストレイやヘリオポリスで製造された地球軍のMSと似た直線的でツインアイ、V字型のアンテナをようしていた。赤と白の色に包まれたその機体はライトに当てられているためかまるで燃え立つ炎のようであった。

 それはオーブを輝かす火となるか、すべてを破壊尽くす炎となるか…。

 ふと脳裏に昔聞いた言葉がよみがえった。

 ‐彼は火を飼っている。‐

 それは大人たちが兄について話していた時であった。

 アスハの後継者として彼がふさわしいかどうか…

 その際に長老が放った言葉であった。

 ウズミを一言で表すのであれば、それは火である、と。

 ‐火は文明の象徴という。彼によってオーブに稀に見る繁栄を見るであろう。しかし、火は時に烈しきものとなってあらゆるものを焼き尽くす。特に彼の火は執念深く、自分が焼き滅んででも相手を焼き尽くすまで消えぬ火でもある。彼がオーブに繁栄をもたらす者か、オーブを滅ぼすか…よくよく考えて決められよ。‐

 兄がオーブを滅ぼす?

 それはホムラにとって信じがたい思いを抱かせた。

 たしかに兄は火のような人である。 

 だが、それは世の理不尽に対する怒り、つまり義憤である。

 その正義感をもって、そして彼が目指す理想を実現するため、決して妥協することなく、優れた才能に奢ることなく突き進む努力家…

 それがホムラの兄に対する印象であった。

 しかし、そうは否定しても心の奥底のどこかでは長老の言葉が残っていた。

 その義憤の火が、苛烈となって業火に変わる…そのような瞬間を時折見ることがあったからかもしれなかった。

 そう…20年前の雨の日(・・・・・・・)もそうだった。

 棺を前にした兄の背中を、決して忘れることはなかった。

 「オーブの獅子、か…。」

 ホムラは小さく呟いた。

 人々は兄を称賛する。

 彼の類まれなる政治手腕とカリスマ性によって小国であるオーブを経済大国へと発展させたことに。連合とプラントという強大な2つの勢力に渡りえるその手腕に。両者もまたオーブの立ち位置に敵意を向けるが、彼の存在を軽視できずにいる。

 しかし、それが兄の本当の姿なのか?

 ‐イクマ・ウタ・ハツセはウズミが『怪物』と化すのを恐れていた。‐

 それは代表就任した日、『彼()』が突然自分の元へと訪れ、開口一番放った言葉であった。

 ホムラはまず『彼』が訪れたことに驚いたのであった。

 それは『彼』と兄の対立があったからだ。

 だからこそ、その言葉にまた驚かされるのであった。

 ‐…これから世界の情勢はますます混迷を極める。その中で進むオーブの道。…あなたならば、その意味をおわかりであろう。‐

 彼の言葉が、かつて聞いた長老の言葉と重なる。

 偶然ではない。今ならわかる。

 長老は自分がそこにいるとわかって、あえて言ったのだ。

 自分にいつか来る行動の選択をさせるために。

 

 

 

 

 「こっ、これって…。」

 報告書を読み終えたマキノは言葉を失った。隣で同じく見ていたクオンもまた息を飲んだ。部外者に近いレーベンに至ってはもはや何がなんだかわからず混乱しているようであった。

 封筒に入っていたのはある要人(・・・・)が巻き込まれた事件の報告書であった。ほとんどが黒塗りとなっているが、その行間や透かしから見て取れた。

その要人とは、ミアカ・シラ・アスハ…当時のアスハの当主の娘、つまりウズミとホムラの妹だ。しかし、彼女は病気で亡くなったはずだ。そう公式的に発表されているし、その時のニュースの記憶している。

 なのに…

 そこには拉致され、そして死亡したのだ。

 「…どういうことなの。」

 マキノは信じられない気持ちだった。

 「それが真実(・・)だ。ワシも、それを知る者の1人だ。」

 ユゲイは沈痛な面持ちで口を開いた。

 「しかし、我々はミアカ姫の死の真相に蓋をし、病死と公にしたのだ。」

 そして、ユゲイは続けて言う。

 「黒塗りになっている拉致の実行犯…その者がギャバン・ワーラッハ。」

 「なんですって!?」

 さらにユゲイは衝撃的な言葉を口にした。

 「その拉致現場に居合わせ、目撃した少年がいた…それがシグルドだ。」

 マキノは愕然とした。そして先ほどまでの疑念に対してようやく合点がいった。

 シグルドが名前を明かすのを躊躇ったのはこれが理由だったからだ。

 彼だけではなく、おそらくバエンもウズミも知っているとマキノは仮定した。

その時、マキノは背筋が凍るのを感じた。 

 人が死ぬというのは、それが他人によってもたらされた死であれば、それに関わっている人の人生に影を落とす。

 そして、その張本人がふたたび現れたのだ。

 なぜ、ふたたびその人間がやって来たのかはまだ知らない。だけど、とても嫌なことが起こるのではないのか…そんな不安な予感がしたのだった。

 

 

 

 




あとがき

もともと前・後編合わせて1話でアップする予定でしたが、分割してもやはり長い。
そもそも…この話はここまで長くする予定でなかったんですがね…
その理由は追々どこかのあとがきで書きます。(多分…)
ただ、その内の理由の2つぐらいは書きます。
それはある登場人物を前倒しで登場させたこととかなり後になって登場させてしまったことです。前者はケントくんことケント・リンデン、後者はユゲイ・オクセンです。
ケントくんはもう少し後ぐらいに出てくる予定でしたが、そうなるとごちゃごちゃするし慌ただしい感じになるので、早めに出ました。そして、ユゲイの方は実はアスランたちがアークエンジェルがいることを確認するために潜入した際に目撃していた釣り人…実は彼なのにです。本当ならその1話後にこの釣り人の正体として出てくる予定でしたが、「別にここカットしてよくない?」という作者の考えのもと削られ、そのまま宙に浮いた状態となってしまいました。
ということで、彼らがこの事件にどう関わっていくか…また次の話で会いましょう~ではっ。





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PHASE-53 光り輝く天球・陸 ‐遠い記憶・前編‐

お久しぶりです
(というか、最近この挨拶から書き出している気がする(汗))
そして、タイトルを見ての通り前編です。
ということは後編もあります。



 外から聞こえてくる人の行き交う賑やかな声が聞こえてきて目を開けると、まず見慣れぬ天井が目に入った。

 …そうだった。

 レーベンは寝ぼけた思考の中で自分がどこにいるのかを思い出した。

 今、自分たちがいるのはハウメア神殿の支院であり、観光客やバックパッカーのための格安宿泊所である。

 ユゲイを通して宿泊客という名目で、身を潜める場所に使わせてもらっているのだ。

 政教分離原則のもと、宗教勢力のハウメア神殿が政治に立ち入ることはできない。その逆もしかりで政府が宗教に踏み込むことはできない。つまり、自分たちがここにいると政府が察知しても簡単に踏み込むことはできないので時間的余裕を持てるというということだ。

 また、この支院の近くにある赤道連合や東アジア共和国からの移民等アジア系が集まって形成された街、アジアンタウンがある。その近くで表立って事を荒立てたくないという思惑もあるという理由だそうだ。

 そこら辺の事情についてレーベンは部外者であるためわからない。

 というか、今現在頭がぼうっとしているため思考が回らない。

 昨日夜更けまで起きていたし、今朝は早くから起きた。

 とにかく一旦頭をスッキリさせたくて帰って来てからもう1度寝た。

 そうでなければ、朝にユゲイから聞いた話を考えきれない。

 彼の話は衝撃的であった。

 事件の内容もさることながら、それにシグルドが関わっているということにレーベンは不安を覚える。

 シグルドが敵討ちのために動いているのか?

 彼の今までの依頼に対する姿勢や行動から復讐に走るなんてとてもではないが考えられない。しかし、いくら頭でわかっていても、その相手に会えばまた違うのかもしれない。

 そんなことを悶々と考えては見るが、堂々巡りとなってしまう。

 時計を見ると10時を過ぎている。

 もはや朝ともいえない時間となってしまった。

 もうシグルドも起きているだろう…

 それとなく彼の様子を見ればわかるのではと思い、レーベンは彼のいる部屋へと向かった。

 部屋を覗き見ると彼は起きていた。そして、腕立て伏せをしていた。

 「…昨日、傷が開いたことわかっているよね?」

 激しい運動はここ数日控えるようにと言われているはずなのに…

 もし、ここでまた傷が開いたらどうするんだ?

 せっかく身を潜めているのに無駄に終わってしまう。そうなれば、マキノたちになんて言われるか…。

 と、心配するレーベンをよそにシグルドはきっぱりと言い切る。

 「ただ軽く動かしていただけだ。それに1日体を動かさないだけで、3日分衰えるんだ。いざという時に動けないと困るだろ。」

 「…そうだけど。」

 いつもの返しのはずなのに、妙に今朝の件のことを意識してしまう。

 彼がこだわっているのは本当に復讐なのか?

 しかし、彼は自分たちがユゲイから話を聞いているとは知らない。

 ここは知らないことを通すために、あえて別のことを話題にした。

 「昨日のことで依頼は続行したのはいいけど、ミレーユにどう弁明するのさ?」

 なにせ彼女が拒否したにも関わらず、彼女を通さず別の人間から依頼を続行し、さらに別の人間と協力して行う。

 きっとそれを知れば、ミレーユはカンカンに怒るだろう。

 「何を弁明するんだ。」

 だが、シグルドは知ったことではないと言った顔であった。

 「向こうからビジネスパートナーを解消したんだ。そして撃ってきたんだぞ。それなのに、なんであいつに気を遣わなくちゃいけないんだ。」

 そもそも無茶のはシグルドじゃないのかい?

 と言いかけたところで、また今朝のことが頭に浮かび止まる。

 おそらく、そのまましゃべり続けたらうっかり口を滑らせてしまいそうだ。

 なんかハラハラしてしまう。

 しかし、とふと思う。

 ミレーユがここまで拒絶したのは、やはり彼女もそのことを知ってしまったからではないのか?

 おそらくジネットあたりから聞いたのか。

 とはいえ、彼女の場合、それを口に出さなければ、拒否の理由が利益かビジネスと言う言葉になってしまう。

 もっと別の言葉をかければいいのに…と思うが、おそらく彼女もそれを突っぱねるであろう。

 「まったく、そういうところは2人とも意地っ張りなんだから…。これじゃあ、このままパートナー解消だよ…。」

 レーベンは溜息をついた。

 この件が終わった後の関係修復に難儀しそうだ。

 「じゃあ、2人で同時に互いに謝ればいいんじゃない?」

すると、後ろの方から提案が聞こえてきた。

 「そうすれば、どっちかが悪いとかどっちが先だとか関係なく仲直りすることができると思うよ?」

 「そうだけどね…。」

 レーベンは答えるが、悶々と解決策を考えていたためその声の主にまで気が付かなかった。

 「それができないから困っているんだよ。」

 「だけど、よく友だちとケンカした時とか、先生がまず互いに話し合って解決するよ。」

 そこでようやくレーベンはここに自分たち以外の第三者がいることに気付いた。

 誰と話しているんだ、僕は?

 向かいのシグルドは苦笑いを浮かべている。

 ふと振り向くと、そこには昨夜の男の子がいたのだった。

 「また会えたねっ、お兄ちゃんたち!」

 ケントは再会に喜び満面の笑顔でこたえた。

 「えっ…ええええ~!?」

 レーベンは男の子がここにいることに驚きの声を上げた。

 「なんで!?どうして!?ええっと…」

 そういえば、ここまで驚いて何だが、まだこの子の名前を知らないんだと気付いた。

 ケントもそれに気付いたのか、自分の名前を言う。

 「ボク、ケントだよ。ケント・リンデン。ケントって名前はオーブの言葉で『健やかなる人』っていう意味が込められているんだって。だけど、ボク、まだ『健やか』って漢字書けないけど…。」

 「そうなんだ。…じゃなくてっ。」

 なぜ彼はここにいるのだろうか!?

 昨日の話の様子では、クオンたちがこの子に自分たちの居場所を教えるはずがない。

 その答えはすぐにわかった。

 「私についてきたからだよ。」

 ひょっこりと中年の女性が顔を出した。 

 「メリル・シノ!?」

 彼女の登場に驚いたのはシグルドであった。

 「よう、放蕩息子。話に聞いた以上に元気じゃないの?」

 メリルと呼ばれた女性は部屋に入ってきた。

 「旦那がハウメア神殿に用事があるってことで、ここに来るまで代わりにあんたたちの様子を見てほしいって言われたのよ。シグルドのことだからベッドでじっとしていられないだろうし、脱走でもされたら困る、ね。やっぱり筋トレをしていたとは…。」

 「あっ、まあ…そうだな。」

 彼女の名はメリル・シノ・オクセン。

 ユゲイ・オクセンの妻であり、彼女もまたオーブ氏族の人間である。才知にあふれ精力的な彼女は、結婚後も氏族の伝統的な考えによる淑やかで内において夫を助ける妻というスタンスにとらわれず、ソーシャライト、フィランソロピストとして様々な慈善活動やNPO活動をしている。

 また、当時その異端の結婚と見られたがゆえに氏族の社交界で孤立していたネイにあえて接近し、友情を育んだ。その行動に対して保守的な氏族からは『歴史ある氏族の一員としての品位はないのか』とか『伝統を壊すつもりなのか』とか『私たちがよき友人を紹介してやろうか』等々、ほとんど根拠の悪口の批判を受けた。それに対してメリルは意に介さず、むしろ『ご安心ください。わたくし、自分より格下と思う者を差別し、身分や財力そして力のある者にへりくだるような卑屈な人間と付き合わないという氏族の教えをしかと守り、人と友誼を交わしておりますので…』と逆に一蹴した。

 彼女のその時の行動と言葉に対して、柔軟な氏族や革新的な氏族からは支持され、いつのまにかそういった氏族の夫人たちの勢力をまとめる立場にもなったりするのであった。

 そんな気勢の強い性格の彼女にはシグルドも頭が上がらなかった。

 「だけど…それで何でこの子がいるんだ?」

 「この子のお母さん、今日仕事なのよ。だけど、学校はお休みだから…それで帰ってくるまで面倒を見ることになったってわけ。」

 そして、ケントをぐいとシグルドに近づけさせた。

 「それじゃあ…私はちょっとここの院長と話をしてくるからこの子を見ていてね。」

 「はあっ!?」

 突然、メリルから言い渡されたことにシグルドは驚く。

 ちょっと待ってっ

 ユゲイから自分の様子を見てこいと言われたなら昨夜のことは聞いているはずだ。そして、ケントを危険から遠ざけるのにマキノたちがどれだけ骨を折ったのかも、だ。子どもを危険に巻き込むなんてメリルだって思うはずなのに…。

 「それじゃあケントくん、こういった空いた時間にすること…覚えているわね?」

 「学校の宿題があったら、まずそれを終わらせて…それから言われたことをして…それがなかったら遊んでいいっ。」

 ケントはそう答えると、背負っていたリュックを床に置いて中から学校のドリルを出す。

 「よしっ。じゃあ、よろしくね。」

 ケントが宿題を始めたのを見届けたメリルは、シグルドの反論の機会を与えるまえにそのまま部屋を出て行った。

 

 

 

 

 メリルが下の階に行って、小1時間ほど過ぎた。

 自分の手持ちの資料を整理していたレーベンが時計を見ると、時刻はすでに11時半を回っていた。

 ときに悩み、ときに閃いて宿題を進めていたケントも集中が切れかかってきたのか、こちらをちらちら見るが、それでもここで終わらせようと必死に進めている。

 自分たちがなぜここにいるのかと聞かれるのではないかとハラハラしたが、今のところ問題なさそうだとレーベンは安堵した。とはいえ彼を巻き込ませず、かつ納得させる答えを今の内に見つけなければいけなかった。

 シグルドはというと、ベッドの上で寝転がっていた。ただ起きてはいるようで時折ケントの様子をちらりと見たりしている。

 この部屋から黙って出て行くというつもりはなさそうだ。

 まあ、このまま脱走でもすれば、ケントも自分も行くと言い出してついていくであろう。それはシグルドの本意ではないはずだ。

 だからこそ、メリルはあえてケントをここに残していったのか…?

 あれこれ考えながらレーベンはふたたびケントの方へと見る。

 彼は宿題の最後の問題に取りかかっていた。

 その様子を見ながらレーベンは感心した。

 このぐらいの歳頃は見ている人間がいなければ、すぐにでも遊びに行きたいはずだ。いくらいいつけられたとはいえここまでできない。

 「もう終わるかい?」

 「うん、あとちょっと…。」

 やがて、計算ができたのかケントは答えを書く。

 「終わったよーっ。」

 そして、両手を上げめいっぱい喜びを表現した。

 「すごいねー。ちゃんと全部解いて。」

 答え合わせは明日提出するため、正解か不正解かわからないが、ざっとみたところ間違いはなさそうだ。

 ケントは嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。

 「ボクね、いっしょうけんめいに勉強して、学ぶんだ。そしたらね、お母さんのことをね、コーディネイターだからすごいじゃなくて、一生懸命ガンバっているからすごいんだって言えるようになるんだっ。」

 「…そうなんだ。」

 レーベンは一瞬、何か違和感があったがうなずく。

 ケントは「だけど…」とちょっと浮かない顔をする。

 「パソコンのキーはまだ人差し指でしか使えないから遅いんだ。お母さん、すごく速いのに…。これだけはムズかしいな。」

 やはりなにかおかしい。

 それを確かめるためレーベンはある質問をする。

 「お母さん、コーディネイターなんだよね?なら君も…?」

 コーディネイターじゃないの?と聞こうとしたところで、後ろのシグルドから「おいっ」と咎める声でそこから途切れた。

 しかし、ケントには質問の内容を理解したようだ。

 「ボク、ナチュラルだよ。」

 彼は率直に答えた。

 ケントが事もなげに振る舞っているのに対して、レーベンの頭の中は混乱していた。

 たしかコーディネイターの子どもは、親のコーディネイターの資質を受け継ぐことはできる。それが片方の親がナチュラルでも、だ。ゆえに、プラントでは『コーディネイターはナチュラルとは違う新たなる人類』という思想が広がっている。

 だけど、お母さんがコーディネイターであって、その子どものケントくんがナチュラルとは?

 するとレーベンの疑問に答えるようにケントはふたたび答えた。

 「ボク、『養子』だもん」

 「ああ、養子…そうなんだ。」

 「うん。ボクが赤ん坊のころにお母さんが引き取ったんだって。」

 たしかに血縁がなければそうなる。

 それで疑問は解消されたが、逆にレーベンは反応に困ってしまった。

 デリケートなことにふれてしまったのではないかとケントのことを心配するが、当のケントは暗いところも、触れられて嫌そうな様子もなく、話を続ける。

 「それでね、それでね~お母さんはね、みんなが気持ちよく暮らしていけるようにルールを決めたり、本当にそのルールでいいのかっていうのかチェックしたりするお仕事をしているんだ。」

 今度は母親の仕事について話をしているようだ。

 「それって…。」

 レーベンはすぐに推測でき、それを言おうとした矢先、

 「この子の母親は法務省に勤めているのじゃよ。ここ数年は、行政府に出向しておるじゃよ。」

 廊下からユゲイが顔をのぞかせた。

 「いや~遅くなってすまぬのぅ。年寄りの話は本当に長くて…なかなか抜け出せなかったわい。」

 部屋に入って来たユゲイはケントに顔を向けた。

 「さあケントくんや、メリルおばさんがそろそろで帰るようだから準備を始めなさい。」

 もともとメリルはユゲイの代わりにここにいるのだ。ユゲイがやって来た以上、もう用はない。

 「え~、もう帰るの?」

 一方、ようやくシグルドと遊べると思っていたケントは残念そうな顔をした。

 「ほれ、もうお昼の時間じゃぞ?それに、このあとメリルおばさんとハンバーグを作るのじゃろ?」

 「あー、そうだったっ!」

 ユゲイの言葉で、自分の好物をお母さんのために一緒に作るのだということを思い出したケントは声が明るくなった。

 「それとケントくん、いいかい。」

 ついでにユゲイはもう1つのことを言い聞かせる。

 「実は、このお兄ちゃんたちはある人から頼まれて悪い人達を追っていたのじゃよ。しかし、途中で彼らによって大怪我をしてしまって身動きが取れなくなってしまい、頼んだ人も連絡が取れなくてハラハラしていておってな…ケント君がお兄ちゃんたちを見つけたおかげでその人とも連絡がとれて、その人は助けてくれたケントくんのことを褒めて感謝しておったぞ。」

 「ほんとっ!?」

 その言葉にケントは嬉しそうな顔をする。

 「もちろん。それでお兄ちゃんたちは怪我が治るまでここで休んでいるんじゃ。」 

 「そうなんだ。」

 ケントはどうやらそれで納得したようであった。

 「しかし、また悪い人達がこのお兄ちゃんたちをやっつけに来るかわからん。だから、ケントくん…このことは誰にも話さないようにするのじゃぞ。それと、君のことを尾行してお兄ちゃんたちがいる場所を知ろうとするかもしれないからメリルおばさんと一緒の時しかここには来ないようにな。…約束できるかの?」

 「うん。お兄ちゃんたちにせっかくまた会えたのに寂しいけど、約束守るよっ。」

 ケントは素直にうなずいた。

 「お兄ちゃんたちのお仕事が終わったらワシから言っておくよ。」

 そして、ケントを下の階にいるメリルのところに送り届けた。

 ユゲイが部屋に戻って来るとシグルドは呆れまじりの声で言った。

 「ユゲイ…よくもああ話せるな。」

 「別に嘘はついとらんじゃろ?」

 「そうだが…。」

 たしかに話の本質は間違っていないし、これで夕方に来るマキノとクオンと鉢合わせすることはなさそうだ

 だが、なんか納得できないのはなぜだろうか?

 溜息をつくと、今度はレーベンの方を向いた。

 「それとなぁ…おまえ、本当にジャーナリストか?」

 「いや…もちろんそう名乗っているさ。けど…。」

 ケントの話のはじめの部分で違和感があったが、確証はなかった。

 「知っておるか、インテリジェンスというのはinter『行間』をlego『読む』から来ているのじゃぞ。」

 「ううう~。」

 ユゲイも追い打ちをかけるように言う。レーベンはぐうの音もでなかった。

 「ユゲイ、陰でこっそり立ち聞きしていただろ?どうして止めなかった?」

 「あの子の『養子』の話やコーディネイターやらナチュラルといった話は1年前にとりあえず1つの壁を越えたからのぅ~。」

 しかし、シグルドとユゲイのこの会話はレーベンの耳に届いていなかった。

 「だって知りたがるのが性分なんだよぉ~。」

 事実、興味深い話ではあった。

 今、世界ではナチュラルとコーディネイターが互いの陣営で争っている。

 親がナチュラルで子どもがコーディネイターであることも、色々と大変なのだ。しかし、親がナチュラル、コーディネイター関係なく、また子どももナチュラル、コーディネイター関係なく子を引き取れる、親になってくれる人がいるのだ。

 これもナチュラル、コーディネイター関係なく暮らしていけるオーブだからこそできることだろうか、と。

 

 

 

 

 ウィリアム・ミッタマイヤーは不機嫌だった。

 今日から数日、クオンが休暇でいない間、シキが書類仕事をサボって逃げ出さないようにまた仕事完遂のために見ていなければいけない。

 しかし、見事に初日からしてやられてしまった。

 彼のデスクには書類の山があるが、その椅子に座っているのは本来の主ではない人物が占拠していた。

 出勤してきて早々、この状況を目にしたウィリアムはその人物に詰め寄った。

 「おいっ、リャオピン!?なんでここにいるんだ!?シキは!?」

 その問いにリャオピンはぐったりとした声で答えた。

 「俺がこの席を立ったら、戻って来るってよ…。どうせクオンちゃんもいないことだし、のびのびと羽を伸ばしているんじゃね。」

 そして、そのまま机に突っ伏して寝てしまった。

 それならば、急いで起こさねばと何度もウィルは声をかけるが、リャオピンは全然起きない。

 そもそもなぜかオフィスに人がいない。

 確かに休暇とかシミュレーターやら訓練やら出ているが、あまりにも人がいない。

 「ああ…ハヤトはモルゲンレーテに行くって。」

 リャオピンはウィルの疑問に答えるように言うとふたたび寝た。

 いったい何なんだ…

 まあしかし、少しぐらいいいだろう。

 なんか具合悪いそうだし…

 と思いつつ、この男が具合悪いことがあるのかという疑念も半分あるが、ここは大目に見て彼が起きるのを待った…

ら、すでに数時間が経ってしまった。

 あまりにも長すぎる。

 「おいっ、いつまでいるんだよ?とうか、仕事は?サボりか?」

 ウィリアムはふたたびリャオピンに苛立ち混じりの声音で問い詰める。

当のリャオピンはウィルの声が聞こえるとだらりと顔を上げ、そばに置いてあったビニール袋から紙コップと茶葉パックなどを出した。そして、リャオピンは紙コップを前に出してお湯を入れてくれとせがむ。

 仕方なくウィルがポッドからお湯を入れてくると、

 様々な種類の茶葉パックの袋を開けて、それを茶こしの中で混ぜてから紙コップのお湯に入れる。

 「何だ、それ?」

 「ええと…グオ家代々伝わる二日酔いに利く気つけ薬ってじいちゃんが言っていた。」

 見た目は独特を通り過ぎて毒々しい色をするその飲料は絶対マズイであろうと想像したウィルは顔をしかめる。案の定、それを一気飲みしたリャオピンは舌を出し、苦々しい表情になった。

 「あ~マズっ。」

 二度とこんなものは飲むまいと空になったコップを勢いよくごみ箱に捨てた。

 「最悪だ…まだ頭がガンガンする…。」

 リャオピンは机に肘をつき、頭をおさえる。

 二日酔いと言う言葉を聞いたウィルは驚いた反応であった。

 「お前が二日酔いって…どんだけ飲んだんだよ?」

 ウィルはリャオピンが相当な酒飲みであることを知っているので、その彼が二日酔いでつぶれるなど信じられなかった。

 「いや~、昨夜声をかけた彼女が相当飲む人間でな~。俺と飲む前にすでに飲んでいたのに、俺以上飲んでいたぜ。まさか朝まで記憶がないっていうのは士官学校以来だっけなぁ~、はっはっはっ。」

 ウィルはその話を聞き、彼のトラブル遍歴を思い出し思わず身を乗り出した。

 「まさか…その彼女とよもや間違いなことは起こさなかったよな?」

 この男のトラブルにはさんざん巻き込まれている。

 「いや、それはないと思うぞ。俺、そのバーのあったホテルの廊下で寝ていたけど、そこの宿泊の予約とってないし、すぐにバーのマスターに訊いたら、その彼女が酔いつぶれた俺を 行ったっていうもんだ。第一、あれだ…感触(・・)はない。」

 「真っ昼間に下ネタ言うなよ。」

 「おまえが言わせたんだろ。」

 「というか、そんなに元気になったんだったら早く自分の職場に行けっ。また大目玉食らうぞっ。」

 「いや~、ここに来る前にメールで教導隊に行って報告書を受け取ってから出勤するって伝えてあるから時間が経っても平気さ。」

 ああ言えばこう言う。時に、無駄にできた論理で説得される。

 この男との言い合いで勝った記憶はない。

 だが、この男を退けさせなければ仕事が進まない。

 どうしたものかと思っていた矢先、オフィスの電話が鳴った。

 人がいないのでウィルが直接取った。

 「はい、第8教導部隊…ああ、ホ秘書官?」

 その名前が出た瞬間、リャオピンは椅子をひっくり返しかけるほど後ろへと後ずさりずっこけた。

 「ええ…いますよ。じゃあ、お伝えしておきます。」

 「チェヒからだって!?なんてっ!?」

 さっきまで余裕はどこへやら…デスクの陰に身を隠しながらウィルに訊く。

 散々迷惑をかけられたウィルはここぞとばかりに仕返しをする。

 「なんかイズカワ秘書官がカンカンに怒っている、と…なんかバーの高額な請求書が来たって…。」

 「ぎゃあっ。」

 リョオピンは大慌てで持ってきたものを片付け、椅子にかけていたスーツの上着を羽織った。

 「やべっ…俺の名刺、テーブルに残して行っちまったんだっ。」

リャオピンは大急ぎでオフィスを出て行った。

 「なんだったんだ…。」

 とウィルはただ見送るだけだったが、やがて大事なことを忘れていたことに気付き声を上げた。

 「しまったっ!二佐の居場所、聞くの忘れていたっ。」

 

 

 

 

 一方のシキはというと…マーカスとともに軍本部の屋上にいた。

 あまり人の来ないこの場所は密談するにはうってつけの場所であった。

 「俺がシグルドを匿っている…そう思っているということか?」

 シキからの問いにマーカスは苦笑した。

 「ええ。あなたがわざわざ見舞いに行くとはよほどのことがあってのことと思っておりまして…。」

 「だが、彼の見舞いはチェックがある。秘書官(・・・)を通して政府へと情報がいく。だからこそ、俺にシグルドを追う命令を下したのだろう。」

 「『灯台下暗し』、という言葉もあります。」

 追う立場にある人間が逃亡犯を匿っているというのは、たいてい考えに浮かんでこない。マーカスがそこをついてシグルドを匿っている可能性があるとシキは思ったのだ。

 すると、柔らかな風が2人の間を吹き抜ける。

 「いい風だ。」

 「はじめてこの国の陸に上がったときの風と同じだ。」

 懐かしむようにしばし風の名残りに浸った後、おもむろに口を開いた。

 「この国とて万事うまくいっているわけではない。だが、可能性(・・・)はある、選択(・・)ができる…だからこそ大事なのだ。」

 空を見上げていた顔をシキに向きなおし、そして問うた。

 「シキ、おまえはなぜ軍人になった?」

 それのみを言い残し、マーカスは去って行った。

 1人残されたシキにふたたび風が吹く。

 シキはその風の行き先に目を向け、眼下に広がる街が視界に入った。

 にぎわった街。

 俺が軍人になった理由…

 士官学校の時、他の候補生とそんな話をしたことがあった。

 国を守るため、

 身近な人たちを守りたい、

 自分を試したい、

 使命感や忠誠心、挑戦心…そんな高潔な理由など自分にはなかった。

 それは…ただ1つのことのためであった。

 シキは青々とした空を見上げ、追想する。

 ‐必ず…必ず、迎えに行くっ!‐

 どんどんと小さくなっていくその背中にシキは叫んだ。

 彼女(・・)が振り返らなくても、

 屈強な男たちに両脇を抱えられて引きずり出されようとも、

 大きな門でその道を阻まれても、

 14歳の、あの頃の自分は無力な子供だった。

 大人たちが決めたことに逆らい切ることができず、さりとてその手を取ってどこかで遠いところへ行くこともできなかった。

 なんと愚かで甘い幻想を抱いていたか。

 いつかは、大人になれば、名ばかりの親族に引き取られた彼女を取り戻すことができると信じ切っていた。

 そして見事にその幻想は打ち砕かれた。

 自分と彼女との間にはとても大きな壁があった。

 「名」と「出自」が大きくのしかかっていた。

 そして、決めた。

 それがたとえ歪んでいようともやり通す、と。

 約束を守るために。

 だから、この道(・・・)を選んだ。

 シキはしばし瞑目した後、ふたたび目を開き、澄みきった青空を瞳に映す。そして、携帯端末を取り出し、電話をかけた。

 「ウィル、私だ。」

 (二佐っ!?いったいどこにいるんですか!?)

