-Ruin- (Croissant)
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一時間目:ミチとの遭遇
前編


 ゲリラ投下ですw

 移動、開始。



 朝靄が微かに漂う早朝——

 

 

 深い森の中にある僅かに開けた岩場の上で一人の少年がポツンと佇んでいた。

 

 脇にはちょっとした滝がかなりの水を落としており、周辺の木々からは小鳥のさえずりも聞えてくる。

 少年の直ぐ側には少人数用のテント。

 案外、この情景を気に入ったからこそこの場に設置したのかもしれない。

 

 少年はその滝の音にも、朝の冷ややかな空気にも動ぜず、両の拳を合わせた不思議な格好で祈るように眼を瞑り続けていた。

 

 と——

 

 

 ギュン…ッ

 ゴォオオオオッ!!

 

 

 そんな少年に向って何かが風を切って飛来。あわやぶつかる! という所で差し出された少年の左掌にその飛来してきた長いものが収まった。

 

 その少年はそれが何であるか解かっていたのか、来てくれる事が解かっていたのか、微動だにせずその長いもの…彼の身長よりも長い“杖”のようだ…を受け止めると、嬉しげな表情をして口を開いた。

 

 

 「ありがとう 僕の杖」

 

 

 受け止めた杖を右手に握り直し、「よしっ」と自分を引き締めるように呟くと、

 

 

 「ありがとう長瀬さん。

  僕……何とか一人でがんばってみます」

 

 

 テントに振り返って誰に呟くとも分からない礼を言い、その杖に跨ると風を切る音を残しそのまま飛び去っていった。

 

 その姿、モノは違うが箒に跨った魔女のよう。

 それもその筈、信じ難い事であるが少年は<魔法使い>なのだから。

 

 

 テントの中で寝たふりを続けていた少女は、そんな彼を見送りつつ、

 

 

 『行くでござるか…』

 

 

 と呟き、そっとテントの入り口を元の様に閉じ直した。

 

 その顔はどこか満足そうであり、嬉しげ。

 普段から細い眼も笑顔のそれに曲がっている。

 残念ながら彼女の性根からの優しさは近しい者で無ければ解かるまいが。

 

 

 「魔法使いって本当にいるんでござるな——

  拙者も人のコトは言えんでござるが」

 

 

 ニンニンと妙な語尾を着け、再度寝直そうと瞼を閉じてゆく。

 

 まだ早朝。

 日曜の朝であるし、“修行”にはならなかったが中々の体験をしたと満足中で二度寝を貪ろうとしていた。

 

 

 が——

 

 

 「?!」

 

 

 その少女の細い眼がいきなり大きく見開かれる。

 

 ざっと姿を消した瞬間、彼女の姿はテントの外にあり、テントに残ったのは移動後のつむじ風のみ。

 

 正しく風のように移動した彼女は長めの襦袢のような出で立ちのまま、クナイを握り締めて空を睨んでいた。

 

 

 何時の間にか鳥達の声が止んでいた。

 

 響くのはすぐ近くの滝の水音のみ。

 

 息を潜めた生物らが我先にとこの場を遠ざかってゆくのが解かる。まるで何かを恐れているかのように。

 

 静けさの中での“それ”ではない耳鳴りが、先程から彼女の耳を襲っている。

 そしてそれは段々と大きくなってゆき、軋みすら覚えるほどまで上がったその時、

 

 

 「来る…?」

 

 

 呟くのが早いか異変が早いか。

 

 唐突に彼女の見つめる地点、

 丁度彼女の上空十メートル弱。

 

 そこの風景が丸く“ぐにゃり”と捻じ曲がった。

 

 

 「これは……」

 

 

 流石に肝が据わっている彼女もこういった異変は初めてだ。

 

 今通っている学園にしても異様な“氣”を持っている人間は多い。

 それは強かったり激しかったり、無理に押さえ込まれていたりと様々である。

 

 だが、“そこ”に“発生”した氣…いや、まだ気配ですらないが…はそのどれとも違った全くの異質なものであった。

 

 その空間の乱れは、回る洗濯機を覗き込んだ時のそれに似ている。

 

 かき回され、かき乱され、旋回し、交わり、混ざる。

 

 何が? と問われれば返答に困るのであるが、説明のし様の無いモノがそこに穿かれ、何かがその向こうに発生しようとしていた。

 

 キン…っ!!

 

 と澄んだ音が辺りに響いた。

 澄みすぎた音で少女が耳鳴りを起こした程。

 

 硝子が割れた…というよりは“裂けた”音。称するのであればそれが一番相当する物音だろう。

 

 

 「…………ぁ…ぁ……」

 

 

 「む?」

 

 

 直後、音が降って来た。

 いや、音の発信源たる何かが“それ”の奥から降って来た。

 

 

 「………ぁぁぁぁぁぁぁ……っ!!!」

 

 

 「んん〜?」

 

 

 するすると余裕を持ってその場を移動する。

 そのまま居たら不味いからだ。

 

 何故か?

 

 

 「あああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

 

 

 

 とんでもない速度で墜落してくるモノに衝突してしまうからだ。

 

 

 

 

 ズドォ————ンッッ!!!!!

 

 

 

 

 「ござっ?!」

 

 

 衝撃が辺りに響き、少女も軽く浮いてしまう。

 おまけに落下地点は彼女のほぼ真正面。つまりは岩の真上で彼女がついさっきまで立っていた場所だ。

 

 固い岩盤は割れてこそいないが、おもっきり陥没していた。

 

 超高速の何かが墜落してきた事に間違いはない。

 

 

 「隕石でござろうか? にしては面妖な……」

 

 

 面妖…等というやたら古めかしい言葉使いは兎も角、確かに不可思議な現象だ。

 

 空間に穴が開いたのは目にしたのであるが、その穴が出現した高さは目測でおよそ十メートル。

 だが、その落下物はこの墜落衝撃度数からしてもっともっと高い位置から降ってきたものである。

 

 最低でも百メートルは軽く超えることであろう。

 

 ふと思い出して空に眼を戻すが、渦を巻いていたあの異様な空間は既に消え去って元の空の色を取り戻していた。

 

 今は何事も無かったように青の色を見せている。

 地上の事等知ったこっちゃないと言いたげに、腹立つほどカラリんと晴れ渡って。

 

 

 「う———む」

 

 

 首を捻ってそのまま落下地点に再度眼を戻したそんな彼女の顔の直正面。

 

 

 「お、お嬢さん……」

 

 「わぁっ?!」

 

 

 血まみれの男がそこにいた。

 

 

 接近の気配ゼロ。

 移動の気配もゼロ。

 

 全く何の動きも感じさせず自分の間合いに踏み込まれたのであるからその驚愕も当然であろう。

 

 

 だが慌ててはいても反射的に距離をとり、クナイを構えるのは流石。

 腰を落とし、如何なる動きでも取れるようにしているその用心深さも見事の一言。

 

 だが、その意味は果てし無く少ない。

 

 

 「い、医者呼んでくれたら嬉しいな———

  ボクとしては〜〜……」

 

 

 そこまでほざいてからバッタリとその男は倒れてしまった。

 

 呆気にとられるとは正にこの事だ。

 

 ウッカリ死体らしきものを発見して歩み寄る一般ピーポォが如く、恐る恐る近寄って足先でツンツンつつく。

 

 ピクリともしないが生きている…ようだ。多分。

 

 溜息に似た深呼吸をし、何とか心を落ち着かせ、しゃがみこんで怪我の確認をする。

 

 

 骨折部…らしきものは無し。

 擦過傷…数知れず。

 打撲等…数え切れず。

 火傷痕…深度は浅いがほぼ全身。

 出血量…甚大。

 

 

 「……で、この御仁は何で生きてるでござる?」

 

 

 年の頃は自分らと同じくらいか少し上。

 何だか体格に似合っていないスーツ姿。

 彼女はスーツの仕立て具合やメーカー等にはさして詳しくは無いが、そこそこに良いものだろう事は……

 

 いや? かなり良いものかもしれない。何せ手触りで解かるほど丈夫なのだ。

 言うならばケブラー繊維の様な丈夫なもので出来ている。防刃加工のスーツ等そこらでお目にかかるものではないのだが。

 

 靴にしても見た目は普通の革靴であるが、全体が何か特殊な加工がされており、しなやかなくせにワークシューズ以上に固そうだ。特に靴先は蹴りに特化しているように硬度が増しており、靴の裏の滑り止めも強い。

 

 SPとかが使っている装備に似ているような気もするが、少女の知識をもってしても生地の材質などが全く解からない。

 それでも結構値が張るものだという事だけは何とか理解が出来た。

 

 尤も、全てが焼け焦げたかのようにボロボロであったが。

 

 

 ぶっちゃけ、生きている事や喋られる事が信じ難い程、全身がズタボロなのである。

 

 チラリと眼を隕石(?)落下地点に向ければ血の痕がここまで続いている。

 やはり落下してきたのは(信じ難いが)この男のようだった。

 

 腕を組み、首を捻ってこの男の正体を想像してみる。

 とはいっても判断材料が少ない上、無自覚ではあるが僅かに混乱を残したままの状態。そんな今の彼女の想像力ではとうてい思いつく訳も無い。

 

 であるからして、かなりテキトーな答しか思いつかなかった。

 

 

 「う〜〜む……

  魔法使いがいるくらいでござるから“宇宙人”がいても不思議ではござらんな」

 

 

 等と勝手に宇宙人認定してみたり。

 

 無理もない。

 宇宙人やMIB関係者と言われたほうが納得できない事もないのだから。

 

 

 「だ、誰が宇宙人やねん……」

 「おろ?」

 

 

 何と少女の言葉にちゃんと突っ込みが入った。

 

 半死半生の状態からでもツッコミをいれるド根性と、その見事なタイミングはまるで関西芸人のようだ。

 

 しかしそれより何より感心してしまうことが一つ。

 

 

 「この怪我で意識があるのはスゴイでござるなぁ……」

 

 

 である。

 既に人としての範疇を飛び越えている。 

 

 

 「……ほっとけや……」

 

 

 ギリギリとまるで故障した機械のように首をめぐらせてくる青年。

 

 声の主が女性っぽいので意地になって眼に入れようとでもしているかのよう。つーか、そうなのであるが。

 

 そして首を廻らせた眼の先、

 

 

 「む……?」

 

 

 無論、それは単なる偶然の重なり。

 

 男はうつ伏せで倒れており、少女はその具合を確かめようとしゃがんでいる。

 尚且つ、少女は実力からの自信があるからか少々無用心なのだ。

 

 

 「んん?!」

 

 

 偶然にも彼が向いている先にあったのは白い逆三角形。

 

 ぶっちゃけ、しゃがみこんだ少女の足の付け根がかなり至近距離にあったのだ。

 

 

 「ぶっはぁっっ!!」

 

 

 「おろ?」

 

 

 いきなり鼻血を吹いて失神。

 その際、少女から顔を背けたのは見事である。

 

 だが彼から迸る鼻血の出血は凄まじいの一言。

 岩清水が如くさらさらと川に流れ込む様を見て、その物凄い出血量には流石の少女も更に驚いてしまった。

 

 何せ控え目な表現でも大動脈が破裂したかのような出血なのだから。

 

 

 「むぅ……それでもまだ生きてるでござるか…

  …って、何故鼻血を吹いた後の方が気が高まっているでござる?!」

 

 

 『スケベパワーがチャージされ、少しだけ体力が回復したんです』

 等という戯言の様な真実に気付ける訳もなく、少女はどうしたものかと首を捻るばかり。

 

 だがしかし、

 まさかこの青年とこれから長く付き合う事になろうとは、神ならぬ彼女が知る由も無い事であった……

 

 

 

 

 

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  Ruin 〜ぶちこわし〜

 

 

 

                  ■一時間目:ミチとの遭遇(前)

 

 

 

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 「う〜む……俄かには信じられないんだけどなぁ……」

 「と、仰られても拙者は見たまま正直に申しただけでござるよ」

 

 

 麻帆良学園中等部生徒指導室。

 

 

 ここ、超巨大学園都市である麻帆良学園の中等部に通う生徒の内、不良…というか素行不良程度の女生徒が呼び出しを喰らって説教される部屋である。

 とはいっても行き届いている教育の賜物か、基本的に素行不良という生徒は殆ど存在せず、たまに説教されるのはこの学園一の超天才少女くらいな物である。

 因みに件の少女が説教を喰らうのは、余りに天才過ぎるが故に“裏”の存在に気付いてちょっかいをかけたりしているからだ。まぁ、彼女のその真意は知らないが……

 

 そして今、ここで話をさせられているのは素行や説教とはまるで無関係といえる少女。

 3年に上がったばかりの中等部の少女で、成績不振ではあるもののその性根には学園も信頼を置いている長瀬楓である。

 この部屋に連れてこられるほどの悪事を働いたことは無いし、校則違反もした事が無い…という訳では無いが教師に怒られる程の事もしていない。バレて無いだけかもしれないが。

 

 だが現に今、制服に着替えた彼女はこの部屋で話をさせられている。

 尤も、相手は(楓からすれば)まるで担当違いの教師であるガンドルフィーニであった。

 

 そんな彼と楓が何でここにいるのかというと……

 

 

 

 「ホントでござるよ?

  突然、空(くう)が渦を巻き、穴が穿かれそこから降ってきたでござる」

 

 「う〜ん……」

 

 

 ずばり、事情聴取であった。

 

 

 

 異様に元気なくせに出血多量で意識を失った件の降って来た青年(?)をどうしたものかと首を捻っていた時、異変に気付いた魔法教師が駆けつけて来たのである。

 それがガンドルフィーニだった。

 

 楓に異変を見られた事を気にはしたが、今はこの血をダクダク流している男の命の方が優先である。

 学園に連絡を入れ、見つからないよう慎重に学園の医務室まで搬送したのはついさっきの事。

 

 尤も、しゃれにならないくらいの出血だったというのに只の脳震盪だったというのには呆れ返ってしまったが……

 

 

 そして事件はその直後に起きてしまう。

 話を聞きつけた別の魔法教師が医務室に入った来た瞬間、昏睡ギリギリまで意識を失っていた筈の青年がカッッと眼光鋭く目を見開いて跳ね起き、

 

 

 「生まれる前から愛してました——っ!!」

 

 

 と飛び掛ってきたのである。

 

 

 「んなっ?!」

 

 

 その魔法教師の名は葛葉刀子。

 長い髪をさらりと流すやや切れ長の冷たさを感じる眼差しを持つ美女であり、ある特殊な剣技を使う実戦隊の一人だった。

 

 その彼女が、鯉口を切る事以上の動きが出来なかったのだ。

 刃の部分が見えるよりも前に、青年に押し倒されかかればそれは硬直もするだろう。

 

 幸いにも近くにいた別の魔法教師、高畑の拳によって青年は吹っ飛ばされ、見事に天井に突き刺さって刀子は事無きを得たが…やはり何の反応も出来ずに踏み込まれたショックは強かったのだろう。プライドが刺激されたかブツブツと何やら呟いていたりする。

 

 

 それだけならまだしも、

 

 

 「い、痛いやんかぁ——!!」

 

 

 と青年は全くの無傷。

 

 その拳の威力で裏で名が知られている高畑・T・タカミチ。

 その彼が青年の人外の動きに反応して反射的に拳を繰り出していた上、手加減はしたもののうっかり本来の力でもって殴ってしまったというのにピンピンしているのである。

 周囲の驚きは凄まじいの一言だった。

 

 尤も、先に不死身さを目の当たりにしていた楓はさほど気にしていなかったが…

 どちらかと言うと、『高畑先生はこういう事が出来るでござるか…』という事の方がよっぽど驚いていたりする。

 

 

 この後、更に様子を見に来た源しずな先生に反応してまた飛び上がった青年であったが、今度も(若干更に力が込められているようだったが)殴り飛ばされて壁に人型を残して昏倒するなど、中々に微笑ましいイベントを起こしたりしていた。

 

 その異様な肉体耐久度に危機感を持った教師らは傷を完全に回復させていたその恐るべき青年を頑強な別室…尋問室の方が正しいかもしれない…に連れて行き、

 高畑がその青年を、そして楓をガンドルフィーニが担当して話を聞く事となった。

 

 

 

 そして楓から一通り話を聞き終えたガンドルフィーニであったが…

 

 

 「どうも…頭が痛くなる話だね……」

 

 

 と、眼鏡を外し、米噛をマッサージしている。

 

 

 「……」

 

 

 うーん…と腕を組む楓。

 

 実際に目の当たりにした彼女でさえ信じ難い事であったのだ。話を又聞きにしただけであるガンドルフィーニが早々納得はできまい。

 それに、これとてそこらの人間よりずっと冷静に物事を判断できる楓だからこその適応だ。魔法という怪異の中に身を置く魔法教師でさえ尚混乱しているのだから。

 

 

 『しかし…どうしたものか…』

 

 

 ガンドルフィーニだけでなく、他の魔法教師らもこの事態には頭を痛めている。

 

 数日後には結界が一時的にではあるが切れるのだ。

 只でさえその時に発生するであろう有事の際の対応に追われている忙しい現状だというのに、降って湧いたこの事件。いっそ、あの青年が外部からの間者であってくれた方が気が楽である。

 

 が、未だそれに相応する情報が高畑からは入ってこない。

 それだけならまだしも、『間者ではないけど、来訪者ではあるみたいですよ』という不思議な答は念話で伝わってきているのだ。

 

 訳が解からないとはこの事だ。

 尤も高畑も混乱しているから話を纏めてから全て話すと言っていたのだから相当の事なのだろう。

 

 魔法に関係する者以外が知る由もない“あの”戦いを知り、その後も世界を飛び回って戦い続けている彼がそこまで言うのだから相当に大変な話なのだろう。

 

 ならば自分が見たまま、そしてあの場を調査した魔法教師や魔法関係者達からの総合的な情報からしてこれ以上の事は解かるまい。

 それでも下手をすると学園そのものに大きな災いが起こりかねないだろう。

 

 どうせなら全てを丸投げにしてベッドで休みたい…というのが正直なトコロだった。

 

 そんな関係者達の空気から彼らの危機感を読み取っていた楓は、とりあえず納得をしてくれる話をしようと、持っている情報から魔法に対して素人である自分の意見を差っ引いて、自分の見たままの情報の話を再度構築し始めている。

 別に自分が悪い訳ではないのだが、何故だか申し訳無いような気がしたからだ。

 

 

 そう、彼女の方に落ち度はまるっきり無かった。

 何せ 魔法教師らの方が慌てて魔法を見せてしまっただけ なのだから。それでも気を使ってしまうのは彼女の人柄だろう。

 

 かと言って魔法知識なんぞ持っていない彼女が上手く説明できる筈も無いのだが……

 

 そんな楓にやっと気付いたか、ガンドルフィーニは慌てて手を振ってフォローを入れた。

 

 

 「ああ、君のいう事が信用できないって言うんじゃないんだ」

 

 「え? あ、そうでござるか?」

 

 

 堅物で生真面目な彼であるが、柔らかい面が無い訳ではない。

 自分の失態を理解しているからこそ、彼女にこれ以上の負担を与えまいとしているのだ。

 

 

 「単に、その…彼をどう扱って良いのか…がね。

  何と言うか…その、不審人物と言おうか、少々犯罪者チックなものでね」

 

 「あ、成る程」

 

 

 溜息混じりの彼の言葉に楓も納得し、話の再構築を一旦停止する。

 

 何気に酷い言い方であるし、楓にしても納得しているのだから酷い話である。

 尤も、二人がそう思った所でしょうがないと言えよう。

 

 空間に穴を開け出現した。

 それだけでも信じられないというのに、固い岩が陥没するほどの高度から墜落したというのに怪我らしい怪我もない。

 更にはその場を調査したところ凄まじい出血の跡もあった。確実に青年の容量より多そうだったが…

 これで生きてるのだから“裏”に、魔法界に関わっている可能性があったのだが、保有魔力はほぼゼロ。一般人が無意識に自然界のマナからもらっている程度である。

 

 では魔物の類か? と疑うのも当然の流れ。“あの”生命力からしてトロールの合成魔獣と言われても納得できるのだから。

 だが幾ら調べても、完全且つ徹底的に人間だという結果が出てしまう始末。

 

 身体調査を行った担当医師曰く、

 

 

 「信じられない話ですけど……どうも体質みたいなんですよ」

 

 

 との事。

 

 

 「不死身体質?! 何だそりゃ——っ!!」と叫んで頭を抱えても仕方の無い事である。

 

 

 更に頭の痛い事に、無関係の生徒だった楓が“見てしまった”のだ。

 

 確かに身上調書によると彼女は甲賀流忍者の中忍。

 甲賀流では中忍が最高位なので彼女の実力は本物である。

 以前、高畑から話を聞いた時にはガンドルフィーニとてスカウトしたいと思っていた程だ。

 

 

 −彼女が一般生徒でなければ−

 

 

 確かに実力云々からいえば楓の実力は、下手をすると魔法生徒であり学園長の孫娘のボディーガードをやっている少女より上であろう。

 学園公認の狙撃手である少女ですら一目を置いているくらいなのだから。

 

 だが、今述べた二人は初めから“裏”に関わっている状態でここに来た生徒である。

 

 そして楓は裏社会を知るものではあったが、今回の件で初めて魔法界という裏の世界の更に“裏”に関わった。乱暴な称し方をすれば魔法を知らない一般人なのである。

 

 魔法使いの保護と支援、そして無関係な一般人を巻き込まない事を旨としていた彼らであったのだが、例の青年の件でガンドルフィーニらはうっかりと“力”を楓の前で使ってしまったのである。

 

 自分らから秘密を曝け出してどうするのか?

 おまけに彼女から秘密に近寄ってきた訳では無く、自分らで見せてしまったのだから明らかに非はこちらにあるのだ。

 

 これから何か大変な事が起こってしまうのではという不安もあり、ガンドルフィーニの頭痛は治まる兆しを見せてくれないでいた。

 

 

 そんな事でうんうん唸っているガンドルフィーニを前にし、ボ〜としている風を装いつつ楓は内心わくわくしていた。

 

 魔法という世界があった。

 そしてその魔法使い達が慌てるような事態が起こっている。

 

 魔法使いの存在を知った事もけっこう驚いた事であるが、その魔法使いが徒党を組んでいるのだ。

 

 魔法界という言葉も漏れ聞いた事もあり、楓はまだまだ世界が広さをもっている事を知って楽しくてたまらなくなっていたのである。

 

 

 『そしてあの御仁……』

 

 

 天から降ってきた青年。

 

 何故だか楓は彼の事が頭から離れなくなっていた……

 

 

 

 

 殆ど確認程度に一応の話を聞いたガンドルフィーニは、楓を促して指導室を後にした。

 

 問題は積載したままであるが、何にせよこれからの事がある。仕方が無いので楓を伴って学園長の元へと赴き、彼に判断を仰ぐ事にしたのである。

 

 問題の丸投げという説も無い訳ではないが、この時点で彼はまたポカをかましていた。

 というのも、学園長が“裏”に関わっており、尚且つ彼らを纏めているという事を楓に言っているのも同じだからである。

 

 楓はその事に気付いてはいたのであるが、あえて指摘したりせず苦笑を漏らしただけで彼の後を付いていった。

 

 

 「あ、高畑先生」

 

 「……おやガンドルフィーニ先生…って、お疲れのようですね…」

 

 「ははは……まぁね……」

 

 

 その途中、ばったりと高畑と青年と出会う。

 

 ガンドルフィーニを気遣った高畑であったが、彼自身もどこか疲労しているようだ。

 

 言うまでもなく当の青年の事情聴取をしていた高畑の方がガンドルフィーニより疲労するはずなのであるが、生真面目なガンドルフィーニは楓の話を聞きつつ高畑と一緒に居る青年の事を思い悩み続けていたのである。

 全くもって損な性格の教師である。

 

 そんな彼の事を高畑は気遣ったのだ。

 

 まぁ、それでも男だけの状況ならば青年はそれなりに普通の会話を交わす事が出来る。その事に気付けたのは重畳だろう。

 しかしその分、彼から齎された情報には頭を痛める事しか出来無かったのであるが……

 

 

 「お? さっきの美少女」

 

 「おや、先程の……」

 

 

 青年は眼が早かった。

 

 着ていた服は余りにボロボロであったので(実際には詳しく調べる為に調査部に送られている)、気を利かした高畑がとりあえずとばかりに渡したTシャツにジーンズを着用し、何だかこざっぱりとしている。

 何というか奇妙に落ち着いており、横に立っている高畑とガンドルフィーニの方が疲れも酷かった。

 

 だからだろう、彼らの反応が遅れたのは。

 

 

 『『しまった!』』と高畑、次いでガンドルフィーニが身構える。

 

 今まで見たパターンによれば、この青年は美女美少女を見ると淫獣が如く飛び掛ってゆく。

 その多くは見事撃墜されるのであるが、それでも思いっきり叩き落してもムクリとゾンビ宜しく懲りずに起き上がってくるのだ。これは性質が悪すぎる。

 

 楓が美少女である事は誰の眼にも明らか。

 だから大切な生徒である彼女の身を守る為に全力で止めようとしたのであるが………

 

 

 「美少女とは嬉しい評価でござるな」

 

 「いや、正当な評価だぞ?

  ぶっちゃけキミが美少女に見えないヤツがいたとしたら、そいつはド近眼か変態だと断言できる」

 

 「あはは…それでは拙者の知っている御仁は皆して変態という事になるでござるよ」

 

 「んじゃ言い換えよっか? そいつらは趣味が悪いと。

  普通はキミ程の高レベルの美少女だったら声をかけるぞ」

 

 「それはそれは…結構な褒め言葉でござるな」

 

 

 意外にも彼の反応は極普通。まるで楓とは昔なじみであるかのように話を弾ませていた。

 

 青年は極普通に接し、楓も極普通に答えている。

 まぁ、余りにもストレートに青年が美少女と述べるので楓は若干頬を赤くしてはいたが。

 

 

 「え〜と…キミ…」

 

 

 当然の様に不思議に思ったのだろう、ガンドルフィーニが口を開いた。

 

 

 「へ? オレっスか?」

 

 

 青年は会話に割り込まれた事が気に障ったのか、若干機嫌が悪い。

 

 それでも返事を律儀に返すのは気性なのだろうか?

 

 

 「何というか…彼女には飛び掛らんのかね?」

 

 

 余りの言い様にその場でスピンして転ぶ青年。やはりリアクションがダイナミックだ。

 男としてはその質問は間違っていないだろうが、教師として有るまじき質問である。

 現に楓は若干冷や汗をかいていたりする。

 

 側にいる高畑も何だか笑いを堪えていたり。

 

 

 「い、幾らなんでもそこまで淫獣とちゃうわ——っ!!」

 

 

 と叫んで反論するのだが、先程の青年の奇行を覚えていたのだから当然の疑問である。

 

 

 「淫獣というよりはケダモノと言った方が正しかった風でござるよ?」

 

 「キ、キミまで……」

 

 

 がっくりと肩を落とす青年。

 一々リアクションが大きく、何というかそんな点も楓好みである。

 

 

 「しかし、拙者も不思議には感じているでござるよ?

  刀子先生やしずな先生には飛び掛ったくせに拙者には何もしようとしない。

  これでは先程の褒め言葉の信憑性も霞むというものでござる。

  何だか拙者に魅力が無いといわれているようでござる」

 

 「襲い掛かれいうんかいっ?!

  ンな事言われても俺かて知らんわいっ!!

  無意識にかかっとるブレーキをどー説明せぇっちゅーんじゃ!!」

 

 「「ブレーキぃ?」」とセリフをハモらせる二人の男性教師。

 

 

 精神のブレーキが本能すら凌駕するというのか?

 とてもじゃないが信じられない。尤も、この青年は端から端まで丸々規格外なのであるが。

 

 ギャースっ!! と涙流してまで反論する大げさなところは真に好ましい。つーか楽し過ぎる。

 

 同年代との男との会話が異様に少ない楓であるが、男性の好みが無い訳ではない。

 

 

 『案外、拙者はやんちゃな男に弱いのかもしれないでござるなぁ…』

 

 

 等と苦笑してみたり。

 

 

 「お、そういえば自己紹介がまだだったでござるな。

  拙者、長瀬楓と申す。この学園の生徒でござるよ」

 

 「あ、これはご丁寧に…」

 

 

 何だか名刺交換をするサラリーマンを彷彿とさせる青年の所作。その腰の低さには二人の男性教師も苦笑が浮かぶ。

 

 

 「んじゃ、オレの番ね。

 

  オレは 横 島 忠 夫 っていうんだ」

 

 

 謎の青年…横島忠夫。

 

 彼と彼女のこの邂逅が……

 後に長く付き合う世界の始まりであるとは、想像すらしていなかった——

 

 

 



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後編

 

 

 

 「俄かには信じられん話じゃのう……」

 

 「いや、そー仰られても……」

 

 

 何だか前回でも聞いたような言い回しである。

 

 広い広い学園内。

 その広い学園にあるやはり広い一室——学園長室。

 

 その一室に二人の若い男女は招かれていた。

 

 一は少年という年齢に程近い青年で、彼は横島忠夫と名乗っている。

 二はその青年が“出現”した場に居合わせた長身の少女。名を長瀬楓。

 

 そしてその二人の付き添いとして、アフリカン系なのだろう肌の浅黒いスマートな体付きの教師ガンドルフィーニと、彼と同じ様に眼鏡を掛けている同僚の高畑の二人が彼らの脇に控えている。

 

 この横島という謎の男に対しての警戒は完全に解けてはいないのでこの人数で付き添っているのには何かと問題がありそうなのだが、彼から話を聞いていた高畑が、

 

 

 「いや、一応彼は危険な存在じゃないよ。少なくとも女性以外にはね…」

 

 

 と意外に信用しているようなセリフを吐いていた。

 

 

 取調べの間という短い時間ではあるが、そこは経験の長い高畑の事。横島なる者の人となりを掌握…とまでは行かないが、ほぼ把握したと言って良い。

 ぶっちゃければ直情バカで尚且つお人好し。更に涙脆くて正直者。それが彼に抱いた感想であった。

 だから(女教師などを伴わなければ)二人だけで充分だと判断したのである。

 

 それに今現在、実戦部隊の大半が学園に居ない上、残っている者達の中にも手が空いている者は少ない。

 ゼロではないがぶっちゃけてしまえば女性教師である葛葉刀子くらいなのだ。

 高畑が述べたように、彼は男性にとっては(モテる男は別として)危険な存在では無いのだが、女性…特に美女というカテゴリーに入る者にとっては災厄といってよい。

 会話以前にマトモに話を聞くことすら出来ないのでは無いだろうか? そう思わせるほど彼は青い衝動を止められないのである。

 

 よって必要最小限、尚且つ少数精鋭となるとこの二人しかいなかったりするのだ。

 

 そんな事情など横島が知る由も無く、彼は学園長を前にし、『ふ、福禄寿? いや、寿老人か?』等と声に出して驚いて楓を『言われてみれば…』と納得させたりなんかした後、再度高畑に語った話を述べさせられていた。

 

 

 「じゃがのぅ……」

 

 「でござるなぁ…」

 

 

 学園長の溜息混じりの疑問に、何故かこの場に同席を許されている楓もつられて同意の言葉を漏らした。

 

 横島忠夫——

 GSという職業に就き、魔力や氣に似て異なる力“霊力”を駆使し、退魔業(みたいなもの)を生業としている青年。

 

 GSとはゴーストスィーパーの略で、金を貰って妖怪や魔物、魔族の起こす事件を解決する仕事であり、何と上部は法人である。

 

 国家試験の様なものがあり、それに合格する事によって半人前でもGSとして認められ、仕事をこなす事によって報酬を得られる権利が与えてもらえるとの事。

 霊的事件の解決がメインである為、退魔業オンリーというわけでは無く、時に人と妖との仲介人の様な事すら行うという……事らしい。

 

 

 何ともはや…楓は元より、魔法界に身を置く者達ですら信じ難い話であった。

 

 

 無論、横島の前にいる老人…麻帆良学園の学園長であり、“関東魔法協会”の理事でもある近衛 近右衛門ですら聞いた事もない話なのである。

 

 何せ彼らが知るそういった組織としては、NGO団体「悠久の風(Austro-Africus Aeternalis)」等のように表裏で活動している組織くらいで、その本来の仕事内容は決して人に知られてはならないものなのだ。

 

 だが、横島の言う組織は表立って活動している上、金さえ積めば誰だって…ヤクザですら用心棒として雇う事ができ、尚且つ彼言うところの<霊力>を行使し、誰に見られたとして気にもならない。

 それだけならまだしも、彼の話では下界のそこらに神々がひょこひょこ現れているとの事。それがまた信憑性を著しく下げてしまっている。

 

 普通に考えてみれば誇大妄想に心を病んでいるカワイソーな男と見るのが正しいのであるし、

 『さぁ、キミが入院していた病院は何処かな〜?』と探し始めるのが正しい事といえる。しかし困った事に彼に対しての尋問は魔法による“真実看破”がかけられた部屋で行われており、一切の嘘や妄想を吐く事ができないでいた。

 

 それに彼は、『証拠になるような力を見せてくれないか?』という高畑の言葉に対して歴とした力を見せているのだ。

 

 

 「一応、ワシも確認させてもらいたいのじゃが…その証拠の力とやらを見せてくれんかの?」

 

 「へ? あ、あぁ、別にいいっスけど…」

 

 

 いい加減疲れが出ていた横島であったが、このままでは埒が明かない。

 だから学園長の言葉に従って、何時もの様にそれを出現…いや、“具現”させた。

 

 

 ヴゥワッ!!

 

 

 「ぬっ?!」

 「なっ?!」

 「ほぅ…」

 

 

 学園長とガンドルフィーニが驚きの声を上げ、楓が感嘆の声を漏らした。

 無造作に、極無造作に横島が右手に“氣”を集束させたのだから当然であろう。

 

 何気なく曲げた腕は一般人の眼にもはっきりと見えてしまうほど集束された“氣”の塊によって被われており、淡いエメラルドブルーに輝く手甲の様な形状を取っていた。

 

 既に目にしている高畑は兎も角として、ガンドルフィーニや近衛の驚きは大きかったようだ。

 

 しかし、魔法というモノに今日の今日まで触れてもいない世界に目の当たりにしている楓の方には別の驚きがあった。

 

 彼女が使う分身の術は気を集束させて実体を感じさせる事が出来る技であり、変わり身として使用する事も出来る。

 確かに横島ほどでは無いがほぼ無造作に出す事も出来るし、其々を戦いに組み込む事も出来る。

 

 だが、彼の出した“それ”はベクトルが全く違う。

 

 だからこそ楓は“それ”の違いに気付いていた。

 教師らはその“力”に驚いているようだが、楓はその“力の内容”に驚き、感心していたのだ。

 

 

 『純粋な“氣”ではござらんな……

  どちらかというと彼の意思がカタチを持った…そんな感じでござるな』

 

 

 その楓の思考を読んだ訳ではなかろうが、丁度良いタイミングで横島は手甲の形を変えた。

 

 

 ボヒュッ!!

 

 

 「「??!!」」

 

 

 又も無造作に横島が腕を振った。

 するとガスバーナーが点火したかのような音がし、瞬間的にその手甲が長く伸び、剣のような形をとったのである。

 

 初めの時と同様、余りに無造作に行った為に二人の驚愕は大きい。

 

 しかし楓はその動作によって確信を深めていた。

 

 

 『成る程…“戦う”という意思を強めたら剣の様な形となるでござるか……』

 

 

 ふぅむ…と声を出さずに唸り、教師らが驚いている様に訳が解からず慌てている横島を見つめ直し、

 

 

 『何れにせよ……』

 

 

 顎に指をやり、微かに首を傾け、

 

 

 『やはり面白い御仁でござるなぁ……』

 

 

 と実に楽しそうに微笑んでいた。

 

 

 

 

 

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                  ■一時間目:ミチとの遭遇(後)

 

 

 

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 横島の話を聞き、証拠を目の当たりにしてからの行動は素早かった。

 

 いや、もっと正確に言えば学園側は横島の事情聴取をしている間中、高畑から念話を受けて話のウラを取っていたのであるが。

 

 楓を別室に移ってもらい、横島に詳しい話を聞くと更に込み入った情報が入り、頭に浮かんでいた絵空事のような仮説が真実味を帯びてくる。

 部屋に残っていたガンドルフィーニや近衛も頭痛が増すが、話の信憑性も増している為に薬を飲んで休む訳にもいかない。

 

 何せ彼の話の中に出てきたGSという組織やオカルトGメン…ICPO超常犯罪課等といった組織は耳にした事も無ければ存在もしていないのだ。

 

 尚且つ、彼の話では魔法使いは既に滅びており、それに値する魔法が復活したのは近年で、更にイギリスに留学していた一人の若い女性(美女)が行ったという。

 そしてその女性もGSの一人で、普段は魔法料理店を経営しているとの事。

 

 彼の戸籍や職場に関しての調査も聴取と同時に進ませていた。

 

 横島の雇い主はミカミレイコ(美女)という世界的に有名なGSで、美人でスタイルもよく、能力は異様に高く頭も切れるが凄まじい守銭奴で、その悪どさは魔族ですら感嘆するとか、

 

 同僚は300年間幽霊をやっていて現在に蘇った女性(美女)で、世界で四人しか居ない高位ネクロマンサーの一人だという。

 

 自分を師匠と慕う自称“弟子”は人狼族の娘。横島が見せた霊気なる力を集束した霊波刀という能力を駆使するサムライで、

 

 職場の居候に至っては、かの有名な九尾の狐の転生体。

 

 同級生“だった”少年はバンパイアハーフで、更には同じクラスに机の妖怪(九十九神)がいたとか、

 

 時々飯をたかりに来るボケ老人は齢千年を超える錬金術師で、人工的な魂の合成に成功した実績(二回のみ)があり、

 

 横島の隣の部屋には元貧乏神憑きの少女が住んでいた等々……

 

 そういった話と、彼が語った職場や住居の確認。それらをひっくるめた最深度調査であったが、魔法の力や“手の長さ”もあって恐ろしく速く進んでいた。

 尤も、大阪に住んでいた時の調査は“向こう”との確執の所為でそう進みはしていないのであるが……

 

 どちらにせよ怪しさ大爆発の謎の侵入者、横島忠夫。

 彼は、ハッキリ言って頭の具合を疑うような話をてんこ盛りにしてくださったのである。

 

 だが、学園長も馬鹿ではない。

 

 横島には失礼だと理解しつつも彼に黙って記憶を僅かながら覗いて喋っている事の確認も行っていたし、部屋にも真実看破の魔法陣を仕掛けもしていた。尚且つ後催眠等も含めた記憶改竄の可能性の診断も行っている。

 それら全ての結果から彼の言っている事が本当の事であると判断したのである。

 

 調査員も無能では無い。

 学園長の命を受け、東京近辺の調査を開始し、彼が勤めていたという職場の住所や、話に出てきた六道なる女学校、果ては厄珍堂とかいうマジックアイテムの店すらも探してみたのであるが……当然ながら欠片ほどの痕跡も存在していない。

 彼の戸籍…大阪在住時の住所からして…にしても住所込みで存在しておらず、彼が通っていたらしい高校も存在していない。

 

 答えが出るのに然程の時間も必要としなかった。

 

 

 

 つまり……

 

 

 

 「異世界っスか……」

 

 

 という事である。

 

 

 「思ったよりも冷静じゃの」

 

 「まぁ、こーいった事には慣れてるもんで」

 

 

 嬉しくない“慣れ”もあったもんだ。

 

 竜宮城から月世界。七百年前や千年の過去、はたまたゲームの中、映画の中にすら引きずり込まれた経験もあり、更には宇宙の卵の中で別の宇宙のアダムとイヴと出会ってすらいる横島だ。

 今更別の世界に飛ばされたとしても然程の驚きは無かったりする。

 

 精々、『ま、またこんな目に〜〜っ!!』と泣く程度だ。

 

 尤もこのように異様に落ち着いているのには別の理由があるからなのだが……その原因は近衛はおろか彼自身もサッパリ解からないので黙っていた。自覚が無いだけかもしれないが。

 

 兎も角、何時までも異世界にいるわけにもいかないのであるが、迎えを待つにしろ帰る方法を探すにしろ、その時までの生活をどうするかという事となる。

 しかしその事は横島が悩む前に近衛が案を持ちかけてきた。

 

 

 「ワシらの世界では魔法やそれに付随する神秘は秘匿となっておる。

  下手に目立つ事をやれば忽ち捕らえられてしまい、厳罰を受けてしまうでの。

  そーいえばキミは戸籍も何も無いので働く事もできんのぉ…フォフォフォ……

 

  んで、キミのこれからの事なんじゃが

  ワシらのところにおってもらった方が生活に困らんよーな気もするんじゃが…どうするかの?」

 

 

 案と言うより、決定事項に近いのだが。

 

 

 「それ、決定事項の確認やんか!! ちゅーかそれしかないやんけっ!!」

 

 

 無論、ツッコミは入れる。大阪人の血の性だから。

 ツッコミを入れつつそれを受け入れている横島に対し、近衛もフォフォフォッと宇宙忍者のように笑って胸を撫で下ろしていた。

 

 横島の事を保護してやりたいという気持ちも確かにあるのだが、当然ながら彼らには別の思惑もあった。

 

 何せ横島忠夫という存在はあらゆる意味でイレギュラーである。

 

 ちょっと前よりかはかなりマシではあるが、今現在も東と西との魔法協会との仲が微妙であり、尚且つ世界の裏側でも微かにきな臭い動きがあると感じていた。

 そんな時に異世界人の出現だ。それがどんな火種になるか解かったものではないのだ。

 

 強硬派等であれば横島の始末という短絡的な意見を吐き出すかもしれないが、穏健派で知られている近衛は微塵もそんな意見は浮かんでは来ない。無論、それを画策する奴らはいるじゃろうなぁ…という可能性は思いついてはいるが。

 それにもし、彼の世界から救援の手がやって来たとして、その時に彼の身に何かが起こっていたとしたら、その時にはどんな問題に発展するか解かったものではない。

 

 そして、内心これが一番大きな理由ともいえるのであるが…何となくではあるが横島という青年は妙に憎めず、好ましさすら感じているのである。

 だから個人的な思惑を脇に置いても、微力ながら彼の力になってやりたいと思ったのも、一番安易で安全な策を取る事にしたのも当然の流れと言えよう。

 

 現に、彼に対しての危機感は既に無くなっており、学園長室にいるのは近衛を除けばガンドルフィーニのみ。

 彼にしても薄々お節介である事を理解しているので、そんな学園長に対して苦笑を浮かべるだけである。

 

 そんな彼の前で学園長は契約書を作り上げて行き、魔法的な力のある契約印を押してから横島の前に提示した。

 

 

 「ワシらからの仕事を請けてもらう事と、魔法を秘匿する事。ワシら以外の者に異世界からやってきた事を漏らさぬ事。

  それを守ってくれるのなら住居や戸籍、当座の生活費を保証しよう。

  あ。勿論、仕事を受けてくれた時の仕事料は払うぞい。それでどうかの?」

 

 

 当座の生活費と住まい。そして“裏”の件で働いてくれただけの仕事料を払うという老人の言葉。

 提示してもらった仕事の基本料金と、その内容に見合ったプラスの歩合。そしてそれらが果たされなかった場合の罰則を確認した上で、受けた仕事のよる怪我や入院などの保障を等を確認した横島は、

 

 

 「犬とお呼びください」

 

 

 言うまでもなく即答した。

 

 何せ元々の時給が250円。

 

 更に上がって255円とかいう赤貧状態で餓死させる気に満ち溢れた仕事場で労働基準法を無視したバイト料をもらい、足りない分をスケベ心を満たす事で賄っていたドアホな男だ。

 命懸けの仕事の給料として妥当な金額を提示されれば尻尾を振ろうというものである。

 

 余りにも簡単に決めてしまった横島に、ガンドルフィーニと近衛が『早まったかのぉ…』等と不安に駆られた頃、三人がいる学園長室のドアをノックしてから教師と思われる男性が入って来た。

 けっこう身体が大きく小太りではあるが、妙に愛嬌のある顔をしている魔法教師の一人である。

 

 

 「おぉ、弐集院くん。話はついたのかの?」

 

 「ええ…まぁ、一応は…」

 

 

 彼にしては珍しく眉を顰め、困ったような顔をしながら手にしていた書類を近衛に手渡す。

 

 

 「ふぅむ……わりとあっさり受けてくれたもんじゃのう…」

 

 「あの娘からすれば修業になるから良い…ってトコですねぇ…

  高畑先生も実力だけなら同じA組の龍宮君並だってコトですからかなりのもんなんでしょうね」

 

 

 それでも諸手を挙げて賛同の意を示せないのは彼女が“一応”一般人だからだ。

 幾ら腕が立とうと“裏”に関わっていない生徒を引き込むのは流石に気が引けるのである。

 

 ある意味、転機といえなくもないし、関東魔法協会に属する者としては戦力が増えるので受けてもらって嬉しいのであるが、教師としてはやはりやりきれないものがあるのだ。

 

 

 「……幾ら事故とはいえ、生徒を巻き込むのは…ね」

 

 

 と、ガンドルフィーニも肩を竦めている。

 

 

 訳が解かっていないのは置いてけぼりの横島だ。

 

 

 「え〜と…何の事やら……」

 

 

 と質問しても黙殺されるように答えてくれない。

 弐集院という教師にしても初対面なのだから困惑も大きい。

 

 仕方が無いので、とりあえず最初からいるガンドルフィーニに声をかけようとしたのだが…

 

 

 

 「いや何…これから拙者が裏に関われる許可を貰っていただけでござるよ」

 

 

 

 と、見知った少女の声がそれを遮った。

 

 近衛もガンドルフィーニも、そして弐集院もギョッとしてその声の方に顔を向けた。

 

 そこには相変わらず昔話のキツネのような糸目で微笑んでいる楓の姿が。

 

 

 彼らとて油断していた訳では無い。

 ガンドルフィーニも、ぱっと見はそう見えない弐集院にしても、事が起こった場合の実戦要員である。

 その二人ですら気付けなかったのだからその驚きは当然の事であろう。

 

 だが、そんな教師らの驚きなどを他所に、側にいた横島は別段気にした風もなく。

 

 

 「そうなの?」

 

 

 と、楓に問い返していた。

 

 

 「そうでござるよ。

  拙者、横島殿と出会ってしまったが故、世界の“裏”…魔法の存在に触れてしまったでござる。

  記憶を消すか、

  完全に関わるのを止めて口を噤むか、

  “裏”に入るか…という三択を提示されれば関わる方を選ぶのは普通の反応でござろう?」

 

 「いや、通りすがりの通行人Aを貫くという手が普通だと思うぞ?」

 

 「人其々でござるよ」

 

 

 等と極々フツーに話をしている二人。

 何となく苦笑混じりである横島の方が何だか常識ある人間に見えてしまうのだから不思議なものである。彼を良く知るものが聞けば全力否定するであろうが。

 

 

 「い、何時の間にここに……」

 

 

 呆れたようなガンドルフィーニに声に対し、謎爺とガンドルフィーニ“だけ”での会談(怪談?)から開放され、心身の消毒と言わんばかりに楓と会話を楽しんでいた横島は『へ?』という顔をし、

 

 

 「いや、今そこの人と一緒に入ってきたじゃないっスか」

 

 

 弐集院を指差し、「何言ってんの?」という顔をして平然とそう述べた。

 

 

 指を指された弐集院の方が慌てたくらいである。

 

 そんな横島の言葉に、内心の感心を隠せない楓は笑みを深めて横島を賛辞した。

 

 

 「大したものでござるな……

  拙者、けっこう隠行には自信がござるに」

 

 

 そんな楓の言葉であるが、横島からしてみれば眉を顰める程度。

 言ってしまえば“かくれんぼ”のレベルである。

 というのも、彼らの知覚方法とベクトルが離れているからなのだが。

 

 横島からしてみれば、

 

 

 「だって楓ちゃん、気配“しか”消してなかったじゃないか」

 

 

 となるからだ。

 

 この言葉には流石の楓も驚きを隠せなかった。

 

 

 「と、と申されても、周囲の気配に溶け込んでいた筈でござるが……」

 

 

 実を言うと、消し過ぎると逆に知覚能力に優れた者相手であれば目立ってしまう。

 

 雑踏の中ならいざ知らず、森の中で気配を消し過ぎればそこに切り取ったような空間が出来るからだ。

 何せ森の木々も僅かとはいえ気配を持っているのだから。

 

 だから楓の隠行は、気配を上手く溶け込ませて『そこに居る』という事を自覚すらさせない高度なものなのだ。

 はっきり言って実戦でも十二分に使用できるレベルである。

 実際、実戦を知っている近衛らが気付けなかったのだから間違いない。

 

 だが、彼には、

 横島に気付かれていた。

 

 

 「気配を消しただけで美神さんの知覚から逃れられると思うなよ?

  オレの雇い主はなぁ、気配を消し、存在を限りなくゼロにし、物理的に透明になっても 勘 で殴ってくるんやぞ?!

 

  しかも当たるし!! 本気で殺しに来るし!! 避けたら死ぬまで殴って来るし!!」

 

 

 “覗き”というスキルを上げ過ぎたお陰で……

 

 とてもじゃないがそう見えないだろうが、元々のスペックが高い上、霊力に目覚めてからは格段に上昇している知覚力は世界最高峰と言われていた美神以上だったのだ。

 

 覗きを見破られる度に切磋琢磨して実力を高めて行った彼は、対横島用に設置されていた即死トラップを掻い潜る為にその能力を磨きに磨きをかけ、七割がたなら見破る事ができるようになっており、覗きも十回に一・二回は成功するようになっていたのである。

 覗きなんぞに命を賭けんでも…という話もあるが、横島から言えばそれこそがナンセンス。

 

 

 

 そこに着替える美女あらば、はたまた入浴する美女あらば、喩え命を賭してでも覗くのが礼儀ではないだろうか?! 等という馬鹿の見本の様な事をバイブルにしている彼なのだから。

 

 そんな世の男どもが持つスケベ心を具現化したような彼。

 その彼がいた世界の概念からすればお互いの勘を磨き上げ続け、横島の行動を全て見破れるようになっている“あの”美神の罠のウラをかき、覗きに及べるという事は神レベルと言って良い。

 覗きの亜神等とは自慢にもならないが。

 

 

 尤も、当の美神は音に聞えたツンデレさをコッソリと発現させ、

 

 『べ、別にこのレベルを超えて来たから呆れてただけなんだからね?! ボーナス代わりに見せてあげただなんて思わないでよ?!』とかいう話もあったりするから本当は全敗しているのかもしれない。

 

 

 

 「そ、それは何とも…」

 

 

 兎も角、呆れた方が良いやら感心したら良いやらで楓らは判断に苦しんでいた。

 

 何せそんな向こうの“修業”を語るほど横島も馬鹿では無いので、彼の裏事情を知る訳が無い彼女らからすれば命懸けのトレーニングをずっと積まされていたとしか思えないのだ。

 当然ながら横島の耐久力にモノを言わせたセクハラ行動を目にしてはいるのだが、神技と言って良い程高められたセクハラスキルの方には気付きもしていない。

 

 全くの誤解であるが、こうして近衛らは横島への評価を無駄に高めて見ていたのだった。

 

 

 夕方には全ての話が終わり、楓も帰宅を許され、横島は用意してくれた部屋へと向う事となった。

 

 関わった話はかなり重かったはずなのであるが、

 

 

 『何時もより遅くなってしまったでござる。念の為に連絡は入れておいたでござるが心配かけてしまっているでござろうなぁ…』

 

 

 等と楓は同室の少女らの事を考えていたりする。

 

 何せ生死に関わる件は初めてではないのだ。

 

 そして今回からは更に世界の深淵に関わる事が出来る。

 それは自分を高めるチャンスでもあるのだ。

 

 確かに責任は重く受け止めてはいるのだが、その事情によって心が弾んでも落ち込む事などありえないのだ。

 そこらの少女とかけ離れた武人の心を持つ楓らしい思考と言えよう。陰に潜むのが普通である忍びのクセにおもっきり武闘派というのもナニであるが。

 

 だが話が終わり、軽い緊張から開放されてから二人ともやっと気付いた事もある。

 

 

 ——余りにも自分らの契約がとんとん拍子に進みすぎている——

 

 

 のだ。

 

 話を進められている間は気にもならなかった事であるが、楓はともかく、横島のような怪しさ大爆発の人間を普通ならば好意は兎も角、そう簡単に仕事をさせる筈が無いのである。

 

 そんな疑問に対し、

 

 

 「これは拙者の勘でござるが、尋問していた部屋に魔法とやらを掛けていたのではござらんか?

  そうやって“真実”を自白させ、矛盾や嘘を感じられなかったから受け入れられた…とか」

 

 

 と、楓は自分の感想を述べた。

 

 無論、その考えは正鵠を射ていたといって良い。

 

 そしてその理由だけでは無い事も何となくではあるが気付いてもいた。

 

 

 「それに……」

 「それに?」

 

 「ひょっとしたら近日中に有事が起こり、尚且つそれに対する駒が足りないのかもしれないでござる」

 

 

 そうでなければ横島のような超絶不審人物を引き入れたりする訳が無い。

 いや学園長は兎も角、ガンドルフィーニのような堅物が早々簡単に許可を出すわけが無いのだ。

 

 使えるかどうかは別として、異世界人という笑かすプロフィールを持つ横島と、実力は折り紙付きなれど魔法界に属する“裏”とは戦闘を行った事がない楓の二人をいきなり実戦投入するなど正気を疑ってしまう行為なのだから。

 

 それがもし、学園長がガンドルフィーニに“何々の時”の備えとして引き入れるのはどうか? と持ちかけ、彼がそれならばと納得したとするのならば何となくではあるが筋が通るのである。

 まぁ、今さっき魔法界に関わったばかりの楓の仮説なので今一つ信憑性に欠けるのであるが。

 

 関東魔法協会…いや、麻帆良学園の“裏”に対して素人である故に論理飛躍して考えられた楓であるからこその仮説だと言えよう。

 

 だが、その考えはかなり真実に程近いところにあったりする。

 

 成績はバカレンジャーのバカブルーを誇れる程どーしよーもない楓であるが、成績の悪さ=頭の回転の悪さに直結する訳ではないのだ。

 柔らかい思考を持つ頭も手伝って、そういった判断は大人顔負けなのである。

 

 

 尤も、事実に埋もれた真実はほんの僅かにズレた位置にあるのだが二人はまだそれを知る由もない事であるが……

 

 そんな楓に対し、「成る程なぁ…」と感心と納得をする反面、苦笑も漏らしてしまう横島。

 自分もそれに近い事を考えていたし、つい“向こう”の“弟子”と比べてしまったからであろう。

 

 

 「? 何でござるか?」

 

 「のわぁっ!?」

 

 

 不思議に思ったのか、楓がひょいと顔を覗き込んでくる。

 担任のネギのような子供なら兎も角、男に対してこれだけ接するのは初めての楓であるが、不思議と横島相手なら気にならなかった。

 

 大変なのは横島の方で、彼女のような直球ど真ん中の好みの少女にこれだけ接近されているのだから心臓もドキバクだ。

 それでも“何故か”触手…もといっ、食指が動かない。それがまた心を掻き乱して苦しいのである。

 

 

 「どうかしたでござるか?」

 

 「な、なんでもねーよ。

  ……ったく、こーゆートコも似てんのになぁ……」

 

 「どなたに?」

 

 

 何時に無く鋭く問い掛けてしまう楓。

 

 出会ってからまだ大した時間は経ってはいないものの、ある程度打ち解けていた横島であったが、そんな彼女の変化に戸惑いを覚えつつも律儀にその問い掛けに答えてやった。

 

 

 「オレがいたトコでオレの弟子だったヤツ。

  喋り癖や可愛らしいのを無自覚なトコが一緒なんだよなぁ……」

 

 

 思い出すのは天真爛漫過ぎる少女。

 常に付き纏い、じゃれ付き、修業をせがみ、散歩に引きずり出させる。

 

 イヤでイヤでしょうがなかったのに、何時の間にか日課として付いて行っていた自分もナニであるが。

 

 

 「弟子…でござるか?」

 

 「そ。尤も、楓ちゃんと違って“あっち”はサムライだったけどな。

  弟子にした時はホント子供だったってのに……」

 

 

 霊治療中に育ち、女の子であると知らされ、思いっきり懐かれ、

 某キツネの小娘のただ食い事件後に職場の居候となって……

 

 

 「十年もかかってへんのにばぃんばぃん…生命の神秘や……」

 

 

 あれでは手ぇ出すなって言う方が神への冒涜だろう。

 同じく“たゆんたゆん”に育った狐に文字通り化かされ、毎日毎日(中略)毎日、彼のリビドーを攻撃し続けてきやがった。

 

 危うく難を逃れられはしたものの、本丸の倒壊は間近であった事は言うまでも無い。

 何せ出会ってからついこの間まで、色んなコトが起こっちゃってたのだから。

 

 

 そう、色んな事が……

 

 

 「…はて? 弟子にした時には子供というのは?」

 

 

 話を聞き流す事無く聞いていた楓はそれに気付いた。

 矛盾…ではないが、疑問に。

 

 十年もかかってないと言っているし、幾らなんでも彼の外見年齢からしてそんなに前の訳が無いはずだ。

 何を教えたかは知らないが、侍(?)を弟子にしたというのであるから横島もそれなりの年齢になるはずなのだから。

 

 そんな疑問を向けてくる楓の様子に、やっと教えていない事を思い出した横島はゴメンと一言謝りを入れてから、

 

 

 「言い忘れてたけど、オレの歳って二十七なんだ。多分…」

 

 

 「は?」

 

 

 言われて楓は横島の全身を見つめなおした。

 

 元々着ていた衣服はボロボロになってしまったので用意してもらったTシャツとジーンズ、そしてスニーカーを身に着けており、

 身長は自分よりやや低め。細身で、意外と無駄肉のない絞まった肉体。

 カッコイイというカテゴリーでは無いものの、優しげで親しみのある顔立ち。

 

 確かに童顔というカテゴリーが付いているというのであれば、そうなのかもしれない。しかし、

 

 

 これで成人男性というのは詐欺だろう?

 

 

 そう悩んでいる楓に対し、苦笑した横島は、

 

 

 「あのね、楓ちゃん。

 

  オレ、十七歳からこっちの肉体年齢と、こっちに来ちまった理由も含めた大半の記憶ごと無くしてんだよね」 

 

 

 学園長達にすら言い忘れていた事をあっさりと楓に語ったのである。

 

 

 

 

 「は?」

 

 

 

 

 流石の楓も理解の範疇を超えていた。

 

 

 「いやね……」

 

 

 そんな顔をさせてしまった事には頭を掻く以外の行動が取れないのが物悲しい。

 

 何せ女っ気が無さ過ぎ……という訳ではなかったのだが、アグレッシヴにアプローチかましてくる女達ばっかだったので全然経験が生かせられない。

 

 

 「二十七歳だったって記憶の“枠”みたいなモンは残ってんだけどさ、“経験”の方は大半が切り取られたみたいに無いんだ」

 

 

 都合が良過ぎる記憶喪失。

 だが彼の眼差しには嘘の色は皆無だった。

 

 つまり彼は、どうして“ここ”に来てしまったのか、何があったのか全く解からない状態で馬鹿みたいに落ち着いて会話を楽しんで(?)いたのである。

 

 教師らにはここに来た時の記憶が曖昧でサッパリ思い出せないと語っていた。

 違いない。間違いない。それは正しい。

 

 が、その理由が彼の記憶が消失…“喪失”では無いらしい…していたというのは完璧な初耳である。

 そんな大それた秘密を彼はアッサリと楓に“だけ”語ったのだ。

 

 

 彼女を知る誰もが見た事も無い表情、

 

 楓に−呆気にとられている顔−というレアな顔をさせている事など知る由もない横島は、どう説明したら良いか必死に考え続けていた。

 

 

 夕暮れの道を歩きつつそんな微笑ましいイベントをかまし続けていた二人。

 

 傍目には高校生カップルがじゃれあっている様である。

 まぁ、この学園のものならば少女の制服から彼女の年齢に見当がつくだろう。コスプレと思われるかもしれないが…

 

 それでも道を歩く寂しい男共から横島に対し嫉妬の眼差しを送られてくる事はどうしようもない。

 何せ楓は掛け値なしに美少女であるし、スタイルも良いときている。そんな彼女と仲睦まじく歩いている横島に対して嫉妬は大きいのだ。

 

 嫉妬ビームがぷすぷす刺さるのを感じて居た堪れなくなるが訳が解からず周囲を見回してしまう。

 無自覚ではあるが、向こうでもそんな眼差しを受け続けていた横島は当然として、楓の方も横島に殺気を向けてくる男共の事がよく解かっていなかったりする。

 

 

 呆然とする楓に対し、なにやら必死に言い続けている横島の姿は、いちゃつきの一環に見られたとしたってしょうがない事であろう。

 

 

 

 「これは……」

 

 

 そう、

 何とか再起動を果たし、混乱を残しつつも横島を学園長が指定した宿へと案内する楓を『それじゃあお礼に…』と横島が食事に誘い、学園内で一番有名な<超包子>で仲良く食事をする二人を見れば誰だってそーゆー仲だと思うだろう。

 

 特にパパラッチを自称する少女ならば……

 

 

 「スクープだっ!!」

 

 

 こうして横島は否応も無く表と裏で目立つ事となってしまったのだった。

 

 

 

 





 改めまして、
 三日月→クレッセント(含む“くれっせんと”)→クロワッサン→三日月→クロワッサンと廻り回ったHNを使っている者でございます。ちょっとスゲェw

 前々のところでも前のところでも書きましたが、タイトルのRuinは“破滅”を意味する単語で、同時に“台無し”と意味も含んでいます。
 ですから、両方の意味を混ぜ、『台無しネギま』という展開になっております。

 さて、
 楓は原作二十一時間目を読む限り魔法使いという存在を知らなかったようですので、
 =裏の世界は知っていても、魔法がらみの方にはまだ関わってはいなかった。と解釈し、その仮説を決定させております。
 後で原作設定が変わったとしても貫く所存です。原作で設定が変わってもお許しください。

 横島は実際には二十七歳で、何故か記憶の一部ごと若返っております。
 なので、異世界に移動してしまった理由すら理解しておりません。“何故か”落ち着いてますけどね……。


 設定はシリアス、通常はラブコメ、ちょっとエッチに、そしてハーレム気味。
 だけど過程はキッチリしましょうと言うのがスタンスです。

 あんまり文珠に頼らず、霊力と変態的な体力がメインの彼と、それを取り巻く女の子とのお伽話。

 更新は時間掛かりましょうが、力尽きるまでやっていくつもりです。


 てな訳で、続きは見てのお帰りです。
 ではでは〜

 ……このフレーズも久しぶりだなw


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二時間目:キセキの価値は?
前編


 ゲリラ的投稿2
 


 ——“向こう”の世界にパイパーと名の悪魔がいた——

 

 

 ハーメルンの笛吹き悪魔パイパーといえばプロのGSでも恐怖するという恐るべき存在であり、一個が数億円もする精霊石を二,三個纏めて使用したとしても退散させるのがやっとで、如何なる手錬れであろうと餌食になる他なしと恐怖されていたという。

 

 一体その悪魔の何がプロGSらを恐れさせていたのかというと、それはそいつが持つ笛の音にあった。

 

 全く持って気が抜けるチャルメラによく似た音色のそれであったが、喩えどんな人間(含むハーフバンパイア)であろうと最後まで曲を聞き終えると、何と年齢を吸い取られてしまうというもの。

 つまり、どんな手練でも何も知らない単なる子供にされてしまうのだ。

 

 実はそれでもダウングレードされており、失われていた全盛期の力を取り戻したとしたら、関東一円の人間を一瞬で子供にしてしまうことすら可能というのだから、それはそれは恐るべきものであったのだろう。

 

 尤も、過去形で語っている事から解かるように件の悪魔は既に退治されている。

 

 詳しい過程は語られていないが、横島忠夫の雇い主その人がガチで殴り倒してしまったそうだ。

 

 

 で、

 

 何故そんな話を楓が思い出したのかというと……

 

 

 『いや、記憶喪失には一回なった事あるんだけどさ、そん時はすっぱり記憶がすっ飛んでたんだけど、

  今回のはあの悪魔ン時みたいにピンポイントで記憶が消えてるから関係あるのかなって思っただけだよ。

  でも関係ないだろーなぁ……あいつ死んでるし。

  つーか異世界にまで飛ばせる訳ないし』

 

 

 という傍で聞けばヨタ話にしか思えない話を昨日横島としたからである。

 

 ピンポイントで…というのは、その悪魔は件の能力で大人までの記憶を経験ごと持って行って子供にしてしまうからだそうだ。

 今その話を思い出しても怖気がする。

 何とも恐ろしい能力を持っていたものだ。

 

 

 さて、そんな楓は妹分たちよりも早く寮を出、わりと空いている通学路をゆっくりと歩いている。

 早起きは苦手という訳ではないが、久しぶりに妹分たちと分かれて一人でいる所為か人通りの少なさを強く感じているのかもしれない。

 

 尤も、“一人”であって“独り”ではない。何時も一緒にいる連中と偶々離れているだけ。

 それでも土日の修業時と同様に、騒がしさや気の置けなさがないと妙に寂しさが浮いてくるのが面白い。

 

 偶に皆と離れ、空いた通学路を一人歩くのも良いかもしれないでござるなぁ…等と思いつつ学校へと向っていた楓であったが、ふと世界樹が目に入って昨日の事を思い出していたのである。

 

 

 「しかし…<悪魔>、でござるか。

  そんなものまで実在していたとは……」

 

 

 いやはや、世界は広いでござるなぁ…と笑みが浮かんだ。

 

 

 別に世間知らずと言い切るほど世間を知らない訳ではないが、それでも知らない世界の何と広い事か。

 

 日本とは別の国があるとかいう話では無く、別の“裏”の世界というモノがあり、魔法使いが存在していて実際に魔法戦争等の過去もあったと言う。

 

 尚且つそれとは別次元にも横島がいた世界があり、そこでは魔法では無く霊力が普通に存在していて、霊能者がそこらにいて妖怪や悪魔と戦っているのだという。

 

 “裏”というものに接した事が無いとは言わない。自分とて忍なのだし。

 

 だが、そういったものと壁を隔てた“裏”。

 <魔法界>という存在は十余年ほどしか生きていない上に山奥で暮らしていた楓が知る由も無かった事であり、異世界に至っては論外だ。

 それだけならまだしも、何と横島のいた異世界ではそこらに神様だとか魔王だとかがいるのだという。魔法があるという話だけでもファンタジーなのにそこまで吹っ飛んでいたら笑うしかない。

 

 そしてそれらの存在を知ったのは、何と昨日の事である。

 

 普通なら夢と現実の狭間で悩み苦しむ事であろう(特に横島がいたという異世界)が、幸いにもというか頭が柔らかいというか、はたまた単におバカなのか楓は比較的あっさりとその“現実”を受け入れていた。

 

 何しろ楓は平和主義者であるのだが武闘派の側面も持っている。

 

 新たなる“裏”は新たなる戦いへの道でもある。

 その事に僅かな怯えにも似た感情が全く無いという訳では無いが、それより何より期待感の方が強いのだろう。

 

 だから、今までとは全く違うであろう相手との戦い…それを待ち望んでいる子供じみた胸の高鳴りも手伝ってか、機密保持という理由での勧誘も快く受けたのである。

 

 尤も、戦いと離れている時の楓は何時もの彼女だ。

 

 類稀なる運動能力を有しているというのに、中等部の超弱小クラブである散歩部に入って、毎日のように無駄に広い麻帆良内をてくてく歩き回って散策を続ける日々。

 それに対して不満を全く持っていない穏やかな彼女のまま。

 

 正に −鞘に収められている銘刀−

 …いや、彼女は忍なので忍刀か? それが彼女を称するに値する言葉なのかもしれない。

 

 

 「ふむ…」

 

 

 何時もの通学路。

 何時もの学校。

 何時もの空気。

 

 だが、こうして新しい環境に入ったという気持ちを持って見れば別のもののようにも見える。

 

 気が付けば色んな角度から校舎を眺めている自分がいた。

 

 いつ何時、ここを戦場にせねばならないかも解からないので、今まで以上に入念な下見を…という建て前を持って、今まで以上に親しさを感じている校舎のぐるりを眺めて楽しんでいる自分が——

 

 

 「あはは…やはり拙者は子供でござるなぁ…」

 

 

 こんな事くらいで舞い上がってるでござるよ…と、風に靡いた髪をかき上げつつ教室へと向ってゆく。

 

 今日からやる事が増える。

 手間が増すというのに、何故か彼女の心は弾んでいた。

 

 今日の放課後からしてまずやる事がある。

 

 “彼”とこれからの仕事の打ち合わせをする事、そしてその為にこの街を案内するという任務があるのだ。

 

 

 何となく弾む胸は、サラシで押さえた胸が物理的に…というのではないだろう。

 

 

 異世界からの来訪者、横島忠夫。

 

 彼に会い、また広い世界の話を、

 御伽噺のような異世界の話を聞く……その事が楽しくて堪らないという自分も知ってしまったのだから。

 

 

 ふと気が付くと時間はチャイムが鳴るギリギリ手前。何となく放課後に思いを馳せていた所為だろう。

 計算していた以上に時間をとってしまい、その事に軽く反省。

 

 というか、何時もの登校時間より遅くなってどーするでござる? とちょっと自己嫌悪していたり。

 流石にHRに間に合わないという程でもないが、それでも自然と足は速くなる。

 

 微風のようにしなやかに廊下を進み、

 涼風が如くゆるやかに教室へと向う。

 

 気配を消してはいないが、目立つ事も無く歩いてゆけるのは流石と言えよう。

 

 

 

 が、

 

 

 

 

 「オハヨーでござる」

 

 

 機嫌の良さは余り隠し切れていない楓が教室のドアを開け、中に一歩入ると…

 

 

 ざ わ ……

 

 

 教室の空気が、撓んだ。

 

 

 「え…?」

 

 

 流石の楓も硬直してしまう。

 

 決して目立たない方ではないが、ここまで視線が集中した事はそうないからだ。

 

 

 「楓姉…」

 

 「ぬ?」

 

 

 下方からの声に眼を向けてみれば、寮の同室の双子で妹分である鳴滝姉妹の妹の方、左右に髪をシニョンで纏めている鳴滝史伽が自分を見つめていた。

 

 それもヘンな目で。

 

 

 「昨日は何だか遅かったし、妙に浮れてたけど…こういう事だったんだ…」

 

 「は?」

 

 

 何やら頬を赤くしたミョーな上目遣いでチラリチラリと自分を見つめてくる一見幼女の言葉。楓は訳が解からない。

 

 

 「いや〜…長瀬さんにも春が来てたってコトだよねぇ〜……

  で? 馴れ初めは? ドコまでいってんの?

  ホレホレ、オネーさんに言ってみんさい」

 

 「へ?」

 

 

 妙にテンションを上げ、メガネ怪人と謳われ(?)ている早乙女ハルナが実に嬉しそーに話しかけてくる。

 無論、楓はサッパリサッパリだ。

 

 

 「あ、あの〜〜……

  一体、何の話でござるか?」

 

 

 首を傾げつつどこかニヤ付く級友らに問い掛けると、自分と同じく成績がズンドコに悪いバカレンジャーの一人である佐々木まき絵がやはりニヤ付きながら黒板を指差した。

 

 と…

 

 

 「な…っ?!!」

 

 

 

 −オトナな彼女は彼氏のお陰?!−

 

 

 

 何という事でしょう。そんな見出しの付いた報道部の号外が黒板の隅に貼り付けられているではありませんか。

 

 件の号外には写真週刊誌宜しく望遠気味にフォーカスされている写真が掲載されており、申し訳程度のプライバシー保護の黒線が顔にかかってはいるのであるが、一目で中等部と解かる制服と、その長身と特徴的な髪型によってこの少女が何者であろうかは一目瞭然だ。

 

 「いやぁ〜…びっくりしたよ〜…

  あんなに仲睦まじく歩いてるもんだからさぁ」

 

 等とデジカメとレコーダーを手にニヤリとする少女、報道部の朝倉和美が何時の間にやら後に立っていた。

 

 説明する訳にもいかず、かと言って否定材料も少なすぎる。

 

 何せ単なる道案内…の筈なのであるが、どういうわけか写真に映っている自分の顔は見た事も無いような笑顔を醸し出しているのだから。

 おまけにその顔は、僅かではあるが赤いときている。

 

 これでは否定すればする程泥沼になってしまうではないか。

 

 油断も隙も無いテンションが異様に高いクラス…その事をスッパリと忘れていた楓は、この場を誤魔化す言葉を思いつけず、ここ麻帆良学園に来て初めて内心で慌てふためくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

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                  ■二時間目:キセキの価値は?(前)

 

 

 

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 「あははは……災難だったな」

 

 「そう思うなら少しは助けて欲しかったでござるよ…」

 

 

 恐ろしい質問攻撃に耐えに耐え、担任であるネギが何故かHR前に出て行ってしまったのを良い事に、彼女もインタビュー攻撃を回避する為に一時間目の授業開始まで教室から逃亡していた。

 

 が、そこは思春期のじょしちゅーがくせー。

 異性関係に対しての好奇心に満ち満ち溢れた年頃だ。

 

 授業中だろうが関係ないらしく、小さく折りたたまれた質問の手紙が飛礫宜しくあちらこちらから飛んで来る。

 そして案の定、一時間目終了と同時に和美を先頭に皆が駆け寄って来るではないか。

 

 こりゃ堪らんと煙玉を使用してまたも逃亡し、二時間目と共に帰還するもやはり一時間目同様に質問飛礫が飛来する。

 叩き落しても良いし無視しても良いと思われるだろうが、その場合は教師に見つかって理不尽な説教を喰らう可能性だってあるのだ。魔法教師ばかりが教科担当をしている訳ではないので味方をしてくれるとは限らないし、何よりこの学校にいる魔法教師の数も知らないし。

 

 けっこーな精神疲労でぐったりさんな楓であったが、そんな彼女の心情など知った事かと言わんばかりに二時間目終了のチャイムと共にまた和美らは攻めて来た。

 

 このままでは埒が明かないし、言って良い事と悪い事の境界線をまだ理解し切れていない事もあって、仕方なくまたしても逃亡し、屋上に撤退して三時間目のチャイムを待つ事となってしまったのだ。

 

 

 昨日からペースが乱れっぱなしの彼女は、和美らから逃げるのに珍しく(というかこの地に来て初めて)気疲れを起こしていた。

 担任のネギ少年をからかっていた時等は気にもならなかったが、いざ追いかけられる側となるとこうまで疲労するものかと今更ながら件のコドモ先生に同情してたりする。

 

 言うまでもない事であるが素人の少女らから逃げ切る事は楓の能力からすれば難しくも何ともない事だ。

 それでここまで疲弊するとは修行が足りないのでは? という説もなくはないのだが、クラスメイト共はこーいった事にはやたらしつっこい上、超人が如く無駄に高い能力を発揮するとキている。

 

 そこに来て自分の妹分二人が混ざっていた。

 

 あの二人はこっちの行動範囲をほぼ全て知っている為、下手に逃げまわっても先回りされてしまうのである。

 

 しかしそれでも移動速度で勝る楓。

 幸いにも屋上は捜索範囲から外れていたのか、途中で出会った龍宮真名からおやつのサンドイッチ(因みに甘いフルーツサンド)を分けてもらって何とか落ち着きを取り戻していた。

 

 場所は校舎の屋上。

 人気が少なく、人心地つけるには最適である。

 

 

 ……まぁ、時折吸血鬼の少女が昼寝してたりなんかするが楓はそんな事を知る由も無い。

 

 

 ペタンと座り込んでいる楓の直横で、面白そうに笑いつつカフェラテが入った紙コップを傾けている真名。

 彼女は相変わらずギターケースを肩に掛けており、何気なく腰を下している風に見えてはいるがその仕種には隙がない。

 

 お互い、内に秘めている年齢度外視の実力を感じ取っているからか、逆に気が置けない関係を続けられている。

 

 これは信頼し合った関係という意味合いが強く、決して二人が実力者同士なので隙を窺って攻撃する…という事ではない。ではないのだが…面と向かって勝負する方が楽しいというニュアンスも見え隠れするのは仕方のない事なのだろうか。

 

 とは言っても、完全に気を緩ませているわけではないし、そうかと思えば警戒を解いていない訳でもない。ただ単に脱力しているのみ。

 いつでも緊急行動に移れるのは修業の賜物だろうが、それでも緊張感は無く穏やかな空気が漂うのみ。

 

 

 ややこしいがこれが二人の間というものが上手くいっている証なのだろう。

 

 

 そんな大人っぽい外見と空気を持っている二人であるが、それとは裏腹にこの二人はかなり甘党で特に和風デザートには眼が無かったりする。

 その辺も気が合うのかもしれない。

 

 

 「そういえば…お前も“裏”に関わってきたらしいな」

 

 

 カフェラテを少しだけ口に含んでから、本当に何気なく問い掛ける真名。

 午後の天気を問い掛ける様な何気なさだ。

 

 内心、楓は僅かに緊張したもののやはり肝が太いのか笑顔は変わらない。

 

 

 「“裏”…とは何の話でござる?」

 

 

 首を僅かに傾け、不思議そうな顔をするのも流石だ。

 

 そんな彼女の肝の太さ…いや演技の上手さが面白かったのだろう。くくく…と含んだ笑いを零し、真名は面白そうに楓の顔を真っ直ぐに見つめ、

 

 

 「学園長から話は通ってるよ。

  私も“そっち側”さ。信じていい」

 

 

 と肩を竦め、初めてギターケースを肩から外して壁に立てかけた。

 

 −信じていい−とは真名の言葉を信じろという事であり、友として信じろという事。

 ギターケースを身から離したのはその証拠だ。

 尤も、証拠を見せるまでも無く真名が友として信じろとというのだから、楓はそのまま信じているが。

 

 ぱっと見は何の変化も無い楓の笑顔であるが、真名の言葉でやっと“本物の笑顔”に戻し、緊張を完全に解いてから了承の意を見せる。

 

 

 「成る程…そちらも裏の裏に関わっていたでござるか。気付かなかったでござるよ」

 

 

 こうなると日本茶で団子といきたいところであるが、ここにあるのはフルーツサンドと予備のサンドイッチであるハムサンド、そして砂糖が多めの激甘なカフェラテのみ。

 嫌ではないが興が足りないというもの。

 まぁ、甘味同好の士としても知られている真名の選んだ逸品であるから文句は無いが。

 

 

 「裏の裏ねぇ…それはまた言いえて妙というか…」

 

 

 確かに二人とも裏に関わっているが、魔法界が絡むと更に“別の裏”という世界がもれなく付いてくる。

 真名は以前から身を置いていたのであるが、楓は今回から。それでも楓の実力は今直ぐにでも実戦に耐えられるほど。

 

 気を凝縮して分身し、同時攻撃に入れる少女など魔法界でも相当珍しいのだ。少なくとも真名とて本気にならないと勝てる気はしない。よくもまぁ今まで裏に関わらず生きていたものである。

 

 

 『ま、関わってきたら関わってきたで面白いのだがな…』

 

 

 と内心、奇妙な笑みも浮かべている。

 楓はそんな真名の心中に気付いているのかいないのか何時もの笑顔のまま。

 

 笑顔でもって表情を読ませない少女に、真名は苦笑して紙コップを傾ける。

 

 

 「で? あの男は何者なんだ?」

 

 「はて、あの男?」

 

 

 今日は何回彼の事を聞かれただろう。

 またその話かとゲンナリしつつ何処までも惚ける楓。

 無論、真名を相手に誤魔化し切れる訳も無く、微笑んだままじっと見つめている彼女に数秒と待たず降参し肩を竦ませる。

 

 それでも学園長らとの“約定”もあるので異世界人という事だけを伏せて説明をした。

 

 

 「まぁ一応、拙者のパートナーでござるよ」

 

 

 と、極簡素に。

 

 

 「ほぉ…」

 

 

 感心するかのように眼を見張る真名。

 真意は兎も角、納得はしてもらえた…と思う。

 

 何せ嘘は言っていないのだし。

 本当でもないが…

 

 彼の実力はサッパリ解からないのであるし、“仕事”の打ち合わせ等は今日行うのだ。

 

 

 楓の眼から見ても彼のその実力は推し量れない。

 どーしよーもなく素人のようで、圧倒的に実力者のよう。事実相反する気配が彼の実力を覆い隠しているのだ。

 

 普通は能力を補い合える者同志を組ませるものなのであるが、彼はその性癖により他の者と組ませる事は色んな意味で危険である。

 

 

 彼が唯一食指を動かさなかったのは今現在解かっている中では男性教諭と楓のみ。

 女性教諭(特に美形)を前にすれば脊髄反射で行動し、静止の言葉を述べる前に性犯罪ギリギリの行為(つーかズバリ犯罪)をかましてしまう。

 

 

 では男性教師と組ませるのが良いのでは? という話になるのだが、それだと彼のモチベーションが上がらない上、教師らの方も余りに突飛な行動をかます彼に勝手が解からなくてヘマをする可能性だってあるのだし。

 

 となると今のところ何故か息が合っている自分が組まされる可能性が一番高いのでは? と、楓はそう思っている。

 

 まぁ、実際に学園長はその気ビンビンだったのだが…

 

 

 そんな楓の横で、顎に指をやって何やら考えていた真名は頭を上げて口を開いた。

 

 

 「という事は、その男は魔法使いなのか?」

 

 「は? いや彼は魔法使いではござらんよ?」

 

 

 真名の質問に唐突に何を言い出すのかという顔をするが、彼女の方も楓の返答に『はて?』と首を傾げている。

 

 

 「じゃあ普通に仕事のパートナーという事か?」

 

 「普通に…とは、どういう意味でござる?」

 

 

 ああ、それは聞いていないのかと納得をし、真名は掻い摘んだ説明をしてやった。

 

 彼女ら<魔法界>に関わる者から言えばパートナーとは魔法使いとその従者の事で、契約を交わした相手…魔法使いから魔力を与えられて身体機能を強化し、魔法使いを守って呪文行使を助ける存在である。

 

 楓は突拍子も無い体術の使い手であり、氣の密度を操って戦える実力者ではあるが何の魔力も無い少女である。

 だからパートナーと聞けば彼女の方が従者だと思うだろう。

 

 

 「そーいえば…横島殿の戦闘スタイルは一体どんなものなのでござろう……」

 

 

 気配を消していた楓に気付き、一種異様なまでの不死身さを持っている彼。

 “氣”によく似て全く質が異なる霊力の使い手であり、それを用いて戦う…らしい。

 

 今解かっているのはそれだけしかない。

 

 前衛要員にしては動きに切れが無いし、後衛にしては頑丈過ぎる。となると考えられるのは諜報要員か? しかし、昨日見ていたのであるがその足運びは一般人のそれ。

 “向こう”ではこれが普通といわれれば納得するしかないのであるが、楓には彼の戦い方は全く想像もできなかった。

 

 

 「何だ? お前も知らないのか?」

 

 「仕方ないでござるよ。会ったのは昨日が初めて故…」

 

 

 呆れたような真名の声であるが、楓に出来る事は苦笑のみ。

 

 しかし、改めて考えてみれば初めて会った相手をなんでこんなに自分は信じているのだろう?

 実質、会ってまだ二日と経っていないのに彼に背中を任せる気でいるのだ。それは彼女でなくとも苦笑する。

 

 そんな楓の様に肩を竦めてもう一度カップに唇を当てた真名であったが、

 

 

 

 カチャ…ギィ…

 

 

 

 

 と唐突に屋上のドアが開いた時に驚いて紙コップを投げ捨ててギターケースに手を掛けた。

 

 これは楓も同様で、やや焦りつつ袂…というかブレザーの中…に手を入れ、クナイを引き抜いて身構える。

 

 

 何せ幾ら和んでいたとはいえ、押し隠さねばならない程実力のある二人だ。飽く迄も気を抜いているだけで気を配る事を忘れていた訳ではないのだ。

 だから周囲の気配を探る事を止めるような真似もしていなかった。

 

 にも拘らず、ここまで接近に気付かなかったのだ。

 それは確かに焦りもするだろう。

 

 隠れる場所も見当たらない位置であるから楓は投擲の準備をし、真名はいつでも抜き撃ちができるように身構え、その人物の次の動きを待っていると…

 

 やがてドアが完全に開かれ、そこに見知らぬ男が姿を現した。

 

 

 「あれ? 楓ちゃん」

 「へ? よ、横島…殿?」

 

 

 ……主に真名には、だが。

 

 

 「な、に…?」

 

 

 真名がよく見れば号外に映っていた男そっくり。

 つーか、その本人だ。

 

 彼女達の目の前には、今さっきまで話をしていた当人の、

 この二人にすら全く気配を気取られずに屋上までやって来ていた、何故か青い作業着に身を包んだ件の横島忠夫の姿があった。

 

 話をしていた当の本人がやってきた事に焦っている楓は兎も角、屋上に上がってきていた足音も無く、自分にすら気配を全く察知させなかった事に真名は驚きを隠せないでいた。

 

 

 

 例え——

 

 横島という青年が屋上に行く理由の大半が覗きであった為、ウッカリ気配を消す癖が付いていたり、

 “勘”だけで覗きに気付ける雇い主の眼を掻い潜る内に神技に昇華していた隠行だとしても……

 

 

 

 

              ****** ****** ******

 

 

 

 「用務員?!」

 

 

 学園長から言われた仕事を聞き、何故か小豆色の小汚いジャージの上下を着、『臭』とかかれたタオルを首から掛けて見せた横島。

 用務員とくれば“この姿”はデフォだろうと言わんばかりに。

 下ひた笑みを浮かべつつ『この加藤(よこっち)めにお任せを……』とか『鬼畜道其の壱』とか言い出しそうだ。間違いなく極悪性犯罪者であるが。

 

 

 「タイーホしてほしいのかの?」

 

 「じ、冗談っスよ」

 

 

 一瞬で衣装を元のTシャツとジーンズに戻す。言うまでも無くタネは解からない。

 早変わりの妙と褒めてやれば良いのだろうか判断に困るところだ。

 

 尤も、近衛としてみればこんなジョークをかましてくれる彼は好ましくて堪らなかったりする。頭の固い人間はちょっと苦手なのだから。

 

 

 ここで帰る日まで雇われる事にした横島であったが、流石に無職では生きていけない。

 

 学校に入学してもいいぞい…という申し出もあったのだが、何が悲しゅうて今更高校に通わねばないらないのかと言う理由で却下。

 尚且つ入学するとしても教師ら全員一致の意見で男子校なのだ。横島にとっては死刑宣告も同じだったし。

 

 

 まぁ、学校生活と魔法(彼から言えば全てオカルトという括りであるが)関係とを両立できるほど自分は器用では無いし、オカルト全般がオープンの世界から来たので何時集団の中でボロを出してしまうか解からないというもっともらしい理由も一応は付け足してはいるが。

 

 更に言えば、そんな地獄に通わせれば余計にフラストレーションが溜まってしまい、暴走した挙句に性犯罪に走りかねない。

 悲しいほど自分を良く知っている横島は正確にそんな未来を予見していた(その事を学園長に告げると『確かにのう…』と即行で納得されて落ち込んでたりする)。

 

 

 かと言ってヒモとして自堕落に住まわしてくれるほど学園長らも甘くは無いし、横島も期待はしていない。

 

 となると仕事をせねばならない訳であるが、土地勘がゼロなので職の幅も狭くなってしまう。

 どうしたものかと学園長に相談すると、

 

 

 「用務員はどうかの?」

 

 

 と言ってくれたのである。

 それが初めに横島がウッカリ仮装してしまった理由だ。

 

 無論、あの仮装通りの行動をとれば完璧且つ徹底的に性犯罪者だ。痴漢行為で初の死刑が執行されかねない程に。

 

 尤も、そんな画期的な死刑の例になる必要もないくらいこの男はチキンである。

 

 何だかんだで女の子をそういった行為で泣かす事は論外中の論外の話なので、素でンな事できる訳ゃないのだ。

 

 相手の年齢がストライクゾーン内であり、且つ相思相愛に加え同意の上でのイメージプレイというのならまだしも……

 

 

 それは兎も角として、再度同じ質問。

 ついでに言葉の前に女子校の(、、、、)という単語を付け足して投げかけた学園長に対し、

 

 

 「女子()の用務員?!

  超OKです! 天地が南北になっても拒否する理由はありませぬ!!」

 

 

 と、横島は洗剤のCMを彷彿とさせる輝く笑顔でその申し出を了承した。

 

 コトが女関係の話である所為だろう。無声であるなら第三者が目にしてもイロんな意味で感動してしまいかねない素晴らしい脊髄反射である。

 

 神の領域速度で頭を下げて契約書にサインし、母印まで押してしまう始末。

 流石は過去にウッカリと死の修行にサインしてしまった男は格が違った。

 女に誑かされて ものごっつ痛い目を見る典型的な男の姿だと言えよう。

 

 

 だが、横島のその気色も即行で拭い去られてしまう事となる。

 

 横島は何度も確認を取られ、更にその書類のコピーをもとられ、そのコピーの注意項目を読まされてからようやく事の重さに気が付いた。

 

 用務員として働く先は、女子“高”ではなく女子“校”で、尚且つ“女子中等部”だったのだから。

 電話販売等の口頭詐欺の手口に引っかかったに等しいのだが、自分から進んで間違えたのだからどーしよーもない。

 

 更にこれを拒否した時の罰則は、なんと男子校の用務員就任だ。

 

 地獄の二者択一であった——

 

 

 何せ女子中学生という微妙すぎる時期は横島にとってはストライクゾーンに入ってきたクセに顔面を直撃する殺人魔球(バッティング・インフェルノ)の様なもの。

 受けるには痛すぎるし、見送るには惜し過ぎる。

 そんな年齢の少女らの身近にいれば甘ったるい地獄で悶え苦しむ未来があ〜ん♪と口を開けて待っている。

 

 それでも甘酸っぱさから甘みを抜いた男子校(それもド汗臭い男子高校生)用務員生活は御免である。

 

 二者択一の地獄。どっちをとっても地獄には変わりが無い。

 

 

 だから彼は、“酸っぱいだけの地獄”よりも僅かでも潤い(女教師)のあるであろう“甘酸っぱい地獄”を選んだのだ。

 “漢”らしいといえば“漢”らしいのだが……

 

 こんな選択をさせるオニのような学園長は、同じ助平ぇ魂を持つ者同士のシンパシーを敏感に察知して彼の本質に気付いたのかもしれない。

 

 兎も角、横島は(表向き)用務員としてここ麻帆良学園中等部に就職できたのであった。

 

 

 

 

 

 ——その横島は今、両膝を付いて蹲るように打ちひしがれていた。

 

 

 

 前にいるのは楓と真名の二人。

 

 

 彼の心から溢れ出るのは嘆きの声。

 

 

 はらはらと零れる涙は心の痛み。

 

 

 彼のオーラからは絶望に程近い挫折が色濃く滲み出していた。

 

 

 精神的に図太過ぎるこの男をここまで嘆かせるとは一体如何なる悲劇が襲い掛かったというのだろうか?

 

 

 その悲しみの大元は彼の前にいる二人の少女——

 

 今の横島より身長があり、“向こう”にいた同僚の巫女の女子高時代よりスタイルが良いときている。

 

 彼の目測によれば89.9cm。20cmもの差があるウエストから比較しても正に“ふぁんたすちっく”で“ぐ〜れいとぉ”だ。

 ハーフである事も解かるし、黒髪ストレートロングのクールビューティーさも相俟って美少女ポイント(?)も高い。

 

 これだけなら『眼福っ!!』と手を合わせて拝むのだろうが、世の中そう良い事ばかりでは無い。

 

 

 「何でや……

 

  何で二人ともそんなカラダしとって中学生なんじゃ〜〜〜っっっ!!」

 

 

 そんな血涙モノの悲劇が彼を苛んでいたのである。

 

 

 ——何の事は無い。

 

 前日に楓に対して食指が動かなかったのは、彼の本能が楓の実年齢を敏感に察知しストッパーを掛けていただけだったのだ。

 

 確かに楓は中学生っぽいデザインのブレザー姿ではあったが、ここに来て早々の横島は(楓のスタイルの良さも手伝って)それを中等部の制服としては見られなかったのである。

 まぁ、初見で彼女らを中学生だと見破る事は難しいのだが。

 

 ぶっちゃければ、昨日話をしている時とか、楓が醸し出すちよっとした仕種の中に可愛らしさを見出して萌えたりしたのだが、その事もダメージ拡大に拍車を掛けていたりする。

 女子中学生に萌えてしまった…というのは、彼のジャスティス(ロリ否定)にはかなりの痛手なのだろう。

 

 そんな横島の苦悶を見、

 

 

 「あは、あはははははは………」

 

 

 真名は珍しく大笑いし、

 

 

 「あはは…」

 

 

 楓も面白そうに笑っている。

 

 二人してこんな笑いをするのは珍しい事だったりする。

 

 

 「くくく……楓よ」

 

 「ふふ…なんでござる?」

 

 

 真名はチラリと楽しげな眼差しを横島に送り、異様に似合ったウインクを楓に見せた。

 

 

 「実に面白そうな男と組んだみたいだな」

 

 「少なくとも、退屈だけはしないみたいでござるよ」

 

 

 楓もそれを受け、一層眼を細めて微笑みを見せている。

 

 そんな二人の女っぽい仕種が余計に横島を追い込んでゆくのであるが…そんな事は知る由もなかった。

 

 

 

 

 

              ****** ****** ******

 

 

 

 

 

 「ははぁ…それで用務員に」

 

 「そーなんだよな……ああ、ここだここ。パイプの接続部が腐食しちまってる」

 

 

 横島は楓と話をしつつ、排水管の修繕を行っていた。

 

 普通、こういった事は専門の業者が行うものであり、横島のようなド素人が行うものではない。

 だが悲しいかな丁稚としてこき使われていた頃の記憶は身に染み付いているのだろう、『やって』と言われば“出来てしまう”のだ。それもプロレベルで。

 

 屋上から下まで溜まった水を流す排水パイプ。

 その程度の修理等、彼からしてみれば食玩のプラモより簡単な作業なのである。

 

 

 「それでさっきの女の子…真名ちゃんだっけ? 彼女も同じ…」

 

 「そうでござるよ。

  元々“裏”でそれなりに実力をもっていたようでござったが……

  まさか魔法の世界にまで絡んでいたとは…」

 

 「物騒な話だなぁ……」

 

 

 会話しつつも手は止まらない。

 

 楓も手伝うでござると横島に申し出たのであるが、スカート穿いてるんだからと泣きながら土下座して懇願し、どうにかこうにか止めてもらっていた。

 手伝ってくれるのは嬉しいのであるが、やたら短いスカートの中が見えてしまう可能性が高いし、横島の習性上、覗いてしまったりする可能性も激高い。それでは即行でテンパってしまうからである。

 

 尤もその直後、『中が気になるのならスカートを脱いで手伝うでござるよ?』と冗談をかまされ、コンクリートの壁にヘッドバットかまし続けて平静さを無理矢理保った所為で彼の仕事が増えてしまったのは甚だ余談である。

 

 

 ドスケベな癖に妙に純情で変なモラルが高く、正直者である横島。

 

 そんな横島にあたたかい眼差しを送っている事に楓自身も気付いていない。

 何がそうさせているのかも。

 

 真名はそんな楓の様子に気付いたからこそ、野暮な真似はよしておくとするよ…と転がっている紙コップを拾ってこの場を後にしたというのに。

 

 

 中に詰まりそうな木の葉等のゴミを溝から掻き出し、ブラシで擦ってから腐食した吸い口を引き抜いて溝の水分を丁寧に拭き取って乾かし、これまた丁寧に防水パテを塗りこんでゆく。

 まるで専門業者のように手早く丁寧だ。慣れとは恐ろしい。本人は嬉しくもないだろうが。

 

 横島は真面目な顔をすれば実はけっこう良い顔をする。

 そんな彼の横顔を何だか無言で見つめていた事に気付いた楓は少し焦ってしまった。

 

 彼は別に気にもしていないようである…というか、春風の舞う屋上でミニスカートな制服を着た楓がしゃがんでいるので己のジャスティス(ロリ否定心)を守る為に必死こいて集中しているだけだったりするのだが。

 

 

 「それで…記憶は戻ったでござるか?」

 

 

 お互いを僅かにでも意識してしまった気まずさからか少し間を置いてしまい、その沈黙を誤魔化すかのように楓が問い掛けた。

 言ってしまってから『しまった!』と思ったのであるが、

 

 

 「いんや全然。

  二十七歳だったっちゅー記憶というか、経験の“枠”みたいなモンはやっぱあるんだけど……

  その間の記憶がサッパリサッパリ」

 

 

 当の本人はあっけらかんとしていた。

 

 二十七の彼がどんな生き方をしていたのか不明であるが、記憶喪失である事を気にもしていないのは謎のままである。

 慣れている…といえばそれまでであるが、横島自身がそれ以外の要因を感じてもいた。

 

 

 −思い出してもしょうがない−

 

 

 何故かそんな思いを持っている気がしてならないのだ。

 

 

 「帰る事を……その…諦めたでござるか?」

 

 

 追い討ち掛けてどーするでござる?! と心の中で自分をサンドバックにして憤るが、言ってしまったものはしょうがない。

 

 記憶を失っているという苦痛がどんなモノか理解できる筈もないが、本人は苦痛を感じている筈。

 いくら焦っているとはいえ、そんな事を平気で問い掛けてしまう自分の迂闊さに腹が立ってしまう。

 

 けれどもそんな楓の葛藤など知る由も無い横島は、速乾性の防水パテのはみ出した部分を熟練の技で削ぎ取りつつ、

 

 

 「いんや」

 

 

 と全く気にもしていない軽い口調でそう返してきた。

 

 

 「そう…で、ござるか…」

 

 

 −安堵した−という想いが湧いた事には気付いたのであるが、そこに又も妙な焦りが浮かんでいる。それが自分でも理解しがたく何故だか歯痒くて堪らない。

 

 楓は無意識にブレザーの裾をいじっていた。

 

 

 「諦めてはいないけど、なんちゅーか…帰る事が出来ても帰れないよーな……」

 

 「は?」

 

 

 煮え切らない言葉を吐く横島に、楓は頭を上げて彼の顔を見る。

 そして、その行動によって自分が俯いていた事を知ってまた焦る。

 

 

 「いや、その、上手く言えないんだけど……

  帰る方法を見つけられても、それは“向こう”に帰るっちゅーか…行く?

  そんな感覚なんだよなぁ」

 

 「???」

 

 

 楓には横島が何を言わんとしているのか全く解からない。

 尤も、横島にしても何が言いたいのかよく解からないのだが。

 

 

 ただ解かっている事は、自分という“存在”が“ここ”に、この世界に定着しかかっているという事。

 

 本来、異世界の存在である自分がこの世界の存在として再構成されているような気がしているのだ。

 

 気がしている…とはいっても、それは心の奥から沸いてくる奇怪な確信だ。その事はまだ誰にも言っていないのであるが。

 

 どう説明したものかと首を捻りつつも黙々と作業をこなしてゆく横島。

 

 

 そしてその背を見つめ続けている楓——

 

 

 三時間目の授業開始の鐘が鳴っても楓はその音色に耳を貸さず、横島が作業を終えるまでずっとそばに居続け、

 意外にも最後まで真面目に仕事を続けている彼の背中から、何故だか眼を離す事ができなかった。

 

 

 

 

 



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中編

 

 

 「吸血鬼?」

 

 「……でござるよ」

 

 

 とてとてと連れだって歩く二人。

 

 片方が女子中等部の制服、もう片方がやや汚れた青いツナギである事を除けば、デートの様に見えなくも無い。

 年下である筈の中等部の少女の方が大人っぽいのが笑いを誘うが。

 

 少女は片手に白い紙袋を抱き、そこから串団子を取り出しては口に運んでいる。よほど好きなのだろうか? 量としてはかなり多く、運動部の男子生徒の様。因みに奢ったのは横を歩いている男だ。

 

 彼の方は時たま分けてくれる二三本を口にするだけ。それでも気にする風も無くそんな少女の様子を見、僅かに苦笑する。

 

 けっこうな量があったのであるが、それをキレイに消費してゆく様は普段の少女の大人っぽさとのギャップが大きい。

 

 それを目の当たりにし、やっぱりまだ子供っぽいトコもあるんだなぁと笑みが漏れたのだろう。

 

 

 「む…? 何でござる?」

 

 「イヤ別に」

 

 

 少女から眼を背け、また少し微笑む。

 そんなヘンな所だけ大人っぽい仕種を見せる彼に少女の頬が僅かに染まった。

 

 

 桜の花が舞う小道を歩いている二人。

 

 風に舞う花弁の間に見える男の横顔は、普段のおちゃらけた空気を感じにくくて妙に大人の男の顔をしている。

 過去の一部を無くしており、尚且つ実年齢すら無くして十歳も若返ってしまったという信じ難い話を聞いてはいるのだが、何故だか少女はそんな戯言をあっさりと信じていた。

 

 

 確かに普段の彼は異様に子供っぽく、やたら目敏く美女を発見しては熱過ぎる視線を送ったりしているのだが、時たま見せる所作や仕種には中高生の少年らには無い大人っぽさが窺えている。

 少女はそれに目を引かれているのだ。

 

 だから第三者的にはデートに見えているのだろう。時折、男に対して嫉妬の眼差しを送ってきているくらいなのだから。

 

 尤も、大人の目からすれば学校を中途退学した青年に気を使っているデキの良い後輩の少女というシチュにしか見えないのであるが……

 

 

 

 さて、そんな二人であるが、早くも今日から“裏”の仕事……の様な物を任されている。

 

 学園長からこの男を経由して少女が受け取った仕事は、今日の放課後に世界樹前に来て欲しいとの事。

 元々、放課後にはこれからの仕事の事で打ち合わせをしようとしていたのだから丁度良いと言える。

 

 その内容も、どこが仕事なのかと問われれば返答に困るのであるが、少女には凡その見当はついていた。

 

 

 『恐らく、拙者らの力を図るつもりなのでござろうなぁ……』

 

 

 自分にしても彼にしても、その持っている実力を学校側は知らないだろう。

 

 元担任教師の男性は、彼女の大体の力量を見量っているかもしれないが、この男の方は全くの皆無である。

 尚且つ元担任の性格からして、少女の力量を見て取っていたとしても一々“上”に報告すまい。良くも悪くも生徒の事を信用しているのだから。

 

 となると、学園側としては一緒に仕事をするに当たってその力量を知っておく必要があるだろう。

 

 呼び出された場所の広さからしてそれが一番可能性が高かろう…そう少女は踏んでいたのである。

 

 

 「ところで…いいの? 学校サボってオレに付いて来て……」

 

 「横島殿がサボらせたような物でござるよ」

 

 「な、何故に?!」

 

 「はてさて」

 

 

 結局、少女は仕事を終えた青年と共に学校を後にしてしまったのだ。事実上のサボりである。

 

 用務員とは言っても、彼一人だけがそうという訳ではない。

 この広い学園の事、たかが一人や二人の用務員で賄える筈もないのだ。

 だから青年は十人からなる用務員の一人で、実は唯一の男。後はおばちゃんズで構成されてたりする。

 この職場環境が彼にここを任せた理由の一つでもある(彼は後でものごっつ学園長を恨んだという)。

 

 それは兎も角、本日の仕事の割り振りからして青年の仕事は午前中で終わってしまった。今回の件に関してはちゃんと『学園長に頼まれた仕事』という理由があるのだが、少女の方はばっちりサボリなのでバリバリに校則違反である。

 

 表向きの理由として『身に覚えの無い男女交際の噂が授業中でも飛び交っている上、当の本人といるところを発見されてしまい本日は学び舎で勉学は不可能な状況となってしまったので撤退…もとい、早退する』との事らしい。学年の最下位ラインを競り合っているバカブルーが何を言うか…という話もあるが。

 

 命を預けるパートナーとなる可能性が高い相手に、土地勘を叩き込む方が重要なのでござるよ…というのが楓の弁であるが何だか理由としては薄い。

 まぁ、成績は悪いが出席率は良かった楓が何で簡単にサボりをしてしまったのかは彼女自身も良く解からないのであるが。

 

 

 「それは良しとするでござる。

  で、話は戻すでござるが、ここ桜通りには最近吸血鬼が出るとの噂が出ているでござる。

  にも拘らず、学園側は拙者らに……」

 

 「この件は担当者がいるから近寄らないように……か」

 

 

 何だか少女に誤魔化されたよーな気がしないでもないが、その口から出た疑問は当然の事。

 

 それはこの男が学園長から直接言われた“お願い事”である。

 少女とこの男だけでは無く、それなりの実力者であろう魔法教師や魔法生徒らも近寄らせないよう言い含めているらしい。

 

 

 「やっぱ変な話だよなぁ……」

 「でござるなぁ……」

 

 

 妙に意見がハモる二人。こんな事でシンクロしてしまうのもその仲を疑われる一因となろうのに……

 

 それは兎も角、少女の方は“勘”から出た違和感であったが、男の方には明確な疑問があった。

 

 

 「なぁ、ここってそんなに頻繁に吸血鬼が出るの?」

 

 「え? いや、拙者は桜通りの噂しか聞き及んでおらぬし、それ以外の話は……」

 

 

 その少女の答えに男は首を傾げた。

 無自覚であるが、真面目モードの彼は妙に魅力が上がる。だから少女も見直すかのような視線でもって見つめていた。

 

 

 「う〜ん…」

 

 「どうかしたでござるか?」

 

 「いやね…『プロを雇った』とか言ったんじゃなくて、あの爺さんは『担当がいる』って言ったんだよなぁ」

 

 「それが何か?」

 

 

 少女の疑問に男は「うん」と頷き、

 

 

 「もし吸血鬼専門の人がいるんだったら、それなり以上に吸血鬼が出没しているって事になるだろ?

  でも噂が無いって事は今回の件に“だけ”吸血鬼が絡んでるって事になる。

  だったら微々たる戦力でも集めておくのが普通だろ?

  なのに…」

 

 「その担当者“だけ”が事に当たる…」

 

 「うん」

 

 

 そう聞くと確かに疑問が湧いてくる。

 初めて裏にかかわった事から得られる真実も多いのだが、寮内で噂の桜通りの吸血鬼は“実在する”というのには流石に驚いたが。

 

 それでも青年の方はさして驚いていない。実際に闘った事があるという話を聞いた時には閉口したが。

 

 

 「可能性としては他の吸血事件を揉み消しているとか、

  件の人物が相当の実力者だから足手まといとなっては困るから人払いを頼んでいる…でござるが」

 

 「そう。だけど……」

 

 「で、ござるなぁ…」

 

 

 でもそれは納得できるよう組み立てた話というだけである。

 男からそんな話を聞き、少女も何だか納得できなくなっていた。

 

 いや——

 少女の方には微かにとある仮説が浮かんでいたりする。

 

 浮かんではいるのだが、直様『まさか』と否定しているのだ。

 

 『流石にネギ坊主一人に任せる…なんて事はありえないでござろうなぁ……』と、実に常識的な事で。

 

 

 う〜ん…と二人仲良く首を傾げて歩く。

 

 そんな二人だから交際疑惑も強まり、勘違いも進んでゆくのだが。

 

 

 「ま、よく解かんねーけど、当面は近寄らない方がいっか。

  あの爺さんのコトだから何か企んでるだろーし」

 

 

 だが、やはり彼はこーゆーイヤな企みを、“向こう”で『イヤっ!!』て程押し付けられていた男。

 即行で思考をキャンセルし、見てみぬフリを決め込む事にした。

 

 

 「……左様でござるな。君子危うきに近寄らずでござる」

 

 「そーそー」

 

 

 そんなチキン気味な意見に即行で賛同する少女。

 臆病風に吹かれた…というのではなく、話に出てきた爺さん事、学園長に何かしらの企みがあるという部分で意見が合ったのだ。

 

 そんなに面識がある訳ではないが、契約時に改めて裏の代表として会話を交わした折、相当に喰えない人物である事を感じ取っていたのである。

 

 

 「ま、魔法に関わっているよーな都市だから監視の眼はそれなりにある筈だし、

  楓ちゃんの友達の皆も寮なりそれなり以上のトコに住んでるんだろ?

  だったら少なくとも未来の美女達は無事だってコトだしな」

 

 「ま、そーでござるが…」

 

 

 <桜通り>というところはここで生活をしている者達がそう称しているだけの桜小道だそうだが、学校からその寮への帰り道がそれにあたる。

 

 わざわざ寮に侵入するとは思えないし、学園長の話に寄ればその寮には孫娘もいるという。

 今までの認識なら兎も角、“裏”を知った今の楓もそんな寮に吸血鬼が易々と侵入できるとは思えなかった。

 

 寮以外で生活をする者もいるが、そういった人間の家族は大体がここの教員だったりする。ここの教員ならば魔法教師である可能性が大きいので、闇に潜むのを常としている吸血鬼がそういった娘を狙って事を大きくするとは考え難い。アホタレな吸血鬼が居ないという訳では無いが…

 

 まぁ、痺れを切らしたり飢えに耐え切れずに暴走しないとも限らないから、そこらだけは気をつけていれば良いだろう。

 横島は軽くそう言って吸血鬼に対する興味を終了させる事にした。

 

 それは彼女もそう思った事であるが、寮の近くでそんな事件が起こっていたとは思いも寄らなかった。

 自分の知覚能力にそれなりの自信は持ってはいたのであるが、それに全くと言って良い程引っかかっていない。

 という事は、相手は魔法とやらを利用した隠行の術を行使していたか、或いは途轍もない実力者という事。

 相手に対する興味がわいた事もあり、ちょいと会ってみたいという想いも無きにしも非ずであるが、興味本位で動いて万が一寮の友人達…例えば同室の妹分らに被害が及んでは本末転倒である。

 

 そんな事もあって青年の言葉に賛同しているのだ。

 

 まぁ、何だかんだ言って彼が適切な判断を持っていた事に感心もしていたからであるが。

 でなければ友人らの安全を守る為に見回りくらいやっていた事であろう。

 

 

 「楓ちゃんもそのでっかい寮で暮らしてんだろ? 何か異変があったら気付いてる筈だしな」

 

 「それを言われると耳が痛いでござるが……ま、そうでござるな。

  でも一応はこの一件の片がつくまではもっと気を配るでござるよ。

  幸いにも寮には中々の剣士と中々の拳士と中々の狙撃手もいるでござるし」

 

 「………ナニソレ?」

 

 

 思ってた以上に彼女はとんでもないトコに住んでいたよーである。

 

 兎も角、そっちは気にしない事にして、サボりかました少女と共に指定された時間までブラつくという事を再開させた二人は、歩きながらどこに行こうかと話し合っていたのであるが、

 その笑い合う会話からして、やっぱり傍目にもデートにしか見えなかったりするのだが、やはり二人は気付いていなかった。

 

 そしてその構図が某パパラッチ少女を奮起させちゃったりする事も……

 

 

 

 

 

 

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                ■二時間目:キセキの価値は?(中)

 

 

 

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 <超包子>

 

 麻帆良に住む者でこの店の名を知らない者は居ない。

 

 路面電車を改造したイギリス風+中華の小奇麗でオシャレな料理研究会の店で、学園祭の期間中出店する事で知られている。

 尤もクラブ活動の店であり、主な活動費(材料費等)を自力で稼ぐ事もあって偶に平日でも開かれていた。

 

 何しろこの都市内で一番の有名店であり、支店を出して欲しいとせがまれもしている部活動店。その実入りは下手な店より多い。

 

 無論、加入したいと申し出る料理人も多かろうが、まだ中学生だというのにこの店のオーナーである超 鈴音のお眼鏡に適う必要がある上、料理研究会であリ、ここのメインの料理人でもある四葉 五月に認められなければならない。

 もしそれが適えば学園外でも其々が其々の持ち味を出した一級のレストランとして名を馳せる事ができるであろうが、今だにこの麻帆良学園都市内にしか店がない。というより、学園外に出たものはこの店の事はぼんやりとしか思い出せないらしい。

 

 それでも、学園都市内だけ−という閉鎖空間内で午前中に店を任せられるスタッフを見つけられただけでも奇跡と言えよう。

 

 

 そのお陰かどうかは不明であるが、店の周囲は治外法権的に平和である。

 

 他の場所ならいざ知らず、ならず者一歩手前の気の短い大学の格闘団体の連中もここで騒ぎを起こしたりしない。つーか、やって可愛い料理長を怒らせる気もさらさらないし。

 そんな事も知らない迷惑な行動をかます馬鹿共は常連客らの手によって叩き出されてしまう事すらあったりする。

 

 それほど親しまれ愛されている店なのだ。この店は。

 

 まぁ、オーナーもシェフも女子中学生というのがちょっち問題かもしれないが……

 

 

 

 「昨日も感心したけど…ホントに美味いなぁ……

  ちょっと中華に偏り気味だったけど美味いから気にならんかったし」

 

 

 青いツナギを着た青年、横島忠夫もご満悦のようだった。

 

 “向こう”での高校時代は赤貧に喘いでおり、職場で飯をたかり、学校では級友(注:イケメン)の弁当を奪っていた男だ。

 おかずなし、飯のみという生きている時代を間違えていたよーな貧乏学生だった彼にとって、安くて美味い飯が食えるのは神からの施しに等しい。

 

 成人してからの記憶は未だに曖昧すぎて思い出せないのであるが、染み付いた貧乏性は抜け切らないものなのだろう。

 

 

 「それは重畳でござる。

  なれど完全に中華に纏まっている訳では無くメニューも豊富でござる故、別の日に行けば別の料理が楽しめるでござるよ?」

 

 「お、それはいいなぁ」

 

 

 何とも仲睦まじく見えるものだ。

 

 楓は一人で食事をするのは味気ないと思っているし、横島の方はややストライクゾーンから外れたボール球の年齢とはいえ美少女と一緒なので料理の味も尚更だ。

 それに何故だかベクトルが違う者同士の筈なのに微妙に空気が合っている。これで食事が楽しいと思わねば嘘だろう。

 

 幸いにも彼は今朝は学園が用意してくれた朝食をおもっきり食っていたので、さして下品な仕種を曝け出す事もなく<超包子>で食事をし終え、店を後にする事が出来ていた。

 

 

 「しかし……良いのでござるか? 拙者の分もまた奢っていただいて」

 

 

 一緒に昼食を食べた後になって言う言葉ではないが、それでも一応この少女…楓も気にはしていた。

 

 確かに横島は前金を貰ってはいるのだが、それは当座の生活費である。

 尚且つ、確かに住居と仕事を与えてくれてはいるが“裏”の仕事が入らねば大した額にはならないのだ。

 

 さっきは団子を奢ってもらい、今度は昼食である。流石の楓もちょっとは気にするだろう。

 

 

 「ああ、気にするなって。女の子の分を支払うのは男の甲斐性だしな。

  それにここを案内してもらったお礼もあるしね。

  ……それでも広過ぎてサッパリだったけどな……」

 

 

 あれだけ歩き回って学園の端に辿り着けなかったのってどーよ…? と、横島の顔に縦線が入った。

 

 学園都市という名は伊達では無かったのだから。

 こんなクソド広い学園内のあちこちを丁寧に説明してもらったのだから、彼の大原則『女の子の恩には恩で返す』を発動させるのは至極当然の事である。

 

 

 彼が高校生だったあの時、学費だけは海外にいる親に出してもらってはいたのであるが、それ以外の生活費などは自力で稼がされていた。

 もとより貧乏でケチ気味であった彼だが、それは生きる為には仕方のなかった事と言えよう。

 単に彼が選んだ仕事場が余りに理不尽で労働基準法違反がフツーだっただけなのだ……その時点でダメダメであるが。

 

 それでも熱過ぎるリビドーの指令のまま、時給僅か255円でバイトを続けて生きていた彼のド根性は昨今の青年など足元にも及ばない。

 その苦学生さは、月一回の牛丼に卵を付けて食べるというのがご馳走だったという事からも見て取る事が出来る。

 彼はそんな涙なくして語れない苦労生活者だったのである。……まぁ、そのド苦労も僅かな給金の大半をAVとかに消費していた為であるが……言わぬが華だろう。

 

 その事からも解かるように、今の生活レベルは学生時分より遥かに水準が高い為、宵越しの銭は持たない主義の横島はストライクゾーンを微妙に外している年齢とはいっても相手は高レベルの美少女であったから反射的に奢ってしまったのである。

 

 何せ彼は煩悩を力の源とする怪奇生物といえる霊能力者だ。

 先行投資だと思えば毎日の食事を100円ショップのカップ麺で賄うハメに陥ったとしても痛くも痒くもないのである。流石は命とリビドーを天秤にかけられる“漢”だといえよう。

 

 懐が(彼からすれば)スゲく温かいので、あはは……と軽く笑える余裕すら見せている。

 

 そんな横島の顔を見、楓も安心して奢りを受け入れて彼と並んで通りを歩き出した。

 

 

 

 桜の花びらが何処からか舞い降り、楓の髪にかかる。

 年齢相応の童顔さを持ってはいるが、醸し出している雰囲気が妙に大人っぽい。

 甘い物を食べている時などは本当に中学生なんだなぁと改めて感心させられたりもするが、こうして並んで歩いていると高校時代の同級生よか大人っぽく感じたりもする。

 

 しかし向こうの生活を“懐かしい”と思ってしまうのはどういう事なのか?

 

 物理的に言えば“向こう”から来てしまって二日と経っていないのに、彼の心が感じている別離時間は十年どころではなかった。

 それに、記憶が抜けてしまっている部分が肉体時間すら蝕んでいる。その事はここに来て直に気付いてはいたが。

 何せ時間にして十年分、記憶どころか経験すら横島の身体から抜け落ちてしまっていたのだから。

 

 

 理由としては彼の最大の隠し技である“珠”。

 

 それを制御する記憶すらごっそりと失っている事が挙げられる。

 僅かに残った記憶が本当ならば、自分は最大十数個の“珠”を同時制御できていた…筈だ。

 

 だが、今の自分は最大三個。

 確かに漢字というキーワードを込めれば良いのだから、三つの組み合わせでも凄まじく多様だ。

 

 だが、3と15の差は凄まじく大きい。

 

 これでは高校卒業手前くらいの時の能力しか出せやしないでは無いか。

 

 彼とてこの二日ボ〜っとしていた訳ではない。

 件の“珠”まで使用して卒業してから成人までの記憶を引きずり出そうとまでしていたのである。

 だが、何度やってもどうやっても、本当に切り取られているかのように記憶が浮き出てこないのだ。存在していないものは返ってこないとでも言わんばかりに……

 

 流石の裏技師の横島でもこれではどうしようもない。

 

 だがしかし、それより何より問題なのは、元の世界を“向こう”だと認識してしまっている事。

 つまり、自分の居場所を何故だか“こっち”だと認識してしまっている事なのだ。

 

 これでは例え元の様な能力で“珠”を多重連結させて使用した所で“帰る”という強い想いが持てないし、無理に“向こう”の世界へ“行く”という気になれないので成功する率は酷く下がってしまう。

 

 

 −ひょっとして、“こっち”にオレという存在が固定されてしまっているのか?−

 

 

 そう悩まざるを得ないのが現状である。

 

 簡単な距離…とは言ってもキロメートル単位…ならば『転』『移』できるし、拠点設定をしていれば『帰』『還』も可能だろう。

 だが、全くの異世界である上、“向こう”に対する望郷の念が異様に薄い以上、『帰』『還』は叶うまい。

 

 

 「…一体、どーすりゃいいんだろうな…」

 

 

 決して暗さは持っていないのだが、そう溜息混じりに呟いてしまう横島。

 そんな彼の横顔を、楓は無言のまま見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 麻帆良という地にいれば否が応でも目に入るものがある。

 

 それが−世界樹−

 

 その世界樹の真ん前、

 正式な名前は知られていないが、都市の中央部にはその名でもって親しまれている世界樹前広場があった。

 

 遠目で見てもデカイ樹であるが、ここまで近寄ってみると理不尽にクソでかい樹である事を思い知らされてしまう。

 

 麻帆良学園の屋上からこの樹を眺めた時には、『ふぇ〜…“こっち”じゃあ、あんなにでっかい樹も生えてんだ…』等と感心した程度であったが、ここまで間近に寄れば、

 

 

 「なんじゃこりゃあ……」

 

 

 と呆れてしまうのも無理は無い。

 

 世界樹だと言われている事からも解かるように、その樹はそこらの大木なんぞ足元にも及ばない高さと大きさを持っているのだから。

 

 何せ大きさ高さ、太さは縄文杉すら追従も叶わず、その樹齢も測定不能である。

 この学園が創立する以前から生えているとの事であるが想像も出ない。

 それどころか何の樹であるのか植物の特定すら難しいのだ。

 

 その樹高、実に270m。ギネス間違いなしである。

 セコイアもびっくりの樹高を持つ広葉樹。

 ナメとんか?! と言いたい横島の気持ちも解かるというものだ。

 

 

 「……コレ、何?」

 

 

 呆れつつも眼が離せない横島は、後にいるであろう楓にそう問い掛けた。

 

 初めてこの樹を見るものは感心する事は多いがここまで呆れる者を見たのは楓も初めてである。

 

 尤も、その彼女も改めて疑問を投げかけられて初めてこの樹の異質さに気が付いていた。

 ここに住んでいるものは誰もこの樹の異様さを気にもしていないのだから。

 

 これも魔法の力なのでござろうか? と都市そのものにすっかり誑かされていた自分に苦笑しつつ、時には案内係も勤める散歩部の部活宜しく彼に説明をしてやった。

 

 

 「これがこの学園に住まう者なら誰もが知っている世界樹でござる。

  一見すると解からんでござろうが、話によれば薔薇科の落葉小高木と同じ形状の葉…

  要するに“桃”と同じ葉の形をしてるでござるよ。

  拙者も実が生っていたところを見た事はござらぬが、噂では二十二年に一度しか生らないとの事でござる」

 

 

 勉強はスカであるのに、こういったことには詳しい楓。

 未だに楓がバカレンジャーである事を知らない横島は、ガイドさん宜しく解説してくれる彼女の言葉に素直に感心するのみだ。

 

 

 「正式名称は『神木・蟠桃』というらしいよ?

  尤も、もしそうなら九千年に一度しか実が付かない筈だけどね」

 

 

 そんな二人の後から声がかけられた。

 え? と振り返るとそこには見知った顔。

 

 

 「えーと…高畑さん?」

 

 「タカミチでいいよ。横島君」

 

 

 ほんの昨日、横島の事情聴取を行っている穏やかな雰囲気の高畑・T・タカミチが何時の間にか後に立っていた。

 

 

 「蟠桃…でござるか? なにやら聞いた事があるような……」

 

 

 そんな彼の気配を既に気付いていたのか、楓は然程気にもせず彼の言った名前の方に気をやっている。

 相変わらず成績は悪いのに知識だけは豊富なんだなぁ…と元担任は口元を緩め、

 

 

 「ホラ、西遊記に出てくる孫悟空がいるだろう? 彼が天界で食い荒らしたっていう果実さ」

 

 「……ああ、確か中国の神話でござったな。

  九千年に一度その木に実る桃を食えば不老不死になるという……」

 

 「そうそう。それだよ」

 

 

 楓が樹の事を思い出して口にすると、高畑はこの知識が成績に出ればなぁ…等と苦笑していた。

 

 と——

 

 

 

 

 

 「そーか……あの猿ジジィ…この樹の実を食いやがったのか」

 

 

 

 

 

 

 

 等ととんでもないセリフがすぐ近くから聞こえてきたではないか。

 

 

 二人がギョッとしてその方向を向くと、相変わらず樹を見上げている横島の姿。

 

 そう言えば彼のいた世界には神々や悪魔がそこらで見えたという。となるとまさか…

 

 

 冷や汗を流しつつ二人が横島に問いかけようとした時、

 

 

 「おお、もう来ておったのか」

 

 

 という老人の声がそのヤな重さの空気を拭い去った。

 

 

 「あ、福禄じ……じゃなかった、学園長」

 

 「フォフォフォ…どーでもよいが、なんでそーそう気安く七福神と間違えるんじゃ?」

 

 「あ、いや、その…以前、宝船ジャックしかけた時にあのじーさん達と会ってるモンで…」

 

 「「「………」」」

 

 

 折角拭い去れた空気がまた重くなった。

 

 

 特に高畑と楓の冷や汗は余計に冷たくなり、さっき感じた疑問を無理矢理心の奥に鍵を掛けて閉じ込めたほど。

 

 何にせよ横島忠夫は只者では無い。

 その事を再確認させられた一幕であった。

 

 

 

 世界樹前広場という場所はけっこう開けている。

 まぁ、これだけドでかい樹が生えている広場も珍しいのだが、樹に比例して広場が開けてゆくのは当然の事であり、その広さを利用した様々な催しも執り行われるほど麻帆良では慣れ親しまれた場所である。

 

 尤も、

 

 

 「拙者ら以外に人影が無いというのは結構不気味なものでござるな」

 

 

 人っ子一人いない状況は流石に珍しいが。

 

 

 「あぁ、人払いの結界を張ってるからね。

  無意識にここに来たくないように認識させているんだ」

 

 「…なんでもアリだなぁ」

 

 

 横島の世界からすれば結界で人払いをかけるのは結構珍しい。

 “こちら”は魔法等の所謂“オカルト”が秘匿なので然程珍しい方法でもないのだが、彼のいた世界ではかなりオープンなのだから。

 無論、『無い』という訳ではないが彼自身は知らない。

 

 

 「で、ここで何の話をするんスか?」

 

 

 ぐるりを見渡して人目が無い事を確認しつつ、横島が近衛にそう問い掛けた。

 楓は気付いてはいなかったが、自分ら以外の気配は全くないのに視線を感じているからだ。

 

 

 「うむ…実はの、キミの実力の程を知りたいと思うてな…

  いや何、難しい事では無いぞえ? そこの長瀬楓君と組み手を「 大 却 下 !!!」」

 

 

 近衛の言葉は途中でイキナリ横島の声に瞬殺されていた。

 最後まで言わさぬ横島も大した者である。

 

 とは言っても単なる手合わせであり、これからの仕事には必要なもの。

 だがそれでも、楓からすれば『やはり…』といったところなのであるが、横島から言えば論外であった。

 

 

 「如何な理由があろうと美少女に手ぇあげられるかーっっ!!!」

 

 

 これが横島いう所の<正論>なのだから。

 

 その叫びに高畑は苦笑し、近衛もフォフォフォと笑っている。

 横島の人となりはある程度理解していた二人であるが、真顔でそう叫ぶ彼には前より好意を持ってしまう。

 隠し様も無い彼の本音であり、想像していたよりお人好しさに満ち溢れていたからである。

 

 だが、この答にむっとした人物もいた。

 確かに彼女の好感も高まってはいたのだが、

 

 

 

 「…それは聞き捨てならないでござるな…」

 

 

 

 それとこれとは話が別だったりする。

 

 

 「へ?」

 

 

 見慣れた穏やかな顔。穏やかな表情。

 だが、明らかに彼女が纏う空気が凝固している。

 

 

 「拙者、確かに拙い技しか使えぬとはいえ、それなりに修業してきたつもりでござる」

 

 「は、はぁ…そーみたいだけど…」

 

 

 すぅ…と細められた目元から針のような光が見えた気がした。

 

 

 (マ、マジに怒っていらっしゃる?)

 

 

 と訳が解かっていない横島はかなりビビッていたし、近衛は今更ながら押し隠していた楓の実力を垣間見た気がして感心していた。

 

 

 「その拙者に対してそういう態度を取られると…拙者は見下された気がするでござるよ……」

 

 『ま、そうだろうね』

 

 

 高畑もその気持ちは理解できる。

 確かに横島の気も解からないでもない。でもないのだが……

 

 自分の実力にそれなりの自信を持っている相手にああいった事を言うとそれはプライドをかなり傷つける事となる。そしてそういった相手はほぼ間違いなく不快になる。

 それは自分もよく思い知っている事だ。

 

 ふと、今もログハウスに住んでいる旧知の少女を思い出し、苦笑が浮かんだ。

 彼女もこういった場合には途轍もなく激怒するだろうから。

 

 睨みつけると言うよりは刺す様な視線。

 熱さより冷たさが強い怒気。

 

 確かに楓の言わんとする事は解かる。

 解かるのだが、

 

 

 「あんなぁ、楓ちゃん……」

 

 

 横島には横島なりのジャスティスがあった。

 

 

 「自分より百倍近く強い女の子にすら躾に手ぇ上げたとしても九割九部九厘+α殺しの特別折檻セールを喰らってたオレにそれを言う?」

 

 

 ……訂正……

 トラウマだったようだ。

 

 

 「「「は?」」」

 

 

 横島の口から切実な…

 本当に切実な声が噴き出ていた。

 

 気の所為か、その眼からも心の汗もはらはらと流れて出ているような……

 

 

 その理由を語る為にも、ここはあえて例え話をしよう。

 

 

 例えば——そう、仮に“蝶の化身の魔族の幼女”がいたとしよう。

 

 

 その娘の事は嫌いじゃないし、どちらかと言うと妹の様に可愛いと思っていたとしよう。

 が、あんまりじゃれ付いて邪魔をしたりするもんだから、ちょいと……本当にちょっとだけ。例えるなら『ダメじゃないか。メッ』という程度に手を上げてしまったとしよう。

 

 すると、

 

 

 「こんな小さな娘に暴力をふるう気ですかー?!」

 

 

 と、姉を失った寂しさからしょんぼりしていた彼女に保護欲を刺激され、禍根も何も忘れて大切に教育している竜神族の剣士に理不尽な折檻を喰らっちゃうのだ。

 

 ぶっちゃけて言えばその幼女の力は丼勘定せずとも自分の霊力はおろかその保護者&師匠をやっている竜神族の剣士よか高い。

 天界側の霊山預かりとなって力を押さえられてなお、その力は横島を凌駕しまくっているのだ。

 

 全力パワーで殴っても痛みこそ与えられるだろうが傷どころか痣もできないだろう。それでいて軽い教育的指導でも全殺しにされてしまうのだから理不尽極まりない。

 尚且つ、自分が絶対に勝てないと胸を張って言える超存在……己のかーちゃんの教育と、無駄にスゴイ父の教育が隅々まで行き渡っている上に、女の子に暴力を振るえないのである(注:セクハラは別らしい)。

 

 まぁ、そんな目に合わさずとも彼自身が優しいので女子供に対して意味も無く手を上げられないのであるが…それは兎も角、

 

 そういった理由もあって、喩え自分より実力があるであろう楓にすら組み手すら行えないのである。

 実際、弟子である人狼少女にすら霊波刀で斬り結ぶ事すらできなかったのだし。

 

 

 

 ……尤も、ある事情によって前以上に嫌いでない女にも手を上げられなくなっているのだが……

 

 

 

 兎も角、そういった説明を終えると流石に楓も、

 

 

 「それは…難儀でござるなぁ…」

 

 

 怒りの矛を僅かに下げてくれた。

 

 確かに彼の力量は解からないのだが、DNAに性質を刷り込まれているような物。これでは楓が敵でない限り試合もできまい。

 

 

 「完全に敵だった場合は何とか戦えるんスけど、敵だと思って…はムリっスね……」

 

 

 女の子が憎っくき野郎に化けていた場合等であれば反射的に攻撃できたりするが、残念(?)ながらこっちの世界にはキザなロンゲ男はいないし、近衛らも彼奴めの外見も存在も知らない。

 最初から楓が男に化けて横島に攻撃でもしていたとすればまだどうにかなったかもしれないが、今となっては……

 

 かと言って、これからの為にも二人の力量を自分らを含めた“皆に”見せておく事は必要である。

 

 う〜む…どうしたものかのぉ…と近衛が首を捻っていると、ポンっと楓が手を打った。

 

 

 「そうでござる。組み手が無理ならば、ゲームはどうでござろうか?」

 

 「は? ゲーム?」

 

 

 横島が怪訝な顔をして問い返すと、楓はそうでござると頷いた。

 

 

 「ルールは簡単でござる。

  横島殿が十分以内に拙者にタッチすれば横島殿の勝ち。拙者が十分以内に横島殿を倒せば拙者の勝ち。

  どうでござる?」

 

 「どうでござる? …って、マテや!! 可愛い顔しても誤魔化せへんぞ!!」

 

 

 可愛いと言われてちょっと照れる楓であるが、横島は半泣きだ。

 

 

 「それって、つまり楓ちゃんはボコスカ攻撃してくるけど、オレは只ひたすら避けまくるだけやん!!

  日本語で圧倒的不利っちゅーんじゃ!!」

 

 「気の所為でござるよ」

 

 

 泣きながら反論する横島であるが、かなり中身は薄い。

 どこかでそれが一番だと解かっているのかもしれない。

 

 近衛や高畑なども、それはいい案だと納得しているし。

 

 確かに美少女を殴る事はできずとも、美少女に殴られる事には慣れている横島には一番楽な方法であろう。

 そんな事を悦ぶ新しい自分に目覚めたくは無いだろうが

 

 相変わらずギャーギャー言っている横島にも楓は慌てず騒がず、

 

 「まぁ、待つでござるよ横島(うじ)

 

 「誰が横島氏だ!! お前はハッ○リくんか!!」

 

 

 はっはっはっ…と笑いつつ右手の指をぴんと立て、

 

 

 「拙者はゲームだと言ったでござるよ?」

 

 「む?」

 

 「横島殿が勝てば、拙者は知り合いの…そうでござるな同級生のお姉さんを紹介するでござる」

 

 「何と?!」

 

 「無論、デートの約束込みで」

 

 「ぬっ??!!!」

 

 「その際、どこまで行くか……それは横島殿のご自由でござる……」

 

 

 近衛と高畑の目には何だか楓の腰の辺りから悪魔チックな尻尾が生えてピコピコ動いているように見えて冷や汗を流していた。

 

 正に悪魔の取引である。

 

 

 だがしかし!!

 彼は、痩せても枯れてもGS横島忠夫だ。

 

 異世界に来、仕事を失ってしまったとは言え、彼は簡単にそういった悪魔の取引に、

 

 

 

 

 

 「良し!! 受けた!! 掛かって来い楓ちゃん!!!!」

 

 

 

 

 

 ……逆らえる筈もなかった。

 

 

 その男としての性の発露に、同性である高畑も近衛も涙を禁じ得なかった。

 

 

 羊皮紙にサインをさせた事を満足する悪魔宜しく、あいあい♪ と嬉しげに頷く楓。正に悪魔。

 

 何だかよく解からない気炎を上げる横島の背を見つめながら、近衛と高畑は只々冷や汗の量を増やしてゆく。

 

 

 「……のぅ、タカミチ君…」

 

 「…はい?」

 

 「楓君は…自分が勝った時の横島君のペナルティを口にしておらんのぅ?」

 

 「ですね…」

 

 

 横島の気性を読み、先に彼が飛びつく報酬をチラつかせて自分のペースに引き入れた楓。

 

 まだ少女であるはずの彼女の中に、男では計り知れない女という生き物の一端を垣間見せられた大人二人は冷たい汗を拭う事もできずにいた。

 

 気合を入れ、煩悩パワーでもって霊力を上げてゆく横島に感心しつつも、自身は身体から力を抜いて戦いに備えてゆく楓。

 

 

 何にせよ、

 この場には居ない魔法教師らも見守る中、横島と楓の戦いが幕を開けたのだった。

 

 

 

 



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後編

 

 中身は二十代後半、外見年齢は十代後半。

 十年も肉体が若返った理由は全くの不明で、その間の記憶の大半も失われているので便宜上“青年”とされている彼。

 

 

 昔っから脊髄反射で行動しており、特に中高生の時のリビドー反応は人外すら驚かせていた。

 

 

 尤も、そのオカルトという世界に関わったのも能力の覚醒も、その始まりはセクハラ行為が一番酷かった高校生の時で、そのセクハラ…つーか痴漢行為…のお陰でオカルトに足を踏み入れ、その世界でも名が知られるようになったのだから世の中ナニが幸い(?)するか解かったモンじゃない。

 結果としてそれで世界が救われたのだし……

 

 

 当然ながらそんなワイセツ少年の犯罪がそのまま捨て置かれる訳もなく、喰らわされるお仕置きもかなりエスカレートし、日常的にバイト先の上司に撲殺されかかり、とある猿神にも『ワシの修業よりキツい』と称される目に遭っていた。酷評もいいトコで嬉しくも何ともないが。

 

 流石に二十代の後半ともなると僅かにラインを見極める能力を身につけており、やや生臭い言い方をすれば、“女”を知ったお陰で青臭い十代の時よりはがっつかなくなっていた。

 まぁ、スケベレベルと煩悩レベルが下がった訳では無いが。

 

 

 

 そして今の彼——

 

 

 

 確かに記憶(経験?)消失ではあるが、人間的な本質が消えているわけでは無いので性格はそのまま。

 メリットとして、十代の頃の柔軟さと真っ直ぐさ、二十代の大人の落ち着きと判断力を持ち合わせている為、外見年齢度外視の駆け引きに長けた能力が備わり奇妙な魅力を漂わせている。

 

 元々から人外堕としとか、人外ハンターとか言われていたくらい人間以外の女達を無意識に篭絡しまくっていたし、人間の女性にしても彼の本質に気付けばメロメロになってしまう。

 それのパワーが少し上がったようなものである……ハッキリ言って厄介な事この上もないのだが。その自己評価の低さから本人は信じてくれないだろーけど。

 

 

 しかし、その魅力の素となる記憶消失によるデメリットは無茶苦茶大きかった。

 

 

 二十代の頃の霊能力の使い方をすぽーんと忘れている上、記憶“消失”なので思い出す事は不可能。

 何かの能力が使えた——という記憶だけは残っているから歯痒い事この上もない。

 

 だが一番の問題は……

 十代の頃の煩悩と妄想力、二十代の頃の欲望とみょーなテクニックが混じり合った状態でしっかりと根付いているという事である。

 

 現に彼は交渉術に長けており、海千山千の猛者どもと対等に会話し、自分らに有利になるように会話を進ませられていた……筈だった。

 

 しかし、何とも稚拙な少女の申し出——女の子を紹介するといったアホタレな材料に一も二も無く飛び乗ってしまっている。

 

 言うまでも無く交渉材料が不十分であり、

 例えれば場の捨て札も見ず、相手のカード枚数も手札も想像する前の状態でウッカリ勝負に出たようなもの。

 アホの見本である。

 

 まぁ、何時もの大失態に比べれば、ルール“だけ”でも聞けていたのでナンボかマシであろうが……

 

 

 

 

 世界樹と呼ばれている巨大な樹の前の広場。

 

 人払いの結界が張られているその広場の前に二人は対峙していた。

 

 少女はさも嬉しそうに。

 青年は自分のスカタン具合に落ち込みつつ。

 

 ただ少女の出で立ちは中学の制服。

 青年は青い作業服。戦いに不似合いなのも甚だしい。

 

 

 「ちょ、ちょっとタンマ!! せ、せめて制服はやめてくれんか?」

 

 「ほぉ…脱げと仰られるでござるか?」

 

 「ちゃうわーっ!!!

  ンな格好で動き回ったらスカートめくれるやろがっ!!

  女の子なんやから慎みっちゅーモンもちなさーいっ!!!」

 

 

 萌えたらどーしてくれるっ?! という心の声は内緒だ。

 

 

 「まぁまぁ…模擬戦とはいえ戦いの場でござる。

  本格的に裏の戦いに関わった折、羞恥に拘っていては怪我をしてしまうでござるよ」

 

 「い、いや、そりゃまぁ、そーだけど……」

 

 

 結構、正論だ。

 こうなると反論が難しい。

 二人の試合を見守っている魔法教師らも、何だかんだでモラルがあるんだなぁ…と変に見直してた。

 

 尤も、青年はミニスカートの少女が動き回る事態にやや喜んでたりする自分の本音を理性を総動員してフクロにしていたりするが。

 

 

 「ま、それで納得できなければ、こーいった衣装も術の内と思ってくだされ」

 

 

 これも策でござるよ? 

 

 そう後を続けてニンニンと微笑む少女。

 

 

 「ぬぅ……」

 

 

 そんなコドモの魅了に引っかかるもんかっ!! と強く言い返せない自分がイヤ過ぎる。

 かと言ってせめて戦闘装束に着替えろとか言うと、この少女の事だ。何だか露出が多いのをわざと着てくるに違いない。

 

 

 「解かっているでござるな。ニンニン」

 

 「心読むな——っ!! 泣くぞ——っ?!!」

 

 

 何とも気が抜けるやり取りであるが、こんな会話を続けつつ少女は氣を練り続けていた。

 

 元担任の教師は、相手とやり取りをしつつ隙を窺って氣を高めてゆく少女の狡猾さに舌を巻いていた。それも掛け合いとか間の取り方で相手の気勢を削いでいるのだから始末が悪い。

 

 

 『やれやれ……彼女が言っていた通り、厄介な子だなぁ……』

 

 

 こちらの仕事を手伝ってもらっている狙撃手の少女。その彼女から予め聞いていたとはいえ、思っていたより戦いというものを解かっている少女には只呆れるばかり。

 

 

 『さて…キミはどうするのかな? 横島君』

 

 

 期待を感じる。

 そして好奇心も。

 

 彼がどう出るか、そしてどう戦うのか。

 異世界で培った技を見せてくれるのか。

 

 対峙している少女同様、彼もまた青年の実力を楽しみにしているのだ。

 

 

 「もういいかな?」

 

 

 ス…と手を上にやり、そう口に出す。

 

 

 「あい♪」

 

 「うう…し、しゃーないなぁ……」

 

 

 二人の返事も対照的。

 

 ノリノリな少女と、何だか肩を落とした青年。

 

 それでも期待感は下がらない。

 

 何故なら、あれだけの気が抜けるやり取りをした後なのに青年に隙が無かったからだ。

 

 

 「それじゃあ…始め!!!」

 

 

 手を振り下ろすと同時に放たれた元担任教師の言葉に少女が動いた。

 

 同時に青年も。

 

 だが、青年が動きを行動に転ずるその直前、

 

 

 「忍…っ」

 

 

 少女の中で組み上げていた術が開放され、実体を持った分身が出現すると、

 

 

 「は、反則じゃ——っ!!」

 

 

 流石に彼は泣いて大後悔したという。

 

 

 

 —— What's done cannot be undone...

 後悔先に立たず。

 

 

 やっぱ昔の人は偉かったんや…。

 

 デートというエサに喰らい付いて死線に飛び込んだおバカさんは、意味も無く英語で諺を思い浮かべ、その意味を噛み締めさせられていた。

 

 

 

 

 

 

————————————————————————————————————

 

 

 

                ■二時間目:キセキの価値は?(後)

 

 

 

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 直線的な攻撃と、しなやかな攻撃。どちらが有利かというとこれは実は難しかったりする。

 

 確かに勝負事となれば直線的な攻撃はしなやかさに負ける事は多い。

 

 格闘戦ともなればそれは如実に現れてくる。

 如何に破壊力があろうとも、踏み込まれて避けられたり、関節技の様なものを喰らう事すらあるのだから、巻き取られれば一巻の終わりなのだ。

 

 尤も、

 

 

 

 「あんぎゃーっ!!」

 

 

 

 存外の速さを持っていれば直線的な攻撃は破壊力がある分、何の問題もなかったりする。

 

 ごっつしょーもない理由で何度も死線を渡り、その果てに会得した勘だけでの超絶回避。

 その神技は二十代どころか十代の後半にはほぼ完成形を迎えている。

 

 それが無ければ一秒も待たずに意識は刈り取られていたであろう。

 

 

 まぁ、見た目は異様に見苦しいが……

 

 

 風を切る音すらなく無音で迫り来る氣弾。

 その軌道に背骨をへし折るように身を伏せて避ける様は正に妖怪変化。幾分控え目な言い方をしてもゴキブリだ。

 

 だけどそれでも完全回避ができるのは感嘆の溜息が零れそう。

 

 尤も、息を吐く間もないのだけど。

 

 

 「うわっ?!」

 

 

 一撃を避けた地点。

 避けられる事を前提として放たれた訳でもないのに、恐るべき直進速度でその避けた地点に、ドドドッと三方向から同時に放たれた氣の塊が集中する。

 

 

 「のわーっ!!」

 

 

 だが、信じ難い事にそれでも彼は回避していた。

 

 直前の氣の塊をゴキブリの様に這いつくばって避けたまでは良かったが、避けた場所に襲い掛かってくる三つの氣には涙がチョチョ切れる。

 とはいえ、この程度を避けられねば彼の名が廃るというもの。

 

 バネ仕掛けの人形のように跳ね起きて一発目を避け、そのまま海老反って二発目を回避。芋虫ゴーロゴロと転がって三発目すら完璧に避け切って見せた。

 

 

 「おおっ♪」

 

 

 語尾の音符をハートマークに変えても良い程嬉しそうな声で、四体に分身した楓が追撃に入る。

 

 

 「おお…ぢゃねー!! ちったぁ手ぇ抜いてくれーっ!!」

 

 

 はっきり言って見るに耐えない程の無様さであるが、彼の回避技能は正に神の領域。本物であった。

 

 

 「はっはっはっ…そんな失礼な事は出来ないでござるよ」

 「貴殿の実力…かなり見誤っていたようでござる」

 「まさか掠りもしないとは思わなかったでござるよ」

 

 

 それぞれが適当に喋る様は滑稽であるが、それ故に恐ろしい。

 

 

 「ニンニン♪」

 

 

 ビンッ…と弦を弾く様な音を立て、楓女の右手の指の間に挟んでいたクナイが青年の顔面に襲い掛かってくる。

 

 

 「ちょ、まっ!!」

 

 

 完殺の気すら感じられる投擲であるが、実はこれフェイント。

 本命はそれより僅かに遅れて分身らが投げた黒い釘にも似た棒手裏剣だ。三方から同時に投擲されたそれは、クナイを回避すると思われた位置を予測して投げられている。ぶっちゃけて言うまでもないが“やりすぎ”だ。

 

 避ければ死んじゃうし、避けないと死んじゃう。

 どっちにしたって死ぬやんけ!! 死んじゃう死んじゃう死んじゃう自摸(ヅモ)ーっっ等とおバカなセリフ叫ぶより先にどちらか…いやクナイが間違いなく先か…が突き刺さるだろう。

 

 ただ楓は横島が黙ってそれを受けるとは微塵も思っていない。

 ある意味究極に近い信頼である。

 

 無論、彼女の高い信頼を受けている横島もウケを狙って当たってやる義理もない。

 しかし、只黙って回避しないところが彼の良いところ(?)だ。

 

 まずクナイを後ろに飛んで避ける。

 だがそうすると頭部目掛けて真横から飛んで来る棒手裏剣に対応できない。ハズだ。普通なら。

 

 何せこの男、元より生き汚い事では元上司に匹敵する。

 つまり、助かる為にはどのような理不尽な事だってして見せるのだ。

 

 つまり……

 

 

 がちんっ!! と響く金属音。

 何と彼、棒手裏剣を歯で噛んで止めたのである。

 

 無論、毒なんかが塗られていたら堪らないので直に顔を振って飛ばし、ついでに唾もまとめて吐いておく。

 もし付いていたとしても即効性のものでない限りはマシだろう。まぁ、万が一の場合でも解毒が出来ないわけでもないし。

 

 

 「お〜♪」

 

 

 思わず拍手でもって感心する楓。いや、楓の一体。

 無論、それで攻撃の手も止まる訳がない。幸い少女は数が揃っているのだし。

 

 その横島の顔面と腹部に少女二体の拳と膝が迫る。

 

 

 「ふがーっ!!」

 

 

 頚椎の仕組みを医師が本気で悩んでしまうであろうほど彼は首を真横に倒して一撃目を避け、まるで器械体操の選手のように腰を跳ね上げ前転しつつ腹部を狙う膝を避けた。

 

 と、それだけでは終わらない。

 

 何を思ったか、着地した瞬間にはロケット花火宜しく跳ね飛んで一気に距離を開けた。

 直後、彼が居た地点に氣の塊が直撃し、固い敷石が粉々となる。

 

 

 「し、死んでまうわーっ!!」

 

 

 涙眼…というより、完全に泣き顔でそう喚きつつも、着地した瞬間にはコンニャクの様に身を捩った。

 丁度彼の腰があった辺りを拳がすり抜け、何時の間に距離を詰めていたのか、楓の一体が感心した顔を彼に向けているではないか。

 

 

 「何と何と…これでも掠りもしないでござるか」

 「ちょっと悔しいでござるが」

 「実戦経験の差でござろうか?」

 「拙者より実戦を知る者と手合わせをするのは思っていた以上に楽しいものでござるな」

 

 

 悩んでいたり、何か悔しがっていたり、首を捻っていたり、喜んでいたり……

 何ともバラエティに富んだ分身もあったものである。

 

 彼の知る分身の術ではなく、実体を持った分身のようで、踏み込まれると確かな存在感すら伝わってくる。

 まぁ、感心するより前にどないかして欲しいというのが正直なトコロで、軽い手合わせというよりは殺し合いじみてきた事は勘弁して欲しい。

 

 

 「ちょ、ちょっ、まっ!! 幾らなんでも当たったらマジで死んでまうわぁっ!!!!

  オマエも“アイツ”と同類かぁーっ??!!」

 

 

 “前の世界”にはバトルジャンキーというか、バトルモンガーな自称ライバルがいた。

 流石にあんなキ(ピ——ッッ)はいないだろうと思っていたのに、何とこっちでは女の子方がアレと同じモンを持ってやがる。

 

 しかし、彼がおもっきり泣き叫んで嫌がっても、

 

 

 「アイツとやらがどなたかは存ぜぬが…」

 「当たらなければどうという事は無いでござるよ?」

 

 「オレはどっかのNTか?!

  それとも『見えるっ!!』とかほざいて全部避けぇとでも言うんか?!」

 

 「実際、拙者の攻撃の全てを見切っているでござる」

 

 

 と言い返されてしまう。

 

 彼女の喋り方というか、口調は彼が良く知る自称弟子の人狼少女であるが、頭の回転や速度やら口の廻り様やらはあの少女など問題にならない。

 頭の回りが良いバトルモンガーなぞ性質が悪いにも程がある。

 

 その喋り方に騙くらかされてしまって実力を見誤っていた横島のダメージは大きい。自業自得ではあるが。

 

 

 「それに……」

 

 

 尤も、彼女からしてみれば彼に本気を出してもらいたいという想いの意味があるのだ。

 

 

 「何故先程から拙者に…」

 

 

 キラリと少女の細い眼が、針の様に光った。

 

 

 「拙者の“本体”にだけ話し掛けてるでござる?」

 

 

 そう…

 横島は、この殺合を嫌がるのも否定するのも、そして文句を言うのも、全て分身の術を行使した本体…四体の分身に紛れている“五人目”である“本体”にのみ行っていたのである。

 

 

 「へ? あ、いや、その…分身は所詮分身だし……」

 

 

 うわ、ヤッベ!! 何かマズい事した?! と焦ってももう遅い。

 

 元より“向こう”では口は災いの元という言葉を体現していた彼である。気付いていないのは彼らしいという気がしないでもないが、それ故に罪深い。

 

 いや、ウツケ者と言った方が良いのか?

 

 兎も角、今のその言動がこれから起こる事への道を決定付ける“トドメ”となっていたりする。

 

 

 「ほぅ…拙者の分身の密度は本体並にしていたはずでござるが…?」

 

 「え、え〜と……

  い、いくら密度を上げても、存在感持ってても楓ちゃんの“霊気”は本体しか無い訳で……」

 

 

 要するに、分身は“存在”しているというだけで“生きている”訳ではない。

 彼は生きている波動を持つ本体にだけ話掛けていた…という事なのだ。

 

 

 「ほほぅ……つまり、拙者はまだまだ見誤っていたという事でござるな……」

 

 

 楓の気配が、変わった。

 いや、更に氣が高まった。

 

 

 「あ、あっれぇ〜〜??」

 

 

 冷や汗垂らして焦ってももう遅い。

 

 確かに少女は彼の力が見たくて何時の間にか熱くなり過ぎていたのだろう、ほんの少しだけ本気を出していた。

 

 これは手合わせであり、お互いの力量をお互いで戦って量るという学園長らの目論見を理解していたからこそ、そのついでにと話に乗ったのである。

 確かにこの青年に好意の様なものを持ってしまったのも事実であるし、異世界の技とやらも実際に体験してしまいたいという好奇心の方が強かった事も事実だ。

 だが、楓は横島の戦闘レベル…その実力の程にはかなり疑問をもっていたのである。

 

 まぁ確かに、隙だらけであるし、ナンパというか性犯罪レベルで美女に飛び掛って行っては撃墜されてゆく様を見て実力者とは思うまい。

 良くても人外の生命力と耐久力を持つ“盾役”くらいだろう。

 

 正直に言えば、楓もそんなものだと思っていたいた節がある。

 

 が、いざ蓋を開けてみればどうだろう。

 横島は意外に…いや、想像していたより遥かに高い能力を有している。

 

 防御されるのなら解からないでもない。

 迎撃されるのならまだ納得できよう。

 

 彼は何とひたすら避けに避けて避け続けているのだ。

 

 少し本気になり、瞬動まで使って攻撃を仕掛けても避けられ、分身の術まで織り交ぜて攻撃しても避けまくられて掠りもしないのだ。これには驚く他なかろう。

 

 それだけならまだしも、彼は本体にずっと文句を言い続けている。

 分身を行使し、位置や気配まで入れ替え続けている彼女の本体に対してだ。

 

 

 「……間違いは改めるべきでござるな……

  お詫びと言っては何でござるが……拙者、本気でいかせてもらうでござるよ」

 

 

 楓の声音の——重量が増した

 

 

 「い、いや、いやいやいやいやいやいや!! それ!! ちょっとタンマ!!」

 

 

 ぶわっと風圧すら感じられるほど波動が広がり、少女の気配が膨らみ、ぶれ、

 

 その身が何と十六体に分かれた。

 

 

 「ぶふぅうう——っっっ??!!!」

 

 

 あまりの現象に横島は噴霧してしまう。

 

 確かに同じ顔であり、微妙にストライクゾーンを外している年齢とはいえ、美少女が十六人もいれば彼からいえばラッキー現象だ。

 

 だが、それが全員襲い掛かって来るとしたら話は別だったりする。

 

 

 「いーやーっ!!

  どーせやったら、二,三年後のベッドの上でやってぇーっ!!」

 

 

 テンパった所為だろう、途轍もない問題ゼリフをぶちかまして身を捩って嫌がる横島。何だかカマっぽくてちょっとキモい。

 

 対する少女“ら”はそんな彼を目にしても、『ずいぶんと余裕があるでござるな』と気にもしていないが。

 

 

 

 「「「「「「「「「「「「「「「「行くでござるよ」」」」」」」」」」」」」」」」

 

 「らめぇっ!! 別のトコ逝っちゃうっ!!!」

 

 

 

 アホゼリフをぶちかますもやはり不発。

 十六人の楓が地を蹴り、彼を中心にして同時に攻撃し始めた。

 

 確かに十六人…本体を外せば十五人…に分身すればその密度はかなり下がる。

 だが、それは密度が下がったというだけで統合攻撃力が下がった訳ではないのだ。

 

 本体が彼に触れればルール上彼女の負けが決定する。よってメインに攻撃を仕掛けられるのは分身体のみ。

 しかし彼女はそんなルールすら忘れているかのよう。

 

 それに、四分身の場合でも本体がばれていた以上、分身の密度を計算に入れるのは間違いだ。

 だから少女は統合攻撃力のみに重点を置き、青年を攻撃する事にしたのだ。

 

 

 「こ、これは…」

 

 「拙いっ!!」

 

 

 流石に見物を決め込んでいた近衛と、少女の元担任だった高畑も彼女の本気には焦りを見せた。

 

 いや、異常なまでの回避能力と、彼らすら見破れなかった分身の術をあっさり見破った横島に呆気にとられていた事が隙を生んでいたのだろう、待ったを掛けるタイミングを完全に外してしまっていたのである。

 

 下手をすると手加減の見誤りをしている可能性だってある。

 このままでは青年の命が危ないと感じたか、その高畑が少女と同じ体捌きである瞬動術を行使し、間に入ろうとした正にその瞬間、

 

 

 

 「サイキック猫だましっ(強)!!」

 

 

 

 横島が自分の頭の上で拍掌した瞬間、パァアアアンっ!!!と、甲高い音が響き渡り光と音の衝撃波が周囲を襲った。

 

 

 「?!」

 

 「「「「「「「「「「「「「「「「!!」」」」」」」」」」」」」」」」

 

 

 高畑の足と、楓“ら”の動きが一瞬停止する。

 

 無論、攻撃を仕掛けていた途中の手が完全に停止する訳も無いし、横島もそんな事に期待など殆どしていない。

 

 単に隙が生まれれば良いだけ。

 攻撃が当たる前に僅かに移動できれば良いだけなのだ。

 

 

 「「「く…っ」」」

 「「「「ぬ…」」」」

 

 

 それだけで、同時という瞬間に“ズレ”が生じるのだから。

 

 

 

 「こ」

 

 

 

 迫り来る氣の塊。頭部を襲う氣が乗った拳を右手に出した六角形の壁によって連続で受け止め、

 

 

 

 「ろ」

 

 

 

 死角から襲い掛かる少女らの蹴りを、何時の間にか左手にも出していた壁でやはり順に受け、

 

 

 

 「す」

 

 

 

 背後より迫っていた氣の塊を、身体が向くより先に手が動いて霊気の盾で跳ね飛ばし、

 

 

 

 「気…」

 

 

 ビュッ…と、上半身を三方向から貫かんと襲い来る氣が篭ったクナイを融け崩れるように身を伏せて回避し、

 

 

 

 「か ぁ あ あ ——— っ ? ? ! ! !」

 

 

 

 涙を振り撒きつつ、分身の背後から襲い掛かってくる楓の本体に対し、地を這うように間合いを詰めて氣弾ごとその腕を掴み止めた。

 

 

 

 「な……っ??!!」

 

 

 

 驚きの声を出したのは少女か元担任の教師か。

 

 えっぐえっぐと泣いて抗議している横島の顔は間抜けさ全開であるが、その技術というか技には感嘆の声しか漏らせない。

 それほどまでに見事なものだったのである。

 

 呆然とする楓は兎も角、少なくと彼女よりかは理不尽な人生経験を積んでいる元担任は当然の如く先に再起動を果たし、腕時計に眼をやった。

 

 勝負を始めた時より八分弱。

 自分が呆れ返っていた間がどれくらいか解からないが、どちらにしても制限時間内である。

 

 暴走した彼女に対するものか、これから先の事に対する不安なのかは定かでは無いが、彼は深く溜息を吐いて、

 

 

 「それまで…横島君の勝ちだよ」

 

 

 と、終了を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一応…というか、文句無くというか、横島の腕試しは合格点だった。

 逆に楓の方が減点されていたりする。

 言うまでもなく熱くなり過ぎた事に対するお小言であるが、彼女自身やり過ぎた事を自覚していた為、かなりしゅんとして落ち込んでいたのだが、

 

 

 「ま、まぁまぁ…」

 

 

 と殺されかかったハズの横島の方が近衛と高畑をあやすものだからそのお小言も長続きしない。

 

 尤も彼にしてみれば、

 

 

 『どーせ死なないからと高括って盾に使われたり、

  オレが隠れ潜んでいるボストンバッグに鎖を巻き付けて崖から海に蹴り落したり、

  錨に掴まらせて水深80mくらいのトコに素潜りさせられたワケじゃないからいいっス』

 

 

 である。

 

 流石にそれを口にしたら呆れ返られてしまったが。

 

 ほぼ毎回が死ぬかくたばるかの仕事であったし、何より弟子に無理矢理連れて行かされる散歩で死にかけてしまえるほどデンジャラスなトコに住んでいたのだ。

 今さっきの楓の攻撃なんぞ、彼からしてみれば一,二分も文句を言えばスッキリしてしまう程度だ。その程度の憤りを一日以上持っていては“あの”職場に二日と勤められなかったであろう。

 

 死に掛けた事より楓が落ち込んでいる方を見るのが辛いのだから呆れたフェミニストっぷりである。

 

 

 「ま、これを教訓にしてくれたらいいよ。

  それよりオレとしては約束守ってくれる方が嬉しいナー」

 

 

 何ともお優しい事だ。

 

 三人はその懐の大きさ(というか馬鹿さ加減)に感心していたりする。

 まぁ、嘘偽り無い彼の本音である事に間違いは無いのだが。

 

 ともあれ、楓の実力も理解してもらえた事であるし、明晩から二人は“仮免”ではあるが“裏”の仕事に関わる事となった。

 

 

 

 

 

 

             *****     *****     *****

 

 

 

 

 

 

 

 「どう見る? タカミチ君」

 

 「そうですね……」

 

 

 二人の手合わせ見物の帰り道、

 ゆっくりと斜めになってゆく陽光に眼を細めつつ学校へと戻って行く近衛と高畑。

 

 落ち込んでいる楓と、必死になって慰める横島という取り合わせをもうちょっと見ていたかったよーな気がしないでもないが、明日という日に備えなければならない二人は暇人では無い為、二人に明日の仕事場を伝え、横島に連絡用の携帯電話を渡してから別れを告げて学校の仕事へと戻って行く。

 

 男二人というのも華は無いが、今の心境からいえば乙なものである。

 何というか…期待を外さず良いものが見れた…という想いを分かち合っているといったところだろう。

 

 感嘆と満足の間のような表情を見せつつ、何となく近衛は横を歩く男につい今し方の意見を求めてみた。

 

 

 「本気…というか、実力は見せてもらってないという気がしますね。

  楓君の実力は聞き及んでおりますが、実際に見て驚きました。それでも……」

 

 「……彼の本気には届いておらなんだ…か……」

 

 「飽く迄も自分の“勘”ですけどね……」

 

 

 確かに見苦しいほど喚きまくってはいたのであるが、横島は理不尽レベルの攻撃自体には驚愕してはいなかった。

 攻撃される事に対する慌てっぷりを披露しただけ。攻撃方法にはそれほどは慌てふためいていたりしていないように見えた。そしてそれは、彼がああいった摩訶不思議な攻撃を見知っている証拠でもある。

 

 

 「いやはや……確かに楓君の体術は聞いていた以上のものじゃったが、横島君のは……」

 

 「確か、サイキックソーサー…でしたか?

  楓君のあの巨大な氣を受けてなおそれを弾き飛ばし、揺るぎもしていないとは…」

 

 「ふぅむ…」

 

 

 二人とも、既に楓を保証する人物…というか、よく仕事を頼んでいる少女から彼女の実力を聞かせてもらっている。

 まぁ、ぶっちゃけて言えば、楓の同級生である龍宮真名であるが。

 

 

 −普通に行動しているのに隙らしい隙を見つけられないし、本気で戦ってもどちらが勝つか解からない−

 

 

 幼い時から世界中の戦地を飛び回っていた真名が誇張無しに楓の事をそう述べていたのだ。これは贔屓無しに本物だろう。

 

 だが、そう評価されていた彼女の攻撃が横島には完全にいなされていたのだ。

 彼女が不甲斐無い訳では無く、横島が更に非常識である事は口に出すまでもない。

 

 あの場に来ておらず、魔法の眼で持ってずっと“対決”を見つめていた学園の魔法関係者らも、横島の馬鹿げた回避能力とサイキックソーサーという霊能力の事を論じ合っている。

 

 異世界の技…

 それだけでは納得し難いような能力だったのである。

 

 

 

 “だからこそ”の仮免。

 

 

 人となりを知らねば保安の一端を託せない。

 無論、あんな目にあっても楓に対して手を上げなかった事もあって、殆ど信頼してはいるが確証を掴んでいる訳ではない。

 だからこそ(、、、、、)、誰よりも彼の為に確証を掴む為、本格的な争いではない明晩の守りの一つを任せる事にしてみたのである。

 

 

 「フォフォ…しかし…」

 

 「え…?」

 

 

 高畑から視線を戻し、通りの向こうに見える学び舎を見つめている近衛の顔は、自分と同様、喜劇を見た後のように笑み崩れていた。

 

 

 「あの時の横島君の焦り具合…そこらの喜劇よか笑えたぞい」

 

 「ははは…人が悪いですよ? まぁ、否定はできませんがね」

 

 

 苦笑しつつも同意する高畑の笑みを肩で受けて更に笑う近衛。

 

 二人とも実際には既に彼を信じている。

 信じているからこそ、これからの事を任せる気になっているのだから、確証を掴んでやりたくなっているのだ。

 

 だが、別の想いも確かにあった。

 

 近衛にとって大切な孫娘、

 高畑にとって大切な思い出の知人の息子、そして師より託された“姫”……

 

 子供達の未来の為にも、何故かは解からないが彼の力が必要でもあると感じていたのもまた事実なのである。

 

 

 

 

 

             *****    *****     *****

 

 

 

 

 

 楓を良く知るもの…例えば同級生、強いて言えば龍宮真名などが今の彼女を目にすればどう思ったであろう?

 

 それほどまでに彼女は落ち込んでいた。

 

 

 「いやー このチョコバナナおいしいなー

  タラコがトッピングされてるトコが何とも言えないなー」

 

 

 ヤケクソな行動でテンションを上げようとしている横の青年…ぶっちゃけ、横島が必死こいているのだが、それでも殆ど回復してくれていない。

 

 

 「スゲーぞぉ、シュークリームの中からドリアンがぁー」

 「アイスに黒蜜が掛かってるのかと思ったらサルミアッキだぁー」

 「ぎゃっふーんっ!! 普通のコーヒーかと思ったらイモリの煮汁だったー」

 

 

 内心かなり涙を噴き噴きしつつ、一人でウケを狙って大騒ぎ。

 自分の恥なんかより、美少女の落ち込みを消す方が大事である彼らしい事と言えよう。

 

 

 まぁ、ここがオープンカェでなければもっと良かったのだけど……

 

 

 タラコトッピングのネタ辺りで他の客の眉が顰められ、

 ドリアンシューの辺りでロコツに嫌な顔をされ、

 サルミアッキ汁のところで食器から手を離し、

 煮汁ネタで席を立つ者が出た。

 

 はっきり言って、完璧且つ徹底的に営業妨害だ。

 

 それでも彼は必死に少女の機嫌をとろうと頑張っている。

 

 その行為、涙ぐましい上に漢らしい。

 ある意味素晴らしい自己犠牲と言えなくもない。デリカシーに欠けるどころか、デリカシーが“無い”という点に気付ければ…の話であるが。

 

 何故にそんなにも楓が落ち込んでいるのかというと、先に行われた手合わせの件である。

 

 確かに横島の底を知る事はできなかったものの、自分と彼の力量を関係者に見せる事が出来ていたので大成功と言えなくもない。

 だがあの時、楓は間違いなく冷静さを欠いてしまっていた。

 

 

 それはあってはならぬ事。

 普段の彼女であれば絶対に犯さない愚行。

 

 

 奥義…とまでいかないものの、必殺の大技ではあった十六分身の一斉攻撃。一歩間違えていれば横島の命を刈り取っていたのだから。

 

 如何なる強敵を相手にしようと、如何なる手傷を負おうと、例え自分の命が失われてしまう直前であろうと、冷静さを欠く事等あってはならない愚挙であり愚行なのだ。

 

 自分の未熟さ、愚かさ、そして殺意に似た闘気を横島に向けてしまった事。

 その事実が楓の心を責めていたのである。

 

 まぁ、横島からしてみれば美女美少女から殺気を向けられる事等慣れ切った事象であり、何時もの事。

 楓が気にするレベルでは決してない。

 つーか、その程度の殺気で殺せるならば十代であの世に行って蛍の化身とヨロシクやっている事だろう。

 

 だから今、彼は必死こいて道化になっているのだから。

 

 横島にオープンカフェに連れ込まれ、下ネタ寸前のさぶいギャグまでしてもらって機嫌をとられている楓であったが、横島の滑りまくっているギャグよりも心の中が冷えていた。

 

 

 「 く ぁ え ど ぇ ち ょ わ ぁ あ あ ん ! ! 」

 

 

 彼の泣き声も良く聞えない程に。

 

 

 三十分もそんな行動をとっていれば流石にキレたのだろう。

 とってもマッスルな店長が額に#な形の血管を浮かべて登場し、おもいっきり叩き出してくださった。

 

 その際、横島のケツだけにケリが入ったのも何時もの事だ。

 

 

 周囲に(乾いた)笑いは取れたものの、肝心の少女の機嫌が直っていない。

 ならここは一発、楓ちゃんのカラダで責任とってもらおーかなー!! 等とぶちかましても良いのだが、自分のジャスティスが揺らいでしまう上、

 

 

 −もし、仮に、なんかの間違いで、楓ちゃんに『それで許してもらえるならば…』なんて言われちゃったら……−

 

 

 十代の頃なら兎も角、煩悩霊力のエロ魔人ではあってもラヴでなければ虚しいだけである事を理解している今の横島だ。責任を取る為だけの身体を提供されたって嬉しくも何ともない。

 手を出したら出したで大問題であるが、それより何より後で後悔の渦の中身悶えして苦しむ事は目に見えているのだから。

 

 まぁ、ぶっちゃけて言えば単なる取り越し苦労である。

 

 楓がそんな事は言わない……と思うし、

 何よりもあれだけ沈み込んでいた楓の機嫌は、店を出る頃にはとっくに直っていたのだ。

 

 

 『完敗…でござるなぁ……』

 

 

 何しろ彼女は“プロ”である真名から強敵と目されている少女である。

 そんな少女が何時までもウジウジと落ち込んでいる筈もないのだ。

 

 悔しくない…と言えば嘘になるが、それでもかなりスッキリとした気分で道を歩いていた。

 

 言うまでもなくも今落ち込んでいる表情は単なる演技だ。 

 何だかテンパって色々と言って来る横島の行動が面白く、楽しく、深夜ラジオでも聞いているかのように、ややハイとなっている彼女にはとても笑えるので聞き続けているだけである。

 

 

 必死こいて機嫌を取ろうとしてくれている彼——横島忠夫。

 

 

 なんとも気が抜ける悲鳴を上げつつも全ての攻撃を紙一重で回避し、攻撃の合間合間に“本体”の間合いに潜り込んで来る。

 それはなんと言うか、本能から来る動きらしく天衣無縫で全く読めず、それでいてちゃんとフェイントが入っているのだから始末が悪い。

 彼自身は無自覚であろうが、こちらの攻撃の間もかなり狂わされていた。

 

 相手を自分のペースに引き込み、調子を狂わせて体力と気力を削いでゆく。

 それが彼の戦い方なのかもしれないが、どーも今一つシャッキリと理解できていない。

 

 何も攻撃に入っていないのだから。

 

 今回見る事ができた彼の“力”——

 ハンズ・オブ・グローリー…彼が“栄光の手”と呼んでいるあの攻撃(?)手段ではなく、今回使ったのはサイキックソーサーとかいう氣の盾と、サイキック猫だましというスタングレネードの様な技だけである。

 

 このサイキックソーサーとかいう氣の盾。

 これがまた異様に頑丈で、自分が凝縮して放った氣の塊を弾き返したばかりか、衝撃すら与えられていないときている。

 

 

 『いや、ものごっつ強かったけど、如意棒に比べたら…』

 

 

 という彼のセリフは全力でスルー。

 高畑や近衛と共に聞こえてないフリをしていた。

 

 

 そしてサイキック猫だまし…

 

 両の掌に“霊気”を集め、拍掌によって衝撃波を放つというシャレにならない技である。

 

 何せ閃光と衝撃によって一時的に相手の動きを止められる上、手を叩くだけなので動作も速い。

 

 いや、真名の様な魔眼持ちならば、下手をするとその霊的な閃光をまともに()てしまって無力化されかねない。

 

 ひょっとすると彼は気付いていないのかもしれないが、氣を視る能力が高ければ高いほど光を強く見てしまうだろうし、初見で至近距離から喰らったらまず防ぎ様はあるまい。

 

 厄介極まりない能力であるのだが、今回の彼は隙を窺う手段にしか用いていない。

 

 だが、その所為で(いや、その“お陰”か?)彼女は横島の中に存在するモノに気付いてしまった。

 

 

 −強迫観念にも似た女性に対する非暴力−

 

 

 彼の言っていたように、周囲から力づくで学ばされたという理由以外の“何か”。

 何せ彼は楓の分身だと解かっているのに、その分身にすら攻撃を仕掛けていないのである。

 

 だからこそ楓はそれに気付いた。

 

 それは彼自身が持つ単なる優しさとは別の何か。

 

 どれだけ間近を美女が歩いていようとそれに気付きもせず、落ち込んでいる自分を慰める事に必死になっている彼の優しさ。

 その奥に隠れている……いや? “隠してある”だろう。それに気付いてしまったのだ。

 

 大抵の者が“甘過ぎる”と判断を下してしまうだろうが、間近で彼の眼を見た時、その瞳色の中には甘さより影の意味合いを感じられたのである。

 

 

 楓は演技をしたまま顔を上げ、自分の周りで何だか奇怪なパフォーマンスをかまして機嫌をとろうとしている横島を見た。

 

 自分を見てくれた事に心底ホッとした彼の顔には打算の気配は微塵もない。

 

 

 

 しかし、やはり自分より痛みを感じている様に見えてしまうのは何故だろう?

 

 

 

 「あ、あの……楓ちゃん?」

 

 

 恐る恐るといった態で話しかけてくる横島。

 

 二十代の心を持つ彼なのに、接し方はヘタクソな十代の若僧のそれだ。

 

 だが、だからこそ、

 だからこそ楓は信頼もしているのだ。

 

 

 『この御仁は……本当に人が良いのでござるなぁ……』

 

 

 人生二十七年。人にモテた経験は無いと涙しつつ豪語してしまう彼。

 だが、これだけ好ましい人間がモテない筈がない。

 

 もしそうじゃないとすれば、周囲に居たのは人を見る目の無い人間ばかりなのだろう。

 

 実際、友人の名を上げさせてみればかなりの数が出てくるのだ。これは人間的に好かれている事を示している。

 

 ……何だか負けた拙者の方が勝者の横島殿を弁護してばかりでござるなぁ……

 

 そう思うと演技の顔を突き破って笑顔が浮かんできた。

 

 嘘偽り無い、好意的な笑顔が。

 

 

 「うぐぅ…」

 

 

 そのきれいな笑顔に胸を押さえる横島。

 

 恐らく胸にズギュゥウウンとキたのだろう。

 

 自分の中のジャスティス(ロリ否定)を奮い立たせて何とか萌えから逃げようと努力を続けるが上手くいかない。

 

 

 『Noo!! I'm Nomal!!』

 

 

 等と必死に神に訴える様はアホの見本。

 まぁ、本人には切実であるが。

 

 そんな彼の内面の葛藤を知ってか知らずか、楓は笑みを浮かべて蹲って論理防御を固めてゆく横島に手を差し延べた。

 

 

 「さ、何をしているでござる? 時間が勿体無いでござるよ。

  横島殿はゲームの勝者故、賞品があるでござる」

 

 「!!」

 

 

 正に天の声だった。

 

 彼女から贈られた救いの手に、聖女の御手とばかりにしがみ付いて必死こいて感謝する。

 

 

 「そーだった!! それがあった!!

  ありがとう楓ちゃん!! さー行こう!! 直行こう!!」

 

 「あはは…現金でござるなぁ…」

 

 「そーじゃないとオレのジャスティスが崩壊してまうんじゃ!!

  楓ちゃんもあんまオレに隙を見せんといてや? でないとオレ……」

 

 

 何だか尻すぼみになって行く横島の言葉。

 どうやら相当追い詰められていたようである。

 

 まぁ、幾ら年齢的には女子中学生でも、外見は超高校生クラス。自己保全のブレーキが狂いかかってもしょうがないかもしれない。

 

 

 「ほほぅ…拙者の魅力に参ってしまうと?」

 

 「あ、うん……って、違うんや——っ!!!」

 

 

 又も上がった横島の自己保全の叫び。

 

 楓は今度こそ本当の笑顔でもって、『違うんやぁ…違うんやぁ…』と呟いている横島を引き摺って歩いていった。

 

 自分の機嫌が良い理由が、横島に見惚れられたと言う事に無自覚のまま……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 −おまけ−

 

 

 夕食…つまりディナーの席をレストランに設け、楓は横島の為に女性を招いていた。

 

 元より楓は約束を破る事が大嫌いであるし、横島との約束はよほどの事が無い限り守りたいと思っている。

 

 話をつけてくるから後で…と楓は一旦寮に戻り黒が基調のシックな物に。横島もその間にカジュアルな物を買い揃え着替えを済ませており、傍目にはこの二人が夜のデートを始める様にも見えてしまう。やや不釣合いなのは否めないが。

 

 

 「ところでその女の子って可愛いの?」

 

 「無論でござるよ。少なくとも拙者よりはずっと可愛いでござる」

 

 「……それ、人類?

