憑依系男子のIS世界録 (幼馴染み最強伝説)
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原作開始前〜中学時代〜
プロローグ


というわけでいきなり書き直しました。

一応ランキングの他にも色々な方の作品を読んで、かなり違う作品になったと思います。

ですが、人間そう簡単には変われないと思うので、未熟な点がやはり目立つと思いますが、ご了承下さい。


「頭痛え」

 

ベッドから起きた少年は開口一番そう言った。

 

別に本当に頭が痛いわけではない。寧ろ健康そのものだ。そもそもここ最近、病気にかかった記憶などない。

 

頭が痛いというのはこの状況だ。見知らぬ部屋に若くなったというより幼くなった自身の顔、おまけに自身の記憶には全くない鍛えられた肉体。まるで頭だけを取って付けたような違和感を感じながらも少年は取り敢えずベッドから降り、部屋を物色する。

 

三十分程物色した結果、必要最低限の事は分かった。

 

先ずは名前、藤本将輝。多少の違いはあるが、大幅な変化はないらしい。

 

今年、中学二年生となったイギリスからの帰国子女らしく、今日から日本の中学校に復帰する。尤も少年もとい将輝は英語など喋られる気はしない。そもそも英語が流暢だったのか、それとも全く喋られなかったのかすらもわからない。

 

両親は未だイギリス在住で、子ども一人で日本に帰国したらしいが、おそらく手続きは向こうでしたのだろう。机の上に置かれていた今後の予定帳のようなものと通帳。そして大きく目標と書かれた紙には『彼女を作る‼︎』とデカデカと書かれていた事に将輝は苦笑した。

 

手帳を見れば、午前八時半までには転校するであろう中学の職員室に向かうように書かれている。おそらく神経質かあるいは忘れやすい人間だったのだろう。時計を見れば七時半。時間はまだまだあるが、場所がわからない。おそらく藤本将輝自身は下見に行ったことがあるのだろうが、今の自分には全く覚えはない。調べるにしては些か遅すぎる上、探して回るのも不可能となれば……。

 

「スマホで調べるしかないよな」

 

机の上に充電器が刺さった状態で置かれているスマートフォンをつける。幸いにもパスコードなどの設定はされておらず、中学の場所を調べると歩いて五分程の距離だった。其処で将輝はもののついでとばかりに自分がどの県にいるのかと表示を縮小に切り替えた時だった。

 

「IS……学園?」

 

離れた場所ではあるが、表示されたのは『IS学園』の文字。それを見るとすぐさま「インフィニット・ストラトス」と打ち込み、検索すると驚くべき事に検索にかかったのは将輝の知る『アニメ・マンガ』としてのインフィニット・ストラトスではなく、『パワードスーツ』或いは『スポーツ』としてかかった。それを確認すると、また頭が痛くなった。

 

「誰かに憑依でもしたか?阿呆らしい」

 

とは言ったものの、世界の人間全てが将輝を騙しに来ていない限り、こんな大規模な嘘は無理だろう。そもそも嘘を貫く為に人の身体を弄るような猛者もいない。ともすればこれは現実である。

 

取り敢えず将輝は頭の中で思いついたワードを片っ端から検索する。その結果、突きつけられたのはやはりこの世界は紛れもない現実だという事。それはある種の死亡宣告と同じ。最早、打つ手など一介の中学生たる将輝にはなかった。

 

時刻は既に八時を過ぎており、将輝は精神的疲労感を感じつつ、支度をしてから、昨日の夜におそらく準備していたのであろうあんぱんを齧り、通う事になる中学へと向かった。忘れぬように『彼女を作る‼︎』と書かれた紙は破いて捨てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「君が今日からうちのクラスに来る藤本くんか。なかなかいい面構えじゃないか」

 

「そうっすか………そりゃどうも……はぁ」

 

「どうしたどうした。若い内から溜め息ばかりついていると老けるぞ」

 

「は、はは、そう、ですね。ははは……」

 

何故か朝っぱらから矢鱈とテンションの高い男性教員に苦笑を浮かべる将輝。別に初対面のこの教員の事が嫌いなわけではない。テンションの低い者よりかは幾らかマシではある。だが現在自分の置かれている状況では到底テンションなど上げられたものではない。

 

適当に相槌を打ちながら将輝はその教員の後をついていく。聞き流してはいるものの、目の前の男が担任である事は流れでわかる。いきなり来たばかりの転校生に対して、適当な教員に案内を任せるなど普通はしないだろう。

 

「俺が呼んだら入ってこい」

 

そう言い残して、教員は静寂に包まれた教室へと入っていった。

 

(まだSHRも始まってないのに、あの静けさ。ここは進学校か何かか?まあ、下手に絡まれるよりはマシだな)

 

そうこう考えている内に教員から呼ばれ、教室へと入る。

 

「じゃあ自己紹介」

 

「藤本将輝。二年程イギリスで過ごしていましたが、英語より日本語の方が話せますので、決して英語で話しかけようなんて考えないで下さい。好きな物は甘いもの。嫌いな物は蜘蛛。好きなスポーツはサッカーです。皆さんこれからよろしくお願いします」

 

最初のはクギを刺すため仕方ない事だが、それ以外は当たり障りのない事を言って、お辞儀をする。すると数秒後、今まで水を打ったように静かだった教室が喧騒に包まれた。

 

(なんだなんだ⁉︎さっきまでの静けさは何処に行った⁈)

 

「あー、静かに。取り敢えず、藤本。お前は篠ノ之の隣の席が空いているだろう。其処に座れ、いいな!篠ノ之」

 

「………私に拒否権はないので」

 

(俺の隣は篠ノ之さんか。堅そうな人だな…………ん?篠ノ之?)

 

篠ノ之と呼ばれた少女の方を向く。

 

鋭い目つき。何処か不機嫌そうな表情に触れれば斬れそうな雰囲気。そして特徴的なのが長い黒髪を後ろで結っている部分。

 

「篠ノ之……箒?」

 

将輝の転校した先には図らずも原作キャラであり、物語の主要人物である少女が其処にいた。

 

 




以前のに比べてプロローグでも二千文字に到達しました。

設定も大幅に変更し、名前も下だけ変更しました。因みに藤本将輝という名前は私の親しい友人の名前を合体させたものです。なかなかいい感じに成立しましたので、良かったです。

出来れば続きは今日中に投稿出来ればと思っていますが、何分テスト期間ですので、なかなか辛いですが、頑張りたいです!

ご意見ご感想よろしくお願いします。


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武芸者は剣で語り合う

連日投稿出来たぁ〜!

お蔭でテスト勉強全くしてないZE♪

後悔はしていない!ということで2話をどうぞ。


転校してから一週間。初めは同級生の他、上級生や下級生からも質問攻めの嵐だったものの、それも徐々に落ち着きを見せ始めた頃。将輝はどういう訳だか、剣道に精を出していた。

 

一週間前、インフィニット・ストラトスの世界だと分かってはいたが、それでは他の細かな詳細は全く理解していなかった為に出来たばかりの友人達の誘いをそれらしい理由をつけて断り、只管情報の海へとダイブしていた。

 

結果、原作でも語られていた『白騎士事件』や『モンド・グロッソ』などについてもより詳細に知る事が出来た。だがしかし、一つだけどうしても気になる事があった。

 

それは同じクラスの隣席の女子━━━篠ノ之箒の事だ。

 

原作では各地を転々としていたという箒自身の独白があったにも関わらず、将輝が箒の事を担任に聞いた時、「彼女は転校してきたのではなく、入学式から此処にいる」と答えた。直後に「一目惚れか?若いな」と茶化されたが、将輝には不思議でならなかった。考えられる可能性は幾つかあったが、どれも憶測の域を出ず、それでいて確信の持てないものばかり、結局、結論は出ずじまいだった。

 

一応、彼女と接触も測ってはみたものの、彼女自身は誰からも接触を拒み、必要最低限の会話しかしてこない為、将輝も本人から何かを知ろうとするのを諦めたのはつい昨日の事だった。しかし、放課後、かなり予想外な出来事が起きた。

 

「………藤本」

 

「篠ノ之さん?」

 

何と箒自身の方から将輝へと話しかけてきた。が、やはり何処か歯切れが悪く、仕方なしと言った雰囲気があった。

 

「お前は………………武道の嗜みはあるか?」

 

「武道?まあ、一応」

 

それは一昨日前の出来事。何時も通りに学校に登校していた時の事だった。突然、上級生と思しき人物数人に呼び止められ、何事かと近寄ってみれば、部活動の勧誘だった。

 

もちろん、将輝は丁重にお断りしたが、どの部も空手部、柔道部などの格闘技系の部で、勧誘した理由が「一つ一つの行動に無駄がない」と口を揃えて言っていた。武道の熟練者はどれだけ隠しても一挙手一投足にそれが現れるというが、将輝のはおそらくそれだろう。現時点で将輝自身に武道をしていた記憶はないが、未だ身体が覚えているのだろう。一応筋トレの類いは『一日でもしなければ処刑』と真っ赤なペンで書かれた意味深な紙があった為、欠かさず、壁に貼り付けられたメニューをこなしているものの、何れその技術は朽ちることはなくとも錆びてしまうだろう。武芸というのは熱した鉄のようなもの、と何かの漫画で言っていた事を将輝は思い出した。

 

「剣道をしてみるつもりはあるか?もちろん無理強いはしないが……」

 

断ろう、そう考えていた将輝だったが、ふと思い留まる。「ん?これはひょっとしなくても箒と親しくなるチャンスなのでは?」と。そうと決まれば答えは一つ。

 

「いいよ。ちょうど身体が鈍り始めた頃だから」

 

二つ返事で承諾し、現在へと至る。

 

だが、甘かった。

 

そもそも将輝は男子、箒は女子なのだ。人数が少ないならまだしも、格闘技系の部でましてや女尊男卑の傾向が強いこの世界で男女が共に練習をしている筈がなかった。

 

場所は同じ剣道場であるものの、男女共にキャプテンが存在し、仲は限りなく険悪なもの、その所為もあって、男女の接触など殆どない。仲には男女の部員が仲良く会話をしていたりもするが、それも両方のキャプテンがいない時に限られていた。

 

(あーあ、やらかしたなぁ)

 

だが後悔など無意味で、今更辞めるなど不可能である。そんな事をすれば箒との距離が更に開くだろう。故に辞めるなどという選択肢はなかった。

 

「全員集合!」

 

キャプテンの声に全員が一箇所に集まる。

 

「今日、二年生ではあるが、新たな新入部員藤本が入った。噂ではかなりの有力株と聞く。それらを踏まえて、今日の交流戦こそは彼奴らを打倒するぞ!」

 

『オー‼︎』

 

「は?交流戦?何すか、それ?」

 

「そういえば、藤本は知らんのだな。この剣道部は月に一度、女子と互いを研磨すべく交流戦をするのだ」

 

「して、その結果は?」

 

「………………ここ数年間、全て負けている。だが、どの格闘技系部活動からも有力視されているお前がいれば、今日こそ勝てる!彼奴らに土をつける事が出来るのだ!」

 

無茶言うなよ、そう思った。どれだけの理想を持っているのかは知らないが、将輝は憑依してから八日間、筋トレしかしていない。ましてや武道をしていたとは言ったが、誰も剣道をしていたなどとは一言も話していないのだ。武術の知識はかなりある方だし、剣道も大体のルールこそ知っているが、それはあくまで試合をするのに支障が出ない程度であり、勝つか負けるかという点において全く関係ない。

 

「ということで、藤本。お前、大将な」

 

「はい⁉︎ちょっと待ってください!俺、まだ………って人の話聞けよ」

 

将輝の意志など関係ないとばかりに男女のキャプテン同士が口汚く言い合っている。神聖な剣道場はどうしたのかと問いたくなるような光景だが、周囲の部員達はそれを笑いながら見ている。おそらくこれが恒例行事なのだろう。

 

「あの女狐め………今に見ていろ……ッ!」

 

(ハハ、駄目だこりゃ)

 

かくして剣道の男女交流戦が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中堅までは男子が圧倒していた。しかし相手の副将もといキャプテンが出てきた事により一気に状況は激変し、男子キャプテンである副将もあえなく破れた。

 

「残念ね、今回は私を引き摺り出せたというのに」

 

「何時もはもっとダメなんですか?」

 

「ええ。次峰の時点で全員負けているわ、よほど貴方にかけているのでしょうね」

 

「勘弁してくださいよ。全く」

 

「本当に困った連中だわ。だいたい()()()が私達に勝とうなんて思い上がりも甚だしいわ」

 

「……………は?」

 

流石の将輝もこの瞬間、思考が止まった。確かに彼女からすれば先程戦ったメンツは数段劣る。勝つ見込みなど殆どないのは充分本人達も承知だっただろう。だが、それを男風情がと罵って良い訳がない。

 

「いやぁ……参った参った」

 

「早くも降参?やはり腰抜けだったよう「違いますよ」はい?」

 

「さ、始めましょう。貴方のおっしゃる男風情の実力をお見せします」

 

一応笑顔でそうは言っているが、将輝は内心腸が煮えくり返っていた。別に弱いと罵るのはいいだろう。それは強者の特権だ。しかし男だからというのは強い弱い以前の問題だ。それは明確な差別発言。そう言った発言が大嫌いな将輝は笑顔を張り付けたまま、ブチ切れていた。

 

「始め!」

 

「ハッ!」

 

試合開始と同時に仕掛けたのはキャプテンの方からだった。先の先。嵐のような攻撃を持って、倒すのが彼女の最も得意とする戦術。敵に反撃の隙を与えず、虚実を織り交ぜた攻撃で防御をこじ開けて、トドメ。そうして男子達も二、三十秒程で敗北した。それは偏に彼女の攻撃に対し、彼らが防御、即ち後手に回ったのが敗因だった。それ故に将輝が取った方法は……………その更に上をいく速さでの先手の攻撃だった。

 

バシンッ!

 

横一閃に振るわれた竹刀がキャプテンの胴を薙いだ。

 

誰もこの結果を予想だにしていなかったのか、全ての人間が固まっていたが、数秒後に硬直状態を抜け出した審判役の部員が「い、一本!」と言うと、男子部員全員が歓喜の叫びを上げた。

 

「う、嘘………まさか私が………男なんかに……」

 

(そんなだから負けるんだよ。って言っても納得しないだろうな)

 

男に負けた事に相当なショックを受けている女子のキャプテンを尻目に将輝は定位置まで戻る。あくまで彼女は副将だ。大将ではないのだ。だが、女子達は副将戦までで勝負が決まると思っていたらしく、騒ついている。あの慢心を抜きにしても彼女の実力は本物だし、将輝の知るところではないが、彼女は県大会は全て圧勝出来るほどの実力者だ。そんな彼女が負けるのを予想していた者は誰一人━━━━━━正確には一人だけいた。騒つく女子の中でスッと立ち上がり、出てきたのは将輝をこの場に誘った篠ノ之箒だった。

 

「大将は篠ノ之さん?」

 

「今のを見てお前と戦おうなどと考えるのは私しかいないだろうからな」

 

箒がそう言って女子の方を見ると、女子達は何処か安心したように箒の事を見ていた。自分が駆り出されずに済んだ事に安心したのだ。

 

「それに…………」

 

「それに?」

 

「いや、何でもない。これ以上口で語るのは少々無粋だ。後はこの竹刀で語らせてもらう」

 

「いいね、それ。実に分かりやすくて」

 

お互いに前に出て構える。二人の準備が整ったのを確認した審判役は開始の合図を告げるが、お互いに一歩も動かない。先程の勢いのある試合に対して、二人の試合は全くと言っていいほど動かなかった。否、動けないのだ。箒が後の先の構えを取るのに対して、将輝は隙を見いだせていなかった。どの角度から行っても全ていなされ、その後の反撃で負ける。将輝ではない将輝の感覚がそれを本能に伝えていた。故に動けない。先程のキャプテンが県大会で優勝出来るほどの実力に対し、篠ノ之箒は全国大会優勝を狙える実力。比べるにしては些か次元が違い過ぎた。

 

(勝てる気がしない……………訳ではないが、負ける確率が高すぎて飛び込めない)

 

とはいえ、箒に先手を打たれても負けるのは事実。そして其方の方が敗北の確率は極めて高かった。ならばと将輝が取った行動は━━━。

 

相手の『静』を崩す程の速く、激しく、それでいて正確無比な『動』の篭った一撃だった。

 

「ッ⁉︎」

 

スピード、タイミングのどれもが申し分ない。打ち込むならば、今という絶妙なタイミングで打ち込んだ。

 

だが、剣道という武芸において、将輝と箒とでは経験が違った。あくまで試合が出来る程度の知識しか持たない将輝と知識のみならず技術もある箒にとって、予想の上をいかれるのは予想していた。武術とは常に裏をかかれる事を想定し、動かなければならない。それが出来るか否かが実力の有無を分ける。それが出来なかったキャプテンは敗北し、そして箒はそれが出来た。

 

横一閃に振るわれた一撃を竹刀の必要最低限の動きと力で弾き、逸らすとそのまま将輝の面に向けて竹刀を振り下ろす。だが将輝もそれを想定していなかった訳ではない。身体を無理矢理捻り、その鋭い一撃を面ではなく、肩に当てた。負けはしなかったが、かなり痛い一撃だ。

 

(いって!いって!マジで痛い。痛すぎて痛いのがわからなくなるくらい痛い。こんなに痛いの、剣道って。俺痛いの嫌いなんだけど!好きな人もそうそういないけどね!)

 

心の中で叫びながらも痛がる素振りを見せずに距離を置いて向き直る。

 

(………追撃してこない?どういう事だ?)

 

回避したとはいえ、肩に当たった所為で、今左側の反応は確実に鈍くなっている。にも関わらず、追撃してこないのを将輝は訝しみつつも、右半身を押し出すように構え、痺れたような感覚に襲われる左手は竹刀に添えるだけにする。

 

(うーん。どうしたものか、本当なら最初の一撃が最大のチャンスだった訳だけど決められなかった。かといって時間を稼いでも慣れられて負け確定な訳だし………仕方ない、勝負に出る)

 

精神を研ぎ澄ませ、一太刀に全てを賭ける。剣の道において、相手が上である以上、残されたのは勝負を決める一撃に全身全霊を乗せる他ない。周囲が息を飲む。箒もまた彼が勝負に出ようとしている事を察し、一挙手一投足に集中した。

 

数秒の間をおいた後、将輝は仕掛けた。

 

最初の一撃を放った時よりも更に速く、力強い踏み込み。

 

将輝が無意識に行ったのは古武術において奥義の一つとされている『無拍子』だった。

 

人間は簡単に言えば、リズムで生きている。それは心臓の鼓動であったり、呼吸のタイミングであったりと様々だ。例えば『息が合う』というのは肯定、『肌が合わない』というのは否定だ。

 

そんな律動を意図的にずらすことで相手の攻め手を崩したり、律動を合わせることで場を支配したりする事が出来るのだが、それらの最上段に位置するのが律動を一切感じさせることなく、また感じることなく律動の空白を使う技術がある。それが『無拍子』だ。

 

もっとも、将輝が行えたのは偶然と身体に染み付いていた武人としての経験が起こしたものに他ならない為、将輝本人は『良い感じに仕掛ける事が出来た』程度にしか思っていない。

 

対して、相手の箒は将輝のそれに思わずギョッとした。

 

(先程の零拍子といい、この無拍子……何処が一応だ⁉︎)

 

そしてその一瞬の硬直が勝負を分けた。

 

ただでさえ、無拍子というテクニックは律動の空白を使うという事もあり、相手を後手に回すことが出来る。だというのに箒は将輝のそれに対しての迎撃が遅れてしまった。つまり、ワンテンポどころかツーテンポ遅れてしまったのだ。幾ら将輝でも明らかに出来た隙を見逃す筈もなく、そのまま鋭い一撃を面へと叩き込んだ。

 

「一本!勝者、藤本!」

 

かくして男女交流戦は将輝の勝利により、男子が7年振りの勝利を収める事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






もしかしたら無駄な描写が多いかもしれませんが、それは見逃して下さい。

やっぱり剣の道を進む箒さんと語り合うなら剣以外にありませんよね!

因みにプロローグ書いた時点ではこの展開を考えていませんでしたので、何処かおかしい点があるかと、何せ作者は剣道に全く詳しくないからです。あ、武術は大体わかりますよ?ですのでおかしい点があればご指摘お願いします。



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天災出現

執筆に全力を注いでた割にテストが思いの外好感触でビックリです。僕はやれば出来る子なんだー(棒読み

感想よりも早くにいただいた評価は1と8、何とも言えません。まあ今は気にせず只管投稿ですかね。


試合の後、将輝は疲れたと言って、剣道場を抜け出していた。

勝った事に男子のキャプテンを筆頭にしたメンツ達は馬鹿騒ぎをしていたが、やはり負けた相手の前でそんな真似は出来ないし、今後は出来れば良好な関係を築いていきたい将輝は疲労を理由に道場を抜け出して、芝の上に寝転がっていた。

 

季節は春の半ばなので、吹く風が実に心地良く、案の定、微睡みに誘われ、身を委ねようとしたその時。

 

「こんな所で寝ては風邪を引くぞ」

 

「……ん?……あ、ああ、篠ノ之さんか」

 

其処には今にも眠りそうだった将輝を見下ろすように腕組みをした箒が立っていた。

 

「何か用?」

 

「いや、これといって用は無いのだがな………………強いて挙げるとすれば、話がしたかったからだ」

 

そう言って箒は寝転がる将輝の隣に座る。将輝も流石にこのまま寝転がったままだとマズいだろうと上半身を起こした。

 

「左肩は大丈夫か?かなり強く打ったと思うのだが」

 

「大丈夫だと思うよ。折れてないし」

 

「そういう問題ではないのだが…」

 

せいぜい明日になれば青痣が出来るくらいだ。後で湿布を貼れば一応は問題ないし、生活にも支障は出ないだろう。という意味で将輝は返答したのだが、箒としては怪我の度合いを聞いたので、解答としてはズレている。

 

「それにしても、お前は強いな」

 

「強い?まさか、偶々だよ。篠ノ之さんの方が強いし、もう一回戦ったら確実に負ける」

 

それは事実だ。あれは偶然に偶然が重なった結果、起きた事象である。もう一度戦ったとして将輝が同じ動きを見せる事が叶うかはわからない上に、箒とて将輝にそれが出来るのは既に知っている為、隙など出来ない。故に戦えば将輝の敗北は必至なのだ。

 

「かもしれんな。だが、私が言っているのは腕っぷしの強さではない。心の、精神的な強さの事を言っているのだ」

 

「う〜ん。そうは言われてもよくわからないよ。俺、正直自分の精神が強いなんて思った事ないし」

 

「お前は自分の事をそう思っているのかもしれないが、少なくともあの短い時間だけだが、試合をした私にはわかる。そしてお前と同じ様な奴を私は知っている」

 

「へぇ〜」

 

誰?とは聞かなかった。それは野暮であるし、誰なのかもわかっていたからだ。彼女の想い人であり、最も信頼する相手であり、そしてこの世界の特異点たる存在━━━織斑一夏の事だと。

 

「済まないな。よくわからない話をして。ただこれだけは言っておきたかった。私に剣の道を思い出させてくれてありがとう。また今度試合をしよう」

 

これは将輝の預かり知らぬ事だが、箒にとって今日のこの試合は長らく忘れさせていた高揚と剣の道に生きるものの精神を思い出させていた。彼女が織斑一夏と別れて以降、ただの手段と成り下がっていた剣道は今日再び息を吹き返した。

 

「その時はお手柔らかに頼むよ、篠ノ之さん」

 

「……箒だ」

 

「え?」

 

「私の事は箒と呼べ。篠ノ之という苗字はあまり………好きではないんだ」

 

彼女は自分の苗字に……というよりも姉にコンプレックスを抱いている。嫌いではないが苦手。極力会いたくない人物であり、彼女はその姉と距離を置いて接している。が、それを抜きにしても彼女は彼に名前で呼ぶのを自分から許す程には心を許していた。

 

「わかったよ。箒、これからは俺の事は将輝って呼んでくれ」

 

故に将輝も同様に名前で呼んでもらうようにした。自分が名前で呼んでいるのに対して、苗字というのは些かむず痒いし、慣れていないからだ。

 

「ああ、ではな将輝」

 

そう言って箒は踵を返し、剣道場へと戻っていった。将輝はそれを見届けると次に箒に起こされるまでの間、眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

交流戦の件から一ヶ月が経過した頃。

 

半ば済し崩し的に剣道部へ入部した将輝は箒と共に鍛錬に励んでいた。

 

交流戦の後、親しくなった二人はあれからも互いを切磋琢磨すべく、幾度となく模擬戦をした。やはりというべきか、最初は箒の勝率の方が高かったが、最近では徐々に拮抗し始めていた。その事に他ならぬ箒も喜んでいたし、将輝自身も手応えを感じていた。

 

心を許せる人間を得た事で多少なりと余裕が出来たのか、彼女は周囲にも馴染むように努力をしていた。未だ剣道部員以外には堅いままではあったが、少し前に比べれば、かなり軟化しただろう。それは偏に将輝という肩を並べる存在が出来たからである。

 

そんなある日の出来事だった。

 

今日も己を鍛えるべく、箒と共に剣道場へと向かっていた将輝はふと視界の端に誰かが映ったような気がして、其方を見たが、其処には誰もいなかった━━━━━━のならまだ良かった。

 

「……」

 

何か恨めしそうに此方をガン見しているウサミミを着けた女性が其処にいた。隠れているつもりなのだろうが、かなり目立っている。周囲に殆ど人がいない為に騒ぎになっていないだけで、此処で将輝が「あ!篠ノ之束だ!」とでも叫べば人集りが出来るだろう。何せ彼女は全世界で絶賛指名手配中の有名人だからだ。

 

しかし、将輝は無視する事にした。関わるとかなり面倒な事になる上、今は箒がいる。箒が彼女と出会えば、それもまた面倒な事になるだろう。それを見越して、将輝は見て見ぬフリをして、そのまま剣道場へと向かったのだが………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部活動が終わり、日も暮れた頃。篠ノ之束は未だ其処にいた。

 

これには流石に将輝も頭を抱えた。「どれだけシスコンなんだこいつ」はと。帰宅中も何故か箒の方ではなく、ずっと自分の方についてくる篠ノ之束に違和感を感じた将輝はチョロチョロと逆に鬱陶しかったので、呼んだ。

 

「天才さん。いい加減、普通に出てきてくれると助かるんですけど」

 

数拍置いた後、暗闇から満を持して現れた(つもり)のは、当然ながら篠ノ之束だった。

 

「やるじゃん。まさか私の完璧なスニーキングがバレるなんてね」

 

(スニーキングのスの字もなかったんだが……………それは言わないようにしておこう)

 

「それで俺に何の用ですか?てっきり妹さんにでも会いに来たのかと思いましたけど」

 

「箒ちゃんにも会いたいんだけどね。それは諸事情で今は無理なのだよ。まあ、それを抜きにしても、今日は君に会いに来たんだけどね〜。あ、取り敢えず、君の家に上がっていいかな?立ち話もなんだし」

 

それは束が決める事ではないのだが、自由奔放な彼女にそれは通用しないだろう。というか、断ったところで家に帰れば、リビングに彼女が何事もなくいるのが目に見えている。仕方ないので、将輝は家に上げる事にした。

 

一々難癖をつけられない為に将輝は取り敢えず高そうなコーヒー豆を挽いて、コーヒーを淹れる。まだ自分も飲んだ事がない為、何とも言えないが取り敢えず高ければ問題ないだろうとちゃっかり自分の分も淹れる。

 

「ほうほう。中々準備が良いですな。それでは早速……」

 

そう言って束は淹れたてのホットコーヒーを一気飲みする。ゴクゴクとまるでスポーツドリンクでも飲むように何事もなく。

 

(凄いな。超人クラスならあの熱さでも一気飲みか。ということは織斑千冬でも出来るんだろうか)

 

もちろん無理である。人として鍛えて超人の域に達した千冬は普通にコーヒーはある程度冷ましてから飲む。束が一気飲み出来るのは鍛えてではなく、細胞を自ら弄っているからだ。千冬も大概だが、それ以上に束に常人の常識は通用しない。

 

「ふぅ〜。まあ及第点かな。ダメだししたい部分はあるけど、それは置いておこう」

 

「何故俺に会いに?」

 

「理由は色々あるけど……………取り敢えず品定めってとこかな?」

 

(それが一々ジロジロ見ていた理由か。こんな正面から堂々と言われるとは思ってなかったが)

 

将輝がそう思っている間も束は前後左右に移動しながら、品定めする為にジロジロ見る。途中で触ったりもしたが、それも三分程してソファに座りなおす。

 

「ふむふむ。成る程ねぇ、うん、大体分かった」

 

「篠ノ之博士のお眼鏡にかないましたか?」

 

「凡庸って訳でもないけど、圧倒的に抜きんでているって訳でもないね。まあ、それは箒ちゃんと試合してる時にわかってたんだけどさ」

 

「お眼鏡にはかなわなかったと?」

 

「いや、それがね。一概にもそう言えなくて、私からの君への評価は「面白い」かな。凄いね〜、稀代の大天才篠ノ之束にそういう評価を受けるというのは非常に素晴らしい事だよ。理由を聞きたい?」

 

「その前に主にどれくらい凄いかを馬鹿な俺にもわかりやすく解説していただけると助かります」

 

「うんとね。十億分の一くらいの確率?」

 

「疑問系なのが気になりますが、実にわかりやすい例えですね」

 

そう言って将輝は冷ましたコーヒーを飲むが、まだ結構熱かった所為で、ほんのちょっとしか飲めず、コーヒーカップを置き、束を見る。その表情は何処か不満そうでまるで拗ねた子供のようだった。

 

「どうかしましたか?」

 

「君って周りから冷めてるって言われない?」

 

「前に冗談でそう言ったら軽く引かれた事ならありますよ」

 

前というのは憑依以前の事である。冗談交じりに言ってみれば「え、こいつマジで言ってんの?」的な視線が返ってきたのには逆にマジかと対応したのはそう古くない記憶だ。

 

「普通さ〜。もっとこう喜ぶものだよ?束さんって、基本他人に無関心だから、ISに関わる人間はそれだけで狂喜乱舞するのに」

 

「生憎、俺はISとは全く無関係の人間でして」

 

「そういう所だよ。箒ちゃんと試合してる時はもっとこう、何て言うのかなぁ〜、目から強い光が感じられたんだけどなぁ〜…………………あ!」

 

「今度は何ですか?」

 

「君って箒ちゃんの事、好き?」

 

あまりにも唐突な質問に盛大にコーヒーを噴き出し、咽せた。

 

「げほげほ………いきなり何言ってんだあんた」

 

「いやぁ〜、何となくそんな気がしていたのだよ〜。勘ってやつかな?」

 

「勘で勝手に決めつけないでくれ」

 

「で、実際の所は?私はわりかし当たってると思ってるんだけど」

 

「…………好きですよ。真っ直ぐで、不器用だけど人当たりも良い。剣道にはいつも真剣に取り組んでいるし、竹刀を振ってる時の姿はカッコいいし、惚れ惚れするくらいだ。それに本人自覚はないみたいだけど、可愛いし」

 

将輝は箒に好意を抱いている。元々気にしていた節もあったが、この一ヶ月、彼女と互いを研磨し合っていく中で彼女の剣道に向けるひたむきさとその美しさに惹かれていた。最近は時折、弱い一面を見せる事もあったが、男からすればそれは護りたくなる。寧ろポイントが高い。強い面も弱い面も含めて将輝は箒の事が好きなのだ。

 

「て言っても、本人には好きな人がいるみたいだが」

 

「だから告白しないの?もしかしたらチャンスあるかもしれないのに」

 

「良いんだよ。今はこの関係の………互いを研磨しあう仲で良い」

 

「…………ふーん。ま、それは私の知るところではないし、君の好きにすればいいよ。今日はこの辺りで帰らせてもらおうかな」

 

「また来る気?」

 

「まあね。君から感じた可能性の光を直接見てないからね。じゃあね、また明日」

 

そう言った束は普通に家に入ってきたにも関わらず、わざわざ手から丸い球を投げると周囲が数秒ほど光に包まれ、姿を消した。将輝が玄関を見ると靴も無くなっている辺り、普通に出て行ったようだ。一々演出に拘る傍迷惑な天才であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ということで大天災さんの出現でした。話の途中で何回も時間飛ばしてすみません。

一応、主人公が箒に惚れた理由も簡潔ながら書きました。あまり長過ぎると同じ事言い続けてるみたいでしつこいですから。

次回は今回の後半に続いて話し合いになるのかな?多分、主人公と束の本音をぶつけた会話になると思います。



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それが僕らの日常

感想欄で展開が急すぎるとしてきされたので、ここで一ヶ月の間にあった話を少し書きました。

時期的には交流戦後〜束と邂逅くらいです。

一話だけでなく、四つくらいを集めた感じです。


ーーーーー完全感覚プレイヤー達の常識?ーーーーーー

 

「将輝。こんな所で何をしている?稽古が始まるぞ」

 

「すぐ行くよ」

 

男女の交流戦後、一応完全な入部となった将輝だが、正直あまり気乗りはしなかった。

 

彼女が何故各地を転々とせずにこの地に留まっているのかについてはおいおいわかるだろうと聞くことはしていない。まだ親しくなったばかりの相手にそれは野暮というものだからだ。しかし、問題は剣道の方だ。

 

部活動をした事がないわけではなかったが、格闘技系は初めてであったし、何方かといえば教えて欲しい側の将輝に対して、部員達は教えを乞いに来る。勝手に動く身体と無茶な作戦を駆使する将輝に教えられる事などないし、そもそも教えるのも得意ではない。ほとほと困り果てた将輝は仕方なく一から剣道を勉強する事にした。だが………

 

(はぁ……やっぱ感覚派の俺に教えるっつーのは難易度高いよなぁ)

 

これが将輝の教えるのが苦手たる所以だ。何をするにしても感覚でしていた将輝はそれを伝えようとすると同じく感覚派の人間でない限り、ほぼ伝わらない。語彙は豊富であれ、それを伝える能力が将輝には滅法低いのだ。

 

「何を読んでいるのだ……………ふむ、指南書の類か」

 

「正直、お手上げだよ。本当指導者になる人には尊敬するよ。あれはもう才能だ」

 

「確かにな。どれだけ偉大な成績を残した選手でも指導者としては全く成績を残せない者もいる訳だから、教える才能というのは想像以上に重要だな」

 

手にしていた『猿でもわかる!剣道指南書!〜初級編〜』と表紙に描かれた本を閉じ、横に置いてあったバッグの中に入れる。実に頭の悪い題名であるが、これがなかなか理解しやすく、将輝の伝える能力さえ高ければ問題はなかったのだが。

 

「いっそこの本を皆に見せるか」

 

「それはマズイだろう。というか、初級編では意味がないではないか」

 

「中級編も上級編もあるぞ。そして最後に地獄変だ。次に出るのは天獄変らしい」

 

バッグの中から取り出したのは猿でもわかるシリーズの中級編と上級編。そして最後に出した地獄変に関しては猿がこれ見よがしに剣を帯刀し、阿修羅の如く振り回している様だ。その部分だけ見れば、実に頭の悪い作品である事が伺え、それは箒も同様だった。

 

「何故最後が一番頭が悪そうなのだ」

 

「そうでもないぞ。一通り読んでみたけど、なかなかいい勉強になった」

 

「一晩で読んだのか?凄まじい速さだな」

 

「こう見えても読書スピードは速い方でね。何回か読み返して粗方理解したんだけど……………それが生かされてないから何とも」

 

何せ将輝の小説の類を読むスピードはべらぼうに速かった。内容が面白ければ面白いほどに速くなる。響きだけで言えば、何処か強そうだ。

 

「取り敢えずやるだけやってみるよ。案外通じるかもしれないし」

 

「では私も横から聞いてみよう。何かしらヒントが得られるかもしれん」

 

「バンバン駄目出ししてくれると助かる。箒の方が剣道には詳しいだろうし」

 

「ああ、任せろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、ここがこうなって、こうして、こうやるんだ」

 

「は、はぁ……」

 

「あ、違う違う。其処はこう脇を締めてシュッと行く感じだ」

 

「う、うす!」

 

「大振り過ぎだよ。もっとコンパクトにズバッて感じじゃなくて、ヒュッて感じ」

 

「はい!」

 

剣道場に着いた将輝は男子主将に任され、一年の指導をしているのだが、案の定、擬音と感覚の入り混じったよくわからない指導となっており、十四人中三人程しか理解が出来ていなかった。だがその理解出来ている三人にすらも稀に分からない時があるらしく、結果として完全に理解できているものはいなかった。

 

「う〜ん。やっぱり他人に教えるのは向いてないな」

 

「そうか?私はこれ以上ないくらいわかりやすかったのだが………」

 

「え?」

 

「え?」

 

篠ノ之箒。彼女もまた擬音と感覚の入り混じったよくわからないものがわかる極限の感覚派だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー踊らない放課後捜査線ーーーーー

 

 

「あれ?箒、何やってんの?」

 

放課後の教室。忘れ物を取りに来た将輝は教室で一人残り何かをしている箒を見つけた。

 

「実は探し物をしていてな。こうして皆が帰った後に探しているのだ」

 

「へぇ〜。それってもしかして何時も付けてるリボンの事?」

 

「よくわかったな」

 

「何時も見てるからね」

 

「そ、そうか…」

 

将輝の答えに恥ずかしいのか箒の顔が若干赤くなる。尤も見ているといっても、気になる(周囲に馴染めているか)からであるが。

 

「緑のリボンだよね?どの辺で無くしたの?」

 

「あ、ああ。確かこの辺りだと思うのだが……」

 

こうして二人はリボンを探し始めたが、なかなか見つからず、三十分が経過した。

 

「あまり遅くなっては先生方に迷惑がかかってしまうだろうし、明日にするか……」

 

部活動の無い日、将輝達の中学は五時には閉めている。そして現在は五時十分。一応理由を説明したとはいえ、これ以上時間をかけると迷惑をかけると思った箒はそう言ったが、将輝がそれを拒否した。

 

「探すくらいなんだから、相当大事な物なんだろ?じゃあ、諦めずにとっとと見つけよう」

 

「しかしだな……」

 

「後五分探して見つからなかったら諦める。それで行こ…………」

 

その時、将輝は気付いた。黒板についている教室の鍵をかける部分に緑のリボンがかかっている事に。それは普通に探していれば死角になっている為、見えないような場所でおそらく落ちているのに気がついた誰かが適当に其処へかけていたのだろう。

 

「探し物って諦めた頃くらいに出てくるもんだね。はい」

 

箒は代わりにつけていた青いリボンを取り、緑のリボンを付け直した。

 

「うん。やっぱり箒にはそれが一番似合うよ」

 

「済まない。手伝わさせてしまって」

 

「気にしない気にしない。こっちも好きでやった事だし、箒の大切な物が見つかったんだからそれでいいじゃん。教室の鍵は俺が先生に返しとくから箒は先に帰っていいよ」

 

「あ!ありが…とう」

 

箒は手伝ってもらった礼を言おうとしたのだが、面と向かって言う事の気恥ずかしさに尻すぼみになり、視線も横へと逸らした。将輝は一瞬大声を出した箒に目を丸くしたが、すぐに笑みを浮かべた。

 

(箒らしいな。でもまあ、そういう所が可愛いんだけど」

 

「ふぇ?」

 

自分の思っている事が口に出ていたなど微塵も思っていない将輝は踵を返して、鼻歌まじりに職員室へと向かう。性格上、聞き返すことの出来ない彼女は数日間、悶々とした時間を過ごす事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー優しさの理由ーーーーー

 

 

時間は午前八時前。朝練の終わった将輝は箒の動きに違和感を覚えた。

 

「箒大丈夫?」

 

「も、問題……ない。少し頭がクラクラするが……」

 

将輝の指摘通り、彼女の顔はスポーツを終えた後にしては頬が上気しているし、何処か視点も曖昧で、軸もぶれている。しかし、彼女はそれを否定して、更衣室へと向かおうとしたのだが、ふらついて態勢を崩した。

 

「問題ありまくりじゃん。保健室に行こう」

 

「この程度……どうということは…ひゃ!」

 

「拒否権はありません。さあ行くよ」

 

将輝は有無を言わせずひょいと箒をお姫様抱っこする。何やら言いたげな箒の視線や早い時間帯から来ている生徒の好奇の視線を右から左へと流し、保健室へと着いたが、両手が塞がっている為、足で器用に扉を開ける。

 

「失礼します」

 

「ノックくらいしたまえ………おや?」

 

そう言ったのは白衣を着た若い女性。吊り上がった鋭い目が特徴的で、何処かキツそうな物腰ではあるが、その実、生徒の身を第一に考えるとてもよい教員だ。男女問わず人気があり、見た目もかなり良い方なのだが、どういうわけか浮いた話がない。そして本人もそれを気にしている節がある。

 

「転校してから日数があまり経っていないというのに早速かね?………リア充爆発しろ」

 

とこのように自身がリア充と判断した者には容赦がない。それが彼女が独り身たる所以なのかもしれない。中学生を相手にリア充爆発しろなど大人気が無さ過ぎる。

 

「聞こえてますよ。後、リア充じゃありませんし、爆発もしません」

 

「では何の用かね、リア本くん」

 

「箒の体調がすぐれないみたいなんで、連れてきました。ていうか、誰がリア本くんですか、俺は藤本です」

 

「何、篠ノ之がか。どれ、後は私が見ておくから君は着替えてきたまえ、でないと授業に遅れるぞ」

 

「お願いします。先生もそういうカッコいい所を全面に押し出していけば、か弱い系男子が寄ってくるんじゃないですか?」

 

冗談交じりにそう言った将輝に保険医は若干非難の視線を送りながら、窘めるように言う。

 

「年上にあまり口出しするのは考えものだぞ、藤本。君は助言にしては少々言い過ぎるきらいがある。程々にしておかなければ痛い目を見るぞ」

 

「肝に銘じておきます」

 

助言………というか、その言い過ぎによって、後々、彼は酷い目に遭うのだが、それは誰も知らない。ついでに言うと直後に本音をうっかり漏らした将輝はこの保険医━━━黒桐によって腹部に『全力の拳(衝撃のファーストブリット)』を受ける。それをベッドに横になって見ていた箒曰く『あの時の黒桐先生は千冬さんにも匹敵する』と語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?箒、家に帰らなかったの?」

 

「帰っても私一人だけなのでな。先生が家にいるより此処にいた方が良いだろうと先生が配慮してくれたのだ」

 

現在、箒は一人暮らしである。『重要人物保護プログラム』の所為で両親とは強制的に別居生活を余儀無くされており、彼女の住むマンションも日本政府が用意したものだ。小学生の時は日本政府に雇われたヘルパーが彼女の身の回りの世話をしていたが、中学に上がった際、彼女自身が一人暮らしを望んだ為、絶賛一人暮らし中なのである。もちろん彼女の住む部屋の左右には不測の事態に備えてボディーガードが待機しているし、部屋の中にはないが常に衛星によって外での行動は監視されている。

 

「今から帰るところなのだが、先生がすぐに用意をしてくると言って、かれこれ二十分程待っているのだ」

 

「その内来るんじゃ「待たせてすまないな、篠ノ之」ほら来た」

 

「藤本か。ちょうどいい、篠ノ之を家まで送ってやってくれ。実は校長の不手際ですぐにでも終わらせなければならないものが何個かあるのでな。私では送ってやれない」

 

黒桐は両手で持った大量の資料を机の上にドンと置くと最新鋭と思われるパソコンを開け、煙草の箱を取り出し、火をつけた。

 

「保険医が煙草はマズいでしょ」

 

「それもそうだが、これが無いと仕事が捗らなくてな」

 

「中年のおっさんですか、先生は」

 

「………撃滅のセカンドブリットを喰らうか?」

 

「ようは三回目には死ぬんですね、俺」

 

因みに三回目は抹殺のラストブリットだ。これ常識な!

 

「そういう事だ」

 

ふぅ、と煙を吐いた黒桐は煙草の灰を灰皿に落としながら、そう返す。やや上機嫌になったのは、物分かりが良いからではなく、ネタが通じたからである。

 

「兎にも角にも、篠ノ之の事はお前に任せた。……………ああ、そうそう。くれぐれも送り狼にはならんようにな」

 

「なりませんよ。てか、それは中学生相手にいう言葉じゃないでしょ」

 

「わからんぞ。最近の中学生は大分背伸びするからな。相手が病気で弱ってるのをいい事にあんな事やこんな事を……」

 

「あんな事やこんな事……?将輝、黒桐先生は何を言っているのだ?」

 

「わからなくていいよ。さ、この危ない思考の人は放っておいて帰ろう」

 

何か一人でフィーバーし始めた黒桐を他所に将輝は箒と共に保健室を後にする。箒の荷物は既に持ってきているようで、両手には自身の物と彼女の物である鞄が握られていた。

 

「何から何まですまない。部活動が終わってすぐだというのに」

 

「箒は病人なんだから、気にしなくていいよ………っと。はい」

 

将輝は手にしていた自身の鞄を下駄箱の上に置き、箒の鞄を首へと下げると彼女の目の前でかがんだ。彼が何をしようとしているのか、わかった箒だが、一応念の為に聞いた。

 

「…………何をしようとしているのだ?」

 

「え?何っておんぶをしようとしています?」

 

「何故、疑問系なんだ。というか、私を背負って連れ帰るつもりだったのか⁉︎」

 

「いやぁ、流石にお姫様だっこは羞恥プレイだし、かといって箒を家まで歩かせる訳にはいかないから」

 

「試行錯誤した結果がこれだと?」

 

「うん」

 

箒の家の距離がわからない以上、距離を歩かせるのはしのびないと思うのは普通の事であるが、しかしながら将輝は徒歩での登校をしているので、自転車で一時的に二人乗りをする訳にもいかず、かといって家までお姫様だっこというのは双方にとってなかなか勇気のいる事である。深夜ならまだしも今はまだ夕方、それなら他の生徒に見られるケースも考えて、必然的におんぶになる━━━というのが将輝の考えである。そしてそれをわかっている箒であるが、どちらにしても恥ずかしくはあるし、これ以上負担をかける訳にはいかないと思い、断ろうとしたのだが…………やめた。

 

「わかった。今日は将輝の言う通りにしよう」

 

目の前でかがんでいる将輝にもたれかかるようにして体重を預ける。将輝は箒を背負うと無言で立ち上がり、歩き始めた。何故無言なのかというと背中に当たる実に柔らかい感触の所為だった。

 

(は、発育良すぎるだろ………こ、これはもう一種の兵器だな……)

 

自分で言い出しておいてなんだが、この選択肢は間違いだったと将輝は感じていた。だが今更言える筈もなく、出そうになる鼻血を堪える。

 

「将輝」

 

「ななな何だ⁈」

 

「この先は左だ」

 

「お、おう…」

 

キョドリながらも箒の指示通りに足を進める将輝。何とか意識を別の物に向けようと努力するが、動くたびに押し付けられる中学生にしてはかなり良好な双丘が思考を其方へと無理矢理引き戻す。そのたび、頭の中をよぎる煩悩を振り払い、最終的に円周率を数え始めた。対して箒はというと特に何も思っていない…………事もなく、彼女は彼女で割と冷静ではなかった。

 

(将輝の背中は大きいな……………これくらいの歳になると男子は全員これくらい大きいのか?それにおんぶをされるのは初めてのような気がする)

 

箒の記憶に誰かにおんぶをしてもらったという記憶はない。厳格であり、また優しかった父にもしてもらった事はなかったし、ましてやあの頃は一夏よりも箒の方が力が強かったし、そもそも風邪をひいたような記憶もなかった。故に箒にとって、これは初めての経験でそれが余計に頼もしさを感じさせていた。

 

お互いに別の事を考えている結果、会話はなくなり、あったとしても指示の時のみだった。そしてそれが十分程続くと箒の住むマンションに着いた。

 

(うわ、凄え高そうなマンションだな。一体、家賃どれくらいなんだ、これ)

 

実を言うとこのマンションは普通の高級マンションではない。箒のような重要人物を保護する為だけに建てられたものであり、ありとあらゆる災害に対応しているのだ。

 

エレベーターで上にあがり、数秒歩いてから着いたのは『512』というプレートの着いた部屋。表札がついていないのは位置特定の危険を避けるためなのだろう。

 

「ここであってるか?」

 

「ああ。もう降ろしてくれて構わない」

 

「了解。はい、鞄」

 

降りた箒は鞄の中からカードキーを取り出すと扉の横にあるものにかざし、鍵を開けた。もう大丈夫だろうと思った将輝はそのまま帰ろうとしたが、不意に学生服の裾を掴まれた。

 

「……箒?」

 

「え?いや、あの、その、これはだな」

 

どうやら箒も突然の自身の行動に驚いているらしく、わたわたと慌てる。

 

「上がってもいい?」

 

「…………そ、そうしてくれ…」

 

結局、済し崩し的に部屋に上がった将輝。箒はお茶を出そうとするが、それを将輝が制し、何処に何があるのかと場所を聞いて、お茶を淹れた。因みにそれは緑茶で、地味に茶柱が立っている。

 

「食材は何かある?簡単な物で良いなら作れるけど?」

 

「流石に其処までしてもらうのは……」

 

「だから今日は気にしなくていいって。今日くらいは多少無茶な要求も応えられる範囲で応えるからさ、遠慮とかしなくていいよ」

 

「しかしだな……」

 

「えい」

 

「あ痛⁈何をする!」

 

「遠慮すんなって言ってるだろ?ま、箒が強情なのはわかってるけどな。後出来るなら着替えておいた方がいいぞ、制服に皺が出来るから」

 

将輝は箒の頭に軽くチョップした後、スッと立ち上がり、そのまま台所へと行く。箒はまだ重いが今朝に比べて幾分かマシになった身体を動かして制服から部屋着へと着替える。その数分後に将輝は手にお盆を持って現れた。

 

「取り敢えず雑炊と冷蔵庫に豆腐があったから冷奴な。後、林檎があったから食後のデザートに剥いといた」

 

「う、うむ………手間をかけさせて済まな………いや、ありがとう。早速いただくとしよう」

 

スプーンで一口分掬って、軽く冷ますとそのまま口へと運ぶ。

 

「……美味しい」

 

「そりゃ良かった」

 

「将輝は食べないのか?」

 

「俺?ああ、まだ腹減ってないし、家に帰ってから食べるよ」

 

実際の所、部活動の後なので結構減っているのだが、将輝としては箒が美味しく食べているのを見ているので今の所は満足だったし、箒が食べ終わり次第、食器を洗い、帰る予定だったからだ。

 

「……ご馳走様でした」

 

「ん。じゃあ片付けてくる」

 

綺麗に全部食べたところを見ると彼女の体調がかなり回復しているのがわかる。このまま安静にしていれば熱も引いて明日には元気になっているだろう。

 

(何か身体がダルいし、取り敢えずこれが終わったら帰るか。シャワーは部室棟にあるのを使ったから、適当に晩飯食って、とっとと寝よう)

 

「箒、明日の事だけど………箒ー?」

 

食器洗いと明日の朝食の分などを一通り終え、将輝は先生と女子剣道部員に頼まれた伝言を伝えようとしたのだが、返事は返ってこない。

 

「聞こえて……………」

 

返事がないため、台所から居間へと戻ってみれば、彼女は小さな寝息を立てて、座ったまま寝ていた。将輝としては平静を装いながらも「もしかしたら元気と思っていたのは勘違いで、倒れているのでは?」と最悪の事態を想定したが、それも杞憂に終わっていた。

 

「こんな所で寝たら風邪ひくぞ……って、もうひいてるか」

 

眠った彼女を起こさぬように注意を払いながら、寝室へと連れて行き、ベッドの上に寝かせる。

 

「良し。する事は全部したし、帰ろ「……待って」ん?寝言か……ッ⁉︎」

 

箒でも寝言を言うんだなと思っていた将輝はその寝顔を見て驚いた。

 

泣いているのだ。頬からは涙が伝い、苦しそうな表情でうなされている。

 

「嫌………もう、一人ぼっちになるのは………私を……一人にしないで……」

 

熱が出ている所為で悪夢を見ているのか、それとも何時も同じようにうなされているのかは将輝にはわからない。武士のように気丈に振る舞う彼女は弱い部分を見せないからだ。彼女のうなされている原因について将輝は大体検討がついていた。それは彼女から聞いたわけではない。それはただの知識だ。だが知っている。

 

彼女は不器用で友達作りが下手だったが、友人を作る為の努力はした。しかし他の子ども達にとって、彼女は『篠ノ之束の妹』という異質な存在に見えたのだ。姉が天才なだけで彼女自身は普通の少女だ。繋がりを求めては拒絶される日常。それはとてもまだ幼さの残る少女には耐えられなかった。故に少女は拒絶される前に自らで拒絶した。自身も他人も傷つけないように初めから壁を作った。誰とも親しくならないように。本心では「皆と仲良く過ごしたい」と願いながら、それを押し殺した。弱さを見せまいと剣を振るい続けた。結果、少女は願い続けた繋がりを拒絶し、孤独であり続けた。これで良かったのだと自身に言い聞かせて。

 

これは彼女の問題だ。将輝に出来る事など殆どないだろう。否定し、拒絶し続けた自らを変えなければ、彼女はこのままだ。それはわかっている。だからこそ、将輝は今出来る事をしよう、そう思った。

 

「大丈夫。俺が側にいるから………絶対に君を一人にしないから」

 

箒の手を握り、そう言いながら頭を撫でる。出来ることはせめて今だけでも彼女を悪夢から救う事だけだった。それでも将輝はそうせずにはいられなかった。彼女の泣いている姿を見過ごせなかったから。

 

「………ありがとう…」

 

今までうなされていた彼女は苦しそうな表情から穏やかな表情へと変わり、再度寝息を立て始めた。どんな夢を見ているのかは将輝にはわからない。もしかしたら幼き日の暖かい夢を見ているのかもしれない。将輝はそれが一秒でも長く続くようにと祈りながら、ただただ彼女の手を握っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。箒は何時ぶりかわからない穏やかな朝を迎えていた。

 

夢の内容は覚えていないが、何時も朝起きれば泣いているし、鏡に映し出された顔は実に酷い。朝練に行くまでの間に酷い有様となった表情を直していくのが彼女の日課であったが、今の自分はそんな顔をしていないような気がしていた。

 

ふと誰かに手を握られているような感覚がして上半身を起こしてみれば、其処には両手で包み込むようにして、自身の手を握っている将輝がベッドに身体を預けるようにして寝ていた。服は着替えておらず、学生服のまま、彼もまた昨日の箒のように寝息を立てていた。

 

「ふふ………こんな所で寝ては風邪をひいてしまうぞ?」

 

「━━━━━━」

 

「ッ‼︎」

 

寝ている将輝の頭を撫でようとした時、呟いたその一言に箒は動きを止めた。それはただの寝言だ。自分に言っている訳ではないのかもしれない。だが彼が放った言葉は自分に言っているものだ、とそう思った。そして彼女は彼に手を握られたまま、再び眠りについた。もしかしたら夢の続きが見られるかもしれないと。今度こそはそれを心に留めておこうと。結局、夢の続きを見る事はなかったが、彼女にとってそれはとても穏やかで安らぐ時間だった。

 

そして二人は完全寝過ごして、遅刻し、仲良く教員達に怒られる事になった。しかも、将輝は箒のものが移ったのか、風邪をこじらせていた。

 

「先生、風邪引きました」

 

「根性で治したまえ、男だろう。野獣くん」

 

「最早、原型留めてない⁉︎」

 

 

 

 

 

 

 





最後だけ長くなりましたが、短編の寄せ集めみたいな話でした。おかげで9000文字手前くらいまでいきました。わーい!

明日でテストも終了し、これから本格的に執筆出来るぜ!………なんて事は無く、バイトがあります。働きたくないでござるぅ〜。

それはさておき、今回の話は後に関係あったりなかったりな話となりました。これで飛ばしすぎてた分がある程度修正出来たかな?何とも言えませんが。

因みに分かる方は何となく感じ取ってくれたかもしれませんが、今回出てきた保険医の方は某アニメに出てくる残念系美人教師を参考にしました。というか殆ど一緒(作者は結構好き)。なんで主人公(某アニメの)といるとき、あんなかっこいいのに結婚できないんでしょうね、あの人。見た目もいいし、結構な勝ち組なのに。

次回は前話の続きです。期待し過ぎずに待っていてください!

P.S 今回は結構疲れた。


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誓い

前の四話の書き直しもとい五話です。

内容は全く別物になっていますが、どうぞ。


「一つ聞いていいか?」

 

「何かな〜?」

 

「何でさも当然のように俺の家にいて、そして朝食を要求してんの?」

 

「其処はほら、束さんだから」

 

あっけらかんというのは昨日家に帰った筈の篠ノ之束だった。少なくとも朝起きて鍛錬していた時には誰もいなかった事から、彼が一度家を空けた時に何処からともなく不法侵入したのだろう。それならばまだ良いが、この天才、人の家に勝手におしかけておいて、顔を合わせた次の言葉が「お腹減った〜。何か作って〜」なのだ。だが将輝も口で文句を言いつつ、律儀に二人分の朝食を準備しているあたり、どこか手慣れた風ではある。

 

「わお、美味しそう!いっただっきまーす!」

 

束は出された青椒肉絲を凄まじい速さで食べ、ものの二十秒もしない内に完食した。

 

「食うの速えよ。もっと味わって食え」

 

「充分味わったよ?美味しかったです、ご馳走様」

 

「そうか。じゃあ帰れ」

 

美味しかったと言われて悪い気はしなかったが、それとこれとは話が別。束がいると碌なことにならない。そう確信している将輝としては早急に帰って欲しかったのだが、それを束は拒絶する。

 

「え〜、やだ〜」

 

「やだ〜。じゃない!俺の休日を奪おうとするな、とっとと帰れ!」

 

「昨日また来るって言ったじゃん。可能性の光を見に」

 

「確かにそうは言ったが、次の日に来るなよ。ていうか、来てもいいなんて許可出した覚えがないんだが」

 

「なっはっはっはー!相手の都合を考えてちゃ天災なんて名乗れないZE☆」

 

最早言っていることが無茶苦茶である。しかしながら、彼女が天才であり天災と称される所以はこのような相手の事を考えない行動と抗う余地を与えないところから来ている。人は天災に抗う術を持たない。ただ只管過ぎるのを待つだけだ。彼女の傍若無人っぷりはそれこそ人間災害レベルだ。

 

「はぁ…………もう好きにしろ」

 

言うだけ無駄だと将輝は深く溜め息を吐いた後、自室へと戻ろうとする。するとその後を束がついてきた。

 

「何でついてくるんだよ」

 

「可能性」

 

「あのなぁ………可能性可能性って、普通に考えて、そういうのが見れるわけないだろ。もっとこう特別な状況でもない限りな」

 

束を諦めさせようと苦し紛れにそう言うが、それに彼女は盲点だったと感嘆の声を上げた。

 

「ほうほう。それは一理あるね、例えば?」

 

「例えば………そうだな。命の危機だったり、大切な人を護ったり、宿命の対決だったりとかじゃないか?つってもその理論が通じるのは漫画とかの主人公くらい…………危なっ⁉︎」

 

ブオンッという音と共に振るわれたのは束の蹴り。頭の数センチ上を通過した殺人キックは壁を抉りながら、振り抜かれた。

 

「いきなり何すんだ!」

 

気づくのが後一瞬遅ければ、彼の頭は脳味噌をぶち撒けながら、ザクロのようになっていただろう。怒るのも無理はなかったが、束はキョトンと首を傾げた。

 

「何って回し蹴り?」

 

「誰も攻撃のジャンルを聞いたんじゃない!何でいきなり攻撃してきたのか、聞いてるんだよ!」

 

「え?だって、命の危機を迎えたりしたら、覚醒するんでしょ?」

 

巫山戯ていっているわけではない。彼女は将輝の言った例え話を基にこの行動に走ったのだ。大切な人を護ったりする状況を作るのは面倒だし、それでは箒が危険な目に遭う。次に宿命の対決はその宿命の相手がいない。となると消去法で残るのは命の危機。それならば今すぐにでも実行でき、かつ手間はかからない。そう思っての行動だ。因みに将輝が言った「この理論が通じるのは主人公だけ」と言った部分は聞こえていない。完全に墓穴を掘った。状況は確実に悪化していた。

 

「確かに君の言う通り、人間って死の恐怖に直面すると脳のリミッターが外れるから、ある意味、それも可能性ってやつだよね」

 

「それはそうだけど、俺が言いたい事はそうじゃなくてだな「はい、どーん」おい!マジで止めろ!当たったら死ぬだろ!」

 

「じゃあ当たらなきゃいいじゃん」

 

「殺りにくる方だからって簡単に言うな!お前のそれ、威力もスピードも殺人的だからな⁉︎避けれてるのなんて、奇跡なだけだから!」

 

実際、どうして束の攻撃が当たっていないか疑問だった。将輝の頭の中では初撃で死んでいるし、壁に綺麗な穴を開けた先程の拳も自分の身体に大きな風穴を開けていた筈だった。最も何故避けれているかと言うと生物本能が束の攻撃に敏感に反応して回避しているのだが、束の解釈は違った。

 

「新しい可能性……………ハッ!これが本当のギャグ補正ってやつだね!」

 

全然違う。いや、ひょっとしたらそうなのかもしれないが、少なくとも頭を砕かれても元には戻らないし、死にかけても次のシーンには全快しているような都合のいいものではないし、普通に考えてありえない。

 

「そんな補正、俺にはない!ないからもう止めてくれ!」

 

しかし、将輝の願いは聞き入れられる事はなく、この後も、そしてこれからも束の可能性の探求(と言う名の殺人未遂)は続くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

束の無差別殺人攻撃に恐ろしくも慣れ始めてしまっていた頃、それは唐突に来た。

 

「ま、将輝」

 

「どしたの、そんな改まって」

 

出会った当初のように歯切れの悪い箒は言葉に出そうとして二、三度悩みながらも将輝にだけ聞こえるようにぼそりと呟いた。

 

「こ、この後、予定はあるか?」

 

「ないよ、全然」

 

強いて言うなら筋トレをしたり、大量に積まれているゲームをしたりと予定と言えるようなものはない。将輝がそう答えると箒の表情はパァッと明るくなり、こう続けた。

 

「で、では、ま、将輝の家に行ってもいいか?」

 

「うん。いいよ」

 

特に断る理由もない将輝はそれを二つ返事で承諾した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここが将輝の家か……」

「うん。想像と違った?」

 

「あ、ああ。少しな……」

 

将輝の家はとても中学生が一人暮らしをしているとは思えないようなこの辺りでは珍しい和ではなく洋を基調とした造りだ。大きさは一戸建てくらいなのだが、いかんせん庭が広い。そのお蔭で庭でも自由に鍛錬をすることが出来るし、偶に草の上に転がっては昼寝もしている。中の部屋にも自室や書斎の他にトレーニングルームが設けられており、将輝の推測では親が造らせたのだろうと考えていた。因みに箒が想像していたのはこれでもかと言うくらいに和を全面に押し出した武家屋敷のようなものだったのだが、それは流石に言えなかった。

 

「さ、上がって上がって」

 

「お、お邪魔します」

 

姉と妹で全く正反対の反応に将輝は本当に似てないなと思った。それは別に悪い意味ではない。将輝も三兄弟の次男であったが、兄とは真逆の性格であったし、友人もまた兄とは真逆の性格だった。とはいえ将輝達三兄弟は顔も性格も何もかも似ていないというかなり特異なケースだったので、なんとも言えないが。

 

廊下を歩いてすぐ左にある扉を開けて中に入り、何時ぞやの束の時のように将輝はコーヒーを淹れようとして、止まる。

 

「コーヒーと紅茶とお茶、どれが良い?」

 

「ではお茶で……」

 

「了解…………はいどうぞ」

 

『平』と書かれた湯呑みと『和』と書かれた湯呑みに麦茶を淹れて、机の上に置く。

 

「理由聞き忘れてたけど、何で俺ん家に来ようと思ったの?」

 

「へ?あ、いや、その……だな……」

 

箒は手にしていた湯呑みに視線を落とし、言い淀む。俯いた様子から彼女が今どんな表情をしているのか、将輝にはわからない。だが少なくともそれはあまり良い事ではないというのがわかった。故に今まで言おうとしなかった将輝は箒の言葉に被せた。

 

「わ、わた、私は、「転校するの?」……何で、わかった……」

 

「箒の事は一番理解してるつもりだからね。ていっても学校の中でだけど」

 

微笑みを浮かべて、そう答える。彼の言う通り、中学の中で誰よりも篠ノ之箒を理解しているのは将輝であるし、藤本将輝を誰よりも理解しているのは箒だろう。二人でいる時間は一生という括りではほんの僅かだ。それでも彼等は他の誰よりも互いを理解していた。

 

「何となく察しはついてたんだ。最近、箒の表情が暗いし、俺と試合してた時も剣に迷いがあったから」

 

箒自身は隠していたつもりだった。他人から見ればそれは些細な取るに足らない変化でも将輝は敏感に感じ取っていた。それでも言い出さなかったのは、もしそれを自分から言いだしたとして、その後自分は彼女に何をしてやれるのか?という葛藤があったからだ。そして今もかけられる言葉を見つけられずにいた。

 

ならば。かける言葉がないなら出来る事は一つ。将輝は荷物の中から竹刀を取り出した。

 

「箒。やろうぜ」

 

「ッ⁉︎」

 

不器用な彼に出来るのは言葉を重ねる事ではなく、己が行動で示すだけ。これが織斑一夏ならば気の利いた台詞の一つや二つ吐けるのかもしれない。それが出来るのであれば、彼も彼女も救われるかもしれない。だが、彼にはそんな事は出来ないし、また織斑一夏のような存在もいない。なればこそ、これは彼が彼女にしてやれる精一杯の事だ。

 

二人は防具も着けず、ただその手に竹刀を握りしめ、素足のままに庭へと出る。

 

そよかぜすらない、全くの無風。日は傾いており、空は夕焼けに染められている。二人はただ無言で対峙する。初めて試合をした時のように。心を通じ合わせるのに言葉は不要。ただ剣で語るのみ、と。

 

仕掛けたのはほぼ同時だった。審判がいない以上、仕掛けるタイミングは自由。にもかかわらず、二人はほぼ同時に互いへと仕掛けたのだ。

 

其処に戦法はない。ただ伝えたい言葉を、伝えたい想いをぶつける為に二人は愚直に得物を振るう。何度も何度も何度も何度も。それは側から見れば奇妙な光景に見えるだろう。だが、この時、この瞬間も二人は一太刀一太刀に想いを乗せてぶつかっていた。

 

それが終わりを告げたのは辺りを暗闇が覆った頃だった。どちらにも竹刀は届かず、草の上に大の字に倒れる。長時間打ち合った二人の表情は晴れやかで肩で息をしながらも自然と笑い声が溢れていた。

 

ひとしきり笑った後、箒は立ち上がり、こう宣言した。

 

「私は明日、転校する。何処の中学か知らされていないし、おそらく今後将輝と連絡を取れる機会はないだろう。だが互いに剣の道を歩んでいれば必ず会える。それはいつかはわからない。全国大会で会えるかもしれないし、何年も先の話かもしれない。だが待っていてくれ。私はもう私を見失わない。必ず将輝と再会出来ると信じている」

 

「ああ………俺もだ!約束する。でも俺は待たないぜ、俺からお前を迎えに行く。何年かかってもだ!」

 

将輝も立ち上がり、拳を突き出して、宣言する。二人だけの誓い。二人だけの約束。それは儚くも美しい願い。

 

次の日、学校に彼女の姿はなかった。

 

だが、彼は下を向かない。必ず会えると信じ、前に向かって進むだけだ。

 

そして舞台は一年後のIS学園へと移る………。

 




告白回を消して、こういった感じに落ち着かせました。確かに無理矢理中学の時点でひっつけなくてもいいですもんね。

中学編というか、原作開始前は次回で最後です。時間がかなり飛びますが、まあ箒いないから良いですよね(棒読み


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エピローグ

短時間で連続投稿です。思いついている内に一気に書いておこうと思いまして。

エピローグですので、話は若干短めですが、どうぞ。


『受験勉強の方、捗ってる〜?』

 

「母さんが電話して来なけりゃ、捗ってるよ」

 

幼さが完全に抜けきり、少年からクラスチェンジした青年はイギリスに在住している自身の母と電話をしていた。半年前、連絡を取らなかった所為で家に押しかけてきた母親の姿は未だ彼の網膜に焼きついたままだ。その際、とある事情でなってしまった記憶喪失が露見し、両親どころか親類全てを呼んでの会議に発展した時は流石の青年も肝を冷やしたものだ。

 

『酷〜い。お母〜さん、心配して電話かけてるんだよ〜?今も実験中で忙しいのにー』

 

「実験中に掛けてくるなよ。よくそんなので副主任が務まるな」

 

青年の母親は父親と共にイギリスでISに関わる仕事をしていて、主任が父親、副主任が母親で何方も相当な凄腕でキレ者とイギリス国内問わず、他国にもその名が知れ渡っているらしいが、間延びした声と実験中に電話を掛ける緊張感の無さからはとてもその姿は想像出来ない。

 

『それにしてもびっくりしたわよ〜。まさかISに携わる仕事がしたいって言い出すなんて〜』

 

「そうかよ。俺は二人の息子なんだから、当然ちゃ当然と思うけど」

 

『ちっちゃい頃にも一回そうやって言ってた時もあったけど、それっきり言わなくなってたから、てっきり諦めたと思ってたわ』

 

「その辺りの記憶はないからなんとも言えないけど、まあガキなりに思う事があったんじゃないのか?」

 

『あの頃は可愛かったわぁ〜。目もクリクリしてて、頬っぺたもぷにぷにでーー』

 

「だあああ、わかったから。電話切るぞ」

 

電話を切って、青年は勉強に励もうと机に向き直ったが、先程の気の抜けた会話の所為で、集中出来ずにテレビをつけた。

 

どのチャンネルも現在、『世界初の男性IS操縦者現る!』というニュースで持ちきりとなっており、教育テレビですらここ一週間は上の方でテロップで流れている。青年はニュースを聞き流しながら、夕飯の支度へと入る。

 

もうかれこれ織斑一夏の事はテレビで嫌という程放送されている。某掲示板では彼がブリュンヒルデの弟である事が更に話題を呼び寄せており、実は性転換手術でもしているのではないかと悪質な噂も広がっていたり、様々な憶測が飛び交っているが、確固たる結論は未だ出ていない。何せ、かの天災にすらそれはわからないのだから。

 

天災といえば、彼女もまた半年前から青年の家には来なくなった。何かしら事を起こす為の下準備を行っているからなのだろうが、青年にとっては命の危機が遠くに去ったと安堵の息を漏らすばかりだ。結局、天災である彼女は何がしたかったのか、よくわからなかったが、自分への興味は逸れたであろう事に喜ぶべきか悲しむべきか、喜ぶべきなのだろうが、これで青年は晴れて原作とは何の接点も持たない存在へとなった。元々、そのつもりではあったし、神様転生などという馬鹿げた仕様でない時点でそうなるのは必然であっただろう。だが前と今の彼では同じ事を考えていても、まるで違う。何せ目標があるのだから。

 

受験は一週間後。それが受かれば彼は目標への大きな一歩を踏み出す事になる。

 

約束を交わした彼女とはついぞ会う事はなかった。女尊男卑の傾向がより強くなった所為か、全国大会ではそもそも会場が違っていた。彼女が全国優勝したと知ったのは次の日の新聞記事だった。おそらく彼女も青年が全国優勝を果たしたのを新聞で知っているだろう。互いに約束の為に動いているのを感じ取れたのは大きな変化だった。

 

「しっかし、何でこんな無駄な事をするかね」

 

青年が手にしている紙に書かれているのは『全国一斉IS適性検査』と書かれたもの。日付は翌日となっており、市の体育館で年齢14〜18歳を対象とした男性の適性検査を行うと言ったものなのだが、青年にはそれが酷く滑稽に見えた。そんな事をしたって織斑一夏以外に男性IS操縦者は現れない。そう言った確信があるからだ。

 

そんな初めから結果のわかっているものに参加する義理はない。と言いたいが、これは対象年齢の人間は強制参加で、もしすっぽかそうものなら、市から直々にお叱りを受ける事になる為、参加せざるを得ないのだ。

 

「とっとと終わらせて、受験勉強でもするか」

 

青年━━━━━━藤本将輝は紙をくしゃくしゃと丸めるとそのままゴミ箱に投げ込み、夕飯へとありついた。

 

まだ誰も知らない。翌日、気怠そうに受けたIS適性検査にて彼だけが唯一ISを動かす事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「疲れた……」

 

家に帰ってきた彼は玄関に倒れこむようにして寝転がった。

 

意味もないと思っていた適性検査。政府直属の人間も同じ事の繰り返しに既に期待すらしていなかったその時、事件が起きた。

 

前に並んでいた人間と同じようにポンとISに触れた時、頭に大量の情報が流れ込んだかと思って次の瞬間、彼はISをその身に纏っていたのだ。あり得ない、そう言った表情をしていたのも束の間、政府直属の人間はすぐさま日本政府に報告。詳細は後日と伝えられたが、翌日から来るであろう取材の嵐を考えると彼は憂鬱だった。

 

徐々にほとぼりが冷め始めようとしていた時に現れた二人目の男性IS操縦者に世界は再び沸くだろう。そしてその熱気は自身のみならず、彼の両親にも行く筈だ。

 

(一応、親父達に連絡しとくか。ははっ、なんて言うだろうな)

 

連絡先は母親。父は手が離せない事が多い為、用事があるときは基本母親に連絡をしている。数回のコールの後、「も〜しも〜し」と間の抜けた声で出たのは将輝の母親だった。

 

「もしもし、母さん。実は重要な話があるんだ」

 

『重要〜?どんなぁ〜?』

 

「実は俺ISを動かしたんだ。明日ニュースになるだろうし、取材も行くかもしれないから、かくごしといてくれ」

 

『………………マジ?』

 

何時もの緊張感の無い声からかなりガチの声音になっている。それもそうだろう。いきなり息子が「俺、IS動かしたから」と言われれば当然の反応だ。しかし、それも事実だ。

 

「マジだ」

 

一体どんな反応が返ってくるのか?と電話の向こうにもかかわらず、身構えていた将輝の耳元では電話越しに母親がフィーバーした。

 

『やったぁ〜‼︎将輝くん、IS動かせるって、お母さんは信じてたよ!きっとこれは運命なんだね!おとーさーん!将輝くんがIS動かしたらしいよ〜!』

 

電話の向こう側で「何⁉︎」と驚いた声が聞こえるが無視。そもそも母親に伝えたのがマズかった事に将輝は気づく。その後、3分くらいはしゃいでいる母親の声にいい加減通話を切ろうとした時、思い出したように母親は言った。

 

『あ、そうそう。このままだと将輝くん、IS学園に入るんでしょう?だったら、せーちゃんとは仲良くしなさいね〜。せーちゃん、ずっと将輝くんに会いたがってたみたいだから』

 

「せーちゃん?せーちゃんって誰……切れてるし」

 

ガクリと力なく項垂れた将輝は携帯をポケットに入れる。

 

(そうだよな………俺、IS学園に行くんだよな)

 

ISを動かした事で予定はかなり狂った。今更受験勉強など何の意味もない。今までの努力が水泡に帰した事で精神的疲労感が押し寄せてきたものの、将輝は笑みを浮かべていた。

 

これで約束を果たせると。

 




ということで主人公はISを動かしたので、学園入りします。

次回からは原作に突入。せーちゃんなる人物は一体誰なのか⁉︎

乞うご期待!


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原作開始〜再会と再会〜
開始と再会


さあ、やって参りました!いよいよ原作開始です!

ここからは将輝と一夏のダブル主人公。互いに影が薄くならないように張り切っていきたいと思います!


(こ、これは………なかなか……)

 

背後から突き刺さる好奇の視線に黒髪で端正の整った顔立ちをした青年━━━織斑一夏は肩を強張らせていた。

 

不運にも彼の席は中央の最前列。左右と後ろから視線の攻撃に晒され、針のむしろになっている気分だった。正確にはその視線攻撃の半分は隣に座る天然パーマの青年━━━藤本将輝にも注がれているので、幾分かはマシである。因みに将輝も視線攻撃に背を丸くし、食い入るように参考書を読んでいる。気を紛らわせようとの努力だが、全くと言っていいほどに効果は見られていない。

 

一夏は窓際の最前列に座る幼馴染みへと視線を投げかけるが、彼女はその視線を感じとると、ふいと顔を外へお向けた。

 

(それが数年振りに再会した幼馴染みへの態度かよ……)

 

頼みの綱も断ち切られ、残るは静寂の中、未だ無駄な足掻きを見せるもう一人に話しかけるか、或いはこの拷問のような空間を耐えるか、の二択となり、何方にするかを悩む一夏だったが、その選択よりも早くに静寂は終わりを告げた。

 

「……くん。織斑一夏くんっ」

 

「は、はいっ⁉︎」

 

脳内で究極の選択をしていた一夏はいきなり大声で名前を呼ばれ、返事をした声が裏返る。案の定、くすくすと笑い声が周囲から漏れ、ますます頭の中がこんがらかる。

 

別段女子への苦手意識はない。一夏とて思春期の男子だ。しかし、限度というものがある。こんな状況を喜ぶのは見境ない種蒔き馬くらいのものだろう。少なくとも一夏はそんな品のない人間ではない。

 

兎も角、クラスで男は二人だけ。他の生徒は二十八名が女子。当然ながら副担任とこの場に姿を見せていない担任も女子だ。

 

「あ、あの、お、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってる?怒ってるかな?ゴメンね!でもね、自己紹介『あ』から始まって今『お』の織斑くんなんだよね。だからね、ご、ゴメンね?自己紹介してくれるかな?」

 

一夏が気がつくと副担任の山田真耶はぺこぺこと頭を下げていた。何度も頭を下げている所為か、微妙にサイズの合っていない眼鏡がずり落ちそうになっている。

 

「あの、自己紹介しますから、先生落ち着いてください」

 

「ほ、本当ですか?本当ですね?や、約束ですよ。絶対ですよ!」

 

下げていた頭をガバッと上げ、一夏の手を取って熱心に詰め寄る真耶。その行為が更に注目を集めていた。

 

しかしああ言った手前、引くわけにもいかない。一夏はしっかりと立ち上がり、後ろを向く。

 

(うっ……)

 

その決意は一気に向けられた視線によって早くも揺らいでいた。男子の自己紹介ということもあり、将輝が担っていた半分の視線も一夏へと向けられていた。

 

「お、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

儀礼的に頭を下げて、上げる。だが、男子に飢えた獣のような女子達は視線で「もっと喋れ」と囃し立てていた。まだまだ肌寒い時期だというのにだらだらと背中に流れる汗を感じながら、一夏は一呼吸置いて………

 

「以上です」

 

周囲の視線に抗った。

 

がたたっ、と思わずずっこける女子数名と背後から「あ、あのー」と涙声成分二割り増しの声にダメだったのかと気づくが、取り敢えず色々手遅れで、次の瞬間にはパァンッという音と共に頭部を鋭い衝撃が襲った。

 

「いっ━━━⁉︎」

 

痛い、という無脊髄反射よりも、先にある事が一夏の頭をよぎった。

 

威力、角度、速さ。全てが自分のよく知る人間と同じだと感じたからで、恐る恐る振り向くとまさしくそうだった。

 

「げえっ、か「言わせんぞ、馬鹿者」あだっ⁉︎」

 

一夏が言葉を発する前に拳もとい出席簿で捩じ伏せた。

 

「あ、織斑先生。もう会議は終わられたんですか?」

 

「ああ、山田くん。クラスへの挨拶を押し付けてすまなかったな」

 

一夏自身も聞いた事のないような優しさ溢れる声は、とても先程から理不尽にも出席簿アタックを振るっている人物だとは思えない。

 

「い、いえっ。副担任ですから」

 

先程の涙声は何処へやら。真耶は若干熱っぽい声と視線で担任━━━織斑千冬へと答えていた。

 

「諸君、私が織斑千冬だ。君達新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言う事はよく聴き、よく理解しろ。出来ないものには出来るまで指導してやる。私の仕事は弱冠十五歳を十六歳までに鍛えぬく事だ。逆らってもいいが、私の言う事は聞け。いいな」

 

凄まじい暴力発言に間違いなく自分の姉だと感心させられる一夏。だがクラスの女子達は暴力宣言など何のその困惑のざわめきを上げずに黄色い声援を上げた。

 

例年通りなのか、その声援を心底鬱陶しそうにかつ生徒達に聞こえるように愚痴るが、それすらも女子達はポジティブに受け止めていた。

 

「でだ。お前は挨拶も満足に出来んのか?」

 

「いや、千冬姉、俺は」

 

パァンッ!本日三度目の快音が響いた。人間の頭は叩くと五千程細胞が死ぬというが、こちらの場合は五万くらいは最低でも死んでいそうな音だ。

 

「織斑先生と呼べ」

 

「……はい、織斑先生」

 

と、このやり取りの所為で、教室中に姉弟である事が露見する。その事で再度周囲がざわつくが、千冬の「静かに!」という一喝で鎮まる。

 

「諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えてもらう。その後の実習だが、基本動作は半月で身体に染み込ませろ。いいか、いいなら返事をしろよ。良くなくても返事をしろ。私の言葉には返事をしろ」

 

軍隊のような鬼教官っぷりを発揮する姉に一夏は最早苦笑するしかなかった。時間も時間なのでSHRの終わりを告げようとした千冬だが、何かを思い出したように言う。

 

「そうだ。最後にもう一人の男子にも自己紹介をしてもらおうか。それでSHRは終わりだ」

 

(やっぱバレてた⁉︎)

 

今の今まで頑張って気配を消していた将輝だったが、それも人智を超えた生命体である千冬には通じなかった。将輝は渋々立ち上がると集まった視線に一瞬身を強張らせるが、コホンと一つ咳払いをして言った。

 

「あー、二番目にうっかりISを動かしてしまいました藤本将輝です。趣味はサッカー。武道に関しては一通りやってます。至らぬ点があると思いますが、何卒よろしくお願いします」

 

『キャーーーーー‼︎』

 

((耳がぁぁぁ⁉︎))

 

完全に油断しきっていた二人の鼓膜に兵器にも匹敵するハイパーボイスが襲う。千冬の時こそ警戒して耳を塞ぐことに成功した将輝だが、自己紹介を考えながら話していた所為で防御が遅れた。ついでに言えば一夏の時は叫ばなかった(自己紹介に失敗し、其処に千冬が来たため)ので、警戒心が弱まっていた事もあった。

 

「ぶっきらぼうな感じだけど、凄くいい!」

 

「それに武道を嗜んでるって言ってたから護ってくれそうだし!」

 

「顔も受けっぽいし………これは捗るわ!」

 

「静かにしろ!…………これでSHRは終わりだ。質問は次の時間にするように」

 

パンと手を叩いて、騒ぐ女子達を黙らせると千冬は教室から出て行った。その後の一時限目にあった「IS基礎理論授業」に於いても二人への視線レーザーは絶えず送られていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一時限目のIS基礎理論授業が終わって今は休み時間。けれど、教室内は異様な雰囲気に包まれていた。

 

二人以外全員女子。それはクラスだけではなく、学園全体がそうなのだ。

 

『世界で二人だけのISを使える男達』というのは世界的にもニュースになっており、当然学園関係者から在校生まで皆二人の事を知っている。

 

というわけで現在、廊下には他クラスの女子はもちろん二、三年の先輩達でひしめいている。しかし、誰も二人に話しかけようとするでもなく、遠巻きに眺めているだけだ。正確にいえば互い同士に牽制し合っている為に打って出られないといったところではあるが。

 

因みにISに関する授業を組み入れている学校は全国様々だが、その何れもが女子校ゆえに彼女らの殆どが面識がない事も一因だ。

 

「えーと……藤本で合ってるよな?」

 

その状況に耐えかねたのはまぎれもない織斑一夏だった。逃げられるものなら今すぐ逃げ出したい。しかし、そんな事は出来ない。なら自分と同じ境遇の人間と少しでも親しくなっておこう。そう考えた一夏は早速将輝へと話しかけたのだ。

 

「合ってるよ。で、どうしたの織斑」

 

「この学校って、男子俺たちしかいないし、これからよろしくな!それと織斑じゃ、千冬姉と被るし、一夏って呼んでくれ」

 

「了解一夏。俺の事は将輝でいい」

 

互いに初対面だというのに僅か数十秒で固い絆で結ばれた運命共同体のようなものを感じていた。この学園でもし片方が欠ければ精神など到底持たないだろう。それを僅か一カ月程で慣れた原作一夏は相当のメンタルの持ち主といえる。

 

「二人共、ちょっといいか?」

 

「「え?」」

 

突然話しかけられ、固い握手を交わしていた二人は間の抜けた声をあげた。話しかけてきた人物は女子同士の小競り合いに勝ったわけではなく、どうやら単独で行動に出たようで教室内外共にざわめきに包まれていた。

 

「……箒?」

 

「久しぶり、箒」

 

「ああ、久しぶりだな。一夏、将輝」

 

二人の目の前にいたのは、一夏にとっては六年ぶり、将輝にとって約一年半ぶりの再会となる少女、篠ノ之箒だった。

 

髪型は今も変わらずポニーテールで、肩下まである黒い髪は白いリボンで結われている。

 

(あれ?何か丸くなったような気がする…)

 

日本刀のような鋭さを思わせる雰囲気が一夏にとっての彼女の印象だったのだが、それは空白の六年でややなりを潜めていた。

 

「廊下でいいか?」

 

「お、おう」

 

「ああ」

 

三人がすたすたと廊下に出るとそこに集まっていた女子がモーゼの海渡りのようにざあっと道を空けるが、四メートル程離れた位置で聞き耳を立てて、完全に包囲していた。これが戦争なら三人はもれなく蜂の巣だろう。結局、どこで話しても一緒だった。

 

「先ずは剣道の全国大会優勝おめでとう。将輝」

 

「それは箒も同じだろ?優勝おめでとう」

 

互いにどうしても言いたかった一言。本来ならば優勝したその日にでも言いたかった一言は一年半越しにようやく伝えられた。

 

「そういや、箒は何で将輝の事を知ってるんだ?」

 

一夏の疑問は最もだ。彼女の空白の期間を知らない彼からしてみれば、将輝とは初対面だと思っていたからだ。

 

「実は中学の頃、半年しかいなかったが、同じクラスで隣の席だったのだ。同じく剣道部にも所属していたぞ」

 

「へぇ〜、まさか箒に友達が出来るなんて…………幼馴染みとしては嬉しい事だ」

 

「失礼な事を言うやつだな。私にだって友人の一人や二人いる……ぞ」

 

初めこそ非難するような口調だったが、心当たりのあり過ぎる発言にだんだんと尻すぼみになっていくが、一応箒にも友人はいる。それは転校後の話なので、二人にはわからない事であるが。

 

「あー、後。久しぶり。六年ぶりで、凄く綺麗になってるから、ちょっと自信なかったけど、箒ってすぐわかったぞ」

 

「え……」

 

「髪型も一緒だしな」

 

身内贔屓を抜きにしても一夏の目には箒はとても綺麗になったと思った。スタイルもかなり良くなっているし、口調こそ昔のような武士のようなものであるが他人を全然寄せ付けない空気も今では殆ど見られない。

 

「お、お前は昔から変わらないな……」

 

「そうか?結構変わったと思うけど……」

 

一夏はそんなに変わらないものかと見た目を気にしていたが、箒が言いたかったのは先程の発言である。はっきり言って一夏はかなりのイケメンで体格もいい。おまけに素で先程のような発言をする為、大抵の女子はコロリといってしまうのだ。そして告白しようものなら織斑一夏最大の特徴『鈍感+唐変木』が発動し、あえなく撃沈するといったコンボ。兎に角、織斑一夏という人間は女心にとっての天敵とも言える存在だった。

 

「ンンッ‼︎それはそうと一夏に続いて将輝がISを動かしたと聞いたときは驚いたぞ」

 

「俺も、動かせるなんて思ってなかったよ。まあお蔭で予定よりもずっと早く約束が果たせたから良かったんだけどね」

 

「そう…だな」

 

「約束?約束ってなんだ?」

 

それが気になるのは一夏だけでなく、聞き耳を立てている女子一同も一緒だ。少しでも多くの情報を得たい女子一同にとって、『二人だけの約束』というのはかなり重要な事だ。しかし、将輝も箒もそれを誰かに教えようなどという気は更々無い。

 

「悪いがこればかりは一夏にも教えられないな」

 

「他人に言いふらすような事でもないし」

 

「そうか。それは聞いちゃいけないな」

 

ちょうどその時、二時限目開始を告げるチャイムがなり、三人を囲んでいた包囲網も自然と瓦解する。さなかまらそれは蜘蛛の子を散らすように。

 

一夏達も同じようにして教室へ帰り、席へとつく。

 

(ん?何か視線を感じる………って、当たり前か)

 

将輝は不意に後方から視線を感じたが、当然の事と思い、後ろへと振り向かなかった。

 

その背中をじっと見つめる少女に気づかずに。



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英国淑女

書いてたら日付が変わってた…………バイト終わりだから仕方ないよねっ!

今回はタイトル通り、英国淑女さんが現れます。それではどうぞ!


 

 

二時限目。省略するが、案の定、一夏は授業についていけていなかった。

 

今までISに関わってこなかった為、知識が乏しいのは当然ながら必読と書かれていた参考書は電話帳と間違えて捨てているのだから、当然といえば当然だ。

 

将輝はというと、元々ISに関わる仕事に就く為に勉強をしていたお蔭で現時点で理解出来ていない部分はなかった。その所為でというか、同じ男子にも関わらず、全く出来ない一夏への出席簿アタックは自己紹介時よりも酷かった。

 

結果、一夏は後ほど劣化六法全書のような参考書を一週間で覚える羽目になり、将輝も同じ男子だからという理由で教える羽目になった。将輝が他人に物を教えられるのかは疑問だが。

 

果てしなく前途多難な予感に二人揃って頭を悩ませていたその時だった。

 

「少し宜しいですか?」

 

「へ?」

 

「はい?」

 

二時限目の休み時間。またしても針のむしろを味わうかと思っていた一夏は素っ頓狂な声を上げ、将輝もまた若干気の抜けた返事となってしまっていた。将輝は目の前にいる少女の顔を見ると、その反応は非常にマズいと次に来る上から目線発言に身構えたが、将輝の心配とは裏腹に少女はスカートの裾を両手で軽く持ち上げ、一礼する。

 

「初めまして、織斑一夏さん。わたくし、セシリア・オルコットと申す者です。未熟ながらイギリスの代表候補生をしております」

 

自己紹介をしたのは地毛である金髪が鮮やかな女子。白人特有の透き通ったブルーの瞳。僅かにロールのかかった髪は高貴なオーラを出してはいるが、女子の雰囲気は今の女子とはかなりかけ離れた物腰の柔らかい感じだった。

 

「は、はぁ………それで、オルコットさんは俺に何か?」

 

代表候補生って何だ。と聞きたかった一夏だが、流石にこの状況でそれはマズいだろうと聞くのを止めた。聞けばおそらく教えてくれるだろうが、何故話しかけてきたのかが聴けなくなってしまうからだ。

 

一夏の問いにセシリアと名乗った少女は首を横に振り、将輝へと視線を向けた。

 

「いえ、わたくしが用のある方は藤本さん━━━いえ、()()さんです」

 

「お、俺?」

 

一夏に自己紹介をしたものだから、てっきり一夏に用があるのかと別の事を考えていた将輝はセシリアに名指しで、しかもいきなり下の名前で呼ばれた事に驚いていた。他にも何故彼女が男を目の敵にしていないのか、という疑問もあったが、とりあえず話を聞くことにした。

 

「お久しぶりです━━━と言っても憶えていらっしゃらないでしょうね。何せ、十年も前の出来事ですから。それでもあの時誓った貴方との約束を果たす為、こうして代表候補生となり、IS学園へと馳せ参じました。わたくしは片時もあの光景、あの瞬間を忘れた事はございません。何故ならわたくしは貴方に救われたのだから」

 

セシリアは胸に手を当てて、語るようにそう言う。だが、将輝の反応はと言うと……。

 

(ま、マズい………全く話についていけん)

 

十年も前の事なので憶えていない事前提に話を進めてくれるのは大いに結構どころか寧ろありがたかった。何せ、彼には二年よりも前の記憶がない。それが永遠に失われたのか、それとも一時的なものなのかは知らないし、大した問題でもないだろうと思い出す努力をしなかった将輝にとって、今の状況はかなりヤバかった。

 

セシリアもまた将輝の反応が何処かおかしい事に気付いた。

 

「どうかなさいましたか?」

 

「い、いや、急だったからびっくりして…」

 

「急?将輝さんのお母様には予め伝言を頼んでおきましたが……」

 

「そんな話は…………あ」

 

思い出しているうちに将輝はあの日、自分がISを動かしてしまった日の母が最後に言っていた会話を思い出した。「せーちゃんとは仲良くしなさいね〜」と。

 

「も、もしかして、俺の母さんにせーちゃんて呼ばれてたりする?」

 

「はい。お母様には大変良くしていただいております」

 

ビンゴ。せーちゃんとはセシリアの事だった。思い当たる節はないわけではないが、イギリスに『せ』から始まる名前の人間などいくらでもいるし、家にでも訪問してくるのかと思っていた。まさかIS学園でとは微塵も思っていなかったというのが本音だ。

 

将輝が何もかもに驚いている内に休み時間の終わりと三時限目の始まりを告げるチャイムが鳴り響く。

 

「それでは御機嫌よう。後ほどゆっくりとお話しをしましょう」

 

セシリアは再び、綺麗に一礼をしてから、自らの席へと帰っていった。前途多難なのはどうやら一夏だけではないようだ。

 

「それではこの時間は実践で使用する各種装備の特性について説明する…………筈だったのだが、その前に再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないといけないな」

 

一、二時限目と違い、真耶ではなく千冬が教壇に立っている。クラス対抗戦の代表者を決めるという大事な事があるためか、真耶まで手にノートを持っていた。

 

「クラス代表者とはそのままの意味だ。対抗戦だけではなく、生徒会の開く会議や委員会へと出席………まあ、クラス長だな。因みにクラス対抗戦は、入学時点での各クラスの実力推移を測るものだ。今の時点では大した差はないが、競争は向上心を生む。一度決まると一年間の変更はないからそのつもりで、自薦他薦は問わないぞ」

 

事前知識ゼロの一夏は全くわかっていなかったが、事前知識豊富な将輝は全力で避けたい事態であった。何故なら……

 

「はいっ。織斑くんを推薦します」

 

「私は藤本くんで!」

 

こうなるからだ。物珍しいからという理由と『彼ならなんとかしてくれる』という無責任かつ勝手な期待を込めた思いで他薦されるのは目に見えていた。これが将輝の知るセシリアであれば全力で噛み付いてくるのだろうが、それも期待出来ない。目の敵にしているどころか、これ以上ないくらい友好的な彼女が二人に噛み付く道理など全くない。寧ろ、良い経験なると油に火を注ぐだろう。

 

「お、俺⁉︎」

 

数十秒、経ってから一夏は勢いよく立ち上がる。あまりに急な出来事に脳がフリーズしていたのだ。因みに将輝は抗うだけ時間の無駄とわかっているので、諦めの極地に立っていた。

 

「織斑、席につけ、邪魔だ。さて、他にはいないのか?いないなら織斑と藤本の決選投票となるが?」

 

「ちょ、ちょっと待った!俺はそんなのやらな」

 

「自薦他薦は問わない、と言ったはずだ。他薦されたものには拒否権などない。選ばれた以上、期待には答えろ」

 

(入学して一日、おまけにISに関する知識の乏しい俺に何を期待するんだ)

 

「い、いやでも」

 

まだ反論を続けようとした一夏を遮ったのは、一人の女子の声だった。

 

「はい。織斑先生、わたくしは自薦します」

 

「オルコットか。これで三人。他にはいないのか?」

 

「だから、俺は「織斑さん」オルコットさん?」

 

「それ以上言われるのはよろしくありませんわ。他薦された者は理由はどうであれ、その役目を全うする義務があります。でなければ、それは自身を推薦してくれた者に対しての侮辱となってしまいます」

 

「うっ……」

 

流石の一夏もこれには押し黙った。セシリアの言っていることは尤もで、理由はかなり理不尽であるものの、推薦されれば役目を全うする義務があり、その行動は推薦した者への評価へと繋がる。一夏が自分を貶めようものなら、それは推薦した者を貶めるのと同じ行為なのだ。

 

「織斑、そういう事だ、わかったな」

 

「……はい」

 

いまだ納得出来ずといった返事ではあるが、少なくとも文句を言う事はしなかった。

 

「さて、この三人の中からどうやって選出するか………」

 

「はい。わたくしにとても良い案があります」

 

「ほう。なんだ」

 

「ISによる試合です。選出方法は『三人の中で一番の勝率の高い者がクラス代表になる』です。この選出方法を取った理由は二つ。勝敗に関わらず、ISによる実戦は織斑さんと将輝さんの実力向上に繋がります。もう一つは一番強い者がクラス代表になれば、後で問題にはなりませんので」

 

他にも理由はある。特に自薦したセシリアでは投票には百パーセント負ける。そう言った意味ではISによる実戦は代表候補生である彼女が有利になる上、それを『男子二人に経験を積ませる』という理由で覆い隠せる。それに男子二人がISをどれ程動かせるのかという興味も其処にはあった。

 

「ふむ。確かに選出方法としては申し分ないが………それでは織斑と藤本がかなり不利のようだが?」

 

「それにつきましても、わたくしが何かしらのハンデを背負えば問題ないかと」

 

「だそうだが、男子二人、ハンデはいるか?」

 

「「いりません」」

 

即答だった。その事にセシリアは一瞬目を丸くした後、くすりと笑った。それは嘲笑や勝ちを確信したような笑みではなく、単純に喜びを感じたからだ。

 

「さて、話は纏まったな。それでは勝負は一週間後の月曜。放課後、第三アリーナで行う。織斑、藤本、オルコットはそれぞれ用意をしておくように。それでは授業を始める」

 

ぱんっと千冬は手を打って話を締めると、そのまま授業へと移った。

 

かくして一週間後、一夏達はクラス代表決定戦をする事となった。

 

 

 




と今はまだ明かされてはいませんが、過去の出来事が原因となり、高飛車してないセシリアさんでした。

私が見てきた作品の中には高飛車してないセシリアさんは見た記憶がなかったので、こんな感じでやってみましたが、どうでしたか?

まあ結局戦っちゃうんですけどね………。


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ラッキースケベ

 

「うう…………い、意味がわからん……。なんでこんなにややこしいんだ……?」

 

「そりゃ、科学の最先端で超兵器だからさ」

 

放課後。一夏は机の上でぐったりとしていた。

 

半ば済し崩し的に一週間後にIS同士の戦闘が決まり、真面目に授業を受けようと意気込んだまでは良かったのだが、残念ながら、その脳みそは心についてくることはなく、専門用語の羅列は今日一日、彼の時間を奪っていった。自業自得だが。

 

対して将輝は、現在の所はスムーズに進めている。ISを動かすという面に於いては一夏と一緒ではあるものの、知識は申し分ない。伊達に中学時代の一年半を費やした訳ではないが、今はまだ初歩も初歩なので、なんとも言えないというのが、彼の心境である。

 

因みに周囲の状況は放課後になっても、全く変わっていない。遠回りに女子達が学年・クラスを問わず、押しかけ、きゃいきゃいと小声で話し合っている。

 

昼休みも、とても学校とは思えないような光景だった。

 

二人が移動すれば大名行列のように全員ついていき、学食では再度モーゼの海渡り。軽くガリバー状態の一夏は「ウーパールーパーかよ」とボヤいていたが、強ち間違いではない。

 

「ああ、織斑くんと藤本くん。まだ教室にいたんですね。良かったです」

 

「はい?」

 

「何ですか?」

 

呼ばれて顔を上げると、副担任の真耶が書類を片手に立っていた。やはりというべきか、身長は低めの印象を受け、もし私服であるならば同年代か年下の友人、或いは彼女にも見えるだろう。

 

「えっとですね、寮の部屋が決まりました」

 

そう言って別々の部屋番号が書かれた紙とキーを何故か二人共に渡す真耶に一夏は疑問の声を上げた。

 

「俺の部屋、決まってないんじゃなかったですか?ていうか、俺と将輝の部屋って別なんですか?」

 

「男同士だから、同部屋だと思ったんですけど……」

 

「本来ならそうなんですけど、事情が事情なので、一時的な処置として部屋割りを無理矢理変更したらしいんです。その時に手違いで男子が別々になったと思うんですけど………」

 

ここIS学園は全寮制だ。生徒は全て寮で生活を送る事が義務付けられ、それは将来有望なIS操縦者達を保護するという目的がある。実際、未来の国防が関わっているともなれば、学生の頃から優秀な人材を引き入れようとするのは必至であった。

 

手違い、と真耶は言っていたが、実のところ、この部屋割りは政府からのお達しで決められた部屋割りだった。何せ現在世界で最も貴重な男性IS操縦者。何かしらの事故や天災などで二人同時に失うようなことがあれば、日本は各国から非難を浴びるどころではなくなる。其処でもし何らかの事故や天災などで片方を失う事があっても、もう片方がいるという、保険をかけたのだ。

 

「そういうわけで、政府の特命もあって、とにかく寮に入れるのを最優先したみたいです。一ヶ月もすれば二人共に個室の用意ができますから、しばらくは女子との相部屋で我慢してください」

 

真耶のその声が聞こえたのか、周囲の女子達からは悲鳴にも似た歓声が上がる。それは「もしかしたら私と相部屋かも!やったー!」的な意味合いの歓声だ。男子と如何にかしてお近づきになりたい女子達からすれば、相部屋というのはかなり嬉しいサプライズのようなもので、何人かは既に脳内がお花畑の状態へなっていた。

 

「あ、でも、荷物は一回家に帰って準備しないと……」

 

「荷物なら私が手配しておいてやった。ありがたく思え」

 

ダースベイダーの曲を流しながら(一夏の脳内のみ)現れたのは、姉である織斑千冬だ。有無を言わせないその言葉に一夏は引きつった表情ながらも一応礼を言う。

 

「ど、どうもありがとうございます……」

 

「まあ、生活必需品だけだがな。着替えと、携帯電話の充電器があればいいだろう」

 

しかしこの完璧超人のような姉。家事の方は全くでかなり大雑把。着替えと携帯電話の充電器だけで、しかもそれすら取り敢えずバッグにぶち込んだだけみたいな事になっているのは一夏には簡単に想像できた。

 

「じゃあ、時間を見て部屋に行ってくださいね。夕食は六時から七時、寮の一年生用食堂で取ってください。因みに各部屋にはシャワーがありますけど、大浴場もあります。学年ごとに使える時間が違いますけど……………今の所、二人は使えません」

 

「え?「何でとか聞くなよ、一夏」………」

 

何でですか?と聞きかけた一夏の言葉に被せるように将輝が釘を刺した。

 

「同年代の女子と入る事になるだろ」

 

「あー………それはマズいな」

 

ここには二人以外の男子は過去現在においていない。となると必然的に浴場は一つであるし、それはもちろん女子用。そしてわざわざ男子二人の為だけの浴場を作るというのはあまり建設的な話ではない。

 

「えっと、それじゃあ私達は会議があるので、これで。二人共、ちゃんと寮に帰るんですよ。道草食っちゃダメですからね」

 

校舎から寮まで五十メートル程しかないのに、何処で道草を食えというのか。ここにいた真耶以外の全ての人間がそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーと、ここか。1025号室だな」

 

「俺は1010号室だから。また後で……………じゃなかった。一夏、ストップ」

 

「へ?あれ、開いてる」

 

一夏は部屋番号を確認して、ドアに鍵を差し込んだ状態で将輝の方に向いた。その手は既にドアノブを握っており、今まさにドアを開こうとしていた。

 

「一夏。さっき山田先生が言ってた事を忘れてるのか?中にはもしかしたら同室の人間がいるかもしれない。それでもって、一夏が鍵を開ける前に鍵が開いてたろ?て事は既に中には人がいるという事だ。もし同室の人間が下着姿だったり、風呂上りだったらどうする?色々マズいだろ?だからノックくらいして、入っていいかの確認くらいはした方が懸命だと思うぞ。ていうか、しろ」

 

「お、おう……………」

 

言っていることは理に適っているが、将輝としては一夏の部屋番号が原作と同じ=同室の人間も同じ=中にいるのは箒=風呂上がりエンカウントという図式が出来上がっていた。何としてでもそれだけは防ぐべく、それっぽい事をベラベラと並べただけだった。最終的に命令っぽくなった事で、一夏は三回ノックした後、「誰かいますか?」と問う。すると少し遅れて中から「少し待ってくれ」とドア越しに返事が来た。

 

待つ事、三分。中から現れたのは予想通りというか、胴着姿の箒であった。急いで着替えられるのがそれだったのだろう。帯の締め方も少し緩かった。

 

「一夏に将輝ではないか。どうした?」

 

「よ、良かったぁ…………箒だ……」

 

「や、やっぱりか……」

 

救いはあるとばかりに喜ぶ一夏とこの世に神はいないと落ち込む将輝。事情が全くわからない箒は首を傾げる。

 

「一体、何を言っているんだ?」

 

「実は俺、今日からここに住むんだ」

 

「そうか。今日からここに…………ん?ちょっと待て、今日からここに住むだと⁉︎」

 

あっけらかんと言う一夏に普通に納得しかけた箒だったが、頭の中で二、三回反復させるとすぐにその意味に気づき、声を荒げた。

 

「どういう事だ!と、年頃の男女がど、ど、同棲など!」

 

「同居だけどな」

 

「同じだ!だいたいお前という奴は……」

 

その時、箒の声を聞きつけて、それぞれの部屋から女子達がゾロゾロと出てくる。

 

しかも困った事に全員ラフなルームウェアで、全くと言っていいほど男の目を気にしない格好をしている。一部の女子に至っては、長めのパーカーに下はズボンもスカートも穿いていない。つまりは下着のままという、襲ってくださいと言わんばかりの服装だった。

 

「あっ、織斑くん。それに藤本くんも」

 

「もしかして、篠ノ之さんとどっちかが同じ部屋?羨ましいなぁ…」

 

「俺は1010号室で、箒と同じ部屋なのは一夏だよ」

 

「そうなんだ!いい情報ゲット!」

 

そう言ってそそくさとその場を退散しようとした将輝だが、ガシっとその腕を一夏に捕まれ、脱出に失敗する。

 

「頼むから置いていこうとしないでくれ!」

 

「1025号室がお前の部屋なんだから、置いていくも何もないだろう」

 

「そりゃそうだけど……箒も何か怒ってるし……」

 

一夏としては将輝にだけ聞こえるように言ったつもりなのだろうが、それはしっかりと箒の耳に届いていた。

 

「私は別に怒ってなどいない。当然の事を口にしただけだ。いい加減、理由を説明してくれ」

 

「それは「一夏と俺は急遽部屋割りに無理矢理組み込まれたから、手違いで女子と同室になったらしいよ」」

 

一夏が理由を説明しようとして、ややこしくなる前に将輝が言う。一夏に喋らせると碌な事になりそうにないと思っての発言だった。それを聞いた箒は一応納得したようで、頷いた。

 

「……という事は、将輝も誰かと同じ部屋という事か?」

 

「そういう事。俺としては箒の方が(かなり気が楽だし)良かったんだけどね」

 

「ふぇ?……………そ、そうか。私が良いのか………」

 

頬を赤らめて、俯く箒。しかし将輝は理由がわからず、キョトンとしていた。

 

「り、理由はわかった。部屋に入れ、一夏。ここでは人が多い」

 

「お、おう。また後でな、将輝」

 

「で、ではな。将輝、また後で……」

 

「うん。また後で」

 

将輝は二人と一旦別れて、数十メートル離れた自身の部屋へと向かう。流石に女子達は付いてくるという事はなかった。先程、付いてこられるのを避けるために予め部屋番号を明かしたのが、功を制したといえるだろう。

 

「1010号室。此処だな」

 

着くと同時に先ず鍵が開いているかの確認━━━開いていない。次にノックと確認━━━返事なし。

 

「これで問題ないな」

 

安全を確認した将輝は、鍵を差し込み、ドアを開ける。

 

部屋に入ると、先ず目に入ったのは大きめのベッド━━━━━━ではなく天蓋付きのベッド。そして並みのビジネスホテルを遥かに凌ぐ家具。部屋の割合こそ半々であり、化粧台などのものは共同で使えるようにとの気遣いが感じられるが、将輝は使わないので、割合としては7:3となっている。そんな事をしそうな人間は一人しか心当たりがなかった。部屋の光景に思わず、頭を抱えてベッドの上に座った将輝だったが、突然声が聞こえた。

 

「同室の方ですか?これからよろしくお願いします」

 

ドア越しのせいか、声に独特の曇りがある。聞こえてきたのは全ての部屋に取り付けられているシャワー室から。つまり同室の人間は今ちょうどシャワーを浴び終えた事になる。

 

ギギギ……と壊れた人形のようにぎこちない動きで其方に振り返る将輝。幸い、まだ同室の人間は出てきていない。今から走って部屋の外にさえ出てしまえば、問題はない。そうと決まれば行動は早かった。すぐさまベッドから立ち上がり、一目散にドアへと向かう将輝。

 

ここで補足すると、シャワー室は入り口から入ってすぐの所に設置されており、ベッドなどのある場所はシャワー室を挟んで存在する。つまりこの部屋から出るためにはシャワー室の前を通過しなければならない。

 

そして、事このタイミングにおいては、すこぶる悪かったとしか言いようがなかった。

 

ちょうど将輝がシャワー室の扉の前を通過する直前、同室の人間がシャワー室から出てきてしまった。

 

「このような姿ですみませ━━━きゃっ」

 

「うわっ⁉︎」

 

突然目の前に現れた同室の人間━━━セシリアを巻き込みながら、将輝は盛大に床に倒れたのだが、その後の態勢はさらにまずかった。

 

「ま、将輝さん……」

 

「せ、セシリア…」

 

上から覆い被さるように倒れた将輝は絶妙に彼女の左胸を鷲掴みにしていた。

 

 





ここで敢えて一夏ではなく、オリの方にラッキースケベ発動!もう遅い!脱出不可能よ!といった感じです。

リアルにラッキースケベなんて発動したら、多分通報されますけどね…………夢は見たいですよね!

次回、一夏並みのラッキースケベを発動した将輝は如何なるのか!


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恋のライバル?


バイトが忙し過ぎて、日付が変わっちゃいました。

眠気を押しての投稿なので、おかしな点があるかもしれませんが、その時は是非指摘してください。

それにしてもバイトで痛めた腰が死ぬ程痛い。


 

「ごめん!セシリア!」

 

一夏顔負けのラッキースケベを発動してしまった将輝は全力でセシリアに土下座をしていた。何せ押し倒すだけではなく、見事に彼女の左胸を鷲掴みにするという側から見れば確実にセシリアを襲おうとしているようにしか見えない。そんな事をした以上、将輝に出来るのは取り敢えず謝罪。プライドなどありはしない。というか、この状況でプライドがどうとか言える男などいない。

 

セシリアは既に裸ではなく、IS学園の制服を着て、将輝の前に立っている。将輝はちらりとセシリアの方を見るが、「わたくし、怒ってます」とばかりに腕を組んで、そっぽを向いていた。当然といえば当然の反応であり、寧ろ教師或いは警察を呼ばれていないだけマシで、制裁(IS攻撃)もしてこないと考えるとかなり良い方だ。

 

「わたくし、本当にびっくりしました」

 

「すみません…」

 

「おまけにわたくしのむ、胸まで……」

 

「弁明のしようもございません」

 

「将輝さんでなければ、今頃警察に引き渡していましたわ」

 

「セシリア様の慈悲深さに私は涙が止まりません」

 

「本当に反省していらっしゃいますか?」

 

「全身全霊を持って反省しております。納得がいきませんのであれば、この首すら差し出す次第です」

 

とは言ったものの、首を差し出すのはゴメンだ。学園に入学した初日に死ぬなど絶対に嫌な将輝だが、それと社会から汚物扱いを天秤にかければ、この場で殺された方が良い。とは思う。だが、出来れば死にたくない。

 

「では、将輝さん。わたくしのお願いを三つ程、聞いてください」

 

「…………それでいいの?」

 

上げて落とすつもりなのではと警戒する将輝だが、セシリアはこくりと頷く。

 

「俺に叶えられる範囲でなら」

 

「本当ですか⁉︎」

 

「う、うん。ていうか、俺に拒否権ないし」

 

自分の立場を弁えるのが社会で生きていく為の鉄則。何時の時代も男の立場は弱いものだ。女尊男卑などISがない時代にも至る所に存在したのだから。

 

「それならば、もうこの件はなんの憂いもなく万事解決ですわ♪」

 

先程の怒ってますオーラとは打って変わって、鼻唄を歌い出す程にセシリアは上機嫌となった。将輝としてはどんなお願い(命令)が下されるのかわからないので、解決したと言っても、そう大手を振って喜べないのが現状だ。

 

「将輝〜。飯食いに行こうぜ………」

 

「おい、一夏。ノックくらいして………何故将輝は正座をしているのだ?」

 

ノックもせずに堂々と入ってきたのは、経緯を全く知らない一夏とその後ろで制しようとしていた箒だった。一夏は相変わらずの無神経具合で、それが何時も彼にラッキースケベを起こさせる要因なのだが、どれだけ警戒しても起こるものは起こるとわかってしまった以上、一概にそうも言えなくなっていた。

 

「織斑さん?他人の部屋に入る時はノックをして、確認を取るのが礼儀でしてよ?」

 

「あ、ゴメン。オルコットさん。それにしても将輝の同居人はオルコットさんか、良かったな、将輝も顔見知りみたいで」

 

「ああ………本当に良かったよ」

 

悟ったような表情で噛みしめるようにいう将輝。実際。顔見知りでなければ、今頃パトカーに乗せられて、警察署に送られている最中だろう。この世には神も仏もあったものではなかったが、地獄に救いは存在したようだ。

 

「ところで将輝さんはこれから織斑さんと篠ノ之さんと夕食を摂りに行かれるのですか?」

 

「そうだけど、それが?」

 

「もし宜しければ、わたくしもご一緒させていただいて、宜しいでしょうか?」

 

「良いよ。一夏も箒も良いよな?」

 

特に断る理由もなかった将輝は一夏と箒にそう聞く。二人も断る理由はなかったので、その提案を承諾した。

 

「では、早速参りましょう♪」

 

「な⁉︎」

 

因みに今のは箒の声。何に対して驚きの言葉を上げたのかというと、将輝の横まで歩いてきたセシリアが自然な動きで左腕を取り、身体を密着させたからだ。しかもかなり密着させている所為で、先程手で感じた女性特有の柔らかな膨らみが将輝の理性を再度刺激していた。

 

「何をしている‼︎」

 

「レディが殿方にエスコートしてもらうのは当然の事ですわよね?将輝さん?」

 

「ま、まあな」

 

本心は「そういうものなのか?」と疑問系だが、さっきの今でセシリアに対して強く出るという挑戦的な真似は出来ない以上、将輝は同意するしかなかった。ついでにいえば、何故セシリアがこのような行動を取っているかがわからないので、もしかしたら本当にそうなのかもしれないと思っている部分もあった。

 

「な、ならば……!」

 

「あら……」

 

一夏の脇をするりと抜けて、今度は箒が将輝の右腕に身体を密着させた。そしてその右腕にはセシリア以上の豊かな双丘が、更に将輝の理性を削る。

 

(あがががががっ!?!?!?俺のSAN値がピンチだぁぁぁ‼︎)

 

思春期の男子高校生にとって、この状況はかなり幸せであると同時にかなり危険な状態だ。欲望に身を任せれば、それは一時的な快楽を与えるが、後に待つのは後悔のみ。後悔先に立たずと先人は言ったが、まさしくその通りになるだろう。だが将輝のSAN値が削り切られる事はなかった。いくら彼がこの手の事態に耐性がなくとも、目の前にはもう一人の男たる一夏がいる。それだけで将輝のSAN値は残るには十分な理由だった。

 

「成る程。そういう事ですの………ライバル出現と言ったところかしら」

 

将輝には聞こえぬようにボソリと呟いたセシリア。その瞳には静かな闘志が宿っている。それに気づいたのは隣にいた箒で、その闘志に返すように自らも瞳に闘志を宿らせて、睨むように返した。

 

「じ、じゃあい、行くか。一夏」

 

間に挟まれていた将輝は地味に空気が薄くなってきた事で、その状況を打開しようと食堂へ向かうように一夏へと促す。普通の人間なら、何処と無く察して、逃げるように将輝達を置いていくが、其処は我らが唐変木。織斑一夏。全くと言っていいほど気づいていなかった。

 

「おう」

 

右腕を箒。左腕をセシリアに取られたまま、将輝は一夏と共に食堂へと向かう。その光景を見た女子達は羨望の眼差しを送りながら、口々に何かを言っている。二人はその羨望の眼差しに何処か心地良さを感じていた。

 

「両手に花ってやつか?将輝はモテるな」

 

「前者に対しては激しく同意だが、後者はノーと答えさせてもらう。俺は生まれてこの方モテた事なんて一度もない」

 

少なくとも、将輝は告白された記憶などない。もしかしたら失われた記憶にはあるのかもしれないが、目標が「彼女を作る」と書かれていた以上、一夏のようなモテているのに唐変木で気づいていないという可能性もあるが、モテていなかった可能性の方が高い。

 

「そうなのか。まあ、俺も生まれてこの方モテた事なんて一度もないから、将輝と一緒だな」

 

「なあ、一夏。俺は全世界の男性の気持ちを代弁して、お前を半殺しにしなければならない気がする」

 

両手が塞がっている為、握り拳こそ出来なかったが、殺気全開で一夏へと微笑みかける将輝。例え将輝以外の人間がそれを聞いたとしても同じ反応をするだろう。もし殺しても何の問題もなければ、世の男性に血祭りにあげられているに違いない。

 

「ぶ、物騒な事、言わないでくれよ………」

 

「冗談だ」

 

殺気を引っ込め、はははと笑う将輝だが、目が笑っていない。将輝の瞳は「てめー、一体どのツラ下げて、そんな事言ってんだこの野郎、ああん?」と物語っていた。一夏は背筋に悪寒を感じ、「風邪かな?」とまたズレた事を考えていた。

 

因みにこの日、将輝は自分が食べた料理の事について、殆ど覚えていなかった。理由は言わずもがな、箒とセシリアをエスコートした?事で削岩機もびっくりの威力で削られた理性を必死に保つ事とその度に頭の中をチラつく押し倒した時に見えたセシリアの裸体が原因だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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食堂での一幕

 

「織斑と藤本。お前達のISの事だが、準備まで時間がかかる」

 

「へ?」

 

「予備機がないって事ですよね。と言う事は学園が専用機を用意してくれると?」

 

「そういう事だ」

 

入学してから翌日の四時限目の開始直後。千冬は個人情報を露呈しようとする一夏を出席簿で沈黙させたのち、そう口にした。それを聞いた周囲の生徒はざわめき出すが、一夏は何が羨ましいのか、全く意味がわからない。そういう顔をしていると、見るに堪え兼ねた将輝が簡単に説明する。

 

「早い話が、ISは世界で467機しかない。理由はISの核たるコアを作れるのが篠ノ之束のみで、それ以上作る事を本人が拒絶したからだ。普通なら専用機なんてものは国家或いは企業に所属する人間しか貰えないけど、俺たちの場合は特別。『あー、何で男がIS使えるんだろう。取り敢えずデータ取りの為に専用機渡しとくか』的な感じだ」

 

「かなり省かれているが、藤本の説明で大体合っている」

 

「そうなのか、言われてみれば凄いな」

 

流石の一夏もある程度は重要性を理解したようで、何度か頷いた。

 

「あ、あの、先生。篠ノ之さんって、もしかして篠ノ之博士の関係者なんでしょうか………?」

 

女子の一人がおずおずと手を上げて、千冬に質問する。篠ノ之という名字はそんなにありふれたものではない。ともすれば、その仮説に至るのは当然だ。

 

「そうだ。篠ノ之はあいつの妹だ」

 

そして千冬はその問いを肯定した。因みに束は超国家法に基づき、絶賛手配中だ。犯罪者としてではなくらIS技術の全てを掌握した人間が行方不明ともなれば、どの政府や機関も心中穏やかではない。最も、本人にとって、それはどうでもいい事なのだが。

 

「ええええーっ!す、凄い!このクラス有名人の身内が二人もいる!」

 

「ねえねえっ、篠ノ之博士ってどんな人⁉︎やっぱり天才なの⁉︎」

 

「篠ノ之さんも天才だったりする⁉︎今度ISの操縦教えてよ」

 

授業中にもかかわらず、箒の元へとわらわら女子が集まる。そんな光景を一夏は面白そうに見ているが、ふと、「あれ?箒ってIS使った事あったっけ?」と疑問に思う。

 

「あの人は━━━」

 

ガタンッ!

 

関係ない。大声でそう言いかけた箒だが、それも突然音を立てて、倒れた椅子の所為で中断させられる。箒へと群がっていた女子達も突然の物音に其方へと向く。

 

「あー、ゴメンゴメン。驚かせるつもりはなかったんだ。落ちたシャーペンを取ろうとしたら、椅子を倒しちゃって」

 

椅子を倒したのは将輝だった。倒してしまった椅子を起こし、シャーペンを拾ったというアピールをする。その後、席に着いた将輝は女子の方へは向いて、こう口にした。

 

「これは俺の勝手な思い込みかもしれないけど、箒と篠ノ之博士って今、結構デリケートな問題を抱えてるみたいなんだ。出来れば、あんまり詮索してあげないでくれると友人としてはありがたいかな」

 

将輝は申し訳なさそうに、肩を竦めて、頼むような素振りを見せる。すると箒へと群がっていた女子達は彼女に謝り、席へと着いた。

 

「さて、授業を始めるぞ。山田先生、号令」

 

「は、はいっ!」

 

千冬に促されて、真耶が号令をした後、授業が始まった。

 

一夏は箒と束の仲が悪い事に疑問を持ちつつも、二人が一緒にいた光景がどうしても思い出せず、後で聞こうと思い、教科書を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり、将輝さんと織斑さんには専用機が支給されるのですね」

 

「まあ、殆ど実験体的な意味だろうけどな」

 

休み時間。将輝の席へとやってきたセシリアは、そう言った。

 

「これでクラス代表を決める試合で、機体によるハンデはなくなりましたわね」

 

「機体によるハンデ?オルコットさんは訓練機を使うんじゃないのか?」

 

「一夏。オルコットはイギリスの代表候補生だろう。となると、専用機を持っていてもおかしくはない」

 

「篠ノ之さんの言う通り。わたくしは現時点で専用機を持っておりますの。そしてわたくしの専用機の開発や設計、整備などを本国で担当してくださっているのが、将輝さんのご両親なのですわ」

 

何処か誇らしげに胸を張るセシリア。新事実に将輝も一夏と箒と共に驚きの声を上げた。

 

「凄いな。将輝の親父さん達」

 

「イギリスに両親がいるとは聞いていたが、まさかIS研究者だったとはな」

 

「篠ノ之博士ほどではないにしろ、二人もIS研究者の中ではかなり名の知れた研究者ですのよ?整備科の方達であれば、おそらく全員知っていますわ」

 

(そ、そんなに凄かったのか……)

 

人は見かけによらないとはいうが、自分の両親ほど、その言葉が当てはまる人間はいないと将輝は実感させられる。子煩悩な父親にそれプラス何処か抜けてそうな母親。どう考えても仕事などマトモに出来ているビジョンが思いつかないが、セシリアの口振りから察するに手際はかなり良いのだろう。

 

「この話はここまでにして………将輝さんは本当に優しい方ですね」

 

「ん?何が?」

 

「先程の篠ノ之さんが質問攻めにあっていた時の事です」

 

「わ、私もだ。その礼を言おうと思ってな」

 

「何のことか、さっぱりわからないんだけど」

 

白けるような素振りをするが、二人はお見通しとばかりに言う。

 

「わたくしはもちろん、篠ノ之さんも見てましたわ」

 

「皆の注意が其方に行くようにわざと音を立てて、椅子を倒したのだろう?」

 

「………バレてたか」

 

将輝はポリポリと頬をかきながら、気恥ずかしそうに言う。箒とセシリアの言うように将輝が椅子を倒したのは偶然ではなく、わざとだった。箒と束の確執が残っている以上、箒が声を荒げて否定するのは目に見えていた。そんな事をすれば、女子達からは浮いてしまうだろう。箒自身は気にしないと言うだろうが、入学して翌日から自分の友人がクラスで浮いているという状況は到底見過ごせない。そう思った将輝は音を立てずに椅子から立ち上がり、椅子を横に蹴飛ばした。シャーペンについては予め持っておいて、さも今拾ったかのように見せて、偶々椅子が倒れたというアピールをし、最後に全員に向けて、忠告をする。自身が男であるから、女子達は耳を貸してくれる筈だという可能性を考慮しての行動は殆ど思惑通りに運べたと言えた。だが、それを後ろから見ていたセシリアと偶然将輝が椅子を蹴飛ばすシーンを見た箒という目撃者を作った事で偶然を装うという点に関しては失敗だったし、千冬もそれを見ていたが、将輝の意思を尊重し、気づかないふりをして、授業に入ったのだ。

 

「そうだったのか。俺は箒の方に向いてたから、わからなかった」

 

「悪いな、箒。あんな気遣い必要なかったな」

 

「そんな事はないぞ。本当に助かった、あ、ありがとう……」

 

「どういたしまして」

 

こうして面と向かって、礼を言われれば、気づかれた事はそんなに悪い事ではなかったのかもしれない。少なくとも、今の将輝はそう思った。

 

「それじゃあ昼飯食べに行くか。あんまり遅れると座る席無くなるだろうし」

 

「俺も頭使い過ぎて、腹減ったぜ」

 

「その割には全く理解出来ていないみたいだがな」

 

「うっせ。俺だって頑張ってるんだぞ」

 

「仲がよろしいのは良い事ですが、今は早く昼食を摂りに行きましょう。お話したい事もありますので」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

四人は食堂に着くとちょうど空いていたテーブルに座り、食事を摂っていた。

 

一夏と箒は日替わり定食の鯖の塩焼き定食。セシリアは洋食ランチ。将輝はカツ丼を食べながら、今後の事について話していた。

 

「どうしようかなぁ、このままじゃ来週何も出来ずに負けそうだな」

 

「電話帳と間違えて捨てるからだ。馬鹿」

 

「うっ!それを言われると何も言い返せない……」

 

「まあ、ある程度なら俺が教えられるから、今回に限って言えば、それは問題ないんじゃない?」

 

「本当か‼︎いやぁ〜、持つべきものは友達だな!」

 

「あくまでもある程度だぞ………って、人の話聞けよ」

 

大丈夫か、コイツと思わず頭を抱えそうになる。それにある程度というのは時間もさしていて、あんまり一夏に付きっきりだと今度は自分が一夏と同じ羽目になる。今は問題なくとも、後で問題になるのであれば、意味がない。男子高校生の中ではISの知識が豊富でも女子でISの勉強をしてきた者に比べれば確実に劣っている。そしてここは私立で超名門のハイパーエリート校。努力せずして生き残る事は出来ないのだ。いくら男だからというブランドがあっても、他が平均以下では話にならない。一夏のような天才型の主人公体質でない将輝には一日の努力と鍛錬は必要不可欠であり、そうおいそれと自分以外の人間に時間をくれてやる余裕は殆どないといっても良かった。にもかかわらず、教えてやろうと思ったのは、単に将輝がお人好しだからだ。

 

「ねえ。君達が噂の子でしょ?」

 

いきなり話しかけてきたのは赤いリボンをつけた三年生の女子。ここIS学園では学年ごとにリボンの色が変わる。一年は青、二年は黄色、三年は赤というようにリボンで学園の見分けをつけられるようにしている。

 

「はあ、多分」

 

「俺たちで合ってると思います」

 

噂とは代表候補生と試合をする事で、確実に自分達の事だとはわかっているが、念の為、確信のない返信をする。

 

「代表候補生の子と勝負するって聞いたけど、ホント?」

 

「はい。そしてその代表候補生がこちらにいるセシリア・オルコットです」

 

「そ、そうなんだ……」

 

その女子は将輝のごく自然な流れで紹介されたセシリアを見て、顔を若干ひきつらせる。それは別にセシリアに問題があるのではなく、まさか噂の渦中の人間が揃って食事を摂っているなど夢にも思っていなかったからだ。しかし、彼女も二人と何かしら接点を持ちたいのか、気を取り直して、話を続けた。

 

「でも君達、素人だよね?IS稼働時間はいくつくらい?」

 

「二、三十分くらいですね」

 

「俺も将輝と同じぐらいだと思います」

 

「それじゃあ無理よ。ISって稼働時間がものをいうの。オルコットさんは代表候補生だから、軽く三百時間はやってるわよ」

 

具体的にどの辺りから凄いのかはわからないまでも、稼働時間がものをいうISに於いて、一時間未満と最低三百時間とでは普通は話にならないだろう。それはたったばかりの赤ん坊と体育系の部活動をしている小学生が駆けっこをするようなものだ。このままでは二人の敗北は必至といえる。

 

「でさ、私が教えてあげよっか?ISについて」

 

「はい、ぜ「結構です」」

 

是非と言おうとした一夏の言葉を遮ったのはセシリアだった。彼女が今の今まで喋らなかったのは、食事中に話すというのは些か品性に欠けるという自身の独自理念からで、食事を終えた彼女は口を拭いた後、言葉を続けた。

 

「先輩方のお手を煩わせる訳にはいきませんわ。あくまでこれはわたくし達クラスの問題ですので、必要とあればわたくしが織斑さんや将輝さんに教鞭を振るうまでです」

 

「でも貴方、六日後に二人と戦うのよね?それって敵に塩を送るのと同じじゃない?」

 

「敵?わたくしは二人の事を『敵』などという物騒な事は思ってませんわ。これから三年間、互いを切磋琢磨しあう『仲間』と捉えてます。なので、何の問題もありませんわ」

 

女子は言葉を詰まらせる。だが、そうおいそれと手にしたチャンスは諦めまいとしつこく食い下がろうとしたその時、必殺であり、トドメの一言を箒が言い放った。

 

「問題ありません。私が二人に教えますから。何せ私は…………篠ノ之束の妹ですので」

 

一瞬、言うかどうか迷いつつも、これだけは譲れないとばかりに言い放った箒の言葉に女子はここぞとばかりに驚き、その先輩は軽く引いた様子で帰っていった。

 

「言いたくないこと言わせて悪かった」

 

「………気にするな。私が勝手にした事だ」

 

「それで、俺達には箒が教えてくれるのか?」

 

「そうだと言っている。オルコット程ではないが、お前たちより知識はあるはずだ。それにもし二人が無理ならば一夏はオルコットに教えてもらえ」

 

「え?何で?俺は幼馴染みだし、箒の方が良いんだけど」

 

「わたくしも将輝さんとは同室ですので、その方が効率が良いと思いますが……」

 

一夏としてはよく知る幼馴染みの方が気が楽なので箒の方が良かった。セシリアの方は言葉通り、効率が良いので、そちらの方が良いとも思っているが、将輝にマンツーマンで指導したいというのが一番の理由である。二人の利害は一致しているので、話は其処で終わらせる事は出来るのだが、箒の教え方を知っている将輝としては二人の意見に同意しなかった。

 

「俺も箒に賛成だ。絶対に其方の方が効率がいい」

 

「理由を聞かせてもらえますか?」

 

セシリアは納得出来ずに理由を将輝へと問う。すると将輝はセシリアに近づき、耳打ちした。

 

「教え方が壊滅的に下手なんだ。俺は同じタイプだからわかるが、一夏はわからない」

 

「………そういう事ですの。わかりました」

 

そう何を隠そう箒も教え方が壊滅的に下手だった。将輝と同じく擬音と感覚の入り混じったぶっ飛び解説になるので、それをわかるのは同じタイプの人間のみ。そしてそれは中学時代に将輝の手によって実証されている。

 

「では、織斑さんはわたくしが将輝さんは篠ノ之さんが教えるということで宜しいですね?」

 

「箒の方が気が楽で良かったんだけど、オルコットさんは代表候補生だし、教えるの得意そうだから、まあいいか」

 

「話は纏まったな…………っと、一夏に将輝、今日の放課後、時間はあるか?」

 

箒は思い出したかのように将輝と一夏に問う。

 

「あるけど、どうかした?」

 

「俺も特に予定はないな」

 

「剣道場に来い。久々に試合をしたい、一夏も腕が鈍ってないか見てやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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蘇る欠片

「一夏。これはどういう事だ」

 

「いや、どういう事って言われても……」

 

時間は放課後。場所は剣道場。今もまたギャラリーは満載で、一夏は箒に怒られていた。手合わせを開始してから十分。結果は一夏の一本負けだった。昔の一夏を知っている箒としては、あまりの弱さに怒りを通り越して、やや呆れながらも、理由を問う。

 

「どうしてここまで弱くなっているのか、説明してもらおうか」

 

「受験勉強してたから、かな?」

 

「他にも理由があるだろう」

 

「帰宅部だったからな」

 

あっけらかんという一夏。実際は家計を助ける為にバイトをしていたのだが、その金は現在も一夏の手元にある。なぜかというと千冬が「その金はお前が必要な時に使え」といって受け取るのを拒んだからだ。

 

「はぁ…………大方、千冬さんだけに負担をかけさせまいとアルバイトでもしていたのだろう」

 

箒は溜め息を吐いてそう言うが、その心情は自身の幼馴染みが変わらない優しさを持っている事に喜びを感じていた。一夏はというと、物の見事に箒にピタリと当てられたことにぎくりとする。

 

「まあいい。これから毎日一時間。ISの勉強が終わった後にでも、私が稽古をつけてやる」

 

「え。俺はISの事だけ勉強出来れば良いんだけど……」

 

「IS戦において、搭乗者のスペックも勝敗に関わってくる。知識だけ身に付けても、思い通りに身体が動かずに負けるのがオチだぞ」

 

「…………ご指導の程、よろしくお願いします」

 

論破された一夏は、がくりと項垂れる。実際箒の言っていることは間違いないではない。もし知識だけ凄いものが最強であるなら、今頃上位ランカーは全員IS研究者になっているだろう。そうなっていないのは、搭乗者のスペックがIS戦において、かなりの確率で勝敗を分けるからだ。

 

「さて、次は将輝だな」

 

「準備オーケーだ。何時でもいけるよ」

 

「では…………行くぞ‼︎」

 

先に仕掛けたのは箒。上段から振り下ろされる袈裟斬りを将輝は竹刀で受け止める。当然ながら、威力、スピードは知っていた頃の箒とは格段に違う。特にスピードに関してはあの頃の将輝なら反応する前にやられていた。しかし、将輝とて伊達に男子の中で全国優勝を果たした訳ではない。竹刀を押し返すと小手を打ちに行く。だが、箒はそれを素早く竹刀で受け止め、流した。

 

「凄え………これが全国優勝者同士の試合なのか……」

 

少し離れた位置で座って見ていた一夏はそう呟いた。正直、一夏は二人の戦いを見て、永らく忘れていた感情の昂りを思い出していた。今の二人と戦えば二分と待たずに敗北するという事実を知って尚、その位置に存在している二人に一夏は憧れを抱いた。あれぐらい強くなれれば、誰かを守れるんじゃないかと。

 

ひそひそと話していたギャラリーさえも二人の試合には息を飲んでいた。それ程までに凄まじく、瞬きも許されぬ程に激しく攻防が入れ替わる。

 

数分の攻防の後、結果は引き分けだった。同時に相手に面を入れるというかなり異常な引き分けに将輝と箒は苦笑していた。

 

「やっぱり箒は強いなぁ。今日こそは勝とうと思ったんだけど」

 

「私とて同じだ。久しぶりに試合をするから、勝ちにいったのだがな」

 

「箒に負ける訳にはいかないよ…………………じゃないと護れないし」

 

「ん?最後の方が聞こえなかったのだが」

 

「気にしないで、独り言だから」

 

「そうか。では、一夏。今日の稽古をするか」

 

「おう。頼むぜ、箒」

 

一夏の稽古を見ながら、将輝は少し離れた位置に腰を下ろした。防具は外して、横に置き「ふぅ……」と息を吐いた。

 

(危なかった……)

 

うっかり口を滑らせた言葉は幸い箒の耳に届く事はなかった。

 

「篠ノ之箒を護る」。それが将輝の行動理念であり、信念だ。それがなければこれ程までに将輝は強くなどなっていないし、彼はISと関わろうとは考えていなかっただろう。何時からか抱いた信念を貫く為に力をつけ、そして知識をつけた。一夏は周囲の人間全てを護ろうとする。それは彼の信念であり、『護る』ということ自体に一種の憧れを抱いているからだ。しかし、将輝は違う。自分の力量は弁えているし、護る事の出来る存在も限られていると自覚している。故に将輝はその他を犠牲にしても、箒だけは護ってみせると心に誓っている、

 

(ただの自己満足かもしれないけどね。それでも好きな女性くらいは護らなきゃ、男が廃るってもんだ)

 

「お疲れ様です。凄かったですね」

 

「うわっ!…………セシリアか。驚いた」

 

深く考え込んでいた所為で、セシリアの接近に気づいていなかった将輝は急に話しかけられた事で、思わず飛び退く。

 

「何か考え事でもしてらしたのですか?」

 

「まあね。あ、タオルありがとう」

 

将輝は差し出されたタオルで顔の汗を拭いていると、すぐ横にセシリアが腰を下ろした。

 

「汗、臭わない?」

 

「気にしませんわ、将輝さんですもの」

 

「イマイチ意味がわからないけど、セシリアが気にしないならそれでいいや」

 

将輝は一夏の稽古風景を眺める。数年のブランクもあって、動きには全くと言っていい程キレがない。だが、一夏は将輝と違って天才だ。失われた感覚もこの数日で殆ど取り戻すだろう。はっきり言って、羨ましくもあり、嫉ましくもある。才能が無いわけではないが、一夏と比べれば将輝の才など微微たるもので、ないに等しい。

 

(努力とか根性とか言うけど、結局才能だよなぁ)

 

「本当に一夏が羨ましいよ。俺なんかイギリスに居た頃から色々やってんのにこれだもんな」

 

「将輝さんは十分お強いと思いますわ」

 

「まだまだ、これじゃセシリアとの約束だって、守れる気がしな………い……?」

 

将輝は自分の発した言葉に固まった。さっき自分は何と言った?セシリアとの約束?その前にもイギリスで他にも武道をしていた?おかしい。そんな事など覚えているはずはない。自然と口から零れた言葉は将輝の頭を混乱させる。そして、それを聞いたセシリアも目を見開いていた。

 

「覚えてらっしゃたのですか⁈あの日の約束を!」

 

セシリアの表情は驚愕とそれ以上の喜びに満ちていた。彼女は言っていた。代表候補生となり、IS学園と来たのは約束を果たすためだと。あの時、セシリアは将輝が昔の事であるから覚えていない事を前提として話していた。案の定、その事を覚えていない事に多少なりと落胆したのは将輝もわかっていた。しかし、その覚えていないと思っていた人物がポロリと『約束』という単語を口にした。思い出してくれた、セシリアはそう思って、歓喜に打ち震えていた。

 

だが、当の将輝は困惑するばかりだ。失われた記憶が蘇った訳ではない。先程の発言のせいか、僅かではあるが、断片的に頭をよぎる記憶があるが、それも定かではない。うっすらと霧がかかったかのように映像ははっきりとしていないのだ。

 

「将輝……さん……?」

 

「セシリア。俺は………」

 

二年よりも前の記憶が思い出せない。記憶喪失なんだ。そう言おうとした将輝だが視界がぶれた。

 

(あれ……?)

 

ぐるぐると視界が目まぐるしく回ったかと思うと、将輝はそのまま前のめりに倒れ、意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

知らない天井だ。まさか自分がそんな事を思う日が来るとは露ほどにも思っていなかった将輝だが、その前に何故自分が保健室と思われるベッドで寝ているのかを思い出す。

 

(そうだ。記憶を無理矢理思い出そうとして、セシリアに記憶喪失を伝える前にぶっ倒れたんだった)

 

我ながら情け無かった。其処まで自分は脆かったのかと自嘲の笑みを浮かべる。電子時計を見れば午前十時半を表示しており、半日以上寝ていたという事実を知る。マズい、授業に遅れるわけにはいかないとベッドから抜け出そうとした時

 

「起きたか、藤本」

 

ちょうど将輝の様子を見に千冬が来た。その表情には呆れの色が見られるが、心配をしていないわけではない。

 

「全く、オルコットの奴がいきなり倒れたと言ったから、何かしらの病気かと思ったが、健康そのものときた。誰かに後頭部でも殴られたか?」

 

「殴られてませんよ。そしたらたんこぶ出来てるじゃないですか」

 

「冗談だ。外傷の類は一応確認したが、見られなかったそうだからな。だが、心当たりがあるなら理由を聞いておきたい。理由もなく毎回倒れられては教員としてたまったものではないからな」

 

「心当たりは…………ありません」

 

記憶喪失の事を言おうとして止める。千冬に言っても特に問題はないが、言う理由もない。これはあくまで自分自身の問題である。つい半日前はセシリアには打ち明けそうになってしまったが、彼女にいうのはあまり良い選択とは言えないだろう。せめて彼女と将輝を繋ぐ『約束』だけでも思い出すまでは、誰にも記憶喪失の事は言わないでおこう。将輝はそう心に決めた。

 

「…………そうか。心当たりはないんだな」

 

将輝の返答に千冬は一瞬目を細めるが、すぐにいつも通りの表情へと戻る。

 

「体調に問題がなければ、午後の授業だけでも受けておけ。IS学園に入る為の勉強をしてきた女子共と違って、男子で有るお前達は一回の休みが後々に響いてくるからな」

 

「わかってますよ。別に今日一日中は保健室にいようなんて考えてません」

 

「ならいい。それと織斑と篠ノ之とオルコットが心配していたから、早めに問題ないと言っておいてやれ」

 

「了解です、織斑先生」

 

ビシッと冗談交じりに敬礼しながら言うと、千冬は苦笑して保健室から出て行った。千冬が出て行ったのを見届けた後、将輝は再度ベッドの上に仰向けに横になった。

 

(頑張って思い出す努力はしてみるか。また倒れる訳にもいかないから寝る時にでも一時間くらい頑張ってみよう)

 

そう意気込み、握り拳を作る将輝だったが、何も思い出せる事はなく、結局クラス代表決定戦の日を迎える事になった。

 

 

 



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クラス代表決定戦前編

翌週、月曜。クラス代表決定戦当日。

 

将輝、一夏、箒の三人は第三アリーナのAピットにて、未だ来ていない二人のISを待っていた。セシリアはというと既にISを装着し、アリーナ上空にて待機している。

 

「大丈夫かなぁ。勉強はしたけど、結局ISでの特訓は一度も出来なかったし」

 

「仕方ないだろう。私達が借りに行った時点で既に一週間先まで借りられていたんだからな」

 

一応、一夏はセシリアと将輝は箒とISの勉強に励んだ結果、知識としての問題は解決されている。だが、ISによる戦闘はこの一週間で全く行えていなかった。IS戦闘において、経験の差というのはかなり致命的だが、こればかりはどうしようもなかった。訓練機を借りようと千冬に聞くと「借りられるのは一週間後以降の話になる。諦めろ」と言われ、諦めるしかなかった。いくらクラス代表決定戦といっても、あくまで身内のゴタゴタの延長線上のようなもの。それに学園全体を巻き込む訳にもいかないので、将輝と一夏は只管勉強と一夏は感覚を取り戻す為の剣道をしていた。

 

将輝とセシリアだが、この数日間のやり取りは他人から見ても、かなりぎこちなかった。何とか必死になって記憶を思い出そうとする将輝と先日のやり取りで将輝が倒れた事で『約束』の事を聞きたくても聞き出せないセシリア。二人は普段通りに振舞っているつもりなのだろうが、何処からどう見ても違和感を隠しきれていなかった。

 

結局、何も思い出せないまま、将輝は胸の奥にモヤモヤを残し、こうしてクラス代表決定戦の日を迎える事になった。試合に雑念を持っていくつもりもないが、相手がセシリアであれば、少なからず引きずっていく事になる。将輝は頭の中を空っぽにして、思考を戦う事だけを考えるように切り替える努力を黙々としていた。

 

「お、織斑くん!藤本くん!」

 

第三アリーナのAピットに駆け足でやってきたのは、副担任の真耶。見ている方がハラハラする危険な足取りで、今日はいつもに輪をかけて慌てふためいていた。

 

「山田先生、落ち着いてください。はい、深呼吸」

 

「は、はい。す〜〜〜〜は〜〜〜〜す〜〜〜〜は〜〜〜〜」

 

「はい、そこで止めて」

 

「うっ」

 

一夏がノリでそう言うと、真耶は本気で息を止めた。こうしている間にも酸欠でみるみる内に顔は赤くなっている。一夏はというと完全に止めるタイミングを失っていて、そのまま傍観していた。

 

「………ぶはぁっ!ま、まだですかぁ?」

 

「いや、止めるタイミングが━━━」

 

「目上の人間には敬意を払え、馬鹿者」

 

パァンッ!この一週間で一組の誰もが聞きなれた、弾けるような打撃音。音はライト級だが、威力はヘビー級。流石はブリュンヒルデと言った所だろう。

 

「そ、そ、それでですねっ!来ましたよ!二人の専用IS!」

 

「織斑、藤本、すぐに準備をしろ。アリーナを使用できる時間は限られているからな。ぶっつけ本番でものにしろ」

 

「将輝、一夏。これくらいの障害。男なら軽く乗り越えてみせろ」

 

「…………ああ。行くぞ、一夏」

 

「え?え?なん……」

 

将輝は一夏の首根っこを掴んで、そのまま連れて行く。普段なら軽口でも叩きながら、一夏に現状を説明している所ではあるが、今そんな事をすれば集中が途切れてしまう為、必要最低限の会話しかしない。

 

ごごんっ、と鈍い音がして、ピット搬入口が開く。斜めに噛み合うタイプの防護壁は、重い駆動音を響かせながら、ゆっくりとその向こう側を晒していく。

 

━━━其処には『白』と、そして『無』がいた。

 

片方は白、真っ白の混ざりっ色の無い眩しい純白を纏ったIS。

 

もう片方は何の色もない。純白のISのような美しさがあるわけでもない、素材そのものの銀色のIS。

 

「これが……」

 

「はい!左が織斑くんの専用IS『白式』で右が藤本くんの専用IS『夢幻』です!」

 

将輝は『夢幻』と呼ばれたISの目の前に立ち、じっと見つめ、触れる。今日、初めて出会った筈の自身の専用ISに何故だか将輝は懐かしさにも似たナニカを感じていた。まるで幼い頃の友人と高校生になって再会したような、長年探していたものがようやく見つかったような、そんな奇妙な感覚が将輝の中に流れ込む。其処には初めてISを触った時のような身体に電気が走るような感覚はない。ただ馴染んだ。理解できた。

 

座るようにして機体に背中を預けると、受け止めるような感覚がした後、身体に合わせて装甲が閉じる。空気を抜く音と共に将輝と夢幻が今、繋がった。

 

すると将輝の視界は一気に解像度を上げたかのようなクリアーな感覚が広がり、全身に行き渡る。各種センサーが告げてくる値も、普段から見慣れているかのように理解出来る。

 

━━━戦闘待機状態のISを感知。操縦者セシリア・オルコット。ISネーム『ブルー・ティアーズ』。戦闘タイプ中距離射撃型。特殊兵装あり。

 

「藤本。ISのハイパーセンサーは問題なく機能しているな。気分は如何だ?」

 

「問題ありません。いけます」

 

問題ない、やれる。将輝は手のひらを開いたり閉じたりしながら、確認する。まだ初期設定のせいか、動きに少し違和感を感じるが、それも大した問題ではない。

 

「将輝……」

 

「どうした?箒」

 

「勝ってこい、私はここから応援している」

 

「…………ああ。勝ってくる」

 

将輝は箒にそう答えて、ピット・ゲートに進む。微かに身体を傾けるだけで、夢幻はふわりと浮かび上がって前へと動いた。

 

クリアーな意識の中、その裏側では夢幻が膨大な情報量を処理している。将輝の身体に合わせて最適化処理を行う、その前段階の初期化を行っているのだ。今こうしている一秒間の間にも、夢幻は表面装甲を変化、成形させている。中身と外見の両方を一斉に書き換えているのだから、扱っている数値は将輝が見たこともないような数値を示している。

 

ともあれ、今は其方に意識を向けている場合ではない。将輝はゲートの扉が開くと同時に飛翔した。

 

「将輝さん……一週間前にわたくしとした約束を覚えてらっしゃいますか?」

 

上空で対峙したセシリアからの『プライベート・チャネル』が送られてくる。何故、彼女がそんな質問をしてくるのかわからなかったが、将輝は取り敢えず肯定した。あのようなインパクトのある出来事はそうそう忘れられたものではない。

 

「ああ。セシリアのお願いを三つ聞くんだったっけ」

 

「このような場所でするような事ではありませんが、将輝さんには今日だけ、わたくしとの会話には全て本音で話してほしいのです」

 

「今日だけ、だな?わかった」

 

拒否する理由も、権利もない。セシリアがお願いを引き合いに出してきた時点で、将輝はそれが嫌なものであれ、肯定するしかない。もちろん本音か嘘かなどセシリアが聞き分けられる筈はない。嘘を話しても、そのまま鵜呑みにするだろう。だが、将輝は嘘を付く気など毛頭なかった。

 

「それが聞けただけでも今は満足です。では……………………踊りなさい。わたくし、セシリア・オルコットと『ブルー・ティアーズ』の奏でる円舞曲(ワルツ)で」

 

「ッ⁉︎」

 

ブゥン。という音と共にセシリアの手に二メートルを超す巨大な銃器━━━六十七口径特殊レーザーライフル『スターライトMkⅢ』が現れ、それと同時にセシリアの左目部分が射撃モードへと移行し、初弾エネルギーが装填されるとすぐさま将輝の頭部へと撃つ。その間、僅か二秒。

 

全ての動きに無駄がなく、素早く正確無比な射撃。つんざくような音と共に放たれた一筋の閃光は頭部に当たる━━━事はなく、目前でガードした両腕によって防がれる。

 

ISでの戦闘は相手のシールドエネルギーを0にすれば勝ちだ。バリアを貫通する一撃を受けると実体がダメージを受け、そちらは数値化されているシールドエネルギーと違い、破損箇所によっては戦闘行為に影響を与える。それにISには『絶対防御』という操縦者が死なないようにあらゆる攻撃を受け止めるシステムがあり、その一撃が生命に危険を与えるとISに判断された場所、発動し、代償として多くのシールドエネルギーを消費する。セシリアが頭部へと射撃を放ったのは、当たれば大ダメージ、防がれても小ダメージ。という確実性を求めた攻撃だ。案の定、将輝は避ける前に防御に移り、セシリアの思惑通りとなった。

 

将輝は態勢を崩さないように踏ん張り、その場から離れる。すると立て続けに弾雨の如き攻撃が降り注いだ。しかも、それら全てが回避するにしては代表候補生でも難易度の高い部分ばかり。何とか、ダメージの低い部分を犠牲にしつつ、凌いでいるが、シールドエネルギーはじわじわと削られている。

 

(このままじゃジリ貧だ。こっちからも反撃に出なきゃな)

 

将輝は焦らず、落ち着いて展開可能な装備の一覧を呼び出す。表示された武器は三つ。その中で将輝は『近接ブレード』を選んで、呼び出した。

 

(中距離射撃型のわたくしを相手に近接装備?普通であれば愚行ですが…………おそらく何か意味があるはず)

 

将輝が近接装備を選んだ理由は至ってシンプル。セシリアに射撃戦など挑もうものなら、確実に技術や経験の差で敗北はより確実なものとなる。しかし、近接戦であればISに於ける戦闘戦はセシリアの方が経験豊富でも将輝も剣道でそれを幾度となく経験している。そして何よりセシリアが近接戦闘を苦手としているのは既に知っている。

 

呼び出した近接ブレードを盾にしながら、将輝はセシリアとの距離を詰めようと試みるが、距離は一向に縮まらない。相手の思惑通りに事を運ばせる程、イギリスの代表候補生の名は軽いものではない。近接戦闘に持ち込もうとしていると分かれば、ダメージ優先の射撃から距離を取る為の射撃に切り替えてしまえば良い。

 

(案の定バレてるか………見返りを求めるならやっぱりハイリスクじゃないと駄目か)

 

ダメージを少なくしつつ、決定的なチャンスを狙っていた将輝だが、このままでは永遠に距離は近づくことはない。ならばと将輝が取った行動は防御を棄てた特攻紛いの加速だった。

 

今のセシリアの射撃はあくまで距離を取る為のもの。それであれば防御の必要は殆どない。ダメージは受けるが、距離は詰める事が可能なる。もし、これでシールドエネルギーを削る事に失敗すれば、将輝は敗北に向けて一気に加速する事になるが、虎穴に入らずんば虎子を得ず。リスクなしに見返りは手に入らないのだ。

 

「はああああ‼︎」

 

離れていた距離が一気に縮まり、将輝は手に持っていた近接ブレードを構える。もし彼女の機体が原作同様であれば、懐に入られた瞬間に使ってくるものがあるからだ。そして予想通り、彼女は使った。初見殺しの一撃を。

 

「甘いですわ!」

 

ヴンッとセシリアの腰部から広がるスカート状のアーマー。その突起が外れ、将輝に向かって飛んでいく。中距離射撃型の『ブルー・ティアーズ』が懐に入られた時に使う奥の手。知らないものであれば、ほぼ確実に当たるその一撃を将輝は━━━。

 

それ(ミサイル)は俺には効かない!」

 

横一閃。両断されたミサイルは、慣性のまま将輝の横を通り過ぎ、爆散した。

 

爆破の衝撃が背中に届くよりも早く、将輝はそのままセシリアへと突撃する。

 

上段の構えから振り下ろされる一撃。虚をついた筈の奥の手が破られた事で僅かに反応の遅れたセシリアは回避する事はかなわない。

 

「インターセプター!」

 

故にセシリアは手にしていた『スターライトMkⅢ』を投げ捨て、新たに近接戦闘用のショートブレードを展開し、受け止める。

 

「驚きました。初見でわたくしの奥の手を防いだのは将輝さんが初めてです」

 

「初めてか。それは光栄だな」

 

「ええ。ですから……ッ!」

 

セシリアはブレードを受け流し、回し蹴りを入れようとするが、その前に将輝が攻撃を回避する為に距離を取り、数十秒前と同じ状態に戻っていた。セシリアの手にスターライトがない事以外は。しかし、セシリアは焦らずに寧ろ、楽しさを感じていた。

 

「わたくしも本気で行こうと思います。でなければ、それは今の将輝さんに対する侮辱となりますし、何より全力を出さずに負けるともなれば代表候補生としてあるまじき失態ですわ」

 

(ついに来るのか……)

 

セシリアの機体『ブルー・ティアーズ』には特殊兵装がついている。その特殊兵装というのが『ブルー・ティアーズ』と呼ばれ、彼女の機体名はそれを積んだ実戦投入一号機だから同じ名前なのである。本来であれば彼女はどんな戦いであれ、試作段階にも等しいその兵装は極力使わなければならない。例えそれがISを動かして間もない男であったとしてもだ。しかし、彼女自身が提案したのはあくまで『一夏と将輝をISに慣れさせる事』。圧倒してしまっては何の意味もない。だから彼女はそれを使わなかったが、主な武器であるライフルは先程放棄し、初見殺しのミサイルも無力化された。将輝が代表候補生たる自身を其処まで追い詰める程の実力を有している。それが分かれば最早充分だ。後は先達者としてではなく、代表候補生として戦うだけだ。

 

「行きなさい!『ブルー・ティアーズ』‼︎」

 

セシリアが右手を横にかざす。するとフィン状のパーツが四つ外れ、多角的な直線起動で将輝へと接近する。

 

『ブルー・ティアーズ』。それは直接特殊レーザーの銃口がついた自立機動兵器。イギリスが開発した第三世代型ISの最新鋭機であり、新技術BT兵器。『操縦者のイメージを反映、具現化する事で、本来複雑な独立可動ユニットを操る』事を目的とした、通称『ビット』と呼ばれる兵器だ。

 

ビットは将輝の上下左右を縦横無尽に動き、レーザーを放ってくる。それを辛うじて回避するが、立て続けに行われる多次元攻撃は将輝に反撃を考える余裕すらも奪う。

 

本来であればビットで出来た隙をライフルで狙うのが定石なのだが、現在それは手元にない。故に将輝は隙を突かれる心配はないものの、逆に言えばライフルがない事でよりビットによる攻撃に集中する事が出来、そしてその所為で将輝はすぐにではないものの、徐々にそして確実に追い詰められていた。

 

(そういえば、原作の一夏は必ず反応が一番遠い角度を狙ってくるから、自分で其処に誘導してたみたいだが………………同じ人間だし、一か八か、賭けに出てみるかなッ‼︎)

 

将輝はレーザーの嵐を回避すると敢えて背後に真下に隙を作る。すると四基ある内の一基がその真下へと入り込んだ。

 

(来た!)

 

穿たれるレーザー。それを潜り抜けて、一閃。重い金属を切り裂く感触が手のひらに伝わり、真っ二つにされたビットは断面に青い稲妻を走らせ、一秒後に爆散した。

 

(一基撃つ……ッ⁉︎)

 

他の三基も同じように誘導して墜とすつもりだった将輝だったが、三基のビットを見て、驚愕した。既にビット達は既に先端を発光させていたのだ。

 

そう。誘導されていたのはセシリアではなく、将輝の方だった。確かに長期戦でいけば将輝を撃墜するのは可能になるが、それはシールドエネルギーが続けばの話。彼女の『ブルー・ティアーズ』も当然ながらエネルギーを消費する。そうなると将輝を撃墜する前にセシリアの方がエネルギー切れを起こしてしまい、負けてしまう。故にセシリアは一芝居打った。敢えて自分に癖があるように見せかけ、誘導されたフリをする。そして相手がビットを破壊した瞬間の隙を狙って、他の三基で一斉射撃を行うといったもので、見事に将輝は誘導されていた。

 

閉幕(フィナーレ)……ですわね」

 

ビットによる一斉射撃が将輝を穿った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「将輝っ……!」

 

モニターを見つめていた箒は思わず声を上げた。

 

将輝が何かを仕掛けようとする素振りを見せていたのはわかっていたし、それによって戦況が動くとも理解していた。だが、それは将輝の優勢にではなく、それどころかセシリアの勝利を決定付ける方へと戦況が動いていた。将輝が賭けに出るのを見計らったかのような作戦。将輝から聞いていた、セシリアとは古い知り合いであると。そうなると今の状況は彼の癖を見抜いた作戦なのかもしれない。箒はそう思うと自分も知らない彼を知っているセシリアの事がこんな状況であるにも関わらず、羨ましいと感じた。

 

三基のビットによる一斉射撃を受けた将輝を見て、白式の初期化と最適化処理を行う一夏、真耶も息を飲む。だが一人、千冬だけが、ふんと鼻を鳴らして呟いた。

 

「機体に救われたな」

 

やれやれ、と言った感じに言う千冬だが、その表情には笑みがこぼれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(試合終了のブザーが鳴らない?おかしいですわね……)

 

レーザーに穿たれ、『夢幻』のシールドエネルギーは尽きた筈。にも関わらず、未だ試合終了を告げるブザーが鳴っていない事にセシリアは疑問を抱いていた。試合終了のブザーが鳴りさえすれば、すぐにでもセシリアは将輝に労いの言葉をかけに行かなければ。そう考えていると、異変に気付いた。

 

『フォーマットとフィッティングが終了しました。確認ボタンを押して下さい』

 

意識に直接データが送り込まれると共に現れたウインドウ。その真ん中には「確認」と書かれたボタンがあり、将輝がそれを押すと、さらなる膨大なデータが流れ込んできた。

 

キィィィィン……。

 

高周波な金属音。本来なら不快に感じる筈のその音が何処か優しいものに感じられる。

 

刹那、夢幻の装甲が光の粒子に弾けて消え、そしてまた形を成す。

 

「まさか………一次移行(ファースト・シフト)⁉︎今の今まで初期設定だけの機体で戦っていましたの⁉︎」

 

新しく形成されたISの装甲は未だ薄くぼんやりと光を放っている。先程まであった実体ダメージの損傷が全て消え、それどころかより洗練された形へと変化していた。

 

幾度となく防御に使用し、かなり損傷の激しかった近接ブレードも形状を変化させ、刀身の刃には薄くエネルギーが纏われていた。

 

「終わりにしよう。セシリア」

 

「ええ。これで本当に閉幕です!」

 

残り三基による多次元攻撃。先程までは反撃の余裕がなかったが、今は違う。

 

(見える………軌道が……)

 

穿たれるレーザーの嵐をかいくぐり、将輝は二基目のビットを斬り落とし、すぐさま三基目のビットの元へと向かう。

 

表示されているシールドエネルギーの残量は残り九十四。良くて二回、悪くて一回喰らえば将輝は敗北する。だというのに頭の中は異様に落ち着いていて、今までの危機が嘘だったかのような冷静さがあった。

 

三基目のビットと四基目のビットは縦横無尽に動き、将輝へとレーザーを穿つが、当たらない。いや、正確には掠ったが、残り四十。削りきることは出来なかった。

 

ビットを全基破壊し、自身へと肉薄してくる将輝にたいしてセシリアはミサイルを放つ。だがそれもすぐに切り捨てられ、そのまま逆袈裟斬りが防御しようとしていた『インターセプター』ごとセシリアを斬ったと同時に試合終了のブザーがアリーナに響き渡った。

 

『試合終了。勝者━━━藤本将輝』

 

 




危なかった………日付が変わる前に何とか投稿出来ました!