 シキがなかなか戻ってこないことにイライラしているウィルは彼を問い質す。

 「そのことについて今はどうでもいい。」

 しかし、シキは彼の糾弾に取り繕う気はまったくなく、自分の用件を告げた。

 「すぐに、そして内密にホンドウ教官、もしくは教官の身内が関わった案件について探し出してくれ。」

 (え!?ホンドウ教官?どうして…?)

 ウィルは事情を聞く前にシキは電話を切って、次の場所へと向かった。

 

 

 

 

 夕方、マキノは仕事場からそのまますぐに支院にやって来た。

 はじめクオンと合流してから向かう予定であったが、彼女は寄っていくところがあるということで少し遅れてくることとなった。

 手にはノートパソコンとレジ袋を持っていた。袋の中には小腹を満たすために買った菓子や軽食類が入っていた。

 「なんだよ…サラミとかジャーキーとか肉系ないのかよ。」

 マキノがパソコンを立ち上げている最中、シグルドは袋をのぞき嘆息する。

 「それ、酒のつまみよ。」

 「じゃあ、せめて肉まん。」

 「冷めるからっ。第一、あなたのために買ってきたわけじゃないのっ。ケガ人はちゃんとしたもの食べなさいっ。」

 「おや、せんべいとかないのか?」

 今度はユゲイから不満の声が上がる。

 彼の手には急須と湯のみ茶碗を持っていた。ここでくつろぎながら話を聞く態勢に入っていたのだ。

 あなたたち、ここに集まっている目的を忘れてない?

 しかし、そんな文句を言っても、どちらも暖簾に腕押しであろう。

 ユゲイなんかは、あくまでも自分たちを繋ぐパイプ役だから話を聞くだけと言うだろう。現に部屋にいても少し離れたところにいる。

 マキノはそんな不満を思いつつこれ以上何も言う気もないので、その分をノートパソコンへの入力に注いだ。

 「これって何だい?」

 レーベンはコンピュータ画面に映る数字や文字の羅列を不思議そうに見る。

 「もちろん、あなたたちの手伝いよ。」

 マキノはさも当たり前だというように答える。

 「私の専門は情報分析…行政府の情報調査室には犯罪組織やテロ情報、各国・地域の情報が入って来る。それらを精査し、現在オーブに関連する情報を洗いだすのが仕事よ。これはそのデータベース。ここにアクセスできるようにあらかじめ設定しておいたの。」

 「あれ?それって…機密は?」

 彼女の話を聞きながらレーベンはふと疑問に思った。

 それに対し、マキノはにっこりと言った。

 「国家機密法?」

 「反対。」

 「じゃあ、文句ないでしょ。」

 バッサリと言い切られてしまった。

 「第一、情報の隠ぺいとか情報操作とか…そんなすぐにバレるようなことをしている暇があるならもっとちゃんと仕事をしてほしいって話よ。こっちとしては…。」

 それって君の立場上大丈夫なの?

 と、彼女の愚痴を聞きながら心配するが、そもそもそれを心配するのは自分の立場的にもおかしいのでは、という何がなんだかわからない論法となってしまうので、これ以上の追及はあきらめた。

 それに自分はあくまでもシグルドに巻き込まれた側としていたいため、あまり深く事件に関わらないというスタンスを決めたのだ。

 モヤっとした感覚は残ったままだが、ここはあえて言わないようにした。

 「遅くなってゴメン。」

 そうこうするうちにクオンがやって来た。

 「大丈夫よ。そこのケガ人が肉だとか言っているだけだから。」

 「そうだと思って…。」

 クオンはシグルドに袋を渡した。

 中には紙袋が入っており、それをあけると肉まんが数個入っていた。

 「クオン、最高っ。」

 それを見たシグルドはありがたく肉まんを頬張って食べ始めた。

 「1個1アースダラーね。」

 「金、とるのかよ!?」

 「ちょっと2人とも話していいかしら~?」

 準備ができたマキノはさっそく話を切り出す。

 「あんたから言われたギャバン・ワーラッハについてなんだけど…情報調査室(こっち)のデータベースでその名前があるか調べてみたわ。だけど、そんな名前、民間軍事会社にも傭兵にも犯罪者のデータベースにもなかったわ。」

 そもそもゾノの残骸を調査してもまったく手掛かりが出てこなかった男なのだ。これででてくればこっちだってこんなに苦労はしない。

 シグルドも予想した通りという表情で答えた。

 「俺が傭兵となった時、この男が関わっていそうな事件や紛争を調べたことがあった。だけど、出てこなかった。ある情報屋(・・・・・)もワーラッハは20年前から姿を現していないと言っていた。それに、去年地球に投下されたNジャマーでデータ通信ネットワークは一度ダメになったはずだ。それは政府や軍情報機関も例外じゃないだろう?」

 「ああ…あれねぇ~。」

 マキノはシグルドが何を言いたいのかわかった。

 『エイプリル・フール・クライシス』

 ユニウスセブンが地球軍の核ミサイルによって崩壊したのを受け、核の脅威を認識したプラントはその対抗手段としてNジャマーを開発した。その効果は核分裂を抑制することであるが、電波通信の妨害という副作用もあった。それゆえ、ザフトは自ら開発したMSが有利な状況、有視界戦闘へと持っていくため戦場で投入した。

 その後、核攻撃の報復として地球全土にNジャマーを撃ちこまれることとなった。

 それによってこれまで原子力発電エネルギーに頼っていた地球各国で深刻なエネルギー不足に陥り、また電波が阻害されたことによる通信障害によって混乱を極めたのであった。

 「Nジャマーの情報はあったのよ…。通信システムが使えなくなるって…一応の対応はしていたのよ。だけど、実際に起きてシステムダウンしたら、そんな備えなんて無意味なのよ~。で、まず市民生活に支障がないまでに復旧作業をして、それと並行して政府と軍の方の復旧とNジャマー下で使えるネットワークの再構築と失ったデータの再収集もして…あの時、何十時間の残業したんだろう…。」

 マキノはあの時の苦労を思い出し嫌な顔をした。そして、これ以上思い出したくないと話を切った。

 「とにかく…たしかに急を要していたから、そんな20年前から動きのない人物が載っていないのはあり得るわね。」

 とはいえ、手掛かりがないわけではないとシグルドは話を切り出す。

 「襲撃がある前、親父が何か隠しているような感じがあった。それがギャバン・ワーラッハであれば、そっちの方ですり抜けていって親父の元にいった何かに手掛かりがあるはずだ。」

 「リュウジョウ准将ねぇ…。たしか犯罪組織や武装組織のメンバーの情報を定期報告として提出しているからそこに姿が写っていたのかも…。」

 マキノはバエンに提出していた報告内容を探し出す。

 シグルドは彼女の言葉に少し引っかかりを感じたが、まずはマキノ を待った。

 「お待たせ。これらが、リュウジョウ准将に提出した報告よ。」

 マキノはパソコン画面をシグルドに向けて確認させる。

 現状、ギャバンの顔を知っているのはシグルドだけだ。

 シグルドはいくつかの映像を見て、やがて指さす。

 「これだ。」

 マキノが目を向け、その画像をアップにする。

 「こいつらと一緒に入国したのね…。」

 しかし、マキノの表情が晴れることはなかった。

 「だけど、こいつらおそらく…。」

 マキノはパソコンを操作し、画面を切り替える。

 「やっぱり。クオンが退治した沿岸部にいた武装集団よ。」

 マキノは溜息をつく。

 「この連中、いつ入国したとかまでは照合できたんだけど、どこに所属しているのか、全然データベースに出てこないのよね。おそらく民間軍事会社人間だろうけど…。」

 見つけるのは時間がかかるし、なにより安全保障会議で挙がった話だ。

 結局、振り出しに戻ってしまった。

 「少し…見方を変えてみないか。」

 するとシグルドは提案する。

 「この連中の行動…入国してなにもなかったのであれば、そのまま攻撃してもよかったはずだ。にも関わらず、不審船団と連携してまるで外から襲来したと見せるようにしている。こちらの目を逸らすという目的はあるだろうが…あんな挑発的な不審船団の行動じゃ、裏に何かあると読まれやすくなるじゃないか。」

 「そうね。だから教導隊(こっち)もあらかじめ準備をしていた。」

 シグルドの考えにクオンもうなずく。

 「そうだけど…。」

 マキノは思い悩んだ。

 たしかに、不審船団の行動にわざとらしさはあった。

 それはこっちが実戦不足であるからと侮っていた面もあったのでは、と思っていた。

 しかも、ギャバン・ワーラッハは過去に自分がこの国でしたことを覚えていれば必ず警戒されると思うはずだ。

 そうまでして何が狙いなのだろうか?

 「さらにおかしいのは装備だ。」

 シグルドはもう1つの不審な点をあげる。

 「連中が外から来たということは、装備類も外から持ってきたということになる。銃火器ならある程度できそうだが、モビルスーツなんてあんなバカでかいものどうやって秘密裏に持ってくる?」

 たしかに、人間の10倍以上のモビルスーツを収納するのにそれなりに大きなコンテナが必要になる。それを税関が見逃さないはずがない。

 そうなるとある1つの考えが浮かぶ。

 あんまり考えたくないことだが…

 「この国の内部に、協力者がいるってこと…?」

 「そうかもな。ギャバンが見つからないのもその連中が匿っている可能性もある。」

 マキノは背中がゾッと寒くなるのを感じた。

 モビルスーツなんて1歩間違えれば市街地に大きな被害が出てくるほどの代物だ。しかも民間人に被害が出ようともいっさいおかまいなしの武装勢力が、だ。それでも協力するというのは、ここがどれだけ被害が出ようとも自分たちの利益、目的にかなえば知ったことではないと自分勝手に考えている連中であるということだ。

 一刻も早く見つけなければならない。

 「だけど…どうする?」

 マキノは考え込む。

 「こういった密輸業者は警察や軍組織が厳しくマークしているはずよ。もし、彼らの知らない業者があるとしてもどうやって見つける?この業界で協力してくれそうな人なんているかしら?」

 すると、彼女の言葉にクオンとシグルドが同時に口を開いた。

 「心当たりが…。」

 「ないわけではない。」

 思いもよらないことにマキノは目を丸くして2人を交互に見る。

 もちろん2人とも示し合わせたわけではない。

 それぞれの考えのもとではあるのだ。

 しかし、2人はたぶん互いに同じ人物を思い描いたのだと思い、互いに顔を見合わせ苦笑した。

 

 

 

 

 「…ここ(・・)がそうなの?なんか、たいしたものが売ってなさそうね。」

 「まあ古物商だから…人によってガラクタって見えるかもしれないわね。」

 店の外観からマキノとクオンは以上感想を述べた。

 現在、彼女たちはとある店の前まで来ていた。

 片側2車線の幹線道路の脇に沿うようにある通り。とはいえ片側1車線で、歩道がちゃんと設けられておりそれなり車と人は行き交う。

 そんなところにシグルドとクオンがあげた「心当たりのある人物」は店を構えていた。

 「それで…このリサイクルショップを経営しているのがその人物で名前は『ジャック・エドワーズ』。」

 マキノはタブレットでこの店の営業許可証や登記の情報を見る。

 シグルドとクオンは挙げた人物の名前はこの男と同じであった。

 とはいえ、『ジャック・エドワーズ』なんてよく見かける名前だ。同姓同名の別の人物ということもある。さらに情報を見たところでは怪しいところは見受けられない。

 しかし、シグルドは同じ人物であると言い切った。

 確証はある、と。

 そのため、一度のその店に行ったことのあるクオンとともにやって来たのだ。

 「とにかく…入ってみるしかないってことね。」

 と、マキノは意気込んだもの店に入るのを踏みとどまっていた。

 不審に思ったクオンであるが、マキノは彼女へと向く。

 「これで…本当にいいのかしら?」

 突然、マキノは疑問を口にする。

 「なにが?」

 「シグルドのこと…。」

 彼女が話題に出したのは今朝のこと、そしてシグルドの行動についてであった。

 報告書ではシグルドはその事件の目撃者となっていた。

 とはいえ、事件が起きた場所はアスハの別荘の近くの海岸であり、リュウジョウの邸からは遠い。明け方に7歳の少年が偶然通ったというのは考えにくい。

 シグルドとミアカが親しい間柄であったのではないかと推測してしまう。

 で、あるならば、シグルドにとってギャバン・ワーラッハは大切な人物の命を失わせる原因を作った男だ。

 なにかしらの感情を抱いてもおかしくはない。

 「確かに協力するって決めたわ。だけど、彼がここまでやるのって個人的な復讐じゃないのかなぁって…私たち、それに付き合っちゃっていることになっていないかなぁって…。」

 彼女の懸念しているのはレーベンと同じことであった。

 「そりゃ…あたしはこれまで憎む思いをするほどの身内を失ったことがないから、簡単にそれはダメだって言うことはできないわよ。けど…だからといって、やり返すってそれが最善なのかって言われても…。」

 思い悩んでいるのかマキノの表情が曇る。

 おそらくこういったことについて答えは簡単に出ないであろう。

 もしかしたらずっと堂々巡りとなるかもしれない。

 しかし、時にはその時だけでも決断を迫られる。

 「…そうね。」

 クオンは彼女の様子を伺いながら、数年前もマキノはもしかしたらこのように悩んでいたのかと思った。

 復讐…それはかつてクオン自身も辿った道であった。

 憎い、許せない。

 その感情だけが生きる糧であった。

 名前と温かな場所をくれた大切な人を失った喪失と生きる意味を見いだせない地獄のなかで正気を保つためのただ1つの思いだった。

 自分に起きたすべてのことをその怨んだ人物にすべて負わせようとした。

 その道だけがすべてだと思っていた。

 だから見えていなかった。

 自分を心底案じていた人の思いも。自分を守るために過ちを犯そうとした人の思いも。

 そんな自分にシグルドは言い放った。

 「だけど彼、私に対してあの時、啖呵切ったのよ。『何もわからないくせにって言うが、俺はおまえの人生生きてないんだからわかるはずがないだろ』ってね。」

 「はあっ!?」

 初耳だとマキノは驚きの声を出す。

 「さらにこう続けて言われたわ。『じゃあ逆に聞くが、おまえは俺の何をわかっているんだ』って。」

 「はあっ!?」

 ふたたび、前よりもさらに驚きを増して声を上げる。

 「『他人のことをわかろうとする努力もしないくせに暗いところで1人うずくまって、すべてが悪いって当たり散らせば、どんな辛い事情があってもそれは結局のところただの身勝手な八つ当たりだ』と言われたわ。」

 「シグルド、そんなこと言ったの!?あいつ…その時、クオンのこと知っていたはずなのに…。」

 マキノはわなわなと震える。

 「なんて無遠慮の無神経な図々しい言葉なのっ。」

 そして最後に謙虚という意味からもっとも遠い言葉を並び立て言い切った。

 「まあ、つまりそんなこと言ったんだから、ご自分はしないってことねっ。」

 腹立たしく感じながら、マキノは要約する。

 「もし、それで個人的な復讐しようとしていたらクオン、殴っていいわよっ。というか、私も殴るわ。」

 さっきの思い悩んだ姿はどこへやら、今では何か変なことに意気込みを見せていた。

 「パーにする?グーで?それともアッパー?」

 「まあ…その時に任せるわ。」

 マキノの言葉にクオンは苦笑いを浮かべて答える。

 もうすっかり立ち直ったマキノを見ながら、ただ…と思うことはあった。

 シグルドがここまで拘るのは依頼だからとか、自分にとって因縁の相手が関わっているとか…それらが関係しているという。

 しかし、本当の理由は根っこの部分、彼の戦いの根本的なものではないかとクオンは思った。

 それがどういうものかは知らないが、傭兵としての依頼や因縁もそこから繋がっているのではないかというのが彼女の考えであった。

 しかし、あくまでそれは憶測であるから口には出さなかった。いや、出せなかった。

 翻って自分の戦いとは何かを考えてしまうからだ。

 先のように復讐がすべてだった。そのために銃を取った。

 その道を一旦止まっている中、では自分はなぜ銃を取っているのか?

 任務のためか、職務のためか

 それならば、なぜ今その2つの理由でないのにシグルドに協力しているのか?

 頼まれたからか?

 「クオン~、早く入るわよ~。」

 すでに気を取り直して店に入ろうとしていたマキノの呼びかけにクオンはそこで自問を打ち切った。

 どの道、考えても答えが見つけることのできないと問いである。

 クオンは今、目の前のことに意識を戻し、店へ向かい始めた。

 

 

 

 

 店の中に入ると、そこには所狭しと多くの物が無秩序に並ばれていた。

 「これって…店というよりもはや収集品置き場…。」

 マキノはげんなりとし、それでも店主に会うべく奥へと進んでいった。

 クオンも後に続く。

 「結構、いろいろな種類があるのね…。」

 途中、進みながらマキノは品々を目で見ていく。

 リサイクルショップというだけあって、衣類もあれば家具類もあり、さらに家電製品もあった。

 「マキノ、あれ。」

 ふとクオンは何かを見つけたのか、マキノを呼び止める。マキノはクオンが指した方を見ると、そこには 3つのスパナを、ねじらせ三角形を作ったマークの入った板が置かれていた。

 「ジャンク屋ギルドのマークじゃない。」

 ジャンク屋とは、文字通り廃品(ジャンク)回収業者のことである。

 スペースデブリなどのジャンクを回収や修理、再利用を生業とするジャンク屋であり、その生業が発展するのも宇宙開発が進んでいったこの時代のゆえであろう。

 しかし、地球連合とプラントの戦争が勃発し、彼らの主な活動拠点である宇宙空間が戦場となったことで彼らは自身の身を守る必要性が出てきた。また各国も、戦闘によって破壊された回収するべき物品も増大していった。

 その解決策として、とある活動家と有識者たちによってこれまで個人事業者であったジャンク屋を「組合(ギルド)」としての業界団体を作り上げたのだ。そして統一された業務規定やルール作りを国際条約として盛り込み、すべての国家が批准したのである。

 このマークは「組合」に所属するジャンク屋としての組合員という証とともに、各国から攻撃を受けず、また入国を拒否できないという目印である。

 「…いらないから売りましたってことないわよね。」

 そういった経緯とルールからそのロゴが簡単に売り出されるとは考えられない。

 ということは考えられることは1つ。

 ここの店の者がジャンク屋であることだ。

 しかしジャンク屋を営んでいるのは書類上ない。

 どうもシグルドたちの話の信ぴょう性が高まってきた。

 「いや~、いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」

 すると、彼女たちの来店に気付いたのか1人の男が店の奥からやってきた。

 「当店は、リサイクル店としてなんでも揃えております。趣味・実用と幅広く扱っておりますよ。」

 男はニコニコと完全に商売のための笑顔で応対する。

 「この人?」

 マキノは確認のためにクオンに訊いた。

 「ええ…そうよ。」

 クオンはうなずく。

 「けど…彼、覚えてないようね。」

 彼に会ったといってもあくまで自分は付いていっただけであり遠目であった。とはいえ、顔は合わせている。

 当の本人はいったい何の話なのかさっぱりわからないといった感じだ。

 「もしかして…二度目のご来店でしたか?」

 彼の頭はすでにこの店での営業のことのみしかないようだ。

 「それで…こちらに置かれている商品をお決めになったとか?それとも何かをお売りつもりですか?」

 「この人…間抜け(・・・)にもほどがあるわ。」

 さっさと本題に入りたいマキノが前に出た。

 「店長さん、彼女のこと見たことあるでしょ、別の店(・・・)で?」

 マキノの言葉にきょとんとしながらも男はクオンをじーっと見つめる。するとなにかに気付いたのか顔色を変えた。そして、半歩後ずさりしそのままクルッと半回転、彼女たちから逃れようと奥へ走りだそうとした。

 「確保―っ!」

 マキノの叫ぶ声と同時に、クオンが飛び出す。そして男が一歩踏み出すよりも早く首根っこを掴みそのまま押し倒す。と、同時に背中に飛び乗り腕を逆手にひねり上げる。

 「痛いっ、痛いっ!ちょっと待ってくれっ!」

 男は必死に抗弁する。

 「俺はちゃんと仕事したぞ。あんたら教導隊が表立って入手できないMSやその兵携行器はこっちでも性能を確認してしっかりしたものを渡したはずだ。なのに、何か文句があるんだったらシキ本人が来てちゃんと説明してくれって!」

 「あっら~残念ね~。今回、違う用事で来たのよ。」

 マキノがわざっとぽく言った後携帯端末を取り出した。

 「とりあえず…()に連絡入れるわね。」

 「えっ?なに、なに!?」

 腕をひねり上げられ、抑えつけられているため状況をまったく把握できない男に今度は画面越しから声をかけられる。

 (よう、キリ。儲かってるか?)

 「え、シグルドっ!?なんで!?」

 キリと呼ばれた男はその声に驚いた様子だった。

 やがてTV電話の画面をマキノは男に見えるように置いた。

 そして、男は画面越しに映るシグルドの姿を見た。

 (『ジャック・エドワーズ(富の守り手の男)』ってか。いかにもおまえらしい偽名だな。)

 「ははは…。」

 シグルドの再会を懐かしむのに対し、男は困惑の色を浮かべながら苦笑いする。

 そして、急にいきおいよく話し出す。

 「あっ、あの件(・・・)のことだろ?ほら、MSのパーツっ。それをおまえのところの知り合いのメカニックに転売したこと。あれはなぁ…そう、あれは先行投資っ。彼女、民間MSの工場を持つっていうのが将来設計だろ?だから今のうちにコネクションを作っとこうかなぁって…。」

 あらまあ~

 男の様子を見たマキノは呆れかえっていた。

 あえて聞かないようにしていたシグルドとクオンのこの男の接点…それをご本人から聞くことになるとは思わなかった。しかも、その内容はかなりまずいものも含まれている。

 それをあっさりと自らしゃべってくれたのだ。

 守秘義務もへったくれもなくない?