  正直言って楓ちゃんより可愛い子って想像できんのだが……」

 

 「……」

 

 

 こ、この御仁はどうしてこうもストレートに……

 

 

 真顔で褒めてくるものだから楓とて反応しきれない。

 精々、顔が火照るのを誤魔化す事くらいだ。

 

 彼の褒め言葉には世辞を感じられないのだから始末が悪い。

 

 つまり彼は楓の事を本気で可愛いと思っているのだろう。

 

 それに気付いてしまい、尚更必死になって顔色が変わるのを誤魔化しだす。

 

 夕暮れの雰囲気と、今日の見せってもらった彼の実力の一端との相乗効果だ。うんそうに違いない。 

 そんな誤魔化しが浮かぶ時点でアウトっぽいのだが。

 

 

 「と、兎に角、もう来るでござるよ」

 

 「え? あ、あぁ……」

 

 

 何で声が裏返ってるんだ? と首を傾げつつやはり紹介してくれる女の子の事を考えてそわそわと貧乏ゆすりなどしてしまう横島。

 まぁ、仕方あるまい。彼なのだし。

 

 何だか黙ってしまった楓に気不味くなったのか、何気なく窓の外に眼をやると、流石は超巨大学園都市、こんな時間でも子供が出歩いている。

 小学生くらいだろうか。何だか可愛い二人連れの女の子だ。

 ロリでは無いというジャスティスはあるものの、子供嫌いでは無い横島は犯罪に巻き込まれたりしないだろうかとちょっとだけ心配してたりする。

 

 と……

 

 カランコロンとドアベルを鳴らし、その二人がこのレストランに入ってきたではないか。

 ここに用があんのか? と何気なく目で追ってゆくと、

 

 

 「あぁ、いたいた」

 「楓姉〜♪」

 

 

 その二人が楓を見つけて駆け寄って来た。

 

 

 「お、来たでござるな」

 

 

 嫌な予感がする横島を他所に、何故だかホッとした顔で二人を呼んで自分らの席…横島と自分の席の左右の椅子に分けて座らせる楓。

 その二人が鼻歌を歌いつつメニューを広げ始めた時、楓は悪戯が成功した時の子供の笑顔で、

 

 

 「約束通り、拙者の“同級生のお姉ちゃん”を紹介するでござるよ。

  ルームメイトの鳴滝姉妹の姉、鳴滝風香でござる」

 

 

 と、髪を左右に纏めているだけの少女を横島に紹介した。

 

 

 「風香です。今日はボクらにご飯奢ってくれるんだって? ありがと——♪」

 

 

 無論、姉だけを呼び出す訳にもいかないので、妹の史伽も呼んでいる。

 彼が彼女だけを返すとは塵程も思っていないからだ。

 

 きゃいきゃいとメニューを見て楽しげに料理を選び始めている姉妹を前にし、何時もの読めない顔でニンニンと呟いている楓。

 

 そんな三人の少女らを見渡してから横島は、フ…と男臭い笑みを浮かべてからヤレヤレとアメリカンジェスチャーで肩を竦め、

 

 

 

 

 

 

 直後にぶわっと男泣きをした。

 

 

 

 

 

 「それは 同 級 生 “且 つ” 姉 っ ち ゅ ー ん じ ゃ あ っ ! !

 

  ど ー せ こ ん な こ っ た ろ ー と 思 っ た よ っ ! !

 

  ド チ ク シ ョ —— っ ! ! ! 」

 

 

 

 

 

 それでもまぁ、一応は三人に夕食を奢ったのは、やっぱり横島は横島だという事であろう。

 

 

 

 

 




 ハイ、二時間目終了です。
 添削に時間かかるーっっ
 一つが二万文字近くあるから大変っス。
 例え一日に一時間目区切りづつ投稿したとしても一ヶ月はかかるヨ。
 ナンテコッタイ。

 明日も投稿するつもりです。
 全文テキスト変換しなきゃならないから結構大変。
 続きは見てのお帰りです。
 ではでは~


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三時間目:ナニかがミチをやって来る
前編


 

 

 大体の学校に存在する購買部であるが、ここ麻帆良のは規模が違う。

 何せそこら大手の量販店より品数が豊富であり、学園オリジナル商品なる物だってあるのだ。

 

 その販売方式にしても如何なる状況だろうと臨機応変に販売活動をし、多様な移動手段を用いた機動部隊的な部署もあって出前も迅速。

 移動購買部として極普通に名が通っていたりする程で大型量販店顔負けだ。

 これからもこの街の無茶さ加減も知れるというもの。

 

 そんな普段から突飛な物も販売している購買部であるが、その日にはこれまた妙なものを大売出ししていた。

 

 停電セールと銘打たれた幟が出ており、ローソクや懐中電灯や電池式のカンテラ等が売り出されているのだ。

 

 尤もこれは当日の最終セールであり、この日の為であろうここ数日の間は防災グッズが抱き合わせのように売られていたりする。

 

 

 ここ麻帆良学園は年に二回、セキュリティを含む電源系統のメンテナンスが行われていた。

 その際、都市部全体が停電になってしまうのだ。

 

 当然ながら犯罪とかも起きそうであるが、そこはそれ、普段以上に防犯隊が出張っているので今まで大した問題は起きていない。

 

 

 学校から何やら楽しげに帰宅してゆく少女達。

 慣れているのかイベントとして受け入れて停電を楽しんでいるのか、きゃいきゃいと最終日ギリギリの安値で買った防災グッズを持って珍しく真っ直ぐ寮や家に帰って行く。

 

 まぁ、八時からは全ての電源が停止し、病院施設のような場所以外は稼動不可になるのだから直帰は当然かもしれない。

 

 

 そんな停電をどこか楽しんでいる少女らとは裏腹に、一部の教師らはどこか気を張っているように見える。

 

 少女らの下校の挨拶を受けて何時もの様に返事を返すもどこか固い。そしてそそくさと職員室へと向かって行く。

 

 表向きには一般教師と同様にメンテ中に生徒が問題を起こした場合の生徒指導要項の会議であり、それも当然行われるのであるが実際には“今夜”の打ち合わせの意味合いが強い。

 

 何せ停電中は結界の力が著しく低下する。

 消える訳ではないが下がるのだから“外部”から入ってくる輩もいるだろう。

 

 それらが起こすかもしれない問題に彼らも出払うのだ。

 

 

 

 さて——

 先にバラしてしまうのも何であるが、実はこの晩、学園都市部である事件が発生する(、、、、)

 そして何故か(、、、)決してあってはならない事件であり、問題視して然るべき内容であるにも拘らず、後日もその事に付いて然程の疑問すら浮かばせる者は少ない。

 

 真祖の吸血鬼の魔力封印の一部が解け、一般生徒を下僕化させて魔法教師と戦う…正に大事件である。

 にも拘らず殆ど記録にも残っておらず、その吸血鬼も特にお咎めも無いという謎の結果に終わるのだ。

 そう、何故か(、、、)——

 

 

 この学校には大量の電力を消費して件の吸血鬼の魔力を押さえ込んでいるのだが、その封印の電力がストップしたりすれば当然ながら学校側にもその情報は伝わるはず。

 その情報が伝われば当然の様に彼女の行動を止めるような動きがあって然るべきだ。

 

 だが、現実に封印の電力がストップし、真祖の吸血鬼等という厄介極まりない存在がその力を取り戻して結構暴れたにも拘らずお咎めらしいお咎めを受ける気配が無い。

 

 考えられる可能性は幾つかあり、当然ながら『学校側の完全な不手際』という可能性も否めない。

 

 が、仮にも関東魔術協会の理事がいるこの都市でそんな不手際があるとはとてもじゃないが考え難い。

 ここまで徹底して何も行っていないというのなら、件の吸血鬼の行動に全く気が付かなかったか、数人程度の生徒の犠牲ならどうだって良いという事となってしまう。幾らなんでもそれはおかしい。

 

 となると一つの仮説として“既に学校側がその吸血鬼の計画を完全に察知していた”というのが浮かんでくる。

 

 だが、現実的に見て堅物でクソ真面目な教師らだって多々いるこの都市で、一般人に危害が及びかねないふざけた行動を見過ごす事等できやすまい。

 特にガンドルフィーニや神職であるシスター・シャークティの二人がそんな危険行為を放っておく訳も無いのだから。

 

 

 では次にどういう仮説が成り立つだろうか?

 

 

 学校関係者の上層部、

 例えば学園長がその情報を得、真祖の吸血鬼の目的と“本質”を理解した上で邪魔が入らないように教師達を出払わせたとしたら?

 

 

 600万ドルの賞金首——

 

 一部地域では御伽噺の怖い存在として伝えられてすらいるそんな存在が全力とまでは行かないが力を取り戻し、一魔法教師を襲う事等あってはならない事。

 封印されているからこその黙認を続ける訳には行かない筈。

 

 だが、現実的にはお咎めらしいものは無い。

 <桜通りの事件>を知っており、釘をさしているにも関わらずだ。

 

 

 だからこそ成り立ってくる仮説。

 

 

 −力を取り戻した真祖と戦う−

 そんな試練を学園長がその魔法教師に課した——と……

 

 

 尤も、今となっては闇の中。

 

 魔法教師の大半も学園都市の外側で予想外の騒動の対応に追われており、都市内部で巻き起こった魔力の奔流の謎も完全には明かされぬまま。

 

 納得できずとも、近衛や高畑らから『内部での騒動を鎮圧する為、一時的にエヴァの封印を弱めた』という些か眉唾的な説明を受けたとしても、その言葉を信じる他無い。

 

 ——無論、言い訳はある。

 

 A級の賞金首を匿っているから必死に闇に葬った、というものだ。

 

 だが……

 事件の後、質問を投げかけてくる魔法教師らに対して顔色一つ変えずしれっとして説明し続けていた学園長に、高畑は苦笑を禁じえなかったという。

 

 

 

 それが全てを物語っているのかもしれない——

 

 

 

 

 

 

 

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          ■三時間目:ナニかがミチをやって来る (前)

 

 

 

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 魔法都市である麻帆良の教師らは、大体数人の魔法生徒を連れて行動している。

 

 担当官がおり、その直属の部下を連れて…チームを組んで行動すると思えば解かり易いだろう。

 

 それは弟子と師匠の関係に近く、実際にそんな上下関係で行動している者達だっている。

 

 だが中央区は女子校で固められている為、必然的に魔法生徒らは全員が女生徒となってしまう。

 

 

 で、

 

 仮免ではあったが魔法関係者の端くれとなった横島と楓の二人は誰が担当する事になったのかというと、

 

 

 「という事で、僕がキミ達を担当する事になったんだ。よろしく」

 

 「よろしくお願いするでござる」

 

 「ういっス」

 

 

 二人に面識があり、尚且つ魔法教師らの中で楓に接する時間の長かったタカミチ=T=高畑であった。

 

 横島としては女で無いのならどーだっていい話で、暑っ苦しくなくて口煩くなければ誰だっていいのだから今一つ真剣みに欠けていた。

 

 真面目なガンドルフィーニが担当した方が良いと言う説もあったが、あそこには担当者であるガンドルフィーニより更にクソ真面目な女子高生の魔法生徒がいる。

 真面目云々は良いとしても、一番の問題は現役女子高生(更に美少女)がいる……それだけでチームワーク崩壊の危機は目に見えていた。

 

 同様の理由で大半の魔法教師も担当できないし、刀子やシスター・シャークティ等であれば教師そのものが危険だ(彼女らの理性と、過剰防衛をさせてしまう…という意味で)。

 

 よって白羽の矢は高畑に立ったのである。

 

 無論、そんなお馬鹿な理由だけでは無く、彼が選ばれる一因となった理屈の通る理由だってちゃんとある。

 

 横島と楓の二人は魔法を使う事はできないが氣の使い手である。

 前述の通り、師匠と弟子の様な意味合いも含んでいるので、当然ながら担当者は同様に氣の使い手である事が望ましい。

 となると氣の剣技を使う刀子や、氣も魔力もある高畑がこれに相当し、刀子が駄目である以上は高畑が受け持つ他無かった……という訳だ。

 決して哀れな子羊(スケープゴート)等と言ってはいけない。

 

 

 時間にして夕暮れ。

 先に述べたように、この日は年二回行われるメンテナンスによって都市全体が停電する日である。

 

 無論、医療設備のある病院や消防隊本部、警邏部等の電力までカットしたらお話にならないのだが、そちらは自家発電で賄えるようにしているのだから問題はない。

 

 しかしやはり優先順位からして一般施設等はカットされるので、当然の如く人通りはかなり少なくなっている。

 

 普段が普段なので、間違って過疎地に迷い込んでしまった気にすらなってくる程に。

 

 

 「ところで楓君。あの二人は大丈夫かい?」

 

 「大丈夫でござる。春華の香を嗅がせて眠らせて来た故、朝までグッスリでござるよ」

 

 「なるほどね」

 

 

 あの二人…というのは、彼女のルームメイトである鳴滝姉妹の事だ。

 

 停電というイベントがあり、尚且つやんわりとストッパーをしてくれる楓がいなければ人通りの無い街に出てしまう可能性は高い。

 アルバイトがある…等と言っても納得する二人ではないし(特に姉の風香)。

 

 となると強制的に眠ってもらう方が安全だったのである。

 

 

 「あの二人って……あの二人か……」

 

 

 風香らの事を思い出し、ゲンナリとする横島。

 まぁまぁと楓が執り成すも、早々復帰は出来まい。

 

 何せ奢らされた挙句、子ども扱いするなーと暴れられ、それだけならまだしも楓との仲をやたら揶揄されてしまったのである。

 

 好奇心旺盛なお年頃。特に風香は下ネタとまでは行かないがHネタをどばどば飛ばしてきやがる。

 

 よせばいいのに、横島も一々言われる度に、

 

 

 『違うんじゃ——っ!! 気の迷いじゃ——!!』

 

 

 とガンガン電柱にヘッドバットかまして湧いて来る妄想を振り払っていた。

 

 そのリアクションが余りに面白く、更にからかいまくって横島をどんどん追い詰めていったのである。

 あれだけコンクリートにヘッドバットして額を割って大流血をしたのに今日という日には傷一つ残っていないのには呆れるが。

 

 そんな彼であるから彼女らに苦手意識が生まれても仕方無いだろう。嫌うほどではないにしろ。

 

 

 「何があったかは知らないし、聞いたりしないけど、ほどほどにね」

 

 「うう……生温かい心遣いが逆に心に沁みて痛いのぉ……」

 

 

 高畑としては苦笑する他無い。

 

 

 「ところで横島殿」

 

 「なんだい? 楓ちゃん」

 

 

 その高畑の格好は何時もの通りにスーツ姿。これで戦闘に差し障りが無いのだからその強さも解かるというもの。

 

 横島はジージャンとジーンズ。足元はバッシュだ。兎に角、丈夫なのをくれといってもらった物。まぁ、トレードマークだったバンダナが無いだけで昔の…GS見習い時と同じ姿である。

 

 

 「どうして拙者の方を向いてくれないでござるか?」

 

 「それ、解かって言ってんのか? ひょっとして虐めか?」

 

 「はてさて」

 

 

 半泣きで言葉をつけてまくる横島の横に立つ楓の衣装。

 それは実に彼女のクラスを一番解かり易い格好で示していた。

 

 ぶっちゃけ、忍者装束である。

 

 

 「ぜってー虐めだろ?! そーなんだろ?!

  このオレを萌え殺そーという悪魔の作戦なんだろ?!」

 

 「はっはっはっ 言い掛かりでござるよ」

 

 

 「その笑いがイヤ——っ!!」

 

 

 確かに忍者装束は忍者装束なのだが、普通のとはちょっと違っている。

 流石に時代劇のくの一のような『ちったぁ忍べ!』と文句を言いたくなるほどのカラフルさは無いし、ゲーム出てくるくの一の衣装のような露出狂の心配をしてしまうようなキケンなシロモノでもない。

 

 

 だが、ほどほどのレベルで露出しているからこそ性質が悪いと言えよう。

 

 

 足は脚絆で固め、戦草鞋にも似たものを履いているし、その素材も今の技術が使用されているだろうからそれも良い。

 彼女の背後にある身長程もある巨大な十字手裏剣も…デタラメさは冷や汗が出たが、まぁ良しとしよう。

 

 だがその他が彼的にダメなのである。

 

 まず上の着物は夏襦袢のように袖が無い。

 デザイン的にはノースリーブと言っても差し支えが無いし、脇の部分も動かしやすいように切込みが深い。お陰で脇から胸チラしそーで怖い。

 

 戦闘用に袴を穿くのは良いとして、サイドから腰から上太股のラインが覗いているのは如何な物か?

 

 

 ノースリーブの脇から胸チラしそうな着物。

 腰から上太股がサイドから見えてしまう袴。

 

 

 もー横島にとってはシャレにならない程のダメージを齎すカッコではないか。

 

 只でさえ年齢度外視に色っぽい楓である。それを強調してどーするのか?! と小一時間問い詰めたくなる。イヤ、くの一的には間違ってはおるまいが。

 

 

 「と、申されても拙者の戦装束はこれでござるよ?

  それにもう着替えに戻る時間も無い事でござる故」

 

 

 横島がやや頬を染めて焦りまくる様を見、何故かしてやったりといった顔をする楓。

 ニヤリとした笑みが混ざったのは彼女にしては珍しい事。

 どうも彼を相手にしている時は表情が零れ易くなってしまう。不思議と悪い気はしないのだが。

 

 

 「ちょ…っ、ナニその笑顔?! ひょっとして確信犯?!」

 

 「まさかまさか。

  ナニを勘違いしているか存ぜぬが、間違いなく拙者の勝負服…もとい、戦装束でござるよ。

  それともなんでござるか? 拙者のこの姿に魅了されているとでもおっしゃる?

  そんな眼で見るという事は、横島殿の心の中にそういった想いがあるからでは?」

 

 「ぬぉ〜っ!! 正論だけに言い返せない〜〜〜っっ!!」

 

 

 横島はテンパっている所為であろうか気付いていないようだが、彼女は横島が苦しんで原因を口にしていないのに、自分の出で立ちの事としてすんなりと答えている。

 つまり、彼が何によって精神ダメージを受けているのか理解して…というか解かってこういった格好をしているのだろう。

 

 長瀬 楓…何だかんだでイジワルのようだ。

 

 

 そんな二人の若いやり取りを笑って眺めていた高畑であったが、時間が迫っている事に気付いて二人に声を掛けた。

 

 

 「ああ、お二人さん。そろそろ時間だから話を聞いてくれないか?」

 

 「了解でござる。ほら、横島殿」

 

 

 頭を抱えて悶えている横島に手を差し伸べると、彼は大人しくその手を取って立ち上がる。

 何だか涙眼なのは、中身だけとはいえ大人としてはどうだろう?

 楓としてはちょっと萌えたりしているが。

 

 

 二人に課せられたのはゲートの門番である。

 

 この麻帆良と外部とを結ぶラインの一つに巨大な橋があるのだが、保安の為にメンテ中はその橋の向こう側を閉じるというのだ。

 無論、結界が完全に消える筈も無いので騒ぎ立てる程の問題はなかろうが、如何に魔法界とて“絶対”は無い。

 どんな問題が発生し、都市で生活をする一般人に危害が及ぶか解からないのである。

 

 その橋のゲートの向こう側をメンテナンスが終わるまで守って欲しいとの事だった。

 

 ある意味重要拠点であるが、メンテ中は外輪部の補助結界がサブとして働くので然程の問題は起きない筈である。

 だから新人の任務としては妥当といえるだろう。

 

 

 「僕は中の監視…いや、任務があるから行く事はできないけど、メンテナンスが終了したらに迎えに行くよ。

  だからそれまでは……」

 

 「了解したでござる」

 

 

 またも先に返事をしたのは楓だ。

 横島は何だか首を傾げていて今回は黙っていた。

 

 高畑はそんな横島を不思議に思いつつ、仕事を了承して歩いてゆく二人を境界線から見送った。

 

 何だか胸騒ぎがしているのだが自分にも仕事があるのだ。

 

 そう——

 魔法先生ネギ=スプリングフイールドとエヴァンジェリン=アタナシア=キティ=マクダウェルの勝負の監視という重要な任務が……

 

 

 

 

 

             ******      ******      ******

 

 

 

 

 「な〜んか、高畑さんヘンじゃなかったか?」

 

 「そうでござるか?」

 

 

 うん…と自分でも何が言いたいのかよく解からないが、楓の問い返しには頷く。

 

 

 「なんつーか…監視とか言ってただろ?

  直に“任務”って言い直してたけど、言い直すって事は隠さなきゃならない監視って事なんじゃないかなぁって……」

 

 「あ、ああ、そういう事でござるか」

 

 

 そういった事に気付くのは彼の専売特許である。

 だからと言って、自分らに言い渡された任務に関わるのかどうかは解からないのであるが。

 

 しかし、そうなってくると昨日二人が言っていた事柄も絡んでくる。

 

 吸血鬼事件に関わりがあり、尚且つその担当者を監視しなければならないのでは? という仮説だって浮かんでくるのだ。

 

 

 「まぁ、それでも今のところは拙者らの任務とは直接の関係は無いと思うでござるよ。

  それに受けた任務以外の事を考えるのは少々危険でござるし」

 

 「ん? あぁ、それはオレも解かってるんだけどな……ま、いっか……」

 

 

 楓の言う事も尤もだ。

 命懸けの任務とは限らないが、ボ〜っとしてて怪我をしたらシャレにならない。

 “向こう”でも油断をするなと散々怒鳴られていた訳であるし。

 

 とっとと気持ちを入れ替えて任務に集中せねば。

 

 幸い、集中力を削ぐような“大人の美女”は側にいないのだし。

 

 

 「……コドモで悪かったでござるな」

 

 「ぬぉっ?! ひょっとして口に出してた?!」

 

 「言葉にせんでも大体解かるでござるよ」

 

 

 何故かむくれてしまった楓の機嫌をとりつつ、横島は一度だけ後を振り返って都市部を視界に入れた。

 

 

 『……何だろ? な〜んか胸騒ぎがするんだよなぁ……』

 

 

 

 腐っても、記憶と経験を失っていようとそこは上級の霊能者。

 

 

 その勘は正鵠を射ていた。

 

 

 

 

 

             ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 海峡に掛かる橋の様に、無闇やたらとデカイ橋に向ってトテトテと連れ立って歩く二人。

 

 人通りも無いに等しく、今や車のライトすら殆ど見えなくなってきている。

 

 考えてみればゲートが閉じてしまうのに悠長に車で行き来するわけも無い。

 八時には停電するので最終定時の七時半までに戻って来れなければ十二時まで締め出されてしまうのだから。

 

 そんな殆ど人通りの無い道を何故だか無言で歩いている。

 いや、話のネタも色々あったのだけど、高畑と別れて二人きりとなると妙に緊張してしまって何だか上手く話を繋ぐタイミングが掴めないでいた。

 

 こういう時には主に横島の方がアクションをとってくれるのだけど、人通りが殆ど無いという事は、当然ながら女性の姿も無い訳で、そういったネタから入る事もままならない。

 

 オンナのネタしかないんかいっ?! と言われてもしょうがないのであるが、道化をどこか演じている部分もある横島はツッコミを受ける事によって話を切り出すのが定石だった。

 イキナリ思い出しエロネタなんぞをかます勇気(というか暴挙?)はないらしく、顔には出していないが横島も気不味かったりする。

 

 後は楓がネタを振ってくれる事に期待するのみ。その望みも薄いのだけど……

 

 

 何だかこの三日間、ひたすら一緒に歩いているような気がしてくる。いや、実にそう通りなのだが。

 

 今の楓の姿がコスプレ忍者気味である事を除けば、毎日デートを繰り返しているという噂を立てられたって仕方が無いと言えよう。

 

 実際、

 

 

 −ヒミツの課外授業でお疲れさん?!−

 

 

 等という見出しの張り付いた今朝の麻帆良タイムズ(3−A版)を目にした時には流石の楓も眩暈がした。

 

 何時の間に撮られた物か、妙に肩を落とした楓を謎の青年(笑)が優しげに慰めている写真が掲載されている。

 言うまでも無く昨日のアレだ。

 

 確かに見ようによってはタイトル通りに見えなくも無いし、その説得力を増すように前回の写真よか楓の顔は嬉しげだった。

 

 鳴滝姉妹には、アルバイト先の先輩だから皆の思っている様な関係では無いと説明しておいたが、コレでは誤解を再燃させられてしまうではないか。

 流石に二日連続で授業をボイコットする訳にはいかなかったので、昨日のパターンで逃げまくってちゃんと授業は受けておいたのだが、理由を知ってはいても全然助け舟を出してくれず、ニヤついているだけの真名をちょっとだけ恨んだのはしょうがない話であろう。

 

 

 楓はこの事を横島には話していない。無論、彼のアイデンティティーを守る為にだ。

 

 

 「ん? どうかしたの?」

 

 「いやいや。何でもないでござるよ」

 

 

 気が付けば彼の横顔を見つめていたようだ。

 少しだけ頬を染めつつ手を振って誤魔化す。

 

 流石にそんな顔をしている楓にヘンなネタを回す訳にも行かず、横島は折角のチャンスを活かせられない。

 

 どないしょ〜〜…と女絡みでヒジョーに珍しい悩みを持った彼であったが、その表情にはチラッとも出ていないのは見事である。

 

 その分、何だか真面目に仕事の事を考えているように見えているのだから実は結構得してたりする。

 

 

 少なくとも楓には大人の男として映っていたのだし。

 

 

 そんな彼の横顔にまたチラリと視線を送り、楓は内心溜息をついていた。

 

 

 『横島殿の彼女…でござるか……』

 

 

 その溜息の意味は自分でも解かっていないのだけど。

 

 考えてみれば彼は本当なら二十七歳。

 ロリちゃうんやーっ!! 等とバカなセリフをほざくのも解かる。横島から見れば自分は半分ほどしか生きていない“子供”なのだから。

 

 近衛や高畑、そしてガンドルフィーニらが特に気にせず二人きりにさせているのも、セクハラ大帝であるくせにそんなモラルだけは異様な程きちんと保っている為。

 

 でなければ今だって監視の一人くらい付く事だろう。

 

 

 その学園側の対応もそうであるのだが、自分に対する横島の接し方も楓はかなり気にしていた。

 

 

 同級生らが囃し立てる様な関係では決して無い。何せ女として相手にしてもらっていないのだから。

 

 何を気にしているのかと問われれば返答に困るのであるが、『横島忠夫の彼女』という単語にはかなり引っかかってしまう。

 

 

 彼女が気にしている事の一因として挙げられるのに、彼の無くしてしまった過去の事がある。 

 

 ちゃんと仕事に付いているし、スケベではあるが憎めない性格なので恋人の一人もいるだろう。

 

 いや、帰りたいという観念を全然持っているように見えないから、“今は”いないのかもしれないが。

 

 彼の自分に対する気の使い方から察するに、女と付き合った事が無い…等という事はあるまい。

 

 何せ側にいるだけでこれだけ安心していられる存在はいないのだ。

 肩に力を入れる必要も感じず、気を使ってくれるし退屈もしない。

 煩悩全開の救い様の無いドスケベでお馬鹿でデリカシーが無くて根性も無くてギャグ体質で無節操である事を除けば人間的にも好ましいのだから。

 

 尤も、彼女という立場となった女は大変だろう。

 これだけリビドーが凄まじい人間だ。デートの度にヘトヘトになってしまいかねない。

 

 

 『まぁ、拙者が中学生だから無事なだけかもしれないでござるが……』

 

 

 と、そこまで考えてから楓はある事に気が付いた。

 

 

 ——もし、自分が高校生だとしたら?

 

 ——元の世界に彼は帰るつもりは無いとの事なので、このままここで過ごし、自分が高校生になったとしたら?

 

 という事に。

 

 

 無論、単なる If 話だ。

 今の状況下だからこそ思いつく仮定であり、希望的観測も混ざっているかもしれない。

 それでも、何故だかその“もしも”が気になってしまった。

 

 当然ながらそのIfの世界にも成長した自分がいる。

 

 女子高生なら黙っていられない横島のパートナーとなって一緒に歩いている自分がいる。

 

 彼の行動パターン…というか、思考パターンはこの僅か三日で凡その事は掴めている。だから自分に対する行動を読む事等、手札をめくる事より簡単だった。

 

 

 『……となると……そんな拙者に横島殿は……?』

 

 

 …ボッ!!

 

 何を考えたのか、いきなり楓の顔が真っ赤に染まった。

 

 照れるどころではない。強い酒でも呷った様に真っ赤っ赤になっている。

 

 この三日間、横島の煩悩具合を目にしている楓は、その全てが自分に向いた場合の事を想像してしまったのだ。

 

 

 「うおっ?! か、楓ちゃん、大丈夫か?!」

 

 「へ、平気でござじゃるよ」

 

 「なんか語尾がヘンだし…」

 

 「なっ、何でもないでおじゃる!!」

 

 「いや、それキャラ違うし……

  それに顔も真っ赤じゃないか。熱が……」

 

 

 本当にこういったことには矢鱈と気が付く横島。

 体調を気遣った彼は、慌てて真っ赤になっている楓の額に自分の手を当てた。

 

 

 そう、ピトリ…と。

 

 本心からの労わりの想いを持って……

 

 

 

 「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

 

 

 

 瞬間、楓の思考が弾け飛んだ。

 

 

 「えっ?! な、何?!」

 

 

 声無き叫びに泡を喰った横島に構わず、楓は顔から蒸気を噴いたまま腰を落とし、

 

 

 ドズムッ!!!

 

 「ぐはぁっ!!!」

 

 

 おもいっきり体重の乗ったボディブローを彼の腹にお見舞いし、

 

 

 「しゃ、しゃきにいくでごじゃる!!」

 

 

 と、全力でその場を後にして駆けて行ってしまった。

 

 

 後に残されたのは大の字でのびている横島のみ。

 

 返事は出来るが屍のようだ。

 

 

 それでも彼はしなくてはならない。

 

 こういった場合には、是が非でも言わねばならない言葉があったのだから。

 

 

 横島は最後の力を振り絞り、己が使命だと言わんばかりにその言葉を口にした。

 

 

 

 

 「な、なんでやねん……」

 

 

 

 

 ばたり…と力尽きて手が落ち、それでも言えた事に満足した横島は意識を手放したのであった。

 

 

 

 

 

             ******      ******      ******

 

 

 

 彼女(、、)がその話を耳にしたのは、昼休みに入った直後だった——

 

 

 ナルタキ姉妹に頼まれ、カエデ調査隊の一人に抜擢されて彼女の足取りを追っていた時、ふと目に入った元担任の姿。

 

 そして彼と話をしている青いツナギを着た若い男……

 

 そう、一昨日カエデと共に写真に写っていたあの男だった。

 

 タカハタ先生と知り合いなのか、妙に親しげに話をしている彼は、何だか話し易そうな雰囲気をもっている。

 

 話に割り込むのは良くない事だと思いつつ、彼ならカエデの居場所を知っているかもしれないと近寄ってゆくと……

 

 

 「じゃあ、遅れないように七時には頼むよ。それで、場所は解かるかい?」

 

 「ええ〜と…あのでっかい橋ンとこでしたっけ? でも、行き方は流石に…」

 

 「僕が車で近くまで送ってあげるよ。

  楓君と歩いて行ってもらっても良いんだけどね。彼女は散歩部だから地理に詳しいし、君も道を教えてもらえるだろうしね」

 

 「は? 散歩…部?」

 

 

 等という話をしているではないか。

 

 散歩部というのは、ナルタキ姉妹とカエデが入っている弱小部で、兎に角学園内をてくてく散策しまくるクラブの事。

 部活動からして文化部では無いし、ましてや運動部でも無い謎クラブだ。

 

 自分が近寄って来た事に気付いたのか、直に二人は話をやめて、若い男は掃除用具(?)を持ってその場を離れ、タカミチは自分の元に歩み寄って何気なく挨拶をしてから成績の事に話を移行して足止めを掛けてきた。

 

 この時点で怪しさ大爆発なのだけど、素直に話を合わせて二人の会話を忘れたフリをし、自然な挨拶をして五時限目の開始の鐘が鳴る前に教室へと戻っていった。

 

 

 何時もと変わらない授業前の風景。

 

 だがそこにカエデの姿は無い。

 

 暫くしてガラリとドアを開ける音がして担当教師が入ってきた時にはカエデは何時の間にか席についていたが……

 

 

 さっきの二人の会話に出ていた大きな橋。

 それは麻帆良と外とを繋ぐアレの事だろう。タカミチが車で送ると言ってたから多分そうだろうし。

 

 とゆーか、自分はそれ以外の大きな橋に心当たりが無いのだけど。

 

 七時という時間は停電の直前だ。そんな時間に何を…それにカエデまで……

 

 そしてそれにはタカミチも関わっているらしい。

 

 

 「ウ〜ム……」

 

 

 授業そっちのけで悩んでしまう自分。

 

 自分のいるクラスは麻帆良でも変わり者の集団として知られている。だからこんな奇行も然程目立ったりしない。あまり嬉しくないが。

 

 他のクラスメイトのビミョーな視線もそっちのけで悩み続ける少女。

 湧いてしまった疑念はそう簡単に振り払えず、時間が経つごとにどんどん膨らみ続けてゆく。

 

 イライラする…という程ではないにせよ、気になって仕方が無いのもまた事実。

 

 だったら自分のするべき事は一つである——

 

 

 

 都市内が闇に包まれる事を怯えているかのように、街には奇妙な緊張感があった。

 

 だから市電も運行が止まっており、橋の近くまで行く事は結構難しい。

 

 それでも適当な駅で下り、目的地まで走って行ったてとしても長距離ランニングだと思えば楽なもの。

 

 何時ものペースでたったか走っていれば直に目的の橋が見えてくる。

 

 

 「ム…?」

 

 

 が、見えてはきたのだけど、それに比例するかのように何だか足が重くなってきた。

 

 疲れた…という訳ではない。

 

 行きたくない(、、、、、、)のだ。

 

 

 その気持ちがあるからか、やがて彼女もペースを乱し、スピードすら歩く程度にまで落ちてしまう。

 

 

 

 “帰りたい”“この場から離れたい”

 

 

 

 そんな奇妙な気持ちがどんどん高まってゆく。

 

 不思議な事に、闇が迫ってくる事に対する恐怖感等でもなく、単純に“行きたくない”という気持ちだけが高まり続けているのだ。

 

 

 「?」

 

 

 それがまた不思議さに対する好奇心を増長させ、足を進ませる結果になろうとは誰も思うまい。

 

 いや、“人払い”を仕掛けた者達は、まさかその人払いの結界の所為で人が近寄ってくる事になろうとは想像もできなかったであろう。

 

 人払いの結界は、無意識に『そこに行きたく無い』と思わせる術なので、“故意に行きたくなくなされている”と意識されれば効果が下がってしまうのだ。

 

 だけど流石に強化された人払いの結界は、関係者以外立ち入りを禁じている事もあって彼女の意思の力をもってしても弾き出そうとしていた。

 

 

 だが……

 

 

 「…!」

 「……?」

 

 

 道の向こうから伝わってくる声に反応し、何時の間にか俯いていた少女が頭を上げた。

 

 予想していた通りの二人……カエデと、あの若い男が歩きながら何か言い合っているではないか。

 

 

 「?」

 

 

 外灯が点き始めた歩道のど真ん中、その上から差す明かりでもカエデが顔を赤くしているのが解かる。

 

 

 「これは……」

 

 

 初めて見る彼女のハッキリとした羞恥に思わず声が漏れてしまった。

 

 だが、距離がある所為か会話に気をとられている所為か、二人はこちらに気付いていない。

 

 青年が顔を覗きこみ、カエデが顔を赤くしたまま避け、また覗き込まれる。

 

 彼氏彼女の関係がじゃれあっている光景そのままだ。

 

 いや、それは良い。

 それだけなら(ツッコミを入れたい気もするが)然程気にする事もあるまい。

 

 問題とすれば、

 カエデが忍者装束であり、尚且つでっかい十字手裏剣を背負っている事だろうか?

 

 

 胸の奥がむずむずしてくる。

 

 心が疼くのだ。

 

 好奇心も強く感じるが、それとは別に湧いて来る欲求があり、高鳴ってゆく物が胸を弾ませてゆく。

 

 

 何かを起こそうというのだろう。

 カエデの衣装……出で立ちからもそれが強く感じられる。

 

 最早混ぜてもらいたいという欲求は止められない。

 

 だが、近寄って一声掛け様としたその矢先に、

 

 

 「……?」

 「〜〜〜〜っ!!」

 

 

 顔を真っ赤に染め上げて蒸気を噴いていたカエデがドズムと見事な掌底を青年のどてっぱらにぶち込み、

 

 

 「しゃ、しゃきに行くでごじゃる!!」

 

 

 と舌を縺らせた言葉を残し、一目散に駆けて行ったのである。

 

 

 「え、え〜〜と……」

 

 

 ひゅ〜〜〜〜……

 

 

 春先なのに足元に木枯らしを感じた。

 

 遠くから烏の鳴き声が聞えたもんだから情景にピッタリである。

 

 とはいえ、カエデにのされてうつ伏せの大の字にのびている青年をほったらかしにするのも何だ。

 とてとてと近寄り、助け起こそうとしたのだが……

 

 

 

 「な、なんでやねん……」

 

 

 

 と一言呟いて男は意識を失ってしまった。

 何だか一仕事やり遂げた男の顔をして。

 

 青年を見、カエデが走り去った方向を見、腕を組んで悩む。

 

 

 この人物が痴漢行為を働いたというのなら、服をひん剥いて転がしておいても良いのだけど、どーもそーいうのとは違う気がする。

 カエデだって嫌がっていた風にはぜんぜん見えなかったのだし。

 

 ここは一つ起こしてあげるのも人情なのだろうが、今青年が喰らったのは水月にキレイに入ったモノで、充分に腰が入った素晴らしい一撃である。そう簡単に意識は戻るまい。

 

 仕方ない…と、人情半分好奇心半分に彼を起こしてやり、自分にできる範囲の事をやる事にした。

 

 

 それが、自分が生きていた“日常”を踏み越えてしまう事になると知らず……

 

 

 

 

             ******      ******      ******

 

 

 

 

 見た目よりは軽い十字型の風車手裏剣を立てかけ、ゲートに背を預けて息を整える。

 

 たったこれだけの距離を走破しただけだというのに何故か息が乱れているのは修業不足か。

 

 心が乱れた時には調子も狂う。

 そういったものを初めて体験したのだから元に戻すのも一苦労だ。

 

 手負いの熊に出会った時でもここまで心を乱した事は無いというのに、掌で熱を測られただけてこうなってしまうとは何たることか。

 

 

 「はぁ……横島殿には悪い事したでござるな…」

 

 

 とは思うのだが、今更戻るのも気恥ずかしい。

 いや、このまま待っていても向こうからやってくるだろうから待っている事にした。流石にまだ顔を合わせ辛いし。

 

 

 自分では修業不足だと嘆いてはいても、そこらの修行者より遥かに鍛えている楓の呼吸の方は既に戻っていた。

 それでも軽い自己嫌悪の方はふるい落とせないのか、コツンと固い橋柱に後頭部を当てて溜息を吐いている。

 

 

 「な〜にやってるでごさるか…拙者は……」

 

 

 思わず脱力。

 

 実は楓自身も今さっきまで気付いていなかったのであるが、この衣装は別の“勝負服”宜しく気合を入れて着替えていたのである。

 

 確かに初めての任務であるし、上役となる者の前に出るのだから“一張羅”を着るのは当然の事。

 新社会人がパリっとしたスーツを着て挨拶をするようなものだ。

 

 だが、ルームメイトの姉妹を眠らせてから姿見を前にして着替えている間も、

 

 『これでは横島殿が耐えられないかもしれないでござるなぁ』

 

 とか、

 

 『あの御仁ならばスリットに眼が奪われるかもしれないでござるし…』

 

 とか言って、何だかにやけていた気もする。

 

 何だかんだで彼女は横島を悪い意味では無く気にしているのようなのだ。

 

 

 楓は色恋沙汰の事など考えた事も無い。

 特に自分に関してのそれはゼロと言って良いかもしれない。

 

 だが、だからこそ未だにその事に気付いていないのだろう。

 

 

 写真にははっきりと写っているというのに——

 

 

 はぁ…とまた溜息一つ。

 

 落ち着かない気分と気不味さが入り混じり、何とも言えない居心地の悪さが纏わり付く。

 

 

 もじもじと、

 そわそわと、

 うずうずと身を捩るのも初めての事。

 

 それが何を示しているのか未だ理解できない楓も、やはり乙女だったという事なのだろう。

 

 

 自分で意識を刈り取っておきながら、居ないと妙に落ち着かない…彼女の理解力ではその程度であろうか。

 

 

 

 「…………ん? やっと来たでござるか……」

 

 

 気を失わせておいて、『来た』はないだろう? という説もあるが、それは兎も角。

 ゲートに近寄ってきている気配に気付き、頭を振って表情を何とか取り戻す。

 既にゲートは閉じられているのだが、非常用の出入り口は開いているのでそこから入ってくる筈だ。

 

 楓は両の手でパチンと顔を叩き、気持ちを入れ替えて彼に接しようとする。

 何時までも照れていても話にならない。

 

 何だか奇怪なしこりが胸に残っているよーな気がしないでもないが、それは後回し。

 問題を先送りにしただけという説もあるが。

 

 だが、振り返るより前にある事に楓は気付いた。

 

 

 『……?

  気配が……二つ?』

 

 

 いや、確かに知っている気配であるし、一つは間違いなく横島のものだ。

 という事は、もう一つの気配は自分の知り合いという事となる。

 

 

 「え……? まさか……?!」

 

 

 と慌てるより先に非常ドアがギギギ…と軋む音を立てて開いた。

 

 

 「ああ、開いた開いた。けっこう重いな」

 

 「そりゃそーアルよ。何時もは使って無いアルから」

 

 

 流石の楓も眼を大きく開いて驚いた。

 

 確かに実力者。

 真名ですら一般人最強クラスと認めてはいるが、気を練れる“だけ”の少女である事に間違いは無い、本当に“一般人”である同級生が来たのだから当然であろう。

 

 

 「あ、楓ちゃん。お待たせ」

 

 「待たせたアルね」

 

 

 そんな彼女の焦りなど全く気付かず、のほほんとした表情で彼は、

 

 

 「く…古……」

 「や、カエデ。晩上好(ワンサンハオォー)♪」

 

 

 

 楓の同級生にして中武研部長である古菲を伴って任地に姿を現したのだった。

 

 

 

 

 

 

 





 今更ですが、こんな大規模な計画停電なのにあっさり受け入れているのも認識阻害の魔法なのかしらん?

 因みに晩上好(ワンサンハオォー)は『こんばんわ』です。念の為。



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中編

 

 

 中国武術研究会——略して中武研。

 

 時たま『中等部武術研究会』の略と勘違いされたりもするが、本物の中国武術を日々鍛錬している真面目なクラブである(だったら研究“部”だろ? というツッコミは無しの方向で…)。

 

 当然ながら麻帆良学園都市でも最強クラスの格闘能力を持つ者が部長を務めており、その本人も驕る事無く日々鍛錬に勤しんでいる。

 是非弟子に! と申し出る者は多いのだが、件の部長は誰一人弟子入りを認めておらず、部員規模は多いのに部としては弱小という訳の解らないクラブと化していた。本人は全く気にしていないのだが。

 

 その“一般人”最強クラスの部長なのだが……実はまだ中学生だったりする。

 更に、女の子だったりするものだから世の中解からない。

 

 

 麻帆良学園中等部3−A 出席番号12番 古 菲

 

 八卦掌、形意拳、八極拳、心意六合拳などの中国拳法の使い手。

 「ウルティマホラ」という学園格闘大会の優勝者でもある。

 

 彼女を含めた武道四天王といわれる少女らがいるのだが、その内の二人。

 件の古 菲と散歩部の長瀬 楓は今現在、どういう訳か一人の男を挟んでゲートの前で対峙していた。

 

 尤も、その内容は三角関係の縺れなどのような色っぽい恋話でないのだが——

 

 

 

 

 「ど、どうしてここに……?」

 

 

 横島と共に唐突に現れた級友に、珍しく楓は驚きを隠せなかった。

 

 そんな彼女の表情に『アイヤ 珍しいアル』と感心しつつ、

 

 

 「今日、カエデらここで仕事すると聞いたヨ。こんな停電の晩にネ。それで様子を見に来たアル」

 

 

 と古は軽く答えた。

 

 

 「誰に…?」

 

 

 等と言いつつチロリと横島に視線を送る。

 

 言葉にせずとも彼女が『横島殿でござるか?』と言っているのが解かった。

 彼はぶんぶか首を振って否定。流石に吹聴する気は無いのだし。

 

 そんな彼を弁護するかのように古が、

 

 

 「タカミチがこのヒトに言てたヨ」

 

 

 と横島を指差しつつアッサリそう言った。

 

 

 「……」

 

 

 『あのオッサンは〜〜…』と呆れている横島は兎も角、楓は内心溜息を吐いていた。

 

 その古の言葉で凡その見当が付いたのだ。

 

 ここの連中は、魔法使いであるから魔法の力というものの大きさをよく見知っていた。

 だからこそ、無意識に日常でも魔法に頼っているのだ。

 

 要するに一見守りは固そうであるが、認識阻害の術に信頼を置きすぎて世間一般の秘匿の方を所々疎かにしている節があるという事である。

 だからこういった“脇”の事が非常に弱い。

 

 

 「まぁ、私もサンポついでに見物に来たアルが……ホントはもう帰ろうと思てたヨ。

  急に行く気が失せたというコトもあたし」

 

 

 二人はそれが人払いの結界であろうと思った。

 

 

 「そしたら、この人がカエデに殴られて倒れたのを目にしたアル。

  だから連れてきてあげたヨ」

 

 「「……」」

 

 

 ぶっちゃけ楓の失敗である。

 

 

 「それで、カエデはどんなバイト始めたアルか? そんな物騒な姿デ」

 

 「「……」」

 

 

 こんな格好をしていれば、バカイエローで知られている古でなくともバトルの匂いに気付かれるであろう。

 

 ここで着替えるようにし、普段着で来れば良いものを横島をからかうつもりでフル武装したのは流石に拙かった。

 楓自身も認識阻害に頼ってしまっていたのだろう。

 

 楓の失敗ニ連発である。

 

 

 「横島殿…」

 

 「え? な、何……うぉっ?!」

 

 

 横島に歩み寄り、ビュンッと風を舞わせて柱の影に引っ張ってゆく。

 

 責任転換という訳ではないが、古をここに連れて来た事を問い詰めようとしたのである。

 

 だが、

 

 

 「せ、せやかて、オレ、この橋の非常口が何処にあるや知らへんし」

 

 「……」

 

 

 バカデカい橋であるし、目立たないよう設置されていて年に数回しか点検をしない扉の位置を、麻帆良に来て数日の横島が知る訳が無かった。

 

 どーせ彼の事だ。『教えてあげるヨ』とか言われてそのまま一緒に連れて来てしまったのだろう。

 楓の失敗三連発だ。

 

 それにしたって一般人の彼女をここに連れて来たのは流石に見過ごせない。

 

 

 「へ? クーちゃんって一般人なんか?」

 

 「は?」

 

 

 楓は以前、中々の剣士と中々の拳士と中々の狙撃手の話を横島に語っていた。

 

 その中の狙撃手は真名であり、“こちら側”だ。

 話によると、古は自分と楓と真名ともう一人の剣道部員からなる武道四天王の事を横島に語っているらしい。

 

 細かく説明していた訳では無いので、武道四天王の半数まで…件の剣道部員も一応、こちら側だと思うが…もが“こちら側”であるから古もそれに属すると考えるのも自然の流れであろう。

 困った事に彼女は横島の“氣”に気付ける程の達人なのだ。だからその所為で横島が勘違いをしたって仕方が無いと言える。

 

 楓の失敗、四連チャンだ。

 

 

 「あう〜……」

 

 「か、楓ちゃん?」

 

 

 楓は頭を抱えてしまった。

 

 考えてみれば全部自分の失態である。

 秘匿を了承しておいて引っ張り込んでどうするというのだ?

 確かに古はできる(、、、)

 

 実戦経験云々を横に置いても、その腕は感嘆する程だ。

 だか、真名が言っているようにそれは飽く迄も“一般人”としての事で、裏で戦い切れるかどうかには疑問符を付けざるを得ないのである。

 

 その程度…というのは些か言葉が悪く言い過ぎであるが、少なくともその言葉に近いレベルなのだから。

 

 

 「こうなったら……」

 

 

 気持ちを切り替え、すくっと立ち上がる楓。

 

 勝手に落ち込み、イキナリ自己完結されたら流石に付いて行けないのだろう。そんな楓に横島はただ呆然とするばかり。

 

 しかし彼女は横島に強い決意の篭った眼差しを向け、

 

 

 「横島殿、協力してくだされ」

 

 「え? な、何?」

 

 「古を…我が級友を危険に巻き込まぬよう、方便で持って帰すでござる」

 

 「方便?」

 

 

 横島に了承を求めていた。

 

 つまり、嘘をついて寮に帰すから口裏を合わせてくれというのだ。

 

 横島とて無関係な女の子を勘違いで危険に引っ張り込んでしまった負い目もあるから、そんな事は了承を求められずとも賛成するつもりだ。

 

 

 「うん…そーだな。関係ない子を危ない目に遭わせて怪我でもさせたら寝覚めも悪いしな。

  いいぞ。口裏合わせたらいいんだろ?」

 

 「忝い」

 

 

 横島の良いところは女子供に底なしに優しいところである。

 

 その事を既に知っている楓は、彼の了解を受けて嬉しげな表情を浮かべ、ほったらかしの古の元へと二人揃って戻ってゆく。

 

 

 「何話してたアル?」

 

 「いや、かなり大事な話をしていたでござる」

 

 

 問い掛けてくる古を見つめ、バレないように小さく深呼吸。

 チラリと横島にアイコンタクトを求めると、彼も目立たないよう小さく頷いてくれた。

 

 それが何だか嬉しく、楓はさっきまでの動揺はどこへやら、

 勇気を持って元気に力強く、不思議そうな顔をして自分らを見つめている古の対してこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「拙者らはこれから恋人同士の熱い逢瀬の夜を過ごす故、お帰り願いたいでござる」

 

 

 「 ま て や コ ラ —— っ ! ! ! 」

 

 

 

 花の十四歳、長瀬 楓。

 

 横島の優しさに触れて舞い上がっていた……等と言った事実はおそらく無い……と思う。多分。

 

 

 

 

 

 

————————————————————————————————————

 

 

 

          ■三時間目:ナニかがミチをやって来る (中)

 

 

 

————————————————————————————————————

 

 

 

 

 

 

 『(ちょっと待てや!! オレはロリちゃうゆーたやんっ!!!)』

 

 『(ま、まぁ…話を聞いて欲しいでござるよ)』

 

 

 アイヤ、ホントアルか?! と驚愕の表情を浮かべている古を他所に、今度は横島が楓を物陰に引っ張り込んで涙ながらに異議を申し立てていた。

 

 彼のジャスティス(ロリ否定)から言えば当然の事で、只でさえここんトコ追い詰められている横島の倫理観を窮地に追い詰めかねない暴言なのだから当然であろう。

 

 楓は楓で、何故あんな事を言ってしまったかよく解からなかったのであるが、表向き…というかタテマエでの言い訳もちゃんとあった。

 

 

 『(実は拙者、殿方と付き合っているという……そ、その…ね、根も葉もない噂を立てられているでござる)』

 

 『(? そーなん? 特定の彼氏とかいねーの?)』

 

 『(当たり前でござる!! 失礼でござろう?!)』

 

 

 ミョーに強く交際を否定する楓に、横島は軽く質問したのであるが物凄く強く言い返されてしまう。

 フツーは男いねーだろ? とか言われる方が失礼な気がしないでも無いが、その彼女の余りの剣幕と迫力に尻尾を巻く。

 朴念仁と言うか何と言うか、横島的には彼女が不機嫌にそう言い返してくる理由が解からないのだけど。

 

 まぁ、彼には自分が楓と付き合っているというナゾの噂が全く耳に入っていない訳であるから罪は無いと言えなくもないのであるが、全く気にされていないのは如何なものか?

 オンナとして見られていないのでは? と癇に障ってたりする。

 

 それだけ彼を気にしているという感もあるのだが、本人が無自覚なのでどーしよーもない。

 

 兎に角、ちょっとビビっている横島を見、自分がかなり理不尽に不快を口にしてしまった事に気付き、深呼吸をして何とか気を静めさせる。

 

 

 『(と、兎も角、その様な噂が出ている以上、使わない手は無いでござるよ)』

 

 『(あ〜…大体の事は解かった。オレにその彼氏の役をしろって事なんだろ?)』

 

 『(そうでござる。流石の古も二人っきりでいるところを見物しようとなど思わないはずでござるし)』

 

 『(そぉかぁ〜?)』

 

 

 横島なら覗くだろう。

 

 尤も、相手の男に対して恨み辛みをぶつけつつ…となろうが。

 

 

 『(それしか手は無いでござるよ? それでも彼女を巻き込んでも良いと……?)』

 

 

 そう言われると辛い。

 

 流石に横島は横島であるから、美少女(←ココ、重要)を危険に引っ張り込むような行為はできないのである。

 

 時間にして数秒の熟考の後、暴動を起こしている自分のジャスティスを必死に宥めつつ、心の中で血涙を流して楓の案に乗ってやる事にした。

 

 

 大げさと思うなかれ。

 演技とはいえ『女子中学生とLove♪』等という状況を受け入れる事は横島にとってアイデンティティーの崩壊すら含んでいるのだ。

 幾ら中身は大人とはいえ、肉体は性少年。この時代の彼は煩悩大帝ごっとΣだった。そんな身体に心が引っ張られない筈が無いのである。

 

 よってそれを切欠に覚醒してしまう事を恐れているのだ。

 

 流石はこの男と世に知られた煩悩者 横島忠夫。煩悩関係では世界一自分を信用していないだけはある。

 

 

 だからこそ彼は、何だか足取り軽く古の場所に戻って行く楓とは裏腹に、市中引き回しの上銃殺刑に処される敗残兵の心境でその彼女の背を追った。

 

 見た目はアレだが、これでも美少女の身を守る為とはいえ、血涙を飲んで『ロリ肯定』を一時限定解除したのである。

 何だかなぁ〜ではあるが、中々な漢と言えよう。

 

 尤も、

 

 

 「カエデはそのヒトと付き合っているアルか?」

 

 「無論。もう何度もこの身を蹂躙されたでござるよ」

 

 

 という戯言には流石の横っちもぶっ倒れたが。

 

 

 「ア、アイヤ〜……人でなしアルね」

 

 「そう! 横島殿は欲望の権化! 煩悩の化身!

  拙者、ありとあらゆる恥辱を与えられたでござる」

 

 

 『マテやゴルァアアア!!!!』

 

 

 心の中で5000光年の虎が吠えたが、口からセリフとして吐いていないのは大感心だ。

 女の子を危険に近づけさせない為ならどのような泥もかぶるという点は誇って良いと思う。

 

 下唇を噛み締めて血を流し、だばだばと滂沱の涙を零してはいるのは凄まじく見苦しいが。

 

 

 「その着物の意味は?」

 

 「横島殿は着物脱衣プレイが大好物でござる故」

 

 「その風車手裏剣は何アルか?」

 

 「彼謹製の拘束具でござるよ。コレで拙者は自由を奪われてイロイロな事を……」

 

 

 次々と明かされて(?)ゆくトンデモ設定。

 

 言われる度に『へ〜』とか、『何と?!』とか感心されるが、それに比例して横島の人格と人権をざっくざっくと削ぎ落とされていっているよーな気がしてならない。

 

 ゴロゴロ転がったり、胸を掻き毟ったり、ガンガン地面にヘッドバットかましたりして言葉を耐えているのは苦行者を連想させられる。

 

 

 それでも横島は耐えている。正に勇者だ。

 

 考えてみればそんな18〜21禁な事をされていると口にしているのだから、当然ながら楓だってそーゆー娘だと思われる訳で、

 自分をそこまで貶めてまで級友を守らんとしているという事でもあるのだ。

 

 だから横島は口を挟まず、臓物をトットに喰らわれるプロメテウスのような苦痛に必死に耐えているのである。

 

 尤も、単に楓は勢いで喋り捲っているだけなので何をほざいているのか全く気付いていないし、意味も考えていない。

 話している間にテンションが上がり切ってしまい、横島に抱き締められている自分を想像して暴走してしまい、自制心やら何やらを大切なモノをふっ飛ばしてしまっているのだ。

 これが他の少女であれば目がぐるぐる回ってナルトになっている事だろう。

 

 

 まぁ、ぶっちゃければ嘘はモロバレだったりする。

 

 

 真の意味で男を知らない少女の戯言など、大げさ過ぎて未通女でも嘘だと解かるもの。

 ましてや楓の表情からしても丸解かりだ。

 最初の方は『本当に?!』と騙されかかった古であったが、一分も経たない内に嘘だと気付いてしまった程に。

 

 単に古は面白がってフィクションを楽しんでいるのだ。

  

 楓にしては初めてであろう大暴走。

 バイト三昧のツインテール元気娘が如く勢いで喋りまくっている様は中々に面白いものがある。

 

 が、古にすら気付かれてしまう程のヘッポコ状況となっている事に横島が気付ける訳も無く、只ひたすら心の中で自分のジャスティスと死闘を演じ続けていた。

 

 

 だが、悲しいかな彼のその苦難は全く持って無意味だったりする。

 

 

 

 『——こちらは放送部です……

 

  これより学園内は停電となります。

 

  学園生徒の皆さんは極力外出を控えるようにしてくだ…ザザッ…』

 

 

 「アイヤ もう八時アルか——」

 

 

 時が満ちてしまったのだ。

 

 

 「ぬぅ、不覚!!

  つい話にエキサイトして時を忘れてしまっていたでござる!!」

 

 「あ、アホかぁ————っ!!!」

 

 

 横島の叫びが轟くのを待っていたかのように辺りの電灯が点滅し始める。

 

 そして一斉に灯りが消え、橋の向こう側…麻帆良の全てが闇に包まれていった。

 

 

 ——そうメンテナンスの為の停電の時が訪れたのである。

 

 

 「うぉおおお……オレの戦いは何だったんだ……」

 

 

 戦いの虚しさを噛み締め、ガックリと膝を付いて嘆く横島。

 心の中ではジャスティスと道理が同士討ちを果たし、無様な骸を曝して戦の凄惨さを物語っている事だろう。

 

 その戦いとやらの内容さえ知らなければちょっとカッコイイかもしれない。

 

 

 「いやいや。面目ない」

 

 

 全くである。

 

 

 頬をポリポリとかいて申し訳なさげにする楓であるが、横島には何の慰めにもなっていない。

 

 古も何だか『からかい過ぎたアルか?』と苦笑いをしているのだが、今更言う訳にもいかないのでそろりそろりと非常口へと寄って行った。

 これだけ状況証拠はあるのだから明日にまたからかえば……もとい、問いただせば良い訳で、このままここで野暮ぶっこくつもりはなかったりする。

 

 だから二人をほっといてさっさと帰ろうとしたのであるが——

 

 

 八時までに古を帰せなかっただけで何故にそこまで横島が苦しみ悶えていたのかと言うと、

 

 

 「およ? ドアが動かなくなてるアル」

 

 

 非常口のドアに手を掛けた古が動かそうとするもピクリともしない。

 

 いくら非常口のドアとはいえ、遊びの隙間がゼロという訳では無い。少なくともガチガチと動かす事くらいはできそうなのであるが、壁に描かれた絵を動かそうとしているが如く全く動かなくなるのは不自然だ。

 

 それに、何やら扉にうっすらと奇妙な紋様が浮かび上がっていた。

 

 

 「あぁ〜……やっぱ補助結界が働いてるかぁ」

 

 「なるほど。あれが……」

 

 

 と横島は肩を落とし、楓は初めて見る西洋呪印に眼を見張っているが、古は流石にサッパリだ。

 

 

 ——そう、電源が落ちたという事は、補助結界が働き出すという事で、そうなるとメンテ終了まで入る事はできなくなってしまうのである。

 だからこそ横島は八時までに古をゲートから帰したかったのだ。

 

 力尽く…は無理だったとしても、級友と言うのなら他に色んな誤魔化しかたがあっただろう。

 そういった意味合いを込めた恨めしげな視線をちろりと楓に送ると、彼女はわざとらしく視線を逸らして口笛を吹いていた。

 

 

 『こ、このチチ忍者めぇ〜……』

 

 

 と怒りが湧かんでもなかったが、こーなってしまったものはしょうがない。

 何時までも愚痴ってたって何も解決はしないのだ。

 

 古にはテキトーな話をして十二時まで時間を潰させて送って帰ろう。というか、それしか手は無いのだし。

 女子寮の管理人とかに古が怒られたりするかもしれないが、それは自業自得という事で我慢してもらう。

 

 後は………自分にドエライ汚名がついたよーな気がしないでもないが、どーせ人の噂なんだから七十五日も我慢すれば忘れてくれるだろう。チクショウめ。

 

 何だか溜息をよく吐くよーになっちまったなぁ…等と思いつつ、未だにガチガチとドアを開けようと悪戦苦闘している古に視線を向けた。

 

 

 で、当の古はというと……

 

 

 「ふしっ!!」

 

 ドズムッ!!

 

 

 開かないなら力づくで…と古は全身での円運動を捻り込んだ一撃を不動状態の扉にぶち込んでいた。

 

 かなり重い音が響き渡り、細かくゲートにまで振動が伝わっているのは彼女の内に秘められた力を思い知らされるもの。

 凄いとも思えるし、感心も出来よう。

 

 現に横島は呆気に取られていた。

 

 

 「あは…ダメだたアル」

 

 

 テヘペロっと可愛く舌を出して照れる古であったが、

 

 

 「な、何さらすんじゃ——っ!!!」

 

 

 この状況下では是が非でもしないでほしい行為であった。

 

 流石にこんな事くらいで施設を破壊されてはたまらない。

 

 実用している結界なので流石に女子中学生の寸勁で破壊できるとは思わないが、世の中には万が一とか『まさか?!』という事がある。

 そーゆー非常識をしてきた横島だからこその焦りであると言えよう。

 

 

 「アイヤ…非常時に非常ドアが開かないのはマズイ思たネ」

 

 「拙かったらオレに言うたらええやん!!!」

 

 「ワタシ、恋人同士の語らいを邪魔するヤボと違うアルよ?」

 

 「誰が恋人同士じゃ!!」

 

 「おろ? 違うアルか?」

 

 「ち…う…っ?!」

 

 

 早速バラしかけた横島であったが、口を挟まず様子を窺っていた楓が口を塞ぐ前に驚きの声を出してしまって否定せずに済んでいた。

 

 

 唐突——

 

 正に唐突に、ゲートのこちら側以外の電気の灯りが消えてから湧き上がってきた気配。

 

 それを敏感に察知した横島は言葉を続けられなかったのである。

 

 壁を通して都市を見据えているかのような横島の強い眼差し。

 “向こう”でも滅多に見られない横島のシリアス顔。

 何だかんだで数多の女性を見惚れさせる横島の真剣な顔であるが、残念ながら二人がそれを堪能する時間は全くなかった。

 

 

 「な、何アルか、この異様な気配は?」

 

 「氣…いや? 只の氣ではないでござるな……これはもしや……」

 

 

 流石に気の使い手である楓と古も、僅かに横島に遅れてそれに気付く。

 

 学園の中央の方から強く感じる異様な気配。

 

 激しく吹き上がる様な物では無く、どちらかと言うと零れ滴るような重い気配。

 霧か何かが迫って来ている時のそれに似た、湿って纏わり付いてくるような氣。

 

 感覚的に慣れてはいないのでそれが何なのか見当も付かなかったのであるが。

 

 

 「こりゃ…魔力だな」

 

 

 当然ながら横島には理解できていた。

 

 

 「魔力…でござるか?」

 

 「ああ。それもかなり強い……

  魔族かと思ったけど違うみたいだし、多分あれが噂の吸血鬼なんだろうな」

 

 「この氣が…吸血鬼の魔力でござるか…」

 

 

 初めて触れた氣の感触。

 学園の魔法教師らも当然ながら魔法を使える事もあって魔力はあるし、一昨日には彼らの魔力に触れる機会もあった。

 だが、流石に人外の魔力は初めてであるから戸惑っていたのである。

 

 

 

 しかし…

 妙に見知った気配であるような気がしないでも無かったのであるが——

 

 

 

 「マリョク…? 何の話アルか?」

 

 

 楓はそれどころではなかった。

 

 

 

 

 

 

 「どーすんだ…?」

 

 「どーしたら良いでござろう…?」

 

 

 幸いにもゲートからこちら側の方は道路の外灯があって何とか明るさを保っていた。

 

 その外灯の下で二人は額をつき合わせるようにして唸っている。

 

 そしてそんな二人を不機嫌そうな顔をして睨んでいる少女が一人……

 言うまでも無い。古である。

 

 流石に魔力の話と吸血鬼の話を聞かれてしまった以上、誤魔化しは効かなかった。

 

 尚且つ楓が危惧していたのと同じように、古も寮の皆の心配をして、無理にでも中に入ろうとする。

 こうなってしまうと吸血鬼担当者がいる話をせねばならなくなってしまい、結局は関東魔法協会等の事を省いた話をせねばならなくなってしまった。

 

 だがそうなると二人のバイトの意味も知られてしまう事となり、

 

 

 「ずるいアルよ! こんな事黙てたなんて!!」

 

 

 とプンスカ怒られてしまった。

 

 危機や苦境も鍛錬の範疇に入れてしまう古なのだから、楓らの仕事にも興味を持たれてしまうのも当然であろう。

 

 横島が秘匿の件を言わねばもっと詰め寄られていた事は間違い無い。

 

 

 「まぁまぁ…楓ちゃんが悪いわけじゃないし。秘密にしておかないと危ないしね」

 

 

 そう言う横島とて、霊力等の話がオープンの世界から来た存在なのでナニが危ないか今一つだったりする。

 

 それでも美少女が危ない世界に巻き込まれるのは絶対にイヤである。

 楓の場合とて本心では納得し切っていないくらいなのだから。

 

 

 「でも、何だか友達として信じてもらえてないみたいで悔しいアル……」

 

 

 しょぼんとしてそう言う古に楓の胸がちくりと痛んだ。

 彼女とて好きで黙っていた訳ではないが、そういう風に言われると何だか非情に悪い事をしたように感じてしまう。

 

 

 「あんなぁ…楓ちゃんが好きで黙ってたと思うか?」

 

 

 だが、こういう時に妙に気が付く男がココにいた。

 

 はぁ…と彼女に見えるように溜息を吐いて、古に歩み寄って行く。

 

 

 「でも…」

 

 「女の子が怪我すんのはオレだって嫌だぞ? それが知り合いや友達だったら当然だろ?」

 

 「でも、ワタシは腕にそれなりの自信があるヨ」

 

 「自信と心配は別だろ?

  まして最悪の場合は一般の格闘術が通用しない奴を相手にしなきゃなんねー事だってあんだぞ? 

  それとも何だ?

  楓ちゃんは『古だったら全然平気でござるよ〜♪』って会った事も無い敵をザコだと高をくくるよーな安っぽい娘だとでも?」

 

 「う……」

 

 

 そう言われると古も何もいえない。

 

 彼の言う事も理解できるし、楓の気遣いも解かる。

 彼の強さは知らないが、楓の実力は相対した事がなくともかなり上にいる事が理解できるのだし、横島が言うように戦いに油断しまくる楓は真っ平である。

 

 納得していないのは自分の好奇心とプライドぐらいだ。

 

 友として心配されるのも解かっているのだが、プライドがそれを許してくれていなかっただけなのだから。

 

 

 横島はそんな古の頭に上にポンと手を置き、子猫の背の様に優しく撫でた。

 

 びくんっと一瞬躊躇したものの、後は彼のなすがまま。

 顔を赤くして表を上げられないのに気付いていない横島はやっぱり何処でも罪作りだ。

 

 後ろで何だか楓が不機嫌そうであるし。

 

 

 「ま、勘弁してくれ。

  イロイロ事情があってな、おいそれとは喋らんなかったんだ。

  楓ちゃんに悪気は無いのは解かんだろ?」

 

 「アイ……」

 

 

 何というか…意外なほど古は横島の言葉を受け入れていた。

 

 そんな素直な古の言葉を聞き、「そっか…」と全く邪気の無い笑みを零す横島。

 こーゆーのを普段見せられればナンパ率は激増するだろうに。

 

 現に、自分より強い男が好みだと口にしている古でさえ、その笑顔を見て朱に染まっているのだから。

 

 “向こう”でもそうであったからしょうがない事と言えるのだが。

 

 尤も、彼の周囲にいた女性らから言えばそれでも出し過ぎだったらしい。

 彼の上っ面しか見られないバカ女の事等どーだって良いのだが、内面を知られたら離れようとしなくなるのだから。

 

 

 「ところで横島殿……何時まで婦女子の頭に手を置いてるでござるか?」

 

 「ひ…っ?! あ、あれ? 楓…ちゃん?」

 

 「……何でござる?」

 

 「ナ、ナンデモゴザイマセン! マム!!」

 

 

 何だか楓から闘気を感じた横島は、負け犬宜しくさっちょこばって古の頭から手を引いた。

 

 睨まれている訳でもないのだが何だか視線で刺されているよーな気がしないでもないのだ。

 もう、プスプスと……

 

 手を離された古の方はというと、おやつをとり上げられた幼児の様な目をして横島の手を追っていた。

 その目に気付いた楓から発せられる氣がまた重くなり、横島は更にビビる。

 

 何だかなぁ…な空気が、辺りに充満していた。

 

 

 楓と古が異変に気付けたのは麻帆良から外に出ていた事が挙げられる。

 

 というのも、この二人ほどの感覚の持ち主ならば<桜通りの吸血鬼>とやらの気配に気付けない訳が無いのだ。

 にも拘らず今日までその存在に気付いていないのは、この二人にも認識阻害がかかっていた線が濃厚なのである。

 

 魔法という存在に一般人が気付かないよう、魔法を魔法と認識しにくくされている結界。

 その“外”に出ているのだから気付いて当然と言えよう。

 

 だが、一歩外に出た以上は古も既に魔法を認識した存在となってしまっているだろう。

 

 こうなってしまうと最早“一般社会の住人”ではないのかもしれない。

 

 

 魔法の気配を間近にしておきながら気付かなかった“日常”。そこから離れた場にいるのだから。

 

 

 「……?!」

 

 

 かちんっと横島の動きが凍りつくように止まった。

 

 そんな彼に対して訝しげな表情をする前に、楓らはハッとして道路の方に振り返る。

 

 

 気配だ。

 

 未だ姿は見えないのに、気配が凝り固まりつつある。

 

 

 「チ…ッ

  拙いな……」

 

 

 何時の間にかその空間を凝視していた横島が小さくそう呟いた。

 

 今の彼の顔は見惚れるに値するものであったが、目の前の怪異から眼を離せない楓らはそれに気付けていない。

 だから楓は言葉の意味だけを問い掛ける。

 

 

 「あれは……“何”でござるか?」

 

 

 楓の質問に、横島は左手に霊気を集めつつ極簡素に答えた。

 

 

 「……多分、式神だな」

 

 

 彼らの前には、

 

 全身を鎧に包んだ巨体が十数体立ち塞がっていた。

 

 

 

 

             ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 学園側も実は結構慌てていたりする。

 

 当然ながら外周部で待ち構えていた魔法教師&魔法生徒らも電源が落ちると同時に発生した魔力に気付いてはいた。

 

 だが、時を同じくして襲い掛かってきた“敵”に対してかなり梃子摺って都市に戻れないでいたのである。

 

 百戦錬磨とは行かずとも、それなり以上のトラブルに対応してきた者達なので普通ならココまで苦労する事は無い。

 彼らの魔法攻撃も万能とまではいかずとも、魔物や式神、使い魔とも同等以上の戦いを演じられるレベルなのだから。

 

 だが、相手が拙かった。

 

 決して強い訳でもないし、ランクで言えば弱いという部類だろう。

 攻撃力も高が知れているし、彼らとて気を張っていれば然程の怪我もする事も無い。

 

 しかし、問題は異様なまでの数の多さと、その性質だ。

 

 その数の多さと性質故に彼らは手古摺り、都市内、園内に戻れなかったのだから。

 

 

 襲撃してきた敵。

 その集団は只の式神などでは無かったのである。

 

 

 

 

 

             ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 『くそ…っ!! 最悪じゃねーか!!』

 

 

 姿を現した瞬間は流石に動きは鈍かったのであるが、三人の姿を確認した途端に式神達は行動を開始した。

 

 太刀を抜き、槍を構え、棍を振り上げ、一斉に襲い掛かってきたのである。

 

 正確な数にして十五体。

 横島達が散開すると、きれいに五体づつ、それもご丁寧に太刀,槍,棍の使い手を割り振っている。

 太刀1、棍2、槍使い2の構成で襲い掛かってくるのは戦いなれているのかもしれない。

 

 

 「アイヤ〜 コレ、本物アルか? 私、本物のオバケ見るの初めてアルよ」

 

 「式神…でござるか。見た目は魍魎の類のようでござるな」

 

 

 救いは二人の少女の精神の太さ。そして……

 

 

 びゅん…っと風を切って棍と太刀が振り下ろされる。

 

 軌道は三つ。そしてその間を縫って槍が来る。

 妙に各個撃破に慣れた攻撃の仕方であったが、相手が悪かった。

 

 

 「よっ」

 

 

 小柄な中華娘は引かない。

 あえて踏み込む事で三つの攻撃を避け、

 

 

 「哈っ!」

 

 

 踏み込みで体重を増し、勢いをプラスして太刀使いの腹部に掌底を入れた。

 

 ドズンっと鈍い音がして鎧が陥没し、衝撃で後方に吹っ飛び背後の槍使いにぶつかる。

 式神だからかどうかは知らないが、呻き声は発していない。苦しそうではあるのだけど。

 

 槍は太刀使いと棍使いの間を縫って襲い来るので式神の身体を盾にしたままなら多少は安心だ。仲間ごと貫かれねば…の話であるが。

 直突きが来なかったのを幸いに、そのまま押し込んで槍を掴みつつ腰を捻り、そのまま肘を叩き込む。

 

 武装取りを兼ねた一撃にその武者の身体が跳ね、声は無くとも痛覚があるのか槍を握る指が緩んでしまい、あっさりと槍をもぎ取られてしまう。

 

 編成は兎も角、武器の使い方は然程でも無かったのか、古はもぎ取った槍を棍の様に使い、周囲の敵の足を打ち払ってひっくり返してゆく。

 

 それでも力を振り絞って立ち上がろうとするも、古は相手の上体が前に倒れたところに崩拳を入れるというエゲツなさも見せてくれた。

 

 

 「さぁ 次は誰アルか?」

 

 

 古 菲はいっそ無邪気さを感じられる笑みを浮かべ、脱力柔軟の自然体の構えで鎧武者を誘っている。

 

 練氣の技はまだ一般人ではあるが、それでも硬氣功と内氣功を使いこなせる彼女の望みは只一つ。

 

 

 −我只要 和強者闘−

 

 ただ強者と戦う事のみなのだから——

 

 

 

 楓の方はもっと楽である。

 何せ襲い掛かるのは五体“しか”いないのだ。

 更に前述の通り、其々は然程強くは無い。となると最早敵ではなかった。

 

 

 「忍…」

 

 

 現れたるは四体の分身。

 本体込みで五人組みだ。其々が攻撃を避けつつ踏み込み、練り上げた氣を叩きつけるだけで勝負が決まる。

 

 

 「数で来るのは正しいとは思うでござるが」

 「其々がこれでは話にならないでござるな」

 「折角の得物が泣いてるでござるよ」

 

 

 等と言いたい放題だ。

 

 だが、それでも彼女は一応は戦いを知るものである。

 真っ先に気付いた横島は兎も角、彼女も直に厄介さを理解していた。

 

 

 「ふむ…」

 

 

 分身か本体かは知らないが、楓の一人が顎に手をやって首を傾げる。

 

 その間にも電灯の陰やら壁の影の部分からじわりと影が立ち上がり、今倒したばかりの鎧武者を形作ってゆく。

 

 

 「何と何と…これはきりが無いでござるな」

 

 

 そう——

 倒しても倒しても、端から倒した数の分だけ湧いて来るのである。

 幾らこちらの方が強かろうと向こうの頭数が減らねば全く意味が無い。

 

 式神だというのであるから、当然操っている奴もいるはずであるが、楓の知覚をもってしてもその術者は網に引っかからない。

 尚且つ、術者がいる以上は、ここのゲートを抜ける方法を知っている可能性があるので退く事もままならないときている。

 

 

 『まいったでござるなぁ…』

 

 

 と内心苦い顔をする事しか出来ないのが現状である。

 

 

 頼みの綱は横島であるが……

 

 

 「のわ——っ!! 来るな——っ!!」

 

 

 ゴキブリかハエの様に逃げ惑うだけで全然手伝ってくれないのだ。

 

 確かに鎧武者の攻撃を、ウナギが木々の間を泳ぐようにぬるりぬるりと回避し続けるのは見事だといえる。

 掠りもしていないのだから事回避に至っては天才だと言えるだろう。

 

 だが、だからと言って戦わないでも良い訳ではない。

 

 多少なりとも好意を持っている男の蝶の様に舞ってゴキブリの様に逃げ惑う様を見れば脱力もするだろう。

 

 

 『拙者、男を見る目が悪いのでござろうか?』

 

 

 等と溜息をつきつつ、四周目の部隊との立ち回りを再開する楓であった。

 

 

 

 

 泣きながら、喚きながら、ひぃひぃ言いつつ走り回る横島。

 

 ベンジョコオロギのように跳ね、

 

 ヘイケガニのように横走りし、

 

 ダックスフントのようにチョコマカと足を動かし、

 

 尻尾を切ったトカゲのようにカっ飛んで逃げ惑う。

 

 人外の体捌きで攻撃を避けまくれている技量は兎も角、見た目は最悪で全く持って見苦しい事この上もない。

 

 

 

 しかし、だからと言って彼はこの場から逃げ去っている訳では無く、常に二人の少女から一定の距離を保ち続け、

 

 

 

 

 その鋭い眼差しでもって闇夜の梟が如く何かを探し続けていた——

 

 

 



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後編

 

 「−NIVIS CASUS!!−」

 

 

 呪文が紡がれた瞬間、ドッと空中に突然大量の氷が出現し、一方向に向って爆発する。

 

 その衝撃波は凄まじいものがあるが、意外にも“的”は健闘してそれを防ぎ切った。

 凍気を伴った爆風が襲い掛かるも、杖に跨ったまま器用に右手に出した障壁でレジストしたのである。

 

 それでも完全には防げていないのだろう。

 身体の所々が凍り付いており、動く度に氷片が舞い飛ぶ。

 

 

 杖に跨り空を飛んでいるのは少年。

 

 まだ歳若く…いや、幼いと言っても良い程の。

 

 それでも追撃してくる相手を見据えながら、杖に跨り空を飛ぶ。

 

 追撃者はというと、そんな彼の背を追いつつ、自分の術が抵抗された事に苛立ちも持たず、どちらかと言うと防がれた事を悦んでいるかのように口元に笑みすら浮かべていた。

 

 

 「ハハハ どうした逃げるだけか。

  尤も呪文を唱える隙も無いだろうがな!」

 

 

 楽しげにその“小さき者”を追うは二体の影。

 

 その一つは闇。

 いや、闇の福音と呼ぶのが正しいだろう。

 漆黒のマントに金色の髪をなびかせる少女のような異形の者。

 

 それに付き従い空を飛ぶ第二の影は黄緑色の髪の黒い侍女服の少女。

 ただし、こちらは両の足でバーニアを噴かせているのだが。

 

 

 「−…マスター」

 

 

 加速中にも拘らず普段通りにその侍女が主に…主である金色の髪の少女に話掛けた。

 

 

 「ん? 何だ?」

 

 

 狩りを楽しんでいるのか少年の力を楽しんでいるのか解からないが、その少女は鼻歌でも歌いそうなほど機嫌が良い。

 

 

 「−都市外部でキルリアン反応多数。

  魔力の該当波形から式神の類かと思われます」

 

 「ほぉ……? では餌に喰らい付いた馬鹿がいたか」

 

 「−……おそらく」

 

 

 かなり児戯のような勝負ではあるが、自分の前方を杖に跨って飛んでいる少年は“奴”の息子だ。

 

 だからこそ“目的”以外に純粋に楽しみたいという欲求が生まれるのもしょうがないだろう。

 事実、自分は楽しんでいるのだし。

 

 

 だからこそ、“自分との繋がり”以外の無関係な魔法教師どもに邪魔に入られたくなかった。

 だからこそ、侍女にある一つの命令を出していた。あるネタを外部にまけと…

 

 

 ——この日、何者かがシステムクラックを行い、麻帆良の結界が緩む——というネタを……

 

 

 案の定、馬鹿が引っかかって周囲を調べ、その信憑性の高さから計画を組んで襲撃を掛けてきている。

 魔法教師らと魔法生徒らはその対応に追われており、こちらには手が届くまい。

 

 言うまでもなくかなり危ない行為ではあるが、そいつらが狙っているという情報もこっちに撒いているからそれなり以上の警戒を行っていたのも確認済みだ。

 

 

 『まぁ……結界内に入られるほど危なくなれば私も動くがな……』

 

 

 等と思ってはいるが口には出さなかった。

 

 

 「−…マスター?」

 

 「あ…いや、何でも無い」

 

 

 怪訝そうな顔をする従者の声に苦笑し、彼女は獲物の少年に意識を戻した。

 

 

 楽しい。

 

 楽しいなぁ……

 

 何年ぶりだろうこんな気分は……

 

 

 昂揚する気持ちの裏に、ひっそりとした寂しさを感じなくもないが、少女はその気持ちに鍵を掛け、少年の背に意識を戻し、

 

 

 「Lic lac la lac lilac

  来たれ氷精 大気に満ちよ 白夜の国の凍土と氷河を…

  CRYSTALLIZATIO TELLUSTRIS(凍れる大地)!!」

 

 

 魔法を紡いで攻撃を再開するのだった。

 

 

 

 

 

 さて——

 

 学園都市内でそんな魔法合戦が行われている事等露知らず、ゲートの外では三対多数の肉弾戦が続いていた。

 

 

 「シ…ッ!!」

 

 

 下腹から練り上げられた氣が外に向って突き進み、“踏み込み”と“突き入れ”の同時動作と共に相手に突き刺さる。

 

 無論、正確に言えば掌底なので抜き手の様に貫通はしない。

 それでも対象は貫かれたと感じている事だろう。それほどの鋭さがあるのだから。

 

 

 煙と共にそれを喰らった敵が消滅して視界が奪われるも、その攻撃を行った少女は舞でも行っているかのように、華麗に身を回して煙りの向こうから突き入れられた槍の穂先をかわしている。

 

 しかも避けると同時に柄を掴み、“引き”と踏み込みを同時に行ってまたも相手の腹部に掌底を叩き込んで打ち倒す。

 

 攻撃そのものが単調なので避けるのも撃つのも難しくはなかった。

 

 

 「手応えが無いアル〜 数だけアルね」

 

 

 しかも彼女の体力が無茶苦茶あって、数十体も屠ったというのに息を荒げてもいない。

 

 

 「折角オバケと戦てるいうのに、手ごたえ無さ過ぎるヨ」

 

 

 また出現した相手に肘を入れ、そのまま裏拳も入れつつそう愚痴る。

 鎧武者はその二撃の音を同時に聞いた事だろう。

 

 つまらなさそうに級友に眼を向ければ、分身に飽きたのか疲れたのか、楓は攻撃をかわすだけにとどまり、攻撃を中止していた。

 

 

 「アイヤ 相変わらずアルネ」

 

 

 相変わらず…というのはその動きの無駄の無さだ。

 必要最小限の動きで紙一重に避けているのだから。

 

 う〜む…私もまだまだ頑張らねば……と、一人でウンウン頷き、はたともう一人いた事を思い出して楓と反対側の場所を走り回っているモノに眼を向ける。

 

 

 

 「おが———んっ!!」

 

 

 

 脱力の余り肩が落ちてしまいそうになるほど情けない悲鳴をあげ、襲い掛かってくる鎧武者の攻撃から逃げ惑っている青年の姿……

 

 

 涙を振り撒きつつ喚いては避け、避けては喚くを繰り返している。

 

 体捌きもクソも無いその動きは何とも無駄だらけで動きも大げさ過ぎるが、迫り来る全ての攻撃を紙一重でかわしていたりするのだからとんでもない。

 

 無様過ぎる言動と回避する格好がナニ過ぎて理解出来様もないが、実は楓や古以上に相手の攻撃を捌き切っているのである。

 

 楓ですら前日の回避行動を見忘れているようで呆れているのだから、接触を果たして間もないはずの古が気付けずともしょうがないだろう。

 

 だが楓は気付いていない、自分が攻撃した時に出していた氣の盾すら出現させていない事に。

 

 強い男が好みだと豪語する中華娘にとって、その青年…横島は面白そうな男であって惚れる対象とは別の存在なのかもしれない。

 

 

 「あ、でも優しいトコロはポイント高いアルネ」

 

 

 等と呟いてみたりもするが、何処まで本気なのだろうか。

 

 

 ともあれ、こんなおバカなイベントを起こしつつも、ゲートを挟んでの内と外との戦いはいよいよ終盤に差し掛かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

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          ■三時間目:ナニかがミチをやって来る (後)

 

 

 

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 古にしても楓にしても、“氣”を察知できる程の実力者である。

 後、この場にはいないが学園公認の狙撃手である龍宮真名は更にその上に“魔眼”を持っている。

 

 その知覚力を持っているからこそ、この三人の隙を突くのは至難の業なのだが……

 この横島という青年は知覚系の才能(性能?)“だけ”なら、そんな三人すら凌駕する。

 

 更に彼の本質は天性のトリックスターであり、イカサマ師だ。

 

 その点だけは“向こう”でも信頼されていたのだろう、彼の雇い主すらここ一番で何かを起こし、状況をひっくり返してしまう点を強く買っていた。

 

 だから泣きながら、喚きながら走り回っていたとしても油断をしてはならない。

 天界で指名手配を受けていた某邪竜の女性も、それによって何時も飲みたくもない煮え湯をグビグビと飲まされ続けていたのだから。

 

 

 『敵を欺くなら味方から…』とはよく言うが、彼の場合は『敵を欺くなら味方すら…』なのだ。

 

 

 時折後を振り返り、追いついてくる鎧武者を目に入れて悲鳴を上げた…ように見える——

 

 前をよく見ず逃げ回り、別の鎧武者と衝突して腰を抜かさんばかりに驚いて四つ足で逃げている…ように見える——

 

 

 だが騙されてはいけない。

 その眼は全然死んでいないのだから。

 

 上級の魔族すら騙くらかして実力を発揮させずに終わらせるのが彼の真骨頂なのだ。

 

 

 

 数日とはいえずっと共に居た楓ですらそんな彼の行動に呆れているのだから、“それ”が気付く訳も無い。

 

 この場にいる三人の中では、はっきり言って単なるオミソ。何の為にいるのか解からない。

 確かに実力はあるのだが、残る二人も子供である。

 これから考えるに研修中の魔法協会関係者…といったところだろう。

 

 喚きながら逃げている男は兎も角、残る二人は“氣”を使っているので退魔業関係なのだろう。式神にも然程驚いていないようであるし。

 

 

 だが、その戦闘方法は大体見て取れた。

 

   

 実力者には違いは無いが、万全の態勢では無さそうだ。

 時間を消費する戦い方からして、ここに援軍が到着するまでの場繋ぎ程度の実力しかないのだろう。

 

 こちらとしても何時までも遊んでいられないし、他の場での時間稼ぎも早々長く続くまい。ここは一つ一気に片を付けるとしよう。

 

 

 そして“それ”は使う<式>を組み替えた。

 

 

 

 疲労は溜まっていないが、いい加減飽きてきた。

 

 強い者と戦う事を良しとしている古であるから、露払いにしかならない数散らしの作業は暴れられるから良いというだけの事。

 当然、飽きも早い。

 

 体重移動だけで相手の懐に肩から飛び込み、その衝撃で動きを止めてから身体を巻き込んで、掌底をぶちかます。

 

 ズドンッ!! という重い音を立てて吹き飛び、背後に居た別の武者を巻き込んで消えてしまった。

 

 弱いし、隙が多いし、脆い。

 

 だから数だけを取り揃えているのか、直にまた影から湧いてきていた。

 

 

 「ヤレヤレ…」

 

 

 それでも止める訳にはいかない古は、めんどーアルな…等とゆるりと構えを取ろうとしていた。

 

 正にその時、タイミングが良いというか、最悪というか、

 

 

 

 

 

 「来たれ雷精、風の精。雷を纏いて吹けよ南洋の風。

           『JOVIS TEMPESTAS FULGURIENS』!!!」

 

 「来たれ氷精、闇の精。闇を従え吹けよ常夜の氷雪。

           『NIVIS TEMPESTAS OBSCURANS』!!!」

 

 

 

 唐突に、途方も無い衝撃が後方から伝わってきた。

 

 

 

 「な、何アル?!」

 

 

 古や楓が知る由もないが、強力な魔法同士がぶつかり合った衝撃波である。

 

 麻帆良内ならばこんな衝撃波でもそれほど認識できず、伝わったとしても落雷程度にしか思わずにいたかもしれないが、ここは結界外。

 

 尚且つ結界が弛んでいる大停電の最中であり、今も淡く掛かっている認識阻害の“外側”なのだ。

 

 だからこそそれを、魔法衝撃を“異質”と認識してしまったのだろう。

 

 

 そしてそれは致命的に隙となる。

 

 

 「古!!」

 

 「ほえ?」

 

 

 何やら焦った友の声に慌てて振り返ったその目前に迫ってくる拳。

 

 微塵も気配を感じられていなかった所為でギョッとするが、かわせられない事も無い。

 僅かに首を振って回避するだけで事足りた。

 

 

 普通なら——

 

 

 「ぐっ?!」

 

 

 無意識に使った硬氣功。それができていなければ腹に受けた一撃で意識を刈り取られていたかもしれない。

 それでも相当な威力であったが。

 

 

 「く…」

 

 

 しかし流石はウルティマホラ優勝者。次の打撃は受けず、腹に喰らった打撃の威力に任せて背後に飛び、その間合いから完全に離れていた。

 浮身は出来なかったが、距離だけはとる事ができたのだから重畳であろう。

 

 意外と言う無かれ。古は完全に相手の拳を完全に見切っていたのに当てられたのである。その理由が解からず踏み込むほど彼女は愚かでは無いのだ。

 

 だが、一旦離れてみれば理由は簡単だ。単に当てる手数を増やしていただけなのだったのだから。

 

 

 「ア、アイヤ…そんな手があったアルか」

 

 

 正しくその言葉通り。

 そんな手があった…つまり、物理的に手の数が多かったのである。

 

 その鎧武者には“脇”からもう二本、手が生えていたのだ。

 

 

 「油断したアル……」

 

 

 同じパターンで再登場を繰り返していた事と、背後に発生した魔法衝撃波に驚いた隙を突かれた為、相手の技量を完全に見誤ってしまっていた。

 責められはすまいが油断は油断だ。今の一撃が武器であれば、下手をすると命を奪われていたかもしれないのだから。

 

 

 「く…」

 

 

 楓は風車手裏剣を旋回させ、古の正面にいる鎧武者に向って投擲する。

 

 唸りを上げて飛んで来た大型手裏剣。

 

 目標の鎧武者はそれに反応できなかったのだが、

 

 

 もう一体現れた別の鎧武者が何と両の手で挟み込むようにそれを受け止めていた。

 

 

 「?!」

 

 

 倒すというつもりで、本気で投げたものを苦も無く受け止めた。

 という事は、その実力は桁違いといって良い。

 

 だが楓がそう驚く隙すら与えるつもりは無いのか、その鎧武者は彼女から奪い取った手裏剣を楓の投擲の勢いを殺す事無く、何と古に向ってそのまま投げつけた。

 

 

 「……っ?!」

 

 

 流石に予想外だったが、古も慌てて回避しようとする。

 

 しかし、膝から力が抜けてガクンと体が傾いた。

 

 

 『まさか…痺れ薬アルか?!』

 

 

 正確には“効果”。

 

 この式神の隠し腕の攻撃が命中すると、仕込んであった<式>が発動し、対象の運動中枢を弛緩させるのである。

 

 氣を練っていたのが幸いしてか倒れはしなかったものの、それでも動きが鈍くなっているのだから防げたとは言えまい。

 

 とはいっても余り意味の無い解説だろう。

 この攻撃が当たれば最低でも致命傷になる事は間違い無いのだから……

 

 

 

 

 

 尤も——

 

 

 

 

 

 

 「あ…」

 

 「ああ…」

 

 「……痛ぅ〜〜…」

 

 

 彼がいなければ、の話である。

 

 

 「な……っ?! だ、大丈夫アルカ?!」

 

 「な、何とか〜……」

 

 

 痛てて…と表情を歪めたものの、意外に元気そうだ。

 

 

 横島は式神が何を行おうとしていたかは理解していなかったのだが、天性の勘が警鐘を打ち鳴らしたのだからそれに従ったまで。結果オーライであるが相変わらず規格外だ。 

 

 尚且つ、楓すら一歩が限界だったその隙間を物凄い速度で駆け抜け、古を抱き締めて飛んだのだから恐れ入る。

 

 

 「怪我…は無ぇーか?」

 

 「え? あ……平気アルヨ!!」

 

 「そっか…」

 

 

 ご丁寧にアスファルトで身体を擦ったりしないよう、腕を背中に回して密着させていたりする。無論、横島の腕の方には擦り傷ができていたが彼は気にもしていない。

 

 抱き締められているという現象を頭で理解できた古が何故か唐突に抱き上げられた子犬のようにジタバタし始めた事に首を傾げつつ、腕から開放して彼女を庇うように前に立ちはだかる。

 

 幸いと言うか何と言うか、その間の追撃は無く、二体の強い式神はこちらの様子を窺うだけに留めていた。

 

 

 ——いや?

 

 

 

 「「??!!」」

 

 

 二体は動かなかったのではない。既に動けなくなっていたのだ。

 

 唐突に式神二体の脇腹がバックリと裂け、そこから式を形作っていた魔力が漏れて塵になった。

 

 その位置は二体の左右対称の位置。丁度二体の隙間を刃が抜けたらこのような感じになるのでは無いだろうか?

 

 

 『ま、まさか……?!』

 

 

 愕然として楓は横島に眼を向ける。

 

 考えられるのはあの彼の刃。

 氣を凝縮した霊波刀とやらの仕業としか考えられない。

 

 

 だが彼は何も変わらず痛そうに腕の傷を確認しているだけ。

 

 如何に強くなろうと、如何に凄まじい力を持とうと今一つ自覚が無い……

 それこそが彼、横島忠夫という男なのだ。

 

 楓は今こそ昨日の驚愕を思い出し、さっきまでとは違う目で横島を見つめていた。

 

 

 突き刺さったりはしていないし、霊気でもって防御をしていたのか致命傷は免れている。

 それでもじくんじくんと痛むのはどうしようもない事で、目の幅の涙が零れて痛ぇ痛ぇと声には出さない泣きが入る横島であるが、身体に不調の出ている女の子を前に出すほど落ちぶれてはいない。

 それに、大体解かった(、、、、、、)ので気を引き締めねばならないだろう。

 

 

 『やだなぁ…』

 

 

 そうと嘆くのも何時もの事。

 どのように強くなっても、妙に平和主義というかヘタレなのは変わっていない。

 それでも横島の気配は変わって行く。

 

 気を抜けば女の子が怪我をする事を理解したのだから。

 

 

 「……?!」

 

 

 そんな彼の背後で、古は別の事に息を呑んでいた。

 

 

 『何アルか…この背中……』

 

 

 自分の前に立ち、凄まじい勢いで駆けて来た男の背中。

 

 その勢いによって地面との摩擦で破れたジージャンとシャツ。

 

 そこから覗く彼の背には、大小様々な傷痕があり尚且つ確実に致命傷ともいえる大きな怪我の痕まであった。

 

 

 逃げ惑うその背に受けた傷痕の可能性もある。

 

 だが何故だろう? 古にはその怪我の一つ一つが、何故か他者を庇った事によって刻まれていった傷だと奇妙な確信が宿っていた。

 

 

 『闘士……いや、戦士だたアルか?』

 

 

 武の気配はチリ程も感じられない。

 

 その鍛錬の匂いがまるで無い。

 

 にも拘らず、古は横島に対してそんな印象を持ってしまった。

 

 

 

 ——と、その程度の事にばかり驚いてはいられない。

 

 

 

 「わっ?!」

 

 

 二体の鎧武者に向って翳された左手に六角形の盾が出現した。

 鈍く光っているそれは、明らかに氣を凝縮したモノ。古の目からすれば硬氣功の超最上級版といったところか?

 

 つい今し方までのボンクラ具合が嘘のようである。

 

 

 

 「え…○Tフィールド?!」

 

 「メタなセリフ禁止——っ!!」

 

 

 それでもボケかますのは流石はバカイエローだ。

 

 ちゃんとツッコミを入れる横島も称賛に値する。

 

 しかし、そんなツッコミを入れつつ彼はちゃんと仕事もしていた。

 

 

 サイキックソーサーは手の前に出現する盾なので、どちらかと言うと野球のモーションではなくフリスビーのモーションに近い形で投げる事となる。

 

 ビュ…と腕を鳴らして投擲したそれは、霊気の固まりなので風の抵抗やらを受けたりせず真っ直ぐ飛んでゆく。

 

 霊気の盾(古達から見れば氣の盾)を出現させるという時点で既に論外だというのに彼はそれを投擲するのだ。初見でそれに反応するのはかなり難しい。

 

 何せ自称ライバルの格闘馬鹿とて回避できずに直撃を受けたのだから——

 

 

 

 当然の如く狙ったものに命中するそれ。

 

 

 そう、高が道路脇の街路樹(、、、)が避けられる訳が……

 

 

 

 「…って、イキナリ外したでござる?!!」

 

 「ノーコン?!!」

 

 

 カッコ良く割り込んでイキナリ攻撃を外せば彼女らとて文句も言うだろう。

 

 

 しかし彼はちゃんと狙ってたりする。

 

 

 「ぐぉっ!!」

 

 

 「へ?」

 「え?」

 

 

 サイキックソーサーが命中した街路樹が紙屑のように破れ散り、黒いコートの男が転がり出てきた。

 

 歳の頃は三十後半くらいか。

 短めに髪を刈り込んだ、この時期には不似合いなロングコート姿の細身の中年男性である。

 

 そして街路樹があった場所には札が一枚落ちており、火の気も無いのにしゅうしゅうと白い煙を放っていた。

 

 

 「街路樹を模した式の中に潜み、気配を押し隠してたんだ。

  楓ちゃんにも気付かせてなかったから、コイツの木遁も相当だなぁ…オレも中々見つけられなんだし……」

 

 「え……?」

 

 

 意外なセリフに楓が驚いた。

 と言うか、まさか彼がそんな事をしていたとは思いもよらなかった。 

 

 

 「ゴキブリの様に逃げていただけでなかったでござるか?!」

 

 「単なるボンクラとは違てたアルか?!」

 

 「誰がボンンクラじゃ——っ!! 失礼やど——っ!!」

 

 

 こういった信用の無さとお笑い担当をさせられるのは運命なのだろうか?

 

 

 「最初に見た時に式神から霊糸が見えてたんだ。

  だったらその糸を辿れば術者の居場所が解かると思ってたんだが……こんな近くに隠れてやがったのか…」

 

 

 術者と思わしき男は両の足をガクガクと震わせ、それでも何とか立ち上がる事に成功する。

 プライド云々より、そのまま転がっていない方が得策と判断したからだ。

 

 言うまでもなく横島は油断なんぞしておらず、その男から眼を離さずに自分の名誉を回復すべく少女らに今の話を語っていた。

 尤もそのまま転がっているだけなら、横島も余裕を持ってエゲツなく追い撃ちを掛けていたであろうからけど。

 

 まぁ、そのお陰でエゲツない追い討ちがなかった事によって少女らからの印象が悪くならなかったのだから、双方にとって最良だったのかもしれないが。

 

 

 それは兎も角として、その男はその言葉を聞き、二人の少女らと共に驚きを見せていた。

 

 何せこの三人は横島が単に逃げ回っているとしか考えておらず、謀られていた事を今初めて思い知らされたのである。

 

 まぁ、横島の…というか、彼の居た職場のオーナーが騙してかわして頭を使って戦うのが王道だったのだ。

 

 何せ相手をする輩は怨霊や妖怪や、魔族等だ。元々のスペックからして人間なんかよりぐぐっと強い存在である。

 そういった存在を相手にするのに力尽くばかりでは話にもならないのだ。

 無論、力押しもしない訳では無いが、それはそれだけで片が付く時くらいである。

 

 そんな職場で働き続けていた横島だからこそ行えた演技だと言えよう。

 

 

 「キ、キサマ……俺と式との“繋がり”が……」

 

 「ああ、見えるぞ」

 

 

 思わず問い掛けてしまった術者の男は、横島の軽い返事に愕然とした。

 

 式神に命じて街路樹の一本を引き抜き、その木を触媒にして式を組み、元の様な木に化けさせて人の眼を謀っていたというのに、目の前の若い男は式神と自分との“繋がり”を辿って発見したというのである。

 そんな見つけ方など聞いた事が無い。

 

 

 「ま、とにかく大人しくしろ。もう勝ち目は無ぇぞ」

 

 

 そう言って無用心に近寄って行く横島。

 

 繋がりを見つけられはしても断たれた訳ではない。その事にこのガキは気付いていないのか?

 術者は、そんな無防備な彼の行動を嘲り、“糸”を通じて自分の式に命を送った。

 

 命令は単純。

 

 

 −この男を殺せ−

 

 

 単純だからこそ素早く動ける。

 繋がりを持たせ、最低限のレベルでしか自分の意思を持たせず己で操っているからこそ失敗も無い。

 

 それで男は今まで生きてきたのだから。

 

 

 横島の近くの影から鎧武者…おそらくは古に一撃を入れる事ができたのと同格以上のヤツ…が現れ、横島に襲い掛かる。

 

 その腕の数は四本。

 其々に形の違う剣を持ち、兜の面当ては髑髏にも似てその強さも伝わってくる。

 

 しかし世には規格外という言葉があり、それに該当するのは彼…横島だ。

 

 右腕を盾と同様に光らせ、稲妻の様な速度で四方向から同時に迫り来る剣先に向け、無造作に腕を振った。

 

 

 バギン…という金属音が一つ。

 

 折れたのは四本。

 

 そして断ち切られたのは一体。

 

 

 「ゴァ……」

 

 

 吐血するような声を漏らし、出現した時と同様に唐突にその身を霧散させた。

 

 

 「な……?!」

 

 

 術者の驚きは如何なるものか。

 

 

 「な、何アルか………

  ハっ?! まさかライト○ーバー?! 理力使いだたアルカ?!」

 

 「ネタも禁止——っ!!」

 

 

 古のノリは相変わらずだった。

 というより、戦いの中で力を見出す事を良しとしている古なのだからテンションを上げているのは当然なのかもしれない。

 

 楓はというと、初めて目にした訳でもないのに、横島の霊力であるエメラルドブルーの輝きに心を奪われていた。

 

 彼に使う言葉としては不適当であり、尚且つ不釣合いで不似合いの言葉であるが、

 自分の風車手裏剣すら軽がると受け止めた鎧武者を、手にしていた刀ごと斬り伏せたその霊気の刃を、

 

 

 『何と美しい輝きでござろうか……』 

 

 

 と見惚れていたのである。

 

 

 古も似たようなものだった。

 

 彼女が知る強き者は大体がその強さを発してくる。

 それは気配であったり、仕種であったりと様々だ。

 

 しかしこの横島には“それ”は全く無い。

 

 確かに異様に高い氣は最初から感じているのだが、使い手である事や強者の気配は微塵も感じさせられなかった。

 

 エラいこき下ろしていたが、古が言っていた通りのボンクラ。

 それが相当する印象だったのである。

 

 しかし、その本質は全く違う。

 

 それはその右手の凝縮された氣の色を見れば……とてもよく解かった。

 

 彼は——強いのである。

 

 

 

 術者の方はプロだった。

 

 だからこそ油断もしていないし、逃げる算段もずっと練り続けている。

 

 “この仕事”を受けた時は、その内容の容易さから楽なものだと思った。

 

 確かにターゲットには厄介な流派の剣士が張り付いているようだが、その実力はひよっこ。西のバケモノ女に比べれば猫にも等しかろう。

 調書から鑑みても、正面衝突を避ければ実に大した事が無いレベルだ。

 

 如何に結界があろうと、補助結界程度なら通り抜ける事も然程難しいものではない。

 あちこちで陽動するだけで、警備がバラけるような拠点防衛用の連携がとれていない烏合の衆に何ができようか。

 堂々と正面から入るとは流石に思わないだろうし、ゲートにいたのは小娘二人とボンクラそうな男が一人。チョロイものである。

 

 だから一時間程で全ての仕事は片が付く。その筈だった。

 

 

 だが、蓋を開けてみればどうだ?

 

 ゲートを守っていた少女らは意外なほど強く、わざと手を抜いて造ったとはいえ“式”である雑兵の生き鎧達が手も足も出なかった。

 予想通りボンクラは逃げ回っていたのは良しとしても、全然戦力を削れないのは大問題である。

 それに時間だけが刻一刻と過ぎて行き、下手をすると情報にあった結界が修復される時間が来てしまう。

 

 そうなると自分の信用も失墜してしまうでは無いか。

 

 だから——

 

 だから自分の本当の手持ちの式神を使用したというのに……恐ろしく容易く葬られてしまった。

 

 男は、今まで感じた事も無い不安を拭いきれず、じりじりと近寄ってくる横島に呑まれ続けていた。

 

 

 三人の驚きはさておき、横島は今の鎧武者らの事等気にもしていなかったりする。

 

 実のところ伝わってくるプレッシャーにしても、修業場である霊山の門を守っている二馬鹿程度であるし、剣の速度もその修業場の四肢が刃の奴と同程度。管理人の竜神娘の剣速からすれば欠伸が出る。

 そんな剣を見切る事は難しくもなんとも無いのである。

 

 

 近寄ってゆく横島を遮るように間に割り込む新たなる三体の式神。

 デザインは今までと同じだが、霊圧そのものがまるで違う。恐らくは強者の部類だろう。

 

 

 突き出される十字槍、

 

 振り下ろされる鉄棍棒、

 

 横薙ぎに迫る白刃、

 

 

 今までの鎧武者の速度では無い。

 様子見ではないのだから完殺意思が強いのは当然だ。

 

 だが、横島は別段慌てたりしない。

 

 

 その攻撃の全てが……遅く、尚且つ軽いのだから。

 

 

 某邪竜の女の三叉槍すら避けている彼はその厄介な“筈”の十字の槍先を切り飛ばし、

 

 白猿神の神珍鉄に比べれば飴細工にも劣る鉄棍棒をあっさりと霊気の盾で受け止め、

 

 霊刀、妖刀でなければ傷つける事も適わぬ霊波の掌によって白刃は止められ、

 

 

 その“栄光の手”の横薙ぎでその三体は文字通り消し飛ばされてしまった。

 

 

 「…!!」

 

 

 楓と古は更に息を呑んだ。

 

 横島の攻撃は荒く、技と言うものがまるで存在しない反射的なものである。

 誰かに学んだものであればそういった癖が見え、流れというものが戦いに混ざっているはずだ。

 

 だから何流や何々派というものが見て取れるし、対応も出来るのだが……横島には“それ”が無い。

 にも拘らず無駄がまるで無いのだ。

 

 無拍子…という訳でもなく、無意識の一撃でもない。

 それでも狙って出したのも間違いは無いだろう。

 

 だが、その一連の流れは思い付いて出したとは考えられない行動であり、それでいて無駄を感じさせない見事なものであった。

 

 

 言うなれば風か水。

 

 形に囚われず千変万化な状況に対応する恐るべきものである。

 

 

 まぁ——

 

 

 「脅かすなボケ!! 死ぬ思たわっ!!」

 

 

 関西弁で泣いて抗議する彼を見て使い手だと思う変わり者は居るまいが。

 

 

 しかし、こうなると楓も古も気を取り直し、術者に意識を向けられる。

 

 確かにほぼ無限に湧いて来る鎧武者は難敵であるが、この男がその要である事は魔法を知らずとも何となく理解が出来ていた。

 まぁRPGの敵の倒し方のノリで…ではあったが。

 

 二人の技量を観察していた所為で余計に自分の不利を悟る術者。

 

 最早逃げ道はなく、ターゲットの元へ向う術も残されていない。

 

 

 そしてその微かなチャンスも——

 

 

 「え?」

 

 「あ…点いたアル」

 

 

 

 追い撃ちをかけるように夜の闇を切り裂くように光が灯り、僅かな勝機も消え失せた。

 

 タイムリミットである。

 

 

 仮に都市内に侵入できたとしても、逃げ出す事は適うまい。

 

 男は、術者として…プロとしてあってはならない失態を演じてしまったのだ。

 

 

 「く……っ」

 

 

 こうなるとこのまま撤退する他無い。

 

 恥辱極まりないが、勝負に拘って余計な怪我を負うほど彼は愚かではないのである。

 

 残った式を壁として前に出現させ、懐に手を入れて逃走用の式を引き抜——

 

 

 「させるかアホ」

 

 

 ——こうとして、首に手刀を喰らい意識を刈り取られてしまった。

 

 

 術者が意識を無くすと結界外の全ての鎧武者が消失し、

 

 数多くの魔法関係者が何が起こり、何で決着が付いたのか理解が出来ぬまま、その夜の防衛戦は電灯の回復と共に静かな終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ〜……やっぱコレか」

 

 

 気絶させた術者のコートを剥ぎ取り、一応用心の為に他の装備品を漁ってからロープでなんだか手際よく拘束してゆく横島。

 

 

 「何で男なんぞ……」

 

 

 とぶつぶつ文句を言う横島に苦笑しつつ、楓は自分らの担当者である高畑に連絡を入れた。

 

 幸いに携帯は直に繋がり、捕縛者の話を聞いて驚いていた。ちょいと時間が掛かるかもしれないが高畑本人が後で迎えに来てくれるとの事。

 

 後で…というのは、今は“何故か”橋が使えなくなっており、横島らも橋を渡って帰ってはいけないらしい。

 だからここで高畑を待たねばならなくなっていた。

 

 別にここで野宿しろと言われた訳でも無いし、魔法合戦もあったようだから揉み消しでもしてんだろ? と解釈した横島の言葉に一応の納得をした楓は、すまなそうに言う高畑に『別に良いでござるよ。でも、なるべく早くお願いしたいでござる』と言って携帯を閉じる。

 

 その間、横島は術者の装備品をチェックしていたのであるが……“それ”は案外早く見つけ出す事が出来た。

 

 

 「このコートが何アルか?

  ……うわっ?! 裏地が御札だらけアル」

 

 

 男が着ていたロングコート。

 この季節。夜はまだ多少は気温が低くなる事もあるが、都市周辺は何故かそこそこ暖かい。

 そんな暖かくなっている時期にロングコートはやはり異質に映っていたのであるが……

 

 

 コートの裏側は、びっしりと符が張り巡らされていた。

 

 

 「これが多分カラクリだなぁ……

  式神を呼び出すのに足りない霊力…っと、魔力か。魔力は符に込められている分を使用してたんだな」

 

 「え〜と…電池みたいなものアルか?」

 

 「ああ」

 

 

 

 完全にスタンドアローンの式神の大半は、一枚の式神符からは一体しか出せない。

 その代わりに同じ格好をしているので見分けがつき難い。尚且つ装備まで揃えているのだから始末が悪く、戦っている相手からすると倒しても倒しても復活する錯覚に見舞われていた事であろう。

 召喚に使用する魔力は電池式に符を使用する事でまかない、己の魔力を残さないよう最善の注意が払われていた。

 式としての強度も然程でも無い為、そんなに疲れはしないし、楓や古の様な一撃で複数を薙ぎ倒す攻撃方法が限られる者にとっては、数で押してくる最悪の相手である。

 

 横島はその符の中から妙に分厚い紙を一枚引き剥がし、霊気を送って何か調べていた。

 

 

 「その符が如何したでござる?」

 

 

 携帯電話を懐に(…胸の隙間か?)にしまいつつ、横島の元に歩み寄る。

 

 側によって来る前に調べが終わっていた横島は、何となくゲンナリとした表情で彼女の問い掛けに答えた。

 

 

 「……思った通りだよ……“これ”が身代わり符だ」

 

 

 ほら…と楓の前に翳した大きな符。

 

 郵便封筒より二回りくらい大きな白い紙で出来ており、中に何か入ってる。

 大きめの封筒に手紙を入れて封を掛けているのを想像すればお解りになられるだろう。

 

 

 「身代わり符て、何アルか?」

 

 

 きょとんとした目で古が聞いてくる。

 つぶらな瞳が素直な好奇心を映しているのだが、横島は返答に困った。

 

 説明する=こちらに引き入れるという事なので躊躇は当たり前である。

 困った彼は楓に助けてという視線を送るが、楓はニコリとしたまま首を横に振った。

 

 言うな…ではなく、諦めるでござる…の意である事はすんなりと理解できてしまう。

 

 そんな楓の仕種に溜息を吐き、古に視線を戻してまた溜息。

 その息はあくまで苦い。

 

 

 「まぁ、なんだ……名前の通りに身代わりなんだな」

 

 「ほえ?」

 

 

 <呪>や<式>は術を破られると術者に跳ね返る事がある。それを“返り(かやり)の風”という。

 

 強力な術者であればその反動すらねじ伏せられるのだが、念の為に身代わりを用意する事は普通なのである。

 

 

 まぁ言ってしまえば、

 

 『オ、オレやないぞ?! コイツや! コイツがやったんや!!』と責任を擦り付ける訳だ。

 

 

 しっかし……と再度溜息を吐き、横島はその符を両手で持った。

 それは丁度引き裂こうする仕種であり、楓は驚いて横島のその手を止めさせた。

 

 

 「何をしているでござる? それは証拠品でござるよ」

 

 「ああ、そーなんだけどな……」

 

 

 腕を掴まれた事に不快な顔を見せず、どちらかと言うとやや悲しげな顔で曖昧な苦笑を見せる横島。

 

 

 「この符……何か膨れてるだろ?」

 

 「え? ま、まぁ、そうみたいでござるが……それが…?」

 

 

 突然の質問に戸惑いを見せたが、中身を見たいと言う理由で証拠物件を破っては拙いのではござらぬか? 楓はそう口にしようとした。

 

 

 「中にさ、どうも子供の遺骨が入ってるみたいなんだよね……」

 

 「は?」

 

 

 楓が言う前に横島が中身をばらしてくる。

 

 ぽかんとする楓であったが、今の言葉が横島から齎されたが故に彼のややこしい表情の意味を悟る事ができた。

 

 彼は無理に笑顔を作っていたのだろう。それが曖昧な苦笑になっていたのだろうと……

 

 

 「し、しかし、それを破ったりしたらこの男が式神を操っていたという証拠が……」

 

 

 

 −確実に減る−

 

 何せあれだけの数を召喚していたのであるし、陽動にも使われている。

 無論、スタンドアローンの式神ならばよほどの事が無い限り<返りの風>は発生しないだろう。だからといって“身代わり”を用意してあった事には変わりは無い訳で、楓ら素人目に見ても力を感じられる筆文字で書かれている符はかなり決定的な証拠となろう。

 いや横島の言葉通りに子供の遺骨が入っているというのであれば尚更だ。

 

 

 言うまでもなく、楓の本心から言えば彼がしようとしている事の方を推す。

 人道的にも生理的にも外法は受け入れ難い術なのだから。

 

 だがこの件は仕事として受けたものである。

 彼の一存で如何こうして良い訳では無い………と思う……

 

 

 「オレさ……ここに来てこんな生活させてもらってるけどGSなんだよな」

 

 「……え?」

 

 

 突然、何を言い出すのか。

 葛藤を忘れ、彼の顔を見入ってしまう。

 

 立ち位置を変えただけで外灯の明かりで前髪に影が出来て表情が見えなくなっていた。

 不思議だが、灯りの無い時の方が表情が見えていた気がする。

 

 

 「GSってさ、退魔だけが仕事じゃないんだ……

  妖怪とか悪霊とかが起こす揉め事を解決すんのが仕事でさ、倒してばっかって訳じゃないんだ」

 

 

 無論、金をもらっている以上は依頼人に従いもするが、幸いにして自分の雇い主はものごっつい守銭奴ではあるがまっとーなGSであり、所謂“人外”らと共闘する事も当たり前のように行っていた。

 

 そんな彼が懸念しているのは、無理矢理符に閉じ込められて<身代わり>とされている霊が壊れかかっているという事である。

 

 

 「確かに雇われはしたけどさ、これはオレの…オレらのやり方なんだ」

 

 特にあの人(、、、)だったら問答無用でやるんだろうなぁ。『ハ? ナニ? 文句あんの?』って…

 彼はそう小さく呟きながらビィ…と軽い音を立て、符が引き裂いた。

 

 今度は楓は止められない。

 否、止めなかった。

 

 楓も忍者であるから任務を全うする事がどれほど大事か理解している。

 任務として受けた以上は、命をとして完遂せねばならないと。

 

 

 だが——

 

 

 

 

 ふわ……と、破られた符から淡い光が漏れ、横島の回りを舞う。

 

 数にして三つ。三人も閉じ込められていたというのだろうか?

 

 横島の霊気をもらい、楓はおろか古の目にもそれが“それ”として認識できている。

 それでもその光はまるで蛍火のように弱々しい。

 

 だがその弱々しい仄かな明かり故に儚く美しくもあった。

 

 

 一瞬——

 

 その蛍火が彼の顔を通り過ぎた僅かな瞬きの間に横島の顔が見えた気がした。

 

 悲しいような、懐かしむような、それでいて愛おしむような……

 

 「悪ぃなぁ……オレ、()持ってねーし、あったとしてもおキヌちゃんみたいに吹けねぇから、一つしか方法無いんだ。

  紛い物だけど、勘弁な?」

 

 

 そう蛍火に語りかけつつポケットから出された彼の両の手の中に何かの明かりが灯っていた。

 

 不思議な色彩で、真珠色とも青色とも見える。

 

 やがてその輝きが増すと、辺りに笛の音が響き渡った。

 

 甲高く、それでいて鈴の音色にも似て優しく、切なく、暖かい笛の音が——

 

 

 「ああ…いいって。そう気にすんなって。

  ほれほれ、母ちゃんが向こうで待ってるぞ」

 

 

 そう優しげに語り掛けている彼の両の手の中、

 『成』『仏』という文字が浮かんでいる。

 

 “珠”に込めるのは飽く迄もイメージ。

 彼の中にある成仏のイメージが件の少女の音色だとすると、それはそこで笛の音で持って再現する事もできよう。

 

 

 霧が霞んでゆくように光が瞬き、速度を上げて天へ登ってゆく。

 

 天に昇ると言う言葉を体現するかのように、三つの…いや、三人の魂はこの世から去って逝った。

 

 

 どれだけの時間、見上げていた解からないが、三人は走りよってくる車の音に気付いて頭を下ろした。

 

 車種に詳しいわけではないが、何度か聞き覚えのあるエンジン音にそれが高畑の車である事だけは何とか予想がついた。

 

 ああ、迎えに来てくれたのかとボンヤリと考えていたその時、横島はある事を思い出し、この場に居る少女の名を呼んだ。

 

 

 「あ、古ちゃん」

 

 「な、何アル?」

 

 

 唐突に名を呼ばれ、夢から目覚めたばかりの様に戸惑いを見せる古。

 

 そんな彼女に横島は、

 

 

 「悪りぃけど、オレと楓ちゃんの事、皆には内緒にしてくんない?

  バレたらひっじょーにマズいのよね。主に給金とかの罰則で……」

 

 

 と手を合わせて拝んできた。

 

 

 呆気にとられ、楓に眼を向けると彼女は自分と同じ様な顔をして呆れているではないか。

 

 

 妖怪変化のような回避能力と、計測しようが無い力量と、死者にすら優しい心を持つ謎の男。

 

 未知なる力を振るう横島忠夫と古との出会いはこうして幕を閉じる。

 

 

 あの時踏み出した一歩。

 その一歩が彼女の居た一般的な道から大きくずれる第一歩だとは……流石に思いもよらなかったが……

 

 

 「勿論ね。

  それにアナタに興味が湧いたアルから迷惑はかけないヨ」

 

 「ちょ、まっ?! ナニその笑い?! なんかものごっつ不穏なんですけど——?!」

 

 「気にしないアルよ。フッフッフッ……」

 

 「ここにはこんな娘っ子しかおらんのか——っ?!」

 

 

 

 古は後悔はしない。

 

 

 

 別の強さが存在する新しい世界を知ったのだから。

 

 だから笑う。

 楽しげに。

 

 このビックリ箱の様な青年に会えたのだから。

 

 

 「という訳で、これから宜しくアルよ」

 

 

 

 古が関わってくる事は間違い無さそうである。

 

 楓は横島よりも先に諦めの溜息を吐き、まぁいいか…とあっさり受け入れていた。

 

 

 間接的とはいえ、彼女の…古のお陰で横島忠夫という人となりをまた知る事ができたのだから。

 

 アスファルトに突き刺さっていた自分の風車手裏剣を引き抜き、楓も横島をからかいに走る。

 

 

 

 “二人”で横島をからかう事が日課…楓はそんな確信めいた事を考えていた。

 

 

 





 お読みいただき感謝の極み。
 再手直しでも難産でした……

 最初の時も横っちを活躍させず活躍させる…それをモットーにしたくて削っちゃ直し、直しちゃ削りの繰り返し。

 中身は大人なのに十七歳時の霊力と霊能力しか使えないという設定なので、ごっつタイヘンなのです。
 じゃあ、そんな設定にすんなよ!! と言われればそれまでですが……イヤハヤ。

 次回は修学旅行前の話です。
 長くはありませんが、短くも無いでしょう。多分。

 という訳で、続きは見てのお帰りです。ではでは〜


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四時間目:ハダカの銃を持つオトコ
前編


 

 

 「ご苦労じゃったのぉ」

 

 「いや……そうでもなかったよ」

 

 

 朝も早い麻帆良学園学園長室。

 

 騒動の後始末と、確保された侵入者の尋問等を終わらせたとはいえ仕事が終わる訳ではない。

 廻ってくる始末書の整理やら施設の修繕。何処ぞの吸血鬼が起こした騒動の後始末も別件で行わなければならないのだから。

 

 幸いにも仮免の警備員が式神使いを取り押さえてくれたので責任を押し付けることも出来るのだからマシとも言える。

 案の定、その術者への依頼人の氏素性は不明であったが。

 

 それは兎も角、

 学園長に報告書を提示したのは褐色の肌に長い黒髪を後ろに流す長身の少女。

 女子中学生という世間一般で言うところの若輩なれど、年齢度外視の落ち着いた色気と実力を持ち、“裏”でもその名は知られている。

 

 無論、“通り名”の方であるが、この学園にいる以上は今使っている名で呼ぶ事にしよう。

 

 即ち——

 

 

 「それで、あの二人はどうじゃったかの? 龍宮君」

 

 

 龍宮 真名という名前で。

 

 

 「楓の方は今更言うまでも無いよ。

  そのまま“本気の私”と闘える程の実力があるからね」

 

 

 問われた真名は腕を組んだまま、学園長の問いを慇懃さが見えない口調で返す。

 

 普段は目上に丁寧語を使用する彼女であるが、今はビジネス中。よって口調もこうなってしまう。

 プロである以上はプライベートとビジネスは完全に別件としているのも当然か。

 

 

 学園長——近衛はこの少女に夕べの仕事時の二人の見定めを依頼しておいたのだ。

 

 突発的に湧いたハプニングによって図らずも実力を見る機会が与えられたのは幸いといえるかもしれない。

 

 

 「で、横島君の方はどうじゃったかの?」 

 

 

 彼からしてみればこちらの方が重要である。

 何せ楓の方は真名からある程度話を聞いていたのだから。

 

 仙人のような長い顎鬚を撫でつつ真名の返答を待つ。

 

 

 真名の方はというと、やや眉を顰めるという珍しい表情を見せていた。

 

 言い難い…というか表現し辛い…といった塩梅か?

 

 数秒の熟考の後、真名は口を開き、

 

 

 

 「……甘過ぎるな」

 

 

 

 と端的に言った。

 

 

 「ほぉ?」

 

 

 近衛は片眉を跳ね、その意味合いを判断しかねた。

 

 無論、真名もそれだけで説明できたとは思っていないし、仕事ができたとも思っていない。

 だから補足を行う事も忘れない。

 

 

 「相手を倒す…という事に関しては楓以上…いや、下手をすると私以上かもしれない。

  素のような気もするが、ちょっと考えられないくらい道化を演じ切り、相手の油断を誘い機を見るに敏で動く。

  実際、式を倒した時は私の“魔眼”でも彼の動きを捉え切れなかったしね」

 

 「何と…」

 

 

 自分を卑下するでもなく、純然たる事実。

 初対面で敵として戦っていたとしたら数秒と待たずに地に伏しているのではとも思う。

 

 では何が甘いというのか?

 

 

 「以前何があったかは知らないが彼は情けをかけ過ぎる。

  特に彼は女に対して絶対に手を上げられないようだし」

 

 

 強迫観念と言ってもいいだろうな…そう真名が後を続けると、興味深そうに近衛は聞き入っていた。

 

 

 「霊体に対してもそうだ。理由は解からんが何やら想いを持っているようだったぞ?」

 

 

 そう言えば同僚の女性が300年ほど幽霊をやってたとか言っておったのう…と近衛は青年の話を思い出して一人納得している。

 

 更に近衛らには語ってはいないが、職場の近所の公園では陽気な浮遊霊達が宴会を開いていたりするのだ。

 だから青年にとって霊的なものはかなり身近な存在なのである。

 

 

 「女の為に傷付いて、霊の為に骨を折る……戦いの中で無意味な粉骨砕身を起こす。

  そしてそれが癖ときたのだから恐れ入る。

  その甘さが命取りになる可能性は高い…いや、高過ぎる」

 

 「ふぅむ……」

 

 

 その報告は既に高畑経由で耳にしており、始末書も書かせて既に眼を通していた。

 

 証拠物件として残っていた身代わり符。

 その依り代として遺骨で括られていた(、、、、、、)三人の子供の霊を横島は独断で鎮魂したというのだ。

 

 横島の話によると、五歳の男の子と四歳の女の子、そして七歳の女の子だという。

 

 <返りの風>の影響を僅かながら受け続けていたので自我が崩壊しかかっており、下手をすると“よくないもの”へと転じてしまうかもしれない。

 だから彼はそうなる前に成仏させたというのである。

 

 

 実のところ近衛は証拠物件を破棄する事になったの事を別に気にもしていない。

 何しろ捕えられたのは魔法犯罪の容疑者だ。真実看破の部屋で尋問したって良いのである。

 事が学園都市襲撃というテロ事件なのだから遠慮なんぞいらないのだ。

 

 確かに証拠は多いにこした事はないのであるが、自分らの立場は所謂“一般”とは異なっているのでそういった裏技が“利く”のである。だから楓が気にする程ではなかったのだ。

 まぁ、注意はしっかりと与えておいてもらったが…

 

 

 『……にしても、浄霊を一瞬で出来るとはのぉ……』

 

 

 青年の実力を聞いた時には流石の近衛も静かに瞠目していた。

 

 彼らの常識からすれば、浄霊や鎮魂は結構大掛かりな儀式を講ぜねばならないものだ。

 

 何せ相手は死んだ者。成仏する方法など本人(?)が知る由も無く、如何に説得しようとどうこうできる代物ではないのだから。

 となると力尽くで“祓う”他手段は無い。

 剣や術を行使して、その存在を祓うのである。

 

 

 だが、彼は<成仏>させた。

 

 

 霊達をあやし、慰め、天へと導いてやったのだ。

 

 実力もさる事ながら、霊達に対しても優しさを見せる彼の行為は好感こそ持っても怒るには及ばない。

 

 まぁ、霊にすらそういった想いを持てるからこそ『甘い』と称されるのだろうが。

 

 

 「では、採点すると何点ぐらいかの?」

 

 

 とは言っても、これからの事と人格は別問題だ。

 その長所が短所になりかねないのなら、仕事を変えるまでである。

 

 だからプロから見た点数を問うてみる。

 

 そうだな…と真名は首を傾げ、

 

 

 「……六十点……くらいか?」

 

 

 と意外に高い点数を述べた。

 

 

 「ほほぉ…? 赤点は免れたといったところかの?」

 

 「私も甘いのかもな」

 

 

 そう苦笑し、机の上に置かれた茶封筒を手にとって懐に入れ、近衛に背を向ける。

 仕事は終わったのだからとっとと自室に帰り学生の身に戻るのだ。

 

 

 「一緒に組むのは勘弁だが、彼の実力は貴方達の…いや私の想像を超えていた。

  甘さは目立つが隙まで目立つ訳じゃないようだしな。

  それに……」

 

 「……それに?」

 

 

 ドアを開けつつ近衛の問い掛けに対し、

 

 

 「あの男……何だか面白い……」

 

 

 珍しく微笑を見せつつそう言った。

 

 返答が気に入ったのか、近衛はふぉふぉふぉと宇宙忍者宜しく笑い出し、真名はそんな依頼人に頭を下げ、

 

 

 「では、失礼します」

 

 

 と慇懃さを表わし、関東魔術協会理事長室という“裏”から、明るい陽が射す“外”へと戻って行った。

 

 

 パタンと閉じられた学園長室で近衛は一人笑いながら引き出しを開け、判子を取り出してテーブルの上に置いてある書類にポンっと捺印する。

 

 何が面白いのかククク…と笑いを残しつつ、

 

 

 「優しいが故に甘く…そして面白い…か……

  ワシもそう思っておるよ………」

 

 

 近衛の顔は、本当に楽しげであり、嬉しげであった。

 

 

 

 横島 忠夫

 

 長瀬 楓

 

 両名、学園警備班 −本採用− 

 

 

 

 

 

 

 

 

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          ■四時間目:ハダカの銃を持つオトコ (前)

 

 

 

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 風の中を駆ける——

 

 風となって駆ける——

 

 

 忍者さながら、人外そのものの動きで駆け回り、姿を消す。

 

 茂みの枝葉を揺らす事無く木々の間を抜け、ヤモリより素早く木に登り気配を閉ざす。

 

 するとその後から何人もの男達が詰めかけ、周囲を探り怒声を上げる。

 

 

 「くそっ!! どっち行った?!」

 

 「ゴキブリの様な奴め……」

 

 「なら同じ様に始末してやる」

 

 「逃がすな。八つ裂きにしろ!!」

 

 「応!!」

 

 

 ドカドカと地響きを立てるように男達は別々の方向に駆けて行く。

 

 殺す気と書いて殺気。

 その殺気を満々と溢れさせている男らがいなくなってもその場に動きは無い。

 

 小鳥が鳴き、風に木々がさざめく音が聞えるのみ。

 

 

 そして彼らがいた気配すら感じられなくなった頃になり、ようやく一人の少女が姿を現した。

 

 

 長身であり、素晴らしいプロポーションを中等部の制服で包んだその少女は、この近くの和菓子屋の紙袋を抱えており、男達の去った方向を暫く見つめてからゆっくりと足を踏み出してゆく。

 

 さわさわとやわらかな風を頬に受けつつ、少女はのんびりとした歩調で歩いてくる。

 

 やがて男達が言い合いをしていた一本の木の下に歩み寄るとその上を見上げ、

 

 

 「もう行ったでござるよ」

 

 

 と声をかけた。

 

 途端に枝葉の間に気配が湧いて出、何者かがずるりずるりと幹に沿って降りてきたではないか。

 

 恰も百日紅の幹から猿が滑り落ちてくるように。いや、木自体は桜であるが。

 

 

 「…にしても、凄まじい隠行でござるなぁ……

  拙者ですらこの木に登って行ったところを見ておらねば気付かないでござるよ」

 

 「……」

 

 

 手放しの楓の賛辞も精神疲労で肩を落とした青年を立ち直らせるのには程遠い。

 彼女が後からがばっと抱きつきでもすればかなり高確率で回復するだろうし、彼女もこの青年にそんな事をやってみたいという誘惑に耐えていたりする。

 

 尤も、成功したらしたで彼は別の意味で精神が追い詰められてしまうだろう。

 恐らくは心の奥から『リーチ!』とかいう声が聞こえたりして。

 

 だから楓は武士の(忍びの?)情けで抱きつくという妙案を却下していた。

 

 

 「何で…」

 

 「ん?」

 

 「何でオレがこんな目に遭わなあかんのや……?」

 

 

 搾り出される悲痛なる声。

 

 イロイロ追い詰められている鬱積はかなり危なく臨界点に達していた。

 

 

 「ん——」

 

 

 楓はそんな青年に持っていた袋からペットボトルのお茶を取り出して手渡し、口元に指をやって考えを廻らせて行く。

 

 とは言っても、思いつく理由は一つしかないのだが。

 

 

 

 

 「それは、横島殿が拙者らに手を付けたからでござろう?」

 

 「 完 璧 且 つ 徹 底 的 に 濡 れ 衣 じ ゃ ね ー か っ ! ! 」

 

 

 

 

 あの夜から既に数日。

 横島と楓は正式に魔法関係者としての警備員として認められていた。

 

 まだ学生の身分である楓は兎も角、横島はこの学園に就職している。

 だから新たに組まれたローテーションでは、始業から放課後まで用務員として過ごし、放課後からは基本的に自由行動となった。

 何だか高待遇のようであるが、有事の際に魔法教師や魔法生徒らよりフレキシブルに動けるようにされているだけで、用務員としての掃除やら雑務に追われつつ生徒らを見守るという非常に広範囲に働かねばならない大変なものだったりする。

 

 尤も、冷遇されているわけでもなく、本採用となったお陰でちゃんとした部屋を与えてもらっているし、一通り以上の雑務は“向こう”でやらされて(涙)おり、工務店レベルの補修すら出来る彼はその実大変重宝されてたりする。

 何せ手早くて正確で丁寧なのだ。用務員レベルはかなり高いと言えよう。そんな物があるかどうかは知らないが。

 

 自室には非常回線用の端末すら与えられているのでネットサーフもできる。

 生活必需品としてテレビとエアコンと冷蔵庫と電話もある為、文句など出よう筈も無いのだ。

 

 まぁ……女子中等部の女子寮近くの部屋なので、端末にはちゃっかりペアレンタルロックがかけられているからエロサイトとかには行けないのはしょうがないが……

 

 それでも高待遇である事に間違いは無い。

 十代のころの赤貧状態からすれば夢の様な生活状況である。潤いは無いが。

 

 

 そんな彼に二人の少女が弟子入りを果たしていた。

 

 

 その少女の名を長瀬楓。

 そして………古菲という。

 

 

 弟子入り…というのは語弊があろう。

 武術の技術であれば横島を凌駕しているのだし、ぶっちゃけ物理攻撃力でも勝てる点は皆無だ。

 

 彼女が弟子入りを申し込んだのは、彼女が至らない点…氣の使い方と戦闘そのものである。

 

 内氣功と外氣功、硬氣功まで使いこなす彼女であるが、流石に楓や横島ほどの強さには届かない。

 特に楓は氣を練りこんで分身を作り、尚且つ其々に氣の攻撃を行わせる事が出来る達人だ。

 

 武人として“そこ”に至ろうとするのは当然といえる。

 

 だったら楓に頼み込めばいいだろう? という説もあるが、実は楓は楓で横島に氣を習いたいと思っていたのだ。

 

 

 何せ横島の言う所の“栄光の手”そして“サイキックソーサー”は楓らの知る氣とは少し違う。

 

 彼自身もPSYCHICと言っているのだから、ぶっちゃけ“意思”を形状化させたものと認識した方が良い。

 その出し方…というか力の練り方を彼に教授して欲しいと思っていたのである。

 

 だから二人して彼に願い出た…とまぁ、そういった経緯があった。

 それだけが理由なのかどうかは彼女らしか知らない事であるし。

 

 

 言うまでもなく彼は渋った。そりゃあもう、愚図愚図と。

 

 美少女(←ココ重要)を戦いの場に引っ張り出すのも反対であるし、何より可により面倒くさいのだ。

 

 しかし、既に彼の性格の一部はバレている。

 特に楓には。

 

 だから彼に絶対に拒めないよう強請…もとい、交渉にでたのだ。

 

 

 曰く——

 

 

 「もし聞き入れてもらえぬのならば、

  拙者らは許可してもらえるまで毎日半裸でにじり寄って説得するでござるよ?」

 

 

 ———彼に退路は無かった……

 

 

 

 「くそぉ……ジャスティス(ロリ否定)がオレを責め苛んだりさえしなければどうにかなったのに……」

 

 「その代わり、拙者らは横島殿に“どうにか”されているでござろうな」

 

 「………」

 

 

 正論だ。

 ジャスティスが責めないというのであれば肯定しているという事なのだから。

 

 所詮は横島も男である。女に口では適う訳が無い。

 

 

 「ささ。今日も修業の続きを ス ル でござるよ♪」

 

 

 楓は喜色を浮かべつつ手を差し出し、彼を連れて行こうとする。

 

 あれから毎日行っているが、それがなんともいえない体験なのだから。

 

 

 「ちょ、まっ!! せめてその不穏当なセリフは勘弁して!!」

 

 「だったら自発的に拙者らをイロイロ教えて欲しいものでござるよ」

 

 「イロイロって……」

 

 「ナニを想像してるでござる?」

 

 「うっさいっ!! 泣くぞ?!」

 

 「はっはっはっ 既に泣き顔でござるよ」

 

 

 横島はすっかりペースを握られている。

 

 “あの夜”からこっち、何だか楓は前以上に横島のすぐ側にいた。

 

 物理的な距離では無く、こうやって彼をからかえる精神的な意味合いでの位置で。

 

  

 「うう……もう勘弁して欲しいんやけどなぁ……」

 

 「約束を…違えるでござるか…?」

 

 

 一転してくしゅ〜んとした表情を見せ、眼差しで持って横島を責めた。

 寒い冬の夜に目が合ってしまった子犬というか、雨の中でウッカリ見つけてしまった子猫というか、そんなオーラが横島を襲う。

 

 無論、言うまでもなく彼が、

 

 

 「わーった!!

  わーったから、そんな目で見んといてーっ!!」

 

 

 そんな眼差しに勝てる訳がなかった。

 

 

 「そうでござるか♪ さて、行くでござるよ。いい場所があるでござるに」

 

 

 コロリと機嫌を直し、横島を引き摺るように連れてゆく楓。

 

 その足取りは楽しげで軽いが、連れられて行く横島の後には心の汗の跡が延々と続いていたという……

 

 

 

 切っ掛けは、ゲートでの戦いの後に起こった———

 

 前述の通り、古は横島の氣の使い方の弟子(っポイ何か)となったのであるが、“向こう”の弟子である人狼族の少女と違って、古は氣を練る事は出来ても“出す事”は出来ないのだ。

 この歳で浸透勁すらできる古であるが、流石に氣を具現化は無茶過ぎる。当たり前といわれればそれまでであるが。

 

 だから横島はある特殊な方法で持って氣の流れに慣れさせる事にしたのである。

 

 

 ———したのであるが……それが彼の危機を呼び込んでしまったのだ。

 

 

 

 

 「アイヤ…アレはホントに凄かたアルよ。

  あんなのがワタシの中に入るとは思わなかたアル。

 

  最初は少し怖かたけど、慣れたらちょと気持ちいいネ。

  何事も慣れが肝心いう訳アルな。

  お陰でお腹の奥が温かいアルよ」

 

 

 

 

 

 

 最初に断っておこう……

 

 

 単に氣の鍛練の感想である。

 

 

 モノが氣であるから普通に口で教えるのは無理があるし、かといって彼女は氣を練れても“出す”事が出来ない。

 体内で練り上げた氣を全身を回らせて力を増す…そんな事は彼女だって出来る。

 だが、どうやって経絡を辿らせて外氣功が如く発露させれば良いかという事となると話は別なのだ。

 

 困った事に、その方法にしても横島には思いもつかなかったりするのだ。

 

 というのも、彼の場合は“向こう”の人狼族同様に無造作に“出来てしまう”ので、修練によって編み出す方法が解からないのである。

 

 だが、約束は約束。それも“美少女”との約束なのだ。

 

 幾らストライクゾーンから外れているとはいえ、古は間違いなく美少女。

 美少女との約束を違える様な罰当たりではない横島は、無い知恵絞って必死に考えた。

 

 そして思いついたのが…

 自分の霊気を古に伝え、体内を回らせる感覚を身体に直接教えるという方法であった。

 

 言ってしまえば古の身体を使って周天法を行うのである。

 

 こちらの世界では氣を操るのだろうが、“向こう”では霊力を操って体の中を回らせたり、中から外へ、外から中へと繰り返す。

 尤も、その記憶も例の記憶消失によってかなりうろ覚えとなっており、何でそんな事を知っているかも不明だったりする。それでも表情に出す事はなく、任せておけいとばかりに古と手を繋いで自分の霊力を流し込んで彼女の氣を誘導する形で導いて身体に使い方を教えてゆく。

 

 言うまでもなく他人の霊力が身体を廻るという感触なんぞ完璧な未体験であり、尚且つ横島自身も全く気付いていない事であったのだが、言ってしまえば内外から身体を弄っている様なものだったりする。

 

 それが先の古の感想に繋がったのである。

 

 

 無論、楓も同様の体験を——古の様子を見て、余計に語尾を強めて申し出ていた——したのであるが、やはり同じ感触を堪能…もとい、味わされていた。

 

 

 問題は……この問題アリアリなぶっとびセリフを古が<超包子>でのバイト中にぶちかました事である。

 

 

 麻帆良学園中等部3年A組 古菲。

 中国武術研究会部長という肩書きを持っている彼女は、毎朝のように腕に憶えのある男共に勝負を挑まれている。

 

 その強さは誰もが眼を見張り、攻撃の鋭さや豹の様なしなやかさには眼を奪われているほど。

 

 実際のところ、殴られる為に勝負を挑んでゆく輩だっているのだ。

 

 

 ぶっちゃけて言うと、病的なファンが多いのである。

 

 

 そのファン層は厚く、中等部は言うに及ばず高等部や大学部にも及び、自分を是非にも弟子に…と詰め寄る者も後を絶たないのだ。

 

 弟子を取らない理由は自分も修行中だから…との事であるが、そんなモテモテである彼女がイキナリ艶っぽいセリフをぶちかましたのだから大変である。

 

 

 やれ殺すだの、魂とったらぁ!! だの、

 

 相手は誰じゃ——っ!! 何処の馬の骨じゃ——っ!!

 

 ボ、ボクの菲ちゃんが穢されたんだな。ゆ、許さないんだなっ!!

 

 部長に甘い声で『らめぇ』と言われたい!! だの、

 

 とんでもない大騒ぎとなってしまった(後半はなんか違う気がするが…)。

 

 

 更に運の悪い事に古と親しげに話をしていた横島の姿を発見されてしまったりする。

 

 不幸中の幸いに面だけ(、、)は割れておらず、まだ最重要容疑者レベルであるが、それでも横島は古と一緒にいるところを発見されると男子格闘系クラブの関係者に今のように親の仇が如く追い回されてしまうのだ。

 

 

 「オレ、何もしてへんのに……」

 

 「まぁまぁ…」

 

 

 一応、楓は噂が広がるのを逆利用し、横島像を曲げて伝え広げているので、単に歩いているだけでは横島だとばれたりしないから大丈夫だ。

 今追いかけられていたのは古が今日(無理矢理)行われる鍛練の事をまた公道のド真ん中で横島にぶっちゃけ、それを聞かれたからである。

 

 だが、服を着替えて楓と一緒にいるだけでばれたりしないのはこの学園の生徒に認識阻害がよく効いているから…かもしれない。

 

 

 

 

 

 「お♪ 待てたアルよ♪」

 

 

 学園の外れにある朽ち掛けた教会の跡地。その裏手。

 崩れた壁の上に腰を掛け、<超包子>の袋に入った肉饅を食べながら古は横島らを待っていた。

 

 青いツナギから普段着のTシャツとジーンズを身につけた彼の姿が見えると、横島の苦労も知らず嬉しそうに手を振っている。

 

 

 「機嫌いいな。オイ……」

 

 

 横島としてはゲンナリとしたものであるが、こんな笑顔を彼女に向けられてはそうそう文句も言えなくなる。

 まぁ、実際に古が口火を切った事に間違いは無いが、彼女自身が悪い事をしている訳ではないのだし。

 

 そう思いつくと肩を落とす事しか出来なくなる。甘すぎると真名に称されている点がそこなのだろう。

 

 

 「当たり前ネ♪

  届かなかたトコロに手が届きそうになてるアルよ? ココロも弾むの仕方ないアル」

 

 「さいでっか……」

 

 

 そんな風に機嫌のいい古は、授業を終えるとさっさと自室に戻ったのだろう。

 バカイエローの呼び名を表わすかのような黄色いミニチャイナに着替えている。

 ジャケットのような上着を脱ぐと肩は剥きだし。色気と躍動感が感じられるデザインのノースリーブである。

 

 何となく胸がドキドキしないでもないが、それは<むくつけき野郎ども>に見つかった時の事を想像した所為だ……という事にして、横島は古の背後からそっとその肩に手を置いた。

 

 

 「あ……」

 

 

 ぴくんと反応してか細い声が漏れたりしたもんだから横島の萌えゲージは一気に飛び跳ねてカーンという鐘の音を響かせる。

 

 何とか気を取り繕い、左手から霊気を送り込んで古の体内をめぐらせてゆく。

 

 フツーなら異物として反発されるであろうそれであるが、横島は霊治療…ヒーリングができない代わりに霊気を送る事だけは一人前だったりする。

 以前、人狼族の少女を保護した時、結構重い怪我を負っていた少女に対し、所長と一緒に霊気を送り続けて人狼族独特の超回復能力を促した事があるのだが、そのとき以来、霊気を送る事“だけ”は得意となっていた。

 

 肩から胸、そして腹、

 丹田を廻って氣に反応させ、今度は古自身に霊気を追わせる。

 

 その繰り返しで古に氣を回らせる方法を身体と霊体に教え込んでいっているのだ。

 

 

 ただ、霊気で持って全身をくまなく撫で回されているようなものである為、古は顔を赤くし、ぴくんぴくんと可愛い反応を見せていたりする。

 

 その間、横島は必死で『平常心…平常心だお』と某AAキャラが如く自分に言い聞かせて般若心経を唱え続けていた。

 もう経本何ぞ見ずとも観音経だって唱えられるぞ! 等と言っているくらいなのだから相当だろう。どこの修行者かと問いたい。

 

 しかし言うまでもなく、古が終われば次は楓の番。

 彼女は制服なので肩をはだける必要があるという事に……更なる苦行が始まるという事に、横島はまだ気付いていなかった——

 

 

 

 

 

 

 「ふ〜…いい汗掻いたアル〜〜♪」

 

 「いやはや…古の動き、見違えるようでござるな」

 

 

 真っ白に燃え尽き突っ伏している横島を他所に、古と楓は異種格闘に興じていた。

 

 攻撃をかわして一撃を入れるのが楓の戦闘スタイルであるが、古はカウンターで技に持ち込むのも得意とするファイターだ。

 まぁ、楓は古より氣の使い方では二歩も三歩も前を行っているのだから手加減をする必要はあるのだが、分身の術を封じてガチでやり合うだけでかなり面白いバトルとなる。

 

 楓としても体捌きの鍛練となるし、古にとっては達人との戦いだ。面白くない訳が無い。

 

 今まで土日や休日しか修業を…それも自己鍛練しか行えていなかった楓であるが、古が(自分から)巻き込まれたお陰で実に充実した日々を送れていたりする。

 

 

 「でも、まだまだネ。硬氣功は以前より格段に強くなたアルが、攻氣は全然アル」

 

 「それでも僅かの間に一センチ程も攻の氣が出せるようになったのは凄まじいでござるよ。

  拙者も気が抜けないでござるな」

 

 「アイヤ〜 照れるアルね」

 

 

 実のところ、横島のようなやたらと巧みに周天法を行える達人なんぞ世界に数えるほどしか居ない。

 彼自身が全く自覚が無いのだから始末が悪いのだが、その巧みさ故に古の技術は格段の進歩を遂げていた。

 

 大体、どこの誰が他人の中に霊気を送り込んで相手の意識と追いかけっこができるというのだ?

 それも霊力中枢を順番通りに駆け抜けながら。

 

 お陰で楓も古も一足飛びに氣の使い方を会得する事が出来ているのであるが…やはり彼はメチャクチャである。

 この世界のヨガ導師とかが聞いたら自分の力の無さに泣いてしまいそうだ。

 

 

 まぁそれは兎も角、

 

 古はそのお陰で間合いが一センチ程のびていた。

 まだまだ楓の様に氣を叩き出す事はできないのであるが、練り上げた氣を拳の直前で破裂させられるようになったのである。

 その衝撃があるので実質的にはもっと距離があるが、インパクトの瞬間のダメージから鑑みれば最も効果的な距離はやはり一センチなのだ。

 

 僅か一センチと言うなかれ。

 達人同士のバトルにおいての一センチとは、永劫の距離にも匹敵する。

 

 正拳と平拳との打ち合いで、その握り込みの僅かな長さだけで勝敗が決まってしまう場合だってあるのだから。

 

 彼女くらいの達人ともなると、この一センチという距離は物凄く大きな意味をもつのである。

 それに氣を練る速度も僅かに上がっており、総じて身体能力も上がっているのだから機嫌がよくなるのも当然だろう。

 まぁ、それでも楓に掠りもしていないのであるが。

 

 

 「横島老師もワタシと手合わせしてくれたらいいアルのに……」

 

 

 楓の話によると、横島の回避力はその彼女すら凌駕すると言う。

 

 となると一度は手合わせして欲しいという欲が出てくるのも当然だ。

 

 

 「だ、誰が老師やねん……」

 

 「おぉ、正気に返ったでござるか」

 

 

 ツッコミを入れるべく復帰するとは相変わらず芸人魂を裏切らない男だ。

 

 彼としては老師と言われる事はサルと呼ばれる事と同意なので余り嬉しくないのだ。

 言うまでもなく古の言う老師は、師父とかを意味する言葉なので他意は無いのだが。

 

 兎も角、横島はツッコミを入れた勢いで立ち直ったのか、ずるずるとゾンビが如く身を起こしてゆく。

 その様は不気味そのものなのであるが、楓はさして気にもせず嬉しげに駆け寄って行った。

 

 

 「ささ、手合わせするでござるよ。手合わせ」

 

 「あ゛〜〜!! ずるいアルよ!! 何で楓は良いあるか?!」

 

 

 腕を引いて横島に肩を貸しつつ、当然の様に手合わせを願い出る楓にやはり古から文句が出た。

 

 そんな古に対して軽い笑顔を見せる楓は、

 

 

 「いや、拙者は横島殿のパートナーである故、お互いの実力を見知っておく必要があるでござる」

 

 「だたら、ワタシもパートナーになるアルよ!!」

 

 「はっはっはっ 駄目でござる」

 

 

 横島の意見を無視し、ギャーギャーと騒ぐ少女達。

 

 何だか“向こう”の生活を思い出すなぁ…等とぼんやりと眺めながら、

 

 

 『じゃあナニか? 向こうと同じよーに騒動に巻き込まれるっつー事なんか?』

 

 

 という仮説にぶち当たり、頭を抱えて悶えてしまう。

 

 

 それがキミの運命なのだよ。少年——

 

 

 等と、どこかで聞いた様なムカツク声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 <栄光の手>

 

 切り落とした罪人の手を使って生み出す呪術道具……ではなく、とある事件の折に追い詰められた横島が土壇場で霊格を上げ、霊気を集束させる事によって誕生した万能の武器である。

 

 普通に出せば手甲となり、闘おうとすれば霊波刀となる。

 聖光すら効き難い強化ゾンビすら数体まとめて貫いて倒し、まるでダメージを与えない不殺の道具としても使用する事も出来るという理不尽さを持つ、横島忠夫のオリジナル霊能力だ。

 

 だったら殺傷能力を無くした剣のモードを使えばいいだろう? という説もない訳では無いのだが、それでも横島は“使えない”。

 女に対し……敵でもない女性に対して自分の武器を向けられないのである。

 

 楓も古も何度となく問うてはいたのであるが、どうやっても口を割らないし、ヘタクソな嘘を吐かれてしまう。

 ただ、時折苦い表情を見せる事があったので聞く事を止めていた。

 

 

 そんな彼と手合わせをする……それは必要以上に難しい事なのでは無いだろうか?

 

 だが、楓は武器を持たせる(、、、、、、、)という事でそれをクリアしている。

 

 言うまでもなく普通の武器では彼は応じまい。何がイヤなのか甚だ不明であるが、やはりダメージになるような武器を自分らに向けられないのだから。

 

 それでも楓はメゲずに彼のそのクセに抜け道を見つけ出し、彼と手合わせができるような場を生み出す事に成功していた。

 

 その武器とは——

 

 

 

 すぱ——ん!!

 

 

 「あ痛っ」

 

 

 古の見ている前で、驚くべき光景が展開されていた。

 

 全部で五人になって同時攻撃を掛けている楓の全ての攻撃を見事得物で捌ききり、

 

 背後から迫る氣が乗った拳を左手に出したソーサーで持って受け止めつつ、それを踏み台にして背後に飛び、

 

 三身一体の攻撃を踏み込む事で避け切って、真ん中の分身の背後から真の攻撃を入れようとしていた楓の額に一撃を加えている。

 

 

 回避の見栄えは最悪で、あの夜の無様さを彷彿とさせるものであるが、その技術そのものは達人クラスだ。

 

 楓の仕掛けるフェイントからの関節技も、時折混ぜて放つ古のに似た打撃も全てギリギリで見切られ、

 腕を取り、肘を決めて投げようとする楓より先にその身を飛ばせ、着地と同時に足払いを掛けて反対に楓の身を巻き込んで倒している。

 

 

 どんな達人だこれは?

 

 

 一体がひっくり返されると四体が同時に攻撃を仕掛けたのであるが手に持った得物の一閃で全員が額に一撃を入れられ、彼の背後から迫った“六人目”の手刀も手で掴み取られていた。

 

 

 「うう〜……参ったでござる」

 

 

 と、流石の楓も降参した。

 

 

 武術の心得が無いくせに動きが存外に早く、尚且つ回避能力が人外である彼を捉える事は尋常では無い。

 思わぬ方向にかわされるし、想像すら適わぬ動きで翻弄されるしで不必要なまでに疲れさせられるのである。

 

 彼はそんな楓を見つめながら『ふむ…』と頷き、右手に持ったままの得物に眼を落とした。

 

 

 「うん。楓ちゃんの考えは正しい。

  確かにオレはバトルは嫌いだし、嫌いでも憎んでもない女の子に手を上げるのは論外だ。

 

  だけど……」

 

 

 ぐっと柄に力を入れ、空に掲げる。

 

 なんと言うか…土産物の木刀より安っぽいそれは、傾きつつある陽光を受けてまるで聖剣の様に輝いて見えた。

 

 

 「 オ レ はド ツ キ 漫 才 は 大 好 き だ ! ! 」

 

 

 それは、厚紙にアルミホイルを貼り付けて折りたたんで作った、楓作のハリセンであった。

 

 自分の武器…霊気で女性を攻撃できない。

 つまり、女性を攻撃する“氣”を持っていない彼であるが、ツッコミは別物なのか、それを手にすると昔から握っている相棒のようにしっかりと手に馴染んだ。

 

 こうして楓は横島と手合わせをする事が出来るようになったのである。

 

 

 「な、何でやねん……」

 

 

 等と古がヘタクソなイントネーションの関西弁でツッコミを入れてしまうのも当然の事であろう。

 

 

 

 

 その後、ギャーギャー喚いて手合わせを強請る古に根負けして何度かやりあい、呼吸を整えた楓がまた参戦し、二体一でやりあうハメとなったのであるが……

 

 

 「く……

  ふ、二人がかりで掠らせるのが限界アル……」

 

 「何ともかんとも…無茶苦茶な回避能力でござるな……」

 

 

 結局、横島に一撃を入れられず幕を閉じた。

 

 その横島はと言うと、二人以上に疲労していたのであるが回復力も人外なので既に立ち直って、未だへたり込んでいる古から分けてもらった肉饅をぱくついている。

 些か冷めてはいるが、その程度で不味くなる味でも無いし、そのくらいで文句を言う横島ではない為、美味しくいただいていた。

 

 

 何も喋らず黙って肉饅を食べているのは、傍目より疲労が大きいからだ。

 

 肉体ではない。ココロの疲労が…である。

 

 

 何せ古はミニチャイナであるし、楓は制服のままだ。

 両方ともミニスカートなのでパンチラどころかモロパンを彼に曝しまくっていたのだから、そりゃあダメージも大きかろう。

 

 今も心の中では、銀髪に赤いメッシュの入った前の世界での弟子が、何故か少女時代の姿となって彼の肩に手を置き、

 

 

 『先生……もう、良いではござらぬか。もっと正直になると楽になるでござるよ?』

 

 

 とか言って優しく諭す…いや堕落を促してきやがる。

 

 

 『ヨコシマ。

  人間は本能の命令に生きる生物なの。だから本能に身を任せるのが正しいのよ?』

 

 

 ナインテールの金髪美女も、少女の時の姿でそうほざいてきやがるし。

 そんな少女らと闘うのは只一人、彼のジャスティスのみ。何と分の悪い戦いであろうか。

 

 

 

 

 「ど、どうでもええけど、何で今日はこんなに激しいんだ?

  慣れるまでは慎重にするって言ってたじゃねーか」

 

 

 精神の誘惑に耐えかね…もとい、肉饅を食べ終えた横島は、頭に湧き上がる誘惑の声を誤魔化すかのように二人にそう問い掛けた。

 

 実際、昨日はここまで酷くなかったのだし、二人とも慣れを感じたからといって性急に次の段階を求めるような素人でもないのだから。

 

 

 二人はまだ座り込んだ格好のまま、楓が持参したスポーツドリンクで喉を潤わせている。

 

 やはり横島の奇妙奇天烈な動きに相当翻弄されたのだろう。

 水着を脱がせる天才である某オコジョ妖精の動きにも軽く対応できる二人であったが、あのオコジョより動きがつかめない横島という存在は人として如何なものであろうか?

 

 まぁ、横島から言えばあのようなオコジョの動きなど、

 

 

 『フ…ッ ぬるいわ』

 

 

 であろうが。

 

 それは兎も角として、二人は横島の問い掛けに対して僅かに首を傾げ、そう言えば言ってなかったっけと思い立った。

 

 

 「拙者らは来週から京都・奈良への修学旅行に行くでござるよ」

 

 「期間は五日ネ。その間は老師と修業ができないアル」

 

 「だからその間の分をまとめてやっておこうと思ったでござるよ」

 

 

 「纏めてって……ナニ考えてんだ……それと老師はよせっつーに」

 

 

 ぶっちゃければ慕われているという事であるのだが、こーゆーのは勘弁である。

 

 しかし、話の中に修学旅行という単語が出て、何だか懐かしく感じてしまった。

 

 

 「そっか……学生だから修学旅行なんつーイベントがあるんだったな。忘れてた」

 

 

 実質、彼の年齢は二十七なのだから、修学旅行などは十年も前の話なのだ。

 

 

 麻帆良学園というのは言うまでもなく超巨大な学園都市である。

 

 当然ながら生徒数も膨大なものであり、エスカレーター式。

 修学旅行も一つの区切りとなる三年の時に行われていた。

 

 尤も、彼女らの学年だけで七百人を超すという大人数で、移動するだけで混乱する事は必死。

 よって修学旅行の目的地はハワイ等の数ヶ所からの選択式となっていた。

 

 楓らのクラスは留学生が多く、教師も含めて日本は初めて。

 という事で日本文化を学ぶという意味も含めてクラスの総意……というこじつけの理由で委員長が独断と偏見によって担任教師が熱望している京都・奈良へと目的地を決めてしまったらしい。

 

 

 「……ナニその委員長? その教師にホレとんのか?

  チューガクセイと淫行とは何たるハレンチな教師だ。訴えてやる!」

 

 

 自分の事は棚の上に隠し置いて、横島はまだ見ぬ担任教師に憤慨して見せていた。

 言うまでもなく、彼の想像上での件の委員長は三つ編みのスタンダード委員長であるし、担任教師はハゲたオッサンである。

 

 

 「あ、いや…そーゆーのとは違うアルよ」

 

 「まぁ、そうでござるな……

  それにセンセーは女心はまだ理解できんと思うでござるよ?」

 

 

 流石に子供が先生をしているとは言い難いし、証拠となる本人もおらず、尚且つ子供ならば結局は生徒より歳下なので彼は騒ぐに決まっている。

 だからそこらへんを暈して説明していた。

 

 

 「ナヌ? 女心を理解せぬとは罰当たりな奴め。いずれこのオレが成敗してやらねば……」

 

 

 “向こう”の女性達が聞けば『お前が言うな』と総ツッコミ入れた挙句 撲殺されかねないような“罰当たりな事を”ほざきながら、白とかブルーと白のストライプとかが見えているのもかまわず座り込んでいる二人から全力で眼を逸らして、暇になりそうな来週の事を考えていた。

 

 

 『そーか……三年が出払うのか……じゃあ、午後くらいはちょっと暇になるかな?』

 

 

 どうせ三年のいる上の階に人がいなくなると用務員達は床磨きや清掃作業に追われるだろう。

 そーゆーパターンは嫌というほど味わっている横島は、自分がやらされるであろう仕事を思い、溜息を吐いていた。

 

 だが夜間警備は兎も角、数日とはいえ放課後に修業修業と言われなくなるのはありがたい。

 久々に羽を伸ばせそうだ。

 

 

 『フッフッフッフッフッ……見た目は子供、頭脳は大人であるこのオレだ。

  女達をヒィヒィいわして英気を養ってやろうではないか』

 

 

 根本からして間違っている気がしないでもないが、それ以前にナンパが成功するか否かが計算に含まれていない。

 

 強く想われる事に関しては横島は既に父親を越えているのだが、女で遊ぶという事に関しては父の足元にも及ばないのも何だか物悲しい話である。

 

 その事は何度も味わっていると言うのに、何度も繰り返してしまうのは魂に根付いた病巣なのか呪いなのか。全く持って懲りない男である。

 

 

 

 そんなフトドキな思いを回らせている事を何となく読んでしまった楓と古にジト目で見られている横島であったが、

 

 何であろうか? 修学旅行の話をしている間にも言い様の無い不安感もじわじわと広がってきていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは一種の予知。

 優れた霊能力としての警鐘を鳴らしていたのだ。

 

 それを知っているにもかかわらず彼は——

 

 『そっか……ウッカリ美人局(つつもたせ)をナンパする訳にゃいかんしな……』

 

 

 等と大きく的外れをかましていた。

 

 

 




 丹田…まぁよく言う下腹にあるチャクラですね。
 実は今でこそひっくるめて言ってますが、以前は女性の場合は丹田と言わなかったりします。
 位置も微妙(お臍から指一本分下の奥)に違ってたりします。つまり丁度、子宮辺り。東洋的な理屈に言うとテレパシーは丹田辺りから発せられるので、正に『女は子宮で考える』ですね。

 ただ、ウチのマシンでは字が出ませんでしたし、相当する字がちょっとヤバげなので(R18的な意味で)丹田で一括りにしてますからご注意を。


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後編

 

 その空間は南向きのワンルームだった。

 

 白い壁紙が真新しく、木目調のフローリングが目にも美しい。

 トイレバス付き、二つの電磁調理器のある簡易キッチン付き。

 押入れに使える収納棚と、壁に収納できるセミダブルのベッド……

 

 

 「なんつー贅沢な……」

 

 

 等という声が漏れてしまうのも仕方あるまい。

 

 簡易キッチンの下に備え付けられている冷蔵庫ですら、学生時分に使っていた冷蔵庫より容積が大きいときているのだから。

 

 それよりなにより重要なのが………何と風呂付きという点であろう。

 

 

 そう、風呂付きなのである!

 

 それも結構広いのだ!

 

 クソ寒い中、銭湯に向かわずとも良いのである!!

 

 

 手で顔を覆い隠し、思わず天井を見上げる青年。

 その指の隙間からはハラハラと熱いものが零れ落ちた。

 

 

 何だろう? 

 本当ならGSという仕事上、とんでもない額の税金を払わねばならないほどの高給取りであった記憶が微かにあるというのに、

 

 何故だろう?

 今の自分の方が勝ち組だと思ってしまうのは。

 瞼の下から溢れ出るのは心の汗か? 滔滔(とうとう)と流れ出る涙が意味するものは……

 

 十七歳からの記憶と経験の大半が消失している彼が解かる筈も無かった——

 

 

 

 

 本採用が決定し、正式な住処としてワンルームを与えてもらった横島。

 彼は、その部屋の中を見て感動しまくっていた。

 

 

 ここは、暦からすれば彼が実際に居た年代より二,三年過去の世界に当たるだろう。

 実際、彼の記憶に残っているカレンダーから照らし合わせてもそうなのだから。

 

 が、時間軸が過去というだけで、マクロで言えば全くの異世界である。

 

 その証拠に、青年が知る携帯電話より、そこらの学生の使っている携帯電話の方が薄くて軽くて多機能だし、スマートフォン等SFの領域である。

 連絡用にと支給してもらった携帯ですら彼の想像を超えている。何せテレビすら見られるのだから。

 

 ファッション等は元々朴念仁だった事もあってよく解からないが左程の差は無さそうである。

 だが、そういった機械的な技術レベルは彼の想像より上にある事はハッキリと理解できていた。

 

 ゲーム機も想像を絶する程高度な機能が満載で、画面もとんでもなく美しい。

 

 携帯ゲーム機にしてもそうだ。

 小さくて超多機能。何とソフトによって声だって出る。

 某修業場の猿がみたら是が非でも欲しがりそうだと苦笑すら浮かんでしまう。

 尤も、機能は充実して画面も音楽もキレイであるが、シナリオに自由度は殆ど無いのが矢鱈(やたら)と目に付く。

 青年の知るカクカクしたポリゴン格闘ゲームの方が何だか楽しそうにも感じられた。

 

 

 ま、それは兎も角として……

 

 

 元々そんなにテレビゲームが好きという訳では無いからそれはスルー。いやぁ、別世界の技術ってスゲェなぁ…ってなもんで、その件は既に終了している。

 ゲーマーではないので別にそんなモンに現を抜かさずとも生きて行けるのだし。

 

 それよりも普通の生活品を手に入れる方が大事である。

 

 物価はやや“向こう”より高く、消費税も何だか高い気もするが、代わりに量販店等の値引きはこっちの方が上だった。

 だから横島も思っていたより色々と購入する事ができていのである。

 

 前述の通り、この世界は西暦や時間軸的には過去に相当するがテックレベルで言えば確実に未来。

 よって彼の知る100円ショップよりこちらの100円ショップの方が品質も品数も充実しており、生活必需品の大半を揃える事ができていたのである。

 

 

 支度金ももらえているし、ゲート事件のお陰で臨時収入もあったのだが、あえて100円ショップで買い物をする男……

 身についた貧乏性はどうしようもないのだろう。

 

 

 それでも見た目は学生、中身は大人…である彼は、マンガ等の娯楽品よりも生活必需品を取り揃える事に重点を置いていた。

 煩悩だけしか自慢できるものが無いと豪語していた彼がよくここまで生長したものである。

 

 どーしても麻帆良では手に入らないブツもあったので、二人の自称弟子が来られないというのを幸いに、都市の外に出て重要な生活必需品を取り揃えてきた青年は、ラックや収納棚に其々を手際よく納めてゆく。

 一人暮らしが長いからやたらと手馴れているのが物悲しい。

 

 それでもテレビや冷蔵庫、エアコンに電話は備え付けられていたので別に高いものは買わずとも良い。それは大助かりだった。

 

 その備え付けらしい20インチの薄型液晶テレビと、安物とはいえDVDプレイヤーという発明品を見た時には流石にカルチャーショックを受けてたまげたが、モノがモノだけに超高画質のテレビと超便利な映像再生機だと理解するのはとても早かった。

 何せ——

 

 

 「うむ、生活必需品。生活必需品♪」

 

 

 と大事そうに紙袋から出してきたのはきわどい水着を着用している女性の写真が張り付いたパッケージ。

 赤いビキニであるが、フロントの部分のホックがきれいに外れている事からナニなDVDである事が窺い知れる。

 そーいったブツを見られるとなれば僅か数秒でDVDの使い方を把握してしまうのは流石だ。

 

 それに“そんな物”を生活必需品と言っているくらいなのだから、如何に見た事も無い技術だとしても、エロスに使用する道具の使用法を理解するのは難しくもなんとも無い。

 驚くよりも先にコレで見たい! という欲求の方が天よりも高いのだから。

 

 何処へ行っても彼は彼という事か。

 まぁ、霊力起動の源が煩悩というふざけるのも大概にしてほしい存在なのだから間違っていないのだが。

 

 鼻歌を漏らすほど機嫌が良く、飯より何よりも先にDVDをセットする彼に『本当にそんな生活で良いのか?』と問いただしてみたくなってしまう。

 

 いや、哀れにもそれが彼にとっては正しいのだろう。多分。

 

 

 

 

 だが、彼は知らない。

 まだ気付いていない……

 

 

 パッケージにエッチっぽい女性が映えるエロDVDらしきそれ。

 

 その裏には、

 

 

 −○学生舞ちゃん 少し大胆にお兄ちゃん達にせまります−

 

 

 等と書かれたロリ系である事を…………

 

 

 

 

 

 

 

 

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          ■四時間目:ハダカの銃を持つオトコ (後)

 

 

 

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 「謀ったな市屋亜(しゃあ)。父さんと同じで僕を裏切ったんだ」

 

 

 等とどこかで聞いたような、それでいてどこか間違っているよーな事をほざきつつ、朝っぱらから萌えない…もとい、燃えないゴミとして昨夜のDVDを破棄している横島の姿。

 いや、萌えた後でパッケージ裏に気付いてしまったからこそ廃棄物にしたというのが正解だろう。

 

 何だか背中が煤けているのが物悲しい。

 

 

 横島の実年齢は兎も角として、外見年齢はどー見ても高校生くらい。

 身分証明書はおろか保険証すらまだ持っていない彼は、当然ながらレンタルビデオ店の会員にすらなれない。その為、そーゆービデオソフトは購入せねばならないのである。

 

 元いた世界での経験から、未成年にでもそーゆーモノを売ってくれるそーゆー店がどーいった場所に隠れているか等も必要以上に詳しくなっている横島は、持ち前の勘で秘密の店を探し出して好みの女性のDVDを発見して悦び勇んで購入した訳であるが……

 

 

 まさかあんなにチチもでかくて色っぽい姉ちゃんがおもっきり少女だったとは塵ほども思っていなかった。

 

 

 おまけに楓や古とほぼ同じ年齢である。

 

 

 「ちくしょう…どうしちまったんだオレのジャスティスは……」

 

 

 等と唇を噛み締めて悔しがる横島。

 内容を知らねばそれなりにシリアスに見えない事も無いが、モノがモノだけに情けなさ全開。尚且つゴミ捨て場でロリDVDを前にしてのセリフなのでバリバリに不審者である。

 

 だが、本人にとっては深刻だ。

 スーパー見鬼くんと並び称される己のセンサーに狂いが生じている可能性がある事が余計に彼へのダメージを深めていたのだ。

 

 

 幸いにしてこの日も二人はクラブに顔を出す為不在。

 『惜しいけど今日も修業ができないでござる(アル)』との事。

 

 昨日の今日でジャスティス(ロリ否定)も重体なので立ち直れておらず、横島は顔を合わせずホッとしてたりする。

 まぁ、そんな事くらいで動揺している時点で終わりだという気がしないでもないが。

 

 

 「さて…と、気を取り直して仕事に行こうかな〜〜」

 

 

 そんな事を声に出して言うところに傷の深さが伺い知れる。

 

 わざと声にして自分を鼓舞しているのが見え見えだ。

 

 横島はポケットの中に“珠”を出現させ、麻帆良の屋上へと転移して行った。

 

 

 

 元の世界でも現代の宝貝と名高いその“珠”。

 

 今の精神状態で女子中学生が満載の電車に乗って自分を見失ってしまう危険性を避ける為に使用するとは……数多の神魔が聞けば嘆きの涙を零してしまいそうな話であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

             ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 

 「案外しつこいでござるなぁ…秘密でござるよ」

 

 「ほほう…黙秘権?

  よっぽど理由があるみたいだね〜 そこんトコがもうちょっと知りたいんだけど?」

 

 

 何時もの様に楓に朝倉が突撃リポートを敢行し、楓が逃げる。

 ここ数日、見慣れた光景だ。

 

 楓が年上の男性と深い仲となり、色気が増したという噂が流れているのだから、麻帆良のパパラッチを誇る(パパラッチを誇ってどーするという気もするが)朝倉 和美としては是が非でも真相を掴みたいところ。

 和美の目からしても楓の雰囲気は如実に変わっている。こうなると単なる噂では済まなくなっているのだ。

 

 それに鎌をかけるつもりで楓に、

 

 

 「そーいやさ、噂のその人って優しい?」

 

 

 と何気なく問い掛けたところ、

 

 

 「とても思いやりがあって優しいでござるよ」

 

 

 等とナチュラルに即答されてしまったのである。

 

 楓はハっとして直に自分の口を塞いだのであるが、その行為が意味するところは実に重い。

 

 何せ楓ほどのポーカーフェイスの少女が微笑みすら浮かべて言ってしまったセリフであり、口を紡ぐという事はそういったイベントがあったという事実を表わしている。

 となると、どーいったイベントが発生していたのか知りたくなるのも人情だ。

 

 だから懲りもせず今日も突撃しているのである。

 

 

 

 

 「今日も飽きずにがんばるアルな〜」

 

 

 そんな和美を眺めつつ苦笑している古。

 何せ楓の席は和美の真後ろなのだから和美はやり易く、楓は防御し難い。楓とてこれ以上担任に迷惑をかけられないから早々授業をサボるつもりは無いのだし。

 

 左斜め前を見れば器用にも上半身だけを動かして和美のマイクから逃げ回る楓の姿。

 

 前を見ればこのクラスの担任であるネギ少年がミョーにテンションを高めて修学旅行の説明をしている。

 

 

 「うわ——

  楽しみだな修学旅行!!!