今回初めてのISによる戦闘描写だったのですが、正直かなり下手だと思うので、なんかすみません。

次回はオリ主と一夏の戦い。きっとド派手な近接戦闘を繰り広げてくれる筈‼︎


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クラス代表決定戦後編


バイトが忙しくて、投稿が遅れてしまいました。

バトル回は基本的に作者が慣れていないので、投稿スピードが普通よりも遅くなってしまいますが、どうかご勘弁を。


 

「藤本くん。お疲れ様です」

 

「でも、この後またすぐあるんですよね。一夏、一次移行は終わってる?」

 

「ついさっき終わった。何時でもやれるぜ」

 

「藤本。初の試合で連戦は酷だと思うが、時間がないのでな、悪いが頑張ってくれ。それとシールドエネルギーが回復するまでの間、短い時間だが休んでおくといい」

 

「はい」

 

ピットに帰ってきた将輝はISを待機状態にして、すぐにシールドエネルギーを回復させていた。本来ならセシリアと一夏がこの後戦う事になる筈だったのだが、ブルー・ティアーズの武装は軒並み将輝が破壊した所為ですぐに戦闘する事は不可能になってしまい、結果将輝は連戦する形で一夏と戦う事になった。

 

ドサリと壁に背中を預ける感じで腰を下ろした将輝は強烈な睡魔に襲われた。何せ初の戦闘という事もあり、かなり緊張していたし、動きもそれなりに激しかった。眠くなるのは当然であったが、それもかけられた声によって、意識が落ちる事はなかった。

 

「こんな所で寝ては風邪をひくぞ」

 

危うく寝落ちしかけた将輝に話しかけてきたのは箒だった。此方のピットに帰ってきてから、ずっと話しかけるタイミングを伺っていて、やっと二人で話せるような状況になった為、こうして将輝の元へと来ていた。将輝は箒の言葉に懐かしさを感じて、つい笑った。

 

「懐かしい響きだ。中学の時、いつも箒は俺にそう言ってたね」

 

「それは毎度毎度、将輝が外でなんか寝るからだろう」

 

模擬試合をした後、何時も疲れたといって剣道場を抜け出し、外で寝ていた将輝を起こす役目を担っていたのは箒だった。一カ月を超えたあたりから、「篠ノ之さん、藤本を呼んできてくれ」と言われる程に。将輝が寝る場所は決まって剣道場を出て、少し離れた芝生の上だった。将輝が抜け出してから一時間経てば箒が起こしに行く。それが半ばデフォルトと化していた所為か、箒が転校した後、最初のうちは寝過ごして気づいたら部活動が終わっていたという事がザラにあった。もっとも、その後は後輩の女子部員が起こしに行く事で寝過ごす事はなくなっていたが、初めのうちはそれに慣れるのにも苦労したものだ。

 

「ここは中だけどね………って、睨まないでよ。ごめんごめん、俺が悪かった」

 

ジトリと睨んできた箒に将輝は苦笑しながら謝るが、それはそれで可愛いなと思ってしまう自分もいた。

 

「と、ところで先程の試合の事だが……」

 

「ごめんね。箒にちゃんと教えてもらってたのに、凄い無様な試合になっちゃって」

 

「そ、そんな事はない。第一、私は知識としてしか教えられなかったし、そ、そ、それに…………最後はかっこよかったしな……」

 

「最後の方が声が小さくてよく聞こえなかったんだけど、もう一回言ってくれる?」

 

「い、いや!何でもない!うん、何でもないぞ!気にするな!」

 

「そ、そう……?」

 

あまりに箒が何でもないと連呼する為、逆に何かあるのは明白となるが、あまり突っ込むとまた睨まれかねない上に不機嫌になるので、追及するのは止めた。

 

「まあ、セシリアが初めからビット使ってたら瞬殺だったろうけど、勝ちは勝ちだし、今は取り敢えず喜んでおくかな」

 

「相変わらず、自分を過小評価しているな」

 

「そう?妥当な評価だと思うけどね」

 

実際、ビットを使われていたら、一次移行する前に敗北していたのは明白であるし、そもそも攻撃に一度も移れないまま、エネルギー切れで終了という可能性は大いにあった。原作の慢心が人を為して歩いているようなセシリアならば兎も角、此方のセシリアには慢心がない。挑発も無意味で、慢心に漬け込む事も不可能。おまけにビットを誘導したと思いきや、誘導されていたのは自分であったりと本当に何故勝てたのか不思議なくらいセシリアは強かった。

 

(セシリアがあれだけ強いのは、憑依する前の俺が原因なんだよな。はぁ…………思い出しかけてるんだけど、どうもいまひとつ何かが足りないんだよなぁ……)

 

「はぁ…………どうすっかなぁ」

 

「急に溜め息なんかついて、どうしたんだ?」

 

「あ、いや、一夏とどうやって戦うか、悩んで「嘘だな」」

 

「最近、オルコットの奴と何かあったのだろう?その事で悩んでいるのではないか?」

 

「うっ……!」

 

箒の鋭い指摘に言葉を詰まらせる。全くもってその通りだった。一夏の時といい、箒はかなり鋭い。一瞬、将輝がキョドった事もあるが、普通はわからない。なのに箒はピタリと将輝の胸中に渦巻く問題を言い当てた。

 

「箒はさ…………もし、久しぶりにあった幼馴染みが二年より前の事を覚えてなかったとしたらどうする?」

 

「急な質問だな。…………………それはもちろん悲しいな。私はそいつと過ごした時間を覚えているのに、向こうは何も覚えていないというのは」

 

「やっぱりそう思うよね「だが」うん?」

 

「もし相手が何も覚えていないというなら、これからまた新しい思い出を作っていけばいい。無くした分は返ってこないとしても、また新しく人間関係を築いていけばいい。私としてはそういう道もあると思う。ただ、もしそいつが記憶を失くした事を私に隠そうとするなら、寧ろそちらの方が嫌だな」

 

「なんで?」

 

「信用されていないみたいではないか。ああ、そういえば相手は記憶を失くしているのだったな、それでは信用も何もあったものではないな。すまない、今のは忘れてくれ」

 

「いや、参考になったよ………………ありがとう、箒」

 

「え?」

 

「さて、試合に行くとしますかね」

 

将輝はスッと立ち上がり、一夏と対戦すべく、ピットゲートへと向かう。その表情は先程よりもかなり晴れやかで、其処に最早悩みなどなかった。

 

(取り敢えず今は一夏を倒す。その後でセシリアと話さなきゃな)

 

「山田先生。エネルギーは回復しましたか?」

 

「はい。ちょうど今、出来たところですよ。藤本くん、あんまり無理しないでくださいね。もし体調が優れないようであれば、試合の途中でも言ってください」

 

「了解です。もしもの時は開放回線で自己申告します」

 

口ではそう言っているが、もちろん将輝にその気はない。迷いを箒が断ち切ってくれた以上、先程のような無様な姿は見せられない。ましてや相手が一夏であるなら、尚の事かっこ良く勝ちたいと柄にもない事を思っていた。

 

(何はともあれ、絶対に勝つ)

 

「藤本将輝。夢幻、行きます」

 

本日二度目の展開となる無色透明の専用機を纏った将輝は一夏の待つ上空へと飛翔した。

 

「来たな、将輝」

 

「ああ。ここで一つ、IS学園男子同士の本気ってやつを皆に見せてやろうぜ」

 

「いいな、それ。じゃあ…………行くぜ!」

 

一夏の右手に現れたのは長さ1.6メートル程の刀剣の形をした近接武装。名は『雪片弐型』。かつて彼の姉である織斑千冬が使っていた専用機の武装『雪片』の後継であり、白式唯一の武器だ。

 

雪片をその手にもった一夏は加速して、将輝へと斬りかかる。将輝もそれに対抗すべく、手には先程セシリアとの戦いで使われた細い日本刀のような刀身が特徴的な近接武装『無想』を呼び出し、受け止めた。

 

「おおおおおっ!」

 

一夏は雪片を手に攻め立てる。太刀筋は慣れていないため、かなり粗いが、将輝とてそれは同様で、いくら先に戦ったとはいえ、一夏に毛が生えた程度の稼働時間でしかない為、受け流すと言った器用な真似は出来ず、防御や回避をしながら、しのいでいた。

 

「やるな将輝!」

 

「一夏こそな。次はこっちの番だ!」

 

受け止めていた雪片を押し返し、今度は将輝が斬りかかる。一夏もそれを防御したり、回避したりしているが、防ぎきれず或いは回避しきれずにじわじわとシールドエネルギーを削られていく。例え、毛程の差だとしても僅かな経験値の差が此処には出ていた。しかし、

 

「もらった‼︎」

 

確実に当たると思っていた一撃が空を切る。無理矢理身体を捻った一夏は肉体にかかるGに苦悶の表情を浮かべるが、その勢いのまま、回し蹴りを放ち、将輝を横に三メートル程蹴り飛ばす。

 

「グッ……⁉︎」

 

「おらぁっ!」

 

ガンッ!

 

振るわれた雪片を将輝は左腕で受け止めた。正確には受け止めたというよりもダメージの少ない方を犠牲にしたと言った方が正しい。左腕で防いだ所為で、装甲には罅が入り、折れてはいないが、折れるかと思う程の痛みが走る。

 

「痛えな、この野郎!」

 

反撃とばかりに無想を一夏の腹部に向けて打突を放つ。横薙ぎに振るわなかったのは、回避される可能性も考慮してだ。流石に身体の中心部への攻撃を避けるのは不可能で、一夏は打突によって後方へと弾き飛ばされた。

 

(セシリアの時よりもっと余裕があるかと思ったけど、蓋を開けてみたら、今の俺にはどっちも強敵だったな)

 

別にセシリアが弱い、というわけではない。彼女は代表候補生の中でもかなりの実力者だ。一夏とでは比べ物にならないだろうが、彼には既存の枠組みを叩き壊す意外性と何より姉に負けず劣らずの才能がある。あと数年と経たない内に彼は国家代表になれる素質もある。天才で努力家でもある彼が原作で急激に力をつけたのはある意味当然といえる。精神的に未熟な部分は多々あるが、それも経験で如何にかなるだろう。天才には遠く及ばない、百歩譲って才児くらいのものだ。天才と才児とでは大きく違う。スタート地点がそもそも違う。

 

ガギンッ!ギン!ギィン!ギィィィンッ!

 

激しい鍔迫り合い。互いにIS戦は素人でも、剣筋はまさしく経験者のもの。鋭い太刀筋は見る者を魅了する…………とまでは流石にいかない上、途中で何度か無茶な動きを見せる二人は素人そのもの。観客席で見ている一組のクラスメイト達はともかく、管制塔で見ている千冬は頭を抱えていた。

 

「あの、馬鹿者どもが。身体への負担を無視しているな」

 

「一旦、止めさせましょうか?」

 

「いや、好きにやらせるさ。後で何と喚いても聞く耳を持たんがな」

 

ククク、と何処かラスボス染みた笑みを浮かべる千冬に横にいた真耶は苦笑する。だが、その会話を横で聞いている箒は心中穏やかではない。まだIS戦においてのノウハウに詳しいとは言い難い箒自身はわからないが、教員である二人がそう断言するのであれば、二人の動きはかなり無茶苦茶で、おそらく上級者ですら殆どしない動きであろう事が予想できた。にもかかわらず、二人を止めようとしない千冬と真耶には箒は何か言おうとは思わなかった。それは自身もまた、二人を止められる程の理由を持ち合わせていないからだ。故に彼女はただただ二人の無事を祈る事しか出来ないでいた。そしてちょうどその時、戦況が大きく変動した。

 

「「はぁ………はぁ………」」

 

十分にも及ぶ激しい戦闘。それはIS戦においてはよくある事で、其処まで激しい息切れをする程ではない。

 

では何故、肩で息をする程、二人が疲労しているのかというと、それは偏に彼等が戦闘中に度々見せているでたらめな動きにあった。慣性やGなどを無視した攻撃や回避の所為で身体にはとてつもない疲労感を与えていて、おまけにところどころには内出血したかのような青い痣が出来ていた。身体のダメージを無視したまま戦い続けていた二人だが、流石に自身の限界とISのエネルギーの限界が近い事を悟っていた。

 

「次で……終わりだな」

 

「ああ。俺の最高の一撃で将輝を倒すぜ」

 

「それはこっちも同じだ、一夏」

 

激しかった今までとは打って変わって、二人は大きく深呼吸をしてから、静かに構える。その構えとは裏腹に二人の瞳には凄まじい闘志が宿っている。そしてそれに呼応するかのように、一夏の握る雪片の形状が変化した。

 

一夏の手の中で雪片の刀身の中心の溝から外側に向けて、凄まじいエネルギーの光を帯び、元の刀身よりも一回り大きいエネルギー状の刃を形成していた。

 

『零落白夜』。雪片の特殊能力であり、白式のワンオフ・アビリティー。相手のバリアー残量を無視し、それを切り裂いて、本体に直接ダメージを与える事で強制的に絶対防御を作動させて大幅にシールドエネルギーを削ぐ事が出来る特殊能力。早い話がバリアー無効化攻撃であり、斬れないものも殆どない。かつて彼の姉たる千冬が世界一の座にいたのも、その特殊能力によるところが大きい。代償としてシールドエネルギーを使用するものの、その威力は間違いなく全IS中トップクラスの破壊力だ。

 

(土壇場で零落白夜を発動させやがった…………流石主人公)

 

零落白夜の発動さえなければ、将輝は肉を切らせて骨を断つつもりで攻撃をしようとしていた。だが、一夏が零落白夜を発動させてしまった以上、その作戦は愚行以外のなにものでもない。鍔迫り合いも下手をすれば、無想ごと斬られる可能性があり、正直言って逃げ回ってエネルギー切れを待つのが得策だ。だが、そんな勝ち方をした所で全く嬉しくない。勝つなら正面から打ち倒したいそう思っていた。

 

(セシリアの時は俺の剣も似たような事になってたんだけどなぁ。どっちかって言えばビームサーベル的な零落白夜よりもガ◯バーの高周波ソード的な………………ん?)

 

その時、将輝の持つ無想にも変化があった。元々細かった刀身が更に細くなったかと思うと、刃の部分のみがエネルギーで覆われ、高速で振動し始めた。

 

「どういう理屈か知らないが、都合が良い」

 

上段で構える一夏と剣先を下げて、下段の構えを取る将輝。

 

周囲が静寂に包まれる。先程まで騒いでいた観客達も固唾を飲んで、二人の戦いの行方を見ていた。数秒間、それが続いた後、二人は同時に仕掛けた。

 

「「おおおおおっ‼︎」」

 

高速で行われる激しい剣戟戦。お互いに当たれば即終了の一撃を受け止め、或いは回避し、敵を斬り伏せんと得物を振るう。身体にかかる負担もダメージも今は気にならない。相手を倒す為、ただひたすら突き進む。

 

何度目になるのかわからない二人の激突だったが、其処で再度戦況が大きく変動した。

 

この試合、幾度となく剣戟戦を行った一夏は将輝に決定的な隙を作れずにいた。このまま何度同じ事をしても、ダメージが与えられるとは思わなかった一夏はぶつかり合う一歩手前で急停止をする事でタイミングをずらした。もちろん加速した直後の急停止は一夏の身体にさらなる負担をかけるが、それでもタイミングをずらされた将輝はかなり大きな隙を作ってしまったのだ。それを確認した一夏はすぐさま急加速して、隙だらけの将輝へと肉薄する。

 

この瞬間、誰もが一夏の勝ちを予測した時、将輝も打って出た。

 

防御は間に合わない。通常の回避も同様。故に将輝が取ったのは一夏と同様の無茶極まる動き。雪片が当たるよりも早く、真下への急加速を行った。九十度直角に真下へと加速した将輝は一夏と同等或いはそれ以上の負担を身体に受け、視界がブラックアウトしそうになるが、ISのおかげでブラックアウトする事はなかった。

 

隙を作った将輝にトドメをさすために振るわれた雪片は相手が消えた事で空を切り、一夏は絶対的な隙を作ってしまった。それは先程の将輝とは比較にならない程の戦場であればどう足掻こうが死を免れない程の隙を。そしてそれを見逃がす程、将輝はお人好しでも馬鹿でもない。急加速から振るわれた渾身の一撃が白式の装甲を大きく切り裂き、絶対防御を作動させた。

 

『試合終了。勝者━━━藤本将輝』

 

 

 



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過去の清算

何回も書き直してたら投稿するのが遅れました。

安定の駄文ですが、取り敢えずどうぞ


ガンッ!

 

ピット内に鈍い音が響く。その音源は一夏と将輝の頭であり、千冬の拳でもあった。二人の頭上を襲った世界最強の拳は凄まじい衝撃と共に二人の顔面を地面へとキスさせる。当然ながらそんな勢いで地面へとキスした二人の意識など拳がヒットした瞬間に失われており、うつ伏せのまま、沈黙していた。

 

「お、織斑先生………いくら何でもこれは……」

 

「どうせ言っても聞かんだろうからな。身体に覚えさせた方が早い」

 

「二人とも怪我もしてるみたいですし、今回くらいは言ってあげた方が……」

 

「自業自得だ。それに保健室に運ぶんだ、どちらにしても変わらんだろう」

 

(そういう問題じゃないような……)

 

二人を何事もなく担ぎ上げる千冬。大人とはいえ、女性が高校生二人を担いでいるという図はなかなか異様な光景ではあるが、それがブリュンヒルデともなれば、割と普通に見えるのだから、不思議なものである。

 

「という訳だ。私は今からこの馬鹿二人を保健室に連れて行くが……………お前達はどうする?」

 

千冬の指すお前達というのは一緒に試合を見ていた箒。そしてつい先程この場に現れたセシリアだ。試合が終わり、二人に賞賛の言葉と試合で見せたでたらめ戦術について釘を刺しにきたのだが、着いた途端に既に二人は沈黙させられており、箒と同様にボーッと立っていた。

 

「わ、私も行きます!」

 

「わたくしもご同行させていただきますわ」

 

二人の返答に対して、千冬は特に何も言わずに管制塔を出て行き、その後を追うようにして二人も出て行った。残された真耶は心の中で「青春ですねぇ〜」と何処かズレた事を思いながら、残された仕事をこなすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

色々な光景が早送りのように流れる。

 

何の変哲も無い日々。怠惰に時間の流れに身を任せている日々。死するその時まで続くと思っていた日々は突如終わりを告げる。何故終わったのか、その光景だけは映らない。今度は少年が幼い身体で誰かに手を差し伸べていた。相手もまた幼い少女。綺麗で高価そうな服を黒く汚し、その頬には涙が伝っている。少年が彼女に向けて、何を言ったのかはわからない。ただその言葉に彼女は差し伸べられた手を取り、暗い空間から引き上げた。少女が泣き止む頃にはその親と思しき男女が少女の元に現れ、少女を抱き締めた。少年は少女に名を告げる事もせずにその場を走り去る。後ろから少年を制止するような声も聞こえるが、それを無視して走り去った。

 

そしてまた景色が早送りされるかのように流れ、ある場面で止まる。その光景は成長した少年と少女が再会し、互いに誓いを立てた場所。相変わらず何を言っているのかはわからない筈だったが、何故か理解出来た。失われていたカケラが集まり、繋がる。

 

(そうだ………俺はこの時………)

 

少年が微笑むと少女もまた微笑んだ。その表情はとても綺麗な暖かい微笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………身体中が痛い」

 

IS学園に入って僅か一週間の内に気絶して、二回目の保健室のベッドでの目覚めは痛みに包まれていた。しかし、痛みよりも気になる事があった。

 

「あれは…………あの夢は……」

 

とても一時間程度で見たとは思えない程の長い夢。何故あんな夢を見たのか、身に覚えのない頭部への痛みがトリガーとなったのかは定かではないが、少なくとも夢の内容が過去の憑依する前の自身である事は理解出来た。僅かに思い出していた断片的な記憶。交わした言葉。そして最後に見えた少女の顔。全てが繋がった。だれかが言っていた、夢とは記憶の整理だと。

 

「取り敢えず思い出すのには成功した…………って事でいいのか?あれだけ必死で思い出そうとしてた時は無理だったのに……」

 

半分にも満たないとはいえ、一気に思い出した所為で未だ混乱しているものの、思い出せたのなら後はどうとでもなるだろう。

 

「痛たたた。結構無茶苦茶してたんだな、俺」

 

「ええ。それはもう無茶苦茶でしたわ」

 

「でも一夏も同じだし………って、セシリア⁉︎」

 

何時の間にか真横に立っていたのはセシリアだった。その表情にはかなり呆れの色が見えており、溜め息も吐いていた。

 

「本当に織斑さんも将輝さんも無茶苦茶ですわ。あんな動きをする方は世界広しといえどお二人だけぐらしでしょう」

 

「はは、ありがとうございます?」

 

「褒めておりません。今後、あのような事は控えていただきます。わかりましたか?」

 

「イエス、マム」

 

「宜しい………………では、ここからは真剣なお話をさせていただきます。将輝さんも真面目に答えて下さいね」

 

一呼吸置いた後、セシリアは真剣な面持ちでそう言う。将輝もセシリアの心情を悟り、そして自身もまた彼女に事実を打ち明けるため、先程のおちゃらけた雰囲気を消した。

 

「話を始める前に一つ言わせてほしいことがある」

 

「どうぞ」

 

「俺には二年より前の記憶が殆どない。だからその事を前提に話をしたいと思う」

 

「…………やはりそうでしたか……」

 

セシリアは大して驚いた様子も見せず、わかりきっていたかのようにそう呟いた。

 

「そうではないかと薄々気がついていました……………将輝さん。わたくしがこの学園で再会した時、何と言っていたか覚えていらっしゃいますか?」

 

「ああ」

 

流石に其処まで呆けた覚えはない。それにセシリアの言葉を頼りに記憶を引きずり出そうとしていた為、一言一句間違えずに覚えている自信すらあった。しかし、それが自身の記憶喪失とどう繋がるのかがわからない。するとセシリアが説明した。

 

「確かにわたくしと将輝さんが出会ったのは十年前ですし、その時に救っていただいたのもそうです。ですが、約束を交わしたのは三年前の事です」

 

「そうだね。今はもうわかるよ」

 

それは先程見た夢の一部。今では鮮明に思い出せる。ある日、将輝は父に連れられて、セシリアの父と母であり、そしてオルコット財閥の当主とその婿だった二人の葬儀に参列していた。顔を合わせた記憶は一度しかなかった。十年前、焼却炉に隠れ、閉じ込められたセシリアを偶然発見し、助けた日。顔は未だに思い出せないが、それでも二人がセシリアの両親であった事は分かっていた。今でもイギリスで語られる死者百人を超える列車の横転事故の犠牲者。その内二人がセシリアの両親だった。陰謀説も囁かれた。しかし、事故の状況がそれをあっさりと否定した。

 

「あの時のわたくしにはわかりませんでした。何故、あれ程まで仲が悪かった二人がその日に限って行動を…………いえ、何時も一緒にいたのかを」

 

 

 

ーーー三年前ーーー

 

「父さんに連れられて来てはみたが……………それがあのオルコット夫妻の葬儀とは」

 

直接会った記憶はない。過去にそれらしい人物と出会ったような気はしていたが、断言してオルコット夫妻だとは言えない。それ故、将輝はこの葬儀に対して特に思う事はなかった。夫妻と親しかった父に半ば強制的に連れてこられたものの、周囲にいる大人は知らない人間ばかり、大人達は幼い頃の将輝を知っている為、成長した将輝を見て驚いているが、将輝としては愛想笑いをする程度が精一杯だ。兎にも角にも堅苦しい葬儀の場から密かに抜け出す事には成功した。どうせ葬儀が始まってしまえば、誰も自分の事には気を向けないだろう。葬儀が終わるまでの間、何処で時間を潰そうか。そう考えていた時だった。

 

(あれ?あんな子居たっけ?)

 

広い屋敷の中を一人歩いていると、ふと大きな木の下で自分と同い年くらいの少女が座っているのが見えた。顔は伏せていてわからないが、髪にはゆるくロールがかかっており、服は喪服だ。当然といえば当然だ。しかし、何故あんな場所にいるのか?それが気になって将輝はその場まで向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(何故……死んでしまったのですか…………)

 

少女━━━セシリア・オルコットは悲しみに暮れていた。先日起きた列車事故で父と母を失い、今は葬儀中だ。本当ならこんな所いてはいけない。だが、誰も彼女を呼びには来なかった。それが彼女の心情を察してなのか、それとも居てもいなくても何方でも良かったのかはわからないが、何方にしても葬儀に参列する気など今の彼女には出来なかった。

 

母は女尊男卑の社会になる以前からその腕を惜しみなく振るい、幾つもの企業を経営してきた凄腕の女性だった。数々の成功を収め、イギリス国内ではかなり名の知れた人間だった。厳格な人間で、中途半端は許さない。兎に角厳しい人だった。けれど、セシリアにとって母は憧れの人物でもあった。

 

父は情けない人だった。名家に婿入りした事もあり、立場は弱かった。何時も母の顔色を伺い、媚びへつらう。ISが出てからはそれが更に酷くなった。父の昔を知る者達は皆、口を揃えて「あんな人間ではなかった」と言っていたが、そんな事はセシリアには関係ない。どうしようもないくらい情けない父を見て、『将来情けない男とは結婚しない』とそう心に決めていた。

 

だが、何故か父と母は常に行動を共にしていた。媚びへつらう父を見て、母は鬱陶しそうにしていた。それなのに二人が別行動をしているのを見た事は片手で数える程しかなかった。会話をすることすら、拒んでいた母が何故父を常にそばに置いていたのか、今となってはわからずじまい。ただ、母は父を見るたび、何時も複雑そうな表情をしていたのをセシリアは覚えている。

 

厳しかった母も情けなかった父もこの世にはいない。いるのは父と母だったものだけだ。もう話す機会はない。家族で何かをする機会は二度と来ない。そう思うだけで目からは涙が溢れてきた。思い出を振り返る度、悲しみが心を包んだ。そんな時、突然自身を呼ぶ声にセシリアは顔を上げた。

 

「こんな所で何してるの?葬儀はもう始まってるよ?」

 

「わたくしは………参加しません」

 

泣いている姿など誰にも見せたくない。けれど、遺影を見てしまえば視線も憚らず泣いてしまうとわかっていた。だから参加する気はなかった。それに自身に向けてそう言っている少年も葬儀には参加していない以上、とやかく言われる筋合いはない。

 

「そっか。実は俺もサボろうかと思ってるんだよね」

 

「馬鹿にしてますの……?」

 

隠すつもりがあったのかすらも怪しい少年の言葉にセシリアは馬鹿にされているような気がして、苛立ちを覚えた。それに幾ら相手の正体がわからないとはいえ、今日行われる葬儀はセシリアの両親のもの。其処まで堂々とサボる宣言をされて、気持ちが良いわけはない。

 

「別に馬鹿にした訳じゃないんだけど…………それは兎も角、何で泣いてたのか、理由を聞いても良いかな?」

 

「な、泣いてなどいません!」

 

ハッとして、セシリアは顔を背ける。不意に呼ばれた所為で、泣いている事を隠すのを忘れて、顔を上げてしまっていたのを思い出した。誰にも弱みを見せる訳にはいかない。それが男ともなれば尚更だ。セシリアはすぐさま立ち上がり、その場を後にしようとするが、急に立ち上がった事で立ち眩みを起こして、少年の方に態勢を崩し、もたれかかる。すぐに離れようとしたセシリアだったが、少年はそのままセシリアを抱き締めた。

 

「別に泣いていいんじゃないかな。大切な人達だったんでしょ?我慢する必要なんてない、周りに泣いてる姿を見せたくないなら、今泣けばいい。頼りないかもしれないけど、せめて今だけは俺が胸を貸すからさ」

 

それを聞いた直後、セシリアの中で感情の奔流を辛うじて止めていた何かが壊れ、彼女は少年の胸の中で声を上げて泣いた。涙も声も枯れるかと思う程に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お見苦しい所を………お見せしました…」

 

「気にしない気にしない」

 

一通り泣き終えたセシリアはすぐに謝罪した。少年は全く気にしていなかったが、それでも淑女として、見苦しい所を見せた事は事実だと思った以上、謝罪しない訳にはいかなかった。

 

「ところで君の名前なんて言うの?」

 

「セシリア・オルコットです」

 

「え゛っ」

 

少年は固まった。まさか目の前の少女が件のオルコット夫妻の血縁者と知らず、堂々とサボる宣言をしてしまった事に。それはもう名前を聞いた事を全力で後悔した。

 

「貴方のお名前をお聞きしても宜しいですか?」

 

少年は悩んだ。もしかしたら、今までの行為に対して腹を立てた彼女から自身の親を経由して報復が為されるかもしれない。そうなれば軽く骨の一本や二本は犠牲になるかもしれない。精神も摩耗する程の状況に叩き込まれるかもしれない……………祖父の手によって。

 

「い、言わないと駄目?」

 

「わたくしも名乗ったのですから、駄目です」

 

「…………藤本将輝……です」

 

「藤本………将輝さん、ですか。良いお名前ですわね」

 

ISについて、それ程詳しくなかったセシリアは藤本という姓に特に引っかかる事はなかった。その事に少年━━━将輝はホッと息を吐く。

 

「そ、それはそうと、やっぱり今からでも葬儀には参加した方が良いと思うよ。悲しいし、辛いかもしれないけど、それが一つのけじめってものだからさ」

 

「そうですね…………とても先程サボると豪語した人の発言とは思えませんが」

 

「ゔっ…………本当にごめん」

 

「良いですわ。お陰で吹っ切れましたもの。ですが………」

 

「?」

 

「葬儀が終わるまでの間だけで良いです。わたくしを支えていただいて宜しいですか……?」

 

「良いよ」

 

弱々しい声でそういったセシリアに将輝は即答した。それくらいならお安い御用だ。それで彼女が葬儀に参加出来るのなら、感情の奔流を堰き止めていた物を壊したのは他でもない自分だ。もし葬儀の場に移動すればすぐにでも泣き出すかもしれない。その間だけでも彼女を支えてあげよう、と将輝は思った。それもまた彼なりのけじめなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回は本当にありがとうございました」

 

一通り葬儀を終えた後、セシリアは終始自身の横で手を握っていてくれた将輝に改めて礼を言った。何度も泣きそうになった。その度にセシリアはすぐ横にいた彼のお陰で踏みとどまる事が出来、此度の葬儀を無事乗り切る事が出来た。そう思うと緊張の糸が緩み、今度はぺたりとその場に座り込んでしまった。

 

「腰が……抜けてしまいました……」

 

「ほら、立てる?」

 

将輝が差し出した手を取った瞬間、セシリアは思い出した。七年前の出来事を。父と母に構って欲しくて、困らせようと隠れた焼却炉に閉じ込められ、何も出来ずに泣いていた時、突然閉まっていた扉が開かれ、自身に手を差し伸べてくれた少年の事を。あの時は結局名前も聞けずじまいで、時の流れと共に記臆も薄れてしまっていたが、今の少年と七年前の少年の姿が完全に重なった。

 

「そうだったのですか………貴方が………」

 

「どうしたの?」

 

「いえ、なんでもありません」

 

「ならいいけど………って、うわ!もうこんな時間なのか、このままじゃ走って家まで帰らないといけなくなっちまう!悪い、セシリア。父さんを待たせてるから帰るよ」

 

将輝の父は時間に厳しいという訳ではない。単に待つのが嫌いなのだ。時間を奪われる事が嫌いな男がよくもまあ結婚出来たものだと将輝は思った。因みに待たせるのはアリらしい。どれだけ自己中心的なのか。

 

「ま、将輝さん!」

 

父の待つ場所まで走り出そうとした時、セシリアに呼び止められ、振り返る。

 

「わたくし、父と母の意志を継いでオルコット家を必ず守ってみせます!まだ未熟で何も知らない子どもかもしれません。ですが、必ず母を超えてみせます!もっと魅力的な英国淑女になってみせます!だからその時は━━━」

 

その時、一陣の風が吹き、ざわざわと木々が揺れ動いた所為で将輝はセシリアが最後に何を言ったのか、聞き損ねた。だが聞き返している暇はない。何せ一秒でも遅れようものなら、将輝は四十キロ離れた場所まで走って帰らなければならなくなるからだ。だから将輝はこう返した。

 

「わかった!約束する!いつ会えるかはわからないけど、セシリアが魅力的で立派な女性になった時に絶対にセシリアの所に会いに行くからな!その時は俺もカッコ良くなってるだろうから、惚れるなよ!」

 

そう言い残して将輝は陸上選手顔負けのスピードで父の待つ場所まで全力疾走で駆け抜けていった。そしてちょうど将輝が見えなくなった時、自身の幼馴染みであり、専属のメイドでもある少女がセシリアの元に現れていた。

 

「ここにいらしたのですか。葬儀が終わるとすぐに姿が見えなくなったので、探しておりました」

 

「ごめんなさい、チェルシー。彼とは二人きりでお話しがしたかったものだから」

 

「葬儀の際、一緒におられた男性ですか?」

 

「ええ。わたくし、どうしても達成しなければならない目標が出来ましたわ」

 

「左様ですか。では、私はその目標達成を全力でサポートさせていただきます」

 

「ありがとう」

 

ーーーーーーーーーー

 

それからセシリアは手元に残った莫大な遺産を金の亡者から守るため、定めた目標を達成する為、彼ともう一度再会する為に必要なものは片っ端から勉強をした。そしてその一環で受けたIS適性テストでA+をたたき出し、政府から国籍保持の為に様々な好条件か出され、了承する事で両親の遺産を守る事には成功した。それからもセシリアは自身を高める事に一切手を抜く事はなかった。第三世代装備ブルー・ティアーズの第一次運用試験者に選抜され、その中で将輝の父と母と出会い、稼働データと戦闘経験値を得るためにIS学園へとやってきた。

 

「初めて自己紹介した時は少し悪ふざけのつもりでした。将輝さんの反応が見たかったものですから………けれど」

 

将輝は否定しなかった。初めは自分の悪ふざけを察して、彼方もそうしているのだとそう思っていた。だが会話をする内に勘の鋭いセシリアは気づいてしまった。「彼は三年前の出来事を覚えていない」と。

 

それがわかった時、セシリアは目の前が真っ暗になりそうだった。自身の心の支えであったその約束。なのに相手はその事を忘れている。何故自分は覚えているのに、彼は覚えていないのかと。しかし、話しているうちにある疑問が思い浮かんだ。将輝の話しは日本に来る以前の出来事自体が曖昧だった。たった二年しかいない日本の事はすらすらと話せるのに、十三年も暮らしたイギリスの地を殆ど覚えておらず、それどころか自身の父と母の事すらも疑問系の事が多かった。其処でセシリアはある疑問に至った。「彼は約束を忘れたのではなく、記憶そのものが欠落しているのでは?」と。

 

セシリアは正直聞くかどうか迷った。もし違うならそれでもいい。しかし本当だった時、彼が必死に過去を思い出そうとしているのに、そんな事を聞いてもいいのか。結局、踏ん切りがつかず、今日まで引っ張ってきてしまった。そしてついさっき、セシリアが聞くよりも先に将輝自身がそれを告白した。

 

「はぁ…………俺って最低だな」

 

過去を捨てて、新しい人生を歩もうなどと勝手な事をしようとした所為で結局は自身の首を絞めるだけでなく、他人も傷つけた。見ず知らずの人間の人生を奪い去ったのに、それと向き合う事をしなかった。したくてしたわけじゃない。俺は悪くないと目を背けてきた結果の代償が失われていたセシリアとの約束だった。

 

「全くです。わたくしは片時も忘れた事はありませんでしたのに。何より記憶喪失である事を隠してらしたのが許せません。言っていただければわたくしもこんなに思い悩む事などありませんでした」

 

「本当にゴメン。俺が全面的に悪かった。謝罪する……………程度じゃなんの足しにもならないけど、謝らさせてくれ」

 

「わかりました。許します」

 

「え?」

 

「実はわたくし、そんなに怒ってませんの。将輝さんが約束を忘れていた事はとても悲しかったですけど、思い出して下さいましたし、何より記憶喪失になっても将輝さんが変わらずにいてくださった事が嬉しいですわ」

 

「一応理由を聞くけど、どうしてそう思ったの?」

 

「さて、何故でしょう?」

 

そう言って悪戯そうな笑みを浮かべるセシリアに将輝はどっと疲れが増していくのを感じた。

 

「………じゃあ三年前のあの日。最後に何て言ったの?」

 

追及した所で意味はないと話題をもう一つの方へと変える。思い出したが故に気になるのは最後にセシリアが口にした言葉なのだが、それを聞かれたセシリアは顔を真っ赤にし、千切れそうな勢いで首を横に振る。

 

「そ、それは言えません」

 

「なんで?約束の一部だし、ちゃんと確認しておかないと━━━」

 

「駄目なものは駄目です!それだけは絶対に言えません!」

 

「あ、ちょっと、セシリア!」

 

将輝の制止を振り切って、セシリアは保健室を走り去った。

 

(言える筈ありませんわ。だってあれは━━━)

 

何故ならあの時言った言葉はプロポーズのようなものなのだから。




これでセシリア編のようなものは一旦終わり、次回はセカンドな幼馴染み登場。そして箒の出る回数も当然アップ!

それはともかく、まだ原作一巻の半分しか言っていない事実に軽く仰天中。四巻目入るあたりで軽く五十話超えてそうな勢いです。さあ次回も張り切って執筆執筆〜♪


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セカンド幼馴染みは代表候補生

 

「ということで、一年一組代表は藤本将輝くんに決定です。はい、拍手〜」

 

真耶の言葉に同調するように周囲からはパチパチと拍手が聞こえ、大いに盛り上がっている。その中心で一人暗い顔で哀愁漂うオーラを纏っているのはつい先程クラス代表に任命された藤本将輝だった。

 

クラス代表決定戦にて、セシリアと一夏を下した将輝が代表になるのは当然なのだが、本人になる気など全くなかった。なら何故勝ちに行ったのかというと、勝った者がクラス代表になるという事実を完全に失念していたからだ。

 

因みに将輝は他薦された者なので辞退は出来ない。それは一週間前に実証済みだ。となると最早クラス代表をする以外の道は残されていなかった。

 

「藤本。何か不満がありそうだな」

 

「それはもう。あり過ぎて困るというか……」

 

バシンッ。

 

隠しても無駄だと悟り、真っ向から不満を打ち明けると頭部には出席簿が降り注いだ。因みに隠しても頭部には出席簿が…………。結論何方も頭上注意。

 

「負けなかったお前が悪い。まあ、わざと負けようものなら無理矢理させていたがな」

 

(流石の鬼教官。理不尽すぎて涙が出ーー)

 

「今から物理的に出してやろうか?」

 

「すみませんでした」

 

相手を問わず、ブリュンヒルデは心を読めるようだ。繰り出される言葉と拳は殺人級。彼女の本気をその身に受ければ天国への片道切符を手に入れる事が出来るだろう。

 

「クラス代表は藤本将輝。異存は無いな」

 

はーいと将輝を除くクラス全員が一丸となって返事をした。団結は良いことであるが、必ずしも全員満場一致でない辺りがかなり現実的でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふうん、ここがそうなんだ……」

 

夜。IS学園の正面ゲート前に、小柄な身体に不釣り合いなボストンバッグを持った少女が立っていた。

 

まだ暖かな四月の風に靡く髪はそれぞれ高い位置で結んであり、肩にかかるかかからないかくらいの髪は、金色の留め金がよく似合う艶やかな黒色をしていた。

 

「受付は…………」

 

上着のポケットから折り畳まれた一切れの紙を取り出す。其処には本校舎総合事務受付と書かれているが、少女は何処にそれがあるのかを知りたい訳で、その折り畳まれた紙をぐしゃっと握り、ポケットに入れる。

 

「結局、足で探す事になるのよね。やれやれって感じだわ」

 

ぶつくさと言いながらもその足はとにかく動いている。思考よりも行動。そういう少女なのだ。良くいえば『実践主義』悪く言えば『よく考えない』であるが、これでも多少は改善された方である。釘を刺される中学時代よりも以前は考える考えない以前にそもそも人の話を聞かない。取り敢えず動いてから考える体力馬鹿のような思考回路だった。

 

(出迎えがないって聞いてたけど、せめて道案内くらいは欲しかったわね。政府の連中も異国の地に年頃の少女を放り込んでおいて、特に何もしてくれないし)

 

少女の見た目はよく見ると日本人に似ているが違う。その鋭角的でありながら何処か艶やかさを感じさせる瞳は中国人のそれだった

 

とはいえ、この少女にとって日本は第二の故郷であり、思い出の地であり、因縁の場所でもある。

 

(都合よくそこら辺に転がってないかなぁ。案内出来そうな人)

 

学園内の敷地をわからないなりに歩きながら、キョロキョロと人影を探すが、今は八時過ぎ、どの校舎も灯りが落ちているし、当然生徒は寮にいる時間だった。

 

いっそISを使って空から探そうかな?と考えた少女だったが、あの『あなたの街の電話帳』×3くらいある学園内重要規約書を思い出してやめる。まだ転入手続きが終わっていないというのに学園内でISを起動させようものなら、事である。最悪外交問題にも発展する。それだけはやめてくれと何回も懇願していた政府高官の顔を思い出してやめる。

 

(あたしも随分考えるようになったわね〜。前までなら起動させた後に考えてたけど)

 

我ながら自身の成長具合に感心する少女。昔はその性格故に周囲を巻き込んで騒動を起こしたものだ。そしてその最たる被害者は彼女が日本に帰ってくる最大の理由になっている人物だ。

 

(元気かな……あいつ……)

 

それは不要な心配というものだろう。あれだけ振り回されてもいつもピンピンしていた友人の元気のない姿など一度とて見た事がなかった。何処か達観視している節もあったが、それはそれ、これはこれだ。

 

「だから………」

 

ふと声が聞こえる。視線をやると、女子がIS訓練施設から出てくるようだった。何処の国でもIS関係の施設は似たような形をしている為、すぐにそうだとわかる。

 

(丁度良いや。場所でも聞こっと)

 

声を掛けようと小走りにアリーナ・ゲートへと向かう。

 

「うーん。わかることにはわかるんだが、イメージが難しいんだよなぁ」

 

不意を突かれて、少女の身体はビクンと震え、足が止まる。

 

男の声ーーーそれも、知っている声に凄く似ている。いや、おそらく同一人物だ。

 

予期していなかった再会に、少女の鼓動が加速する。

 

一年ちょっと振りの再会とはいえ、やはり相手が自身の想い人ともなればとかなり緊張する。それにもし自分だとわからなかったらどうしようという不安もあったが、超ポジティブ思考に切り替えて、少女は何故か準備運動を始め、それが終わるとクラウチングスタートを切った。

 

「昔から一夏は難しく考え過ぎ「いっっっちかぁぁぁぁ‼︎」」

 

「ん?ぐへぇ⁉︎」

 

全速力から繰り出されたタックルに一夏は身体をくの字に曲げて、そのまま地面に転がり、腹部を襲った衝撃に何事かと思うと同時に嫌な懐かしさを覚えた。

 

「この感じ………鈴か‼︎」

 

ニュータイプさながらの発言と共に自身の腹部に頭を埋めている少女を見やる。

 

「一夏の匂いだ〜」

 

「だあああ‼︎匂いを嗅ぐな‼︎ていうか、は・な・れ・ろぉぉぉぉ‼︎」

 

鈴と呼ばれた少女を引っぺがそうと試みるもその小さな身体の何処からか湧いてくる馬鹿力の所為で引っぺがすどころがどんどん離れなくなっていった。

 

「箒も手伝ってくれ!」

 

「わ、わかった!」

 

一人では無理だと悟った一夏は箒に助けを求め、二人掛かりで引き剥がそうとするが、一向に離れる気配はない。数分間何とか引き剥がすのを試みてはみたものの、結果は二人の疲労が増加したのみに終わった。

 

「な………なんなんだ、この馬鹿力は……」

 

「わ…わからん………昔は……二人掛かりでなら……引き剥がせたのに」

 

「ところで其処の変た………もとい女子は誰だ?見た所顔見知りのようだが」

 

「まあな。顔見知りというか幼馴染みというか俺の白昼夢というか……」

 

「それはあたしから説明させてもらうわ!」

 

『うわっ⁉︎』

 

先程までどれだけ引き剥がそうとしても微動だにせず、反応すらしなかった少女がガバっと顔を上げる。因みに回された腕は未だに離れていない。

 

「あたしの名前は凰鈴音。一夏の幼馴染みにして、心の友と書いて心友よ!ついでに中国の代表候補生で専用機持ちだけど、まあそれはどっちでもいいか」

 

((どっちでも良くはないと思う……))

 

「ん?幼馴染み?私は知らないぞ」

 

「ああ。鈴は箒と入れ違いで転校してきたんだよ。箒は小学四年生の終わりだっただろ?鈴が来たのは小学五年生の頭だ。箒がファースト幼馴染みだとすると鈴はセカンド幼馴染みってとこだな」

 

「また意味不明な事を………」

 

「て事は貴方が篠ノ之さん?よろしくね!」

 

回していた腕を離し、鈴は握手を求めて手を出した。展開があまりにも早すぎて一瞬理解するのが遅れたが、箒もその握手に応じた。鈴はその手を握るとキョトンと首を傾げ、思案顔になった。

 

「あれ?一夏から聞いてた話と違うなぁ……」

 

「何の事だ?」

 

「ああ、気にすんな。鈴て初対面の人間の時、偶にこんな感じになるんだ。何か握手したら大体の事がわかるとか言ってたから、想像と違った事でもあったんじゃないか?」

 

「そういうものなのか?どの辺りが違ったのか気になるが、凰だったか?そろそろ手を離してくれると助かる」

 

「………あ、ごめんごめん。こんなに違う人は初めてだから。つい長引いちゃった。何はともあれ、これからもよろしくね!あたしの事は鈴でいいから」

 

「ああ。よろしく頼む、鈴。私の事は箒で構わないぞ」

 

「じゃあまたね、一夏、箒!あたし行くところがあるから」

 

ピューッと走り去った鈴を見届けて、箒は苦笑し、一夏もまた同じような表情を浮かべる。

 

一夏と箒と別れてすぐ、総合事務受付は見つかった。アリーナの後ろにあるのが、本校舎だったからだ。灯りもついていたので、其処だと確信した。

 

「ええと、それじゃあ手続きは以上で終わりです。IS学園へようこそ、凰鈴音さん」

 

愛想の良い事務員の言葉に鈴も笑顔で返し、一番気になる事を事務員へと聞いた。

 

「織斑一夏って、何組ですか?」

 

期待を込めて問うた質問。彼女にとって、それはこの学園生活で最も重要視している事だ。また一夏と同じ場所で馬鹿騒ぎ(一夏は巻き込まれているだけ)がしたいな、という少女の願いはあっけなく潰えた。

 

「ああ、織斑くん?一組よ。凰さんは二組だから、お隣ね」

 

ピシッという音共に鈴は後ろで何かが崩れるような音を聞いた。隣りというのはいい。だがそれは隣の席だった時で、誰も隣のクラスが良いなど言っていない。しかし、文句を言った所で変えられないのが現実だ。だが諦めきれなかった鈴は初めて頭をフル回転させる。そして一つの結論に至った。

 

「二組のクラス代表って、もう決まってますか?」

 

「決まってるわよ」

 

「名前はなんていいます?」

 

「え?ええと………聞いてどうするの?」

 

鈴の態度に少しおかしなところを感じたのか、事務員は少し戸惑ったように聞き返す。

 

「代表を譲ってもらおうかと思って」

 

 

 

 

 





と言うことで鈴ちゃん初登場回でした。

当初は原作通りにしようかと考えていましたが、皆性格変わってるから鈴も変えちゃおうという試みでした。

そして千冬さんの読心術は一夏だけにとどまらず、万人通用するチートぶり。最早心の中ですら文句は言えません。


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口は災いの元

みなさんお気づきかと思いますが、タイトルを変更しました。

ついでにタグも変更しました。話の流れ的に箒とセシリアのWヒロインの方向でいきます。これ以上ヒロインは何が何でも増やしません。多少無理矢理になっても全員一夏行きです。ハーレムだけは絶対に回避します!

それと箒とセシリアのWヒロインにした事に不満がある方もおられるかと思いますが、何卒長い目で見ていって下さい。

それでは最新話をどうぞ。


「という訳でっ!藤本くんクラス代表決定おめでとう!」

 

『おめでと〜!』

 

ぱん、ぱんぱーん。クラッカーが乱射され、寮の食堂では将輝を中心に盛大なパーティーが開かれていた。

 

ちらりと壁を見てみれば、其処には『藤本将輝クラス代表就任パーティー』とかかれた紙が掛けてあり、女子一同はこれはめでたいと各自飲み物を手にしてやいのやいのと盛り上がっているが、祝われている本人からしてみれば何もめでたくはない。今すぐ部屋に帰って寝たい。というのが本音であるが、一応このパーティーの主役とされている以上、帰るという選択肢は選べないし、そもそもない。あったとしても『しかし回り込まれてしまった!』というドット文字が出るに違いない。ともかく、将輝は盛り上がっている中心でただただ項垂れていた。

 

「いやー、これでクラス対抗戦も盛り上がるねぇ」

 

「ほんとほんと」

 

「ラッキーだったよねー。同じクラスになれて」

 

「ほんとほんと」

 

(おい、君は二組だろうが。何で一組のパーティーにいるんだ。ていうか、総勢がクラス人数よりも多いとはこれいかに)

 

一つのクラスの人数は凡そ二十九人。にもかかわらず、此処にいる女子達は軽く数えただけでも四十人はいる。まあ、ここまでくれば割とどうでもいい事ではあるし、他クラスが参加してはいけないというルールもないので、突っ込む意味はない。

 

「人気者だな、将輝」

 

「だね。日本に初めて来たパンダの気持ちが凄くわかるよ」

 

「………うむ。お前の言いたい事は何となくわかった」

 

もちろん嬉しいなどというプラスなものではない。環境の変化によるストレスや周囲の視線によるストレスなど軽く寿命が三分の一は縮みそうなくらいのストレスの事だ。実際野生パンダの平均寿命は十四歳から二十歳なのに日本に初めて来たパンダは九歳で没している。しかしながら飛行機に乗りまくってメキシコを三往復もしたパンダは二十二歳まで生きたと言うのだから、環境の変化が必ずしもストレスになるという訳ではないのかもしれない。とはいっても、純粋な好奇心とは時に悪意にすらなり得るのもまた事実。横で他人事のように初対面の女子とすら普通に会話が出来る(ついでに無意識で落とす)一夏のような未来型超ハイスペック男子はともかく、将輝はそんな超ハイスペックではない。いや、普通の男子は初対面の女子と饒舌に話す事など出来ない。例え話せたとしても会話は弾まないだろう。何が言いたいのかと言われれば『頼むから話しかけて来いオーラを出して、こっちを見てくるな』というのが将輝の心情だ。

 

「はいはーい、新聞部でーす。話題の新入生、藤本将輝くんと織斑一夏君に特別インタビューをしに来ました〜!」

 

オーと盛り上がる一同。将輝はオーじゃねえよと言いそうになるのを堪えて、お茶を飲む。『話題の』とは何を指すのかは大体想像はつく。上げられるワードとしては男子、専用機持ち、クラス代表などが挙げられる。

 

「あ、私は二年の黛薫子。よろしくね。新聞部副部長やってまーす。はいこれ名刺」

 

ごく自然な流れで名刺を渡され、受け取る。一連の動作に無駄が無い彼女はそういう職業が向いているのかもしれない。

 

「ではではずばり藤本君!クラス代表になった感想をどうぞ!」

 

ボイスレコーダーをずずいっと将輝に向け、薫子は無邪気な子供のように瞳を輝かせる。その瞳は一夏や将輝が入学初日のSHRでクラスメイト達に向けられていた視線と同じだ。好奇心と期待に満ち溢れている。よく見れば周囲の女子達も無言で聞き耳を立てていた。

 

(確かこの人、面白いように捏造するんだったよな。下手に捏造されるくらいなら、言い過ぎず、それでいて捏造されない程度の良さげな発言を……)

 

思案する将輝はこれならと一つ咳払いをしてから言った。

 

「俺と踊ってみるかい?覚悟しないとヤケドじゃ済まないよ…………………なんて」

 

深く考えず、咄嗟に思いついた言葉を噛み締めるようにゆっくりと(早口にならないように)そして真剣な眼差しで(目を逸らさないように)そう口にした。

 

しーんとしたままの食堂。これはちょっと言い過ぎかと訂正しようとした直後、薫子がいち早く蘇生した。

 

「良いよ良いよ!藤本くん!さっきのキメ顔といい、これは新聞部副部長として明日の校内新聞は何としてでも最高のものに仕立て上げなきゃ!」

 

「ね、捏造とかは勘弁を……」

 

「捏造?しないしない。ありきたりだったらしたけど、さっきので充分どころかお釣りが返ってくるレベルだから、いらない尾ひれは付けないよ」

 

良かった。とホッとひと息つく将輝だが、先程の台詞を脳内で反復している内に後から羞恥心が押し寄せ、頭を抱えて悶絶していた。

 

「恥ずかしいなら言わなければ良いではないか」

 

「ホントそれ。俺馬鹿だね」

 

「流石に今回ばかりは私もそう思った」

 

「ぐはっ‼︎だ、だよね〜」

 

基本的にそういう事は否定する箒にすらそう思われた事に将輝のライフがゼロを超えてマイナスになった。軽く生ける屍状態だ。

 

「わたくしはよろしかったと思います」

 

「ごはっ‼︎そ、そのフォローは寧ろ逆効果だよ、セシリア」

 

ゾンビ状態からの優しさという聖なる攻撃に将輝はそのまま机に突っ伏した。しかもそれが心の底からそう思っての発言なのだから、余計にダメージが大きい。純粋な優しさとは時に口撃へと変化するのだ。

 

「それじゃあ次は織斑君!かっこいいのを一つお願い!」

 

ダウンした将輝をよそに薫子は一夏へとボイスレコーダーを向ける。

 

「え⁈えーと……」

 

先程薫子が『藤本君と織斑君にインタビューしに来た』と言っていたのを一夏は忘れていたらしく、他人事のように見ていたら急に話を振られたので、言葉を詰まらせた。

 

「まあ、なんというか、頑張ります」

 

「えー。それじゃあつまんないよー。もっと熱いコメントをちょうだい」

 

そもそもインタビューのコメントに面白さを求める方がおかしいのだが、言われた所で薫子は聞く耳を持たないだろう。乗り気ではない一夏だが、期待を裏切る訳にもいかない。仕方ないので日本の誇る名優の言葉を借りることにした。

 

「自分、不器用ですから」

 

「うわ、前時代的!………織斑君の方は適当に捏造っと」

 

一夏の発言はどうやら薫子には響かなかったようで目の前で隠す気もさらさら見せずに捏造すると口にした。こうして情報発信者の独断と偏見で世の中に誤った情報が流れるという社会の闇を一端を垣間見る事になった。

 

「ああ、最後にセシリアちゃんもコメントちょうだい」

 

「わたくし、あまりこういったコメントは好きではないのですが……」

 

渋い顔をするセシリア。セシリア的は必要でなければあまり自己主張はしない方だ。イギリスではモデルもしているのだが、取材をされても基本的にコメントなどはしない。稀にする事もあるが、それは昔から付き合いのある会社であったり、何かしらの理由がある。

 

「う〜ん。やっぱりセシリアちゃんからのコメントは貰えないか〜。結構レアだから新聞部の一員としては欲しかったんだけど」

 

薫子もダメ元で言っていたらしく、断られるとあっさりと引いた。部活動とはいえ、薫子とて記者の端くれで何より将来的にはその道に進む事も選択肢の一つである以上、男子ほどではないとはいえ、レアなセシリアからのコメントが欲しかったというのが本音だ。因みに男子が断っていた場合、新聞部全員で話し合い、適当にコメントを捏造する予定だったりもする。

 

「ま、いいや。それじゃあ三人並んでくれる?写真撮るから」

 

「わたくしも……ですか?」

 

「注目の専用機持ちだからねー。あ、三人とも手を重ねる感じで置いてくれる?」

 

薫子に促され、将輝、一夏、セシリアの三人は右手を中心で重ね、並び立つ。

 

「うんうん。いい感じいい感じ、それじゃあ撮るよー。35×51÷24は〜?」

 

「74.375」

 

「正解」

 

パシャっとデジカメのシャッターが切られる。

 

「なんで全員入ってるんだ?」

 

十代女子の恐るべき行動力を持って、一組のメンバーが撮影の瞬間に三人の周りに集結していた。さりげなく箒も将輝の横に立っている。

 

「クラス写真と思えばいいか。ちょっと弾けすぎだけど」

 

専用機持ちのスリーショットが図らずもクラス写真へと変貌した。だがそれはそれで悪くはない。将輝も一夏もセシリアもそう思い、不平不満を口にはしなかった。

 

ともあれ、『藤本将輝クラス代表就任パーティー』は十時過ぎまで続き、女子のエネルギーに圧倒された男子二人は部屋に帰ったと同時に泥のような眠りにつくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「織斑くん、藤本くん、おはよー。ねえ、転校生の噂聞いた?」

 

「一応はね」

 

噂を聞いたというよりも既に知っていただけだがそれを言ったところで意味はないし、何より今は昨日の疲れが抜けきらず眠かった。

 

「俺も知ってるぞ。というか、幼馴染みだしな」

 

ごく自然に呟いた事実にクラス一同が驚きの声を上げ、その驚きの声に一夏も驚きの声を上げるという連鎖反応が起きた。

 

「ねえねえ!織斑くん!その転校生ってどんな子?」

 

「うん?なんというか……台風?」

 

「その子との関係は?」

 

「ただの幼馴染みだぞ。後、俺の心労を増やす問題児」

 

思い返せば一夏と彼女の思い出は常に破天荒な事ばかりだった。おまけに被害者は何時も自分や親友ばかり。本人に悪気がない辺りが余計にタチが悪い。そんな忙しない日々も存外悪くはなかったと彼女がいなくなって気がついたのは記憶に新しい。

 

「それにしてもこの時期に転校生って珍しいねー」

 

女子の言う通り、今はまだ四月。にもかかわらず、入学ではなく、転入。そしてこのIS学園は転入条件がかなり厳しく、何より国の推薦がないと出来ないようになっている。

 

「なんでも中国の代表候補生で専用機持ちだって言ってたけど………」

 

「中国の代表候補生ですか。そういえば近頃、中国も第三世代型ISの開発に成功したと聞きましたが、その実戦データを取るための転入でしょうか?」

 

「惜しい。けどだいたい当たりかな」

 

口々にその転校生について話し合っていると、突然教室の入り口からふと声が聞こえる。それは一夏がつい先日聞いた声と全く同じものだった。

 

「単純にあたしが来たかったから……っていうのが大部分を占めてるわ。経験値稼ぎっていうのも理由の一つではあるけどね。あ、自己紹介が遅れたわね、あたしの名前は凰鈴音。中国の代表候補生にして専用機持ちよ。ついでに二組のクラス代表はあたしになったから、そう簡単に優勝出来るとは思わない事ね」

 

ビシッと指をさし、鈴は小さく笑みを漏らす。それを見た一夏は昔から変わらない幼馴染みの態度に自身もつられて笑みを漏らした。

 

「宣戦布告に来たんだけど、クラス代表って誰?」

 

話を聞かずに即行動を起こした辺りも幼馴染みは相変わらずだった。

 

「将輝だよ。ほら其処に座ってるもう一人の男子」

 

一夏が指で指し示すと鈴はスタスタと歩いて将輝の目の前まで行く。というか、息がかかりそうなくらい顔を近づけていた。

 

「なななな、何をしている鈴!」

 

「そそそそ、そうですわ!離れて下さいまし!」

 

「二人ともなんで慌ててるかは知らないけど、問題ないぞ。あれも箒にやったのと似たような事だから」

 

つまりは人間観察。鈴曰く、わかりやすい人間は握手である程度わかる。握手でわからない人間は目を覗くとわかる。とは言ってもわかる事は限られているのだが、人付き合いをしていく上で鈴のこれは最早挨拶代わりと言っても過言ではない。

 

「ふぁ、凰?俺もどっちかっていうと離れてほしいんだけど……」

 

「無駄だぞ、将輝。その状態の鈴に話しかけても」

 

実際、鈴はなんの反応も示さずにただ将輝の瞳を覗き込んでいる。顔を逸らそうとすれば、両手でガッチリホールドされ、目を逸らしてもそれを追ってくる。鈴がこの行為を始めて一分が経過した時、ようやく離れた?

 

「……………………うん。わかった」

 

「な、何が?」

 

「それは秘密。将輝だっけ?あんたがクラス代表なんでしょ、取り敢えず宣戦布告するわ!」

 

「お、おう。受け取った」

 

「今回の目的は達成したし、鬼が来る前にとっとと退散す「ほう。誰の事を言っている?」それはもちろん千冬さ……ん……」

 

ギギギ……と壊れた人形のような動作でおそるおそる後ろを振り返る鈴。振り返った場所にいたのは阿修羅もといブリュンヒルデ織斑千冬だった。

 

「お久しぶりです。千冬さん、それではさような「待て」な、なんでしょうか?」

 

逃げ去ろうとした鈴だったが、相手は世界最強。そう簡単に逃してくれるはずもなく、すぐに先回りされて頭を掴まれる。

 

「何、お前とは一度話をした方が良いと思ってな。SHRの方は心配いらんぞ、私の方から話をつけておいてやる。それに授業も一日逃した程度では支障をきたす事はないだろう。なぁ?代表候補生?」

 

ニヤリと笑う千冬のその顔は獲物を手中に収めたハンターの顔そのもの。因みに鈴はその逆である。

 

「鈴」

 

「い、一夏ぁ……」

 

「骨くらいは拾ってやる」

 

「で、ですよね〜……」

 

「さあ逝くとするか、凰」

 

「字面が違う気が………い、嫌ぁぁぁぁぁぁ‼︎」

 

悲鳴をあげながら鈴は生徒指導室(拷問部屋)へと連行されていった。その方角に向けて、一夏はおろかその場にいた全員が黙祷を捧げるのだった。

 

 

 



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過ぎたるは及ばざるが如し

 

「死ぬかと思った……」

 

昼の食堂。

 

疲弊しきった様子でラーメンを啜るのは朝千冬に引きずられていった鈴だった。千冬による折檻を受けたにもかかわらず、午後にはボロボロになりながら蘇生している鈴を見て、将輝と箒とセシリアは思わず手にしていた昼食の盆を落としそうになる。対して一夏は特に驚いた様子も見せずに鈴の隣の席に座った。

 

「何であの人は毎回毎回、あたしが言ったタイミングで出て来るのよ」

 

鈴が千冬に折檻されるのは一度や二度の事ではない。鈴が口を滑らせて、千冬の事を言った時は大抵その後ろに本人がいる。場所が何処であろうと何故かいる。その度に折檻を受けてボロボロになるのだが、学習しない。その割には耐性がついてきているようで、蘇生時間はどんどん早くなっている。明らかに学習するポイントを間違えている気もしなくはないが。

 

「それにしても鈴は変わらないな」

 

「あんたはちょっと背が伸びて、カッコ良くはなったかもね」

 

「鈴が褒めるなんて珍しいな」

 

「あたしだって誰かを褒めることくらいあるわよ。それが偶々一夏だっただけの話じゃない」

 

特に違和感なく会話をしている………ように見えるが、それは一夏と将輝から見た視点で、箒とセシリアから見たこのやり取りは違った。

 

(あいつ………やはり一夏に気があるな。照れ隠しにラーメンを啜ってはいるが)

 

(明らかに恥ずかしがってましたわね。一夏さんや将輝さんの目は誤魔化せても、わたくしの目は誤魔化せませんわ)

 

同類(恋する乙女)だからこそわかる何気ない仕草。男子二人にはごく自然に放たれたように聞こえた言葉でも箒やセシリアには言い慣れない言葉に声を少し上ずらせながら言ったように聞こえた。

 

「そういや、いつ日本に帰ってきたんだ?おばさん元気か?いつ代表候補生になったんだ?」

 

「質問ばっかしないでよ。日本に帰ってきたのは一週間前、お母さんは元気よ、代表候補生になったのは中国に帰って二ヶ月くらいね」

 

質問ばかりするなと言った割に鈴は全部の質問に答えを返した。丸一年ぶりの再会とあってか、あまり質問の類いを投げかけない一夏だが、幼馴染みの空白の期間というのは気になるのだ。実際、ルームメイトであり、ファースト幼馴染みの箒には初日にこれでもかというくらい質問を投げかけていた。

 

「一夏さん。その方との関係を説明していただきたいのですが…………もしかして付き合ったりしていますの?」

 

純粋な好奇心で尋ねるセシリア。織斑さんではなく一夏さんと呼ぶのかというと、一夏が「織斑じゃ千冬姉と被るから」とセシリアにそう呼ぶよう促したのだ。セシリアとしてもタイミングを見計らって、名前で呼ぼうと思っていた節もあり、それはちょうど良い提案だったと言えた。その問いに流石の鈴も顔を真っ赤にするが、すぐに顔をブンブンと横に振り、気持ちを落ち着かせる。

 

「べ、別にあたし達は付き合ってなんかないわ」

 

「そうだぞ。何でそうなるんだ、ただの幼馴染みだよ」

 

「…………相手があたしで良かったわね、一夏」

 

「?何がだ?」

 

「何でもないわ」

 

鈴はややぶすっとした表情でそう答える。一夏が自身の事を大切な友人で幼馴染みとして捉えてくれている事は正直嬉しい。だが『ただの』という部分をやたらと強調して言われれば、いくら鈴といえど不機嫌にもなる。せめて『親友だ』くらいは言って欲しかったというのが鈴の本音だ。もちろん最高の返し方は「ああ、俺達付き合ってるんだ」と言ってもらうことだ。しかし、それを唐変木たる一夏に求めるのは酷な話で、一夏がただの幼馴染みと答える事も分かっている。何せ数年間の付き合いで、それを腐る程見てきたのだ。今更、そんな事に腹をたてて、癇癪を起こす程、鈴は子どもではないが、それでも不機嫌になってしまうの仕方のない事である。

 

「話は変わるけど、あんたイギリスの代表候補生、セシリア・オルコットよね?」

 

「はい。その通りです」

 

「セシリアは鈴と面識あったの?」

 

「いえ、直接お会いした事はない筈です」

 

「あたしも直接会うのは初めてよ。ただ情報として知ってただけ」

 

「例えばどんな感じの情報?」

 

「イギリスの大財閥オルコット家の当主にして、次のイギリスの国家代表に最も近い存在と言われているわ。確か『蒼天使』って二つ名もあった気がするわ。まさかIS学園に来ているとは思ってなかったけど、あたしってホントについてるぅ〜」

 

先程とは打って変わって、上機嫌な様子の鈴だが、その瞳は獰猛な野獣のようなものへと変化している。その様子からおそらく彼女は戦闘狂と呼ばれる人種である事が将輝達も理解した。

 

「それは些か買い被り過ぎというものですね。第一、わたくしよりも強い代表候補生の方は幾らでもいますわ」

 

「確かに現時点ではそうかもしれないわね。けど、あんたも知ってるでしょ?国家代表を決める制度」

 

「国家代表を決める制度?何だそれ?」

 

「はぁ………つい先日私が教えだたろう………。国家代表になるには二年に一度行われる代表候補生同士の試合で最も優秀な結果を収めたものが次の国家代表になるのだ。突然引退でもせん限り、二年間、そいつは国家代表というわけだ」

 

「あー………そういえば言ってたっけ」

 

二年周期で行われる国家代表を決める為の代表候補生同士の試合は国内でかなりの人気を誇るイベントで、テレビでは毎度、どの国も視聴率が八十パーセントを超える程のものだ。千冬のように突然引退でもしない限り、その制度で決まった国家代表は二年間国家代表となり、様々なIS競技に国の代表として参加する事になる。モンド・グロッソなどもその一つだ。

 

「ところで何であんたクラス代表になってないわけ?データ取りするならクラス代表になるのが一番手っ取り早いでしょうに」

 

兼ねてから鈴が思っていた疑問。クラス代表が将輝と聞いた時だった。一組に代表候補生がいるとは事前に知っていたし、その流れなのか、自分が二組に行くように調節されたというのも後から知った。初めはその上で将輝がクラス代表をしているのは押し付けられたか、或いはその代表候補生が弱かったかのどちらかだと思っていた。しかし、セシリアだと弱い所か強いくらいで振る舞いからしても他人に何かを押し付けるような人柄ではない。そのどちらでもないとなると、何故なのかと疑問を抱くのは当然といえる。

 

「それはわたくしが将輝さんに負けたから……ですわ」

 

「………は?マジで言ってんの?勝ったけど辞退したとかじゃなくて?」

 

鈴がそう思うのも無理はない。初めから全力で闘われていたのなら確実に将輝は敗北していたし、一次移行のタイミングがズレていても負けていた。基本他国の代表候補生に興味はない鈴だが、目ぼしい人間についてはチェックをしている。その中の一人であるセシリアの事ももちろん調べているし、数は少ないが、試合も見た。その時の機体はブルー・ティアーズではないが、それでも強かった。そんな彼女がISを動かして間もない男子にやられるというのは俄かに信じ難い話ではあった。

 

「まぐれだよまぐれ。第一セシリアが初めから全力だったら、瞬殺されてたって前に言ったじゃん」

 

「ですが、わたくしを下したというのもまた事実です。それにたらればの話をしても仕方ありませんわ」

 

「そうだぞ、将輝。何はともあれ勝ったのはお前なんだからな」

 

「それはそうだけど……」

 

セシリア自身の考えの上での戦いだったとはいえ、全力ではない相手に勝利をした事は男としてそう喜べたものでもない。それにクラス代表にしても将輝自身、やりたいとは思っていないし、今もセシリアがやれば良いのではと考えている。

 

「あ、鈴がフリーズしてる。おーい、鈴。帰ってこーい」

 

理由はどうであれセシリアが将輝に敗北したという事実に脳の情報処理が追いつかず、鈴はしばし呆然とするが、一夏の声で正気に戻る。

 

「ま、まぐれとはいえ、将輝はセシリアに勝ったのよね?」

 

「そうなるね」

 

「俄かに信じ難い話だけど……………まあいいわ。クラス対抗戦、楽しみにしてるから」

 

そう言った後、鈴はゴクゴクと豪快にラーメンの汁を飲み干す。レンゲを使って飲まないのは『女々しいし、何回も掬って飲むのが手間』だからだ。女々しいも何も鈴は女であるのだが、細かい事は気にしてはいけない。ラーメンを食べ終えた鈴は席から立ち上がり、片付けに行った。

 

(一夏に会いたくてこの学園に来たけど……………まさかイギリスの『蒼天使』にまぐれとはいえそれを打倒した将輝……ね。これはなかなか楽しめそうだわ)

 

自身のクラスの教室へと向かう鈴の足取りは軽い。予期せず出会った好敵手。獲物を見つけた獰猛な野獣はその瞳をギラつかせながら、一ヶ月後に行われるクラス対抗戦に胸を踊らせる。

 

(……ッ⁉︎な、何だ?急に寒気がしたな……風邪でもひいたかな?)

 

見事にロックオンされた将輝は背筋に悪寒を感じつつも、鈴と同様、クラス対抗戦について頭を悩ませるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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行き着くは同じ結末

 

放課後のアリーナ。陽は沈み、辺りもすっかり暗くなった頃、未だ将輝はISの訓練を続けていた。

 

今回は訓練機である『打鉄』を借りてきた箒の参戦により、何時ものアグレッシブな近接格闘戦ではなく、単純な技術による近接格闘戦を行う事が出来、より充実した訓練が行えた。

 

そしてその分、普段よりも疲労の色は濃くなるのは必然と言えるのだが、それでも将輝はISの訓練を続けていた。

 

(これじゃダメだ。もっと速く、鋭い一撃が撃てるようならないと)

 

手にした近接格闘武装である無想を振りながらそう考える。途中で急加速、急停止など基本的な動作を体に染み込ませるように織り交ぜながらの動きはかれこれ一時間以上続いている。かなり息切れもしているのだが、それでも止まることは無かった。だが、それもアリーナ使用時間が過ぎた事により終わりを告げた。

 

ピットに帰り、ISの展開を解除した将輝はのしかかってきた疲労にそのまま床に大の字に倒れる。すると倒れた将輝の顔にタオルがかかった。

 

「随分と遅くまで訓練をしていたな」

 

「………箒か。まあね、思うところがあったから」

 

何時もなら身体を起こすところではあるが、流石に今は無理なようで身体は四肢を床に放り出したまま、話す事にした。

 

「あまり無理は良くないぞ。身体を壊してしまう」

 

「分かってるって。でも俺みたいなタイプは多少無理しないと差は縮まらないからさ。一夏みたいに才能に恵まれてるといいんだけど、無い物ねだりは良くないから。ところで箒は部屋に帰らなかったの?」

 

「すぐに終わると思って、待っていたら結局一時間以上待たされる羽目になったんだ」

 

「あはは……ゴメンね」

 

「気にするな。私が勝手に待っていただけだ。謝る必要はない……………が、も、もし負い目があるというなら、こ、これから夕食に付き合え」

 

「は?別にいいけど………」

 

夕食くらいは何時でも付き合うのに、何故箒がそんな事を言うのかわからない。将輝は首を傾げるが、箒はそうかそうかと上機嫌に何度も頷き、喜んでいる。

 

「では早速行くか!」

 

「あー………箒?一緒に行く前にシャワー浴びていかない?」

 

かなり汗をかいていて、ISスーツはぐしょぐしょだ。身体はタオルで拭いたものの、汗臭さもあるだろう。九十九パーセント女子校たるこの学園で汗臭いまま過ごすのはよろしくないし、何より気持ち悪い。そう思って提案した将輝は提案したのだが、何故か箒は頬を真っ赤に染めて、激昂した。

 

「な、な、な、何を言っているんだお前は⁉︎」

 

「へ?いや普通の事だと思うんだけど」

 

「私とシャワーを浴びる事が普通だとでも言うのか⁉︎こ、この不埒者が!」

 

「いや、別にそうは言ってない。単に一緒に食堂に行く前にシャワーを浴びていこう……って言っただけなんだけど」

 

何処にも勘違いの要素はない筈なのだが、激昂した相手にはそう言うよりも普通に説明した方が効果的であるのは将輝は知っている。そして将輝の説明を受けた箒も頭の中で先程の台詞を反復する内に自分がおかしな勘違いをしている事に気付いた。というか、そもそも何をどう聞けばそういう間違いになるのか聞きたいレベルだ。

 

「………な、何故私はあんな変な勘違いを………」

 

「(俺は気にしてないから)俺は大歓迎だけどな」

 

「………本音と建て前が逆になっているぞ」

 

「…………………………………………鬱だ、死のう」

 

「ま、待て!ISを展開して首をはねようとするな!落ち着け!」

 

「何言ってるんだ、箒。俺は至って冷静つまりクールだ。だからこそ、セクハラ紛いの発言を詫びるには死あるのみ。我が命を持って、その罪を償「落ち着けと言っている!」うだらばっ⁉︎」

 

混乱に混乱を重ね、最早収集の付かなくなった将輝に対して、箒の正拳突きが腹部に叩き込まれる。将輝は突然腹部を襲った衝撃に身体をくの字に折り、床に転がり、沈黙する。

 

「……は!いかん!やってしまった。大丈夫か?将輝?」

 

「……なんとか」

 

いくら箒が女子とはいえ、鍛えられた身体から放たれた拳は一撃が凶器足り得る。ましてや気の抜けた身体なのだから、軽く胃の中の物をぶち撒ける所だ。将輝がぶち撒けなかったのは、そもそも胃の中が空っぽだった事と箒の前でそんな事は出来ないという根性があったからだ。そのどちらかの条件が満たされていなければ、目の前にはお花畑と金色に輝く滝(みたいなエフェクトがかかる)が口から出ていただろう。

 

「取り敢えずシャワー浴びてから箒の部屋の前に行くとするよ。女の子だから俺より時間はかかると思うし」

 

「そうしてくれ。私も極力急ぐ」

 

重たい身体を起こした将輝は箒と共に寮へと戻ると一旦別れ、自室へと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャワーを浴び終えた将輝は一夏と箒の同居する1025号室に来ていた。普段ならシャワーを浴び終えるとセシリアが髪を乾かしてくれている。偶に面倒くさがりな将輝は基本的に風呂上がりに髪は乾かさず、放置して乾くのを待つタイプなのだが、セシリアはそれを許さず、手間暇問わず世話を焼いている。だが今回に限っては部屋にセシリアがいなかった為、将輝の髪は適当にタオルで拭かれただけで、やや濡れている。

 

部屋の前に箒の姿がなかった為、ノックをしてから呼ぼうとしたその時、中から話し声が聞こえる。初めは一夏と箒が話していると思っていた将輝だが、聞き耳を立てているともう一人誰かがいるのがわかった。

 

(セシリアがいるのか?取り敢えず中に入ってみるか)

 

「一夏、箒。入るぞ」

 

ノックをした後、ガチャリとドアを開けた将輝は次の瞬間、驚くべき光景を目の当たりにした。

 

竹刀を持った一夏が鈴を相手に対峙していて、それを横で呆れた様子で眺めている箒。初見でみれば、襲っているのは確実に一夏と思うだろう。だが情けない声を上げたのは武器を手にしていた一夏の方だった。

 

「ま、将輝!助けてくれ!」

 

「どう見ても助けが必要そうなのは凰の気がするけど」

 

「あいつは中国拳法してるし、滅茶苦茶強いから助けなんていらないんだ。だから俺を助けてくれ!」

 

竹刀を構えた涙目の一夏にさながらハンターの笑みを浮かべた素手の鈴。確かに鈴の構えは武術的なものを感じさせるし、代表候補生ともなれば身体能力は高い筈だ。最近鍛え直しているとはいえ、一介の男子高校生には負けないかもしれないが、一夏が危険視しているのは其処ではなかった。

 

「あー箒、状況説明を頼む」

 

「私が部屋に帰ってきてすぐに鈴が部屋に来てな。何事かと思えば「部屋を変わってくれ」と頼まれたのだが、寮長は千冬さんだろう?だから断ったのだが、そしたら鈴が「じゃあ一夏を連れて行く」と言い出してな。一夏が拒否したらものだから、無理矢理連れて行こうとしてこうなった訳だ」

 

「成る程……………って、それ根本的に解決されてないよね?ようは一夏と鈴の同室の人をチェンジさせようとしてるんでしょ?それじゃあ箒と鈴が変わるのと同じじゃん」

 

「私もそう言ったのだが、聞く耳を持たんのだ」

 

将輝と箒がそうこう話しているうちにも鈴が一夏を取り押さえ、意識を刈り取る為の一撃を放とうと試みている。一夏は何とかそれだけはさせまいと必死に抵抗しているが、徐々に押され始めていた。

 

「一夏、無駄な抵抗はやめなさい。大丈夫、痛くしないから……!」

 

「絶対痛いだろ……!ていうか、お前が諦めろぉぉぉぉ……」

 

「諦める?そんな言葉、あたしの辞書にはないわ!」

 

「言ってる事はかっこいいが、状況が状況だけになんとも言えないな」

 

「何ていうか、男らしいな」

 

「二人とも見てないで助けてくれよ⁉︎」

 

そろそろ一夏の腕がプルプルとし始めたので、流石にヤバいと思った二人は鈴を引き離す。鈴の方も疲弊していたお蔭か、以前の時よりも簡単に引き離す事には成功したのだが、未だ鈴は一夏を捉えていた。如何にかして、現状を打破しようと模索する一夏はここである事を思い出した。

 

「そ、そういえば、小学校の頃に約束してたよな」

 

「約束?約束ーーーーーーあ」

 

一瞬訝しんだ鈴だったが、何かを思い出した瞬間、ハンターの笑みが引っ込み、変わりに顔を真っ赤にして、顔を伏せた。それでも臨戦態勢を崩さない辺りが流石としか言いようがない。

 

「お、覚えてるの……一夏」

 

「あれだろ?『あたしの料理の腕が上達したら、毎日酢豚を食べてくれる?』ってやつだろ?覚えてるぞ」

 

そう言ってうんうんと自身の記憶力に感心する一夏。過去の自分の言葉が復唱された事で鈴の顔は湯気が出る程に真っ赤になっていた。昔の約束で、その相手が一夏ともなればしっかりと覚えられている事などないだろう。そうたかを括っていた鈴にとって、これは嬉しい誤算であると同時に将輝と箒がこの場にいる事が悪い誤算でもあった。もし二人きりであれば、勢いに任せて告白する事も出来たかもしれない。だがいくら破天荒で羞恥心が殆どない鈴でも、一応花も恥じらう十代乙女。恋愛沙汰ともなれば、恥ずかしいのは当然といえる。

 

「あれって日本でいう所の『毎日味噌汁を〜』的なやつか?いや、もしかしたら俺の深読みって可能性もあるが」

 

「……………」

 

「もしそうだったとしたら、つまり鈴は俺の事がーーー」

 

「あ、あたしお外走ってくる!」

 

逃げた。それも凄まじい早さで。

 

凰鈴音。ありとあらゆる環境において鉄のメンタルを持つ少女。だがしかし恋愛ごとには滅法弱かった。

 

「………………晩御飯食べに行くか」

 

「……………そうだな」

 

別に二人には何の罪もないのだが、尋常じゃない罪悪感を感じた二人は無言でその場を後にし、残ったのは正史と違って約束を覚えていたのに、結局同じ様に放置された一夏だけだった。

 

 



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急転直下の対抗戦

 

五月。

 

あれから数週間経った今も、鈴は一夏を避けていた。一夏に会いに行く事などまずないし、話しかけても全速力で逃走するばかりだった。そんな鈴の対応に一夏は「何かマズい事を言ってしまったのでは?」と頭を悩ませているが、実際のところ、一夏には何の非もない。それどころか花丸をあげてもいいレベルだ。何せ、鈍感で唐変木な彼が女子との約束を間違えずに覚えていたのだから。彼をよく知る箒や正史の流れを知る将輝からすれば目が飛び出るかと思う程の変化だ。今の彼に告白すれば「付き合う?いいぞ。で、何処に買い物に行くんだ?」などという予想の斜め上珍回答で玉砕される事はないかもしれない。

 

「将輝、来週からいよいよクラス対抗戦だな。アリーナは試合用の設定に調節されるから、実質特訓は今日で最後になるが………私は役に立てたか?」

 

「ああ。一夏とじゃ特訓というか、アグレッシブなアトラクションみたいになるから。基礎も何もなくなる」

 

将輝と一夏の近接特訓ははっきり言って無茶苦茶であった。代表候補生であるセシリアもびっくりのテクニックを見せたかと思えば初心者のようなミスをする。基礎も応用も何もない特訓からは当然ながら鍛えられるものは限られている。対して箒との特訓は一夏のようなアグレッシブさはないものの、基礎や応用がしっかりと身に覚えさせる事が出来た。そのお蔭で簡単なミスをする事はかなり減り、基本動作はより正確なものとなっていた。

 

箒との近接戦闘特訓とセシリアとの中距離戦闘特訓。これにより近中距離での戦闘法はかなり身についたと言える。しかし、将輝の不安は募るばかりだ。何せ、相手は代表候補生たる鈴なのだから。其処は原作通りでなくとも良かったと常々思うところではあるが、ボヤいてばかりもいられない。もしクラス対抗戦の流れ全てが正史に忠実であれば、その後にはもれなく無人機による襲撃が待っている。来ない可能性もない訳ではないが、それなりに心構えは必要だ。

 

(まあ四人がかりなら何とかなるか。原作よりセシリアが強い分、一夏の成長度合いも高いし、俺が時間さえ稼げば一撃で叩っ切れるだろう)

 

「将輝さん。今日は基礎を徹底しつつ、昨日のおさらいをしましょう」

 

第三アリーナのAピットのドアセンサーに触れ、指紋と静脈認証によって圧縮空気の抜ける音と共にドアが開かれる。

 

「ま、待ってたわよ!一夏!」

 

ピットにいたのは何と鈴だった。言葉を詰まらせがらもビシッと一夏に指をさして、不敵な笑みを浮かべている。つい先日までは自ら避けていたにもかかわらず、どういった心境の変化なのか。

 

「凰さん。貴方もクラス対抗戦前の特訓ですか?」

 

「違うわ。さっきも言ったけどあたしは一夏に用があるの」

 

「一夏……にか」

 

チラリと箒は一夏の方に視線をやる。それはおそらくどういう反応をしているのか、確認したのだが、一夏はスッと前に出て、鈴の目の前に立った。

 

「鈴……」

 

「な、何よ」

 

真剣な表情で名前を呼び、深呼吸をする。状況を飲み込めていないセシリアはともかく、将輝と箒はごくりと固唾を飲んで見守っている。すると一夏が斜め45度。頭を下げた。

 

「悪い。俺が変な勘違いした所為で鈴を怒らせちまった。この通り、謝るから機嫌を直してくれ」

 

頭を下げたまま、手を合わせ許しを乞う一夏。彼がこういう行為をした事も驚きだ。何せ女子が「放っておいて」と言えば「おう」と返答する人間なのだ。それがこうして謝罪に出るというのは二度連続で起きた奇跡のようなものだ。

 

急に謝られた事に目を丸くする鈴。そして「何だやっぱり一夏か」と呆れる将輝と箒。展開が更に読めなくなった所為で頭の上に?マークを増やすセシリア。その中で頭を下げたままの一夏とかなり展開がカオスになり、初見なら「何やってんだ、こいつら?」となりそうだ。

 

「な、なんであんたが謝るの?」

 

訳も分からず混乱した鈴だが、相変わらず蘇生は早かった。

 

「いやな。前に約束の事で話をしただろ?あの時『俺が「毎日味噌汁を〜」的な意味か?』って聞いたら、鈴が顔を真っ赤にして部屋から出て行ったから。怒りのあまり飛び出して行ったのかと思って」

 

一夏の言葉を聞いた瞬間。話に取り残されていたセシリアは納得し、それと同時に同情と憐れみを含んだ視線を鈴へと向けていた。

 

「べ、別に怒ってないわよ。ま、前のは………一夏が覚えてるなんて思ってなかったから」

 

「ん?後の方が聞き取りづらかったんだが……」

 

「な、何でもないわよ!取り敢えず怒ってないから謝らなくていいの」

 

「鈴がそういうならいいけど……………じゃあ俺に用ってのはなんだ?」

 

「そ、それは………」

 

再度、鈴は顔を赤くして俯き、肩を震わせる。だが今度は逃げ出さなかった。勢い良く顔を上げ、一夏に指をさして、ハッキリと宣言した。

 

「クラス対抗戦に優勝したら、約束の答え。ちゃんと寄越しなさいよ!」

 

言いたい事を言い切ったのか、鈴はそのまま走り去る。どうやら凰鈴音という人間は走るのが好きなようだ。何せ退場する時はいつも走っているのだから。

 

宣言を受けた一夏はというと……。

 

「結局約束の本当の意味ってなんなんだ……?」

 

未だに合っている筈の約束の意味を考え、迷走していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合当日。第二アリーナ第一試合。組み合わせは将輝と鈴。

 

噂の新入生同士の戦いとあって、アリーナは全て満席。それどころか通路まで立っている生徒で埋め尽くされていた。会場入り出来なかった生徒や関係者は、リアルタイムモニターで鑑賞している。

 

まるで人気アイドルのライブだなと呑気な事を考えた将輝だが、視線と警戒は目の前でIS『甲龍(シェンロン)』を纏って待機している鈴に向けられている。名前の読み方から七つの球を集めると願いを叶えてくれるあれを連想してしまいそうだ。

 

『それでは両者、規定の位置まで移動してください』

 

アナウンスに促され、将輝と鈴は空中で向かい合う。その距離は五メートル。ISとの戦闘では殆ど零距離に近い。その距離で将輝と鈴は開放回線で会話をする。

 

「イギリスの代表候補生を倒したあんたの実力。見させてもらうわよ」

 

「お手柔らかに頼むよ。中国の代表候補生さん」

 

「安心しなさい。あたしは最初から最後まで全力よ」

 

何処に安心できる要素があるのか。だが少なくとも、勝敗に関わらず、試合後の気分は悪くない事は確かだろう。

 

『それでは両者、試合を開始して下さい』

 

ビーッと鳴り響くブザー、試合開始と同時に将輝と鈴は動いた。

 

ガギィンッ!

 

瞬時に展開した《無想》が物理的な衝撃で弾き返される。自身が攻撃するよりも早くに攻撃をされるのは想定の範囲内だった将輝は別段態勢を崩す事もなく、鈴を正面に捉える。

 

「初撃を防ぐなんてやるじゃない。ま、これくらいは出来てくれないと面白くないけどね♪」

 

鈴は手にしていた青竜刀と呼ぶにはあまりにもかけ離れた形状をした大型のブレードーーー《双天牙月》をバトンのように振り回す。両端に刃のついた、というよりと刃に持ち手がついているそれを、縦横斜めと自在に角度と威力を変えながら斬り込んでくる鈴。しかも、高速回転している分、捌くのは非常に苦労する。

 

(やっぱり強い……!でも甲龍の本命はこれじゃない)

 

「隙だらけよ!」

 

(来たっ!)

 

ぱかっと甲龍の非固定浮遊部位がスライドして開く。それと同時に将輝はその場を離脱すると、中心の球体が光り、見えないナニカが足元ギリギリを通過した。

 

「どりゃ!」

 

回避した勢いのまま、将輝は《無想》を振るうが、《双天牙月》により阻まれる。

 

(このまま長期戦になれば、圧倒的に俺が不利……………どうしたものか)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだあれは……?」

 

ピットからリアルタイムモニターを見ていた箒が呟く。先程からモニターの向こう側では将輝がナニカを避けるように動いている事に疑問を感じた箒に同じくモニターを見つめるセシリアが答えた。

 

「『衝撃砲』ですわね。空間自体に圧力をかけて砲身を生成、余剰で生じる衝撃自体を砲弾化して撃ち出す。ブルー・ティアーズと同じ第三世代型兵装ですわ」

 

「という事は飛んでくる衝撃は……」

 

「ええ。当然ながら見えませんし、砲身から軌道を予測するのも不可能………の筈ですが……」

 

「全て躱しているな。将輝は」

 

将輝は放たれる衝撃砲を全て躱している。初撃以外なら百歩譲って有り得るかもしれないが、初見殺しの衝撃砲を初撃すらも躱している。箒からすれば将輝の方が一枚上手だったと考える事もできるが、代表候補生たるセシリアから見ればはっきり言って異常だ。前情報なしであのタイミングの衝撃砲を躱す事など自身でも不可能だというのに、将輝は無理矢理ながらも躱して見せたのだ。

 

(まぐれ……と将輝さんは言うでしょうね。けれどあの動きは明らかに見て避けた……見えない砲身と砲弾を)

 

(将輝…………)

 

箒が将輝の無事と勝利を祈り、セシリアが眉を顰め、考えている時、モニターの向こう側に変化が訪れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よく躱すわね。衝撃砲《龍咆》は砲身も砲弾も見えないのが特徴なのに」

 

そう言って不敵に笑ってみせる鈴だが、心中は其処まで穏やかではなかった。しかし焦っている訳でもなかった。

 

初見殺しの衝撃砲。知らなければまず避けられる者はほぼいないと言っていいタイミングで放った《龍咆》がたかだかISを起動させて一月しか経っていない男子に躱された。これ程までに異常な状況でもまさか自分が笑っているという事にもつくづく驚きだった。

 

第三世代型兵装たる衝撃砲が当たらない、という事実にすら鈴は喜びを見出していた。それほどまでに目の前の男子は強い。そう思うだけで鈴は自身の感情がどんどんと昂るのを感じた。

 

(これは堪らないわね!)

 

《龍咆》からマシンガンのように見えない砲弾が放たれる。連射の方を優先しているため、威力は低いものの、一度当たってしまえば、何発ももらってしまうのは目に見えている。その為、低い威力のものも将輝は完全に避けるようにしていた。

 

(いくらわかっていても、砲身も砲弾も見えない、おまけに砲身斜角も殆ど制限なしで撃ってくるから反撃の隙が見出せない。かと言ってダメージ覚悟で突貫してもそれはただの無謀だ。戦術でもなんでもない…………となるとあれを使うか?成功率は五分と五分。賭けとしては悪くない……けど失敗すれば負けは確実だな)

 

とはいえ、そうしなくてもその内負けてしまうのも事実。逃げ回った挙句、負けてしまうのでは話にならない。勝てるのであれば、逃げ回るのも一つの手ではあるが、負けてしまうのでは意味がない。ましてや、これだけの衆人環視の中で、そんな負け方だけはしたくはない。

 

(なら賭けに出るか!)

 

衝撃砲を躱しながら、射程を徐々に短くする。何かを仕掛けてくる。そうわかった鈴は連射速度をあげるが、それは同時に当たった時のダメージも下がり、特攻を可能にさせる事になった。

 

それを将輝は見逃さなかった。

 

瞬時加速(イグニッション・ブースト)』。特訓期間中、将輝はセシリアにこの技を教えてもらっていた。言い出したのはセシリアではなく将輝で、近接武装を主とする将輝には必要な技能である。最初は十回して一回成功すれば良い方ではあったが、今では五分と五分。そして此度賭けに勝ったのは将輝だった。

 

急激な加速によるGで意識がブラックアウトするのをISの操縦者保護機能が防ぐ。

 

「うおおおおおっ!」

 

一度しか使えない奇襲。白式の零落白夜のように高火力の一撃を将輝は持ち合わせていない。正確には一段階劣るものを持っているが、どういう訳か特訓期間中もそして今も発動出来ていない。となると必然的に奇襲によるダメージは微々たるものになってしまうが、何も将輝とて考え無しというわけではない。これはあくまで攻撃というより、イベントのようなものだ。

 

(もし、あいつが何かを仕掛けてくるなら、これが合図になるはずだ!)

 

無想の刃が鈴に届きそうになった瞬間、爆音とともに大きな衝撃がアリーナ全体に走った。



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その身に宿すは漆黒の意志

ズドオオオオオンッ!

 

爆音とともにアリーナ全体に衝撃が走り、ステージ中央からもくもくと煙が上がっている事から、先程の衝撃は『それ』がアリーナの遮断シールドを貫通して入ってきた衝撃波だという事がわかる。

 

『ステージ中央に熱源。所属不明のISと断定。ロックされています。

 

「チッ。やっぱり来たか」

 

ISのハイパーセンサーが告げる緊急通告に舌打ちする。

 

アリーナの遮断シールドはISと同じもので作られている。それを貫通するだけの攻撃力を持った機体にロックされているというのはかなりマズい状況だ。だが、戦えなくはない。

 

将輝が危惧していたのはISのエネルギーが尽きかけの状態で乱入されること。そんな状態で高火力のISと戦うというのは自殺行為。しかし、今エネルギー残量は先程の衝撃砲の嵐で減ったとはいえ六割残っている。鈴も同じくらいは残っていると計算すれば、充分に戦える。

 

「将輝」

 

「鈴。悪いけど、俺は逃げないぞ」

 

「そ。ならいいわ」

 

「え?」

 

てっきり逃げろとでも言われるかと思っていたが、鈴は将輝の返答に対して否定どころか、肯定的な返答を寄越す。それが意外だった将輝は場違いな間の抜けた声を上げた。

 

「何、間抜けな声出してんのよ、『あれ』と戦うんでしょ?」

 

「あ、ああ」

 

「多少の無謀はその心意気に免じて目を瞑ってあげるわ。どうしても退けない理由があるんでしょ?それに考え無し………ってタイプでも無さそうだし」

 

「考えはある………けど、時間がかかる」

 

「時間稼ぎ………か。あたしのしょうに合わないわ。だからこうしましょう、取り敢えずあんたとあたしで『あれ』を倒しに行く。制限時間はあんたの作戦時間まで………どう?悪い話じゃないと思うけど?」

 

「わかった。それでいこう」

 

「来たわよ!」

 

煙を晴らすかのようにビームの連射が放たれる。二人はそれを難なく躱すと、その射手たるISがふわりと浮かび上がってきた。

 

その姿はまさしく異形。深い灰色をしたそのISは手が異常に長く、つま先よりも下まで伸びている。おまけに首というものがなく、肩と頭が一体化しているような形をしている。腕を入れると二メートルを超える巨体は、姿勢を維持するためなのか全身にスラスター口が見て取れ、頭部には剥き出しのセンサーレンズが並び、腕には先程のビーム砲口が左右合計四つ存在しているが、何より特異なのが『全身装甲』だった。

 

通常、ISは部分的にしか装甲を形成しない。何故か?必要ないからだ。防御は殆どがシールドエネルギーによって行われている。故に見た目の装甲というのはあまり意味を持たない。防御特化ISであれば物理シールドを搭載しているものもあるが、肌を一ミリも露出していないISなど存在しない。だか現に目の前には全身装甲のISが佇んでいるので、つい先程までは。と言った方が正しい。

 

『藤本くん!凰さん!今すぐアリーナから脱出してください!すぐに先生達がISで制圧に行きます!』

 

割り込んできたのは真耶だった。いつもより焦った口調だというのに、声には何時もよりずっと威厳がある。

 

「いえ、先生方が来るまで時間がかかります。もし俺たちがピットに戻って、他の生徒に被害が出たらダメだ。だからここは俺たちで食い止めます」

 

『藤本くん⁉︎だ、ダメですよ!生徒さんにもしもの事があったらーーー』

 

「すみません。切ります」

 

将輝は真耶からの通信を一方的に切り、目の前のISに集中する。敵ISは体を傾けて突進してくる。それを回避し、反撃するが腕に阻まれる。敵ISは《無想》ごと将輝を殴り飛ばそうとするが、それよりも前に横殴りに見えない衝撃に吹き飛ばされ、数メートル先で態勢を立て直す。

 

「あたしを無視するのはいただけないわね」

 

「助かったよ、鈴」

 

「どういたしまして。それよりあの木偶人形さっさと片付けましょう。今回だけはあんたの動きに合わせてあげる」

 

「そいつは頼もしい。じゃあ、行くよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもし⁉︎藤本くん⁉︎凰さん⁉︎聞いてますか⁉︎」

 

ISのプライベート・チャネルは声に出す必要性は全くない。だがそんな事を失念するくらい真耶は焦っていた。それもそうだろう。教え子たる生徒が危険な状況なのだ。教員である真耶が焦るのは当然の事だ。

 

「本人たちがやると言っているのだから、やらせてみてもいいだろう」

 

「お、お、織斑先生!何を呑気な事を言っているんですか⁉︎」

 

「それに藤本の言っていた通りだ。今、あいつらを戻せばあのISによる被害は甚大なものになるかもしれない。教師として、生徒を危険な場に立ち会わせるわけにはいかんが、今はこれが最良の手だろう」

 

「先生。ISの使用許可さえいただければ、すぐにでも出撃出来ます」

 

「そうしたいところだがーーーこれを見ろ」

 

千冬はブック型端末の画面を数回叩き、表示されている画面を切り替える。その数値はアリーナのステータスチェックだった。

 

「遮断シールドがレベル4に設定……?しかも扉が全てロックされている?これではーー」

 

「ああ。避難することも救援に向かう事も出来ないな」

 

実に落ち着いた様子で話す千冬だったが、よく見るとその手は苛立ちを抑えきれないとばかりにせわしなく画面を叩いている。

 

(何もかも、藤本の言う通りだ)

 

緊急事態として政府に助勢を要請した。三年の精鋭達にシステムクラックもさせているが、遮断シールドが解除出来なければ、結局そのどちらも時間がかかる。それでもし将輝達を引っ込めれば、敵ISが生徒たちに危害を加えるかもしれない。ならばかなり危険な賭けになるが、あの場にいた将輝と鈴に任せるほかなかった。何もかも将輝の言う通り。故に千冬は引っかかる。何故こちらの状況がわかったのかと。

 

「………ああ。わかった、すぐに準備する」

 

「織斑?誰と話をしている?」

 

「ちふ……じゃなかった。織斑先生、俺行ってきます」

 

「待て、織斑!」

 

千冬の制止も虚しく、一夏はピットを後にする。

 

弟の突然の行動に手を頭に当て、溜め息を漏らす。ああいう所は昔から変わらない。それが一夏が他人を惹きつける魅力ではあるのだが、それと同時に危険な目に遭っている以上、姉としては心中穏やかではない。

 

「あれ?織斑先生。篠ノ之さんとオルコットさんは……」

 

「オルコットならあの馬鹿の後を追いかけていったが………」

 

バレないように静かにピットを抜け出したセシリアだったが、案の定千冬にはばれていた。そしてそれより以前からピットから姿を消してきた箒もだ。

 

それに気付いた真耶はさらにわたわたと焦るが、千冬は対照的にさっきまでと違う鋭い視線をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どっせい!」

 

鈴は《双天牙月》を振るい、敵ISに攻撃を仕掛ける。

 

大振りに振るわれる一撃はかわされれば、絶対的な隙ができ、鈴はそれを絶対にかわされないような速度と角度で攻撃しているのだが、それはあくまで通常のISであればの話だった。

 

普通なら躱す事は出来ず、防御するしかない攻撃を敵ISは全身についた桁違いの出力のスラスターで零距離から一秒とかからず離脱する。例えどれだけ注意を引こうとも、必ずどちらの攻撃にも反応して回避を優先するのだ。

 

にも関わらず、敵ISにダメージを通せるのは思いの外将輝と鈴の相性が良い事と鈴のIS操縦技術が高い事に他ならない。互いが互いの隙を埋めるように動いている事もあって、エネルギーはまだ半分を切った辺りだ。

 

「将輝、離脱!」

 

「わかってる!」

 

敵ISは回避した後、すぐに攻撃に転じる。しかもその方法は無茶苦茶で、でたらめに長い腕をブンブンと駒のように振り回しての接近だ。おまけに高速回転状態からビーム砲撃を行うのだから余計にタチが悪い。

 

「時間まで残り二分くらいかな。それまでに『あれ』倒せると思う?」

 

「ちょっと厳しいわね。ま、出来なくはないけど」

 

「無理して倒す必要もないし、残り二分は時間を稼いで、あいつが来るのをーーー」

 

待つだけだ。そう言おうとした時、アリーナのスピーカーから大声が響き渡る。

 

「将輝っ!」

 

キーン……とハウリングが尾を引くその声はまさしく箒のものだ。

 

「な、なんで其処にいるんだ……」

 

アリーナに立っているのは織斑一夏じゃない。藤本将輝だ。なのに何故ここに来たんだ、と将輝は思う。一番ありえないと思っていた侵入者の一件で起こる最悪の事態が目の前で起こっていた。

 

「男なら………男なら、そのくらいの敵に勝てなくてなんとする!」

 

大声。またキーンとハウリングが起こる。その表情には怒りとも焦りとも見える不思議な様相をしていた。

 

ゆっくりと敵ISが館内放送の発信者に興味を持ったように将輝達からセンサーレンズを逸らし、じっと箒を見つめ、そして砲口のついた腕を箒へと向けようとしていた。

 

「おい」

 

だがそれよりも遥かに将輝の行動の方が速かった。『瞬時加速』で離れていた距離を一気に縮めた将輝は《無想》を振りかぶり、敵ISの胴体へと叩き込んだ。全く無駄の無い動作に鈴はおろか馬鹿げた回避性能を誇る敵ISすらも反応が追いついていなかった。

 

「その薄汚い鉄の塊を箒に向けやがって………………絶対バラす」

 

普段は穏やかな瞳に明確な殺意が宿る。最も目の前の侵入者にはそもそも()()()()()()()()のだが。どちらであろうと関係ない。

 

夢幻の主武装たる《無想》も主の迸る殺意に呼応するかのように形状を変化させ、高周波の金属音を響かせる。

 

つい先程までは時間を稼ごうと画策していた将輝だが、それもやめた。箒が原作通りの動きを取るという可能性を想定していなかった自身にも非はある。だがそれよりも許せない。その無機質な敵意を戦う術を持たない箒に向けた事、それをよりにもよって自身の前で行おうとした事、何より攻撃する意志があったかどうかはわからないが、黒幕である人物が矛先を一瞬でも自身の肉親に向けた事が許せない。可能性厨の彼女ならば、今の将輝の行動は予測の範囲なのかもしれない。将輝の底力を引き出す為にわざとそういった手法を取ったのかもしれない。が、たかだかそんな事のために箒を危険に晒した、と将輝は考えると更に怒りと殺意が湧き出てくる。

 

将輝は身を低くして、加速の態勢に入る。それに向けて敵ISは両手からビーム砲撃による牽制を行おうとするが、それよりも僅かに早く将輝が肉薄する。

 

砲撃される前に懐に入り込んだ将輝は下段の構えから斬り上げようとする。だが、敵ISは今まで通り全身にあるスラスターでその場から離脱する。

 

「逃がすわけないだろ、木偶人形」

 

離脱する事など想定済みだ。と言わんばかりに離脱に合わせて将輝がさらに加速する。回避した後、すぐに攻撃に転じる敵ISも回避が反撃に切り替わる僅かなロスに付け込まれた所為で、ここで初めて防御の選択を取った。

 

ここで形状変化をした《無想》が真価を発揮した。高速で振動する刃は敵ISの腕に触れると、甲高い金属音を響かせながら、刃を食い込ませたかと思うと、勢いそのままに敵ISの右腕を断つ。

 

ゴトリと落ちたISの腕を見て、パニックに陥っていた生徒達が絶句する。肘と思しき位置から断たれたISの腕装甲。どれだけ長くとも、人の手首より先は確実に切断されている筈だというのに、そのISは切断面から血を流すどころか、肌を露出させていなかった。つまりそれはこの機体は()()()()()という事実の証明に他ならない。

 

だがそれはあり得ない。ISは人が乗らなければ動かない。それが現代におけるISの常識だ。しかし、それはあくまで公にされている情報では、というだけの話だ。最先端の技術でそれが不可能とはわからない。そしてその最先端の技術と科学力を誇る人物は世界から雲隠れしている。ならば現代の常識など何時覆されてもおかしくはない。

 

無人機は腕を斬り落とされた事など気にも留めず、そのまま空いている左腕で将輝を殴りつける。将輝はその場で体を捩ると振るわれた左拳を躱し、捩った勢いで無人機の頭部に回し蹴りを叩き込み、よろけた所に更に一太刀浴びせる。すると無人機は切断面からISの確たるコアを露出させる。将輝は其処へ向けて《無想》をすかさず投擲するが、回避されてしまう。

 

これで将輝の攻撃手段は無くなった。主武装を失った将輝に無人機は矛先を向けられ、今まさに砲撃されようとしたその時。

 

ギンッ!

 

縦一閃。

 

無人機の左腕が宙を舞った。将輝の手には《無想》は握られていない。鈴の《双天牙月》では一撃の元に斬り落とす事など出来はしない。では誰がしたか?迸るエネルギーの刃を持った刀を持ち、無人機の左腕を一刀の元に斬り捨てたのはーーーーーー

 

「待たせたな、将輝」

 

その身に『白式』を纏わせ、『零落白夜』を発動させた《雪片》を握った織斑一夏だった。あまりにも出来過ぎたタイミングで現れた一夏に将輝は溜め息を吐いた。

 

こうなるように演出した訳ではない。作戦ならばつい先程破棄した。時間もまだ二分経ってはいない。何より無人機を自らの手で屠ると決めた以上、一夏に任せる気などなかった。故にこの絶妙と言えるタイミングで無人機の左腕を斬り落とした一夏の出現は完全な偶然だった。

 

両腕を失い、攻撃手段を無くした無人機は残るスラスターを吹かせ、その場から離脱しようとする。それを追いかけようとする将輝と一夏だが、まだ無人機の方が僅かに速く、距離が離されていく。

 

無人機が自らの開けた穴から今にも脱出しかけた時、一筋の閃光が無人機の頭部を撃ち抜いた。それにより、無人機はその身を硬直させる。

 

「トドメだ」

 

硬直した僅かな時間の間に無人機との距離を詰めた将輝は剥き出しのコアに貫手の要領で突きを放った。放たれた突きは吸い込まれるようにコアの中心部へと突き刺さった。

 

「ありがとう、セシリア」

 

「もしもの時の為に準備をしていた甲斐がありましたわ」

 

そう答えたのは今し方客席から見事無人機の頭部を撃ち抜いたセシリアだった。

 

「これで終わり、ですわね」

 

「ああ。後はこれを先生方に……ッ⁉︎」

 

将輝は驚愕する。コアを破壊され、最早ただの鉄屑と化した筈の無人機。それだというのに、自身のISのハイパーセンサーが告げてきたのは『敵IS内部、エネルギー急上昇を確認!警告!後数秒で自爆します!』という言葉だった。

 

腕は抜けない以上、巻き込まれるのは必至。何より爆発の規模がわからない以上、腕を引き抜くよりも先にこの場から離れなければならない。将輝は無人機の開けた穴からアリーナを抜け出す。

 

刹那、将輝の視界が真っ白に包まれた。

 

 



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一件落着

 

「うっ…………?」

 

全身の痛みに呼び起こされ、将輝は目を覚ました。

 

状況がわからず、周囲を見回すと其処が保健室である事がわかる。何せ、先月に一度お世話になっているからだ。

 

カーテンで仕切られた空間は狭いゆえに息苦しさを感じさせるが、それと同じく安堵を感じる。広過ぎる空間より狭い空間の方が落ち着くのは人の常だろう。割とどうでもいいが、将輝は狭い空間の方が好きだ。

 

ぼんやりとしつつも、落ち着いた意識の中で将輝は情報を整理する。

 

(身体が痛いって事は爆発には巻き込まれた。けど、生きてるって事はあんまりえげつないものじゃなかったって事だよな……)

 

もしアリーナを巻き込む程のものであれば、絶対防御があったとしても確実に死ぬ。運が良くて死体が残る程度だろう。地味に自身が生と死の境界線に立っていた事に身震いする。

 

「気がついたか」

 

確認を取る前にシャッとカーテンを開いたのは教員の織斑千冬だった。開けるのは一向に構わないが、せめて確認くらいはしてほしいというのが、将輝の心情だ。

 

「身体に致命的な損傷はないが、全身に打撲に筋肉痛、それと火傷もある。おまけに骨も何本か折れたり罅が入っている。当分は地獄だろうが、まあ慣れろ」

 

「はは……どうりで痛い訳だ」

 

千冬の言う通り、体の至る所から鋭かったり、鈍かったりする痛みが周期的に襲ってくる。これでは当分、いつも通りの生活は困難になる事は明白だった。

 

「しかしまあ、よく死ななかったものだ。絶対防御があったとはいえ、零距離でISの自爆に巻き込まれて、それで済んだのは最早奇跡としか言えんな」

 

「奇跡を呼ぶ男ですからね、俺は」

 

「減らず口が叩けるのなら、授業の方も受けられそうだな」

 

「まあISを動かすのは無理ですけど、それ以外ならある程度は」

 

「そうか。では、私は後片付けがあるので、仕事に戻る。お前は明日までここで安静にしていろ、いいな」

 

それだけ言い残すと千冬はすたすたと保健室を立ち去った。相変わらず仕事には真面目な人間だ。それを一割でもプライベートに回す事が出来れば、全てにおいて弱点のない女性になれるのだが。彼女が家事が出来ない事もある意味では魅力であり、需要もあるので、なんとも言えない。因みに需要があるのは専業主夫の方々。

 

「あー、ゴホンゴホン」

 

千冬と入れ違いに誰かが入ってくる。しかし、そのわざとらしい咳払いは名前を言っているようなものだ。

 

「やあ、箒」

 

「う、うむ」

 

半分だけ開いていたカーテンから顔を見せたのは箒だった。だがその顔は半分しか見せておらず、身体もほとんどカーテンに隠している。だというのにあれ程明確に自身が来たという事をアピールしたのは何故なのだろうか。

 

「どうしたの?」

 

「そ、そのっ、だな……」

 

何時もはきっぱりというのに、何故だか妙に歯切れが悪い。視線も泳いでいるし、それはまるで親に怒られている子どものようだ。

 

「すまなかった!」

 

「ぎゃふん⁈」

 

カーテンから手を離し、勢い良く頭を下げて謝る箒。綺麗に九十度下げられた頭は見事将輝の頭頂部へと下ろされ、ズタボロの将輝に危うくトドメをさしかけた。

 

「ま、将輝!大丈夫か⁉︎」

 

「…………こ、今回は大丈夫じゃないかも……」

 

(うぅぅ………何故何時も行動が裏目に出てしまうのだ……)

 

テテテッテテーン‼︎箒はドジっ娘属性Lv1を身につけた‼︎

 

「……………何かもの凄く不名誉なことを言われた気がする」

 

「どしたの箒?」

 

「いや、何でもない…………そ、それよりもだっ!」

 

ずずいっと箒は顔を将輝のすぐ目の前まで近づける。

 

「な、な、何かな……?」

 

「怪我の方はどうなのだ⁉︎さっき千冬さんに聞いたが「本人に聞けばいいだろう」といって教えてくれなかったのだ」

 

「えーと…………軽い打撲と火傷だけだよ。二、三日安静にしてれば大丈夫だって」

 

「そうか…………それは良かった」

 

実際は骨折しているのだが、心配させまいと強がって言ったのが功を制した。

 

「時に箒は何で俺に謝ろうとしたの?」

 

「私が軽率な行動を取った所為で将輝を危険な目に遭わせてしまったんだ。謝るのは当然だ」

 

軽率な行動とは先程の一件で箒が中継室を無断使用して叫んだあの事だ。確かにあれが原因で将輝は作戦を破棄して、単独で無人機と戦闘し、紆余曲折を経て倒した結果、こうして保健室のベッドの上にいるのだが、将輝としてはそれの何処に謝る要素があるのかと寧ろ問い返したい程であった。

 

「う〜ん。イマイチ謝られる理由がピンと来ないけど、確かにあれは軽率だね。もし、箒に何かあったら大変だから、これからはああいうのは慎むように」

 

「わ、わかっている…………。今後はああいった行動はしない……」

 

「それなら良いんだ。はい、これでお終い」

 

「相変わらずこういう事にはサバサバしているな。普通ならもっと気にすべき事だと思うのだが」

 

「しんみりした空気は好きじゃないから。それに俺も今回は反省しなきゃいけない事もあるし」

 

反省すべき点は幾つもあった。原作よりも本筋が大きく逸れた事で原作と同じ事は起こるまいと何処か安心しきった結果、箒の行動を予測出来ていなかった。無人機もコアさえ潰せば自爆はしないと決めつけてしまっていた。周囲が強かったお蔭で任せてしまえば、それで何とかなると高を括ってしまっていた。その結果が危うく自身の命を落としかねない事態になった。

 

「とにかく、俺は大丈夫だから。心配してくれてありがとう」

「と、当然だっ!ま、将輝は私の…………た、大切な……」

 

「?ごめん。後半の方がよく聞こえなかったんだけど」

 

「な、何でもない!私は今日の鍛錬があるから、これで失礼する」

 

箒は逃げるような足取りで保健室を去った。それでも一応はカーテンもドアも閉めては行くのだから、将輝の身は案じている。

 

話すのを止めたからか、将輝は急な眠気に襲われるとその流れに身を任せ、心地良く、ベッドに横たわった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけで藤本くん。お引っ越しです」

 

「はぁ………そうですか」

 

目を覚ました直後、いきなり保健室に現れた真耶は開口一番にそう告げた。

 

「引っ越すのは俺ですか?セシリアですか?」

 

「えーと、オルコットさんの方ですね。部屋の調整が付いたので、今日から同居しなくて済みますよ」

 

「で、セシリアはなん「将輝さん!」」

 

バンッと勢い良く扉を開いて現れたのはちょうど話に出されたセシリアだった。走ってきたのか、肩を上下させ、呼吸も荒い。

 

「将輝さん!このような時間になってしまって申し訳ありません!本来ならばいの一番に駆けつけなければならないというのに織斑先生に勝手にISを使用した事で反省文を書かされていましたので、遅れてしまいました。怪我の方は大丈夫ですか⁉︎わたくし、そればかり気になって、反省文の方もかなり支離滅裂な内容になってしまいました。お怪我をしているというのにこう言うのはおかしいかと存じますが、ご無事で何よりです。当分の生活はこのセシリア・オルコットが全身全霊をかけてサポート致しますので任せてください!昼夜問わず、将輝さんの要望には応える次第です。その………殿方ですので何かと溜まるとは思いますが、其方の方もしっかりサポートさせていただきます」

 

「いや、最後のは良い。それだけはしちゃいけない。ていうか、セシリアは知らないの?」

 

「ほぇ?何をですか?」

 

「引っ越しの話」

 

「引っ越し?誰が?何処に?」

 

「セシリアが別の部屋に。で、俺が一人部屋。因みにこれ先生方の決定らしいぞ。ですよね、山田先生」

 

「はい。何時迄も年頃の男女が同室で生活をするのはかなり問題がありますし、起きてからでは元も子もありませんから、それにオルコットさんもくつろげないでしょうから」

 

確かに年頃の男女が同居するというのは世間的に見てもかなり問題がある。ましてや将輝は世界でも貴重な男性IS操縦者、セシリアはイギリスでは大財閥の当主であり、イギリスの代表候補生。もし事が起きればスキャンダルところの騒ぎでは無くなるし、それをネタにイギリスが将輝を自国に引き込もうとするかもしれないし、セシリアがそれを強要されるかもしれない。日本政府としては今世界で最も重要な男二人を他国に渡す訳にはいかない以上、早い内に部屋を個室にしたいのは当然ともいえる判断だ。

 

「お、お待ち下さい!わたくしは将輝さんと同室でも何も問題ありませんわ!それにこのような怪我をしている方を一人暮らしにしてしまうのはそれこそ問題ですわ!英国淑女としてそのような方を放っておいて生活をするなど耐えられません!」

 

「それなら大丈夫ですよ。隣の部屋は織斑くんですし、もしもの時の為に部屋には職員室にすぐ連絡が出来るようにコールボタンも置いてますから」

 

「そうだよ。ちょっといきすぎな気もするけど、セシリアの手を煩わせる程でもないから」

 

「うぅぅ……………将輝さんがそういうのであれば……誠に!ええ、それはもう非常に遺憾ですが!仕方なく!部屋を出ると致します」

 

『本当は嫌』という部分をかなり強調していうセシリアに思わず苦笑する将輝。因みに考えているのは「そんなに部屋を移動するのが嫌なのか」というズレた事を考えている。それを気取られないのが一夏と将輝の違い。一夏は考えている事がすぐに顔に出るタイプなので、すぐに気取られる。

 

「将輝さん!もし不都合があれば、何時でもわたくしの部屋を訪ねてくださいまし!」

 

「あ、ああ。そうするよ」

 

セシリアはそう言い残すとすたすたと保健室を後にしていった。

 

「では藤本くん。私も仕事に戻りますね、何かあったらすぐ呼んで下さい」

 

真耶もぺこりと一礼した後、静かに保健室を去っていった。

 

二人が去った後、将輝はドサリとベッドに横になるが、先程まで眠っていた所為か、眠気がない。

 

 

(はぁ………これで何とか一つの山場は乗り切ったって感じかな。次はあの二人か、出来れば問題なく済ませたいけど………………多分無理だろうな)

 

そしてその予感は的中する事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園の地下五十メートル。其処はレベル4権限を持つ関係者しか入れない隠された空間に織斑千冬はいた。

 

本来であれば謎の敵ISも此処に運びこまれる予定だったのだが、将輝諸共自爆した所為で解析する事は叶わなかった。その代わり、千冬は二時間の間、何度もアリーナでの戦闘映像を繰り返し見ている。

 

室内は薄暗く、ディスプレイの光で照らされた千冬の顔は、酷く冷たいものだった。

 

こうして何度も何度も見ているが、気になる部分はやはり将輝が敵ISの腕を斬り落とした時だ。切断面から見えるのは機械的な部品のみでやはり人らしい部分は見えない。それは胴体を斬り裂いた時も同様だ。

 

「無人のISか……」

 

世界中で開発が進むISの、そのまだ完成していない技術。遠隔操作と独立稼働。そのどちらか、あるいは両方の技術があの謎のISに使われている。驚くべき事だが、千冬にはそれ以上に将輝の方が気になった。

 

結果的に無人機だったとはいえ、何の躊躇もなく腕を斬り落とした。胴体を斬り裂いた時も人が乗っていれば確実に致命傷になる一撃だ。それに将輝の専用機たる『夢幻』もまたあの時、千冬の知るスペックを遥かに上回る動きを見せた事もそうだ。

 

(藤本将輝と夢幻……か。一度詳しく調べる必要があるのかもしれん)

 

将輝については簡単な素行調査は行っている。IS科学者として有名な両親を持つ。自身も中学時代に剣道大会男子の部で全国優勝経験あり。至って普通の男子というのが千冬の感想だ。しかし、映像越しにもわかる殺意を宿した瞳はその判断を大きく覆した。

 

何より将輝の専用機として稼働している『夢幻』が何よりも怪しい。本来ならばクラス対抗戦にすら間に合わないとされていたものが、白式と同じ時期に届いた。どれだけ優秀な科学者でもそんな短期間に仕上げるのは不可能だ。ただ一人を除いては。

 

千冬は二人の背後に自身のよく知る人物の影が関係していると何処か確信すると同時に溜め息を漏らした。

 

 

 




これで原作一巻終了‼︎

次回はISキャラで二巨頭を誇るあの二人だ!将輝がどういった風に巻き込まれていくのか、乞うご期待!

ついでに筆休め程度にハイスクールD×Dでも書きたいと思っています。良かったら見て下さい。多分今日中には書くと思うので。


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原作二巻〜勘違いと三人目?〜
二人の転校生


 

無人機による襲撃から一カ月。将輝の傷も完全に癒えた頃。あいも変わらず、一組の教室は騒がしかった。

 

その原因は近々行われる自由参加の学年別トーナメントによるものなのだが、将輝が思っていた程、騒がしくはなかった。それは箒の行動の差によるものだ。

 

正史では引っ越しの日。部屋を移動した後に戻ってきた箒が一夏に向けて「私が学年別トーナメントに優勝すれば付き合ってもらう‼︎」となんとも一方通行な約束を取り付けたのだが、いかんせん声が大きかった所為で『優勝すれば男子と付き合える』というものへと女子達の間で独自解釈を果たされた。

ある意味では重要なイベントであるそれが起きなかった事に再度将輝は首をかしげるが、面倒が減るならそれはそれでありなので、黙っている。

 

「諸君、おはよう」

 

『おはようございます!』

 

それまでざわざわとしていた教室が一瞬でぴっと礼儀正しいさながら軍隊整列へと変わる。一組の担任織斑千冬の登場だ。立てば軍人、座れば侍、歩く姿は装甲戦車。兎にも角にも彼女の威厳は凄まじい。人の上に立てる人種であるのは確かだ。

 

「今日から本格的な実戦訓練を開始する。訓練機であるがISを使用しての授業になるので各人気を引き締めるように。各人のISスーツが届くまでは学園の指定したものを使う事になるので忘れないようにな。忘れたものは代わりに学園指定の水着で訓練を受けてもらう。それもないものは、まあ下着で構わんだろう」

 

((いや構うだろ⁉︎))

 

心の中で将輝と一夏はツッコミを入れる。男がいるというのに、女子に下着姿をさせるというのは公開処刑だ。それは逆もまた然りだ。前者とは違って、後者の場合、女子は喜ぶかもしれないが。

 

学園指定のISスーツはタンクトップとスパッツをくっつけたような感じの至ってシンプルなもの。わざわざ学園指定のものがあるのに各人で用意する理由はISは百人百通りの仕様へと変化するので、早いうちから自分のスタイルを確立させる為だからだ。もちろん全員が専用機を貰える訳ではないので、個別のスーツが役に立つのかは難しい線引きだが、其処は突っ込んではならない部分である。強いて言うなら花も恥じらう十代乙女の感性を優先しているといったところだ。

 

因みに専用機持ちは『パーソナライズ』というIS展開時にスーツも同時に展開するという特権を持っている。その際に着ている服は素粒子分解され、データ領域に格納されるが、この行為はエネルギーを消費するため、緊急時以外は普通に着替えるのがベターだ。

 

「では山田先生、HRを」

 

「は、はいっ」

 

連絡事項を言い終えた千冬が真耶にバトンタッチする。ちょうど眼鏡を拭いていた真耶は慌てて掛け直す。その姿はわたわたとしている仔犬のようだった。

 

「ええとですね、今日はなんと転校生を紹介します!しかも二名です!」

 

「え……」

 

『ええええええっ⁉︎』

 

知っている将輝はさておき、いきなりの転校生紹介にクラス中が一気にざわつく。それもそうだろう。噂好きの十代乙女達の情報網を掻い潜り、いきなり転校生が現れたのだから驚きもする。しかも二人。

 

「失礼します」

 

「………」

 

クラスに入ってきた二人の転校生を見て、ざわめきが止んだ。

 

それもそうだろう。何故ならその内一人がーーーーー男子なのだから。

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れな事も多いかと思いますが、皆さんよろしくお願いします」

 

転校生の一人ーーーシャルルは柔かな笑顔でそう告げて一礼する。

 

「お、男……?」

 

「はい、こちらに僕と同じ境遇の方々がいると聞いて本国より転入をーーー」

 

人懐っこそうな顔。礼儀正しい立ち振る舞いと中性的に整った顔立ち。髪は濃い金髪。黄金色のそれを首の後ろで丁寧に束ねている。身体は華奢に見えるくらいスマートで、しゅっと伸びた脚は綺麗だ。さながら『貴公子』と言ったところだろう。特に嫌みのない笑顔は眩しい。

 

「きゃ……」

 

「はい?」

 

『きゃあああああああっ‼︎』

 

クラスの中心を起点に起きたソニックウェーブは防音加工がされている筈の窓ガラスをビリビリと振動させる。入学式の日に学習している将輝と一夏は耳を防御している為、助かったが、シャルルはソニックウェーブをモロに受けて、悲鳴を上げないまでも目を白黒させていた。

 

「男子!三人目の男子!」

 

「しかもうちのクラス!」

 

「美形!藤本くんとは反対の守ってあげたくなる系の!」

 

「愚腐腐腐腐。これは捗るわ!」

 

(何にだよ。あと笑い方が怖い)

 

「あー、騒ぐな、静かにしろ」

 

面倒くさそうに千冬がボヤく。それは仕事がというより、こういう十代女子特有の反応が鬱陶しいといった様子だ。

 

「み、皆さんお静かに。まだ自己紹介が終わってませんから〜」

 

忘れていた訳ではない。それどころか意識の外にやるのが難しいもう一人の転校生は、見た目からしてかなり異端だった。

 

白に近い輝くような銀髪。腰近くまで長く下ろしているそれは綺麗に整えている様子はなく、伸ばしっぱなしという印象を受ける。そして左目には医療用ではない黒眼帯。開いている方の赤色の目の温度は限りなくゼロに近い。

 

印象は言うまでもなく『軍人』。身長はシャルルと比べて明らかに小さいが、その全身から放つ冷たく鋭い気配が一般人とはややかけ離れた雰囲気を醸し出していた。武道の心得のある将輝や箒から見ても彼女の隙の無さや触れれば刺さりそうなオーラはとても十代女子とは思えなかった。

 

「……………」

 

自己紹介をする番だというのに、当の本人は未だに口を開かず、腕組みをした状態で教室の女子達を下らなさそうに見ている。しかしそれも僅かの事で、今はもう視線をある一点………千冬にだけ向けている。

 

「…………挨拶をしろ、ラウラ」

 

「はい、教官」

 

いきなり佇まいを直して素直に返事をする転校生ーーーラウラに、クラス一同はポカンとする。対して、異国の敬礼を向けられた千冬はさっきとはまた違った面倒くさそうな顔をした。

 

「ここではそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私の事は織斑先生と呼べ」

 

「了解しました」

 

そう答えるラウラはピッと伸ばした手を体の横につけ、足をかかとで合わせて背筋を伸ばしている。先のやり取りで軍人、或いは軍施設関係者である事が伺える。そして何より千冬を『教官』と呼んでいるということは間違いなくドイツ。

 

とある事情で千冬は一年程ドイツで軍隊教官をしていた事がある。その後、一年の空白の時間を置いて、現在のIS学園教員になった。

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

「………」

 

「あ、あの、以上ですか?」

 

「以上だ」

 

沈黙にいたたまれなくなった真耶が出来る限りの笑顔でラウラへと訊くが、返ってきたのは無慈悲な即答。案の定、真耶は泣きそうな顔をしている。そんな時、ラウラの視線がクラスの一人へと注がれた。

 

「!貴様がーー」

 

つかつかと壇上を降りたラウラは一夏の前にーーーーー立たず、通り過ぎて、その横にいた将輝の前に立ち、右手を振りかぶったかと思うと、そのまま振り抜いた。

 

「ッ⁉︎」

 

「危ない危ない。初対面の人間に酷い事するなぁ」

 

振り抜かれた右手は将輝の顔の真横で止まっていた。なぜかというと普通に防いだだけだ。流石に掴む事は出来ないまでも角度さえわかっていれば防ぐことは容易だ。

 

「ふん。流石はあの人の弟………といったところか」

 

「うん?」

 

「一目見てすぐに気づいたぞ。成る程、隣にいる間抜けとは違って、私に対する警戒心が高かったな。教官に常日頃から教えを受けているのであれば、当然ともいえるが」

 

「あれ?何か話がおかしい気がするんだけど、それじゃあまるで俺が……」

 

織斑一夏といっているみたいではないか。話の流れから察するにそうなのだろう。ラウラ・ボーデヴィッヒは今、盛大な勘違いをしている。隣にいる間抜けなのが、一夏で今平手打ちを受け止めたのは将輝だ。警戒心が高かったのは一夏が平手打ちを喰らう前に止めようと気を張っていただけだ。

 

「しかし、それとこれとは話が別だ。私は認めない。貴様があの人の弟であるなど認めるものか」

 

「君、何か誤解して…………って聞いてないよ」

 

将輝の言葉をスルーしてすたすたと立ち去っていくラウラ。空いている席に座ると腕を組んで目を閉じ、微動だにしなくなった。

 

どうしたものかと千冬の方を見てみれば、何処か笑いを堪えているかのように口に手を当てて、俯いている。というか肩を震わせている所を見ると明らかに笑っている。

 

「あ、あの、織斑先生?」

 

「あー………ゴホンゴホン!ではHRを終わる。各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合。今日は二組と合同でIS模擬戦闘を行う。解散!」

 

ぱんぱんと手を叩いて千冬が行動を促す。誤解解けぬまま、HRを終えた所為でラウラの中で警戒心MAXだった将輝が一夏となり、間抜け面を晒していた(ボーッとしていただけ)の一夏が将輝になるというかなり面倒くさい事態へとなった。どうやら転校生との出会いは前途多難どころの騒ぎではすみそうになかった。





おそらく今年最後のIS投稿になりました。予想より少し話の進行が遅めです。

本当であれば原作3巻くらいは書いている予定だったのですが、投稿に時間がかかったりもして、年最後の投稿が二巻突入すぐでした。

今年は諸事情により、皆さんに良いお年をとは言えませんが、来年もよろしくお願いします。


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模擬戦と実力

現在、第二アリーナ更衣室。

 

HR終了直後の各学年クラスからの情報先取の尖兵をかいくぐり、途中で軽い自己紹介や雑談を交わしながら、時間ギリギリにようやく第二アリーナの更衣室へと到着した。

 

到着したと同時に時間がギリギリである事を確認した一夏は一呼吸の内に制服とTシャツを脱ぎ捨てる。将輝は着替えながら一夏の行動にシャルルがどういった反応を見せるのかちらりと見ると…………何事もなく普通に着替え終えていた。

 

(原作じゃ慌てふためいてたから、こっちはどうかと思ったけど、やっぱり違うか。これはもう本格的に原作と全く同じの人は千冬さんや山田先生くらいか、後可能性厨)

 

もしここでシャルルが動揺を見せていれば、実に手っ取り早く正体がわかっただろう。だが流石に潜入するともなれば多少の訓練はしているのが普通というものだ。

 

「うわ、二人とも着替えるの超早いな。なんかコツでもあるのか?」

 

「俺は初めから着てるから」

 

「僕も同じかな。女子と違って、僕達は時間がかかるし」

 

「だよな。引っかかるから」

 

引っかかる、というのはもちろん男性の下半身にあるアレだ。何せISスーツは肌にしっかりと張り付くので、着ようとすれば引っかかるのは当然の事だ。

 

「そればっかりは仕方ないよ」

 

これもシャルルは笑って流した。それは苦笑や誤魔化しの類いの笑みではない自己紹介の時と同じような笑みだ。

 

「よっ、と。よし、行こうぜ」

 

「ああ」

 

「うん」

 

三人とも着替え終えて更衣室を出る。グラウンドに向かう向かう途中で改めて一夏はシャルルを見た。

 

「そのスーツ、なんか着やすそうだな、どこのやつ?」

 

「あ、うん。デュノア社製のオリジナルだよ。ベースはファランクスだけど、殆どフルオーダー品」

 

「デュノア?デュノアって何処かで聞いたような……」

 

「僕の家だよ。父がね、社長をしてるんだ。一応フランスで一番大きいIS関係の企業だと思う」

 

「へえ!じゃあシャルルは社長の息子なのか、道理でなあ」

 

「うん?道理でって?」

 

「いや、なんつうか気品「其処までだ、一夏」将輝?」

 

一夏の言葉を中断させるように将輝が言葉を挟んだ。

 

「あまり勝手に決めつけるのはよろしくないよ、シャルルにはシャルルなりの家庭事情もあるだろうし」

 

「……悪い」

 

その言葉には若干非難の色が感じ取れる。そう言われた一夏は一瞬自身の家庭の事を思い出し、苦虫を噛み潰したかのような表情になる。

 

「ありがとう、将輝。僕、あんまり親とは仲が良くないから、正直助かったよ」

 

シャルルは将輝にだけ聞こえるようにそう口にした。将輝はそれに対し、無言の首肯で返事をする。その時、ちょうど第二グラウンドに到着した。時間を見てみると授業が始まる五秒前だった。

 

着いたとしても授業開始時までに並んでいなければ、千冬の愛の鞭もとい制裁は免れない。そのため、三人は全力疾走で何とか一組の列の一番端に加わる。

 

「随分と遅かったな」

 

なんの因果か隣には箒がいた。その言葉にはやや呆れの色が聞いて取れる。因みに箒の呆れの対象は将輝達ではなく、女子達に対してだ。

 

「ところで将輝。一つ聞きたいことがあるのだが」

 

「ボーデヴィッヒさんの事でしょ?面識なんてないし、今日初めて会ったよ」

 

「やはりか。となるとどう考えても……」

 

「うん。一夏と間違えてる」

 

将輝の答えにこれまた箒は呆れたように溜め息を吐いた。箒は初めから疑っていた。唐変木な一夏はともかく、将輝は女子に恨みを買うようなタイプではない。しかも将輝は一人っ子だというのに「あの人の弟」と言った。そうなると導き出される結論は一つ。ラウラの思い違いだ。

 

「おまけにボーデヴィッヒさんには間抜けの烙印を押されてるし、一夏の評価は無条件で上がってるし、これならいっそ叩かれた方が良かったかもしれない」

 

「訂正する気はないのか?」

 

「訂正……ね」

 

将輝は苦笑しながら反対側の最後列にいるラウラを見る。ラウラはその視線に気づいて一瞬こちらに視線を向けるが、すぐに前に向き直した。

 

「あれでは話を聞く耳は持っていなさそうだな」

 

「そういう事。ここは大人しくあっちから近づいてくるのを待つよ」

 

尤も。そのタイミングに切り出そうとしても、話す前に戦いに発展する可能性は大いにあるが、現状はそれを待つしかないのが事実だ。何せ、此方から話しかけたところで聞く耳を持たないのだから。

 

其処で二人の会話は終了し、一組と二組のメンバー全員の前に立つ千冬へと視線を向けた。

 

「では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」

 

『はい!』

 

一組と二組の合同実習なので声量はいつもの倍。出てくる返事も妙に気合いが入っている。

 

「今日は戦闘を実演してもらおう。そうだな…………凰!オルコット!」

 

「「はい」」

 

千冬の呼びかけに二人が列の中から前に出る。

 

「お相手は凰さんですか?」

 

「あたしとしては願ったり叶ったりね」

 

「慌てるな。お前達の対戦相手はーーー」

 

キィィィィン。

 

空気を裂くような音が上空から聞こえる。その音の在り処に全員が視線を向ける。

 

「ああああーっ!ど、どいてください〜っ!」

 

上空から手足をばたつかせながら降ってくるのは一組の副担任山田真耶。落下地点周辺にいる人間は蜘蛛の子を散らすように逃げ出すが、一夏だけ反応が遅れ、逃げそこなっていた。そして反応が遅れたということはISも起動する暇がないということ。

 

(あ、死んだ)

 

実に淡白にその事実を一夏は受け入れた。それも仕方ない事ではある。何せ気づいた時にはISの突進を生身で受けようとしているのだから。

 

今まさにISに乗った真耶からの突進を生身で受けようとしていたその時、ISを展開した将輝が真耶を受け止めていた。突然のこの出来事に対応出来たのは原作知識ゆえ、イレギュラーばかりだが、警戒しておくのに越したことはない。クラス対抗戦で学んだ事実だ。

 

「あ、ありがとうございます。藤本くん」

 

「いえ、当然の事をしたまでですから」

 

「ひあっ⁉︎」

 

突進を受け止めたせいか、その態勢は何処か抱きしめているかのような態勢になっている。しかも将輝の息が耳元に当たったのか、真耶は変な声を上げる。その光景に女子達は黄色い声を上げたり、羨望の視線を向けたりしている。

 

「さて凰とオルコット。さっさと始めろ」

 

「え?あの、二対一で?」

 

「それは少し……」

 

二人とも代表候補生たるプライドを持っている。いくら目の前にいる真耶が()()()()()()()()()()()()()二人掛かりというのは嫌だった。それに未だ一度も手合わせすらもした事のない二人では寧ろ互いが互いの長所を潰し合い、一人で戦っている時よりも弱くなるのが現実だ。

 

「はぁ………仕方あるまい。凰、お前がやれ」

 

その気になれば二人を強引に戦わせる事も出来たが、敢えて千冬は譲った。前述の通り、二人掛かりでは一人よりも弱くなり、さらに二人がやる気をなくせば、模擬戦闘をわざわざ代表候補生にさせる意味がなくなってしまう。故に溜め息を吐き、二人の意思を尊重した。

 

鈴は専用機『甲龍』を呼び出すと飛翔する。

 

「では、始め!」

 

「善戦くらいはさせてもらおうかしら」

 

「い、行きます!」

 

言葉こそいつもの真耶だが、その目は今までと違い、鋭く冷静なものへと変わっている。それはとても入学試験の日、素人相手に勝手に自爆して敗北した人物だとは思えない。それに鈴のような戦闘をこよなく愛し、強者と戦う事を生き甲斐としていそうな人物から「善戦する」などという負ける前提の発言が出るというのは一夏にとって驚きだ。少なくとも、そのような発言を聞いたのは鈴が千冬と初めて邂逅し、うっかり地雷を踏みぬいた時くらいのものだろう。因みにあの時の経験から鈴は流石に相手を選ぶようになった。所構わず、相手も選ばずから場所を考え、実力差も圧倒的であるもの(例えば千冬)には挑まなくなった。

 

「さて、今の間に……そうだな。ちょうどいい。デュノア、山田先生が使っているISの解説をしてみろ」

 

「はい。山田先生の使用されているISはデュノア社製『ラファール・リヴァイヴ』です。第二世代開発最後機の機体ですが、そのスペックは初期第三世代型にも劣らないもので、安定した性能と高い汎用性、豊富な後付武装が特徴の機体です。現在配備されている量産型ISの中では最後発でありながら世界第三位のシェアを持ち、七ヶ国でライセンス生産、十二ヶ国で制式採用されています。特筆すべきはその操縦の簡易性で、それによって操縦者を選ばないことと多様性役割切り替え(マルチロール・チェンジ)を両立しています。装備によって格闘・射撃・防御といった全タイプに切り替えが可能で、参加サードパーティーが多い事でも知られています」

 

「ああ、一旦其処まででいい。………終わるぞ」

 

千冬の言う通り、真耶の投げたグレネードを《双天牙月》で斬り払った鈴だが、その隙間を縫うように即座に持ち替えられた五十一口径アサルトライフル《レッドバレッド》で残ったエネルギー全てを削った。

 

「ちぇ………やっぱり勝てなかったか……」

 

そういう鈴は実に悔しそうな様相で地面へと降り立ち、ISを解除した。

 

「山田先生はああ見えて、元代表候補生だ。実力も折り紙付きだ、現在の日本国家代表と肩を並べられるのは日本では山田先生だけだろうな。わかったら、以後は敬意を持って接するように」

 

(そんなに強いのか、あの人⁉︎)

 

因みに千冬の言葉には自身は含まれてはいない。何がどうあっても自身は第一線に復帰することはないからだ。もし含むならば、彼女は間違いなく次のモンドグロッソを制覇する事は出来るだろう。それもいともたやすく、ブランクなど物ともせずに。それ程までに彼女は圧倒的で絶対的な強さを持っているからだ。何せ生身でISと戦う事の出来る常識の通じない完全無欠の化け物なのだから。

 

「専用機持ちは藤本、織斑、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰だな。では七人グループになって実習を行う。各グループリーダーは専用機持ちがやる事。いいな、では分かれろ。後、男子のみばかりに集中した場合、私から特別訓練をしてやる」

 

将輝達男子三人の元に早い者勝ちとばかりに二クラスの専用機を除く女子総勢五十二人は走り出そうとして固まる。その後、千冬の計らいで出席番号順に分かれる事になった。

 

どのクラスもボソボソとおしゃべりするなか、唯一ラウラの班だけは一言も言葉が発せられていない。それはラウラの張り詰めた雰囲気。人とのコミュニケーションを拒むオーラ。生徒たちへの軽視を込めた冷たい眼差し。何より一言も言葉を発さない口。微動だにしないラウラが動くのはせいぜい視線のみ。それも値踏みをするかのようなもので、数秒後には期待はずれと言わんばかりの侮蔑の視線へと変わっている。唯一の例外があるとすれば織斑一夏(藤本将輝)だけだろう。

 

「ええと、いいですかーみなさん。これから訓練機を一斑一体取りに来てください。数は『打鉄』が四機、『リヴァイヴ』が二機です。好きな方を班で決めて下さいね。あ、早い者勝ちですよー」

 

真耶が何時もの五倍しっかりして見えるのは、さっき程の模擬戦闘で自信を取り戻した事と千冬が付け加えた言葉によるものだろう。

 

将輝の班は『打鉄』を持って、操縦訓練をする事になったのだが、早速問題が起きた。

 

一人目が装着、起動、歩行と問題なく、進んだのだ。しかしその一人目が訓練機を降りる際、立ったまま相手は装着を解除したのだ。訓練機を使う場合は装着解除時に絶対にしゃがまなければいけない。でなければ、装着する事が通常では出来なくなるからだ。何せ高さが足りない。尤も、将輝がISを呼び出して手伝えば話は別だが。

 

「やっぱりこれって……」

 

「そうですね。藤本くんが抱っこしてください。次は……………篠ノ之さんですね」

 

ISは既に装着解除しているが、実に目のやり場に困るその服装はISスーツのままである真耶だ。男子である以上、男の欲望が集結する双丘は当然将輝の視線を引くが、箒が隣にいた為、引き寄せられる視線を空へと向けた。

 

「ISは飛べますから、安全にコックピットまで人を運ぶのに向いています」

 

「踏み台になるというのは……」

 

「藤本くんがですか?安全性は抱っこする方が高いですし、何より人権的な問題が関わってきますので、それは流石に……」

 

「ですよねー…………夢幻」

 

真耶の言う事が尤もである以上、将輝は特に抵抗する事なく、夢幻を呼び出した。呼び出したのだが、箒の方に向くと何処か気まずそうな表情をした。それを見て、箒はキョトンと首を傾げる。

 

「どうした、将輝?」

 

「いや、いざ抱っこするとなるとどうすればいいか……」

 

「何を今更、中学の時に一度したではないか」

 

「それって………お姫様抱っこ?」

 

「う、うむ」

 

他の女子に聞かれぬよう耳打ちをすると箒は頷いた。あの時は強引に行い、周囲の視線など全く気にならなかったお姫様抱っこだが、今改めてするとなるとかなり気になる。いまいち恥ずかしさの基準は曖昧だが、ともかく恥ずかしい。

 

「将輝が嫌と言うのなら、仕方がないが」

 

「是非、やらせてもらう」

 

先程までの恥ずかしさは何処へやら。将輝は意見を五百四十度つまり一周回って反対の意見に変えた。理由は箒の何故か残念そうな顔がたまらなかったから。

 

「よっと」

 

何事もなく、将輝は箒をひょいっと持ち上げる。

 

「懐かしいな。この感覚」

 

「あれ?あんまり恥ずかしがらないんだ。意外だね」

 

「な、何を言う。わ、私とて恥ずかしいものは恥ずかしい……ぞ」

 

「先生〜!藤本くんと篠ノ之さんがいちゃついてまーす」

 

「だ、駄目ですよ!二人共、真面目にしてください!」

 

「?いや、真面目にしてますよ」

 

「?そうです。山田先生、私達はいたって真剣です」

 

((((((お姫様抱っこ状態で言われても説得力がない………))))))

 

おまけに何言ってんの的な顔がむかつく。将輝の班にいた女子達+真耶が満場一致で思った事だった。

 

 

 

 



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淑女に弱点はない

 

昼休み、将輝、一夏、箒、セシリア、鈴、シャルルは屋上にいた。

 

普通、高校の屋上といえば、様々な理由で立ち入り禁止区域なのだが、ここIS学園ではそんな事は一切ない。それどころか、美しく配置されている花壇には綺麗に花が咲き誇り、欧州を思わせる石畳が落ち着いている。それぞれ円のテーブルには椅子が用意されていて、晴れ日の昼休みともなると女子達で賑わうのだが、今日はシャルル目当てなのか、女子達は学食の方に向かっている。そしてシャルルはここにいるのだから、なんとも言えない状態だ。

 

「折角の昼飯だし、大勢で食ったほうが美味いよな。それにシャルルも転校してきたばかりだし、仲良くなるにはやっぱり一緒に食べるのが一番だ」

 

うんうんと頷くのはこの席をセッティングした一夏。確かに食を通じて、友好関係を築いていこうという思考は彼なりに考えた方だろう。しかし将輝としては全く褒めてやれなかった。それどころか寧ろ殺したいとすら思っていた。

 

それはそれぞれの手に握られている弁当箱が原因だ。

 

IS学園は全寮制なので、弁当持参にしたい人の為に早朝のキッチンが使えるようになっている。因みにそれはプロが使用しているかのような最高設備ばかり。流石は国家直轄の特別指定校と言わざるを得ない。

 

そして各々の手にはどう考えても一人では食べきれなさそうな量の弁当。今日も学食のつもりだった将輝と初日なのでやはり購買か学食で済ませようとしたシャルルと鈴に作ってもらった一夏は持っていない。

 

「はい一夏の分」

 

「おう、サンキューな、鈴」

 

差し出されたタッパーの中に入っているのは酢豚とご飯。綺麗に五対五に分けられているところを見ると鈴の気遣いが垣間見れる。

 

「将輝。私も作ってきたぞ」

 

「ああ。ありがとう、箒」

 

渡された弁当箱を開ける。中身は卵焼きにおひたし、鮭の塩焼きに唐揚げにアスパラベーコン。とどれも将輝が好きなものばかり。箒が一週間ほど前に弁当の内容で好きなものを聞いたのはこの時の為だった。強いて言うなら、二人きりで食べたかったというのが本音ではあるが。

 

ここで終わってくれるのであれば、どれだけ良かったか。まだ一人残っている。

 

「将輝さん。わたくしも今日は偶然朝早く目が覚めまして、こういうものを用意してみましたのですが、宜しければお一つどうぞ」

 

開かれたバスケットの中には見るからに美味しそうなサンドイッチが綺麗に並んでいる。見た目と味が比例しているなら、良かったのだが。将輝は今程原作知識がある事を悔やんだ日はない。

 

キャラの性格やストーリーに誤算という根底の部分に大きな変化が見られているというのに、些細な事は殆ど変わっていないこの世界。原作ではセシリアの料理は毒物を通り越して、ある種の兵器だった。味覚を破壊する為に用意された見た目が美味しそうというフェイクを被ったナニカ。流石に某ラノベに出てくる方のように死を垣間見る事は無いが、意識が飛ばない分、ダメージを感じる時間は長い。

 

味が悪いのは仕方がないといえば仕方がない。何せセシリアは由緒正しい名家の生まれ。包丁を握った事も食材を選んだ事もないと言われても頷ける。見た目がいいのは本を見てなのだが、原作での彼女は見た目を意識し過ぎて、味が取り返しのつかない事になるのだ。おまけに素人特有の「特別な味付け」がさらにそれを加速させる。

 

「?どうかなさいましたか?」

 

「い、いや、何でもないよ。取り敢えず貰っておくよ」

 

分かっていても、断る事など出来ない。『偶然』と言ったが、もし彼女がわざわざ自身のために起きて作ってくれた可能性も捨てきれない以上、それはあまりにも無慈悲というものだ。故に食さなければならない。それがたとえ毒であったとしても。

 

「ええと、本当に僕が同席して良かったのかな?」

 

「おう。だいたい誘ったのは俺だしな。良くなけりゃ、誘わねえよ」

 

女子達に囲まれても一人一人丁寧に断っていくシャルルを見た一夏は「これでは昼飯もままならなさそうだな」と丁寧の二乗対応でお引き取りを願い、昼食に誘った。セシリアや鈴という同じ年代の同じ代表候補生がいれば話にも花が咲くだろうという考えの元、行動に至ったのだが、相変わらず謙虚なままだった。

 

「何はともあれ、男子同士仲良くしようぜ。色々不便もあるだろうが、まあ協力していこう。わからないことがあったら俺か将輝に聞いてくれよーーーーー俺はIS以外で」

 

「一夏にはもっと勉強が必要だな」

 

「してるって。多過ぎるんだよ、覚える事が」

 

「ようはそれじゃ足りないって事よね」

 

「うっ……!わかってるよ」

 

鈴の鋭い指摘に図星を突かれた一夏は不貞腐れたように返事をする。鈴の言う通り、足りないことは自覚している。代表候補生のセシリアと鈴、束の妹である箒はともかく、いくらその道を志していたからとはいえ、同じ男子の将輝と知識的な部分では未だかなりの差がある。それは将輝の猛努力の結果で、それでも二人の差は日に日に縮まっているのだが、一夏はそれを知らない。

 

「気を遣ってくれてありがとう、一夏」

 

「まあ、これからルームメイトになる可能性もあるしな。ついでだよ、ついで」

 

「十中八九、一夏だと思うけどね。俺の部屋って改造されたせいで病院の個室みたいになってるから」

 

無人機襲撃の後、その時の傷はとても軽いものではなかった為、将輝の部屋はその時の名残で半ば病院の個室と化してしまっていた。そしてそれにより部屋の広さは必然的に狭くなり、二人で生活をするにはなかなか難しい状態となっている。以上の事から、シャルルが個室でない限り、一夏と同室になるのは必然的だった。

 

そんな話をしながらも将輝の箸は凄まじいスピードで進んでいた。どれをとっても「美味しい」の一言に尽きる。箒の女子力の高さに内心歓喜をしているが、その横にあるのはセシリアのサンドイッチ。食べなければならないが本能がそれを拒んでいる。しかし、美味しいものというのはすぐになくなる。ものの数分で弁当箱は空になり、残されたのはバスケットのみだ。

 

「箒、美味しかったよ。また作ってね」

 

「あ、ああ!お前が良いなら何時でも作ってやるぞ」

 

「さて、次はセシリアのを貰おうかな」

 

開けたバスケットからサンドイッチを手に取る。やはり見た目は完璧としか言いようがない。口に近づけて、さりげなく匂ってみても異常はない。これならいけるかも?と思う自分がいるが、それの三倍くらい騙されるな!と言っている自分がいる。かと言って、今か今かと将輝が食べるのを心待ちにしているセシリアがいる以上、例えそれが冥界へ誘う毒物だとしても食べなければいけないのが、男の哀しい性だ。

 

(ええい!ままよ!)