 マキノは苦笑いを浮かべ、クオンに顔を向ける。

 彼女はさぞかし不機嫌であろうと思ったからだ。

 しかし、彼女は確かに顔をしかめていたが、このキリという男に対しての怒りではなかった。

 「…なにか、臭う。」

 不審な顔で辺りを見渡す。

 「…臭う?」

 マキノは辺りを嗅ぐが、木製の家具やらの商品のにおいがするだけであった。

 「ちょっと待ってっ!ウチはちゃんと商品は新品同様に管理しているんだ。異臭なんてあるわけないだろう。」

 キリも自分の扱っている商品のことを言われたのかを思っているようで心外そうな顔をしているだけであった。

 ここの所有者でさえわからなかったが、クオンはとっさに立ちあがり、そしてキリも立たせた。

 「早く、外にっ。」

 そして、もう片方の手でマキノに外に出るよう促した。

 マキノは戸惑いながらもクオンの言葉に従い、急いで外へと出る。

 「ちょっとお客さんっ!?ってか、痛いっ!」

 キリはいまだに納得していなかったが、クオンに無理やり引っ張られる形で外へと釣れ出される。

 やがて3人が店へ出たその時。

 「伏せてっ!」

 クオンの言葉と同時に前のめりに地面に着く瞬間、

 背後からドカーンっという爆音が轟く。

 先ほどまで自分たちがいた店が中から爆発したのであった。

 

 

 

 

 「…ていうことで匿ってください。」

 宿泊所のシグルドが使っている部屋では、リサイクルショップの店長キリ・イリカイ

は正座をし、両手を前で合わせて頼み込んでいた。

 「マキノ、どうしてここに連れてきたんだよ?」

 面倒事が増えたのではないかと煩わしそうに訊くが、対するマキノも嫌そうな顔で答えた。

 「しょうがないじゃない。事情聴取終わって、さあ戻ろうってした瞬間、むりやり車に乗り込んだのよ、こいつ。追い出そうとしたんだけど、警察署の前で手荒なことして大事(おおごと)にしたくなかったから。それにこんな奴のために傷害罪で捕まりたくない。」

 互いに不本意な成り行きであった。

 しかし、キリは違う。

 彼は真剣に主張する。

 「だってよ~、警察はガス漏れ事故って言ったんだぜ。店の奥の給湯室のガス管の老朽化が原因だって。だが、俺は普段ちゃんと設備は点検している。あれは絶対に俺を殺すために誰かが細工したんだ。」

 そして、ふたたびシグルドに頭を下げた。

 「だからノコノコと顔を出したらまた殺されるかもしれないだろ?だから、匿わせてくれよ~。頼むよ~。なあ、友だちだろ?」

 「ねえ、ガス漏れ事故を装って人を殺すことできるの?」

 マキノは彼らの話を聞きながらクオンにこっそり訊いた。

 「ええ。やろうと思えばできるわ。」

 それに対し、クオンも小さな声でうなずいた。

 「匿うっていっても俺も匿われている身なんだがなぁ…。」

 シグルドは自分1人では判断できないとばかりに溜息をつく。

 「それにここも俺やレーベンという面倒事を抱えて、さらにもう1つ面倒事背負うのは嫌だろうし…。」

 「おいおい見捨てないでくれよ~。お前たちの頼み事はちゃんと聞くから~。」

 キリは必死にしがみつく。

 その様子を見たシグルドは一度マキノたちをちらりと目配せた後、「じゃあ」と提案する。

 「お前のところの店の客の名簿と帳簿を見せてくれないか?匿うっていってもお前の命を狙ったヤツが誰だかわからないし…手掛かりぐらい見つけられるだろ?」

 それが見ることができれば、こちらの目的を果たせる。

 店の爆発事故やらコイツがここに押しかけてきたとかトラブルはあったが、そもそも 知りたくて来たのだ。シグルドは彼を匿うという名目の下で取引をしたのだった。

 「えっ!?」

 しかし、キリは困った顔を浮かべた。

 「だけど…それ、仕事の守秘義務に反するからな。こういう商売って信用ないとやっていけないだろ?その代わり、心当たりがあるからそいつらを調べた方がいいって。」

 「…なんて言い草なの。」

 キリの言葉にマキノは呆れかえった。

 というか、この男には呆れっぱなしな気がする。

 さきほど自分たちが店に来たとき、あれだけベラベラとしゃべっておきながら、話さないつもりだ。

 すると事の成り行きを見ていたクオンがキリの側へとやって来た。

 そして、いきなり彼女はナイフを取り出し、キリの首筋に当てた。

 「ヒャっ!?」

 キリはあまりにも唐突さに悲鳴じみた声を出す。

 「まっ、まっ、まっ、待ってくれっ。脅すことないだろ!?」

 「二佐から、あなたとしている取引が外部に漏れた場合、あなたを始末しろ(・・・・)と命じられているの。」

 「えっ、えー!?嘘だろっ!?」

 クオンの言葉に命の危険を感じたキリは必死に弁明する。

 「かっ、勘違いしたんだっ。だってそこの姉ちゃんがあんたに見覚えあるかって聞くから…シキと関係あるって思うじゃんっ。」

 しかし、クオンは持っているナイフを引かず、冷徹に言い放つ。

 「それについては、二佐との間で取り決めはされているはずよ。私はただ、命令(・・)遂行(・・)するだけよ。」

 そして、首に当てたナイフをぐっと押す。薄い皮膚が少し裂けたのか、血が出てきた。

 「あっ…いや…。」

 キリは青ざめた顔でクオンも見ると、彼女の目はギラリとひかり、まるで獲物を狩る獣のごとく、キリを捉えていた。

 「じゃっ。じゃあ、これでどうだっ。シグルドの提案を受け入れる。名簿と帳簿を見せるさっ。それでチャラにしてくれませんっ。ほんとうにお願いします。」

 ナイフによって体は動かせないが、もし動ければ勢いよく土下座するぐらいの懇願であった。

 キリの言葉を聞いたクオンは、それで満足を得たとナイフを首筋から話した。

 解放されたキリは大きく息を吐いた。あまりにも恐ろしかったのか体中汗が噴き出していた。それに対し、クオンは平然としていた。

 「これで、いいでしょ?」

 「まあ…たしかにこれで見ることができるが…。」

 シグルドもマキノもこれがあくまで演技であることはわかっていた。

 少々やりすぎかと思いつつ、まあキリであればこれぐらいしてもいいだろうとそのまま黙っていたのであった。

 

 

 

 

 「これが俺の商売(・・)の帳簿だ。」

 キリはUSBメモリーを取り出した。

 マキノはそれを受け取ると、自分のノートパソコンに差し込んでデータを読み込む。

 パソコンには次々と依頼主や取引相手、金銭の授受等が映し出される。

 「確かに…本物だな。」

 シグルドは日付と取引相手にフィオの名前を見つけて確認した。

 「ほんとうにリサイクル業とか運搬業とかジャンク屋という名目のもとでいろんな商売しているわね。」

 マキノはまたまた呆れ混じりに言う。

 彼女が目にいったのは客よりも商売の内容だった。

 ジャンク屋としてヘリオポリス崩壊によって発生したデブリ等を回収し、特に日用品類は持ち主が望めば返還するなどまっとうな商売しているかと思えば、その際の戦闘で打ち捨てられた機動兵器やその武器の残存弾丸などは、傭兵や企業などに売ったりしている。

 まあ、これでシキたち教導部隊はシミュレートのための機動兵器を手にすることができたのであるが…

 それぞれ目を通していくと、やがてシグルドは何かに気付いたのが思わず画面に顔を近づけた。

 「おい、キリ。この数週間前の客…。」

 彼は画面を指さしてキリに問い質す。

 「サラ・ホンドウって…なぜだ?」

 シグルドの顔にはにわかに信じられないという表情であった。

 「いや…だって本人(・・)が来たからだよ。」

 他に答えなどあるはずないという風にキリは答える。

 しかし、シグルドは納得してなかった。

 「なぜ彼女が?おまえのところに!?しかも…依頼は銃火器の輸送?いったい…。」

 「シグルド…その人、知っているの?」

 レーベンは不思議そうに訊いた。

 シグルドは彼の問いに、困惑の表情を浮かべながら答える。

 「教官の娘さんで…俺の部隊(チーム)の仲間だった。」

 さらに続ける。

 「俺が軍を辞めて、オーブを出た後も両用偵察部隊に所属していたはずだ。」

 「両用偵察部隊?」

 「本土防衛軍の特殊部隊だ。その名の通り、沿岸や離島の偵察や対テロ作戦などを主任務にしているんだ。」

 「あの…ちょっといいかな?」

 すると、マキノが話に割って入って来た。

 「彼女、いまは両用偵察部隊にいないわ。」

 「はあ!?」

 「というか…そもそも軍にもいない。不品行除隊よ。」

 その言葉にシグルドは眉をひそめた。

 マキノは言いにくそうに話を続ける。

 「ヘリオポリスの一件があって、軍の中で内部調査が行われたの。そしたら、部隊内の武器の横流しがあったことが表に出て、さらに捜査した結果、彼女が行ったと判明したのよ。」

 「そんなバカなことがあるか!?」

 シグルドは一蹴するが、マキノがサラの個人情報を出し、その経歴書に不品行除隊という赤いハンコが押されているのが目から離せなかった。

 本当にこんなことするのか?

 シグルドは彼女が部隊に入って来たときのことを、その後のこともはっきりと覚えている。彼女の任務に対する態度も部隊にも真面目で忠実だったのだ。

 「私はその当事者じゃないから詳しいことはわからないけど、結構大変だったらしいわ。なにせ彼女の所属していた部隊(チーム)隊長(リーダー)はイムだったから…彼、すごい剣幕だったって聞いているわ。」

 「イムって…アレックスのことか?アレックス・T・イム。」

 キリは意外といった表情であった。

 「あいつなら問題ないだろ。オーブの市民権を得ているし…なにより経験(・・)は豊かだ。そう、経験豊か…。」

 シグルドはそうつぶやくと何かを考え込む。

 「それで、そのサラ・ホンドウからの依頼の輸送…誰宛なの?」

 マキノは届け先が記入されていないことを訝しみ訊く。

 「ああ。実はその届け出先の場所…トランクルームでな、依頼人から指定された番号の所にいれておいてくれって言われたんだ。まあ、こういうことはあるし、その場合は料金前払いだからあまり気にしてないが…。」

 マキノはさっそく自分のパソコンでその場所を調べる。

 「残念…ここの業者ずさんだわ。この番号の持ち主偽名だし、防犯カメラを作動していない。」

 もしかしたらこの者たちがと思ったが、ここで行き止まりとなってしまった。

 「ああ、ただ…。」

 キリは帳簿のある個所を指さす。

 「その後、彼女の紹介だって言ってやってヤマダって名乗る男がいて、ある物の調達してそのトランクルームに運んでくれという依頼を受けたんだ。」

 「ああ、これね。」

 マキノはもう1つのパソコンでその男を調べながら、品のリストへと目を向ける。

 「届けるのは…洗濯洗剤?」

 他にはサビ取り剤とかなにか清掃に使いそうな洗剤ばかり…

 マキノはその中身に不審がる。なにせそんなもの、そこら辺のスーパーで買える品だ。それわざわざ裏で買うということは別の理由があるはずだ。その理由はただ1つ。

 「…爆弾を作るってこと?」

 「かもな。俺も一応、そういうのに詳しい人間から聞いた。」

 話を聞き終えたマキノは眉をひそめた。

 「この人たち…この国でテロを起こす気?」

 「さあな…。俺もさテロを手伝ったってことで捕まりたくないから、依頼品の各々の化学物質がちょっと違う製品を混ぜて調達したんだ。んで、今度は別の件で取引したいって話があったんだが…店が爆破されてしまって…。」

 キリはここぞとばかり力を込めて言う。

 「だから、きっと店の爆破は連中の仕業と俺は思うんだ。爆弾の材料が違ったから。だがな、そこに綿密な原材料とか指定されていないから俺は何も契約違反はしていないぞっ。」

 自分はなにも過失がないと言い張る。

 「いや…もう1週間の話よ。仕返ししたいならもうとっくにしているはずよ。」

 マキノは溜息をつく。

 しかし内心ではどうしたものかと困り果てていた。

 どうもこの帳簿にはギャバンの姿どころか影の形すらもない。

 手掛かりは結局なかった。

 と言いたいところだが、今度はこの国でテロが起きるのではいかと推測できそうなものがでてきた。

 それも放っておくこともできない。

 しかし、今は自分の管轄外だ。

 どうしたものかとマキノは悩んだ。

 「マキノ、そいつを追いかけるぞ。」 

 するとマキノの心中を察したように、これまで考え込んでいたシグルドが言う。

 「それって…サラ・ホンドウと関係している?」

 マキノは訊く。

 「両用偵察部隊だぞ?知っているだろ?両用偵察部隊のモットーは『我らが平和の最後の砦』。国防軍が出てきて武力衝突すればもうそれは戦争状態だ。その部隊はただ戦闘能力が高いだけじゃない。銃を使わないで解決する知恵も必要なところだ。そこに在籍しておいて軍事国家を目指せとか言うのは、現場を経験していないか、よほどの能天気ぐらいだ。だが、サラはそのどちらにも当てはまる部類の人間じゃない。」

 しかし、マキノはそれ頷くことは出来なかった。シグルドもそれでは説得力がないことを承知しているのか重ねて言う。

 「もう1つ上げるとしたら、襲撃事件からまだ日も経っていないなかでテロの準備がされている、そんな偶然っていうのは出来過ぎ(・・・・)だと思うが…。」

 「確かに…それはあるかもしれないわ。」

 そこでマキノが頷いたのは、もう1つのパソコンで検索をかけて出た結果を見てのことだった。

 「ヤマダって男、調べたら彼も不行跡で除隊させられているわ。不品行除隊のサラ・ホンドウと不行跡除隊の2人がどこで関わりがあるのを、防犯カメラの過去の映像で顔認証かけて追跡したら2人ともある男と会っているの。」

 マキノはその画面をシグルドたちに見せる。

 「男の名前は、タダヨシ・カムロ。危険人物ってわけじゃないけど、私たちは注意人物として彼をマークしているの。」

 「知らない名だな。一体、何者なんだ?」

 シグルドは聞いたことがない名前に訊く。

 「元・国防陸軍の尉官だった男よ。なんだけど、その、まあ…。」

 マキノは途端に歯切れが悪くなった。不審に思ったシグルドであったが、彼女は彼の顔を見ると話すしかないと腹を決め、続けて言った。

 「なんというか、彼、軍にいた頃からまあ主張が凄まじいというか…。オブラートに包んで言うと、ロンド様こそ国を憂う真の愛国者だとか改革者だとか言って、この国をもっと積極的に戦争に参加して軍事大国にしようと言っているの。アスハを支持する人間をアレやコレたと言ったり…彼が提案としている政策というものが軍事費を上げるためにほにょほにょだったり…。」

 「オブラートというか、随分ぼかしていない?」

 彼女が言った主張が凄まじいというのは、そのアレとかコレとかほにょほにょの部分だが…

 レーベンは気になって仕方なかった。

 それに対してマキノは反論する。

 「だって、私だってその部分をどストレートに言いたくないわよ。聞いたというか見ただけでものすごく嫌な気分になるし…。つまり、ものすごい差別表現が含まれているのっ。差別的な考えなのっ。それに、言おうとするとそこの人がものすごく怖い気がしたのっ。」

 マキノが指したのはシグルドであった。

 確かに見ると、彼は顔をしかめていた。というか、怒り爆発一歩手前というか…。

 「とにかくその部分が気になるのなら、彼のサイトや匿名のそういったものを見てっ。私が言いたいのは彼が除隊した後のこと。彼は警備会社を設立したのよ。けど実態は…。」

 「民間軍事会社か。」

 「さすがシグルド、同業者だからすぐにわかった?けど、この国では銃刀法や刑法で外国に対しての私的戦闘は禁止されているからそれで1回逮捕されたわ。だけど、それを使ったのも初めてだし、実際どうしたかった不明だったから不起訴になったわけ。」

 「あれ?シグルド…。」

 オーブでそんなことが禁止されていると聞いたレーベンは思わずシグルドを見た。

 「だから、俺は素性を隠したんだろうがっ。おまえたちは俺の事を面白おかしく詮索するが、中立国っていうのナイーブなんだよ。そういった面では。」

 なるほど、とレーベンは合点がいった。

 「ったく、なんだよこれは…。バカは世界どこにでもいるが…。」

 シグルドは頭を抱えるように呻いたあと、ユゲイに顔を向ける。

 「なあユゲイ、これはどうなっている(・・・・・・・)だ!?」

 彼が指摘している意図を理解したユゲイは肩をすくめた。 

 「それ(・・)に関してはいくらワシとて無理な話だ。ウズミも、な。世の中にはいろいろな考え方の者がいるのだから。」

 彼の言葉に説得力はあるが、納得できないシグルドは苦虫を噛み潰したように顔をそむけた。

 「だけど…それでなんでテロを起こすのさ?」

 レーベンは訝しむ。

 「まだわからないけど…彼が支持しているサハク派はヘリオポリスで失った実権を取り戻そうと躍起になっているわ。実際、シグルドに機密漏えいの容疑をかけたのもサハクの息のかかった連中よ。カムロもそれを狙っているのかも。テロが起きて、その対応を遅れればその時の政権に非難がいく。さらにそれを自分たちで鎮圧できれば支持が得られる。つまりマッチポンプってことね。」

 「まったく…最悪だ。」

 シグルドは顔をしかめる。

 「こんなんテロじゃねえ。自分の思い通りにならないからって駄々をこねて周りに当たり散らすガキと同じだ。それが図体だけデカくなってやる身勝手な暴力だ。」

 「別にどう呼ぼうが勝手だけど…。」

 マキノも不快な表情であった。

 「こっちとしては無関係な民間人に被害が出るって以上、とにかく阻止しなくちゃいけないのよ。」

 シグルドはさらに苛立たし気に吐き捨てる。

 「まったく…何なんだ。そもそもロンドって誰だ!?」

 「ええっ!?うそでしょ、シグルドっ!?」

 シグルドの言葉にマキノは驚く。

 「あなた、この国に来て会ったでしょっ!?すぐ!?」

 「この国に来て…?」

 シグルドは記憶を辿る。

 まず、モルゲンレーテの技術主任であるエリカ・シモンズに会った。そして彼女から会ってほしいという人物がいるといわれて連れて行かれた。

 「ああ…そいつか。」

 「シグルド…知らないで会っていたの?」

 レーベンも驚いて訊く。

 そもそも、モビルスーツのパーツの取引はシグルドが話を持ちだしたからじゃないのか?

 彼がその人物を知らないとはどうやって説得したのか?

 「いや、まあ…ヘリオポリスの一件は、こっちのメンバーも関わっていたから一応バックグラウンドの情報はある程度入っていた。だからサハク派の人間だろうなぁとは思っていたが…。ほら俺、偉そうにふんずり返って椅子に座っている人間って嫌いだからな。」

 マキノは頭を抱える。

 「あんたに容疑がかけられたのって別の理由(・・・・)な気がしてきた。」

 「はあ?どういう意味だ?」

 「いえ…いいわ。」

 シグルドはわけがわからず聞くが、マキノはそれには答えなかった。

 言ってもいいのだが、その理由を聞けば、バカバカしいと一蹴するに違いない。そうなるとさらに面倒なので言うのをやめた。

 「それよりも、こっちの方を考えてよ。」

 マキノは脱線しかかった話に戻す。

 「どうやってこいつらがテロを起こすかとか、狙いはどこかなんてまだわかっていないんだからね。」

 情報調査室にあげることもできるが、それでは時間がかかるし、なにより情報元を明らかにしなければならない。

 「キリ、その金の支払いとかはいつの予定だったんだ?」

 シグルドはキリに訊く。

 「明日の朝、指定場所で会うことになっていたんだ。トランクルームに届けたことを伝えると同時に、な。連中はそれを確かめてから金を払うって話だったが、店が爆破されて、な。」

 キリはまた自分の店の件は連中であると主張する。

 調達するのに金を使ったのだから、その支払いがないことで損失したことを根に持っているようであった。

 「明日かぁ…。」

 シグルドはキリの無用の心配をよそに別の事を考える。

 さっきマキノが言ったように、キリが来られなくなったら爆弾の材料は手に入らないはずだ。店の爆破は連中であるとキリは主張するが、それなら材料を確認した後でもいいはずだ。

 なら、店の爆破は彼らの仕業ではないということか?

 「なあ、その商談を続けられないか?」

 キリが彼らと接触すれば、なにか情報を得られるかもしれない。

 「嫌だ。俺は行きたくないっ。」

 しかし、キリは反対した。

 「もし、店の爆破が連中だったら、俺がノコノコと顔をだしたら今度こそ殺されるじゃないかっ!?」

 「そんなこと言われてもねぇ…。あなたの主張が本当なら、その場所に連中は来ないかもしれないけど、もし別の人間の仕業だったら、それこそ連中、アンタを殺しにくまなく探しに来るんじゃない?」

 マキノは彼を脅かすように言う。

 なにがなんでもキリに頷いてくれなければ、彼らを追えないからだ。

 「それでも嫌だ。あんな恐ろしいのはコリゴリだっ。いいか、命は1つしかないんだ。金で買えないんだぞ。」

 だが、キリは頑なに断る。

 なんかいいことを言っている気がするが、場とタイミングのせいか全然響かない。

 「行くんだったら、誰か代理として行ってくれっ。」

 「誰かって言われてもねぇ…。」

 マキノは困った顔をする。

 こちらの職務の言い方をすれば潜入ということになる。

 しかし、そういった潜入するには、その人物の経歴をそれらしく偽造したりしなければいけない。

 「そういう用意って結構、時間かかるのよ。」

 とても明日までにできそうにないことだ。

 「いや、そうでもないぞ。」

 すると、それまで黙って様子を見ていたユゲイが入って来た。

 これまで話に参加しなかったからうっかり忘れていたが、夕方からずっといたのだ。

 「誰か適任がいるんですか?」

 マキノは不思議そうに訊く。

 今から彼の伝手で探すのだろうか?しかし、何も知らない他人を頼るのは危険ではないか?

 そう思っていたが、ユゲイから出たのは意外な言葉であった。

 「もうここに、本物(・・)がいるじゃろう?」

 そして、いつものごとく腹で何か企んでいる好々爺の笑みを浮かべた。

 

 

 




あとがき
今回分割するか否か直前まで悩んだのであとがきに書くネタはありません。
挙げるとしたら、ガンダムの最新作がやるっていうんだけど
テレビ放映じゃないんですよね…
配信ってなにが不便って、気がついたら期間過ぎていたり、
配信日を忘れたりってことですよね(泣)
そんな愚痴で終わらせてしまったよ…(汗)



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PHASE-54 光り輝く天球・漆 ‐遠い記憶・後編‐

なかなか予定通りには進まない…
どうしたものか…
むむむ…


 夕餉を終えたバエンは縁側でくつろいでいた。

 謹慎処分を受けた身であるため特に何かすることはなく、本を読んだり家の雑事をしたりと1日を過ごしている。

 たまにはこういうのもいいだろう。

 バエンはゆっくりと柱にもたれ庭を眺める。

 リュウジョウの邸は五大氏族やそれに次ぐセイラン家などに比べ敷地は広くはない。造りはリュウジョウ家のルーツからの琉球建築と侍屋敷を混ぜたものと実用的な方に重きを置いてある。

 もうこの家には自分と妻以外には住み込みで働いている老夫婦しかいない。

 わざわざ大きくすることもない。

 趣あるものといえば、曽祖父の趣味で簡略化した日本庭園があるぐらいだ。

 石場のそばにある人工池にはかつて鯉などがいたが、今ではたった1匹のゆったりとした生き物の棲み処となっている。

 ぼんやりとしていると、ふと隣から声をかけられる。

 「なにかございましたか?」

 バエンがそちらに顔を向けると、妻のネイが座りお盆に載っていたお皿をこちらに差し出す。

 「メリルさんからのもらいものです。」

 そこには二つに切ったパッションフルーツが置かれていた。

 「そうか…もうそろそろ、その時期か。」

 バエンは添えられたスプーンでその黄色い中身を食べる。

 パッションフルーツは主に熱帯や亜熱帯で栽培される果物である。

 だいだい4月末から収穫が始まり、旬は8月ごろである。

 果物そのままで食べると酸味で敬遠されがちだが、皮の表面に皺が出れば甘くて美味しい。

 とはいえ、いまはまだ4月末なのだが…。

 「メリルさんは、バエンさんが酸味のある方が好みだとご存知なので…。」

 なのでメリルは自分の近所の菜園で収穫が始まったばかりのパッションフルーツをネイに届けたのだ。

 曰く、自分の旦那はもっと甘い方がいいとうるさくて仕方がないとのことだ。

 「では、ありがたくいただこう。」

 そう言い、食べ終えた片方をさらに載せ、もう片方へと手を伸ばした。

 そのタイミングでネイは重ねて訊いた。

 「シグルドさんのことを考えておりましたか?」

 その言葉にバエンは思わず心臓がドキリとし、思わず手を止めた。

 彼女にはまだシグルドがオーブに帰ってきているとは伝えていない。

 まさかメリルか!?

 彼女は耳が早いことでも有名だ。

 なにせ彼女は活動域が広いがゆえ、その人脈も幅広い。

 シグルドの情報もそこから仕入れ、ネイに話したのか?

 ということは自分が知っているのに何も話していないということもバレてしまう。

 だが、その心配はすぐに無用のものとなる。

 「あの子が出てもう数年となります。どこで何しているのか…便りがないのが良い便りと言いますが、やはり()としては心配ですからね。」

 彼女の話ぶりからシグルドが帰って来ていることを知らないことが窺える。

 「まあ…な。」

 ほっと安心しつつ、しかし、彼女に内密にするのもどこか少しの罪悪感を覚える。

 先の言葉通り、彼女は親として本当にシグルドのことを心配しているのだ。

 バエンはさきほどの動揺をなるだけ隠すように平静を装って答える。

 「とはいえ、あいつが決めたことだ。今までこっち身勝手に付き合ってくれたんだからもう十分だろう。」

 そう、もう20年も時が経つのだ…シグルドとリュウジョウ家の養子にした時から。

 あの時のことを思えば、シグルドにもネイにも本当に申し訳ない事をしたのだ。

 なにせ、その時2人の気持ちなど斟酌せず勝手に決めたのだから。

 「…守りたかったんでしょう、バエンさんは。シグルドさんも私も…。」

 ネイはバエンの心情を察して静かに言う。

 守りたかったか…

 バエンは当時のことを追想した。

 20年前、バエンはスカンジナビア王国のオーブ大使館の駐在武官として派遣されていた。

 当時、かの国は政治的混乱を極めていた。

 大使館では在住のオーブ国民や企業の保護に力を尽くしていた。

 その時、大使館内に1人のスカンジナビア国民が入ってきた。

 それがシグルドだ。

 彼は母親が逮捕されてしまい、その釈放のために祖父ともに首都にやってきたのだ。

 祖父はこの先、自分たちの身がどうなるか理解していた。

 ゆえに古い友人の伝手を使って大使館を訪れ、そのままシグルドを置いていったのだ。

 もちろん、スカンジナビア政府からシグルドの身柄の引き渡しの要求が来た。

 オーブは友好国として、また中立の立場から彼の亡命を認めることはできなかった。

 しかし、このまま政府の要求に応じれば、彼がどうなるか…命が危ないということは大使館全員が理解していた。

 悩んだ末、考えついたのがシグルドを自分の養子とするということだった。

 自分の養子となれば、シグルドはオーブ国民となる。

 それによって彼を保護することができたのだ。

 また、この養子にするということはシグルドを守るのと同時にオーブ本国にいるネイを守ることでもあった。

 当時では珍しい氏族と一般市民との身分差婚であると同時に彼女のルーツのため、ネイはリュウジョウ家内からも他の氏族からも当たりが強かった。彼女を乏しめる言葉や陰口が日常茶飯事だった。

 それに対して、メリルはネイの前に立ち、『何か言いたいことがあるのなら、言ってみなさい。私、聞いてあげるから。コソコソ言っているなんて品性のない人たちね』と堂々と面と向かって言って、彼女を庇い追っ払っていた。

 もちろんバエンもできる限り彼女を守ろうとした。

 しかし、それですべて防ぎきれるものではなかった。

 さらに拍車をかけたのが、彼女が流産し子どもを産めない体であると知った時だ。

 彼女に対して何の慰みの言葉もかけず、第一声が『跡継ぎ産めないのであれば離婚しろ』だ。

 よくそんなひどい言葉を言えるものだとバエンは親族のその態度を不愉快に感じた。

 そして、悩んだ。

 彼らの心無い言葉で彼女をこれ以上傷つけたくなく離婚という選択も考えた。しかし、もし離婚すればネイはオーブにいれなくなる。

 だからこそ離婚はできなかった。

 だが、このままで親族たちに無理やりにでも離婚させられてしまう。

 そこで自分が連れてきたシグルドを彼女が育てるということにして周りを黙らせた。

 守りたかった。

 確かにその思いはあったが、しかしその行動の奥底には考えは巡らせていたし、彼らの気持ちを置き去りにして勝手に決めてしまった。

 今でこそ、ネイとシグルドは良好な関係ではあるが、一歩間違えれば取り返しのつかない歪んだものとなっていたかもしれない。

 しかしそのことを言っても、ネイは自分を批判しないであろう。

 そのことを含めたすべての選択の先に私たちがいる。

 そう言っても、ただ微笑むだけであろう。

 ちなみに彼女の友人、メリルはそれらの事情を知り、ネイの性格を知っているため、ネイと自分の夫婦関係の話が出れば、「まったく…ほんといい奥さんで」と婉曲的に自分を批判するが…。

 そうこう追想していると、この家に住み込みで働いている老人がこちらにやって来た。

 「旦那様…。」

 自分より年長で普段から落ち着いた物腰のこの老人がどこか慌てた様子である。

 ということは、彼にとって思いもよらない人物であろう。

 そのうち謹慎中の自分に来訪するのは、1人しか考えられない。

 「ホムラ代表がいらっしゃいました。」

 訪問者の名前を聞いたバエンはやはりと黙ってうなずく。

 おそらく先日の騒動、そしてその後の会議にことについて来たのであろう。

 ならば、いよいよか…

 バエンは立ち上がり、ホムラを出迎えに向かった。

 

 

 

 

 ヤラファト郊外にあるサハク邸。

 私用の応接室にて部下と打ち合わせしていたコトーの元に若い男がやって来た。

 「コトー様…。」

 彼の表情は曇っていた。

 「また(・・)、来たのか?」

 「…はい。」

 若い男は申し訳ない気分になった。コトーの表情こそ変わらずとも内心では不機嫌であるとこれまで仕えてきた身として感じ取っていた。

 ここ連日、サハク家の分家の者たちが来訪してくる。

 用件は明白、現在のオーブのサハク家の立場についてであった。

 ある者は今後の対応を、またある者は強硬姿勢をと主張してくる。

 これまでこの若い男が取り次ぎをして直接の会うことを避けてきたが、相手は限界に達していた。

 「わかった、トウマ。私が行く。」

 コトーはそう答えると席を立った。

 トウマと呼ばれた若い男は表情が硬いまま応じた。

 「先に言った件…あとは頼むぞ、シモン。」

 「かしこまりました。」

 打ち合わせを終えて、コトーは若い男とともに応接間へと向かった。

 「2人(・・)は来ていないな?」

 「はい、ミナ様とギナ様はいらしておりません。」

 「そうか。」

 このような情勢下で、サハク家の一族の者が大勢集まるのがどれほど危険であるかかかわらず、当主とその後継者が一堂に会することはなお愚策である。

 ゆえに今回のことでコトーの逆鱗にふれるようなことにならず若い男は安堵した。しかし、彼らは本当にそのサハクのルールのために来なかったのか?彼らはコトーを軽んじ、隙あれば当主の座を奪うのではないか?

 トウマは将来自分の仕える者に対して不信感を抱いていた。

 その原因はヘリオポリスでの一件に関わっている。

 しかし、とトウマはふと思う。

 そのように考えてしまうということは、自分はサハク家の者としてまだ「甘い」のではないのか?