 

  早く来週が来ないかな——」

 

 

 まるっきりお子様である……

 

 そのノリに引き寄せられたか鳴滝姉妹が先生にじゃれ付いてバシバシ叩いている程。

 彼の放つテンションの高さが伝播したのか、クラスもどこか浮ついているのだ。

 

 まぁ、呆れ果てている人間もいないでもないが。

 

 

 楓の逃げ足は師事している彼の影響からか以前よりも切れがある。対して和美にあるのは異様な執念深さだ。

 以前の楓であればのらりくらりと会話ではぐらかしていたであろうが、何故だか老師の事となると変な所でムキになってしまう。

 だからこそ和美もそれを気にして執念で芸能リポーターばりの粘着質で追いかけ、楓は誤魔化して風の様に逃げ…と悪循環が続いていた。

 

 写真は既に撮ってあるので、件の彼のところに取材に行けばいいのに…という説もあるが、そちらの方は意外にも真名が手を打っていた。

 

 

 曰く——

 

 

 『楓が付き合っている彼は、家族も友人も住んでいた家も全て一度に無くしているんだ。

  ある事で彼と知り合いとなっていた学園長がそれを知り、居場所を与えた…という訳さ。

  だから彼はしばらくはそっとしておいてやった方が良いと思うぞ』

 

 

 ……別に嘘は言っていない。

 語っていない部分がやたら多いだけである。

 

 真名にしては大盤振る舞いであるし、これ以上のフォローをするつもりもない。

 後は自力でどーにかしろという事だろう。

 

 実際、和美が楓ばかりを追いかけているのはそのフォローが効いているのだし。

 

 和美とて実はお人好しであるから好き好んで居場所を無くした青年をいたぶる気は無い。

 そんな彼の支えとなっている内に気持ちが芽生え、そして…といった段階を踏んでいると思われる楓の方が記事になるだろうし。

 だから第一報以降の記事には横島の写真は無いのだ。

 

 代わりに楓が割りを食っている訳だが……まぁ、それはさておき。

 

 

 そんな二人を眺めながら、古は親友である超からもらった新作の肉饅をモソモソと齧っていた。

 

 美味いのは美味いし、文句の付けようも無い。

 自国でもこれほどの味に出会えるとは思えない程の逸品である。

 

 にも拘らず、それを食べているのに古の反応は薄かった。

 

 

 来週より五日間、修業時間が無い——

 

 

 何だか気分的には“おあずけ”だ。

 

 

 『ワタシは子供アルか?』

 

 

 古自身、そう愚痴を零しそうになる程その事を気にしている。

 

 いや、修業ができない…という事は無い。

 今教室にいる時でも修業は出来る。

 

 氣を練り、意識的に動かして腕に走らせ、肩に戻し、反対の肩に流してまた腕に走らせる。

 たったこれだけの事でも相当の修練になるのだ。

 

 氣の練り方と呼吸法と使い方を同時に学べる訳であるから実に効率的なのである。

 

 打ち合いにしても、楓や親友の超に頼めば相手をしてくれるだろう。

 体術的に言えば氣を教えてくれている彼より上なのだから。

 

 

 ——ただ、彼に会えない。

 

 

 彼に教えを請えないのである。

 

 その事がなんだかよく解からない胸の燻りを古に与えていた。

 

 

 古自身でも理解…いや、“自覚”できていない気持ちの表れはそれだけではない。

 

 彼の事を“老師”と呼んでいる事だってそうだ。

 

 単に彼に指導しててもらうだけならば師父だって良いし、先生や師という端的な呼び方でも良い。

 にも拘らず彼女は最初から老師という呼び方で持って彼と接していた。

 

 

 実際、彼は強い——

 

 古も上手く説明できないのであるが、彼から表現し難い確かな“強さ”を感じ取っている。

 

 

 今までの古の認識で強い男というのは腕っ節やしっかりとした気構えを持った人間の事であった。

 

 彼女からしてみれば、母国の伝記や本山に伝わる勇者達のような人物……

 敗北を含む経験を持ち、培った知識や体験を糧にして前へ進み続ける者。それが彼女が認識していた“強い男”の像である。

 

 

 楓との関係を疑われている青年……横島忠夫。

 

 古もつい数日前に出会ったばかり。

 その出会いの時の戦いからずっと感心ばかりさせられ続けていたその戦闘スタイル。

 

 楓のように氣でもって分身を作ったりできる訳でもなく、

 剣道部員である桜咲刹那のように武器に氣を通して闘える訳でもなく、

 自分のように内氣を練り上げて闘う訳でもない。

 

 何と彼は無造作に氣を…楓の話によれば意思を具現化しているとの事…無造作に束ね、盾を生み出したり手甲にしたり剣にしたり出来る。

 

 氣を練って開放する事より束ねる事の方が簡単だというふざけた能力。

 それでいて氣を他人の身体の中に浸透させて活性化させる事もできる。

 

 実際、自分や楓の調子が上がってきているのも、彼が自分の氣を導いてくれているからだ。

 その事は楓はもとより古自身が感じている。

 

 女に手を上げる事が出来ず、逃げ回り避けまわるだけのヘタレな根性なしで、お馬鹿でド助平でデリカシーが無くて不死身のギャグ体質で無節操……

 ざっと思い浮かべただけでもこれだけ文句が湧いて出てしまう。

 

 だが、今思いついた文句を塗りつぶすほど、他者と接する時にこだわりが無くて優しいのだ。

 

 尚且つ持っている能力は達人クラス。

 

 暴力は嫌いだとか言いながらドツキ漫才は大好きなようで、ハリセンを持たせて戦わせてもらったら楓と二人がかりで攻撃しても掠らせるのが精一杯だったのだから。

 

 強いのか何だかサッパリであるが、彼の目に時折浮かんで見えるひっそりとした光。

 それが彼女に踏み入れない強さの片鱗を感じさせていた。

 

 

 「う゛〜〜〜……何だか解からないアルよ〜〜〜〜……」

 

 

 口に肉饅を咥えながら、机の上で頭を転がす。

 

 何時の間にか彼の事が頭いっぱいになり、文句と長所と短所と尊敬と感謝をぐるぐる回らせてい自分がいる。

 楓と恋人同士だと騒がれているのを聞くと、何だか面白くなくなってくる自分がいる。

 

 

 『ワタシだって弟子アルよ』

 

 

 と口に出してしまいそうになる。

 

 

 「ワケ解かんないアル……」

 

 

 同じ事ばっか考え続けていた古は、煮詰まって知恵熱が出て来そうになっていた。

 机の上でだらりと垂れ、どこぞのでろんとしたパンダキャラのよう。

 

 口はもごもごと動かして肉饅を頬張っているのだが、閉じられた瞼の奥では横島の事を考え続けている。

 

 

 瞼に浮かぶのはあの夜の事。

 

 成仏させた子供の霊達を優しげに見送るその眼差し。

 

 

 そして——

 

 

 『……あの光を見ていた時の老師の顔……』

 

 

 何であんな表情をしていたのだろうか……

 

 

 そしてまた、古は彼の事を悩み続けていた。

 

 子供先生に問い掛けられても気付けないほど——

 

 

 

 

 「んん〜〜……?」

 

 「どうしました? ハルナ」

 

 「何か私のセンサーにビンビンと反応が……

  のどかのとは別のラヴ臭をほのかに感じるよーな……」

 

 「……………………アホですか」

 

 

 

 

          ******      ******      ******

 

 

 

 

 きゃあきゃあ騒ぐ女子中学生達の声を遠くに聞きながら、青年は一人体育館をモップで擦っていた。

 

 まだ全校清掃日ではないから滑り止めワックス等で拭かずとも良いのであるが、乾拭きは必要である。

 部活後に体育部の一年らが一応は清掃してるのだが、やはり一晩経てばうっすらと埃も積もる。そんなに気にせずとも良いのではと思いつつも仕事であるし少女らの為だと思って、大きなモップでひたすら擦っている。

 

 まぁ、ここは女子高生らも使用する事があるというので力も入るというもの。

 どーせなら更衣室も徹底的に掃除してさしあげたいのであるが、中等部も使ったりするので逆にダメージになりそうだ。

 それ以前にさせてはくれないのであるが。

 

 

 「横島くーん。終わったら水も捨てといてねー」

 

 「ういっス」

 

 

 彼にそう声をかけ、一緒に掃除しているオバちゃんはゴミ袋を持って集積場へ。

 お菓子の袋とかのゴミがしっかり残っていたりするのはいつもの事らしい。

 

 

 この男、横島忠夫。

 世界の半分はオバちゃんで出来ている——という理論を展開し、何気にオバちゃんズとは仲良くしていた。

 

 何せオバちゃんは独自の情報網を持っているから伝達速度が尋常では無いし、結束力も半端では無い。

 流して欲しい情報をポロリと流せば夕方には麻帆良の端まで届く事請け合いであるし、逆に知りたい情報をさり気無く問えば次の日までには大抵の情報を握り締めている。

 

 

 横島の父、大樹曰く——

 

 『女を…特にオバちゃんの集団を舐めるなよ。

  敵にすればの世間の半分は敵になるぞ?

  そのねちっこさは尋常じゃないんだ』

 

 

 そう語った父の真剣な眼差しにビビリつつ、横島は顔を青くしながらその事を心に刻んだものである。

 

 だから横島と他の用務員らの仲はかなり良かったりするのだ。

 

 

 それはさて置き、

 

 

 「すー……はー……よし、もうドキドキせんぞ。オレはノーマルだ。うん」

 

 

 大きく息を吸い込んで吐き、深呼吸をして体育館内に残る少女らの残り香でドキドキしない自分に胸を撫で下ろす横島。

 しかし、確認の為とはいえ やってる事は殆どヘンタイである。

 

 まぁ、嬉々として吸ってないのだから情状酌量の余地はあるだろう。

 

 

 夕べ受けたダメージが中々抜けなかった横島であるが、仕事をしている内に何とか鎮痛効果が出てきたようで、どうにかパラメーターを回復しつつあった。

 

 そこまで焦らずとも良いだろう? という説も無きにしも非ずなのだが、楓や古などの年代は横島の実年齢から言えば一回り下である。

 そんな歳下の少女に萌えるのは大問題だ。

 

 だからジャスティス(ロリ否定)が力強くがんばって彼の屋台骨を支えてくれているのだが……

 

 どーもここんトコ、ナニかが心の奥から語りかけてくるのである。

 

 

 『少年よ、何を気にしているのかね?

  その心理抵抗の理屈はおかしいぞ。大体、ル…シ…の年齢は憶えているだろう?

  彼女は……ザザ…ピー』

 

 

 ナニか気を使われているよーな気がしないでもないが、よけーなお世話だ。

 

 全力で意識を逸らし、何も聞えていない事にして気を取り直す。

 

 

 「あーモップ掛けってタノシイナー」

 

 

 等とヤケッパチになりながら見事体育館の隅から隅まで磨き上げ、専用のバケツで洗ってから絞り、言われた通りに水を捨ててバケツを洗って掃除用具入れに戻してゆく。

 この几帳面さは丁稚時代に培ったもので、割と褒められる事なのだが彼はやっぱり気付いていない。

 

 ちゃんと全ての窓の鍵を掛かっているか指差し確認してからドアに鍵を掛けて体育館を後にする。

 魔族のペットとされていた頃から目立っていた掃除夫としてのプライドもあるかもしれない。自慢は出来ないが。

 

 横島の仕事時間は放課後までとなっており、学校のチャイムに合わせて仕事をすれば良いのだから楽だ。

 だがこれは、一般学生らを何らかの事件から守る為…という理由が含まれており、横島は実質警備員を兼任しているのである。

 

 

 一応の仕事は終わったのであるが、帰宅部という名の少女らが満載された電車に乗ればまた心の傷が痛みそうなので、念の為に詰め所で他の用務員らとお茶をして時間を潰す。

 

 オバちゃんズとオッさんズと茶を飲むという潤いの欠片も無い状況であるが、リハビリだと思って我慢している。

 まぁ、それなりに楽しい会話であったが。

 

 彼らは横島の事を身寄りが無く、用務員をして自活している少年だと認識している為、かなり気を使ってくれており居心地はそう悪く無い。まぁ、気を使われすぎて申し訳無いという気がしないでもないが。

 

 チョコ皮に白餡という変わった饅頭を食べつつ、渋めの茶を啜っていたら何だか十も老けそう(つまり実年齢になるのであるが)だった。

 

 

 来週から女の子達は修学旅行だから掃除がし易いわねぇ。

 エスカレーター式だから気楽だねぇ。うらやましいよ。

 そーいえばうちの孫がさぁ…

 

 等とわいわい語り合っている。

 そんな話に混じっているとを煤けてゆくとゆーか、枯れていく気がしないでもないが、中学生にハッスルするよか何ぼかマシであろう。

 

 ほー…成る程そーですかぁ……それは良い事じゃのう……等と横島の精神が高齢化の兆しを見せてしまった頃、不意に彼の携帯が音楽を奏でた。

 因みにダース○イダーのテーマだ。

 

 

 「ん? 誰からだい?」

 

 

 と、何気なく問い掛けるオバちゃんに横島は、やっと使いこなせる様になった携帯でメールを読み終え、

 

 

 「学園長っス……」

 

 

 ゲンナリしながら携帯を閉じた。

 

 

 

 

 

             ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 ノックをして部屋に入ると、ちょっと驚いた顔で部屋の主である近衛が迎えてくれた。

 

 

 「おお、意外に早かったの」

 

 「いえ、帰ってなかったもんで」

 

 

 仕事中だったかの? と申し訳なさそうな顔をした近衛に横島は手を振って否定する。

 まぁ、それでも女子中学生の満員電車に乗って萌えに目覚めたくないから帰宅時間をズラした、等というタワケた理由は口にはしないが。

 

 

 「そ、それで、何か幼児…あ、いや、用事っスか?」

 

 

 ……何だかまだ傷が深そうである。

 つーか、自分で傷を掘り下げているよーな気もする。

 

 そんな彼の心情を知ってか知らずか、あえて詳しく問いただそうとせず近衛は直球を放った。

 

 

 「実は…ちょっと頼みたい件があっての」

 

 「えっと…“裏”っスか?」

 

 「うむ」

 

 

 横島がそう問うと、やや複雑そうな表情で近衛は頷いた。

 

 裏の…横島からいうとオカルト的な仕事…となるとちょっと真面目にならざるを得まい。

 未だ傷の痛みを訴えているジャスティスを蹴っ倒して無理矢理奮い立たせて表情を引き締めた。

 

 外見は若くとも、その中身は二十七歳のプロのGSである。

 記憶はサッパリ戻っていないのだが、精神的な積み重ねは完全には消えてはいない。

 

 近衛は横島の仕事モードの顔を再確認し、内心感心しながら手元の書類を立ててその件を彼に告げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「来週から行われる京都奈良への修学旅行に同行してもらいたいんじゃ」

 「謹んでお断りさせていただきます」

 

 

 

 シリアス声で語られた近衛の依頼を、横島は間髪いれず断りの言葉を入れた。

 

 

 「なっ 即答?!

  横島君、ちょっとそれ、ムゴくない?!」

 

 

 何だかちょっと頭の悪い女学生のような言い方をして驚く近衛。

 その気色悪い態度も相俟って、横島はまたキレていた。

 

 

 「そりゃ断るわ——っ!! 爺さんボケたのか?!

  オレを堕落させよ—という魂胆か?! ナニ考えとんじゃ——っ!!」

 

 

 要は、見た目高校生の横島に修学旅行の女子中学生らに付き纏えといっているようなものである。

 

 そりゃ確かに嫌だろうが、言うまでも無くそれが依頼を断った理由では無い。

 五日間、楓と古から開放されて羽を伸ばせると思ったのに、よりにもよってあの二人と一緒となる上、女子中学生の集団と共に行動するのはジャスティスに止めを刺されるのと同じなのである。

 だから断ったのだ。それも全力で。

 

 何しろ横島の倫理が関わっているのだから当然である。

 

 が、そんな彼の精神状況を近衛が知る由も無く、学園長は苦しい胸の内を横島に語って見せた。

 

 

 「実はの、前に言うたかもしれんが、ワシは関東魔術協会の理事をしておるんじゃ」

 

 「え? あ、はぁ……えと、それが何か……」

 

 

 イキナリ何を言い出すのか。と、横島は勢いを削がれてしまう。

 ここで勢いが失われなければこれからの時系列はほぼ変わりが無かったかもしれないが、ここで運命は大きく分岐の兆しを見せる事となる。

 

 無論、神ならぬ二人が知る由も無く、近衛は話を続け、横島は黙って聞いてしまう。

 

 

 「でだ、実は向こうには関西呪術協会というのがあっての」

 

 「関西…呪術協会…?」

 

 「うむ」

 

 

 近衛の話では、日本は大雑把に分けて関東と関西の魔法協会に分かれているのだという。

 横島が知るところの魔法である関東魔法協会と、彼の知る知識では符術師や式神使いにあたる術師の集団が関西呪術協会らしい。

 

 まるで系統違うやん…と横島は思ったのだが、呪術も魔法の同じ魔法というカテゴリーに入るとの事。

 考えてみれば、横島のいた世界とて魔法使いが使おうが霊能力者が使おうが霊力は霊力だったのだから、同じ様な大雑把な別け方なのだろう。

 

 さてその二つの魔法協会であるが、実はその二派は昔から仲が悪く、しょーも無い諍いを続けているとの事。

 いがみ合っているだけで平和が訪れるわけもないし、そのまま連携が取れないままであれば、最悪、有事等が起こった際に共倒れとなりかねない。

 

 無論、全部が全部という訳ではないのだが、恨みという根は深く、中々手を取り合うにまでは至れないのが実状らしい。

 

 

 「ああ、デタント派と反デタント派がいがみ合っているよーな感じっスか」

 

 「うむ…というか、いい例えじゃの」

 

 「いやぁ…そーゆーのとやりあった事があったモンで……」

 

 「ほう…?」

 

 

 一瞬、横島のデタント——近衛らの認識で言うところの緊張緩和政策——の件とやらが気になった彼であるが、その話より頼みたい仕事の方が先だと思い直す。

 

 ともかく、近衛としてはもうこれ以上つまらぬケンカをやめて仲良くしたい。

 

 幸いにして向こうの長は近衛の娘婿で、近衛と同じ考えを持っていてくれているらしく、こちらの申し出を快く受け入れてくれるようだ。

 

 

 「この修学旅行で一人の魔法先生が親書を持たせておっての。

  その親書を無事に向こうに届けるのを見届けて欲しいんじゃよ」

 

 「ははぁ……? でも、他の魔法先生がついて行ったらどーです?

  例えば高畑さんとかスゴイ強いみたいだし」

 

 

 一人で危険だというのなら数を集めれば良いだろう。

 普通そう考えるであろうし、当然といえなくも無い。だが、

 

 

 「タカミチ君は駄目じゃよ。

  彼には別口の仕事が入っておるし、何より強過ぎるし有名過ぎるでの」

 

 

 そんな有名人を連れて行けば睨みを利かせに行っているようなものである。

 向こうの長と高畑は知り合いなのだというのだからそんな馬鹿な考えは持つまいが、向こうの全員がそうだと納得してくれるとは限らない。

 

 それに実力のある魔法先生も別の修学旅行の目的地に向ってしまうし、その力ある教師らは高等部の教師だったり大学部の教授だったりする。

 中等部の修学旅行に高等部の教師やら大学教授やらが付き回るのもおかしな話であるし、何より自分の仕事に穴を空けてまで付いて行くという事で向こうで悪い意味で目立ってしまう。

 

 だから護衛ともなるとそれなり以上の実力を持ち、尚且つ無名である事が必要なのだ。

 

 それに、問題はそれだけでは無い。

 

 

 「実はの…楓君と同じクラスなんじゃが…ワシの孫である木乃香がおるんじゃ」

 

 

 近衛の孫娘という事は、関東魔法協会と関西呪術協会とのハイブリッド……つまり、“東の派と西の派との間に立つ者”という事である。

 

 デタントの話ではないが、そんな両陣営の親善大使みたいな存在を快く思わない輩がいないとも限らないのだそうだ。

 

 幼馴染の少女が影からコッソリと護衛をしているのだが、親の方針でなるべく魔法に関わらせないよう教育されているのでどうしても無理が生じてしまう可能性がある。

 

 彼女らの担任である引率の魔法先生もそれなり以上に腕は立つのであるが、経験不足もあってかまだまだ固い……と言うか、突発的な事件に対する融通が利かないらしい。

 その点、横島なら機転が利くし裏技やイカサマが得意であるから突飛な事態でも対応できるであろう。

 

 ——と、高畑が横島を推したらしい。

 

 

 『あ、あのオッサンはぁ〜〜……』

 

 

 機転が利くと言ってくれるのは良いとしても、裏技やイカサマが得意等と言われて嬉しい訳が無い。

 

 事実なだけに。

 

 そんな文句が湧かないでもないが、伝えられた内容が内容である。強く仕事を拒否できる隙がなくなってしまったのが物悲しい。

 

 近衛にとって幸いしたのは、横島はデタントでの諍いを嫌という程知っている事である。だから彼は決して楽観視していないのだ。

 

 

 「となると……

  オレの仕事はその木乃香ちゃんの護衛と、その親書を持った魔法先生のフォローっスか?」

 

 「うむ。追加として横島君が関わっている事をバレない様にする事…かの?」

 

 「……」

 

 

 その言葉を受け、横島は腕を組んで熟考する。

 一見、その任務は軽いようであるが、抵抗する集団が物騒な思考を持たないとは限らない。

 この前の式神使いのような<外道>を使用する輩がいないとは言い切れないのだ。

 

 眼を瞑って熟考する横島に、近衛は再度彼を見直し、頼もしさを感じるのだった———

 

 

 

 

 

 

 が、当然ながら彼はその程度の器では無い。

 

 

 『物騒な輩は兎も角として、行き先は京都……京都といえば京美人。

  京美人と言えば舞妓さ……ン?

 

  ハッッ?! 学名:MaikoHanの生息地ではないか!!

 

  ぬぅっ、迂闊っ!! あの地は色白のしっとりとした京美人の生息地!!

  そんな事を失念するとは何たる迂闊っ?!

 

  思えば学生時代の京都への修学旅行。青過ぎるチェリーなオレ達はイタイ玉砕をしたもんだ。

  女子の入浴すら覗けず、全員拿捕されて一晩正座の刑を喰らった屈辱は未だ払拭し切れていない……

 

  今こそあの時の屈辱を晴らす時ではないのくわぁっ?!』

 

 

 

 「解かった……引き受けよう……」

 

 

 唐突にカミソリブレードの様な目となり、職業スナイパーの某デュークさんを彷彿とさせる口調で無意味にシリアスな返答を見せる横島。

 

 その邪…というかアホ過ぎる謀を知る由も無い近衛は、その瞳に頼もしさと見当違いの決意の光を見、

 

 

 「うむ。よろしく頼むぞ横島君」

 

 

 と想いを彼に託すのだった。

 

 

 「それと同行方法はワシに任せて欲しい。

  そのまま付いて行けばストーカーとしてタイーホは必至じゃからの」

 

 「……」

 

 

 その事をすぽーんと忘却していた横島は絶句してしまったが、露ほども動揺を見せずに深く頷く。

 この程度の事で動揺を見せては“あの職場”で生きていけない。特に雇い主の攻撃によって。

 

 

 こうして内外の別の顔は全く見せず、依頼を引き受けて学園長室を後にしようとした横島であったが、

 

 ドアの向こうに消える直前、ひょいと言い伝えておかねばならない事を思い出して近衛に向き直り、

 

 本来の(、、、)シリアスな光を眼に灯し、

 

 

 「もし、その木乃香ちゃんという娘をそんなクソくだらない理由で傷つけようとする輩が出た場合は……」

 

 

 

 

 ——叩き潰しますけどいいですよね?

 

 

 

 

 感情を全く感じさせない程の憤りを後に残していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふむ…」

 

 

 彼が去った学園長室。

 

 春の只中というのに、たった一つの言葉の発露によって室内気温が五度は下がった気がする。

 

 一人部屋に残った近衛は髭を撫でつつ横島の言葉を噛み締めていた。

 

 

 「女に甘い……か……成る程のぉ……」

 

 

 近衛は真名が横島を称した事を今思い知った気がする。

 

 と同時に、真名の言葉が少し間違っているとも感じていた。

 

 

 「女に弱いのには間違いは無いが……あの弱さはそのまま強さになっておるのぉ……

  アレは……」

 

 

 近衛は最後まで言わず口を噤み、ふと表情を崩してもう一人に連絡を入れた。

 

 彼があの感情を押し殺した憤りを持つ限り、最悪の事態は避けられよう。

 だが、その事態に近寄れば近寄るほど彼は傷付いてゆく…そしてそれは確信に近かった。

 

 

 「フォフォフォ……ワシじゃ。おぉ? いや仕事では無いぞい。

  ちょっと教えたい事と渡したいものがあるでの、すまんがワシのトコに来てくれんかの?

  いや、お前さんにとって悪い話ではないかも知れぬぞ?

  ん…解かった。待っておるでの」

 

 

 電話を切り、その人物を待つ。

 

 ふぅ…と我知らず溜息をつき、瞼を閉じて横島の表情を思い浮かべる近衛。

 

 

 

 会った事も無い少女を傷つけようとする者に対し、純然たる怒りだけを浮かべた横島の顔。

 

 女に対して弱さを持つが故の優しさからくる強さ。

 

 だが、単一金属で成された刃のような鋭さを持つが故に、それ相応の脆さをも持ちあわせてしまう。

 

 近衛はそんな横島を思い、彼の支えとなるようその人物を呼んだのである。

 

 

 

 

 

 

 ——アレは……

   失う事の辛さを知る者しか出せない表情じゃからの……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人気の薄い道をギターケースを肩に掛けてた少女が歩いていた。

 

 その少女と並ぶように、同様に肩に自分の得物を引っ掛けて歩いている少女が一人。

 尤も、その少女の得物は竹刀袋が被さっているので剣か何かだと思われる。

 

 ギターケースをもった少女の方はクールというだけで無口ではないのだが、相方の少女は必要以上に余り喋らないので結果的に会話は少なくなる。

 それに不満がある訳ではないが。

 

 

 「龍宮…」

 

 「ん…? 何だ?」

 

 

 静かに、それでいて刃のように隙なくその少女が口を開いた。

 

 仕事を行う場へと向う間にそう語り掛けて来るのはとても珍しい。

 

 

 「……最近、警備班が増えたと聞くが…?」

 

 「ん? あぁ、そういう事か……」

 

 

 この剣を使う少女は、ある一人の少女の護衛についている。

 いや、その少女の為だけに剣を振っていると言って良いだろう。

 

 だから非常に学園内の警備体制の動きに疎い。

 寮で同じ部屋である自分が何時も教えてやっているくらいなのだから。

 

 こんな話を出したのは高畑に聞いたか、或いは刀子から聞いたか…だろう。

 

 

 「そう言えば教えていなかったな。悪い。

  増員は二人。高畑先生が担当している。一人は楓だ」

 

 「…楓が?」

 

 「ああ」

 

 

 その話を聞いて僅かに緊張を解く。

 

 長瀬 楓……

 彼女であれば人間的に信用が出来るし、その腕前も相当なものだ。

 だからこの少女は胸を撫で下ろしていた。

 

 何とも解かり易い娘である。余計な火の粉を“あの娘”が被ったりしないか気にしていたのだろう。

 

 

 「それで、もう一人は…?」

 

 「もう一人か……う〜ん……」

 

 

 ここで真名は悩んだ。

 一番良いのは実際に戦うところに居合わせる事なのだが、そんな事がひょいひょい起こるのも勘弁だし、何より最後まで戦いを見つめていないと絶対に勘違いを起こす。

 実際、楓や古、そして自分とて騙されたのだから。

 

 少女の方は言い澱んでいる真名をいぶかしんでいる。

 

 

 「何か問題でも?」

 

 「あーいや…問題アリアリというか、全く無いというか…

  少なくとも私達の年齢では対象外だから安全牌というか……」

 

 「は……?」

 

 

 頭を掻いてそう言い難そうに述べている真名に、少女は眉を顰めるばかり。

 

 お前、大丈夫なのかと妙な眼差しを向けてくる少女に気付き、真名はハッと我に返る。

 

 よく考えてみれば、何でこんな事で悩まねばならんのだ? 問われて応えるのは本人か楓の役では無いのか?

 

 自分はちゃんとフォローしてやったのに……そう考えてくると何だか馬鹿馬鹿しくなってきた。

 

 

 「龍宮…?」

 

 「……詳しい事は本人か、楓に聞いてくれ。

  兎に角、その男の名は横島忠夫といい、氣の使い手だ。

  関西出身らしく、ボケとツッコミが持ち味らしい」

 

 

 それで楓と自分も騙されたのだから立派な技と言って良いだろう。

 

 だが、聞かされた方は堪ったものではない。

 

 

 『関西…出身……?』

 

 

 無論それだけで存在を怪しむ事は流石にない。

 だが、件の人物の個人情報が何故か全て伏せられている上、師である女教師に問うてもやたらめったら言葉を濁されている。

 このあらゆる意味で中立であるクラスメイトに問うてようやく、といった具合にだ。

 

 となると、立場的にかなり厄介な人間である可能性が高い。

 

 少なくとも、同様に西から来た師が自分に対して説明をほどには……

 

 

 じわり…と湧いた疑念は、刺客に神経を尖らせている少女にとって思考を穢す毒そのもの。

 

 

 『ヨコシマ タダオ……』

 

 

 少女の眼が、針のように細められた。

 

 

 関西出身で氣の使い手。

 

 当人にとっては噴飯ものの妄想であるのだが——

 

 

 

 疑惑という毒の材料はこれだけで充分だったのである。

 

 

 




 ハイ、ここで今回の修正版は終わりとします。

 そして修学旅行編です。いやぁ、作業が中々進まない……

 以前も書きましたが、この話で書いた木乃香の立つ位置は、原作を読んでGS美神と照らし合わせて思ったことです。
 横島とルシオラとの間に子供が生まれてたらこんな感じの位置にいたかもしれませんね。
 まぁ、私が持った感想であり、意見ですので説得力も何もあったモンじゃないですがw

 修正はせっちゃんのトコ。流石にアホ過ぎたので理由付けしました。
 思春期の女の子にゃあちょっと言い辛いですよ、という話w

 という訳で、今回はここまで。
 続きは見てのお帰りです。ではでは〜


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五時間目:タダキチ七は丁稚の番号
本編


 

 

 

 

 

 ——やぁ、少年。久しぶりだね。

 

 

 ……テメーか……少年は止せ。オレはガキちゃうぞ。

 

 

 ——ふむ…しかし、今の君は少年ではないかね?

   心のあり方まで少年の様ではないか。

   尤も、私からしてみればヒトの老若男女全ては少年少女なのだがね。

 

 

 屁理屈ぬかすなっ!!

 

 ……で? 何しに来やがったんだ?

 

 

 ——ほぅ? 思ったよりも冷静だね。

    もっと慌てるのかと思ってたのだがね…

    キミもやっと成長したという事かな?

 

 

 うっせーっ!!

 おちょくる為に起きやがったのかテメーわ!?

 

 だったらとっとと沈んで寝てやがれ!!

 

 

 ——ふふふ…相変わらずだね少年。

   どんな存在を前にしても相対する時の心は変わらない。

   相手が神族だろうが魔族だろうが、怒る時は怒り、好意を持てば接してゆく……

   色んな意味で分け隔てが無いね。感動するよ。好意に値するね。

 

 

 ネタしかますなアホぉ!!

 テメーはオレを貶しに来やがったのか?

 だったらとっとと出てけ!!!

 

 

 ——ははは…無論、それだけじゃないさ。ちゃんと用事があるのだよ。

   暇ではあるが湧き出てくるのは結構大変なんだからね。

 

 

 だったらとっとと用事済ませて消えやがれ。

 

 

 ——ははは……つれないね。

   尤も君の心情から言えばしょうがない事なのだが………………………………

 

 

 

 

 

    怨んでいないのかね?

 

 

 

 

 は?

 

 

 ——怒気はある。私に対して一直線のものがね。

   だが殺気は無い。

   無論、ゼロという訳では無い。

   ほとんど感じられない程度ではあるが、それでも無いと言い切って良い程だ。

 

   だから私に対しての怨みはもうないのかと気になってね。

 

 

 テメーに対しての……か?

 

 

 ——ああ……私はそれだけの事をした。

   人間達から……特に君らから憎悪されるに値する……違うかね?

 

   その怨みは残っていないのかと聞いているのだよ。

 

 

 

 

 

 ………………………………怨んでない…なんて事ある訳ねぇだろ?

 

 

 

 

 

 ——……

 

 

 怨んでねぇ訳ないだろ? 憎んでねぇ訳ないだろ? 憎くて憎くて堪らねぇよ!!

 

 

 ——……

 

 

 ……だけどな、それが単なる八つ当たりだって事も解かってんだ。

 

 アンタは死んだ。確かに死んだ。

 小竜姫様もそう言ってたしな。

 

 そんなアンタを憎んだり怨んだりするのはお門違いだ。ああ、解かってんだよ。

 

 アンタを憎んで怨んで、憎む対象として、怨む対象として存在し続けさせてるんだってな。

 アンタがホンモノじゃないって解かってても、自分の中の憤りをぶち当てる相手をほしがってるだけだってな。

 

 あぁ、そーだよ。知ってんだよ!!

 アンタはオレの中に残る“記憶の欠片”でしかない、どうしても消せない仮想敵だってな!!

 

 

 ——…………フッ

 

   まぁ、キミの心情からして当然の行為であるし、仕方の無い事だね。

 

   気にする事は無い。人として当然の行為だ。

 

 

 ふん……

 

 

 ——不快な気持ちにさせて悪かった。すまなかったね。

   ではそろそろ退散する事にしよう。

 

   ああ、だけど一つだけ是非にも伝えねばならない事があるんだ。

   それだけは聞いてもらえないか?

 

 

 ………………………………ンだよ……

 

 

 ——君が何故、“この世界”に来たのか……そして、君が誰なのか…その事についてだよ

 

 

 

 んな……っ?!

 

 

 

 ——フフフ……時間は有限だし、これ以上私がいるとキミも不快だろうからさっさと語るとしよう。

 

   君が行きたい…いや、“帰りたい”と思わない、“思えない”理由。

   そして、何故に記憶と記録の一部が消失し、私という個がおぼろげとはいえ出現したか……

 

 

 

 

 

   では——覚悟は良いかね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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                ■五時間目:タダキチ七は丁稚の番号

 

 

 

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 極一部…というか、担任の教諭が一番心待ちにしていたという京都・奈良への修学旅行。

 

 その当日、集合場所である大宮駅は旅行に出る少女らの黄色い声で満たされていた。

 

 ここから東京駅を経由して京都へ、

 16時には清水寺を見学し、17時には旅館に入る…というのが本日の日程である。

 

 このルートでまわる生徒らは五クラス。

 のべ150人以上の少女らが集っているのだからそれは五月蝿いだろう。

 

 しかしそんな騒動には慣れているのか、落ち着いた態度で女性教諭が班ごとに点呼を取らせ、ホームから新幹線に乗り込ませてゆく。

 

 何が楽しいのか乗り込む間もキャイキャイ騒ぎ、別の車両に入ろうとしてしまったり、子供教師が女生徒によってグリーン車に引きずり込まれそうになったり、生徒が肉饅を売ったり(?)と落ち着きが無い。

 

 く…っ これが若さか?! とかほざきたくるのも仕方の無いことかもしれない。

 

 

 特に、今の彼からしてみれば……

 

 

 

 

 「ほほう…よくお似合いでござるな」

 

 「ほんとアルね。何だか前からつけてたみたいアル」

 

 「……」

 

 

 新幹線の貸切車両の隣。

 一般車両の端に備え付けられている自動販売機の前で、三つの影が会話を交わしていた。

 

 実のところ、その中の二つ…長瀬 楓と古 菲は霊気でもって自分らを鍛えてくれている青年と暫く会えなくなるのか…とやや気を落としていた。

 僅か5日で何を…という説もあるが、彼女ら自身も何で気を落としていたのかサッパリなのだから説明の仕様が無い。

 

 が、その相手である横島忠夫が仕事で同行するという話を聞き、二人してアッサリ元気を取り戻していた。何とも単純な二人である。

 

 言うまでもなく今の様に車内であればまだ良いのだが、女子中学生の修学旅行に高校生くらいに見える青年がついて回るのは大問題だ。

 元々何かと目立つ男であるし、下手を打って学園長が言っていた様に、通報されてタイーホされたって仕方が無いのだから。

 

 となると、彼に変装させる必要がでてくる。

 

 無論、単純な変装ではバレないとも限らない。女子中学生の背後をうろつく不審者の影……ぶっちゃけ変装するからこそ目立ち過ぎてしまう。

 それに本人がどんなポカかますか解かったものだ。どーもそういった点は今一つ信用が置けないのだから。

 

 ではどうすべきか?

 

 

 「うんうん。カッコイイアルよ」

 

 「じゃかぁしっ!!」

 

 「おろ? 拙者のプレゼントは気に入らないでござるか?」

 

 

 演技とは解かっているのに、楓や古がショボンとするとダメージを受けてしまう哀れな男。

 

 今も『う…っ』と胸を押さえている。

 彼の(女の子に対しての)良心は剥き身のゆで卵のようにツルツルで脆いのだ。

 

 

 「い、いや、そんな事ぁねーぞ?

  元々オレはコレ着けてたんだしな。高校出てからは着けるの止めた…んだと思うけど。多分」

 

 「そうでござるか」

 

 

 語尾は自信なさげに切れ切れであったが、それでも頭にしっくりとしているのは事実のようだ。

 彼がそう言ってプレゼントしてくれた事を感謝しているのを見せると、楓はコロリと笑顔になった。

 

 やっぱり演技だったようだ。

 

 

 『チクショウ…女め』

 

 

 何故か田舎そばでも啜りつつ恨みがましい目で見たりもしたものだが、

 流石にそんな時代劇のサイコシーンなんぞ知る由もなく暖簾に腕押し糠に釘である。

 鼻歌を零してご機嫌だ。

 

 

 その横島であるが……

 

 彼は今、頭に赤いバンダナを巻いていた。

 

 

 これは楓からのプレゼントであり、彼の為に手に入れたお守りなんだそうだ。

 

 言うまでもなく女の子からモノを貰い慣れていない彼は喜んで受け取った。

 

 やや古めかしい赤い布で、よく見ないと解からないが朱色の糸で細かな刺繍が施されている。

 横島がその刺繍に触れて探って見ると、確かに霊気…いや魔力が伝わってくる。これは本当にお守りなのだろう。

 

 額に巻き、きゅっと締めれば昔を思い出すほど気が引き締まって来る。

 

 だから横島も素直に「ありがとう」の礼を言ってもおかしくないのだが……どうも感謝の念よりガッカリさが前に出てしまっていた。

 

 いや、彼の言うようにプレゼント自体はうれしいし、モノにしてもそう文句は無い。

 

 そちらではないのだ。肩を落としている理由は。

 

 

 「あ〜…でも、ホントよく似合うアルね」

 

 

 そういいつつ横島の頭をかいぐりかいぐり撫で回す古。

 

 ホント嬉しそうである。

 

 

 「やめぇっつーに!! 古ちゃんも頭撫でんな——っ!!」

 

 

 と彼にしては珍しくやや乱暴気味に手を払うも、相手は武の達人。ひょいと避けてケラケラ笑っていらっしゃる。

 

 

 「ドちくしょう〜…あのぬらりひょんめぇ〜〜〜」

 

 

 これ以上女の子に当たる訳にも行かず、恨みの矛先は学園長に向けられた。

 その怒りのパワーは、ここで藁人形に釘を刺せば間違いなく学園長に届くだろう程。

 実際、彼の呪いはホントに効くのだから性質が悪い。流石はプロの霊能者である。褒められた事ではないが。

 

 

 「ほらほら。そんな顔してはいけないでござるよ? 笑顔が一番でござる。すまいるすまいる」

 

 

 等と、面白がっているのか楓もそうやってあやして来るもんだから、横島の沸点は更に下がった。

 

 顔を赤くしてプンプン怒る彼。

 

 赤いバンダナというポイントが増えはしたが、それ以外はジーンズとジージャン。そして靴はバッシュという余りといえば余りにありふれた姿。当然そこは変わっていない。

 

 

 「オレを子ども扱いすんな——っ!!!」

 

 

 「「いや、実際に子供(アルよ)でござるし」」

 

 

 が、その外見はどー見ても六,七歳程度の男の子のそれだった。

 

 

 大人や高校生が後を付いてゆけば確かに問題である。

 

 だが、こんな小さな子供であるなら話は別だ。

 担任の一人が子供であるから左程の違和感が無いのである。

 

 少女らにしたって、唐突に現れた高校生くらいの男になら妙な誤解を持つかもしれないが、こんな子供になら変な隔たりは持つまい。

 そう考えた近衛は横島にあるマジックアイテムの使用を許可したのである。

 

 

 その名を——

 

 赤い飴玉・青い飴玉 年齢詐称薬という。

 

 

 イキナリ犯罪チックな名称が飛び出したのであるが、名前もそうだし効果もナニだ。

 赤い飴玉で大人になり、青いのを舐めれば子供になる……何ともどこかで聞いたような飴である。

 

 因みにそのアイテムの説明を受けた時、横島は、

 

 

 「なんつー無礼なっ!! ○塚センセーに謝れっ!!」

 

 

 等と憤慨したとかしないとか……まぁそれはどうでもいい事であるが。

 

 

 自分らの子供先生とは違い、外見を子供に落としただけで歳相応のやんちゃさが目立つ横島を古は妙に気に入ってさっきから弄り回しているのだ。

 横島の心の傷にズリズリと本ワサビを擦り込む行為である事は言うまでも無い。

 

 

 「それで横島殿はずっと隣の車両でござるか?」

 

 

 プンスカ怒って古と不毛な口撃バトルをかまして敗北直前の横島に対し、笑みを隠そうともせず楓はこれからの事の確認をとる。

 

 

 「ンあ?

  あ、ああ、そうだけど……ま、まぁ、ちょくちょく様子を見に行くけどな」

 

 「ふーむ……」

 

 

 実は楓、横島の受けた話を近衛から聞いていたりする。

 

 彼女はパートナーであるし、横島が請けた仕事なら自分も受けたのと同じだと認識しているからだ。

 だから彼女は近衛から“ある物”を託されていたのである。

 

 “それ”があるから楓の前では横島も不穏な行動は取れなくなるだろう。

 まぁ、対横島用お仕置き行為も既に古と共にあみ出しているのでどーとでもなるし。

 

 

 『……となると、やはりもっと拙者らの近くに居させるのが得策でござろうな』

 

 

 そんな風に何やら考え込んでいる楓の元に、

 

 

 「——楓」

 

 「お?」

 

 

 一人の少女がやって来た。

 

 

 身長はそう高くはないが、竹刀が入っているにしてはちょいと長すぎる鞘袋を肩に掛け、長めの髪を片方に纏めている凛とした美少女。

 

 

 「何用でござる?」

 

 

 楓がにこやかにそう問い掛けると、その少女はチロリと古と横島に意味ありげな視線を送って「実はですね…」と言い澱む。

 

 何やら内密な話があるのだと悟った楓は、古に横島を自分らの座席に連れて行かせて二人きりとなる事にした。

 

 

 何か抵抗していた横島であったが、騒ぎを起こすのは拙いという事を“理解してしまっている”が為、けっこう簡単に楽しそうな古によってズルズルと引き摺っていかれてしまう。

 みょーな所で大人を残した哀れな見本であろう。

 

 そんな二人を生温かい目で見送った楓は、不思議そうに自分を見つめている少女の視線に気付き、コホンと咳をして彼女に向き直った。

 

 

 「——して用件は何でござるかな? 刹那」

 

 

 楓に声を掛けてきた少女は、退魔剣術として裏で名が知られている神鳴流の使い手。

 

 武道四天王の最後の一人……出席番号15番 剣道部の桜咲 刹那、その人であった。

 

 

 

 

 

 

          ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 荷物を押しながら車両の中を進む女性が一人。

 

 弁当やお茶、菓子や果物、雑誌や新聞を乗せて荷車を押してゆく。

 

 言うまでもなく車内の売り子さんであるが、その売り子である女性は結構印象的だった。

 

 長い黒髪の眼鏡の美女で、優しげな笑顔で品物を勧めつつ歩いてゆく。

 

 だが、それだけなら印象的などは言わない。

 

 確かに美女の売り子というのは眼を引く対象であろう。

 実際、ヨッパライでもいたらひょいと尻に手が伸びてくるだろう程なのだから。

 

 

 だが、注目すべき点はそんなトコロでは無い——

 

 

 くぃくぃっ

 

 「ん? あぁ、坊や何か要り用どすか?」

 

 

 スカートの裾を軽く引っ張る男の子に笑顔で持って応える女性。

 

 そんな女性に対し、どこかポーっとした表情でその男の子は、

 

 

 「お姉さん、美人やなぁ……」

 

 

 と真っ直ぐ眼を見て言ってきた。

 

 

 「あらあら……おませさんやなぁ。

  ほれでも嬉しいわぁ。ありがとなぁ」

 

 

 ストレートな賛辞に満更でもないのか、その女性は薄く頬を染めて礼を言う。

 それなり以上の容貌ではあるが、こうも真っ直ぐに言われた事は無いのかもしれない。

 

 

 「ホンマやで? お姉さんみたいに綺麗な売り子さんが勧めてくれたら何でも買いとうなってくるわ。

  あ、せやけど、オレ、あんまお金ないねん……せやから一つしか買えへんわ。堪忍なぁ」

 

 

 何やら俯き加減で頬を染めつつそうじもじと言ってくる男の子に、その女性はけっこう胸にズキュンと来た。

 

 自分と同じ関西弁である事も気を緩ませた一因なのだろう。

 まぁ、その子供のアクセントは大阪弁っぽいのであるが。

 

 男の子はポケットから百円玉数枚を取り出し、恥ずかしそうに冷凍みかんを求めてくる。

 

 そのもじもじさにもズギュンとキたらしいその売り子は、サービスだと言ってチョコレート一枚を付けるという大盤振る舞いをかましていた。

 

 

 「わぁ…ありがとう、お姉ちゃん! オレ、めっちゃ嬉しい」

 

 

 満面の笑顔で抱きつかんばかりに喜ぶ男の子にその女性の頬も緩む。

 

 と……

 

 

 ごちんっ!

 

 「痛っ!!」

 

 

 唐突にやって来た少女にゲンコツを喰らってその男の子は蹲った。

 

 女性が呆然としている間に、少女は男の子を立たせて引き摺ってゆく。

 

 

 「目をはなした隙に何やてるアル!!

  つーか、子供扱い嫌がてたのに、何ノリノリに子供のフリしてるアルか?!」

 

 「堪忍やぁ〜! ごっつええ女おったら口説くんは男の義務なんやぁ〜っ!

  エエ女口説く時は使えるモンは何だって使う主義なんや〜〜っ!!」

 

 「そんな主義、捨ててしまうアル!!」

 

 「オレに死ねと言うんか?! あ、おねーさん、ありがとなぁ〜 また後でな〜」

 

 「老師!!」

 

 「ひーん」

 

 

 何が何やら解からないが……兎に角、品物は売れたようだから良しとしよう。うん。

 綺麗だと賞賛された事実は変わらないのだし。

 

 何だか事が上手く進んでいる事もあって機嫌も更によくなってゆくその売り子の女性は気を取り直してまた車を押し始める。

 

 

 ——いや、注目すべき点はそんなアホなやり取りでは無い。

 

 

 真に注目すべき点は、まずその女性が京都に入った訳でも無いのに既に特徴のある関西の方言を使用しているところであり、尚且つ歩きながら品物を進めるフリをしつつ座席の“何か”を確認して行っている所である。

 

 

 あちこちに仕掛けた<呪式>を確認しながら売り子のフリをし続けている女性。

 

 

 “そこ”が注目すべき点だったのである。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 「実は楓に聞きたかった事があってな……」

 

 「ふむ? 何でござろう?」

 

 

 辺りに人の気配がなくなってから、刹那はやっと口を開いた。

 

 楓も刹那が人の気配を探っていた事に気付いてはいたのであるが、それほど内密な話であるのかと悟って気付かないふりをしている。

 

 そんな楓に対して刹那は、

 

 

 「お前のパートナーという、横島忠夫について」

 

 

 直球を放ってきた。

 

 

 僅かに片眉をぴくんっと動かすだけに踏み止まった楓。

 その辺は流石と言えようが、刹那にはそれで充分だった。

 

 

 「いや、妙な心配はいらん。

  私も“裏”に関わっている一人なんだ。学園長から話を聞いていないのか?」

 

 「……初耳でござるよ」

 

 

 横島は話を聞いてはいるが、初顔合わせは終わっていない。

 刹那の方にしても、学園に多少の魔法教師や魔法生徒がいるとは知っているのだが、実はその数を全然把握していなかったりする。

 

 どーもあの学園長はおちょくる事に熱中できるくせに、肝心な事を言い忘れたりしてどこか抜けているのだ。

 今思えば、あの図書館島の地下での岩巨人の騒動は学園長が絡んでいた節があるし。

 

 よくよく話を聞いてみると、自分らの事を聞いたのは真名かららしい。

 

 まぁ、確かに楓は学園長に呼び出されて横島も同行するという話を聞いて浮れており、ウッカリ聞き忘れた感もない訳ではないのだが、魔法界にかかわる生徒の事くらいは言ってほしかった。

 

 だって聞かなかったんじゃもの…とでも言うつもりであろうか?

 

 いや、あの老人ことだ。『言い忘れてした。テヘ♪』とかかましてくれそうである。

 

 

 組織のトップが肝心な事を言い忘れてどーするでござる?! と、楓は内心憤慨していた。

 

 まぁ、それは横に置いといて……今は自分のパートナーの事だ。

 

 

 「ふぅ〜む……横島殿の話でござるか」

 

 「ああ…」

 

 

 さてどう話したものか…と楓は首を捻る。

 

 言うまでもなく横島はどーしよーもないエロ男で、煩悩の化身で、不条理の塊で、理不尽の結晶のような存在だ。

 それをそのまま口にすれば彼女からの信用は絶対に得られまい。というか、その説明では不審者としか伝わるまい。

 

 かと言って、これこれこんな良い男でござるよ…とは口にし辛い。

 いや、言いたくない…の方が正しいだろう。

 

 これは教室での騒動に端を発しているのであるが、下手に褒めたりすれば妙に尾ひれが付いて話が曲がってゆくのである。

 マスコミ報道という曲解を先週初めて味わった楓ならではの判断だと言えよう。

 

 

 それに……これ以上、横島に対して興味を持つ人間が増えてほしく無いという気持ちがどこかで燻っていた。

 

 

 その気持ちが何を意味しているか…相変わらず自分を理解していない楓であるが、古も横島の話が広がる事を由としていないのであるから、その考えは正しいのかもしれない。

 

 しかし刹那は言うなれば同僚、口を噤んだままというのも問題だろう。近衛みたいな言い忘れというポカはしたくないし。

 

 

 「して、彼の何が聞きたいと言われるでござるか?」

 

 「まず人となりを——」

 

 「ふむ……」

 

 

 刹那には是が非でも守りたい一人の少女がいる。

 

 その少女は関西呪術協会の長の大切な一人娘で、刹那はその任を長から直接授かっていた。

 だが、それより何よりその少女……近衛 木乃香は刹那の幼馴染であり掛け替えの無い親友なのである。

 

 任務など無くとも命を代えて守りたい存在なのだ。

 

 

 無論、楓がそんな事を知る由も無いのであるが、そんな真剣な眼差しを受けた彼女の方としては困ってしまう。

 

 刹那は自分らと同じく“裏”に関わっているとの事であるから言うなれば仲間である。

 だから説明を渋る理由は無い。無い筈なのだが……

 

 あの横島という青年は、自分は元より古ですら奇怪な期待を持ってしまう妙な魅力がある。

 

 

 楓は刹那という少女の目を見る度に、夢とか希望とかを犠牲にしているのでは…? と感じていた。

 恐らくは何かの為にそれらを捧げているのであろう。

 

 無論それを問いただす権利は自分には無いし、立ち入って良いような雰囲気も持っていなかった。

 だからこそ彼女に、薄くて大きな壁を感じていたのであったのだが……

 

 

 その刹那が自分からこちらに歩みよって来ている。

 

 つまり、それだけ彼の情報を得る事を必要としているのだろう。

 

 

 そんな刹那が彼の事を“真の意味で”知られると……………………いや、悪い事は無いでござろうが、その、何と言うか、アレだ。

 そう、アレでござる。アレ。ええ〜〜と……

 

 と、兎も角アレなのだ。ウン。

 

 楓としても真面目に考え、真面目に答えてやらねばならない。

 ならないのだが……どーも上手く表現ができない。

 

 話してやりたいのは山々なのだが、何かがブレーキを掛けている。

 それが何なのかはサッパリ解からないのであるが……

 

 

 楓はもう一度刹那の目を見た。

 

 彼女は変わらず射抜くようにこちらの目を見つめ続けている。

 

 彼の“人となり”とやらを知る事は、よっぽど彼女にとって重要な事なのであろう。

 

 軽く溜息を吐いて何かを諦めた楓は、横で購買される事を待ち望んでいる自販機でペットボトルの茶を二本買い求め、その一つを彼女に手渡した。

 

 

 「あ…どうも」

 

 

 と素直に受け取った刹那に対し、楓は自分なりに正直に、今日まで彼に接して感じている印象をそのまま喋る事にした。

 

 

 「そうでござるな……一言で括るならば………人でなしでござろうな」

 

 「?!」

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 「う…っ?!」

 

 

 唐突に背筋がぞくりとし、横島は座ったまま身震いをした。

 

 

 「どうしたアルか?」

 

 「い、いや…何か殺気を…いやいや、言い様の無いゾクゾクしたモンがヒシヒシと……」

 

 「それはいけないネ。もっと密着した方がよくないカ?」

 

 「そうアルな」

 

 「あ〜〜…やーめーて〜〜〜っ!!」

 

 「ははは…大人しくするアル」

 

 「ふふふ…ジタバタしても遅いネ」

 

 「ひ〜んっ」

 

 

 何だか内密そうな話をしようとしていたので、横島は大人しく古に連れた訳であるが、ウッカリ付いて行ったのは間違いだったと気付かされてしまった。

 

 彼が連れて行かれた先は、甘酸っぱい少女らの香りに満載されている修学旅行の貸切車両だったのだ。

 

 当然、彼は逃げようとした。が、その彼の手はとっくに古によって拘束されている。

 身を捩ろうとも南派の拳士はバッチリと関節を極めていて身を捩る事もかなわない。

 触れられる前ならば逃げ様もあったのだが、既に拘束されている今はどうしようもなかった。

 

 必殺、『誰かーっ! 知らないお姉さんに攫われるーっ!!』を敢行し、逃亡を図ろうとした横島であったが、それを読んでいたのだろう、

 

 

 「大声出だそうとしたら、老師の口をワタシの口で塞ぐアルよ?」

 

 

 等と古に言われ、ここに至り横島は犬が腹を見せるが如く完全敗北をする他無かったのである。

 

 無論、古とてそんな事でファーストキスを失うつもりは更々無かったのだが、女子中学生のノリの良さ(というか“悪さ”)を思い知っている横島はたったそれだけの脅してガクブルしていた。

 

 

 そして気が付くと完全拘束されていたのである。

 

 

 「どしたカ? 座り心地が悪いカ?」 

 

 「あ、あんなぁ…超ち…いや、超姉ちゃん」

 

 「何かネ?」

 

 

 顔に縦線を出している横島の表情に気付いているのかいないのか、自分の真横に座っている<超包子>のオーナーにして、麻帆良の頭脳と謳われている超天才、超 鈴音は笑顔を投げ続けていた。

 

 無論、横島も安くて美味い<超包子>の顔馴染みとなっているのだから彼女の事も知っている。

 が、今の彼は子供の姿。ウッカリと“超ちゃん”等と呼ぶ訳にはいかない。

 

 だから知らない人のフリを続けているのだが……

 

 

 「駄目アルよ。もっと深く座てないといけないアル」

 

 

 “後から”そう注意も入るが、それに従う事はできない。否、してはいけない。

 

 

 「ふ、深くと申されましても……」

 

 「ホラ、背凭れに頭をこう……」

 

 「いや〜〜っ!! 堪忍して〜〜〜〜っ!!」

 

 

 座席が回されていて向かい合わせになった美少女の指定座席。

 前にあるのはまだ戻っていない楓のと、<超包子>の料理人である四葉 五月の席。

 “後”は古で、その右側は件の超の席だ。

 

 そして横島はというと、古の膝の上に拘束されていたのである。

 

 関節技宜しく、腕は古の腕、足は古の足を絡められて身動きが取れなくなっているのだ。

 

 見様によっては、どんな王侯貴族だと言わんばかりの扱いであるが、横島にとっては甘酸っぱい緊縛地獄。

 今、彼の心にいる倫理観(ジャスティス)は、不当逮捕されて地獄城に収監されているような物である。

 

 

 言うまでも無く、背凭れとは古の胸だ。

 

 青くてまだ固いのだが、ふっくらとやわらかさを増してゆく過程にあるそこに頭を預けるわけにはいかない。

 

 ぶっちゃけ、収容施設内で本能にリンチされている倫理観(ジャスティス)は早くも瀕死であった。

 

 えっぐえっぐと涙を啜る横島であるが、余りに見た目が可愛いらしい彼を見る少女らの目もあたたかい。あたたか過ぎるからこそ嫌なのだが。

 

 

 −おなか空いていますか? 餡饅ありますよ−

 

 

 と、柔らかな笑顔でドコに持っていたのかホコホコと湯気の出る蒸篭から餡饅を取り出して差し出してくれる五月。

 

 元からの優しさと世話焼きである彼女の癒しオーラ。夕食等を店で頂いている時には手を合わせたくなるほど嬉しいものであるが、今は逆に横島にはイタかった。

 

 

 「ううん。ええねん……オレ、このまま朽ちてしまうんや……」

 

 

 あらあら困りましたね〜と眉を顰める五月。

 横島は超☆真剣なのだがイマイチ伝わり切っていないようだ。

 

 

 そんな彼の後の座席。

 古の背後の席に座っていた少女が、その古の頭の上からひょいと顔を覗かせた。

 

 

 「あらあら。大丈夫? その子、疲れてないかしら」

 

 「大丈夫アルよ。おねーさんに囲まれて緊張してるだけアル」

 

 「あら、おませさんなのね」

 

 

 くすくす笑って微笑ましげな眼差しを横島に向けてくる。

 

 子供好き、尚且つ世話焼きで知られている那波 千鶴は何だか楽しげに弄られている横島を眺めていた。

 

 彼女はボランティアでよく子供の世話を焼いているのだが、彼女の知る子供らよりも子供らしい反応を見せている男の子に興味が湧いたようだ。

 

 まぁ、彼としては嬉しくもなんとも無いのであるが。

 

 

 『くぅうう〜〜〜……

  楓ちゃんといい、真名ちゃんといい、そしてこの千鶴ちゃんといい、なんてぇハイスペックだ。

  古ちゃんにしても、あんまボリュームが無いだけでプロポーションは良いし……

  これが異世界のパワーか?!』

 

 

 何がハイスペックなのかは語るまでも無いだろう。

 

 ビミョーに垣根が下がりつつあるよーなセリフが出ているのだが自覚は無いのだろうか?

 

 

 「おお、なにやら楽しそうでござるな」

 

 

 と、そこへ楓が戻って来た。

 

 楓は五月の隣に腰を下し、途中で買ったのであろうコーラの缶を横島に差し出す。

 

 

 「どこが楽しげやねん! 見て解からへんのか?!」

 

 

 差し出されても手は動かせないし、倫理観念(ジャスティス)は嬲り殺し寸前である。

 

 超倫理モラルダーには最早力しか残っていなかったが、ンなモンを行使した時点で超アウトだ。よって横島はもうイッパイイッパイでテンパッていた。

 

 ガォーっ!! と怒りの雄叫びを上げようと少女らには全く効き目は無い。今の彼の姿形なら『がぉ〜』が精々で迫力もクソも無いのだ。

 

 

 「いや、楽しそうと言ったのは古達の事でござるよ」

 

 「えっ?! オレの人権無視?!」

 

 

 今日までの間にスッカリと横島をおちょくり慣れている楓は笑顔でもって彼を虐める。

 

 本気で泣きが入りかかった彼に対し、楓は横島の為に買ってきた缶のプルを開けて古に手渡した。

 

 

 「ささ、次は拙者の番でござる。古はそれを飲ませてやるでござるよ」

 

 「アイアイ♪」

 

 「ぬ ぁ ん で す と っ?!」

 

 

 言うが早いか、横島が驚愕している隙に、楓は古から彼を受け取って、彼女同様に手足を自分の四肢で拘束する。

 

 

 「ぬぐぁっ!!」

 

 

 古の時とは違い、背後の背凭れは首を前に倒してしまうほど邪魔に突き出ている。背凭れとしては不良品過ぎる。頭を沈められるだろーけど。

 ガッチリ拘束されちゃったから、面を上げるだけで後頭部は柔らかく沈んでくれるだろうけど。

 それでは大切なナニかを失ってしまう。

 

 カキーンカキーンと胸の奥で甲高いタイマーが鳴り出す。

 その音は梅図式カラータイマー音。

 如何に横島が危機的状況であるか解るというもの。

 

 超倫理回路はショート寸前だわ、カラータイマーは鳴りっぱなしだわで、その命(理性とも言う)は風前の灯だ。

 

 

 そんな時、一人の救世主が——

 

 

 「何を騒いでいる!」

 

 

 思わず手を合わせたくなった男の声。

 

 目元厳しく女生徒らを睨みすえ、彼女らから恐れられている教師。

 

 学園広域生活指導員、人呼んで“鬼の新田”その人であった。

 

 

 「げっ?!」

 「新田だ」

 

 

 周囲からもその恐れの声が漏れる。

 

 その事からもどれほど恐れられているか解かるというものだ。

 

 だが、鬼の新田だろーが羅刹の成瀬川だろーが、今の横島にとって救い以外の何物でも無い。

 

 確かに引っ張って行かれるのは困りものであるが、超倫理回路がお釈迦になれば彼の未来は無いのだから。

 

 

 「む……その子供は……」

 

 

 キラリと眼鏡を光らせ、新田は横島を見咎めるように歩み寄って来た。

 

 

 『おぉ、神よ……』

 

 

 周囲の少女らの顔色は別として、横島としては手を合わせたくなるような状況だ。

 

 実際、ありがたやありがたやと心の中で感謝の念をパリパリ送り続けている。

 今までの人生でこれだけ男に対して感謝の念を持った事があろうか? いや無い。それだけ切迫していたのだろう。

 

 横島は生まれて初めて神の慈悲を信じた気がしていた。

 

 

 が——

 

 スッカリ忘れていたのであるが、神は無情だったりする。

 

 

 「ふむ……長瀬、この子がそうなのか?」

 

 「そうでござるよ」

 

 「え……?」

 

 

 ズカズカと靴音高くやって来た新田は、意外にも冷静に楓に対して妙な確認を取っていた。

 

 当然ながら横島は何がなにやら解からない。

 

 そんな彼に対し、新田は何だかエラいあたたかな眼差しを送りつつ横島の肩に手を置きこう言った。

 

 

 「……確かに辛い事もあるだろう。悲しい事もあるだろう。

  だが、君を支えてくれる人はいる。絶対にな……

 

  だから明日を信じて進むんだ。解かったね? タダキチくん」 

 

 

 「は?」

 

 

 ナニが何やらサッパリだ。

 名前だって何だかミョーだぞ?

 それに唐突にそんな慰めを言われても横っち困っちゃう 等と彼の頭は真っ白だ。

 

 そんな呆然としている男の子(?)の様子を目に入れ、何だか勝手に納得してウムウムと頷く新田。

 

 彼は楓に眼差しを向けて意味深かげに頷き合い、何やら目尻をキラリと光らせつつ横島にくるりと背を向けて歩き去ってゆく。

 

 ぽっか〜〜ん とする横島であったが、そんな彼の様子を無視して古の方が先に口を開いた。

 

 

 「楓、楓。

  新田センセーにアノ事言たアルか?」

 

 

 楓は『ん♪』と頷き、嬉しげに横島の頭の上に顎を置きつつ、

 

 

 「うむ。予想通り受け入れてくれたでござるよ」

 

 「へ?」

 

 

 と、にこやかに横島の与り知らぬ事の顛末を告げた。

 

 

 楓が新田に伝えていたのは同行する横島(子供Ver)のバックストーリーである。

 

 学園長から話を聞いて直ぐ、楓は面白がって修学旅行に同行する男の子のカバーストーリーを考える事を提案した。

 

 言うまでも無く近衛はこれに同調。おもいっきり悪ノリし、新田のツボを突くよーなお涙頂戴ストーリーを瞬く間に組み上げたのである。

 

 楓はそのメモを受け取って古と検討し合い、(色んな意味で)涙を流しつつ矛盾が無いかチェックしていたそれを新田に伝えたのだ。

 

 

 「んなっ?! い、いつの間にそんなモノを…」

 

 「はっはっはっ 横島殿と会えない日々を寂しく思いまして……」

 

 「構想五分、修正一日という大作を昨日完成させたアル」

 

 

 名付けて、

 

 『<京都の青い空>

 

  −せめてお墓でもいいからお母さんに会いたい−

  家族を失った幼子が一人立ち上がって自分の足で歩み始めるまでの感動のストーリー』

 

 

 こんなストーリーを真面目に考えた近衛らに乾杯である。

 

 

 「ぬがーっ!! あのジジイはナニ考えてんだーっ!!

  それに楓ちゃんや古ちゃんとは一昨日も組み手に付き合うたやんかーっ!!」

 

 「アイヤ 老師と会えなかた一日と言う長い時間は寂しかたアルよ〜」

 

 「老師はヤめれーっ!!」

 

 

 何やら思いっきりギュッと抱き締められている所為か、テンパり具合も半端でない。

 僅かにでも気を抜けば、後頭部がふにょんとかムニっとかいう弾力あるモノに包まれちゃうのだから。

 

 彼は、理性的にも意識の糸的にもブツンと切れそうだった。

 

 

 「ん…? その子がどうかしたの?」

 

 「ああ、実はこの子には聞くも涙語るも涙の話がアルね」

 

 「へぇ…」

 

 

 ぎゃーぎゃー騒ぐ横島であったが、肝心の話は聞いていなかった。

 

 楓が彼をタダキチと呼んだ理由とか、楓とさっきの少女が何を話していたか……

 

 

 楓が横島をタダキチと呼んだ訳は、この旅行中の彼のコードネームだからだ。

 

 

 タダキチ七番。これが、彼に与えられた今の名前である。

 

 

 

 それに、テンパるのは勝手だが人の話をよく聞かないのはどうだろう?

 

 

 確かに、古からナゾ設定を聞いて涙を流した千鶴にギュッと抱き締められて遂に沈没してしまったのも仕方が無いと言えなくも無い。飽く迄も横島的には…だが。

 

 それでも気付くべき事に気付けなかったのはちょっと痛い失態である。

 

 

 

 既に式が仕掛けられている事にか?

 

 否——

 

 

 

 意識を失っているのに気付かず、胸に押し付けたまま何やら言い諭している千鶴。

 “やーらかい肉”でもって窒息しているのは確実である。

 

 そんな彼を慌てて引き剥がし、こーなったら人工呼吸でござる! とマウストゥーマウスを敢行しようとした楓の気配に気付き、最後の力を振り絞って跳ねて逃亡を図る横島。

 だが何故か千鶴に拿捕されてまた胸の中にひきこまれてもがく。

 

 騒ぎを聞きつけ、何故か自分らの貸し切り車両に六,七歳の男の子がいる事に気付いた少女らが面白がって群がり、揉みくちゃにされてゆく横島。

 羨ましいと言えなくもないが、横島的に言えばアウトかデッドボールの年齢の少女の群れ。当たるとイタ過ぎにも程がある。

 

 だから逃げたかった。切実に。是が非でも。

 

 しかしその願い虚しく、新田の登場によって否が応でも目立った彼は、ノリが良過ぎる女子中学生によって半死半生にされてゆくのだった。

 

 

 「ふふ…」

 

 

 そんな彼を見、意味ありげな笑みを浮かべている少女が一人。

 

 座席を回して後ろ向きになっているので窓枠に肘を掛けて頬杖をつく。

 軽く足を組んでいるその様は妙に似合っていてとても女子中学生には見えなかった。

 

 左右にシニョンに纏めているのは鳴滝妹と同じだが、彼女は中国籍…らしいのでとても良く似合っている。

 

 そんな彼女…麻帆良が誇る天才頭脳にして<超包子>のオーナーは、弄繰り回されているタダキチとやらを目の端にいれつつ、妙に悪女然とした雰囲気を漂わせつつ笑みを浮かべていた。

 

 

 『名乗っていないのに、ワタシの名前を口にするとはネ……

 

  演技のツメが甘いヨ……横島サン……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一通りの話を聞き、楓が去った後も刹那は一人、物思いに耽っていた。

 

 ふと彼女が居るであろう車両の方に眼を向けるも、当然ながらA組の車両はずっと前の方なので視界には入らない。

 

 だが、それでも楓の後姿を幻視してしまう気がしていた。

 

 

 「横島…忠夫……」

 

 

 ふぅ…と溜息を吐き、自販機に背を預ける。

 

 後頭部を機械に当てれば冷蔵機のモーター音と新幹線の音がダブって意外にうるさく感じられた。

 それでも、ぐるぐるまわる思考から逃れられるような気がするのだ。

 

 

 「人でなし……か…………」

 

 

 薄く眼を閉じ、刹那は楓から聞いた話を思い返していた。

 

 

 曰く、

 

 

 『そう——言うなれば人でなし。

 

  こちらがどれだけ心配しようとも他者を心配して走り回るロクデナシでござる。

  はっきり言ってどれだけ心配しても追いつかない程でござるな。

 

 

  まぁ、それだけ甘いのでござるが……

 

 

  いや……甘いが故に強いのでござろうな。

  欲に負けて失態を演じようとも状況には“克つ”。

 

  拙者はまだ一度しか共同戦線を張れてないでござるが、それでもその強さは理解できたでござる。

 

  言うなれば実戦で一番邪魔な筈の甘さでもって状況に打ち克つという非常識の化身。

 

  人に心配ばかり掛けさせるくせに当の本人は人の心配ばかりしている。

 

  それでいて救われた人からの好意に気付けないのだから全く持って性質が悪いでござる。

 

  だから“人でなし”でござるよ』

 

 

 刹那は再度溜息を吐き、頭を振って思考を現世に戻す。

 

 楓の話は意図的に何かを省いているようで理路整然としていなかった。

 だから支離滅裂な話となっていて今一つ要領を得られなかったのである。(楓:悪かったでござるな)

 

 

 その話からすると件の横島 忠夫という人物は敵にはならないだろうと判断はできた。だが、味方であるという断定はできなかった。

 

 頭が固いといわれればそれまでであるが、例えば“草”であればそのくらいの信用を得るのは難しくも無い。

 それが頭に引っかかってしまったのである。

 

 

 元々刹那は関西系の術式に知識が偏っているし、学園内の魔法教師らの事を詳しく知っている訳ではないので横島がどれだけの事情聴取を受けているか知る由も無いのだ。

 

 

 だから“まだ”安心は出来ていない。

 

 

 新幹線に乗る前までは厳重に封じていた白鞘の刀を開放し、単に袋に入っているだけの状態にしておく。

 駅の中で銃刀法違反によって逮捕されるというお馬鹿な状況にならないようにした配慮だ。

 

 これで何時でも剣が抜ける。

 

 京都に入る前とはいえ気を抜く訳には行かないのだから……

 

 

 

 

 

 完璧且つ徹底的にイレギュラーである青年、横島忠夫——いや、タダキチ少年。

 

 

 

 

 彼が如何なる鬼札であるのか、刹那はまだ知る由も無かった。

 

 

 

 




 お疲れ様です。
 ハーメルン版の修正をさせていただきました。
 でも朝方から唐突に寒くなったのでキー打ち難いったって。

 今回はこの辺で。いや早いけどそろそろガッコ行かにゃいけないし。
 続きは見てのお帰りです。
 ではでは~


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六時間目:寺へ…。
本編


 その子は一人、個室の中で蹲っていた——

 

 

 己の不遇を嘆き、涙を流し、

 心に受けた傷の痛みに一人耐えかね、

 人の気配が無いのを良い事に、しゃくり上げながら声を出して泣いている……

 

 何時の世もセクシャルハラスメントという罪は存在し、それを行使して悦にいる者と被害を受けて泣く者とに分かれている。

 そしてその子は後者——被害者だ。

 

 誰に訴えたところで苦笑されるか相手にされないか。世は何時も弱者に冷たかった。

 

 

 何であんな酷い事をして笑っていられるんだろう?

 

 何でこんな目に遭わされているのに誰も助けてくれないんだろう?

 

 

 ぐるぐると自問自答が頭の中で回り続け、涙の量も増え続ける。

 

 

 ぶつぶつと神の名が呟かれ、嘆きの言葉が交互に漏れ溢れてゆく。

 

 それだけ傷が大きいのだろう。

 それだけ傷が深いのだろう。

 

 

 だからその子は———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おかん…東京は怖いトコじゃあ……」

 

 

 子供の姿をした横島忠夫は、過去に行った自分の所業を心の棚に置いて勝手な事をほざいていた。

 

 

 「神様もお目こぼしくらいくれてもええやん。

  主にバイーンとかボイーンとか、ボンっキユっボンっとか……

  贅沢言うてへんのに……頭良くて美人で可愛くて甘えさせてくれる美人さんで、

  ほんでもって美人で美女で美少女やったら文句ないんやし……」

 

 

 何様のつもりであろうか?

 立川在住の神々もスプーンを全力射出してきそうである。或いは怒るか?

 

 兎も角、そんな意味不明な事を呟きながら、洋式便器の上に腰掛けてシクシク泣いていた横島。

 

 今はまだ修学旅行中の新幹線内である。

 言うまでもなく車内トイレであるが、彼は隙を見て少女らから脱出し、そこに逃げ込んでガッチリ鍵を掛け、その上“珠”の力でもって気配を完全に消した上で蹲って泣いていたのである。

 

 ……因みに、具体的にどんな目にあったかは彼のトラウマになりかねないので解説は控えさせてもらおう。

 

 

 「うう……もう、お婿さんにいけない」

 

 

 意外と酷い目にあったっポイ。

 箍が外れた女子中学生は油断ならぬという事か。ううむ侮れん。

 

 ……尤も、実は彼がショックを受けているのはそれだけではなかったりする。

 

 女の子らのやーらかい香りに包まれ、そーゆー目に遭いつつも何となく『いいかも…』とか思っちゃったりした事が強いショックとなって残っているのだ。

 そりゃあもう、ガガーン!!とか、ガビーン!!とか、そういうレベルで。

 

 だから彼も未だに復帰できていなかったのである。

 

 

 「えぐえぐ……

  せやけど何時までもここにおられへんしなぁ……いつ襲撃受けてもおかしないんやし……」

 

 

 子供のフリをし続けた所為か、妙に関西弁の色合いが強くなってしまっているのだがそれは兎も角、

 

 袖で涙を拭ってトイレットペーパーで鼻をかみ、便器の中に放り込んで水で流して手を洗ってから“珠”を解除し個室から出て行く。

 

 その際、周囲の気配を窺う事も忘れない。

 気配の無い事を確認しても、野生動物の如く慎重に一歩を踏み出し、キョロキョロと見回してから、ぶはぁ〜〜……とやたらでかい溜息を吐いて安堵する。

 

 何もそこまで怯えんでも…という気がしないでも無いのだが、それほど事態は深刻なのだろう。主に超倫理回路(ジャスティス)が。

 

 このままトイレの中で泣き続けるのもナニであるから、別車両の自分の席にトンズラぶっこくという手もある。

 どう考えてもその方が無難であるし、何よりおもいっきり休めそうだ。

 仕事の方は楓も聞いていてくれたらしいし、自分がいる事でこっちに眼が集り西側の動きが掴み難くなる可能性だってある。何より彼女らの方が圧倒的に席が近いのだし。

 

 

 てな訳で、やや言い訳じみている気がしないでもないが、ちょっとだけ休ませてもらおうかな〜? 等と横島は一般車両に移ろうとした。

 

 

 その時。

 

 

 「?! 悲鳴?!」

 

 

 

 向こうの…自分を辱めていた少女らの車両が何だか五月蝿いではないか。

 

 すわ襲撃か?! と緊張が走ったのだが、聞こえてくる声はカエルがどーのとかいう悲鳴。

 なんじゃらほい? と首を傾げつつ前の車両の目を走らせると……

 

 

 ビュ…ッ

 

 「わっ?!」

 

 

 その瞬間にドアが開き、小さな影が物凄い速度でこっちに迫ってきた。

 

 それが何であるか、等と確認する暇などありはしない。

 何か影の様なものが走った…と感じるのが精一杯。

 

 ましてや小さな鳥が猛スピードで新幹線の中を飛んでる等と誰が予想できようか。

 

 それでもここに居たのは横島忠夫である。

 非常識が服着て歩いているようなヘンな生き物である。

 

 脊椎反射…と言うほどでは無いが、チョロリと動く小動物を捕らえてしまう猫の様な反射的動作で、

 

 

 「なんだこれ?」

 

 

 おもいっきり無造作に“それ”を掴み取っていた。

 

 

 「燕…?

  手紙なんか咥えて……向こうの車両にはお人好しの王子様の像でもあるんか?」

 

 

 それなら宝石だろう? と、微妙に知識のいるツッコミを入れてくれる殊勝な人物はこの場にはいなかった。

 自分から解かり難いボケをかましたくせに空振りは痛いらしく、横島はガックリと肩を落としてその手に僅かながら力を入れてしまう。

 

 ジタバタともがいて脱出を試みていた燕であったが、きゅっと握られた時についに諦めたのだろうか、ぐったりとしてその動きを止めた。

 と同時に、燕はその存在を失って鳥の形に切られた紙へと戻り、咥えていた手紙がはらりと舞い落ちた。

 

 どうやらその燕は式神だったようだ。

 ボケはかましても実はちゃっかりその事に気付いてたりする横島。逃がしたか…と小さく舌打ちしつつその手紙を拾い上げる。

 

 普通のサイズの手紙であるが、封の部分にはなにやら立派な印が押されており、只ならぬ手紙である事が窺い知れ……

 

 

 「って、これ親書やんっ!!

  魔法先生ナニやってのっ?!」

 

 

 燕に手紙を盗られるなんてどんなファンタジーなんじゃぁ?! と頭が痛くなってきた。

 流石は異世界。侮れねぇ〜……

 

 等と感心半分呆れ半分でいた彼の背を、

 

 「ッ!?」

 

 明らかに自分に対して意識を集中させているであろう視線が貫いていた。

 

 焦らない。クールクール。

 挙動不審をピクリとも表わさず、すぐさま心中でそう言い聞かせる横島。

 流石…と感心しそうになる方も多かろうが差に非ず。単に元雇い主の部屋等をあさっていて発見された時の言い訳経験によって築き上げられた生存の知恵。お世辞にも誉められたものではないのだから。

 

 それでもまぁ、このシチュにおいては大活躍。

 一瞬で自分を取り繕い、普段の横島……あ、いや、タダキチ少年という何も知らないオコサマキャラのパーソナルデータを被って振り返る。

 

 

 「え……?」

 

 

 そこに居たのは自分を凝視している一人の少女。

 

 左手には白鞘の刀…であろう得物が逆手に持たれており、見るとも無しに気付いてしまった事なのだが既に鯉口は切られていた。

 

 色白で小柄な身体つきの少女であるが、その鞘の内にあるだろう剣のように気配が鋭い。

 隠しているつもりかもしれないが、横島から言えばバリバリに感じられるほど少女は内に氣を練っている。

 

 

 「あ、これ、お姉ちゃんの?」

 

 

 キョトン…

 正しくキョトンとした子供の表情で横島はその少女に手紙を差し出す。

 

 演技の巧みさは“向こう”で修業済み。

 この、“何も知りません係わり合いありません私は何も見なかった攻撃”は、彼の人となりを知る女性以外ならまず間違いなく騙せる技である。

 

 覗きが見つかった時や、謂れの無い浮気(横島主観)がハッケソされた時等に非常に役に立つ技だ。誤魔化しの上級技というだけなのであまり自慢にはならないが。

 それでも“雇い主”を騙せる確率は軽く1%を下回っていたりする。ホントに無関係だとしても疑わしきを罰する女性であったし。つかムカついたから八つ当たり等とゆー理不尽すら通常運転だったし。

 

 それは兎も角として、その女性はそんな子供の雰囲気に腕をピクリと動かした。

 

 

 『あかんっ!! 来るっ!?』

 

 

 こーゆータイプは行動はイタイほど理解している。無論、物理的に。

 マジで骨身に染みているからだ。何しろ懲りずに何度も何度も経験しているから。

 

 だからこそ彼はあえて腕を引っ込めない。

 

 避ければもっとイタイという状況を受け続けていた横島だからこその一瞬の判断だ。

 

 彼女のようなタイプは何より自分の勘を信じる事がある。

 単なる思い込みであったとしても、その確証が得たいからだ。

 それに、横島は少女の前で飛んでくる燕を無造作に手で掴み獲るといった荒業を披露してしまっているのだ。どんな剣豪だと問いたい。

 

 彼からすれば某霊山の竜神管理人様よかずっと遅いし、何より自分の雇い主だった女性のパンチや、グレートなママンの拳よか遅くて軽い。尚且つ“向こう”での弟子であった人狼少女よか動きが読み易い。だから掴み獲る事など余裕のよっちゃんである。

 

 何せこの横島忠夫、フルオート連射を叩き落していたバケモノなのである。

 音速より遅い燕の回避速度を上回る事等造作もなかったりする。

 非常識さ120%であるが。

 

 ま、目の前の彼女がそんな事を知る由も無い。

 

 

 一見幼い彼の手の甲を、バシッ打ち据える音が高く響いた。

 

 ポカンとする子供は音を鳴らせた自分の右手を見、親指辺りが赤くなっている事に気付いて自分の手が彼女に打ち据えられた事を初めて知った……という男の子に完全になり切っていた。

 恰も100%天然果汁であるかのように、だ。

 

 呆然とする幼子の手から舞い落ちた手紙がふわりと床を滑る。

 勢いがあったからか、それとも狙ったものか。その親書は床を滑って少女の靴にコンっと当たって停止した。

 

 と同時に、子供の…横島の顔がくしゃりと歪み、目元に涙が膨らみ始めた。

 

 

 「え…?」

 

 

 これには少女の方が面食う。

 剣でもって切られるとしたら流石に避けるだろう。しかしそれでも万が一の事を考えて剣で切りかかるフリをし、二本の指刀で手を打ちすえたわけであるが……

 

 まさかこうもきれいに攻撃に対して無反応だとは思いもよらなかったのである。

 

 フツーは『迫ってくるものが剣じゃ無いから当たってもいっかな〜〜 美少女の攻撃だし』と、一瞬の間に目視で判断した等という非常識な事は考えまい。変態チックだし。

 

 

 「えぐ、えぐ……びぇええ〜〜〜〜〜〜っ」

 

 「え? あ、ちょ、ちょっと、その………」

 

 

 まるで的のように微動だにせず指刀を自分から受けた横島。

 

 同情を引く為の泣き真似は行い慣れているのでめっさ上手い。

 ランクAの技術点で、本当に六,七歳の子供の様にペタリと座り込んで大泣きするという演技を披露して見せている。

 コツは口を閉じずに下唇を動かす事。これで子供のマジ泣きだ。

 

 流石に少女もこれには困った。

 

 いや、只者では無いと確信しての行為だったのだが、性根はお人好しである彼女だから、こんな様を眼にすれば自信も揺るぐというもの。

 

 何しろ(見た目)男の子のマジ泣き。

 こう泣かれると自分が見た燕の掴み獲りが単なる偶然で、本当に無関係な単なる男の子ではないのか? 今の自分の行為は単なる悪事以外の何物でもないと思い知ってしまう。

 

 この少女自身、戦闘能力を含めてまだまだ人生経験が足りず、修業不足なのだからそう“誤解”してしまうのも仕方の無い事なのかもしれない。

 相手が悪いだけとも言うが。

 

 

 「あ〜〜っ?! ナニ泣かせてるアルか〜〜〜っ」

 

 「え? あ、古…」

 

 

 少女がオロオロしている間に、いつの間に駆けて来たのだろうか、同級生であり自分と同じく武道四天王の一人である古が子供教師と二人連れでこっちに駆けつけて来ていた。

 

 

 「あ、あれ? 刹那さん」

 

 

 手紙を奪われるという大失態を披露し駆け付けたまでは良かったが、そこで見た光景は自分より年下っぽい男の子を泣かせた(であろう)教え子の姿。おまけのその手には奪われたはずの親書まで握られている。

 そりゃあ固まりもするだろう。

 

 

 「こんなコドモ、泣かせてはいけないアルよ?!

  お〜ヨシヨシ。怖かたアルか〜〜?」

 

 

 古は横島に駆け寄り、これ見よがしにギュッと抱き締め頭を撫でてあやした。

 

 

 

 「ちょ、まっ!! 古ちゃん!! アンタどさくさに紛れてナニを……うぷっ」

 

 

 

 無論、彼の小声の訴えなど完全スルーの方向で。

 

 少女…桜咲刹那からは陰になって見えていないようだが、古の口元はニヤリと歪められており、チャンスとばかりにこのボーイ忠夫にセクハラ気味の虐めを行っていた。

 ひーんひーんと逃げようとしているのだが、先に演じたのが“叩かれた男の子”なので痛がっているようにしか見えず、逃走の助けにもなりゃしない。自業自得というよりタイミングが悪いだけなのだが。

 

 そんな不幸な少年がズルズルと引っ立てられてゆく様を目の端に入れつつ、子供先生は刹那から眼を離さないでいた。

 

 刹那としてはかなり気拙い状況であるが、今更あの子供に謝ろうにも叩いた理由は挙げられない。

 下手の口を挟めばあの古が一緒なのだから騒ぎが大きくなってしまう可能性が高い。それでは護衛としては勤まらないではないか。

 

 それに表立った行動は拙い。

 自分の得物は何とか鞘袋に収められたのだが、それでも子供に対して何かやったという事実はどうしようもなかった。

 

 

 はっきり言って、今まで護衛をしてきた中で一番の失態だ。

 

 

 あの男の子に対してかなり心を痛めてはいたが胸の内だけで謝罪し、刹那は子供教師に落し物ですと手紙を手渡して、注意を促すに止めその場を後にした。

 

 

 その甲斐あって、刹那の背を見送っている子供先生事ネギ=スプリングフィールドは、

 

 

 『あんな子供を泣かせて謝りもしないなんて……

 

  やっぱりカモくんの言ってたように桜咲刹那さんが西のスパイなの……?』

 

 

 と、誤解を深めてしまっていたのだが。

 

 

 

 

 影に隠れて護衛するが為、魔法の飴を使って子供となった横島忠夫。

 

 子供というメリットを最大限に生かせた所為でおもっきり周りに迷惑を振りまいている訳だが……

 

 やはり天才的なトラブルメイカー。

 ドコに世界にいようとも誤解を飛び火させてゆくのは相変わらずのようである。

 

 

 

 

 

 

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                 ■六時間目:寺へ…。

 

 

 

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 初っ端から何だかトラブルが発生していた様であるが、それでも気を取り直すのが早い事で定評のある3−Aの少女達。

 京都に着き、清水寺に到着した辺りで既にテンションは回復していた。

 

 予定では14:00到着であったのだが十五分ほど遅れてしまっている。まぁ、修正の範囲内であるが。

 

 

 「京都ぉ——っ!!」

 

 「これが噂の飛び降りるアレ」

 

 「誰かっ!! 誰か飛び降りれっ」

 

 

 騒がしい事この上も無い。

 こんなクラスで委員長をしている少女の心労も凄そうだ。

 

 清水寺——

 正式には音羽山清水寺といい、造られたのは今から千二百年以上昔。西暦にして七百八十年くらいで、奈良時代の末あたりだとされている。

 

 結構、古い歴史を持つ寺院ではあるが当時の木造建築の寺の常か、何度も火災にあって徳川家光に再建してもらってた。

 

 少女らが騒いでいた本堂の“清水の舞台”……所謂『清水の舞台から飛び降りたつもりで…』のアレだが、あそこは観音様に能や踊りを披露する場で、現在は国宝に指定されているそれはそれは大切な場だったりする。当然、バンジージャンプの会場ではない。

 

 因みに飛び降りる理由は自殺とかでは無く、観音様がいらっしゃられる補陀洛浄土へ旅立とうとしたのが大半だったとか。

 仏教の思想から言えば自殺という重罪を犯した者は地獄行きという気がしないでもないのだが。

 

 ここで、飛びおりれと…まぁ、口にしたのは鳴滝風香であるが…提案した清水の舞台から飛び降りる行為であるが、実のところ意外に生存率は高かったりする。

 無論、生存確率が“高い”というだけで死なない訳ではないのだから危険行為である事は言うまでも無い。

 

 如何に奇人変人集団として知られている3−Aの生徒とはいえ飛び降りようとする少女は流石に少ないのだが、“飛び降りられる少女”はそこそこいたりする。

 それでも何とかそーゆー行動をかます生徒が出なかったので“いいんちょ”事、雪広あやかもホッと胸を撫で下ろしていた。

 

 何せ、その“飛び降りられる”生徒の筆頭である長瀬楓は、電車内で乗り物酔いでなってしまったのか顔色が悪くグッタリとしていたのだから。

 

 

 「う゛〜……」

 

 「大丈夫アルか? 楓」

 

 「まだちょっと気分が悪いでござるよ……」

 

 

 楓と古は同じ班の少女達…超 鈴音、四葉 五月、春日 美空、葉加瀬 聡美の四人からやや遅れてクラスの最後尾を歩いていた。

 

 当たり前であるが横島は班行動には加わってはいない。

 幾らなんでも子供を混ぜて一緒に歩くのは目立ちすぎるのだ。只でさえ子供が教師をしていて目立つのだから。

 だから彼は覗きで鍛えた穏行でもって二人について来てたりする。

 

 

 『正直、スマンかった』

 

 

 寺社の影から謝る声が聞えてきた。

 

 相変わらず無茶苦茶なレベルの穏行で、楓ですら姿を見出せないのであるが不思議と彼が土下座している事だけは古にも解ってしまう。

 穏行しつつ土下座する男。相変わらず規格外だ。

 

 

 「あ〜……

  いや、拙者らも悪乗りし過ぎてたでござるからお気になさらずとも結構でござるよ」

 

 「そーアルな…ちょとやり過ぎたアル」

 

 

 楓も古も珍しく反省の意を見せている。

 本当に珍しいのであるが、新幹線から降りて冷静になってみるとやり過ぎの感は否めなかったのだ。

 

 

 彼女らの反省とは、言うまでもなく車内でのドタバタ騒ぎの事である。

 

 

 無自覚ではあったが、二人は横島と共に行動する事を知って浮れていたようだった。

 だからこそあんな無茶な設定を披露しまくってたのだし、平気で自分の胸に掻き抱いたりできたのであろう。

 

 現に今になってかなり恥ずかしい事をしたと思い知らされているし。

 

 

 そしてそんな楓に横島が謝り倒している理由は、新幹線内で発生した謎の事件……“108匹カエルさん大発生事件”が関わっていた。

 

 何だかよく解からないのだが、恐らくは西の刺客の妨害工作(悪戯?)。

 横島が少女らから逃亡してお手洗いに身を隠している間に、彼女らの車両が108匹ものカエルで満たされてしまっていたのだ。

 

 一応、全てのカエルは古達の活躍で捕らえられたのであるが、こんな珍事件が勝手に発生する訳も無い。当然、仕組んだ者がいる筈。

 あの時、古が子供教師ネギと共に車内を駆けていたのは、早くこの件を横島に伝えようと古が急に駆け出したネギの後を追う様に捜しに出ていたからだ。

 

 引き摺られている道中で横島はその全ての話を聞き終えていたのであるが、彼は西の行動が本気なのかおちょくっているだけなのか判断に苦しんでいた。

 

 カエルの式で持って騒動を起こして親書を奪う…というのが狙いだとでもいうのだろうか? 

 横島とて学園長の語っていた“魔法の秘匿”という点をわりと守って生活を続けている。

 そりゃあ確かにオコジョになんぞされたかないが、仕事として受けた以上は守秘義務はついてくる。その程度の事くらいは弁えているつもりだ。何だかんだいってプロのGSなのだから。

 

 だからこそ、そんな“秘匿”という言葉から掛け離れたその珍騒動を起こした向こうの考えに頭を痛めているのである。

 

 何つーか……やる気を削がれる一件やなぁ……

 それが狙いだとしたら大した……モンでもないか…作戦のアホらしさがオレと同レベルやんか…

 

 等と溜息を吐いている間に彼は古の手によって少女らが満載の車両に連れ帰られていた。

 

 彼がやっと気付いて慌てても時既に遅し。

 横島は又しても古の膝の上に拘束されてしまったのである。

 

 

 オレのアホぉ〜〜……

 

 

 そう唸っても後の祭りである。

 そん時、楓がぐったりとしているのを見つけて、理由を聞いた横島は『実はカエルか苦手☆』という彼女の弱点を知ったのだ。

 

 普段なら絶対にしない行為であるのだが、性犯罪の被害者宜しくトイレでべそをかいてしまう程にまで追い詰められていた横島は、『今、復讐の時!!』とばかりに自分の持てる全ての知識をもって楓に対してカエル談義をおっ始めたのである。

 

 その話は多岐にわたり、日本でのカエルの分布図やら生態、背中にオタマジャクシをペタリと貼り付けて移動するヤドクガエルの話やら、カエルに寄生して生きる生物、カエルの妖怪、はたまたエグい系の御伽噺まで含まれていた。

 それらを臨場感たっぷりに楓に伝えまくる横島の無駄な技術には眼を見張るものがあり、超や五月も感心して耳を傾け、横でウッカリ耳にしていた美空ですらカエルの幻臭を感じてしまった程だ。

 

 当然ながら楓が食らったダメージは計り知れない。

 何せ彼女は、古の膝の上に拘束されている横島をマジ泣きの眼でやめてやめてと見つめていたくらいだ。

 

 そこに至り、横島は我に返った。

 

 何だかんだで人の良い彼は、楓に対してとんでもない事をしてしまったと自覚した瞬間、古の拘束から完全に脱し、空中で土下座してそのまま床に着地するという、伝説の技の一つ『空中土下座』を披露し、全身全霊の土下座でもって楓に謝り倒していたのだった。

 

 楓も途中からやり過ぎたと自覚があったし、ここまで真剣に心から謝罪している横島に憤りを感じる事も無かったので直にその謝罪を受け入れている。

 古にしてもイっちゃった目でカエルについて動物学者も真っ青に知識を語りまくっていた横島に引き気味だった事もあり、やりすぎを痛感していたのでそれで手打ち。今に至っているという訳だ。

 

 こんなしょーもない事で“程々”という“加減”を理解した(思い知った?)三人だった。

 

 

 さて——

 横島の熱血カエル講座によってのダメージはまだ楓から抜け切っていないので、古と共に最後尾を歩いているのだが……そのお陰というか何と言うか、横島と作戦を練るチャンスが訪れている。

 

 

 『まず、今回は楓ちゃんがあの子…ええ〜と、近衛 木乃香ちゃんね?

  彼女に着いて行って守ってほしいんだ』

 

 「承知」

 

 

 物陰とはいっても、完全に護衛ターゲットが目に入る場所。そこら辺は覗きで…じゃない、プロとして鍛えられている。

 

 黒髪ロングの可愛らしい少女で、おだやかに京都弁を喋り優しげな雰囲気を漂わせてせた大和撫子。

 プロポーションにややボリューム欠けるが、それがまた年齢相応で可愛らしさに拍車を掛けている。

 

 四,五年もすると横島は声をかけずにはいられないであろう、将来性が非常に高い美少女だ。

 はっきり言って、近衛(あのジジイ)の孫とはとても思えない。

 鳶から鷹…は良く聞くが、福禄寿が弁天様…はあんまりだと横島は思う。それ以前に福禄寿は爺さんだから、もし産んでしまったら絶望するが。誰得だというのか。

 

 それにしても似てない爺孫だ。欠片も共通点がない。

 よっぽど優性遺伝子がかんばったんだろうなぁ…と横島は元より、楓や古すらも感心しきりである。

 

 その楓らの話を聞いても、かなりマイペースである事を除けば悪口に当たる点は思いつかないとの事。

 横島にしてもあーぱー娘の護衛より、木乃香のような心身共に美少女な娘を守る方がやり甲斐があるというものだからコッソリ張り切ってたりするし。

 

 

 極自然に、親書の件より美少女護衛の方へと優先順位が移っているのが実に彼らしい。

 

 

 ともあれ、一応は横島も気をつけてはいるのだが、あまり近寄ると余計な騒動を生む気がビンビンにする。

 特にあの鞘袋を持った少女はずっと護衛対象である木乃香に意識を向け続けているのだから。

 

 いや、説明すれば事足りるのであるが、横島はまだその少女剣士である桜咲刹那と正式な顔合わせを行っていない。

 それに、楓の話によれば彼女は横島に対して良い印象を持っていないとの事。

 

 

 『オレ、何かしたか…?』

 

 「いや…拙者にもサッパリ」

 

 

 美少女に嫌われるという事に慣れてはいるが痛くない訳ではないのでやっぱり心が痛い。

 

 

 まさかロリ否定の最終防壁超倫理回路(ジャスティス)すら気付かぬ内に夢遊病者が如くセクハラをかましていたとか……?

 いや、まさか…だがオレだし……

 

 

 自分に自信が無く、絶対に中学生にセクハラなんぞやる気は起きないぞ!! と言い切れ無い悲しさがそこにあった。

 

 実際は楓の説明がやたら無意味に深読みさせているだけなのであるが、横島はもとより当の楓すらその事に気付いていない。

 

 まぁ、旅行から帰れば誤解を解くチャンスもあらぁ…と深く溜息を吐いてその件を棚に置いた。

 

 

 『で、古ちゃんはあの先生に着いてって欲しいんだけど……』

 

 

 そこまで口にし、横島はふと欄干から京都の街を見渡し、

 

 

 「わ——スゴイ

  京の街が一望できますね——♪」

 

 

 等と楽しそうにしているスーツ姿の子供に眼を向けていた。

 

 少女らの胸くらいまでしかない小柄な体。

 見事な赤い髪。

 知的なんだか背伸びをしているだけなんだか判断の難しい印象の眼鏡。

 背中に背負った背丈より長い杖……

 

 いやそれより何よりも、

 

 

 『なぁ、古ちゃん。

  あの子が先生なんか? 担任の?』

 

 「そうアルよ?」

 

 

 最初、車内で出会っていたりするし、名前も近衛から聞いてはいたのであるが……まさかあんな子供が教師だとは塵程も思っていなかった。

 

 つーか、もっと先に近衛に写真なり提示してもらえという話もある。

 しずな先生がいる時点で教師らの顔を見回す優先順位が変わってしまって無理だろうとは思うが。

 

 因みに、もう一人魔法先生が着いて来ているのだがそっちは自然にスルーされている。

 独身で美形は生涯の敵なのだから。

 

 

 「何アル?」

 

 

 そんな横島の葛藤(?)等知る由も無い古は、彼がいるであろう建物の陰に向って首をかしげる。

 

 

 『あのさ…労働基準法って知ってる? あの子ってどう見ても小学校低学年だよ?

  それともオレみたくあの飴食って若作りしてんのか?』

 

 

 いや、十歳(数えであるから実年齢は九歳)に若返って教師をする意味はあるのか? という疑問はさておき、横島としてはそこんトコをツッコミをいれたくなる。

 

 横島から見ても可愛らしい子供であるのが何だか腹立たしい。

 将来は確実に自分の怨敵になるであろう容貌と、妙に美少女に纏わり付かれているモテモテマンなオーラが横島の勘にビンビン警鐘を鳴らしている。

 

 親書の一件が無ければ見捨てたいよーな気さえしてくるのだ。

 

 

 「何やら不穏なオーラを感じるよーな気がするアルが……ネギボウズは間違いなく子供アルよ?

  老師みたいな下心見え見えのエセ子供心は感じられないアル」

 

 『悪かったな——っ!! 穢れた大人でスマンの——っ!!』

 

 

 

 

 そうこう話している間に、少女らの群れは移動を再開する。

 当然、楓らも後を追い、横島は正しく影のように二人の後を追った。

 

 少女らを追うより、楓と古に意識を向けて追った方が他者に発見され難いであろうとの判断である。

 

 

 『それ以前に、これだけ見事な穏行を見破れる人間が果たして何人もいるものでござろうか……?』

 

 

 楓としてはそこにツッコミたかった。

 何せ自分でも声を掛けてくれないと気配の“け”もつかめないのだから。

 尤も、そんな楓の疑問なぞ知った事ではなく、少女らの列は予定通りに見学コースに向かうのだが。

 

 何が楽しいのかサッパリであるが、少女らの一団はキャイキャイ騒ぎつつ、それでも順路通りに境内を抜けて行く。

 

 そしてその最後尾を何だか妙に落ち着いた雰囲気を漂わせつつコドモ先生が着いて行っているのが見えていた。

 

 ……なんつーか、妙にジジむさい。

 

 じっと子供教師に眼を向けていると、先程の年齢詐称の疑念が高まって行く。

 

 いや、学園を出るまでは小学校低学年のはしゃぎっぷりを披露していたというのに、現地に着いたら急にこれなのだ。無理もなからろう。

 

 そんなコドモ先生を見つめていると、件の先生が肩に乗せている小動物に話しかけつつ歩いているのに気付く。

 

 はて? 動物を相手に独り言?

 実は寂しい子供だったのかと思ったのであるが、よく見ればその小動物……フェレット? いや…イタチか?…はちゃんと受け答えをしているではないか。

 

 

 『あれ? ひょっとしてアレは使い魔なんか?

  もう使い魔や持っとるんか? あの歳で?』

 

 

 横島の知っている範囲で使い魔を持っていたのは魔法料理店の店長くらいだ。

 彼女とてこんな歳から使い魔を連れていた訳ではなかろう。

 というか、魔法学校を卒業しているという話であるから、やっぱり年齢詐称の線が濃厚である。

 

 

 女子中学生とウハウハする為にコドモの姿となったか。外道め…

 あらぬ疑いは己のアイデンティティ(ロリじゃない)を守る為、全く謂れのない八つ当たりとして暗いエネルギーを高めていった。

 

 と……?

 

 

 「あンッ?!」

 「きゃあ」

 

 「え?」

 「な…っ?!」

 

 

 唐突に少女らの悲鳴が響いた。

 

 楓らも驚いて駆けつけると、恋占いなどで有名な地主神社の境内でそれは起こっていた。

 

 

 「は……?」

 

 

 それを見た横島……と、楓らは唖然とした。

 

 地主神社の御本殿の前には、10メートルほど離れて置かれている膝の高さほどの2つの守護石があり、片方の石から反対側の石に目を閉じて歩き、無事たどりつくことができると恋の願いが叶うと知られている。

 よく言われている話は、一度で辿り着ければ恋の成就も早く、二度三度となると恋の成就も遅れ、また人にアドバイスを受けた時には人の助けを借りて恋が成就するというもの。

 もちろん様々な諸説はあるだろうが、そう言った“謂れ”が地主神社を良縁祈願、縁結びの神社として広く知らしめているのだろう。

 当然の様に3−Aの少女らもノリ良くこれにチャレンジした様なのだが……

 

 何とそのルートのど真ん中に落とし穴が掘られており、チャレンジした内の二人が見事その落とし穴に落下してしまったというのである。

 

 ご丁寧にも中にはカエルが入れられており、こんな場でこんなタイミングでのこんな悪意ある悪戯は明らかに麻帆良の生徒を狙った妨害行動…つーか嫌がらせであろう(楓にとっては必殺レベルであるけど)。

 

 だが、何より驚いたのは、その嫌がらせ具合…というかセコさレベルだ。

 

 

 『……やっぱオレと同レベルか? いやしかし……』

 

 

 何ともくだらない理由であるが、それでも横島に何か近親感を感じさせてしまうほどセコいのだ。

 

 近衛の話によれば、東西の魔法関係の確執が絡んでいるようであったし、京都と言えば千年続く呪術の魔都だ。

 そんなところの組織なんだから、辻の鬼やら追儺やらを使ったおどろおどろしい呪術が行われかねない。

 前世が陰陽術師だったから…という訳ではないだろうが、だからこそ横島も病的ともいえるほど周囲に気を使っていたのであるが……ここに来てまだこのセコイ嫌がらせ(、、、)

 逆にどう対応すればよいやら悩んでしまう。

 

 かといって、油断を誘う為の茶番か下準備の可能性もゼロではない。

 

 呪術を相手にする時は策の探り合いだと身をもって知っているからの考え過ぎであるのだが……まぁ、今はまだ解るまい。

 

 そうこう彼が真面目に取り掛かって良いやらテキトーに接して良いやらと悩み続けている間にも、あっさりと少女らは気を取り直して先に進んでゆく。

 横島達も仕方なく悩むのを止め、慌てて後を追って行った。

 

 

 次に一行が向ったのは三筋の水が滴り落ちる小さな滝を形作った音羽の滝だ。

 

 わりと知られていないのであるが、清水寺の名はここから由来してたりする。

 何百年も前、かの弁慶や義経も口にしたと言われている清水の音羽の滝であるが、その清水は古来「黄金水」「延命水」とよばれ、本来は“清め”の水として尊ばれており、滝行を伝統とした水垢離の行場であり、またお茶の水汲み場となってきていた。

 

 その霊験あらたかな水は、口にすればその願いが叶うとされており、本殿を後ろに置いて向って右から健康・学業・縁結びを意味されているそうな。

 尤も、それは観光用だというのが定説だったりするが、少女らにとっては縁結びが叶うという点に意味があるのだろう。

 当然の様に少女らは左側(、、)に集中していた。

 

 

 「むっ…」

 「!」

 「う、うまい?! もう一杯!!」

 

 

 青汁じゃあるまいし。

 史伽なども、『いっぱい飲めば いっぱい効くかも——』とぐびぐび飲んでいたりする。

 

 因みに、この音羽の滝の水は三筋全て飲めば願いは叶わないし、一杯以上飲む毎にご利益の力は下がってゆくとの事。

 そんな作法など知る訳も無く、少女らはその霊験あらたかな水をがぶがぶ飲み続けていた。

 

 

 「おお、何やら楽しそうでござるな。拙者も気付けに頂くとするでござる」

 

 『つーか、霊験あらたかな水を気付けにするってどーよ?』

 

 「では、そのあらたかな霊験でもって横島殿は邪気を祓ったらどうでごさるか?」

 

 『この清廉潔白なオレに何を祓えと?』

 

 「日本語に喧嘩売ってるでござるか?」

 

 

 何だかんだで二人で行動している楓と横島は、わりと呑気にそんな話をしていた。

 

 彼女もドタドタと騒ぐより、ぼんやりと風景を楽しみつつ、こんな冗談を言い合って歩く方が好きである。

 それに……何だかとても楽しいかった。

 

 確かに車内では横島によってエラい目に遭わされたのだが、自分も彼をエライ目に遭わせているのだし、自業自得として受け入れれば何の屈託も残らない。

 

 それに今、こうやって話をしているだけで何だか心が軽くなってゆくのが感じられてしまう。

 我ながらお安い女だとは思うのであるが。

 

 ——妙なものでござるなぁ……

 

 等と思いつつも、浮かぶのは小さな笑み。

 彼女がそれに気付いていないのは幸いなのやら残念なのやら。

 

 と——

 

 

 『……ん? 何か酒臭くないか?』

 

 「? はて……そう言われれば……」

 

 

 横島の言葉を聞き、楓も鼻を利かせれば確かに酒の臭いがする。

 それもかなり強い。つまりすぐ近くという事だ。

 

 ハッとして二人が周囲を窺うと……

 

 

 「……何か みんな酔いつぶれてしまったようですが……」

 

 「いいんちょっ しっかりしなさいよ!!」

 

 「ええ———っ?!」

 

 

 「『な……っ?!』」

 

 

 水を飲んだ女生徒が何人も酔いつぶれ倒れ伏しており、ツインテールの少女がクラス委員を揺すって起こそうと努力を続けていたのである。

 

 縁結びの清水を飲んだ女生徒だけ、という点を見、楓は慌てて跳躍して屋根に登った。

 

 

 すると……

 

 何と屋根の上には酒樽が置かれており、ご丁寧にもホースによって縁結びの筋に酒が流れ込むように仕掛けられていたのである。

 

 

 『な、なんつったらいいか……大雑把なのやら周到なのやら……』

 

 「その気持ち解からぬでもないでござるが……被害者の中に……」

 

 『え?』

 

 

 物影に潜んだまま移動し、被害者メンバーの顔を窺ってみると、

 

 

 『く、古ちゃんまで……』

 

 

 何と中華カンフー娘は見事に酔っ払ってうつ伏せにぶっ倒れていた。

 

 横島は呆れ返るだけであったのだが、楓は妙な事が気になっている。

 

 

 ——むむぅ?

   古が……縁結びを……?

 

 

 チラリと彼が隠れ潜んでいるであろう柱の陰に眼を向け、ふぅん…と納得をしてからもう一度眼を回している古に眼を戻す。

 以前から古と横島がじゃれているのを目に入れたときに感じていた言い様の無いムカツキがここに来て復帰してきたようで、楓は微妙に表情を歪めていた。

 

 

 

 「鈍……

  楓よ……まさかまだ無自覚なのか?」

 

 

 気配は全く感じられないのだが、褐色の肌の少女…真名の魔眼には横島の姿は捉えられていた。

 

 その真名すら感嘆するほど隠業術を行使している横島と古に視線を送っている楓の様子に、真名は深い溜息を吐く。

 

 

 彼女はプロであるから無駄な行為は行わない。

 だから雇われてもいない関西呪術協会からの防護班には加わっていないのだ。

 

 だが、クラスメイトとしては何だか助言というおせっかいを掛けたくてしょうがなかったりする。

 

 

 「いい加減、自分を顧みろ。

  異性に感けていれば仕事に支障が出るぞ」

 

 

 直接は語っていないのだが、口には出していた。

 

 直接言ってやりたいのは山々だが、『横島忠夫に想いを持っている』と言霊で括ってしまう可能性がある。

 こーゆーのは自覚が大事なのであるし。

 

 

 やれやれ…と肩を竦め、級友を介抱している少女らの輪の中に混ざってゆく。

 

 何だか先が思いやられると苦笑しながら……

 

 

 

 

 確か相手も魔法関係者であるから、秘匿義務は知っているはずである。

 その中にはちゃんと無関係な人間を巻き込まないという事は明記されている筈。

 

 確かに行為自体はセコく、性質の悪い悪戯というレベルではあるが、完全に一般人を巻き込んでいるではないか。

 

 

 『関西呪術協会……か……』

 

 

 バスの中に女生徒達を放り込んでゆく子供先生らを見守りつつ、横島は手段を選ばない西の刺客に対し一人正義の怒りを燃やしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……の割りに、ちゃっかりと水筒に詰め込んでいるでござるな」

 

 「せやかて、マジええ酒で美味いんやもんっ!!」

 

 




 今回の更新はここまでです。
 つかバイトから帰宅、雨でぬれたもの選択→その間調理→ああいかん課題が→おや? こんな時間…の連続攻撃でヘロヘロっス。我ながら体力値低っ
 投稿する間がなかったよ マイあんくる……

 板での管理だから修正込み楽だからマシなんですけどねw
 ま、ヴィータちゃんが家に来るまでもうひと踏ん張りしますか。

 てな訳で続きは見てのお帰りです。 
 ではでは~


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七時間目:猿の湧く所為
前編


 

 異世界への移動……というのはファンタジーでもよく使われてきた手法だ。

 

 その世界の神様やら魔法やらによって導かれ、選ばれし者がやって来る。そして難題を解決し——というのはパターン化していると言ってよい。

 

 それは感動的な大作でも、悲劇でも大抵同じだった。

 

 その世界(、、、、)で成し遂げられる者がいないからこそ、別の世界に救いを求める。

 

 出来ない事があるから出来る者を呼ぶ。或いは出来る可能性が高い者を呼ぶというのは同じ方向なのだから。

 

 

 しかし、神々やら世界の誕生から違う、全くの異世界なら話は別。

 

 

 宇宙の誕生レベルから違うのであれば、当然ながら生まれた元素からして違う訳だから人間を構成する材料も違ってくる。

 

 呼び名が違っているが同じ元素である可能性より、呼び名が同じで別の元素である確率の方が高いのだから。

 そうなってくると、異世界……いや、異宇宙(、、、)からやって来た者はどうなるだろう?

 

 何せ原子や分子同士の相性だって不明である。最悪、反発反応を起して分解してしまいかねない。

 となると、異世界から来てしまった(、、、、、、)者が無事でいる理由は?

 

 

 分解してゆく精霊すら再生する力を持つ青年が、

 

 物質の特性すら歪曲させる事が出来る男が、

 

 人造人間のアシストがあったとはいえ、生身で大気圏突入中に霊能を発揮して大した怪我も負わなかったという生き汚いその男が何の手も打てずに墜落し、

 

 落下ダメージ以上に負傷した挙句、十年にも及ぶ記憶が消失している。

 

 

 更に全く違う宇宙のモノ。似て異なる元素物質を普通に摂取し、普通に消化できている。

 

 

 

 つまり、それは——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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                 ■七時間目:猿の湧く所為 (前)

 

 

 

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 カラカラ…と音を立て、長細い青色の瓶を振り、掌にコロンと飴玉を一つ取り出す。

 

 色は瓶と同じ青。

 

 澄んだその色は宝石の様に美しいがこれでもれっきとした飴玉だ。

 

 尤も、只の飴ではないのだが——

 

 

 「ククク……」

 

 

 その飴を電灯の灯に翳し、半ばうっとりとした眼差しを送っていた子供であったが、その子は唐突に含み笑いを漏らし始めた。

 

 それも只笑っている訳ではない。

 そのまま最後に大爆笑へと変じてゆく狂気の笑いだった。

 

 心の弱い者が目に入れてしまえば即座の失禁と、今夜は悪夢でのオネショは必至であろう。

 

 

 「ふははははははははは……」

 

 

 まだ笑い続けているその様は、不審者どころか怪人である。

 

 黒マントでも着けて、ついでに黒マスクでも着ければ100%天然素材でできた怪人の完成であろう。

 

 だが、幸い(?)にもその子供の姿はパッとしなかった。

 ジージャンにTシャツ、ジーンズにバッシュという当たり障りの無さ過ぎる出で立ちだったのだから。

 

 それでも顔を右掌で覆い隠し、海老反ったり前かがみになったり忙しく体勢を変え、病的に笑い続けている様は精神に著しい障害をお持ちの不審者だ。

 

 

 「くくく……」

 

 

 その気色はまだ治まってはいないようであるが、それでも構わず子供は瓶から取り出していた一個の飴を口元へと近付けてゆく。

 

 やがて針の様に細め、涙すら浮かべていた眼がくわっと大きく開かれる。

 そしてその飴玉を、おもいっきり勢いをつけて大きく開けた口の中へ……

 

 

 今こそ野望を叶える時!!

 

 

 「 い ざ ! ! ! 」

 

 

 ぐわっっとやや充血した目を見開き、ドンッッと大地(床ともいう)を踏みしめて彼は行く。

 憧れのパラダイスであり、理想郷にして救済の世界へと……彼は、旅立つ!!

 

 

 すぱかーん!!

 

 「ぐおっ?!」

 

 

 ……事は叶わず、その後頭部に見舞われたナゾの一撃によって子供は飴を飛ばしてしまった。

 

 その飴は暴挙に出た人物がすかさず繰り出した掌に収まり、何時の間にか子供から奪い取っていた瓶の中に戻されている。

 

 子供の頭部は何かに張り飛ばされて実にイイ具合の音を立てはしたのであるが、実際には痛みも無いし苦しみも無い。

 

 どちらかと言うとその子供は、来るのが解かっていたのに避けようと出来なかった自分の方にイタさを感じてたりする。

 

 

 「な〜にやってるでござるか」

 

 「くぉ……楓ちゃん、酷いやないか」

 

 

 その子供——飴の力で子供の姿となっている横島忠夫の後で、この修学旅行に持って来ていたのだろうか、彼愛用のハリセンを肩に乗せた制服姿の少女、長瀬 楓は溜息を付きながら瓶をポケットに押し込んでいた。

 

 何時もの横島であればひょひょいのひょいと回避できたであろうが、彼女の得物はドツキ漫才御用達のハリセンだ。

 お笑いの血が騒ぐのか、横島はハリセンを避けられない……というか、自分から当たりに行ってしまう性質だったりする。

 

 そんな横島を感心して良いやら、やっと入れられた一撃がツッコミだった事に肩を落とせば良いやらで楓の心境は複雑だ。

 

 

 「何やってるって……オレはただ……」

 

 「この飴の力が土壇場で切れたりしないよう、念の為に飴を口にしようとしてた——でござるか?」

 

 「そ、そーだぞ? だ、だから不審な行動とちゃうやろ?」

 

 

 な? な? 等と弁解しながら畳の上を座ったままずりずりと後ずさる。

 

 バリバリに挙動不審だ。

 その構図はまるで愛人とアツイ夜を過ごして朝帰りをした亭主のよう。

 

 そして溜息を吐いて横島を見る楓は、あたかも懲りない夫を諌める妻の要でもある。

 

 

 何せ彼女、彼が何を思いつき何を実行しようとしていたのか、おもいっきり理解できてたりするのだから。

 

 

 「どーせ しずな先生が入浴している時に露天風呂に乱入し、

  子供だから全然セーフだとイロイロするつもりだったのでござろう?」

 

 「な、何故その事を〜〜〜〜っ?!」

 

 

 イヤというほど理解されている横島であるが、そのセリフにこれだけ反応して自爆してたら情状酌量の余地は無い。

 

 ああ、やっぱりか……と肩を落としてしまうのも当然だ。

 

 

 何と読みやすい行動であろうか。

 

 単純というか、底が浅いというか……兎も角、僅かの間しか接していない楓にも彼の行動はお見通しである。

 それだけに安心できるとも言えなくもないが。

 

 

 「そんな事を許す訳が無いでござろう?

  それにしずな先生はとっくに入浴を終えているでござるよ」

 

 「な、何ですと——っ?!

  くそっ! 謀ったな市屋亜(しゃあ)!!」

 

 「キミの御父上が悪いでござるよ。見田舞屋(みったまいや)……って、ナニ言わせるでござる」

 

 

 かなり違う上、かなり横島に汚染されているようだ。

 

 解かる人にしか全く解からない声優ネタをかます楓であったが、当の横島はというと甲子園への出場キップを己のエラーで逃した高校球児のように膝を付いて悔しがっていた。

 

 まったく……混浴が駄目になったくらいでそこまで落ち込まなくとも……と呆れ七割、情けなさ三割の苦い笑みが浮かぶ楓。

 罰を与えたとてこの男の事、下手すれば糧になりかねない。

 はてどうしたものか…と思案する彼女の頭に、その時ピンっと電球が輝いた。

 

 思い立ったら吉日。楓はそんな駄目男の見本のような彼の襟首を掴んでどこかに引き摺って歩き出したではないか。

 

 

 「え、えと……楓ちゃん?」

 

 「何でござる?」

 

 

 唐突な行動に驚愕していた横島であったが、何とか現世復帰して恐る恐るといった態で楓に問い掛ける。 無論、彼女は軽く言葉を返すだけで歩みを止めたりしない。

 

 意外に引き摺る力の強さに得体の知れない危機感を覚え冷や汗を流しつつ、横島は勇気を持って質問を再開させた。

 

 何せこの行動に彼の霊感が反応し、ちょっとだけ不安…いや、“不穏”を感じてしまったのだから。

 

 

 「その、ええ〜と……どこに行きなさるのかな〜〜っとか思っちゃったりしてさ……

  そ、それでその……いずこへ?」

 

 

 自分の身に迫る危険をヒシヒシと感じつつ、必死に自分を取り繕って勇気を持って問い掛けている横島。

 

 そんな彼の覚悟や決断も知らず、楓は振り返りもせずに、

 

 

 「今日はイロイロ走り回って汚れたでござろう?」

 

 

 と変化球で返してきた。

 

 

 「え?

  いや、その……まぁ、確かに……」

 

 「ここは一つ、英気を養うという意味合いもかねて、風呂に入る事をオススメするでござるよ。

  ここの露天風呂はなかなか心地良いとの事でござったし」

 

 「へぇ……それはいいかも……って、楓ちゃん?」

 

 

 その答えに何やら危険な香りが混ざっている事を感じた。

 

 慌てて横島は楓に問い返す。

 

 

 「何でござる?」

 

 「オレが風呂に入るのは良しとしよう。

  こー見えてもオレってけっこー風呂好きだしな」

 

 「おぉ、それは重畳。実は拙者もそうでござるよ」

 

 「いや、気が合うねぇ〜〜……って、それは良いんだよ。良いんだけどさ……」

 

 「何でござる?」

 

 

 答えつつもずるずると引きずる速度は衰えない。

 

 いや、心なしか加速しているよーな気が……

 

 自分がバレたら拙い事を誤魔化す時と同じモノを感じ取りつつ、それでもまさかなぁ〜と一粒の希望を持って横島は再度口を開いた。

 

 

 「あのさ……何で楓ちゃんは何時の間に洗面用具持ってるか、

  いやそれ以前にドコにオレを引きずって行くのか是非お聞かせ願いたいんだけど?」

 

 

 確かに、横島を左手でもって引き摺っているのであるが、右手には横島の言う通りに何時の間にかタオルとか石鹸、そして着替えとかが持たれてたりする。

 

 普通に考えると、入浴する為の用意であり、その道中で怪しく笑っている不審者の横島を発見して注意をした……と見るのが妥当であろう。

 少なくとも横島を連れてゆく為のモノではない。ハズだ。多分。

 

 だから彼の問いは、違うとイイなー いや、違っててほしいなー という期待を持っての事である。

 

 

 「ああ……」

 

 

 なるほど…と楓は直に彼がナニを慌ててそう問い掛けてきたのか理解し、優しく微笑んで横島を安心させた。

 

 

 否——油断させた。

 

 

 楓はそのまま笑みを深め、全く他意は無いでござるよ〜〜とばかりの表情をもって、

 

 

 「無論、一緒に入浴する為でござるよ?」

 

 

 と、事も無げに答えたのである。

 

 

 

 

 「はい?」

 

 

 

 

 その彼女の言葉に、一瞬でカチンと石化してお地蔵さんとなってしまう横島。

 

 楓が想像した通りの笑かすリアクションだ。楽しくてたまらない。

 

 少女は更に笑みを……いや、“本当の意味で”楽しげな微笑を浮かべ、歩調を速めて風呂場を目指す。

 

 

 「ちょっと待て!!」

 

 「何でござる?」

 

 可愛らしくキョトンとして首を傾げる楓に、横島も萌え付き……否、燃え尽き(、、、、)ようとしたのだが、愛と勇気とド根性でもってそれを鎮火させて彼女の手を振り解こうと、必死にもがいて足掻く。

 

 

 「オレと混浴する気か?! 若い身空でそんなフシダラなコトする娘はセンセー許しませんよ?!

  女の子はもっと自分を大切にしなさーいっ!!」

 

 

 必死であるからこそ支離滅裂。

 

 何を言わんかや。お前こそもっと普段の自分を顧みろと言いたい。

 

 

 「ナニを言うかと思えば……大丈夫でござるよ? ここの露天風呂は混浴でござる故」

 

 「何ですと?!

  って、論点が違うっ!! そーゆーコト言ってんじゃなくて!!」

 

 「おろ? 拙者のこの身体に情欲の高まりを感じるとでも?」

 

 「アホな事言うなっ!!」

 

 「では全然OKでござるな」

 

 「え゛?

  あ、いや……そーゆーコトじゃなくて……」

 

 「まーまーまー 幸い、古はまだ酔い潰れている事でござるし……」

 

 「は? 幸い?」

 

 「いやいや。はっはっはっ」

 

 

 何だか何時もよかエラく強引な楓であった。

 

 彼女の弁の通り、古はまだ飲酒によってぶっ倒れている。

 

 元気爆発少女である古が疲労で倒れるなどという珍事態が起こり得るのかどーか別として、他の教師らにはそういう事として次第を伝えていた。

 

 何せ西の陰謀(?)とはいえ飲酒をしてしまったのは事実であるから下手をすると修学旅行は中止であるし停学処分だ。

 だから飲酒によってぶっ倒れてしまったクラス委員長と同様に、はしゃぎ疲れて倒れた事にして部屋に放り込んでいるのだ。

 

 お陰で楓にはチャンス……じゃなかった、機会が回って来て……じゃない……

 えーと…まぁ なんだ。

 

 そう、

 

 

 『これはたいへんでござる。

  横島殿とふたりでイロイロそうだんせねばならないでござるよ』

 

 

 てな事らしい。多分。

 

 

 何だかセリフが平仮名っぽく、とってつけた理由のよーに平べったい言葉に聞えるのだが恐らく気の所為だろう。

 

 

 それが重さを増した任務によるものなのだろうか、何だか解からない気合が篭った楓の腕力はいつも以上。

 運命に抗おうと無駄な努力を続けている横島ですら逃れられず四苦八苦していたりする。

 

 しかし、絶妙な体重移動によって横島は足を踏ん張らせる事から出来ずにそのままズルズルと欲情……いや、浴場に引き摺って行かれいた。

 

 普段なら兎も角、子供の体型&体重になっている彼では腕を取って抗う事も儘ならないようである。

 

 

 身長はおろか体重まで子供と変化しているのに幻術と言うのだから、この世界の幻術はどんなんだと言いたい。

 

 まぁ、そんな関係ない事を考えている間にも、横島は風呂場へと到着してしまってたりするのだが。

 

 

 「ぬぉっ?! いつの間に……っ?!」

 

 

 考え事をしている間に状況を進められるのは相変わらずという事なのだろう。

 

 だが、今更言うまでもなく脱衣場は別なので逃亡する事は可能だ。

 

 

 しかし、

 

 

 「ああ、実は護衛の件で相談したい事があるのでござる。

  内密の話でござるが、このホテルには監視カメラが至る所に設置されている故。

  二人きりになれる場がここしかなかったでござるよ」

 

 

 等と言われたら断り切れないではないか。

 

 

 「無論、ちゃんと水着を着用するのでご安心を……

  はっはっはっ 流石に嫁入り前の身である故、そうそう肌身を曝すつもりはないでござる」

 

 

 何時もの忍者服はかなり露出度があったぞ? という話もあったりなかったりするのだが、そこはさておき。

 水着ならばまぁいいかと横島もしぶしぶ納得。

 

 チェ…っ という舌打ちが出そうになった気がしないでもないが多分気の所為だ。うん。

 

 

 彼女がそうまで言うのだから真面目な話をするのだろう。

 

 仕方なく横島も混浴するという事を受け入れてしまうのであった……

 

 

 

 

 

 

 

 「へぇ……」

 

 

 脱衣場から風呂場を覗き見ると、そこはなかなかに広い岩風呂だった。

 

 銭湯ではないのだが脱衣場もそこそこ広く、やはり街中の入浴施設などより一味も二味も違う落ち着きが感じさせられる。

 

 

 何だか入るのが楽しみになり、横島はパパっと手早く服を脱ぎ去って、その露天風呂へ突撃しようとしたのであるが、あの楓と共に入る事を思い出してタオルを腰に巻いてから浴場に入り直した。

 

 エチケット云々ではなく、生まれたまんまの姿を美少女に見られて新しい境地を見出したくないだけ。

 子供の時の自分をナチュラルに曝け出して悦ぶ趣味に目覚めたくないというだけだったりする。

 

 その気が全然無いと言いきれないのが彼の悲しさだ。ナニかに覚醒しそーで怖いし(例:彼の高校時代のドッペルゲンガー事件)。

 

 

 しかし、このホテル嵐山の露天風呂は、彼が思っていたよりかなり広い。

 規模としては麻帆良女子寮の浴場ととんとんなのであるが、横島はそんな事は知らないから素直に感心している。

 まさか自分のすぐ近くにりっぱな浴場があるとは露ほども思っていないだろう。まぁ、知っていたとしても部外者だから入れまいが。

 入れたら入れたらで何か失いそーで嫌だし。

 

 

 そんな気持ちよさげな岩風呂が目の前に広がっているのだが、意外にも横島はちゃんとかけ湯をしてから先に身体を洗い始めていた。

 

 湯に入る前にキチンと汚れを落とす……なかなか作法が解かってる男である。

 

 いや、普段なら風呂を覗く穴場を探す彼であるから作法もクソもあったのかと問われると返答に困るのであるが。

 

 ちなみに今回は覗きポイントの下見を行っていない。

 女子中学生の貸切に近いこのホテルの風呂場を下見するほど落ちぶれていないからだ。本気で覗きたいのなら飴も手元にあったのだし……

 

 先程楓にも言っていた事であるが、高校時代 赤貧に喘いでいてもちゃんと風呂は入っていた事から解かるように横島はけっこう風呂好きだ。

 だから鼻歌なんぞ歌いつつ身体を洗っていた。

 

 麻帆良の自分の部屋にも風呂はあるが、やはり開放感というものが違う。

 

 その嬉しげに身体を洗う所作からも彼が風呂好きである事が窺い知れた。

 

 

 「お背中を流すでござるよ」

 

 「ああ、あんがとな」

 

 

 そう言ってもらったので快く承知し、横島は頭を洗う事にした。

 

 横島は男であり、左程気をつけていないのでリンスINのシャンプーだけでOKだ。

 ホテルのオリジナルシャンプーなのだろうか? 泡立ちも良くなかなか気持ちが……………

 

 

 

 

 

 

 

 「…………………………………………………………楓…ちゃん?」

 

 「何でござる?」

 

 

 横島はぴたりと手を止め、背中を強すぎず弱すぎない適度な強さでゴシゴシ洗ってくれている美少女に声をかけた。

 楓も何やら鼻歌を歌っており楽しそうだったりする。

 

 

 「え〜と……いつの間に?」

 

 「最初からでござるよ?」

 

 

 横島の知覚能力の異様な高さは既に見知っている。

 ならば素早く衣服を脱ぎ、最初から洗い場の近くに潜み、彼が近寄ってくるのを待って無防備になった時に近寄るのが上策であろう。そう踏んでの事だった。

 

 確かに忍らしい戦法と言えよう。

 

 

 しかし横島にとっては性質の悪すぎる悪戯である。

 何せ今、ジャスティス(ロリ否定)は重体なのだから。

 

 あんなぁ……と眉を顰めつつウッカリ振り返ってしまう横島。

 

 

 うかつ、ウカツ、迂闊。

 正に迂闊。

 

 

 横島は頭を泡まみれにしつつ迂闊にも後に振り返り、背後の楓のその姿をまともに目に入れてしまったのだ。

 

 

 そして横島の顎は、外れたかのようにかっくーんと音を立てて落ちてしまう。

 

 

 確かに彼女の言葉に嘘偽りは無かった。

 

 感心にもきちんと水着を着用し、体の大事な部分を隠してくれてはいた。

 

 

 いたのではあるが…… 

 

 

 楓の水着とは 黒 い ビ キ ニ だったのである。

 

 

 それもかなり布地が少なく、それって勝負水着? とかアホな感想を言ってしまいそうになるほど大事な部分のみしか隠せていない、黒いマイクロビキニだったのだ。

 

 楓が横島と出会う前、ネギ先生が初めて少女吸血鬼と戦い、敗北した後に元気の無かった彼を風呂場にて皆で励ますというイベントが行われていた。

 何だか女子中学生らが子供にセクハラしただけという気がしないでも無いが、楓の水着はその時のものなのである。

 

 

 「おろ? 似合わないでござるか?」

 

 

 ボーゼンとしている横島の表情に気付き、やや頬を染めつつポーズをとってみる。

 

 だが手に持っているのは泡まみれのタオル。横島を洗っていたのであるから、当然ながら彼女の四肢や身体にも泡は付着していた。

 

 楓のプロポーションは89-69-86で、とっくに中学生という範疇から逸脱している。

 大人の女顔負けだ。ナメンナ ゴラァッ!! と文句言いたくなるほど。

 

 そんな彼女が風呂場の熱気だか何だか知らないが、うっすらと頬を朱に染めているのだから堪ったものではない。色気が更に増しているではないか。

 その手に持った泡が年齢度外視の色気に拍車をかけ、ぶっちゃけそーゆーサービス業のお姉さんの様である。

 

 

 カラータイマーが赤になった瞬間に停止し、

 何処かの汎用人型決戦兵器が起動した瞬間に暴走する。

 

 正しくそんな波動が彼から発せられているのだが楓は気付きもしない。否、できない。

 

 流石に横島の半分程度しかない彼女の人生では男の……“牡”のそーゆー露骨なオーラを受けた事は無かったようだ。

 

 

 ぱ き ー ん

 

 

 だから横島の心の奥で何かが割れた音が聞こえた気がした……のであるが、その意味合いはサッパリ理解できなかった。

 

 

 「? 横島殿? 如何なされた?」

 

 

 きょとんとする楓の表情はとても可愛らしい。

 それすらもただでさえクソ短くなっている理性という導火線の火を煽りまくっている。

 

 

 「………し」

 

 「し?」

 

 

 プルプルと肩を震わし、ぷちぷちと血管が切れてゆく。

 

 ああ、もう終わりか?

 終わりなのか?

 終わってしまうのか? 横島。

 

 カウントダウンもスタートする。

 

 

 10・9・8……

 

 

 何の? と聞いてはいけない。

 

 強いて言うのであればナニかの……とだけ言っておこう。

 

 静かではあるが灼熱の、何が何だかよく解からない波動が強まってゆく。

 

 ド紫色のフォースつーか、オーラつーか、プラーナつーか……それらがこう、ガシガシと。

 

 

 7・6・5……

 

 

 いや良く我慢した。

 良く耐えたよ。

 

 ここで話があるっつーのは誘いだな? 誘いだったんだな? じゃあ仕方ないよな?

 

 等と既に自己弁護もスタートしている。心の圧力釜も破裂寸前なのだからしょうがないか。

 どーせ後で後悔するくせに……

 

 

 まぁ、どちらにせよ時間は切れるのだけど。

 

 

 3・2・1……

 

 

 も、もう、ダメだぁ……

 

 

 ゼ……

 

 

 「む…っ?!」

 

 「もう辛ぼ……うえっ?!」

 

 

 辛抱たまらーんっ!! と動きそうになった瞬間、横島は楓に抱えられてその場から飛び退って岩陰に身を伏せさせられた。

 

 

 「うごっ!?」

 

 

 その際、ウッカリと額を岩で打ち据えられてしまったりもする。ヒビが入ったのは岩の方だが。どんな石頭だと問いたい。

 だが、お陰で彼は正気に返る事ができたのだから。細かい事は良いだろう。

 

 

 「ハっ?! オレは一体……?」

 

 「(シ…ッ!! 誰か入って来たでござる)」

 

 

 何故に楓がこんなに慌てていたのかというと、邪魔が入らない様に清掃中の看板を立てていたからである。

 

 何の邪魔か……はさておき、その看板が出ていたというのに入ってきたのならば関係者の可能性がある。だとすればバレると拙かったのだ。勝手にそんな立て看板まで使ってるし。

 

 ジャスティスが昏睡状態なのか全く利いてくれなかった事に悶えている横島を尻目に、楓は脱衣場から入ってくる姿を見据えていた。

 

 

 と……?

 

 

 「(む……ネギ坊主?)」

 

 

 入って来たのは肩にオコジョを乗せた少年。

 誰あろう、彼女の担任で魔法先生であるネギ=スプリングフィールドその人であった。

 

 

 

 

 

 

          ******      ******      ******

 

 

 

 

 魔法教師、ネギ=スプリングフィールドは悩んでいた。

 

 

 彼には学園長から授かった『親書を関西呪術協会に届ける』という任務がある。

 それは関東魔法協会と関西呪術協会とを仲直りさせる一歩である大事な任務なのだ。

 

 だが、それと平行して彼自身には −父親の手がかりを捜す− という目的があった。

 だからこそネギはここ京都への修学旅行を心待ちにしていたのである。

 

 しかし今はそんな事は言っていられない。

 根が真面目な彼は、生徒に危害が及ぶ事を危惧していたのだから。

 

 確かに父の足跡を追うのは大事であるし、何としても知りたい事だ

 だからといって、親書を届ける事を蔑ろにするつもりはないし、妨害工作に生徒を巻き込む事など論外だ。

 

 今の彼は、大事な生徒らを守り、且つ無事に親書を届け、その後にできれば関西呪術協会の長に父の事を聞けたら良いな……と目的の順番を組み替えていた。

 

 ちゃんと生徒の無事を優先順位の先頭に並べ替えているのは、この年齢から言えば感嘆に値できるだろう。

 

 

 だが、それでも問題が消えるわけではない。

 

 

 今一番の問題は西の刺客だ。

 

 親書を奪い、講和を反故にさせる……何故そんな事をするのかネギにはサッパリ解からないのだが、ともかく西の刺客はそのつもりなのだろう。

 

 だが、その想いはさておき、魔法を秘匿するという暗黙の了解すら無視し、尚且つ一般人を……自分の生徒達を妨害工作に巻き込むのは許せるものではなかった。

 

 

 肩に乗せた親友のオコジョ——本人(?)曰く、由緒あるオコジョ妖精らしい——カモミール…通称カモ君によれば、京都出身でかみなるりゅう(注:神鳴流。カモには読めなかった)とかを使う、出席番号14番 桜咲刹那がとにかく怪しいという。 

 

 最初は半信半疑であったが、京都への移動中、新幹線の中で件の少女は小さな男の子を叩いてニヤリとしていた(注:カモ視点)らしい。

 実際、彼女は泣かした子供に謝っていない。それはネギ自身も見たのだから間違いない。

 

 

 同僚の新田によれば、その子供はタダキチといい、大阪から東京へと引っ越して早々に両親を交通事故で失い、親戚をたらい回しにされて施設に預けられる直前で養い親となってくれる人間が現れ、その家の子になる前に母親の実家と墓がある京都に一人でやって来たのだという。

 

 

 聞いていたネギはおろか、語っていた新田ですら涙を禁じ得ない設定……いや、物語である。

 なんだか瀬流彦先生やしずな先生は微妙に苦笑していた気がしないでもないが。

 

 兎も角、そんな子供を叩いて謝りもしていない刹那。この事からネギ彼女に対する疑いを強めてしまってたのである。

 

 

 『やっぱ、あの女が怪しいっスね』

 

 「うん……信じたくないけど、刹那さんが一番怪しいんだよね」

 

 

 カモはネギに肘をかけ、頭に小さな手ぬぐいを乗せて小さなお猪口に手酌で酒(?)を注ぎ入れて呷っている。どこのオッサンだ。お前は? と問いたい。

 

 そのネギも表情はだらけきっていた。 

 

 彼は風呂嫌いで知られているのだが、それは洗髪が嫌いだからというだけで、湯に浸かる事自体は嫌いではないのだ。

 

 だから観光地の露天風呂というものを味わい、脱力し切っていたのである。

 

 

 無論、任務や用心の心を忘れたわけでは無い。

 

 現に今も問題の西の刺客の事を考え続けているのだから。

 

 

 「あいつ、いつも木刀みたいの持ってるし、

  魔法使いの兄貴じゃ呪文唱える前に負けちまうよ」

 

 

 おまけに新幹線の中で目にした通りならば式神も使えるっポイ(←誤解)。

 

 

 「う〜〜〜ん

  魔法使いに剣士は天敵だよ——」

 

 

 何せこちらは呪文を詠唱せねばならないのだ。

 

 その間に攻撃を受けたりすれば詠唱は中断してしまうし、その攻撃も受け放題なのである。

 相手の腕にもよるが、未熟なネギでは剣士を前にすればそこらの案山子と変わらないのだ。

 ワラ束の様に斬られるのは流石に勘弁して欲しい。

 

 だが、以前のように……教え子のロボっ娘の時のような闇討ちもまたやる気は起きなかった。

 

 あれは成功させなかったのだが、それでもかなり後味が悪かったのだ。

 

 

 「どーしよ——」

 

 

 はふぅ〜…と子供らしからぬ溜息を吐くネギ。

 

 色々と考え過ぎてしまい、根本的な解決から遠退いてしまうのは彼の悪い癖である。

 

 とはいえ……

 

 

 

 「(はて……? ネギ坊主は何を悩んでいるのでござろうか?)」

 

 「(さ、さぁ……?)」

 

 

 横島のようにヘンなトコで考えなしなのも問題であるが。

 

 ギリギリでセーフだったとはいえ、ジャスティス不在(予想以上に怪我が酷く、入院した模様)で楓と密着しているのは拙い。

 

 かと言ってここから出れば発見される率が高い。そうなったら女子中学生と混浴しているエロ男というレッテルがペタリと貼り付くではないか。それは是が非でも回避せねばならなかった。

 

 いや、性犯罪者のレッテルはどーでもいい。高校時代から“向こう”で散々言われていたのだから。

 

 嫌なのは受け入れちゃいかけている事なのである。

 それだけは何としても回避せねばならない事柄だったのである。

 

 だが横島はそんなネギを見、自分の姿を顧みてハッとした。

 

 

 「(……考えてみれば、オレって今は飴の力で子供の姿じゃねぇか……

   ナニ焦ってたんだろ……)」

 

 

 やっとその事に気付き、肩から力が抜けてゆく。

 

 それならこのまま風呂に入り、子供先生をスルーして出てゆくだけで、やーらかい堕落させるモノから逃げ延びられるではないか。

 

 正に(横島主観で言えば)一石二鳥!!

 

 

 楓に気付かれない位置でよしっと勝利を確信して拳を握り、立ち上がって子供教師に声をかけ——

 

 

 カラカラカラ……

 

 「……ん? 誰か来たよ。男の先生方かな?」

 

 

 「え……? 「(シ…ッ! 見つかるでござるよ?!)」ぶふぁっ?!)」

 

 

 ——ようとした所で、全裸の少女が浴室に入ってきたのである。

 

 そしてまた岩に叩きつけられる横島の頭。その際、スイカ割りのような鈍い音がしたが気の所為だろう。

 

 

 「(あ……あの娘は……)」

 

 「(ふむ……

   刹那……桜咲刹那。拙者のクラスメイトでござる)」

 

 

 実際、ダクダク血を流してはいるが平気っぽいし。

 

 

 そんな彼らの視線の向こう。

 

 今この露天風呂に入ってきた髪を片方に束ねた小柄な少女剣士がいた。

 

 その少女は新幹線内であらぬ疑い(?)を掛けてきた退魔剣術である神鳴流の使い手であり、武道四天王の最後の一人。

 

 今の今までネギが頭を痛めていた当の本人。桜咲刹那その人であった。

 

 

 

 

 

 

 なななんで!? 入り口は男女別々なのに中はおんなじ——?! と、混浴を知らなかった少年は慌てふためいている。

 

 そんな少年とオコジョの更に後ろでは、横島が更にジタバタと苦しみもがいていた。

 

 

 「(は、放してーっ!!)」

 

 「(見つかるでござるよ?! それは流石に拙いでござろう?!)」

 

 「(解かった!! 解かったから……はーなーしーてーっ!!)」

 

 

 羽交い絞めにされている楓の腕の中から必死に逃れようとじたばた足掻いている横島。

 彼の人智を超えた能力を駆使すればそんな事は児戯にも等しいはず……なのであるが、何時もどーり女がらみでテンパりまくっていて、彼はその能力を発揮しきれないでいるのだ。

 

 

 というのも、彼の状態が“羽交い絞め”だからである。

 

 

 つまり、後から美少女にピタリと密着されているのだ。

 やーらかいくせに、どこか青いかたさ(、、、)を秘めたモノ。

 年齢度外視の美乳且つ爆乳のドスゲェ超兵器。

 今より更に未来に対して期待が持ててしまうそのドスゲェ兵器が、横島の背中に挟まれてふにゃりと形を変えているのである。

 

 横島の眼球が飛び出しそーになっているのも仕方の無い話であろう。

 これで鼻血など出した日にゃあアンタ、もう彼は解脱しちゃうかもしんない。幾らなんでもそりゃ拙かった。

 

 

 だから横島はもがいてたのである。そう、己を賭けて——

 

 

 しかし、そうだとしても楓は今手を離す訳にはいかなかった。

 

 新幹線内で起こった刹那との事件は、横島と古から既に聞き及んでいる。

 

 些細な事ではあるのだが、刹那はけっこう用心深い性格をしている為、タダキチ(横島)に対してまだ疑惑を持っているかもしれない。

 そんな彼女の前に彼が飛び出してゆくとかなり問題が生じてしまうだろう。紹介すら行っていないのであるし

 

 いや、落ち着いて話し掛けるのならまだマシだったのであろうが、ここは風呂場である。

 

 裸の少女の前に裸の彼がひょっこり現れ、『やは、おぜうさん。話をきいてくれまいか?』等と話しかけられて冷静でいられるだろうか?

 いやそれ以前に、これだけテンパった人間と相対させる訳にはいくまい。纏まる話も拗れに拗れるのは必至だろうし。

 

 だから彼女は横島を押し留めているのである。

 

 

 決して——

 

 

 「背は小さいけど、キレイな子やなぁ……」

 

 

 等と、横島が子供先生と同じ様な感想を口から漏らし、ボ〜っとして見惚れていたからではない。

 ……ハズである。

 ……多分。

 

 

 そんな風に二人して無音で騒ぎまくるというド器用な事をしていると、

 

 カシャンッ!! と唐突に灯りが弾け、

 

 

 「誰だっ?!」

 

 

 刹那が白木の刀を構えるのが見えた。

 

 前方のネギ少年も、慌てているのが解かる。

 

 

 「逃げるかっ」

 

 

 「(来る?!)」

 「(拙っ?!)」

 

 

 流石に楓も横島もそこらは普通では無い。

 

 構えの間より空気よりも、氣の流れで技が出る事に咄嗟に気付いていた。

 

 

 神鳴流奥義……

 ——斬岩剣!!

 

 

 充分に氣を乗せた得物での一閃!

 

 音も無く、豆腐か何かのようにネギが身を隠していた岩が切断されてしまう。

 

 

 「(おぉっ!!)」

 

 「(ひーっ!!)」

 

 

 幸いにも自分らが見つかったわけではなかった様であったのだが、その余波は自分らに迫っていた。

 言うまでも無く黙って当たってやるような二人ではなかったので、楓は刹那が放った退魔の剣術を感心しつつ避け、横島は声無き悲鳴を上げつつも紙一重で見事に避けている。

 

 二人は結構余裕を持って避けたのであるが、刹那のそれは野太刀なので定寸より剣先までが長く、居合いの速度を殺さないようにしているのか“反り”も緩い。

 乱戦や近接戦には不向きかもしれないが、<薙ぐ>という事ではかなり優秀であろう。

 

 そう見てとれるのだから楓も相当だ。

 何せこれが退魔剣術でござるか…等と呑気に感心していた程なのだから。

 

 

 だが、ネギも只の子供ではない。

 彼なりに今までの戦いで色々と学んでいるのだ。

 

 刹那が入浴時にも油断をせず得物を持ち込んでいるのと同様に、彼も小さな魔法の杖を持ち込んでいた。

 

 

 「FLANS EXARMATIO!!」

 

 

 僅かの間に紡がれた武装解除の魔法は見事成功し、バシンッ!! と音を立ててその不可思議な力が少女の刀を弾き飛ばす。

 

 先に相手の得物を奪うのはなかなか良い方法だ。

 

 だが、流石にまだ子供なので詰めが甘い。

 

 

 「フッ」

 

 

 刹那は得物を飛ばされても慌てる事なく距離を詰め、ネギの喉と股間を掴んで完全に動きを封じてしまった。

 

 

 「( ぐ ぉ っ!?)」

 

 

 楓にとっては今の刹那の行動は常套戦法なので取り立てて慌てたりしなかったのであるが、ネギと同じ男である横島にとっては、<掴まれる>のはイタイ攻撃である。

 無駄に感受性が高い彼は、その衝撃をウッカリ自分に重ねてしまい、ひゅんとキて内股&前かがみになってしまう。

 

 決して、背中でふにふにしている感触によって前かがみになったわけではない。ハズだ。

 

 

 「何者だ。

  答えねば捻りつぶすぞ?」

 

 

 「(ひぃっ!!)」

 

 

 刹那がそう脅し、尋問を掛けた。

 ネギの三倍は人生経験が豊富な横島は、その痛みをとても良く知っているのでネギよか遥かに怯えてたりする。

 お陰でふにふにの感触は紛れたのであるが。

 

 

 まぁ、誤解であったし、間近で顔を確認すれば相手がネギである事は簡単に気が付く。

 

 慌てて手を離して謝罪するもしどろもどろなのは彼女の性格なのだろう。

 

 

 ネギの方は“掴まれた”事もあって、そう簡単には冷静さを取り戻せていないようだが。

 

 

 少年一人が知らなかった事であるが、刹那も魔法関係者であり、木乃香の護衛だった。

 その事を彼女が説明した事によって事態はやっと収束に向ってゆく。

 

 

 横島もやっと落ち着き、やれやれと座り込んだ。

 騒動が治まって安堵したのではなく、楓が解放してくれたからだったりするのが実に彼らしいが……

 

 

 「(ん?)」

 

 

 と、俯いていた横島が突然顔を上げた。

 

 前方には未だ裸体を曝す刹那がいるにも拘らず……だ。

 

 いや……? その刹那の“向こう”を見つめているような……

 

 

 「(如何なされたでござる?)」

 

 

 おちゃらけ色が薄まった横島に、楓も僅かに緊張してみせる。

 

 

 「(何か妙な霊気が……)」

 

 「(何と?)」

 

 

 横島の言葉にくの一少女が身構えるより先に、

 

 

 「ひゃああ〜〜っ!!」

 

 

 「「な…っ?!」」

 

 

 どこか間が抜けた悲鳴が風呂場にまで響き渡った。

 

 

 「この悲鳴は……」

 

 「このかお嬢さま?!」

 

 

 慌てて湯から飛び出し、脱衣所へと駆けて行く二人。

 

 その後を追い、楓らも後を……

 

 

 「サイキック……」

 

 「横島殿?」

 

 

 追おうとしたのだが、横島はいきなり左腕に力を収束させると、例の霊気の盾を出現させ、

 

 

 「ソーサーッ!!」

 

 

 ブン…っ!! とおもいっきり塀の向こうの茂みに向って投げつけた。

 

 

 ——ひゃあっ?!

 

 無論、彼も当てるつもりはなかっただろうが、流石に周囲の枝葉を切断しつつ、隠れていた自分をかすめてけば誰だって驚く。

 現に悲鳴が…女か?…が聞こえていた。

 

 

 「曲者?!」

 

 

 楓も殆ど気付いていなかったようで、少々慌てていた。

 

 いくら隠行の技が優れていようと、霊気を止める術を持っていなければ横島の感覚からは隠れ切る事はできないのだ。

 まぁ、こちらの世界にはそんな技は無いようであるが。

 

 

 「あっちは二人に任せて、あいつを追うぞ!!」

 

 「承知!!」

 

 

 横島の声を聞き、楓も気合を入れなおして遠ざかろうとしている曲者の影を追い始め………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——ようとして、その足を止めた。

 

 

 「よ、横島殿?! しっかり!!」

 

 

 その横島が血の海に沈んでいたからである。

 

 

 「一体何が…………………あ っ ? ? ! ! 」

 

 

 楓は気が付いていなかった。

 いや、忘れていたと言った方が良いだろう。

 

 

 楓はビキニだった。

 

 そしてあれだけの動きをし、尚且つ物陰にいたとはいえ、神鳴流剣術の余波も受けていたのだ。

 

 当然の様に彼の眼前で立ち上がった楓の紐は単なる化学繊維の布なので、そんな衝撃や動きに耐えられようもない。

 簡単に(ほど)けてに湯にぷかりと浮いていた。

 

 

 それも、“上”と“下”のセットで……

 

 

 「み、見られたでござるか……………?」

 

 

 呟く様に倒れ伏している横島に問い掛けると、遺体もかくやといった按配の彼の右腕がゾンビの如くゆるゆると動き、

 

 

 グ……っ!

 

 

 と親指を力強く立てて見せた。

 

 

 「………」

 

 

 暫し呆然としていた楓であったが、寒暖計宜しく足元からゆっくりと赤の色を昇らせてゆき、

 

 

 

 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」

 

 

 

 声ならぬドでかい悲鳴を上げて横島の足をむんずと掴み、浮いている水着も忘れず拾ってその場から姿を消した。

 

 

 

 

 脱衣所でのサル騒動はその間に終結してはいたのであるが、ホテルの周囲にはひき逃げ事件でもあったかのように、人を引き摺り回した血の跡が延々と続いて関係者を騒然とさせたという。

 

 

 甚だ関係ない話であるが、その不可思議な事件の被害者であろう人物は修学旅行が終わった後も見つかっていないし、血の跡も道路の真ん中でぷつりと途切れていた為、警察も首を捻っていたそうである。

 

 

 

 



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中編

 

 

 「このかさん、淋しそうでしたね」

 

 「うん……

  普段のこのかなら、絶対あんな顔しないもん」

 

 

 浴衣を着て、廊下を歩きながらそんな事を言い合う影二つ。

 

 一つは小柄な少年で、もう一つは長い髪を左右に分けた少女である。

 似たような髪の色をしているため仲の良い姉弟のようにも見えるが、れっきとした教師とその教え子。

 

 魔法先生ネギ=スプリングフィールドと、まがりなりにも仮契約を行って従者……のよーな位置をもらった神楽坂 明日菜の二人である。

 

 今、二人が話し合っているのは、明日菜のルームメイトであり、ネギの教え子である近衛 木乃香の事だ。

 

 明日菜と木乃香の二人で連れ立って露天風呂に入りに行くと、脱衣所の中でサルの集団に襲われ、あわや木乃香が攫われそうになったところに颯爽と駆けつけ、そのサル……の式神を蹴散らして彼女を救ったのは、ネギたちが西の刺客では? と疑っていた桜咲 刹那であった。

 

 その風呂場での騒動のおり刹那は自分は敵ではないと言っていたし、木乃香に不埒な事をやったサル(式神)に対して本気で怒っていた事実から、彼女の嫌疑はかなり薄まっている。

 

 ただ、必死になって救ったはずの木乃香から逃げていった事、

 その事で木乃香がひどく落ち込んで泣いていた事、

 

 そしてネギらが入っていた岩風呂に多量の血痕が残されていた事がネギを未だ悩ませる結果に繋がっていた。

 

 

 あの時——

 

 木乃香がサルに運ばれかかった時、凄まじい踏み込みで距離を詰め、木乃香を攫おうとしていた不埒な式神達をなぎ払った。

 式神達が消え去った跡には奴等を操っていたであろう術者の気配は無く、代わりに凄まじい出血の跡が残されていた。

 

 おそらく、刹那が刃を振るった折に式神ごと相手を斬ったのであろう。

 そしてその怪我は出血量からして致命傷。良くても重体であろう事に間違い無い。

 

 余りにも酷い惨状であったため流石に明日菜に見せるようなことはしていないが、それでも否応なく緊張はネギから伝わってゆく。

 

 

 対峙して判った事であるが刹那は強い。間違いなく自分より。

 

 彼女が木乃香を守ろうとしている気持ちは、あの時の怒りの波動からもひしひしと感じられている。

 

 だからといって術者を殺していいという理由にはならない。少なくともネギはそう思っていた。

 

 まぁ、刹那が命を奪いかね無いほどの攻撃を行わねばならない程の相手がいたという見方もあるが、まだまだ子供であるネギにはそこまでの洞察力は備わってない。

 

 それだけが原因という訳ではなかろうが、まだまだ問題は山積みなのである。

 

 なぜ木乃香が狙われたのか?

 刹那が殺意を持って当たらねばならなかった術者とは?

 そして、刹那はなぜ木乃香から逃げたのか?

 

 そんな風に謎だけがどんどん積み重なってゆき、ネギは熱が出そうであった。

 

 

 「あ、あれ?」

 

 「? アスナさん、どうかしましたか?」

 

 

 ネギの困惑が伝わったのか、何となく重い空気を持ったまま歩いていた明日菜が、通路の向こうで起こっている怪異を眼に留め、奇妙な声を漏らして立ち止まっていた。

 

 いぶかしんだネギが問い掛けると、アスナは“それ”に向って無言で右手の人差し指をのばし、その指した方向をネギの目線が追う。

 

 

 と……?

 

 

 がんがんがん……

 

 

 硬い壁を打つ奇妙な音。

 明日菜が示したその先には丁度その音の出所があり、それをよく見れば長身の人間が壁に頭を撃ちつけている音だと理解できた。

 

 そして、その人間がネギと明日菜が良く知る人物であったのだから、流石に驚愕続きだったネギでもその驚きは大したものである。

 

 ギョッとしてネギは駆け出し、その女性……いや、少女の奇行を浴衣の袂を引っ張って止めさせた。

 

 

 「ちょ、ちょっと!!

  長瀬さん!! 何やってるんですか?!」

 

 

 ネギが叱るようにそう咎めると、我に返ったようにその少女……長瀬 楓は奇行を止め、ネギに向って何時もの思考が読み辛い笑顔を向けた。ちょっち額から出血していたが……

 

 

 「おお、ネギ先生。お疲れさまでござる。

  今夜は静かな夜でござるな」

 

 「いえ、その……静かとは程遠い光景が見えたんですが……」

 

 「はっはっはっ……気の所為でござろう?」

 

 

 楓はピュ〜〜と額から出血しつつもそう言って笑った。

 

 何だか木乃香に金槌で小突かれている学園長を彷彿とさせられ、ネギや明日菜、カモも顔に縦線、後頭部にでっかい汗を浮かべてしまう。

 

 

 尤も、楓の言う通りに今現在は静かな夜である事に間違いない。

 

 何せ騒がせどころが全員酔い潰れているのだから騒ぎようが無いのだ。まぁ、次の日からはその反動で大騒ぎしそうであるが。

 

 それを知っていて尚、静かだというのだから、ひょっとしたら楓には何か酷いショックな事があったのかもしれない。いや恐らくあったのだろう。

 

 明日菜にとって、それはシンパシーと言ってよいかもしれない。

 確証も証拠も無いのだが、彼女は何だかそんな気がしたのである。

 

 彼女は隣に立つ子供教師が来てからそーゆーイタイ事柄が続いていた事もあって、ショックな事件には事欠かないでいる。だからそれを感じた明日菜には他人事とは思えなかったのだ。

 

 

 まぁ、事件の内容も知らず慰める事等できようもないし、自分にとってのイタイ事件……憧れの先生に“見られた”というショックを癒したのは“時間”と“慣れ”だった。

 なら触れない方が得策ではないのか?

 自力で立ち直る方が人生の肥しとなるのだし。

 

 明日菜はそういう答に行き着き、一人うんうん納得していた。

 

 

 「と、ところで長瀬さん、一体なんで壁に頭を叩きつけてたりしてたんですか?」

 

 がくんっ

 

 

 そんな想い等露知らず、子供らしい好奇心のまま問い掛けてしまうネギに、明日菜は滑りコケてしまった。

 

 せっかく彼女が大人としてそのままスルーしてあげようとしていたとゆーのに、物の見事にぶちこわしてくれたのだ。

 

 

 「アンタねーっ?!」

 

 「ひゃっ?! な、なんですかーっ?!」

 

 

 訳のわかっていないネギの襟首掴んでネックハンギングかましつつブンブン頭を振る。

 子供教師は白目となって苦しんでいた。

 

 そんな二人の前で、楓は今さっきの事件を思い出し、

 

 

 「うう……み、見られたでござる……

  し、しかも…………み…見てしまったでござる…………」

 

 

 等と顔を赤くしてまた壁に頭を打ち始めていた。

 

 

 くノ一とはいえ、武闘派である楓は“そういう手合いの術”の修業は成されていない。

 それでも“見られた”という程度で自分を見失う事はありえないはずであった。

 その上、“見た”という事ですら冷静さを失っているではないか。

 

 

 彼女が“見られ、見た”という程度でどうして冷静さを失っているのか……無自覚な楓の心は出口の無い感情によってかき回されていた。

 

 

 

 そしてその事が歯痒くてたまらない女も一人……

 

 

 『いい加減にしろ!!

 

  お前は特定の人間に見られた事を“照れている”んだっ!!

  まさか“照れている”事にすら気付いていないのか?! アホかお前は!!』

 

 

 廊下の影で褐色の肌の少女が一人地団駄を踏んでいた。

 

 仮にもライバルとして見ている少女が己の感情の変化に気付けないままでいるという事が彼女をイラつかせ、地団駄を踏ませているのだ。

 

 

 それでも戦士としてのイラつきより、同級生を見守っている一人の少女としてのイラつきが大きいのは彼女にとっても良い事なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

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                  ■七時間目:猿の湧く所為 (中)

 

 

 

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 「し、死ぬかと思った……」

 

 何時の間にか口癖となっているお馴染みのセリフをほざいているのは言うまでもなくタダキチ(セブン)こと、横島忠夫である。

 尤も、今は飴の力が切れていつもの高校生くらいの外見へと戻っているが。

 

 

 何というか……横島の習性と言うか性質と言おうか、楓のカラダが曝された瞬間、その見える範囲全てを心のハードディスクに焼き付けてしまったのである。

 時間にして一秒も見ていなかったにも拘らず……だ。

 

 それ故の鼻血。それ故の大量出血であった。

 

 その際、意識を失った彼を火事場のクソ力で横島の部屋へと運んでくれた楓であったが、直後に飴の力が切れ、彼のブツをウッカリ目に入れてしまったのだ。

 その所為で彼女は自分の近くにいないのだろう。そう考えると自己嫌悪も混ざって苦しみも一入である。

 

 

 「うう……ひょっとして、楓ちゃんに“反応”してたとか……ぐぉおおおお〜……」

 

 

 その真偽は兎も角、横島が完全に意識を取り戻したのは楓が去ってから十分ほど後の事。

 ホテルの人が敷いてくれていたのだろう、布団の上に全裸で寝転がっていた。

 

 流石に全裸で寝っ転がっているのにはビビったが、

 

 

 『私に何をしたの?!』

 

 

 等とボケかましている場合ではないのだ。

 

 状況からして、楓が運んでくれたと思うのだが、そうなると彼女にイロイロと拝見されてしまった可能性が非常に高い。

 しかしどんな状態でいたか……というのは彼女自身が口を割ってくれなければ闇の中だ。

 

 かと言って、そんな恥ずい質問などしたくもないし。

 

 

 暫く部屋で一人悶えていた横島であったが、ここでイモムシが如くゴーロゴロと転がってても埒が明かないという事に何とか気付き、自販機で茶を買ってロビーで気を落ち着かせようと頑張っていた……というわけである。

 そんな簡単に落ち着けるものなら世話無いのであるが。

 

 

 「くっそぉ〜〜〜……オノレよくも……西の奴らめぇ〜〜……」

 

 

 だから一番簡単な方法、

 

 責任転嫁に走ったのである。

 

 

 ギリギリと歯を食いしばって正義(?)の怒りを燃やし、今だ姿の見えない敵に対して無意味に気炎を上げてゆく横島。

 相変わらずと言うべきか、進歩が無いと言うべきか。どちらにせよ褒められたものではないが。

 

 それでも失態を怨敵の存在にすり替えた事でいくぶん気も楽になってくる。

 紆余曲折はあったものの、西側の刺客に八つ当たりをする事で鬱憤を晴らす事を心に決めた横島は、何とか立ち上がる気力を取り戻す事ができた。

 

 後は……

 

 

 「楓ちゃんに謝るだけ……か」

 

 ぷしゅるるる〜〜……

 

 

 折角高めた気力がいきなり萎み、又もソファーに沈み込んでしまう。

 いや——ナニに謝罪するのかと問われれば返答に困ってしまうのだが。

 

 

 『イヤハヤ、お粗末なものをお見せしまして』

 

 

 と謝罪するにしても、

 

 

 『なかなかな物をお持ちで。イヤ眼福眼福』

 

 

 と楓を褒める(?)にしても勘弁して欲しい行為である事に間違いないのだから。

 

 

 どちらにせよ新たなる自分を自覚しそーでイヤ過ぎるのだ。

 尤も、そうやって悶えてても何もならないし、仕事だってあるのだが……

 

 ずりずりとソファーからずり落ちつつ、自分にとってかなり懐かしいアイテムであるバンダナを頭から外し、何となく握り締めて愚痴を吹きかける様に零す。

 

 

 「……何やってんだろなぁ、オレ……」

 

 

 確かに肉体年齢は十年ほど若返ってはいるが、中身は二十七である。はずだ。

 幾ら十七からの記憶が飛び散って消滅した(、、、、、、、、、)とはいえ、十七の時と同じ事の繰り返し。

 

 わざわざ異世界……別の宇宙までやってきて同じ事の繰り返しでは幾らなんでも進歩がなさ過ぎる。

 だから深い深い溜息が零れてしまう。

 

 

 元の世界に帰りたいという気持ちが殆ど無い理由も解かった。

 

 

 彼にとって——

 この(、、)横島忠夫にとっての返りたい元の世界は無い(、、)のだ。

 

 いや、“解からない”と言った方が良いだろう。

 

 

 その上、“自覚できない経験”によって帰ろうという気も起きず、その気になったとしても方法が無く、またその方法が見つかったとしても帰る世界の座標をしらない。

 これではどんな奇跡が起きても“向こう”に帰る……いや、“行く”事等できまい。

 

 だからこそ、この大地に骨を埋める覚悟はできていたのである。

 

 

 が、どこの世界へ行ってもそのまんま変化なし。

 それでは余りに情け無いではないか。

 

 

 「オレはオレらしく……かぁ……

  それはそうなんだが……ちょっと違うよなぁ……」

 

 

 今さっきとは別の重みの溜息が零れる。

 

 それは“前の世界”で言ってもらったセリフ。

 何かに囚われるより、横島は横島らしくいてほしい……そう願いがこめられた想いの言葉だ。

 

 その事は心に刻まれているし、その言葉にしがみ付いている訳でもなく、極自然にその言葉を実践できるようにはなっている……と、思う。

 

 だけど確かに横島自身が言うように、“これ”はちょっと違うだろう。

 

 “あの”十代の頃より煩悩は抑えられている筈であるが、どういうわけか切羽詰ると“あの頃”に戻ってしまう様になっているのだから。

 

 人一倍良心が脆いヘタレであるのに、一度美女美少女を目にすればエッチとかいうレベルを飛び越え性犯罪紛いの行為を反射的に行う、凶悪なパブロフの犬。

 幸いにも押し倒さんと襲い掛かる相手は確実に自分を撃墜できる者ばかり。後で自分の良心をズタズタに傷付けつつ土下座して謝り倒すまでには至っていない。

 

 流石に二十歳を越した頃には余裕を見せた方が引っ掛けやすい事を身体で学んでいたので、そういった行為は(横島的には)かなり鳴りを潜めていたのであるが、こちらの世界にきて若返るとまた発動しているではないか。

 

 

 何せ麻帆良には美女美少女が多い。

 

 特に眼を引く者は、癒し系美女であるしずな先生。

 バツイチである為であろう、隠しきれない色気と知性を振り撒いてくださっている刀子先生。

 そして清く厳しいシスター・シャークティ等々、『ぜってー顔とか“ぼでぃー”で選んでんだろう? このジジイ!』と学園長に拍手喝采……ではなく、一言言ってやりたい程に麻帆良は美女に事欠かない。

 無論、まだお会いしていないであろう“じょしこーせー”の皆様や“じょしだいせー”の皆様もそうだろう。

 

 まぁ……そんな彼女らに対して歯止めが利かなかったのはしょうがないだろう。

 

 実のところ、最初の暴走は身体を治す為に無意識に多量の霊力を消費し過ぎていたので、その霊力を回復しようと本能が超高速回転した事が原因である。

 

 彼の霊力発動のきっかけは煩悩。

 それ故の自己防御的な回復法であったのだが、初期に最悪のレッテルを作ってしまったのが痛かった。

 お陰で未だに魔法関係者らによって女子高生年齢以上の美女美少女から距離を置かされているのだから。

 

 霊力は溜まったついでに別のモノまで溜まる始末である。

 

 まぁ、そんな真相があろうが無かろうが、楓という“じょしちゅーがくせい”に反応してしまった恥ずべき事実がある事に変わりはない。

 実際、鼻血吹いたし。

 

 

 「オレってそんなに節操なしやったんか……なぁ? ジャスティス(ロリ否定)よ」

 

 

 横島の内宇宙の中で読書に耽っていたジャスティスは、いきなり話を振られて驚きはしたものの慌てて頭を振る事に成功した。無論、横にだ。

 

 そっか……と幾分胸を撫で下ろす横島であったが、当のジャスティスはというと実は信用できない状態にいる。

 

 

 幾度の戦場を越えて不敗…という事ではないが、数多くのロリの誘惑を“何とか(←ここ重要)”振り切って十年を過ごしてきた。

 

 外見ムチムチの人外娘らは中身はまだロリであったし、修業場にいた蝶の化身も外見は育ったが実際は十歳程度だった。

 

 だからそれを自分に訴え続け、耐えに耐えた。耐えられた。

 

 自分を賭けて毎日を送り、耐え切っていたのだから自分は勝者。ウィナーだ。

 ここに来るのが後数日遅れていたらどーなってたかは知らないが。

 

 だからこそ彼、ジャスティスは生まれたのだ。

 

 倫理……つーか、チンケなプライドを守る為に。

 

 

 しかし、横島が必死に頼っているジャスティスであるが、その彼とて横島の一部である。

 訳の解からん努力をし、目的の為に手段を選ばず、その手段の為に目的を見失うスカタン男の一部なのだ。

 

 

 案の定、ジャスティスはその方法を履き違えている。

 

 

 敵を知り、己を知らば百戦しても危うからずと意気込み、ロリを知らぬが故に苦しむのだと曲解してしまい、手段を思いっきり間違えて『要はロリに耐性をつければ良いのだ』という大義名分の下に、そーゆー世界に浸り切っていたのだ。

 

 

 今、横島の確認に力強くシリアス顔で頷いたジャスティス。

 

 その彼の手には薔薇な乙女のフィギュアだとか、混沌の欠片とか言いだしそうなゴスロリ少女のポスター等で、

 今読んでいた本にしても、ハンマーもった赤い服の魔法使いを主人公にした同人誌(それも18禁)である。

 

 そんな物を戦闘用資料だと大事そーに抱えている時点で、何もかも手遅れっポイ。

 

 

 横島の未来ははたして———?

 

 

 

 

 

 

 −真の敵は自分の中にあり−

 

 

 等という事を知る由もない横島は、ようやく気を取り直してソファーから立ち上がった。

 

 このホテルに泊まっているのは大半が麻帆良の女生徒である。

 

 何かえー匂いがする…という感想がポロリと零れそーで怖いから、外回りに出かけて頭を冷やすのが一番だろう。

 ジャスティス(ロリ否定?)が何やら未練がましく振り返っている気がしないでもないが、たぶん気の所為。

 

 浴衣のまま外を歩いて風邪を引くのもなんだから、一旦部屋に戻って服を着替えに戻ろう……

 

 

 「あ」

 

 「あ……」

 

 

 ——として、楓と鉢合わせてしまった。

 

 

 「あ、あの、えと……」

 

 「あ…う……」

 

 

 何やら二人してもじもじし、次の言葉に移ってくれない。

 

 謝るべきか、どう切り出すべきか判断がつかず、二人して間誤付いているのである。

 

 

 ドン ドン ドンっ

 

 

 どこかで地団駄踏んでいる音が聞えないでもないが気の所為だろう。

 

 

 未だ楓の心に引っかかっている事。“肌を曝す”という行為は、ある意味戦術でもある。

 

 その戦術はかなり基本的かつポピュラーなのだが異性に対してはかなりの効果を生む場合が多いので昔から使われている方法である(特に横島には効果的)。

 

 それが理由と言うわけではないが、楓は異性に肌を見せる事に対する羞恥は薄い。

 いや、普段ならば別に露出癖があるわけでは無いし、そこまで恥知らずでも無いのであるが、その年齢を度外視する戦闘力を持った戦士でもある彼女は、戦っている間ならばそれに対する気遣いはかなり薄くなる。

 

 

 ——先程の楓はその状態にあった。

 

 だが、その状態にあったにも拘らず楓は羞恥心を発動させていたのだ。

 そして困った事に、羞恥心が溢れ出たというその意味を理解していない。

 

 それが歯痒くて堪らず、物陰に隠れた誰かがハンカチを噛み締めていたりするがそれは兎も角。

 

 

 ロビーの壁に掛けられている時計の針の音が妙に響いている気がする。

 

 それが聞えてしまっているからこそ、その音に急かされているようで二人の焦りは強くなる。

 

 

 それがお互いを異性として意識しているから……という事は、誰の目にも明らかだ。

 ……当人達以外の目には——

 

 

 それに気付いたのだろうか、何者かが柱の影から飛び出し、彼らを針の音にて急かす壁の機械をむしりとってフロントの奥に蹴りこんだ。

 

 あまりの暴挙に驚いて飛び出そうとしていたフロントの係員達もその人物に次々に当身を喰らってポポイのポイと部屋の奥。無茶苦茶である。

 まぁ、おかげ様でロビーは完全に静けさを取り戻したのであるが。

 

 

 だがこの二人は、そんな強引な気遣いすら気付いていないとキている。

 ある意味、二人の世界と言っても良いが、様子を窺っている方からすれば堪ったものではない。

 

 現にフロントの影から漏れているイラつきオーラもむくむくと膨らんでいってるし。

 

 

 なぜか時計が消失しているので正確な時は不明であるが、体感時間にして三十分は見合ったまま。

 

 眼が細いので良く解からないが、楓は横島から視線を逸らしたり戻したりと忙しい。ちなみに横島も同様だ。

 何と言うか……同じタイミングでそれを行っていたりする。

 

 

 時間にして長針が十回以上は動いているであろうのに、二人は見合ったまま。同じ行為をぶっ壊れた玩具の様に繰り返している。

 

 何だかんだでその茶番に付き合っている少女も、流石に脳内血管がプツンと切れそうになり我慢の限界。ついに二人を怒鳴りつけようとした正にその時、

 

 

 

 「「あの……」」

 

 

 

 二人が同時に口を開いた。

 

 

 おお……っ?! と飛び出しかかった少女は風の様にフロントの陰へと戻り、その時が来た事を感じ取って拳をググっと強く握り締めた。

 

 

 楓は気恥ずかしい思いをしている理由がよく解かっていないのであるが、横島は別だ。

 

 実は今、彼女が……楓が異様に可愛く見えているのである。

 

 

 『ど、どーしちまったんだオレ?!

  確かに、確かに楓ちゃんは可愛い!! 間違いない!! それは断言する!!!

 

  それに今の楓ちゃんは……な、なんやその上目遣いっぽい眼差しは?!

  なんやその薄ピンクに染まった頬は?!

 

  それに何で……何でオレはこないにガキみたいにドキドキしとんや——っ?!』

 

 

 いっぱいいっぱいとはこの事だ。

 

 

 『どうしたんだジャスティス!! しっかりしろ——っ!!』

 

 

 そのジャスティス(え…と…ロリ否定?)が煽っている所為でドキドキしているのは秘密である。

 

 

 楓の方も二言目が出なくて喘いでいた。

 横島に対して言葉を紡いだまでは良かったのだが、その続きがどーにも出てこない。

 

 

 『せ、拙者は何を言おうとしてるでござるか?!』

 

 

 と、外見以上に焦りまくっていた。

 

 同時ではあったが、横島に声を掛けられた事も拍車を掛けている。

 

 

 これではまるで、

 

 拙者はまるで………

 

 

 かちり——と、楓の心に何かがはまりかかっていた。

 

 

 そして眼前の少女が何かに気付きかかっているのと同様に、横島も何かドツボ……もとい、何かの流れに囚われようとしていたりする。

 

 

 “前の世界”において、横島は鈍感帝王の名をほしいままにしていた。

 だからこそ周囲の女性らはかなり強引な手段を取り、自分の気持ちを知ってもらおうとしていたのである。

 尤も、強引過ぎて理解されなかったというオチがついているのだが……

 

 

 だが、今の状況は間違いなく“あの世界”と違っていた。

 

 

 まずロリ否定する能力が、こちらの成長著しい外見の少女らによって磨耗している。

 そして直情的という程では無いにしても非常に純真で真っ直ぐな感情を持ち、尚且つ自分と何故か波長が合う楓と古という“中学生の少女ら”と共にいた。

 

 その事が彼の垣根を矢鱈と低くしていたのである。

 

 

 だから拙かった。

 実に拙かった。

 

 

 ただでさえ異世界にいるという孤独感を感じている横島は、京都の夜のホテルで美少女と向かい合っているというシチュエーションによって、妙に高まっていたのである。

 

 加えて今の楓は何だか色気があった。

 

 湯上りの浴衣姿の美少女という地味ではあるが萌えチョイス。そしてもじもじして見え隠れさせられている羞恥。

 これらが入り混じった破壊力は途轍もなく、横島の最終防壁すら危ぶまれる程。

 頼みのジャスティスに至っては、最終防壁に入ったヒビ割れを直すフリしてコッソリと楔を打ち込んでるし。

 

 

 横島と楓は又も同時に一歩踏み出し、

 そしてまたまた同時に口を開き言葉を紡ごうとした。

 

 二人して顔の赤さが増してゆくのは妙に盛り上がっている所為だろう。

 

 異郷の地の夜というものはそういった魔力があるのかもしれない。

 

 

 楓は何か言おうとして伸ばしかけた手を引っ込め、それでもその手を所在無げに口元へ持っていく。

 その仕種がまた可愛らしく感じられ、『もータマランですタイっ!!』とジャスティス(…否定?)も鼻血を吹きつつ感激していた。

 

 

 物陰から見守るおせっかい少女もその時を感じてググ…と更に強く拳が握りこまれ、その指の隙間から汗を滲ませている。

 

 シチュエーションも、タイミングもバッチリだ。

 

 横島自身も何だかどっかの心の扉を開けかかっており、既に退路は無かった。

 

 

 

 

 

 嗚呼、巨星…ついに歓楽——もとい、陥落か?!