 

一口で地獄が終わるならとサンドイッチをまるまる一口で頬張る将輝。舌を襲う激しい攻撃に身構えるが…………

 

「…………美味い」

 

普通に美味しかった。普通にサンドイッチだった。サンドイッチと書いて殺戮兵器ではなかった。サンドイッチがサンドイッチしてた。地獄の使者ではなかった。

 

死の覚悟すらしていた将輝にとって普通の美味しさは感動的だった。震えそうになる声を抑え、涙が出るのを堪えながら、全てを食べ切る。

 

「美味かったよ、セシリア」

 

「それは何よりです。チェルシーから教わっていた甲斐がありましたわ」

 

将輝が関わったことで生じた齟齬。それはセシリアから『メシマズ』というかなり不名誉なあだ名を払拭させる事に成功していた。いくら彼女が食材も自ら選んで買ったことのない少女だとしても、三年も前から頑張れば壊滅的な家事スキルも人並みにはなる。それはセシリアの努力ゆえであるが。

 

「それにしても」

 

「?どうした、一夏?」

 

「男同士っていいな」

 

しみじみと何かを噛みしめるように言う一夏。其処には他意はないし、単純に全校生徒の中で男子二人よりも三人の方が良いという意味なのだが、何故か将輝は寒気を感じずにいられなかった。

 

「……男同士が良いって、あんたねぇ……」

 

「……不健全ですわ……」

 

「……馬鹿者が……」

 

女子トリオもまた一夏の微妙に危ない発言に白い目でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、改めて宜しくな」

 

「うん。よろしく、一夏」

 

夜。夕食を終えて一夏とシャルルは部屋に戻ってきた。食堂では三人目の男子転校生と言うことで相変わらずの女子包囲網&質問攻めにあい、延々と続きそうなそれを適度な頃合いで切り上げてきたのだ。

 

そしてやはりというか、案の定、一夏とシャルルは同室になった。それで今は食後の休憩を兼ねて一夏が淹れた日本茶を飲んでいる。

 

「紅茶とは違って、不思議な安心感があるね、美味しいよ」

 

「気に入ってもらえて何よりだ。今度機会があったら抹茶でも飲みに行こうぜ」

 

「抹茶って畳の上で飲むやつ?あれって特別な技能が必要って聞いたけど、一夏は淹れれるの?」

 

「抹茶は淹れるじゃなくてたてるって言うんだぜ。俺も略式のしか飲んだこと無いけど、確か駅前に抹茶カフェってのがあるから、今度其処に連れて行ってやるよ」

 

「本当?嬉しいなぁ、ありがとう、一夏」

 

柔らかな笑みを浮かべるシャルルに、同性だとわかっていても思わずどきりとしてしまう一夏。自然体でしかも絶妙なタイミングでの優しい笑顔がその原因なのだろう。

 

「えーと、シャワーの順番とかどうする?日によって決めてもいいけど」

 

「僕が後でいいよ。あんまり汗とかかかないほうだから、すぐにシャワーを浴びなくても」

 

「そっか。じゃあ、ありがたく使わせてもらう。でもあれだぞ、遠慮とかしなくていいからな。何せ、男同士なんだし」

 

「わかってるって。それより一夏達っていつも放課後にIS訓練してるって聞いたけど、そうなの?」

 

「ああ。俺は他の皆から遅れてるから、地道に訓練時間を重ねるしかないからな」

 

「でも将輝も条件的には同じじゃないの?」

 

「そうなんだけど、あいつ元々IS研究者になる勉強とかしてたみたいで、知識は結構ある方なんだよ。操縦技術も俺よりあるし」

 

「へぇ。きっと努力家なんだね、将輝は。其処で一夏に相談なんだけど、僕もその放課後特訓に参加していいかな?何かお礼がしたいし、専用機もあるから少しくらいは役に立てると思うんだけど」

 

「おお、それはありがたい話だ。是非頼む」

 

「任せてよ」

 

ビシッと親指を立てて、サムズアップするシャルル。こうして公私ともに心強い味方を手に入れた一夏は、その日は同じ男子をもう一人得た安心感からぐっすりと眠りについた。



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続く勘違いと怒れる淑女

 

「ええとね、一夏がオルコットさんや凰さんに勝てないのは、技術云々以前に射撃武器の特性を把握していないからだよ」

 

「そうなのか?一応わかってるつもりだったんだが……」

 

「知識としては、ね。さっき僕と戦った時も殆ど間合いを詰められてなかったし」

 

「うっ………確かに『瞬時加速』も読まれてたしな……」

 

シャルルが転校してきて五日が経過した頃、土曜日の午後の自由時間を利用して、一夏はシャルルに軽く手合わせをしてもらった後、IS戦闘によるレクチャーを受けていた。因みに一夏が瞬時加速を使用出来るのはクラス対抗戦の折、将輝が見せた瞬時加速を将輝から教わった結果だ。将輝が十日間かけてようやくものにしたのに対し、一夏は五日と相変わらずの天才っぷりに将輝は毎度の事ながら溜め息を吐いた。

 

「一夏のISは近接格闘オンリーだから、他の専用機持ちよりもより深く射撃武器の特性を把握しないと対戦じゃ勝てないよ。特に瞬時加速って直線的だから反応出来なくても軌道予測で攻撃出来ちゃうから」

 

「でも、将輝の瞬時加速は成功するぞ」

 

「将輝は射撃武器の特性を理解して、その上で瞬時加速の隙を伺ってるからね。まだ読み違えてる部分もあるけど、それはこれから経験で如何にかしていけるから」

 

「成る程」

 

一夏はシャルルの説明を聞きながら、話の度に頷く。教えるのが下手な箒はともかく、代表候補生たるセシリアや鈴の教え方は下手という訳ではない。普通に良い方なのだが、露出度の高いISスーツの所為で、色々な所に目がいってしまい、やりづらい。それに同じ男子同士の方が何かと都合が良いのも理由の一つだ。

 

「一夏の『白式』って後付武装がないんだよね?」

 

「ああ。何回か調べてもらったんだけど、拡張領域が空いてないらしい。だから量子変換は無理だって言われた」

 

「多分だけど、それってワンオフ・アビリティーの方に容量を使ってるからだよ」

 

「あー、それは将輝にも言われた。『普通は第二形態から発現する筈のものが、お前には最初から備わっているからだ』って。白式のワンオフってやっぱり零落白夜だよな?」

 

「うん。しかも、その能力って織斑先生のーーー初代ブリュンヒルデが使っていたISと同じだよね」

 

そう。一夏のIS『白式』のワンオフ・アビリティー『零落白夜』は姉が乗っていた専用IS『暮桜』と同じものなのだ。武器や仕様まで同じという事に姉弟の因縁を感じざるを得ない。

 

「何で使えるのか、イマイチわからないんだよなぁ」

 

「製作者が意図的にそうしたって可能性もあるけど、今は考えても仕方ないし、取り敢えず射撃武器の練習をしてみようか」

 

そう言ってシャルルが一夏に渡したのは先程までシャルルが使用していた五五口径アサルトライフル《ヴェント》だった。

 

「え?他の人の装備って使えないんじゃないのか?」

 

「普通はね。でも所有者が使用許諾すれば、登録してある人全員が使えるよ。ーーーうん、今一夏と白式で使用許諾を発行したから、試しに撃ってみて」

 

「お、おう」

 

一夏とシャルルがこうして特訓している横ではつい先程まで鈴との模擬戦を行っていた将輝が鈴と箒と共に模擬戦においての反省点などを議論していた。

 

「やはり、彼処はしゅっとしてから、ぐんとした方が良かったのではないか?」

 

「それは俺も思ったんだけど、ズバッといけば、その後でズドンっていけるかと思ったから」

 

「………あんたら、どんな会話してんのよ」

 

将輝と箒の相変わらずぶっ飛んだ会話にげんなりする鈴。感覚派よりの鈴ですら半分以上が伝わっていない。というか、それがISについての談義なのかすら、初めからいないとわからないレベルだ。

 

そんな時、周囲が途端にざわつきはじめた。その注目の的となっているのはーーー

 

「………」

 

もう一人の転校生、ドイツの代表候補生たるラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 

転校初日以降、クラスの誰とも一言すらかわさない孤高の女子は、その注目を集めているISを纏ったまま、将輝の元へと向かってきた。

 

「おい」

 

ISの開放回線で声が飛んでくる。もちろん、それは一夏にではなく、一夏と勘違いされている将輝にだ。

 

「何かな?」

 

素っ気ない態度は取らず、かといってあまり優しさの含まれていない声で返事をする将輝。すると言葉を続けながら、ラウラは正面に立った。

 

「貴様も専用機持ちだそうだな。なら話が早い。私と戦え」

 

「ごめんね。戦う理由がないから却下」

 

将輝に戦う理由など微塵もない。なにせ彼女の目的の人物ではないのだから。

 

「貴様にはなくても私にはある」

 

「この際、はっきりさせておく「貴様がいなければ教官が大会二連覇の偉業を成し得ただろう事は容易に想像出来る。だから、私は貴様をーーー貴様の存在を認めない」……頼むから話を聞いてくれ」

 

あまりにも一方通行な会話に将輝はガクリと項垂れる。言葉のキャッチボールが出来ないのでは、勘違いを正す事も出来ない。それ程までにラウラ・ボーデヴィッヒは織斑千冬の教え子であること以上に、その強さに惚れ込んでいる。そしてその千冬の経歴に傷を付けた織斑一夏が憎かった。憎悪の対象(織斑一夏)がいなければ、そもそも出会う事などなかったというのに。

 

「ま、勘違いとはいえ、君が俺の存在を認めないって言うならそれはそれでいい。けどそれは俺と闘う理由にはなっていない」

 

「何?」

 

「織斑千冬の経歴に傷を付けた織斑一夏が許せない。織斑千冬に心酔している者なら君以外にも多くいるだろうね。そしてそう思っている人物も多々いる筈だ。けど。だからと言ってそれを理由に闘うっていうのは些か理由として軽過ぎるよ。俺を倒して何が変わる?織斑千冬が織斑一夏を救い、大会二連覇の偉業を達成出来なかった事実は変わらない。君の信じる『強さ』を示したところで織斑千冬は何の得もしないよ。だって君と彼女じゃ『強さの本質』が違うから」

 

「………」

 

「いい加減に()()で喧嘩売るのはやめた方がいいと思うよ?君は適当な理由をつけて織斑一夏を倒して、織斑千冬に自身をもっと見て欲しいと思ってるだけだ。嫉妬や羨望を闘いの理由にしちゃ「言いたい事はそれだけか?」おいおい、話の途中でしょうが」

 

話の流れに乗じて、さりげなく勘違いを修正しようとわざわざらしくもない言葉を並べたというのに、絶妙なタイミングでラウラが言葉を挟んだ。

 

「私が教官から教えられた『強さ』とは圧倒的なまでの力だ。それ以外に強さなど存在しない。力こそが正義だ、弱者に居場所などない!『弱者』である貴様が『強者』たる教官の弟であることなど断じてあってはいけないのだ」

 

(うわぁ、野獣の理論だ。ていうか、お前は何処の龍斗くんだよ、制空圏でも使うのか)

 

まさに一触即発の空気に周囲の者は皆固唾を飲んで、成り行きを見ている。その気になれば何時でも割って入れるように鈴が身構えるが、突然アリーナに響き渡るスピーカーからの声にそれは終わりを告げた。

 

『其処の生徒!何をやっている!学年とクラス、出席番号を言え!』

 

おそらく騒ぎを聞きつけてやってきた担当の教師からだろう。それを聞いて興が削がれたのか、ラウラは戦闘態勢を解いた。

 

「今日は引こう。だが覚えておけよ、織斑一夏。私は貴様を倒し、あの人の強さを証明してみせる」

 

そう言い残して、ラウラはアリーナゲートへと去っていった。おそらくその向こうでは教師が怒り心頭で待っている事だろうが、ラウラの性格からして無視してしまうのは明白だ。

 

「将輝……」

 

「うん。これは訂正したところで戦いは免れなさそうだ。あーあ、また余計な事を言っちゃったなぁ」

 

「ん?どうした、将輝?何かあったのか?」

 

「さっきの騒ぎを今の今まで気づかなかったお前はある意味大物だよ、一夏」

 

何故、こんな何から何まで鈍感な奴の為に苦労しているのか、本格的に頭痛がしだした将輝であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「あ」」

 

二人揃って、間の抜けた声を出してしまったのは鈴とセシリアだった。場所は第一アリーナ。時間はそろそろ四時を指そうとしていた頃だった。

 

「もしかして、月末の学年別トーナメントに向けての特訓ってとこ?」

 

「ええ。奇遇ですわね」

 

二人が敢えてもう人のいない第一アリーナを選んだのは月末に開かれる学年別トーナメントに向けての最終調整を兼ねた特訓の為だ。二人とも狙うはもちろん優勝でその為の障害となる人物が目の前に現れたからか、二人の間には見えない火花が散っていた。

 

「ちょうどいいし、ここで一つトーナメントの前哨戦でもしとく?」

 

「それは妙案で……ッ⁉︎」

 

二人がISを展開し、対峙した直後、声を遮って超音速の砲弾が飛来する」

 

緊急回避の後、二人は揃って、砲弾の飛んできた方向を見る。其処には漆黒の機体が佇んでいた。

 

機体の名は『シュヴァルツェア・レーゲン』。日本名に直すと黒い雨だ。そしてその登録操縦者はーーー

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒ……」

 

鈴は視線を鋭くし、睨みつける。

 

「………先程の砲撃、どういったつもりでして?」

 

セシリアは何時ものような雰囲気のまま、ラウラへと問う。このような状況でも優雅さを忘れないのはそうなるようにつとめているからだ。

 

「中国の『甲龍』にイギリスの『ブルー・ティアーズ』か。……ふん、データで見たときの方がまだ強そうだったな」

 

「あら、奇遇ね。あたしもあんたの機体を見て、同じ事を思ってたわ」

 

いきなりの挑発的な物言い。だがしかし、その程度の見え透いた挑発に乗るほど二人は愚かではない。それどころか、挑発に挑発で返した。

 

「はっ……。第三世代ISに乗りながら、量産型に負ける程度の力量しか持たぬものが専用機持ちとはな。流石は古いだけが取り柄の国だ、よほど人材不足と見える」

 

「古いだけが取り柄の国、ね。それについては激しく同意するわ、おかげで歳をとってるだけの大人が上で踏ん反り返ってるのを思い出すたびに虫唾が走るもの。無能な癖に偉そうにしてるんじゃないわよってね。けど、一応あたしの祖国なの。だからーーーーー侮辱するってんなら一夏でも許さないわ」

 

鈴は右手にメインウェポンである《双天牙月》を呼び出し、ラウラへと向ける。その表情は不敵な笑みを浮かべているが、内心では自身の生まれ育った国を馬鹿にされてブチ切れモードだった。

 

「落ち着いてください、鈴さん。どういう理由か知りませんが、何故其処までして貴方はわたくし達と戦おうとするのですか?」

 

「ふん。気になるなら、少しはその足りない脳味噌で考えてみたらどうだ?」

 

鈴を左手で制しつつ、セシリアはラウラへと問いかける。しかし、ラウラは聞く耳など全く持たず、それどころか、今度はセシリアに対して挑発する。

 

「あらあら、お話になりませんわ。これではずっと平行線のままですわね」

 

けれど、セシリアはその挑発に乗らない。苛立ちを感じないといえば嘘になるが、ここで感情に身を任せれば、英国淑女としてエレガントさに欠けるような振る舞いとなってしまう。そんな事はしたくない。

 

「仕方ありません。ここはわたくし達が退きましょう」

 

「あんたならそういうと思ってたわよ。すっっっごく、不満だけど、トーナメントの前に揉め事なんて起こしたくないもんね」

 

文句を言いながらも、鈴もISを解除する。その表情から不満は全然解消されていない事が伺えるが、もしここで一悶着起こした所為で、トーナメントに出れなくなるという事態だけは避けたい鈴はセシリアに乗る形で渋々矛を収めた。因みに中学までならこの後のストレスによる二次災害は一夏へと降り注ぐ。

 

スタスタと第一アリーナを立ち去ろうとする二人にラウラは小さく舌打ちをする。どうやら彼女の中ではこの見え透いた挑発に乗って、闘う予定だったようだ。そしてそのラウラの心情を読み取ったようにセシリアが呟いた。

 

「その様な見え透いた挑発に一々腹を立てていては、英国淑女にはなれませんわ。それに将輝さんに相応しい女性としても」

 

「……将輝?ああ、あの間抜け面を晒したもう一人の男の事か」

 

だが最後の一言がラウラに決定的なチャンスを作ってしまった。一夏の事を藤本将輝と勘違いしているラウラは明らかな嘲笑と侮蔑の含んだ声を漏らした。

 

「織斑一夏はともかく、あのような愚鈍で間抜け面を晒した男に尽くすことが貴様のいう英国淑女か。成る程、実に良い趣味をしているな」

 

ピタリと立ち去ろうとしていたセシリアの足を止めた。だが、ラウラの言葉は止まらない。

 

「無能な種馬に媚へつらうようなメスなど所詮は私の敵ではない。ましてや、臆病風に吹かれて逃げ出すなど尚更な」

 

「英国淑女たるもの、常に余裕を持って優雅たれ。母の言葉です」

 

ラウラの方へ振り返ったセシリアは未だ笑みを浮かべている。だが、その笑みには何の感情も込められていない。何も感じさせない無理矢理貼り付けられた笑みだ。

 

「確かに貴方から見れば、将輝さんに尽くしているわたくしや箒さん。一夏さんに尽くしている鈴さんは媚へつらっているように見えるのかもしれません。今ここで無益な争いを避けた事も臆病風に吹かれたようにも見えたのかもしれません…………けれど」

 

セシリアは天を仰ぐと専用機『ブルー・ティアーズ』を再度纏った。そして次に向けられた顔には優雅さを捨て、心の底から湧き上がる圧倒的なまでの怒気に包まれた憤怒の様相が浮かび上がっていた。

 

「それが将輝さんを侮辱していい理由にはなりません!将輝さんを馬鹿にされてまで、英国淑女としての振る舞いを続ける事など、このセシリア・オルコットには出来ない。いいでしょう、ラウラ・ボーデヴィッヒさん。例え貴方の見え透いた挑発だとわかっていても、わたくしは敢えて乗りましょう。…………すみません、お母様。わたくしは敬愛する殿方を侮辱されてまで淑女として振る舞うことは出来ませんでした」

 

「セシリア」

 

名前だけを呼んだ鈴の言葉には「あたしも参戦していい?」という意味が込められていた。先程は一度矛を収めたが、未だ鈴はキレているのだ。しかし、セシリアは首を横に振る。

 

「鈴さん。すみませんが、ここはわたくしに譲って下さいまし。二対一では勝敗に関わらず、納得がいきませんもの」

 

「ふん。一人だろうが、二人だろうが同じ事だ。所詮一足す一は二にしかならん。第一、種馬を追い掛け回しているようなメス共に私が負けるはずがない」

 

「………残念です。ラウラ・ボーデヴィッヒ。出来れば同じ欧州の人間として、同じ代表候補生として、貴方とは友好的な関係を築いていきたかった。けれど、それももう不可能です。そんなわたくしから貴方に最初で最後の贈りものですーーーーーー踊り狂い、果てなさい。このセシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる葬送曲(レクイエム)で」

 

両手を広げ、空に浮かび上がるセシリアのその姿はまさしく『天使』のような神々しさを見せていた。



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奏でるは葬送曲

 

「踊り狂い、、果てなさい。このセシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる葬送曲で」

 

セシリアは上空へと浮かび上がると何の躊躇もなく、ビットを展開する。それはつまり、始めから全力全開で行くと無言の内に行動で示しているのだ。

 

「果てるのは貴様の方だ!セシリア・オルコット!」

 

大型カノンによる砲撃を行おうとセシリアに照準を合わせたラウラ。しかし、その大型カノンは砲弾を発射する事なく、爆散した。

 

「いえ、貴方が果てるのは決定事項です」

 

気がつくと一瞬の内に《スターライトMkⅢ》を展開していたセシリアが大型カノンよりも早く、弾を装填、照準を合わせ、大型カノンを一発の元に撃ち抜いていた。

「成る程…………少しは楽しめそうだな」

 

「楽しむ権利など貴方になくてよ?今から始めるのは戦闘ではなく、懲罰なのですから」

 

セシリアの周囲で忠犬のように待機していたビット達は主人の号令の元、ラウラへと襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セシリアとラウラの戦闘が起きる少し前、ISの特訓を終えた将輝は風呂から上がり、一夏の部屋へと訪れていた。と言っても特に理由はなく、暇潰し程度の感覚だが。

 

ノックをしようと扉の前に立った時、扉が僅かに開いている事に気づき、もしやと思い、聞き耳を立てていると案の定、部屋の中からはシャルルの話し声が聞こえた。

 

「……………上手くやってるから、僕は全然大丈夫」

 

何時もより高い声。それは楽しそうに会話をしているから、という事もあるが、何より何時も低い声で話そうと意識をしている()()が素で話をしているからだ。

 

「ハハ、父さんは心配し過ぎだよ。学園での生活は充分楽しんでるって、だからもう少し待っててね。必ず父さんやデュノア社の人の為に白式と夢幻のデータは必ず手に入れるから」

 

(………ッ⁉︎やっぱりか。うーん、それにしても、一夏のラッキースケベじゃなくて、まさか俺が聞くとは。役回りが大分無茶苦茶になってきてる気がするな)

 

しかし、知ってしまった事は仕方がない。将輝はあからさまに音を立てて、部屋に入る。

 

「ッ⁉︎父さん、切るね」

 

将輝が突然入ってきた事により、シャルルはそう言って電話を切ると、ポケットに携帯を捻じ込んだ。

 

「将輝。ノックなしに入ってくるのは同じ男子同士でもマナー違反だよ?」

 

「悪い悪い。偶々、部屋の前を通ったら、楽しそうな話し声が聞こえてきたから、てっきり一夏もいるもんだと思ってね。扉も開いてたし、注意と暇潰しを兼ねて突入したって訳さ」

 

我ながら無茶苦茶な事を言っていると将輝は内心苦笑する。

 

「ところでさっきの電話の相手は誰?随分と楽しそうに話してたみたいだけど」

 

「フランスにいる幼馴染みだよ。ここにきてから五日も経つのに何で連絡して来ないんだって怒られちゃって」

 

「へぇ〜、随分と心配性なんだね、その幼馴染みは」

 

「心配性というか、嫉妬だよ。俺もそっちに行きたい!って電話の向こうで叫んでたよ」

 

困ったようなシャルルの表情。自然体で出てくるその表情は実によく『出来ている』。もし、会話を聞いていなければ、それで納得してしまいそうになる。それ程までに彼女の演技は素晴らしい。だが、知っている将輝からしてみれば、どれだけ上手く取り繕うとも、それは三文芝居以下だ。

 

「別に取り繕わなくてもいいよ。シャルル・デュノアくん。いや、シャルロット・デュノアさんの方が良いかな?」

 

「何を言っているのかわからないんだけど」

 

キョトンと小首を傾げいうシャルル。本当に目を見張るべき演技力だ。事実を知って尚、実は本当に男なのではないかという可能性を連想してしまう。しかし、将輝は言葉を紡ぐのを止めない。

 

「何を言っているのかわからない……か。まあ、惚けるのはいいけどね。無駄な努力と言っておこうか。何せ、もし君が本当に男であるなら、君はISを動かせないし、ここにはいないからね」

 

「……どういう意味?」

 

「簡単な話だよ。本来、男が動かせないとされているIS。それを動かした俺と一夏には一見なんの接点もない。けれど、実のところは共通している点が一つある。そしてそれはシャルル。君には絶対にないものだ」

 

「へぇ、どんな所?」

 

シャルルの訊き返した声にはまるで挑戦者を相手にしている王者のような、相手がどんな事を言っても冷静に対処しきってみせるという余裕が滲み出ていた。しかし、シャルルは次に発せられた将輝の言葉に対処する事が出来なかった。

 

「篠ノ之束だよ」

 

対処出来ない。出来るはずがない。現在世界で行方知れずとされている絶対無二の天才にしてISの生みの親たる篠ノ之束。シャルルが彼女に会える筈がない。何故なら彼女は篠ノ之束の興味対象外だからだ。そして何より彼女が彼だったとしても、それが発覚した次の日には行方不明になるだろう。それももちろん篠ノ之束の手によって。

 

「俺以外は知らない事だけど、実は中学にいた頃、一年だけ、篠ノ之束はとある理由で俺の家に入り浸っていた事がある。世界には知られていないけど、彼女は重度のコミュ症だ。自分が興味を持った人間としか関わりを持とうとしない。そしてその興味対象っていうのが織斑姉弟と妹たる篠ノ之箒。そして俺っていうわけだ。つまり篠ノ之束は興味対象である俺達にISを起動させる事でより自らの世界をより確固たるものにしたかった訳さ。それをフランス人でましてや赤の他人である君が、受けられる恩恵ではないんだよ」

 

虚実を織り交ぜながら、というにしては虚が七割以上を占める将輝の発言はいささか無理がありすぎた。束の事を少しでも知る人物であれば、「何を馬鹿な事を」とたった一言で済ませられる虚言だ。仮に将輝が逆の立場であれば、「こいつ頭沸いてるんじゃないのか?」と思う。現在で彼女は何故一夏がISを動かせるのかわからないと言っていた。それが世界に将輝というバグが発生した程度で変わる事とは思えない。それならば始めから束は男も使える様にしているだろうし、ISが兵器として世界に伝わる事もなかっただろう。

 

話が逸れたが、つまるところ将輝の吐いた虚実はあまりにも穴だらけだった。しかし、シャルルはそれを言い返せなかった。彼女はあまりにも篠ノ之束という人間を知らなさ過ぎた。仕方のないことではあるが、それは将輝の虚言を事実にしてしまう。ということだ。

 

「……もし、仮に僕が女だとしたら、如何する気?」

 

今までの冷静さはなくなり、やや焦っている様子になるシャルル。答え次第では何かしら口封じの手を用意しているのだろう。もしくは出される条件に身構えているといった感じだ。だがしかし、将輝はシャルルの予想を大きく裏切る回答を返した。

 

「別に、何も」

 

「へ?」

 

あっけらかんと答える将輝に思わず素の状態で気の抜けた声をあげるシャルル。脳内では最悪の事態まで想定したというのに、返ってきた答えは何もしないというのだから。ある意味当然と言えば当然の反応だ。

 

「俺は女の子の秘密を握って、どうこうしようなんて変態的な趣味は持ち合わせていないよ。強いて言うなら、ここに来るまでの経緯辺りを話してくれると助かるけど、ま、それもあまり無理強いはしないかな」

 

違いがあるなら、その違いも詳しく知りたいと思うのはこれからの事に備えて、知らない事は出来るだけ無くしておきたいからだ。しかし、それはかなり核心を突く話となる為、シャルル自身が自ら話してくれるというのが理想的ではある。

 

「それと俺から一つ忠告させてもらうなら、一夏はもっと警戒した方が良いよ」

 

「どうして?」

 

「それは「あ!ここにいたんだ、藤本くん!」うん?どうしたの?」

 

扉を開けてそういうのはおそらく同じ一組の女子(名前は忘れた)。それよりも自身もうっかり扉を閉め損ねていた事に将輝は冷や汗をかいたが、取り敢えず今は焦った様子の女子の方に向かう。

 

「俺を探してたみたいだけど、どうかした?」

 

「実はセシリアと転校生の子がアリーナで……キャッ⁉︎」

 

女子が何かを言い切る前に将輝は走り出した。

 

セシリアは強い。其れこそ原作とは比較にならない程に。それであればセシリアはラウラなど相手にならないだろう。しかし、それはあくまでラウラの強さが原作と同じであればの話だ。もし彼女もまた原作より強くなっていれば、セシリアは負けるかもしれない。そして仮にセシリアが勝ったとしても、ラウラの駆る『シュヴァルツェア・レーゲン』には『あれ』が搭載されている。ラウラとの戦闘で消耗したセシリアにそれはあまりにも危険だ。

 

(頼むから間に合ってくれよ……ッ‼︎)

 

将輝はそう祈りながら、セシリアとラウラの戦う第一アリーナへと走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんな筈ではなかった。ラウラは目の前の女子ーーーセシリアを睨む。

 

ブリュンヒルデの異名を持つ織斑千冬に鍛えられ、強さとは何たるかを理解した自身にISを玩具か何かと勘違いしている様な輩共に負けるはずがない。同じ代表候補生も数人いるが、軍人としてISの腕を磨いた自分に敵など存在しない。ましてや、相手が男に媚びているような女であれば、殊更負ける理由が見当たらない。そう考えていた。

 

しかし、現実は違った。相手を圧倒するどころか、寧ろラウラの方が押されていた。

 

機体のスペックや搭乗者のスペックが劣っているのかといえばそうではない。どちらもラウラの方がセシリアよりも高い。だというのに、何故自身は押されているのか、優位なはずの自身が負けているというのが、ラウラには理解出来なかった。一体私と奴の何が違うのかと。

 

そう考えている内にもセシリアの攻撃は止まらない。四方から降り注ぐ射撃を躱すラウラ。機を見て反撃に移ろうとするのだが、そのタイミングで必ずセシリアからの正確無比な射撃が入る所為で、近づこうにも近づけない。遠くからの攻撃も初撃で大型カノンを破壊されている為、それも不可能だ。何より中距離射撃型のブルー・ティアーズに射撃戦を挑むなど愚の骨頂だ。そうこうしている内にも僅かに被弾し、エネルギーはジリジリと削られている。

 

「理解出来ませんか?『全てにおいて自身が勝っている。戦場ならば既に五回は殺している。なのに何故私は追い詰められている?』。そう言いたそうですね」

 

「ッ⁉︎」

 

「わたくしから言わせてもらうとすれば、理解出来ないからこそ、貴方はこうして追い詰められているのです。力なき正義が意味を持たないように、貴方の信念なき力もまた何の意味も持たないのです。そして、力だけで積み上げてきたものは、必ずそれ以上の力で打ち砕かれるのが世の常です。信念も持たない貴方にこのセシリア・オルコットが負ける道理はありません」

 

「信念だと……?笑わせるな。くだらない信念は寿命を縮めるだけだ。心など引き金を引く為には不要なものだ。必要なのは圧倒的な力だ。意志など信念など何の力も持たない迷いを生じさせるだけの不要な感情だ!」

 

弾幕を掻い潜り、ラウラが見せたのは瞬時加速。千冬の教え子たるラウラが使ってもおかしくはないその技能はセシリアとラウラの離れていた距離を一瞬で縮めた。

 

「この距離まで近づけば、面倒なビットも使えまい」

 

「クッ……!」

 

セシリアはミサイルビットを放つ。しかし、それはラウラに当たる直前で停止した。

 

「《AIC》……!」

 

これがシュヴァルツェア・レーゲンの第三世代型兵器。通称アクティブ・イナーシャル・キャンセラー。慣性停止能力だ。搭乗者が装備されている右手に意識を集中する事で対象の動きを停止させられるという衝撃砲とはまた違ったPICの応用兵器だ。

 

「奥の手はこれで終わりか?ではこちらの番だな」

 

ラウラが《AIC》を解除するとミサイルビットはそのまま地面へと落下していく。近接戦闘では自分の方に利がある。ラウラは両手に装備されたプラズマ手刀でセシリアへと斬りかかる。形勢逆転。ラウラがそう思った時だった。

 

セシリアが手に握っていた《スターライトMkⅢ》を収納し、手に《インターセプター》を出したかと思うと、襲いかかる二つの斬撃を見事にいなし、さらには反撃するまでの技術を見せた。

 

「なっ⁉︎」

 

ラウラは咄嗟に後方へと退きながら、ワイヤーブレードでセシリアを牽制する。数本は斬り払われたものの、その内一本がセシリアの脚に巻き付き、そのまま地面へと叩きつけた。

 

地面へと叩きつけられたセシリアはすぐに《インターセプター》でワイヤーブレードを斬ると再度《スターライトMkⅢ》を展開し、射撃を行う事でシュヴァルツェア・レーゲンの肩装甲を破壊した。

 

「折角、瞬時加速で距離を詰めましたのに、それを自ら引き離すとはどういった戦術なのかしら」

 

「貴様……」

 

「『近接戦闘も心得ているのか?』ですか?ええ、何分近くにはIS戦闘もそれ以外でも近接戦闘のスペシャリストがいるものですから。それに中距離射撃型のわたくしが距離を詰められた時の対処方として近接戦闘を行うのは何も不思議な事ではないでしょう。それともまさか反撃されるとは思ってませんでしたか?」

 

セシリアの言葉にラウラは再度歯噛みする。セシリアの言う通り、ラウラは距離さえ詰めてしまえば、どうにでもなる。そう思っていた。けれど近接戦闘においてもセシリアの技術は高かった。おまけなどというものではない。十分に戦える代物だ。少なくとも十手先までは凌ぎ切られる。五手までにダメージを与えなければ距離を離されるというのに十手先まで凌ぎ切られては何の意味もない。

 

「チッ。まさか戦場ではなく、このような平和ボケした極東の地で使うことになるとはな」

 

舌打ちをした後、ラウラは左目につけていた眼帯を外す。眼帯の下から見えたのは金色の瞳だった。

 

「これで貴様の攻撃はもう当たらない」

 

ラウラの宣言通り。ビットからの射撃は全てかわされ始めた。虚実を織り交ぜた攻撃は実はかわされ、虚はそもそも反応すらしない。ビットが射撃を行った瞬間に躱している。隙をついたセシリアの射撃もまた何事もなかったかのように回避された。

 

何故急にここまで反応速度が上がったのか?それはラウラの左目の金色の瞳にある。

 

越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』。それが彼女の左目に埋め込まれたナノマシンの名称だ。

 

擬似ハイパーセンサーと呼ばれるそれは、脳への視覚的信号伝達の爆発的速度向上と超高速戦闘状況下における動体反射の強化を目的とした、肉体へのナノマシン移植処理の事を指す。そしてまたその処理を施した目の事を『越界の瞳』と呼ぶ。発動すれば、動体視力や視覚解像度などを飛躍的に増加させる事が出来る。

 

弾雨の嵐を何事もなく、潜り抜け、ラウラは再度セシリアへと肉薄し、ワイヤーブレードとプラズマ手刀による同時攻撃を仕掛けた。

 

両手なら凌ぎ切る自身はある。しかし、それが倍に増えてしまってはいくら近接戦闘技術を向上させたセシリアといえど完全に凌ぎ切ることは出来ない。三手を超えた辺りから徐々にラウラの攻撃が当たり始め、六手には左手のプラズマ手刀がセシリアの腕部装甲を破壊した。

 

(このままでは押し切られる…………なら!)

 

セシリアはミサイルビットを展開するとそれを射出させるのではなく、《インターセプター》を突き刺し、自ら破壊した。

 

「何ッ⁉︎」

 

破壊された事でラウラを巻き込む形で爆発が起きた。自ら武装を破壊するなど自殺行為も良いところだ。だが、その自殺行為のお蔭でセシリアはラウラから離れる事に成功したが、その代償にもうミサイルビットは使えず、小さくはないダメージを負った。

 

「どういうカラクリがあるのかはわかりませんが、成る程、確かにこのままでは負けてしまいますね」

 

「ふん。その口ぶり、まるでまだ手を残しているかのような言い方だな」

 

「ええ。貴方が隠していたように、わたくしにもまだ手は残っていましてよ?」

 

「減らず口を!」

 

ラウラが距離を詰める為に加速する。先程のシーンを再生するかのようにビットから閃光が放たれ、ラウラはそれを回避ーーーーー出来なかった。いきなり回避する直前に回避方向に向けてビームが()()()()のだ。

 

「ッ⁉︎」

 

いきなり手前でビームの軌道が変化した事でラウラの顔が驚愕に染まる。その後もビットから放たれる攻撃は全て小さいまでも軌道が変化しており、回避が間に合わず直撃する。

 

「どうですか?BT兵器の高稼働時にのみ行える偏光制御射撃のお味は」

 

偏光射撃(フレキシブル)。BT兵器高稼働時にのみ行える技術。イギリスでもBT適正の最高値を叩き出したセシリアにだけ出来る特殊技能だ。

 

「貴様……手を抜いていたというのか⁉︎」

 

もしそうであれば、許せる事ではない。自身の事を『強者』だと自負しているラウラにとって、その扱いは『弱者』と同じ。ましてや条件で劣っているものに手を抜かれるなど、耐え難い苦痛だ。

 

「いえ、わたくしは始めから全力でした。ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()。それだけの話です。実戦ではよくある話でしょう?」

 

「クッ………!」

 

「そろそろ閉幕と致しましょう。ラウラ・ボーデヴィッヒ。貴方の敗因はたった一つ。貴方はわたくしを怒らせた」

 

号令と共にビットから一斉射撃が行われ、シュヴァルツェア・レーゲンを貫いた。

 

「終了ですわね。将輝さんが不在で良かった。このような美しくない姿はとても見せられませんわ」

 

先程の戦闘で乱れた髪を整え、セシリアがISを解除しようとしたその時、異変が起きた

 

 

 

 



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暴走

 

(こんな………こんなところで負けるのか、私は……)

 

確かに相手は自身よりも劣っていた。負ける要素などなかった。だというのにエネルギーが無くなったのは自身の方だ。何故?如何して?『強者』である筈の自分が『弱者』に負けなければならない?

 

(私が『弱者』だから………?違う!私は『強者』だ!あの頃とは違う!教官のお蔭で強くなった!私は負けない!負けられない………!あの人の人生に汚点を残した織斑一夏を葬るまでは!)

 

その時、ドクンとラウラの心の奥底で何かが蠢く。

 

『ーーー願うか?汝、自らの変革を望むか?より強い力を欲するか?』

 

考えるまでもなかった。『強者』に敗北は許されない。まだ目の前にいる敵は立っている。『弱者』であるならば完膚なきまでに叩きのめし、地に伏せていなければならない。

 

(力を寄越せ……!私は今もそしてこれからも勝ち続けなければならない!その為の力を私に寄越せ!空っぽの私など…………迷いを生むだけの余計な物など全てくれてやる!)

 

Damage Level………D.

 

Mind Condition………Uplift.

 

Certification………Clear.

 

 

《Valkyrie Trace System》…………boot.

 

「あああああああっ!!!!」

 

突然、ラウラは身を引き裂かんばかりの絶叫を発する。それと同時にシュヴァルツェア・レーゲンから激しい電撃が放たれる。

 

「これは一体……⁉︎」

 

「ま、かなり不味い事は確かね」

 

今まで傍観を決め込んでいた鈴が専用機『甲龍』を展開し、セシリアの横に並び立つ。本人としては楽しそうに呟いたつもりだったが、目の前の異様な光景を目の当たりにし、声には言い知れぬ緊張感があり、表情も強張っていた。

 

二人の目の前ではラウラのISがその形を変化させていた。

 

変形などという生易しいものではない。装甲をかたどっていた線は全てぐにゃりと溶け、ドロドロになり、ラウラの全身を包み込んでいく。

 

ISは変形が出来ない。

 

ISがその形状を変えるのは『初期操縦者設定』と『形態移行』つまり『一次移行』や『二次移行』と呼ばれるものだ。パッケージによる多少の部分変化はあれど、基礎の形状を変化することはまずない。あり得ない、そう出来ている。

 

だがしかし、そのあり得ない事が二人の目の前で起こっていた。

 

シュヴァルツェア・レーゲンだったものはラウラの全身を包み込むと、その表面を流動させながらまるで心臓の鼓動のように脈動を繰り返し、ゆっくりと地面へと降りていく。それが大地へとたどり着くと、まるで倍速再生を見てるかのようにいきなり高速で全身を変化、成形させていく。

 

そして其処に立っていたのは、黒い全身装甲のISに似た『何か』。しかしの形状は先月の襲撃者とは似ても似つかない。

 

ボディラインはラウラのそれをそのまま表面化しており、最小限のアーマーが腕と脚につけられている。そして頭部はフルフェイスのアーマーに覆われ、目の箇所には装甲の下にあるラインアイ・センサーが赤い光を漏らしていた。

 

そしてその手には二人にも見覚えのある武器が握られていた。

 

「あれは……ッ⁉︎」

 

「嘘……!《雪片》……!」

 

その手に握られているのはブリュンヒルデである織斑千冬のかつて振るっていた刀。酷似といえるレベルではない。まるで複写だ。

 

刹那、黒いISは二人の懐に飛び込んでくる。居合いに見立てた刀を中腰に引いて構え、必中の間合いから必殺の一閃を放つ。二人には分からない事だが、それは紛れもなく千冬の太刀筋だった。

 

ガギンッ!

 

放たれた一閃を鈴は《双天牙月》で受け止める。しかし、その黒いISの一撃はパワータイプである鈴を容易に押し返し、上段の構えへと移るが、セシリアの近距離からの連続射撃に後方へと退避する。

 

「彼女の奥の手………というわけではなさそうですね」

 

「今の攻撃も回避も、操縦者の事なんかまるで考えちゃいないわ。それにあの状態が操縦者にどんだけ負担かけてるかわからないし、早いトコ倒したほうがいいのは事実ね」

 

「では一時共同戦線と行きましょう」

 

「まあ状況が状況だしね。文句は言ってられないわ。援護は任せたわよ!」

 

「ええ。後方支援はこのセシリア・オルコットに任せてくださいまし!」

 

鈴の突撃に合わせて、ビットが逃げ道を潰すように射撃を行う。しかし、黒いISは全く動く素振りを見せない。

 

「はっ!逃げる必要はないって言いたいわけ?上等じゃない」

 

回転させる事で威力の増した一撃を黒いISは難なく弾いた。鈴はそれに対して既に予期していたのか、驚いた素振りなど見せず、《双天牙月》から手を離し、黒いISの腹部に掌打を放った。黒いISは後方へと数メートル飛ばされるとすぐさま反撃に転じようとするが、セシリアからの援護射撃がそれを阻んだ。

 

「元々あたしの戦闘スタイルは『無手』よ。武器なんてなくたって十全に闘えるわ。まあ、あるに越した事はないけどね」

 

彼女が僅か一年で代表候補生へと至り、第三世代IS操縦者へと抜擢された最たる理由。それは純粋なまでの戦闘力の高さ。武器を持たずとも彼女は中国の代表候補生の中で頭一つ抜ける程の強さを誇っていた。本人の身体能力はさる事ながら、ISとの相性も抜群だった彼女が『甲龍』の操縦者に選ばれるのは時間の問題だったといえた。

 

近接戦闘で高い実力を誇る鈴と現在後方支援へと回っている『蒼天使』の異名を持つセシリア。二人のISの相性もまた抜群だった。

 

鈴が攻撃に転じれば、ビットが逃げ道を潰し、敵の隙を作るべく牽制する。逆に敵が反撃してくれば、鈴を護るようにしてビットが行く手を阻む。セシリア本体を狙いにいこうにも本体自身も高い実力を有しており、セシリアを狙う事は鈴に背後を見せる事になる。そうなれば挟み込まれて終わりだろう。

 

だが、それはあくまで相手が常識の範疇を超えなければの話だ。目の前にいる黒いISにはそれが通じなかった、否、非常識という微かなほころびを無理矢理こじ開けた。

 

《双天牙月》を素手で受け止めるとそのまま片手で《雪片》を袈裟斬りに振るう。咄嗟に回避した鈴だが、その鋭い一撃で肩の装甲を破損し、衝撃砲が使用できなくなった。そして武器も黒いISによって取り上げられ、その後方に投げ捨てられてしまっていた。

「これってもしかしなくてもかなりマズい状況じゃない?」

 

「ええ。それはもう。どういう理屈か知りませんが、あの黒いISーーー」

 

「学習してるわよね。どうみても」

 

鈴の言葉にセシリアは同意する。彼女の言う通り、黒いISは徐々に二人の戦術に適応してきていた。セシリアの偏向射撃も手前で曲がるというのに回避して見せたのだ。これは二人にとってかなりマズい状況であった。

 

「ったく、こんな短時間に適応するなんて、早すぎよ」

 

「わたくしの場合は既に彼女と戦っていましたので、より適応が早いようですわね。となると短期決戦以外にこちらの勝利はない。そう考えた方が宜しいですね」

 

「ちょっと危ないかもしれないけど、ここは一つ賭けに出てみるってのはどう?」

 

「内容は?」

 

「ーーーーーーーーでいくわ」

 

「却下です………と言いたいところですが、今はそれしかありませんわね」

 

「援護よろしく」

 

鈴は身体を深く沈めると瞬時加速で黒いISへと肉薄し、掌打を放つ。黒いISはそれを《雪片》で受け止めるとそのまま回し蹴りを叩き込み、数メートル先へと吹き飛ばす。

 

黒いISが目標を鈴からセシリアへと切り替え、肉薄しようとしたその時。

 

「この時を待ってたわよ!」

 

《双天牙月》を投擲した鈴が黒いISに再度仕掛けていた。

 

先程はあえて黒いISの攻撃を受ける事で自身を目標から外れさせると同時に《双天牙月》の回収が目的だった。そして其処から《双天牙月》を投擲し、それとほぼ同時に仕掛ける事で隙を作り出すという作戦だ。

 

この作戦の最大のポイントは黒いISに《雪片》での攻撃を受けない事と追撃されないことだ。もし《雪片》の攻撃を受ければひとたまりもない。そして追撃されれば操縦者に危険を及ぼす事になる。かなり危険な賭けだったが、それは見事に成功した。

 

投擲された《双天牙月》と共に仕掛ける鈴。ビットによる偏向射撃とセシリア自身からの精密射撃という全方位同時攻撃。もし回避の姿勢を取れば必ず一発は当たり、二人の追撃を許すことになる。

 

どう足掻いてもダメージは免れない状況。その中で黒いISが取った行動はーーーーー回避しない事だった。

 

高速で回転し、接近する《双天牙月》を左手でキャッチし、偏向射撃を《雪片》で斬り払う。胴体にセシリアの射撃を受けるも意に介さず、突進してくる鈴に向けて、《双天牙月》を投げ返した。

 

自身が投げた時よりも更に速く高速回転しながら飛来する《双天牙月》を回避した鈴だったが、既に黒いISの打突が直前まで迫っており、辛くも直撃は避けるももう片方の肩装甲が破壊され、速度を殺さずに放たれた蹴りに吹き飛ばされた。

 

「グッ……⁉︎」

 

黒いISの鋭い蹴りをモロに受けた鈴はアリーナの壁へと強く打ち付けられ、意識を失いかけるが、ISの保護機能により、意識の消失だけは避けた。

 

黒いISは既にセシリアに標的を切り替えており、セシリアやビットからの攻撃を斬り払い、その距離を詰めていっていた。

 

(マズい……セシリアじゃ、あのISの攻撃を凌ぎきれない……)

 

脚の装甲は先のラウラとの戦闘で破損しており、エネルギーも消耗している。何よりセシリアは近接戦闘の技術を高めてはいるが、近接戦闘が特徴ではない。あくまで距離を詰められた時の対処法でしかない。ラウラとの戦闘ではいなしきれてはいたものの、黒いIS相手では到底無理だ。

 

何とかして鈴は起き上がろうと身体に力を込めるが、ダメージは思いの外大きくすぐに立ち上がる事は出来なかった。

 

必死に起き上がろうと鈴が足掻いている内にもセシリアと黒いISの距離は殆ど無かった。

 

ミサイルビットは使えない。偏向射撃も斬り払うか、或いはかわされる。絶望的な状況でもセシリアは攻撃の手を緩めなかった。しかし、黒いISは弾雨を掻い潜り、セシリアへと斬りかかる。

 

《インターセプター》を呼び出したセシリアは振るわれた《雪片》を受け流そうとするが、あまりにも強大な一撃に受け流す事には成功するも《インターセプター》は破壊され、黒いISが返した《雪片》の柄に殴り飛ばされる。

 

鈴と同様、壁に叩きつけられたセシリアは意識が朦朧としている中、静かに歩み寄ってくる黒いISを見やる。

 

(ふふ………呆気ないものですね。まさかこのような所で果ててしまうとは)

 

何かを叫ぶ鈴の声は何処か遠く、振り上げられた《雪片》の動きもまたスローモーションのように感じた。

 

静かにだがより確実に自身に迫る終わり。

 

セシリアの記憶を駆け巡るのは、自身の想い人との記憶。短いほんの少しの記憶ではあったが、彼のお蔭でセシリアは強くなれた。彼への汚名を晴らした上で果てるのならそれはそれで満足だ。心残りがあるとすれば、それは彼に秘めたる想いを伝えられなかった事ぐらいだ。

 

「将輝さん……」

 

振り下ろされる《雪片》。セシリアがゆっくりと瞳を閉じた時ーーー。

 

「ーーー全く、リハビリにしちゃ、ちと激しい気がするな」

 

ガギンッ。

 

激しい金属音。セシリアへと振り下ろされた《雪片》を直前で防いだのは『夢幻』を展開し、《無想》で受け止めていた将輝だった。

 

 

 

 

 

 

 



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強さの意味

 

振り下ろされた《雪片》を直前で受け止めた将輝は黒いISを蹴り飛ばす。

 

「将輝さん………」

 

「ギリギリで間に合ったみたいで良かったよ。無事かい?セシリア」

 

肩に《無想》を預け、微笑を浮かべる将輝。呼吸が乱れているのは全力疾走でこの第一アリーナへと来たからだ。

 

「すぐにケリをつけてくるから、其処で待っててね」

 

将輝はそうだけ言うと身を低くして、スラスターを吹かせ、黒いISへと肉薄した。

 

激しい金属音と共に将輝と黒いISの剣戟戦が繰り広げられる。お互いに後方に退く事はなく、互いの得物が届く範囲から離れようとはしない。一見拮抗しているように見える戦い。だがセシリアには全く別の状況に見えた。

 

(やはり動きに今ひとつキレがない………まだリハビリ中ですものね)

 

先程将輝が来た時にも言っていたが、将輝はまだ勘などを取り戻すといった意味ではリハビリ中だ。傷が完治したのはつい先日の事でISの実戦訓練に復帰したのもまた先日の話だ。特訓漬けだったクラス対抗戦に比べると明らかに動きが悪い。何とか食らいついているものの、負けるのは時間の問題。そうセシリアには見えた。

 

「強いな。劣化模造品とはいえ、流石はブリュンヒルデのデータだ。どういう理由で戦闘不能状態のセシリアにトドメを刺そうとしたのかは知らないが、取りあえず時間稼ぎって訳にはいかないよな」

 

背中に嫌な汗を感じながら、将輝は黒いISを見やる。はっきり言って黒いISは強い。何故原作にて一夏があれほど単純に勝てたのか怪しい程だ。一夏の主人公補正も多分に関係しているが、この黒いISがどう考えても原作より強いというのも大いにあった。

 

おまけにどういう訳か、《無想》は形態変化こそしているが、無人機の時のような圧倒的な破壊力を見せないのだ。それは偏に将輝の精神状態が関係しているのだが、当の本人にそれはわからない為、歯痒い思いをしていた。

 

黒いISの剣戟を防ぎ、斬り返す。その行いを何度も繰り返していると黒いISは学習したのか、将輝が斬り返すタイミングに合わせて、身体を後ろに反らし、その無茶な態勢のまま、蹴りを放つ。その蹴りは見事に将輝の顎を捉え、エネルギーが削られる。仕返しとばかりに将輝も蹴りを放つが、ひらりと躱され、黒いISが距離をとった。

 

(助けに来ておいてなんだけど、もの凄く助けてほしい)

 

運良く千冬辺りが来ないものかと考えるが、もし来た場合、ラウラの安全は保障されない可能性がある。彼女は良くも悪くも教師だ。私情に流されず、確実に仕事をこなすだろう。ラウラ一人の身の安全を考えた結果、他の生徒が何人も怪我をしたでは洒落にならない。結局の所、将輝か或いは他の専用機持ちが倒す以外に道はなかったのだが、この状況下で最も助けに来たところで意味がなさそうな将輝が来たのだから運命というのはタチが悪い。

 

そうこう考えている内にも黒いISはその手を休めない。上段打突の構えを取ると将輝を貫かんとそのまま突撃する。将輝はそれを横に躱して、攻撃を仕掛けようとするが、それよりも早くに黒いISが斬り返した事で防御されてしまう。

 

(おまけにこの動きじゃ中にいるラウラの負担は半端なさそうだ…………如何にかしないとマズイな)

 

かと言って黒いISを倒せる算段はついていない。援護を求めようにも今の鈴とセシリアに頼むのは酷というものだ。そうなるとやはり自身の力のみで倒さなければならない。

 

(せめて《雪片》を押し切れるだけの力があればなんとかなる。無人機の時みたいに《無想》さえ威力が増せばなんとかなるのに……!)

 

無人機の時のようにさえいけば、《雪片》ごと黒いISを斬る事が可能だ。加減を間違えればラウラごと斬り捨て兼ねないが、それは将輝自身の匙加減で如何にかするしかない。

 

前回も前々回もある程度の思い込みで形態変化はした。今回も形態変化はしたが、破壊力が足りない。当たってから断つまでにそれなりの時間を要する。それでは相手を断つ前に将輝の方が斬り捨てられている。

 

(この際、防御力は無くていいから火力だけ上げられないかな。当たったら防御なんてあってもなかっても意味ないんだし)

 

ギュゥゥゥゥンッ‼︎

 

「え?」

 

ここで待ちに待った変化が訪れた。エネルギーが《無想》に収束していくような感覚と共に《無想》の刃が全てエネルギー状のものへと変化する。待望の変化なのだが、いかんせんタイミングが悪かった。黒いISの攻撃の途中に変化した所為で将輝の躱し損ねた剣戟が腕に掠ると案の定斬れて、血が滲む。しかもISの操縦者保護機能まで防御と認識されてカットされているのか、血も止まらない。

 

「ちょっ⁉︎洒落になってないって!これ当たったら普通に即死じゃん⁉︎」

 

そう言いながらも何とか躱し続けた将輝は何とか後方に飛び退くが、その際に額にも僅かに斬り傷がつく。

 

「はぁ〜、まさか本当に反映されるとは…………ん?て事は」

 

もしイメージ通りなら自身は今零落白夜にも勝る一撃が放てるのでは?そう考えた将輝は突進してくる黒いISに合わせて《無想》を袈裟斬りに振るう。

 

黒いISはそれを防ごうと《雪片》を構えるが、将輝はそれごと黒いISを叩き斬った。

 

何とも微妙な幕切れに将輝も微妙な表情を浮かべるが、真っ二つに割れた黒いISから無事生きて出てきたラウラを抱きとめると一つ重大な事に気がついた。

 

「これって一夏のフラグ折ったんじゃね?」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う、ぁ………ここは…?」

 

「気がついたか?」

 

ぼやっとした光が天井から降りているのを感じてラウラは目をさますと聞き覚えのある声が、自らの敬愛してやまない人物からの声が聞こえる。

 

「私……は?」

 

「全身に無理な負荷がかかった事で中度の筋肉疲労と打撲がある。しばらくは動けないだろう。無理をするな」

 

「何が……起きたのですか?」

 

上手くはぐらかそうとした千冬だったが、流石は教え子というべきか。その誘導には乗らず、真っ直ぐに千冬を見つめる。

 

「ふぅ………一応、重要案件である上機密事項なのだがな」

 

念の為にそう言うが、ラウラがそう言って引き下がる相手でないことは千冬も重々承知だ。千冬はここだけの話である事を沈黙で伝えるとゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「VTシステムは知っているな」

 

「はい………正式名称はヴァルキリー・トレース・システム。過去のモンド・グロッソの部門受賞者(ヴァルキリー)の動きをトレースするシステムで、確かあれは……」

 

「そう、IS条約で禁止されている。それがお前のISに積まれていた。巧妙に隠されてはいたが、ある一定の発動条件………機体の蓄積ダメージ、操縦者の精神状態、何より操縦者の強い願望。それらが揃うと発動するようになっていたらしい。現在学園からドイツ軍に問い合わせている。近く、委員会からの強制捜査が入るだろう」

 

千冬の言葉を聞きながら、ラウラはぎゅっとシーツを握り締める。その視線はいつの間にかと俯き、虚空を彷徨っていた。

 

「私が………望んだからですね」

 

織斑千冬になる事を。『強者』で居続ける事を。

 

言葉にこそ出さなかったが、それは千冬に伝わった。

 

「私からお前に言う事はない。ただ一つ、言えるとすればお前は私にはなれんぞ、こう見えてアイツの姉は心労が絶えんのでな」

 

実に千冬らしい。励ますとも突き放すとも取れない発言にラウラは思わず笑みをこぼす。部屋を出て行こうとした千冬はそれから、と付け足す。

 

「もうすぐここにお前を助けた奴が来るが、あれは私の弟では…………いや、私の口から言うのは面白味に欠けるな」

 

後半何かを言いかけた千冬は直前で言い淀み、保健室を後にした。

 

その一分後、部屋に入ってきたのは頭と腕に包帯を巻いた将輝だった。

 

「やあ、大きな怪我はないみたいで何よりだ」

 

「織斑一夏……そうか。私はお前に敗れたのだな」

 

流石は教官の弟だ。自身が負けてしまうのも無理はない。そう納得しかけたラウラだったが、次の将輝の言葉によりそれは打ち砕かれた。

 

「俺は織斑一夏じゃないよ」

 

「………何?」

 

「だから、俺は織斑一夏じゃないよ、藤本将輝だ」

 

「…………」

 

思わず言葉を失うラウラ。今の今まで敵視していた相手が実は人違いだったのだから、そうなるのは当然だ。

 

「何故そう言わなかった」

 

「君が俺の話を聞かなかったからね」

 

将輝の訂正発言に悉く言葉を重ねていたのを今更ながらに思い出す。あの時ラウラは所詮は戯言と聞く耳を持っていなかった為に続いていた勘違い。それが今解消された。

 

「ふ、ふふふ、ははははははははははっ!」

 

引きつるような痛みなどそっちのけで笑うラウラ。笑わずにはいられない。散々愚鈍や間抜け面とバカにしてきた相手が実は織斑一夏で認めていた人物の方が藤本将輝だったのだから。

 

「そうか………貴様は織斑一夏ではないのだな……」

 

「残念ながらね」

 

私闘の時は理解出来なかったが、今ではセシリアが将輝を侮辱されて怒った理由が何となくラウラにはわかった。自分よりも強い人物を貶すなど愚かな行為以外のなにものでもない。そう思うと再度ラウラは笑う。

 

ひとしきり笑った後、ラウラは真っ直ぐに将輝を見つめる。

 

「一つ、聞いてもいいか?」

 

「うん?答えられる質問なら」

 

「お前はどうして強い?」

 

素朴にして単純な疑問。けれどラウラにとってそれは何よりも重要な疑問。『力こそが全て』。その理念を元に生きてきたラウラ。それを言葉でも実力でも真っ向から否定したのが将輝だった。故に聞きたかった。本当の強さの在り処を。

 

ラウラの疑問に将輝は考える素振りも見せず、けれど恥ずかしそうに口にした。

 

「俺には護りたい人がいる。その人の為になら俺はなんだってするし、命も捨てる覚悟がある」

 

「好きなのか?その者が?」

 

「うん。だから俺はその人の事を護れるくらい強くなりたいんだ。今はまだ未熟だけど、絶対に強くなる。そういう意志を持てるから、多分俺は強くあれると思うんだ」

 

「強くあろうとする意志か…………私にはわからないな」

 

「ならこれからゆっくりと知っていけばいいじゃん。時間は一杯あるんだから」

 

「ッ⁉︎」

 

「何せ三年もあるんだ。自分探しの時間は山ほどある。その間に自分が誰なのか、強さとは何なのかを考えていけばいいさ。少なくとも、君は織斑千冬にはなれないし、力だけで積み上げてきたものはセシリアが壊した。またゼロからのスタートだ。気楽にやりなよ、ラウラ・ボーデヴィッヒ」

 

将輝はラウラの返事も聞かず、一方的にそういうと保健室を後にする。

 

(教官とあの男は姉弟ではない………そう聞いたばかりだというのに)

 

先程の台詞も去り際の様子もまるで照らし合わせたかのようにそっくりだった。言いたい事だけ言って、後は全て相手に投げる所も有無を言わせない素振りも何もかもだ。

 

(自分探し……か。それも良いかもしれんな)

 

ベッドに横たわるラウラは優しい笑みを浮かべていた。

 




戦闘描写があれですいませんでした!

あんまり暴走ラウラを強く設定したもんだから、終わらせ方に無理矢理感が凄く出てしまいました。一応伏線でありますが。

因みにこれでオリにラウラが惚れた!と言うことは無いです。どちらかというと恩人的な立ち位置ですので、断じてタイトル詐欺なんかじゃないです。本当です。


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和解

 

VTシステムの一件から、数日が経過した頃。

 

将輝は彼女ーーーラウラ・ボーデヴィッヒにストーキングされていた。

 

否、堂々としすぎて果たしてそれがストーキングなのかどうかはわからない。けれど、就寝時間以外の将輝の行動に照らし合わせたかのように彼女は行動していた。そして現在もまた夕飯を摂る将輝の真正面に彼女は堂々と座っていた。

 

「あのさ」

 

「何だ?」

 

「何でそんな四六時中俺と行動パターンが一緒なの?」

 

「偶然だな」

 

ラウラは何時もそう言う。試しにわざとズラしてみてもそれを読んでいたかのごとく、彼女もズラしている。こうして「何故?」という疑問に対しては「偶然」の一点張り。其処まで偶然が続いたら、それは最早必然である。

 

「もしかして自分探しの例に俺を観察してるとか……………まあ、それは自意識過剰ってものかな」

 

ハハハと笑う将輝にラウラの行動がフリーズし、やたらと冷や汗をかきはじめた。

 

「な、何故わかった……」

 

「え?嘘、マジ?」

 

「ああ。私が出した強さの答えはお前とセシリア・オルコットに壊された。どうしたものかと考えた結果、教官を観察しては怒られるし、前と同じ答えに行き着きかねん。かといってあの間抜け面ーーー織斑一夏からは何かを学べるとは思えん。そうなるとやはりお前を観察して、強さの意味を感じ取るだけだ」

 

「だからって毎度毎度ストーキングされる俺の身にもなってよ……」

 

「固いことを言うな。減るものでもあるまい」

 

「多分何かが一杯減ると思う」

 

モグモグと将輝と同じ料理を食べるラウラ。こう何もかも模倣されるのはむず痒いというのが将輝の心情だ。しかし、どれだけ言ってもやめないのも事実。そこは目を瞑る他ない。

 

「ああ、そう言えば」

 

ラウラが何かを思い出したかのような素振りを見せ、手にしていた箸を将輝へと向ける。

 

「お前、我が特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』に入る気はないか?」

 

それを聞いて将輝は飲んでいたお茶を盛大に吹き出した。それはラウラに思いっきりかかるが、ラウラはそれに対して文句を言わず、ハンカチで拭いている。

 

シュヴァルツェ・ハーゼ。それはラウラが小隊長を務める特殊部隊の名称で、彼女達の主な武装はISだ。ということはつまり女所帯と言うことになる。

 

「何でそういう結論に至ったか、理由を説明してくれる?」

 

「この数日、お前を観察していて気付いたのだ。お前は剣術以外にも武術の心得があるな?」

 

「うん……まあ、あるといえばあるかな」

 

「我が隊はIS戦を主とした特殊部隊だが、お前はISに乗れるだろう?其処で答えをお前から見つけるという意味合いも込めて、お前を我が隊に誘おうと思ったのだ。それに私はお前が気に入っているからな」

 

「お前は私の嫁だ!とか言わないよね?」

 

「はぁ?何を言っている、性別上、嫁と呼ばれるのは私だろう。それに誰がそんな頭の悪い事を言うものか」

 

ラウラは心底呆れ返った表情でそう言うが、その頭の悪い発言を原作で自分がしている事を彼女は知らない。知る由もない。

 

「ということで少し先の話になるが、夏休みにドイツに来い。盛大に歓迎してやる」

 

「拒否権は?」

 

「あると思っているのか?」

 

「ですよねー」

 

将輝は最早苦笑を浮かべるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?学年別トーナメント中止になったの?」

 

学年別トーナメントに向けて勘を取り戻そうと頑張っていた将輝は予想だしない事態に間の抜けた声をあげた。

 

「うむ。何でも専用機持ちが三人も出場出来ない事が関係しているそうだ」

 

先日の一件でセシリアと鈴とラウラは機体に重大なダメージを負い、また搭乗者も軽くはない怪我を負った事で学年別トーナメントに出場出来なくなった。おまけにVTシステムという代物をドイツが秘密裏に搭載させていた事もあり、それどころでは無くなってしまったというのもある。

 

「そっか。残念だなぁ、割と楽しみにしてたんだけど」

 

「私もだ。自身がどのくらい強いのかを知れるいい機会だと思ったのだがな。……………そ、それに優勝したら告白しようと思っていたしな」

 

「うん?最後何か言った?」

 

「な、何でもない!ああ、何でもないぞ!うは、うははは」

 

手をブンブンと横に振りながら、強く否定する箒。あまりに必死そうに見えた為、将輝もそれ以上の追求を止める。

 

「そういえば今日はボーデヴィッヒの奴はいないようだな」

 

箒の言う通り、今日ラウラは将輝を観察もといストーキングしていない。それは学習した、というわけではなく、別の用事があったからだ。

 

「多分ラウラはセシリアの所に行ってるんじゃないかな?」

 

「何?セシリアの所だと?」

 

そう聞いて箒は眉をひそめる。彼女の反応は当然だろう。箒がセシリアから聞いた話ではセシリアは将輝を侮辱されて、ラウラと闘う選択肢を取ったのだ。そしてここ数日、彼女はラウラを視界に入れようともしない。もし箒自身がセシリアと同じ事を言われていたら、同じく彼女と闘い、勝敗はさておいて、目も合わせたくないと思うのは当然だろう。

 

「彼女は彼女なりに思う所があるんだと思うよ。普段温厚なセシリアが怒るんだから何を言われたのかは気になるけどね」

 

(お前の事を貶されたのだ、怒らない方が難しい。それにしても…………まさか将輝も一夏と『同じ』なのか?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅茶を飲んでいたセシリアはノック音にそれを中断し、席を立つ。

 

「どちら様で?」

 

「私だ。ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 

ラウラの声を聞いた途端にセシリアは露骨に不愉快そうな表情を浮かべる。しかし、部屋には現在セシリアしかおらず、ラウラも外にいる為、それは伝わらない。

 

「……何の用ですか?」

 

表情につられて、声も自然と低くなる。ドア越しにもわかるセシリアの嫌悪感をラウラは流し、要件だけ告げる。

 

「先日の一件について、謝罪を述べようと思ってな。嫌ならこのままでいいから、話を聞いてくれ」

 

「………どうぞ」

 

セシリアは扉を開け、ラウラに中に入るように促す。ラウラはセシリアがまさか部屋に入れてくれるとは思ってもいなかったので、一瞬目を丸くし、部屋へと入る。

 

「それで謝罪というのは……」

 

「ああ。藤本将輝の事だ。すまなかった」

 

ラウラはそう言って頭を下げる。謝るといっても口だけだろうと思っていたセシリアはラウラが頭を下げたことに目を瞬かせる。

 

「私の勘違いであの男を侮辱したことについて全面的に謝罪する。あの男は愚鈍でも間抜け面でもない。優秀な人間だ」

 

「もちろんです。将輝さんはとても優秀な方です」

 

「お前があの男に惚れているのも頷ける」

 

「…………もしやとは思いますが、貴方まで……」

 

「安心しろ。私はあの男に惚れている訳ではない。ただ尊敬出来る人物ではあるがな」

 

そう聞いてセシリアはホッと胸を撫で下ろした。ただでさえ、箒という強力なライバルがいるというのに其処にラウラが参戦してきては確実に修羅場となる。

 

「それを踏まえた上で聞きたいのだが……………いや、やはり何でもない」

 

「?」

 

「要件はこれだけだ。邪魔をしたな、セシリア・オルコット」

 

「セシリア。で構いませんわ。ラウラさん」

 

「そうか。ではセシリア、また明日」

 

「ええ、また明日」

 

かくしてセシリア・オルコットとラウラ・ボーデヴィッヒは和解する事となった。

 

 

 



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発覚

 

織斑一夏は現在、危機に瀕していた。

 

危機と言っても、肉体的な方ではない。精神的な方だ。

 

精神的な危機は得てして回避するのが難しい。殆どが偶然から起きるものだからだ。それだというのに及ぼす被害や影響は尋常ではない。

 

現在一夏が置かれている状況もまた、尋常ではなかった。

 

何故なら今の今まで男だと思っていた同居人が女だったのだから。

 

偶然だった。シャルルがシャワーを浴びている事を知らなかった一夏が洗面所兼脱衣所に入った時、ちょうどシャルルがシャワーを浴び終えて出てきたのだ。

 

普段からシャワーを浴びている時は洗面所に入ってきてはいけないと口を酸っぱくして言っていたシャルルはタオルを身体に巻いた状態で出てきたのだが、当然その身体にはコルセットを着けておらず、早い話が女性特有の膨らみを隠せていなかったのだ。

 

「シャ、シャルル……?」

 

「い、一夏……」

 

気まずい沈黙。数十秒間、顔を見合わせた後、一夏が口を開く。

 

「そ、外に出て待ってるな」

 

「うん」

 

一夏は脱衣所から出て数分待つとガチャと扉が開かれる。気持ち控えめに開けられたというのに、一夏には何より大きく聞こえて、身体が強張る。

 

「一夏」

 

「シャルル……だよな?」

 

「うん。本名じゃないけどね」

 

一夏の向かい側の椅子に座るシャルルの服装は普段と同じシャープなラインが格好いいスポーツジャージだ。しかし、胸を隠すためのコルセットをしていないので、身体のラインがくっきりと浮かび上がっている。当然、その女性特有の膨らみもだ。

 

「僕の…………ううん。私の本名はシャルロット・デュノアっていうんだ」

 

「なんで男のフリを……?」

 

「デュノア社を助ける為」

 

「え?」

 

「今ね。デュノア社は経営危機に陥ってるの。デュノア社は量産機ISのシェアが世界第三位だけど、結局それは第二世代型なんだ。ISの開発っていうのはもの凄くお金がかかるんだ。殆どの企業は国からの支援があってやっと成り立ってるところばかりだよ。フランスは欧州連合の統合防衛計画『イグニッション・プラン』から除名されているから、第三世代型の開発は急務なの。それでデュノア社も第三世代型を開発していたんだけど、元々遅れに遅れての第二世代型最後発だから、圧倒的に時間もデータも不足していて、なかなか形にならなかったんだよ。それで政府からの通達で予算を大幅にカットされて、次のトライアルで選ばれなかった場合は全面カット、その上でIS開発許可も剥奪するって流れになったんだ」

 

「もしかして男装して、ここに入学したのは」

 

「そう。一夏や将輝と接触しやすいからなんだ」

 

異性として接触するよりも同性の方が相手も気を許す。下手に色仕掛けをするよりもリスクは少なく、それでいて難易度も低い。そしてシャルロット自身も念には念を入れ、男子としての振る舞いを二ヶ月かけて身に染み込ませた。バレる心配など全くしていなかったのだが、一夏のラッキースケベによってあっさりと露呈する事になった。そしてそれは図らずも将輝の忠告通りになったのである。

 

「私ね、妾の子なんだ」

 

「ッ⁉︎」

 

妾の子つまり愛人の子どもということは普通に世間を知る一夏にもわかる。

 

「引き取られたのが二年前。お母さんが亡くなった時にね。デュノア社の社長の父がやってきたんだ。色々と検査をする過程でISの適正値が高い事がわかって、非公式だけどテストパイロットをしてたんだ」

 

シャルロットの話を一夏はただ黙ってしっかりと話を聞くことに専念する。

 

「デュノア社の人達は皆優しくて、妾の子の私にも普通に接してくれた。本妻の人も私の事を本当の娘のように扱ってくれた。父も私の事を本当に大切にしてくれた。だからこそ、私はデュノア社を助けたかった、一夏にも少し前には将輝にもバレたけどね」

 

「誰も反対しなかったのか?」

 

「されたよ。それはもう反対の嵐。けど、そうしなきゃデュノア社が皆の居場所が無くなっちゃうから。反対を押し切ってここに来たんだ。一夏や将輝のISデータを盗む事が出来れば、デュノア社の第三世代型開発は大幅に進むだろうから」

 

それでも毎日のようにシャルロットに電話がかかってくる。それは全てシャルロットの身を案じたものであり、シャルロットが彼等に愛されているというのが実によくわかる。それ故にシャルロットは何としてでもデュノア社を経営危機から救いたかった。

 

物心がつくまえから両親を持たず、親の愛情を知らずに育ってきた一夏にはシャルロットがどんな胸中でその選択をしたのかはわからない。けれど彼女の『護りたい』という確固たる意志だけは確かに伝わった。

 

「本当に俺のISの稼働データがあれば、助けられるんだな?」

 

「わからないけど、確率は飛躍的に上がるよ」

 

「じゃあ持っていけ。白式の稼働データ」

 

「え?ホントに?」

 

一夏の突然の提案にシャルロットは目を丸くし、思わず聞き返してしまう程に驚いていた。

 

「助けられる奴を見捨てるなんて俺には出来ない。それにシャルル……じゃなかったシャルロットの事だって、俺達が黙ってればいいしな」

 

「一夏……」

 

二人が話をしている頃、その部屋の前に将輝が扉に背を預けるようにして立っていた。何時からいたのかというと二人が話を始めてすぐからだ。一夏の部屋を訪れた将輝がノックをしようとした時にシャルロットの声が聞こえ、結果的に今に至る。

 

(助けられる奴を見捨てるなんて出来ない……か。思ってもそう言葉に表せる人間は少ない)

 

一夏だからこそ、口に出来る言葉。『皆を護りたい』それが織斑一夏の強さ。そして弱さでもある。少なくとも今の一夏では自身を守る事すら億劫だが、将来的には皆を護るだけの力を手に入れるだろう。それだけの才能と恵まれた環境にいるのだから。

 

「だけどな。気をつけた方がいい、お前の『それ』は必ずしも良い方向には働かんだろうからな」

 

ポツリと将輝の呟いた一言は誰の耳に届くでもなく、夜の静けさにゆっくり溶けていった。



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動き出す災厄

 

翌日。朝のHRにシャルロットの姿はなかった。

 

一夏が起きた時にはその姿はなく、彼女を見た生徒もいなかった。

 

その事に一夏は、もしかしたらシャルロットがフランスに帰ってしまったのでは?と勘繰ったが、それもすぐに杞憂に終わった。

 

「シャルロット・デュノアです。皆さん、改めてよろしくお願いします」

 

ぺこりと一礼するシャルロット。その姿は男装していた時の男物の制服ではなく、ちゃんとした女子の物だった。

 

「ええと、デュノア君はデュノアさんでした。はぁぁ…………また寮の部屋割りがぁぁ………」

 

 

教室に入ってきた時から溜め息を吐いていた真耶の憂いはシャルロットが男ではなく女だった事よりも寮の部屋割りを考える方だった。

 

「え?デュノア君って女……?」

 

「おかしいと思った!美少年じゃなくて美少女だったわけね」

 

「って、織斑君、同室だから知らないって事はーーー」

 

一人の女子の言葉にクラスメイトの殆ど全員の視線が一夏へと向けられ、教室が一斉に喧騒に包まれた。

 

「お、俺も昨日偶々知ったんだ!別に黙ってたって訳じゃない」

 

「そうだよ。一夏は昨日偶々私の裸を見て知ったんだよね?」

 

「そ、そうなんだ!うっかり約束忘れて…………え?」

 

すかさず入ったシャルロットのフォロー(一夏のものとは言っていない)に同意した一夏だが、すぐにそれが墓穴を掘っている事に気がついた。だがしかし、既に同意はしてしまっている。

 

「いつかはするのではないかと思っていたが…………一夏。せめてもの情けだ、私が介錯をしてやる」

 

「度々発言にデリカシーの無い方とは思っていましたが、淑女の裸体を無許可で見たとあってはデリカシーが無いでは済みませんわよ?」

 

「間抜けの上に変態か。つくづく救いようのない阿呆だな」

 

そう言いながら箒は帯刀していた日本刀をすらりと抜き放ち、セシリアはISが修理中の為護身用にラウラから借りているハンドガンのセーフティを解除する。ラウラは特にどうする事もないが、その視線はごみ虫を見るかのような冷ややかな視線だった。

 

「ち、違う!あれは事故なんだ!不可抗力なんだ!」

 

「そうそう。一夏はうっかりさんなんだよね。私が普段から何回も釘を刺してるのに忘れちゃうんだもんね。あ、もしかして本当は見たかったとか?ごめんね、タオル巻いてて」

 

「ちょっ⁉︎シャルロット!それフォローになってない!火に油を注いでるだけ!」

 

「まさかお前にそんな変態趣味があったとはな。一度死んで出直してこい」

 

「一度と言わず十度の方がよろしいかと」

 

変態を成敗すべく居合の構えから箒が一夏に向けて剣戟を放ち、セシリアも弾の装填された(四発当たればバッファローも昏倒する特殊なもの)ハンドガンを一夏に向けて発砲したその時。

 

「騒々しいなぁ………ほえっ?」

 

「ま、将輝⁉︎」

 

つい先程まで机の上眠りこけていた将輝が運悪く目を覚まし、頭を上げた。その頭は箒の抜きはなった一撃の線上で目の前まで剣先が接近していた。必死に止めようとする箒だが、もちろん止められるはずも無く、将輝の頭と胴体は綺麗に泣き別れする…………事はなかった。

 

「やれやれ、いくら馬鹿で愚鈍で間抜けで変態とはいえ、一応教官の大切な弟である織斑一夏を助けようとしたのだが…………まさか藤本将輝の方を助ける事になるとはな」

 

ラウラが日本刀をサバイバルナイフで受け止めたお蔭でその剣先は首元まで僅か二センチ辺りで止まっていた。

 

「あ、ラウラおはよう」

 

状況が状況だというのに将輝は何事もなかったかのように寝起きの挨拶をする。

 

「ああ、おはよう。挨拶はさておき避けろ、私がいなければ死んでいたぞ」

 

「ごめんごめん。寝起きだったし、ラウラが近くにいたから」

 

「信頼するのは結構だが、私とて万能ではないのだ。次からは避けるように」

 

「流石に今の状況が何万回起きても俺には避けられる気がしないんだけど……」

 

頭を上げた直後に首に向かって居合抜きなどそもそも避けられる人間はいない。最強な方々はまずそんな状況を作らないのでカウント外。よってそれ以外の人間に限定されるが避けられる者はいない。

 

「将輝!大丈夫か!」

 

「大丈夫だよ、頭と胴体がオープンゲットしてないから」

 

なおこのオープンゲットは二度合体する事はない為、永遠にチェンジしない。

 

「すまない、其処の変態を成敗しようとしたのだが……」

 

「変態?」

 

箒の指差した先には机に突っ伏したまま微動だにしない一夏。そしてその目の前には女子の制服を着たシャルロットがいる。将輝はそれを見て「ああ、一夏のやつ、結局やっちまったんだな」と一夏のラッキースケベに呆れかえる。

 

「なんで一夏が意識とんでるのかは大体わかったけど、これ起こさないとマズくない?」

 

「確かに。クラスで揉め事が起きたとあっては千冬さんが黙っていないな」

 

「教官のお手を煩わせる訳にはいかんな。そら、起きろ織斑一夏」

 

「ぐえっ⁉︎…………あれ?何があったんだ?」

 

流石は軍人と言うべきか、見事な手際で意識を失っていた一夏を文字通り叩きおこす。潰されたカエルのような悲鳴を上げながら起きた一夏はいつの間にか事態が収拾している事に疑問を浮かべ、真耶はこれを好機とばかりにSHRを終わらせようとする。

 

「で、ではSHRを終わります!そ、それでは〜」

 

あ、逃げた。一組の全員がそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今朝の騒動が落ち着きを見せた頃、シャルロットは『改めて皆と仲良くしたい』と事の顛末を全て話した。彼女としては真実を伏せたままでは本当に仲良くなれないと考えての非難覚悟の行為だったが、彼女の予想を裏切り、他の生徒は快く彼女を受け入れた。

 

そして現在、シャルロットは一夏にもう一つ話をしていた。

 

「私が男装をやめたのは、一夏や将輝にバレたからってだけじゃないんだ」

 

「へ?そうなのか?」

 

てっきりそれが理由なのかと思っていた一夏は思わず訊き返す。

 

「昨日話したでしょ?反対を押し切って此処に来たって。元々デュノア社の皆は私の男装に猛反対してたんだ。で、昨日一夏がシャワーを浴びてる間にバレたってお父さんに電話したら、『バレたならもう男装はやめなさい』って言われちゃって」

 

「それでいきなり男装やめたのか。納得した」

 

「それでね。一応バレるまでの経緯をお父さんに話したらーーー」

 

「話したのかよっ⁉︎」

 

「『今度織斑一夏くんをフランスに招待しよう。盛大に歓迎するよ……フフフ』って言ってた。良かったね、一夏。お父さん、一夏の事を気に入ってくれてるみたいで」

 

(絶対別の意味での歓迎だーーッ⁉︎)

 

「あ、後ね、一夏」

 

デュノア社社長からの見えない威圧により顔を青くしている一夏の横でシャルロットがもじもじとしながら、けれど言うときは満面の笑みでこう言った。

 

「責任取ってね♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地図上にはないとある島。誰も知らないその島には誰も知らないラボがあり、其処には誰もが知っている人物の姿があった。

 

「ほうほう。『夢幻』の稼働率は四十パーセントかぁ〜」

 

宙に浮かんだディスプレイを操作している彼女の瞳に映っているのは無人機を撃破までの一部始終。そして先日のVTシステムの一件の一部始終。彼女が興味を向けているのは無人機でもVTシステムでもない。そもそも無人機は()()が差し向けたものであるし、VTシステムなんて不完全な物は見ていて実に不愉快だった。つい先日自身の唯一の友人から念の為の確認を取られたが、その時も自身が全く関与していない事は納得させた。天才たる自身は十全の代物以外作らないのだから。

 

不完全で不細工な代物を作った施設は既に彼女の手によって世界から消えている。死傷者がゼロなのは別に彼女が平和主義者だからという訳ではない。意図的に死傷者をゼロにはしたが、正直生きようが死のうがどうでも良い。彼女にとっては四人ーーーーー二年前にはもう一人増えて五人となったが、その者達以外の生き死には彼女の知るところではない。

 

「仕込みは上々。覚醒まで後もう一押しって所かな」

 

次に映し出されたのはアメリカの軍用ISの演習。そしてそれと日を同じくしてIS学園の臨海学校。

 

「良いこと思いついちゃったぁ〜♪」

 

手をポンと叩き、思い立ったが吉日とばかりに彼女は無邪気な笑みを浮かべて準備に取り掛かる。けれど彼女の事を知る者はその笑みが良からぬ事を考えている笑みであるとすぐにわかる。

 

「私を失望させないでねーーーーー藤本将輝くん?」

 

 

 

 

 



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原作三巻〜紅と銀、そして失われゆく無〜
生じるズレ



原作三巻突入!

ある意味ここからが正念場!頑張って面白く描いていきたいなと思います!


 

七月。

 

暑さもいよいよ本格的になってきた頃。

 

今日も今日とて出席簿アタックの音が冴え渡る。

 

理由は毎度ながらの一夏の言動。最早毎日の恒例行事にすらなりつつあるそれは一日の始まりの合図と言えた。

 

「今日は通常授業の日だな。IS学園生とはいえ、お前たちも扱いは高校生だ。赤点など取ってくれるなよ」

 

授業数自体は少ないまでも、一般教科も当然IS学園では履修する。中間テストはないが、期末テストはある。よってここで赤点など取ろうものなら、夏休みは補習により返上となる。

 

「それと、来週から始まる郊外特別実習期間だが、全員忘れ物などするなよ。三日間だが学園を離れる事になる。自由時間では羽目を外し過ぎないようにな」

 

(臨海学校……か)

 

七月頭の郊外実習ーーーすなわち臨海学校。三日間の日程のうち、初日は丸々自由時間。もちろん其処は海なので、そこは咲き乱れる十代女子。先週からずっとテンションが上がりっぱなしで、一夏も水着が買うのは面倒ではあるけれど、それはそれ。純粋に楽しみにしている。だがその中で一人。唯一将輝だけが憂鬱な表情を浮かべていた。

 

臨海学校という響きだけでいえば、それは素晴らしい事この上ない。女子達の様に三日間の郊外実習に胸を躍らせ、楽しい思い出作りをすることが出来る。自身が彼女らのように何も知らなければ楽しむ事は出来たのかもしれない。彼女達の中で臨海学校=楽しい。に対し、将輝の中では臨海学校=重大イベントなのだ。

 

『福音事件』

 

篠ノ之束の手によって暴走させられた軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』。それを撃破或いは無力化すべく原作キャラである一夏達が二度の激戦の末、撃破する事に成功した。その際一夏は一度瀕死の重傷を負い、一時戦線を離脱するも白式に搭載されていた生体再生機能によって回復し、さらには白式が第二形態移行というこの物語においてかなり重要なイベントがある。そしてもう一人、このイベントでの鍵を担うのが、篠ノ之箒なのである。

 

(はっきり言って臨海学校に行かせたくないんだよな、箒を)

 

何故ならこの福音事件は篠ノ之束が彼女の『専用機持ちデビューを華々しく飾る為』という何とも自分勝手で迷惑極まりない理由が原因なのだ。

 

箒自身が束に頼んで専用機をもらったのだが、それは一夏と共に戦いたいからであって、そのデビュー戦で一夏を死の危険に晒してしまうのだから、はっきり言って篠ノ之束のその行いは本末転倒といえる。

 

なので、もう早い話が箒を臨海学校に行かせない。というのが一番の解決策であるが、それでは箒が可哀想というのもある。せっかくの一年の臨海学校を訳のわからない理由で休ませるというのは考えものだ。故に束を何とか説得するという選択肢を取りたいところではあるが、将輝の忠告で止まるほど彼女はマトモではない。それに理由を話そうものなら確実に怪しまれるのがオチだ。ともすれば

 

(俺がやるしかないよな……)

 

元々その為に付けた力と知恵だ。嫌だという訳ではない。しかし、回避できる危機は回避しておきたいというのもまた嘘偽りない本音なのだ。

 

「………輝!おい、将輝!」

 

「え?あ、何だっけ?」

 

考え込んでいた所為か、何時の間にかSHRが終わり、箒に話しかけられていることにすら全く気がついていなかった。

 

「次の休日の話だ。暇なのかと聞いている」

 

「あー、うん。暇だけど」

 

特にこれといった予定はない。こんな悩みを抱えた状態で遊びに行ける程、将輝の神経は図太くない。

 

「そ、その……だな。もし良ければ「将輝さん!もし宜しければ今度の休日、わたくしの買い物にお付き合いしてくださいませんか?」………」

 

「別に良いよ」

 

「そうですか!ありがとうございます」

 

「どういたしまして………ごめん。箒の用は?」

 

「い、いや、やはり何でもない。気にしないでくれ」

 

箒はそう言ってぎこちない表情を浮かべると足早に席へと帰っていく。明らかに態度が変わった事に将輝は首を傾げたが、おそらく突っ込んではいけない事であろうと彼女に追求する事はしなかった。此度においてその選択はあまり良いものではなかったが、彼は気がつく事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(はぁ………またやってしまった……)

 

一時限目の一般教科の授業。

 

篠ノ之箒は深い溜息を吐いていた。

 

また、と彼女は思っているが、別に彼女は何かをしでかした訳ではない。ただ約束を取り付け損なっただけなのである。けれどそれは箒にとって、その程度で済まされる問題ではない。ただでさえ、セシリアには何かとリードされる事が多く、彼女の振る舞いは箒自身から見てもとても女性らしいもので、見習う部分は多くある。

 

その為に何とか先手を打とうと考えていたのだが、それはどうやらセシリアも同じであったらしく、普段ならば何かしら断りを入れるにもかかわらず、いきなり話を切り出した。そして勢いそのままに彼女に先に約束を取り付けられてしまい、自身が譲る形となってしまった。

 

(大体、将輝も将輝だ!私が話しかけているというのに…………違う違う!そうじゃない!将輝は何も悪くないんだ。あれは後手に回った私が悪いだけで、他の誰も悪くない)

 

何時も感情が暴走しかけた時に何かの所為にしたがるのが自身の悪い所だと自覚している。箒はその度自身を何度も窘めるようにして落ち着かせるのだが、今回は何故か心がそわそわして落ち着かない。怒りや悲しみといった感情ではなく、焦りにも似た感情が心を揺さぶっていた。

 

(何故だろう。まるで将輝が何処か遠い所に行ってしまうような………そんな気がする)

 

真面目に授業を受けている彼の横顔を見る。何時もと変わらない表情で授業に取り組んでいるが、彼は何か思い悩んでいる。それは先程話しかけた時にわかった。普段なら思い悩んでいたとしても彼処まで反応しない事はなかったし、何処かわざとらしい取り繕う素振りも今回は見せなかった。

 

(一体何を考えているのだ……将輝)

 

今気づけなければ後で取り返しのつかない事になるようなそんな気がして、箒は思案するが、結局この日答えが出ることなかった。

 

 

 

 

 

 

 



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デート?

 

 

 

週末の日曜。天気は快晴。夏にしては比較的暑さ控えめな今日。

 

来週から始まる臨海学校の準備とあって、街ではちらほらとIS学園内で見知った生徒達が見える中、将輝もまたつい先日約束をした相手ーーーセシリアと共に街に繰り出していた。

 

「将輝さん。今日は実に良い天気ですね♪」

 

「絶好の外出日和ではあるね。晴れて本当によかったよ」

 

「もう。其処はデート日和と言って欲しいものですわ」

 

そう言って頬をぷくっと膨らませるセシリアに将輝は頬をかく。

 

「ごめん。謝るから怒らないでよ、折角の買い物………じゃなかった。デート日和なんだから」

 

流石に二度も同じ過ちは繰り返さないのが、女子を怒らせない基本だ。特にこの女尊男卑のご時世、一度でも相手を怒らせてしまってはもう色々取り返しがつかなくなってしまう。

 

「ええ。それでは早速行きましょう」

 

「あ、えーと……何処に?」

 

「もちろん臨海学校の為の水着です♪」

 

機嫌を直したセシリアが告げた言葉に将輝はガクリとうな垂れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これとこれ………後これも良いですわね」

 

(ある種の拷問だな、これ)

 

臨海学校で必要な水着を選ぶセシリアを尻目に将輝は自身の置かれている状況に堪えかねていた。

 

何故ならセシリアが水着を選んでいるという事はつまり此処はショッピングモールの水着売り場だとわかる。そしていくら水着売り場と言っても男女の物は当然綺麗に分けられているわけで、将輝は女性用水着売り場のど真ん中にいるという訳だ。気にしない方が難しい。すぐにでも外に出たいが、セシリアを置いて行くわけにもいかず、店内にいる女性客の奇異の視線に晒されながら、只管我慢していた。

 

(あぁ……今回ばかりは早く終わってくれないかな。流石に此処に後半時間いるってなると馬鹿な奴とかが通報しそうだし)

 

ちらりと横目で周囲を見渡してみると何人かの女性客が奇異の視線というよりも明らかに嫌悪というか見下したかのような視線を送ってきているのがわかる。全員でないのが救いではあるものの、もしもセシリアが自身から離れた際に適当な理由をつけられて通報されてしまったらどうしようもない。即有罪。それが男にとって肩身の狭いこのご時世なのだ。

 

「将輝さん」

 

「うん?選び終わった?」

 

「はい。ですので、将輝さんの意見をお聞きしたいと思いまして」

 

そう言ってセシリアが見せたのは鮮やかなブルーのビキニ。パレオがついているタイプのものだ。着れば自身のモデルのようなスタイルがより強調されるものを選んでいる辺り、流石というべきである。色も自身のイメージカラーに合わせてのブルーというのも良い。

 

「良いと思うよ。セシリアにぴったりの水着だ」

 

着れば似合っているのは事実であるし、嘘をつく理由もなかった将輝がそう言うとセシリアはぱぁっと明るい満面の笑みを浮かべる。

 

「で、では!わたくしこの水着を買ってまいりますので、少々お待ちくださいまし!」

 

「ちょっ⁉︎ここで一人にされるとマズい……んだよなぁ…」

 

将輝も制止もセシリアの耳には届かず、セシリアは意気揚々とレジへと水着を持っていった。どうしたものかと考えていた時、ふと見知った顔を視界の端に捉えた。

 

「あれは……ラウラか?」

 

腕を組み、じーっと水着を眺めているのは銀髪の眼帯少女ラウラ・ボーデヴィッヒだ。決め兼ねているのか、それともただ見ているだけなのか、ラウラは水着に手を伸ばすこと無く、ただただ見つめているだけだ。

 

何となくラウラの方を見続けているとラウラも将輝の存在に気付き、歩み寄ってくる。

 

「藤本将輝か。こんな所で会うとは偶然だな」

 

「偶然だね。ラウラも臨海学校の水着を?」

 

「ああ。学園指定の物でも良かったのだが、良い機会だと思って、水着を買いに来たのだが、さっぱりだ。お前にはわかるか?」

 

そうラウラに問われるが、当然ながら将輝が女性用の水着に詳しいはずもない。それどころか自身の物すら何にしたものかと迷っているくらいだ。

 

「いや、俺もさっぱり……となるとセシリアに聞いてみた方が良いな」

 

「む?セシリアもいるのか?」

 

「いるよ。一緒に来てるから」

 

「ならばセシリアに聞くか……………いや、待てよ。将輝と二人で来ているという事は所謂デートというのをしているということか。それなら私が介入すべきではーーー」

 

ラウラは二人がデートをしているという結論に至り、去ろうかとするが、それよりも早くセシリアが帰ってきた。

 

「すみません、将輝さん。少々時間がかかりまして……あら?ラウラさんではないですか」

 

「ちょうど良かった。セシリア、都合が良かったらラウラのも見てあげてくれない?水着選びに困ってるみたいだから」

 

「いや、いい。私は適当なものを「いけませんわ!」ッ⁉︎」

 

適当なものを買っていくと言おうとしたその前にセシリアの声が遮る。

 

「ラウラさんも女性なのですから、適当なもので済ませてはいけません。女性である以上、常に美しさを保たなくては。確かにラウラさんは軍人ですが、それ以前に一人の女性です。今まではそういったことを気にする暇などなかったのかもしれませんが、今は別です。IS学園の生徒になったのですから、身嗜みなどにも気を使う余裕はあるはずです。わからないというのでしたら、このわたくし、セシリア・オルコットがプロデュースして差し上げますわ」

 

ラウラはまだ親しくなって間もないので知らないのも無理はないが、セシリアに適当という言葉を使うのは良くない。身嗜みのことになると完全にスイッチが入る。それは彼女の性格上、中途半端を許さないからだ。ましてや、ラウラの容姿はとても素晴らしいもの、それを台無しにしてしまうというのは友人として見過ごせない。故にセシリアはラウラのプロデュースをする事にした。

 

「ラウラさん。私服は持っていらっしゃいますか?」

 

「持っていない」

 

水着どころかそもそも、私服の必要性すら感じていなかったラウラはIS学園の制服と軍人服しか持っていない。嘘をついても仕方がないので、正直にそう言うとセシリアは頷く。

 

「でしたら、この際です。水着だけではなく、私服も方も購入しましょう。わたくしがバッチリラウラさんに見合った服をお選びして差し上げますわ」

 

「…………」

 

「諦めろ、ラウラ。こうなったら、セシリアは止まらん」

 

将輝とセシリアのデートは、ラウラのプロデュースにクラスチェンジする事になり、それは昼食を挟んで夕方まで続く事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「き、今日は疲れた……」

 

「わたくしはとても素晴らしい一日を過ごせましたので、良かったです」

 

いつの時代も男にとって女性の買い物に付き合うというのは堪えるようで、終始上機嫌だったセシリアとは対照的に将輝は疲弊しきった顔をしていた。

 

ラウラはというと、既に二人とは別れており、この場にいないが、彼女も初めての友人との買い物という事もあり、将輝以上に疲弊していた。

 

(まぁ、楽しかったのは事実だし、途中で一回抜け出すのに苦労したけど買いたいものも買えたからいいか)

 

目前に臨海学校という戦場を控えているのに、案外自分は能天気なのかもしれないと将輝は思うが、買い物をしていた最中もその事が頭の中から離れていなかったのも事実だ。

 

その時、ふとセシリアに自身の迷いの事について聞いてみたくなった。

 

「なあ、セシリア」

 

「なんですか?」

 

「セシリアさ。もし俺が命と引き換えに君を救ったとして、それは嬉しい?」

 

「嬉しくありません」

 

迷う素振りも考える素振りも見せず、真っ直ぐな瞳でセシリアは答えた。

 

「逆に聞きますが、わたくしが命と引き換えに将輝さんを救ったとして嬉しいですか?」

 

「嬉しくないね」

 

何となくわかっていた答えだ。命と引き換えに救われた人間が嬉しいと思えるのは見知らぬ誰かの時ぐらいだ。近しい者なら、自身の非力と不甲斐なさを噛み締めて、悲しみにくれるだろう。そしてその後、救われた者は救った者の命を背負って生きていかなければならない。それを初めから嬉しいと思える人間はそういないだろう。

 

「ありがとう、ちょっと悩みが晴れたよ」

 

「それは良い事です。では、そろそろ時間ですし、IS学園の方へ帰りましょう」

 

「了解」

 

スタスタと二人並んで帰路に着く。先程はああ言ったけれど、将輝の表情にはまだ陰があった。

 

(わかってる。そんな事をしても喜ばれないのは。ただの自己満足だ……けど、それでも俺は…………)



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臨海学校と言う名の戦場へ

 

「海っ!見えたぁっ!」

 

トンネルを抜けたバスの中でクラスの女子が声を上げる。

 

臨海学校初日、天候にも恵まれて無事快晴。陽光を反射する海面は穏やかで、心地良さそうな潮風にゆっくりと揺らいでいた。

 

「おー。やっぱり海を見るとテンションあがるなぁ」

 

「…………そうだな」

 

「なんだ?酔ってるのか?テンション低いな」

 

「……乗り物弱いんだよ、俺」

 

開いたバスの窓から顔を出している将輝はまだ始まったばかりだというのに既にグロッキー状態だった。

 

将輝は元々乗り物に弱く、普段は寝て凌ぐのだが、いかんせん女子が五月蝿い為に寝れず、こうして酔ってしまい、吐き気を堪えるのに必死で、自然と口数も少なくなっている。

 

隣に座る一夏はそんな将輝の背中をさすりながら、外の海を眺めている。

 

「本当に大丈夫ですか?将輝さん?」

 

通路を挟んで向こう側の席に座るセシリアが心配そうに将輝へと話しかけるが、将輝の方は大丈夫ではないというジェスチャーのみを返すだけで何も言わない。

 

「ふむ。藤本将輝の弱点は乗り物か」

 

心配するセシリアの隣では腕を組んだラウラが冷静に分析するような口調でいうが、それについては別段興味がないのか、将輝の方に視線を向けることはない。

 

「その様子では彼方に着いても一緒に泳げなさそうだな」

 

残念な表情でそう言うのは後ろの席に座っている箒。将輝はそれに「頑張る」とだけ答えるが、はっきり言って、頑張れそうにないのは目に見えている。

 

「将輝、何なら席、私と変わる?」

 

気を利かせて席を変わるように言ってくれているのはやや離れた席にいるシャルロット。人数上、彼女は一人で席を使っているので、変われば横になれるが、その代わり全方位女子という寧ろ余計に疲れるので、このままで良いと断る。

 

「そろそろ目的地に着く。全員ちゃんと席に座れ」

 

千冬の言葉で席を移動していたりした女子達はさっとそれに従う。相変わらずの指導能力の高さは世が世なら天下を統一していた事だろう。最も統一していないだけで、頂点は取っているが。

 

言葉通り、程なくしてバスは目的地である旅館前に到着。四台のバスからIS学園一年生がわらわらと出てきて整列した。

 

「それでは、ここが今日から三日間お世話になる花月荘だ。全員、従業員の仕事を増やさないように注意しろ」

 

『よろしくお願いしまーす』

 

千冬の言葉の後、生徒全員で挨拶をする。この旅館は毎年お世話になっている旅館で、年齢は三十代くらいの着物姿の女将さんが丁寧にお辞儀をする。

 

「はい、こちらこそ。今年の一年生も元気があってよろしいですね」

 

ふと、目線が一夏とあった女将は千冬に尋ねる。

 

「あら、こちらが噂の……?」

 

「ええ、まあ。今年は男子が二人いるせいで浴場分けが難しくなってしまって申し訳ありません」

 

「いえいえ、そんな。それに、いい男の子じゃありませんか。しっかりしてそうな感じを受けますよ」

 

「感じがするだけですよ。挨拶をしろ、馬鹿者」

 

「お、織斑一夏です。よろしくお願いします」

 

ぐいっと頭を押さえつけられるようにして、無理矢理頭を下げさせられる一夏。今しようとしたのに、という視線は案の定スルーされる。

 

「ところで、もう一人の男の子は……」

 

「それなら……………ご覧の通りです」

 

後方を見た千冬は視線の先で箒達に介抱されている将輝に口を閉じて、微妙な表情をする。女将も千冬のその表情を見て、苦笑する。

 

「清州景子です。よろしくね、織斑一夏くん。藤本将輝くん」

 

そう言って女将はまた丁寧にお辞儀をする。その動きは先程と同じく気品のあるもので、大人な対応に一夏は言い知れぬ緊張感を持つ。

 

「それじゃあみなさん、お部屋の方にどうぞ。海に行かれる方は別館の方で着替えられるようになっていますから、そちらをご利用なさってくださいな。場所がわからなければいつでも従業員に訊いてください」

 

女子一同は、はーいと返事をするとすぐさま旅館の中へと向かう。一夏と将輝も取り敢えずは荷物を置く為、将輝は一夏に肩を借りて、自分達の部屋へと向かう。

 

因みに初日は終日自由時間。食事は旅館の食堂にて各自取るようにと言われている。

 

「ね〜、おりむ〜、ふじも〜ん」

 

何処か気怠げでゆったりとした口調で二人を呼ぶのはのほほんとした雰囲気が特徴の布仏本音だ。例によって亀のようなスピードで二人に向かってきていた。眠たそうにしている顔は素だ。

 

「二人とも部屋どこ〜?一覧書いてなかったー。遊びに行くから教えて〜」

 

その言葉で周囲にいた女子が一斉に聞き耳を立てる。しかし、当の二人も部屋については何も知らず、首を横に振る。

 

「織斑、藤本、お前達の部屋はこっちだ。ついてこい」

 

千冬の呼び出しを待たせるわけにはいかず、二人は本音と別れ、千冬についていく。

 

「ここだ」

 

「え?ここって……」

 

ドアにばんと貼られた紙は『教員室』と書かれている事から、ここが教員用の部屋であるのは誰にもわかる。

 

「最初は二人部屋という話だったんだが、それだと絶対に就寝時間を無視した女子が押しかけるだろうということになってだな。結果、私と同室になったという訳だ」

 

はぁ、と溜め息をついて千冬が告げる。

 

確かに効果は絶大で、おそらく誰もそんな地雷を自ら踏みに行くような真似はしないだろう。虎穴に入らずんば虎子を得ずとは言うが、この場合虎穴に入ったまま帰れなくなる。

 

そうして部屋の中に入る許可が下り、三人は部屋の中に入る。

 

三人部屋という事もあって、広々とした間取りになっていて、外側の壁が一面窓になっている。そこから見える風景はこれまた素晴らしいもので、海がバッチリ見渡せる。それ以外にもトイレ、バスはセパレート。しかも洗面所まで専用の個室になっている。ゆったりとした浴槽は男でも脚が伸ばせる程に大きい。

 

「一応、大浴場は使えるが男のお前たちは時間交替だ。本来ならば男女別になっているが、何せ一学年全員だからな。お前達二人の為に残り全員が窮屈な思いをするというのはおかしいだろう。よって、一部の時間のみ使用可だ。深夜、早朝に入りたければ部屋の方を使え」

 

「わかりました」

 

「……了解っす」

 

「さて、今日は一日自由時間だ。荷物も置いたし、隙にしろ」

 

「えっと、織斑先生は?」

 

「私は他の先生との連絡なり確認なり色々とある。しかしまあーーー」

 

こほんと咳払いをする千冬。これは彼女なりの照れ隠しの一つだ。

 

「軽く泳ぐくらいはしよう。どこかの弟がわざわざ選んでくれたものだしな」

 

「そうですか。じゃあ、俺はこれから海に行ってきます、将輝はどうする?」

 

「………一休みしてからすぐ行く」

 

「了解」

 

一夏は荷物から取り出した水着などの入っているリュックサックを取り出すと更衣室へと向かう。一夏とは入れ違いで入ってきたのは真耶だった。

 

「失礼します。織斑先生、少し宜しいですか………あれ?藤本くんは泳ぎに行っていないんですか?」

 

「………ちょっと……酔いの回復が……」

 

「そうなんですか。大変そうですね」

 

「ンンッ!山田先生、用事があったのでは?」

 

「あ!はい。実はーーー」

 

「そうですか。わかりました、早速行きましょう。藤本、ある程度回復したら泳ぎに行っておけ。初日の自由時間を寝て過ごすのは勿体無いだろうからな」

 

そう言い残すと千冬は真耶と共に部屋を出て行き、間もなくして将輝は一度眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眠りについて三十分。将輝は人の気配に僅かに意識を覚醒させた。

 

頭には何か柔らかい感触のものが置かれていて、眼前も何かで覆われ全く見えない。

 

(なんだ…これ?)

 

殆ど眠っている意識の中、右手で視界を覆う何かを触れる。すると触れたそれに右手はゆっくりと埋没していき、手のひらに柔らかな感触を伝える。寝ぼけた脳ではそれが何なのかわからず、何度も触れていると…………

 

「……ん………結構大胆なんだね、君って」

 

聞き覚えのある声に急激に意識を覚醒させると、転がるようにして距離をとって、起き上がった。

 

「篠ノ之束」

 

「おひさ〜、一年ぶりくらいかな。どうだった?束さんの太腿とおっぱいの感触は?」

 

「?何の事だ?」

 

「えー!そりゃないよ〜。さっきあれだけ揉みしだいてたじゃん」

 

「だから何のことだが………………まさか」

 

将輝は先程の事を思い出す。もし太腿の感触が頭に当たっていたものなら、右手で触れたあのとてつもなく柔らかい感触はもしや束の胸なのではないかと。そう思った瞬間、将輝の顔が一気に真っ赤になった。

 

「あ、やっと理解したんだ。顔真っ赤にしちゃって、可愛いなぁ〜」

 

「う、うるさい!な、何しに来たんだ!」

 

「君をからかいに来た………って、言ったら納得する?」

 

「するか!」

 

臨海学校に何をしに来たのかはわかる。しかし、自分に会いに来た意味はわからない将輝は束がまた何かしら良からぬ事を考えていると考え、束を見据えるが、相変わらずの掴み所の無さにからかわれてしまう。

 

「何しに来たって言われれば、君に会いに来たっていうのも強ち間違いじゃないよ。何せ一年間も会ってなかったんだから、束さん寂しさで死んじゃうかと思ったよ」

 

「馬鹿言え。寂しさで人が死ぬなら、全国のぼっちはぼっちを自覚した瞬間に死ぬぞ。それに一年ぶりって言っても俺がお前を見てなかっただけで、お前は俺を見てただろう?」

 

「まあね、衛星をハッキングしてちょちょいっと」

 

(俺が言ってるのはそっちの方じゃないんだけどな)

 

将輝が言いたかったのは無人機の時の方だ。尤も、束が素直に答えないのはわかっていたことなので否定はしない。というか、衛星でも見られていたという新事実にまたツッコミをしそうになる。

 

「さて、君の顔も拝んだ事だし、私はそろそろ箒ちゃんを探しに行こうかなっと」

 

「束」

 

「ほえ?今度は何?」

 

「あまり面倒を起こしてくれるなよ」

 

「う〜ん。君のいう面倒っていうのが、何を指すのかはわからないけれど、そういうのって気づいたときにはもう始まってたりするんだよ?」

 

無邪気な束の笑み。けれどそれは残酷で既に止められないナニカが始動している事を告げているようでもあった。

 

「じゃね。また明日会おう!」

 

去り際のヒーローよろしく、窓から飛び降りていった束を見て、将輝も海に泳ぎに行くべく準備をする。

 

動き出した歯車は最早何かの犠牲なしに止める事は出来ない。歯車を壊すか、それとも壊されるか。全てを奪うか、失うか。

 

結局の所、万人がそうで良かったと言えるような結末は望めない。例え元が創作物だったとしても、彼が介入したその時点で、それは作者の手を離れ、現実と化してしまったのだから。

 

それでも彼は抗う。最良の道を選び抜く為に。



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歪んだ歯車

 

水着に着替えた将輝は、準備運動を終え、早速海で泳ぐ…………事はなく、潮の流れに身を任せてぷかぷかと浮いていた。

 

せっかくの海だというのに、泳がないというのはいささか勿体無い気もするが、たまたまそういう気分だったのだ。他の生徒達とは離れた場所で海に浮いているともなれば、何かの罰ゲームかいじめにあったのかと勘違いされてもおかしくはないが、今は一人で静かに過ごしたい、とそう考えていた。

 

「はぁ〜、平和だなぁ」

 

一夏のように何処かジジ臭い台詞を吐いてしまうのも無理はない。期限は明日。明日になればあの事件は発生する。当たり前の事を当たり前のように言わなければかき消えてしまいそうな気がして、将輝はそう言わずにはいられなかった。

 

(皮肉なもんだ。あれだけ非日常を求めてたってのに、今は平和が良いなんてな)

 

何時迄も変わりなく繰り返される日常に嫌気が差して、いつもいつもそんな日常を壊してくれるような非日常ばかりを求めていた。そして朝起きる度、何も変わっていない日常に何処かストレスを感じつつも、変革する力を持たなかったが故に世界に変革を求めた。結果として、変革は訪れ、こうして創作物の世界へと身を落とした。自身の望んだ変革は成就された。だというのに、今はこうして現状維持を望むのだから、人間とは何処までも欲深い生きものだ。

 

「その歳で早くも人生を達観か?そんな事ではこの先生きていけんぞ?」

 

そう言って、現れたのは意外な人物。

 

スポーティーでありながらメッシュ状にクロスした部分がセクシーさを演出している黒水着。胸の谷間がしっかりと露出するようになっている水着で、視線は必然的に其処へ吸い寄せられてしまう。腰に当てた手は何時もと同じはずだというのに、妙に色っぽく見え、それと同時にモデルのような格好良さも兼ね備えている。

 

「……織斑先生」

 

「意外か?私からお前に話しかけるのは?」

 

「ええ、まあ」

 

千冬が話しかけてきたということもあり、将輝は海から出て、近くにあった岩の上に座る。千冬も同様に隣に座る。

 

「織斑達の所へは行かんのか?あれはあれでお前の事を心配していたぞ」

 

「たかだか車酔いしただけじゃないですか」

 

「ああ、違う違う。ここ最近のお前の事だよ」

 

あまりにも唐突にけれども何でもないように千冬は言う。それに一瞬将輝は千冬の顔を見やるが、千冬は表情一つ変えず、言葉を続ける。

 

「何かに悩んでいる、いや怯えているといった方が正しいか。ともかくここ最近のお前は誰の目にも明らかにというわけではないが、違和感を覚える節があった」

 

「悩みなんてありません」

 

「お前がそう言うのなら良いがな。私としてはそれより聞きたいことがある」

 

「俺に…ですか?まあ、良いですけど」

 

「お前はあいつとーーー篠ノ之束と面識があるか?」

 

「ありますよ」

 

隠す必要はない。千冬がそれを聞いてきた時点で彼女には束と将輝が繋がっているという確信が持っているからだ。事実、千冬は将輝の返答にも大して驚きも見せず、質問を続ける。

 

「無人機とVTシステムの一件、奴は関係しているか?」

 

「それは………」

 

将輝は言い淀む。わからない、そう言ってしまえば済む話だ。けれど、千冬は今自分の事を束の差し向けてきた人間なのではと疑っている。このまま疑惑を持ち続けられたまま、学園生活を続けていれば何れもっと大きな何かに気付かれてしまう。かと言って何もかも知っていると答えればそれもまた千冬に不信感を与えかねない。故に将輝は話すのを躊躇ってしまう。

 

「束は……中学の時何度か家に来る事がありました。理由は話してくれませんでしたが、彼女なりに何かしら思う事があったみたいです」

 

「心当たりはないのか?」

 

「ええ、まあ。あいつの考えてる事は俺には想像もつきません」

 

「そうか」

 

千冬はすっと立ち上がると来た時と同じようにその場を立ち去った。束と同様に掴み所のない人物といった点ではやはり彼女達は似た者同士だと言える。他にもシスコンといった部分も挙げられるが。

 

結局、将輝は一夏達と合流する事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

織斑千冬は先程まで話していた人物ーーー藤本将輝に不信感を抱いている。

 

普段は特に目立った行動こそ取らないが、自然と輪の中心にいるようなそんな生徒。

 

感情で先走りする一夏とは違い、考えて行動するタイプ。怒っているのを見た事はなく、気遣いの出来る男子。手のかからない良い生徒という認識だった。

 

しかし、無人機の一件、自ら時間稼ぎを名乗り出て、途中で一夏やセシリアからの援護は受けるも最終的には見事撃破した。何より、その援護すらも自らが手を回して行っている。

 

VTシステムの一件も過程が違うとはいえ、最終的に倒したのは将輝だ。状況も敵も違うとはいえ、騒動の中には必ず将輝がいた。

 

初めは偶然だと考えた。だが其処に自身の親友の陰がチラついて仕方なかった。そして聞いた結果、帰ってきたのは肯定の返事。

 

二つの事件との関連性については言葉を濁していたが、それは何かを知っていると言っているようにも取れた。

 

たかだか一介の男子高校生が誰も知り得ない情報を知っている。そうなると束と何かしらの繋がりがあり、情報を事前にキャッチしていた、という可能性が一番濃厚だ。

 

もしそうなれば、今回も何かしらの事件が将輝を中心に起こる可能性が高い。千冬はそう思っていた。

 

けれど本当は何もかも違っていた。将輝が事前に情報を知っていたのは世間一般で憑依と呼ばれる事象を経験している所為で、束と繋がっていない事を。

 

合っているとすれば、今回の事件が読み通り、将輝を中心に起こるものである事だけだ。そしてそれを将輝本人は知らない。

 

自身が起こした奇跡も、そして自身が起こす惨劇も。

 

 

 

 

 



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その四人、乙女につき

 

時間はあっと言う間に過ぎ、現在七時半。

 

大広間三つを繋げた大宴会場で、将輝達は夕食を摂っていた。

 

「うん、うむい!昼も夜も刺身が出るなんて豪勢だなぁ」

 

「そうだね。ほんと、IS学園って羽振りがいいよ」

 

そう言って頷いたのは一夏の右隣に座っているシャルロット。因みに将輝は左で、その隣には箒が座っている。

 

今は全員が浴衣姿だ。どういう決まりなのか、『お食事中は浴衣着用』なのだ。普通は禁止するものだが、その辺りは店の決まりである以上、なんとも言えない。

 

ずらりと並んだ一学年の生徒たちは座敷なので当然正座。そして一人一人に膳が置かれている。

 

メニューは刺身と小鍋、それに山菜の和え物が二種類。それに赤だし味噌汁と御新香。

 

これだけ書くと一般的な旅館だが、刺身はカワハギで、しかも肝付ととても信じられないものだ。

 

「あー、うまい。しかもこのわさび、本わさじゃないか。凄えな、おい。高校生の飯じゃねえぞ」

 

「確かにな。こりゃ研修っていうよりただの旅行だ」

 

そう言いながらも将輝はとても美味しそうにご飯を頬張る。おかずが美味しければ白米を食べる箸が進むのは当然だと言える。

 

「一夏」

 

「何だ?シャルーーーッ!?!?!?」

 

シャルロットに呼ばれて、そちらの方に向くと、一夏の口に刺身+本わさの塊が入れられる。突然口の中に入った食べ物を反射的に食す一夏。その姿は一見「はい、あーん」的な感じで差し出された料理を食べたように見えるが、直後本わさのダメージを受けた一夏の悶絶に周囲の人間は「あちゃー」といった表情をするが、シャルロットはシャルロットで何処か楽しそうな表情を浮かべていた。

 

「何するんだ!シャルロット!」

 

「一夏が凄いっていうから、あげたら喜ぶかと思って」

 

「確かに嬉しいけどあれはそのまま食べるものじゃ…………いや、シャルロットも食べてみろよ、あれ、美味いぞ?」

 

其処でピコン!と一夏の頭の上で電球がついた。シャルロットの悪戯に自身も同じように返してやろうと考えたのだ。

 

「わあっ、ホントに?じゃあ一夏のやつちょうだい」

 

「おう、いいぞ」

 

そう言って一夏も刺身上に本わさの塊を乗せて、シャルロットの方に差し出す。

 

「はい、あーん」

 

「あーん♪」

 

ごく自然に行われたそれに思わず女子達は目を見開く。二人しかいない内の男子の一人とカップルのような真似が目の前でシャルロットと行われているのだ。代償が本わさの塊を食す事だが、それも十代女子の溢れるパワーで何とかなるというものだ。

 

シャルロットはモグモグと口を動かす。一夏は次に来るであろうリアクションに期待を込めて待つが、シャルロットは表情一つ変える事なく食べ切った。

 

「ホントだ。風味があって美味しかったよ」

 

「嘘……だろ?本わさまるまる食って無傷だって……?」

 

「俺でも半分が限界だな」

 

「最早新人類だな、シャルロットは」

 

一夏達が各々にシャルロットの凄さに様々な感想を言う中で、当の本人はキョトンと首を傾げる。

 

「将輝」

 

「何?」

 

今度は箒が先程の一夏やシャルロットと同様の行動に出た。将輝は口に入った食べ物を食べる事なく、箒の箸をくわえたまま、ダラダラと冷や汗を流している。

 

「安心しろ、本わさの塊なんて乗っていない」

 

そう言われて、箒の膳を見ると、本わさの塊が残っていた為、将輝は安心して食べた。

 

「びっくりしたぁ〜、箒もシャルロットの同じ事してきたのかと思ったよ」

 

「何を言う。私はあんな事はしないぞ。………ただ」

 

「ただ?」

 

「私もしたのだから、将輝も私にすべきだ」

 

どういう理屈なのか、やられたらやり返す倍返しだ的な感じで、見返りを求めてきた。因みに国語的には倍返しだの使い方は間違っていると某H先生は言っていた。倍返しは良い意味で何かをお返しするという意味らしい。

 

「わかった。じゃあ、あっち向いて」

 

「いや、其処からしなくていい。ただ食べさせてくれるだけで………」

 

先程のシーンを再現しようとした将輝を箒が制する。将輝は結局食べさせて欲しかっただけという事実に意味がわからず、首を傾げつつも、取り敢えず箒に言われた通りにする。

 

「?そうなんだ。じゃあ、あーん」

 

「あ、あーん」

 

やや恥ずかしそうに開かれた口に将輝は刺身を入れる。 箒はそれを頬張りながら、何度も何度も頷き、とても満足そうな表情を浮かべる。

 

「良いものだな」

 

「確かに美味しいよね、これ……あ」

 

将輝は何気なく食べていて気がついた。つい先程自身の使用する箸で箒に刺身を食べさせた。そしてその箸で自身は今刺身を食べた。つまり間接キスをしたという事だ。

 

それがわかった途端に将輝は顔を赤くし、ちらりと箒の方を見ると、箒も心なしか顔が赤く見える。

 

(もしかして気づいてた……?いや、気づいてたらそんな事しないか。多分、今気づいたんだな)

 

そう自分に言い聞かせて食事に戻ろうとするが、箒の口がついた箸と考えるとつい使用するのが躊躇われ、生唾を飲んでしまいそうになる。

 

(何を気にする必要がある……これは俺の箸なんだ。何も気にする必要はない)

 

自身にそう言い聞かせて、ようやく将輝は食を再開するのだが、それでもやはり気になって、この後の食事は味を全く覚えていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ〜、さっぱりした」

 

「久々の温泉は気持ち良かったな」

 

海を一望できる露天風呂を二人で使った将輝と一夏は、かなりの上機嫌で部屋へと帰ってきていた。

 

千冬姉もいない辺り温泉に入っているのだろうか?そう考えているとちょうど千冬が帰ってきた。

 

案の定、温泉に行っていたようで、その髪はしっとりと濡れている。

 

「ん?何だ、お前達二人か?女の一人も連れ込まんとは詰まらん奴らだ」

 

「だから……はあ、もういいよ。それは」

 

「大体、連れ込んだら、怒るのは織斑先生でしょう」

 

「当たり前だ。教師の前で不純異性交遊など」

 

先程、あんな事を言っておきながら、やはりというべきか、千冬は女を連れ込むのを許可しない。大体、ここは二人の部屋である以前に『織斑先生』の部屋である。いかがわしいことを目的に連れ込んだら、後でどんな目にあうかは火を見るよりも明らかだ。

 

「なあ、千冬姉」

 

ごすっと鋭いチョップが一夏の頭を襲う。

 

「織斑先生と呼べ」

 

「まあ、それはいいじゃん。俺たちしかいないし、風呂上がりだし、久しぶりにーーー」

 

自身そっちのけで進められる話に将輝は一旦席を外すのだった。一夏がシスコン過ぎて居場所が無くなった件。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食事を終えた後、再度シャワーを浴びて、セシリアが向かったのは将輝達のいる部屋だった。

 

これといってやましい気持ちがあるわけではない。ただ、海に泳ぎに行った際、将輝がいなかった為に話す機会がなかったのだ。食事中は自身に課せた決まりとして話す事はしないし、何より正座をするというのがセシリアにはハードルが高く、こうして自由時間である今、将輝のいる教員室へと向かっているのだ。

 

部屋の前に着くと、其処には箒に鈴、シャルロットにラウラとある意味いつものメンバーが入り口のドアに耳を当てて、何やら盗み聞きをしている。

 

このまま話しかけても良かったが、盗み聞きをしている四人の表情はとても真剣だった為、自身も足音を立てずにすすっと四人の元に近づく。

 

「皆さん、何をしてますの?」

 

「聞けばわかるわ」

 

鈴がそう言ってセシリアに場所を譲る。するとドアの向こうから声が聞こえてきた。

 

『千冬姉、久しぶりだからちょっと緊張してる?』

 

『そんな訳あるか、馬鹿者ーーーんっ!す、少しは加減しろ……』

 

『はいはい。んじゃあ、ここは……と』

 

『くあっ!そ、そこは……やめっ、つぅっ‼︎』

 

『すぐに良くなるって。だいぶ溜まってたみたいだし、ね』

 

『あぁぁっ!』

 

(ななな、何ですの!これは……ッ!)

 

決して声には出さず、けれどその表情はひくひくと口元を震わせ、引きつった笑みを浮かべている。四人の表情を見てみると、同様に引きつった表情を浮かべる鈴とやはりかと悟った表情の箒、顔を真っ赤にして妄想爆発状態のシャルロットに冷静に中の状況を分析するラウラと他者多様だった。

 

『じゃあ次はーーー』

 

『一夏、少し待て』

 

二人の声が途切れ、全員があれ?と思ってドアによりぴたりと耳を寄せーーーーー

 

バンッ!

 

『へぶっ‼︎』

 

思いっきり、ドアに殴られた。

 

打撃の刹那に反射的に漏れた声は十代女子にあるまじき響きをしていた。

 

「何をしているか、馬鹿者ども」

 

「は、はは……」

 

「こ、こんばんは、織斑先生……」

 

「わ、わたくし達は偶然通りかかっただけで……」

 

「そ、そうなんです、そしたら偶々声が聞こえて……」

 

「中から教官と織斑一夏の怪しげな声が聞こえた為、全員で盗聴を行っていた次第です」

 

『ちょっ⁉︎』

 

千冬の問いにラウラがあっさりと自白する。相変わらず彼女の優先順位は何事においても織斑千冬が一番であった。それを聞いた千冬は「はぁ……」と溜め息を吐き、全員に部屋に入るように促す。

 

「盗み聞きとは感心しないが、ちょうどいい。入っていけ」

 

『えっ?』

 

予想外の言葉に目を丸くする五人は、何処かぎこちない足取りで部屋へと入る。

 

「何を突っ立っている。ほれ、全員好きな所に座れ」

 

言われた通り、各人が好きな場所(といってもベットとチェアの二択)へと座った。

 

「ふー。久々だから汗かいたな」

 

「手を抜かんからだ。要領良くやればいい」

 

「いや、折角日頃世話になってる相手にするんだから、全力でするのは当然だって」

 

「愚直だな」

 

「たまには褒めてくれてもバチは当たらないと思うぞ、千冬姉」

 

「どうだかな、お前は褒めるとすぐに調子に乗るからな」

 

楽しそうに会話する二人を見て、全員がやっと状況を飲み込む。つまり、今しがた盗み聞きしていた千冬の声はただマッサージをしていただけだということに。

 

それを理解した五人は脱力したり、妙な強がりを見せたり、初めから分かっていたような口ぶりで言い訳したり、想像と違う事にややがっかりしたり、勘違いを口から漏らしそうになったりと様々な態度を見せた。

 

「まあ、お前はもう一度風呂に入ってこい。部屋を汗臭くされては困る」

 

「ん。そうする」

 

「ああ、それとその時に藤本を見かけたら、外で時間を潰してこい、と伝えておけ」

 

「?わかった。そういや、将輝何処に行ったんだろう」

 

うーんと唸りながら、一夏はタオルと着替えを持って部屋を出る。

 

『……………』

 

どうしていいのかわからない五人は、言われたまま座った所で止まってしまっている。それを見兼ねた千冬が助け舟にと自ら話を切り出した。

 

「しょうがない奴らだ。どれ、私が飲み物を奢ってやろう。篠ノ之、何がいい?」

 

いきなり名前を呼ばれて、箒はびくっと肩をすくませ、言葉がすぐに出てこずに、困っていた。

 

そうこうしていると千冬は旅館の備え付けの冷蔵庫を開け、中から清涼飲料水を五人分取り出していく。

 

「ラムネとオレンジとスポーツドリンクにコーヒー、紅茶だ。それぞれ他のがいい奴は各人で交換しろ」

 

そう言われたものを順番に箒、シャルロット、鈴、ラウラ、セシリアと受け取った全員が渡されたもので満足だった為に交換会は起きず、全員が「いただきます」と言って飲み物を口にする。

 

女子の喉がごくりと動いたのを見て、千冬がニヤリと笑った。

 

「飲んだな?」

 

「は、はい?」

 

「そ、そりゃ、飲みましたけど」

 

「まさか、何か盛られてましたの?」

 

「失礼な事を言うな。何、ちょっとした口封じだ」

 

そう言って千冬が新たに冷蔵庫から取り出したのは星のマークが入った缶ビールだった。

 

プシュッと景気のいい音を立てて飛沫と泡が飛び出す。それを唇で受け取って、そのまま千冬はゴクゴクと喉を鳴らした。

 

全員が唖然としている中で、千冬は上機嫌な様子でベッドにかける。

 

「ふむ。本当なら一夏に一品作らせる所だが、この際それは我慢するか」

 

いつもの規律正しく、全面厳戒態勢の『織斑先生』は何処へやら。その規律を自ら破っている千冬に女子全員がポカンとする。特にラウラは、さっきから何度も何度も瞬きをして、目の前の光景が信じられないかのようだった。

 

「おかしな顔をするなよ。私だって人間だ。酒くらいは飲むさ。それとも、私は作業オイルを飲む物体に見えるか?」

 

「い、いえ、そういう訳ではありませんが、仕事中なのでは……」

 

ポカンとした表情のまま、ラウラが千冬にそう言う。

 

「確かにな。だが、口止め料は払ったぞ」

 

千冬はそう言って五人の手元にある飲み物を指差すと、五人ははっとしたように自身の飲み物を見やる。

 

「前置きはこのくらいにして本題に入るか」

 

二本めのビールをラウラに言って取らせ、また景気のいい音を響かせて千冬が続ける。

 

「ぶっちゃけあいつらの何処が良いんだ?」

 

あいつら、と言ってはいるが、この学園で女子に対しての質問でのあいつらとは一夏と将輝の事を指している。

 

「それは……その……」

 

「言葉で表現しづらいといいますか……」

 

聞かれてそう答えたのは箒とセシリア。彼女らにとって、何処が良いと問われればそれはもう全てと答える。けれど、そう思った理由を問われればそれはかなり長い話になる。何故なら彼女らにとって彼との出会いはそれ程まで大きく複雑なものだからだ。

 

「ふむ。あまり長々と話されても困るし、そう言うなら構わんが、他の三人はどうだ?」

 

「え!あ、あたしは、その……ヒーローみたいにかっこいい所です、ね」

 

「無鉄砲な馬鹿とも言えるがな。次、デュノアは?」

 

「ふぇ?えーと、私は気がついたら目で追ってた的な感じで……」

 

「自分でもよくわからない……か。曖昧な返事ばかりだな」

 

鈴以外の三人がマトモに解答していない所為か、何処か不機嫌そうな千冬。おそらく彼女らの話を肴にでもしてビールを飲もうとしていた事が伺えるが、それは失敗だと言える。

 

「最後にラウラだが………」

 

「残念ですが、教官の望むお答えはお返し出来ません」

 

やはりかと千冬は溜め息を吐く。周囲の女子生徒達から見れば一見、ラウラが将輝を追い掛け回しているのは好意からと思うが、その実、それは好意よりも敬意からくるものであるのは、同じ感情のベクトルが向けられていた千冬にはすぐわかった。ただ、千冬の時はそんな行動は取らなかった辺り、脈はないわけではない。といったレベルだ。

 

「どいつもこいつもつまらんなぁ。もう少し腹を割って話をすればどうなんだ」

 

ゴクゴクと缶ビールを飲み干した千冬が頬を赤く染めながらそう言う。因みに今飲み終えたのは五本目だ。

 

「何、自棄酒してるんですか、織斑先生。傍目から見ればただの駄目人間っすよ」

 

そうツッコミを入れるのは今しがた帰ってきた将輝だった。その姿を見た千冬はこの際誰でも良いとばかりに問いを投げかけた。もう無差別である。

 

「藤本。お前の好きな奴は誰だ?」

 

無差別でおまけに女子のように であるが、どちらかわからないといった風ではない。名指しだ。それに箒とセシリアは当然ながら、他の三人も他人の色恋沙汰という事もあり、興味津々に聞き耳を立てている。

 

「言いませんよ」

 

「ほう。それはこの中にいるからか?」

「そう取ってもらって結構です。けど言いません」

 

「ここまで来たら、黙秘権はないぞ、話せ」

 

「何でないんですか………山田先生呼んできますよ」

 

「それはマズいな。行かせる訳にはいかん!」

 

真耶を呼びに行こうとする将輝を後ろから羽交い締めにする千冬。流石のブリュンヒルデのパワーは酔っていてもなお健在で、将輝は千冬の拘束から逃れられずにいた。

 

「ていうか、酒臭⁉︎どんだけ、酒飲んだんですか⁉︎」

 

「堅いのはこの際抜きだ。何ならお前も飲むか?」

 

「飲みませんよ‼︎離してください‼︎」

 

「離せばお前は真耶の所に行くだろう?なら無理だ」

 

「く、……おおっ!は、な、れ、ろぉぉぉ!」

 

「無駄な足掻きだ。どれだけ腐っても私はブリュンヒルデなのでな!はっはっはっはー」

 

「クソ、滅茶苦茶腹たつぞ、その笑い方。いいから離れてください、いや離れろ、この酔っ払いブラコン!」

 

「ほう………大きく出たな、藤本」

 

あ、マズい。そう思った時には遅かった。羽交い締めの姿勢から態勢を変えて放たれたのはコークスクリューバックドロップ。放ったのがブリュンヒルデで、床が畳ではなく木の板という事もあり、将輝はいとも容易く沈黙した。

 

「私は身内ネタでからかわれるのが大嫌いだ……ヒック」

 

織斑千冬。どれだけ酔っていても身内ネタでいじられるのだけは許せなかった。

 

この後、コークスクリューバックドロップの時に聞こえた音を聞きつけた真耶によって、千冬はこんこんと説教される事になった。

 

 



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専用機と発生

 

臨海学校二日目。

 

今日は午前中から夜まで丸一日ISの各種装備試験運用とデータ取りに追われることになる。特に専用機持ちは大量の装備が待っているのだから大変だ。

 

「ようやく全員集まったか。ーーーおい、遅刻者」

 

「は、はいっ」

 

千冬に呼ばれて身をすくませたのは意外や意外ラウラだった。

 

優等生であるシャルロットと同じく、時間に厳しい彼女は珍しく寝坊したようで、集合時間に五分遅れてやってきたのだ。

 

「そうだな、ISのコア・ネットワークについて説明してみろ」

 

「は、はい。ISのコアはそれぞれが相互情報交換の為にデータ通信ネットワークを持っています。これは元々広大な宇宙空間における相互位置情報交換の為に設けられたもので、現在はオープン・チャネルとプライベート・チャネルによる操縦者会話など、通信に使われています。それ以外にも『非限定情報共有(シェアリング)』をコア同士が各自に行うことで、様々な情報を自己進化の糧として吸収しているということが近年の研究でわかりました。これらは制作者の篠ノ之博士が自己発達の一環として無制限展開を許可したため、現在も進化の途中であり、全容はつかめていないということです」

 

「流石に優秀だな。遅刻の件はこれで許してやろう」

 

そう言われて、ふうと安堵の息を漏らすラウラ。心なしか、胸をなでおろしてるかのように見えるのは、ドイツ教官時代に嫌という程恐ろしさを味わったからだろう。

 

「さて、それでは各班ごとに振り分けられたISの装備試験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストだ。全員、迅速に行え」

 

はーい、と一同が返事をする。流石に一学年全員が並んでいる為、かなりの数だ。

 

因みに現在位置はIS試験用のビーチで、四方を切り立った崖に囲まれている。ドーム状なのが、何処か学園のアリーナを連想させる。大海原に出るには一度水面下に潜って、水中のトンネルからいくという、何とも映画のようなロケーションだ。

 

ここに搬入されたISと新型装備のテストが今回の合宿の目的。

 

当然ISの稼働を行うので、全員がISスーツなのだが、元々の見た目と場所が相まって、なおのこと水着に見えてしまう。

 

「ああ、篠ノ之。お前はちょっとこっちに来い」

 

「?はい」

 

打鉄用の装備を運んでいた箒は、千冬に呼ばれて其方へ向かう。

 

「お前には今日から専用ーーー」

 

「ちーちゃ〜〜〜〜〜〜〜ん‼︎」

 

ズドドドド……と砂煙を上げながら人影が向かってくる。その速度は滅法速い。何より凄いのが、それをISを装着せずに生身で出していることだ。そしてそれが出来る人物はこの世に二人しかいない。

 

「……束」

 

そう稀代の大天災にして、ISの生みの親。細胞を弄り倒した人外。篠ノ之束だった。

 

立ち入り禁止もなんのその、束は臨海学校に堂々と乱入してきた。

 

「やあやあ!会いたかったよ、ちーちゃん!さあ、ハグハグしよう!愛を確かめーーーぶへっ」

 

飛びかかってきた束を千冬はひらりとかわすと片手で掴む。しかも顔面、思いっきり指が食い込んでいた。それは俗にアイアンクローと呼ばれる技だ。全くもって加減のされていないそれに束の頭蓋骨はミシミシッ……悲鳴をあげていた。

 

「うるさいぞ、束」

 

「ぐぬぬぬ………あ、相変わらず容赦のないアイアンクローだねっ」

 

拘束から難なく抜け出した束は着地をした後、今度は箒の方に向く。

 

「やあ!」

 

「……どうも」

 

束の挨拶に箒は嫌悪感を隠す事なく、返事をする。

 

「えへへ、久しぶりだね。こうして会うのは何年ぶりかなぁ。おっきくなったね、箒ちゃん。特におっぱいが」

 

「殴りますよ」

 

「い、痛いのは束さんやだなぁ………あ、でもそういう愛情表現も……」

 

「ありません」

 

他人行儀で突き放すような物言いの箒に気にすることなく束は話す。二人のやりとりを見た女子一同はポカンとする。

 

「え、えっと、この合宿では関係者以外ーーー」

 

「んん?珍妙奇天烈な事を言うね。ISの関係者というなら、一番はこの私を置いて他にいないよ?」

 

「山田先生が言ってるのは、この臨海学校のって事だ」

 

見事、轟沈した真耶のフォローに入ったのは将輝。その声を聞くと束はぐりんと将輝の方に向いた。

 

「ヤッホー!君もいたんだね」

 

「いるよ、専用機持ちなんだから。てか、皆に自己紹介しろ」

 

「えー、面倒くさいなぁ。私が天才の束さんだよ、ハロー。終わり」

 

そう言ってくるりんと回ってみせる。ポカンとしていた一同も、ようやく其処でこの目の前の人物が天才科学者・篠ノ之束だと気付いたらしく、女子がにわかに騒がしくなる。

 

「せめてもう少しマトモな自己紹介はないのか……」

 

「藤本、そもそもその馬鹿にマトモを期待するのが間違いだ。そら、一年、手が止まっているぞ。こいつの事は無視してテストを続けろ」

 

「わお、こいつは手厳しいなぁ」

 

そうは言いつつも笑顔は崩さない。そんな中割り込んだのは轟沈した真耶だった。

 

「え、えっと、あの、こういう場合はどうしたら……」

 

「ああ、こいつはさっきも言ったように無視して構わない。山田先生は各班のサポートをお願いします」

 

「わ、わかりました」

 

「むむ、ちーちゃんが優しい…………束さんは激しくジェラシー。良いもん良いもん!束さんはこの子で遊ぶから」

 

言うなり、束は将輝へと飛びかかる。対抗しようにもそもそも身体スペックが違いすぎて、良いように遊ばれてしまう。おまけに真耶に負けず劣らずの豊満な膨らみもまた将輝の抵抗力を削いでいた(呼吸を妨げるという意味で)。

 

「な、何をしているのですか⁉︎」

 

「ん?どったの箒ちゃん。そんなに慌てて、あ、もしかしてヤキモチーーー」

 

「違います!将輝が困っているでしょう!」

 

「えー、そう?何か表情が若干幸せそうに見えなくもないけど」

 

「………し、死ぬ…」

 

「ああああっ⁉︎将輝から離れてください‼︎」

 

抱きついていた束を突き飛ばし、箒が駆け寄る。将輝の顔は酸素不足によって、死にそうではあるが、束の言う通り、何処か幸せそうではあった。そもそも同じ状況に出会った時、将輝と同じ状態になる男子は決して少なくはない筈だ。

 

「貴方という人は…………。今回は一体何をしに来たのですか」

 

「うっふっふっ。誕生日プレゼントさ!さあ、大空をご覧あれ!」

 

びしっと直上を指さす束。その言葉に従って、箒も、他の生徒も空を見上げる。

 

ズズーンッ!

 

いきなり激しい衝撃を伴って、なにやら菱形の金属の塊が砂浜に落下してきた。

 

銀色のそれは、次の瞬間正面らしき壁がばたりと倒れてその中身を将輝達に見せる。其処にあったのはーーー

 

「じゃじゃーん!これぞ箒ちゃん専用機こと『紅椿』!全スペックか現行ISを上回る束さんお手製ISだよ!」

 

真紅の装甲に身を包んだその機体は、束の言葉に応えるかのように動作アームによって、外へと出る。

 

太陽の光を反射する紅い装甲を持った機体は、束によってさらりと流されはしたが、全スペックが現行ISを上回るという、文字通り最新鋭機にして最高性能機なのだ。

 

「さあ!箒ちゃん、今からフィッティングとパーソナライズを始めちゃうから!すぐに乗って!」

 

「え?あ、はい」

 

あまりにも唐突で突拍子のない流れについていけず、箒は束の言われるがままに『紅椿』へと近づく。

 

「じゃあ、始めようか」

 

ぴ、とリモコンボタンを押す束。刹那、紅椿の装甲が割れて、操縦者を受け入れる状態に移る。しかも自動的に膝を落とし、乗り込みやすい姿勢にと変わった。

 

「箒ちゃんのデータはある程度先行して入れてあるから、後は最新データに更新するだけだね。さあ、ぴ、ぽ、ぱ♪」

 

コンソールを開いて指を滑らせる束。さらに空中投影のディスプレイを六枚ほど呼び出すと、膨大なデータに目配りをしえいく。それと同時進行で、同じく六枚呼び出した空中投影のキーボードを叩いていった。

 

「近接戦闘を基礎に万能型に調整してあるから、すぐに馴染むと思うよ。後は自動支援装備もつけておいたからね!お姉ちゃんが!」

 

「は、はぁ……」

 

未だ流れに追いついていない箒の返事は何処か気の抜けたものだった。それも当然と言えるだろう。いきなり何年もあっていない姉が来たかと思えば、専用機に乗せられているのだから。果たしてありがた迷惑と答えるべきか、素直に喜ぶべきなのか、悩むレベルだ。

 

「ん〜。ふ、ふ、ふ〜♪箒ちゃん、また剣の腕前が上がったねぇ。筋肉のつき方をみればわかるよ。やあやあ、お姉ちゃんは鼻が高いなぁ」

 

「そうですか」

 

「素っ気ないなぁーーーはい、フィッティング終了。超早いね、さすが私」

 

無駄話をしながらも束の手は休む事なく動き続けている。それはもうキーボードを打つというよりもピアノを弾いているかのような滑らかきつ素早い動きで、数秒単位で切り替わっていく画面にも全部にしっかりと目を通している。

 

因みに『紅椿』はというと、予め入れてあったデータのお蔭か、夢幻や白式のように派手な形態変化はとらず、箒の身体にあわせた微調整のみを行っている。

 

「あの専用機って篠ノ之さんがもらえるの………?身内ってだけで」

 

「だよねぇ。なんかズルいよねぇ」

 

ふと、群衆の中からそんな声が聞こえてくる。それに素早く反応したのは、将輝とそして束だった。

 

「おやおや、君達歴史の勉強をした事がないのかな?有史以来、世界が平等であった事なんて一度もないよ?」

 

ピンポイントすぎる指摘に女子は気まずそうに作業に戻る。それを別段どうでもいいように流して、束は調整を続ける。それどころか、そもそも発言の際も手は止まっていなかった。

 

そしてそれも好き終わって、束は並んだディスプレイを閉じる。

 

「あとは自動処理に任せておけばパーソナライズも終わるね。あ、二人とも、IS見せて。束さんは興味津々なのだよ」

 

「え、あ、はい」

 

「了解」

 

全部のディスプレイとキーボードを片付けて、束が二人の方を向く。ひらりとなびいたスカートが、子供っぽい性格とは正反対に淑女を連想させる。

 

ともあれ、二人は互いに自身の専用ISを呼び出す。

 

「データ見せてね〜、うりゃ〜」

 

言うなり、束は夢幻と白式の装甲にぶすりとコードを刺す。すると、またさっきと同じようにディスプレイが空中へと浮かび上がる。

 

「ん〜……不思議なフラグメントマップを構築してるね。見た事がないパターンなのは二人が男子だからだと思うんだけど……………二人とも形が違うのはどういう事かなぁ」

 

フラグメントマップというのは、各ISがパーソナライズによって独自に発展していくその道筋の事で、人間でいう遺伝子だ。

 

「束さん、その事なんだけど、どうして男の俺たちがISを使えるんですか?」

 

「ん〜、さあ?わかんない。ナノ単位まで分解すればわかるけど、していい?」

 

「いい訳ないだろ………」

 

「にゃはは、そう言うと思ったよ。まあ、わかんないならわかんないでいいけどねー。そもそもISって自己進化するように作ったし、こういう事もあるよ。あっはっはっ」

 

つまり何もわからないという事だ。ISの生みの親たる人物にも二人が何故ISを動かせているのかはわからないのだ。

 

「ところでさあ、いっくんさー、白式改造してあげよっか?」

 

「えーと………具体的にはどんな風に?」

 

「うむ。燕尾服とかメイド服とか、最終的にはいっくんが女の子になるとか!」

 

「いいです」

 

「おお、許可が下りたよ!じゃあ早速ーーー」

 

「だあああっ!わざと意味を間違えないで下さい!ノーです!ノーサンキューです!」

 

数年ぶりだというのに変わらない幼馴染みの姉のぶっ飛び加減にげんなりする一夏。ちょうどその時、ISの方が終わったのか、箒の方に向く。

 

「ん。これで終わりっと。んじゃ、試運転も兼ねて飛んでみてよ、箒ちゃんのイメージ通りに動くから」

 

「わかりました」

 

プシュッ、プシュッ、と音を立てて連結されていたケーブル類が外れていく。それから箒が瞼を閉じて意識を集中させると、次の瞬間に紅椿はもの凄い速度で飛翔した。

 

その急加速の余波で発生した衝撃波に砂が舞い上がる。二人がISのハイパーセンサーで箒の姿を追うと、二百メートルほど上空で滑空する紅椿の姿を捉えた。

 

「どうどう?箒ちゃんが思った以上に動くでしょ?」

 

「じゃあ刀使ってみてよー。右のが『雨月』で左のが『空裂』ね。武器特性のデータを送るよん」

 

空中に指を踊らせる束。武器データを受け取った箒は、しゅらんと二本同時に刀を抜き取る。

 

「親切丁寧な束お姉ちゃんの解説付き〜♪雨月は対単一仕様の武装で打突に合わせて刃部分からエネルギー刃を放出、連続して敵を蜂の巣にする武器だよ〜。射程距離は、まあアサルトライフルくらいだね。スナイパーライフルの間合いは無理だけど、紅椿の機動性なら大丈夫」

 

束の解説に合わせて、箒が試しとばかりに突きを放つ。右腕を左肩まで持って行って構えるそれは、篠ノ之剣術流二刀型・盾刃の構え。攻防どちらにも転じやすく、刀を受ける力で肩の軸をうごかして反撃に転じるという守りの型。

 

そこから突きが放たれると同時に、周囲の空間に赤色のレーザー光が幾つもの球体として現れ、そして順番に光の弾丸となって漂っていた雲を穴だらけにする。

 

「次は空裂ね。こっちは対集団仕様の武器だよん。斬撃に合わせて帯状な攻性エネルギーをぶつけるんだよー。振った範囲に自動で展開するから超便利。そいじゃこれ打ち落としてみてね、ほーいっと」

 

言うなり、束はいきなり十六連装ミサイルポッドを呼び出し、次の瞬間箒に向けて一斉射撃をする。

 

すると箒は右脇下から構えた空裂を一回転するように振るう。すると束の言う通り、赤いレーザーが帯状になって広がり、十六発のミサイルを全弾撃墜した。

 

爆煙がゆっくりと収まっていく中、その真紅のISと箒は威風堂々たる姿をしていた。

 

全員がその圧倒的なスペックに驚愕し、そして魅了され、言葉を失ってしまう。そんな光景を束は嬉しそうに眺めて頷いた。けれどその中で二人だけ、束をまるで敵でも見るかのような視線を向けていたのは千冬と将輝だった。

 

その二人の視線に一夏は疑問を感じながらも、いきなりの真耶の大声に其方へと向く。

 

「たっ、た、大変です!お、おお、織斑先生!」

 

「どうした?」

 

「こ、こっ、これを!」

 

何時もより一層慌てている真耶に千冬が問うと、小型端末が渡され、その画面を見て、千冬の表情が曇る。

 

「特命任務レベルA、現時刻より対策を始められたし……」

 

「そ、それが、その、ハワイ沖で試験稼働をしていたーーー」

 

「しっ。機密事項を口にするな。生徒たちに聞こえる」

 

「す、すみませんっ……」

 

「専用機持ちは?」

 

「ひ、一人欠席していますが、それ以外は」

 

ひそひそと二人で話し始めた千冬と真耶だが、数人の生徒たちの視線に気がつき、会話ではなく、手話で、それもかなり特殊なもので会話をしていた。

 

一通り、話を終えたのか、真耶が何処かへ走り去ると千冬はパンパンと手を叩いて生徒全員を振り向かせる。

 

「全員、注目!現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと移る。今日のテスト稼働は中止。各班、ISを片付けて旅館に戻れ。連絡があるまで各自室内待機すること。以後、許可なく室外に出たものは我々で身柄を拘束する!いいな‼︎」

 

『はっ、はいっ!』

 

いつも以上に有無を言わせないその覇気に女子達は騒がしくなる事なく返事をする。

 

「専用機持ちは全員集合しろ!織斑、藤本、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰!それと篠ノ之も来い!」

 

「はい!」

 

妙に気合いの篭った返事をした箒に一夏は訝しみ、言い知れぬ不安を覚えていた。

 

そして一際目を鋭くして、束を睨みつけるようにしていた将輝もまた、箒のその返事に一抹の不安を感じずにはいられなかった。

 

 

 

 



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作戦会議

「では、現状を説明する」

 

旅館の一番奥に設けられた宴会用の大座敷・風花の間では、専用機持ち全員と教師陣が集められていた。

 

照明を落とした薄暗い室内に、ぼうっと大型の空中投影ディスプレイが浮かんでいる。

 

「二時間前、ハワイ沖で試験稼働にあったアメリカ・イスラエル共同開発の第三世代型の軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』が制御下を離れて暴走。監視空域より離脱したとの連絡があった」

 

その説明に一夏は面を食らってポカンとしている。軽い混乱に見舞われた一夏は、他のメンバーはと周囲を見回すが、全員厳しい顔つきで千冬の話を聞いていた。

 

一夏や将輝、箒と違って、正式な国家代表候補生なのだから、こういった事態に対しての訓練を受けていても当然だといえる。特にラウラの眼差しは真剣そのものだった。

 

「その後、衛星による追跡の結果、福音はここから二キロ先の空域を通過することがわかった。時間にして五十分後。学園上層部からの通達により、我々がこの事態に対処することとなった」

 

淡々と告げる千冬。その次の言葉は驚くべきものだった。

 

「教員は学園の訓練機を使用して空域及び海域の封鎖を行う。よって、本作戦の要は専用機持ちに担当してもらう」

 

本作戦の要は専用機持ち。つまり将輝達が『銀の福音』を撃墜しなければならないのだ。本来なら役回りが逆であるはずなのに、だ。

 

「それでは作戦会議を始める。意見があるものは挙手するように」

 

「はい」

 

早速手を挙げたのはセシリアだった。

 

「目標ISの詳細なスペックデータを要求します」

 

「わかった。但し、これらは二ヶ国の最重要軍事機密だ。けして口外するな。情報が漏洩した場合、諸君には査問委員会による裁判と最低でも二年の監視がつけられる」

 

「了解しました」

 

未だ状況が飲み込めずにいる一夏に対して、セシリアを始めとした代表候補生の面々と教師陣は開示されたデータを元に相談を始めている。そんな一夏を見兼ねてか、横で将輝が説明する。

 

「敵は広域殲滅を目的とした特殊型で、攻撃と機動の両方を特化した機体。早い話がオールレンジで攻撃してくる甲龍の上位互換みたいな奴だ。おまけに今も超音速飛行を続けてるから、偵察も出来ないってわけ」

 

「そうか………って事は一回きりのチャンスになるな」

 

一夏の呟きに視線が二人へと注がれる。将輝は一夏にその視線が向けられるとは思っていたが、自身にも向けられた事に僅かながらに驚きの表情を見せる。

 

「一夏、あんたの零落白夜で落とすのよ」

 

「或いは、それに匹敵するだけの火力を持った将輝さんか、ですわね」

 

「ただ問題は二人を其処までどう運ぶか、だね。エネルギーは全部戦いに使わないと難しいだろうから、移動をどうするか」

 

「しかも、目標に追いつける速度が出せるISでなければいけないな。超高感度ハイパーセンサーも必要だろう」

 

「それならわたくしのブルー・ティアーズが。ちょうどイギリスから強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』が送られて来ていますし、超高感度ハイパーセンサーもついています」

 

全てのISはこの『パッケージ』と呼ばれる換装装備を持っている。

 

パッケージとは単純な武器だけでなく、追加アーマーや増設スラスターなど装備一式を指し、その種類は豊富で多岐に渡る。

 

中には専用機だけの機能特化専用パッケージ『オートクチュール』というものが存在する。

 

ともかく、これらを装備する事で機体性能と性質を大幅に変更し、様々な作戦が遂行可能になる。因みに、将輝達も含めて一年の専用機持ちは今の所全員がセミカスタムのデフォルトである。

 

「オルコット、超音速下での戦闘訓練時間は?」

 

「三十時間です」

 

「ふむ……それならば適任ーーー」

 

だな、と言おうとした千冬の声を底抜けに明るい声が遮った。

 

「待った待ーった。その作戦は異議ありなんだよ〜!」

 

しかも、その声の発生源は天井。全員が見上げると、部屋のど真ん中の天井から束の頭が逆さに生えていた。

 

「………山田先生、室外への強制退去を」

 

「えっ⁉︎は、はいっ。あの、篠ノ之博士、取り敢えず降りてきてください」

 

「とうっ★」

 

くるりんと空中で一回転して着地。その軽やかな身のこなしはサーカスのピエロもびっくりだ。というか、けして広いとは言えないこの部屋で一回転して着地というのはなかなかハードルが高い。

 

「ちーちゃん、ちーちゃん。もっといい作戦が私の頭の中にナウ・プリンティング!」

 

「………出て行け」

 

「聞いて聞いて!ここは断・然!紅椿の出番なんだよっ!」

 

「何?」

 

「紅椿のスペックデータを見てみて!パッケージなんかなくても超高速機動が出来るんだよ!…………展開装甲を調節して、ほいほいほいっと。ホラ!これでスピードはバッチリ!」

 

束の言葉に応えるように現れた数枚のディスプレイを、束は手慣れた手つきで操作する。

 

展開装甲という聞きなれない言葉に全員首を傾げるが、その間に束は千冬の横に立って説明を始める。既にメインディスプレイも乗っ取ったらしく、先程まで福音が映っていた画面は、今はもう紅椿のスペックデータへと切り替わっている。

 

「説明しよう!展開装甲というのはだね、この天才の束さんが作った第四世代型ISの装備なんだよ!」

 

第四世代、という言葉を聞いて将輝以外の全員が驚愕する。何故なら今第三世代の開発が進められている中での第四世代ISの出現なのだ。驚かない筈もない。

 

「第一世代が『ISの完成』。第二世代が『後付武装による多様化』。そして第三世代が『操縦者のイメージ・インターフェースを利用した特殊兵器の実装』。空間圧作用兵器にBT兵器、あとはAICとかだね………で、第四世代というのが、『パッケージ換装を必要としない万能機』という、現在絶賛机上の空論のものなのだ!因みに白式の《雪片弐型》にも私が試しに突っ込んでみたよ」

 

『え?』

 

再度上がる驚きの声。

 

零落白夜発動時に開く《雪片弐型》の、その機構がまさにそれだった。しかも、言葉通りなら一応白式自体も第四世代型という事になる。

 

「それで上手くいったから紅椿は全身のアーマーを展開装甲にしてありまーす。システム最大稼働時にはスペックデータはさらに倍なのさ!」

 

早い話が全身雪片弐型という事になり、文字通り現時点最新鋭機にして最強の機体。一夏を含めて全員がポカンとしている。していないのはそれを初めから知っていた将輝と束のぶっ飛び具合を知っている千冬のみ。それ以外は全員篠ノ之束という存在に度肝を抜かれていた。

 

「因みに紅椿の展開装甲はより発展したタイプだから、攻撃・防御・機動と用途に応じて切り替えが可能。これぞ第四世代型の目標である即時万能対応機ってやつだね。にゃはは、私が早くも作っちゃったよ、ぶいぶぃ」

 

しーん。場の一同は静まり返って言葉もない。

 

それもそうだろう。各国が多額の資金、膨大な時間、優秀な人材全てをつぎ込んで競っている第三世代型ISの開発。それが無意味だというのだから。こんな馬鹿な話はない。

 

「束、言ったはずだぞ。やり過ぎるなと」

 

「そうだっけ?えへへ、ついつい熱中しちゃった」

 

千冬にそう言われて、何故全員が黙り込んでいるのかを理解した束は気休めの弁明をする。

 

「あ、でもほら、紅椿は完全体じゃないし、そんな顔しないでよ。暗い顔してると空気まで暗くなっちゃうから。それに今のは紅椿のスペックをフルに引き出したらって話だからね。でもまあ、今回の作戦くらいは余裕だよ」

 

「それで?紅椿の調整にはどれくらいかかる?」

 

「七分あれば余裕だね★」

 

「後は織斑か藤本のどちらかだがーーー」

 

「両方で良いんじゃない?」

 

自ら手を上げようとしていた将輝を尻目に束がそう告げる。明らかに何かを企んでいるのは明白であるのに、将輝は安堵の息を漏らさずにはいられなかった。

 

「一機も二機も紅椿には大差ないよ。両方の方が作戦効率も上がるでしょ?」

 

「…………そうだな。良し、では本作戦では織斑・藤本・篠ノ之の三名による目標の追跡及び撃墜を目的とする。作戦開始は三十分後。各員、直ちに準備にかかれ」

 

ぱんと千冬が手を叩くと、それを皮切りに教師陣はバックアップに必要な機材の設営を始めた。

 

「手が空いているものはそれぞれ運搬など手伝える範囲で行動しろ。作戦要員はISの調整を行え」

 

一夏が何をしていいのかわからず、あたふたしているのを尻目に将輝はエネルギーが満タンであるのを確認するとセシリアに高速戦闘のレクチャーを受けに行く。その際、束の横を通過しようとした時だった。

 

「ーーーよかったね。作戦要員に選ばれて」

 

「ッ⁉︎」

 

勢い良く束の方を振り向くが、束は相変わらず無邪気な笑顔を振りまきながら、箒に話しかけている。

 

空耳だったのかもしれない。何せ、今は様々な雑音がしている為、呟き程度では聞こえるはずもない。

 

結局、それが本当に束の言葉なのか、幻聴なのかはどうでもいい。取り敢えず今は目的を遂行するのみだ。

 

「セシリア」

 

「何でしょうか?」

 

「高速戦闘について、軽くレクチャーしてくれ」

 

「ええ。先ずは超高感度ハイパーセンサーを使用した時の注意点からーーー」

 

(この作戦必ず成功させる。箒も一夏も俺が護る‼︎)

 

そうして、作戦開始までの間、セシリアによる高速戦闘についてのレクチャーを受け、将輝は作戦に臨むこととなった。一つの大いなる決意を宿して。

 

 

 



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銀の福音

 

時刻は十一時半。

 

七月の空はこれでもかとばかりに晴れ渡り、容赦のない陽光が降り注いでいる。

 

砂浜では将輝、一夏、箒の三人が僅かに距離を置いて並んで立ち、一度目を合わせて頷いた。

 

「出てこい、夢幻」

 

「来い、白式」

 

「行くぞ、紅椿」

 

全身がぱあっと光に包まれ、ISアーマーが構成される。それと同時にPICによる浮遊感、パワーアシストによる力の充満感とで全身の感覚が変化する。

 

「箒、よろしくね」

 

「俺もよろしく頼む」

 

「本来なら女の上に男が乗るなど私のプライドが許さないが、今回だけは特別だぞ」

 

作戦の性質上、将輝と一夏は箒に移動の全てを任せる事になる。それ故二人は背中に乗る形になる。

 

それを最初に聞いた時、嫌そうにしていた箒だが、今は何故だか妙に機嫌がよかった。

 

(しかし、大丈夫なんだろうか……?)

 

箒の専用機は、使い始めてからまだ一日も経っていない。いくらあの篠ノ之束がパーソナライズとフィッティングをしたからといっても、操縦者の方はまだ未熟と言え、一夏の心配は当然と言える。

 

「それにしても、偶々私たちがいた事が幸いしたな。私たちが力を合わせれば出来ない事はない。そうだろう?将輝?」

 

「偶々………ね。そうだね。けど、用心はしておいてね。相手は軍用ISだから、一筋縄じゃいかないだろうから」

 

「無論わかっているさ。ふふ、どうした?怖いのか?」

 

「怖い……確かに怖いのかもしれない。もし誰かが怪我をするって考えたら怖くてしょうがない」

 

「心配するな。お前達を運んだ後は私もしっかり援護に回る。大船に乗ったつもりでいろ」

 

やはり何処か浮かれ気味に話す箒に将輝は何かを言いかけて止めた。それはなんとなく彼女の気持ちがわかるからだ。だから其処は自分がカバーしていけばいい。そう思っていた。

 

『織斑、藤本、篠ノ之、聞こえるか?』

 

ISのオープン・チャネルから千冬の声が聞こえる。将輝と一夏と箒は頷いて返事をした。

 

『今回の作戦の要は一撃必殺(ワンアプローチ・ワンダウン)だ。短時間での決着を心掛けろ』

 

「了解」

 

「織斑先生、私は状況に応じて二人のサポートをすればよろしいですか?」

 

『そうだな。だが、無理はするな。お前はその専用機を使い始めてからの実戦経験は皆無だ。突然、何かしらの問題が出るとも限らない』

 

「わかりました。出来る範囲で支援します」

 

箒の返事は一見落ち着いたもののようだが、やはり口調には喜色を含んでいて、何処か浮ついた印象を受けてしまう。其処に将輝のプライベート・チャネルに千冬からの通信が入った。

 

『ーーー藤本』

 

「はい」

 

『どうも篠ノ之は浮かれているな。あんな状態では何かを仕損じるやもしれん、いざという時はサポートしてやれ』

 

「俺じゃなくて、一夏に言わないんですか?」

 

『あれには他の事を考えさせるとミスをするからな。それにーーー』

 

「それに?」

 

『いや、なんでもない。頼むぞ』

 

「了解」

 

それから再び千冬の声がオープンに切り替わり、号令がかかった。

 

『では、始め!』

 

作戦開始。

 

箒は二人を背に乗せたまま、一気に上空三百メートルまで飛翔した。

 

そのスピードは白式の瞬時加速と同等か或いはそれ以上。さらに上昇を続ける紅椿は夢幻と白式という荷物を乗せた状態にもかかわらず、ものの数秒で目標高度五百メートルに達した。

 

「暫時衛星リンク確立……情報照合完了。目標の現在位置を確認。将輝、一夏、一気に行くぞ!」

 

箒はそう言うなり紅椿を加速させる。脚部及び背部装甲が展開装甲の名に相応しくばかりと開き、其処から巨大なエネルギーを噴出させる。

 

「見えたぞ、二人とも!」

 

「!」

 

「来たか…」

 

ハイパーセンサーの視覚情報が自分の感覚のように目標を映し出す。

 

目標は『銀の福音』に相応しく全身が銀色をしている。

 

そして何より異質なのがら頭部から生えた一対の巨大な翼。本体同様銀色に輝くそれは、大型スラスターと広域射撃武器を融合させた新型システムなのだ。

 

(資料にあった多方向同時射撃って、一体どんな攻撃なんだ)

 

ともあれ、考えている暇はない。高速で飛翔するそれを追いながら、一夏は《雪片弐型》を将輝は《無想》を握りしめた。

 

「加速するぞ!目標に接触するのは十秒後だ。集中しろ!」

 

「ああ!」

 

「了解……!」

 

スラスターと展開装甲の出力をさらに上げる箒。その速度は凄まじく、高速で飛翔する福音との距離をぐんぐんと縮めていく。

 

「うおおおおっ!」

 

零落白夜を発動。それと同時に瞬時加速を行って間合いを一気に詰める一夏。

 

行ける、そう思ったその時

 

「なっ⁉︎」

 

福音は、なんと最高速度のまま反転、後退の姿となって身構えた。

 

一度態勢を立て直す事を考えた一夏だが、それでは遅すぎると判断し、一気にケリをつけにいく。

 

「敵機確認。迎撃モードへ移行。《銀の鐘》、稼働開始」

 

オープン・チャネルから聞こえたのは抑揚のない声。けれど其処には明確な『敵意』を感じ、一夏はぎくりとする。

 

ぐりん、といきなり福音が身体を一回転させ、零落白夜の刃を僅か数ミリの精度で避ける。それは慣性制御機能を搭載しているISであっても、かなり難度の高い操縦であるが、それを福音の銀の翼が可能にさせていた。

 

「はあああっ!」

 

将輝が箒の背から降り、瞬時加速と共に福音へと斬りかかるが、それもひらりと紙一重でかわされてしまう。

 

二人掛かりだというのに福音は踊っているかのような動きで躱すと、それに見事なまでに翻弄された一夏の残り時間に焦った大振りの一撃を躱した際にできた隙を見逃さない。

 

銀色の翼。スラスターでもあるそれの、装甲の一部がまるで翼を広げるかのように開く。

 

しまった。そう思った時には既に遅く、一斉に開いた砲口を一夏に向かわせる為、翼を前へと迫り出す福音。次の瞬間光の弾丸が撃ち出された。

 

「やらせないっ!」

 

撃ち出された光の弾丸から一夏を護るように将輝が躍り出る。高密度に圧縮された羽のような形をしたエネルギーを将輝は全て打ち落とす。そしてその間に態勢を立て直した一夏が入れ替わりで福音へと斬りかかる。

 

「箒!左右から同時に攻めるぞ。左は頼んだ!」

 

「了解した!」

 

一夏と箒は複雑な回避運動をしながらも連射の手を緩めない福音へと、二面攻撃を仕掛ける。

 

けれど、二人の攻撃はかすりもしない。福音はとにかく回避に特化した動きで、その上同時に反撃までしてくる。特殊型ウイングスラスターは、その奇抜な外見とは裏腹に実用レベルが異常に高い代物だった。

 

「一夏!私が動きを止める‼︎」

 

「わかった!」

 

言うなり、箒は二刀流で突撃と斬撃を交互に繰り出す。しかも、腕部展開装甲が開き、そこから発生したエネルギー刃が攻撃に合わせて自動で射出、福音を狙う。

 

(あっちもあっちだけど、こっちも相当化け物だな……!)

 

さらに箒は紅椿の機動力と展開装甲による自在の方向転換、急加速を使って福音との間合いを詰めていく。この猛攻にさすがの福音も防御を使い始めた。

 

「はあああっ‼︎」

 

いける、そう思って雪片を握りしめる一夏だが、其処に福音の全面攻撃が待っていた。

 

「La………♪」

 

甲高いマシンボイス。その刹那、ウイングスラスターはその砲門全てを開いた。その数、三六。しかも全方位に向けての一斉射撃だ。

 

「やるなっ……だが、押し切る‼︎」

 

箒が光の光弾の雨を紙一重でかわし、追撃をし、隙が出来たその時、一夏はあるものに気がつき、福音とは真逆の直下海面に加速しようとする。だが、その前に将輝の怒号が飛んだ。

 

「そっちは俺がやる!お前は福音の方へ行け!」

 

言葉通り、将輝は直下海面へと全力で向かい、密漁船へと放たれた光弾を斬り払った。

 

(良し、これで……!)