 謀略、裏切り、暗殺…それらはなにも外ばかりに行うだけではない。一族の者であっても利用し、裏切り、そして用済みとなれば始末してきた。最近では、ヘリオポリスで極秘開発していたアストレイの破壊を傭兵に依頼した者がそうである。

 それが血よりも名よりも濃い、一族を守る掟であった。

 実力がなければ、この世界では生きてはいけない。

 サハク家とはそういう一族であった。

 と、考えるトウマであるが、それも他のサハク家の者から見ればやはり甘いと言われるであろう。

 なにせ家の中でも暗殺の危険があるにも関わらず、自問自答をするというわずかに注意を散漫させてしまっている。

 だから、気付かなかった。

 自分たちの足元付近に近づく気配を。

 初めに気付いたのはコトーであった。

 なにか小さい影が自分たちに近づく。

 殺意はない。

 が、自分の足に何か軽いものがあたる感覚がした。

 コトーが視線を下に向けると、そこに幼児がちょこんと立っていた。

 頭に折り紙のかぶとを被り、手には風船で作られた刀を持っている。

 「とったぞーっ!」

 と、その幼児は言ったのであろうが、まだ舌足らずのためか『と』が『てょ』に、『ぞ』が『じょ』に聞こえる。

 「ロノっ!」

 ようやく事態を察知したトウマはロノと呼んだ幼児のもとへと駆け寄る。

 この子はトウマの甥であるのだ。

 「なぜこんなところにいるんだ!?」

 たしかにこの邸は複雑な造りとなっているため迷子になってもおかしくはないが、普段、この子は母とともに邸の離れの方に住んでいる。簡単に本邸にまでやってくることはできないはずだ。

 さらにまずいことに当主であるコトーに対して無礼を働いたのだ。

 どうコトーに弁解するか、どう言い聞かせるかとトウマは慌てふためく。

 一方のロノの方は、トウマの気など知らず、抱きあげられた彼の腕の中でなにやらはしゃいでいた。

 「あらあら…このようなところにいましたのですね、ロノ。」

 すると、ロノがやって来たであろう方向から穏やかな物腰の女性がこちらにやって来た。

 「はーうえっ。」

 母親の姿が目に入ったロノはトウマの腕の中で手を振り、母親になにかアピールをしていた。

 「マリナ殿…これはいったい?しかもなぜここに?」

 トウマはロノをマリナに預けながら訊く。

 彼女は五大氏族の1つキオウ家からサハク家の分家の者に嫁いできたのである。

 アスハに近い存在である彼女はサハク家の人間にとって好ましくない存在なのだ。

 彼女の夫、つまりトウマの兄が存命のときはおいそれと手を出せなかったであろうが、すでに亡くなって数年…いつ魔の手が伸びてもおかしくない。

 ゆえにこの母子は身の安全のために離れに暮らしているのだ。

 ちなみに彼女の夫が亡くなった際、キオウ家の当主は彼女にキオウへと戻るよう説得したらしいが、マリナはロノのこともあるので戻らないと断った。キオウの当主は娘がコトーに誑かされたと決めつけ、それがサハク嫌いをさらに上乗せしてしまったようだ。当のコトーはどこ吹く風だが…。

 「もうすぐ端午の節句ですので五月人形の準備をしていたのです。すると、ロノがとっても着たがって…。それで折り紙を折ってさしあげたところこのように大喜びし、風船の刀を持って武者の真似事をしていたのです。」

 「…そうですか。」

 思わぬわけにトウマは拍子抜けする。

 当のロノはすっかり満足し、そして眠くなったのかあくびをしていた。

 「あら…お疲れなのね、ロノ。」

 マリナはロノ背中をポンポンと優しく叩く。

 その様子を見ていたトウマは先ほど気を揉んでいたことなど忘れ、自然と和やかな気分となる。

すると、これまで後ろのほうで様子を見ていたコトーがマリナの前に立った。

 「離れまでの道は暗い。護衛をつけさせる。」

 そう言うと、コトーは誰もいないはずの廊下の端の暗闇へと目をむけた。すると、そこから人影が現れた。黒い髪に黒い瞳、黒い衣服に包まれたその人物は月のわずかな光によって、その形を認識できるようになるのだ。

 「ヘイロン…頼むぞ。」

 ずっと気配を消して控えていた男はコトーの命令に静かにうなずいた。

 「ロノの粗相な行い、申し訳ございませんでした。」

 トウマは彼の叔父としてコトーに謝る。

 「子どもの戯れだ。」

 しかし、ただコトーはそう言うだけでなにも咎めなかった。

 「先に言っている。おまえはマリナを見送ってから来い。」

 それだけ言ってコトーは先に応接間に向かった。

 こうは言われたが、やはり主より遅く来るのは申し訳ないと思い、すぐにマリナに向き直る。

 「では、マリナ殿。お気を付けて。」

 「ええ。」

 マリナは頷くとすでに寝息を立てているロノへと顔を向けた。

 「ロノも満足したようです。ずっとコトー様とトウマくんにお見せしたかったようでして。」

 その言葉にトウマはハッと気付いた。

 思えば、同じ敷地内に住んでいるのになかなかロノに顔を見せる暇などなかった。それほど忙しく、また心休まる時間も持てなかったのだ。

 マリナはそれを察してロノを連れてきたのだ。

 「さあ、ロノ…たっぷりとお休み。たくさん夢を見るのですよ。」

 マリナはロノをあやしながら、離れへと戻っていた。もちろん後ろにはヘイロンがついていく。

 トウマはマリナの気遣いに感謝しながら彼女たちを静かに見送った。

 そして、見送りを終えるとすぐさまコトーのもとへ向かった。

 

 

 

 

 朝、街角のオープンカフェ。

 その1つの席に男は新聞を読みながら、コーヒーを飲んでいた。

 その姿は出勤前にリラックスした時間を過ごす会社員のように見える。

 「あれが…ヤマダね。」

 少し離れた道路で停車している車からマキノはその男を覗き見る。

 そして、持っているパソコンで顔認証にかけて確認した。

 「あの様子からだと…本当にただ待ち合わせしているようだけど…。」

 マキノはつぶやき、隣の席のクオンを窺う。

 彼女もまたヤマダへと目を向けていた。

 「本当に…行くの?」

 マキノにとって不本意であった。

 「だけど、彼が行きたくないっていう以上、これしかないでしょ。」

 「そうだけど…。とにかく危険と判断したらすぐにその場から去ってよね。」

 「…ええ。」

 クオンは短く返事し、車から降りオープンカフェへと向かった。

 ヤマダは新聞を読みながら時々腕時計に目をやっていた。

 もうすぐ待ち合わせの時間(・・・・・・・・)だ。

 しかし、その相手の姿がどこの通りからも現れない。

 なにかトラブルでもあったのか?

 ヤマダは一瞬に不安に思うが、平静を装うように新聞に再び目を向ける。

 きっと遅刻しているのであろう。

 少し気分を落ち着かるためにコーヒーを飲もうと、カップを取るため新聞を少しずらす。

 すると、目の前の席に女が座っていた。

 ヤマダは思わず手を止める。

 自分の視線がそこから離れたわずかな瞬間、しかも気配もなくそこに女がいたのだ。

 一体何者なんだ?

 ヤマダの戸惑いとは逆に向かいに座った女は落ち着き、かつ不敵な笑みを浮かべながら話を切り出した。

 「あなたたちの組織(・・)の手助けをしようか?」

 唐突な物言いだが、ヤマダはとっさに自分が加わっている組織であると察した。

 「何を言っているのだ、君は?さっぱりわからないが…。」

 計画遂行まで組織の存在が明るみになってはいけない。

 ヤマダは素知らぬふりをする。

 「それと…すまないが待ち合わせをしているんだ。」

 用事があると言えば引くであろう…そう思ったが、女はさらに言う。

 「ジャック・エドワーズは来ないわよ。」

 その名前が出てきて、ヤマダは驚きを隠せなかった。その人物こそ、自分が待ち合わせしている人間だからだ。

 「彼、肝が小さくてね。私たちがちょっと脅しただけで一目散に逃げて行ったわ。」

 彼女の言動から不穏なものを感じ、ヤマダは固まる。

 「…君は何者なのだ?」

 ジャック・エドワーズを始末したと言い、それにも関わらず自分たちを助けたいと言った。

 その心算がわからなかった。

ヤマダはおそるおそる女の正体を訊いた。

 「サハール。MDIA(エム.ディー.アイ.エー)よ。」

 MDIA…MDIAだと!?

 その名を聞いたヤマダは心の中で何度も叫んだ。

 MDIA(Ministry of Defense Intelligence Agency:国防省情報局)はオーブ国防省の非公式(・・・)組織である。

 以前はサハク家の当主が、現在は五大氏族に昇格したことで彼の側近が局長としてトップにつき、サハク家当主の指示の下、諜報活動や暗殺、破壊工作などの謀略活動を行う行使機関である。

 その存在は公にはされず、また規模も人員も遂行能力も簡単に窺い知ることのできない組織である。

 ヤマダもサハク家を支持しているが、その組織の人物に会うのは初めてであった。

 しかも、彼らの主はサハク家当主であるコトー・サハクである。対して自分たちが忠誠を誓ったのはその後継者である。

 なぜ、自分たちに近づいてきたのか?

 彼女は手助けをすると言っていたが…。

 ヤマダの中に疑念が渦巻き、思わず警戒する。

 そんなヤマダの様子に気付いたのか、サハールは落ち着かせるように静かに言う。

 「安心して。ジャック・エドワーズの件は仕事(・・)のため。あなたたちはビジネス(・・・・)…まあ、先行投資(・・・・)のようなものね。」

 「先行…投資?」

 「ええ、そうよ。あなたたちもわかるでしょ、コトー様のアスハに対する態度?このままでは、組織の立場がなくなってしまう。結構いるのよ、不満に思っている人たちは。だから、今の内に彼の後継者(・・・)とのパイプを作っておきたいわけ。そこであの方たち(・・・・・)を支持するあなたたちに話しを持ちかけたわけ。」

 ヤマダはその話を聞き、ふと思い出した。

 確か…数年前にMDIAの一部の人間が、ウズミ暗殺の計画をしていたという噂を聞いたことがあった。

 とすれば、これはチャンスではないだろうか?

 MDIAほどの実力組織がこちらの味方になるのは、今後(・・)の自分たちのためにも都合がいい。

 しかし、ヤマダはここで自分が判断するのは控えた方がいいと思った。

 噂はあくまで噂だ。

 計画したといっても、実際ウズミは健在であるし、実行したとしても失敗に終わったと見て取った方がいい。

 「少し、待ってくれないか?リーダーと話し合って決めたい。」

 しかし、サハールは譲らなかった。

 「いい。これは一刻も争うことなのよ。ここで手を組むかどうか決めてもらわなくちゃ。そうでなければ、別のところに行くだけよ。他にいるわよ、あの方たち(・・・・・)を支持する人達は」

 サハールが席を立ち、この場を後にしようとした。それをヤマダは慌てて止める。

 「待ってくれっ。わかった。今からリーダーに連絡して君を案内する。」

 『別のところ』という単語に効果があったようだ。

 とにかく会せればいいだけのことだ。

 ヤマダは自分に言い聞かせる。

 ここで自分たちと同じような組織と協力し、そちらに先を越されてはたまったものではない。

 サハールは足を止め、ふたたび席に座った。

 「ええ、お願い。」

 それが了承の合図となった。

 

 

 

 

 

 一連の会話を通信器から聞いていたマキノはひと段落したと安堵の息をついた。様子を見ても、ヤマダはリーダーであるカムロに連絡を入れているのがわかる。

 これでクオンはカムロたちに近付ける。

 とはいえ不安もあった。

 それはクオンが名乗った組織のことであった。

 別に嘘はついていない。

 事実、クオンはMDIAに所属している。

 それが過去形か現在進行形かまではわからないが…。

 MDIAの名を使うことにクオンはためらいはなかったが、先方から何か言われないであろうか。

 ユゲイは、その時は自分がなんとかする、と言っていたが…本当に大丈夫だろうか?

 そもそも、商売人本人が来ればいいだけの話だったのだ。 

 それがやれ殺されるだとか、ワナかもしれないだとか言って…

 本当に肝が小さいっ!

 ちなみに当の人物は現在、宿泊所にいない。

 シグルドともにどこかへ行ってしまった。

 なにやらシグルドが確かめたいことがあるそうだが…

 というか、シグルドもシグルドだ。

 一応、彼も追われている身なのだ。

 なのに、自分勝手に出かけて…。

 とりあえず、クオンの会話もこちらの会話も聞こえるようにしてあるからここで愚痴ってやるかと思ったが、カフェの方で動きがあったようだ。

 これからクオンとヤマダがカムロのいるところに向かうようだ。

 後を追うことはできないから発信機で場所と会話を聞くしかない。

 マキノは宿泊所へと車を戻らせた。

 

 

 

 

 マキノが心の中で愚痴をこぼしていたシグルドたちはオノゴロ島に行っていた。

 「…マジかよ。」

 車を停めたキリもまた通信機からクオンとヤマダのやりとりを聞いておりその話の内容に顔を青ざめた。

 「彼女…MDIAだったのかよ。」

 もちろん彼も恐ろしい組織という程度の噂でしか聞いたことがない。

 思わず、彼は昨晩ナイフを突きつけられた首筋に手を当てる。

 「…俺、殺されなくてよかった。」

 命拾いしたと思い、大きく息を吐く。

 「おまえを殺していったい何の得があるんだよ。」

 隠れていたシグルドが助手席へと席を移りながらきっぱりと否定する。

 「っというか、彼女、首長家の人間だよな?なんでMDIA?」

 さっきまでの恐怖心はどこへ行ったのか急に興味津々で聞いてくる。

 危ないことには首を突っ込まないと言っていなかったか。

 「なら、本人に聞けよ。」

 シグルドがあっさりと返すと、キリはげんなりする。

 「いや、それこそ殺されるって…。」

 本当にどっちなのだと呆れつつ、意識を前へと向けた。

 「それで…確かめたいことっていうのはここか?」

 彼らの車は今、学校の側の横道に停めている。

 通学の時間帯のため、多くの学生たちが通っていく。

 「そうだよ。」

 ちょうどそこへ目的の人物が現れたのか、シグルドは車のクラクションを横から押した。

 その音に通りかかった学生が車へと目を向けた。

 「よう、マサキ。久しぶりだな。」

 シグルドは窓から顔を出し、その少年に声をかけた。

 「シグルドさんっ。」

 彼に気付いたマサキと呼ばれた少年は車へ駆け寄る。シグルドは車から降りて彼を迎えた。

 「久しぶりです。いつ、オーブに戻って来たんですか?」

 「ああ…つい数日前、な。今日はたまたまこの近くに用があったんだ。それで通学途中の学生を見ていて、そういえばマサキもこの近くだったなって思い出したのさ。」

 「じゃあ、まだ姉ちゃんにも会っていないんですか?」

 「ああ、サラ…な。そうなんだが、元気か?」

 シグルドは何気なく問いかける。

 この一連の会話からわかるとおり、マサキは昨夜話に上がったサラ・ホンドウの弟である。

 「ええ、たぶん…元気だと思いますよ。」

 マサキははっきりとした言葉では答えなかった。

 「春ごろに姉ちゃんが一度帰ってきた時から会っていないんですよね。いままでは1ヶ月に1度ぐらいは帰ってくるんでけど…そりゃ、任務があれば別ですけど…。」

 「心配なら、サラの家に直接行けばいいじゃないか?」

 その言葉にマサキはあまり乗り気じゃなかった。

 「ええっ!?そりゃ…その手がいいかもしれないですけど。さすがにそれはやりすぎですって。姉ちゃんだっていい大人なんだから…。」

 「彼氏と鉢合わせするのがいやだ、とか?」

 「いや~、姉ちゃん色っ気ないから彼氏に会うなんてまずないですよ。」

 マサキは冗談めかして言う。

 「そもそも月に1度帰って来たり、そうじゃなきゃメールとか電話とか…勘弁してほしいですよ。もう俺も14なんだから…。まあ、今は進路もあるから多少は連絡欲しいけど…。けど、またじいちゃんばあちゃんと姉ちゃんの間に挟まれるのも嫌だしなぁ…。」

 姉の世話焼きに鬱陶しく感じつつも、本心ではやはり心配なのであろう。

 幼い頃に母を亡くし、父とは仕事を理由に離れ、姉とともに祖父母に預けられたマサキにとって年の離れた姉、サラは大事な存在である。

 「お~い、マサキ。そこで何しているんだー!もうすぐ予鈴が鳴るぞー!」

 すると、通学路から彼の同級生が大声で彼を呼んだ。

 「あー、今、行くー!」

 マサキは同級生に声をかけたあと、シグルドの方へふたたび向いた。

 「それじゃあ、シグルドさん…。」

 「ああ、すまないな、呼び止めて。」

 マサキは駆け足で通学路へと戻り、学校へ急ぐ。

 それを見送ったシグルドはふたたび車に乗り込んだ。

 「…教官の息子さん?」

 シグルドとマサキの話に耳をそばたてていたキリが訊く。

 「ああ、そうだ。」

 「なんで?」

 話を聞く限り、サラ・ホンドウのことを知るためであろうが、いまのやりとりで何がわかるのか…キリにはさっぱりわからなかった。

 「いいんだよ…これで。さあ、戻るぞ。」

 これ以上、外をウロウロしていたらマキノにどやされてしまう。キリは仕方なく車を発進させた。

 

 

 

 

 「これが頼まれていた調べものさ。」

 ウィルは昨日シキに頼まれた件について調べた結果の資料をシキの机に置いた。

 「うん…なんだったか?」

 しかし、頼んだ本人はすでに忘れてしまったかのように反応が薄かった。

 「昨日、俺に調べろって言っただろ?ホンドウ教官本人もしくは身内が関わった案件についてっ。おそらく、これがそうじゃないかって持ってきたんだ。」

 「…そうだったか。」

 シキはようやく思い出したと言った顔で資料を手に取った。

 ウィルは不満に思いつつも、資料の概要を説明した。

 「そこに書かれている事件は教官の娘さんが武器の横流しで不品行除隊になったっていうことだ。」

 聞いて驚けとばかりに力を込めて話したが、シキの返事はそっけないものであった。

 「ああ…昨日の夕方、リャオピンから聞いた。」

 「何だってー!?」

 むしろ、ウィルが逆に驚く結果となってしまった。

 「なんでリャオピンが!?」

 昨朝、来たじゃん!?しかも、自分の仕事場からお怒りの連絡が来てなかったか!?

 「というか、すでに知ったなら、せめて俺に連絡してくれよ。」

 夕方ごろといえば、ようやく優先すべき職務を終えて調査を始めた頃だ。

 これではとんだ無駄骨ではないか!?

 「のちのちバレてもアイツの口からじゃなくてこっちで調べたという方がいいだろ、都合上?」

 「…どういうこと?」

 ウィルは何がなんだかたわからないといった表情になった。

 「アイツがここに来たのは、ずる休みがバレてその分の残業となったという愚痴を言いに来たということだからな。」

 「いや…まあ…。」

 それはリャオピンの自業自得ゆえだからなんとも言えないし、そもそもそれを理由とする意味さえ分からず、相槌の打ちようがない。

 「そして、たまたま(・・・・)これを渡されたということになった。」

 シキは茶封筒を出した。

 「なに…それ?」

 ウィルは興味深そうにじっと見ようとするが、すぐさま下げられた。

 「本当におまえは鈍い(・・)な。」

 シキは溜息をつく。

 ウィルは心外ではあったが、実際彼の意図がわからない状態であるため何も言えない。

 ここで言い返すこともできないと諦め、現在、その主が休暇中の副官の席へと目をやる。

 早く彼女に帰って来てほしい、と心の底から思った。

 

 

 

 

 銃声が激しく鳴り響いていた。

 「な~んで空挺部隊は突入しちまったんだ。」

 隣にいるヒスパニック系の三曹が愚痴をこぼす。

 しかし、サラはそれに何か言葉を返すことができなかった。

 まだ自分たちに銃弾が向けられているわけではない。

 しかし、その絶え間なく空を切り裂く音が自分の体を揺さぶり、自分の腹の底からモヤモヤする何かがはい上がってくるのを感じて、それを吐き出してしまいそうな…そんな気分だった。

 これが…戦場。

 軍に入り、そして志願して過酷な訓練試験をパスして両用偵察部隊に入った。

 何度も訓練してきたはずだった。

 覚悟はしていたはずだった。

 しかし、実際の戦場の真っ只中におかれ体の奥底から恐怖が溢れ出ていた。

 殺されるという恐怖に、人を殺すという恐怖に。

 「偶然の鉢合せだったんだ。」

 さらに隣にいるチームのリーダーであるシグルドが三曹の愚痴に答える。

 国防陸軍の空挺部隊との合同作戦。

 作戦前の打ち合わせでは、それぞれ分隊に分け、建物を囲んでから同時の突入という概略であった。

 しかし、運悪く空挺部隊側のチームが待機していたところに目標の人物たちが遊び半分で機関銃をぶっ放したのだ。

 このままでは撃ち殺されるか、隠れている茂みや壁をすべて破壊されるか。

 だからこそ、空挺部隊側のチームは仕掛けたのであった。

 しかし、そんな状況を把握する余裕はサラにはなかった。

 自分が小刻みに震えているのを周りに気付かれないようにするのが精いっぱいであった。

 「まったく…どうしてふざけて機関銃撃つかなぁ。それでどうします、リーダー?」

 ヒスパニック系の三曹はシグルドに訊く。

 シグルドは様子を見るため、塀を背中にそっと建物を覗く。

 「このままでは埒が明かない。タカギたちもすでに配置についている。このまま突入するぞ。」

 突入

 その言葉に体が(こわ)ばった。

 いよいよその時が来てしまった。

 やらなくてはっ…

 必死に自分に言い聞かせる。

 しかし、どんなに叱咤しても体の震えが止まらない。

 「怖いか、サラ?」

 するとシグルドがサラ見て声をかける。

 サラはハッと顔を上げ、シグルドを見る。

 「怖いか?と聞いたんだ。」

 もう一度、シグルドはサラに問う。

 サラはグッと言葉につまった。

 怖くない。

 意地を張って、見せかけでも否定してもすぐに嘘である見抜かれるような真っ直ぐな目で問いかけてくる。

 「…怖い、です。」

 サラは正直に答えるしかなかった。

 怒られるかもしれない、見下されるかもしれない。

 そんな言葉が来そうだと覚悟し俯く。

 「よし。それでいい。」

 しかし、シグルドからの言葉があまりにも意外なものであったことにサラは思わず顔を上げた。

 「自分の気持ちを正直にしっかりと言えるといことは状況をちゃんと説明できるってことだ。それに初めての戦場なんて誰だって怖いさ。それをどう乗り越えていくか…それを教えるのが隊長である俺の役目だ。」

 その言葉に、恐怖ではないなにか凝り固まったものがスッと抜けていく気がした。

 軍に入ったときも、両用偵察部隊に入ったときも、女である自分に対して軽蔑の目で見る人や父親のこともあって色眼鏡で見る人に出会ってきた。

 その度に、それを振り払うために必死にやってきた。

 だけど、この人は違かった。

 真正面からチームのメンバーと向き合っていた。

 「さすが新リーダーの仕事っスね。」

 まだ若い、図らずも隊長に抜擢されたシグルドをヒスパニック系の三曹が茶化す。

 「ほら、お前は援護だ、トーレス。」

 シグルドはヒスパニック系の三曹、トーレスに言うとふたたびサラへと向く。

 「行くぞ。俺の背中について来いっ。」

 シグルドは自動小銃を構え、低姿勢に屈みながら前の様子をうかがう。

 トーレスが立ちあがり、塀の上部から を撃つ。

 「行くぞっ。」

 そのタイミングでシグルドは前に出た。

 サラは彼の後を追い、必死についていく。

 その時返事をしたのか、それとも声が上ずってしまいうまく伝えられなかったか…まったくわからなかった。

 ただ、必死に駆け抜けて行った。

 その背中をついて行きながら、だが、この人であれば成功する…そう強く確信させる何かがあった。

 

 

 

 

 「…なんでこんな夢、見るかな。」

 目を覚ましたサラはさきほどまで見ていた夢の内容に顔をしかめる。

 しかも頭がガンガンと重く鈍い痛みが走る。

 完全に二日酔いであった。

 昨夜は確かに飲み過ぎた。なにせ、足がおぼつかなくなり結局倉庫の横にある小部屋でそのまま寝ることになってしまったぐらいだからだ。

 今までこうなるまで飲んだことはなかった。

 けど、飲まなくちゃやっていけない…

 懲戒処分を受けた日からすべてが一変した。

 失業給付が受けられない、履歴書には必ず懲戒免職の旨を記載しなければならず、再就職先を探そうにも職に就くことができず収入が入らない。道で軍属とすれ違えば後ろ指をさされる。

 正直、ここまでキツイとは思わなかった。

 嫌な気分を変えるため、そして頭痛をやわらげるために迎え酒をしようと、寝ていた小部屋から出ると、広間にはカムロとヤマダがいた。そして隣には見知らぬ女性がいた。

 「サラ、起きたか?随分と飲み過ぎたようだが気分はどうだ?」

 カムロがさらに気付き声をかける。

 「少し二日酔いね。これから気分直しに迎え酒しようとしたところ。それで…その人は?」

 確かヤマダは自分が紹介した密輸業者と会う予定だったはずだ。

 しかし、その人物はいない。

 「まあ、ちょっとしたトラブルとかなりの幸運があったということだ。」

 カムロは意味ありげに笑みを浮かべる。

 「彼女はサハール。MDIAに所属している。我々と取引したいということだ。」

 「よろしくね。」

 「え、ええ…。」

 サラは少し戸惑った。

 ヤマダに紹介した密輸業者になにかあったのか?

 こちらの計画がばれたのか?