 

 

 

 

 

 と思われたそんな時、

 

 

 

 「「「……ッッ?!!」」」

 

 

 

 明らかに異質の気配を感じ、

 二人(と、物陰に潜んでいた一人をコソーリ足して三人)同時に顔を上げて外に眼を向けた。

 

 

 たん…っ

 

 

 その瞬間、裏庭辺りに大きな影が一瞬だけ着地し、そして飛び去ったのが目に入った。

 

 外灯に映えたその姿。

 茶色く、丸っこく、ずんぐりむっくりなその影は正しく……

 

 

 「サ、サル……?」

 

 「サルの……着ぐるみ?」

 

 

 ——またしても湧いて出たサルであった。

 

 

 

 

 

          ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 人には“拘り”というものがある。

 

 

 それは術者という裏に生きる者達にしてもまた然りだ。

 

 いや、本人からすれば拘りを否定したとしても、第三者から見れば拘り以外の何ものでもないというものもある。

 

 

 丸っこい着ぐるみの手で器用に眼鏡をくいっと押し上げている一人の女性。

 その腕の中に意識を失った少女を抱え、正しくサルの様な身軽さで宙を舞い、地を蹴り、目的の場へと突き進んでいる。

 

 

 違うと否定をしようと、誰もがツッコむだろう。

 

 そんなマヌケなサルの格好で誘拐なんぞするのは絶対に“拘り”があるんだろう——と。

 

 

 猿を<式>として多用している為、外見的に目立つという問題を持っている符術師。それが彼女、天ヶ崎 千草であった。

 

 

 

 

 その彼女であるが、上手く事が運べていてかなり機嫌は良かったりする。

 

 何せおマヌケなお子様達は未だ身代わりの札に騙されているようであるし、正面から向かった時に感じた護衛の神鳴流のひよっこ剣士の強さも搦め手では異様に脆かった。

 だから思った以上に簡単に引っさらう事ができ、彼女の機嫌は良かったのだ。

 

 体の動きも軽やかになると言うものである。

 

 実はこの着ぐるみそのものが<式>である為、着用しているだけで身体が強化されていた。

 だからこのような軽業も可能なのだ。

 

 

 ズシャンッ

 

 

 それでも質量は誤魔化せないのか、着地するとけっこう大きな音がした。

 

 ホテルから足早に遠ざかり、渡月橋の脇に着地すると、

 

 

 「わぁっ?!」

 

 

 そこには見た事のある顔が。

 

 

 「おサル?!」

 「でかっ!?」

 

 

 外の見回りに出ていたネギ=スプリングフィールド……と、オコジョ妖精のアルベール・カモミールである。

 

 

 「あら さっきはおーきに。カワイイ魔法使いさん」

 

 

 少女誘拐した挙句の逃亡の最中だというのに、丁寧に挨拶をするのは余裕なのか?

 外見がナニなサルの着ぐるみにそんな事を言われたら異様に怖かったりするが。

 

 

 「!! こ、このかさん?!」

 

 

 それでもおサルの腕の中に知っている少女…近衛 木乃香の姿を見れば冷静さを取り戻すのは早い。

 

 千草がここに着地する直前までネギは携帯で明日菜と連絡を取っており、木乃香が誘拐された事を既に聞いている。

 ナニが何だか解からないが、このおサルの人が彼女を誘拐した犯人であることに間違いは無い。

 

 素早く携帯用の小さな杖を懐から取り出し、魔法を紡ぎ出すネギ。

 

 

 「お待ちなさいおサルさん!!

  Ras tel ma scir magist…もがっ」

 

 

 だが、相手は(これでも)戦闘経験のある術者だ。

 

 無詠唱魔法ならともかく、普通の魔法など詠唱を止めれば何て事も無いのを知っているのである。

 

 

 彼が唱え終える前に小ザルの<式>を放たれて口を封じられてしまった。

 

 いくら雑魚の<式>とはいえ、この程度の事なら一々命令せずともさせる事が出来る。

 実に基本的ながら効果的な妨害行為である。

 

 そんな簡単な妨害に引っかかって行動が阻害されている子供教師に対し、他愛も無い……という嘲りに似た眼差しを送り、

 

 

 「ほなさいなら」

 

 

 千草はほくそ笑んで、少年を無視して立ち去……ろうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 「本邦初公開……

  サイキックソーサー猫だまし(強)!!」

 

 

 

 

 パ ァ ア ア ア ン ッ ! !

 

 

 

 「わ、わぁっ?!」

 

 「きゃあっ?!」

 

 

 突如として発生した閃光と衝撃。

 

 まるで無防備だった千草……と、ネギ(ついでにカモミール)はマトモにそれを喰らって視界を完全に奪われてしまい、『眼が、眼がぁっ!!』とどこかの天空のモニョモニョに出てくる悪役っぽく混乱状態。

 

 

 『な、なんだ?! 何が起こったってんだ?!』

 

 

 眼を眩ませたままのカモも焦る。

 

 そりゃ閃光弾みたいなものが突然目の前で弾けりゃ彼だって焦るだろう。

 

 

 「ウキ?!」

 

 「ウキャッ?!」

 

 「キーっ!!」

 

 

 そしてネギにしがみ付いていたサル達が突如として離れて行く。

 

 無論、誰の目も見えないので何が起こっているのかサッパリだ。

 

 少年の足元に舞い落ちてゆくのはデフォルメされたサルのシルエットの紙。

 その紙、一枚一枚に串が刺さっている。

 

 実は団子の串によって撃墜されているのだが、目は見えないし、見えたとしても果たして解かるかどうか……

 

 

 「今のはかなり便利でござるな?」

 

 「いや、実は空中でタイミング合わせるのが大変なんだよ。

  外れたら単なる攻撃だし、相手に当たったら人間だったらまず死ぬし。

  どっちかって言ったら、その串手裏剣の方が役に立ってるよーな……」

 

 「お互い様でござるよ♪」

 

 

 混乱する三人(?)を無視したかのような呑気な会話。

 何だか聞いた事があるよーな気がしないでもない語尾のついた少女の声にネギは首をかしげる。

 

 その間にもその気配は素早く近寄って来ていた。

 

 

 −サイキックソーサー猫だまし− とは?

 

 横島108の小技と言われているものの一つで、今の技は何とか思い出したその中の一つである。

 

 要は左右の手にサイキックソーサーを出し、投げつけて空中でぶつけ合って距離を置いたサイキック猫だましを行うというものだ。

 何せサイキックソーサーを投げつけてぶつけ合うのだから、普通のサイキック猫だましより出力が高く、衝撃も閃光も格段に大きい。それでいて霊的なモノ以外には殺傷能力が無いのだから素晴らしい技だと言えよう。

 

 尤も、青年が言っているように、ぶつけ合うのを失敗してしまうと単にソーサーを二つ投げつけただけとなってしまい、相手をまず間違いなく殺傷してしまうという欠点もあった。

 他にコントロールする方法があったかもしれないが、記憶が中途半端にしか残っていないので、これ以上の事には使えない。

 記憶が完全では無い弊害がこれである。

 

 

 「く……だ、誰や?!」

 

 

 それでも、

 

 

 「くくく……誰でもエエやろ?」

 

 

 それでも、かかる状況では最適だったと言えるかもしれない。

 相手は無力化されているし、何よりもこの青年が……横島忠夫が人質にされている木乃香に当てる事だけは決して無いのだから。

 

 

 「おぉ……何か悪モノっぽいでござるな」

 

 

 横島の零したセリフに対しての少女の——楓の感想も納得だ。

 

 

 いや——?

 

 事実、横島は陵辱系エロゲの主人公のような笑みを浮かべて千草ににじり寄っていた。

 

 

 確かにこの後に続く尋問を容易にする為の悪人の演技も確かに混ざってはいるのだが、横島も千草の被害者である。

 コイツらの所為で彼は鼻血を吹いて三途の川のほとりである賽の河原で死んだじーさんとオクラホマミキサーを踊らされたり、脱衣婆の孫娘(半裸の上、けっこー可愛かったらしい)と野球拳に勤しんだりする破目になったのだ。

 尚且つ楓の全裸という超絶お宝映像を拝見して解脱しかかるというピンチに陥らされている。

 

 ここは一丁、責任を取ってもらわねばならないだろう。

 

 そりゃあもう、敵としてたっぷりと。幸いにも大人の女だし!!

 

 

 ぬたり……

 

 

 ものごっつ不穏なオーラが漏れ広がり、千草はおろかネギまでもが震え上がる。なんか横島の氣に慣れている楓は苦笑するだけであるが。

 

 

 幸い……というか、不幸にもと言うか、千草は大人でありなかなかに美女である。

 

 そう、着ぐるみのセンスは最悪であるが、見てくれはかなり良いのだ。

 

 

 「くくく……アンタは新幹線で売り子をしていたねーちゃんだな?」

 

 「な……?!」

 

 

 −横島Eye−

 

 これまた横島108の小技の一つである。

 出会った人間(注:美女のみ)は霊的に見忘れない——を持ってすれば容易い判別である。

 

 着ぐるみに包まれていようがその霊波までを隠す事は不可能なのだ。

 ……ある意味視姦であるからセクハラなのは言うまでもないが。

 

 そんな高い能力を無意味な事に惜しげもなく使用している術者がいるなどと千草が知る由もなく、彼女は横島の眼力にただただ脅かされるのみ。

 

 その怯えの表情がまた横島を昂らせる。

 

 

 「さぁ、アンタは他に仲間はいるのか? どんな美女美少女なんだ?

  正直答えてくれたら……………まぁ、只では済まさんぞ」

 

 「な、なんやのそれ?! そんなん選択肢とちゃいますえ!?

  ほな、正直に答えへんかったらどうなさるおつもりなんどすか?!」

 

 「決まっとるやろ? 小鳥の様に囀るよう、エロエロ……もとい、色々としちゃうのさ……

  淫魔も跪いて泣いちゃうくらい18禁……いやさ、21禁は間違いないだろー事を!!

  多分、読んでてくださっている皆様も解禁はお待ちだろう。

  ご要望にお答えするのが義務だと思わんか?」

 

 「そんな義務いややーっっ!!」

 

 

 女子中学生の魅力に転びかけた(手遅れ気味?)八つ当たりであることは言うまでも無い。

 

 千草は知らないだろうが、これはつまり横島がこの世界に来て今まで溜まりに溜まった煩悩を喰らうという事なのだ。

 そんな目に合わされたらサキュバスですら足腰立たなくなっちゃいかねない。人間なら言わずもがなである。

 

 

 「ひぃいいい———っ!!」

 

 

 それでも自分に絡みつくような横島のオーラに、本気と書いてマジと読むほどの気合を肌で感じてしまい、その嫌悪感から千草は本気の本気で怯えて悲鳴を上げた。

 

 

 「HAHAHAHAHAHA! 泣け——っ!! 喚け——っ!!

  本当は自白させたり心を読んだりする方法は持ってるが絶対に使ってやらん!!」

 

 「変態——っ!!」

 

 「ふはははは!! 言われ慣れとるわ——っ!!」

 

 

 何せ眼が見えていないのだからその恐怖は一入である。

 

 人質でも使えば良いものを千草は意識を失っている木乃香を抱えたまま怯えてオロオロするばかり。まぁ、解からんでもないが。

 

 

 そんな完全にイっちゃってる横島を見ながら、楓は止めどころを計っていた。

 今までならそれは間々ならなかったであろうが、現在の楓ならそれが出来る。

 

 同じ女として本当にエロエロな事をされるのは勘弁してあげたいが、尋問する事には賛成だ。

 

 確かに横島はロクデナシであるが、本質的には善人なので傷つける事はできないだろう。

 だが、敵に対しまで甘さは持ち合わせていない。だから女の目線で見て止めてあげねばならない。

 

 

 尤もそれは敵であろう千草の為なんかではなく、他ならぬ横島の為に——だが。

 

 

 「く……なめんな——っ!!」

 

 

 流石に切羽詰った所為か、京女とは思えないほど声を荒げ、丸っこい手で式符を取り出して横島の声のする方向に投げつけようとする。

 

 だが、

 

 

 「甘〜〜い」

 

 

 符の力が発動する前に横島の右手が光に包まれ、手甲状になった霊力が素早く伸びて札を奪い取った。

 

 くしゃ…と他愛無く握り潰され、込められていた力すら蒸発してしまう。

 

 楓はその無造作に奪い去った手際と、闘う為に使われている霊力の収束力に『おぉ…!!』と感心している。

 

 

 「な、何や?! ウチの札が……」

 

 

 風の様に素早く奪われた事は感覚で解かった。

 だが、どのように間合いが詰められたかまでは全く感知できなかった千草はただただ驚愕するのみ。

 

 視力は幾分回復してきてはいるのだが、ボンヤリとしか見えていない分、余計に恐怖を感じていた。

 

 

 「ふふふ……その程度ではオレの“栄光の手”の閃きには勝てんぞ……

  さぁ〜〜て……その邪魔っけな着ぐるみを脱ぎ脱ぎしましちゃいましょ〜ね〜〜」

 

 「ヒィ〜〜〜っ!!!??」

 

 

 薄らぼんやりと見えている横島の右手。

 鬼火のように淡く光っているそれをわきわき動かせているのが何とも恐ろしい。

 

 その人攫いのオジサンを彷彿とさせる変質者的なセリフに、千草は童女の様なみっともない悲鳴を上げて後ずさる。

 あ〜あ……やり過ぎでござるよ……と、楓が止めさせようとした時に、千草の救いは思わぬところからやって来た。

 

 

 「ネギ先生!!」

 「ネギ−っ!!」

 

 

 千草の悲鳴を聞きつけたのだろうか、駆けつけて来たのは二人の少女。

 

 その二人の少女の声によって横島の邪悪モードが拭われ、ノーマルモードへと表情が戻っている。流石に少女らに向ける淫猥さは(まだ)持ち合わせていないのだから。

 

 

 「あれ? あの娘は……」

 

 

 うち一人は見た事があるサイドテールの少女。新幹線内で出会った剣士の女の子だ。

 

 その横を駆けて来る少女も横で眼を眩ませたままの少年と一緒にいたツインテールの女の子。

 

 という事は、このネギを心配してホテルから飛び出して来たのだろうか?

 

 

 「隙あり!!」

 

 ボンッ!!

 

 

 エロ意の波動が薄まった横島の隙を突くのは千草でも容易い。

 

 一瞬の隙を突いて符を地面に叩き付けると、唐突に符は破裂して真っ白い煙を放って全員の視界を奪う。

 

 

 「しまった!!

  やっぱりさっさと(不適当な言動の羅列故、百行ほど削除いたしました)すればよかった!!」

 

 

 余りといえば余りのエロいセリフをうっかり耳にしてしまい、その駆けつけて来た二人の少女……刹那や明日菜はおろか、楓までもが顔を真っ赤にしてしまう。

 

 だが、木乃香が攫われているままなのでここで留まっている暇は無い。

 

 

 「しゃーない……追うぞ!!」

 

 「し、承知!!」

 

 

 視界を奪われようと霊気を追える横島と、氣でもって追跡が出来る楓の二人が煙幕を物ともせず、白煙から飛び出して千草の背を追った。

 

 

 刹那と明日菜は不運にも完全に煙にまかれている。今の状態では追う事はおろか自分の向いている方位すら確認できまい。

 

 そして二人がネギに気が付いたのは、川風によって煙幕が晴れた後の事だった。

 今は閃光で眼を眩ませていたネギを介抱している。

 

 

 「ネギ先生?! このちゃ……いえ、お嬢さまは?!

  それにあの二人は一体……?!」

 

 

 刹那から言えばそちらの方が重要だ。

 

 そんな彼女の剣幕に、ケホケホと咳き込みはしているのだが怪我は全く負っていないのでネギも直に息を整え、今解かっている事だけを簡単に二人に伝えた。

 

 

 「このかさんはあのおサルの人に捕まったままです。

  そしてあの二人は何者なのか解かりません……

  急にやって来てあのおサルの人に……そのぉ……エ、エッチな事をしようとしてましたし……」

 

 「「はぁっ?!」」

 

 

 確かにネギにとっては唐突に現れた“二人組の”痴漢の様なもの。

 眼が見えていなかったから尚更そう思ってしまっていた。

 

 

 「それってまさか……あの二人って痴漢なの?!

  で、でもあのサルの人に対してって……ひょっとしてホンモノの変態っ?!」

 

 「そんな……では、お嬢さまが!!??」

 

 「よく解からないんです。唐突過ぎて……でも、あまり味方とは思えません。何故なら……」

 

 

 横島にとって慣れ親しんだ方法はネギなどにとってはインチキで卑怯で反則である。

 

 己より強いモノとばっか闘い続けさせられていたのだから甘い事を言ってられず、正直言って不意討ち闇討ちが当たり前であった。

 だからこそ、まだまだ子供であるネギがそれを受け入れられる訳が無い。

 

 そして、その疑惑に拍車を掛けているのが横島のセンスだ。

 

 

 怯えさせて尋問を滑らかにする為に悪者の演技をしたのであるが、ノリにノってしまい悪人に成りきってしまっていた。

 

 そして、横島の霊能力であるハンズ・オブ・グローリーもその疑惑に更なる追い撃ちを掛けていた……

 

 

 「あの男の人ですけど……呪術具を使ってました。あんな道具を使っている人がまともとは思えません」

 

 

 “栄光を掴む手”という意味で名付けられたそれであるが、この世界の一般的な魔法知識によれば罪人の手を切り落とし、ロウ漬けにして作る呪術具なのだ。

 

 当然ながら魔法学校を優秀な成績で卒業したネギはその事を知ってしまっていた。

 

 

 「そんな…このか!!?」

 「く……っ お嬢さまっ!!」

 

 

 ギリリと歯を食いしばって姿を消したであろう方向へと駆け出す三人。

 

 何だかエラい勘違いされているよーな気がしないでもないが、それでも気合だけは入ったようである。まだまだ解決には程遠いようであるが……

 

 

 

 

 

 

 そして————

 

 

 

 

 「お、おのれ関西呪術協会め………」

 

 

 ここに一人、西側に対して強い怒りをもらしている少女が一人……

 

 

 絨毯を引っ掻くように蹲り、身体をプルプル震わせている様子からも、その怒りの強さが窺い知れる。

 

 

 「折角……

  折角、事が進みそうだったのに……また振り出しじゃないか……」

 

 

 フロントの物陰で肩を震わせていた真名は、ゆらりと立ち上がって怒りの矛先を西の刺客へと向けていた。

 

 今一歩で現状が進展すると思われた矢先、西の刺客によって木乃香が誘拐され、事が事だけに楓と横島は冷静さを取り戻して元の呼吸と距離に戻ってしまったのである。

 

 要は襲撃という事件が起こった事によって“頭が冷えた”というわけである。

 

 

 「また私がイライラせねばならんのか……胃に穴を開けろとでも言うのか?

  許さんぞ……西のやつらめ………」

 

 

 ゴゴゴゴゴ…… と怒りのオーラを発しつつ外を睨みすえる真名。

 

 そのオーラは京都らしく仏像……不動明王を思わせる、それはそれは怖いものであったそうな——

 

 

 

 こうして千草が全く与り知らぬ所で、彼女は凶悪な敵を生み出していた。

 

 

 だが、その事に気付くのは……もっと先の事である。

 

 

 

 





 注意:
 <サイキックソーサー猫だまし>及び<横島Eye>はオリジナルスキルです。



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後編

 

 人は恐怖に駆られると尋常では無い力が出せるという——

 

 火事場のクソ力というのがそれに相当するのだが、今彼女が凄まじい速度で駆けていられるのは一重にその底力のお陰である。

 

 

 「待て——っ!!」

 

 

 背後から投げつけられた声にビクンっと過剰に反応し、慌てて振り返ったのだがその追跡者の姿が目に入り、何者であるかが理解できると途端にその怯えが薄まってゆく。

 

 

 声の主はカワイイ魔法使いと彼女自身が称した子供とひよっこ剣士、それによく解からない少女という妙な三人組。

 

 小脇に抱えた木乃香お嬢さまの関係者である。

 

 

 そう、“アレ”ではないのだ。

 

 

 追っ手の“普通さ”に彼女はホッと胸を撫で下ろしていた。

 

 

 しかし——

 

 

 

 

 「 ど こ さ 行 っ た ぁ あ あ 〜〜 っ ?

 

        あ っ ち か ぁ あ あ 〜〜 っ ? 」

 

 

 

 

 その魔界の沼から響いてくる様なおどろとおどろしい声に腰から怖気が駆け上がって来て、自然足が速くなった。

 主に性的な恐怖から。

 

 

 マズイ!!

 ナニがマズイって、捕まったら確実に貞操の危機だ。

 

 いや、その程度で済めば良い方だろう。

 何と言うか……ヒトとして無くしてはいけないナニかを永遠に失いそうなのだ。

 

 失うのが乙女やらナニやらで済むとゆーのなら御の字だろう。

 だが、その程度ではないはずだ。

 

 

 もーなんと言うか……女の終わりというか、物体と化されてしまうというか……

 兎に角、想像の限界を遥かに超えたとんでもない目に遭わされるに違いないのだ。主にエロい意味で。

 

 

 「ひぃいい〜〜〜〜っ!!!」

 

 

 だから逃げる。必死に逃げる。

 己の全てをかけて駆けに駆けて駆けまくっていた。

 

 

 「 そ っ ち か ぁ あ あ あ あ 〜〜〜〜 っ ? 」

 

 

 地獄の底から響いてくるような声に、そのサルの<式>を身に纏った女性……千草は心の奥から怯えまくっていた。

 

 それでも挫けかけた心を最後の力で奮い立たせ、『逃げなあかん逃げなあかん逃げなあかん逃げなあかん逃げなあかん……』とぶつぶつ呟きつつ必死に足を動かしている。

 

 

 

 

 

 「……何やら酷く怯えていて手が付けられないようでござるな」

 

 「う〜む…脅しすぎたか?」

 

 「まぁ、フツーなら誰だって嬲り尽くされると思うでござろうな。拙者とてそう思うでござるよ。

  それにその姿は……」

 

 「何か変か?」

 

 

 そう問い返す横島。

 

 直に飛び出したものだからあの時のままの浴衣姿で、握り締めていたバンダナをキッチリ額に巻きなおしており、それだけなら別にどうという事は無いだろう。

 

 

 が、横島は人目について余計な混乱を生まないようにと余計な気を使って楓から頭巾を借りて顔をスッポリと覆い隠し、例のバンダナを何故かその上から巻きなおしているのだ。

 その上、何故だか知らないが懐中電灯を腰に一つぶら下げている。その青っぽい光がまた鬼火のように見えて恐ろしさに拍車を掛けていた。恰も幽霊兵士が如く。

 

 

 はっきり言って、見紛う事無き怪人である。

 

 

 「贔屓目に見ても変質者でござるよ?

  おまけにその気配……普通の婦女子ならば捕らえられれば最後、陵辱は必至。そう捉えるでござろうなぁ……

  あの逃げ足の底力はそれに対する恐怖から出ているのでござろう」

 

 

 でなければ楓や横島の足から逃れられるわけが無い。

 

 

 「失礼な!! このオレがめったにそんな酷い事をするわけが無いだろう?!」

 

 「……すると、時たまならするという事でござるか」

 

 「揚げ足とるの禁止!!」

 

 

 敵の襲来によって何時もの空気とノリを取り戻していた二人は、怒涛の勢いで障害物を飛び越え、地を蹴り空を駆けて千草の後を追っていた。

 

 二人してノリツッコミを当たり前の様に行える距離に心地良さを感じ、それを味わいつつ——

 

 

 状況は最悪であるというのに、楓は不思議と感謝してもいいような気がしていた。

 

 

 『まぁ……それでも木乃香殿を攫った事を許すつもりはないでござるが……』

 

 

 楓は近衛と横島から凡その話を聞いている。

 

 同級生であり、大切な友人である木乃香をくだらぬ諍いに巻き込もうとする動きがある……と。

 

 確かに楓とて忍の端くれであるから、そのややこしい裏の考えも解からぬ訳ではない。

 ——訳ではないのであるが、飽く迄もそれは西の一部の言い分であり、そんな勝手な言い草に耳を傾ける義理は彼女には無い。

 

 背を向けて必死に逃亡しているのは単に自分の友人を害する犯罪者にすぎないのだ。

 

 

 楓のその眼が針のように光り、瞬間的にその右手の指の間に団子の串が四本現れる。

 ひゅ…っと風を切る音も軽く投擲された串であったが、充分に氣が乗った串のその勢いは凄まじく、サルの着ぐるみの肩や太股の部分を見事に抉り取っていった。

 

 

 「ひゃあああ————っ!!??」

 

 

 その抉られた部分から力が抜けたのか、足を滑らせて千草は転がってしまう。

 

 それでも完全に運から見放された訳ではないらしく、一応の目的地である嵐山駅には到着していた。

 

 

 「く、くぅうう……っ」

 

 

 千草は力を振り絞って木乃香を抱えて改札口を飛び越えて構内と逃げ込んでゆく。

 

 そして後を追って二つの影が駅へと飛び込み、ネギ達もそれに遅れて改札を飛び越えて行った。

 

 

 その逃走劇まだ終わりを見せないようである。

 

 

 

 

 

 

————————————————————————————————————

 

 

 

                ■七時間目:猿の湧く所為 (後)

 

 

 

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 「く……っ どこに隠れやがった?」

 

 

 不思議な事に、駅の中に入った途端、横島はサルの着ぐるみ……千草を完全に見失っていた。

 

 何と横島Eyeという裏技をもってしても霊波が何かに惑わされて追尾できないのである。

 

 

 「これは……気配が察知し難くされているようでござるな。

  しかしそうなると何かのカラクリが……」

 

 

 その事に気付いた楓が辺りに眼を配ると、駅の構内のあちこちに妙な符が貼り付けられているのが目に入った。

 

 いや、駅名のプレートの上にもペタリと人払いの符が貼られているのであるが、それ以外にもベタベタと惑わしの符の様なものが多量に貼られているのだ。

 

 だがそれらをよく見ると、人払いの符は丁寧に真っ直ぐ貼られているのであるが惑わし符の方はかなり歪な角度で貼り付けられているのが解かる。

 それらから如何に彼女が慌しく作業を行ったかが見て取れた。

 

 よほど変質者(横島)が怖かったのだろう。

 

 

 「おのれチョコザイな……」

 

 

 だが逆に横島はこーゆー抵抗にあうと燃えるのだ。正しく変態。

 

 それにこの程度で慌てふためく人間ではない。

 

 何せこの横島忠夫。存在自体が反則であり、雇い主の教育によって『卑怯でけっこーメリケン粉』を地でいく男なのだ。

 

 こんな事もあろうかと……と呟きつつ、横島は懐から歪な人型に切られた符を取り出した。

 

 その符には穴が穿かれており、楓はそれを見てその符が式符で、先程自分がしとめたものである事を理解する。

 

 

 はたして彼はその符でナニをしようというのか?

 

 

 横島はニヤリと底意地の悪そうな笑みを浮かべると、その符を掴んだまま右手を袂に隠してなにやら氣を収束し始めた。

 

 興味深げに見守っていた楓であったが、直にその収束してゆく波動に眼を見張る事となる。

 

 ギョッとするとはこの事だ。

 

 確かに今まで楓は横島の氣の収束を何度も目の当たりにしているし、本気になった“栄光の手”もさっき改めて目にする事ができた。

 

 だが、今行われているこれは氣の収束度が桁違いなのである。

 

 一体何をしているのかさっぱり解からなかったのだが、そんな無言の時も僅か数秒。

 懐から右手を出した時、楓は更に驚かされてしまう破目となった。

 

 

 「ウキ?」

 

 

 何と横島のその右手にはサルが握られていたのだ。

 

 

 「な…っ?! それは……」

 

 

 そう——先程、楓自身が仕留めたはずのサルの式が元の姿で横島の手の中にいた。

 ご丁寧にも楓が串で開けたであろう腹の穴の位置にはバンソーコーが×の字に貼られてたりする。

 

 

 「さぁ、あの眼鏡ちゃんの式神よ。このオレをあのねーちゃんのいるところに導くのだ!!」

 

 

 何だか偉そうにそう言って横島はサルを放す。

 状況がサッパリ解かっていないサルであったが、独り(一匹)だけ取り残されている事に気付くと慌てて駆け出してゆく。首に何時の間にやら猿回し宜しく縄が括られているが。

 それでも頑張って主を目指しているのか、列車の方に向って駆けていた。

 

 

 「そっちか」

 

 

 ニヤリとして後を追う横島。

 

 式返しというものは、その式でもってそのまま返す事も出来る。

 横島は反則の技で持って先程の式を『治』『療』し、それを行ったのだ。

 

 <式>というペーパーゴーレムであるからして、『修』『復』でもよい気がしないでもないが、横島的に言えば式も“生きている”のだから『治』『療』なのだろう(だからバンソーコーが腹にあった)。

 “珠”の使用にはイメージが大事なのだから、目的はアレであるが、彼は本気で<式>を『治』『療』しようと念じたのだろう。

 その辺りに横島の人の良さが滲み出ている。

 

 尤も、楓がそんな事を知る由もなく、一瞬で他人の式を組みなおして式返しを行った……と思われる横島の技量に只々驚くのみ。

 

 

 そんな二人が駆けて行く先で、一本の車両が動き出そうとしていた。

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 「ぜー…ぜー…ぜー…」

 

 

 満身創痍とはこの事であろう。

 

 着ぐるみのあちこちには楓によって穿かれた穴があり、下に着込まれているのだろう衣服や地肌がその穴から露出している。

 何せいくら<式>とはいえ着ぐるみは着ぐるみ。まだ花冷えもあろうこの季節でも、全力疾走なんぞすれば流石に汗だくだ。

 穴によって肌が冷やされてはいるが、そのお陰で中途半端に汗が冷えて気色が悪い事この上も無い。

 

 呼吸を荒げたまま、ふと脇に寝かせてある木乃香に眼を落とす。

 

 いや、苦労は散々したのであるが作戦自体は成功している。

 護衛どもを出し抜き、ターゲットである木乃香お嬢さまを奪取できたのだから、やったでーと胸を張っても良いだろう。

 

 

 にも拘らず素直に喜べないのはなぜだろう?

 

 何というか……余計な苦労まで背負い込まされた気になってくるのは……?

 

 

 

 タ、タン……っ

 

 

 

 どびくぅっ!!

 

 

 線路を走る音に混じって何かに後方の車両に飛び降りられた音が聞えたような気がして、目にも哀れなほど千草はうろたえた。

 

 カタンカタンと音を立てて走り続ける列車の音に混ざり、確かに別の音が聞えたのだ。

 

 

 そしてその恐怖を煽るかのように何かが駆けてくる音。

 

 

 「ひ…ま、まさか……」

 

 

 ペタリと座り込んで思わず後ずさる千草。

 

 タタタと駆け寄って来る確かな足音に生理的な恐怖が蘇って身体が小刻みにカタカタと震えてしまう。

 

 その事を情け無いと思う前に、本能が恐怖を訴えているのだ。

 

 

 『立たな……立って逃げな……』

 

 

 と座席の角に手を掛けて立とうとするも、器用だったはずの丸っこい着ぐるみの手がズルリズルリと滑って上手く立てない。

 

 半泣きで焦って立とうとする様は、B級ホラーで殺人鬼に追い詰められた一般ピーポォーのそれを彷彿とさせられる。

 

 

 「ひぃ…」

 

 

 と、小さくなって怯えた千草の視線の向こうで、

 

 この車両のドアが遂に開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガラ……ッ!!

 

 

 「待て——っ!!」

 「このか——っ!!」

 「お嬢様——っ!!」

 

 

 しかしてそこから現れたのは、大切な親友である木乃香を奪回すべくここまで追ってきた明日菜とネギ、そして幼馴染である刹那達の三人であった。

 

 

 「……なんや……あなた達どすか……」

 

 

 千草は心底胸を撫で下ろしたという。

 

 

 

 

 

          ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 「甘ぁあい……」

 

 

 ニタリと笑った横島は、そのまま列車の屋根の上を駆けていた。

 

 唐突に何を言うでござるか? と首を傾げる楓を他所に、彼は器用にパンタグラフを避けつつ、風の抵抗を物ともせずに只ひたすら女を求め……もとい、木乃香を救出すべく屋根を駆けている。

 

 

 言うまでも無く彼の脳裏に浮かんでいるのは捕らえた女術者を尋問するビジョン。

 

 ここでの詳細はマズ過ぎるので控えるが、そりゃあもう蜘蛛の糸ならぬ荒縄で雁字搦めにされた千草は、あーんな事やそーんな事をされていたりする。

 その結果は、小鳥のように囀る牝一匹……てな具合だ。

 

 ぶっちゃけ単なる妄想であるが、相手が不埒な敵であるのだからある程度以上の行為をしたってバチは当たるまい……という自分勝手な欲望が魂を焦がし欲望を滾らせているのだ。

 

 まぁ、本気の本気で相手をそういう目に遭わせるというのなら横島の力をもってすれば逆に簡単な事だったりする。

 だが実際にはヘタレである事もあってそこまで非人道的な行為はできまい。そこら辺は実に彼らしいと言えるが。

 

 楓はというと、そんな彼の事をある程度以上理解できてはいても、横島の煩悩の深さにまで何となく気付いているので今一つ信じ切れていなかったりする。

 だから彼が無理矢理コトに及べば止める気満々である。尋問自体には賛成であるが。

 

 

 ただ、楓は横島が行うかもしれない非人道的行為を止めようとしているのは、誘拐犯である千草に女として同情しているからではなく、その行為を行った後で自己嫌悪に陥るであろう横島を心配しての事。

 

 彼女とて裏の世界を知る者。

 大切な友人を“利用”しようとする輩にまで配る気遣いは持ち合わせていないのである。

 

 

 そんなズレた思惑と思いやりを抱えたまま、二人は車両から車両へと屋根の上を駆けていた。

 

 当然の様にここには障害らしい障害は無く、急に高さが変わる送電線にさえ気をつけていれば左程難しくなく駆ける事ができている。

 

 

 「んん……? あのボウズも乗って来てるぞ」

 

 「ほぅ? 思ったより早いでござるな」

 

 

 前方の車両。

 直前の車両に寄り集まっている五つの気配。

 

 その中の三つはネギと明日菜、そして刹那である。

 となると残りは千草と木乃香であろう。

 

 当然の様に横島の笑みは深くなった。主に歪みで。

 

 

 「ふはははは……追い詰めたぞ、眼鏡ちゃん」

 

 「……見紛う事無き悪者でござるな……」

 

 

 何だかまたテンションが上がった横島には、ある程度以上慣れたはずの楓でも流石に縦線を顔に浮かべてしまう。

 

 しかしそんな楓の眼差しなど何のその。

 眼の前に置かれた肉塊に飛び掛る飢えた獣宜しく、横島は無意味に跳躍してその車両の窓へと飛び込……

 

 

 ゴビュ——ッ

 

 「ぶはぁっ?!」

 

 「横島殿?!」

 

 

 ……もうとした矢先、唐突に窓の隙間から水が噴出し、正面から衝突した彼は吹っ飛ばされてしまう。

 

 

 ごんっ

 

 「ぶっ?!」

 

 

 独楽の様にキリキリ宙を舞い、後の車両の角で頭を打つ横島。その一発で意識は簡単に刈り取られていた。

 

 コメディ映画のようなアクションに一瞬呆気にとられた楓であったが、そこはそれ忍の端くれである彼女。直に気を取り直して後方に飛び、最後尾から線路に落下しかかっていた横島の足に縄を巻きつけて思いっきり繰り寄せる。

 

 

 ごすっ

 

 「おごっ!!」

 

 「あ……」

 

 

 だがそこは転んでも只では起きない男、横島忠夫だ。

 足を引っ張ってもらった勢いによって最後尾の車両の窓で顔面を打つというお約束も忘れていない。

 

 更には顔面を強打するという事で意識を取り戻すというリアクションまでやってのけたではないか。正にお笑い心を見失わない“漢”である。

 

 

 「うごごご……」

 

 「ああ……も、申し訳ござらぬ。横島殿っ」

 

 「あ、ああ……いや、な、何のこれしき……」

 

 

 ズリズリと縄を引っ張って屋根の上に上げてもらい、己の失態を謝罪する楓に対し、無理に笑顔を作って親指を立てる横島。

 だくだくと零れる鼻血が痛々しいが、ギャグ体質故か左程のダメージでは無い。

 

 痛い事は痛いのだが、この程度なら職場でしょっちゅう喰らっていたのだし。主に自業自得で。

 それに彼女は自分を助けようとしてくれただけで、顔面強打は単なる事故である。だから楓が気に病む必要は無いのだ。

 

 

 それに今現在は八つ当たりの対象がいてくださるのだし。

 

 

 「オノレ…西の眼鏡ちゃんめ……一回や二回で済むとは思うなよ……」

 

 

 何の回数? 等と問い掛けてはいけない。

 

 

 楓はというと、何だか気遣ってもらった事を自覚してしまったのかそのエロい呪詛の声は聞えていないようだ。なんとも運が良い(悪い?)少女である。

 

 

 そんなラブコメちっく(?)な匂いをわずかに漂わせた時、何故か水で満たされている前の車両にも動きがあった。

 

 

 

 −斬空閃!!−

 

 

 

 「何だ?」

 

 「……む?」

 

 

 電車の揺れとは違った衝撃が屋根にも伝わり、車両全体がぶるると身震いを起こす。

 と同時に、前の方の車両内部で泡の様なものが弾け、最前部まで水が雪崩れ込んでいるのが見えた。

 

 

 「あのボウズが何かやったのか?」

 

 

 鼻血をキレイに拭った横島が首を傾げつつ立ち上がる。

 それに合わせるかのように列車は減速を始め、金属を擦り合わせる音を立てて車両はゆるりと駅に停車してゆく。

 

 体感での移動時間は大した事は無かったのだが、もう京都駅だ。

 

 

 「わ——っ」

 

 「キャー」

 

 

 ドアが開いた瞬間、中に充満していた水が流れ出し、ネギ達もその水と共に流れ出る。

 

 

 ゲホゲホと水を吐いているのは千草。

 着ぐるみである分、水に沈み易かったのだろう。

 

 全員、全身濡れ鼠であるが、刹那は既に体勢を整え、剣に手をかけ直にでも斬り掛かれるよう身構えている。

 

 

 「み、見たかそこのデカザル女。

  いやがらせはあきらめて大人しくお嬢さまを返すがいい」

 

 

 投降の勧告であるが、そんな物を受け入れるつもりが僅かでもあるのならこんな暴挙には出まい。

 

 

 「ハァハァ……なかなかやりますなぁ。

  しかし、このかお嬢さまは返しまへんえ」

 

 

 その敵である女性の口から語られた『このかお嬢さま』という言葉に訳の解かっていなネギと明日菜が戸惑いを見せた隙に、千草は濡れたホームを蹴って三人から遠ざかる。

 

 

 「あ、待てっ!!」

 

 

 刹那は左手の愛刀−夕凪−を握る手に力を込め、素早く立ち上がって千草を追い、その背をネギと明日菜が追いかけた。

 

 濡れて着ぐるみも重くなったであろうが、スタート時間とコンパスが違う所為もあってかなかなか追いつけない。

 それでも三人は必死になって駆ける。

 

 

 刹那はネギらに関西呪術協会の中にあった不穏な動きや、木乃香を利用しようとしている裏の動きを語って聞かせた。

 

 説明を聞いて憤慨する明日菜らの声を耳に通しつつ、刹那は自分の迂闊さに唇を噛む。

 

 彼女も、そして木乃香の祖父たる近衛も状況判断が甘かったと言わざるをえない。

 裏でかなりキナ臭い動きを見せていたとはいえ、魔法の秘匿という認識があった所為でまさか修学旅行中に誘拐に及ぶとは思っても見なかったのである。

 

 

 確かに関西呪術協会は元々裏の仕事などを請け負っていた組織で、目的の為に手段を選ばない強行策に出る可能性もあった。

 刹那が習い憶えている剣術……神鳴流は、関西呪術協会の護衛として付く事もある。だからそういった事を知っていたはずなのに……

 

 慙愧の念をも噛み締めつつ、地を蹴る足の動きを更に強めて行った。

 

 

 まぁ、実際にはその可能性を見逃していなかった近衛はちゃんと横島という鬼札と楓という補佐を用意してあるのだが、刹那にはそれは語られていないのだ。

 

 理由は色々あるが、木乃香の件で異様に気負っている刹那に急に信じて一緒に行動しろというのは無理があるし、性根がどれだけ良かろうと普段の行動が行動なので確実に足並みが整わない事は目に見えていた。

 だからもうちょっと間を置いて……という気遣いが裏目に出ていた。それが平和ボケといえばそれまでなのだが。

 

 

 

 

 あまり無茶な逃亡をし過ぎた所為か、着ぐるみはもう限界に来ていた。

 

 仕方なく千草は式を符に戻し、階段の上で子供らを待ち構える。

 

 お陰で何とか追いつく事に成功した三人は、千草が新幹線内にいた売り子である事に驚きつつも、木乃香を奪回すべく無謀にもそのまま突っ込んで行く。

 

 

 当然、こんな暴挙に出ている千草に対応手段が無い訳があるまいに。

 

 

 「お札さん お札さん

  ウチを逃しておくれやす」

 

 

 ボウンッ!!

 

 

 駅前の長い階段のど真ん中に、突如として“劫火”が出現した。

 

 その形、真上から見れば『大』の文字。

 

 飛びかかった刹那はその大の文字の股の間に突き進む形で炎に巻き込まれようとしていた。

 

 

 「うあっ!!」

 

 「桜咲さん!!」

 

 

 だが間一髪で明日菜が引き摺り戻し、事無きを得る。

 

 

 高さといい、火力といい、二人のか弱い少女ではどう足掻いても超えられるとは思えない。

 千草はやっと余裕を取り戻し、笑みを浮かべられるようになった。

 

 

 「ホホホ……

  並の術者ではその炎は越えられまへんえ」

 

 

 ほなさいならと言い残し、その場を去ろうとする千草。

 少女らの背後でそうはさせじと子供教師が風の魔法でその炎を吹き飛ばさんと詠唱を始めたの瞬間。

 

 

 

 

 

 

 「ほほぅ? だったら火ぃ『消』したらええんやな?」

 

 

 

 

 

 

 「は?」

 

 

 突如として投げかけられた声に千草の足が止まる。

 

 驚いて振り返った千草が見たものは、呪符でもって出現させた炎の壁が消え去る瞬間。

 

 電灯のスイッチをパチリと切ったかのように、符術【京都大文字焼き】が消滅したのである。

 

 ほんの一瞬の間で、並の術者ではどうする事も出来ないはずだった炎の壁が消え去リ、何事も無かったかのような階段の風景がそこに広がっていた。

 

 

 「な……っ なぁっ?!」

 

 

 ハッとして子供らに眼を向けるが、その子供らも呆気にとられているようで動いた様子は無い。

 いやそれ以前に何の力の波動も感じられなかった。

 

 となると第三者がここに来たという事に……

 

 

 

 

 

 「ふっふっふっ……

  追 い 詰 め た ぞ 眼 鏡 ち ゃ ん 」

 

 

 

 

 

 人気が無い所為か異様に響くその声にギクリと硬直する千草。

 

 見とうない。見とうない……と思いつつも首が勝手に動いてしまう。

 ギリギリとゼンマイ仕掛けのように首が回り、カラクリ人形の目のように何となく不自然に眼が“それ”に向いてしまい、

 

 

 「あ…………ヒィイイイ〜〜〜〜っ!!!」

 

 

 何だかよく解からない駅前のモニュメントの上、

 風に浴衣をはためかせた所為でトランクスまでバッチリ見せている、覆面で顔を隠して懐中電灯を腰からぶら下げている謎の男……

 

 つい今さっき、自分を穢そうとした恐るべき存在を、

 

 さっきとは違い、バッチリ視力が回復している千草は、360度どの方位から見ても完璧かつ徹底的な変態怪人を、

 

 

 ハッキリクッキリと目に焼き付けてしまった。

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 「へ、変態……っ」

 

 

 流石の明日菜もその姿に引いてしまう。

 

 いや術を使うとか、魔法を使うとかいう輩に対しても多少の怯えというものは持ち合わせていた。

 それを持ち前の根性で無視し、或いは振り切って、足を踏ん張っていたのだ。

 

 だが、上に立っているそれは明らかに“別物”だ。

 

 生理的な怖気をそこに感じてしまうのも無理も無い。

 

 

 「誰が変態じゃ!!

  オレは単にあの眼鏡のおねいちゃんに口で表現するのも身悶えするくらい恥ずかしい行為をしたいだけの好青年だ!!」

 

 「ドコが好青年よ!! アンタみたいのを世間一般で変態っていうのよ!!」

 

 「しゃらっぷ!!」

 

 

 その何だか泣き声に近い怪人の声によってネギも再起動を果たし、刹那と明日菜の前に出で庇うように立ちはだかる。

 

 

 「む……?」

 

 

 その子供の男前な行為には何だか微笑ましいものを感じないでもないが、何だかとってもコンチクショーなモノも感じてもいる怪人……あ、いや横島。

 何せネギは確実に将来を約束されたイメケン顔である。横島的に言えば無理もなかろう。

 

 

 「へ、変な事はさせませんよ!!

  あなた方が誰であろうと、アスナさんや刹那さん、このかさんは僕の大切な生徒で……大事な友達です!!」

 

 

 だから守ってみせると魔力を高め、ギンっと横島と千草を健気にも睨みつけていた。

 

 その眼差しを真正面から受け、横島は内心、

 

 

 『うお〜〜……言ってる事はごっつ好ましいのに、ものごっつ腹立つんは何故?!』

 

 

 と地団駄踏んでいたのであるが、そこは大人。

 外見的には全く不動心を見せ付けつつ意味も無く胸を張り、勢いだけで強気なセリフを口走った。

 

 

 「ふふふ……このオレが“じょしちゅーがくせー”なんぞほしがるとでも思ったか?!

  舐めるな小僧!!!」

 

 

 ビシィ!! とネギを指差してポーズを極める。

 姿が姿なので全然様にならない事は言うまでも無い。

 

 

 「?! このかお嬢さまの魔力を狙った輩ではないというのか?!」

 

 

 刹那はどうせ変態を装っているだけと思っていたので驚きを見せていた。

 

 

 だが、ここにズレがある。

 

 

 確かに千草やネギ等の常識から言えば木乃香は凄まじい魔力を秘めた逸材である。

 

 が、この変た……もとい、横島の“非常識な常識”から言えば木乃香の魔力量など左程珍しいものではなかったのだ。

 

 よって、

 

 

 「ハッ!! この程度の魔力を持つ女の子などオレの周囲には掃いて捨てるほどおつたわ!!

  大体“魔力”なんぞオレが求めると思うてか?!」

 

 

 と彼は声高らかにそう言い放った。

 

 ただ、その対象は大体は神族だったり魔族だったりするし、殆ど決戦兵鬼と言っても過言ではなかった蜂や蝶や蛍の化身らもその範疇である。何せ彼女らのペットですらA級GSの百倍近い霊力をもっていたのであるから比べる方がどうかしているのだ。

 まぁ、彼もその彼女らのペットだった時期があるのだから自分の位置と等しく思うのも無理は無いという説もあるが。

 

 

 それに——横島は魔力が欲しくて女を求めるような腐った人間ではない。絶対に。

 

 女を求めたら力が付いて来た……というのがパターンだったのだから。

 

 

 「「な……っ?!」」

 

 

 そんな裏事情を知る訳も無い人間……特に千草と刹那は彼の言葉に驚いていた。

 

 木乃香の力の大きさは以前から関西の本拠地でも噂だけとはいえ相当上っていたのであるが、そんな物はどうでもいいと言い切られた上、身の回りに沢山いると言われたのだから。

 

 

 「じ、じゃあアナタは何が目的なんですか!?」

 

 

 皆の思いを代弁するかのようにネギが叫んだ。

 

 その言葉を待っていたかのように、横島は(無意味に)胸を張って千草を指し示す。

 

 

 「決まっているだろう? あのねーちゃんだ!!

  例えどんな力を秘めていようと“じょしちゅーがくせー”なんぞに興味は無いっっ!!」

 

 

 ええ、ございませんともさ!!! と千草を指差して言い切るその姿の力強さは凄まじかった。

 

 それが単に自己弁護だという事に気付く者が出ないほどに……

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 後頭部にでっかい汗を垂らしつつ、楓は物陰から様子を窺っていた。

 

 隠れる必要は無いと思われるかもしれないが、ここまで手の込んだ誘拐をする輩なのだから、二手三手と用意を整えている可能性がある。

 だから楓ちゃんはヤバイ手が使われないよう見張っててくれ。そう横島に言われれば納得して従う他無かったのだ。

 

 とはいえ、こんなセリフの応酬を見てしまうとセクハラを妨害されるのを防ぐ為に遠ざけられたとしか思えない。

 それでも彼が自分を説得してきた時の言葉も納得できてしまうし……

 

 

 『うう〜〜む……卑怯と見るか慧眼と見るか、未だ判断が難しいでござるな……』

 

 

 と悩む事しかできないのが現状である。

 

 

 そんな彼女の目の先では横島が高笑いを上げながら千草に飛び掛からんとしているシーンが見えていた。

 

 瞬間、楓の額にビキリッと音を立てて血管が浮かびあがる。

 

 後でオシオキでござる……等と呟いた楓の右手。

 何時の間にか握り締めていたクナイが軋んでいた。

 そこまで怒る必要があるのか? と問われれば返答に困るのだが、幸いにもそんな質問を投げかけてくる者はそこにはいない。

 

 物陰ツッコミの達人になりかかっている友人はまだホテルの中であるし。

 

 それでも楓は横島に言われた通り、周囲に気を配り続けていた。

 敵の援軍が出て来なければ覚えておくでござるよ……等と本末転倒な事を考えながら……

 

 

 

 当たり前と言えば当たり前であるが、横島の怪奇な行動によって意識の全てが彼に向けられている為、千草はネギ達の動きに気を配りきれなかった。

 よってその隙にネギは仮契約カードの力を使って明日菜の底上げを余裕で行えている。

 

 

 「契約執行 180秒間!!

  ネギの従者 『神楽坂 明日菜』!!」

 

 

 カードによって繋がれているネギから注ぎ込まれた魔力が明日菜の身体に行き渡り、その身体が魔力によって淡く光った。

 元々の身体能力が一般人からかけ離れている明日菜だ。魔力によって底上げされた能力は計り知れない。

 

 

 「さ、桜咲さん 行くよ!!」

 

 「え……あ、はいっ!」

 

 

 その明日菜の勢いによって気を取り直し、刹那も木乃香を奪回せんと階段を駆け上がってゆく。

 

 

 「木乃香は攫われるし、変態は出てくるし……さっきの火だって下手したら火傷しちゃうじゃない!!

  なんで私の周りでこんなフジョーリな事ばっか起きんのよ!!」

 

 

 と憤慨頻りである。

 

 千草から言えば『あんなんと一緒にせんといて!!』であろうが、友人を着ぐるみに攫われた明日菜から言えば五十歩百歩であろう。

 

 

 「そこのバカ猿女——ッ!!

  このかを返しなさ——い!!」

 

 

 自分の符術をアッサリと退けて襲い掛かってくる第三者の恐怖によって千草は反応が遅れていたのであるが、明日菜の怒りの波動によって何とか再起動を果たし、既に用意してあった符を発動させる。

 

 

 それと同時にネギもカモに促され、懐からカードを取り出すと、

 

 

 「アスナさん!! パートナーだけが使える専用アイテムを出します!!

  アスナさんのはEnsis(ハマノ)Exorcizans(ツルギ)!!

  武器だと思います!! 受け取ってください!!」

 

 「ぶ、武器!? そんなのがあるの?

  よ、よーし、頂戴、ネギ!!」

 

 

 明日菜にそう断りを入れてからそのカードの力を発動させた。

 

 

 「Exerceas potentiam 神楽坂明日菜!!」

 

 

 カードに宿っている力がネギに紡がれたワードによって発動し、明日菜の手の中へとその力が収束し、具現してゆく。

 

 その力の波動は、流石の明日菜も期待を持ってしまうほど。

 

 

 横島も何やら強そうな力を感じ、戦闘(?)中だというのに思わず少女のその手の中に現れた得物に目を奪われた。

 

 

 Ensis(ハマノ)Exorcizans(ツルギ)とは、

 MINISTRA MAGI ASUNAと銘打たれたアーティファクトの逸品。

 

 ……その形状は正に……

 

 

 −ハリセン−

 

 

 であった。

 

 

 「な、何コレー?!

  ただのハリセンじゃないのー!!」

 

 「あ、あれー?

  おかしいなー……」

 

 

 当然のように文句を言う明日菜に、ネギもただ慌てるばかり。

 

 そんな明日菜の持つアーティファクトに何やら強いシンパシーを感じている横島であった。

 

 

 

 

 「神楽坂さん!」

 

 

 だからと言って状況が止まるわけもなく、明日菜より先んじていた刹那の声に促され、彼女はそのままヤケで突っ込んでゆく。

 

 

 『ええ——いっ 行っちまえ姐さん!!』

 

 「も——っ!! しょ——がないわねっ!!」

 

 

 と彼女の肩に乗っているカモが煽り、その後押しを受けて明日菜は大きく振りかぶって千草に踊りかかった。

 

 何せ物がハリセンだ。おもいっきり張り飛ばした所で死にはすまい。

 彼女が自分のド外れた腕力を計算に入れていないことは言うまでもないが。

 

 

 だが、そんな余計な心配は無用である。

 

 

 ズシンッ

 

 

 唐突に質量のあるモノが出現し、迫り来る刹那の刃と明日菜のハリセンを受け止めたのである。

 

 

 「クマーッ」

 

 「ウキッ」

 

 

 いきなり出現したモノ……それは刹那の剣を爪先で受けたクマと、

 明日菜のハリセンを白刃取り……しようとして失敗して頭で受けたサルの巨大な式であった。

 

 

 「うわった…!?

  何コレ? 動いた!? 着ぐるみじゃなかったの!?」

 

 「さっき言った呪符使いの善鬼護鬼です!!」

 

 

 「え? ソレが?」

 

 

 突如として使用された式符に驚く明日菜にそう説明する刹那であったが、横島的には彼女のセリフに首を傾げざるを得ない。

 

 いや、彼とてGSという特殊職の端くれ。

 いい加減にしてほしいくらい超一級の式神使いとは仕事を一緒に……というか押し付けられた事だってある。

 

 しかし悲しいかな、式神使いとの出会いからして既にトップクラスで、式神といえばその超一級で名門中の名門の式神使いの大家が伝え続けている専用の式神、<十二神将>がデフォルトなのだ。

 尚且つ、それに次いで目にしているのは夜叉丸というこれまたトップクラスの式神。

 

 当然、横島は善鬼護鬼とかいうのだから、ヴァ○ュラ・オーンとかしそーな外見だと予想していた。

 

 だから目の前にいる善鬼護鬼を名乗る式神が出現したのだからなど、そりゃ力が抜けようというもの。

 独学で式神を生み出した根暗学生の方が(外見的には)スゴかったという気さえしてしまう程。思い出すと何だか尻に痛みが走るが。

 

 

 「 が お ー っ 」

 

 「んでもってオレにはコレかい」

 

 

 横島の方にも当然の様に式神が襲い掛かってくる。

 

 その形状は何だかユーモラスなライオンの巨大ぬいぐるみで、たてがみの部分が何だかモコモコしていてドーナツっぽい。

 しかしそんな見た目とは裏腹に、その力は本物のライオンより強かったりする。

 

 それでもゲート前での戦いの時の襲撃者が使っていた式神の方がずっと強そうだった。

 

 

 ——いや、それでも油断は禁物だ。その事で雇い主にも散々怒られていた事。

 

 外見はアレであるが、ひょっとしたら名前の通り、善鬼護鬼の名に恥じないパワーを……

 

 

 ズシャッ!!

 

 「あれ?」

 

 

 ——持っていなかった。

 

 何せ“栄光の手”による爪の一薙ぎで還してしまったし。

 

 

 「弱っ?!

  なんだこりゃ。式の練り具合が最低じゃねぇか。ひょっとして姉ちゃんは素人か?」

 

 

 余りの呆気なさに思わずそうもらしてしまい、ふと少女らに眼を向ける。

 

 

 ボッ!!

 

 

 明日菜と対峙していたサルもハリセンの一撃で還されているではないか。

 

 

 「あんな素人のハリセンで還るっつー事は……

  な〜んだ弱いと思ったらやっぱり素人か」

 

 

 というか、横島の栄光の手の能力と少女の能力がド外れているだけである。

 

 

 「んなっ?! ウチの獅鬼と猿鬼がこんなあっさりと……」

 

 

 横島は……いや、ここにいる者全員が気付いていない事であるが、明日菜はマジックキャンセラーという稀少能力を有している。

 だから一撃で式符という“術”が還されてしまったのである。

 彼の霊能力は言わずもがなだ。

 

 

 そんな事を知る訳も無い横島は、勝手に(十二神将や夜叉丸と比べて)霊力の収束度が低い式神を見て千草を素人だと判断していた。

 千草にしてみれば世界トップレベルの式神使いと一緒にされたら堪らないだろう。

 

 で、当の彼女はというと、目の前で起こされた理不尽さに呆然とするのみ。

 

 

 「さてと……眼鏡ちゃん?」

 

 ドびくぅっ!!

 

 

 頭巾によって隠されているが、間違いなくその布の下で横島はニタリと笑っているだろう。

 

 

 「火傷する前に大人しくする事をオススメしちゃうぞ? で、なきゃあ……」

 

 

 カッシャカッシャと剣呑そうな音をわざと出させ、霊波の爪を蠢かせて脅す。

 

 

 「ちょっち痛いよぉ〜……? 慣れたらキモチいいかもしんねーけど……」

 

 

 「ひぃっ!?」

 

 

 ぶっちゃければ降伏勧告である。であるのだが……そーゆー事を言われて降伏する事等できようか?

 降伏すればどのようなエロゲ的な陵辱行為が待っているか解かったものではないのである。

 

 

 とは言うものの、千草は逃げ様も無いほど追い詰められていた。

 

 何せ今、明日菜に倒された<猿鬼>にしても、横島に倒された<獅鬼>にしても弱い部類の式神では無いのである。

 見た目はナニだが、呪符使いを守る為に生み出したボディーガードなので、善鬼護鬼の名を持つそれらが弱い訳が無いのだ。

 

 にも拘らず怪人……はともかく、少女の一撃によって還されている。

 

 それで心が折れそうになっているのも、まぁ、当然と言えよう。

 

 

 慌てふためいている千草は兎も角、明日菜は素早く刹那と相手を代え、自分はクマのぬいぐるみを模した式を相手にしだす。

 

 そして刹那は素早く千草の元へと駆け出した。

 

 何せ例の怪しげな怪人がそこにいるのだ。敵意は無いと言われてハイそーですかと信じるわけにもいかないのである。

 

 

 「このかお嬢さまを返せ——っ!!」

 

 

 使命感より何より、自分の想いを持って地を蹴った。

 

 相手は既に座り込んでおり、怪人ににじり寄られて隙だらけなのだ。虚を突く以前にそのまま打ち倒せそうである。

 

 

 しかし——

 

 

 

 「え〜〜い」

 

 

 ものごっつ気が抜ける掛け声と共に、刹那に刃が迫った。

 

 一瞬、躊躇したもののそこは剣士。下から掬い上げるように剣を振って刃を打ち止める事に成功する。

 

 金属が打ち合う、ガキンっという重い音を立て、双方は衝撃によってふっ飛ばされた。

 

 衝撃は同等であったろうに、おもいきりゴロゴロ転がってゆく襲撃者。

 

 

 「きゃあああああ」

 

 

 という悲鳴も気が抜ける。

 

 

 刹那はその剣筋から襲撃者が神鳴流の使い手である事を理解し、冷たい汗が出るのを感じていた。

 

 が……

 

 

 「どうも〜〜〜

  神鳴流です〜〜〜

  おはつに〜〜〜」

 

 

 気の抜ける言葉使いそのままに、襲撃者はフリフリのロリータファッションに身を包んだ少女だった。

 

 

 「え……? お……お前が神鳴流剣士?」

 

 

 流石に面食らったのだろう、刹那は言葉を失っている。

 

 

 「はい〜〜〜♪

  月詠いいます〜〜

 

  見たとこ、あなたは神鳴流の先輩さんみたいですけど、護衛に雇われたからには本気でいかせてもらいますわ〜〜」

 

 

 刹那の混乱などどこ吹く風。

 月詠と名乗った少女剣士は、ちゃっかりと可愛い帽子を被ったままそう言ってチョコンと頭を下げた。

 

 時間さえ深夜でなければ似合っていたかもしれないが、今は夜であり、尚且つ彼女の両の手には長刀と小太刀が握られている。剣呑な事この上も無い。

 

 

 こんなのが神鳴流か……とぼやきも入るが気を抜くわけにもいかない。何せ自分の一撃を止められた上、手に伝わった衝撃は本物だったのだから。

 

 しかし、

 

 

 「つ、月詠はん!! ほんな小娘や相手にせんと、こっちの変態をたのみます!!」

 

 「え〜〜〜〜?」

 

 「え〜〜? やあらしまへんっ!!

  こっちの方が難物なんどす!!」

 

 「誰が乾物じゃ!!」

 

 

 干しワカメの様に聞こえたアホは置いといて、千草にとっては刹那より何より目の前の横島の方が脅威。というかバケモンである。

 

 だからせっかく応援に駆けつけた月詠に対して怪人迎撃を命じてしまうのも仕方の無い話だろう。

 

 しかし月詠としてはそんな胡散臭い怪人の相手なんかより、目の前にいる神鳴流剣士という使い手と死合いたい。

 何せこれほどの獲物とはそう滅多に出会えたりしないのだから。

 

 

 「っ…シッ!!」

 

 

 だが、それを好機と見た刹那が月詠に斬りかかった。

 

 のた〜〜っとした月詠であるが、刹那が思っていたより反応が早く、意外にも今一歩の踏み込みが浅くされてしまう。

 だがその距離はそれほど不利ではない。

 何せ刹那は神鳴流の伝統通りに野太刀を使用しているので、踏み込みすぎると月詠の間合いに入ってしまうのである。

 

 

 「はう〜〜〜 これやったら行けませ〜〜ん♪」

 

 

 それでもよほど楽しいのだろう。

 月詠は千草の援護に行けないと嬉々として言い放ち、刹那との死の舞踏に酔い痴れてゆく。純粋に刹那と戦い……死合いたいのだろう。

 

 そんな少女剣士に対して眼をナルト状態にグルグル回して混乱しつつ叱咤を続ける千草。

 斯かる状況でそんな隙はいただけない。

 

 

 「…Ras tel ma scir magister…」

 

 

 ボソリと聞こえた声に慌てて振り返るも一歩遅い。

 

 

 「風の精霊11人!! 縛鎖となりて敵を捕らえろ!!」

 

 

 そう、ここには魔法攻撃ができる少年がいたのである。

 

 

 「ああ、しもた!! ガキを忘れとった−!!」

 

 「もう遅いです!!

  SAGITTA-MAGICA. AER CAPTURAE!!」

 

 その矢の数、呼び出した精霊の数と同じく11本。

 それらが弧を描きつつ景気良く千草を捕らえんと襲い掛かっていった。

 

 慌てた千草は手近にあったものを盾にして我が身を守る。

 

 

 「あひぃっ!! お助けー!!」

 

 

 AER CAPTURAE——『戒めの風矢』なのだから殺傷能力は無い。しかし千草がそんな事を知る由もなく襲い掛かる魔法の矢に対して恐怖感から咄嗟にとった行動だった。

 

 

 

 

 

 「え?」

 

 「……あ」

 

 

 手近にいた者……即ち、

 

 

 「うっわ〜〜〜〜っ!!!

  し、縛るんはええけど、縛られるんはイヤ〜〜〜〜っ!!!」

 

 

 横島だった。

 

 

 ギュルギュルギュル……ときつめに身体にまとわり付いてくる魔法の力。

 その力によって横島はぐるぐる巻きに縛り付けられてしまったのである。

 

 

 「はぁ、はぁはぁ……た、助かったんどすか……?

  あは、あははははは、あはははははははははは!!

  助かったんや!! ウチは助かったんや!!」

 

 

 ありがとーっ ボウヤーっ!! てなノリでネギに対して涙すら流して無上の感謝と愛の念を送る千草。

 尤も、横島を魔法で縛り付けた当のお手柄少年としてはどう反応して良いやら解からないが。

 

 

 「あ、え、え〜〜と……」

 

 「うふふ……ほんま、ボウヤには感謝しますえ? でも、それはそれ、これはこれどす。

  お嬢さまは頂いていきますわ」

 

 

 余裕を取り戻した千草は恩人(ネギ)に対して実に恩知らずな事をほざき、木乃香を抱え直す。

 ネギがはっとして周りを見ると、明日菜はクマとの戦いで苦戦しており、刹那も月詠に手間取っている。

 足止めをしてくれそうなものはいない(変態さんはネギが動きを奪ってしまってるし)。

 

 こうなったら僕が魔法で……と呪文を紡ごうとすると、

 

 

 「おっと、下手な事したらお嬢さまに当たりますえ?」

 

 

 木乃香を盾にするではないか。

 

 どうやら横島を盾にして助かった事で人質を利用する事を思いついたらしい。

 

 

 「な…っ?! 木乃香さんをはなしてください!!

  卑怯ですよ!!」

 

 

 当然ながら抗議を入れるもそれは追い詰められた遠吠えだ。

 敗残者の言い訳に過ぎない。

 

 

 「ふふん? 甘ちゃんやな。人質が多少怪我するくらい気にせず打ち抜けばえーもんを」

 

 

 そう言ってせせら笑う千草。

 

 だが、いくら気を抜けたとしても油断し過ぎるのはいただけない。

 

 

 「そうか? ンなことしやがったらオレがヌっころすぞ?」

 

 「う…く……っ そういうたらまだ兄さんがおりましたな」

 

 

 ごく身近にその声を聞き、恐る恐る振り返る。

 

 やっぱり拘束されたままなので内心ものすごい安堵の溜息を吐く千草。

 

 

 「そ、そんな姿で何を言わはるんどす? 今のアンタに何ができる言うつもりどすか?」

 

 

 それでもなけなしの勇気を振り絞ってそう虚勢を張るが、内心はドキドキだ。

 何せどーやっても不安が拭い去れないのだから。

 

 

 「ふ……この程度の戒めが何だっちゅーんだ?

  この程度の戒め、このオレが初めて喰らったとでも思うたか?

  自慢じゃねーが鎖で縛られた挙句に海に蹴落とされた経験のあるオレからすれば……」

 

 

 人はそれを自業自得と言う。

 

 それは兎も角、そんな事をほざきつつ霊力を高めてゆく横島。

 何せ彼のお得意は反則である。“ある技”を使用すれば直に『脱』け出せるのだし。

 

 ただ、“珠”の生成法が“以前と違う”だけである。

 

 

 「な、何を……?」

 

 

 急に巻き起こる不可思議な力に、気を張っただけの気持ちが萎えかけてしまう。

 

 いや、仮にも千草は呪符使いなので“霊気”は知っていた。

 そして横島から発せられるのは間違いなくその霊気を伴った代物である。

 

 だが決定的に違う事がある。

 

 それは“質”だ。

 

 霊気とは生きているものや意識を持ったもの、そして生きていたモノがもつ波動の様なもの。

 しかし横島から発せられているものは似て異なるものなのだ。

 

 魂が持っているモノから酌み出される力。霊力。

 横島ら霊能力者はその霊力を駆使して魔法と同等の奇跡を起こしているのである。

 

 そして“この世界”しか知らない千草は、流石に気と魔力の中間のようなエネルギーにはお目にかかった事が無い。

 

 

 その戸惑いは決定的な隙を生んでしまった。

 

 

 「退けぇっっ!!!」

 

 

 千草の意識が逸れた事を見止めると、乾坤一擲と言っても良い程の気合でもって刹那は太刀を振るう。

 当然ながら斬り結んでいた月詠には、腕はともかく“氣”合では圧勝している。

 

 その一撃で月詠の二刀でのガードごと彼女を吹き飛ばし、背後を振り返りもせず千草に迫る。

 

 

 「このか——っ!!」

 

 

 その勢いを受けたか、明日菜もハマノツルギでもってクマ式の頭を吹き飛ばし、やはり突拍子も無い脚力でもって千草に迫った。

 

 

 「FLANS!! 」

 

 

 そしてネギも、

 

 

 「EXARMATIO!!」

 

 

 隙を逃したりしない。

 

 

 「なぁ〜〜〜ッ!?」

 

 

 武装解除の呪文が発動し、正しく風花のように千草……と木乃香の衣服が弾け飛ぶ。

 

 

 それでも千草は何とか体勢を立て直し、術を使おうとするも、

 

 

 スパーンッ!!

 

 「あた——っ!?」

 

 

 明日菜のハリセ……いや、ハマノツルギによって<守りの護符>をぶち抜かれて失敗。

 頭部を強打されたことと、護符が効かなかった事で意味を失ってしまう。

 

 こうなったら必殺の呪符でもって……と奥の手を出そうとしたその瞬間、

 

 

 秘剣——

 百花繚乱!!

 

 

 怒りに燃える刹那の剣が、その符と共に千草を弾き飛ばしてしまった。

 

 

 「あぷろぺら——っ へぶっ!!」

 

 

 奇声を上げてすっ飛び、壁まで叩きつけられてしまう。

 

 捉えて千草の背後を洗おうとの判断の為であろう、刹那の剣には殺傷能力はなかった。それと護符の残りがあったお陰であろう、千草には怪我そのものはなかった。だが、ダメージが全くない訳ではない。

 

 呪符も切れたし、何より足元はふらついていてとてもじゃないが戦いなど続けられようも無い。

 

 それに……

 

 

 

 

 「……ち…し……も」

 

 

 

 

 「はぁはぁ……な、なに……?」

 

 

 異様な気配を感じ、息を荒げ、胸を隠したまま辺りを見回す千草。

 

 

 そして、見た——

 

 

 「ひ……っ?!」

 

 

 

 「チチ尻ふともも……」

 

 

 

 頭巾の奥で眼をギュピーンギュピーンと輝かせるバケモ……いや、横島という怪人を。

 

 

 「 尻 乳 太 股 ぉ お お —— っ ! ! 」

 

 

 「あひぃ——っ!!!」

 

 

 ばぎんっ!!

 

 

 ガラスを叩き壊すような鈍い音が響き、ついに横島の自由を奪っていたネギの魔法が木っ端微塵に弾け飛んだ。

 

 

 「なっ?!」

 

 

 眼を見張って驚くネギ。

 

 ついこの前、彼は真祖の吸血鬼と死闘を演じた折、彼女の従者が装備していた結界解除プログラムによって戒めを解かれた事がある。

 だが、今の現象は全くの別物だ。

 

 

 怪人は、何と力ずくで戒めを内から破壊したのである。

 

 

 それは煩悩の集中によってなせる業。

 つーか、霊能力に目覚めた当初の出力でも彼は試合用の結界をアッサリぶち抜いた経験があるのだ。

 この程度の戒めなど、彼の言うように大した事は無いのかもしれない。

 

 

 まぁ、力ずくで魔法をぶち壊されたシーンなど至近距離で見たら堪ったものではないが。

 

 現に千草はまたしてもペタンと座り込んで幼女のように震えてたりする。

 

 

 だが横島のボルテージが上がったのも無理はなかろう。

 何せ“向こう”でも絶対に起こってはならない事が発生したのだ。

 

 

 —色っぽいねーちゃんの全裸になるシーンが目の前で発生した—

 

 

 二十七歳という落ち着きを持った歳であろうと、ちぐはぐな理性を“抱えてしまっている”今の横島の煩悩パワーなら『大人の思慮』などというフタなんぞカップ麺のフタほどの力も無い。

 

 

 そして手負いの飢えたヒグマにも勝る怖いヤツが今、獲物を見つけちゃったのだ。

 

 

 「フー……フー……」

 

 「あ、ひゃ……ひぃ……」

 

 

 正に野獣とエサ。

 

 逃げようにも腰が抜け切っていて、立つより前に粗相が先といった按配。

 

 その構図、毛刈りされた かよわい子羊が血に飢えた手負いの赤カブトと出遭ったようなもの。ぶっちゃけどうしようもない。

 

 大魔神 横っちの前では彼女程度なんぞ単なる小娘という事か。

 

 危うし千草。

 心身共の貞操は風前の灯だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「やれやれ……結局こうなってしまうでござるか……」

 

 

 しかし、その救いは意外なところからやって来た。

 

 「Acta(あくた) est(えすと) fabula(ふぁ〜ぶら).!!」

 

 

 慣れない言葉使いで実にたどたどしくはあったが、その<呪>が紡がれた瞬間、横島のバンダナに縫い込まれている刺繍が赤く輝き、

 

 

 「へ?

  あ、あ゛あ゛〜〜〜〜っ へぶっ!!」

 

 

 横島の気力が全て奪われ、すっ転んで顔面から地面にぶっ倒れてしまう。

 

 

 ボゥン!!

 

 「わぁっ!?」

 

 「きゃっ?! な、何なの?!」

 

 「く…っ?!」

 

 

 唐突な横島の転倒に全員が呆気にとられた瞬間、ネギたちの近くに煙玉が炸裂し、皆の視界が奪われる。

 その隙に飛び出して来た影が倒れた横島をかっ攫うとその場を離れて飛び去っていった。

 

 

 視界を完全に遮った煙幕が晴れた時、後に残ったのは——

 

 ネギと明日菜、剣を握り締めたまま様子を窺っている刹那。

 何者かに当身を食らって眼を回す千草と、眼鏡を捜しまわっている月詠。

 

 そして、刹那の腕の中で無事を確認する事ができた木乃香……の六名のみ。

 

 

 「え、え〜〜と……これって……」

 

 「ま、まぁ、何にせよ、このかは助かったわけ……なのかな?」

 

 「……そ、そうだ! お嬢さま!! このちゃんっ!!!」

 

 

 慌てて刹那の腕の中で意識を失い続けている木乃香にネギと明日菜は急いで駆け寄っていった。

 

 

 

 

 

 

 ——木乃香誘拐事件“第一夜”は、こうして未遂に終わったのである。

 

 

 

 

 




 再修正版の七時間目、終了です。お疲れさまでした。

 千草の貞操は無事に済みましたが、ホントはもうちょっとピンチにするルートでした。止めましたが。
 以前にも書いたんですが、この夜の話、削ってはいけないシーンと何とか削ってもいいシーンがあるので仕分けで散々悩んだ話でした。
 何せ話の元サイズは其々が100kbを軽〜く超えてましたしね。

 横っち大活躍でしたらネギが弱体化しますから、是か非でも戦わせなきゃいけませんでしたし、かと言って闘わせすぎると旅行が中止になりかねませんし、ネギが頑張りを見せないと刹那が彼を信用してくれません。
 文を直して直して……こーゆー話になってしまいました。

 次は“あの子”が出る話。
 そんな訳で続きは見てのお帰りです。
 ではでは〜


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八時間目:ヒツジ達の沈黙
本編


 逃した獲物は大きかった——とはよく言うが、眼鏡ねーちゃんという獲物を狩れなかったのはかなり痛かった。

 

 横島忠夫という男は頭に血が上り易い代わりに下がるのも早い。

 よい意味での熱しやすく冷め易いという見本のような男である。

 

 

 が、事が煩悩に関わってくると話は別。

 

 

 横島家の血が呪われている……かどーかは不明であるが、この一族の男は女っ気が無いと死んでしまうかもしれないアホタレな特性を持っている。

 

 そんな血を継ぐ彼は度重なるストレス(外から見ればリア充なのだが)によって疲弊していた。

 

 そしてようやくそれを発散(?)できる対象を見つけたというのにナニも出来ず引っ張リ戻されてしまっていた。一度持ち上げられて落とされたようなものだ。

 

 だからと言ってそのまま突き進んだらシャレにならない。色々と。

 その際にナゾの魔法道具によっておバカに鎮静化させられた訳であるが、少年少女の前でエロ同人的状況に入らずに済んだのは……確かに感謝しても仕切れないだろう。

 実際、楓に対して感謝の土下座衛門と化していたし。

 

 

 しかし煩悩というか、ぶっちゃけ性欲は燻り続けている上、周囲は美少女ばかり。

 それも上級レベルの女の子ばっかが周囲にいるのだから居た堪れない。

 

 

 ——これだけ隙ばっか見せてる方が悪いに決まってんだろ?

   犯られたって文句言わねーよ。

 

 と、本音が囁き、

 

 

 (まてや!! せめて和姦に持ち込なアカンやろが!!)

 

 と悪魔が助言。

 

 

 【お待ちなさい。未成年の少女に罪の意識を持たせてどうするのです。

  ここは一つ、無理矢理襲って自分が罪を被ってやるのも情けでは?】

 

 と天使が提案し、

 

 

 『せ、せめて優しくしてあげましょうよ〜』

 

 と仏心が——

 

 

 「……って、待たんかーっっ!!

  なんやおどれら そろいもそろってオレを陥れようとしくさってからに!!

  幾らその葛藤がテンプレいうたかて限度かあるだろーが!!」

 

 

 ——いやだってよぉ……

 

 『む、無茶ですよぉ』

 【アナタ(ワタシ)が性衝動を止められる訳が無いじゃないですか】

 

 (賭けてもいいですよ? あなたでしたら一年以内に手を出すと)

 

 

 「じゃかぁしっっ!!

 

  オレはそこまで外道とちゃうわーっっ!!」

 

 

 横島(本人)がそう絶叫すると、悪魔やら仏心達は顔を見合わせてアメリカンなジェスチャーで肩を竦め、ふー…ヤレヤレというリアクションを見せた。

 

 

 【自覚なき者は救い様がありませんね。

  あ、ワタシも手を出す方に賭けます。

  最初のお相手は楓サンに……そうですね。負けたらミカミさんに罵詈雑言を浴びせてもいいですよ?】

 

 (むむ? だったら私も賭けを変えて古ちゃん……ではなく、意表をついてまだ見ぬ少女にしましょう。

  その娘とスるのに賭けます。負けたら隊長さんを年増と罵ってさしあげましょう)

 

 「な……っ!?」

 

 ——んじゃあ、オレは最初は3Pに賭けるぜ。負けたら『百合子母さんに罵詈雑言浴びせる』な。

 

 「…っ!!!???」

 

 

 『じ、じゃあボクは、ハーレム作って酒池肉林に……

  えっとぉ……“小竜姫様に向って貧乳と罵る”を賭けますぅ』

 

 「ちょっ、おま……っっ!?」

 

 

 本人が動揺しているのを他所に、大穴だなぁとか、大きく出たな等と和気藹々としている。

 

 ちゅーか全員手を出すと確信しているご様子で、それは横島のアイデンティティの全否定をも意味していた。

 

 それは流石に黙っていられない。

 

 

 「いい加減にせーっっ!!

  オレはそこまで堕ちてへんぞーっっっ!!!

 

  それやったらオレは手を出さんに全賭けじゃあっっ!!

  ンな不確定未来なんぞオレの全てを賭けて否定する!!!」

 

 

 ——『(【あ、それ無理】)』

 

 

 間髪いれず否定する本心たち。

 

 流石にロリ否定という金字塔を全否定されればブチキレるというもの。高級メロンを思い出させるほど筋を浮かべて突っ掛かっていこうとした。

 

 そんな彼の顔の前に掌が突き出され、

 

 

 だって、それ見たらお前の言葉なんぞ信じられんぞ——と告げた。

 

 

 え? と示された指に従って恐る恐る振り返ると……

 

 

 

 

 「ん〜……横島どのぉ……」

 「ろうしぃ〜 えへへへ……」

 

 

 

 

 

   横島が寝ている布団の左右に、

 

 

 

       旅館の浴衣を肌蹴させ、

 

 

 

          明らかに行為に及んだ後の二人の——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「 ぬ わ ぁ あ あ あ っ っ っ っ ! ! ! ? ? ? 」

 

 

 

 思わず叫び声を上げて飛び起きた横島。

 

 追い詰められた兵士宜しく、周囲をせわしなく窺って旅館の布団で寝ていた事に気付き、ようやくホッと胸を撫で下ろしていた。

 

 

 「よ、良かった……夢オチやったんか……

 

  チクショウめパターン化されたネタにかましやがって……」

 

 

 等とブツクサ文句を零してはいるが、えがったーえがったーと涙すら流して安堵しているのだから、どれだけショックが大きかったか解るというもの。

 

 チンケなプライドに縋る事無くヨロシクやってればこんなに苦しまずに済んだものを。

 

 

 「じゃかぁしわっっ!!」

 

 

 ……等と地の文にツッコミすら入れてるのだから相当 追い詰められていたのだろう。

 

 傍から見れば往生際の悪い無駄な足掻きであるし、笑える事なのだが……

 

 

 「大丈夫でござるか? かなり魘されていたでござるよ」

 

 「な、なんとかな……」

 

 

 その焦燥具合を心配したか、横で寝ていた少女も身を起こして彼の背を撫でて介抱する。

 

 その気遣いに礼を言いつつ、彼女が水差しから注いでくれた水を受け取ってそれで咽喉を潤し——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぴゅ〜〜〜と鼻と耳からその水を噴いた。

 

 

 「えと……カエデ……ちゃん?」

 

 「何でござる?」

 

 

 建付けの悪いドアの様にギギギと軋んだ音を立てて少女に顔を向ける……と、やっばり見慣れた楓の姿。

 

 ついでに言うと浴衣の胸元はかなり乱れておりその豊満な胸も露出しているし、虫に食われたような赤い痕もポツポツ見えている。

 

 自分らが寝ていた布団の周囲にはクシャクシャになったティッシュが転がっているし、

 

 

 何より寝ていた布団の中央辺りに——

 

 

 

 

 

 

 

       チョコレート色の染みが………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぬがぁああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!」

 

 

 

 

 

 ——こうして横島は、二段夢オチ(、、、、、)というものを体験したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———————————————————————————————————

 

 

 

               ■八時間目:ヒツジ達の沈黙

 

 

 

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 「——それでは麻帆良中の皆さん。『いただきます』」

 

 

 いただきま——す

 

 

 笑顔でネギが挨拶の掛け声をあげると共に、少女らが一斉に手を合わせてから箸を伸ばす。

 まぁ、それを待たずに調味料に手を伸ばしている少女もいたが、それでも行儀は良い方だろう。

 

 何時もは真面目不真面目を問わず元気が良い3−Aの中で、特ににぎやかな連中が精彩を欠いていた事も一因として挙げられる。

 昨日、音羽の滝の酒混じりの水を飲んでしまった生徒らは二日酔いの所為か、はたまた飲み慣れない物を飲んでしまった所為か定かでは無いが余り騒いでいないのだ。

 

 

 「せっかく修学旅行一日目の夜だったのに。悔し——っ!!」

 

 

 ……いや、騒げなかった為に燻っているのかも……

 

 

 「今日どこ行くんだっけー?」

 「限定ストラップのカワイイのあるかな?」

 「鹿人間はちょっとねー」

 「そー言えば、朝方ヘンな叫び声しなかったー?」

 

 

 等と きゃいきゃいとはしゃぐ黄色い声に苦笑を浮かべつつ、ネギも味噌汁に手を伸ばしていた。

 物思いに耽っている顔はその実年齢より大人びて見えなくもないが、まだ箸に慣れていないのかスプーンで食べているのが何だか微笑ましい。

 

 

 「ネギくん。ちょっと眠そーやな——♪」

 

 「あ このかさん。おはようございます」

 

 

 木乃香の奪回に走り回り、尚且つ闘いが終わった後、壊したものを魔法で片付けたりしてけっこう忙しかったのであるが、自分の仕事をきちんと弁えている彼はそれを顔に出していない。

 それでも気付く木乃香は感心すれば良いのだろうか。

 

 

 「ゆうべはありがとな♪

  何やよーわからんけど、せっちゃんやアスナと一緒にウチをたすけてくれて」

 

 「い…いえ……

  僕はほとんど刹那さんについてっただけで……」

 

 

 訳が解からずとも感謝してお礼を言うのは木乃香の長所だろう。

 

 彼女は裏の事情を全く伝えずに育てられている事もあって大した説明は出来ていないのだが、それでも気にしていないのは人間が大きいのか天然なのか。

 

 ネギの肩でカモも『細かいこと気にしない人で助かるぜ……』と安堵していた。やや呆れもしているが。

 

 

 「……あ。せっちゃん」

 

 

 木乃香がふと顔を上げると、目立たぬよう朝食をとっている刹那の姿が入った。

 

 当然というか、刹那はギクリとしてお盆ごと自分の食事を持ってそそくさと席を立つ。

 

 

 「あんっ 何で!?

  恥ずかしがらんと一緒に食べよー」

 

 

 そして木乃香はそんな刹那を追う。

 

 

 「せっちゃん 何で逃げるん——?!」

 

 「刹那さ——ん」

 

 

 別に恥ずかしがっているわけではないのだが、そんな事を知る由も無い木乃香はお盆を持ったまま刹那を追い、

 昨夜、刹那に離れられた時の木乃香の表情を憶えているネギも刹那を追いかける。

 

 

 「わ、私は別に——……」

 

 

 一緒にいられない説明をする事ができない刹那は、ただ逃げる事しかできないでいた。

 

 

 だが、当人らにとってはシリアス気味で様々な想いを秘めているそれであるが、傍から見れば奇妙で楽しげな追いかけっこに過ぎない。

 

 普段はクールな刹那の慌てふためいている流石の3−Aのメンバーでも見た事が無いらしく、自分らが酔い潰れている間に何か面白そーな事が起こったのだと確信をしたクラスの問題児らは今晩こそ騒ぎまくることを決意するのだった。

 

 

 

 

 

 「へ? 逃げられたでござるか?」

 

 

 そんな騒動が起こっているテーブルよりちょいと離れた席。

 楓は思わずマヌケな声を出してしまった事に気付き、箸を持ったままの手で自分の口を押さえた。

 

 幸いにも誰にも聞き取られていない……というより、刹那らの追いかけっこに集中していたので誰も気にすらとめていないようだ。

 

 ホッとして口から手を離し、楓は話を聞いていた相手にもう一度顔を向けた。

 

 その少女は楓の困惑等どこ吹く風で、落ち着いて味噌汁を啜り、『ちょっとダシの旨みが出切っていないネ』と辛口の評価を下してたりする。

 だが楓の視線に気付くとニッと微笑み、味噌汁の椀をコトリと盆に戻してから口を開いた。

 

 

 「そう……カエデが当身を食らわせ、横島サンをかっ攫って逃げた後、ネギ先生らもアノ女を捕らえようとしたヨ。

  けど——」

 

 

 楓の左側で落ち着いてほうじ茶の入った茶碗に手を伸ばしつつ話す少女……超 鈴音によれば、楓が立ち去った直後に木乃香を誘拐しようとした曲者……千草の足元に水が湧き出し、気を失った彼女と落とした眼鏡を捜し続けていた剣客……月詠を吸い込んでいったのだという。

 

 

 「考えられるのは−水を触媒とした転移魔法−くらいネ」

 

 

 と超は自分の見立てを述べた。

 

 

 「ダシが淡い上にお茶が熱過ぎるヨ!」——と舌を火傷しつつ……

 

 

 そんな超から視線を外し、チラリと刹那を追って走り回っている木乃香の姿を目に入れた。

 彼女は逃げられるという事には辛そうであるが、別に自分を嫌っている訳では無いという事に気付けたお陰だろうか、どこか機嫌が良さそうにも見える。

 

 昔のように仲良く一緒にいられたら……という想いから幼馴染を追い回しているに過ぎない、どこにでもいるごく普通の少女の姿だ。

 しかし横島の話によると、彼女は人間としては(、、、、、、)中々な魔力が秘められているのだという。

 

 穏健派と急進派の派閥争いが関わっている。というのなら、ネギ達が言うようにその魔力を利用しようと企む輩の仕業となるのだが……

 

 最近、鍛え上げられてきている彼女の勘が違和感を伝えてきている。

 何と言うか…その足並みの揃わなさからしっくりしないのだ。

 

 超によれば、水を触媒とした転移はけっこう高等な魔法らしい。

 とすると、関西呪術協会(、、、、、、)が、そんな西洋魔法使い(、、、、、、)を雇っているという事となる訳で、

 

 そうなると関東の魔法協会といがみ合っている理由も噛み合わなくなるし、閉鎖的…と言うほどではないにせよ、伝統を重んじる者達がそんな輩を雇うというのも……

 

 

 「う~む……」

 

 

 段々煮詰まってきたので、楓は頭を振って一度情報を組み直す事にした。

 

 まず、最初の西の妨害工作はヘッポコの一言に尽きる。

 

 しかし、ネギの実力は兎も角として、横島と明日菜の不条理さによって誤魔化されているが、式神の力は決して弱くは無く油断何ぞしてよい相手ではない。

 

 大体、月詠と名乗った剣客の腕も“本物”で、刹那同様に神鳴流の技を使っていたのだが、あの戦い方は刹那のような人対魔ではなく、人対人に特化しているように思われる。

 昨夜あのようなヘッポコな負け方をした以上、次からはもっと慎重に事に及んでくると思われる。ならばに刹那にとってかなり性質の悪い相手という事になるだろう。

 

 そして今、超から聞いた話によると、横島が懸念していたように かなり“やる”であろう実力者の魔法使い(?)も伏兵として潜んでいた。

 

 何が厄介かというとその引き際の良さだ。

 

 あの場に居た中で実は一番厄介な相手である横島は、楓が握っている“暴走対抗手段”によって無力化し、尚且つ彼女がかっ攫って行ったのであの場に残っていたのはネギと刹那、そして明日菜だけ。

 つまり、どれだけ才能があろうと素人二人もいる状況なのだから如何様にも出来た筈なのだ。

 

 

 だが、そいつは撤退を選んだ。

 

 チャンスだったにも拘らず“逃げた”のである。

 

 

 一見して好機なのだが、それでも逃げたのは横島に次いで自分のようなイレギュラーが出現した為に他の傍観者を警戒したのだろう。

 一端退いて他の手を使う(或いは考える)ような冷静さと慎重さを持っているとなると……間違いなくプロだ。

 

 それにもし、あの場に初めから潜んでいたとすると、横島も自分もそんな第三者の存在を知覚できなかった相手となる。

 その上で完全に引き際を見極めて撤退を選んだのだから只者とは思えない。

 

 

 『もしや…あの眼鏡女(千草)の目立ちまくるヘンな行動は何かの陽動だったでござるか……?

  それとも彼女そのものが囮とか……或いは威力偵察……う〜む……』

 

 

 等と、その思惑を探る楓であったが、実のところ相手のちぐはぐな行動が作用しているだけだったりする。

 その上彼女は、何だかんだ言っても経験が足りないので裏を読み切れないのだ。

 

 単に横島にかき回されただけという説もない訳ではないが……簡単に思考が行き詰ってしまうのも仕方のない事だと言えよう。

 

 

 

 ぽんっ

 

 「おろ?」

 

 

 ——と、そんな風に首を捻ってウンウン唸っている楓の肩に誰かが手を置いた。

 

 

 楓が思考を中断し、その手の主の方へと顔を向ける。

 

 

 

 「カ~エ~デ~~……」

 

 「あ……」

 

 

 眼を三角にして自分を睨んでいる中華娘、古がそこにいた。

 

 

 「や、やは、古。何の用でごじゃるか?」

 

 

 考えてみれば同じ班。尚且つ古が班長なのだ。

 同じ席で食事を取るのは当然であり、更にここでこんな話をしているのだから彼女の耳に入るのも当たり前の事なのだ。

 

 それに良く考えてみれば楓は昨夜の事を古に伝えていない。

 

 楓らしくない大ポカであるが、今更言ってもしょうがないだろう。

 その所為で何だか焦ったりしている楓であるが、それを必死に隠して笑顔に努めて問い掛けていた。

 

 ……まぁ、誤魔化しきれるとは思っていないのだが。

 

 

 「私が頭痛でウンウンいてた時に、ナニか老師と楽しそうにしてたみたいアルね~~……」

 

 「え、いや、その、べ、別に楽しいコトしてたわけでは無いでござ……」

 

 「ほぉ~……全然、楽しくなかたと……」

 

 「あ、いや、全然というわけでは……」

 

 

 言ってしまってから『墓穴っ!!』と自分を叱咤するももう遅い。

 

 様子を見守っていた超がおもむろに箸を持ち、かなり行儀が悪いが空になった茶碗を、

 

 

 カ~~~ン

 

 

 と叩いた。

 

 

 「カエデェ~~っ!!」

 

 「わぁ〜っ! で、殿中……もといっ、朝食中でござる!!」

 

 

 茶碗をゴングとして突如として始まった異種格闘技戦。

 

 忍者対拳法家という珍しい好カードに生徒らは色めきたって食券を賭けたトトカルチョまでおっ始めるありさま。

 

 

 その戦いは激怒した鬼の新田教諭の雷が落ちるまで続いたという。

 

 

 

 

 −でも、漬物はおいしいですね−

 

 「そうですね~ 塩分濃度が絶妙です」

 

 「どこの店のモノか調べて直接契約を結ぼうかネ」

 

 

 飽く迄も超一味だけは平和だったが。

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 「あ痛ぁ……

  あのボウズ、眼鏡ねーちゃん逃がしちまってたのか?」

 

 「そーみたいアルよ」

 

 

 そんな事を言いつつ石畳の広がる境内を何だか仲良さげに歩いている二人……横島と古。

 

 古は制服であるが、その横を歩いている横島は又しても飴の力を借りて子供の姿をとっており、子供用のジーンズとTシャツにジージャン。そしてトレードマークのバンダナ姿に何故か水筒を持っている。

 ぱっと見には何だか仲の良い姉弟が歩いているようにも見えてしまう。

 

 女生徒に混じって歩く男の子というものはけっこう目立つが、お子様必須アイテムである水筒を肩から斜めに引っ掛けているので遠足に来た子供かな? 等と勝手に周囲の人間は納得していたりする。

 麻帆良の女生徒らは良くも悪くもあまり深く気にしない性格をしているし、他の人間は通り過ぎるだけなので結局は然程目立ったりしていない。

 ちゃんと手を繋いで歩いている事も一因であろう。中等部の少女と……であるが。

 

 

 横島もこのくらいは……と我慢して手を繋いでいるし。

 

 いや、古と手を繋ぐのがイヤなのではなく、何だかしらないがみょ〜な不安に駆られるというか、何かしらの前兆を迎えそーというか……何だか説明の仕様が無い予感がしていたのだ。

 何か酷い夢見た気もするし……

 それに人前で女の子と手を繋ぐのはちょっと(、、、、)こっ恥ずかしい。まぁ、それは妥協できたのだけど。

 

 幸いにも拳法の修業で鍛えられている少女の手は思っていた以上にゴツゴツしているので然程ドキドキしないですんでいるが、ここに“然程”という表現が混ざってしまっている時点で何だかファール気味で危うい。

 横島の心に住まうジャスティス(ロリ……否定?)も、<仲良き事は美しきかな>と色紙に一筆書いてナスと共に飾ってるし。

 

 

 二段夢オチに続いて、見た悪夢を忘れるというパターンまで踏み、それでいて懲りずにじょしちゅーがくせーと仲良くお手て繋いで歩く事に慣れつつある横島。

 

 ——順調に彼の中でナニかが変わりつつあった。

 

 

 

 

 そんな少女らの周囲を謎の生物が徘徊している。

 

 

 その生物……つぶらな瞳の奥で『何やコイツ。シメんぞゴラァ』とメンチ切っており、

 放っておけば節くれだった物騒な角が生える物騒な野獣で、

 マキビシ宜しくその辺に糞をしまくり、人の通行を邪魔しまくりながら

 『ワれ。エエもん持っとるやないけ。ちょ、ワシに食わしてみいや』という眼差しで持って煎餅を強請る(関係ないが、“ねだる”も“ゆする”も同じ字だなぁ……)獣たち。

 

 そいつらが放し飼い状態で人間に怯える事無く、我が物顔でこの場所をうろつき回っていた。

 

 

 ……いや、ぶっちゃけ鹿であるのだが。

 

 

 

 

 ここは奈良公園——

 

 

 太政官布達により明治13年開園し、正式には『奈良県立都市公園 奈良公園』という。

 

 見た目にもだだっ広いその敷地総面積は502haもあり、一般的に奈良公園と呼ばれているのはこの周辺社寺を含めたエリアの事で、それら(興福寺や東大寺、春日大社や奈良国立博物館等)を含めると総面積は大体660haに及ぶ。

 

 その公園内には多くの国宝指定・世界遺産登録物件等があり、年間を通じて日本国内のみならず外国からも多くの観光客が訪れ、日本を代表する観光地の一つとなっている。

 特に奈良の大仏や鹿は国際的にも有名で、奈良観光のメインとなっており、当然の様に修学旅行生である彼女らのコースにもここは含まれていた。

 

 

 

 

 修学旅行二日目の日程は、この一日、奈良を班別行動で見学する事になっているのだ。

 

 

 幸いネギは木乃香のいる五班と行動を共にしているので後を付いてゆくだけでよい。

 

 だから横島らは親書と木乃香を守護すべく刹那らの後を歩いており、その道々で彼は古から事の次第を聞いていたのだ。

 

 

 「しかし……鈴ちゃんて何モンなんだ?

  魔法使いじゃないらしいけど、“裏”の事も知ってるなんて」

 

 「さぁ? 超は何でも知てるから不思議じゃないアルよ」

 

 「いや、知ってる事自体が不思議なんだけど……」

 

 

 超が何故横島ら“裏”の事を知っているかは定かでは無いが、彼女が昨夜の事を知っていた理由は簡単である。

 “機械”を使って覗いていたのだ。

 

 二つの無音ローターで飛行し、熱光学迷彩と魔法ステルスまで備えた1リットルのペットボトルサイズのカーキ色のイカス奴。

 自律型の小型飛行偵察機、『見える君(ピーピングトム)』。

 考えようによっては科学で作った式神である。

 

 木乃香が攫われた際、異変に気付いた葉加瀬が偵察用に飛ばしたらしい。

 

 超一味はそれを使って様子を窺っていたそうである。

 

 

 「て、偵察ロボなんぞ持っとるんかい……」

 

 「まぁ、超だし。

  ナニ作てもおかしくないアルよ?」

 

 「そ、そーゆーもんなんか?」

 

 

 まぁ、別に魔法の件を吹聴する様子も無いらしいのでその事は良いとしたのであるが、 

 

 

 「……ん? て事は……」

 

 

 そんな偵察機械で様子を窺っていたという事は、当然ながら自分の狂態も見られていたという事で——

 

 

 「んひぃ~~~っ!! お願い忘れて私~~~~っ!!」

 

 「うわっ?! ど、どうしたアルか?!」

 

 「い〜〜〜や〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」

 

 

 流石に頭が完全に冷えてしまえば自分の行為が如何に変態的であったか理解できてしまう。

 テンションが上がり過ぎた事もあり、ハイになっていたと言えばそれまでであるが、ああいう事をやっておいて旅の恥はかき捨てとばかりに記憶が消えてくれるはずもない訳で……

 

 当然、そんな奇行……つーか狂態を女子中学生に見られ続けられたとい事実は横島のシャイでヘタレな部分を責め苛んでいた。

 

 

 カズイ〜〜カズイ〜〜〜っ オレの記憶を消してくれ〜〜〜〜っ!! などとイタイ事を言い出して悶える横島に古はヤレヤレとアメリカンなジェスチャーで肩を竦め、

 

 

 「吼っ!」

 

 ドずむっ

 

 「ぐぼっ?!」

 

 

 脇腹に当身という言葉から程遠い当身を入れ、

 何事も無かったかの様に、白目をむいて失神する彼を引き摺って歩き出したのだった。

 

 

 近くにいた何も知らない一般生徒らがドン引きだった事は言うまでも無い。

 

 

 

 実は横島、昨夜の奇行の所為で楓にかなり怒られている。

 

 セクハラを止められない理由はあまりに説明し辛いので横島はひたすら頭を下げ続ける事しかできなかった。

 だから横島は奥義“天空土下座”から“飛び込み前転トリプル土下座”まで技を繋げ、そのまま這い蹲ってただひたすら謝り倒す事しかできなかったのである。

 

 所謂、<正直、スマンかった>パート2だ。

 

 

 何とか朝方には謝罪を受け入れてくれたものの、その楓は今日は横島の横にいない。

 

 横島は『まだ怒っとるんかなぁ……トホホ』とか思っているようであるが、別にまだ怒りが続いているというわけでは無い。

 単に役割分担を行った為である。

 

 

 楓が本気で駆けると流石の横島でも付いて行けなくなる。まぁ、楓の後姿に萌えたりしていれば話は別であろうが。

 そして横島は護衛……それも対象が女の子となると人智を超えた底力を発揮する。

 

 だから今日の彼女はネギの護衛を受け持ち、木乃香の護衛の“支援(刹那がいるから)”に横島……と古とに役割を割り振ったのである。

 

 幸いにも超達(同じ班の美空は知らんが)は横島の受けた任務まで知っていたので、『ワタシ達の事は気にせず、横島サンを手伝えばいいヨ』と言ってくれている。

 だから気兼ねなく古は横島と手を繋いで一緒に歩いていたのだ。

 

 

 

 ——というのは表向きの事情である。

 

 

 

 真の事情は、

 

 

 「昨日は楓が一晩老師と過ごしたから、今日は私の番アル!!」

 

 

 という事らしい。

 

 何だが人前で言われるとエラい誤解を受けそうなセリフである。

 別のテーブルであり、尚且つネギらの騒動の側にいて聞こえる筈も無いのに、早乙女ハルナの眼がギュピビーンと光っていた気もするし。

 

 

 しかし楓からしてみればそれは単に言い掛かりだ。

 

 別に横島とそんな艶っぽい事はして……………無かったはず。

 

 

 いや? アレは…………

 いやいやいや、あれは……違うでござる。

 そう、違うでござるよ?

 アレはただ……ええ〜〜と……その、何でござろう。そう、アレ。いや、そーじゃなくて……」

 

 

 「アレって何アルか〜〜っ?!」

 

 「ぬぅっ?! ウッカリ声に出してたござるか?!」

 

 

 等と楓はパートナーと同じ様なポカをかまし、言い訳が難しくなるような事態になり、

 

 

 「だたら今日の自由行動の時は、楓がネギ先生の護衛について、古が横島サンを手伝えばいいネ」

 

 

 と、超が執り成したのである。

 

 しかし、古としては文句は無いのであるが、楓としては納得しかねていた。

 

 何せ超本人が語ったような厄介な相手が向こうにいるのだ。

 そこで戦力を分けるといのは正気を疑う策なのである。

 

 

 「でも、相手がプロなら戦力の立て直しを先にする思うネ。

  式神使いと剣術使いのペアが役に立たなかたなら、少なくとももう一手……或いは二手目を用意する必要があるしネ。

  あの場で引いた手並みから、ブリーフィングも無しに襲撃を掛けるとは思えないヨ。

 

  それに……」

 

 

 そこで一旦言葉を切り、くいっと顎である方向を示す。

 

 するとそこでは女の子に纏わり付かれて混乱の極みにあるネギに、

 

 

 「あ……あのネギ先生!!

  よ、よろしければ今日の自由行動……

 

  私達と一緒に回りませんか——!?」

 

 

 一人の内気な少女がなけなしの勇気を振り絞っていた。

 

 

 

 そして、ネギは五班と行動を共にする事となり、めでたく(?)楓はネギ、古は横島と共に刹那の支援を行う事と相成ったのである。

 

 

 

 何か燻っている楓同様、横島も何だか納得しかねる状況であった。

 

 とはいっても戦力の分断云々の真面目な話では無く、もっと色っぽい事で………まぁ、ぶっちゃければせっかく麻帆良から出たというのに、女子中学生とずっといっしょだという事に——である。

 

 

 いや、別に古や楓が嫌いなわけではない。

 

 

 妙にタダキチ(横島)の境遇に同情してくれている新田教諭と一緒にいるのは勘弁であるし、せっかく京の都にいるというのに野郎と一緒なのは鬱陶しい。

 状況が状況である為、舞妓さま(、、、、)に会いに行く事も叶わぬのなら、せめて美少女と一緒にいるしかないではないか。

 

 しかし、横島本人はあまり気付いていないのだが、彼は、

 

 『楓ちゃんや古ちゃんといると何だかウレシイよーな気がする』

 

 のである。

 それが納得しかねている原因の大元だったりするのだ。

 

 目の前にはっきりと理由が鎮座しているというのに、それを見てみぬフリが出来る彼にはもはや賞賛を贈る他あるまい。

 

 

 ともあれ、“仲良し姉弟が如く”という大義名分でもって無理矢理自分を納得させ、おてて繋いで仲良く歩く事を妥協する横島であった。

 

 

 

 

 決して——

 

 決して、もし楓といたら、

 夢の中で見た彼女の、胸元を肌蹴て艶っぽく微笑む彼女を幻視してしまうから、相手が古なのでホッとしてる事なんぞ……無い。

 

 

 無いのだ。

 

 

 

 

 多分……

 

 

 

 

 

 

 「……」

 

 「ど、どうしたの? 古ちゃ……くー姉ちゃん」

 

 「……何故か今、老師とカエデに殺意を覚えたアル」

 

 「何故に!?」

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 「わ——っ ホントに鹿が道にいる——ッ」

 

 「へ——

  結構大きいわね」

 

 

 そんな横島と古……そして物陰からネギを見守っている楓らの前で、当の本人らは楽しそうに園内を歩いている。

 ネギのその表情は神社仏閣を堪能していた昨日とは違い年齢相応のもの。

 

 年齢詐称を疑っていた横島(しつこい)としては首を捻るほどに。

 

 

 「スゴイスゴイ 見てくださいアスナさん……わあ—」

 

 

 こんなごく自然に多くの鹿が歩いているのを見てはしゃいでいたネギが、餌をねだる鹿に齧られたり、それを見ていた明日菜に『ガキね——』と呆れられたりして中々に微笑ましい。

 

 無論、横島もネギを笑いつつマネをしてあえて齧られるというベタな芸人魂を古に見せたりしている。

 

 血を滲ませてまで笑いをとるという芸人根性を感心すればよいのか、呆れ果てれば良いのか微妙なところであるが、それ相応の笑いは取れた事を横島はけっこう満足していたりする。

 

 そんな無意味な芸人魂を見せている彼と古がいるのはまぁ良いとしても、別の班である筈なのに自分達に着いて来ている事が気になったのか、何時もはそんな事を気にしないハズのハルナが、

 

 

 「それにしても……その子もそうだけど、なんで古までこっちに来てんの?

  超一味は別ンとこ回ってるみたいだし……」

 

 

 等と質問を投げかけてきた。

 

 

 「へ? あ、あの、この子はワタシが面倒見る事になたアルよ。だから一緒に連れて来てるネ」

 

 「そーなの?

  ん? でも、古ちゃん、二班の班長でしょ? 班行動別にしたらマズいじゃん。

  何でここにいんの?」

 

 「う……」

 

 

 細かい事を気にしない麻帆良の生徒であるが、こーゆートコにはやたらと気が回るのだろう。

 それに元々、古は嘘が上手くないので誤魔化しが下手だった。

 

 

 答えに窮した古であったが、この場には言い訳を罪悪と考えない男がちゃっかりいる。

 

 

 「あんな。流石にオレ一人でおったらアカンねんて。

  せやからセンセーの誰かが付いとらなアカンのやと」

 

 「ふ~ん……

  あ、だったら源先生……え~と、ホラ、眼鏡かけててオッパイ大きい女の人知ってるでしょ?

  あの先生と一緒は駄目なの?」

 

 

 子供相手になんつ~説明するんじゃと思いつつも一瞬それも良かったかな~と悩んだ横島であったが、その瞬間、繋いでいた古の手に万力のような力が宿り、危うく握り潰されかかってそういう想いが消し飛んでしまう。

 何か頬を膨らませていた古に何とか許してもらい、解放された手を涙目になってフーフーと息を吹きかけている。

 

 そんな横島を不思議そうな目で見守っているハルナの視線に気付き、不自然さが感じられない動きでその手を後ろに隠しつつ、

 

 

 「あの乳……もとい、女の先生な、保健の先生みたいな事もせなアカンから、あんまオレにかまえんのやて。

  あの眼鏡のオジさん先生は……なんか怖いし……」

 

 

 と説明を続けた。

 完全なアドリブであるというのに、何とも上手い言い訳である。

 

 

 「じゃあ、瀬流彦先生は? ホラ、あの背の高いわりとカッコ良さげな先生」

 

 「………………………………………………男前は好かん………」

 

 

 アドリブも何も無い、ぶっちゃけた横島の本音。

 その答えに、ぷ…っと彼女は吹き出し、同じ班の綾瀬 夕映は呆れて溜息を吐いた。

 

 いっちょまえに男の子してるじゃんとハルナは笑って納得する。

 

 確かにその消去法から言うとネギと共にいるのが良かろう。

 それにネギとは歳も近い為、あまり気にせず付いて回れるだろうし。

 

 

 「なるほどね~~ だから古はお目付け役を授かったって訳か」

 

 「そ、そうアルよ~ だから班長は超に代わてもらたアル」

 

 

 古は内心、ふう~……と安堵の息を吐いて冷汗を拭っている。

 よくもまぁ、ここまで言い訳が出来るものだと横島に感心もしているが。

 

 ハルナと夕映はというと、そんな事より友達の事が重要なので、二人は勇気を持ってネギを誘った宮崎のどかに手痛い……いや、手厚い祝福を送っていた。

 その後姿を確認し、刹那らからの視線も自分らから外れたのを見てから、チラリと横島の様子を窺えば、

 

 

 「ん……? 姉ちゃんも食べるか?」

 

 

 と、本当の七歳児の様に持っていた菓子……どこで買ったのかチョコバーを勧めてくるではないか。

 更に『姉ちゃん』とキた。

 

 よくもまぁ、ここまで子供になり切れるモノである。

 

 

 「いや、ちょっとな……こーゆー不条理な目に遭うの慣れてるんだ……」

 

 

 そんな古の表情に気付いてそう説明してやる横島であったが、ちらりと煤けた目で視線を逸らす。

 思い出すのがナニであるのか、説明するのがナニであるのかは定かではない。

 

 ふと前に眼を戻すと皆が前進を再開したので古も『おーい雲よ〜…』とか言い出しそうな横島の手を引いて歩き出した。

 何だか気分は介護人か保母さんだ。

 

 

 そんな複雑な想いを持った少女に手を引かれつつ、横島もまた複雑な想いを廻らせていた。

 

 

 昨夜も楓に怒られていたのであるが、どうも精神が肉体年齢に引っ張られ過ぎている。

 

 何だかんだ言っても実年齢は二十七歳。

 十代の頃の押さえが利かない煩悩は“それなりに”鳴りを潜めていたし、場の空気を読む事も弁えられる様になっていた……ハズだ。

 

 

 だが、昨夜のアレはどうだ?

 

 以前の自分の行動そのままに、目的の為に手段を見失い、その手段の為に目的を忘れていたでは無いか。

 

 

 そんな彼の暴走を止めてくれたものが、もらったバンダナ……

 

 楓が近衛から対横島用に託されていたマジックアイテム。

 

 それは聖具としても知られているかの有名な『マグダラの聖骸布』!!……の、粗悪なレプリカである。

 

 

 びっしりと魔法呪式が施されている赤い布は、対になっている布にキーワードを唱える事によって発動し、頭に巻かれている者から気力を奪い去って行くのだ。

 

 横島の頭に巻いてある赤い布と同じ材質の、ハンカチサイズのそれは楓の左手首に巻かれており、あの夜暴走した横島の気力を奪って甚大な性犯罪を防止したというわけである。

 因みに、発動のキーワードである“Acta(アクタ) est(エスト) fabula(ファーブラ). ”は、『活劇(見せ場)は終わりぬ』といった意味で、アウグストゥスの臨終のセリフだと言われている。

 

 元々は収監された魔法犯罪者用の暴動鎮圧用に開発されたものであるが、暴動の意思を奪おうにもテンションを下げる事しか出来ず、尚且つ頭から外せば終わりなので意味なしとされてお蔵入りとなっていたものらしい。

 近衛はどこからか手に入れていたそれを対横島暴走用にと楓に託したのである。

 

 昨夜の場合、後一歩でも使用が遅ければル○ンダイブの奥義、天空ルパ○ダイブが千草に決行されていたかもしれない。

 そうなるともはや18禁〜21禁指定で早急にR18板行きを強要された事であろう。

 

 

 そんな昨夜の事を思い出せば思い出すほどゲンナリとしてしまう横島。

 

 顔面を強打して痛かった事はどうでも良いし、ギリギリで止めてくれた楓にも感謝している。

 いや…横島的にはその行動は間違いではないのだが、飽く迄もそれは十代の頃の話。

 

 大人となった自分はそうがっつかなくともそれなり以上のオイシイ想いをしていた……ハズである。多分。

 

 

 『やっぱ……まだ“穴”が塞がりきってないのかも……』

 

 

 自分の——特に煩悩関係が情緒不安定である理由を既に理解している横島は、古に余計な心配をかけないよう内心で溜息を吐きつつ、彼女と共に茶店に突撃をする木乃香の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 『な〜に悩んでるアルか……?』

 

 

 だが、得てして思春期の少女というものは感受性が高い。

 そんな横島の感情の波に古はとっくに気付いていた。

 

 それに彼女は他ならぬ横島によって霊感を高められているのである。

 身体に流し慣れてしまっている彼の霊気であるし、元々才能があった古だ。“揺らぎ”くらいは理解できるようになっていても不思議ではあるまい。

 

 

 だが悩みがあると理解は出来ても、その内容を聞けるかとなると話は別なのである。

 

 

 確かに以前は感じられなかったが、横島と共に霊気のコントロールの修行を始めてから、そういう感触が何となく解かるようになってきてはいる。きてはいるが、早々簡単に聞く事が出来ないのだ。

 

 いや、以前の彼女であればもっと安易に問いかけられたであろう。

 何時もの気軽さで、

 

 

 「ナニ悩んでるアルか? ワタシに言ってみるヨロシ」

 

 

 とか言って。

 

 

 修学旅行に出るちょっと前、例の周天法を使った修行の合間に、古は気軽に質問した事があった。

 

 

 「そう言えば老師に付き合った女性はいたアルか?」

 

 

 と——

 

 彼女からしてみれば何気ない質問であるし、横島についてもっと知りたいという欲求の表れである。

 楓も何気に耳をダンボにしていたし。

 

 その時、彼は一瞬硬直したものの直に何時もの泣き言をぶちまけてその場を収めたわけであるが……脇で見ていた楓は兎も角、周天法によって霊気と直結していた古は、確かな揺らぎを横島の魂から感じ取っていたのだ。

 それも深くて重い——僅かながら悲しみの波をも含んだ……

 

 フラれた……とかではない事は何故だか理解できた。

 それに毎日会っていて解かるが、彼の本質を理解した女であれば離れようとすまい。

 

 別れた……でもなかろう。前述の理由もあるが、それにしては深すぎるし重すぎるのだ。

 

 

 となると………

 

 

 古は、珍しく浅はかな質問をした自分を責めた。

 

 

 考えられるのは不幸な別れ——

 

 自分の何気ない質問によって横島はその事を思い出してしまい、彼の傷痕を引っ掻いてしまったのかもしれない。

 その事がトラウマのようになって質問し辛くなっているのである。

 

 

 左側に眼を落とすと子供となった件の青年。横島。

 

 大人しく自分を手を繋ぎ、その手を離す事なく自販機で買ったコーラを器用に左手だけで開けて飲んでいる。

 物珍しげに鹿達を眺めているような外見相応の子供の自然な仕種をしつつも、護衛対象である木乃香とその護衛役の刹那に気を配り続けていた。

 

 この年齢(今の外見の、では無く。本来の年齢)にしてこのプロの演技力。

 そして自分が一発の拳も入れられない人外の回避力と、意思そのものを実体化させられる強力な氣の使い手。

 

 十代にしてこの技量とは……一体彼はどういった人生を歩んでいたのだろうか?

 そしてどれほどの悩みを抱えてきたのだろうか?

 

 自分は強者との格闘経験はあっても、強者との死闘はまだ行っていない。

 だから彼の想いを酌めないのではないだろうか?

 

 だから自分に……ではなく、楓にだけはそういった事を語っているのではないだろうか?

 

 

 ふう……と我知らず肩を落としかかったその時、古はハッとしてその事に気がついた。

 

 

 『何で私は、自分とカエデを比べてるアルか……?』

 

 

 

 ここにも悩める少女が一人 ———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チラリとタダキチに視線を送ってから、楓はネギに眼を戻す。

 

 陰から影へ、影から陰へと移動し、ネギやカモはおろか、刹那にすら気付かれないよう楓は後を追い続けている。

 それも極自然にだ。

 

 気配を消している訳では無く、気配を周囲に紛らわせているだけなので、仮に見つかったとしてもそう疑われたりはすまい。

 それほどの技量を持っているのだ。今の楓は。

 

 

 『さてもさても……まさか横島殿との修業がこういった形で実を結ぶとは……』

 

 

 楓は横島との周天法の“業”によって、自然の木々が放つオーラを認知できるようになっていた。

 

 元々霊能力というのは“感じる”事や“観る”事から始まる。

 楓は既に気配を察知したり消す事ができたりしていたので、その上から自然の気の流れを読み取り、それに合わせられるようになったのだ。

 

 完全に気配を消すと、その場が切り取ったように感知できなくなるので逆に上級者相手では感知されてしまう事だってある。

 今までの楓は、気配をぼかして不自然さを無くすという業を行使していたのであるが、今の彼女は風景の一部の様に周囲と融け込んでいた。

 

 こうなると目に入れたとしても彼女だと認識できず、“居た”という事を認知できまい。

 

 まさか唐突に隠行の技が一段上がるとは思いもよらなかった。

 

 

 『これも横島殿のお陰……でござるな』

 

 

 と、もう一度彼に視線を送ると、

 

 

 ぎぢ……

 

 

 突如として楓の氣が増した。

 

 彼女の存在を知覚できず、その周囲にいた鹿が笛の音のような悲鳴を上げて逃げて行き、刹那が思わず反応して鯉口を切りそうになったほどに。

 

 それに気付いた楓は慌てて気を落ち着かせて術を組みなおす。

 

 

 フー……フー……フ——………

 

 

 程なくして調われる呼吸。

 周囲の気を乱す事無く、木々の気配とも同化できるリズムが戻ってくる。

 

 何とか術を安定させると、楓はネギに視線を固定する事にした。

 

 

 ネギから眼を離すと——

 

 ……いや、

 

 今の横島を見ると何だかイラつきが止まらなくなる。

 

 

 古と仲良く手を繋ぎ、彼女に微笑みかけている横島を見ると——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あれ? 龍宮さん、どうかしたの?」

 

 「いや……何だか急にバカを思い出して怒りが沸々と……」

 

 

 

 

 

 

 

 

          ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 「せっちゃん……」

 

 

 さらりとした長い黒髪の少女が淋しげに揺れている。

 

 ぽつんと一人公園内に佇み、手に持った団子の紙皿の上に頬から伝わらせた水滴を垂らしつつ……

 

 

 自分の事を嫌っていない……というのは何となく理解できた。

 

 そしてその事はルームメイトであり、大切な友達である明日菜や、担任の子供教師であるネギも『絶対にそんな事はないっ!』と太鼓判を押してくれている。

 

 

 だが、それとこれとは別なのである。

 

 

 自分と話をしてくれていない。

 

 目も合わせてくれない。

 

 昔みたいに側にいさせても、いてもくれない。

 

 

 そして理由も語ってくれない……

 

 

 昨夜の事は訳が解からぬままに終わった事件であるが、確かに刹那は自分を助けてくれた。

 

 そして心から無事である事を安堵してくれていた。

 

 

 だというのに、一緒に食事をする事もないし、隣に立つ事すら許してくれない……

 

 

 「ウチ……何かしたんかなぁ……」

 

 

 知らない内に傷つけてしまっているのか?

 或いは何か迷惑をかけてしまっているのか?

 

 せめてそれだけでも教えてほしかった。

 

 でも彼女は近寄る事すら許してくれなかったのである。

 

 

 刹那には木乃香を危ない事に巻き込みたくないという想いと、自分の“裏”を知られたくない……つまりは知られて嫌われたくないという理由があった。

 

 その想いが強すぎるのか、お互いの想いが同じである故か、それは綺麗にすれ違い、お互いを傷付け続けている。

 

 刹那にしても裏に関わってそれなりの年月を送ってはいるのだが、その心は飽く迄も思春期の少女に過ぎない。

 だから優しい少女の機微に疎いとしてもそれは罪ではないだろう。

 

 幾ら心配してくれたとしても、幾ら気遣ってくれていたとしても、そこに隔たりがあれば拒絶と同じな事に気付けていないのはしょうがない事なのかもしれない。

 

 

 木乃香はただ、目から流れる滴を紙皿に零す事しかできないでいた。

 

 

 

 

 尤も——

 

 

 

 「ねーちゃん」

 

 「へ? あ……」

 

 

 いきなり声をかけられ、慌てて目元を拭ってその方向に眼を向けると、そこには一人の男の子。

 

 母親の墓を詣でに東京から出てきたという男の子が、ニカッと笑って自分を見上げていた

 

 

 

 

 女の子の涙に人一倍弱い男。

 タダキチ事、横島 忠夫がここにいるのだから、木乃香が一人で泣いていられる訳が無いのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そっかぁ……友達、逃げてまうんかぁ……」

 

 「………うん」

 

 

 ちょっとだけしょっぱくなった団子を分けてもらい、横島は古と共に木乃香と歩いていた。

 

 何だかよく解からないが、木乃香が団子を買って刹那を追い回してネギから離れてしまったので慌てて後を追ったのであるが、何時の間にか彼女は一人になっていた。

 

 別に木乃香がそれほど運痴という訳ではないだろうが、相手は剣術家である刹那である。普通に逃げればそれだけで彼女が追いつく事は叶うまい。

 

 

 やれやれと安堵して木乃香に近寄って行こうとすると……

 

 ス…と横島が古より先んじて前に出、子供そのままの笑顔で何気なく呼びかけたのである。

 

 

 え……? と古が首を傾げるより前に、木乃香が目元を拭ったのが目に入った。

 

 

 『泣いてたアルか……?』

 

 

 ただ呆然と立っていただけにしか見えていなかった古であったが、横島はその後姿から木乃香の悲しさを完全に察知していた。

 

 自分より確実に付き合いが短いはずの横島は先にその事に気付き、泣いていたからこそ彼はあえて自然に話しかけたのである。

 

 

 『やっぱり、老師は老師アルなぁ……』

 

 

 と、こんな状況だというにも変わらず、古は不思議な嬉しさが込み上げていた。

 

 

 「ウチのこと、嫌いになってへん……それはアスナも、ネギくんも言うてくれたんよ」

 

 「ふーん」

 

 「あっ、アスナゆーんは寮でウチと同じ部屋の娘で、ネギくんゆーんは、ウチの先生なんよ」

 

 「うん、さっき古姉ちゃんから聞いたで」

 

 「そーなんか…」

 

 「せやねん」

 

 

 木乃香と優先的に話しているのがちょっと面白くないが、それでも完全に木乃香のペースで話をしているのはスゴイ。

 

 おっとりとした木乃香の喋り方は嫌いではないが、会話を続けるのはちょっとだけ苦手でもあった。

 それに合わせられるのは同じ関西系故なのだろうか?

 

 

 その空気に感化されたか、人馴れした鹿が何頭かやって来てぴすぴす鼻を鳴らしている。

 

 何が幸いするか解ったもんじゃないが、そんな鹿の頭を撫でたりしている内に木乃香の顔にも笑顔が戻りつつあった。

 

 それを見て心持ち安堵した古は、分けてもらった団子をゆっくりと咀嚼する。

 

 

 「でもなぁ……

  せっちゃん、ウチとお話してくれへんのよ……

  一緒にご飯も食べてくれへんの……」

 

 

 しかし、その言葉を口にすると辛さを噛み締めてしまったのか木乃香はまた俯いてしまう。

 

 その沈痛な横顔に古も口を開きかけるのだが、どのような言葉をかけてもガラクタに過ぎないので言葉を飲み込むしかない。

 

 

 大体の予想はつく——

 

 

 楓経由で聞いてはいるが、刹那は木乃香を護る為にわざと距離を置いているらしい。

 

 裏に関わっている以上、絶対に怪我を負ってくるだろうし、木乃香の事だからその事を絶対に気にして余計に距離を詰めてくるだろう。

 そうなると本末転倒だ。彼女の方から危険に近寄ってゆく事となりかねない。

 

 他に理由があるかもしれないが、古にはそのくらいしか思いつかなかった。

 

 武は鍛えはしているのだが、大局を見る目が乏しいのを今更ながら思い知っている彼女だが、それが解ったとて今の救いにはならない。

 

 木乃香にとって必要なのは助言であり納得。

 

 それを差し出す材料も術も無いし慰めの言葉も思い付かないからこそ、古は口に出せるモノが何も浮かんでこないのである。

 

 自分だってそういった理由で……例えば超に距離を置かれたら悲しいし辛い。

 近しい者、親しい者であればあるほど壁を作られると辛いのだ。

 

 だからこそ古は木乃香の気持ちも理解でき、逆に刹那の想いも何となく理解できてしまう。

 

 

 

 ——故に、無力だった。

 

 

 

 「…………うーん……そっかぁ……

  そりゃオレでも解からんなぁ………」

 

 「せやなぁ……」

 

 

 そんな二人の間にいる横島の返答はごく簡単なものだった。

 

 

 しばし無言で無言で鹿を撫でる。

 狙ったものではなく、無意識的なものなのだから本能的に気を休めたかったのだろう。

 

 しかし人馴れした小鹿は嬉しいかもしれないが、何の解決にもなっていない。 

 

 古はその事に軽い落胆を覚えたのであるが、

 

 

 「オレはその“せっちゃん”いう子とちゃうし、ハッキリ言えへんのやけどな……」

 

 

 ポリポリと団子の串を持った手で頬を掻き、木乃香の顔を覗きこむ横島。

 

 笑顔でもなく、憤りも無い。

 

 物事を教える老教師のようなあまり感情を表に見せていない顔だ。

 

 

 「さっきねーちゃんが追いかけとった子やろ? その“せっちゃん”って……」

 

 

 コク…と木乃香は無言で頷いた。

 

 

 「あの子、やたら辛そうに逃げとったで?」

 

 「……え?」

 

 

 うん——と眉を顰め、遠い眼をする少年。

 

 背伸びをしている子供……というより、木乃香には何だか子供のふりをしている大人に思えた。

 

 口では解らないと言いつつ、自分の気持ちを全て理解してくれている。

 

 そして刹那の想いすら解ってくれている。そんな大人に……

 

 

 

 「オレ、当事者とちゃうさかいエラソーに言えへんのやけど……

  ホンマに嫌いな子避ける時ってな、あんまり走ったりせぇへんねん。

  その子、一緒にいとうないんやなくて、一緒におったらアカンと思とんとちゃう?」

 

 「え……な、何で? 何でやの?!」

 

 

 相手が子供という事も忘れて詰め寄る木乃香。

 

 空になっている皿や串が落ち、避ける間も無く掴まれた横島はガックンガックン揺さぶられる。

 

 普段は大人しい木乃香のその勢いに一瞬呆気にとられた古であったが、『それじゃ喋られないアルよ』とやんわりと彼女を諭した。

 

 

 「う゛〜〜……クラクラする……」

 

 「あう〜…ゴメンなぁ」

 

 

 何かイイ具合にヨッパライ風の千鳥足になった横島に木乃香は手を合わせて謝罪する。

 言うまでもなく横島はそーゆー目に遭い慣れているので全く気にしていない。と言うよりこの程度の事で気を使われる方が居心地悪い。

 

 その木乃香の剣幕に鹿も逃げてしまうが、一頭の小鹿だけが残っていて横島を心配そうに見つめている。

 まだ視界はぐるんぐるん回っているが、それでもそんな小鹿の頭をたどたどしく撫でて平気さをアピール。

 泳ぐ視線をムリヤリ彼女の目に合わせ続きを語った。

 

 

 「せ、せやから知らんゆーたやん。

  木乃香ねーちゃんの方が詳しい筈やろ?」

 

 「う、ウン……でも…………」

 

 

 焦るのも道理で、木乃香には理由らしい事は何一つ思い浮かばないのだ。

 だからこそ悩み、だからこそ無意識に動物に癒しを求め、こんな子供にすら救いを求めていたのだから。

 

 

 「せやから、オレがどうこう言うたかてしゃあないやん。

  木乃香ねーちゃんが知らん事はオレも知らんのやし」

 

 「そか……そやなぁ………」

 

 「それに……逃げられただけで諦めるんか?」

 

 「え……?」

 

 

 その言葉に木乃香の動きが止まる。

 

 

 「友達に避けられる理由が解からん。

  解からんいうて遠くで見よるだけやったらな〜んも進展せぇへんで?」

 

 「で、でも……せっちゃんに迷惑……」

 

 「ホンマもんの友達やったら、そんなん迷惑に思うかい!!

  それとも、木乃香ねーちゃんは友達を諦めるいうんか?!

  何もせんと、遠くに行ってしまうかもしれんのを諦めるっちゅーんか?!」

 

 

 横島の目が一瞬、遠くを見たと古は感じた。

 ここではない何処かにほんの僅かの間、意識を持って行かれたと。

 

 

 その勢いに驚いて目を丸くした木乃香に気付き、横島は咳払いをして自分の気を静める。

 どうも感情の制御が下手なままになっているようだ。

 

 言い過ぎたかもしれんなぁ……などと苦笑しきりである。

 

 

 だけどこれだけは言ってやりたかった。

 

 刹那のくだらない思い込みという気がするし、

 

 

 何よりも、

 

 

 「その せっちゃんが木乃香ねーちゃんから逃げる理由は知らへんけど、

  あんな辛らそうに逃げるんやったら、知られとうない理由ある思うんよ」

 

 「そんな……」

 

 「せやから木乃香ねーちゃんが本気で仲直りしたい思うんやったら、何言われても平気にならなあかん。

  どんな理由聞いたかて、そんなん気にするかっっちゅー強さがいる思うんや」

 

 「強…さ……」

 

 

 「……あんな、木乃香ねーちゃん」

 

 

 

 自分のような——

 

 

 

 「ホンマに大事なモンはな、無ぅなってから気が付くんやで?

 

  無くしてから後悔するんは……イヤやろ?」

 

 

 

 あんな想いをする女の子は——

 

 こんな優しい女の子があんな苦しみ(、、、、、、)を受けてはいけないのだ——

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 そのまんまボ〜っとしているのも何であるから、結局三人で時間いっぱいまで回る事にした。

 

 

 先程 思わず激昂してしまった横島であったが、流石に冷静になると恥ずかしいらしく頭を掻いて黙っている。

 

 そんな彼を見て苦笑している木乃香であるが、彼の言う事に一理も二理もあると感じたのだろうこれまた無言。

 

 それでも先程よりかなりマシな空気を纏っているのだが。

 

 

 といっても横島の気恥ずかしさが払拭される訳もなく、やっぱり付いて来ている小鹿の頭を撫でて照れくささを誤魔化しているのだが、そんな彼を見てドラマの一シーンのようだと木乃香も笑みを戻してゆく。

 

 横島の方はそんなあたたかい眼差しがイタイらしく、余計に小鹿をかいぐりかいぐり撫でる訳だが、そんな所作が余計に木乃香には良い方向に循環が働いているので皮肉なものだ。

 

 

 しかし、そう言った微笑ましさは木乃香と横島の二人だけ。

 

 その少し後ろを歩いている古はというと、横島の背中を見つめたまま沈黙を貫いていた。

 

 

 思い出は思い出。

 忘れたわけでも無いし忘れられるものでもないが、“今は”何の感慨も無いのだから。

 

 吹っ切れた……等という事もありえない。

 だからこそ“今の”彼があるのだろうから。

 

 

 少し前を歩いている横島の後頭部を見つめながら古は先程の言葉を思い返している。

 

 

 『……老師は……その“痛み”を知っているアルか……』

 

 

 無くしてから気付く大事な物——

 

 木乃香は当然、例の嘘八百のバックストーリーを聞いているから、それはタダキチの家族だと思った事だろう。 

 横島がマジックアイテムの力で子供の姿をとっている事を知るはずもない木乃香なのだから当然だ。

 

 だけど古はその事を知っている。

 だから横島の話が“偽り”の家族等ではなく、恋人やそれに相当する人間の事であると何となくではあるが想像できていた。

 

 

 最初に思い浮かべた仮説がさっきの言葉によって真実味を増し、胸の奥でもやもやとしたものを古に感じさせ続けている。

 彼にとって恋人のような存在を()くしたのは、彼が守り切れなかったからなのか?

 

 となると、彼の心の傷は回復してようが傷痕は消える事はあるまい。

 その傷痕を抱えたまま、横島は今生きているのだろう。

 

 忘れられない、忘れ様も無い人として……

 

 

 ふぅ……と古は溜息を吐いた。

 

 未熟である事は常々自覚しているのだが、こういった年月と経験の差を目の当たりにすると殊更思い知らされてしまう。

 

 

 横島は刹那じゃないから解からない……と言ってはいたのであるが、その実、大体の見当は付いているようだった。

 

 それは横島のもどかしそうな様子から判った事であるが、もし彼がその事を木乃香に伝えたとしてもそれは真の意味での解決には向わないだろう。

 

 何せ刹那と木乃香の問題であり、刹那自身が自分で気付かねば納得し切れずいつかまた同様の事を行うであろうとも考えられる。

 

 だからこそ、横島は木乃香が自分から刹那に接する事が出来るよう背中を押したのだろう。

 

 

 そんな彼女への助言も、横島に似たような経験があったからこそであろうし。

 

 

 「う〜〜……」

 

 

 頭がゴチャゴチャして、うっかり唸り声を出してしまう。

 

 溜息を吐いたり憤ったりと忙しい事であるが、古は元々、直情と言って良い程考えるより先に動いていたのだから悩み慣れていないのである。

 

 おまけに自分の中でうねっている感情の根元がハッキリしないのだ。

 

 だからこそ混乱が続いている。

 

 

 「? ねーちゃん、どーかしたんか?」

 

 

 ふと気が付くと、横島が足を止めて自分を見上げているでは無いか。

 木乃香も不思議そうな顔をして自分を見つめている。

 

 古は我知らず頬を赤く染め、手を振って『何でもないアル』と誤魔化して見せた。

 

 

 「そーなんか? 腹でも減ったんとちゃうんか?」

 

 「違うアルよ!失礼アル!」

 

 「あそこに鹿煎餅売っとるえ?」

 

 「私、鹿じゃないアルよ! このかもヒドいアル!!」

 

 「まぁまぁ……鹿煎餅や食うたかて腹や起きいひんで? 味も薄いし」

 

 「食べたアルか?!」

 

 「男として、その味に興味を覚えたらチャレンジせなアカンやろ?」

 

 「性別関係ないし、意味無い誇りアル!!」

 

 「何をー?!

  ゲテモンへのチャレンジ王は、スカート捲りの学年制覇記録に並ぶ栄誉やないか!!」

 

 「そんな栄誉、捨ててしまうアル!!」

 

 

 何だかエキサイトして言い合いをしてしまったが、直後に彼の意識が木乃香に向いたことを古は見逃さなかった。

 

 彼に釣られて木乃香を見れば、彼女は先程の顔とは違って二人の言い合いによってクスクス笑っているではないか。

 

 

 横島は、その空気を払拭する為にボケをかましたのだろうか? 

 

 

 思わずそれを問いかけようとすると、彼は既にそこには居ない。

 

 

 「はよ行こ。遅ぅなってまうでー」

 

 

 既に十メートルは距離を離し、二人がやって来るのを待っていた。

 

 

 『ああ、やっぱりそうだったアルか……』

 

 

 と気付きはしたが、古も確認するほど馬鹿では無い。

 

 ふ…と彼女は表情を緩め、横にいる木乃香に手を差し伸べた。

 

 

 「ほら、このか急ぐネ。皆が待ってるアルよ」

 

 「せやな」

 

 

 今のやり取りのお陰だろうか、木乃香も少しだけ元気を取り戻して、小さく微笑んで古と共にタダキチに並んだ。

 

 

 先程と同じ様に、

 それでいて前よりかは幾分空気を軽くして園内を歩いてゆく三人。

 

 間に挟まれた形で歩いていた横島は、近寄ってきた鹿に木乃香が気をとられた時、

 

 

 『もし、刹那って娘が正直にならなんだら、オレがどーにかする』

 

 

 と、小さな声で古に言葉を呟いた。

 

 

 ハッとする古であったが、彼は既に小走りで木乃香と共に近くの売店で鹿煎餅を買いに行っており、鹿にやってはまた手を齧られていた。

 

 当然、木乃香は笑顔を見せている。

 

 

 横島は古が元気を見せていないのは、木乃香を思い遣っての事だろうと誤解したようだ。

 

 だからこそ横島は二人の、そして刹那の為に自分から動こうとしていた。

 無論、そうでなくともおせっかいな彼は出しゃばったりするだろうが。

 

 

 だが、古はそう言われて笑顔を見せられたかというと実はそうではない。

 

 

 その言葉によってさらに表情を苦いものにしていたのである。

 

 

 流石にその事にまで横島は気付けず、木乃香と他愛無い事を話しながら集合場へと足を向けている。

 

 今度は古が少しだけ遅れて二人の背中を見つめつつ、トボトボと歩いていた。

 

 

 

 ——老師は、大切な人を心に刻み込んでいる。

 

 

 

 だからこそ他人の心の痛みに敏感であり、どうがんばっても女に手を上げられないのだ。

 

 不意にその事に理解してしまい、

 それが奇妙な焦りを自分に与えているという事など理解できる筈も無い古であった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「にしても——

  さっきから老師と木乃香は何やてるアル?

 

 

 

 

 

 

 

  まるで見えない何か(、、、、、、)を撫でてるみたいアルな……」

 

 

 

 

 

 

 




 どうも改訂版のご閲覧、ありがとうございます。
 前にも言いましたが実はこっちが原文。
 これを全文打ち直していたものを初期のそれに戻してたりします。

 やっぱり刹那と木乃香は然程でもないのですが、古はメンタル表現が難しい。
 あおりを食ったのは本屋ちゃん。正に空気w


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九時間目:PROJECT えー
前編


 何だか知らないが、色んなモンを背負い込んだ苦労人の顔で少年——あ、いや……少年の姿をした青年は廊下を歩いていた。

 只でさえ小学生(ガキ)の姿をさせられるというイタイ事しているとゆーのに、ムチムチ誘惑(自覚なし)に心を甚振られているわ、この日は柄にも無くエラソーなコトほざいて説教なんぞかましてしまうという新たなイタイ行動をしてしまって心がボロボロになっていた。

 何というか……当事者である筈の子供先生や、護衛対象である少女の守り手の少女剣士よか心労が溜まっているのは如何なものか? いや裏方だから当然と言えるのだが。

 

 無論、彼とて好きで疲労しているわけではない。

 

 何せこの学校の面々。特に3−Aの面々は統率が取れているのやら取れていないのやら解からない集団で、蜘蛛の子を散らすように散開したと思ったら、唐突に群体化したりするのだ。まるで鰯のようだと彼が思ったのは悪くないだろう。

 

 兎も角、何だかんだ言っても底抜けに女子供に優しい彼は、そんな少女らを事件に巻き込まないよう気を配り続けていたのである。

 

 ぱっと見はちゃらんぽらんしているようで、中身はしっかり大人。

 昔の彼からは思いもつかない真面目な性根である。

 

 しかしそれでも、この日の最後にかましたポカ(、、、、、、、、、)は頂けない。

 

 報告したら学園長にも呆れられてしまったし、一応同僚のよーな魔法関係者の青年にも顎を落とされた。

 

 いや、気付けなかった自分も悪いっちゃあ悪いのだが、偶然が実を結ぶとはいえ結び過ぎだ。葡萄が如く鈴なり生ってるメロンのようなモンである。有難味なんかじぇんじぇん無い。

 

 

 ともあれ、そんなこんなでボロボロになっていた彼は、廊下の窓からチラリと裏庭に目を向け、自分が見つめた事を喜んでいる…と解ってしまう…それ(、、)に手を振り、ちょっと待っててと伝えてみた。

 案の定、コクリと小さく頷いて『待ってる』とつぶらな瞳で返してきたではないか。

 

 

 可愛いけどネ。可愛いけど……

 

 

 と、癒されつつも複雑な心境で廊下に眼を戻して目的地に向かってゆく。

 

 

 それにまぁ……——

 

 

 「こんなんだから癒しが無けりゃやってられねーし……」

 

 

 なのだから。

 

 

 何を言わんかや。半分は自業自得ではないか。という突っ込みは無しの方向で。

 つーかそんな人がいないし。

 

 お陰でボケたらボケっぱなし。歪んだら歪みっぱなしの放ったらかし。

 

 調子こいてふっふっふっ…とアヤシサ大爆発の笑みを浮かべつつ、少年はホテルの浴衣を持ってそこへと向ってゆくのだ。

 

 

 こんなに落ち込んでいても私は元気です。

 

 それがあったらドンブリ飯があるだけ食える。という桃源郷への期待に胸を膨らませて進む彼。

 

 少年が向っているそこは素敵な幻想郷。所謂一つのパラダイスである。

 

 

 そう、進む先にあるものは、彼にとって全知全能の癒し空間。

 心ときめく露天風呂だった。

 

 

 何と大げさな…と呆れる事無かれ。

 

 何せ彼の外見は幻術で幼くしているだけ。

 実際の“今”の生理年齢は十代後半。青い衝動真っ盛りなのである。

 本来の年齢も二十代後半の男盛りで、その相乗効果(?)によってヤる気に満ち満ち(中略)満ち溢れていてもおかしくはない。

 

 にも拘らず周囲はキャイキャイ騒ぐ女子中学生ばかり。その衝動の持って行き場が無かったりする。

 

 だから、その煩悩袋はショート寸前。

 そろそろオイシイ目にあっても良いのではなかろうか? いや、イイのだ!!

 

 そしてこのホテルの露天風呂は混浴であり、尚且つ——

 

 

 「ふ……今の時間、女生徒は入浴を終えているであろう事は“旅のしおり”で確認済み!!

  そして新田のヲッサンやセルピ…もとい、瀬流彦も見回っていた!! そして……」

 

 

 脱衣所の篭の中には女物であろう着替えが入っていた。流石に漁るほどのヘンタイにまだ(、、)クロックアップしている訳ではない。何とかヘンタイというなの紳士レベルなのでチラ見による妄想で満足している。余計に性質が悪いという気がしないでもないが。

 

 しかしその行李から鑑みるに、ここに入っているのは……オンナだ!!

 

 

 ふ…っ

 

 

 少年は無駄に男臭い笑みを浮かべ、脱衣所でパパっと服を脱いで欲情……もとい、浴場へと飛び込んでいった。

 

 

 

 「いざ、 ザ ナ ド ゥ へ ! ! 」

 

 

 

 少年は色々あってテンパッていた——

 

 昔の事を思い出したり、少女らに気を使ったり、ホテルの周囲に怪しいものがないか霊波でもって調べてみたりetcetc...

 

 だから普段以上に力を使いまくっていた。

 だからエネルギーチャージの必要があった。

 

 彼の力の源は生命の根源から来るモノ。−霊力−

 

 その霊力を効果的に酌み出すのは集中力なのであるが、十代の後半というかなり後発的に目覚めたものであるから、その集中力を高める方法はかなり歪であった。

 

 彼は、煩悩でもって集中力を高める煩悩力者なのである。

 

 だから彼はエネルギー切れのこーゆー状況では暴走気味となってしまう。

 

 

 よって——

 

 

 篭の中にあった下着に、“サラシ”が入っている事に気付けなかった———

 

 

 

 

 「え?」

 

 「あ………」

 

 

 硬直する二人。

 

 片や子供状態とはいえ、列記とした大人の男性。

 そしてもう片方は、子供とは思えない立派なプロポーションをした少女。

 

 子供から大人へと差し掛かっている、青く瑞々しい肢体が少年の脳を焼き、行うべき行動を完全に封じてしまっている。

 

 少女は少女で、何だかやたら熱い視線でもって身体を貫かれている事を肌で感じ、今頃になって育ち始めている感情……“羞恥”が行動を遮っていた。

 

 

 「……か、楓……ちゃ……」

 

 「よ、よこし……」

 

 

 ぎちぎちと音が聞えてきそうな緊張の中、何とか音らしきものを唇は紡ぐ。それでも身体はコチコチのまま。未だ凍りついた思考が自由を奪っているのだろう。

 

 だが、悪戯なのか慈悲なのか、春風がふわりと舞い、ほんの一瞬だけ二人の視界を遮った。

 

 

 「……っ!!」

 

 

 彼の視線が遮られたその僅かな瞬間、

 

 少女は先に再起動を果たし、

 

 

 彼女自身が予想も付かなかったリアクションを起こした———

 

 

 「き、きゃぁあっ!!」

 

 「え……うごぉっ!?」

 

 

 何と彼女は右手で己が胸を隠し、左手で桶を掴んで投擲したのである。

 

 少年は初めて聞いた意外に可愛い少女の悲鳴に硬直してしまい、高速回転しつつ迫り来る桶を避けられなかった。

 

 こ———んっ!! と甲高い音を立て、少年の顔に追突して直角九十度上空に跳ね上がった桶。

 流石にその回転モーメントでも衝撃は逃がしきれなかったか、軽くて硬い檜の桶は空中分解して少年の周囲に降り注いだ。

 

 その様子からも凄まじい勢いであった事が見て取れる。

 

 

 「はぁはぁはぁ………

  え? あ、ああっ?! 横島殿?!」

 

 

 元は桶だった残骸を身体に浴び、そのままそっくり返ってごぎんっ☆と中々イイ音を立てて後頭部を強打する少年。

 その見事すぎる昏倒を目の当たりにした少女はやっと正気に返る事に成功した。

 

 裸体のまま慌てて彼に駆け寄りその身を起こさせると、やはり意識を完全に失ってはいるが生きていた。後頭部と額のたんこぶは凄かったが。

 

 

 「う゛〜ん……」

 

 

 ピヨピヨと頭の上をナゾの鳥が旋回するという、懐かしい現象が起きているので間違いなく脳も無事だろう。

 それが確認できた少女は、彼を抱えたまま胸を撫で下ろしていた。

 

 が、ホッとしたのも束の間。彼女は足先から見る見るうちに真っ赤に染まってゆく。

 

 

 

 

 

 「ま、また見られ、見てしまったでござる……」

 

 

 

 

 

 昨日に続き、今日も肌身を見られ、見せた事に動揺している少女。

 今まで自分が起こした事の無いリアクションを反射的に行ってしまったという戸惑いも重なって、目をぐるぐるナルトにて気を失ったままの少年を抱え、彼女の困惑はしばらく続いてしまうのだった——

 

 

 

 

 

 

 

 「ん〜? どうしたの? 龍宮さん」

 

 「………いや、何だか何処かの鈍い馬鹿が勝手にラブコメしてるような気がして腹が立って……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

————————————————————————————————————

 

 

 

                 ■九時間目:PROJECT えー (前)

 

 

 

————————————————————————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「正直、スマンかった!!」

 

 「も、もう良いでござるよ。痛み分けでござる」

 

 

 まはや横島の得意技となってしまっている、土下座MAXハート<正直スマンかった>パート3が炸裂していた。

 

 何とも締まらない得意技であるが、横島的にいえば土下座は謝罪として当然の行為なのだからこれでいいのだ。

 

 幸いにも楓はすぐに許してくれたのであるが、横島は早々簡単には頭を上げ難い。

 

 ウッカリと二度も目にしてしまった楓の身体。

 健康的で瑞々しい彼女の裸体が脳内HDにキッチリ焼きついてて消えてくれない横島としては頭を上げ辛かったりするのだ。思い出すと鼻血が噴出しそうになるし……

 

 

 ——順調に堕天は進行しているようである。

 

 

 

 奈良公園の散策を終え、ホテル嵐山に戻った一行。

 

 何だか知らないが子供先生が38℃もの知恵熱をだしてぶっ倒れるというハプニングはあったものの、別段事件らしい事件も起きずに事無きを得ている。

 

 

 まぁ、件の子供教師がロビーで一人身悶えしつつ転がったり、

 

 

 「コココックさんがコクのあるコックリさんのスープを……」

 

 

 等と要領を得ない事をほざきまくり何処かへ走り去ってゆく始末。

 

 傍から見ていた横島でも冷や汗を禁じ得ないほど。

 それでも何とか理由を楓に問うが、

 

 

 「乙女が勇気を振り絞った故、秘密でござる」

 

 

 と返されてしまう。

 

 まぁ、女の子らが無事だったら良いかと横島もあえて聞きだそうとはしなかった。

 

 

 ——尤も、ネギが少女に告白された等と聞いたら、しっとマスクが御降臨なされたかもしれないが……

 

 

 「そ、それで、古はどうしたでござる? なにやら思い悩んでいた様子……」

 

 「ん? あ、ああ……」

 

 

 ムリヤリ話を逸らせる楓。

 何だか以前よりへタっぽいが気にしてはいけない。けっこう焦りが残っているのだから。

 

 あまりに不自然に話を逸らされた感もあるが、確かに横島は古の事を気にしていたのですんなりと楓の話に乗ってしまう。

 

 

 「いや、オレも良く解かんねーんだけど……

  どーも木乃香ちゃんと刹那ちゃんとの仲がギクシャクしてて……」

 

 「ほう……?」

 

 

 案外素直に話を逸らせてくれたれ事に感謝しつつ、楓は深刻そうな内容に気持ちを整えた。

 

 あの二人の間柄は良く知らない彼女であったが、それでも陰に日向に刹那が木乃香の様子を窺い続けている事は知っている。

 人には様々な事情や理由があり、言いたくとも言えない事が多い。その事を理解していた為、あえて聞かずにいたのであるが……

 

 その理由の所為で周り——“仲間”である古までも——が悩みだすというのなら話は別だ。

 本人達だけでなく、周囲にも問題が飛び火しだしているのだから。

 

 ふむ……と周囲を見、ロビーの端に人気がない事を確認してから横島を誘った。

 

 どうも込み入った事情がありそうで、落ち着いて話を聞く必要を感じていたのだから。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 「ええ〜〜っ!?

  魔法がバレた〜〜〜〜!?

 

  しかも、あああの、朝倉に〜〜!?」

 

 

 はい……と涙混じりに俯いて返事をするのは子供教師こと、ネギ=スプリングフィールドだ。

 

 一応、彼の仮契約者である神楽坂明日菜の方が焦っているのは如何なものかという説もあるが、今回の件での協力者である桜咲刹那も呆れて傍聴するに留まっていた。

 

 何やら今日の奈良公園の見学からずっと様子が変であったが、それは本屋ちゃん事、宮崎のどかに告白されたからだと明日菜も刹那も思っていたのであるが……夕方頃からもっと行動が珍妙になってきていた。

 流石にこれはおかしいと気付いた二人がロビーの端の人気の無い場に連れて行き、ネギに問い詰めたのであるが……

 

 

 何というか……

 いや、ある意味優しいネギらしいと言えば良いのだろうか。

 

 

 自分の教え子(でも年上)に告白され、その悩みを引き摺ったまま外に出た折、トラックに撥ねられかかった猫を発見。

 魔法でもって猫を救ったのである。

 

 ちょうどその場に居合わせたのが麻帆良学園報道部突撃班の朝倉 和美で、その事象を目の当たりにした事によって彼女は魔法の存在を知ってしまったのだという。

 

 ジャーナリスト魂というか、パパラッチ根性に火がついてしまった朝倉は調査を開始。

 ネギに突撃インタビューをかけ、彼のその焦りから確信を深め、

 そしてネギが入浴中にしずなに変装して乱入し、確証を取ったという事らしい。

 

 朝倉という少女の事を良く見知っている明日菜らから言えばポカ中の大ポカ。

 二人の認識からすれば、彼女にバレるという事は世界中にバレるという事を意味するのだから。

 

 

 「もーダメだ。

  アンタ世界中に正体バレてオコジョにされて強制送還だわ」

 

 「そんな〜〜〜っ! 一緒に弁護してくださいよアスナさん、刹那さん〜〜〜っ!!」

 

 

 別に虐めるつもりは無いが、もう少しネギにも自覚してほしいものだという意味合いが篭っている。

 刹那も最初の頃はもっと当てにしていなかったのであるが、昨夜の一件で少しは見直しているので苦い顔をしていた。

 

 と、ちょうどそこへ——

 

 

 「おーい、ネギ先生——」

 

 

 当の本人、朝倉 和美がやって来た。

 

 

 『ここにいたか兄貴——♪』

 

 

 何故か肩にオコジョ妖精カモを乗せて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よ、よかった……

  問題が一つ減ったです——」

 

 「よしよしネギよかったね」

 

 

 涙すら流して安堵しているネギに、明日菜もしょーがないわね〜〜と頭を撫でて安心させていた。

 

 カモと朝倉の話によれば、彼女はカモの熱い説得に応じ、ネギの秘密を守るエージェントとして協力してゆく事を約束したと言うのだ。

 無論、明日菜も刹那もその説得力の無さに疑いの目を向けていたりするのだが、当のネギが今まで集めた証拠写真まで渡してもらって大喜びなものだからあんまり水を差したくなかった。

 それに、ネギをサポートしているカモが彼女についているのだから嘘だと決め付ける事もできない。

 

 ハッキリ言って結婚詐欺師の愛の囁きを聞いているよーな気がしてくるのだが、一応は信じてやるかと言うのが正直なトコロであろう。

 

 ……まぁ、写真は渡したがデジカメのデータとかはそのままであるし、カモが何かニヤリとしていたりするのだが……流石に明日菜ではそこまで気付くまい。

 

 

 ともあれ、広域指導員である新田に部屋に戻れと言われた事もあって、安心したお陰で気が緩みまくっているネギを伴い彼の部屋へと向う二人。

 結界も昨夜より強めなものを張ったし、後は万が一の為に式を放ち、教師らに戻ったと見せかけて見回りをするだけである。

 

 

 「や。ネギボウズ」

 

 「え? あ、楓さん」

 

 

 丁度そこに、浴衣姿の楓がロビーの反対側から歩いてきた。

 

 彼女から話し掛けてきた事を不思議に思っているのだろう明日菜に苦笑しつつ、楓は刹那にチラリと視線を送ってから、

 

 

 「何やら忙しそうでござるな。

  手が足りぬようであれば、拙者も手を貸すでござるよ」

 

 

 とネギにそう言った。

 

 

 「へ? な、なんで長瀬さんが……?」

 

 

 無論、明日菜は裏事情を知らないので、ただ驚くばかりだ。

 

 木乃香の周囲や家族関係、そして麻帆良や世界の“裏”の姿をついこの間まで知らなかった彼女なのだから当然の反応であろう。

 

 

 「いえ 楓、さんは……その、私と同じく“裏”に関わった一人で……」

 

 「へ? そうなの?」

 

 

 ややこしい説明にならぬよう、刹那が先にそう切り出した。

 

 彼女が言い澱んだのは、楓がついこの間まで“裏の裏”たる魔法界には関わっていなかった事を一瞬忘れていたからである。

 

 

 「あい♪ 一応、拙者は麻帆良学園の警備班所属となっているでござるよ」

 

 

 ニンニン♪ と何やら細い眼うっすらと開けてそう言った。

 

 

 ネギが学園に来るまで居た“常識”から完全に逸脱してしまった明日菜であるが、逃避するというか逃げるという気は更々無い。

 アバウト…というのは言い過ぎかもしれないが、彼女は如何に非常識であろうと受け止めるだけの器があるのである。

 

 だから楓の話もすんなりと心に染み込ませ、

 

 

 「そっか……じゃあ、頼りにしてるわ。楓さん」

 

 

 と、笑顔で右手を差し出した。

 

 

 「了解でござるよ。明日菜殿」

 

 

 楓はその手を握り、優しげな微笑みを見せた。

 

 彼女は口先で否定しているが、楓はニンジャである事はネギはその眼で見て知っている。だから彼女が手を貸してくれるというので、ネギも笑顔を取り戻していた。

 そんな彼は元より、刹那にしてもこれはかなり心強い。

 

 昨夜の誘拐事件の犯人を取り逃がしてしまったのは、相手に魔法使いが混ざっていた事である。

 カモによればアレは水を触媒とした移動魔法らしかったのだが、あれは関西の呪術というよりは西洋魔術の色が濃かった。

 それにそんな転移魔法を使えるという事はかなりの能力を持っている術者となる。

 

 状況から鑑みて、西洋魔法を嫌う筈の関西呪術協会が魔法使いを雇ったという奇妙な可能性があり、自分や学園長が考えていたより、背後にややこしい動きがあると見て良いだろう。

 となると、式や呪符等とは別の注意を払う必要が出てきていたのだ。

 

 しかしそうなるとどうしても手が足りない。

 その事で彼女は唇を噛んでいたのであるが……

 

 楓の力量は以前から真名より聞き及んでいる。

 

 何せ楓は、魔法界にかかわっていないにもかかわらず、“あの”真名ですら本気にならねば対等に闘える気がしないと言っている少女なのだ。

 詳しくは聞いていないのだが、甲賀中忍という肩書きに相応する腕を持つというのだから、それはかなりのものだろう。忍の世界が実力式の縦社会ならば、であるが。

 

 だから正直、楓の参入はありがたかったのである。

 

 

 安心したからであろう、三人から無用な肩の力が抜けた。

 

 確かに緊張は必要なものであるが、硬くなり過ぎると瞬発力に掛けてしまうのも事実。

 

 かと言って、彼女は横島という相棒が来ている事を口に出しづらかった。

 というのも——

 

 

 「正直助かります。

  西の強硬派に加え、怪しげな魔道を使う変質者まで関わってくる可能性がありましたから」

 

 

 刹那は昨夜の怪人を思い出しのか、得物を持つ腕を掴んで表情を硬くする。

 

 

 「そ、そうね……アレはかなりヤバかったわ……」

 

 

 “あの姿”が頭に浮かんだか、珍しく明日菜が生理的嫌悪を露わにした。

 

 

 「ハイ……

  死罪になった罪人の手を切り取り、それから作り上げる燭台を“栄光の手”というのですが……

  あの人は自分の腕にそれを宿しているのかもしれません」

 

 

 等と、イヤンな緊張が場を満たしてゆく最中、ネギが顔を青くしてそんな事をもらしてしまう。

 

 当然ながら魔具知識が無い明日菜は驚き、西洋魔法に疎い刹那も驚愕していた。

 

 

 「た、確かにアイツから感じた気配は人間のそれじゃなかったわね……」

 

 「ええ……私もあの輝く爪から見た事も無い気配の様なものを感じていました。

  確かにアレは氣に似て異なる別物でした……

  なるほど……魔具を宿していたというのなら納得できるかもしれませんね……」

 

 

 タラリ……

 

 

 三人の会話にでっかい汗を後頭部に垂らしてしまう楓。

 

 流石の彼女もこの場にて横島の事を話せば混乱は必至なので説明するのは躊躇われた。

 

 

 「そ、そうでござるか……

  ならば、その……その“へんしつしゃ”とやらは拙者が相手をするでござるよ」

 

 

 と言うのが精一杯だ。

 

 楓にしては一番良いフォローだと思うのだが、目いっぱい横島を誤解している三人は驚愕と心底その身を案じている想いが入り混じった眼差しを楓に集中させた。

 

 

 「か、楓、正気か?」

 

 「そ、そうです!! 最悪、僕たち全員で当たらないと拙いかもしれないんです!!」

 

 刹那とネギが本気(マジ)な顔で楓にそう言って詰め寄ってくる。

 まぁ、確かに全員で掛からねば一発も当たるまいが。

 

 

 「そ、そうよ!?

  ヘタをすると楓さんが、そ、その……エ…エッチな事されちゃうわよ!?」

 

 「!?」

 

 

 明日菜の言葉に、先程の露天風呂のシーンが思い出さされてしまった。

 あの時は自分が暴走して横島を気絶させたのであるが、もし彼が先に暴走したなら……

 

 そして、飴の力が切れていたなら………

 

 

 ボッッ!!

 

 

 一瞬で顔が茹蛸となり、蹲ってしまう。

 

 そんな彼女を見、流石に女の子に一人に相手をさせるのはと相談を始める三人。

 

 楓の心境など知る由もなく、『下手をすると魔族かも』とか、『じゃあ淫魔の力を身に付けた…』とか、『淫らな欲望の為だけに自分に魔具を埋め込んだなんて……』とか、中々に事態収拾が難しい方向へ突撃してゆくではないか。

 

 

 こういった場合にフォローせねばならない彼の相棒の楓はというと、

 何故か横島に押し倒されるシーンが頭の中でリプレイを続けており、中々現世復帰ができないでいたりする。

 

 栄光を掴み取れるであろう事を期待して、その力に目覚めた時のノリで名付けられたHands of Glory……“栄光の手”であるが、まさか彼のネーミングセンスの所為でここまで言われるとは思いもよらなかった事であろう。

 因みに、Hands of Gloryを略してもHoG(食肉豚。或いは『豚の様に意地汚い』とか、豚のエサ)なので、結局はネギに良い印象を与えないだろうが。

 

 それでも頭の中から自分に淫行しようする横島の画像を消去する事に成功した楓は、何とか再起動を果たして立ち上がる。

 

 昨夜の奇行が酷すぎた所為か、自分の相棒たる横島の印象は劣悪の極みなので彼の身を明かす事は次の機会へとまわしておき、

 

 今や十八歳未満お断りな話に成りかかっている三人の話を逸らす為……もとい、本当に聞きたかった事に強引に話を戻すのだった。

 

 

 「あ……と、そ、その……ひ、一つ聞きたい事があるでござるが……」

 

 「え? あ……な、何?」

 

 

 楓に話しかけられ、やっと自分らがワイ談を仕掛けている事に気付いた三人は、顔を赤くして気不味そうにする。

 

 ここで詳しく書く訳にはいかないが、彼女らの話の中での横島の事を本人が耳にしていれば、

 

 『ヘイトか?! ヘイトなんだな?! ドチクショ————っ!!』

 

 と号泣すること請け合いである。

 

 まぁ、何はともあれ無事に話を逸らせたのだから……と内心安堵しつつ、楓はやっと本題に入った。

 

 

 「その……く、古がどこにいるかご存知なさらぬか?」

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 その変態——

 もとい、横島はコソーリとホテルの裏庭に潜んでいた。

 

 そう聞くと大半の方は『ああ、やっぱり彼は彼なんだ』とウンウン頷いて納得されるだろうが然にあらず。

 

 

 「ホントどーするんだい? 横島クン」

 

 「そ、そー言われても〜」

 

 

 呆れた顔で溜息を吐き、しゃがんでいる横島と共にそれ(、、)を見ているのは、引率教師の一人である瀬流彦である。

 

 ああ、成る程。二人で覗きの算段か……といわれてもしょうがないメンツだ。そう思うのもまた仕方が無いだろう。

 

 

 「……何かボクまでえらいコト言われてるような……」

 

 

 ——兎も角。

 

 そんな二人が頭を悩ませているのは、意外にも軽犯罪に関する事ではない。

 

 

 「ぴぃ?」

 

 「いや、そーつぶらな目で見られても……」

 

 

 二人の前でぺたんと地面に伏せてサクランボを食べている小鹿である。

 

 昼間、横島と木乃香が撫でていた鹿。

 他の鹿たちよりずっと白い小鹿であった。

 

 奈良から連れて来たのか? と思われるだろうがそれも外れである。

 何とこの小鹿が勝手に付いて来たのだ。

 

 それも、皆が移動するバスの上に飛び乗り、ぺたんと身を伏せて。

 

 ホテルに着いた時、持ち前の勘で屋根に伏せている小鹿に気付いた彼の驚きたるや……まぁ、その件は控えておこう。今は関係ない事であるし。

 

 兎も角、ここまで聞くとお解りだろう。この小鹿、ただの鹿ではない。

 

 つーか本当は鹿ですらなかったのだ。

 

 

 「ホントどーするの? イキナリ使い魔なんか作って」

 「せやかてこんなハッキリ見える精霊(、、)なんか聞いたコトもなかったんやもん!!」

 

 

 そう、小鹿の正体はなんと精霊だったのである。

 

 正確に言うと山岳信仰において山神の使いとされている鹿の形をとっていた精霊。

 普通の鹿に紛れてふらついていたそれが、木乃香の魔力の波動と横島の霊力の波動に惹かれて寄って来たらしいのだ。

 

 しかし彼が泣いて自分の非を否定(つーか誤魔化し)しているように、運が悪いというか何と言うか、本当に間が悪く偶然が重なっただけだったりする。

 

 何せ木乃香はどういう訳か軽く魔力が目覚めかかっていたし、人界最高レベルの高出力の霊力持ちである横島が二人して並んでいたのだ。

 

 精霊どころか妖怪変化だって下手をすると何事かと寄って来るかもしれない。いや、精霊だけしか寄って来なかったのは幸いだと言えるかもしれないが。

 

 そんな小鹿精霊を二人が撫で、その魔力と霊力を直接伝え、力をもらった事で馴れてしまったのだ。

 

 

 そのタイミングで——

 

 

 「あはは……

  この子、なんややたら人馴れしとんなぁ。

  なぁなぁ キミ、名前なんていうんえ?」

 

 

 等と小鹿が可愛かったものだから木乃香が子供に言うように問い掛けた際、明るくなってきた彼女に調子を合わせた横島が、鹿の子供だからという安直な理由で——

 

 

 「“かのこ”や」

 

 「ふぇ?」

 

 「こいつ女の子やしな」

 

 と、名付けてしまった(、、、、、、、、)のだ。

 

 

 木乃香は『ウチの名前の逆さま読みやん』と喜んでいたのであるが、ここでとんでもない事が発覚してしまう。

 

 

 「!? 老し……じゃなかた……タダキチ!!」

 

 「わ、わぁっ!? 古ち…ねーちゃん、どないしたんや!?」

 

 

 「その鹿、どこから出てきたアルか!?」

 

 「「は?」」

 

 そう、古にはずっとその小鹿が見えて(、、、、、、、、)いなかったのである(、、、、、、、、、)

 

 それだけなら鹿の幽霊という可能性もあったのだが、その小鹿の頭に問題のタネが見えていた。

 

 

 ——この小鹿、雌なのに角の根があるのだ。

 

 

 腐っても横島はGS。オカルト知識は当然ながら持ち合わせている。

 

 神の使いとしての鹿は当然ながら雄が多いのであるが、神秘性のある精霊は雌鹿もけっこういて当然ながら彼はそれを知っていた。

 

 例えばギリシャ神話。あの中にだって角のある雌鹿が出てくる。

 ヘラクレスの三つ目の難事、ケリュネイアの鹿がそれだ。

 神秘性を含む聖獣や精霊は両方の特性を含むので、そういった事もあるらしい。

 

 兎も角、慌て驚く古を黙らせ、木乃香がいる事から色々と誤魔化しつつそんな説明をしたまでは良かったのだが……

 無意識に鹿の頭を撫でていたのは失敗だった。

 

 彼はそれよりも前にウケ狙いで普通の鹿に齧られている。

 そしてその手は当然ながら僅かではあるが血が滲んでいた。

 

 かのこ と名付けられた小鹿は、別に言われた訳でも無いのだが、その手を——

 

 彼の血を(、、、、)ぺろりと舐めていたのだ。

 

 

 血を与え、そして名まで付けて確立化させて使役する。契約の基本であるが一番強力なものだ。

 

 こうして横島は、全く意識せずに精霊契約を結んでしまったという訳である。

 

 

 「ガクエンチョも呆れとったけど……契約解除の方法や知らへんし」

 

 「かと言って、こんな子をどうこうするのは……」

 

 

 二人して溜息を吐きつつ、お皿のサクランボを食べ終えた かのこに目を向ける。

 

 

 「ぴぃ?」

 

 「「う……っっ」」 

 

 すこーんと忘れていたのだが、横島は(あやかし)と相性がすこぶる良い。

 

 そしてどうも月の魔力に左右されるものとの相性が特に良いらしいのだ。

 現に一番弟子の人狼少女は横島の波動が一番心地良いらしく一番懐いていたし。

 

 月と鹿には言霊的な繋がりがある上、横島は神秘の塊。そんな彼が名付けて血まで与えりゃあそれはおもっきり馴れるだろうし格だって上がろうというもの。

 

 今や かのこは立派な使い魔である。

 ……可愛いという能力しかにない気もするが気にしてはいけない。

 

 

 「ま、まぁ、学園長も認めてくれたんだろ?

  だったらがんばって面倒みなよ」

 

 「ひ、人事や思て……」

 

 

 こんなに澄んだ目で見られたらどうこう反論する事もできくなるのは俗世で穢れている証拠だろうか?

 

 それでもまぁ、無聊を慰めてくれる存在に違いは無い。

 まさか使い魔を手に入れる日が来るとは思わなかったなぁ……と、何もかも諦め、何もかも受け入れた横島は、黙って かのこの頭を撫でるのだった。

 

 

 あぁ、月が綺麗だな。コンチクショーと……

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 天に月。

 池に朧月。

 

 水面に映るそれは、風で揺れるので実像をはっきりと結ばない。

 

 天の月は真円ではないのに、歪んだ像もあってか池に映っている月はやや歪ではあるが円に見えていた。

 

 

 「はぁ……」

 

 

 と溜息一つ。

 

 真実を移していないからこそ、おぼろげな事実しか見えてこない。

 

 何時もの違ってそんな哲学的な事を考えてしまう自分に呆れてしまう。

 

 だからといって、何時までも池の月を見つめているという理由にはならないのであるが。

 

 

 「はぁ……」

 

 

 と、もう一つ。

 

 溜息の数だけ幸せが逃げるというが、それでは自分は不幸なのではないかと思ってしまう。

 

 実際、胸のもやもやは取れない。

 何か燻っているのに正体が解からない。

 理由があるだろうのに片鱗すら結べない。

 

 バカレンジャーだ、バカイエローだと言われている自分だからこその思考の行き止まりなのかと思うと、今更ながら腹が立ってしまう。

 

 

 誰もいない場所——

 

 あえて誰かと話をする余裕が無かったと言った方がよいだろうか?

 風呂に入っても完全に落ち着いたといえず、彼女は一人になれる場を求めて彷徨い、ここ……宿泊しているホテルの屋根の上に辿り着いたのである。

 

 無論、風呂上りなので湯冷めする可能性はかなり高い。

 幾らバカだバカだといわれても、風邪をひく時にはひくのだし。

 

 

 そんな彼女の様子に気付いていた友は、黙って“それ”を彼女に与えていた。

 

 彼女らの年齢から言えばそれは渡されざる代物であり、本来ならば口にしてはいけないものである。

 

 だが、その友は“これ”を渡した。

 『気晴らしは必要なのでネ』と……

 

 ちゃぽん…と水音を立てる水筒を手に持ち、コップになっているフタに中身を注ぎ入れて静かに呷る。

 昨日は感じた旨みは今は何故か苦く、そして喉の奥で辛く感じた。

 

 

 「何やってるでござる?」

 

 「……あ、カエデ……」

 

 

 後から声をかけられ、やっと気配が近寄っていた事を知った少女。古 菲。

 

 別に気配を消していたわけでも無いのに、楓の接近に気付けなかったのは何時もの彼女らしからぬ事である。

 

 

 『アイヤ……私、そこまで悩んでしまてたアルか……』

 

 

 古も迂闊さを悔やむより苦笑が浮かんでしまった。

 

 

 明日菜らに居場所を聞いてもやはり知らないとの事。

 無論、三人に話しかける材料でもあった為、然程の期待もしていなかった楓であるが、気が付けば古を捜す方がメインになっていた。

 

 ならばと同じ班の超一味に聞きに行けば、意外にあっさりと、

 

 

 「ん〜? 古はこのホテルの屋根の上にいるネ」

 

 「へ? 屋根の上でござるか?」

 

 「ウム。間違いないネ」

 

 

 ぴこーんぴこーんと妙な音を立てるコンパクトに似た形の小型レーダーっポイ物を見ながら超は教えてくれたのである。

 

 その言葉に従って屋根の上に来てみれば、何だか小さな身体を更に小さくして古が座り込んでいたではないか。

 横島の言っていたように……いや? 横島が言っていた以上に古は何かを思い悩んでいる様子だった。

 

 

 

 「はぁ……ちょっと月見酒してたアルよ」

 

 「そうでござ……って、酒でござるか?!」

 

 「そーアル」

 

 

 ちゃぽん…と揺らせたステンレスの水筒には、見事な飾り書体の筆文字で<超>と書かれており、中身は例の音羽の滝の水——

 本気なのか冗談なのかサッパリ掴めない西側の妨害に使われた、縁結びの水に混ぜられていた酒が中に入れられているのである。

 

 自分すら気付かぬ内にあの酒をパクっておいた超に感心すべきか、そんなモノを同級生に勧める彼女の非常識さを責めるべきか。楓は微妙な表情で銀色のフタに酒を注ぐ古を見つめていた。

 

 

 「ん……」

 

 「え? あ、いや、拙者は結構でござるよ」

 

 

 前に差し出された液体の入った器を丁重に断り、楓は飲んべのヲッサン宜しく酒を呷る古の横にちょこんと座る。

 

 

 くぴっくぴっくぴっ………ぶはぁ〜〜

 

 

 正しくヲッサン飲み。

 楓の後頭部にでっかい汗の球が出現した。

 

 なるほど……確かに様子が変だ。

 

 しかし、彼が言っていた様な木乃香と刹那の関係を悩んでいる事が原因だとは思えない。 

 どー見てもヤケ酒なのだし。

 

 

 「え、え〜〜と……古。

  あの……「……カエデ」」

 

 

 兎も角、話を聞こうとした楓のセリフは、やや舌が回っていない古によって遮られる。

 ぷつりと会話を切られはしたが、別に腹が立つことも無いし、向こうから話してくれるのならそれに越したことはない。

 

 だから楓はそのまま唇を閉じて次の言葉を待った。

 

 

 「……ろーしの恋人……どんなヒトだたアルか?」

 

 「は?」

 

 

 が、話は楓の想像から百八十度くらいズレていた。

 

 

 「しらないアルか〜?」

 

 「し、知らないでござるよ〜?」

 

 

 そうアルか……

 とブツブツ呟きつつ、古はまたフタに液体を注いだ。

 

 流石にこれはいかぬ。

 級友の護衛もさる事ながら、このまま飲ませると絶対に身体を壊すだろう。

 

 楓はスッ…と腕を滑らせ、古から水筒と杯代わりのフタを奪った。

 

 

 「ああ〜〜……ナニするアル〜〜」

 

 「身体に悪いでござるよ。

  それに、自分の任務をお忘れでござるか? 自分から手を貸すと言ったでござるに」

 

 

 楓がそうやんわりと嗜めると、古も納得したのか俯いてそうアルなと呟いた。

 

 肩を落としているのが丸解かりの古の様子に、流石の楓も眉を顰める。

 

 

 「……かえで〜」

 

 「……なんでござる?」

 

 

 古のセリフは相変わらず舌が回りきっていなかった。

 

 

 「かえではぁ……大切なヒトと言たらぁ……どんな相手思うアルか〜〜?」

 

 

 

 「はぁ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふぅ……ホテルの周りには異常なし……か」

 

 「はい。妙な気配もありませんでしたし、一応は結界も強化してますから今回は……」

 

 

 昨夜ほど酷い事にはなりはすまい。

 

 と、安堵しかけた刹那であったが、そうそう気を抜けないと自分を叱咤する。

 

 誘拐犯の中に高位術者がいるのは明白なのだから、念には念を入れないといけない。

 それでも楓が——実は古も関わっているのだが、その事を刹那は知らない——力を貸してくれるというはありがたかった。

 

 何よりも木乃香に掛かる魔の手が少しでも軽減されるのだろうから。

 まぁ、いざとなったら真名を雇うという手もあるし、楽観はできないが希望は湧いている。

 

 明日菜にしてもイマイチどころかイマニの腕前であるが、彼女の使うアーティファクトの能力は凄まじいものがある。特に式に対してはかなり期待が持てるようだ。

 

 

 人気の無い場所を選びつつ、ホテルの廊下を足音を潜めて移動する刹那と明日菜。

 

 新田ら教師の見回りの後を付ける形で、外敵から友人を護る為という“真の意味”での見回りを行っていたのである。

 

 ホテルの周囲を気配を伺い、

 内外の出入りによる結界の“緩み”が起きないよう確認し、

 その万一、その結界符が解かれる事があれば式が伝えるように設定を行う。

 

 彼女らの出来る範囲での防衛策は全て講じていた。

 

 

 それでも——

 

 ぎちり……と、昨夜の誘拐犯の不埒な行いを思い出し、愛刀“夕凪”を握る刹那の手に力が篭った。

 

 

 木乃香に何も起きない——それこそが刹那の願いである。

 

 今度こそ木乃香を守り抜いてみせる——それが刹那の誓いである。

 

 

 だからこそ一人物陰から彼女を見守り続け、学園に掛かるモノ達から守り続けていたのだ。

 

 

 しかしここに来て、

 この京都に入ってから、刹那の心境に変化が訪れていた。

 

 頑なだった彼女が、別の人間を頼りにしだしたのである。

 

 麻帆良において一緒に仕事をしている真名も、その力を“当て”にはしていたが“頼り”にはしていなかった。

 

 彼女は過去において“同族”や心無い者達から白眼視されてきている。それが彼女を頑なにしていたのだろう。

 

 だが、子供らしく真っ直ぐなネギや、これまた真っ直ぐな明日菜という理解者——友達を得て、彼女の心に明らかな変化が訪れていた。

 

 だからこそ、明日菜やネギと会話している中で笑顔が見えるようになってきているのだろう。

 

 明日菜はその事に気付いてはいたが、あえて口にするような愚行は犯さなかった。

 “意地っ張りの友人”が一人いるお陰で、明日菜は刹那のその変化を促す為に口にしていないのである。

 

 

 前を行く刹那の背を見ながら、彼女のその変化によって木乃香との仲を取り戻せるよう願わずにはいられない明日菜であった。

 

 

 

 

 「……それにしてもカモ君は何を書いてたんでしょうか?」

 

 「知らないわよ。あんなエロオコジョ」

 

 

 

 

 

 

          ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 『ククク……細工は流々……仕上げを御覧じろってな……』

 

 

 夜の闇に紛れ……られるはずもない、白い物体がごそごそと蠢いていた。

 

 その口元はいやらしく歪み、

 その目は欲望に輝いている。

 

 有体な言葉で綴るならば悪党。

 様子から鑑みても悪事を行っている者である。

 

 その白い物体はナマモノで、自称“妖精”なのだろそうだ。

 

 とても信じられない話であるが、契約を司っているオコジョ妖精が彼の正体……なのだろう。多分。

 

 

 彼の名はアルベール=カモミール。

 ネギを兄貴と慕うオコジョである。

 

 彼は今、ホテルの周囲に怪しげ且つ素早い動作で奇妙な魔法陣を描きまくっていた。

 

 その数四つ。

 嵐山ホテルを中心にして大きな結界陣を描き、それを基点として四方に小型の——とは言っても、かなりのサイズがある——魔法陣で抑えている。

 

 ナニをどーみても碌なモンじゃないようだが、これでも一応はネギを思えばこその行為。

 

 これが成功すれば、ネギの戦力が増し、少女らの安全度が上がる。

 そう得心しての事だ。

 

 

 だから決して私心は無い——

 

 

 『カード一枚につき五万オコジョ$……

  全員なら……百万長者だぜ!! ウィ〜ハハハァ!!』

 

 

 と思う………

 

 

 眼を$に変え、涎すら垂らしつつ方陣を書きまくってるカモ。

 眼前に広がるのは夢のパラダイス。

 

 女の子の下着が好きであり、エロオコジョという栄冠持ちでもある彼は、正しく競馬等のギャンブルで獲らぬタヌキの皮算用をするオッサンそのものだった。

 

 最後の紋様が書き終わり、よしっとガッツポーズ(?)を極めるカモ。

 

 そんなカモの首根っこを、

 

 

 ひょい……

 

 『……あ?』

 

 

 何者か摘んで持ち上げた。

 

 

 『や、やいやいやいっ!! ナニしやがんでぃ!!