 

フラグは折った。そう確信した将輝だった。

 

しかし、イレギュラーは起きた。将輝という異分子を持ち込んだこの作戦にさらなるイレギュラーが舞い込んだのだ。

 

本来なら一隻である筈の密漁船。それがもう一隻増えていた。

 

「うおおおおっ」

 

将輝とはまた別の海面にいた密漁船へと放たれた光弾を今度は一夏が防ぎ、それと同時に一夏の手の中で《雪片弐型》の光の刃が消え、展開装甲が閉じた。エネルギー切れ、最大にして唯一のチャンスを失い、作戦の要の一人が消えた。

 

「馬鹿者!犯罪者などをかばって……そんな奴らはーーー」

 

「箒‼︎」

 

「ッ⁉︎」

 

「箒、そんな寂しい事言うなよ。力を手にしたら、弱い奴の事が見えなくなるなんて………どうしたんだよ。全然らしくないぜ」

 

「わ、私は……」

 

箒は明らかな動揺をその顔に浮かべ、刀を落とす。落とした刀が空中で光の粒子となって消えたのを見て、一夏はぎくりとした。

 

(今のは具現維持限界だ……!マズイ‼︎)

 

具現維持限界ーーーつまりそれは、エネルギー切れということだ。そして今は、IS学園のアリーナではない、実戦だ。

 

「間に合えぇぇぇぇ‼︎」

 

一夏は刀を捨てて、加速する。最後のエネルギー全てを使っての瞬時加速。

 

視線の先では福音が再び一斉射撃モードへと入っていた。しかも、今度は箒に照準を向けている。

 

エネルギー切れのISアーマーは恐ろしく脆い。それは第四世代とはいえ変わりない。絶対防御分のエネルギーは確保していたとしても、あの連射攻撃を受けたらひとたまりもない。

 

(頼む!頼む、白式!頼むっ‼︎)

 

祈るように心の中で叫ぶ一夏。けれど残酷にも一夏は間に合うことはなく、スローモーションで箒へと光弾が放たれる様を見届けようとしていたその時。

 

「おおおおおおっ!」

 

福音と箒の間に割って入ったのは将輝だった。

 



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砕かれた理想


今回、始まりは将輝視点でのスタート。

深い意味はあるといえばあるし、ないといえばない。

そんなこんなで短めですがスタート。


 

スローモーションの世界で、俺ーーー藤本将輝は箒をかばうように前に躍り出た。

 

視界を覆い尽くす程の光弾が一斉に俺の半身へと降り注ぐ。

 

エネルギーシールドでは相殺しきれないほどの衝撃が何十発と続き、ミシミシと骨が悲鳴をあげる。同様に悲鳴をあげる筋肉、アーマーが破壊され、熱波で肌が焼けていく。

 

飛びそうな意識を此方に繋げたのは、一夏の叫びでも、箒の絶望したような顔でもなく、単にISの操縦者保護機能だった。

 

「………逃げろ」

 

瀕死の俺の口から出たのはそんな言葉。何方が逃げた方がいいかなど誰の目にも明らか。けれど、今ここで俺が逃げる訳には行かなかった。

 

一夏と箒はともにエネルギー切れ。肉体的に何のダメージは見られないまでも軍用ISと戦闘するには危険度が高過ぎる。対して俺はシールドエネルギーを越えての肉体的ダメージは計り知れない。左半身が麻痺して、ISは先程から操縦者生存危険を警告している。だが、俺のISはエネルギーがまだ残っている。それは気休め程度の代物ではあるが、戦闘をするには俺の方がリスクは低い。死ぬかもしれないがな。

 

「織斑先生、作戦失敗です。一夏と箒をそっちに帰します」

 

『藤本。お前はどうする気だ?』

 

「時間を稼ぎます。多分、こいつは目の前の敵全部落とすまで止まらないですからっ!」

 

福音が再度《銀の鐘》を発動し、全方位攻撃を作動させる。避けたいのは山々であるが、俺の後ろには一夏と箒がいる以上、其処から動くわけにはいかず、何とか全弾斬り払う。相変わらず土壇場になるとISの性能が上がっているかのような気がする。今までは人の精神次第で決まるなんて面倒極まりないと思ってたが、今となってはありがたい仕様だったといえる。

 

はぁ………まさか俺がこんな役回りをするなんてな。結局、憑依者なんてこんなものなのかな。

 

「一夏、箒、ここは俺に任せて逃げろ」

 

「し、しかし……っ!」

 

「その傷じゃ……」

 

「あはははっ、俺は全然大丈夫。後で絶対帰るから」

 

無理矢理笑顔を作るが、二人とも納得した様子を見せない。

 

「いいから逃げろ。出来るだけ早く、頼む、一夏」

 

俺の意識が持つのはISのエネルギーが切れるまで。切れてしまえば、俺はこの太平洋のど真ん中に沈むだろう。自分ではどのくらいの傷を負っているかわからないけれど、ISの警告音から察するにかなりの重傷である事はわかる。

 

「……………絶対帰ってこいよ、将輝」

 

「約束する」

 

「な⁉︎何を言っているんだ、一夏‼︎こんな状態の将輝を一人置いて行けるわけないだろ⁉︎」

 

「……………一夏。連れて行け」

 

「ああ」

 

一夏は俺の言葉に頷くと何かを言っている箒を担いでその場を離脱した。帰るだけのエネルギーはあったのか。こんな時、一夏があんな奴で良かった。変に聞き分けのない主人公だと「俺も戦う」とか阿呆なこと言い出して、俺の死に物狂いが滅茶苦茶になるからな。

 

逃した一夏と箒の後を追おうと身を低くした。やらせるわけないけどな。

 

「おいおい、こちとら命賭けてるんだ。逃した方を追いかけようとするなよ、てか、戦意のある方を無視するなっての!」

 

福音の追撃を妨げるように剣を振るう。全く操縦者が危ないってのに、ISの方は今までで一番元気な気がするな。

 

ここに来て性能が飛躍的に上がった夢幻に驚きながらも、俺は福音を足止めすべく《無想》を振るう。しかし、性能は上がっても操縦者の反応速度は落ちているし、攻撃も大振りなので、結局の所先程と大差ない。それどころかスペックに振り回されているようにも見えるだろう。事実、今の俺は夢幻を扱いきれていない。

 

《無想》の一撃を紙一重でかわした福音が《銀の鐘》ではなく、普通に回し蹴りを左脇腹に叩き込んできた。俺は傷を蹴られて呻き声を漏らすが、それでも構わず斬り返した。すると福音の翼に僅かではあるが、傷が入る。

 

「危険度A。目の前の敵機を優先して撃破します」

 

抑揚のない機械音声でそう告げる福音。良かった、これでこいつは俺を落とすだけで一時的に止まる。

 

そう思うと緊張の糸が切れたのか、今まで気にならなかった痛みが一気に襲ってきた。そのせいで視界は歪み、福音を視認することもままならない。何とかハイパーセンサーで福音の姿を捉えた時には既に何もかも遅かった。

 

目の前で大きく翼を広げた福音は全砲門を俺へと向けるとそれを一斉に放った。

 

あーあ、ちくしょう。こんな事なら告白しとくんだったなぁ。

 

そう思った次の瞬間、俺の肉体は光の弾雨に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

箒を将輝に任された一夏は無言のまま、教師陣や専用機持ち達の待つ場所へと降り立った。

 

「将輝さんは何処に……」

 

真っ先に異変に気がついたのはセシリア。その質問に一夏は顔を背けるしかなかった。

 

誰の目から見ても重症。本当なら戦えるような状態ではなかったであろう傷を負いながら将輝はあの場に残った。自分達を逃す為、苦痛に苛まれながらも笑顔を持って無事を伝えた。

 

「……何処へ行く。織斑」

 

「将輝を……助けに行きます」

 

「行ってどうする?」

 

千冬の言う通り、行ったところでどうしようも出来ない。エネルギーは底をつき、ここまで帰ってこられたの奇跡と言っても過言ではなかった。何処へも怒りを向けられず、ただ一夏は拳を地面へと叩きつける。

 

誰かを護りたい。幻想的な理想に一夏は憧れを抱いてきた。ISを動かせた時、戸惑いこそしたが、心の底では嬉しさがあった。何の力も持っていなかった一夏にISという絶大な力は理想を叶える為の力を与えた。未熟ではあったが、それなりに強くなってきたのではないかと徐々に思い始めてもいた。誰かを護れるのではないかと思っていた。

 

「巫山戯るなよっ!何が護るだ!結局………また護られたのは俺の方じゃねえか……っ!」

 

自身の強さは儚かった。結局、また護られた。護りたいと思っていた友に。友は言っていた「お前は強い」と。けれど今の一夏はそんな事は思えなかった。一体俺の何処が強いのかと、瀕死の友人すら護ることが出来ず、その友人を大切に思う人の涙すら止める事は出来ない自身に力などあるはずがないと。

 

「ッ⁉︎これは……」

 

その時、ラウラが驚愕に目を見開き、千冬へと話しかける。

 

「……何?それは本当か?」

 

「間違いありません。これは夢幻のIS反応です」

 

「オルコット。ISの使用許可を認める。藤本を救助してこい」

 

「了解しました……っ!」

 

セシリアは涙を拭うとブルー・ティアーズを展開し、将輝がいるであろう海域へと向かっていった。

 

(何で何も言わないんだ…………一番俺に文句を言いたい筈なのに……)

 

罵倒される覚悟はあった。何を言われても仕方がないと思っていた一夏だが、セシリアは涙こそ流したが、一夏にも箒にも何も言わず、ただ将輝のいる海域へと向かっていった。横を通る時も見向きもしなかった。

 

「織斑、篠ノ之。お前たちは部屋で待機していろ」

 

千冬にそう言われて一夏は言い知れぬ虚無感を抱いたまま、教員室へと戻っていった。



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それは風のように

旅館の一室。壁の時計は既に四時前を指している。

 

既に三時間以上も目を覚ましていない将輝の横に控えている私ーーー篠ノ之箒は、ずっとこうして横に控えていた。

 

ベッドに横たわる将輝は力なく横たわっていて、時折痛みに顔を歪めている。

 

ISの防御機能を超えて人体に届いた熱波に身を焼かれ、将輝の至る所には包帯が巻かれている。それは私を庇った時の傷もそうだが、その後、おそらく私と一夏を逃がすために福音と対峙した際につけられた傷が目立っていた。

 

(私のせいだ………私の力が足りないばかりに………)

 

不意に頭をよぎる思い出の中でも将輝は微笑んでいた。本来なら苦痛に顔を歪め、意識も飛びそうな程であるのに、将輝は笑って私達を逃がすと言った。

 

何時しか将輝は言っていた。

 

俺は弱いから、最悪皆の盾くらいにはなる、と。

 

本当に盾になってどうするのだ、馬鹿者。お前がそんな状態になってしまっては意味がないのに。

 

私が力に溺れたばかりに、心が弱かったばかりに。こうなってしまった。

 

やっと、将輝の隣に立てる力を得たかと思うと、それを証明したくてたまらなかった。もう足手まといではないというところを見せたかった。なのに、私はまた力に溺れて将輝をこんな目に合わせてしまった。

 

今でこそ、落ち着きを見せてはいるが、未だ命は危険な状態である事に変わりはない。重傷の状態で福音にさらにトドメの攻撃を受けたんだ。はっきり言って即死じゃない方が奇跡とまで言われた。それは将輝の怪我具合を見れば素人の私にも痛い程わかった。

 

結局、私は将輝と出会った頃と何も変わってはいなかった。もう力に溺れはしない、そう思っていただけで、その実根底はそのままだった。

 

変わっていたと思い込んでいただけだった。

 

私は一体何処まで愚かな人間なんだ……。

 

本当ならいの一番に駆けつけたい筈のセシリアは将輝の仇を取るべく、ISのパッケージをインストールしている。私のようにただ祈るという無駄な行為ではなく、セシリアは戦う道を選んだ。本当にあいつは強い人間だ。私なんかとは比べものにならないくらいに。

 

「一体、私はどうすればいいのだろうな……将輝」

 

こんな状態だと言うのに、結局私は将輝に答えを求めてしまう。

 

問えば答えが返ってくる。そんな気がして仕方がない。けれど将輝から返ってきたのは無言の返事。

 

それに私は強く拳を握り締める。自分があまりにも不甲斐なさ過ぎて、どうしようもないくらい惨めで。

 

ふと、そんな時、私にある一つの疑問が浮かんだ。

 

「私はどうして将輝を好きになったのだろう………」

 

至極単純で、それでいて複雑怪奇な問題。

 

あれ程まで一夏に依存していた私が、何故将輝を好きになったのか。

 

深く考えた事はなかった。好きになってから、それが当たり前と化していた。しかし今思うと好きになったキッカケは何処かにあった筈だ。

 

そんな事を考えている状況ではないのはわかっていた。けれど、考えずにはいられなかった。こんな時だからこそ、私は理由を探さずにはいられなかった。

 

そんな時、私の脳裏をとある出来事が過ぎった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば、何故将輝は私と行動を共にしているんだ?」

 

部活動を終え、帰る準備をしていた時、私は何気なく将輝に聞いた。

 

これと言って深い意味はなかった。ただ、私と違って、将輝には他にも友人がいる。けれど、将輝は何時も私と行動を共にしていた。何時もは気にならない事なのに、今日だけは無性に気になった。

 

「うん?それはもちろん箒といたいからだけど?箒といると楽しいし、癒されるからね」

 

まるで当然と言わんばかりに将輝はさらりとその言葉を口にした。あまりにも自然と放たれた言葉に私は一瞬理解が追いつかなかったが、すぐに理解して、顔が熱くなるのを感じた。

 

「お、お前というやつは…………よくもそんな歯の浮くような台詞が出てくるな……」

 

「へ?何が?」

 

…………もしかして自覚がないのか?ますます一夏と似ているような気がしてならないな。

 

「逆に箒は俺以外の人といるのを見ないけど……」

 

「そ、それは………」

 

言えない。将輝以外の友人がいないなど……………多分、本気で心配される。

 

「ま、まあそれはさておき」

 

「露骨に話を逸らしたね。ま、いいか」

 

「将輝はもう少し他の友人との時間を大切にした方がーーー」

 

「その必要はないね。俺にとっては箒との時間が何より大切だから」

 

まただ。こいつは私の心を見透かしたかのように私の求める答えを返してくる。それが嘘偽りない本心からの答えで、将輝ならきっとそう言うと思っていたからこそ、私はこんな質問をしたのかもしれない。少し前までの四六時中気を張っていたのが嘘と思えるくらい、篠ノ之箒は藤本将輝を信頼している。

 

先日の一件が思ったよりも私の心を揺さぶったからなのだろうか?

 

一夏と引き離され、両親とも離れ離れになり、ただ一人孤独に各地を転々とする日々。

 

何処へ行っても周囲の人間は私を【篠ノ之束の妹】として接してきた。

 

大人達は当然ながら、同世代の者達すら、私の顔色を伺いながら、私の気に触れないように気を配っていた。私にとっては、寧ろその気配りが苦痛だった。苛立ちを感じずにはいられなかった。

 

結局、私には一夏しかいないのだと。転校を繰り返す度にその思いが強くなっていった。

 

けれど、それも将輝が転校してきた事で終わりを告げた。

 

あの人がISを世界に発表して以来、初めて私を【篠ノ之束の妹】としてではなく、【篠ノ之箒】として接してくれた唯一の男子。

 

自分自身を抑制する枷である筈の剣道をただの暴力に貶めていた私に剣の道を思い出させてくれた恩人。

 

名前で呼び合うようになった後も一人でいる事の多い私を何かと気にかけてくれていた。

 

私がリボンを無くした時も、風邪で倒れた時も、助けてくれたのは将輝だった。

 

将輝がいてくれたから、私は私を取り戻す事が出来た。

 

最近、私は悪夢を見る事が無くなった。夢の内容は覚えてはいないが、朝は何時も酷い顔をしていたので、碌な夢を見ていないのはわかった。けれど、それも急に無くなった。将輝が寝言で呟いたあの言葉。ただの寝言だとわかっている、誰に向かっていったのかはわからない、それなのに私はその言葉に安心感を与えられた。

 

悪夢のような日々を、凍っていた心を溶かし、救ってくれた人。

 

そう。私は救われていた。織斑一夏ではない藤本将輝という一人の男子に。

 

「ほ、箒?どしたの?」

 

初めて将輝が焦ったような表情で私に問いかけた。

 

「何がだ?」

 

「いや、急に箒が泣く(・・・・・・)から、俺何か変な事言ったのかと思って……」

 

私が泣いている?

 

言われて、頬を触ると濡れた感触が手に伝わった。確かに私は泣いている。けれど理由がわからない。

 

「何故泣いているんだ……ッ!」

 

「よくわからないけど、俺の所為かもしれないから取り敢えず謝るね。ごめん」

 

「違う。将輝の所為ではない…………私の心が弱い所為だ」

 

「まさか、それこそ違うよ」

 

「え?」

 

「箒の心は弱くなんかない。箒は女の子なんだから、悲しいと泣くし、嬉しいと喜ぶのが普通だよ。寧ろ、今の今までたった一人で戦ってきたんだから、強いくらいだ。俺には出来ない」

 

「………そう言ってくれたのはお前が初めてだ」

 

一夏も私の事を女子として扱ってはくれたが、言葉に出してそういう事はなかった。おそらく私を対等な相手として見てくれていたからなのだろうが、ある意味ではそれは私に負担だったのかもしれない。

 

「それにしても良かった。箒が俺の前で泣いてくれて」

 

「?どういう意味だ?」

 

「ああ、別に変な意味じゃないよ。ただ、泣いてるのは前にも見たけど、こうして俺の前で泣いてくれたって事はそれくらいは俺の事を信頼してくれてるって事だと俺は思うんだ。勝手な思い込みかもしれないけどさ。もちろん泣いてるより笑ってる方が良いよ?そっちの方がずっと似合ってるから」

 

「ふふふっ。何だそれは、口説いているつもりか?」

 

「何でそうなるのさ⁉︎何もおかしい事は言ってないだろ?」

 

「冗談、からかっただけだ」

 

「むぅ。箒ってそんな性格だったっけ?」

 

「まあな」

 

こういう感じに人をからかったのは将輝が初めてだ。どちらかというと何時もからかわれているのは私だからな。将輝が相手だとついガラにもない事をしてしまう。そう思っていた時、急に将輝に抱き締められた。

 

何事かとそう問おうかとした時、不意に耳元で囁かれた。

 

「俺は箒の全部を護りたい。似合っていても、そうでなくても、美しくても、醜くても、全部が篠ノ之箒だから、俺はそれ全部を護りたいんだ」

 

「…………」

 

「……なんてね。口説くっていうならこんな感じかな。俺なりに仕返しのつもりだったんだけど………………あれ?箒?おーい」

 

完全に不意を突かれた。今度は一夏と被って見える事はなかった。けれど、先程の表情も声も温もりも私の心に深く残ってしまった。

 

将輝が私に何か言っているが、それも酷く遠いように感じてしまう。

 

全ての音が遠く聞こえ、顔も熱いし、考えもまとまらない。

 

この時からかはわからない。もしかしたらそれよりも以前にそうであったのかもしれない。けれど、少なくともこの時点ではそうなっていた。

 

織斑一夏ではなくーーーーー

 

「………あぅ」

 

藤本将輝に惚れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、思い返してみれば、なかなか恥ずかしい記憶だ。はっきり言って思い出した今、滝にでも打たれて煩悩を払いたいと思う。

 

しかし、今はそんな事をしている場合ではない。

 

恥ずかしさに身悶えるのは全てが終わった後だ。それに私だけ恥ずかしい思いをするというのは不公平だ。また将輝が起きた時にでもあの時の話をして、一緒の思いをしてもらわなければ。

 

その前に、私にはすべき事がある。

将輝をこんな目に合わせてしまった私自身の後始末と敵討ち。

 

この思いはどちらも一方的なものだ。何せ両方悪いのは私なのだから。

 

私が力に溺れなければ、戦場のど真ん中で一夏に説教を受ける事もなかった。そして敵の目の前でショックを受けて無防備な状態を晒すことも無かったのだから。

 

だが、そうとわかった上でも私はそうしなければいけない。気が済まない。

 

また唯の八つ当たりをしているだけなのかもしれない。湧き上がる怒りを何かにぶつけたいだけなのかもしれない。

 

けれど、次は力に飲まれはしない。もうそんな失態は晒さない。だから………

 

「お前は私の帰りを待っていてくれ………将輝」

 

私は髪を束ねていたリボンを外し、将輝の左腕に巻く。包帯を巻いている中、一つだけリボンというのは酷く目立つ。何より後で来る先生方に外されるかもしれないが、とにかく今はこうしていたい。

 

「必ずお前の敵は私が取るからな」

 

そう言って部屋を出ようとしたその時

 

「それを言うなら、俺たちが、だろ?」

 

「一夏……」

 

扉を開けて入ってきたのは一夏を含めた専用機持ちの面々。

 

「どうして」

 

「どうしても何も将輝がそうなった原因は俺にもあるんだ。敵を討つ理由は俺にだってある」

 

「将輝さんをそんな目に合わせた方にはそれ相応の責任を取ってもらいます。貴方にも一夏さんにも、何より福音にも」

 

「あたしの獲物を取ろうとする奴は誰が相手でも許さないわ」

 

「将輝は大切な友人だからね。友人を傷つける奴には加減なんてしないよ」

 

「折角見つけた良い人材を他国の暴走IS如きに取られてたまるか」

 

そうか。こんなにも将輝は皆に大切に思われているんだな。

 

当然か。私が惚れたのはそんな将輝なのだから。

 

 

 

 




何回も書き直した結果、これです。

箒が将輝に惚れた理由を頑張って書いたのですが、おそらく納得されない方もいるかもしれませんが、すみません。これが作者の限界です。

次回、福音戦。そして将輝に何かがっ⁉︎


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変わり続ける戦況

 

箒達が福音を打倒すべく、福音の滞在する海上に向かった頃。

 

将輝の容態が急変した。

 

「織斑先生っ‼︎藤本くんが!」

 

真耶が血相を変えて、千冬の元にその旨を伝えるが、それは既に千冬にも伝わっていたようで取り乱すことは無かった。否、既に彼女も冷静ではなかった。

 

「………藤本の事は担当の医師に任せるしかない。問題はーーー」

 

篠ノ之達の事だ。そう言いかけて千冬は止めた。

 

ただでさえ、真耶は将輝の事でこれ以上にないくらい取り乱している。もし、この状態の真耶に箒達が待機命令を無視して、福音の元へ向かったと知れば、どんな行動に出るかわかったものではない。

 

(ブリュンヒルデが聞いて呆れるな。こんな時に何一つ出来んとは)

 

決して祈るような事はしない。それは千冬の性格上、最もかけ離れた行為であり、何よりそんな事をしても意味などないのは自身が一番よく知っているからだ。

 

しかし、自然とその拳には力が入り、目つきもより一層鋭さを増している。

 

「山田先生。私は少し席を外します」

 

そう言って部屋を出た千冬が向かうのは将輝が治療を受けている部屋の前。

 

中には当然入る事は出来ない。

 

扉の前で千冬は瞑目する。その表情からは何を考えているかは読み取れない。

 

数秒そうした後、踵を返して、その場を後にしようとした時、視界によく知る人物の姿が映った。

 

「………こんな所に何の用だ、束」

 

「中の子に用があるんだ〜」

 

別段隠す様子も見せず、無邪気な笑顔でそう答える束。

 

束の返答に千冬は睨み付ける。それはとても親友に対して向けるようなものではなく、その視線は明らかな敵意が含まれていた。

 

「一夏は出来ないから、藤本を実験台にでもするつもりか?少なくともあいつが私の生徒である以上、お前の好きにはさせん」

 

「んー、それは死んじゃったらアリって事?ちーちゃんから許可を貰っちゃった、やったぜ!」

 

「束………」

 

まさしく一触即発の空気。最強と最凶の対峙に一般人が見れば空間が歪むような錯覚を覚えるような光景だ。

 

しかし、千冬の怒気とは対照的に束は相変わらず笑みを崩さない。

 

「もう、ちーちゃんたらそんな顔しないでよ。私はまだ闘うのはごめんだよ。それにね、今からする話はちーちゃんにとっても悪くない話だと思うよ?」

 

「……何?」

 

訝しみながらも千冬は警戒心を緩めない。

 

「はっきり言うよ。このままじゃ確実にあの子は死ぬ」

 

「ッ⁉︎」

 

笑顔を止め、真剣な面持ちで束がそう言うと、千冬は目を見開いた。

 

束をよく知る千冬だからこそ、今の言葉は嘘でない事がわかる。

 

天才である彼女は万に通じている。人体のこともまた彼女の知識の右に出る者はいない。

 

その彼女が「確実」という単語を使ったという事はそれは揺るぎない事実なのだ。

 

「其処で私が彼を治療してあげようって訳さ」

 

「…………改造の間違いではないのか?使い勝手の良い駒にする為の」

 

「むぅ。私って信用ないなぁ」

 

「信用に足る行動をしていないからな。お前の場合」

 

「じゃあ、ちーちゃん立ち会いの元で治療するっていうのはどう?これなら私が彼に何をしようとしてもちーちゃんが止めれるでしょ?まあ、元々改造する気なんてないけどね」

 

「束、一つ聞く」

 

「今度は何かな?急がないと死んじゃうよ?」

 

「何故、お前がそれ程までに他人に入れ込む?確かお前の中では私達三人以外は全員どうでも良いのではなかったのか?」

 

兼ねてから千冬が思っていた疑問。

 

束が箒に誕生日プレゼントと称して、専用機を渡した時、将輝に話しかけられた束は無視する事も冷たくあしらうことも無く、千冬達にみせるウザいテンションで相手をしていた。それは傍目からは何て事はない光景に見えたかもしれないが、束を知る者からしてみればそれはかなり異様な光景なのだ。

 

「彼にはね。私も色々賭けてるんだよ、それにね」

 

「?」

 

「あの子が死んじゃうと箒ちゃんが悲しむから」

 

そう言う束の表情はとても穏やかな妹を思う姉の顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

海上二百メートル。其処で静止していた『銀の福音』は、まるで胎児のような格好でうずくまっていた。

 

膝を抱くようにまるめた身体を守るように頭部から伸びた翼が包む。

 

『ーーー?』

 

不意に福音が頭を上げた時、超音速で飛来した砲弾が頭部を直撃、大爆発を起こした。

 

「初弾命中。続けて砲撃を行う」

 

五キロ離れた場所に浮かんでいるIS『シュヴァルツェア・レーゲン』とラウラは、福音が反撃に移るよりも早く次弾を発射した。

 

その姿は通常装備と大きく異なり、八十口径レールカノン《ブリッツ》を二門左右それぞれの肩に装備しており、さらに遠距離からの砲撃・狙撃に対する備えとして、四枚の物理シールドが左右と正面を守っていた。

 

これこそがシュヴァルツェア・レーゲンの砲弾パッケージ『パンツァー・カノニーア』なのだ。

 

(敵機接近まで凡そ七秒後……ちぃっ、想定よりも速い!)

 

あっという間に距離が千メートルを切り、福音がラウラへと迫る。

 

その間もずっと砲撃を行っているものの、福音は翼からエネルギー弾を放ち、半数以上を打ち落としながらラウラへと接近していた。

 

砲弾仕様はその反動相殺の為に機動との両立が難しい。

 

対して、機動力に特化した福音は三百メートル地点から更に急加速を行い、ラウラへと右手を伸ばす。

 

避けられない攻撃。しかし、ラウラはにやりと口元を歪めた。

 

「セシリア!」

 

伸ばした腕が突然上空から垂直に降りてきた機体によって弾かれる。

 

それは『ブルー・ティアーズ』によるステルスモードからの強襲だった。

 

六基のビットは通常と異なり、その全てがスカート状に腰部に接続されている。しかも、砲口は塞がれており、スラスターとして用いられている。

 

さらに手にしている大型BTレーザーライフル《スターダスト・シューター》はその全長が二メートルを超えており、ビットを機動力に回している分の火力を補っていた。

 

強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を装備しているセシリアは、時速五百キロを超える速度下での反応を補うため、バイザー状の超高感度ハイパーセンサー《ブリリアント・クリアランス》を頭部に装着している。其処から送られてくる情報を元に最高速からいきなり反転、福音にむけて射撃を行う。

 

『敵機Bを認識。排除行動へと移る』

 

「遅いよ」

 

セシリアの射撃を避ける福音を、背後から別の機体が襲う。

 

それは先刻セシリアの突撃時に背中に乗っていた、ステルスモードのシャルロットだった。

 

二丁のショットガンによる近接射撃を背中に浴び、福音は態勢を崩す。

 

だが、それも一瞬の事で、すぐさま三機目の敵機に対して《銀の鐘》による反撃を開始した。

 

「残念。その程度じゃ『ガーデン・カーテン』は抜けないよ」

 

リヴァイヴ専用防御パッケージは、実体シールドとエネルギーシールドによって福音の弾雨を防ぐ。そのシルエットはノーマルのリヴァイヴに近く、二枚の実体シールドと同じく二枚のエネルギーシールドがカーテンのように前面を遮っていた。

 

防御の間もシャルロットは得意の『高速切替』によって、アサルトカノンを呼び出し、タイミングを計って反撃を開始する。

 

加えて、高速機動射撃を行うセシリアと、距離を置いての砲撃を再開するラウラ。三方からの射撃に、福音はじわじわと消耗を始める。

 

『優先順位を変更。現空域からの離脱を最優先』

 

全方向にエネルギー弾を放った福音は、次の瞬間、全スラスターを開いて強行突破を図る。

 

だが、それを阻む者達がいた。

 

「させるかぁっ‼︎」

 

海面が膨れ上がり、爆ぜる。

 

飛び出してきたのは真紅の機体『紅椿』。そしてその背中に乗っているのは『甲龍』と『白式』だった。

 

「離脱する前に叩き落す!」

 

福音へと突撃する紅椿。その背中から飛び降りた鈴は、機能増幅パッケージ『崩山』を戦闘状態に移行させる。

 

両肩の衝撃砲が開くのに合わせて、増設された二つの砲口がその姿を現す。計四門の衝撃砲が一斉に火を噴いた。

 

肉薄していた紅椿が瞬時に離脱し、その後ろから衝撃砲による弾丸が一斉に降り注ぐ。しかしそれはいつもの不可視の弾丸ではなく、赤い炎を纏っている。しかも、福音に勝るとも劣らない弾雨。増幅された衝撃砲は言うなれば熱殻拡散衝撃砲と呼ぶべきものへと変化していた。

 

しかし、その直撃を受けてなお、福音は止まらない。

 

『《銀の鐘》最大稼働ーーー開始』

 

両腕を左右いっぱいに広げ、さらに翼も外側へと向ける。

 

刹那、眩い程の光が爆ぜ、エネルギー弾の一斉掃射が始まる。

 

「くっ‼︎」

 

「箒!私の後ろに」

 

前回の失敗を踏まえ、箒の紅椿は現在機能限定状態にある。展開装甲を多用したことから起きたエネルギー切れを防ぐ為、防御時にも自発作動しないように設定し直したのだった。

 

もちろん、そう設定し直したのは、防御をシャルロットに任せられるからこそである。集団戦闘の利点を最大限に生かした役割分担であった。

 

「それしても、これはちょっときついかも」

 

防御専用パッケージであっても、福音の異常な連射を立て続けにうける事はやはり危うい。

 

そうこうしている間にも物理シールドが一枚、完全に破壊される。

 

後退するシャルロットと入れ替わりで、ラウラとセシリアがそれぞれ左右から射撃を行う。

 

「足が止まれば」

 

「こちらのものだ!」

 

そして直上と直下から鈴と箒が突撃する。《双天牙月》による斬撃と《雨月》の斬撃が福音を襲う。その狙いは頭部に接続されたマルチスラスター《銀の鐘》。

 

二人は互いにエネルギーの弾雨を浴びながらも、攻撃の手を止めない。

 

二人の特攻にも似た攻撃は、ついに福音の片翼を奪い、態勢を大きく崩させる事に成功する。

 

「一夏ぁ‼︎」

 

「おおおおおっ!」

 

片翼だけとなった福音に肉薄したのは零落白夜を発動した《雪片弐型》を握りしめた一夏だった。

 

福音は態勢を即座に整えて、離脱しようとするが、衝撃砲がダメ押しとばかりに福音を一夏の方へと吹き飛ばした。

 

今度こそ回避不可能となった福音に《雪片弐型》の斬撃が直撃し、もう片方の翼を奪う。

 

ついに両方の翼を失った福音は、崩れるように海面へと堕ちていった。

 

「これでーーー」

 

私達の勝ちだ。そう誰かが言いかけた時、異変が起きた。

 

海面が強烈な光によって吹き飛ぶ。

 

球体状に蒸発した海は、まるでそこだけ時間が停止したかのようにへこんだままだった。そしてその中心、青い雷を纏った『銀の福音』が自らを抱くように蹲っている。

 

「⁉︎マズい!これはーーー『第ニ形態移行』だ!」

 

ラウラが叫んだ瞬間、まるでその声に反応したかのように福音が顔を向ける。

 

無機質なバイザーに覆われた顔からは何の表情も読み取れない。けれど、其処に確かな敵意を感じて、各ISは操縦者へと警鐘を鳴らす。

 

しかしーーー遅かった。

 

『キアアアアア…………‼︎』

 

まるで獣のような咆哮をあげる福音に、全員が息を飲んだ。

 

 

 

 





将輝くん。容態急変により、束の治療もとい改造を受ける羽目になりました。

別に改造人間になったり、人外になったりする事はありませんので悪しからず。あくまで治療(名目上)ですので。

まあ、死なれちゃ困ると言いつつも、原因は束なんですけどねー。


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甦える意志


またまたオリ主視点。

こういうのが多いのは単純にそっちの方が話が進めやすいから。

基本的にはこういうのよりも何時もの方が進めやすいけど、こういう時はこっちの方がやりやすい。そう感じてしまうのは偏に私に文才がないからでしょうね。

無駄話をしてすみません。それでは本編をどうぞ。


 

「………ッ!」

 

三時間以上の眠りから目を覚ました俺を襲ったのは全身に走る強烈な痛みだった。

 

あまりの激痛にベッドから転げ落ちそうになるが、何とかそれを堪え、無理矢理ベッドから起き上がり、扉へと向かおうとするが、すぐに足を縺れさせて床に倒れる。

 

「〜〜〜〜ッ⁉︎」

 

床に倒れた衝撃に思わず叫びそうになる。

 

しかし、それでも俺は壁に身体を預けながら立ち上がり、部屋を出る。

 

たったそれだけの動作だというのに、酷く呼吸が乱れ、足取りも覚束ない。

 

「何処に行くの?」

 

正面から歩いてきた人物を焦点の合っていない目で見やる。

 

IS学園の服を着ていれば、おそらく誰なのかはわからないが、その奇抜なデザインの服ゆえに誰なのかがわかった。

 

「………福音の、所……だよ」

 

「そんな身体で行ってどうするの?」

 

「さあな……助けに行く、って……言いたいが」

 

「間違いなく、助けが必要なのは君の方だよね。それをわかった上でも行く気かい?何のために?」

 

何のために……か。

 

愚問だ。俺は箒を護る為に闘う。

 

何時だってそれを目標にして自身を鍛えてきたし、今回もそれを貫くために文字通り命を懸けた。

 

悪運が強かったお蔭で、幸い死ぬ事は無かったみたいだが、はっきり言ってあの時は死んだと自分でも思った。

 

それに今だって死ぬ程身体が痛い。もし状況が切迫していなければ、何故生きているのかと聞いているところだ。

 

「理由は………また今度言ってやる………今は話してる時間がない。今は………意識がある……内に行っておかないと」

 

「健気だねぇ………というか、よく立てたね。さっきまで死んでた(・・・・・・・・・)とは思えない程の元気っぷりだよ」

 

「そりゃ…どうも……………あん?」

 

さっきまで……………死んでた?どういう事だ。

 

「おやおや、そんなに驚く事かい?あれだけの傷で、即死じゃなかったのが奇跡なくらいだよ。いや、そもそもこうして私と会話している事自体、普通はあり得ない事なんだよ?いくらISに絶対防御があるっていっても、超至近距離からのISの攻撃を受けたら、例えちーちゃんでもタダじゃ済まないよ。それを普通の人間である君が喰らえば、過程がどうであれ、死は不可避。そしてその摂理を無理矢理捻じ曲げられるのはーーー」

 

「天災である篠ノ之束ただ一人………か。何処まで人間辞めてるんだよ…………お前」

 

人の生き死にすら変えられるとか、人間の領域はみ出してるぞ。強さとかそういうの抜きで人外だな。

 

「まあ、どちらにしてもそろそろ時間だね」

 

?どういう意味………あれ?

 

突然身体から力が抜けて、床に倒れ込む。

 

さっきはこれで身体中が悲鳴を上げたというのに、今は痛みどころか、床の冷たさすら肌に伝わらない。何も感じない。ただ、全身から急速に熱が奪われていくのだけはわかる。

 

「何………しや、がった……!」

 

「何もしてないよ。何もしてないから君は今床に寝てるんだ」

 

「ど……い……いみ……?」

 

「ありゃりゃ、呂律回ってないよ。そんなギリギリだったのか。えい」

 

束はそう言って、俺の首に何かを刺す。

 

すると鋭い痛みと共に全身の感覚が戻ってきて、また激しい痛みが襲ってきた。

 

「っ⁉︎はぁ……はぁ……、何ださっきの」

 

「どう?意識がある時とない時じゃ全然違うでしょ?さっき君死にかけてたんだよ?」

 

さっきのが………死?

 

ごく自然にそれでいて呆気なく俺は死にかけてたのか?束に麻酔薬みたいなのを打たれたって訳じゃないのか?

 

「うーんとね。時間がない君に簡単に説明してあげるけど、君は福音の攻撃で殆ど死んでたんだ。君の担当医がそこそこ優秀だったから、微妙に延命してたけど、それも微々たるもので、箒ちゃん達が福音を倒しに行って間もなく君は死んだ(・・・)。それを私がとある方法で蘇生させたって訳さ。魔法カード《死者蘇生》ってね」

 

そう言って束はとあるカードゲームのカードを懐から取り出す。巫山戯ているのか、真剣なのか、相変わらずわからないやつだ。しかし、こいつのお蔭で助かったのは事実のようだ。

 

「一応礼は言う。サンキュー。そんでもって、サヨナラだ」

 

無理矢理身体を起こして、俺は再度壁に身体を預けて歩みを進める。

 

意識はさっきよりもずっとはっきりしているし、普通に話せる。

 

だからこそ、俺はマトモに歩けない。意識がはっきりしている分、痛みがよりダイレクトに伝わってくるからだ。

 

無言になった束の横を通り過ぎようとした時、束の腕が俺の歩みを遮った。

 

「止めときなよ。今の君は無理矢理こっちに繋ぎ止めてるような状態なんだ、闘う為の余力なんて欠片も残っていない」

 

「じゃあ、生きる為の力を闘う方に使うだけだ」

 

「馬鹿だね、死ぬ気?」

 

「どうせ一回無くなった命だ。今更変わらねえよ」

 

さっき死んだのが、後で死ぬのに変わるだけだ。大した問題じゃない。それに今死のうが、後で死のうが結局何も変わりはしない。そもそも俺の存在自体がイレギュラーなんだから。

 

「つーか、何でお前は俺を止めるんだ?はっきり言って俺が死んで一番嬉しいのはお前だろう?」

 

「………冗談、で言ってる訳じゃなさそうだね。根拠は?」

 

「まず一つ目は俺が死ぬと男性IS操縦者の被験体を合法的に手に入れる事が出来る。二つ目は一夏と箒を恋人同士にする事が出来る。白式と紅椿を対になるように作ったのはつまりそう言う事だろ?三つ目は俺がいると盤上が狂ってお前のしたいように事が運べなくなるから………って所か?」

 

「あー、うん。死にかけのドヤ顔で言ってくれてる所悪いけど何一つあってないよ。こっちが申し訳なくなるくらい」

 

束は本当に申し訳なさそうにそう言う。そんな束の反応に俺は思わず目を見開いてしまう。そりゃそうだ、最後のはともかく二つは絶対あってると思ってたからな。

 

「訂正すると、私は君やいっくんがISをどうして動かせているかなんて、正直どっちでも良いんだ。わからない事はわからないなりに面白さがあるからね。二つ目に関してはかなり前の話。君と出会う前まではそれを考えてたかな。三つ目なんてそもそもどうしてその考えに至ったのか聞きたいレベルだよ」

 

束は心底呆れたような表情でやれやれと首を横に振り、一つ深い溜息を吐いた後、束は真剣な表情でこう言った。

 

「君はこの篠ノ之束が認めた人間なんだ。この程度の事で命を捨てられると困るんだよ。箒ちゃんを護る役目だって君自身が自ら望んだ役目の筈だ。それを途中で投げ出すなんて私が許さない。その為の力を私は君に渡した筈だ。なのに、何を諦めようとしているんだ、藤本将輝!」

 

はぁ…………全く、ここで初めて人の名前を呼ぶなんて、狙ってるのかコイツ。

 

もしこんな奴が同期にいて、誰にも惚れてなかったら、確実に惚れてるな。ていうか、マジになると口調は箒と一緒だな。何時ものはやっぱりキャラ作りか。

 

この程度も何も原因は束なんだけどな。箒のデビュー戦に軍用IS引っ張り出してくるなっての。危険な目にあったらどうする気だっつーの。お蔭で俺が命の危機に瀕したけどな。

 

「大体君がいなきゃ箒ちゃんの命が危なかったんだよ?なのに、君が邪魔だとか、普通言えるわけないじゃん」

 

「あれは俺の方が近かったから出来ただけの話だ。俺と一夏の居る場所が逆なら今頃寝てるのは一夏の方だ」

 

「かもしれないね。けどいっくんと君が逆だったとしても君は自ら時間稼ぎを買って出た筈だよ。だとしたら、結局君はここで寝てた」

 

それはない。と言いたいところではあるが、束の言う通り、多分俺はどんな状況であれ、あの時時間稼ぎを買って出ていたと思う。それが一番最悪の形でなっただけだ。あの瞬間は死を覚悟したから割と後悔していたが、今は案外そうでもない。箒を護って、俺も天災の手で半ばゾンビ状態ではあるが生きている。本当に奇跡といっても差し支えない事態だ。

 

「ともかく、君には死なれる訳にはいかない」

 

「だから、止めるってか?巫山戯るな、お前が招いた事態をお前の都合で変えていいとでも思ってーーー」

 

俺の紡ぐ言葉は強制的に何かに封じられ、ついでに口の中に何か入った。

 

一瞬、何が起きたのかはわからなかったが、目の前にある束の顔が離れて漸く何をされたのか理解した。

 

「そう。私が招いた結果。だから私もそれなりの覚悟を持って君を送り出す(・・・・)。先に忠告しておくけど、あと十秒以内にISを展開した方が良いよ。でないと意識がとんじゃうから」

 

十秒で意識がとぶ?意味がわからないが、とりあえず窓からで良い。

 

痛みが急速に引いたので、窓を開けて、外に出ると俺は夢幻を展開した。

 

「ギリギリセーフだね。実はさっき君とキスした時に特製の麻酔薬を飲ませてあげたんだ。あまりに強力だから、飲んで十数秒で意識がとんじゃうんだけど、ISの操縦者保護機能でそれも無力化出来るから。今は痛覚だけ部分的にカット出来てる筈だよ」

 

そう言われてみれば、さっきまでの痛みが嘘のように消えている。だというのに、身体は何時もと同じくらい動くし、意識もはっきりしている。

 

「それにしてもISが起動するとは思わなかったよ。どう見ても、ダメージレベルがDを超えてるからね、それ」

 

「俺もびっくりだよ。これだけズタボロだってのに、起動するなんてな」

 

俺のIS『夢幻』は原作の『白式』と違って第二形態移行をしていない。その所為でエネルギーは回復しているものの、福音による物理的ダメージは全く直っていない。装甲は壊れているし、ところどころに俺の血やらなにやらで黒ずんでいて美しさの欠片もない。だが、こんな状態でも俺の呼びかけに応えてくれたコイツには感謝してもしたりない。

 

「さて、あまり時間はないだろうし、これ以上はまた後で話そうね」

 

「その時に俺が生きてたらな」

 

「生きてるよ。さっきも言ったけど君はこの束さんが認めた人間なんだから。絶対に生き延びる。それにこの世紀の大天才のファーストキスをあげたんだから、生きて帰って来なきゃ、輪廻転生しても君を許さないからね、まーくん♪」

笑顔で何えげつない事言ってんだ、コイツ。それにまた幼稚な渾名付けやがって…………不思議と嫌な感じがしないのが束らしいといえばらしい。

 

「じゃあ、皆を助けてくる。話は全部終わった後でだ」

 

俺は半壊した夢幻を纏い、箒達と福音の交戦する海上へと飛び立った。

 





まさかまさかの天災にファーストキスを奪われてしまうオリ。

かといって束はヒロインじゃないので、ノーカンにならないかなぁ………。

次回、福音戦集結…………の予定。そして夢幻が覚醒する………かも。


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収束する戦場

 

 

 

『キアアアアアアアッ‼︎』

 

福音の咆哮に全員が身構え、一挙手一投足に集中する。

 

しかし、第二形態移行した軍用ISの性能は常軌を逸しするものだった。

 

スラスターを吹かせ、福音は凄まじい速さでラウラへと詰め寄ると手を伸ばす。

 

ラウラは辛うじて、それを回避し、追撃のために再度伸ばされた手はセシリアからの援護射撃により、距離を取る事に成功する。

 

(何だ、この性能は⁉︎軍用とはいえ、異常すぎる!)

 

セシリアの方に向かった福音に射撃を行うラウラだが、福音は歯牙にもかけず、じわじわとセシリアを追い詰めていく。

 

「あたしを無視してんじゃないわよ!」

 

福音とセシリアの間に鈴が割って入り、近距離から拡散衝撃砲の弾雨を降らせる。

 

だが、それすらも福音は全て躱し、鈴の足を掴む。

 

そして、切断された頭部から、ゆっくり、ゆっくりと、まるで蝶がサナギから孵るかのようにエネルギーの翼が生え、その眩い程の輝きと美しさを併せ持った翼で鈴を包み込むとゼロ距離からエネルギー弾を喰らい、全身をズタズタにされ、海へと堕ちた。

 

「鈴!」

 

一夏には鈴の姿が将輝の時と重なって見え、考える間もなく、瞬時加速で、福音へと斬りかかる。けれど振り下ろそうとした雪片は柄の部分を蹴り飛ばされ、軌道を変えられる。

 

胸部から、腹部から、背部から、装甲がまるで卵の殻のようにひび割れ、小型のエネルギー翼が生えてくる。それによるエネルギー弾の迎撃が一夏を吹き飛ばした。

 

「一夏ぁ!」

 

シールドを収納し、ショットガンを呼び出し、福音に射撃を行うが、案の定、それを全弾躱すと両翼からの一斉射撃にシャルロットは海へと沈む。

 

「私の仲間をーーーよくも!」

 

急加速によって箒は福音に肉薄し、続けざまに斬撃を放ち続ける。

 

展開装甲を局所的に用いたアクロバットで攻撃を回避、僅かに出来た隙はセシリアとラウラからの援護射撃によって埋められ、それと同時に不安定な格好からの斬撃をブーストによって加速させる。

 

回避と攻撃を繰り返しながらの格闘戦。徐々に出力を上げていく紅椿に福音が押され始める。

 

(いける!これならーーー)

 

必殺の確信を持って、雨月の打突を放つ。しかしーーー

 

キュゥゥゥン……。

 

後一歩のところでまたもやエネルギー切れを起こした。

 

高速機動下における戦闘は普段の戦闘よりも著しくエネルギーを消耗させる。そして何より紅椿は性能と引き換えに燃費は白式の比ではない程の悪さを誇っている。展開装甲を閉じた状態であれば、長期の戦闘も可能ではあったが、展開装甲を使用している今、エネルギーの消耗は凄まじいものだった。

 

その隙を見逃さず、福音の右腕が箒の首を捕まえ、ラウラのいる場所へと投げ飛ばす。

 

「くっ……!」

 

投げ飛ばされた箒をラウラは受け止める。

 

狙われるであろうセシリアに援護射撃を行おうとするラウラだったが、福音はセシリアに攻撃を仕掛けるでもなく、その場で身体を一回転させ、周囲にエネルギーの弾雨を降らせた。

 

「なっ……⁉︎」

 

よりにもよって一番最悪の選択肢を取られてしまった。

 

機動力を大幅に失ったシュヴァルツェア・レーゲンでは弾雨を回避する事は不可能。エネルギー切れを起こした紅椿も同様だった。セシリアの装備では二人に飛来する弾を全弾撃ち落とす事は不可能であるし、AICで受け止める事も不可能だった。

 

いっそ盾にでもなるかと考えたラウラだが、それはただの一時しのぎにしかならず、エネルギーの切れた箒をそのままにしておけば何れにせよ福音の攻撃を回避することは不可能。

 

様々な方法を模索するラウラではあったが、結果はどれも変わらなかった。

 

(すまない、将輝。仇をーーー取れなかった)

 

エネルギーの弾雨が自分へと降り注ぐのをスローモーションで感じながら、箒は頭の中ではある想いが浮かんだ。

 

(会いたい。会って謝りたい、そしてーーーこの想いを告げたい)

 

「将輝……」

 

知らず知らずの内にその口からは将輝の名前を呼ぶ声が漏れていた。

 

次の瞬間には自身を襲うであろう衝撃に箒は覚悟を決めて瞼を閉じた。

 

その時ーーー。

 

キィィィィン……。

 

加速音と共に現れた機体が、箒とラウラを襲おうとしていた弾雨を一太刀の元に薙ぎ払った。

 

突然の出来事に混乱している箒が瞳を開けた時、目の前には満身創痍の機体を纏った一人の青年の姿があった。

 

「よう。無事か?箒、ラウラ」

 

「あ……あ、あっ……」

 

優しげな微笑みを浮かべる青年の顔を見て、箒の目尻にじわりと涙が浮かび、ラウラは青年のそれに嘆息する。そしてセシリアもまた青年の姿を見て、歓喜に打ち震えていた。

 

「随分と遅い到着だな」

 

「ヒーローは遅れて登場するものだろ?まあ、ヒーローって器じゃないけどな」

 

『将輝さん。ご無事でなによりです』

 

「おう。心配かけて悪かった、セシリア」

 

二人の呼びかけに笑顔で返す将輝。

 

将輝の余裕を持った対応に二人は見かけ程重症ではなさそうだとホッとする。

 

「将輝………良かった……本当に……」

 

「俺は死なないさ。箒を残して死ぬわけにはいかない」

 

将輝はそういって箒の頭を撫でると、左腕に巻かれていたリボンを外し、箒に返す。

 

「俺の血で少し汚れてるけど、返すよ。後で変わりのリボンを渡すから許してくれ」

 

「許すも何も私が勝手にした事だ。それに私は将輝がこうして無事でいてくれた事がわかっただけで良い」

 

「無事かどうかは取り敢えず福音(あれ)を倒してからにしよう。色々切羽詰まってるからなっ!」

 

言うなり、将輝は接近していた福音へと加速、正面からぶつかり合う。

 

「時間がないからな。短期で終わらさせてもらう!」

 

将輝は手にした《無想》を右手だけで構えて斬りかかる。

 

それを福音はひらりと仰け反って躱すが、将輝は空いている左手で殴り飛ばした。

 

本来なら大したダメージの見込めない素手での一撃だが、今の一撃で福音は数メートル先まで吹き飛んだ。

 

(やっぱり………これならやれる!)

 

以前の無人機の一件。将輝は一つだけ疑問に思っていることがあった。

 

無人機を撃墜した際、将輝は貫手でコアを破壊したが、本来ならISの素手での攻撃程度ではコアを破壊する事など到底不可能で、教科書にも記されている事実だ。

 

けれど、将輝はそれを可能にした。

 

長らく、それを疑問に思いつつも、答えを見出せなかった将輝だが、それもVTシステムの一件、そして福音との戦闘で見つける事が出来た。

 

(ワンオフ・アビリティーかは知らないが、このISは操縦者の意志でステータスを極端に変化させる。その時には必ず何れかを犠牲にしなきゃならないが、エネルギーを代償にしないなら、大した問題じゃない)

 

『敵機の情報を更新。攻撃レベルAで対処する』

 

エネルギー翼を大きく広げ、さらに胴体から生えた翼も伸ばす。そして一呼吸置いてから、福音の一斉掃射が始まった。

 

「何度も同じ手が通用すると思うな」

 

将輝は右手から《無想》を消し去り、両手を前に突き出す。

 

すると腰部分の装甲がパージし、両手に付いたかと思うと無数の光線がエネルギー弾を射抜き、胴体から生えた翼すらも射抜いた。

 

これが夢幻の第二の武装《聖弦》。

 

武器破壊に特化した射撃武装で、敵機の攻撃にカウンターで放つ事で、敵機の攻撃を無力化し、そして武器すらも破壊する。

 

相手の攻撃に合わせて、その都度攻撃パターンは変化するが、あくまでカウンターとしてしか発動せず、通常時は何の意味も持たない物だ。おまけに一度使用すれば次に使うまでに十分は必要で、剰え(あまつさえ)、操縦者の意志の力も関係している為に今まで使い所に悩んでいたが、今は使える。将輝は何故かそう確信を持って使用した。

 

思わぬダメージを喰らった事で隙の出来た福音に、将輝は瞬時加速で詰め寄ると再度展開した《無想》で斬りつける。

 

その一撃はシールドエネルギーごと福音の装甲を斬り裂く。福音もただではやられまいと脇腹に回し蹴りを叩き込むが、将輝はそれすらも無視して左手で殴る。

 

(今はエネルギーを気にしている余裕はない。その前に福音を叩き堕とすだけだ)

 

今の夢幻は攻撃力を増強させた代償に著しく防御力を低下させている。故に攻撃を食らえば、エネルギー消費は尋常ではないのだが、今の将輝にそれを気にしている余裕はない。

 

束の薬のお蔭で痛覚は麻痺しているし、何事もなかったかのように戦えてはいるが、時間切れになれば、激しい痛みが自身を襲い、それすらも感じなくなれば、将輝は死ぬ。

 

つまり初戦と同様。短期決戦で福音を落とさなければならない。

 

ただ、相手は第二形態移行をしていて、そして時間切れになれば将輝は死ぬというかなり難易度の高い仕様になってしまったが。

 

(ちぃっ。徐々に痛みが戻ってきた、早いとこ決めなきゃな)

 

将輝は《無想》を握りしめ、再度福音へと肉薄した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

福音と戦う将輝の姿を見て、箒は強く願った。

 

将輝が駆けつけてくれた事は嬉しいなどという言葉では表現出来なかった。

 

けれど、それ以上にその隣に並び立てていない事が悔しかった。

 

(私は、将輝と共に戦いたい。あの背中を護りたい!)

 

そう強く、強く願った。

 

そして、その願いに応えるように、紅椿の展開装甲から赤い光に混じって黄金の粒子が溢れ出す。

 

「これは……⁉︎」

 

ハイパーセンサーからの情報で、機体のエネルギーが急激に回復していくのがわかる。

 

『絢爛舞踏』、発動。展開装甲とのエネルギーバイパス……構築完了。

 

項目にはワンオフ・アビリティーの文字。それを確認した箒は二人の闘う空を見上げた。

 

(まだ、戦えるのだな?ならばーーー)

 

将輝に返されたリボン。

 

それは将輝の言う通り、血で汚れているが、箒には全く気にならない。

 

(行くぞ、紅椿!)

 

赤い光に黄金の輝きを得た真紅の機体は、夕暮れを切り裂くように駆ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はああああっ!」

 

《無想》の一撃がエネルギー翼を断つ。

 

しかし、両方の翼を殆ど同時に斬り落とすのは至難の技で、二撃目を回避され、そうしている内に失った翼は再構築されてしまう。

 

エネルギー残量十五%。予測稼働時間約二分。

 

表示されたエネルギー残量を見て、将輝は歯噛みする。

 

おまけに束に投与された麻酔薬も切れてきたのか、視界が僅かにボヤけ始め、焦点が合わなくなってきた。

 

(操縦者保護機能でも、この有様じゃ、完全に意識を繋ぎ止めるのは無理があるか。いや、意識がある分、戦えるから僥倖か。とっととケリをつけないと………)

 

「将輝!」

 

焦燥感を感じ始めた将輝の隣に箒が並び立つ。

 

「受け取れ!」

 

紅椿の手が夢幻に触れると、その瞬間、全身に電流のような衝撃と炎のような熱が走り、一度視界が大きく揺れる。

 

(これは……絢爛舞踏か⁉︎)

 

自身のエネルギーが回復した事に将輝は箒が紅椿のワンオフ・アビリティーである『絢爛舞踏』を発動した事がわかった。しかし、何故一夏相手ではないのか、と疑問を抱いたが、今はそれどころではないと頭を振って、《無想》を構える。

 

「サンキュー、箒」

 

「礼なら良い。行くぞ、将輝!」

 

「おう!」

 

意識を集中させ、《無想》の攻撃力を最大限にまで高める。VTシステムの一件の時のように操縦者保護機能をカット出来るまでの一撃までには昇華しなかったものの、それでは今の《無想》は凄まじい攻撃力を誇っていた。

 

「どらぁっ!」

 

横薙ぎに振るわれた《無想》の一撃をひらりと躱す福音。そして再び視界に捉えた将輝に向けてエネルギー翼を向ける。

 

だが、それも立て続けに撃ち込まれた閃光によって、中断させられる。

 

「わたくしを忘れてもらっては困りましてよ」

 

福音がセシリアに注意を向ける。その隙に箒が福音へと仕掛けた。

 

セシリアの方に向けようとしていた翼を、紅椿の二刀が並び一断の斬撃で断ち切る。

 

翼を断たれた福音はすぐさま距離をとるが、すぐ真下から接近する影があった。

 

「逃がすかぁぁ‼︎」

 

零落白夜を最大出力まで高めた一撃の元に、一夏はもう一方の翼をかき消す。

 

予想外の攻撃に大きく態勢を崩した福音の装甲に将輝は《無想》を突き立てた。

 

「おおおおおっ‼︎」

 

スラスターを最大出力で吹かしながら、将輝は手のひらにエネルギー刃特有の手応えを感じる。

 

押されながらも福音は将輝の首へと手を伸ばすが、それも後一歩のところで、銀色のISはやっと動きを停止させる。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

アーマーを失い、スーツだけの状態になった操縦者を堕ちる前に何とかキャッチする将輝。

 

その目は既にマトモに見えておらず、まるで霞がかかったかのようにボヤけていた。

 

ハイパーセンサーの告げる言葉に全員が無事てあることを確認した将輝は全員に告げた。

 

「俺達も帰るか」

 

将輝の言葉に全員が頷く。

 

あれ程までに綺麗な青空はもうすでになく、夕闇の朱色に染まった空に世界は優しく包まれていた。




これにて福音戦は無事終了。

そしてクラス代表決定戦の時から伏せられていた三つの内の二つ目が漸く使えました。

三つ目はまだまだ先の予定です。まだどんな武装にするか考えてませんので。

次回は福音戦後のお話です。ではまた次の話でお会いしましょう!


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告白

 

「作戦完了ーーーと言いたいところだがな。お前達は独自行動により重大な違反を犯した。帰ったらすぐ反省文の提出と懲罰用の特別トレーニングを用意してやるから、そのつもりでいろ」

 

「………はい」

 

激戦を終えた一夏達の迎えは、それはそれは冷たいものだった。

 

到着するや否や、ISを展開したまま、将輝は束に連行され行方知れず。

 

一夏達は腕組みで待っていた千冬にこってり絞られて、勝利の感覚さえも朧げだ。

 

そして今は全員正座。かれこれこの状態が三十分も続いていた。日本人である一夏や箒はこれといって苦ではないのだが、セシリアやラウラはこう言った事に慣れておらず、怪我のことも相まって顔色が見る見る内に悪くなっている。

 

「あ、あの、織斑先生。け、怪我人もいますし、この辺で……」

 

「ふん……」

 

怒り心頭の千冬に対して、真耶はわたわたとしながらも説得する。その姿はさながら猛獣を手なづけようとしている飼育員のようだ。それにこうして一夏達を叱っている傍で真耶は救急箱を持ってきたり、水分補給パックを持ってきたりと大忙しだ。

 

「じゃ、じゃあ、一度休憩してから診断しましょうか。ちゃんと服を脱いで全身を見せて下さいね。ーーーーあ、だ、男女は別ですよ!わかってますか、織斑君⁉︎」

 

もちろん、そんな事は言われなくてもわかっているので、一夏は水分補給パックを受け取るとそそくさと退散する。

 

体を考慮してぬるめの温度にされているそれに一夏は感心しつつ、口にする。

 

「ってて……口の中切れてるな、これ」

 

口に含んだ瞬間に口の中に走った痛みに一夏は顔をしかめる。おそらく福音の攻撃を受けた際に自身の歯で切ったものであると思い、夕食に出てくるであろう刺身のわさび醤油は止めておこうと考える。

 

ぴしゃりと閉じられた襖に背を預けた状態で深く溜息を吐いた。

 

色々あったが、今回の戦いは結果的に誰も死なずに済んだ。

 

考えなければならない事は山程ある。けれど、一夏の心にはある一つの事しかなかった。

 

(もっともっと強くならないとな。誰も傷つかなくて済むように、皆を護れるくらい強く………)

 

今回の事件。

 

一夏は終始自身の非力さをこれでもかというくらい痛感させられた。

 

もし自身が最初の時点で福音を打倒していれば。そう考えなかったといえば嘘になる。将輝が時間稼ぎをすると口にした時も、意識不明の重体であると知った時も、福音が第二形態移行して追い詰められた時も、何度もそれが脳裏をよぎった。

 

それなりに強くなったと思っていた。けれど、現実は将輝が来なければ、誰かが命を落としていたかもしれない。それが自分なら構わない。しかし、彼女達や将輝がそうなるのだけは御免被りたかった。

 

故に一夏は決意した。

 

これ以上、誰も犠牲にせず、全てを護り通せる力を手に入れようと。

 

例え、その果てに自身が命を落とす事になったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ざあ……ざあ……。

 

「ふうっ……」

 

海から上がった箒は軽く息を吐く。

 

食事の後、箒は軽い休憩を取ったのち、旅館を抜け出して夜の海へと繰り出していた。

 

時刻は既に就寝時間をとっくに過ぎており、教員に見つかれば間違いなく怒られるにもかかわらず、彼女が海に泳ぎに来ていたのは落ち着かないからだ。理由は言わずもがな将輝の事だ。

 

束に連行されて以降、その容態は箒の耳には届いてきておらず、千冬に問うてもわからないという返事が返ってきた。

 

一見、何事もなかったかのように振舞っていた将輝ではあったが、怪我の状態を箒は知っている。

 

故にあれが一時的なものである事は簡単に想像出来たし、それを考慮して束が有無を言わせず半ば強制的に連行していったのもわかった。その点では箒は姉である束に感謝をしていた。

 

けれど、未だに何一つ報告してこないことには僅かながらに苛立ちと焦燥感を募らせていた。

 

そうこう考えている内に落ち着かなくなり、こうして頭を冷やす事も兼ねて泳いでは見たものの、依然として頭の中からその考えが消えることはなかった。

 

(本当に大丈夫なのだろうか。もしかしたら………)

 

其処まで考えて頭を振る。

 

どうしても悪い事ばかりを考えてしまう。何せ、一度は悪い事が起きてしまっているのだ。もしかしたらと最悪の事態を想像してしまうのは仕方のない事だ。

 

如何にかそれを頭の中から消し去ろうと再度泳ごうとした時、後方から声が聞こえる。

 

「あんまり泳ぎ過ぎると身体がもたないよ?一応激戦の後なんだしさ」

 

その声に肩をぴくりと震わせて、恐る恐る振り向くと、其処にはまるで怪我などなかったかのように普通に立っている将輝の姿があった。

 

「やぁ、箒。元気そう「将輝!」うわっ⁉︎」

 

将輝の姿を確認するや否や、箒はその元まで走り、抱きついた。将輝はそれを何とか踏ん張って受け止めようと試みるが、足下が海のサラサラした砂である為、踏ん張りきれずにそのまま押し倒される形となった。

「良かった………本当に良かった………」

 

そう言いながら、箒は強く、確認するかのように只管強く抱き締める。この辺りで優しく抱き締め返すことも出来れば良かったのだが、今の将輝はそれどころではなかった。

 

(や、柔らかい感触ががががが⁉︎⁉︎⁉︎)

 

自身の腹部に押し付けられた柔らかい二つの感触に鼻血が出そうになるのを堪え、箒の肩を揺さぶる。

 

「ほ、箒?取り敢えず離れてくれない?話したい事もあるしさ」

 

「…………う、うむ。わかった」

 

仕方なし、といった様子で離れる箒。将輝は倒れたことで服についた砂を手で払いつつ、今の自分の状態について話し始めた。

 

「皆には織斑先生を介して話してもらうつもりだったけど、箒には言っておくよ。率直に言うと、今の俺は機械の補助無しじゃ生きていけないんだ」

 

「⁉︎」

 

「あ、ここで一つ補足説明をすると、正確には怪我がほぼ治るまでの間だから、一生という訳ではないよ」

 

「そ、それを先に言ってくれ………」

 

補足説明を聞いて、箒はホッと胸を撫で下ろす。もし本当に将輝の身体が機械無しには生きていくことの出来ないものになってしまったとなれば、それは一生をかけても償いきれない。将輝は例えそうだったとしても、箒を責める事はしないし、そもそもその事を誰にも言わない。言ったとしても精々千冬くらいのものだろう。

 

「ということで、現在の俺は即興で擬似的にとはいえ、ISと同化してる訳なんだ。ここで注意してもらいたいのが………」

 

「ん?ちょっと待て。今ISと同化してると言わなかったか?」

 

「うん、そう言ったよ」

 

あっけらかんと何でもないように言う将輝。だが、対する箒はそれこそ目が飛び出そうになるくらい驚きに目を剥いた。

 

「人とISが同化⁉︎どういう理屈だ、それは!」

 

「その辺りは本人に直接聞いてくれると助かるよ。俺も理屈はわからないからね」

 

本人とは当然ながら、姉である篠ノ之束の事を指す。

 

将輝自身も束から告げられた時は心底驚いたが、それと同時に納得もしていた。怪我の具合は自身がよく理解している。はっきり言って福音を倒した時、これで終わったなと思った。それは戦いがという意味もあるが、それ以前に自身の命がというのを指しての事だ。故に束が此方の返答も聞かずにあれよあれよと進めたのは正解だったといえた。

 

「それで話は戻るけど注意点だ。ISと同化している俺は当然エネルギーを完全に失えば、その補助を受けられなくなって二分程度で死に至る……らしい。だから、当分ISの模擬戦も実戦も出来ないんだ。それから二つ目。ある意味これが本題ではあるんだけど………」

 

キョロキョロと周囲を見渡し、手頃そうな石を拾うとそのままーーーー握り砕いた。

 

「力の加減が出来ないみたいなんだ。後、痛覚もかなり鈍くなってて、今の石を砕いた所為で手の甲の骨も砕けたけど殆ど痛みを感じない。本当ならかなり痛いはずなんだけどね。ま、悪い所ばかりじゃないよ。動体視力も反射速度も上がってるし、傷の治りも一般人と比べるとそこそこ高くなってるから」

 

「………すまない」

 

「箒が謝る必要はないさ。俺が勝手にした事だから、責任は俺にある訳だし。それに前に言ったと思うけど俺はーーー」

 

「わかっている。篠ノ之箒の全てを護りたいのだろう?」

 

「我ながら恥ずかしい事を言ったとは思ってたけど、まさか箒も覚えてたなんて」

 

まさか覚えてはいないだろうと高を括って言おうとしたのを先に言われて、将輝は気恥ずかしそうに頬をかく。

 

「覚えているさ」

 

その約束があったから、箒は自ら立ち上がることが出来たのだから。

 

「話は変わるけど、ちょっと目を瞑ってくれない?」

 

(目を瞑る?………ハッ!こ、こここここれはもしや……!)

 

箒はそれしかないと妙な確信を持つと自然と高鳴る鼓動を感じつつも、目を閉じる。しやすいようにする為なのか、顔は僅かに上に向けている。

 

将輝が目の前まで近づいくるのを感じ取ると、胸の高鳴りは一層増す。いつ来るのかとドキドキしながら待ち続けてみるが、それは一向に来ない。変わりに首に何か細く冷たいものが当たっている感触がした。

 

「もう目を開けても良いよ」

 

言われて箒は目を開ける。そして首にかけられているネックレスに触れる。

 

「女子がどんな物を気にいるのかわからなかったから、こういうのを選んでみたんだけど、どうかな?」

 

「もしかして……覚えていてくれたのか?」

 

「もちろん。忘れる筈がないよ、箒の誕生日は」

 

とは言ったものの、日付は既に変わってしまっているので彼女の誕生日は既に昨日の話だ。しかし、そうだったとしても、この誕生日プレゼントだけはすぐに渡したかった。

 

「一夏からは新しいリボン貰ったの?」

 

「うむ、よく気づいたな。食事の後に一夏から渡されたのだ」

 

やはりというべきか、一夏は原作と同様に箒にはリボンを渡している。将輝はそれに被らないようにあえてネックレスを選択したのだが、それは正解だった。

 

「と、ところで将輝。は、話は変わるが………」

 

「うん?」

 

「ま、まま将輝は、す、好きな女子はいる……か?」

 

先程よりもさらに激しくなる胸の鼓動。声もかなり上ずって、後の方はやや声が裏返ってしまった。けれど、そんな事は気にならない。ただ、将輝の返答のみに集中する。

 

「あー………えっと、その………何か凄く言い辛いんだけど……」

 

そういう将輝の視線は何度も虚空を泳ぎ、気まずそうに言葉を詰まらせる。 その反応を見て、箒は一つの結論に至った。

 

(やはり、将輝はセシリアが……)

 

当然だ。散々迷惑をかけた挙句、自身のせいで死にかけたのだ。それを考慮すれば、彼を慕い、献身的に尽くしているセシリアの方が誰の目から見ても魅力的だ。箒はそう思い、納得した。

 

「……やはり言わなくても良い。お前の答えはわかった」

 

「そうなの?やっぱりバレてたんだ。恥ずかしいね」

 

朗らかに笑う将輝を見て、箒は想いが溢れ出そうになった。けれど、それはしてはいけないと寸前まで出かけていた言葉を飲み込み、俯いたまま、そそくさとその場から立ち去ろうとする。このままこの場にいれば、我慢など出来る筈がないから。

 

「あれ?箒?帰るの?バレてる上であれだけど、俺の口からも直接言いたいんだけど」

 

「………良いんだ。それはセシリアに言ってやれ」

 

「ん?どうして其処でセシリア?……………………もしかして、箒ストップ」

 

「嫌だ」

 

「そ。じゃあ、ほいっとな」

 

将輝は三度目になるお姫様抱っこをして、去っていく箒を無理矢理引き止める。突然の出来事に箒は自身の表情を将輝に晒してしまう。驚きに目を見開いた瞳には涙が滲んでいた。

 

「何で泣いてるの?」

 

「ち、違う!これは目に砂が入っただけだ!」

 

そう言って、目を擦るが涙は止まることなく、ただ溢れ続ける。そしてそれに同調するかのように嗚咽も漏らし始めた。

 

「何が悲しいのかはわからないけど、せめて泣き止むまで一緒にいるよ?」

 

(やめてくれ………優しくされてしまったら、私はまたそれに縋ってしまう。いっそ突き放してくれ、でないと私はこの想いを断ち切れない……………誰かの恋人になってしまったとしても、私はそいつから奪ってしまいたいと思ってしまう。だから止めてくれ)

 

「……………私だって………将輝の事が好きなのにぃ……」

 

「え?」

 

無理だった。どれだけ押し殺そうとしても、秘めたる想いを堰きとめる事など箒には不可能だった。それは耳をすませなければ聞こえない程のか細い声だったが、波の音しか聞こえないこの場においてはそれは将輝の耳に届いた。

 

将輝は大きく何度も深呼吸をし、数秒瞑目した後、その想いに応えた。

 

「俺も…………箒の事が好きだ」

 

「………え?」

 

今度は箒が聞き返した。

 

あり得ないと思っていた言葉が、そうであってほしいと願っていた想いが将輝の口から発せられたからだ。もしかしたら聞き間違いなのかもしれない。自身の幻想なのかもしれないと問い返そうとするが、それよりも先に将輝が噛み締めるように言った。

 

「中学の時から、俺は箒の事が好きだ。それはこの学園に来てからもずっと変わらない。だから、俺と付き合ってくれ、篠ノ之箒」

 

「…………………………………はい」

 

溢れ出す涙と止まらない嗚咽の所為で、箒が返せたのは短い返事だけだった。けれど、将輝にはそれだけで十分であるし、それは箒も同様だ。

 

そうして二人は互いに引き寄せられるように長い長い口づけを交わした。

 

少し離れた位置。

 

そんな二人を見守るように見ていた二人がいた。

 

「………良かったのか?これで」

 

「良かった…………とは言えませんね。出来れば、あの場所にはわたくしがいたかったというのが、本音です。ですが、それと同時に将輝さんが幸せであるなら、それで良いと思っています」

 

「諦めるのか?奴のことを想っているのはセシリアも同じだろうに」

 

「ラウラさんはどうなのですか?織斑先生の手前、ああは言ってましたけど」

 

「間違ってはいないさ。私は藤本将輝に好意を持っているわけでは無い…………と思う。おそらく教官に向けている感情と同じものだと思っている」

 

珍しく、はっきりとしない物言いにセシリアは少し驚いた素振りを見せる。ラウラ自身も自分らしくないと「忘れてくれ」と短く告げる。

 

「それとわたくし、諦めるつもりはありませんわ」

 

「その方が実にお前らしいな」

 

例え彼が誰かと結ばれたとしても、彼を想う気持ちは変わる事はないのだから。





原作三巻終了。そしてオリと箒がくっつきました。

これは当初から考えていた事で、話の流れがどうなってもこの展開に持って行くつもりでした。

オリは現在一時的にISと同期しましたが、クロエもしているので、一月半位の一時的なものであれば出来る…………筈という作者の独自解釈でしています。もちろん副作用で、痛覚麻痺に力の加減が難しい、IS戦は文字通り命懸けというクロエよりもかなり制約付きのものです。

まあ、それで結果的に一時人外化してるんですから、副作用といえるかわかりませんが。

次回は夏休みの第四巻です。乞うご期待。


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人外二人

すみません。あと一話残ってました(汗

つい、書きたいところを書いたので「終わったー!」と思ってたら、よくよく考えたら、まだ千冬と束の対話とか、ナターシャの事とか書いてませんでした。

というわけで、正真正銘原作三巻はこれで終了です。

それではどうぞ。


 

「紅椿の稼働率は絢爛舞踏も含めて四十二パーセントかぁ。まあ、起動して間もないし、こんな所かな。気になるのは夢幻の方だけど………」

 

空中投影ディスプレイを操作して、夢幻のデータを表示しようと試みる。だが、それはすぐに『ERROR』の表示へと変わる。もうかれこれ三十回は試している行為に束は溜め息を吐いた。

 

「う〜ん。やっぱり繋げないなぁ。コアが嫌がってるのかな?そういうのは聞いたことないけど、お母さんとしては子どもが独り立ちしたみたいで嬉しいなぁ」

 

独り立ちというよりも反抗期のような気もするが、それも悪くはない。生みの親である束にとって、自身の作り出したものが想定外の進化を見せる事は何より嬉しい事だ。その気になれば、無理矢理従わせる事も可能ではあるが、そうしないのはやはり自身の作り出したものに愛を感じているからだ。

 

「それにしてもまーくんにはびっくりだね。色々副作用があるみたいだけど、本当にISと同化出来るなんて、これなら近い将来男がISを動かすのが当たり前になりそうだね。其処のところ、どう思う?ちーちゃん」

 

岬の柵に腰掛けたまま、足をぶらぶらとさせていた束は顔を向けずに、背後の森から音もなく姿を現した千冬へと話しかける。千冬は近くの木にその身を預けると淡々とした口調で答えた。

 

「どうだろうな。ISを動かせない男とISを同化させた所で、結局ISは起動せず、生まれるのは欠陥品の人造人間(サイボーグ)というオチなのではないか?」

 

「まあ、そうだろうね。十中八九」

 

わからない風に質問をしたにしては返ってきた答えを肯定する束。普通に考えればわかることだ。ISを起動させられない男がIS同化してもそれはISを起動出来るようになったという訳ではない。結果として生まれるのは人でもISでもないナニカだ。試す価値はあるかもしれないが、束としては成功失敗に関わらず、有象無象の男に我が子と同化させる事などごめん被りたい。

 

「束。二、三質問させてもらう」

 

「わお、唐突だね。ま、いいよ。だってちーちゃんからのお願いだからね」

 

「お前は藤本と何時から面識があった?」

 

「なんでそんな事を聞くのかわからないけど……………中学の頃かな。箒ちゃんを見てたら、面白い子がいるなぁ〜って思って、ちょっかい出してみたのが始まりかな。その後もちょくちょく絡んでたけど、ちーちゃんが思ってるような関係じゃないよ」

 

嘘をついている素振りを見せない束に千冬は将輝の言っていたことが本当であったと納得する。しかし、それが本当であれば、納得出来ないこともあった。

 

「いやぁ〜、本当に面白いよね、あの子。無人機の時も、VTシステムの時も、そして今回も、対応が誰よりも早かったよね。まるで、全部わかってたみたいに」

 

「………そうだな」

 

「本当に超能力者か何かなのかな?未来予知とかしてたりして」

 

と冗談交じりに言う束だが、その実、心の中では本当に将輝が何者なのか気になっていた。もし、将輝が本当に超能力者なら、それはそれで一向に構わない。そうなれば自分や千冬に匹敵する存在になり得るし、退屈なこの世界を面白くしてくれるかもしれない。それ以外だった場合は自身の想像を超えたナニカである可能性がある為、それもありだ。

 

「ねぇ、まーくん貰ってもいい?」

 

「却下だ」

 

「ちぇ、残念だなぁ」

 

とは言っているものの、大して残念そうな素振りは見せない。ダメ元というよりもそもそも断られる事前提として聞いていたようだ。

 

「質問を続けるぞ。お前は本当に一夏や藤本がISを動かす事が出来ているのか、わかっていないのか?」

 

「ん〜?まあね。どうして白式や夢幻が動くのか、私にもわからないんだよね。こと、まーくんに至っては初めて起動させた時は細工なんてしてないし」

 

束の言葉に千冬は眉を顰める。束は今しがた『まーくんは』と言った。ということは『一夏は』初めてISを起動させた時に何かしら細工を施したという事になる。もちろん、それは可能性の問題として、千冬自身も考えてはいたが、遠回しとはいえ、こうもあっさりと本人が認めるとは思ってもみなかった。

 

「私の憶測だけどね、ちーちゃん。彼、色々気付いてると思うよ」

 

「それはIS学園に入ってからの事件のことか?お前の言う『細工』の事か?それともーーー」

 

「全部だろうね、困ったなぁ」

 

と言っているその表情は今までのように無邪気な笑みではあるが、その中にあった何処か退屈そうな雰囲気は抜け落ち、その変わりに新しい玩具を見つけた子どものような果てなく、そして残酷なまでの好奇心の色が宿っていた。けれど、束の表情は千冬から見える事はなく、束もすぐにその表情を潜める。例え見えずとも、雰囲気で気付かれるからだ。伊達に世界最強で親友ではないという事だ。

 

「ちーちゃん。私からも質問いいかな?」

 

「何だ?」

 

「今の世界は楽しい?」

 

「そこそこにな」

 

「そうなんだ。私はーーー」

 

岬に吹き上げる風が、一度強く唸りを上げた。

 

その風の中、何かを呟いて、突然と忽然と束は消えた。

 

千冬は親友の去り際の一言に、溜め息を吐き出す。

 

その口元から漏れる息は、潮風に流れて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。生徒達は朝食を終えて、すぐにIS及び専用装備の撤収作業に当たる。

 

そうこうしているうちに時刻は十時を過ぎており、作業を終えた生徒達はクラス別のバスに乗り込む。昼食は帰り道のサービスエリアで取るとの事だった。

 

座席に腰掛けた将輝は来る前とは違い、何処か晴れやかな様相で窓の外を眺めていた。

 

「将輝。何か良いでもあったのか?」

 

「一応な。今回の臨海学校は人生の幸福と不幸を同時に味わったぜ」

 

「不幸ってのはわかるけど、幸福ってなんだ?」

 

「そのうち分かるさ」

 

そう言って将輝は通路を挟んで反対側の席に座っている箒を横目で見ると、どうやら向こうも此方を見ていたらしく、目があった途端に顔をボッと赤くして、視線を窓の外にやった。

 

「俺が言い出して何だけど、違和感あるな。将輝のその口調」

 

「元々これが俺の口調だ。まあ、時間が経てば慣れるさ」

 

今朝、ISの補助のお蔭で何事もなく食事が出来るようになっていた将輝はいつも通りの話し方で一夏達と話していた。その時に一夏に『その口調って何か他人行儀っぽいから、福音と戦ってた時みたいな口調の方が良くないか?』と言われ、それにセシリア達も同意し、こうしてある意味では素の口調で話している。女子達も突然口調の変わった将輝に驚きはしたが、すぐに適応した。十代女子の適応力に驚かされるばかりだ。

 

「ところで、将輝と箒って喧嘩でもしてるのか?朝からぎこちないけど」

 

「いや喧嘩なんてしてないが、心当たりはあるな。教えないけどな」

 

「そうか。まあ、喧嘩してないならいいや」

 

特に追及する事はなく、話も途切れた時、それと同じタイミングで車内にブルーのカジュアルなサマースーツを着た二十歳くらいの金髪の女性が入ってきた。

 

「ねえ、藤本将輝くんっているかしら?」

 

「はい、俺ですけど」

 

来る時に酔った事もあって、帰りは一番前の席に座っていた事が幸いし、将輝は素直に返事をする。

 

すると金髪の女性は谷間にサングラスを預け、目線を合わせるように腰を低くする。

 

「ふうん、貴方が……」

 

女性はそう言うと、将輝を興味深そうに眺める。それは品定めをしているという訳ではなく、単なる好奇心から観察しているといった感じだ。

 

「初めまして、藤本将輝です。ナターシャ・ファイルスさん」

 

「あら、私の事を知っているの?」

 

「なにぶん、ISを動かす前までは技術者としての道を選ぼうと思っていましたから、国家代表はもちろん代表候補生やテストパイロットの方も大半知ってますよ」

 

「そう。博識なのね。じゃあ、私が『銀の福音』の操縦者って事は知っているかしら?」

 

「………いえ、それは初耳ですね。驚きました」

 

「本当なら、お礼の一つもしておきたいところだけど、貴方のガールフレンドが怖いから、やめておくわね」

 

「そうしてくれると助かります。俺も後が怖いですから」

 

箒やセシリアの視線に苦笑したナターシャはひらひらと手を振ってバスから降りる。それに将輝も肩をすくめて、手を振り返した。

 

(流石に初日から他の女性に何かされるのは御免だからな。かなり適当な事言ったけど、まあいいか)

 

そんな事を思いながら、将輝は旅館で売られていた耳栓(¥500)とアイマスクを装着し、眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バスから降りたナターシャは、目的の人物を見つけるとそちらへと向かう。

 

「どうだった?お前を助けた貴公子は?」

 

「見た目よりもずっと大人びてましたね。精神年齢は私より高そう」

 

お蔭でサプライズプレゼントが潰されちゃった、とはにかんで見せるナターシャに千冬はやれやれと溜め息を吐く。男が来てからというもの、何かと心労が絶えない日々を送っている。

 

「それより、昨日の今日で動いて平気なのか?」

 

「ええ、それは問題なく。ーーー私はあの子に守られていましたから」

 

ナターシャのいう『あの子』とは、つまり暴走によって今回の事件を引き起こした福音の事だ。

 

「ーーーやはり、そうなのか?」

 

「ええ。あの子は私を守る為に、望まぬ戦いへと身を投じた。強引なセカンド・シフト、コア・ネットワークの切断………何よりあの子は私の為に自分の世界を捨て、その手を血で染めてしまった」

 

言葉を続けるナターシャは、さっきまでの陽気な雰囲気など微塵も残さず、その体に鋭い気配を纏っていく。

 

「だから、私は許さない。あの子の判断能力を奪い、全てのISを敵に見せかけた元凶を。何よりも飛ぶことが好きだったあの子から翼を奪った相手をーーー私は許しはしない。必ず追って、報いを受けさせる」

 

福音は、そのコアこそ無事ではあったが、暴走事故を招いた事が原因で今日未明に凍結処理が決定された。

 

「あまり無茶な事はするなよ。この後も、査問委員会があるんだろ?暫くは大人しくしておいたほうがいい」

 

「それは忠告ですか?ブリュンヒルデ」

 

「アドバイスさ。一人の教師のな」

 

「そうですか。それでは、大人しくしておきましょう………暫くは、ね」

 

一度だけ鋭い視線を交わしあった二人は、それ以上の言葉なく互いの帰路につく。

 

またいずれ。

 

そんな言葉が、二人の背中にはあった。

 

 

 



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祝‼︎お気に入り1500件突破記念特別ストーリー
巻き戻される時針



アンケートの結果。

二つ目の話に決定しました。因みに一話じゃ終わらないよ!(というか終わらせられない)

千五百件突破記念だし、張り切っていきたいと思います。

無駄話は無用!それではどうぞ!


 

 

 

福音の一件からかれこれ一週間が経過した頃。

 

将輝は定期検診を受けるべく、保健室へと向かっていた。

 

「失礼します」

 

「やあやあ、一週間ぶりだね。義弟くん」

 

「まあ、そんな事だろうと思ってたよ。今の俺の検査が出来る奴なんて、お前しかいないだろうからな」

 

保健室に置かれた机の上に座る束を見て、予想通りと溜め息を吐く将輝。

 

現在、将輝は先日常人なら死んでいる傷(将輝も一度死んでいる)を負い、剰え、薬を投与されたものの、生ける屍状態で福音と戦闘した事が原因で、一時ISと同化している。束曰く、『即興だから、かなり不安定』との事で、将輝は週に一度の定期検診を受けなければならず、今回はその記念すべき第一回目なのである。

 

「お前なんてよそよそしいなぁ。義姉ちゃんでいいよ?」

 

「気が早すぎるぞ。もうちょい待て」

 

「もうちょいって辺り、流石はまーくんとしか言いようがないね。まあ、それはともかく、其処のベッドに横になって」

 

束に促されて、将輝は保健室のベッドの上に横になる。すると、束は四次元ポケットばりにどうやって収納していたんだと聞きたくなるような量の機械を取り出し、将輝の身体に付けると、それ専用と思われるディスプレイで調べ始める。

 

ディスプレイとの睨めっこは一分と経たずに終わり、束は将輝の身体に付けていた機械を外すと、今の状態について話し始める。

 

「これと言った不具合は無し。良い感じに身体に馴染み始めたみたいだね。怪我の方はまだまだ重傷だけど、ISのエネルギーが切れても適切な処置を施したら、延命は出来るよ。まあ、延命出来るだけで死んじゃうけどね。痛覚カットはこのまま継続。自己治癒力に関してもこのまま高めたままを継続するよ、髪の毛とか伸びるの早くなるけどそれには目を瞑ってね。力のセーブに関しては、どうにもならないね。頑張って自分で調節出来るように……………………後、何かある?」

 

「動体視力と反射速度が増したのは同化してる副産物か?」

 

「そだね。まあ、理由はおいおい解明していくとして………………義姉ちゃんから義弟くんにお願いがあるんだよね」

 

「じゃあ、俺はこれで」

 

「ちょ⁉︎人の話聞いてる⁉︎」

 

「聞いてねえよ。ていうか、聞く意味ないし」

 

「なんでさ‼︎」

 

「どうせ、碌な事考えてないんだろ?」

 

将輝にそう指摘されて、言葉を詰まらせる束。基本的に碌でもない事しか考えていない彼女にとって、それは図星どころではない。

 

だが、バレた程度で諦める程天災篠ノ之束は甘い人間ではない。

 

「かくなる上はーーー」

 

ダンッと床を蹴って飛び上がった束は将輝へと襲いかかる。

 

それはいくら直線的で分かりやすい動きであっても、常人には反応出来ない速度。以前までの将輝なら呆気なく、なす術もなく、捕まっていたが、今は違った。

 

「危な」

 

ひょいっと横に躱すと、束はそのまま扉を巻き込んで、廊下の壁へと激突する。

 

凄まじい轟音と共に壁へと激突し、大穴を空けた束に将輝も流石に心配して、瓦礫の山へと話しかけるが返事はないーーーーーー変わりに右足首を掴まれた。

 

「にへへへ、甘いのだよ。この程度、ちーちゃんの『愛アンクロー』に比べれば、蚊に刺されたのと同じ!」

 

将輝の右足首を掴んだまま、ゆらりと立ち上がる束。そうなると当然将輝は逆さ吊り状態となる訳で、脱出不可能となり、そのまま投げられた。その先には、何時の間に用意されたのか(少なくとも入ってきたときには見当たらなかった)人一人がすっぽりと入るカプセルに叩き込まれた。

 

「何だよこれ⁉︎」

 

「束さんが新開発したその名も『時間超越トラベルクラッキング(仮)』さ!」

 

「誰も名前の事なんて聞いてない!ていうか、出せ!」

 

「ノンノン、それは無理な話さ。もう作動してるから、安心して。それの効果は肉体の時間を巻き戻して、いまのまーくんの肉体を元気だったときに戻すものだから……………一応」

 

「一応って何だ⁉︎」

 

「まだ実験したことないんだよね〜」

 

「せめて他の生物で試してからーーー」

 

その途中で言葉は途切れた。

 

パアッと将輝の身体が閃光に包まれたかと思うとーーーー其処に将輝の姿はなかった。

 

「あ、あれ?まーくんが消えちゃった」

 

これはマズいとすぐさま束は機械の隅々を調べる。

 

「…………あ、配線間違えてる。出力も大き過ぎて、これじゃ肉体じゃなくて、空間そのものが巻き戻して………って事は」

 

ふと、束は思った。

 

あれ、これヤバいやつじゃね?と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここは………アリーナのピット?」

 

目を覚ますと保健室ではなく、何故かIS学園のアリーナのピットで倒れていた将輝は、服についた埃を払いつつ、立ち上がる。

 

「何が『健康だったときの状態に戻す』だ。テレポートしてるだけじゃねえか。おまけにここって教室から離れてるから、帰るのも一苦労だし」

 

などとぼやきながら、アリーナのピットを出ようとする将輝だが、肝心の扉が開かない。

 

アリーナのピットの扉の開閉は何れも指紋・静脈認証を必要とする。学園の生徒である将輝が触れれば当然開くはずなのだが、何度触っても『ERROR』の文字ばかり。

 

「壊れてるのか?どっちにしても開かないなら仕方ない。束の奴に迎えに来させるか」

 

そう思い、最近新しく登録された電話番号から電話をかける将輝。しかし、一向に電話は繋がらない。それどころか『おかけになった番号はーーー』と言われるばかり。それに将輝は痺れを切らして、授業中だが、一夏へと電話を掛ける。しかし、此方も同じ反応だ。その後、箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラにも掛けるが全員同じ。果ては担任である千冬や副担任の真耶に掛けても反応はなかった。

 

扉は開かず、電話も繋がらない。

 

ベンチに腰掛け、八方手詰まりの状況に将輝が途方に暮れていたその時、パシュッと圧縮された空気の抜ける音が聞こえる。それは紛れもなくピットの扉が開いた音だ。

 

(内からのセンサーだけ壊れてたのか。先生に言って、直してもらっておかないとな)

 

「おい、お前」

 

ぶっきらぼうな話し方。さらにはやや威圧感の込められた言葉。そして少し高い気がするが聞きなれた声。その声に将輝は一瞬身を強張らせるが、そもそもこの状況を作ったのは自身ではなく、束なので、悪いのは全てアイツだと自身に言い聞かせ、その旨を伝えようと振り返る。

 

其処に居たのは織斑千冬。だがしかし、それは将輝の知る彼女ではなかった。

 

狼のように鋭い目つき、全てを威嚇するかのような仏頂面。出るところは出ている服越しにも分かる肢体。艶やかな黒髪は腰まで伸ばされている。服装は黒いスーツ姿…………ではなく、IS学園の制服を着ていて、その雰囲気は触れれば斬れるところの騒ぎではなく、猛獣でもすぐに服従しそうな程の強烈なオーラを纏っていた。

 

「織斑……先生?」

 

思わず疑問系で問うた将輝は悪くはない。ごく自然な反応と言える。しかし、目の前にいる千冬はさらに眉を顰めて、将輝を睨みつける。

 

「私が教員に見えるのか?私はこのIS学園の生徒だ。織斑という姓は間違っていないがな」

 

普段なら溜め息混じりに吐き出される筈の言葉にも何処か刺々しさが感じられる。まるで敵と話をしているかのような、一瞬の隙も見せまいと張られた緊張の糸を将輝は僅かに感じた。

 

「お前は誰だ?何処から入ってきた?何処の組織だ?構成メンバーは?見た所、日本人のようだが何処の国の差し金だ?目的は何だ?何故IS学園の制服を着ている?」

 

一呼吸もおかずに、まくしたてるように放たれた言葉に将輝は理解が及ばず、目を白黒させる。当然だ。彼女の言っているそれはつまり『藤本将輝は他国から差し向けられたテロリスト或いはスパイである』事を前提として話されているのだから。数秒間を置いた後、将輝は千冬の質問を頭の中で反復させながらゆっくりと答える。

 

「えーと、俺の名前は藤本将輝……です。来月の十日に十六歳になります、日本人です。何処から入ってきたと聞かれても俺にもさっぱりわかりません。それと他国から差し向けられたテロリストでもスパイでもありません。歴としたIS学園の生徒です」

 

そう言い切るや否や、千冬の手が将輝の服の襟首を掴んだ。その表情には怒りの色が見て取れる。

 

「………馬鹿にしているのか?ISは男には動かせない。これは一般常識だ。例え、貴様が研究者だったとしても、このIS学園に入る事など出来ん」

 

「そんなことは百も承知ですよ。馬鹿にしているつもりなんてさらさらない……………ところで、今は何年の何月何日ですか?」

 

「20XX年七月一日だが?」

 

思わず将輝は頭を抱えた。

 

少なくとも自身の記憶が正しければ七月十二日だった筈だ。十一日は時間が巻き戻っている。しかし、問題は西暦の方だ。

 

七年も戻っている。はっきり言って洒落になっていない。肉体ではなく、空間ごと時間が巻き戻されているのだ。その結果、このピットに飛ばされたというのには僅かながらに疑問が残るが、今はそれどころではなかった。

 

(冗談じゃない。先日、箒と恋人になったばかりだってのに、過去に飛ばされるなんて…………あの兎絶対ぶん殴る)

 

「おい、人の話を聞いているのか」

 

「あ、え、いや、聞いてませんでした」

 

「貴様がどういう経緯でここに侵入出来たのかは知らん。素直に答える気は無いのはわかった。後は先生方に尋問を任せる。生徒会長(・・・・)とはいえ、生徒の身だ。あまり貴様のような大法螺吹きに時間をかける訳にもいかんのでな」

 

(尋問か。妥当な判断だが、今の場合、洒落になってない。理想的なのはISをここで起動させることだけど……)

 

呼びかけてみるも相変わらずISは起動する気配を見せない。否、正確にはこの世界に来る前から起動はしている。ただし、その機能の大半を将輝の生命維持へと使用している為、展開する事が出来ないのだ。たかだか一ヶ月程度問題ないかとタカを括っていた将輝だが、今の状況を鑑みるとその考えは甘かったとしかいいようがなかった。

 

抵抗をしていない為、ずるずると引き摺られるように連れて行かれる将輝だが、ピットの扉が開いた瞬間、掴まれていた制服の上着を脱ぎ捨て、走り出した。

 

束を探さなければならない。将輝は走りながら、そう考えていると、背筋に悪寒が走り、横に飛び退いた。

 

その直後、ISを部分展開した千冬の拳が先程まで自分のいた場所を通過する。

 

「校内でも教員の許可なしにISを展開するのは禁止されているはずですが……?」

 

「よく知っているな。だが、貴様のような賊が入った時は例外だ」

 

「ISのパンチなんて当たったら死にますよ」

 

「安心しろ、脳と心臓が動いて意識があれば、私の友人が何とかしてくれる」

 

全く安心出来ない。ようはそれ以外は折れようが砕けようが構わない。案にそう言っている。相手がテロリストやスパイの可能性があり、逃亡しようとしている以上、これも妥当な判断だが、将輝にとってそれはある意味有り難くもあった。何故なら相手は自分を殺せないからだ。将輝とて命に関わらない骨なら犠牲にしても良いとそう考えていた。

 

「五体満足で尋問部屋に連行されるか、抵抗して無理矢理連れて行かれるか、好きな方を選べ」

 

「じゃあ、あんたを倒して押し通るっていうのを選ばせてもらうよ」

 

「そうか」

 

床を蹴って、千冬は将輝の懐に潜り込むと、そのまま部分展開されたISの拳を叩き込み、将輝を壁へと打ち付ける。

 

振り抜けば下手すると死にかねない事を考慮して、寸止めにする。だが、常人なら痛みで悶え、動く事など到底出来るはずがない。

 

だが、殴り飛ばした将輝はピクリとも動かず、ぐったりとしたままだ。

 

(おかしい。確かに寸止めだった筈だ。痛みで意識が飛んだか?)

 

どちらにしても運ばなければならない。千冬はISを部分展開したまま、将輝に近づき、担ぎ上げようと手を伸ばしたその時。

 

将輝が何事もなかったかのように起き上がり、その勢いのまま、千冬を押し倒した。

 

「死んだと思った?残念。今の俺はあの程度じゃ死なないし、クリーンヒットもしないよ」

 

首に手刀を当てて、そう宣言する将輝。千冬は一生の不覚だったと歯噛みした。

 

気がつくべきだった。寸止めとはいえ、人を殴ったにしては伝わる感触が軽かった事を。

 

ISを完全に展開されていては将輝も反応など出来るはずもなかった。だが、部分展開されていたのは拳のみ。いくらこの時点で半ば人外化している千冬でもそれは全盛時代には当然劣り、将輝も今はISと同化している事で実力が強制的に引き上げられている。故に攻撃に反応し、拳が当たると同時に自ら後方に飛んだ。それにより、ダメージを殺し、死んだフリをしてみせた。

 

「これで俺の勝ちって事で見逃してくれる?」

 

「巫山戯るな。試合なら私の負けだが、死合いならまだ終わっていない」

 

「じゃあ、これは?」

 

千冬の返答を聞いた将輝はポケットに入れてあったボールペンを一つ取り出しーーーーー地面へと突き刺した。もちろんボールペンは砕けたが、床には五センチ程抉れたような傷が出来た。

 

流石の千冬もそれには驚きに目を見開く。今すぐISを展開すれば、今の一撃は怖くはない。所詮は対人戦でしか意味のないものだ。しかし、それが自身を押し倒した時に行われていれば間違いなく急所を一突きされて死んでいた。そして、それを床ではなく自身に突き刺している場合にもだ。

 

「俺は貴女に危害を加えるつもりはない。けど、どうしても捕まるわけには行かない」

 

相手に殺す意思がないから助かった。死合いなら負けてはいないと言ったが、既に敗北していた。生徒の長たる生徒会長を務めている以上、どんな事をしてもこの場で侵入者を無力化しなければならない。だが、彼の真剣な表情やその雰囲気がまだ幼いながらに男としての片鱗を見せ始めた弟と重なって見えた。こうなってしまっては自身は最後の最後で確実にしくじる。そう感じた千冬は部分展開したISを解除した。

 

「…………逃げたいのなら逃げればいい。何処へなりと行けばいいさ」

 

「ありがとう。それじゃあ逃げさせてもらう……………って言いたいんだけど、実はこの学園の生徒の一人に用がある」

 

「誰だ?」

 

「篠ノ之束。ISの生みの親にして、稀代の天才。そして現状を作り出した張本人」

 

「…………何?」

 

将輝の物言いに千冬は眉を顰めた。それは将輝の口から束の名が出た事もそうだが、現状ーーーつまり将輝と千冬がこうして戦うという状況になってしまった原因が束に仕業だと聞いて、千冬は溜め息しか出なかった。

 

「またアイツの仕業か……」

 

「正確にはそうであって、そうではないけど。出来れば彼女のいる所まで案内して欲しい」

 

「いや、それは止めておいた方がいいだろう。もうそろそろ授業も終わる。束の奴は授業自体受ける必要がなきから、基本的に整備室辺りにいるだろうが、其処に行くまでに教師や生徒達に見つかる。ならば束を呼び出した方が安全だ」

 

「いきなり協力的だね。教員達のいる所まで引っ張り出して、取り押えることも出来るだろうに」

 

「それも考えたが…………アイツの被害者なら話は別だ。それよりも………」

 

「?」

 

「そろそろ退いてくれ。この状況、他の人間に見つかれば言い訳でき「ちーちゃ〜〜ん‼︎」」

 

ズドドド………という音を立てて、走ってくる影がある。それは目前まで迫るとピタリと止まる。

 

「ちーちゃん!遅いから束さん心配しちゃって、飛んできちゃったよ!まあ、ちーちゃんが誰かに負けるなんてあり得ないし、そんな事が出来るのは束さんだけだけどね!それにしても今のちーちゃんはえっちぃ格好だね!束さん興奮してきたよ!ねえねえ、食べちゃっていい?襲っちゃっていい?こう十八禁な展開に持っていってもいい?百合百合であま〜い束さんとちーちゃんの愛を育みたいけど、その前にこいつ誰?」

 

マシンガンの如く、欲望をぶち撒けた後、将輝を指差して温度を感じさせない冷え切った言葉でそう言ったのは紛れもなく渦中の人物篠ノ之束だった。

 

 



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篠ノ之束は動じない

連続投稿ッス!久しぶりに頑張ったッス!

でも話はあまり進んでないッス………このままだと特別ストーリーで十話越えそう………

まあ、細かい事は気にしない。張り切ってイコー!


 

その前にこいつ誰?

 

冷え切った声音で放たれた言葉に将輝も千冬に別段気にする素振りは見せない。

 

彼女を少しでも知る人物であれば、彼女がある特定の人物達以外にはこういう態度であるということは常識であった。

 

それゆえ、千冬は何事もなく、先程本人から教えられた名前を口にした。

 

「どうせお前は覚えていないだろうが、この男の名前は藤本将輝。お前の被害者だそうだ。今度は何をしでかした」

 

「ぶぅ〜。心外だよ、ちーちゃん。少なくとも、ここ三ヶ月は誰にも何もしてないよ。もちろん、ちーちゃんは例外だけど」

 

子どものように頬を膨らませて、束は抗議の視線を向ける。この状況で束が嘘をつく必要はなく、何より長い付き合いでそういう事は何と無くわかる千冬は将輝に問いかける。

 

「………と、本人は言っているが、どうだ?」

 

「まあ、確かに此処にいる彼女は何もしてませんね」

 

「では、どういう事だ?私の知る限り、この学園に存在する篠ノ之束はあいつしかいない」

 

「何というか、言っても信じてもらえないだろうし、頭のネジが取れてるんじゃないかと思われるでしょうけど、これから言うことは嘘じゃありません」

 

「何だ?」

 

「俺は遠くない未来から来た未来人です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………話はわかった。つまりお前は未来の束が作った装置の所為で過去であるこの時間に飛ばされた。ということでいいんだな?」

 

「ええ」

 

第四アリーナのピット。

 

自身の素性を打ち明けた将輝は千冬と束に対して、事の顛末を話していた。

 

話していた、と言ってもそれ程話す事はない。ただ、ここに来るまでの経緯と自分がどういう存在かということを軽く説明しただけだ。

 

「しかし、幾ら束といえど、俄かには信じ難い話だな。偶発的とはいえ、人間をタイムスリップさせるなど。おまけに」

 

「第三世代ISと、さらにはそれと同化、ねぇ〜。両方机上の空論ですらないよ。そもそもそんな事考えた事もないし」

 

ISを世界に知らしめるキッカケとなった三年前の白騎士事件。

 

それにより、世界の情勢は大きく変動したが、未だ世界にISは僅か百四十機しか存在せず、それは未来と比較しても総数は三分の一にも満たない。何よりこのIS学園が設立されたのがつい三ヶ月前のこと。三年という期間を経て、様々な部門で優秀な成果を上げてきた者がISの知識を学び、教員となっているが、それでも知っていることは入学してきた生徒達に毛が生えた程度。そしてISの生みの親たる篠ノ之束すら、第二世代型ISの開発に取り組もうとしている所なのだ。

 

それを未来から来た人間が『第三世代型ISと同化してます』と言おうものなら、信じられるはずはない。ましてや、この三年で広く知れ渡った周知の事実。

 

ーーーISは女性しか動かせない。

 

これが根底から覆される事になる。少数ではあるが、将輝達のいる時からそう遠くない未来により多くの男性IS操縦者が出現しても何らおかしくはない。そう思うのが自然だった。

 

「なら、ISのハイパーセンサーで調べてください。すぐに引っかかると思いますよ」

 

将輝の言う通り、ハイパーセンサーを展開する千冬。

 

するとすぐ目の前にIS反応を検出する。当然というべきか、反応の正体は『unknown』と表示され、全ての数値は???と表記されていた。そしてその座標は間違いなく、将輝の今立っているその場所だった。

 

「…………信じられん」

 

ぼそりと呟く千冬。その隣では束もまた驚きに目を見開いていた。彼女は専用機を持っているわけではないが、調べる方法はいくらでもある。そして調べた結果が、今の状態だ。

 

「待てよ………お前の言う第三世代型ISとやらは既存のISを遥かに凌駕する性能の筈だ。何故私に襲いかかられた時、起動させなかった?」

 

第一世代と第三世代。其処にはどうしようもない圧倒的な差がある。技量は才能の分、千冬の方が多少なりと上かもしれないが、それではその圧倒的な差は埋められない。その強大な性能に任せて暴れるだけで世界を壊滅させられる程だ。未来で作られたISゆえに束の制御下に置かれていないこのISはまさしく首輪の外れた猛獣と同じだった。

 

 

ふと最悪の事態を頭の中によぎらせた千冬に将輝が肩をすくめて見せる。流石に図星だった為、千冬は「そうか」としか返せなかったが、すぐにそれを有耶無耶にするように質問を問いかける。

 

「ところで、お前は自分のいる時代にどうやって帰るつもりだ?」

 

「さあ?わからないので、過去とはいえ、当事者に聞こうと考えたんですけど……」

 

「わかんない」

 

ノータイムノーロスで束は首を横に振る。

 

聞こうとしておいて何だが、将輝は何処と無くそういった返事が返ってくることは予想していた。何故ならこうして自分が過去に飛ばされること自体が、そもそも事故で偶発的なもの。束が意図してこの状況を作り出したのならまだしも、偶然ではいくら天才である彼女にも対処のしようがない。

 

「未来の束と交信とか出来る?多分あっちもかなり焦ってるはずだから、そうしようとしてる筈だ」

 

「それは出来るかもしれないね。二、三日かかると思うけど」

 

「じゃあお願いする」

 

「ね、ね!君ISと同化してるんでしょ?それしてあげる代わりにモルモットになってくれない?」

 

「満面の笑みで恐ろしい事言うな。モルモットは御免だが、ある程度は手伝ってやる」

 

「やったぜ!んじゃ、ちょっと篭ってくる〜!」

 

来た時同様にもの凄い速さで走り去る束。七年前も変わらないテンションに将輝は苦笑するが、千冬は二人のやり取りを見て、不思議そうにしていた。

 

「………驚いた。あいつが私達の以外の人間と『会話』をするなんてな」

 

「そりゃ、いくら凡人でもISと同化してる未来人なら興味の一つも持つとは思いますけどね」

 

「それもそうだが…………………まあいい。それよりもだ、これからどうするつもりだ?すぐに元いた時代に帰れないなら、当分こっちで生活せざるをえないだろう。何かアテはあるのか?」

 

「………ない、ですね」

 

割とあっさりと天災である束やそのぶっ飛び行動を知っている千冬はは話した事を信じてくれたが、他の人間はそういう訳にもいかない。「未来から来ました」なんて言おうものなら、確実に変人扱い。良くて病院送り、悪くて変質者扱いで刑務所送り。普通なら奇人変人の扱いを受けて、白い目で見られるのがオチだ。

 

「ふむ。行く当てがないなら、一時的に寮の空き部屋を使うか?」

 

「へ?」

 

「流石にあいつの所為で行く当てもなくなったような奴を放置する訳にもいくまい。幸い、一人なら問題はないしな。使用申請に関しては生徒会長権限で可能にするから、心配するな」

 

「………お手数おかけします」

 

「何、同類のよしみだ、気にするな。では早速行くとしよう。そろそろ授業が始まる頃合いだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いたぞ」

 

千冬に連れられて着いた場所は寮の一番端の部屋。

 

内部構造は変わりないようで、強いて言うなら使用されていなかった為、少し埃っぽいくらいのものだろう。それでも『住』の確保は出来た事はかなり大きい。

 

「帰るまでの目処が立つまでの間、ここを使ってくれ。教員や生徒達には適当な理由をつけて、私からお前の事を話しておく。いつ帰れるかわからない人間を閉じ込める訳にはいかんしな。何より、いずれバレるだろうからな。先に自分からばらしておいた方が傷は浅い」

 

「本当何から何までありがとうございます。織斑先……じゃなかった。さん」

 

「先程から思っていたが、その敬語はどうにかならないのか?一応私とお前は同い年だぞ」

 

「ええ、まあ。織斑先生相手にタメ口なんてしたら、殺されますからね」

 

「体罰教師とは………何をやっているんだ未来の私。それはともかく、今の私は生徒会長ではあるが、一生徒だ。同世代であるお前に敬語を使われるというのは違和感を感じるぞ」

 

「んー、それじゃあ………あー、ゴホン。織斑、これでいい?」

 

「まだ何処かぎこちないが、まあいいだろう」

 

織斑と呼び捨てにする事に抵抗がないのは、千冬を呼んでいるのではなく、一夏を呼ぶ感じにしているからだ。同世代とはいえ、未来に帰ったとき、「千冬」なんて呼び捨てにしようものなら、次の朝日を拝めるかどうかわからなくなる。というか、その場で処刑される可能性すらあり得る。

 

「後は衣と食か。食の方は何とかなりそうだが………………やはり束の奴に何とかさせるか」

 

つい先程別れた束に電話を掛ける千冬。電話を掛けて僅か一秒。ウザいテンションにさらに拍車のかかった束が電話に出た。

 

『やあやあ!どったの、ちーちゃん!もしかして今後の未来設計のお話?束さん的には子どもは四人は欲しいかな。もちろんちーちゃんがお父さんで私がお母さん!あ、でもでもどっちもお母さんっていうのもありだよね!日本じゃ同性婚は禁止されてるけど、問題ないよ!私が政府を脅して、法律変えるから!』

 

「そんな下らない事で法律を変えるな。束、お前以前『お金があり過ぎて困る』と随分幸せな悩みを言っていたな」

 

『そだね。やたらとどっかの国の使者とかがお金を貢ぐもんだから、最近国家予算に匹敵するくらいの金額になってきたけど、どしたのわさわさ?』

 

「藤本の服を用意してやってくれ。何せ、私には他人の為に金を払える程余裕はない。それに未来とはいえ、お前が送り込んできた人間なんだからな」

 

『おーけー。というか、そんな事もあろうかと既にちーちゃんの動きは察知して、其処の部屋のクローゼットの中に十着程入ってる筈だよ?』

 

「お前にしてはえらく準備がいいな」

 

『えへへ。まあね、ちーちゃんの考えてる事は一から千までお見通しさ。じゃ、私はこっちに集中するから切るね〜』

 

「ああ、邪魔して悪かったな。…………ということだ。クローゼットの中にあるらしい」

 

「了解」

 

言われた通り、クローゼットを開け、中を見るや否や、将輝は勢い良く閉じた。

 

「?何をやっている?」

 

「………見ればわかる」

 

突然不可解な行動を取った将輝に首をかしげて、千冬もクローゼットを開け、勢い良く閉じ、すぐさま電話を掛ける。

 

だが、当の本人は既に電話の電源を切っているようで、一向に繋がらない。

 

謀られた。

 

準備の良さに気がつくべきだった。束はこの展開になる事を会話をしている時点で先読みし、服を用意するように頼まれる事も想定していた。そしてあの場をすぐに離脱し、使用するであろうこの部屋に先回り、服をセッティングした後、ラボへと篭る。力づくで入ろうにもそんな事をすれば将輝の帰還を遅れさせかねない。全てを理解した上で束はよりにもよって『燕尾服』を十着も用意していたのだ。

 

「……何で下着まで用意されてるんだ?しかもサイズもピッタリ」

 

「確か、私達がここに来るまでせいぜい十分くらいの筈だが……」

 

何処までも型破りな束の行動に将輝は頭を悩ませる。だが、下着を含め、服を用意してくれている事には遺憾ながら感謝せざるを得ない。

 

かなりの問題点を残したまま、衣食住の問題は一応解決を見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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意外過ぎるメンツ

将輝が過去に飛ばされて早二日が経過した頃。

 

大してする事のない将輝は自室に篭り、今の時代のIS学園の教科書に目を通していた。

 

内容は第二世代や第三世代IS、モンド・グロッソの事などを差し引いてはあまり内容は変わらず、おそらく省かれているであろう文章なども多数見受けられた。

 

現在、このIS学園に二年生、三年生は存在しない。

 

IS学園が設立されたのが、今年の春で、その年の中学三年生しか、ここを受験出来ていないからだ。各国は何としても競争を制する為、その年の優秀な上位五名を選出し、このIS学園に送り込み、何とかして頭一つ分抜け出そうと躍起になっている。しかし、篠ノ之束が日本人であり、また将輝と束以外誰も知りはしないが、『白騎士』の搭乗者たる織斑千冬が日本にいる時点で、競馬で言えば日本は十馬身差、或いはそれ以上の差をつけているので、無駄なあがきとしか言いようがない。

 

「それにしても暇だな……」

 

本来ならそろそろ夏休みに入って羽を伸ばしている筈にもかかわらず、兎の所為で半ば強制的に引きこもりをさせられている。普通の男子高校生なら現状に不満を持ってもなんらおかしくはないし、将輝とて不満はありありだった。しかし、文句を言ったところでそうそう変わる事はしないのが現実でもあった。

 

だが、そんな時、部屋をノックする人物がいた。

 

「どーぞ」

 

「失礼する」

 

入ってきたのはIS学園の初代生徒会長である織斑千冬。現在、将輝の監視役と世話係を兼用している現時点で間違いなくIS乗りとして世界最強の少女。

 

普段は朝昼晩の食事を運んでくる時にしか来ないのだが、今は午後四時。晩御飯を食べるには些か早い時間だ。それを疑問に思った将輝が問いかけるよりも早く、千冬が口を開いた。

 

「藤本。今暇か?」

 

「暇以外の何者でもない。退屈過ぎて死にそう」

 

「そうか。それは良かった。では、私についてきてくれ。暇なお前にちょうどいい仕事があるんだ」

 

退屈さをアピールする将輝についてくるように促す千冬。する事がなさすぎて困り果てていた将輝は本当にちょうど良かったと彼女の言う通り、その後ろをついていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「用があるのはここだ」

 

千冬の立ち止まった部屋のプレートには『生徒会室』と表記されている。

 

因みにここはIS学園の寮の中ではなく、校舎の中。

 

ここに来るまでの過程で、将輝はすれ違う女子達の視線に晒された訳なのだが、それは自分達のいる学園の女子達とは違った。

 

侮蔑、嘲笑、恐怖といった様々な負の感情が入り混じった視線。大抵の事には慣れていたつもりではあったものの、そういった感情に対して気が滅入るのは人として当然の事だろう。

 

将輝の時代のIS学園の女子達は幼少期からIS学園に入学するため、女子しかいない学校での生活をした事もあり、男子には興味津々ではあったが、この時代は違った。

 

男を見下しているか、それとも苦手意識を持っているか、どちらにしても好意的なものはほとんど無い。わかってはいたことだが、それでも辛いものは辛い。幸い、千冬が一昨日話した通り、何かしら適当な理由をつけて説明した事によって、教員を呼ばれて捕まる事はなかったが、遠巻きに視線による攻撃は受けていた。

 

千冬はノックせずに入り、将輝もそれに続く形で入る。

 

生徒会室を見た将輝の第一印象はーーーーーゴミ屋敷だった。

 

散らかり放題の無法地帯。紙くずと書類の混じった山に、溢れかえったゴミ箱。机の上にも当然ながら色んなものが散乱し、床には空き缶とペットボトルが転がっている。最早それを部屋と呼んでいいのかすら疑問に思うレベルだ。

 

「な、何だ……コレ」

 

なるべく表に出さないように言ったつもりではあったが、その声は引きつっている。それ程までに酷い。

 

「俺が呼ばれた理由はなんとなくわかったが…………」

 

ちらりと千冬の方を見てみると顔を逸らす。

 

「………掃除をする努力はしてみたのだが」

 

居心地が悪そうに言う千冬に将輝は納得したように頷く。

 

基本的に完璧超人である彼女ではあるが、家事に関しては全く出来ない。それどころか手を出す前よりも酷くなるのだ。故に弟である一夏が家事に秀でるという未来型ハイスペックイケメンに拍車をかける形となったのだが。

 

「まあ暇つぶしも兼ねて、やってみ「あー!死ぬかと思った」うわっ⁉︎」

 

早速手近なゴミ山に手を乗せた時、その中から勢いよく少女が現れた。

 

深緑色の髪の毛を無造作に伸ばした切れ長の目の女子。学園の制服の上から白衣を着ており、服越しにもわかる女性特有の膨らみは真耶に勝るとも劣らないものだ。頭の上にはスポーツサングラスを乗せていて、目の下には浅いが隈ができていて、口からは特徴的ともいえる犬歯を覗かせていた。

 

「生徒会室を墓場にする所だった…………おんや?君誰?」

 

積まれた紙の山の中から上半身だけだしている少女は見た事のない男子が目を白黒させて固まっている事に疑問を投げかけた。

 

「そいつが昨日集会で話した男だ」

 

「へぇ、君が堅物生徒会長織斑が連れ込んだっていう男かい?」

 

「連れ込んだなどと人聞きの悪い事を言うな」

「ま、概ね変わらないからいいじゃないか。よろしく、私の名前は篝火ヒカルノ、この生徒会で会計やってる」

 

「あ、ああ。よろしく」

 

「んん?いきなりゴミ山から美少女が現れたもんだから、緊張してるのかい?」

 

「いや、そういう訳じゃないけど………」

 

確かに将輝はいきなり積まれていたゴミ山から人が出てきた事にも驚いたが、何より驚いたのは彼女の容姿とその名前だ。

 

篝火ヒカルノ。

 

原作において倉持技研第二研究所の所長を務めていた女性。白式の持つデータから『次世代量産機計画』を進めていた人物でもある。は束と同様、イマイチ人物像が掴めない人物であり、束には劣るまでも彼女もまた天才である。彼女曰く『織斑千冬と篠ノ之束とはただの同級生』と言っていた為、将輝はまさか彼女が織斑千冬の在籍する生徒会に存在するとは露ほどにも思っていなかった。

 

(単に過去に飛ばされただけかと思っていたが、平行世界のってオチか?いや、まだわからない。そもそも俺が存在している時点で正史とは異なっている筈だから、こういう事もあるか)

 

「そういえば、君の名前を聞いてなかった。名前は?」

 

「藤本将輝だ」

 

「なかなかイカした名前だね。ところで君の着ているその服趣味か何かかい?」

 

「………成り行き上、着ざるを得ないだけで、趣味じゃない」

 

「そりゃまた災難な事で」

 

とは言っているものの、ヒカルノは面白そうにクククと笑いを噛み殺している。

 

「それで?何しにここに?」

 

「暇してるから、掃除を頼まれたんだ。特に断る理由もないしな」

 

「そいつはありがたい。そろそろガスマスクを着けようかと考えてた所だ…………よっと」

 

ひょいっと積まれた紙の山から飛び出るヒカルノ。その際に山を崩して、さらに散らかすが気にも留めず、そそくさと部屋から退散していった。

 

「一応聞くけど他の生徒会メンバーは?」

 

「私と束、篝火と「やれやれ、相変わらず空気が淀んでいるな。ここは」来たようだ」

 

千冬同様、ノックもせずに入ってきた女子に将輝は先程以上に驚くと同時に一瞬目眩がした。

 

腰まで伸ばされた綺麗な黒髪にやや吊り上がった瞳。熱いのか、羽織っているだけの制服。下に着ているのはISスーツである為、体の線がくっきりとわかり、彼女もまた豊かなものを持っている。もちろん驚いたのはそんな事ではない。

 

「黒桐…………先生」

 

「何故私の名前を知っている。また、ストーカーの類いか」

 

何を隠そう将輝の目の前に立っているのは中学時代の保険医黒桐静その人であった。

 

人の関係とは妙なところで繋がっていると何処ぞの誰かもいっていたが、流石にこればかりは誰にも予測不可能だった。というか、そもそも将輝は彼女が千冬達と同期である事を知らなかった。

 

「やれやれ、この学園に入学してからはパタリと止んだが、まさか不法侵入してまで、付きまとう馬鹿がいるとは」

 

「俺はストーカーじゃありません。知人と似ていたものですから、ついうっかり」

 

「そうか。私のこの手が光って唸っていたのだが……」

 

「俺を倒す輝きとか叫ばないで下さい」

 

「うむ。お前はいい奴だな、私は黒桐静だ、書記をしている好きに呼ぶといい」

 

「(手の平返すの早っ⁉︎ネタが通じただけでどんだけ友好的になってんだ、この人。ギャルゲーならエンディングまで持って行くのに一時間かからないな。というか、他のルート選ぼうとしても勝手に信頼度上がってこの人のルートに強制的に持っていかれるオチだな)よ、よろしく、俺は藤本将輝」

 

「将輝か…………魔装機神はどうした?」

 

「サ○バスターなんて使えないぞ、あいにく」

 

何となく言われそうな事の予想がついていた将輝はすぐにそう返すと、静は嬉しそうに何度か頷く。何せ、このIS学園にそういった少年漫画やロボットアニメのネタが通じそうな相手がおらず、今の今までネタを挟もうものなら全員首を傾げていた。静のストレスの三割はこれが原因だったりする。そしてそれを無意識下で解決していた。

 

「巫山戯るのはここまでにして。お前が織斑の言っていた男子なのだろう?基本的に寮の部屋から出てこないと聞いていたが、何故ここにいる?」

 

「掃除を頼まれたんだ。この有様だとかなり時間かかるけど」

 

「それはありがたい話だ。まあ見ればわかると思うが、この生徒会には掃除が出来る奴なんていないからな」

 

「だから俺が引っ張りだされたっていうのもわかった。埃一つなくっていうのは無理だけど、綺麗にするくらいならなんとかなる」

 

「では、私は邪魔だな。ここは将輝に任せるとしよう」

 

くるりと踵を返して、生徒会室を後にする静。千冬に続く二人目の教員であった人物を相手にした為、掃除を始める以前から既に疲労を感じていると、静が来てから黙っていた千冬が口を開いた。

 

「…………驚いた。まさか出会ってすぐに親しくなるとは」

 

「親しくなってるかどうかはわからないな。まだ軽く話しただけだし、織斑もあれぐらいはするだろう?」

 

「いや、私はあの二人と殆ど話した事がない」

 

「?同じ生徒会なのに?」

 

「ああ。…………………私も出よう、いても邪魔になるだけだ」

 

一拍開けてそう言った千冬も同じように生徒会室を後にする。変に間をおいた事を疑問に思いつつも、取り敢えず掃除へと取り掛かった。




三話目投稿時点でまだ二日しか経ってない…………。

最早これだけでSS投稿出来るレベルの量になりそうです。

後、黒桐先生と織斑先生の口調が被ってて、なかなか辛い………自業自得ですけどね。


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最低の生徒会

一日二時間の掃除を始めて三日が経過した。

 

未だ束は連絡を寄越さないが、特にすることのない将輝は掃除作業に精を出していた。

 

生徒会室はようやく三分の一がかたづいたものの、未だ三分の二は散らかったままだ。

 

何が将輝の掃除の進行を妨げているかというと、書類の整理が出来ていない事が原因だ。

 

ただの紙なのか、それとも重要な書類なのかを判別しながらしている為、より時間がかかってしまう。おまけに生徒会メンバーは揃いも揃って、掃除の時は部屋にいない。いても邪魔になるのは確かではあるが、せめて書類の整理だけはしてほしかった、というのが偽らざる本音だ。

 

「後、邪魔しにくるのも勘弁願いたいな、篝火さん」

 

「おや?気配も足音もバッチリ消してた筈なのによく気づいたね、少年」

 

「こういう事には敏感なんだよ、少女」

 

背後から音もなく忍び寄ってきたヒカルノに視線を向ける事なく釘をさす将輝。

 

「で、何しにここに?」

 

「ちょっち、忘れ物を取りに来ただけさ。あ、あったあった」

 

ヒカルノは壁に掛けられてあった白衣を取ると、すぐにそれを羽織る。彼女が研究者である事を知っているからか、白衣を着ている姿は非常に様になって見えていた。

 

「それにしても、よくもまあ赤の他人が使っている部屋の掃除なんてする気になったねぇ」

 

「暇だから、それに織斑がいなきゃ今頃路頭に迷ってる」

 

本当に心の底から千冬には感謝している。彼女がいなければ将輝は半ばホームレスと化していただろう。或いは最終手段としてゴロツキ共をぶちのめしてトップに君臨するか、どちらにしても碌な状態ではないのは確かだ。

 

「つまるところ恩返しって訳ね。殊勝な心掛けだ」

 

「まあ、これだけ部屋が汚いと気になって仕方がないっていうのもあるけどな。本当、よくこんな所にいて、身体壊さないよな」

 

「天才は風邪なんて引かないんだにゃあ」

 

「それって馬鹿の間違いじゃないのか?」

 

「馬鹿と天才は紙一重って言うぐらいだから、間違っては無いはずさ」

 

馬鹿と天才は紙一重。将輝は束と出会ってから、その言葉の深さを噛み締めていた。あの奇人変人でも、世間に認知される何かを残せば天才になる。しかし、何も残せなければただの阿呆だ。つまり馬鹿か天才かは大衆に認められるか否かで決まると言っても過言ではない。

 

「………一つ聞いていいか?」

 

「何でもオーケーだよん」

 

「生徒会って何でこんなにバラバラなんだ?」

 

この三日間で疑問に思っていた事。

 

それは生徒会メンバーの事についてだ。

 

こうして何度か千冬や静やヒカルノが訪れる事はあった。しかし、三人とも一人でしか来ず、誰か一人が入ってくれば誰か一人が出て行く。それはさながら元恋人同士や喧嘩している最中の親友同士のような特有の気まずさがあった。

 

「どうしてバラバラだと思う?」

 

ヒカルノの質問に将輝は頭を悩ませる。

 

別に彼女達は嫌悪しあっている訳でも避けている訳でもない。そりが合わない訳でもないし、ライバル意識を持っているわけでもなかった。そうただ純粋にーーー

 

「興味を持ってない」

 

「正解」

 

そう言って大袈裟に拍手をするヒカルノだが、次の瞬間には拍手するのを止めて何処か呆れたような表情で話し始めた。

 

「私達は生徒会メンバーっていう一括りの人間だけど、その実、皆向いてる方向はバラバラ。その最たる例が篠ノ之束だ。彼女にとっては織斑千冬以外眼中にないし、織斑千冬自身もそれに近い。だから私や黒桐とは殆ど口を利かない。別に会話を楽しみたい訳じゃないからいいけど。そもそも生徒の抑止力になる為にこの生徒会を立ち上げた教員達も機能さえしてくれればお仲間ごっこなんて求めていないしさ。そうなると互いを殆ど無視してる私達生徒会は、必然的にバラバラの行動を取るわけ。何せこの生徒会にいるのは学問と実戦の首席と次席なんだから、チームワークなんてなくても問題なく回る。最も首席と次席の間には越えられない壁があるわけだけど。個々のスペックが高いから噛み合わない歯車も辛うじて動くってわけさ」

 

「でも、それじゃ足し算も出来ない。それどころか」

 

「引き算になる、かい?その通りだ。言ったろ?辛うじて動いてるって。文句は言われない程度には動いているが、私達の成績を考えれば部屋が汚い事はさて置き、こんなにも書類の山が出来るなんてありえない。それどころか暇過ぎて君と同じく退屈に押し殺されそうになってるところさ。この生徒会が他の生徒から何て噂されてると思う?ーーーーー『最凶最低の生徒会』だよ。優秀な人材を集めただけで結果必要最低限の役割しかしていない最底辺の組織。これじゃまだ中学生の方が仕事が出来るって」

 

「どうにかしようとは思わないのか?」

 

「思わないね。私は何もお仲間ごっこがしたくて、ここに来たわけじゃないからね。自分が好き勝手できて、それが世間に評価してもらえるからここにいるんだ。仲良しこよしで学園生活を送りたいなら、もうちとマシな所を選んでる」

 

彼女の言うとおりだ。

 

この学園は仲良しこよしで青春を謳歌するには些か無理がある。国から他国を出し抜くようにと仕込まれている生徒達にとって、友情とは素直に育めるものではない。同国の人間に関してその限りではないにしろ、この学園での日本人と外国人の割合は4:1。つまり五人に一人は外国人なのだ。それでも四人は日本人であるが、同じ日本人同士とは言っても競争相手である事実に変わりはない。それ故に好敵手(ライバル)として認め合う事はあっても、仲間(ライバル)になる事はない。

 

「第一だ。私と黒桐に関していえば織斑と篠ノ之っていう化け物達の補佐でしかない。スペアにすらなり得ないんだよ、私と黒桐は。それ程までにあの二人は絶対的で圧倒的な存在だ。一つ聞くけど、少年は自分の事を人と見ていない人間と仲良くしようと考えるか?」

 

答えはもちろんNOだ。

 

格下扱いされていたり、嫌っているだけならどうにかしようもあるだろう。けれど、そもそも人として認識されていないのなら、対等な関係を気づくどころの問題ではない。

 

「ま、無理な話さ。それにこの最凶最低の生徒会も私達が卒業すれば次に引き継がれる訳だから、問題はないさ…………っと長話が過ぎたにゃあ。これ以上少年のお仕事を邪魔しちゃうと悪いから、お暇するよん。はい、これあげる」

 

「ポッキー?」

 

「いやぁ、少年とポッキーゲームしようと持ってきたんだけど、シリアスな雰囲気になっちったから、そういう気分じゃなくなったからさ、あげるよ」

 

「ありがとう。後、悪かったな、篝火」

 

「良いって良いって。私が何でも聞けって言ったんだし」

 

「ついでに言うと同い年の人間に少年はやめろ。名前で呼んでくれ、藤本でも将輝でもいいから」

 

「少年が私の事をヒ・カ・ル・ノ♡って呼んでくれたら良いよ」

 

「じゃあヒカルノ。俺の事は将輝って呼んでくれ」

 

事も無げにあっさりと彼女の名前を口にする将輝。しかし、顔を其方に向けていないため、ばれてはいないが若干将輝の目は泳いでいる。IS学園での生活でかなり慣れたが、元々将輝はあまり女子の相手をするのが得意ではない。高校でも女子を呼び捨てにした事など無かったし、そもそも下の名前で呼んだ事もない程だ。だがいくら得意でなくとも慣れはするのだ。もっとも一夏ならば相手の目を見てそう言えるのだろうが、それは些かハードルが高い。

 

「…………うん、わかった」

 

からかうつもりだったヒカルノからしてみれば、将輝のあまりにもあっさりとした態度には面を食らっていた。何せ、初対面時に彼女は将輝が異性の相手をするのは苦手なタイプである事は見抜いていたからだ。しかし、いざ実行に移せば逆に思わぬ反撃を受け、思わず素で返してしまっていた。だが、其処で諦める彼女ではない。

 

「それじゃ、お仕事頑張ってねぃ、将輝♡」

 

猫撫で声全開で発せられた自身の名前に思わず身震いする将輝。それを見届けたヒカルノはしてやったりと「うははは」と笑いながら生徒会室を出て行った。すると入れ違いで不思議そうな顔をして入ったきたのは静だった。

 

「篝火の奴、えらく機嫌が良さそうだったな。何かあったのか?」

 

「反撃したら、手痛いしっぺ返しを食らったよ」

 

「それは災難だったな」

 

「全くだ。それで黒桐は何しに此処へ?」

 

「私か?将輝と少し話がしたくてな、邪魔ならすぐに退散しよう」

 

「別に良いよ。無心でやるのにもそろそろ疲れてきた」

 

なんやかんやでヒカルノと話しながら作業をするのは進行スピードこそやや落ちたものの、同じ作業に病みかけていた将輝としてはいい気分転換にはなった。それに静は邪魔はしてこないだろうと踏んでいるので、別に良いかと肯定した。

 

「篝火の奴とは何の話をした?」

 

「ん?生徒会の事かな」

 

「という事は、生徒会が何と呼ばれているかも知っているという事だな」

 

「ああ。ヒカルノは『最凶最低の生徒会』って言ってた」

 

「全く酷い話だろう?勝手に選出した挙句、このザマだ。教員達もおそらく私達の事はアテにしていないだろう。問題が起これば生徒会に投げて、面倒事は回避する。まあ言ってしまえば社会の摂理だ。いくら優れていても権力には勝てんということさ」

 

「良くても悪くても初めての奴は後の人間達の経験値になる……か。教師が取っていい選択じゃないな、それ」

 

違いない、と肩をすくめてみせる静。彼女としても現状には不満が無いわけではない。だからこうして愚痴をこぼしてしまっている訳だが、だからといってどうこうできる問題でもない。権力の前には何事と無力なのは世の常であり、自然の摂理だ。ましてや生徒会とはいえ、一学生である事に変わりはない以上、その摂理には抗うことは出来ない。

 

「そういえば、何で黒桐はこの学園に?」

 

「私か?自慢話になるが、私は小中学とも男子にモテてな。私としては誰とも付き合う気は無かったし、タイプでもないから、全部断った訳だ。因みに告白された回数は二百くらいかな?それと同じくらい女子には罵倒されたが、トドメにストーキングだ。もちろん全員見つけてぶちのめした。まあ、そんな事があって男子と絡むのは何かと疲れていたからな。女子高に行こうと考えていた時、ちょうどIS学園へ入学しないかと話を持ちかけられてな。全寮制のこの学園ならストーキングされる事も登下校時に待ち伏せ告白される事もないからな」

 

ようは早い話がモテ過ぎて辛いからIS学園に入学したということだ。とても七年後には中学生相手にリア充爆発しろと言っている人間とは思えない。おそらく七年後の彼女がここに来れば彼氏を作っておけと助言しているところだろう。後悔先に立たず、実に静にあった言葉だ。因みにもう一つの言葉は過ぎたるは及ばざるが如しだ。

 

「将輝なら少しは脈があったのだがな」

 

「そうか?どうせ脈があるだけで断るんだろう?」

 

「よくわかっているな。私はまだ独り身の方が楽だからな」

 

「将来それで泣くなよ?」

 

「その時はお前にでも貰ってもらうさ」

 

「俺の意志ないな、それ」

 

もっとも既に彼には恋人がいる以上、そんな選択肢はどう間違っても取ることのないチョイスだ。因みに将輝が彼女持ちである事を明かさないのは聞かれていないし、もし名前を聞かれた時に答えられないからだ。答えたら千冬や束にロリコン扱いされた挙句、殺されるビジョンしか見えない。

 

「そうだ。ポッキーいるか?口、寂しいんだろ?」

 

「……よくわかったな」

 

「何となくだ。知ってる人も同じ癖だった」

 

知ってる人も何も同一人物なのだが。そういうわけにもいかず、あくまで知人と一緒である事を強調する。

 

静は差し出された箱からポッキーを取り、カリッと音を立てて食べ始めるが、二本目はすぐには食べず、咥えたままの状態で器用にも話を続ける。

 

「やはり落ち着くな」

 

「将来ヘビースモーカー確定コースだな」

 

「そんな気がするよ。で、先程の話の続きだが、男に絡まれる事に疲れてきた私はここを選んだ訳だ。別に将来ISの操縦者になりたい訳ではないのだが、やる以上手を抜くのは主義に反するから、私は全力で勉学に取り組んだよ。まあ、それでも篠ノ之は当然だが、篝火には勝てなかった。もっとも私が得意なのは実技の方だが、其方も織斑には勝てなかった。悔しくない、といえば嘘にはなるが、全力を尽くして負けたんだから仕方ない。そう思っていた時だ、教員達が職員会議で『生徒達の抑止力となるシステム』を作ることを決めてな。その時の選出方法が『筆記と実技の上位二名ずつの計四名の選出』だった。そして篠ノ之、織斑、篝火、私の四人で生徒会を立ち上げた。はっきりいえばこの選出方法はとても有効的だ。生徒達を纏め上げる生徒会長に織斑を置いて、自由きままな篠ノ之を特別顧問。私と篝火を役職持ちの役員として置く。これが普通の学校ならその教員の手腕は褒め称えられるレベルだ。だが、このIS学園は普通じゃない。多数の国家の人間がひしめき合い、成果を得ようと躍起になっている。ここに来た時点でどんなまともな奴でもまともじゃいられない。その中で成績が優秀なだけ(・・・・・・・・)で、マトモじゃない(・・・・・・・)奴等が組織で活動なんて出来る訳がない。『最凶最低の生徒会』とは実に的を射た言葉だと私は思うぞ?紛れもなく、この学園で最凶のメンツを揃えて、出来た組織は最低レベルのポンコツ組織。漫画やアニメならこれをどうにかしようとする奴が一人くらいはいそうだが、現実はこの有り様だ。そうそう上手く行くものでもないな」

 

静が言ったように組織の構成的にはこの生徒会は申し分ないものだ。

 

人並み外れた統率力を持つ千冬ならば生徒達を纏め上げる事が出来る。

 

本来なら副会長のポジションに置きたい束を、性格を考慮して特別顧問にして生徒会に在籍しているという結果だけを残す。

 

束にこそ劣るが、天才であるヒカルノには会計という役職は適役であるし、静もまた字などは生徒会で一番綺麗であるから構成だけみればあまりにもIS学園生徒会は完璧過ぎた。

 

だが、それ以上に彼女達は人間性に問題があった。

 

基本的に人と壁を作って、殆ど一匹狼の千冬。興味のない人間は歯牙にもかけない束。馴れ合うつもりのないヒカルノ。そしてこの中では真人間の方だが、何処かずれた静。

 

こんな四人に組織など務まるはずが無い。言うなれば全員俺様ドリブラーのサッカーチームみたいなものだ。仲間意識など欠片も持ち得ないし、寧ろ邪魔でしかない。流石にこの四人は其処までいっていないが、どちらにしても大差はない。

 

「私の勝手な憶測だが、組織崩壊を起こしていないのは、私達は欠片も信頼感を持ち合わせていないが、実力は認めているからだろうな」

 

(おそらくそれは合ってる。それがあるからこの生徒会は成り立ってるんだろうな)

 

「さて、私の話はした。次は将輝の話だ」

 

「俺の?別に話す事なんてない」

 

「まあそう言うな。それに私だけ話すのは不公平だ。世の中は等価交換。私の話を対価に差し出したんだ。お前の話を聞かせてもらうのは当然の権利だろう?」

 

「それもそうだけど……………まあいいか、何が聞きたい?」

 

「織斑と将輝はどういう関係だ?」

 

「どういう?助けた側と助けられた側。或いは同類」

 

「ふむ。では言い方を変えるが、織斑と将輝は付き合っているのか?」

 

「は?」

 

あまりにも予想の斜め上をいく質問に将輝は思わず間の抜けた声を上げてしまう。一体何をどう考えればそういった結論に行き着くのか?十代乙女のか不思議思考について悩みかけた将輝だが、こと静に関してはそれは当てはまらない。そして彼女は彼女なりにこの結論に至った訳があった。

 

「実は先日の集会で織斑がお前の事を話してな。その時、織斑が『篠ノ之束が男にもISを動かせないか実験をする為に一人この学園の寮に男子が一人入寮する事になった。基本的には外に出歩く事はないので、諸君らに危害を加える事はないし、本人にもその気はないだろう。また相当な実力者であるから、下手に難癖をつけて、喧嘩を売らないように』と言ったんだ」

 

「で?どの辺りで俺と織斑が付き合ってると思う要素があった?」

 

「まずあの規律に厳しい織斑が篠ノ之の考えでとはいえ、この学園に男子を留める事を認めた事。次に将輝の実力を知っていること。その上で監禁せずに自由にさせていることだ。多少なり、信頼がないと出来ない行為だ。それにラノベ風なら確実に現在進行形か、将来恋人になるオチだ」

 

ある意味ぶっとび思考に将輝は頭を抱える。途中までは割とまともであったのに、途中からもの凄いわけのわからない理屈で恋人認定されていた。だが、こんなぶっとび思考でなくとも、千冬が一目置いている人物ともなれば、そう考えるのはごく自然な事だ。

 

「言っておくが、俺は織斑とは付き合ってない。あいつが俺の実力を知っているのは成り行きで闘うことがあったからだ。織斑は確かに可愛いけど「……藤本?」ん?織斑か」

 

誤解を解こうと話していた時、素晴らし悔しく絶妙なタイミングで千冬が生徒会室に入ってきた。その頬はやや赤く染まり、何処と無く恥ずかしそうにしていた。

 

「藤本、さっき言ったのは………」

 

「本当の事ばっかだけど、どうかしたか?」

 

「い、いや、何でもない」

 

珍しく歯切れの悪い千冬に将輝は首を傾げ、静は目を丸くしている。気まずい沈黙が生徒会室を支配した時、また忘れ物をしていた事を思い出したヒカルノが帰ってきた。

 

「おや、織斑に黒桐か。何で二人とも突っ立ってーーー」

 

其処で言葉は強制的に遮られた。窓ガラスを破って現れた束の手によって。

 

「ヤッホー!おひさ〜、二人とも元気してた?束さんは元気一杯だよ!それにしても何か綺麗になってるね、ここ。前見たときはゴミの廃棄施設かと思ってんだけど、普通のゴミ屋敷にランクアップだね!それはそうと藤本将輝くんだっけ?私と話をした結果、未来人である君を今すぐ元の時代に返す方法はないね。けど、一ヶ月。或いは二ヶ月かければ何とかなるって結論に至ったから、まあ悪くても二ヶ月後には帰れるはずさ!よかったね!って、あれれ〜?どうしちゃったの二人揃って頭を抱えて?頭痛でもするの?」

 

頭痛はする。主に今の束の発言の所為で。

 

ここにいたのが千冬と将輝だけなら問題はなかった。けれど、今ここにはヒカルノと静がいるのだ。そして彼女らは将輝が未来から来た人間とは知らない。そしてそれはつい先程束が盛大に暴露してしまった。

 

そして図らずもこの時、初めて生徒会メンバー全員が生徒会室に揃う事となった。

 



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荒ぶる生徒会

束の無神経過ぎる行動により、将輝はあっさりとヒカルノと静の二人に未来人である事が露呈した。

 

隠蔽しようという努力はした。けれど、否定するつもりはなかった。そもそも束がいる時点で、隠蔽しようが、否定しようが、すぐに事実を話されて、無駄な足掻きとなるのがオチなのは明白だからというのが理由ではある。

 

しかし、否定しなかった最たる理由は、彼女らがその事実を訝しむ事なく鵜呑みにした事だった。

 

織斑千冬や篠ノ之束ですら、疑った事実を彼女らは怪しむ事なく受け入れた。

 

情報の発信源が正体不明だった将輝ではなく、篠ノ之束であるからなのかもしれないが、どちらにしても彼女達がそれを普通に納得してしまった事で、将輝は否定する事を諦め、事情を自ら話した。

 

「ほぇ〜、第三世代ISに同化ねぇ。これまたすっごい奴が飛んできたもんだ」

 

「しかも世界で二人しかいない男性IS操縦者か、主人公体質にも程があるな」

 

事情を聞かされた二人も当然というべきか、将輝の身体を興味津々に眺める。見た目的には大した変化はないと言ったが、気になってしまうのは仕方のない事だろう。

 

「で、どうよ?リアルハーレムを経験した感想は?」

 

「精神すり減るだけだ。良いことなんてない」

 

「またラノベの主人公みたいな事を。実際は取っ替え引っ替えし放題で嬉しい癖に」

 

「誰がそんな盛りのついた犬みたいな事するか。第一、女子はあんまり得意じゃないんだ。疲れるだけだよ、本当に」

 

読者だった頃の彼なら「流石モテる奴は言う事違うな」と思っていたが、いざ自分が同じ状況に陥った結果、「やっべ、マジで女子ばっかの空間辛過ぎる。半年もしない内にクラスに順応した一夏マジパネェ」と寧ろ尊敬すらしていた。先程将輝自身も言ったが、女子校に行って「ハーレムktkr」となっている人間など盛りのついた犬と同義だ。多いに越した事はないが、幾ら何でも多過ぎる。聞いて極楽見て地獄とはまさにこの事である。

 

「その割には私達とは普通に会話は出来るのだな」

 

「うん………まあ、四人はある意味特別だから」

 

『特別……?』

 

四人は口を揃えて疑問の声を上げるが、すぐにハッとした表情になり、口々に責め立てる。

 

「ふ、藤本!お前は一体何を考えている⁉︎」

 

「なーにが『女子はあんまり得意じゃない』だ。きっちり楽しみやがって」

 

「これで本格的にラノベの主人公の仲間入りだな」

 

「色んな意味で尊敬に値するよ、本当」

 

「ごめん、皆が何言ってるのか本当にわからないから、教えてくれる?」

 

『言えるか⁉︎』

 

つい、先程まで揃った事すらない生徒会メンバーの二度目のハモりに気圧されて、将輝は意味もわからず「ですよねー」と納得しましたという返事をする。将輝にとって彼女達は特別だ。自身の所属するクラスの鬼教官に面倒事を起こしまくる恋人の姉、中学時代に何かと世話になった保険医にまだ会ったことはないが、何れ世話になる研究者。そんな彼女らを一括りに『特別』と将輝は称した訳だが、彼女らはそれはもう盛大に意味を取り違えていた。

 

(教師と生徒の間柄なのではなかったのか?いやそれよりも一体何方から告白したのだ?もしや私が…………)

 

(苦手な癖に私の名前をあっさり呼んだのは慣れてるって事か。かぁー、何やってるんだか)

 

(もしかして本当に私は将輝に貰われたのか?まあ別にそれはそれでありか………いや、問題だろ⁉︎)

 

(まさかいっくん以上の猛者が存在するなんて…………でも確かにそれならISと同化させたっていうのも頷けるね。それはそうと誰が正妻なのかな?)

 

とここに来てまさかまさかの十代乙女特有のハッピー思考へと変化している事に将輝は当然気づけるはずもない。そして束の中で『一夏以上』という不名誉なレッテルを貼られたこともだ。

 

ハッピー思考に囚われている四人を尻目に将輝は名案を思いついたとばかりに手をポンと叩くと、生徒会室の扉の鍵を閉めた。

 

「よし、これで逃げられないな」

 

(逃げられない⁉︎一体何を始める気だ⁈)

 

(まさか同い年になったのを良いことに好き放題やろうって魂胆か?)

 

(これではラノベというよりエロゲだな)

 

(事故とはいえ、とんでもない子送り込んできたね、私)

 

四人とも、焦っていたり、落ち着いていたり、妙に達観していたり、困っていたりと別々の心情ではありながらも思考は一致している辺りは凄い。ある意味では彼女達は仲良しなのかもしれない。

 

「さ、始めようか」

 

「なななな何を始める気だ?」

 

「何を?掃除だけど」

 

『掃除?』

 

「いや、やっぱり一人だけでするより、皆でした方が効率良いーーー」

 

「全員突撃っ‼︎」

 

自身達が掃除を手伝わされるとわかるや否や、千冬の号令の元、生徒会室を脱出すべく、四人が将輝へと殺到する。

 

「わおっ、素晴らしい連携」

 

四人の即興であるにもかかわらず、息ピッタリの連携攻撃に将輝を舌を巻き、驚きの声を上げる。そして四人の拳が絶妙にボディーに入る。一般人なら即失神というか、内蔵をやられているレベルだが、将輝は一応鍛えている身、そうやすやすとは内蔵をやられはしない。そして何よりISの保護機能は生きている為、ヒカルノはともかく高火力を誇る三人の拳でも将輝の意識を狩ることは出来なかった。だが、肺の空気は全て吐き出させられ、一時的に行動不能になるのも時間の問題だった。

 

それ故、将輝は千冬にデコピン(・・・・)をした。

 

普通ならデコピンを喰らったところで大したダメージはない。しかし、力のセーブが出来ない将輝のデコピンはそれ自体が凶器だった。

 

バシンッ、ボキッという凡そデコピンでは出ないような音を立て、それを喰らった千冬は軽く脳震盪を起こして、崩れ落ちる。

 

それが将輝の最後の力だったが、デコピンという動作だけで学園最強を無力化された事により、ヒカルノと静は激しく動揺する。そんな中、束だけはさりげなく窓から逃走しようとしていたが………

 

「ヒカルノ、静。束を逃がすな」

 

振り絞るようにして吐き出された言葉に今まさに逃げようとしていた束にヒカルノが何処からか取り出したロープにつかまり、静にそれを引っ張られ、あっという間にまだ掃除し終えていない書類の山の中にダイブした。

 

「ぶはっ!何で邪魔するのさ!同じ生徒会メンバーなら「ここは私達に任せて逃げろ!」っていうノリでしょ⁉︎」

 

「日頃からただでさえ仕事をしていないお前を逃がす道理なんてない」

 

「織斑が倒されてっから、諦めるしかないじゃん?それに篠ノ之だけ逃げて、私達がしなきゃいけないのは不公平ってもんでしょ」

 

「今、本音言ったよね⁉︎二人には熱い魂が無いのか!」

 

『ない』

 

「早っ⁉︎早過ぎるよ!せめて嘘でもいいから、悩む素振りを見せようよ!いや、確かに私も同じ立場なら同じ事するし、言うけどさ!其処は人情ってものがだね……」

 

「言い合うのは良いけど、その前に掃除しよっか」

 

三人があーだこーだと言い合っている内に回復した将輝はダウンした千冬を綺麗な位置に移動させると、ヒカルノと静の肩にポンと手を置いて、今までで一番イイ笑顔でそう言った。

 

『はい………』

 

笑顔の威圧に三人はただ頷くだけだった、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『つ、疲れた………』

 

「やっぱり手が多いと捗るな。皆お疲れ様」

 

途中で復活した千冬も含め、五人の清掃により、あっという間に片付く事になったが、かなり汚かった事と端々でミスをしたりした事もあり、四時から始めたというのに、時刻は既に九時を回っており、食堂で食事を摂るにはかなりギリギリの時間だった。

 

「さてと皆はともかく、俺どうしようか」

 

「藤本も食堂に来ればいいだろう。幸い、この時間に食堂にいる生徒は少ないだろうしな」

 

「いや、流石に俺が行くのはマズいんじゃ………」

 

「私達に無理矢理手伝わせておいて、自分の意見がまかり通るとでも?」

 

「それは虫が良すぎるとは思わないかい、将輝」

 

「というわけで、連行」

 

右腕を千冬に左腕を静にホールドされ(腕を組んでいるとか生易しいものではなく、関節を決められている)、将輝は引きずられるように食堂へと連れて行かれる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分の早歩きで着いた食堂は、七年前とはいえ、将輝のいる時代とは大差なく、綺麗で広々とした場所であった。本来なら食券が色々ある筈だが、後数十分で閉めることもあって、買える食券はもう殆どない。

 

五人全員、日によって内容の変わる食券を買い、時間ギリギリであるにもかかわらず、やたらとドヤ顔で頼んだが、何時の時代、どこにいっても食堂のおばちゃんというのは優しい人物ばかりで「お仕事お疲れ様」と快く承諾した。その口ぶりから察するに彼女らが生徒会である事は知っているのだろう。当然つけられた名前も。

 

五分程待ったのち、出された夕食を受け取る際、食堂のおばちゃんは朗らかに笑いながら、将輝にしか聞こえない声でボソリと呟いた。

 

「両手に花で良いわね。青春を思い出すわ」

 

「はは、思い出すにはまだ若過ぎますよ」

 

「あらやだ、上手い事言うわね」

 

「事実ですから」

 

小声でやり取りをする二人を見て、千冬達は首を傾げるが、かなり空腹であった為、即座に席を選び、座ったのだが……。

 

「何で別々の席に座ってんだよ………」

 

将輝達以外誰もおらず、五人座って食事を摂る事も出来るというのに、彼女達は皆別々の席を取って、食事を摂ろうとしていた。正確には千冬と束は同じだが。

 

「あのな。仲良しごっこは嫌だっていうなら、それでもいいが、お前ら生徒の抑止力で、手本になるべき存在なんだからさ、せめて仕事中くらいは纏まれよ」

 

「今は、仕事中じゃない、からいいだろ」

 

「食べながら喋るな。ま、それもそうだけど、さっき言った事は覚えておけよ」

 

『…………』

 

「其処くらい返事しろや!食べながらでいいから!」

 

将輝の叫びが食堂に木霊する。

 

この時点で僅かに頭痛がし始めた将輝だった。




食事中ーーー。

千冬「そういえば、藤本が私にデコピンをした時、何か折れる音が聞こえたのだが」

束「折れる?まあ確かにデコピンにしてはあり得ない音出してたけど、流石に骨が折れたりは………」

将輝「折れたぞ。俺の指の方が」

四人『は?』

将輝「何せ力の加減が難しいからな。ついうっかりデコピンした拍子に指の骨が逝ったみたいなんだ。まあ痛覚カットされてるからわからないし、問題ないだろ」

ヒカルノ(それって問題ないのか……?)

静(主人公補正じゃなくて、ラスボス補正だったか)




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おっとり中学生と襲撃者

 

将輝が過去に飛び、早くも二週間が経過した。

 

生徒会のメンバーは未だ結束しているとは程遠い状況だが辛うじて集合し、仕事をこなしている。彼女達ともそれなりに親しくはなり、辛うじて全員の下の名前を呼ぶまでには至った頃、そろそろ将輝は我慢の限界だった。

 

「お前らいい加減にしろ‼︎」

 

バンッと机を叩き、声を荒げる将輝。それに対して四人は一瞬身体をびくりと震わせるが、すぐさま仕事を再開する。仕事とはもちろん生徒会のだ。約一名を除いて。

 

「急にどうした?」

 

いきなり声を荒げた将輝に仕事をこなしながら疑問の声を上げる千冬。その疑問は他の三人も同様で何故将輝が怒っているのかわからない。そういう表情をしていた。

 

「今まで………今まで言おう言おうと思っていたが、今こそ言わせてもらう」

 

『?』

 

すぅっと大きく深呼吸をした将輝は今日まで我慢していた事を言い放った。

 

「何で俺は執事の真似事させられてんだ⁉︎」

 

数日前、生徒会室を綺麗に掃除し終えた将輝はまた暇になり、どうやって暇を潰すかと模索していた時だった。

 

またもや千冬が部屋を訪れ、将輝に頼み事をした。内容は『生徒会の手伝い』。

 

それならと快く承諾したのが先日の事。そしてその日から今に至るまで将輝がやらされてきたのは言ったとおり、執事の真似事だった。

 

掃除や買い出しに始まり、紅茶や菓子の用意、仕事の補佐にマッサージと完全に召使い或いは便利屋扱いされていた。最早最初の頃にあった「基本的に部屋から出ない」という暗黙の了解は生徒会が破棄し、おまけに着ているのは束の用意した燕尾服。はたから見れば生徒会が執事を雇っていると思われ兼ねない事態だった。

 

「別に良いじゃんか。暇だろ?」

 

「確かに暇だけど、俺は手伝うって言っただけで、仕えるとは言ってない!」

 

「文句を言う割には手を止めないな」

 

「止めるとお前らが増やすからな!」

 

「まーくん、紅茶無くなったー」

 

「お前は人の話聞けや!」

 

静の言う通り、将輝はあーだこーだと言いながらもてきぱきと仕事をこなしている。もちろん束にも新しい紅茶を淹れる。この数日間で執事としての生活が妙に身体に染み付いていた。

 

「将輝」

 

「今度は何だ!」

 

「教師達から男手が必要と将輝の貸し出し申請が来ている。すまないが、行ってくれないか?」

 

「おい、俺異端の筈だろうが、何ちゃっかり貸し出し申請出してんの?職員室に行けばいいのか?」

 

「ああ」

 

「はぁ…………ったく、どいつもこいつも人使いが荒いぜ」

 

文句を言う将輝だが、普通にその足は職員室に向いていた。ここまで来れば上司の使いっぱしりをさせられているサラリーマンのようだ。

 

職員室に入るとOL風の女性教師に荷物を渡され、多目的室まで持っていくようにと頼まれる。場所は何処かと尋ねようとするが、すぐに女性教師は別の教師に呼ばれ、将輝は渋々自分で探す事となった。

 

(この視線にも慣れたもんだ)

 

女子の近くを通過するたびに負の感情が籠った視線に晒されるが、これも数日も晒されていれば慣れるもので、受け流しつつ、校舎の見取り図を見て、多目的室を目指す。最近は何やらひそひそ話も其処に追加されたが、将輝にはそれも関係のない事だ。男に向かって悪口などISが世に広まってからは残念ながら当たり前となってしまっているのだから。

 

(確か、ここを左に曲がっ「キャッ」おっと)

 

角を曲がると同時に将輝は誰かとぶつかり、荷物を落としそうになるが、すぐに持ち直す。

 

「はわわ、す、すいませんすいません。考え事をしてたもので………」

 

「此方こそ、前方不注意で申し訳ない(はて?何処かで聞いた事のある声だな)」

 

声の主が誰なのか、顔を見ようと試みるが持っている荷物の所為でおそらく下に尻餅をついている人物の顔が見えない。仕方なく、一旦荷物を下ろす。

 

「め、眼鏡……眼鏡は何処ですか……?」

 

わたわたとしているその姿はさながら仔犬のようだ。見た事のない制服を着た少女はこれまた古風にも頭の上に眼鏡が移動しているだけなのに、手を探るようにしながら眼鏡を探していた。

 

それを見ているのも楽しくはあったが、このままでは他の誰かが来るまで永遠に探していそうな気がした将輝は彼女の頭の上に乗っかっている眼鏡を指で軽く触れて、掛け直す。

 

少女はいきなり視界のピントが合った事に驚くが、すぐにややずれた眼鏡の位置を元に戻す。

 

「あ、ありがとうございますぅ。私、眼鏡がないと駄目ですから……」

 

服の汚れを払い、立ち上がった少女の顔を見て将輝はいろいろ諦めると同時に納得した。

 

緑色の髪に幼い顔立ち。サイズの合っていない眼鏡とこれまたサイズの合っていない制服。なのにある一部分だけはその存在をこれ見よがしにアピールしていて、おそらく世の男子は確実に視線を釘付けにされる代物。おっとりとした雰囲気は年上年下に関わらず、可愛がられるだろう。

 

少女は将輝の顔を見ると…………固まった。声で気づきそうなものだが、彼女は将輝の顔を見るまでぶつかった人間が男であると知らなかったのだ。IS学園だから男はいないと思うのも無理もないが、過去も未来も天然ぶりは健在であった。

 

「君はこの学園に何か……?」

 

「は、はい!わ、わわ私は、そそそその、来年から、ここここの学園に入学するんです。ちょ、ちょうど、が、学校が休みでしたので、けけけ見学を……」

 

凄まじく動揺しながらも一度も噛まずに話せた少女に将輝は思わず感心する。しかし、過去であるせいか、男の苦手っぷりが酷い事になっていた。

 

「落ち着いて。そうか、この学園の見学か……」

 

「あ、あの…………貴方は執事さん……ですか?」

 

「へ?ああ、違う違う、諸事情で着ざるを得ないだけだから、ただの生徒会雑用さ」

 

「そ、そうなんですか……」

 

「よっと。それじゃあね、俺はこの先の多目的室に用が………」

 

男が苦手な彼女と関わっては、彼女に迷惑がかかると踏んだ将輝はそそくさとその場を退散しようとするが、ちょうどその時、校内放送が流れた。

 

『これは訓練ではない!繰り返す、これは訓練ではない!学園内に武装した集団が進入した模様!教員達は速やかに生徒の安全を確保し、テロリストを無力化せよ!』

 

突然告げられた事実に将輝も少女も理解が追いつかなかったが、それも遠くで聞こえた爆発音によって、すぐさま事実だと理解する。

 

(そうだ。まだ今はISが世に知れ渡って三年しか経ってない。つまり……)

 

ISを危険視、または敵視した犯罪組織がその教育機関であるIS学園を襲撃してもおかしくはない。おまけにこの学園に配備されている訓練機は六、七機程度。数はどの国家よりも多いが、圧倒的に少なく、何より其処に行くまでの通路にはテロリストが待ち構えているだろう。専用機持ちも現時点では千冬しかいない上、彼女一人に任せても、誰かが人質に取られてしまえば何の意味もない。そしておそらく教員達はこういった事態に生身で対応する事を想定した者はいない。

 

(これ、かなり絶体絶命じゃねえか?)