 しかしカムロやヤマダにそういった焦りは見受けられなかった。

 「これが…我々が製作した爆弾だ。」

 カムロは密輸業者から買った化学製品から材料を抽出して作成した爆弾をサハールに見せる。

 「業者から買った製品にこちらが望む原材料でないものもあったが…これで問題ないはずだ。」

 サハールもその爆弾を見て確かめた。

 「これを、バッテリーと入れ替えて…」

 「エンジンをつけたまま停めておく。そして、発熱による化学反応に爆発が起きる…ってところかしら?」

 「ああ…そうだ。」

 カムロはうなずいた。

 説明は不要といったところか。

 「それで後は車を調達してもらおうと業者に依頼しようとしていたところだ。」

 「なら、こちら(・・・)で用意するってことでいいのね?」

 サハールは話を進めた。

 「いや…MDIAの方々にそんな子供の使いのようなことをさせるわけにはいかない。…もっと大きなこと(・・・・・)に協力してもらいたいんだ。」

 「そう…ただ、この爆弾で何するつもりかしら?これじゃあ威力はそこまで期待できないわよ。」

 サハールは指摘する。

 「旧世紀のエンジン車ならガソリンによってさらに威力を高めることはできるけど、現在(・・)は電気自動車…そこに含まれる化学物質だと…こっちの方とあまり化学反応は起きないわ。」

 「もちろん…それは知っている。」

 それに対し、カムロは承知の上でとさらに言う。

 「これはあくまでも目的(・・)を果たすための段階のうちの1つだ。」

 「…いったい何が狙いなの?」

 サハールはカムロに訊く。

 それを聞いてサラは顔を強張らせる。

 実のところ、サラは彼の最終目的を知らない。

 彼女に限らず、おそらくメンバーでリーダーのカムロ以外知る者はいないであろう。

 それぞれカムロから出された指示を遂行していく。

 それはまさしく軍と同じように、司令部からの命令を遂行していくのと同じだとカムロは言っていた。

 自分たちは軍人であることを示すためだと、リーダーのカムロが言ったからだ。

 だからこそ、誰も最終目的を聞くことはしなかった。

 しかし、サハールはそんなことお構いなしに訊いている。

 いくら外の人間とはいえ、これではこちらの規律に関わるのではないのか…だが、向こうも手を組む以上、目的がわからなければ行動できない。教えなければ、協力支援をしてもらえないかもしれない。

 サラとヤマダはカムロの答えにハラハラと見守る。

 「我々の目的は、まだ(・・)教えられない。」

 カムロはサハールの問いに首を横に振った。

 それでサハールの態度が悪くなるかと思ったが、杞憂だった。

 「まだ?…じゃあ、いつになったら教えてくれる。こっちもあなたたちを手助けするのに遅かったら申し訳ないでしょ。」

 彼女は一応、その時までは待つという姿勢を示した。

 「もちろん、君たちは百人力だ。だが、我々がどれほどの実力を持っているか…まだ知らないだろう?それを証明した時に教える。」

 「それって…あなたたちの計画を実行した後、連絡をくれるの?それとも終わった後?」

 「もちろん計画のある段階になれば連絡する。それで我々の実力を知ることができる。その後に協力してもらいたい。それが一番の難関だったんでね…君たちがバックについてくれるのはありがたいことなのだ。」

 サハールはしばらく考えるため黙り、やがて口を開いた。

 「そう…わかったわ。じゃあ、こちらも様子見(・・・)をさせてもらう。その時(・・・)が来たら連絡をよこしもらうわ。」

 「ああ。」

 「念のため、言っておくけど…もし、こちらを出し抜こうとしたらどうなるか…分かっているわね?」

 「もちろんだ。君たちにそんなことするような怖いもの知らずではないさ。」

 「そう…。」

 会合はこれで終わりと、サハールは倉庫から出ようとした時、ふたたびカムロから声をかけられた。

 「ただ1つ言えることは…君にとってはいい話(・・・)だということだ。クオン(・・・)リタ(・・)ハツセ(・・・)。」

 帰り際にカムロに自分の名を言われたクオンは振り返り彼を見据える。

 「なに…君の経歴(・・)を少し見聞きしただけさ…。幼い頃に戦地で養父に拾われ、そして、養父亡き後に送ってきた生活…。」

 クオンはただ無表情でカムロの話を聞いていた。

 「ウズミを殺したくなる気持ちもわかるさ。」

 しばらくクオンは無言だったが、やがて小さく呟いた。

 「なるほど…そこまで聞いているのね。」

 すると、彼のところまでやってくるや否や彼の首を掴み壁際に押し付けた。

 その行動にヤマダとサラは銃を抜いて彼女へと向けた。

 「二日酔いの頭で撃てると思っているの!?」

 サラの銃口がぶれているのをすでにクオンは捉えていていた。

 それではクオンに当てられない。

 サラもそれを理解しているが、だからといってここで銃を下げることもできなかった。

 ヤマダも同様である。

 今まで撃ったことはないが、なんとかしなければカムロの身が危険なままだ。

 しかし、当のカムロは臆することもなく笑ったままであった。ヤマダたちに「大丈夫だ」と彼らを制止させるように顔を向ける。

 そして両手を上げた。

 「ああ、気を悪くしたのなら謝罪する。ただ君が本物か調べる必要があったのだよ。」

 「そうね…身辺調査(・・・・)ぐらいしたいわよね。ただ、私、あまりおしゃべりな人間は嫌いなの。」

 カムロの首を掴んでいる手に力が入る。

 「知ってる?首の骨を折るのって実は片手でもできるって…。」

 彼の耳元で呟くと、力を抜いて手を下げた。

 「私たちは遊び半分(・・・・)でやっているわけじゃないのよ。使えない(・・・・)と判断すれば、どんな関係もそれまでってこと。」

 次はないという脅しも含めて…

 ヤマダとサラは一瞬ひるむが、当のカムロは顔をニヤつかせたままであった。

 「ああ、分かっている。我ら実力主義…力を証明してこそサハク派として立場にいられるからな。」

 「…じゃあ、あなたたちが連絡を寄越せるように幸運を祈っているわ。」

 それだけ言って、クオンは倉庫を後にした。

 カムロはしばらくニヤついた笑みを崩さなかったが、彼女が去るとやがて嫌悪の表情へと変わった。

 「ちっ…社会のゴミ(・・・・・)が。」

 彼は吐き捨てるように言い、クオンに掴まれた首をいたわるように触った。

 それを見ていたサラは戸惑う。

 彼の態度の変化の理由がわからないからだ。

 「なんで…あんなのがMDIAに入局できるか知らないが…その肩書きは本物なんだ。それぐらい使わせてもらおう。」

 カムロはそんなことさえ気に留めておらず、なおも毒づいた。あからさまな侮蔑な言葉で…。

 

 

 

 

 この1日、特にすることのないレーベンは持ってきていた資料の整理や調べものをして過ごしていた。

 夕方ごろになり、そろそろ作業を切り上げようとしたころ、部屋に香ばしく、彼自身には少々きつく感じる匂いが漂ってきた。

 ああ…この匂いは…

 レーベンがその匂いのもとへと行くと、マキノとクオンが近くのアジアンタウンで買ってきたテイクアウトを夕食としている最中であった。

 レーベンたちの分もあるので、彼もまた食べることとなる。

 ここ数日はずっとこうだ。

 買ってきてもらっている。

 アジアの料理といっても国や地域によって差異があるためその特徴を秘匿に言えないが、このアジアタウンにある店は香辛料やハーブ、香味野菜、魚醬といった調味料など独特な芳香をもつ材料が使われる。欧米でも移民によってアジア料理の店は増えてきているがまだ数は少ない。ゆえに欧米圏の食文化に慣れているレーベンは初めのうちは味になかなか馴染めなかったが今では昼夕と様々なアジア料理を食べていたため、慣れてしまった。

 そもそも、シグルドたちもそれを察してか海南鶏飯やフォーなどあまり味の濃くない料理を買ってくれていたというおかげもあるかもしれない。

 さっそく、レーベンも食べようとテイクアウトに手をつけようとするが、その前にシグルドとキリの姿が見当たらず不審に思った。

 「2人とも、またどっかにいったの?」

 昼前に戻っきているのは確認している。

 「ああ…あそこで何か話しているのよ。」

 マキノが指したのはシグルドの部屋であった。

 「しばらく時間がかかりそうよ。」

 だから、こっちはさっさと食べ始めたというのがマキノの言い分だ。

 「夕飯が冷めるけど呼んだ方がいいじゃない?」

 レンジがあって温め直すことはできるがやはり出来立てを食べる方がどの料理もおいしいのが自明の理だ。

 レーベンは訊くがマキノは顔をしかめる。

 「じゃあ、あなたが呼んできなよ。」

 自分は今、あの部屋に行きたくないというのが彼女の言い分だった。

 実のところ、どうもシグルドが不機嫌なのだ。

 彼らと接触したが、思った以上に情報を得られなかったからが理由というわけではなさそうだ。

 かと言って、話を聞き気にはなれない。

 こちらもカムロが余計なことを言ったものだからクオンもまた機嫌が悪く、それを爆発させないようにするのが手一杯なのだ。

 彼女の突き放した言い方にレーベンは訝しみつつ、自ら言った手前、彼らを呼びに部屋へ向かった。

 すると、部屋のドアでユゲイがそっと中の様子を探るべく聞き耳を立てていた。

 「…完全に怪しい人ですよ。」

 これがもし外であったら不審者として通報されかねない。

 「だってのぅ~。」

 それに対し、ユゲイは自分が怪しいと思われることなど一切気にせず、溜息を漏らす。

 「どうもシグルドが荒らぶっているようでのぅ。これはまるで10年ぐらい前のような感じというか…その時のシグルドを知っているキリじゃなからまあ相手にできるが…。」

 「シグルドが荒れているって?10年前?」

 レーベンはもちろん10年前にシグルドに会っていないので、当時の彼を知らない。しかし、現在の彼を見ている者としては彼が荒れているというのはなかなか想像しがたい。

 「そなた、シグルドが荒れた理由に心当たりあるかのぅ?」

 だから、こんな質問されても考えつかない。

 とりあえずレーベンはシグルドたちが戻ってきてからのことを思い出し、その心当たりを探し始める。

 用事から帰ってきた時は、シグルドは普段通りの様子だった…のか?

 思わず疑問符がついてしまうのは、病院脱走からどうもシグルドに余裕はなさそうに見えたからだ。しかし、それを言ってもきっとシグルドは普段通りだと言って返す気がし、実際彼はそれを保とうとしている。

 だからこそあえて触れなかったが、限界に達しているのか?

 なんだか苛立っているなぁと思ったのが、昼頃にあった。

 レーベンは昨日のカムロについて言ったマキノの言葉が気になり、カムロ達が以前使用していたサイトをコンピューターで見てみた。

 そこにはカムロ達の主張が載っていた。

 オーブの軍事強国という主張の他に、特定の民族を侮蔑する言葉や移住コーディネイターに対する批判的な内容、つまりヘイトスピーチであるが、それらはすべて顔をしかめるような表現が使われていた。

 マキノがあそこまで言葉を濁した理由に納得しつつ思わずため息をつきたくなった。

 ‐オーブは多民族国家、そしてコーディネイターを受け入れる寛容な国だと聞いていたのに…‐

 ‐どんな国でもこういった連中はいるのさ。-

 レーベンの呟きにシグルドが吐き捨てるように答える。かなりしかめ面で。

 ‐こういった連中は他人が何かによって不幸になるのは自己責任だって言って批判して、自分が不幸になれば誰かのせいにする。そして、そうなった問題に正面から当たる勇気もなく、そこら辺の自分よりも弱いと思った人間を攻撃することで自分の強さを証明する…そんな連中だ。‐

 ‐僕が知りたいのは、こういった国って相互理解する場からあるから受け入れとかできるってことでしょ?それなのに、なんでこういった人達が出てくるのさ?‐

 ‐俺にそんなこと聞くなっ。‐

 一方的に聞いたとはいえ、一方的にこの問答を打ち切られてしまった。

 それからさらにシグルドは苛立っているように感じた。

 そもそもなぜそこまで余裕がないのか?

 やはりギャバン・ワーラッハのことで、その男が見つからないからか?

 「なるほどのぅ…。」

 ユゲイはレーベンの話を聞き何かに頷く。

 彼は何か知っているのであろうか?

 すると、部屋のドアが乱暴に開けられシグルドが出てくる。

 ヤバイっ、盗み聞きしているのがバレるっ。

 レーベンは怒られるのではないかとどぎまぎした。

 「…風に当たってくる。」

 シグルドは盗み聞きを責めることはなかったが。とても低くどこか恐ろしさを含む声でそのまま屋上へ続く階段へと向かって行った。

 あまりの気迫にレーベンはひるんでしまった。

 「そこにいたのかよ!?だったら助けてくれよっ。」

 むしろ部屋の中のキリから非難された。

 「まったくモビルスーツ用意できないかとか銃器はどうかとか…頼み事なはずなのになかば脅しみたいな物腰で迫ってきて…。」

 キリは愚痴をこぼす。

 「無理なものは無理だって言っているのに…なんで用意できないんだって責められて…。」

 「用意できんのか?あれだけ悪さしておいて…。」

 「いや…それは…。」

 ユゲイの毒をもった問いに言葉を詰まらせながら訳を言う。

 「モビルスーツを扱うメカニックはいまジャンク屋ギルドの仕事で出張中だからムリ。銃だってこの国は規制が厳しいから外から持ってくることなんて危険は橋…それを渡るようなことはしたくないから俺はその商売には手をつけてないんですよ。って言っているのにシグルドは~そんなこともできないんかって…。」

 キリは溜息をつく。

 「…まあ、ミレーユなら出来るからね。」

 いったいどんな道を使えばというほど、モビルスーツ乗せた輸送機を簡単にその国の領空に入れさせることができたり、銃の持ち込みをできたりしていた。

 「ううむ…困ったのぅ。」

 ユゲイはなにか考えるように天井を見上げた後、レーベンに顔を向けた。

 「レーベン、そなた彼のところに行け。」

 「えっ、なんで!?」

 思いもよらない言葉にレーベンは戸惑う。

 彼が風に当たって来るということは自分の苛立ちを少し抑えるためではないのか?なら、ここは待っていた方がいいのでは?

 しかし、ユゲイは有無を言わせないとばかり再度言った。

 「彼のところに行くのだ。」

 

 

 

 

 宿泊所の屋上に心地よい海からの風が吹いてくる。

 夕暮れ時

 水平線に没しようとする陽が燃えるような色を放ち、空と海の青と朱が混じりあっている。

 遠く望んで見えるその景色からシグルドは眼下に向ける。

 サラリーマン、親子、学生たち…多くの人々が行き交い、家路についていた。

 今日も『日常』が終わる。

 その様子を見ながらシグルドは物思いにふける。

 こうして穏やかに、その人自身が今日一日を過ごし、また明日へ、と人々は生活を送る。

 その『日常』がどれほどの価値あるものか。

 と、同時に別の思いもよぎる。

 この海を隔てた世界で、またはこの空のはるか上において人が死んでいく。

 戦争で、あるいは貧困で、あるいは迫害によって…

 しかし、行き交う人々はそのことを知らない。あるいは知らん顔をしているのか。無関心でいるのか。

 ずっと消えることのない思いがある。

 それ(・・)は、ずっと心の奥底で燠のようにくすぶり続ける火のように、なにかをきっかけにまたたくまに燃え上がる。

 シグルドはうつむきギュッと拳をにぎりしめる。

 「…シグルド。」

 すると、声をかけられとっさに振り向くとそこにレーベンが立っていた。

 

 

 

 

 シグルドを見つけたレーベンはその後ろ姿にしばらく声をかけられなかった。

 結局、彼のところへ来ることになってしまった。

 怒られるだろうなぁと嫌な気分で向かったが、実際は違った。

 シグルドを見ると、彼から苛立ちからだけではないものも含まれていることを感じ取った。それを言葉に表すと、悔しさ、怒り、悲しみ…なにかさまざまな感情が渦巻いているようなものであった。

 彼はなぜ戦っているのか?

 ふと、そんな疑問が頭をもたげた。

 これまで付き合いから自分の危険な取材に護衛として同伴し、あるいは彼らの依頼からなにか取材できるものがあるのではないかと同行してきた。

 そこから見てきた彼は一見、そこらへんの傭兵と変わらず金銭を目的にしている。だが、それだけではないときもある。

 そう…例えば、ヒロ。

 あの時の依頼は『村を守ること』そして『万が一の時、1人立ちできるまでヒロを保護すること』であった。

 結局、村は焼かれ、住人はヒロ以外残して亡くなった。そして、彼が立ち直るまで待ち続けた。

 いくら依頼とはいえ、金銭の前払いがあったとはいえあそこまで待つであろうか?

 そう考えると、今回の依頼の件も思うところがあった。

 それがギャバン・ワーラッハというかつてシグルドが関わった事件の男がいるというのはこの間知った。しかし、それ以外にもあるのでは?

 だからこそ、彼に対してかけた言葉が次のようになったのであろう。

 「君は…抱え込みすぎだよ。」

 シグルドはミレーユと物別れする際、自分の依頼人はカガリであると主張した。

 おそらく現在の彼女の立場を考えて、彼女を守るためにそう言い続けているのであろう。

 さらに、彼のかつての部下であるサラ・ホンドウがいること。

 シグルドは彼女を信じている。

 そこまで1人の事に、1つの事に懸命にするのは…

 やっぱり根っこにあの事件が関係しているのだろうか。

 「20年前のことだって…君は子どもだったんだ。責任を感じすぎだよ。」

 我ながら失言だと思った。

 なぜなら、彼が決して言うことのなかった事を、別の人物から聞いて、それをまた本人にいうのだから。

 しかし、言わずにはいられなかった。

 それで彼に怒鳴られようが構わなかった。

 「おそらく、性分なんだろうな…もう。」

 シグルドは苦笑した。

 「俺はけっしてヤツらと同じ(・・)になりたくはないと思っている。そして、言い訳(・・)にしたくはない。だから…。」

 ‐『彼ら』はテロリストだ。我らの社会を破壊しようとしている‐

 ‐殺す度胸もねえ小僧が調子こいてんじゃねぇっ‐

 力を用いて、それで誰かが傷つこうとも構わず、他人に自分の正義を押し付けようとする者たち。

 ‐この暖かさが生きているということ、この鼓動が生きているということ、この痛みが人が死ぬということ‐

 俺はそれを知った。教えてくれた。

 しかし、自分は撃つ側に立っている。

 この二律背反の中で自分ができること、したいこと…だからこそ、こだわってしまうのかもしれない。

 レーベンは彼の言葉にさらなる問いかけをしなかった。

 誰と?そして、誰に対して?…とは。

 腫れ物にさわる、といったものではない。

 おそらく、それがシグルドの根っこなのだろう。

 だからこそ…

 「それで…ミレーユは?」

 「なんでまた、あいつの名前が出てくるんだ?」

 その質問にはシグルドは顔をしかめた。

 そこはまた意固地になるんだ。

 と、心の中で苦笑した。

 「そりゃ、何度でも言うさ。」

 今回はレーベンも譲らなかった。

 「実際、ミレーユがいなくて困っているでしょ?」

 情報を探したマキノもそれなりに優秀だ。

 だが、シグルドとしては少し物足りなく感じているのは見ていてわかる。

 「2人がそれぞれどんな事情があって、それでどんな諍いがあったかはわからない。だけど、これだけは言わせてもらう…君たち2人から始まったんだからね、傭兵部隊白い狼(ヴァイスウルフ)は。」

 レーベンの言葉にシグルドはしばらく黙る。

 したような、しかしその後息を吐く。

 「まったく、痛いところつきやがって…。」

 ボソリと出たその言葉は、しかしその口調にどこか落ち着いたものへとなっていた。

 「もう少し、風に当たってから戻る。」

 「…そう。もうすぐ夕飯だからそれまでには戻ってきてね。」

 さきほどまであった苛ついた様子もない。

 安堵したレーベンはうなずき、屋上を後にした。

 「どうやら毒気(・・)は抜けたようじゃの。」

 「いたんですか!?」

 屋上からの階段の踊り場でユゲイが声をかける。

 夕暮れ時だったため薄暗く、まったく気配がないところから急に姿を現して声を発したのでレーベンはまず仰天した。

 「それは一応、依頼主じゃしスポンサーじゃからのぅ。こちらの要求に満たしてくれなければ困るのじゃよ。」

 ユゲイはニッコリと答えるが、ようはさきほどの2人の会話を立ち聞きしていたのだ。

 ならなぜ自分に行くように催促したのか…

 レーベンは溜息を吐く。

 「それに、一番の気がかり(・・・・)じゃったからのぅ。」

 ユゲイが呟いた言葉にレーベンはふと何か引っかかりを覚えた。

 「ユゲイ様…あなたは何かご存じなのですか?」

 先ほどの会話、レーベンはギャバンの事件のことを挙げた。しかし、シグルドが答えた言葉にはそれ以外のことがある気がした。

そのことについてユゲイは何か知っているのではないのか?

 シグルドのこだわる理由。

 軍歴ファイルを彼のいない間に見せてもらった。見る限り、経歴はなかなかのものであった。

 ‐あなたの実力ならばいずれはオーブの国防軍を率いる指揮官って将来が待っているはずよ。‐

 シグルドの素性を知って、ミレーユが放った言葉が思い出される。

 もしかしたら、それ以上の地位になれるのでは…と考えてしまう。

 にもかかわらず、軍を辞め、下野して傭兵というアウトローの存在としている。

 「もしかして、シグルドが養子に来たことと関係していますか?」

 オーブ以外にあると考えると、それ以前の話になるのではないのか。

 レーベンはそう推測した。

 「ふふふ…。」

 ユゲイはにこやかに笑う。

 「そなた、ジャーナリストじゃろ?」

 と口調は柔らかいが、要は自分で調べろとバッサリと切られたのだ。

 「そうですけど…。」

 たしかにここハウメア神殿の支院であるこの施設には図書室が備えられ、蔵書はそれなりに豊富だ。だが、自分の知りたい物事は知れてもそれとシグルドにうまく結び付けられるのだろうか。

 「まあ…そなたらの容疑が解かれて自由になれば、国立図書館や公文書館などで見れるように手は回しておこうぞ。」

 おそらくユゲイもここだけは不十分と理解しているため、少し助け舟を出すといった形で言う。

 「ああ…あとこれも渡しておく。」

 そしてポンとなにかが入っている封筒をレーベンに渡した。

 「これって…。」  

 レーベンは既視感を覚え嫌な予感がした。

 「ああ、シグルドの個人ファイル。一応、見せてもいいかなと思ったものだが、こっそりと持ってきたものだから、見たらすぐに返してくれの。あと本人にバレないようにの。」

 「やっぱり…。」

 レーベンは肩を落とした。

 

 

 

 

 1人残ったシグルドはふたたび遠くへと眺める。

 もうすぐ水平線に太陽が落ちようとしている。

 背後からなにやら声が聞こえてくるが、おそらくレーベンのほかにユゲイがいたのであろう。

 おそらく、レーベンをけしかけたのはユゲイであろう。

 まったく…やってくれる。

 自分の様子に何かを察したのであろう。

 それが過去のことに関わっていると彼は知っている。

 そうだ。

 ここまで苛立ってしまったのは、おそらくカムロ達の言動を目の当たりにして重ねたからだ。

 そして…自分の過去の業を思い出してしまったからだ。

 なあウズミ…あんたはどうなんだ?

 ふとシグルドは心の中で問いかける。

 自分が今までしてきたこと…過去が目の前にやって来たとき、あんたはどう向き合っているんだ?

 

 

 

 

 深夜のアスハ邸。

 すでに使用人たちも仕事を終え、暗くなった邸の中、ウズミはある部屋へと向かった。

 その部屋はすでに主のいない部屋…しかし、調度品類は当時のまま残され、手入れが行き届いていた。

 自分がもういいと言えば、それで終わるかもしれない。

 しかし、生前の父もそうであったように、やはり二の足を踏んでしまう。

 その心中を察してか、長く使えている使用人たちが有志として子の部屋の掃除を行っている。

 かつて…ミアカが使っていた時と変わらないように。

 ウズミはベッドに腰を下ろし、彼女が使っていた勉強机へと目を向けた。

 よく…こうやって彼女の話を聞いていた。

 思えば、それは彼女に対してでなくても今もしているか…

 ‐何をお考えになっておられるのですか、ウズミ様?‐

 ふと誰もないはずの背後から声が問いかけてくる。

 穏やかで落ち着いた、朗々とした涼しげな声。

 その者もすでに亡く、この世に存在しなくなったにも関わらず、ウズミに語りかけてくる。

 それとも自身が生み出した幻影か。

 「なに…カガリ(あの子)のことを考えていた。」

 ウズミはその声に対してつぶやく。

 先日の襲撃事件以来、カガリはその多くの時間をこの邸で過ごしている。時折、近辺に出歩くことはあっても軍施設や政府庁舎にまで足を運ぶことはない。以前であれば、どれほど言い含めても飛び出し、ときに自分に問い質そうと立ち向かってきたのだが…。

 彼女の侍女マーナは、これで少しお転婆が解消されてくれればと冗談めかしたことを言っていたが…。

 「…そんなあの子をまぶしく感じる。」

 飛び出すな、無鉄砲だ…どんなに諫めてもそれでもなお彼女は止まることはしなかった。

 『若い』というだけではない。

 何か『行動』しなければ、何も『変えられ』ないと直感しているからではないのか。

 今の理不尽を変えたい、もっとよくしたい…

 そもそも『政治』とはそこから始まっているのでは?

 それは自分も信じた道であった。

 望み、そして理想のためにただひたすら進み続けた。たとえ向こう見ずと非難されても、夢想家だと揶揄されても、行動しなければ思いをなければ何も変えられないと信じて…。

 ‐ヘリオポリス(・・・・・・)のことですか?‐

 どこか寂しげさを含むその問いかけは、しかし見えない刃となってウズミの胸を貫く。

 かつて国のさらなる発展のために建造された宇宙コロニー。

 そして、中立にもかかわらず極秘裏に地球軍のMS建造に協力し、ザフトの強襲によって崩壊した。

 その背景に政治的意図や闘争はあったにせよ、そこに住む人々にとって『日常』を壊され『住む場所』を失い、そして住人の中には奪い、奪われる戦火に身を置いた者もおり、戦火に巻き込まれ命を落とした人々もいる。

 その事実がウズミの心に暗い影を落とす。

 「なあ、イクマよ…。」

 ウズミは自分の背後にいる存在へと問いかける。

 「私は変わってしまったのか?」

 それはいつからか?

 愛する人と歩む道を違えた時からか?

 守るべき存在を守れず失った時からか?

 友を失ったときから?

 しかしその者から返事はなかった。

 当たり前だ。

 もう彼はいない。彼は過去の者なのだ。

 もし答えが返ってくれば、それは自分のそうであってほしいと望んだ都合のいい答えだ。

 ‐ウズミ様、たとえ、現在と過去が重なって見えても、それができたからと過去は変えられません。‐

 その幻影は静かに答える。

 それともこれが自分の中に渦巻き噴き出しそうな熱を止めるべき出た言葉か?

 「だからこそ、だ。」

 現在を守らなければ…

 その選択の先が何か見えている。

 それでも歩むべきか、止まるべきか…

 

 

 

 

 フィオリーナことフィオが留置所から釈放されたのは拘束から48時間経った午後、あれやこれやと手続きでやっと出られたのは、日も暮れたことであった。

 出入り口付近まで進んだところで見知った顔に出会い、フィオは駆け寄る。

 「ミレーユ~!会いたかったよ~!」

 フィオは勢いよく彼女に抱きつく。

 ミレーユは戸惑いつつも受け止める。

 「ごくろうさま、フィオリーナ。」

 「もう帰っちゃんたんじゃないかと思ったんだよ~。」

 自分が拘束される前のシグルドとのやりとりのこともある。

 もう彼女はオーブを出たのではないかと思っていた。シグルドはいまだ逃亡中だし、レーベンも一緒に逃亡している。

 そうなったら、誰が自分の釈放に尽力してくれるか、それともずっとこのままか?

 フィオは不安でいっぱいだった。

 「ねえ…私、無実ってことなの?シグルドはまだ逃げているの?まだ追いかけられているの?」

 安心したやいなやフィオは矢継ぎ早に現在の自分の状況を訊ねる。

 最初の数時間は聴取を受けたが、聴取らしい聴取はすぐに終わり、あとは暇を持て余すだけの時間であった。あまり情報が入ってこない中であったので気になって仕方がない。 

 「そうね…。まだ彼の拘束命令は取り下げられてないわ。」

 「え~!?じゃあ、なんで私、出れたの!?」

 シグルドが無実であると証明されていないのであれば自分もそうだ。

 なのに、自分は釈放された。

 わけがわからないフィオを前にミレーユは訳ありの笑みを向けた。

 「それは…私があなたに頼みたいこと(・・・・・・)があるからよ。」

 「え…。」

 その言葉にフィオは少し嫌な予感を覚えた。

 

 

 

 

 朝の9時、モルゲンレーテ。

 従業員の通勤で入り口に多くの人が入って来る中で、来客用の入り口では幹部社員たちが要人の出迎えに立っていた。

 やがて、1台の車が入って来て駐車スペースに停まる。

 運転手がまず降りてきて、後部座席のドアを開く。

 そのタイミングを見計らって、幹部社員の1人が前に進み出る。

 「お待ちしておりました、ウズミ様。」

 ウズミは今日、モルゲンレーテの視察に赴いたのであった。

 「さあ、こちらです。」

 先導する人に案内され、ウズミは建物内へと歩き出す。

 その後ろに秘書官と残りの幹部社員たちが続いていく。

 社内を案内し、そして懇談会を行い…それが今後の予定だ。

 ここにいる誰もがそれが順調に行われていると思っていた。

 その考えを、

 認識を、

 まさしく一瞬にして吹き飛ばすことがおこった。

 突然の爆音と地鳴りのような衝撃があたりに響き渡る。

 何かが爆発した。

 この場にいた者たちがそう認識するまで、少しの時間を要した。

 

 

 

 




あとがき

どうも最近、パソコンの調子が悪く(おそらく中のディスクとかそこあたり…)、
ひどい時だとワードで文字を一句打って変換したときにしばらくフリーズしたりするぐらい…(汗)
ようやく話が進めることができるぞってときに…(泣)
この話を今年中に終わらせるぞと思っていましたら、もう年末…
パソコンを新しいのに変えるまでなんとかやっていきますが、ふたたび投稿間隔が
広がるかもしれません。
どうかご容赦ぐださい。
では、よいお年を



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PHASE-55 光り輝く天球・捌 ‐紅き炎 前編‐

どうもご無沙汰です。
もう8月ですね!?
なんか…あっという間…今年前半の記憶がほとんどない…



 

 モルゲンレーテで起きた爆発の音は宿泊所にも聞こえてきた。

 「ええ…そう。」

 遠くから聞こえてきた轟音に異変を察知したマキノはすぐさま同僚に連絡を取った。

 「じゃあそっちの準備、進めておいて。こっちもできるだけ向かうから。」

 通話を終えたマキノは振り返りシグルドたちへと向いた。

 「モルゲンレーテで爆発が起きたわ。」

 そして、マキノは現在の状況を報告する。

 「といっても規模も小さくて場所は来客用の駐車場。そこに停められていた車がとつぜん爆発したとのことよ。政府はテロの可能性をふまえてモルゲンレーテ周辺をすぐさま封鎖、会社はすぐに社員の避難を始めているわ。本島(こっち)はまだ市民にテロの情報はいってないし大騒ぎとはなっていないけど、オノゴロへの幹線道路に規制をかけているから道路渋滞や公共交通機関に遅れなどの混乱が発生してくるでしょうね。そして、行政府では代表が主要首長たちに召集をかけている。」