  オレっちは猫じゃねーぞ!?』

 

 

 猫の正式な持ち方は首根っこではない。

 

 ——なんて事はどうでも良いが、カモがそうベランメェ口調で啖呵を切り、摘み上げた者のツラを拝もうと身を捩ると、

 

 

 「あ゛〜〜? イタチが喋てるアルよ〜〜?」

 

 「はっはっは〜〜 くぅよ〜〜 この御仁はオコジョでごじゃるよ〜〜?」

 

 

 

 二匹のヨッパライがそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 古の様子を見、とりあえずはと話を聞いていた楓であったが、その内容を知るに連れて段々と雰囲気がおかしくなっていった。

 

 ハッキリ言って横島の語っていた内容とかなり違う。というか、完全に見当違いなのだ。

 確かに最初は木乃香に対して上手い慰めが思い浮かばなかった事で悩んではいたのであるが、それは横島が自分を経験を踏まえた話を彼女にしてやるまでの事。

 

 そんな話をしただけで解決するほど簡単な事ではなかろうが、それはそれで木乃香の為にはなった筈だ。

 

 しかし問題は、その横島が例え話に使った彼の過去の事である。

 

 

 ——本当に大切なモノは無くしてから気付いてしまう——

 

 

 その彼が語ったと言う言葉は楓の胸にズシリと圧し掛かっていた。

 

 彼女は既に両親が健在である事は聞いている。

 というか、あの二人が老衰以外で死ぬとは思えない——そう彼は語っていた。

 

 すると、彼の友人か近しい者という事になるのだが……

 

 

 古はその相手が恋人だったのだろうと予測していた。

 

 単に彼女の勘であり、当てずっぽうなのであるが、どういう訳だか楓もそうなのだろうと確信している。

 古同様に女の勘がそう言っているのだ。

 

 そして古から言われた事と、自分が前から抱えている疑問から彼の性質である“女に対して攻撃ができない”理由がおぼろげではあるが解かった気がしたのである。

 

 

 奇しくも古と楓は同じ事を考えていた。

 

 彼の胸の中にはまだその相手が生きており、いなくなった後もずっと引き摺っているのではないか……と。

 

 

 悲しみに似た奇妙な落ち込みを憶えつつ、しばらく二人して池に映る月を無言で眺めていたのであるが、

 

 

 「ん……」

 

 「忝い……」

 

 

 楓からステンレスの水筒を返してもらい、彼女が手に持ったままのフタに液体を注ぎ入れる古。そして礼を言って呷る楓。

 

 元々甘党で、飲酒の経験が無い所為だろうか、その液体は妙に辛くそして苦く感じた。

 それでも楓は二杯、三杯と立続けに呷り、古にも返杯して飲み続ける。

 

 やがて水筒が空になる頃には、

 

 

 

 

 「あ゛〜〜……月がふたちゅあるでごじゃるよ〜〜」

 

 「ナニ言てるアルか〜〜? 前からアルね〜〜〜」

 

 

 

 

 リッパなヨッパライが出来上がっていた。

 

 

 

 

 『ひぃ〜〜っ!! 姐さん達、勘弁してくだせぇっ!!』

 

 

 そんな二人に絡まれたらカモも堪ったもんじゃない。

 

 何せ酔って頭のネジが四,五本飛んではいても武道四天王の二人である。

 初来日時に明日菜の風呂桶攻撃を受けつつも彼女の胸ボタンを外したカモとはいえ、その手を掻い潜って逃げるのは不可能に近かった。つーか、ぶっちゃけ無理だ。

 何せ首根っこ捕まれていので身を捩る事しかできないのだから。

 

 

 『く……こ、こうなったら……』

 

 

 後が怖いのでしたくはなかったが、首の皮を限界まで伸ばして身体を捻り、自分を掴み上げている古の手に噛み付いて脱出を試みようとする。

 

 が……

 

 

 がぎっ

 

 『ふぎゃっ!? な、なんでこんなに硬ぇんだ?!』

 

 「あはは〜〜 甘いアルよ〜〜〜」

 

 

 何と古、ちゃっかり硬氣功で防護してたりする。

 

 

 「う〜〜む……古〜〜……こーゆー小動物はどんな料理がいいでごじゃるか〜〜?」

 

 「ん〜〜? そ〜〜アルね〜〜〜……サンドイッチ〜〜?」

 

 『姐さんはドコの巨人ハーフっスか?! お助け〜〜〜〜っ!!!』

 

 

 二人の少女の肌は酒の所為か薄赤く染まっており、頬もピンクになっている。

 

 胸元が大きく開き、かなりギリギリでまずい楓もそうであるが、

 浴衣もだらしなく着崩し、バストサイズは兎も角、プロポーションのバランスがいい古も普段以上に色っぽさを見せていた。

 

 普段のカモならばムハ〜とか、ウホ〜とかいって喜びそうなものであるが、今の状況はそれどころではない。

 酒のツマミ宜しく、美味しく食べられてしまいそうなのだから生存本能の方が何より勝っていた。

 

 

 「あはは〜〜 冗談はこれくらいにしとくでござる」

 

 『じ、冗談だったっスか!? な、何か眼がマジだったっスけど……』

 

 「ホントに調理するアルよ〜〜?」

 

 『ひぃっっ!! ご勘弁!!』

 

 

 二人とも体力バカであり、特に楓は忍の修行もあってか毒物に対する抵抗力が異様に高い。

 だから意識的に酔おうとしない限りそうそう酔いが長続きしないのである。

 

 まぁ、それでも脳に酒が回っているのだから頭のネジが飛んでいる事には変わりは無いのだが。

 

 

 「それで、カモ殿は何をしてたでござるか〜?」

 

 『あ、いや、その……って、あっしが何モンか知ってんですかい?!』

 

 「ははは……ネギボウズの使い魔みたいなモノでござろう?」

 

 『ま、まぁ……使い魔とは違うんスけど……』

 

 

 彼からすれば相棒であり、マネージャーのつもりである。

 腐っても妖精のつもりであるから、使い魔と言われるのはちょっと抵抗があるのだ。

 一応、麻帆良には使い魔として登録してはいるが(その方が身元がハッキリするから)。

 

 

 「で……? この法陣は何でござるか?」

 

 『え? あ、ああ……これは仮契約の魔法陣でして』

 

 

 意外にあっさりと吐いてしまうカモ。

 

 まぁ、正直に言わないと血抜きして唐揚げにするアルよ〜? というオーラを放たれては口もすべらかになるというものだろう。

 

 だから今回の裏の計画も、言わんでもいいのにウッカリと二人にぶっちゃけてしまっていた。

 

 

 「ほほぅ……つまり、修学旅行のゲームイベントとして皆にネギボウズにキスをさせ……」

 

 「このヘンなカードを大量に作るつもりだたアルか〜?」

 

 『ヘンなカードじゃねぇって!!

  ちゃんとしたマジックアイテムなんですぜ?!』

 

 

 カモが取り出した三枚のカード。

 一枚は明日菜が大きな剣を持った綺麗なカードなのだが、後の二枚はデフォルメされた目つきの悪い明日菜が『ギタギタよ』と言ってたり、やたら間がヌケた顔の木乃香が『ほわ〜』と言ってたりしているデザインで、まるで落書きのよう。

 

 だが、このカードこそがネギとの仮契約の証であり、彼との繋がりを意味するパクティオーカードなのである。

 

 因みに二枚の落書きのようなカードはスカカードといい、ちゃんと仮契約を行えなかったカードという事らしい。

 

 

 「ふーむ……つまり、このカードは術者と従者とを繋げているのでござるか……」

 

 『そう!!

  つまりこのカードを使えば兄貴から魔力を借りてパワーアップができ、

  更に専用のマジックアイテムを呼び出す事も出来るんスよ!!

  因みに兄貴の呼びかけに応じて呼び出す事も可能な優れものなんでさ!!

  という訳で、どーっスか? 姐さんらもここは一つ……』

 

 「いや、パワーアップとかはぶっちゃけどうでもいいでござるが」

 「そーアルなー」

 

 

 ガガーンっとショックを受けるカモ。

 

 楓も古も武闘派であり、己を高めてゆく事に喜びを見出すタイプである。

 だから、他の力に縋るようなパワーアップには余り興味が無いのだ。

 

 しかし、そんな事よりかなり興味深い事がそこにはあった。

 

 

 「ふむ……という事はこれは術者と従者……

  言うなればパートナー同士との結び付きを強める事ができるでござるな?」

 

 『……へ? あ、いや、まぁ、それはそーなんだが………』

 

 

 幾分酔いが覚めたのか、古も楓が何を聞こうとしているのか解かっていた。

 

 その眼差しを受け、楓も無表情のままではあるがコクリと頷く。

 

 

 「……時にカモ殿。実は拙者らに提案があるのでござるが……」

 

 『……何スか?

  あっ、もしかして兄貴と仮契約を「くだらん事言たら、蒸篭で蒸し焼きにするアルよ?」……ナンデゴザイマショウカ?』

 

 

 ひょっとしたらネギと仮契約をしてくれるのではと期待したのであるが、背後から立ち昇る殺気(いや“食”気?)によって口が塞がれる。

 恐怖によって彼はカクカクとしたロボと化してしまうが、二人とも全く意に返さなかった。

 

 それより何より、何だか気配がヘンだ。

 

 意気込みというか何とゆーか……背後にミョ〜な炎が見える気がしないでも無い。

 

 

 『え、ええ〜〜と……』

 

 

 カモは何だかとんでもなく嫌な予感をヒシヒシと感じている。

 ああ、兄貴があの真祖の吸血鬼と闘う時もこんな不安を……いや、もっと何かメンドーな事が起こるような……

 

 等と思い悩んでも後の祭り。

 二人に捕まった時点で選択肢は異様に狭いのだから。

 

 

 曰く——

 

 −食べられる(DEAD)(or)言うこと聞く(LIVE)

 

 

 なのだ。

 

 

 「いや何……簡単な事でござるよ……」

 

 

 カモの背後にいる古に目配せをし、二人して何やら頷き合っていた。

 

 

 

 月明りを逆光にし、ニヤリと口元だけを歪ませて見せていた楓は、まるで吸血鬼のようだったと後にカモは語ったという。

 

 

 

 

 

 

 

 そして………

 

 

 

 

 

 

 「修学旅行特別企画!!

 

 

  『くちびる争奪!!

 

   修学旅行でネギ先生とラブラブキッス大作戦』〜〜〜〜〜〜!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ——その夜、ナニかが起ころうとしていた。

 

 

 




 注意 <お酒は二十歳になってから> 超☆今更ですが。

 かのこ は最初出すつもりだった使い魔で、断念した理由は…忘れましたw
 馬鹿だから馬か鹿。
 流石に逆さ読みでカバを使い魔にする訳には……と悩んだ事だけ覚えてします。

 因みにサクランボを食べているのは、ケルト神話から。
 主食…という訳ではありませんが、かのこは果物が大好きです。

 サイズは、だっこして運べる程度です。
 彼の使い魔になった事で、不条理なパワーアップをする事間違いなし。
 あ、だから削ったのかな?
 兎も角、中編に続きます。


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中編

 

 

 『くちびる争奪!!

  修学旅行でネギ先生とラブラブキッス大作戦』——とは?!

 

 

 各班から二名ずつを選手に選び、新田先生方の監視を掻い潜り、

 旅館内のどこかにいるネギ=スプリングフィールドの唇をGETするという、何というか名前の通りそのまんまのゲームの事である。

 

 妨害は可能! ただし武器は両手の枕投げのみ!!

 

 上位入賞者には豪華商品プレゼント☆

 

 ただし、新田先生に見つかった者は他言無用。朝まで正座!!

 死して屍拾うものなし、死して屍拾うものなし!! 大事な事なので二回言いました!

 

 

 ……何だかペナルティの方が大きい気がしないでもないし、勝手に宿泊施設をクラックしてまで行うので立派な犯罪じゃない? という気がしないでもないが、そーいった理屈はさて置いてイベントに飢えた女子中学生らにはかなり受け入れられていた。なんてこったい。

 とゆーか、クラス委員長が率先していた気がしないでもないのだから困ったもの。

 

 しかし、そんな脳天気な女子中学生らの知らない裏では恐ろしい陰謀が蠢いていたりする。

 

 

 既に少女らが宿泊をしているホテル嵐山の周囲には魔法陣が描かれており、これにより当旅館内でネギとキスをすれば即仮契約が成立してしまうのである。

 

 つまりこれは、ゲームイベントの名を借りた仮契約者大量GET作戦だったのだ!!

 

 おまけに班&個人の連勝複式トトカルチョまで実施するので、どう転んでも企画をぶったてた朝倉 和美&アルベール=カモミールはウハウハなのである。

 

 

 だが——

 

 

 「アンタ、どうかしたの? 何か凄く疲れてるような気がするんだけど……」

 

 

 彼女の言葉は自分の胸元に投げかけられた。

 その朝倉の胸元から顔を出しているのは今回の相方であるオコジョ妖精カモなのだが……なんというか、白い体毛を灰色にしてぐったりとうな垂れていたのだ。何だか白いウナギの様でもある。

 

 

 『いや……なんつーか……理不尽な仕事をさせられてよ……』

 

 「は?」

 

 『何でもねぇ……

  いや、上手くいけば丸儲けになるわけだし、結果的には良い方向にいくかも……』

 

 「ふぅん……?」

 

 

 何だか要領を得ない朝倉であったが、聞いてはいけないよーな気がしたからスルーしてやった。このオコジョが何だかボロボロに疲労している事もあって、流石に追い討ちは気が引けたのかもしれない。

 

 しかし、それでも美少女の胸の間にいる所為か何とか気力が回復してきてヨロヨロと身体を起こし始めるカモ。

 疲労困憊とはこの事だろう。

 

 何せ脅しに脅され、魔方陣の契約対象者の式の中にもう一名の名前を追加させられたのだから精神的にもかなりキていた。

 

 そんな事をムリヤリ書き込んだのだから折角の仮契約式が崩れたりしない様に調整するのは大変だったのだ。

 

 

 『それにしても……あの名前のヤツって一体何モンなんだ?』

 

 

 事情を知らないカモは只首を捻る事しかできなかった。

 何せ見た事も聞いた事もない名前だったのだから疑問も当然だろう。

 

 聞いたら聞いたで『おろ? カモ殿は自殺志願獣だってござるか。これはウッカリ』『今、ここで〆ればいいアルか?』等と言われたので寿命縮んだし。

 

 なんだか不安ばかり積もり積もって行く中、必死にそれを思考の外に追いやって作業に戻るカモであった。

 

 

 

 

 

 

 「修学旅行特別企画!!

 

  『くちびる争奪!!

 

   修学旅行でネギ先生とラブラブキッス大作戦』〜〜〜〜〜〜!!」

 

 

 

 各部屋のテレビに映し出されたのは各班代表の少女らの姿。

 画面は六分割され、五つの代表の様子をそのまま見る事できていた。

 

 

 「キャ——っ!

  始まった——っ!」

 「なかなか本格的じゃん——」

 

 

 イベント開始の合図に、観戦側の少女らから小声の歓声が上がる。

 

 旅館内の防犯カメラまでクラックしてこんなイベントをかましている訳であるが……勝手にこんな改造をして良いのか? という話も無いわけではない。

 無いのだが……無駄に技術と能力のある者だらけで何時も訳のわからない騒動を起こしている麻帆良の生徒らは余り気にせず画面に見入っていた。

 無論、麻帆良の頭脳とまで言われている超 鈴音ならもっと別なやり方をしていたかもしれないが、自分からそこまでちょっかいを掛ける事は余り無いし、今回は完全に傍観者である。

 何せ賭けても無駄だと理解しているから、トトカルチョにも関われないのだ。

 

 

 彼女らは本当に楽しげに、少年の唇ねらうハンターとなった少女らに声援を送っている。

 

 手堅いのであれば2班−4班の一点買いだとか、3班は本命だとか騒ぎつつ。

 何というかプチギャンブラーを楽しんでいるようだ。

 

 

 その班の代表者達であるが……

 

 

 『うぐぐ……

  なんで私がこんな事を……』

 

 『つべこべ言わず援護してくださいな!

  ネギ先生の唇は私が死守します!!』

 

 

 3班代表選手

  雪広 あやか

  長谷川 千雨

 

 

 死守っつーか、自分の唇で塞いで守るつもりなんだろ? とかツッコミを入れたい気がしないでもないが、そうなると妄想に浸ってウザいので黙っている千雨。

 ヤる気の塊あやかと、全くもってナッシングの千雨のペアである。ただ、あやかのショタコンパワーに皆の期待が掛かっていた。

 

 

 

 『よ——し、絶対勝つよぉ——っ!!』

 

 『エヘヘ……♪ ネギ君とキスかぁ……んふふ……』

 

 

 4班代表選手

  明石 祐奈

  佐々木 まき絵

 

 

 安定感のある運動部二人組。

 バスケ部の祐奈と新体操部のまき絵だ。

 

 何だかネギを可愛いと思っているまき絵は兎も角、祐奈の方はゲームで勝つという気力だけが前に突き出ていたりする。

 そのバランスと勢いに期待がかかっていた。

 

 

 

 『あぶぶぶ……

  お姉ちゃ〜〜ん……正座はいやです〜〜』

 

 『大丈夫だって!

  僕らはかえで姉から教わっている秘密の術があるだろ』

 

 『そのかえで姉と当たったらどうするんですか——っ』

 

 

 1班代表選手

  鳴滝 風香

  鳴滝 史伽

 

 

 小学生然とした外見の双子が廊下を駆ける。直後ろからついてくる妹は半泣きだ。

 前を行く左右に髪をまとめているのが姉の風香で、泣きながらもついてくる髪をシニョンにしているのが妹の史伽である。

 

 技術は未知数。だが、ひたすら学園内を歩き回っている“さんぽ部”なので体力“だけ”は折り紙付きだ。

 

 

 

 「ゆ、ゆ、ゆえ〜〜……」

 

 「全くウチのクラスはアホばかりなんですから……

  せっかくのどかが告白した時にこんなアホなイベントを……」

 

 

 5班代表選手

  綾瀬 夕映

  宮崎 のどか

 

 

 押しの弱いのどかの頭が自分より身長の低い夕映とほぼ同じ位置にある。つまりはそれだけ腰が引けているという事だ。

 

 その夕映とて何時もならこんなオバカなイベントに関わる事はあまりない。

 目を前髪で隠しているほど内気であるのどかが勇気を振り絞って告白した矢先に、その相手の唇を皆が奪おうというのだから参戦せずにはいられ無かったのである。

 

 

 「ゆえゆえ いいよ〜〜〜

  これはゲームなんだし……」

 

 「いいえダメです」

 

 

 何時ものように一歩下がって遠慮しようとするのどかの意見を、夕映は目を光らせて却下した。

 

 確かにネギは今一つ頼りないし、ぶっちゃけお子様であるが、同年齢の少年よりかはメンタル面が遥かに大人であるし、何より粗は目立つものの既にイギリス紳士としての気遣いを見せる事ができている。

 

 のどかは知らない事であるが、夕映は麻帆良の図書館島の地下で彼に守られた事があるのだ。

 無論、全然頼りにならなかったのだが、それでも彼は彼なりに必死に自分らの事を考えて行動してくれていた。

 

 数日とはいえ一緒にいたからこそ、夕映はネギの事を大人の中でも最もマトモな部類にはいる男だと判断し、あれから彼の事をそこらの凡庸な教師らよりずっと頼りにしていたのである。見た目は変わりないが。

 

 言うなればネギは先物少年。

 正に今がお買い得なのだ。

 

 彼ならばのどかを泣かせたりはすまい。

 

 

 『絶対勝ってのどかにキスさせてあげます!

  行くですよ!!』

 

 『う、うん——』

 

 

 嗚呼、なんと美しきかな友情……

 

 か弱い友人が勇気を振り絞って告白をした初恋の相手、ネギ。

 そのネギとの仲を取り持とうという夕映の友情には涙を禁じえない。

 

 

 

 

 

 

 

 ——そんな様々な想いが交錯する中、別の思惑を持って行動している者達がいた……

 

 

 

 

 

 その二名、

 普段よりずっとテンションが高まっており、その雰囲気からもオッズが上げられていて中々な人気馬となっている。

 

 確かに気合の入り具合だけでみれぱ確かに対抗……いや、本命とみなして良いかもしれない。

 彼女等の地の戦闘能力,持久力は班代表どころか学園でもトップクラスなのだから。

 

 嗚呼しかし……

 だがしかし、例え彼女らが最初にネギに接触しようとも、絶対に勝者となる事は有り得まい。

 

 いや——“克つ”事はあるだろう。

 

 何せ二人はこのゲームのルールに全然乗っていないし、乗るつもりもないのだから。

 よって彼女らに賭けたとしても何の利も発生しないのである。

 

 

 『ふ、ふふふ……ふふふふふ……』

 

 

 体の小さい方の少女が妙な声を出して笑っている。

 

 

 『ふっふっふっ……』

 

 

 そして相方の身長が高い方の少女もだ。

 

 笑い声もナニ過ぎて不気味極まりないが、その身体から噴出している気配は何だかただ事ではない気合が入っている。

 それも頭の中のネジはぶっ吹っ飛ばしたまま。

 

 だからこそ前述の通り、そんな二人の頭の状態を知らぬ少女らは掛け率を上げていたりする。

 

 しかし二人に賭けるのは単に胴元を喜ばせるだけ。

 何せ“克つ”つもりはあっても、勝負に“勝つ”つもりは無いのだから——

 

 

 『拙者らは酔っているでござる!』

 

 『ウム! 酔てるアル』

 

 『だから判断力が鈍っているでござるよ!!』

 

 『ウム!! もー大変アルね!!』

 

 『つまり……』

 

 ウッカリと他の誰か(、、、、)を件の子供先生(ネギ)と間違えてもしょうがないのである。

 

 

 『うむ、仕方ない事でござるな。この暗さ故に見間違ってしまいそーでござるし』

 

 

 ……ヲイ、忍者。

 

 『そうアル。仮に(、、)間違てしまても不幸な事故アルね。事故』

 

 

 主に相手にとって…かもしれないが。

 

 

 

 

 

 少女らの裏で蠢いていた一人と一匹。

 

 しかしその思惑に便乗する者が現れている。

 

 仮契約&トトカルチョというその思惑の中、更にその中で別の思惑が割り込みを掛けていた。

 

 ただでさえ混沌とした状況であったというのに、これにより更に拍車がかかる事は間違いあるまい。

 

 

 

 ともあれ、何だかよく解らない思惑が交差する狂乱の夜はこうして始まりの鐘を鳴らすのだった——

 

 

 

 

————————————————————————————————————

 

 

 

              ■九時間目:PROJECT えー (中)

 

 

 

————————————————————————————————————

 

 

 

 

 

 「ううっ……?」

 

 

 ぞくぞくと言い様の無い怖気が走り、思わず身体を縮込ませてしまうネギ。

 

 従者仮契約を結んだ明日菜と、木乃香を守る為にも力を貸してくれる刹那が見回りを終え、やっと深夜になって遅れた入浴に向っていた。

 そして一人部屋に残ったネギは、魔法使いの勘に引っかかったものがあるのだろうか、嫌な予感に見舞われていたのである。

 

 

 「何だろ? この寒気は……」

 

 

 やっぱり不安は拭い去れない。

 一休みしようかと思っていたのであるが、不安が増した事もあって眠気も失せてしまった。

 

 また西の刺客が向ってきた時にとっさに動けないと拙いので、スーツを着たままであった彼は、丁度いいとばかりに気晴らしも兼ねて外回りに出掛ける事にした。

 

 と、ドアに手をかけたところで点呼を思い出す。

 いくら教師とはいえ子供なので消灯時間は厳守。下手に部屋を開けてそれを他の一般教師等に知られてしまうと面倒な事になりかねない。主に新田先生的な意味で。

 

 一体どうしたら良いものか?

 

 その時思い出したのは刹那から借りた式符。

 

 “奴さん”を思い出す、人型に切られたそれ。

 関西呪術協会などでポピュラーに使用されている『身代わりの紙型』といわれているもので、西洋風に言えば簡易ペーパーゴーレムを生み出すマジックアイテムである。

 その紙に名前(本名)を書けば、札はその名前の人物そっくりの人型をとるのだそうだ。

 

 

 「ええ〜と……」

 

 

 ネギ=スプリングフィールド……と口で言うのは簡単なのでであるが、ネギは元々イギリス人。

 日本語会話と“読み”に関しては兎も角、“書く”方はまだ完璧ではなかった。

 

 

 —ぬぎ—

 

 「あ、間違えた」

 

 

 —みぎ—

 

 「あ……カタカナの方がいーかな?」

 

 

 —ホギ=ヌプリングフィールド—

 

 「あれ……? 何かちがうぞ」

 

 

 何枚か失敗し、それでも何とか自分の名前であるネギ=スプリングフィールドと書き終えた彼は、その符を起こすべく教えてもらった言霊を唱えた。

 

 

 「お札さん お札さん 僕の代わりになってください」

 

 

 符に込められた式が発動し、光が溢れ出す。

 書かれた真の名を触媒にしてその力は人の形を取り、一瞬後にはネギのそっくりさんが彼の前に立っていた。

 

 

 「こんにちはネギです」

 

 「わ——スゴイや!!

  僕そっくり。西洋魔法にはこーゆーのは無いなー……」

 

 

 何だか目の焦点合ってないよーな気がしないでもないが、それでも見たこともない魔法(正確には術であるが)にネギは喜んだ。

 

 これを上手く使えば敵の目を眩ませる事も可能であるだろうし、これから行おうとする見回りの身代わりも務めてくれる。これさえあればとりあえずの誤魔化しなるだろうし。

 

 何せネギの代わりに布団の中で寝てくれていたら良い“だけ”なのだから。

 

 

 「ここで僕の代わりに寝ててね」

 

 「ネギです」

 

 

 ……何だか返事がかなり心もとない。

 

 だが、それでもネギは気にしていないのか気付いていないのか、はたまた身代わりができた事に安心したのか、杖を片手に元気に窓から見回りに飛び出して行ってしまった。

 これで本体である自分が人目に付きさえしなければ怒られたりする事はあるまい。

 

 

 いや、彼“が”見つからずとも、彼“みたいなモノ”が見つかっても同じなのであるが……

 

 

 「こんにちは ぬぎです」

 「みぎです」

 「ホギ=ヌプリングフィールドです」

 「やぎです〜〜〜」

 

 

 丸めてごみ箱にポイ捨てしただけで、見届ける事もなく部屋を出て行ってしまったのは大失敗だ。

 

 式符というものは、下地の形を無くさねば……つまりは破いたり燃やしたりしなければ発動する事もあるのだが……

 

 陰陽術に詳しくない彼が知る由もなかった———

 

 

 

 

 

 

 

 「むぅ……っ?!

  何だ、このざらっとした感覚は?!」

 

 

 一方その頃——

 子供先生が訳の解らない寒気を覚えた挙句にポカぶちかましていた正に同時刻、

 ネギ達と同様に襲撃を警戒していた横島は、かのこを連れてちょこちょこと旅館周囲を見回っていた。

 

 そんな時、何故かはしらないがどこかのNT宜しく異様なプレッシャーをピキュイーンと感じたのである。

 

 

 多数の少女らから狙われているネギほどではないのだが、横島の方が霊感が高い為に僅か二人からとはいえ、受けるプレッシャーは同じだったりする。

 

 

 「風邪か? いや……何か知らんがオレの霊感にビンビン感じるものが……

  何だろう……このままだったらナニかが終わってしまうような……」

 

 「ぴぃ?」

 

 「い、いや大丈夫だ。

  やらせはせん。やらせはせんよ——

  具体的に何を? と聞かれたら困るが」

 

 

 傍にいる小鹿の頭を撫で撫で、そう自分に言い聞かせる横島。

 言い聞かせている時点で何か終わってる気がしないでもないが。

 

 こんな彼であるが腐っても霊能力者である。

 

 それも周囲が優秀すぎた故に本人の自覚は無いのだが、世界でも指折りのランクなのだ。

 だから彼の勘というものは馬鹿にできない。

 

 彼の頭に浮かぶ予感というものは“予知”と言っても良いレベルで、本当に何かの予兆だったりする。

 

 それを理解しているのかしていないのか、横島はその怖気を気の所為とすべく、とりあえず風呂に入って汗を流そうとしていた。

 人それを単なる現実逃避という。

 

 因みに本日二度目の入浴……ではなく、これが最初だ。

 ……さっきは入ろうとしてエラい目に遭って機会を逸していたのである。やはり人汗流したいという想いは残っているのだろう。血溜りには浸かれたが……

 

 

 「ふ……まさか女子中学生の裸体に見とれてしまうとは……

  実際、楓ちゃんの歳ってばオレの半分やいうのに……

  しかしエエ身体しとったなぁ………」

 

 

 思い出すのは湯で火照ったのであろう、薄赤く色づいたなめらかな肌。

 すっと伸びている四肢。

 大きな胸。

 くびれたウエスト。

 腰からヒップに続くライン……そして……

 

 

 「——はっ!?

 

  い、いや……いやいやいやいやいや、違うぞ!! オレは想像なんてしてへんぞ!!

  ドッキンドッキンやしてへんぞ!?

  中学生にときめいてないぞ!!!」

 

 

 ——いやいや……考えても見ろ。

   “向こう”にいた時だって、幽霊とはいえ初対面の“あの娘”にお前は飛び掛っただろう?

   あの時の彼女は数えで十五……つまり十四歳だったんだぞ?

 

   身体を取り戻して高校に通ってはいたが、肉体年齢は変化していない筈。

   だというのにナニを今更 躊躇っている?

 

 

 等と真実を告げる声が心の奥から聞こえてきたりするのだが、あえて無視。ガン無視である。

 

 

 「聞こえないったら聞こえないっ!!」

 

 

 こうまで必死にならないと女子中学生に萌えてしまうというのか?

 世界はオレに何をさせようというのか?

 

 ドちくしょう!! みんな敵じゃあっ!!

 オレの純潔を返せぇっ!!

 

 

 ——ナニが純潔なのやら。

 

 中学生に開眼しかかっただけで、世界レベルでの陰謀を疑っている横島。

 何だか情けなさ過ぎて泣けてしまう話である。

 

 いや、本当にしくしく泣いてるし……

 

 かのこ も心配して蹲って泣く彼の顔をペロペロと舐めている。

 そういう無垢な慰めがいっちゃん堪えるのだが言ってはいけない。

 

 

 そう追い詰められている横島であるが、彼の性質(含むセクハラ)は兎も角、その生活の環境には同情できるだろう。

 

 何せ女子校。

 男っ気が殆ど無い閉鎖空間なので少女らの普段の警戒心は相当薄い。

 お陰で手を出しても良い訳ではないのに、皆ものごっつ隙を見せまくってくる。

 尚且つ、身近にいる少女は年齢以外は(、、、、、)完全におもっいっきり好みのど真ん中なのだ。

 

 絶対にかじれない位置に人参をぶら下げられて走り続ける馬……今の横島はそんな心境だった。

 

 

 しかし、それにそれだけ耐えられないというのなら外に遊びに行けばよいのであるし、飴の力が切れてからナンパしたってよい筈だ。成功するかしないかは別として。

 

 だが、言うまでもなく木乃香という将来にドでかい期待がもてる美少女を横島が放って置く事等できる訳がないし、何より学園長である近衛に先に手を打たれているのも痛い。

 

 横島とて好きで子供の姿のままでいたい訳ではないのだ。

 

 

 ……実は彼、子供用の衣服以外を用意されていないのである。

 

 

 そうなると旅館で売っている下着以外は浴衣を着る以外手はないし、流石に浴衣姿ではナンパはできない。

 

 手持ちのお金も大した事がないし、観光地で売っているTシャツ等はデザインが微妙だ。そんな物を手に入れたとしても当地の女性らを口説くには余りに役者不足である。

 

 更には楓にあんなマジックアイテムを手渡されているので暴走すら任意に止められてしまう始末……

 

 

 つまり、(そう言った意味合いでは)完全に手詰まりなのだ。

 

 

 横島の事を心配し、信用してはいても釘もちゃんと刺してあるところは流石に関東魔法協会理事。

 珍妙な頭をしてはいてもやってくれるものである。

 

 ただ彼の煩悩パワーを人類の範疇に入れるという甘い考えをしているので、発散の時間や場を与えるという時間を取らせておらず、その所為で横島は溜まりに溜まったストレスで死にそうになっていた。

 

 かのこという癒しがなければ本当にイロイロと拙かった事だろう。 

 

 

 心配してくれる小鹿の頭を涙目で撫でてやりつつ、ふと窓から外に目向ける横島。

 

 廊下の窓からも庭の様子が解るのは月光で明るいからか。

 

 目に入る光を辿って空を見上げると、其処には己を白い輝きで見せている月が浮かんでいた。

 

 

 ——おかしいな月の周りに虹が……月虹まで見えてるぞ?

   ふふふ 涙で滲んでいる所為かな?

 

 

 等と横島はそのやるせなさから溜め息を漏らしてしまう。

 

 

 

 

 「あ……」

 

 「え……?」

 

 

 そんな彼の耳に、少女の呟きが入ってきた。

 

 相手が美少女であれば如何な年齢であろうと聞こえてしまう自分の耳が恨めしい。

 横島Earは地獄耳なのだ。

 

 目が反射的にその声の主がいるであろう方向を向いてしまうのが物悲しい。

 相手が美少女であるのなら、眼福である事に間違いはないのだから。

 

 はたしてそんな横島の目の先——

 廊下の灯りの下にいたのは、見回りを終え、結界を強化し終えた刹那と明日菜の二人であった。

 

 

 「アンタこんな時間に何してんの?」

 

 

 イキナリ“アンタ”はないだろう? という気がしないでもないが、明日菜がそう疑問を感じて問い掛けてくるのも当然で、時計の針は既に11時を回っている。

 横島は現在タダキチモードなので、こんな夜中に子供がフラフラと歩いていると否が応でも目立ってしまうのだ。

 

 

 一瞬、返答に困り焦った横島であったが、何故だか話し掛けてきた方の明日菜が急に押し黙っていた。

 

 はて? と首をかしげた横島の前で、彼女は何か拙い事でも呟いたかのようにバツが悪そうな顔をして視線を下に落としてしまう。

 

 そんな明日菜は元より、何だか相性が悪そーな気がする刹那ですらも横島の目元で何かを見出してから居心地悪そうな顔をしていた。

 

 はてはて? と横島が更に首を傾げる前に、明日菜がゴメンと小さい声を漏らしたではないか。

 全く持って彼には余計に訳が解らない。

 

 

 「な、何や? オレがどないかしたんか?」

 

 「う、うん……別に……」

 

 

 取り合えずはそういって場を取り繕おうとした横島であったが、明日菜は曖昧な返事で返されてしまう。

 刹那は刹那で何か言おうとして言葉を飲み込んでいるし。

 

 何というか……目の前の二人よか居心地の悪さを覚えてしまうほど。

 

 

 『ハ……っ!?

  まさかオレが眼鏡ちゃん(千草)にやったセクハラのショックで男性不信に?!』

 

 

 確かに、二人の様子はスケベィぶっこいた後の横島に対する女達の様子に似ている。

 引きが入ってる……というヤツだ。

 

 何せアレは、後になって横島自身が身悶えしてしまったほどの変態行為だったのだから。

 

 確かにそれを見せられた方は堪ったものではないだろう。下手をすると『男なんて——っ!』とか言って百合に走りかねないではないか。

 そう思うとなおさら居たたまれなくなってゆく。

 

 何よりかにより、ウジムシを見る眼で見られている(ような気がする)し。

 

 だから彼は、

 

 

 「え、え〜〜と……ま、まぁ、その……

  ほな……オレ、部屋に帰って寝るわ。オヤスミ」

 

 「え? お、おやすみ……」

 

 「……おやすみなさい……」

 

 

 入浴を諦め、言葉を濁してその場を逃げるようにその場を後にしたのである。

 

 

 というか、完全に逃げていた。

 

 自分の変質者的行為に対する負い目もあるし、何より責任という言葉からの逃避という事もあった。

 ならするなよっ! という説もないわけではないが、命に関わってもリビドーを止められない“今”の横島は、本能の制御が異様に難しいのである。

 

 

 それに彼女らから逃げたのにはもう一つ理由がある。

 

 

 彼女の持ち物からして入浴であろう事は解った。

 

 実は彼、『美少女との混浴♪』というシチュに萌えが沸き上がって理性が負けそうになっていたのである。

 

 あーゆー行動をとった事によってヒンシュクを買った挙句、その少女らに興奮でもしたら最悪ではないか。

 だからトンズラぶっこいたのだ。

 

 

 明日菜の方は知らないが、刹那の肌の白さや肌目の細かさはとっくに横島実装HDにハッキリバッチリ焼きつけられている。

 

 ロリ否定を掲げている横島ですら“記録”してしまうほど美少女である刹那。

 ドコをどー見ても中学生とは思えない楓や真名。何気にプロポーションが良くてしなやかな肢体の古。

 麻帆良という地は、彼が知っている範囲だけでも美女美少女だらけという、とんでもない環境なのだ。

 

 その中でも上級である刹那や明日菜といった美少女には、“押さえ”がそう利くとは思えなかったのであるし……

 

 

 「って、“押さえ”ってナニ?!

  オレは別にロリちゃうはずやんっ!!

  ジャスティス!! しっかりしろ〜〜〜〜っ!!」

 

 「ぴ、ぴぃ?!」

 

 「おがーんっ!!」

 

 涙の軌跡を後ろに残しつつ、横島はただ駆けた。

 小鹿が追従しているので見た目のおマヌケさは如何ともし難かったが、駆けるしかなかった。

 

 何しろアイデンティティが船の中でするジェンガより揺らいでいたのだから。

 

 

 

 因みに——

 横島の心の中で悟りを得たジャスティスは、高い崖の上で直立不動で腕を組み、世紀末覇王も裸足で逃げ出す鋭い眼光を放ち、

 

 

 『可愛ければそれでOK!!』

 

 

 とサムズアップかましていた。

 

 

 

 

 

 「……泣いてた……みたいね……」

 

 「ええ……」

 

 

 見回りの所為もあってかなり遅い時間となってはいるが、流石にそこは女の子。入浴は欠かせないらしい。

 

 着替えを持って歩く二人であったが、タダキチと分かれてからは何だか足取りが重かった。

 

 というのも……

 

 

 「そうよね……家族を一度に無くしたんなら、笑ってばっかじゃいられないわよね……」

 

 「ですね……」

 

 

 何というか……タダキチ(横島)は無くした家族を思い出し、一人静かに泣いていた……と見られていたらしい。

 

 “向こう”でも良くも悪くも誤解されまくっていた彼であるが、異界の地に来てまで同じように誤解を受けているのだから大したものである。

 

 刹那ですら、列車内で疑った事を後悔しているくらいであるし、普段からガキは嫌いだといっている明日菜ですら後ろを振り返って見えなくなった彼の背を見つめていた程だ。誤解もここまで深まれば大したものである。

 

 いや、やはり世界を越えてまで発動する横島クオリティに感心すべきか?

 

 

 「そう言えばさ……」

 

 「……はい?」

 

 「このか……あの子に何か言われたみたいね」

 

 「みたいですね……」

 

 

 明日菜に言われて思い出すのは木乃香の笑顔。

 

 諦めたら終わり。

 だからウチから離れて行く理由が解るまで……ううん、理由が解ったらそれをどないかする!! そう言って突撃してくる木乃香。

 

 奈良公園で強引に逃げた事でやや落ち込んでいた刹那であったが、そう言いながら何かを吹っ切ったように突撃してくる木乃香のそんな笑顔に救われた気がした。

 それもあの少年が助言してくれたかららしい。

 

 余計な事を……という気がしないでもないが、喜んでいる自分も確かにいる。

 

 

 「本当に大事なものは、無くしてから気付く……か」

 

 「……? それは?」

 

 「ん? このかが言ってたの。

  あの子がそう このかに発破かけたんだってさ」

 

 「そう……ですか……」

 

 

 刹那にはその言葉の意味が解る気がした。

 

 “同族”からは疎まれ、“こちら側”からも白眼視されていた彼女から言えば、木乃香という存在は唯一の心の拠り所だった。

 

 幾ら彼女を守る為とはいえ、その彼女から距離を取っているのは木乃香に会う以前よりも孤独感が増す。

 

 

 そしてこの学園の皆が家族代わりである明日菜もそんな木乃香の気持ちが解る気がした。

 

 

 「家族……かぁ……

  私には良く解んないけど……

  仲の良かった友達が急に居なくなったって辛いんだから そりゃ辛いわよね」

 

 「う……」

 

 

 改めて言われ、今ごろになって思い直す。

 自分からこんな風に自分で作った壁に対して孤独を感じていたのだ。優しい木乃香なら尚更だろう。

 

 今更ながら、こんな方法しか思いつかなかった不器用な自分に溜め息が出た。

 

 家族を“知らない”という明日菜は、その代わりに麻帆良での友人知人がそれに相当する。

 だからこそ大切な絆である友達を大切にし、おせっかいをかけるのだから。

 

 

 と、そこまで明日菜の事を考えている刹那は、不意に彼女のセリフに引っ掛かりを覚えた。

 

 彼女は『家族の事はよく解らない』と言っていたのだ。

 

 

 「……? よく解らないって……神楽坂さん……」

 

 「あれ? 言ってなかったっけ? 私、麻帆良に来る前の記憶無いのよ」

 

 「え……?」

 

 

 実にあっさりととんでもない事を口にされ、刹那は二の句が出なくってしまった。

 

 しかし明日菜にとっては本当に何でもない事なのだろうか、直に思考は木乃香や彼女を狙っている西の輩に向いてウンウン悩んでいるではないか。

 

 刹那はただ、そんな彼女の後姿を呆然と見詰める事しかできなかった。

 

 

 明日菜はやはり、意外な話をしたという風もなく平然と歩いている。

 

 昔からであるが、一人でも別に寂しさは感じていなかったのだ。

 

 何せ小等部まではまだ親代わりだった高畑がそばにいてくれていたし、その後も高畑は元より木乃香やあやかとかが側にいてくれたし、彼女の感情の成長と共に友人知人が増えてきたのだから寂しさを感じる事がなかったのである。

 いや、だからこそそんな風に知り合いが離れて行く事による淋しさを感じられるのだろう。

 

 自分から距離を取っていた刹那には解り辛かった事で、明日菜から話を聞いて初めてそれに気付いたと言える。

 

 今更ながら木乃香の想いを知った気がし、刹那はまた落ち込んでいた。

 

 はたしてそれで本当の意味で木乃香を守っていたといえるのだろうか?

 距離を置いたのは自分を無理に納得させただけだったのではないだろうか?

 

 情けない……

 

 所詮、私は守れた気になっていただけなのか……

 

 

 そんな想いが何時の間にか彼女の足取りを重くしていた。

 

 だが、何時までも悩んでいる暇は無い。

 ここにいるのは彼女一人ではないのだ。

 

 彼女が付いて来ていない事にやっと気付いた明日菜は後ろを振り返り、

 

 

 「あれ? どうかしたの?」

 

 

 何気ない口調で問いかけて来るのだから。

 

 

 「い、いえ……」

 

 

 頭を振り、何か口にしようとした言葉を飲み込み、足早に彼女の横に駆け寄って行く。

 

 下手に言葉にすれば、彼女や木乃香に対して何か失礼な事を言ってしまいそうだったのだ。

 

 刹那はそんな自分を叱咤しつつ明日菜の横に立ち、肩を並べて夜の廊下を歩き始めた。

 

 

 魔法の知識が無いからか、やや見当違いな木乃香を守る術のアイデアをあーだこーだと口にして行く明日菜の隣で、刹那は大切な人を守ろうとするからこそ距離を置こうとした事が、

 

 

 ——自分に対する言い訳である事を、やっと受け入れ始めていた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……それにしても、何でココに小鹿がいるのかしら?

  何かアイツに懐いてたみたいだけど……」

 

 「さ、さぁ……?

  (何だかあの小鹿、やたら霊格が高かったような気が……)」

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 何だか自分の窺い知らぬところで(何時ものように)やたら影響を与えている横島であるが、そのトンズラぶっこいた彼が今どこに居るのかというと……

 

 

 「ナニ真面目に仕事してんだろ……オレのキャラとちゃうんやけどなぁ……」

 

 

 その姿は旅館の屋根の上で見つける事が出来る。

 

 

 ……いや、確かにイロイロな理由で敗走し、泣きながら部屋に戻ったのであったが、部屋に戻った瞬間にとてつもない怖気に見舞われ、

 

 

 

 

           —— ナ ニ カ ガ ヲ ワ ッ テ シ マ フ ——

 

 

 

 

 という、天啓を授かってしまったのである。

 

 慌てふためき かのこを抱き上げて部屋を飛び出した彼を誰が責められようか?

 

 ……まぁ、『大げさ過ぎっ!!』という説も無きにしも非ずであるが、横島的にはヲワリだとゆーのだからしょうがなかろう。

 

 煩悩そのものを霊力集中のスターターにし、萌える事によって出力を増していた非常識な男であるのだから、そう言った女性のストライクゾーンに煩くなってもおかしくない……のだろう。多分。

 それでも大人になってマシになった筈なのであるが……

 

 

 「……まだ“安定”してないんだなぁ……ヤレヤレ……」

 

 

 誰にも語っていないが、横島の心には“綻び”がある。

 

 それでも人間では考えられない速度で修復されていっているのだが、それでも限度はあるのだ。

 

 だから十七歳時の煩悩の暴走と同レベル“程度”で終わっているのはかなりマシなのである。

 

 

 何だか空から自分を見下ろす月にまで同情されているようで余計に物悲しくなってきた。

 

 横島はその月に軽く溜め息を吹き付け、気を取り直して霊波を探って異常がないか調べ始める。

 

 刹那達が見回っているだろうし、楓も気を付けてくれているハズ(、、)だ。

 

 それでも念の為…と再確認するのは護衛対象が女の子だからだろう。

 

 これがオッサンを護るとかの任務であったら既に寝ていたかもしれない。

 

 

 ——異常は……ないようだ。

 

 刹那も何やら結界を強化しているようであるし、彼も及ばすながら…とコッソリと霊気を送り込んで、符の強度ギリギリまで防護の力を上げているのだから、無理に旅館内に侵入しようとすると横島にも伝わってくるだろう。

 

 

 「でもまぁ……昨日は結界符を使ったってのに入られたからなぁ……油断できなん」

 

 

 流石に結界から出ると同時に千草に入られた……等という自分と同レベルのオポンチをネギがかましているとは思いもよらない横島であった。

 

 それでも油断をしていないのは成長した証なのだろうけど。

 

 

 

 「しっかし……何で屋根の上で酒の臭いなんかがするかなぁ……やっぱ誰か侵入してんのか?」

 

 

 紛いなりにも かのこも使い魔なのだから頑張ろうと鼻をぴすぴすさせて調べようとするのだか、やはり酒気に中ったかフラっとしていた。

 

 そんな小鹿を抱き上げて代わって調べる彼であったが、ツマミや肴の跡も匂いも無い事から酒だけ飲んでいた事が感じられる。

 それ以外の痕跡らしい痕跡は残っていない。

 

 仕方ないなと思いつつも、痕跡を探るがやはり何もなし。これで本当に侵入者があったならそれは容易ならざる相手となる。流石の彼もそれは勘弁して欲しかった。

 

 

 意外と真面目に仕事をしている横島であるが……やはりここで宿泊しているのが女の子。それも未来の美女である現美少女の安全が掛かっているのだから当然の事と言えるだろう。

 

 きちんと隅から隅まで目視で調査し、霊気を発して調べて違和感の無さまで調査を続けている事からも、その重要度が解るというものだ。

 

 そして彼は横島忠夫である。

 その超特殊な鼻は酒の種類を臭いで嗅ぎ当てられずとも、女の匂いはバッチリ嗅ぎわける事ができるワケで……

 

 

 「あ、あれ? 何か楓ちゃんと古ちゃんの残り香があるような……」

 

 

 実にアッサリと誰が居たか理解してしまっていた。

 

 彼に問えばその香りの見分け方を熱く語ってくれるだろうが、そんな事を詳しく文字で表したら検閲に掛かるか、R禁指定を喰らって削除されたりする事請け合いだ。

 

 兎も角、彼の超感覚によると件の二人はついさっきまでここに居て酒を飲んでいた事となる。

 

 言うまでも無く正解であるし事実だ。

 ミイラ取りがミイラに……って感じがしないでもないが、ともかく古を探していた楓はここで彼女を見つけ、イロイロあって一緒に飲みまくるというオバカさんかましたりしているのだから。

 

 

 「……まさか……な……

  オレじゃあるまいし……」

 

 

 しかしそこは無駄に自己評価を低くして自分を知る男。

 自分の様なバカをあの二人に限ってする訳がないという、よく解らない信頼を見せていた。

 

 未成年時から何時もノリで自棄酒を呷ってしまっていた彼だからこその自負(?)と言えよう。

 

 

 だから横島はこう考えた。

 

 結界が張られているにもかかわらず、古と楓はここに飲酒の跡……あるいは飲酒している人物を発見し、それを追っている……と。

 

 なるほど確かに多少の納得はできる。

 

 自分に何の連絡も入れていないのは妙だと思わないでもないが、そーゆー事もあるだろう。

 何せ楓はニンジャであるからして、異変の事実を確認してから報告に来るかもしれない。

 

 

 「まぁ、一応は再確認してみっか……」

 

 

 と、このかを抱いたまま屋根から飛び降りると、旅館の鬼門の方位から結界への見回りを再開させる事にした横島であったが……

 

 

 嗚呼……ここで異変を察知していれば。

 嗚呼……ここでもっと用心していればこの後の喜劇…もとい、悲劇は防げたかもしれないのに……

 

 尤も、

 

 

 — そう……それでいいのだ —

 

 

 等と深く頷いているジャスティス(裏切りモン)が居る限りは……かなり無理っポかった。

 

 

 

 

 

 

 

 『——っ!

  いいんちょ!?』

 

 『まき絵さん、勝負ですわっ!!』

 

 

 その頃、廊下の曲がり角にて3班と4班が遭遇。

 

 唐突な敵対存在との遭遇によって一瞬、まき絵が硬直してしまった。

 無論、ネギの貞操……もとい、唇を狙うあやかがそんな隙を見逃す訳も無い。

 振りかぶった右手の枕をまき絵の顔面めがけて突き出した。

 

 

 ボッ!!

 

 『ふ゜っ!?』

 『も゛っ!?』

 

 

 だが、何と攻撃は同時だった。

 頭は弱くとも、まき絵は体力運動力は定評のあるバカレンジャーの一人なのだ。

 

 その無駄に素晴らしい反射速度によって、あやかとのタイムラグをカバーし切っていた。

 

 

 『もへっ……!?』

 

 

 それでも攻撃力はあやかも負けてはいない。

 年下への偏愛パワーもあって、たかが枕の一撃を受けただけでまき絵はピヨっている。

 

 無論、あやかもであるが。

 

 

 『でかしたまき絵!

  トドメだよ、いんちょ!!』

 

 

 その間隙をくぐり、同4班の相棒である祐奈が枕を振りかぶってあやかに迫った。

 

 あやかの相棒である千雨はというと、元からやる気はゼロである。

 ガキのゲームに関わる気もないし、ショタの気もないのでとっとと終わらせて戻りたい気満々だ。

 

 だから……という訳でもないが、マジに戦おうとしている祐奈には呆れが出、

 

 

 『ガキの遊びにむきになんなよ……』

 

 

 と、溜め息混じりに足をかけて進行を妨害した。

 

 

 『あたたっ?!』

 

 

 見事に踏ん張りどころを見間違えて空振り。

 あやかは九死に一生を(?)得た。

 

 

 『……っと、私とした事がナニ付き合ってんだ?

  とっととズラかってHPの更新を……』

 

 

 思わずあやかを援護してしまった千雨であるが、こういったバトルには関わりを持ちたくないのが本音である。

 

 だから、あやかと祐奈が身を起こし、向かい合ってバトルを再開させたのを確認すると、その隙を見てこの場を離れようとしていた。

 

 と……

 

 

 ばずんっ!!

 

 「あだっ!?」

 

 

 その後頭部に物凄い一撃が入った。

 

 何というか……明らかに枕の一撃とは思えない重さが後頭部に入り、前方にもんどりうって吹っ飛んでしまう。

 

 幸い壁で頭部を強打する事はなかったし、痛みも然程ではないが衝撃だけはハンパではなかった。

 

 ずり下がった眼鏡を押し上げつつ、何とか体勢を整えて立ち上がる。

 

 

 『うぐぐぐぐ………』

 

 

 余りの暴挙に肩を振るわせつつ後ろを振り返ると、そこにはふらつくまき絵の姿。

 

 千雨の視線に気が付くと、『へ? な、何?』と驚きを見せているのだが、

 

 

 『や……やりやがったなっ!?』

 

 

 何だかんだで気が短い千雨は突如として激昂、枕を振りかざしてまき絵に襲い掛かった。

 

 

 『え? あ、ひゃあああ〜〜〜っ?!』

 

 そんな千雨を見、まき絵も慌てて廊下に転がってい(、、、、、、、、)る自分の枕(、、、、、)を拾って防戦に入る。

 

 

 モニターに映る少女らの戦いはついに乱戦へと発展を遂げ、しっちゃかめっちゃかに枕を振り回して暴れまわっていた。

 

 その激しさには、流石に騒動に慣れていた3−Aの少女らも眼を大きくしている。

 

 何せ普段は我関せずを貫いている千雨がおもっきりバトルに参加しているから……という理由からだけではない。

 

 

 「ね、ねぇ……今、千雨さんに後ろから攻撃したのって……」

 

 「う、うん……」

 

 

 千雨が攻撃を受ける直前、まだ目を回していたまき絵は攻撃どころか立ててもいなかった。

 

 そんなまき絵と千雨に間に、風のように一人の少女が天井近くから舞い降り、千雨の後頭部を枕でひっぱたいて彼女が振り返る前にまた姿を消したのである。

 

 そして防犯カメラはその時の様子をちゃんと映写し撮っていた。

 

 

 「長瀬さんだったよね……」

 

 「だよね……」

 

 

 倒すまでも無く、自滅狙い。

 どつき合わせて数を減らすつもりなのだろうか?

 

 運動能力,戦闘能力の高さは誰もが知っているのだが、その能力とは裏腹に楓自身が動く事はめったに無い。

 そんな彼女が何時に無くアグレッシブに行動する事に観戦者たちも後頭部に汗を垂らしていた。

 

 

 

 

 「新田せんせーが移動したアル」

 

 「了解でござる」

 

 

 騒ぎを聞きつけ、鬼の新田が動き出すのを古は物陰から窺っていた。

 

 その背後を突き、彼が移動した方向の真反対に足音を立てず走って行く二人。

 

 何と、楓はあろう事か騒動を誘発させ、新田を誘き出して安全路を確保したのだ。

 普段の彼女からは考えれないほど手段を選んでいない。

 

 正に外道!

 

 

 「ふ……勝負の世界は情け無用でござるよ」

 

 

 酒は大分抜けようだが、頭のネジも抜けたままのようだ。

 

 いや、酒によってテンションが高められてしまい、中々治まりがつかないでいるだけかもしれない。

 

 何せネギ=スプリングフィールド(仮)という獲物を追い求めるハンターの眼差しのままなのだから。

 

 

 「む……?」

 

 「どうしたアル?」

 

 「夕映殿の気配が近くでするでござる」

 

 

 正に楓が察知した通り、楓らが駆けている廊下の外、屋根の縁の上を二つの影が匍匐前進で進んでいた。

 

 前を先導するのは綾瀬 夕映、後ろに続くは本屋ちゃん事、宮崎のどかだ。

 

 

 この二人、実は図書館部という同じ部に所属しており、こう言った行動には慣れていたりする。

 

 恐らく世界で唯一サバイバル能力がないといられないクラブ、麻帆良学園図書部の二人。

 朝倉が大穴と称しているのだが、何気に当たっていたりする。

 

 

 「……成る程……新田先生の目の無い外から安全路を進んでいるという訳でござるな」

 

 「ほほう……考えたアルね」

 

 

 そのまま進めば後は非常口からネギの部屋に一直線だ。

 

 抜け目のないバカブラックの事、どうせ非常口のドアは開けている事だろう。

 

 しかし——

 

 

 「でも、私らには関係ない事アル」

 

 「で、ござるな……横し……もとい、ネギボウズは恐らくあっちの方向でござるに」

 

 

 と、楓が指すのは夕映らが進む方向とは真逆だ。

 

 横島とのトレーニングによって、彼がわざわざ気配を隠していない限り、彼の霊気とやらを感知しやすくなっている楓はあっさりと彼のいるであろう方向を察知していた。

 

 

 「うむ。

  老師……じゃない、ネギボウズが待てるアル」

 

 「急ぐでござるよ」

 

 「アイアイ」

 

 

 そして二人はまた駆け出してゆく。

 

 飲んでから直身体を動かせば酔いが回りやすかったりするが、それは兎も角。

 ネギがいる(事になっている)ホテルの端に向って二人は何だか足をやや縺れさせつつも速度を上げて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

          ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 「ひゃああああぁあ〜〜っ」

 

 

 普段から声が小さく、目立たないようにしていた少女の悲鳴が聞こえた。

 

 無事に目的地である304号室にたどり着いた5班の二人であったが、部屋の戸に手が触れる直前に1班代表選手である双子姉妹とぶち当たってしまう。

 その二人を食い止めてネギの元へのどかを送り込んだに夕映であっが、流石に多勢に無勢。

 某RPG宜しく、両手に持った本で奮闘を続けてはいるが押されている感は拭えない。

 

 が、流石は纏まりはなくとも仲の良さでは定評のある3−Aの人間。

 

 

 『のどか!!』

 

 『本屋ちゃんっ!!』

 

 

 のどかの悲鳴には同時に休戦してネギの部屋へと駆け込んで行った。

 

 三人の目に入ったのは、敷かれている布団が一組。

 そしてその上で目を回しているのどかの姿。

 

 

 『あっ!?』

 

 『のどか——っ!?』

 

 

 見れば窓が開いており、夜風でカーテンが棚引いている。

 

 のどか以外の人影はなく、ネギはこの部屋のどこにもいないようだ。

 

 

 『窓から逃げた!?』

 

 『史伽、追うよ!!』

 

 

 慌てて窓から飛び出す二人であるが、夕映はネギを狙っていた訳ではないし、友人を見捨てる事などできる訳もない。

 

 

 「のどか! しっかりするです。のどか!」

 

 「う〜〜ん……

  ネギ先生が五人……」

 

 「何言ってるですか!」

 

 

 とりあえずはのどかの浴衣の衣体を整えてやり、ネギの床であろう中に寝かせる夕映。

 

 目を回している理由は解らないが、少なくともネギがここにいないのは間違いないだろう。

 

 いや、少なくとも、ネギがここにいたのならのどかをこのような目に合わさないだろうし、そうであったとしてものどかを放っておいて逃げたりはしないはずだ。

 

 何だかんだで今日までの事件でネギの人柄を感じ取っている夕映は、彼の責任感や真面目さをきちんと認識していたのだ。

 

 

 「となると……

  ネギ先生の代わりに誰かがここにいたという事に……」

 

 

 ぞくりと肩を震わせ、思わず部屋を見回した夕映であったが、周囲に妙な気配は無いし隠れている様子もない。

 はぁ…と深く息を吐いて緊張を解き、ひっくり返っているのどかを目に入れる。

 

 そんな彼女が昼に勇気を振り絞った事を思い出すと、キ…ッと自分も気を奮い立たせ、

 

 

 「ネギ先生は私がきっと連れてきますから……

  ここで休んでいるんですよ。のどか」

 

 

 未だ目を回している彼女の手を握ってそう呟い廊下へと飛び出して行こうとし——

 

 

 「!? ネ……ネギ先生!?」

 

 「あ、どうも夕映さん」

 

 

 “それ”に出会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 旅館の中心からみて丑寅(東北)の方位……まぁ、所謂“鬼門”であるが陰陽道においては悪鬼が出入りするところとして忌み嫌われていたりする。

 

 だが、そもそも西を知る刹那がここの守りを疎かにする訳もなく、旅館の人間がやっているのであろうお清めの塩盛りと平行して強めの印が凡字で刻まれていた。

 

 彼がその事を思い出したのはここに到着してからだった。

 

 

 「あらら……そうだった……

  まぁ、再確認できたからいっか……」

 

 

 植木鉢で隠されていた印を元のように鉢で隠し、手についた土を叩いて払う。

 

 テンパっていた所為で忘れてたとすれば、なんと間抜けな話であろうか。

 

 そんな自分に苦笑し、横島はそのまま旅館内に戻っていった。

 

 

 と……

 

 

 「あ、タダキチ…君?」

 

 「え? あ、あれ? ネギ…兄ちゃん?」

 

 

 建物の中に入ったと同時にネギから声を掛けられ、思わず演技を忘れて呼び捨てしかけてしまう。

 ギリギリで“兄ちゃん”と言う単語を貼り付ける事に成功はしたのだが、何故か(、、、)気配を察知できなかったのだから驚きも大きい。

 

 

 「どうしたの? こんな時間にこんなところで」

 

 「ええと……寝苦しかったさかい、ちょっと散歩に……」

 

 

 かなり苦しい言い訳である。

 

 

 何だかお兄さんぶったネギの言葉遣いに苦笑も浮かぶが、何とか表情に出さずにいられた。

 

 そう言うネギも子供なのであるが、念の為にと見回りに出ていたのであろう。

 内心、横島はそんな真面目なネギの事を感心していたのであるが……

 

 

 「ああ、そうだ丁度良かった」

 

 

 と、ネギは突如両手をパチンと合わせ、ミョーに嬉しげな笑みを浮かべつつ、ゆるりと横島に歩み寄って来たではないか。

 

 

 「ん? な、何や?」

 

 「うん。あのね——」

 

 

 そんなネギの顔を見て、横島は戦慄が走った。

 

 

 何とネギは、白い頬を薄桃色に染めていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 「……いいんちょさん」

 

 「!」

 

 

 

 「……まき絵さん」

 

 「!」

 

 

 

 「……史伽ちゃん」

 

 「あ! ネギ先生」

 

 

 

 『ね……姉さん。

  朝倉の姉さん!』

 

 「何よ」

 

 『いや……俺っちの目の錯覚かなぁ……

  ネギの兄貴が“四人”いるように見えるんだけど……』

 

 「な……!?」

 

 

 

 

 

 ——かくして悲(喜)劇の幕は、

 

 

 

 

 「タダキチ君……」

 

 「な、何や……ネギ……兄ちゃん。そのイヤンな表情は……

  オレはロリでもなければショタでも……」

 

 

 「キス……してもいいかな?」

 

 

 「は?」

 

 

 

 

 

 

 上がった——

 

 

 

 

 

 

 



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後編

 予約投稿試してみました。
 ちょっと使い辛かったです。
 私の理解力がカスなだけなのかしらん?



 

 ——はっきり言って、おもっきり年下の女の子に迫られた事は初めてではない。

 

 

 “向こう”にいた時、それはもー何度もあった。

 そう聞けばモテテええのぉ〜とか言ってくれるかもしれないが、然にあらず。

 相手があまりに身近に居過ぎた為に妹分という観念を強く持ってしまっており、またその想いが強過ぎてそんな嬉しいものではなかったりするのだ。

 

 それに男というものは女の子の押しが強過ぎれば逆に引きが入ってしまうものなのである。

 

 

 

 例えば自称弟子である人狼族の少女。

 

 ある一件から外見年齢に+10歳の補正が掛かり、女子中学生の外見でずっとじゃれ付かれていた。

 確かにそれから何年も経ち外見もボンッキユッボンッにはなりはしたが、何だかんだで中身はおもっきり子供のままだったので気を抜いていたのが失敗だった。

 ある春の日、ついに精神が生理年齢に追いつき、ものごっつアプローチに力が入ってきたのだ。

 

 何せムリヤリ引っ張り出された散歩途中に唐突に茂みの中に押し倒されたり、ラブホテルに引きずり込まれかかったりしたのだ。

 泣いて助けを呼んでお巡りさんに救ってもらった時は、何時も逃げていた相手であるにもかかわらず心から感謝したほどである。

 

 

 そして職場の居候、九尾の狐の転生体。

 

 前述の人狼娘と同じイヌ属であるが、性格は猫寄りなのでイマイチ行動が読み難かったのが災いし、いつも素っ気のない態度だったので警戒をしていなかったのだ。

 それがツンデレの“ツン”であったと気付いた時にはそいつはしっかりデレっていやがった。

 何せコイツに至っては幻術で外見を変えてくるものだから始末が悪い。

 力いっぱいストライクゾーンの別人を装ってアプローチ掛けてきやがるのである。

 幸いにもギリギリのところで例の人狼娘が乱入してきて事無きを得ていたのであるが……

 コトもあろうにコイツはコトが終わってから幼女の姿をとって責任取らせる気でいやがったのである。

 

 

 後は蝶の化身である妹分。

 

 ぶっちゃけ、コイツには手の打ち様がない。何せ基礎能力からして負けまくっているのだから。

 単純霊力だけで言っても100倍はある。どーやったって勝てやしない。

 外見はけっこー育ったのだけど、実年齢は十歳。その実年齢の勢いと、魔族パワーでガンガン攻めて来る。勘弁してくれってヤツだ。

 だからごっつ危なかった……もうちょっとで大人に“させられて”しまうところだったくらい。

 

 竜神族の管理人様が乱入してくれなければ、お婿さん決定だっただろう(その後で何故か自分がメインに怒られて半殺しの目に遭ったのには納得いかなかったが……)。

 

 

 言うまでも無いが彼女らが人間じゃないからイヤという訳ではない。決して。

 つーかそんな些細な事はどーだっていい。心から惚れた女だって魔族だったんだし。

 

 ハッキリ言って、可愛ければ種族の壁なんてあって無きが如し……いや、“無い”のだ。

 

 

 だからそんなモンに拘るほど人間を無くしてはいない。

 

 

 だが……

 

 

 

 「タダキチ君……」

 

 

 赤い頬。

 

 こちらの身長が下がっている所為で真っ直ぐ迫り来る眼差し。

 

 そして近寄ってくる唇。

 

 

 自分の前にいるのはとっても可愛い女の子……ではなく、とっても可愛い男の子だった。

 

 

 

 

 

 「キス……してもいいよね?」

 

 「……けんな」

 

 「……うん?」

 

 

 

 

 

 

 「 っ ざ け ん な ゴ ラ ぁ あ っ ! ! ! 」

 

 どぶしゅーっっと音を立てて涙が噴出(ふきだ)す。

 

 軸足が自然と捻られ、

 縮地を髣髴とさせられる人生最高の踏み込みを見せ、

 拳が霞み、掬い上げる様に少年の顎に突き刺さり、

 全身のバネを使って真っ直ぐに伸び上がった。

 

 

 

 もしその場に人がいたならこう述べたであろう。

 

 

 ——真っ直ぐ立ち上がる虹を見た——と。

 

 

 

 少年は心底ホモが嫌いだった。

 

 

 つーか、種族の壁なんぞどーだって良いし、外見的は兎も角として年齢の差はだって気にしない。

 

 が、性別の壁だけは越える気は全く無いのである。

 

 

 

 ホモなんかより、ロリの方まだずっとマシじゃいっ!!

 

 

 

 そう思ってしまうほどに——

 

 

 ………どーやら解脱は一気に進んだ様である。

 

 

 

 

 

 

 

 ——少女は困惑の極みであった。

 

 

 今自分を押し倒し、唇を寄せているのは彼女の担任教師。

 

 尚且つ自分の親友が告白し、返答を待っている男性である。

 

 

 「ネ、ネギ先生、見損ないましたよ!!

  のどかに告白されておいてすぐ私に迫るだなんて…それはないでしょう!?」

 

 

 当然、少女は抗う。

 

 自分が押し倒されかかっている布団の中には、彼に告白した当の本人が横になっているのだから。

 友情を重んずる彼女から言って当然の抵抗だ。

 

 しかし彼は躊躇をしない。

 いやより一層迫ってきている様にも見受けられる。

 

 —接吻(くちづけ)

 ……知識では知っているものの、実体験は無い。

 

 その相手がまさかこんな子供とは——

 担任教師とは思いもよらなかった……

 

 

 『って、受け入れてどうするですか!?』

 

 

 そう自分を叱咤する少女。

 

 自分のアイデンティティの為にも――もとい、大切な友人であるのどかの為にもここで受け入れるわけには行かない。

 残る微々たる力を振り絞って身を起こそうとするも、そうすると彼との距離がより一層縮まってしまう。

 

 慌てて身をそらせたのはよいが、腕を掴まれた挙句、圧し掛かられた格好となり、非力な彼女はついに抵抗する術を完全に失ってしまった。

 

 

 友人を思い、振りほどこうとは思うのだが力が入らない。

 ぐるぐると思考が別方向に回りだしてしまい、逃げようとする思いを見失う。

 

 やがて彼の右手がぐいっと彼女の顔を引き寄せ、その距離を更に縮めてきた。

 

 

 「う……」

 

 

 吐息すら伝わる至近距離。

 

 電車内とかで出会う中年などの男臭さも無く、清潔そうな布団の匂いしか感じられない。

 

 男性……と言うにはやや若すぎる感もあるが、それでも熱い眼差しは男のそれ。

 こういった場合には子供でもこんな目をするのかと妙な感心をしてみたり……

 

 

 『いえ、ではなくて……

  や……あの……ちが…………』

 

 

 本当に抵抗したいのか、そうではないのかもはや自分では解らない。

 現に、既に手は自由になっていというのに縮こまらせているだけで押しのけようともしていない。

 

 そしてその距離は更に縮まり、吐息すら絡み合う距離と——

 

 

 だ……

 

 だめです————……ッ

 

 

 

 

 どごーんっ!!

 

 

 

 「!?」

 

 

 突如として伝わってきた衝撃に、はっとして目を開ける少女、綾瀬 夕映。

 というか、瞼を閉じてキスを待つ体勢に入っていた自分に驚愕していたり。

 

 とりあえずは何の衝撃だったのか首をめぐらせて見れば……

 

 

 「な……っ!?」

 

 

 点きっぱなしになっている部屋のテレビモニターには、

 

 数人のネギが少女らに迫っているのが映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

————————————————————————————————————

 

 

 

                 ■九時間目:PROJECT えー (後)

 

 

 

————————————————————————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドシャァアアッッ!!

 

 

 足元から虹をおっ立てるアッパーをかまされ、その少年は鈍い音を立ててソウルフルにスピンしつつ顔面から床に墜落した。

 

 木目までバッチリ読めるほど天井は高くは無いのであるが、どういう訳だか天高く吹っ飛んで見えたよーな気がしないでもない。

 

 そんなフィニッシュブローをぶっ放った方はというと、殴られた筈の少年より痛々しい顔色をしており、涙目&怯えで土気色だ。

 拳を放った後の体勢のままゼェゼェと息を荒げているのも哀れさに拍車をかけている。

 その恐るべき迫力に恐怖したのだろう かのこも逃げだしており、自販機の陰に隠れてしまったほど。

 

 尤も、その原因は同性愛に対する恐怖なのか、ロリを肯定してしまった自分に対するショックだったのかは定かではないが……

 

 と――

 

 

 ボウンッ!!

 

 

 殴り飛ばされ床に転がっていた少年の身体が突如爆発し、その後にはヒラリと紙切れが舞った。

 

 その爆発にビクンっとはしたが、足元に舞い降りた紙切れを見て直様“それ”が何であるかを理解する。

 

 

 ——ミギ——

 

 

 その人型に切られている紙には、そう書かれていた。

 

 ゆっくりと前かがみになりその紙切れを手にとる。

 

 念の為、霊波を探ってみるとやはり式“紙”。

 

 彼の“向こう”での知識の中に、式神ケント紙というお手軽アイテムの存在があった。

 何か書いてある名前が違うような気がしないでもないが、アレによく似た使い方をするのだろう。

 

 

 くくく……

 

 

 グシャリ。

 

 その紙を握りつぶし、少年…偽ネギを殴り飛ばしたその子供は異様に肩を震わせ、異様に黒いワライ声を漏らしていた。

 

 

 ぐわっと顔を上げたその目は鬼のように釣りあがっている。

 

 

 「かのこ……」

 

 「ぴ、ぴぃ!?」

 

 

 何時もは素っ頓狂ではあるが優しい彼であるが、コトがコトだけに堪忍袋の緒はぶっちぶちに切れていた。

 

 かのこの方に振り向かず声を掛けていてもプレッシャーが伝わって来るほどに。

 

 

 「イイコだから部屋に戻って大人しく寝てなさい。

  オレの布団使っていいから」

 

 「ぴ、ぴぃっ!!」

 

 

 付き合いは浅いが何だか逆らい難い声音に直立不動で応えた かのこは、恰もカートゥーンのようなコミカルな動作で、瞬動もかくやと言った速度でもって彼の部屋にすっ飛んでいった。

 やや涙目だったのは、そーとー怖かったのだろう。

 

 それでも嫌っていないようなのは流石というか何というか。

 

 

 しかしそんな彼であったが かのこが認識外から離れた瞬間、放っていたプレッシャーを瘴気の如く澱ませている。

 

 恰も怨念と怒りをごっちゃ混ぜにして煮詰めたかのように……

 

 

 「そーかそーか……

 

  やはりアイツは年齢詐称の中年エロ親父で、

  自分にとって邪魔者であるオレをホモの道に誘う変態魔法使いだったって訳か……」

 

 

 開き直ってロリの道に進むとしてもそれは仕方がない(?)と諦められるのだが、BLやホモ道は何が何でも言語道断一心不乱に一生涯御免である。

 

 横島的に言えばそんな道に引きずり込もうとするヤツは悪魔か外道。存在すら認められぬ悪鬼羅刹なのだ。

 

 ぶっちゃけ超絶誤解であるが、今さっきまでギリギリのラインまで追い詰められていた心理状況と今までの(横島的見解による)状況証拠からいえばそう取られてもしょうがないのかもしれない。

 

 それに頬を染めた少年にキスを迫られ、自我を守る為にウッカリとロリ肯定してしまった八つ当たりもあったりなかったりする。

 そうなると追い詰められていた分、キれるのは早い。

 

 

 ボゥワッと彼の手の中で式符が燃え落ちる。

 静かな怒りが霊波に混じり、符の発火点に達したのだろう。

 

 

 そんな横島の内宇宙に住まう”ジャスティス”。

 

 何気に温厚気味な彼(?)であるが、流石にモーホーワールドに対しては狭量だった。

 

 

 顔だけは優しげ。

 

 その顔に浮かんでいる仮面のような微笑にも何気にフォーカスが掛かって見えるほど。

 

 

 なれどそれは無慈悲な死刑宣告。

 

 彼とて横島の一部。

 

 そーゆー罠をかけるモノを生かしておくつもりは更々無い。

 

 

 ジャスティスは作り物めいた微笑を浮かべたまま、右手の親指をググっと立て、

 

 

 

 『Go——……

 

    GO—……

 

       GO—…

 

         GO…』

 

 

 

 声にエコーをかけ、その親指をキュッと下に向けた。

 

 

 

 「 ぬ っ 殺 ー す っ ! ! 」

 

 

 

 ——かくして、煩悩魔人様はお怒りになられたそうじゃ……

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 「あっ、先生。どちらへ!?」

 

 

 頬をうっすら染めたあやかが走るネギを追う。

 

 

 「ああっ、ネギ君どこいくのー!?」

 

 

 何だか照れたまき絵が駆け出したネギを追う。

 

 

 「あっネギ先生逃げた——っ!」

 「まて——っ! ネギ先生ーっ!」

 

 

 風香と史伽が逃げ出したネギを追う。

 

 

 

 眼前のネギが偽者である事に気付き、持ち歩いている本で撲殺……もとい、撃退し、何とか意識を取り戻した のどかと共に部屋を出た夕映。

 その二人が騒ぎを聞きつけ、ロビーに向ってみると……

 

 

 『ええ〜〜〜っ!?

  ネギ先生がいっぱい〜〜〜!?』

 

 

 三つの班と三人のネギが一同に会していた。

 

 

 センセがイッパイ……

 

 

 ……なんだか腐女子的発言が聞こえてきたよーな気がしないでもないがそれは兎も角、

 さっき偽ネギを撃退した際に、名前が書かれた人型の紙切れを見ていた夕映は、

 

 

 『気をつけて!

  おそらく朝倉さんが用意したニセモノです!!』

 

 

 と小声で皆に注意を促した。

 

 モノがゲームなのだから言わずとも良いのであるが、そこは人の良い夕映の事。

 結局はそんな助言を与えてしまう。

 

 

 

 「こ、これは大変だ——っ!?

  複数のネギ先生が一気に集結!! 各班一体どーするのか!?」

 

 

 その疑いを掛けられた朝倉はというと、何だかんだいってもちゃんとアドリブをかましており、あたかもイベントだったかのように装って少女らの混乱を小さくしてゆく。

 見事といえば見事であるが、

 

 

 『大騒ぎだなこりゃ……』

 

 

 カモの言う通り、混乱が小さくなるだけで騒動そのものは大きくなってゆく。

 

 

 「コラーっ!! 一体何の騒ぎだっ!?」

 

 

 その騒動に気付いたか、三階を見回っていた筈の新田が何時の間にかロビーに迫っていた。

 

 

 『まずい!! みんな、新田だよっ!!』

 

 

 と既に当の新田に捕獲され、逃げ遅れた千雨と共にロビーの電話機の前で正座させられていた祐奈が小声で注意を促すがもう遅い。

 角を曲がれば全員が視界に入るところまで新田は迫っていた。

 

 

 しかし、鬼の生活指導員の足先が廊下の角から突き出た瞬間、

 

 

 ボゥン…っ!!

 

 

 突如として彼の視界を煙幕が覆い隠した。

 

 

 「なっ!?」

 

 

 驚いたのは彼だけではない。少女らもそうだ。

 

 何せ鬼の新田の怒声が聞こえたと思った瞬間、その姿が煙に覆われたのだから。

 

 しかし、そういった感情が“無い”モノもここにはいた。

 

 

 「「「チュ——っ!!」」」

 

 「ぬごっ!?」

 

 

 ゴ…ッ と実にイイ音がして偽ネギらの膝が新田の顔に入った。

 

 簡易式神なので驚愕といった感情の動きが無い。だから少女らが硬直して隙を見せた瞬間に動きを見せたのだ。

 

 

 「あわあわわ……

  に、新田先生が——……」

 

 「こうなってはもはや後戻りはできませんね」

 

 

 とりあえず夕映は手に持っていた枕の一つを新田の頭の下に敷いておく。

 理屈やカラクリは解らないのだが、偽モノである事は夕映ものどかも理解はしている。

 だが気絶した新田はネギが蹴ったとしか認識していないだろう。

 

 

 「ネギ君、逃げたよ——っ!!」

 

 「ええいっ ヤケですわっ! 追いますわよっ!!」

 

 

 もはや小声は諦めたらしい。

 

 指導員を気絶させた時点でオシオキは必至。

 ならば開き直って、せめてキスだけでも成功させねば割に合わないのだ。

 

 

 

 

 

 「待って——

  ネギくーんっ!!」

 

 

 スタートダッシュの差か、コンパスで勝っている筈のまき絵よりずっと前をネギは駆けていた。

 

 人気が無いとはいえ深夜の廊下を、浴衣を乱しつつ走り回るのは如何なものかと思われるが、本人らはそれなりに必死だ。

 

 今や中継カメラと化した防犯カメラがその二人の姿をライブで追い続けている。

 

 

 まき絵は懐から、何故か待ち歩いている新体操で使う愛用のリボンを取り出し、ネギに投げ付けようとした。

 使い慣れたそれを彼女は、あたかも鞭が如く使う事ができるのである。

 

 しかし、逃げるネギも然る者。

 投げかけられる瞬間も角を曲がって回避した。

 

 

 と——?

 

 

 ドズムッ!!

 

 

 鈍い音がして逃げた筈のネギが吹っ飛んで帰って来る。

 

 

 「あ…♪ よーし!!」

 

 

 何だかよく解らないが、そこは細かい事は考えないバカレンジャーが一角。

 そんな隙を逃さず、まき絵はリボンでネギを絡めとり、

 

 

 「エヘへ……ネギくぅん♪」

 

 

 と、唇を寄せた。

 

 

 ボゥンっ!!

 

 

 

 

 

 視界の外——

 

 それでも認識界内である曲がり角の向こうで爆発が起こった。

 

 

 「チ……っ

  ニセモノか……霊波が少ねぇと思えばやはりな……」

 

 

 しゅうう……と拳から湯気を出しているのは、タダキチ事、横島である。

 怒れる彼は怒り心頭に達した“向こう”の雇い主のように、拳に霊力を一点集中させてぶん殴ったのだ。

 

 無論、そんなフィニッシュブローにも似た折檻パンチを喰らって生きていられるのは同じ霊波によって殴られ続けた彼であるからこその話。そこらの人間が喰らえば頭部は木っ端微塵である。

 相変わらず自分がそこらの霊能力者を遥かに凌駕する霊的防御力を持っている自覚は無いようだ。

 

 そんな自分の霊力の高さなど知る由も無い彼は、殺り損なった事を悔やんでいた。

 

 殺ったらアカンやーんっ!! という説もあるが、今の彼は正気ではなかったりする。

 

 

 「監視カメラまで仕掛けおってからに……

  そーかそーかそんなにオレが邪魔だと申すか……

  ふっふっふっ……SAY-BYE してくれる」 

 

 

 気分はもうエセ時代劇(何気に悪役気味)。

 “成敗”ではなく、“SAY-BYE”なのがポイントだ。

 

 覗きで鍛え上げたその能力を持ってすれば死角内を駆け抜ける事など朝飯前の晩飯前。

 カメラには影すら残るまい。

 

 というか、防犯カメラ(現中継カメラ)を監視カメラだと勘違いしている時点でイロイロと手遅れっポイ。

 

 それより何より、彼の認識外にあるはずのカメラの死角に無意識に身を隠せてしまうのは如何なものか?

 流石は“向こう”で雇い主が仕掛けた物理&霊的トラップを掻い潜って何度も覗きを成功させただけはある。

 

 無論、誉められたモノではないが……

 

 

 「次は…………

  向こうか……」

 

 

 蜘蛛の巣が如く意識の糸を伸ばし、それに掛かったネギらしき霊波に向って駆け出す横島。

 

 幾ら絨毯の上とは言え、羽毛ほども音を立てずに駆け抜けてゆく技量はアサシンすら感銘するだろう。

 

 如何なる者も単なるセクハラスキルの一端だとは思うまい——

 

 

 

 

 

 『ぬぅ……また気配が遠退いたでござるな……』

 

 『流石は老師アル』

 

 

 ロビーの柱の陰から姿を現した二人は、足元にひっくり返っている新田に一瞥もせず、横島の気配が消えた方向に意識を向け続けていた。

 それでも正座させられている千雨と祐奈の死角にいたりするのは流石と言えよう。

 

 

 ——あの場……

 

 

 新田が騒ぎを聞きつけてロビーに現れた時、あの場にいた全員が彼に認識されるとゲームが終わってしまう可能性が大きかった。

 

 だから楓はニンジャの嗜みで所持していた煙球を用い、新田が煙に巻かれた隙に皆を逃がそうとしたのであるが……

 まさか偽ネギによって彼が気絶されられるとは思いもよらなかった。

 

 

 『ネギボウズのニセモノが出回っているとは思わなかったでござるが……

  これも魔法の力とやらでござろうな』

 

 『ナルホド……

  流石は魔法。何でもありネ』

 

 

 無論、刹那がアイテムを渡した事など二人が知る由も無い。

 

 というか、ニセモノが走り回っている理由を考える余裕が無かったりする。

 

 

 『兎も角、これでは余計にネギボウズと“誰か”を間違えてしまいそうでござるな』

 

 『……?

  おおっ! 確かにそうアルね!! アイヤ、大変アルよ〜〜♪』

 

 

 一瞬、何を言っているのか解らなかった古であるが、流石に勉強以外の事なので要領が良い。

 

 すぐに手を打って相槌を打つと、

 

 

 『じゃあ、そろそろ老師…ではなくネギ坊主を追うアルね』

 

 『あいあい♪』

 

 

 楓と共にその場を後にした。

 

 

 

 「ん? 誰かそこにいなかった?」

 

 「知らねーよ!

  クソっ……も、もう足が痺れて……」

 

 

 

 

 

 

 

 「捕まえた」

 

 「ネギ先生——」

 

 

 二人の美少女に挟まれ、左右の頬に唇が寄せられた。

 

 ちゅ…と可愛らしい音を立てて送られた柔らかいキス。

 

 外見だけなら三人は同じ年齢のように見えるので実に微笑ましいのであるが……

 

 

 バフ——ンッ!!

 

 

 やはり任務が終了したので式であったネギは爆発し、風香と史伽は吹っ飛んで意識を失ってしまった。

 

 目をぐるぐる回して意識を手放してしまう二人。

 ポテっと絨毯の上に倒れこんでしまう。

 

 

 「!? この二人は……

  お、おい、風香ちゃん! 史伽ちゃん!」

 

 

 直後、その破裂音に気付いたのだろう、横島がその場に現れた。

 

 慌てて駆け寄り、二人を抱き起こすもやはり目はナルト。

 見事に気を失っている。

 

 知っている女の子が倒れているのだから当然の如くカメラ等無視する彼であるが、幸いにも二人はたった今脱落したので中継は終了しておりカメラの眼は向けられていない。

 

 怪我らしい怪我は無いようで、横島もホッと胸を撫で下ろしたのであるが……

 

 

 ハラリ……

 

 

 「ん?」

 

 

 そんな横島の足元に、一枚の紙切れが舞い落ちた。

 

 

 —やぎ—

 

 「………」

 

 

 横島は無言でその紙を拾い上げグシャリと握りつぶし、二人を廊下の脇に置いてある来客用のソファーに寝かせてやる。

 

 幸いにも旅館内はゆるく空調が利いているので風邪は引くまい。

 それでも一応は別のソファーからカバーを剥いで二人にかけておいてやった。

 

 男ならば当然そこまではすまいが、一度たりとも夕飯を奢った(奢らされた)相手であるし、女の子という事もあるからけっこう気も使えてたりする。

 

 

 「ふ……ふふ、ふっふっふっふっふっ……

 

  真 面 目 に 地 獄 へ 行 か せ て や る」

 

 

 無論、大勘違いが続いている事は言うまでもない。

 

 

 

 

 

 「わぁ……っ!?

  ヘイト!? ヘイトなの!?」

 

 

 イキナリ旅館と道路を繋ぐ橋の袂で自分を抱きしめて蹲ってしまう少年。

 

 楓が想像していた横島のセリフと似たようなもんである事がけっこう笑える。

 

 

 兎も角、そんな頭の異常を疑われるようなセリフをぶちましたネギであったが、直に正気に返って立ち上がった。

 突然感じた恐怖の正体は不明であるが、周囲の様子を窺うも別にこれといって異常は感じられない。

 

 

 「あ、あれ? 僕、何言ってたんだろう……?」

 

 

 どうやら無意識に言葉を紡いでしまったのだろう。

 彼自身が何故そんな事を口走ってしまったのか覚えていないようだ。

 

 何と言うか……謂れの無い怒気と怨念を浴びせ掛けられたよーなそんな気がして魂が悲鳴をあげたというか……

 兎も角、そんな感じがしたのである。

 

 

 「うう……何だか嫌な予感がする……」

 

 

 とゆーかヒドイ予感?

 このままではエライ目に遭って(遭わされて?)しまうようなそんな気が……

 

 

 「も、もう還ろ……もとい、帰ろう」

 

 

 何だか表現し難い怯えにより、踵を返して旅館に駆けて行くネギ。

 

 

 まさかその旅館に、牙を剥き爪を磨いでいる怒りの魔人様がいらっしゃられるとは思いもよらなかったという事じゃ……

 

 

 

 

 

 ボンッ!!

 

 「ぷっ!?」

 

 

 大きな音を立てて人型は破裂し、ポテ…っと少女はその場に倒れてしまう。

 

 

 「しまった!! 遅かったか!?」

 

 

 慌てて駆け寄るがその少女……雪広あやかの意識は吹っ飛んでいる。

 

 中学生とは思えないようなバランスの取れたプロポーション。

 動き易いよう、ポニーにまとめられている為にうなじも見えて何とも色っぽいのであるが、そこは何だかんだでフェミニストである横島。そんな有られもない格好に気を取られるより前に、今の破裂で負傷していないかどうかの方が気になっている。

 

 しかしそんな心配は要らなかったようで、やはり彼女も目をナルトにしてグルグル回しているだけ。

 横島ほどではないにしても麻帆良の生徒らは丈夫なようだ。

 

 

 「く……また被害者が……オノレ淫行中年め……」

 

 

 まだ勘違いしっぱなしの横島は、落ちていた式符……ホギ=ヌプリングフィールドと書いてあった……を拾って握り潰す。

 

 

 「大体なんだこの式符は?

  ヌプリングフィールドだぁ? オノレ……何とオゲレツな響きの名前を……」

 

 

 そう連想する彼の方に問題があるのではなかろうか?

 

 兎も角、やはりあやかを抱き上げてソファーに寝かせ、そばにあった新聞を掛けておく。無いよりかはマシだ。

 

 新たなる勘違いを……もとい、正しき怒りを胸に、霊力を高める為に目をつぶり、再度ターゲットの位置を探る横島。

 

 彼が出会ってしまった状況からすれば、ネギという男は女子中学生を自分の分身にキスさせて喜んでいる変態である。

 無論、いくらノリがよい麻帆良の生徒とはいえ、女子中学生がネギとキスをするゲームがおっ始まっている等とは予想もできないだろう。つーか予想できていたとすれば余計にネギを許せまいが。

 

 少なくとも普通に考えれば、古らから聞いているネギの年齢の技量でここまで本人に似せた式は作れまいし、十歳程度で女子中学生に分身にキスさせて喜ぶ趣味はあるまい。

 というか、その発想は余りにオッサン的過ぎる。

 

 それに年齢詐称薬がある以上、ネギの実年齢はオッサンで、うら若き乙女の唇を狙う変態魔法使いでもおかしくないのでは?

 無論、そんな無茶苦茶な発想にたどり着いてしまうのは横島ならではであるが……

 

 

 「む……!?

  この霊波は…… ミ ツ ケ タ ゾ ……」

 

 

 霊波を探り続けていた横島の目が細められ、ギィイ……ン!! とロボ的な輝きを見せた。

 その言葉遣いは何だか怨霊っポイが気にしたら負けだ。

 

 

 ちらりと眼差しをあやかに送り、もう一度無事である事を確認してから、

 

 

 「斬る(Kill)……」

 

 

 と横島は一言呟いて煙のように姿を消した。

 

 

 危うし、ネギ!!

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 「ネギ先生がこんなアホな騒ぎに参加するとは思えません!

  だからホンモノは別の場所にいるはずです!!」

 

 「う、うん!」

 

 

 先にニセモノを見出していたお陰か、或いは図書館島の地下でネギという少年の人柄に接していた所為かは解らないが、真面目な彼がこういった事に関わるとは思っていない夕映は、他の班の代表がネギを追って駆け出した時に、のどかの手を取って別方向へと駆け出していた。

 

 それが項を制したのだろう、彼女ら二人は偽ネギの爆発に巻き込まれずに済んでおり全くの無傷である。

 

 

 それにしても私としたことがあのように巻き込まれてしまうとは……

 

 10歳の子供……

 しかもニセモノに……!

 

 のどかにああ言っておきながらなんとアホな……

 いえ愚かな!

 

 しかし……あのタイミングであの音が聞こえなければ……

 

 い、いえ、モニターが点いてなかったら私は……

 私はネギ先生と…………

 

 

 「どうしたの? ゆえ」

 

 「いっ、いえ! 何でもないですよ!? ホントに!!」

 

 「う、うん……?」

 

 

 等と他の追跡者から離れ、そんな事を言いつつ窓際を走っている二人。

 二人して同じ方向に顔を向けたのが良かったのだろう、

 

 

 「あっ!!」

 

 「いた——っ!!」

 

 

 周囲の見回りから戻ってくるネギの姿が目に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 イタ……——

 

 

 気分はもう、狂戦士。

 

 カタカナで喋っているところがそれっポイ。

 

 

 ダンッ、ダンッ、ダンッと木々の間を蹴り抜けて、夜の闇に紛れて怪鳥の様に影が飛ぶ。

 

 視認はほぼ不可能。

 余りの速さと勢いの鋭さは常人の眼では捉えられまい。

 

 その人を超えた動きはドコのサーヴァントだ? と問い詰めたくなってしまうほど。

 

 

 クライ眼の輝きは敵に対する憤怒のものか、獲物を見つけた悦びか。

 感情だけを前に向け、“それ”に向って突き進む。

 

 夜の闇を縫ってやや歪な直線を描きつつ突き進むその影は、歪んだ怒りの気配も相俟って恐ろし過ぎる。

 

 オカルト的な恐怖より、ホラー的な恐怖を強く感じられる波動をぶち撒いてゆく影であるが、周囲にはその波動を欠片も感じさせていない。

 

 恐らくその感情波はターゲットだけに収束して向けられているのだろう。

 

 

 びぐぅッ!!

 

 「な、何?!」

 

 

 迫り来る怖気を感じたのだろうか、少年は怯えるように身を竦ませた。

 

 こんな物騒な輩が迫ってきている時に、身を縮ませるのは単なる自殺行為。

 ハンカチを投げられただけで仮死状態になってしまうスナネズミが如く、肉食獣を前にして『食べて☆』と懇願するようなもの。

 

 

 『 デ ス ト ロ ー イ 』

 

 

 旅館に女の子がいる手前、怯えさせないように心中で雄叫びを上げる気遣いは流石と言える。あらゆる意味で間違っているが。

 

 霊能力者が言うセリフであるから説得力もあるが、説得力があるが故にその行われようとしている行為は物凄く拙い。

 

 “栄光の手”に八つ当たりと憤り……もとい、愛と正義のパワーが篭り、少女を汚す悪漢(ネギ)めがけて必殺の一撃が襲い掛かろうとしている。

 

 精神コマンド<必中><魂><直撃>を発動したかのようなスーパーダメージがネギに襲い掛かるだろう。

 

 

 

 と、思われていた——

 

 

 

 「ぐぇっ!?」

 

 

 直前、横島の首に紅色の縄状のもの……浴衣の帯紐が巻き付き、ネギは九死に一生を得た。

 

 同じ様に充分に氣が乗った帯紐が迫り、横島の身体に蛇のように絡み付くとその身は素早く茂みの中に引きずり込まれてしまう。

 

 

 スパーン!! というハリセンで引っ叩いたよーな音がし、そのまま“三つの気配”が遠ざかると辺りは完全に静けさを取り戻していた。

 

 

 「あ、あれ………?」

 

 

 怖気やら恐怖やらが去り、恐る恐る頭を上げるネギ。

 

 別に怪しいところは無いし、妙な気配も感じられなくなっている。

 

 出る前と同じ様に静かな旅館の玄関だ。

 

 

 「……な、なんだったんだろう?」

 

 

 まだ心臓がバクバクしていたが、流れ出る汗を拭いつつネギは旅館に戻っていった。

 

 

 

 「あ……宮崎さん……」

 

 「せ……ネギ先生……」

 

 

 

 親友の後押しを受け、勇気を出して一歩を踏み出した少女の元に……

 

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 「堪忍や——っ!!」

 

 

 ひたすら額を擦り付けて謝る少年。

 

 その土下座——某演歌の大御所の弟子が深く感銘を受けるであろうほど、一分の隙も無い見事なものであった。

 

 言うまでも無く、これほど高レベル土下座が行える少年は二人といまい。

 今だタダキチ形態の横島忠夫である。

 

 

 ここは騒動から離れた旅館の裏庭。

 楓と古が屋根から見下ろしていた池のほとりだ。

 

 子供の姿で女子中学生に不埒な行為を行っていたネギ男(仮名)に対し、正義の死者たる横島が鉄槌を下さんとした瞬間、何とか間に合った少女らに拉致られてここに引き摺って来られたのである。

 

 その道中、アレは見張りをする為に放たれたネギのデコイが暴走しただけだと怒られるわ、子供相手にやりすぎだと説教喰らうわで全然良いトコ無しである。

 というか、そんなテキトーな説明を受けて納得してしまうところが横島らしいといえるかもしれない。

 

 それに横島自身も冷静になればやり過ぎだと自覚できていたのが大きい。

 何時もの事……と言えばそれまでであるが。

 

 なんてこったい。

 二十歳越えたってのに、十代のバカのまんまかよ……と落ち込みそうである。

 

 

 「まぁ、被害ゼロだからいいでござるよ」

 

 「ウム。私らに黙て女の子介抱したりするから、そーゆーコトになるネ。

  老師はもっと気をつけるアルよ」

 

 「すんませんすんませんすんませんすんません……」

 

 

 楓らの言っている事は何だかオカシイのであるが、横島は謝るのに必死で全然気付いていない。

 一体、何度目の『正直スマンかった』であろう。パート4ぐらいか?

 

 とはいえ、別に楓らも横島に謝罪して欲しいが為に捜し続けていた訳ではい。

 

 本当なら『ウッカリ間違えてしまたアルよ。てへ☆』な流れに持っていきたかっただけである。

 まぁ、流石に“あんな事”に発展しようとは思いもよらなかったが。

 

 だから、という訳でもないがえっぐえっぐと泣いている彼に別に良いでござるから……と直に気を取り直して手を貸して立たせてやる。

 

 

 「うう……楓ちゃんは優しいなぁ……」

 

 「うぐぅ……べ、べちゅにいいでごじゃるよ」

 

 

 直に許しただけでモノホンの礼を言う横島に、流石の酔った楓ですら面食らって赤くなる。

 いやまぁ、赤くなったのはそれだけではなかろうが。

 

 横島がストレートに礼を言うのも無理は無かろう。

 何せ“向こう”で横島の周囲にいた女性らはそう簡単に許してくれたりはしなかったのだ。

 

 バチバチと怒りの霊気で放電して見える神通棍でプチ殺されかかったり、何でか金色がかった狐火でローストにされたり

 人狼の全力出力の霊波刀でナマスにされかかったり、元幽霊の巫女に友達の浮遊霊集団を呼ばれてフクロにされたり

 机の中の無人校舎に閉じ込められて人格崩壊しかかったり、魔力っポイもんが混ざった鱗粉で半死半生にされたり……

 

 記憶を消失させているというのにそんな事だけ憶えているのが物悲しいが。

 

 それでも思い出すだけでその身がガタガタと震えだしてしまう。まったく、よく自分は生きているもんだ。

 

 そんな風にトラウマを刺激されている横島の後で、楓は古にジト目で睨まれて冷や汗を掻いてたりする。当然のように彼は気付けなかったのだが何時もの事である。

 

 

 「よ、横島殿」

 

 「んぁ!? な、何……?」

 

 

 古の視線を誤魔化す為か、急に楓は横島に話し掛けてきた。

 

 余りに突然だったが為、彼の返事はどこか間抜けだ。

 

 

 「横島殿……その……」

 

 「?」

 

 

 何時ものように……いや、何時も以上にもじもじとして、話し掛けてきたくせに中々本題に触れない。

 

 そんな楓に萌えを感じないでもないが、『ン、ウンッ!!』とヘタクソな咳払いをする古に二人とも気を取り直す。

 

 

 「そ、その……横島殿……

  拙者は……その……横島殿のパートナーでござるな?」

 

 「んあ? ん、うん……まぁ……」

 

 

 何を今更……というのが彼の本音だ。

 

 こっちの世界に来てから毎日のようにツルんでいる少女、楓。

 

 なすびジジイ(近衛)に『それじゃあ、長瀬君と組んでもらおうかの』といわれた時には、美少女だし気が置けなくなっているからラッキーだと両手を上げたものである。

 ……ちょっとナニな隙が多すぎて後でイロイロ困る事になったが……

 

 

 「私もいちおう協力者だから、同じようなものアルね?」

 

 「え? あ、う、うん……」

 

 

 これも何故に今更? である。

 確かに最初は“巻き込まれに来た”というけっこう困った出会いであり、ずっと彼女に困らされ続けている気がしないでもないが、側に来られて迷惑だと思った事は無い。

 

 つーか、この二人は横島的対象年齢がストライクゾーンから外れていただけで、彼が知る女の子の中で飛び抜けたレベルの美少女二人が“慕うかのように”付いて来てくれているのだから文句など出ようはずも無い。

 

 だからこそ、ややどもりながらも即答した。 

 それに彼女らの眼差しが(やや焦点が定まっていないような気がするが)真剣みに溢れているのだ。こんな目で言われた言葉を否定する事は横島にとって超難問なのだ。

 

 それに何だか知らないが、横島がそう言っただけで二人はウンウンと嬉しげに頷いている。

 さっぱり意図が読めないし、酔ってるよーに見えなくもないが、喜んでもらったのだから我に悔い無しではなかろうか?

 

 

 無論——

 

 

 「なら、その……拙者と仮契約して欲しいでござるよ」

 

 

 そんな彼の考えは浅はか以外の何物でもないのだが——

 

 

 「実は私も仮契約結びたいアルよ〜」

 

 「は? 仮契約?」

 

 実は横島、仮契約(パクティオー)というものを知らなかった。

 

 何せ彼は霊能力者ではあるが魔法使いではない。

 その能力は確かに氣に近いものなのだから近衛も退魔師として接しているので従者仮契約であるパクティオーの事をまだ説明していないのである。

 

 既に楓は真名から仮契約の事を聞いていたし、古も楓から聞いている。

 そしてその方法はカモを脅……もとい自主的に(、、、、)教えてもらっていた。

 

 ぶっちゃけ、今の“裏”の関係者の中で横島だけ(実は現時点では刹那も大して…であるが)がその事を知らなかったりするのである。

 

 

 それでも当然のように疑問も湧く。

 

 仮とは言え『契約を結んで』と言われてハイそーですかと言わないところはスーパービジネスマンを両親に持ち、ずる賢さでは魔族にすら一目置かれている雇い主がいてくれたお陰か。

 そういう類の話には勝手にブレーキがかかるのである。

 

 「拙者は……拙者()は心配なんでござるよ……

  横島殿は心に何か抱えたまま、本心を隠したまま拙者らに接してるでござる……」

 

 

 だが、彼が疑問を口にする前に楓は“本音”を漏らした。

 

 

 「老師はこのかに言てたネ? 大切なモノは無くしてから気付く……と」

 

 

 そして古も“本音”を語りだす。

 

 

 「私……私“達”はホントに心配してるアルよ。

  老師は確かにイロイロ気遣てくれるし、教えてもくれる……

  でも、本音は言てくれないネ……」

 

 

 何だかんだ言っても、氣……“霊気”の使い方を教えてくれる横島。

 

 ゲートの騒動に古が関わった時、もしあんな事に再度関わって彼女が怪我をしたりしないようにと教える気になったのである。

 

 最初は気付けなかった古であるが、ゲートでの戦いを例にして気の高め方や固め方、流し方を散々言われれば流石のバカイエローとて彼の思いに気が付いてくる。

 当然、楓とてそうだろう。

 

 

 彼は、不器用ながら必死こいて、ヘトヘトになりながらも支えてくれている——

 

 

 無償の……という訳ではないだろうし、見返り(お姉ちゃんを紹介してくれる等)を期待しない訳ではなかろうが、そこらの男以上に女の子に対してそれに近いもので支えようとしてくれるのである。

 

 

 彼自身は気付いていないだろうが、横島は必要以上に女の子を傷つかないように行動し続けている。

 そして、無意識に女の子を守ろうとしている。

 

 まるで失ったモノを捜し求めているかのように……

 

 

 古は兎も角、楓はその事を薄々気付いている。

 彼女が知る誰より優しい彼は、この世界で新たに組まれ様としている絆を誰よりも大切に思っている——と言う事を。

 

 

 だからこそ不安なのだ。

 

 

 絆を求めて彼が自分から何かの流れに吹き飛ばされるのではないかと……

 

 

 だからこそ——

 

 

 「拙者らが、絆になるでござるよ」

 

 「え…………?」

 

 

 だからこそ彼には“錨”が必要だと思った。

 

 “枷”となり、彼を繋ぎとめる存在が必要だと。

 

 だからこそ仮契約というものは渡りに船だったのである。

 

 

 「私らが仮契約者として老師と繋がりを持つアル。

  そうしたら老師は一人じゃないネ」

 

 

 古は知らない。

 横島が異邦人である事を。

 

 だが、麻帆良の皆を大切に思っていてくれている事だけはきちんと解っている。

 

 だからこそ彼の笑顔を増やしてやりたいと思った。

 

 木乃香と刹那という“他人事”であんな辛そうな表情を見せる優しい彼に……

 

 

 「楓ちゃん……古ちゃん……」

 

 

 横島は声が詰まってしまった。

 

 

 学園長以上に自分の事を語っている楓にだって全てを話してはいないし、古に至っては異世界人である事すら明かしていない。

 

 にもかかわらず、彼女らは解って欲しい部分を自力で気付いてくれていたのだ。

 

 

 『こういったトコは何時まで経っても女の子には勝てないなぁ……』

 

 

 確かに事故でこの世界に“存在”してしまっている彼は孤独だ。

 二十数年にも及ぶ全ての繋がりを完全に無くしているのだから。

 

 行くこと……自分が居た“であろう”世界への道は完全に閉ざされているし、その座標は全くの不明。よってこの世界で生涯を閉じる事となる。

 その事は理解しているし、自覚も出来ている。

 

 できてはいるが……やはり完全には孤独感を払拭できてはいないのだ。

 

 

 そんな横島に対し、二人は自分より心遣いを見せてくれている。

 

 自分でも気付いていなかった、“淋しさ”に二人は気付いてくれていた。

 

 楓も大人っぽいしが可愛らしいところを持っているし、古もその腕っ節とは裏腹に可愛いらしい。だがそんな外見的な物だけでは無く、ちゃんと良い女の予備軍として下地もちゃんと持っているではないか。

 

 こんな女の子たちを仲間としてここに存在できている自分は何と運の良い男なのだろう。

 

 横島は改めて二人に深く感謝の念を募らせていた。

 

 

 「うん……ありがとな。

 

  何だかよく解らないけど、女の子にそうまで言ってもらって断る訳にもいかないよな。

  だから……その、オレなんかで良ければ喜んで仮契約とやらを結ばせてもらうよ」

 

 

 だから、横島は笑顔でそう答えた。

 

 二人の思いやりがあたたかくて、

 二人の言葉がありがたくて……

 

 

 そして……

 

 

 「横島殿……」

 

 「老師……」

 

 「うん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「言質は(とたアルよ)とったでござるよ」」

 

 

 ——蜘蛛の巣に掛かった。

 

 

 「は?」

 

 がしっ

 がしっっ

 

 

 攻撃ではない為、如何に人外の回避能力を持っている横島とて回避不可能。

 左右から両の腕をガッチリ掴まれ、身動きが取れなくなってしまう。

 

 

 「え? ええっ?! な、何だ!? 一体何を……」

 

 

 焦りまくる横島。

 

 おかしい。

 何だかおかしい。

 

 さっきガンガン音を立てていた警鐘が、頭部を左右に振りたくるほど打ち鳴らされている。

 

 つーか、あの感動的な流れからこーなるってどゆコト?! 

 

 

 「ちょ、まっ、ナニこの流れ!?

  ひょっとサギ!? これが噂のフィッシィングサギ!?」

 

 

 違うと思うぞ。

 

 

 「つーか放して〜〜っ!! ひぃ〜〜〜っ!!」

 

 

 「ダメでござるよ」

 

 ぐにゅ

 

 

 「そうアルよ。観念するアル」

 

 ぎゅっ

 

 

 「か、かかか観念って……

  ぬわぁっ!! チチがぁっ!! フトモモがぁっ!!」

 

 

 立たせてもらったのに、二人に腕に抱きつかれてまたしてもヘタり込んでしまう横島。

 左腕は楓の胸の間に挟まれ、右腕は同様に古の腕の中。古の場合は流石に楓ほどのボリュームはないが、その代わりに太腿の間に挟み込まれているのでまったく腕を動かせない。下手するとヘンなトコ触っちゃいそうだし。

 

 ジャスティスはジャスティスで、さっきとは違う意味で『Go!Go! GoGo!』と吠えている。それもアナゴさん的ボイスで。ロリ否定というタテマエはドコへ行ったのか?

 

 

 「騙したな!? ポックンを騙したな!?

  親父と母さんと美神さんとエミさんと冥子ちゃんとおキヌちゃんとシロとタマモとパピリオと小竜姫様とヒャクメと神父と雪之丞とタイガーとピートとその他もろもろと同じで、ポックンを騙したんだな!?」

 

 

 エライ騙され様である。

 

 

 「その御仁らがどなたかは存ぜぬが、騙してはいないでござるよ?」

 「そーアルよ。コレが仮契約の手段ネ」

 

 

 普通ならその横島のテンパり具合に引きも入るだろうが、流石に二人は一週間も側にいたのですっかり慣れていた。

 つーか勢いもあってそんな嘆きが効いてなかったりする。

 

 まぁ、羅列された中に女の名前があった所為で、

 そしてそのニュアンスに何かを感じ、二人の額に血管が浮かんでいたりする。

 げに恐ろしきは女の勘と言う事か。

 

 

 「こ、このパラダイス……もといっ! この楽園……じゃなくて!

  こんなキモチエエ……違う! ええと……

  とと、と、とにかく、こーゆー痛し嬉しなコトすんのが仮契約つーんか!?

  泣くぞ!? ええか!? 泣いちゃうぞ!?」

 

 

 彼からすれば堕落の宴であろうが、言っている事はとっくにぶっ壊れている。つーかついに認めた?

 しかし残念ながらそこには気付けていないのか、テンションが上がっている二人はそのまま顔を寄せてきた。

 

 

 「う、うわっ?! 酒臭っ!!

  二人とも酔っとるなぁ〜っ?!」

 

 「いやいや酔ってなんかいないでごじゃるよ〜〜?」

 

 「私ら未成年アル。おしゃけにゃんかにょまにゃいアルよ〜〜」

 

 「ウソこけ〜っ!!

  ヨッパライの『酔ってない』は結婚詐欺師のプロポーズ並に信用できんわ〜〜っ!!」

 

 

 何だか期待しつつ涙目で逃げようとする横島。

 しかし何だか手遅れっポイ。

 

 そんな風に涙を振りまきつつイヤイヤする横島の顔の直横で古は、

 

 

 「……そんなに私たち……いやアルか……?」

 

 「え……?」

 

 

 顔を俯かせ、聞いた事もないような悲しげな声を漏らした。

 

 

 流石の横島も驚き、慌てて真横にある古に顔を向ける。

 

 普段も小柄な古であるが、気落ちしているのか何時もより小さく見えていた。

 

 

 「イヤならイヤとハキリ言てほしいヨ……」

 

 「え? いやその……」

 

 「やぱり……イヤ……?」

 

 「あ、そのイヤじゃなくて……」

 

 「どちアルか……?

  イヤなら私、老師を諦めるアル…………」

 

 

 淋しげであり、真剣。

 短い付き合いであるが、横島は楓らと同様に古の性格を大体つかめている。

 

 だからこそ、彼女がギリギリまで返答に迫られている事を気付く事ができていた。

 

 何故にここまで思いつめているのかはサッパリであるが、真剣な問いかけには真剣に答える。

 先ほど引っ掛けられたと言うのに、それでも懲りないのが長所である横島は、

 

 

 「……そんな事ねぇよ。

  急にそんなこと言われたから慌てただけさ」

 

 「本当……アルか……?」

 

 「ああ」

 

 

 今度は断言。

 軽く、そして力強く頷く。

 

 ここで躊躇するほど失礼な事はないのだから。

 

 

 「じゃあ………仮契約結んでくれるアルか?」

 

 「あ、ああ……何だか知んねーけど、オレで良ければ……」

 

 

 

 

 「じゃあ、拙者から結ぶでござるよ」

 

 

 

 唐突に左側から声が掛かり、ハッとして振り返った。

 

 当然ながら左側には楓がいる。

 そしてその声はすぐ後ろの位置だった。

 

 

 「ン……」

 「楓ちゃ……ンン!!!???」

 

 

 ——初めは何だか解らなかった。

 

 

 視界は髪の毛に塞がれていて何がまん前にあるのか見えもしない。

 いや視界がふさがれているからこそ、他の感覚が強化されてしまうのだが。

 

 自分の顔の前には何だか甘い香りのするがあり、唇には軟らかくてあたたかいものが触れている。

 

 いや、現実逃避しても仕方がない。

 

 実のところ彼とてよく解っている。

 経験と言うものを全て失ってはいるが、実年齢は青年であるので子供のように慌てたりはしない。

 

 

 「ン……ンン……」

 「ん…あ……ふ……」

 

 

 ——ハズだ。多分。

 

 

 いや別の意味で落ち着いているか? 我を失っているだけという気もするが。

 

 

 実際の時間はわからないが、数十秒から数分なのだろう。

 

 ツ……と離れた横島と唇と唇の間には銀の橋が掛かっていた。

 

 普通、ここまでになるには深いキス……つまり舌の交し合いレベルの事を行わなければならない筈である。

 

 しかしながら楓にはそんなスキルはない。という事は………

 

 

 「………」

 

 「あ、あの……楓チャン?」

 

 

 顔を離した楓は唇に軽く指で撫で、何時も以上に眼を細めて横島の唇を見つめ、

 

 

 「わっ!?」

 

 

 一瞬で顔を赤熱化させたと同時に、弾かれたように横島から身を離して夜の闇に飛び込んで姿を消した。

 

 照れているのか、何なのか、兎も角遠くの方でドンガラガッシャ〜ンと何かがひっくり返る音が聞えた気もするので慌てていた事だけは間違いないだろう。

 

 

 「オ……オレってヤツは……」

 

 

 呆然とその消えた方向に眼差しを送り続ける横島。

 

 

 いや、これまた本当は解っている。

 

 キスをしていると理解してしまった瞬間、体が勝手に動いたのだ——と。

 

 とっても“大人向け”のそれをしてしまったのだ——と。

 

 

 「オレは……オレってヤツぁ……」

 

 

 遂に堕ちてしまったという事なのか。

 

 遂にロリ道という冥府魔道への門を開いてしまったと言う事なのか。

 

 

 くぅうう〜……と泣けてくるのも仕方がないと言える。

 

 

 「まぁまぁ、気にしなくていいアルよ。私は老師を信じてるアル」

 

 「うう……古ちゃん……」

 

 

 そんなタイミングで古がそう言って慰めてくれたら流石も縋り付いてしまう。

 まだ自分の腕にしがみ付き、太腿に挟んだままだと言うのに……だ。

 

 もとより気弱になっている横島だ。

 自由になった左手で古の身体にしがみ付くよう腕を伸ばし、その小柄な身体に自分をあずけるという愚行を犯してしまった。

 

 

 

 無論、迂闊である事は言うまでもない。

 

 

 

 「老師……」

 

 「え……?」

 

 「——隙ありっ」

 

 

 「?! ンんん……っ!!??」

 

 

 実際、古は楓以上に酔ってたりする。

 飲酒量は楓より多いし、尚且つ楓の様な薬物抵抗を持っていない。

 

 だからこそ暴走は静かに続いていたのである。

 

 古から言えば初めて横島から取れた一本と言えなくもない。

 だが、横島からすれば崖っぷちに追い詰めて助けるフリをして突き落とされるようなものだ。

 

 横島の頭の中は真っ白になり、古と抱き合う形のまま硬直し切ってしまった。

 

 

 「ンんん……? ん、ンンっっ?!」

 

 

 流石に古も驚いた。

 何せ余りの事に横島は心身共に凍りついて動けなくなっているのだ。

 

 つまり、古は唇を重ねたままピクリとも出来なくなっている。

 

 

 「んっ、んん、んんんん……んん〜〜〜〜……っ!?」

 

 

 勢いでしてしまった古であるが、全てが初めての行為。

 ファーストキスなのだから、鼻で息をする…等という事など思いつく訳もない。ややパニクりつつも口で息をしようと躍起になって大きめに開いてしまう。

 開いてしまうからこそ、無意識に出された横島の舌を呼気と共に吸い込んでしまった。

 

 結果、古は初めてと言うには余りにハードなキスを行うハメとなってしまったのだ。

 

 調子に乗ったバツか、横島を慰めるフリをしてひっかけたバツか、 

 はたまた未成年のくせに飲酒をしたバツなのかは不明であるが、半泣きでもがく古に対し追い討ちが如く奇跡が起こった。

 

 

 ぽんっ

 

 「んん…っ?」

 

 

 今まで抱き合うレベルの感触だったのに、唐突に懐に収められるかのようにすっぽりと抱きしめられる感触に変わった。

 

 慌てて手探りで横島の身体を探ると……

 

 

 「っ!!??」

 

 

 年齢詐称薬が切れて十代半ば過ぎの肉体に戻り、

 大きくなった所為で着ているものが破け、ほぼ裸で自分を抱きしめている横島の身体が………

 

 

 「……………………………………………………………………」

 

 

 流石に横島同様、古も頭が真っ白になった。

 

 初めて触れ合った異性の肌。

 ムリヤリ付き合わせた鍛練において気にはなっていたが、思ったよりしなやかで鍛え上げられた筋肉をしているではないか。

 無駄な筋肉を感じない、野生動物のよう……等と冷静に感想を述べている場合ではない。

 と言っても何かしらの反応が出来るほど冷静さはなく、ただ長々と唇を合わせているだけ。

 

 それでもそんな時が無限に続く事は無い。

 どれくらいの時間が過ぎたかは解らないが、重ね合っていた唇の間から何かが滴り、外気で冷えたそれが剥き出しの自分の太腿にポタリと落ちると、

 

 

 「!?

  〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!???」

 

 

 流石の古もやっと我に返ることに成功した。

 

 身体に残る全ての力を振り絞って身を引き剥がし、恥ずかしさ全開故であろうか、見事な体重移動と円運動を込めた手加減無しの一撃を、

 

 

 ドズムッ!!

 

 「うぼっ!!??」

 

 横島の水月に叩き込み、空高くぶっ飛ばすと先ほどの楓同様にその場を飛び退り、脇目もふらず風のようにその場から逃げて行った。

 

 

 後に残ったのは——

 

 

 ひゅるるるるるる……………どごんっ!!

 

 「ぷべらっ!!」

 

 

 やっとこさ墜落し、頭から屋根に突き刺さって意識を失った裸のまま放置される事が決定した横島 忠夫——と、

 

 

 「ぴぃ?

  ぴぃ——っっ!?」

 

 

 帰りが遅い彼を心配して探しに来た小鹿だけであった………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『な……なんだこりゃあ………?』

 

 

 機材一式を持ち込み、簡易放送室と化している旅館のトイレの中。

 

 仮契約カード大量GET大作戦の主犯格であるカモは、撤収直前に目の前に出現した三枚(、、)のカードを見て呆然としていた。

 

 

 何だか思いの他苦労しただけで終わりそうであったのだが、それでも最後には親友のてこ入れのお陰で宮崎のどかのカードが得られ、

 そしてあんまり期待はしていなかったが、カメラの範囲外で少女忍者とカンフー娘がどーにかこーにか契約を結んだようである。

 

 想像していたより遥かに少ない利益であり、大掛かりだったわりに情けない結果で終わったがゼロよりマシだ。

 仮契約カードも合計四枚入ったから由としよう。

 

 そう席(?)を立とうとしたカモであったが……

 

 

 『か、仮契約カードじゃない??!!』

 

 

 後から出現したカードの異様さに気付いて声を上げた。

 

 

 『い、いやそれにしちゃあ力を感じるし……

  だけど方位も徳性も何も無ぇってどういうこった??!!』

 

 

 何しろシンボリズムである“色調”や、天体的属性である星辰性すら描かれていない。

 

 尚且つ、

 

 

 『サイズも半分くれぇしか……』

 

 

 

  ——ないのだ。

 

 自分の描いた魔法陣の不手際という可能性もゼロではないが、のどかのは成功しているし、そのほかのスカカードも一応、自分が知る失敗作のパターン。

 しかし、後に出現したこの三枚は一般の仮契約カードとの共通点が殆ど無い。

 

 

 『そ、それにこのデザイン……

  仮契約カードというよりは………』

 

 

 ヲッサン臭い彼が良く知るカードとデザインが良く似ているのだ。

 

 それは——

 

 

 「ちょっと、カモッち何やってんの!?

  急いでズラかるよ!!」

 

 『お、おうっ!!』

 

 

 何時の間にか食券やら機材やら荷物をまとめ、朝倉は泥棒宜しく背負い袋をしょいこんでドアノブに手を掛けていた。

 

 慌ててカモもその妙なカードをしまって彼女の肩に乗り、この場を後に………

 

 

 「………なるほど。

  朝倉……お前が主犯か……」

 

 

 「へ……?

  ぴぎぃいいっ!?」

 

 

 ……しようとしたのであるが、怒れる新田先生によって遂に確保されてしまうのだった。

 

 

 

 

 関わった連中ごと連帯責任。

 というわけで楓と古を除いた十人+一匹は朝まで正座させられたという。

 

 

 

 

 その二人はというと、正座の罰を喰らったものが部屋に戻る事を許された頃に無言で部屋に帰ってきていた。

 既に同じ班の者は眠りについていたから二人とも一言も語らずそのまま布団の中に潜り込み、

 

 

 

 「「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」」

 

 

 

 枕を抱え混んで声を殺し、朝方まで悶えまくり続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 「ヤレヤレ……

  若いネ……二人とも」

 

 「これであのバカも少しは自覚が持てればいいのだがな……」

 

 

 

 

 

 これが二日目の夜の顛末であった——

 

 

 

 

 




 こうして楓と古は道を踏み外してしまいましたとさw
 
 この話で苦労したのは、幾らなんでもこの二人は簡単にキスなんてしないだろうという事。
 ネギのような子供が相手なら軽い気持ちで出来るでしょうが横っちは青年。それは軽々とはできないでしょう。
 かと言ってこの状況だけで仮契約する事を決意するというのも何だか理由としては弱い。楓も古もそういった事にはけっこう“お堅い”娘みたいですしね。
 でからドタバタを混ぜ込んでこの流れになりました。

 何せ私はあの二人だったら修業的要因以外でのパワーアップは望まないと思ってますので。

 二人(+1)の契約(仮契約とは言い難い)カードのデザインはわりとすんなり決まってます。
 詳細は次回。つまり、例の映画村のアレとかですね。

 というわけで、続きは見てのお帰りです。
 ではでは〜


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十時間目:独立愚連隊ニシへ
前編


 

 

 「まったくもー……

  ちょっと、どーすんのよネギ!

  こ——んなにいっぱいカード作っちゃって一体どう責任取るつもりなのよ!?」

 

 「えうっ!?

  僕ですか!?」

 

 

 

 狂乱の夜が明けた修学旅行三日目の朝。

 昨夜のゲームの事を楽しげに話している3−Aの面々を向こうに置き、

 全然全く知らない内にその中心に置かれていた子供先生ネギは、何だか不条理な事に明日菜に責められていた。

 

 見回りを行っている隙に勝手に仮契約の陣を仕掛けられて勝手に女の子と契約を結ぶ策を講じられたのだから、ホントのとこそんなに罪はなかろう。

 まぁ、主犯格のカモの扱いはネギの使い魔のようなものなので監督不行き届きと言えなくも無いが。

 

 

 『まぁまぁ、姐さん』

 「そーだよアスナ。もーかったってことでいいじゃん」

 

 「朝倉とエロガモは黙ってて!!」

 

 

 あまりに軽薄な事を言う友人に、明日菜は目をくわっと剥いて怒る。まぁ、当然であるが。

 理屈上、当人らに内緒で勝手に契約する事後契約なのだから性質が悪い詐欺みたいなものなのだ。

 

 初めから裏にいた刹那は当然として、最近になってやっと魔法の事を知った明日菜ですらその危険な行いに気付いているくらい。

 

 情報というものの怖さを知っているはずの朝倉が気付かないのは意外だが、とっくに裏を知っている筈のカモまでがチョーシこいてあんな事をぶちかましたのだから、明日菜の怒りも当然であろう。

 だからカモはエロガモと称され、けっこーショックを受けていたのだが誰も気にしていない。

 

 

 

 

 で、

 

 

 そんな風に少女らが騒いでいるのを尻目に、どよ〜〜〜んと暗雲を引っ張って歩く少年の姿があった。

 

 足取りの重さは敗残兵のそれ。日本的に言えば落ち武者である。

 漫画のように数本の折れた矢とかが刺さっていたら完璧であろう。

 

 少年は隈が浮き濁った眼をちらりとネギらに向け、直に前に戻して深く溜め息をついた。

 

 

 「はぁあああぁああ〜〜〜…………………………」

 

 

 その吐息だけで木々枯れて落ち葉が舞いそうだ。

 少年はそれほど黄昏ていた。

 

 

 「ん? 横し……いや、タダキチ君。どうかしたのかい?」

 

 

 これだけの落ち込み様なら普通なら耳に入らないであろう何気ない言葉。

 だがしかし、それが女の——それも美少女っポイ声(何でそれが判るのかはナゾであるが)ならば話は別なのだ。

 

 問い掛けられた方向に反射的に顔を向け、声の主を確認してみれば、そこには麻帆良中等部の制服に身を包んだ妙に大人っぽい少女の姿。

 黒いストレートロングの髪を後に流し、中等部の制服を着てはいても年齢度外視の色気と雰囲気を漂わせている少女……龍宮 真名である。

 

 大人に相対する時の雰囲気や、モーションを掛けてくる男どもをあしらう様から女子中学生だと言っても誰も信じはすまい。

 何せその何気ない仕種の中にも隙が全く無いのだから。

 

 それも当然で、彼女はこれでも“裏”でプロとして働いているのだ。

 つまり<タダキチ(セブン)>事、横島の裏の顔を知っている数少ない一人である。

 

 

 「真名ちゃんか……」

 

 「ん…?」

 

 

 やや馴れ馴れしく名前を言われても真名は微笑むだけ。妙に余裕がある。

 それにしても実年齢では勝っている“筈”の横島より大人びているのは如何なものか?

 

 そんな真名の身体のごく一部……まぁ、言ってしまえば胸であるが……を一瞥すると、横島はまた溜め息を吐いた。

 こーゆーケシカランオパーイを持っている美少女がいるから自分は苦しむのだ……と。

 

 何と自分勝手で身勝手な意見であろうか。無けりゃあ無いで文句言うくせに。

 

 真名は凡その見当がついていたが、ただ苦笑するのみ。やはり大人である。

 

 「流石に子供がそんなこと(、、、、、)で溜め息ばかり吐いてたら目立つんじゃないか?」

 

 「ほっといて」

 

 

 何だか不貞腐れたかのような横島の様子に、真名はくくくと笑いを忍ばせた。

 

 昨夜の事は真名もよく覚えている(、、、、、、、)

 

 というのも、普段とは違う友人(ライバル)の様子に気付いた彼女は、物陰から2班の後を追い様子を見守っていたのだ。

 

 自分のような“眼”を持っているわけでもないのに横島の“跡”を追い続け、

 ゲーム終了を阻止せんと新田に煙幕を投げ付けたり、ナニに暴走したかは知らないが、ネギを粛清せんと襲い掛かる横島を古との見事な連携で確保したり……

 

 

 そして——見た(、、)

 

 

 「夕べはお楽しみだったようだね。

  両手に花だったみたいじゃないか」

 

 「あ゛あ゛〜〜〜〜っ!!

  言わんといてぇええ〜〜〜〜〜っ!!!」

 

 

 有名RPGの宿屋のオヤジみたいなセリフを真名に言われ、イキナリ身悶えしつつ転がって泣き出す横島。

 そのリアクション、昨夜の自分の担任の悩み方に似てなくも無いがハッキリ言って規模が違う。

 

 ごろんごろんと団栗のように可愛く転がるのがネギなら、ゴロロロロロロッ!! とベアリングもびっくりな大回転して悶えるのが彼だ。

 壁にぶち当たるとそのまま壁を転がって天井に辿り着かんとする勢いである。

 今時のアクション映画の特撮でもここまでの動きにはお目にかかれまい。

 何もかも間違っている気がしないでもないが、素晴らしいと言えなくも無いだろう。多分。

 

 そんな横島のうおーんうおーんという獣じみた泣き声は中々笑いを誘ってくれるが、このままでは目立ち過ぎてしまう。

 

 真名は襟首をむんずと掴んでそのまま角まで引き摺って行き、泣き崩れている彼を立たせてやった。

 

 

 「やれやれ、世話が焼けるな」

 

 「うう……スマンのぉ……」

 

 

 幼児然とした外見も相俟って、情けなさに拍車が掛かる。

 まだネギの方が大人っぽく見えるのだから不思議だ。

 

 何だかしっかり女房(楓)に養ってもらう宿六のようだと真名は思った。

 

 

 「それで今日はどうするんだい? ネギ先生は確か……」

 

 「えっぐえっぐ……

  あ、う、うん……アイツは今日、西の本山に行くはずだけど……」

 

 

 普通に考えれば、横島もネギに付いてゆく事になるだろう。

 何せ彼が請け負った仕事はネギの持つ親書を守る事なのだから。

 

 だが、1日目の襲撃から鑑みれば、“奴ら”の目的は——

 

 

 「アイツの親書“だけ”じゃねーだろうなぁー……」

 

 「多分ね」

 

 

 無論、親書到達の足止めくらいはされるかもしれないが、真名も横島もそれだけで終わるとはコレっポッチも思っていない。

 いや……下手をすると親書を狙っているのは物のついで(、、、、、)、或いは囮なのかもしれないのだ。

 

 あの眼鏡姉ちゃん(千草)や刹那の話からして、本命は西の長の娘である木乃香だと、横島は踏んでいる。

 

 木乃香の魔力は確かに“ちょっと大きめ”というレベルであるが、『うわっ!? スッゲェ〜〜っ!!』と眼を見張るほどではない(注※ 横島視点)。

 まぁ、属性や性質によっては何かの鍵になったりする事は間々ある事だ。だからそれを狙っているとも考えられる。

 現に横島の同僚の女性は然程強力な霊力を持っていた訳でも無いのに300年間も人柱にされていた訳であるし。

 

 まぁ、西の長の娘なので、その立場を利用しようとしているのかもしれない。

 その割に妙に騒ぎを大きくしようとしているのは本末転倒な気もするが……

 

 

 「やっぱ何かの<拠り代>とかに選ばれたんかなぁ……

  確かに人間の女の子にしては(、、、、、、、、、、)ちょっと大きいし……でもなぁ……う〜ん……?」

 

 「……一度魔力について話し合わないといけないセリフだね」

 

 「でも事実じゃん」

 

 「……ま、いいけどね……」

 

 

 何度も言うが、横島の“大きい力”の基準は神族や魔族とかである。

 人間が逆立ちしたって届かない位置にいる事は言うまでも無い。

 

 更に、人間で大きい力の持ち主はと言うと、かなりド外れた存在が出てきてしまう。

 

 真っ先に思い浮かぶのは自分の“元”雇い主とか、その母親とかだ。

 

 その元雇い主の母親という人物は、原子力空母の全発電エネルギーを吸収して自分の霊力に変換ができる 怪 獣 である。

 

 横島本人は見た事はないが、同僚らの話によれば推定霊力数値は通常の百倍近くは出ていたらしい。

 当然ながらポテンシャルはその母親を超えている元雇い主だってできるだろう。

 

 そんなのを知っているからこそ彼の判断基準はかなりトチ狂っているのであるが、それは兎も角。

 

 

 「じゃあ、やっぱり今日も人員を割くのかい?」

 

 「ああ……しゃあないしな……」

 

 

 確かに任務のメインは親書を持つネギの手助けであるが、木乃香を守る事も仕事の一つである。というか、横島的に言えば女の子を守る方がずっと重要だ。

 かと言って親書が届かなくとも良いと言うわけではない。

 

 親書を届けるという話が向こうに広く伝わっているのなら、その手紙が届かねば『友好を結ぶ気がない』という口実を与えてしまう事になりかねない。それはそれで大変困った事となるであろう。

 

 世話になっているとはいえ、学園長(ジジイ)らがどれだけ困ろうと大して気にしない横島であるが、美少女の未来に幸多かれと部分的聖人君子な想いを持っている彼からすれば、木乃香に害が及ぶのは何としても避けたいところ。

 つーか及ぼす奴らは私刑ケテーイである。

 しかし、そうなると木乃香とネギとを別々に見守る必要が出てくるのだ。

 

 

 「木乃香ちゃんの護衛をメインにするのは当然として、あのボウズの方も……」

 

 

 ——無視する訳には行かない。

 

 はっきり言って、こう言った現状になったのは近衛も西の長も読みが甘すぎた為と言えよう。

 

 親書が必要なのは当然であろうが、木乃香と共に京都に来たのは失敗だった。

 何せ西にとっては“姫君”にあたる木乃香をチラつかせているのだ。ロコツに引かせればどんな難題を吹っかけられるか解かったもんじゃない。

 

 確かに本山の一部にあんなおポンチな輩がいるとは予想外だっただろうが、把握し切れていないのなら長も長だと言える。

 長が知りえていないのだから関東の方も知らないのはしょうがないかもしれないが、双方ともが同レベルで情報の面で負けているのはいただけない。

 

 

 「あのじーさん。

  この本山の不手際を餌にして長に責任追及するなんて事しないよな?」

 

 「意外とよく回る頭だね。

  そこらでありそうな話だけど、今はその臭いは無いよ」

 

 「ふうん……

  プロの鼻がそう言ってるんだったら信用するか」

 

 「おや何の事だい?

  私はしがない一中学生だよ?」

 

 「はいはい」

 

 

 まぁ、裏があるにせよ無いにせよ今さら悔やんでも遅きに遅しで、双方共が下手に人員を動かす事ができないのが現状だろう。

 

 それに近衛も言っていたが、木乃香は魔法に関わらせない様に育てられている。

 西と東の本山の血を引いているくせに何を……という気がしないでもないが、そういった裏のことを知っているからこそ、魔法関係に近寄らせたくないのだろう。

 そんな意味でも安全かもしれない(、、、、、、)という程度の信頼しか置けない本山にネギ達と向わせる訳にも行かないのだ。

 

 となると、当然として木乃香の護衛と、ネギの護衛に分かれねばならなのであるが……

 

 

 チラリと真名に目を向ければ、

 

 

 「うん? 依頼かい?」

 

 

 と、笑顔で返してくる。目は笑っていないが。

 

 「いんや……まだ(、、)いいよ」

 

 「そうかい?」

 

 

 ふ…と肩を竦ませて了解の意を示す。

 

 “まだ”と言ったのは、状況が変われば依頼する事を示している。そして真名もそれを解ってくれたのだ。

 

 友人関係の話であるというのに遠まわしに金銭を要求してくる真名。

 

 だが横島も文句を言うつもりは無い。

 

 彼女はプロだと聞いているのだ。プロが一々情で動いては話にならないし、“外部”も信用すまい。

 自分の“元”上司もそうだったのだし。

 

 まぁ、件の上司と同様に、彼女もギリギリでは情で動いてしまうだろうとは予想しているが。

 

 それよりも、今はネギの事であるが……

 

 

  

 「拙者が行くでござるよ」

 

 

 

 「え゛!?」

 

 

 思考に沈んでいる隙に接近を許してしまったのだろう。

 何時の間にか横島の後に楓の姿。

 

 朝食直後なので真名と同じく制服姿だ。

 似合っている様で、微妙にコスプレっポイのが何だか犯罪チックである。

 

 

 「何だい?」

 

 「い、いや別に……」

 

 

 そんな感想を真名に読まれたか、横島は眼を逸らして誤魔化す。

 

 それでもすぐ楓に向き直し、その顔を見た。

 

 彼自身はそのつもりはなかったのに、何故か凝視してしまう。

 だかそんな横島に対し楓は、

 

 

 「何でござる?」

 

 「いやその……」

 

 

 と、横島は未だに昨日のキス騒動をずるずる引き摺っていると言うのに、彼女はサッパリと言葉を返してきたではないか。

 

 本当ならこーゆーのを気にする歳ではないのであるが、精神が肉体に引っ張られているのか、元々の純情さも相俟ってちょっと情けないくらい気にしてたりする。

 

 

 『やっぱ女の方が強いんやなぁ〜〜……』

 

 

 今時の少女はキス程度では気にならないのだろうか。

 ジェネレーションギャップというか、性差というか……いや大人のくせに気にし過ぎている横島が悪いのかもしれない。

 

 

 「解ってないね……」

 

 「へ? 何か言った?」

 

 「いや別に」

 

 

 そんな意味深な事を呟いた真名が気にならない訳でもないが、このまま楓と相対して突っ立っていても話は進まない。

 

 彼女も退屈しているのか顔が白みがかってきたし——

 

 何だかまだギクシャクしているのが物悲しいが、

 

 

 「じ、じゃあ、頼めるかな? あのお子様先生のお守り」

 

 「承知したでござる」 

 

 

 ニ…っと笑って了承する楓。

 昨日の事があった所為なのだろう、その笑顔がめっさ透き通って見える。

 

 自然とその口元に眼が向いてしまい、ああ……あの唇にオレは……と妙に上気してきた。

 

 アホぉな妄想に沈みかかったコトを自覚し、慌てて頭を振ってそれを吹っ飛ばそうとする。

 

 

 「おやおや? 楓の何が気になってるんだい?」

 

 「べ、別に気になってへん!! 楓ちゃんの艶やかな唇や見てへんぞ!!!」

 

 

 真名に指摘され、更に必死になって頭を振って誤魔化そうとする横島。

 誤魔化すと言っても、何を? と問われると困るだろうが、それでも涙をぶち撒きつつブンブカ首を左右に振って否定する。

 

 だが、『そうかい?』と真名にミョーに生暖かい視線を浴びせられては、ズキズキ痛むハートも耐えられなくなってしまう。

 

 例によって例の如く、「違うんや——っ!!」と絶叫してどこかへ駆けて行ってしまった。

 

 

 「あ……っと……

  うーん……ちょっと虐め過ぎたかな?」

 

 

 その背を見送ってから溜め息を吐いて反省し、やれやれといった表情のまま楓に顔を向ける。

 

 視線を向けられた楓と言うと、何だか笑顔のままで横島の消えた方向を見つめ続けているではないか。

 

 

 何時もの楓。

 何時もの読み難い笑顔。

 

 横島が見た通り、なんだか生っ白い顔のままニコニコとしたまま、今はもう見えなくなっている彼の背を追い続けいてた。

 

 が、真名からすれば一目瞭然なのだろう。

 

 

 

 「楓。もう横島さんは行ったぞ」

 

 

 

 と、彼女の耳の側で聞こえるようにそう言ってやった。

 

 

 その瞬間——

 

 

 ボッシュウウウウ……っ!!!

 

 

 実にイイ音を立てて楓の顔が燃えるような赤に染まって蒸気を噴き、そっくり返るように真後ろに倒れて行く。

 

 

 「おっと」

 

 

 真名はそれが解っていたか、するりと楓の背後に回り、倒れ掛かる彼女の体を支えてやった。

 

 

 「やっぱり無理をしてたか……」

 

 「ううう……」

 

 

 どうやら横島の前で冷静さを取り繕っていただけの様で、遂に限界を突破して急激に血が上った所為でひっくり返ったようだ。

 

 

 「それにしても器用だな……顔色を変えないのだから」

 

 

 突然広がった血管を虐める訳にはいかないので、冷たいペットボトルなどで冷やすわけにはいかない。

 パタパタと旅行のしおりで扇いで熱を下げてやるだけだ。

 

 

 「……氣で筋肉を操って頚動脈を引き締めてたでござるよ……」

 

 「死ぬぞ? お前」

 

 

 そりゃあ確かに顔色は変わるまい。

 間違いなく無理し過ぎであるが。

 

 

 「……なれど……」

 

 「うん?」

 

 

 やや俯き加減でそう呟く楓に、真名はどうかしたのかと顔を覗き込もうとする。

 相変わらず眼を細めたままであるが、プルプルを肩を震わせていて何時に無く混乱している様子だ。

 

 

 『あー……やっぱまだショックを引きずってるのか……』

 

 

 と、真名が納得した瞬間、

 

 楓は爆発した。

 

 

 

 「ど、どどどどうすれば良いでござるか!?

  酒の勢いがあったとはいえ、あんな事をしてしまうとは〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ

 

  せ、拙者は、

  拙者わぁあああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっ!!!」

 

 

 ゴロゴロゴロゴロゴロ……ッと頭を抱えて転がり回る楓。

 

 

 「わぁっ!? 楓姉!?」

 

 「ど、どーしたの!?」

 

 

 何と言うか……実に横島と同じ様な悶え方をしてしまっている。

 

 照れていないとか、気にしていないどころの騒ぎではない。実は楓、素面に戻るとおもっきり気にしまくっていた。

 

 以前の楓であれば見知らぬ男に肌身を見られたとて然程気にする事も無かったであろうが、何せ相手は無自覚であるが好意を高めていっている男なのだ。そりゃ恥ずかしくもあろう。

 

 ぶっちゃけキスだけでそこまでぶっ壊れてどーするという気もするのだが、一部接触した挙句にそれを思い出して悶える程、“女”が成長しただけマシか……と真名は妥協してムリヤリ納得するのだった。

 

 

 

 

 

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               ■十時間目:独立愚連隊ニシへ (前)

 

 

 

 

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 少女らの京都・奈良での修学旅行三日目は完全自由行動である。

 

 

 得てして女の子と言うものは、そういった遊びが関わる時のみ綿密な計画を立てて行動するもので、修学旅行に出る前には何時にドコへ行き、何を買うなどまで計画は煮詰められていた。

 

 真面目な教師などは問題が起こさないか、或いは問題に巻き込まれないかとハラハラしてたりするが、事前に計画表の提出が義務付けられているのでそんな無茶な行動に出る事は余り無い。少女らもわりと正直に行き先を記入するし。

 

 

 で、魔法先生の端くれであるネギ=スプリングフィールドはというと……

 

 朝食を食べ終え、昨夜のカードの話をしたあと直に少女らと同様に私服に着替え、何だか弾むように旅館の外へ駆け出していた。

 

 

 何だかそれだけはどうしようもなく目立つ魔法の杖を背中に背負い、大切な親書を鞄に携え、パートナーである明日菜と待ち合わせている大堰川を目指す。

 

 子供とは言えイギリス紳士の端くれ。

 女性を待たせてはいけないし、早すぎて気を使わせる訳にもいかないので時間よりやや早い程度で待ち合わせの場所に着いた。

 

 

 木乃香は刹那に任せてあるし、彼の任務は親書を届けるだけ。

 根が真っ直ぐ過ぎる上、ついこの間まで悪い魔法使いの存在にさえ気付けずにいたネギであるからこその思考の流れだ。

 魔法に関わるという事は危険に近くなると言う事。その所為で故郷の一つを失っているというのに……

 

 

 だが、幸いにもその部分のフォローは整っている——

 

 

 

 「ネ——ギ先生♪」

 

 「え?」

 

 

 何だか親しげな声で背後から呼びかけられ、ネギが振り返ってみると、

 

 

 何だか悪戯が成功した事を喜んでいるかのような表情で笑っているハルナ。

 

 やや照れた表情を見せつつ、何時ものようにアヤシゲな飲み物を手にしている夕映。

 

 やはり照れた表情で、皆より一歩後にいるのどか。

 

 幼馴染の側にいられてうれしいのだろう、笑顔を見せている木乃香。

 

 申し訳なさそうにコッソリと謝罪の意を見せている明日菜。

 

 そして何時ものように努めて表情を隠そう……として、幼馴染の側にいる事からか隠し切れていない刹那。

 

 

 それと——

 

 

 チャイナ系の私服しか見た事無いのだが、明日菜達とさほど差の見られないミススカートとトレーナー姿という珍しい格好の古。

 赤いバンダナを頭に巻き、Tシャツにジーンズ、バッシュ姿のタダキチがそこに並んでいるではないか。

 

 

 「わ〜〜っ 皆さん可愛いお洋服ですねー」

 

 

 そう女性達のお洒落を反射的に誉めるのはイギリス人の性であろうか?

 等と一瞬ボケてしまったネギであるが、

 

 

 『……じゃなくて!!

  なな、なんでアスナさん以外の人がいるんですか〜〜っ!!』

 

 

 直に我に返って小声で明日菜にツッコミを入れていた。

 

 

 『ゴメン。パルに見つかっちゃったのよー』

 

 

 さっきから謝っていたのはその事なのだろう。

 

 何せ人の恋愛感情の気配をラブ臭と称して感じているハルナだ。

 ひょっとしたら魔法使い並の勘を持っているのかもしれない。

 

 

 「ネギ先生。そんな地図もってどっか行くんでしょー? 私達も連れてってよー」

 

 

 まぁ、当ねハルナはお気楽極楽であるが。

 

 そして昨日同様、夕映らと共に着いて来ていた横島はというと、

 

 

 『ムム……見事な一人ノリツッコミ……まだまだ浅いが光るモノがあるな……』

 

 

 と、ネギに対して訳の解らない感想を述べていた。

 

 

 「え〜〜と……5班の自由行動の予定が無いのは聞きましたけど、その……クーフェイさんの方は……」

 

 

 基本的に夕映ら図書館組は、のどかとネギの仲を取り持つ事に集中しているので取り立てた予定は入れていない。

 いや、元々古都に詳しい夕映に京都を案内してもらおうとは思ってたのであるが、のどかが勇気を振り絞って告白に成功なんかしたもんだから予定を全てキャンセルしてネギの行動に合わせているのだ。

 

 そして古の方はと言うと……

 

 

 「忘れたアルか? ネギ坊主は老……タダキチの担当者アルよ?

  そして私は付き添いネ。ちゃんと許可はとてアルよ」

 

 「う……」

 

 

 何だかよく解らないが、ネギがタダキチの面倒を見るよう新田に進言されているのだ。

 もちろん新田にそのように進言するように話を持っていったのは、瀬流彦としずなの二人である。

 

 新田にしてもネギの負担を増やす気は更々無いのだが、家族の全てを一気に失った(と言う設定である)タダキチに触れるのは歳が近いネギの方が良かろうと許可を出しているのだ。

 無論、何かあった場合の責任は自分で取る覚悟もつけている。そこら辺は立派な教師なのだし。

 

 ただ、ネギにしてみれば大変だ。

 何せ何が起こるか解らない状況であるのに、足枷をつけられているようなもの。無視する訳にも行かず、トホホと頭を痛めていたりする。

 

 しかし——

 

 

 『話はかえでから聞いてるヨ。

  このかの事は私らに任せて、ネギ坊主はネギ坊主のやるべき事をするアル』

 

 

 古にそう耳元で囁かれ、ハッとした。

 

 慌てて刹那に顔を向けると、彼女もコクリと小さく頷いている。つまり、古も“こちら側”という事なのか。

 

 

 安心し切れた訳ではないが、それでも幾分は気が楽になった。

 

 兎も角、何も知らない木乃香らを上手くまく為にも皆と回る方が良いだろう。

 そう判断したネギは、明日菜にもコソコソとその事を伝えてとりあえず皆で嵐山の名所を歩く事にしたのだった。

 

 

 『でも……何だか今日のクーフェイさん。何だか表情が硬い気がするなぁ……

  それだけ警戒してるのかな……?』

 

 

 

 

 

 『うう……古ちゃんもガン無視かい……』

 

 

 と、こっちはこっちで悩んでいる横島。

 

 ネギと明日菜が皆をまいて本山へと向かい、その後を楓がつけてゆく……そう話は整っていた。

 

 

 チラリと目を脇に向ければ茂みの中につぶらな瞳。まぁ、かのこなのだが。

 流石にそこらを連れて歩く訳にはいかないので、スマンけど隠れてついて来てくれない? とお願いしているのだ。

 使い魔にお願いかよ…という疑問が湧かなくもないが、横島なのだから然もありなんと納得できてしまうのだから不思議である。

 

 そして次に後方の土産物屋の店の陰に意識を向ければ……その陰の中にあった気配がたわみ霧散して行く。

 何者か——というか楓がそこに潜んでいるのだろう。

 

 楓が側にいて急に消えるとハルナ達が不審がるだろうし、流石に刺客らも気付く筈だ。

 だから最初から陰に忍んでネギらの後を追う。それが刹那と楓が話し合った策であるらしい。

 

 らしいのであるが……

 

 

 『オレに直接言うてくれへん……』

 

 

 という事が横島を落ち込ませていたりする。

 この話とて真名から携帯メールで教えられた情報なのだ。

 

 ……実は単に顔を合わせれば慌てまくってドジっ娘くノ一と化してしまうので、それを防ぐ為“だけ”の措置だったりする。

 

 ラノベ等のラブコメに登場するウッカリ忍者となってしまう日が来ようとは、楓自身想像すらしていなかったのであるが、実際になってしまうと想いの他こっ恥ずかしい。

 

 だからさっきの顔合わせが限界で、今は横島に視線を向けるどころか顔すら見せられない有様なのである。

 彼女をライバルとしている真名が涙を禁じ得ないほどに。

 

 

 そして古。

 

 一見、彼女は極自然に振舞い、何だか凄く冷静に行動しているように見える。いや、“見えてしまう”。

 

 ネギや明日菜、それどころか刹那とてそう見ていることだろう。

 

 だがしかし、よく見れば解る事だ。

 

 古はやたら汗をかいている。

 首筋にもそれが見えているほどに。

 

 だが、顔どころか額にも汗など一筋も滲みを見せていないのである。

 

 いや——?

 

 顎の奥。

 顔と首の付け根の部分。

 そこに目を向ければハッキリと見て取れるだろう。

 

 よく見るとその部分に継ぎ目のような線が入っており、そこから汗がにじみ出ていると言う事に。

 

 

 —<超>謹製、スペシャルマスク Ver.古 菲—

 

 こんな事もあろうかと、超が用意してあった普段の古の表情がそのまま表現されている<そっくりマスク>である。

 

 材質はゴム等ではなく、特殊合成樹脂でつくられたもので、

 

 

 「ふ……

  茶々ま…もとい、ロボ研(ロボット工学研究会)のロボ用に生み出した人工皮膚を元に古専用ブレンドで作り上げたものネ。

  無論、空気は通すようにしてあるから蒸れる事もないヨ」

 

 

 との事だ。

 

 尤も、流石の超の発明品であろうとも世には予想外というものがある。

 彼女の発明品のそれは飽く迄も普段の古を基にして作られているので、異常である古にはちと足りていないのだ。

 

 まぁ、人生最大の焦りをかましている古がここまで大汗をかくとは思ってもいなかっただろう。何しろマスクの継ぎ目から汗がドバァドバァと溢れ出てたりするくらいなのだから。

 

 

 『こ…これは計算外ネ……』

 

 

 つまり、見た目は無表情の古であるが、そのマスクの下では……

 

 

 『あぅうう〜〜………っ!!

  老師の顔がマトモに見れないアル〜〜〜〜っっ!!』

 

 

 と、前述の通りに大汗を書いた挙句、頬どころか顔そのものを真っ赤っ赤に染め上げていたりするのだ。

 

 ファーストキスというだけでも酒の力を借りなければ踏ん切りがつかなかったほど恥ずかしかったというのに、余りと言えばあまりに濃厚なキスをぶちかました(された)古である。

 何だかんだ言っても根は純情な彼女の事、そうそう冷静でいられる訳が無いのだ。

 

 

 物陰では蹲ったくノ一が、

 

 『あ゛ぁ゛〜〜……横島殿の唇の感触がぁ〜〜っ!!

  いや、イヤという訳ではないでござるが、いや嬉しいという訳では……

  い、いや、いやいや嬉しくないという訳ではなくて、

  嬉しいという訳ではない事もない事も無きにしも非ずでない訳でござって……

  あ゛あ゛〜〜〜っっっ!!』 

 

 

 横島の横では一見無表情なカンフー娘が、

 

 『う゛う゛……老師の舌が、舌が、舌がぁ〜〜〜〜〜………っ!!

  イヤ、嫌という事違う、じゃなく、

  違うと違うから、い、いや、嬉しくない訳でもない訳でもなくて、その……うう……

  何か、その……甘かたような、違うような、違わなくないような気持ちよかたような……

  あ゛あ゛〜〜〜っっっ!!』

 

 

 

 そして当事者である横島はというと……

 

 『ぐぉおおお……ナニ気にしてんだオレっ!?

  キスしちゃったコトは置いといて……いや、置いといたらいけねーんだけど、置いといて、

  それを気にしてない二人見て慌ててるってどーよ!!??

  コッチ向いてくれへんの気にしてるってナニ!!??

  やっぱりオレは堕天しちまったってぇのかぁああ〜〜〜〜〜っ!!??』

 

 

 

 段々と二人の感触を思い出していき、ロリ否定していた気持ちすら見失い、またも慌てふためいていた。

 

 

 

 三人が三人して大混乱である。

 

 一人(一匹)だけ置いてけぼりの かのこが首を傾げるほどに。

 

 

 

 

 

 

 「む……!? すんごいラヴの香りがプンプンと……っ!?

  極近い場所でのどか以外の何者が……!!??

  あ゛あ゛っ!! 反応が大きいのに位置が特定できないっ!!!

  馬鹿なっ 質量を感じるラヴ臭だと!?」

 

 「……何アホな事言ってるですか」

 

 

 オコジョ妖精には特殊能力があり、それは人の好意を測るというイヤなものである。

 それに似たものをハルナは感知できるのだろう、楓と古と横島の間で漂っているものを敏感に嗅ぎ取っていた。

 だが、楓と古が好意を向けているのは横島であるがタダキチではない(、、、、、、、、)。それが対象をぼかしているのかもしれない。だとすると逆にとんでもない能力であるが。

 

 

 そんな首を傾げまくって悶えているハルナを尻目に、ネギの肩の上でカモはその騒動に関わらず物思いに耽っていた。

 

 

 『あの嬢ちゃん達のカード、けっこう強そうだったんだが……』

 

 何というか、夕映の足技によって(、、、、、、)結ばれたのどかとの仮契約(PACTIO.)であるが、彼女のカードは直接戦闘向けではないものの、何か強い力を秘めていそうだった。

 

 ただ、のどかが戦闘に向くかどうかというと、彼女の性格上、不向きと言わざるをえない。

 

 だからゲームの報酬ということでカードの複製は渡したものの助力を申し出たりはしていないし、魔法に関する事は何一つ伝えていない。

 となると他のカードに期待をせねばならない訳であるが……

 

 

 『手元にあるのは姐さんのカードと、スカカード五枚……後はあの……』

 

 

 楓は潜んだままなのでチラリと古に眼を向けるカモ。

 

 彼女は無表情なまま横島の横で佇んでいる(ように見える)。

 

 

 そんな彼女が目に入った時、カモの頭に今朝の一件が思い浮かんだ。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 明日菜達にカードの説明をした後、兎も角皆が外出着に着替えるというので一時解散となった。

 

 ネギも明日菜と共に旅館を出ると騒動になると理解したのか、外で待ち合わせる事にし、自分の部屋へと戻って行く。

 その際、

 

 

 『兄貴、ちょっとオレっちは手洗いに行ってくるぜ』

 

 「あ、うん」

 

 

 と、カモはネギから離れ、さっき話をしていた自販機の側……ではなく、裏庭の池の隅に向って駆けて行った。

 

 それでも何というか気が進まない。

 いや、別に悪い事をしているわけではないし、バレると拙い事をした訳ではない。

 

 パクティオー大量GET大作戦は悪い事じゃなかったのか? と問われると返答に困るのだが、その件では新田に正座させられているし、さっき明日菜に叱られ、挙句エロガモというありがたくない称号までもらっている。

 だからもうチャラである。と、カモの中では解決済みだ。

 

 それでなんで気が重いのかというと……

 

 

 『あんな事初めてだし、聞いた事もねぇ……

  だけど、できちまったんだから契約は結ばれたって事だよな?

  それでもやっぱり入金はされてねぇ……

  なら姉さん達は何とどういう契約を結んだんだ?』

 

 

 カモが悩んでいる事はその事なのである。

 

 

 しかし、幾らけっこう大きい旅館とは言え、ロビーから裏庭までの距離がそんなに時間が掛かる訳も無い。

 カモが答えをはじき出す前には到着してしまっていた。

 

 はぁ……と溜め息をつきつつ、腹をくくって待ち合わせの場へと足を向わせて行くと……

 

 

 『……は?』

 

 

 奇妙な光景が目に飛び込んできた。

 

 

 

 「う゛う゛う゛う゛……私、何て事してしまたか……

  顔が合わせ辛いアル〜〜〜〜……っ!!

  舌が、舌が、舌が、舌がぁああ……う゛う゛……

  初めてだたアルのに気持ちよかたなんて……あ゛う゛〜〜……」

 

 

 顔を真っ赤にして湯気を立てつつ、蹲って悶えている古。

 

 

 「拙者は、拙者は、拙者は……

  あ゛あ゛、こうなっては責任をとってもら……

  イヤイヤイヤイヤイヤ、流石にそれは失礼でござるし……

  いや、嫌という訳ではない事もない事もない事もない事もない事も………

  あ゛あ゛あ゛あ゛………」

 

 

 これまた顔を赤くしつつ旅館の壁にヘッドバットしている楓。

 

 

 何というか、ステキにカオスな光景がそこに広がっていた。

 

 

 流石のカモもリアクションに苦しんでいる。

 

 後頭部に汗を垂らしつつ、数秒の間熟考し、

 

 

 『兄貴も待ってるし、帰るか……』

 

 

 と、アッサリと見なかった事にして踵を返した。

 

 

 がしっ

 

 「ドコに行くでござる?」

 「逃げる気アルか?」

 

 

 『ひぃいいい〜〜っ!!』

 

 

 言うまでも無く、逃げられるわけは無かったのであるが。

 

 

 

 

 

 

 

 「で? 件の式は成功したでござるか?」

 

 『へ、へぇ、姉さん。一応、成功しやしたでゲスよ』

 

 

 昨夜に引き続き正座させられているカモであったが、何だか異様に腰が低い。まぁ、無理も無い。

 

 殺されはしていないし、怪我も負っていない。しかし、八つ当たり気味に死ぬ思いはさせられたのだから。

 具体的に説明は省く事になるが、トラウマ物であった事とだけは言っておこう。

 

 

 『忍の拷問術は伊達ではないでござる』とか、『数千年の拷問の歴史を舐めてはいけないアルよ』とか言ったセリフはスルーの方向で……

 

 

 「で? 首尾はどうだたアル?」

 

 『へ、へぇ……それなんスが……』

 

 

 古の催促であったが、カモは何だか語尾をボソボソと窄めていって要領を得ない。

 

 だが、そういった返答の遅さにちょっと不安定な少女らの眼がすぅ…と細くなり、その手指がピクリと動いた瞬間、カモはガチンっと身体を固くして直立不動で立ち上がった。

 

 

 『ヘイ!! これでヤンス!! これが姉さんたちのカードでゲス!!』

 

 

 とドコからか三枚のカードを取り出し、二人に差し出したカモ。『ドコに持っていたのか?』等と聞いてはいけない。

 

 ものごっつセリフが変であったが二人は気にもせずそのカードを見、自分の絵が入っているそれを風のように奪い取った。

 殺気(特に古のは食気混じりで恐怖に拍車をかけていた)が遠退いた事に安堵し、ズルズルと座り込むカモ。

 

 

 「む? 何でござる? この一枚は」

 

 自分らは二人。なのに出された札は三枚なので当然気になるというもの。

 

 楓がそうつぶやいたので古も何だと覗き込んでみた。

 

 

 「ほえ?

  あ、かのこアル」

 

 

 そう。

 そこに札絵は横島の使い魔である かのこの絵だった。

 

 実は楓は、奈良から戻ってから会話らしい会話を殆どしていなかったので、聞きそびれていたのである。

 問題が問題なので横島も瀬流彦と学園長にしか詳しく話をしていないし。

 

 何故に古が知ってるでござる? と、しょーもない事で空気が緊張したのだが、横島がウッカリ精霊契約を知らぬ間に結んでしまった事まで話すとその空気も軽くなった。

 いや、どちらかというとそういった事で契約してしまった小鹿を連れて帰ってまで面倒をみる事にした彼を思い何だか嬉しそうですらある。

 

 しかし、流石にこの小鹿が自分らと同様、仮契約を行なっていた事にはちょっと驚いていた。

 

 昨晩の騒動直後、何が何だか解らない内に無理矢理仮契約とやらを結ばされた挙句、照れた古に吹っ飛ばされた横島であるが……その所為でいつものよーに彼は意識を失っていた。

 

 向こう(、、、)でもそうであったが、そーゆーコトがあった後は大抵は自力回復するまで放ったらかしになっている。

 

 しかしこちらには一番弟子に勝るとも劣らないレベルで慕っている使い魔かのこがいた。

 

 如何に精霊とはいえ、姿形は小鹿である かのこはまだヒーリングといった事は得意ではない。というか出来ない。

 

 それでも自然界から生まれ出でたモノであるし、やはり動物の外見をしている以上、嘗めて癒そうとするのは当然の行動だった。

 

 一番弟子の人狼少女だって顔ばっか嘗めていたのだ。かのこがやらない訳がない。

 それが偶々キスとして判断されたのだろう、見事かのこと横島の間に仮契約が成されてカードが出現していたという訳である。

 

 

 無論、カモにっとて精霊だろーがなんだろーが契約を結んでくれりゃあオコジョなる単位のナゾ金が手に入る訳であるから文句をいう義理も何もないはずであるのだが、コトがコトだけに話は別だという事らしい。

 

 精霊が使い魔としてくっ付いていたというのも初耳であったが、何より『あっし以外に精霊が!?』という自分の立場に関わる存在に戦慄とショックを受けているようなのだ。

 つーかオメーは妖精なのだから別モンだろう? という説もあるのだが関係ないらしい。

 

 だからだろうか、『契約後に別口契約!? ふざけんな!!』と、奇怪なイチャモンをつけていた。

 

 

 尤も楓らからすればカモの文句なんぞ『ウルサイ』の一言で終わらされてしまうレベルだ。

 

 あの横島に強い絆ができ、尚且つ仲よくしているようなのだ。だったら何も問題ないではないか。

 

 絆をなくして寂しそうな彼を目にする事に比べれば、カモの訴えなんぞアンパンに乗っかっているケシツブより小さい。

 

 

 「大体、かのこは可愛いアルよ? その時点で大敗してるネ。

  つか比べる事もおこがましいアル」

 

 『あっしだって可愛いじゃありやせんかーっ!!』

 

 「日本語に対する侮辱でござるよ。

  国語学者の金田一センセーの前で切腹してお詫びするレベルでござる」

 

 『そこまで!?』

 

 

 まぁ、彼女らからしても かのことカモでは和三盆の生菓子と100円ショップの輸入麦チョコくらい差があるので本気でどうでもいい話。比べる事自体がナンセンスなのであるし。

 

 るる〜と涙にくれるカモを他所に、横島と行動する事になっている古が かのこのカードを預かる事にきまり、改めて世界に一枚しかない自分らのカードを調べ始めた。

 

 作りもきれいなもので、絵の色遣いもやや日本画っポイが自分達そっくり。ちょっと恥ずかしいが満足の出来栄えだ。

 縁まできっちりと補強されているし、こういうのを生み出すのも魔法なのかと感心してしまった。

 

 

 ただ、一つだけ疑問が湧いている。

 

 

 その疑問は当然ながら二人とも感じていたもので、預かっている かのこの札も手にとって自分らのと見比べていた。

 

 あ、あれ? 何か問題でも? とビクつくカモの前で、手にとったそれを再度ジ〜っと穴が空くほど見つめてから、

 

 

 「……ところでカモ殿」

 

 『な、なんでゲしょう?』

 

 「どうして私達のカードは……」

 

 

 二人同時にカモに見せ付けるかのようにその図柄の面をカモに突き出し、

 

 

 「「こんなにアスナ(殿)達のと違う(でござるか)アルか?」」

 

 

 と、押し付けるようにカモに迫った。

 

 

 『知らないっスよ〜〜〜〜っ!!!

  こっちが聞きたいくらいっスよ〜〜〜〜っ!!!』

 

 

 彼女らのカードは、明らかに仮契約カードのそれではなかった。

 

 まずサイズからして、タロットカードのような仮契約カードと違って、その辺のゲームで使用するカードと同じ寸法である。

 正確に言えばブリッジサイズ(日本での一般的なトランプサイズ)の形状だ。

 

 そしてデザインもまるっきり違う。

 

 

 仮契約カードにはその従者のパーソナルデータが刻まれており、

 まずカードには従者の綴りがラテナイズ(ラテン語表記)された従者の氏名、そしてその能力や性格を表す称号が記されており、

 プラトンの『国家』によって論ぜられた四元徳にコリントの信徒への手紙に記述する三つの得を加えた「ヨーロッパ七元徳」が記載されている。

 そして東・西・南・北・中央の五つの方位 (directio)、

 素性や運命等を反映した色調 (tonus)、従者の持つ素性に応じた天体的性質である星辰性 (astralitas) 等が表されているのだが……

 

 

 二人のカードにはどの一文も記載されていないのである。

 

 カードそのものの色合いにしても、明日菜やのどかの持つカードと違って小豆色の縁取りがあり、裏側も同色で塗られている。

 尚且つその厚みも三倍あった。

 

 そしてその図柄……

 

 それに関しては他の仮契約カード同じで、誰が書いたのか不明であるが綺麗な絵が描かれている。

 何というか、見ようによっては契約者である魔法使いが死んだ場合のカードに似てなくも無いが、そのカードからは確かな力が感じられるのだ。

 

 

 おまけにその絵は——

 

 

 「拙者のこれは……」

 

 「……えと……何アルか? この衣装」

 

 

 赤や黄色、藍色の大きな紅葉が舞う中、彼女の忍服の様に大きくスリットの入った修験者のような服……鈴懸(すずかけ)を着、

 銀色の葉団扇を持った楓の姿。

 足元は一本歯の高下駄、そして赤い袈裟を引っ掛けており、ご丁寧にも額には頭巾(この場合は“ときん”と読む。よく修験者がつけている八角形のアレ)を着けている。

 

 何というか、天狗のような格好をした楓の絵がそこにはあった。

 

 

 「で、私のは……」

 

 「これは……杯でござるか?」

 

 「否、これは……」

 

 

 古の方は、大きな黒い杯を持った古の姿。その内側には“可”の一文字が描かれている事から、可盃(べくはい)だと思われる。

 可盃とは、主に酒宴等で待ちいられている底に穴が空いてたり尖ってたりしていて、とにかく注がれた酒を飲み干さないと零したりして置けないようされている酒杯の事。

 尤も絵の中の形状はどう見ても大きな(さかずき)であるが……

 

 それを持った古の姿は演舞用だと思われるチャイナ服を着込んでおり、その衣装には赤い空に浮かぶ月と満開の桜の柄が描かれている。

 そして背景には大きく黄色い花……菊が描かれていた。

 

 

 そしてこのカード……

 

 ややベースの絵と違いはあるものの、似たような物を二人は知っている。

 

 首を捻りつつ顔を見合わせ、もう一度絵に目を戻して再確認。

 

 二人にはこれがやっぱり“あの”札としか思えない。

 

 

 「えと……」

 

 「コレは……」

 

 

 

 

 

 

 「「花札(アルか)でござるか?」」

 

 

 

 

 そう、大きさは兎も角、形状とか色使いとかが花札そのものなのである。

 特にハッキリと|それ(、、)だと解るのは かのこのカードで、二人のちょうど中間ともいえる、“月の原で跳ねている角の生えている雌鹿”だ。

 

 モロに月の札の中に紅葉の鹿がお邪魔している、という感じの絵なのだから。

 

 本人(本鹿?)よりちょっと大きく育っており、首には白いペンダントが掛っているが、そのつぶらな瞳は間違いなく かのこだと古は確信しているし、本物とやや違うとはいえ図柄的には明らかに花札を連想させるものだった。

 

 そんな二人の感想を聞き、カモは『やっぱりか!? やっぱりかぁ〜〜〜っ!?』と頭を抱えている。

 

 それもそのはず、カモからしてみれば例えネギとの仮契約でなくとも、仮契約は結ばれたのであり、どれだけ形が違おうともカード(札)が出現したわけであるから仮契約が結ばれ15万オコジョ$は+された筈だったのだ。

 だが、これはドコをどー見てもCharta Ministralis……仮契約カードではない。これで報酬よこせなんつっても寝言は寝て言えとつっぱねられるだろう。

 

 

 『くっそぉおお〜〜〜……

  やっぱり兄貴用の契約方陣にムリヤリ他人の名前を書き込んだのがダメだったのか?!

  それとも宿星が解んなかったから、テキトーに書き込んだのが悪かったのか!?

  うう15万オコジョ〜〜……』

 

 

 たかが15万されど15万。

 オコジョ$とやらが一般では如何なる金額になるかは不明であるが、彼の悲しみ具合からそこそこの金になると思われる。

 

 だが、彼の悲しさ理解できるのであるが、そんな事を二人の前でポロリと口にするのは戴けない。

 

 

 「ほほう……? テキトーでござるか……

  なかなか興味深い話が聞けそうでござるな……」

 

 「私も詳しく話が聞きたくなてきたアルね……」

 

 

 

 そう——

 

 少女二人は恥ずかしい思いをしてまで期待していたわけで……

 だからそんな二人を前にし、そう言う事を口に出してはいけないでのある。

 

 

 『あ、あれ………?』

 

 

 

 

 

 

      ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

      ※※※※※※※※しばらくお待ちください※※※※※※※※

 

 

 

      ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 「つまり、生年月日から割り出した星の位置……宿星に問題があった可能性があるでござるか?」

 

 『ハ、ハイ……残ル可能性ハソンナモノカト……』

 

 

 カード……というか、花札の図柄を見ながら楓が足元に転がっているモザイクに問い掛けると、何だかヤヴァイ形になった物体がボソボソとそう返してくる。

 

 

 “それ”が言うには、契約者である魔法使いのパーソナルデータに異常があるか、誤解があったにもかかわらず、偶然リンクが繋がってしまったが為、エラーが走った可能性があるとの事。

 無論、詳しく調査せねばそれが原因かどうかははっきりしないのであるが……

 

 

 しかし、口には出していないのであるが、楓は凡その事が解ったような気がしていた。

 

 

 横島自身が言っていたように、彼はこの世界……宇宙の人間ではない。

 

 だから1976年6月24日という生年月日が解っていても、“こちら”の宇宙の宿命星と位置が違う可能性があるのだ。

 

 だが、それだけではないという事も漠然とではあるが解っている。

 魔法知識が皆無といってよいのでそれが何かは解らないのであるが……

 

 

 「それで? コレは使えるアルか?」

 

 

 何気なく問い掛けられた古の言葉に、楓はハッとして頭を上げた。

 

 いや、ネギが持っているパクティオーカードのような魔力注入によるパワーアップを期待しているわけではない。

 

 ただカードの能力として術者との“繋がり”がある。

 それを求めたからこそ、(あんなコトをしてまで)強引に仮契約に出たのだ。

 

 古が問い掛けたのはそう言った意味合いでの『使えるか?』なのだ。

 

 奇怪なカードとはいえ、如何なる歪みがあろうと成立しているからこそ、横島との魔法的(霊的?)な繋がりができているからこそ札が出現しているのだ。

 それが使えない事はありえない。“ハズ”である。

 

 

 『え、えと……カードを通じて魔力を注いでもらうのは……』

 

 

 何とか肉体を修復しつつ、下半分をモザイクに隠したままそう問い掛けるが。

 

 

 「今は……無理アルな」

 「でござるな……」

 

 

 二人は、顔を赤くしてプイと他所に顔を向けてしまう。

 

 ナニやら乙女的なナイショがあるようだ。

 

 何というか……可愛い事は可愛いのであるが、赤いモノが付着している拳とか、それが滴っているクナイとか握っているので台無し気味。

 

 それに試してみようにも肝心の彼がここにいない。

 試す云々以前に二人ともまだはっきりと顔を合わせられないので説明できないのだ。

 

 

 『うう……じ、じゃあ、アーティファクトの召還を……』

 

 

 パクティオーが結ばれれば、カードを通じて専用の道具が与えられる。

 

 術者が召還し、従者に渡す事もできるが、従者がカードを使用して呼び出す事もできるのだ。

 

 『呼び出すコマンドはAdeat(アデアット)っスよ』

 

 「ふぅん……」

 

 

 何というか眉唾っポイが、古はその札を掲げ、今教えられたワードを口にしてみる。

 

 

 「あ…あであっと!!」

 

 

 ややアクセントが微妙であるが、更に微妙な明日菜等が呼び出せるのだから大丈夫であろう。

 

 組み込まれた呪式が、登録者自身が唱えたワードに反応し、専用のアイテムを取り出して存在形態がカードと入れ替わる。

 

 明日菜はカードの図柄にあった大剣とは違ってハリセンが出現したのであるが、この札の場合は………

 

 

 

 

 

 し〜〜〜ん……

 

 

 

 

 

 「使えないアルよ〜〜〜〜っ!!!」

 

 『あ゛あ゛〜〜〜〜やっぱりぃいいいいっ!!!』

 

 

 ——それ以前に出現しなかった。

 

 

 やっぱりカードからして通常とは違うのだから、思うように行かないのは当然なのだろう。

 

 

 「このインチキオコジョ〜〜っ!! 丸焼きにして食てやるネ〜〜〜っ!!」

 

 『ひぃいい〜〜〜っ!! あっしの所為じゃないっス〜〜〜っ!!

  お助けぇえええ〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!!』

 

 

 懐から自前の暗器、鴛鴦鉞(えんおうえつ)を取り出し、カモに襲い掛かる古。

 どーやってそんなものを懐に忍ばせていたかは甚だ疑問であるが、月牙を二つ組み合ったような形状の武器を獲物(カモ)に突きつけ、期待を裏切られた憤りを叩きつけようとする。

 

 ぶっちゃけ理不尽極まりない話で、当然のようにカモはギヤーギャー悲鳴を上げつつ逃げまわる。

 

 だが悲しいかな、カモの方が回避率は高いものの、怒りと憤りが煮詰まっている古はそれに簡単に追いついてしまう。

 大体、彼女が師と仰いでいる横島の回避能力に比べたら、カモなどサンドバックに等しいのだし。

 

 

 「覚悟ーっ!!」

 『ぎゃひぃいいーっ!!』

 

 

 危うしカモ!!

 昼食はオコジョ料理決定か!?