 

「ど、どどどどうしましょう⁉︎」

 

割と焦っていた将輝だったが、隣にいた少女のそれ以上の焦り具合に少し冷静になる。

 

「取り敢えず、ここから移ど「いたぞ!」ッ⁉︎」

 

響き渡る野太い声に将輝は咄嗟に少女の身体を抱いて、角に身を隠した。

 

直後、銃声が響き、壁には無数の穴が空いた。

 

(人質を取るつもりがないのか⁉︎それとも服が違うから、見せしめで殺しても良いって判断したのか?どちらにしても危険度は増したな)

 

「ううう撃ってきましたよ⁉︎」

 

「静かに。作戦考えてるから」

 

呼吸を落ち着かせ、頭の中をクリアにして考える。

 

話し声が聞こえず、足音も一つしか聞こえない事から敵はまだ一人。しかし、先程の大声から増援が来るのも時間の問題。敵武装は不明だが、サブマシンガン或いはアサルトライフルを携帯している。

 

対して、此方に武装はなく、あるのは中身不明の段ボールが二つ。そして女子中学生が一人。

 

結果からいえば八方手詰まりだ。

 

痛覚がない為、急所に喰らわなければすぐに死ぬ事はないし、戦闘に支障をきたす事はない。だが、痛覚がないという事は限界を自ら知る事が出来ない。死の直前まで自身の異常に気付けないのだ。

 

(投降………する訳にはいかないよな。撃ってきたって事は俺もこの子も生きようが死にまいがどっちでも良いって事だ。となると張っ倒すかないよな、割とマジで…………せめて段ボールの中身が使えそう………じゃないな。いや、使えるか)

 

ポンと手を叩くと将輝は段ボールを担ぎ上げる。

 

「あー、ごめん。耳塞いでてくれる?聞こえても気持ちの良いもんじゃないから」

 

「は、はい………って、何処いくんですか⁉︎」

 

「ちょっと正義の味方するのさ。ま、柄じゃないけどさッ!」

 

将輝は段ボールを担いだまま、角から躍り出る。

 

案の定、敵は一人しかいなかった。距離にして僅か五メートル。装備はガスマスクに防弾チョッキ。服は野戦服とどこの戦場に行くのかと問いたい代物だ。だが、そんな事を聞いていてはその前に蜂の巣になる。故に将輝は段ボール(凡そ十キロ)をテロリスト目掛けて投げた。

 

「ぐえっ」

 

銃口を将輝へと向けようとしていたが、それよりも速く飛来した段ボールがヒットし、テロリストは短い悲鳴を上げ、床に倒れる。

 

「念のためにトドメ……っと」

 

二、三発股間に向けて拳を放つとテロリストはぐったりとし、動かなくなる。

 

将輝は倒れたテロリストからアサルトライフルと防弾チョッキ、その他諸々を強奪し、少女の元に戻る。

 

「よし、君はこれ着て。ちょっと大きいかもしれないけどないよりマシだと思うから」

 

「は、はぁ……」

 

「かなり危険だけど、ここから移動しないといけないからね…………一先ず、千冬達と合流しないと、俺だけじゃ、この子を守り切れない。てか、俺自身が危ない」

 

「さ、流石………慣れてますね」

 

「まさか、ど素人だよ。年下の女の子がいるのに、ビビってる訳にはいかないっていうただの虚栄心さ」

 

この少女がいなければ、将輝は過去の自分の特性『ステルス』を発動して、千冬達に全投げする予定だった。ISが使えるのならまだしも生身では武装集団を相手にするには無謀の極みだからだ。因みにぼっちではなかったにもかかわらず、将輝のステルス機能は異様に高い。過去には三時間目終了時まで休んでいた事にすら気付かれない程に。

 

「ところでこの銃って何かわかる?アサルトライフルっていうのは辛うじてわかるんだけど」

 

「M4カービンですね。M16A2アサルトライフルの全長を短縮して軽量化した直系の派生型でM16A2とは部品互換性の約80パーセントを持ってます。他のアサルトライフルカービンと同様にコンパクトで、フルサイズのM16よりも取り回しが良いので、戦闘車両の乗員や将校の方が使用されることが多く、また可搬性の良さから身動きの辛い都市部での近接戦及び特殊部隊における特殊任務にも幅広くしようされてます。1998年にはアメリカ陸軍でM16A2の後継に選定されて、現在もアメリカ陸軍兵士の多くがこのM4カービンを使用しています」

 

「へ、へぇ〜。詳しいんだね……で、これ素人でも使える?」

 

先程までの焦りとは打って変わって、饒舌に話し出す少女。将輝もこれには思わず口元を引き攣らせる。

 

「いえ、M14に比べれば射程も短いですし、軽量化と取り回しの良さを重視した所為で、反動・マズルブラスト、発射音が大きくなったり、命中精度も落ちていますので、いくら改良されて良くなったとはいえ、素人が扱うには無理が……」

 

「となると、牽制にしか使えないな。いや、相手がもし熟練者だと牽制にもならないか。ま、相手が腰抜けである事を祈って、一応装備しておくか。君、体力に自信は?」

 

「一応は……」

 

「じゃあ走ろうか。えーと……」

 

「あ、私の名前は山田真耶です」

 

「OK。俺の名前は藤本将輝、行くよ山田さん!」

 

「は、はい!」

 

かくして、将輝と真耶は千冬達がいると思われる生徒会室へと走り出した。





という感じで、半ば無理矢理真耶ちゃん出現。そしてなんやかんやでテロリストに襲撃されるIS学園。

何もかも無理矢理展開ですけど、まあ特別ストーリーですから良いですよね。

因みにM4カービンの説明はウィキペディア参照。詳しくない分は他の所から持ってくる!



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決着の銃弾

校内放送が響き渡り、将輝と真耶が武装集団の一人に襲われていた時、千冬達もまた行動を起こしていた?

 

「テロリストか………よりにもよってこの学園に…」

 

「私面倒だから、パス〜」

 

「私もだ。これ片付けないと自由時間がなくなっちまう」

 

「あ、ポッキーがなくなった。将輝……はいないな。あれ、何処に置いてあったっけ」

 

訂正。行動など微塵も起こしていなかった。武装集団に襲撃されているにもかかわらず、彼女達はフリーダムだった。流石は怪物と天才しかいない生徒会は神経も図太かった。

 

「それにしても将輝が心配だ。おまけに今日は何処かの中学から見学に来ている生徒がいると教員に聞いた」

 

「他の奴はどーでもいいけど、まーくんに死なれると困るなぁ。試したいこと山程あるし、何より美味しい紅茶が飲めなくなるし。ていうか、未来に返さないと私に怒られる」

 

「確かに。将輝に投げてる分の仕事が増えるのは嫌だな」

 

「私もポッキーと珈琲が無くなるのは辛い…………となると」

 

『全滅させるか。テロリスト』

 

唯一まともな千冬はともかく、随分と酷く稚拙な理由ではあるが、彼女達の意見は一致した。

 

「そうと決まれば、早速制圧だな」

 

「私ちょっと学園のシステム管理室に行ってくるね〜。とっとと片したいから、えーと、かが……何だっけ」

 

「篝火ヒカルノだ」

 

まさか今に至るまで全く名前を覚えていなかった束に対し、ヒカルノは再度自己紹介をする羽目になった。それも仕方ない事であるが、束は名前を聞くとまるで忘れていた昨日の晩御飯を思い出したように頷く。

 

「あ、そうそう。ヒカリん、お手伝い宜しく〜」

 

「ヒカリんて。タバねんて呼んじゃうぞ」

 

「良いね、それ。その前にレッツゴー!」

 

「あ、ちょっ⁉︎」

 

ガシッと束はヒカルノの腕を掴むと凄まじい速さでシステム管理室へと走り去る。天才二人の始動に早くもテロリストの目的は達成する事が困難となった。

 

「さて、私達実働隊はどうする?」

 

「それは織斑生徒会長に任せる。私はあくまで書記だからな」

 

「私達なら正面から武装集団を相手にするのは可能だが………リスクが高い。せめて何か武器があれば……うん?これは何だ?」

 

何か武器はないかと生徒会室を見渡していた千冬はあるものに気がつくとそれを手に取る。

 

それは手に装着するものの筈だが、何故か拳の部分が兎の顔の形をしていた。そしてその隣には刃のついていない柄の部分しかない剣。

 

取り敢えず、静は兎顔のメリケンサックを、千冬は柄だけの刀を握る。

 

「ボタンがあるな。これを押せばいいのか」

 

千冬は柄の部分にあったボタンを押す。するとブウンという音と共にライトセイバーの要領で光の剣が構成される。

 

「使えるのか、それ?」

 

「試しに何か切るか」

 

そう言うや否や、千冬は壁に立てかけてあったパイプ椅子に向けて、刀を振るう。すると一瞬遅れでパイプ椅子が縦に切れ、切断面は溶接されたかのようになっていた。

 

「使えるな」

 

「ただ人間には使えないな。装備をバラすのに使うか。そっちはどうだ」

 

「さあ?殴ったら何か起こるのかもしれない…な‼︎」

 

静はガンッと生徒会室の扉を殴る。その拳は見事扉を突き破り、その向こう側にいた武装集団の一人の顔面を捉えていた。直後ドア越しに閃光が走り、扉を開けると三人の武装したテロリストが伸びていて、身体からは小さく煙を上げている。

 

「成る程。電流か」

 

「幸い学園の上履きは靴底が絶縁体の素材で出来ているし、これならいざという時は地面を殴れば良さそうだ」

 

「ともかく、私達も動くか。私は一階を捜索する、黒桐は二階を頼む」

 

「ああ。さっさと終わらせよう、生徒会長殿」

 

千冬と静は柄と拳を軽く当てると、互いにこの襲撃事件の首謀者を見つけ出すべく、捜索に乗り出した。

 

当然、殴り倒したテロリストの武装は千冬の手により細切れにされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「到着〜」

 

「ぶっ飛んでるとはつくづく思わされてきたが、大概だよな」

 

「天才だからね〜。ヒカリんもわたしも」

 

「お前にゃ劣るけどな。それよか早いトコ終わらせるか」

 

束とヒカルノは自作のディスプレイを取り出し、IS学園のシステムにハッキングをかける。

 

並みのハッカーなら、ハッキングを仕掛けたところですぐに逆探知され、剰え、データを全消去されるレベルだが、ここにいるのは文字通り世界で一番目と二番目の天才。やって出来ない事などあるはずが無い。

 

「システム掌握完了〜。さてと、お馬鹿さん達は何人いるかな〜」

 

「取り敢えず緊急防衛システムは強制発動させたから、これで他の生徒は無事。後は私達と将輝ともう一人だっけ?」

 

「あー、ちーちゃんがそんなこと言ってたっけ。こっちには映ってないよ。そっちは?」

 

「………いた。向かってるのは………生徒会室みたいだ。もう一人も連れてる」

 

「私達が動いてない事前提で行ったのかな?流石の私達でも全校生徒の危機には重い腰を上げるのに」

 

「ははは、今年で一番笑えるジョークをありがとう。本当はどっちでもいい癖に」

 

「ありゃりゃバレてた?」

 

「私の名前をちゃんと覚えてない時点で気づくよ」

 

「にゃはは。あ、ヒカリん。何人かシステム掌握しようとこっちに来てるよ」

 

「え?マジ?」

 

ヒカルノが束のディスプレイを横から覗くと六名程の武装した人間が向かって来ていた。因みに先程ヒカルノが上げた声は驚きからではなく、喜びから来るものであった。

 

「今こそ、私の開発した防衛システムが活かされる時だ!」

 

「え?そんなシステムこの学園にあったっけ?」

 

「ぬははは、授業を体調不良で抜け出して勝手に改造したのさ」

 

「ヒカリんも私の事言えないよね」

 

「天才だかんな。さあ、私特製トリモチセントリーガンを喰らえ!」

 

ヒカルノは懐からボタンを取り出すと、ポチっと押す。

 

すると画面の向こう側では、天井から突如ガトリングガンばりの銃口が現れ、次の瞬間、凄まじい勢いでトリモチを発射する。

 

ものの数秒もしない内に六名はトリモチ塗れになり、廊下も真っ白くネバネバしたもので埋め尽くされていた。

 

「これで通路も使えなくなったし、私達が攻撃される心配はなくなったよん」

 

「それに私はいざという時は壁を走るからね。その時はヒカリんも背負って上げるよ」

 

「そいつはありがたいにゃあ。ま、それはともかく将輝ともう一人だけど……」

 

「ははは、次は私の番だね」

 

今度は束がポケットから、親指サイズの小型マイクを取り出すと、その小型マイクに話しかけた。

 

「もーしもーし。まーくん、大丈夫〜?」

 

『うん?その声、束か⁉︎今どこにいる?てか、何時の間に仕込みやがった!』

 

「初めから。私とヒカリんは今システム管理室〜。ちーちゃんは一階で、えーと『静だ、覚えろ』あ、そうそうシズちゃんが二階。二人とも、まーくんのいる三階の生徒会室からは離れた位置にいるね」

 

『情報は掴んでるみたいだな。で、首謀者は何処に?』

 

「多分一階の職員室に構えてる奴等だね。全員で十五人。相手をするには辛いね」

 

『?何でだ?千冬には専用機があるだろ?」

 

「今、あれは調整の為に私が持ってるんだよね〜。だから今のちーちゃんは生身さ。というわけで増援よろ」

 

『了解!』

 

「さてと私にやれるのはここまでかな。後は実働隊に任せよう」

 

「んじゃ、私は適当に邪魔者排除と撹乱でもしとくよん」

 

「よろよろ〜」

 

「永遠のトラウマを刻んでやるぜっ!」

 

にししと笑うヒカルノの表情はさながらラスボス染みた笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

束からの通信を聞いた将輝は増援に行く前に二階にいる静を探していた。もちろん真耶も一緒にいる。彼女を連れ回すのは危ないが、一人にしておいた方がさらに危ないからだ。最悪、彼女には自分を盾にするようにと言い聞かせ、将輝は捜索を続ける。

 

(一通りのされてるな。何でか全員身体から煙上げて倒れてるが、すぐには起きないだろう)

 

警戒レベルMAXのまま、将輝は歩みを進める。

 

「山田さん、ストップ」

 

「は、はい」

 

前方の曲がり角の先から聞こえる足音に将輝は足を止め、ゆっくりとした歩調に切り替える。

 

そして曲がり角から勢い良く躍り出て銃を構えるが………

 

「ん?何だ、将輝か」

 

「静か。びっくりした、二重の意味で」

 

目の前には叩き込まれる直前の兎顔マークのメリケンサック。静も遠くの方から微かに聞こえる足音から既に警戒していて、敵が出てくると同時にノックアウトするつもりだったが、ヒットする直前で将輝だとわかり、すんでの所で止めていた。将輝も引き金をひく指はギリギリで止まっており、彼女目掛けて撃つことはなかった。

 

「後ろにいるのが見学に来たという中学生か?」

 

「ああ。山田真耶さんていうんだ」

 

「山田真耶です。足手まといですけど、よろしくお願いします」

 

「私は黒桐静。こんな状況だが、よろしく」

 

「さてと、束から首謀者が職員室に潜伏してるって情報があったから、今から増援に………静、伏せろ!」

 

「ッ⁉︎」

 

将輝の声に反応して、静は咄嗟に身を屈める。直後に将輝は後方から迫っていた敵に向けて発砲。殆どを外してしまうが、うち数発が携帯していたM4カービンに当たり、武装破壊に成功する。

 

「静!」

 

「わかっているさ!」

 

敵が怯んだ隙を見逃さず、静は一気に距離を詰め、立て続けに三発顔とボディーに叩き込むと、敵は宙に身体を浮かせた後、地面に倒れ伏した。

 

「助かった」

 

「礼なら全部終わってからだ。千冬と合流しよう」

 

「ああ」

 

そう言って前を歩く二人の背中を見て、人知れず真耶は感動していた。

 

(カッコいい………)

 

私も二人みたいに強くなれますか?そう聞きたい衝動に駆られるが、真耶は今はそんな時ではないと言葉を飲み込む。

真耶はあまり自分の事が好きではない。

 

成績は自身の在籍する中学ではトップであり、全国模試も三位だった。運動も人並みには出来て、それだけ見れば非の打ち所はなかった。

 

しかし、いざという時にはてんぱってしまい、自身の実力が発揮出来ないと言う事がしばしばあった。親に限らず、教師からも「度胸さえあれば」と常々言われてきた。けれど、それも仕方のない事だ。人前に立てば緊張するし、失敗を恐れるのも人として当たり前だ。しかし、真耶自身もまた自分のそういった部分を常々直したいとも思っていた。

 

努力はしてみた。だがそう簡単に直るなら、困ってなどいない。そうこうしている内に中学三年生になり、色々あって中学では生徒会長になり、こうして見学に来た日に事件に巻き込まれている。

 

よりにもよって、何で今日なのか。と真耶は思わなかった。逆に「これは神様が与えた試練なのかも!」とそう思っていたが、結局足手まといにしかなっていない自分に内心で溜め息を吐くと同時に目の前で戦う二人の人間に憧憬を抱いた。

 

「うわっ。凄いな、これ」

 

「流石は学園最強の生徒会長。大した無双ぶりだ」

 

二人の視線の先にあったのは、倒れているテロリスト達。武装は完全に破壊されており、意識も見事に刈り取られていた。学園最強の名は伊達ではないと静は身震いし、将輝はまぐれでもよく勝てたなと苦笑する。

 

「十五人くらいなら一人で相手に出来るんじゃないか?」

 

「流石に織斑もそれは無謀だろう…………だが、奴なら特攻しかねない。さっさと援護に行こう」

 

「それあり得る。じゃあ行くか。山田さん、聞いての通り、俺達軽く特攻してくるから、誰にも見つからないように隠れててくれる?」

 

「は、はい」

 

とてとてと近くの物陰に隠れようとして…………何もないところに躓きこけかける。態勢を立て直そうと手をバタバタとさせている姿は今は年下という事も相まって実に愛らしく見える。

 

「あの子……本当に大丈夫か?」

 

「何とかなるんじゃないか?芯はしっかりした子だし…………多分」

 

未来では副担任とはいえ、教師をしているし、何より彼女は元代表候補生だった。確かに所々間の抜けた行動はあったものの、要所要所ではきっちりとした教師らしい顔を見せている。ただ問題はそれが彼女の本質なのか、それとも教師という役職が彼女にそうさせているのかはわからない。それに彼女はまだ中学生。闘争とは程遠い生活を送っている筈だ。普通に考えて、このような状況で一人にするわけにはいかないが、現在動けるのが自身達だけである以上、それ以外の選択肢を取ることは出来ない。

 

「ま、俺らがしくじっても彼女は助かるだろ」

 

「弱気だな。失敗する事前提か?」

 

「念の為だ。もちろん、失敗する訳ないけどな」

 

「そうでないと。ん?あれは織斑………なあ将輝」

 

「奇遇だな、静。千冬の奴………」

 

二人は視界の先に職員室の扉の前に佇む千冬を見つける。千冬は考える素振りを一瞬見せた後、携帯していた刀を静かに構える。それを見た二人は汗をダラダラと流し、口を揃えて言った。

 

「「やっぱり一人で仕掛ける気だ⁉︎」」

 

そう言うなり、全力疾走で千冬の元に走り出し、寸前で止める。

 

「ちょっ、ストップ!千冬!それするとバレるから!」

 

「正面から行くか普通⁉︎人数差的に奇襲を仕掛けた方が得策だろう⁉︎」

 

「その割にはお前達声が大き過ぎるぜ、ガキども」

 

返事は千冬からではなく、後方からくぐもった声が聞こえる。ガスマスク越してはあるが、その声からは僅かに怒りが感じ取れる。

 

「まさかこんな奴らにやられるなんてな。腑抜け共め、まあ俺に見つかったのが運の尽きだ」

 

「はは、そりゃどうも」

 

「大人しくしな。何でここに男のガキがいるかは知らねえが、取り敢えずお前はいらねえから死んどけ」

 

そう言って男は銃口を将輝の額へと当てる。引き金が引かれれば、将輝の頭はもれなく潰れたトマトのようになる。だが、その引き金は引かれる事はなく、次の瞬間、銃身が細切れになった。

 

「あ?」

 

突然の出来事に男は間の抜けた声を上げる。

 

「おいおい、驚いてる暇あんのかよ、おっさん」

 

将輝は銃を振り被るとそのまま横殴りにして吹き飛ばす。殴り飛ばされた男はそのまま倒れて動かなくなる。

 

「やべっ、死んだかな」

 

「ああいう手合いに限って存外しぶといものだ」

 

「それよりもバレた以上、正面突破しかなくなった。どうする?」

 

「だが、中にいる者達はもう出てこない上に固まって待ち構えているぞ」

 

「かと言って、時間をかければ他の寝ている奴らが起きる。やるしかあるまい」

 

「それなら良いもの持ってるぜ」

 

将輝は懐から手榴弾を取り出す。一人目をのした時にくすねていたものだ。

 

「そら」

 

壁を上手く利用し、手榴弾を敵の密集地へと投げる。もちろんピンは抜いていない。こんな状況ではあるが、自身の通う学園に血を流すような事はしたくはないし、何より、後々器物破損などで教師達からいちゃもんをつけられるのが嫌だからだ。そしていくらピンを抜いていないとはいえ、それを咄嗟に判断出来るものはそういない。事実、中にいた者達は飛んできた手榴弾から机などを盾にしようと身を伏せた。

 

「突入!」

 

将輝の掛け声で三人は職員室へと踏み込む。

 

手榴弾から身を守ろうと伏せている者達は侵入してした三人と爆発しない手榴弾に疑問を感じた事で僅かに判断が遅れ、その内に二人ずつを千冬、静、将輝に沈められていた。

 

「クソガキがっ!」

 

「クソガキで悪かったな。ほら、プレゼント」

 

将輝はもう一つ手榴弾を敵に投げ渡す。今度はピンが抜かれている事に気付いたテロリストは慌てて、窓を開けて、放り投げると、宙で手榴弾が爆発する。

 

「危ないだろうが!」

 

「あんたらがそれ言うか」

 

後頭部に肘鉄を叩き込まれ、テロリストは力なく倒れこむと、将輝はそれを担ぎ上げ、撃とうと銃を構えていた者達に向けて投げる。

 

一人はそれを避けるが、もう一人は避けられず巻き込まれながら、壁へと打ち付けられ、意識を失くす。

 

だが、避けた方には将輝がすかさず走り込み、飛びヒザ蹴りをモロに顔面へと叩き込んだ。

 

千冬達の方を見ると、そちらもちょうど殲滅を完了させていた。

 

「制圧完了………って言いたいけど、結局首謀者って誰だ?」

 

「そういえば、それらしい人物は………」

 

「もしや、先程将輝が銃で殴り飛ばした奴ではないか?あの何処から湧いてくるかわからない自信に、統率力の無さ。十分あり得ると思うぞ」

 

「その展開だと、もの凄く厄介な事に「動くなぁー‼︎」……やっぱり」

 

大声で叫んだのは先程将輝に殴り飛ばされた男。外されたガスマスクのしたから覗かせた顔はアジア系の人種である事がわかるが、今はそれよりもその腹部に巻かれた爆弾の方に視線がいく。

 

「こんな平和ボケした国の学園一つ攻め落とせないとなりゃ、組織の奴らも俺を見限る。どうせ死ぬんなら、てめえらまとめてあの世に送ってやる‼︎ハハハ、俺様に逆らうからこんな事になるんだ、ざまあみやがれ!」

 

「組織……?お前らただのテロリストじゃないのか?」

 

「ハッ!馬鹿言ってんじゃねえよ。ただのテロリストがこんな所を襲撃する訳ないだろ、俺たちはとある組織に所属してる構成員だよ。規模はかなりデカいが、知ってる奴はごく一部の奴らだけさ」

 

主導権を完全に握った男はどうせ死ぬと饒舌に話し出す。将輝は男の話を聞き、考えた結果、一つの結論に行き着いた。ISの世界にしか存在せず、大規模の組織でありながら、一般には知られていない組織。

 

亡国機業(ファントム・タスク)……か」

 

「ッ⁉︎てめえ、それを何処で知った!まさかてめえも……………まあいい。知ったこっちゃねえ。このまま吹き飛んじまうんだからな!」

 

三人はそうはさせまいと一気に肉薄する。だが、爆破されるよりも早くに相手を倒す事は不可能。せめて一瞬でも気をそらせられれば、そう考えた時、

 

「だ、ダメですっ‼︎」

 

隠れているように指示した真耶が何時の間にか、扉に立っており、おそらく倒れている構成員達から奪ったであろうM4カービンを男に向けて撃つ。

 

だが、中学生のましてや女子ではそれをマトモに撃てるはずがなく、銃身は弾むように上へと向き、真耶も尻餅をつくが、最初に向いていた銃口の先は跳ね上がったお蔭で絶妙に男の手元にあった起爆スイッチを男の手ごと撃ち抜いた。

 

「サンキュー、真耶ちゃん!そんでもって」

 

「これで……」

 

「終わりだぁぁぁ‼︎」

 

千冬は爆弾の導火線のみを斬り、静がアッパーで宙に浮かせると、最後の将輝が全力で男の顔を殴り抜いた。バキバキッと骨の砕ける音と共に男は校舎の窓ガラスを割って外に殴り飛ばされ、今度こそ起き上がる事はなかった。

 

 

 





これにてテロリスト騒動終了。最後の最後で真耶ちゃん活躍。真耶ちゃんマジパネェ。ジョジョの第四部のラスト的な感じに。

即席とはいえ、今までのバラバラ感から一転して、チームワークを見せた生徒会でした。やっぱり吊り橋効果?は素晴らしい。恋愛だけでなく、友情も育めますからね。

そしてさりげなく出てきた亡国企業。何となく出してみただけです。その方が展開的にちょうどいいと思ったので。


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一騎当選(誤字にあらず)

 

テロリストが亡国機業の構成員と分かり、それを将輝と生徒会、そして真耶とで撃退に成功した後、構成員はISを装備した教員達に捕獲され、日本の警察に引き渡される事になった。

 

生徒会メンバーは今日の事について、また後日教員達と話す事になり、当然将輝も其処に出席する事が確定した。真耶は中学生という事もあり、最後の発砲については将輝達が黙る事でそれに出席する必要はなくなったが、また後日、改めて見学に来るという事態に落ち着いた。

 

「あー、かったるいなぁ〜」

 

「私、当分ラボに籠もろうかなぁ」

 

「止めろ、篠ノ之も篝火もシステムクラックをしたのはお前達なんだから、出席しないとマズいだろう」

 

「それに初めてIS学園生徒会として仕事を一つ成したのだ。今回くらいは潔く受けるぞ」

 

「わぁってるよ。冗談だ冗談」

 

「仕方ないから、今回だけは行ってあげるよ」

 

とは言っているものの、やはり行きたくはないのか、やや不機嫌そうではある。ヒカルノは将輝に紅茶を頼もうとして、ふと将輝の姿がない事に気がついた。

 

「あり?将輝は何処行った?」

 

「将輝なら、見学に来ていた中学生を駅まで送りに行ったぞ。何分、ひと騒動あった後だからな」

 

「ッ⁉︎ヒカリん、これは……」

 

「ああ。盗聴するしかない!」

 

言うや否や、即座に束は通信に使っていた小型マイクを取り出し、専用のノートパソコンに装着する。するとノートパソコンから二人の話し声が聞こえ始め、さらには何処についているのか、映像まで流れ始めたが、おそらくそれは将輝についているようで、将輝の顔は見えず、真耶しか見えなかった。

 

『今日は助けていただいて、ありがとうございました』

 

『お礼なんていらないよ。最後は山田さんのお蔭で俺たちは死なずに済んだわけだし』

 

『わ、私はただ………無我夢中で……』

 

そう言って俯く真耶。照れているのか、僅かに見える顔は頬が赤くなっているのがわかる。

 

『そういえば、山田さんは来年IS学園に入学するんだよね?』

 

『あ、はい』

 

『山田さんなら、きっと凄いIS操縦者になれると思う。だから頑張ってね』

 

『は、はい!………………ところで』

 

『うん?』

 

『私も……その、来年入学したら生徒会に入れますか?』

 

『山田さん次第かな。そっちも頑張れば何とかなるよ』

 

『そ、そうですか…………あ、後、最後に一つだけ良いですか?』

 

もじもじとした後、真耶は数度深呼吸をする。その後、何かを決意したように将輝へと問いかける。

 

『そ、そのぅ………もし良かったら、「将輝先輩」って呼んでも良いですか?』

 

上目遣いで放たれた言葉に画面越しに見ている束達は声を押し殺してジタバタと悶えている。彼女にどういう意図があって、そういう呼び方をしたいと言い出したのかはわからないが、別に断る理由もなかった将輝は快く承諾する。

 

『わ、私の事は真耶で良いです……。その、山田さんって言われると……いっぱいいますし』

 

『確かに。街中で呼んだら五人くらい反応しそうだ。OK、そうさせてもらうよ』

 

『あ、ここまでで良いです。後はバスに乗るだけですから』

 

『そう。じゃあまた今度な、真耶』

 

『はい。また今度です、将輝先輩』

 

そうして将輝と真耶が別れたところで束は盗聴+盗撮を終える。その後、大きく息を吸ったかと思うと大声で叫んだ。

 

「年下フラグキターッ!」と。

 

因みにそれにヒカルノも便乗してやいのやいのと騒ぎ立ているとあまりの五月蝿さに見かねた千冬と静が鉄拳制裁する事で沈黙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ですので、今回の一件はーーー」

 

生徒会室。向かい合うようにして座っているのは、生徒会メンバー+将輝と教員達。

 

昨日の一件。唯一動けるメンツであった五人は殆ど独断で制圧に乗り出し、学園側から死傷者を出す事なく、事を収めるに至った。

 

しかし、いくら生徒達の安全を守る為にも作られた生徒会とはいえ、昨日の行動は生徒会としての領分を超えたものだった。教員達としては、自分達がISに乗って制圧に向かうまで、如何にか大人しく出来ていなかったのかという声も上がっていた。もちろんそんな事をしていては相手の思う壺であったし、そもそもそれでは間に合わない事もあった。事実、将輝と真耶は誰よりも早く構成員と遭遇していたのだから。

 

そして彼女らにとって一番気に食わないのが、今回誰よりも活躍したのが将輝である事だろう。人数的には千冬や静の方が多いが、将輝がいなければ真耶はどうなっていたかわからず、そして最終的に首謀者を倒したのも将輝。そしてなんやかんやで生徒会メンバーが動くに至った理由も将輝なのだ。

 

ただでさえ、IS抜きの実力のみで制圧するという行為に走ったにもかかわらず、剰え、MVPが男では全員でないにしろ女尊男卑傾向のある教員達にとって心地の良いものではない。故に彼女は何とかしてその手柄を他の者に移行したいのだ。将輝としては未来の人間たる自分が過去に何らかの形で結果を残すのは嫌であったし、ちょうど良かったと思っていたが、それを生徒会メンバー全員が拒否し、事ここに至る。

 

「貴方達の言い分もわかります。ですが、世間への体裁も考えないとーーー」

 

「かといって、事実を捻じ曲げて、世間に伝えるのは些か問題のある行為だと考えます」

 

「ですから、私が言っているのは事実を捻じ曲げるのではなく、その功績を生徒会のみのものにするとーーー」

 

「今回、見返りを求めず、誰よりも危険を覚悟で動いていたのは彼です。その彼を功績を有耶無耶にするのは事実を捻じ曲げているのと変わらない行為です」

 

至って冷静に話をしている二人だが、このやり取りは既に四回目で、語気も徐々に強みを増している。生徒会のメンバーや教員達もこの変わらない状況に辟易していて、束に関しては「あいつ消そうか?」と小声で言ってはヒカルノや静に止められている。だが、二人もそろそろいい加減に怠くなってきたのか、止める手も段々雑になってきていた。

 

そんな時、教員の一人が冗談でこう口にした。

 

「いっそ、彼も生徒会所属にしてしまえば良いのでは?」

 

「佐倉先生。いくら何でもそれは……」

 

「それだー‼︎」

 

『ッ⁉︎』

 

机を叩いて、勢い良く立ち上がったのは束。いくら何でもそれだけはないだろうと考えていた将輝は思わずずっこけかけた。

 

「そんなにIS学園生徒会の手柄にしたいなら、まーくんもとい藤本将輝くんを生徒会所属にさせれば良いだけの話じゃん!先生、流石だね!私達にはない経験値を持ってるよ!」

 

目から鱗とばかりに束は語り出す。それに惚ける教員達だったが、すぐに束の言葉に反論しようと立ち上がる。

 

「篠ノ之さん。それはーーー」

 

「んん?私は良いって言ったよ?二度は言わせないで欲しいなぁ。それにこの学園に入る時に条件は出してる筈だけど?」

 

某見た目は子ども、頭脳は大人な眼鏡少年の「あれれー?」ばりに、わざとらしい戯けた調子で言う。だが、その表情は笑顔であって、笑顔でない。表面上、笑顔を貼り付けているが、目は笑っておらず、口調も諭すようでいて、命令口調のようでもあった。反論は許さない、ただ肯定しろ。そう言っていた。

 

本来であれば、一介の生徒の言葉など、ただの我が儘でしかない。

 

しかし、彼女は一介の生徒などではない。ISの生みの親であり、そのコアを生産できるのは彼女のみ。彼女が行方をくらませればコアはこれ以上増えなくなる。実際原作では束が行方をくらませて以降、他人は誰一人としてコアを生産出来ていない。彼女は十六歳の高校一年生でありながら、現在において地球上の誰にも代わりは務まらない唯一無二の存在であり、地球上の誰よりも生きる価値のある人間なのだ。世界中が彼女の顔色を伺う中で平等に意見できる人物は生徒会と将輝、そして一夏と箒のみ。それ以外の人間はただの口ごたえ。もし彼女の機嫌を損ねればどんな手段を取られるか、想像など出来るはずがない。

 

「………わかりました。彼の生徒会入りを認めましょう」

 

「やったね、まーくん。これで私達の仲間だね!」

 

「いや、誰も頼んだ覚えはないんだけど…………ていうか、俺の役職って何?」

 

「もちろん庶「副会長に決まってるじゃん」な⁉︎」

 

庶務と言おうとするのを割って入った束が副会長だと決める。これには教員ではなく、将輝が黙っていなかった。

 

「ちょっと待て、束。俺が副会長ってのはマズいだろ。どうせ一ヶ月半も経てばいなくなるし、おまけにここはIS学園だぞ?一応ISの使えない俺がなるのはどう考えても問題しかない。それに俺が入ったら、折角上がろうとしていた生徒からの信頼が無くなるぞ」

 

「確かに今は使えないね。けど、それを抜きにしても身体能力はちーちゃんやシズちゃんと同等か、それ以上。IS知識も私とヒカリんには劣るけど、他の生徒よりは圧倒的に豊富で、仕事をこなせて、私達の世話ーーーじゃなかった補佐も完璧。全部のステータスで見れば副会長が妥当だと思うけど?」

 

「え、えらく真っ当な答えが返ってきたな」

 

「それにその程度で無くなる信頼なら、犬にでも食わせておけばいいしね…………まあ、事実を知らせれば信頼なんて容易く取れそうだけど」

 

「?最後の方聞き取れなかったんだけど……」

 

「気にしない気にしない。で、どうする?支持率を気にするなら、生徒に投票でも取ってみる?過半数超えたら副会長になるって方向で」

 

「そうしてくれ。言っとくけど、姑息な手使うなよ。伝えるなら真実だけ伝えろ」

 

「もちろん♪(勝った!)」

 

どうせ落ちるだろうとたかをくくり、釘も刺した将輝はこれで生徒会庶務という楽な役職で済んだと胸を撫で下ろしたが、実は既に彼女の術中に嵌められていたとは誰も気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふああ〜……眠い」

 

時刻は午前六時。早朝練習のある部活動に入っている者達以外はまだ夢の世界にいる時間。

 

何故だか早くに目が覚めた将輝は、適当に散歩をしていた。夏ではあるが、まだ日も完全に上がっていないという事もあり、ちょうど良い気温であった。

 

(かれこれ二週間以上経過してる訳だが、時間軸はどうなってるんだろうな。あっちも同じ日数経っているのか、それとも進んでいないのか、気にしても無駄なのはわかるが、気になるよなぁ〜)

 

芝生の上に座り込み、溜め息を吐く。

 

表面上は気にしていない素振りは見せているが、将輝はかなり不安だった。

 

束が帰れるといった手前、帰れない可能性はほぼゼロだが、帰った時間軸が来る前とは異なっていた場合、それが数日の誤差であれ、行方不明の期間があった事になり、皆に余計な心配をかけるからだ。

 

おまけに過去に関わったという事は、未来にも少なからず影響が出る。もし、それで自分の周囲に影響があれば、良し悪しにかかわらず、罪悪感がある。

 

朝日を見ながら、黄昏れていた時、不意に携帯電話がなる。

 

電話の相手は千冬だが、区別をつけるためか、名前の横には学生という文字が付属されている。

 

「もしもし?」

 

『もしもし。将輝、すまないが、今日は部屋に朝食を届ける事が出来なさそうだ。悪いが、食堂に自分で行ってくれ。金は生徒会の経費を使ってくれて構わん』

 

「了解………千冬は人気者だな」

 

『急にどうした?』

 

「いや、そっちで女子の騒いでる声が聞こえてるからな」

 

『ん?別に私の事で騒いでいる訳ではないのだが………まあいい。それよりも先程の件、よろしく頼む』

 

「おう、じゃあ切るぞ」

 

電話を切った後、将輝はズボンについた草を払い、食堂へと足を運ぶ。

 

食堂にはちらほらと朝練を終えた生徒や早起きをした生徒、食堂を借りて昼食のお弁当を作っている生徒など様々だ。将輝は朝の定食セットを頼むと女子の集団から一番離れた席に座る。

 

(何か、今日の女子の視線からは嫌な感じがしないな…………何というか、こっちの時代の女子達をさらに酷くしたような視線を感じる)

 

一人、無言で朝食を食べている将輝を遠くからチラチラと女子達が見ている。何時もとは違う視線に将輝は其方に向くと女子達は慌てて視線を逸らす。その反応といい、やはり自分のいた時代の女子達の反応を思い出した。

 

(ようわからん。取り敢えず千冬達に相談してみるか……………ついでに投票結果も聞かなきゃいけないしな)

 

もっとも投票として成立しているのか、怪しいところだがな。などと考えながら、将輝はシジミの味噌汁を啜る。

 

昨日、将輝は束との約束の後、束からのお願いにより、部屋から出る事はなかった。それゆえ、途中経過や束が何をしていたのかを知る事はなかったが、自身が副会長として当選するはずが無いという揺るぎない自信を持っていた。

 

食堂が女子で溢れかえる前にさっさと退散しようと将輝は早めのペースで食事を摂り、食べ終えると片付けに向かう。

 

「あ、あの!すみません」

 

その途中、不意に将輝は誰かに呼び止められた。

 

聞き覚えのない声に将輝は一瞬自分ではない誰かが呼び止められたのかと思って周囲を見回すが、自分しかおらず、将輝は自分を指差すと話しかけてきた女子生徒もコクリと頷く。

 

「藤本将輝さん……ですよね」

 

「そうだけど……君は?」

 

「私ですか?私は来栖川由美って言います」

 

「えーと、来栖川さんは俺に何か?」

 

面識はない筈の相手にいきなり話しかけられ、将輝は自信なさげに問う。もしかしたら「男がこの食堂に来るんじゃねえよ」とか言われるのではないかと内心焦っていたりもしたが、次の瞬間、来栖川と名乗る少女の目が少女漫画の補正がかかったかのようにキラキラと輝いた。

 

「この度は誠にありがとうございます!藤本さんのお蔭で皆とこうして朝食を摂る事が出来ました!貴方は私達のヒーローです!」

 

「え?ごめん、話が見えないんだけど……」

 

「あ、急に申し訳ありません。何せ文字通り命の恩人である藤本生徒会副会長(・・・・・・)にこうして会えた事が嬉しくてつい」

 

「そ、そうなんだ…………うん?生徒会副会長?」

 

「あ、すみません。正式に決定されるのは今日の集会からでした。何はともあれ、これからもよろしくお願いします」

 

「あ!ちょっと!」

 

ぺこりと一礼すると由美は自分のいた席に戻り、わいわいと話している。流石にそこに割り込んで話を聞く勇気はない将輝は一先ず寮の部屋に帰り、其処から束に電話を掛けた。

 

『もすもす終日?』

 

「おい、束。お前、昨日の話覚えてるか?」

 

『覚えてるよ?その反応から察するにもう見たんだね』

 

「俺は姑息な手は使うなと言ったぞ。何洗脳してんだ」

 

『洗脳?人聞きの悪い事言うなぁ。私はありのままの事実を伝えただけだよ?そりゃ、所々誇張表現があったかもしれないけど、嘘なんかこれっぽっちもついてないし、洗脳もしてない。というか、寧ろ男の子が女の子の為に命を張るっていうのはかなり女子的にポイント高いよ?』

 

「…………本当にちょっと話を盛っただけで、洗脳したりはしてないんだな?」

 

『うん。命を賭けてもいいよ?』

 

「阿呆。そんな事で命賭けるな………………わかった。信じてやる」

 

『あ、一応言っておくとね。今日の集会で副会長就任式やるから、未来のIS学園の制服に着替えておいた方が良いよ?その方がかっこいいしね。じゃあバイバイ』

 

まくしたてるように言い放った束の言葉に将輝は人知れず肩を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時刻は九時ちょうど。

 

現在、俺ーーー藤本将輝は生徒会メンバーと交じって座っていた。

 

もちろん、他の生徒とは違う場所であるし、教師達の座る場所でもないのだが、そんな事はどうでもいい。

 

「それでは、この度、生徒から九十五パーセントの支持を得る事で、生徒会副会長に就任されました、言わずと知れた我が校を救った英雄藤本将輝さんの就任挨拶です!」

 

司会を務めている生徒の言葉に会場がどっと沸く。今日ほどそれが悪い方であれば良かったと思った日はない。はっきり言って、俺と一夏の入学式の時よりも酷い。あれは好奇心の視線だったが、これは憧憬或いは崇拝しているかのような感情が視線からでもありありとわかる。言わずと知れたって束が話してるから、言葉としておかしい気もするが、そのあたり突っ込んではダメなのだろうか。それに英雄も言い過ぎだと思う。真耶がいてくれなければ、最終的にはお陀仏だった訳だしな。しかも支持率九十五パーセントってなんだ。め○かボッ○スかよ。

 

そうこう現実逃避している間に俺は壇上に立つ。緊張して心臓の鼓動が加速するのがよくわかる。何せ、俺はこの手の行為はからっきしなのだ。何せクラスメイトの前で作文を読むのすら、文章をマトモに読めず、素晴らしいショートカットで短縮させるのだから。本当勘弁していただきたい。

 

「えー、この度、臨時ではありますが、生徒会副会長という重要な役職に就く事になりました。藤本将輝です」

 

早口にならぬよう噛み締めるように言う。女子達はまるでそれを一言一句聞き逃すまいと静まり返っている。

 

一夏ならここで「以上です」とか言って締められるのだが、生憎俺はこんな重要な舞台でそんな事をする勇気はない。だから、全部アドリブっていく!だって初めから読む紙なんてもってないもん!

 

「将来、IS操縦者、もしくは研究者を目指す方の為の育成機関であるこの学園に男子である私がこうして皆様から支持を得て、副会長を名乗らせていただけるというのは光栄の至りです」

 

もちろん光栄な訳がない。俺にこんな役職向いてない。庶務で良いよ庶務で。もしくは会計とか………あ、ヒカルノがいたから無理だ。

 

「私は生徒会として、皆様を守るという使命を果たすべく、日常生活においても全力でサポートしていきたいと考えています。とはいえ、ISに乗ってしまえば皆様の方が当然強くなります。ですが、先日の一件のようにISに乗る事が困難とされた場合、私達生徒会が全身全霊を持って、皆様を護り通します。ですので、皆様は学生の本分や一度しかない高校生活を充分に全う、満喫して下さい。これにて、生徒会副会長就任挨拶を終わらさせていただきます」

 

一礼。女子達は無言のまま、固まっている。当たり障りのない事を言ったつもりだっ『キャァァァァァッ‼︎』ギャァァァァァァ‼︎ミミガァァァァァァ!沖縄料理じゃないよ!鼓膜がやられるって意味ね!あ、ごめんわかってるよね。

 

「素晴らしい歓声です。女子達の心をゲットしましたね!流石、我らが生徒会副会長です。本来ならこれで就任挨拶は終わり………なのですが、生徒達の多くから「副会長について知りたい」との意見が多数寄せられているとの事で、ここで先着十名様限定の質問タイムを取らせていただきたいと思います!」

 

その一言でまたもや女子達の歓声が響き渡る。俺の意志はないらしい。というか、多分あの子の独断だよな。先生達も何だそれ?って顔してるし、何人かは女子達と一緒になってるけど。おいおい、落ち着けよ。

 

「それでは、記念すべき一つ目は…………」

 

あ、何か始まったよ。もういいや、答えられる事だけ答えておくか。

 

「ズバリ!副会長と会長は付き合っているのか⁉︎」

 

いきなり斜め上のド直球がキター!敬遠コースに全力投球とか馬鹿だろ⁉︎

 

「………付き合ってません」

 

「妙に間が空いた辺り、脈なしというわけではないようです。続く第二問は……」

 

間が空いたのは何か想像通り過ぎて、寧ろノーマークだったからだよ。つか、変なフラグ立てようとするな。後で千冬に怒られちゃうだろうが。後、束とか辺りが凄くうるさい。ほら見ろ、千冬プルプルしてるぞ、未来だったらとばっちり受けてるよ。出席簿じゃなくて拳骨で。

 

「好きな女性のタイプは!」

 

「これといって決まってません。強いて言うなら活発な子よりもクールな子の方が良いですね」

 

「成る程成る程。これは遠回しに会長に告白しているのか〜?いやいやもしくは書記という可能性も……」

 

真面目に答えただけなのに。ああ………俺これが終わったら逃げよう。全力で。

 

「三問目。私だけの執事になって下さい!おおっとこれはかなり大胆な質問のようです!」

 

それ質問なの?というか、執事になった覚えはない。

 

「丁重にお断りさせていただきます」

 

「残念!副会長は誰のものでもなく、皆のものといいたいそうです。成る程、一人に縛られたくはないと言うことですね」

 

誰もそんな事言ってないだろ。深読みっていうか、どういう連想ゲームで其処に至った?しかも最終的に俺ただのチャラ男になってるじゃん。俺は女を侍らせるつもりはないし、そんな器量もない。

 

四問目から九問目までは同じようなノリが続いたので割愛。

 

下心全開の質問に辟易していると最後の最後でこんな質問が出された。

 

「ラストを飾る質問は……………」

 

司会の子は読もうとした所で言い淀む。もしかして告白の類いか?と考えたが、そもそも告白される動機もなければ、今までの彼女のテンション的に普通に言いそうだ。彼女は俺の方に視線を送ってきたので、頷くと渋々といった感じで言い出した。

 

「本当に副会長は強いのですか?」

 

その質問に騒いでいた女子達もしんと静まり返り、ひそひそと話している。おそらく、誰があんな質問を入れたのか?そう言っているのだろう。

 

疑問はもっともだ。そもそもISを装備していない人間達が武装集団相手に勝利を収めた事自体がとても信じ難い物であるのに。一番活躍したのが男である事がより信じ難い状況を生み出しているのだろう。生身なら大抵の場合は男の方が強いんだけどね。だが女尊男卑の思考に囚われている者達ならばそれを認められないのはある意味当然の事だ。支持率だって九十五パーセントではあったが、百パーセントではない。残りの五パーセントは俺の事を認めていないのだ。

 

副会長の座とか信頼とかはどうでもいいが、弱いとか嘘つき扱いされるのは嫌なので、取り敢えずどう言ったものかと考えていると、壇上に我らが生徒会長織斑千冬様が上がってきた。

 

「その質問には私から答えよう。副会長は単純な戦闘力は私と同等或いはそれ以上だ。事実、私は二度彼に負けている」

 

二回?はて、二回も戦…………ああ、掃除から逃げ出そうとした時か。果たしてあれを戦いと捉えていいのかは知らないが。黙っておこう、その方が話がスムーズに進みそうだ。

 

「そういうわけだ。彼の力は私達が保証する。先日の集会では手は出すなと言ったが、どうしても気になるなら自分の目で確かめるといい。会長権限で三日だけ、それを許可しよう。異論のあるものはいるか?」

 

手を挙げる者は誰一人としていない。この有無を言わせないカリスマ性が織斑千冬って感じだよな。高校生の時点でこれなんだから、凄いとしか言いようがない。家事が出来ないだけでかなり凄腕なんだから、その気になれば総理大臣とかなれそうだな。割とマジで。

 

「予定外のイベントがあったが、これで集会は終わりだ。授業は十分後に開始するので、素早く行動するように。以上だ」

 

こうして俺の臨時生徒会副会長就任挨拶は千冬の圧倒的なカリスマ性を発揮する形で幕を閉じた。

 

そして俺は帰るまでの間、生徒会副会長を務める羽目になってしまった。あの時、束の挑発に乗らなければと後悔した所で後の祭りだったというのは言うまでもい。

 

 

 



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副会長の憂鬱

 

「そんな訳でまーくん、生徒会副会長就任おめでとー‼︎」

 

パン、パパン!とクラッカーの音が生徒会室に響く。

 

朝、生徒会副会長就任を果たした将輝はIS学園の制服ではなく、燕尾服であった。もちろん自ら望んだ事ではなく、束による半ば強引な手段の所為だ。

 

将輝としても最近は燕尾服に慣れてしまい、人知れず燕尾服を気に入っていたりもするが、決して口には出さない。そんな事を言えば確実に束やヒカルノに弄られるのはわかっているからだ。

 

「それにしても、本当に副会長に就任する羽目になるとは……」

 

「不服か?」

 

「嫌というか、問題というか………」

 

自身が未来から来た人間である以上、将輝は何かしらの形で自身がいた形跡を残したくはなかった。過去改変の危険性は介入し過ぎたせいで免れず、剰え全く原作とは関わりのない人間にまでその存在を認識されてしまったのだ。少しどころか、かなり問題があった。

 

「まあ、これが一番丸く収まるやり方だったんだろ?文句はないさ。これからよろしく頼むぜ、織斑会長?」

 

「やめてくれ。今まで通り、名前で良い」

 

「了解」

 

今日は生徒会のみで就任パーティーを行うと教師に言った為か、この部屋に依頼の話は送られて来ず、将輝達は他愛もない話をしながらも買ってきたケーキを頬張りながら、紅茶を飲んでいる。

 

そんな時、不意にヒカルノが口にした。

 

「私達、変わったよな」

 

「確かにな。少し前までなら、このような状況は考えられなかった」

 

ヒカルノの呟きに静も同意する。

 

「将輝がここに突然現れて、未来人だと知らされて、掃除に無理矢理付き合わされて、その流れで四人で生徒会の仕事をし始めた、そして」

 

「一緒になって、テロリストから学園を守った。少し前なら、全員バラバラに行動して、おそらく被害者なしでは解決出来なかった」

 

「案外、まーくんは私達を繋ぐ為にこの世界に飛ばされてきたのかもね〜」

 

「飛ばしたのはお前だけどな…………まあ、そういうのも悪くない」

 

そんな雰囲気に将輝はこの世界に来て初めて、安らぎを感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……疲れた……」

 

生徒会室に着くなり、将輝は上着を脱ぎ捨て、椅子に座る。

 

疲弊しきった様子の将輝に千冬達は首をかしげる。

 

将輝は別に仕事を終えてきたわけではない。それどころか、今来たところだ。急いでくるように連絡をした覚えもない。だというのに、将輝が疲れているのは昨日の千冬の発言が原因だった。

 

「千冬………頼むから昨日の話は無しにしてくれ……」

 

「昨日の話?」

 

「三日間、俺を襲っていいってやつだよ」

 

昨日。千冬は将輝の強さを感じたいのであれば自ら挑戦しろという将輝の生徒会副会長就任に反発する五パーセントの女子達を納得させるべく、生徒会長権限で将輝を襲う事を三日間限定で承認した。結果将輝は寮の部屋を出て、ここに来るまでの間に八名の女子に襲われた。全員腕には自身のあるものばかりで、おまけに格闘技や武道を嗜んでいる。それらが一斉に襲ってきたのだ。とはいえ、将輝は特に苦戦する事はなかったのだが、彼女らを倒した後が問題だった。倒したメンツはこぞって、将輝の強さに惚れ込み、弟子入り懇願してくる羽目になったのだ。将輝はそれに追い回され、何とかして生徒会室に逃げ込み、今に至るというわけだ。

 

「良かったではないか。これでまた支持率が上がったぞ?」

 

「その内、副会長じゃなくて、会長になるんじゃないか?」

 

「おー、そいつはわりかしありかもしれないぜ。織斑と交代するか?」

 

「会長だなんて勘弁してくれ…………人の上に立つような人間じゃないんだ」

 

人の上に立つには必ず才能が必要だ。

 

それが善政であれ、悪政であれ、その者達はそうする事の出来る才能がある。それ以外の者は一度は人を統べる事に成功しても、長くは続かない。才能がない故だ。

 

「そういや、束は?」

 

「タバネん?まだ来てにゃいぞ?」

 

「束なら、おそらくラボだろう。「まーくんを副会長にする為にわざわざ話したくもない奴等と話したから疲れた」と言っていたぞ。それにあいつは将輝が未来に帰るための装置を造っている途中だからな」

 

「そうか。不安だったけど、ちゃんと造ってくれてるんだな」

 

もしかしたら束は全く手をつけていないのでは?と悪い勘ぐりを入れていた将輝はそれを聞いてホッとする。もし「ごっめーん!まだ手をつけてなかったー☆」と言われれば、束の頭は壁に減り込んでいるだろう。

 

「ところで、今日の仕事は?」

 

「ああ、実はだな………」

 

千冬は後ろの箱の中から縦一メートル程ある書類の束を机の上にドンと置く。

 

「……それ全部に目を通せと?」

 

「まさか」

 

手を横に振る千冬に将輝はホッとするが、返ってきたのはより酷い答えだった。

 

「全部お前の貸し出し申請だ」

 

将輝は思わず目眩がした上にずっこけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凄まじい書類の束の中から選ぶのが怠かった俺は取り敢えず律儀に一番上から仕事をこなしていくことにした。仕事が終われば次の仕事を千冬に転送してもらう。我ながらいい手だと思う。

 

「まずは………野球部の練習の手伝いからか」

 

「よろしくお願いします!副会長」

 

「ていっても、俺野球はあんまりやった事ないぞ?」

 

「副会長の身体能力の高さを持ってすれば、問題ないと思います!」

 

問題しかないと思う。いくらスペック高くても経験には勝てない部分というものがあるはずだ。

 

「あー、じゃあ、取り敢えず一通り投げてみてくれる?」

 

「はい!」

 

俺はキャッチャーの後ろで投球練習を観察する。十五球を投げた辺りで、大体わかったのでバッターボックスに立った。

 

「行きますよ〜」

 

「おう」

 

投げてきたのはストレート。おそらく、此方が初心者である事を伝えたからであろう。百三十五キロくらいと部員から聞いた。憑依前の俺ならかすりもしない速さだが、今の俺には止まって見える。

 

全力でバットを振ると、球が勢い良く飛んで、遥か彼方に消えた。

 

「次、宜しくね」

 

「は、はい」

 

スイッチが入ったのか、変化球を混ぜて投げてくるが、結果は全て場外ホームラン。だって、俺パ○プロ方式ならパワーカンストしてるし、当てれば入るんだからもうチート。これでは練習にならないとピッチャーに行くことになった。

 

全力で振ると肩が外れるので、軽く、本当に軽〜く、全身を使って投げる。

 

キャッチボールくらいの間隔で投げるので、コントロールは余裕だ。全力だと下手すると大怪我するかもしれない。

 

投げた球がミットに入るとやけに良い音がする。何か本当に野球選手になってるみたいで感慨深いものがあるな。それにしても………

 

「バット振らないと練習にならないよ?」

 

「副会長……もう少し加減してくれませんか?速すぎて手が出ません」

 

「これでもかなり加減してるんだけど………」

 

「え?」

 

「え?」

 

因みにスピードガンの表示は150kmだったらしい。チート万歳。

 

その後、変化球の握り方を教えてもらって、見よう見まねで投げたらもの凄い事になったり、変な魔球を開発したりして、二時間が過ぎた。

 

「ありがとうございます、副会長!お蔭で良い経験になりました!」

 

「そう?何か途中から俺も楽しんでたから、役に立てたかわからないけど………まあ、夏の大会が終わるまで付き合うよ」

 

女尊男卑のこの世界では女子野球も甲子園はあるし、プロ野球も男子と扱いは同じだ。その点だけは俺も女尊男卑の風潮を評価してもいいと思っている。まあ平等になれば一番良いんだけどな。

 

因みにIS学園野球部は一年生だけのメンバーにもかかわらず、甲子園を制覇する事になるのを俺はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思いの外、時間かかったな………次は……空手部の組手相手か」

 

「押忍!宜しくお願いしますッス!」

 

「時間効率も考えて………一人頭十分かな。それでいい?」

 

「はい!副会長と組手が出来るなんて恐悦至極ッス!」

 

それは些か言い過ぎな気もするけど、まあいいか。

 

「じゃあ一人目」

 

「では、キャプテンの私からッス!」

 

あ、君キャプテンだったんだ。何か話し方があれだったから、普通の部員かと思った。

 

「せい!」

 

「良い突きだね。鋭いし、力も乗ってる」

 

「はっ!」

 

「蹴りもいい塩梅の威力だね。なかなか強いね、キミ」

 

「あ、ありがとうございますッス!」

 

とはいえ、全部いなしているけどな。いやあ、ISとの同化が終わった後も続かないかなこれ。そうしたら、その分無茶も出来るし、リスクも減るんだけど。

 

「あの……反撃してもらえないと困るんスけど……」

 

「あ、ごめん。そら」

 

俺は掌打を放つが、キャプテンの目の前で止める。やはり反応出来ないか。

 

「ま、取り敢えず当面の目標は俺に攻撃を当てる事。その次は反応する事かな。上から目線みたいで悪いけど、それが出来たら全国も狙えると思うよ」

 

「は、はいッス!」

 

「さて、次の人は……」

 

はじめに決めた一人頭十分の時間を守りつつ、俺は彼女達の組手相手を務めた。半チート化してるから、殆ど俺が遊んでいるような形になった為、彼女達は何人か自信を無くしていたが、俺は特殊な環境にいたからこうなったと説明したら、立ち直ってくれた。

 

後にこの空手部も個人団体共に全国優勝を果たす事になり、主将の子は敵の攻撃を全ていなし、防御をすり抜け攻撃を当てる様から『空手界のニュータイプ』と実しやかに囁かれる事になる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

合計で三時間が経過したというのに、まだ俺は二つしか依頼を終われていない。おまけに先程した二つは継続的なものなので、解決したとは言い難い。

 

千冬に簡単なものはないか?とメールを送ったら、荷物運びとその目的地である職員室にいる教員達から先日の事件についてのレポート作成の用紙を受け取って、生徒会室に帰って紅茶を淹れてお菓子を用意した後、生徒会室に置いてある束の書いたISについてまとめられた用紙を再度職員室に持って行って、其処から学園長の話し相手をするという、時間はあまりかかることはないが、かなり面倒くさい内容だった。

だった。

 

俺は指示通りにスマートに仕事を終え、最後に学園長のいる場所に着いた。

 

「失礼します」

 

「いらっしゃい、藤本副会長」

 

重厚なドアを開いて学園長室に入った俺を迎えいれたのは穏やかな顔をした初老の男性。

 

頭は総てが白髪で、顔にも年相応の皺が刻まれている。けれど柔和なその表情からはやり手というよりも近所の優しいお爺ちゃん的な雰囲気がある、

 

「初めまして。私は轡木十蔵です。よろしくお願いしますね」

 

「これはご丁寧にどうも。俺……いや、私は藤本将輝です。短い間ですが、よろしくお願いします」

 

「そうかしこまらなくていいですよ。私は藤本くんと話がしたいだけですから、楽にして下さい」

 

歳上だし、凄い人だから敬意は払ったほうが良いかと思ったんだけど。本人がそう言うなら楽にさせてもらおう。

 

「それで話というのは、世間話?それとも………」

 

「世間話ですよ。気を張らなくて結構です」

 

「それを聞いて安心しました」

 

「では、先日の事件のことですけど……」

 

おおう………それも世間話に入るのか。いやまあ確かに。世間じゃその話題で持ちきりですけどね。そんなどストレートに聞いてくるとは思わなかった。

 

「世間では彼等のことを唯の反IS派の過激派組織と捉えられているんですよ」

 

「理由は構成メンバーが全員男だから……ですね」

 

「ええ。ですが、私はもっと大きなナニカが絡んでいると捉えています。もし彼等が唯の反IS派の過激派組織だけであるなら、ISを盗もうとする必要はありませんからね」

 

反ISを掲げるなら強奪ではなく破壊のはずだ。それに学園内の施設を破壊しなかったことや学園の生徒である千冬や静は狙わず、俺と真耶だけは普通に殺しに来た。学園の生徒には死なれる訳にはいかないが、それ以外は問題ないようだった。となると彼等にとっては操縦者も研究者も総じて必要なのだ。おそらく優秀な人材もそのまま拉致するつもりだったのだろう。

 

「それにね。織斑会長から聞きましたが、藤本くんはどうやら彼等の事を知っている節があると……」

 

「…………小耳に挟んだ程度ですが。何分、親がその手の関係者なもので」

 

もちろん嘘だ。うちの両親だってそんな事は知らない。まあ、バレる事はないだろうし、知りたいのはそんな事じゃないだろうからな。

 

「詳しい事は知りません。知ってるのは彼等が『裏の世界』で暗躍する秘密結社である事とかなり大規模である事くらいです」

 

これは本当だ。あいつらに関しては原作でも殆ど語られていない。お蔭でこいつら相手には原作知識が殆ど通用しない。常に後手に回るしかない。

 

「して、その組織の名前は?」

 

亡国機業(ファントム・タスク)

 

「亡国機業……ですか。やはり聞いた事がありませんね」

 

「憶測の域を出ませんが、奴等はこれからもここを襲撃する可能性が高いですので、防衛システムの向上を進言させてもらいます」

 

「それならば私よりも篠ノ之くんや篝火くんに言ったほうが良いでしょう。私達ではそれをするのに最低でも一年はかかってしまいますからね」

 

「それは重々承知しています。ですので、学園長からは『この学園を改造する許可』をいただきたい」

 

そもそも一般人が作った程度なら、突破されかねない。束に関わらせるとなると、防衛システムの穴を突きたい放題にされるが、どうせ他の人間がやっても同じ事だ。俺の帰りが遅れる事になるが………まあ未来の為になるし、この際それについては目を瞑るしかない。

 

「いいでしょう。生徒達の安全が一番ですからね」

 

「ありがとうございます」

 

これが終わってからでも束とヒカルノに連絡しておこう。合法的に改造出来ると聞いたら、あいつら嬉々として改造しそうだな。防衛レベルがどの国家よりも高そうだ。無敵要塞IS学園ってな。

 

「もうこんな時間ですか。世間話をするつもりでしたが、仕事の話になってしまいましたね」

 

十蔵さんは腕時計を見てそう呟く。俺もそれにつられて携帯に表示された時間を見ると時刻は八時を過ぎていた。そういえば腹減ってきたな。

 

「此方としてはこの話を自ら持ち掛ける手間が省けて何よりです」

 

「そういえば、藤本くんは紅茶を淹れるのが上手と織斑くんから聞きました」

 

「ええ、まあ。得意というか、勝手に上達したというか」

 

そりゃ四六時中やらされてりゃ、上手くもなるな。ていうか、文句言われるの嫌だったから、色々調べたんだけどね。

 

「また今度、美味しいお菓子を用意しますので、紅茶を淹れてくれますか?」

 

「ええ。近い内に。そう長い期間、ここにいる訳ではないので」

 

「そうですか。私としては貴方には彼女達と共にこの学園を良くしていただきたかったのですが」

 

「それは無理です。本来俺はここにいるべき人間ではないので。では失礼します」

 

俺は十蔵さんに一礼した後、学園長室を後にする。

 

妥協はするが、流石にこの世界を根本的に覆すような事はしない。何より、このまま行けば俺という人間が二人存在する事になる。

 

結局憑依するかどうかは知らないが、もし何かの間違いでそれが起きれば寸分違わず同一人物となる。それは問題とかそんなレベルの問題じゃない。付け加えるなら、自分の分身が箒とイチャついてるのを見るなんて御免被りたい。

 

結局この日、俺は生徒会の仕事を終わらせる為に日付が変わるまでする羽目になったのだが、二十分の一しか終わっていないという事実に頭を抱えることになった。

 

 



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昇華する想い

「学園祭?」

 

「ああ、そうだ」

 

過去に飛ばされてから、一ヶ月と少し経過した頃。

 

将輝は副会長としての責務を果たしつつ、相変わらず千冬達の為に執事の真似事もさせられていた。

 

何時ものように紅茶を淹れ、仕事をしている千冬に渡した時、彼女が学園祭の事を口にした。

 

「まだ考えるのは早過ぎるんじゃないか?」

 

今は八月五日。まだ夏休みも始まって間もない頃で、それを考えるにはかなり早い。

 

何故なら学園祭は九月の下旬なのだから。

 

「ああ。本来なら九月の下旬にする行事なのだが……」

 

「IS学園を改造してた所為でちょっとは遅れたけど、その頃には将輝も帰っちまってるからな、私達ーーーてか、殆ど織斑だな。学園長に頼み込んで九月の頭にしてもらったのさ」

 

「篝火、それだけは言うなと言った筈だが……?」

 

「にゃはは、そうだっけ?まあいいじゃん。遠回しに聞くよか、率直に言った方が将輝は弱いしな」

 

「だがまあ、どうやって伝えるか、機会を伺っていた織斑はまるで乙女のようだったぞ?実に面白かった」

 

「違いない」

 

ニヤニヤとした笑みで千冬を見るヒカルノと静。千冬は今までに見た事のないくらい羞恥に顔を真っ赤に染める。将輝はそんな千冬を可愛いなと温かい目で見ていると、キッと睨まれる。

 

「か、勘違いするな。私はただお礼をだな……」

 

「わかってるって。ありがとな、千冬」

 

「わかっているなら……いい」

 

「おうおう、お熱いね、お二人さん」

 

「イチャつくなら外でしてくれ、真夏にそれは拷問だ」

 

「「イチャついてない!」」

 

将輝と千冬のやり取りを見て、茶化し出す二人。それに声を揃えて言い返す二人の姿は実はそう珍しいものではなく、定番と化していた。その為か、否定された今でも将輝と千冬が付き合っているという噂は生徒達の間で度々上がっており、最近は生徒会のメンバー全員とそういう関係を持っているのではと考える女子もいる。だというのに、支持率がカンストしているのは将輝の人柄によるものなのと、もしそうであった場合、生徒会に入れば彼女になれるという都市伝説めいたものを彼女達が信じていることに他ならない。

 

「話は戻るけど、学園祭を九月の頭にして、他の生徒から苦情は出ないのか?」

 

「何を今更。苦情を言う生徒がいると思うか?」

 

「うちの副会長様は人気者だからねぃ」

 

「苦情どころか、寧ろ嬉々として受け入れるだろうな」

 

「我ながらどうして其処まで支持されてるのか、よくわからないな」

 

(((そういう所がだよ………)))

 

何時の時代も知らないのは本人のみ。将輝を見て、そう痛感させられる千冬達だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔するぞ」

 

そう言って将輝が入ったのは寮の束の部屋。掃除が出来ないという割には部屋は大して散らかっておらず、せいぜい工具やらがそのままにされているだけだ。それは束が掃除を渋々しているのではなく、たんにこの部屋にいることがほとんどないからである。

 

「おー、まーくん。どったの?」

 

「学園祭についての話し合いだ。生徒会室に来い」

 

「わざわざ呼びに来てくれたの?ありがとね」

 

「お前の携帯電話の電源が切れてたんだよ」

 

束はそう指摘されて、初めて自分の携帯電話の充電がない事に気がついた。それは仕方のない事で、ここ最近彼女は専ら将輝を未来に帰還させる為の装置作りに励んでいる為に携帯電話の充電がない事に全く気がついていなかった。

 

「良かった。まーくん、学園祭に参加してくれるんだね」

 

「まあな。皆の思いを無駄に出来ないし、まあ思い出作りにはちょうどいいさ」

 

ふと束が立ち上がったかと思うと、下に落ちていた工具やら何やらを蹴散らしながら、将輝の元まで歩いて行き、もたれかかる。

 

普段から奇怪な行動を取る束だが、何処と無く何時もの雰囲気ではない事に気がついた将輝は、普段のようにあしらうこと無く、束の反応を待つと、彼女は搾り出したような声で言った。

 

「…………どうしても帰るの?」

 

「ああ。俺の居場所は彼処だからな」

 

「………私は……ううん。私達は多分、まーくんが好き」

 

『私達』。それはつまり生徒会メンバーの事だ。突然の告白に将輝は驚くが、それを表に出さない。まだ彼女の話が終わっていないからだ。

 

「私はね。ずっと退屈だった。わからない事もない。出来ない事といえば死んだ人を生き返らせるくらい。なんでも分かるし、なんでも出来る。それが苦痛だった。ちーちゃんと出会ってから、それは少し変わったけど、結局殆ど変わらなかった。でもね……まーくんが来てから、楽しいと思える日が出来たんだ。最初はただ面白い子が来たな位にしか思ってなかった。けどヒカリんやシズちゃんやちーちゃん。そしてまーくんのいるあの場所はとってもあったかくて気持ち良いんだ。皆であそこにいる時だけ、私は退屈を感じずにいられるんだ。皆で集まって、話しながら仕事をして、まーくんが用意してくれた紅茶を飲んでるだけで、私は幸せなんだ。きっと三人もそう。ちょっと前に言ったよね?まーくんは私達を繋げる為に来たのかもしれないって。あれ、冗談じゃなくて本気だったんだ。どうしようもないくらいバラバラだった私達がまーくんのお蔭で一つになれた。これって凄いと思わない?まーくんならきっと「俺じゃなくても」って言うんだろうけど。きっとまーくんにしか出来ない事だと私は思う。そしてこれからもまーくんは私達にとって、凄く大切で大好きな人なんだ………だから」

 

束は其処で言葉を区切り、何度か深呼吸をする。殆ど息継ぎをせずに話したせいか、呼吸は僅かに荒くなっていたが、それも深呼吸で整う。二人しかいない、静寂が包む部屋で束は今までのどんな時よりも真剣で、まるで懇願するように言った。

 

「お願いします………ここに残って下さい」

 

千冬、ヒカルノ、静、束が言いたくて言えなかった言葉。

 

その言葉が、懇願が将輝にとってどれだけ残酷で、承諾する事の出来ない言葉であるかを知っているがゆえに、心の奥底に秘めていた願い。

 

そして、天災の束であるからこそ、口に出来る言葉。

 

自由奔放で、無責任で、常に他を重んじる事のない彼女であるからこそ、言えなかった筈の言葉。

 

ここに今いるのは天災の少女でも、ISの生みの親でもない。

 

篠ノ之束というただ一人の少女だった。

 

そしてそれに対する将輝の返事は決まっていた。

 

「断る」

 

初めから、将輝の言葉は変わる事はない。

 

それが例え本来の姿を曝け出したたった一人の少女の願いでも揺るぐことはない。

 

「やっぱりダメかぁ…」

 

パッと将輝から離れた束の顔は何時ものように何処か人を食ったような笑み。てっきり、泣いているかもしれないと思っていた将輝はやや面を食らう。

 

「冗談だよ。まーくんの生きる時代はここじゃないもんね」

 

「一応聞くが、さっきのは本心か?」

 

「…………本心なら、応えてくれた?」

 

「ないな」

 

「だよね」

 

例え先程の言葉が本心であろうとなかろうと応える訳にはいかない。束が将輝を想うように、将輝は箒を想っている。何とも皮肉な事ではある。姉妹揃って同じ者を好いたのだから。

 

「お前にだけは言っておくが、俺はもう彼女持ちだ」

 

「一応誰か聞いてみてもいい?」

 

「お前の大好きな妹だよ。それじゃあ先に行っとくぞ」

 

将輝はそう言うと逃げるように束の部屋を後にする。

 

「は、はは……」

 

最早笑いしか出なかったが、それもとても乾いた笑いだ。

 

束は本心から将輝にここにいてほしいと思っていた。

 

好きなのも本心であるし、千冬達が彼に好意を抱いているのも束の見立てではあるが、おそらく事実だ。

 

だが、将輝には待たせている人間がいて、その待ち人は自分の最愛の妹なのだ。

 

彼女の人生でこれほど驚く事も、誰かに驚かされる事もないだろう。

 

篠ノ之束にとっての『敗北』だった。

 

「箒ちゃんかぁ…………そりゃ可愛いもんね」

 

自分はまだ見ていないが、何処と無く想像はつく。大好きな妹の事なのだから。

 

かと言って諦めるほど、篠ノ之束は融通の利く人間ではない。

 

何時しかヒカルノが言った。天才と馬鹿は紙一重だと。その時、その場に束はいなかったが、束としてもそれには同意見だった。

 

ならばせめて彼がいる間だけでも馬鹿になろう。

 

そうーーー誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、束が生徒会室に来たのは一時間が経過した頃だった。

 

その頃には束は何時も通りのテンションに戻っていたのだが………

 

「束」

 

「なーに、まーくん」

 

「何でそんなに抱きついてくるの?当たってるんだけど」

 

「スキンシップスキンシップ〜♪当たってるんじゃなくて、当ててるんだけどね〜♪」

 

こうして、やや積極的にスキンシップと言う名のボディータッチを行っているのだ。因みに普段ならこの手の行為にかなり焦る将輝が冷静なのは、千冬達が密かに殺気を出しているためだ。いくら束が過剰なスキンシップを図っても、目の前には殺気を飛ばしてくる人間がいるのだ。とてもそちらの方に意識を持っていけるはずも無い。差し引きゼロどころか、寧ろマイナスだった。

 

「それで学園祭の事だけど。行うのは九月三日。出し物は各クラス、部活動ごとに決めて、生徒会に提出。学園外の参加者は生徒達一人ずつに渡した招待券を持った者のみ参加可能。生徒会は基本的に学園の治安維持に努めるが、出し物も決めておく事。出し物で最も投票数が多かった出し物のクラス、部活動は豪華景品プレゼント………?なんだこれ」

 

「それか。生徒達によりやる気を出させる為のものだ。一応決めてあるが、何かは秘密だ」

 

「そっか。後は生徒会の出し物についてだけど………」

 

「まーくんの壁ドン喫茶」

 

「却下」

 

「早いよ!」

 

「何だよ、壁ドン喫茶って。最早意味不明だよ。てか、誰得だよ」

 

「ええーっ、皆得してハッピーになれるのになー」

 

「少なくとも、俺はしない。他に何かあるか?束以外」

 

さりげなく束以外に意見を求める将輝。こうでも言わなければ束が珍妙奇天烈な意見しか出してこなくなるためだ。既に言おうとしていたのか、将輝がそういうと束は頬を膨らませ、不満げな表情をする。

 

「しかし、喫茶店という発想は悪くないと思うぞ。将輝の淹れた珈琲も紅茶も美味いからな」

 

「普通に執事喫茶で良いんじゃないかにゃ?」

 

「それだと、俺一人で回さなきゃいけないから無理だな。千冬は何かあるか?」

 

「私も喫茶店で良いと思う。ただ、将輝一人ではなく、私達四人も手伝えばいい」

 

「じゃああれだね。執事メイド喫茶に「ガンッ!」ど、どったの、まーくん」

 

「な、何でもない」

 

束の発言に将輝は思わず机に頭を打ち付けた。理由としては、生徒会ではないものの、未来。つまり原作で名前は違えどそれと同じものをすると言い出したのだから、なんともいえない気分になったのだ。

 

「ま、まあ、五人なら普通に回せるだろう。ただ、俺達は治安維持が本業だし、精々二、三時間くらいしか出来ないけど…………それはそれで問題ないか」

 

一通り、決まった所で将輝は束を振りほどいて席を立つ。五人分の紅茶を淹れていると、何かを思い出したように四人へと問う。

 

「そういえば、四人て紅茶とか淹れられたっけ」

 

ピタリと四人の動きが止まり、話し声もなくなる。

 

「まさかと思うけど、自分達は接客だけして、俺に全投げするつもりだったんじゃ……」

 

ジト目で四人の方を見ると、ギギギ……という擬音が似合うぎこちない動きで四人はそっぽを向いた。

 

「…………俺、仕事してくるわ」

 

『あ!ちょっと!』

 

四人の反応を見て、現実逃避をした将輝は多分悪くない。

 

生徒会の学園祭の出し物は早くも前途多難であった。

 



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一風変わった誕生日

 

ついに来てしまった。

 

八月十日水曜日。今日は何の日か?何を隠そう俺の誕生日だ。

 

生徒会の仕事やら学園祭の準備やらの所為で忘れていたが、今日は誕生日なのだ。

 

彼女持ちで一人で誕生日とか辛くね?いやマジで。今まで彼女なんていなかったけどさ。こうなんか心の奥底から来るものがあるよね。まさか彼女出来て初めての誕生日は一人だけとか泣けてきた。

 

とはいえ、表に出す訳にはいかない。臨時とはいえ、俺は生徒会副会長。一人の誕生日が虚しくて落ち込んでるとか知られたら、下手すればIS学園で永遠に語り継がれる黒歴史になる。そんな恥ずかし過ぎる歴史は残したくない。

 

それにしても。

 

「あいつら遅いな」

 

生徒会室で一人そう呟いた。まだあの四人は来ていない。

 

時刻は四時半であるから、とっくに来ているはずなのだが、生徒会のメンバーはクラスの出し物には参加しなくても良いからな。というか、あいつらにそんな暇はない。

 

生徒会の仕事もさる事ながら、あの四人には今珈琲や紅茶の淹れ方を教えているのだが、何故だかこういう事に限って不器用なのが優秀な奴等の性なのか、上達に時間がかかっている。

 

まあ、そんなこんなで一人で職務をこなしている訳だが、静かだと仕事は捗るが落ち着かない。

 

ここは煩い位がちょうどいいのかもしれない。少なくとも今はそう思う。

 

只管無心で仕事をする事一時間。千冬からメールが来た。

 

何でも以前集会を行ったホールに来てくれとの事だ。

 

全くまたどんな面倒事があったのか。

 

俺は脱いでいた上着を着なおしてホールへと向かっているのだが、おかしい。誰一人として生徒とすれ違わない。おまけに教師達の姿も見えない。

 

嫌な予感がして、俺は走ってホールまで向かう。もしかしたら、亡国機業がまた来たのかもしれない。

 

「はぁ……はぁ……」

 

全力疾走でここまで来た為、額には汗が滲み、呼吸も荒い。

 

そして俺がホールに足を踏み入れた時だった。

 

真っ暗だったホールに突如光が点灯する。それと同時に凄まじい音量の声がホールへと響き渡った。

 

『藤本副会長!誕生日おめでとう!』

 

ぐおっ!文字通りホールが揺れたぞ。音って凄いね。ソニックブームを起こしたよ。

 

いや、それよりもだ。

 

「何で皆俺の誕生日知ってるの?」

 

「その質問には私が答えよう。とうっ!」

 

そう言ってホールの壇上から、ワンジャンプで俺の目の前に出てくる。おそらく何かしら機械を使ったに違いない。流石に俺達でもそんな事は出来ない。

 

「答える前に………見て見てまーくん。この服どう?」

 

ずずいっと束が俺に迫ってくる。因みに束の服装はというと、何故だかわからないが、バニーガール。こいつは普段から機械で出来たウサ耳のヘアバンドを着けているせいか、とても似合っている。おまけにある一部分の主張がとても激しい。はっきり言って目のやり場に困る。

 

「に、似合ってる……ぞ」

 

「えー?よく聞こえなーい。ちゃんと、束さんを、見て、言ってよー」

 

こ、こいつ。わかった上で言ってやがる。ちらっと見てみたが、より谷間を強調するかのような姿勢でこちらを覗き込んでいる。人が得意じゃないのをいい事に遊びやがって………かくなる上は。

 

「束」

 

「んー?なーに?」

 

俺は束を抱き寄せて、耳元で囁く。

 

「とても似合ってるよ。何時も可愛い束がより可愛く見える。眩しすぎて直視出来ないよ。思わず抱き寄せたけど、許してくれ。俺だけの天使を他の誰にも見せたくないから」

 

「は、はにゃ?」

 

ふははは、束、俺は知っているぞ。この一ヶ月。お前は自分が素直に褒められることに慣れていないと!さしずめ自分で連呼している所為で、周りに体良くあしらわれていたのが原因なのだろうが、ともかく今の俺には反撃するチャンスなのだ!

 

「もし二人きりなら今頃、お前を俺だけの物にしていたかもしれない。束、今の君は最高の女性だ。愛しているよ」

 

「ふにゅ〜……」

 

プシューと頭から煙を上げると束が俺に寄りかかってきた。どうやら処理落ちしたらしい。

 

「勝った」

 

「阿呆か!」

 

気がついたら後ろに立っていた千冬にスパンと頭をハリセンで叩かれた。痛くはないのだが、一瞬目眩がしたため、相当の威力である事はわかる。ていうか、叩いてきた相手が千冬なので必然的に威力が高い。

 

「お前、衆人環視の中でいきなり何をしている⁉︎」

 

「報復行為だな。日頃の仕返し」

 

「どうやったら、報復行為が抱き寄せる事に発展するんだ!」

 

「実はだなーーー」

 

千冬に解説するとヒートアップしていたテンションが元に戻ってくれた。でも何故だろう。普通に千冬がキレてたら冷や汗止まらないのに、寧ろ可愛く見えた。

 

「時に千冬」

 

「なんだ?」

 

「俺の誕生日を祝ってくれるのは本当に嬉しい…………けど」

 

「けど?」

 

俺は一通り、周囲を見渡した後、千冬の方に向き直る。

 

「何で皆バニー姿(・・・・・)なんだ?」

 

そう束を無力化しようとした時に気がついたが、全員が全員その服なんだ。いや、男としてはかなり眼福なんだけどね。なんやかんやでIS学園て女子の偏差値が八十くらいだし。本当ここからアイドルユニット作れるレベル。それはともかく、全員バニーなもんだから、実はただのコスプレ会か何かなのではないかと思った俺は悪くない。

 

「ま、大方言い出したのはこの万年発情兎だろうが………まさかヒカルノはともかく千冬や静までするとはな」

 

「私はともかくってどういう事だ⁉︎こんな美少女を捕まえて!」

 

「確かに美少女だが、自分で言うなよ。で、二人がその服になった経緯は?」

 

「そ、その、なんと言うか……」

 

「気がついたら言いくるめられていたんだ……」

 

ああ……成る程な。

 

普段なら千冬や静は口も達者なのだが、こと根拠のない理屈を使わせれば束はまさに最強。そこにヒカルノも参戦すれば鬼に金棒なのだ。今回もおそらく俺の誕生日を理由に適当な事言われて着させられたという事だろう。なんやかんやで二人は真面目だからな。

 

「両手に花どころの騒ぎじゃないな、これ」

 

ある意味男の欲望の一つくらいはここで達成出来るのではなかろうか?しないけどね。俺、節操なしじゃないから。

 

「それでもう一つ聞くけど、無駄に中心だけ開けてるって事は……」

 

「そう。将輝の予想通りさ!ポチッとな」

 

ヒカルノは豊かな方々がよくするあれ、谷間からリモコンを取り出すとボタンを押す。するとゴゴゴ……とホールの中心部の床が開き、下から超巨大なケーキが出てきた。おおーっ!これマジパネェ!

 

「流石に蝋燭は用意出来なかったが、まあ私達がコスプレしてるから良いだろ?」

 

「どういう差し引きの仕方だよ。でも、こんな人数に祝ってもらえるなら、コスプレ誕生日だろうが嬉しいよ」

 

こうして、一人だと思っていた俺の誕生日は図らずも人生最大規模のコスプレ誕生日会へと化した。だが、そんな誕生日会も俺にとってはとても嬉しかった。因みに後で復活した束に聞いたが、皆が俺の誕生日を知っていたのは、数日前のSHRでそれを全クラスに伝えたからだそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、疲れた」

 

「お疲れ様、将輝」

 

就寝時間ギリギリまで続いた誕生日パーティーに俺は嬉しいながらも疲労が酷かった。何せ、写真を撮る為に引っ張りだこにされたからな。どういうわけか、皆やたら無防備だから、目のやり場にも困った。

 

そうして、俺達生徒会は後片付けした後、一旦生徒会室に帰ってきていた。もちろん千冬達は制服だ。

 

「本当、今日は忘れられない誕生日だったよ」

 

「おいおい、まだ終わってないぞ?」

 

やれやれと言った感じに静が言う。あれ?でももう十一時半だし、あと半時間で終わりじゃん。

 

「「「「誕生日おめでとう」」」」

 

四人声を揃えて、俺に差し出してきたのは個々にサイズの違ったラッピングされた箱。

 

あーあ、そういう事か。ヤバい………涙出そう。

 

その場で全部開けてみると、中に入っていたのは千冬がペンダントでヒカルノがブレスレット、静がリングで束がまさかのIS学園の制服(改造)だった。

 

「皆のはわかるが、これなんだ?」

 

「んー、この服はね。防弾防刃素材で出来てて、尚且つ軽く動きやすいようにしてるんだよね。だから、ほら関節の部分が若干薄いでしょ?もちろん其処も防刃加工はバッチリさ!そんでもって、襟には小型の通信機がついてるから、緊急事態には万全だよ?」

 

「そうおいそれと緊急事態にばっかり出会いたくないけどな。まあ、お前なりに俺を思ってのことだろうし、ありがとうな」

 

まあ、これなら多少の無茶は出来るよな。かなり痛いだろうけど、死ぬ事はない。ついでにいうと大抵の場合、危険を持ってくるのは束なのは言わないでおこう。

 

「じゃあ、さっそくこれ全部つけて写真撮ろうよ!」

 

「私も束に同意見だ」

 

「篠ノ之にしては珍しく良い事を言うな」

 

「むぅ〜、珍しくって何さ!」

 

「はいはい、タバねん落ち着いて。将輝、時間ないから早く着替えてくれよん」

 

「わかってるよ、ちょっと外に出てろ」

 

四人が出て行ったのを見届けて、俺は上着を脱ぎ、ベルトを外そうとして止まった。

 

「おい、何考えてんだお前ら」

 

ドアの方を見ると、ほんの少しだけ隙間が開いていて、其処から四人がジーっと此方を見ていた。おいおい、男の覗きとか誰得っていうか、罰ゲームじゃないのかそれ。覗きは男の特権だっつーの。いや、俺はやらないけどな。この世界でそんな事すれば何十年牢屋にいなきゃいけないかわかったものではないし、おそらく殺される。

 

今度はしっかりと鍵をかけ、扉を閉めて着替える。それにしても、毎回寸分違わずサイズが合っているのはどういう訳なのか。悪い事ではないのだが………いや悪い事か?

 

取り敢えず着替え終わったし、あいつら呼ぶ「まーくん、終わったー?」必要なかった。てか、聞きながら入ってきたら意味ないだろうが。

 

「おう、終わってるぞ」

 

「チッ、終わってたか」

 

「おい待てヒカルノ。今の舌打ちなんだ。しかも本心隠せてねーよ」

 

何で終わってるのに舌打ちしてるんだよ。あれか?弄る材料として、俺の着替え中に突撃して、動揺を誘おうという魂胆なのか?だが残念だったな。生憎、俺はそういうのに動揺しない。寧ろ、相手気遣っちゃうタイプだ。見たくもないもの見せられたら誰だって嫌だろう?つまりそういう事だ。

 

「写真撮るのはいいけど立ち位置どうする?」

 

「今回の主役だしな。将輝は中心として……」

 

「もちろん私は隣に「じゃあ隣は千冬と静でお願いする」何でさっ!」

 

「にゃに⁉︎私も異議ありだぞ、将輝!」

 

「えー、だって、お前ら絶対何かしそうじゃん。だから隣に置いときたくないんだよ」

 

寧ろ、堂々と宣言されたほうが清々しいレベル。この短期間ではあるが、篠ノ之束と篝火ヒカルノの性格は大体把握した。もちろんそういう性格であるという事もだ。

 

「ぐっ……否定出来ない自分が悲しい……」

 

「仕方ないよ、ヒカリん。私達の個性だもん」

 

個性で片付けようとするな。他人を巻き込む個性なんていらねえよ。頼むから後十三分だけは大人しくしていてほしい。

 

取り敢えず俺は壁を背にして中央に立ち、両隣に千冬と静。千冬の右隣に束、静の左隣りにヒカルノが立つ。写真は束特製のカメラ。名前は忘れたが、頭の痛い名前をしているのは確かだ。

 

「はい、チーズ」

 

カシャリと取られた写真に写ったのは束とヒカルノから同時に飛びかかられ、態勢を崩して驚いた表情で前のめりに写っている俺と楽しそうに俺に飛びかかっている束とヒカルノ。それを見て、呆れながらも何処か満足そうな千冬と静の表情だった。

 

 

 

 

 

 

ところで俺って何歳になったんだ?



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秘めたる願い、叶わぬ想い


感想欄でIFの話をしてほしいと言われました。

確かに特別ストーリーにしては話も長くなって、良い感じにいったので、気が向くか、望まれる方が多ければ書こうと思います。


 

学園祭を明日に控えた今日。

 

生徒達は必死に間に合わせる為に慌ただしく動いている。これが俺の為にと言うのだから、男冥利に尽きる。彼女達は本当に俺の事を慕ってくれている。同い年だというのにまるで教師にでもなったかのような気分だ。

 

「あ、副会長!」

 

「えーと、君は来栖川さんだったね」

 

「はい!覚えててくれたんですね!」

 

「まあね」

 

もちろん覚えている。この子の発言がキッカケで俺は自分が副会長をやる羽目になったのをいち早く知ったのだから。ある意味印象的な出会いだ。

 

「どうしたの?」

 

「実はあれを彼処に置きたいんですけど……」

 

来栖川さんが指差したのはそこそこ大きな看板。見た目は軽そうなのだが、近づいて触ってみるとそれが紙で出来たものでない事がわかった。

 

「派手にしようとしたのは良かったんですけど、持ち上げる事を考えてなくて……」

 

「成る程。確かにISでもないと女の子には持たせられないな。よっと」

 

俺はその看板を片手で持ち上げ、梯子を使って置く。ジャンプするという手もない事はないが、それをすると壊れる可能性もあるのでしない。

 

「これで良いかい?」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

「どういたしまして、それじゃあね」

 

来栖川さんと別れ、俺はまた他のクラスの見回りをする。

 

それにしてもこの束特製の制服。燕尾服と比べると段違いに動きやすい。あいつの言う通り、ものすごく軽くて、あんまり服を着ているという感じがしない。いや、別に変な意味ではないよ?

 

話は戻るが、何処もかしこも忙しそうだ。一年の学園祭は今しかない訳だし、何より俺のいる学園祭というのが今だけだからだろう。何か来るものがあるな。

 

そういえば彼女はこの学園祭に来るのだろうか?一応一週間前には招待券が届く手筈になっているのだが、まあ来なかったらその時はその時だ。

 

一通り、見回りを終えた後、俺は自動販売機で缶コーヒーを買って、近くにあったベンチに座る。ここ最近缶コーヒーなんて飲んでいなかったが、やはり挽いた珈琲の方が美味い。自画自賛って訳じゃないが。

 

「早くもサボりか?副会長」

 

「サボってねえよ。今一通り見て回ったトコだ。そういう静はどうなんだ?」

 

「私か?私も将輝と同じさ」

 

静もそう言って俺と同じ缶コーヒーを買うと俺の隣に座る。九月に入ったばかりでまだ暑いのに何故近くに座ってくるのか。まあここは影になってて比較的涼しいし、風もいい感じに吹いてるから問題ないか。

 

「やはり将輝の淹れた珈琲がいいな」

 

「そりゃどうも。そう言われると淹れる側としてもそれなりに嬉しいよ」

 

「それなりにか?もっと喜べ」

 

「今はそうでもないけど、始めは好きでやってた訳じゃねえからな」

 

最初は半ば強引にさせられていただけだった。それも今となっては日課のようなものなので、

苦になるどころか、しないと気が済まない。

 

「今はそうでもない……か」

 

静が俺の隣でふとそう呟く。

 

「なあ、将輝にとって、私達はなんだ?」

 

「大切な仲間だ」

 

「そうだな。大切な仲間だ。だが私はそれ以上だと思っているつもりだ。いや、私がそれを望んでいるだけなのかもしれないな」

 

それ以上、か。

 

「それは俺限定か?それとも生徒会全員か?」

 

「さあ?どちらだと思う?」

 

「真面目に答えてやってるんだから、ちゃんと答えろ」

 

「…………どちらもだ」

 

そこはかとなく展開が束の時と同じだったからわかった。違うとすれば、ストレートか変化球かぐらいの差だ。

 

「少し前から篠ノ之はお前に対して随分と積極的になったな。初めはふざけ具合が増しただけかと思ったが、それは違った。おそらくだが、篠ノ之はお前に告白したんだろう?」

 

「…………ああ。全部わかった上でここに残ってくれって頼まれたよ。断ったけどな」

 

あの時は驚いた。平静を装ってはいたけど、束ならもっと強引な方法でこの世界に無理矢理留めようとすると思ってたからな。篠ノ之束はそういう人間だし、そうされる可能性も少なからず危惧していた。けど、結果的にはあいつは俺の意志を尊重してくれた。

 

「私も篠ノ之と同じく、ここに残って欲しいと思っている。私達生徒会そのものは五月に出来たものだが、私に言われせばあれは機関として成立していなかった。だから生徒会を機関として成立させ、機能させ始めた将輝は立派な生徒会創立メンバーだ。お前が来てから生徒会は生徒会として動くようになった。それに自分でも思うが、私を含めて、全員随分と丸くなった。篠ノ之は織斑以外誰も相手にしなかったし、織斑の奴も誰も寄せ付けなかった。篝火も何時も人を小馬鹿にしたような態度だったし、私だってまあかなり尖ってた。今ではそんな事考えられないくらい良好な関係を築けていると思う。それもこれも将輝のお蔭だろう。だから私は将輝にいてほしい…………けど、それを将輝が望んでいない事も分かっている。だから」

 

静は残っていた缶コーヒーを全て飲み干す。相変わらず、行動が男らしい事だ。モテる意味がよくわかるよ。もっともこれが七年経てばおっさん臭い言動になるんだから勿体無い。

 

「私は今この瞬間、お前といる事を大切にするよ。私は将輝の事が好きだから」

 

「………そうか」

 

「一世一代の告白にその反応は少し酷くないか?」

 

俺の反応に静は眉を顰める。

 

「束の奴が仄めかしてたからな。それに静の雰囲気がそんな感じだった」

 

とはいっても、驚いてるがな。危うく缶コーヒーを落としかけた。それにかなりドキッとした。

 

「篠ノ之の奴め。抜け駆けは結構だが、バラしてどうする」

 

「仕方ないんじゃないか?多分、あいつなりに考えた結果だと思うしな」

 

男を繋ぎ止めるにそういう手段に走るのは何ともヒロインめいた事をするものだが、まあ今は十代乙女な訳だしありか。

 

「それで?わかってはいるが告白の返事を聞こう」

 

「もちろん断る」

 

俺の返答に静は納得したような表情を浮かべる。

 

「何となく私に告白してきた奴の気持ちがわかったよ。振られる事がわかった上で告白するのにはかなり覚悟が必要なのだな」

 

いや、多分静に言い寄ってきた奴の大半は「俺ならいけんじゃね?」って考えてた奴だと思うが、言わないでおこう。何かいい感じに納得してるし。ていうか、振られること前提で告白する奴とかリアルにいるのか?

 

「ふむ。随分としみったれた空気になってしまった。私らしくない」

 

「別に良いじゃねえか。カッコいいだけが、静の良いところじゃないだろ?」

 

「ククク、本当にタチが悪い。前にお前の事を『ラノベの主人公』と言ったが、訂正しよう。どれにも分類出来ない新型だよ。人をその気にさせる癖に鈍感ではないなど、ペテン師もいいところだ」

 

「誰がペテン師だ。当たり前の事を言っただけだよ」

 

告った相手をペテン師呼ばわりするなよ。俺にそんな器用なマネが出来るか。ああいうのは頭と要領の良い人間がする事だ。俺は頭も要領も良くない。でなきゃ、入学して三ヶ月で死にかけたりしない。

 

「さて、私の番(・・・)はこれで終わりだな。先に生徒会室に戻っているぞ」

 

「はぁ?」

 

私の番?これまたそこはかとなく嫌な予感がするぞ。

 

静は空になった缶コーヒーをゴミ箱に投げる。投げられた缶は綺麗な放物線を描いて、ゴミ箱に入った。

 

そのまま静が歩き去った方をボーっと見ていると、急に視界が塞がれた。その上、頭の後ろに柔らかい感触を感じる。

 

「だーれだ?」

 

「そういう事か………ヒカルノ」

 

「今日は随分と無防備じゃん。何時もなら残り一メートルくらいで気づくのに」

 

ヒカルノは俺の視界を塞いでいた両手を離すと珍しく心配したように言ってくる。確かに何時もなら気がついて、真後ろにまだ中身の入った缶コーヒー投げてたがな。

 

「で、お前は何の用だ?」

 

「にしし、ちょっとこれに付き合ってくれぃ」

 

そう言ってヒカルノが渡してきたのは竹で出来た釣竿。そういえば最近釣りがしたいってボヤいてた様な気がする。

 

「釣りなんてする所あったか?」

 

「ここから北に十キロ行った所にねぃ。隠れスポットがあるんだにゃ」

 

「北に十キロだぁ?どうやって行くつもりだ」

 

「そこは抜かりなく。足は用意してあるよん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、そんな事だろうと思ってたが、飛んでくる羽目になるとは」

 

俺とヒカルノが来たのは秘境といっても遜色ない山の奥地の川。ここに来た方法?空から来たんだよ。

 

「しゃあねえだろ?ここ、隠れスポットだから、普通の交通手段じゃいけないし、徒歩だと日が暮れる」

 

そりゃ隠れスポットだよ。だってここ山の中じゃん。しかも奥地。人が踏み入れた事あるかわからないレベルだ。かといってわざわざ背中に小型ロケットみたいなの装備してくる事なかったろうに。

 

「時間もあんまりないし、始めようぜ」

 

「そうだねん。さっさと始めちゃおう」

 

ヒカルノから釣竿受け取って早速釣りを始める。餌はとりあえず其処で取ったミミズ。気持ち悪いが仕方ない。

 

開始二分。早速何か淡水魚が釣れた。魚に詳しくないからよくわからないが、まあ川魚だし食えるだろ。

 

「お、将輝は早くもゲットか。こりゃ負けられないなぁ」

 

其処から確変でも来たかのごとく、竿を投げれば釣れる。おそらく警戒心が薄いからだろう。

 

「ぐぬぬ………何故私は釣れにゃいんだ!」

 

しかし、どういう訳か。ヒカルノは釣れないようで、川を睨みつける。そんなにキレてたら逆効果だろうに。

 

そうこうしている内にもう五匹釣れた。それを見るたび、どんどんヒカルノの機嫌が悪くなっている。

 

思い出したが、こいつ原作の時、モリで魚取ってたような…………

 

「ヒカルノ」

 

「何だ!」

 

「お前、潜って取れば?」

 

「はぁ……?それじゃあ釣りにならないじゃん」

 

「待つより自分で行った方がお前には向いてると思うぞ」

 

「服はどうするんだよ?」

 

「下にISスーツ着てるだろ。あれが水着代わり」

 

大抵の女子は下にISスーツを着ている事は既に知っているし、面倒臭がりのヒカルノが一々着替えてる筈がない。おまけにあれすぐ乾くし、入っても問題ない。そう思って言ったのだが、ヒカルノはどういうわけか俺から身を守るように自分の身体を抱く。

 

「な、なんで知ってる……」

 

「割と常識だしな」

 

「私、どんだけ有名人なんだ⁉︎」

 

「はぁ?何でそうなる。女子が基本的にISスーツを下に着てるのって女子達の間じゃ普通だろ」

 

「な、なんだ。そういうことか……」

 

ホッと胸を撫で下ろした様子のヒカルノ。いまいちよくわからないが、黙っておくに限る。無駄に話すと一夏みたいになる。

 

「しゃあねえ。将輝がそう言うなら、一潜りしますか」

 

ヒカルノはその場で服を脱ぎ捨てると、最終手段としてやはり持ち合わせていたのか、モリを取り出すと川に潜ったかと思うと、ものの三十秒で出てきた。そのモリと手に淡水魚を一匹ずつ捕まえて。早っ⁉︎

 

「うははは、ざっとこんなもんさね」

 

「何か、野生児みたいだな」

 

「なにおう、私は根っからの都会っ子だ!」

 

そう言う意味じゃねえよ。どうして天才という人種はこうも話が噛み合わないのか。そういう点では束とヒカルノは似ている。本当になんでここまで似た人間で、今じゃ大の仲良しなのに。確かにヒカルノは束に比べれば劣るかもしれないが、立派な天才だ。千冬は人外だが、その境地でしか束と同じ目線ではいられないし、束もまた同様だ。結局天才に見える世界は天才にしか見えないし、人外の世界も人外にしか見えない。早い話が束は千冬と同じ景色を見られるが、千冬は束の景色を半分しか見られないのだ。だから同じ天才であるヒカルノの存在はその半分を埋めるのに十分だった。だからだろう。俺を副会長にする為や帰る前に想い出を作るためとはいえ、無理矢理ではなく、他の生徒や教員を正攻法で説き伏せるという束らしからぬ手段を取ったのは。

 

「おい!聞いてんのか、将輝!」

 

「え?だあああ⁉︎」

 

気がつくと目の前にヒカルノの姿が。服がIS学園の服ならここまで驚きはしなかったが、今はIS学園の服ではなく、ISスーツ。あれって滅茶苦茶ボディラインがはっきりしてるんだよね。そしてヒカルノはモデルもびっくりのスタイル。俺は思わず驚いて川に落ちてしまった。ヒカルノも巻き込んで。

 

背中に衝撃が走ったあたり、落ちたのはかなり浅いところなのだが、服はビシャビシャ。これでは校内に入れないな。それはさておき

 

「ま、将輝……」

 

「お、おう」

 

今の俺たちの態勢は色々まずい。背中に衝撃が走ったのだから、俺が下なのだが、俺の上にはヒカルノが乗っている。見られたら確実に勘違いされる状況だが、ここにはちょっとやそっとじゃ人はこないだろうし、俺とヒカルノ以外いない。

 

「なあ、将輝」

 

「何だ」

 

「好きだ」

 

この状況で⁉︎いや確かにそういう雰囲気はなくはないが、なぜ今?

 

「私は今の生徒会を作ってくれた将輝の事が好きだ。あれだけバラバラだったのに、将輝のお蔭で一つになれた。タバネんとも仲良くなれたし、織斑や黒桐とだって仲良くなれた。だから私はあの場所が大好きだ。ただの溜まり場でしかなかった彼処は私達にとって特別な場所になった。けど、それは将輝がいないとダメなんだ。違う、将輝だけじゃない。織斑がいて、タバネんがいて、黒桐がいて、私がいて、将輝がいる。私にとってのIS学園生徒会はそれなんだ」

 

「弱気だな。俺がいなくてもお前らはIS学園生徒会だろ」

 

「ははは、体裁上はね。だけど私は将輝がいないと私達の生徒会じゃないんだ」

 

ああ………なんでこう、束もヒカルノも若干脅し気味なんだよ。実際されて思ったが「帰ったら殺す」って言われるよりも「帰ったら私死んじゃうかも」の方が怖いよな。だって自分を襲う危機は回避出来るけど、自殺は四六時中一緒にいなきゃ防げないもん。

 

「それで?答えは?」

 

「束にも静にも言ったけど断る。生徒会がお前の居場所なら、あっちにも俺の居場所があるんだ。てか、お前どんだけ依存してんの……」

 

「本当、私って何時からこんなダメなやつになったんだろ……」

 

「初めからだろ?」

 

「馬鹿野郎。其処は慰めるところだろ……」

 

「慰めるとまた弱気になるしな。こっちの方が良い」

 

「本当馬鹿野郎だよ…………ああ、クソ。何で好きになったんだろ」

 

「それはそうと何時までこのまま?」

 

「あと五分」

 

寝起きじゃないんだから。あと五分ってなんだよ。

 

「まあ、良いけどな」

 

ヒカルノは宣言通り五分経つと離れて、その後俺達は釣りと素潜りを二十分楽しんだ後、IS学園へと帰った。



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想い出の学園祭

やってきた学園祭当日。

 

俺はIS学園の制服に手を通し、腕に『副会長』の腕章をつける。普段はつけていないが、こうする事で学園の生徒以外にもわかるからだ。

 

俺が向かうのは生徒会室ではなく、ホール。

 

生徒会の執事メイド喫茶の準備は昨日してある。今日の俺の最初の仕事は学園祭開始の挨拶だ。

 

本来なら生徒会長である千冬がするのだが、今回に限っては俺がする事になった。

 

最初の学園祭にして、日付は変わるわ、挨拶する人間は変わるわ、何かとイレギュラーばかりであるが、生徒達は特に不平不満を漏らしていないので、特別扱いされている側の俺としては何も言えない。

 

ホールに到着すると…………俺以外の学園の人間全員が揃っていた。おかしい。集合時間の四十五分前に来たのに。俺は早歩きで千冬達の所に行き、事情を聞く。

 

「これどういう事だ?」

 

「私も驚いた。何せ私達が来るよりも前から揃っていたからな」

 

「簡単な話だ。全員、一分でも長く、将輝と時間を共有したいという事だ」

 

「うははは、よかったにゃ。誕生日といい、全員将輝の事、大好きみたいだぜ」

 

「と言うことで、まーくん、一発決めてきなよ!」

 

「うおっ⁉︎」

 

ドンっと束に背中を押され、俺は壇上へと足を進める。またリハなしのぶっつけ本番。こういうの苦手だからりリハは必要だって言ったのに。頭の中真っ白になるんだよ。でもまあ、俺らしくはある。

 

「あー、皆おはよう。今日は待ちに待ったIS学園初めての学園祭だ。羽目を外し過ぎないように…………なんて、堅苦しい事は言わない」

 

数度の深呼吸の後、俺は大声で叫ぶ。

 

「目一杯楽しめ!周りの目なんざ気にするな!羽目の外し過ぎ?大いに結構!行きすぎたら俺達生徒会がどうにかする!ただしルールは破るなよ。しわ寄せが俺の所に来るからな!」

 

そう言うと生徒達がクスクスと笑う。因みにネタとかではない。羽目を外してもいいといった手前、問題起こされると全部俺に来るに違いない。なんやかんやで既に後悔している。本当に本番に弱いな、俺。

 

「ともかくだ。今日この日を皆の何物にも変えがたい一生の思い出に出来るようにするのが、この学園祭の約束事だ。史上最高の学園祭にしてやろうぜ!以上!」

 

『オー!』

 

おおう、相変わらず凄まじい声だ。やっぱりこういう時は男子より女子の方が盛り上がり方が凄い。

 

歓声と拍手の中、俺は壇上を降りて、千冬達の元に向かうと何というか予想通りに束とヒカルノが飛びついてきた。もちろん避けるが。

 

ズザーッと束とヒカルノは勢いそのままに床を三メートル滑っていって、壁に頭を打って止まった。

 

「「何で避けた⁉︎」」

 

寧ろ、よく受け止めてもらえると思ったな。今までの経験からして避けられるとは思わなかったのか。

 

「来るなら学園祭が終わってからしろ。きっちり受け止めてやるから」

 

『将輝(まーくん)がデレた!』

 

「やかましい!」

 

そんなこんなで俺達の学園祭は予定より四十分早く開始する事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「また来れました……」

 

校門からIS学園の校舎を眺めるのはおっとりとした雰囲気の緑髪の少女。

 

彼女の名前は山田真耶。来年通う事になる学び舎に見学に来た日に亡国企業の襲撃に巻き込まれるという不幸な少女だが、彼女にとって、あの出来事は不幸どころか幸福な出来事だった。

 

自分を変えるきっかけでもあり、初恋をしたあの日。

 

彼女の最後の行動がIS学園全生徒の命運を分けたと言っても過言ではない。将輝は口では礼を言いながらも彼女に人殺しの道具を人に向けて使用させた事を悔やんでいたが、彼女はそれを悔いてはいない。寧ろ、人を救えた事を喜んだ。そしてそれが彼女の転機となった。

 

おどおどしていた性格を直し、ややサイズの合っていなかった眼鏡をやめて、コンタクトレンズに変え、歳の割には育ち過ぎた双丘の所為で大きめのものを着ていたセーラー服も自らサイズを調整した。

 

周囲は突然変わった彼女に戸惑いはしたが、今まで良さを打ち消していた天然さも僅かに感じさせながらも、きっちりと仕事をこなす彼女を評価した。

 

真耶もそれは嬉しかったし、自分が変わった事を肌で感じ取れた。

 

(先輩は今の私を見て、どう思うかなぁ)

 

期待に胸を踊らせる真耶は学園内に入り、周囲に目を走らせる。すると前方からIS学園の制服を身に纏い、左腕に『副会長』と書かれた腕章を付けた少年と目が合う。少年は目を丸くするが、すぐにいつも通りの表情に戻り、近づいてくる。

 

「真耶……だよな?」

 

「はい。将輝先輩、山田真耶です」

 

「良かった。ちゃんと届いてたみたいだな」

 

遡る事一週間前、将輝は千冬経由でとある中学に連絡を取り、一つの封筒を送った。

 

中に入っていたのは文字通りIS学園への招待券。特に贈る相手のいなかった将輝はそれならと真耶に贈ったのだ。それを貰った真耶は狂喜乱舞とまではいかないものの、大いに喜び、布団の上でゴロゴロと転がり、ここに来るまでの期間、ずっとにへらと頬を緩ませて過ごしていた。おかげで友人達には彼氏でも出来たのか?と聞かれ、否定するのに必死だった。

 

(そうです。まだそんな関係じゃ…………私ったらまだだなんて!)

 

「おーい、真耶?」

 

「あ、はい。どうしました?」

 

「いや、雰囲気変わったなって」

 

「そ、そうですか……?」

 

「子どもっぽさも無くなったし、しっかりしてる感じはする………けど」

 

「?」

 

「俺は前の真耶の方が好きだったな…………あ、ごめん。今の忘れてくれ」

 

確かにしっかりとしているのは構わない。女性としては子どもっぽく見られるよりも大人として見られる方が嬉しいだろう。だが、将輝はそれが真耶の良さだと思っていた。すぐに訂正したのは単に自分の好みだから程度の理由だった為なのだが、真耶にとっては将輝以外の全人類が良いといっても当の将輝が悪いといえば悪いのだ。早い話が真耶は見るからにショックを受けていた。

 

「ま、前の方が良かったんですか………」

 

今の自分の方が将輝も良いと言ってくれるに違いない。そう信じて疑わなかった真耶にそれは多大なるダメージを与えた。ダメな私の何が良いのか?とさえ思っていたが、将輝はすぐに訂正する。

 

「真耶にはコンタクトよりも眼鏡の方が似合ってるって言いたかったんだ」

 

「眼鏡……ですか」

 

どうにも眼鏡を掛けると急に自信が無くなってしまう。彼女はそれゆえ眼鏡をやめた訳だが、将輝が似合うといった以上、是は急げ。真耶は化粧室の場所を将輝に聞くなり、全力でそちらに向かい、数分後、またあのサイズの合っていない眼鏡を掛けて帰ってきた。

 

「あれ?眼鏡に戻すの?俺の意見なんて無視してくれて良かったのに」

 

「………私にとっては将輝先輩の意見の方が重要なんです」

 

「何か言った?」

 

「い、いえ、何も……」

 

バタバタと手を振り、否定する真耶に将輝は首を傾げながらも、先程のように視線を周囲に配らせ始めた。

 

「?誰か待ってるんですか?」

 

「ん。まあ、俺のって訳じゃないけど。そろそろ来るらしい………いた!」

 

将輝がある一点に目を向けて、そう言うが、真耶は他校の生徒や学園の生徒の関係者、更にはどう考えても一般人ぽくない方々入り乱れる中で言われたのだから、わからずキョトンとしていると手握られた。

 

「ふぇ⁉︎あ、あの……」

 

「ちょっと強引に行くから、しっかり掴まっててくれ」

 

真耶の手を握り、将輝は人混みをかき分けていく。それが真耶にはまるで恋人のようなやり取りだなぁ、と頬を緩ませる。そして人混みを抜けた先で将輝は止まった。

 

「やあ、少年少女。君達の姉さんの代わりのお迎えだ」

 

そう言って将輝が声を掛けたのは小学生の少年少女。二人とも、会話をしているといきなり話しかけてきた将輝に「誰?」という顔をしている。それもそのはず。何せ、今は(・・)将輝と二人は初対面の人間だからだ。

 

「千冬姉に「知らない奴についていくな」って言われてるんだ」

 

「それはいい心構えだ。でも、俺はその織斑千冬から直々にお迎えを頼まれた訳なんだ」

 

「貴方は誰なんだ?姉さんから聞いた話ではIS学園には女子しかいないと言っていた。なのに何故男の貴方がIS学園の制服を着ているんですか?」

 

「束の奴、俺の事あえて言わなかったな。あの阿呆兎、後で罰ゲーム…………は喜びそうだからやめておこう。えーと、君達には話せないけど諸事情でこの学園の生徒会副会長ーーーつまり、織斑千冬の次に偉い役職をやってるんだ。で、俺は会長の仕事で手の離せない彼女に変わって、俺の待ち人ついでに迎えに来たわけ」

 

と、将輝は二人を納得させる為に下手に出ながら、とても噛み砕いて説明する。だが、二人の警戒心はかなり高く、何処か納得出来ないといった表情をしている。

 

(こ、ここは私がなんとかしないと!)

 

真耶は心の中で握り拳を作って、二人の小学生の前に立つ。

 

「こ、この人はね。悪い人をやっつけるすぎょいひとにゃの」

 

噛んだ。やはりコンタクトではなく、眼鏡のせいなのか、小学生相手だというのに緊張で噛んでしまった。おまけに小学生ではあるが、何処と無く二人とも空気が尖っていて、人を寄せ付けない雰囲気を醸し出している事も要因の一つだ。

 

「だ、ダメでしたぁ……」

 

「はは、なんかゴメンね。分からせるにはやっぱり二人のどっちかを呼ぶに限る」

 

そう言って将輝は電話を掛ける。すると、すぐに繋がったのか、軽く話しをすると、少年に電話を渡した。

 

「君のお姉さんだ、偽物か本物かはすぐにわかるだろう?」

 

「………うん…………うん…………わかった。お兄さんに連れてってもらう」

 

少年は電話越しの姉の言葉に何度か頷き、そう口にした。将輝は隣の少女にもちらっと目をやるが、少年がついていくといった為か、何が何でもついていくと言った表情に変わっていた。

 

「さて君達のお姉さんのところに行こうか?一応自己紹介。俺は藤本将輝。この学園で一時的に副会長をやってる。こっちの眼鏡のお姉さんは山田真耶。さっきは噛んじゃったけど何時もはしっかりしてるから」

 

「うぅ………そのフォローは寧ろ逆効果です……」

 

「ごめんごめん。それで?君達の名前は?」

 

「織斑一夏です。千冬姉の弟です」

 

「篠ノ之箒です。わかると思いますが、束姉さんの妹です」

 

将輝の問いに気の強そうな少年ーーー織斑一夏と、仏頂面の少女ーーー篠ノ之箒はそう答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良く来たな、一夏。道中、何もなかったか?」

 

「うん!千冬姉には迷惑かけられないからな!」

 

「箒ちゃん箒ちゃん箒ちゃん!会いたかったよー!」

 

「暑いです、姉さん。それに一昨日会いました」

 

見回りに行っていた千冬と束(遊んでいた)だけを一時生徒会室に呼び、将輝は言われた通り、一夏と箒を連れてきていた。そして部屋に入った途端、二人のブラコンシスコンパワーが炸裂していた。心配であれば自ら行けば良いのだが、千冬のブラコンは妙に体裁を気にする。束は単純に迷惑を考えて連れてくると将輝が言っただけだが。

 

「さて、どうする千冬?姉弟で見て回るか?」

 

「そうしたいのは山々だが…………思いの外、仕事が多いんだ。悪いが将輝が連れて回してくれないか?」

 

千冬は渋い表情をして、将輝に頼む。彼女としては折角来てくれた一夏を任せるのも、それを将輝に頼むのもあまりしたくはないのだろう。将輝は考える素振りを見せるが、すぐにわかったと頷く。

 

「一夏。すまないが、こっちのお兄さんと学園祭を楽しんでくれ」

 

「………わかった!」

 

「良し!箒ちゃんはお姉ちゃんと……」

 

「私も一夏と一緒に藤本さんに連れていってもらいます…………良いですか?」

 

「大歓迎さ」

 

「うわーん!何で何時も私だけ迫害されるのさ!酷いや酷いや、私だって、箒ちゃんと一緒に思い出作りたいのに〜!」

 

泣き叫ぶ(嘘泣き)束を尻目に将輝は真耶と一夏と箒を連れて、学園祭へと繰り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故、IS学園の学園祭に本来来るはずのない一夏と箒が来ているのかといえば、それは単に将輝の言葉がきっかけであった。

 

生徒一人一つずつ配られた招待券。将輝は真耶に贈ったが、他の生徒会メンバーは「渡す相手がいない」とそのまま誰かに譲ろうとしていた。ヒカルノと静はともかく、千冬と束には弟と妹がいる。将輝は当然知っているので、それを二人に提案すると渋い顔をして悩んだ。千冬は一夏にISに極力近づいて欲しくないし、束は単純に箒とのコミュニケーションの取り方に悩んでいた。それを将輝は説得し、半ば強引に連れてくるようにしむけた。

 

本来なら将輝はここまでする必要はない。この行動が何処まで影響を与えてしまうか、わかったものではない。だが、将輝は動いた。理由は一夏の家族が千冬一人であり、その千冬がIS学園で寮生活をしている事。箒と束の間には確執とは言えないまでも僅かに溝があるからだ。それを如何にか出来ないものか、そう考えた結果、今に至る訳だが、結局一夏と箒は将輝が連れる羽目になった。

 

「何だかこうして歩いていると家族みたいですねぇ〜」

 

少し前を歩く一夏と箒。その三歩後ろを並んで歩く将輝と自分を見て、真耶はそう言うと将輝もそれに同意する。

 

「確かに。真耶は絶対良妻賢母になるよ」

 

「りょ、良妻⁉︎」

 

ボンッという疑問が似合う程、真耶の顔が真っ赤になる。しかし、当の将輝は其方を見ていない為に気づくことはなく、そして真耶も脳内お花畑が全開だった。

 

「あ〜!副会長が他校の生徒とデートしてる〜!」

 

『な、何だって〜⁉︎』

 

「違うぞ〜!この子は来年IS学園に入学する子だ!」

 

『よ、良かった………』

 

適度に起こるパニック(殆ど自分が原因)を収めつつ、将輝は一夏や箒の望む場所についていく。その姿は年若い父親か、年の離れた兄弟のようだ。

 

小一時間ほど、三人と共に学園祭を楽しんだ将輝は、化粧室に箒と真耶が行ったのを見計らって、一夏にこんな言葉を漏らした。

 

「やっぱり、お姉さんと見て回りたかったかい?一夏くん」

 

「ッ⁉︎」

 

一夏はビクッと肩を震わせると将輝の方に勢い良く向いた。その表情は何故わかったのか、と聞いてくるが、将輝からしてみればわからないはずがない。彼が超シスコンなのもさることながら、そもそも千冬に頼まれた時、一夏の表情に陰りが見えたからだ。

 

「ごめんね。彼女は俺よりも偉い人だから、手が離せないんだ」

 

「…………わかってる。千冬姉は何時も頑張ってる。それは何時だって自分じゃなくて、俺や他の人の為なんだ。我儘なんて言えない。千冬姉に………迷惑かけたくない。けど」

 

「せめて今日くらいは一緒にいたかった。だろ?」

 

「ッ⁉︎な、なんで……」

 

「わかるさ。何せ、人生経験が違う。お兄さんは何でもお見通しさ」

 

朗らかに笑う将輝に一夏は驚きながらも視線を下に落とす。男だから弱音は吐くまいと頑張ってきてはいたが、同じ男同士の為か、一夏はポツリと話し始めた。

 

「俺には……千冬姉しか家族がいない。でも、それを悲しいとか寂しいなんて思った事はないんだ。だって物心ついた時から千冬姉だけだったし、千冬姉が親代わりだった。だけど………ISが出来てから、千冬姉といられる時間が減った。三年の我慢だ、って頭では理解してるし、休みの日には帰ってきてくれる。でも………やっぱり寂しいよ……」

 

「そっか。弟にこんな思いをさせるなんて悪いお姉ちゃんだ」

 

「ち、千冬姉は悪くないんだ。俺が弱いだけで……」

 

「子どもなんだから、当たり前だろ?弱いのが普通なんだ。我が儘だっていうし、一人じゃ寂しくて当然だ。まあ、そんな訳でこのお兄さんが可哀想な一夏くんの為に一つプレゼントしてやろう」

 

「プレゼント?」

 

「大したものじゃないけどね。何、そろそろ来るさ」

 

将輝の言葉に一夏は首をかしげるが、その瞳は再度驚きに見開かれる事になる。

 

「すまない。待たせた」

 

人混みをかきわけて現れたのは額に汗をにじませた千冬。急いで来た筈にもかかわらず、呼吸を全く乱していない辺り、流石である。

 

「いや、問題ない。束の方は?」

 

「彼方も既に見つけた筈だ」

 

「そっか。ならいい…………一夏くん」

 

「?」

 

「大好きな姉ちゃんに迷惑かけたくないのはわかるが、子どもなんて我が儘いってナンボだぜ。男なんだから借りなんて後で幾らでも返せるだろ?だったら、今の内にやりたい放題やっとけ、それがガキの特権だ………ああ、それと」

 

ポンと将輝は一夏の頭に手を置き、一夏にしか聞こえない声で言う。

 

「シスコンも程々にな。いい加減姉離れしないと、色々困るぞ?」

 

「〜〜ッ⁉︎⁉︎」

 

「じゃあな」

 

図星を突かれた一夏と首をかしげる千冬を尻目に将輝は生徒会室へと踵を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すみませーん。紅茶とケーキ二つ〜」

 

「かしこまりました!」

 

「珈琲まだですか〜?」

 

「ただいま!」

 

「執事さん、写真一枚!」

 

「そのようなサービスはしておりません!」

 

時刻は午前十一時。一時間前に三時間限定でオープンした生徒会の執事メイド喫茶は大盛況だった。しかし、ここには俺と静とヒカルノしかおらず、千冬と束はまだ一夏や箒と一緒に楽しく過ごしているだろう。五人で回す事が前提だった為、正直かなり辛い。まあ副会長の仕事よりはマシだけどな!何で毎回俺の仕事量が千冬の五倍あるんだよ。おかしいだろ。

 

時間制限がある為、客の出入りが尋常じゃない。幸いなのは生徒会室は教室よりも狭い為、席が少なくて済むことだが、忙しい事に変わりはない。こんな事なら別の奴を提案すべきだった!

 

何時もの二倍の速さで動き回る俺。それにしてもIS学園の生徒達の前を通るたびに写真を撮られている為、視界の端がチカチカする。禁止していないのでやめろとはいえないし、それに気を取られて多少の遅れはスルーできるので寧ろ大歓迎だが…………

 

(静、ヒカルノ、大丈夫か〜?)

 

(だ、大丈夫じゃない……)

 

(し、死ぬ………)

 

おおう、アイコンタクトが伝わった。そして、二人は既に生ける屍状態のようだ。それも仕方のない事ではある。ただでさえ、慣れない作業だというのに、いきなり忙しければこうもなる。かといって俺も慣れているわけではないので、かなり疲れているが、其処は何とか頑張るしかない…………そういえば、真耶大丈夫かな?一応仕事に戻るとは伝えていたけど、一人にして大丈夫だろうか………っと、思考がまるで親みたいだ。それか兄貴。弟はいたけど妹はいなかったが、おそらく妹を持つ兄はこんな感じなのだろうな。

 

そうこうしていると客と入れ違いで五人入ってきた。因みにその五人というのはよく知る人間達。

 

「いらっしゃいませ、お嬢様」

 

「いや、客ではない。私も生徒会の仕事をしに来たんだ」

 

「こっちは俺達に任せとけって言ったろ?折角弟と楽しく過ごせる良い機会だったのに」

 

「わかっている………それで物は相談だが」

 

「?」

 

「一夏も手伝わさせてくれ」

 

「こういうのなら、千冬姉よりも俺の方が得意だしな!痛っ⁉︎」

 

握り拳を作って、そう豪語する一夏。千冬としてもそれには同意見のようで特に何も言わないが、言わないだけで、軽く拳骨を落とした。

 

「じゃあじゃあ!箒ちゃんも良いかな?」

 

「もう良いよ。どちらにしても束よりは動いてくれるしな」

 

「当然です」

 

「酷い⁉︎酷すぎるよ、二人とも!でも、二人ともその内デレてくれグヘッ⁉︎」

 

「「うるさい」」

 

五月蝿かったので、取り敢えず粛清。時間軸が変わっても箒と以心伝心で何よりだ。ていうか、小さい箒マジ天使だな。束が溺愛するのも大いに頷ける。まあ、箒は何時でも俺の天使だけどな。

 

「ごめん、真耶。折角誘ったのにこんな感じになっちゃって」

 

「良いんです。それよりも私もお手伝いさせてもらっても良いですか?」

 

「お願いするよ。ところで束、三人の衣装はあるんだろ?」

 

「相変わらず、まーくん鋭いね〜。もち、あるよ〜」

 

いつ使うかわからない燕尾服を持っているなら、今使えそうな小学生サイズの燕尾服とメイド服を持っていても何らおかしくはないし、中学生のサイズなどおそらく有り余っているだろう。こういう時、束の無駄さが使える。基本的には無駄なんだけどな。これ以上にないくらい。

 

「………そこはかとなく馬鹿にされた気がする」

 

そしてこういう時も無駄に察しが良い。こいつ天才なのに無駄多すぎだろ。無駄無駄無駄ァッ!てラッシュ出来るな。

 

「じゃあ五人共、着替えてきてくれる?新生執事メイド喫茶だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千冬達が参戦してからの時間はとても早かった。それもそのはず、三人が倍の八人に増えたのだから。小学生が手伝っているという事もあり、さらに人が来たりもしたが、それも捌けたし、先生方も全員可愛いものに目がない方々だった為、黙認された。提案しておいてなんだが、それでいいのか教師と思った俺はおかしくない。

 

今はそれも終わって、生徒会は完全に休憩中。その分は教員達が動いてくれているし、何より束とヒカルノが作った防衛システムがあるこの無敵要塞ではISすらも無力化出来る。怖いもの

特にない。

 

かなり疲れていたので、ぐでっていると俺の隣に一夏が来て座った。

 

「えーと、藤本……さん?」

 

「んー、何だい、一夏くん」

 

何か一夏にさん付け呼びされるってむず痒いな。てか、少し前までタメ口だったのに、いきなり如何した?

 

「藤本さんは………千冬姉のこ、恋人なのか?」

 

「残念だけど違うね。一夏くんが思ってるような関係じゃないよ」

 

というか、揃いも揃ってその結論に達する理由を教えていただきたい。どこをどう見たら千冬と俺がそういう関係に見えるのか。まあ、千冬ほどの美少女とそういう勘違いをされて、気を悪くする奴はいないだろう。

 

「急にどうしたんだい?」

 

「その………千冬姉があんなに人の事を話す所なんて初めて見たから」

 

「嫉妬?」

 

「そ、そういうんじゃなくて。何か前までの千冬姉は全然余裕がない感じだったのに、今は凄く大人っぽくて、余裕に溢れてる感じがする」

 

軽くからかってみたら、そう返された。まあ確かに。出会った当初は人を寄せ付けないオーラだなと思ってたけど、最近あれは人の事を考える余裕がなかっただけなのではと思うようになってきた。それに比べて今の千冬はそういう空気もないし、IS学園の教師をしている時よりも心身共に余裕がある感じがする。そういう所に聡いとは流石シスコン。シスコン万歳だな。

 

「それに藤本さんの事を話してる千冬姉って、凄く可愛いかった」

 

「一夏くん。お兄さんから一つ忠告だが、自分のお姉さんにはともかく、他の女の子に対しては可愛いとか綺麗っていうのは連呼しちゃいけないよ。そういうのは本当に心が奪われた時に使うべき言葉だからね」

 

「?よくわからないけど、わかった」

 

釘は刺した。願わくばこれにて一夏の被害者が減る事を望むのみ。原作キャラは不可避だが、せめてモブの子の犠牲者くらいは減るだろう。

 

「で、話はそれだけ?」

 

「うん。俺は藤本さんみたいな人が、千冬姉の恋人なら良いかな……って思ったから聞いてみただけ。他の奴なら嫌だけど」

 

「弟公認か。そりゃ頼もしいね」

 

「じゃあ俺、千冬姉の所に行ってくる!」

 

ひょいっと一夏は椅子から飛び降りると千冬のいる所まで走っていった。疲れていた千冬も一夏が来るとすぐに優しい表情になった………と思ったら真っ赤になって、一夏に向けてチョップしていた。何言ったんだあいつ。

 

和ましい姉弟のやり取りを見ていたら、今度は箒がやってきた。おそらくわざと一夏とは別にここに来たのだろう。

 

「君のお姉さんとは付き合ってないよ。マジで」

 

「……….どうしてわかったんですか?」

 

「経験」

 

最早、ここまで来ればわからない奴は一夏みたいな奴くらいしかいない。因みに一夏の時と否定の仕方が違うのは完全否定してないと盗み聞きしている束が五月蝿いから。え?何で盗み聞きしてるかわかったかって?だってヒカルノに慰められてるもん。俺の視界の先で。

 

「一昨日、姉が私に謝って来たんです。今までの事を。これからする事を。その上で私と仲良くやっていきたいと……言ってくれました」

 

「それで、箒ちゃんはどう思った?」

 

「………驚きました。何時も傍若無人で人の事を考えない姉が謝るなんて、思いませんでした。でも、嬉しかったです。初めて本音で話してくれたような気がして」

 

「………箒ちゃんがどう思っているかは知らないけど、束も人間さ。悩んで悩んで悩み抜いた結果がこれなんだと俺は思う。それになんやかんやで君だけには何時も束は本音で話してるよ?」

 

「そうなんでしょうか?」

 

「君は愛されてるからね。何時もふざけた雰囲気で誤魔化してるだけで、本音では話してるよ。最近はここでも本音で話してるけどね」

 

原作一夏に狡猾な羊と称された束はおそらくもういないだろう。彼女が狡猾である必要がないのだから。結局、彼女には本当の自分でいられる場所がなかっただけだ。そして今はそれがある。まだ時折仮面を被ってはいるが、それもそのうち無くなるだろう。

 

「私は……愛されている?」

 

「そう。だから箒ちゃんからも束に歩み寄ってあげてくれるかい?君がもし束の事を理解出来ないと思うなら、その時は束も君の心を理解出来ていないかもしれない。いくら天才でも人の心は読めないからね。それに箒ちゃんはこれからIS関係で何かと不自由な生活を強いられる事もあると思う。束を恨むなとは言わない。それは仕方がない事だし、当然の事だから。けど、その時はきっと束も苦しんでるから。苦しい時は姉妹で話し合うべきだと俺は思う。姉妹仲良く、ね」

 

箒の転校生活が始まるのは小学四年生から、それの所為で箒は束との確執をより深めるのだが、出来れば二人には姉妹で仲良くしていてほしい。束が悪いのは重々承知しているし、弁明の余地もないが、それでも束が箒に負の感情を向けられている姿を仕方ないと見ることは少なくとも今の俺には出来ない。過去に来て、かなり甘くなったかもしれない。これでは一夏の事を言えないな。

 

「………貴方のような人が側にいれば、きっと姉さんも……」

 

「ん?何か言ったかい?」

 

「いえ。藤本さん…….でしたね。アドバイスありがとうございます」

 

「いや、そんな大したものじゃないよ」

 

知っているから忠告をした。ただそれだけ。それに本気で束を説得出来れば、一夏と箒を離れ離れにしなくて済むのかもしれないが、それは出来ない。これは完全にエゴだが、したくない。もし箒の転校生活を阻止した場合、俺と彼女はIS学園に入学するまで出会う事はなく、十中八九恋人関係にはならない。だから、箒と束の関係を維持しつつ、未来における俺の関係も壊さないようにするにはこれくらいしか出来ない。随分と女々しい人間だな、俺は。

 

一夏とは違って、ぺこりとこちらに一礼すると箒もまた束の元に向かっていった。遠目からでも束のハイテンションさがわかる…………あ、そういえば盗聴されてたんだっけ。箒は鬱陶しそうにしながらもその表情はとても楽しそうだった。うむ、姉妹仲が良いのは素晴らしい事だ。このまま二人の仲が永遠に続く事を祈る。

 

「面倒見良いんですね。将輝先輩」

 

「盗み聞きは良くないぞ、真耶」

 

今度は真耶が来るが、さすがに隣という事はなく、向かい合って座る。今日は何かと年下の相手をする事が多いな。

 

「偶然聞こえただけです。盗み聞きじゃありません」

 

「その割には紅茶飲むふりして、聞き耳立ててた癖に」

 

「バレてましたか」

 

特別悪びれる様子も見せず、真耶は自分で淹れたであろう紅茶に口をつける。う〜ん、少し会わないうちに真耶は大人になったなぁ。普通に先生してる時よりもしっかりしてるんだけど。何時もなら「な、何でわかったんですかぁ⁉︎」と悪事がばれた犬のごとく、わたわたとするのに。少し残念だ。

 

「あんな感じで来年は私の世話をしてくれると助かります」

 

「残念だけど、その辺りは千冬に頼むといいよ。俺には出来ない」

 

「先輩って、変な所で謙虚というか弱気ですね。其処は『俺に任せろ』って言って欲しかったです」

 

「出来ない事を出来るって言うのは傲慢だからね」

 

それにしてやるといっておいて、帰ったら後が怖そうだ。もしかしたら妙な誤解すら生むかもしれない。

 

「ところで将輝先輩って、付き合ってる人はいるんですか?」

 

「ノーコメント」

 

「えー、教えてくれても良いじゃないですか」

 

教えられるか。教えたら俺はその場でロリコンという不名誉なあだ名がついた上にそれこそ本格的に箒に嫌われる。もし未来に帰って「近づくな」とか言われたら俺首吊るよ?俺、メンタル豆腐だからね箒限定で。しかもセシリアは励まそうとして追撃してくるから首吊る前に廃人になるかもな。凄いね、人類初じゃないか?たった二言で廃人になった男。

 

「逆に真耶はいないのか?付き合ってる奴?」

 

「い、いませんよ………私、あまり目立たない方なんで……」

 

「それは周りの奴らが見る目がないだけだよ。普通に可愛いし、目立つと思うよ?」

 

絶対目立つと思う。特にある一つの部分はとても主張が激しい訳だし。何処とは言わない。変態になるからな。まあ、それはともかく、真耶の可愛さはIS学園の女子達と比較しても劣らないレベルだ。十分に可愛いと言える。

 

「はわわわ……」

 

プシューっと頭から煙を上げて真耶は机に突っ伏した。あ、しまった。この子、束以上に素直に褒められる事に慣れてなかった。おまけにそれが容姿の事となると尚更だろう。だって、机と頭がぶつかって凄い音がしたのに、真耶痛がらないもん。

 

「将輝。今は暇……………何があった?」

 

「千冬か。可愛いって言ったらこうなった。本当の事だから後悔はしていない」

 

「はぁ………本当にぶれないなお前は」

 

ぶれまくりだけどな。ぶれるのが速すぎで動いてないように見えるだけで。

 

「それで?用件は?」

 

「少し…………話しがある」

 

「誰にも聞かれたくない話か?」

 

「ああ」

 

俺の問いに千冬は頷いた。成る程、いよいよ最後の番って訳か。まあ違う可能性もあるが、十中八九そうだろうな。俺は席を立つと千冬と二人で生徒会室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生徒会室を出た俺と千冬が向かったのは屋上。

 

学園祭ならここに大勢いてもおかしくはないと思っていたのだが、どういう訳か誰もおらず、ここには今俺達二人しかいない。

 

「話ってなんだ?大体予想はついてるけど」

 

「束も黒桐も篝火も、勇気を出した以上、私だけ臆病なままと言うわけにはいかない」

 

てっきり順番でも決めてるものかと思ったが、それは俺の深読みだったか。言いたい奴から的な感じだったとは。

 

「………さっきな、一夏に言われたよ。「藤本さんみたいな人はそういないから、絶対に逃がすなよ千冬姉」とな。まだ子どもの癖に随分とおせっかいな事を言われた」

 

い、一夏の奴………相変わらずのオカン系だな。或いはおせっかいな妹。どっちも性別が女である事が味噌だな。本当、一夏と千冬って性別違ったらものすごい事になってただろうな。

 

「だが、一夏の言う事は間違っていないと私も思う。将輝みたいな奴はこれから一生かけても見つける事は出来ない」

 

「そうか?案外そうでもないと思うぞ」

 

「お前はそうやって何時も自分を過小評価しているがな。今のIS学園があるのは全てお前のお蔭だ。少し前までそれはもう冷え切っていた。私達だけではない。他の生徒達も、とても三年間同じ学び舎で過ごすとは思えない程にな。それがあのテロ事件を経て、互いに協力し合うようになった。そしてその変化の中心にいるのが将輝、お前だ。お前が変えたのは私達だけではないんだ。女尊男卑の風潮に流されかけていた者達の意識を改革し、私達に繋がりをもたせた。こういっては何だが並の人間に出来ることではない。もちろん、テロリスト相手に正面から立ち向かう事もな」

 

これはまた随分と評価されたものだ。俺がテロリストに立ち向かったのはそうせざるを得なかっただけだし、生徒達も恐怖を共有して、それと同時に藤本将輝という偶然が重なりあっただけの救世主を英雄か何かと勘違いしてるだけだ。巷では倒したのは生徒会の人間達となっているし、実際俺よりも千冬達の方が倒してる。女尊男卑の風潮に流されかけていた女子達だって、周囲にいた男子が問題であっただけで一夏みたいな奴がいれば話は違っただろう。千冬達に繋がりをもたせられたのは、彼女達が心の奥底で繋がりを求めていたからだ。そのきっかけがあの事件であり、偶々居合わせた俺なだけだ。

 

「その表情。また自分の事を卑下しているな。将輝は基本的に考えている事は顔に出さないが、自分の卑下してきるときに限ってそれが顔に出る」

 

「よく見てるな」

 

「当たり前だ。お前が生徒会の一員になってから、見ていない日などなかった…………だからわかる。将輝は私達と過ごしている時、偶に寂しい表情をする時があるのを。初めは見間違いかと思ったが、そうではない。特に一夏と箒を見ている時が一番顕著だった。それで思ったよ「将輝の居場所はここではないんだろう」とな」

 

自分の事だし、表情なんてわからないが、千冬が言うならそうなのだろう。実際、俺は帰りたくないと思った日はないし、生徒会はとても居心地の良い場所だが、俺のいるべき場所ではない。その考え方は結局今も変わらなかった。

 

「知っているか?将輝が来る前の生徒会が何と呼ばれていたか?」

 

「知ってる。『最凶最低の生徒会』だろ?」

 

「そうだ。優秀だが問題視された生徒四人ーーーつまり私達だ。滑稽だろう?生徒達の手本となるべき生徒会が生徒達の中でもトップクラスの問題児なのだからな。まあ、元々この学園に来た生徒達は優秀だが、人格的には問題のあるものばかりでな。さしずめ毒を以て毒を制す、といった所か。抑止力としては申し分なかったが、それだけだ」

 

力だけでは抑止力足り得ても信頼などある筈がない。静も言っていたな。教師達も抑止力として機能さえすれば問題ないと思っていたらしいしな。

 

「それが今となってはその面影すらないがな。まるで今までそうだったかのように錯覚する時もある。だが私達IS学園の全員を変えたのは紛れもなく将輝だ。お前がいなければ私達四人は永遠に交わる事はなかったからな。お蔭で私達は最高で最強の生徒会になれた」

 

「初めからお前らは最高で最強の生徒会だよ。そんでもって未来永劫な」

 

「いや、私達四人では無理だ。私達はーーーーー五人いてこそのIS学園生徒会だ」

 

千冬は静かにけれども力の籠った声でそう言った。

 

五人いてこそ、か。そう言ってもらえるのはすごく嬉しい。皆、俺の事を必要としてくれている。ここにも俺の居場所はある。とても心地よい場所だ。だが、それでも俺は帰りたい。心地よいと感じたからこそ、俺は自分の元いた時代に帰って、俺の居るべき場所で箒達と過ごしたい。四人にとって、生徒会が何物にも侵されない不可侵領域だというなら、俺はあの場所こそが不可侵領域なんだ。

 

「帰るのか。未来に」

 

「ああ」

 

悪いとは言わないし、思わない。それが当たり前で、今ここにこうしていること自体が異常なだけだ。それにもし謝ればそれは彼女達の想いを踏みにじる事になる。そんな事はしたくない。

 

「将輝」

 

千冬に呼ばれ、返事をしようとしたその時、俺の口は千冬の口によって塞がれた。それは時間にして僅か二、三秒程の出来事で理解出来たのは千冬の口が離れた後だった。

 

「最後になってしまったが、将輝。私はお前の事が好きだ。例えお前が未来に帰っても、七年経ったとしても、忘れないし、変わらない。私が誰かを好きになるのは多分最初で最後だと思う。だからもう一度言わせてもらう。私、織斑千冬は藤本将輝を愛しています」

 

こ、これは凄まじい破壊力だ………おそらく千冬がここまでデレる事は二度とない。これで落ちない奴とか猛者だな。思わず抱き締めそうになった俺は悪くない。それもこれも千冬が可愛いのがいけないんだ。とはいえ、箒のデレも素晴らしい。まさか俺の中の箒の位置に迫る者がいたとは…………何とも恐ろしい。

 

さて、千冬も本心を打ち明けてくれた。だから俺もそれに答えなければいけない。

 

「ありがとう、千冬。そしてごめん。君の想いには応えられない。俺には帰るべき場所がある。待たせている人がいる。千冬達が俺を好きでいてくれるように俺も好きな人が、愛している人がいる。だから俺は誰の想いにも応えるつもりはない」

 

「そうか……………すまないな。私達の我が儘でここに残らせようとして」

 

「謝る必要はないさ」

 

立場が逆なら多分俺も同じ事をしていたかもしれないからな。千冬達のことを攻める事なんて出来はしない。

 

「でも驚いた。まさか千冬からキスしてくるなんて」

 

「流石に私だけしない訳にはいかない。それに将輝ならファーストキスを捧げるに値する相手だ」

 

私だけしない?何か千冬がものすごい勘違いをしている気がする。それにファーストキスゥッ⁉︎確かに千冬は男の噂なんて無かったな。て事は俺があのブリュンヒルデの初めての相手って事になるな。あれ?何気に俺って凄い強運なのか?ドラゴンでも宿しているのかもしれないな。

 

「念の為に言っておくが、束達は「「「「織斑(ちーちゃん)(会長さん)‼︎」」」」遅かったか」

 

バンッと勢いよく屋上の扉を開けて現れたのは束、静、ヒカルノ、真耶。四人ともすごい剣幕だ。

 

「どういう事だ、織斑⁉︎告白するだけって話だろうが⁉︎」

 

「そうだぞ‼︎抜け駆けしてもいいとは言ったが、其処までしてもいいとは言ってなかったぞ‼︎」

 

「ズルいよ、ちーちゃん‼︎私達だってまだまーくんとキスしてないのに‼︎」

 

「わ、私だって将輝先輩とキ、キスしたいです…………じゃなくて、会長さんだからって、それは行き過ぎだと思います!」

 

「「「「「おい、本音隠せてないぞ」」」」」

 

真耶の天然ぶりに俺達は声を揃えてツッコミを入れる。ていうか、今の口振りだと真耶にもフラグ立ってたの?そういう要素あったかなぁ…………これじゃ一夏の事を言えなくなってきたな。

 

「み、皆で仲良くツッコミなんて疎外感を感じます…………こ、こうなったら強行策です!えい!」

 

真耶が俺の肩を掴んだかと思うとそのまま俺に唇を重ねてきた。マジか⁉︎やっぱりフラグ立ってた⁉︎

 

「あー!真耶テメェ!新参者の癖に!」

 

「か、関係ありません。あ、愛があれば良いんです!」

 

「成る程、一理あるな。では次は私だな」

 

そう言うや否や、次は静が唇を重ねてきた。因みに避けようとしたら綺麗に頭をホールドされた。ていうか、この流れで行くと全員とする羽目になるんじゃ………

 

「ふむ。なかなか良いものだな」

 

「うにゅ〜!し、静までぇ……私もする!将輝逃げたら泣くからな!」

 

泣くのかよ。それにここまで来ると逆らえる勇気なんてない。俺って何時からハーレム主人公になったんだろ。それに何時の間にヒカルノは静と名前で呼ぶようになったんだろ。とか思ってたら、ヒカルノにキスされる。

 

「うははは、これで私のファーストキスも将輝のもんだ!」

 

「じゃあじゃあ!私はファーストついでに初めてをもらーー」

 

「「「「わせるかぁ‼︎」」」」

 

俺以外の四人の拳により、束の頭が地面に埋まった。とても痛そうだ。これで当分起きないな………と思ったのも束の間、束はひょいっと起き上がり、俺に飛びつき、その勢いでキスをしてきた。不意打ちなので避けられる筈もなく、おまけに受身も取れないので、思いっきり頭を床にぶつけた。お、おおぅ………頭がぐわんぐわんする。

 

「えへへ〜、まーくんだーい好き!」

 

…………まあ、悪い気はしないよな。これだけの美少女に好意を向けられてるのは。ただ一つ言える事があるとすればーーーーーやはり俺の青春ラブコメは間違っている…………なんてな。

 

その頃、扉の隙間から様子を伺っていた一夏と箒はというと。

 

「藤本さんモテモテだなぁ。俺もあれくらいモテてみたいよ」

 

「一夏。お前は一度自分を見つめ直したほうがいいと思うぞ」

 

「?」

 

「はぁ………少しは千冬さんのような鋭さがお前にあって欲しかった」

 

一夏の安定の鈍感ぶりに頭を悩ませる箒だった。




ヒャッハー!文字数一万六千オーバーでした!

何とかして学園祭は一話で纏めておきたかったので、投稿が遅れましたが、こうなりました。

ショタ一夏とロリ箒も出せたし、何かもう良かった。と思いました。睡眠時間を削ってまで書いたかいがありました。

それはそうとIF編が見たいとの声も上がってきておりますので、一応その為に色々考案中です。何か意見があれば、言ってください。



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現代への帰還

 

学園祭は何者からの襲撃も騒ぎが起きる事もなく、終わりを迎えた。

 

「皆、学園祭は楽しめた?俺は大いに楽しむ事が出来た。それもこれも皆のお蔭だ、ありがとう」

 

残されたのは締めの挨拶。これも何故だか、俺がすることになっているが、それも悪くない。何せ、俺が帰るのは今日なのだから。

 

「知っての通り、今日で俺は生徒会副会長を辞めて、このIS学園からも去る事になる。短い間だったけど、皆と過ごした時間は何者にも変え難い大切な時間だった。俺はこの学園を去った後もそれを忘れることは無い」

 

ここでの二ヶ月の記憶は俺にとって大切なものだ。故に忘れる訳がない。ここは俺の居場所ではなかったけれど、皆と楽しく過ごした大切な場所だ。

 

「我が儘で自分勝手な副会長を支持してくれてありがとう。そしてそんな副会長から最後に皆にお願いしたいことがある」

 

俺は本当に我が儘だ。元いた場所に帰るというのに、ここでの出来事は残すべきではないのに、彼女達にはずっと笑顔でいてほしいなど、本格的にエゴでしかない。

 

「俺がいなくなっても、IS学園生徒会を見守ってやってくれ。彼女達は皆、聡明で実力のある人間だけど、君達と同じように青春を謳歌する少女達だから。彼女達のこれからを生徒や教職員の皆で支えていってほしい。これが俺の最後のお願いです。皆、よろしくお願いします」

 

マイクから離れて一礼する。今までなら騒いでいた女子達も何も言わない。状況が状況だからか、それとも疲れているからか。おそらく前者ではあるが、出来れば騒いでいてほしいものだ。

 

「学園祭が終わってすぐなのに、こんなしみったれた空気にしてごめん。副会長としての最後のお願いはしたから、これは俺自身のお別れの挨拶って言う事で一つ言わせてもらうよーーーーーIS学園の皆!俺は皆の事が大好きだぁぁぁぁぁ!以上!」

 

音が割れるのではないかというくらい俺は全力で言った。この一言だけはどうしても言いたかった。少なくとも、この楽しい二ヶ月を過ごせたのは彼女達がいたからだ。そして俺がこの言葉を向けた相手は紛れもなく生徒会のメンバーへとメッセージだ。俺は臆病だから、こんな事を正面から言える勇気はない。

 

キーン………と尾を引いたハウリングが消えた後、どっと会場が沸いた。やはりIS学園は今も未来もこうでなくてはいけない。女子達の歓声と共に俺たちの学園祭は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

午後十一時。学園祭の騒ぎも完全になりを潜め、既に誰もが眠りについている頃。

 

生徒会メンバーは第四アリーナピットに集まっていた。

 

理由はただ一つ。将輝を元いた時間軸に帰還させる為。

 

「そんな訳で俺は未来に帰るけど、皆言いたい事ある?」

 

わかりきっているというのに将輝はそう聞く。そして彼女達の返答は将輝の想像通りのものだった。

 

『ない!』

 

将輝にとってはここで別れたとしても一瞬の別れでしかないが、彼女達にとっては年単位での別れとなる。少なくとも、この時代にいる『藤本将輝』は違う人間なのだから。

 

「んー、俺は一つだけ言いたい事がある」

 

「何だよ、帰りたくなくなったか?」

 

「それはねえよ」

 

「ちぇっ、残念」

 

いかにもわざとらしく残念そうな表情を浮かべるヒカルノだが、すぐにいつも通りの楽しげなものへと戻る。彼女とて将輝が今更残りたいと言わない事はわかっている。

 

「俺にとっては一瞬だが、四人……いや来年真耶も生徒会に入るだろうから五人だな。五人とっては七年後だ。例外もいるけど取り敢えず七年後だ。七年後の七月十二日。また俺達で集まろう。その時は皆歳上って事になるけど、タメ口聞いても文句言うなよ?」

 

「逆に将輝が敬語を使ったら許さないがな」

 

「まーくんと壁を感じるからね」

 

「それは良かった。タメ口で話しかけた途端に攻撃されたら、溜まったものじゃないからな」

 

とはいえ、将輝は束に対してのみ普段からタメ口ではあるが、それを言うとまた色々面倒な事になるので言わない。

 

「将輝。また七年後だ」

 

スッと千冬が拳を突き出してくる。将輝はそれを見て、フッと笑うと拳を作り、コツンと軽く当てる。

 

「ああ、また七年後」

 

将輝は束の用意した『車じゃないけど、未来に帰るあれ』という完全に狙ったかのような名前の付いた機械に入る。

 

「じゃあ、ポチッとな」

 

機械についたスイッチを入れると共に将輝は光に包まれる。その光は徐々に増していき、一瞬眩い光がアリーナピットを埋め尽くす。

 

その光が止まった時、将輝の姿はもうなかった。

 

「帰ったな……」

 

静の呟きに三人は頷く。将輝がいる間は明るく努めてはいたが、その表情はやはり暗い。

 

どうしてもいて欲しかった。自分達と共に生きて欲しかった。彼女達の願いは届かなかった。けれど、また七年後、将輝に会える。それは揺るがない事実だ。決して短くはない時間であるが、それでも彼女達が立ち直ろうとするには充分な約束だ。

 

「うし!また明日から頑張り……ッ⁉︎」

 

「?どうした、ヒカルノ……ッ⁉︎」

 

「クッ………急に頭が…」

 

「そ、そういう事かぁ………」

 

束は激しい頭痛に襲われながら、瞬時にこの状況を理解した。

 

たった二ヶ月とはいえ、未来の人物が過去に与える影響は計り知れない。そして将輝が与えた影響はとても微量ではなかった。本来の歴史なら彼女達が交わる事はなかった。IS学園の最初の生徒達は手を取り合う事など殆どなかった。あのテロ事件はIS二機が強奪される筈だった。それを将輝は変えた。交わる事のない道を一つにし、生徒達は手を取り合い、テロ事件は完全解決を果たした。その結果、将輝の帰る未来と今の間に大きな誤差が生まれた。それ故に生じたのがーーーーー彼女達の記憶から藤本将輝という存在を抹消する事だった。

 

将輝の帰還と同時に起きたそれは関係の浅いものから順番に記憶を消去していく。そして消えてしまったそれは二度と思い出すことはない。

 

天才であるが故にその絶望的な状況を理解した。そして天災であるが故に彼女はこの状況を予期していた(・・・・・・)

 

「舐めないでよね………この天災篠ノ之束を……ッ‼︎」

 

三人が意識を失い、激しい痛みに苛まれながら、将輝が帰還に使った装置についているもう一つのスイッチを入れる。それが起動したのを見届けた後、束もまた意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま……って感じがしないな。うん」

 

過去からの帰還を果たした将輝は保健室に帰されていた。

 

時刻は束に過去に飛ばされた時間から三十分が経過しており、既に二時間目の授業が始まっていた。

 

「あちゃ〜。確か一組と二組の合同授業だったっけ。これは千ふ………織斑先生に怒られるな」

 

将輝が言い直したのは単純に公私を分ける為でもあるが、何処と無く気がついていたからだ。自分が未来に帰る事で彼女達の記憶から自分の存在が抹消される事を。

 

過去に合わせて未来が変わる事は良くある事だが、その逆はない。なのに何故その発想に至ったかといえば、束が将輝が残る事に異常なまでに固執した事だ。七年は会えないかもしれないが、いずれ会える。その気になれば七年も待たずに会える人間に対して其処まで今残る事を懇願しない。何より束であれば自分が未来に帰るや否や、その時代の将輝を拉致してしまえば良いのだから。手段としてはとても人道的とは言えないまでもたばならやりかねない行為だ。

 

今の将輝でないと駄目という意味合いもあったのかもしれないが、それ以上に彼女が何かを失う事を恐れていたのを将輝は気がついていた。そして帰る直前、それに気がついた。

 

今となってはどうしようもない事だ。仕方ない、と割り切る事が出来れば良いのだが、流石に将輝もそう簡単には割り切る事は出来ない。

 

罪悪感を感じつつ、将輝は一旦クラスに戻ると…………何故か一組のクラスメイト達は全員教室にいた。

 

「将輝さん。少し遅かったですね」

 

クラスメイト達がいる事に驚いていた将輝の元に現れたのはセシリアだった。こちらの時間にしては三十分程あっていなかっただけだというのにとても久しぶり会ったように感じてしまう。

 

「色々あってね。ところで二時間目って合同授業じゃなかったか?」

 

「それが織斑先生と山田先生が「用事を思い出した」とおっしゃって、自習になりましたの」

 

「じゃあ、一夏と箒がいないのは?」

 

「一夏さんも箒さんもお二人が出てすぐに教室から出て行きましたわ。てっきり、将輝さんの元に行かれたのかと思いましたが………」

 

「電話してみ………あれ?」

 

将輝はポケットに手を突っ込んでみて始めて自分の携帯電話が無いことに気がついた。つまり、忘れてきたのだ。七年前のIS学園に。

 

(や、やっちまった…………もう取りに帰れねぇ……)

 

忘れたからと取りに行けるような場所ではない。せめて俺だけはあの二ヶ月の時間を覚えておこうとした矢先にこれである。流石の将輝も項垂れた。

 

「ま、将輝さん?どうかなさいました?」

 

「いや………携帯なくしちゃって。ごめんだけど、箒に電話してくれる?」

 

「ええ。お安い御用です…………あ、もしもし箒さん、今何処に…………はい?生徒会室?何故そのような所に…」

 

「セシリア。携帯貸して」

 

「はい。箒さん、お電話変わりますわ」

 

「もしもし、箒」

 

『ま、将輝⁉︎な、何故セシリアの電話に将輝が⁉︎」

 

「携帯無くしたから、借りてるんだ。ところで今何処に?さっきセシリアが生徒会室にいるって言ってたけど」

 

『千冬さんと山田先生が急に何処かへ行ったものだから、つい気になって追いかけてきてしまってな。それにその時の様子がどうも普段の千冬さんではなかったというか。一夏は「昔あんな千冬姉を見た事がある気がする」といって追いかけて行ったものだから、私もなんとなく…………将輝?』

 

「了解。すぐにそっちに行く。セシリア。ありがとう」

 

将輝は電話を切って、セシリアに渡すと生徒会室に向けて走り出した。



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紡がれる奇蹟

 

三十分前。

 

本当は将輝はその時点で既に現代への帰還を果たしていた。

 

何故三十分の誤差を生んだのか?それは偏に将輝が時間移動をした事によるフィードバックによるものだ。過去に飛ばされた時も実は三十分以上気を失っていた時間があった事を本人は気づいていない。

 

そして将輝が帰還を果たした直後、五人の人間の脳裏にとある出来事が蘇った。

 

「ッ⁉︎……将……輝?」

 

「将……輝先輩……?」

 

授業を終え、一組の教室から帰ろうとしていた千冬と真耶は突如蘇った記憶(・・・・・)に思わず口から言葉が漏れた。

 

「真耶。君も思い出したのか?」

 

「はい。あの人の事ですよね」

 

名前を言わずとも千冬や真耶には理解出来る。二人にとって、その人物は誰よりも慕っていた人物であり、初めて心を奪われた人物でもあった。

 

其処からの二人の行動は早かった。

 

普段なら百パーセント優先する筈の授業を自らの都合で自習へとした。

 

公私を区別しろ、と一夏に口を酸っぱくして言っている千冬は人の事を言えないなと思いつつも、何よりも優先すべき約束を果たす為、真耶と共に生徒会室へと赴いた。気付くはずの尾行者二人を引き連れて。

 

「織斑先生に山田先生。どうかしましたか?確か二時間目は一組と二組の合同授業だと伺っていますが」

 

生徒会室に入った二人を迎えたのは現在の生徒会長である水色のセミロングの髪型の少女、更識楯無。対暗部用暗部の更識家十七代目当主であり、楯無とは代々当主の襲名する名前である。そして彼女はロシアの国家代表であり、現在諸事情で専用ISの使用が不可能となっている千冬を除いて、文字通り学園最強の人物だ。

 

「急用を思い出してな。授業は自習にしてきた」

 

「織斑先生一人ではないということは、裏の仕事ではないという事ですね」

 

「そんな物騒なものではない。それに用と言ってもな、お前にではなく、ここに用があった」

 

「ここに……ですか?」

 

千冬の言葉に楯無は首を傾げる。彼女が授業を自習にしてまでここに来たというのだから、何かしら問題が発生し、自分の所に来たとそう思っていた。楯無は千冬が一体何をするためにここに来たのか、疑問を感じて問おうとするが、千冬と真耶の視線がある一点を見つめていることに気がつき、視線の先にある物を見た。

 

其処にあったのは初代生徒会の写真。堅そうな表情で映っている二代目以降の生徒会とは違い、全員が様々な表情を浮かべている。そして何よりも異なっている事はその中央にはIS学園の制服と思われる服を着ている男子がいるという事だ。

 

「あの写真がどうかしましたか?」

 

どうかした、というよりもそもそもあの写真自体どうかしている。今でこそ、男子二人を迎えているIS学園だが、七年前のIS学園設立初年度の入学生に男子がいたなどという話はなかった。何より楯無自身も一度千冬に写真の人物について問いかけた事があったが、返ってきた言葉は「わからない」というものだった。初めは何か複雑な事情でもあるのかと勘ぐった楯無だが、千冬の態度を見ている内に本当にわかっていない事に気がついた。まるでその記憶だけが抜け落ちたかのように。楯無はそれ以上、深く追及する事はなかったが、今であれば答えを聞ける、そう思った矢先、先に口を開いたのは千冬だった。

 

「私達初代生徒会が何と呼ばれていたか、知っているか?」

 

「最強の生徒会。その時代のIS学園生徒の中で最も優秀とされたメンバーで構成された生徒達の抑止力として作られた組織ーーーでしたね」

 

「ああ。一人は絶賛全国手配、一人は日本を代表する研究所の所長、そして私は元世界最強でIS学園の教師をしている。一人はあまり表立って動いていないが、テストパイロットをしている。あの時代はとても考えられなかったが、間違いなく私達五人(・・)はIS学園の歴史上揺らぐことの無い最強の生徒会だろうな」

 

「五人……という事はやはり」

 

「ああ。どういう訳か、つい先程思い出したよ。山田先生とほぼ同時にな」

 

「どうして先程思い出したのか、私達にもわかりません。あれだけ忘れたくないと思っていたのに」

 

「全くだぜ、今の今まで何で忘れてたのか、脳味噌取り出して調べてみたいよ」

 

「おそらく束の奴が関係しているのだろう。理由を吐かさせないとな。もちろん私の拳でな」

 

そう言って生徒会室に入ってきたのは二人の女性。片方は千冬のようにやや吊り上がった目が印象的で厳しそうな雰囲気を醸し出しているが、それも口に咥えられたポッキーとスーツの上から着られた白衣の所為で殆ど感じられない。もう片方は頭に黒いスポーツサングラスを乗せ、ニヤリと開かれた口からは特徴的な犬歯を覗かせている。見るからに研究者のような印象を持たせる服装とは裏腹に背中には何故かモリが装備されている、どちらもかなり異質だ。

 

だが、千冬や真耶にとって二人のそれは当たり前で、着ている服こそ違えど殆ど変わらない友人達の姿に頬を緩ませた。

 

「お久しぶりです。篝火先輩、黒桐先輩」

 

「おー、まーやん、お久だね〜。またしばらく見ない内におっきくなったナー。何処とは言わないけど」

 

「其方の栄養を少しでも他のところに回せないのか?」

 

「もう!それ気にしてるんですから、言わないで下さい!」

 

二人の真耶のとある部分に対する指摘に真耶は涙目で反論する。異性を思わず釘付けにしてしまう程の立派なものを持っている真耶ではあるが、本人にとってそれは悩みの一つでもあった。

 

「ヒカルノも静もあまり真耶をからかうな」

 

「にしし、まーやんは癒しキャラだから、ついついやっちゃうんだにゃー」

 

「同感だ。ところで束はどうした?奴のことだから先に来ているものだと思っていたがーーー」

 

「呼んだー?」

 

静の言葉に応えるように現れたのは兎耳のついたカチューシャを付け、青いエプロンドレスを着た束。相変わらず人を食ったような笑みを浮かべて、彼女はぶら下がっていた天井からくるりと一回転して、降り立った。毎度毎度天井から現れる彼女には何か特別な拘りでもあるのかと問いたい所である。

 

「はろはろ〜、ちーちゃんとマヤマヤ以外は四年ぶりくらい?愛しの束さんだよ〜」

 

「タ〜バねーん!」

 

「ヒッカリーん!」

 

束とヒカルノは互いを確認するとまるで感動の再会を果たしたかのように互いを抱きしめ合う。なんやかんやであの学生生活で誰よりも仲良くなったのはこの二人だ。IS学園に入学する前の束を知る人物達はそれこそ目が飛びてるかと思うほどに驚いていたし、千冬も三年間同じ学び舎で過ごした(クラスには殆どいなかった)とはいえ、今でも別人になったのではないかと疑う程だ。

 

(あれ?ひょっとして私、今凄い状況に立ち会ってない?)