 「…そうか。」

 おそらく初動がこうならば、政府はテロの可能性をふまえて動いたのであろう。

 テロが起きたときは後手に回りやすい。

 ある意味、奇襲攻撃と同じようなものだ。

 ならば、それが空振りであったとしても、法律の範囲内で動いた方がいいと判断したのであろう。

 と、外野からオーブ政府の対応に評価しつつシグルドはマキノとクオンへ目を向けた。

 「…で、おまえたちは?」

ならば、政府職員および軍関係者の2人には緊急の召集連絡が来るはずだ。

 「私は行政府に行くにしても、道路が混雑しているから別のところで情報分析するってなっているわ。」

 マキノは問題ないとした。

 一方、クオンは…

 携帯端末にシキからの緊急呼び出しがかかっていた。しかし、彼女は呼び出しを取ることなくは部屋の端っこの棚の隙間に放り投げた。 

 「どっかに落としてきた。」

 「…じゃあ、そういうことにしておこう。」

 彼女と連絡つかないことに動揺するシキが容易に想像できるのと同時に、あとで自分に協力していたと分かれば何か言われるであろうと思いつつ、シグルドはうなずいた。

 実際、2人がいなければどうにもならないのだ。

 なにせ他はレーベンを除いて…

 「あ~連中、やっぱり危険な連中だった。取引をうまくごまかして正解だったぜ。…はっ、まさかそれで俺を殺そうとしたのか…。」

 首を突っ込みたいのか、それとも関わりたくないのかわからない商売人と、ここにはまだいないがうさんくさい隠居老人しかいない。

 正直、マキノとクオンの存在はありがたい。

 「…けど問題はここからよ。」

 マキノの顔は浮かないものであった。

 彼女の職場はテロを止めるために活動しているのだ。いくら犠牲者がいないからといって喜べるものではない。

 「これがカムロの仕業としたら目的は何?」

 昨日、クオンが接触してもそれだけはわからなかった。

 だからこそ、彼らの言う『ある段階』まで待つことにした。その結果なのだ。

 マキノは自分の中で懸命に言い聞かせながら、資料やデータを目にして考える。

 「彼らの主義主張から考えて、一番狙われやすいのはアジアタウンやオロファトの中心街かと思っていた。」

 しかし、実際爆発が起きたのはモルゲンレーテ社。

 確かに以前はサハク派が実権を持っていたが、今はウズミが掌握している。

 「けど、来客用の駐車場だった。今は通勤時間帯だから社員用の方が人は多いのに…。」

 無差別のターゲットとしては格好のはずだ。

 「じゃあ、他に何が狙い?M1が狙いでもおかしい…。」

 それを囮にして、浮足立ったところでM1を奪取するにしても工場区から離れ過ぎているし、なによりM1を持ち運べる人員はそこまでいないはずだ。

 ふと、来客のスケジュールに目が行き、ポツリとつぶやいた。

 「この時間、ウズミ様が視察に来ていたんだ。」

 「ウズミが?何で?」

 シグルドがその名前を聞いたことに嫌そうな顔で質した。

 「何でってあなたたちがやってくれたゴタゴタの一件の後、ウズミ様がふたたび任じられたからよ。襲撃事件やあなたの逃亡と一緒にね。」

 マキノはコンピューターで状況を確かめる。

 「ウズミ様はその爆発のとき来客用の駐車場にいたけど、車から距離が遠かったから無事よ。すぐに護衛として駆け付けた兵士とともに避難してこの後、軍本部でキサカ一佐と合流することになっているわ。」

 「…っ、…ウズミ・ナラ・アスハ。」

 ふとクオンは思い出したようにその名を呟いた。

 「ごめん。クオンとしてはあまり名前を聞きたくないけど、私としては…。」

 「カムロは私にとっていい話と言っていた。」

 「たしかにそう言っていたな、なんか調べたって…ん?」

 シグルドはふとあることに気付いた。

 「そうか…狙いはウズミか。」

 そうなるとカムロが言っていた意味もわかる。

 「あっ…あのこと?」

 マキノも気付く。

 「だからいい話って…。っていうか、アイツ事情なんか知らないくせに愉快そうに言ってっ。」

 「ウズミ嫌いのサハク派にとってそういうのは英雄同然なんだろ?…あっ。」

 「おいっ、今、なんかすごっく物騒な感じな話していないか?」

 一方、3人の話についていけていないレーベンとキリであったが、彼らが抽象的に言っている言葉の内容に不穏さを感じていた。

 「なんか聞いちゃいけないようなこと…?」

 知りたいけど、聞かない方がいいような…。

 こういうときに限って知っていそうなユゲイがそこにいない。

 「けど、狙いって言っても、ウズミ様は無事だったのよ。今では兵士たちもいる。これじゃあ…。」

 「いや、もう1人いる。」

 マキノの言葉にシグルドが被って言う。その表情には焦りが見えた。

 「もし、その話を聞きかじっただけだとしてもアスハの人間で関わっている人間がもう1人いるんだ、マキノ。」

 そう言うシグルドの表情に焦りが見えた。

 「カガリ、だ。」

 その時、部屋の外の陰に小さな人影が動いたのだが彼らは気付かなかった。

 「カガリ様ですって…?」

 マキノもそこまで考えに至らなかったようだ。

 カガリは今何も役職もついていないし、職務もしていない。護衛がついておらず手薄だ。

 「だけど…。」

 マキノはうーんと唸る。

 どうしても合致しないのだ。

 カムロはサハクを支持しているが、それでウズミやカガリを狙うのは唐突過ぎる気がした。

 「彼らは何をしたいの?」

 まったくもって彼らの目的が見えてこない。

 「とにかく、今すぐカガリの元へと向かう。」

 シグルドは立ち上がる。

 先日の一件以来、なるだけ接触がないようにしてきたが、彼女の身に危険が及ぶとなればそうと言ってられない。

 「そうね…。」

 マキノも今は目の前のことに集中しようと息を吸って吐いた。

 「ユゲイ様にも伝えてあの人から…。」

 政府や軍本部に口利きしてもらおうと思い、彼がいるであろう空間に目を移した。しかし、彼の姿がそこになかった。

 「いない!?なんで!?」

 爆発の音を聞き、職場に連絡を取った時にはいたはずだ。

 「いや~困った、困った…。」

 すると、困り果てた顔でユゲイが部屋へと戻って来た。

 「…どうしたものかのぅ。」

 マキノとクオンの顔を見ると、悩まし気にうなる。

 「なによ、人の顔を見てから困らないでくれない。」

 いったいどこにいたんだと咎める気もなれなかった。

 こんな状況でもペースを崩さないユゲイに呆れを通り越してむしろ感心してしまいそうになる。

 「いや~のぅ…そなたらが知れば怒りそうでのぅ…まったく目を離さんようにと言うておったのに…。」

 「何が起きたんですかっ、まったく…。」

 こっちは急いでいるのに、ユゲイは自分の困りごとをなかなか言おうとしない。

 無視したいのであるが、彼に頼み事もあるためできない。

 それに、なにか彼の困り事が気になってしまうのだ。

 「ユゲイ…言いたいなら早く言ってくれ。」

 シグルドも我慢できずに問う。

 それでもユゲイの話を聞く気であるのは、これほどマイペースだがこの状況に関して無関係でもないと分かっているからだ。

 「ふむぅ…実はのぅ。」

 ユゲイは観念したとばかり話し始めた。

 「さっきここにいたはずのケントくんの姿が見えんのじゃよ。」

 「はあ!?ケント!?」

 「どうして…。」

 あまりにも突然出た名前にマキノとクオンは驚く。

 彼女たちは3日前の出来事以降彼が関わっていないと思っていたのだ。

 「いや~一昨日、ここにメリルとともに来たのじゃよ。あの子とはああ口約束したもののあの年頃の好奇心はなかなかじゃからのぅ。だから敢えてシグルドたちは無事に匿われてますよ~ということにして内緒にするとしたんじゃが…学校に行く前にまた遊びに来てのぅ。とはいえ、この爆発騒ぎだからそなたらに会わすわけにも行かず、学校に送ろうとここのスタッフに頼んだんじゃが…どうやら目を離した隙に姿が見えなくなったんじゃよ。」

 「私たちそんな話聞いてないわよっ!?」

 信じられないといった顔でマキノは訴える。

 「じゃとて、そなたらにいいかと問えば反発するであろう。」

 「そうですけどっ!?」

 実際、今ものすごく文句を言いたい気分だ。

 「第一、シグルドたちもなんでユゲイ様のこんなことに付き合っちゃったのよ。あなたたちだってあの子を巻き込みたくなかったでしょっ。」

 「そうだが…言おうにもすでに来てたんだからどうこう言えるもんじゃないだろ?」

 「あ~もうっ。」

 マキノは頭を抱える。

 この状況からケントは自分たちの話を聞いていた可能性が高い。

 そして、シグルドを助けように何かをしなければと支院から飛び出したのではないか?

 そう考えると、きっとケントはカガリの元へ向かったはずだ。とはいえ、彼はカガリのことを知っているのだろうか?

 「なんで?なんでそうなるのっ!?」

 マキノはクオンを見やる。

 彼女は普段あまり感情を顔に出さない方だが、今回は激しく動揺しているのが目に見えてわかった。

 マキノがもっとも懸念していたことだ。

 「…いったい何を考えているの?」

 クオンがようやく声を絞り出して彼らに問い質す。

 「こっちは…ケントくんを巻き込まないようにしていたのに…。」

 彼らを見るクオンの目は怒りで満ちていた。

 「とはいってものぅ…クオンよ。」

 ユゲイは彼女の怒りに臆することなく話す。

 「あの年頃の好奇心はなかなかなもんじゃい。いくら大人たちがダメだと言うても見たく、聞きたく、したくなるのだよ。だからワシやメリルは敢えてシグルドに会わせて無事に匿われているという風に知ってもらい、それを内緒にするということにしたんだ。」

 「それはあなたたちの尺度じゃないですか!?」

 クオンは普段では見られないような声を荒げる。

 「あの子は…あの子はあなたたちや私たちと違う。学校に通って友だちを作って…そして帰る家があって待っている人がいる。あなたたちだってそれを後押ししているのに…なんで!?」

 「落ち着け、クオン。」

 シグルドは肩をポンと叩く。

 「ケントが行ったとしても子どもの足だ。なら、こっちがカガリの元へと向かえばケントも守れる…そうだろ?」

 シグルドは彼女を落ち着かせるように状況を、そして自分たちがすることを筋道立てて話す。

 「えっ、ええ…そうね。すぐに追いかければなんとか…。」

 クオンも冷静さを取り戻そうと彼の考えを反芻する。

 「ねえ、ケントはカガリ様のことを知っているの?」

 マキノはシグルドにさきほどから思っている疑問をささやくように訊いた。

 そもそも彼らが知り合いでなければその前提条件が崩れる。それをクオンには聞かせられない。

 「ああ…ユゲイ、ケントはカガリと知り合いか?」

 そこは一番知っていそうなユゲイにシグルドは聞いた。そっちの方が手っ取り早い。

 「ああ、そうじゃ。」

 ユゲイはうなずき詳しく答える。

 「ケントが小学校に入ったばかりのころ、あの子、行政府の託児施設から脱走したっていう騒動があったのじゃよ。」

 「脱走?」

 「冒険という名の脱走じゃ。場所が場所なだけに大人たちが一生懸命探し回った結果、見つかったのは代表執務室だったのじゃ。」

 「なんかその後の話が簡単に見えるぞ。」

 「ああ。そこから出そうにも嫌がって…まあウズミがいいっていっておったからのう。 まあ、それでそなたの予想通り、お母さんが仕事終わるまでいることになったじゃ。まあ、一応彼にも仕事があるからその間はちょうど学校から来たカガリ様が遊び相手になったというわけさ。そういう経緯じゃ。」

 「…2、3年前に子どもが脱走したそんな話聞いたことあるけど、あれ、ケントだったのね。」

 職場が同じ建物であるマキノはそういえばそんなことあったなと思い出した。

 「…となれば。」

 あとはカガリを見つけるためにケントがどこに向かったのか場所を探せばいい。

 レーベンにオーブ本島の地図と3色のペンと画鋲を持ってこさせた。

 そしてシグルドは赤と青のペンで道をなぞっていく。

 「何しているの?」

 レーベンの疑問にシグルドは答える。

 「昔、映画やドラマであっただろ?2つの殺人事件が起きるんだが、それぞれの容疑者にはアリバイがある。一見、接点は無いように見えたが、それぞれの容疑者は通勤のための同じ交通機関を使っていた。そこで交換殺人を互いに提案、実行されたって言う内容だ。カガリが俺に会いに行くっていっても軍事施設とか部隊のオフィスか、だ。幼い子どもが行って1人でウロウロするのは危険だ。そこで俺たちは互いが通るルートから交わったところで 会うようにしていた。」

 「もしかして…それをカガリさんとケント君もしていたと?」

 「ああ。あいつの性分からあんまし堅苦しいところっていうのは嫌だろうしな。ユゲイ、ケントの家と学校は?」

 「ええっと…こことここじゃ。」

 ユゲイが指示した場所を、シグルドは緑のペンで印をつける。そして、先ほどと同じようにその2つの点の道をなぞっていった。

 「いくつもルートがあるよ。」

 一通り書き終えたシグルドはペンで地図を指しみんなに説明する。

 「このくらいの子どもはいろいろ寄り道する。赤がカガリ、青は俺、そして緑がケントのルートだ。俺のを加えたのはここ数日のことを考えてあいつの性分から俺に会うか会わないか考えてウロウロしているはずだ。」

 逃亡している身の人物が従来のところにいるはずがないと考えるが、自然と足をそちらに運んでしまいがちだ。だからこそ、シグルドは自分のも加えた。

 「この3つの線が通る近くに会うには最適な場所は…。」

 すると海辺の近くにある公園があった。

 「ここだ。ワダツミ海浜公園。ここならアスハの屋敷も近いし、『秘密基地その2』もある。そこにカガリがいるだろうし、ケントも向かったはずだ。」

 『秘密基地その2』とは何?2ってことは1もあったのか?

 他の者たちがその単語に対してそんな疑問がでる反応を気にもかけず、シグルドは銃の入ったホルスターを腰にかけて準備する。

 「キリ、車を出してくれ。すぐに向かうぞ。」

 「私も行くっ。」

 防弾ジャケットを羽織り、銃をホルスターにしまったクオンも彼らの所に来る。

 「クオン、お前が行ったら、先日来たのが潜入だとバレるぞ。」

 そうなればカムロたちは行動を早めてしまい、もしかしたら最悪な結果になるかもしれない。

 そこまで考えが回らない彼女ではないはずだ。それともまだ落ち着きを取り戻してないのか?

 「あなたたちが撃ち合いになった時、誰があの子を守るのっ。」

 クオンは引き下がらない。

 「私があの子の安全な場所に避難させる。それなら彼らにも顔を見られないでしょっ。」

 「あ~、こんちくしょうっ。」

 シグルドは悩んだ。

 彼女の言い分も一理ある。

 自分とキリだけじゃあケントを撃ち合いの外に連れだせない。

 彼女がバイクで行けば可能だ。

 「ええい、行くぞっ。」

 シグルドは折れ、彼女も行くことに同意した。

 もはやこれは賭けだ。

 万が一もあるが、彼女の腕を信じるしかない。

 「いや俺、銃持っていなしそんなに射撃は…だから俺が行っても…」

 なんかもう撃ち合いが前提の話だし自分も行くことになっていることにキリはそんなところに行かないように遠回りに言い訳をする。

 すると、クオンが持ってきていた鍵付きのバックを取り出して中を開けた。そこから銃を1丁取り出し、キリに渡す。

 「これでいいでしょ。」

 「えっ…。」

 思わぬことに戸惑いつつも受け取ってしまった。

 これで自分も行くこと決定だ。

 その様子を見ていたシグルドは溜息をつく。

 「キリに貸せるなら俺だって貸してもらいたいんだが…。」

 しかし、クオンはお断りだと無言で答える。

 「ダメか…。」

 シグルドは仕方なく予備で持ち歩いている銃を使うことにした。

 「ワシは軍本部へと向かってこの一連の事件について話を通しておく。ここにはメリルに来てもらおう。」

 ここでただ成り行きを待つ気のないユゲイは立ちあがる。

 「私も自分の職場に行くわ。」

 そして、マキノもまた立ちあがる。

 「といっても、別オフィスにね。そこのコンピューターならケントも探せる。動いている連中を追跡できるわ。」

 「じゃあ、頼む。」

 「ああ、ちょっと待てっ、シグルド。」

 クオンとキリが支院から出てからマキノは呼び止めた。

 「もしかしてさ、あんた…。」

 何かを聞きたそうであるが、そこで言葉が途切れる。

 「何だよ?早く聞けよ。」

 外ではクオンはバイクに乗っていて、キリが待ち切れないとクラクション鳴らしている。こっちも急ぎたかった。

 「いや…いい。」

 マキノは思い直したように頭を振る。

 「とにかく…ケントを無事に見つけてね。」

 そう言ってマキノも支院を出て行った。

 ユゲイも出て行くのを見た後、シグルドはキリのバンに乗り、大急ぎでワダツミ海浜公園に向かった。

 

 

 

 

 カガリはワダツミ海浜公園の遊歩道を1人、歩いていた。

 ここはアスハ邸からもオロファト市の中心街からも近いためよく訪れる場所であった。

 散歩しながら海側へと目を向けると高層ビル群と緑豊かな森林と対照的な景色を重ねている見ることができ、さらにその先の、どこまでも広がる水平線を一望することができる。

 ここはある意味オーブのすべての面を見ることができるのだ。

 しかし、ここ最近のカガリはそれらをゆっくりと見る余裕はなかった。

 ここ最近の出来事が、さまざまな考えがずっとカガリの中で巡り続け、終わることのない堂々巡りとなっていた。

 模索していた。

 しかし、同時に自分の無力さを痛感した。

 あれこれ考えていたカガリであったが、遠くから爆発音が聞こえてきたときはハッと顔を上げた。

 今のは…?

 おそらくオノゴロの方であろう。

 遠く黒煙が上がっている。

 何かあったのか?

 カガリはその場所へと行こうと駆けだした瞬間、脳裏にモビルスーツの爆発がフラッシュバックした。

 「あっ…。」

 足を止め、ふと手のひらを見ると血がこびついていた。

 違うっ

 カガリは否定し懸命に首を振ってふたたび手のひらを見ると血は付いていなかった。

 錯覚だ

 しかし、ふたたび足を踏み出すことができなかった。

 また誰かを傷つけるのでは…

 思い悩んでいると、公園沿いの道路に車が1台停まり3人の兵士が降りてきた。

 「カガリ様っ。」

 兵士たちはカガリの姿を認めるとすぐに彼女のもとへと駆け寄った。

 「モルゲンレーテで爆発が起こりました。」

 「モルゲンレーテだって!?」

 オノゴロだろうとは推測したが、まさかモルゲンレーテとは思わなかった。

 また襲撃があったのだろうか?

 今日は平日で多くの社員が出勤しているはずだ。

 そこにはカガリの見知っている人達もいる。彼らは無事か…

 あれこれ考えるカガリはふとあることを思い出し嫌な予感を覚えた。

 「…っ、お父さま。父が、ウズミ前代表がいたはずだ。無事なのか!?」

 今日の午前中にウズミが視察に行くと邸での会話をたまたま聞いていた。

 まさか、巻き込まれてしまったのか…

 「はい。駐車場で爆発がありましたがけが人は今のところおりません。社では従業員の避難誘導を行っており、ウズミ様も護衛の兵士とともに避難されました。」

 「そうか…。」

 ウズミも社員も無事であると知ってカガリは安堵した。

 「しかし、いつまたどこかで爆破されるかわかりません。カガリ様も避難するようにとのことで迎えに上がりました。今からご案内いたします。」

 「ああ…だが…。」

 カガリは兵士の言葉に戸惑った。

 いつもであればこういった緊急時にはキサカが来るはずだ。

 安全上のためにそうしている。

 しかし、ここで彼らを拒否してどうなる?

 勝手な行動をしてまた誰かが傷ついたら…

 カガリは乗ろうと車の前までいった。 

 「ダメっ!」

 すると、カガリの腕を引っ張って止める存在があらわれた。

 「ケントっ!?」

 カガリは驚く。

 確かにこの公園はケントと遊ぶときの待ち合わせに使っている。

 しかし、なぜいまここに現れたのか?

 そもそも今は学校に行っている時間のはずだ。

 「カガリ、ここで待っていよう。もうすぐシグルド兄ちゃんも来るからっ。」

 「シグルドっ…シグルドがっ!?」

 カガリは思いがけずケントからシグルドの名前が出て驚く。

 ケントは説明をする。

 「あのね…もうすぐ危ないことが起こるんだっ。お兄ちゃんたちは、その人達を一生懸命探していたんだっ。その人達が軍に紛れているかもしれないって。しかも、カガリを狙っているって…。」

 「カガリ様っ。」

 すると兵士の1人がケントに割って入って来る。

 「たかがこどもの戯言です。事実確認はこちらでいたしますので、まずは車にお乗りください。」

 兵士は必死に説得しようとするが、カガリは彼の言葉などすでに聞いておらずケントから視線を外さなかった。

 ケントは懸命に自分に伝えようとしていて嘘を言っているようにも思えなかった。

 しかし、状況がわからない。

 これから何かが起こるだって?あの爆発はそのためのものなのか?

 けど、なぜシグルドがそれを追っているのだろうか?

 オーブはシグルドに恩を仇で返すような真似をしたのに…

 それにケントはどこでシグルドと会ったのか?

 あれこれ考えるが見当もつかない。

 とにかくケントからさらに詳しく聞こうとケントの方に体を向けた。

 が、突如、兵士がケントを突き飛ばした。

 思いっきり突き飛ばされたケントはカガリから引き離され地面にぶつかるように尻餅をついた。

 「何をするんだっ…。」

 カガリはいきなり子どもに対して暴力を振るった兵士に抗議の声を上げたが、その声は途中で遮られた。

 彼女の前にナイフがつきつけられた。

 「おとなしくしろっ。」

 反射的に体が固まった隙をつかれ、カガリは兵士に腕を抑えられる。

 「このっ…。」

 カガリは抵抗を試みるが、叶わず、後ろ手に縛られた。

 もう1人の兵士が銃を抜き、ケントの方へ銃を向けた。

 それが視界に入ったカガリはケントを見るが、彼は立ち上がってなかった。

 「逃げろ、ケント…逃げるんだーっ。」

 このままではケントが殺される…

 そう思ったとき、遠くから車のクラションが鳴り響いた。

 なにが…?

 兵士たちとカガリはその方向を見ると1台のバンが近づいてきていた。

 「おいおいっ!連中、やる気マンマンだぜっ。」

 兵士になりすました男たちは、銃を構えこちらに向けていた。

 「これじゃあ、こっちがやられるっ。」

 キリは叫んだ。

 「時間稼ぎだ(・・・・・)っ。思いっきりアクセルを踏めっ。」

 シグルドは銃を構え、上体を窓から出すと撃ちこんだ。

 カガリの姿が見えた。

 カガリっ

 「シグルドっ!」

 すると、キリに襟首をつかまれた。

 相手のうち2人が発砲してきたのだ。

 キリはシグルドを車内に戻させ、急ブレーキかけながら車体を横に向ける。

 そして車から降り、車の盾にしながら男たちに向け発砲した。

 シグルドっ!?

 カガリは残りの1人に後ろ手に縛られ車に押し込められようとしていたが、バンの人物を見た。

 もう1人、シグルドの士官学校時代の学友のキリ・イリカイだということも認めるが、彼女が一番気にしていたのはシグルドであった。

 ケントの言った通りシグルドが来たっ

 この状況下で彼が来てくれる嬉しさ反面、戸惑いとうしろめたい気持ちがあった。

 なぜ?

 自分に関わってまた命を落としかねないのに、彼に対し何も報いていないのに…

 そのためか…カガリは声を上げることもしなかった。

 「うわわわっ…。」

 その頃、ケントは自分の近くで鳴り響く銃声に驚いていた。

 とにかくこの場所から避難しようと身をかがめたまま逃げようとするが、四方八方から鳴り響いているように聞こえて、どこに逃げていいのかわからなかった。

 なんとか這いつくばって進もうとした矢先、

 「危ないっ。」

 誰かが覆いかぶさったかと思うと何かジャケットのようなもの体を被せられた。

 ケントはその聞き慣れた声にちらりと見上げるとクオンの姿があった。

 「クオっ…。」

 ケントは喜びの声を上げようとしたが、その前にクオンに「静かに」と言われた。

 クオンは偽兵士たちに自分の姿を見られないように、またケントをすぐにでも遠くに逃がせるように撃ち合いを背にしているが、ちらりと様子を窺って隙を見ていた。

 「くそっ!」

 シグルドは撃ち合いの状況に我慢の限界がきていた。

 これでは埒が明かない。

 シグルドは銃弾をふたたび弾倉に装填している間に叫んだ。

 「その子を早く遠ざけろっ。」

 そしてシグルドはふたたび銃を構えた。

 「行くわよ…走ってっ。」

 それを合図にクオンは小声でケントに言った後、彼を立たせ走らせる。

 ケントは訳もわからないまま、それでもクオンの言葉に従い、走る。

 それに気付いた1人の男がケント達に銃を向けた。

 が、それはシグルドたちの銃弾によって遮られる。

 結局撃てず、ケントを逃した男はもう1人の男に耳打ちする。

 状況が不利と判断した彼らはカガリを抑えていた男が彼女を車に押し込めるのを見た後、応戦しながら車に乗る。

 「シグルドっ!あいつら、逃げるぞ。」

 「言わなくてもわかるっ。」

 シグルドは発車し後方転回した車に狙いを定めて銃を構えるが、銃弾は届かなかった。

 それでもシグルドは車の、後部座席にいるカガリに目を離さなかった。

 「くそっ。」

 シグルドは舌打ちした。すでに車は遠くへと去って行ってしまった。

 

 

 

 

 ユゲイが軍本部に急行して事の次第を話したのはリャオピンであった。

 「ウズミ様と姫さんが狙いだってっ!?」

 彼の話を聞いたリャオピンの反応は驚きの中に呆れも混じっていた。

 「連中、それで何がどうなるって思っているんだ?」

 狙いはなんとなくわかるが、しかしそれが出来たからといって彼ら(・・)の状況が変わるわけでもないのだが…。

 「それはワシにもわからん…。だがどうであろうとも、連中が狙っているのであればワシらも対応せねばならんじゃろ。」

 ユゲイも溜息をついた。

 「だとすると…この爆発騒ぎを起こしてその隙をつくってことか…。」

 「とにかく…避難したウズミのもとに行かねば…。」

 ウズミは一旦軍本部の一室へ避難している。そして安全が確認され次第、行政府へと移動することになっている。

 2人はその部屋へと向かっていると、リャオピンの同僚で同じくウズミの秘書官であるチェヒがキサカとともにやって来た。

 「ウズミ様からまだ連絡がないのよ。」

 チェヒはリャオピンに説明した。

 軍本部に避難した後、執務室に連絡がいくことになっている。

 しかし、もう着いてもいい時刻になっても連絡はない。

 そこでイズガワはチェヒとキサカに確かめるように頼んだのだ。

 それを聞いたリャオピンとユゲイは互いに顔を見合わせる。

 まさかすでに連中は事を為したのか?

 「とにかく…部屋へと向かおう。」

 彼らはキサカ配下の数人の兵士たちともにウズミが避難することになっている部屋へと向かった。

 部屋の前へと着くとキサカの手の合図のもと兵士たちは配置につき、中の様子を探ろうとリャオピンはドアの傍から聞き耳を立てる。

 兵士たちは銃を構え、チェヒもまた隠していたホルスターから銃を抜く。

 リャオピンが合図を出せば、すぐにでも突入できるようにするためだ。

 しかし、リャオピンが訝しむような表情となっている。

 「どうした?」

 キサカは小声で訊く。

 「…なんか様子がおかしい。」

 中が静かであった。

 すでにいないのか?