 

 何だか二日通してネギと共に命の危機になっているのだが、

 

 

 「古」

 

 「ん? 何アルか?」

 

 

 三日月型の刃の部分がカモの喉元を捉えかかった瞬間、楓の声によって古の凶刃はピタリと停止し、真昼間の惨劇は回避された。

 

 安堵の為か、腰が抜けたのか、カモは落としたプリンのようにベチャリとへたり込んでしまう。

 

 そんなカモを無視する形で、先ほどから二人のやり取りを無視して札を見つめ続けていた楓は、古に対して札の図柄を突きつけるように見せる。

 

 

 「? コレがどうかしたアルか?」

 

 「古……この札は何に見えるでござるか?」

 

 「何と言われても……」

 

 

 そう言われ、改めて札を見直す古。

 

 楓のは紅葉の札で、自分のは杯(盃)の札……本物とデザインの違いこそあれ、普通に見ればさっき二人が納得したように、

 

 

 「……花札ネ」

 

 「で、ござるなぁ……」

 

 

 ふむ…と頷き、自分の札にもう一度目を落す。

 ネギらの使用するパクティオーカードとやらがラテン語で来たれ(Adeat)と唱えて道具を呼び出す。

 そのカードの形状から見れば、タロットに酷似しているので何となく納得できる。

 

 そして手元の“それ”は花札に酷似している。

 

 

 となると……

 

 

 古も同じ答えに行き着いたのだろう。楓と顔を見合わせ、もう一度自分のカードに目を落とし、ものは試しとばかりに同じ様な言葉を紡いでみた。

 

 

 すなわち——

 

 

 

 

 「−こいこい−」

 「−来々−」

 

 

 

 パァッッ!!

 

 

 

 『うっそぉ〜〜〜〜〜〜〜〜んっ??!!』

 

 

 

 カモの悲鳴も当然であろう。

 

 通常の手順と違った方法で見た事も聞いた事も無い札が出現しただけはなく、その札が自分らの良く知る仮契約カードと同様の機能を見せたのだから。

 

 一瞬の閃光の後に現れたのは、まさに図柄通りの姿をした二人の姿。

 

 横島忠夫の従者として契約を結んだ楓と古がそこに立っていたのである。

 

 

 そしてそれは、カモの知る魔法の常識の崩壊をも意味していた——

 

 

 

 

 

 

 「どうかしたの? カモくん」

 

 『へ? い、いや、何でもないっスよ。兄貴』

 

 

 何時の間にか考え込んでしまっていたようだ。

 

 行く当ても決めずに歩いていた少女らは、何時の間にかゲームセンターに入り、プリクラを撮ろうとしていたのである。

 

 

 『うう……訳わかんねぇ……』

 

 

 のどかとネギを写す時、ちゃっかりポーズを決めつつも未だに“札”の事を悩み続けているカモ。

 

 いや、あのカード……札が使えるかどーかというのなら、“かなり使える”と言って良いだろう。

 

 少なくとも楓の方は、ものごっつランダムで、博打要素が高い能力ではあったが、シャレにならない能力を秘めている。

 その代わり、古の方はサッパリ解らないのであるが……

 

 

 その古にチラリと眼を向けてみると、彼女は相変わらず固すぎる表情のまま、ハルナに引き摺られてタダキチ少年とプリクラを撮らされていた(そして何だか首筋から蒸気を漏らしている)。

 

 昨夜はカメラの視界外であった為、契約を結んだ横島忠夫という人物を目にする事はできなかったし、アーティファクト…(?)も正体不明過ぎて当てにできないときている。

 上手くすれば、いざ西の刺客と戦闘が始まったとしても自分らの戦いに組み込めるやも……と思っていたのであるが、博打要素が大き過ぎて出たとこ勝負になりかねない。

 

 

 『……世の中上手くいかねぇモンだ……』

 

 

 等と、一人(一匹?)黄昏れるカモであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして——

 

 

 

 

 

 「アイツらか?」

 

 「せや……でも、アイツらはそないに気にせんでもよろしおすえ?」

 

 「“アレ”の気配もありませんね〜〜」

 

 「おったら逃げるわっ!!!」

 

 「姉さんらの言う、ヘンタイの事か? そないに強いんか?」

 

 「……あの力は侮れない……

  あれは魔法じゃない。そして氣でもない。もっと別の……何か違う力だった……」

 

 「ハっ! どっちでもええわ。

  来たら来たでぶちのめすだけや!!」

 

 

 

 

 

 ——戦いの時が迫りつつあった。

 

 

 

 

 

 「頼りにしてますえ? 主に全面的に」

 

 「アレが出ました時はお任せします〜〜」

 

 

 

 

 「……………なぁ、新入り。

  あの二人があないに嫌がる敵って、どんなヤツなんや?」

 

 「…………………普通じゃない……とだけ言っておくよ」

 

 「……ワケわからん……」

 

 

 

 





 横っちの生年月日はアニメ版の公式設定です。

 ですから楓(1988年11月12日生まれ)より十二歳年上となりますので、実年齢差はほぼ合ってます。全く狙ってなかったんですが……偶然ってスゴいっスねw

 因みに、楓も古も横島の誕生日(楓に至っては生まれた西暦も)を彼から聞いて覚えています。
 何故かと言うと……ってのは野暮ですねw


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中編 -壱-

 

 

 ——はぁ……どうしたものでござろうか……

 

 

 青々とした竹が林立する竹林。

 その陰を縫い、少女が腕を組んで一人悩みつづけていた。

 

 登るだけでも難しい竹と竹の間に入り、其々の枝の間に足をかけ、見事なバランスで竹を揺らす事無く静止し続けている。

 

 その技も術も、その年齢からすれば度外れた技量であるが、そこまでしてやっている事は悩む事だけ。

 なんとも気の抜ける話である。

 

 

 無論、少女からすれば真剣であり、大切な事なのだ。

 

 

 頭に浮かぶのは一人の男性。

 

 思い出されるのはその唇の感触。

 

 

 それも昨夜の事なのであるから記憶も鮮明だ。

 

 尚且つ、時間が経てば経つほどにその感触がリアルに思い出さされてしまい、まともに顔を合わせる事も難しい。

 だというのに、合わせないと妙に淋しさも浮かんでくるアンビバレンツ。

 

 

 「はぅ……」

 

 

 妙に熱い吐息が零れ、顔を赤くして思わずしゃがみ込んでしまう少女。

 

 言うまでもなく竹の枝葉の上なのであるが、無意識に取っているバランスは驚嘆するのみ。

 内容とのギャップが酷すぎるが。

 

 

 頬の火照りは然程続かないものの、胸の奥を締め付けてくる感触は理解し難い。というより、全く解らない。

 

 それに、自分の口の中に差し入れられた舌を思い出すと下がった筈の体温が上がってくる。

 

 

 ……いや、“無理矢理された”というのならもっと冷静でいられたかもしれない。

 

 

 初めからそれを狙っており、自分から彼の唇を求め、無意識にであろうがその彼から過剰サービスで返された。

 

 そこが問題……

 いや? あの時の嫌がっていた訳ではなく、どこか悦んでいたような気も……

 

 キスをした…というのではなく、唇を奪い、逆襲されたというシチュエーションは兎も角、そうまでされた事に嫌悪の“け”の字も浮かばず、奇妙な感激すら湧いてきていた。

 

 そこにも照れが現れてくるのである。

 

 

 「……って、何で拙者は照れてるでござるか!?」

 

 

 はぁ…とまた溜め息一つ。

 

 十四年というまだまだ浅い人生であるが、それなりの経験は積んで来たつもりであった。

 

 だが、流石にこういった手合い——はっきり言えば“色恋沙汰”という難問にぶち当たった事が無い少女は、心底戸惑っているのである。

 

 

 何とか立ち直ったのか、また腕を組んで溜め息一つ。

 

 

 「結局……拙者は何がしたかったのでござろう………」

 

 

 思い浮かぶのは困ったように笑う彼の顔。

 

 学生達に逆恨みされて泣いている彼の顔。

 

 表情が豊かなので、百面相が如く変化する彼の顔だ。

 

 しかし、気の所為かもしれないが彼が本当の意味で笑顔を見せてくれた事がないような気もしてくる。

 

 

 そんな彼の心からの笑顔が見てみたくて、

 

 そんな彼に心からの笑顔を浮かべさせてあげたくて事に及んだ……筈なのであるが——

 

 

 「拙者は……」

 

 

 結局、少女の唇は次の言葉を紡げなかった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……等と乙女っポイことを悩んでいる少女の下方では——

 

 

 

 

 「そーゆうデカイ口叩くんやったら、まずはこの俺と戦ってもらおうか」

 

 

 

 という、けっこうマジな戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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              ■十時間目:独立愚連隊ニシへ (中) −壱−

 

 

 

 

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 「しっかし……ホント、タダキチ君って強いね〜 お姉さん感心しちゃったよ。

  つーか、ホントに初めてなの?」

 

 「ふ……何を隠そう、オレは遊びの達人なんや」

 

 

 嵯峨野のゲームセンター。

 

 何ではるばる京都に来てまでゲーセンなのかという気がしないでもないが、そこには何だかご機嫌の眼鏡少女と、その彼女に肩を叩かれて胸を張っている少年。

 そんな二人を呆れた眼で見つめながら紙パックのジュースを啜る少女、

 

 そして、

 

 

 「せっちゃん!!」

 

 「わぁああっ!? お、お嬢様!?」

 

 

 何だか目を瞑って考え事(?)をしていた少女に纏わり着くストレートロングの黒髪を湛えた少女と……

 

 

 「ま、待たせたアルね……」

 

 

 何だかやたら手洗いを往復している中華娘がいた。

 

 

 何故にここに皆が寄り集まっていたのかというと、実は眼鏡魔人ハルナに引っ張って来られたからだ。

 

 彼女が言うには、ここにあるカードゲームの筐体でゲームを行い、上手くいけば関西限定版レアカードが手に入る……かもしれないとの事。

 

 まぁ、実際にはレアというだけあって早々簡単に入手はできなかったりするのであるが、チャレンジしなければ確率は何時まで経ってもゼロだ。

 だからハルナ達は件のカードゲームのゲーセンバージョンを遊びに来たと言う訳である。

 

 そのゲームは巷でけっこう流行っており、プレイヤーは魔法使いとなって、さまざまなカードを使用して戦術戦略を駆使して戦うというシステムである。

 

 新幹線内でハルナらが行っていたのをネギも見て興味を引かれていたし、何より魔法で戦うという内容にも何やらやってみたい気が湧いてきていた。

 

 だから夕映らの勧めもあってネギも最初はやっていたのであるが、途中でハルナに勧められて横島が乱入。

 

 

 

 そこから伝説が始まった。

 

 

 

 元々、横島という男はどういう訳か遊び関係にめっぽう強い。

 遊びに関してだけ……といのは言い過ぎかもしれないが、実際に無茶苦茶強いのだ。

 

 流石に某修行場の猿には格ゲーでは及ばなかったものの、一般人相手なら無意味なほど強かったりする。

 

 ハルナらがやっているのを後から見てルールを覚え、スタートセットのカードの特性をじっくり読んで頭に叩き込み、“戦い方”というものをあっという間に理解してしまったのである。

 

 いや、これがもっと単純なルールのものであればもっと梃子摺ったであろう。

 だがしかし、このゲームはそれぞれのカードに特性がくっついていてややこしい分、逆に勝利への抜け道が多量にあるのだ。

 

 元より『卑怯でケッコー、メリケン粉♪』な戦いを普通としている職場で培われた生き汚さは伊達ではない。 

 筐体相手の戦いは元より、途中で対戦を挑んで来た自信ありげな少年らをも速攻でフルボッコにしてしまうほどだった。

 

 無論、中身が大人びていよーが成長していよーが、その本質はやはり横島忠夫である。

 正々堂々とした戦い方では無く、ちまちまとした挑発攻撃込みのトラップメインな、おもっきり卑怯戦法であった事は言うまでも無い。

 つか、トラップカードルールがある時点で勝ちは決まったようなものだった。

 

 余りに渋すぎる戦い方であるが、ぶっちゃけ彼からすれば勝ちゃあ良いのである。

 

 大攻撃より地味攻撃。辛勝でも大勝利!

 元上司に叩き込まれている『如何なる方法をもってしても勝てば美酒を呷り、負ければ辛酸を舐めるのよ! オーホッホッホ……』の教えは健在のようだ。

 

 当然ながらかな〜り盛り上がりに欠ける為、地元の子供達にはブーイング喰らっていたが、逆に麻帆良の少女らには感心されてたりする。

 何せ刹那でさえ、横島の挑発を込めた駆け引き攻撃の妙には見入っていたくらいなのだから。

 

 さて——

 そのボコられた子供らの中には夕映を参謀につけたネギと、何だか妙な気配を持ったニット帽の少年もいたのであるが、言うまでも無く結果は……

 

 

 「でも、ちょっとやり過ぎたんじゃない? あそこまでボコらなくても…」

 

 「って、言われてもなぁ……正直、アイツら弱すぎたで?

  ごっつ攻撃パターン読み易かったし」

 

 「ま、まぁ、あれだけ真っ直ぐな戦い方してたらキミみたいなトリックスターには勝てないでしょうけど……」

 

 

 案の定、見事な敗北を見せてくださっていた。

 

 

 横島がエグイのは、無意識にではあるが相手のオーラを探ってしまうところである。

 

 相手の気勢が解かるのだから後は簡単だ。

 向こうがトラップを意識すると正々堂々と戦い、逆に向こうが正面戦闘だと踏んでくればトラップを発動するだけである。

 

 だとしても彼は店内ではスタートセットしか買えておらず、ネギにしても夕映に借りたスタートセットだったのでカード内容はほぼ五分だった。

 つまり、駆け引きでネギらは負けた訳である。

 

 

 「うう……こんな子供に読み負けてしまうとは……」

 

 

 と、夕映も負けを認め、膝をついていたし。

 

 しかし、実のところ彼女が横島より劣っていると言うわけではない。

 彼女は優秀な戦略家で戦術家でもあった。

 

 単に横島が汚過ぎるだけなのである。

 

 おそらく楓や古なら直ぐ勝てるだろう。

 男キャラやモンスター以外…特に女の子キャラの絵のカードは犠牲にしてないのだから。

 

 

 「あれ? そう言えばネギ先生は?」

 

 「……あ、のどかもいませんね」

 

 「アスナもおれへんよ〜?」

 

 

 勝ちまくりはしたがレアは入らず、肩を落としつつ休憩を取っているハルナらであったが、今頃になってメンバーが足りなくなっている事に気が付いた。

 

 どうやら彼女らはゲームに熱中していた余り、三人が消えていた事に気が付かなかったようだ。

 

 無論、刹那は明日菜とネギがいなくなっている事はとっくに気付いている。

 というより、あの二人が彼女と古に目配せをして出て行ったのであるから知っていて当然だ。

 

 言うまでも無く本山に親書を届ける為にこっそりと出て行ったのであるが、のどかまでがいなくなっているのはよく解らない。

 

 刹那も一瞬、戸惑いを見せたものの、一緒にいる古が顔色一つ変えていないし、ちょくちょく手洗いに行っている。

 あれはどこか…楓辺りに連絡を取りに行っているのだろうと(勝手に)納得して黙っていた。

 

 ハルナらがまたぞろ騒ぎ始めたので落ち着いて場所を変えようと言葉を掛けようとしたその時、

 

 

 「!?」

 

 

 首筋にジクリとした殺気を感じ、慌てて身を捩った。

 

 その瞬間、風を切る音がして目の前を黒い何かが通り過ぎ、UFOキャッチャーの筐体の縁に突き刺さった。

 

 

 『棒手裏剣!?』

 

 

 周囲の人間に気付かれない内にそれを引き抜き、店の入り口に目を向ける。

 

 

 ニコ…

 

 

 そこには、一昨日の晩と同様に、お嬢様然とした衣装に身を包んだ剣鬼が微笑を浮かべて立っていた。

 

 

 

 

 その手に剣呑な得物を携えて——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方、その頃……

 

 

 

 開かれた竹林の中に赤い鳥居が立ち並んでおり、その下を全力疾走で三つの影……と、一つの小さい影が駆けていた。

 

 

 先頭を駆ける影はまだ幼い少年。

 

 それを追い、攻撃を仕掛けているのもまた同じくらいの年頃の少年。

 

 そしてその二人の間に何とか割り込もうと努力を続けているのは少しばかり年上であろう少女の影だ。

 

 小さな影は、そんな三人を追っている手のひらサイズの人形のような少女の影。

 

 何というか、かなり非現実的な光景がそこに広がっていた。

 

 

 ここは炫毘古神社——の入り口。

 

 外観が伏見稲荷に良く似ているが、古くから西日本の呪術の総本山として知られている関西呪術協会の本山なのである。

 

 それなりに力がある者であれば見ただけで相当強力な結界が張られている事が理解できるであろうほどで、恐らく入り口である鳥居を潜らねば何かしらの罠に捕われてしまう事であろう。

 

 そして現にその少女を含む三人(+1体と1匹)はそこに囚われてしまっているのだ。

 

 とは言っても、別に彼女らは竹林の方から突撃した訳ではない。

 ちゃんと正式な入り口である鳥居の方から入っていたにもかかわらず、彼女らは囚われてしまったのである。

 

 

 

 『半径約250mほどの円形の結界でござるか……それも繋がっているだけ……

  これは完全に時間稼ぎの結界でござるな……』

 

 

 流石に戦いが始まれば竹の上から様子を窺っていた少女——楓も再起動を果たせていた。

 何時までもハズい思考に沈んでいる彼女ではない。戦いが始まれば直にスイッチが切り替わり、妄想を振り払えている。

 

 

 ……まぁ、悩み事を棚の上に置いて後回しにしただけという説もあるが。

 

 

 ともあれ、相変わらず竹を撓らせる事も無くその枝の間に足をかけて立っている彼女は、下方の諍いを見守りながら、ふーむ……と首を傾げていた。

 

 いや、彼女が結界を破る……というのであれば、実は然程苦労はしない。

 

 こう言った結界——無間方処の呪法——の場合、中心に“核”となるモノが置かれているか、出入り口が括られているか…なのだから。

 手段としては“核”を探して破壊するか、出入り口を括っている“門”を壊せば良いだけだ。

 

 

 だが、彼女は“まだ”動けなかった。

 

 

 彼女が学園長から与えられた任務は子供教師……先頭を走り、追撃を防御しつつも何とか隙を見出そうと努力を続けている少年……の補助と木乃香の護衛である。しかし、この中に“命の危機が迫らない限り手を出してはならない”という“おまけ”がついていた。

 

 当然であるが今現在は魔法に接点の無い木乃香に危機が迫った場合は話は別であるが、ネギの方は試練を受け続けなければならない。

 だから戦いの覚悟は元より、様々な状況でも対応できる精神を養わねばならないのである。

 

 数え十歳相手に何させやがる!? と教育委員会に正面から喧嘩売ってるような連中であるが、魔法界という“裏”に関わる以上危険は常に付いて回るのだ。

 

 それに……

 

 

 ——既にあの学園長は、ネギと真祖の吸血鬼を戦わせている。

 

 

 当然、そこには女子供を殺さないという信条を掲げている吸血鬼を信頼して戦わせたのであろうが、普通ならどう考えてもやり過ぎだ。

 

 未だ様子を見続けている楓も、学園長から話を聞いた時には呆れてものが言えなくなったくらいである。

 

 

 甚だ余談となるが——

 

 真祖の吸血鬼とやらの実力を知らなかった楓は、その事を横島に質問したのであるが、彼は自分の知識から件の存在を……

 

 

 『昔話に出てくるヤツと同じで蝙蝠になったり霧になったり、人間の血ぃ吸って下僕にしたりできるけど、

 

  その本質は 物 騒 で ア ホ で 時 代 遅 れ な 田 舎 モ ン だ 』

 

 

 と答えている。

 

 まぁ、彼が知っている範囲で真祖の吸血鬼を語るとそうなってしまうだろう。

 

 彼の知るそれは、確かにその昔ヨーロッパに死と破滅をぶちまいた恐るべき存在であるが本質はバカタレであった。

 

 とてつもない魔力を持っていたにもかかわらず、その力の片鱗を見せぬまま息子と噛みつき合戦をして敗北し、封印されてしまったほど。

 

 その息子にしてもバンパイアハーフだからか、水の流れや陽光にもビクともしないくせに、ガーリックパウダーで半死半生になるし、音楽センスねーわ何かナルシー気味だわでどこかヌケまくっている。

 

 それで七百歳だというのだから、学園に封印されている600歳程度で、尚且つ“たかが600万$程度”の賞金首でしかない吸血鬼をどう恐れればよいと言うのだろうか?

 

 

 そんなこんなで、間違った認識をもっている横島から教えてもらっている楓だから、件の吸血鬼……エヴァンジェリンに対する認識はかな〜り生あたたかいものへと変貌していたりする。

 

 

 —閑話休題(それはさておき)

 

 

 まぁ、本来ならここまでややこしい状況になっていなかったかもしれないが、彼女のライバルが言っていた通り『学園長と長の見通しが甘かった』と言えなくもない。

 

 しかし、少女はここに第三者の介入を感じなくも無かった。

 

 ここ最近鍛え上げられて行く“霊的”な力のお陰で妙に感覚が冴えてきている彼女だからこその“勘”かもしれないが。

 

 

 「オラオラオラオラオラーっ!!」

 

 「あうーっ!!」

 

 

 そんな少女の視線の先では、氣が篭った拳のラッシュを喰らってネギの物理障壁もかなりキツくなってきていた。

 

 

 何せこの西の刺客であろう少年の動きが速すぎる為、明日菜とネギの二対一で戦っているというのに掠りもしない。

 

 さっきから少年はネギを追い詰め、明日菜がそれを防ごうとするのだが少年に攻撃が当たらないのだ。

 

 ネギも防ごうと必死なのだが、何せ彼は術者なので体術の方は大した事が無い。魔力で強化しているだけ一般人よりマシというだけである。

 だからその防戦は単に障壁を削られるだけの一方的な消耗戦となっていた。

 

 

 更にはこの並び——

 

 ネギが逃げ、少年が追い、その少年を明日菜が追う。

 

 これでは圧倒的にネギらの方が不利である。

 

 

 「ちょこまか逃げんな! このチビ助!!」

 

 「!」

 

 

 全身のバネをもって、掬い上げるような掌底。

 

 ネギの張った不可視の壁をぶち抜かれ、ある程度衝撃を失ったものの打たれ慣れしていないネギにとって十分にダメージとなる一撃を顔にもらってしまった。

 

 

 「ネギ!!」

 

 

 慌てて駆け寄る明日菜であるが、走らねば届かないほど距離がある。

 つまり、ダッシュ時に二人に負けているのだ。それでは少年の攻撃に追いつかないのも当然であろう。

 

 

 「う……」

 

 

 打ち倒されたネギであるが、それでも何とか身を起こす。

 口の中を切ったのか、やや血を吐いたもののダメージは深くないようだ。

 

 そんなネギを見、既に勝った気でいる少年は、

 

 

 「どや、見たか!!??

  俺は弱ぁないで?! 強いんや!! 同情される謂れは無いわ!!!」

 

 

 と血管を浮かべてネギに吠えた。

 

 横島にフルボッコされた彼を、ウッカリ慰めてしまったネギに対し、プライドを傷つけられた少年は逆上して襲い掛かっていた。

 ……としか思えないセリフである。

 

 

 まるで関係ないところで何気なく敵を逆上させてしまうところは、やはり横島であった。

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 タッタッタッタ……

 

 

 けっこう息が乱れてはいるが、それなりの速度で商店街を突っ切って行く。

 

 それを追うように左斜め後方辺りから足跡が響いてくる。

 尤も、道路を踏みしめる音ではなく、瓦を踏む音。つまり、屋根瓦の上を駆けているのだ。

 

 

 「せ、せっちゃん、どこ行くん?

  足速いよぉ——」

 

 「ああっ、す、すいません! このかお嬢様!」

 

 

 木乃香、そして……

 

 

 「な、なぜ……いきなり……マラソン大会に…?」

 

 「ちょ、ちよっと桜咲さん……何かあったのー?!」

 

 

 と、遅れて駆けてくるハルナと夕映。

 先頭を走る刹那以外は、丁度何だかんだで体力のある図書館探検部のメンバーなので何とかなっている。実はこの部は非常に体力を必要としているのだ。

 

 そしてその後を、

 

 

 「うーむ……棒手裏剣かよ。

  街のど真ん中で物騒なやっちゃ」

 

 

 ものごっつ体力のあるオコサマと、その相方である古がてってけてってけ余裕で駆けて来ている。

 

 どこが余裕なのかというと、木乃香を狙って投げ付けてくる棒手裏剣を片っ端から掴み取っているのだ。

 尚且つ根が貧乏性である彼はそれをどんどん懐に収めてゆく。これを余裕といわず何と言おう?

 

 しかし、確かに勿体無いとは思うが、刺さったりしないのだろうか?

 

 

 そしてそんな彼らの後を追う二つの影。

 

 一つは……

 

 

 「ぴぃ〜♪」

 

 

 自分のご主人様が駆け出したからか、或いは鬼ごっこか何かと勘違いをしているのか、何だか楽しそうに後を追っている かのこ。

 普通の鹿ではなく、精霊である為か息切れもせずについて来ているのだが、その分やたら目立っていたりする。

 

 

 そしてもう一つの影。

 

 

 「む〜〜……」

 

 

 襲撃を仕掛けた側の者。

 

 その追跡者…少女であるが…は今の状況が不満そうだった。

 

 彼女の狙いは先頭の刹那であり、決してこんなミョーなオコサマではない。

 追従している小鹿も可愛いくて良いのだが、狩りたいという欲求を持たせるは程遠い。目には麗しいのだけど。

 

 彼女にしてみれば焦れた刹那が自分に向って迎撃行動に入って欲しいところなのだが、その肝心の攻撃がターゲットに殆ど届いていないのである。

 

 いや実際には届いてはいるのだけど、当たるよりも前に掴み取られているので意味が無いのだ。

 

 何しろそのオコサマ、手癖の悪さは天下一品。

 その掴み取りが余りに素早い為、彼女には掴み取っているように見えていないのである。

 

 

 外見は深窓の令嬢のような少女であるが、その中身は剣客。

 おまけに“死合”が好きというかなり物騒な性格をしている。

 

 だから……という訳でもないが、死闘以外に余り興味がない為、仕事以外では自分で決めたターゲットの他には興味が湧かなかった。

 よってそのオコサマは完全に眼中に入れていない。それ故の大失敗なのである。

 

 気配は一般人。

 行動も単なるオコサマ。 

 

 しかしてその中身は二十歳越えの立派(?)な青年男子であり、業界屈指の霊能力者、横島忠夫である。

 

 あまたの存在に舐めた眼で見られ、そのほぼ全てを裏切って痛い目に遭わせ続けている彼だ。

 弾丸を掴み取るほどの実力がなれば生きていられない職場にいた横島だからからこそできる芸当である。

 この刺客……月詠程度の眼力では見極められまい。

 

 ……まぁ、雇い主のシャワーシーンを覗いているのを察知され、その場から逃げる際に培われた技術だったりするが。

 

 

 「ええ〜いっ」

 

 

 なんとも気が抜ける声であるが、月詠からすれば気合が篭っているのだろう。

 兎に角、袖口から引き抜いた四本の棒手裏剣をまたしても……そして今まで以上の氣を込めて投擲する。

 

 

 普通の手裏剣と棒手裏剣の違いは速度と音で、十字手裏剣や八方手裏剣などは幾ら高速回転し殺傷能力が高くなろうと音によって避けられる事がある。これは手裏剣術を修めている者が投げても同様だ。

 無論、対象がそれなり以上の技量を備えていなければどうしようもないだろうが。

 

 しかし棒手裏剣の場合は軌道は直線のみなので解りやすいものの、音も少なく速度も速い為、“間”と呼吸が読めていないとどうにもらない。

 

 

 ハズである——

 

 

 「ちょいさっ!!」

 

 

 空中に投げ上げられた壁に弾かれ、勢いを失ったそれは又しても奪い取られてしまった。

 

 今までは余りと言えば余りにその奪い取られる技が速かった為、やはり月詠の眼ですら捉えきれていなかったのであるが、そんな現象が起きれば流石に彼女でも理解が出来るというもの。

 

 

 「あれ〜? 刹那さん以外にも誰か付いとるんやろか〜?」

 

 

 それでも振り返って月詠の様子を窺おうともしていない横島にはまだ気付けていなかったりする。

 

 

 「う〜〜ん……いけずやわぁ……刹那さんの技量が解らしまへん」

 

 

 何とも勝手な言い草であるが、そんな妨害を受けたというのに彼女はその意識を再びターゲットに向けた。

 

 言うまでもなく、それは自分の技量に確たる自信があっての事。

 普通の攻撃ならば今行われたとしてもどうにでもなるし、刹那同様会得している神鳴流には飛び道具が役に立たない。

 いや、正確に言うと、飛び道具に対する防御手段を叩き込まれているのであるが……

 

 

 

 「ほいっ」

 

 

 

 相手が非常に悪かった。

 

 

 「え? あ〜〜〜〜〜〜…………」

 

 

 月詠は踏み出した足が瓦を踏む前に何かを踏み潰し、足を滑らせてしまった。

 

 

 実は横島、確かに背後の月詠に目を向けてはいなかったのだが、ずっと彼女の視線を手繰り続けていたのである。

 だから彼女の気配が刹那に動いた瞬間、横島は速度を緩めて月詠の真横に移動し、懐から生卵を取り出して横合いに投げつけたのだ。

 

 見事その卵は月詠が踏む場所に命中し、うっかり踏み潰してしまった彼女はそのヌメりで足を滑らせ屋根から落下してしまったのである。

 

 

 「ふ…ちょっち勿体無かったけどな……」

 

 

 生卵一個の事で物惜しげに溜め息を吐く横島。貧乏性は抜けていないようだ。

 

 『今思えば朝食の生卵をガメていたのは正解だった……』と彼は思っている。

 よく割らずに今まで持ち歩けたものであるが。

 

 それに何だかんだでプロである月詠の足の置かれるであろう所に生卵を命中させられた横島。

 彼女に投げたものではなく、横合いから足が行く場に投げ付けた為に回避行動が取れなかったのだ。そんな彼の技量には感心するより呆れが出てしまう。

 

 大体、自分より圧倒的に強い存在の隙を突き続けていた彼だ。とっくの昔におちょくりつつ逃げる能力は人間を超えていたりする。

 

 

 物音に気付き、刹那が後ろを振り返った時には既に横島は古が駆けている位置にまで戻っている。

 流石は神域の逃げ足所持者だ。

 

 だから後ろを振り返った刹那が見たものは道路に落ちる月詠くらい。

 二人とも何が起こったか、誰に何をされたか気付けまい。

 

 恐るべしは横島の誤魔化し能力の高さであろう。

 

 

 何だかよく解らないが、刹那はあの追跡者が屋根から落下してへたり込んだのを見た。

 

 どうせあの程度で仕留められはすまいが、それでも時間稼ぎにはなってくれるだろう。

 自分は何もしていないので、おそらく後を駆けている筈の古が何かやってくれたのだろうか。

 

 感謝の気持ちを持って、古の方へと目を向けると……

 

 

 「ぶっ!?」

 

 

 その顔を見て噴いてしまった。

 

 

 「なっ!? く、古ぅ!?」

 

 「ふぇっ? な、ナニあるか?!」

 

 

 驚いてそう問い掛けるが、言われた古の方が気付いていない。

 

 横島もその刹那の様子に首を傾げ、右斜め後の第二パートナーを見……

 

 

 「ぶーっ!!??」

 

 

 彼もまた噴出してしまった。

 

 

 「ナ!? ナニがどうしたアル!!??」

 

 

 未だ恥ずかしさ抜けきらず、横島に顔を向けられなかった古であったが、流石に彼のその様子に驚いて駆け寄る。

 

 

 「な、なんじゃそりゃ——っ!?

  古ちゃん、どーしたんやそれっ!?」

 

 「は? ナ、ナニが……?」

 

 

 指差して慌てる横島であるが、当の古はさっぱり解らない。

 

 

 その騒ぎに気付いたハルナや夕映らも古を見て噴く。

 変化が無いのは木乃香ぐらいだ。

 

 流石に異常に気付き、古は皆の視線を追って自分の顔に続いている事を見て取った。

 内心、首を傾げつつ顔に触れてみると……

 

 

 「なっ、何アルかコレ!?」

 

 「それはこっちのセリフじゃ——っ!!」

 

 

 今の古の顔は、ひょうたんの様な形にびろーんと水風船が如く膨らんで垂れ下がっていたのである。

 

 訳が解らず混乱する古であるが、そのたぷんとした手触りで何が起こっていたのか理解した。

 

 実は古、横島の近くにいると照れて顔色が変わりまくってしまう為、親友である超の提案に乗ってマスクを被っていたのであるが……

 古は慣れない異性への照れからか、超謹製マスクの発汗対応限界を超えてしまっているのである。

 

 先程からトイレを往復しているのはマスクの中から汗を掻き出し、無くなった分の水分を摂取しているからだ。

 

 

 そして今はその暇が無かった為、マスクの下に汗がたぷーんと溜りまくっていたのである。

 

 

 「あわ、あわわわ……」

 

 

 慌てて電信柱の陰に隠れ、バシャーと汗を捨て、タオルで拭きまくって更にデオドラントして顔をスッキリさせてから戻ってくる古。

 急に顔が細くなった為、皆目を丸くしていたりするが。

 

 

 「あ、あの……古。一体何が……」

 

 「何でもないアルよ? 全然サッパリ何でもないアルよ?」

 

 「そ、そーなん?」

 

 

 刹那や木乃香もかなりいぶかしげな目で古を見る。

 無論、マスクだから作り物の表情しか出ていないので顔色一つ変わるわけが無い。

 

 だから見た目が平気そうなので本人が何でもないというのだから納得するしかなかった。

 まぁ、表情が変化していないのでかなり不自然ではあるのだけど……

 

 

 「ふぅふぅ……そ、それにしても、何故いきなり走り出したですか?」

 

 「そ、そーだよ……ひぃひぃ……」

 

 

 立ち止まった事により、一気に疲労を実感してしまったか、ハルナと夕映がへたり込んでしまう。

 

 木乃香も口にはしていないが、同じ疑問をもっていた。

 

 

 「え、ええと……」

 

 

 口篭もる刹那であるが、ここで説明している暇は無い。

 

 月詠は墜落はしたが倒したわけではないのだ。直に立ち上がって追撃して来るだろう。

 

 しかしこのまま駆けて行っても何にもなら無いし、宿から既に離れすぎている。

 となると、どこかでやり過ごすしか手が無いわけで……

 

 

 「あれ? あそこってシネマ村やん。

  おねーちゃん、シネマ村に来たかったん?」

 

 「え?」

 

 

 タダキチの声に指し示されるかのように振り返る刹那。

 

 と、そこには京都の観光名所の一つ、太奏シネマ村の入り口がその佇まいを見せているではないか。

 

 

 『シネマ村…

  よし、ここならば!!』

 

 

 時代劇等を撮影する様に江戸時代の町並みが整えられているシネマ村。

 当然ながら観光名所なので人目も多く、ここなら目立った行動や攻撃はできない筈だ。

 

 

 「すいません!

  わ、私、このか…さんと……ふ、二人きりになりたいんです!!

  ここで別れましょう!!」

 

 「え!?」

 

 

 いきなりナニ言い出すですか!? と夕映らが問う間もなく、

 

 

 「お嬢様 失礼!」

 「ふぇ?」

 

 

 刹那は木乃香を抱き上げると、そのまま塀を跳び越えてシネマ村へと入って行ってしまった。

 

 

 「……ふぇ〜……セツナさん、やるアルね」

 

 「ま、あれくらいはやるだろーさ。それより問題は……」

 

 

 感心している古は由として、

 何だか疲れたような顔をしつつ横島はハルナらに目を向けてみると……

 

 

 「……女の子同士……二人きり……まさか……」

 

 「そう言うコトなんでしょうか……?」

 

 

 案の定、何だか二人は妙な誤解をしているではないか。

 

 人がせっかく誤魔化すネタを振ってやったというのに、あんなクソハデな逃走行為をかましてシネマ村に逃げ込むもんだから、余計な誤解を生んでいるではないか。

 

 他人の事は言えないが、もっと言い方に気をつけた方が良いぞと横島はコッソリとツッコミを入れていた。

 

 

 「老師!!」

 

 「え……? んなっ!?」

 

 

 やれやれ…と、ハルナらの見ていた横島であったが、突然の古の呼びかけに慌てて首を廻らせる。

 

 すると、何時の間に立ち直っていたのか、さっき撃墜した刺客がたんっと軽い音を立てて地を蹴り、塀を飛び越えて行くのが目に入った。

 

 

 「白か!?」

 

 

 ……ついでに別のものも目に入っていた。

 

 

 だが、ウッカリ月詠の様な年齢の少女の“それ”を見つめていた自分にハッと気付き、『オレという奴ぁーっ!!』とコンクリートの壁にヘッドバットして諌める。

 

 

 しかしそんな大馬鹿野郎な事をしている暇は無かった。

 

 

 「老師! ユエ達が……!!」

 

 「へ?」

 

 

 何と横島と古が月詠に気を取られた挙句、奇行をぶちかましている間に異変に気付かなかった二人は、持ち前の好奇心からか木乃香らを追ってシネマ村に入って行っているではないか。

 

 これでは横島が何気なくシネマ村がある事を刹那に教えた意味が無い。

 

 

 「あ、夕映ねーちゃん、ハルナねーちゃん、ちょっと待って!!」

 

 

 もうこうなったら止める方法は一つしかない。

 

 『人の恋路を邪魔したら馬に蹴られて地獄へ落ちるで?』とボケかまして踏み留まらせるのだ。

 

 何だか刹那のコレからが大変になるよーな気がしないでもないが、気にしてはいけない。

 

 それより“一般人”である彼女らが怪我するかしないかの方が大事なのだから。

 

 

 古と共に慌てて駆け出し、戯言だろーがなんだろーが戯言ぶちかましてでも二人を止める……そう決心してゲートを飛び越え……

 

 

 「おおーっと、ダメだよ。

  お嬢ちゃん、ボク。ちゃんとお金を払っていくんだよ」

 

 

 ようとして、同心の衣装を身に纏った守衛さんにガッチリ止められてしまった。

 

 

 「あ、あの、オレ……」

 

 「ははは……慌てなくてもシネマ村は逃げないよ。

  でも、ちゃんとお金払わないと火盗改方の怖いお役人様にお縄にされて、逆さ張り付けでロウソク垂らされちゃうぞ?」

 

 「イヤ——っ!!

  そんな新境地は勘弁してぇ——っ!!」

 

 

 そんなやり取りが行われている間にハルナ達二人は刹那を追って奥へと入って行ってしまうのだった。

 

 

 これが、後の大騒ぎへと発展するのである。

 

 

 

 

 

 

 「む……」

 

 

 ネギが殴られた瞬間、ス…とクナイを取り出して身構えた楓であったが、投擲する直前に思いとどまった。

 

 というのも、ネギの目を見たからだ。

 

 

 よく解らないが、あの少年が何か挑発的な事を言い、それを聞いたネギの表情が一変したのである。

 

 ネギの心のどんな琴線に触れたかは不明であるが、あの目は諦めや助けを待つ目ではない。

 

 眼前の敵と戦おうとする者の目だ。

 

 

 圧倒的に経験が少ない為か、まだまだ“ゆるい”がそれでも意志に火が入った事だけは楓にも解った。

 

 となると……

 

 

 「後は策を思い付かせるだけの“間”の確保でござるが……」

 

 

 ではクナイでは役が違う。

 別のものを取り出そうと、懐に手を入れた時、

 

 

 「オン・アクヴィラウンキャシャラクマン」

 

 

 「お?」

 

 

 「ヴァン!!」

 

 バフン…ッ!!

 

 

 投げ込まれたペットボトルが弾け、ネギらの周囲が霧のような水煙に包まれた。

 

 

 「ほぅ?」

 

 

 その霧に紛れて明日菜がネギを抱え上げ、全速力で撤退する。

 

 少年の方が忍の体術を会得しているというのに、忍のような術で逃げられてしまうとは何とも皮肉な話である。

 

 

 『歳のわりには中々やるでござるが……少々冷静さが足りぬようでござるな。

  あの程度で逃げられるとは……』

 

 

 等と同じように忍の技を使うからか、ネギ達の手際に感心しつつもウッカリ敵を評価してしまう楓。

 

 直にそのことに気付き、苦笑して意識を己の担任に戻した。

 

 まがりなりにも楓は忍である。

 だから魔法そのものには疎くとも、和系の呪文だけならば多少なりとも覚えがあった。

 

 よって今耳にした呪文が“八字の咒”と呼ばれているものである事に気が付いている。

 

 となると、そんなものを駆使してネギを逃がしたのであるから、あの場にはネギ側の陰陽術を使える者がいるという事となる。

 いや、エラく可愛らしい声であったが、何だか刹那の声に似ていたよーな気も……

 

 

 「ふぅむ……?」

 

 

 ひょっとすると、あの彼らの後をふわふわ浮いて付いて行っていた“ちんまい”のが刹那の<分け身>か陽身なのかもしれない。

 

 

 多少気にはなったが、敵ではなさそうだから後回し。

 今はあの敵の少年を観察する方が大事だとも意識を向けなおす楓。まぁ、ネギ達を殺す気はないだろうという事は確認できたのだが。

 

 年の頃はネギとほぼ同じくらい。しかし実戦慣れしているようだから、あの歳で結構深く裏に関わっているのだろう。

 ただ、ちょっと気が短めのようで、状況判断が甘く、短慮からやり過ぎてしまいかねない。

 それには注意が必要だろう。

 

 今もカッカして二人(四人?)を見失っているし。

 この辺は今後の成長に期待するところか?

 

 

 「とと…またあの少年の肩を持ってしまったでござるな。反省反省」

 

 

 コツン…と頭を叩き、苦笑して視線を下に戻と、未だ少年はネギの気配を探して竹やぶの中を駆け回っている。

 

 

 『ヤレヤレ……

  気配を感じないという事は、気配を紛らわせるものの近くにいるという事でござるに……』

 

 

 刺客のくせに何だか間が抜けているでござるなぁ……と苦笑が出たが、このまま指を咥えて見ているだけという訳にも行かないし、刹那らにも手を貸すと言ってしまっている。

 さて、ネギらの戦いにどう手を貸せばよいかと首を捻っていると……

 

 

 「おろ?」

 

 

 

 妙な本を持って石畳を駆けている同級生の姿が目に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 考えてみれば、シネマ村という場ほど異様な場所は無いのかもしれない。

 

 というのも、ここは様々な時代劇を撮れるセットが建ち並んでいる。

 

 京都という土地には、他にも時代劇を撮る為に場を借りている寺もあるが、町並みは大体ここだ。

 

 江戸の町並や京の町並、そして江戸時代初期から幕末を同じ場を使って撮影するのだから、通りを曲がった瞬間に時代が変わったりする。

 

 現実と切り離された隔離時代を体感し、タイムスリップしている気すらしてきて中々面白い。

 

 

 尤も、通りの陰で胸を撫で下ろしていた少女にとって、そんな事はどうでも良かった。

 

 

 『これだけ人がいれば襲っては来れまい……

  ここで時間を稼ぎ、ネギ先生達の帰りを待つのがいいだろう』

 

 

 つまりはそう言うことだ。

 

 魔法関係者というものは、正邪の違いはあっても魔法の存在が公になる事を嫌う。

 だからこれだけ人目の多い場所にいれば目立った事を仕掛けてはこないだろうという踏んだのである。

 

 

 成る程確かに人が多い。

 

 

 観光客や、刹那らのように修学旅行の学生、そして……

 

 

 「せっちゃん

  せっちゃん〜〜♪」

 

 「はい?」

 

 

 攻撃を受けた為に式神との繋がりが切れ、ネギとの連絡が取れなくなっている。

 そしてそのネギもかなり消耗していると見た。

 

 その事に気を取られ、呼ばれた声に何気なく振り返ってみれば。

 

 

 「じゃーん♪」

 

 「わぁ!?」

 

 

 木乃香がお姫様然とした紬を着て、和傘を持って立っていた。

 

 

 「お、お嬢様、その格好は?!」

 

 「知らんの?

  そこの更衣所で着物貸してくれるんえ」

 

 

 着飾れた事か、刹那の側にいられる事が嬉しいのか木乃香の笑顔も軟らかい。

 

 何となくホケ〜としてしまっていた刹那にニコニコと笑みのレベルを上げ、

 

 

 「えへへ どうどう? せっちゃん」

 

 

 似合う? と身体を回してその姿を披露する。

 

 

 「ハッ…?!

  いや、そのっ

  もう、お、お……おキレイです……」

 

 「キャ——っ

  やった——♪」

 

 

 何というか…異様なほどその衣装が合っていた。

 

 しかし考えてみれば木乃香は西の長の一粒種。お姫様に違いは無かろう。

 

 彼女から距離を取っていた数年の短い間でよくぞここまで綺麗になったものだ。

 

 同性である刹那が何となく頬を赤らめてしまうのも木乃香の魅力であろう。

 

 

 「ホレホレ せっちゃんも着替えよ♪

  ウチが選んだげる——」

 

 「えっ!? いえ、お嬢様っ!?

  私、こーゆーのはあまり……ああっ」

 

 

 そんな彼女に引き摺っていかれる刹那。

 

 前日の横島の助言が生きているのか、彼女も中々積極的なようだ。

 

 以前よりアグレッシヴに攻めて来る木乃香に、流石の刹那もタジタジである。

 

 

 

 ——が、そんな二人を町並の陰から見守っている奇妙な視線があった。

 

 木乃香はおろか、刹那すら気付けないその無機質な目……

 

 二人が移動するのに合わせ、気配の動きの片鱗すら感じさせないゆらりとした移動を行い、ずっと追い続けている影。

 

 その影の主は、銀髪の少年の姿をしていた——

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あう〜〜……」

 

 「ったく……ンな事するからだろ?」

 

 

 所変わって、ここは更衣所。

 

 とは言っても、木乃香らの向った所とは違った場所で、彼女らが行ったトコよりややイロモノっポイ衣装が並んでいた。

 

 

 何せ時代劇にしろ、歴史モノにせよ、脚本によっては時代考証もクソもなくなってくる。

 

 マザコン将軍として知られている某有名将軍が日本を旅して悪人を成敗していったり、幕末の土佐の大有名人が関西弁喋ってたりとイロイロだ。飛騨の国から来た仮面の忍者だって、カテゴリーで言えば時代劇といえなくも無いし。

 

 だから貸衣装も場所によってはとんでもない物があったりする。

 

 よりにもよってそんなトコに来なくとも良いのであるが……そこはそれ、横島忠夫である。

 心より何より、ウケを求めて霊感が示す場に真っ直ぐ突き進んでしまったのだ。

 

 当然の如く、古も付いて来ていたのであるが……

 

 

 「ホラ、ちょっと見せてみ」

 

 「うう……」

 

 「恥ずかしいのは解るけどさ。今は我慢してくれ」

 

 「う゛〜〜〜……」

 

 「いや、睨まれても……」

 

 

 流石にここまでくれば横島にも気付かれてしまった。

 

 そう、古が今までマスクをつけて火照りを見せないよう誤魔化し続けていた事を……

 

 いやまぁ、それは良いのだ。

 超とて顔色を誤魔化す以上の期待をしてなかったりするシロモノだったのだから。

 

 だが、確かに通気性を考えて作られている良い仕事がなされたマスクであるが、問題は古の発汗量にあった。

 

 幾ら通気性が良かろうと、内部でドバぁドバぁと汗をかけば蒸れてくるし、通気性の限界値も下がってしまう。

 現に、溜まった汗を捨てては毎回水分を補給せねばならないほど古は汗をかいていた。

 

 となると、必然的に起こり得る事態にもなるわけで……

 

 

 「ん……かなりマシになってきてんな。

  もう、あんなことすんなよ?」

 

 「あう〜〜……」

 

 

 そう——

 

 古は顔に汗疹ができてしまっていたのである。

 

 

 「…………申し訳ないアル」

 

 「いいって。それよか女の子なんだから、もっと気ぃつけろよ?

  せっかくの可愛い顔が台無しになるぞ。そんな世界の損失はオレが許さん」

 

 「う゛……」

 

 

 更衣所の中、横島の見た目が子供だった事もあって、ちゃっかり二人一緒に入れられている時に気付けたのは幸いだった。

 下手にメイク等されて、気付くのが遅れたら目も当てられまい。

 

 幾ら若い肌とはいえ、それなり以上のダメージを与えると後々まで残ってしまうものだ。

 

 かのこですら古の顔をじ〜と見ていて心配しているくらいなのだから。

 

 未来の美女の肌が荒れるのは世界遺産の崩壊より甚大な損失である。天界やユネスコが許そうとも横島は許さない。

 

 だから横島は珍しく説教しつつ古を更衣所にあった椅子に座らせて治療に当たったのだ。

 

 

 「いくら古ちゃんの肌がピチピチや言うても、無理はアカンだろ?」

 

 「あう〜〜……」

 

 

 見た目はただ触れているだけであったが……

 

 

 手のひらで顔を包み込むように撫でるだけで痒みや痛みがゆっくりと去って行った。

 

 しかし横島は、“向こう”にいた時からヒーリングはできなかった。

 消滅している十年の記憶の中にはちょっとは技術があったかもしれないが、今使えないのなら何の意味も無いし記憶も経験も失せているのなら苦手のままなのだ。

 

 もちろん、全く手が無いという訳ではない。

 

 その一つとして、古に霊力を注ぎ込み、彼女の新陳代謝を活性化させて回復するというどこぞのエスパーのような手もあったが、古は人狼族ではないので超回復なんぞ持っているはずも無く、治らない事も無いがそれだけ細胞を酷使するという事なので横島的にはNGだ。

 人狼族等のヒーリングができれば一番良いのであるが、あれは“舐める”という行為が付加されている。

 つまり、古の顔を舐めまわす事になるので、できたとしても遠慮したい。いいかも…とか思いかけてるし。

 かのこが出来れば一番良いのであるが、心の癒しにしかならないようなので殆ど意味が無い。いや横島的には大助かりなのであるが。

 

 

 ではどうするのか?

 

 

 手っ取り早い方法としては、横島の霊能力の真骨頂である“珠”を使うという手がある。

 

 しかし、ここに一つ問題があった。

 

 実は今の横島は“珠”の生成法が変わっており、“珠”に込められている霊力が以前の三倍ほどになっている。尚且つ生成時間も数十秒にまでもなっていた。

 その代わり、“珠”が物質として存在し続けられる時間が激減しており、十数分程度で限界に達してしまう。その上不安定で、使用せずにそのまま放置すれば生成ミスの時と同様に爆発してしまうのだ。

 

 言うまでも無く生成にも霊力を使用する為、ホイホイ作ってストックしておく…という、以前から使用していた手段がとれなくなってしまっているのだ。

 

 それに戦いが発生する可能性がある以上、無駄に霊力を使用する事はできない。

 

 

 しかし、それでも彼は使った。

 

 だが、そこまで現状を理解しているというのに彼はどうやって“珠”の力を古に使ったというのだろうか?

 

 

 生物は存在している限り、身体からオーラが放出されている。

 実は横島、その普段から自然と駄々漏れになっている霊気でもって“珠”を作りながら、形が整う前に意味を込めてその力を解放し続け、“なんちゃってヒーリング”を行ったのである。

 

 は? それって逆にメンドーでね? と思われるだろうが、霊力を“珠”に生成する霊力消費も馬鹿にできないのだ。

 だからその無駄な分を少しでも押さえる為、『治』『療』の念を込めた半出来の“珠”でもって古の肌を治療したのである。

 

 何だかエラい手間が掛かるしもったいないにも程があるヒーリングであるが、横島的に言えば『あり』なのであろう。

 

 ……尤も、実際問題、その治療は形を変えてはいるが“珠”を使ったエステである。“向こう”の世界の価値に直せば一億を越える事は間違いない。

 かの恐れ多い元雇い主に発覚すれば全殺しでも足りない目に合わされることは言うまでもないだろう。

 

 

 「……うしっ もー大丈夫だ。古ちゃんのお肌は完全に治ってるぞ」

 

 「も、もう治たアルか?」

 

 

 汗疹でミカン状態になっていた肌があっという間に元通り。

 

 あまりスキンケアに気を使っていなかったとは言え、やはり年頃の女の子。

 肌が荒れたことは気になっていた。

 

 それが彼が触れていただけでスッカリ治ったと言うのだから驚きも大きい。

 

 しかし実際に古本人が触れてみても確かに肌は元通りになっている。

 

 横島も些か得意げに『な?』と微笑んでいるし。

 

 

 「……凄いアルな……」

 

 「凄かねーよ。

  実際、ホントに凄いのは古ちゃんや、楓ちゃん。木乃香ちゃんを守ってる刹那ちゃんさ」

 

 「ふぇ!?」

 

 

 横島の言葉に奇妙な声を出してしまう古。

 自分の顔を両手で挟み込んだままだからかなり間抜けだ。

 

 

 「当たり前だろ?

  オレは古ちゃん達みたいに自分から修行しようとした事なんか殆ど無かったぞ。

  自慢じゃねーけど、古ちゃんくらいの歳ン時には遊び倒してたしな。

 

  修行してたら良かった……なんて思った時には………」

 

 

 うっすらと表情に影を落とし、そこまで呟くように零した横島であったが、すぐ口を噤んで言葉を切った。

 

 古に目を戻した時にはもう影は見えない。

 苦笑しているような泣いているような不思議な笑みを浮かべているだけ。

 

 外見は子供であるからこそ、余計にその不思議な感情の波が伝わってくる。

 

 

 だから古も問い掛けられなかった。

 

 

 今さっきまで顔を合わせることすらままならなかった彼女であるのに、今は逆に目を反らせられない。

 

 横島から何だか奇妙な儚さすら感じられたからだ。

 

 

 何となく表情が曇っていたのだろう、横島は古の眼差しに気付き、あえて明るく、

 

 

 「んじゃ、とっとと着替えよう。

  向こうの女子更衣所から刹那ちゃんが出てっちまうし、あのミョーな娘が来ないとも限らん」

 

 「……アイ」

 

 

 顔は合わせられるようにはなったのであるが、何だか以前の気不味さを取り戻してしまった。

 

 安堵してよいやら悪いやら。

 

 しかしとりあえず、側にいられるようになったからまだマシだろうと気持ちを切り替え、横島に背を向けて着替え用の個室に向って行った。

 

 適当に選んだ衣装を抱きしめ、個室に入った古は一人深い溜め息を吐いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「しっかし……どうしたもんかなぁ……」

 

 

 横島は横島で、側にくっついている かのこを撫でながら一人溜め息を吐いている。

 

 古や楓にドキドキするのも、

 

 その頬に触れ、柔らかな手触りに萌えを起こしてしまったとしても……まぁしょうがないだろう。自分デモアキラメテルッポイシ……

 

 

 「それに……」

 

 

 古が消えた個室のドアの方にちらりと視線を送ってからまた溜め息を一つ。

 

 

 横島も木石ではない。

 

 少なくとも十代の時のような超絶的朴念仁ではないのだ。

 

 だから何となく、楓らが自分に対する好意を大きくしていっているのも……

 

 

 『何だかなぁ……』

 

 

 と思いつつも理解しているのだ。

 

 だが、飲む打つ買うの遊び人レベルでは父親に程遠い上、特に“買う”に関しては父に惨敗なのだ。

 優しすぎて相手の気持ちを振り切る事ができないし、一回一回が常に本気となってしまうからである。

 

 だから今の自分の気持ちが膨らんでいる事は解るのだが、どうすれば良いのか…という点で躓いてしまうのだ。

 

 

 「ったく……せめてミスった経験を覚えてりゃあなぁ……」

 

 

 記憶が消滅しているのはそういう部分にもわたっている。

 

 失敗を覚えていないのは幸いと言えなくも無いが、それは教訓がないという事だ。

 

 エロい事や自分が出来る事はおぼろげながらも覚えているのに、教訓が無ければどうしようもないではないか。

 

 

 それに——

 

 

 「何か……オレも楓ちゃんや古ちゃんに……」

 

 

 惹かれている気がする——のである。

 

 

 以前から比べ、何とも正直なったものだ。

 

 ジャスティスの暗躍……もとい、苦労の賜物であろう。

 

 

 「……でもまぁ、今差し迫った問題は……」

 

 

 はぁ……と溜め息をつき、足元に視線を落す。

 

 そこに散らばっているのは破れた布地。

 引き裂かれた色とりどりの布切れである。

 

 

 木乃香に迫る危機。

 

 同じ施設内に潜んだ刺客。

 

 巻き込みかねない、“裏”の世界に関係の無いハルナのような一般人達。

 

 

 問題は山積である。

 

 

 尚且つ——

 

 

 「はぁ……」

 

 

 効果時間が安定していない為、切れるタイミングか掴み切れない飴……

 

 よからぬ事に使用されないよう、予備は楓が持って行ってしまい手元には無い。

 

 

 つまり……

 

 

 「どーすっかなぁ……」

 

 

 年齢詐称薬が切れ、昨夜同様に子供服を破いてしまった彼は、

 

 ほぼ裸で小鹿と戯れるというワケの解らないシチュを演じながら悩み続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……何か、真名のキモチが解る気がするネ」

 

 「どーかしたんですか?」

 

 「いじらしいだけなら微笑ましいガ、二人してあそこまで焦れてると流石にムカつくネ……」

 

 「はぁ……」

 

 

 



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中編 -弐-

 

 

 ——場、と称するには余りに大雑把な空間がそこにあった。

 

 

 “無”と言うにはモノが在り過ぎている、しかし“在”と言うには無さ過ぎる。

 

 

 静寂であり騒然。

 

 存在感が無いのに海が在るような気がする——という、ただ矛盾に満ちた場。

 

 それでいて整然としているわけではなく、どちらとも表現できてしまう大雑把な空間が広がっていた。

 

 

 と……

 

 

 その不可思議なる場に、

 静寂との区別がつかない騒然とした矛盾の場に、唐突に何かの存在が露となった。

 

 今の今まで『只何かが広がっている』としか表現できなかった場の中に、突如として確固たる個が出現したのである。

 

 

 いや、それでだけではない。

 

 

 その空間そのものに雰囲気も現れたのだ。

 

 圧倒的に“無”に近く、限界まで“在”を訴え続けていただけの場に、雰囲気というモノまでが具現した。

 

 それは恰もチャンネルを切り替えたかのように……

 

 

 「ん? ああ、君か。どうかしたのかね?」

 

 

 突如として具現したというのに、“それ”は極自然に“もう一つ”に向けて問い掛けた。

 

 しかしその“もう一つ”は無言という返答を見せるのみ。

 

 “それ”にしてもまた、沈黙で返されたと言うのに微かな微笑でもって受け止めている。

 問い掛けられる事も解っていたし、また返す言葉も解っているのだから。

 

 

 「そんなに気になるのかね?

  “私”を浮かび上げてしまうほどに……」

 

 

 それでも返答は無い。

 

 やれやれ……彼と違ってリアクションの薄い事だ。もう少し楽しませてくれても良いのに……とも思うが、眼前の彼にそんなものを求めてもしょうがない。

 

 “こっちの彼”はそうなのだから。

 

 

 「あいつは……」

 

 「うん?」

 

 

 ふいに——

 ふいに彼はそう口を開いた。

 

 

 「あいつは大丈夫だと思うか……?」

 

 

 ——ああ、やはりね。

 

 と、“それ”は納得しつつ彼に向って頷く。

 

 “少女”が襲撃を受け、少女の持つ力を利用しようとしている輩が現れた時から彼はずっと気にし続けているのだ。

 

 少女の事はもちろんの事だが、それより何より“あいつ”の事を。

 

 

 「少しは彼を信じてみたらどうかね?

 

  確かに君はそんな事件が続いた所為で壊れたかもしれない。

 

  守れば守るほど失い、庇えば庇うほど傷つけ、掬い上げようとすればするほど失って行く……

 

  抱え切れないほどのものを手にし、そしてその殆どをこぼしてしまった——

 

  それがどれほどの痛みを伴うか……少なくとも私は他の誰よりもその苦痛を理解しているつもりだよ?

 

  そして彼は……我々と対極にいる——」

 

 

 その言葉に男も軽く…ではあるが頷いた。

 

 しかしその所作の中にはどこか誇らしげなものが混じっている。

 

 『自分らと違って上手くいっている』そう揶揄されるように言われたにもかかわらず、寧ろその事を祝福しているかのよう。

 

 

 「彼は様々な場で失わせずに来た。

  我が娘を失った時から全てを良い方向へと傾けるよう、

  見苦しく足掻き、見苦しく駆け、見苦しく泥を泳ぎ続けて来た。

 

  真の道化師であり、愚者であり……勇敢なる者だよ。頭が下がるね。

  クラウンの名にふさわしいよ」

 

 

 “それ”の語るセリフの言葉尻にも笑顔が見え隠れする。

 釣られるように目の前の男も唇端を歪めていた。

 

 “彼”のその見苦しさが、見苦しい足掻きであるが故に、失われた希望が僅かながら浮いてきているのかもしれない。

 

 

 「そしてその愚行は実を結び、彼は何も失わせず、誰も悲しませずに生きてきている……

  馬鹿だ何だと罵られつつ、それを甘んじて受け入れてね。

 

  だからこそ輝いている。

 

  大半がその輝きの意味も知らぬ真の愚者だろうのに」

 

 

 それも解る。

 

 それを受け入れていればもっとマシだったであろうかという悔恨も無い訳ではない。

 

 しかし今更だ。

 

 そういった悔恨や怨鎖は自分にこそふさわしい。

 対極の“彼”には不必要なのものである。

 

 “あの一度”だけで十分だ。

 

 

 「正直言って実に羨ましい………

 

  失わせずに済み、無くさずに済み、零さずに済ませられたのだからね。

 

  我々にはできなかった事だからしょうがない話だ……

 

  しかし——」

 

 

 その想いと比例し、実に喜ばしい事だと感じてもいる——

 

 

 いや、皮肉でも何でもない。

 正直な気持ちで彼を祝福している。

 

 “それ”にしても、そして……その対極存在である“この彼”にしても……だ。

 

 

 だからこそ、心配しているのだ。

 

 “上書き”という事故の所為だろうか、彼は記憶の大半を消失している為、教訓が無い。

 だから危機的状況での対応力、失敗した時の難事、そして対応できる能力すらも忘れ切ってしまっている。

 

 

 自分は……

 いや、自分なんかどうだっていい。

 

 

 自分は既に全てを無くしている。

 取り戻したいと思っている絆はここには無く、また元の場に戻れたとしても“彼女ら”は既に存在していない。

 

 

 全てを無くしたからこその虚無。

 希望に対する希望を諦め切っており、黒い闇の穴だけが心の中に口をあけている。

 

 それが“この彼”なのである。

 

 

 だからこそ“彼”に望みをかけている。

 

 “自分”にならないよう。

 “自分”の歩んだ道を進まないように……

 

 

 対極であるが故に、“自分”の上に上書きされたのであるから……

 

 

 「まぁ、時間の許す限り見物を続けようじゃないか。

  私は兎も角、君の方はもうそんなに時が無いのだろう?」

 

 「ああ……」

 

 

 存在が消える。

 “無”になる。

 

 それは渇望していた事であり、待ち望んでいた事。

 

 理由も無く死ぬのは御免であったが、十年と言う自分の時が無くなっている以上、消える事に異論は無いし未練など端から持っていない。

 

 

 いや——?

 

 

 「せめて乗り切れるかどうか……その確認だけはしてみたかった……かもな」

 

 「ふむ……?」

 

 

 珍しく零された言葉に感心すら覚え、“それ”は顎に手をやって眼を細めた。

 

 だが直に笑顔を見せる。

 

 

 「大丈夫ではないかね?

  彼の周囲にはあの少女らや可愛らしい使い魔がいるのだよ?

 

  尤も……彼も相当鈍感だが、彼女らも鈍感だがね。

  自分達がしっかりと彼を支えられている事に気付いていないのだから」

 

 「……解ってる。

  だがそれでも——」

 

 

 心配は心配なのだ。

 

 そんな風に支えてくれているからこそ、彼女らが傷ついた時に何が起こるか……と。

 

 

 “彼”はあのくノ一の喋り癖を聞き、遠い過去において自分と共に道を歩む事を決めてくれた人狼族の少女の顔が思い浮かぶ。

 久しぶりに唇がその名を紡ぎかけるが、慌てて首を振って想いを飛ばした。

 

 少女を通して見る等という行為は、あのくノ一の少女にとっても“弟子”にとっても失礼極まりない事なのだから。

 

 

 「結局、オレという男は何時まで経っても女々しいんだな……』

 

 

 そう自虐めいた笑みを浮かべ、意識をゆっくりと無意識の中に散らばらせていった。

 

 

 

 「……それだけでもないのだがね……

 

  そうやって悔恨だけではない想いを持ち続けられるのも、

  彼女らをすんなりと受け入れられるのも“君達”の美徳。

  だからこそ彼女らも“君達”に惹かれて行くのだよ?

 

  そしてそれこそが“君達”の力の源なんだよ」

 

 

 誰に聞かせるとも無くそう呟き、“それ”もまた意識を霧散させて行く。

 

 次に浮かぶのが何時かは知らないが、できれば……

 

 

 「彼の……いや“君達”の本当の微笑が見たいものだね……

 

 

 

 

 

  私がその一角を奪ってしまったのだから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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              ■十時間目:独立愚連隊ニシへ (中) −弐−

 

 

 

 

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 むか〜し、昔……

 

 とは言っても体感時間で十年くらい前。

 

 

 まだ彼が駆け出しの霊能力者だった頃、自分の霊能力の源は煩悩だと思われていた。

 

 

 端から見ただけなら、それは確かに間違っていないだろう。

 

 何せ霊能力を目覚めさせてもらって直にGS試験を受けさせられ、第一関門であり普通なら滑ってもおかしくない霊力を測る一次試験を単なる煩悩の高まりでもって合格したのであるから。

 

 

 だがよくよく考えてみると、彼の戦闘スタイルから言えば妙な話になってくる。

 

 彼が“栄光の手”と名付けた霊力を束ねて武器と化した剣は、悪霊や妖怪、強化ゾンビですら容易く斬り裂き、最悪(?)の場合は浄化すら行えてしまう。

 

 煩悩は欲望に付随するものであり、そんなもので力を束ねたとすれば生まれる武器は魔剣か妖剣だ。浄化や退治になどむく訳がない。

 

 それに天邪鬼とミニ四駆戦を挑んだ時、煩悩ゼロ状態であったにもかかわらず物凄い霊力が溢れ出ていた。

 

 

 これらの事から、彼は煩悩を源にしているわけではなく、煩悩の力で集中力を高めて霊気を練り上げているようなのだ。

 

 

 だがそれは霊力覚醒の出発地点での事故と言えなくもない。

 

 何せ最初の相棒である心眼は煩悩の集中によって目覚めているのだし、

 その心眼は彼を戦いに勝たせる為に、手っ取り早く高まった煩悩をスターターに使ってチャージした力を霊力に転化していたのである。

 

 

 言い方は変かもしれないが、ぷっちゃければ彼の霊力の高め方は『染みついてしまった霊力癖』なのだ。

 

 

 そして前々からいっている事であるが、彼の十七歳以降からの記憶と経験の大半は失われているのだが、逆に十七歳“まで”記憶は常人よりもはるかにハッキリと思い出せるようになってしまっている。

 

 “それ”の両方ともが“ここ”に来てしまった理由の副次的なものであるが、問題は霊的な記憶や経験までも消失させているが為、霊力の回復方法はハッキリと覚えている方法を勝手に取ってしまう事なのだ。

 

 

 つまり……

 

 

 

 「……か、身体が勝手に……」

 

 

 ほぼ裸……それも幼児が穿くようなジーンズを(下着ごと)無理矢理穿いて女子更衣室にジリジリと近寄っている超絶不審者。

 

 顔は脂汗ダラダラだと言うのに、胸はドキドキ♪ とそのドアの向こうにあるであろうパラダイスにときめいていた。

 

 

 「うおぉ……身体が言うことを聞かんっ!!

  し、静まれ! 静まるんや!! オレの右腕ぇっ!!」

 

 

 声には出せているのだが何と無意識に小声。

 問題は深刻のよーだ。

 

 それに今の姿は変態以外の何モノでもない。ハッケソされればタイーホは必至である。

 

 それだけでも拙いとゆーのに、このドアの向こうには——

 

 

 『ぐぉおお……む、向こうにおるんは古ちゃんやと解っとるとゆーのに……

  何で古ちゃんを覗こうとしとるんや!? オレはっ!!』

 

 

 そう、ドアの向こうで着替えているのは古なのだ。

 

 つい今さっき何にやらエラソーにものを言ったというのに、その直後では格好がつかないではないか。

 

 否! 問題はそこではない。

 

 

 ここでの問題は、スタイルはグッドなのだが成長率は平均的な女子中学生である古の着替えを覗こうとしている事である。

 

 

 『あ゛っあ゛っ や〜〜め〜〜ろ〜〜〜〜っ!!

  確かに古ちゃんは可愛いし、何か猫っぽくて微笑ましいし、ちょっとバカっポイのがツボやけど……

 

  あ〜いや、その……それでも、それでも踏み越えたらアカン壁っちゅーもんがあるやろ!?』

 

 

 それでも言う事を聞かない横島の身体。

 

 キスまでぶちかましている所為だろうか、あれだけブレーキを掛けていてくれた本能が今は歯止めを失っていた。

 

 

 つまり、横島は霊能力を使用し、何らかの理由で霊力が下がってくると以前のような……十代後半の煩悩力者に戻ってしまうのである。

 

 だから最初、この世界に来て霊力がキれかけていた時には刀子やしずなに飛び掛っていたというのに、回復した普段ではそんな暴走を起こしていない。

 新幹線内でも、売り子の女性に対して十代の頃からは考えられないほどスムーズなナンパ(?)を行っているし。

 

 物凄いちぐはぐな行動の裏にはそんな訳があったのである。

 

 尤も、今はそんな理由はどーだって良い。

 

 今正にドアの隙間から古の瑞々しい肢体を堪能しようとしている犯罪をどーにかせねばならないのだから。

 

 

 『あ゛あ゛あ゛あ゛〜〜〜……

 

  ちゃうっ!! ちゃうんやぁっ!! オレは、オレはぁ〜〜〜……っ!!!』

 

 

 つーかロリ否定はどーなった?

 

 無論、ジャスティスとてただ黙って見ていた訳ではない。

 ちゃんと気合の入った服をに着替え、『応援団!!』な格好で彼を応援していた。

 

 

 ——主に進め!進め! と。

 

 

 ハードモードでランクSは確実な激しい応援によって止めようにも止まらない横島のパトス。

 あわれ古の柔肌はその視線に汚されてしまうのか?

 

 

 ばごんっ

 

 

 「べぼっ!?」

 

 「うぇっ!? 何アルか!?」

 

 

 後数センチと言うところで思いっきり強く開けられたドア。

 

 蝶番が錆びていたのか中々開かなかったので、古は掌底で思いっきり突き開けたのが幸い(?)した。

 

 完全且つ徹底的に隙だらけだった横島は、ドアに殴打されて真横にすっ飛んでしまう。

 

 

 「ぐぐぐ……

  く、古ちゃん、ベリ〜ナぁイス……」

 

 「え………? ろ、老師!?」

 

 

 何が何だか解らないが、様々な珍衣装の中に埋まりつつ、横島は右手の親指をグ…っと立ててギリギリのラインでアイデンティティを救ってくれた古に感謝していた。

 

 

 チ……

 

 

 心の中で何かが舌打ちしたのは気の所為だと信じつつ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ハハハ

  護衛のパートナーが行動不能なら西洋魔術師なんてカスみたいなもんや」

 

 

 狗神使いを名乗った少年は、影から呼び出した狗達に命じ、明日菜と刹那…の分け身である“ちびつせな”、そしてカモを押さえつけてネギをいいように殴りつづけていた。

 

 何だかんだで障壁を張り続けているネギであるが、少年の拳は氣がたっぷりと込められている為にあっさりと貫いてくる。

 

 多少、威力を削られてはいてもネギ本人の耐久力はやはり外見年齢の通りなので喰らうダメージは大きい。

 

 

 「遠距離攻撃をしのぎ、呪文を唱える間をやらんかったら怖くもなんともない!」

 

 

 調子に乗っているのか、わざわざ教えてやりながら殴り飛ばし、蹴り飛ばす。

 

 身体の軽さからか、ネギは面白いように吹っ飛び、岩に叩きつけられて動けなくなる。

 

 

 「どうやチビ助!!」

 

 

 そんな少年の挑発にも、意識を混濁化させてしまったのか、ぼんやりと瞼を開けている“ように見えた”。

 

 

 「勝ったで!! とどめ!!!」

 

 

 

 死に体となっているネギは動けまい。

 

 と、踏んでの事。

 

 

 「ネ、ネギ——ッ!!」

 

 

 下手をすると死ぬとまでカモに言われた少年の攻撃。

 

 それを無防備に受けようとしているネギに何かの情景が頭を掠め、明日菜が悲鳴を上げた。

 

 

 しかしそんな声など耳に入れず、少年は練り上げた氣を右腕に込め、眼前に見えているネギの顔を捉え——

 

 

 「Sim ipse pars per secundam.ネギ=スプリングフィールド」

 

 

 ——ようとする隙をネギに突かれた。

 

 

 「な……」

 

 

 完全な死に体だったネギが懐に飛び込んで来ている。

 それも、彼の顔を捉え、吹き飛ばす筈だった右腕を外払いにかわされて。

 

 戦闘中だというのに、状況の変化に戸惑い、コンマ数秒という“長時間”我を失ってしまうのはいただけない。

 

 

 ゴッ!!

 

 

 鈍く、そして重い音が響いた。

 

 それが、拳を入れられ自分の頬が奏でたものである事すら少年は理解できていない。

 

 

 身体を浮き上げられ、今度は自分が死に体となってしまう。

 

 と、その刹那の時をネギは待ってはいなかった。

 

 

 「Unus fulgor concidens nocidens nocten.

           In mea manu ens inimicum edat.」

 

 

 紡ぐ呪文は風属性の雷系。

 

 強く、それでいて命を奪うほどではない。それでも閃光の様な雷撃を魔力で紡ぎ出して行く。

 

 

 「白き雷!!」

 

 ガカァ…ッ!!

 

 

 少年の背中の中央部。

 掌に集中させた魔力がそこに発現し、身体の末端めがけて突き進む。

 

 閃光——!

 

 そして衝撃!!

 

 体内に発現された雷撃が四方に駆け、全身の筋肉が痙攣を起こしつつ吹っ飛び、石畳を転がってうめいていた。

 それでも這いつくばりつつも立とうとできるのは脅威だ。

 

 

 

 

 ——ほぉ……

 

 

 思わず感嘆の溜め息が零れた。

 

 素早い敵を捉える為には隙を狙うしかない。

 決定的な反撃のチャンスを待つためにギリギリまでダメージを受けて隙を誘う……

 

 少なくとも、十歳の少年の気力と才気ではない。

 

 胸を撫で下ろし、指に挟んだクナイを下ろした。

 

 たっぷりと氣を乗せている為、少年に当たりでもすればただでは済むまい。

 

 ネギの痛めつけられようを目にして我を失っていたのかもしれない。反省だ。

 

 

 『それにしても……

  あれからかなりがんばっていたようでござるなぁ……』

 

 

 楓ですら引っかかった程だ。あの少年とて完全に騙されていた事は間違いない。

 だからこそ完全に隙を突かれた際のダメージは凄まじいだろう。

 

 

 以前、戦いから逃げて自分と遭遇した時よりかなり自分を鍛えていたのだろうと彼女は見て取った。

 

 体力云々ではなく、心の方を——

 

 

 刹那も ちびせつなを通してそれを見、楓同様驚いていたのであるが、ネギのその気力と才気はその年齢からは考えられない。

 

 以前の対エヴァ戦の折りに逃げ出した事もあるが、それは明日菜とカモが大混乱して騒ぎ立てた所為で、年齢相応の精神構造がパニックを起こしたのが原因であろう。

 実際、あの戦いから然程も経っていないのにネギは落ち着いてこんな策をとっているのだし。

 

 

 『三日会わずば刮目して見よ……とは言うでござるが……ナルホドナルホド……』

 

 

 顎に手を置いて一人頷く。

 

 相手は自分の担任ではあるが、何だか弟が成長したみたいで嬉しくもあるのだ。

 

 

 『しかし……』 

 

 

 と、その眼差しを転がっていった少年に戻す。

 

 魔法の力云々の事は未だよく解ってはいないのだが、あれだけの雷撃を喰らえば普通は筋肉が痙攣を起こして直に動く事はできない。

 

 障壁等で防いだという事も考えられようが、戦いの初めの方でネギを魔法の矢を防いで防御の札は無くなっているようだった。

 

 それは今の−FULGURATIO ALBICANS−……白き雷とやらをまともに受けた事で解る。

 

 だがそれでも意識があり、更には立ち上がろうと動いている——

 

 

 ——となると、やはり横島殿が言っていたように……

 

 

 「ム……!?」

 

 

 少年の氣が高まり、ゴキゴキと異音を立てて筋肉や骨格が変貌して行く。

 

 体格、髪の色、筋肉の使用形状までが変貌する。

 

 

 

 『なぁ、楓ちゃん。聞いてる……だろ?

  念の為だけどさ、今さっきの子供に注意してて。

  あの子、ちょっと人間以外の血が混じってるみたいなんだ』

 

 

 楓が潜んでいる場で呟かれた彼の言葉が、はっきりと脳裏に蘇った。

 

 

 『成る程……獣人でござるか……』

 

 

 獣化を遂げた少年が今まで以上の氣の波動を放ち、ネギの前にして立ち上がった。

 

 

 「こっからが本番や、ネギ!!」

 

 

 

 どうやらまだ終わりとは行かないようでござるな……

 

 

 まだ本調子まで戻ってはおるまいに、意地だけで立ち上がったであろう少年に、感心しつつも呆れが出る。

 

 自分より年下である二人のこの気合。

 

 それが男の子というものだからだろうか、それとも……

 

 

 『……とと、また関係ない事を考えてしまっていたでござるな。失敗失敗』

 

 

 コンっと軽く自分の頭を小突き、後を振り返って遂に追いついた少女に視線を送る。

 

 ふむ……と軽く頷いて道を譲ると、その少女は“まるで楓が見えていないかのように”その前を少しも躊躇せず通り過ぎてゆく。

 

 

 チラリと少女がその手に持ち、開いている本を覗き込めば……案の定、獣人らしき少年がネギに殴りかかろうとしているシーンが落書きのようなヘタな絵で描かれていた。

 

 

 「み、右です!! 先生!!」

 

 

 それを見、少女が叫んだ。

 

 ネギは反射的にその声に従い、少年の攻撃を回避する。

 

 

 −な……!? 今の声は……っ−

 

 

 次の瞬間にはページに新たなる字が浮かび上がり、ネギへの攻撃行動の全てがリアルタイムで表記されてゆく。

 

 そして少女はそれを『右ですっ』とか『上っ!!』等とネギに伝えてゆき、ネギはネギで訳が解からぬままその指示に従って攻撃をかわしては反撃を入れてゆくではないか。

 

 

 『や、やはりこれは……』

 

 

 楓はその能力を目の当たりにし、冷や汗を掻いていた。

 

 

 その少女——宮崎のどかの本型のアーティファクト、DIARIUM EJUS(ディアーリウム・エーユス)……“いどのえにっき”は人の心の表層を読み取り、文章として描き出す能力がある。

 

 楓がそれに気付いたのは話しかける直前で、のどかが手に持った本を読みながら走るという奇行を行っていてくれたお陰だった。

 

 

 そこに書かれていたのはヘタクソな文字で書かれた少年の思考。

 

 −思ったより威力あんな−とか、−もろたで!!−等といった本当に表層のものではあるが、間違いなく他人の心理が読み取られている。おまけに距離はあまり関係ないようであるし。

 

 これでは話しかけても誤魔化しようが無いし、下手をすると色々と読み取られて要らぬ知識を与えてしまいかねない。

 

 慌てた楓は自分の“札”を取り出し、その魔具を使用し、のどかに危険が及ばないよう、そしてネギらの戦いを見守ろうと先行したのである。

 

 

 『それにしても……運よく『透』が出てよかったでござる……』

 

 

 手に持ったメタリックな葉団扇を見ながらそう安堵の溜息を吐き、少年……のどかが言うにはコタローというらしい……に脱出方法を頭に思い浮かばせ、それをネギたちに伝えるという策をとっている彼女の声をどこか遠くの事のように聞き流していた。

 

 

 “いどのえにっき”にはご丁寧にも式が仕掛けられている鳥居の位置と突破方法まで示されている。

 何と言う厄介なアイテムなのであろうか。

 

 

 のどかを抱き上げて杖に跨り鳥居の下を駆け抜けてゆくネギ。

 そして後を追う明日菜……とちびせつな。おまけにカモ。

 

 

 『おっと……』

 

 

 ボ〜っとしてたらコタローと一緒に閉じ込められてしまう。

 

 確かにそのまま彼の様子見をながらこの中で時を待ち、様子を窺いに来るであろうコタローの仲間の後を追うという手も考えたのであるが、それではネギの護衛は勤まらないし、何よりこの魔具は十分しか持たない。

 仕方なくネギを追って結界を突破する事にした。

 

 確かに時間もまだ五分ほど残っているのだが、全てが運良く進むと楽観視はできないので、外でネギ達を見守る方が得策だと見たのである。

 

 それに隠れたままなのにも一応の理由があった。

 

 

 何せのどかはアーティファクトを持ってはいるが、戦闘能力皆無の一般人なのである。

 

 流石に楓が突然現れたらのどかに説明をせねばならないだろうし、何だかんだで聡いのどかの事だ、そんな事になればより一層引き込みかねない。

 それに下手をするとあのアーティファクトを使われてしまうかもしれないではないか。

 

 いや、別に後ろ暗い事やのどかに対して恐怖を感じているわけではないので使われても別に……いや、ちょっと困る……かな?

 

 

 ぶっちゃければ——

 

 

 『……よ、横島殿の事を知られてしまったら……い、いやキスの事は、兎も角……その……

  せ、拙者がどのように彼の事を思っているか……』

 

 

 自覚させられては堪らない——

 

 

 「って、違うでござるよっ!?」

 

 

 何だか真っ赤になって悶えている楓であるが、幸いにしてその余りにおマヌケ過ぎる声は、空間の裂け目を明日菜が叩き割る音によってネギたちには聞えなかったようである。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 城下町にお忍びで出てきたお姫様と、美少年剣士。

 

 お姫様を抱き、片手に刀を構えた姿はかなり様になっており、他の観光客であろうどこかの女学生らもきゃあきゃあと黄色い声を上げていた。

 

 

 まぁ、お姫様は兎も角として、美少年剣士の方は新撰組宜しくだんだらの羽織を纏っており、時代考証にちょっと難がある。

 その辺がコスプレっぽくて惜しいっと指を鳴らしたくなるのだ。

 

 どちらしても——

 

 

 「えへへ……

  せっちゃん男の子みたいやし、ウチらカップルみたく見えるかもな——♪」

 

 「なっ……何を言い出すんですか、お嬢様っ!!」

 

 

 両方少女なのだから余り意味は無いのであるが。

 

 

 刹那の新撰組スタイルという男装は木乃香の見立てである。

 

 腰に二本の刀を差すのは、まぁ武士であれば当然であるが、刹那のその大小の刀はかなり不釣合いだった。

 

 何せ片方は白鞘の野太刀であり、もう片方は黒鞘の模造刀だ。大体、腰に差す野太刀など似合わないにも程がある。

 

 しかし、刹那の愛刀であるし、木乃香の護衛もあって手放せない。

 

 それでもかなりノリよく写真にとってもらっているのは、彼女自身が舞い上がっているのかもしれない。

 

 

 『ふふ……でも、何だか楽しいな……

  思えば私はお嬢様とこんな風に遊びたかった気がする……』

 

 

 大切な友達だからこそ、

 大切な幼馴染だからこそ、刹那はあえて木乃香との間に距離を置いていた。

 

 だが、“自分の秘密”がバレ、その木乃香に嫌われる事の方を恐れていたのが本音なのかもしれない。

 

 その事を自覚しつつも今一つ踏み出せていない刹那であるが、木乃香は彼女の葛藤を理解しているかのように踏み込んでくる。

 

 守護の心と愛しさで反論できないのを良い事に、木乃香は刹那を引っ張ってはしゃぎまわっていた。

 

 刹那にしても、そんな木乃香と一緒にいられる事が嬉しくてたまらないらしい。

 そしてそれを自覚し、今写真を撮っていた他校の女学生からデジカメのデータを木乃香と共にコピーしてもらうのだった。

 

 

 

 

 「ただの仲の良い二人にしか見えませんね……

  あの位なら、私とのどかでもするですよ?」

 

 「んふふ……いや、これは間違いないね」

 

 

 そんな二人を覗き見していたハルナと夕映は、微妙な視線を刹那に送っていた。

 何せ二人して刹那と木乃香との仲を誤解しているのだから。

 

 

 何せ、ぱっと見でも久しぶりに一緒にいる幼馴染同士だとは思えないほど仲の良い二人だ。スットンキョーな思い違いをしてしまったたとしてもしょうがないかもしれない。

 

 

 「確かにアヤしいね〜〜

  あの二人♪」

 

 

 そんな夕映らの後ろから、やたら耳慣れた声が聞こえてきた。

 ぎょっとして振り返ると……

 

 

 「わぁっ 朝倉にいいんちょ達!?」

 

 

 黒い着流しの朝倉に、ばっちり町娘(看板娘風)になっている村上 夏美と、花魁姿のあやか、何故かイギリス婦人風の那波 千鶴がハルナ達同様に様子を窺っていた。

 

 どうやら彼女らの班もシネマ村に訪れていたようで、ガッチリ変装までして楽しんでいる。

 

 

 呆れるような感心するような目でハルナも、ここに来たらやんないとーと素浪人の格好を楽しんでする朝倉に苦笑していた。

 ハルナにしてもコスプレっぽいのでやってみたいかなー等と思ってはいたのであるが。

 

 

 「ん?」

 

 

 ふと何だか妙な嘶きが聞こえてきたような気がして夏美が首を回した。

 

 すると、通りの向こうから黒子が御者を務める馬車が駆けて来るではないか。

 

 

 「え?」

 

 

 何とその馬車には、自分らと同世代くらいの少女が貴婦人の姿で乗っており、口元を羽扇子を隠してホホホと微笑んでいるでいた。

 人の事は言えないが、貴婦人を乗せた馬車とは時代考証が無茶苦茶である。

 

 

 そのまま人通りを突っ切り、刹那らがいる場へと割り込みを掛ける馬車。

 

 

 「ひゃあっ」

 

 

 驚く木乃香を後に庇い、反射的に愛刀の柄に手を伸ばし、相手を確認してみれば……

 

 

 「お……お前は!?」

 

 

 木乃香に続いて刹那も驚く。

 

 何せ相手が余りに大胆な行動で出てきたからだ。

 

 

 「どうも——

  神鳴流です〜〜〜」

 

 

 馬車に乗っていたのは、先程から木乃香らを追い続けていた剣客の月詠だったのである。

 

 

 「……じゃなかったです。

  そこの東の洋館のお金持ちの貴婦人でございます〜〜

 

  そこな剣士はん。

  今日こそ借金のカタにお姫様をもらい受けに来ましたえ〜〜〜」

 

 

 何のつもりだ? と首を傾げる刹那であったが、木乃香や夕映らはこれをお芝居イベントだと解釈した。

 

 シネマ村では突発イベントとして、来場した客を巻き込んだ寸劇が始まったりする。

 

 無論、ノリが良くない相手を巻き込んだりはしないが、ノリノリで新撰組隊士の衣装を身に纏っている刹那はノリの良い客だと判断したのだろう。

 

 

 ……と、二人はそう受け取っていた。

 

 

 『なる程……

  劇に見せかけて衆人環視の中、堂々とお嬢様を連れ去ろうという訳か……』

 

 

 流石に刹那は月詠らの意図に気付いている。

 

 どこかに追い込んで攫うにせよ、討ち取って奪うにせよ、普通はこれだけの人目があるのだからそうそう大胆な行動はできない。

 だが、この方法なら人目を多さを逆手に取れるのだ。

 

 例え逃げてもイベントとして見られている為、客の大半が目で教えてくれるであろうし面白がって付いて来るだろう。

 そうなると刹那も動きを鈍くされてしまうし、派手な動きをしては逃げられなくなる。

 

 咄嗟に…とは言え、よく考えられた策だ。

 

 しかし——

 

 

 「そうはさせんぞ!!

  このかお嬢様は私が守る!!」

 

 

 このちゃんを守る。

 

 “あの時”のように。

 余りに無力だったあの時のような間違いは決して犯さない。

 

 その誓いはその想いは決して折れないのだから。

 

 

 

 「キャ——っ!!

  せっちゃんカッコえーっ♪」

 

 

 ……とは言っても、肝心の木乃香が空気を読めていない。

 

 

 「わっ、い、いけませんお嬢様……っ!!」

 

 

 木乃香にギュッと抱きつかれた刹那はただ慌てるのみ。

 

 周りで見ていた他の観客もヒューヒューとはやし立ててその展開を面白がっている。

 

 

 「……むむ?

  やはり二人はそーゆー関係……?」

 

 

 物陰から見守っている同級生らは誤解をより一層深めてたりもするし。

 

 

 「えっ 何ですの?

  ちょっと皆さん、どーゆーコトですの!?」

 

 

 まぁ、一人イインチョさんは空気を読めていないのか混乱気味であるが。

 ショタ系なら兎も角、百合系にはやたらと疎い少女だった。

 

 

 そんな騒動も月詠にとっては予想通り。

 

 ノリが良ければ良いほど流れに乗せやすいと言うものだ。

 

 

 「そーおすかー

  ほな仕方ありまへんなー」

 

 

 と、内心のウキウキを隠す事も無く、ゆっくりと手袋を脱いでゆく。

 

 何故か……と言うと、決闘を申し込む為だ。

 

 何とも古めかしい行為であるが、刹那としても木乃香に掛かる外敵と早く決着をつけたいだろうし、剣士として勝負を申し込めばそうそう反対できまい。

 

 そして何より、今の刹那自身の行動で周りで彼女らに注目され過ぎてしまい、観客の眼が増えすぎた為にこの中で逃げ回る事は不可能となっている。

 

 

 刹那は罠と解かってはいても、彼女の手っ取り早く月詠を倒す事しか道が残されていなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ——普通なら。

 

 

 

 

 

 

 

 「 そ こ ま で ア ル ! ! 」

 

 

 「え?」

 

 「は?」

 

 

 今正に手袋を投げつけようとした月詠と、刹那の二人は、突然の声に驚いた。

 

 

 「東の洋館の貴婦人とは仮の姿!!

  その実態はゴーヤの密輸で私腹を肥やす悪徳商人 H・ゴーヤ!!

 

  皆の眼は騙せても、この私の眼は誤魔化せないアルよ!?」

 

 

 「はぁっ!?」

 

 

 又しても投げかけられたトンでも設定。

 

 同人作業などで慣れているハルナですら驚いた。

 

 

 「え、えーと……今の声って何だか……」

 

 「ですね……聞いた事ありまくりですし……」

 

 

 朝倉と夕映は冷や汗を流しているが。

 

 

 「だ、誰どすかー?」

 

 

 何だか知らないが、持って行こうとした流れが止められかかっている月詠は、彼女なりに必死になって周囲を窺う。

 

 寸劇が何時ものこの施設のノリであるが故、ここまで思い切り変えられてしまうと修正が難し過ぎるのである。

 混乱…とまでは行かないものの、策がぶっ壊されてしまってそれなりに(、、、、、)は焦っているのだ。

 

 無論、彼女とて剣士の端くれ。

 直に刹那と同時に声の主の居場所を見つけ出していた。

 

 

 のだが……

 

 

 「え、え〜〜と……」

 

 「凄いなぁ〜 ウチ、先が読めへんわ」

 

 

 何というか——

 パターン通り……いや“お約束”か?

 

 

 “そこ”は彼女らの直近く。通りの脇の火の見やぐらの上。

 

 見得を切る者のパターンをおもいっきり踏み、高いトコに腕を組んで直立不動で立っていたのだ。おまけにこっちに背中を向けて。

 

 当然ながら一般客は昇降禁止だ。

 

 

 その誰か……

 つーか、ぶっちゃけよく見知っているよーな少女だった。

 

 

 「あ、貴女はー?」

 

 

 当然ながら月詠は何者か知らない。

 

 そんな問い掛けに応じるよう、その少女は腕を組んだままゆっくりと振り返り、おそらく三人を見下ろしている。

 

 おそらく……というのは、ドコに売っていたのか某ヒカリの巨人なお面をつけていてサッパリ表情が解らないからだ。

 

 

 そんな皆の目が集まっていた少女は、自分が発見された事を確認してから軽く頷き、こう言った。

 

 

 「私、ナゾの中国人!」

 

 

 自分で謎と名乗る人間も珍しい。

 

 

 「古…じゃないアル、ええ〜と……李 燕雲!!」

 

 

 そのあまりのテキトー具合にあからさまな偽名だと知れるが、謎と言っておきながら直に名前を言う人間は更に珍しい。

 

 

 何だか知っているよーな気がする中華な少女の声。

 そんな少女が、貸衣装なのだろうかゆったりとし過ぎている緑色の袍(パオ:よく劇に出てくる丈の長い中国服)を着て火の見やぐらの上で見得を切るものだから他の少女らも呆気にとられてしまった。

 

 知ってるよーな…とやや自信なさげなのはやはりそのお面の力だろう。多分。

 

 それより何より、何で時代劇の施設でこんな特撮ヒーローのお面があるのか大いに謎である。

 

 つーかどんな超展開だと言いたい。

 

 

 「 ト ゥ ! ! 」

 

 

 急にそんな掛け声が上がり、皆がギョッとする。

 

 何とその少女が火の見やぐらから飛び降りたのだ。

 

 

 「と、飛んだ——っ!!??」

 

 「飛び降り自殺——っ!?」

 

 

 ハルナ達も大慌てであるが、飛び降りた方は慌てていない。

 

 慌てず騒がず袖に隠していた花札を取り出し、

 

 

 「—来々—」

 

 

 と小さく呟いた。

 

 

 パァッ!!

 

 

 瞬間、少女の身は光に包まれ、皆の目が眩む。

 

 元々彼女は何かの力を借りたりせず、純粋な体術だけで着地できるのであるが、こうすれば芝居の特撮だと皆に思わせられるからだ。

 何気にパートナーのお陰でこすっからくなっている。

 

 

 スタン…とブーツで地面を踏みしめて降り立ったその少女の姿は先程とは一変。

 

 古——もとい、自称ナゾの中国人の姿は、赤い空に浮かぶ月、そして満開の桜の柄が描かれているチャイナ服に変わっていた。

 

 裾はやや短めであり、健康的な足に続く腰がちらりと覗いていて何とも色っぽい。

 ブーツがやや野暮ったいが、それでもしっかり似合っている。

 

 そしてその両の手には奇妙な得物が握られていた。

 

 一言で言えばでっかい黒扇子。

 それも骨が太く、黒い鉄扇のようである。

 

 しかし長さが一メートル近くある上、その軸の部分が横に突き出ていた。

 

 彼女はその突き出た軸の部分を握り締めているのである。

 

 トンファーのような……いや、大きい鉄扇に似たトンファーと言った方が良いだろう。

 

 それが彼女専用のアイテム、−宴の可盃−なのである。

 

 

 「え、えと……ク……」

 

 「ワタシ、古 菲等という美少女ではないアル!!

  マダム=揚ネ!!」

 

 

 さっきと違うだろ!? ヲイッ!! と内心ツッコミを入れつつ、木乃香を連れて古に近寄ってくる刹那。

 木乃香はやっぱりよく解っていないのか、ホケ〜っとしている。

 

 

 「老師が後で来てくれるから時間稼ぎネ。

  アイツらの手に乗てはいけないアルよ?」

 

 「え? あ、すまない……というか、老師?」

 

 「そうアルよ。

  もう直来てくれるから、刹那はコノカ連れてここから離れるアル」

 

 

 刹那の疑問も尤もであるが、今のそんな事を聞いている場合ではなかった。

 

 何せ真正面にはお嬢様然とした格好の少女がいるのであるが、彼女は正真正銘の刺客なのだから。

 

 刹那は“謎の中国人”と嘯く少女のお面の隙間から覗く頬が何となく赤く染まったよーな気がちょっとばっかり気になってはいたが、コクリと小さく頷いて木乃香の手を取った。

 

 

 「ウチとセンパイとの勝負の邪魔をしはるんですかー?」

 

 

 何だか自分の思惑と違った方向に進められ、尚且つ仲良さげに話しているからか、月詠の気配がどろりと濁った。

 

 全くもって見当違いの想いであるが、生死を賭けた勝負は月詠にとって大切なものなのだろう。

 

 

 その気配の変化に感受性の強い木乃香はビクリと怯えた。

 

 

 無論、謎の中国人こと古 菲は殺気闘気に敏感だ。刹那と同時にその気配の変化に気付く。

 古は仮面の下で片眉を跳ね、木乃香を庇う刹那の更に前に出て、

 

 

 「悪の言い分など聞かないアルね。

  この姫様が欲しければ、ワタシと勝負ネ!!」

 

 

 ビシィ!! と鉄扇トンファーを握った右手の指を差し、見得を切った。

 

 月詠の剣呑な気配のお陰で大人モードへの照れがすっ飛んだ……もとい、武闘心に火がついた事であるし、ここでコトを始めれば相手の鋭そうな動きの方を封じられるであろう。

 

 そんな彼女に対し、かな〜り予定と違う方向に持って行かれた事にやや不機嫌になっていたが、月詠はそれ以上慌てる事無く馬車から小刀を取り出して鯉口を切った。

 

 

 「……悪い子には……おしおきが必要ですわなぁ〜〜」

 

 

 鞘を後に吹き飛ばし、放たれた矢の如く双剣の使い手は古に斬りかかって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ちょっと遅すぎまへんか?」

 

 「確かにね……」

 

 

 やや眉を顰めつつ、窓から下を見下ろしてみてもそこは平穏な『日本橋』。シネマ村の正門近く掛かっている木造の橋だ。

 

 本当であれば、ターゲットをこの建物内に追い込んでもらい、そのまま掻っ攫う手はずだった。

 

 にもかかわらず、追い込むどころか下の橋の袂で人目を惹きつける決闘すらも始まっていない。

 

 となると……

 

 

 「月詠はん……失敗しはったか?」

 

 「……」

 

 

 眼鏡を指先で押し上げ、内心の焦りを誤魔化して現状を考えていた。

 

 放っている式神からは本山に動きはない事は解っている。

 月詠からの報告通り、ここに来ている西洋魔法使い関係者は木乃香お嬢様とひよっこ剣士くらい。あとはせいぜいお嬢様の同級生の小娘らくらいなものだろう。

 

 だったらそれで梃子摺る筈無い。

 いや、梃子摺るにしても、向こうだってお嬢様を逃がすくらいの事はするだろう。だったら何かしらのアクションが起こっていても……

 

 

 「……どうやら、計画が狂ってしまったようだよ」

 

 

 唐突に、外の様子をぼんやりと眺めていた少年がそう呟いた。

 

 

 「え?」と、その側に寄って行き、彼が眺めている方向に目を向けてみると——

 

 

 「んなっ!?」

 

 

 予定とかなり違い、日本橋よりずっと向こうの大通りで土煙を舞い上げる激しい活劇がおっ始まっていた。

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 「う〜〜……」

 

 

 何度となく打ち合いをしている間に刹那は木乃香を連れて既に逃亡を果たしている。

 

 当然、月読はこれを追おうとしていたのであるが、この厄介な“謎の中国人”とやらに行く手を阻まれていた。

 

 更には刹那の同級生達までもが邪魔をしようとしてきたのである。

 まぁ、そっちの方は自分の持つ無害な式神を放って相手をさせているから別にどうという事は無い。

 

 問題は、この“謎の中国人”とやらの方だった。

 

 

 「え〜いっ」

 

 「…シッ!!」

 

 

 左横薙ぎから巻き込み、上から落とす垂直斬り。

 

 しかしそれすらも横に弾かれ、パランスを崩しかけた所に足払いを掛けられてしまう。

 何とか体制を崩し切らずにすませられたが、もう少しで軸足を痛めるところだった。

 

 それでいて致命傷を避けてきているので、殺合メインの彼女からすればじれったくてしょうがない。

 

 斬撃を繰り返し、何合も打ち合って解った事であるが、この“謎の中国人”とやらはとてつもなく強い素人だった。

 

 何せ、打ち返しや斬り返しの間にわざと作る隙に対して単純に反応してしまうのだ。

 それでもフェイントにかかった彼女を迎撃しようとすると、これがまた見事な体術でもってかわされたりカウンターを入れられたりする。

 

 月詠ほどの剣の使い手から言えば隙だらけにも程がある戦い方であるが、肉体能力が存外に高く、おまけに氣をかなり鍛え上げているようで決定的な一撃は与えられないのだ。

 

 それに——

 

 

 「う〜……それ、反則やわー」

 

 「真剣使てる上、氣の剣技使てくるオマエに言われたくないアルよ!」

 

 

 うすらぼんやりとした口調ではあるが、斬撃は本物であり、その速度も風のよう。

 

 二刀連撃斬鉄閃(にとうれんげきざんてつせーん) 等とのんびりとかましてくるが、竜巻のような巻き込みの刃を喰らえばただではすまないだろう。正に“斬鉄”なのだから。

 

 しかし、こちらも只者……いや、只“物”ではないのだ。

 

 

 がぎぎん……っと鉄塊がぶつかり合うような重い音を立ててその斬撃の全てが受け止められてしまう。

 

 普通であればその剣技の“閃”は余波が出る。つまり、剣を剣で止めたとしても刃の衝撃はそのまま突き抜けてくるのだ。

 だから対応する剣者は氣でもって受けねばならない。

 

 しかし、何と相手はその全てを鉄扇トンファーで受け止めてしまうのだ。

 

 いや、相手が受け止めるのではなく、その鉄扇トンファーが……である。

 

 

 月詠から何度となく放たれる斬撃も、その全てが彼女の持つ“宴の可盃”に完全に受け止められてしまうのだ。

 

 実体である刃は兎も角、飛んでくる氣の刃は普通防ぐ事はできない。しかし、その魔具の能力の一つ<ハナミデイッパイ>はそれを防御し切ってしまうのである。

 

 実はその鉄扇は見かけより大きく広がる事ができ、扇状というよりは丸扇子ふうの形となって、盾として使う事ができるのだ。

 その時、チャイナ服の桜の花の柄が消え、開かれたその鉄扇にその模様が現れている。それが<ハナミデイッパイ>のモードであった。

 

 鉄扇なのに“盃”の名がついているかと思えば、可盃の名の通りに幾らでも相手の攻撃を受け止められてしまう恐るべき強度を持っているからであろうか。

 

 

 『う〜〜……普通でしたら盾の死角から攻め込めるんですけどー……』

 

 

 攻めあぐねている月詠の悩みも当然で、幾ら謎の中国人とやらの視界を覆い隠す方向から刃を向けてもその全てが見切られてしまう。

 更にこの相手、体術だけは一級なのでトンファーでのカウンターが返って来るのだ。

 

 氣の練りは月詠や刹那等から見ればまだまだ一般人の域を出ていないのに、その鉄扇トンファーの一撃は十二分に練られた氣が乗っている。

 これでは訳が分からなくて攻め方が見つからないのも当然だろう。

 

 

 

 しかし、実のところ古の方は余裕は無かった。

 

 

 

 何せ相手はプロである。

 

 見た目の年齢は自分と同じくらいであろうが、裏の仕事を請け負い、続けていた“本物”なのだ。

 

 本気の一撃を放とうにも、相手の間合いは思ったより深くて広い。

 迂闊に踏み込めばただではすまないだろう。

 

 いや、肉を切らせて骨を断つ……程度であれば古はやれる。骨を折ったり折らせたりするのなら、武術家である彼女から言えば然程の事でもないのだ。

 

 

 だが相手は裏の世界に生きる者であり、尚且つどこか壊れた人間だ。

 

 

 あの妙に間延びした口調からしても彼女の余裕からであり、死合をするという力みは微塵も無い。

 

 殺し合いを楽しむ余裕……いや、それだけを行っていると言っても過言ではないだろう。

 

 

 そしてこちらはそういったものとは無縁だった。

 

 試合や力試しであれば数え切れないほどこなしてきてはいるのだが、殺し合いは流石に無い。

 

 今まで月詠の攻撃に耐えられているのも、一重にこの魔具のお陰である。

 

 

 とは言っても、自分の経験の無さと力の差を嘆く暇は無いし、必要も無い。

 

 単に時間さえ稼げばよいのだから、自分のパートナーのように相手をおちょくってただひたすら防げばよいだけ。

 

 確かに勝ちたいという気持ちはある。悔しくもある。

 が、それに拘れば自分の友人である木乃香を守る事ができないのだ。

 

 

 『勝ち負けなんか拘る必要はねーぞ?

  木乃香ちゃんを守りてぇんだろ? だったら時間稼いであの娘逃がすだけでいいじゃん。

  勝負に勝っても木乃香ちゃん怪我させたら馬鹿だろ?』

 

 

 そう言われていたし。古自身もそれに納得している。

 

 ぶっちゃけ、木乃香さえ安全に逃げられさえすれば……

 

 

 『ワタシの“克ち”アル』

 

 

 なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 「せっちゃん、どこ行くん?」

 

 「すみません。今は……」

 

 

 変わってこちらは刹那と木乃香。

 

 お忍びの姫君然とした姿の木乃香を、文字通りお姫様抱っこして家々の隙間を駆けている。

 

 本当なら屋根の上を飛んで行きたいのであるが、それだと丸見えになってしまう。

 よって刹那は面倒なのだが路地裏を走り回っていた。

 

 

 しかし、それでも欠点はある。

 

 

 「あ、あの美剣士と姫様だ」

 

 「ん〜? こっちに流れてくるのかな?」

 

 「面白そう♪」

 

 

 『く……っ これでは逃げ切れない……』

 

 

 先程のやり取りが思った以上に目立ってしまっていたのか、あちこちで姿を見られては姿を消すことの繰り返し。

 

 群衆が騒げば人目が集り、引いては位置を敵に知らせてしまう。

 だったら施設から出れば良いのであるが、着替えをしなければ外は中以上に目立ってしまう。しかし恐らくは更衣所に“眼”が仕掛けられている事だろう。そんな所にノコノコ入っていけば一網打尽だ。

 

 しかし、先程謎の中国人……いや、古が老師とやらがやって来ると言っていた。

 

 それが何者かは知らないが、間違いなくこちら側の援軍だろう。

 古や楓が知るものならばそれなり以上に闘える筈だ。

 

 あまり期待してはいけないかもしれないが、藁にも縋りたい今となっては如何なる者でも来てほしいのが正直なところだった。

 

 

 「このち……お嬢様、今しばらくご辛抱を……」

 

 「う〜……またお嬢様って言う〜……」

 

 

 抱きかかえられたままぷくっと頬を膨らませる木乃香。

 

 そんな顔もまた、記憶に懐かしい以前のままだった。

 思わず刹那の口元に笑みが浮かびかかる。

 

 友達として側に居られたあの時の、自分に向けてくれている親しげなあの顔を今も持っていてくれている——

 

 

 『いけないいけないっ!』

 

 

 ぶんっと頭を振り、雑念を飛ばす。

 

 彼女の友達として側にいられずとも、木乃香を守る事はできる。

 

 自分にとってそっちの方が大事な筈だ。

 

 だから……

 

 

 唇を噛み、無理矢理自分を納得させて眼を伏せて速度を速めてゆく。

 

 そんな彼女の表情の変化に、木乃香の眼が寂しげな色を浮かべた事に気付けぬまま……

 

 

 遂に無言となった二人。

 

 それでも人目は完全に誤魔化せたのか、自分らに向けられる気配は完全に消えた。

 

 その事に安堵し、僅かながら気を緩めてしまったその瞬間。

 

 

 

 

 「……見つけたよ」

 

 

 

 

 駆け抜けた先。

 

 通りの角を抜けたと同時に、背後からそんな言葉を掛けられて刹那は怖気が立った。

 

 

 木乃香を右手に抱えたまま身を捻り、左裏拳を背後に立ってたであろう声の主に打ち込む。

 

 

 が、その声の主は拳の影が届くより先に刹那の後に回りこんでいた。

 

 ハッとして身構えたが一瞬遅い。

 反射的に木乃香を突き飛ばすように身から剥がすと——

 

 

 ドズッ!!

 

 

 木乃香がその手の先から引き毟られ、脇腹に何かが爆発した……という気がした。

 

 

 一体何が起こったのか、二人して直には気付けなかった。

 

 

 積まれてあった防水桶を弾き飛ばし、一般客の隙間を縫って弾き飛ばされてゆく物体。

 

 

 それが自分である事を、

 そして自分の友達が飛ばされたという事、鈍い音を立てて刹那が商家の蔵の壁に叩きつけられた時にやっと二人は理解できた。

 

 

 「が…っ!?」

 

 「せっちゃん!!!」

 

 

 漆喰の塀にめり込み、一瞬呼吸が停止する。

 その刹那の呻いた声によって木乃香もやっと思考が戻っていた。

 

 

 そして、自分が巨大な何かに抱え上げられているという事も……

 

 

 「なっ!? 放して、放してぇっ!!

  せっちゃん! せっちゃぁあんっ!!」

 

 

 慌てて叫ぶ木乃香。

 

 しかし彼女は助けを呼んでいるのではない。

 

 確実にアバラの数本はやられたであろう、刹那の身を按じて声を発しているのだ。

 

 

 そんな木乃香を視界の端に留めているのは……自分と同じくらいか歳下であろう少年。

 

 銀髪で表情が硬い、どこか作りものめいた不思議な雰囲気の少年だった。

 

 

 「ぐ…あ……」

 

 

 木乃香を庇う為にまともに受けてしまった打撃。

 

 氣を使った防御だけは出来ていた筈であったが意味を成していなかった。

 

 痛みより呼吸が乱れた事で視界が歪んでいる。

 

 しかしそれでも敵であろう少年の姿と、少年の式神であろうか木乃香を抱えている悪魔に似た巨体は目に入っている。

 

 

 周囲の一般客は、余りの非現実的な光景故に芝居の一環としか見えていないようだ。

 

 尤も、気付かれていたとしても何の助けにもならないのであるが。

 

 

 「……それじゃあお姫様はもらってゆくよ」

 

 

 壁にめり込んだ刹那には欠片も気にならないのか、そう呟いてそのまま立ち去ろうとする。

 

 

 「ま、待て……っっっっ!!!」

 

 

 しかし、こんな痛みで、この程度の痛みで木乃香を危機を見逃す刹那ではない。

 

 歯を噛み砕くほど力を込め、壁から身を剥がして得物の鯉口を切る。

 

 

 「……止めた方がいい。無駄だよ」

 

 「だ、黙れ!!」

 

 

 今の一撃で解かった。

 

 この少年は、自分よりはるかに強い——と。

 

 だからと言って諦める刹那では無いし、諦められる話ではない。

 

 

 目の前で大切な人が奪われそうになっているというのに、この程度の痛みで踏み止まる事等できるはずもない。

 

 

 身体に残る気力をそのまま剣に収束し、その一撃でもって屠る。

 

 ありったけの氣を込めれば倒せずとも撤退はさせられるはずだ。

 

 そう踏んでの事だった。

 

 

 少年は無表情ながら厄介な状況に舌を打っていた。

 

 というのも、刹那は魔法の秘匿等の事柄が頭から抜けているようなのだ。 

 

 いくら周囲にアトラクションの一部だと思われていようが、彼女が本気で打ち込んでくれば、自分への被害はなかろうが物理的被害は只では済まない。

 となると、色々と“厄介な眼”を引き寄せかねない。

 

 “今は”まだそれは拙かった。

 

 だから——

 

 

 「な……っ!?」

 

 「せ、せっちゃん……」

 

 

 余りの事に呆然とする刹那。

 

 そして、その恐怖に声が震えだす木乃香。

 

 

 「……打ち込んでみるかい?」

 

 

 少年は、木乃香を式神から受け取り、その細い首を掴んで片手でぶら下げ、盾にしているのである。

 

 

 「バ、馬鹿な……キサマの目的はお嬢様なのだろう!?

  盾になぞ……」

 

 

 する訳が無い——

 

 

 「それはそっちがそう勝手に思っている事だろう?

  少なくとも、僕はどっちでもいいんだ」

 

 

 だが少年は本当にどうでもいいのか、顔色一つ変えずそう嘯いて更に木乃香をぶら下げた右腕を前に伸ばす。

 

 斬ってみろと言わんばかりに。

 

 

 「く……っっっ」

 

 

 刹那は動けない。

 

 カタカタと鍔元を鳴らす事が限界だった。

 

 確かに自分の腕に自信は持っているし、彼女の剣の流派には弐の太刀筋という、対象のみを切り裂く技がある。

 だが、刹那には解かってしまっていた。

 

 それすらも利用され、木乃香を傷付けさせられてしまうであろう事を——

 

 

 「……せっちゃん」

 

 

 苦しげな木乃香の声を耳にし、刹那の唇の端から赤い糸の様に血が伝い落ちる。

 

 歯を食いしばりすぎたせいであろう。

 

 それほど悔しかったのだ。

 

 

 少年はその様子を見て、ふむ…と一人納得をする。

 この場は式神に任せて自分は転移術を使用、お姫様を連れてさっさと雇い主……千草の元へ向おうと考え行動を起こそうと↓正にその瞬間。

 

 

 

 さくっ

 

 

 

 「え……?」

 

 

 その式神の胸から光る刃が突き出たのを——見た。

 

 

 バジュッ!!

 

 「何っ!?」

 

 

 式神の突然の破裂。

 

 

 これには少年だけでは無く、刹那も驚いた。

 

 だが、隙あらば木乃香を奪回せんと氣を高め続けていた刹那の方が再起動は早かった。

 

 地を蹴り、アバラの痛みも忘れ、ほぼ捨て身で少年の懐に飛び込んでゆく。

 

 

 「……早い。でも……」

 

 

 その動きに合わせ、木乃香を掴んでいた手を離して刹那の顔面に拳を入れ……

 

 

 「女の子に手ぇ上げんなよ…… ク ソ 野 郎 が っ ! ! ! 」

 

 

 ドズムッ!!!

 

 「がっ!!??」

 

 

 ——ようとして、その右の頬に途轍もない一撃を入れられてしまった。

 

 刹那はそれに目もくれず、木乃香を抱き締めて距離をとる。

 

 

 「せっちゃん!!」

 

 「お嬢様……っ!! 良かった…ご無事で……」

 

 

 お互いの無事を確認し合い、やっと頬から緊張が抜けた。

 

 思わず涙すら浮かぶほど……

 

 

 しかし、一撃を喰らった少年の方は只では済んでいなかった。

 

 

 灯篭に激突して砕き破り、

 

 橋の硬い欄干を巻き込んでぶち壊し、

 

 堀の横に植えてある柳の木もへし折って更に吹っ飛んでゆく。

 

 

 そして更にその向こうにあった石垣に、

 

 

 ズゴォオオンッ!!

 

 

 という、ものすごい地響きを立てて叩きつけられてしまっていた。

 

 

 「く……な、何が……」

 

 

 砕け、そして崩れた石垣からゆらりと出てきた少年であったが、そのダメージは尋常ではない。

 

 というのも。

 

 

 『こ、これは……っ!?』

 

 

 全ての障壁が未だ存在しているというのにその打撃はそれらをすり抜けてダメージを与え、足元がふらつくほどの激痛を仮初めといえるその身体に与えられているのだ。

 

 流石にその脅威には驚きを隠せず、少年は自分が巻き起こしてしまった土煙の中を睨むように眼を向けた。

 

 

 ——それに合わせたかのように風が舞い、土煙を薙いでゆく。

 

 その土煙の中、一人の人物の姿が露わになってゆく。

 

 

 

 一人の青年がいたとしよう。

 

 その青年は珍事によって衣服をなくし、パートナーの少女を先行させて慌ててテキトーに服を掴んで着たとしよう。

 

 ぶっちゃけ、ちぐはぐにも程があるし、統一感もじぇんじぇん無いが、急を要するのだからしょうがないと割り切ってそれを着た青年だった。

 

 

 だが、仮装したのならなり切るのは作法。

 ムリヤリにでもキャラを作ってなり切るのは(悲しいかな)得意だった。

 

 

 

 あんぐりとしてその青年を見つめる刹那。

 

 何だか感心している木乃香。

 

 そんな二人の視線に痛みを感じつつ、それでも美少女の視線だからいいんだもーんとヤケクソでクールさ(本人主観)を貫いていた。

 

 

 「キミは一体……?」

 

 

 少年のいぶかしむ声に反応するように、その男はでっかい頭を上げ、少年の顔を睨み据える。

 

 

 彼が着ているのは赤い服。着物では無く、赤い“服”だ。

 

 それに黒い手甲と黒い脚絆。

 

 白いマントと黒い胴。その胴には炎の様な紋様が描かれている。

 

 

 しかし、そこまでならまだ良かった——

 

 

 背中から引き抜いた得物はしゃもじ。

 それもでっかい金色のしゃもじ。

 

 そしてマスクが大変だ。

 

 先日襲撃をしてきた眼鏡女(千草)はここでバイトでもしていたのだろうか、みょーにデフォルメされているライオンのマスクがつけられていた。

 

 何せ鬣がドーナツみたいにぷにぷにしていて欠片ほどの迫力も無いのだ。

 

 額に三日月傷、そのぷにっとした口に竹輪が咥えられているのは何のつもりだろうか?

 

 それだけでも相当ナニであるというのに、何と手綱を咥えている乗り物が頂けない。

 

 そりゃあ確かに大きいだろうし、人が乗れるサイズだというのも解る。

 

 だが、その頭に突き出ている大きな角。そしてその体躯の大きさに反比例するつぶらな瞳が何ともミスマッチ。

 

 ——そう鹿だ。

 それもナダレとか呼んでしまいそうなほどの大きな白い鹿なのだ。

 

 にしても手綱を噛ませて鞍をつけた鹿というのは何なのだと問いたい。

 

 

 兎も角、その珍妙な姿をした男は、

 ヤケクソだがノリノリで、引き抜いた金しゃもじを右手に構えてゆったりと前に突き出しつつこう言った。

 

 

 

 「ポン・○・ラ○オン丸……見・参!!」

 

 

 

 冷たい風が対峙する二人の間を吹きぬけた後、周囲は様々な反応を見せる。

 

 

 観客は珍妙なヒーロー(?)の登場に沸き、少年はあまりの超展開に凍りつき、

 

 刹那は呆気にとられ、

 

 

 木乃香は……

 

 

 

 「……今の……『母』『拳』って何やろ……?」

 

 

 

 少年が殴られる直前、

 その間近にいた木乃香は確かにそんな文字が輝いていたのを目にし、その意味を考えあぐねていた。

 

 

 

 

 




 ポ○・デ・ラ○オンも大好きです♪
 時計も、ぬいぐるみも持ってます。





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中編 -参-

 

 

 『く……っ』

 

 

 表面上は全くそうだとは見えていないのだが、内心の焦りは相当なものだった。

 

 自身の体術レベルの高さは自覚しているし、相手の技量もその体捌きから凡その事が理解できる。

 

 相手は素人の域を出ていない——というより、ズブの素人と言っていい。

 それが彼が出した答だった。

 

 何せ身体の動かし方一つ一つに無駄が多い……

 いや、無駄な動きが無駄(、、、、、、、、)に多過ぎる(、、、、、)とでも称すれば良いだろうか?

 

 その体重移動の一つをとって見てもど素人。学生運動部のそれより低いと言い切れる。

 単に勢いや体力に任せて飛んだり跳ねたりして回避するだけ。ただそれだけなのだ。

 

 

 だというのに……

 

 

 「何故、当たらない?」

 

 

 ただの一発も攻撃が当たらない。掠りもしないのである。

 

 最小最速の動きで拳を出し、身体の中央部を貫く勢いで繰り出すのだが、

 

 

 「ひょえっ!!」

 

 

 という間抜けな声を上げて身を捩ってかわされる。

 

 縮地でもって背後に回り、バックブロー気味な裏拳で追撃するが、

 

 

 「うっひょうっ!?」

 

 

 と、又も奇声を上げつつ身を屈めて回避する。

 

 相手は被りものをしており、その懐の隙は無自覚なほどに大きくなっている筈。

 

 よって完全回避は不可能な筈なのだが、どういうわけかそのでっかい頭が本当に己の頭部であるかのように手で抱えてしゃがみ、見事に掠らせもしない。

 

 無言無表情ではあるが感情の流れがゼロと言うわけではないのか、ピキリと血管を浮かべてそのしゃがんだ怪人物に対し全力の蹴りを放つ。

 

 

 ——そう、全力だ。

 

 

 当たれば身体が上下真っ二つに分かれてもおかしくないほど。

 

 が、

 

 

 「ぎょへーっ!?」

 

 

 結果は同じ。

 

 地面を両の手で叩き、その勢いで思い切り横に飛んでかわしていた。

 四肢を伸ばした這いつくばった格好で横っ飛びする様はまるで蜘蛛の様。怪人さに拍車が掛かる。

 

 

 その怪人物に対して放たれた蹴りの余波は凄まじく、彼が寸前までいた辺りの地面が裂け、その脚風はカマイタチのように飛び続けて更に前方の木を切断して尚も飛ぶ。

 にもかかわらず、件の怪人物はその余波すら避け切っているではないか。

 

 腕が霞むほどの速度で拳を食らわせても、のらりくらりとかわしにかわされ空しか掴めず、何故か見切られ続ける。

 

 それは恰も蜃気楼と闘っているかのように。 

 

 

 「……屈辱だよ。

  僕の常識と能力を全否定されているみたいだ……」

 

 

 何やら本気で殺意を覚えてしまいそうになった彼であるが、それでも人目を気にして体術のみで怪人物を追い詰める事に集中していた。

 

 

 ——すっかり場の空気を自分のペースに巻き込んでいる男。

 

 赤い服と黒い防具、首から上はドーナツのような鬣の何か愛嬌があり過ぎるライオンのその怪人物が竹輪を咥えて少年と戦い続けている。

 更にお約束を守っての事なのだろうか、そのユーモラスなライオンのかぶり物の目は涙目になっていた。

 

 

 一体、どんな世界だと問いたい。

 

 

 それでも(闘っている少年以外は)今一つ憎めないそのライオン剣士の雰囲気がウケているのか、何だかカワイイ目をした白鹿までが応援している(と思われる)ので、周囲から飛んでくる歓声も大きい。

 

 ひょっとすると新たなるマスコットキャラと思われているのかもしれない。

 

 角の生えた童子という謎キャラだっているし、髷をつけた猫や、兜被った猫だっているのだ。ドーナツ鬣のライオン剣士がいてもそうおかしくないだろう。多分。

 

 

 その姿、称するなら“懐傑 ○ン・デ・ラ○オン丸”。(注:“快”傑ではない)

 

 

 それがシリアスな空気をぶっ壊してくださった珍入者の名前であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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              ■十時間目:独立愚連隊ニシへ (中) −参−

 

 

 

 

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 謎のライオン剣士こと、横島忠夫とてその闘い方は以前のままではない。

 

 活躍の覚えは全然無いのだが、それでも“していた”という記憶は残っているのだ。

 

 元々GSの仕事についた理由は人様に自慢できるものではなかったし、無様だの見苦しいだのと“元”雇い主に罵られまくっていた彼であったが、それでも如何なる状況からも生還し続けている。

 

 

 蝶のよーに舞い! ゴキブリのよーに逃げ……ると見せ掛けて蜂のように刺し! そしてゴキブリのよーに逃げる!!

 

 

 これが十代の頃の彼の基本戦闘スタイルだった。

 

 だがしかし、記憶はなくとも彼も十年間もGS家業を続けてきたプロである。

 

 成長していなければ嘘だろう。

 

 

 すなわち——

 

 

 「ハエのように舞い!」

 

 

 少年が『捉えた』と確信して繰り出す拳も、ハエタタキの一閃からするりと逃げ出し、悔しがる主婦をあざ笑うハエの如くかわし、

 

 

 「風のように撤退し!」

 

 

 何とゆーか……何も逃げ足だけを妙に清々しくせずともよいものを、本当に風の如く様々な障害を駆け抜けてゆく。

 

 

 「く……」

 

 

 “哀れにも”そんなノリに引き摺られ、少年はウッカリと後を追ってしまう。

 

 横島のマントの端がギリギリ見え、商人通りの角を左に曲がったのを確認した少年はそのまま急加速してその角を曲がり、

 

 

 「スズメバチのよーに刺ーすっ!!」

 

 スパカーン!!

 

 

 何故か背後から金砂地……もとい、金しゃもじの一撃を喰らった。

 ちゃんと左に曲がったのを目にしたとゆーのに、一体どんなイリュージョンなのだろうか。

 

 

 「そしてドブネズミのよーに逃げーるっ!!」

 

 

 少年が頭を抱えた隙に又も遁走を開始。

 商家の隙間隙間を正しくドブネズミのようにチョロチョロと走り抜けていった。

 

 ……ぶっちゃけ、害虫(獣)レベルが上がっているだけと言う説もあったりなかったり……

 

 

 「……」

 

 

 こちらの攻撃は掠りもしないのに、隙を狙う等の事をまったく考慮せず、何の前触れも無く出される向こうの攻撃はこちらの障壁を無視してダメージだけ突き抜けてくる。

 理解不能な現象が続き、流石の彼もいやな汗が浮かんでいた。

 

 

 『彼の存在は厄介過ぎる……

  今後の為にも今の内に処理しておこう……』

 

 

 取って付けたよーな理由に聞こえなくもないが、“現状の”彼なりに本気でかかる事に決めたようだ。

 

 今までには余り感じられなかった剣呑な空気を漂わせ、

 

 

 ドン……ッ!!

 

 

 と地面を陥没させつつ地を蹴った。

 

 隙間を塞ぐ障害物などを完全に無視して吹き飛ばしながら、その怪人横島の背を追う。

 

 

 しかし逃げる者は横島忠夫。韋駄天の拠り代になった事もある人外の逃げ足を持つ男だ。

 

 

 如何に少年が直線で加速しようと、何の前触れも無く方向転換しては加速を繰り返して中々追いつけない。

 

 そして時折、チラリと振り返っては鼻先で笑うのだ(そう確信できる雰囲気を放っている)。

 その証拠に、ある程度以上の距離が空けば、『おしーりフーリフーリ もんがもんがー♪』とか、腰を振っておもっきり馬鹿にした踊りをぶちかましてくれるではないか。

 

 

 少年の頭にバッテンが見え、握られた拳に力が篭る。

 

 どーやら本気と書いてマジと読むくらい怒っていらっしゃられるご様子。

 

 仕事の件はどうなった? という話もあるが、どういう訳だかこの少年は横島をひっ捕えてそれなりのお仕置きをする事に集中しきっていた。

 

 

 ………まぁ、冷静な魔族すらペースを崩せるのが横島の真骨頂。

 現に天界での有名指名手配犯も、冷静さを保てず敗退しているのだ。それに乗ってしまったとて彼を責められまい。

 

 既に木乃香達から突拍子もない距離を空けられていたとしても——だ。

 

 

 “相手が悪かった”のだから。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 先程とは逆に、刹那は息を乱して木乃香と共に駆けていた。

 

 幾ら“珍”入者がいたとは言え、闘いをおっぽりだして遁走するというのは彼女の流派の教えに反する行為である。

 

 だが、あの珍妙な怪(懐?)剣士が何者かは不明であったが、銀髪の少年と戦いを始める直前、

 

 

 『刹那ちゃんは木乃香ちゃん連れて逃げるんだ。

  その娘を守りたいんだろ? ほら、早く!!』

 

 

 と自分らに小さな声をかけてくれていた。

 その言葉が彼女の背中を押したのである。

 

 だから彼女は半ば弾かれるようにそれに従い、あの少年の相手を任せて逃げていたのだ。

 

 

 「な、なぁ……せっちゃん、大丈夫なん?」

 

 「……平気です」

 

 

 そう気遣ってくれる木乃香の思いやりが心に痛い。

 

 気力が尽きていないのでもう闘えないという訳ではないが、流石に本調子とはいかない。

 

 それよりもあのふざけたライオン剣士の介入が無ければ木乃香を攫われてしまったであろう事の方が辛い。

 

 

 自分は又も無力だった。

 

 

 あの時、敵の接近に気付けずに不覚を取り、かなり重い一撃を喰らってしまった。

 

 いや、攻撃を喰らう事は別にどうだっていい。自分は剣士なのだからダメージを恐れては何もできはしないのだから。

 

 そんな事よりも、木乃香に危害が及びかかった事、そしてその木乃香自身を人質に取られた事。その事がヒビが入っているであろうアバラより、心の方に強く鈍い痛みを与え続けているのだ。 

 

 

 ズキズキと、ジクジクと、心の奥の方から湧いて出る鈍く深い痛み——

 

 

 ずっと鍛え続けていた筈なのに、

 

 “もう二度と”あんな想いをしたくなかったのに、またも指先を届かせるための距離は一歩も二歩も足らなかった。

 その事がずっと刹那をなじり続けている。

 

 

 しかしその力不足をこれ以上恥じ入る暇もないのだ。

 

 

 考えてみればここは敵陣地のど真ん中といえる京都。

 そこにいて気を抜いて良い事などあろうものか。

 

 あの面白ライオン剣士が何者かは知らないが、彼が現れねば自分は手を拱くだけで、木乃香をよりによって自分の目の前でまんまと連れ攫われてしまったかもしれないのである。

 

 

 『くそ……私は……私は……っっ』

 

 

 ギリリ…と唇を噛み締め、先程切った口内を再度傷つける。

 

 舌の上に広がって行く鉄錆の味が余計に苦く感じられ、刹那は走りながら瞼を強く閉じ、涙が滲んでくるのを何とか誤魔化していた。

 

 

 「せっちゃん……」

 

 

 そんな彼女を心底心配する木乃香の想いも気付けぬまま——

 

 

 

 

 

 『あ、兄貴。見つけたぜ』

 

 「ホントだ。刹那さーん」

 

 

 「え?」

 

 

 そんな刹那は唐突に良く知っている人物の声をかけられ虚を突かれて驚き、慌てて声がした方に顔を向けた。

 

 すると、そこには……

 

 

 「大丈夫ですか? 刹那さん!!」

 

 「え……ネギ先生!? どうやってここに!?」

 

 

 何とネギがカモを引き連れてここにやって来ていたのである。

 

 

 ——ただし、体長20cm程で……

 

 

 刹那がシネマ村内で必死に逃げ始めた頃、式神とのラインは切れてしまっていた。

 

 その為、ちびせつなの存在を維持できなくなっており、戦いを終えたネギ達の目の前でちびせつなは紙へと戻ってしまったのだ。

 

 当然のように刹那の無事を心配したネギは、ちびせつなに使用していた式符を再利用し、氣の跡を辿って来たと言う事らしい。

 

 

 『は、初めての魔法体系なのにもうここまで使えるんですか……?』 

 

 

 この地に来て初めて触れる術であったのに、ネギは式返しに近い事を行って分け身を作って刹那の元に向わせているのだ。

 

 その技量には感心する前に呆れが出てしまう。

 

 

 「え〜? 何々? ネギ君来とるん?」

 

 「え? あ、いや、その……」

 

 

 ここまできて魔法の秘匿もあったもんじゃない気もしないでもないが、それでも木乃香に対して培ってしまっている反応で、ついウッカリとカモとネギを懐にしまってしまう。

 

 

 「わっ、ぷ……」

 

 『おほっ♪』

 

 

 何だかカモがイイ感じな声を出したのが気にはなったが、それは後で絞れば良いだけの話。オコジョ汁なんぞ飲む気はしないけど。

 

 

 『ひぃ——っ!』

 

 

 虫が知らせたのだろうカモの悲鳴は兎も角だ。

 

 

 しかし、ここにきて裏を知る人員が増えた事だけは重畳だった。

 

 確かに“このネギ”は彼が見様見真似で作った簡易式であるので自身の術は使えないだろう。

 しかし、魔法は使えずとも逃げる事だけはできるはず。

 

 それさえできればまだマシだ。

 

 

 「あ、お嬢様。あんなところに“もすまん”が」

 

 「え?! どこどこ!?」

 

 

 ものごっつ不自然に空を指差す刹那であったが、純粋な木乃香はアッサリそれを信じて空を見る。

 

 その隙に懐にしまったちびネギを取り出し(カモは叩きつけて踏みつけた)、

 

 

 「キャー・ヤ!」

 

 

 印を切って呪を唱えた。

 

 すると、

 

 

 ボンッ!!

 

 

 「わぁっ 大きくなった!!

  ……って、何で忍者の衣装を?!」

 

 

 一瞬でお人形サイズだったちびネギは、等身大ネギへと変わり、ついでに白い忍者装束を身に纏っていた。

 

 

 「ひゃあっ!? ネギ君いつの間に来たん!?」

 

 

 物音に気付いて空から振り返れば直側に変装したネギの姿。

 そりゃあ木乃香でなくとも驚くだろう。

 

 

 「え? ええ〜〜と……その、ニンポーで……」

 

 「そーなん!? ふわぁ……ネギ君スゴイなぁー」

 

 

 誤魔化し方も誤魔化し方だが、信じる方も信じる方だ。

 

 素直と言って良いやら、単純と言えばよいやら……刹那は後頭部にでっかい汗をかいてしまう。

 

 だが、何時までもここにボ〜っと立っている訳にはいかない。

 

 何せ今は二ヶ所で戦いが起こっているのだから。

 

 

 「すみません、ネギ先生!

  お嬢様を頼みます!!」

 

 「え?」

 

 

 唐突にお願いされてもネギは訳がわからない。

 

 状況を聞きにきたというのに、イキナリ木乃香を任せられたらそりゃあ『え? え?』等とわたわたするだけであろう。

 

 仕方なく刹那はそのネギの耳元に顔を寄せ、

 

 

 『敵の襲撃を受けました。

  一人はこの間の女剣士で、今は古が足止めをしてくれています。

  そしてもう一人は……恐らくあの晩、水術を使って二人を逃がした術者だと思われます』

 

 「え……?」

 

 

 と、小声で状況を簡単に伝えた。

 

 流石にネギ(分け身)も面食らったが、自分だってあのコタローとかいう少年の襲撃を受けているのだからそう不思議ではない。

 直に表情を戻して再確認をする。

 

 

 『クーフェさんが闘ってるって……大丈夫なんですか?!

  それにその術者は……』

 

 『人目が多いのと、古自身が一般人ながら相当な使い手なので早々簡単にはやられたりはしないと思います。

  アーティファクトと思われるものを持っていましたし……』

 

 その言葉に又も驚くネギ。

 流石に自分のクラスに、明日菜と茶々丸以外の従者がいるとは思いも付かなかったのだろう。まぁ、ホントはもうちょっといるのだが……

 

 それでもその件については保留とし、もう一人の術者について問いただす。

 

 

 『そ、それで、水系の魔法を使う術者は……』

 

 『そちらの方は……

  恐らくではありますが、古の師に当たると思われる人物が対応してくれています』

 

 『は……? クーフェさんの……師匠ですか?』

 

 

 はぁ……と自信なさげに頷いてみせる刹那。

 

 余りに珍妙な格好で登場した為、今一つ信用しきれていないのだろう。

 それに、何とゆーか……あの晩に現れた変態と同じ雰囲気を持っていたよーな気がしないでもなかったのだ。

 

 しかし、

 

 

 ——まさかな……仮にも古の師匠に当たる人物があんな変態では……

 

 

 それに木乃香と自分らを傷つけている少年に激怒して力を発したのだ。

 “あんな変態”と一緒にしたら失礼だろう。

 

 と、刹那はそう自分を諌めていた。

 

 

 無論、彼女の“女の勘”は何一つ間違っていなかったりするのだが……

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 「むぅ〜……しつこい人は嫌われますえー?」

 

 「ヒトの事言えないアルよ?」

 

 

 強力な防具があるとは言え、攻撃の鋭さは向こうが上だった。

 

 それは古の強がりからも理解できる。

 表情には出していないが、結構彼女の身体が軋んでいるのだ。

 

 実のところ古は見た目は兎も角、実際にはかなりいいのをもらっている。

 

 彼女が着用しているチャイナ服が魔具の一部らしく見た目以上にとんでもなく丈夫で、そのお陰か、ぱっと見がそう大した被害が無いように見えているだけなのだ。

 

 

 「え〜いっ」

 

 

 相変わらず緊張感の“き”の字もない声であるが、剣波の鋭さは本物。

 

 

 「……シッ…!!」

 

 

 左右の偏差を殆ど感じられない二刀の攻撃に合わせて得物を打ち当ててその刃の威力を逃がすのか、背後に飛んでかわすのが精一杯。

 

 古自身も様々な武術を無節操に習ってその身を鍛え上げていて動きに無駄は全くない。

 だが、相手は更に無駄が少ない上、振りの速度と伝わってくる衝撃が尋常ではないのだから嫌になる。

 

 

 「とーっ」

 

 

 矢よりも早い突きが来るのを鉄扇で外側に弾く。

 そのまま踏み込んで肘を入れるところだが、弾かれた勢いを全く殺さず、そのまま身体を旋回させて小太刀が迫る。

 

 無論、古とてそんなものを黙って喰らってやるつもりはなく、その動きに合わせて月詠の背後に回り、肩甲骨の上から浸透剄を叩き込もうとする。

 

 が、月詠も然る者。そのまま前転し、その勢いでもって踵を跳ね上げて古の顎を狙ってきた。

 

 一瞬の躊躇もなく古は身体を反らせつつ背後に飛んだが、その僅か一瞬後に空間を刃が薙いだ。

 何と月詠、空中で身を捩って横薙ぎに古の脚を狙ってきたのである。

 

 

 その攻撃の隙の無さに嫌な汗を感じた古であったが、当の月詠はというと、

 

 

 「あう〜……」

 

 ごろごろごろ……ごんっ!

 

 

 その無理な体勢からの攻撃がたたったのか、思いっきり転がって壁に激突していた。

 

 『あ痛たた……』と涙目で頭を抑える月詠のリアクションに周囲の見物人からも笑いが漏れたが、古にはそんな余裕は無い。

 

 というのも、今の行動によって間合いを思い切り空けられてしまったからだ。

 

 更にかなり物騒な剣劇であったにもかかわらず、今のコミカルな動きでそれすらも誤魔化されてしまっているではないか。

 

 

 一連の行動が狙ったものかどうかは知らないが、無意識にできてしまっているのならそれは更に脅威である。

 それは彼女が“そこまで”できてしまうほど、闘いの日々にいるという事なのだから。

 

 

 それに——

 

 

 『今までの攻撃の全ては命を刈り取りにきたモノでないアルね……』

 

 

 筋や腱を狙ってきたもの。

 つまり、無力化を狙ったものである。

 

 ここまで時間を稼ぐ事以上の足掻きを出せないというのに、向こうには手加減をする余裕があるという事なのだ。

 

 

 それもまた、アマチュアとプロの差を再認識させられる一つだった。

 

 

 「あ〜っ やっと来てくれはりましたかぁー♪」

 

 「え……あっ!?」

 

 

 ややむくれたような顔をしていた月詠であったが、唐突に笑顔になって古の背後に意識を向ける。

 

 迂闊にもそれに釣られて振り返ってしまった古であったが、幸い月詠のセリフは引っ掛け等ではなく本当に彼女の“獲物”がやって来ていたのだ。

 

 

 「せ、刹那?! コノカは……」

 

 

 それでも隙無く地を蹴って後に飛び、駆けて来た刹那の横に着地する。

 

 言うまでも無く月詠の追撃を警戒しての行動であったが、当の彼女は剣を握った手をだらりと下げ、二人のやり取りを見守るかのように動いていない。

 

 

 その余裕に古もお面の下で眉を顰めていたが、それは刹那も同様だった。

 

 自分が古を心配して戻ってくる事が解っていたようだったからだ。

 

 そんな憤りを溜め息のように長く息を吐いて無理に鎮めさせ、それでも月詠から眼を離さず、今まで時間を稼いでくれた友人に簡単に次第を伝える。

 

 

 「お嬢様は無事だ。

  古が言っていた“老師”と思われる人物が助けてくれたからな……」

 

 「老師が!?」

 

 

 実力の差、世界の差を思い知らされてやや沈んでいた古であったが、彼の事を耳にするとそれだけで気が上向きになった。

 

 

 「あ、ああ……かぶりものをしていたのでハッキリとは断言できないが……

  何と言うか……強いのか弱いのか評価が凄まじく難しい人だった……」

 

 「あはは……やぱりそー思うアルか」

 

 

 散々な評価であるが、それを聞いた古は笑顔を深められている。

 

 彼女が老師と呼んでいる青年は、言うなれば『素人を突き抜けた素人』だ。

 

 素人が素人のまま強く成長し、人外と言っても良いほど突拍子も無いレベルにまで高められている。

 

 

 彼の登場を聞き、彼女は“その事”を思い出して余裕を取り戻したのだ。

 

 

 現金と言われればそれまでであるが、彼という存在は古にとって目標の方向の一つである。

 

 何せ彼は自分や楓のように幼い頃から鍛練を積んで来た訳でもないのに、自分ら培った武術の全てを叩き込んでもスルリスルリとかわし続け、ハリセンの一撃で返礼してくれる別方向に発展している達人なのだ。

 

 

 プロとは完全に別のベクトルでも、突き詰めれば達人となる。

 

 彼と言う存在はそれの生きた見本なのだ。

 

 

 ——自分には自分の行くべき道、行ける道があると言う事を思い出せたのである。

 

 

 「なら大丈夫アルね。

  老師は私と楓が本気になて二人がかりで攻撃しても掠らせもできないヨ」

 

 

 たったそれだけの事で完全に気を取り戻した古は、お面の下でニッコリと微笑んでそう言った。

 

 逆に刹那の方が、そんなトンデモ話を聞いて動揺していたくらいである。

 

 

 「へぇ〜……そんな方がいらっしゃるんですかー……

  ちょっと会うてみたいですわー」

 

 

 そんな会話だから反応したのだろう、月詠が興味深そうにそう呟いた。

 

 瞬間、みぢっという鈍い音が古の額から響く。

 戦闘狂には付き合いきれない…といった風な刹那は兎も角、何だか古の方がその言葉に敏感に反応していたりする。

 

 

 「まぁ、会ても無駄アルよ。

  お前なんか何が何だか解らない内にひくり返されてくすぐられて悶絶して果てるアル」

 

 

 老師だたらそーするネ。と、ビミョーに理解してるんだか誤解してるんだか判定し辛い言葉を、確信と自信を持って答える古。

 彼が聞いたら『何故解った!?』か『人聞きの悪いっ!!』のどちらかだろう。どちらを答えるか興味深いが。

 

 しかし、何気なくそう答えた古であるが、お面の隙間から覗いている額には血管が浮かんでたりする。

 

 

 「ははぁ……ますます会いとうなってきましたわぁ〜……

  ウチ、強いお人が好みなんどすえ———♪」

 

 

 強い者と会い、闘いたいという気は解らぬでも無いし、古や楓だってそうである。

 

 が、この目の前の女は『闘い』というよりは、“死合”したいというタイプの壊れた人間だ。

 こんな輩と彼を合わせてはいけない。それに何だか美少女だし。

 

 

 いや、それより何より……恋する乙女のような顔をして強者への想いを高めている顔は……何だか気に喰わない。

 

 つーか、どの口借りて好みだとヌカすかあのアマは。

 

 

 「……刹那。

  とっととアレを始ま…もとい、片付けて老師と合流するアルよ……」

 

 「……え? あ、ああ、そう……だな」

 

 

 お面を被ったままなのでハッキリとは言えないが、古の眼が据わっているよーな気がしないでもない。

 

 始末と言いかけたよーな気がしないでもないし、片付けるという表現も古にしては激し過ぎる。

 

 

 確かにさっきまでのどこか悩みを含んでいた雰囲気は頂けなかった。

 それが払拭されたのは喜ばしいが、みょーに黒くなってしまったのは如何なものか?

 

 尤も、逆に月詠の方はその変貌が嬉しそうであったが。

 

 

 少しづつ状況が打開されてゆくとゆーのに、何だか気疲れは増して行く。

 

 アバラの痛みも相俟って、疲労がピークを迎えつつあった。

 

 

 それでも、

 

 

 「……ま、まぁいい。確かにあいつをさっさと片付けるに越した事は無いからな」

 

 

 確かにこの障害を突破すれば光明はある。

 

 だから気持ちを切り替えて愛刀“夕凪”の剣先を月詠に向ける事ができた。

 

 

 尤も、余裕が無いという事は本気でかかるという事で、その剣と瞳に真剣の意が篭るという事。

 

 それは月詠から言えば願ったり叶ったりという事で……

 

 

 「あはは……本気で殺り合えるんどすなー……楽しそうやわあ——」

 

 

 だからこそ月詠は涼風のような笑顔を浮かべ、歪んだ悦びを満面に表していた。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 「……やっと追い詰めたよ」

 

 

 シネマ村の西門。

 

 見た目は武家屋敷の門前のようであるが、実際には西出入りゲートである。

 

 ただ、その門は蟄居閉門を表すように十字に竹が組まれて封印されていた。

 

 それは西の刺客らの仕業であるか、単に施設の管理上で封鎖しているだけかは知らないが、確かにポ○・デ・ライ○ン丸は追い詰められた形となっている。

 

 

 後頭部をしばき、

 

 金ダライを落し、

 

 水溶きマスタードを浴びせ、

 

 いつの間に掘られたのか落とし穴(油入り)に落とし、

 

 適度に中身を抜いた一斗缶をぶつけ、

 

 大八車の轢殺アタックで跳ね飛ばし、

 

 

 考えられる限りのセコ過ぎ&イタイ方法でおちょくりまわって走り回っていた彼であったが、遂にこの場に追い詰められたのだった。

 

 少年も感慨深かった事であろう。内容が余りにナニであるが。

 

 

 「……君が何者か知らないけど、そろそろこのくだらない鬼ごっこを終わらせてもらうよ」

 

 

 この場所のつくりは、城の入り口を模しているので左右には壁があって、逃げ場が無い。

 障害物を駆使して遮蔽防御を続けてきた彼もここではその力を振るい切れまい。

 

 更にこの場には人目が少ないのだ。

 

 だから少年もかなり思い切った方法を取る事ができる。

 

 

 左手を口元に添えて呪を紡ぎつつ、右手を広げてゆっくりと進んで行く。

 

 それは呪を唱えつつも如何なる行動をとろうと迎撃をできるようにしているのだろう。

 

 

 流石の面白仮面も手の打ち様が無い。

 

 何かに安堵したような目をして(いる気がする)、どこかを見つめていた。

 

 

 「……ん?」

 

 

 しかし少年はハタと気付く。

 

 

 自分が迫りつつあるというのに、その態度。

 

 いや、例え自分が倒されても何かしらの手段が用意されている余裕すら感じられるではないか。

 

 

 そしてその視線が向いているであろう方角は——

 

 

 「……表門?」

 

 

 正面入場口がある方向だった。

 

 

 「うん。時間稼ぎも飽きたし、そろそろ終わりにするかな」

 

 「く……っ!?」

 

 

 くるりとこちらを向いたエセ○イオン丸。肩を竦ませる仕種までして何だか物凄く余裕を見せている。

 

 という事はやはり、ターゲットらから自分を引き離し、彼女らを正面ゲートから逃走させた可能性が高い。

 

 考えてみれば使い魔らしきあの大鹿が側にいないではないか。

 

 これは使い魔は別の場所に先に移動している事を示しているのでは?

 

 

 となると……

 

 

 「君を侮り過ぎたようだね……」

 

 

 万事か万事。あの人を小ばかにしたような衣装すら侮らせる策の一つ——

 

 

 その底知れに恐ろしさに彼は怖気が立ったが、それでもこのままやられっぱなしでいるわけには行かない。

 

 何より、

 

 

 「だけど直に片付けて追えば十分まだ間に合う」

 

 

 ……のだから。

 

 そう思い直し、今度こそはと無詠唱手前と言ってもよいだろう速度で呪文を唱え、事を終わらせようとする。

 

 

 「そんな夢が叶うといいな」

 

 

 しかし相手が悪い。

 

 底知れない底の底が抜けている人間なのだ。

 

 勝手に言葉に引っかかって深読みをした時点で向こうの負けなのだから。

 

 それを確信してニヤリと笑った(気がする)エセライ○ン丸は、両手を左右に突き出した。

 

 

 「!」

 

 

 あっと思った瞬には、その手先から何かが放たれている。

 

 無論、障壁はあるが先程から続く攻撃はその障壁をあっさりと突き抜けてきていた。

 

 かといって回避すれば絶大な隙が生まれるし、その回避した間を縫ってこの場を突破されかねない。

 今さっきまでそれらを行われていたのだ。向こうだってそれを期待しているに違いない。

 

 となると、そのまま受けるのが得策だと考え、肉を切らせて…の策をとった。

 

 “自分の身”を知るからこそとれる手段であるが……

 

 

 

 この場合、その方法は間違いだ。

 

 

 

 パァアンッ!!

 

 「!?」

 

 

 修学旅行中二度目の使用、サイキックソーサー猫だましである。

 

 以前、彼が述べていたように、投げ付けた二つのサイキックソーサーを打ち合わせるという離れ技であるが、もともとの命中率が低いので失敗すれば単に相手に大怪我を負わせるだけになってしまうというリスクの高い大技だった。

 しかし横島は相手がただの人間ではない事をとっくに感知しているので、失敗しても気にならないから大丈夫だ。それに相手は美形だし。

 

 その技は単なる閃光手榴弾等とは違い、その閃光と衝撃は霊的な波動だ。

 

 普段ならもっと油断無く行動できたであろう少年であったが、恐るべき事に彼は今までのくだらないトラップに“慣れさせられて”おり、そのしょーもない妨害の一環だと勘違いさせられてしまったのである。

 だから彼は、突然の霊的攻撃をまともに受けてしまったのだ。

 

 

 『視界が戻らない!? 魔法の閃光!?』

 

 

 ほんの僅かな躊躇——隙。

 闘いの場でのコンマ数秒は永遠に近い空白の時だ。

 

 

 「ハズレ。ちょーのーりょくだ」

 

 

 その少年の驚愕は如何なものか。

 

 ○ン・デ・ライ○ン丸からしてもみれば何でもないセリフ。

 単にそー考えているだろうと思っての“何時もの戯言”であるが、毎度毎度その読みは無駄に良いトコを突く。

 少年からしてみれば心を読まれたのかと動揺してしまうのに十分な程。

 

 更に彼は“真後ろ”からそんな声をかけられたのだから、冷静な分析等できよう筈も無い。

 

 

 「く……っ!!」

 

 

 振り返るより先に、勘でもって裏拳を背後に叩き込む。

 

 しかし拳先に何も伝わらない。空を切った。

 

 だが、避けられるのは想定済み。

 放った勢いを殺す事無く、後回し蹴りを放ちながら振り返る。

 

 当然背後に彼は——

 

 

 「いない!?」

 

 

 

 「らいおん、ひこー斬りっ!!」

 

 

 何と彼の声が頭上から響いてくるではないか。

 

 しかし少年も然る者。慌てず上空防御に備えつつ背後に飛——

 

 

 

 

 「……と見せかけて、振り子打法ぉっ!!」

 

 

 すぱかーんっ!!

 

 

 「か゜…っ!!??」

 

 

 何とその背後からおもいっっきり“金しゃもじ”でひっ叩かれてしまった。

 

 

 フルスイングで喰らった後頭部への一撃。

 

 自分から的になりに飛び込んだようなものだったし、何よりもさっきから程よく喰らっている謎の一撃だったので痛いなんてもんじゃない。

 

 余りにもクリーンヒットだった所為で、“この身”で久しく感じていない激痛を全身に走らせられ、流石の少年もそのまま頭を抱えて蹲ってしまった。

 

 

 「ふははは……

  あ〜ばよっ!! 銭形のとっつぁ〜んっ!!」

 

 

 逃げる場面なのでお約束のセリフを言い忘れないのは流石だ。

 

 しかし、そんな少年を笑い飛ばして遁走する様は正に外道。

 遠巻きにして見守っていた観客の目も何だか冷たい。

 

 その眼差しに後押しをされたのだろうか、その脚は人知を超えた凄まじさだったという。

 

 

 

 「……やってくれたね……ここまで虚仮にされたのは初めてだよ……」

 

 

 暫く蹲ってはいたが、それでもゆらりと立ち上がった少年。

 

 その表情は相変わらず仮面のようであったが、凄まじい憤りが湧き上がっているであろう事が遠くから見守っていた観客にすら怖気だ立つほど伝わってくる。

 

 直様追撃をせねばなるまいが、あの怪人の人知を超えた逃げ足に追いつくのは不可能だろう。

 

 だが焦る事は無い。行き先は解っているのだから。

 

 それでも先回りをして真正面から叩き潰すくらいの事はしてやらねばなるまい。

 借りは返すものであるし、礼くらいはさせてもらっても罰は当たらないだろう。

 

 きゅ…っと我知らず唇を噛み締め、彼が向ったであろう正面ゲートに移動しようと……

 

 

 「……っ!? 転移できない!?」

 

 

 ——して、呪文が使えなくなっている事を知った。

 

 

 いや、それだけではない。魔力を使用しての身体強化すら行えなくなっているのだ。

 

 これでは加速して追撃する事も儘なら無い。

 

 

 「く……っ!!」

 

 

 何が何だか解らないが、それでも移動しない訳には行かない。

 

 しかし、まださっきの閃光によって視力が完全には戻っていないのである。

 

 状況からして、少年は完全に戦力外となっていた。

 

 

 「魔力の一切が使用不能……

  一体何を……」

 

 

 凡その方位は解っていても移動することすら叶わなくなった少年は、珍しく混乱しつつライオン剣士の事で悩まされ続けていた。

 

 

 

 

 だから——という訳でもないだろうが、少年は気付けずにいる。

 

 

 その背中に『封』の文字が光っている珠が張り付いている事に……

 

 

 

 

 

 

 「うん。引っ掛かってくれたみたいだな」

 

 

 かぶり物の下で、横島はほくそえんでいた。

 

 

 闘っている最中に力を込めて行く。それはとても至難の業である。

 

 言うまでも無く相手が手練であればある程その難易度は上がって行く。

 

 ゲーム等とは違い、実際の戦闘では溜め時間そのものが必死の隙となるのだから。

 

 

 だが、横島の奥の手である“珠”にはみょーな特性があった。

 

 

 その“珠”はイメージが強ければ強いほどその能力を上げる事ができる。

 

 元々が人外の回避能力を持っている彼は、本気になればあのくらいの攻撃速度なら“非常識にも”ちゃんと対応する事が出来るのだ。

 その上で少年の攻撃を避けながら、そしてその凄まじい攻撃を与えられながら、『こんな攻撃をしている奴でもあのオカンなら…』とか、『あんなの喰らったら死ぬかも!? ……でもオカンのゲンコを喰らう事に比べたら……』等とイメージを固め続けられていたのである。

 

 何せその女傑、霊的な物に対してド素人であるくせに自分の雇い主と気合“だけ”でわたり合え、その余波で空港が崩壊しかかったとゆーのに、本人はまだ余裕があったっポイというバケモンだ。

 一生を通じて勝てるとは思えない存在の“一柱”なのである。

 

 そんな生涯を通じて越えられない壁認定をしたオカン…もとい、母親の強過ぎるイメージ。“これよか痛い”だの、“これよかスゴイ”とかのイメージが浮かばない“珠”、

 

 

 『母』『撃』

 

 

 イメージさえ調っていれば『雨』をも降らせ、コンクリートすらスポンジの様に『柔』らかく変貌させる珠の力でもって放たれたその不条理極まりない攻撃は、見事に横島の予想通り……いや、それ以上の効果を発揮していた。

 

 尤も、その破天荒なイメージ攻撃故に、珠を二つを使っても数発しかかませなかったし、“それ”を行った横島の方も、あの少年が痛みで蹲ったのを目の当たりにし、やっぱりオカンは修羅かなんかの転生体だったんや……等と己の母親の強さ再確認させられ、トラウマを深めさせられて(何故かかぶり物ごと)顔に縦線を浮かべて青くしてたりなんかする。

 

 

 それはさておき——

 

 

 彼は相手が子供的な容姿をしてはいたが、許せぬ外見(美形)をしていた事もあって、おもっきりおちょくりまくり、イヤと言うほどからかいまくってはいたが、それだけに止めていた。

 

 というのも、あのまま倒す事もできなくは無かったが、流石に人前でのスプラッタは勘弁してほしかったのだ。

 

 いや、普段の横島ならそこまで物騒な事など考えたりはすまい。しかし、あの少年には何というか……人間のオーラを感じられなかったのだ。

 かと言って魔族のそれとも違う気がするし……

 

 元々勘と目が尋常ではない横島は、あの少年を倒し切るには相当な事をせねばなら無い事をかなり初めの方で気付いたのである。

 

 流石にこの施設内でそれを行えばあまりに目立ちすぎるし、霊波刀でズンバラリンは大騒ぎになるだろう。

 

 だから木乃香らを逃がし、距離を取らせてから無力化したのである。

 

 

 そして、その横島はどこに向っているのかというと、これがまた真っ直ぐに正面ゲートに向って——いる訳が無い。

 

 というより、彼が正面ゲートに行く意味が全く無いのだ。

 

 

 彼の口を借りて言うのなら、

 

 

 「あれ? 本気にした?」

 

 

 ——であろう。

 

 

 ぶっちゃけ、少年を前にして洩らした情報は嘘八百である。

 

 珠を使って『封』をしたまでは良いが、あの珠は出力は上がっているのだが生成に集中しきれていない急造品。

 そういう事もあってか、もって十五分くらいだろう。

 だが、ああ言えば魔力を封じられた少年は回復しても真っ直ぐ正面ゲートに向う筈。

 

 そうすればその間に木乃香らの気配を消すため『隠』れるなりして、コッソリ他の出口からオサラバすればいいのだ。

 

 

 相変わらず、こすっからい事を仕掛ける能力にかけては目を見張れる男だった。

 

 

 兎も角、後は木乃香らと合流するのみ。

 

 自分の格好が格好だから説明が面倒ではあるが、差し迫った危機がある以上はそんな事を言ってられない。

 

 ホテルに戻るなり、そこらで時間を潰すなりして子供教師が戻るのを待って……

 

 

 と、次の手を考えながら何気なく首をめぐらせて“そこ”に目を向けた。

 

 

 「え……?」

 

 

 横島はそのまま立ち止まってしまう。

 

 というのも、彼が見た方向にはシネマには奇妙な位置にひょっこりと建てられているお城があったのだ。

 

 

 いや、城というだけなら硬直はすまい。

 

 確かに町並みに混じって建てられているのは変としか言えないが、真面目な江戸の町並みではなくセットなので、橋の向こうの洋館と同じように奇妙な配置で撮影しやすいよう建設されているのだから。

 

 そんな事ではない。

 そんな平和的な意味合いではない。

 

 問題は建物にあるのではなく、城にいる人物にあったのだ。

 

 

 「……な、何やってんだアイツっ!!??」

 

 

 その城の天守閣。

 

 屋根の上に、横島が良く知る二人が、

 

 

 忍者姿のネギと、お姫様衣装の木乃香が、巨大な鬼の式神を従えた女性に追い詰められていたのである。

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 「お嬢様っ!?」

 

 「このか!?

  と……ネギ坊主!?!?」

 

 

 この場合、敵は兎も角として誰が悪いと言うわけでもない。

 

 あの少年はライオン剣士が引き受けてくれたし、

 木乃香に危険が及ばないよう、刹那がネギ(の分け身)に彼女を託して月詠と古が闘っているところに戻ってきたのも、古が心配だった事とここで月詠を倒せば後々の禍根が断てると判断したからだ。

 

 

 そして、不運が重なってしまった。

 

 

 月詠と少年が戻らなくなった事、そして鳥居の中に見張りを命じていたもう一人と連絡が取れなくなった千草は、状況を知ろうと式神を放って哨戒させていたのである。

 

 すると目に付いたのは木乃香を連れ立って駆けているネギの姿。

 

 護衛役である刹那の姿はなく、あの子供先生は鳥居の中に封じている筈なのでおそらくは実体ではない。

 

 何たるチャンスであろうか?

 

 仲間の事は横において、こんなチャンスを見す見す逃すような彼女ではなかった。

 

 

 何せネギは実体では無いの分け身なので闘う事はおろか、満足な対応すらできない役立たずである。

 例え相手が弱っちい式であったも、通せんぼされただけで逃げる事しかできないのだ。

 となれば、式に命じてゆっくりと自分のいる場に誘い込めば良いだけである。

 

 そしてネギと木乃香は、まんまと城の中へと追い込まれてしまったのだ。

 

 

 「くっっ!! そこをどけっ!!」

 

 

 慌てて駆けつけようとするがその前に月詠が立つ。

 

 彼女の仕事は刹那の足止めであるし、ここでそれを行おうとすればするほど刹那は焦って必殺の一撃でもって仕留めようとする。そうなると願ったり叶ったりなのだ。

 

 

 「いやどす〜〜♪

  ここを通りたければウチを倒してくださ——い♪」

 

 「おのれ……っっ!!」

 

 

 軋むように痛む肋骨もそうであるが、この目の前の女の剣には得体の知れない鋭さがあり、刹那は思い通りに身体を動かし切れていない。

 

 それだけでも厄介だというのに、刹那の剣は素直すぎるほど真っ直ぐで、尚且つ退魔の剣の道を突き進んでいた為に対人剣術はそんなに突き詰められていないのだ。

 

 対して月詠の方は、対剣士用としか思えない程に剣の腕が突き出ていた。

 

 これは月詠の剣が人間を相手に研ぎ澄まされている事を示している。

 

 任務の為とはいえ、木乃香の護衛の為に人との接触を極端に減らしていた彼女は、当然の様に数えられるほどの人間にしか剣を師事してもらっていない。

 

 無論、数人ではあるが達人と言い切れる程のレベルであるから、師匠としては必要充分条件を満たしている。

 

 

 しかし、やはり実戦経験の勝るものは無いのだ。

 

 

 「逃がしませんえー」

 

 

 剣を十字に構え、影のように地に身を伏せて刹那と古の間を割る。

 

 

 「な……っ!?」

 

 「早っ!?」

 

 

 身を起こしつつ、長刀の方で古を切り上げ、

 左手で逆手に握っていた小刀でもって、身を捻るかのように刹那に対して掬い斬りが迫る。

 

 

 「シ…ッ!!」

 

 「ぬっ!!」

 

 

 古は長刀を弾き、刹那は身を捩ってかわす。

 

 だが月詠の動きは舞の様に止まらない。古に弾かれた勢いでもって長刀で刹那の方を薙ぎ、円を描いた小刀は古の脇を狙う。

 

 

 「あっはー♪」

 

 

 刹那は野太刀に身を沈めて薙いで来る刃を凌ぎ、古は背後に飛んでこれをかわした。

 だがその直後に脚を開脚してでの脚払いが来る。

 

 古は次の攻撃も予想していたので半歩下がって回避するが、刹那は半身を引いてかわす。

 

 アバラにヒビが入っている分、踏ん張りが利かないので完全にかわし切れはすまい。そう見て取った刹那の防御であったが、初撃に喰らったのが意外に衝撃が大きく、ミシリミシリと骨が鈍く軋んでいる。

 

 月詠には刹那へのその手応えと彼女の表情も嬉しいのかもしれない。妙に楽しげな声を漏らしていた。

 

 

 「刹那!」

 

 「た、大した事は無い……」

 

 

 本調子とは行かないが、それを口実に戦いを避けてもらえる相手ではない。

 となると、足が遅くなっている分、突破するしか手が残っていないのだ。

 

 

 ふー……

 

 

 刹那は深く静かに息を掃き、体息を無理に整えて剣を構える。

 

 木乃香の危機に悠長な事をしていられない。

 破れかぶれに近いが、心に余裕の無い今の彼女には氣を込めて最速の一撃で突破するしか手が思いつかないのだ。

 

 

 例えこの腕の一,二本を失おうとも——

 

 

 相打ち覚悟アルか……

 

 

 古はそんな刹那の表情を見、彼女が捨て身で向おうとしている事を理解していた。

 

 しかし、それでは何にもならない事もまた理解している。

 

 ここで勝つ事は出来ても、結果的にそれは刹那は元より、木乃香の心にも深く思い影を落す事に他ならないからだ。

 

 

 やはり彼女は本調子では無いらしいし、自分の腕はまだ一歩も二歩も眼前の敵に届いていない。

 

 かとといって愚図愚図してたら木乃香も危ない。

 

 

 となると自分にできる事は……

 

 

 「刹那……」

 

 「……何だ?」

 

 

 案の定、刹那の声が痛々しい。

 

 古は唇を噛んで句を告げた。

 

 

 「私が先に行くアル。

  絶対……アイツを突破するアルよ?」

 

 「え……?」

 

 

 刹那が問い返すより早く、古が地を蹴って距離を詰めていった。

 

 だがやはり月詠はそれを読んでいたのだろう、二刀で持って左右斜め上から古めがけて刃を振り落とす。

 

 

 「哈ぁッッ!!」

 

 

 気合っ!

 

 腹下から練り上げた氣を克ち上げ、覚えたての霊気を含ませて、左右に持った宴の可盃にぶち流して迫る刃を撥ね上げた。

 

 しかし月詠はその程度の行為は読んでいる。

 

 跳ね上げられはしても慌てる事無く身を沈め、がら空きとなった古の腹部を二刀で狙った。

 

 

 「まだネっ!!!」

 

 

 瞬間、

 左右の鉄扇が音を立てて大きく開き、ほんの一瞬だけとはいえ月詠の視界を完全に奪う。

 そしてその一瞬という長時間の隙(、、、、、、、、、、)で充分だった。

 

 

 得物はトンファーなのでグリップを捻れば旋回する。

 

 その勢いでもって左右から迫る刃を内から外側に鉄扇の縁で弾き、今度で逆に月詠の前面をがら空きにした。

 

 

 パアンッ!!

 

 「あう…っ?!」

 

 

 あっと思った瞬間、月詠の額が音を立てた。

 

 刃を弾いたと同時に古が身を捻って腰のリボンを引き抜いて月詠の額をそのリボンで叩上げたのである。

 

 

 『布槍術!?』

 

 

 と、月詠が気付いた時には、

 

 

 「てぇえええっっ!!」

 

 

 「はう…っ」

 

 

 風のように距離を詰めた刹那に充分以上の氣を乗せた一撃を腹部に喰らい、月詠の意識は刈り取られていた。

 

 

 

 

 

 おお〜〜……っ

 

 

 

 何も知らない一般客から歓声が飛んだ。

 

 凄まじ過ぎる技の応酬が、真の戦いである事など知る訳も無いし、何より凄まじ過ぎるが故に現実性に欠けるのだから仕方が無い。

 

 

 刹那は、荒く息を乱している古にやや硬い笑みを向けて健闘を称え、古もそれを受けてニッコリと微笑んだ。

 

 

 間で言えば僅か一呼吸にも満たない攻防。

 つい最近“裏”を知ったばかりの彼女が、ここまで裏の者と戦えたのだから。

 

 慢心は頂けないが、今のには自信は持って良いだろう。

 

 古も、一般人の枠内で一矢報いることができた事が何よりも嬉しかったようだ。

 

 

 しかし——

 

 

 

 「お嬢様!!」

 

 「刹那!! 待つアル!!」

 

 

 折れかけた肋骨の痛みも忘れて駆け出す刹那。

 

 そしてそれを追って駆ける古。

 

 

 

 

 そう——

 

 木乃香に危機が迫っている以上、状況は好転していないのだから……

 

 

 

 



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中編 -肆-

 

 

 「全くヒドイ目に遭いましたわ!」

 

 「いんちょー潰されてたしねー」

 

 

 自前の髪に花魁の衣装。そしてその着物も何だか着乱れており、ちょっとエッチい。

 

 しかしエセ具合が炸裂しているとゆーのに、何だか不思議と似合っているあやかであるが、不機嫌さを隠そうともせずぽっくりでズカズカ歩いていた。

 厚底の履物を常に履いている訳ではないというのに器用な事である。

 

 そんな彼女の様子に苦笑しつつも、黒い着流しの浪人姿をしている和美は背中に冷や汗を掻いていた。

 

 

 何だかよく解らないが、妙にいやな雰囲気を纏う少女が札をばら撒いたと同時に、小さなぬいぐるみのようなものが辺りに溢れ、彼女らに襲い掛かってきたのである。

 

 襲い掛かってきた……とは言っても、暴力的な行為は殆ど……あやかは巨大な招き猫に潰されたが……起こしていない。

 

 していた事といえばスカートめくりならぬ着物めくり等の痴漢的行為だけだ(いや、それでもそーとー嫌だったろうが)。

 

 

 気絶したあやかの仇うちだーっと、皆にしがみ付くそれを引き剥がし、引っ叩いて追い散らし、何とか撃退はできたのであるが、気が付くとあの妙な少女と刹那と木乃香はいなくなっていた。

 

 裏の事情を知らないハルナ達は兎も角、ある程度の情報を得ていた和美はお陰で説明に苦労する事となってしまった。まぁ、借りにしたので返してはもらうが。

 

 

 ネギや刹那、そしてカモから聞いた話によれば、この修学旅行中の事件は全て西の組織の刺客が起こしたものであるらしい。

 

 魔法の世界…この日本での魔法の世界には、西と東の派閥があって、特に西の協会は東の協会の事を良く思っていないとの事。

 

 何所の世界でも同じなんだねぇ……と和美は苦く笑ったものであるが、彼女はちょっかいのかけ方が妙に気になっていた。

 

 

 ネギ先生を本山に行かせないようにしている。まぁ、それは良い。

 相手が子供なのだから脅かして逃げ帰らせようとしたと思えなくも無いし。

 

 だが、木乃香の誘拐騒動まで起こったとなると話は変わってくる。

 

 刹那は詳しく言ってくれていないが、カモは少しだけ情報を明かしてくれていた。

 彼によれば、学園長(何と東の魔法協会の理事)の孫である木乃香には力があり、西側の不埒な輩がそれを何かしらに利用しようとしているとの事。

 

 そこまでならまだ解らぬでも無いのだが、その事件を起こしているのは同一人物らしい。そうなってくると首を捻る事となる。

 

 

 西の協会は当初、京都・奈良への修学旅行に魔法先生(ネギ)が来る事に難色を示していたらしい。

 

 だからやって来たネギに対して嫌がらせをした……と思えなくも無いが、それではハッキリ言って子供の理屈だ。

 

 確かに大人の世界は、特に組織というものは鬱積したものが重なると異様なほど子供っぽくなるもの。行動原理がオコサマでも大騒ぎするほど変な事ではないのかもしれない。

 

 しかし、木乃香の力を利用しようとしているという話が本当なら話がおかし過ぎる。

 

 

 京都奈良に修学旅行に来る事が絶対ではないのに計画を進めるものなのか?

 それにもしそうならネギが来る事に難色を示せば、更に旅行に来る可能性が下がってしまうではないか。

 

 話を聞いただけなので何とも言えないが、妨害行動等もかみ合ってないし気がするし粗が多い。

 

 

 そこから考えて見ると、首謀者と思われる人物のそばに、別の思惑を持った者がおり、その人物が首謀者を誘導している……という見方もできるのである。

 

 

 いや、それは単に状況証拠だけであるし、何より和美の勘の話だ。

 

 あてずっぽうの情報は時に事実をひん曲げる。

 情報戦の恐ろしさを知る彼女であるからこそ、その事に気付いていた。

 

 しかしそのわりに普段はパパラッチなんて厄介なコトしてるじゃないかという説も……

 

 

 「あれはシュミ」

 

 

 さいですか……

 

 

 兎も角、じっとしているのも何であるし、ちび妖怪達にパンチラ(つーかモロパン)かまさられまくった所為で目立っていた彼女らは、とっととシネマ村を後にしようと刹那と木乃香の二人を探していたのである。

 

 

 「それにしても見つかりませんね……何所へ行ったのでしょうか?」

 

 「さぁねぇ……案外どこかにシケ込んでしっぽりと……」

 

 

 衣装変えを行っていなかったお陰か、着物をはだけさせられる恥辱から免れていた夕映がキョロキョロしながらそう零すと、同じく私服のままのハルナがそんな事を言ってヲッサン宜しくウヒヒといやな笑いを漏らす。

 

 何を馬鹿な事言ってるですかと言いかけるが、何だか完全否定する材料も無いので合えて口を噤む夕映。何だか毒されかかっている気がしないでもない。

 

 

 「それにしても、ホントどこ行ったのかなぁ?」

 

 「そうねぇ……

  これがネギ先生ならあやかが直に見つけ出してくれるのに」

 

 

 町娘姿の夏美の言葉を、一人洋装である千鶴がそう返した。

 

 オホホと穏やかに微笑んでいる千鶴であるが、チビ妖怪(式)をドコに隠し持っていたのかフライパンでもって撲殺気味に撃退していたのは皆の記憶に新しい。

 

 そんな彼女の戯言であるが、言われたあやかの方は、

 

 

 「当然でしょう!?

  不肖この私雪広あやか、先生の気配でしたら愛の力にて直様察知して見せまわ!!」

 

 

 かなりマジにそう言い放った。

 

 流石に大通りでのそのセリフだ。

 うわっちゃ〜……とここにいるクラスメートは引いており、ずっと遅れて後ろをザジと共に歩いていた千雨は、あの女の仲間だと思われない位置にいてよかったと安堵していたりする。

 

 

 と……? 

 

 

 「むむ……!? 感じますわっ!! ネギ先生の気配がします!!」

 

 「は?」

 

 「へ? なんで先生がココにいんの?」

 

 

 流石に唐突にそんな事言い出せば皆も正気を疑うというものだ。

 遂に頭が……いや、前からか……等とかなり失礼な事をコソコソ言い合ってたりする。

 

 しかしそんな陰口も何のその。

 

 愛が極まった(らしい)あやかは、どーみても宇宙からのテレパシー攻撃を受けているかわいそーな人間のように身悶えしつつ、愛おしい少年の気配を必死に探っていた。

 

 

 「ハっ!? 心の眼に反応ありましたわっ!! ネギ先生は……」

 

 

 ぷるぷると身体を震わせ、背後に薔薇の花を散らせつつ、あやかは奇妙なポーズをとってその指先でもって、

 

 

 「あそこですわっ!!」

 

 

 ビシィ!!と、そこを示した。

 

 

 彼女の示されたのはシネマ村の中にある大きな建物。

 

 撮影にも良く使用しているお城だ。

 

 

 そして指し示したその天守閣には、悪魔のような人型を引き連れた女に追い詰められている少年忍者なネギと、お姫様衣装の木乃香の姿があった。

 

 

 「「「 ホ ン ト に い た ぁ ———— っ ! ! ? ? 」」」

 

 「いんちょ、スッゲーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

———————————————————————————————————

 

 

 

 

              ■十時間目:独立愚連隊ニシへ (中) −肆−

 

 

 

 

———————————————————————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 『く……なんて馬鹿なんだ……

  刹那さんは僕を信じてこのかさんを頼んだのに』

 

 

 十歳の少年ではあるが、イギリス紳士の端くれ。

 

 歳上の少女を庇ってその前に立ち、敵わないまでも敵を睨みすえていた。

 

 

 ネギの眼前にいるのは術者の女性……一昨日の晩に襲撃を掛けてきたあの眼鏡の女性である。

 

 そしてその式神であろう、あの着ぐるみのような大きな猿が二体と、悪魔にしか見えないのが一体。

 尤も、悪魔のようなものの顔には札が貼られており、式神というよりは使い魔のようでもある。

 

 兎も角、合計して四つの敵が立ち塞がっていた。

 

 

 おまけにここは天守閣の上だ。逃げ道は全く無い。

 

 

 「……ねぇ、ネギくん……こ、これもCG……?

  と、ちゃうよね……? やっぱ……」

 

 「こ、このかさん……」

 

 

 何せこの身は分け身であり、実体ではない。

 何の技も使えないし、基本の魔法すらも全く使用できない役立たずだ。

 下手をすると同年代の子供より弱っちい。

 

 そんなネギたちに対し、悪魔のような姿の式が背中から引きずり出した弓を向け、凄そうな膂力でもって矢を引いて構えて見せた。

 

 確かに手駒は出払い、せっかく組んだ策も半分近くが台無しになってはいたが、それでも流れをここまで持って来る事ができている。

 何だか自分だけでやってた方がマシだった気がしないでもないが。

 

 

 「聞ぃーとるか!? お嬢様の護衛、桜咲刹那!!

 

  この鬼の矢が二人をピタリと狙うとるのが解かるやろ?!」

 

 

 城の外で戦っていたのは見えていたから、こう言って牽制する。

 

 

 「お嬢様の身を案じるなら手は出さんとき!!」

 

 

 と、こう脅迫していれば邪魔は出来まい。

 

 何せこういった力馬鹿の式は簡単な命令しかこなせないのだから。

 

 即ち、『動くと()ろ』だ。

 

 

 下手に動いたり、助けようとしたりするだけで矢は放たれ、木乃香は射抜かれる事であろう。

 

 何せこのネギは実体では無いので盾にすらならないのだ。

 

 

 尤も、ターゲットである木乃香を殺すわけにはいかないのだから実は単にハッタリなのであるが……

 

 しかし、側で聞いていた木乃香にはかなり効果的だった。

 

 何せついさっきも同じ様な脅迫をされたのだ。

 しかも、その時は本当に彼女の身はどうでも良いという態度だったのだから効果は抜群である。

 

 

 『兄貴、ありゃあハッタリだぜ!!