 

楯無はさりげなく自分の目の前に集まっている人物達が大物達ばかりである事に内心驚いていた。もしここに生徒達がいれば、それこそ狂喜乱舞している程だ。それ程までに彼女達はIS関係者の間では知らぬ者などいない人間なのだ。因みに真耶も千冬の後釜として国家代表へと推薦されていたが、彼女は教育者としての道を選んだ為に彼女は今ここで教師をしているだけで、それまで彼女は間違いなく第三回モンドグロッソの優勝候補筆頭であった。

 

そんな大物達がいるからこそ、尚気になる、写真の人物が誰であるのかを。

 

(……って、この男の人。何処かで見た事があるような……。それもかなり最近)

 

ここ最近、あまり注視した事が無かった為、楯無は気づかなかったが、よく見てみればその顔には見覚えがあった。しかし、一度引っかかるとなかなか思い出せないのが人間で、数年振りの再会を喜ぶ四人を尻目に頭を悩ませていた時だった。

 

「ーーー何だ……結構急いで来たのに……俺が、最後か」

 

生徒会室の扉を勢い良く開き、入ってきたのは一人の少年。文句を言いながらもその表情は自分が最後であった事を喜んでいるかのようだった。

 

「七年ぶりって言うべきか、それとも普通におはようって言うべきか、迷う所だな。まあ、それよりも俺が聞きたいのは何で皆覚えてるかって事だけど……」

 

「それはねー、束さんが頑張ったからだよー」

 

『?』

 

「まーくんを未来に帰す為のあの装置にはね。もう一つ機能をつけてあったんだ。間に合わせだったから、ここにいる私達五人しか無理だったし、一か八かの勝負だったけど、成功したみたいだね」

 

「束、わかるようにはっきりと言え」

 

「つまり、まーくんを未来に飛ばす要領で、私達のまーくんに関する記憶だけ一緒に未来に飛ばしたって事さ。まーくんが七年後に帰還すると同時に私達にはその記憶も帰ってくるって訳。お蔭でまーくんが帰った直後は苦労したよ?皆は良いように記憶が改竄されてるのに、私達は抜けてるだけだから。まあ、それでも私達の心はまーくんの事を忘れてなかったみたいだけどねー」

 

ニヤニヤと笑いながら束は四人に視線を投げかける。その視線に四人は頬を赤らめ、そっぽを向いた。

 

「どういう事だ?」

 

「だって、ちーちゃん、あの後自分が会長辞めるまで副会長の席を空けておいたんだよ?それでね?理由が「ここは私達にとって大切な人間がいた気がする」って言ってずっと空席にしてたんだ。それで学園の全員も納得してたんだから、微かに覚えてたんだろうね。結局写真だって、あれ以外はないしね。他にもむぐっ⁉︎」

 

先に限界を迎えたのは千冬だった。千冬は束の口の中に右手を突っ込むとそれこそ人が殺せるような眼光と威圧感のある声音で言う。

 

「それ以上話したら、このうるさい口を引き裂くぞ」

 

「タバねん。流石に私も擁護できないよん」

 

「取り敢えず沈んでおくか?」

 

「もが!もがかがが‼︎(ちょっ⁉︎ストップ‼︎)」

 

(私のは言われなくて良かった〜)

 

「はいはい。落ち着け、千冬。静もだ。い・ち・お・う!束がした事はありがたいしな」

 

一応という言葉を強調しつつ、将輝は束の口の中に突っ込まれていた千冬の手を抜く。ふと、その時、将輝は一つ思い出した事があった。

 

「そういや、こっちに一夏と箒来てない?千冬と真耶がこっちに来てるって、箒から聞いたけど……」

 

「何?一夏と箒……?まさか」

 

将輝の言葉に千冬は眉を顰め、ジロリと僅かに開いた生徒会室の扉を睨むと扉に近づき、勢い良く開けると、其処には二人揃って盗み見している状態で千冬の眼光に身を強張らせて固まっている一夏と箒がいた。

 

「何をしている、貴様ら」

 

「今は自習の時間の筈ですよ、織斑くん?篠ノ之さん?」

 

全身から怒気を迸らせる千冬と笑顔であるにもかかわらず、目が笑っていない真耶。わかるのはどちらも二人を許すつもりがないという事だ。

 

「あー、千冬、真耶。一夏は良いから、箒は見逃して」

 

「わかった」

 

「了解です」

 

「ちょっ⁉︎何で箒だけ⁉︎いや、それよりも何で千冬姉と山田先生の事名前で呼んでんの‼︎」

 

「禁則事項だ。じゃあな一夏」

 

「え!ちょっとストップ!ボコるのはわかったから、せめて理由だけおしえてくれぇぇぇぇ……」

 

両腕を千冬と真耶に掴まれて、一夏は何処かに連れて行かれる。折檻をされて、死にかけるかもしれない事よりも自分の姉が友人に名前で呼ばれる事の方が気になる、相変わらずのシスコン具合であった。

 

「むふふ、流石まーくん。箒ちゃんの王子様として、きっちり役目を果たしてるねー」

 

「頼むからそれは俺のいない所で言ってくれ。絶対にややこしい事になる」

 

将輝と箒が付き合っていることを知っている束は肘で将輝の脇腹をつつきながら、茶化す。対する将輝はバレるのは一向に構わないが、今バラされると確実に面倒事になるのをわかっているため、げんなりしつつそう返す。

 

「りょーかい。まーくんにも箒ちゃんにも嫌われるのは死んでもごめんだからねー」

 

「将輝?出来れば今のこの状況を説明して欲しいのだが………何故姉さんの友人や黒桐先生と将輝が一緒にいるのだ?」

 

「ごめん、箒。かなり長い話になるから、また改めてゆっくり話す。今は取り敢えず、教室で待っててくれない?」

 

「……わかった。だが、絶対に話してくれよ?隠し事は嫌だからな」

 

「もちろん、絶対に話すよ。俺の過ごした時間を」

 

 

 

 

 

 

 





これにて特別ストーリーは終了です。次回からは原作四巻かな?

IF編については頑張って書いていこうと思いますので、執筆した際にはどうぞよろしくお願いします。


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☆その後の変化


お気に入り記念の後日談みたいなものです。

強いて言うなら

・将輝は彼女持ちではなく、好きな人間はいない。

・最後の生徒会室のくだりがない。

ことくらいですかね。違うのは。

ちょっとネタに詰まったのと以前に後日談みたいなのもして欲しいと言われてたのを思い出して書いてみました。気分次第で続きを投稿しますが、基本的に本編や他作品の方を優先します。

挿入投稿になりますので、今回に関連するストーリーの話の前にはわかりやすいように☆マークをつけます。


 

季節は真夏の八月。夏休みに入ったIS学園では色々な人間がいる。

 

自分の実家のある家に帰るもの、より一層部活動に励むもの、祖国に帰るもの、etc………と各々に夏休みを有意義に使用している。

 

それは教師とて例外ではなく、教師ごとに予定の確認を取り合って自由な時間を謳歌している。教師とて人間だ。ましてや超エリート校であるIS学園の教師ともなれば学園が始まれば殆ど休むことは出来ない。故に夏休み中は短い間とはいえ、完全に休みが設けられる。大勢の教師が学園からいなくなるというのは大いに問題のある事態であるからだ。

 

そして今日からは三日間ほど自由時間を得ることの出来た山田真耶はとある生徒の部屋へと赴いていた。その手に小さな荷物を持って。

 

コンコンとノックをした後、中から「はーい」と返事が聞こえ、扉が開かれる。

 

「誰……って、山田先生ですか」

 

中から出てきたのは学園に二人しかいない男子の片割れである藤本将輝。

 

真耶にとっては、彼は大切な生徒であり、またそれ以上に大切な存在であった。

 

何時もよりもニコニコとした様子の真耶は将輝の顔を見るとさらににへーっと頬を緩ませる。周囲には女子はいないものの、その表情を見れば真耶が今何を考えているのか、想像に難くはなかった。

 

「どうしたんですか?俺に何か?」

 

「はい。用事があるんですけど、部屋の中でして良いですか?流石に人目があるところではちょっと……」

 

「はい?ええ、まあ、別に良いですけど」

 

(やった!)

 

内心で真耶は歓喜の声を上げ、小さくガッツポーズをする。

 

その後、将輝に続いて部屋に入った真耶は初めての異性の部屋という事もあって緊張した様子で部屋を見渡していた。

 

「それで?話というのは……」

 

「ふぇ?あ、その事なんですけど……その前に……」

 

スーハーと深呼吸を数度した後、真耶は満面の笑みでこう口にした。

 

「こうして話すのは七年振りですね、せーんぱいっ♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は二週間前に遡る。

 

将輝はその日、傍迷惑な天災の所為で過去へと跳んだ。

 

過去へと跳んだ将輝が目にしたものは創設されたばかりのIS学園と学生時代の織斑千冬達の姿だった。

 

其処で将輝は色んなものを見た。原作よりも以前のある意味重度のコミュ症である千冬と束、好き放題にしている篝火ヒカルノ、それをまるで他人事のように見ている中学時代では保険医だった黒桐静の姿を。

 

その四人の人間性は致命的とまで言えた。ルールこそ辛うじて守ってはいるものの、人との接触を殆どしようとしない彼女達は色々と欠落していた。

 

そして酷かったのは女尊男卑の傾向が見え始めた当初だというのに、生徒達が将輝に送ってくる侮蔑と嘲笑の視線。現代になるにつれてその傾向は酷くなったとばかり思っていた将輝はその時酷く驚いた。

 

すぐに未来に帰ろうとしていた将輝だったが、現代よりも僅かながらに劣る束では製作に二ヶ月の期間を要した。その間、将輝は過去で過ごす事となり、彼もまた影響を与えないようにと不干渉を貫こうと始めは考えていた。

 

だが、根っからのお人好しであった将輝が不干渉を貫く事は出来ず、結果としてたった二ヶ月という期間にもかかわらず、IS学園は現代と同等レベルの活気に満ち溢れたものとなった。

 

その際、将輝は紆余曲折を経て、臨時副会長となり、今まで侮蔑と嘲笑の視線を送ってきていた生徒達からは最大限の敬愛と憧憬の念を送られていて、また誰よりも将輝の影響を受けた織斑千冬、篠ノ之束、篝火ヒカルノ、黒桐静、そしてテロリスト襲撃の折、助けた中学生の少女ーーー山田真耶は将輝に恋をした。

 

しかし、現代こそが自らの生きる時代であるとした将輝は彼女達の想いに応えることはなく、また彼女達の記憶が自身が現代に帰れば消失するであろうと何処かで理解していた為、迷うことなく現代に帰還を果たした。

 

けれど、その可能性を示唆し、恐れていた束はを将輝の帰還時に五人の二ヶ月の記憶を同時に転移させた。

 

その為に彼女達は七年越しに将輝の記憶を取り戻し、つい先日結果としては七年越しな再会を果たすことになった。

 

それからのIS学園はそれはそれは凄まじい事となった。

 

IS学園の保険医として黒桐静が就任し、篠ノ之束と篝火ヒカルノも非常勤講師となり、IS学園ではてんやわんやの事態へと発展した。

 

何より凄まじい変化であったのは過去に将輝に告げられた将来体罰教師になっているという事態を重く見たのか、千冬が怒る際に出席簿で叩かなくなったことだ。それには生徒達。特に弟である一夏は何か悪いものでも食べたのかと心配していた。

 

真耶も真耶で何故か急に出来る大人へとクラスチェンジし、何時の間にかわたわたとする事はなく、生徒達から真耶ちゃんが出来る女になったと噂されるようになった。

 

こうして忙しい期間が流れるように終わり、将輝と話す機会のなかった真耶は初日からの三日間ほどを休日として将輝の部屋を訪れていた。

 

「あー、えーと、山田先生?」

 

「先生はやめて下さい。今は年上になっちゃいましたけど、昔みたいに真耶って呼んでください。私も将輝先輩って呼びますからっ♪」

 

「そうは言われても……」

 

二週間前までならいざ知らず、夏休みに入るまでの間、幾度となく、千冬と真耶のことを名前で呼びそうになっていた将輝は最近やっと二人を今まで通りに先生と自然に呼べるまでに戻せていた。それをいきなりまた名前で呼んでほしいと言われても、それはそれで辛いものがあった。

 

「先輩の事ですからそういう対応になるのはわかってました。だから………じゃーん!」

 

「それって……」

 

「そうです。IS学園の制服です!」

 

真耶が小さな荷物の中から取り出したのは綺麗に畳まれていたIS学園の制服だった。

 

「これを着れば先輩も私の事を名前で呼びやすくなるんじゃないですか?」

 

「それ以前に着れるんですか?」

 

「大丈夫です。自慢じゃありませんけど、高校の時からあまり成長してませんので!」

 

えっへんと胸を張ってそういう真耶だが、本当に自慢になってはいなかった。胸を張るという動作によって、その豊かな双丘が上下に揺れたのを見て、将輝は目をそらす。

 

「それじゃ着替えてきますんで待っててくださいね。の、覗くのは………ちょ、ちょっとだけなら………やっぱり何でもありません!」

 

そう言って真耶は脱衣所の中へと消えていく。鍵をかけなかったのは、先程の発言が関係している………というわけではなく、単に天然だからである。

 

「着替えましたよ〜」

 

数分経ったところでそう言って真耶が脱衣所から姿を現した。

 

「ど、どうですか……?」

 

「……全然おかしくない、似合ってる」

 

「そ、そうですか。ありがとうございます」

 

えへへ〜と真耶はまた頬を緩ませる。

 

今までは一つの部分以外に関しては殆ど成長しない事に悲観的な思考だった真耶だが、今はその事に心の底から感謝していた。

 

「あの時は先輩に見せられなかったので、こうして見せる事が出来て嬉しいです。ちょっと胸が苦しい事とスカートが短いのが恥ずかしいんですけど……」

 

そう言って真耶は恥ずかしそうにモジモジとする。その様子を見て、将輝は可愛いなぁと和んでいた。

 

「あ、あの先輩。お隣に座っても良いですか?」

 

「良いよ。やま…………真耶」

 

「ありがとうございます!」

 

やっと名前で呼んでくれた。真耶はそれに歓喜した。この二週間。ずっともどかしさを感じていた。自身が心の底から慕い、好意を抱いていた人間が先生と何処か他人行儀に接される事に。

 

それも仕方のない事ではあった。昔は真耶が後輩であったが、今は教師と生徒。それが当然の関係だった。

 

けれど、真耶はもう一度昔のように接して欲しいとそう願っていた。せめて二人きりの時だけでも名前で呼んでほしいと。それがたった今成就されたのだ。

 

真耶の脳内は絶賛フィーバー状態。嬉々として将輝の隣に座ろうとベッドに近づいていく………途中で躓いた。どれだけ出来る大人になっても天然スキルだけは直らなかったのである。

 

そしてその天然スキルは将輝を巻き込み、傍目から見れば真耶が将輝を押し倒しているような構図となってしまっていた。

 

「だ、大丈夫ですかぁ?」

 

「全然大丈夫……肉体的には」

 

肉体的にはベッドの上に倒れているだけであるので、例え将輝がISとの同化状態であろうとなかろうと何の問題はない。強いて言うなら押し付けられている宝具とも言える真耶の装備が将輝の理性を凄まじい勢いで削っていることくらいだ。

 

将輝の言葉の意味が分からずにキョトンとした真耶であったが、すぐにその意味に気づくと顔をかぁーっと真っ赤にしつつも、それをなお一層押し付けた…………というよりも将輝に抱きついた為に押し付ける形となっていた。

 

「先輩…………私、ずっと辛かったんです」

 

「ま、真耶?」

 

「中学三年の時、私、色んな人に告白されたんです。今まで全然そういう事が無かったのに急に告白されるようになりました。皆さん、魅力的な方ばかりでした………でも、全然好きにはなれませんでした。別にその人達が悪い人だとかそういうのじゃなくて、私には他に好きな人がいるって、例え覚えていなくてもその人の事を心の底から愛していたって思ったから」

 

千冬達と同じように例え記憶にはなくとも、心が覚えていた。

 

千冬達に比べればごくごく僅かな時間しかいられなかったが、それでも確かに一人の人間に恋をした事を。自分を変えてくれた誰よりも大切な人間の事を。

 

「あの日は私もまだ子どもだったのでキスだけしか出来ませんでしたけど………今はその………もし先輩が宜しければその先だって……出来ます」

 

潤んだ瞳で真耶は将輝の顔を覗き込む。その頬は恥ずかしさで紅潮しているものの、瞳には確固たる意志が宿っていた。

 

「好きですっ、先輩。もし良ければ私と付き合って「うわっ⁉︎」下……さい……?」

 

ドアが勢いよく開き、中に雪崩れ込んできたのは一夏を筆頭にした箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ達専用機持ちだった。

 

突然の乱入者に何事かと思った真耶は六人の顔を見ると途端に顔を青くしていった。

 

「み、皆さん………ここで何を……」

 

「あ、いや、そのですね。偶然通りかかっただけで……というか、山田先生、その格好……」

 

「別に盗み聞きしてたとかそういうのじゃないから安心して」

 

「恋愛に年の差なんて関係ないですよねっ。が、頑張って下さい」

 

「ふむ。これが『ぷれい』というやつか。なかなか変わった趣向だな」

 

「何故だ、将輝⁉︎何時からお前はそんな変態に……」

 

「頼まれればわたくし共も助力を惜しみませんでしたのに!」

 

「なんか盛大に勘違いされてるぞ、これ」

 

口々に話す六人の話を聞いて、将輝は額に手を当てた。

 

確かに事情を知らない者からしてみれば、そういう趣向を将輝か真耶が持っていると勘違いするのは当然と言える。かといって、そうでなくとも真耶が将輝に告白していたという事実は箒やセシリアにとってはかなり衝撃的な事実だった。

 

「というか、真耶。鍵閉めてなかったのか」

 

「はわわわわ、すみません、先輩。やっと二人きりで話せるって舞い上がってましたから……」

 

「いや、まあ真耶の天然は今に始まった事じゃないし、それもチャームポイントだから良いんじゃない?」

 

それを聞いた真耶はホッと胸をなでおろすが、事態は全くといっていいほど解決してはいない。それところか、自分達が現れてもそのやり取りを平然とやってのける二人を見て、事態は悪化の一途を辿っていた。

 

「ふむ。随分と慣れているということはかなり数をこなしていると見た」

 

「え、えええ⁉︎数って……まさか……」

 

「まあ、そういうことでしょうね。あんまり弱点がないからおかしいと思ってたら、まさかこんな趣味の持ち主とはね」

 

「ああ……お父様、お母様。わたくしはどうすれば良いのでしょうか………将輝さんがとても遠いところに……」

 

と四人が思い思いに盛大に勘違いをしている横で同じリアクションを取りながらも一夏と箒だけは妙なもどかしさを感じていた。

 

「なんかよくわからないけど………山田先生が将輝の事をそう呼ぶのって凄い懐かしい気がする……」

 

「一夏もか?私も何故かその呼び方には違和感を感じないのだ。それどころか、聞き覚えがあるような気さえする」

 

首をかしげる二人だが、全くと言っていいほど思い出せる気配はなかった。あくまで束が記憶を未来に送れたのは千冬、束、ヒカルノ、静、真耶の五人のみでその他の人間には感覚は残っていても自力で思い出す事は出来ないのだ。

 

「………やれやれ。小煩いと思ってきてみれば、やはりお前達か。織斑」

 

騒ぎを聞きつけて現れたのは定番となっている黒いスーツ姿の織斑千冬だった。夏休みであるためか、その手には出席簿は握られていないが、その代わり何故かハリセンが握られていた。

 

「夏休みに入ったからといって羽目を外しすぎるなとあれ程…………何をしているんですか、山田先生」

 

一夏達に説教を始めようとした千冬だが、視界の先、IS学園の制服に身を包んだ真耶の姿を見て、額に手を当てて、溜息を吐いた。

 

「えっと、あの、違うんです!決してそういう趣味ではなく………織斑先輩はわかるはずです!私だけ先輩に制服姿見せられなかったからこうして先輩に………」

 

「確かにそう言われれば、真耶は将輝に制服姿を見てもらっていなかったな。だが、そういう事をするのであればもっと周りを警戒してだな。というか、将輝も将輝だ。真耶の天然ぶりはわかっているだろう?」

 

「あー、ごめん。ちょっと想像の遥か上を言ってたみたいでさ。悪いな、千冬」

 

「あ!先輩、今馬鹿にしましたね⁉︎わ、私だってやれば出来る子なんですよ⁉︎というか、なんで織斑先輩はそんな自然名前で呼ぶんですか!私の時はあんなに手間がかかったのに!」

 

「それはその……な。千冬は時々会いに来てたし、二人の時は名前で呼ばないと拗ねるから」

 

「す、拗ねてなどいない!ただ私は当然の権利を……」

 

自分達をそっちのけで将輝と真耶は千冬を巻き込んで三つ巴のいがみ合いを始めた。

 

日頃……というか、今まで見たこともない千冬の露骨に感情を押し出した素振りに全員が度肝を抜かれていた。

 

織斑千冬といえば何処までもクールで知る人ぞ知るブラコンではあるものの、こうして人の目があるときは基本的に触れれば切れそうな日本刀のような鋭いオーラを放っている。その為、威圧感は凄まじいものがある。

 

だが今の千冬はそんな素振りなど全くない。まるで少女のように感情的な発言ばかりをしていた。それには当然日頃の千冬を知る六人は驚かないのも無理はないが、やはり一夏と箒だけは何かこの光景前にも見たことあるような気がすると唸っていた。

 

「第一、抜け駆けは禁止だと言ったはずだ!私は二人きりになっても普通に話をしていただけだというのに!」

 

「何を言ってるんですか!織斑先輩はあの日の文化祭で先輩に告白した後に皆より先にキスしちゃったじゃないですか!抜け駆けしたのは先輩が先です!」

 

「あ、馬鹿……」

 

時すでに遅し。真耶の発言に六人全員が確かに反応した。

 

「教官が将輝に告白……だと……⁉︎」

 

「まさか織斑先生まで……」

 

「あんたどんだけ見境ないのよ……」

 

「わ、わたくし、気分が悪くなってまいりました……」

 

「将輝。その辺り詳しく話を聞かせてくれないか?特に告白からキスのくだりとか!」

 

「だな。これは一度話を聞いておかないと納得出来そうにない……!」

 

「一夏、箒なんか目が怖いよ?」

 

目からハイライトの消えた二人は不気味な微笑みを浮かべて将輝ににじり寄る。視線を真耶と千冬に向けて助けを乞うものの、どうやら今の二人は千冬と真耶でも怖いらしく、そそくさと退散……しようとして捕まっていた。

 

「千冬姉も。聞きたいことあるからそこにいて」

 

「いや、私は仕事が……」

 

「そ・こ・に・い・て」

 

「わ、わかった……」

 

(お、織斑くん怖い……)

 

一夏のシスコンレーダーに見事に引っかかってしまった三人はこの後理由について細部まできっちり話す羽目になった。



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IF〜もう一つのストーリー〜
番外編:セシリアルート


最近気になっている子がいる。

 

基本的に容姿レベルがトップクラスのこのIS学園で『気になっている子』などという不明瞭な言い回しでは到底伝わらないだろう。

 

彼女は一言で言えば『淑女』だ。

 

頭のてっぺんから足の先まで洗練された立ち振る舞い。整った顔立ちに出るところは出ていて、引き締まっている身体はレベルの高いここでも更に上位に位置する。

 

しかも頭も良く、腕も立ち、『国家代表候補生』と呼ばれるIS操縦者のエリートで自他国の代表候補生からも一目置かれているが、彼女はそれを鼻にかけない。その謙虚さも女尊男卑のこの世の中では素晴らしいといえる心掛けだ。是非とも、今の世の女性諸君には見習ってもらいたい。

 

因みにその気になっている子というのは…………

 

「将輝さん、おはようございます」

 

「おはよう。セシリア」

 

イギリスの国家代表候補生。セシリア・オルコット、その人である。

 

彼女と知り合ったのは一応(・・)幼少期、十年前にイギリスで出会った。

 

その頃は互いに名も告げず、幼かった事もあり、二度目の再会を果たした三年前の時点では完全に変わった顔立ちに俺の方は全く覚えていなかった。いや、俺の方は十年前も三年前も関係なく、等しく、ほんの三ヶ月前の出来事だ。

 

厨二病のように聞こえてしまうかもしれないが、俺は俺であり、俺じゃない。

 

俺という人間がこの世界に生まれ落ちたのはかれこれ二年前。生まれ育ったイギリスから日本の中学校に帰国子女として編入する当日だ。

 

藤本将輝という人間に憑依し、憑依前と原作知識を持ちながら、ISの世界に生まれ落ちた俺の代償は元の俺、つまり本体の記憶の忘失だった。

 

クラス代表決定戦の後、俺は偶発的にとはいえ、彼女と出会い、そして誓いを立てた頃の記憶を思い出す事に成功したということは記憶は何かが原因で喪失しているだけで壊されたわけではないというのはわかっている。

 

けれど、三ヶ月経った今も俺は思い出す気配はまるでなかった。

 

何とか記憶を戻す方法を模索しつつ、日常を送ってはいるものの、全くと言っていいほど成果はない。

 

一度は新しく始めようと決めていた人生だが、まるでそれを許さないかのように俺自身に突きつけられた現実。俺が他人の人生を奪い、そいつを慕っていたセシリアの想いも奪った。その事実からは逃れようがない。俺は一生それと向き合い続けるしかない。

 

「将輝さん?どうかなさいました?」

 

「いや、何でもないよ。少し考え事をしてただけだから」

 

そしてきっとこの想いも永遠に届く事はないだろう。絶対に知られてはならない。俺が犯した罪は何処までも重く、決して贖罪できるものでもないのだから。

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたくし、セシリア・オルコットには心から慕っている殿方がいます。

 

その方は聡明で凛々しくて、とても強い方。

 

彼と出会ったのは十年前の事。

 

立場上、常に忙しかった父と母は何時も仕事ばかりだった。

 

仕方のないことだと今となってはわかりきっている事ですが、当時、まだ幼かった私は周囲の同い年子ども達が家族と仲良く遊んでいる事が羨ましかった。

 

父と母の気を引きたくて近場の公園にあった焼却炉に隠れてみたものの、何処に行くかも告げず、何より忙しかった二人が私をわたくしを探しに来る暇はなかった。

 

待てど暮らせど父と母は来ず、真っ暗で閉鎖された空間にいたわたくしは惨めにも泣いてしまった。

 

どれくらい泣いたかはもう覚えていません。ただ、声も枯れるほど泣き続け、誰かに助けを求めた時、暗闇に光が射し込みました。

 

『泣いてるの?大丈夫?』

 

焼却炉の扉を開いたのは同い年くらいの少年。一瞬、父か母とばかり思った私は少し残念でしたけど、暗闇の中、一人ぼっちで心細かった私にとって、暗闇から救い出してくれたその子は絵本の中の王子様に見えました。

 

『泣かないで』

 

父と母が来る直前までその子は優しげな表情で泣いているわたくしの頭を撫でてくれた。

 

その時は結局名前を聞けず、その子と会うのは数年経ったある日の事でした。

 

十三歳の春先、父と母が事故で他界した。

 

列車事故で、一度は社会の立場上から陰謀説も囁かれましたが、その凄惨さからは到底人為的なものでは起こりえないとされ、周囲もそれを納得した。納得出来なかったのはわたくしただ一人。

 

だから葬儀の日も財閥の当主であった母と親しかったり、仕事関係者が出席する中、わたくしだけが二人の…………いえ、母の死を受け入れられなかった。

 

幼い頃、心から愛していたはずの父は母が表立って活躍し、そしてISの出現によって男性の社会的地位が低くなるのと同じように母に媚へつらうようになってしまった。

 

そんな情けない父を見るのが嫌で、極力父との接触を避け、必要な事は全て母にしか話さなかった。

 

その頃のわたくしは男自体を毛嫌いしていた。

 

世の男性は皆情けない。わたくしは将来絶対に婿は取らないと、そう心に決めていた。

 

数年前、わたくしを救い出してくれた男の子も事も忘れ、ただ強くあろうと、一人でもやっていけるのだとわたくし自身が証明するつもりでした。

 

けれど、結局わたくしは強くはなかった。母の死を受け入れられず、剰え父の死を蔑ろにしてしまっていた。

 

葬儀に出席せず、一人泣いていたわたくしの元に現れたのは一人の男。同じくらいの年齢の青年はわたくしを見るなりこう言った。

 

『こんなところで何してるの?もう葬儀は始まってるよ?』

 

まるでこの葬儀に参加している方が全ての疑問を代弁してぶつけられたような気がした。きっと年上の人がそう言われたのであれば、自分の気持ちを偽って参加するとその場で言っていたのかもしれない。けれど、その青年が自身と同年代である為、わたくしは嘘をつきませんでした。

 

『わたくしは………参加しません』

 

『そうなんだ。実は俺もサボろうかなって思ってるんだよね』

 

てっきり参列者の誰かに連れて来させるように頼まれていたとばかり思っていたわたくしは一瞬面を食らい、その後その発言に怒りを覚えた。だって目の前の青年はわたくしをオルコットの娘と分かってそう言っているのだと思っていたから。侮辱しているとそう思った。

 

『…………馬鹿にしてますの?』

 

怒気を孕んだ声音でそう問いかけると青年はそれを即座に否定した。

 

『別に馬鹿にしてるわけじゃないんだけど…………それは兎も角、どうして泣いていたのか、理由を聞いてもいいかな?』

 

『な、泣いてなどいません!』

 

わたくしがそれを否定したのはただの強がりだった。男の前でだけは弱い部分を見せまいと。泣いていたのは誰の目にも明らかだったけれど、強がらずにはいられなかった。それを追及されまいとその場を離れる為に立ち上がったけれど、不意に立ち眩みがし、わたくしは青年に向けてもたれかかるように倒れてしまった。

 

すぐに離れなくては、そう考えるわたくしの心とは裏腹に青年はわたくしを抱き締めた。

 

何をと問いかける前に青年は優しさに満ちた声音でこう言った。

 

『泣いていいんじゃないかな。大切な人達だったんでしょ?我慢する必要なんてない、周りに泣いてる姿を見せたくないなら、今泣けばいい。頼りないかもしれないけど、せめて今だけは俺が胸を貸すからさ』

 

そう言われた途端、わたくしは恥も外聞も無しに惨めに泣き出してしまった。おそらくわたくしはその瞬間に受け入れてしまったから。大切だった両親の死を。声も枯れてしまう程にその方の腕の中で泣き喚いてしまった。

 

一通り泣き終えた後でわたくしはすぐにその方に謝罪した。

 

いくら相手がそう言ってくださったとはいえ、淑女として見苦しいところを見せてしまったのが申し訳なかったから。

 

『ところで君の名前はなんていうの?』

 

『セシリア・オルコットです』

 

『え゛』

 

青年は聞くのではなかったと言わんばかりにそんな声を上げた。その反応を見て、初めて気がついた。その方はわたくしをセシリア・オルコットだと知らず、接していたのだと。

 

わたくしを誰とも知らず、ただ純粋に泣いていたからそういう行動を取った。そんな優しい行動を取った青年の名をわたくしは聞かずにはいられなかった。

 

問いかけると何が辛いのか、言いづらそうにしていましたが、此方が教えたのだから教えないと駄目と言うと渋々青年は名を教えてくれた。

 

『藤本………将輝……です』

 

その時、わたくしはしっかりとした形で将輝さんと出会いを果たした。

 

その後、葬儀の間、わたくしは将輝さんに支えてもらい、何とか気丈に振る舞うことが出来た。そしてふとした出来事で彼を数年前に出会った王子様である事を思い出し、互いに誓いを立てた。

 

あの日の出来事があったからわたくしはイギリスの代表候補生になる事が出来た。慢心せず、常に淑女たる行動を心がけた。全ては彼に相応しい人間となる為に。

 

けれど、久しぶりに会った彼は記憶喪失となっているらしい。

 

『らしい』というのは本人が言っているから。

 

はっきり言ってわたくしはそれに少しだけ疑問を感じている。

 

根底の部分は何も変わってはいないけれど、それでも記憶喪失というにしては変化が著しかった。

 

まだ確信はないし、思い違いである可能性の方が圧倒的に高いので誰にもこの疑念を打ち明けてはいないけれど、もし将輝さんに何があったのだとしたら、わたくしもそれと向き合わなければなりません。

 

他でもない。愛する殿方の抱えている問題なのだから。

 



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番外編:セシリアルート2

 

「どりゃぁっ!」

 

ガギンッ!

 

俺の振るう《無想》は金属音と共にラウラのプラズマ手刀によって阻まれる。

 

AICで拘束されないためにすぐさまその場を離れるが、回避先には既に六本のワイヤーブレードが放たれていた。なんとか五本は回避するも一本は足に絡まり、態勢を崩される。

 

「隙だらけだぞ!」

 

放たれたレールカノンの砲弾を《無想》で防ぎ、足に絡まったワイヤーブレードを断ち切り、瞬時加速でラウラへと詰め寄ろうとして、直前で真上に回避する。

 

「相変わらず敵意と殺意には敏感だな……だが!」

 

今度はラウラが瞬時加速を利用して俺に接近してくる。今までのようにそれを迎え撃とうと構えるが、構えた《無想》には何時の間にかワイヤーブレードが絡み付いていた。おまけに離そうにも手首ごと固定されている。

 

そしてそれによって判断が遅れた事でラウラへの対応が完全に遅れた。

 

「チェックメイトだ」

 

「降参だ」

 

AICに捕まった事で反撃以前に行動の術を失った俺がそう答えると拘束していたAICが解除される。

 

「これで私の七勝三敗だな」

 

「あー、また離された」

 

追いつくのは何時になるやら。

 

「常々思ってはいたが、貴様は勘が良すぎるな」

 

「そうか?一夏の方がこういう時は良い気がするぞ」

 

恋愛事情に関して言えば致命的なまでに鈍感だがな。小学生だってもうちと鋭い。

 

「あれと貴様の鋭さは違うし、あれは基本鈍いからな。お前の場合は常時だ。他人の敵意と殺意にあまりにも敏感すぎる。敵意のない攻撃や連携攻撃で片方の敵意が強すぎると明らかに反応が遅い上に混乱する。鋭いのは結構だが、それ以上の弱点がある事は問題だ。治すのは無理だろうが、それに従うのは避けた方が良い」

 

「了解。もう少し理性的に動いてみるよ」

 

とはいえ、敵意や殺意に敏感なのは元々だし、従うのは生物本能みたいなものだから結構難しいかもしれないな。

 

「今日はここまでにするが、貴様はどうする?」

 

「反省を含めた特訓かな。まだアリーナが閉まるまでは時間があるし」

 

「オーバーワークは逆効果だぞ?」

 

「わかってる。でも、俺は強くなりたいんだ」

 

「………まだ、福音の時の事を引きずっているのか?」

 

「そんな事は……」

 

ない。と言おうとしたが、多分結構引きずっている。

 

福音との闘い。物語の流れを知っていながら俺は作戦に参加出来ず、一夏の撃墜イベントを防ぐ事は出来なかった。一夏の敵討ちに向かった時も余裕を持って一度は福音を撃墜したが、二次移行した福音から辛うじて皆を助けるのが精一杯だった。原作通り一夏が二次移行した白式で参戦していなければジリ貧だっただろう。

 

あの戦いで無力感を感じた俺は模擬戦などを行った後もしばらくは特訓を一人行っている。ラウラもそれに気づいているだろうから、そう忠告してきた。

 

「………あの時は藤本将輝。貴様がいたお蔭で私達は大した怪我もなく、織斑一夏が参戦してくるまでの間、凌ぐことが出来た。それは恥ずべきことではない」

 

「でもさ。一夏がもし来なかったら、あの時、誰かが死んでいてもおかしくなかった」

 

「そうだな。それ程までに福音は強力だった。だが、だからと言ってISを起動させてたったの三ヶ月しか経っていない貴様が劣等感を抱く必要はない。それなら寧ろ私達代表候補生側に問題がある。命令違反で動いた上に不可思議な現象で回復はしていたものの、怪我人にまで出張らせたのだ。四人も代表候補生がいながら不甲斐ないばかりだ」

 

「仕方ないんじゃないか?相手は二次移行した軍用ISだったし」

 

「ならそれはお前にも言える事だ。強くなりたいと思うのはいいが、強すぎる渇望は己を滅ぼすだけだぞ。私のような空虚だった人間がそれを生きる糧としたようにな」

 

そういうラウラの表情は何処か憂いを帯びたような、懐かしむような表情していた。

 

強すぎる渇望は己を滅ぼす。それはわかっている。皆は俺が思っているほど弱くもない。代表候補生だし、勝率は相手によるが、多分微妙に負け越している。寧ろ護られるのは俺なのかもしれない。

 

それでも俺は皆を守る力が欲しい。

 

誰も泣かずに済むだなんて綺麗事は言わないが、せめて俺の手が届く範囲では傷ついたりして欲しくない。

 

特に彼女はーーーセシリアだけは命に代えても守り抜かなくてはならない。

 

「忠告はしたからな。あまり無理はするなよ。お前が無茶をするとセシリアが悲しむからな」

 

「ラウラは悲しんでくれないのか?」

 

「私か?………そうだな。悲しむ事はないだろうが、苦しむかもしれないな」

 

俺の冗談にラウラはそう答えた。

 

セシリアが悲しむか。

 

そうだな。この身は彼女にとって大切な人のもので無茶をすればするほど傷を負うのもこの身体だ。だとすればセシリアが悲しむのは当然だと言える。

 

でも、それでも俺は強くならないといけない。この命が尽きるまで俺は彼女にふりかかる邪悪全てから彼女を守り通すと決めたのだから。もし、原作とは違うイレギュラーが起きた時に手も足も出ないでは意味がないからな。

 

「どうした?浮かない顔をしているようだが?」

 

「なんでもない。ちょっと考え事してただけ」

 

「考え事と言う割にはかなり深刻そうだったが?」

 

表情に出てたか。バレないようにしないと。

 

「………話す気がないのならそれでもいいがな。せめてセシリアには言ってやれ。あいつは気がついてもお前が打ち明けるまで気が付かないフリをするだろうからな」

 

そう言い残して、ラウラはピットへと帰っていった。

 

そうだ。セシリアならきっとそうするかもしれない。例え気がついていても俺が言いだすまで何も言わないだろう。だから俺から言い出さなければならない。俺自身が抱える問題は。彼女から切り出されるまで黙っているというのは逃げでしかない。なんとなく、ラウラにそう言われた気がした。

 

……腹をくくるか。

 

セシリアに拒絶されるかもしれないが、それも致し方ない。彼女の憎悪は甘んじて受け入れよう。

 

………今は考えるのよそう。とにかく強く。ただただ強くならなくては。

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いうわけなのだ。何か心当たりはあるか?」

 

「唐突に来たかと思えば………そういうことか」

 

ピットでシャワーを浴びて寮へと帰宅したラウラの足は箒の部屋へと向いていた。

 

理由は一つ。将輝の抱えている悩みがなんなのかを知るためだ。

 

聞いても教えてくれず、考えてもわからないなら他人からヒントをもらうしかない。そして中学時代、半年間とはいえ、将輝と交流があった箒なら何か知っているのではないか?そう考えたラウラは思い立ったが吉日とばかりに箒の部屋を訪れていた。

 

「心当たりがあるのか?」

 

「残念だがわからないな。すまない、力になってやれなくて」

 

いくら誰よりも将輝といる期間が長いとはいえ、たった半年程度。おまけに将輝はあまり自分のことを話さないため、なかなか心当たりとなりそうな手がかりは得られる事はなかった。

 

「そうか………いきなりで悪いな」

 

「いや、こちらこそ力になれなくてすまない。それよりも将輝の方はそんなにも深刻なのか?」

 

「私から見れば其処まで大したものではない。だが、人の感情に疎い私ですら気づいたともなるとかなり深刻である可能性が高い。ましてや、半年間とはいえ、付き合いのあるお前がそういう素振りを見せない人間だったと言っているなら尚更だ」

 

「…………そうか。わかった。ならば私も何かわかれば聞いてみるとしよう。同じ中学のよしみだ。何か話してくれるやもしれん」

 

「協力感謝する。私からの場合は警戒される可能性もあるのでな。奴自身が自らセシリアに話すのであればそれで結構だが、それが周囲の人間全てに関わる問題か、それとも一人で完結するものかわからない以上、そちらに期待する事は出来ん」

 

「いっそストレートに訊くのもありだが、はぐらかされかねないな」

 

「そういう事だ。また何か心当たりがあれば教えてくれ。私はこの後セシリアにも少し探りを入れてみるので失礼する」

 

「ああ…………あ、そういえば一つだけ、気になる節がある」

 

部屋を出て行こうとしたラウラはその言葉に足を止めて、振り返る。

 

「如何にも将輝は自分自身を見失っているような……そんな気がするのだ。私も同じような時期があったから、なんとなくそんな気がしてならない」

 

将輝との出会いを経て、自我を取り戻した箒であるが、中学時代は荒れていた時期もあった。そのせいで人との付き合い方に四苦八苦する事もあるが、今となってはその経験があるからこそ、人の感情に少し敏感になっていた。そして将輝が或いは自分と同じような状態に陥っているのでは?と少し前から箒は気になり始めていた。

 

それを聞いたラウラは目を丸くした。箒の事についてはラウラ自身、其処まで高く評価しているわけではない。箒自身優れてはいるものの、何分精神が脆い。戦場での精神の弱さは即、死に繋がる。迷いや過信は特に顕著だ。福音戦でそのどちらも見せた箒を見て、ラウラとしてはあまり箒を評価していなかったのだが、先程の発言を聞き、少し感心していた。

 

「よく見ているな」

 

「ラウラ程ではないぞ。あそこまで穴が空くほど見てはいない」

 

「私の場合は自分という存在をこの三年で確立するという目標がある。その為にはどうしてもあの男が必要なのだ」

 

「ふふふ、其処だけ聞くとお前も将輝の事が好きだと勘違いしてしまうな」

 

「さあな。実際、私はあの男がーーー藤本将輝の事が好きなのか、わからない。だが、奴といると心が安らぐのも事実だ。私に血の繋がった人間はいないが、きっと家族とはああいう存在の集まりを言うのかもしれんな」

 

(………そうか。勘違いではないのだな。ラウラも、将輝の事が好きで………だが、それを表現する術を持ち合わせていないのか)

 

憂いを帯びた表情で答えるラウラに箒はラウラ自身の気持ちに気がついた。感情の起伏とその出自から知識を知識としてしかわからないラウラは自分が相手の事をどう思っているか、そういう表現をするのを苦手としていた。だから箒はラウラが自身の気持ちには気づいているが、それを好意であるとは認識出来てはいないとそう感じた。将輝が抱えているであろう悩みを解決したいのも友人であるセシリアに負担をかけまいと思うのと同時に想い人が悩んでいる問題を解決したいとそう自然に考えた結果なのだと。

 

(だが、それを私が指摘するのは良くないな。その気持ちはラウラ自身が気付くべきだ)

 

「む。なんだその目は?何処と無く教官に近い雰囲気を感じるぞ」

 

「なんでもない。ただ、お前が何れ自分の気持ちに気がつけばと思っただけだ」

 

「?よくわからないが、それはともかく、よく藤本将輝の心境の変化に気がついたな。私はせいぜい違和感しか感じなかったというのに」

 

それを聞いた箒は優しげな微笑を浮かべた。

 

「なに。わたしもお前と変わらないんだ。将輝の事が気になって気になって仕方がない。あいつの事は何時も見ているからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





この番外編は多分合計六話以内には終わる予定。

あくまで番外編なので特別ストーリーの時のように長くはならないようにしたいです。

この番外編では箒とセシリアは当然のこと、ラウラも一時的にヒロイン入りしていますが、本編とは別枠と捉えてくださると助かります。本編でヒロインする可能は多分ないかなぁ〜と。


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番外編:セシリアルート3

今回はかなり展開が早いです。

無駄かなぁと思っている部分は端折っているので、若干意味不明になってたりしたらすみません。


「ふんふんふーん、よーし出来た〜!」

 

とある孤島のラボ。一人の天才は完成した我が子(IS)を見て、頷く。

 

「前回のゴーレムからの発展機にして、コアとは別に自己進化のプログラムを組み込んだ実験機。おまけに展開装甲とかジャミング機能もめちゃついてるし、我ながら凄いものを作ったって感心するね。うんうん。さてと………データを取りたいのは山々なんだけど、わざわざ壊すために作るのはめんどくさいなぁ。かといってIS学園に行かせるのは別の子だし………仕方ないか。ちょっとの間、この子には寝ててもらおっと…………えい」

 

カタカタとキーボードに指を躍らせた後、『スリープモードに移行しますか?』と表示された画面でエンターキーを押す。

 

「これでよしっと。この子の相手はまーくん辺りが理想的かなぁ。まーくんはピンチになると強くなるタイプだし。でも、今はまだ相手をするには強過ぎるからね〜。箒ちゃんの想い人だし、私も気に入ってるから死んでほしくないもんね。さて、まーくん達の成長の為に壁になる二号機の調整に入らないと」

 

そう言って、天才ーーー篠ノ之束はその場を離れ、別の部屋へと向かう。

 

『………ギ……ギギギ………セ、殲滅………ス…』

 

つい先程スリープモードに入ったはずのISの機械の瞳に光が灯されたことに気づかずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「将輝さん。少しお時間をいただけますか?」

 

セシリアとのISの特訓を終え、一息ついていた将輝は急に改まってそう言うセシリアに何事かと首をかしげる。

 

「良いけど………どうかした?」

 

「わたくし、あまり器用ではありませんのでもうお気づきになられているかもしれませんが………わたくしは、セシリア・オルコットは将輝さんの事を愛しています。宜しければ末長くお付き合いをさせていただきたいのですが……………将輝さん。以前わたくしと交わしたお願い事の件。覚えてらっしゃいますか?」

 

「…………まあね」

 

「もし宜しければ、今、将輝さんの抱えている問題を打ち明けてはくださいませんか?」

 

「…………やっぱり、バレてたんだね」

 

将輝は視線を落とした。

 

隠し通せているとは思っていなかった。

 

ラウラにも忠告された。『人の心に鈍い私ですら気がついたのだから、セシリアは必ず気づいている』と。

 

確かにラウラは人の感情や心情に疎い部分がある。だが、それを抜きにしても将輝の変化には少なからず周囲の人間も薄々感づいていた。

 

当然、セシリアもそのうちの一人だ。

 

そして今日、セシリアは決意した。

 

想いを伝えようと。苦悩しているのならばその悩みを共に分かち合えればと。

 

しかし、セシリアはその悩みの強大さに気がついていなかった。そして将輝もまた、彼女のその言葉によって、決心してしまった。

 

自身の秘密を打ち明ける決意を。

 

「セシリア。いや、セシリア・オルコット。これから話す事は全部嘘偽りない真実だ。君を騙そうだなんて考えてないし、何より君が知りたいと願った以上、俺はこの真実を隠すわけにはいかない」

 

舌の根が乾いていき、呼吸の乱れを感じつつも、将輝は数度深呼吸したのち、告げた。その真実を。

 

「俺は…………君の知る藤本将輝じゃない」

 

「それはどういう意味ですか?」

 

「言葉の通りさ。日本生まれのイギリス育ちで両親にIS研究者を持つ世界に二人しかいない男性IS操縦者………….それが『今の』俺さ。クラス中の誰もが知る藤本将輝…………でもね。俺は二年前に君と約束を交わした藤本将輝じゃないんだよ」

 

独白する将輝だが、セシリアは首をかしげるばかりだった。

 

意味がわからない、では今目の前にいる貴方はなんだというのか?そんな疑問がセシリアの脳内をよぎる。

 

「俺はね。藤本将輝っていう人間に憑いた(・・・)別人なんだよ。セシリア・オルコット」

 

「え………?」

 

「記憶喪失っていうのは嘘さ。この身に憑いた時に何かしらの影響で記憶を失った。はじめてこの身体で生を実感したとき、俺はこの身体の持ち主になった時、名前すらわからなかった。どこに住んでいるのか、何が好きなのか、嫌いなのか。どんな知人がいたのかも……ね」

 

思い出すように将輝は自嘲めいた呟きを続ける。

 

「当然、始めは何で俺がって驚いた。でもね、それを俺はあっさり受け止めたんだ。何で、どうしてって思いながらも俺はこの状態を本心では喜んでたんだ。だって、前の身体の時は何もかもが退屈だったからさ。だから、この身体に憑いた時、俺は周りの関係なんて知ったこっちゃないと新しく始めようとした」

 

「……やめて……」

 

「だから君が俺の過去を知っていると知った時は心底驚いた。少なくとも、俺が知る限り(・・・・・・)は君に男の知人なんているはずもなかったからね。苦労したよ。今の今まで思い出す気もなかった記憶を無理矢理引っ張り出そうとしたんだから」

 

「そんな………それではまるで……」

 

自分は話しかけるべきではなかった。知り合いであるべきではなかった。そう言っているではないか。

 

セシリアはそう思った。

 

将輝はそれを知ってか知らずか、尚も話すのをやめない。

 

「約束を思い出したのは偶然だった。それで記憶喪失について追求するのを止めてくれたのも幸いだった。だって嫌だろ?別人のフリをして過ごすなんて(・・・・・・・・・・・・・・)

 

「ッ⁉︎…………では……わたくしのこの想いは………虚像だと………既に叶わないと……そう仰るおつもりですか?」

 

「ああ。君を助け、約束を交わし、強くした奴はもういない。いるのは同じ名前、顔、経歴を持った全くの別人だけだ。俺は俺として生きる。過去の事なんてどうだっていい(・・・・・・・)

 

パシンッ!

 

乾いた音がピット内に響いた。

 

そしてその音の発信源は将輝の頬であり、セシリアの振り抜かれた右手だった。

 

「貴方は………貴方が………それを言うのだけは許せないっ!」

 

普段の彼女からは想像もつかないような怒気の表情と目尻に浮かんだ涙に将輝は驚く事なく、叩かれた事で強制的に視線を右に向けさせられたまま、黙っていた。

 

「俺は俺として生きる?過去の事なんてどうだっていい?ふざけないでくださいまし!わたくしから大切な人を奪ったという自覚がありながら、その罪から逃れようというのですか⁉︎今の今まで騙し通しておきながら、その罪を告白すればそれで終わりだと仰るおつもりですか‼︎」

 

「………そうだとして。君に俺を責める権利はないだろ?」

 

激昂して捲し立てるセシリアとは対照的に将輝は何も感情を感じさせない淡々とした口調で話す。

 

「俺だって、なりたくてこうなったわけじゃない。普通に寝て、起きて、気がついたらこの身体だ。望まない境遇でなんとか折り合いをつけようと試行錯誤した結果なのに、君は俺にそうするなと言いたいのか?以前の貴方は私にとって大切な人間だったから、意志を殺して、以前の自分として振る舞えと。道化を演じろと。そう言いたいのか?」

 

「そういうことでは………」

 

「それと同じだよ。俺はね、もう疲れたんだ。過去に囚われるのも、過去を追いかけるのも。道化を演じるのもね」

 

「……………すみません。藤本さん…………いえ、名も知らない殿方。もう………二度と話しかけないでください。それが……貴方の望む過去との決別でしょう……………さようなら」

 

拳を強く握りしめてセシリアは感情を押し殺しながらそう告げ、足早にその場を去る。

 

将輝はそれを止める事もなく、返事をする事もなく、セシリアの姿が消えた後、虚空を仰いだ。

 

(これで良かったんだ。セシリアは………もう、解放された。彼女の望む人間は俺が奪ってしまったから、俺の勝手だけど彼女の想いを踏みにじるしかなかった。そして俺も……二度と過去を振り返ろうと頑張らなくていい)

 

全ては偽りの恋慕を終息させる為に。自分自身が始めてしまった、間違いを正す為に。

 

(これで……これで良かった………はず、なのに)

 

「はは、なんでかな。涙が止まらねえよ」

 

虚ろな表情で虚空を眺めたまま、将輝はただただ瞳から涙をこぼし続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日から二人は全く話す事はなかった。

 

正確には翌日も翌々日もその次の日の授業に将輝の姿がなかった。

 

無断欠席………ではなく、体調不良という形で将輝は欠席していた。

 

その事にセシリアは心がちくりと痛むのを感じた。

 

(もしかしてわたくしが昨日あんな事を言ったから…………いえ、もうあの人は関係ない。始めからわたくしが勘違いしていただけに過ぎないから…………)

 

そう自分に言い聞かせ、セシリアは意識を授業へと戻す。

 

そんな彼女の違和感に気がついた人間が二人ーーー箒とラウラは将輝が欠席しているというのに普段通りに振る舞おうとしているセシリアに違和感を感じていた。

 

(確実に何かあったな。それが将輝を気にかける余裕がないほどの問題か……)

 

(或いは藤本将輝とセシリアが仲を違えているか………)

 

二人とってはどちらにしても深刻な問題であることに変わりはない。

 

セシリアですら許容できない問題も、並大抵の事ではそもそも口喧嘩すら起きない将輝とセシリアが仲を違えてしまう問題も。

 

『聞こえているか、篠ノ之箒』

 

それ故にラウラは思いもよらない行動に出た。

 

授業中であるにもかかわらず、プライベート・チャネルで箒に話しかけたのだ。

 

だが、それ自体に箒は全く慌てることはなく、冷静に返事を返した。

 

『聞こえている。将輝とセシリアの事だな』

 

『ああ。少し認識が甘かったようだ。どうやら私達が考えていたものよりも深刻な問題らしい』

 

二人も将輝の抱える悩みにはそれなりの問題があると認識していた。

 

だが、それよりも問題は遥かに大きかった。その事にラウラは発破をかけるべきではなかったかと内心で歯噛みする。

 

もし、問題を将輝自身が打ち明けたとして、この問題を生み出したのだとしたら、それは紛れもなく、自分自身の責任だと。

 

(ならば、奴からそれを直接聞かねばならない。事態を重くした責任は私にもあるだろうからな)

 

『篠ノ之箒。次の授業、私は体調不良で寮に帰る(・・・・・・・・・)。セシリアの事、任せても良いか?私は私なりに責任を取らねばならん』

 

『奇遇だな、ラウラ。私もそれを考えていた………が、私が将輝の方に向かおうと思っていたのだがな』

 

『今回に関してはお前にセシリアを任せたい。私では………おそらく今のセシリアに妙な気を遣わせてしまうだけだろうからな。その点、奴なら妙な気兼ねはしてこないだろう』

 

人の心を理解するということは難しい。特にラウラはそれが誰よりも難しい。その為、もしセシリアが誤魔化そうとすればその違和感に気づいていても問い詰める手段をラウラはあまり持っていない。今回は尋問ではなく、あくまで友人の悩みを聞き出すことなのだ。

 

『………そうか。わかった。私はセシリアを、ラウラは将輝の方からアプローチをかけてみるとしよう。或いは、私達で解決出来る可能性もある』

 

箒のそれにラウラはそうだなと同意するが、プライベート・チャネルを切った後、ぽつりと呟いた。

 

「願わくば、そうである事を祈るだけだがな」

 



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番外編:セシリアルート4

セシリアルートなのにめっちゃラウラ回になってしまった。

メインよりもサブの方に力を入れてしまいたくなってしまう作者を許してください。


 

宣言通り、ラウラは体調不良の旨を次の授業の担任に伝え、足早に教室を去った。

 

彼女が体調を崩していると言い出した事にクラス中の人間は驚きを隠せなかったが、いくら彼女が軍人で生活を摂生していたとしてもそれくらいの事はあるだろうと誰も疑問を抱かなかった。

 

そしてそれを見届けた箒はすぐさまセシリアの元へと向かった。

 

「セシリア。ちょっといいか?」

 

「ええ。別に構いませんが………どうかなさいましたか?」

 

「少し気になることが出来たのでな。こればかりはセシリアに聞いておかなければと思ってな」

 

かしこまって言う箒に何事かとセシリアは疑問を抱くが、それを無視して箒は言葉を続ける。

 

「…………ここで話すのもなんだ。場所を変えよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「時間もあまりない分、単刀直入に訊くが、将輝と何があった?」

 

「ッ⁉︎別に……何もございませんわ」

 

箒の問いにセシリアは一瞬だけ目を見開くが、すぐに否定する。

 

けれど、箒にとってそれは肯定している事と何ら変わりはなかった為、話をそのまま続ける。

 

「理由はなんだ?今、将輝が抱えている問題か?セシリアの抱えている問題か?それともただの喧嘩か?」

 

「ですから何もないとーーー」

 

「そんな訳がないだろう。将輝が体調を崩して、ここ数日休んでいるというのにお前が普通に授業を受けているなどあり得ん」

 

「それなら箒さんも」

 

「私か?私は何度か行ったが断られてな。『風をうつすと悪いから』だそうだ。将輝がそう言っている以上、それが言い訳なのか、それとも本当に風邪なのかはわからない…………が、お前のここ数日の振る舞いを見るに何かあったのは明白だ。だからもう一度訊く。将輝と何があった」

 

二度目の同じ問い。だが、それは問いかけるような口調ではなく、話せと言わんばかりの語尾の強さがあった。

 

セシリアは数度迷ったのち、ぽつりと呟いた。

 

「……箒さんは……あの人と何時お会いになられましたか?」

 

問いの意味がわからなかった箒だが、それにも何か意味があるだろうと答える。

 

「中学二年生の時だな。将輝がイギリスからの帰国子女として編入してきた………それがどうした?」

 

「………もしかしたら、その時にはもうあの人はあの人でなかったのかもしれませんね」

 

「どういう意味だ?言葉の意味がわからんぞ」

 

「あの人は………藤本将輝さんは………わたくしの知る彼ではなかった。何もかも同じで………別人でした」

 

セシリアの言葉の真意がわからずに箒は思わず眉を顰める。だが、それも仕方のない事だった。理由を知らない限り、セシリアが一体何を言っているのか、理解など出来なかっただろう。

 

しかし、理解の追いつかない箒をよそにセシリアは続ける。

 

「わたくしの知るあの人はもういない………いるのは別の誰か。それなのに………わたくしはずっと……きっと始めから……わたくしの恋慕は幻想だったのかもしれません………一方的に憧れて………愛して………彼にとってわたくしはただの枷に過ぎなかった……」

 

「………セシリア。私はお前が何を言っているのかはさっぱりわからないがな。もし、さっきの言葉。全てがお前の真意であるというなら私はお前を一発殴らないと気が済まんかもしれない」

 

深いため息を吐いた後、箒は呆れたような表情をしつつも、声には怒気が含まれており、瞳はセシリアを睨みつけていた。

 

普通なら物怖じしそうな程の鋭い視線ではあるものの、セシリアはそれを意に介する事はなく、寧ろそれを鼻で嗤った。

 

「何も知らず、わからない貴女がとやかく言うつもりですか?貴女は良いですわね。たかたが半年程度で分かり合えて、信頼されて、なんでも知っているかのような気になれたのですから。貴女のように単純であるなら、わたくしもどれだけ幸せな事か」

 

「…………気は済んだか?セシリア」

 

明らかな挑発とも取れるセシリアの言葉全てを箒は全く意に介さなかった。それどころか、先程と打って変わって憐憫の表情で彼女を見据えていた。

 

「そうか。どういう経緯があったのかはわからないが、お前程の人間が将輝を信頼出来なくなったのだな。あいつはどうにもやり方が不器用な所がある………だが、セシリアよ。それはお前とてわかっているはずだ。だというのに何故将輝の真意を測ろうとしない?」

 

先程の挑発で内容はどうであれ、箒はある程度理解した。何か理由があって、将輝はセシリアを自分から引き離したのだと。陶酔にも近い愛情を抱いていたセシリアから名前すら碌に呼ばれない程信頼を失うというのはどんな事をしたのかは箒にはわからないが、その不器用さを知っているのはセシリアも同様だ。ならばそれを理解した上でセシリアが何故真意を測ろうとしないのか、疑問を感じていた。

 

「先程、お前は言ったな。分かり合えて、信頼されていると。そしてなんでも知っているかのような気になっているとな………事実だ。お前と出会うまで私は将輝と心の底から分かり合えているとそう信じていた。誰よりも信頼されているとそう思っていた…………だがな。お前と出会って薄々感じていた。そして今回はっきりした。私のそれはただの傲慢で真実から目を背けていただけだとな」

 

今までもそういう事がなかったわけではなかった。

 

ただ、以前将輝とセシリアが話している時、箒は偶然見た。将輝が自分には見せたことのない表情をセシリアに見せている事を。そして今回、将輝はセシリアに頼まれたからとはいえ、その巨大すぎる苦悩を打ち明けた。彼女を勘違いから解放するという名目で。

 

「将輝は……他の誰でもない、セシリア。お前にその悩みを打ち明けたのだ。本当なら誰にも話したくなかったであろう事をな」

 

「ッ………ですが、それとこれとは……」

 

「いい加減意地を張るのはやめたらどうだ?お前らしくもない。本当は話をする以前から将輝の抱えている問題に薄々勘付いていたのだろう?」

 

箒のその鋭い一言はセシリアを激しく動揺させた。何故ならそれはあまりにも的を射すぎていたから。

 

実は将輝が話す前からセシリアは何処と無く違和感に気がついていた。

 

同じ人間であるはずなのに、時折別人を相手にしているような違和感。

 

セシリアが将輝とIS学園に出会う以前に過ごした時間は半日足らず。ともすれば、その違和感は自分の知らない将輝を見せられているからだろうと、始めはそう思っていた。

 

しかし、IS学園で過ごしているうちにその違和感は疑念へと変わっていった。

 

明確な疑問はない。ただ、そう感じずにはいられなかった。

 

そしてそんな時に将輝本人からのカミングアウトはセシリアに心の迷いを生じさせ、更に将輝が自らに対する恋慕を完全に断ち切らせようと画策した言動からセシリアはなお一層混乱してしまい、結果あのような事へと発展してしまった。

 

あんな事をするつもりはなかった。

 

そういったところで後の祭りではあるが、あの状況に再度立ち会ったとして、セシリアは同じ行動を取らないとは言い切れなかった。それが将輝の本心ではないとわかっていたとしても。

 

「では………どうすればいいと仰るのですか……?わたくしはあの人を拒絶してしまった………。本当は……誰よりもその事に苦しんでいたはずなのに………わたくしが不甲斐ないばかりに………。けれど、もうあの人と………将輝さんとどう接していいのか、わたくしにはわからない」

 

「簡単な事だ。頭を下げればいいだけなんだからな」

 

あっけらかんとそう言う箒にセシリアは「はい?」と淑女らしからぬ間の抜けた声を上げてしまった。

 

「そして将輝にも頭を下げさせろ。いくら真意が別の所にあったとはいえ、勘違いをさせるような事をした事をな。私達くらいの年齢の女子は皆繊細なのだ。勘違いさせるような言い回しをする将輝も悪い」

 

箒は腕組みをしてうんうんと頷く。セシリアは目をぱちくりとさせた後、思わず吹き出した。

 

「ふふっ。なんというか、箒さんは男らしいですわね」

 

「む?それはマズイな。男らしいと将輝と恋仲になった時に色々と困るではないか」

 

「ふふっ、そうですね」

 

「くっ……これが余裕というーーー」

 

箒の言葉は突然発生した巨大な音によって遮断される。

 

それは同時になったであろう授業開始のチャイムすらもかき消した。

 

「なんだ今の音は⁉︎」

 

「わかりません。しかも僅かにですが、音にズレがありました。一つではないと捉えたほうが良いかと」

 

『篠ノ之、オルコット。貴様達一体何処をほっつき歩いている?』

 

二人が爆音の正体がなんであるかを考えていると二人の開放回線に担任である織斑千冬の声が聞こえてきた。

 

「織斑先生!一体何があったのですか⁉︎」

 

『私達にも詳しい事はわからんがな。アリーナの防犯カメラには各アリーナ(・・・・・)に以前襲撃してきた者と同タイプのISが映し出されていた。音の正体はおそらくそいつらだろう。今、生徒達を教室に待機させ、各学年各クラスの専用機持ちを組ませて迎撃に当たらせているところだが………篠ノ之、オルコット。お前達は今一緒にいるようだな。ならば、お前達は二人で敵機の迎撃に当たれ。第一アリーナだ』

 

「了解しました。敵機が以前と同系統ならばわたくしと箒さんならば倒す事は難しくはありません」

 

『ああ。だが、油断はするなよ?………どうにも今回はそう簡単には終わらない気がしてならんからな』

 

まるで思い当たる節でもあるかのようにポツリと千冬は呟いた後、健闘を祈るといって開放回線を切った。

 

「では行くぞ、セシリア」

 

「ええ。これを終わらせて早く謝罪しなくてはいけませんもの」

 

そう言って二人は敵機の待機する第二アリーナへと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「入るぞ」

 

授業が終わった直後、仮病を使って校内を抜け出したラウラは将輝の部屋へと訪れていた。

 

「驚いた。まさか本当に体調を崩していたとは」

 

「鍵は………って、ラウラならピッキングくらいは出来るか……」

 

将輝はベッドから上半身だけを起こして、来訪者であるラウラを迎え入れるが、その様子はまだ気怠そうであった。

 

「季節外れのインフルエンザだってさ。別に身体が弱い訳じゃないのにさ」

 

「オーバーワークが原因だろうな。最近までのお前の修練は軍人の私から見ても少々行き過ぎだ」

 

「みたいだね……っと、ラウラ。何か飲む?」

 

「いやいい。私はあくまで体調不良による早退という事になっているからな。用だけ済ませれば早急に部屋に戻らねばならん。それに病人のお前に気を遣われるわけにもいかんしな」

 

立ち上がろうとする将輝を手で制し、ラウラは近くにあった椅子に腰を下ろした。

 

「さて、私はあまり回りくどいのは好きではない………セシリアには話したようだな」

 

「………まあ、ね。結果は………大体分かってるだろ?」

 

「ああ。想像出来うる限りの最悪の結果だな」

 

「最悪の結果か………ラウラにそう見えるなら、俺やセシリアにとっては最善の結果だよ」

 

「その最善の結果とやらがお前の病を誘発したのなら、やはりそれは最悪の結果だ。今までお前を突き動かしていた強靭な精神力を瓦解させる程のな」

 

ラウラの言葉に将輝は押し黙った。

 

普段ならそんなに精神力なんて強くないくらいの軽口を叩くのだが、確かに凄まじい修練を行えていたのはオーバーワークによる疲労を無視出来る気合があったからだ。あのやり取りをした後、確実に精神が不安定になったのも事実であったし、疲労を無視出来ずに季節外れのインフルエンザになってしまったのがそれを表していた。

 

「何があったのかなど野暮な事は聞きはしない。だがな、以前も言ったが私はお前の強さを知りたい。その強さの根源が精神力であるというなら、現状は私にとって好ましくない。何よりお前とセシリアの関係がぎこちないのは好きではない。もし、くだらない事でセシリアと仲違いをしているというのであれば早急に解消しろ」

 

「………多分……いや、今後俺とセシリアが……前みたいな関係に戻る事はないよ………二度と、ね」

 

「……………そうか。ならば……」

 

ラウラは椅子から立ち上がるとおもむろに左目につけていた眼帯を外し、ベッドの上で座っている将輝の胸ぐらを掴み、自身の方へと引き寄せた。

 

「ら、ラウラ?」

 

少しでも前に顔を動かせば唇が触れ合いそうな程の近い距離に将輝はラウラの名を呼ぶ事で疑問を呼びかけるが、当のラウラは赤と金色の瞳でただ将輝を見据えていた。

 

たった十数秒の沈黙。だが、状況が状況であるだけに将輝はそれが何十分にも及ぶ時間だと錯覚してしまう程、緊張し、長い時間を過ごしたとかんじていた。

 

しかし、ラウラの突拍子のない行動はそれだけでは終わらない。空いているもう片方の手で将輝の右手を取ると自身の左胸にその掌を押し付ける。

 

抵抗しようにも未だ体調が悪いままの状態では軍人たるラウラには敵わず、何よりも有無を言わせないオーラが将輝の抵抗という選択を完全に奪い去った。

 

「…………どうだ?」

 

「な、何が?」

 

「もう少し自分の手に意識を集中してみろ」

 

(いや、それはマズい気がするんだけど………)

 

心の中でボヤきつつ、このままではずっとこの状態から抜け出せないと判断した将輝は何度か躊躇った後、意識を自身の掌に集中させる。

 

服越しに掌に伝わる柔らかな感触に将輝は手を離したい衝動に駆られるが、やはりと言うべきか、それをラウラは許さなかった。一体何を理解すればいいのかわからず、やけくそ気味に更に意識を集中すると柔らかな感触の向こう側から激しく脈打つ心臓の鼓動を感じた。

 

「わかったか?私が何も感じていないと思ったか?」

 

「……………いや、そういうわけじゃないけど……」

 

すぐさま否定しようとするが、出会う前からあった原作でのラウラのイメージと、そして知り合って以降のラウラに関する記憶が言葉を濁らせる。

 

「誤魔化す必要はない。私は感情に乏しいからな。こういう時、本当はもっと恥ずかしがれば良いのだろうが、どんな表情をすれば良いのか、私にはわからない」

 

わからないなら行動に移すほかあるまい。

 

ラウラの瞳は確かにそう物語っていた。

 

「以前話したな。私は鉄の子宮から生まれた試験管ベビーだと。軍人として生き、軍人として死ぬ為に生み出された一つの兵器だった。ISの出現で一度は落ちこぼれ、教官に救ってもらった時、私はそれをより強くそう感じた。私が求められているのは兵器としての真価だと。他を蹂躙する圧倒的強さこそが私に必要だと。だが、それをセシリアが、お前が破壊した。強さだけを追い求め、その全てを捨ててきた私を…………そしてお前は言ったな。ゼロからのスタートだ、三年間かけて自分を見つけてみろと」

 

あの時、ラウラの容態と誤解を解くために訪れた保健室で将輝はラウラに問われ、そう答えた。

 

今思えば、それは自身に向けて放った言葉でもあるのかもしれない。誰にもなりきれない自分自身に。

 

「私には未だ私が何であるか、どうすればいいのかという答えは見つけられない。だが、お前とならーーー将輝となら見つけられそうな気がする。だからーーーーー私と生涯を共にしてくれないか?」

 

一呼吸置いた後、ラウラの口から放たれた言葉に将輝は目を見開いた。

 

「ッ⁉︎ら、ラウラ、それってつまり……」

 

「ああ、所謂プロポーズというやつだ。色々と過程を無視してしまっているがな」

 

頬をわずかに紅潮させ、ラウラはそう答えた。

 

「今まではこの感情の正体がわからなかった。いや、今でもわかっていないのかもしれない。ただ、将輝といると私は心の奥底から温もりを感じるのだ。共にいたいと思う。篠ノ之箒やセシリアと親しくしていると胸が締め付けられるほど苦しい。私にはこの感情が何であるか、証明できるものを持っていない………だが、それが恋慕というものなのだろう?」

 

ラウラも以前からずっと悩んでいた事があった。

 

その感情が何であるかを理解出来ず、他の感情と結びつけようにもそれが別の感情であるとすぐに気がついてしまう。

 

そしてある時、その感情が今まで感じた事のない、何れにも当てはまらないものであることにラウラは気付いたが、あえて誰にも聞かず、調べる事もしなかった。そうする事で他人に自身の感情を決めつけられるの良しとしなかった事もそうであるが、ラウラ・ボーデヴィッヒとしての初めてぶつかった問題であったからだ。

 

「誰かの為に強くなれないと言うのなら私の為に強くなれ。私が軍人として生きる必要がない程に。お前が私を守ってくれ。お前が無茶をする理由を私が作ってやる。私の為に生きてくれ…………将輝」

 

そう言ってラウラは静かに瞳を閉じる。

 

それが何を意味するか、わからない将輝ではない。

 

このまま彼女の想いを受け入れれば、全てが丸く収まるのかもしれない。

 

護りたかった者を自ら遠ざけ、拒絶し、拒絶され、今の自身には何もないのだから。

 

しかしーーー

 

(本当にいいのか………?ラウラの想いを受け入れて。俺にとって………セシリアはその程度でしかなかったってのか?)

 

自問自答を繰り返す最中、ふとラウラが目を開く。

 

すると先程までの様相から一転し、将輝から離れた。

 

「教官?………はい。………敵は何機ですか?…………了解しました。すぐにシャルロット・デュノアと合流します」

 

開放回線で数度やり取りをした後、ラウラは左目に眼帯を付け直した。

 

「どうやら学園が謎のISから襲撃を受けたらしい。私はすぐにそちらに向かうが、お前はまだ体調も悪い。ここで安静にしておけ」

 

謎のISと聞いて、将輝はすぐさま脳裏に一人の人間を思い浮かべる。他者の都合を一切顧みず、自身の都合だけを一方的に押し付ける一人の天才を。

 

そう言い残して部屋を出ようとしたラウラは忘れていたと言って将輝に近づき、額に軽くキスを落とした。

 

「答えはこれが終わった後で聞こう。今はそれで我慢しておく」

 

くるりと踵を返し、今度こそラウラは部屋を出て行く。

 

そしてラウラが出て間もなく、将輝もまた部屋着から学園の制服へと着替え、自室を出た。

 

(妙な胸騒ぎがする。何もなければ良いんだが………)

 

 

 



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番外編:セシリアルート5

 

ガギンッ!

 

金属音と共に鉄の腕が宙を舞う。

 

片腕を無くしたゴーレムは無造作に拳を振るうも回避され、その直後に降り注いだ幾重もの閃光により態勢を崩す。

 

その隙をついて懐に飛び込むのは紅椿を纏い、両手に《雨月》と《空裂》を握った箒。

 

左肩に打突を放ち、《空裂》を突き刺すと胴体部に向けて《雨月》を薙いだ。

 

短期決戦ということでフル稼働状態の紅椿の武装は展開装甲が発動している。謂わば全身武装零落白夜状態。エネルギー消費こそ馬鹿にはならないものの、エンカウントして僅か一分半。既にゴーレムはコアを露出させ、満身創痍だった。

 

そしてその露出したコアをセシリアの駆るブルー・ティアーズの武装である《スターライトMkⅢ》の一撃が撃ち抜いた。

 

心臓部と言えるコアを破壊されたゴーレムは力なくその場に倒れる。

 

以前は脅威であったゴーレムも実力も向上し、専用機を徐々に使いこなし始めていた箒がいることで最早敵ではなかった。一人であれば時間もかかるものの、勝ちは揺るがないと言えた。

 

「お疲れ様ですわ、箒さん」

 

「ああ、お疲れ、セシリア」

 

武装を解除した二人は互いに労いの言葉をかけ、ゴーレムを見やる。

 

以前はコアを貫かれて尚、稼働し自爆を図ろうとしたゴーレムも今回は完全に沈黙していた。

 

「以前は勝手な行動をして足を引っ張ってしまったが、今回は力になれたようだな」

 

「箒さんがいて下さったお蔭でかなり早く倒せました。織斑先生に早速報告を……ッ⁉︎」

 

開放回線で千冬に向けて連絡を送ろうとしたその時、ハイパーセンサーが上空に何かを捉えた。

 

「見たことのないタイプ………新手か⁉︎」

 

「そのようですわね。どうにも今回は拍子抜けだと感じましたが、どうやらわたくし達が倒した機体は様子見との為に差し向けられたようですわね」

 

空から見下ろしている謎のISは特徴的な長い腕をしたゴーレムとは違い、何処までも無骨で不必要な要素は全て省かれた機体。スラスターも既存のISと同じく二つしかついておらず、これと言った武装も見受けられないが、それが逆になんとも言えない威圧感を放っていた。

 

再度《スターライトMkⅢ》を展開したセシリアは数十メートル先にいる謎の機体へ照準を合わせる。狙いは頭部。距離が距離であるだけに避けられるのはわかってはいるが、放った一撃を謎の機体は避けること無く、その頭部に直撃する…………が、謎の機体は身じろぎひとつすること無く、二人を見下ろしていた。

 

『ジジジ………進化(アップグレード)完了』

 

「そんな……無傷ですって⁉︎」

 

絶対防御が発動したようには見えなかった。仰け反る事すらしなかった謎の機体は指先を動かすと、その人差し指から先程セシリアが放ったであろう一撃と同等のものを放った。

 

「わたくしと同じ武装⁉︎………いえ、今のは……」

 

「コピーしたのか?セシリアの攻撃を?」

 

箒は確認するようにそう言うと歯噛みした。

 

同じ武装であれば問題ない。むしろ対処のしようはある。

 

だが、コピーするともなれば話は別だ。長時間闘えば不利になるのは二人である箒とセシリアだ。

 

生半可な攻撃には全く怯まず、そのまま利用される。

 

かといって攻撃をしなければ何をしてくるかわからない、ともすれば箒に残された選択肢は時間をかけず、即座に敵ISを叩き落とすことだった。

 

「はあああっ‼︎」

 

アリーナに静かに降り立った敵ISに向けて、箒は瞬時加速で肉薄する。

 

フル稼働状態の紅椿はまさしく現行ISを全て上回る最強の機体であり、その爆発的な加速力と突進力を利用した一撃は当たれば文字通り一撃必殺。避けようにもそれは到底反応できる速度ではない。それを傍目から見たセシリアも「やった!」とそう感じた。だが………

 

ギャリンッ!

 

金属音が響く。

 

その必殺の一撃を敵ISは難なく受け止めた。

 

確かに箒の一連の動作は完璧で普通なら反応など出来るはずもない。だが、敵ISは普通という枠組みから逸脱していた。反応速度云々ではなかった。

 

『ジジジ………解析……完了。半径五キロ以内デ稼働中ノ該当スル全ISヲ強制解除シマス』

 

無機質な機械音声の言葉に咄嗟に箒は距離をとった。

 

だが、敵ISから離れた直後、全身が光に包まれたかと思うと自身を支えていたはずの力が抜けているのを感じた。

 

「なっ⁉︎紅椿‼︎」

 

ISが強制解除された事に驚きを隠せない箒は自身の専用機の名を呼ぶ。だが、その声に反応する事はなく、紅椿は起動しない。

 

一体何が?もしやあの一瞬のうちに何かされたのでは?そんな事が脳裏をよぎるが、それが分かったとしても現状の箒に打てる手はなく、そして同じようにISを解除されたセシリアも対処の術を持ち合わせていなかった。

 

だが、一番の問題はそこでは無い。問題なのはISを装着していない状態で何の感情も持たず、ただ目の前の敵とみなした対象を無慈悲に、暴力的なチカラで無造作に破壊する者の目前に晒されている事だ。もし、運良く敵ISがIS以外のものはスルーするのであれば助かることは出来る。だが、目の前のISは彼女達を見逃す事はしなかった。

 

一歩、また一歩と拳から鋭い刃を出現させた敵ISは二人に近づいていく。

 

立ち向かう術も、逃げる術も失っている二人は後ずさる事も出来ずに迫り来る凶刃に身を強張らせていた。

 

そして敵ISが二人の目前まで迫った時、二人の間に割って入る者がいた。

 

「やめろぉぉぉぉぉっ‼︎」

 

夢幻を纏った将輝は庇うように二人の間に割って入る為に《無想》を展開し、瞬時加速で迫る。

 

だが、その選択は此度に置いて確実に間違いであった。

 

二人の危機に将輝は庇うという選択肢を取ってしまった。それは当然のことと言える。その中に想い人がいるのであれば敵を攻撃しに行って危険に晒すわけにはいかない。

 

しかし、敵ISの目的は初めから箒とセシリアではなかった。

 

『ジジジ………見ツ……ケタ!』

 

今までとは明らかに違う機械音からも感じる敵意は将輝に向けられていた。

 

それに将輝か気づいた時には全てが遅かった。

 

庇うように動いていた将輝は自身の身を守ることは微塵も考えておらず、また《無想》は二人を守るために二人と敵ISのちょうど間に向けて振るわれていた。

 

ザシュッ!

 

振り下ろされた一撃は箒とセシリアにではなく、将輝に向けられたものだった。

 

振り下ろす直前、咄嗟に身をよじった将輝であったが、その鋭い一撃は絶対防御をいとも容易く斬り裂き、左腕を断ち切った。

 

鮮血と共に左腕が宙を舞う。

 

ISを纏ったままぼとりと落ちた左腕に箒とセシリアは絶句した。

 

「二人共……逃げろ。ここは俺が引き受ける」

 

残った右腕で《無想》を構えた将輝は敵ISを見据えたまま、静かにそう呟くが、当の二人にはその言葉が殆ど届いていなかった。それもそのはず、目の前で人間の腕が斬り落とされたのだ。軍人のラウラならともかく、普通の一般人としての生活をしていた箒やセシリアにとってはそれはかなりの衝撃的な事だった。

 

二人が逃げるのを待つ、という判断を下せなくなった将輝は上空へと上がると、敵ISもその後を追うように上昇する。

 

上空に上がると同時に激しい戦闘を始める将輝と敵IS。しかし、二人の意識は未だ先程の光景とそして目の前に転がる将輝の左腕へと向けられていた。

 

自分達を庇って想い人である人間が片腕を失った。その事実が二人に与えるショックは計り知れない。

 

例え、巻き込まれれば即、死に直結するような場所であったとしてもそれは二人に関係はなかった。

 

『此方のISが強制解除されたぞ。一体何があった⁉︎』

 

箒を現実に引き戻したのは怒号混じりに飛んできたラウラの開放回線からの通信だった。

 

ISを使用できなくなったのは何も二人だけではなく、ラウラやシャルロット、一夏や鈴といった専用機持ち達全員のISが強制解除されていた。

 

「わ、わからない………ただ、敵のISが何かしてきたとしか……」

 

『ISを強制解除させる敵だと?新手か?』

 

「あ、ああ。私達のISも強制解除されて、開放回線しか使用出来ん状態だ」

 

『待て。ならば敵は何処に行った?お前が無事だと言うことはセシリアも無事なのだろう?』

 

「ああ。今は将輝がそいつと闘っている………だが……」

 

『どうした?』

 

「私達を庇って………左腕を……斬られた」

 

『ッ⁉︎』

 

回線の向こうでラウラは言葉を失った。

 

今、将輝が闘っているというのは性格を考えれば十分に想定の範囲内だった。そして現在も闘っている以上、無事なのだとそう思っていた。だが、ラウラの予想に反して将輝は到底無事と呼べる状態ではない。片腕は斬り落とされ、ピッキングで侵入したラウラと教員たる千冬と真耶しか知り得ない事であるが、将輝の体調は到底万全ではない。彼女達からは見えないが顔色は見るからに悪かった。

 

「くっ……せめて動かせない理由さえわかれば……!」

 

「ーーー教えてあげよっか?」

 

「っ⁉︎姉さん‼︎」

 

「やっほー、箒ちゃん」

 

二人から少し離れた位置、其処からゆっくりとした歩調で歩いてくるのは篠ノ之束だった。何時ものように人を食ったような笑みを浮かべ、向かい合うように箒の前に立つ。

 

「臨海学校の時以来だね。こんな短期間に会えるなんて思わなかったよ」

 

「そんな事はどうでもいいんです!姉さんがここに来たという事はあれを止められるのでしょう!早く止めてください!でないと将輝が……」

 

懇願するように言う箒に対する返答は無情にも否定の言葉だった。

 

「ごめんだけど、箒ちゃんのお願いでも無理かなぁ」

 

「こんな時に何を言って……」

 

箒はまた自分勝手な都合で、とそう思った。どうせ今の状況は姉にとって好都合で、狙い通りに行っているから何もしないのだとそう思った。しかし、それも束は否定する。

 

「正確には私は止めないんじゃなくて止められないんだけどね。産みの親が言ってなんだけど」

 

「ど、どういう事ですか⁉︎あれがISであるなら、コアを作っているのはあなたでしょう!」

 

「うん。というか、あれを創ったのは私だよ?」

 

「え………」

 

「普通に考えてもみなよ、箒ちゃん。どの国家にもああいうタイプの機体は見た事がないでしょ?しかも誰も人が乗っていない機体も誰も作った事がない。そうなると作れるのは私以外いないでしょ」

 

当然の事だった。

 

箒とて、その可能性を考えた事がないわけではなかった。ゴーレムの一件、各国が第三世代の製作で躍起になっている中、どう考えても第三世代型ISよりも遥かに難しい人の乗らないIS、それも第三世代並みの性能を有する機体を作れるのは唯一、肉親である束だけだと。誰よりも疑っていた。

 

だが、それでもそうだと言いださなかったのは姉と距離をおいてもなお、家族として姉を信じたかったからである。故にそんな当然の事から目を背けた。姉以外の誰かであってほしいと。

 

「あの子の目的はね。まーくんの………藤本将輝の抹殺なんだ。そう私が設定した。他の人間に矛先が向いたとしても無力になれば狙わないようにするためにね」

 

「何故そのような事を⁉︎」

 

「もちろん、まーくんを殺す気なんてハナから私にはないよ。だって、お気に入りだし、箒ちゃんが好きな子だよ?死んじゃったら悲しいもん………だからあの子とまーくんが闘うのはもう少し先の予定だったんだ。具体的には二ヶ月くらいね。彼が強くなるための障害を私が作ったわけさ。でも……」

 

予定では二ヶ月先、将輝と新型の無人機を闘わせるつもりだった。紅椿を除いて、現行ISの性能を上回る機体である新型は将輝の成長を予想して、それを僅かに上回る程度にしたつもりだった。実際、そうなってはいたのだが、束が興味本位で組み込んだ『自己進化プログラム』。それが今回の暴走を作り出した。

 

「あの子はね。一次移行や二次移行の概念がない代わりに戦闘データを得る事で自己進化をするように私が創ったんだ。元々性能は高いし、闘えば闘う程に強くなる。それを苦戦しつつも何とか勝って次の段階にステップアップさせるのが目的だったんだ」

 

しかし、予定には完全に狂いが生じていた。

 

自己進化プログラムを組み込んだ結果、スリープ状態に入っていた機体は自力でその状態から抜け出し、複数のゴーレムと共にIS学園を強襲、ゴーレムを犠牲にしながら自己進化を遂げ、束が将輝とタイマンを張らせる為だけに組み込んだジャミングシステムを利用した。

 

元々から夢幻だけはジャミングの対象外だった。邪魔をされず、そして将輝だけが闘い、勝利を得ることで将輝にとって飛躍的な成長の経験値を積ませるまでが束のシナリオだった。

 

しかし、予定よりも二ヶ月も早い戦闘。既に何段階か遂げている自己進化。そして万全とは程遠い将輝の体調。全てにおいて将輝に勝ち目は存在しなかった。

 

「あの子は元々まーくんを抹殺する事が目的だからそれを無くせば勝手に止まる。けど、このままいけば確実にまーくんは死ぬよ」

 

天才ゆえに見えてしまう。わかってしまう結果。

 

元から開いた実力差が度重なるイレギュラーで天と地ほども開いている今の状態でなおも食い下がっているのは束としてもあり得ないと思っていた。だが、それをもってしても、未だ倒されていないだけで、善戦しているとは言い難く、辛うじて戦闘になっているといっても過言ではなかった。

 

「何時も………何時もあなたはそうやって、自分勝手な都合でっ!また私から全てを奪っていくつもりですかっ⁉︎あの時は一夏を!今度は将輝を!何処まで私を苦しめれば気が済むんだ!」

 

「……ごめんね、こんな不器用なお姉ちゃんで」

 

「今更何を……っ!将輝が死んでしまったら………私は………ラウラは………セシリアはどうすれば「篠ノ之博士……」ッ⁉︎セシリア!」

 

「ISは………自己進化を遂げるように製作したとそう仰っていましたね」

 

「そうだよ。元々コア自体は生まれたての赤子のようなもの。ISになって初めて歩く事を覚え、子どもになれる。そして一次移行をもってISは自我を手に入れる。搭乗者の意志と経験値が二次移行へのきっかけだけど、今更それを確認してどうする気?」

 

「どうも…………ただ、わたくしはわたくしのISをーーーブルー・ティアーズを信じるだけです。共に戦場を歩み、突き進んできたパートナーを」

 

セシリアは胸に手を当て、待機状態となっているブルー・ティアーズに語りかけるように心の中で話す。

 

(あの方が…………将輝さんがわたくし達の為に闘っています。あれだけ拒絶したわたくしを…………否定したわたくしを庇い、左腕を失った。なのにまだ闘っています)

 

セシリアの胸中に渦巻くのは後悔と自責の念。将輝の腕を失うキッカケを作った後悔と彼の真意を知りながらも、自身の心を守る為に拒絶せざるを得なかった弱い心に対する自責の念。

 

(本当は気づいていた。あの方がわたくしを遠ざける為にあえてそういう言い方をした事に。わたくしが拒絶し、口汚く罵るように仕向けようとしていた事を。でも、わかっていたけれど、そうせざるを得なかった。そうしないと………心が壊れてしまうから)

 

全てを分かりながら、受け入れる事を躊躇った。

 

そんなことは関係ない、と。気にする必要はない、と。本当は言いたかった。

 

だが、セシリアの心はそれを受け入れるのを拒んだ。自身の心の支えとなっていたものを失ってしまえば、それを受け入れるよりも先に心が壊れてしまう事を恐れた。

 

だからセシリアは将輝の真意を知りながら拒んだ。思惑通りに最大限拒絶した。

 

(けれど、今は違う………わたくしは自分の心の弱さから目を背けない。何かを言い訳にしたりしない。将輝さんが誰よりも辛く、苦しい想いを一人で抱え込んできたのかはもう知っている。なら、わたくしにできる事はそれを少しでも共有して、辛く苦しい想いからあの人を解放してあげること。その為にはあなたの力が必要なのです。共に戦場を駆け、勝利も敗北も等しく分かち合ったあなたの力が…………)

 

もう迷わない。逃げる事はしない。覚悟は決まった、ならばあとはもうそれを言うだけでいい。

 

「わたくしの想いに応えてっ!ブルー・ティアーズ‼︎」

 

瞬間、辺りが蒼い光に包まれた。

 



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番外編:セシリアルート6

もう何度目の打ち合いになるだろうか。

 

この機体と戦い始めてかれこれ五分が経過した。

 

片腕を失い、本調子ではないのにこんな化け物と未だ打ち合っているのは奇跡に等しいが、何も偶然というわけじゃない。夢幻のお蔭だった。

 

どういうわけか、この機体は俺がピンチの時に限ってあり得ない性能を発揮する。正確には違うのかもしれないが、兎にも角にも俺はこれのお蔭で今もなお無人機と対峙している。

 

だが、それも時間の問題だ。

 

打ち合うたび、相手の攻撃が徐々に俺に届いていくのがわかる。俺の一撃が離れていくのがわかる。それは俺自身の限界が近づいているのと敵の性能が上がっている事の証明だった。

 

おまけに敵のISはISの絶対防御を阻害する何かを持っているのか、掠っても傷は付いていた。斬り落とされた左腕から考えてISのシステム全てを阻害するものではないらしい。血は止まっているようだし。止まっていなければ今頃俺はそこら辺に転がっていた。

 

「はは、ここらが俺の限界って事か」

 

回避不可能。あまりにも明確に、確実に迫る死に俺は嗤ってしまった。

 

自暴自棄になったわけじゃない。これが俺に与えられるべき罰だとそう思ったからだ。

 

過去全てをかなぐり捨てようとして、それを求める彼女に出会った。

 

新しい人間として生きようと考えたのに、その過去を利用した。ただの記憶喪失だと偽って。いつ戻るかもわからないかもしれないのに甘い言葉で誤魔化して、彼女との接点を断ちたくないと。

 

初めから俺が彼女に関わるべき人間ではないとわかっていたのに。それでもわからないふりをして彼女と関わり続けた。それを彼女が望んでいるから、それにつけ込むように。

 

だというのに。耐えられなくなったのは俺の方だった。

 

彼女が望むならそうあろうと頑張った。彼女の笑顔さえ見られればそれで良かった。だが、楽しそうにしている彼女を見て、太陽のような笑顔を見せる彼女を見て、それを向けているのが自分ではない事に。

 

彼女を突き離したのは彼女自身と謳いながらも俺自身が逃げる為にそれを理由にした。

 

弱いのは他でもない俺自身だというのに。

 

それでも………あれだけの罪を犯したとしても………彼女を護りたいと思うのは傲慢なのだろうか。

 

人を愛した事のない俺が、初めて好きになった人。命を賭してでも護りたいと思えた人。彼女を脅かすものは何であろうと許さない。例え腕を斬られても、確固たる死がそこに待ち構えていても。俺は立ち上がろう、剣を取ろう。勝てる勝てないの問題じゃない、俺の後ろに彼女がいるのなら俺は倒れてはいけないのだから。

 

「行こう、夢幻。これが最後のやり取りになる」

 

ここまで俺の命を繋ぎ止めてくれた相棒にそう告げる。いくら夢幻が成長しようと、例え俺の体調が良くても俺はこいつよりも弱い。強さ=勝者というわけじゃないけれど、何度も続いたやり取りの中で相手は俺の動きを把握しているはずだ。裏をかくなんて行為は至難の技。だが、出来ないことはない。俺の命を計算から排除してしまえば。

 

操縦者保護機能を必要最低限までカット。絶対防御もカット。全てを加速と火力につぎ込む。

 

これが最後の一撃だ。受け取れ、木偶野郎っ!

 

スラスターをフル稼動させた瞬時加速で、俺は敵ISに肉薄する。

 

急な加速で意識がブラックアウトしかけるが、必要最低限でもISは俺の意識をこっちに繋ぎ止めた。

 

「おおおおおおっ‼︎」

 

激しい痛みと倦怠感か襲う中、俺はそれをかき消すように叫び、斬りかかる。

 

どれも今までの中でも最高の一撃。以前の無人機や福音ならば瞬殺してしまえそうな程。それでもなお、届かない。避けられ、捌かれ、反撃こそされていないものの、敵は余裕そうに俺の攻撃を回避し続けた。

 

それでも俺は手を止めるわけにはいかない。今の一撃で届かないというのなら次の一撃を当てる。その次もダメならその次を。常に最高の一撃を叩き出し、相手を戦闘不能にする。例え倒せなくても、時間が稼げればそれでいい。

 

斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る斬る………届いたっ!

 

僅かに敵の腹部を掠めた。大したダメージにはならないだろうだが、一撃でも届いたのなら、次の一撃も当てられる!

 

加速する剣戟は徐々に敵の腕や足、肩や腹部に当たり始める。防御を完全に捨て去った此方の火力は敵のISの絶対防御を貫く。当たれば必殺なのは俺も相手も同じだ。違うのは相手を倒すことが出来れば死んでもいいと思っている俺と機械だからこそ、壊される可能性のある攻撃は絶対に避けようとする無人機の差。捨て身で挑めるかどうか、それが戦況をわける時もある。

 

ギィィィンッ‼︎

 

敵のISの腕が宙を舞う。細いせいか、斬り落としたというのにその感触は意外なまでに軽い。

 

しかし、そんな事を気にしている余裕はない。一気にカタをつけようとしたその時…………腹部を何かが貫いた。

 

「がふっ」

 

腹部を貫いたのは先程斬り落としたはずの腕。手先からエネルギーの迸る刃を出現させており、それで俺の腹部を貫いていた。

 

口から大量の血が溢れ、全身から力が抜けるような感覚に陥る。多分、今ので臓器の幾つかが焼き切られたのだろう。ただでさえ、無理に動いていたところに致命傷にも等しい一撃を受けた俺に戦闘を続行できる力は無かった。

 

ずるりと刃が引き抜かれると同時に浮遊感がなくなる。

 

ISは纏っているが、操縦者である俺が戦闘を続行することが出来なくなったからだろう。其処から始まるのは自由落下だ。絶対防御をカットしている現状ならおそらく即死だろうが、それよりも前に無人機によって俺は殺される。

 

もう片方の手に光が収束していくのがぼんやりとわかる。どれほどの一撃かはわからないが、あれを喰らえば死体も残らないだろう。まぁ、一瞬で死ねるならそれはそれで幸せな事だろう。

 

無人機の手から放たれた一撃が俺を包み込む…………はずだった。

 

「え……?」

 

目前まで迫っていたその一撃を突如目の前に現れたビームシールドが弾き、俺の自由落下も其処で止まった。

 

「すみません。遅れてしまいました」

 

俺の耳に届いたのはもう聞くことはないだろうと思っていた人の声。

 

「セシ………リア…?」

 

「はい」

 

振り向くと其処にいたのは専用ISブルー・ティアーズを纏ったセシリアだった。だが、俺の知るブルー・ティアーズとは姿が違った。

 

まず目についたのは彼女の肩部分に浮いているはずのものが存在しない事だった。ミサイルビットを収納しているはずの脚部装甲もすらっとしたスリムなものに変わっており、頭部についていたはずのスコープも消え失せていた。だが、そのどれよりも目を奪われたのが背中についている神々しさを放っている六つの羽を模した蒼い翼だった。

 

「申し訳ありません。わたくしが不甲斐ないばかりに………」

 

「いや………いいんだ。これが、俺の……選んだ道、だから。それよりもセシリア………その姿は」

 

「わたくしにも詳しい事はわかりません。ですが、わたくしの想いにブルー・ティアーズが応えてくれました」

 

ここまでの形状変化があるということ、そしてどういう理由かISを使用出来なかったはずのセシリアが今ISを纏ってるということは…………もしかしてしたのか?二次移行(セカンド・シフト)を?

 

「将輝さんはすぐに病院へ。ここはわたくしが「いや、俺も闘う」な⁉︎ダメです‼︎そんな傷でISと闘うなんて!」

 

「セシリアだけ闘わせるなんて出来ない。こんな死に損ないじゃ足手まといになるかもしれないが、最後の我儘だ。セシリア………君を護らせてくれ」

 

こんな事を言える立場ではないけれど、それでも最後に通したい我儘なんだ。もしここで彼女に任せっきりのまま死んでしまったのなら、死んでも死に切れない。例えセシリアが勝っても負けてもだ。

 

「ですが…………いえ、わかりました。わたくしを護ってくださいまし。その代わり……」

 

《無想》を握る手をセシリアはそっと支えるようにそえてきた。

 

「わたくしは将輝さんを護ります。その為にわたくしはこの力を得たのですから」

 

その言葉だけで十分だ。例え、この言葉が情けから来たものだとしても俺は満足だ。最後に彼女の隣に立てるのなら。

 

「じゃあ、いつものやついくか?セシリア」

 

「そうですわね。相手が機械である以上、おかしくはありませんわ」

 

隣に立ったセシリアとそんなやり取りをしつつ、俺は《無想》を、セシリアは形状が完全に変化した《スターライトMkⅢ》を構える。

 

「「踊れ(りなさい)」」

 

「俺、藤本将輝とーーー」

 

「わたくし、セシリア・オルコットのーーー」

 

「「奏でる円舞曲《ワルツ》で!」」

 

その言葉を皮切りに俺は敵ISに肉薄する。今までと同じ仕掛け方。けれど、俺の後ろには最も信頼できる人間がいる。いつも見ていた。いつかこうなってほしいと焼き付けた彼女の勇姿が。

 

俺を追い越すように無数の閃光が敵ISに向けて放たれる。それは俺を追い越すとさらに無数に枝分かれし、膨大な量となって敵ISを襲う。

 

敵ISは斬りはらおうとするもその圧倒的な量を全て斬りはらう事は出来ず、何発か被弾する。

 

殆ど怯んでいないところを見ると一発一発の威力は低いみたいだ。でも、敵ISがそれを迎撃しにいった事こそに意味がある。

 

被弾した敵ISに続けざまに俺は《無想》を振るう。セシリアの攻撃に対して防御に入った事で俺の攻撃に対する対応が遅れた敵ISはすかさず防御態勢に入り、《無想》を受け止める。

 

でも、それは俺もわかっている。当たるだなんてハナっから思っていない。

 

受け止められた瞬間、敵ISを蹴り飛ばすと相手は大きくのけぞった。夢幻の特性によって引き上げられた攻撃力ならただの蹴りでも十分な威力がある。

 

「行きなさい、ブルー・ティアーズ!」

 

セシリアの号令とともに蒼い翼から八基のビットが飛び出し、縦横無尽に駆け巡る。

 

倍に増えているにもかかわらず、ビットの動きは今までのどれよりも正確に精密により複雑に動き回り、敵ISを翻弄しながら全方位から射撃を行う。

 

おまけにその一撃は普通に放たれるものもあれば、偏向射撃のものもある。しかも偏向射撃は通常一段階しか曲がらない筈であるのに、セシリアのそれは二度曲がっている。

 

複雑に高速で動き回るビットから三つの法則で放たれる一撃に敵ISは避けることも防御する事も殆ど成功していない。本当ならこのままセシリアの攻撃に任せるのが得策なのだろうが…………

 

セシリアの方を見るとビットを操っているその顔からは徐々に血の気が引いていっている。

 

あれだけの高度な操作はそれだけで脳の負担が大きい。今までのブルー・ティアーズの操作だけでも長時間の操作は脳へ負担がかかっていた。だというのに、今はそれよりも更に複雑な動きと攻撃を行い、ビットの数も倍。そうなれば脳への負担は尋常ではないだろう。いくら適正値が高く、空間認識能力に長けているセシリアでも一分保てば良い方だ。

 

ならそれよりも早くに終わらせる。セシリアにこれ以上の負担はかけられない。

 

『セシリア。今から突っ込むから、道を開けてくれるか?』

 

開放回線でそう告げるとセシリアはこくりと頷いた。良し、行くぜ!

 

エネルギーは二割。その全てを一瞬の火力に注ぎ込む。

 

最初にして最後のチャンスだ。しくじるわけにはいかない。

 

と、ここで敵ISが右腕にエネルギーを収束し始めた。その砲口をセシリアへと向ける。それを止めるためにセシリアは腕部分に攻撃するが、敵ISはそれを全力で守る。セシリアさえ、無力化すればビット攻撃が止むとわかっているからだろう。だがそんなことはさせない。

 

「おおおおおっ‼︎」

 

瞬時加速で敵ISへと肉薄すると敵ISの注意はこちらへと向いた。そうだ、それでいい。相討ちでもいい、お前をたたき落とせるなら。セシリアが無事なら。それでいいんだ。

 

敵ISの腕から凄まじいエネルギーの一撃が放たれる。俺が死ぬのが早いか、《無想》が届くのが早いかという賭けを仕掛ける。その一撃は突進してくる俺を消し飛ばそうとする…………だが、それは直前に現れた二枚の障壁によって阻まれた。

 

「将輝さんはやらせません!」

 

八基のビットによって作られたエネルギーの障壁が俺を消し飛ばそうとしていたエネルギーの一撃を阻む、

 

俺の目の前に現れた障壁はエネルギーの一撃を完全に阻み、無力化するが、それと同時に力を失ったかのように地面へと落下していく。

 

縦一線。

 

《無想》の一振りが巨大な一撃を撃った反動で一時的に硬直した無防備な敵ISを頭から足元まで一気に切り裂くと二つに分かれた敵ISは断末魔の悲鳴をあげるでもなく、機械音声で何かを告げるとそのまま爆ぜた。

 

終わった。何もかも。

 

これで安心して逝ける。

 

敵ISが完全に沈黙した事を見届けた俺は意識を手放した。




次回でセシリアルートは終わりかな?

かなり省きまくったせいで微妙な感じになってしまいすみません。今作品が終わった後でもちゃんとかこうかなあ?

ブルー・ティアーズの二次移行した機体のイメージはストフリかな?ブルー・ティアーズのビットとストフリのドラグーンはなんとなく似てるなと思って。


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原作四巻〜シーズン・イン・ザ・サマー〜
リハビリ?


昨日投稿するとか言っておいて、日付変わっちゃいました。すいません。

久々の投稿ですが、短編ばかりの原作四巻なのでストーリーはあまり進みません。ごめんなさい。

因みにお気に入り千五百件突破記念特別ストーリーはあくまで特別ストーリーなので、繋がっていませんのであしからず。


「なあ、ラウラ」

 

「どうした、藤本将輝?トイレか?」

 

「いや、そういうのじゃないんだけどね」

 

「そうか。では腹が減ったのか?それとも何処か具合でも悪いのか?」

 

「どっちでもない。ただーーー」

 

将輝は数度深呼吸をしたのち、異を唱えた。

 

「何で俺はよくわからない場所でAICに拘束されているんだ?」

 

実をいうとここはIS学園ではない。ドイツ国境付近の遥か上空を飛空する軍用機の機内だ。其処で将輝はラウラのAICにベッドごと固定され、ここに連れてこられている。それ故に将輝はつい先程起き、全く現状を把握出来ずにいた。

 

「ここはドイツの軍用機の中だ。AICで拘束しているのはお前に逃げられないためと睡眠を妨害しない為だな」

 

「誰もそっちの説明は求めてないんだが…………」

 

「寝ている所を勝手に連れてきた事は謝る。しかし、元はと言えば言い出したのはお前だ」

 

「は?」

 

全く心当たりがない。首を傾げる(実際は微動だに出来ない)将輝にラウラが説明をする。

 

「ISと同化している所為で何かと不便だからと私に相談しに来ただろう?」

 

先月。将輝達は福音との激闘の末、辛くも福音を撃破する事に成功した。

 

だが、その代償として将輝は一時的にISの補助抜きでは生きていけない身体となってしまった。将輝としてはその事を大して気にしていないが、副作用はとても無視の出来ないものだった。動体視力や反射神経が向上している事はとても良い事だが、いかんせん力の加減が出来ないのだ。つまり脳のリミッターが常に外れている状態で、少し力を入れれば大抵の日用品は破壊してしまい、剰えその反動に耐えかねた身体も壊れる。幸い、痛覚は殆どカットされている為、痛みはほぼ無いのだが、それ故に自身の健康状態の把握が非常に困難となっていた。

 

どうにかならないものかと悩んだ将輝は先ず束に相談しようとしてーーーーー嫌な予感がして諦めた。箒にはまだ福音事件の事を気にしている節がある為、それに関連するもの自体がタブーだ。セシリアはそもそも人体の事について詳しくない。千冬に相談しにいけば、忙しいからと現役軍人であるラウラなら何かアドバイスをくれるかもしれないと勧められ、その結果、将輝は昨日相談しに行った。

 

話を聞いたラウラは何度か頷き、任せろと言って承諾した。

 

部屋に帰った将輝は一体どんな解決方法があるのかと考える最中に眠りにつき、目を覚ませばこうしてAICで拘束されているという珍妙奇天烈状態に陥っていた。

 

「つまり、この状況は俺が望んだ物だと」

 

「概ねそうだな。それに以前お前を我がドイツ招待するとも言っただろう?しかしまあ、殆ど独断で即興だったからな。クラリッサがいなければ、こんな事は出来なかった」

 

ラウラの言葉に確かに以前そう言っていたなと将輝は思い出す。まだ短い付き合いであるが、彼女が基本的に有言実行なのは知っているのだが、まさかここまでするとは露ほども思っていなかった。

 

「其処までしてくれる必要はなかったんだけど………」

 

おまけに急いでいた所為か、携帯電話もない。将輝は後で箒に問い詰められるなぁと微妙な表情を浮かべている。

 

「気にするな。此方としても現状のお前は何かと有用性がある」

 

「?」

 

ラウラの言葉を理解する事になるのは凡そ一時間後のドイツ軍基地であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ………はぁ………」

 

ドイツ軍基地に到着してから三十分後。将輝は地面の上に寝転がって大きく息を乱していた。服(ドイツ軍服)もかなりボロボロで身体中の至る所に切り傷や打撲があった。

 

「どうした?体力の消耗が著しいようだが」

 

「そりゃ………疲れるさ………一般人が現役軍人五人も同時に相手したら……」

 

ドイツ軍基地に着いて早々、将輝が行った(というよりも半ば強引に)のはラウラが隊長を務めるシュヴァルツェア・ハーゼ隊に所属五名との闘いだった。

 

心得があるとはいえ、軍人から見れば素人と同然。将輝に勝ち目などある筈もないのだが、ISによって極限まで引き上げられた身体能力がそれを可能にした。

 

しかし、加減が難しい将輝としては例え相手が現役軍人であろうとも拳を振るうわけにはいかなかった。その為、彼女達の防御や回避が間に合ってから攻撃を仕掛けていたのだが、それですら人の限界を超えた一撃であった為に彼女達は本気で将輝を殺す気でかかった。

 

身体中の傷はそれが原因なのだが、痛覚が殆どない将輝はその傷よりも体力の消耗の方が精神的には辛かった。

 

「有用性があるってのは、こういう事だったのか」

 

「見た所、代償があるとはいえ、お前の身体能力は織斑教官に届きうるレベルだった。加減が難しい故に私の部下が殺されかねない危険もあったが、そうすればお前は相手を気遣い、加減を試みようとするだろうし、部下も久しぶりの実戦に近い訓練が出来て一石二鳥という訳だ」

 

「結構リスク高くないか、それ。怪我だって浅いけど結構負ってるんだぞ」

 

「問題ない。舐めれば治る」

 

「いや、それ気持ちの問題で舐めても治らないぞ」

 

「?私の唾液には微量だが、医療用ナノマシンが含まれているから私が舐めれば治るという意味なのだが」

 

「そういえばそんな事も言ってたな……」

 

ラウラは試験管ベビーとして生まれた特別な出生から唾液には微量の医療用ナノマシンが含まれている。それ故、ラウラの言う「舐めれば治る」というのは文字通り擦り傷程度であれば舐めれば治るのだ。

 

「舐めようか?」

 

「いやいい。お前の部下が見てる所でそれは羞恥プレイだ。というか、見てなくても嫌だ」

 

「残念だ」

 

そういう割にはラウラは残念そうな素振りは見せず、ただ真顔でそう答えた。残念そうなのは寧ろそのやり取りを周りで見ていた部下達の方だった。

 

「では体力も回復してきたところで、訓練を始めるか」

 

「え?それってさっきのじゃ………」

 

「あれは部下達の(・・・・)訓練だ。お前が相談してきたのは私だ。先程の訓練は合意の上でだが、あまり部下達を危険に晒す訳にはいかない」

 

「さっきも十分危なかったんだが……」

 

主に将輝自身がである。例え全身凶器だったとしても殺意がなければ、殺意ある軍人よりは危険度は低い。もっとも殺意がなくとも当たれば必殺である為、五十歩百歩ではあるが。

 

「リスクのない訓練程温いものはないからな。リスクが高い程得られるものは大きい。特に私達のような人間はな」

 

そう言うとラウラは訓練用ナイフを抜き放ち、地面に寝転がっている将輝に向けて振り下ろした。将輝はそれを転がって躱す。

 

「相変わらずの危機察知能力だ。殺気は消していたつもりだが」

 

「俺の場合、殺気に反応するよりも先に自分の身の危機の方に反応してるから」

 

「成る程。お前の頼みであるから、色々解決方法を考えてみた訳だが、これはこれで私にとっても良い経験となりそうだ!」

 

服の汚れを払って立ち上がった将輝にラウラは肉薄する。ナイフの斬撃とそれに交えて放たれる打撃の応酬。流石というべきか、彼女の動作には無駄が無い。通常時なら瞬殺されているところだ。しかし、今の自分であれば問題ない。そう思いながら捌いていると服の袖を掴まれて、そのまま投げられる。

 

「なまじ目が良くなった所為で、不意を突かれると反応が鈍くなっているな」

 

「まだ慣れてないからね。何時もならすぐに態勢を立て直せるんだけど」

 

首に当てられた訓練用ナイフに将輝は溜め息を吐く。ラウラが殺しに来ていれば死んでいたかもしれない。これは訓練である為、殺しに来ても寸止めであるし、何より其処まで殺意が明確に示されていれば将輝とて不意を突かれても態勢を立て直すことは容易だ。しかし、相手が殺意を隠して殺しに来た場合、確実に死んでいる。もっとも、ISを動かせる男子なだけの一般人を相手に殺意を隠して殺しに来る輩などいないが。

 

「仕方ない。荒療治だがーーー」

 

ラウラは訓練用のナイフを手から離し、サバイバルナイフを抜き放つ。

 

「今から私はお前を殺しに行く。私を殺したくないなら(・・・・・・・・・・)加減を覚えろ」

 

「どういう意味だ、それ……ッ⁉︎」

 

喉元に向けて放たれた刺突を将輝はすんでのところでかわすが、ラウラは追撃する形で何発も放っていく。殺気がある為、躱す事は先程よりも少し簡単にはなったが、実戦経験は圧倒的にラウラの方が上で技術もやはりラウラの方が上だ。スペックは圧倒的に将輝の方が上でもその差を埋める方法は幾らでもあるのだ。

 

(反撃しないとマズいな。ラウラの事だから、やるって言ったら確実にやる訳だし)

 

将輝は反撃の為に拳に力を込めるが、すぐに拳から力を抜く。

 

(反撃したいけど出来ねえ。したら、ラウラが……)

 

もし反撃すれば、殆ど加減のできない将輝の攻撃を受けたラウラは無事では済まない。おまけにラウラの見立てが正しい場合、将輝は自身の身体を壊すというリスク付きで千冬並みの身体能力に引き上げられている。千冬クラスの一撃をラウラが反応し防御する事は不可能に近く、回避もまた同様だ。千冬はインパクトの瞬間に力を抜いているから良いものの、将輝にはそれが出来ないため、当たれば骨の一本は確実に逝く。投げ技なら話は別だが、其処まで持って行くまでが長く、今度は将輝が唯では済まないし、そもそも本来の目的は『加減を覚える』事なので、それでは意味がない。

 

「随分と余裕があるな。考え事をしている暇があるのか?」

 

「マズーーーッ⁉︎」

 

今までよりも一歩踏み込んで放たれた刺突は吸い込まれるようにして将輝の心臓めがけて放たれるが、将輝の口から漏れた言葉はそれによるものではない。その刺突はすんでのところで手のひらを犠牲にし止められていた。だが、その時将輝は反射的にラウラの額めがけて拳を放っていた。攻撃するつもりはなかった。人としての防衛本能がその拳を放っていた。不可避の一撃は刺突と同様に吸い込まれるように額めがけて突き進んでいく。

 

「おおおおっ‼︎」

 

不可能であるからこそ、将輝は吠えた。無意識に放った一撃に抗おうとした。数秒後に見える無残な結末を回避する為にただ人間の能力に全力で抗った。

 

そしてその結果はゴンッという鈍い音だった。

 

「………痛いぞ、藤本将輝」

 

「はぁ……はぁ……。手加減………出来たのか」

 

額を摩りながら言うラウラに将輝は安堵の溜息を吐いた。しかし、加減が出来たとはいえ、かなりギリギリであった為にラウラの額には赤く痕が出来ていた。

 

「ふむ。やはりお前にはこういう特訓が向いているようだな」

 

「こんなハラハラするような事は御免被りたいけどね」

 

「確かにこのような荒療治はあまり好んでするようなものではないが、お前の場合は話が違う。セシリアと話していて気がついたのだが、お前は如何にも土壇場でモノにする節がある。私の時や福音戦の時もそうだった。今まで出来ていなかった事がふと出来るようになる。軍人としては致命的な欠陥だが、お前は一般人のIS乗りだ。寧ろ、土壇場で出来るようになるタイプはかなりの曲者だ。もっとも、それに本人が戸惑うことが無ければ、という条件があるがな」

 

まあ、何はともあれ手加減が出来るようになって何よりだ。とラウラは付け加える。冷静に話すラウラに将輝は地味に凄さを感じているが、実のところ、ラウラは表情を隠しているだけで額には赤い痕の他に汗が滲んでいた。それは激しく動いた事によるものではなく、自身の身に迫る死に対する冷や汗だった。

 

(あれ程明確に死を感じたのは教官に罰を与えられた時以来だ。かなり短かったが走馬灯も見えた)

 

ラウラは将輝の拳が額に当たるまでの流れがスローモーションのように見えていた。それは遅いからではない。事実、放たれた直後は全く見えなかった。見えたのは目前に迫る絶対的なまでの死に脳のリミッターが外れたからである。かといって、身体はそれにはついてこない。ただ迫る死に遂には走馬灯を見るまでに至ったが土壇場で将輝が加減をする事に成功し、額に打撃痕を作る程度で済んだ。

 

「それにしても手の傷は痛くないか?見事に開通しているが」

 

「本当なら転げ回る所だけど、なんて言うかチクチクしてるくらいの感覚しかないんだよね。こういう時の痛覚カットは便利だと思うよ」

 

「だがあまりそれに慣れるなよ。元に戻った時にその感覚のままでいれば大怪我を負いかねない」

 

「心配してくれてありがとう。ラウラは優しいな」

 

「そうか?そう言われると恥ずかしいな………」

 

面と向かってそう言われる事になれていないラウラは頬を赤く染めて、ぷいっとそっぽを向く。ラウラのその様子に将輝は小動物のような愛らしさを感じ、思わず頭を撫でる。

 

「?何だ急に」

 

「何となく。ラウラが嫌ならやめるけど?」

 

「いや、そのまま続けてくれて構わない」

 

「了解」

 

そうして将輝は撫でるのを再開する。少し離れた場所では無音カメラでこの光景を撮りまくるシュヴァルツェア・ハーゼ副隊長クラリッサ・ハルフォーフの姿があり、その周囲にいる部下達はほのぼのとした光景を撮った写真に黄色い声をあげていた。

 

(むぅ………それにしても妙に落ち着くな。血の繋がった親や兄弟などはいないが、もしいるとすればこんな感じなのかもしれないな)

 

そんな事を考えながら、ラウラは奇妙な安心感と居心地の良さに身を任せた。それが終わりを迎える事になるのは行方知れずの将輝の居所を聞くためにセシリアからの電話(箒はラウラの電話番号を知らない)が掛けられた事によるものだった。



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中二病なアイツは代表候補生

(おおう………どうしてこうなった)

 

将輝は珈琲を飲みながら、目の前で只管ケーキを食べ続ける眼鏡をかけた少女に内心で溜め息を吐いていた。

 

水色の髪を肩まで伸ばし、癖っ毛のある髪は内側へと向いている。一見すると儚げな少女を思わせる容姿をしているのだが、それとは対照的に彼女の口は止まることなく、かれこれ十分以上は動き続けている。

 

ここに至るまでの過程を将輝は思い出す。

 

ライトノベルや漫画を買う為に立ち寄った書店で、新作を買い漁っていた時、ふと同じ本に手を伸ばしたのがその少女だった。少女は本と将輝を交互に見た後、「来て」と短く告げて無理矢理ここに連れてきたのだが、連れてこられたのはケーキバイキングの店で入るや否や大量のケーキを只管食べ続けていた。

 

そのギャップに将輝は引きつった表情で彼女を眺めていると彼女はそれを手元にあったケーキに向けられているものと思ったのか、将輝とケーキを交互に見るとスッと将輝の方に差し出した。

 

「…………あげる」

 

「いや、別に欲しかった訳じゃないんだけど……」

 

「そう………おいしいのに」

 

そう言うと彼女はまたモグモグとケーキを食べ始める。無表情のまま食べ続ける姿には最早一種の愛らしさすら感じるレベルだ。

 

(箒はともかく、セシリアも鈴もシャルロットもラウラも皆原作から性格は変わってたが…………こっちの変わりようはまた一段と凄いなーーー更識簪)

 

更識簪。日本の代表候補生の専用機持ちであり、原作ヒロインの一人である。眼鏡をかけているが、これは外部ディスプレイである為、目は悪い訳ではない。だが専用機持ちであるとはいっても、彼女のISは未完成で、その原因は一夏の出現により、彼女の専用機を開発を担当している研究員が白式の開発に回された為だ。その為、原作登場時は極度に一夏の事を嫌っていた。そして彼女はその未完成の専用機を自らの手のみで完成させようとしていた。その理由は優秀な姉に対する劣等感からなのだが、彼女自身も間違いなく優秀だ。

 

「それで、何で俺は此処に連れてこられたんだい?」

 

「……貴方は、私と同じ……何故なら貴方は私の半身だから」

 

「言ってる意味がよくわからないんだけど……ん?今なんて言った?」

 

「………失われた私の半身。封じられた私の左腕がそう言っている」

 

(こ、こいつ、もしかして……)

 

ちらりと将輝は簪の左手を見てみると、左手には白い包帯が巻かれていた。

 

「……まさかとは思うけど、その眼鏡の事は魔眼封じとか言わないよね?」

 

将輝は震える指で簪のかけている眼鏡を指差す。外部ディスプレイのものであるとはわかっているが、今の発言から思わず出た言葉だった。それに対して簪は動きをピタリと止めて、ゆっくりと顔を上げるとーーー満面の笑みでサムズアップした。

 

「………やっぱり貴方は私の半身。よくわかっている」

 

(寧ろ、わかりたくなかったー!)

 

簪は最後の一口を食べ終えると口についたクリームを拭うとスッと手を差し出した。

 

「私の名前は更識簪。真名は考えーーーその内思い出す」

 

(おい、今考え中って言いかけたぞ。ていうか、めちゃ中二病じゃん)

 

「私は自己紹介した。貴方もすべき」

 

「え?でも更識さんは見た所IS学園の生徒みたいだし、俺の事は知ってるんじゃないかな?」

 

「知っている。けれどそれは人伝て。貴方自身から貴方の事を聞いた訳ではない」

 

「それもそうだね。俺の名前は藤本将輝」

 

そう普通に名乗った所で将輝は簪からの期待に満ち溢れた視線に気がついた。無表情であるにもかかわらず、瞳だけは無邪気にキラキラと輝いている。「よろしく」と締め括るだけで良いのだが、その言葉が出ない。そしてその視線に敗北した将輝は過去の過ちを再発した。

 

「というのは仮の名前で、真の名は別にある。とはいえ、此処で俺の真の名を口にすれば君にも刺客が向けられるかもしれない。いくら君が俺の半身とはいえ、覚醒して間もない上に君のIS(仮の力)すら完成していない。名を教えるのは来たるべき時が来た時改めて教えよう」

 

無駄にドヤ顔で放った言葉に店内は静寂に包まれた。将輝は自分がついうっかりやってしまった事に気がつき、冷や汗をダラダラと流し始めた頃、うわぁという周囲の憐れみの視線とは裏腹に簪一人だけが花のような笑みを浮かべていた。

 

「……素晴らしい。流石は半身」

 

「帰らせてはいただけませんか……」

 

しかし、将輝の願いが叶うとはなく、この後一時間周囲の視線に晒される事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ということがあったんだ」

 

「何ともまあ濃い奴がいたものだな」

 

夕食を食べながら、将輝は今日の出来事を箒に話していた。

 

「というか、代表候補生はどうしてそうもキャラの濃い奴らばかりなのだ」

 

「セシリアはマトモなのにな」

 

「比較的な」

 

将輝が知らないだけで、セシリアとて普通ではない部分があり、箒はそれを知っているのだが語る事はしない。故にあくまで『比較的』なのだ。

 

「それでその更識簪という少女はもしや今将輝の後ろに立っている少女の事か?」

 

「はい?」

 

将輝は箒の指差した方を見ると、其処には料理の乗ったお盆を片手に静かに佇む簪の姿があった。

 

「さ、更識さん……?どうしたの?」

 

「……隣良い?」

 

「俺は良いけど………箒は?」

 

「私も構わないぞ。更識さんと少し話がしてみたいと思って……何だそれは?」

 

簪のお盆に乗っている物を見て、箒は顔を引きつらせた。

 

何処を見回しても赤色のナニカ。香ってくるナニカの激臭に隣にいる将輝はむせて、涙目になる。しかし、簪はそれを「いただきます」と言って、涼しい顔をして食べ始める。

 

(こ、この刺激臭………涙が止まらねえ。一体何を入れたらこんな危険物になるんだ⁉︎)

 

(クッ………見ているだけで胃がキリキリしてきた。しかし何故更識はあんな物を涼しい顔をして食べられるというのだ………)

 

食べている本人よりもそれを見ている将輝と箒の方の顔色が悪くなっている。因みに半径五メートル以内にいた他の生徒は既に退散している。二人も今すぐに逃げ出したい衝動に駆られるが、同席を容認した手前、それが出来ずにいた。

 

「………食べる?」

 

「更識さんは俺に死ねというのか」

 

「そんな事はない………これはまさしく至高の料理」

 

「それを料理と形容していいのか……というか、更識さんはよくそんな一級危険物を口にして涼しい顔をしていられるな。一体どんな鉄の胃袋をしているのだ?」

 

「え?えと……あの……」

 

簪は箒に投げかけられた疑問にわたわたとし始めるが、レンゲを置いて、左手を胸に当てて、何かをぶつぶつと呪文のように呟いた後、静かにこう告げた。

 

「出来れば………話しかけないでください」

 

(最初の返答にして最上級の拒絶だー⁉︎)

 

「あ、別に貴方の事が嫌いだとか、吊り上がった目が怖いとか、やたらと大きい胸がウザイとかじゃないんです。ただ、話しかけられたくないというか、その………ごめんなさい」

 

「…………」

 

なんのフォローにもなっていない上に気にしているところを突っ込まれた箒は傷心を通り越して、最早病んでいた。

 

「…………私は生きている価値が有るのだろうか……?」

 

「生きている価値有るから!落ち着いて!頼むから命を絶とうとしないで!」

 

「確かに死ぬ必要はない………その無駄に大きい脂肪だけなくなれば……」

 

「いや、それも良いところだから!何さらっと削り取ろうとしてるの⁉︎ていうか、君どんだけ嫉妬してるんだよ!」

 

「……嫉妬なんてしていない。あんなの脂肪のかたまり」

 

「脂肪のかたまりとか言っちゃダメ!箒気にしてるんだから!それに俺は大きい方が好きだから問題ない!」

 

女子がいる中でのその発言は明らかにセクハラなのだが、箒が簪が言葉を発するたびに精神的ダメージを負っているため、気にしている余地はない。因みに周囲では巨乳の女子達が脈ありとテンションを上げ、貧乳の女子達がこの世の終わりとばかりに絶望していた。

 

「とにかく、私は話しかけないで欲しいだけで、其処に他意はない」

 

「俺は?」

 

「例外」

 

「俺以外は?」

 

「嫌………でも今後例外が増える可能性もある」

 

(凄まじいまでのコミュ症だな。大丈夫なのか、代表候補生)

 

将輝は最早苦笑する事しか出来なかった。余談だが、この後箒を立ち直らせる為に二時間を要した。



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乙女の妄想と書いて儚い

「憂鬱だわ……」

 

「鈴さん。元気を出して下さい」

 

とあるウォーターワールド内喫茶店。其処にはもの凄く服に気合いが入っているのがありありとわかる鈴と適度におめかししているセシリアの姿があった。とはいっても、鈴のテンションは服とは正反対に絶不調の道を突き進んでいた。

 

「そりゃ私がうっかり携帯電話の電源を切って、早く寝たのも悪いけどさぁ。何でこう、一夏ってタイミングが悪いのかしら……」

 

「仕方ありませんわ。一夏さんはそういう星の下に生まれた人間なのでしょう」

 

優雅に紅茶を飲みながら答えるセシリアに鈴はまたもや溜め息を吐く。

 

こんなつもりではなかった。というのと、あんたの相手は唐変木じゃなくて良かったわね、という意味が含まれている。

 

何故こうなったのか。それは昨日、まだ天国であった日の出来事だった。

 

偶然にも鈴は友人から出来たばかりのウォーターワールドのチケットを引き取っていた。そのウォーターワールドは前売り券は即行で売り切れるのが普通で、当日券に至っては開場二時間前には並ばないと買えないとまで来ている。それをキャンセル品とはいえ、棚ぼた的に手に入れた鈴は即座に一夏の元へとダッシュ。紆余曲折を経て、デートをこじつけるに至った。その狂喜乱舞っぷりは同室のティナ・ハミルトンが思わず部屋を変えてくれと思うほどであった。

 

しかし、当日。天国は地獄へとクラスチェンジを果たした。

 

約束の時間から約五分前。

 

一夏から一本の電話が入った。内容は『白式のデータ取りがあるからいけない』というものだ。どういうわけか、原作は第二形態移行をしていた為に仕方ない部分があったものの、世界は一夏と鈴の仲を裂こうとしているようにしか思えない程にその部分だけは変わらなかった。しかし、鈴の寛大さは凄まじいもので、怒りたいような泣きたいような感情を隠して、一夏に『また今度遊びに行きましょ』とだけ言って電話を切った。その後、偶々暇を持て余していたセシリアを引っ捕まえて半ば強引に連れてきたものの、先程から溜め息ばかりついていた。

 

「それで、どうしますの?」

 

「どうしようかしら。泳ぐ気分でもないし、帰ろうかなぁ……」

 

鈴がそう決めて、立ち上がろうとした瞬間、園内放送が響き渡った。

 

『では!本日のメインイベント!水上ペア障害物レースは午後一時より開始いたします!参加希望の方は十二時までにフロントへとお届け下さい!優勝賞品はなんと沖縄五泊六日の旅をペアでご招待!』

 

(これだ!)

 

その言葉を聞いた鈴の脳裏にニュータイプばりの閃きが走った。

 

「セシリア!」

 

「大声を出さずとも、わかっていましてよ。協力しましょう」

 

ハイテンションな鈴とは対照的に落ち着いた様相で答えるセシリア。恋する乙女というのは同じ人間を好きになった時、激しくぶつかり合うが、それが別であった時、なによりも固い結束力を発揮するのだ。

 

「目指せ、優勝!」

 

たからかに突き出された拳。こうして、第一回大会にして歴代最強のコンビが結成されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ!第一回ウォーターワールド水上ペア障害物レース、開催です!」

 

司会のお姉さんがそう叫ぶと同時に大きくジャンプをする。その動きで大胆なビキニから豊満な胸が溢れそうになり、わぁぁぁっ……!と会場から(主に男性の声の)歓声と拍手が入り乱れる。

 

レース参加者は全員女性なのだから、観客のテンションも大いに上がっている。因みに参加希望者の中には男性もいたのだが、受付の時点で『お前空気読めよ』という無言の圧力に屈している。

 

女性優遇社会ではあるが、それはそれ。やはり水上を走るのは女性が良いに決まっている。何せどんなトラブるが起きても自己責任と参加前にその旨を伝えているし、トラブるが起きれば観客もオーナーとしても眼福の一言に尽きるからだ。

 

「さあ、皆さん!参加者の女性陣に今一度大きな拍手を!」

 

再度巻き起こる拍手の嵐に、レース参加者は手を振ったりお辞儀をしたりとそれぞれ応える。

 

そんな中、特にどういう反応をする訳でもなく、念入りに準備体操をしているのが鈴だった。

 

「そういえばセシリアは将輝とどっか行かないの?」

 

「行きますわ。今度の休日、将輝さんがイギリスに里帰りをしますの。三日程彼方に滞在する予定と聞きましたので、わたくしも無理矢理将輝さんの日程に合わせました」

 

「うわぁ……」

 

何事もなくそういうセシリアに鈴は軽く引く。

 

最近、やたらとセシリアは積極的になった。それは将輝が箒と付き合い始めたという事実を知った上でなお、彼女はまだ諦めていないからだ。その為、淑女らしい振る舞いを常に心掛けているセシリアだが、将輝が関係してくるとなると途端に無茶苦茶になるが、タイミングだけは弁えていて、将輝と箒が二人きりになれる時は邪魔をしない代わりに自分と将輝が二人きりになれば全力でアプローチをかける。事実、日程を無理矢理合わせたのも、その里帰りには箒が来られないからである。理由を知らない鈴としてはついに壊れたかと思ってしまう程だが、別に壊れた訳ではない。

 

「あたし、セシリアが敵じゃなくて心底良かったと思うわ。なんで将輝が落ちないのか、不思議でならないわ」

 

「わたくしも積極的にアプローチをかけている鈴さんの気持ちに気がつかない一夏さんがとても不思議です」

 

乙女心が複雑怪奇なように男心も単純ではないのだが、好きな人間がいる将輝はともかく、一夏は特別製の為、例外も例外ではあるが。

 

「では!再度ルールの説明です!この50×50メートルの巨大プール!その中央の島へと渡り、フラッグを取ったペアが優勝です!なお、コースはご覧の通り、円を描くようにして中央の島へと続いています。その途中途中に設置された障害は基本的に二人でなければ抜けられないようになっています。ペアの協力かま必須な以上、二人の相性と友情が試される仕様になっています!」

 

鈴とセシリアはアナウンスを聞きながら、再度コースを見る。

 

中央の島というのがなかなかに厄介。何故ならワイヤーで宙づりになっているため、ショートカットは出来ず、剰え、プールに落ちれば再度一からやり直さなければならないからだ。その作りに二人はなかなか良く出来ていると感心させられる。

 

((参加者が一般人であればーーーね))

 

そう。それはあくまで参加者が一般人であればの話だ。

 

二人は専用のISを持つ国家代表候補生。その能力は旧世紀の一軍隊にも匹敵する。そして当然、それらを扱うに当たってあらゆる訓練を積んできた。その為、単純な戦闘能力は一般男性を軽く凌駕し、軍人も条件が同じなら限りなく互角に近く、或いはそれ以上を見込める。ISとはそれだけのものであり、そしてそれを扱うものも人材価値として非常に高い。その中でも凰鈴音とセシリア・オルコットは極めて戦闘能力が高かった。

 

「さあ!いよいよレース開始です!位置について、よ〜い……」

 

パァンッ!と乾いた競技用のピストル音が響き、二十四名十二組の水着の妖精達が一斉に駆け出す。

 

開始直後、二人の横のペアが足払いをかけようとするも、二人はそれよりも早くにその場から離脱し、一番目の島に到着する。

 

このレース、なんと『妨害OK』なのだが、二人からすれば一般人の妨害などあってないようなもの、そしてそのルールはぶっちゃけ有利になるだけだった。

 

「さあ、がんがん行くわよ……っと」

 

「あらあら、危ないですわね」

 

二人は向かってくるペアを悉く躱すと見向きもせずに先へと進むのだが、ここで問題が発生する。

 

最年少に近い二人は妨害こそしないが、その身のこなしから会場全ての注目を集めてしまい、以後の妨害全てが二人に集中してしまっていた。

 

「一般人でもこれだけの数となると流石に足止めさせられるわね」

 

「仕方ありません。此方も反撃に出ましょう」

 

第一グループが二番目の島に渡っている事に少し焦りを感じた鈴とセシリアは回避だけにするのを止めて、妨害してきたペアを投げ飛ばし、他のペアにぶつけた。

 

「これで多少は稼げるでしょ」

 

「少し遅れましたわ、早く追撃しましょう」

 

一番目の島ではロープで繋がれた小島を一人が固定して渡り、それから向こう岸で支えてもう一人も渡るというものだったがーーーあろうことか二人は同時に小島へと飛び移る。ただでさえ、女性一人分しか支えられない筈のそれを二人は軽やかな動きで渡っていく。

 

「こ、これはすごい!二人は高校生ということですが、何か特別な練習でもしているのでしょうか⁉︎」

 

二人の身のこなしに会場が沸く。二人はその後も障害そっちのけで突き進み、第二、第三、第四と全て走って突っ切った。

 

そんなこんなで最後の第五の島に到着したのだが、ここで問題が起きた。

 

「ここで決着をつけるわよ!」

 

マトモに走ったのでは負けると踏んだのか、トップのペアが反転して鈴とセシリアに向かってきた。

 

「何この二人。体格が凄いんだけど」

 

「何か格闘技を嗜んでいるのでしょう」

 

「構えから察するに片方がレスリングで、もう片方が柔道ってところかしら?筋肉がえげつないわね、それはさておきーーー」

 

「競技が違うのに息ぴったりというのには感心させられますわ。それはそうとーーー」

 

マッチョ・ウーマンという単語がぴったりと合うそのペアは気合い十分の怒号とともに鈴とセシリアへと仕掛ける。二人はそれに対して互いの感想を述べる。まるですぐ目の前まで迫っている危機など歯牙にもかけないかのように。

 

「「邪魔」」

 

向かってきた二人の格闘家を鈴とセシリアは何でもないかのように吹き飛ばし、投げ飛ばした。因みにこの時、セシリアはレスリング使いを合気道の要領で力を全く使わずに投げ飛ばし、鈴は柔道家を鉄山靠と呼ばれる八極拳の技の一つであろうことか正面から吹き飛ばした。体格差をものともしないその一撃に会場は騒然とする中、二人は揃って手にしたフラッグを掲げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや〜、今日は楽しかったわね」

 

「そうですわね。一時はどうなる事かと思いましたが」

 

満面の笑みを浮かべて歩く鈴とその隣で同じく微笑を浮かべるセシリア。

 

鈴の手には優勝賞品である『沖縄五泊六日のペア旅行券』が握られている。

 

優勝が決まった後、最年少のペアが優勝組ということもあり、色々と質問などが飛び交っていたが、その間も鈴は満面の笑みを張り付けたまま、にぱーっとしていた。それもそのはず、何故なら合法的に一夏と二人きりの期間を手にする事が出来たからである。そしてその五泊六日の内に鈴は勝負を決めるつもりだった。

 

「それにしてもやるわね、セシリア。まさか合気道の心得があるなんて」

 

「あくまで護身術の延長戦ですが嗜みはありましてよ。最近では柔術と呼ばれる武術にも手を伸ばしていますわ」

 

「あんたって本当に自分磨きを怠らないわよね。淑女の鏡ね」

 

「ありがとうございます。最高の褒め言葉ですわ」

 

「私も頑張んないとね、目指せ、一夏のお嫁さんってね」

 

宣言すると同時に鈴が旅行券を手にしていた拳を突き上げた時、事件は起きた。

 

偶々、その旅行券に反射する光を目にした鴉が低空飛行で接近し、その手から旅行券を取り上げたのだ。

 

ギャグ漫画もかくやというような展開に思わず、鈴は顎が外れそうになるが、そうおいそれと幸せを逃すわけにはいかない。

 

「逃すか、このバ鴉!」

 

鈴は素早くISを展開したのち、威力を抑えて衝撃砲を鴉に向けて放った。

 

当たれば即ミンチ確定の一撃を鴉は辛くも回避するのだが、それがマズかった。

 

鴉は衝撃砲の一撃を辛うじて回避したものの、口に咥えられた旅行券は見事に衝撃砲の餌食になり、見るも無残な姿となっていた。

 

「あ……あ……あぁぁぁ⁉︎」

 

目の前で儚く散っていく幸せの片道切符の無残な姿に鈴は悲痛な叫び声を上げるのだった。

 

結論、人の夢と書いて儚い。



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ひと夏の出来事


久々の投稿!やっと更新できたぁ!

本当に遅れてすいません。何を書こうか悩んだ結果これになりました。

こんな感じに投稿が遅れてしまいましたが、これからも憑依系男子のIS世界録をよろしくお願いします!


 

(何も変わっていないな、ここは……)

 

八月のお盆過ぎ。その週末に箒はとある神社にいた。

 

とある神社というか、其処は篠ノ之神社。彼女が転校する前の家であり、生家でもある。

 

板張りの剣道場は昔のままで、箒が聞いた話によると定年退職した警察官の男性が善意で剣道教室を開いていて、剣は礼に始まり礼に終わるという教えの通り、子供達に道具の手入れと道場の掃除をさせている為だった。

 

今では昔と違い、かなりの人数が門下生としているのが壁の木製名札を見て取れる。昔は一夏、千冬、箒の三人だけだった。

 

(懐かしいな。あの頃の一夏はよくつっかかってきたな。それが今はだいぶ落ち着いた雰囲気になっているのだから、男子三日会わざれば刮目せよとはよく言ったものだ)

 

「箒ちゃん、ここにいたの」

 

「雪子叔母さん。すみません、懐かしくて、つい」

 

箒に声をかけてきたのは四十代後半で年相応の落ち着いた物腰と柔らかな笑みを浮かべた女性。

 

「あら、いいのよ。元々住んでいたところだもの。誰だって懐かしくて見て回るわよ」

 

昔から箒はこの叔母さんに怒られたことがない。正確に言えば彼女は怒ることも叱ることもしない。

 

『自覚があるからそれでいい』。そんなことを言われるたび、箒はなんとなく恥ずかしくなる。

 

「それにしても良かったの。夏祭りのお手伝いなんて」

 

「特にする事もなかったので。それに昔から雪子叔母さんにはお世話になってますから」

 

「そうなの?せっかくの夏祭りなんだから、誘いたい男の子の一人もいるんじゃないの?」

 

「そ、それは……」

 

ボッと顔を赤くする箒。その脳裏には当然恋人である将輝の顔が浮かんでいる。

 

その反応を見て、小さく笑みを漏らす叔母に箒は観念したように正直に言う。

 

「……います」

 

本当なら将輝と一緒に祭りを見て回りたかったというのが偽らざる本音だ。しかし、当の将輝は『用事がある』と言って断った。妙に歯切れの悪さが目立っていたが、そういう日もあるだろうと箒は渋々諦めた。

 

「やっぱり。箒ちゃんくらい可愛い子なら彼氏がいてもおかしくないわよね」

 

「そ、そんな可愛いだなんて」

 

謙遜する箒。箒自身はあまり自分の容姿に自信を持っているわけではない。セシリアやラウラの方が綺麗だと思っているし、鈴やシャルロットの方が可愛いとも思っている。実際の所は箒は彼女達に全く見劣りしないのだが、其処は十代乙女特有の思考からか、他人の方が上だと感じてしまう。

 

「でも、せっかく箒ちゃんが手伝ってくれるって言ってるんだから、厚意に甘えましょうか。六時から神楽舞だから、今の内にお風呂に入ってちょうだいね」

 

「はい」

 

元々、篠ノ之神社で行っていたお盆祭りというのは、厳密な分類では神道という土地神伝承に由来するもので正月だけでなく盆にも神楽舞を行う。

 

現世に帰った霊魂とそれを送る神様とに捧げる舞であり、それがもともとは古武術であった『篠ノ之流』が剣術へと変わった理由でもある。

 

正確な事は戦火によって記録が消失したので不明との事だが、この神社は女性用の実用刀があったりと、とにかく『いわくつき』の場所なのだ。

 

篠ノ之一家が離れた後も、こうして親戚がその管理を受け継いでいる。

 

(ここも変わっていないな)

 

脱衣所でかつて住んでいた家の事を懐かしむ箒。

 

そして、不意にこの家を離れた理由を思い出した。

 

(姉さんがISを作らなければ……)

 

と思う箒だが、頭を振る。

 

初恋の相手である一夏と離れ離れになるキッカケとなったのはISではあるが、二度目の恋にして、現在の恋人なる将輝と出会ったのはISのお蔭なのだ。そう考えるとISも憎々しいものではない。

 

そう考えるだけで険しくなりかけていた表情はすぐに緩和する。左腕についている金と銀の一対の鈴がついた赤い紐ーーー紅椿の待機状態を見て、頬を綻ばせる。

 

(けれど、将輝の隣に立つ力をくれたのも姉さんだ。それに将輝を救ってくれたのも)

 

自分の慢心の所為で将輝は今もISの補助を受けて生きている。将輝は気にしていないとは言っていたが、箒としてはやはり気になる。

 

そして福音事件の元凶を知らない箒は自分の尻拭いをしてくれたのは姉である束だと思っている。一度将輝の命を奪ったのもそして救ったのも束である事を箒はまだ知らない。将輝はそれを伝えるつもりはない。どういう形であれ、これを機に二人の中が戻らないかと考えているからである。

 

(あれだけ嫌っていたのに、今は感謝しているなんて、都合が良すぎるだろうな)

 

箒は紅椿の待機状態の腕飾りだけを身につけた姿で浴室に入る。

 

神楽の前に禊ぎである為、本来は川や井戸の冷水を使うのだが、その辺りは結構いい加減にーーーというよりも『続けさせるために緩くする』という先人達の工夫だった。

 

箒が幼い頃に改築したという風呂場は、総檜木のしっかりとしたもので、先月に行った臨海学校で行った温泉宿にも引けを取らない。流石に広さは其処までないが、それでも四人くらいは十分に足を伸ばして入れるだけの広さはある。

 

「ふぅっ……」

 

何年か振りに入る湯船は、やはり昔と同じで心地が良かった。

 

箒の好み通り、湯船には少し熱めのお湯が張られている。

 

その中で体を伸ばすたび、ちゃぷ……と小さな水音が木霊して、どこまでも気分が和らいでいくのがわかる。

 

キメの細かい肌をお湯が滑るたび、じんわりとした安らぎが体全体に広がっていく。

 

暫くの間、ぼうっとその感覚にたゆたっていた箒は、ふと先月の事を思い出す。

 

夜の海、其処で将輝と想いを打ち明け合った時間を。

 

そしてどちらからでもなく交わしたキスを。それを思い出し、指先で唇を撫でる。

 

あの日以来、キスはしていない。

 

したくないわけではない。ただしようと考えると恥ずかしすぎて行動に移せないのだ。

 

将輝もそれを察しているのか、そういうことはせずに普段通りに接している。そのお蔭か、特定の人間以外には将輝と箒が付き合っていることは知られていなかった。

 

(いっそ強引にでもしてくれれば良いのに……)

 

意思を尊重してくれているのは嬉しい。だが、偶には強引に迫ってきてほしいという気持ちもある。多少は抵抗するかもしれないが、結局折れるのは自分であることを自分自身か一番よく知っている。

 

(いかんいかん。何時もならいざ知らず、今日は巫女としての責務がある。雑念は消さねば)

 

それから箒がお風呂から上がったのは実に三十分後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、と。これで準備万端ね」

 

純白の衣と袴の舞装束に身を包み、金の飾りを装った箒は何時もよりもぐっと大人びている。神秘的な雰囲気も纏い、息を飲むような美しさがあった。

 

「口紅は自分で塗れる?」

 

「はい。昔よくしていましたから」

 

「そうよね。箒ちゃん、小さい頃からやってたもんね。神楽舞。う〜ん、あの姿も可愛かったわぁ……」

 

「む、昔の話は……」

 

「うふふ。ごめんなさいね。歳をとるとどうしてもそうなのよ」

 

照れ隠しに表情を引き締めつつ、箒は小指の先で小皿から取った口紅をすっと唇に塗っていく。スティックルージュではなく、昔ながらの口紅を使うのもこの神社のしきたりだ。

 

(良し)

 

鏡を見て、上手く口紅を引けたことに確認をして箒は満足する。

 

昔、母親がしていたのをどうしても真似をしたくて、無理を言って小さい頃から神楽舞をやっていたのは懐かしくも恥ずかしい思い出だ。

 

(それにしても雪子叔母さんの化粧は流石だ。これなら将輝にも……)

 

其処まで思い至って、また箒は一人顔を赤くした。

 

(どうにも最近私は浮かれているな…………理由はわかっているが)

 

叶わぬと勝手に決め付けていた二年越しの恋が予想外にも両思いという形で成就したのだ。直前で諦めていた箒としては反動で浮かれぬ道理がない。

 

ごほんと咳払いをして、再度表情を引き締める。

 

鏡を見てコロコロと表情を変える箒を叔母は楽しそうにしながら祭壇から宝刀を持ってきた。

 

「そういえば箒ちゃん。昔はこれ、一人で持てなくて扇だけだったわねぇ」

 

「い、今は持てます!」

 

その言葉通り、一息で刀を抜いてみせる箒。そして、刀を右手に、扇を左手に持つ。

 

この一刀一扇の構えは古くから『一刀一閃』に由来し、現在も篠ノ之流剣術の型の一つにある。

 

とはいえ、実戦で本当に扇を使うわけではなく、受け、流し、捌き、を左手の得物に任せ、右手で斬り、断ち、貫きを行うという、いわば守りの型の二刀流に近い。他流派では小太刀二刀流の型として呼ばれるものだ。因みに回転剣舞六連が使えたりはしない。

 

「ねえねえ箒ちゃん、扇振って見せてよ。叔母さん、小さい頃のしか見たことないから」

 

「え、ええ。それでは練習も兼ねて舞ってみましょうか」

 

刀を鞘へと戻し、それを腰帯に差す。それは神楽というよりも侍のようだが、少なくとも篠ノ之流はこれが正しい。

 

「では」

 

閉じた扇を開き、それを揺らす。

 

左右両端一対につけられた鈴が、シャン……と厳かに音色を奏でた。

 

練習でありながら、神楽を舞う箒には本番さながらの気迫にも似た雰囲気があり、辺りが突然静かになったような錯覚さえ覚える。

 

扇を右へ左へと揺らしながら、腰を落としての一回転で刀を抜き放つ。そして刃を扇に乗せ、ゆっくりと空を切っていく。

 

それらの様はまさしく『剣の巫女』の名に相応しい厳格さと静寂さを兼ね備えており、幼かった頃よりもぐっと美しくなった箒はそれらを自然に纏っていた。

 

「以上です」

 

「まあ!まあまあまあ!素晴らしいわ、箒ちゃん!ちゃんとここを離れても舞の練習はしてたのね」

 

「え、ええ、まあ………。その、一応巫女ですから……」

 

叔母の喜色満面の笑みに押されて、箒は照れ臭そうにそう告げる。

 

しかし、これに関しては将輝にあまり知られたくはなかった。

 

昔の経験から女らしいことをしているというのは箒にとって軽いトラウマなのだ。

 

絶対にそんなことはあり得ないのだが、もし、らしくないと言われた日には海での時のようにみっともなく泣き出してしまう可能性すらある。

 

(どちらにしても将輝は来ない。だから精一杯、舞を舞うだけだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れさん、箒」

 

「………」

 

「あれ?箒?おーい」

 

率直に言えば将輝がいた。

 

用事があり、来ないと言っていたはずの恋人の突然の出現に箒は全ての行動を止めて固まっていた。

 

(待て。待て待て待て、おかしい。私は神楽を終えてから軽く汗を拭くついでに巫女服に着替えてお守り販売の手伝いをしにきたら将輝がいた。何故?)

 

「それは俺が箒に会いたかったからって事で流してくれるとありがたいんだが」

 

(心を読まれた⁉︎)

 

混乱のあまり過去回想を始めかけた時、将輝が箒の心の声に返答した事で強制中断させられる。

 

「よ、用事があって来られないのではなかったのか……?」

 

「うん?用事なんてないよ。単に俺が箒の神楽舞を見たかっただけさ」

 

「な、何だそれは⁉︎」

 

「だって俺と夏祭りに来たら箒は神楽舞をしなかっただろ?」

 

「うっ………確かに」

 

箒が手伝いに来たのはあくまで将輝と夏祭りに来られなかったから来ただけなので、将輝が承諾していれば神楽舞はしていない。将輝もそれは勿体無いと思い、罪悪感に苛まれながらも一度は断り、そして神楽舞が終わったタイミングを見計らって箒のいる場所に来た。

 

「それにしても凄く綺麗だった。思わず写真撮っちゃったし」

 

「な⁉︎今すぐ消してくれ!」

 

「何で?」

 

「あ……う……その……は、恥ずかしい……から」

 

「じゃあ残す」

 

「ひ、人の話を聞いていたのか⁉︎」

 

「恥ずかしいってだけじゃ、箒の晴れ姿の記録を消す訳にはいかない。それも箒の恋人としての務めってやつかな」

 

そう言う将輝に箒は顔をボンッと真っ赤に染める。その赤さは巫女装束の袴の色にも匹敵するものだ。

 

「あ、あまり人のいるところで言うな………」

 

「それもそうか。IS学園の生徒がいる可能性もあるし」

 

本来ならばもう少しいじり倒したい所ではあるが、それで偶々来ていたりする学園の生徒にバレると洒落にはなっていないので止める。

 

「箒ちゃん。さっき大声が聞こえたけど何かあったの………あら?」

 

先程の箒の大声が気になりやってきた叔母は、箒の様子と将輝の姿を交互に見るとポンと手を打った。

 

「箒ちゃん。後は私がやるから、夏祭りに行って来なさいな」

 

「いえ、私から手伝うと言った手前、簡単に投げ出すわけには……」

 

「彼が誘いたかった男の子なんでしょ?なら一緒に楽しんできなさい」

 

「で、ですが……」

 

「ほらほら、急いで。先ずはシャワーで汗を流してきてね。その間に叔母さん、浴衣を用意しておくから」

 

箒の反論を許さず、強引に箒の身体を回れ右させて母屋まで押していく。そして、去り際に振り向いて将輝に行った。

 

「ちょっとだけ待っててね。彼女を待つのも彼氏の役目よ」

 

ウインクを送って言う叔母に将輝はサムズアップをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(将輝が来た……これは予想外の事態だ……)

 

頭からお湯を被りながら、箒は先程から突然現れた将輝のことを考えていた。

 

(私の神楽舞を見るためだけに一度は断るなど………落ち込んでいた私がバカみたいではないか。言ってくれれば何時でも見せたというのに……)

 

そう思う箒だが、実際のところは将輝に見せてくれと頼まれれば見せる努力はする。しかし、本番の時とは別の緊張感があり、しくじって落ち込む姿は目に見えている。それ故に将輝はある意味自然体で神楽舞を行う本番の神楽舞を見ようとしたのだ。

 

(それにしても何故将輝は私が神楽舞をするのを知っていたのだ?私が神楽舞をしていた事を知っているのは昔の私を知っている人間の筈だが………もしかして一夏か?)

 

ふとそんな疑問に至るが、すぐに一夏に聞いたのだと自己完結をする。実際は将輝の原作知識にあったことで一夏ですら今日箒が神楽舞をする事を知らなかった。

 

「箒ちゃーん。そろそろ上がってねー。もう二十分経ってるわよー」

 

「ええっ⁉︎」

 

あーだこーだと考えている内に時間が経過している事に気がついていなかった箒は、それから慌てて髪と身体を洗い、しっかりと汗を落とす。

 

上がってすぐにドライヤーで髪を乾かしながら、時間短縮といって浴衣の着付けをしてくる叔母に逆らえず、されるがままになってしまう。

 

「うん。出来た。やっぱり箒ちゃんって和服が似合うわぁ〜。お母さん譲りの髪のおかげかしらね」

 

「ど、どうも……」

 

褒めてくれた事と浴衣を着せてくれた事の両方にお礼を言いながら、箒は何時もとは違う服装に若干の戸惑いを覚えている。

 

浴衣を実に数年振りに着たわけだが、その姿は雑誌のモデルと比較してもなんら遜色ない程の雰囲気と一体感、そして着こなしを見せていた。

 

(こ、これで大丈夫だろうか…?)

 

自分の容姿について自覚がない箒は、そんな自信のない事を考えながら改めて鏡を見る。

 

白地に薄い青の水面模様が付いた浴衣は、アクセントに朱色の金魚が泳いでいる。所々に置かれた銀色の珠と金色の曲線とが、決して派手な自己主張はせず、脇役に徹していて、涼しげな印象と落ち着いた雰囲気とを醸し出していた。

 

「それじゃ、これ持っていってね。お財布とか携帯電話とか、必要なもの色々入れておいたから」

 

そう言って巾着を渡される。

 

何時の間に……というのは最早今更であった。昔から叔母は気の利く人物で、いつも誰かのために何かを用意している。

 

「あ、あの、雪子叔母さん」

 

「なあに?」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

照れ臭そうにいう箒に叔母は少しだけ意外そうな顔をした後、とびきりの笑顔で返した。

 

「どういたしまして。それより、ほら。彼氏をあんまり待たせちゃダメよ」

 

「は、はい」

 

急かされるまま、玄関へと向かう。途中時計を見てみれば時刻は既に六時を過ぎて、外は橙色に包まれていた。

 

「八時から花火よね。ちゃんと二人きりになれる場所に行くのよ?」

 

「え?」

 

「はーい、いってらっしゃーい」

 

聞き返そうとした箒に有無を言わせず、草履をはくなり外に出されてしまっては最早どうしようもない。

 

それになにより、かれこれ約一時間は待たせている将輝が気がかりだった。

 

(いくら将輝でも流石に怒っているだろうか……?)