 「チェヒ。」

 先に彼女に行ってもらおうと呼ぶ。

 彼女であればすぐさま異変に察知できさらに対応できる。

 それにはキサカも頷いた。

 「行くよ。」

 彼女の合図とともにドアを蹴破り部屋へと入り、兵士たちも続いて入っていった。

 部屋に入った彼らが目にしたのは意外なものであった。

 物が散乱し、数人の兵士たちが倒れている。

 おそらくウズミの避難の際に誘導していた兵士たちだ。

 しかし、ウズミの姿はこの部屋にはなかった。

 「彼らを殺してウズミ様を連れ去ったのか?」

 キサカは周りを見渡し、そう推測する。

 「いや…違うっぽいですぜ。」

 リャオピンは兵士たちのIDを見ながら否定した。

 「これは偽造されたもの…おそらく彼らが偽の兵士(・・・・)だ。」

 「どういうことだ?ウズミ様はどこに?」

 この状況から偽の兵士たちがウズミを狙ったが失敗したことが窺える。

 しかし、肝心のウズミがこの部屋のどこにもいない。

 「…まずいのぅ。」

 そう懸念の言葉を口にしたのは後ろに控えていたユゲイであった。

 「グオ、ホムラに連絡してくれないか?あまりいい状況ではなくなった。」

 「了解っす。」 

 ユゲイの言葉を受けてリャオピンはすぐさまホムラに連絡を入れた。

 キサカとチェヒは、この一連の出来事を承知済みのように振る舞う彼らに互いに訝しんだ。

 

 

 

 

 「うわぁぁぁん~。」

 宿泊所の2階にはケントの泣き声が響き渡った。

 彼が泣く理由はさきほどの銃撃戦で怖かったからではない。いま、自分の目の前に腕を組んで立っているクオンが恐いからだ。

 彼女は何か怒鳴るわけでもなく、ただじっとケントを見据えているだけだが、ものすごく怒っていることがわかる。

 助けを求めようとケントは視線を彷徨わせるが、ドアから覗き込んでいたレーベンとキリはケントと目が合うやいなやさっと顔を隠す。

 彼らもクオンの怒りのとばっちりを食らうのが怖いのだ。

 シグルドもマキノからの連絡を待っているからと部屋にいない。

 完全に1人。

 耐えきれなくとうとうケントは泣き出したのだ。

 「泣いているだけじゃわからないでしょ。ちゃんと説明しなさい。」

 ずっと黙っていたクオンが口を開いたが、ケントにとってこんなにクオンに強い口調で問い詰められたことを知らない。

 「うぐっ…うう…だっで~。」

 ケントは泣くのを懸命にやめようとしたがやはり涙が出てくる。

 「シグ…兄ちゃんたちの…話し声がして…。」

 涙声の半濁音混じった声でいきさつを話した。

 数日前にシグルドと再会してユゲイとああは約束したが、せめてもう1度会いたいとケントは学校に行く途中に支院に寄ってみた。

 すると、遠くから大きな轟き音が聞こえてきた。

 なんだろうと不思議に思いながらも2階にやって来ると、シグルドの他にクオンやマキノもいた。

 彼女たちもいることを知り、うれしく思ったケントはいざ部屋に入ろうとした時、彼らの会話からカガリが危ないと聞こえ足を止めた。

 ケントはカガリのことを知っている。

 お母さんの仕事場にいるおひげのおじさんのところでよく遊ぶ年上の友だち、というのがケントの認識である。

 そして、ふと考えた。

 ここで彼らの中に入っても、きっと危ないからとカガリを助けに行くのにここに残されるだけだ。

 なら、先回りしてカガリに危険を知らせれば、きっとシグルドやクオンも褒めてくれる。

 そう思い立つや、いつもカガリとよく遊ぶ公園にさっそく向かった。

 あくまで公園に向かったのはただいるかもというケントの単純な考えだった。

 そして、たまたまであったが、カガリはそこにいた。

 しかし、なにやら怪しげな男たちと一緒だった。

 きっと彼らが悪いヤツらだ、と思いケントはカガリを引き止めようとした。

 しかし、結果は…ケントが思っていたものとはかけ離れていた。

 男たちに突き飛ばされいとも簡単にカガリと引きはがされ、みすみす男たちを逃してしまった。

 「だって…ボクだって手伝いたかっただもん~。」

 そう言って、ケントはふたたび大声で泣く。

 クオンやマキノから言いつけられているし、ユゲイとも約束はしたが、やはり自分も何かしたかった。

 それにいいことして褒められれば、きっと母親が自分のしたいことを認めてくれると思ったのもある。

 いつもテストでいい点数をとったりお手伝いすると、ケーキや大好きなおもちゃを買ってくれたりするのと同じ…クオンに会いに行くことを許してくれる、その思いもあった。

 「うわぁぁぁん~。」

 ふたたび大声で泣く。

 悔しくて悲しくて泣いた。

 自分だってできるんだって教えたかったのに…自分の望みを叶えたかったのに…結局何もできなくて、さらにケントが会いたいクオンから怒られて…

 散々である。

 クオンをじっと見据えながら、やがておもむろに口を開いた。

 「ねえケントくん…私がなんで怒っているかわかる?」

 「うっ…うっ…クオンの言いつけ守らないで勝手なことしたから…。」

 「それもあるけど…もっと違う…とっても大事なことで怒っているの。」

 「…大事なこと?」

 意外な言葉にケントは戸惑う。

 「それはケントくん…あなた自身よ。」

 「ボクが…?」

 「そう。あの時、ケントくんの周りはとても危なかったの。…大ケガをしたかもしれなかったのよ。」

 クオンはケントにもわかるように、そしてケントが恐がらない言葉を使って説明する。

 「ケントくんに何かあったら…お母さんはとても心配して悲しむでしょ?」

 「…お母さんが?」

 「そうよ。」

 ずっと手伝いたい、何か役に立ちたいと考えるだけで、お母さんに心配をかけることなんていっさい頭になかった。

 ケントは今、それに気付きシュンとした。

 「おい、クオン。」

 その時、ドアからシグルドがクオンを呼ぶ。

 マキノがカガリを連れて行った連中の足取りを掴んだことを知らせにきたのだ。

 彼の隣にはユゲイから呼ばれてきたメリルもいた。

 彼女はそのまま部屋に入ってクオンとケントのもとに行く。

 「まだお母さんが来れそうにないから、私がこの子を預かっておくわ。」

 「お願いします。」

 そしてクオンは立ちあがり、シグルドのところへあくる。

 「ねえ…。」

 去り際、ケントがクオンを呼び止めた。

 彼自身、なぜそうしたかわからない。

 しかし、こんなにも近くなのに、とても遠く感じたのだ。

 距離は変わっていないはず。

 わからず、ふいに呼び止めてしまい、それでもなにか言わなければと出たのはカガリを心配する問いかけであった。

 「…カガリ、大丈夫だよね?」

 すると、シグルドがケントの元に近づき、頭をワシワシと撫でた後、微笑んで言った。

 「ちゃんとここで待っているんだぞ。」

 いきなり撫でられたことに驚き目を丸くしながらケントは彼らを見送った。

 「連中がカガリを連れ去ったのは例の廃倉庫だ。どうやらあそこがアイツらの本拠点で間違いないだろう。」

 廊下を歩きながら、シグルドは説明する。

 「このまま殴りこみに行くが、準備はできているか?」

 「ええ、もちろん。」

 「というか、俺たちも行くの?」

 シグルドとクオンはやる気満々だが、彼らの後ろをついて歩くレーベンとキリだが、2人が行く理由が見つからない。

 キリが代表してその疑問を投げる。

 「ここはあくまで匿われている場所だぞ?」

 向こうできっとかち合うのはギャバン達だけではない。オーブ軍やら警察が来るかもしれない。

 のちの捜査を考えれば、ここにはこれ以上はいれないのだ。

 「う~ん…。」

 まだキリは渋っていたが、支院からでると普通にバンの運転席に座った。

 「…本当に大丈夫か?」

 助手席に座ったシグルドはウインドウからバイクに乗るクオンに再度念を押しするように訊く。

 「…ええ。」

 クオンは短く答えた後、なにか口ごもるように小さく呟いた。

 「甘かった。ただ、それだけ。」

 「…そうか。」

 そして、先にバンが続いてバイクが発射し、廃倉庫へと向かった。

 

 

 

 

 モルゲンレーテの工場区ではテロ対策のマニュアルに則り、 M1アストレイを別の区画へと避難する作業を行っていた。

 M1を乗せたトレーラーが出ては入ってと繰り返している。

 「あらかたの避難は完了したぞ。」

 ウィルことウィリアム・ミッタマイヤーは搬送作業の進捗をシキに報告する。

 現在、教導部隊は避難誘導兼作業員及びモビルスーツの護衛を行っている。

 「ああ…。」

 シキはウィルからの報告にうなずくが、どこかから返事のようであった。

 彼はずっと携帯端末を見ている。

 「ハツセはまだ出ないのか?」

 ウィルはこっそりと訊いた。

 彼女であれば呼び出しや にすぐに出て現場に来る。

 しかし彼女は現れず、呼び出しにも応答しない。

 「嫌な予感がする。」

 「状況が状況だからか?」

 とはいえ、クオンのことに対してウィルが関われることはない。

 「他の隊員には、ハツセ二尉は二佐に対してストライキを起こしていると伝えておいた。」

 彼ができることと言えば、彼女がいないことに対して不審に思う隊員に冗談を言うだけだ。

 「ああ、彼らもそれで納得するだろう…。」

 シキの返事はやはりうわべのような感じであった。

 というか、ストライキを起こされるようなことをしている自覚があるのか?

 とそこへ、シキの端末から呼び出し音がけたたましく鳴る。

 いきなりのことで思わずウィルは驚くがすぐに顔をのぞかせる。

 「ハツセ二尉!?」

 しかし、シキは眉間にしわをよせて「いいや」と首を横に振った。

 「リャオピンからだ。」

 

 

 

 

 (はーいっ。シグルド、クオン…聞こえる?)

 廃倉庫へと向かっている道中、マキノから通信が入った。

 「ああ、聞こえているぞ。それでそっちから何かわかったか?」

 間髪入れず、シグルドはカムロたちの動向を訊いた。

 (クオンが聞いたカムロの連絡用の携帯端末の発信は廃倉庫から出ているわ。そして、さっき銃撃戦があった場所からそこまでの道路の防犯カメラを追跡してその道を車が通ったのは確認できたわ。廃倉庫の敷地内や周辺にカメラはないから目的地かどうかそれじゃあ確証ないから…一応、熱探知を上空から確認したところだと十数人反応があるわ。)

 「そこにカガリを連れて行ったのは間違いないわ。」

 (それと、私なりにカムロたちの目的とギャバン・ワーラッハとの関係の有無について、そしてある仮説を立ててみたわ。)

 画面の向こう側には資料が山積みになっている。おそらく追跡している間に彼らに関する資料を調べたのであろう。

 (初めは彼らがなぜここまでするかわからなかったわ。なにせ突拍子すぎるから。)

 もともと自分たちはギャバン・ワーラッハを追っていた。そして、内に協力者がいるのではないかと推測してカムロたちに行きついた。

 しかし、彼らの目的が見えないのだ。

 大抵ある組織が事を起こすには目的がある。

組織の勢力拡大、人員のリクルート資金源確保、政治的などが挙げられる。

 この場合、政治的目的が有力である。アスハとサハクが対立し、現在サハクは実権から遠ざけられている。サハクを支持している彼らはその実権を取り戻すためにウズミやカガリを狙うというのはあり得るが、その先が全く見えない。

 いくら要人を確保したからといって、人質として交渉できると思っているのか?さらに、なぜ外の人間を使う必要があるのか?

 そう思っていたマキノであったが、彼らの以前の事件に取っ掛かりを覚え、再び彼らの資料に目を通した。

 以前のカムロが不起訴になったのは武力行使できる装備も資金源も実効性もないからだ。つまり、公安や情報調査室など捜査機関にとって彼らは客観的(・・・)に見てもさして脅威(・・)とはなりえない…それだけの存在であった。

 しかし、彼らは自分のことが何かすれば事は動くほどの大きな(・・・)存在だと思っている。

 (彼らは、自分たちが実力あるものだと証明したいのよ。)

 アスハに対してだけではない、サハク家に対して自分たちをアピールしているのだ。

 アスハ家の重要人物を連れ去り人質にすることができるほどの実力がある。

 もしかしたらサハク派の人間に(そそのか)されたのかもしれない。

 成功した見返りとして、それなりの地位を与えることを対価として…

 唆した人間にとって自分たちが動かずに重要な駒を得ることができると思ったのであろう。そして、カムロたちにとってもまたとないチャンスだ。

 それを他の者に邪魔をされたくない。

 だからMDIAを名乗ったクオンが接近して協力を申し入れても、カムロの反応は消極的だったのだ。

 (とはいっても、現実的に見てカムロたちだけでは無理ね。おそらく、彼らを使うと考えた人間が外の人間の助力として派遣したのかもしれない。)

 そう考えれば、これまでバラバラに見えていたものに辻褄が合う。

 (シグルド…彼らの背後にギャバン・ワーラッハがいるかもしれないわ。)

 マキノはこれまで懐疑的であったが、ようやくシグルドの言葉を信じるようになった。

 「だから俺がずっと言っていただろう…。」

 (だって根拠がないんだものっ。いくら見た見たといっても、もしかしたら国外に去ったかもしれないし…)

 「とにかく、それをアレックスにも知らせなくてはいけない。」

 (…なんで?)

 「両用偵察部隊が動いているなら、サラの上官であるイムの部隊だろう?」

 (サラ・ホンドウのこと?いや、でもぅ…。)

 シグルドはサラが潜入していると考えているが、マキノはまだそちらの方は信じられなかった。

 「おまえがそこまで推理しているなら両用偵察部隊だって考えているはずだ。おそらくテロが起こる情報を掴んで、な。それで動いていても、おそらく養親父(おやじ)はどこかで見つけたギャバンの存在については話していないはずだ。アイツを知らないまま突入したらアレックスだって危ない。」

 (う~ん…。)

 しかし、マキノの反応は曖昧なものであった。

 「なら、部隊の車両を追えばいいだろ?お得意のハッキングでどの車両を使っているかわかるし、どこにいるかもわかるさ。それで確証を得られるだろ?」

 (確かにその方法あるけど…あそこ、強烈なガードがかかっているのよ~。しかも、情報調査室の人間が軍の部隊のコンピューターをハッキングするのは今後のこと考えるとマズイというか…。)

 「わかった…別の手を使う。レーベン、お前の携帯端末貸してくれ。」

 マキノのいまいちな受け答えに痺れを切らしたシグルドは後部座席に座っているレーベンに手を向ける。

 「いいけど…壊さないよね?」

 「使うだけだ。」

 そしてシグルドは携帯端末でどこかの番号にかけた。

 スピーカ音にしているため、呼び出し音が鳴っているのが車内に渡る。

 しかし、数回鳴らしてシグルドは切った。

 不審に思うキリとレーベンであったが、しばらく間隔をあけてふたたびその番号にかける。

 すると向こうが出る音が聞こえた。

 「よう元気か?」

 シグルドは連絡した相手に声をかける。

 (やっぱり…もしかしてと思ったらシグルド、あなただったわね。)

 すると女性の声が返ってきた。

 「レーベンが俺と逃亡しているということになっているならこの番号も知っていると思ってな。俺としてはよかったぜ、番号を変えられていなくて。」

 (ということは…気分で連絡をしたっていうわけじゃないわね?)

 電話の相手は呆れ混じりの声であった。

 その声に聞き覚えがあるキリはハッと気づき声を上げる。

 「もしかして…マツナガか!? ミユキ・マツナガ!?」

 「…ちょっと外野がうるさいが気にしないでくれ。」

 「っていうか、何でマツナガの番号を知っているんだ!?」

 ギャアギャア騒ぐキリを尻目にシグルドは話を続ける。

 「それでミユキ…今、アレックスたちが作戦行動に使用している車を教えてくれないか?」

 ミユキと呼ばれた女性からの返事はしばらくなかった。

 「しかもファーストネームで呼ぶのか!?」

 その間も、キリはうるさい。

 (あなた…言っている意味、理解している?)

 間が空いてきた返事には戸惑いの色があった。

 (私に機密情報を漏らせと言うの?しかも逃亡中のあなたに?)

 それもそのはずだ。

 部隊の作戦行動なんて軍事機密だ。同じ軍所属でさえ教えることができないのに、まして軍から去った、しかも追われている人間教えるなんて犯罪をけしかけた言い方でしかない。

 「あー…今、起こっている事件を解決するためじゃダメか?」

 (…それで罪状が取り消されることになると思う?)

 そこをなんとか頼もうとしたが、向こうも折れない。

 するとミユキはため息交じりとともにどこか寂しげな声音になった。

 (あなたが去って数年音沙汰がないのは仕方ないとはいえ…この国に一旦戻って来ても何も連絡がなかったのよ。それでようやく来た連絡がこれ(・・)なんて…。)

 「なあ…なに、この雰囲気?ちょっとこれ…もしかして、もしかして…2人はそういう関係なのか?」

 キリは助手席と通信機の向こうの会話が気になって仕方がない。思わず後部座席のレーベンに問いかける。

 「いや…僕に訊かれても…。」

 それよりもかなり困っているのは困っているのはシグルドであろう。

 彼女がそこまで思いつめていたとは知らなかったようだ。

 頭を抱えながら逡巡し、ようやく口を開いた。

 「わかった、ミユキ。だけど、今はおまえの助けが必要なんだ。今までの埋め合わせも含めて何か礼はする。デザートにしろ、菓子にしろ、食事にしろ。…それでいいか?」

 すぐというわけではなかった。しかし、数分後返事が来た。

 (…いいわ、それで。)

 「ありがとう。」

 (今、会話している端末に送ればいいわね。)

 「ああ、そうしてくれ。」

 (…チーズタルト。)

 「え?」

 (今、美味しいって評判で行列ができるチーズタルトのお店があるの。)

 「よし、じゃあそれを買って来る。」

 (いちごパフェを出すお店。)

 「じゃあそれも…。」

 (パンケーキの食べ放題の店。)

 「わかったわかった。何を食べたいかは、その時じっくり聞くからっ。とにかくバレないようにな。じゃあ切るからっ。」

 端末を切った後、しばらく車内に沈黙が流れるがやがてキリが大声を上げる。

 「どういうことだ、シグルド!?」

 キリはシグルドに問い質す。

 「あのままいったら俺の財布が破綻する。ウチの経理厳しいから経費で落としてくれなさそうだしな…。」

 「そっちじゃなくて、マツナガとお前の関係!?付き合っているのか!?」

 「…もう過去形だ。」

 「マジかよ!?マツナガって後で本土軍の方に異動したんだよな。リュウジョウ准将の本土防衛軍でリュウジョウ准将の息子のおまえが、同僚のマツナガと付き合っていた!?」

 「なにかあるのかい?」

 レーベンは不思議そうに訊く。

 「軍の規定にはないが、リュウジョウ准将は自分の指揮下の部下たちの同僚との恋愛は禁じているんだ。」

 「それまたどうして?」

 「それは知らない。そのことで作戦行動中、他の兵士や将校たちに危険が及ぶからっていうことらしいが…自分の経験談という話もある。とにかく、そのおまえがしていたとは…。それ、准将も知っているのか?もしかして、それでおまえ除隊したんじゃ…。」

 「ああ、もう…しつこい。」

 「そりゃぁ、このことは士官学校同期生全員が知りたい話だろ?これを各所に話せしてその情報料で金儲けを…。」

 なんとか追及をかわそうとするシグルドになおもしがみつこうとするキリであった。

 (ねえ、あなたたち…)

 そこへバイクを走行しているクオンから通信が割って入った。

 (今、ふざけている場合?)

 これらの会話はマキノとクオンにも聞かれている。

 そして、彼女は今にも怒り爆発のところにいる。

 これ以上なにか彼女を怒らせる要因を増やしてはいけない。

 そう察っしたキリは急にシュンとなり黙った。

 そうこうしているとレーベンの携帯端末に赤い点滅がついている地図ナビが送られてきた。

 ミユキからアレックスの部隊の位置情報である。

 その点滅の廃倉庫へ続く道に向かっているのがわかった。

 「おい、キリ。もう少し行けば部隊の車が見えるぞ。」

 モニターを見ながらシグルドはキリに言う。

 その方向を注視すると車が1台同じ方向に向かっているのを視界にとらえた。

 「それで、どうするんだ?」

 キリはシグルドに尋ねる。

 実のところ、彼らを追いかけてどうするのかまでは知らない。

 「そのまま追突するんだ。」

 あまりにも唐突でしかも無謀な発言にキリは驚くしかない。

 「ええっ!?」

 「ちゃんと加減してだぞ。それで一旦向こうの車を止められる。」

 「いやでも…向こうは軍用だから装甲厚いだろ?…やばくないか?」

「その隙にクオンは向かってくれ。」

 (…わかった。)

 キリの心配をよそにシグルドとクオンはもう体勢は十分だった。

 もはや逃げられない状況と思ったキリは「ええい、ままよっ。」と向こうの車に近づかせていく。

 向こうもこちらの存在に気付いたのか離れていこうとするがキリは懸命に食らいつこうとアクセルを踏む。

 「キリ、カメラっ。」

 とたんにシグルドは声を上げる。

 「えっ!?」

 「車内カメラだっ。今からスイッチつけて激突したら切るんだ。」

 シグルドの言っている意味を理解したキリはカメラをONにした。

 それを見計らってシグルドは銃を出してキリに向ける。

 「ぎゃー、助けてくれっ!」

 キリは助けを求めて叫ぶが、どこかわざとらしさがあった。

 「早く、あの車を停めさせろっ!」

 シグルドは銃を向け、脅すようにいうがやはりこちらもわざとらしさがある。

 「…なにこれ?」

 後部座席に座っているレーベンはまったく意味がわからず、2人の茶番劇にただ呆然と見ていた。

 その時、車に衝撃が来た。

 激しく上下する車にレーベンは必死に取っ手にしがみつく。

 そういえば…軍用だから装甲が厚いと言っていたけど…つまり、こっちがぺしゃんこになる確率が高い?これって危ないことなんじゃ…

 と、急に不安を覚え、思わず目を閉じて心の中でジーザスと言う。

 やがて、車の揺れは収まる。

 レーベンは目をそろそろと開けて自分がまだちゃんと生きていると実感すると思わず安堵の息を漏らした。

 すると激突された向こうの車両のリアゲートから1人の男が、続いて2人の兵士が降りてこちらにやって来る。

 2人の兵士に先行してやってくる男はこちらになにか怒鳴ることはしないがその形相は怒りそのものであった。

 やがて、男は助手席側までやって来て無理やりドアを開けて、シグルドの襟首を掴んで引きずり出すと車の後部へと連れて行った。

 キリとレーベンは2人の兵士たちに自動小銃を向けられそのまま動けず、シグルドと連れて行った男の後を見ることはできなかった。

 一方、シグルドは男にバンの後ろまで連れて行かれ、そこで思いっきりバンに突き飛ばされたかと思うと、ふたたび男に襟首を掴まれて睨まれた。

 「…カメラはもう切ったか?」

 それまで無言であった男はそっと小さな声でシグルドに訊く。

 「ああ…助手席から出たときに切った。」

 シグルドの答えを聞いた男はそこで手を離した。

 表情は変わらず眉間にしわを寄せたままだが、これで演技は終わりと一呼吸置いたようだであった。

 「…相変わらずだな、アレックス。」

 シグルドは苦笑交じりに挨拶をかわす。

 この男こそアレックス・T・イムである。

 「それで…これでただ首を突っ込むだけだったら許さんからな。」

 抑えているが、邪魔されたと怒りの感情は入った無言の圧がある。

 「ああ。カムロの後ろにいる存在について教えに来たんだ。」

 「そんなものはとっくに知っている。」

 アレックスから返ってきた意外な言葉にシグルドは驚く。

 「ギャバン・ワーラッハのことを知っているのか!?」

 「誰だ、そいつは?」

 「え…?」

 どうも話が噛みあわない。

 「とにかく、話は車の中でだ。こっちは急いでいる。」

 2人は車へと向かった。

 バンに残っていたレーベンとキリも兵士たちによって車に誘導される。

 車両のリアゲートからのぞかせている残りの兵士たちを見るとかつて自分が率いていたメンバーの顔があった。というか、全員である。

 「…俺の部隊を引き継いだのか?」

 「どっかの隊長が勝手に抜けただけで編成替えじゃないからな。」

 毒を含みながらも適格な指摘にシグルドは苦笑いするしかなかった。

 「とはいえ、そっち(・・・)の方が()にとっても楽だ。」

 「まあ…俺の前任の隊長からのモットーだからな。」

 部隊という単位でもその中には隊長の方針での特色がある。

 「俺としてもお前が率いてくれて助かるよ、テウン(・・・)。」

 後任がアレックスであれば、前隊長から続くその特色を引き継げる確信がある。

 だからこそ、あえてシグルドは彼をもう1つの名前で呼んだ。

 彼自身、その名前で呼ばれるのをごく一部の人間にしか許していない。

 ゆえにその名前を知っていて、かつ許された者でもあまり彼をその名前で呼びかけない。

 今回、そっちで呼ばれたアレックスはわずかに表情が変わった。

 怒っているのではない。

 普段無愛想でしかめ面であり、表情があまり読み取れない彼であるが、その瞬間、わずかであるが微笑んだのであった。

 が、すぐに表情は引き締しめて車に乗り込んだ。

 部隊の車両は隊員プラス民間人3人を乗せてふたたび発車した。

 乗ったシグルドはまず車内にいる人数に訝しんだ。

 両用偵察部隊内の作戦行動部隊は12人前後のチームである。しかし、車内にいるのは8人だ。また、自分の部隊を引き継いだのであれば副官である男の姿もいない。

 「残りは別のルートから来るのか?」

 チームは時に2~4人で作戦行動することもある。その可能性も考えられた。

 「いや、倉庫には来ない。」

 「…なるほど。」

 どうやら違っていたが、おそらく一連の作戦の中で別の任務に当たっているのであろうと推察しこれ以上の質問はしなかった。

 「それで?」

 シグルドはさきほどの会話の質問をした。

 カムロの後ろに誰かいることは知っているが、それがギャバンであることを知らない。一体、部隊は何を知っているのであろうか?

 「ヘリオポリスの襲撃から数日のことだ。NISからテロの情報が入った。」

 アレックスは事のあらましを話し始める。

 「NISって東アジアの諜報機関だろ、お前のところの古巣の?」

 東アジア共和国は日本、中華人民共和国、大韓民国など極東地域が集合した国家であり、プラント理事国の1つであり、地球連合の加盟国である。

 非理事国であり中立国でありるオーブとは一見友好関係がないように見えるが、両国は歴史的・民族的に深い関わりがあるのだ。とはいえ、現政権にはつながりがあるとはいえ氏族には親大西洋連邦派が多い。現在の情勢、東アジアの立場を考えればオーブとの関係は維持したい心づもりがある。

 「しかし、その情報に『誰が』という主語はなかった。」

 その言葉にシグルドは1つのある考えが浮かんだ。

 東アジア共和国の政府としての立場は上記のものであるが、諜報機関には諜報機関の繋がりがある。

 オーブの裏側を担っているサハクが現政権から実権をはく奪されている状況下でパイプを壊したくないNISは表だって協力はできないのだ。

 ヘリオポリスの一件は、政権のアスハとサハクの政治的対立が見え透いている。

 だからこそ見極めたいのであろう。

 もしくはNISにとってサハクを退けたオーブ政府に価値を見出しているのか?

 どちらにせよ向こうの事情なので、今こちらの問題にはあまり関わらない。

 「調査を進めるとカムロに行きついた。あの男は会社の解体後、その時の仲間とともにオーブ周辺を拠点とする犯罪組織の用心棒的な裏ビジネスをしていた。だが、それでテロを実行するまでの確たる証拠は見つからなかった。そこでサラを潜入させた。横流し事件をでっち上げてな。」

 「やはりサラは潜入だったか…。」

 信じていたとはいえ、その事実が確認できてシグルドはホッとした。

 「奴らは不名誉除隊とかの素行不良の連中を集めているからな。そして、新入りでもうまく中枢に入りこめるように、アイツらが欲していた武器を部品の番号(・・・・・)控えておいて(・・・・・・)、キリを利用して調達させた。」

 「キリねぇ…。」

 シグルドはちらりとキリの方を見る。

 どうやらアレックスもキリがジャンク屋やら運送業者を名目にしてワルをしていること

を知っていたようだ。彼の場合はわざわざ検挙するほどの悪事でもないし、ある意味この情勢情扱ってしまうモノであるため片目をつぶっているのであろう。

 しかし、わざわざ『ジャック・エドワーズ』なんて偽名を使っているのに彼を知る者にはバレバレだったとは…

 当の本人は名前を出され苦笑いを浮かべていた。

 「それで、武器を手に入れたのを機に踏み込む予定だったが、最初に動きがあったのは奴らとつるんでいる犯罪組織の方だった。」

 「もしかして…例の不審船団の領海侵入か。」

 「そうだ。だが、カムロたちの動くはない。もし俺たちが動けば向こうに勘付かれてしまう。」

 「あ…。」

 アレックスの話の内容からあることを思い付く。

 「まさか、俺が呼ばれたのは…というか、カガリを利用したのか?」

 アレックスやバエンが自分たちを体のいいカモフラージュとして利用したのではないか?