  嬢ちゃんの力が欲しいってぇのに、その相手を殺すわけにゃいかねーハズだぜ!!』

 

 「う、うん。だけど……」

 

 

 カモの言う事も解かる。

 

 ネギもそうだと思っている。思っているのだが……ネギもカモも掛かる状況では余りに無力なのだ。

 

 例えあの女術者(千草)の言う事がハッタリでも、今の二人には逃げる手も防ぐ手も無いのである。

 

 

 「え、ええ〜〜と……カモくん、喋っとるん?」

 

 『……き、気の所為っスよ?』

 

 「いや本人に言われても……」

 

 

 焦りからか、カモも只のオコジョのフリを忘れて木乃香の前で喋っていた。

 

 目の前の式神は余りにも現実離れしている為に特撮だと思えなくもないが、目の前でごく自然に会話しているオコジョは流石に誤魔化し切れない。

 

 混乱し過ぎているが故の行動であるのか、木乃香は目の前の危機よりも言葉を話すオコジョの方が気になっていた。

 

 

 木乃香の首には、先程少年に掴み上げられた痕がしっかりと残っている。

 

 

 あの苦しさも、背後から受けるプレッシャーも鮮明に残っている。

 

 そしてそんな自分を救おうとしていた必死の形相の刹那の事も……

 

 

 細い木乃香の首は、易々と少年の指を届かせて吊り上げられていた。

 

 ただ、どこをどういった調整がなされていたのか不明であるが、頚動脈は絞まっていなかったし、木乃香自身の体重によって頚骨が外れる事も無かった。

 

 しかしそれでも木乃香の気は遠くなっていた。

 

 

 ——殺されるかもしれない……という恐怖からではない。

 

 

 何も解らないまま、刹那を苦しめていたかもしれないという事に対する恐怖から気が遠くなったのである。

 

 

 そして今もネギに庇われている……

 

 

 元々が柔軟な思考を持つ木乃香だ。流石にここまで不条理な騒動が続けば不思議な世界の存在に気付いてもおかしくはないだろう。

 

 だからこそ彼女は知りたがっている。

 

 知らなかった“不思議”を。

 

 大切な友達が“何”から自分を守ってくれていたかを——

 

 

 「ゴチャゴチャ言うとらんと、さっさとこっち来いや!

  痛い目に遭うんはいやですやろ!?」

 

 

 業を煮やしたのか、ジリ…と一歩前に出る千草。

 

 ネギは木乃香の前に立って庇ったまま身動きが取れない。

 

 矢が狙っている以上、一歩も下がる事はできないし、動く事もできない。

 

 となると……

 

 

 「……って、あれ?

  行くも何も、動いたら射られるんじゃ一歩も動けませんが……」

 

 

 「あ……」

 

 

 

 ひゅ〜〜………

 

 

 

 二人の間に、生暖かい春の風が抜けていった。

 

 

 「く……こーなったらウチが直接……」

 

 

 流石にそんな欠点を指摘されて恥ずかしかったのか、千草がやや顔を赤くして前に進み出てくる。

 

 ただ、ここは屋根の上なので足場はひたすら不安定だ。

 

 ネギは忍草鞋であるし、木乃香は所謂“ぽっくり”を履いていたが逃げる際に脱げてたか脱いだかして足袋である。

 しかし余裕を持って追う方だった千草はそのぽっくりを履いたまま。明らかに動き辛い。

 

 それに気付いた彼女は、式神である猿の一体を呼んで自分を肩に乗らせた。どうやら脱ぐという選択は無いようである。

 

 

 何とも間が抜けたやり取りであったが、僅かながらの時間稼ぎにしかならない。

 

 

 あの猿の俊敏さは闘ったことのあるネギならわかる。

 

 本当の猿……いや、本物の猿以上の運動能力を持っているのだ。

 

 ネギに残る手段は、ある猿ごと突き飛ばして飛び降りるくらいしかない。

 尤も、それが上手くいったとて対応できるのは一匹だけで、眼鏡術者か悪魔型の式神は残ってしまう。

 

 となると術者の方をどうにかするしかないのであるが……

 

 

 「……ほな、覚悟はよろしおますなぁ?」

 

 「く……」

 

 

 それを行える隙は向こうには無い。

 

 

 しかし、奇跡は起こった。

 

 

 何とその猿、『捕まえに行け』という千草の命を受けると、

 

 

 たん…っと瓦を踏みしめて跳んだのだ。

 

 

 「え?」

 

 「あ……きゃあっ!?」

 

 

 驚いたのは千草のもそうだが、木乃香も当然驚いた。

 

 きゅっと身を縮めて悲鳴をあげてしまい、千草の後にいた式はそれを“動いた”と判断したのである。

 

 

 「も゛ほ?」

 

 

 ビシュ…ッ!! と放たれた矢。

 

 お嬢様に当たるやないか!? と千草が怒るより前に彼女が乗った式神が間を割るように着地してしまい、体を貫かれて吹き飛んだ。

 

 

 「ひゃあっ!?」

 

 

 千草が余波を食らって飛んだが気にしている場合ではない。

 

 しかし矢が放たれたと同時にネギが跳び出し、矢と木乃香の間に割って入って盾となっていた。

 

 

 『兄貴!?』

 

 

 余りの事にカモが驚いて叫んだ。

 

 ネギはその身体で矢を受け止めて木乃香を守るつもりなのか。

 

 

 ボッ!!

 

 

 しかし失念していたのだろう、その身は実体ではない。

 

 煙のように腕の像が散り、何の抵抗もしてくれなかった。

 

 慌てて振り向くネギ。

 

 そして動けない木乃香。

 

 

 その細い身体がその矢でもって貫かれると思われたその瞬間、

 

 

 「くっ!!」

 

 「え……?」

 

 

 その間に何者かが更に割り込みを掛けて来た。

 

 

 —せっちゃん?—

 

 

 少年剣士風のその姿。

 

 木乃香が見間違えるはずもない、大切な友達である刹那だ。

 

 

 刹那は刹那で、何も考えず間に入っていた。

 

 無論、木乃香の無事だけを願っての事。それ以外は頭に浮かんでいない。

 

 後先考えずの行動であり、先に古が危惧した通りの展開である。

 

 しかしこのままなら木乃香の命は守れても刹那が身代わりとなって何にもならない。

 

 

 だからと言う訳でもないだろうが、身体を痛めている刹那より瞬発力に余裕のある少女がついて来ており、その彼女も刹那同様に距離を詰めて飛び出していた。

 

 

 「く……っ!!」

 

 

 刹那が盾になった瞬間よりやや遅れ、その少女が刹那の前に飛び出してトンファーをクロスさせて矢を迎えた。

 

 遅れた事による焦り、そして無理に割り込んだ事による体勢のズレ。

 

 刹那なら身体の一部がえぐられる程度で済んだかもしれないが、今の古の立ち位置なら命中すれば心臓に風穴が開くだろう。

 

 

 『……老師……っっ!!!』

 

 

 彼の事を想い、そして己の力を願う。

 

 ただ友を守りたいという想いだけで直情的に飛び出した彼女であったが、それでも勝算がゼロというわけではない。

 

 

 カツ……ンッ!!!

 

 

 奇妙に硬そうな金属音が響いた。

 

 刹那が飛び出し、それに次いで古が奇妙な扇を広げて割り込んで……それで矢を防いだ……としかネギには思えない。

 

 そうとしか思えなかった。

 

 だが、防いだはずの矢が消えて無くなっていたのである。

 

 

 「お゛も゛……っ!!」

 

 バシュ…ッ!!

 

 

 突然、背後で破裂音がし、え……!? と驚いてネギが振り返った。

 

 すると粉々になって消えてゆく式神と、カラン…と音を当てて転がった矢が……

 

 

 「一体何が………?」

 

 

 呆然とするネギ。

 

 しかし、一人——いや当の古と一匹だけはその訳を理解する事ができていた。

 

 

 『……マ、マジか……アレってそんな力があったのかよ』

 

 

 その一匹であるカモが呆れたようにそう呟く。

 

 ネギはその言葉に反応して、『え?』と肩に乗せた彼の方に顔を向けた。

 

 

 『多分、あの嬢ちゃんのアーティファクトの力っスよ……まだオレっちも半信半疑なんスが……』

 

 「くーふぇさんの?」

 

 

 そう言われている古は、上手くいった事と“反射”という現象への驚き、そして安堵によるものであろう、へたり込むように腰を落としてしまった。

 

 ネギが一瞬で古だと解ったように、その顔には既にお面は無い。途中で紐が切れて落としてしまったのだ。

 つまりはそれだけ必死に走り続けていたという事であるが……

 

 

 その手に持った鉄扇トンファーの開かれた絵の柄。

 その柄は赤い空に浮かぶ白い月に変わっていた。

 

 当然のように衣装の月の絵は消え、逆にさっきまで使用していた桜の花の絵は服に戻っている。

 

 

 その月の絵の能力とは、魔法だろうが物理攻撃だろうと狙って放たれた射撃攻撃なら(、、、、、、)ば全て使用者に反射する事ができるのだ。

 

 それが、<宴の可盃>のもう一つのモード、“ツキミデヘンパイ”であった。

 

 彼女の持つ<宴の可盃>は、横島のサイキックソーサーで受け止められる程度の攻撃ならば対応ができる、完全な防御用の魔具なのだ。

 

 

 「あ゛あ゛……冷や汗が出たアルよ〜……」

 

 

 今考えればかなり無茶であり、かなり危ない事であったが、考えるより先に身体が動いていた。

 

 宴の可盃の能力は理解したつもりであったが、それでも怖いものは怖いのだから……

 

 無論、射貫かれる事ではなく、失敗して刹那らごと串刺しになる事であるが。

 

 心底ホッとしてぐんにゃりとしたまま後ろを振り返ると、刹那もやっと緊張がとけたのか彼女の顔にも微かな笑みが浮かんでいた。

 

 

 「せっちゃん……」

 

 「お嬢様、ご無事で……」

 

 

 助けに来てくれた……

 

 やっぱり約束を破らないでいてくれるんや……

 

 

 嬉しさと安堵で涙がポロポロと零れる。

 

 それでもフラフラと直前にいる刹那に手を伸ば——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ケフ……ゴボッ!!

 ごぷ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——え?」

 

 「あ……?」

 

 

 木乃香も、

 

 そして古も何が起こったか解からなかった。

 

 

 「せ、刹那さんっ!?」

 

 『刹那の姉さんっ!!?』

 

 

 ——唐突に、刹那が咳をして血を吐いたのだ。

 

 

 あの少年にヒビを入れられたアバラが月詠との戦闘で遂に折れ、木乃香の元に駆けつける為に限界まで肉体を酷使した為、内臓に突き刺さったのである。

 

 

 「あ……」

 

 

 ふらりと崩れる刹那。

 

 しかしここは屋根の上だ。彼女の軽い身体はそのまま空に出てしまう。

 

 

 「せっちゃん!!」

 

 

 慌てて手を伸ばす木乃香。

 

 だが、そのては虚しく空を掴む。

 

 

 「せっちゃんっ!!!」

 

 

 しかしまだ諦めない。

 

 木乃香はまるで彼女を庇うように自分から宙を飛び、空中で彼女をその腕に抱きとめる。

 

 

 「危ないっ!!」

 

 「む……っっ!!」

 

 

 ネギが駆けた。

 しかしやはり遠い!

 

 

 しかし同時に古も駆けていた。

 

 疲労した足に鞭打って、瓦を踏み割りつつ距離を詰めてその腕を伸ばす。

 

 

 「このかぁっ!! 刹那ぁっ!!!」

 

 

 だが、半歩足りない!

 

 ならばと腰のリボンを引き抜き、その布槍術でもって体操部のまき絵宜しくリボンを伸ばし木乃香の腰を絡め取った。

 

 

 『やったぜ!!』

 

 「くーふぇさん、スゴイ!!」

 

 

 ネギが感動し、カモが旗振って喜ぶ。

 

 古も一瞬ホッとしたのであるが、

 

 

 ぶぢ…っ!!

 

 

 無情にもそのリボンは木乃香を手繰る事無く千切れ飛んだ。

 

 

 月詠との戦闘で布地が切れていたのだろう。

 

 

 「く……っ!! こ、このぉ——っっ!!!」

 

 

 それでも踏鞴を踏みつつ手を伸ばしそうとする古。

 

 千切れたリボンを今度は破風端の飾りに絡め、それを命綱にして二人を掴もうと飛び掛る。

 

 

 しかし届かない。

 どうしても届かない。

 

 僅か数センチの差で指先を掠めもできず空を切った。

 

 

 その数センチが数十センチに、数十センチが数メートルにと加速度的に指先から木乃香と刹那への距離が開いてゆく。

 

 

 

 「あぁぁっ!!」

 

 

 

 落ちて行く。

 

 

 

 「 あ あ あ あ あ っ ! ! ! 」

 

 

 

 落ちて行く。落ちて行ってしまう。

 

 

 木乃香と刹那の二人が。

 

 友の身体が——

 

 

 

 悲しさより、諦めより、悔しさより何より、説明の出来ない悲鳴が古の喉から吹き出した。

 

 

 そして——

 

 

 

 『 老 師 ぃ い —— っ ! ! 』

 

 

 

 古はココロから、初めて助けを呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たかたっ たかたっ たかたっ……

 

 

 

 

 「え……?」

 

 「何だあれ?」

 

 

 城の下では、当然少女が落ちて来ている事に悲鳴が上がっていた。

 

 が、それとは別なモノに気付き、唖然としてそれを見つめている者もいる。

 

 

 

 

 たかたっ たかたっ たかたっ たかたっ たかたっ たかたっっ

 

 

 

 

 駆けて来る。駆けて来る。

 

 

 何かが土煙を上げ、突拍子も無い勢いで、物凄い速度で駆けて来る。

 

 

 

 

 だかたっ だかたっ だかたっ だかたっ!!!

 

 

 

 

 白馬に乗った——

 

 いや? 白馬ではない?!

 

 

 大きな白い鹿に跨って、何かがここに駆けて来る。

 

 

 非常識にも鹿に鞍をつけて跨り、物凄い土煙を巻き上げて風のような速度でやって来る。

 

 

 その“怪人”は服の色の所為だろう、見事な白と赤のコントラストを見せ付けながら突風となってやって来る!!

 

 

 

 「 い っ っ っけ ぇ ぇ え え え え え え え え え え っ っ ! ! ! 」

 

 

 

 その声に白鹿が鳥のような甲高い声で嘶いて応え、更に加速。

 

 それは恰も地を這うロケットのよう。

 

 

 

 超最短直線距離。

 

 彼が城の上の二人を発見した所から、ここまでを真っ直ぐ一直線に商家や長屋などの障害物もクソもなく、問答無用に一直線に走って来たのだ。

 

 

 姿を見られているだとか、魔法の秘匿とかは頭には無い。

 

 

 ただ、女の子が危ないというだけで彼はやる。

 

 

 女に甘いのが弱点だと真名に評されている彼であるが、その甘さ優しさそのものが力でもある。

 

 女の為ならば絶対にどうしようもない状況をひっくり返し、絶対に勝てない敵を倒し、

 

 常識を破壊し、道理すら踏み砕く。その不条理さと理不尽さが彼の持ち味なのだ。

 

 

 「うわ……っ」

 

 「な、何だあれ? 速っ!!?」

 

 「ポ……○ン・デ・○イオン?」

 

 「いや、ライ○ン丸だろ?」

 

 

 外野の混乱など何のその。

 

 バイクすら追いつけないスピード違反必至の速度で城の下までたどり着いた彼は、落ちてくる少女らの姿を見あげ一瞬で決断。

 つーか、今使わずに何時使うというのか?

 

 

 

 『飛』

 

 ズ ド ン っ ! !

 

 

 走りながら生成していた珠にその一文字を押し込み、白鹿——かのこ に乗せた鞍を蹴って一瞬の躊躇もなく跳び……いや、飛翔した!

 

 

 「と、飛んだーっ!?」

 

 「な、なんだぁ!?」

 

 「まさかっ 風雲!? 風雲なのか!?」

 

 「た、確かに白ライオンじゃねぇ!!」

 

 

 一般客が騒ぐ騒ぐ。

 

 だが聞こえない。聞く必要も無い。

 

 

 そんなことより大切な事があるのだから。

 

 

 「どっせいっ!!」

 

 

 逃げ足は世界一。

 

 しかし、女の子に飛びつく速度も世界一の彼だ。

 

 落下中の刹那と木乃香に飛びつく事等、昼飯前の朝飯前である。

 

 

 「え……?」

 

 「黙ってて。舌噛むぞ」

 

 

 ぽかんとする木乃香を、そして意識を失っている刹那を、そしてリボンでぶら下がった古の三人を胸に抱き、そのまま弾丸(ロケット)の如く宙を飛び、更には屋根を蹴って駆け上がってゆく。

 

 

 「マ、マジ……?」

 

 「え? ウソ。あの子ら助かった……の?」

 

 

 静かなざわめきと僅かな沈黙。

 例え出し物とはいえ、凄い緊迫感と切実な悲鳴が聞こえたのだから当然かもしれない。

 

 が、常軌を逸したアクションによって奇跡が起こったという事実がじわりと脳に届いた瞬間、

 

 

 うお…

 う ぉ お お お お お お お お お お お お お お っ っ っ っ ! ! ! !

 

 

 正にスタンディングオベレーション。

 

 来援客から爆音の様な歓声が巻き起こった。

 

 

 「マジか!? すっげーっ!!」

 「モノホンのロケット飛行キタ———ッッ!!」

 「うおーっっ

  特撮ファンやってて良かったーっっ!! も—死んでもいいーっっ!!」

 

 

 実際に死闘がが行われていた事など知る由もない一般人達だが、その感動と衝撃は大きかったらしい。

 

 そして謎の赤い怪剣士。ぬいぐるみヘッドのその男は、下界の歓声に背を押させるかのようにふわりと天守閣に立った。

 

 その姿——

 そう、謎のライオン剣士、ボン・○・ラ○オン丸。

 

 

 

 

 「ふい〜〜〜……間一髪やった……」

 

 

 

 三人を下ろし、ホッとしてへたり込むドーナツ屋の回し者のようなライオン剣士(しゃもじが得物だが)。

 だが一人、古には誰だか解る気がした。いや、解っていた。理解しつくしていた。

 

 

 「ろ……老師?」

 

 

 それでも恐る恐る問い掛ける彼女に対し、ゲンナリとしつつも頭を上げ、彼は被り物のままこう言った。

 

 

 「老師はやめぇ言うに……」

 

 

 それでも古に言われ慣れている事もあるし、何より二人を助けられたのが嬉しいのだろう、彼はそんなに嫌がっていない。

 

 何時ものように溜め息を吐くように、顔を傾けつつも照れているような雰囲気を放つまま……

 

 

 

 ポロ……と、古の目尻から涙の粒が零れた。

 

 

 

 「ろ……ろうし——っ!!!」

 

 「わっ、わぁっ!! 抱きつくなっ!! 今は駄目、今はアカンゆーに……って、コラっ!!

  や、やめ…… コ コ じ ゃ イ ヤ —— っ ! ! ! 」

 

 

 言うまでも無く、ポ○・デ・○イオン丸の正体は、彼。

 感極まって泣きながら抱きついてくる古に対し、屋根の上という危ない場所で器用に転がりながら何時ものアホゼリフで身悶えする男、横島忠夫である。

 

 

 それでも力いっぱい霊力を使いまくってしまった彼は、古にしがみ付かれたままでそんなに抵抗できなかったりする。

 決して、抱きつかれた感触がごっつエエとか、『ああっ、チチがぁっ!! まだ発展途上やけど青くて張りのあるチチがぁーっ!!』とかの理由ではない筈だ。

 

 テンションが上がりまくった古は、そのマスクの上にキスの嵐。

 幸いとゆーか、残念ながらとゆーか、横島は気付いていないようであるが。

 

 

 「そ、それより刹那ちゃんは?」

 

 「あ、ああっ、そうアル!!」

 

 

 それでも大事な事は忘れていないのは流石。

 

 押し倒されてしまった横島も何とか立ち直り慌てて跳ね起き、側に下ろした二人の元に駆け寄って行く。

 

 するとネギが身体を調べており、その彼の顔色もかなり悪い。

 恐らく思った以上に刹那の容態が悪いのだろう。

 

 吐く息と共に血を吹いているのだから、下手をすると肺に骨が刺さっているかもしれない。

 

 

 「せっちゃんっ!! せっちゃんっ!! しっかりしてぇなっ!!」

 

 「こ、このかさん、落ち着いて!! 早く病院に連絡しないと……っ!!」

 

 

 顔色の悪さから間違いなく刹那には一刻の余裕も無い。

 

 しかし、横島も力を使おうにも無茶をやり過ぎて霊力が足りなかった。配分を考えないのはいつもの事であるが、大人になってまでそれでは話にならない。

 

 

 「ろ、老師……っ!!」

 

 「解かってる!! ちょっと待って……」

 

 

 それでも諦めない。そんな必要は全く無い。

 

 古が彼を頼るように眼差しを向けると、彼もとっくに霊気を手に集め始めている。

 

 

 失うのは二度と御免だ。

 

 “あんなの”は一度だけで充分だ。

 

 黙って女の子を死なせる……死に掛けている女の子を目の前にして手を拱いてたまるものか。

 

 

 自分の前で女を、女の子を死なせてたまるものかぁっ!!!!

 

 

 霊力中枢に蹴りでもって気合を入れ、悲鳴を上げそうなそれを無理矢理フル回転させ、必死になって“珠”を生成してゆく。

 

 

 頭の芯がズギンっと鈍く痛んだ気がするが問題ない。

 

 後に血を吐く想いを残す事に比べたら“ヘ”でもない。

 

 

 

 「せっちゃんっ!! せっちゃん!!!」

 

 

 そんな横島の前で、

 

 

 「せっちゃんっ!!!!!!!!」

 

 

 カッ!!!

 

 

 木乃香の身体から光が満ち溢れた。

 

 

 「えっ!?」

 

 「なっ!?」

 

 

 一瞬。

 

 ほんの一瞬で血の気を失っていた刹那の顔色が戻り、口から溢れ出ていた血も消えてゆく。

 

 更には意識までもが回復し、ゆっくりとではあるが瞼を開け、泣き顔で自分を見つめている木乃香の表情に驚いていた。

 

 

 「お、お嬢様……?」

 

 

 いっぱしの剣士の口から出たにしてはちょっと間が抜けている。

 

 まぁ、気が付けば木乃香やら古やら謎のかぶりもの男やらの心配げな顔があるのだから、その気持ちも解からなくは無い。

 

 

 「せっちゃん……?

  せっちゃん!! せっちゃぁああんっ!!!」

 

 

 嬉しさのあまり泣きながら刹那を抱き締める木乃香。

 

 死んでしまうかもしれない。

 二度と眼を開けてくれないかもしれないという恐怖から解放されたのだから、当然だろう。

 

 意外なほど強く抱き締めているようで、刹那でもどうすることも出来ないようだ。

 

 その刹那の方も、何故助かったか……と言うより、何があったのか良く憶えていないらしく混乱仕切りである。

 

 だが、強く抱き締められるだけでアバラに痛みが走るのか、直に顔を顰めて木乃香を慌てさせたりしていた。

 

 

 「これは……一体……」

 

 『怪我が治った……つーより、血を吐く前に戻ったって感じだな』

 

 

 ネギは驚きを隠せず、カモは妙に観察眼を光らせていた。

 

 スカカードがあるように、木乃香は失敗してはいるがネギと仮契約を結んでいるのだ。

 恐らくその事によって眠っている彼女の力の一部が目覚めたのだろう。

 

 

 しかしそんな事はどうだって良い。

 

 訳は解らないが、刹那の命が助かったのだから。

 

 

 横島は古とボーゼンとしていたが、ふと顔を見合わせてわけも解からずコクンと頷き合う。

 そして彼女が助かったという事をやっと二人の脳みそが理解すると、

 

 

 ハァ〜〜……

 

 

 二人同時に深い安堵の溜め息を吐き、肩を寄せ合ってそのまま座り込んでしまった。

 見事なユニゾン。流石は師弟である。

 

 

 木乃香は刹那が助かった事でわんわん泣き、刹那は訳が解かっていないのか顔を真っ赤にして慌てふためく。

 

 ネギは刹那の術が途切れたのか小さな姿に戻っており、カモに掴まられてわたわたと慌てていた。

 

 そんな様子を目に入れつつ、古は……

 何とかなったという穏やかな情景に口元を緩め、もう一度と横島の腕に抱きつき、嬉しげに微笑んでいた。

 

 

 助けを求めた瞬間、彼は来てくれたのだ。

 

 単なる偶然かもしれないが、大切な友達の命が危なかった時、彼は駆け付けてくれた。

 そして文字通り身体を張って彼女らを助けてくれたのだ。

 

 

 それが嬉しくてたまらなかった。

 

 そして、そんな彼に二人を助けてもらった事も……

 

 

 あ゛あ゛〜〜っ!! 古ちゃん、ヤメテ〜〜〜っ!! とか言う悲鳴も聞こえない。

 聞えないったら聞こえない。

 

 そうクスクス笑って古は横島の腕を抱く力を更に強くしていた。

 

 

 

 ——と。

 

 

 

 

 

 

 「それがお嬢様のチカラか……大したモンやな……」

 

 

 「!?」

 

 

 その声が聞こえ、師弟の二人は一瞬で身構えた。

 

 見ると、彼らのいる場所の真反対側の位置に、残った式猿の一体が佇んでおり、その肩に千草が乗っているではないか。

 

 

 「く……貴様……」

 

 「あ、せっちゃん! アカン!」

 

 

 立とうとする刹那を木乃香が意外に強い力で止める。自分の力が解っていない彼女だから大方が治っているとは思ってもいないのだろう。

 

 

 「……ははぁ……まだ術の行使に慣れとらんようやなぁ……

  まぁ、今日のトコはこれくらいにしといたげます。

  今回はお嬢様のお力が拝見できたさかいなぁ……」

 

 

 ふふん…と鼻先で笑い、余裕すら見せている千草であったが、実のところそれは単なる負け惜しみである。

 

 

 手駒である式はこの猿鬼しか残っておらず、新入りの少年と月詠は戻ってこない。狗族のコタローも結界内にいる筈だ。

 となるとここに何時までいても何の得も無いのである。

 

 とっとと逃げた方が得策だ。

 

 コドモ先生は実体ではないし、あのひよっこ剣士とチャイナ服の少女もへたり込んでいるし、自分の式である獅子鬼によく似たかぶり物をしている男も無茶をやって力尽きいてる。

 

 だから挨拶をする余裕くらいはあるだろうと踏んだのかもしれない。

 

 

 無謀にも……

 

  

 「何を……」

 

 

 そのまま猿鬼の力で逃げ出すつもりなのだろう。

 

 だが、刹那はもとより古もかなり頭に来ている。そのまま逃がすつもりは毛頭無い。

 

 無いのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ざけんなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その二人の怒気をも踏みにじられるかのような重い声が辺りに響き渡った。

 

 

 「ひ……っ!?」

 

 

 その異質の声の力に千草の身体が硬直する。

 

 そして横島の直脇にいてしまった古すらも……

 

 

 何故か彼の背後にいる木乃香、いやそれどころか刹那にすら感じられていないようであるが、その男から……横島忠夫からとてつもない怒気が噴出していたのである。

 

 

 しかし単なる怒気や殺気で千草や古の身体を止める事はできない。

 

 それは彼女らの想像を遥かに超えたシロモノだった。

 

 

 失った事を心に刻み込み、失わせた事を死ぬほど後悔した男の、

 

 不条理なほど優しい男の怒りは尋常では無かった。

 

 

 

 この女ナニ言いやがった?

 

 このくらいにしとく? “このくらい”だ?

 

 良く解からない理由で女の子一人殺しかけといて、

 

 女の子の友達を目の前で奪いかけといて……

 

 

 言うに事欠いて、

 

 このくらい?

 

 

 

 

 コ ノ ク ラ イ ダ ト ヌ カ ス ノ カ?

 

 

 

 キ サ マ ハ ……… ッ ? !

 

 

 

 

 

 

 ぎじぃっと空気が軋んだ。

 

 その軋む音にあわせて彼の心の中でナニカが動く。

 

 恰も拳銃のシリンダーが回るように、横島の中でナニかがガチリと重い音を立てて精神の性質を切り替えてしまう。

 

 

 彼はその怒りの念を使って、酌み出し掛けていた霊力を更に右手に収束し始める。

 

 そして瞬く間に三つの“珠”が出現。

 生成が終わったと同時にその珠には其々別の文字が浮かび上がった。

 

 

 『収』『束』 そして『固』

 

 

 強念から酌み出された霊力はまだ溢れ出る事は止めようとしない。

 その異様に高まった霊力は勢いそのままに、『収』『束』して更に強力な珠として『固』まってゆく。

 

 

 『な、何だぁ!?』

 

 

 カモも驚き慌てる。

 

 今まで感じた事も聞いた事も無い力の奔流なのだから当然だろう。

 

 

 彼の、彼女らの驚愕など知る由も無く、横島は“珠”が出来上がると三つの珠を消し、それに対して思いっきり強くイメージを注ぎ込んむ。

 

 

 このまま、全ての禍根を断ってやる……

 

 

 

 あの女を消し去る事だけを考え、

 

 もう二度と奪われたりしないよう念を込め、

 

 魂までも砕け散り、転生さえ叶わぬ破滅の一文字を練り上げた珠に込めた横島は、恐怖の余り腰を抜かしている千草に向け——

 

 

 

 「老師っ、駄目アル!!」

 

 

 

         —ヤメロッ!!!—

 

 

 

 その直前、

 二つ(、、)の静止の声が心に響き、横島はハッと我に返った。

 

 

 途端にガチリとまたナニカが切り替わり、普段の横島の性質が浮かび上がっていた。

 

 何が何だか良く解かっていないのは彼自身も同じなのだろう、自分の手に持った珠に目を落して驚愕してしまう。

 こんなモノ(、、、、、)を使用してたら眼鏡姉ちゃんどころか、この天守閣が消滅(、、)しかねないではないか。

 

 せっかく赤っ恥かきつつも助けたとゆーのに消し飛ばしたら本末転倒だ。つーか、何があってもしてはいけないだろう。

 

 しかし、このまま放っておけば自壊して結果は同じになってしまう。

 

 慌てて彼は別の意味を込めて後に放り投げた。

 

 

 怪我人と疲れた女の子がいるのだ。当然込める意味は『癒』。

 

 

 カッ!!

 

 

 「え?」

 

 「わっ!?」

 

 

 生成に使ったマイト数がハンパではない為、刹那はおろか木乃香や古までもその範囲に入り、傷や疲労が一瞬にして癒し尽くされた。

 

 ここでは解らない事であるが、ネギの分け身すらその範疇なのだろうか、ラインで繋がっている彼の本体の傷や疲労も全て消失していたりする。相変わらずトンデモ能力だ。

 

 

 「あ、危なかった……」

 

 

 何が何だか解らないが、怒りに心を塗りつぶされて自制が利かなくなっていたらしい。

 

 古にチラリと顔を向ければ、彼女も正気に返った横島を見て先程同様……いやさっきより深く安堵の溜め息を吐いているではないか。となると余程ヒドイ状態だったのだろう。

 

 

 「く……っ」

 

 「あっ、逃げた!!」

 

 

 しかしそんな隙を丸見えにしてはいけない。

 それを好機ととった千草は、呪縛が解けたのか式に命じてその場から離れていた。

 

 木乃香を捕えるのは失敗した事であるし、今の事で精神疲労も凄まじい。それに何より目立ち過ぎた。

 これ以上ここにいて良い事は何一つ無いのである。

 

 

 「ちっ……そのまま逃がすかっ!!」

 

 

 正気に返った横島であったが、ただで逃がすほどお気楽ではない。

 あれだけヒヤヒヤさせられたのだから、何は無くとも仕返しの一つもしないと腹の虫が治まらない。

 

 残った霊気を右手に収束させ、輝く手甲……ハンズオブグローリーの基本形を具現させる。

 

 しかしその技を使ったとしても、これだけ距離を離された今なら届くまい。

 

 かと言って、アレの直後に古らの前でサイキックソーサーを投げ付けられるほど“非道”を行う事もできない。

 

 

 ならば……

 

 

 「ハンズ(Hands)オブ(of)……グリード(Greed)っ!!」

 

 

 そう叫び、右の掌を突き出した。

 

 集まった霊波の拳が彼の手を離れ、霊気弾が如くスっ飛んで行く。

 

 伸ばした掌がそのまま突き進む様はロケットパンチかブーストナックル。

 それを霊力でやっちゃったりするトコは、やはり何時もの横島だ。

 

 

 「な、何やコレ!?」

 

 

 慌てて身を沈めてかわす千草。

 

 殺気によるショックから立ち直り切っていないのだろう、それが精一杯だった。

 

 それでも回避できてホッとしたのであるが、何とその霊気の手は旋回して再度襲い掛かって来るではないか。

 

 

 おまけに何だか指をワキワキさせつつ……

 

 

 「な、何……っ!? ひゃああ〜っっ!!」

 

 

 ついに千草は、むにゅるっ! とその掌を喰らってしまった。

 

 

 それは言うなれば意思を持った霊気の手。

 

 式神に近く、果てし無く別物であるそれ—— 

 

 本邦初公開。

 成長した横島が生み出した、ターゲットロックした敵(女性限定)を自動追尾する霊気の手、自立型遠距離攻撃霊能力Hands(ハンズ) of(オブ) Greed(グリード)“貧欲の手”。

 

 それは、遠距離攻撃がサイキックソーサーしかなく、また外れやすい事に悩んでいた彼が開発した技……らしい。

 

 言うまでもなく中途半端に記憶と経験が消失している為、詳細は不明であるが何とか使えるというレベルでもって無理矢理整えられた霊能力で、意識でもってターゲットを捕捉させておいてから、それを追わせる特性を栄光の手に持たせてから放つ驚愕の霊能力なのだ。

 

 しかし、今まで語っているように中途半端に記憶がすっ飛んでいる為、便利な特性の付け方はおろかそんな物があったかも不明であり、兎に角使えりゃいいやとばかりに思い出せる範囲だけで整えたシロモノだ。

 その名前の“グリード”からも解るよう、貧欲……ぶっちゃけ欲望を込める事しか“今の彼”には出来なかったりする。

 

 

 要するに——

 

 

 

 「ひ……っ!? あ、あかんて、そんなトコ……ひゃんっ!?」

 

 

 千草に纏わり付いたそれは、込められた欲望……底知れぬ横島の煩悩のままに、彼女の身体を弄り回っているのだ。

 

 

 「あ…そこは……ひんっ イヤやてっ!! ダメや……あふっ」

 

 

 「あわわわわ……」

 「ひゃああ……」

 

 

 何だか色っぽい悲鳴をあげてもぞもぞと身を捩っている千草の様子に、当然の如く真っ赤になる刹那達。

 言うまでもなくカモは、うっひょーっ!! とテンションを上げていたが。

 

 横島は逆に『おのれ……オレの霊能力の分際でオレよかイイ想いしやがって……代わりやがれっ!!』と大憤慨。

 そんな本音をぶっちゃけた直後、古によって宴の可盃のフルスイングかまされた。

 

 

 「ナニ言てるアルか!! アレは敵アルよ!?」

 

 「堪忍やーっ!!

  せやけど霊力が下がってもたから、どーしてもそっちの方にしか頭が回らへんのやーっ!!」

 

 

 そしてネギは、突如として現れ刹那たちを救ってくれたぬいぐるみライオン剣士の豹変に反応すれば良いのか、空中でエッチに悶える眼鏡姉さんを気にすれば良いかで悩んでたりする。

 

 

 「やン…っ!! や、やめ……ひゃうっ!? そん…な……あひっ!!

  ら、らめぇ……っ!!」

 

 

 遠く離れて行きつつエッチな声も続いていた。

 

 何せ横島の“飢え”がバッチリ染み込んでいる霊気だ。そりゃ普通にやったって防げる訳が無い。

 

 残った霊力でもって生み出されたモノなので、実のところ数分しか持ちはしないが、それでも考えられる限りの“やーらしい事”はイロイロされてしまう事だろう。

 何せ欲望“だけ”しか篭っておらず、歯止めが全く無いのだ。思わず彼女の今後に幸あれと祈ってやりたくなる。

 

 古とかは『哀れアルなー』等と言ってはいるが、横島のように『まー刹那ちゃん達にあれだけの事したんだから、どーでもいいや』と、然程の同情もしていない。死にはしないだろーし。

 

 けっこーええ姉ちゃんだったからちょっち勿体無いよーな気がしないでもないが、(何故か古が睨んでて怖いから)さっさと彼女を視界から剥がし、くるりと木乃香らの方に顔を向け、未だ座り込んだままの二人の前に移動して腰を落とした。

 

 

 「えっと……刹那ちゃん、怪我はもう大丈夫か?」

 

 「え? ええ、はい……おかげ様で助かりました」

 

 

 自分の事を知っているようなのでちょっと面食らいながらも、しっかりと礼を言う刹那。

 

 そしてそんな彼女を支えつつ、木乃香も丁寧に横島に頭を下げた。

 

 

 「ホンマ助かりました。ありがとうー」

 

 「あー……いや、でも大体は木乃香ちゃんが治したんだぞ?

  オレのは……まー“ついで”だったみたいだし」

 

 「へ? ウチ?」

 

 

 木乃香の事も知っているようだったが、こちらは大して気になっていないようだ。全く持って適応力の高い娘である。

 

 だが、口を滑らせた横島に刹那は眉を顰めた。

 

 誤魔化しはもう効かないレベルに達してはいるのだが、それでも彼女には知られたくないのかもしれない。

 

 そんな刹那に対して肩を竦ませると、横島は二人に手を貸して立たせてやる。

 

 

 「兎に角ここを出よう。

  ネギと合流した方が良いみたいだしな」

 

 「あ、ハ、ハイ」

 

 

 そう話を振られたネギも驚いて反応が遅れる。

 

 何せ彼は自分の事も知っているようなのだ。会った事も無い人に知られていれば混乱もするというもの。

 

 だから刹那は皆の意見を代表するかのように疑問を口にした。

 

 

 「あの……」

 

 「ん? 何だ?」

 

 「貴方は一体……?」

 

 

 そう言えば言ってなかったっけ? と古に首を回らせると、彼女もちょっと考えてから小さく頷いた。

 

 考えてみれば老師だとは言っていたのだが、名前は言っていない。

 向こうは名前すら知らないのに、こっちばかりが知っているのは確かに不公平だろう。

 

 ふむ……と納得した横島は、ぬいぐるみの口を器用に動かし(その仕組みは不明)、自己紹介をしてやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「 性 戯 の 使 者 、

 

   風 雲 ○ ン ・ デ ・ ラ イ オ ○ 丸 ! ! 」

 

 

 「「「いや、そーじゃなくて!!」」」

 

 「ってか、字が違う気がするアル!!」

 

 

 そのおバカなセリフに、皆は見事同時にツッコミを入れたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兎も角、着替えを済ませた木乃香と刹那は横島の予定通り、一般生徒らをここに残し、裏口からコッソリとシネマ村を後にするのだった。

 

 

 

 「古ちゃん……はよ戻って来てくれよな? 頼むぜ?」

 

 

 

 着替えが無い為、行くに行けない横島を残して……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、そのお陰だった。

 

 

 

 「しかし……

  あんな事しでかしちまうなんて……やっぱオレって…………」

 

 

 

 その呟きの最後が誰の耳にも届かずにいたのは——

 

 

 

 




 横っちの初シリアス暴走。
 後に鬱横島と名付けられました。

 ネタばらしまではまだ遠い……(涙)



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後編

 

 

 その日、一人の少年が旅立って行った——

 

 

 家族を事故で失い、知人の家に引き取られる前にと母親の墓を詣でる為だけに京都に来ていた少年。

 

 彼は、挨拶もせずに新しい生活の場へと旅立って行ったのである。

 

 みょーにリアクションが面白く、実に弄り甲斐が……もとい、中々親しみやすかった少年は、たった三日間という短い期間でそれなりの友達関係を構築できていた。

 だからこそ少女らに『みずくさい…』『せめて挨拶だけでもしてほしかった』等とぼやかれているのも仕方の無い事である。

 

 

 『あんま責めないでやってくれねぇーか?

  別れが苦手だから、顔を見せたくねぇんだろうさ』

 

 

 しかし、突然やってきた親戚を名乗る青年がそう言って少年を庇った。

 

 

 母の里には少女らと共に行くとは聞いてはいたのだが、何んだかんだ言ってもタダキチはまだ幼い子供。

 知らない仲でもなかった彼は心配は拭い切れず、物陰からコッソリ見守っていたのだそうだ。

 

 そして墓参りが終わったのを見届けた後、連絡をつけていた預かり先の“叔母”に引き会わせ、別れの言葉が言い辛かった少年に代わって麻帆良の皆にその事を告げに来たというのである。

 

 

 成る程。話を聞いてから彼を改めて見直してみれば、親戚と言うだけあって青年はあの子に良く似ているではないか。

 

 おそろいと言っても良い頭に巻いている赤いバンダナもそうであるし、はにかむように苦笑する顔などそっくりだ。

 

 その顔でそう言われれば少女らも納得せざるを得ない。

 

 考えて見ればあの少年はしたくもなかった家族との別れを経験している。

 だからもう二度と別れの場を体験したくないのだろう。

 

 

 「うん……そーだね。ここは笑って見送ってあげるのがスジってもんだよね」

 

 「タダキチくん……がんばってね……」

 

 「元気でね」

 

 「あたし達が応援してるよ」

 

 

 「皆……」

 

 

 少女らは目を潤ませつつ、沈み行く夕日に少年の姿を見て別れを告げていた。

 

 青年もそんな心優しい少女らに胸を打たれたか、少しだけ目元をキラリとさせつつ、手近にいた少女(釘宮 円)の肩に手を置いて“何となく”遠くを指差し、少年の明るい未来を願うのだった——

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……つーか、老師本人の事アルな?」

 

 「相変わらずノリの良い御仁でござる」

 

 

 

 

 

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              ■十時間目:独立愚連隊ニシへ (後)

 

 

 

 

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 シネマ村での大騒動の後、横島らはホテルに戻って来ていた。

 

 

 その時の彼はその余りと言えば余りにも目立つ姿をしていた事から着替えが届くまでの間、ずっとシネマ村の中をチョロチョロして敵を陽動し、その間に木乃香と刹那は古が送って行ったのだ。

 

 尤も、彼からすれば“珠”を使って式符を強化し、二人の完璧なニセモノを作って誘き出して一網打尽……という策をとりたかったところである。

 ああいった手合いは根を残す。だから一気に潰してしまう必要があったのだから。

 

 しかし、霊力が激減していた所為で上手く“珠”の生成ができなかったし、何より本山の使い手が出払っていて手が足りないという理由から泣く泣く諦め、そこそこに目立つ程度の陽動を行うだけに留めていたのだ。

 

 それに落ち着いて考えてみれば、あれだけ目立つ行動をとった後であるから何かしらの事を起こせば逆に警戒して陰に沈んでゆく可能性だってあるではないか。

 そうされたら更に厄介な事になる。

 

 だったらその危険度を知る者…この場合は刹那や木乃香が長に報告し、関西の組織の方で手を打ってもらうのが一番だろう。

 それに東との確執が元というのなら、これ以上しゃしゃり出るのは立場的によろしくない。

 

 ——そう判断しての事だった。

 

 そこら辺に思考が進むのは“向こう”での失敗の数々がちゃんと滋養になっているからだろう。その過去の経験は自慢にはならないが。

 

 そこそこ目立つよう頑張ったのであるが残念ながら彼の陽動には乗ってくれなかったようだ。

 尤も、古らの方にも敵は行ってなかったようなので全然OKであるが。

 

 着替えを持ってきてもらうまでの間、ずっとシネマ村のスタッフであるかのように来場客にサービスを続け、かのこと共にポーズをとって写真をとらせたりして来園客にウケていたのはご愛嬌か。

 お陰でシネマ村に新たなショーが生まれ、お土産としてのドーナツが生まれる事となるのだが。

 

 偶然が生んだ産物であるし、何よりこの一件は秘密行動。

 よってどれだけブームの火付け役を担えたとしてもコトが終われば麻帆良に戻るので何のマージンも入らないのが物悲しい。

 

 

 兎も角、恐らく曲者どもは作戦(…と言うにはやたら大雑把だったが)が失敗したからそのまま撤退したのだろう。

 

 そして念には念を入れる横島の働きにもあってか、二人は無事にネギと合流……まぁ、何故かハルナ達までがおまけで付いて行っているが……

 

 その後、ネギ達が本山に入ったのを見届けた古は木乃香の勧めを丁重に辞退し、隠れ潜んでいた楓と共にシネマ村にとんぼ返りをしている。

 

 というのも、横島が霊力を使い過ぎていた為、そのまま“セクハラ一直線”をぶちかましそうだったのだ。

 

 おまけに彼は、横島忠夫という“漢”は、期待(?)を裏切るような男ではない。

 

 陽動なのだからそれなりに目立たなければならないという大義名分の下、当然のように彼は二人が来るまでの間、さっきも述べたようにマスコットキャラ宜しくコミカルな動きを一部の客に披露してはおひねりをもらっていたのであるが、そんな事をしつつも女子更衣所へのピーピングをやりまくって霊力を回復していたのだ。

 小銭も入るし、霊力も回復するしで一石二鳥という事だろう。

 

 

 無論、着替えを手にして戻って来た二人はツヤツヤした横島を見て一発で行っていたであろう犯罪行為を見破り、力いっぱい折檻した事は言うまでもない。

 

 

 で——

 

 実のところネギが本山に入った時点で横島の任務の半分は終了している。

 後はせいぜい、麻帆良に帰る際の護衛くらいだ。

 

 古と楓から皆が本山に到着した事を聞くと横島は学園長に報告し、その後どうすればよいのか問うたのであるが、後は西の長……近衛の婿である詠春に任せておけとの事。

 

 そんなんで大丈夫なんか? と首を傾げ掛けた横島であったが、よくよく考えてみればそれは当然の事で、刺客とはいっても西の者であるから木乃香らが本山に入ってしまえば内部で騒ぎを起こすほどバカではないだろうし、何より木乃香らに顔を見せてしまっている。

 長が相手の特徴を聞かぬわけがないし、そうなると余計に動きを抑えられている筈。

 内紛と言っても間違いではない誘拐事件を未然に防いでもらっただけではなく、解決まで外部に任せたとあってはその内情だけではなく長の体面も拙くなってしまう。

 ならば解決の方だけでも向こうの任せるのが筋というものだろう。

 

 そう納得をし、既に調べはついているのだろうと思いつつも一応は刺客としてやって来たメンバーの情報を知っている限り近衛に伝え、任務完了の言を頂いたのだった。

 

 

 ただ一つ——

 あの術師の眼鏡姉ちゃん(千草)は兎も角、残る二人……SAN値が低い二刀流の少女と、あの銀髪の少年——

 

 

 特にあの明らかに実力があり過ぎる銀髪の少年の事が頭に引っ掛かり続けていたのであるが……

 

 

 

 

 

 

 

 「しかし……お互い何とか乗り切れてよかったでござるなぁ」

 

 「そうアルな」

 

 

 楓は肩まで湯に浸かり、古は口元ギリギリまで湯にその身を沈めて寛ぎかえっていた。

 

 一日中自由時間だったので、皆の夕食も入浴時間もバラバラだ。

 日も暮れ、殆どの人間が戻って来てはいるが、それでも寝る前に風呂に入る事ぐらいはあるだろう。だから清掃中の立て札を置いて来てたりする。

 お陰で貸しきり状態だ。

 

 

 まぁ、そんな暴挙に出ているのにも理由があるのだが。

 

 

 「しかし……

  そうでござるか……横島殿、刹那を救う為に……」

 

 「……」

 

 

 既に彼の活躍はシネマ村への帰りに伝えてある。

 

 しかし、お互いの共通の話となるとやっぱり今日あった事となるので、今も反芻するように同じ事を話していた。

 覗きに(うつつ)を抜かしていたから二人でフルボッコにしてはいるのだが、女の子の為に不条理且つ理不尽な活躍をし、ありったけの力を行使している彼に対して評価は下がってはいない。

 

 そんな彼に対して『ここまでするっ?!』というほどボコっているのは如何なものか?

 

 いや普段の二人……特に楓ならば自分が覗かれたとしてもあそこまでドエラい目に遭わせたりはすまい。ここンところは暴走気味ではあるが。

 

 彼女本人すら上手く説明できない感情の動きなのであるが、覗いていた事実をハッケソした瞬間、二人してぶちキレてしまった……と言うのか正直なところだ。

 

 『何故でござろうか?』と、首を傾げてしまうほどに不理解状態。

 

 

 この場に真名がいればイラついて露天風呂の岩を殴り壊しているような話である。

 

 

 そんな楓の称賛の意の篭った呟きを耳にし、古は頬を手で抑えて頭まで湯に沈めていた。

 

 別に彼女が誉められたわけではないのであるが、ぽこぽこと鼻と口から空気の泡を零しつつ、彼女は心の中できゃーきゃーと悲鳴をあげてたりする。

 

 

 言うまでも無く、話をするたびに横島のことを思い出しているからだ。

 

 いや、確かに横島に以前から言い様のない好意を自覚してはいるし、昨晩にはごっつ濃厚なのをぶちかましてもいる。

 

 その事がひっかかって朝方はギクシャクしてしまっていたものの、シネマ村の件ですっかり忘れ去っていたのであるが……

 

 古は、かぶり物の上からとは言え、抱きついてキスしまくったのが今になって思い出されており、またしても感情が暴走してたりするのだ。

 

 

 『う゛う゛……恥ずかしいアル〜〜〜っっ』

 

 

 幸いにも彼女のセリフは、ぶくぶくぶく〜……という泡の音に変貌しているので楓には聞かれていない。聞かれていたら問い詰められそうだったから重畳だ。

 

 

 その楓というと、話を聞いていない古に気付いていなかったか言葉を掛け続けていたのであるが、ふと肌身離さず持っている自分の札を手に出して誇らしげに見つめていた。

 

 

 修験者モドキのコスプレをし、メタリックな葉団扇を手にしている彼女の姿。

 これこそが、彼女が札の力を使った時の姿でもある。

 

 やたら肌が見えている衣装ではあるが……

 

 

 『露出度の高さは横島殿のシュミでござろうか?』

 

 

 等と苦笑してみたり。

 

 実際、自分の戦闘装束より露出度は高い。

 見る者が見れば『これ、どこのエロゲ?』とか口にされそうなほど。いや、戦闘装束の方を着ていてもそう言われそうだが……

 

 

 古の方は衣装の露出も(横島にしては)かなり押さえ気味。歌舞伎者っぽい派手さがあるが、何か彼女に似合っているし。

 そして道具は完全防護特化型である。その分かなり使い勝手は良さそうだが。

 

 何せ使用する時の効果が明確であるし、古自身の実力もある。

 相手からしてみれば遠距離攻撃を放てば反射されるし、接近戦に持ち込んでも衝撃すら防げる盾が展開されるのだから性質が悪過ぎる。

 

 例え“あの”真名が相手であろうと、発見さえしていれば撃たれても怖くない。いや、それどころか攻撃をした真名が危ないくらいなのだからとんでもない能力である。

 

 

 そして自分の道具——

 

 

 古のに比べればバラつきが多過ぎる。

 おまけに道具を具現させてから十分間しか使えないときている。

 

 三回能力が使えるのだが、三つの制限時間はその十分以内に括られているし、ランダムなので三つの能力がかぶる事もある。

 おまけに十分経てば切れてしまう。

 更に何度か試してみたところ再使用には三十分近くかかるようで今一つ使い勝手が悪い気がしないでもない。

 

 

 だが、使える力そのものはとんでもなかった。

 

 

 実際、コタロー襲撃の際には透明化できていたし、風のように空も飛べた。

 全体的にかなり無茶な底上げが起こる為、元々の楓の力が上乗せされるのであるから奥の手として使用すれば恐るべきものとなろう。

 

 

 『全く……反則でござるなぁ……』

 

 

 と苦笑しつつ、改めてその札をしげしげと見つめる。

 

 朝見た通り、裏面と同色の小豆色の縁取りがありサイズは兎も角、厚みの方はのどからのカードの三倍くらい。

 材質は不明で、和紙のようでもプラスチックのようでもあり、それでいて手触りは大理石のようにすべらかだ。尚且つその重さはまるで紙のように軽い。

 

 だからと言って、安っぽさは感じられない丁寧な作りをしている札である。

 

 

 『……というか、“作った”という感じがしないでござるな……

  “この形で生まれた”と言うか……ふぅむ……』

 

 

 全くもって“魔法”というものは不思議極まりない。

 この札とて契約が成立した瞬間、カモの元に出現したと言うのだから。

 

 

 『しかし……』

 

 

 札を見つめながら楓は湯の温度によるものではない火照りを頬に感じていた。

 

 

 この札は横島との繋がりであり、彼との絆である。

 

 女の為にはどんな無茶も実現できると豪語している彼は、正にそれを古の目の前で実行して見せたのだという。

 

 

 楓はその事が、そしてその絆の証である札をその手に持てている事が何だかとても嬉しかったのだ。

 

 

 横島と共に在る——と言う事が……

 

 

 ……まぁ、火照りの意味はあんまり気付けていないのだけど。

 

 

 「うん……?」

 

 

 と、嬉しげにこの世で唯一の存在である自分の札を眺めていた楓は何気なくそれを裏に返したのであるが、その裏側の中ごろに何か引っ付いている事に気が付いた。

 

 ゴミかと思い、つまんで取ろうとするのにそれは動かない。

 

 爪先で引っ掻いても……いや、引っ掛かりそのものがない。

 

 

 「?」

 

 

 動かぬのも当然で、よく見るとそれは書かれている文字のようだ。

 

 

 「英語……でござるか?

  え、え〜と……あ、あるぺす……? うーむ……なんと読むでござろう?」

 

 

 その前後にも何か書かれている様であるが、かろうじて文字として判別できたのはその単語のみ。

 

 まだ中学生。それもバカレンジャーが一人として知られている楓にしては読めた方かもしれないそれは、飾り文字で『Alpes』と書かれているようだ。

 

 

 「ふーむ……?」

 

 

 ふと気になった彼女は、未だ湯に潜っている古の脇を肘でつついて呼んでみた。

 

 

 「古、古。ちょっと話を聞くでござる」

 

 

 ぶくぶくぶく……と人間ジャグジーでも目指してかのように泡を吐いていた古は、脇を突付かれたお陰で人間の吐く息には限界があるという事を思い出したか、『ぶがぼっ!?』と水中……いや湯中か?……でおもっきり咽て飛び上がってきた。

 

 

 「げぼっ!!

  ぶぼっぶぼっぶへ……っ な゛、な゛に゛す゛る゛ア゛ル゛〜〜」

 

 

 鼻からも湯を戻しつつ涙垂らして文句を言う顔はとても乙女のそれとは言いがたい。

 

 おまけに助けてやったようなものなので文句を言われる筋合いはないだが、そこは楓。

 

 

 「ははは……すまんでござるな」

 

 

 と、九割のおちょくりと一割未満の本気の謝罪を口から漏らす。

 

 まぁ、古も自分がオポンチかまして勝手に咽た事に気付かないわけもないので直に『まぁいいアルが……』と気を落ち着かせた。

 

 

 「それは兎も角、古は今札を持ってるでござるか?」

 

 「何だかおもいきりスルーされた気がするアルが……持てるアルよ」

 

 

 そう言って頭の上に乗せていたタオル……潜っていた時に湯に浮いていたが……の中からそれを引き抜いた。

 

 紙とかなら持ち込んだりはしないのであるが、材質は不明。何か水をはじいたりしてたから古も札を持ち込んでいたのである。

 

 

 それにその札は古にとって既に相棒だ。

 

 

 これがあったお陰で木乃香を逃がす為の時間を稼げたのであるし、刹那達を敵の矢から守る事ができたのだ。

 武器と言うより強力な防具であるこの魔具、そして老師と自分とを繋ぐ絆のように感じられているそれは、もう体の一部と言っても良いかもしれない。

 

 札を見て老師が駆けつけてくれた時の事を思い出したのだろうか、彼女は何だか妙な顔をして更に頬を赤く染めていた。

 

 

 「……」

 

 

 何時もなら『おや? 湯中りでござるか?』といったボケを素でかます楓であるが、何だかよく解らないがジト目でそんな古を見つめていたりする。

 

 女の勘と言うものは何とも恐ろしいものだ。

 

 

 「……古。札の裏に何か書いてあるでござるか?」

 

 「……ふぇ? 裏アルか?」

 

 

 楓の声がみょ〜に低くなっている気がしないでもないが、幸いにして古は気付いていない。

 札に見入っていた彼女はそう言われて初めてそれを裏に返してじっと見つめてみた。

 

 

 「……? 別に何も………あっ」

 

 「あったでござるか?」

 

 

 札の右下の辺り。

 そこに微かにではあるが、確かに文字と思わしきものが書かれてあるではないか。

 

 しかし3−Aにおいて古と言えばバカイエローとして名を馳せている。

 

 よって、

 

 

 「えと、ええと…………よ、読めないアル〜〜」

 

 

 不思議文字に古は半泣きとなっていた。

 

 

 「どれどれ……」

 

 

 顔を寄せて楓が覗きこんでみるとやはり自分の札と同様に文字らしきものがある。

 Calyx… Securitas……という部分だけ辛うじて読み取る事ができた。

 

 

 「く……くらりぃ……? えと……せ、せ……せくりたす? ……なんでござる? コレ」

 

 「私が知るワケないアルよーっ!!」

 

 

 しかし、当然ながらこの二人が読める訳がない。

 

 楓がローマ字風に読んでいた言葉であるが、彼女の札にあったAlpes(アルペス)はラテン語で山,或いは山の精を意味し、古の札にあったCalyx(ケイリクス)は花の鍔や盾を、Securitas(セクリタス)は安全等を意味する単語である。

 

 札はおもいっきり花札であるというのに、微かに見える文字はラテン語。そしてそのラテン語の字体は楓が見たのどかの札のそれによく似ていた。

 

 何となく……ではあるが、パクティオーカードに“なりかかっていた何か”が別のものに練り込まれてこの札になったという感じがないでもないのだ。

 

 というのも、

 

 

 「何だか……再生紙を思い出すアルな……」

 

 「でござるな……」

 

 

 そう、再生紙などのエコロジーペーパー等にはめったにない事ではあるが、古紙の字が残っている事がある。

 それが二人には思い出されていたのだ。

 そう考えてみると急に符が安っぽく感じられてくるから不思議である。

 

 現代の宝貝(パオペイ)と言っても過言ではない代物に対しての表現としては散々ではあるが……

 

 尤も、だからと言って不快に思う訳ではない。

 

 古もその力のお陰でやるべき事を成し得たのであるし、楓の方にしても心強い力を示してくれたのだ。

 それで文句など思い浮かべたら罰が当たるという物である。

 

 

 それよりなにより、

 

 

 「しかし……実に横島殿らしいと言えなくもないでござるな」

 

 「そーアルね」

 

 

 “これ”を使うと言う事は、彼と共に戦っているようなものなのだ。

 

 彼に背を預け、足りないところを補ってもらっている——彼女らからしてみれば、正にそんな感じがするのである。

 

 

 一度約束すると必死になってそれを守ろうとし続け、力を貸し続けてくれる。

 見た目がどうも安っぽくてイマイチ信用できなさそうなトコまでよく似ているではないか。

 

 

 だから古はその札を持てている事が嬉しいのだろう。

 

 彼女は自分の札を撫でながら、柔らかく微笑んでいた。

 

 

 「むう……」

 

 

 そんな古の様子を見、楓はその事が何だが異様に気になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 「横島君、お疲れ様」

 

 「うぃっス……」

 

 

 新田に続き、少女らにずっとタダキチの事を説明し続け、やっと全員に対してのそれが終了した時、流石の横島も疲れ果てていた。

 

 何せこの日は班ごとに出掛けているので、帰宅時間がまちまちなのだ。

 新田教諭に説明するのも結構手間取ったが、それよりも帰って来た班ごとに説明をするのが大変だった。

 

 無論、新田の方が楽だった……と言う訳ではない。

 

 何せ横島はパッと見が未成年。そんな彼が平日の京都にいるだけで不審がられたのだ。

 

 それでも一応、家庭の事情で高校に行けず、やむなく用務員として麻帆良で働いている青年がいるという話を新田も聞いており、彼がその本人である事を瀬流彦が証明してくれたので何とか話はついた。

 

 

 ただ、その場に帰ってきた少女が出くわしたのが拙かった。

 

 

 何せ五月蝿い事と、ワケの解らぬ騒動を起こす事で3−Aに敵うクラスはない。

 

 『どーしたの?!』『誰かが連れて行ったの!?』等から始まり、ドコをどー聞き間違ったのか『売ったのー!?』と大騒ぎだ。

 

 仕方なく横島は、新田の逆鱗に触れる前に少女らに冒頭のような説明をしたわけであるが……タイミングか悪いとゆーか運が悪いとゆーか、説明がし終わる頃に別の班が、そしてまた説明が終わる頃にまた別の班が……と、狙ったように順次戻って来て、『ねぇねぇっ 何があったのー?』『その人誰ー?』と聞いてくる。

 

 相手が男子生徒とかなら兎も角、将来が楽しみなナイスな美少女揃いということもあり、やらんでも良いのに冒頭のような話を横島は続けたのだ。そりゃあ疲れもするだろう。

 

 

 そしてやっと今、解放されたのである。

 

 

 「アレがじょしちゅーがくせーパワーか……おっそるべ〜し……」

 

 「ははは……」

 

 

 ぐったり〜として呟く横島に、様子を見守るだけであった瀬流彦も乾いた笑いを漏らすのみ。

 

 何だか使い魔の かのこもグロッキー気味で座り込んでいるので、その疲労たるや想像以上なのだろう。

 

 西の過激派に襲われた事や、それらを撃退した事、そしてその間の活劇も報告時に聞いているので、もうご苦労様と言う他無い。

 

 その上、ただでさえ元気な少女らの中でも別格の3−Aの生徒らを相手にしていたのだ。

 

 瀬流彦もその苦労は以前から高畑より見聞きしている。

 幼稚園児の無邪気さに小学生の元気さを足して思春期のズルさを持ち合わせている少女らを相手に、担任や教師のような義務がないとゆーのに懇切丁寧に説明をし続けた彼には苦笑いしか浮かべられまい。

 

 

 その瀬流彦は仕事時間内なのでスーツ姿。

 一息入れるにはまだ早いからだ。

 

 対する横島は楓らが買って来てくれたジージャンにジーンズ姿という何時もの格好。

 何だかサイズが異様にぴったりなのを入手してきた楓に戦慄を覚えないでもなかったが、女の子のスリーサイズを神レベルの眼力で掌握してしまう彼から言えば然程でも無いのかあっさりスルーしている。

 

 

 ネギも刹那もまだ知らない事であるが、麻帆良にはかなりの数の魔法使い……魔法先生&魔法生徒がいる。

 この瀬流彦も魔法先生の一人で、今は一般教師として生徒らを守っており、乱暴な言い方をするのなら魔法使いとしては勤務時間外という事になるだろう。

 

 しかし横島はまだ仕事中……正確に言えば任務待ちの警戒中である。

 だから瀬流彦よりも気を抜く事ができないでいたのだ。

 

 そんな彼に自販機で買ったペットボトルのお茶を差し出すと、ロビーのテーブルに突っ伏したままくぴくぴと音を立てて飲む。

 イロイロあってホントお疲れのご様子である。

 それでもちょっと掌にお茶を出しては かのこに与える事を忘れないのだから何とも微笑ましい。

 

 霊力を消費しまくってそれを充填すると言う大義名分の元、更衣室を覗きまくっていた彼であったが、そのお陰で楓と古に半死半生の目に遭わされている。

 無論、九割九分九厘殺し程度でも、どーかなるような横島ではないのだが疲労困憊にはなっているのだ。

 

 

 それに——

 

 自分の中に居る自分の事もはっきり自覚してしまったのだし……

 

 

 「横島君……?」

 

 

 小鹿と戯れつつも深刻そうな顔をしていた横島をいぶかしんだか、瀬流彦も表情を変えて問い掛けてしまう。

 

 

 「あ……

  いや、何でもないっスよ……」

 

 

 その問い掛けを かのこを撫でて誤魔化す。

 

 されるがままの小鹿であるが、スキンシップは大好きなので瞼を閉じて堪能しているようだ。

 

 無論、誤魔化しきれる筈もなく、瀬流彦も唐突な表情の変化とそのヘタクソな誤魔化しに眉を顰めていた。

 

 

 「それより、あの刺客の眼鏡姉ちゃんの事なんスけど……」

 

 「え? あ、ああ……」

 

 

 あからさまな話のずらし方であるが、瀬流彦はあえて乗ってやった。

 何だかこれ以上問うてはいけないような気もした事もあるし。

 

 彼はポケットからPDAを取り出し、システムを起動してさっき学園から送ってもらったデータに目を落した。

 

 

 「えっと……どっちだい?」

 

 「どっちって……あぁ、剣客の子も眼鏡だったっけ?

  いや、そっちじゃなくて、符術使いの方っス」

 

 

 横島はあの夜しか会っていないのだが、彼女(月詠)の方も何だか別の思惑を感じないでもない。しかし今は誘拐事件の首謀者と思わしき女の方が気になっている。

 

 

 「あぁ、こっちの女性ね……えっと……」

 

 

 天ヶ崎千草——

 

 今回の件の首謀者として扱われている女性術師。

 “先の大戦”のしこりなのか、西洋魔術師に対して根深い恨みをもっているらしく、その復讐を果たすために近衛 木乃香の強大な魔力を利用しようと企んだと思われる。

 

 

 「先の大戦? 二次大戦っスか?」

 

 「いや……その、そっちじゃなくてね……」

 

 

 横島から言えば大戦といえば世界大戦しか知らない。

 

 瀬流彦が何だか口を濁しているようだが、こちらの世界の“裏”では魔法関係の大きな戦があったと思われる。それもそんなに昔ではなさそうだ。

 

 どこの世界でもオカルトな戦はあるという事なのだろうか。

 

 

 「ま、別にそれはいいっスよ……問題は何をしようとしてたかって事で……

  そっちは……?」

 

 「うん。まだなんだ」

 

 

 流石にそこまではまだ調査は進んでいないようだ。

 

 いくら手が長かろうが伸ばす先が見えていなければどうしようもないと言う事か。

 

 それでも少ない情報からでも考えられる事はいくつかある。

 

 例えばその大きな魔力を使って大量の式兵を操り、クーデターを起こして本山を掌握するとかだ。

 式を操る魔力の核となっているのが長の娘の木乃香なら向こうもそう簡単には手だしもできないだろうし。

 

 まぁ、単なる仮説であるし穴だらけの話であるが。

 

 

 「巨大な魔力……ねぇ……

  木乃香ちゃんのそこまで大きいんかなぁ……まぁ、あの歳にしてはある方だと思うけど……」

 

 「そ、そう?

 僕も今回初めて知ったんだけど、ちゃんとした方陣使ったら数百の式を同時制御できるほどらしいんだよ?」

 

 「同時に制御できたって、一体一体がヘボやったら意味無いやん。

  戦争は数だよ兄貴……とかよく言うけど、オカルト関係の争いやったら数より質がモノ言うぞ?」

 

 「う、う〜ん……」

 

 

 そう言われると瀬流彦も言葉が続かない。

 

 例えば伝え聞く英雄、サウドンド・マスターらは正しく一騎当千の力を見せたと言う。

 それに瀬流彦とてある程度の戦いは経験している。だから彼とていくら数を集めても大した抗魔力をもっていなければ魔法で一薙ぎにできるだろう事を知っているのだ。

 

 

 尤も、横島の基準で言う強大な魔力というのは恋人だった魔族の娘や、その妹達。或いはやたら縁があったお尋ね者の邪龍みたいなのが該当する。

 尚且つ、彼の弟子を名乗る少女に至っては太古に何処かへと去った月の女神をその身に降ろした事まであるのだ。

 その魔族の娘にしても、少なく見積もっても一級GSの百倍は霊力があった。今更木乃香程度の内包力では驚けという方が難しい。

 

 そーゆーのと比べる方に問題があるという説もあるが、彼が関わらされていた相手の多くが高いレベルの妖怪、そして神族や魔族、事件にしてもその多くが世界最高レベルだったのでこんな間違った認識のままなのもしょうがないかもしれない。

 

 

 「ま、今はどーこー言うてもしゃあないか……

  本山とやらのメンツもあるだろーし、あんま首突っ込んでも何だしな。

  セルピコ…じゃない、瀬流彦先生もクラスの女の子を守んなきゃなんねーから手ぇ離せへんやろ?」

 

 「……うん、まぁ実際そうなんだけどね……

  それより、その呼び方をどーにかしてほしいんだけど」

 

 

 瀬流彦の小さな呟きなど右から左に流し、テーブルに突っ伏したまま顔をごろんと転がして窓の外を見やった。

 日は既に暮れ、夜の帳が下りている。

 

 今日という日は間もなく終わり、明後日は麻帆良に帰る日だ。無論、彼女を寮に送り届けるまで気を抜くつもりは無いし、明日も楓か古と共に五班にくっ付いて護衛するつもりであるが……

 

 

 この京都奈良への修学旅行は、学校行事という以前に“西”の縄張りに“東の者”が入るという事もあって魔法先生は殆ど来ていない。

 

 関係改善が行われる前に関西呪術協会の縄張り内に東の魔法使いが数を整えて侵入して行くのはかなり刺激してしまう事となる。

 だからネギと瀬流彦……そして魔法使いではない横島くらいしか来ていないのだ。

 

 よって西の術師が僅かでも手勢を整えてちょっかいをかけてくれば忽ち手が足りなくなってしまうのである。

 

 

 無論、向こうとて魔法の秘匿ぐらいは心得ている訳で……ひょっとしたら今この瞬間にも“裏”で刺客らと本山の戦いが人の目に入らぬ場所で起こっているかも知れない。

 だったら後は余り目立った動きを見せず、一般人を装って女生徒らへの被害を押さえた方がマシである。

 

 

 「……兎に角、後は明後日……学園に着く時まで女の子らの護衛に集中するという事で」

 

 「そうだね……」

 

 

 責任の丸投げという気がしないでもないが、向こうからの申し出もないのに勝手にでしゃばる方が問題だろう。

 

 まぁ、コトが起これば誰かに言われるまでもなく横島も動いてしまうだろうが……

 

 

 彼とて恨み辛みからの行動も理解できないわけではない。それは自分自身が強く認識している事なのだ。

 だから千草の想いも解らぬでもない。

 しかし、木乃香の様な女の子を巻き込むのは断じて許せない所業であるし筋違いである事もちゃんと理解している。

 

 

 「……魔神憎けりゃ魔族まで憎い……ってか? オレはそこまでいかなんだけどなぁ……」

 

 「は?」

 

 「……うんにゃ。なんでもないっス」

 

 

 憎むべき対象はいたが、“彼女”はその娘だった。

 

 今考えてみると、敵対対象がいる種族全てを憎む……といった愚行は犯さずにいられたのは、“彼女”がその対象の娘だったからかもしれない。

 

 だったらあらゆる意味で“彼女”は恩人ではなかろうか?

 

 ……尤も、その代わりに人と人外を分ける柵をほぼ完全に見失っていたりするが……

 

 

 ——いや、やっぱ自分が馬鹿なだけか?

 

 

 そう溜め息を零しながら横島はやっと腰を上げた。

 

 かのこも彼を見てひょこひょこと立ち上がる。

 

 

 「横島君?」

 

 

 何だか言い表せない表情をした横島に、瀬流彦は思わず問うように声をかけてしまう。

 

 そんな戸惑っているのが丸解りの瀬流彦の様子をみて横島は苦笑を漏らした。

 

 

 「オレも風呂入って英気を養う事にします。ここって混浴だし……

  あ、でもどーせしずな先生は……」

 

 「え? あ、うん。彼女は既に終わってると思うけど……」

 

 

 どーせそんな事だと思ったよ。チクショーめ……と肩を落としつつ瀬流彦に背中を見せ、かのこと共に歩き出す横島。

 

 瀬流彦は急にしずなの話が出て気を取られ、何を聞こうとしたのか忘れてしまっていた。

 

 

 それが横島の狙いであったどうかは……彼が解るはずもなかった。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 横島忠夫。

 

 肉体年齢十七歳。

 蟹座のO型。美形だ——っ!!?? ……最後はちょっと(かなり)違うか……

 

 兎も角、大人的な落ち着きはあるものの肉体年齢に精神が引っ張られ気味の彼は、実のところ運はあまり宜しくなかった。

 

 以前兎も角、今の彼は霊力が満たされている間はちょっとスケベ程度の人間であるのだが、一度霊力が下がると反比例して煩悩が増し、増加した煩悩でもって霊力を回復して行く怪奇エロ霊能人間となってしまうのである。

 

 しかし実のところそれは運の無さとかではなく、女性問題と言えなくもなかった。

 

 運が無い——というのは覗けば大半は失敗し、成功したらしたで碌でもない結果に陥る点だ。

 

 

 完全に自業自得なのであるが、覗こうと思えば発見されて失敗し、偶に混浴に成功すると入ってくるのは女子中学生。

 

 それだけならまだしも、それで霊力が回復してたりなんかするからアイデンティティの危機である。

 

 この日、激減した霊力を回復せんが為に想像を絶する隠れ身の術で更衣室を覗きに覗いて覗きまくった彼であったが、冷静になった今でこそ解るがその時に着替えていた女の子は、間違いなく“女の子”というカテゴリーの年齢だったのである。

 

 

 麻帆良学園中等部の用務員をしている横島であるが、生徒との接点はあまりなく、顔も良く知らないでいた。

 

 楓と古、食事に行くから親しくなっている超と五月、仕事上でつながりができている真名。例外として楓に騙されて知り合いとなってしまった風香と史伽。これくらいだ。

 

 だから当然、あやかとか千鶴、和美等の少女らの面識は新幹線内だけと言っても良い。

 

 子供好きとして色んな意味で知られているあやかとて、横島の側に余りいなかったのだし。

 

 

 彼女曰く——

 

 

 「何と言うか……俳優の声を吹き替えで聞いている気分ですの。

  ネギ先生と違って、底知れない濁りを感じると言うか……不思議な話ですわね?」

 

 

 不思議なのはアンタや……と、横島以外の者も激しくツッコミを入れた。

 

 魔法による年齢詐称程度では彼女のショタセンサーをぶち抜けなかったと言う事なのか?

 

 

 兎も角、3−A……いや、麻帆良には中学生と言うカテゴリーから外れかかっているプロポーションの少女らが多い。

 

 だから横島も自分を失ってしまいそーになる彼女らに余り接点を持たずにいたわけであるが……

 昼間のシネマ村の一件で激減させた霊力を回復させるべく、『うっひょーっ』とどこぞのオコジョ妖精のよーに歓喜の悲鳴をあげつつ更衣室を覗いていたのは周知の通り。

 だがよりにも寄ってそんな霊力回復に協力してくださった女性たちは、何と楓らの同級生である あやか達だったのだ。

 それに気付かされたのは二人の鬼に折檻を喰らった後。

 『何であやか達を覗いたでござる!?』『中学生に興味ないと言たのは誰アルか!?』と怒られてからだ。

 

 彼女らのプロポーションに心を奪われて中学生と気付けず、あまつさえ霊力をほぼ回復してツヤツヤしていたもんだからそのショックも大きかった。

 

 というより、ボコられた事より中学生に萌えた自分を自覚してしまった方のイタミが酷かったりする。

 

 

 そういう状況に浸らされつつある事こそ運の無さといえるのであるが……まだ彼にはその自覚が無かった。

 

 

 まぁ、それは兎も角——

 

 がんばったのにボロボロにされた横島を流石に不憫に思ったのだろうか、身体を引き摺るようにホテルに戻った彼に対し、楓は、

 

 

 『今日は横島殿に付いて行ったりしないでござるから、湯に浸かってゆっくりするでござる』

 

 

 と優しく言ってくれた。

 

 

 『Oh...My Godes...』

 

 

 旅行に来てから今日までまともな入浴ができておらず、ゆっくりと湯に浸る事がで来ていなかった横島が感謝の涙を浮かべたのは当然の事だろう。

 

 

 そして彼は自分が単純である事をまたも思い知らされるのだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 「くはぁあああ〜……」

 

 「ぴゅい〜〜……」

 

 

 横島はちゃんと作法通りに掛け湯をしてから軽く身体を洗い、同じように掛け湯をした かのこを抱っこし、ゆっくりと身体を沈めて湯を沁みさせていた。

 

 溜め息にも似た深くて長い声が思わず洩らし、小鹿が真似るように鳴いたのはご愛嬌か。

 

 何せ今の今まで温かな血だまりの中ばかりに浸かってしまっていた彼なのだ。

 貸し切り状態でゆっくりと浸かれた露天風呂にむせび泣いてたりするのも当然である。

 

 因みに露天風呂はペット同伴不可であるが、かのこはペットではなく使い魔。だからこれでいいのだ。とへ理屈で連れ込んでいる。抱っこしてるだけで癒されるし。

 大体、この子は抱っこしてないと沈むし。

 

 まぁ、混浴だと言うのに女っ気がゼロというのも物悲しいが、覗きの所為でめっさ怒られた後なのでしょうがないかと諦めもつく。

 じょしちゅーがくせーに頭が上がらないのもまた物悲しさに拍車が掛かるのだが……

 

 

 「ふぃいいいい〜〜……」

 

 「ぴゅい〜」

 

 

 それでも深〜い安堵の溜め息が出るのはリラックスできている証拠。

 小鹿の溜息と同時というのもナニであるが、何か気持ちよさげなので彼も気にしない。

 入浴する直前、一緒に連れてってくれないの? と見つめられただけでコレなのだから、甘いとゆーかなんとゆーか。

 流石に煩悩力者だから子煩悩とか使い魔煩悩とかもあるのかもしれない。

 

 先程までは大きかった かのこであるがそれはカードの力とやらで、実際には小鹿のまま。

 何か間の成長をすっ飛ばされた気がして物悲しかったのだが、札の力を解けばこの通りだ。お陰で彼は心を癒されている。

 

 

 しかし、それでも完全にはリラックスし切れないでいた。

 

 

 『……アレも……オレなんだよな……』

 

 

 思い出されるのは昼間のシネマ村の一件。

 

 確かに刹那と木乃香の命が危なかった。

 

 それは間違いなく西の刺客とやらの所為であり、反撃に躊躇する必要は無かったといえるだろう。

 

 

 しかし——

 

 

 「だからって、あんな事せんでも……」

 

 

 “珠”に込められた一文字。

 

 それは漢字と同様にして一つで意味を成す文字。

 

 一つで様々な意味を含ませられるサンスクリット文字の一字。所謂 “梵字”だった。

 

 

 無論、横島は人間の枠内でいる存在なので神仏を表すその文字の完全具現など不可能だ。

 

 しかし、意味を持っている文字には違いないので、紛い物なりに極々小規模だけならそのとてつもない力を再現できるのである。

 

 あの天守閣周辺だけなら完全消滅させられるほどに——

 

 

 ただ……

 

 

 「……オレはあんな字知らへんのに……」

 

 

 サンスクリットはサンスクリットでも彼自身が、

 この横島(、、、、)が全くもって見た事の無い、古代の文字使いだった。

 

 

 それこそが、“あの自分”が在るという証でもある。

 

 

 バシャッと大きめの音を立て、横島は乱暴に顔を洗った。

 

 ゴシゴシと湯で何度も顔を洗い、沈みかかった気持ちごと澱みをこそげるように。

 

 

 「……」

 

 

 濡れたタオルを顔に押し当てたまま、瞼の下の闇を見つめる。

 

 無論、眼を閉じているのだから何も見ないし見えてこない。

 だけどそのずっと遠くにいる自分の姿を幻視してしまうような気さえしてくる。

 

 いや既にしてしまっているのかもしれない。

 

 

 手繰り寄せる事は“絶対にできない”記憶。

 

 実年齢までの経験。

 

 それこそが自分を納得されられる唯一のものなのに……

 

 

 その欠片すら、生まれてから十代後半までの記憶と経験が異様なほど鮮明になっている“今”だからこそ、恰も他人事のように感じられて“記録”から浮かび上げさせる事ができないのだ。

 

 

 「……ったく……だったら感情ぐらい制御させろっつーの……

  まぁ、女の為に身体が動くのは変わってねぇみたいだけどさ……」

 

 

 零れる言葉は溜め息混じり。

 

 今更嘆くつもりは更々無いが、愚痴の一つも吐かなきゃやってられないというのが正直なところだ。

 

 言うまでも無く刹那らを救えた事に関して欠片ほども文句は持っていないのだけど。

 

 

 「いやいや……

  確かに冷静さにかけるのは感心できぬでござるが、友を助けてもらえた拙者から言えば感謝感激でござるよ?」

 

 「ま、そー言ってもらえただけで嬉しいけどさ……

  あの眼鏡姉ちゃん……千草ちゃんだっけ? 彼女を勢いで殺しかけたんだぜ?

  サイっテーだよ……」

 

 「うむ……確かに先に始末する事を考えるのはいただけないでござるな。

  一番手っ取り早い方法であるからこそ、一番簡単に堕ち易い道でも在る……

  なれど横島殿はそれを自覚……いや、理解しているのでござろう?」

 

 「ああ……」

 

 「ならそれで良いではござらぬか。

  起こしてしまった事を嘆き続けるより、それを教訓として戒める。

  その方がずっと建設的でござるよ。

  幸いにして怪我人は“無くなった”事でござるし」

 

 「ありゃあ木乃香ちゃんの力だよ」

 

 「完治させたのは横島殿の力だと聞いているでござるが」

 

 「いや、それだって珠の力を……」

 

 「ほう?」

 

 「……………」

 

 「………」

 

 「………」

 

 「………」

 

 「………」

 

 「………」

 

 「…………………えっと……」

 

 「?」

 

 「楓…チャン……?」

 

 「あい?」

 

 

 「な、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  何 で コ コ に お る ん じ ゃ ぁ あ ———— っ ? ? ! ! 」

 

 

 慌てて立ち上がりかける横島であったが、タオルを頭の上に乗せていた事を辛うじて憶えていたのか、腰の位置までで踏み止まる事に成功。

 

 今回は“ご披露”する事無く、身を捻ってややアクロバチックに再び湯に身を沈められた。頭まで。

 その際、かのこだけは湯面に出していたのは流石である。

 

 

 楓の方は流石に三度目。

 慌てる事無く首から上だけを横に逸らして直視を避けられていた。

 

 

 「(ぶくぶくぶく……ごぼっ)なっ、なんでココにおんねん!?

  付いて来たりせんゆーたやん!! ウソツキ——っ!!!」

 

 

 先程までのシリアスはどこへやら。

 半泣きで楓に抗議する様は何時もの横島だ。

 

 そんな横島の様にホッとしている楓であるが、露ほども見た目に表さずしれっとしたまま、

 

 

 「はて? 拙者は嘘などついてはおらんでござるよ?

  確かに付いて来てはいないでござるし、一人で露天風呂に入らせはしたでござる。

  拙者らが入っている所に勝手に入って来たのは横島殿ではござらぬか」

 

 「ぬぉっ!? 何たる詭弁っ!! 乙女の恥じらいはドコ行った!?」

 

 「御安心あれ。拙者、同じ轍は踏まんでござるよ。

  このようにちゃんと学校指定のスクール水着を着用してるでござる」

 

 

 スク水!? と目を見張る横島。

 

 なるほど確かにスク水だ。

 

 この旅行中にどーやって入手したか全く持って不明であるが、肌にぴっちりと張り付いた紺色のそれは、漢らにとっての魅惑のアイテム。心を惑わす色になんか深い意味でもあるんか!? とか叫びたくなってしまうそれに間違いなかった。

 

 ロリちゃうねん。ノーマルやねんとほざきまくりつつも、こーゆーアイテムに心を惑わされているのだからその説得力も無いに等しい。

 

 つーか、ジャスティスに至っては左手をぐっぐっと何度も握り締め、右手はパッキンパッキンと指を鳴らしていたりする。どんな感情が蠢いているのやら興味は尽きない。

 

 

 おまけに楓の胸元はびろ〜んとひろがっているではないか。

 そのダイナマイツ具合には流石の横島も血圧アップしてヤリパンサーだ。

 

 

 「ちゃうんじゃ——っ!!

  ちゃう、ちゃうんやっ!! そーやないんじゃ——っ!!!」

 

 

 ナニがどー違うのかサッパリサッパリであるが、例によって例の如く横島は近くにあった岩にガンガンヘッドバッドかまして血圧を下げようと無駄に努力をしている。

 無論、そう簡単に落ち着けるわけがない。

 

 先日、刹那によって切断され、ネギによって修理中となっていた風呂場の岩がたちまち粉々となった。

 

 

 「あはは……風呂で騒いではいけないでござるな。あんまり騒ぐと人が来るでござるよ?」

 

 「誰がオレをこーさせとると思とんじゃ——っ!!」

 

 

 アイデンティティの崩壊の危機に、横島もマジ泣きで抗議する。

 

 尤も、『あんまり騒ぐと、この水着に石鹸の泡をぬりたくってそれで横島殿を洗うでござるよ?』と言われれば、湯の中でも土下座して謝る他無い。

 

 そんな“さーびす”受けたら完全にアウトとなるのだから。

 

 楓にしても、先日一対一で風呂場で相対した時にはあれだけ慌てていたというのに、今の彼女は修学旅行前のペースを取り戻しているようにも見える。

 

 

 ——というのも、

 

 

 「ぜぇぜぇ……

  ん? そう言えば楓ちゃん、みょーな事言わんかったか?」

 

 「はて?」

 

 「いや、その……拙者“ら”とか……」

 

 

 “ら”と言ったのだから、単数形ではない。

 普通で考えれば複数形という事になる。

 

 それはつまり……

 

 

 「……ろ、老師……」

 

 「え………」

 

 

 当然ながら今現在での横島の関係者の一人、古もいるという事で……

 

 まぁ、二人一緒でなければこんな事等できはすまい。

 

 

 「え、えと、あの……」

 

 「う、うん……」

 

 

 霊力が下がっているからか、二人の霊気を隠す能力が上がっているのか、はたまた心を許しているので気付けなかったかは定かではないが。

 

 兎も角、古がいてくれているお陰(所為?)で、楓もこうやってまともに彼と話ができているという事なのである。

 

 

 が、

 

 

 「さきは、その……」

 

 「う…うん」

 

 

 「……」

 

 

 楓は、な〜んかイマイチ面白くない……

 

 

 シネマ村での一件。その件に関わった二人であり、当事者である。

 

 その事が古の心に何を齎せたのかは知らないが、確実に朝よりは変化を見せて……いや、見せ付けていた。

 

 

 「むぅ……」

 

 

 古はなんだかもじもじとし、水着を着用しているというのに、まるで肌身を曝しているかの如く恥ずかしがっている。

 

 横島もそんな彼女の仕種に触発されたかのように、どこか落ち着きのなさを見せている。

 

 

 それがやっぱイマイチ面白くない。

 

 

 「 横 島 殿 」

 

 「うわぁおっ!?」

 

 

 いきなり二人の間に割り込みを掛ける楓。

 

 横島との顔の距離は僅か五cm。とんでもない近距離である。

 彼の驚きも知れると言うもの。

 

 

 「なっ、何や何や!? イキナリっ!!」

 

 「はっはっはっ お気になさらず」

 

 「気にするわっ!!」

 

 

 自分に対し半泣きになって抗議する横島。

 

 それは自分によって陥落されかかっているからであり、自分に意識が向けられているという事である。

 それがまた嬉しいのか、楓の笑みが増した。

 

 

 「むぅ……」

 

 

 すると今度は古の方が何か面白くない。

 

 楓と同じ様に唸り、何か頬が膨らんでいる。

 

 

 「老師」

 

 ごちんっ

 

 「おぷっ!?」

 

 

 瞬動。

 一瞬で楓と横島のとの間に割り込みが掛かり、楓は鼻を古の後頭部で打って蹲った。

 

 そして横島との顔の距離は楓より近くて四cm。

 

 

 「うっひゃぁあっ!?」

 

 

 当然の様に横島は奇声を上げて後に跳ねた。

 

 

 「な、何やちゅーんじゃっ!? オレに対する挑戦か!?」

 

 「ベ、別に新たなるスタンド使いとかではないアルよ」

 

 

 割り込んだまでは良かったが、どうも勝手が上手くいかない。

 湯中りしかかっているのか、心構えなく発動させた瞬動の所為か、胸がドキドキしているし。

 

 

 「あ、あの……っ」

 

 「う、うんっ!?」

 

 

 「その……どうも…ありがと……」

 

 

 小さく、

 本当に小さく礼を言う古。

 

 武術家として礼儀を重んじている彼女であるから、こんな風に礼を小さい声で言うのはおかしくもある。

 そして本人も何だか大きな声で言えなかった事に混乱しているようだ。

 

 助太刀や助力、そして霊波を習った後など言うそれとは違い、何と言うか……横島の中にある想いを知った事に対しての礼なので言い難いのである。

 

 それが何を意味しているのかもやはり気付いていないのであるが。

 

 

 そして横島は、俯きかげんで礼を言う古に萌え……もとい、苦笑しつつ、

 

 

 「礼を言うのはオレだよ。

  ありがとな、古ちゃん」

 

 

 とこれまた礼を言って来るではないか。 

 

 

 へ? と訳の解らぬ古は伏せていた頭を上げ、横島の顔を見た。

 

 

 「あ……」

 

 

 苦笑したままなのだから何時もの彼の顔。

 いやじゃーっ いやじゃーっと鍛練から逃げまくり、それでも最後まで付き合ってくれた後の顔そのまま。

 

 だけど違う。はっきりと違っている。

 

 

 同じなのに何だか違う、そして妙に眩しい笑顔がそこにはあった。

 

 

 自然と古は目を伏せて俯く。

 

 その笑顔に眩しさを感じた事もあったが、それより何より礼を言われる程の事はできていなかったのだから……

 

 

 「あ、あイヤ……その、私は別に……何も……」

 

 

 できなかった。

 

 いや、正確には“届かなかった”。

 

 

 確かに月詠には刹那と共に一矢報いる事はできたのであるが、それはお返しができた程度。

 

 その刹那の事にしても結局は木乃香と共に危うく失いかけていたのである。

 

 ギリギリで救ってくれたのは、この横島だ。

 

 魔法の秘匿という約束事すら無視し、町の中を一直線に貫いて危機に駆け付けてくれた老師なのである。

 

 

 だから自分の友を救う為に全てを無視してくれた彼に礼を言ったのであるが……

 

 まさか自分が言われるとは思いもよらなかった。

 

 

 「あん時さ……」

 

 「ふぇ……?」

 

 「あん時、オレ止めてくれたろ」

 

 「……あ」

 

 

 そう——

 

 横島の“性質”が切り替わり、全ての禍根を先に絶とうとしていた彼を止めたのは、古の制止の言葉だった。

 

 確かに心の中にも別の言葉は湧いてはいたが、肉体的に響いたのは間違いなく古の言葉だったのだ。

 

 

 「あれは……その……」

 

 「うん……あのままだったら皆危なかった。

  木乃香ちゃん達を犠牲にし掛けたのに、このくらいなんて言われてさ、ぶち切れちまったんだ」

 

 「それは……」

 

 

 と、古が横島にフォローを入れようとする。

 

 彼女とてそんな場面に出会えば暴走もするだろう。

 或いは頭が真っ白になり、もっととんでもない行動をとってしまうかもしれない。

 

 

 「でもさ、今さっき楓ちゃんにも言ったけど殺そうとしたら駄目だろ?

  それに皆を巻き込みかけるなんて最低最悪に本末転倒じゃねーか」

 

 

 怒りに我を忘れた事など何度もある。

 

 同僚の娘が関わった植物妖怪の事件や、かの“魔神”の事件の時等がそうだ。

 

 だが、それらの被害は少なくとも自分がメイン。他者への被害は少なかったと思う。

 

 しかし今回は最悪だ。

 意識が殺意に完全に持っていかれ、相手を消す事のみに集中し切っていた。

 

 自分がズタボロになるのはいい。慣れてるし。“向こう”では毎日の様にボロゾーキンにされていたし。

 

 だが、自分の所為で女の子に一生モノの傷を作るのだけは絶対にしてはいけない事だ。

 

 

 だからこそ横島は心から古に感謝している。

 

 慕っていてくれて、自分を止めてくれて、結局は皆を救ってくれた古に……

 まだ誰にも言っていないし、言えない傷がジクジクと胸の奥で痛んでいる。だからその傷が広がるのを防いでくれた古に……彼はずっと感謝の念を向けていた。

 

 

 

 ——そう、もう二度と誰も失いたくないのだから。

 

 

 

 古は今まで、これほどまでにストレートで深く、そして重みのある感謝の心を向けられた事はなかった。

 

 

 教えを乞う為に訪れてくる。或いは勝負を挑んでくる男たちは、自分と戦った後に感謝の心を贈ってくる。

 

 その中に僅かながらも下心があり、その下心が全くのゼロで感謝する者はいないと言って良い。

 

 だから他人から向けられる感謝の心というものを真の意味では知らなかったと言えよう。

 

 

 しかし、横島は良い意味であけすけだ。

 

 感謝の気持ちも本心からのもので、全く裏表がない。

 

 

 楓と共にここで横島を待っていたのは、飴が無くなって子供の姿になれなくなっている彼と、明日の日程を相談する為という理由があった。

 

 何せ女子中学生の群れの中にいる(見た目)男子高校生など目立つなんてモンじゃないのだ。

 それに横島は楓と“そーいう関係”という噂があるのだから輪をかけて目立つ。

 風香や史伽に食事を奢った事が彼女らの口から出たのだから尚更だ。

 

 だからそんな彼と秘密の相談をする場として風呂を選んだという訳である。多分。

 

 

 しかし、もう一つ別の目的があった。

 

 

 任務遂行の意志より何より、自分らの友の身を本気で按じてくれた彼に対して感謝の言葉を述べたかった。

 

 守ってくれただけではなく、どういった能力かは不明であるが、怪我や疲労まで完全回復してくれ、木乃香らが本山につくまで陽動をかって出てくれた彼に、大きくお礼を言いたかった。

 

 

 だけど彼はそんな自分に対し、更に感謝の弁を述べてくる。

 

 

 伸ばした手が届かなかった時の痛み、苦しみは尋常ではなかった。

 

 あのまま二人が落ちていったとしたら……その時の痛みは想像を絶するだろう。

 

 

 彼は二人と、そして自分を救ってくれたのだ。

 

 心から助けを求めたその時に駆け付け、救ってくれたのだ。

 

 どれだけ感謝しても追いつかないほどなのだ。

 

 

 なのに彼は更に自分に感謝の弁を述べてくる。

 

 自分を、皆を救ってくれてありがとうと言ってくる。

 

 

 つまりはそれだけ、

 

 それだけ、以前失った“誰か”の事が、“しこり”が残っているのだろう。

 

 

 横島の笑顔が優しげであればあるほど、古の胸の奥がチクリとした痛みをつたえてくるのだった——

 

 

 

 ごっ

 

 「ぽぺっ!?」

 

 

 そんな古の眼前に黒い物体……楓の後頭部が出現し、今度は古が鼻を強打して抑えて蹲った。

 

 

 空気が読めないわけではないし、狙ったわけでもないのだが、古の周囲にあったシリアスな空気は楓によって一気に払拭されてしまう。

   

 復活を果たした楓が、赤くなった鼻を抑えつつも身を翻して瞬動。今度は彼女が古と横島の間に割り込みを掛けのだ。

 そして距離は三cm。

 

 

 「ひゃうっ!?」

 

 

 当然ながら飛びのくが、背後は既に岩。

 ごいんっ♪と実にイイ音を後頭部が奏で、目を回して楓の胸に倒れこんでしまう。

 

 

 「お、おろ?」

 

 

 意趣返しのつもりなのか、割り込みをかけたまでは良かったのであるが、意外(?)な展開。

 こうなると楓も扱いに困ってしまう。

 

 何というか……こんな風に胸元に異性を抱きしめる機会等なかったので、混乱もするというもの。

 

 ネギは子供過ぎたのでその範疇ではなかったのであるが、横島はれっきとした大人。見た目でも青年だ。

 別ら後ろめたい事などありはしないのであるが、何だか不純な事をしているような気さえしてくる。

 

 

 おまけに……

 

 

 『く……い、意外に抱き心地が……』

 

 

 良いのだ。

 

 

 これが横島の弁なれば納得できよう。

 しかし楓の感覚なのだから驚きだ。

 

 まだちゃんとしたスキンシップをとった事がないのに、この程度で混乱していたら先が思いやられるというものである。

 

 

 湯あたりしかけたのか、楓はポ〜っとした顔で横島を抱きとめ続けてたのであるが、ふとそんな彼の背に目を落して表情を一変させた。

 

 

 「む……」

 

 

 いや——

 

 彼の肌を見る機会は何度もあった。

 全身をウッカリ見てしまった事も。

 

 しかし、身体を赤く温めたのを見たのは初めてである。

 

 

 赤く火照った横島の肌には、おびただしい傷痕が浮き上がっていたのだ。

 

 

 

 『……出会った時の傷痕は殆ど見えないでござるが……』

 

 

 そこらへんは……まぁ、横島だし。

 

 

 『む……?! 首の頚動脈にも致命傷の痕が………』

 

 

 何か鋭い刃物で斬り裂かれた筋が赤く浮かんで見えている。

 

 楓だからこそ解るのだが、刃物のように鋭いもので斬られ、然る後に完治させた痕だ。

 

 

 『そして背中のこれは……』

 

 

 火傷の跡とは明らかに違う。

 

 赤く火照ったから浮き上がっているのだろう、高温で肌を焼かれたとしか思えないような痕がそこに現れている。

 

 

 「………」

 

 

 そしてそれは、彼が数多くの人外との戦いを経て来た証でもあった。

 

 

 「……横島殿」

 

 

 楓は、無意識にきゅ…とその頭を抱きしめていた。

 

 

 何がそうさせたかは解りはしないし、彼女がはっきりと理解できるとも思えない。

 

 しかしそうする事が必然であるかのように、楓は横島の頭を抱きしめてしまっていた。

 

 

 闘いには痛みが伴う。

 

 身体であったり、心であったりだ。

 

 そして彼の身体には無数の痕がある。

 

 下手をすると、その傷の分だけ心にも痛みを負ってしまっているのかもしれない。

 

 そう考え付いてしまうと、こうする事以外にどう行動できようか。

 

 少なくとも、楓はそれだけしか思いつかなかった。

 

 

 その想いが愛しさだと気付けぬまま——

 

 

 「カ〜エ〜〜デ〜〜〜……」

 

 ぶんっ!!

 

 

 「おぉっ!?」

 

 

 楓の頭部があった空間を、鉈のような蹴り脚が薙いで行った。

 

 直前に殺気を感じた彼女は横島を抱えたまま身を逸らして無事だったが、当たればただでは済まなかっただろう。

 

 

 「うーむ、腕を上げたでござるなぁ……

  湯面に波紋も立てず蹴りを放つとはなかなか……

  ではなく、何 を す る で ご ざ る か っ ! ? 」

 

 

 実際、蹴りが来るまで風呂の湯が乱れもしていなかったのだ。

 それでいて技が使えたのだから、全くもって大したものである。楓も誉めてやりたくなってしまう程に。

 

 無論、

 訳の解らない攻撃をされなければ——の話であるが。

 

 

 「何をするでござる……じゃないアルよ!! ナニ老師を独占してるアルか!?」

 

 「は? いや、別に拙者は……」

 

 「そんなコトしてて説得力ないアル!!」

 

 

 『へ?』と改めて下に目を落すと、横島の頭は強く抱きしめられ……とゆーか、胸に思いっきり顔を沈めさせている。

 

 なんかピクピクしてるし、チアノーゼを起こしてるっポイ顔色もしてるではないか。

 

 

 「ぬ゛ぉっ!? 横島殿!?」

 

 

 慌てて身から剥がし、ガクガク揺するが意識は戻らない。

 

 そのかわり霊力はフルチャージされてたりするトコは実に彼らしいが。

 

 

 「大体、何アルか!?

  “私達”の話に割り込んできて……説明を求めるアル!!」

 

 

 何だか怒り心頭に達している古は、何時もより気が短めでプンスカ怒っていた。

 だが、楓の方の何かカチンとキている。

 

 

 「“私達”?

  拙者“ら”の話に先に割り込みをかけたのは誰でござったかな?」

 

 「知らないアルね」

 

 「ほほぅ……?」

 

 

 何を張り合っているのかお互いが解かっていないのであるが、古の返答の直後、ぐにゃり……と二人の間の空気が歪みを見せた。

 

 立ち上る湯だけではない、砂漠の陽炎のような高熱の揺らぎを感じさせている。

 

 

 楓の目が針のように光り、古の口元が鮫のように横に伸びた。

 

 

 「ふふふ……

  カエデぇ〜……一つ私がどれくらい強くなれたか見てほしいアルなぁ……」

 

 「ふっふっふっ………

  ここは一つ、古には拙者の符の力をはっきりと見せておく必要があるでござるな……」

 

 

 ふふふふふふ……

 ふっふっふっふっ……

 

 

 温かな春の夜の露天風呂。

 

 その中だというのに妙に底冷えのするワライが反響する。

 

 ひとしきり耳障りなワライが響いたあと、耳が痛くなるような静寂の瞬間が訪れ——

 

 

 「「勝負っ!!」」

 

 

 

 斯くして、

 本人らの以外には全く無意味なバトルがおっ始まるのだった。

 

 

 

 

 その闘いは、目覚めた横島が二人の全裸キャットファイトを目の当たりにし、鼻血を噴いて生死の境をさまようまで続いたという。

 

 

 無論、後で彼にみっちり怒られた事は言うまでもない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃——

 

 

 

 

 「………彼は一体……」

 

 「ひっくひっく……ぐすぐす……

  も、もうお嫁さんになれへん……」

 

 

 「なぁなぁ、新入りと千草の姉ちゃん、どないしたんや?」

 

 「さぁ〜? あん人の方は何だかよく解らない目にあったそうやしー

  千草さんの方は口にする事もできひんよーな目に遭わされたみたいですよ〜?」

 

 「ワケわからん……

  ん? そっちは何や顔がツヤツヤしとるみたいやけど、なんぞエエ事でもあったんか?」

 

 「ええとっても……

  ちょっと荒かったんですけど、将来が楽しみな人と闘り合えたんどすわぁ〜……」

 

 「へぇ〜……ええなぁ……ま、オレもちょっとオモロイ奴に会えたけどな。次は勝つけど」

 

 「あはは〜 お互い、ええ想いしたいう事やねー」

 

 「せやな」

 

 「「あはははは……」」

 

 

 「うっさいわっ!! 人が落ち込んどる時に何楽しげに話ししよりますのんや!!

  くぅぅ〜〜〜〜……ワケ解らん変態の所為で悉く策は失敗。

  おまけにお嬢様には本山に入られてまうし……

  あん結界ん中に入られたら、こっちは手ぇ出せしまへんし……散々や!!」

 

 「千草さんも大事なモン無くしてしまいましたし〜」

 

 「まだ無くしてへんっ!!」

 

 「なんや? 大事なモンて……」

 

 「ん〜……コタローはんも何時か奪うモンやろなー」

 

 「はぁ?」

 

 「コ、コイツら……」

 

 

 「……まだ手はある……」

 

 

 「え?」

 

 「……僕に任せてくれないか?

 

 

  流石にここまでされたら後には退けない……」

 

 

 

 

 

 

 

 空では月がワライ、

 

 風は狂ったように咲く桜の花びらを舞わせる。

 

 その花の香に酔うように全ての駒の位置が狂いを見せる。

 

 

 そして駒では無い駒の出現が流れを狂わせ、

 狂わせられた流れは激流へと周囲を誘う。

 

 

 かくして狂乱の舞台は整い、

 

 

 

 

 その幕は、

 

 

 

                   これから上がる———

 

 

 

 

 

 

 

 




 御閲覧、お疲れ様です。
 何とか手直し修正し、あの戦いの夜手前までこぎつけました。

 何気に入った かのこですが、実は後から響いてきます。
 ネタバラになりますが、実はシロのボジに近いものがあり、その所為で巻き込まれるものもいるという訳で……ええ、だからこそ前の時は出さなかったんです。


 さて次はあの夜の戦いですんで ちょっとシリアス気味。
 まだ戦闘技術を確立してない横っちだから珠をそこそこ使ってしまいます。
 珠に頼るのって、安易だからしたくないんですけど、記憶がないので勘弁してください。
  
 という訳で今回はここまで。続きは見てのお帰りです。
 ではでは〜



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十一時間目:月ノ輝クヨルニ 
前編


 

 

 そこらの少女なら兎も角、武道家の二人にとって正座は結構慣れたものである。

 流石に露天風呂の岩の上は痛かったが。

 その()もぶっちゃければ自業自得。

 

 大人の男性に対し余りと言えば余りにも無防備過ぎる姿をぶち曝し、彼を堕天(解脱という気もしないでもないが……)させかけた罰としては破格とも言える。

 

 が、怒られている暴走乙女らには反省は薄かった。

 

 『石の上に正座なんて……乙女の柔肌に傷がついたらどーしてくれるアルか?』等とぶちぶち文句を零しつつも、『あ、でも責任とてもらえるかもー』とか思考が連結してしまうのは年頃故なのか?

 いや、適齢期にはまだ遠いが。

 

 見た目が超高校生クラスであるくノ一ちゃんも、『おお、それも良いでござるな』等とヘンな同意をかます始末だ。

 

 『何考えとんじゃ——っ!!』等と普段セクハラかまして殴られまくっていた青年ですら滂沱の涙を流しつつ怒りのツッコミを入れてしまう程に。

 

 これが若さか? いや、ちょっと違うだろう。

 

 

 「……ものごっつ疲れたから寝る」

 

 

 流石にイロイロな出血も多かったし、昼間の一件で青年も疲労困憊。

 マトモに話を聞いてくれなさそーな二人にそう言い残し、心配そうに見上げている かのこを引き連れて貧血気味でフラフラと頼りない足取りで自分の……今朝までタダキチ少年が使用していた……部屋へと戻っていった。

 

 

 風呂の中の懲りない二人も流石にやり過ぎたかな〜と、少しだけ後悔していたのであるが、よく見ると彼の“氣(霊力)”はフルチャージされており、肉体とは反比例して元気爆発がんばるがー状態だ。

 だから寝るだけでどーにか回復するだろうと確信し、けっこうアッサリとロビーに戻って来ていた。

 昼間のあのキョドりはどこへやら。お前らの所為でもあるんだから心配くらいしろよと言いたい。

 

 

 まぁ、何か用事あってロビーに移動したと言う訳でもないのだが。

 

 

 単に修学旅行の最後の夜なのだから勿体無い気がするだけ。

 まだ宵の口にも達していない時間であるし、古はその日に起こった一件で静かな興奮状態が続いていて、そのまま寝るなんて事ができないのだ。

 

 

 だからという理由だけでもないが、特にする事も無い二人は外で購入した菓子の残りのポテチを片手に、仲良くペットボトルの烏龍茶を買って話をしながら歩いていた。

 

 何と言うか……とても謎の理由によって露天風呂の中でキャットファイトを行った間柄には見えない。

 

 

 「それにしても、古は腕を上げたでござるな。氣の密度がまた上がってたでござるよ」

 

 「いやぁ……まだまだネ。

  楓の分身くらい密度を上げられないと実戦にはあまり向かないアル」

 

 

 等と会話も穏やかだ。内容は物騒だが……

 

 

 男が関わらなければやはり仲良しで名が知られている3−Aの級友。

 おまけに武道四天王の二人なのだから話も合う。そして今や同じ男の相棒をしている者同士なのだし。

 

 ……何とも微妙な立ち位置も含まれてたりするのであるが。

 

 

 「……しかし古。

  あの刺客の者ども……諦めると思うでござるか?」

 

 「……多分、無理ネ。

  隙を窺ているだけ思うアルよ」

 

 

 楓もそう思っていたからだろう、古の言葉に『で、ござろうなぁ……』と溜め息を吐いていた。

 

 露天風呂の中では間違った乙女心が暴走特急かましていた二人であったが、実のところ結構状況を真面目に考えている。

 

 こういったところをもっと横島にも見せていれば好感度アップのフラグが立つ事は間違いないのだが、いかんせん彼の側にいるとミョ〜にはしゃいでしまって上手くいかない。

 

 尚且つ、それが好意を持つ異性の側にいるからだという自覚もイマイチ足りていないので空回りは続いている。

 超や真名の心労は如何なものか?

 

 閑話休題(まぁ、それはさておき)——

 

 

 自分の責務をしっかり自覚している二人は、結局同じ話に戻ってきていた。

 

 無論、その責任感を悪いとは言わないが、修学旅行中だというのにこんな話ばかりというのも考え物だろう。

 普通の少女らなら襲撃の恐怖で堪ったものではないだろうし。

 

 だが、二人とも中学生とは言っても既に達人クラスの武道家でもある。

 その心はそれでもリラックス…とまではいかないが、然程プレッシャーを受けているように感じられない、落ち着いた雰囲気で二人は空いている席を見つけて歩いて行く。

 

 めいめいに散っていた他のクラスメート達も大半が戻ってきているので私服でいる者は少ない。

 目に入るクラスメートは全員が入浴後なため浴衣を着ているので、ばっちりチャイナを決めている二人はやたら目立っていた。

 

 楓は胸のボリュームがかなりのものであるし、古にしてもボリュームと言う点では劣ってはいるがやたらプロポーションバランスが良い。

 そんな二人が何の意味があるのか着飾ってたりなんかするものだから、ホテルの従業員の目すら引いてしまっている。ドコの接客商売の方なのか問い掛けたくなるほどに。

 

 男らの眼差し等気付いた風もなく、如何なる連絡も付き易いようにフロントからちょっと離れたソファーに腰をおろす楓。

 足を組んで座るものだから、スリットから零れる長い足が強調されて殊更色っぽい。おまけに無自覚。性質が悪いにも程がある。

 

 しかし、そーいったエロっポイ……もとい、色っぽいチャイナを着ている理由はというと、無論動き易さを重視して……と言うだけではなく、何とゆーか……某青年の目がスリットに釘付けになるであろう事が面白くて着用しているよーな気がしないでもない。

 ちゃっかり便乗しているのが古であるが、本家中国人がチャイナ服の尻馬に乗るのは如何なものか?

 

 

 「うーむ……どうせなら横島殿の部屋にこの格好で突撃をかけた方が面白そーだったでござるな」

 

 「……安眠妨害アルね。

  そんな事したら老師に嫌われるアルよ?」

 

 「むぅ……」

 

 「私だてガマンしてるアルから、楓もガマンするネ」

 

 

 ——しかし、“敵”の動きについての考察以外の会話はやっぱどこか子供っぽい。

 

 二人して妙な色気漂わせてはいるが、男に関しての話はコレであるし、持っている物はポテチの袋。

 何とも微妙な取り合わせであった。

 

 

 と、妙な方向に和んだ話を続けていたそんな時、

 

 楓の持っていた携帯電話が音楽を奏でた——

 

 

 「お? ゴッドファーザー 愛のテーマ曲アルか?」

 

 「拙者の携帯でござるよ。

  おろ? リーダーからでござるな」

 

 

 ちょっと前までは通常着信音だった音楽であるが、横島に(というより“裏”に)関わってからは夕映専用に変えてある。何せ学園長との仕事上の直通コール、横島や高畑との緊急用直通コールまであるのだから。

 

 因みに古も同様の理由で着信を色々割り振っているらしいが、楓のチョイスに『何故に夕映の呼び出し音が? でも何か似合ているよーな気もするアル……』等と呟いていた。

 

 そんな彼女の呟きに苦笑しつつ、楓は携帯を取り出して……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      着信ボタンを、押した——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 「遅いですわっ!」

 

 「ごめーん。イインチョ」

 

 

 浴衣を着てすっかり寛いでいたあやかであったが、それでもクラス委員という責任感もきちんと持ち合わせている。

 

 全ての班がきっちり戻って来ているかロビーでチェックしていたのだ。

 

 

 そんなあやかに遅くなった事を然程悪びれてもいない祐奈は、片手で拝むだけというおざなりな謝罪を行った。

 

 あやかはあやかで、とりあえず無事に戻って来てくれたので一安心してホッと胸を撫で下ろしていた。無論、顔には出していないが。

 

 

 「やれやれ……」

 

 

 そんな祐奈の班の最後尾を溜め息を吐きつつ真名が歩いていた。

 

 アトラクション好きの祐奈らの希望でUSJで1日過ごしていたのであるが、何だかみょーな虫の知らせが続き、イマイチ楽しみ切れていなかったのだ。

 

 それは嫌な予感とかではなく『ムカつく』とかいった類のもの。

 そのヤな虫の知らせを飛ばしてくれた者には見当がついていたりする。

 

 

 『おのれ楓め……ドコだ?』

 

 

 ワケ解らん理由で心労を溜めさせおってからに……こーなったら行き着くトコ行かせて引導渡してくれる。

 

 『場合によっては二人に媚薬を盛って布団部屋にでも……』とかなり物騒な思考に傾いていた。

 

 ぶっちゃけ言い掛かりの上に八つ当たりであるが、戦場で鍛え上げられている彼女の勘はバッチリ当たっているのでどーしよーもない。真にくだらない事に活用されている勘ではあるが……

 

 

 しかし捜索する必要も無く、真名はそのターゲットの少女を直に見つけ出す事となる。

 

 

 「む?」

 

 

 彼女がロビーに入ったのとほぼ同時に、当の楓がソファーから立ち上がったのだ。

 

 

 「楓……?」

 

 

 こちらに背中を向けているのでその表情を読み取る事はできないが、それでも言い様の無い緊張感がその背中から伝わってくる。

 

 彼女を見上げる形となっている古もやはり緊張の面差しをしているではないか。

 

 

 「……古。

  すぐに横島殿をお呼びするでござる」

 

 「わ、解たアル!」

 

 

 古はその電話の内容を聞いてはいない。

 

 しかし、楓より伝わってくる空気からただ事ではないのが解るのだろう、何か問う事無く横島の部屋へと駆けて行く。

 

 

 「クーフェイさん、廊下を走ってはいけませんわ!」

 

 「すまないアル!!」

 

 

 途中、あやかに怒られるが口先だけの謝罪で走り抜けてゆく古。

 

 あやかにしても何時もなら追いかけたりしてもっと説教臭いセリフを吐くであろうが、古の雰囲気から何かを感じ取ったか直に口を噤んでその背中を見守るのみ。

 

 何だかんだ言われている彼女であるが、やはり聡明ではあるのだ。

 

 そんな様子を見やってから、真名はゆっくりと楓に歩み寄って行く。

 

 

 「真名……」

 

 

 しかし楓は振り返る事無く携帯を閉じ、歩み寄って来ているであろう彼女にそう声を掛けた。

 

 

 「何だ?」

 

 

 気付かれていた事に驚く事も無く、真名は何時もの様に……

 

 

 ——いや、極自然に言葉を返しつつその雰囲気を切り替えていた。

 

 

 イラつかせた級友に仕返しをしようとしていた女子中学生のそれから、

 

 

 「………仕事か?」

 

 

 プロのそれへと——

 

 

 

 その言葉にやっと楓は振り返り、幾分緊張したその顔を真名に見せた。

 

 

 

 「……のようでござる。

  お主に依頼せねばならぬ程、厄介な事態が起こってしまった故……」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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              ■十一時間目:月ノ輝クヨルニ (前)

 

 

 

 

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 凄まじい数の桜の木々から零れ落ちる花びら。

 

 狂い咲き——という言葉があるが、正にそれを体現しているかのよう。

 

 

 大きく欠けた月の下。

 

 屋敷の内外を舞う花は雪花と見紛うばかりで、狂気と紙一重の美しさがあった。

 

 

 

 しかし——

 

 

 

 「こんな……」

 

 

 手に握り締めている父の杖。

 

 その手に篭る力は怒りか、自分に感じる無力さからか。

 

 

 倒れ付す二人の少女——腹に一撃を喰らってうめいている刹那と、全裸で横たわっている明日菜とを庇うようにネギは己を奮い立たせつつ目の前に立つ“敵”——

 

 

 「こんな酷い事をするなんて……僕は許さないぞ!!」

 

 

 銀髪の少年の凶行を強く否定していた。

 

 

 ——美しい筈の花弁の舞いは、本山で行われた凶行を彩る材料にしかなっていない。

 

 

 

 親書を何とか届ける事に成功したネギは、木乃香の実父であり関西呪術協会の長である詠春に歓迎の宴を受け、何故か付いて来ていた和美らと共に楽しい一時を過ごしていた。

 

 しかし、その夜——

 

 自分の生徒らの悲鳴を耳にし、彼女らの部屋に駆けつけた彼が目にしたものは、動かなくなっている自分の生徒……石に変えられたのどか達の姿だった。

 

 そして刹那と合流したネギの目の前で、長までもが魔法によって石に変えられてしまったのである。

 

 

 狙いは木乃香。

 

 

 何と敵はその木乃香を奪取する為であろうか、邪魔にならぬよう本山の人間全員に石化魔法を使用したというのである。

 

 敵が如何なる手段を用いて守護結界内に侵入してきたかは不明であるが、それに気が付いた二人は慌てて明日菜と共にいるであろう彼女を探し始めた。

 

 が、既に五体満足な者は本山に残っておらず、木乃香の守りは明日菜ただ一人。

 

 幾ら強力なアーティファクトを所持していようと明日菜は戦いの素人。

 敢え無く倒され、理由は不明であるが全裸で横たわっていた。

 

 そして刹那すら不意を突かれて一撃で倒されてしまったのである。

 

 

 この、目の前に立つ銀髪の少年ただ一人に——だ。

 

 

 「許さない?」

 

 

 ネギから発せられる気。

 

 それはその年齢からは考えられないほど強く激しいものだ。

 

 

 だが、その少年からしてみれば微風にも満たない。

 

 

 よって感情に揺らぎという波紋を齎す事も無い。

 

 

 「……それで、どうするんだい?

  ネギ=スプリングフィールド……」

 

 

 ネギを真っ直ぐ見据える少年。

 

 その眼差しには嘲りや侮りも無く、やはり感情は感じらない。

 

 だが、ネギは気付いていないようであるが、その少年は緊張を全く解いていない。

 

 まるで何かを警戒しているかのように。

 

 

 「僕を倒すのかい?

  ……止めた方がいい。

 

  今の君では無理だ」

 

 

 少年は客観的な事実を淡々と述べる。

 

 

 ネギだけではなく、刹那や長、この本山の関係者らもこの少年の話はちゃんと聞いていたし、念の為にと結界も強化されていた。

 

 にもかかわらず侵入を許し、尚且つ本山で務めている術師を含む巫女達全員を石化されて、あまつさえ木乃香までもまんまと攫われるという大失態を犯している。

 

 

 いや、“これ”は単純に油断だったという訳ではない。

 

 この少年の()が違っていただけなのだ。

 

 

 しかし彼は何かを気にしていた。

 

 何かを気にしているからこそ、“それ”の襲来を回避するように術を使用しているのだ。

 

 

 「あ…っ!?」

 

 

 ネギから視線を外すと同時に足元から水が巻き上がり、少年の身を包んで行く。

 

 慌てて止めようとするが一歩も二歩も遅く、少年は水に沈むようにその場から姿を消した。

 

 

 またしても水を使った転移術。

 

 

 ネギも、そして刹那らもその術には見覚えがある。

 

 初日の夜に襲撃を掛けて来た千草達を逃がした“あの”水魔法だ。

 

 

 ネギは、あの晩と同じ様に、敵に撤退を許してしまった。

 

 

 「く……っ」

 

 

 後に残ったのは水溜りのみ。

 

 

 『兄貴、こりゃああン時と同じ、水を使った移動魔法だ。

  ヤローかなりの高等魔法使いのよーだぜ!?』

 

 「……」

 

 

 それでも無念で涙が滲む。

 

 自分がもっと気をつけていれば……

 

 本山に着いた後ももっと気を張っていれば……

 

 そんな想いの輪の中に陥りそうになってくる。

 

 

 

 

 

 あの雪の日のように——

 

 

 

 

 

 『兄貴、アニキっ!!』

 

 「あ、わぁっ!?」

 

 

 思考に沈みかかったネギを引っ張り上げたのはカモの声だ。

 

 その声に蹴り上げられるように背を伸ばし、魔法でタオルを手繰り寄せて明日菜に掛けてやり、刹那に駆け寄って抱き起こす。

 

 

 「刹那さん、大丈夫ですか!?」

 

 「ネ、ネギ先生……ぐ…っ」

 

 「見せてください。軽い傷なら僕にも治せます」

 

 

 やや強引に服を捲り上げ、色が変わっている腹部を見てやや眉を顰めるネギ。

 

 幸いにも打撲で済んでいるだけであるが、それでも女の子に暴力をふるっているのだから許す事はできないのだろう。

 

 

 右手に魔力を集め、治療魔法を開始する。

 

 木乃香が攫われた事もあって時間が無く、応急手当くらいしかできないがそれでもかなりマシな筈だ。

 

 

 治療されている刹那にしても悔しくてたまらない。

 

 まんまと木乃香を攫われてしまっただけでなく、同じ相手に二度も不覚を取っているのだから。

 

 

 『二人とも落ち着けって!!

  わざわざ石化を使ってきたって事は、堅気に危害を加えるつもり無いってこった!!』

 

 「私、エラい目にあったんだけど……」

 

 『それは兎も角っ!!』

 

 

 くわっ!! と目をかっ開いて明日菜の訴えをスルーするカモ。

 

 処置が終わったのか、刹那もすっくと立ち上がり、得物を握り締めて後を追おうとしていた。

 

 

 『見ての通り、あのガキは長の言ってたよーにタダ者じゃねぇ。

  無防備に突っ込んでも石像が二つ三つ増えるだけだぜ?』

 

 「で、ではどうしろと……?!」

 

 

 焦る刹那を諭すようにカモは手(前足?)を前に出して静止を促す。

 

 我ニ成算アリと言わんばかりに。

 

 

 ただ……ニヤリとしたアヤシイ笑みも浮かべてはいるが。

 

 

 

 

 『刹那の姉さん。兄貴の事……好きかい?』

 

 「え゛っ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ風が木々を撫でて行く音だけが響いている巨大な門前。

 

 夜間である為か不可思議な光を灯らせているが、普段は温かみを感じさせてくれるそれすら沈黙という空気を照らし出すのみ。

 かかる現状ではざわめきという静寂を彩る材料と化している。

 

 不思議な事に、三日月の灯りすら煌々とした輝きに感じられてしまう。

 

 それほど生者の息吹が感じられないのだ。

 

 いや、感じられなくなっていた。

 

 

 と——

 

 

 

 キュバッ!!

 

 

 突如としてその門の前の空間が弾けた。

 

 

 「わぁっ!?」

 「何と…」

 「へぇ……」

 

 

 現れ出でたのは三人の少女。

 

 

 帰ってきてすぐの着の身着のままの真名に、チャイナドレスの楓と古。

 

 そして——

 

 

 「古ちゃん、こっちか!?」

 

 「え? あ、うん。そ、そうアルよ」

 

 

 その少女らを引き連れて瞬間移動を……『転』『移』を行った横島忠夫と使い魔のかのこである。

 

 

 長距離の瞬間移動という荒業に驚いている少女の心情すら気付かず、閉じられている山門に突撃を掛けていた。

 

 しかしやはり彼は焦っているのだろう。

 仮にも西の本山を守っている山門を、どんどんと叩いて手で開けようとしているではないか。

 

 

 「横島殿……それは」

 

 

 流石に楓が止めようとする。

 

 その結界強度の程は知らないが、それでも守護結界というのだからかなりの強度を持っている事は何となく理解できるのだから。

 

 だから手を伸ばして彼の肩を——

 

 

 「 開 け っ つ っ て ん だ ろ っ ! ! ! 」

 

 カッ

 

 

 彼の手の中、

 

 一瞬で意味が込められた“珠”が光を放ち、『開』という概念が門に叩きつけられる。

 

 如何に防御力が高かろうと魔法結界が強かろうと、“概念”に抗する力を持たせる事はまずできない。

 そして概念を変えられたらそれに従わざるを得ないのだ。

 

 

 バンッ!!

 

 まるで西部劇に出てくる酒場の戸のように勢いよく内側に(、、、)開いてしまう門。

 

 余りの事に少女らは呆気にとられるが、今の横島にはそんな彼女らに気を使っている余裕が無い。

 既に開いた瞬間には、中々開かなかった事に舌打ちをしつつ駆け込んでいたのだ。

 

 

 「ぴぃっ」

 

 「あ、老師!」

 「待つでござる!!」

 

 

 先に追従したのは かのこ。

 次いで再起動をはたして二人が後を追う。流石に使い魔は戸惑わないようだ。

 

 

 真名もそれに続くが、門を潜って直に“蝶番”部分を覗き込んでみた。

 

 案の定、その部分は逆方向に(、、、、)ひん曲がっている(、、、、、、、、)

 

 

 御山の守り。

 関西呪術協会のの要とも言える表門が、内側に(、、、)開いているのだ。

 

 門というのは元来守りに入るよう出来ている。

 よって攻められた場合になるべく持つよう外開きなのは常識だ。間違っても“内側”に開く事などありえないのだ。

 

 その奇怪な現象を頭の隅に残しつつ、真名は三人の後を追って駆けて行った。

 

 

 

 

 

 

 関西呪術協会の本山は、横島らが宿泊しているホテルから結構離れており、移動には電車を利用せねばならない。

 

 しかし切羽詰っているこんな状況で悠長に駅に駆けつけて電車を待ち、乗って移動するなどという手順を横島が取れるわけが無い。

 

 

 当然、彼は最短時間で本山にたどり着く方法をとった。

 

 

 木乃香を送って行った古も、ネギに付いて行った楓も本山の位置を覚えている。

 

 だから彼は二人の記憶を明確に『伝』えてもらい、その記憶されている場所に『転』『移』したのだ。

 

 屋敷の中ではなく山門の方に出てしまったのは、楓が中に入っていないからで、より記憶を鮮明にする為に二人の記憶を“同時”に『伝』えてもらったが故の弊害である。

 

 それでも然程の時間を取った訳ではないが、こんな状況では一分一秒が惜しい。

 

 

 「くっ……人の気配がしねぇっ!!」

 

 「手分けして探してみるでござる!」

 

 

 多少の混乱はあったものの、屋敷に入る事ができた三……いや、四人と一頭。

 

 しかし本山にはやはり人の気配は全くしなかった。

 

 

 連絡を入れてきた夕映はとっくに外に出ているから無事であろうが、そのお陰で中で何が起こっているのか解らないのだ。

 

 

 「?」

 

 

 そんな中、真名だけは外部に力の奔流を感じていた。

 

 それほど離れた場所ではないが、さりとて近いと言うにはちょっと距離が離れている場所に、確かな魔力を察知したのである。

 

 

 『召還……か?

  しかしここに攻め入るにしては……遠過ぎるな』

 

 

 警戒はしているが、今は調査も大事だ。

 

 何だかんだで3−Aの面々には愛着がある。

 そう簡単に見捨てるつもりは更々無いのだから。

 

 

 

 

 屋敷内はさながら化石の森だった。

 

 

 会う人会う人……

 いや、ある物ある物(、、、、、、)が石にされた人間なのだ。

 

 

 抗おうとする者、戦おうとしている者、そして逃げる者。

 

 様々な状態で、ここにいる老若男女の全てが石へと変じさせられていた。

 

 

 「クソっ……」

 

 

 普段ならば大喜びをするであろう巫女の群れ。

 

 それらまでもが石に変えられている光景は、女子供に対して底抜けの優しさを持っている横島の導火線を更に短くして行く。

 

 口から出る言葉に勢いは無いが、その代わり異様に重い。

 彼の後を駆けている古の方が物理的に圧力を感じてしまうほどに。

 

 

 「老師……落ち着くアル」

 

 「 解 っ て …… っ っ ! !

  ……うん。解ってる……ごめん」

 

 

 思わず語尾を荒げかかるが、直前にジーンズの裾を かのこが噛んで引っ張った。

 引き止められた事と古の悲しげな視線に気付き、何とか気を静めて言い直す。

 

 一瞬、びくんっと身を竦ませかかった古であるが、思っていたより横島に冷静さが残っているようでホッとしていた。

 

 彼は嗚咽する時のように震えつつ息を吸い、大きく吐いて爆発寸前の感情を無理やり抑え込んでいる。

 

 大丈夫、大丈夫だから、と かのこの頭を撫でているのだが、それはまるで自分に言い聞かせているようであった。

 

 

 古はそんな横島を見て身体が震える。

 

 いや、彼の事が怖いのではない。

 彼の何か(、、)が無くなってしまいそうで怖いのだ。

 

 

 

 「!? 老師っ!!」

 

 

 

 そんな古が突然立ち止まり、横島を呼び止めた。

 

 その切羽詰った声に横島も反応して慌てて振り返って何事かと古を見る。

 

 

 「どうかしたのか!?」

 

 「あ、あれ……」

 

 

 古はそこから眼を離さず、彼に教えるよう指を差した。

 

 その指先に促されてそこに目を向けると……

 

 

 「? 誰だ?」

 

 

 大きな屋敷の部屋に面している廊下。

 

 その廊下の中ほどにポツンと佇んでいる人影一つ。

 

 言うまでも無く石化しているのだが、その石像は数少ない男性のものだ。

 

 しかしその裾長浄衣姿は身分が高そうな気がしないでもない。

 

 

 「あのヒト……このかのパパさんアル……」

 

 「んなっ!?」

 

 

 

 

 無念そうな表情を浮かべたまま石と化していたのは、この関西呪術協会の長であり木乃香の実父、

 

 

 近衛 詠春その人であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「楓。そっちはどうだった?」

 

 

 彼女の直側に姿を現した楓に対し、驚いた風もなくそう問いかける真名。

 

 しかし楓の表情は硬く、黙って首を横に振るのみ。

 

 解ってはいたが、現実の言葉として与えられると流石の真名も表情が苦くなる。

 

 

 この本山の者達にしても、残念ながら真名の眼を持ってしても(この場合は不適切な表現であるが)生存者は見つからない。

 

 尤も、確かに高レベルの魔法ではあるが永久石化のタイプではないだろう。

 

 ならばそれなりの術者であれば……例えネギ先生クラスでも解呪は可能だろう。それだけが救いである。

 

 

 しかし、だからといって安全だとは言い切れるものではない。

 

 

 「……反旗を翻した……という訳ではないようでござるな」

 

 「ああ……」

 

 

 本山関係者を全員石にする……というのはクーデターとしてはおかしい。

 

 いや、確かにクーデターだから全員抹殺せねばならないという訳ではないのだが、それにしたってやり方にかなり疑問が湧いてくる。

 

 確かに関西呪術協会は西洋魔法に対してよい感情を持ってはいない。

 楓は兎も角、真名や刹那は情報としてその事を知っている。

 

 しかし、良い感情は無くとも本気で戦を起こしたいとは思ってもいない筈だ。

 

 大体、内部の者ならここの長が関東魔法協会理事の娘婿だと知っている。

 誘拐事件にしても何だか騒動が大き過ぎるし行動が支離滅裂。シネマ村で襲撃して誘拐しようとするなど、認識阻害が掛かっていない一般施設で起こす事件では無い。

 魔法の秘匿という魔法関係者なら誰もが知っている約束事を破棄しかねない愚行なのだ。

 

 

 それに、ハルナや和美等の一般人を巻き込んでいる。

 

 

 ただでさえこんな強硬手段は上に対する反抗策であるのに、いくら関東魔法協会サイドの学校に通っているとはいえ、ハルナと和美は間違いなく一般人なのだ。

 

 こうなると無差別テロであり、最悪の場合は両方を相手取った大掛かりな戦争となってしまいかねないではないか。

 それでは相手が大き過ぎて勝機が薄過ぎる。

 

 無論、本山に対して東が先制攻撃を仕掛けた……というでっち上げをかます手もあるだろうが、それも何かおかしい。

 

 もしそんな策だったとしても話が大きくなり過ぎる事に変わりはなく、結局は魔法関係者をどんどん巻き込んでしまう可能性が高いではないか。

 

 となると、別の思惑があるのか、或いは……

 

 

 ……いや、今はそんな事件の矛盾に意識を取られている場合ではない。

 

 

 とりあえずは連絡を入れてくれた夕映の保護。

 そして、本山に姿が無かった木乃香らの奪回だ。

 

 そう無理矢理割り切って二人は横島のいるであろう場所へと駆けて行く。

 

 

 カッ

 

 

 「むっ!?」

 

 

 すると、前方で何かの光が見えた。

 

 慌てて速度を上げてその場に駆けつけると……

 

 

 

 「……くっ

  わ、私は……?」

 

 「このかのパパさん、大丈夫アルか!?」

 

 

 「……何っ!?」

 

 

 真名と楓の目に、石化していた筈の人間が……詠春が一瞬で解呪されるという驚きのシーンが飛び込んできた。

 

 

 それは恰も映画の巻き戻しが如く——

 

 

 幾ら真名とは言え、解呪というものをはっきり見た事はそんなには無い。

 しかしゼロという訳でもないから凡その事は解っているつもりだ。

 いや、つもりだった(、、、)

 

 真名には特殊な“眼”があり、その力を持って今まで生き抜いてきている。

 

 その眼が反応していない以上、魔法的なものではないだろう。

 だが、今の解呪は儀式も何も無く、単に何かしらの能力で持って行われた事に間違いはない。

 

 

 それをやったようなのだ。

 

 だれが? そう、“彼”が——だ。

 

 

 石化が解けたからか、或いは何かの弊害かは解らないが、解呪された直後の詠春の上体がぐらりと揺れた。

 直に側にいた古が支えて事無きを得たが、何が起こったのかよく解っていないのだろう。キョロキョロと周囲を見回している。

 

 

 「……よ、横島殿?」

 

 

 彼の気無茶苦茶さは知っているつもりであったが、こんな不条理な事を連発されれば流石の楓も驚きを隠せない。

 

 当の横島はそんな彼女の混乱に全く気付いた様子も無く、何とか状況を理解し始めている詠春に詰め寄った。

 

 

 「おっさん! 一体ここで何が起こったんだ!?

  木乃香ちゃん達はどうなった!?」

 

 「おっさん……」

 

 

 仮にも西のトップに何たる暴言。

 

 状況が状況であるが、真名は後頭部にでっかい汗を掻いていた。

 

 幸い、詠春はそんな彼の暴言も気にしていない。

 多少はひきつった気がしないでもないが。

 

 

 「……き、君は……?」

 

 「オレの事はどーだっていいだろ!? それよか木乃香ちゃんや刹那ちゃん達だ!!

  あの娘らは無事なんか!?」

 

 

 些か朦朧としていたようであるが、そこはかつての英雄の一人。

 彼の言葉にあった娘の名を再度耳にすると忽ちの内に意識がはっきりとしてくる。

 

 

 「そ、そうだ、娘は…このかは!?」

 

 「そりゃ、こっちが聞きてぇよっ!!」

 

 

 詠春が横島の後に来ていた二人に目を向けると、楓らは無言で首を横に振る。

 見ていない…という事は明白だ。

 となると……

 

 

 「いけない……ネギ君がっ!?」

 

 

 はっとして動こうとするが、魔法を全力でレジストした後遺症なのか、些か心もとない。

 

 何せ支えている古を振り払えないのだから。

 

 

 「おっさん!! だから何があったか教えてくれっつってんだろ!?

  こっちは変なガキが襲ってきたって事くれぇしか解んねぇんだ!!!」

 

 

 そして横島が彼の肩を掴んで止めている。

 

 意外に強いその力は、少なくとも今の詠春なら物理的には逃れられない。

 

 自分も娘の事でかなり焦っていると気付いた詠春は、息を整わせて状況の説明を始めた。

 

 

 「……その変な子供の……

  銀髪の少年がここに襲撃を掛けてきたんです。

  本山の者全員……警備の者も、そして私もその少年の魔法によって石にされて……」

 

 

 『かつての英雄たる詠春がか?』と、真名は内心眼を見張った。

 

 言うまでも無くネギの父親というサウザンドマスターは最強の魔法使いだ。

 不意を突かれたとは言え、そのパーティメンバーだった彼を易々と魔法の餌食にするなど普通の術者ではない。

 

 

 しかし現実に強力な守護結界がある本山に易々と侵入を許し、あまつさえ長である彼までもが石にされ、愛娘である木乃香の救出をまだ幼いネギと刹那に頼らざるを得なくなった……という事らしい。

 

 

 「そいつの目的ってなんだ!?

  単に木乃香ちゃんを次期の長に祭り上げるにしても、

  手駒用の式兵隊を作るにしても、やり方が大雑把過ぎるじゃねぇか」

 

 

 それは……と仮説を口にしようとし、詠春は言葉に詰まった。

 

 実際、いくら反対派とはいえ、彼の言うようにその動きは大雑把過ぎる。

 

 まだ本調子に戻っていないぼやけた頭で何とか答を導き出そうとするも、どうにも“ここ”には色々とありすぎて今一つ動向が思いつかない。

 

 それでも何とか仮説を口にしようとしたその瞬間、

 

 

 「……すまないが、私も一つ聞きたい事がある」

 

 

 真名が割り込んできた。

 

 こんな時に何を……と、横島がやや憤りを見せたが真名は無言でそれを制し、突然話に入ってきた彼女に驚いている詠春に尚問いかけた。

 

 

 「え?」

 

 「いや、向こうの方角に何かあるのか?」

 

 「向こう……ですか?」

 

 「ああ」

 

 

 彼女の指し示す方向——

 

 本山の結界と同等の結界が張られており、認識阻害まで掛けて何人の侵入をも拒んでいる泉がある場所。

 

 いや、正確には要石(、、)がある泉。

 

 

 『まさか?』という想いはあった。

 

 

 確かに可能性としてはゼロではない。

 

 かかる現状においてはそれが尤も可能性が高いと言えるだろう。

 

 

 しかし、自分だけでなく、化け物じみた魔力を持つサウザンドマスターと二人がかりで封印した“あれ”をどうこうできるとは考え難い。

 

 いや、“そんな事をする”とは考えたくなかった。

 

 

 「この近くに突然、大量の式神が召還されている。

  ここを襲うにしては距離がありすぎるし、どこかへ移動する事もしていない。

  となると、あの方向に行く事を妨害しているとしか思えないでね」

 

 

 しかし、真名の証言によって心のどこかが否定し続けていた可能性がはっきりと姿を現してしまう。

 

 嬉しくも無いが、千草の目的がこれではっきりした。

 

 

 「……まさか……本当に……」

 

 「おい、どういう事だ!!」

 

 

 そのただ事ではなさそうな雰囲気に横島はまた焦る。

 

 そんな彼を諌める事も無く、詠春は今や真実味を深めさせられてしまっている仮説を口にした。

 

 

 「−リョウメンスクナノカミ−

  千六百年前、討ち倒された飛騨の大鬼神です。

  おそらく千草らはこの封印を解き、このかの魔力で持って制御するつもりなのでしょう」

 

 

 日本書紀に宿儺(スクナ)と呼ばれる鬼神の話がある。

 

 

 その姿の説明だけを聞いても、

 

 

 −壱つの體に両つの面有り 面、おのおの背けり

 

  頂合いして項無し

 

  おのおのに手足有り

 

  其れ膝有りて膕踵無し 力多くして以て軽捷なり

 

  左右に剱を佩き四つの手に並べて弓矢をつかふ

 

 

 とあり、そこだけを聞いてもその姿が人間の其れとはかけ離れており、異形の鬼神と言われるだけのことはある。

 

 無論、神話における悪神なのだから多くのそれと同じ様な末路をたどっている。

 難波(ナニワ)根子武振熊(ネコタケフルクマ)という武将に、方法は不明であるが討たれたのだ。

 

 

 言うまでもないが“こちら”と“向こう”の差があり、横島の知る“神族や魔族がそこらを歩いている世界での正史”と違う点も多い。

 

 ひょっとしたら他の古の神……横島の知る範囲であればヒミコやアルテミス等……のように話を聞く耳を持っているかもしれないし。

 

 しかし、詠春はどういうものか知っているのだろうか、焦りと緊張に満ちた顔をしている。

 

 その様子からして穏やかな性格だとは考え難い。

 

 

 だが、横島にしてみれば気になったのはそんなところではない。

 

 確かにそんなものの封印を解くのは許されざる行為であるが、それより何より聞き捨てなら無い話があったのだ。

 

 

 「こ、木乃香ちゃんの魔力を……何だって?」

 

 「このかの魔力の内包力はネギ君や、彼の父親であるナギすら凌ぐものがあります。

  おそらくその巨大な魔力をもって……」

 

 

 「ンな事ぁどーだっていいっ!!

  木乃香ちゃんをそんなモンを制御するのに連れてったのかって事だっ!!!」

 

 

 その勢いに詠春の言葉すらとめられてしまう。

 

 

 近視感……

 

 そう、詠春は確かなデジャヴュを感じていた。

 

 

 彼は知っている。

 こういった人間を。

 

 全くの他人。

 見ず知らずの少女が戦争に使われるというだけでその只中に突撃して行く大バカ者を。

 

 

 “あのバカ”に比べると圧倒的に力は劣る。

 

 自分の娘はおろか、幼いネギにも遥かに劣るだろう。

 

 

 だがしかし、彼から発せられる爆発的な圧力は詠春の想像を遥かに越えていた。

 

 その氣……正確に言えば霊圧なのだが……は、自分の友人にして盟友の、ネギの父親に匹敵しているのだ。

 

 

 

 横島の脳裏には木乃香の泣き顔が浮かんでいた。

 

 

 

 幼馴染に嫌われたのかと肩を落して泣いている木乃香。

 

 

 刹那が死にかけ、必死になって泣きながら呼びかけている木乃香。

 

 

 そしてその刹那が助かり、泣いて喜んでいた木乃香……

 

 

 確かに家柄は凄いだろう。

 代々続く呪術師の家系だ。

 

 そして血も凄いだろう。

 何せ西洋魔法協会の血と、関西呪術協会の血のハイブリットだ。

 

 

 だが、彼女はただの女の子だ。

 

 どのような力を内包していようと、普通の女子中学生だ。

 

 

 今の今まで魔法に関わった事も無い、本当に普通の女の子である。

 

 家柄や血なんか横島は知ったこっちゃない。

 

 

 そんな普通の女の子を、

 

 友達の為に泣けるような優しい女の子を、

 

 

 利用しようと、『使おう』としている——

 

 

 

 「……ざけやがって」

 

 

 

 「ろ、老師……」

 

 「横島殿……」

 

 

 ミシミシと床板が軋む。

 

 霊圧を受け、体重が増したかのように軋ませいてる。

 

 

 カタカタと障子の桟が音を立てる。

 

 横島から発せられる霊波が、物理的な干渉をしているのだろう。

 

 

 そんな彼を目の当たりにし、詠春は確信した。

 

 この少年は“彼”と同じなのだと。

 

 

 ならば当然、娘を……木乃香の力を利用しようとする輩を、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

         絶 対 に 許 す 事 な ど で き る は ず が 無 い

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 横島の心の中、何かがシリンダーを回すが如く切り替わり、そして……

 

 

 

 何かの撃鉄が——鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 数が多い。

 

 多過ぎる——

 

 

 それが、第一に刹那が思った事だった。

 

 

 木乃香の奪還を誓い、ネギ、そして何とか衣服を身に纏った明日菜と銀髪の少年を追って山に入ったまでは良かった。

 

 何とか木乃香を抱きかかえる式神猿を操る千草、そして悪魔のような姿の式を従えている例の銀髪少年に追いつけたのだから。

 

 しかし、本山の防御結界を抜けている事で余裕を持っている千草は、ネギらの言葉に少しも慌てず、

 

 

 「あんたらにもお嬢様の力の一端見せたるわ。

 

  本山でガタガタ震えとれば良かったと後悔するで」

 

 

 そう言い放ち、召還符を木乃香に貼り付け、彼女の力で持って手当たり次第に式神を呼び出したのである。

 

 

 しかし、それだけではない。

 

 

 「……念には念を入れた方が良い」

 

 

 少年がそう呟き、懐から式符を取り出すと、

 

 

 「ラーク」

 

 

 悪魔型式神まで召還したのだ。

 

 その数五体。

 

 数は少ないが、密度と力量は桁違いだった。

 

 

 「ここまでせなあかんか?」

 

 

 と、流石の千草も眉を顰めたが少年の表情はやはり不変。

 

 

 「……何時も何時も油断し過ぎていた。

  ネギ=スプリングフィールドだけに集中し、

  第三者の介入を予測していなかったのはこちらの不手際だよ。

  だったら……」

 

 「……念を入れとくに越した事は無い……ということどすか……」

 

 「そうだよ」

 

 

 まぁ、三人とも子供であるし、殺す事“だけ”禁じておけばいいだろう。

 

 その結果がどうなろうと、首を突っ込んできた方が悪いのだから自業自得だ。

 

 そう納得して千草らは目的の場へと向って行った。

 

 

 後に残ったのは、凄まじい数の式神。

 

 そしてネギ達の三人——

 

 

 

 「こンのぉっ——っ!!」

 

 

 得物はハリセン。

 

 しかし、見た目より遥かに威力があり、尚且つこれで攻撃を受けると還されてしまう。

 

 だから明日菜の一撃を防ぐのは技量だけしかない。

 

 

 が、その彼女の身体能力は常人のそれを大きく引き離している。

 

 

 二メートルはある鬼の一撃を掻い潜り、拳を振り上げた隙に脇腹に一撃を放つ。

 

 余りの速さに気付けなかったのか、鬼は何が起こったのか理解できぬまま異界へと引き戻されてしまう。

 

 そんな様子を目に入れる事も無く振り向いて背後から距離を詰めてきた二体の式……人間サイズで鬼の面と狐の面を着けている……の懐に飛び込んでゆく。

 

 

 『ぬっ?!』

 『こ、こいつ!!』

 

 

 手にしている剣をぴくりと動かした時には、振り下ろしと振り上げという僅かニ動作で一撃づつ肩に受けて送還させられている。

 

 

 『や、やるのぉ……』

 

 

 一つ目の巨人も、悔しさよりも感嘆の言葉を口にして消えて行く。

 

 

 確かに彼女は戦いには素人だ。

 動きも無駄だらけであり、隙も多い。

 

 得物の握り方にしても剣のそれではなく、振りかぶって振り抜く事からバットのそれ近い。素人である事がここでもわかる。

 

 しかし、杖に跨ったネギと追いかけっこ出来るほどの体力(ネギの杖は通常でも車程度の速度が出る)を持つ彼女だ。

 如何に戦い方が素人でも、底抜けの体力でそれをカバーできていた。

 

 

 『こ、このガキっ!!』

 

 『いてもうたれ!!』

 

 

 だが、体術があるというわけではなく単なる体力任せなので囲まれると忽ち拙い事になってしまう。

 

 

 「く、来るな——っ!!」

 

 

 棍棒やら剣やらを振り上げ、力押しで押し潰さんと掛かってくる三体の式。

 

 戦いに素人である明日菜。

 冷静さを持っておらず、半ば眼を回しながらもその場で身を沈めて、その内の一鬼の懐に飛び込んで攻撃を回避する。

 

 

 『うぉっ!?』

 

 

 式は焦るがもう遅い。

 

 明日菜は身体を独楽のように回し、一閃!

 

 周囲を薙いだハリセンが僅か一撃でその三体を送り還す。

 

 

 『何とまぁ…』

 

 『やられたー』

 

 

 やられた方はというと、やはり緊張感が無い。

 

 明日菜にしてやられた事がどこか楽しそうでもあった。

 

 無論、そんなセリフを耳に入れる暇も彼女には無いのだが。

 

 

 「はぁ、はぁ、はぁ……

  こ、これで十匹……刹那さんは……?」

 

 

 それでも相方の様子を窺うが余裕だけはできたのか、慌ててキョロキョロと少女剣士の姿を探す。

 

 

 と——

 

 

 

 「刹那さん!?」

 

 

 彼女は、一対五の戦闘を強いられていた。

 

 

 

 

 

 『こ、こついつら……意外に知恵が回る』

 

 

 悪魔型の式……というものは、今回の件で初めて目にしたのであるが、見た目以上にパワーがあり、尚且つ動きが素早くて厄介だった。

 

 彼女の知る人型の式とは違って得物を持ち合わせていないが、その無手の攻撃力が尋常ではない。

 

 爪や腕から突き出ている刃にも似たモノの切れ味は自分の剣ほどもあり、刃を受け止めるだけで精一杯。

 

 かと言ってこちらから踏み込めばふわりと退いてかわすのだ。

 

 時間稼ぎという命令を忠実に守っている。

 

 その上、実に巧妙に明日菜から距離をとらされ、尚且つ彼女の危機に踏み出そうとすると間合いに踏み込まれかかってそれすらも叶わない。

 

 

 明らかに剣士と戦う方法を身につけているのだ。

 

 

 「くそっ!! 退けっ!!」

 

 

 ——そしてこの場にネギはいない。

 

 

 足止めを振り切らせ、木乃香の救出に向わせたのである。

 

 

 何せ足が……移動速度が一番速いのは彼だ。

 

 実のところは刹那自身も“ある方法”をとればそれなり以上の速度がだせるのだが、それを使うのには未だ躊躇いがある。

 

 だから刹那は明日菜と共にここで有象無象の足止め軍団と戦っているのだ。 

 

 

 しかし、ここに一つの難点があった。

 

 

 明日菜と合流して直、カモが提案してきたのはネギとの仮契約だった。

 

 ちびせつなを通して見ていたが、仮契約によって強化されている明日菜の力は中々のものだ。

 

 何せ、ただでさえ破壊力のある明日菜の蹴りが、岩塊をも蹴り壊せるほどまで高められており、尚且つ防御力まで跳ね上がっていたのだから。

 

 そしてカモの説得。

 

 

 『手段なんか選んであの嬢ちゃんを助けられるわきゃねーだろ?

  あのガキをぶったおして嬢ちゃんを助けるにゃあ、できる手段は何でも使うべきだぜ!!

 

  さぁ、刹那の姉さん!! パワーアップだ!! パクティオーだ!! ゴーゴーゴゴーっっ!!』

 

 

 そんな“戯言”をするりと受け入れてしまったのである。

 

 さっさとネギにキスを……もとい、仮契約を行って氣の跡を辿ってここまで追いついたのであるが、まさかの木乃香の魔力を使った式神大量召還という危機。

 

 その木乃香を何かに利用しようとしている以上、ここで何時までも足止めを喰らっている場合ではない。

 そう判断をした刹那は、挟み撃ち状態にならないよう、一緒に残るといって戦い続けている明日菜と共にここでこうやって戦っているのであるが……

 

 

 しかし、この仮契約の力には欠点が一つあった。

 

  

 「神鳴流奥義……雷鳴剣!!」

 

 

 雷を纏った剣が、光の刃のように式を襲う。

 

 普段のと違った下から斜めに掬い上げるような剣の一閃。

 

 その間合いは意外に広く、下がった式も完全には間合いを外し切れずに胸を大きく斬られてしまった。

 

 

 だが、それだけだった。

 

 

 「く……やはりか」

 

 

 弾き飛ばせはしたのであるが、悪魔型の式は膝すら着いていない。

 

 胸にできた傷もすぅ…と消えて行くではないか。

 

 

 あの少年は、ご丁寧にも雷属性の式神を残しているのだ。

 

 

 神鳴流はその文字を“かみなり”とも読める。

 

 その名の通り、退魔の剣技だからかしらないがその剣技属性は雷が多いのだ。

 

 だからこそ、雷獣のような雷属性の敵と相性が悪い。

 

 

 その上ネギとのパクティオーが刹那の全力を阻んでいた。

 

 

 このパクティオーの力には、自分の従者を魔力によって強化するものがある。

 

 確かに自分の耐久力や持久力の底上げを実感できているし、敵に与える一撃一撃のパワーも上がっているのも解る。

 

 しかし、今のド外れた明日菜の様に、この戦闘力はそのネギの魔力に依存している訳なのだが……自分に付与される魔力は、どういう訳か氣と相反して上手く力が出し切れなくなるのである。

 

 

 いや、実質的には弱くなっている訳ではないのだから、“慣れていない”と言った方が良いかもしれない。

 

 それでも実戦においてその“不慣れ”は致命的だ。

 

 

 「……っ!?」

 

 

 瞬き程度の時間にも満たないほんの一瞬の隙。

 

 その隙に黒い何かが割り込みを掛けてきた。

 

 無論、少女という年齢ではあるが刹那も実戦を知る者。それが敵の爪であると理解するよりも前に身体が動く。

 

 

 がぎんっっ

 

 

 鉄塊がぶつかり合うような鈍い音が響き、打ち負けた刹那が後に吹っ飛ばされてしまった。

 

 

 「刹那さんっ!!」

 

 

 結構離されてしまった明日菜の悲鳴が上がるが、刹那はそちらに顔を向けて力強く頷き無事である事をアピールする。

 

 それに安心したか明日菜も得物を振るい、少しでも刹那に近寄って行こうと奮闘を再開した。

 

 

 「く……っ」

 

 

 しかし実のところ、刹那にはそれほどの余裕は無かった。

 

 直に体勢を立て直せたが式は追撃を行わず、別の悪魔型式がその間に入って更に別の攻撃パターンで攻めて来る。

 

 これにより、今もまた刹那は更に明日菜から距離をとらされているのだ。

 

 

 『これは……間違いない』

 

 

 雷属性を持ち、自分の得物である野立ちの間合いに踏み込んでくるだけの近接戦闘が行え、一切の飛び道具を使って来ない式。

 

 敵は……

 

 おそらくあの銀髪の少年は神鳴流に対する“拍子”を……神鳴流との戦い方を知っている。

 

 

 刹那の背中を冷たい汗が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『オヤビン……な〜んかオモロなさそうっスね……』

 

 『まぁな……なんつーか、けったくそ悪いんや』

 

 

 式達……子分らが少女二人と子分らが戦っているのを見下ろしつつ、棍棒を携えた巨漢の鬼はそう吐き捨てた。

 

 数で押す戦いは常套であるし、別に殺す必要もない。

 

 戦いは趣味と言っても良いが、女子供の命を奪う趣味までは持ち合わせていないので、受けた命令としてはまぁマシな方と言えよう。

 

 しかし……

 

 

 『向こうさんの鬼……なんや人形じみとるし、気配がド気色悪いんや』

 

 『そーっスねぇ……

  連携せぇ言われても、何やあちらさんはノリ悪いさかい反応し難いっス』

 

 

 何やら式同士にもそういったものはあるのだろう。

 

 二人……いや、二体とも憮然とした顔でちらりと悪魔型の式に眼を送った。

 

 

 相変わらず淡々と攻撃し、受け、避け、入れ替わってもう一人の少女から引き離し続けている。

 

 歯車のような丁寧さで生き物らしさを感じられない戦い方をしているその様子に、彼ら(?)は余計に不快さを感じさせられてしまっていた。

 

 

 『やっぱ気分悪いわ……

  このままやったらあの嬢ちゃん達にも悪いし、とっとと楽にしたれや』

 

 『そうっスね……』

 

 

 友達を助け出そうと孤軍奮闘している少女らに好感こそ持てても憎しみなぞ無い。

 

 さりとて命に逆らえる存在ではない彼らは、気を失わせるなりして無力化させようと、溜め息を吐きつつ手だれを投入し——

 

 

 『あ……?』

 

 『何や? どないした?』

 

 

 

 ——ようとして、変異によってその動きを止められていた。

 

 

 首を傾げかけた親分格であったが、子分の視線を追ってその理由を理解させられてしまう。

 

 

 

 

 その場に、突如として“壁”が飛んで来たのだ。

 

 

 

 

 いや、壁と言う表現には語弊があるだろう。何せ“それ”はかなり小さなモノなのだから。

 

 

 だがしかし、“それ”は壁としか称せない程の圧力を発していた。

 

 

 その大きさ、直径約一メートル程度。

 盾よりも小さく、お盆と形容するのが一番近いかもしれない物体。

 

 それが木々の隙間から面を前にして飛来し、悪魔型の式に迫ってくる。

 

 

 『お゛あ゛』

 

 

 式はそれを攻撃と判断し、無造作にそれをはじこうと腕を振るった。

 

 

 が——

 

 

 ボッ!!

 

 

 消えた。

 

 式は跡形も無く消し飛んでしまった。

 

 

 その現象に初めて驚きの動きを見せた他の悪魔式であったが、時既に遅し。

 

 

 ボッ!! ボシュッ!!

 

 

 先に消えた式の後ろに“いてしまった”二体は、それに弾かれるように消し飛ばされてしまった。

 

 

 「な……っ!?」

 

 

 流石の刹那も驚きを隠せない。

 

 しかし、それでもとっさに式らから距離をとって茂みの中と両方に注意を払う。

 

 

 吹っ飛んできたお盆のような“丸いもの”は、実は円ではない。

 

 六角形の“あるもの”が想像を絶する速度で回転し、プロペラのように飛んで来たのである。

 

 スクリューに巻き込まれたものと同様に、それに触れてしまった式は一瞬でその身を削り取られ、強制的に物質世界から叩き出されてしまったのだ。

 

 

 サイズこそ小さいのであるが、その力は正に壁。

 

 何物も触れる事を許さず、何物の通過も許さない拒絶の壁。

 

 

 しかしてその壁は物体ではない。

 

 刹那には、“氣”でできたモノ……とてつもなく凝縮された氣の塊のようなものだと感じられた。

 

 しかし、そんなものを刹那は見た事が無い。

 

 

 その時、その茂みから魔獣が飛び出してきた——

 

 少なくとも、刹那にはそう見えた。

 

 

 動きが機械じみていた悪魔型式も、乱入者にやっと反応できたのか、あわてて“それ”に対して攻撃を試みる。

 

 

 

 

 「どけ」

 

 

 

 

 しかし極無造作に光る刃を振るわれ、その悪魔型式は消し飛ばされてしまった。 

 

 

 

 

 

                その身を二つにして。

 

 

 

 

 「っ!?」

 

 

 来た……と見えた瞬間には、それは刹那を通り過ぎてあの散々梃子摺らされた式を消し飛ばしている。

 

 

 動きが速い——という訳ではない。

 

 何かしらの眼くらましをかけられた——という訳でもない。

 

 動けなかった(、、、、、、)のだ。

 

 灼熱の恐怖という異質の感情によって。

 

 

 冷たい恐怖なら今まで幾らでも感じた事はある。

 

 長に教えを請うていた時も何度か感じられたし、麻帆良での剣の師である刀子と相対している時にだって何度も感じた。

 

 魔物と戦っている際にも感じた事が無いとは言わない。

 

 木乃香の危機の際にも何度かそれを感じた事はある。

 

 

 だが、流石に身が焦がされるような灼熱の恐怖など初めての事だった。

 

 それでいてその怒りは一種異様なまでに冷たい。

 

 

 

 煮え滾るマグマを内包した永久凍土がそこにある——

 

 

 

 そんな錯覚を憶えるほどに、伝わってくる感情は複雑怪奇。

 

 流石に人生経験の短い刹那では形容する方法が無い、相反し矛盾する感情をそれは放っていた。

 

 

 彼女の動揺など知る由もなく、“それ”は群がる式兵らに怯む事もそして感情も見せず、極無造作に腕を振って行く手を阻むもの全てを斬り飛ばし、真っ直ぐ山へと突き進んで行く。

 

 

 刹那や明日菜の攻撃によって還された者達のような感心の声も驚きの声も聞こえない。

 

 

 悲鳴や叫びも無い。

 

 

 淡々と。

 

 淡々と草でも毟るかのように、効率的に式が狩られて道が作られてゆく。

 

 

 

 突如として現れ、鈍く輝く氣の刃で持って式をなぎ倒して突き進んで行く“それ”……赤いバンダナを頭に巻いた青年は、

 

 

 

 

 

 

 

 

       刹那には、周囲の式たちよりも鬼のように見えていた——

 

 

 

 

 

 

 

 



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中編

 

 

 強さを推し量る眼を持ち合わせるのは、武人としては当たり前の事である。

 

 いやそれ以前に剣士である以上、その程度の事ができねば話にもならない。

 

 とは言うものの、一定以上の技量を持つ者であれば、その身から放たれる気配が尋常ではない為、素人だって只者ではないと察知できるだろう。

 

 

 しかし……例外もあった。

 

 

 『キサマ……ッ!!』

 

 

 まるで紙屑のように仲間達を打ち捨ててゆく“それ”に対して怒りを制御できなかったのか、烏に似た仮面をつけている式が得物を振り上げて襲いかかってゆく。

 

 背には翼があり、どう考えても邪魔になりそうなものであるが、それを気にした風もなく水面を蹴るように間合いを詰める式。

 その太刀筋の確かさも鋭さも剣士を名乗るだけの事はあった。

 

 

 振り下ろしと掬い上げの二連撃。

 

 一撃目を防げても二撃目は止めきれない。その自信が乗った斬撃だった。

 

 風を切る音すら感じさせない鋭き刃。

 

 “それ”は反応する事すらままならず二つに分かれる——筈だった。

 

 

 ゴッッ!

 

 

 岩塊がぶち当たるような重い音。

 少なくとも、生物を斬った音ではない。

 

 当然、刃を向けた式だってそれは理解できている。

 

 

 しかし、信じたくはなかった。

 

 

 『な……馬鹿な……』

 

 

 そう呟くのが限界。

 

 斜めに切断された身が、斬られたと理解してから宙を舞う。

 

 衝撃が後から襲いかかって来たからだ。

 

 

 その行為を行った者……式を斬った者は斬り飛ばした相手に気を向けた風もなく、淡々とそれでいて足早にその場を去ってゆく。

 

 

 見た目は青年。

 単なる青年。

 

 どこにでもいる若い男だ。

 

 彼のその体捌きを見ても、素人の域を出ていない事は容易に窺い知れる。

 

 

 が、近寄れない。

 

 触れる事もかなわない。

 

 その行く手を阻むモノは塵芥が如く霧散してしまいかねない。

 

 

 それほど焦っているのだろう。

 それほど急いでいるのだろう。

 

 後に式達の骸で道を穿ちつつ。

 

 後に少女を残している事に気付く事もなく——

 

 

 

 

 

 「く……やはり似ているか……」

 

 

 そんな彼の後姿を、詠春は自分の親友の影と重ね合わせていた。

 

 

 一人の少女の為に戦の直中に飛び込んで行く馬鹿。

 

 何時の間にか全てを背負い込み、それでもまっすぐ進み続ける馬鹿。

 

 生きているのか死んでいるのかも不明であるが、おそらくは生きているだろうあの馬鹿(、、、、)と——

 

 

 無論、前を進む彼の力は全く友に届いていない。

 

 何せ彼からは魔力をほとんど感じられないのだ。

 将来的に見ても届くとは思えない。

 

 それほどあの馬鹿は凄まじく大きな力を持っていたのだ。

 

 

 だが、キれた時の爆発力は勝るとも劣らない。

 

 というより、全くもって同じと言って良いだろう。

 

 

 氣を使っているようで全く異質。

 

 魔力で英雄に及ばずとも、魔法に似た性質の未知の能力で立ち塞がる全てを屠って突き進んで行く。

 

 

 『おまけに一番性質の悪かった時と同じですか……』

 

 

 その時の苦労を思い出し、堪ったもんじゃないと冷や汗まで出てしまう。

 

 

 

 「横島殿!

  く……っ 拙者らの声が届いておらぬっ!!」

 

 「おまけに追いつけないときてる。

  足運びが速い訳じゃないのに、全然距離が縮まらない」

 

 

 何て厄介な……と、珍しく真名は舌を打った。

 

 

 以前から懸念していたように、あの青年は……横島は女子供に甘過ぎる。

 

 甘過ぎる故に暴走し、愚直にもただ一直線に突き進んでいるのだ。

 

 確かに総合戦闘能力という点では劣ってしまっただろう。

 脇目も振らないという点では注意力が無くなっていると言っても過言ではないのだから。

 

 真名ですら目を瞠った回避術や、相手の裏を掻く戦い方は影を潜め、ただひたすら突き進む事だけに意識を傾けている。

 

 

 しかし、“敵を倒す”という点だけは異常特化していた。

 

 

 敵に対して広げられる右の掌。

 

 そこに収束するは全身を覆っていた“氣”。

 

 全身の氣を一点集中し、それを盾として前に出現させたのだ。

 

 無論、そんな事をすれば防御能力は皆無に等しくなる。はっきり言って通常人以下。かすり傷程度の攻撃でも大怪我になりかねない。

 

 

 ——が、瞬きをする間もなく全身が氣に覆い尽くされる。

 

 

 “練られた”ものではない。

 

 そんな間も無かったのだから。

 

 

 かといって弱いわけではない。

 

 圧力が違い過ぎるのだから。

 

 

 真名は知らない事であるが、横島のこの基本霊能力であるサイキックソーサーは、最初の頃こそ全身の霊力を一点集中して生み出していた技であるが、“栄光の手”ができるようになったあたりからごく無造作に盾用の霊気を生み出せるようになっている。

 

 しかし、今のソーサーは以前のように一点集中。つまり、今現在の高い霊力を更に収束して生み出した盾なのだ。

 

 

 そして横島はそれを超高速で回転させていた。

 

 

 何せ物が霊力の盾。物質ではない。

 だから空気の抵抗も何もなく、幾らでも回転力を上げる事ができる。

 空気を斬る音を出す事もなく、摩擦熱も発生せず、ただひたすら回転力だけが上がり続けていた。

 

 

 『くぉおおっっ!!!』

 

 

 迸る怒気。

 

 吐き出す呼気にも気合が乗った素晴らしい一撃が横島に襲いかかる。

 

 だが彼は気を向ける事もなく、その式に対して無造作にそのソーサーを向けた。

 

 

 襲いかかったのは烏族の剣士。

 仲間の仇にせめて一矢報いようと最高の一振りを放ったのだ。

 

 

 しかしこの剣士、相手が悪かった。

 

 

 このソーサー、かなり手加減されたものとはいえ かの斉天大聖の一撃に耐えられたという実績を誇っている。

 かなり未熟な時代の“それ”でもだ。

 

 そんな次元や格の違い過ぎる盾を、十把一絡げの式が貫ける訳がない。

 

 尚且つとてつもない超高速で回転中だ。

 

 そんなものに触れたとすると——

 

 

 ギュンッ!!!

 

 言葉を発する間も無く、式はその回転に持って行かれ捩じられて(、、、、、)消えた。

 

 受け止める事に特化した盾に“受け”て“止められた”為、身体ごと巻き込まれてしまったのだ。

 

 その怪異には流石に他の式達も何が起こったか分からず二の足が出なかった。

 

 「な、何なの? あれ(、、)……

  鬼たちが……怯えてる?」

 

 「わ、解りません。

  多分、古の師に当たる方だと思うのですが……」

 

 

 それは少女らも同様である。

 

 

 突然現れ、散々苦労している式達を全く歯牙にもかけず、ラッセル車宜しく人垣ならぬ式垣をかきわけ、あるいは叩き斬って突き進んで行く——

 

 それに驚くな、怯えるなと言う方がどうかしている。

 

 今までの戦いで温まった体が冷えてゆくのを感じてしまう程に……

 

 

 

 「かえで! 老師を追うアル!!」

 

 「え?」

 

 

 しかし、この二人は動く。

 

 動かざるを得ない。

 

 

 「そうだ行け!!

  私達ではあの速度に追い付けない。

  だが、お前なら……」

 

 

 この三人の中で、一番機動力が飛びぬけているのだから。

 

 

 「し、しかし、このままここを放っては……」

 

 

 折角の古、そして真名の申し出であったがさすがにそれをすんなりと受け入れる訳にはいかない。

 

 何せここには疲労困憊の明日菜、そして刹那がおり、尚且つ雑魚とはいえまだまだ式達も山ほどいるのだから。

 

 

 無論、楓とて彼について行きたい。

 

 そしてどうにかして止めてやりたい。

 

 

 確かに木乃香を助けられはするだろう。

 

 贔屓目も混ざってはいるが、それだけは何となく理解できている。

 

 彼の全力は未だ不明であるが、襲いかかる敵をものともせず、一直線に突き進み、前に立つ式を打ち払っている様からまだまだ自分の認識が甘かったと思い知らされてしまう。

 

 

 しかし、おそらく手段は選ばないだろう。

 

 あまり考えたくはないが、木乃香を救う為に如何なる惨劇をも起こしかねないのだ。

 

 

 助けるという想いを、木乃香を攫った相手に対する怒りが凌駕しているのだから。

 

 

 そして後で傷付くのは彼なのだ。

 

 とても優しい彼は、後で自分の行った事に後悔し、心に傷を負って痛めるだろう。

 

 

 その事は楓も、そして古も解っていた。

 

 だから止めてやりたいと思ってもいる。

 

 しかし、だからといってここを、皆を放っておく事も……

 

 

 

 

 「お行きなさい」

 

 「え?

  あ……木乃香の父上殿」

 

 

 そしてその背を詠春が押す。

 

 

 石化を無理やり解いたまだ本調子にはならず、手足の痺れもかなり残ってはいるが戦えない訳ではない。

 

 “この程度”で戦えない等といった戯言は浮かびもしない。

 

 速度そのものが出せないので横島に追い付けないだけだ。

 

 

 だったらどうするか?

 

 

 「ここは私が……私たちが足止めに徹しましょう。

  無論、アスナ——いえ、“明日菜”君も守ります」

 

 

 以前の自分の役。

 

 暴走しまくる単細胞な盟友を抑えていた役を——

 

 

 「貴女は貴方のやるべき事……

  やりたい事、やらなくてはならない事をなさい」

 

 

 あの馬鹿によく似た彼の側にいる者に。

 

 次の世代であるこの少女に——託す。

 

 

 「……拙者は……」

 

 

 一度目を見張った楓であったが、自分をまっすぐ見つめ続けていた古がコクリと頷くのを目にすると、

 

 

 

 「……了解でござる。

  ここは任せたでござるよ」

 

 

 その眼に光を浮かべ、詠春に頷いて見せた。

 

 

 「ここは貸しにしとくアル。

  早く!!」

 

 「自分の男ぐらいちゃんと躾とけ。

  後でちゃんと謝礼をいただくからな」

 

 

 この場を三人……いや。

 

 

 「な…っ 長っ!!??

  石化の魔法をどうやって!?」

 

 「え゛っ!? オジさまも石にされてたの!!??」

 

 

 ——“五人”に任せ、

 

 

 「刹那君、話は後です。

  さぁ、早く!!」

 

 「……承知!!」

 

 

 そして楓は地を蹴った。

 

 

 全幅の信頼を置ける二人……真名と古に背中を任せ、横島が開けた封印の場へと続く道に向かって。

 

 

 彼を止め、そしてできれば“二人とも”救う為に——

 

 

 

 

 「ええ〜と……何が何だかわかんないんだけど〜……」

 

 「わ、私もですが……」

 

 

 あまりの展開に呆然としている明日菜らであったが、

 

 

 「ほら、刹那君。

  ボ〜っとしてないで」

 

 

 同じように佇んでいた式神の剣士の腕をとり、そのままねじって引き倒しつつ得物を奪う詠春の言葉にハッとして我に返った。

 

 腕を極められただけでなく、筋を延ばされ更に折られ、少女らの目に止まらぬうちに手刀を急所につき入れられていたその剣士はあっけなく還されてしまう。

 

 

 その素晴らしい手並みに目を奪われる事もなく、古はこの場を去った友の背を、

 

 

 

 

 

 

 

 

              横島が消えた方向に意識を向け続けていた——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———————————————————————————————————

 

 

 

 

              ■十一時間目:月ノ輝クヨルニ (中)

 

 

 

 

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 時たま攻撃をかけてくるモノが出てくるが、霊気の盾を翳せば衝撃すら伝わらない。

 

 時たま進行を阻むモノが出てくるが、霊波刀の一振りで無くなるから問題ではない。

 

 

 怒気によって心が煮える。

 

 自分の不甲斐無さに対する憤りで感情が凍る。

 

 

 煮え滾る氷。

 凍てつく火炎。

 

 矛盾する精神を内包したまま、彼は森の中をすさまじい速度で歩み続けていた。

 

 

 奪われた少女を奪回する。そのはずだ。

 

 巫女という贄にされかかっている少女を救う——

 それが絶対不変の不文律だったはずだ。

 

 

 しかし、今の彼からはそれが抜けていた。

 

 

 だからこそ、苦戦していた刹那らに気付けず、

 

 素人なのに戦い続けていた明日菜に気付けず、

 

 自分を呼び続けている少女の声に気が付かない。気付けない。

 

 

 その迂闊さ、思慮の無さ、普段以上の短絡。

 

 情緒の不安定さも尋常ではない。

 

 

 知人——

 そして女の子が攫われた事が、

 

 女の子が何かしらの思惑の犠牲になろうとしている事が、こんなにも彼の心を掻き狂わせていた。

 

 

 その意味を知る者はいない。

 

 彼自身にも解らない。

 

 彼の中にいる彼自身のあるはずもない体験が突き動かしているなどと解る筈もない。

 

 

 しかしその体験は——

 その過去は実際に遭った事なのだ。実際に起こった事なのだ。

 

 

 だからこそその感情に同調してしまい、少女……木乃香を救い出すことより、彼女を攫った者達を滅する事に意識が集中しているのだ。

 

 

 全てを、

 全ての絆を失わされた記憶を……

 

 存在しない実在する記憶を持ってしまっている所為で——

 

 

 

 

 

 

 『横島殿——』

 

 

 彼の無事を、

 彼の心の無事を願いつつ楓は闇を駆けていた。

 

 空に月は浮かんではいるが、大きく齧り取られているかのような三日月。然程の明かりも望めない。

 

 とは言え、山の中なので他の明かりもない事もあってか結構明るく感じられているし、仮にも忍びである楓の眼には十分の明かりだった。

 

 

 現に、大木の根方にいた夕映を見つけ出せていたのだから。

 

 

 今現在、その夕映は楓の腕の中。

 

 式の追手がかからないとも限らぬ為、ここに放って置く事も下がらせる事もできず、そのまま抱き上げて連れて行っているのだ。

 

 

 安全な場所に連れて行く手もある。

 というより、それがベストであると言えよう。

 

 しかし、それができなかった。

 

 その暇が、

 一分一秒が惜しかった。

 

 

 級友を、

 知人を大切にしている楓らしからぬ行動であり、彼女自身も戸惑っていない事もない。

 

 だが、それでも、楓は駆けていた。

 

 何かを恐れるように、ただひたすら彼の背中を追って。

 

 

 その楓の腕の中、

 

 何時になく焦りを見せている楓の行動に疑問が湧かないでもないが、それを問う事を思いつかないほどの焦りを楓から感じられ、夕映はだまって抱かれるに任せていた。

 

 何が起こったのか、

 そして何が起こっているのか是が非でも聞きたい。

 

 学者である祖父の影響からか、疑念を晴らさずにはいられない性分なのだ。

 

 ……のであるが、流石の夕映もその行動に及ぶ事はできなかった。

 

 

 『……今は聞かない方が良いみたいです……

  また何時か……いえ、“後で”聞いた方が良いでしょう』

 

 

 楓のそんな余裕がないという事は聞かずとも理解できる。

 

 何と言うか……こんなに必死な彼女を見るのは初めてなのだ。

 

 だから夕映は、“後”という時が来る事を信じ、自分を納得させて前を見据えた。

 

 

 人工のものではなく、また月明かりの反射でもない淡い輝きが前方で起こり始めたからだ。

 

 

 自然、楓の服をつかんでいる手に力が籠る。

 

 それが恐怖によるものか、木乃香を心配しての事かは不明であるが——

 

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 

 『兄貴!!

  感じるかこの魔力!!

  奴ら何かおっ始めやがったぜ!! 急げ!!』

 

 

 湖を遮るように広がっている森の上空を、杖にまたがった少年魔法使いネギが飛行していた。

 

 勝率なんか考えず、ただひたすら木乃香を無事を願って杖に魔力を込めて。

 

 

 そんな彼らの前方で、唐突に光の柱が立ちあがった。

 

 まだまだ淡く、強さも圧力もほとんどないが、それでも高まってくる魔力の感触はただ事ではない。

 

 だからネギの肩でカモも焦りを見せていた。

 

 

 「わかってる。

  加速!!」

 

 

 空気が撓る——

 

 ネギから伝わってくる魔力を糧に、杖は今現在出す事ができる最大速度を出して見せた。

 

 飛行魔法の使用中は周囲にフィールドが張られて術者を守る。

 そのフィールドが無ければカモなど即座にひき肉になっていたかもしれない。

 

 それほどの加速度だった。

 

 

 

 『見えた!! あそこだ!!!』

 

 

 空中に遮るものはない。

 

 だから思っていた以上に移動力を上げられ、ついにネギ達は肉眼でそこを目にする事ができた。

 

 

 

 巨大な湖。

 

 中央にはしめ縄が巻かれた大きな岩。

 

 その前には祭壇のようなものがあり、そして——

 

 

 『むぅっ!?