 

浴衣の裾を乱さないように気をつけながら、それでも出来る限りの早足で神社の鳥居へと向かう。待ち合わせといえば大抵の場合は其処を使うからだ。

 

(将輝は……)

 

「ここにいるよ?」

 

「ひゃあっ⁉︎」

 

多くの人で溢れかえる鳥居で将輝の居場所を探しているとすぐ背後から将輝の声がかかった。またもや突然の出現に思わず箒は変な声を上げてしまった。

 

「い、いきなり声をかけるなっ」

 

「いや、何かこういう方が面白いし、何よりさっきみたいに箒の可愛い反応が見られる。つまり一石二鳥」

 

「私は心臓に悪い……」

 

「そ。じゃあ止める。ああ、それとその浴衣、凄く似合ってて惚れ直した」

 

何でもないように………という訳ではないが、多少気恥ずかしそうにそう言う将輝に箒は数秒遅れで今までで類を見ない程顔を真っ赤にし、危うくのぼせるかというところまで来ていた。

 

「早速色々見て回ろう。夏祭りに来るのは初めてで勝手はイマイチわからないけど」

 

「…………」

 

今にも張り裂けそうな胸の鼓動を抑えるように、箒は左手で自分の胸を手に当てたまま、将輝についていく。その時不意に将輝が右手を差し出した。

 

「?」

 

「これだけ人が多いとはぐれるから」

 

そう言って差し出された手を箒は握る。

 

「で、最初は何処に行く?王道に金魚掬いとか?」

 

「将輝が夏祭りにどんなイメージを持っていたのかは知らないが……………そうだな。金魚掬いも良いな」

 

「そうと決まれば金魚掬いへレッツゴーだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鬱だ……死のう」

 

「落ち着け、将輝。今回は偶々ダメだっただけで次は大丈夫だ………多分」

 

「其処は嘘でも言い切って欲しかったよ」

 

金魚掬いを終えた将輝はやや病んでいた。

 

何せ一匹も掬う事が出来なかったからだ。それは別に将輝が下手過ぎるというのではなく、単に加減を覚えたとは言ってもまだ微妙な力のコントロールが出来ず、いざ掬うとなると腕の振りが強すぎてモナカが破れるのだ。それを五回続けた辺りで将輝は病んでいた。

 

箒も昔は金魚掬いが苦手ではあったものの、それも昔の話のようで将輝がモナカを破っている隣でひょいひょいと金魚を掬っていたのだが、それが将輝の精神ダメージをさらに増やしていた。

 

「まあ来年また来ればいいから別に良いか」

 

「ああ。だが、その時は今回のような嘘は止めて欲しい」

 

「しないさ。というか、次やったら罪悪感で箒に顔を合わせられない……はい、たこ焼き」

 

十個入りのたこ焼きの買った将輝はそのうちの一つに楊枝をさすと箒の口に持っていく。つまり『はい、あーん』の要領だ。

 

「ん、ぐ。うむ、美味しいな」

 

「じゃあ俺も………ん、おお、確かに美味い」

 

「あ……」

 

将輝もたこ焼きを一つ楊枝に突き刺して口の中に放り込む。それを見た箒は一瞬何かを言おうとして押し黙った。

 

(い、今のは間接キスというものでは………将輝は気がついていないようだが……)

 

(そういや、今の間接キスだな。少し前は凄く恥ずかしかったけど、もう直接してるし、それほどだな)

 

箒の予想とは裏腹に間接キスとは気がついているが、将輝は特に気にしていないだけだった。それにそもそも楊枝で間接キスというのは何とも言えないというのもあるが。

 

「次は何処に………ん?」

 

「どうした?将輝?」

 

「いや、あれって一夏とシャルロットじゃね?」

 

「何?…………本当だ」

 

将輝の指差した先、其処には一夏とシャルロット。そして赤髪の少女がいた。

 

「あの浴衣姿の女子は誰だ?」

 

「さあ?わかるのは一夏の被害者っていう事くらいか」

 

実は知っているが、全く知らないといったように話す。知ってはいるだけであり、面識はないのだから。因みに一夏の被害者=苦労する、という図式は万に通じていたりする。

 

「どうする?」

 

「見なかったことに「おっ!将輝に箒!」出来そうになかった。無駄に視野広過ぎるだろ、ワンサマ」

 

一夏と絡むと折角の二人きりの夏祭りが台無しになると思い、静かに立ち去ろうと提案しかけた将輝だが、ここにきて一夏のハイスペック?が発揮され、見事に捕捉された。

 

「奇遇だな、こんなところで会うなんて」

 

「本当、奇遇だよな………俺は会いたくなかったけどな」

 

「そんな酷い事言うなよ。俺達仲間(学園でたった二人の男子)だろ?」

 

「仲間(鈍感+唐変木)じゃねえ…………ダチではあるけどな」

 

「ハハハ、本当、将輝は素直じゃないなぁ」

 

「うっせえ(つーか、何で俺の呟きはバッチリ拾ってんの?女子に対しては『え?何だって?』って言ってる癖に。本当にこいつホモなんじゃねえの。すごく怖いんだけど)」

 

こんな喧騒の中、自分の呟きをバッチリ拾われている事に将輝は何処となく身の危険を感じる。それは単純に一夏の最強コンボ(鈍感+唐変木)が女に対してのみのスキルなので、将輝には発動しなかっただけで、一夏の聴力は比較的高めであるのだが、二人の会話を聞いた三人の乙女は異様な危機感を感じていた。

 

(な、なんだ今のやり取りは………そこはかとなく不純なオーラを感じたぞ。将輝の恋人は私だぞ)

 

(何か付き合い始めたばかりのカップルみたいなやり取りだったなぁ………もしかして一夏は女の子よりも男の子の方が…………そ、そんな事はないよね……)

 

(もし一夏さんの好きな人がこの人だったらどうしよう………シャルロットさんが相手っていうなら可能性はあるけど、男の人が好きなんて言われたらどうしようもないなぁ……)

 

もちろん一夏はホモではない。ホモではない。大事な事なので二回言った。

 

発言の端々に危なさこそ感じさせているが、一夏とて思春期の男子なのだ。男よりも女の方が好きだ。

 

「で、両手に花の一夏くんが俺に何の用だ」

 

「何でキレ気味?いや、シャルと途中で会った蘭と見て回ってたら知った顔見かけたから声かけただけだ」

 

「お前は知ってる顔を見かけたらデートの最中でも声をかけに行くと?」

 

「そんな事はしないぞ。いくら何でもそれはマズいだろ」

 

何言ってるんだ。という表情をしている一夏に将輝は思わず殺意が湧いた。

 

(いくら知らないとはいえ、俺ら夏祭りデート中だっての。ていうか、お前もシャルロットと夏祭りデートしてたんじゃねえのかよ。途中で他の女子入れるか?これじゃあ誰も報われねえなぁ)

 

チラリとシャルロットの方に視線を向けると、シャルロットはお手上げのポーズを取る。シャルロットはシャルロットで既に諦めていた。

 

「ところで一夏。その女子は誰だ?初対面なのだが……」

 

「ん?ああ、蘭の事か。この子は五反田蘭っていって、俺の中学の時の友達の妹だ」

 

「ご、五反田蘭です……」

 

「篠ノ之箒だ」

 

「藤本将輝です」

 

一夏に紹介されて、赤髪の少女ーーー五反田蘭が将輝と箒に頭を下げる。それにつられて二人も頭を下げた。

 

(一夏の奴め、またこんな可愛い子を誑かしたのか。可哀想に)

 

(頑張れとしか言いようがないな。言葉に出して言ったら一夏が食いついてくるから言わないけど)

 

(何か激しく同情されてる気がする⁉︎)

 

二人の憐憫の視線に蘭も何かを感じ取っていた。

 

「そうだ。ここで会ったのも何かの縁だし、五人で見て回ろうぜ」

 

「はぁ?却下」

 

「私も却下だ」

 

「一夏、流石に私もそれは同意できないなぁ…」

 

「え……と、私もそれはちょっと……」

 

四人から一斉に否定された事に一夏は何故と首をかしげる。皆でいた方が楽しいのにとは思いつつ、皆が嫌だと言っているなら仕方ないと頷き、ある屋台に指をさした。

 

「じゃああれだけやろうぜ。五人で勝負だ!」

 

「射的か……私はあまり得意ではないのだが……」

 

「私も苦手で…」

 

「箒はともかく、蘭もなのか?」

 

「私はともかくとはどういう意味だ」

 

「いや、箒は銃よりも剣っていうイメージがな」

 

ギロリと一睨みして、たじろぐ一夏の言い訳を一応は聞き入れる。確かに箒は銃よりも剣のイメージが強いが、先程の発言ではそこはかとなく馬鹿にされていると取られてもおかしくはない。

 

対して将輝とシャルロットとはというと箒や蘭と違いかなり乗り気だった。

 

「射的は得意だから、結構自信あるよ」

 

「元射撃部の実力舐めるなよ」

 

「あれ?将輝って剣道部じゃなかったか?」

 

「あ……いや、あれだ。それよりも前の話だ」

 

「へぇ〜、将輝は射撃をやってたんだ………じゃあ、どっちがより多く景品をゲット出来るか勝負する?」

 

「良いぜ。絶対勝つ」

 

パチパチ……と互いに火花を散らす将輝とシャルロット。想像以上にヒートアップする二人の様相に三人は「大人しくしておこう」と満場一致で傍観する事になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局勝負は引き分けだったな」

 

「ある意味、二人の勝利だったがな」

 

「私、目の前で出入り禁止を受ける人なんて初めて見ました」

 

一夏の言う通り、将輝とシャルロットの射的バトルは引き分けで幕を閉じたのだが、その理由が『狙う的が無くなった』からである。つまり、全ての景品を二人で取り尽くしてしまったのだ。これには射的屋の大将も真っ青で二人は出入り禁止を食らうことになった。

 

「調子に乗り過ぎた……」

 

「私もまさかここまで良い勝負が出来るなんて思ってなかったから、つい」

 

両手一杯に景品の入った紙袋を抱えながら二人は苦笑いする。僅か千円で合計一万以上を超える値段の景品を手に入れた二人はある意味では大勝利だった。

 

「荷物邪魔だな。特にこの液晶テレビ」

 

「そう言いつつ、藤本さんがその箱を指二本で持ってる事はツッコミを入れるべきなんですか?」

 

事情を知らない蘭からしてみれば邪魔だと言っている液晶テレビを涼しい顔をして指二本で持っているという光景は異常だった。はたから見ても将輝は超人か何かにしかみえない。

 

「そうだ。五反田さんは家がすぐ近くにあるんだろ?よかったらこの液晶テレビ上げるよ」

 

「ほ、本当ですか?」

 

「家は遠いし、何より全寮制の学校にいるんじゃ持ってても使えないしね」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「後で家まで持って行こうか?」

 

「いえ、お構いなく。おに……兄を呼びますので」

 

何時ものようにお兄といいかけたところでハッとして言い直す。

 

「私もどうしよう……こんなに持って帰れないし……」

 

「じゃあ、シャルは帰りに俺の家に荷物置いていけよ。また取りに来てくれればいいからさ」

 

「悪いよ………って言いたいけどそうさせてもらうね。寮にまで持って行くわけにはいかないし」

 

さりげなーく、一夏の家に行く口実を作れた事に内心でガッツポーズを取るシャルロット。一夏から言い出したこととはいえ、ごく自然にその流れに乗せたことにあざとさが隠しきれない。

 

「さっきの話通り、ここからは別行動な」

 

「おう。また明日」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三人と別れた将輝と箒はあれから色々と屋台を回り、夏祭りを満喫していた。

 

時刻は八時前。花火が始まる直前に二人はとある場所に向かっていた。

 

場所は神社裏の林。夏祭りの花火をみるための秘密の穴場があるのだ。

 

其処は背の高い針葉樹が集まってできているのだが、ある一角だけが天窓を開けたように開いている。

 

それはさながら季節を切り抜いた絵のようで、春は朝焼け、夏は花火、秋は満月、冬は雪と、色とりどり四季折々の顔を見せる秘密の場所だった。知っているのは千冬に束、一夏と箒の四人だけで、今しがた其処に将輝が追加されていた。

 

りぃん、りぃんと虫の音が聞こえる。人気のない林、僅かに吹く風が、夏の暑い空気を退かしていく。

 

若いカップルの二人にとっては其処は周囲から隔離された絶好のスポットなのだ。

 

(よ、良かった。幸い、今は私と将輝しかいない。となるとここは甘えても良いのだろうか……?ダメだダメだ!私は剣に生きる人間だ。腑抜けた事………しかし、それ以前に私は将輝の恋人であるし、そもそも甘えるとは一体どうすれば………)

 

「箒」

 

変な所で思考がつまり、四苦八苦している箒とは裏腹に将輝は彼女の名前を呼ぶとごく自然に自身の唇と彼女の唇を重ねる。突然の行動に箒の思考回路はショートしてしまっていた。

 

「い、いきなり不意打ちでするなっ」

 

「いきなりじゃないと不意打ちにならないだろ。それに今日くらいは別に良いかなぁって思って」

 

「それはどういう……ハッ!ば、馬鹿者!」

 

どういう意味だと聞こうとして箒はとある答えに至った。

 

『若い男女』『人気がない』『二人きり』『良い雰囲気』この項目を満たした状態でしか出来ないこととなるとそれは一つしかない。その答えに行き着いた箒は顔を真っ赤に染めながら、将輝の頭に鋭いチョップを浴びせた。因みにそれは恥ずかしさからくるものであっても、実際の所は嫌がるどころか寧ろ大歓迎だったりする。最もそれは完全に深読みなのだが。

 

「学園だとあんまりベタベタ出来ないしさ。誰も見てない所なら別に良いかなって思ったけど、ダメだったか?」

 

「い、いや、そんな事はないぞ!私も……そうしたいと思っていた」

 

見つめ合う二人はまるで互いに吸い寄せられるように本日二度目の口付けを交わす。

 

そしてそれと同じタイミングで百連花火最初の一発目が夜空に轟音とともに彩られ、二人を照らしていた。

 

「「あ……」」

 

ついでに一足遅れでその場所を訪れた一夏とシャルロットに将輝と箒が付き合っているという事があっさりと露見することになった。

 

十六歳の夏の思い出は、華やかな火に彩られながらも、何処かほろ苦さを残しながら過ぎていくのだった。

 

 



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永遠に続く想い

夏祭りが終わってから数日後。将輝は日本ではなく、イギリスにいた。

 

何故イギリスにいるかというと、一足遅れではあるものの、帰省をしているからだ。

 

とはいえ、イギリスでの生活を殆ど忘れている将輝からしてみれば懐かしむというよりも真新しさの方が強い。実家に帰るまでの道のりをタクシーの車窓から眺めながら、おそらく家に集まっているであろう親戚一同の事を考えて、深く溜め息を吐いた。

 

(帰りたくねー………)

 

将輝に親戚一同に関する記憶もイギリス同様殆どない。それ故に一番記憶に新しい約一年前の家族会議での事が彼等に対する将輝の評価なのだが、一言で言うと「親馬鹿」だ。

 

自らの家系の中で一番年下であり、唯一成人していない人間が将輝であるせいか、両親を筆頭に親戚一同は将輝の事を猫可愛がりする。家族会議の際は記憶喪失と発覚しただけで皆仕事などをそっちのけで全力で記憶を取り戻す事に尽力していた。誰も彼もイギリス国内では重要な役職を担っている人物である為、それから三日間はイギリス社会の機能が三十%近く低下していた事を将輝は知らない。

 

「着きましたよ」

 

「げっ、もう着いたのかよ」

 

ぽけーっとしている内に既に家に着いていた事に思わず本音が出てしまい、それを聞いた運転手は将輝の気持ちを察してか苦笑する。

 

料金を支払い、タクシーから降りた将輝を迎えいれたのは茶髪のウェーブがかかった髪をした派手な服装の女性だった。

 

「Good morning‼︎将輝!」

 

ハイテンションでそう言いながら女性は将輝に飛びつくと強く抱き締める。

 

「苦しいっすよ、友紀さん」

 

「そんな他人行儀な言い方しないでよ〜。今までみたいに『友紀お姉ちゃん』でいいのよ?」

 

「いや、俺記憶ありませんし……」

 

「そうだったわね…………はぁ……昔はよく私の後をトコトコついてきてたのに………あの時の可愛い頃の記憶がないなんて………私は神様を呪うわ!」

 

「そんな事で神を呪わんで下さい………」

 

がくりと項垂れ、将輝は以前と変わらないどころか、なお一層ハイテンションさが増している。

 

これが後何人もいるとなると考えるだけで将輝は思わず目眩がしたかのような感覚に襲われる。

 

「父さんと母さんはいますか?」

 

「志郎さんと夏樹さん?そろそろ帰ってくるんじゃないかしら?」

 

「出来ればあの二人にだけは会いたくないんですけど……」

 

「え?何で?半年ぶりの再会なのに」

 

「疲れるんですよ………父さんと母さんの相手は……」

 

酷い言いようではあるが、二人は絵に描いたような子馬鹿で、将輝が一人っ子であるゆえか、その可愛がりは通常のそれを超えている。何せ、第三世代IS開発途中にもかかわらず、「息子の事が心配だから日本に行ってきます」という置き手紙を残して日本に飛ぶくらいなのだから。

 

出来れば会いたくないというのは半分冗談半分本気くらいのものであるが、会わなければここに帰ってきた意味はない。仕方なく、家の中で二人の帰りを待とうとした時、家の前に一台の白いロールスロイスが止まる。そして中から降りてきたのは見るからに科学者といった服装をした二人の男女だった。

 

「おおっ!会いたかったぞ!愛しの我が息子よ!」

 

「少し見ない間に逞しくなって!流石は私達の息子だわ!」

 

(そりゃ、あんな事があったら逞しくもなるわ)

 

つい先ほどようやく友紀の拘束から逃れたばかりの将輝をその両親である志郎と夏樹がこれでもかというくらいの強さで抱き締める。愛されているというのが傍目からでも否応なく伝わってくるその光景は見ていて微笑ましいものだが、当の将輝はここまで来るとウザいと思っている。かといって、抵抗出来ないのは手加減が出来るようになったとはいえ、人外スペックを発揮してしまえば両親に疑問を持たれるからだ。そして持たれれば最後、科学者である二人を専門知識の劣る将輝が納得させるのは不可能で、原因が何かわかれば何をしでかすかわからないからだ。

 

「IS学園での生活はどうだ?俺たちの血を継いでいるお前ならさぞかしモテるだろう」

 

「そんな事ねえよ。好かれてるっていうよりも物珍しさの方が強いからな」

 

「そうか?彼女の一人や二人いてもおかしくないと思ったんだが……」

 

「いや、一人はともかく二人はマズいだろ。二股じゃねえか」

 

「そうよ、志郎さん。それに将輝くんにはせーちゃんがいるじゃない」

 

「はぁ?なんでセシリア?」

 

「そうだったな。IS学園はレベルが高いと聞いていたが、セシリアちゃんには敵わないか」

 

「あんな良くできた子がいて、将輝くんは幸せだわぁ」

 

「おい、話きけよ馬鹿親」

 

自分の言葉を華麗にスルーし、勝手に盛り上がる二人に溜息を吐く。こういう所は何処となく子どもらしさを感じさせ、将輝が相手をするのに疲れるという要因の一つでもあった。

 

「相変わらずお二人は将輝さんの事を溺愛してらっしゃいますわね」

 

「まあ、その愛で溺れるのはあの二人じゃなくて俺だけどな…………って、セシリア⁉︎」

 

「はい。お久しぶりです、将輝さん」

 

何時の間にか隣に立っていたセシリアに将輝は驚く。

 

セシリアの言う通り、彼女と会うのは実に一週間ぶりの事で将輝が箒と夏祭りに行っていた時、既にセシリアは帰国し、オルコット家当主としての職務や代表候補生の報告など仕事をあらかた終わらせ、今日も専用機の再調整を志郎と夏樹にしてもらった後だった。それもこれも全ては将輝の帰省に合わせて空き時間を作るために他ならない。

 

「どうしてここに?」

 

「将輝さんのご両親から今日、将輝さんが帰省されるとお聞きしましたので」

 

「良かったわねぇ。せーちゃんみたいな美人な子が将輝くんのために自家用車で来てくれたんだから」

 

「美人だなんて………恥ずかしいですわ」

 

(あのロールスロイス、自家用車なのか。流石は財閥の当主)

 

妙なところでセシリアがイギリスの大財閥の現当主である事を実感していると、其処に一人のメイドが現れる。

 

そのメイドはスカートの端を軽くつまんで持ち上げながら、丁寧にお辞儀をする。

 

「お初にお目にかかります。藤本将輝様。私はセシリア様に仕えるメイドで、チェルシー・ブランケットと申します。以後、お見知り置きを」

 

「あ、チェルシーちゃんじゃん。元気にしてた?」

 

チェルシーに気づいた友紀は将輝の時のように抱きつこうとするが、チェルシーはそれを華麗にかわす。

 

「お久しぶりです、友紀様」

 

「もう、堅いなぁ、チェルシーちゃん。昔みたいにお姉ちゃんって呼んでよ」

 

「仕事中ですので」

 

そう軽くあしらわれた友紀はよよよとわざとらしく泣き崩れるが、チェルシーは慣れたようにそれをスルーし、再度将輝に向き直る。因みにチェルシーは十八歳、友紀は二十二歳であるのだが、この様子を見ると逆なのではないかと思ってしまう。

 

「以前、セシリアから話は聞いてました。何でも、とても良く気が利く方で、優秀で、優しくて、憧れのような存在だと」

 

「まあ」

 

チェルシーはにっこりとした柔和な笑みを浮かべる。それはとても綺麗なもので、人を包み込むような優しさに満ちていた。

 

「私も藤本様のお話はよくお嬢様から耳にしております」

 

「そうなんですか。俺の事はなんて言ってました?」

 

(チ、チェルシー⁉︎いけませんわ!お願いですから、話の内容だけは!)

 

二人のやり取りを夏樹と話しながらも聞き耳を立てていたセシリアは激しく動揺する。普段から将輝の事を高く評価し、賞賛の言葉を惜しむことなく送っているセシリアではあるが、チェルシーにその事を話しているときはさらに過大評価+コイスルオトメ補正がかかっているため、とても聞くに堪えない恥ずかしいものになってしまっている。そして何より将輝の事が好きであるとチェルシーも知っている。もし、ここでそれを打ち明けられてしまうと計画が台無しになってしまう。

 

セシリアの動揺を感じ取ったチェルシーは先ほどよりも茶目っ気のある笑みを浮かべ、ゆっくりと人差し指を唇に当てた。

 

「女同士の、秘密です」

 

その笑みは同性でさえもドキッとさせる魅力的な笑みであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

藤本家の前で楽しい談笑?をした後、将輝は「取り敢えずの中に入ろう」と全員に提案したところ、それを全員承諾したのだが、ものの三十分もしないうちに友紀の「用事があるから席を外す」に始まり、両親も「急用が入った」といって席を外し、チェルシーさえも「忘れていた用事があった」と席を外した事で、現在藤本家のリビングでは将輝とセシリアの二人しかいないのだが、二人は全く会話をしておらず、テレビドラマだけがBGMのように流れていた。

 

その事に将輝が気まずさを感じていた頃、それとは対照的にセシリアの脳内は軽くフィーバーしていた。

 

(ああ………ついに二人きりになれましたわ!色々と障害があってIS学園では二人きりになる機会が殆どありませんでしたが、今は違いますわ。皆さんも気を利かせて席を外して下さっているようですし、仕掛けるのなら今を置いて他にありませんわね。何と言おうかしら?やはりお食事にお誘いするべきかしら?それとも将輝さんはサッカーが好きだとおっしゃってましたからプレミアリーグの試合の観戦?それとも記憶喪失ですし、イギリスの観光名所を巡るというのは………ああ!迷ってしまいますわ!)

 

一人百面相をしているセシリアを横目に見て、将輝も現状を打破しようと策を練ろうとするのだが、残念ながら将輝にとってイギリスは新天地にも等しい場所、考えれば考えるほど自分に出来そうな事が何もない事を実感していた。

 

(このままというのはなかなか応えるしな………かといって、ノープランで歩き回るのは良くないし…………仕方ない、ここはセシリアにどこに行きたいか訊いてみるか)

 

「「セシリア《将輝さん》」」

 

二人の声が重なる。互いに何処に行きたいかを訊こうと見事にタイミングが合わさったのだ。

 

「先に将輝さんからどうぞ」

 

「ああ。セシリア、何処か行きたいところあるか?」

 

「わたくしが、ですか?」

 

セシリアは譲った事を少しだけ後悔した。先に自分が行きたいところを言ってしまえば、将輝は十中八九を其処に行こうと提案する。セシリアとしては将輝の意見を聞きたかったのだが、将輝は妙なところで我の弱いところがある。それは最近では殆ど無くなっている女性に対する苦手意識の残光に他ならない。

 

どうしたものかと悩むセシリア。逆に主導権を握ってしまうと選び辛くなるというのは珍しい事ではない。かといって将輝に主導権を渡すのはなかなか難しい事だ。頭を悩ませかけた時、ふと一つの出来事が脳裏をよぎった。

 

「将輝さん」

 

「ん?決まったのか?」

 

「もし宜しければついてきてくださいませんか?」

 

「何に?」

 

「わたくしのーーーーー両親のお墓参りに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とあるイギリスに存在する墓地の一角。

 

其処に将輝とセシリアの姿があった。

 

二人の目の前の墓碑にはオルコット夫妻の名が刻まれており、花が添えられている。

 

「久しいな、ここも」

 

将輝がここに来たのはあの日、オルコット夫妻の葬儀が執り行われた日、二人の棺がこの地に埋められた時だった。その日の出来事は今では思い出している数少ない事象ということもあり、鮮明に思い出せる。オルコット家に関係する者達がいる中で唯一、セシリアに付き添う形で将輝はその中にいた。周囲の人間達は訝しみこそはしたが、隣で将輝の服の裾を掴んだまま、必死に泣く事を堪えているセシリアの姿に将輝の事を咎める者はいなかった。

 

「それはわたくしも同じです。あの日以来、わたくしは此処には来れなかった………いえ、来るのを拒んでいました」

 

実のところ、セシリアもまた此処に来たのはあの日以来来ていなかった。その割に綺麗にされているのはここを訪れる者が彼女以外に多くいるという証明である。

 

「受け入れていたつもりになっていたのでしょうね………結局、あの二人の死という現実から逃げ続けていました。だから無意識に此処に来る事を拒んでました。此処に来てしまうともう逃げられないから」

 

「大切な人の死を受け入れられないのは恥じる事じゃないと思うぞ?それに今は来てる」

 

「それは将輝さんがいてくれるから、ですわ。一人では来られませんでした。わたくしは………将輝さんや一夏さんのように強くはありませんから」

 

そう言ってセシリアは何時ものように微笑むが、その笑みはぎこちない。

 

子にとって親の死というものはそう簡単に受け入れられるものではない。そしてそれがまだ成人していないうちともなると尚更だ。

 

「え?」

 

不意に将輝が悲痛な表情を浮かべていたセシリアを抱きしめた。

 

こういう時、将輝はかけられる言葉を持ち合わせてはいない。憑依する以前もその後も将輝の両親は健在である以上、彼女の気持ちを理解する事は出来ない。だが、同情すべきではない、という事だけは心得ていた。そして悩んだ末の結果が今の行為に繋がった。

 

「ごめん」

 

「はい?あの、これはどういう……」

 

「こういう時、なんて言ってあげれば良いのかなんて俺にはわからない。きっと一夏なら万人が満足するような答えを出せるんだろうけど、俺には無理だ。君を励ます事も、同情する事も、慰めるためだけに君の俺に対する好意を利用する事も出来ない。だからーーー」

 

こんな事しか俺には出来ない、と将輝は続けたが、セシリアにはその言葉が遠くに聞こえた。

 

その前に言った言葉が原因だった。

 

君の俺に対する好意を利用する事も出来ない。

 

自然と放たれた一言だったが、それはセシリアが将輝に向けている感情が恋慕である事を将輝本人が知っているということに他ならない。

 

「知って……らしたの?」

 

「生憎と一夏みたいな人間には成長出来なかったみたいでさ。何となくだけど気づいてたよ」

 

「……何時からですか?」

 

「少し前、臨海学校が終わって少し経ってからかな」

 

臨海学校が終わって間もない頃といえば、箒の告白現場をラウラと共に目撃し、それでも諦めないとアプローチを積極的にし始めた頃だ。

 

セシリアとしてはなんとか気付かれないようにしていたつもりだったが、やはりそういう経験がなく、相手が一夏ではなく将輝であった為にこうして勘付かれる結果となってしまっていた。

 

本来なら墓参りを終えた後、結果はわかっているとはいえ、セシリアは将輝に想いを告げるつもりであった。そして自らの手で初恋に終止符を打とうとそう決めていた。

 

「将輝さん」

 

前倒しになってしまった上にとてもそういう気持ちを伝える場所ではないが、しかし、今しかないと、セシリアはそう思った。

 

「何?」

 

何を言うかわかっている。けれど、将輝はそう返す。

 

「好きです。十年前泣いていたわたくしを救ってくださった時から、そして三年前にわたくしに生きる力を与えてくれた時からわたくしは貴方の事をずっとお慕いしています。宜しければ付き合ってくださいませんか?」

 

「ごめん。君の想いには応えられない」

 

殆どノータイムノーロスで将輝は返した。

 

それはセシリアの事が嫌いという意味ではない。

 

ただ、もしここで言葉を詰まらせてしまえば、少しでも返答が遅れてしまえば、彼女に僅かに希望を持たせてしまうかもしれない。これ以上、消え去ってしまった『本来の藤本将輝』を追い続けるセシリアの人生を偽りの自分が奪うわけにはいかない。彼女にはもっと相応しく、素晴らしい人物がいる筈だと。確実に未練を残させないためにも将輝は言葉に何の感情も乗せず、ただただ拒絶した。それが今の将輝に出来る精一杯の優しさだった。

 

だが、それとは裏腹に将輝のセシリアを抱き締める腕の力には自然と力が込められてしまっていた。彼女のためとはいえ、彼女の心から自分を消し去るためとはいえ、彼女を傷つける事に罪悪感を感じていた。そしてそれがセシリアに将輝の心情を読み取らせてしまう結果となった。

 

「貴方という人は………何処までも優し過ぎる方です……全ての事情を知った上で想いを告げた愚かな女の為に心を傷められるなんて……」

 

セシリアはブルーの双眸から大粒の涙を零していた。

 

無理だった。拒絶される事で想いを断ち切るどころか、より彼の優しさに触れてしまった事でなお一層心の奥深くに根付いてしまった。愛してしまった。最早、切り離す事も、他の誰かを愛する事もセシリアには出来なくなってしまった

 

「わたくしはもう………貴方以外愛せない…………全ての人生を貴方に捧げます………例え愛してくれなくとも………わたくしは貴方の幸せの為に生きます」

 

「俺にはもう愛している女性がいる」

 

「わかっております」

 

「その想いは何があっても変わらないし、多分君を愛する事はないと思う」

 

「構いません。わたくしが好きな貴方でいてくれるのなら」

 

「時と場合によっては見捨ててしまうかもしれないよ?」

 

「それが貴方の選択ならわたくしは喜んで見捨てられましょう」

 

「後は………ごめん。もうないや、俺の負けだ」

 

「ふふ………わたくしの勝ちですわ」

 

そう言うセシリアの双眸からは既に涙は零れていないが、短くとはいえ、泣いた直後である為、目元は真っ赤に腫れ上がっていた。だが、泣き止んだ次の瞬間にセシリアが浮かべた微笑みは今までのどの表情よりも美しく、魅力的な笑みだった。

 



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恋に焦がれる五重奏+α

一か月ぶりの投稿です!遅れてすみません!

なにぶん考えても考えても良い案が思い浮かばず、今回の話になりました。もう少し頑張らないといけませんね。


 

「で、どうなのよ実際」

 

唐突に鈴は箒にそう問うた。

 

箒と鈴という珍しい組み合わせもさる事ながら、突然的を得ない友人の質問に当然ながら箒は首を傾げた。

 

「唐突になんだ、鈴」

 

「そんなもん一つに決まってんでしょ、将輝との恋人生活は順調かどうかって事よ」

 

「ッ⁉︎」

 

箒は飲んでいたお茶を思わず吹き出しそうになったが、何とかこらえる。だが、驚いた事でお茶が気管に入ってしまい、むせてしまう。

 

「ゴホッゴホッ!な、何の事だ?鈴?」

 

むせつつも、箒は誤魔化そうとしらばっくれる。対して鈴は何でもないようにあっさりと口にした。

 

「なーに、しらばっくれてるのよ。あんた、夏休みに入る少し前くらいから将輝と付き合ってるでしょ?」

 

「なななななな何の事かサッパリわからんな!」

 

「バレてないとでも思ってたの?確かに上手く誤魔化してたみたいだけど、あたし達から見れば露骨すぎて寧ろ見せつけてんのかと思ったわよ。ていうか、今の反応じゃ図星ですって言ってるようなものよ」

 

オレンジジュースを飲みつつ、ジト目で睨んでくる鈴に箒は思わず目をそらした。

 

「で、話を戻すけど、箒は将輝の何処に惚れたのよ?」

 

戻るというか、完全に話題が変わってしまっているが、其処は恋愛事情の気になる十代乙女。よくある事である。

 

箒は何回か考える素振りを見せるが、最終的に恥ずかしそうに小声で「……全部」とだけ言った。

 

するとその直後、バリンッ!という音がした。

 

驚いた箒が鈴の方に視線を向けると鈴の右手には割れたガラスの破片があり、手からはオレンジジュースが滴り落ちていた。早い話がグラスを鈴が握り割ったのである。

 

「り、鈴?」

 

「羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましい羨ましいぃぃぃぃぃ‼︎」

 

「ひっ⁉︎」

 

ハイライトの消えた瞳に影の出来た表情から呪詛のように呟かれる嫉妬と羨望の入り混じった言葉に基本的にホラーの類いが苦手な箒は可愛らしい悲鳴を上げ、涙目になった。

 

「何であんたの所の奴はそういうのに聡いのよ⁉︎こっちは超が付くほどの鈍感なのに‼︎」

 

「一夏が昔から鈍感なのは鈴だって知っているだろう」

 

「それにしたってあれはないでしょ‼︎漫画の主人公だってもうちょいマシよ‼︎別に照れ隠しに暴力振るってるとかじゃないし、ましてや誤魔化しちゃったけどプロポーズ紛いの事までしたのに!気づけとまでは言わないけど、せめて意識くらいしなさいよ!」

 

頭を抱えたまま、殆ど人のいない食堂で叫ぶ鈴。

 

常日頃から一夏の唐変木具合に悩まされている鈴だが、何故か一夏のいない今日に限ってその不満が爆発したのだが、偶々同伴した箒からしてみればたまったものではないが。

 

とはいえ、一夏の鈍感さを嘆いた事は自らも過去にあり、将輝の時も互いに好意を向けている対象が違うと勘違いしていた為に想いが通じあうまでに数々の災難があった。そう思うとあまり他人事で済ませる事ができないと考えた箒は鈴の愚痴?を聞く事にした。

 

「まあ、なんだ、鈴。私で良ければ相談に乗るぞ?」

 

「あ、それはありがたいわね。ここは一つ経験者として相談に乗ってもらおうかしら」

 

(ふぅ、収まってくれたようだ)

 

鈴の暴走が収まった事にホッと胸をなで下ろす。

 

「それじゃあ、一夏と将輝がどういう風に違うか比較してみましょう。まずは一夏ね。背は高くて、細めの筋肉質な体型で運動神経が良くて、勉強も結構出来る、完全に天才タイプよね。家事も余裕でマッサージも出来る。しかもイケメン。最高ね」

 

「悪い所でいえば女心がわからない事と考えるギャグがつまらない事くらいだな」

 

「後者はともかく、前者は致命的よね………あたし達にとってだけど」

 

はぁっと鈴は溜め息を吐く。十代乙女の思考が理解出来ないのは良くある事ではあるものの、一夏は十代乙女であるから、という事を抜きにしても女心に疎い。時折、発言が失礼千万であるし、的外れの発言をする事も多々ある。おまけにそれが無自覚から来るものである為、治すにはそれなりの歳月を必要とし、それが治った頃には下手をするとIS学園を卒業している可能性すらあった。それ程までに一夏は女子の心の機微に疎かった。

 

「次は将輝だな。背は一夏よりやや低いくらいで体型は一夏と同じだが、能力値は千冬さんクラスで勉強は結構出来るが、将輝自身は「才能がない」と言っているし努力型だろう。家事はそこそこ、顔立ちも整っている。しかも女心には鋭い。うむ、流石は将輝だな」

 

「……さりげなく、惚気てんじゃないわよ。相談に乗ってくれるんじゃなかったの?」

 

自然に惚気られた事に地味に殺意の混じった視線を向ける鈴に箒は思わずたじろぐ。

 

「うっ……すまない。ついな」

 

(くっ………羨ましすぎる。私にもせめてあの胸からぶら下がっている女子最強の兵器さえあれば!)

 

「?」

 

箒の良く育った豊かな双丘を見て、今まで以上に羨望の眼差しを向けるが、箒はキョトンと首を傾げる。

 

「ま、まあいいわ。次は実際に二人を呼んでみましょう」

 

そう言うなり、鈴はポケットから携帯電話を取り出し、一夏に電話をかける。数回のコール音がした後に電話が繋がる。

 

『もしもし?どうした、鈴?』

 

「一夏、将輝と一緒にいる?」

 

『おう。今ゲームやって……あ、死んだ。で、どうしたんだ?』

 

「暇なら将輝連れて食堂に来てくれない?少し話があるの」

 

『わかった。将輝も連れて行く』

 

電話を切って、数分後、一夏と将輝が食堂に来た。

 

「鈴と箒?何か珍しい組み合わせだな」

 

「偶々居合わせたのよ。ついでに相談に乗ってもらってたわ」

 

「相談?……ああ、そういう事か」

 

「?将輝は何かわかったのかよ」

 

「大体はな(バレてるのか?俺たちの事?)」

 

(露骨過ぎたらしい。すまない)

 

ちらっと将輝は箒と軽く目配せをする事で意思疎通するが、それも殆ど一瞬の出来事であった為に一夏は疎か鈴すらもそれには気づいていない。

 

「で?俺達を呼んだ理由は?あんまり参考にはなれないと思うが」

 

「大丈夫。軽く質問するだけだから………って訳で第一問!」

 

「「展開早っ⁉︎」」

 

「うだうだ言わない。第一問は初歩も初歩よ、二人とももし女子から「付き合って下さい」って言われたらどうする?」

 

「俺は断る。理由は……まあ、察してくれ」

 

そう言って頬を掻きながら視線を斜め上にやる将輝に同調するかのように箒が俯いた。二人の初々し過ぎる反応に鈴は嫉妬を覚えるどころか逆に初々し過ぎて目も当てられないという具合に一夏の方に視線をやる。当然ながら一夏は二人の反応に疑問符を浮かべているだけである。

 

「俺は受けるぞ」

 

「一応理由を聞くわ」

 

「別に用事がないし、買い物くらいなら全然良いしな」

 

第一問目にして盛大にズッコケた。

 

「はぁ……まあ、あんたはそういう人間よね」

 

だが鈴とて伊達に一夏の鈍感ぶりを間近で見ていたわけではない。過去数十人の人間が一夏に「付き合って下さい!」と勇気を出して告白したにもかかわらず、一夏の返答は変わらず「良いぜ、何処に付き合えばいいんだ?」だった。ならばと趣向を変えてラブレターを書き、靴箱に入れたが、偶々その時二人のいた中学では不幸の手紙という古風な物が流行っていた為に届く事はなかった。その他にも様々な告白方法を取った女子はいたものの、現在の一夏を見れば結果はわかりきっている。

 

「続く二問目は「人伝てに自分の事が好きな女子がいると聞いた時」よ。その時、二人はどういう反応する?」

 

「確信が持てるまで、黙っておく」

 

「何かの間違いだと思う」

 

前者は一夏、後者は将輝の返答と先程とは返答のニュアンスが逆転した。鈴としては前者の返答を将輝がすると思っていた為、少しだけ驚いた表情をする。

 

「(あれ?これひょっとして攻め方があってたら普通にいけるんじゃないの?)意外ね。将輝の事だから「自分から調べに行く」くらいは言うかと思ったけど」

 

「生憎、俺は自信家じゃないからな。取り敢えず自滅しないように疑うところから入る」

 

「理由を聞くと将輝らしいわね(成る程ね、両想いぽかった割にくっつくまでに時間がかかったのはこれか)」

 

理由を聞いた鈴は合点がいったとばかりに心の中で何度も頷く。しかし、将輝のこの思考は基本的にモテない系の男子だった事も考えれば当然といえる。こういう事は勘違いしてしまった方が負けなのである。

 

「次の質問は「何だ、面白そうな事をしているな」」

 

鈴の言葉を遮って言葉を挟んだのはある意味この手の話とは無縁とも言える人物、ラウラ・ボーデヴィッヒだった。

 

「ラウラじゃない。どうかした?」

 

「何、お前達が面白そうな事をしていたのでな。私も混ぜてもらおうかと思ってな」

 

「良いわよ。何ならセシリアやシャルロットも誘ってみる?こういう話は人が多い方が盛り上がるわ」

 

「鈴よ。それは当初から完全に主旨が変わっているのだが…………」

 

「細かい事は良いのよ。取り敢えず呼びましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういう訳で第一回!女子力高いのは誰だ⁉︎選手権の開催だよ〜」

 

「何故姉さんが此処に……」

 

「ちっちっちっ。箒ちゃん、巷ではご都合主義というありがたいお言葉が流行っているのですよ」

 

(おかしい。何かが決定的におかしいぞ、この状況……)

 

つい先程まで恋愛相談染みた話を四人でしていた。其処にラウラが入ってきて、セシリアとシャルロットを呼んできたまでは良かったのだが、どういう理屈か、其処に束が参上し、「一番手っとり早い方法がある」と言った結果、何故か一夏と将輝に質問を投げかけるのではなく、束が出したお題に対して箒達が出した結果に対する答えを出すという手っとり早いようで面倒な状況になってしまった。しかも場所も場所で学園の食堂ではなく、街の一角で行っているために当然ながら一般人も見ていた。

 

「司会・実況・解説は全て、この世に知らぬことなし!稀代の大天才、篠ノ之束が務めさせてもらうよ!そんな訳で参加者の紹介!先ずは我が愛しの妹!大和撫子の体現者にして現代に生きるサムライガール!ツンデレの比率は均等に5:5という絶妙のバランスを維持する素晴らしき存在!最かわの篠ノ之箒ちゃん!」

 

「………姉さん。後で覚えておいてくださいね」

 

顔を羞恥に染めながら、箒は束を睨むが、当の本人はどこ吹く風。続く参加者の名前を挙げる。

 

「もうメシマズだなんて言わせない!財閥のお嬢様にして、家事は日本の一般主婦よりもレベルが高い、英国淑女!セシリア・オルコットちゃん!」

 

「精一杯、頑張らせていただきますわ」

 

そう言ってセシリアは観客達に笑顔で手を振る。こういう目立つ様な事は基本的にしないセシリアではあるが、束が今回のイベントで無断で撮られた写真や動画は絶対に消すと豪語していた為に快く承諾した。因みに何故束がセシリアの紹介もテンションがアゲアゲのままなのかというと、「一回番組の司会とかやってみたかったんだよね〜」という自己の欲求から来たもので今は司会者モード(仮)である為だ。

 

「貧乳はステータスだ!希少価値だ!ロリツインテールというオタ発狂の絶滅危惧種にして、憧れの的!凰鈴音ちゃん!」

 

「こ、これから成長するから別にいいもんっ!」

 

怒鳴り散らしたい衝動に駆られるも相手が束である為に言い訳するのが精一杯になる。その様子を見た観客達は「ロリツインテでツンデレとか最高」と感動していた。

 

「やる事なす事男心をくすぐるあざとさの塊!けれど滲み出る幸薄オーラの所為で何時も損な役回りに立たされる男装系少女!シャルロット・デュノアちゃん!」

 

「あ、あはは、皆応援してね」

 

あんまりな紹介の仕方に笑みを引き攣らせるシャルロット。この時点で観客の一部はシャルロットの儚げなオーラを感じ取っていた。

 

「触れれば切れるどころじゃ済まない⁉︎弱冠十六歳にして軍の隊長を務めるほどの凄腕少女!時々見せる世間離れした言動が萌える萌え要素の権化!ラウラ・ボーデヴィッヒちゃん!」

 

「やるからには勝たせてもらおう」

 

腕組みをしたラウラは束の紹介にも動じることなく、ただただ瞑目していた。

 

「そして最後にこの少女!掛けている眼鏡は視力矯正ではなく、邪眼を封じるため⁉︎左手に巻かれた包帯が取れた時こそ世界の終焉!厨二系少女、更識簪ちゃん!」

 

「厨二病じゃない……それにこれは魔眼封じ」

 

束の紹介が箒や鈴やシャルロットとは別の意味で不満があった為、ジロリと束を睨みつつ、ボソリと不満を口にする。当然ながら束は無視を決め込む。

 

「続いて点数をつける男性陣の紹介。まず一人目はなんとなく一繋がりで先に紹介、イケメンで天才肌、専業主婦もびっくりな家事力と言動はまさにオカン系男子、織斑一夏くん!」

 

「オカン系男子って何ですか、束さん」

 

「父と母はIS業界でも有名な研究員!腕っぷしも頭脳も高水準!けど一夏くんとは違って、根っからの努力型!才能はないけど愛する者は命を賭して護る主人公気質!藤本将輝くん!」

 

(恥ずい恥ずい恥ずい恥ずい恥ずい恥ずい恥ずい恥ずい恥ずい恥ずい恥ずい‼︎)

 

「最後は私が無理矢理引っ張ってきたいっくんの中学時代の友人!モテる為にバンドを創ったものの、やる気はゼロ!イマイチ残念感が否めないかわりに時々見せる兄貴肌が好印象の五反田弾くん!」

 

「この作品初出演でこの扱いはあんまりだ!」

 

全力でメタ発言をかます今作初出演の弾だが、それが通じるのはごく一部の人間のみでそれ以外の人間からしてみれば「何言ってんだこいつ?」となる。

 

呆れている一夏に羞恥に頭を抱える将輝、扱いの雑さ加減にメタ発言するまでに至る弾と男性陣の心境は既にそれどころではなかった。

 

「さて、紹介も終わったところで早速本題に入りたいと思います!一つ目のお題は基本中の基本!料理でーす!食材、器材は後ろにあるから、はい、始め!」

 

「そんな急に……」

 

「因みに優勝者にはペアの宿泊旅行券がここに……」

 

『絶対勝つ!』

 

「わかりやすい子は好きだよ〜」

 

当初の目的などそっちのけで箒、セシリア、鈴、シャルロットの目に凄まじい闘志が宿る。ラウラと簪に関して言えば、単純に負ける事が嫌なのでそれなりに気合いが入っていた。

 

※料理シーンは人数が多いので割愛。

 

「最初に出来たのはセシリアちゃん。この料理は………おっ、ハッシュドビーフじゃん」

 

「はい。まだ和食の方は味付けが難しくて……」

 

「手堅く洋食という訳ですな。それじゃあ男性陣のお三方、点数をどうぞ!」

 

「はぐ………おっ、普通に美味い。けど、若干煮込み具合が甘い気がするから7点」

 

「うん、美味い。俺は一夏みたいに詳しい事は言えないけど、美味しいから8点」

 

「美少女が作ってくれた飯だから10点」

 

「最後の人の理由があれだけど25点です!オカン系男子のいっくんの採点がやや厳しいのは仕方ないからね」

 

弾の発言には流石の束も苦笑する。何せ、味だとか、完成度だとか、そういう事が全てそっちのけであるからだ。その理屈で行くと全員が満点になる。

 

「次の人行くよ〜、次はシャルロットちゃん。お料理の方は……」

 

「えっと、皆に馴染みのある肉じゃがです」

 

「おーっと、流石はシャルロットちゃん!チョイスがあざとい!あざとすぎる!もうわざとやっていると疑うレベルだー!」

 

先人曰く、「肉じゃがの美味しい女性と結婚しろ」との言い伝えのようなものが日本にはあるのだが、当然フランス人のシャルロットは知る由もないのだが、選択がいちいちあざとかった。

 

「うまっ!日本人の味覚をよくわかってるな、シャルは。ちょっとだけ甘過ぎるのが残念だけど、これから頑張って欲しいの意味合いを込めて8点」

 

「そうか?俺はちょっと甘過ぎるくらいがちょうどいいと思うけどな。9点」

 

「一夏お前採点厳しすぎるんだよ。小姑かっつーの、10点」

 

「セシリアちゃんを上回る27点!相変わらずいっくんの採点が厳しい!10点を出せる猛者はいるのかー?」

 

普通の採点をしている将輝と弾に対して、一夏はまるで本当の料理番組さながらの採点の厳しさがあった。それもこれも一夏自身の家事力が高すぎる事が要因しており、おそらくこのイベントに参加した場合、十中八九一夏が勝ってしまう。

 

「三人目はラウラちゃん!料理は………す、寿司?」

 

「正攻法で挑んでも勝てないのでな。シャルロット・デュノアと同じく日本人の味覚に直接訴えかける他ない」

 

「成る程成る程。ラウラちゃんなりに考えがあるようです!採点の程は!」

 

「手作り料理感があんまりないから美味しいけど6点」

 

「サーモンは素晴らしいけど、お酢が強い7点」

 

「問答無用で10点」

 

「ここまで来るとダンダンの採点は当てになりません!23点です!ラウラちゃん、置きに行ったのが裏目に出ました!」

 

「ふむ、やはり安全策では勝利を得ることは出来ないか」

 

まだ三人残っている時点で敗北が決まってしまった割にはラウラはさっぱりしたまま、既に思考を次のものに切り替えていた。

 

「はい、次は鈴ちゃん。お料理は酢豚!」

 

「得意中の得意料理よ!この勝負貰ったわ!」

 

握りこぶしを作ってそう宣言する鈴。女子に作ってもらっているという理由だけで10点を出す弾はさておき、一夏と将輝さえ如何にかして9点以上を叩き出せば良い。そう思っていたのだが………

 

「おっ、前に食べた時より美味しくなってる。9点」

 

「俺も酢豚はあんまり好きじゃないけどこれならいけるな。9点」

 

(よっしゃあ!後は10点確定の弾だけ!勝ち確ね!)

 

「うん。まさか鈴の料理が美味いとは思わなかった、9点」

 

「なんでよぉぉぉぉぉぉぉぉ⁉︎」

 

思わず鈴は慟哭した。10点確実と思っていた弾の採点がまさかの9点という結果だったからだ。なぜ自分だけ10点ではないのかという意味合いとそれにより同点となってしまった為の慟哭だった。

 

「え?だって、鈴だし」

 

そしてその答えはどうしようもないものだった。

 

近しいが故に鈴が飯を作ってくれたという状況に弾は心の底からありがたみを感じる事はなく、普通に味で採点をしたのだ。

 

「これは友人である事が裏目に出ました鈴ちゃん!シャルロットちゃんと同率首位です!」

 

「お、終わった……」

 

確かに同率の首位である事は確かだ。しかし、得意中の得意料理を出した鈴とおそらくまだ手札を残しているであろうシャルロット。そう考えると同率首位の時点で殆ど鈴に勝ち目はなかった。

 

「いよいよ残るは二人!先に出来上がったのは簪ちゃんの方だ〜!料理は…………え、何これ」

 

「特製カルビクッパ。胃も爛れ……違った。胃もたれする程の美味しさ」

 

(((おいぃぃぃ‼︎誰が劇薬混ぜろって言ったよ‼︎)))

 

この瞬間、三人の精神状態がシンクロした。

 

美少女が〜、と言っていた弾ですら生命本能の危機に我に帰った。

 

「さ、さあ、男性陣には採点の方を……」

 

「「「ほんっと勘弁してください」」」

 

「拒否権はありませ〜ん…………骨は拾ってあげるから」

 

目の前に置かれた劇薬料理に三人は顔を引き攣らせる。刺激臭漂う湯気の所為で涙は止まらず、喉もまるで風邪を引いたかのように痛みが走る。

 

(これを食べろと⁉︎俺に死ねって言うのか、束さんは‼︎)

 

(痛覚が鈍い筈なのに目が痛すぎるんですけど‼︎これ料理じゃなくて殺戮兵器だよ‼︎)

 

(短い人生だったな………はぁ……せめて可愛い年上のお姉さんみたいな彼女が欲しかった)

 

「早く食べて。じゃないと容器が溶け………料理冷める)

 

「はい。男性陣、さっさと食べる」

 

「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ………ぐふっ」

 

「もう、ゴールしても良いよね………ごはっ」

 

「五反田弾、逝きまーす!……… げぼっ」

 

※不適切な描写が含まれているため、少々お待ちください……………

 

二十分後。

 

「三途の川が見えた」

 

「本当にゴールする所だった……人生の」

 

「天使が見えたぜ………前に堕っていう字がつくけど」

 

「心肺停止した時はどうなる事かと思ったけど、取り敢えず復活して何より採点の方は……」

 

「人間の食べるものじゃない。0点」

 

「殺人兵器なら満点だけど食べ物だから0点」

 

「死にかかったけど美少女の作ったものだから10点」

 

「根性です!死にかけてなお、満点採点‼︎ダンダンはどれだけ女性にモテないのか⁉︎」

 

「美少女の料理で死ねるなら、我が生涯に一片の悔いなし!」

 

無駄にキメ顔でそう言う弾に観客席の男性陣は共感する。非モテ男子からしてみれば美少女の手料理が食べられる事自体が幸せなのである。

 

「いよいよ最後の一人となりました!最後を飾るのは私の妹‼︎箒ちゃんでーす!お料理の方はカレイの煮付けです!」

 

「やはり作るなら和食出ないと………将輝もいるし」

 

最後の言葉は誰にも聞こえないようなか細い声で呟く。幸いにもそれはマイクに拾われる事はなかった。

 

「流石は箒ちゃん!周りに流されず、時間をかけてじっくりと煮込んだようです!さて、先程の料理で味覚がかなりやられている三人に味はわかるのか〜?」

 

「「「いただきます」」」

 

またもや三人は同時にカレイの煮付けを一口食すと一瞬動きを止めた。

 

その事に箒は不安そうな表情を浮かべるが、次の瞬間、凄まじい勢いで食事を再開した三人にホッと胸をなで下ろす。

 

「文句無しに美味い。俺から言えることは何もないよ、10点」

 

「至高の料理だった。涙が止まらん、10点」

 

「美少女採点抜きでも美味い。料亭で出しても通用するレベル、10点」

 

「おおっと!満場一致の満点です!しかもダンダンの美少女補正抜きでも10点と他のメンツを置いてトップとなりました!先程の料理で味覚を破壊されているにもかかわらず、これは凄い!凄いよ、箒ちゃん!流石は私の妹だね!マジ天使だよ!」

 

そう言って箒に抱きつく束。箒は鬱陶しそうに引き離そうとするも人外スペックを保有する束である為、引き離せないでいた。

 

「一つ目の料理が終わったところで、次は「やれやれ、何を騒がしい事をしているかと思えば。お前か束」げっ、ちーちゃん」

 

騒がしかった観客達の声がピタリと止まり、人ごみの中を一人の女性が歩いてきた。

 

「おまけに小娘共も参加しているとはな。騒ぐのは一向に構わんが、節度ある行動を心掛けろと教えたはずだが?」

 

拳をポキポキと鳴らしながら、千冬は参加者である箒達と採点者である将輝達を一瞥した後、さりげなく逃げようとしている束の方を睨んだ。

 

「まずは元凶からだな。お前達逃げたらどうなるか………言わずともわかるな?」

 

『イエス、マム!』

 

千冬の静かだが重みのある言葉に全員が思わず敬礼をする。千冬はそれを見た後、逃げ出そうとした束を一瞬のうちに捕獲した。

 

「遺言はあるか?」

 

「ちーちゃんの愛は何時も過激ーーーぎゃぁぁぁぁぁぁ⁉︎⁉︎⁉︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ………今日は色んな意味で酷い目にあったな」

 

「全くだ。二度と束主催のイベントには参加しないでおこう」

 

束が制裁されてすぐに折檻を受けた一夏と将輝(弾は無理矢理連れてこられた事もあり、難を逃れた)は痛む身体を気遣いながら帰路についていた。夏休み中であり、今回は束が主催であった為に課題こそ出されはしなかったが、その分肉体的ダメージは大きかった。

 

「そういや、将輝さ。やっぱり箒と付き合ってるのか?」

 

「うん?まあな」

 

先日、夏祭りの際に一夏とシャルロットはキスをしている将輝と箒を目撃している。今までその事については言及こそしなかったが、やはり一夏としてもその事については気になっていた。

 

「箒、可愛いもんな。ちょっと素直じゃないのが玉に瑕だけど料理も出来るし、将輝とはお似合いだと思うぜ」

 

「そりゃどうも。つーか、お前も誰か好きな奴とかいないのか?IS学園には色んなタイプの女子がいるだろ」

 

「好きな奴……か。考えた事もなかったな」

 

「彼女欲しいな、とか思わねえのかよ」

 

「いや、思った事はあるにはあるけど………今は誰かを護れるならそれでいいかな」

 

それを聞いた将輝は足を止め、それに気づいた一夏も首を傾げて、足を止めた。

 

「一夏。お前の言う誰かっていうのは皆の事か?それとも不特定多数の誰かか?」

 

「どうしたんだよ、急に?」

 

「良いから答えろ」

 

「うーん、あんまり深く考えたことはないけど、多分後者だろうな」

 

「ッ⁉︎」

 

一夏の答えに将輝は一瞬目を見開くが、すぐに目を細める。

 

「………そうか。わかった。まあ、頑張れよ、お前の志を否定する権利は今のところ俺にはない」

 

一夏の胸を拳で軽く叩くと将輝は歩みを再開した。

 

(そういう事か、一夏。お前の願望は……)

 

 




とまあ、伏線のようなものを張りつつ、終了です。

次回からは原作5巻に突入!いよいよ、厨二病さんのお姉さんが登場します(といっても特別ストーリーには先に出演していますが)

気がついたら、お気に入り件数が2,000件を超えてました。こんなグダグダな作者ですが、今後ともよろしくお願いします、またお気に入りが2500を超えたら記念ストーリーでも書こうかなと思います。その時はまた皆さんに投票をお願いしますが、おそらく良い案は思いつかないと思うので意見の方を求める感じになると思いますので、心の準備をしておいてくださいね!


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原作五巻〜すれ違う二人〜
生徒会長に碌な奴はいない


 

九月三日。二学期初の実戦訓練は一組二組の合同で始まった。

 

「はあああああ‼︎」

 

「くっ……やるわね、将輝!」

 

クラス代表者同士ということで始まったバトルは始めこそ、鈴が押していたものの、気づけば将輝が押していた。

 

その理由は単純明快。将輝がISに慣れたという事に他ならない。

 

夏休み。福音戦との傷が癒えるまでの間、ISによる生命維持のバックアップを受けなければ、すぐにでも死に至る状態にあった。その為、ISによる模擬戦闘は行えず、さらに副作用によって加減の効かなくなった力をコントロールする事に専念していたのだが、つい先日、傷もほぼ完治し、ISとの同調を解除した事でチート級の筋力こそ失われたものの、その際の筋肉の破壊と再生で偶発的に手に入れた筋力は健在で、超人的レベルまで引き上げられていた反射神経はその二ヶ月の間でごく自然に身についていた。

 

始めは二ヶ月間、ISを使用できなかったために感覚を戻す事に必死で防戦一方だったものの、今は超人的な反応速度を駆使して、殆どをスウェーで躱すという代表候補生である鈴も度肝を抜かれる程の動きを見せていた。

 

「これで終わりだ!」

 

またもや鈴の《双天牙月》をスウェーで躱すと将輝は一気に距離を詰めて、逆袈裟斬りで甲龍のエネルギーを全て奪い取ると試合終了のブザーがなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局二回とも負けた………しかも二回目なんて殆ど当たらなかったし……」

 

前半戦、後半戦ともに将輝の勝利で幕を閉じた実戦訓練。その後の片付けを終えて、将輝達いつもの面々は学食にやってきていた。

 

「大体おかしいわよ。完全に隙をついたはずなのに当たる直前で躱すなんて、代表候補生クラスでも至難の技だってのに」

 

文句を言いながら、鈴はラーメンを啜る。文句を言いたくなるのも無理はない。今回の将輝の人外じみた動きにはあの千冬でさえ、感嘆の声をあげていた。

 

「藤本将輝よ。まだ感覚が鋭敏なままなのか?」

 

「ああ。どうにも抜けきらないみたいなんだ、ラウラ。フォーク投げてみてくれ」

 

「いいだろう。そら」

 

ラウラは食事を終え、手にしていたフォークを将輝に向けて投擲する。二人の距離は僅か一メートル程しかなく、ラウラの手元から放たれたフォークの速度はかなり速い。だというのに将輝は顔色ひとつ変えず、当たり前のようにフォークを掴み取った。

 

「どうだ?」

 

「反射的に取ってるっていうより見えてるんだけど、身体もそれに対応出来るから避けられるし、受け止められるのかもしれない」

 

「私も見ていてそう思った。私が投げてすぐにお前の左腕は私達の目で追える速度を超えて、キャッチしていた。おそらく力をコントロールしようと訓練していたのが原因だろう。本来なら目で見えても身体はついてこないはずだが、それに耐えうる肉体に成長したから動いてしまうのだ」

 

「そんなに凄いなら千冬姉の出席簿も受け止められるんじゃないか?」

 

「そしたら次は拳骨が飛んでくるよ。反射的に防がないように努力しないとな」

 

なまじ反応速度が凄まじいだけに下手をすると千冬の攻撃も条件反射で避けかねないし、防ぎかねない。出席簿を防ぐか、或いは避けるまでならまだ良い。後から来る拳骨までも防いだりした暁にはさらに酷い罰が待っている。ISとの同調を解除した今では鈍った痛覚は徐々に戻りつつあるのだ。

 

(まぁ、この分なら生徒会長が仕掛けてきても問題な………い……?)

 

なんとなく、視線を感じた将輝は食堂の入り口へと視線を向ける。見えたのは一瞬ではあったが、その一瞬見えたものは水色の髪と後ろ姿。まるで誘っているかのような絶妙なタイミングで視界に映った人物は歩き去った。

 

関わりたくない、面倒事になる。それが将輝の本音だ。今視界に映った人物は束程ではないにしろ、人を巻き込むタイプの人間だ。関わったところで碌なことはない。だが、あちらから絡んでくれば、タイミングによっては収拾のつかない事態になる。そう考えてからの将輝の行動は早かった。

 

「将輝?」

 

「悪い。用事を思い出した」

 

そう言って席を立つと将輝は食器を片付けるのも後回しにし、後を追いかけた。

 

歩き去ったのはつい数秒前のこと。すぐに追いつけるはずと早歩きで人混みを抜け、廊下に出たものの、其処には目当ての人物の姿はなかった。階段のある場所まで探しに来たところで将輝は寒気を感じ、思わずその場から飛び退いた。

 

「あら、凄い反応速度ね」

 

手にしていた扇子で口元を隠しつつも、微笑を浮かべているのは先程の水色の髪の毛をした女生徒。何時の間にか背後に回られていたという事自体には驚きはしない。将輝の知っている彼女ならそれは当たり前だ。無意識に反撃しかけた方が将輝としては驚いていた。

 

「初めまして、藤本将輝くん。私が誰だかわかる?」

 

「IS学園生徒会長更識楯無。一年の簪さんのお姉さん」

 

「ビンゴ〜♪訊いてた通りの鋭さだね。流石は簪ちゃんのお友達」

 

バッと改めて開かれた扇子には『偉大』と書かれていた。

 

(別に友達っていう訳じゃないんだが…………ていうか、簪の友達ってだけで其処まで凄いか?………いや、確かに凄いな)

 

ふと簪のキャラやコミュ力を思い出し、あれの友達になれるなら某青春ラブコメの主人公とすら友達になれるかもしれないと思い至る。少なくとも、簪よりは簡単かもしれない。もっとも、あちらから勝手に懐いてきたというのが正しいかもしれない。

 

「で、俺を試して何がしたかったんですか?」

 

「うーん、試す、っていうのはちょーっと違うかなぁ。試すでもなく、君は優秀な人間だから」

 

「些か買いかぶりすぎですね。俺は凡人ですよ」

 

「確かに。君は織斑一夏くんと比べて才能は劣る。けれど、その分脳みその回転は尋常じゃないよね。無人機襲撃の際、君が誰よりも早く対応した事で負傷者は君だけに落ち着いた。VT事件も君がいたからセシリアちゃんは助かった。福音の時も君は死の淵から一度蘇生し、その手で打倒した。この三ヶ月、目ぼしい事件を解決したのは紛れもなく藤本将輝くん。君よ」

 

「………」

 

これには流石に将輝も押し黙った。それは図星だからというわけではない。言い返そうと思えば、言い返せる。だが、言い返した場合、それは面倒事を自らが引き込んでいるのと同義となってしまう為、ここはあえて黙った。

 

「織斑先生にも聞いたわよ。貴方の予測は予知と同義だと。まるで事前情報でも持ち合わせているかのようだって」

 

「何を馬鹿な。初めから知ってればそもそも全部やらないようにすれば良いじゃないですか」

 

「それこそ愚かな行為よ。もし止めてしまったら、貴方は防ぐ術を失うわ。それに貴方はどうやってそれを防ぐつもりなのかしら?」

 

楯無の言う通りだった。防ごうと思えばそもそも全ての理由を話し、中止にするか延期にさせることも出来た。だというのにそれをしなかったのは将輝がイレギュラーの発生を防ぐ為だった。ただでさえ、本来いないはずの自らが居合わせているというのにそれ以外のイレギュラーを起こしてしまえば齟齬程度では済まない。実際、原作では爆発しなかった無人機は自爆し、福音事件では密漁船が一隻増えていた。それから鑑みても事前にそれを防ごうとしなかったのは正解だったと言える。

 

「私は貴方があえて事が起こるまで静観していた事も含めて評価しているのよ。仮に一夏くんが知っていたとしたら、静観するなんて選択肢はとらなかったでしょうね」

 

「プロファイリングってやつですか?」

 

「そんなところね。こう見えてもお姉さん、そういう事には精通してるから………あ、一応聞いておきたいんだけど、私の家の事も知ってる?」

 

「……知りませんよ。ストーカーじゃないんですから」

 

「ストーカーなら今頃テトラポットに括り付けられているわ」

 

「極道か何かですか……」

 

「さぁ?別に今知ってても知ってなくても、私と関わっていればいずれ知る事になるわ」

 

「願わくば会長。貴方とは必要最低限の関わりしか持ちたくありませんけどね」

 

「いやん。そんな事言われるとお姉さん傷つくなぁ。けど、私は貴方の事気に入っちゃったからガンガン絡んでいく感じだからよろしくね♪」

 

「あんた人の話聞いて「そうそう、藤本くん」なんですか?」

 

「今、何時だと思う?」

 

「一時五分………あ、ああああぁぁぁぁぁ⁉︎」

 

将輝は携帯に表示された時刻を見て声を上げた。何故なら五限目開始の時刻を既に五分過ぎているからで、授業の担当教員は何を隠そう織斑千冬だからである。

 

「ハ、ハメやがったな……更識楯無」

 

「あら、何のことかしら?私はただあなたと楽しくおしゃべりしていただけよ?」

 

楯無は悪戯っぽい笑みを浮かべて、小さくウインクする。それが妙に様になっている分、なおのことタチが悪い。将輝は怒鳴りたい衝動に駆られるが、これ以上の時間のオーバーは避けたいし、楯無の言っている事も正しかった。

 

将輝は楯無を一瞥するとそのままアリーナまで走っていった。

 

「大人びてるけど、ところどころ子どもっぽいところがあるわね。猫被りなら監視も必要かと思ったけどその必要もなさそうだわ……ただ」

 

ーーー面白そうだから個人的にちょっかい出してみようかしら。

 

その悪魔の呟きが将輝に届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅れた理由を聞こうか、藤本」

 

「えっと、ですね。生徒会長に足止め紛いの事をされていたというかなんというか……」

 

「更識か。ちょっかいを出すなら放課後にしておけと言っておいたんだが……」

 

額に手を当て、千冬は溜め息を吐く。その様子に将輝は助かったとホッと胸を撫で下ろしたが………次の瞬間、両手は振り下ろされた出席簿を白刃取りしていた。

 

「あ、あの、織斑先生?許してくれたのでは……」

 

「理由は聞いたが、許すとは誰も言っていない。それとその手をどけろ、藤本。ぶち抜くぞ」

 

「いや、既にぶち抜こうとかなり力込めてますよね⁉︎これこのまま手を離したら頭蓋骨陥没しますよ!」

 

「一度は死んだ奴が何を言うか。今更死にかけたところで問題ないだろう」

 

「貴女の発言に激しく問題がありますが⁈」

 

そんなやり取りをしている間にも出席簿にはどんどん力が込められ、それに比例するように将輝の腕の骨がミシミシと悲鳴をあげていた。

 

(うおおおおお、死にたくない、死にたくないでござるぅぅぅぅ!)

 

片手であるというのに将輝の両手と拮抗している千冬はやはりと言うべきか人外だった。だが、なかなか押し切れない事に業を煮やした千冬は蹴る方に切り替えたのだが…………器用にも将輝はそれを足で受け止めた。

 

「……」

 

「違うんです、わざとじゃないんです!条件反射で勝手に防御しちゃうんです!ですから怒らない「藤本、歯を食いしばれ」へ?ぎゃんっ‼︎」

 

握り締められた拳が将輝の腹部を深くえぐった。反応が出来なかったわけではない。単に両手と右足は防御に、左足は踏ん張るために使用していた為、最早喰らう以外の選択肢が残されていなかったのだ。ボディに抉りこむような打撃を受けた将輝は身体がくの字に折れた後、そのまま力なくその場に沈んだ。

 

「ふぅ……手こずらせおって。では授業を再開する。そこに寝ている馬鹿は当分起きんだろうから、邪魔だからどけておけ、織斑」

 

「は、はい!(将輝、生きてるかな?)」

 

「し、死ぬかと思った……」

 

『蘇生早っ⁉︎』

 

沈んで間もなく、平然と立ち上がった将輝を見て、千冬を含むその場にいた全員がそういった。



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波乱の前兆

 

翌日。SHRと一限目の半分を使っての全校集会が行われた。

 

内容はもちろん、九月中程にある学園祭についてである。

 

「流石に女子がこれだけ集まると騒がしいな」

 

「騒がしいっつーか、姦しいって感じだ。どうにもこういうのは慣れねえな」

 

そんな姦しさの中心地にいた一夏と将輝はうんざりしたように話していたが、それも生徒会役員の一声でさーっと引き潮のように引いていく。

 

「皆、おはよう」

 

壇上に立って挨拶しているのは二年生のリボンをつけた一人の女子生徒。それを見た将輝は既に知っている人物であったが、苦虫を噛み潰した表情になった。壇上の女子生徒は将輝のそれを見るとクスリと笑った。

 

「さてさて、今年は色々と立て込んでいてちゃんとした挨拶がまだだったね。私の名前は更識楯無、君達生徒の長よ。以後、よろしく」

 

にっこりと微笑みを浮かべて言う生徒会長、更識楯無の笑みは異性同性問わず魅了するもので、列のあちこちから熱っぽい溜め息が漏れる。

 

「では、今月の一大イベント学園祭だけど、今回に限り特別ルールを導入するわ。その内容というのは」

 

閉じた扇子を慣れた手つきで取り出し、横へとスライドさせる。それに応じるように空間投影ディスプレイが浮かび上がった。

 

「名付けて『各部対抗男子争奪戦』!」

 

「「異議ありっ‼︎」」

 

ぱんっと小気味のいい音を立てて、扇子が開く。それに合わせて、ディスプレイにはデカデカと一夏と将輝の写真が映し出されたのだが、それに異議を唱える人物がいた。無論、男子二人である。

 

「異議は受け付けません。生徒会長権限です」

 

「横暴だ!」

 

「巫山戯るな!今すぐ会長辞めろ、このヤロー!」

 

教師達の眼前で当然のように職権乱用発言をした楯無に二人はさらに抗議の声を上げる。だが、楯無はそれに耳を傾けることはなく、ルールの解説を始めた。

 

「学園祭では毎年各部活動ごとの催し物を出し、それに対して投票を行って、上位組は部費に特別助成金が出る仕組みでした。しかし、今回はそれではつまらないと思いーーー男子を、一位の部活動に強制入部させましょう!」

 

楯無の言葉に会場が比喩ではなく揺れた。

 

「うおおおおおおっ!」

 

「素晴らしい、素晴らしいわ会長!」

 

「こうなったら、やってやる………やぁぁぁってやるぜぇぇ‼︎」

 

「今日から早速準備に取り掛かるわよ。秋季大会?放置よ、放置」

 

各場所から雄叫びが上がり、それと同時に二人は抗議を諦めた。

 

先程の抗議が華麗にスルーされた時点で殆どおしまいだったのだが、更に大衆を、というよりも二人以外の生徒を味方に引き入れられた以上、どんな策を講じた所で二人に勝ち目などなく、それどころか楯無が更に酷い事をしそうな可能性すらあった為に二人は頭を抱えて蹲った。

 

かくして、本人達は未承諾のまま、男子争奪戦が開始されたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同日。教室にて放課後の特別HR。クラスごとの出し物を決めるため、一組はわいのわいのと盛り上がっていた。

 

クラス代表として将輝は意見をまとめる立場にあるのだが、黒板に書かれていたことはどれも酷いなんてものではなかった。

 

(内容がホストクラブにツイスター、ポッキーゲームに王様ゲームだぁ?しかも全部俺達主導じゃん)

 

「却下。今後マトモな意見を出さない場合は俺が決める」

 

ええええー⁉︎と大音量サラウンドでブーイングが響き渡る。しかし、将輝はそれを意に介す事なく、黒板に書かれていたものを全て消した。

 

「大体、これだと来店してくるお客さんに対して、非効率すぎる。感覚的には五分〜十分くらいで回さなきゃいけないのに二人だとパンクするぞ。っていうか、俺達の体力が持ちません。なので却下」

 

単に嫌だからというものではなく、現実味を帯びた話をする事で女子達は確かに、と言って沈黙する。そして其処から普通な意見を求める将輝だが、真っ当な意見が出ず、どうしたものかと頭を悩ませていたそのとき、意外な人物が挙手した。

 

「メイド喫茶………特にコスプレ喫茶というのはどうだろうか?」

 

真顔で言うのはラウラだった。

 

「客受けはよく、飲食店なら経費の回収が可能だ。招待券制度で外部からの客も見込めるならば休憩場としても機能する。更に私達は好きなコスプレ衣装を着れば惰性的にならず、客も目の保養とやらになるのだろう?これ程効率的なものはない」

 

何時もと同じく、淡々とした口調で話すラウラ。あまりに本人のキャラとかけ離れているせいか、皆かたまっていたが、将輝だけはなんとなくそれの原因がわかった。

 

「………ラウラ。それはクラリッサさんの入れ知恵か?」

 

「ふむ。よくわかったな、藤本将輝。こういう事には私は疎いのでな。クラリッサに尋ねてみたのだ」

 

やはりか、と将輝は額に手を当てた。

 

だが、一概にそれを却下する事は出来ない。

 

原作でもご奉仕喫茶こと執事メイド喫茶という半ばコスプレじみた喫茶店ではあったものの、効率は良かった。それにラウラが言っていることは大体合っている上、他の意見と比較した場合、圧倒的に現実味があった。

 

「俺は良いと思うけど、皆はどう?」

 

「私も良いと思うよ。コスプレって日本の文化の一部分だし、楽しそうだから」

 

将輝の問いに真っ先に同意したのはシャルロットだった。言い出したのがラウラという意外も意外な人物であった為に皆、反応が微妙ではあったのだが、シャルロットが同意した事によって何時もの姦しさを取り戻し、一組の出し物はコスプレ喫茶となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「漸く決まったか…………コスプレ喫茶か。まあ、予想よりはマトモだな」

 

将輝は出し物の内容とそれに必要なものを書き留め、早速千冬に提出しに行っていた。千冬は用紙に記入されているものを見ると想像よりも普通だったのか、若干意外そうな表情をした。

 

「提案者は誰だ?田島か、リアーデか。大体その辺りの騒ぎたい奴らだとは思うが………」

 

「ラウラですよ……………クラリッサさんの入れ知恵だそうです」

 

「…………成る程。ボーデヴィッヒだと聞いて一瞬あり得んとは思ったが、それなら納得出来る」

 

千冬は何処か悟ったように溜め息を吐いた。

 

ドイツ軍で教官をしていた頃、クラリッサも教え子の一人であった。優秀な人材の一人ではあったのだが、いかんせん日本文化に対する考え方が何かとズレていた。おまけにクラリッサは所謂オタクであったものの、千冬はそうではなかった為に適当な返事を返していた事でクラリッサの思い違いにはさらに拍車がかかった。

 

「ところで藤本。話は変わるが、身体の方はもう大丈夫か?」

 

「はい。昨日織斑先生に殴られたこと以外は」

 

「…………マジメに答えろ。保健室のベッドで過ごしたいか?」

 

「わかりました。痛いのは嫌なので…………と言いたいんですが、実はまだ痛覚は結構麻痺したままで昨日の織斑先生のパンチも想像よりも遥かに痛くありませんでしたし、昨日織斑先生も気づいたと思うんですけど、反射速度も速いままなんですよね。多分、二ヶ月の間に染み付いたんだろうとは思うんですけど」

 

「そうか。傷の方は完治したか?」

 

「擦り傷一つ残ってませんよ。流石は天才と言ったところですね」

 

「………………藤本。一つ聞きたい事がある」

 

「何ですか?」

 

「お前は………いや、やはり何でもない。今聞くべきことではないからな」

 

「?そうですか。では失礼します」

 

千冬は何かを言いかけて止める。それに将輝は首をかしげるが、何もないと言われたため、それ以上突っ込む事はせず、一礼し、職員室を出た。

 

「………………で?今度は何のようですか?生徒会長殿」

 

「あら?気づいちゃった?」

 

将輝は職員室の扉を閉めると自身の背後の壁に背中を預ける楯無に質問を投げかけると言葉とは裏腹に将輝が気づいた事は想定したような声音だった。

 

「ご勘弁願えますか?昼休みの時と言い、学園祭の事と言い、面倒ばかり」

 

「そう?昼休みはともかくとして、学園祭の賞品に関して言えばスリルがあって楽しいと思わない?」

 

「俺達には何のメリットもないんですけどね」

 

そう言って将輝はアリーナへと歩き出した。

 

すると楯無はその横にごく自然な流れで並んで歩き出した。

 

「…………何でついてくる」

 

「早くも敬語が抜けたわね。親しくなれて何より」

 

「ポジティブだな、ホント。流石は生徒会長様だ」

 

「その口ぶりだとこの学園において生徒会長という名が何を指し示しているのか、知っているようね」

 

「ええ。そんでもって、絶賛数メートル先から敵意撒き散らしながら接近してくるあの女子。生徒会長にご用がありそうですが?」

 

前方から粉塵でも巻き上げそうな勢いで竹刀片手に将輝達の方へと全力疾走してくる。その敵意は楯無へと向けられており、雄叫びを上げて、その竹刀を楯無へと振り下ろした。

 

「迷いのない踏み込み……良いわね」

 

楯無は扇子で竹刀を受け流し、左手の手刀を叩き込むと女子が崩れ落ちる。それと同時に今度は窓ガラスが割れ、楯無の顔面を狙い、次々と先の潰された矢が飛んでくる。見ると、隣の校舎から窓から和弓を射る袴姿の女子がいた。

 

「ちょっと借りるよ」

 

楯無は先程倒した女子の竹刀を蹴り上げて浮かせ、空中のそれをキャッチすると同時に投擲する。

 

割れたガラスから投擲されたそれは弓女の眉間にあたり、見事撃破する。

 

「もらったぁぁぁぁ!」

 

バンッと廊下の掃除道具ロッカーの内側から三人目の刺客が現れる。

 

その両手にはボクシンググローブが装着されていて、軽やかなフットワークと共に接近する。

 

「どこのどなたが存じませんが、面倒なのでおやすみなさいっと」

 

いっそこれに便乗して楯無を倒してしまおうかと考えた将輝だったが、それはそれで後が面倒だった為、将輝はボクシング女子と楯無の間に入り込むとそのままボクシング女子の頭を掴み、足を払って力任せに投げる。ボクシング女子はその場で縦に二回転したのち床に頭を打って気絶した。

 

「あら、結構強いのね」

 

「偶々っすよ。それじゃあ失礼しま「お待ちなさいな」あぐっ⁉︎」

 

そのまま立ち去ろうとした将輝の襟を掴み、楯無は止める。

 

「まだ用事が終わってないじゃない」

 

「俺は始めからありませんよ。それに生徒会長様のご用は自分の最強っぷりを見せたいからじゃないんですか?」

 

「そんなわけないじゃない。それは周知の事実よ」

 

さも当然と言わんばかりに楯無は言う。

 

この学園において、生徒会長という肩書きは即ち学園最強を示す。

 

それ故、現生徒会長である楯無を破ればその者が生徒会長へと就任する事となる。先程襲撃してきた女子生徒達は体育会系の部活動であるがゆえ、男子争奪戦に勝ち目がないと踏み、楯無を打倒する事でそれを破棄、自らの部活動に有利な条件で同じ事をしようとしていた。だが、それも先程あっさりと潰えた。

 

「じゃあなんなんですか」

 

うんざりしたように聞く将輝に楯無は扇子をパチンと閉じて、こう言った。

 

「藤本君。貴方、生徒会副会長になりなさい」



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依頼と決意

「藤本君、貴方、生徒会副会長になりなさい」

 

楯無は命令するように将輝に向けてそう告げた。

 

実際、楯無は将輝に選択権を与えるつもりはなかった。与えれば必ずノーという回答が返ってくるからだ。それは当然の事であるが、何も楯無は享楽で将輝を副会長に置こうと考えている訳ではない。

 

当人は知らないが、IS学園内のごく一部では将輝の行動が注目されていた。

 

無人機騒動、ドイツ軍のVTシステム、そして銀の福音。

 

どれもこの半年間で起きた事件ではあるが、一歩間違えれば大量の死者が出かねない事態だった。何より最後に関しては蘇生を果たしたものの、将輝が死んだ。だが、それは想定を遥かに下回る人的被害であり、どれも二桁の人間が死んでも何一つ違和感はなかった。そしてそれを未然に防いだのは紛れもなく将輝だった。

 

VTシステム以外の二つは勝利こそ専用機持ち達の健闘による勝利ではあるが、こと『被害を抑える』といった点では将輝の未来予知に等しい行動による所が大きい。

 

それを偶然と捉える者もいれば、必然と捉える者もいる。少なくとも、楯無は偶然ではなく必然と捉えている者の一人だ。故に確かめたかった。将輝の未来予知に等しい行動を。

 

「また会長権限ですか?やめていただきたいですね、そういうのは」

 

「不服?生徒会に入れば学園祭の賞品として部に強制入部させられる事は無くなるわよ?」

 

そして今朝の行為もまた、将輝を引き入れるための策の一つだった。

 

普通の感性であれば女子しかいない部活動に男子一人だけというのは嫌だ。だが、同じ女子だけとはいえ、生徒会と部活では勝手が違う上に妙に絡まれる事はない。ならば生徒会の方がマシか、とそう思わせる事が目的だった。

 

将輝はそれを一瞬顎に手を当て、考える素振りを見せる。それを見た楯無は良し、とそう思ったのだが、将輝が言ったのは拒絶の言葉だった。

 

「だが断る」

 

「………一応言っておくと貴方に拒否権はないのよ?」

 

「確かに便宜上、俺に拒否権はなく、貴女が副会長に任命した時点で俺は生徒会副会長だ。だが、同意抜きなら其処に俺の意志はない。在籍するだけにして、全部無視すればいい。おまけに賞品の時のような大衆を利用する事も出来ない。彼女達の立場からすれば賞品が提案者によって減らされるんだから、賛成するはずがない」

 

そう。あくまで会長権限であれば将輝に拒否権など存在せず、生徒会副会長にはなるしかない。だが、その役職を全うするか否かは将輝の意志が必要となり、拒んでしまえばそれまでだ。入れてしまうまでは強制力はあれどそれ以降は全く強制力が働かないのだから。おまけに会長の一存で本人が拒んでいて、剰え周囲が反対しているにもかかわらず、入れたとなれば教員達も将輝を生徒会活動に参加を促そうとは思わない。

 

「なんなら生徒会活動も会長権限で強制しますか?結構ですよ?その時は不平不満を漏らしながら甘んじてその境遇を受け入れます」

 

「流石に人権すら会長権限で奪う事はしないわ。はぁ…………頭が切れるとは聞いてたけど、まさかここまでとは。お姉さん、少しびっくりしちゃった」

 

「全然ですよ。結局のところ、貴女が人格者で無ければ俺は人権無視で生徒会副会長ですからね」

 

肩を竦めてみせる将輝に楯無はやはり一筋縄ではいかない。と認識されられる。簡単に流れに乗ってくれるような人間であればあの手この手で無意識のうちに自身の流れに乗せることが出来る。だが、将輝は無意識のうちに他者の流れに逆らっている。将輝自身が自覚なしにそんな事をしているのであれば、意識的に引っ張る事は至難の技だ。なかなか出来ることではない。

 

故に楯無は目的を変えた。正確には変えるではなく、妥協点を作った。

 

近くに置いて秘密を暴くのではなく、徐々に将輝への信頼度を高めて、向こうから本心を吐かせようと。

 

だが、楯無は知らない。それが如何に高難易度であるか。恋人である箒ですら、未だそれの片鱗すら知らない事を。

 

「わかったわ。君を勧誘するのは止めておく」

 

「それはありがたい。じゃあ「その代わりに私のお願い聞いてくれる?」はい?」

 

やっと諦めたと思って肩の力を抜いた将輝は楯無の話がまだ終わっていないことに疑問の声を上げた。

 

「簪ちゃんの事、お願いしても良いかしら?」

 

「…………マジで?」

 

「マジよ」

 

親しくなるついでに楯無は個人的な相談を持ちかけてみたのだが、将輝はそれに敬語も忘れて素で聞き返した。

 

将輝の中で更識簪という少女ははっきり言って得意であり、苦手な人物であった。

 

彼女は世間一般で邪気眼或いは厨二病と称される部類の人間であり、また重度のコミュ症であった。将輝以外の人間には話しかけられる事すら拒み、フォローに入ればトドメを刺しに行く。

 

ただ、こと将輝に限定すれば彼女は饒舌に話す。

 

それは過去憑依以前に将輝が厨二病だった事が要因しており、それを何処と無く察知した為だ。初対面であったにもかかわらず、彼女は初見で同類であることを瞬時に気づき、まるで旧友であるかのごとく、心を許していた。

 

他者からすれば取りつく島もない簪であるが、将輝からすれば黒歴史を呼び起こせば彼女の相手をする事は造作もない…………精神は全くの別物であるが。

 

それゆえ得意であり、黒歴史を呼び起こさなければならないという点で苦手な人物だった。

 

その相手を頼まれたとあれば、苦い表情をするのは自然な事である。

 

「お姉さんで学園最強なんだから、簪と同じくらいの知識をつけることは出来るんじゃないですか?」

 

「好きこそ物の上手なれ、よ。私は簪ちゃんと違って、好きで見ている訳じゃないもの」

 

楯無はあまり漫画やアニメなどについて興味があるわけではない。人並みにはある方だが、自らの睡眠時間すら削り見ている簪とはかける想いが違う。いくら見て覚えようにも好きで見ていないものならば自然と忘れるのが道理である。

 

「………つまり玉砕したと?」

 

「……………あの時の簪ちゃんの呆れた溜め息は忘れられないわ。「え?この程度もわからないの?」みたいな表情。お蔭で三日寝込んだわ」

 

「其処までか………流石はシスコン」

 

「シスコンで結構!弟、妹の事が嫌いな姉なんて世の中に存在しない!」

 

やたらキリッとした表情でそう言う楯無に将輝は千冬と束の事を連想する。

 

タイプこそ違えど、千冬も束も重度のブラコンとシスコンで何事においてもそちらを優先する。そういう点では楯無と通ずるものがあった。

 

「はぁ…………で?それを引き受けたら、会長は俺を勧誘するのを諦めてくれますか?」

 

「ええ。副会長は他の子でも出来るけど、これは藤本君にしか出来ないから」

 

(副会長をする労力と簪のコミュ症を治す労力。どっちが楽かわからないな、こりゃ)

 

内心で深い溜息を吐きつつも、楯無の依頼を引き受ける事となった将輝はその足をアリーナから整備室へと向けた。

 

side out

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局、今日将輝は来なかったな」

 

「将輝にしては珍しい。直前でキャンセルするなど……………もしや生徒会長が原因か?」

 

「流石にそれはないんじゃないかなぁ。昨日の今日でちょっかいはかけてこないと思うよ?」

 

存外的を射た発言をした箒だったが、それをシャルロットは否定する。

 

箒もシャルロットも楯無の事については全校集会でしか見た事がなかった。それ故に常識的に考えて、昨日あんな事を言ったのだから、流石に他の事を頼むなんて事はないだろう、とシャルロットは踏んでいたのだが、楯無のそれが予想の上を言っていることを知らない。

 

そしてその件の楯無の魔の手は一夏に伸びていた。

 

「やっ、こうして話すのは初めてだね。織斑一夏くん?」

 

ごく自然な足取りで、いつの間にか隣に立っていた楯無に三人は驚愕する。その反応を見て、楯無は嬉しそうにほくそ笑んだ。

 

「そういう反応してくれると助かるわ。藤本君、リアクション薄いから」

 

おまけに相手もし辛いし、と楯無は心の中で付け加える。

 

将輝としてはそれは願ったり叶ったりであるが。

 

「今日はごめんなさいね、藤本君、私が用事を頼んだから来れなくなったの」

 

「そうですか………やはり貴女が………それはともかく将輝は何処に?」

 

「私の妹の所よ」

 

「妹?」

 

「ええ。名は更識簪と言うわ」

 

「か、簪さんのところ………だと」

 

それを聞いた箒は雷に打たれたかのようにショックを受け、その場で膝をついた。

 

想定外のオーバーリアクションにさしもの楯無も困惑の色を隠せなかった。

 

「だ、大丈夫?篠ノ之さん?」

 

「だ、大丈夫です………少しトラウマを……」

 

箒の脳裏に呼び起こされるのは簪と出会ったあの日だ。

 

人と接するのがあまり得意ではない箒だったが、何処と無く自身と同じような雰囲気を醸し出している(気がした)簪に自身から歩み寄ってみた…………のだが、その勇気は粉々に打ち砕かれた。そしてその上、剣道少女の箒としてはコンプレックスの一つでもあった胸の事を散々言われたのは今でも箒のトラウマだった。何故女子力対決では問題なかったのかと言われれば、単に負けられなかったから。

 

因みに事情を知らない一夏とシャルロットは何故?と首を傾げていた。

 

これ以上、話題をそちらに置いておくのは不味いと判断した楯無は一足早く本題に移った。

 

「い、一夏くん。唐突かもしれないけど、これからは君のISコーチを私が務めさせてもらうわ」

 

「確かに唐突ですね……理由を聞いてもいいですか?」

 

「君が弱いから」

 

「ッ⁉︎」

 

遠まわしに言うでもなく、オブラートに包むでもなく、率直に楯無は一夏にそう告げた。

 

思わず言い返しそうになった一夏だが、反論の言葉が出る事はなかった。

 

「てっきり反論してくると思ったけど………自覚はあったのね」

 

「…………はい」

 

一夏は重く頷いた。

 

現在、一夏達専用機持ちの中で一番勝率が低いのは一夏だ。

 

代表候補生であるセシリア、鈴、シャルロット、ラウラは代表候補生の中でもかなり優秀な存在である為、仕方のない事ではあるが、将輝と箒にも一夏は負け越している。

 

それは実力差もそうだが、知識の差による所が大きい。

 

そして一夏のISである『白式』は恐ろしく燃費が悪い上に遠距離武装がない。

 

そうなると如何にして近接戦闘のフィールドに引きずり込むかが鍵となるのだが、未だ一夏はそうした技術を習得出来ないでいた。

 

決して一夏に才能が無いわけではない。寧ろ才能はある。かといって彼女達の指導が下手だというわけではない。だが、専用機持ちたる彼女達は一夏よりもずっと以前からISに関わり、己を磨き続けてきた。将輝も起動させた時期こそ同じであれ、知識量は言わずもがな上だ。それでも一方的にやられずに徐々に勝率を上げている一夏の成長速度は凄まじかった。

 

だが、それでも当の一夏は自身がここぞという場面で役に立たなくなるのではないか、と危惧していた。

 

「そうやって自分の弱さを認めている子は好きよ。そういう子は強くなる為にどんな努力も惜しまないから」

 

「…………俺は強くなれますか?」

 

「それは一夏君。君次第よ、真に強くありたいと願うなら私はそれの手助けをするだけだから」

 

「お願いします………俺を強くしてください」

 

「宜しい。それじゃ明日の明朝からみっちりしごいてあげるわ」

 

 



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生徒会長の真意

五巻になってから箒とセシリアの出番が作れねェェェェ‼︎

原作でも基本的に新キャラの楯無回だったからなかなか出番を見いだせずにいます!ホント、どうしよう……

それと何気に簪がニュータイプロードを突っ走りがちになってしまうのはどうしよう。まあ、それはいいか。

予告ですが、お気に入りが二千五百を超えるかネタが詰まったら、番外編でセッシールートでも書こうかなって考えてたりします。このままだとセシリア可哀想だから。

前置きが長くなりましたが、本編をどうぞ。


一夏達がISの特訓を行っていた頃、将輝はIS学園の整備室へと赴いていた。

 

だが、その足取りは整備室に近づくにつれて、どんどんと重くなっており、本来なら五分程度で着くはずの場所に十分もかかっていた。そして整備室の扉の前でかれこれ三分。将輝は思考していた。

 

(あー、今すぐ帰りてぇ。留守でしたが理想的なんだけど、あのシスコンの情報だから絶対にここにいるのは確定なんだよな。それにあの子もまだISは開発途中だ、って言ってたし………はぁ、マジで帰りてぇ)

 

とは思っているものの、その依頼の代償として生徒会長が絡んでこないというのが条件ではあるので、しませんでしたとなるとまた付きまとわれるのは目に見えていた。

 

将輝は数度、深呼吸をすると整備室の扉の開閉ボタンを押した。

 

「………いらっしゃい」

 

「うわっ⁉︎」

 

扉を開いた直後、目の前に簪がいた事に将輝は驚きの声を上げた。

 

「い、何時からそこに?」

 

「貴方が来た三分前から」

 

(何、この子、ニュー○イプか何かなの?)

 

物の見事に自分が来たタイミングと同じタイミングで立っていたというカミングアウト。

 

脳内で「実は楯無より簪の方が凄いんじゃね?」と思いつつ、将輝は本題に入ろうとする…………が、それよりも先に口を開いたのは簪だった。

 

「ここに来たのは私に会いに来て好感度上げ?或いは私と前世の事について語りに?それともやっぱりお姉ちゃんの差し金?」

 

「やっぱりって、前の二つは願望かい」

 

しかもそれすらもピンポイントで当たっていた。ここまでくるとニュータ○プすら超越したナニカである。

 

「そうだね。シスコン生徒会長様の依頼で君のコミュ症を治しに来た」

 

「私はコミュ症なんかじゃ「それは知ってる」……じゃあなんで?」

 

「さっきのはあくまで建前。本当は簪さんがコミュ症じゃない事くらいは話してればわかる。本当にコミュ症なら夏休みのあの馬鹿が開いたイベントに参加なんて真似は出来ないから。簪さんの場合は話せないんじゃなくて、本当に話したくないんだろ?厨二病患者(俺達)は万人に理解されたいと思いながら、それと同じくらい誰にも理解されたくないと思ってる。一見、矛盾した悩みではあるけど、理解してくれる者と理解出来ない者。この両者の存在は俺達にとって必要不可欠な存在だ。どちらか片方しかいないというのでは意味がない」

 

もし理解してくれる者だけであれば、それはただの個性となってしまう。逆に理解出来ない者だけでは、それは奇人変人の類となってしまう。理解出来る者がいて、出来ない者がいるからこそ厨二病は厨二病として成り立つのだ。厨二病患者の矛盾した望みは自身の存在認識の為であるといっても過言ではない。

 

「でもまあ、簪さんが理解出来ない人達と壁を作っているっていうのはそれはそれで心配らしいから、皆と仲良くしてくれると俺も簪さんのお姉さんも気が楽になるんだけど」

 

「………貴方は何か勘違いしている」

 

「うん?」

 

「私は何も他人と壁を作っているわけではない。証拠を見せる、ついて来て」

 

簪は将輝の手を引くと早歩きでとある場所へ向かう。

 

簪にしては殊の外強引であった為、将輝は無抵抗のまま、連れて行かれる。

 

「着いた」

 

「ここは……四組?」

 

将輝が簪に連れてこられたのは四組の教室だった。先日の楯無の発言が影響しているのか、四組の教室内ではまだ喧騒が聞こえており、教室に相当の人数の人間が残っているのがわかった。

 

簪はおもむろに教室の扉を開けると将輝の手を掴んだまま、教壇まで連れて行く。

 

四組の生徒達は簪と本来ならここに来る事はまずないであろう二人目の男子の入室にピタリと時が止まったかのように視線だけは追いながら動きを停止させていた。

 

「え、えーと……こ、こんにちは」

 

入学初日に匹敵するであろう女子達の視線に取り敢えず挨拶をしてみた。

 

「何で挨拶?」

 

「俺、こういうの苦手なの。一夏なら爽やか〜にいけるけど」

 

「一夏?ああ、あのライトノベルの主人公オーラを放つ小姑みたいな人の事?」

 

「また凄い設定だな、それ」

 

強ち、というよりも結構的を射た発言に将輝は苦笑する。もっとも一夏は元よりライトノベルの主人公オーラを放つのは本当にライトノベルの主人公だからである。

 

「ところでそろそろ俺ストレス性胃痛になりそうなんだけど……」

 

「少し待ってて」

 

簪は教壇を降りると席の最後列で固まっていた数人の女子と話す。静寂に包まれている教室ではその会話は良く聞こえ、簪と数人の女子が自身の事を話しているのがわかった。

 

数人の女子は頷いた後、簪に引き連れられて将輝の元に来た。

 

「……連れてきた」

 

「は、初めまして!つ、鶴屋恭子です!あの……えと……よ、よろしくお願いします!」

 

「かかか貝塚瑞穂でしゅっ!よ、よろしくおねぎゃいしましゅっ!」

 

まさか男子と話すことが出来るとは。茶髪を短く切り揃えたボーイッシュな雰囲気の女生徒鶴屋恭子と何処か簪と同じ雰囲気のあるピンク色の長い髪に猫マークのヘアピンをつけた女生徒貝塚瑞穂は突然の事態に全力でキョドっていた。

 

しかしそれも仕方のないことで、一組の生徒と一組と合同授業のある二組の女子達は男子達と少なからず接する機会がある。その為、ある程度は十代乙女の覚悟があるのだが、三組と四組は違う。合同授業をする事もなければ、男子達が訪れる事はまず無い。その為、男子が入学と聞いた時、大半の女子達は酷く嘆いたものだがらそれも最近達観したような落ち着きを取り戻していた。そんな時に突然の男子訪問。そしてその男子と話す機会を得たのだ。棚ぼたなので心の準備が出来ていなかった二人はそういう反応なのは当然だ。将輝としてもいきなり見知らぬ女子と話すというのは難易度が高い事だったのだが、二人が思いの外キョドっていた事とその二人の他にもう一人いた人物が知っている人物であった為、心に幾分か余裕が出来た。

 

「おお〜、フジモンだぁ〜」

 

「のほほんさんか。今日ものほほんって感じだね」

 

「えへへ〜、褒められたちゃった〜」

 

本音は垂れた制服の袖をパタパタとさせながら照れたようににへらと頬を緩ませる。

 

女子達は「今の褒めたの?」という疑問を感じるが、本音がどういう人物であるかというのは既に知っている事なので最早突っ込む事はしない。そしてそれ以上に将輝と本音が親しそうに渾名で呼び合っていることの方が気になっていた。

 

「フジモンはどうして此処に来たの〜?しかもかんちゃんと一緒に」

 

「諸事情で言えないな。まあ紆余曲折があったとだけ言っておく」

 

「ふぅ〜ん。大変だね〜、フジモンも」

 

「それは激しく同意」

 

「……今の発言は私の相手が大変だという意味と捉えられる為、撤回を要求する」

 

「いや、簪さんの相手が大変というより今の状況が大変というかなんというか」

 

「………ならいい」

 

((((((((((なんかあの三人凄く仲よさげ………羨ましい!))))))))))

 

羨望と嫉妬の感情が入り混じったオーラを放つ四組女子勢だが、向けられているのはそういった感情を全く意に介さない。簪と本音である為、不発に終わる。

 

「えーと、鶴屋さんと貝塚さんは簪さんのお友達って事で良いのかな?」

 

「は、はい!簪ちゃんとは仲良くさせてもらってます!」

 

「時々何を言っているのかわからなくなりますけど、簪ちゃんは頭良いし、面白いですから!」

 

「そっか。それは良かった」

 

それを聞いた将輝はホッと胸を撫で下ろす。だが、それと同時に疑問が脳裏をよぎった。それでは何故楯無は簪を頼むと依頼してきたのか?

 

原作では専用機を自身の力のみで製作しようとしていた為、周囲からは完全に孤立していた。その為、本音以外に友人と呼べる人物は一夏達と会うまで存在せず、重度のコミュ症だった。そして性格こそ違えど簪は初対面で話しかけてきた箒を拒絶した為、将輝はこちらもコミュ症だと踏んでいた。だが、実際は普通に友人を持ち、クラスから孤立している様子は全くと言っていいほどなかった。

 

(じゃあ一体なんなんだ?俺にしかできない事って……)

 

「………これは私の予想。きっとお姉ちゃんが貴方に頼んだ事は別の事」

 

「別の事?」

 

「そう………それは多分貴方にしか理解出来ない」

 

「?」

 

意味がわからず、将輝は首を傾げる。

 

簪は空中投影ディスプレイを呼び出すと凄まじい指さばきで操作し、更に複数の画面を呼び出し、将輝に見せる。それを見た将輝は思わず息を呑んだ。

 

「ッ⁉︎こ、こいつは‼︎」

 

「………流し見しただけでその反応。貴方はやはり私の半身」

 

驚愕の声を上げる将輝に簪は満足そうに表情を綻ばせる。

 

将輝が驚くのも無理はない。

 

ディスプレイに表示されていたのはISの設計図。だがその設計図はどれもぶっ飛んでいるところの騒ぎではなかった。何故ならどれもリアルロボット、スーパーロボット達を結集させた「篠ノ之束も無理なんじゃね?」とすら思った。

 

「え、何?これ作るの?」

 

「理論的にはどれも不可能ではない。でも、それには私と思考を共有出来る人間が最低でも一人必要。出来ればもう一人か二人欲しい」

 

「………成る程な」

 

将輝は楯無が簪を自分に任せた意味を理解した。

 

難易度ハードどころの騒ぎではない専用機を簪は作ろうとしている。それがただ設計する事が難しいだけであれば楯無も手伝い様はあった。原作と違い、簪は一人で組み立てあげようなど微塵も考えていないからだ。

 

だが、作る専用機は難しい上にそれに対する知識が必要だ。それは楯無が持ち得ていないものであり、将輝が豊富に持ち得ている知識であった。それ故、楯無は将輝にしか頼めないと称したのだ。

 

「手伝ってくれる?」

 

「交換条件だし、ここで手伝わないって選択肢はないさ。それにこれはこれで面白そうだ」

 

将輝とて元々簪と同じ人種だった人間だ。幼い頃からアニメを見て育ったといっても過言ではない。ロボットは男のロマンである事は当然将輝にも当てはまった。

 

「俺に出来る範囲でだけど手伝わせてもらうよ。ついでに手伝ってくれそうな人には心当たりがある」

 

「……それは頼もしい」

 

そう言って将輝と簪は固い握手を交わした。

 

「………これから末長くよろしくお願いします」

 

「それ、何か違くね?」

 

 

 



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織斑一夏【主人公】の弱点

明朝。

 

まだIS学園の生徒達も朝練をしている部活動の人間くらいしか行動していない頃、一夏と楯無は第二アリーナに集まっていた。

 

「寝坊せずに来たわね。感心感心」

 

「朝は結構強いんで」

 

中学時代に少しでも姉に負担をかけまいと新聞配達などのアルバイトをしていたり、学園に入ってからは朝稽古などをしていた一夏は朝早くた起きることはそれほど苦ではない。

 

何より誰かを護る為に強くならなければならない。

 

一夏の心の中にはその言葉が深く根付いていた。

 

「それじゃあ早速特訓を始めましょう……………と言いたい所だけど。その前に一夏くんにはどうして君が彼に実力差をつけられているのか、その確認から始めましょう」

 

「確認………ですか?」

 

「ええ。どうして君が彼に劣っているのか、私にはそれがわかるわ。けれどね、一夏くん。それを私が指摘するだけでは君自身が実感を持てない。だから、君が答えを導き出して、納得した上で特訓をする。やっぱり当事者が理解していないと効率悪いもの」

 

そう言われ、一夏は考える。

 

まず思い至ったのは知識量。こればかりは先に勉強を始め、互いに真剣に勉強をしている以上、早々埋まる差ではない。次に応用力。得た知識を実力向上の為に様々な形で応用している。その何れもが理にかなっていて、直感で無茶苦茶な動きをすることはかなり稀だ。最後はやや精神論のようになってしまうものの、その気迫だ。明らかに致命傷を負ったまま、戦闘を行える精神力。それを特に感じたのは福音戦での激闘だ。もし将輝がいなければ箒は死んでいたかもしれない。第二形態移行した福音を止められなかったかもしれない。

 

「知識とか柔軟性とか、精神力とかだと思います」

 

一夏は先程考えついた事を片っ端から言う。もっと時間があればその他にも色々と思いつくことがあったのだが、今はすぐに思いつくものを全て挙げた。

 

「うん。まあ、当たりだけどハズレだね」

 

「はい?」

 

苦笑していう楯無に一夏は首を傾げる。それもそうだ。当たりでハズレなど前後で発言が矛盾している。

 

「確かに知識で劣るのは確実だね。柔軟性に関して言えば五分五分って感じかな。意外性で言えば一夏くんの方が圧倒的に上だけどね。最後のは精神力が、っていうよりも意識の違いかな?」

 

「意識の………違い?」

 

「そう。例えば一夏くんはもしかしたら助かる人間と助からない人間がいたらどうする?」

 

「両方助けます。やってみないとわからないじゃないですか」

 

「うんうん。迷いのない一言ね。おねーさん、そういうの好きよ。そして其処が君と彼の違いでもあるわ」

 

楯無は僅かに目を細めて言い放った。

 

「彼は迷うことなく、助からない人間を切り捨てるわ。助かるかも?なんて都合の良い可能性は考慮しない。もしその可能性に賭けて両方が死ぬのなら確実に助けられる方を救い、その可能性に危険を及ぼすもう片方を切り捨てる。例えそれが自らの命だとしてもね」

 

「そんなの………っ!」

 

「ええ。それではどちらかしか救われないし、状況次第では片方を自らの手で排除ーーーつまり殺す事になるわね。けれど、彼の考えはとても現実的。この世遍く全ての生物を自分の手で救えるだなんて考えていない。だから救えるものだけを救う。余計なものは救わない。だから、行動に迷いがないのよ。一夏くんはどう?」

 

「お、俺は………」

 

一夏の脳裏にフラッシュバックするのはあの時のーーー福音戦の光景。密漁船を庇い、最大の好機を逃し、剰え箒も危険に晒した。後者に関しては箒自身に問題が多分にあったが、今の一夏にはそれすらも自身が悪かったのだとすら錯覚していた。

 

「一夏くん。君は今悩んでいる。何方も助けたい。けれどもし助けようとして両方が助からないかもしれない。なら片方を切り捨てるのか?でもそれじゃ結局誰も救われない、とね。だから行動に迷いが生じる。今悩むのはいいけど、状況次第ではそれは命取りよーーーーーというわけで一夏くん。君の悩みは今のうちに解決しておきましょう」

 

そうでないと君は何れ死ぬわ。と人の良さそうな笑顔を浮かべたまま、楯無は一夏にそう告げる。

 

「だからまずはーーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同日。放課後。

 

整備室にて将輝とラウラと簪、そして意外にもその場には箒がいた。

 

「お約束通りの助っ人連れてきたよ」

 

「ひ、久しぶりだな………か、簪さん……」

 

「こうして話すのは初めてか。私はラウラ・ボーデヴィッヒだ。いまいち要領を得ていないが、手を貸してくれと言われたのでな。宜しく頼む」

 

簪に対して若干トラウマのある箒は将輝の服の裾を掴みながら、恐る恐るそう言い、ラウラは腕組みをしたまま、不遜な態度で自己紹介をした。

 

「……宜しく。一応聞くけど、ラウラが好きなものは?」

 

「私か?好きなもの………というわけではないがな。日本のアニメーションには深く感心させられる。特にフル○タやコード○アスなどは素晴らしい。見ていてとても参考になる代物だ。この国は些か戦場とは離れた国だが、未だその深層意識にある闘争本能は衰えてはいない、ということだろうな」

 

「何か凄く深読みしてる感があるけど、こんな感じにラウラはリアルロボット方面に関しては結構知識は豊富だよ。しかも軍人としての意見も聞けるから助っ人にしては申し分ないと思うよ」

 

「……うん。でも、その、篠ノ之さんは?」

 

明らかに場違いであると言わんばかりに簪の視線が箒を攻め立てる。もうそれだけで箒のライフはガリガリと音を立てて削られていたのだが、それでも何とか箒は声を絞り出した。

 

「私は………どちらかというと幽○白書とか……だな。ロボット物は○ッターとかガオ○イガー辺りだな。うん、ロボット物よりもこう人間対人外のバトルの方が燃えるのだ」

 

「……………箒。私は少しあなたを勘違いしていた」

 

「な、なにが?」

 

「私はてっきりあなたはアニメーションには否定的な人間だと捉えていた。けれど、あなたも私達と同じく同志だった。これまでの無礼な発言を許してほしい」

 

「い、いや、別に……その、なんだ。気にしていない」

 

実際、箒は中学の時点までは全くと言っていいほどアニメや漫画に興味はなかった。事の発端は将輝と中学時代の同級生の女子がアニメの事について親しく話しているところを偶然目撃したところだった。自分の知らない将輝の様子に箒の乙女パワーが覚醒。会話を合わせられる程度でもと思い、深夜アニメを見始めたものの、これが思いの外面白く、どハマりしてしまい、結局自分自身も見たい為にアニメを見るようになっていた。

 

「俺も最初はびっくりしたよ。箒がアニメ好きだったって知った時は」

 

「最たる原因はお前なのだがな」

 

「でも手段も目的にクラスチェンジしたから、一概に俺のせいとはいえなかったりするんじゃない?」

 

「ぐっ、否定できない……」

 

「………二人は付き合ってるの?」

 

「ああ。この二人は付き合っている」

 

仲良さげに話す二人を見て、ただならぬ関係であると感じた簪はどストレートにそう問いかける。その問いに答えたのは将輝でも箒でもなく、ラウラだった。

 

「そう。とてもお似合いだと思う」

 

「因みにこの男は先日女子を一人振ったのだが、さらに好意を加速させるという鬼畜な諸行を行っている」

 

「ちょっ⁉︎それ凄い人聞き悪いんだけど⁉︎」

 

「それは初耳だな…………まあどういう状況だったかは想像に難くないのだが。はぁ………全くお前というやつは。一体どんな特殊能力を持っているのだ」

 

魅了(チャーム)の呪いを常時発動している説が濃厚」

 

「俺は何処のランサーなんだよ。大体、それは一夏の特権だから」

 

「確かに。織斑教官も『あれは未熟な癖に妙に女心を刺激する』と言っていた。そういった事は私にはよくわからないのだが、まあお前が言うならそうなのだろうな」

 

出生や人生経験上、そう言った事には疎いラウラはどうでも良さそうにそう呟く。

 

「それはともかく、だ。私達は一体何の為に連れてこられたんだ?」

 

「ああ、その事だけど…………簪さん」

 

「………これ見て」

 

「な、なんだこれは⁉︎」

 

「こんな化け物じみた機体を私達だけで作ろうというのか?馬鹿げているぞ」

 

以前、将輝が見た設計図を見た箒とラウラはそれを見て、リアクションの大きさは違えど似たような反応を見せる。

 

「……正確には私達じゃない。主な事は整備課の人達に手伝ってもらう。私が三人にお願いしたいのは意識共有と戦闘経験。私と趣向が近く、かつISの戦闘経験が豊富なあなた達三人の手助けが私のIS完成にとっては最も重要」

 

「そういう事ならなんとかならなくもないが……」

 

「私の見立てならそのスペックで作るのはかなり厳しいと思うぞ」

 

「………わかってる。これはあくまで最初に思いついたもの、本当に作るのはこっちで四割は私だけでなんとか創った」

 

「創った⁉︎簪さんがか⁉︎」

 

「………とは言ってもまだ大まかな部分くらい。重要な細部はまだ全然触っていない」

 

「そうはいうが……」

 

箒の反応は当然と言える。新しく自分達で作る事を念頭に置いた機体ですら性能は第三世代の中でも高い。各国の研究者が必死になって作っているというのに簪は大まか部分だけとはいえ、一人で組み立てているのだ。その凄さは天才を姉に持つ箒だからこそ、よりその凄さがわかった。

 

「整備課のアテは?」

 

「………既に手は回してある」

 

「ならば問題はあるまい。完成までの大体の見通しは?」

 

「一ヶ月前後」

 

「一ヶ月前後か……………まぁ、何とかなるか」

 

ふと将輝の脳裏に浮かんだのは二度目のゴーレム襲撃とキャノンボール・ファスト。後者はともかく、前者では簪の奮闘もあって倒せるものだ。いくらかイレギュラーが起きていて、原作よりも専用機持ちの実力が高いため、倒せなくはないだろうが、それは相手の強さもそのままの場合だ。何よりどのイベントでもイレギュラーは起きている以上、楽観視することは出来ない。もしまた襲撃してくるであろうゴーレム達が自爆でもしようものなら今度こそIS学園は消し飛びかねない。

 

(流石に其処まではしないと思うが…………一応釘差すかな)

 

そう思い、将輝が携帯を手にした時、電話が鳴る。

 

その相手はーーーーー更識楯無だった。



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歪んだ理想

 

どうしてこうなった。

 

柔道場のど真ん中、胴着に袴の姿の楯無と対峙している将輝は心の中でそうごちた。

 

周囲には簪を除く専用機持ち達と偶々通りかかった千冬、そして多人数の生徒が観戦していた。

 

ざわざわと話し声が聞こえる中、将輝の方は何時も通りのIS学園の制服でブレザーを脱いだ格好だった。

 

「本当に胴着に着替えなくても良いの?」

 

「そっちの方が動き辛いんで」

 

「あら、そう」

 

パキパキと首の骨を鳴らしながら、将輝はここに至った経緯を思い出していた。

 

楯無の依頼で簪の専用機作成を手伝っていた時に突然かかってきた楯無からの電話。何故知られているのか、そしてさも当然のように登録されているのかという疑問を置いておき、電話に出た将輝に楯無から告げられたのは「柔道場に来て」。ただそれだけだった。

 

また面倒な事を押し付けられるのならば無視しようかと考えた将輝だが、無視をすればそれはそれで面倒であることを思い出し、結局は柔道場に来る事となり、いざついてみればトントン拍子で話が進んでいき、こうして対峙する事になった。

 

「なんで会長と闘わなきゃいけないのか、理由をまだ聞いてませんが教えてもらってもいいですか?」

 

「それは後のひ・み・つ♪取り敢えず私と闘いなさい」

 

(取り敢えずって………はぁ………やるしかないのか)

 

「ルールは簡単。相手に参ったっていわせるか、意識を奪えば勝ち。それ以外は何度ダウンしてもアリよ」

 

「ハンデはくれないんですか?」

 

「貴方には不要でしょう?」

 

苦笑する楯無だが、かなり本気でそう思っていた。

 

詳しくはわからないものの、将輝の身体能力がかなり高いというのはここ最近生徒達の噂になっていた。特に千冬の体罰を二度防いだという噂はとても信じられないものだ。いくら加減されていたとしても相手はブリュンヒルデ。そうそう防げるものでもない。防ぐにはそれ相応の身体能力を要求される。

 

(目的のためとはいえ、私も本気でかからないと負けかねないから。ハンデはあげられないのよ)

 

例えハンデを与えた上でだとしても楯無は負けるわけにはいかない。負ければ即刻生徒会長を辞任し、将輝に譲らなければならない。彼女自身、会長職に未練はないが、上手く立ち回る為には生徒会長という役職は何かと都合が良く、また楯無も負けず嫌いである為に敗北は私的にも公的にも許されなかった。

 

「ハンデはあげない代わりに初手は譲ってあげるわ。何処からでもかかってきなさい」

 

「それじゃあ………遠慮なく!」

 

ダンッ!

 

床を蹴った瞬間、周囲の生徒達が目で追える速度を将輝はゆうに超えた。

 

「ッ⁉︎」

 

すぐ目の前まで接近していた将輝に楯無は予想以上だと舌を巻くが、襟元に伸ばされた手を取るとそのまま巻き込むようにして投げ飛ばした。

 

力を一切使わず、将輝の突進力だけを利用した行動であるにもかかわらず、投げられた将輝は数メートル先の壁にぶつけられる。

 

これは流石に気を失ったか、と考える楯無だったが、将輝は何事もなく普通に起き上がる。

 

「やっぱり見えてるか。流石は学園最強の生徒会長、一筋縄ではいかないようで」

 

「さっきのは様子見のつもりかしら?」

 

「そんなところですよ。ただ、会長に対してじゃなくて、俺自身に対してですがね」

 

手を開いたり、閉じたりしながら将輝はそう言う。

 

というのも実はISとの同期を解除してからの肉弾戦はこれが初めてなのだ。

 

一体自分がどれほど動けるのか、どれくらい本気で動いていいのか、それを測りながら動かなければ怪我をするのは将輝ではなく、楯無や周囲の生徒達だ。

 

いくらリミッターが外れていない状態に戻ったとはいえ、破壊と再生を繰り返した肉体の強度や力は完全に常人のそれを少なからず逸脱している。そんな状態で本気の攻撃があたれば無事で済まないのは火を見るよりも明らかだ。

 

「それじゃあ再開しましょうか」

 

再度力強く踏み込んだ将輝は先程よりも僅かに速く、楯無に迫る。

 

違うのは攻撃の手が打撃であること。先程とは打って変わって将輝は楯無の胴体めがけて掌底を放つ。

 

それは吸い込まれるように楯無の腹部を抉るように打ち抜かれる………事はなく、またしても空を切る。

 

直前で身を屈めて躱していた楯無は踏み込んだ足を払い、宙に浮いた将輝を畳へと叩きつける。

 

ドスンという重たい音に生徒達はごくりと生唾を飲み込む。畳とはいえ、あんな勢いで叩きつけられれば無事では済まないと。そんな中で涼しげな表情でそれを見ていたのは千冬、箒、セシリア、ラウラの四人であった。

 

「更識め。加減をしていないな」

 

「あれを一般人がもらえば確実に意識は飛ぶでしょう。軍人でも下が畳でなければ戦闘能力を奪われるでしょう……もっとも藤本将輝を一般人と許容していいものか計りかねますが……」

 

「将輝さんは将輝さんですから。どんな形式の試合であったとしても負けませんわ、特に箒さんが見ている前では………」

 

「うむ。将輝は負けん。絶対に、な」

 

自信満々に頷く三人に千冬は特に何も言わず、やはり何事もなかったかのように立ち上がる将輝を見て、身体が疼くのを感じていた。

 

(久しいな。この高揚………まさか自分の教え子と闘いたいと感じるとは)

 

国家代表を引退してから久しく感じていなかった高揚を千冬は将輝に感じていた。

 

少し前に加減していたとはいえ、自身の攻撃を受け止めた事。そして今目の前で行われている試合。千冬の目から見れば大した事はないが、十分にレベルは高い。特に将輝は副産物で能力を上げられあの段階に到達している。ともすれば鍛え上げれば或いは自分に届くのではないか?そう考えて馬鹿馬鹿しいと千冬は頭を振る。

 

「うーん、ちょっと効きましたよ、会長」

 

「今のをちょっと効いたで済むなんて、随分と打たれ強いね」

 

「何分痛覚が鈍いもんで。今も軽く脳味噌を揺らされて覚束ないってだけでして」

 

とんとんとその場で軽くジャンプをする将輝に楯無は冷や汗をかく。

 

想像以上にダメージが無いこともさる事ながら、一度目よりも僅かだが速く放たれた一撃。咄嗟に身を屈めた事で躱し、反撃に移れたもののあれよりも速いと対処出来ない、楯無はそう感じた。

 

しかし、そんな楯無の心情を知ってか知らずか、将輝は一つ目の時と同じように仕掛ける。

 

それにホッとしつつ、楯無は攻撃を捌きつつ、背負い投げで投げ飛ばそうとするが………ここで異変が起きた。

 

畳に叩きつけられるはずの将輝は両足で着地をして受け身を取ると、そのまま上半身の力のみで楯無を逆に持ち上げた。

 

「よっ……と、な!」

 

楯無を持ち上げた将輝はそのまま楯無を投げ飛ばす。予想外の対処法に一瞬呆気にとられた楯無であったが、空中で身を捻って綺麗に着地をする。

 

「貴方、結構無茶苦茶するのね。おねーさん、びっくりしちゃった」

 

「完全に不意をついたから、受け身を取られるとは思いませんでしたけど」

 

肩を竦めてそう言う将輝はそう言いながらもあれで楯無を倒す事が叶うなど思ってはおらず、倒すつもりもなかった。理由は説明されていないものの、この試合はどんな事があっても勝ってはいけないのだと理解していた。

 

(んー、これは思った以上に強いわね………久しぶりに『あれ』してみようかしら)

 

「?」

 

今まで迎撃態勢だった姿勢を解除した楯無は構えを変えるとそのまま将輝に迫り、突きを放つ。

 

(遅いな……)

 

将輝はそう思った。

 

実際には鋭い突きではあるが、今の自分ならば防げない攻撃ではない。

 

このまま掴んでもう一度投げ飛ばそう。そう思い、手を掴み投げる………よりも先に掴んだ腕から肘打ちが放たれる。だが、それも大したものではなく、普通に受け止める。

 

瞬間、楯無がニヤリと笑った。

 

掴まれた右腕を起点に将輝は楯無の方に引き込まれ、また宙に放り投げられる。

 

今回は仕掛けたのが楯無である為、吹っ飛ばずに綺麗に宙を舞い、其処からフリーになっている左腕で突きのコンボを叩き込まれる。

 

そのどれもが肺や心臓など内蔵へのダメージが高い部位ばかりを狙ったもので、明らかに将輝を沈めにかかっていたのが見て取れた。

 

背中から落ちた将輝は大の字に寝転がった状態で表情をひくつかせていた。

 

「あ、あんたなぁ………コマンドサンボって、俺を殺す気かよ……」

 

「そういう割には元気そうね」

 

「んなわけあるか。頑丈なのは外面だけなんだよ」

 

「ふーん………それじゃあそういう事にしておいてあげましょうか。楽しかったわよ、将輝君♪」

 

くるりと踵を返して楯無は更衣室へと向かう。それを見て、見ていた生徒達は試合が終わった事を理解し、凄かったねー、などと言いながら柔道場を後にしていく。その中で箒だけが将輝の所に歩いてきた。

 

「お疲れ様、将輝。やはり生徒会長は強かったか?」

 

「まあね。学園最強っていうのは伊達じゃないらしい。手も足も出なかった」

 

「よく言う。その気になれば負けなかったくせに」

 

そう言って箒はジト目で将輝を見ると将輝はふいっと居心地が悪そうに目をそらした。

 

箒の言う通り、その気になれば負けはしなかった。

 

理由は至ってシンプル。将輝の人並み外れた打たれ強さは単にダメージを認識していないからである。

 

痛覚カットの残滓からか、今も将輝は痛覚が鈍ったままだ。おまけに破壊と再生を繰り返してきた肉体は数ヶ月前に比べて遥かに強靭なものとなっている。かといって脳を揺らされたり、内臓にダメージを通されれば本人は大丈夫だと思っていても動けなくなるのは事実であるため、外面だけは頑丈という将輝の言葉はあながち間違いではない。

 

だが、今回のやり取りでは其処まで内部へのダメージはなく、その気になれば続けることは容易だった。

 

「あくまで今回のやり取りは会長なりの思惑があったから乗ってあげただけだから、勝ち負けは大して問題じゃない。箒の言う通り、もう少し続けても良かったけど、会長が悪ノリし始めたからやめた。コマンドサンボなんて人体破壊しに来てるとしか思えない」

 

「コマンドサンボ?」

 

「ロシアの格闘技さ。日本の柔術をより実戦的にしたもので軍人なんかはよく使うよ」

 

「む、ということはかなり危険なものではないのか?」

 

「はっきり言って一般人に使うものじゃないな。綺麗に入れば無事じゃ済まない」

 

「将輝は大丈夫なのか?保健室に行った方が良いのではないか?」

 

マトモに入れば無事じゃ済まないと公言したその攻撃をマトモに受けているのを見ていた箒はすぐに将輝に何かないかとわたわたと慌てる。それを見て、将輝は可愛いなぁと心の中で思いつつも大丈夫だと告げる。

 

「一応加減はしてたみたいだから俺の方は問題ない………俺の方は、ね」

 

そう言って柔道場の出入り口の方を見やる将輝に箒は首をかしげる。

 

「どうかしたのか?」

 

「俺はどうも。ただ、今回ばかりは会長の思惑通り、とはいかなかったらしい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試合が終わり、着替えを終えた楯無と一夏は誰もいなくなった柔道場で話をしていた。

 

話題は今回の試合について。

 

今回の試合の目的は現在特訓中の一夏に将輝と自分の差は何かというものをより明確にしようと考えての事だった。途中で悪ノリしてしまったものの、概ね目的通りに事を終えられたと楯無は思っていた。

 

だが違う。此度において、楯無は理解出来ていなかった。学園最強であるからこそ、理解に及ばなかった。圧倒的なまでの実力差を見せつけられた人間が簡単に挫折してしまう事を。

 

「今回、一夏君には私と将輝君の試合を見てもらったのは前回話した事を踏まえて見たときに一夏君と将輝君の差をより明確に知ってもらおうと思ったの。実力差云々じゃなくて、もっと根底にあるものをね」

 

「………」

 

「判断力や行動力。どちらも戦闘を行う上では欠かせないわ。判断が遅れれば敗北に繋がり、慎重過ぎても先手を打たれる。素早い判断と咄嗟の行動は文字通り命を救う。私は家庭の事情でそういう事には少し詳しいけど、ああいう場で『迷う』事は許されない。スポーツでもそうでしょう?一瞬の迷いが勝敗を決めることがある。何も心を殺せとまでは言わないけど、そういう状況では余計な事を考えずに

やれるべき事だけをやればいいわ」

 

「……やれるべき事?そんなもの俺にはありませんよ」

 

「一夏君?」

 

「今回の試合を見てハッキリとわかりました。俺と将輝の間にあるのは差があるなんて生易しいものじゃない。格が違うんだ。俺に出来て、将輝に出来ない事はない。でも将輝に出来ない事は俺にも出来ない。気持ちの問題とか、考え方とか、そういうのじゃないんですよ。勝手に俺がそう思い込んでいただけなんだ。同じ男だから、親友だから、対等でありたいって思ってただけなんだ」

 

拳を強く握りしめ、一夏は力なく呟く。

 

今回の試合。楯無の言うように一夏は少しでも何か得られるものはないかと真剣に試合を見ていた。皆を守るために強くなりたい。なら、自分よりも強い人間から見て何かを得ようとそう思っていた。

 

だが、見せられたのは圧倒的な実力を持つもの同士の常軌を逸した闘い。

 

全盛期の姉ほどではないものの、それでも自らでは遠く及ばない領域を見せつけられた。それは一体どれだけの歳月をかければ縮まるのかわからない差。バネにするにはそれはあまりにかけ離れすぎていた。

 

「あんなに強いなら、迷うとか迷わないとか関係ないじゃないですか。皆を守る事だって出来るはずだ。将輝さえいれば…………俺は必要ないんじゃないですか」

 

「そんな事はーーー」

 

「ありえねえよ、一夏」

 

楯無の言葉に被せるようにそう言い放ったのは柔道場の入り口に背中を預けている将輝だった。一度は箒達と共に寮に帰っていたはずの将輝がここに戻ってきたのは理由があった。

 

「全部守る?そんなもん無理に決まってるだろうが。少なくともお前の言ってる全部なんざ俺には無理だね。俺は俺の大切な人を護るだけだよ。それ以外の人間なんざ知ったことか」

 

「なんだよ、それ。どういう意味だよ」

 

「ん?わからねえなら具体的に言ってやろうか?友達、家族、恋人。この三つに当てはまる人間だけだな。対象内でいうならお前は当てはまるかもしれねえが、会長は当てはまらねえ。つっても護る必要はねえかもしれねえが………少なくとも友達を危険に晒してまで名前も知らない人間を助けるような事はしねえよ。例え、そいつが死んだとしてもだ」

 

「ッ⁉︎」

 

「知らない奴を助ける事に何の意味がある?名前も顔もわからない奴を助けたいってのは傲慢だよ。神様じゃねえんだ。世界最強ですら護る対象を一人に絞っても護り切れない事もあった。なのに俺みたいなポンコツじゃ人間一人護るだけでも命懸けだ。それ以上になると死ぬ事もある………それはお前だって知ってるだろ?」

 

知っているというものではない。今でも一夏はあの時の事を後悔している。

 

あの時、彼処に自分が残っている事が出来ていたなら。福音を即座に叩き落とせるだけの実力があれば。少なくとも死に体の将輝にしんがりを任せる必要はなかった。

 

「そんな事言われなくても……」

 

「いいや。お前はわかってない。わかろうとしていない。お前の『誰かを護りたい』って願望は間違ってるんだよ」

 

「間違い……?そんな事あるか!自分の身一つ守れない奴が何言ってんだ、って言われるかもしれないけど、皆を護りたいっていう思うのは悪い事なのかよ!誰も不幸になって欲しくない、笑っていて欲しいって思う事が!」

 

「じゃあ聞くがな。お前の言う『皆』ってのは誰だ?」

 

「誰とかそういうのじゃない。皆は皆だ」

 

「それならやっぱりお前の願望は間違ってる。誰も不幸になって欲しくない?皆笑っていて欲しい?ふざけるのはよせ。誰も不幸にならない世界なんてのは存在しないんだよ。誰かが幸せになれば誰かは不幸になる。誰かが笑えば誰かが泣く。誰かを護れば、誰かを切り捨てる事になる。それが世の摂理だ。勝者がいれば敗者がいるのと同じようにな」

 

「でも、それじゃ誰も救われないじゃないか!誰かの不幸の上に築かれた幸せなんて………間違ってる!俺は誰も……何も切り捨てたくない!」

 

「なら示してみろよ。お前の意志を。幸い、言葉以外にも俺達には語る術があるだろ?」

 

将輝が一夏に見せるのは待機状態の夢幻。それを見た一夏は力強く頷いた。

 

「………わかった。それしか示す方法がないなら、俺はお前と闘う!」

 

そう言って二人はアリーナへと向かい始める。残された楯無は顎に手を当てて、考え込んでいた。

 

(何故ここで一夏くんの神経を逆撫でしたのかしら?今、一夏君と仲を違えるというのは彼にとっても非効率なはず………まさか)

 

 

 

 

 

 

 





そういうわけで次回一夏と将輝の激突。

クラス代表決定戦以来の男子バトルです。

実を言うと今作品を書き始めた辺りからこういう展開を書こうと思っていました。

どういうことかは次回わかりますので、お楽しみに。割と早めに投稿できると思うので。


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激突!白式vs夢幻‼︎

陽は傾き、空が夕焼けに赤く染まり始めた頃。

 

一夏と将輝は第二アリーナの上空で対峙していた。

 

周囲には誰もいない。時間が遅いという事もあるが、学園祭が近いということもあり、皆そちらに集中しているためだ。

 

「準備はいいな?」

 

「いつでも行けるぜ」

 

将輝は《無想》を一夏は《雪片弐型》を静かに構える。審判役はいないため、どちらかか動けば試合開始の合図となる。

 

そして先に動いたのは一夏だった。

 

「おおおおおっ!」

 

瞬時加速で一気に距離を詰めると『零落白夜』を発動させた《雪片弐型》を横一閃に振るう。楯無との特訓の成果かその一連の動作には以前に比べて無駄が省かれている。

 

だが、その一撃は空を切る。

 

将輝は振るわれた《雪片弐型》を仰け反って躱すとそのまま蹴り上げる。

 

「ぐっ⁉︎」

 

胸部を蹴り上げられた事で苦悶の声を上げる一夏はすぐさま態勢を立て直し、再度斬りかかる。

 

「馬鹿の一つ覚えか?そんなものが当たるか!」

 

上段から振り下ろされた一撃をひらりと躱し、将輝は《無想》ではなく、拳を横腹に叩き込む。

 

「スピードはあるが、攻撃が単調、何の捻りもない同じ動作。その程度で俺に何かを示そうなどと笑わせてくれる」

 

「くっ……」

 

「どうした?来ないなら此方から行くぞ!」

 

瞬時加速の使用していない通常の加速で一夏へと肉薄し、《無想》を上段から振り下ろす。

 

一夏はそれを《雪片弐型》で受け止めるが、回し蹴りを放たれて吹き飛ばされる。

 

「咄嗟に後ろに飛んでダメージを殺したか。こと才能という点に関して言えば、やはり俺はお前の足元にも及ばないらしい。もっとも、それが勝敗に関係すると言われれば話は別だがな」

 

(後手に回れば圧倒的に不利だ………でも先手を打ってもあしらわれて反撃されるだけ………どうすればいい⁉︎)

 

「戦場で悩むなど愚か者にも程があるぞ、一夏!」

 

「ぐあっ⁉︎」

 

振るわれた《無想》が一夏を襲う。

 

夢幻の特性で強化された一撃ではないものの、《無想》の一撃は白式のエネルギーを少なからず奪い、既にそのエネルギーは半分近くまで消費されていた。

 

白式はワンオフ・アビリティーである『零落白夜』の使用によって自身のエネルギーを消費し、攻撃力に転換する。その際に発生する攻撃力は間違いなく全ISの中でもトップクラスの一撃であり、絶対防御すら斬り裂く事もある。そうでなくとも、当たりさえすれば大部分のエネルギーを持っていくのは確実で、掠っただけでも三割程度ほど持っていかれる。

 

だが、その際のエネルギー消費は尋常ではなく、一夏の白式は短期決戦型。そしていかにダメージを喰らわずに敵を即座に仕留め切るかにかかっている。

 

だというのに、現在一夏は一撃も当てる事が出来ずにエネルギーだけを消費してしまっている。

 

まだ勝ち目がないわけではないものの、敗色は濃厚であった。

 

「他愛もないな。その程度の力で誰かを護るなどと片腹痛い。現時点では俺の方が強いが、それでも命を懸けなければ護れない。何かを犠牲にしなければな」

 

「何かを犠牲にして護るなんて間違ってるんだ!誰も犠牲になんかしちゃいけない!」

 

「何を言う。お前は福音の時、わざわざ密漁船を助けたではないか。俺達の行動を犠牲にしてな」

 

「ッ⁉︎」

 

「あの後俺が箒を庇って死んだ事について言えばお前を責めるつもりなんて毛頭ない。俺が箒を護りたかったから、命を投げ打ってでも助けたいと願ったからそうしただけだ。だがな、あの戦闘。下手をすれば死ぬのは俺だけでは済まなかった。もしも福音があの場に留まらず、何処か都市を襲えば数万人の死者が出た。お前は密漁船に乗った数人の犯罪者を助けるために罪もない一般人を犠牲にしかけたんだよ」

 

福音はあの時自己防衛から危険度の高い相手を自動的に撃墜する防衛本能にも似た概念で動いていた。それ故に将輝が撃墜された後は、危険が排除されたと判断し、あの宙域に留まったものの、もし福音が無差別に悪意を撒き散らす兵器とかしていたのなら、あの場で撃墜出来なかった時点で大規模の死傷者が出る事態になっていた。

 

「一夏。お前はな「誰かを護りたい」のではない。『誰かを護る事に憧れている』だけなんだよ」

 

そう言って将輝は《無想》で斬りかかる。凄まじいまでの剣戟の応酬に何とか一夏は食らいつき、ダメージを避ける。その間も将輝の言葉が止まることはない。

 

「目的も!理由も!ただの後付けだ!お前は誰かを護ったという結果が欲しいだけだ!感謝などされなくてもいい!自分の中で誰かを護ったという自己満足に浸っているだけだ!その護った対象が犯罪者でも一般人でも仲間でも家族でも!お前にとっては等しく同等でしかない!織斑千冬に護り続けられたお前はその行為に憧れた!他人に織斑千冬の弟として結果を求め続けられ、煩わしく思っていたはずのお前自身が!誰よりも織斑千冬の弟として生きようとした!」

 

「そんな事……ないっ!」

 

「ならば何故犯罪者どもを助けた!あの時、お前は箒を叱咤したが、言っていることは箒の方が正しかった!あの場で犯罪者どもを助けるというのは愚行以外の何物でもない!お前は皆を護りたいとのたまいながらも誰よりも皆を危険に晒した!己が理想を叶えたいがために!」

 

「ならお前は見捨てろってそういうのかよ!目の前で危険な目にあってるなら、一般人でも犯罪者でも一緒だろ!」

 

「その価値観が間違っていると言っているんだ!その考えのままいけば、何れお前は自分の行いを誰よりも悔いる!それが世界中から評価されたとしても誰よりもその行いを後悔する!人間である以上、優先順位は存在するのだから!大切なものを護る為には犠牲する事を躊躇うな!大を救いたいなら小は切り捨てろ!零れ落ちるものまで救おうとするな!それが出来ないというのなら、その歪んだ理想を抱いて溺死しろ!」

 

ガギンッ‼︎

 

夢幻の特性によって爆発的な火力に引き上げられた一撃が《雪片弐型》を断ち切り、その衝撃で、一夏を吹き飛ばし、一夏は壁へと打ち付けられる。

 

(雪片が斬られた………これじゃもう闘えない………)

 

殆ど柄のみとなった《雪片弐型》を見た後、一夏は上空で見下ろす将輝を見た。

 

(でも………ここで諦めるわけにはいかない。ここで諦めたら………認めることになる。何かを犠牲にして救うやり方を!)

 

一夏とてわかっていた。零れ落ちる全てを救う事など到底出来はしないと。大を救うために小を切り捨てる事はごく当たり前の事であると。自分の理想は姉の影を追い続けた結果の酷く歪な理想であると。

 

けれど………それでも一夏は思う。例え全てを護る事が出来なかったとしても、自分を失う事になったとしても自分は無力な人々を護ると。それが例え何者であろうと。それが、それこそが織斑一夏の憧れたーーー追い続けた理想なのだから。

 

「俺の想いに応えろ!白式ぃぃぃぃ‼︎」

 

一夏の叫びと共に白式が強く光を放ち、アリーナが眩い光に包まれた。

 

その光の中で一夏は不思議な暖かさを感じていた。

 

(懐かしい………何でかわからないけど、ものすごく懐かしいような気がする……)

 

《君は何を望む?》

 

一夏の脳内に女性の声が響き渡る。

 

声の主は何処かと一夏は辺りを見回すが、真っ白い空間が続くばかりだ。

 

《君は何を望む?》

 

もう一度響き渡る声に一夏は答える。

 

「俺は………力が欲しい。もう護られるだけの存在は嫌だ。皆を護られるくらい強くなりたい………今はせめてあいつを認めさせられるぐらいの力が!)

 

虚空に手を伸ばした一夏はその中で何かを掴み取ると一気に引き抜いた。

 

と同時にその光が嘘のように晴れた。

 

「これは……?」

 

一夏の手の中に握られていたのは先程断ち切られたはずの《雪片弐型》。

 

殆ど柄のみとなっていたはずのそれには先程と同じように刀身が存在していた。

 

それだけではない。

 

先程まで半分を切っていたエネルギーは回復し、白式の形態は様々な変化を遂げていた。

 

背中に新たなスラスターが増設され、左腕には見たこともない兵装が装備されていた。

 

訳もわからない一夏にまるで教えるように画面には『第二次形態移行完了』と表示されていた。

 

ほんの一瞬の出来事。視界が光で覆われ、晴れた直後に変化した白式の姿を将輝は知っている。この世界で誰も知るはずのない白式のその形態を。

 

「『二次移行(セカンド・シフト)』したのかっ!?このタイミングで!?やはりこの世界はお前のものだな、一夏」

 

将輝が驚きの声を上げるのも無理はない。

 

何故なら二次移行とはISに多大なる経験値とダメージの蓄積が為された時、始めて起こる可能性を秘める。だが、それですら確実ではなく、一夏の白式はまだそのどちらも満たしていないはずだった。ともすれば、この状況は奇跡以外の何物でもない。

 

「一夏の意志がそれを可能にしたか…………面白い。あくまで自らの理想を貫くというのであれば、見せてみろ!」

 

将輝は仕掛ける。茫然としていた一夏は危険を告げるアラートによって将輝の接近に気づき、《雪片弐型》でその一撃を受け止めた。

 

加速から一気に力任せに押し切ろうとした将輝だが、白式の形態移行によって引き上げられた性能に完全に受け止められ、そしてはじき返された。

 

「ここまで力があがるのか?これでは殆ど箒の紅椿と同等のスペックだな」

 

「今度はこっちの番だ!行くぜ!」

 

一夏は左腕に装備された新武装《雪羅》を発動し、エネルギーで出来た爪状のものへと変化させ、将輝へと迫る。

 

襲いかかる一メートル以上に伸びたクローを将輝は受け止めることなく避け、それと連携して迫る《雪片弐型》は《無想》でいなすが、徐々に手数の差で押されていた。

 

「俺は!誰も見捨てたりしない!何でも全部救えるだなんて思っちゃいない!でも!それでも!俺は皆を護りたい!」

 

「それでまた仲間を危険に晒すのか⁉︎お前の自己満足の為に!」

 

「確かに自己満足かもしれない!将輝の言う通り、俺は千冬姉にずっと憧れてた!いつか、あんな風に誰かを守れたらいいって!」

 

「ようやく理解したか!お前の理想(それ)がただの憧れでしかないと!全て間違いだったと!」

 

「ああ、確かに俺は何か間違えている。けど、それでいいんだ!だって、誰かの為になりたいっていう思いが、間違えの筈がないんだから!」

 

その時、《雪羅》のクローが将輝を捉えた。

 

大して深いダメージではないものの、今まで掠る気配すら見せなかった一撃が当たった事に驚いたのは将輝ではなく、一夏だった。

 

仕掛けるなら今しかない。そう感じた一夏は《雪片弐型》を握る手に力を込める………が、動きを止めた。

 

何かされたというわけではない。将輝が《無想》を消したからだ。

 

「ふぅ……終わり終わり。あー、肩凝った」

 

「へ?え?あれ?何?どういう事?」

 

いきなり戦意を消した将輝に一夏は訳も分からず疑問の声を上げる。

 

「どういう事も何もあるか。これでしまいだよ」

 

「え、しまいって………まだ勝敗が……」

 

「はぁ……俺は一言も勝てなんざ言ってない」

 

将輝が溜め息混じりにそう言うと一夏はそういえばと思い至る。

 

この戦闘に至るまでの経緯で、一夏と将輝は口論になり、そして闘う事となったものの、その時将輝は「一夏に意志を示せ」とは言ったものの、「勝て」とは一言も言っていないのだ。一夏が将輝にその意志さえ示せばこの闘い自体は終わるのだ。

 

「お前の意志の強さはわかったよ。自力で二次移行するくらいだ。俺の言葉じゃどれだけ積み重ねても届かねえよ。正直、お前が言ってる事は綺麗事ばっかだし、はっきり言って現実を見てない」

 

「わかってる。でも……例え綺麗事ばっかで現実が見えてなくても、誰かに否定されたとしても、最後までこの理想を貫きたいんだ」

 

迷いのない瞳で一夏はそういった。其処に試合前までの陰鬱とした色は見られず、何時も通りのーーー或いはそれ以上の活力に満ちていた。

 

「一夏。一つ聞くが、お前にとって護るってのは手段か?目的か?」

 

「手段だ。大切な人達に笑顔でいてもらうための。幸せでいてもらうための」

 

「そっか。だったらもう迷うなよ。お前の理想にお前自身が疑問を持ったら、その時は誰に恨まれようが構わない。お前の理想ごとお前を叩き斬ってやるよ。それが俺のしてやれる唯一の救いだ」

 

一夏の胸に軽く拳を当てると将輝はそのまま身を翻し、アリーナのピットへと戻っていく。アリーナに残された一夏は新たに手に入れた力と改めて確認した自身の理想を胸に秘め、また別のピットへと帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様、将輝くん」

 

「会長……見てたんですか?」

 

「ええ。あんなにピリピリした空気だと本当に喧嘩したのかって、ちょっぴり心配しちゃったわ………もっともその心配もすぐに杞憂だってわかったけれどね。どうだった?道化を演じてみた感想は?」

 

「なかなか楽しかったですよ。もう一度やりたいとまでは思いませんが」

 

楯無の問いに将輝は肩をすくめる。

 

始めからあのやり取り自体、将輝は本音で話していたものの、本気でなかった。自分と楯無との試合を見た一夏が思いつめているという事を悟った将輝は一夏のその負の感情を自らに向けつつ、以前からその片鱗を見せていた歪んだ理想を問い詰めた。

 

一夏にとって『護るべき対象』に優先順位はなく、そのどれもが等しく平等なのだ。目の前で命を脅かされている人間がいれば、その時の行動によって大多数の人間が犠牲になろうとも一夏はそちらを助けてしまう。目の前の人間を生かすためだけに大多数の人間を殺す。それが何を犠牲にしても護りたい人間であるならば、納得出来るものであるが、それは大切な存在であったり、或いは見ず知らずの人間である可能性すらもあった。織斑一夏にとっての理想とは『護る』という行いそのものであり、誰であるかは関係がなく、手段であるはずのその行為が目的とかしていた。

 

故に将輝はそれを否定した。道化を演じていたものの、全力で一夏を叩き潰しに行った。

 

結果、白式は一夏の意志に応えて二次移行を果たし、一夏自身は自らの理想の歪みを無意識のうちに修正した。誰も犠牲にしない、皆の幸せの為に皆を護ると。

 

それを聞けた時点で将輝は道化を演じる必要などなく、某弓兵の如く説教を垂れる事をやめて、最後にもう迷うなと釘を刺した。将輝の仕事はそれで終わりだった。

 

「なかなか迫真の演技だったけれど、あれが素?」

 

「違いますよ。あれはちょっとアニメのキャラを意識してみただけ」

 

「ふふっ、やっぱり貴方は私は簪ちゃんと同類ね」

 

「自分でもそう思いますよ」

 

苦笑する楯無に将輝も苦笑しつつ頷く。

 

ああいった場所でアニメのキャラクターを真似するなど普通ではない。元厨二病患者の将輝や現在進行形の簪くらいである。

 

「今回の一件に関しては貸し一つということで」

 

「ええ。今回の一件は元はと言えば私のミスが原因だものね。借り一つよ」

 

「それじゃあ俺はこれで」

 

「一夏くんには会っていかないの?」

 

「あいつとしても思うところはあるでしょうし、俺としても今回の一件でそろそろ隠し事はやめようかと思ったんでその準備をします」

 

将輝には誰にも言えない秘密がある。言う必要もなければ、言ったところで誰も信用などするはずもない秘密が。けれど今回の一件。一夏の心境の変化と同様に将輝の心境にも変化が訪れていた。親友が自らを信頼して、命を預けるというのであれば、隠し事はもうやめようと心に決めた。少なくとも、話すならこのタイミングしかないとも将輝は思っていた。

 

だからこそ、早い段階で全員に話す。一夏を筆頭とした原作主要キャラに向けて、自らがイレギュラーである事を。藤本将輝がーーー憑依転生者である事を。



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明かされる真実

人知れず、一夏と将輝が激戦を繰り広げて数日が経った頃。

 

生徒会室には一年の専用機持ち全員と生徒会長である更識楯無。担任である織斑千冬ーーーーそして篠ノ之束が一同に会していた。

 

なぜこの場に束が。本人を除く全ての人間の疑問を孕んだ視線が将輝へと向けられる。

 

何故ならこの場に彼、彼女達を呼んだのは他でもない将輝であるからだ。

 

束自身も何故自分が呼ばれたのかは幾つかの可能性こそ考慮しているものの、状況を上手く飲み込めていないのが現状だった。今も昔も、彼女の予想を超える事態は殆ど起きた事がない。そしてその大凡が将輝に関連することであり、それ故に彼女は今、動揺と共に心を躍らせてもいた。また自分の予想を超える出来事か起きるのではないか、と。

 

そうして束が浮かれていることを悟ったのは彼女の唯一の友人と呼べる千冬だけだった。

 

重要な話があると呼び出され、其処に束がいた為に千冬は将輝に対して大いに警戒心を抱いていた。以前、本人は否定こそしていたが、束と関わりを持っているという事は何かしら裏で繋がっていると疑惑を持たせるのには理由としてあまりにも十分過ぎた。

 

そして今、束が浮かれているのを見た千冬はなお一層警戒心を強めていた。

 

絶賛指名手配中の人物とそれを見て警戒心を高める世界最強の様子を見て、楯無もまた只事ではないと静かに覚悟を決めていた。

 

一年の専用機持ち達はというとやはりというべきか、この状況を把握しきれていなかった。

 

自分達だけが呼び出されればある程度予想もついた。けれども、自分達以外にも人間がいる。

 

そのメンバーの顔ぶれを考えると一体何故呼びだされたのか、全くと言っていいほど予想出来ず、若干一名を除いて混乱していた。

 

「さて、これからちょっと大事な話をしたい訳だが………その前に皆には言っておきたい事がある。今から話すことは偽りのない真実って事。かなりぶっ飛んだ話をするけど紛れも無い事実だ」

 

「はいはーい。まーくん。一つ質もーん」

 

さながら園児のように元気よく手を挙げて束は問いかける。シリアスムードをぶち壊すテンションに一瞬空気は緩和し、将輝も額に手を当てて溜息を吐いた。

 

「何でしょうか、篠ノ之束さん」

 

「それって私の知らない事ー?」

 

「絶対に知らねえよ。つーか、知ってたらヤバい。お前が元凶なんじゃないかって疑うレベル」

 

『絶対に知らない』。そう断言された事で束はさらに心を躍らせた。天才たる自身に知らない事など存在しない。だというのに目の前の少年は自分の知らないことを知っている。それはまだ自分の知らない未知の世界が存在するという証明になるのだから、科学者でもある彼女としてはこれに心を躍らないわけがなかった。

 

「気を取り直して………実は俺、この世界の人間じゃないんだ」

 

『は?』

 

「正確には精神だけだが、ともかく俺は別の世界の人間って事になる」

 

全員が度肝を抜かれ、間の抜けた表情で素っ頓狂な声を上げた。日頃毅然とした態度を崩さない千冬も、どんな状況でも笑みを崩さない束も例外なく、そんな表情をしていた。

 

その様子に将輝は思わず、写真を撮って後で見せたいなと場違いなことを思うも、すぐに話を再開する。

 

「俺のいた世界にはISなんてものはなかった。ISに関連する事とISのお蔭で進歩した科学とか、変化した文化とか風潮以外は特に変わりはない………けど、この世界は俺の知る限り、俺の世界であった創作物から為った世界だ」

 

「つまり、私達の生きるこの世界は創られたものだと、そう言う事か?」

 

「そうとも言えるし、そうとも言えない。現にその創作物の世界に俺はいるし、皆生きている。だからこの世界は創られたものか或いは限りなくそれに近い別のものとも考えられる」

 

「言い切れる根拠は?」

 

「精神云々はともかく、少なくとも創作物の中に俺は存在しなかったし、全員とまでは言わないが、性格も実力も違った。俺が干渉した部分以外にも幾つかの相違点もある」

 

誰よりも早くに復活したラウラの問いに将輝は淡々とした口調で返していく。

 

何故千冬でも束でもなく、彼女が混乱から立ち直るのが早かったのか。それはラウラにとって、この世界が創られたものであろうがなかろうが、どちらでも良く、気になっているのはもっと別の事だからだ。

 

「聞きたい事は山程あるが、私がお前に聞きたいのは一つだ。何故このタイミングで切り出した?いや、そもそもその話をする意味はあったのか?混乱するのは目に見えていたはずだ」

 

ラウラが気になったのはこのタイミングで将輝が話をするに至った意味だった。

 

今は学園祭前。皆一年に一度の大イベントに向けて各々のクラスの出し物準備に勤しんでいる。

 

それはラウラとて例外ではなく、無表情ではあるが内心では人生で初のイベントに静かにモチベーションを上げていた。

 

そんな矢先にとんでもない爆弾を将輝は投下した。それは大凡後回しに出来る問題ではなく、何よりも優先すべき事柄でもある。

 

「意味はある。さっきも言ったが、俺が干渉して変わった点以外にも相違点が幾つもあった。実力も性格も皆違う。そして俺が干渉した事で変わった事もあった。これらの齟齬の結果から鑑みて、多分もう俺の知識だとかは役に立つ事はない可能性が大いにある」

 

「ならば余計に話す必要はないだろう」

 

「逆だよ、ラウラ。良くても悪くても、この齟齬はいずれ大きな変化を生む。最悪、助かるはずの人間が助からない可能性もあるし、事と次第にもよるけど、俺は敵になるかもしれない」

 

『ッ⁉︎』

 

その言葉には全員が驚愕の表情に包まれる。

 

今の今まで学園生活を共にしてきた人間が状況次第では敵になると言っているのだ。ましてや、幾度となく自分達を救ってきた存在でもある将輝が敵対する可能性を示唆したのだから。

 

「まぁ、あくまで可能性の話。そうせざるを得なければそうするだけさ。その時は俺の意志を尊重してくれると助かる……質問はそれだけか?」

 

「私からはな」

 

「じゃあ、他の人」

 

将輝がそう問いかけると今度はラウラ以外の全員が手を挙げた。それは混乱がある程度落ち着いた証拠であり、質問をするだけの余裕が生まれた事を意味している。

 

「一夏から順に答える。千冬さんと束は最後で良いですよね?その方が都合も良さそうだし」

 

「構わん」

 

「全然いーよ」

 

千冬と束から了承を得ると将輝は一夏の方へ視線をやる。

 

「はっきり言って全然訳わかんないけど、将輝は………今までの事全部わかってたんだよな?」

 

「大体はな。違う部分もあったから全部とまでは言えない」

 

「やっぱり………将輝はわかってたから助けたのか?知らなかったら何もしなかったのか?」

 

一夏は不安そうに問いかけた。その質問を将輝以外の全員は訝しむ。それは仕方のないことで、あれはあのやり取りを知らない者達からしてみれば意味のわからない質問だった。

 

「さあな」

 

そしてその質問に対する将輝の返答はそれだけだった。

 

そんな事はわからない。たらればの話だ。あったらとか無かったらという話をここでしてしまっても意味はないという意味合いも込めて将輝はそう言うつもりだったが、訂正した。

 

「………まぁ、やってる事は結局変わらなかったと思うがな」

 

「………そっか」

 

将輝のその返答に一夏は嬉しそうな表情を浮かべる。将輝はそれが気恥ずかしかったのか、顔をそっぽへと向けて「次」とだけ言った。

 

「えーと、ね。将輝のいない世界……本来の世界は私達はどうなってるの?」

 

「今のところは特に変わりはない。ただ、俺に向いてるベクトルが一夏の方に向いてて、皆苦労してるくらいだな」

 

「あはは……大変そうだね」

 

それだけで一夏以外の全員には伝わり、全員微妙な表情をしていた。なお、その皆のうちに一夏も入っている事だけは伝わらなかった。

 

「次、質問してもいい?」

 

「いいぞ」

 

「あたしが聞きたいのは……ううん、言いたいのは一つよ。将輝。あんたを仲間だって信じてもいい?」

 

「信じるか否かは皆の自由だ。こんな話をした以上、信じてもらえなくなるのは覚悟の上だ。だから俺から言えるのは………信じろって事だけだ」

 

真剣な眼差しで将輝を見据えて問いかける鈴。それに対して将輝もまた視線を一切逸らす事はなく、真っ直ぐ見据えたままそう返した。

 

「ん。それだけ聞ければあたしは満足よ」

 

満足したように鈴は笑顔でそういった。

 

鈴は自分の性格をよく理解している。

 

こういう状況であっても、なんだかんだと考えるよりも至ってシンプルな答えを求めたのだ。例え、どんな隠し事をしていたとしても、仲間として信じろとそういうのであれば信じるのが仲間だ。それが鈴の考えだった。何時だって凰鈴音という少女はシンプルで確実な答えを求めるのだ。

 

「それでは次はわたくしの番ですわね」

 

セシリアは軽く深呼吸をした後に疑問を投げかける。

 

「将輝さんが精神的には別人で、記憶喪失の理由もわかりました…………ですが、それでは何故将輝さんは将輝さんとしての記憶を部分的に思い出されたのですか?もし将輝さんの仰る通りなら、記憶はその身体に入る前のもの、入る時に完全に消えてしまっていると考えるのが普通だと思いますが」

 

セシリアの疑問はもっともであり、それは将輝自身も抱いていた疑問の一つだった。

 

憑依したにもかかわらず、何故部分的にとはいえ、憑依前の記憶が思い出せたのか。

 

セーブデータを上書きする事と同じように上書きされた記憶はもう思い出せるはずなどない。

 

ならば何故思い出せたのか?その答えは将輝も持ち合わせていなかった。

 

「………悪い、セシリア。俺もわからないんだ。ただ、本当ならセシリアには俺の全てを賭けてでも贖罪をしなければならない義務がある。意図しなかったとはいえ、君の愛する人を奪ったのは俺だからな」

 

「いえ、そういうつもりで聞いたのではありませんのでお気になさらないで下さい。私はただ、本当に将輝さんの精神が別なのか否か、気になりまして」

 

手を大袈裟に振って否定するセシリア。

 

言い方こそ、ああではあったものの、セシリアとしては本当にその点について攻める気など毛頭なかった。

 

確かに意図してそうしたのであれば、それなりに憤慨もし、また責任は取ってもらうつもりではある。

 

だが、無作為的に、偶々将輝が選ばれたのであれば話は別だ。

 

それに責任だの義務だのを理由に現状を放棄し、自らの愛を受け入れるというのはセシリア自身を侮辱しているのと同義だ。そんなものはセシリアには必要なかった。

 

「……次、質問してもいい?」

 

スッと手を挙げて問いかける簪のいつになく真剣な表情に将輝は頷く。

 

わからないものは答えようがない。セシリアもそれはわかっているため、それ以上追求しようとはしなかった。

 

「……やはり貴方は選ばれた人間だったから、ISを動かす事が出来た?」

 

一瞬将輝は「また厨二病か……」と思ったが、簪の質問はかなりマトモなものだった。

 

聞き方こそ、あれだが、確かに地球上の数十億人の人口からただ一人。この世界に飛んできたというのであれば、選ばれた人間というニュアンスはあながち間違いでもない。ただ、本当にこの世界に来たのが将輝のみであればの話ではあるが。それがISを男で動かせることと関係があるか否かと問われればこちらもわからないとしかいいようがなかった。

 

「俺が憑依してもしなくてもISを動かせたかはわからない。さっきも言ったようにそもそもこいつ自体が俺の知る物語じゃ存在しないからな」

 

「……本体ごとイレギュラーということ?」

 

「そうなる」

 

そう答えると簪は真剣な表情のまま、目をキラッキラッとさせて将輝に熱のこもった視線を送っていた。

 

簪からしてみれば将輝は現実世界に存在する生きた厨二要素。世界中の何よりもレア度の高いそれに簪は表情には出さないものの、ものすごく喜んでいた。

 

将輝は引き攣った表情で次と言うと将輝同様、引き攣った表情をしていた楯無が問いかけた。

 

「将輝くん。君がこの世界のことをある程度把握していると言うのなら、今後どのような敵が、どのような方法で攻めてくるのか、知っているのよね?」

 

「ああ。その通りにしてくるとは限らないが、知ってる」

 

「なら、後で教えてもらえないかしら?私の家のことやその他諸々も知っているんでしょう?」

 

「ああ」

 

「そう。なら、他言無用よ?もし私の事が白日に晒された時は其れ相応の責任は取ってもらうから♪」

 

軽くウインクをしながらそう言う楯無だが、決して責任というのは甘々な展開になる事ではない。秘密を露見させた責任をどういう形で取らされるか、将輝としてはあまり考えたくない事だ。少なくとも、誰かに話すつもりもないものの、うっかり口を滑らせてしまわぬように気をつけようと心に誓った。

 

「ま、将輝……。お前は……その、私の事を……何もかも知った上で、中学の時、私に接触してきたのか?」

 

「…………ああ。箒の事は大体知ってた。知ってた上で箒と接触した」

 

「な、なんのためにだっ。まさかお前も……」

 

「………これだけは恥ずかしくて言いたくなかったんだけどな」

 

将輝は視線を逸らし、窓の外を仰ぎながら、ぽつりと話し始める。

 

「俺って結構何処にでもいる凡人だったんだ。何か特別な事が出来たわけでもないし、持て囃されるような存在でもない。友達は結構いたけど、恋人とかそういうのはいなかった。まぁ、顔は良いなんて言われてたけど、俺自身がそういう事に興味がなかったのもあったし、何より誰かを好きになるって感覚がわからなかった。良いとか悪いとかわからなかったんだ。きっと周りもそれがなんとなくわかってたんだろうな。俺が何時も一歩引いた距離から接してるのが。…………でも、この世界に来て、転校した先の中学で箒と会った。俺は始めはここまで親しい関係になれるだなんて思っちゃいなかった。いくら世界が変わっても、肉体が変わっても、中身の俺は俺のまま。誰かを好きになるなんて思ってなかったから。箒と接触したのはいずれ再会する想い人と結ばれて欲しいって、いらないお節介を焼いただけだったんだ」

 

将輝としてはこの世界に来る前。つまり元いた世界での押しメンは箒ではあった。

 

だが、それは一夏へと恋心を抱く箒の事を応援していたといっても過言ではなく、いざ同じ世界に立ったからとはいえ、誰かを好きになるという感情を持ち得たことのない将輝では当然のごとく、箒と出会った当初は好きではなかった。

 

原作の設定上、箒はIS学園に編入するまでの過程での各地を転々としていた時の境遇から、やや情緒不安定で精神的に脆い部分が目立ち、感情に任せてしまいがちであった事を知っていた将輝は中学時代はそれをどうにかできないものかと試行錯誤した。同じ世界に立ったのだから、出来れば応援したいというのはまぎれもない将輝自身の考えだった。

 

とはいえ、結果的には少女漫画よろしく応援してたら応援していたやつを好きになった的な展開になり、そして箒も箒で荒んでいた時期に自分と仲良くしてくれた将輝の方を好きになったのだからなんとも言えない。

 

「正直、ああも自分がロマンチストだとは思わなかったけどな。っていうか、意外に惚れっぽいのかもしれない」

 

「………それを恋人が目の前にいる状態でいうのはどうなのだ?それではまるで私に魅力があまりないと言われていると思うぞ」

 

「まさか。それはない。ただ、自分で勝手にハードル上げてただけなんだろうな。人を好きになるのに理由なんてものは必要ないのに」

 

そう言って将輝は苦笑した。

 

過去の自分は人を愛した事がなかった。人を愛する事に理由を求め、その先にある答えすらも求めた。

 

理由を求めれば求める程に理解できない愛情。自らすらも愛した事がなかった将輝にとっては現実に存在するカップルでさえ、絵空事のようにも思えた。

 

だが、こちらの世界にくることで自分の思い違いに気づき、愛する者が出来た。

 

それはこちらに来なければ得られなかったものであり、永遠に理解できないものだ。だからこそ、将輝はこちらの世界に来た事を少しも後悔していない。

 

「さっき一夏にああ言った手前、矛盾してるようだけど、例え知ってても知ってなくても、俺は箒とこういう関係になってたと思う。だって、全てはあの日、箒が剣道部に誘ってくれた日から始まったんだ」

 

例え知識がなかったとしても、全てが動き出したのはあの日、箒が将輝を剣道部に誘った事から始まった。

 

将輝の思惑がそこにあったのもそうだが、おそらく何があったとしても将輝はあの日剣道部に入り、箒と剣筋を交わらせていただろう。と将輝も、言われた箒も、なんとなく確信していた。

 

「……そうか。将輝がそういうのなら、私はそれを信じよう。私が信じなくて、恋人など名乗れはしないからな」

 

「ありがとう、箒。そう言ってくれて嬉しい………さて。残すところは二人ですが、やたら意味深な表情してる束より先に千冬さんからどうぞ」

 

「少し、更識姉と被るがな…………藤本。お前は全てを知っているんだな?」

 

「全部は知りません。ただ、その知り得ている知識が千冬さんの指す知識のうちの一つであるのは間違いないですよ」

 

何の知識か、とはお互いに言わなかったものの、それの事はお互いに何のことであるかを理解していた。

 

白騎士事件。

 

嘗てISを世界に知らしめる事となった世界的大事件。

 

表面上は謎のハッカーによって、全世界のミサイルが日本に向けて放たれ、これを謎のIS乗りが全て撃破。その後、ISの偵察・捕縛に現れた戦闘機なども撃墜したが、誰一人として死んでいない。

 