 「さあ…どうだろうな。俺たちはモビルスーツには関知していないからな。」

 しかし、アレックスはしらを切る。

 それでもシグルドの疑念は晴れない。

 そもそも傭兵(その結果、自分だが)を使った方がいいとカガリに助言したのはバエンだ。彼ならば、両用偵察部隊の任務も知り得るはずだ。

 とはいえ、これ以上追及する気はなかった。

 アレックスやバエンがこちらを利用とした確たる証拠があるわけでもないし、彼らの口から聞けるとは思えない。

 「だが、お前が関与して少々面白いことになったのは確かだな。騒動の後、サハク派の人間たちがお前に罪を着せることでカガリへの責任を追及してきた。どうもお前は彼らに目の敵にされていてな…。」

 それが部隊にとって好都合に思ったのだろう。

 シグルドに目を向けさせることで、両用偵察部隊が動きに気付かせない。

 そのように動こうとしたのであろう。

 「お前に拘束命令が出たのは予想外だった。とはいえ、作戦行動自体に大きな影響があるわけでもなく、司令官からもそちらの方は気にするなと言われていたが…まさか、横から相乗りしてくるとは…。」

 アレックスは溜息をついた。

 「…な~んか、面白くないな。」

 それに対してシグルドも少し不愉快であった。

 ユゲイから提案された時なにか思惑があると思ったが…まさか、その前から計画に乗せられていたとは…誰かの手のひらに踊らされるのは気分がよくないし、なんか腹立たしい。

 そこで、ふいにシグルドはあることに気付いて訊いてみた。

 「俺を乗せても大丈夫なのか?」

 勢いのまま乗り込んだが、手配中の自分を乗せて問題があるのではないか。

 「おまえの拘束命令は爆発騒ぎの時点でとっくに解除されている。」

 だから問題ない、とアレックスはきっぱり答える。

 「そうか…うん?」

 シグルドはさらにもう1つのことに気付いた。

 「つまり、マツナガがおまえに俺たちの居場所を教えてもとくに問題はないということだ。」

 「おいっ!?ちょっと待って!?」

 「すべて聞こえていた。」

 アレックスの言葉に頷く代わりに周りの兵士たちもニヤニヤと笑っていた。

 自分たちのかつての隊長が元恋人に振り回されているのをさぞおもしろおかしかったのであろう。

 「ああ、くそ~。」

 シグルドは頭を抱える。

 この様子から察するにチーム全員、もしかすると部隊の司令部にも会話が筒抜けになっていたということだ。

 こんな小っ恥ずかしいのを聞かれていたなんて…

 というか、ミユキもわかっていたのだから彼女に謀られたことになる。

 ならば…

 「ちゃんと奢れよ。部隊の全員が証人だ。」

 「うっ…。」

 奢る話はなかったことにと考えていたのを見透かしたようにアレックスが言い切る。

 もはやシグルドはぐうの音も出なかった。

 なんかリャオピンの時といい、自分が足を踏んだ場所がいきなり罠に変わってそのまま引っかかるというような感じばかりな気がするが…。

 シグルドはがっくりとうなだれる。

 「それで…おまえは大丈夫(・・・)なのか?」

 今度はアレックスが問う。

 「ああ、クオンのことか?個人的(・・・)に協力してもらっているのさ。」

 「…そうか。なら、いい。」

 アレックスはシグルドの答えになにか思うことがあるようだが、深く追及はしなかった。

 

 

 

 

 

 「じゃあ、なに!リャオピン、ずっとホムラ代表とユゲイ様と3人で共謀していたの!?」

 「共謀って…まるで悪だくみしたような言い方やめてくれよ…。」

 「同じじゃない。」

 一方、リャオピンはチェヒからの追及が続いていた。

 現在、彼らがいるのは軍本部にあるウズミの執務室。

 そこでリャオピンは事の経緯を何も知らないチェヒとマイク、キサカに説明していた。

 テロの情報が入り、その対策に特殊部隊が動くのも軍事行動にあたる。事前に行政府の代表に報告し、準備計画を練りその承認が行われて部隊は動く。

 今回も、部隊の司令官と任務を行うチームのリーダーであるアレックス、本土防衛軍准将のバエンがホムラとウズミに報告し、作戦の承認を得た。

 そして、アレックスがシグルドに説明した通り進んでいたが、ウズミの行動が途中でその計画から外れたものであった。

 「いや~まさか、ウズミ様がシグルドを警務隊に追わせるなんて俺たちは知らなかったんだよ。予定だと一旦国外へ逃がしてからユゲイ様と合流して呼び戻すつもりだったから…結構、焦ったんだぜ。」

 リャオピンは軽いノリで話すが、彼らの焦りは相当なものであった。

 彼らはシグルドをただカモフラージュのためだけに用いたのではない。相手がモビルスーツで襲撃をかけた場合に備えて雇ったのだ。

 未だモビルスーツの実戦配備に後れをとっているオーブ軍であるが、それは特殊部隊も例外ではない。そこでオーブの特殊作戦に通じていて、かつモビルスーツの操縦になれたシグルドが適任なのだ。

 もちろん、これはシグルドも彼を雇ったカガリも知らない事情だ。

 「まあ、運がいいことにシグルドはその場からうまく逃げてくれたし、カガリ姫のところには行かなかったし…。そこでホムラ代表がユゲイ様に連絡をしてシグルドを見つけて、彼をユゲイ様名義でもう1回雇うって形でとどまらせたのさっ。」

 「…それで?」

 マイクがしかめ面でリャオピンに問う。

 「君は本来の秘書官の仕事をさぼってまでどんな役割があったんだ?」

 「そりゃあ、ヴァイスウルフのもう1人やいざという時のためにということでシキの教導部隊とホムラ代表とユゲイ様の連絡係。」

 もちろん、シキもシグルドへの協力を要請されてはいても、その裏事情までは知らない。

 というより今の方がものすごく怒っているのではないだろうか。

 先ほど携帯端末でこの事態について簡潔に状況説明したが端末越しからでも彼の怒りが窺えた。

 それもそのはず、今回の一連の出来事から遠ざけたはずのクオンがなぜか中心近くにいるのだから…

 確かに、いきなり外されてしまってシキが納得していであろうということ、また彼らが立ち位置が必要なため彼に連絡をとっていたが、そこまではこちらも責任は持てない。

 俺じゃなくてユゲイのじいさんだって…

 と、彼の見えない怒りの追及に釈明したいが、当のユゲイ自身はまったくの偶然だとしらを切っている。

 まったくとんだとばっちりを食らってしまいそうだ、と嘆息した。

 「大変なのよ…俺も。」

 「で?」

 ふたたびチェヒが詰め寄る。

 「あなたたちが予測していた事態が起きて…それでウズミ様がどこにもいないのよ!?どうしてウズミ様がテロを起こした連中の元に向かうのよ。」

 「いや…それは俺に聞かれても…。」

 現場の状況からウズミが連れ去られた線は消えたが、なぜテロ集団のもとに向かったのかその理由はリャオピンにもわからなかった。

 それに関してホムラもユゲイも口をつむぐ。

 「とにかく…。」

 と、ユゲイは対応を話したいと彼らの会話に割って入るように軽く咳払いした。

 「ウズミの方はこちらで対処しようぞ。首長たちの方はホムラ代表に任せてもよいかの?」

 「ええ、あくまで時間稼ぎぐらいにしかならないでしょうが…。」

 ユゲイの提案にホムラは頷く。

 「アレックスのチームが現場に向かっている。が、ウズミが直接そこに乗り込むとは思えん。しかし、アスハ邸に武器をとりにいったわけでもない。…リャオピン、何か心当たりはあるか?」

 ユゲイの質問にリャオピンはしばし考えた後、あることに気付きチェヒの方へと向いた。

 「なあ、チェヒ…おまえのロッカー、見せてくれないか?」

 「はあ!?」

 「おまえのロッカーにレミントンの狙撃銃入っているだろ?それを確かめたいんだ。」

 「ちょっとっ…なんであんたが知っているのよ!?」

 初めはあまりにも突拍子もない質問に意味がわからなかったが、次に質問にチェヒは驚愕した。

 この国では一般人には銃の携行は許されていない。

 彼女がここに狙撃銃を置いているのは秘密事項なのだ。

 だからそのことを他人にバレてはいけなかいのだ。とくにある人物には…。

 「ホ秘書官。」

 いきなり背後からマイクに声をかけられたチェヒはピシャリと背筋を伸ばして振り返る。

 彼にこそもっとも知られてはいけなかったのだ。

 「あなたはご存じのはずです。」

 マイクは淡々としかし激しい怒りのこもった口調、そしてなぜか丁寧語で説教を始める。

 「この国では市民の銃器携行は認められておりません。軍人や警官も厳重な管理と規則が設けられています。貴女が許可を得ているのは特例なのです。貴女の前職、ウズミ様の秘書官という立場で万が一護衛の兵士とはぐれ身の危険が起きた際の非常時のみですよ。」

 「はい、はい…。」

 これはあきらかにマイクが怒っている証拠だ。

 チャヒはただうなずくことしかできない。

 「このことはウズミ様もご存じなのですね?」

 「えっ…それは…。」

 なんとかごまかしたいが答えられない。

 マイクは言ったように民間人には特別な場合のみ銃の所持は認められていない。そのため訓練もできない。それでは腕が鈍ってしまう。それに秘書官になる以前は当然のごとく 銃の訓練をしていただけにどうしてもストレスがたまる。

 それを知ってかウズミが密かに認め、勤務時間終了後の数十分間軍の銃訓練場をとってくれたのだ。さらに経験があるからと、時折ウズミから指導を受けている。

 ウズミが関わっていることをとうにマイクが見抜いているが、ここで認めてしまえばウズミもあとでマイクに説教を食らう。

 「ご存じですね?」

 マイクはもう1度、さらに強い口調で問い質す。

 これ以上、ごまかすことはできない。

 「はい…そうです。」

 チャヒは小さい声で頷いた。

 「まったく…いい歳した中年オヤジが何をやっているんだ…。」

 普段言葉遣いの丁寧なマイクが突如、毒を吐く。

 「あやつのやんちゃは今に始まったことじゃないからのぅ…。」

 ユゲイの言葉にホムラは激しくうなずく。

 それでいちいち怒っていたら身が持たないぞと案じたつもりだが…

 「立場というものがあるでしょ、立場がっ。」

 しかしマイクは怒り心頭だった。

 「まあ、ともかく…ウズミが狙撃銃をあると知っておれば、持っていくじゃろう。チェヒ、確認してくれ。」

 「は、はい。」

 チェヒは執務室内にあるロッカーを開ける。しかし、そこに狙撃銃が入っているはずの黒いケースがなかった。

 「…ない。」

 「なかったか…。」

 案の定、ウズミは持っていったのだ。

 「ホムラよ、首長たちの方はどうじゃ?」

 「召集した首長はコトー氏を除いて全員集まってます。」

 「コトーがのう…。」

 前回の安全保障会議に続いて緊急召集にも現れないサハクの動向を聞いたユゲイは何か考え込む。

 「首長たちは私がおさえておきます。その間にユゲイ殿たちにそちらをお任せします。」

 「うむ…そちらの方はそなたに頼むしかないの。しかし、困ったモノじゃ。」

 ユゲイは対処法を練り始めた。

 「あそこには、おそらく有効射程にあるあの近くのビルの屋上にいるのじゃろう。あそこらへんは廃倉庫ともどもそこの会社のビルも無人じゃからなぅ。というわけで、リャオピン、そなた探しに行くのじゃ。」 

 「なんで、俺!?」

 ユゲイからいきなり指名を受けてリャオピンは戸惑う。

 「ほれ、ウズミが狙撃銃を使うと推測できたのはそなたじゃし、バエンは両用偵察部隊の方で離れられないし、ワシのような年寄りがビルを駆けあがれないじゃろう。」

 「うう…。」

 仕方ないとばかりにリャオピンはあきらめた。

 「リャオピン、従兄(にい)さんの邪魔はしないでね。」

 「あのなぁ、お前の従兄とシグルドとクオンちゃん達デタラメ人間とヤバイ犯罪者のアルマゲドンのところに首ツッコむ気はないさ。」

 

 

 

 




あとがき

今回、何を書こうか本当に悩みます。
まさか年末にアップした話の数ヶ月後にこんなことになるとは…というか、年末が遠い過去のような感じがします。
本来なら3月か4月ごろにアップしたかったんですが…その頃、作者自身精神的にきつくて…
去年は去年で思い悩むことがあって、今年も今年で…
こういうのは本当にフィクションの中だけと思いたい作者です。
パソコンは相も変わらずなのでアップはあまりスピードアップできませんが、そろそろこの話を終わらせたいのでできるだけ早くアップできるようには努めます。



今日もこの作品を見てくださる読者の方々が無事でありますように…そして、明日もまた無事で過ごせるよう…いつかこんなこともあったと思える日が来るように…



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外伝
PHASE‐EX C.E.70.2.14


今日は2月14日ということで…。



 

 

 朝の陽ざしが窓を通して差し込み、部屋の中は明るかった。

 村の人たちの総力で建てられた木造の家、そのダイニングルームでヒロは朝ごはんのサンドウィッチを頬張っていた。

 

 

 

 (続いて、理事国・プラント間の軍事的緊張をお伝えします。先日のコペルニクスでの爆弾テロを受け、プラントに宣戦布告した理事国は艦隊を派遣。これに対しプラント評議会クライン議長は…。)

 のどかな朝とは裏腹にラジオからは不穏なニュースが流れていた。

 「宣戦布告って、戦争になるのかな…。」

 サンドウィッチを食べ終えたヒロは呟いた。彼が言葉を向けた相手は人工知能を持ったタブレット、ジーニアスであった。

 『まあ、そうなるだろうな。』

 「ここも、戦場になるのかな…?」

 『地球連合といっても理事国中心だからな…。この南アメリカは参戦しないんじゃないか?』

 地球連合。2月5日、国連事務総長の呼びかけで月面都市コペルニクスにて、理事国とプラントの交渉がおこなわれようとしていたが、そこで爆弾テロが起こった。国連総長以下首脳陣が死亡し崩壊した国連に代わる組織として、2日後に大西洋連邦が主導して設立された国際組織である。

 「う~ん…。」

 こんなにも連日、戦争になるかも知れないというニュースが流れているが、実感が掴めない。セシルたちもなにか話しているが、自分は蚊帳の外だった。

 「眠い…。」

 ふとあくびが出て、ヒロは体を伸ばした。あと少しで本を読み終えそうだったこともあり、夜更かしをしてしまった。

 食器を片付けたヒロはそのまま、リビングに置かれたソファに寝っ転がった。

 『おーい、食べてすぐ寝ると牛になるという言葉を知っているか?体に悪いぞ~。ってか、朝起きて、ご飯食べて、すぐ寝るか!?』

 ジーニアスがビープ音を鳴らし諫める。

 「だって…、眠い…。」

 ヒロは、そのまま眠りについた。

 

 

 

 

 

 L5宙域。無数の銀色の砂時計型のコロニー、プラント群周辺にて、大多数の艦隊が迫っていた。

 (我々、理事国は一切の要求を拒否する。プラント評議会は直ちに解散し、無許可の武装を即時解除せよ。認められない場合、武力をもって行使する。これは最後通告である。)

 コペルニクスでの爆弾テロによりプラント側の代表、シーゲル・クライン以外の理事国代表者、国連首脳陣が死亡したことにより、大西洋連邦は、これをプラント側によるテロと決めけた。その後地球連合が設立された4日後の2月11日にプラントに宣戦布告をし、月面基地プトレマイオスからプラントに艦隊を派遣した。

 もちろん、プラント側もこの要求を呑むはずがなく、国防委員長パトリック・ザラはプラント宙域に3年前より再編した軍、ザフトを防衛ラインに展開させた。

 (モビルスーツ隊全軍展開っ!)

 (システム、オールウェポンフリー!)

 オペレーターの指示が流れ、ザフトの軍施設で並んでいた鋼鉄でできた巨大な人型のモノアイがブゥンと光り、次々と発進していく。

 昨年C.E69年の軍事行動より、その姿を表に現したザフトの新型兵器、モビルスーツである。

 今、そのモビルスーツに乗り込む1人のパイロットがいた。

 (遅いぞ、オデル。隊長がカンカンに怒るぞ。)

 コクピットに乗り込んだ時、僚機のパイロット、ザップ・ドゥイリオから通信が入った。

 「お前が行きたいだけだろ?そんな、急いでもしょうがないだろう。配置はある程度決まってるんだぞ。」

 オデルは計器をチェックしながら返答する。

 (早く行かねえと、その中でもいいポジションがとれないだろう?そりゃぁ、オデルは『赤』のエリートだからいいが、俺みたいな『緑』は戦場で手柄立てなくちゃいけないのさっ。…ともうすぐ発進か。)

 ザップからの通信はそこで切られた。オデルは彼の物言いに苦笑した。

 手柄ね…。

 自分は今までそんなことには興味なく、きっとこれからもないだろうが、やはり戦場に出る者の中には、その思いを抱く者が必ずいるようだ。

 オデルの発進合図が出て、彼は虚空へとジンを発進させた。

 

 

 「ハルヴァン、気を付けていけよ。こっちは1年前にモビルスーツというカードを切っているんだ。向こうもそれなりに策を講じているはずだ。」

 (わかりました。)

 オデルたちが発進する前より防衛ラインに展開している艦隊の中にいるローラリア級ゼーベックにて、艦長のローデンは艦付きMS隊隊長のハルヴァンに指示を出した。

 「地球軍もモビルスーツを投入する、ということですか?」

 副長席にいたエレンが振り返り尋ねた。

 「それはわからない。だが、1年前の軍事行動でアレに惨敗した理事国の軍がまた同じ失敗を繰り返すとは限らない。」

 ローデンは慎重に事態を見極めようとしていた。

 

 

 

 

 

 カレッジの学生食堂では、昼食時はいつも賑わいを見せている。

 「ええ~!?てことは、開戦!?」

 別のところで1人の学生が素っ頓狂な声を上げる。

 「じゃねぇの?宣戦布告したんだし…。」

 学生たちが話題にしているのは理事国とプラントの戦争についてだった。

 「仕方なくね?あいつらのせいでコッチは迷惑しているんだから。」

 「だよな~。せっかく俺たちがコロニーを明け渡したにも関わらず、自治権認めろって何様のつもりなんだ!?」

 「ジャマだよね、ハッキし言って。コーディネイターなんか。」

 否応なしに聞こえてくる会話に、ルキナはさっさと食器を片付け始めた。

 ルキナの事が目に入った学生のなかには、しまったと言わんばかりのしかめた顔を見せたり、中には嫌悪感を向ける者もいた。

 「あ~あ。そんなに宇宙が好きならトットと行けばいいのに、なんで地球にいるんだろうなぁ~、バケモノが。」

 「はははっ、違ぇなあ。」

 あきらさまにルキナに向けて放つ言葉を背に、何も言わず、その場を去った。

 異質。

 言葉で表すのであれば、それが当てはまるだろう。

 彼らナチュラル社会にとっては敵であるコーディネイターである自分は本来、そこにいてはいけない存在なのである。たとえ半分がナチュラルでも…。

 

 

 

 

 

 戦闘は圧倒的だった。

 MAはザフトのMSに対し、運動性に負けていた。MAが懸命に追いかけ、後ろにつけても、すぐに宙返りされ、後ろをとられてしまう。そうなっては、バルカン砲と下部がミサイルもしくレールガンのMAは応戦できない。ジンの手に持っている銃で撃たれ、墜とされていく。

 そして、地球軍の艦も近づいてきたジンを牽制しようと砲を撃つが、交わされ、逆に次々と砲を潰されていく。そして、最後は携行している巨大なミサイルを撃たれ、墜とされていった。

 「…押されているか?」

 艦隊の後方に控えているアガメムノン級宇宙母艦ルーズベルト艦長、ウィリアム・サザーランドはオペレーターに聞いた。

 「はい。機動力の差は決定的かと…。」

 「そうか。では、アレ(・・)を用いるぞ。」

 状況を聞いたサザーランドは静かに告げる。その言葉にオペレーターは驚愕した。彼が何を指しているのか分かったからだ。

 「本当に、使うのですか?」

 「当たり前だ。」

 オペレーターの疑問にサザーランドは冷徹に答える。

 「我々はここで理事国の断固たる意志を示さなければならない。こんなことにいつまでも付き合っている暇はないのだ。」

 「…わかりました。」

 ルーズベルトからメビウス隊が次々と発進する。そのうちの1機には、機体下部にミサイルが搭載されていた。さきほどサザーランドが口にしたモノである。

 メビウス隊は戦闘の合間を縫い、どんどんとプラントに近づいていく。

 

 

 

 MSの性能は勝るものの、理事国は数で攻めてきている。

 いくら落としてもキリがない状況にウェインは息を整えた。ふと、離れたところで、メビウスの小隊が気付かない間に、防衛ラインを抜け、プラントに近づいているを捉えた。

 「メビウス隊…?なんであそこに?」

 (なんだって!あっちにいないのかよ!?)

 ウェインの驚愕に僚機のマシューもそっちに目を向け、毒づいた。たしかに、今まで懐奥深くまでメビウスに突破されていたのに気付かなかったのは軍全体の失念だ。とはいっても、この数相手に、側面からには気付きにくいということもあるが…。

 「文句言っている暇はないぞ、マシュー。追撃しよう。」

 (わかってるって!)

 マシューとウェインは懸命にメビウス隊を追いかけた。

 

 

 

 (隊長、こちらにモビルスーツが近づいてきます。)

 ザフトの防衛ラインを突破でできたメビウス隊はこの隊の目的を達成するためにあと1歩のところでジンが迫っているのい気付いた。

 (来たか…。なんとしてもコイツだけは突破させろ!これですべてが決まる(・・・・・・・)のだ。)

 (((((はっ!)))))

 メビウスの内の1機、下部に何かのミサイルを装備してある機体を守るように、他のメビウスはジンに向き直った。

 (…青き清浄なる世界のために。)

 うち1人のパイロットが己を鼓舞するかのように呟いた。

 (青き清浄なる世界のためにっ。)

 (青き清浄なる世界のためにッ。)

 (青き清浄なる世界のために!)

 それを皮切りに他のパイロットたちも伝播し、次々に口に出す。

 そうだ…。これは大義のためだ。

 隊長格のパイロットは己の行動を自認した。

 地球にいるべきは、我々人類である。けっして人間外の存在ではない。にも関わらず、ヤツらは己の頭上に住み、我々を見下ろしている。

 「青き清浄なる世界のためにっ!」

 この作戦が成功すれば、すべて(・・・)が終わる。彼は、あの人間を模した鋼鉄の塊に向け、狂気を漂わせ、メビウスを駆った。

 

 「いったい…。」

 ウェインはその行動を訝しんでいた。他のメビウスは必死にこちらに応戦してくる。そのメビウス(・・・・・)に近づくことがなかなかできなかった。

 (隊長、射程距離に入りました。安全装置解除っ、信管起動を確認!)

 ミサイルを装備したメビウスのパイロットの報告に隊長級のパイロットはニヤリと笑みをこぼした。

 (よしっ、俺たちに構うな、発射しろ!)

 その言葉を合図るように、メビウスから1つのミサイルがプラントに向け発射された。隊長級の男がそれを確認したのも、つかの間、機体全体に衝撃が走った。ジンの重斬刀が機体を貫いたのだ。

 だが、男にはMSにやれれたという悔しさなど微塵もなかった。自身の目的を達成したためだ。

 (これで…終わりだ!はははっ、ざまぁ見ろ宇宙人っ!青き清浄なる世界のためにっ!)

 男は機体が爆発する瞬間、勝ち誇った声を上げた。

 「何をっ!…あれは!?」

 最後に打ち破ったパイロットから通信にて聞こえてきた言葉にウェインは訝しんだ。 その瞬間、メビウスが放ったミサイルがプラントの内の1基、ユニウスセブンに着弾し、夜明けの光りのごとく閃光が走り、暗い真空の空間を一気に明るくした。

 「あっ、あれは…。」

 (核か!?)

 ウェインとマシューは地球軍が何を放ったか、瞬時に悟った。

 その途端、ユニウスセブンの砂時計の中心が大きく爆発した。それを皮切りに、両サイドの三角錐が引き離れ、外壁の自己修復ガラスがボロボロと飛び散っていった。

 その光景(・・・・)をただ見ていることしか出来なかったウェインとマシューは、言葉が出なかった。そこにいる人々がどうなってしまったのか。それはこの光景がすべてを示していた。

 「…こ、こんなことが…。」

 ウェインはやっとの思いで言葉を振り絞って出した。

 

 

 

 

 

 その報せを知ったのは、数分遅れで流れたニュースの街頭モニターであった。

  今日は、バレンタインデーだから家に帰ってくる。

 そう母親から連絡を受け、アスランも久しぶりに家族と過ごせることを喜び、母のためのプレゼントを選んでいる最中であった。

 初めは、キャスターが何を言っているか分からず、アスランはただそこで呆然としているほかなかった。

 ユニウスセブンが崩壊…。

 そこには彼の母親、レノア・ザラがいるのだ。

 「これじゃあ、あそこにいた人たちは…。」

 「ああ…。生きているわけないよな…。」

 同じようにモニターのニュースを見ていた人の会話が聞こえ、アスランは突き刺さるような胸の痛みを感じた。

 …どうして。

 もはや周囲の言葉も聞こえず、アスランは自分の中に沸き起こる感情を必死にこらえていた。喪失、悲しみ、憤り…。そして、なぜこんなことになったのか(・・・・・・・・・・・・・)という思いであった。

 …こんなこと(・・・・・)はあってはならない。

 コーディネイターだという理由だけで、民間人も無差別に殺されるなんてことは。

 …こんな理不尽があってはならない。

 一瞬にして、何の前触れもなく、誰かの大切な家族が失われるなんて。

 戦争なんか嫌だった。だが、それでは何も守れない。それを痛感した。

 …戦わなければ、守れない。

 たとえこの手を血に染めても、たとえどんな敵とでも、これ以上失わないために銃を向けてくる者から戦わなければならない。

 この日、アスランは悲壮な決意をした。

 

 

 

 

 

 

 

 「ただいまぁ~。」

 セシルの声が木造建ての家に響き渡る。しかし、本来なら返事がくるのだが、ないことにセシルは訝しんだ。

 「あれ…、ヒロ~?」

 この時間ならヒロはすでに起きているはずだ。彼が寝過ごすなんてことは滅多にない。

 「ヒ~ロー。」

 リビング、キッチンと探すが、いなかった。すると上からビーという音が鳴っていた。ジーニアスがいつも鳴らすビープ音であった。

 その音の場所をたどると、屋根裏部屋まで行きつき、セシルははしごでそこまで上がっていた。

 「ヒロ…?」

 部屋を覗くと、ヒロが部屋の窓から外を、空の方を見ていた。

 「なにか空にあるの?そんな風に覗いて。」

 セシルは窓の方までやって来た。

 「…セシル。」

 ヒロはセシルの存在にやっと気付き、振り向いた。しかし、彼の陰りのある表情にハッとした。

 「…どうしたの?」

 セシルは不審に思い聞いた。ヒロは沈痛な面持ちで静かに口を開く。

 「なにか…とても熱くて、冷たい…、まぶしくて、暗く寂しい…嫌な感じ(・・・・)がしたんだ。」

 「嫌な…感じ?」

 セシルの言葉にヒロは黙ってうなずく。

 「とても…、とても悲しいんだ。」

 そして、ヒロは空の方をみた。正確に言えば、空に見える無数の砂時計、プラントを見ているようだった。

 「ヒロ…。」

 「おーいっ!セシル、大変だー!」

 すると下の階からどうま声が聞こえた。

 「ジェラルド…、朝からその声はきついんだけど…。」

 セシルは仕方なく下に降りてきて、ジェラルドのところに向かった。それに対し、ジェラルドも返す。

 「おまえがいないから叫んだんだろうっ。…と言っている場合じゃない。」

 ジェラルドの珍しく慌てた様子にセシルは訝しんだ。

 「地球軍のどっかのバカがユニウスセブンに核を撃ちやがった。」

 「何だってっ!?」

 ジェラルドの話の内容にセシルは驚きの声を上げる。そして同時にふと先ほどのヒロの言葉を思い出した。ヒロの言っていた表現。その言葉を一つずつ辿れば、その意味は繋がる。

 「もしかして…ヒロ、このこと(・・・・)を言っていたの?」

 「は?ヒロが…何だって?」

 

 

 

 

 

 C.E.70年2月14日聖バレンタインデーに起こったユニウスセブンへの核攻撃はのちに「血のバレンタイン」として歴史に刻まれた。4日後の2月18日、プラント最高評議会議長シーゲル・クラインはユニウスセブンの犠牲者の国葬の際、独立宣言及び地球連合への徹底抗戦を明言した。「黒衣の独立宣言」と呼ばれた、その表明によって、地球・プラント間は本格的武力衝突へと発展した。

 1発の核ミサイルを契機に、地球圏全土を巻き込んだ長く凄惨な戦争へと突入していくことになる。

 

 

 

 

 




あとがき
 外伝という形で書いてみました。本編は半分以上進みましたが、尺の都合上、出来なかったエピソードや書きたい話もあるので、今回を皮切りに今後も外伝でチョクチョク載せていけたらいいなぁと思っております。もちろん、ご要望があれば…書ければ書きます。
 
 ガンダムの世界では、バレンタインしかり、クリスマスしかり…祝い事の日には、何かしらある…。


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