だが、蓋を開けてみれば実に単純な事ではあった。その謎のハッカーとは篠ノ之束であり、後に白騎士と呼ばれることになるその機体を駆り、自作自演の大事件に関与していたのは他でもない織斑千冬自身なのだ。

 

それを知り得る人物は当事者以外にはいない。ただ一人、将輝だけが例外だった。

 

「ていっても、俺はその事を話す気はありませんよ。それは来るべき時、千冬さんが話すべき事ですからね」

 

あくまで自身は真相を知っているだけの第三者。

 

どんな形であれ、関与しているのであれば真相を話す事も良いが、元々関わりのない人間だ。それを話すのは些か無粋だ。

 

「(まぁ、あり得ないとは思うが、束が話す可能性もあるか)千冬さんの質問はそれだけで?」

 

「ああ」

 

「他にも聞きたい事はありそうですが…」

 

「あるといえばあるが、その大凡の質問も答えもお前とこいつのやり取りでわかると判断したまでだ」

 

「だそうだ。凄え喋りたくてウズウズしてる其処の歩く人間災害。もう話していいぞ」

 

いい加減視界の端でちょろちょろと動き回っていた束に将輝は額に手を当てつつ、そう言う。

 

すると束は思いっきり息を吸い込み…………マシンガンのように言葉を吐き出した。

 

「やっと束さんの出番が来たね!やっぱりやっぱり最後はこの束さんて相場が決まってるのはわかるけどずっと黙っておくのはなかなか辛かったよ新たな性癖に目覚めそうな勢いだったねまーくんもわかっててスルーし続けるんだからなかなかのSだよね私はMもいけるから全然問題ないけどでもでもやっぱり無視されると悲しいなーシクシクまぁ前置きはここまでとしてまーくんとちーちゃんから期待の籠った熱いラブコールを貰ったところで私が謎を徹底解明してあげよう!とうっ!」

 

くるりと宙で一回転したのち、束は生徒会長の座る机の上に立つ。

 

その際、机の上に乗せられていたものが床へと散らばり、楯無が「あ……」と何処か悲しげな声を上げたのに束以外の全員が同情した。

 

「まずはそこの………金髪ロールちゃんっ!」

 

「わ、わたくしですか?」

 

「そうそう。君の疑問に答えて上げよう!君の知る本来の藤本将輝と今のまーくん。殆ど差がないって言ってたよね?」

 

「は、はい」

 

「そりゃそうだよ。だって、今のまーくんは同一人物の魂が宿っているだけなんだから」

 

『ッ⁉︎』

 

「やー、驚いたよ。まさか、こんなところにあの日の成果がいたなんて」

 

楽観的に話す束とは対照的に将輝の表情は強張る。

 

それも当然のことだ。

 

今まで超常現象か、言葉を借りるとすれば神の気まぐれか何かでここに来たのだろうとタカをくくっていた将輝にとってその言葉は衝撃的すぎた。

 

他の誰でもない。篠ノ之束によって連れてこられたというのだから。

 

「姉さん、どういうことですか?もう少しわかりやすく説明して下さい」

 

「んー、もっと簡単に言うと……あ」

 

ぽんと手を叩いて、束は閃いたとばかりに両手を大きく広げて宣言した。

 

「まーくんはISの存在しない世界ーーーつまり幾億にも存在する平行世界に存在する藤本将輝ってことさ!」

 

 



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辿り着いた理由

〜二年前〜

 

「あー、暇。本当に暇。死ぬほど暇」

 

とある孤島に存在する誰も知らない研究室。

 

其処では一人の天才が椅子に乗ってクルクルと回りながら、そんなことを口にしていた。

 

先の言葉通り、彼女は暇を持て余していた。

 

こんな娯楽品のない研究室であれば当然の事ではあるが、彼女のような研究員にとって、娯楽とはある意味新たな発見とそれによる思考の展開こそが娯楽とも言える。

 

そしてその娯楽を彼女はここ数年間………或いは物心ついた時から経験していなかった。

 

それは彼女が自他共に認める天才であり、彼女にとってこの地球上で知らないことなど存在し得ないからだ。

 

故に彼女は新たな発見を宇宙に求め、憧れ、ISを作ったのだが、現在ISは彼女の思惑から大きく外れた存在として世界に認知されている。それが嫌で彼女は逃げ出し、今も逃げ回っている。

 

「こーんなもの作ってもなぁ………多分、変わんないよね、何も」

 

彼女が眺める先に存在するのは一つの球体。

 

青白く発光するそれは彼女が第三世代型のISを研究するに当たって片手間で作ったものだ。

 

理論上では多数に存在する世界の壁に孔を作り、その孔から多世界を行き来するようにしたもの……という一帯何をどう考えれば行き着くかわからない結論の元に制作。結局は第三世代型のISを作るよりも熱を入れて作っては見たものの、完成してみれば何てことはなかった。

 

確率が低すぎるのだ。

 

元々そういうものであるなら一割にも満たないであろうことはわかっていたが、いざ完成してみれば確率はそれよりも更に低い上に出来る孔は僅か数十センチ。それでは生まれたての赤ん坊ですら通れるはずのないものだ。

 

「まーいっか。わかってたことだし、暇つぶしにはなったしね」

 

そう言って、天才はそれを興味を無くしたように投げ捨てる。

 

それは曲線を描き、壁にぶつかると…………砕け散って、一層輝きを強くした。

 

これには流石の天才も目を見開いた。

 

確率としてはコンマ一パーセント未満の成功率のものがあろうことか成功した。

 

科学者としてはその確率でも十分に賭ける要素はあるが、成功しても大したことがないとわかっていた為に捨てたものがあろうことか、その研究成果を発揮し始めた。

 

青白く発光した破片は散り散りなりつつも、その場に人が一人通ることが出来るほどの、想定よりも圧倒的に巨大な孔を穿った。

 

これには天才も狂喜乱舞した。自身の想像を良い方向に裏切ってくれたそれに大いに感謝した。

 

だが、その孔は彼女が近づこうとした瞬間、その場から跡形もなく消え去った。

 

不安定だったからだ。孔を一時的に開くことは出来たものの、それを維持するだけの力がない。

 

こればかりは想像通りだった。

 

「ちぇっ。上げて落とすなんて酷いや。期待して損しちゃった」

 

今はもう砕け散った球体に文句を垂れながら、彼女はまた研究に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そしてその日、その瞬間に一つの魂が穿たれた孔から通過してきた事に気がついたのは現在、彼ーー藤本将輝のカミングアウトによるものだった。

 

「さっきの君の発言から照らし合わせてみると君の意識がこちらに飛んできたのは明白。数多に存在する平行世界から私が作った孔から偶々君はこの世界に来た。そして肉体の存在しない魂は消滅することを恐れて、この世界に存在する自分自身の肉体に乗り移った。結果、肉体はこの世界の人間でありながら、意識的には似て非なる存在になったって事だね」

 

束の盛大なカミングアウトよって、またもや全員が間の抜けた表情になるなか、話していたのが束であった為か、冷静さを失わなかった千冬が問いを投げかける。

 

「この世界に藤本が来たのは間接的にお前が原因ということだな?」

 

「そだね。事故みたいなものだし、何よりそんな事になるなんて予想だにしてなかったけど、こういう形で成果を確認できて嬉しいよ」

 

「あれ程人に迷惑をかけるなと言い聞かせておいたはずだが…………この際、過ぎたことは仕方がない。藤本がこれまでどうして全ての事件を予期できたか、理由と裏付けは得た。ならば、次は何故藤本がISを動かせた?」

 

「さあね?私にもわかんないけど、多分あれじゃないかな?ISがまーくんの存在を認識するに当たって、肉体と魂の差異を捉えきれなかったから、男でも女でもない存在として認識しちゃった事によるバグみたいなものじゃないかな?」

 

「つまり俺はバグがあるからISを動かせていると?」

 

「端的に言うとそうなるね。そのバグが治るかって聞かれたら、多分無理だし何よりそんな面白おかしい存在の君からISを取り上げるなんて絶対にしないけどね〜」

 

笑う束に将輝と千冬は頭を抱えていた。

 

かなり楽観視している束ではあるものの、その発言から考えれば、いくら平行世界の自分自身の身に移ったとはいえ、其処にはズレが存在しているということになる。

 

そのズレが大きいものか、それとも小さいものであるかは不明ではあるものの、それが何か大きな影響をもたらすのではないかと二人は心配していた。

 

「後、其処な金髪縦ロールちゃんの疑問だけど、おそらくは魂が乗り移った時に本来なら上書きされるはずのものが、なんらかの理由で上書きじゃなくて融合したからじゃないかな。理論上はどれだけ似てても一緒じゃない以上、一つの肉体に二つの魂が宿った時は奪い合いが始まるはずなんだけど………その辺も面白いよね」

 

「では何れ記憶が戻ると?」

 

「それはわからないかな。融合って言葉を使ったけど、それが五分五分かはわからないし。多分、飛んできた方のまーくん主体だから、印象的な事以外は思い出せないと思うよ」

 

「そうですか……」

 

束の言葉を噛みしめるようにセシリアは頷いた。

 

その様子に将輝は落ち込んでいるのかと思っていたが、実際のところは寧ろ喜んでいた。

 

例え還らなくとも彼にとって、自分との出会いは重要なものだった。取るに足らない事などではなく、真っ先に思い出してくれる程に印象的な出来事だったのだと実感したからだ。

 

そしてその意志はしっかりと将輝の中に残っている。それが分かれば、それでよかった。

 

「まーくんと金髪縦ロールちゃんの疑問は解消してあげたけど、他にはあるかな?」

 

束の問いかけに誰も首を縦に振らない。

 

概ねの事は理解出来たし、まだ理解し難い部分があるものの、聞くべき質問はもうなかったからだ。

 

それを見て、満足そうに頷いた後、束は箒の方に視線を向ける。

 

「ところで箒ちゃん」

 

「何ですか?」

 

「ずっと言いたかったことがあったんだけど、良いかな?」

 

「良いですけど、くだらない事なら叩きますよ」

 

そう言って自然な動作で箒は木刀を取り出した。

 

その様子に一夏は「どこから出したんだよ……」と顔を引きつらせつつ、見守っていた。

 

束の雰囲気に言い知れぬ不安を感じた将輝は彼女を制止しようとしたものの、それよりも早くに束は何でもないかのように告げる。

 

「今までこの学園で起きた事件ね……犯人は私なんだ」

 

その言葉に千冬と箒を除くメンツが目を見開いた。

 

各々によって理由は異なるものの、束の発言には驚愕させるだけの意味合いを含んでいた。

 

「無人機の時も、福音の時も、やったのは私。銀髪ちゃんのはドイツ側が勝手にやったけど、その研究所も消しとばした。だから直接的にも間接的にもここで起きた事件全てに関わってる。まーくんが一度大怪我したのも、一度死んじゃったのも、私のせい」

 

普段の人を食った表情を崩さずに束は淡々とその事実を告げる。

 

それを聞いている千冬はやはりかと頷く。

 

元々、裏付けがないだけで殆どそうだとわかっていた。それを本人がそうだと頷いた以上、彼女の中に燻っていた疑問は完全に解消された。

 

「だから、感謝なんてしなくていいよ。私は私のしたいようにやってるだけだから。箒ちゃんの為にマー君を助けたわけじゃないから。たまたまーーーあ痛ぁっ⁉︎」

 

その時、束の悲鳴が生徒会室に響き渡った。

 

あれだけ真剣そうな表情で話していたというのに、悲鳴はおふざけモードのままという何とも奇妙な事だが、そもそも束が悲鳴を上げる原因を作ったのは無言で束の所に近づいていった箒だった。

 

「話はそれだけですか?」

 

「え?」

 

「話はそれだけですかと聞いてるんです。もう一回叩きますよ」

 

「これだけ!この内容でこれだけってニュアンスもおかしいけど、これだけ!」

 

叩かれるのが嫌なのか、はたまた箒のリアクションがあまりにも薄すぎるのかはわからないが、束は早口でまくしたてるように言う。

 

すると箒は木刀を下げ、それを収納する。

 

「真剣な話をするので何を言い出すのかと思えば、その程度(・・・・)ですか」

 

「え゛っ。そ、その程度って……だって、私はまーくんを」

 

「知っていましたよ。姉さんがそういう事をしていたのは」

 

今度は束が驚かされる番だった。

 

実を言うと、束はこのカミングアウトをするためにかなり悩んだ。

 

どうすれば自然に打ち明けられるか、嫌われる事は始めから前提条件であった為、いきなり話さずにそうなる状況をセッティングできるよう努力してきた。

 

そんな時にこの場の提供は束にとって非常にありがたかった。ごく自然な流れで身内と呼べる人間全員を集め、そしてそれを説明する機会も得た。

 

将輝の存在が想像以上にイレギュラーであった事は束にとって想定外に嬉しい事態ではあったが、それよりもこれを言うためだけに虎視眈々と機会をうかがっていた。

 

だが、最愛の妹に嫌われることを覚悟で打ち明けた言葉はあっさりと知っていたと、何を今更と言われた。

 

「いつもいつも、あなたという人は言いだすのが遅いんです。そういう事はやったその日に言ってください」

 

「いやぁ、流石にそれは束さんでも厳しいものが………」

 

「自分がA級戦犯レベルの悪いことをしている自覚はないんですか?」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

ギロリと睨まれた束は本当に申し訳なさそうに謝罪の言葉を述べる。

 

本来の束なら謝る事は両手の指で事足りるほどなのだが、予想外の展開と場の空気、そしてそこまで怒っているわけではないはずの箒から感じる威圧感に珍しく気圧されていた。

 

「これに懲りたら、もうしないでください。懲りずにしでかしたら、これで叩きます」

 

「ん〜?おっかしいなぁ、箒ちゃん。それ《雨月》だよね?叩くじゃなくて、叩き斬るだよね、それ」

 

「はい」

 

「肯定した⁉︎」

 

「姉の罪を背負うのも妹の務めです。その時は問答無用で叩き斬るので、そのつもりで」

 

「き、肝に銘じておくね……」

 

何故か笑顔でそういう箒に束は僅かに怖れを抱きながら、やはり自分の妹であるのだと実感する。

 

言っていることは物騒であるが、ただ姉を思っての言葉である。

 

この姉にして、この妹。やはり不器用な姉妹だった。

 

「私達の話は終わりだ。他に何かあるか?将輝」

 

「いや、特にない」

 

「そうか。なんというか……締まらない終わり方にしてしまってすまない」

 

「気にすんな。この方が俺達っぽくていいしな」

 

そういって箒の頭を優しく撫でる将輝に箒は恥ずかしそうに頬を赤く染める。

 

「いちゃつくならあたし達のいないところでしろ、バカップル」

 

「本当に仲良しだね、将輝と箒は」

 

「そういう相手がいるってのは、羨ましいよな」

 

「……貴方の場合は目が腐ってるだけ」

 

「目どころか脳味噌も腐っているだろうがな」

 

「ものすごい叩かれようね、一夏くん」

 

「一夏さんの場合、否定できませんから」

 

「全く、何処で育て方を間違えんだ、私は」

 

各々のリアクションを取りつつ、話が終わったということもあり、生徒会室から出て行く。

 

この時ばかりは束も律儀に扉から退室したものの、そのあとは皆が視線を離した瞬間に姿を消した。相変わらずの神出鬼没具合である、

 

生徒会室に残された将輝と箒。

 

静寂に包まれたその部屋で将輝は口を開いた。

 

「箒」

 

「なんだ?」

 

「よく我慢したな」

 

「………そんな事はない」

 

箒を優しく包みこむように抱き締める将輝は褒めるように言うが、箒自身はあまり納得の言っていないような声音だった。

 

本当は箒は何も知らなかった。

 

事実、気づいたのは将輝と千冬のみであったが、箒は束からそれを聞いた時、動揺を隠し、必死に怒りを押さえ込んでいた。

 

「………私は未熟だ。何時も感情に任せて行動してばかりだ。でも、あの人は私の姉で、私はあの人の妹だ。今までも、これからも。激情に任せて、あの人を拒絶すれば二度と姉妹には戻れない。私も姉さんも、どうしようもないくらい不器用だから」

 

箒もさることながら、束自身もどうしようもないくらい不器用である。

 

コミュニケーション能力や性格のタイプ、スタイルや好みなどありとあらゆる面で似通っている。

 

姉妹だから、似た者同士だから、箒にはわかる。

 

「私か姉さん。どちらかが歩み寄らなければ……私達の関係はずっとこのままだ。それに、将輝が許したというのに、私が許さないというのは駄目だからな」

 

「ははっ、箒らしいよ」

 

「む、なんだそれは」

 

馬鹿にされたのかと思い、箒は抗議の声を上げるが、将輝は首を横に振って否定する。

 

「待たずに自分から近づいていくってところが。俺はそういう所も好きだよ」

 

「あ、あまり面と向かって言うな……恥ずかしさで死んでしまいそうになる……」

 

顔を真っ赤にした箒はその表情を隠すように将輝の胸に顔を埋める。

 

その様子に将輝は頬を緩ませるが、それもすぐに消え失せる。

 

束の口から語られた真実。

 

自身がこの世界に来た理由が神などという在り来たりなものではなく、ただ一人の天才によって連れてこられたという事実。

 

偶然も偶然によってきてしまったとは言え、将輝はその話を聞いた時、言い知れぬ不安を抱いた。

 

福音の時とは違う。もっと複雑で不明瞭なものを。

 

(でも……それでも護ってみせる。例え、世界を敵に回しても……)

 

箒を強く抱き締めながら、将輝はそう誓う。

 

火蓋は既に切って落とされた。



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束の間の平穏

 

いよいよやってきた学園祭当日。

 

一般開放していないために開始の花火などは上がらないものの、生徒達の弾けっぷりはそれに匹敵するくらいにテンションが高かった。

 

「うそ⁉︎一組であの織斑くんと藤本くんの接客が受けられるの⁉︎」

 

「しかも執事の燕尾服!」

 

「それだけじゃなくてゲームもあるらしいわよ!」

 

「しかも勝ったら写真を撮ってくれるんだって!ツーショットよ、ツーショット!これは行かない手はないわね!」

 

とりわけ一年一組の『ご奉仕喫茶』は盛況であった。

 

それもそのはず、そのご奉仕喫茶では二人しかいない男子が執事服を着て、接客をするというのだから、人気が出ないはずがなかった。

 

だが、忙しいのは男子のみで他のメンツは楽しそうにしていた。

 

「いらっしゃいませ♪こちらへどうぞ、お嬢様」

 

とりわけ楽しそうなのはメイド姿のシャルロット。その理由は元からメイドに興味があったことと、それを一夏に褒められたことによるものだ。

 

接客担当は男子二人に専用機持ち。

 

発案者たるラウラはともかくとして、箒がこのような姿をするというのは一夏にとっては意外だった。

 

(その辺はやっぱり将輝の影響が大きいのかな………箒も機嫌良さそうだし)

 

接客をしている最中も箒は仏頂面になることなく、自然な笑顔で接客をしていた。

 

(しかしまあ、なんというか……)

 

メイド服を翻して働く一同に、一夏は言いようのない感覚を覚えた。

 

以前に友人の五反田弾が言っていた『メイド服とスク水とブルマ!これに反応しない男はいない!』を思い出し、そういうものなのかと首を傾げていた。

 

(おいおい、朝より列が長くなってんぞ。学園祭が終わるまでに捌ききれるのか、この人数)

 

教室の外で「二時間待ちでーす」というクラスメイトの声を聞き、自然とため息を吐いていた。

 

一年生の教室の前には長蛇の列………以上の人の山。

 

「ヘイ、ちょっとそこのイケてる執事!テーブル案内よろしくぅ!」

 

聞きなれたトーン……というよりもその妙な言い回しに一夏は嫌な予感を感じつつ、振り返る。

 

「………鈴か」

 

「今の間は何?さては私に見惚れてた?」

 

というのも、鈴の今の姿は普段の制服姿ではなく、一枚布のスカートタイプで、大胆にスリットが入っている。真っ赤な生地に龍のあしらい。金色のラインと凝っているチャイナドレスを着ていたからだ。

 

「鈴の所は中華喫茶か?」

 

「露骨に話を逸らしたわね……まあいいわ。一夏はあたしに見惚れてたって事にしておくから。そうよ、中華喫茶やってんだけど、お客がこっちに食べられちゃってね。暇だから遊びに来たの。嬉しいでしょ?」

 

「忙しいから遊んでる暇なんてないよ」

 

笑みを浮かべる鈴に一夏は溜息を吐く。

 

暇だから遊びに来たと言える鈴とは対照的に暇という単語が地平線の彼方にある一夏は今すぐ立場を変わってくれとすら思っていた。もっとも、変われるはずはないので思うだけにとどまってはいる。

 

「とにかく案内よろしくね」

 

「はいはい。ーーそれではお嬢様、こちらへどうぞ」

 

「よろしい」

 

何故か妙に偉そうな鈴をスルーしつつ、一夏は鈴を空いているテーブルへと案内する。

 

因みに内装は学園祭とは思えないほどの調度品が置いてあるのだが、それらは全てセシリアが手配したもので、テーブルと椅子の拘りは凄まじく、ワンセットで聞くのもバカらしいような値段がするのだが、「一年の学園祭は一度だけですわ」とセシリアはもっと凄いものを置こうとして、周囲に止められていた。

 

ティーセットも当然拘りの品々で、全てがこの日のために用意されたオーダーメイド。

 

この学園祭が終われば記念の品として保管するとの事を聞いた調理担当のクラスメイトたちは落とさないように全力で気を張っている。

 

「それで、ご注文は何になさいますか?お嬢様」

 

「そうね……じゃあ『執事にご褒美セット』。貴様を、ご指名だ!」

 

「当店ではそのようなサービスはしておりません!」

 

「チャイニーズジョークよ!大いに笑いなさい!」

 

「……失礼ですが、お客様。当店では祭はしておりません」

 

完全に暴走を始めていた鈴を止めたのはハリセンを持った将輝だった。

 

「一夏をご指名するのは構いませんが、騒がれるのは困ります」

 

「あたし、お客様なんだけど⁉︎」

 

「ではお静かに。我々としましても、お客様を叩き出すのは本意ではございません」

 

満面の笑顔でそう告げる将輝にさしもの鈴も引いた。

 

笑顔であるはずにもかかわらず、そこにあるのは無言の圧力。異論があるなら、論破してつまみ出してやろうという意思の表れだった。

 

「ご理解いただけたようで何よりです。では、ごゆっくり」

 

踵を返し、去っていく将輝を見ていた鈴は嵐が去ったことに胸をなでおろした。

 

「将輝。なんかピリピリしてない?」

 

「疲れてるからな。なのに鈴が騒ぐからだよ」

 

「うっ……わ、悪かったわ。あれはなんというか………そ、その場のノリよ」

 

「頼むから大人しくしててくれよ。はい、どうぞ」

 

将輝が鈴に対して説教を行っている間に、一夏は『執事にご褒美セット』の内容であるアイスハーブティーと冷やしたポッキーを持ってきていた。値段にして三百円と格安。

 

お客様の笑顔は宝物です、と言いつつも、一夏は当然ながら気が進んでいなかった。それもこれも内容が内容だけに仕方のないことではある。

 

「では、失礼します」

 

「へ?」

 

一夏は鈴の正面に座る。二人がけのテーブル席に差し向かい、片方は燕尾服、片方はチャイナドレスと異様な光景だが、それはご愛嬌。

 

「なんで座ってるのよ?」

 

「では、ご説明させていただきます。ご注文なさいました『執事にご褒美セット』はご指名されました執事に食べさせてあげる事の出来るコースとなっております」

 

「はぁ?金払って、お菓子あげるってどういう仕組みよ……」

 

「俺が知るかよ………」

 

鈴の問いかけに一夏も頭を悩ませていた。

 

というのも、このシステム。はっきり言って買っている方に殆ど得はないはずなのだが、どういうわけか、人気があるのだ。男子に食べさせてあげられるからにしても三百円を捨てているようなものである。

 

「まぁ、お金払ったんだし、サービスしてもらうわ。はい、あーん」

 

「あーん」

 

ぱきっと弾ける音が口の中に響く。

 

器のパフェグラスごと冷やしていることもあり、食べてもすぐには溶けず、薄い膜のような感触が数秒続いたものの、やはりすぐに溶けてしまうが、その時の甘さが心地よくもある。

 

「じゃあ、次はあんたが……どしたの、一夏?」

 

一夏の意識が自分以外に向いていることに気づき、鈴は一夏の視線の先にいる人物の方へと視線を向けた。

 

視線の先にいたのは今の一夏と鈴と同じように『執事にご褒美セット』を頼んでいる少女ーー更識簪と将輝の姿があった。

 

だが、違う点が一つだけあった。

 

それは簪が無表情を貫きながらも、将輝に不思議な圧力で迫っているところだった。

 

「さあ、早く」

 

「お、お客様……当店ではそのようなサービスは……」

 

「違う。そもそも『執事の』サービスという捉え方がおかしい。寧ろ、このやり方は私がサービスしているとの捉え方が正しい」

 

「いや、確かに世間一般ではそうだけどさ、ここは例外じゃ……」

 

「ご褒美のあげ方は人それぞれ。いい加減に諦めた方がいい」

 

「二人とも、何を言い合ってるんだ?」

 

見るに見かねて、一夏が二人の言い合いに割って入った。

 

というのも、将輝と簪が言い争っているという光景はかなり珍しい。

 

ボケとツッコミという点においては常日頃からではあるものの、普通に言い合っているというのはまだ知り合って間もないとはいえ、よほどの事なのだろうと一夏が間に入った。

 

本来なら引っ張りだこの一夏が仲介に入るのは非効率であるのだが、奇跡的なタイミングで一夏以外の全員が注文の品を取りに行っていたり、待ちの確認をしに行っていたりとホールにいなかった為、一夏が止めに行くことになった。

 

「大丈夫。言い合ってはいない。説得しているだけ」

 

「説得っていうか、尋問ていうか。なんというか」

 

「それは失礼。私は事実を述べているだけ」

 

「事実?」

 

一夏が聞くと簪は解説を始めた。

 

「うん。この『執事にご褒美セット』。説明では『執事に食べさせてあげられる』と言われた。そうなるとどういう形で食べさせてあげられても、人道的なら全く問題はない」

 

「まぁ、確かに」

 

「つまり、手で渡そうが、口で渡そうが、それで間接的にポッキーゲームになろうが問題はないはず」

 

「まぁ、そうだよ……んん?それはマズくないか?」

 

「マズくない。途中で意図的に折れば、互いに触れることはない。非人道的ではない。多少はドキドキするかもしれないけど、それ以上はない」

 

「うーん、それなら大丈夫……なのかなぁ」

 

「阿呆か!」

 

「痛ぁっ⁉︎」

 

一夏の頭上にハリセンが振り下ろされる。

 

「丸め込まれてどうする⁉︎お前こっち側の人間だろうが⁉︎」

 

「いや、でも言ってることは筋通ってるぜ」

 

「………これを容認したら、お前も同じ目にあうが良いのか?」

 

「それも問題ない。次からは無くせばいい」

 

「……って、言ってるし」

 

「お前俺の立場知ってる上で言ってんのか?ぶっとばすぞ」

 

拳を強く握りしめ、顔をひくつかせながら、将輝は一夏に言う。

 

とはいえ、一夏もここで引くわけにはいかない。

 

常日頃から、というわけではないものの、一夏も一夏で将輝から微妙にイラっとする悪戯や鈴やシャルを煽ってのプチ騒動などの被害をこうむっている。

 

その一つ一つは微々たるものではあるが、やはり反撃するならここしかない。そう一夏は判断し、白けつつも簪を援護していた。

 

「将輝。お客様は?」

 

「………か、神様…です」

 

「今回は俺達の方に非があったわけだし、今のうちにメニューを全部回収して訂正しておこうぜ。そうすれば、次からは万事解決だ」

 

「……今は?」

 

「……………悪いな、将輝。これも尊い犠牲なんだ」

 

「ふざけるな!俺を殺す気か!」

 

「箒なら許してくれるはずだ!」

 

「そういう問題じゃねぇぇぇぇ!」

 

「二人とも。ここは喫茶店、静かに」

 

「「あ、なんかすいません」」

 

何故か元凶であるはずの簪に諌められ、二人はぺこりと頭を下げる。

 

「じゃあ、俺はメニュー回収してくるから」

 

そして自然な動作で一夏は鈴のいた場所へと帰っていった。

 

流れるような動作に将輝は見送った後に逃げられたことに気がついた。

 

「ん」

 

「ん、じゃねえよ。何当たり前のように口に咥えて食べさせようとしてんの、キミ?」

 

「貴方の彼女がいない間に済ませてあげようとしている私の配慮を考えて欲しい」

 

「いっそ、最初からしないでくれよ……」

 

「………」

 

「だあああ、もうわかったよ。やればいいんだろ、やれば」

 

簪の無言の圧力に屈し、箒がいないうちにこの罰ゲームにも等しい行為を終わらせようと将輝は僅かに身を乗り出し、簪の咥えているポッキーの先端を咥える。

 

「さあ、食べて」

 

(なぜに目を瞑る)

 

簪の言われるがまま、将輝は慎重にポッキーを食べ始める。

 

警戒しつつ、半分まで食べ終えても、当然のごとく、簪は微動だにしない。

 

(てっきり何かしてくるものとばかり思っていたけど、何もしてこないな)

 

そう思いつつ、鼻と鼻が触れそうになったところで将輝が意図的にポッキーを折ろうとした時だった。

 

簪は少しだけ口を開くとポッキーをかじるのではなく、そのまま残り全てを飲み込み、将輝と唇を重ねた。

 

「ッ⁉︎⁉︎⁉︎」

 

「ふぅ……ご馳走様」

 

触れ合っていたのはほんの数秒。

 

すぐに離れることも可能ではあったが、油断していたときにされた事で将輝は完全に不意を突かれる形となった。

 

簪が離れたところで、混乱していた意識が覚醒した将輝は当然のごとく、すぐに抗議した。

 

「話が違うじゃねえか!」

 

「うん。初めからそのつもりだった。昨日読んだラノベ(これ)に『キスの味は砂糖よりも甘い』と書いてあったから気になって試してみた」

 

「試してみたって……あのなあ」

 

「安心して。今のは私のファーストキス」

 

「余計に安心できない⁉︎」

 

さらっと告げられた突然のカミングアウトに将輝はツッコまずにはいられなかった。気になったから試してみたということにも驚きではあるものの、それ以上にその為にファーストキスを捧げるという簪の感性にも驚いていたからだ。

 

「大丈夫。何も男の人なら誰でも良かったわけじゃない。貴方だから試してみた。少なくとも、今まであってきた男の人の中では一番好き」

 

「好きって……あれだろ?友達として……」

 

「求婚されたら結婚するくらいには」

 

「意外に大きいな、おい!」

 

「けれど、貴方と彼女の関係はとても強固。裂くつもりもない。貴方と彼女はベストパートナー。運命の赤い糸で結ばれた男女。そこに私の入る余地はないし、二人がそうしている方が私は嬉しい」

 

「簪……」

 

「………というセリフがあったから使ってみた」

 

「色々と台無しだ!」

 

「我ながら素晴らしいタイミングだと思う」

 

そう言って簪は小さくガッツポーズを取った。

 

そろそろ将輝は頭が痛くなってきたのか、額に手を当てる。

 

簪の相手は疲れることには疲れるのだが、将輝自身、それなりに楽しんではいる。

 

しかし、今回ばかりはやる事なす事精神的な疲労が著しく、楽しむよりも気が滅入る方が大きかった。

 

「そろそろ私は戻る」

 

「ああ……出来れば今日はもうここには来ないでくれ……」

 

「その心配は無用。貴方の話した通りに事が進む以上、今日はもう来られない」

 

簪の言葉に将輝の雰囲気が変わった。

 

「………首尾は?」

 

「上々。後は貴方達次第」

 

「そうか。事が終われば、また礼はする」

 

「その必要はない。それはさっき貰った」

 

席を立った簪はそのまま振り返ることなく、一組の教室を後にした。

 

後は貴方達次第。

 

その言葉に将輝は静かに拳を握る。

 

今回の作戦の成功の鍵を握るのは如何にして自分達が『道化を演じるか?』それに尽きる。

 

(さて、その時まで仕事に戻るか)

 

思考を切り替え、席を立った時、そこには阿修羅がいた。

 

「……将輝。理由を説明してもらおうか?」

 

「………はい」

 

数十分の間、将輝はこんこんと箒に説教されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……疲れたな」

 

「もう終わってる感出してるけど、まだ休憩挟んで二時間あるぞ」

 

「わかってるよ」

 

執事服の上着を脱いで、二人は廊下に出ていた。

 

一組の目玉である二人の男子がいないというのは、かなり問題ではあるものの、やはりあれだけの労働があるので、目玉といえど休憩はしなくてはならない。それにこれにもそれなりに理由はある。

 

「ちょっといいですか?」

 

「はい?」

 

ふと、階段の踊り場で二人に声が掛けられ、一夏が反応する。

 

「失礼しました。私、こういうものです」

 

スーツの女性が差し出したのは名刺。それを慣れた手つきで二人へと手渡した。

 

「えっと……IS装備開発企業『みつるぎ』渉外担当・巻紙礼子……さん?」

 

その人物はふわりとしたロングヘアーがよく似合う美人の女性。

 

声をかけてからずっとニコニコと笑みを浮かべているその人物は、やはりというべきか、『企業の人間』といった風貌であった。

 

「はい。織斑さんと藤本さんに是非我が社の装備を使っていただけないかなと思いまして」

 

その言葉に一夏は将輝の顔を見た。

 

将輝は視線を下に動かす事で頷き、女性に向けて、返事をする。

 

「すみません。僕達としては是非とも、と答えたいところなのですが、自分達の一存では決められませんので。それに今はあまり時間もありませんし、また今度お話を聞かせていただきたいと思います」

 

「本当ですか⁉︎ありがとうございます!」

 

そう言って、巻紙礼子は頭を下げる。

 

その様子は完全に仕事を成功させた人間のそれであるが、無論将輝達にそのつもりはない。

 

「では、また後ほど(・・・)

 

そう言って、将輝と一夏はその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ、ふ、ふっ……」

 

IS学園の正面ゲート前で、一人の男子がチケットを片手に笑いをこらえている。

 

それは一夏の友人こと五反田弾。

 

遡ること三日前。

 

一夏と共通の友人である御手洗数馬の家でベースの練習をしていた時、一夏からの電話がかかってきた。

 

その内容というのは『招待券があるけど、IS学園に来ないか?』というもの。

 

当然のごとく、弾は狂喜乱舞し、それを承諾。

 

招待券を片手にこうして今日、IS学園にやってきたのである。待ち合わせの時間から既に十分に過ぎているが、別段気にならない。

 

というのも、正面ゲート前でも十分に沢山の女子が見えるため、弾としてはレベルの高いIS学園の女子を見ているというだけで目の保養になる。

 

若干気合の入った服装をしている弾だが、それを抜きにしても一般人ーーそれも、十代男子がいるというのは目立つ為、既に噂になり始めていた。

 

「そこのあなた」

 

「はい⁉︎」

 

不意に声をかけられて、弾はびくりと背筋を伸ばす。

 

振り向いた先に立っていたのは、眼鏡と手に持ったファイルがいかにも堅物のイメージが似合う三つ編みの眼鏡をかけた女性ーー布仏虚だった。

 

「あなた、誰かの招待?一応、チケットを確認させてもらっていいかしら?」

 

「う、うす……」

 

弾はあたふたと焦りながら、握っていたせいでくしゃくしゃになったチケットを差し出す。

 

「配布者は……あら?織斑くんね」

 

「あいつの事……ご存知で?」

 

「ここの学園生で彼のことを知らない人はいないでしょう。はい、返すわね」

 

(やっば!この人、無茶苦茶可愛いじゃん!ど真ん中ストライクなんだけど!……なんか話題ねえかなぁ……)

 

「す、すいません!」

 

「?何かしら?」

 

「あ、いや……いい眼鏡ですね」

 

「オーダーメイドよ。わかる人がいて嬉しいわ」

 

弾の苦し紛れに放った一言は予想外にも好感触で、弾は内心でガッツポーズをする。

 

女性というものに対して、殆ど無縁である弾だが、咄嗟の自分のセンスには内心で褒め称えていた。

 

「では私は行くけど、あまり目立つような行動は控えて下さいね………といっても、目立たない方が無理ですが」

 

「あ、はい」

 

踵を返して去っていく虚の背中を見届けながら、弾はそこで連絡先を教えてもらえば良かったと地味に後悔する。

 

そのとき、入れ違いで一夏と将輝が現れた。

 

「お、いたいた。おーい、弾」

 

「おー、一夏と……」

 

「こうして顔をあわせるのは二度目か。藤本将輝だ、よろしく。好きに呼んでもらって構わない」

 

「ああ、よろしく………ところで二人が燕尾服なのはツッコんだ方がいいのか?」

 

「「スルーしてくれ」」

 

「わかった」

 

口を揃えてそう言う二人に弾はツッコミたい衝動を抑えて、あえてスルーする。

 

「そういや、鈴のやつ元気?つーか、進展した?」

 

「元気すぎるくらいだ……進展?」

 

「すると思うか?一夏だぞ」

 

「だよな」

 

「?なんの話してるんだ、二人とも」

 

「「お前には一生わからない話」」

 

ばっさりと切り捨てられた。

 

「そっか。ところで何処に行く?鈴のところにするか?」

 

「んー、今すぐじゃなくてもいいや。折角だし、色々見て回りてえし」

 

「了解。じゃあ、俺も全然見れてなかったし、行こうぜ。将輝もそれで良いよな?」

 

「ああ」

 

そうして、一夏と弾が並んで歩き出し、将輝も並んで歩こうとした時、ふと視界の端を何かが通った。

 

これだけの人混みの中で、視界の端を誰かが通り過ぎるのは当たり前のことだ。

 

まして、見たことのある人間はこの学園に大勢いる。

 

しかし、先程通り過ぎた人間に妙な引っかかりを覚え、辺りを見渡すものの、大勢の人が行き交う中でその人物を見つける事は酷というもの。既にその姿はなかった。

 

「どうしたんだ、将輝?」

 

「なんでもない。気のせいだ」

 

変に不安を掻き立てる必要はないと思い、将輝は適当に誤魔化した。

 

「早く行こうぜ。後一時間したら劇やらなくちゃいけないんだし」

 

「劇?二人とも、演劇部でも入ってんのか?」

 

「いや、そういうガチなのじゃなくて、生徒会主催のやつなんだ」

 

「へー、流石はIS学園。普通のところとはやる事が違うなぁ」

 

(まぁ、普通の生徒会長じゃないしな……)

 

(むしろ、あれが主催者で普通になるわけがない)

 

どこか感心している弾に一夏と将輝は内心で溜息を吐いた。

 

将輝の事があろうとなかろうと行われる予定だったものであり、その内容は一切明かされていない。

 

しかし、それを知っている将輝からしてみれば、作戦とは無関係にそれには報酬があり、そしてそれらは自分達なのだ。波乱に満ち溢れているのは当然のことだと言えた。

 

「ひとまずこの話は置いておこうぜ。時間は少ないけど、英気は養っておかないとな」

 

「だな。弾。どこか行きたいところとかあるか?」

 

「んー、特にねーな。色々回っていこうぜ」

 

「了解。将輝もそれでいいよな?」

 

「ああ、全然見れてなかったしな」

 

特にこれといって目当てもなく、歩き出す三人。

 

色々な部活やクラスで出し物がされているのだが、行く先々で一夏も将輝も女子に声をかけられ、手を振ったり返事をしたりしていた。

 

そんなことを繰り返しているうち、どんどん弾の目が腐り始めていた。

 

「……お前ら、無茶苦茶人気あるじゃねーか……」

 

「一夏と一緒にしないでくれ。モテ要素の塊だぞ。フラグが立ってる数も正直洒落にならん。そんな奴と比べられると悲しくなる」

 

「げっ、マジかよ。ここでも同じことやらかしてんのか……なんか可哀想に思えてきた」

 

「ウーパールーパーみたいなもんだって。ていうか、将輝は箒がいるし、俺よりモテるだろ」

 

「前言撤回。やっぱ同じだわ」

 

一夏の一言で手のひらを返す弾。

 

非リアの人間からしてみれば、例え大勢にモテなくとも、彼女持ちというだけで敵なのだ。

 

因みにそれでも一夏が将輝よりも上に位置しているのは言うまでもない。何せ『気づいていない』だけなのだから。

 

「いいよなぁ。入れ替わりたいもんだぜ」

 

「替われるもんならそれでもいいけどな。なぁ、将輝」

 

「俺としては女子ばっかりの環境はともかく、IS自体に男のロマンがあるし、箒がいることを考えると、そう悪くはないと思うぞ……ああ、後、危険なことさえなければ」

 

「だな。将輝は二回も死にかけたしな」

 

「正確に言うなら一回死んで蘇生してるけどな」

 

「…………え?何それ怖い。ISの実戦って命に関わんの?てか、なんでお前らはそんなにさらっと流してんの?」

 

なんでもない世間話のように爆弾発言をする二人に弾は戦慄する。

 

『女ばっかりでハーレムだぜ!リア充生活ひゃっほー!』と馬鹿なことを考えていたりしていたのだが、それが死と隣り合わせかもしれないと思うと、弾は『やっぱり普通の高校でいいか』と心の底から思うのだった。

 

 

 

 



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シンデレラ・パラダイス!

「一夏くーん?藤本くーん?ちゃんと着たー?」

 

「「………」」

 

「開けるわよ」

 

「開けてから言わないでくださいよ!」

 

「確認になってねえよ、人権守れよ」

 

「なんだ、二人ともちゃんと着てるじゃない。おねーさんがっかり」

 

「取り敢えず殴っていいか、会長」

 

第四アリーナの更衣室。普段はISスーツの着替え場所として使われるそこに、俺と一夏はいた。

 

服装は西洋の王子をイメージした服装。頭の上には王冠が載っており、腰にはレイピアの模造品が装備されている。これの為だけにわざわざこんなものを用意するなんて、本当に愉快犯みたいな人間だ。

 

「はぁ……必要な事ってわかってるけど、なんか複雑だな……」

 

「あら、それならシンデレラ役の方が良かった?」

 

「嫌に決まってます!」

 

ああ言えばこう言う。そろそろ一夏はこの会長に対する対応の仕方を考えておくべきだと思う。

 

「さて、そろそろ始まるわよ。一夏くん、藤本くん。貴方達二人の行動に今回の作戦はかかっているわ。あくまで自然体で、普通にこの学園祭を楽しんでちょうだいね」

 

真剣な表情で会長は言う。

 

ぶっちゃけ、この作戦が有ろうが無かろうが、楽しめなかったとは思うけどな。

 

「ところで脚本とか台本とかは?まだ一度も見てない上に作品すらわからないんですけど」

 

「大丈夫。基本的にこちらからアナウンスするから、その通りに話を進めてくれればいいわ。因みに作品名は『灰被り姫(シンデレラ)』よ。二人は適度にアドリブしてくれればいいから」

 

「シンデレラか……。普通の作品なのに、なんであの人が言うと安心できないんだろうな」

 

「それはな。本能が危険を察知してるからだよ、一夏」

 

ブザーが鳴り響き、照明が落ちる。

 

俺達が舞台袖に移動すると同時にセット全体にかけられていた幕が上がっていき、アリーナのライトが点灯した。

 

「昔々、あるところに、シンデレラという少女がいました」

 

「良かった。普通の出だしだ」

 

「だと思うか?」

 

そんなわけはない。あの会長に限って、というよりも原作だって絶対にマトモじゃなかった。

 

「否、それは最早名前ではない。幾多の舞踏会を潜り抜け、群がる敵兵をなぎ倒し、灰燼を纏うことさえ厭わぬ地上最強の兵士達。彼女らを呼ぶに相応しい称号……それが『灰被り姫(シンデレラ)』!」

 

「え?」

 

「今宵もまた、血に飢えたシンデレラ達の夜が始まる。王子達の冠に隠された隣国の軍事機密を狙い、舞踏会という名の死地に少女達が舞い踊る!」

 

「は、はぁ⁉︎それもうシンデレラじゃなくなってるじゃないですか、楯無さん!」

 

一夏のツッコミはもっともだ。あの会長はある意味では束に精通している。別に他人を巻き込んでもいいか思考の束よりもタチが悪いのはあの会長は他人を巻き込む事を念頭に置いている。振り回されるこっちの身にもなれ。

 

「吠えるのはいいが、逃げるぞ一夏。ここにいたらーー」

 

「もらったぁぁぁ!」

 

「チッ!もう来たか!」

 

いきなりの叫び声と共に現れたのは白地に銀のあしらいが綺麗なシンデレラ・ドレスを身に纏った鈴。

 

指の間に中国の手裏剣ーー飛刀を挟み、それで俺達を的確に狙ってくる。

 

「馬鹿!死んだらどうすんだよ!」

 

「安心しなさい、一夏!私があんたを殺す事なんてありえないわ!ちゃんと服狙ってるから問題ないわ。あんたが変な避け方さえしない限りね!」

 

と豪語する鈴。

 

言うだけあって、確かに頭部への投擲は一度もない。王冠を叩き落とすにも、それだと俺達が危ないからだろう。さっきから装飾の凝った部分を狙ってきて、その場に繋ぎとめるつもりだ。

 

「いいから、寄越しなさい!無駄な抵抗は傷を増やすだけよ!」

 

「じゃあ攻撃するなよ!」

 

「それは無理な話、よ!」

 

投擲された飛刀をテーブルの上にあったティーセットのトレーで防ぐ一夏。それを鈴が飛び蹴りで吹き飛ばし、続けざまにかかと落としをかました。殺す気はないが、何がなんでも王冠は欲しいらしい。

 

と、その時、赤い光線が視界をちらついた。

 

咄嗟に身を仰け反らせるとチュンッ!という音と共に地面に何かが当たった。

 

スナイプされてるのか。となると相手はセシリアか。

 

サイレンサー装備で発砲音とマズルフラッシュがわからない上にセシリアの性格上、弾は麻酔弾のはずだ。偶然でも実弾が当たるとえらいことになるからな。当たるとその場でおねんねって事か。

 

おまけに連射性にも優れているらしい。立て続けに俺の王冠めがけて撃ち込んできた。

 

ここじゃ遮蔽物が少ないし、分が悪いか。

 

俺は全力で襲われている一夏の元へと走る。

 

「来たわね、将輝!あんたの相手はセシリアだけど、あんたとこうして闘ってみるのも乙なものよね!」

 

「生憎と俺は戦闘狂じゃない!一人でやってろ!」

 

飛んでくる飛刀。俺の痛覚が鈍い事を知ってか、それとも単にスイッチが入ってるのか、飛刀の軌道は俺の動きを制限するために関節を狙ってなかなかの速さで飛んでくる。

 

だが、甘い!

 

俺は腰のレイピアを抜き、全て叩き落とした。

 

「全部叩き落とすなんてやるじゃない!やっぱりあんたは最っ高の獲物ね!もっともっと闘いましょう!」

 

ええい、戦闘狂め!

 

「一人でやってろって、言ってるだろ!」

 

鈴が腰に携えていた青龍刀を抜くよりも早く、距離を詰めて、そのまま力任せに投げ飛ばす。

 

前よりも力は劣るが、それでも俺は十分規格外。逃げ回るだけならなんとかなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ⁉︎ホントに化け物並みの力ね。おまけに射線軸にあたしを投げるなんて」

 

姿勢を立て直し、セシリアの目の前に着地する鈴。

 

「流石は将輝さんですわ。抜かりがありません」

 

「感心してる場合?いくら別の目的があるって言っても、出来ることなら『報酬』は欲しいでしょ?」

 

肩にスナイパーライフルを担いで感心したように言うセシリアに嘆息する鈴。

 

このイベントは将輝が言った通りの出来事を起こすための前座だ。本命は別にある。

 

だが、それでも楯無はそれだけではモチベーションが上がらないといい、結果として、『二人の男子の王冠のどちらかを奪えば、その所有者と同居できる』という報酬が彼女達にはあった。もちろん、それを将輝も一夏も知らないし、例え知って将輝がわざと箒に渡すようなことがあればそれは不問となる。

 

もっとも、内容はともかく、鈴のモチベーションから将輝はおおよその事情を察しているのだが。

 

「もちろんですわ。ですが、わたくしは正面から狙っても躱されますので、パートナーがいなければ成立しません。鈴さんのように、標的が別の方でないと」

 

「箒もラウラも絶対に将輝狙いだもんね。シャルロットは前に出て身体を張るタイプでも無さそうだし……」

 

「ですから鈴さん。頑張ってくださいね、援護は完璧にこなしますから」

 

「言うじゃない。そう言うからには一夏の王冠も将輝の王冠もあたし達が取るわよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ。ここまで来れば後は適当に身を潜めれば大丈夫そうだな」

 

「はぁ……はぁ……あの二人、何であんなに王冠(これ)が欲しいんだ?」

 

「さあな。あのバ会長が何か吹き込んだんじゃないか?」

 

まさかとは思うが原作通りに取った奴は同じ部屋にするみたいなのじゃないだろうな。洒落になってないぞ、それ。

 

「とにかく、その辺に隠れてやり過ご「せると思ったか?」ッ⁉︎」

 

その場を飛び退くと数瞬遅れでそこにサバイバルナイフを手にしたラウラが降り立った。

 

刃は潰されてるが、地面に突き刺さる辺り、刺さることには刺さるって事か。

 

「甘いな。お前達二人には常に監視の目がついている。隠れてやり過ごせるなど思わない事だな」

 

「……で、ラウラもこれ、欲しいわけ?」

 

「無論だ。こうしてお前と闘うのは二度目だからな。リベンジさせてもらう」

 

両手にサバイバルナイフを構え、ラウラは肉薄してくる。こいつの場合、報酬みたいなのを抜きにしても、ガチでやり合ってきそうだ!

 

レイピアで相手をするのは危ないので、俺は先程拾った鈴の飛刀でサバイバルナイフを受け止める。かなり無茶だが、怪我させると危ないからな。

 

「ほう。それは凰鈴音の持っていた飛刀だな。投擲武器で私のナイフとやり合うか……面白い!」

 

演り合う気はあっても、殺り合う気はないんだけどな。

 

そんな俺の心情もラウラには通じず、攻め手はどんどん苛烈さを増していく。さっきの鈴よりも加減されていない。多分、王冠とかどうでもいいんだろうな……なら!

 

放たれた回し蹴りを俺は避けずに敢えて受ける。脇腹にモロに入ったが、その程度で根をあげられるほど、柔な身体の作りじゃ無くなってるからな。

 

何はともあれ、捕まえた。後は思いっきり投げ……⁉︎

 

「一夏!伏せろ!」

 

「え?お、おう!」

 

混乱している一夏だが、俺の言葉通りに身を屈める。

 

俺も掴んでいたラウラの足を離し、ラウラを突き飛ばした後、飛び退くと絶妙な角度で円月輪(チャクラム)が飛んできた。

 

「あちゃー、気づかれちゃった」

 

「しゃ、シャルまで⁉︎一体全体何がどうしたっていうんだ⁉︎」

 

どうやら一夏の中ではシャルロットだけはこれに参加していないと思っていたらしい。いや、まあ。シャルロットも一夏の事を好きなわけだから、何かあるとすれば参加しない道理がない。だって、ラウラも参加してるのに。

 

つーか、ここまで来ると箒が出てきてない事が不気味すぎる。いや、もしかしたら参加してない可能性……「ま、将輝」はたった今無くなりました。

 

其処にはシンデレラ・ドレス姿で日本刀(当然刃は潰されてる)を構えた箒が。成る程、シャルロットはともかくとして、原作の一夏はこれよりも危ない状況を一人で潜り抜けてきたのか。

 

「一夏。マジでお前尊敬するよ」

 

「?何のことだ?ていうか、それよりもどうやって逃げるんだ、これ⁉︎」

 

そうこうしているうちにセシリアと鈴も来た。唯一の退路と思しき場所には箒が立っているし、馬鹿正直に相手をしてたら、セシリアとシャルロットに王冠を掻っ攫われる。

 

「詰みだな。大人しく王冠(それ)を渡せ。そして私と闘え」

 

いや、これ渡すと俺負けになるんだけど。

 

「大丈夫だ、将輝。そ、それさえ渡してくれるのなら、私はお前を守る……ぞ」

 

「それはわたくしも同じですわ。目的はあくまでその王冠にあるわけですから」

 

だからこれ渡しちゃうとダメなんだって。しかも渡そうとしたら電撃待った無しだからな。この場で自滅すると元も子もない。

 

仕方ない。こうなったら……

 

「一夏。口閉じてろよ」

 

「へ?」

 

一夏の足を掴んで、そのまま力任せにぶん投げた。

 

「あ、あぁぁぁぁ……」

 

良し。これで鈴とシャルロットはあっちに注意が……

 

「ちょい待て。なんで全員一夏には目もくれないんだ」

 

「元々、私は織斑一夏に興味はない」

 

「私も目的は将輝だからな」

 

「鈴さん、一夏さんはあちらに参りましたが」

 

「追いかけたいけど、将輝が一夏と合流したら鬼ごっこが始まるでしょ。なら、ここで闘いを楽しみつつ、将輝を先に倒したほうが妥当でしょ。ていうか、こんな美味しいの譲れるわけないじゃない」

 

「だね。こっちの方が確率上がるし、全員で一人に当たった方が効率良いから」

 

そ、そう来たか。となると俺は自分の生存確率を下げただけじゃね?

 

流石にこの五人相手に逃げるのはハードル高過ぎるぞ。おまけに若干二名は俺と闘うことがご所望らしい。勘弁してくれ。

 

「さあ、どうする?大人しく軍門に下るか。それとも私達とやり合うか。私としては後者を希望するが、一人で何処まで持つかな」

 

おおっ、ラウラの顔つきが完全に軍人っぽくなってる。最早、これの趣旨完全に忘れちゃってる顔してるよ!

 

確かに何時まで持つだろうか。囲まれた状態、おまけに俺は壁に追い詰められてる。高さ十メートル弱の。

 

普通に走り抜ければ簡単……にも見えるかもしれないが、セシリアとシャルロットの後方支援に前衛の箒、鈴、ラウラ。ある意味完璧の布陣に王冠守りつつ逃げるのはかなり無理ゲー。前と違って、全力ジャンプで十メートル跳ぶとか出来ないからね。五メートル行くか行かないかが限界。

 

お手上げか、と思っていたら、上から声がした。

 

「……残念。一人じゃなく、二人」

 

「簪⁉︎」

 

「……私の半身。助けに来た」

 

そこにいたのはシンデレラ・ドレスを翻し、こちらを見下ろしている簪。

 

なんとも絶妙なタイミングなのは多分狙ってやったに違いない。だってガッツポーズしてるし。

 

「ところで簪はそこから飛び降りられるのか?」

 

と素朴な疑問を箒がぶつける。

 

すると簪は不敵な笑みを浮かべる。

 

「……そんな事、無理に決まっている」

 

「カッコつけたかっただけかよ!」

 

「……だって、こんなベストタイミング狙わないと出来ないし……」

 

か、簪の助けに一瞬でも期待した俺がバカだった。あの子ただの厨二病だもん。ISに関しては凄いけど。

 

「でも、安心して。助けるのは事実」

 

「ふふん、そんな所からあたし達に何が出来るの?下手な飛び道具なんて牽制にもならないわよ」

 

「それはわかっている。だから……」

 

スカートの裾をつまんであげる簪。

 

するとスカートの中から浮遊する二十個の丸い球体が現れた。

 

「足りないものは他で補う。……行って、ファンネル」

 

「ファンネルだと⁉︎」

 

ラウラが驚愕の声を上げた。うん、俺もびっくりだよ、あの子なんてもの作ってるの⁉︎そして剰え、どんなタイミングで使用してるの⁉︎

 

「あれはビット⁉︎イギリスでもあれだけの数のものを使用する段階には至っていませんのに!」

 

「それにあれだけの数を動かすとなると空間認識能力がかなり高くないと出来ないよ。そうなったら、同時に動かすことはできない筈だけ、ど!」

 

縦横無尽に動くファンネルから、ビーム……ではなく、何か小さいものが発射される。

 

これは……コルクか?大怪我はしないけど、当たったらかなり痛いぞ。まぁ、他の面々に比べればマシか。セシリアのはともかくとして、他の面々は当たりどころが悪いとシャレにならん。

 

「くっ………射程距離外から攻撃してくる分、対応に困るな。ならば……」

 

箒は飛んでくるコルク弾を日本刀で叩き落とし、射撃が止まった瞬間に俺に接近してきた。

 

「ジリ貧になる前に目的を達成させてもらう!」

 

「……貴女なら、きっとそう言うと思った」

 

その時、俺の肩を何かが掴んだ。

 

それは機械で出来た手。ぶら下がったワイヤーのようなものが簪の方に………まさか。

 

「しっかり掴まってて」

 

「いや、これに掴まるも何も……」

 

掴まれてるのは俺の方なんですが。

 

瞬間、俺は思いっきり真上に引っ張られた。

 

凄まじい勢いで引っ張られ、そして空中に投げられたので、そのまま体勢を立て直しつつ、着地する。

 

「ホント、無茶苦茶するよな、簪」

 

「……この仮の体のスペックではあの五人の足元にも及ばない。本気を出す事がかなえば、右腕だけで全員消炭」

 

「邪眼の力を舐めるなよ!ってか?消し炭にしちゃマズいだろ」

 

「……それもそう。失念していた」

 

え、今の冗談だよな?消し炭に出来たらしてんの?簪なら厨二病の勢いだけでしそうなのが怖いんだけど。

 

「それはそうと、彼はーー織斑一夏は何処?」

 

「一夏なら、さっき思いっきりぶん投げたんだが………何処に行ったんだろうな」

 

あいつの事だし、多分無事だとは思うんだが。

 

と、簪が顎に手を当てた。

 

「それはマズい」

 

「マズいって………まさか」

 

俺が視線で問いかけると簪は頷いた。

 

「既にこの会場に標的が侵入している」

 



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いるはずのない乱入者

「痛たた……かなり投げられたなぁ」

 

将輝に投げ飛ばされた一夏は服についた汚れを払い、立ち上がった。

 

「これってどの辺なんだ?投げられたから距離感がわからないし、向きもわからないんだよな」

 

辺りをキョロキョロと見渡すものの、セットの位置を把握していない一夏には自分が現在どの位置にいるかが把握できなかった。

 

「兎に角早く合流しよう。一人の時に接触すると色々マズいし……」

 

『さあ!ただいまからフリーエントリー組の参加です!皆さん、王子様の王冠目指して頑張ってください!』

 

「はぁ⁉︎」

 

楯無のアナウンスと共に地響きのような足音が響き渡る。

 

正体は見なくともわかる。

 

おそらくはIS学園の生徒たちであろうことはこの学園に通っている一夏からしてみれば、至極簡単な答えだった。

 

「こりゃ、こっちの方もマズいぞ」

 

いくらシナリオ通りに事を進めようとはいえ、これは些か以上にやり過ぎだ。

 

早く将輝と合流しよう、一夏がそう思った時の事だった。

 

「織斑さん、こちらへ」

 

少し離れた位置、セットの下にある扉から手招きをする人物の姿があった。

 

暗いためによく見えず、一夏が目を細めてみると、そこにいたのは、つい先刻、二人に名刺を渡した人物、巻紙礼子だった。

 

相変わらずニコニコとした笑みを浮かべたまま、手招きをする姿を見て、一夏は警戒心を上げる。

 

他でもない。

 

この舞台はこの人物をこの学園から逃さないために用意された舞台なのだから。

 

「どうかなさいましたか?織斑さん?」

 

一夏の反応がおかしいことに疑念を抱いた巻紙礼子は疑問の声を上げる。

 

疑われている、そう気づいた一夏は一刻でも時間を稼ごうとその疑念を晴らすように言葉を発した。

 

「すみません。いきなり下から人が出てきたからびっくりして。俺、幽霊とか苦手なんで」

 

別段、一夏は幽霊が苦手なわけではない。

 

オカルト的なものは寧ろ好きな方だったし、幽霊よりも怖い存在は一番身近にいるためにそんな存在に恐れ戦くこともなかった。

 

「そうですか。大丈夫ですよ、私は生きてますから」

 

(そりゃまあ、私は幽霊です、なんて言われたら、リアクションに困るよな)

 

巻紙礼子の返事に一夏は苦笑して返す。

 

おそらく誰かはこの状況に気づいているはずであることを信じて、一夏は無いに等しい弁を振るう他ない。

 

疑念を抱かれないよう歩みよりつつも、彼女の攻撃圏内に入らない立ち位置へと立つ。

 

この間合いに関しては剣道や、最近の楯無の特訓で培われたものだ。将輝であれば、相手の間合いでも躱せるのだろうかと思いながら、一夏は口を動かす。

 

「巻紙さんもこの劇に?」

 

「はい。こうして、学生の催し物に参加すると、若い頃を思い出しまして」

 

「今も十分若いですよ、巻紙さんは」

 

実に他愛のない話。

 

だが、その他愛のない話にも一夏は気を配る。

 

間違えて、相手のタイミングに持って行かれないように冷静に考える。

 

「織斑さんも大変ですね。男性は二人というのはなかなか辛いでしょう」

 

「ええ、まあ。最近はそれにも慣れてきました」

 

最初は本当に辛かったものの、最近になって大分楽になってきたのは事実だった。

 

それが感覚が麻痺してきただけなのか、女子という生き物に慣れたのかは甚だ疑問ではあるが、それでも今の学園生活はとても充実していた。

 

良い感じに時間稼ぎができている。

 

そう一夏が実感した時だった。

 

「織斑さん。そろそろ時間稼ぎがやめませんか?」

 

「……へ?」

 

「だから、下手な時間稼ぎはやめろっつってんだよ、クソガキ」

 

瞬間、空気が変わった。

 

一夏は咄嗟に横に身を投げると、空気を切るような音が耳元を掠めた。

 

「チッ。無駄に反応は良いみてぇだな」

 

(いきなり攻撃してきた⁉︎それもそうか、テロリストだもんな!)

 

距離をとりつつも、一夏は白式を出す事はしない。元からそういう手はずだ。

 

緊急事態と複数でいる時以外は誰かが来るまでISを使用しない。

 

そうすれば、ISを奪われる事はないのだから。

 

「あんた、何者なんだ!」

 

「ああん、謎の悪の組織の美女様だよ、それとも、オータム様って言えばわかんのかよ、ああ?」

 

「ふざけるな!」

 

「ふざけてねえっつーの!じゃねえとてめえらみたいなクソガキと喋るわけねえだろ!」

 

そう言って巻紙礼子ーーオータムは一夏に迫り、腹部に蹴りを放つ。

 

なんとか腕でガードする事で防いだものの、相手の蹴る威力が高かったため、後方に転がる。

 

「ったく、下手な時間稼ぎしやがって。救援でも待ってたつもりかよ。ここには誰も来ねえよ。私がそうしたからな」

 

「それじゃあ、お前の……仲間も……来れないじゃないか」

 

「はっ!てめーみたいなガキ一人。一人で十分だっての」

 

オータムの答えに一夏はニヤリと笑った。

 

「だ、そうです。楯無さん」

 

「誘導尋問ご苦労様。名演技だったわよ、一夏くん」

 

「何⁉︎」

 

突如した第三者の声にオータムは目を剥いて後ろを振り向く。

 

そこにいたのは妖艶な笑みを浮かべ、扇子を広げた少女ーー更識楯無の姿があった。

 

「ああん?何者だ、てめえ。つーか、どこから入りやがった?」

 

「どこから入ったも何も、私は初めからこの場所にいたもの。いくら閉じ込めても無駄じゃないかしら?」

 

「はぁ?何言ってんのかわかんねえが、取り敢えず、てめえは死んどけや!」

 

スーツを引き裂いて、背後から鋭利な爪が現れる。

 

蜘蛛の足によく似たそれは、刃物のような先端を黒光りさせ、そのまま楯無目掛けて突き刺した。

 

何の抵抗もする事なく、貫かれた楯無を見て、ニヤリと笑うオータムだが、すぐに眉を顰めた。

 

「なんだ、お前……?手応えがないだと……?」

 

「うふふ」

 

にこりと楯無が微笑むと、次の瞬間にはその姿が崩壊した。

 

「⁉︎こいつは……水?」

 

「ご名答。水で作った偽物よ」

 

余裕たっぷりの声で言い放つ楯無は、既にオータムの真後ろにいた。

 

ぎくりとして振り向くオータムを、楯無はランスで薙ぎはらう。

 

「くっ……!」

 

「今のを反応出来るのは流石といった所かしら。けれど、最初に私は『初めからいた』と言っていたのに、何もしていないなんて思ったの?」

 

「ちぃっ、つべこべ言ってんじゃねえぞ!」

 

「あら残念。私はお喋りが好きだから、つべこべ言っちゃうのよ」

 

振り下ろされた一撃を楯無はランスで受け止めると同時にISを展開させる。

 

「更識楯無。そしてIS『ミステリアス・レイディ』よ。覚えておきなさい」

 

楯無を包むそのISは通常のISとは異なる姿をしていた。

 

全体的に狭く小さいアーマー。

 

それをカバーするように形成されている透明の液状フィールドは、さながら水のドレスのようでもあった。

 

そんな独特の外観の中でも、一際目を引くのが、左右一対の状態で浮いているクリスタルのようなパーツ。

 

アクア・クリスタルと呼ばれるそこから同じく水のヴェールが展開され、大きなマントのように楯無を包み込んでいる。そして手に持ったランスの表面にも水の螺旋が流れ、まるでドリルのように回転し始めていた。

 

「けっ!邪魔者はさっさと殺してやらぁ!」

 

「うふふ。テンプレ発言ありがとう。これじゃあ、私の勝ちは確定ね」

 

そう言って楯無はランスによる攻防一体の攻撃を開始する。

 

八本の脚、それに加えて二本の腕で攻撃を繰り出すオータムとIS『アラクネ』に対し、一つしかないランスでそれら全てを凌ぎきる。

 

その様子にオータムに苛立ちが募る。

 

腰部装甲から二本のカタールを抜き、オータムは自らの腕を近接戦闘に、背中の装甲脚を射撃モードに切り替えて応戦するものの、嵐のような実弾射撃を、水のヴェールで全て受け止め、無効化する。

 

「そんな雑な攻撃じゃ、水は破れないわ」

 

「ただの水じゃねぇなぁっ⁉︎」

 

「あら、鋭い。この水はISのエネルギーを伝達するナノマシンによって制御しているのよ。凄いでしょ?」

 

喋りながらも、その手は止まらない。

 

オータムの巧みなカタール二刀流の攻撃を、ランスで受けては逸らし、必要に応じて脚までも使っては完全に攻撃を封殺していた。

 

「なんなんだよ、てめえは⁉︎」

 

「二回も自己紹介はしないわよ、面倒だから。それにーー」

 

自分の攻撃を完全にいなされていることにオータムは次第に苛立ちを露わにしていくが、それは完全なる愚行であった。何故ならばーー

 

「もう一人。ISを使える人間がいるのを忘れてなーい?」

 

「おおおおおっ!」

 

オータムの背後から、白式を纏った一夏が《雪片弐型》を最大出力で展開し、瞬時加速で迫っていた。

 

後の事を考えていない、その攻撃は避けられればそれで終わりだが、意識は完全に楯無にあり、一夏の事など眼中になかったオータムに一夏の奇襲は予想だにしない事だった。

 

「なぁっ⁉︎てめえーー」

 

「これで終わりだぁぁぁ!」

 

何とか反応したオータムは咄嗟に八本の脚を集中させて斬撃を頭上で受け止める。

 

だが、一夏の斬撃は止まらない。

 

「な……ッ!」

 

勢いそのままに八本の脚は切り裂かれ、破片と化す。

 

そしてそのまま返す刃でISを完全に無力化しようとする。

 

「ちぃっ!そう簡単にやられるかっつーの!」

 

懐から四本脚のついた装置を取り出し、それを攻撃のみに全意識を向けている一夏に着ける。

 

「ぐっ……ああああああああっ!」

 

やった、と確信していた一夏は突如全身を襲った激痛に苦悶の声を上げ、その場にくずれおちる。

 

オータムが一夏に着けたそれは、今回の作戦の要。

 

白式、或いは夢幻を強奪するために渡された代物。

 

その名を『剥離剤(リムーバー)』という。

 

しかし、このままではやられると判断したオータムは、任務を遂行させる事よりも、自分の身の安全を優先した。

 

結果として、一夏から白式は奪えないまでも行動は不能になり、一瞬楯無が一夏に気取られているうちに急いで距離をとる。

 

「っ……あら、もう帰るの?」

 

「気にいらねえが、今回はミスった。てめえらの勝ちって事にしといてやるよ」

 

「そう。でも、そう言うのって負け惜しみって、言うのよ?」

 

「はっ!そんな余裕ヅラでいられるのもここまでだぜ」

 

一瞬、怒りに顔を歪ませるオータムだが、なんとかなけなしの理性でそれを抑える。

 

そしてISが圧縮の空気音と共にオータムから離れた。

 

「一夏くん!」

 

何が起こるかを理解した楯無が一夏の前に躍り出て、水のヴェールを最大展開で自分達を包み込む。

 

例え、絶対防御があったとしても、近距離から自爆に巻き込まれたら無傷では済まない。

 

まして、奪われはしなかったとはいえ、一夏は白式を解除されている。もしも、そんな状態で爆発に巻き込まれようものなら、命に関わる。

 

「一夏くん、大丈夫!?」

 

「な、なんとか……ISも取られてませんし……」

 

「ISよりも一夏くんよ。目立った外傷はないみたいだけど……どう?」

 

「大丈夫、です。立てます」

 

ふらふらと立ち上がる一夏。

 

意識もはっきりしているのを確認した楯無はひとまず、プライベート・チャネルを開いた。

 

『将輝くん。作戦の第一フェーズは一応成功(・・)よ。後はそちらに任せるわ』

 

『了解。後はこっちに任せてくれ』

 

『ええ。健闘を祈るわ』

 

そう言ってプライベート・チャネルを閉じる。

 

(ここまで上手くいくと逆に怖いわね)

 

ふう、と息を吐き、楯無はほぼ予定通りに作戦を運べている事に一抹の不安を覚えていた。

 

今回の作戦。

 

この学園に襲撃してきた人物を無力化。そして捕縛するといったものだ。

 

そして一夏と楯無の役割は可能であれば捕縛。最低でもISの無力化だった。

 

立案者は将輝であり、一年の専用機持ちはもちろんのこと、楯無や千冬でさえ首を縦に振った。

 

それはひとえに将輝の知識によるもので、対策を取りやすかったからなのだが、ここまで上手くいくと、逆にイレギュラーが起きた際に一瞬で瓦解しかねないという脆さもあった。

 

機械でない以上、全てが思惑通りなどということはない。

 

出来れば自分もすぐに合流しておきたいところであるが、ダメージを受けた一夏を放置することはできないし、将輝や一夏を一人で行動させるのも今作戦中は避けるようにとなっているため、一夏を置いて合流することは出来ない。

 

「将輝達、大丈夫かな」

 

「さてね。私達はやる事はやったんだから、後は信じて待つしかないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(クソ!何が簡単な仕事だ、ふざけやがって、あのガキ!)

 

IS学園の敷地を走り抜けながら、頭の中で何度も毒づく。

 

今日の潜入はオータムにとって、予定外のものであり、本来なら寮の部屋にいるときに襲う計画だった。

 

突然の同居によって大幅に修正せざるを得なくなったものの、一人きりにならない時はない。そのタイミングを計って計画を遂行するつもりだった。

 

(大体どうなってやがる。なんでバレてやがるんだ!)

 

今回の潜入計画を用意した少女は心底気に入らないが、わざわざ作戦を漏らすような馬鹿な真似はしない。何せ、組織を裏切れない立場にあるのだ。そんな事をすれば命はない。

 

結局、計画は失敗。ひとまず逃げる事は叶ったが、この作戦の立案者はまた自分を馬鹿にするだろう。

 

そう考えるだけでオータムの中で殺意が膨れ上がる。

 

ようやくIS学園から離れた場所にある公園までたどり着くと、公園の水飲み場が目に付いた。

 

ここまで走ってきて、流石のオータムも喉の渇きが気になっていたところだった。

 

ちょうど良いと蛇口をひねり、水を飲もうとしてーー。

 

「ーー予想通りだな」

 

「っ!?」

 

突然頭上から聞こえてきた声にはっとして上を向くが、時すでに遅し。

 

AICによって、オータムは完全に拘束されていた。

 

「くそっ!ドイツのISだな!?」

 

「その通りだ。亡国機業(ファントム・タスク)

 

ラウラの静かな声が響く。

 

その視線はどこまでも続く氷河のごとく冷たさを感じさせた。

 

「動くな。狙撃手がお前の眉間に狙いを定めている……といっても、ここに来るより以前からの話だがな」

 

「何……っ!?」

 

「気づいていなかったのか?誘導されていた事に」

 

その言葉にオータムは驚愕に表情を染める。

 

誘導しているようなところはまるで見受けられなかった。

 

警備もさして変わらない。人通りも多くもなく少なくもなかった。

 

第一、誘導しているのならどこかに違和感を感じていてもおかしくはない。

 

なのに気がつかなかったということにオータムはただ驚愕していた。

 

ーーもっとも、特に誘導していたわけではないのだから、当然の事で、狙撃手の言葉さえもブラフであり、ここにはラウラしかいないのだが。

 

「さて、洗いざらい吐いてもらおうか。おおよその調べはついているが、詳細までは知らないからな。話してもらうぞ、オータム」

 

軍で手に入れている情報と、将輝からの情報。

 

それらを合わせても、秘密結社の情報は微々たるものだった。

 

そして分からないのなら直接聞くほかない。

 

そういった意図も含め、今回の作戦は決行されていた。

 

「はっ!誰が言うかよ!」

 

「だろうな。だが、安心しろ。私には尋問の心得も多少ある。いくら時間をかけてもいいぞ」

 

そう言って、ラウラはオータムをAICで固定したまま、空へと飛び上がる。

 

『作戦第二フェーズ終了。対象を捕縛した。そちらはどうだ?』

 

『将輝の予想通りだ!仲間と思しき奴が来た。機体は……どうやらセシリアの国のものらしい』

 

『……サイレント・ゼフィルスか。これも将輝の話通りだな』

 

プライベート・チャネル越しに伝えられた情報にラウラは感嘆の息を漏らした。

 

将輝の言葉に疑惑を持っていたわけではないが、信憑性は高まり、これで確固たるものとなった。

 

よもや、亡国機業も全ての行動が事前に知られているとは思っていなかっただろう。

 

奇襲作戦を仕掛けるどころか、罠に嵌められてしまっているなど、あり得ないとさえ思っているはずだ。

 

『そちらの状況はわかった。対象を教官に引き渡し次第、そちらに合流する。二人で持ちこたえられるか?』

 

『ああ。少しセシリアの様子が気になるが、すぐに鈴とシャルロットも来る。任せておけ』

 

「私の仲間が貴様の仲間と交戦中だそうだ。もっとも、すぐに会えるだろうがな」

 

「仲間……?っ……もしかして、スコー……」

 

「さあな。どちらにしても、貴様には関係あるまい」

 

オータムを固定したまま、IS学園の方向に向かおうとしたその時だった。

 

『ラウラ!箒たちが交戦してるのとは別にもう一機行ったぞ!』

 

『何?』

 

簪と共にオペレーターに回っていた将輝からの通信を受け、空を見上げるがーー。

 

「Mからの通信で飛んできて正解だったわ」

 

ーー僅かに遅かった。

 

「なっ!?」

 

今度はラウラが驚く番だった。

 

突如飛来してきた火球がラウラを吹き飛ばす。

 

AICは解除され、オータムはなす術なく宙を舞うものの、すぐに救援に来た何者かによって受け止められた。

 

「スコール……っ!」

 

「迎えに来たわよ、オータム。大丈夫?怪我はないかしら?」

 

優しげな笑みを浮かべるスコールと呼ばれたブロンドヘアーの女性。

 

それを見て、ラウラは思わず歯噛みした。

 

計算に入れておくべきだった。

 

彼等が陣取っている場所が日本国内の、それも比較的IS学園に近い場所にあるということを。

 

仮に救援を要請したとして、一分と経たずにここまで来るということは国外ではない。例えISでも、国外からここまで来るのに一分以内というのは無理がありすぎる。

 

不意打ち気味に一撃をもらったラウラだが、幸いにもスコールがオータムの事を考えて加減していたために、大したダメージは見受けられない。

 

左目の眼帯を外すと、すぐさまラウラは態勢を立て直す。

 

「スコール・ミューゼルだな?」

 

「ええ。流石はドイツ軍人。名前ぐらいは知っているのね」

 

余裕のある表情で、スコールは肯定した。

 

それはひとえに自分の方が強いという確信からくるものであり、オータムを庇っていても遅れをとらない自信がスコールにはあった。

 

それとは対照的にラウラの表情は険しく、実力差をすぐに悟ってしまっていた。

 

(私一人ではこの女には勝てんか……ならば)

 

ラウラはその場から飛び上がり、スコールから距離をとる。

 

この作戦はあくまでも『全員無事』であることが前提条件であり、イレギュラーが起こった場合には対象よりも自分を優先するようにとラウラは特に言いつけられていた。

 

「あら、逃げるのかしら?」

 

「ああ。軍人は上官に従うもの。今作戦の上官に『無理はするな』と言いつけられている。貴様が来た時点で作戦は失敗だ。それとも、報復に出るか?」

 

「まさか。こちらも作戦が失敗した以上、ここにいる意味はないもの」

 

そう言うとスコールもまた、ラウラから距離を取り、そのまま離脱していった。

 

今回はあちらが戦うことを優先していなかったことに僅かに感謝する。

 

戦っていれば十中八九負けていた。

 

国家代表クラスの実力を有しているであろうことにはすぐに気がついていた。

 

故に、もしも戦うような事になれば、到底一人では太刀打ちできない。

 

結果として今回はお互いに痛み分け。事前に情報を得ていたにもかかわらず、芳しい結果を得られる事はなく、ラウラはひとまずIS学園へと帰還するのだった。



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原作六巻〜未来からの来訪者〜
カワルミライ


「ごめん。全部俺の責任だ」

 

学園祭の終わった翌日。

 

生徒会室に集まった一年の専用機持ちと楯無の前で将輝は頭を下げた。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんで将輝が謝るんだ?別に何も悪くないだろ?」

 

一夏は戸惑いの声を上げるものの、それとは対照的に他の専用機持ちは沈黙を貫いていた。

 

「今回の作戦。主導権は殆どこっちにあった。もっと慎重に事を運ぶべきだった」

 

「いや、でもーー」

 

「まったくだ。今回の一件はお前にしてはいささか功を焦りすぎたと私は思う」

 

一夏が二の句を告げる前に、ラウラがピシャリと言い放った。

 

「……私もそう思う、かな。何時の将輝なら、多分もっと慎重にやってたと思う」

 

「……今回の作戦。穴は無かったのは事実。けれど、一つのイレギュラーで壊れるリスクがあった。その対策をせずに作戦を決行したのは、確かにミス」

 

そしてラウラに続くようにシャルロットと簪も言う。

 

「それもそうね。あんたにしては、ちょっと今回雑じゃない?ゲームでもねちっこい事してくる癖に今回はなんだかんだ実力行使だったわけだし」

 

時々ゲームをしては、将輝に上手い具合に嵌められる鈴からしても、将輝の今回立てた作戦がやや杜撰であった事は感じ取れていた。

 

箒やセシリアは目を伏せて何も言わずにいた。

 

想い人であるがゆえに擁護したい気持ちもあり、また作戦に参加した身としてはやはりラウラ達と同じ気持ちである為に発言するのを控えたのだ。

 

特にセシリアはわかっていた(・・・・・・)事とはいえ、敵のテロリストが姉妹機である《サイレント・ゼフィルス》を使用していた事にショックを受けていた。

 

「まあまあ。彼にも事情があるんだから、その辺りを聞いてみましょう」

 

やや重たくなっていた空気を変えるように楯無が仲裁に入る。

 

別に彼等の間で空気が悪くなっていたわけではないが、それでも多少は居心地の悪さもなくなるだろうと思っての計らいだ。

 

そして、楯無の言葉を皮切りに将輝が口を開く。

 

「前に言ったよな?俺はこの世界の事を知ってるって」

 

確認するような言葉に全員が頷く。

 

「でもさ、それにも限りがあるんだ。俺は全部知ってるわけじゃない。少なくとも、俺の持つアドバンテージは後二ヶ月しかない(・・・・・・・)

 

『っ!?』

 

全員が驚きの表情に包まれた。

 

それはまるで、いつかの再現のように。

 

「正確に言えばもう少し短いか。これから起きる出来事に先手を打てるのは後少しの間だけなんだ」

 

「……それが将輝が作戦を急いだ理由なのか?」

 

「うん。……でも、そのお蔭でミスるようじゃ、元も子もないけど」

 

自嘲気味に将輝は笑う。

 

自らのアドバンテージを活かそうとした挙句に、それを失うようでは元も子もない。

 

全ては早計だった。

 

或いはもっと早くに秘密を打ち明け、一つの綻びもない作戦を立てるべきだった。

 

何もかもが中途半端。

 

これでは必要以上に相手を警戒させるだけの行為でしかなかった。

 

「待て……二ヶ月程度だと?どういうことだ?」

 

「うん、それは私も気になるかも。将輝はこの世界の事を知ってるって言ってたよね?それって全部知ってるって事じゃないの?」

 

「それなら良かった。でも、そう都合の良いことばかりじゃない。俺がまだあっちにいたとき、インフィニットストラトス(この物語)は完結してなかったんだ」

 

「……って事は、あんたが知ってるのは途中までで、そこから先は何もわからないって事じゃない」

 

「そうなる。まぁ、前にも言ったように知ってても、俺がいる分相違点はいくつもあるわけだから、この後の展開はあんまり期待しないでくれ」

 

将輝がいる事で生まれた最大の相違点。

 

それは篠ノ之束が、完全に味方であること。

 

もちろん、手助けをするわけではないにしても、面白半分で彼女が敵に回らないという事は何より大きい。

 

姉妹間の関係を鑑みて、それはあえて口にしないものの、その分この後の展開が予測不可能になった事もまた事実であった。

 

「……大丈夫。こういう設定(能力)はよくあること。完全に未来を予測することは誰にも不可能」

 

「……一瞬、感銘を受けかけた俺が恥ずかしいよ」

 

どんなルビを振っているのか、予測出来た将輝は溜息を吐く。

 

真剣な場面でさえ、真剣な表情で平常運転の簪だが、実はそれなりに真面目に励ましたつもりだったりする。

 

「簪さんは置いておくとして……では、将輝さん。わたくしの姉妹機……《サイレント・ゼフィルス》についてですが……」

 

「……ごめん。俺が知る限り、こっちに戻ってきてはいなかったし、あくまでも俺の予想になるけど改造(・・)されてる可能性が高い」

 

「っ……そう、ですか……」

 

将輝の答えにセシリアの表情が曇る。

 

ある意味予期していたことだ。

 

あれだけ手際よくISを強奪した輩だ。そう簡単に取り返せるはずもない。

 

しかし、いざそう言われると、やはり来るものがあった。

 

何と言っても《サイレント・ゼフィルス》は《ブルー・ティアーズ》の妹であり、将輝の両親が手がけた機体なのだから。テロリストに好き勝手に使われて気持ちが良い筈などない。

 

「うーん……そうなると、将輝くんからの情報をアテにするのは、ちょっと難しいわね」

 

「今回の一件をあっちがどれぐらい警戒しているかにもよるけどな」

 

「まぁ、元々降って湧いたような話だったし、頼みの綱だったわけじゃないけど。なかなか痛いわね」

 

「だから、皆に謝らせてくれ。危険な目に遭わせておいてこのザマなんてーー」

 

「こーらっ。なんでも自分のせいにしないの」

 

楯無は手にしていた扇子で将輝の頭を軽く叩いた。

 

「確かに今回の作戦は少し急ぎすぎたのかもしれないけれど、元々私達は知らなかった(・・・・・・)のよ?それにこちらを警戒して、なりを潜めてくれるってことは当分来ないってこと。そう悪いことじゃないと思うわよ。ね?みんな?」

 

楯無の言葉に間を置かずして全員が頷いた。

 

確かに今回は色々と早すぎた。作戦が失敗した主な理由はそれだろう。

 

しかし、亡国機業が警戒心を高めるということはその分、襲撃してくる確率も下がるということに他ならない。

 

そして、遅れれば遅れるほどに専用機持ちは強くなっていく。予定通りに来ようが、それを遅らせようが、IS学園の人間にとっては好都合なのだ。

 

「はい、この話はここでおしまい。そろそろ生徒会の仕事もしたいから、後の事はこの強くて可愛いお姉さんに任せておきなさいな♪」

 

開かれた扇子には『才色兼備』の文字。

 

どちらにしろ、これ以上悔やんだところで仕方がないのも事実である。

 

どれだけ悔もうとも過去には戻れないのだから。

 

お開きになったということで、いつも通りの雰囲気に戻った事を確認して、楯無は一年の専用機持ちを生徒会室から退室させる。

 

扉が閉まる直前に『これからはさらに猛特訓が必要だな』というラウラの声が聞こえた事に苦笑しつつも、次いで聞こえた明るい声に気持ちの切り替えはできている事を確認する。

 

(そうよ。あなた達は強くおなりなさいな。ここから先は裏の人間(私達)の仕事なんだから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ!?一夏の誕生日って今月なの!?」

 

「お、おう」

 

数日が経過した頃。

 

寮での夕食を、いつもの面々で摂りながら、何気なく言い放った一夏の一言にシャルロットが大きな声を上げた。

 

一夏としては何のことはないと思っていただけに、シャルロットのリアクションにやや驚いていた。

 

「い、いつ!?」

 

「九月の二七日だよ。それより、ちょっと落ち着けって」

 

「う、うん。ところで、それって日曜日だったよね?」

 

「日曜日だな」

 

「そっか……うん、そうだよね」

 

呟きながら頷くシャルロットを不思議そうに眺める一夏。

 

すると、斜め前でビーフシチューを食べていたセシリアが一旦食事の手を止めて、口を開いた。

 

「一夏さん。そういう大事なことはもっと早くに教えてくださらないと困りますわ。同じ専用機持ちであり、級友なのですから」

 

「お、おう。すまん」

 

「いえ、別に謝る必要はございません。わたくしも、もっと早くに聞いておくべきでしたし」

 

セシリアは純白の革手帳を取り出し、二七日の欄に二重丸を描く。

 

その他のところにもびっしりと予定が書かれていのだから、セシリアの几帳面さが見て取れる。

 

「そうか、貴様の誕生日か。未熟ではあるが、一応は戦友だ。私も祝ってやろう」

 

ラウラのやや上から目線の物言いにも一夏はさして気にしない。これもなんだかんだと言っても、いつもの事だからだ。

 

因みに将輝、箒、鈴の三人は既に知っているので話に食いつく事はないし、簪は割とどうでも良さそうにしていた……が、ある事に気付いた。

 

「……二七日って、『キャノンボール・ファスト』の日じゃ……」

 

「ああ、だから四時くらいからするんだ」

 

全員が「そういえば」という顔をする。

 

ISの高速バトルレース『キャノンボール・ファスト』。

 

本来なら国際大会として行われるそれだが、IS学園では少し状況が違う。

 

市の特別イベントとして催されるそれに、学園の生徒達は参加する事になる。

 

とはいえ、専用機持ちと一般生徒の差は歴然であるため、訓練機部門と専用機部門に分かれている。

 

学園外でのIS実習となるこのイベントでは、市のISアリーナを使用し、臨海地区に作られたそれは二万人以上を収容できる。

 

「ん?そういえば、明日から『キャノンボール・ファスト』のための高機動調整を始めるんだよな?あれって具体的には何をするんだ?」

 

「基本的に高機動パッケージのインストールないしスラスターの増設とかだな。まぁ、俺の『夢幻』と一夏の『白式』、箒の『紅椿』にはそんなもんないけどな」

 

「うむ。だからすることと言えば、せいぜい駆動エネルギーの分配調節や各スラスターの出力調整ぐらいだろう」

 

「無くたって、あんた達のは十分に速いでしょうが……」

 

鈴はげんなりしつつ、そんな事を言う。

 

と言うのも、実は鈴の『甲龍』用高機動パッケージはこのままだと間に合わず、現状のまま挑むしかないのだ。

 

そうなった場合、ほぼ確実に負ける。

 

バトルでは機体の性能差はあまり関係なくとも、今回はある意味スピード勝負のチキンレースじみている。全員倒せば同じ、などという事はできないのだ。

 

「私のところは増設ブースターで対応するかな。元々速度関係は増設しやすいようになってるしね。『疾風(ラファール)』の名前は伊達じゃないって感じかな」

 

「っ……今の台詞、いい。今度、使わせてもらう」

 

シャルロットの言葉に何かを感じ取った簪は忘れぬようにとすぐにメモを取る。

 

その様子に将輝は『きっと大人になって羞恥に悶えるんだろうなぁ』と未来の簪に向けて心の中で合掌した。

 

「ラウラのところはどう?第三世代だけど」

 

「姉妹機である『シュヴァルツェア・ツヴァイク』の高機動パッケージを調整して使う事になるだろうな。装備自体はあちらの方が本国にいる分、他国よりも開発は進んでいる……いや、訂正しよう。イギリスの方が早かったか」

 

「そうですわね。『ブルー・ティアーズ』には高機動戦闘を主眼に捉えたパッケージ『ストライク・ガンナー』がございます」

 

福音戦の時にセシリアが搭載していた超高速戦闘下に特化した高機動パッケージ。もちろん、これの関係者には将輝の両親がいる。

 

「進んでいる、と言いましても、『ブルー・ティアーズ』の場合、BT適正の高いものがいなかった場合の保険と言った側面で開発当初から作成されていましたし、そう言った意味ではラウラさんの方が早いと思いますわ」

 

あくまでも作成に取り掛かるタイミングが早かっただけに過ぎない。

 

そういった趣旨を匂わせつつ、セシリアは紅茶を飲む。

 

「そういえば、簪のISは大丈夫なのか?速度とは無縁の機体だけど」

 

「大丈夫……速さは足りてる」

 

「そ、そうか……うん」

 

きりりっとした表情で言う簪。因みに将輝以外は何のネタか知る由もない。

 

「みんなちゃんと考えてるなぁ……今度、楯無さんに相談してみようかなぁ」

 

「そこはあたしを頼りなさいよ。幼馴染みでしょうが」

 

「幼馴染みじゃないけど、私も、いるよ?」

 

何故か自分達をスルーして、楯無を頼ろうとした一夏を非難の目で見る鈴とシャルロット。

 

一夏としては、対戦相手に面倒を見てもらうわけにはいかないという気遣いのつもりだったのだが、案の定逆効果である。

 

とはいえ、一夏に乙女心を察しろというのが土台無理な話ではあるが。

 

「まったく……唐変木は置いておくとして。あんた達の生徒会貸し出しの件ってまだなわけ?」

 

「ん?なんか今は抽選と調整中とかなんとか言ってたよな、将輝」

 

「……ああ。出来れば、どの部活にも行きたくないんだけどな」

 

そういって、将輝は深々と溜息を吐いた。

 

結局、こっちだけは原作通りに『全部活動に男子の貸し出し』という結果に終わってしまった。

 

もちろん、抗議の声はスルー。過半数が賛成という民主主義の力に押しつぶされていた。

 

「しかも、半分ずつに分けずに俺達二人とも全部活動に行かなきゃいけないもんな。本当にあの人は何考えてるんだか」

 

「今に始まったことじゃないだろ……それより、この話に便乗して、何故か部活がやたら張り切りだした方が問題だぜ。あれじゃ、ちょっとだけお手伝い……じゃ、済まないだろうしな」

 

「「はぁ……」」

 

男二人。逃れられぬ現実にただ溜息を吐くだけだった。

 

余談であるが、部活に入っていなかった生徒はこれを機に軒並み部活動に入ったという。専用機持ちも例外ではなく、最初から剣道部にいた箒はともかく微妙に居心地が悪かった。

 

 



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準備期間

「むぅ……将輝。これをどう思う?」

 

「背部と脚部の展開装甲の開放はいいと思うよ。ただ、これだとーー」

 

「ああ。速さは圧倒的でも、これでは折り返し地点でエネルギーが底を尽きてしまう」

 

将輝と箒は二人で並んでディスプレイを見ていた。

 

先程まで高速機動実習を行っていたのだが、それもひと段落ついて、各々の専用機持ちが高機動パッケージや増設スラスターを装備していく中、その必要がない将輝、箒、一夏の追加装備なし組は意見交換をしていた。

 

「白式の方はどうなのだ?」

 

「白式は速度特化の大型スラスターがあるんだっけか」

 

「武器は使えなくなるんだけどな。二次移行した分、エネルギー消費が増えたみたいなんだ」

 

「そりゃエネルギーの保有量は同じままで消費量が増えるんだから、そうなるだろ」

 

「だから、俺はスラスターに全振りだな」

 

「そうか………ん?全振り?攻撃を受けたらどうするつもりだ?」

 

一夏の言葉に引っかかりを覚えた箒が聞くと、一拍置いて、一夏はドヤ顔で答える。

 

「かわす」

 

「仕掛ける時は?」

 

「体当たり」

 

「猪武者かお前は……」

 

何か考えあってのものであるとはわかっていても、やはりそれは戦術というにはあまりにも稚拙というか、雑すぎた。

 

「ぐっ……これでも真剣に考えたんだぞ」

 

「まぁ、その辺が妥当かもしれないな。白式じゃ、攻撃するにしても絶対に当てねえと採算が取れないだろうしな」

 

「一夏らしいといえばらしいがな……将輝はどうだ?」

 

「俺の方は夢幻(こいつ)の謎能力に賭ける。何を犠牲にするかはわからないけど、速さは白式や紅椿に引けを取らないと思うぜ」

 

未だ詳細な情報が一切わからない夢幻の能力であるが、発動条件はわかっているために将輝はそれに賭けることにした。でなければ、他の専用機持ちに遅れをとるからだ。

 

「謎能力か……あれも束さんが関わってると思うんだが、何も教えてくれなかったのか?」

 

「ああ。本人曰く『教えたら謎にした意味がない』らしい」

 

「姉さんらしいな」

 

ふふっ、と箒が笑う。

 

以前までなら、束の話になると不機嫌になっていたのだが、今の二人に確執と呼べるものは皆無で、どちらかと言えば自己中心的な妹に手を焼き、時には鉄拳制裁も辞さない姉状態という姉妹逆転状態にあったりする。

 

「箒は確か『絢爛舞踏』があったよな?それなら、エネルギー効率は考えなくてもいいんじゃないか?」

 

一夏は思い出したと箒に問いかける。

 

確かに箒の紅椿のワンオフ・アビリティーである『絢爛舞踏』を発動させれば、エネルギーは無限に等しく、常時全力で挑めることだろう。実際、箒は福音戦以降も『絢爛舞踏』を発動させることが出来ている。

 

ただ――。

 

「いや、残念だが『キャノンボール・ファスト』では『絢爛舞踏』は使えない」

 

「?なんでだ?」

 

不思議そうな表情で訊く一夏。

 

それは、とまで言って、箒は頬を真っ赤に染めた。

 

「い、言えるわけがないだろう!」

 

「お、おう。そうか。悪いな」

 

聞いてはいけないことを聞いてしまったかと一夏はすぐに謝る。

 

正直なところ、将輝も気になってはいるのだが、箒の反応を見て、追及するのをやめた。

 

因みにその発動条件はというとーー。

 

(うぅ……言えるものか。将輝の事を考えすぎて、操縦がおろそかになるなど……)

 

『強い想い』をトリガーとして発動する『絢爛舞踏』であるが、箒の場合はそちらに意識を集中させると、他が散漫になってしまうという欠点があった。

 

タッグを組んだりした場合なら、それもなんとかなるが、今回は単独。まして高速機動で行う試合形式のレース。そんなことをしようものなら妨害を受けずとも勝手にコースアウトしかねない。

 

かといって、止まってしまったら元も子もない。

 

それゆえに『絢爛舞踏』は封印することにしたのだ。

 

「でも、『絢爛舞踏』が使えないとマズくないか?素人見になるけど、『紅椿』って『絢爛舞踏』ありきって感じがするし」

 

「ああ、私もそう思う。まったく……あまり文句を言えた義理ではないが、姉さんの作るものは求めてくるレベルが高すぎる」

 

『紅椿』の展開装甲には多目的動力が使用されていて、BT兵器同様、攻撃にも防御にも、そして機動にも転用可能な代物だ。

 

しかし、それらは『絢爛舞踏』によって安定供給されなければ、すぐさま機体がエネルギー切れを起こしてしまう。白式とほぼ同じだ。

 

「じゃあ、こっちの脚部展開装甲を閉じて、背部だけ開放したらどうだ?バランス・コントロールは通常スラスターに任せるとして」

 

「それは将輝とも考えたが、展開装甲の出力に対して弱すぎる。全て閉じることも考えたがーー」

 

「それじゃ勝てないって話になってな。理想的なのは『キャノンボール・ファスト』までに『絢爛舞踏』を使いこなせるようにすることだが……まあ、無難なのは展開装甲をマニュアル制御にして、オンオフを状況に応じて使い分けることだな」

 

「やはりそうなるか……仕方あるまい。ギリギリまで使えるように頑張ってみるしかないか」

 

一通り考えたところで、同じ結論に至った箒は、仕方ないと話を区切った。

 

「私は山田先生に模擬戦の相手を頼んでくる」

 

そう言って、箒は真耶の元に歩いていく。

 

将輝と一夏は互いにどうしたものかと考えたところで、他の代表候補生を参考にしようと、一夏はシャルロットの元に、将輝はラウラの元に向かう。

 

「調子はどうだ?ラウラ」

 

「ん……お前か。見ての通り、増設スラスターの量子変換(インストール)が終わったところだ。これから調整に入る」

 

瞑目していたラウラは、声をかけられると静かに目を開いて、淡々と答える。

 

物腰こそ柔らかくなったものの、やはりどこか冷たさを感じさせる様子は消えておらず、椅子に座って腕組みをし、目を瞑っていると近寄り難さがあった。

 

「お前の方はどうだ?篠ノ之箒と織斑一夏の両名と何やら話を……いや、これでは情報を探っているようだな。失言だ、忘れてくれ」

 

「気にしないでくれ。今の流れを作ったのは俺だし、こっちが悪い。それより、ラウラにも相談があるんだ」

 

「相談?」

 

「ああ。正直な話、高速機動下の戦闘のコツっていうのがいまいちわからないんだ」

 

「?何を今更。福音を相手にしていた時はこなせていただろう」

 

「あれは偶々だ。一夏の奴はあれで才能あるし、後一歩って感じなんだが、俺の方は雲を掴むような感じでさ。はっきり言ってお手上げだ。かといって箒や一夏に聞くわけにもいかないし」

 

「それで私のところか……まぁ、あの二人は代表候補生ではない。知識と経験の多い私達に聞こうと考えるのは当然の結果か」

 

納得した様子で頷くラウラ。

 

時折、部分展開されたヘッドギアがインストールデータを読み込むためにぴくぴくと動くため、どことなく小動物を連想させていた。

 

「本来ならばお前は敵だが……いいだろう。対等な条件での勝利でこそ、価値があるというものだ」

 

「サンキュー、ラウラ」

 

「気にするな。別にテクニックを伝授するわけではない。あくまでもコツだ」

 

塩を送るわけではない、とラウラは念を押すが、将輝としてはありがたいのも事実だった。

 

箒や一夏は、本人こそ自覚はないものの、明らかに日に日に実力をつけている。本人のやる気もあるのだろうが、それだけではそこまで上達はしない。天才でなかったとしても十分に才能を持っているだろう。だから、知識を完全に身につけずとも、ある程度は感覚でどうにかなる節がある。

 

才能というものに縁のない将輝は、やはりしっかりとした知識を得て、感覚で操作する事を覚えるため、一緒に訓練をしたところで、一歩遅れてしまうのだ。

 

特に今回は授業では初めて。

 

一夏などは見よう見まねである程度はこなしているし、箒に関しても同様だ。

 

だが、将輝だけはどうに一歩遅れていた。

 

「いいか。高速機動戦において重要なのは冷静な判断力。そして、それを迅速に実行するだけの行動力だ。回避、攻撃、防御を瞬時に判断することで、その場における最適な選択肢を取るというわけだ」

 

「そうすれば、エネルギー消費も減速もないって事だな」

 

「そういうことだ。客観的に見ても、お前は判断力と実行力は高い。となれば、求められるのはやはり高速機動戦の経験ないし、感覚を馴染ませる事だろう」

 

「……つまり」

 

「実戦あるのみだな」

 

「やっぱりか……」

 

将輝自身、それは概ね理解していたつもりだった。

 

ただ、自分だけの判断で決める事ではないとラウラの客観的な意見を求めたのだ。

 

「常時瞬時加速をしているような状態という認識があればいい。後は速度と機体制御だ。少しでもバランスを崩せば即コースアウト。かといってそちらに意識を集中しすぎて妨害を回避できなければ同じだ。復帰するのは難しいと思え」

 

「ますます訓練回数を要求されそうだな」

 

せめて、あと一つの武装が使えればと将輝は心の中でボヤいた。

 

未だに最後の武装に関しては使用できる兆しが見えない。現段階の武装ではとても妨害には向いておらず、最悪一夏のような戦いを要求されかねない状態であった。

 

しかし、ボヤいても意味はなく、早速将輝はラウラ指導のもと訓練に取り掛かるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「訓練あるのみとはいえ、そこまでするか、普通……」

 

「まぁ……勝つためには必要な事というか、なんというか……」

 

控え室の床に大の字になって倒れている将輝を見て、箒はため息を吐いた。

 

いつものように放課後に訓練をしていたのだが、あまりにも将輝が出てくるのが遅いために迎えに来たのだ。

 

倒れている将輝を見たときは顔を青くした箒だが、すぐに寝ているのだとわかり、紛らわしいという少しの怒りとこんなところで寝ては風邪をひくという優しさのもと、将輝を叩き起こした。

 

「前とちょっと感覚が変わってるんだよ。ISと直接繋がってるときは本当にタイムラグがなかったし、制御するっていうよりも体のバランスをとる感じで難しくなかったし」

 

「感覚が変わっている……か。だが、変わったというより……」

 

「元に戻っただろ?わかってる。これが普通で………あ、福音の時の事をとやかく言うのは無しな」

 

「わ、わかっている!も、もう問題ないぞ!」

 

「ならいい」

 

福音事件の話が出ると、箒は自己嫌悪を陥る事が多々あった。

 

その度、将輝は気にするなと言ってきたのだが、やはり事が事だっただけに気にしないというのが無理な話だ。なので、将輝としては少しでも普通のように箒が振る舞えていればつっこむことはしないようにしていた。

 

「……将輝。一つ確認したい事があるのだが……いいか?」

 

「?なんだ?急に改まって」

 

先程までの様子から一転し、真剣な表情になる箒。

 

将輝はそれを不思議そうに眺めていた。

 

「前回の作戦で救援に来たテロリストがいただろう?イギリスの機体を奪ったやつだ」

 

「『サイレント・ゼフィルス』か。それが?」

 

「実はな……交戦中にあちらから通信を飛ばしてきた」

 

「通信?」

 

「ああ、そしてやつはこう言った。『藤本将輝に会わせろ』とな」

 

これには将輝は驚く以前に一層頭を悩ませた。

 

どこだ、と聞くのは理解できる。あくまでも標的であるからだ。

 

しかし、合わせろというのは一体どういう了見なのか。しかも、織斑一夏ではなく、藤本将輝をだ。パイロットが同じならば、将輝は眼中にないはずだというのに。

 

「もちろん、相手はテロリストだ。ろくな理由ではないし、任された以上迎撃に回ったのだがーー」

 

そこで箒は言葉を濁した。

 

言いづらいというよりもどちらかといえば納得できないといった具合だ。

 

しかし、それでも箒は意を決したように言葉を発した。

 

「やつからは悪意や敵意といった類のものが感じられなかったのだ。いや、それどころか、少し焦っていたように思える」

 

あくまで個人的な感想だが。と箒は話を締める。

 

確かにおかしな話だ。物語の流れを知っている将輝からしてみれば、『サイレント・ゼフィルス』のパイロットはオータムの事を見下しているはずだ。そして実力もおそらく相手の方が上だろう。その状況で焦る要素が見当たらなかった。

 

(原作キャラの性格改変を考えると、あいつにも仲間意識が……セシリアの事もあるし、考えられないわけじゃないが……それなら何故俺に会いたがる?)

 

思考を走らせるが、疲れ切った体のせいか、鈍くなっている感覚がした。

 

「まぁ、なるようになるだろ。それよりも優勝目指して頑張らないとな」

 

これ以上は今考えても無意味と判断した将輝は話題を切り替え、話を『キャノンボール・ファスト』に戻す。

 

「それは私も同じだ。誰にも負けるつもりはない。それが将輝でもだ」

 

「当然………あ、そうだ。箒」

 

「なんだ?」

 

「どっちかが優勝したら、優勝出来なかった方が優勝した方の言う事を聞くっていうのはどうだ?」

 

「なっ!?い、い、言う事を聞く、だと!?」

 

「ああ。可能な限りな。恥ずかしいからとかは無しの方向で」

 

そう言って、将輝はニヤリと笑う。

 

別に心理戦を仕掛けているわけではないし、卑猥な事を考えているわけでもない。

 

ただ、自分のモチベーションを上げるのには打ってつけだと思っていた。

 

ひょっとすると次の大会。

 

中止さえもあり得るかもしれないのだから。

 

対する箒はというと……。

 

(負けたら将輝の……ひょっとして、将輝はこれを口実に……いや、そんなはずはない!いつも将輝は私の気持ちを尊重して……しかし、もしかしたら将輝が焦れて無理矢理……ああっ!駄目だ……っ!私達はまだ学生だぞ……っ!)

 

妄想が膨らみ、沈黙していた。

 

箒がこちらに戻ってくるのはそれから十分ほど経って、将輝がもう一度疲労で寝落ちしていた頃だった。



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漂流者

 

 

「将輝ー……あれ?どっか行ってんのかな」

 

将輝が外出している事を知らない一夏は、将輝の部屋の前を訪れていた。

 

いつも休日は男だけで気兼ねのない時間を過すのが、ある意味一夏の精神的な安らぎの場であった。断じて不健全な意味ではない。

 

以前の生徒会の催しで部屋に楯無が来てからというもの、一夏の心労は増すばかりである。

 

その為、よく将輝の部屋に転がり込むのだが、将輝が外出している以上ここに来ても意味はなく、仕方なく部屋に帰ろうとしていたその時ーー。

 

「む。織斑一夏か」

 

「ラウラか」

 

同じように将輝の部屋を訪れたラウラとばったり鉢合わせた。

 

ラウラはというと、休日は基本的に手持ち無沙汰になる事が多く、今回は予定よりも『キャノンボール・ファスト』の準備が完了したため、何気なく将輝の部屋を立ち寄っていた。

 

「貴様も藤本将輝に用があるのか?」

 

「も、ってことはラウラもか?」

 

「ああ。だが、その様子だと外出中のようだな」

 

「みたいだ。せっかく話したい事があったのにな」

 

話というよりかはもはや愚痴に近い。その多くが楯無に関することなのだから。

 

将輝も将輝で一夏を憐れんで、決して嫌がらず真摯に話を聞くことにしている。

 

因みに何故かそれもバレて後で色々されるのだが、それでも一夏は将輝に愚痴るため悪循環だった。

 

「まぁ、藤本将輝でなければ織斑一夏。貴様でもいい。話がある」

 

「俺?」

 

「ここではなんだ。やつの部屋を借りるとしよう」

 

「え、いいのか?勝手に入って」

 

「いいわけはないだろうな。だが、二人で話すにしても、邪魔が入りそうにないのはここぐらいしかあるまい」

 

ごく自然にピッキングを始めたラウラを止めようとしたものの、帰ってきた言葉に一夏は頷く他なかった。

 

一夏の部屋には楯無が、そしてラウラの部屋にはシャルロットがいる。

 

今の時点では一夏の部屋に楯無はいないがいつ帰ってくるかわからないし、ラウラの部屋にいるシャルロットはクラスメイトと楽しくおしゃべりをしている。それを追い出すわけにもいかない以上、条件のあてはまる部屋は将輝の部屋しかないのだ。

 

ものの数十秒でピッキングを終えると、素早く部屋に入るラウラ。

 

軍人らしい素早い身のこなしに感心していた一夏だったが、自分も入らなければいけないことにすぐに気づき、周囲に誰もいないことを確認して部屋に入った。

 

「さて、織斑一夏。話をする前に何を飲む?コーヒーか、紅茶か、それとも麦茶か」

 

「麦茶で……って、ここ将輝の部屋だけど、勝手に漁っていいのか?」

 

「安心しろ。配置は覚えているし、専用のコップも既に持ち込み済みだ」

 

そう言って、ラウラはコップを取り出す。

 

箒に次いでかなりの頻度で将輝の部屋を訪れるラウラは、将輝の許可を得た上でこうしてマイコップを置いている。最初こそ紙コップではあったが、あまりにも来る頻度が多いための措置だった。

 

ちなみに一夏もまた、専用のコップを部屋に置いていたりする。

 

「……なんか、慣れてるな」

 

「当然だ。やつのことは毎日見ている」

 

「その言い方だと恋人みたいだな」

 

「冗談でも篠ノ之箒の前で言うのはやめておけ。死にたくはないだろう」

 

多分に冗談を含んだ言い方をする一夏に、ラウラは冷静に答える。

 

一夏としては空気を和ませるつもりであったのだが、全く意味をなさず、早くも心の中で将輝の帰還を祈っていた。

 

「と、ところで話ってなんだ?」

 

空気の重さに耐えかねて一夏が口を開く。

 

ラウラはてきぱきと無駄のない動きで互いの飲み物をいれると、コップを持って一夏の方に戻ってきた。

 

「話というのはだな。『愛』についてだ」

 

「愛……?」

 

「ああ」

 

ラウラの言葉に一夏は首を傾げた。

 

何故そんなことを聞くのか、そしてその相手が何故同性ではなく、将輝や一夏という疑問だ。

 

それを考えているうちにもラウラは言葉を紡ぐ。

 

「藤本将輝から愛について様々なことを教わった。後は自分で知るべきだと言われたが、いまいちピンとこない。そこで改めてヒントをもらおうと思ったのだがーー」

 

「将輝がいなくて、俺がいたってことか」

 

「ああ。貴様も同じ男だ。聞く価値はあると思ったのだ」

 

「て言っても、俺は別に付き合ってるやつも、今好きなやつもいないぞ?」

 

「構わん。聞かないよりはマシだ」

 

辛辣な意見ではあるが、一夏自身もラウラの助けになれる気は全くしていなかった。

 

姉弟愛や家族愛というのならわかる。親愛というのも、友情の延長戦のようなものだろう。

 

だが、ラウラの言う愛とは即ち『異性愛』であり、ある意味一夏に一番理解の足りていない部分と言えた。

 

「うーん。やっぱりあれじゃないか?この人と一緒にいたいとか、幸せにしたいとかじゃないか?」

 

「それはやつも言っていたが、抽象的過ぎる。もっとわかりやすいものはないのか?」

 

「わかりやすくって言われてもな……」

 

一夏は頭を悩ませる。

 

そもそも自分にそんなことを聞かれても困るのだが、他の人に比べて微妙にラウラとの距離感を感じていた一夏はある意味これを好機でもあると思っていた。彼女と親しくなれるまたとない機会だと。

 

とはいえ、一夏はラウラの求める答えを出すことができず、悉くが違うと一蹴されていた。

 

当然だ。色恋に疎い一夏はほぼラウラと同じであるのだから。

 

「他に何かないのか?」

 

「他になぁ……。ラウラの言う愛とかは関係ないかもしれないけど、俺は将輝やラウラ達が敵にやられたら、すっげームカつくし、相手を絶対に許さないけどな」

 

「なるほど……それだ」

 

「へ?」

 

同じように一蹴されると思っていた一夏は、ラウラの言葉に虚をつかれて間の抜けた声をあげていた。

 

「戦友を傷つけられた怒り。それに起因するものは親愛ーー友情だ。そしてそれは男女の愛ーーつまり異性愛でも同じようなことが起きるはずだ。愛とはある種の信頼の証。私の求めている答えではないが、それもまた一つの解ということだな」

 

合点がいったと頷くラウラ。

 

しかし、それとは対照的に一夏はどこか納得のいかない表情だった。

 

「うーん……微妙に違うような気がするんだけどなぁ」

 

「?ではどう違うのだ?」

 

「どうって………」

 

深く考えていたわけではなく、直感的な発言だった一夏は言葉を詰まらせるが、ラウラの無言の圧力から思考を働かせて、なんとか言葉を絞り出す。

 

「なんていうか……そういう論理的なものじゃないと思うんだ。こう……もっとふわふわしたものっていうか、考えるんじゃなくて感じるっていうか……」

 

「考えるのではなく感じる……つまり直感的なもの、ということか?」

 

「多分」

 

そうだ、と言い切れないものの、一夏はそう感じていた。

 

「ふむ……やはりそうなるか」

 

そしてラウラもまた、それには共感できる節もあった。

 

セシリアと対戦した時、福音に将輝が撃墜された時、そして将輝に頭を撫でてもらった時。

 

いずれも状況も何もかもが違うが、確かに言葉では言い表せない『何か』が存在していた。

 

あくまでも自分は軍隊という組織のパーツでしかないと、感情というものを正しく理解せずに生きてきたラウラには理解しがたいものではあったが、その『何か』は感情に起因するのだという事は理解していた。

 

(ではなんだ?私は藤本将輝をどう思っている?あの男に……私は一体何を求めている?)

 

もどかしい。

 

これは自分しか導き出せない解だ。人に聞いたところで正しい答えは出てこない。

 

だからといって、まだ自分には答えがわからない。

 

そんな状況にラウラは歯噛みするものの、ある意味では大きな進歩だと言えた。

 

一夏の言ったことはどれも正鵠を射た発言だったとは言い難いが、それでもラウラの求める答えに確実に近づけていた。

 

「感謝するぞ、織斑一夏。私はまた一つ成長することができた」

 

「う、うん?よくわからないけど、どういたしまして?」

いまいち事情を飲み込めない一夏は曖昧に返す。

 

余談だが、これを機にラウラの中で一夏の評価が初めてまともなレベルになった。

 

一夏とラウラが話しているちょうどその頃ーー。

 

キャノンボール・ファストまで残り数日と迫ったある日。

 

俺ーー藤本将輝は一人、喫茶店に立ち寄っていた。

 

別に誘う人間がいなかったという寂しい理由ではない。人間、一人になりたい時は誰しも存在するものだし、最近は来たる『キャノンボール・ファスト』に向けて、色々と調整や戦術を組み立てなければならない。そうなると誰かと一緒にいるというのはマズいだろう。特に箒が相手だと口を滑らせかねない。

 

そういうわけで息抜きも兼ねて一人で外出してみたのだが……やはり思考は『キャノンボール・ファスト』の方にどうしても引き寄せられてしまう。仕方がないといえばそれまでだ。しかし、これじゃ学園にいても外にいても大差ないな。強いて言うなら簪がいない分、少し落ち着いているぐらいか。

 

一応彼女なりに空気を読んではいるつもりなのだろうが、我慢しているという無言の圧力が半端ないから結局いつも通りにオタク談義に花を咲かせてしまう。その辺りは俺も悪いけども。

 

気分転換を図るつもりだったのだが、思考を切り替えられない以上仕方がない。

 

持ってきていたパソコンを開く。

 

やる事と言っても、『夢幻』の調整ぐらいのものだが……一応やっておかないとな。

 

伊達に技術屋を目指そうとしていたわけじゃない。今でこそ操縦者ではあるものの、調整程度なら自分の力でなんとかできる。まぁ、簪のおかげも多少はあるのだが。

 

もう何度見るかわからない『夢幻』のデータを見つめる。

 

実際のところ、これ以上改善の余地はないほどに『夢幻』は万全だ。訓練自体も山田先生や生徒会長にお世話になりながら、なんとかモノにはできた。

 

問題があるとすればーー。

 

「『夢幻』のあれだよな……」

 

目下、俺の悩みの種は夢幻の特殊仕様(ワンオフ・アビリティー)に他ならない。

 

発動条件はわかる以上、使うタイミングを計るだけなのだが、発動した際に何を犠牲にするのかが未だにわからない。エネルギー消費が倍になったり、武装にロックがかかったり、絶対防御が作動しなかったりと代償はまちまちだ。

 

どれも『キャノンボール・ファスト』じゃ問題があるが、絶対防御が作動しないのは致命的すぎる。下手すりゃミンチになってしまうし、妨害攻撃で死にかねない。

 

それらを考慮して、使うのを控えるのも視野に入れている。物理シールドでどうにかしようにも、それじゃ風の抵抗のせいで速さ比べしても負けそうだしな。

 

となるとやっぱり増設スラスターか?白式と違って、少しばかり拡張領域に余裕があるからできない事はない。ただ、そうなると機体の制御や再調整が要求される。期間的には問題ないんだが……どうするか。

 

「ああ、くそ。才能の有無に文句を言いたくないが、羨ましい限りだ」

 

今も昔も、才能というものには縁がない。まぁ、生まれ変わったわけでもなし、束の話が本当なら憑依しても俺は俺である。運動が憑依前よりできるだけで。

 

後は無駄に生命力が高いことぐらいか……爆発に巻き込まれたり、撃墜されたり。死んでから生き返ったり。

 

「……あれ。ひょっとして、俺も世界に染まってきてるんじゃ……」

 

「失礼。相席しても良いだろうか?」

 

そういえば時間が時間だけに結構人多いな。

 

「いえ、構いま……せん……」

 

「何か?」

 

「あ、いえ、なんでも……」

 

……この人、何処かで見た事があるような気がする。

 

向かいの席に座った女性はコーヒーを頼むとそのまま特に何をする事もなく、じっと席に座っている。

 

深く帽子をかぶって、サングラスをしているせいか表情は読み取れない。

 

まぁ、あまり人をジロジロと見る趣味はないし、他人の空似の可能性もあるしな。

 

気のせいと自分の中で区切りをつけて、そのまま元の作業に戻ってはみたのだが……。

 

「……」

 

気になる。っていうか、超見られてるのがわかる。

 

伊達に憑依前は人の目を気にして生きてきたわけではない。視線や空気の変化には結構敏感だ。ちらちら見られていてもなんとなくはわかるし、今みたいにじっと見られているとすぐに気づく。

 

とはいえ、こうも見られていると緊張するというか、あっちも俺と面識がある人の可能性が高くなってきた。

 

「あの……どこかでお会いした事とか、あります?」

 

妙な空気を打破する意味も込めて、目の前に座る女性に問いかける。

 

すると、女性は首を横に振った。

 

「あなたと直接会話をするのはこれが初めてです。この世界(・・)ではね」

 

「はい?」

 

何言ってるんだ、この人。この世界って、まさか別の世界から来たとか言い出すんじゃないだろうな。

 

………いや、俺が言えた義理じゃないから、頭ごなしに否定できないけども。

 

「やはり驚かないか。実にあなたらしい」

 

「賞賛されるのはありがたいことですが、それ以前にどちら様で?」

 

この反応だとまず元の俺がいた世界じゃない。こんな風に思われることは絶対にありえない。

 

しかし、そうだとすると、この人はいつの、どの世界の俺を知っている?元の世界とこの世界を除けば完全に別人にあたる以上、あまり長々と話をされても困るわけだが。

 

「そう警戒しないでほしい。その……なんだ。あなたにそういう反応をされるのはわかっていたことだが、少しばかり寂しいから」

 

……あれ?なんか俺が悪い感じが出てきたぞぅ。

 

当然の反応だと思うんだが、何故か悪いことをしているような気がしてきた。

 

「……すみません」

 

「いや、いいんだ。あなたは何も悪くない。顔も見せないこちらの方が悪いんだ。どうしてもこんな街中では私の顔は目立ってしまう」

 

目立つ……ってことはアイドルとか?

 

いや、いくらなんでもアイドルはないな。結構希少な男性IS操縦者ではあるが、残念ながらアイドルにお呼ばれすることもなければ、そもそもこんなところで会う必要もない。

 

……となると、アイドル並みに顔が売れているか、それとも国際指名手配でも食らっているという可能性も十分にあり得るところだが……。

 

うん?国際指名手配……テロリスト……顔が知れ渡っている……見覚えのある顔……まさか。

 

この人……いや、こいつはひょっとして。

 

「……織斑マドカ……なのか?」

 

あり得ない。そう思いながらも、その人物の名前を口にしていた。

 

織斑マドカ。

 

亡国機業に所属する織斑千冬と同じ顔を持った人間。

 

その出生は謎に包まれていて、織斑千冬の事を姉さんと呼ぶことから、俺の知っている時点までは『織斑千冬のクローン』説が強かっただけで、真実は何一つわからなかった。

 

イギリスの第三世代型IS『サイレント・ゼフィルス』のパイロットであり、その技術は代表候補生数人も歯牙にかけず、本国においてBT適正の最高値を誇っていたセシリアでさえかなわなかった偏向射撃(フレキシブル)を平然と行うなどのポテンシャルの高さを感じさせる反面、性格は極めて冷酷かつ残虐で、自身の能力の高さから相手を見下すなどの行為が見られた。

 

だが、目の前の人物からはそれらが一切感じられなかった。

 

能力云々で言えば、俺は圧倒的に劣り、見下されるのが当然。そもそも、こうして接触する理由が見当たらない。あくまでもこいつの目的は『織斑一夏を殺すこと』なのだから。

 

頭の中で様々な憶測が飛び交うものの、答えはすぐに見つかった。

 

何故なら目の前の人物が首肯……つまり、俺の言葉を肯定したからだ。

 

「あなたが私に疑惑を抱くのも無理はない。あなたのおかげで、今の私がありますから。今のあなたが知っている織斑マドカ()と大きく異なっているのは当然の事だと言えるでしょう」

 

柔らかい口調は、およそ俺の知る織斑マドカとは全く違うもので、ともすればプライベートで織斑先生が一夏と話している時に酷似していた。

 

端的に言う……誰だこれ。

 

今までもキャラ改変や事象変化が行われている人物は多くいた……というか、ヒロインは大体そうだった。

 

ただ、根本的に変わったかと言われればそうでもない。別人状態ではなく、変わったなと思うぐらいだ。

 

しかし、彼女は違う。

 

ここまでくると顔が一緒なだけの別人だ。一体俺がどんな影響を与えたのかは知らないが、それは織斑マドカという人物を根底から変えてしまうようなことだったのだろう。

 

聞きたいことは色々あるが、今一番聞きたいことは決まっている。

 

「俺に会いたかったそうだが、目的はなんだ?まさか、こんな街の中で拉致るじゃないだろうな」

 

その可能性は十分あり得る。いや、それどころか最も可能性が高いことだ。

 

実は今までの態度が演技で、本当の目的は俺を油断させて拉致することだった方が納得もいく。

 

「そんな事はしない。私があなたに会いたかったのは、あなたに話があったからなんだ」

 

聞けば聞くほど、彼女が全くと言っていいほどに嘘をついていないのが伝わってくる。よほど巧妙な嘘か、変な記憶でも刷り込まれているか、それとも真実か。どれも否定できない。

 

「話か……まさかとは思うがーー」

 

「おそらくあなたの推測通りだ」

 

『亡国機業に、私と共にきて欲しい』。

 

彼女の、織斑マドカの言葉はまさしく、俺の予想していた言葉であり、それでいてありえない代物だった。

 

 

 

 



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キャノンボール・ファスト

マドカの言葉に俺は固まった。

 

話の流れから概ね予想はついていた発言だが、それだけはあり得ないと思っていた。

 

織斑マドカが藤本将輝を勧誘する意味などないはずだし、そもそも基本的に一匹狼だ。俺どころか同じ組織に所属するスコールやオータムにさえ仲間意識が存在しなかったほどの。

 

そのマドカが俺を勧誘。

 

一体なんの冗談だ?

 

疑惑の目を向けていると、マドカは少しだけ俯く。

 

「……貴方が私に対して疑念を抱くのも無理はないでしょう。貴方の知るように私の目的は『織斑一夏を葬り、織斑千冬の妹であると証明する事だったのですから」

 

「……その言い方だと、終わったことのように聞こえるんだが?」

 

「ええ。その呪い(望み)についてはもう決着がついています。私にとっては最早織斑千冬との関係性も織斑一夏の存在も、どうでもいい(・・・・・・)ことです」

 

……どうやら本気でこの織斑マドカは俺の知る織斑マドカでないらしい。

 

原作で強い執着心を抱いていた織斑千冬を指して、どうでもいいと言ってのけたのだ。なんの感慨もなく。

 

普通ならあり得ない。何かしらの形で決着がついていなければ、踏ん切りがついていなければ、まずこんな言葉は出てこない。

 

そうなると、マドカのこれは冗談ではないという結論に至ってしまう上、ひょっとしなくてもアレな答えに行き着くわけだが。

 

「勝手な憶測になるが、そっちの俺は亡国機業にいたのか?」

 

「はい。私達実働部隊専門の整備士でした。それも超一流の」

 

奇しくも敵側では本来の目標を達成してしまっていたようだ。まぁ、亡国機業に行くぐらいだから、箒とは会ってなかっただろうし、そもそもマトモな人生を送っていなかったんだろうが。

 

「ISは動かさなかったのか?」

 

「いえ。貴方はこちらでもISを動かしていました。知れ渡るまでは私達だけの秘密でしたが、操縦技術は間違いなく国家代表クラスかと」

 

やっぱりか……となると、やっぱり俺がISを動かせている理由としては『憑依転生した』ことが一番可能性が高い。というか、それぐらいしか思い浮かばない。

 

しかし……整備は超一流だし、操縦技術は国家代表クラス。

 

おかしくないですかね。憑依転生している以上、条件は同じはず………?

 

いや、待てよ。なんでここにいる俺が憑依転生した藤本将輝なのに、あっちも同じ人間が憑依転生したことになってるんだ?もしかして俺じゃない誰かか……もしくはそもそも憑依元の藤本将輝になにかがあったか。或いは俺の意識が二分割されるというおっかなびっくりな状態になったか。なにそれ、すごい。

 

まぁ、今はいいか。そこは気にしてもどうしようもないだろうし、ある意味これが一番気になる。

 

「マドカ。そっちの俺は……お前にとっての何だった(・・・・)?」

 

恐らく織斑マドカがこちらに来た理由に深く関わっていると思う質問を投げかける。

 

どういう理屈で世界間移動などという神様の奇跡レベルのことをしたのかは聞いても意味がないから聞かない。

 

だが、それを実行した理由は聞くべきだと思った。

 

どんな理由にしろ、そんな大それたことをしてまでここに来た理由も、わざわざ俺に会おうとした理由も聞いておかなければならない気がした。

 

「私にとって貴方は……いえ、藤本将輝は……」

 

ここまで来ればある程度想像もつくが、それでも思い込みや勘違いでなく、織斑マドカの口からそれを聞いておきたい。

 

マドカは一呼吸置くと、噛みしめるようにこう口にした。

 

「私が……信頼し、敬愛し、……そして最も愛した方です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

将輝は全てを聞いた。

 

織斑マドカと藤本将輝と亡国機業ーーそして彼女達の生きてきた時間を。

 

聞くべきではなかった。必要以上の情報を求めるべきではなかった。

 

あくまでも別世界の同一人物でいるべきだった。

 

だがもう何もかも遅かった。

 

完全に敵側の事情を知ってしまった主人公のような心境になっていた。

 

あの組織ははっきり言って『悪』だ。別にやり方が間違っているだけとか、見方によってはなんていうものではない。

 

国際的テロリストであるし、何より将輝達にとっては危険な存在でしかない。

 

それだというのに…….。

 

マドカと別れた後、将輝はIS学園へと帰った。マドカは去ったとはいえ、とてもその場にいられそうになかった。

 

最早キャノンボール・ファストどころではない……と言えたのなら良かったが、そういうわけにもいかないのが現実だ。あれは学園が行う大きなイベントの一つであるし。将輝は男だからこそ注目度が高い。なら、辞退するにはそれなりの理由がないといけないだろう。

 

マドカのことを話すのは簡単だ。

 

だが、そのマドカの存在を知った時、一夏や千冬がどうするのか。

 

まだしっかりと明かされていなかった彼らの関係。

 

このタイミングで露呈してしまったら、一体どうなるか、将輝にはわからない。

 

マドカがどのようにして生まれたのか、内容次第では確実な混乱を招く。

 

異母兄弟が一番マシな可能性だが、原作の千冬への執着を考えればその線は薄いだろう。

 

織斑千冬のクローンならまだショックは少ないかもしれない。問題はそれ以外の場合だ。

 

マドカだけでなく、千冬や一夏までもがなんらかの目的を持って意図的に生み出された存在(・・・・・・・・・・・・)だった場合の話だ。

 

そうなれば並みの感性を持つ人間なら冷静ではいられないだろう。特に一夏は感情的になりやすい一面がある。どんな行動に出るか想像に難く無い。

 

幸いなのはマドカが一夏を歯牙にもかけていないことだろう。

 

例え一夏がマドカに襲いかかってもマドカは一夏を必要以上に痛めつけようなどとは考えず、機械的にあしらい、処理することだろう。それ程までにマドカにとっての一夏は無価値な存在だった。

 

「あー、くそ。なんでもっと平和な学園ライフを送らせてくれねえかな」

 

元々物語的には平和か怪しいところだったが、少なくともここまでこじれていなかったのは確かだ。こじれた原因が大体自分が存在したことによるズレなので文句を言えない立場であるものの、それでもそう言わずにはいられなかった。

 

「……悩んでても仕方ねえか。とりあえずマドカの件はみんなには内緒でーー」

 

「そうか。私達には言えない理由があるのか?」

 

「そりゃまぁ。みんな混乱するだろうし……へ?」

 

なぜか会話が成立していることに将輝は間の抜けた声をあげた。

 

だが、時すでに遅し。

 

「まったく……考え事をしていると周りの音が全く聞こえていない。将輝の悪い癖だぞ」

 

「ほ、箒……」

 

将輝が頬をひくつかせる。

 

知られてはマズい人間ランキングでいえば、限りなく低い。

 

ただ内緒にしておこうと決めた矢先にバレてしまった上、それとなく箒がご立腹なのがわかったからだ。

 

「将輝がまた一人で解決しようとしているのを阻止できただけでも良しとしよう。……さて、将輝」

 

「な、なにかな?」

 

「ここで耳に挟んだのも将輝のパートナーとしての縁だ。その話、私に聞かせてもらおう」

 

(駄目って言ったら、絶対拗ねるよなぁ……)

 

口もきいてくれない……ということはないが、数日は刺々しい態度になるのは想像に難くない。そしてその機嫌を直すにはやはり正直に話すしかない。

 

元よりバレるに至ったのは自分のミスだ。

 

「……わかった。けど箒。一つだけ頼みがある」

 

「ああ、なんだ?」

 

「他のみんなには内緒にしてくれ。特に一夏や織斑先生には」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

愛しい人がいた。

 

生きとし生けるもの全てが敵であった自分に出来た唯一にして絶対の存在。

 

『失敗作』の誹りを受け、否定され続けた自分を初めて肯定してくれた人。

 

施設(掃き溜め)にいた頃とは違う。

 

世界に愛されていない。約束された未来もない。希望などない。絶望しか、憎しみしかない。

 

そう言われ続けてきた。

 

それを否定するために強くあろうとした。

 

そうでなければ私に価値などなかったから。

 

けれど、あの人は違った。

 

私を一人の人間として扱ってくれた。

 

初めは戸惑った。

 

なんだ、こいつは。訳がわからないと拒絶し続けた。

 

それでもあの人は私を否定しなかった。

 

周囲の声など気にも留めずに私を気にかけてくれていた。

 

いつからだっただろう。

 

あの人の言葉に耳を傾けるようになったのは。

 

私を『一人の人間として』認識してくれることを嬉しいと感じるようになったのは。

 

いつからだっただろう。

 

触れるたびに、触れられるたびに満たされるような感覚を覚えたのは。

 

組織の人間がちょっかいを出すたびに胸がもやもやするようになったのは。

 

いつからだっただろう。

 

織斑千冬(姉さん)への想いよりも、織斑一夏への憎悪よりも、ただあの人に愛して欲しいと思うようになったのは。

 

私という出来損ないに与えられた最大級の幸福。

 

マスターはーー藤本将輝は私の全てだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

キャノンボール・ファスト当日。

 

会場は満員御礼。空には花火がポンポンと打ち上げられていた。

 

「おー、よく晴れたなぁ」

 

秋晴れの空を見上げながら、一夏は日差しを手で遮る。

 

今日のプログラムはまず初めに二年生のレース、それから一年生の専用機持ちによるレース、そして一年生の訓練機組のレース。最後に三年生によるエキシビション・レースとなっていた。

 

「一夏。なにしてんだ。早くしねえと最終チェック出来なくなるぞ」

 

「おう。いやなに、すっげー客入りだなと思ってな」

 

「そりゃ、例によってIS産業関係者と各国政府関係者が来てるしな。警備だけで洒落にならねえくらいいるぞ」

 

おまけにそれを抜きにしても相当な人数がいることを考えると、やはり世界におけるISの注目度の高さが伺える。

 

「何にしてもこんなに人がいる前だし、恥はかきたくないよな」

 

「恥か。……そんなこと気にしてる場合じゃねえかもしれねえけどな」

 

「ん?なんか言ったか?将輝」

 

「なんでもねえよ。やる前から弱気になるなって言っただけだ」

 

「それもそうだな。……よし、優勝目指して頑張るか!」

 

「はいはい。お前のそういう切り替えの早さは尊敬してるが、さっさと行かねえと準備以前に織斑先生に制裁されるぞ」

 

「あ、その前に蘭を……」

 

「んなこと気にしてる場合か!」

 

一夏の頭を叩くと将輝は首根っこをひっ掴み、そのまま引きずって行く。

 

何が起こるかわからないとしても、こんな大イベントを前に別のことに意識を向けられる一夏の鈍いのか、大物なのかわからないメンタルに呆れを通り越して感心する将輝だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二年生の抜きつ抜かれつのデットヒートを終え、いよいよ将輝たち一年生専用機持ちの出番が回って来た。

 

将輝、一夏、箒の三人を除く専用機持ちは各々キャノンボール・ファスト仕様となっていた。

 

だが、その中でも特化しているのが鈴だった。

 

「それにしてもなんかごついな、鈴のパッケージ」

 

「ふふん。いいでしょ。こいつの最高速度はセシリアにも引けを取らないわよ」

 

増設スラスターを四基積んでいる状態の高速機動パッケージ『(フェン)』は、それ以外にも加胸部装甲が大きく突き出しており、体当たりでもされようものならひとたまりもない。

 

さらに衝撃砲を真横に向けることで追い抜きを妨害出来るようにもなっている。まさにキャノンボール・ファスト仕様のパッケージであり、本来強襲離脱用であるブルー・ティアーズの高速機動パッケージ『ストライク・ガンナー』や急造で仕上げた他のメンバーより一歩先を行っている。

 

「いくら速くとも、それが勝敗を決めるわけではない」

 

「戦いとは流れだ。全体を支配したものが勝つ」

 

「えーと。みんな、全力で戦おうね」

 

箒、ラウラが強気な発言をした後、シャルロットが締めた。

 

『みなさーん、準備はいいですかー?スタートポイントまで移動しますよ〜』

 

麻耶ののんびりとした声が響き、将輝たちはマーカー誘導に従ってスタート位置へと移動を開始する。

 

『将輝』

 

『……どうしたんだ?箒』

 

移動する最中、将輝に箒からのプライベート・チャネルが飛んでくる。

 

『お前は襲撃があると言っていたが、それでもこの瞬間は全力で戦え。例え中止になる可能性が高くても、ならない可能性だってある。もしそんな事になったらきっと後悔するぞ』

 

『……かもしれないな』

 

あくまで襲撃は将輝の予想でしかない。

 

確率で言えば高いことは確かなのだが、絶対ではない。

 

そして仮に襲撃がなければ、レース以外のことに意識を割いていた将輝が優勝できる可能性は限りなく低いだろう。いや、十中八九最下位だ。それほどまでに一年生の専用機持ちは拮抗していた。

 

だからこそ、レースには全力で臨むべきだという箒の忠告であるが、やはり将輝はこのレースで敗北し、後悔するよりも自信を狙ってくるであろう織斑マドカ(存在)の方が重要だ。このイベント自体は来年も再来年もあるのだから、優先すべきは襲撃者の方だと。

 

『いいや。絶対だ』

 

しかし、将輝の心情を悟ってか。箒は断言する。

 

必ず後悔すると。この試合に優勝できなかったことを。

 

何故そこまで断言できるのか、その理由を考えようとしたその時ーー

 

『な、なにせ……わ、私になんでもお願いできる機会を無くすのだからな!』

 

そう言うと箒は一方的にプライベート・チャネルを切った。

 

失念していた。マドカと出会う以前に箒としていた約束だ。

 

キャノンボール・ファストに勝利する理由は一も二もなく、それだったのだ。

 

ハッとして箒の方を見てみれば、俯いて肩を震わせていた。

 

それが自身の大胆発言による羞恥に悶えているのだと将輝にはわかった。

 

そしてそこまでしたのが自身を叱咤激励するためのものであると言うことを。

 

(……あそこまで言わせて、やる気出さないわけにはいかないよな)

 

例え無事終わる可能性が低くても。

 

『それではみなさん。一年生専用機持ち組のレースを開始します!』

 

終わった後に悔やまないためにも今は全力で戦おう。

 

高速機動用のハイパーセンサー・バイザーを下ろし、意識を集中させる。

 

超満員の観客が見守る中、シグナルランプが点灯する。

 

3……2……1……GO!!

 

「ッ……!」

 

急激な加速で一瞬景色が飛ぶものの、ハイパーセンサーからのサポートにより、視界が追いつく。

 

スタート時の加速での戸惑いが少なかったのはラウラと実戦形式で特訓をしたおかげだといえた。

 

あっという間に第一コーナーを過ぎ、セシリアを先頭にして列ができる。

 

「先、行かせてもらうわよ!」

 

そう言って鈴はいきなり勝負を仕掛けた。

 

序盤にもかかわらず、勝負を仕掛ける大胆不敵な作戦は他のメンバーは完全に出し抜かれる形となった。

 

「先頭いただきっ!」

 

横に向けていた衝撃砲を前面に向け、連射する。

 

「くっ!やりますわね、鈴さん!」

 

衝撃砲の弾丸を横にロールしてかわすセシリア。

 

その隙に爆発的な加速で鈴はセシリアを追い抜き、先頭に立った。

 

「このままっ!」

 

「ーー行くと思うか?」

 

「っ!?」

 

鈴の加速に合わせ、スリップ・ストリームを利用して機会をうかがっていたラウラが前に出た。

 

「まずっーー」

 

「遅い!」

 

ラウラの大口径リボルバーキャノンが火を噴く。

 

迎撃よりも回避を優先したのが功を奏したのか、僅かにかすめる程度で済み、コースラインを少し逸れる程度に留めた。

 

さらにラウラの牽制射撃は続き、後続の進行を妨害する。

 

その一発一発が進路妨害だけでなく、コースアウトを狙っているものだ。

 

振り切るのではなく、全参加者を撃退して勝利する。実にラウラらしい行動だ。

 

「くっ!流石にラウラは手強いな!」

 

一夏も加速をかけるが、コーナーのたびに差を広げられ、歯噛みする。

 

「一夏、お先に」

 

「おおい、シャルまで行くのかよ!?」

 

ラストスパートもかくやという序盤からの混戦ぶりに一夏が驚きの声を上げる。

 

「キャノンボール・ファストはタイミングが大事だからね。それにーー」

 

「悪いが私も先に行かせてもらおうかっ!」

 

刀から赤いレーザーを放ちながら箒が一夏に迫る。

 

シャルロットはその隙にラウラへとじわじわ肉薄し、どんどん差を縮めていく。

 

一夏は赤いレーザーを雪羅のビームクローで弾き、箒と格闘戦を繰り広げ始める。

 

さらにそこへセシリアと鈴が参戦して先頭、後続ともに大乱戦となっていた。

 

「レースはまだまだでしてよっ!」

 

「これからが本番よ!」

 

「違いない。ただ、相手を気にしすぎだ」

 

「「「「なっ!?」」」」

 

一夏、箒、鈴、セシリアの声が重なった。

 

というのも、あえて最後尾で様子を伺っていた将輝が恐るべき速度で乱戦状態の四人を抜き去ったからだ。

 

「あの加速……『夢幻』のワンオフか!」

 

明らかに通常とは比較にならない加速は一夏たちを引き離して行く。

 

(全武装のロックか……多少辛いが、これなら大丈夫だ!)

 

妨害したいところだが、他の参加者の攻撃もあり、意識をそちらに向けることが出来ない。

 

その心理を利用し、将輝はそのままトップ争いを続けるラウラとシャルロットへ迫る。

 

「将輝!?もうここまで来たの!?」

 

「ふっ、大人しくしていたかと思えば、ここで仕掛けてくるか!」

 

桁外れの速さにシャルロットは驚き、ラウラは好戦的な笑みを浮かべる。

 

そして『夢幻』の速度を脅威と判断した二人は即座に将輝を迎撃する姿勢をとった。

 

「行かせないよっ!」

 

「撃ち落とすっ!」

 

シャルロットは速度減衰を余儀なくされる範囲攻撃のショットガンを、ラウラは当たれば即コースアウトのリボルバーキャノンを構える。

 

圧倒的な速さだが、その速さゆえ、将輝は完全に回避しようとすれば必然速度を落とさなければならない。

 

その隙に二人は距離を離し、改めてトップ争いを再開しようとする腹積もりだ。

 

(両方避けるのは至難の業……か。だったらーー!)

 

速度を落とすことなく、突っ込んでいく。

 

二人の妨害が自身を撃ち落とすよりも早く、抜き去ろうという一か八かの勝負。

 

分は悪いが、これに成功すればトップに躍り出るだけでなく、差を広げることもできる。

 

将輝はその賭けに出た。

 

今まさに。シャルロットとラウラの攻撃が将輝へ向けて放たれようとした。

 

その時ーー。

 

上空から二人めがけてレーザーが降り注いだ。

 

予想外の方向からの攻撃に二人は回避することもできず、そのままあえなくコースアウトとなった。

 

一見、『ブルー・ティアーズ』の攻撃にも思えるそれは当然違う機体のものだった。

 

将輝が速度を落とし、上空を見上げ……歯噛みする。

 

何故ならそこにいたISは『サイレント・ゼフィルス』。

 

その搭乗者はーー。

 

「……来ると思ってたぜ。マドカ」

 

「また会えて光栄です。藤本将輝」

 

ーー織斑マドカなのだから。

 



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完全なる敗北

「また会えて光栄です、藤本将輝」

 

レースに乱入してきた襲撃者ーー織斑マドカはゆっくりと降下し、将輝の目前まで近づいた。

 

自分が現れたことに驚く素振りを見せない将輝にマドカはバイザーの下で微笑んだ。

 

「その様子だと、私が現れることは想定済みだったようですね」

 

「ああ。来るなら今日じゃないかと思ってた」

 

「流石……ですね。では、私がここに現れた意味も?」

 

「……検討はついてる」

 

織斑姉弟への執着もない。亡国機業の任務でもない。

 

完全にマドカの独断専行である。

 

そして彼女の目的は以前聞いた。検討はつく。

 

「なら話は早いですね。……私とともに来て欲しい。あなたと共にあることが、あなたの傍にいられることだけが私の望みです」

 

「俺とともに……か。他はいいのか?」

 

「何もいらない。欲しない。私の望みはどのような形であっても、あなたに必要とされることだ。それが私にとっての幸福。この世の何物にも変えがたい宝なのです」

 

「なら、こっちにーーIS学園に来い」

 

マドカが将輝を欲しているのであって、亡国機業が将輝を欲しているのではない。

 

ならば、マドカをIS学園に連れていくこともできるはずだ。

 

亡国機業としてここを襲撃したのではなく、マドカが一人でここに現れたというのなら説得を阻むものはいない。唯一事情を知る箒が一夏たちを説得して、先にコースアウトした二人の方に行っている。

 

なによりマドカには将輝の近くにいること以外の望みがない。

 

亡国機業にいなければ成し得ない望みがあるわけではないのなら、まだ話し合う余地はある。

 

「俺がそちらに行かなくても、お前がこちらに来ることもできるはずだ。お前の望みが俺の傍にいることだけならーー」

 

「ーーいえ、残念ながら、それは不可能です」

 

「それはお前が織斑千冬と同じ『顔』をしているからか?それとも『首輪』のことか?」

 

『首輪』とはマドカに注入されている監視用ナノマシンの事を指す。

 

亡国機業という組織に忠誠心を感じず、価値も見出していない彼女を縛り付けるモノ。

 

それは原作でも入れられていたものだ。今のマドカに入れられている可能性は十分に高い。

 

しかし、そうではないとマドカは首を横に振った。

 

「私のこの『顔』も、注入されたナノマシンも、私があなたの提案を無碍にする理由にしては些細なことです。私がその提案を呑むことが出来ないのはもっと別の理由です」

 

そう言うとマドカはBTエネルギーマルチライフル『スターブレイカー』を展開し、さらにビームビットを周囲に展開させた。

 

「っ……交渉が決裂したら、力ずくってか?」

 

「まさか。ここからはまた別の要件です……藤本将輝。亡国機業実働部隊『モノクローム・アバター』の一人として、あなたの機体をいただきます」

 

亡国機業は将輝を欲してはいない。

 

しかし、『夢幻』は別だ。

 

一夏の『白式』を狙っていたように、将輝の『夢幻』もまた標的の一つなのだ。

 

『夢幻』が敵ISにロックされていると警告音を鳴らす。

 

『無想』を展開するよりも先に回避行動を取ろうとしてーー

 

キュインッ!

 

つんざくような音と共に『夢幻』の肩装甲をレーザーが命中する。

 

警告音が鳴って回避行動を取る暇を与えないほどに予備動作の少ない攻撃に将輝は愕然とした。

 

(実力差はあると思ってはいたが……ここまであるのか)

 

『無想』を展開して臨戦態勢を取るものの、はっきり言って勝てる気がしなかった。

 

今の一瞬だけでも、実力差は十分に理解できる。

 

もう将輝はISの素人ではない。一夏や箒と同様にIS学園での経験を経て、その実力は代表候補生として通用する域に達している。

 

ゆえにわかるのだ。

 

これは一ヶ月程度で埋まるような差でもなければ、まぐれで倒せる敵でもないということが。

 

「次は右足の装甲を、その次は右腕の装甲をいただきます」

 

「……それは俺に対する挑発か?それとも遊んでいるつもりか?」

 

「いえ。無駄であることは承知していますが、お願いです。どうかそのISを渡してください」

 

「悪いが、そのお願いを聞いてやる気はねえよ」

 

「ではシールドエネルギーが尽きるまで動かないでください。あなたを傷つけずに闘うのは今の私でも難しい」

 

挑発的な発言だが、マドカにはそれだけの実力があることはすでにわかっている。

 

しかし、だからといって、大人しくやられる道理があるわけがない。

 

何よりこの力は自身が求めたものなのだから。

 

「大人しく的になってろってか?笑えない冗談だ!」

 

元より距離を取れば不利なのはマトモな射撃武装のない将輝だ。

 

実力差を鑑みれば、近接戦闘でも勝ち目は薄いだろうが、距離を取って的になるよりは遥かにマシだろう。

 

『瞬時加速』を使用して、一気に距離を詰めにかかる。

 

同じ第三世代型ISだからこそ、通常の加速では一気に距離を取ることはできない。まして後方に向けて『瞬時加速』をするのは不可能だ。

 

将輝が『無想』を振り上げ、眼前に迫った。

 

キュインッ!

 

『スターブレイカー』から放たれたレーザーが右足の装甲を、宣言通り見事に破壊する。

 

ほぼゼロ距離に等しい距離からの射撃だったが、幸い(・・)絶対防御を超えて、将輝にダメージがいくことはなく、攻撃の手が緩むことはない。

 

決まった。

 

そう確信して振り下ろそうとした瞬間ーー。

 

「あなたの剣は私に届かない」

 

マドカの左手が将輝の左腕部分を掴み、攻撃を中断させていた。

 

将輝は息を呑んだ。

 

近接武装で受け止めるでもなく、回避をするでもなく、ただ空いている左手でこちらの腕を掴むという動作のみで攻撃を封じたのだ。

 

マドカがあえてゼロ距離まで接近させたのは片手でも正確に狙った箇所を当てるためである。

 

「あまり動き回られてはあなたに余計なダメージを与えてしまう。それは私の本意ではない。私が回収すべきはあなたのISのコア。無闇矢鱈にあなたを傷つけるつもりはありません」

 

「随分余裕だな。俺じゃ相手にならないってか?」

 

「……失言でした。あなたの身を案じているつもりが、これでは侮辱と取られかねない」

 

マドカは将輝の『無想』を振り下ろす力を利用して、投げ飛ばし、『スターブレイカー』を構える。

 

「させるかぁ!」

 

しかし、それを一夏たちが見過ごすわけがない。

 

将輝との距離が開く瞬間を待っていた一夏はこの好機を見逃さない。

 

『瞬時加速』で距離を詰め、ワンオフ・アビリティー『零落白夜』を発動させた『雪片弐型』で斬りかかった。

 

絶妙なタイミング。

 

背後からの奇襲はこれ以上ないものだ。完全に相手の虚をついた。

 

……かに見えた。

 

「っ!?」

 

振り向き様に自身に向けられた視線に一夏は身体を硬直させた。

 

顔はバイザーで隠れて見えない。

 

だというのに、濃密な敵意が、殺意が、一夏を襲っていた。

 

心臓を鷲掴みにされたような、今まで味わったことのない圧倒的なプレッシャーは、一夏に自身が奇襲を仕掛けていたという事実さえもほんの一瞬忘れさせた。

 

そして、今のマドカの前でそれは自殺行為だ。

 

「死にたいのか、一夏っ!」

 

箒の一喝により、一夏は意識を覚醒させる。

 

『スターブレイカー』とビットによる一斉射撃を、咄嗟に展開した雪羅で防御する一夏だったが、マドカはすかさず側面に回り、蹴りを浴びせた。

 

「ぐっ!」

 

「まだこちらの方が強い……か。だが、所詮その程度。貴様の温い覚悟で私に一太刀浴びせようなど笑わせてくれる」

 

「何だと!?」

 

「一夏さん!挑発です。乗ってはいけません」

 

マドカの挑発に頭に血が上る一夏だが、セシリアの一言で平静さを取り戻す。

 

「その機体。『サイレント・ゼフィルス』ですわね?返してもらいますわよ、亡国機業」

 

「やれるものならな」

 

「言われなくとも!」

 

高速機動パッケージを装備しているため、ビット射撃能力を失っているセシリアは、大型BTライフルでマドカに攻撃を仕掛ける。

 

相変わらずマドカは避ける素振りを見せない。

 

そして攻撃が直撃する瞬間、ビーム状の傘が開き、セシリアの射撃を防いだ。

 

「くっ……やはりシールド・ビットは厄介ですわね」

 

セシリアの攻撃を阻んだのは、サイレント・ゼフィルスに装備されたシールド・ビット『エネルギー・アンブレラ』。試作型であるものの、ビーム兵器を無効化するという能力を遺憾なく発揮していた。

 

「鈴さん!多角攻撃、行けますわね!」

 

「わかってるってば!」

 

セシリアと鈴の多重攻撃が始まる。

 

二人は機体の相性もさることながら、福音事件の経験から不測の事態に備えて連携を強化してきたため、まさに阿吽の呼吸といったところだ。

 

「……ふん」

 

マドカは鼻を鳴らす。

 

私情を抜きにすれば、たいした連携だと評価するところだろう。二人の攻撃はマドカに届きこそしていないものの、単純に二人を相手にするより何倍も強い。

 

だがーー。

 

「所詮は茶番だな」

 

それでどうにかなる差ではなかった。

 

マドカは二人の攻撃を舞い踊るようにひらりひらりとかわし、周囲に浮遊させていたビットで攻撃を仕掛けた。

 

「くっ……!」

 

「あー、もうっ!鬱陶しいわね!」

 

マドカが攻撃を仕掛けた途端、攻守が逆転した。

 

的確かつ確実に回避の難しい部分を狙ってくるビットに二人はほぼ回避に専念せざるを得なくなる。少しでも捨て身で攻撃を仕掛けようとすれば、絶対防御が発動する部分を狙ってくるため、やはり回避するしかない。

 

「うおおおっ!」

 

「……バカの一つ覚えか」

 

右手の『雪片弐型』と左手の『雪羅・クロー収束ブレードモード』で連続攻撃を行う一夏。

 

マドカはそれをライフル先端に取り付けた銃剣で捌く。

 

「俺の次は将輝か!お前らの思い通りにはさせないぞ!」

 

「弱い犬程よく吠える。出来もしないことを口にするな。程度が知れるぞ、織斑一夏」

 

「何をーーぐあっ!」

 

『雪片弐型』を受け流すと、一瞬出来た隙をつき、マドカは一夏を蹴り飛ばす。

 

蹴り飛ばした一夏に向けて、マドカは『スターブレイカー』で追い打ちをかける。

 

一夏はなすすべもなく、マドカの追撃によってどんどんダメージを負っていった。

 

「消えろ」

 

「はああああっ!」

 

トドメを刺そうとしたマドカのもとに、入れ替わりに箒が『雨月』からレーザーを放ちながら接近して『空裂』で斬りかかる。

 

「篠ノ之箒。貴様はあの方に相応しくない」

 

「それはお前が決めることではないっ!私や将輝が決めることだっ!」

 

「威勢だけはいいな」

 

箒の怒涛の攻撃をいなすと、一夏にした時と同じように箒を蹴り飛ばす。

 

「ぐっ……!」

 

「大人しくしていろ。貴様だけは痛めつけることを禁じられている(・・・・・・・)。無闇矢鱈に仕掛けて来なければ何もしない」

 

そう言って箒を一瞥すると、将輝の方へと戻って行く。

 

「邪魔は入りましたが、これで問題はありません。続きを、しましょう」

 

「……そう簡単に倒せると思うなよ」

 

すでに敗北を悟った。負け犬の遠吠えにも似た言葉にマドカは破顔する。

 

「ふふっ。そうですね。土壇場であなたはとんでもないことをしでかします。それが頼もしくもあり、いつも私……私達にとって悩みの種だった」

 

「その様子じゃ、そっちの俺も無茶してたみたいだな」

 

「それはもう。あなたはいつも無茶ばかりしていた」

 

戦場にいるとは思えないほどの柔和な笑みを浮かべる。

 

既に知っているとはいえ、将輝にはわかる。

 

織斑マドカの藤本将輝へ抱いている感情は愛だ。

 

普通の人間と同じように一人の人間に恋い焦がれた者が浮かべる幸せに満ちた表情だ。

 

だからこそ、理解できない。

 

例えここにいる将輝が平行世界の同一人物だとしても。同じように転生した人間だとしても。

 

織斑マドカの愛する将輝とは別人のはずなのだ。

 

そしてそれは今の状況が物語っている。

 

だというのにマドカの声音には悲哀や絶望はなく、ただただ愛しいものに思いを伝えるような優しい声音だった。

 

「ですが、もうその必要はありません。あなたがISに乗るのはーー」

 

話の最中、飛んできた砲弾をマドカは『スターブレイカー』で撃ち落とす。

 

マドカを狙ったのはラウラだった。

 

シャルロットともども見事に増設したスラスターを破壊され、機動性を著しく低下させているものの、援護射撃を行うことぐらいは十分にできる。

 

「くっ……やはり当たらんか」

 

ハナから当たるとは思っていなかったラウラだが、撃ち落とすほどの余裕を見せられて悔しげに呟く。

 

様子を伺っている時から感じてはいたが、これほど明確に力の差を見せられてはどうしようもない。

 

対してマドカは一夏たちに向けたのと同じように挑発をーー。

 

「………二度目だ。織斑一夏といい、貴様といいーー」

 

しなかった。

 

天を仰ぎ、深く息を吐く。

 

一見すると呆れているように見える所作だが、近くにいた将輝だけはマドカの抱く感情を読み取っていた。

 

先程一夏が奇襲を仕掛けた時に見せた激しい敵意と殺意。

 

向けられたのが自分でないにもかかわらず、背筋に冷たいものを感じさせるものを。

 

「逃げろ、ラウラーー!」

 

「私とマスターの時間だ。邪魔するなぁぁぁあああ!」

 

将輝が警告を発したとほぼ同時。

 

一夏たちを牽制していたビットがラウラへと殺到する。

 

増設スラスターはマドカの奇襲ですでに破壊されており、機動力は大幅に減少している現状ではラウラがビットから逃れる術はない。無論、防御する術も。

 

「やらせないよ!」

 

シールドを展開して、ラウラを庇うシャルロット。

 

ラウラ同様に増設スラスターを破壊されていたため、ラウラが砲撃を始めたタイミングで支援防御に回っていた。

 

展開されたシールドをビットのビーム攻撃が連続で放たれる。

 

先程とは対照的な、嵐のような攻撃は強者の余裕というものを感じさせないが、それでも着実に二人を追い詰めていた。

 

「やめろぉぉぉぉ!」

 

「それ以上やらせるかぁぁぁ!」

 

当然、将輝や一夏がその一方的な攻撃を黙って見ているわけがない。

 

左右から二人同時にマドカへと斬りかかる。

 

「遅いっ!」

 

しかし、激情に駆られるまま攻撃を繰り返しながらもマドカは即座に反応する。

 

一夏が『雪片弐型』を振り抜くより先にタックルで吹き飛ばし、次いで接近する将輝の一撃を銃剣で受け止める。

 

「お前の目的がなんであっても、俺の仲間は誰もやらせねえ!」

 

「あなたならそう言うと思っていた!」

 

『無想』を受け流すと将輝の手を蹴り上げ、握られていた『無想』を弾き飛ばした。

 

「あなたの得物があの近接ブレード以外にないことは知っています。どうか、そのISをこちらにお渡しください」

 

「だから、そいつは聞けないって言ってるだろ!これは俺の大切な人達を守るための力だ。そう簡単に渡せるかよ!」

 

「だからこそだ。あなたはISなどに乗るべきではない!」

 

急加速で将輝に接近すると、マドカは『スターブレイカー』を消して、将輝の両肩に摑みかかる。

 

そしてその加速の勢いのまま、将輝を地面にぶつけようとしていた。

 

「衝撃に備えて!少し痛いかもしれませんが、お許しを。あまり時間がありませんので!」

 

いくらマドカの出現が突然だったとしても、すぐに政府は動くだろう。例え一夏たちが障害にならないとしても、送られてくる増援はそう簡単には倒せないだろうし、将輝本人にダメージを与えないように戦うことはできなくなる。そしてマドカに許されている時間は増援が来るまでだ。

 

ならば作戦をダメージは最小限に。一時行動不能にしたのち、ISのシールドエネルギーを奪う方に切り替えた。

 

マドカの予想外の攻撃は将輝の反応を遅らせた。

 

反応が遅れたためにスラスターを噴かせても踏ん張る事も出来ない。同じ第三世代型ISであっても、一撃離脱強襲型の『サイレント・ゼフィルス』の方に速度面では軍配があがる。先に加速を許した時点で押し返すどころか、留まることさえ出来ない。

 

機体のスペック通りなら。

 

「な、めるなぁぁぁぁああああっ!」

 

将輝の叫びに呼応する形で『夢幻』が輝きを纏う。

 

そしてそれと同時にスラスターから放出されるエネルギーが増大し、地表に到達する目前で止まり、徐々に押し返し始める。

 

マドカの唯一の誤算。

 

それは将輝のISのワンオフ・アビリティーが本人の意思によって性能が爆発的に向上することだ。

 

全武装の使用不能も、使える状態でない今ではデメリットとは言えない。

 

「なっ!?」

 

これにはマドカも驚きの声を上げる。

 

その隙に将輝はマドカを突き飛ばし、その場から離れた。

 

「……やはり一筋縄ではいかないようですね」

 

「あんまり心配かけたくない人がいるんだ。やられるわけにはいかねえよ」

 

「……ああ、本当に。あなたは変わらない。どこにいても、誰といても、あなたはあなただ」

 

「……」

 

バイザーのせいで相変わらず顔は見えない。

 

けれども、将輝は言葉の端々から感じる哀愁から、彼女が今どんな表情を浮かべているのか、想像できた。

 

「それがわかっただけでも来て正解だった、ということにしておきましょう。……スコールから撤退命令が出ました。残念ですが、今日はここでお別れです」

 

そこで楯無が姿を見せないことに合点がいった。

 

今回のマドカの行動は確かに独断専行だった。

 

だが、スコールも会場に訪れていた。そして原作同様に混乱する観客席で二人は出会ったのだ。

 

「……次は負けねえ」

 

「その次、がないことを私は祈りましょう」

 

そう言い残し、マドカは上昇していく。

 

それを将輝たちはただ見ていることしかできなかった。

 

圧倒的な強さを誇る織斑マドカによる襲撃は、一年生専用機持ちの完全敗北という形で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 



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