  こ、この強力な魔力は……!?

  儀式召喚魔法だ!!

  何か でけぇモンを呼び出す気だぜ!!!』

 

 

 普通、召喚は契約が終わっている対象を呼び出す事が多いので、よほどのモノでない限りそんなに時間が掛かったりしない。

 

 だがネギ達が想像している巨大な魔力のタンクと、具現化を続けている気配の大きさ、そして呪式の大きさからとんでもないものを呼び出そうとしている事が理解できてしまう。

 

 しかし、それより何よりネギの目に見えているものがあった。

 

 

 その召喚の儀式に使われているのだろう祭殿。

 

 そこに横たわらせられているのは……

 

 

 「このかさん!!」

 

 

 召喚の、そして呼び出そうとしている“何か”の制御用の核にされようとしている少女。

 

 現在、日本最高クラスの魔力量を誇る近衛 木乃香、その人である。

 

 

 ——いける!! まだ間に合う!!

 

 

 彼女のすぐそばに人影があり、その中にあの少年が居るであろうがネギには見えていない。

 

 ネギの目には、視線の先で喘いでいる木乃香だけしか入っていない。

 

 

 ——このかさんを……助けるんだ!! 

 

 

 その高めた意志を杖に込め、更に加速してその場を目指す。

 

 

 もう魔力は尽きかけようとしているのに、

 昼間の一件で大量消費し、まだ回復し切れていないというのにネギの魔力はさらに溢れてくる。

 

 大切な友達である木乃香、そして言うのはおこがましいが刹那や明日菜も守りたいと願っているのだから。

 

 もう二度と“あの日”のように失いたくないのだから。

 

 

 だからネギは枯れかけている筈の魔力を無理矢理引きずり出して突き進む事が出来るのだ。

 

 

 ドンッ!! ドドンッ!!

 

 

 「!?」

 

 

 そんなネギの背後。

 

 後方の森の中に魔力を感じ、彼は慌てて顔を後ろに向けた。

 

 迫り来るは四匹の獣。

 

 ネギ達、西洋魔法使いが召喚する精霊に近い、実態を持たない黒い魔の獣。

 

 

 ——狗神!?

 

 

 ネギが昼間戦った少年……コタローが攻撃に使っていた狗神が放たれたのである。

 

 

 「DEFLEXIO……っ!!」

 

 

 慌てて魔法の盾を唱えようとするが一瞬遅い。

 

 

 ドガッッ!!

 

 「!!!」

 

 

 幸い、ネギ本人の魔法抵抗力が存外に高い為、直撃しても然程のダメージはなかった。

 

 それでも杖を弾き飛ばされ、小さな体は宙を舞う。

 

 

 「わあぁっ!?」

 

 

 流石に空高くからの自由落下には悲鳴をあげてしまうが、それでも多少なりとも戦闘経験のある少年だ。

 

 直ぐに冷静さを取り戻し、

 

 

 「く……っ

  杖よ……

  風よ!!」

 

 

 杖を呼び、風を呼んで墜落を逃れる。

 

 ギリギリではあるが体勢を整え、ちゃんと足から地面に着地。その衝撃もほとんどない。

 

 体術的に言えばまだまだ稚拙であるが、それでも彼の年齢から言えばとんでもない反射神経だった。

 

 

 「よぉ、ネギ」

 

 

 そんな彼の能力に喜びを再燃させたのか、茂みの中から影が一つ姿を現す。

 

 

 予想はできていた。

 

 狗神を見た瞬間に解ってはいた。

 

 

 だが、何もこんなタイミングで……

 

 

 「へへっ 嬉しいぜ。

  まさか……こんなに早く再戦の機会がめぐってくるたぁな……」

 

 

 ネギと同じくらいの身長の黒髪の少年。

 

 その眼差しからも戦いへの期待が湧いている事がうかがい知れる。

 

 

 「コ……コタロー……君!!?」

 

 

 目の前にいるのに。

 

 助けたい相手が見えているというのに。

 

 ネギの目の前には、昼間戦ったあの少年。

 

 小太郎が立ち塞がっていた。

 

 

 『こ、こいつは……マズイ!!!』

 

 

 ここまで来てこの状況。

 カモは、ただ慌てる事しかできないでいた。

 

 

 

 

 

 

 ずん……と腹の底に響くような衝撃が伝わってくる。

 

 

 「どうしたぁっ!!

  本気で来いや、ネギ!!」

 

 

 背後の魔力の高まりを感じている所為か、ややテンションが上がり気味で、自然と笑みが浮かんでくる。

 

 

 「ど、どいてよコタロー君!! 僕、いま君と戦ってる暇なんてないんだ!!」

 

 

 小太郎の拳を魔法の障壁で防ぐが衝撃を消しきれない。

 

 彼を弾き飛ばす事だけは成功したものの、壁として立ちはだかったまま。

 

 

 「いやや。

  つれない事言うなや。ネギ」

 

 

 ニヤリと不敵に笑う小太郎であるが、その攻撃した彼も防いだネギも息が荒い。

 

 双方とも疲労が……氣や魔力が完全に回復していない状態での戦いなのだから無理もない。

 

 ただ、足止め役であるい小太郎の方に若干の余裕がある。

 

 

 しかし、その小太郎の言い様に腹を立てたかネギの魔力も増した。

 

 

 『兄貴。これ以上自分への契約執行は使うんじゃねえ。

  ただでさえ姐さんに魔力を供給し続けてるんだ。すぐに底をついちまうぜ』

 

 

 カモもその事に気付いてはいる。

 

 気付いてはいるのだが、伝えたところでどうしようもない。

 

 

 自分に対して契約執行を行って、魔力で肉体能力を上げる……そんな肉体強化法は武闘派の魔法使いなら誰だってやっている事だ。

 しかし、自力でそれに気付き、尚且つ初めてそれを行ったばかりなので無駄が多くて負担も大きい。

 

 カモの言葉にいくらか冷静さを取り戻したか、自分に回す力をセーブするネギ。

 

 それでも供給を完全には切れない。

 

 完全に切ればそれは大きな隙となり、小太郎の攻撃を容易に受けてしまうだろう。

 

 

 『あの光の柱を見ろ! 儀式はあと数分で終わっちまうぜ!?

  急がねぇと……』

 

 「わかってる。カモ君……」

 

 

 解ってる。

 そう、解ってはいるのだがかかる現状が許してくれない。

 

 しかしそれでも純粋なネギには理解し難いところもある。

 

 

 「コタロー君!!

  なんであのお猿のお姉さんの味方をするの!?

  あの人は僕の友達を攫ってひどいことをしようとしてるんだよ!?」

 

 

 そしてそれに与する事が、

 

 そんなひどい事をする人間に味方をするという事が幼い彼にはまだ解らないのである。

 

 

 「ふんっ!

  千草の姉ちゃんが何やろうと知らへんわ。

  俺はただイケ好かん西洋魔術師達と戦いたくて手を貸しただけや。

 

  けど……その甲斐あったわ!!」

 

 

 そう嘯く小太郎は、本当に嬉しげな笑みを浮かべネギを指差す。

 

 いや、嬉さも楽しさも混ざった歓喜のそれとも言えよう。

 

 

 「お前に会えたんやからなネギ!!

  嬉しいで!! 同じ年で俺と対等に渡り合えたんはお前が初めてや。

  さぁ……戦おうや!!」

 

 

 小太郎にしてみれば、自分の渇きを潤してくれる相手と初めて出会えた事が嬉しくてたまらないのだろう。

 

 何せ実際の戦いを知っている筈の自分とほぼ同じレベルで戦ってくれる相手。

 尚且つ年齢もほぼ同じなのだ。

 

 小太郎は狗族のハーフであるが故に親を知らない。

 

 だから無自覚ながら孤独を嫌がっている節があった。

 

 ネギというこの魔法使いは、そんな彼が初めて出会えた“ライバル”という位置の存在と言えるのだ。

 

 

 無論、今のネギからしてみれば傍迷惑以外の何物でもない。

 

 

 「戦いなんてそんな……意味ないよ!!

  試合だったらこれが終わったらいくらでも……」

 

 

 木乃香の危機。友達の危機なのだから付き合っている暇はないのだ。

 

 

 「ざけんなぁ!!」

 

 

 しかしテンションが上がっている所為か小太郎は納得しない。してくれない。

 

 

 「俺にはわかるで。

  コトが終わったらお前は本気で戦うような奴やない。

  俺は本気のお前と戦いたいんや。

 

  今ここで!!

 

  この場所で!!」

 

 

 彼とてそういった事が好きではないのであるが、初めて出会えた好敵手という存在に感情が先走っているのだろう。

 

 だから血が滾る。

 滾り続けている。

 

 戦いを期待してか、ずくんずくんと心音に合わせてその身が疼き、その手も細かく震えている。

 

 

 ——それだけ“同等”という相手に飢えていたのかもしれない。

 

 

 「ここを通るには俺を倒すしかない!

  俺は譲らへんで!!」

 

 

 逃がす気を全く感じないその気迫にネギも思わず身構える。

 

 

 『挑発に乗るな兄貴!!

  何とかして出し抜く手を考えるんだ!!』

 

 

 双方に余裕がない事をカモも理解しているから、ネギの肩で必死になって止めようとするが耳に入っているのか疑わしい。

 

 それにこんな事している場合ではないというのに、子供らしい勝気な部分が首を擡げかかっているのも感じられる。

 

 カモが焦って襟を噛んで引っ張ったりしているのだが、無自覚だろう……ネギは、動こうとしない。

 

 

 そしてそんなネギに、

 

 

 「全力で俺を倒せば間に合うかもしれんで!?

  来いや ネギ!!

 

  男やろ!!!」

 

 

 小太郎は止めを刺した。

 

 

 ぐ…とネギの体を一瞬緊張が走り、ゆっくりと前に進みだす。

 

 

 その足取りを見、小太郎はニっと唇の端を歪めて僅かに腰を落として身構えた。

 

 

 『えっ!? ち、ちょ、兄貴!?』

 

 

 そう慌てふためくカモの首筋をネギは猫のように摘み、ひょいと地面におろして歩み続ける。

 

 

 『ぅおいっ!! 兄貴!!』

 

 「大丈夫だよカモ君……1分で終わらせる」

 

 

 自信がある——とでも言いたいかの様な静かさでネギが口を開いた。無論、カモに一瞥も送っていない。

 

 したしそれは、むきになっているなっていると言った方が正しいだろう。

 

 

 『ぐぁ……ぁ

  マ…マズいぜ。

  兄貴の頑固と子供っぽさが悪い方向に出ちまった……!

 

  ここで戦ったらどう転んでもこのか姉さんは……』

 

 

 というより、ネギの頭に勝算など無い。

 

 キレているのだから、単に思いっきり戦うだけなのだ。

 

 

 あの銀髪の少年らから木乃香を救出する為には少しでも惜しい魔力を使って自分に対して契約を執行。

 拳にも魔力を込めて大地を蹴った。

 

 

 「いくぞ!!」

 

 「来い!!」

 

 

 カモは混乱の極致。

 

 何よりも進まねばならない状況で、

 

 何よりも木乃香を救わねばならないという状況で、

 

 

 「わぁあああっ!!」

 

 「おぉ!!」

 

 

 当のネギが、木乃香の父親と二人の少女から託された任を忘れ戦おうとしている。

 

 

 止める事もできず、そしてまともには通してもくれない状況なのだから仕方がないとも言えるだろう。

 

 

 が——

 

 

 

 

 

 

 ぞん……ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 「え…っ?」

 

 「何っ!?」

 

 

 二人の間に、突如として赤い壁が出現した。

 

 

 ——いや。

 

 

 小太郎にはとてつもなく集束された氣の塊としか思えない……強いて言えば盾のようなものが突き刺さり、

 

 

 

 バギンッ!!

 

 

 「 わ ぁ … っ ! ! 」

 

 「 が ぁ あ あ あ っ ! ! 」

 

 

 何の前触れもなく爆発した。

 

 

 指向性があるのか知らないが、ネギは衝撃だけで大したダメージは受けていないが、小太郎の方は思いっきり弾き飛ばされ桜の木に叩き付けられている。

 

 それでも氣で防御していたのか意識を失ってもいないし、戦えない訳でもない。

 

 やや目を回しかけてはいるが、慌てて身を起し周囲を見回す余裕すらある。

 

 

 「氣の爆発攻撃…やと!?

  せ、せやけど何の気配も……何者や!?」

 

 

 しかし問うまでもない。

 探す必要もない。

 

 

 何故なら——

 

 

 

 

 

 「ここで……何をしている?」

 

 

 

 

 

 その暴力的なまでに圧倒的な気配の主が……“そこ”にいたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 『瓢箪から駒言うんはこの事やなぁ……』

 

 「こちらから言えば『泣きっ面に蜂』だけどね」

 

 

 わずか数分。

 

 いや、実際の時間で言えばもっと短い間だろう。

 

 能力は兎も角、数だけはいた式兵たちであったが、刹那らを押し止められたのは彼が来る直前までの話。

 

 彼が一度剣を手にした瞬間から状況は一変。鬼より怖い剣鬼となって式達を完全に圧倒していた。

 

 五体十体がまとめて襲いかかっても、いや下手をするとその全部が襲いかかったとしても一薙ぎで全て刈り取られかねない。それほどの剣人なのである。

 

 この——近衛 詠春という男は。

 

 

 『しゃっあっ!!』

 

 『かぁっ!!』

 

 

 腹の奥から噴き出すような息吹。

 軸足を大地に突き刺して踏み込むような重い一撃を放ってみても、

 

 

 「シ……っ!!」

 

 

 やや腰を落とした自然体の構えから、相手にしている二体の間合いに踏み込んで風を切る音もなく横に薙ぐ。

 

 ぴんっと式の体に線が走ったのが見えたと思った次の瞬間にはボンっと破裂音がして還されてしまうのだ。

 

 いくら手だれの烏族の剣士が使っていようが、詠春からしてみれば鈍ら剣。

 その剣を奪い取って戦っている詠春であるが……剣の格の低さを技術でもって完全に補っていた。

 

 

 『ひゃあ……やるのぉ……』

 

 

 式の親玉であろうか、ひときわ大きい奴が顎を撫でながら嬉しげにそう言う。

 

 何せ与えられた任務は女子供の足止め。

 

 女の子一人の力で鬼神を復活させるから、邪魔が入らないようにしろとの事。

 

 戦いというよりは遊びに近いと思ってしまったほどの仕事だった。

 

 娑婆に出られる事は良いのだが、なんだか数に任せた弱い者虐めのようで今一つ乗りに気はなれない。

 

 おまけに共闘しろと言われた西洋の式(?)に至っては愛想が無いときている。

 

 これで何をどう楽しめというのだろう。

 

 

 が、蓋を開けてみればどうだろう。

 

 

 一番“ちみっこ”だった子供は西洋魔法の使い手で、風の魔法を使われて姐御(千草)の後を追われ、

 残った女の子らにしてもけっこうヤる。

 

 更に、何だか訳の解らない奴が通り過ぎた後には、神鳴流にその人ありと言われた詠春が乱入して来てくれたではないか。

 

 思いっきり戦えないと内心溜息を吐いていた式らであったが、まさかこんな超大物とやりあえるチャンスが巡ってくるとは思ってもいなかったので、その天の贈り物に感謝していたりする。

 

 

 『あんさんと闘り合えるや思てなかったで……

  ほんまやったらタイマンしたいトコやけど、こっちも仕事やさかい堪忍な?』

 

 「律儀なのは結構ですが……少々痛い事になりますよ?」

 

 『ははっ……何を今更。

  闘いで痛がっとって式神なんぞやってられへんわ』

 

 「確かに……」

 

 

 相手は西の長。

 

 闘う相手として申し分ない。

 

 はっきり言って勝てる気は全くしないのであるが、時間稼ぎが仕事なので気にならない。

 

 じり貧決定であるが、強者と闘えるのだから……

 

 

 一斉に掛かれば間違いなく薙ぎ払われる。

 

 舐めてはいけない。何だかんだで疲労困憊のようであるが、それでもその程度の技量は持ち合わせている。

 

 だからこその数体での波状攻撃を行い続けているのだから。

 

 

 それにこの闘い方の方が——

 

 

 『長ぉ楽しめるっちゅーもんや』

 

 

 ——という事だ。

 

 

 

 

 『ふ…っ!!』

 

 

 キリリリ……と、トンファーに似た得物を旋回させ、狐の面をかぶった女性型の式が少女に襲いかかる。

 

 形こそトンファーに似ているが、それは忍の暗器に酷似しており縁が刃となっていた。

 

 鉈を振り回しているに近く、当たれば無論ただでは済まないだろう。

 

 

 「 吼 ぉ …… っ ! ! 」

 

 

 だが、その少女も只者ではない。

 

 まっすぐ突いてくる剣先を内側に弾きつつ左肩から体当たりするように踏み込み、相手の伸びた腕を取りつつ鉄扇トンファーを相手の腹に入れる。

 

 

 『ぐ……っ!?』

 

 

 その動き、何とわずか一拍。

 

 攻防を一拍子に行われたのでその式も対応し切れなかった。

 

 しかし——

 

 

 「浅いカっ?!」

 

 『そうみたいや……ねっっ!!』

 

 

 斜め下から閃光のような膝を察知し、少女は身を沈めてそれをかわす。

 そして回避しつつも残った軸足に足払いをかけたのであるが、相手の狐面もそれを読んでいたのだろうあっさりと回避している。

 

 お互いが一瞬で距離をとるが、地に足が付いた瞬間、既に双方が踏み込みを掛けており、鉈のようなトンファーと鉄扇トンファーとが鈍い音を響かせていた。

 

 

 「……やるアルね」

 

 『嬢ちゃんもな』

 

 

 面の下、僅かに覗いている口元がニっと歪む。

 

 何時もなら自分もやっているであろう、低いレベルの挑発でなのあるが、どういう訳かこの少女……古は不快さが増している事に気がついた。

 

 

 はっきり言ってこの程度の挑発に乗ってしまう等、話にもならない。

 

 

 それは古自身も解っている筈だ。

 

 しかし、古は無自覚の内に機嫌を悪くしている。

 

 それらが技のキレを欠けさせている事に気付いていない。

 

 無論、それでも明日菜よりはずっと強いのであるが、真名と……刹那は内心、舌を打っていた。

 

 

 『何だ? 古の動きが妙に硬い……

  さっきのあの人の事に気を取られているのか?』

 

 

 刹那は横島とまともに対面した事がないので、先ほどの彼が何者なのであるのかよく解っていない。

 

 古が老師と叫んでいたので恐らくは昼間助けてくれたあのかぶり物剣士とは思うのであるが……

 

 

 『しかし、気配が全く違っていた……』

 

 

 ——のだ。

 

 

 だから今一つ刹那は状況がよく解らないでいた。

 

 尤も、その所為で剣の動きが鈍っている訳ではなく、自分に掛かってくる式達を神鳴流の奥義で一薙ぎにしている。

 

 

 訳は解らずとも、長である詠春は助かり、古と真名と共に助っ人として戦ってくれているのだ。

 古と違って余裕が生まれているのも当然である。

 

 

 

 

 『まったく……自分の女くらいフォローしていけ』

 

 

 そして真名は口の中で愚痴っていた。

 

 とは言っても別に暇がある訳でもなく、ニーリング……所謂、膝射で銃を撃ち続けている。

 

 あまり知られていないのであるが真名は裏でも名の知られた人間で、一応はスナイパーとして知られてはいるのだが、距離を離そうが接近を許そうが苦手なレンジがない程の腕前を誇っている。

 

 だから距離が離れている間はライフルで狙撃し、接敵されれば——

 

 

 『ぬぅうう……小娘ぇっ!!』

 

 

 頭部にイイのをもらってしまった烏族の剣士が得物を振り下ろす。

 

 手加減という命を忘れたのか、当たれば完全に致命傷となる重い一撃であるのだが、見た目より痛むのだろう左手で顔を抑えながらの隙が多い一撃。

 

 

 だが、生憎と真名はそんな隙だらけの攻撃で倒す事ができる相手ではない。

 

 

 別段、焦った風もなく真名はライフルを手放し、一瞬の間にハンドガンを両の手に握り替えている。

 

 その右のグリップで相手の得物の峰を叩き、右の脇をがら空きにしてそこに銃弾を叩きこむ。

 エグい事に、人であれば腸をかすめて心肺を抉る様な角度でだ。

 

 

 『く……おぉおおっっ!?』

 

 

 一瞬、呆気にとられた他の式らもその様を見て我に返り、背を見せている真名に襲いかかる。

 

 しかし先に踏み込んだ筈の式の顎は弾丸によって殴り上げられ意識を刈り取られた挙句、還る前に何時の間にか接敵していた彼女によってその体を盾にされ、左右から迫っていた式の胸がほぼゼロ距離で撃ち抜かれた。

 

 

 『が、がぁああっ!!??』

 

 『うぉおおおっ!!??』

 

 

 人で言うなら肋骨の隙間。

 

 筋肉以外で心肺を守り切れない隙間から、完殺の銃弾を叩きこんで行く。

 

 

 接近戦に挑んでも真名は所謂“ガンカタ”が使えるのだ。

 シャレにならない反射能力で避けられかわされ、得物を弾丸によって“撃ち”壊され、その上で体に弾丸を叩き込まれて還されてしまう。

 

 用意が良い事に、真名は呪式が施された弾丸を使用しているので致命傷となる位置に叩き込まれれば堪ったものではない。

 

 

 一瞬でカートリッジを落とし、予備カートリッジを突っ込む。

 

 入れ終わる前に敵が掛かってくるが、片方の銃で相手をし、弾倉交換中の方はカートリッジを膝で叩き上げ、即座に反対側から迫る式に対応している。

 

 彼女の視線が動くより先に銃口がそちらを向いているのだから、その技量も解るというもの。

 

 無駄ったらしい銃撃の間隙を持っていない彼女の隙らしい隙を見出す事は難しい。

 

 

 だから、という訳でもなかろうが、思考の端の方で小さく愚痴を湧かし続けているのだ。

 

 女を……自分の同級生に二股をかけてフォローをかけていない男に対して——

 

 

 

 できれば、横島本人に全力で否定してほしいと願いつつ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ここで何をしている?」

 

 

 何も答えられない二人に対し、その乱入者——横島は再度そう問いかけた。

 

 

 がくがくと膝が笑う。

 

 カチカチと歯が鳴る。

 

 ばくばくと心音が頭に響いてくる。

 

 

 二人の少年は、その青年から発せられる波動によって身動きが取れなくなってしまっていた。

 

 

 青年の体から噴き出しているものは恐らくは“氣”。

 

 圧倒的な怒気。

 それも凍てつくような冷たい怒気だ。

 

 しかし、その口から吐かれた言葉は黒く焦げ散るような熱気を含んでいる。

 

 

 だからネギは……そして小太郎は、ぴくりとも体を動かす事が出来なくなっているのだ。

 

 

 そしてその射抜くような眼は、じっとネギを見据えている。

 

 

 「木乃香ちゃんの親父さんから聞いた……

 

  お前は木乃香ちゃんを助けに行ったとな……」

 

 

 長から!?

 

 と、カモはその言葉の中に石になっている筈の長の事が出て驚いていた。

 

 尤も、喉から声は出なかったのであるが。

 

 

 「その彼女を助けにいっている筈のお前が、

 

  木乃香ちゃんを助ける筈のお前が……」

 

 

 その視線が小太郎に向く。

 

 我知らず小太郎は、身をすくませて半歩下がってしまった。

 そしてそれを自覚し、驚愕している。

 

 

 

 

 

 「 何 で こ ん な 場 所 で 、 こ ん な 奴 と 遊 ん で い る ? 」

 

 

 

 

 

 『く……っ!!』

 

 

 小太郎はその言葉に反抗したかった。

 言い返してやりたかった。

 

 しかし、それでもその身は動かない。

 

 真っ暗な殺意に絡み取られたままなのだ。

 

 

 そしてネギも答えられなかった。

 

 

 自分が冷静さを欠き過ぎていた事にやっと気が付いたからだ。

 

 カモがずっと自分に言い続けていた事が、今になってネギの心に突き刺さり、じくじくとした痛みを与えている。

 

 

 だから言えない。

 

 何も言い返せない。

 

 子供っぽい反応であるが、その程度の反応しかできなかった。

 

 

 「………」

 

 

 横島はそんなネギに冷めた眼差しを送り、もう一度小太郎に視線を送ってから前を見据えた。

 

 木乃香が捕まっているであろう方向に——

 

 

 彼は、木乃香が泣いているような気がしたのだろう。二人に対して湧いた興味が忽ち萎んでゆく。

 

 

 

 「……解った。オレが行く」

 

 「……え?」

 

 

 そうネギに告げ、横島が足を動かした。

 

 

 「オレが木乃香ちゃんを助けにいく。

  お前はここで遊んでろ」

 

 「そ、そんな……僕は遊んでなんか……」

 

 

 追い縋るように駆けだしたネギであるが、横島の反応は冷たい。

 

 

 いや、拒絶している。

 

 

 それは当然だろう。

 

 横島にとって許す事の出来ない事を彼らはやっていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 「木乃香ちゃんが助けを待っている時に、あいつとやり合うのを優先した。

 

  木乃香ちゃんの事より、あいつとの闘いなんかが大事なんだろ?

 

  だったらそれを優先しろ。オレの知った事か。

  オレはそんなクソくだらない事(、、、、、、、、)より木乃香ちゃんの方が大切だ。

 

 

  あの娘を助ける方が何よりも大事だ」

 

 

 

 

 

 小太郎に挑発なんぞされたとしても、横島には効かない。

 

 精々、捨て台詞をほざいて遁走する程度だ。

 

 女の子が危ないって時に相手をするような馬鹿ではない。

 

 

 プライドなんかない。

 

 そんなものどうだっていい。

 

 

 以前、失ってしまったモノ。

 

 “体験していない記憶”が泣き叫んでいるように、

 

 助けるつもりだったのに、その手段を自ら破壊した時のように、

 

 失ってしまったモノは二度と帰ってこない。

 

 

 恋人にしても、“雇い主”にしても……だ。

 

 

 だから横島にとって男の面子など意味がないし、知った事ではない。そんなものはゴミ屑以下だ。

 

 

 そんなものより何より、女の子の命の方が遥かに大切なのだから。

 

 

 「………っっっ!!!!」

 

 

 今度こそ、ネギは胸を抉られた。

 

 

 そうなのだ。

 それはネギ自身が言っていた事。

 

 木乃香は大事な友達だから守ると言ったはずだった。

 

 だが自分は小太郎の言葉に乗り、彼と決着をつける1分という時間を選んでしまった。

 

 その1分1秒が大切だった筈なのに……

 

 

 

 

 

 「待ってください!」

 

 「何だ?」

 

 

 気が付けばネギは横島のシャツを掴んでいた。

 

 それでも横島は歩くのを止めてはいない。

 

 そのつもりはない。だからネギを引きずっている。

 

 まるで重さを感じていないように突き進んで行く。

 

 

 ざりざりとネギの足先が土や草を削ってゆくが、悲しいかな非力なネギの体では止める事は出来ない。

 

 

 しかし……彼は顔をネギに向けていた。

 

 

 「ぼ、僕に……いえ、僕が行きます!!」

 

 

 まだこの青年の事は解らない。

 

 

 声は聞いた事があるような気がするのだが、誰だか分らない。

 

 まだ怖い。

 

 この青年が怖くて堪らない。

 

 

 だけど彼が言った言葉は間違いなく正論だ。

 

 

 だから必死になってそのシャツを掴んだ。

 

 思い出したからだ。

 

 失えば、

 何もできないままならずっと後悔し続けるという事を……

 

 

 それが叶わねば一生後悔し続けてしまうという事を……

 

 

 「お前が?」

 

 

 冷めた目がネギの心を苛む。

 

 だが、ネギは怯む事無くその冷たい目をまっすぐに見て返した。

 

 

 口にしたその言葉に偽りはないのだから。

 

 

 確かに自分には力が足りない。

 

 何より経験が圧倒的に足りていない。

 

 

 この目の前に青年……横島の力など軽く凌駕するほどのバカでかい力の器はあっても、その使い方を理解し切れていない。

 

 未熟とか以前の問題だ。話にもならない。

 

 

 それでも横島は彼の手を振り切らなかった。

 

 ネギの気持ちが何となく理解できるからだ。

 

 

 そしてその気持ちを自覚した瞬間、横島の怒気が僅かばかり小さくなっていた。

 

 

 「……そうか……

  行くんだな? 行きたいんだな? 木乃香ちゃんを助けに……」

 

 「ハイッ!!」

 

 

 横島の問い掛け。

 

 彼の怒気が幾分軽くなったお陰か、普段より力強く言い切る事が出来た。

 

 

 その大声に眉一つ動かなかった横島であったが、ついにその足が止まった。

 

 

 ネギがいくら引っ張っても速度が緩まなかった足が、ぴたりと止まったのだ。

 

 

 「だったら行け。早く」

 

 

 「え?」

 

 

 進む道を譲り、言葉でその背を押す。

 

 

 「……何もできなくて、何もやれなくて後悔するのは嫌だろう?

  だったら行け。

 

  無理だろうが何だろうが意地を出して行け。

 

  歯をくいしばって突っ走れ」

 

 

 横島の目に、光が戻った。

 

 冷静になった……とまでは行かないものの、少なくとも今までよりはかなりマシにはなっていた。

 

 

 ネギの眼に、

 

 何だか自分と同じような光を見出したからなのかもしれない——

 

 

 「あ……ハ、ハイっ!!」

 

 

 弾かれたように駆けだすネギ。

 

 その場から急いで走り出したネギであったが、一度横島の方に振り返り、頭を深く下げてから杖に跨って飛び去って行った。

 

 

 『ありがとうございます!!』

 

 

 何に対しての礼だか解らないが、ネギの唇は確かにそう紡いでいたと思う。

 

 

 直後に加速。

 

 高度を落とし、更に更に速度を上げてネギは木乃香を救いに突き進んでいった。

 

 

 その勢いこそが想いなのだろう。

 

 空になりかけている筈の魔力で出せているあの底力が、ネギの想いなのだろう。

 

 それが解る……いや、伝わっているからこそ、横島の表情はやっと柔らかさを取り戻してゆく。

 

 

 魔力の全てを出し切らんとするネギの背を見送りつつ、横島はやっと普段の顔を——

 

 

 

 

 

 

 

 ——取り戻したかに見えた。

 

 

 

 

 

 

 瞬間的に霊気を右手にかき集め、盾状にして軽く腕を振ってそれを投擲する。

 

 

 ドガンッ!!

 

 

 風を切る音も立てずにそれは宙を飛び、地面に衝突するとそこで音を立てて爆ぜた。

 

 

 「うおっ!?」

 

 

 小太郎の行く手を、阻む為に。

 

 

 「な、何すんねんっ!?」

 

 

 文句を言い放ちはしたものの、小太郎は内心かなりの冷や汗をかいていた。

 

 

 彼の本能が叫んでいる。

 

 逃げろ。にげろ。ニゲロと。

 相手にするなと、みっともなくてもいいから逃げ出せと訴え続けている。

 

 

 だが、小太郎は横島の行為に言葉を紡いでしまった。

 

 横島は挑発なんぞしてもいないのに、噛み付くように言い放ってしまった。

 

 

 「何をする……はオレのセリフだ。

 

  どこに行こうってんだ?」

 

 

 低い声で横島が再度問いかける。

 

 問いかけつつも、また頭が冷えてゆく。冷え切ってゆく。

 それでいて感情は煮え滾る。

 

 

 がりがりと理性の壁を削り、心の奥に住まう凶獣が再度牙を見せ始めていた。

 

 

 狗族のハーフ故か、不幸な事に小太郎はその牙の鋭さを、圧倒的な何かを知覚してしまっている。

 

 それが恐怖であるという事を、自覚できないまま。

 

 

 「お前……

  “あの女”がやっている事がどうでもいいとか、男がどうたら言ってたな……」

 

 

 質量すら感じてしまうほどの凄まじい殺気の膨らみを察知し、その場を離れようとするが一瞬遅い。

 

 ハっとして体を動かそうとするのだかピクリとも動かなくなっているのだ。

 

 

 『なっ……なんやこれっ!?』

 

 

 小太郎が感じている感触からすれば、鋭い刃を全身に押し当てられているそれに近い。

 

 

 ただ押し当てられているだけ。

 

 血も出ていないし切れもしていない。

 

 だが、逆に言えば少しでも動けば自分の身が膾か挽肉のようになってしまうという事でもある。

 

 

 

 何時の間にか横島の右腕が光り、その腕には具現化した霊力が紡がれていた。

 

 その紡がれた霊力は更に細く細く縒りあげて、あらゆる繊維より細い霊糸を生み出し、その糸を小太郎に絡みつかせているのだ。

 

 

 如何に細くなろうとも、肉眼では視認できぬほどの細さになろうとも、霊気を紡いで生み出した糸なのでその強度は普段の霊波刀以上。

 

 尚且つ細く強靭に縒られている為に切断力まで上がっている。

 

 

 だが、この糸は小太郎の動きを封じるだけに止まっているではないか。

 

 

 横島の光る右手。

 

 その右手の中にあるのは力を持つ“珠”。

 

 そこに練り込まれている言葉は『束』の一文字。

 

 小太郎は、霊糸という鋭い刃を通して“くくられて”動けなくなっていたのである。

 

 

 

 「どうでもいいという事は、助けを待っている女の子がどうなってもいいという事か?

 

  お前の言う『男』ってのは、女の子を助けにいく奴を止める事なのか?」

 

 

 「あ…が……」

 

 

 声が出ない。

 

 喉が外部から絞られているかのように言葉が紡げない。

 

 かと言って、横島が霊糸でもって締め付けている訳ではない。

 

 単に雪崩れ来る怒気に息が続かないのだ。

 

 

 

 

 「……ざけるなよ……」

 

 

 

 

 そして更にその怒気が膨らんだ。

 

 

 

 記憶に存在しない記憶。

 

 体験していない、自分ではない自分の記憶。

 

 凍りついた“記録”の一片に、かつての雇い主の画像があった。

 

 口から血を流し、それでも無理に笑顔を見せ、自分に何か呟いている——

 

 

 身が爆ぜるほど悲しい。

 

 心がすり潰されるほど苦しい。

 

 手当たり次第に殺し回りたくなるほど腹立たしい。

 

 そして世界を滅ぼしたくなるほど憎い。

 

 

 彼女が、

 

 彼女“ら”の全てが失われた時、心を苛んだ虚無感が——

 

 “この自分”が体験した事もない体験が怒りと憎しみが心を組み替えてゆく。

 

 

 

 

 −お前もなのか?

  お前も俺になってしまうのか?−

 

 

 

 

 何かが悲しげにそう呟く。

 

 だけど心に届いているのに、心が理解してくれない。

 

 その言葉の意味を理解しているのに受け入れてくれない。

 

 怒りと憎しみに心を持っていかれ、絶対にしてはならない事を、横島なら絶対にしたくない事を行おうとしている。

 

 

 そしてそれに何の感慨も浮かばなかった。

 

 

 引くだけ。

 

 後は引くだけ。

 

 『束』の文字を消し、霊糸を引くだけで事は終わる。

 

 

 女の子の救出を邪魔する障害をたったそれだけの事で取り除けるのだ。

 

 

 だから横島はその“珠”を——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すぱ——んっ!!!

 

 

 意外なほど、その音はよく響いた。

 

 音の出どこは後頭部。

 

 今まさに惨劇を行おうとしていた横島の後頭部だ。

 

 

 そのお陰かどうかは不明であるが、集中が完全に途切れた所為だろう、霊糸が消滅し、珠も地面に落ちて消滅した。

 糸が途切れた以上、イメージが実行されても意味を成さないからだ。

 

 

 それでも心が元に戻った訳ではないのだろう。雰囲気は全く変化していない。

 

 

 しかしその背に、

 

 

 

 

 

 

 

 「何をしてるでござる?」

 

 

 

 

 

 

 

 奇しくも横島自身が吐いたものと同じ言葉が投げかけられた。

 

 

 その意味は全く違う問いかけであるが——

 

 

 

 間違いなく彼にとっては救いとなる女神の声であった。

 

 

 

 

 

 



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後編

 ニコポ、発動。


 

 

 

 『オレは横島忠夫っていうんだ』

 

 

 

 

 

 ——彼はそう名乗った。

 

 

 最初の遭遇は怪奇現象。

 

 空に穴を穿ち、隕石が如く墜落してくるというド外れた登場だ。

 

 

 全身ボロボロであったにもかかわらずしっかり生きており、下着を覗き見てしまっただけで氣に満ち溢れるという無茶苦茶な回復を見せられた。

 

 

 何もかもが破天荒で、彼と言う存在も別の宇宙の人間で、“こちら”に来た時の事故によって記憶の一部と体験年齢を失ってその見た目年齢は十代後半であるが、実年齢は二十代後半になってしまったとの事。

 

 その上“霊力”という、学園長曰く『氣と魔力の中間のような性質』の力の使い手であり、若いながらも達人クラス。相当の修羅場をくぐって来た人間だと感心したものだ。

 

 かと思えば、霊力が下がると煩悩を制御しきれず刀子先生やしずな先生等にダイビングをぶちかましてしまうありさま。

 

 元々の体質(?)もあって不死身っぽく、殴り飛ばされ沈められてもすぐ復活。それでも奇怪なモラルは守るらしく、女子中学生以下の少女や気の弱そうな女性には向かおうとしない事は理解できたものの、その危なっかしい性根には女性陣一同頭を痛めたものである。

 

 

 一応、学園に雇われる形となったのであるが、実力を知りたいという学園長の申し出を全力拒否。

 

 自分と……女の子とは戦えないと言い張り、がんとして受け入れない。

 

 その時は侮辱されたと思ったのだが、後になって彼は底抜けに優しく、女子供に対して手を上げられない性格だったからと知った。もちろん、それ以外の理由もありそうだが。

 

 

 ゲート前で初仕事をした時、

 

 何故か彼と共にやって来た古も交えて群がる式達と戦い、逃げ回るふりをして主犯の位置を探り出し、そして——

 

 

 『ああ…いいって。そう気にすんなって。

  ほれほれ、母ちゃんが向こうで待ってるぞ』

 

 

 襲撃者が持つ札に閉じ込められていた子供の霊を解放し、天に導いていった。

 

 

 あの時の眼。

 

 天に上ってゆく子供らの霊に送っていたあの眼差しは心に深く根差したまま今に至っている。

 

 

 ——ああ、この御人は本当に優しい人なんでござるなぁ……

 

 

 という、しみじみとした想いも。

 

 

 

 そんな彼が、

 

 そんな彼が子供を“始末”しようとしている——

 

 

 確かにその子供は“敵”に与する者で、式と共に襲いかかって来た。

 

 面白そうな相手だから戦いたい。

 そんな単純過ぎる理由から、結界に閉じ込められたネギ達を襲いはした。

 

 好敵手と(勝手に)認めた相手ともう一度戦いたいという理由から、木乃香救出に向かうネギを襲いはした。

 

 いくら子供のした事とはいえ、許されざる行為をとったと言える。 

 

 

 だが、それでも殺すのはやり過ぎであろう。

 

 

 無論、プロという見地からすれば間違っていないかもしれない。

 

 障害を除去するのに一番手っ取り早い手段であるし、後にどんな禍根を残すか解ったもんじゃない。

 

 

 それは自分でも解っている。

 

 解ってはいるのだけど……

 

 

 彼には——

 

 少なくとも横島忠夫という青年には、そんな事をして……そんな考えを持ってほしくなかった。

 

 

 手に握っているのは手製のハリセン。

 

 彼に使ってもらう為、自分が作り上げたもの。

 

 言うまでもなく、殺傷能力はない。

 

 そのハリセンに彼に習っている霊気を込め、大きく振りかぶって背後に迫る。

 

 

 

 すぱ——んっ!!!

 

 

 

 ——当たった——

 

 

 初めて狙ってとれた見事な一本。

 

 

 だけどこんな事嬉しくない。

 

 背後から迫る一撃にすら反応できない。

 

 眼前の敵を排除する事にだけ集中するような彼に当てられても嬉しくもなんともない。

 

 

 いや……どちらかと言うと、

 

 

 

 

 「何をしてるでござる?」

 

 

 

 

 目頭が痛む。

 

 きん…と痛んでくる。

 

 

 

 そう、自分は……

 

 

 

 

 

 

 

 

         長瀬 楓は、こんな横島と相対する事が悲しくてたまらなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

————————————————————————————————————

 

 

 

 

              ■十一時間目:月ノ輝クヨルニ (後)

 

 

 

 

————————————————————————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 「む……っ!? あれは……」

 

 

 ぶっとい鉄棍で突いてくる二鬼の攻撃を軽く往なし、双方の腹部を一刀でもって同時に断つ。

 

 その式が還る前に、その身を陰にして別の集団の間に割り込み、相手が気付くよりも前に薙ぎ払う。

 

 そんな離れ技を見せつけていた詠春であったが、流石に遠方で立ち上がる魔力に動きを止めていた。

 

 

 「ネギ先生は間に合わなかったのか……?」

 

 

 戦い真っ最中ではあるが、やはり木乃香の身を案じているのだろう、刹那は顔色を変える。

 

 式の集団に取り囲まれた時でもこれほどの焦りを見せてはいなかった彼女が……だ。

 

 それほど木乃香の事を大切に思っての事であろう。

 

 

 しかしこう数が多くてはすぐに向かう事も出来ない。

 

 

 

 「く……ネギ……っ!!」

 

 

 明日菜も唇を噛んでいた。

 

 彼女は刹那ほどではないがあの銀髪の少年に思いっきりしてやられており、その強さも大体解っている。

 

 解っているからこそ、たった一人でそんな奴らと戦っているであろう彼の身を案じているのだ。

 

 

 『他所見か……? 余裕だな』

 

 「え? あ、きゃあっ!!」

 

 

 そしてそんな明日菜を、烏族の太刀が襲いかかる。

 

 がきん……っという鈍い音を立て、ハリセンで防げたのは流石だが、体格の差は如何ともし難くそのまま吹っ飛ばされてしまう。

 

 そんな明日菜の反射神経に内心舌を巻きつつその烏族の剣士は追撃を掛けるが、乾いた音が響くと同時にその額に穴が穿かれて還されてしまった。

 

 

 「明日菜っ!! ぼけっとするな!!」

 

 「ケホッケホッ……あ、龍宮さん!」

 

 

 ハマノツルギを杖にして立ちあがる明日菜を、真名が珍しく強い口調で叱咤する。

 

 彼女は器用にも右手で自分の相手を倒しながら、左手に握っている一丁で明日菜に襲いかかる烏族の額を撃ち抜いていたのだ。

 

 その隙にと式が背後から襲いかかるが、真名は慌てる事も無く地に体を付けるほど身を伏せて攻撃をかわし、そのまま足を旋回させて足払いをかけつつ腹部を撃ち抜いて倒していた。

 

 大ぶりに見えて、その身の置き方は実にコンパクト。乱戦にも慣れているようだ。

 

 

 そして、もう一人は——

 

 

 『ホレ。どないしたん?』

 

 「う…く……」

 

 

 狐面の式とほぼ互角に戦っていた古であったが、そこに一つ目の式剣士が混ざってくると途端に息が乱れてしまった。

 

 

 ——いや、普段の古であれば絶対にこんな状況に陥ったりしない。

 

 

 確かに、この式達は何時も何時も乱闘を繰り返している学生らとは格が違う。

 

 学生らの方は武術とは言ってもスポーツ寄りだが、こっちは完全に戦闘型なのだ。

 

 そんな相手と戦っているのだから調子を崩してもおかしくはない……と、言えなくもない。

 

 

 だが、彼女の調子が出切っていないのには別の理由があった。

 

 

 『ひょっとして、さっきのおかっない兄ちゃんの所為かいな?』

 

 『そうみたいやで? 何や心ここにあらずって感じなんよ』

 

 『おぉおぉ、おぼこいこっちゃのぅ。姐さんも見習ったらどないや?』

 

 『余計な御世話や』

 

 

 そう式らに挑発されて歯を鳴らしてしまう。

 

 くだらない会話に気を取られてしまう。

 

 普段なら、絶対に集中できている筈の戦闘時に、別の事……それもこの場にいない男に意識を持って行かれるなど愚の骨頂だ。

 

 

 だけど……

 

 

 「く……」

 

 

 手に握り締めている得物……彼と結ばれた絆の証である“宴の可盃”。

 

 それを手にしているというのに、

 

 確かな彼との繋がりを手にしているというのに、あんな光を見ただけで不安が募ってしまう。

 

 

 そしてその不安は重い重い足枷となり、彼女本来の動きを封じ込めてしまっていた。

 

 

 『でも、ちょっとオモロないなぁ〜……

  あの兄さんに気ぃとられてウチと戦えるんやから、何や格下扱いされとるみたいやん』

 

 『せやな。ワシらも舐められたもんや』

 

 

 ふ〜……ヤレヤレと肩を竦ませる狐面。

 

 と、その言葉に腕を組んでうんうんと頷く一つ目。

 

 無論、二鬼とも口で言うほど気にしてはいない。

 

 何だかんだで戦いを楽しんでいるので挑発して突っかかって来てくれるのを期待しているのだ。

 

 

 そして古はそれに乗ってしまう。

 

 

 「うるさいアル!!」

 

 

 グリップが軋むほど強く握り込み、思いっきり息を吐く。

 

 吸った呼吸を腹に落とし、氣を練り上げて全身に行き渡らせてゆく。

 

 それに合わせて足もとの水に波紋が立ち、見事な円を描いて広がってゆく。

 

 

 

 『へぇ……』

 

 『ほほぅ……?』

 

 

 その氣の高まり具合を目にし、ニ鬼は嬉しげに眼を細めた。

 

 式という立場より何より、武の者である己らの意義が心を高めてゆく。

 

 

 『もうちょっと楽しめるかもしれんのぅ……』

 

 『せやな』

 

 

 彼らは完全な本気で戦ってはいないのだが、それでもこの目の前の少女の力量が予想以上だったので楽しくてたまらない。

 

 確かに殺すなとは言われてはいるが、もうちょっとこの娘の“奥”を見たいという欲求に抗い難くなって来た。

 

 

 ちょいと殺る気(、、、)を見せたろかな。

 

 ほんで嬢ちゃん。死んでもたら…………堪忍な?

 

 

 言葉にせずとも彼女にはそれが伝わった。

 

 頭がその言葉を理解するより前に、二鬼が放つ氣につられ古は水面を蹴りその鉄扇トンファーを振るう。

 

 

 三つの影は同時に交差し、重い音が辺りに響きわたる。

 

 

 空に浮かぶ月は、そんな戦いをただワラって見守り続けるのみ——

 

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初に夕映が感じた事は、楓の表情の意外さだ。

 

 

 普段の彼女はかなりクールで、どんな騒ぎが起こったとしても、騒動に関わりはするが完全にではなく、どこか一歩後ろに下って見ている……そんな印象をずっと持っていた。

 

 

 世話焼きではあるが千鶴ほどではなく、皆との間に距離を置きはするが千雨ほど壁を作ったりはしない。

 

 傍観はするがエヴァンジェリンほどではなく、あまり表情を変えたりしないがザジほど無表情では無い。

 

 級友のデータからすればこんな感じたろう。

 

 

 確かに同じバカレンジャーの一人ではあるが、楓がアウトドア系という事もあってそんなに言うほど接点は無く、運動能力に優れた武道四天王の一人で年齢詐称の疑いが湧くほど大人っぽくて忍者っぽい(?)人。

 知っているのはそれくらいだった。

 

 

 そんな彼女が今、“泣きそう”な表情で一人の青年を見つめている。

 

 

 知り合って三年目ではあるが、楓が“悲しげ”に“泣きそう”な表情を見せるのは初めての事で、夕映も戸惑いを隠せない。

 

 

 眼前で呆然と佇んでいる青年に対する恐怖を忘れかけてしまうほどに……

 

 

 

 

 

 

 

 「もう一度問うでござる。

 

  何をしてるでござるか?」

 

 

 彼を刺激しないよう……という思惑等はないが、それでも距離を置いて彼を睨むように見据えている楓。

 

 しかしその声には、肩を掴み引きずり倒すような力が籠っていた。

 

 

 だが彼女のその表情には言葉ほどの力は無い。

 

 

 そんな彼女に顔を向ける事もなく、横島はただ茫然と立ったままだ。

 

 

 聞いているのかいないのか解らないほど横島の気配が混濁化している事に楓の悲しさは更に増す。

 

 湧いてくる悲しみを噛み潰しつつ楓は言葉を再度紡いだ。

 

 

 

 「……やるべき事を、

  今最もやらねばならぬ事をネギ坊主に伝えてくださった事には……

  それは……感謝するでござる。

 

  なれどその事を指摘した、その事を理解している筈の貴殿がここで何をしてるでござるか?」

 

 

 

 先ほどのネギ達とは違う理由で肩が震える。

 

 花を舞い散らせている夜風はやや肌寒く感じるが、それよりも尚別の寒さが彼女を凍えさせていた。

 

 

 恐怖は恐怖であるが、ネギ達が感じたそれではなく、好意を持つ人間がその人で無くなってしまう事、

 その人がいなくなってしまう事への恐怖が、心を凍えさせて震わせているのだ。

 

 

 だからこそ、一歩。

 

 また一歩進み出て叱咤を続ける。

 

 

 横島を、

 

 横島の“心”に対して訴えかけるように。

 

 

 

 「そこな少年……」

 

 

 

 と、声だけを小太郎に向ける。目は横島から外さない。

 

 隙を見せられない……という理由ではなく、目を外すと彼が消えてしまいそうで他所に目を向けられないのだ。

 

 小太郎は霊糸が外れたお陰か、プレッシャーが緩んだ所為か体の自由を取り戻している。が、喉が解放されたので咳込みを続けていた。

 

 

 

 「彼に対して憎しみがあるというのなら、恨みがあるという理由ならまだ解るでござる」

 

 

 

 嘘だ——

 

 例えそうだとしても、横島にはそんな事をしてほしくない。

 

 

 「なれど、邪魔だという理由でころ……排除(、、)するなんておかしいでござる」

 

 

 

 自分の口からも殺す等というそんな言葉を出したくない。

 

 普段ならやすやすと紡げる言葉であるが、今の彼の前でそんな言葉は使いたくなかった。

 

 

 無論、ある側面から言えば彼の行動は正しい事でもある。

 

 

 かかる火の粉は払わねばならないし、先に述べたように禍根は断つに越した事はない。

 

 楓にはまだできないかもしれないが、真名ならそうするかもしれない。

 プロなら当然の事だ。

 

 

 だがそれでも、

 

 

 

 「先ほど、かなり冷静に行為に及ぼうとしていたでござるな……?」

 

 

 

 それでも横島には……

 

 

 

 「そんな事をやろうとし、少しも心が痛まないでござるか?」

 

 

 

 後でどれだけ正しかったと思い知ろうとも、

 

 少なくとも、彼には……そんな事をやってほしくなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『シ……ッッ!!』

 

 『ぬんっ!!』

 

 

 二対一。

 古に不利な戦いが続く。

 

 狐面のトンファーが左右から打ち合わせるように襲いかかり、それに対応すると一つ目の鉄棍による足払いが来る。

 

 そしてその足払いに気を取られると……

 

 

 ガツッ!!

 

 「く……っ!!」

 

 

 トンファーが襲いかかってくるのだ。

 

 ギリギリで防げたものの、衝撃まで殺しきれなかったか古はたたらを踏んでいた。

 

 

 『ひゃあ〜……それでも対応でけるんかいな。思うとった以上やな』

 

 『せやなぁ』

 

 

 口笛を吹いて受けられた事を喜ぶ二鬼。

 

 何だか口調も子供の練習を見て喜ぶ父兄のよう。

 

 だが、その内容は限りなく死闘であり、古もいっぱいいっぱいだ。

 

 

 息が荒い。

 

 整え切れない。

 

 肩が重い。膝も重い。

 

 実力を全く出し切れていない事が自分でもよく解っている。

 

 

 だけど、その理由が今一つ理解し切れていなかった。

 

 

 確かに木乃香も心配だ。

 

 言うまでもなく、横島やネギ、夕映や楓も。

 

 だが、ネギや夕映は兎も角として横島と楓の実力はよく知っているはずなのだ。

 

 

 少なくとも、“こんな自分”よりずっと強い。

 

 

 だというのに何を心配しているのか。

 

 何で横島に気を取られてしまっているのか。

 

 その事が全く解らない。

 

 

 『ホレ、他ン事に気ぃとられとったらアカンやん?』

 

 

 そしてそんな葛藤すら、戦いの間では巨大な敵となる。

 

 何時の間にか同時に踏み込まれ、鉄棍棒とトンファーが完全に彼女の回避する場を塞いで左右から襲いかかってきていた。

 

 

 「しま……っ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 内心の震えを押し隠し、楓はもう一歩前に進み出る。

 

 

 何時もと違い、楓の気配は淀んでいる。

 

 忍ぶ者であるがかなりまっすぐな性格をしている彼女は、自分から断っていない限りかなり読みやすい気配を持っていた。

 

 だが、その乱れた心情からか何時もの空気を纏えないでいる。

 

 

 それでも気遣いを完全に失ってはいないからであろう、自分の分け身を使用して夕映を木の影まで運んではいた。

 

 

 「こ、これは………?」

 

 

 夕映に術を見せているという事までには頭が回っていないようであるが。

 

 

 

 「木乃香を救いに行った筈の人間が、ここで何をしている……

  確かに横島殿はそう言ったでござるな?

  なれど、その横島殿も何をしているでござるか?

 

  木乃香を救いに行くのでござろう?

  助けを待っている女の子がいるというのに、

 

  それをほったらかして何をしてるでござる?」

 

 

 

 シネマ村にて、刹那と木乃香の危機の際。地形や人目もすべて無視して真っ直ぐ駆けつけて救い出した話は古から聞いている。

 

 何だか興奮していた古に語られたそれは、どこか支離滅裂で上手く要領を得られはしなかったのであるが、それでも横島が女の子を救う事だけに大活躍をした事だけは理解できていた。

 

 

 普段の言動や、時たまかまされるおバカな行動によって隠されてはいるが、彼の性根はとても優しく、真っ直ぐだ。

 

 その上懐が大きく、分け隔てのない性格をしており、場を和ませる能力は達人クラス。

 

 こんなややこしい人間の本質をそう簡単に見抜く事は出来まいが、一度それに気付くとやたら心を許してしまい、離れ難くなってしまう。

 

 

 そんな彼が——

 

 

 そんな優しさを持った彼が、

 

 木乃香を救う事より、小太郎を仕置きする方を優先させている……

 

 

 

 「違うでござろう……?」

 

 

 

 そう、違う。

 

 そんなの、彼女の知る横島忠夫ではない。

 

 

 自分が“それ”という人となりに気付き、気が置けなくなってしまっている彼ではない。

 

 いや——下手をするとその気持ちはそれ以上かもしれない。そんな横島忠夫ではないのだ。

 

 

 

 「そんな……

 

  そんな行動をとるのは……おかしいでござろう?」

 

 

 

 それほど心を許している彼だからこそ、

 

 そんな心を持っている彼だからこそ、

 

 

 こんな事を……

 

 安易に殺生に意識を向ける行動に向いた事が悲しくてたまらなかったのだ。

 

 

 我知らず声が震えている。

 

 その所為で声がなかなか紡げない。

 

 今までこんな事になった事がない為、楓も中々言葉を取り戻せない。

 

 

 だが、“それ”は確実に伝わっている。

 

 琴線を刺激し続けている。

 

 

 現に彼はずっと耳を傾けているのだから。

 

 

 

 「横島殿……」

 

 

 

 零れ落ちるような重い声が、やっと名前を紡ぎだし——

 

 

 

 

 「こんなの……

  こんなのは……横島殿、らしくないでござるよ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——ヨコシマはヨコシマらしく——

 

 

 

 『なんて顔してんのよ……アンタは、アンタらしく……ね?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ビキ……ッ と音を立てて心が軋んだ。

 

 

 存在しない過去の“記録”を凍らせていたものがガラスのように砕け散り、一瞬で解凍されてそのシーンを再生する。

 

 

 そこにある映像は雇い主の最期。

 

 彼の絆であった者達の“最後の一人”。

 現世に彼を繋ぎ止めて置けた人との別れの記憶。

 

 

 だがそれは体験していない過去であり、彼の記憶ではない彼の“記録”。

 

 

 自分の中で最も許し難い記憶である彼女を失った時の記憶と、その“ありえない記録”とが何時の間にか同調し、未だ心に残っている“別の自分”を追行動してしまっていたのである。

 

 

 

 

 

 ——バーカ……気付くの遅ぇんだよ……——

 

 

 

 

 

 どこかで誰かの声がした。

 

 

 明らかに馬鹿にした口調ではあるが、安堵の声音が混ざっている。

 

 そしてそれは自分ではない自分の声。

 

 自分の中にその“体験”を残した張本人。

 

 

 乱暴な言い方をすれば、横島は自分似の主人公に自分を重ねていたようなもの。

 

 その記憶の憤りに彼の優しさによる怒りが引っ張られ、暴走してしまっていたのだ。

 

 

 そして、その事に……

 

 その事に横島はやっと気が付いたのである。

 

 

 有り体な言葉を用いるならば、“正気に返った”であろう。

 

 

 ガチャリと心のシリンダーが切り替わって元の位置にはまり込んだ上、今度はしっかりとセーフティーが掛かる。

 

 

 確かに木乃香を攫った相手には怒りを覚えるが、“まだ”憎悪でもって向かう相手ではない。

 

 贄にしようとしているのは許し難いが、“まだ”虐殺せねばならぬ相手でもない。

 

 

 怒りと憎しみに身を任せ、冷え過ぎた感情のままに怨敵と目した相手を討ち倒してゆく。

 

 しかしそんな事をするのは——

 

 

 

 

 

 ——ヨコシマらしくないわよ? 馬鹿ね。ホントに……——

 

 

 

 

 

 どこかで……苦笑する“彼女”の声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 「……横島…殿?」

 

 

 彼女の言葉を受けた横島の空気が、変わった。

 

 冬山より冷気を感じていた彼の眼の光も何時の間にやら穏やかさを取り戻しており、体から発せられていた氣も静まりを見せている。

 

 

 「横島殿?」

 

 

 その様子に安堵し、やっと高ぶっていた感情を落ち着かせる事ができた楓は、彼に向って一歩踏み出した。

 

 

 と——

 

 

 

 

 「あれ〜? もう終りなんどすかー?」

 

 

 

 唐突に後ろから声をかけられ、楓は驚いて振り返った。

 

 

 ぼんやりと間延びした声音。

 

 場違いと言っても良いほどこの空間に合っていない空気。

 

 そして、どこかビスチェに似たデザインの白いワンピースを着たお嬢様然とした出で立ち。

 

 しかしその両の手には長刀と小刀という剣呑なブツが携えられているではないか。

 

 

 「お前は……確か月詠!?」

 

 

 そう、“向こう”に付いている神鳴流を使う刺客、月詠である。

 

 

 「あはー 私の事知っててくださってるんですね〜?

  お姉さんみたいな強そうな人に知っとってもらえて嬉しいです〜」

 

 

 そう言って剣を持ったまま頬に手を当てて赤くなる月詠。

 

 気が抜ける行為であるが、楓は何一つ油断していない。

 

 最初の晩に戦っている彼女を見ていた事もあってその力量も理解しているし古から話も聞いている。

 

 

 そして何より、こんな馬鹿な会話をしているにもかかわらず月詠には隙がないのだ。

 

 

 「ホントやったら刹那センパイの方に行くとこなんでけど〜」

 

 

 チラリと楓から視線を横島に向ける。

 

 何故か楓は、そんな目で横島を見られたら彼が穢れてしまいそうでムっとした。

 

 

 「何やそこのお兄さんが面白そうやったから追いかけてきたんですよ〜」

 

 

 つまりは横島の殺気に“魅かれて”来た……と言う事だろう。

 

 

 

 「……っ!!」

 

 

 

 ギリリと歯を噛みしめ、楓は珍しく怒りを滾らせた。

 

 

 この重要な時——

 

 木乃香の事もあるし、横島が自分を取り戻しかかっている大切な時にこんな敵が現れたりなんかすればまた彼が暴走しかねないではないか。

 

 

 それに“あの横島”を見て面白そうなどとほざく。

 

 

 タイミングの悪さ故であろう、楓は静かにクナイを引き抜き、珍しく本気で打ち倒す気になっていた。

 

 

 「わぁー♪」

 

 

 だが、当然のように月詠は悦びに震えた。

 

 そしてそんな彼女の様子にまた楓は憤りを募らせる。

 

 

 彼があんな風になったのは千草らの愚行(愚考)であり、彼女らが本山を襲撃して関係者のみならず居合わせた自分の級友すら石化するという暴挙に及んだからだ。

 

 女子供に底抜けに優しい筈の彼が刹那らの窮地に気付かず、小太郎のような子供すら手に掛けようとしたのも、それらに対する怒りの為だ。

 

 

 だから楓は、珍しく本気で怒っていた。

 

 

 八当たりと言ってしまえばそこまでであるし、実際にそうなのであるが、楓自身にも今のその感情の昂りを抑えられなくなっている。

 

 無論、殺す気はない。一応(、、)

 

 

 しかし、行動不能にはする。

 

 身動きできないようにしてしまえば、然程彼の心の負担にもなるまい。

 

 

 一瞬で攻の氣を練り上げ、一歩一歩月詠に近付いてゆく。

 

 

 足下の草がその氣に押され、ざわざわと騒ぐ。

 

 そんな彼女の様子に月詠は告白を待っていた少女のような笑みを見せて前に進み始めた。

 

 

 歩みは走りに変わり、走りは疾駆となる。

 

 

 双方とも氣の使い手であり、剣に氣を乗せる事には慣れている。

 

 

 楓には“札”という奥の手があり、使用すれば勝つことは容易だろう。

 

 だが彼女は使用する事を由としていなかった。

 

 何と言うか……この女との戦いに使えば穢れるような気がしたからだ。

 

 

 それに——

 

 

 

 『この女の相手……クナイでたくさんでござる』

 

 

 

 という勇みもあった。

 

 

 そんな彼女の想いを知ってか知らずか、楓の殺気を受けた月詠は獲物にかぶりつく鮫のような目をし、両の剣で彼女を迎え撃とうとして……

 

 

 

 「え?」

 

 

 

 ——体が全く動かなくなっている事に気が付いた。

 

 

 

 「なっ?!」

 

 

 

 驚いたのは楓もそうだ。

 

 今まで後ろにいた筈の、

 

 月詠の視線から庇うように後方に置いて来た筈の横島が月詠の背後にいたからだ。

 

 

 「な、何やのー?!」

 

 

 流石の月詠もこれには焦った。

 

 何故なら身体に何かが巻きついて自由を奪っていたのだから。

 

 氣を乗せた剣で切ろうとしても、それどころか氣でもってそれから逃れようとしてもビクともしないのだ。

 

 

 そして楓もまた焦る。

 

 先ほどの悲劇。

 

 小太郎という少年に行われようとしていた惨劇をまた彼が行おうとしているのだから。

 

 

 

 

 

 だが——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 がぎんっ

 

 

 重く鈍く硬い音が響いた。

 

 しかしその場に何も起こっていない。

 

 いや、起こるはずだった結果。すなわち、鉄棍とトンファーが少女の体にめり込み、行動力を完全に刈り取られるはずだった結果が発生しなかったのだ。

 

 

 『なんとまぁ……』

 

 『自動かいな……』

 

 

 古が握りしめていた鉄扇子が自動展開し、打ち込まれようとしていた打撃を完全に受け止めていたのである。

 

 仕切り直しと言わんばかりに二鬼は地を蹴って間合いを空けた。

 

 少女からの追撃を用心しての事であったが、不思議とそれは行われず彼女は呆然と手もとの鉄扇子を見つめているではないか。

 

 これには二鬼とも拍子抜けしていた。

 

 

 

 「ふぇ……?」

 

 

 だが驚いていたのは古も同じだった。

 

 

 何と言うか……軽いのだ。

 

 いや、元々“宴の可盃”はそんなに重い物ではない。確かに扇子にしては重過ぎるが、見た目よりかなり軽いものなのだ。

 

 それを負担だと感じてしまうほどの重量を受けていた古であったが、今の自動展開直前に、ずっと感じていた負担が唐突に消え去ったのである。

 

 

 「……老師?」

 

 

 古は呆然とそんな言葉を呟き、彼らが向かったであろう山に顔を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「な、何やの? これぇ〜???」

 

 

 月詠を縛り上げているは霊糸ではなかった。

 

 何せ太さは2センチ近くもあり、どちらかと言えばロープだ。

 霊縄とでも称すればよいだろうか?

 

 楓どころか月詠本人すら気付けぬ一瞬の間にその身はぐるぐる巻きにされて蓑虫状態になっていたのである。

 

 

 「よ、横島殿!?」

 

 

 驚き戸惑う楓の声が聞こえているのかいないのかは定かではないが、件の人物はもがく月詠に対してニヤリと笑みを浮かべ、

 

 

 「……秘儀……」

 

 「へ?」

 

 

 足払いをかけつつ、その霊縄を思いっきり引っぱった。

 

 

 

 

 「悪 代 官、

    お 女 中 コ マ 回 し ぃ い い〜〜っ!!」

 「きゃあぁああああああああ〜〜〜っっ!!」

 

 

 

 武に優れる者は、普通体の線……所謂“正中線”が通っている。

 

 正中線とは身体の中心となる重心線でもあり、力と技の基となるものだ。

 

 剣の闘いとはその正中線の奪い合いであり、その線が決まっていないと攻防時に間髪置かぬ当意即妙の対応ができない。

 

 そして正中線は、使い手であればあるほどどんな姿勢をとっても崩れたりしないものである。

 

 

 当然ながら月詠も相当以上の腕前であるから正中線はピシャリと決まっていた。

 

 

 が、それであるが故に正中線を軸としてコマ回しをされると思いっきり回転してしまったりする。

 

 昔の剣豪もそんな風に正中線を利用する者が出てくるとは思いもよらなかったであろう。思っていたとしたらびっくりだが。

 

 

 「わははは……良いではないか 良いではないかぁ!」

 

 「あ〜〜〜〜〜〜〜れ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 

 

 その場にいる全員の眼が点になっている事は言うまでもない。

 

 重く沈んでいた場の空気をぶち壊し、素人目にも危険人物だと解る月詠がギャグ技で遊ばれているのだから。

 

 夕映は元より、へたり込んでいた小太郎ですら呆然としていた程に。

 

 

 だが、一人楓だけはその秘儀とやらの性質の悪さに気が付いていた。

 

 

 横島は思いっきり引っ張ると同時に、その霊気の縄を引っ込めているのだ。その所為で更に回転力が増しているし、尚且つ月詠は左回りに高速回転させられている。

 

 普通、人間は片方……特に右回り……に回転する耐性はつくが、反対側に対する回転への耐性は付き辛い。これは鍛え方云々ではなく、生物学的に体がそうなっているのだからどうしようもない。現にプロフュギィアスケーターだって反対側に回転させれば目を回してしまうのだし。

 

 恐らくカンでやった事であろうが、横島は月詠を左側に思いっきり回転させて目を回させているのである。

 

 驚くべき性質の悪さであるが……

 

 

 そして

 

 

 「よ、横島……どの?」

 

 

 目を回して突っ伏している月詠に目もくれず、楓は横島へと声をかけた。

 

 

 その攻撃が性質が悪い事である故に気がついた。

 

 先程までの鉱物的な冷たい気配が消えうせ、コンニャクのような、スポンジのような柔軟さを見ている彼。

 

 散々っぱら月詠の目を回させて弄んでいたというのに、何時ものどこか申し訳なさそうな表情になりつつ振り返ったその顔は……

 

 

 

 

 

 

 

 「ごめんな楓ちゃん……遅くなった」

 

 

 

 

 

 

 

 いつものあの柔らかい空気を持つ青年。

 

 

 楓と古がよく知る眼差しの横島忠夫だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ハイ〜……ヤッ!!!」

 

 

 左足を軸にし、踏み出された右足と同時に右の腕が伸びる。

 

 体をひねらない為、初速はずっと早く真っ直ぐだ。

 

 

 『お、おぉおっ??!!』

 

 

 何時の間にか旋回させている鉄扇トンファーの軸が一つ目の式の腹を襲う。

 

 ギリギリで外に弾くが、それを待っていたかのように踏み出した足を軸にし、今の弾かれた力を巻き込んだ蹴りがわき腹を撃つ。

 

 唐突に攻撃の拍子が変わった事に戸惑っている隙に、古の反撃が力を増していった。

 

 

 『こっちもおんねんでっ!?』

 

 

 

 間合いを空けられた狐面が援護の為だろうか、古の背後から礫のように飛びかかる。

 

 だが古もそれを読んでいたのだろう、開いたままになっているもう片方の鉄扇トンファーを狐面に向かって投げ付けた。

 

 

 『んなっ!?』

 

 

 当然、狐面は空中で相対してしまう。

 

 鉄扇トンファーは物理法則を無視するかのように歪に回転しつつ狐面に襲いかかってゆく。

 

 無論、彼女とて腕の覚えのある式だ。

 そんなものを叩き落とす事など造作もない。

 

 だが、その直前にぞくりとした悪寒が走り、慌てて両のトンファーでそれを防御する事にした。

 

 そしてそれは幸いする。

 

 

 ずどんっ

 

 『きゃあっ!?』

 

 

 何と防ぎ切れなかった。

 

 破砕鉄球で殴り飛ばされたような衝撃が走り、狐面は吹っ飛ばされてしまう。

 

 

 “それ”はべースが横島のサイキックソーサーに酷似している。よって投擲も可能だ。

 

 そして投げつけたソーサーは何かに当たれば爆発するのだ。

 

 モノが違う所為か爆発こそしなかったが、たっぷりと古の氣を乗せていたそれは本家には及ばないものの強い衝撃を相手に与えていた。  

 

 彼女がもし、弾くよう行動していればただでは済まなかったであろう。

 

 

 『せやけど得物はもう無いで!!』

 

 

 と、一つ目は何とか体勢を整えて、背中を向けている古に襲いかかる。

 

 斜め上からの振り下ろしの一撃。

 

 大上段からの攻撃だ。硬気を巡らせて受けたとしても無事ではあるまい。

 

 

 しかし、

 

 

 「−来々−」

 

 

 振り返りつつ慣れたワードを口にする古。

 

 一瞬で手元に札が出現して今さっき投擲した筈の鉄扇トンファーとなっていた。

 

 

 がぎんっ

 

 『何やて!?』

 

 

 それが戻って来た事だけでも驚きであるのに、自分の一撃が防がれた事にも驚いた。

 

 大岩すら破砕する一撃が衝撃ごと完全に防がれたのだから当然であろう。

 

 

 古や楓の持つ札は、パクティオーカード同様にワードを唱えるとアイテムを出現させる。

 

 他の力は知らないが、パクティオーカードによく似た性質を持っているといってよいだろう。

 

 だが、パクティオーカードとは徹底的に違うところがある。

 

 

 一つはアイテムをその身から離せば1,2秒で札に戻ってしまうところだ。

 

 つまり、手から落としてしまえばほとんど間をおかずに札に戻ってしまう為、古は兎も角、時間制限付きの楓は一度手を離すと再チャージに時間がかかってしまう。

 

 

 そしてもう一つの特性に、呼べば札がやってくるという点があった。

 

 

 どれだけ距離を置こうと、間にどんな障害があろうと、呼べば札はどこにあろうと駆けつけてくれるのである。

 

 デメリットも多いが、メリットの方は大反則。何とも契約相手に似た札であろうか。

 

 

 そして古の“宴の可盃”は横島の手そのものと言って良い能力がある。

 

 

 自分と楓が横島と結んだ絆……

 

 その確かな証拠を手にしている事を、古は今更ながら得心できていた。

 

 

 「そうだたアルな……

  私、何してたアルか……」

 

 

 古のその身体から、完全に無駄な力が抜けていた。

 

 

 かと言って気が抜けたわけではない。

 

 意志は固く、その身はあくまでしなやかに——

 

 それを行っていない事をやっと思いだせたのである。

 

 

 「さ〜て……失礼な事してた分、思いきり行くアルヨ〜?」

 

 

 完全に自然体で構えたその姿。

 

 笑顔も自然。何時もの猫口。

 これでこそ古菲だ。

 一つ目と、何とか身を起こした狐面は一瞬呆気に取られたものの、直ぐに嬉しげに目を細めて自分らも身構えて見せた。

 

 

 『願てもないわ』

 

 『今度はがっかりさせんといてな?』

 

 

 

 そう、正に失礼な振る舞い。

 

 武人と相対しているというのに、別の事に気を取られていた。

 

 だからこそ、自分を見せてやらねばならない。

 

 本当の自分の戦いを披露してやらねばならない。

 

 古は猫のような笑みを悪戯っぽい笑みを深め、地を這うように式の懐に飛び込んで行く。

 

 

 彼女の闘いは、今やっと本戦を迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……お、遅いでござるよ横島殿……待ちくたびれてしまったでござる」

 

 「ごめんって……ああっ、そんな責める眼で見んといてぇっ!!」

 

 「知らないでござる。自業自得でござるよ」

 

 「はうわぁっ」

 

 

 

 青年の空気が唐突に変わった事は夕映も気が付いた。

 

 ともすれば腰を抜かしてしまいそうだった気配が消え、何と言うか……脱力しそうであり、妙に安心できてしまうような雰囲気が周囲に広がっているからだ。

 

 木の陰に隠れていた夕映がそろりそろりと出てくると、直ぐに青年は気付いて謝るような視線を向けてくる。

 

 まるで怯えさせた事を謝罪するかのように。

 

 

 その気遣いの視線。

 

 不思議な話であるが、見た事も無い青年であるというのに、ごく最近その眼差しを見たことがあるような気がしていた。

 

 

 そして、楓の雰囲気も意外である。

 

 

 『……? 照れてる? いえ、拗ねてるですか?』

 

 

 そのどちらともとれる子供っぽい表情を件の青年に向けているではないか。

 

 それに何だか目尻が光っているような気さえする。

 

 さっきまでの焦った表情も初めてであるが、こんな彼女の……言っては何だが“女の子っぽい”顔も初めてであった。

 

 

 『彼は、楓さんにとってそれだけの人ですか……?』

 

 

 夕映は首を傾げる事しかできなかった。

 

 

 「う゛う゛う゛〜〜」

 

 

 そんな彼女らに聞こえたのは少女のうめき声。

 

 目をぐるぐるナルトにしながらもヨロヨロと立ちあがってくる。

 

 左側に高速大回転させられ三半規管が甚振られたというのに回復が早いのは流石と言うべきであろうか。

 

 

 「お? もー立てんのか。回復早いなぁ……シロとは大違いだ」

 

 「……シロ?」

 

 

 どうもそのシロという相手にやった時はもっと長く目を回していたようだ。

 

 何だか女の子の名前のような気がし、楓は何故かジト目で彼を見た。

 

 どーして気付いたかは定かではないが、女の子と戦わせる事を由としない楓は、彼女の視線にビビリを見せている横島に代わって月詠の相手をするべく進み出ようとした。

 

 

 が、その彼女を横島が止めた。

 

 

 「横島殿? ……なっ!!??」

 

 

 彼が戦うのだろうかと問いかけようとした楓は、彼の顔を見て驚愕してしまう。

 

 

 何と、いきなり顔のタッチが原哲○になっていたのだ。

 

 そりゃびっくりもするだろう。

 

 

 「闘う必要はない。その娘との決着は付いている」

 

 

 そして声は当然のように神谷○だ。

 

 

 「な、何を……」

 

 

 剣に自信を持っている月詠は当然納得しない。

 

 あんなおバカな技で目を回させられた事は業腹だ。それにただ単に目を回しただけで負けを認める事等あろうはずもない。

 

 無論、実戦であれば目を回した時点で戦力低下。コンマ三秒で三回は殺されているであろう。

 

 だから横島の戯言のようにとっくに勝負は付いていると言って良い。

 

 

 だが認めていない。

 

 認められない。

 

 こんな馬鹿な事で負け等と……

 

 

 が、あまりと言えばあまりにも相手が悪すぎた。

 

 

 「快楽秘孔が一つ、『笑点』円楽を突いた。お前の頭はもう……」

 

 

 「え……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           「 の っ ぴ ょ ぴ ょ ー ん ! ! ! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「………」

 

 「………」

 

 「………」 

 

 

 

 空気が……めっさ重かった。

 

 あまりと言えばあんまりなアクションだったのだから当然か。

 

 

 つーか会話の繋がりがじぇんじぇんなく、唐突にもほどがある。

 

 お陰で周囲の空気の白さと重さは半端ではなかった。

 

 取り返しが付かな過ぎてどーしてくれると訴えたくなる空気の重さが、取繕えない場の雰囲気と相俟って周囲を押し潰して行く。

 

 

 ——と、そんな中で強く反応する者がいた。

 

 

 

 「ぷっ……くくくく……

 

  あはっ

  あははははははははははははははははははははははははははははっっ!?」

 

 

 月詠である。

 

 

 「え?」

 

 「はぁ?!」

 

 

 驚愕する楓と夕映をよそに、横島は腰に手を当ててふんぞり返って残酷な言葉を投げかける。

 

 

 「わはははははははっ!!

  どーだ!! つまんねー事で大笑いをさせられる屈辱は!?

  関西弁の使い手ならこの上もない屈辱だろう!?」

 

 「う…く……悔しいっ せ、せやけど笑てまうっ

  あは、あは、あはははははははははははははははははははははははっ!?」

 

 

 止めようにも止まらない。

 

 可笑しくもないのに可笑しくてたまらない。

 

 笑う理由が無いのに、ただ強力な笑いだけが噴き出してくる。

 

 止めようにも、何か行動しようにも全身の筋肉が震えまくって力が全く入らない。

 

 笑いながら戦いをする者がいない訳ではないが、大爆笑しながらは流石に無理だ。

 

 月詠は転げ回って地面を叩いてひきつりながら大爆笑を続け、とてつもなくイヤンな理由で戦闘不能状態へと陥っていた。

 

 

 「ホレホレ。まだまだいくぞ。

  てけっれっつのパー!! おにょにょのぷー!! しおしおのぱーっ!!」

 

 「きゃははははははははははははははははははははははははははっっ!!」

 

 「わははははははっ!!

  そのまま笑い悶えて皆の前に粗相を披露し、新しい自分に目覚めてしまえー」

 

 「ひぃ〜〜止めてくだ……

  あはははははははははははははははははははははははははははははははっっ」

 

 

 

 『『『む、ムゴイ……』』』

 

 

 その場にいた全員……小太郎を含む……の意見は一致していた。

 とは言っても、止める方法など思いつかないのでどうしようもないのだが。

 

 

 言うまでもなく、快楽秘孔云々の話は大ウソである。

 

 お女中コマ回しとかいうタワけた秘儀をぶっ放した僅かな隙に、横島は“珠”を月詠の襟足に仕込んだのである。

 

 反対側に回された事により、意識の混濁化を防ごうと神経を集中させているのを良い事に、その隙を突いて『笑』の珠を仕込んだのだ。

 

 

 言葉を弄んで、月詠を玩ぶ。

 

 戯言を放って翻弄し、原因や理由を相手の誤解でもって明後日の方向へと持って行かせる。

 

 流石は魔神をも“奥の手”で出し抜いた人間。何と恐ろしい男であろうか。

 

 

 聞く人が聞けば煤けてしまうほどつまらないギャグネタを月詠の耳元でほざきながら、新しい自分に目覚めさせようと本当に一個『覚』の文字入りの“珠”を追加で仕込むという非道を行いつつ、ひとしきり悶えさせてスッキリ満足した横島だったが、儀式の光が強さを増すと流石に遊ぶ(酷っ)のを止めて腰を上げた。

 

 その顔は何だかやり遂げたサワヤカな男それとなっており、さっきまでとは違う意味でヤヴァかった。

 

 

 蛇足だが、月詠は新しい自分に目覚めずに済んでいる。

 

 

 「ぴぃ」

 

 

 ——横島の落ち着きを見たのだろう、オシオキの終わりに合わせて茂みから白い小鹿が……かのこが現れた。

 

 

 「ごめんな。お前にも心配かけたなぁ……」

 

 

 そう言って撫でてやると、別にいいよと言わんばかりに目を細めて喜んでいる。

 

 元々かのこは横島の放つ霊波に惹かれて人前に出来ていたのだ。

 優しい彼に戻ってくれたのならそれで満足なのである。

 

 そして彼は、そんな使い魔の可愛さに苦笑しつつ問う。

 

 

 「じゃあ、悪いけど頼まれてくれるか?」

 

 「ぴぃ!」

 

 

 主語が抜けてはいるがそこは使い魔だからか、何を問われたのか理解しているようだ。

 

 短く同意するように鳴き、「ぴぃぴぃ」と何かを呼ぶように空に向かって鳴いた。

 

 

 ——と。

 

 

 かのこの顔の真正面に札が出現し、光ったと思った瞬間、その細い首に白いペンダントが掛った。

 

 と同時にかのこの霊圧が急上昇。姿形を形成している霊格が一気に跳ね上がり、その存在の大きさを膨らませる。

 

 

 「な……っ!?」

 

 

 初めて目にする楓も驚いたが、木の陰から見ている夕映はもっと驚いた。

 

 何せ白い小鹿のサイズが変化……というより、成獣に急成長したのだから。

 

 同時に光り輝く角が頭に生え、白い毛皮が月光を反射する神々しい白鹿と変化を遂げた。

 

 

 

 かのこ専用魔具<月精石>

 

 横島の知る精霊石と同じようなカットが成された月の魔力を秘めたムーンストーン。

 

 精霊で使い魔である かのこのポテンシャルを一気に上げ、精獣の力を持たせられる力がある。

 

 

 かのこはその魔具の力で横島の足となるのだ。

 

 

 「ぴぃーっ」

 

 そう再度鳴くと かのこの口に純銀の馬銜(はみ)が出現し手綱もセットされる。そして背に鞍が出現し、騎乗の準備は整った。

 

 

 

 「行くでござるか?」

 

 「ああ」

 

 

 ネギに対して偉そうな事をほざいてこの体たらく。

 

 何だかんだで一人で行かせてしまっているし、流石にバツが悪い。

 言うまでもなく将来が楽しみな癒し系美少女の木乃香の身も大心配だし。

 

 

 それに……

 

 

 「あのクソガキにお仕置きをしねぇとな……」

 

 

 これだけ事をしでかし、木乃香を攫うのに邪魔が入らないよう本山の全員を石に変えた少年。

 横島の勘では裏の主犯。

 

 流石に一発ぶんなぐる事くらいはしないと気が治まらない。

 

 

 楓は一瞬、またあのような状態になるのではと心配したのであるが、横島の笑みは暗いものがあるもののやたら悪戯っぽい。

 

 暗い笑みの意味はおそらく美少年であることへの嫉妬であろう。

 

 どうやら月詠に対して行った事と同等のお仕置きであろうと見た。

 

 

 だったら別に問題はない。

 

 彼女の知る横島なれば……

 

 

 「では拙者も……」

 

 「あ、楓ちゃんはダメ」

 

 

 ついて行こうした楓を横島の手が止めさせる。

 

 出鼻をくじかれた楓はムッとしたものの、

 

 

 「あんなぁ……こんなトコに夕映ちゃんほっとくのか?」

 

 

 と言われればひっこむ他ない。

 

 

 ここで一人にしておく事はできないし、あんなに魔力が高まっている場に連れて行くのは論外だ。

 

 そうなると彼女を守ってやらねばならないのは当然だろう。

 

 

 行くのを止められはしたものの、横島の女の子への気遣いが復活している事は喜ばしい。

 

 だから楓も「あい」と素直に笑顔でもってそれを了承した。

 

 

 「よし、エエ娘や」

 

 

 横島は自分より背の高い楓の頭を一撫でし、そのまま かのこの背に飛び乗った。

 

 

 「あ……」

 

 

 夕映を守る事を引き受けはしたのだが、頭からその温かさが遠ざかった事に無意識に体が動き、横島の背に手を伸ばしてしまう。

 

 そんな自分に驚き、伸ばした手を引っ込めてじっと掌を見つめてしまう。

 

 駆け出してゆくかのこを引き止めるのも何であるのだが、ちょっとした寂しさは拭い去れない。

 

 

 と……

 

 

 「楓ちゃん」

 

 

 彼女らから少し離れた場所で横島はかのこの足を止め、顔だけを向けて声をかけてきた。

 

 

 

 「……え?」

 

 

 

 その声の主を無意識に求めていた手から目を離し、本人に目を向けた。

 

 

 薄明るい月は顔を覗かせ、闇夜に慣れている楓に横島の姿をはっきりと捉えさせている。

 

 

 そんな薄明かりの中、彼は楓に顔を向け、呟くように一言——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう心からの礼を言い、駆けて行った。

 

 

 

 無論、精獣かのこの足。木々がその行く手を遮る事などありえない。

 

 障害物の無い平地を駆ける遠ざかってゆく。

 

 

 だが、彼のその背は先程のものとは比べ物にならないほど力強く、そして意志が漲っていた。

 

 楓はただ、そんな彼の背を黙って見送る……

 

 

 

 

 「楓…さん?」

 

 

 横島が駆けて行った方向に顔を向けたまま硬直している楓をいぶかしんだ夕映は、とてとてと歩み寄って下から顔を覗き込んだ。

 

 

 

 「あ……」

 

 

 

 そして、彼女は又してもレアなもの見てしまい、目が点になった。

 

 

 

 

          かぁああああああああああ………

 

 

 

 

 何と、楓はこれ以上ないというほど顔を真っ赤に染め上げていたのである。

 

 

 「く……はぁああああ……っっっ」

 

 「か、楓さん!?」

 

 

 唐突に風船から空気が噴き出すような勢いで楓の口から声が漏れ、そのまましゃがみこんでしまう。

 

 がっくりと跪く楓に、夕映はただ慌てる事しかできない。

 

 

 「く……ふ、不意打ちでござった」

 

 「は?」

 

 

 そう、完全な不意打ち。

 

 敵による攻撃ではなく、味方による暴虐なる不意打ち。

 

 

 今まで見たいと思っていたもの。

 

 

 子供らの霊に向けられていた優しそうな顔。

 

 

 見送り、見守る優しい眼差し。

 

 

 

 そして笑顔。

 

 

 

 今までまともに見られなかった彼の笑顔だ。

 

 見たい見たいとは思っていたその顔だった。

 

 

 頼んだって作り笑顔しかならないだろうし、直接言うのも恥ずかしい。だけど何時か自分にも向けられたら良いなとは思ってはいたのであるが。

 

 思っていたのであるが………

 

 

 まさかこんな唐突に食らうとは思っていなかったし、

 

 

 「こ、こんなにも破壊力があるとは……」

 

 

 思ってもいなかった。

 

 

 本気で感謝している笑顔。

 

 親しいものに対して向けられた彼の優しい顔が、まさかこんなにもキくものだったとは……

 

 

 「せ、拙者……侮り過ぎていたでござる」

 

 「はぁ……?」

 

 

 楓の脳裏にエンドレスで繰り返される横島の笑顔。

 

 おまけに思い出せば出すほどフォーカスがかかって何だかイヤン。

 

 それが優しい彼の声と共に楓の心に何かをプスプスと突き刺してゆく。

 

 

 「う゛〜〜〜〜〜う゛〜〜〜〜〜あ゛う゛〜〜〜〜〜〜」

 

 

 むず痒いヤラ痛いやら、表現し難い感触に楓はただ悶えるのみ。

 

 

 「あ、あの……」

 

 

 かかる状況を忘れたかのように顔を赤くして悶え転がる楓に、置いてけぼりをくらっている夕映は掛ける声が思いつけなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「う゛がぁ〜〜〜〜〜っっ!!!」

 

 ドンドンドンドンドンッ!!!

 

 

 「た、龍宮?! どうかしたのか!?」

 

 

 急にリズムを乱して、銃を乱射しまくる真名に流石の刹那も驚いて声をかけた。

 

 まぁ、吠えながら撃ち始められたら誰だって慌てるだろう。

 

 

 「い、いや……何だか楓のバカに急に腹が立って……」

 

 「はぁ?」

 

 「いやそんな事より……刹那っ、明日菜っ!!

  ここは私達に任せてお前らはあの可愛らしい先生のところに行け!!」

 

 「「え゛!?」」

 

 

 右手の銃口を敵に向け牽制しつつ二人にそう言い放ち、左手の銃で隙を突こうとしていた式を撃ち抜く。

 

 明日菜も刹那も驚いて動きを止めるが、そんな二人に式が襲いかかろうにも間を割った詠春がいて接近は許されない。

 

 

 「そうです。ここには私もおりますから、君達は早くネギ君の元に!!」

 

 「でも…っ!!」

 

 

 話している間にも二本角の武者のような式が踏み込んでくるが、詠春は迫りくる刃を事も無くいなして左の拳で相手の胸を振り抜いて一撃で還す。

 この地にいた折に剣の教えを受けていた刹那ですら感嘆するほど無駄がない。

 

 

 そして彼女も——

 

 

 「ふんぬぅっ!!」

 

 

 『うわぁっ!?』

 

 『な、なんや!? また急に打撃力が増したで!?』

 

 

 何だか異様に気合いが入った鉄扇の横薙ぎで二鬼をふっ飛ばし、声だけを二人に向けた。

 

 

 「ここは私らにお任せアル!!

  アスナは早く老…じゃなかた、ネギ坊主のトコに急ぐヨロシ!!」

 

 「く、くーふぇ……」

 

 

 何時もよかパワーファイター染みた戦い方をする古には呆気に取られるが、この分なら任せても大丈夫だろう。

 

 刹那に顔を向ければ、彼女もそう得心がいっていたのかコクリと頷いて見せる。

 

 ならば、と。

 

 

 「ゴメン!! それじゃあお願いっ!!」

 

 

 二人はこの場を三人に任せて駆け出して行った。

 

 

 「気にするな!!」

 

 

 追撃しようとする式の頭を後ろから撃ち抜きつつ真名はそう言って口の端を歪めた。

 

 無論、たっぷりと礼金は貰うつもりであるが、それより……

 

 

 

 「どうやら何とかなったみたいだな……楓」

 

 

 

 何の確証も無い。強いて言えば女の勘か?

 

 しかし奇妙な確信をもった真名は、安堵の笑みを浮かべて引き金を引くのだった。

 

 

 

 

 

 「それにしても古。

  何だか異様に力入ってないか?」

 

 「イヤ、何か急にヌケガケされた気がして……」

 

 「ああ、成程……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 駆ける。

 

 駆ける。

 

 駆ける。

 

 

 儀式は終わりを告げたのか、物凄い気配が立ち上がるのを感じる。

 

 

 だが、まだ間に合う。

 

 何の根拠もないのに大丈夫だと確信が持てる。

 

 仮にダメでも間に合わせる。

 無理だろうが何だろうが問答無用で間に合わせてみせる。

 

 

 自分から闘いに行くというシチュに気は重いのだが、それでも何だか体は軽い。

 

 あの子供教師が木乃香を救い出せていない事は解るのだが絶望はない。

 

 

 走る。走る。走る。

 

 

 そう、まだ生きている。

 

 まだ木乃香は生きているのだ。

 

 そして助けを持っている。

 

 未来に幸大きい美少女が助けを待っているのだ。

 

 

 だったらここで諦めてたまるものか。

 

 

 

 ——そうだ。それでいい。

   諦めるな。嘆くな。そんな暇があったら突っ走れ——

 

 

 「おうともっ!!」

 

 

 

 心に響く声は自分の声。

 

 しかし自分ではない自分の声。

 

 横島が自分を取り戻した事を喜んでいる自分の声。

 

 

 

 ——お前は俺だが、こんな俺じゃない。

   お前には憎悪は似合わん。非情さも冷酷さも……な——

 

 

 「つーか、オレにそんなシリアスなんぞ似合わねぇってば」

 

 

 ——違いない——

 

 

 

 独り言を言っているようで(れっき)とした会話。

 だから“二人”して納得し、クククと笑う。

 

 

 まだネギが足掻いているのが解る。

 

 木乃香を救う為、何故か横島より先行している刹那、明日菜と共に微力ながら闘い続けている。

 

 

 自分より年下の女子供ががんばって闘っている。

 

 

 「だったら見物って訳にもいかんわなっ!!」

 

 

 未だに邪魔を仕掛けてくる式神たちを軽くいなし、得物を強奪しつつおちょくりながら神速の逃げ足で駆けてゆく。

 

 

 『こらーっ!! 返せーっ!!』

 

 

 「はっはっはっ 聞こえんなぁ〜?

  ハイヨーシルば……じゃなかった、かのこ〜〜〜っっ!!」

 

 「ぴぃいいーっっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三日月というライトの下、

 

 

 

 

 

 

             悲劇の始まりとして開けられた幕……

 

 

 

 

 

 

                   そこに割り込んで来るのは止めようも無い喜劇。

 

 

 

 

 

 

          辛さ悲しさを塗り潰し、暗い空気を踏み躙り、

 

 

 

 

 

 

                 あらゆる悲劇を台無しにすべく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

             馬 鹿 が 舞 台 に や っ て 来 る——

 

 

 

 

 

 





 これが私風のニコポ!です。

 色々変えてみましたが、やっぱりまだまだ表現力がナニですね。
 文体が読み辛くてご迷惑をおかけしているようで申し訳ありません。

 意外と打ち直し辛っ 原因のネタフリが不十過ぎたかも。
 ぐぬぬぬ……
 
 そのふりまくった横っちの精神の秘密は修学旅行後です。
 すんません。もうちょっとお待ちください。

 という訳で、続きは見てのお帰りです。
 ではでは〜
 


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十二時間目:The くらうん 
前編


 

 朧に青白く輝く巨大な体。

 

 その巨大な顔の全面と背面には硬質な顔があり、その身体につりあった巨腕が三対生えている。

 

 

 それこそが伝説の飛騨の鬼神−リョウメンスクナ−

 

 十数年前にも一度封印が破られ、現関西呪術協会の長と、千の魔法を使いこなすと謳われた魔法界の英雄サウザンドマスターらの活躍で封じられはしたが、その危機が去った訳ではない。

 

 現に、完全ではないものの今その封印は解かれたのだから。

 

 

 

 グ ォ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ……

 

 

 

 ただ声が零れたに過ぎないのであるがその圧力は尋常ではなく、空を飛ぶ少女の下腹にも響いて一瞬動きが止まるほど。

 

 完全に現界し切っていないのは幸いであるが、それでもそのプレッシャーには流石に少年少女らの足が竦む。

 

 無論、それで後退するほど安っぽい思いなど持ち合わせていないが。

 

 

 リョウメンスクナを復活させ、これで東の奴らに一泡吹かせてやれるとほくそ笑んでいた千草であったが、ネギがパクティオーカードの力を使って従者契約をしている二人、明日菜と刹那を召還した時からどうも風向きが変わりつつあった。

 

 

 「……それで、どうするっていうの?」

 

 

 銀髪の少年は然程も気にしてはいなかったが、千草の胸には暗雲が見え始めて焦りが見える。

 

 これだけの力を得たというのに何を不安がっているのか?

 

 そう自分を叱咤するのだが、術師としての勘だろうか、どうしても不安をぬぐいきれないでいた。

 

 

 

 

 そしてその不安は的中する——

 

 

 

 

 「木乃香お嬢様……良かった……」

 

 「せっちゃん……」

 

 

 何とリョウメンスクナの肩口に捉えられていた木乃香は刹那によって奪回されてしまったのである。

 

 

 敗因は刹那が純粋な人間ではなく、烏族の血が混ざっていた事。

 

 彼女は烏族のハーフで、翼を持っており、かなりの速度で空を飛べた事だ。

  

 リョウメンスクナはその巨体故に宙を飛んで迫る少女に対応しきれず、やむを得ず使用した式らも掻い潜られ、あっさりと木乃香は刹那の腕に抱かれて連れ去られてしまったのである。

 

 

 そしてその眼下でもまた、風向きが変わりつつあった。

 

 

 こちらの敗因もまた少女の力。

 

 神楽坂明日菜の持つ、レアな力である魔法無力化能力。それが大きかった。

 

 水と石の属性魔法を使う少年の攻撃魔法はその力によって防がれ、或いは無効化されて効果を発揮し切れない。

 少年の攻撃も、ある理由(、、、、)からネギ達を本気で殺そうという気はなく、優勢でありながらも決め手に欠けていた。

 

 

 そして、遂に隙を突かれてしまう。

 

 

 明日菜の持つ力の方が厄介だと踏んだ少年は、先に彼女を行動不能にさせようと拳を振るった。

 

 だがその拳が彼女を襲う直前、底力を発揮したネギによってその腕はつかみ取られ、明日菜の持つハリセン『ハマノツルギ』によって障壁を叩き壊されてしまう。

 

 

 「ネギ!!」

 「 う ぉ お お お お お お お っ ! ! 」

 

 

 打ち合わせをしていた訳でもないのに見事な連携。

 

 明日菜が魔法障壁を破壊し、少年の動きが止まった僅かな瞬間、最後の魔力を腕に込めたネギが遂に一撃加える事に成功したのである。

 

 

 「……身体に直接 拳を入れられたのは……

  君で二人目だよ……ネギ=スプリングフィールド」

 

 

 そして……初めて少年は感情を見せた。

 

 表情を変えた訳ではないし、声を荒げた訳でもない。

 

 だがそれでも、昼間の戦いでの失態を思い出してプライドに引っ掛かったのであろうか、少年の発する波動は間違いなく怒りのベクトルへと向いていた。

 

 

 相手が子供であるという事から手加減していたのだろうか。

 今までの速度とは段違いの一撃を、初めて本気を感じさせる攻撃をネギに加えようとした。

 

 

 「ネギッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——千草らの敗因は、その手段である。

 

 

 彼女は関西のVIPであるという自覚のない木乃香がのこのこ京都に来るという事からこの策をとった訳であるが――

 

 これがもし(、、)、時間をかけて自力で封印を解いていたなら、

 

 尚且つ、強力な呪符等を用いてスクナをコントロールするといった手段を用いていたならば、

 

 間違っても長の娘……

 いや、高い魔力があるからという理由で、一人の女の子(、、、、、、)を依代なんかにしなければ、もっとマシなラストを迎えられたかもしれない。

 

 

 いや——それも儚いIFだろう。

 

 

 女の子を攫った時点で、

 女の子を使う(、、)という策に出た時点で末路は決定しているのだから。

 

 全ては叶わぬ夢として散る羽目になるのだから。

 

 

 何せ、あの男が……

 

 

 

 

 

 

 

 

       突拍子もないバカがこの世界に来てしまっているのだから……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グ ォ !?

 

 グ ォ オ オ オ ォ ォ オ ォ オ オ オ オ オ オ……ッッッ!!

 

 

 

 

 唐突に頭上から降って来た苦しげな叫びに、ネギに反撃を掛けようとしていた少年の動きが止まった。

 

 

 「ネギッ!!」

 

 「あ、明日菜さん!? うぷっ……」

 

 

 そしてその隙に明日菜が滑り込むように割り込みを掛けてネギをかっ攫い少年から距離をとった。

 

 服は石化して砕けたので胸がむき出し。

 

 ネギは胸に顔を押しつけられて窒息しかけていた。

 

 

 彼は息が苦しくてジタバタもがいていたのであるが、明日菜は気にしていられない。

 

 

 「な……何が……」

 

 

 それほどの怪異が起こっていたからだ。

 

 

 「これは……」

 

 

 未だ空にいた刹那も呆然と見守るのみ。

 木乃香がしがみ付いてくる力が強くなっても気が付かぬ程に。

 

 千草も突然暴れだしたスクナにしがみつくのが精一杯だ。

 

 

 ズシン……と、遂に膝を突いてしまうスクナ。

 

 三つの巨腕で自分の身を抱きしめるように苦しんでいる。

 

 

 いや——震えている?

 

 

 輝きを見せていた巨体も弱々しく、まるで精気を磨滅させているかのよう。

 それは傍目にも力を失いつつあるようにも感じられた。

 

 

 「な、何が起こったんや!?」

 

 

 蹲りはしたものの、暴れる事はしなくなった為にどうにか体勢を整えられた千草は慌ててスクナの様子をうかがう。

 

 とは言っても、流石にこんな鬼神を使った事など無いし、そんな文献も今の世では存在しない。

 

 考えられるのはコントロールに使っていた木乃香を奪回された事くらい。

 

 

 だったら彼女を取り戻せば……  

 

 

 そう判断してキョロキョロと見回して木乃香……と刹那の姿を追った。

 

 

 と……

 

 

 その眼は、全く別の姿を捉えてしまう。

 

 

 「なん……や……?」

 

 

 鬼神を封じていた要石の上。

 

 

 今まで気にもならなかったその石の上に人影が一つ。

 

 

 式のようでいて、式ではない怪しげな影が片膝をついていたのだ。

 

 

 そしてその人影の顔。

 

 月光とスクナの光によって淡く浮かんだその人影の顔に辺りに、チラリと鬼にも似た赤い仮面のようなものが見えていた。

 

 

 『ま……まさか?』

 

 

 その赤い仮面が見えた瞬間、千草の頭にある伝説が浮かび上がる。

 

 

 リョウメンスクナとは飛騨の鬼神。

 

 そして飛騨の国にはとある忍の一族の伝説が残されていた。

 

 

 世が乱れし時に現れ、時に悪の組織と戦い、

 

 時に妖怪を滅し、

 

 時に巨大怪獣をいなしていたという忍の一族……

 

 その一族の党首は代々赤い仮面を着用し、妖怪や妖物等のあらゆる怪異らを空を飛んだりビームを発射したり、ミサイルやバズーカーもどきを発射したりと、トンでも忍法(?)で戦い続け、それら全てを屠って来たという。

 

 

 『ひょっとして、あの伝説の仮面の忍者 赤……』

 

 

 その名が思い浮かびかかった時、やっと目はその姿を完全にとらえていた。

 

 

 まず、顔についているのは赤い仮面ではなく、赤いお面だ。

 

 忍者刀も持っておらず、手にしているのは無骨で大雑把な刃だった。

 

 左手にも何か持っているようだがよく見えない。

 

 忍者装束も来ておらず、何やらマントに似たものをひっかけている。

 

 

 ……アレ? なんか違うかも。

 

 

 だがそれでもその身から立ち昇る力には身が竦む。

 

 それ程莫大な力……

 何と何と、信じ難い事にスクナに匹敵するほどの力がその影には満ち溢れていたのだ。

 

 

 「な、何や!?

  アンタ誰やっ!!」  

 

 

 ついにこらえ切れなくなったか、ウッカリと千草は名を問うてしまった。

 

 

 その叫びに、その場にいた全員の眼がそこに集中する。

 

 

 ユラリ……と、その影は視線に応えるかのように立ち上がった。

 

 

 「!?」

 

 

 そして皆の眼は驚愕の色に染まった。

 

 

 赤い仮面ではなく、赤い鬼の面。

 

 右手に持っていたのは無骨で大雑把な獲物はでっかい包丁。

 そして左手は桶だ。

 

 その身を包んでいたのはマント……ではなく、何と蓑。

 

 

 そう、赤い影……○影ではなくその正体は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    「エ゛ ロ゛ い゛ 娘゛ は゛ い゛ ね゛ ぇ゛ え゛ か゛ ぁ゛ あ゛ あ゛ っ゛ !?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “それ”は、(かなり)特殊な“なまはげ”だった。

 

 

 「い、一字しか()ぅてないやん……」

 

 

 赤○ではなく、なまは“げ”。

 語呂しか合っていないし、“げ”しか同音はない。

 

 呆然と感想を漏らす千草のセリフに、その場にいるネギ以外の人間達はやるせなく同意していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——在り得たはずもなかった未来。

 

 しかし、今や迫りつつある新たに生まれてしまった未来。

 

 今よりもう少し先の世界において、ある一人の男の噂が飛び交っていた。

 

 

 様々な場所にて様々な想いを持って活動する組織があり、様々な方法を用いて活動を続けている。

 

 その思惑は多種多様であるが、魔法や氣の力を用いて大規模犯罪阻止活動の支援やら災害時の救済活動を行い、秘匿を常として表向きはNGO団体を名乗りつつもその活動を続けていた。

 

 無論の事であるが、そのような力を持つのはそんな善行の組織だけという訳もなく、欲望や野望を持って働く組織も存在している。

 

 そして当然の如くそう言った組織らは対立を続けていた。

 

 しかしその中にごく少数で活動し、尚且つどの陣営にも属さない奇怪な男と女()がいた。

 

 

 どこかの組織が何かしらの活動を行い、尚且つその活動内容に一方的な犠牲を強いるものがあれば災害の如く唐突に出現し、

 正しく竜巻が如く場をしっちゃかめっちゃかにかき乱し、それらの活動はおろか組織のネットワークまでもズタズタにした揚句 全てを御破算にして去っていってしまう恐るべき者たちが……

 

 

 被害者を救出する。 無論の事。

 

 加害者をやっつける(、、、、、)。 当然の事。

 

 

 それは今まで魔法界に知られている英雄達もやっていた事。珍しくもなんともない。

 

 

 しかし、その男はかなり変わっていた。

 

 

 やる事にそつが無いくせに無駄な動きが多く、何せどの陣営だろうとお構いなしという理解しがたい行動を含む事も多々あり、当然ながらその立場は孤立無援で四面楚歌。

 

 その上、やたら女癖が悪いとキている。

 

 

 ある時は別組織の女幹部を口説いて仲間にボコられ、

 

 またある時は生贄にされかかっていた少女を救いだして口説いた挙句、やはり仲間に血の海に沈められ、

 

 そしたまたある時は組織によって実験に使われそうになっていた女子供を救出し、やっぱり女に声をかけて仲間に血だるまにされる……

 

 その懲りず引かず顧みなさ過ぎる珍妙な行動には誰彼となく呆気に取られてしまう。

 

 

 だが、常にその男の行動理念は曲がる事無く、

 

 傷つけられ苦しめられていた者を癒し、

 傷つけていた者にトラウマもののお仕置きをかます(、、、)

 

 

 

 被害者らの苦しみや悲しみを台無しにし、

 

 

 加害者らを計画ごと完全に破壊し、破滅させ、絶望に導いてゆく……

 

 

 悲しみを台無しへと導く者であり、咎人を絶望と破滅に導くエンターテイナー。

 

 

 苦笑混じりの微笑みと、絶望の想いを背に受ける彼を人は——

 

 

 

 

 

 

 

            R u i n(ルイン)と呼んだ——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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              ■十二時間目:The くらうん (前)

 

 

 

 

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 「な……何ですか、あれは……」

 

 「何と……まぁ……」

 

 

 流石にあんな巨体が出現すれば、夕映らの眼にも入る。

 

 

 何だかよく解らない理由で悶えていた楓もそのお陰で復帰を果たしていた。

 

 鬼神が出現した事は最悪なのであるが、彼が復帰できた事は喜ばしい。並べて称せる事態ではないが。

 

 

 「あれが飛騨の鬼神、リョウメンスクナでござるか……」

 

 

 詠春の話だけだったのでその全容など知る由も無い。

 

 それでも凡その見当はつけていたのであるが……まさかあんなに巨大な鬼だとは思っていなかったようで、楓は恐れるよりも前に呆れ返っていた。

 

 

 「飛騨?

  廃藩置県前の東山道八ヶ国の一つで現在の岐阜県。

 

  吉城・大野・美濃の三群、東は信濃、

  南は美濃、西の加賀・越前・美濃、北は越中の諸国に囲まれていた山国の名前っ」

 

 「う……ま、まぁ……」

 

 「それに両面宿儺といえば、千六百年ほど昔に悪逆を尽くした挙句、難波(ナニワ)根子武振熊(ネコタケフルクマ)に討たれたという鬼では!?

  あそこに見える巨人がそうだというのですか!!??」

 

 「うぅ……」

 

 

 知られ過ぎたでござるーっ!! とか頭を抱えても後の祭り。

 

 横島の事に気を取られ過ぎ、ウッカリ夕映にイロイロと見せまくってかな〜り“裏”を見せてしまった。

 

 頭を抱えても遅過ぎるし、尚且つ話が大事になっているので隠し切れまい。

 

 どこからどこまで説明すれば良いやらサッパリで、流石の楓も『横島殿〜……へるぷみ〜……』等と思ってたりする。まぁ、仕方あるまいが。

 

 そんな楓の混乱をよそに、テンパったら超絶的に説明口調になってしまう夕映は、遠目に見えるスクナを見つめつつ延々と伝奇を語り続けている。

 

 どうも夕映は暴走すると口が回り過ぎる衒いがあるようだ。

 

 無論、理路整然とし過ぎているので楓にはチンプンカンプン。

 彼女でなくとも溜息が出よう。

 

 

 と、そんな彼女であったが、

 

 

 「……っ」

 

 

 何に気付いたのか、やおら右手をしならせて何かを投擲した。

 

 

 横投げで放たれたのは三本のクナイ。

 其々を指の間に挟んでいた、投擲用の物だ。

 

 トス、トス、トスッ!! と狙い違わずそれらは等間隔の音を立て、まるで柵のように地面に突き立った。

 

 

 「!?」

 

 「どこに行くでござる?」

 

 

 少年の行く手を阻む為に。

 

 

 「すでに勝負はついてたでござろう?

  横島殿に気押されていたし、何よりネギ坊主の行く手を阻んだ時点でおぬしの負けでござるよ」

 

 「うっさいわっ!!」

 

 

 傍目にも虚勢と解る顔色で、小太郎は楓に食って掛かった。

 

 そんな彼の様子に楓はやれやれと肩を竦める。

 

 

 彼女には……

 いや、今の彼女だからこそ解る。

 

 今まで積み上げてきた自分を、我を見失いかかっている事を認めたくなくて必死になっているのだろう……と。

 

 

 「確かにお主の眼は確かでござる。

  今は(、、)まだ拙者の方が強いとはいえネギ坊主の実力に気付いたのは中々でござるし」

 

 「く……」

 

 

 焦ってはいても小太郎とて実戦を知る者。

 

 飄々と話す楓をすり抜けて“あの二人”を追う事など出来そうも無い事くらい解っている。

 

 

 それに楓には、隙がまるで無かった。

 

 

 「まぁ、自分とやりあえる者と出会えたのだからしょうがないと言えなくもないでござるな。

  その気持ちは解るでござる」

 

 

 井の中の蛙であると解ってはいても、大海を知らしめてくれる者と出会えない。

 

 ある程度以上の強さを持つ者ならば、それは苛立ちとなって積もってゆく。

 

 楓とて麻帆良という地にて真名や高畑、刹那や古といった強き者達と出会えねばもっと惰性的だったかもしれない。

 

 

 ——しかし、出会えている。

 

 

 そして更に横島という完全にベクトルの違う強さを教えてくれる者と出会えていた。

 

 そのお陰で裏の裏に関わる事が出来、自分の知る天井より更に上の世界を知る事が出来いた。

 

 

 故に楓は、そして古は恵まれている。

 

 

 上の上を知り、そして更に別の強さを知る事が出来ているのだから。

 

 今の自分より更に更に上の世界が存在している事を肌で実感できているのだから。

 そして尚且つ、その超者(、、)に学ばせてもらっているのだから。

 

 

 目の前にいる小太郎は運のない自分の姿と言える。

 

 

 ネギという好敵手に出会えた事により感情の高ぶりが抑えきれず、自分の趣旨と違う事が行われようとしているというのに二の次にしてしまう。

 挙句、初めて出会った恐怖の対象に呑まれてしまった自分を誤魔化し、勝てそうにも無い事を自覚しているというのに後を追おうとしている。

 

 

 自分が壁を持ったまま生きてきたならば“こう”なっていたかもしれないのだ。

 

 

 「……お主、不完全燃焼でござろう?」

 

 「何やと……?」

 

 

 だったら、教えてやるのもまた同情であろう。

 

 

 「戦いたい。戦って面白いと感じる相手に出会えて嬉しい。

  そう感じたからこそ、ネギ坊主を襲ったでござろう?」

 

 「……」

 

 「お主にとって、東に一泡吹かすというのは二の次。

  強き者と出会い、戦いたかった。

  色んな強さを知りたかった……というのが本音でござろう?」

 

 「だったらどないやっちゅーねん……」

 

 

 食いついてきた——

 

 

 内心、楓は苦笑する。

 

 今言った全てが満たされているからこそ出る苦笑。

 

 

 「……言ったでござろう? 不完全燃焼であろうと……」

 

 

 じわり……と、闘気を漏らし、小太郎に向けた。

 

 そう、闘気。

 殺気や怒気などではなく、純粋に闘う気の投射。

 

 纏わり着いてくるじっとりとした闘気に小太郎の耳がぴんっと立つが、それと同時に唇の端も嬉しげに跳ね上がった。

 

 

 「ハンっ!! 女と本気でやりあえっか!!」

 

 

 と憎まれ口を叩く。

 

 

 しかしその口調は安っぽい挑発。

 楓の闘気は、飢えた少年にはよほど旨かったのだろう。

 

 そんな無意識にであろう気炎を上げてゆく小太郎の様子に、楓はどこか優しげな眼差しで応えると、ス……と自分の札を取り出した。

 

 

 「見せてやるでござるよ。

 

  ド外れた戦いというものを——」

 

 

 彼女が札を出すと同時に、夕映はまたも楓の分身によって後ろに下がらされた。

 

 その札を見た時、夕映は『楓さんも持ってたですか?』と思いはしたが、記憶力には自信のある彼女はすぐにデザインが別物であると気が付いた。

 

 

 小太郎の方は、一瞬また西洋の術か? と気が落ちかかっていたのであるが……

 

 彼女が札を使用した瞬間、その気持ちは吹っ飛んだ。

 

 

 

 「−こいこい−」

 

 パァッ!!

 

 

 一瞬の光の間に札はメタリックな葉団扇へと変貌を遂げる。

 

 楓が現れたそれをつかみ取ると、団扇の表面に相撲の軍配宜しく文字が現れ、その文字はスロットマシンが如く激しく文字が流れて入れ替わる。

 

 刹那、楓の衣服はチャイナドレスから見慣れる衣装。

 薄桜色の鈴懸、小豆色の袈裟に、材質不明の頭巾、そして一本歯の高下駄を履いた姿となった。

 

 修験者が羽織っているそれを露出度を多めにしたようなものと言えば分かりやすいだろう。

 

 それと同時に、入れ替わっていた文字から三つだけが選ばれ、本当に軍配に書かれた文字のような配置にそれが納まる。

 

 その文字は、『翔』『剛』『念』の三つ。

 

 

 その葉団扇の文字を確認し、楓は笑みすら浮かべ、

 

 

 「甲賀中忍にして横島忠夫が従者、長瀬楓……参る——」

 

 その身を十六に分け、背中から生えた(、、、、、、、)白い翼を羽ばたかせ空を飛んだ。

 

 

 術の体系に“仙道”というものがあるが、その中に狗法(くほう)仙術というものがあった。

 

 この場合の“狗”とは天の狗、即ち天狗の事で、狗法仙術とは天狗の力を修行によって身につける仙術の事である。

 

 その術には、飛翔・剛力・念動・読心・陰行・透視・水歩・風刃・霊波・幻視などがあり、これらは全て身につけられる訳ではなく、能力の開眼には本人の資質や修行の内容によるという。

 

 

 楓の持つ魔具の名は<天狗舞>。

 

 僅か十分間であるが、その狗法を使いこなす事が出来る道具だった。

 

 

 「うおっ!?」

 

 

 その十六体の分身から同時に石礫が放たれる。

 

 驚いて小太郎が地を蹴った次の瞬間、その立っていた場所にそれら石くれが一斉に突き刺さり、恰もショットガンを喰らったかのように吹き飛ばしてしまう。

 

 

 「こ、殺す気かーっ!?」

 

 「はっはっはっ まさか。避けられると踏んでの事でござるよ。

  それともそこまで手加減されて嬉しいでござるか?」

 

 

 思わず叫んだ小太郎の後ろから楓の声がする。

 

 ぞわりとした闘気を感じ、そのまま勘で身を捻るが一瞬遅い。

 

 

 ボッ!!

 

 「うわっ!?」

 

 

 何とか回避を成功させたものの、何故か何時も羽織っている学ランの裾が背後から襲いかかった物体に削られてしまう。

 

 かなり体勢を崩した所為でかなりバランスを崩した着地であったが、それでも倒れるような無様さを披露させずに済んだ。

 

 しかし、自分をふっ飛ばそうとした彼女の得物を見た時には流石に目が点になる。

 

 

 「な、なんやそれはっ!?」

 

 「は? 見て解らんでござるか?」

 

 

 空に浮かんだままその得物を肩に乗せ、ハテ? と首をかしげる楓。

 

 しかし、空を飛んでいる事や、露出度の高さを除けたとしても誰の目にも異様に映っている事だろう。

 

 

 何せその彼女の左手には、今この場で引っこ抜いた大きな木が握られていたのだから。

 

 

 彼女がその葉団扇には奇妙な特性があり、アイテム召喚直後にスロットマシーンが如くランダムに文字が刻まれる。

 文字は『翔』『剛』『念』『読』『陰』『透』『歩』『風』『霊』『視』の10個の中から完全な任意で文字が選ばれ、その力は使用者の意志で自由に発動させられる。

 これらは天狗の仙術である狗法で、使用者(楓)はカード使用時間中に3回までそれらを使う事が出来るようになるのだ。

 

 

 今回の発現した力は『翔』『剛』『念』。

 

 空を飛べる事と、剛力、そして天狗礫などを使える念力の三つだ。

 

 楓はその剛力を用いて木を引っこ抜いて振り回したのである。

 

 

 「さぁ、まだまだ行くでござるよ。

  お主も全てを出し切るがよろしかろう」

 

 

 ポイっと木をそこらに投げ捨て、16人の楓が笑顔のまま一斉に襲いかかってゆく。

 

 本物は一体、あとは分身だと小太郎も解っているが、氣の練り具合が半端ではなく実体を感じてしまうほどなので見分けるのは難しい。

 

 尚且つ、その全てから石くれが放たれてくる。それも投げているモーション付きで。

 

 これではどれが分身なのやら解らない。

 

 

 本気ではない。

 

 流石にまだ小太郎は楓よりずっと弱いのだから。

 

 

 しかしそれでも手加減はない。

 

 

 其々が襲いかかる。

 

 クナイが飛んでくる。氣を纏った拳が来る。

 

 蹴りが、礫が、氣が、次々に小太郎に襲いかかってくる。

 

 

 「うぉおおおおおっ!?」

 

 

 当然、捌き切れない。

 

 結構いいのを何発も食らってしまう。

 

 顔面を防げば腹に来、正面をガードすれば脇に来る。

 

 何発かやり返しはしたのであるが、手ごたえがあったのは掠った感触のみ。

 

 圧倒的に不利。

 

 勝機の欠片すら見えてこない。

 

 

 だが——

 

 

 「や、やるやん。姉ちゃん」

 

 「お主もな。

  体術はまだまだでござるが……自己流でよくぞそこまで鍛えたものでござるなぁ」

 

 「おうさっ!!」

 

 

 狗神を呼び出し、数匹を足場として空を舞う楓に飛びかかり、残りを反撃として放つ。

 

 しかし楓も慌てず、クナイと葉団扇で叩き伏せ、その間にも練り上げた氣を叩きつけてゆく。

 

 

 これだけの実力者。

 

 そんな楓と戦えている小太郎は、

 

 

 圧倒的不利というこの状況に置いて、

 

 

 嬉しげに口元を歪めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『……ドコのマンガ世界ですか?』

 

 

 そして夕映はほったらかしだ。

 

 

 いや、安全圏には運んでもらっているのであるが、そのお陰というかその所為というか空中の戦いがバッチリ見える特等席のような場所。

 

 二人の突拍子もない戦い(楓が圧倒的であるが)の一部始終がはっきりくっきり見てしまっている。

 

 

 正しくのどかやハルナ達が読んでいるような週刊少年誌やジュニア小説のような戦い。

 

 明らかに人間離れをした運動能力。

 

 既存の物理法則を超越した現象。

 

 それこそが楓がよく口にしていた“氣”であり、“魔力”……

 

 

 昨日まで夕映の目を覆い隠していた秘密のベールは消え去り、ありえない筈の非現実的な世界が展開されていた。

 

 そんな状況下で、夕映は意外にも冷静にそれを現実として受け入れていた。

 『パルを石に変えた』のも、あの『光っている巨人(スクナ)』も、そして楓やコタローという少年が関わっている世界。

 

 そして昨夜の騒動において偽ネギの正体だった符。

 

 “氣”や“魔力”、今不思議な力を見せた“札”。

 

 これらのキーワードから示しだされるものは……

 

 

 ひょっとして……魔法……ですか? 

 

 

 元々勉強嫌いなだけで頭はかなり良く、頭の回転も速い彼女は答えがある方向に……世界の裏に到達しつつある。

 

 そして、

 

 

 という事は、ネギ先生は——

 

 

 

 

 

 「う……く……」

 

 

 「あ!?」

 

 

 呻く声を耳にし、はっとした夕映が顔を向けると、そこには蹲った白いものがモゾモゾと動いていた。

 

 前方のまぶしい程のトンデモ合戦に目を奪われていた夕映であったが、何とか闇に眼が慣れていたのでその物体の正体を見取る事に成功する。

 

 

 「確か……ツクヨミさん……ですか?」

 

 

 楓の言うところの月詠という少女が何とかふらつく足で立ち上がろうとしていたのである。

 

 あまりと言えばあまりの大爆笑に腹筋がエラい事になっているであろう彼女であったが、くだらなさ過ぎるジョークが聞こえなくなったので復活を遂げたのであろう。

 

 

 『こ、これはどうすれば良いですか……?』

 

 

 楓は何か忙しそうであるし、さっきのヨコシマとかいう青年はもういない。

 

 助けに来てくれるであろうが、今すぐという訳にもいかないだろう。

 

 言うまでもなく、夕映の力など論外だ。

 

 

 『このままでは行かれてしまうです……でも……』

 

 

 そう、彼の後を追うのかこのまま逃走するのかは不明であるが、この場から取り逃がしてしまう事は間違いない。

 

 状況から見て、彼女が割り込む方がややこしくなる訳で、悔しいが放っておく事が得策であろう。

 

 

 しかし……

 

 

 『……? あ、そう言えば、どこかで見た事があると思ってたら、シネマ村で襲ってきたあの謎の婦人?』

 

 

 ふいに思い出されたのはあのシネマ村で襲いかかって来た謎の美少女剣士。

 

 さっきの異様な雰囲気、そして妙に間延びした声、ゴスロリな出で立ち。

 あの時の少女に間違いなかろう。

 

 

 『……という事は、この旅行中にやたら妙な騒動も彼女達である可能性が……』

 

 

 やはり成績は悪いが、頭の回転は速い夕映。

 一連の事件の関連性にすぐ気が付いた。

 

 

 『つまり――

  ハルナは兎も角 のどかまで石にしやがったあの少年とこの娘は関係があるという事で……』

 

 

 何だか眼鏡魔人が蔑ろ気味であるが、それは兎も角として珍しく夕映は怒っていた。

 

 しかし、部活によって体力はあっても戦闘能力がある訳ではない。

 

 止めようとしたところでナマスにされるのがオチであろう。

 

 

 ——いや?

 

 

 夕映は拳をギュッと握りしめ、ある決意をした。

 

 

 確かに戦闘能力はない。手だれを相手にすればゼロどころかマイナスに過ぎないだろう。

 

 しかし彼女は図書部だ。

 

 栄光の麻帆良学園図書館探検部の一員であり、大学部の人間ですら立ち入れなかったであろう、島の最深部に到達した実績を持っているのだ。

 

 

 『図書部には、図書部の戦い方があるです!』

 

 

 何かが前に歩み寄って来た事を感じ、痛む腹を押して見上げる月詠。

 

 その前に立っていた夕映は、月詠の真正面に正座しつつ、どこに持っていたのか懐から扇子を取り出すとピシャリと自分の額を叩いてこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「え〜……毎度、馬鹿馬鹿しいお笑いを……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕映の古典落語攻撃が放たれた瞬間である。

 

 

 笑い顔とは裏腹に、月詠はその顔色を真っ青に変えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 轟……っ!!

 

 

 風すら叩き潰す勢いで巨大な鉄棍棒が斜めから振り下ろされてくる。

 

 棍術を使う者の中に頭の上で旋回させる者がいるが、実はそんな使い方をする者はあまり恐ろしくない。

 

 長巻や長刀同様に、牽制以外では振り回さずコンパクトに扱う使い手の方がよほど恐ろしいのである。

 

 この一つ目の式もかなり“使う”ようで、鉄棍を振り子のように左右に振って牽制し、相手の間合いを狂わせては踏み込みと同時に突きを繰り出してくる。

 

 だが、その相手も大したもので、丁度その棍の間に割り込むように距離を詰めて来ていた。

 

 

 それを止むを得しと見たのだろうか、一つ目は相手の少女と同時に踏み込み、同時に鉄棍を振り下ろしたのである。

 

 無論、喰らう方は堪ったものではないだろう。

 

 防ごうにも勢いがあり過ぎるし、身を伏せようにも到達速度の方が早い。

 

 そして飛び上がってよければ待ってましたとばかりに的になるだろう。

 

 できるのはバックステップで距離をとる事くらいだ。

 

 

 「ふ…ッ!!!」

 

 

 しかし、どの行動もとらなかった。

 手にしていた鉄扇トンファーが開き、その鉄塊を受ける。

 

 いや、受けるように見えたのだが、さに非ず。

 

 棍をそのまま受け流し、その上を鉄扇トンファーを下敷きにして転がって一つ目の式との距離を更に詰めたのだ。

 

 

 『ぬぉっ!?』

 

 

 悪戯が成功したのを喜ぶ少女のような笑みを見た瞬間、がら空きとなった一つ目の式の脇腹を衝撃が貫いた。

 

 脇腹に押し当てられたのは突き込まれた少女の左手。

 

 一つ目の半分以下の小柄な少女から放たれたのは浸透剄。

 

 とんでもなく器用な回避を見せた後、転がった回転モーメントすら込められたその一撃は、たっぷりと氣が乗っていた事もあってか内部破壊はおろか貫通の勢いを持って反対側の腕の付け根まで衝撃を突き抜けさせていた。

 

 

 『……まいった……嬢ちゃんの勝ちやわ……』

 

 

 

 体の中を斜めに破壊された、その声も苦痛一色。だが、その苦しげな声には感嘆の吐息も混じっている。

 だから彼は満足しきった笑顔で降参を告げた。

 

 いやもう、何と言うかここまで力が出し切れたのだから本望だ。殺合ではなかったが納得のできる試合は堪能できた。

 

 ものすごいコドモに負かされたし還されはするが感謝したいくらいだ。

 

 

 「アンタも強かたヨ。

  老師にはまだ足りないアルガ」

 

 『ちぇっ 言うてくれるやん……

  でも、ま……』

 

 

 “そいつ”とも闘り合いたいもんやな……と笑みを浮かべつつ、『またな』と言い残して一つ目は煙の中に消えていった。

 

 最後まで背中を見せるような油断をせずにいてくれた少女——古に感謝しつつ。

 

 

 『で? 続きはしてくれるんやろね?』

 

 

 その彼女の後ろからお誘いがかかった。

 

 

 「当然ネっ!」と、古も笑顔で振り返り、極自然体の構えで狐面と向かい合う。

 

 

 ——ええわ……ゾクゾクすんで……

 

 

 殺気がないのはちょっと惜しいが、笑顔の古からは今だ強い闘気が噴き出している。

 

 あれだけやり合ったというのに、闘気は萎えず高まりを続けている事に狐面は火照りに似た感触を覚えていた。

 

 

 ——惜しいわぁ……男の子やったら別のお相手したるのに……

 

 

 どこか淫靡な思考へと傾きかかるも、地を這うように低く身を伏せて踏み込んでくる古に意識を戻す。

 

 

 ゴギン゛ッ!!

 

 

 鉄塊と鉄塊がぶつかり合うような音が響き、衝撃を仲良く双方で分け合った。

 

 火花が散らなかった事を不思議に感じてしまう程のぶつかり合い。

 

 式として戦ってきた今まででも、これほどの鬩ぎ合いは何度あっただろうか?

 

 打ち合った部分からの熱を感じつつ、狐面はこの一瞬が少しでも長く続けばええなぁ……という想いを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 「ふ……」

 

 

 そんな古の様子を目の端に入れつつ、真名はゆっくりと弾装を交換している。

 

 

 弾を込めている最中なのだから隙だらけであり、今踏み込めば倒せるかもしれない。

 そう周りの式達も考えている。

 

 が、先ほどから何度もそんな“作った隙”に騙され、距離を詰め過ぎて回避する事が出来なくなり風穴を空けられている。

 

 殺気を操られ嘘の隙に騙され、もう何体が送り還されてしまったやら。

 

 だからそれを警戒して彼らも動きを封じられていたのである。

 

 

 「やれやれ男の事で調子を崩したと思えば、今度は男の事で調子が上がったか……」

 

 

 ガチリとカートリッジを押し込みつつ苦笑を洩らす。

 

 

 「――これだから色恋沙汰は厄介なんだ」

 

 

 とは思いつつも、安堵している自分も確かにいる。

 

 “仕事中”は友人関係は蚊帳の外に置いてはいるのだが、妙に微笑ましく思ってしまう。

 

 

 「関係ないと言いつつ私がこの有様。

  全く……彼には呆れてしまうな」

 

 

 何時の間にやら皆が引きずり込まれ、皆をその空気に巻き込んで行くあの男。

 

 どうしようもないロクデナシであるようで、楓が驚くほどの身体能力を持つ男。

 

 ド素人のように感情に押し流されるくせに、プロである自分ですらも驚く戦闘能力を見せたりもする。

 

 

 「女子供に甘い馬鹿だ馬鹿だとは思ったが……」

 

 

 突き抜けた馬鹿はああまで凄まじいものだったのか。

 

 

 「さてと……そんな馬鹿に負けたら恥の上塗りだしな……」

 

 

 真名は闇にも阻まれぬ眼を細めて感情を消した。

 

 空間の気配が撓み、真名の姿が朧げとなる。

 

 式らの眼ですら捉えられなくなり焦りが広がってゆくが、その輪よりも早くその体躯に穴が穿かれてゆく。

 

 

 そして彼女は、闇を駆ける影となった。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 蹲る巨大な影。

 

 その肩の上で千草が必死に何とかしようとしているのだが、力が弱まっている理由が解らないので手の打ちようがない。

 

 そしてその鬼神の身体を灯りとして、眼下では——

 

 

 「く…っ」

 

 「うっひょ——っ!!」

 

 

 全くもって表現のしようのない戦いが起こっていた。

 

 

 僅かながら体を浮かせている所為か地を歩くという摩擦がなく、空を滑って怪人に襲いかかる。

 

 鞭のように腕をしならせ拳を放つ。

 

 音よりも速そうな攻撃であるが、何と怪人には掠りもしない。

 

 それどころかその手をつかんで引っ張り、体勢を崩させた少年の背後に回り込んで膝カックンまでぶちかます。

 

 

 「うひーっ やっぱ倒れね〜っ!!」

 

 「……当り前だろう?」

 

 

 何せ浮いているのだから。

 

 だがそれでも少年は呆れるより前に腹が立ってくる。

 

 何せこの情けない声、異様な回避能力。

 

 問うまでも無い。昼間戦った“アレ”だ。

 

 

 只でさえコイツには屈辱を与えられている。

 

 説明するのは難しいが、彼の常識と能力を全否定された気がしているからだ。

 

 戦いを始める前までは殺す気はなかったものの、本気で攻撃を仕掛けているというのに掠りもしないし、反撃はやはり昼間同様にくだらないカウンター。

 

 やる気は上げられないのに、どんどん腹だけ立ってくる。

 

 

 おまけに相手の今の姿は“なまはげ”だ。

 

 

 「真面目に戦う気はないのかい?」

 

 

 と、口を出さずにいられない。

 仮装大会じゃあるまいし。

 

 しかしてその相手は、そんな少年のイラつきをしたり顔で受け止め、

 

 

 「いや、本気だ」

 

 

 等と言い放つ。

 

 

 相変わらず無表情であるが、少年の額にはしっかり血管が浮いており実は腹を立てている事が見て取れる。

 

 だが、少年がクールに腹を立てれば立てるほど“こいつ”のペースに落し込まれてゆく。

 

 

 「す、凄い……お世辞にもカッコ良くないのに、あいつの攻撃が一発も当たってない」

 

 「カッコ悪くて悪かったのーっ!!」

 

 

 明日菜のつぶやきにもちゃんと振り返って反応する。

 

 背後を見せた事により、隙と見た少年は一瞬で呪文を紡ぎ、

 

 

 「石の槍(ドリュ・ぺトラス)

 

 

 そのまま背後に向けて放った。

 

 

 「ちょわっ!?」

 

 

 しかしまた珍奇な叫びをあげて板バネの様に身をひねって死角からの攻撃をかわし、それどころか片手に力を込めて石の槍をその掌で打って蛙のように跳ねて距離をとる。

 

 それでも隙を突けたのだろうか? 槍先が僅かに掠り胸元からボタンのようなものが飛ぶ。

 

 

 「ひゃぁ——っ!?」

 

 

 途中、追撃のように石槍が花火のように爆ぜて後を追うが、それすら掌で弾いて空中で一回転して着地する“なまはげ”。

 

 着地のポーズはガニ股でエラいカッコ悪いが回避能力は神がかっている。

 

 

 「何てよけ方を……理不尽だ」

 

 

 何せ相手が使用した攻撃魔法そのものに手を着いてよける等と考えられない事を仕出かす。

 

 昼間の戦いもそうであったが、自分が積み重ねてきた常識と能力を全否定されている気すらしてくる。

 

 無論、こんな事をされてもこれ以上の焦りは起こらないが、ただでさえ追い込まれている気がしているのだから気分が良いはずもない。

 

 

 こうなってくると手加減する気も失せてゆくというもの。

 

 

 「……まともに戦おうとしたのが間違いだったようだね」

 

 

 初めて少年から感情の波動が溢れ出た。

 

 

 負傷したのだろうか、ネギは片腕を抑えながらもその戦いから目が離せない。

 

 いや明日菜もそうであるが、二人の眼にも解るほど、明らかに少年の攻撃速度は自分らの時より凄まじい。

 目で追うのがやっとだ。

 

 だが、あの“怪人”……京都駅での変質者と同じようで違うよ—な……は、奇声こそ上げてはいるが余裕で回避しまくっている。

 

 おまけに、今の少年の言葉にも『ナニを今更……』と肩を竦めたりしているのだ。

 

 はっきりいって只者ではない。いや、ぱっと見でもタダモノではないのだが……

 

 

 「……君の戦いには覚悟が見当たらない。理念も見えない……

  危険に飛び込んでくる意味も不明だし、戦い方からして死に向きあっいる自覚を感じられない。

 

  そんな奴が闘いの場に来て……ただで済むと思わないことだね……」

 

 

 少年は目を細め、魔力を器に満たしてゆく。

 

 確実に行動不能に追い込む攻撃を与える気になったようだ。

 

 

 ネギは勿論、明日菜ですら解るほどの魔力の高まり。

 

 スクナ召喚を千草に任せていた理由が解らぬ程に。

 

 いくらなんでもあの人が危ない!! そう見て取ったネギは、手助けするべく足を踏み出そうとした。

 

 

 「ぴぃ」

 

 「え?」

 

 

 そんな彼を、角が…かのこが角で制止する。

 

 立派過ぎる角とすごい体躯をしているのに、目だけがつぶらで鳴き声もカワイイというとんでもないミスマッチであるが、それでも力強さはサイズ通りのものがあった。

 

 

 「ぴぃぴぃ」

 

 「え、えっと?」

 

 

 ただ、悲しいかなネギては何を言ってるかまでは解らない。

 

 どうしようと首を傾げた かのこだったが、ふと少年の腕が石になりつつある事に気がついた。

 

 

 「ぴぴぃ」

 

 「はい? あ、これは……」

 

 

 思わず隠そうとするネギであったが、ちょっと遅かった。

 

 普段兎も角、今のかのこの体躯には簡単に力負けしてしまい、辛うじて石化が届いていない袖を口に咥えられて引っ張られ、はっきりと患部を見られてしまう。

 

 

 「あ……」

 

 

 明日菜もそれを見て唇を噛んだ。

 

 先程あの少年の魔法を防ぎ切れず喰らっていた事を思い出したのだから。

 

 何しろ石化を解ける術が今はなく、僅かでも出来そうな人間は今戦っている。

 その間にもネギの石化は進行しつつあるのだ。

 

 具体的にどうなるか等は解らずとも、少年の危機だけは理解できていたのである。

 

 

 かのこはそんな二人の心境を他所にピスピスと鼻を鳴らしてその患部の臭いを嗅ぎ、何かを理解したかのように頷いた後、

 

 

 「 ぴ ぃ い っ っ ! ! 」

 

 

 と、大きく嘶いた。

 

 

 ヴンッッ!!

 

 「わぁっ!?」

 

 

 直後、イキナリ角が光に包まれて大きくなった。

 

 その輝きは霊的なものであるが、どういうわけか月の光のような神秘性を含んでいる。

 

 

 そして かのこはその角で、

 

 

 バスッッ

 

 「わ、わぁっ!!??」

 

 

 彼の石化した腕を突いた!!

 

 

 『ア、兄貴!!』

 

 「ちょ…っっ!!?」

 

 

 余りの暴挙に慌てるカモと明日菜だったが、その次の瞬間、

 

 パァンッという破裂音と共に腕を覆うように石化が進んでいた部分が弾け飛ぶと、何と石化しかかっていた腕が元に戻っていた。

 

 

 「う、うそっ!?」

 

 

 ネギが驚くのも当然だ。

 

 何せ少年から喰らったそれはまだ永久石化の魔法という訳ではなかったものの、その技術と魔力は未知のレベルであると理解していたのだから。

 だから治療するにせよそれなり以上の治療魔法を使わねばならなかったし、最悪ならそれは儀式魔法レベルである事も解っていたのだ。

 

 にも拘らず、この鹿は一瞬で解除した。それも無造作に。

 おまけに突き刺さったというのに傷一つ無い。それは確かに驚くだろう。 

 

 

 

 「何!?」

 

 

 そして当然、少年も驚愕していた。

 

 治療術程度で解けるレベルにしてはいたが、一瞬で解かれるとは思ってもいなかったのだ。

 それもあんな鹿の角で刺された程度で。

 

 行動が停止するのもまた仕方の無い話かもしれない。

 

 

 

 

 「なぁ……ひとつ聞いていいか?」

 

 

 

 

 そんな少年を現実に引き戻したのは——

 

 こんな状況下だというのに、落ち着きかえった“なまはげ”の声だった。

 

 

 「今さっき、お前は覚悟がどーたら理念が何やら言ってたよな?

  だったらお前さんの言う覚悟と理念って何なんだ?」

 

 

 驚いた事に、その怪人は少年の魔力のプレッシャーものともしていない。

 

 まるで慣れているかのように。

 

 「女一人調子に乗らせて、内乱を起こさせる(、、、、、)ほどの事か?

 

  それともくだらない作業の犠牲に女の子を巻き込むほどの事か?

 

  その女の子にしても、魔法使いの家系に生まれたのだから、いずれ魔法に関わってくる。

  だからこの程度はかまわんだろうって巻き込む事か?」

 

 

 “なまはげ”は肩を竦ませ、へっ! と鼻先で笑う。

 

 

 「アホらしい……お前のやってる事こそ覚悟も理念もねーボケた行為たじゃねぇか。

  気付けてねぇのか? オメデタイ頭してやがる」

 

 

 笑う。

 

 せせら笑う。

 

 巻き込む事の覚悟云々の話ではないではない。

 

 その事も解らんのかと馬鹿にする。

 

 

 「オレも相当のバカだし、救いようがねぇといつも思ってる。

 

  だけどな、自分から進んで犠牲を出しにはいかねぇよ。

 

  犠牲が当たり前だから、しょうがないなんてぜってー思わねぇよ」

 

 

 両の手を前に伸ばし、指を組む。

 

 少年は、相手が昼間戦った奴である事は既に理解している。

 

 だから怪人が掌から氣の盾のようなものを出していた事を覚えている。

 

 

 しかし、あの時より厄介な気がしてならなかった。

 

 

 いくら聞き流しても耳に入って来る。

 

 自分の中にある動かない感情にも、怪人の言葉がまとわりついてくる。

 

 厄介。

 

 何て厄介な奴。

 

 早急に始末せねばならない。

 

 

 「オレにも理念はあるぞ」

 

 

 組み合わされた掌に、霊気が籠った。

 

 

 「女を傷付けない、ガキ泣かさない!!

 

  地球が割れたって美少女を悲しませない!!

 

  そんなの進んでやる奴ぁ生きたまま地獄で悶えさせてやるっ!!!」

 

 

 昼間の一件で相手の“魔法攻撃”は障壁を貫通してくる事と、追尾してくるから逃げる事は無駄だと理解している。

 

 だから少年は正面に障壁を集中させる。

 

 その上で石の壁やら水の壁を重ね合わせれば防ぎきれるだろうと踏んだからだ。

 

 

 しかし、その読みすらも相手の手の内だ。

 

 

 「必殺! スパイラルナックル……」

 

 

 何せ相手は、

 

 

 「……<改>!!」

 

 

 横島忠夫なのだから。

 

 

 

 組み合わせた両方の人差指だけをピンと立たせ、指先をぴったりと合わせる。

 

 小学生の男の子とかがやる“あの”形だ。

 

 

 それが何であるかと思う前に、

 

 

 『奥』『手』

 

 

 ぶずっっ!!!

 

 

 

 さっき転がったボタンのようなもの。

 

 “その内”の二つに『奥』と『手』の文字が浮かび上がり、くっついて横島と同じ手の形をして飛び上がったのだ。

 少年の下から(、、、、、、、)上に向かって………

 

 

 

 「……」

 

 「………」

 

 「…………」

 

 

 

 ネギや明日菜、そして少年や空にいた二人の間を、

 

 もうホント、どーしよーも無い、取り返しのつかない空気がまとわりついていた……

 

 何故かぴぃと鳴いた かのこの声がごっつ耳に痛かったほど。

 

 

 「ふはははははは……見たか聞いたか体験しました〜?! 

  どーよ!! オレの『奥の手』攻撃!!

  魔神すら謀った技の変則よ!!」

 

 

 少年の腰から下、太ももより上の中心位置辺りには……

 

 人差指だけを伸ばして掌を組んだ形のそれが突き刺さっていた。

 

 

 ちょうど小学生の男子らがするイタズラの“アレ”をした形に。

 

 

 あの時は一個で陰陽の珠が使えたし、咄嗟だった事もあり片手での『奥/手』だった。

 

 今回は二個。しっかりイメージを練り込めたので、組んだ右手と左手が形成されている。

 

 

 珠の大盤振る舞いであるが、攻撃が掠ったと見せかけてわざと転がした珠に意識を全く向けずにいた演技……というかブラフには閉口してしまう。

 それでいてちゃんとその珠の前に少年をおびき出しているのだ。

 

 そこが横島クオリティといったところだろうか?

 

 

 無論、された方は堪ったもんじゃない。

 

 人が真面目に耳を傾けかけたというのに、いきなりその隙を突かれれば当然だろう。

 

 

 尚且つ、まともな攻撃ではなく、こんな人を馬鹿にし切った技での一撃。

 

 腸が煮えくりかえる想いだろう。

 

 

 「………どこまでふざければ……」

 

 

 明確な殺気が、少年から横島に投射された。

 

 

 「ふはははははは……どこまでも♪」

 

 

 だが、彼は涼しい顔でそれを受ける。

 

 余人なれば受けただけでショック死しかねないその殺気を、彼は平然と受けて流していた。

 

 何しろこの男、過去の戦いにおいての最終局面で激怒する魔神の気を受けて笑えた男なのだ。何から何まで規格外なのだろう。

 

 

 

 

 それに——

 

 もう、少年に勝機は無い。

 

 

 

 

 お面をつけたまま少年をおちょくり続けていた横島であったが、ふと笑いを止めてスクナに目を向けた。

 

 流石に鬼神というだけあって、今だ健在。大したものである。

 

 

 「やれやれ……これだけ『吸』ってもまだあんだけ力が残ってんのか……

  やっぱ伝説の鬼神ってのは伊達じゃねぇんだなぁ……」

 

 「な……に……?」

 

 

 その呟きに、少年も、そして千草も、そして皆が反応した。

 

 全員の視線が横島に集中する。

 

 

 「いやな……

  流石に封じるには大き過ぎっからさ、アイツの力を『吸』って『収』めてたんだわ」

 

 

 お前さんと闘い、追い詰められる事によって吸い集める力を底上げしてな——

 

 

 横島のポケットの中には、ちゃっかりと『収』と書かれた珠が入っていたのだ。

 

 

 流石に皆、絶句してしまう。

 

 攻撃をかわして時間稼ぎをしていたのではなく、生存本能を刺激させてもらって吸う力を底上げしていた言われれば流石に驚くだろう。

 

 

 「ま、もうそろそろいっかな……封じるられるくらいには弱体化させたしな」

 

 

 先ほどから吸いまくった分はとっくに珠にして無意識下に沈めてある。

 

 以前よりずっと早く生成できるし、その能力もケタ違い。

 それでも流石に心もとないので、相手から力を吸って弱らせつつ、その吸った力を溜め込んでいたのだ。正に一石二鳥の策だった。

 

 

 「……今までのふざけた行動も……全ては君の策……という訳かい?」

 

 「いんにゃ。

  言ったろ? アレも本気だ」

 

 

 頭痛が止まらない。

 

 ふざけた力。

 

 とんでもない身体能力。

 

 何も考えてないようで、何時の間にか相手を策に引きずり込むその狡賢さ。

 

 

 そして——

 たかが少女一人の為にここまでとんでもない行動をかましてくるその無謀さ……

 

 

 『まるで……まるで彼は……』

 

 

 

 

 “あの男”のよう——

 

 

 

 

 「さーてと……そろそろ幕にしよっか?」

 

 

 舞台役者の様に大げさに手をふり、パキンっと指を鳴らす。

 

 瞬間、スクナに張り付けていた『吸』、そして手の中の『収』、『奥』『手』の珠が消えた。

 

 流石に“今の”限界を超えた同時制御だから負担はかなり大きかったのだ。

 

 言うまでもなく横島なのだから、その面の下の表情は焦りとビビリでタイヘンな事になっていたりするし。

 

 いやホント、お面を着けていて正解だった。ポーカーフェイスにも限界あるし

 

 

 事ここに至り少年は自分の失策を痛感していた。

 

 やはり手加減……いや、手を抜いたのは大失敗だったようだ。

 

 

 この男は底が知れない。

 

 

 魔力らしい魔力は感じないのに、驚くほど器用に氣を操り、人外の身体能力で攻撃全てをかわしてしまう。

 

 掠った……と思ったのもブラフで、実際には余裕だったようだ。

 

 見た目はただの変な男だというのに……

 

 

 いや——?

 

 

 そう思い込まされていた?

 

 愚者のふりでもって相手のペースを乱し、攻撃の最中にも気の乱れも起こさない者が只者であろうはずがないではないか。

 

 

 「小さき王、八つ足の蜥蜴、邪眼の主よ。

  その光、我が手に宿し、災いなる眼差しで射よ!!」

 

 

 「……っあの魔法っ!?」

 

 「ひょっとして……っ!!??」

 

 

 呪文のワードを耳にした所為で、ネギは再起動を果たせたが同時に焦りを見せた。

 

 同様に明日菜も復帰して先ほど受けた魔法である事に気が付いた。だが、あの少年から距離を開けている所為でどうする事も出来ない。

 

 

 『おいっ兄さんっ!! やべぇぞっ!!!』

 

 

 思わず叫んだカモであるが、もう全てが遅い。

 

 

 そう思った瞬間。

 

 

 「く……っ!?」

 

 

 少年の動きが止まった。

 

 いや、発動する筈の魔法が停止してしまったのである。

 

 

 「言っただろ? もう幕にするってなっ!!!」

 

 

 下から少年に突き刺したのは手指は珠が変化したもの。

 

 そしてその珠は横島自身の力であり、彼ならば遠隔でも文字を込めたり変えたりする事が出来る。

 

 とは言っても彼が制御できる数は少ない、追い詰めてもらった底上げで何とか四つどうにかなった程度なのだから。

 

 しかし、使っていない珠なら話。

 

 『奥』の『手』の中に、まだ無使用の珠が一個隠し持っていたのだ。

 

 その今、無使用の珠にはキーワードが浮かび、少年の魔法を完全に封じている。

 

 

 少年の腰の下あたりで、輝く『封』の一文字によって——

 

 

 「何をした!!」

 

 「言うかアホっ!!」

 

 

 そんな少年を尻目に横島が取り出した珠は二つ。

 

 そこに込められる言葉も二つ。

 

 

 昼間のに似て圧倒的に違う。

 

 横島とて……いや、不死身の父ですら死に誘われる恐るべきコマンドワード。

 

 

 即ち——

 

 

 

 

 

         『怒』 『母』

 

 

 

 

 

 ど が ん ッ ッ ッ ! ! !

 

 

 使用した珠の力でもって殴りつけた瞬間、少年の姿が消えて音が後から聞こえた。

 

 全く放物線を描かぬ見事な横一直線。

 

 見事大地と平行にまっすぐすっ飛んで行き、板張り廊下を固定している柱をえぐり取って行く。

 

 

 その先にあるのは蹲るスクナ。

 

 ガキンっと音を立てて少年はその巨躯にぶち当たり、弾かれて湖面に突き進む。

 

 まるで水きりで投げた石の如く水面を跳ねつつ滑って行き、岸の一歩手前でぱしゃっと音を立てて沈んでいった。

 

 ここから向こう岸手前での水しぶきが見えてしまったのだ。

 それはそれはとんでもない事になっているだろう。

 

 

 「う……わぁ…………」

 

 

 ネギも明日菜も真っ青だった。

 

 想像を絶する怪人の一撃。

 

 あれだけ手古摺らされていた少年を苦もなく沈めたらそれは言葉も失おう。

 

 まさか魔物か? それとも改造人間!! とか思ってしまうほどに。

 

 

 「……やっぱり……

 

  やっぱり おかんは人間やない………」

 

 

 尤も、その横島すらその威力に怯え切ってたりする。

 

 余りに凄まじい一撃だったからか、圧縮された空気が広がって冷気すら舞っている。

 拳からはしゅううう……と蒸気の様なものが出ているのは、熱気ではなく圧縮空気が破裂した後の解放冷気という事か。

 霊力でガードしていなければ自分の拳までヤヴァかっただろう。

 

 横島は、今更ながら少年に与えられた衝撃を思い知って怖気がたった。

 

 

 その超絶威力の理由の一つには、極限まで恐れている母へイメージと、あの珠の並び方が挙げられる。

 

 『母』が『怒』る……ではイメージ的にやや弱い。水爆か原爆かの違いであるが。

 それでも言葉的に避ける事が出来るかも(、、)。そんなイメージがあるのだ(あくまでも横島的には、であるが)。

 

 

 しかし使用した並びは『怒』れる『母』——

 

 何せ霊能力の“れ”の字もないくせに、最高の霊能者として崇めてすらいる雇主とガン付けやって手抜きの気合だけで渡り合い、その波動の余波によって空港を破壊しかけたバケモンなママンである。

 

 魔神の娘に攻撃されて生きている彼が、本気で殴られれば即死すると恐れている母の拳。

 

 珠の能力は込められたイメージが何より先行する。

 そんな恐怖の対象であるママンの破壊力イメージが込められている拳だ。回避できなければ死ぬしか道がない。

 

 しかし横島父子に神ですら殺せると信じさせている程の恐怖の鉄拳。それを喰らうと解っていて命を懸けて浮気やセクハラをする父子に乾杯だ。

 

 

 「ま、まぁ、それは横に置いといて……」

 

 

 現実逃避すべく、ここにこうっ、と横に置くジェスチャーをしてからチラリとネギと明日菜、未だ空にいる刹那と木乃香の様子を見た。

 

 空の二人と明日菜は単に疲労しているだけのようだが、ネギは明らかに疲労が目立つ。

 

 いや怪我ではなさそうだし、かのこによって治癒もなされてはいるが魔力が尽き掛けているので疲れ切っているのである。

 

 これは彼がやって来るまでかなり苦労させていたようだ。

 

 

 「悪りぃ。口ばっかでお前に投げっぱなしだったな」

 

 

 彼はそんなネギに対し謝罪した。

 

 憎まれ口を叩く事は多々あるが、元より横島は子供好き。何だかんだでかなり良心が痛んでたりする。

 

 ネギからすれば急に謝られたって焦る事しかできないのだが、それでもこの怪人の正体だけは思い当たった。

 

 

 「あの、ひょっとしてさっきの……それに……」

 

 

 あのシネマ村で木乃香らを救ってくれた人のような気もする。

 

 

 「ま、話は後にしようや。今はアレを………」

 

 

 

 

 

    グ ォ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ………

 

 

 

 

 彼が顔を向けると同時に響き渡る鬼の嘶き。

 

 横島に『吸』われなくなった所為か、どうにかある程度力を取り戻したスクナが雄たけびを上げて立ち上がってきたのだ。

 

 

 「きゃあっ!?」

 

 「お嬢様!!」

 

 

 硝子が砕ける程の空気の震動が響き、宙にいた二人もそれに巻き込まれてしまう。

 

 慌てて刹那は皆のいる場所に飛び、ネギ達の後ろに舞い降りる。

 

 

 「このか!!」

 

 「木乃香さん! よかった……」

 

 

 当然、心配しきりだった二人は慌てて駆け寄って行く。

 

 木乃香も詳しい説明は受けていないが、それでも皆が自分を救うために頑張ってくれていた事は理解できるので何とも言えない顔でお礼を口にしている。

 

 こんな状況ではあるが、微笑ましい事には変わりはない。

 

 

 『良かったな……』

 

 

 そう聞かせる事も無いつぶやきを唇に紡がせ、横島は鬼神に対峙する。

 

 

 彼のその視線の先、

 

 やっと動き出した事に安堵していた千草の姿。

 

 

 力を得た勢いからか、何かテンションが高い。

 

 

 横島はこんな事をしでかした女とはいえ、そんな彼女の事を哀れに思っていた。

 

 

 確かに強い力ではあるだろう。

 彼女の知る範囲で一番強く、制御し切れる力を持ち合わせてはいるだろう。

 

 

 だが、この鬼神は二度も封印を受けているのだ。

 

 更に制御する為の木乃香は既に奪い返されているので力を出し切れないだろうし、制御の要がいないのだから暴走に向かう事だろう。

 

 

 それに横島は知らぬ事であるが、この程度の鬼神。“大戦”当時なら掃いて捨てるほどいたのである。

 

 

 「よしっ! このままお嬢様を取り戻したらどないかなるっ!!

  お嬢様を返さんかいっ!!」

 

 

 哀れなほど往生際が悪かった。

 

 いや、ギリギリで計画を踏みつけられたらそうなろうというものだ。

 

 横島は、『『何時このか(お嬢様)がアンタ(貴様)のものになったっ!!』』と憤慨する少女らをかばう形でその前に立ち、ヤレヤレと肩を竦めていた。

 

 

 「どーやら……マジにイッパツニハツで終わらせられんよーやなぁ?

 

  えぇ? メガネ姉ちゃんよぉ……」

 

 

 どびくぅっ!!!

 

 

 静かだが、異様に重い声の横島の呟きを耳にした瞬間、千草は厳冬の沼に落とし込まれたような滑る怖気に身を包まれてしまった。

 

 

 「ア、アンタまさか……」

 

 

 圧倒的優位である筈なのに、勝機が全く見えなくなった。

 

 凄まじい力を得た筈なのに、唐突にマッチ棒程度にしか思えなくなった。

 

 東に対抗できるはずだったのに、部屋の隅でいじけていた方が建設的な気がし始めていた。

 

 

 そんな怯えを千草に見出した横島は一気に萌え上がり(←変態)、おしおきタイムは好きほーだい♪と霊力ゲージが跳ね上げる。

 

 

 「なっ!? ま、またあの人の力があがった?!」

 

 「凄いけど……何か不穏な気配もするんだけど……」

 

 『そぉっスか? アッシにゃあ何故か他人じゃないような気が……』

 

 

 そんな言葉を背に受け、横島はお面の下でヌタリとワラった(←既に悪人面)。

 

 

 「さて……体力の準備は万端か? じゃないと……コワレるぜ?」

 

 

 言葉はちょっとサイコさんでかなり怖い。

 

 しかもその身から迸るオーラはドピンクに彩られている。

 

 物質的な圧力すら感じさせられるパッションとゆーか、リビドーとゆーか……人の限界を超えたナニな終着点を見てしまった気になってしまうほどに。

 

 

 何と言うか……千草にはそっちの方が怖かった。

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 別の場所で戦っている二人の少女の攻撃力が唐突に増したというが……甚だ余談である。

 

 

 

 

 

 

 



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後編

 

 

 「ジジイっ!! 何を愚図愚図しているっ!!!」

 

 

 普段は結構静かな理事長室に、黄色い怒声が響き渡る。

 

 見た目は長い金髪の美少女であり、歳は十歳程度。

 

 何故かシックで艶っぽい黒の下着を着用しているが、意外にもその年齢にも関わらず似合っている。

 

 そんな少女が何をイラついているのか、床をバンバン叩いて目の前の老人を急かしていた。

 

 

 「待て待て待て。もうちょっとじゃ」

 

 

 だが件の老人はそんな彼女に怒鳴られなれているのか然程気にした風も無く、何やらややこしい方陣を描き続けていた。

 

 実のところ、こんな方陣を組むのは初めてなのであるがそこは海千山千の古参魔法使い。その手際は決して悪くは無い。

 悪くは無いのであるが……方陣でもって誤魔化しをかけようとしている対象が老人の力量を圧倒しているのだからそれだけはどうしようもないのである。

 

 少女もその事が解らぬでもないのであるが、気が急いているのか八つ当たりをかけているのだ。

 だからイラつきを隠そうともせず怒鳴り続けているのである。

 

 ぱっと見が幼女である分、何だか我儘を言って祖父を困らせている態になってしまうのは仕方の無い事であろう。

 

 

 嗚呼だがしかし、誰が彼女をそれと理解できるであろう。

 

 彼女こそ、真祖の吸血鬼。600万ドルの賞金首。

 “人形使い”、“闇の福音”、“不死の魔法使い”等と様々な二つ名を持つ恐怖の代名詞、エヴァンジェリン=アタナシア=キティ=マクダウェルであると。

 

 

 そんな魔法界でも超有名な彼女が今、焦りを見せている。

 

 先程学園長に掛かってきた電話連絡。

 

 関西呪術協会の本山が何者かに襲撃を受け、全員が石にされてしまったというのだ。

 

 確か本山は強力な結界で守られている筈。

 その守りを潜り抜け、尚且つ娘婿である詠春すら魔法で倒したという。

 これは容易ならざる相手である事に間違いない。

 

 しかし、別所にいる西の手勢に連絡を送ったとしても行動できるのは明日になってしまうだろうし、かと言って今の学園には転移を行えて現場に直行できるほどの術者がいるわけでもない。

 例え行えたとしても、それほどの術者と戦えるかどうか微妙なところだ。

 おまけに頼みの綱の高畑も海外に飛んでいる。

 

 どうしたものかと視線を前に落して見れば。

 

 

 「ん? 何だジジイ。マヌケ面して」

 

 

 現在、自分を打ち負かしている恐ろしい碁敵がいるではないか。

 

 背に腹は替えられないから彼女に頼むのは良いとしても、今のエヴァは学園の封印によって満月でも完全には力が使えないし、“登校地獄”という呪いによって学園から出られない単なる女学生だ。

 その呪いをどうにかしないと学園都市から一歩も外に出られないのである。

 

 しかしその呪い、無意味に強力に掛けられたもので彼女が十数年掛けても一向に外れる気配が無いという代物だ。

 

 が、修学旅行は学業の一環なのだから短時間であれば呪いを誤魔化せまいか?

 そう考えた老人はさっきから色々と試しているのであるが……

 

 

 「うーむ……ナギの奴、力任せに術をかけおってからに……」

 

 

 彼女に呪いをかけた者は魔法界の英雄“サウザンドマスター”事、ナギ=スプリングフィールド。

 現在、窮地に陥っているネギの父親である。

 

 父親の掛けた呪いによって助けが遅れているのだから皮肉なものである。

 

 

 「言い訳なんぞどうでもいいからとっととやれっ!!

  その粗末な頭をトマトのように叩き潰すぞっ!!」

 

 「そ、そんなこと言われても、コノえもん困っちゃう」

 

 

 テヘ☆と舌を出すて誤魔化す老人。

 

 

 「何がテヘ☆だっ!! 引き裂いてジャーキーにするぞっ!!!」

 

 

 流石にそのふざけた態度にエヴァもぶち切れ寸前である。

 

 

 「−マスター……そんなに熱心になって……」

 

 

 ここまで焦りまくるエヴァを見るのは実に珍しい。

 

 茶々丸の眼からすれば、それは男の子の心配をする女の子のそれにしか見えなかった。

 

 

 「−よほどネギ先生が心配なのですね……」

 

 「誰・が・あのガキのこと心配してるって〜〜〜? 私はただ外に出たいだけで……」

 

 

 照れ隠しなのやら見当違い過ぎる茶々丸の指摘に腹を立てたのやら、はたまた図星なのやら不明であるが、エヴァは茶々丸の頭の後ネジを巻きまくる。

 『あああ、いけません。そんなに巻いては……』というセリフにも耳を貸さずにお仕置きだと巻きまくる。

 

 

 「ま、まぁ、そんなに焦るな。かなりイヤじゃが……手段はある」

 

 「何?!」

 

 

 どれほどのものかは不明であるが、老人は溜め息をついて机に向って歩き出した。

 

 複雑怪奇な呪式を組まねばならないし、何よりとてつもない重労働なのだから気が進まないのだ。が、背に腹は替えられない。

 

 

 「それにの、あそこには“彼”がおるでな。

  最低でもこのかやアスナ君、刹那君くらいは何とかしてくれるじゃろ」

 

 

 あの……ネギ先生は? という茶々丸の呟きは小さすぎて学園長も聞こえていない。

 

 

 「彼? 誰だ?」 

 

 「新しく雇った青年じゃよ」

 

 「……そんな話は初耳だぞ……使えるのか?」

 

 

 その質問に老人は顎髭を撫でつつ、

 

 

 「氣を使うのは達人クラスじゃが戦闘技術は低く、魔力はほぼゼロじゃな」

 

 

 等ととんでもない説明をぶちかました。

 

 

 「んなっ!?

  それでは役に「じゃが、恐らく負ける事は無いな」……は?」

 

 

 当然のように食ってかかろうとするエヴァであるが、近衛はドコからか大量の朱肉とインクを取り出しつつそう言葉を遮った。

 

 何を言っている? といぶかしむエヴァを尻目に、これまた大量の書類をドコからか運び出してくる。

 

 

 「何というか……戦闘技術はド素人なのじゃが、戦闘能力は存外に高いんじゃよ。

  こと、女子供が関わればワシも想像すらできん」

 

 「ふん?」

 

 

 随分買っているではないか……と言う目で老魔法使いを見る。

 

 何だかんだで孫を心配しているであろう彼が、ここまで焦っていないのはその男を信用している為なのか?

 

 今一つ要領を得ない説明であるが、そこまで言い切れるとなると、それなり以上の“何か”を持っているのだろう。

 

 

 「で? その男はなんと言う名だ?」

 

 「うん? 彼かの?

  おぬしらの学校の新人用務員、横 島 忠 夫 じゃよ」 

 

 

 

 素が道化師。

 

 本質はクラウン。

 

 見てても聞いてても飽きが来ない青年じゃて。

 

 

 

 そう、関東魔法協会理事である近衛近右衛門は意味ありげな笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

————————————————————————————————————

 

 

 

 

              ■十二時間目:The くらうん (後)

 

 

 

 

————————————————————————————————————

 

 

 

 

 

 倒す、と口で言うのは簡単であるが、実際にやるとなるとめっさ難しい。

 

 

 

    グ ォ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ……

 

 

 

 低く唸りながらこちらを睨みつける巨大な鬼神。

 

 向こうはやる気(殺る気?)満々のようだ。

 

 何か威嚇してるし。

 

 

 ——さて、どうすべぇ……?

 

 

 焦りはしていないものの、横島はその手段にあぐねていた。

 

 ぱっと見は余裕綽綽。

 

 内面は冷や汗ぽたぽたでその巨躯を見上げるお面の忍者“なまはげ”事、横島。

 

 後ろで見守っている少女らもはらはらとしてはいるが、何だか彼に策がありそうなので微かに期待もしてたりする。

 

 視線でそれが解るもんだから彼も大変だ。

 

 

 ——横っちホントまいっちんぐ♪

 

   何て言ってる場合じゃねぇ——っっ!!!

 

 

 等と一人ボケツッコミも大活躍だ。

 

 女子供の件が無ければ単にヘタレと言えなくもない彼の事。

 アレに勝てば眼鏡姉ちゃんをゲットできると(勝手に)思っているからこそ今ここにいられるし、ヤる気……もとい、やる気も萎えないのだ。

 

 

 

 

 

 

 ここに向かってくる最中、出現したスクナを見た時には流石の横島も、かっくーんと顎を落っことしかけた。

 

 いや、サイズ的に言えば(“究極の魔体”に比べると)デカイ部類に入るだけであるし、かかってくるプレッシャーも“あの”狼王を下回る。

 つーか、月で戦った時の邪竜の方がよっぽど強かったし怖かった。

 

 だから普段のヘタレ具合さを披露して『帰ろかな……』等とは思わなかった。全くしなかった訳ではないにせよ。

 

 

 尤も木乃香や未来に幸多そうな美少女を放っておく事は断じて出来ないし思いもつかない。

 つーか、神や大家が許しても横島は絶対に許せないのだ。

 

 だから横島は泣く泣く突撃を緩めなかったのである。

 

 とは言え、式達から強奪したモノで戦おうにも対象が大き過ぎるし、半実体状態では物理ダメージは意味をなすまい。

 式からぶんどった得物やお面もその使用法は単なる変装だし。

 

 不幸中の幸いは、暴走状態で暴れまわっていない事。

 それをされてたら木乃香の救出はおろか近寄る事も叶わなかっただろう。

 

 とは言え、その巨体と潜在的なパワーは侮れまい。

 何せ先人は倒す事をせずに封印をかけているだけだったのだから。

 

 

 だから横島も何とかかんとか頭を捻り倒して策を練っていたのであるが大した策は浮かばなかった。

 

 思いつくのはアレを操っている人間を止めるか、引きはがす事。

 それか再封印だ。

 

 焦っている所為かこの程度しか浮かばなかったのだ。

 

 

 『あ゛〜〜〜っ どないしょ〜〜〜っ!!』

 

 

 等と顔にかぶったお面の下で絶叫しつつも足を止めていない。

 

 それだけは感心できると言えよう。激しくみっともないが。

 

 

 「ん?」

 

 

 そんな横島の視線の先で、ある変化が訪れた。

 

 

 「んん〜?」

 

 

 何と、野太刀を手にしている少女……刹那が背中から白い翼を現し、その翼をはためかせて空を飛んでいたのである。

 

 

 「うぉっ!? ひょっとして天使!?

  綺麗な娘やったし、何かフツーの人間とちゃう思とったけど……天界の娘だったのか!?」

 

 

 正確に言えば烏族のハーフ。

 

 これを木乃香に知られて拒絶されてしまう事を恐れて距離をとっていた刹那。

 

 そんな事等知る訳もない横島は、単純に彼女を天界の美少女と見ていた。

 

 言うまでも無いが刹那は心身ともに美少女である。

 この時点で横島は全くもって全然OKで、毛の先ほども気にならない。女の子よりとは言え、差別と言うものをもっていない点には感心できるし褒められるべき男だ。

 

 

 「惜しいっ!! ちゅーがくせいやなかったら……」

 

 

 その代わり、年齢制限に対してはギリリと歯を食いしばって悔しがっている。

 

 何という悔しがり方であろうか。まるで親の仇の話を聞いた復讐者の如しだ。

 ……これさえなければもっとマシだろうに。

 

 

 兎も角、その天界剣士(横島主観)は木乃香を奪還すべくスクナに迫った。

 

 

 「おぉっ!!」

 

 

 何せスクナには刹那という的は小さすぎる。

 仕方なく千草は式神を放つが、彼女は野太刀の一振りを以ってそれらを退け見事奪回。

 

 結果スクナは主要コントロールを失った。

 

 となると、あとはアレ本体をどうにかすれば良いだけである。

 

 横島は敵に聞こえないように拍手を送りつつ、その案を練った。

 

 

 そして千草の着物姿を見た瞬間、シナプスから発せられた電撃が脳内を駆け巡る。

 

 

 「そうか、封印できないくらい力があるんだったら……」

 

 

 その力を奪えば良い。

 

 

 ニヤリ……とやたら歯並びの良いフクモト的な笑み(←邪悪版)を浮かべた横島は珠を二つ出現させ、一方をスクナに『吸』の字を入れてから投げつけ、手の中に残った珠に『収』を入れた。

 

 これで吸い上げた力は彼に収まる。

 そして吸った力でもって更に強い珠を生み出すのだ。

 

 ずっこくてスゴイ策だった。

 いや、それ以前に着物姿を見て力を奪う策を思いつく裏は如何なる理由が隠されているのやら。

 

 何と言うか実に横島らしい話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして今、その策は半ばまでは大当たりをしていた。

 

 

 あの一番厄介だと踏んでいた少年も吸い上げて珠を作った残りのエネルギーで粉砕したし、後はコレをどーにかするだけなのであるが……

 

 

 『(それがムチャクチャ大変なんだけどな〜……)』

 

 

 又しても吐いてしまう内心の溜め息。

 

 だが、そんなに時間は余っていない。

 

 鬼神の肩にいる千草も、何か横島に対してトラウマを持ってしまっているからか今は硬直しているから良いが、もうそろそろキれて襲いかかってくるだろう。

 

 彼には解る。

 こーゆー噴火手前の状態になっている女性のテンパリ具合はよく解るからだ。

 

 それにまぁ、味方のぷっつんで三途の川見るよかマシなんだ……

 

 

 ——何時も復活するまであそこの河原にいる子供らと遊んでたっけ……

   石を蹴倒してたって鬼も何か保父さんっぽくていい奴らだったし。

   子供たちとゲーム感覚で石倒しやってたなぁ……

 

 

 極普通の流れでまた現実逃避なんかしちゃったりする。

 

 

 実際のところ手が全く無い訳ではない。

 

 滅びのイメージを強め、叩きつければそれで大抵なんとかなるのだ。

 

 ぶっちゃければスクナから奪った力をぎゅうぎゅうに込めた珠が二つあるのだから、その珠を二つともぶつければ如何にスクナとはいえただでは済むまい。

 普通の珠ですら竜神を滅する事ができたのであるし。

 

 だがその場合、かなりの確率であの肩にいる姉ちゃんも巻き込まれてしまうのだ。

 流石にそれはムゴイし、(色んな意味で)惜しい。

 

 何せ対象がデカければデカいほど込めるイメージは強化せねばならないし、手を抜けばエラい目に合う。

 

 下手に手加減したとすれば、最悪弾き返されかねない。その場合はこっちが『滅』んでしまうのだ。それは御免蒙る。

 

 

 それに……迂闊にそんな事をすれば“この世界”で目立ち過ぎる。

 

 十代のアンポちゃんの時ならヒーロー願望があるからやっちまったりするかもしれないが、流石に今の精神年齢ではその危険さは理解できてしまう。

 

 即ち、一撃で鬼神を滅ぼせてしまう力を持つ者がいる——という事実が、世に出てしまうのだ。

 

 

 “あの世界”なら兎も角、“こっちの世界”では拙過ぎる。

 

 

 いっそ自分の霊波刀を『強』『化』して叩っ斬っちまうか?

 

 等とテキトーな手に意識が傾きかかった時、

 

 

 「あ、あのっ!! 無茶はしないでくださいね!!

  僕の生徒も来てくれるそうですから!!」

 

 

 ネギが横島を心配してそう声をかけてきた。

 

 さっきまで石化が進行していたネギであるが、今は完全に癒えていて元気そうだ。

 尤も、魔力が尽き掛けているので戦力外。

 それでも苦しさより、人を心配する想いの方が強いようだ。

 

 

 ——は? 女の子が来て何になるんだ?

 

 

 しかし横島はその女の子がどういう少女か解っていない。

 

 この子供の生徒というのなら女生徒。女子中学生だ。そんな子が来て何になるというのか?

 

 だからネギの言葉に首をかしげていると、

 

 

 『ただの女じゃねぇぜ!?

  その名もエヴァンジェリン=アタナシア=キティ=マクダウェル!!

  かの有名な悪の大魔法使いにして真祖の吸血鬼だぜ!!』

 

 

 とカモがネギの言葉を補足した。

 

 その言葉に、横島は眉間に皺を寄せてしまう。

 

 

 何しろ横島にとって、吸血鬼とは強敵ではあるもののヌケ作の代名詞でもあるのだ。

 

 それに真祖の吸血鬼という存在で彼が知っているのは十三世紀で思考が停止しているアホ伯爵。

 その息子にしても妙に蚤の心臓であるしナルシス入ったヘタレだ。

 

 何をどう信用すればよいのやら……

 

 

 ——あぁ、でも信長のフリしてた吸血鬼がいたっけ?

 

 

 ああ言う手合いかもしれない。

 何せ悪の魔法使いとか言ってるし。

 

 でも、アレもなぁ……

 

 

 「信用……できるのか?」

 

 

 流石にそーゆー手合いに任せるのは心配だ。

 

 だから後ろにそう問いかけた。

 

 

 「はい!!」

 

 

 だが返って来たのは真にストレートな返事。

 

 そこには一片の疑いの色も無い。

 

 

 自分の知っているダンピール同級生と同じタイプなのか? と、一応の納得をする横島。

 

 それに、彼らがそこまで大丈夫だと言い切れるのだからそれなり以上の実力があるのに間違いはない。

 

 考えて見れば自分はあのアホ伯爵を基準に置いているではないか。それは根本から間違っているのだろう。

 

 オコジョだかノロイだか知らないが、あの小動物が言っていた名前からして何か強そうだ。

 あのブラドーだかべラボーだかよく解らないアホ伯爵のような名ではなく、何だか人型決戦兵器のようではないか。名前からして暴走されそうな気がしないでもないが。

 

 

 だったら——

 

 

 ニタリ……

 

 

 横島は、その名のように邪な笑みを浮かべた。

 

 

 右手に一つ。

 

 左手に一つ。

 

 

 無意識下に沈めておいた特製の珠を取り出し、イメージを込める。

 

 この珠を生成したのは目の前のスクナの魔力。

 

 その莫大な魔力を押し固めて作られているそれは、通常の“それ”なんぞ比べ物にならない。

 

 だから彼のあまりと言えばあまりに強力過ぎるイメージの全てを再現できるであろう。

 

 

 いや、“再現し尽くせる”だろう。

 

 

 瞼を閉じ、意識を集中。

 

 目の前にいる鬼神は無視。

 

 その姿形も無視。

 

 

 その形状を微妙過ぎる形へ——

 

 つーか人として明らかに道を間違った思考の果てのモノへと変換させて集中する。

 

 

 「うわ……」

 

 「な、何だ? この波動は……?」

 

 

 明日菜と刹那はそのリビド……もとい、謎の氣に押されていた。

 

 反してカモは、

 

 

 『ス、スゲェ……ただモンじゃねぇ……』

 

 と、何かよく見知った波動(パトス)に感心頻り。

 

 

 そんな目で見守られていた横島の手がス……と動き、目を瞑ったまま“それ”を投げた。

 

 

 千草はびくっと体を硬直させて身を竦ませるが、その投げられたモノは大きく鬼神を外れ、ポチャポチャンと軽い音を立ててその体躯の左右に落下してしまう。

 

 

 「外れた——っ!?」

 

 「ノーコンっ!?」

 

 

 何をしようとしていたのかは知らないが、投擲された物が思いっきり外れた事にネギと明日菜が叫び声をあげた。

 

 千草も未だ怯えを残してはいたが、外れたのが解ると安堵のため息と共にスクナの肩に手を付いてしまう。

 

 

 そう、外したのではないと理解できる者はこの場にいなかった。

 

 

 バシッ!!

 

 

 「え?」

 

 「なっ!?」

 

 

 スクナの全身。そして千草の体に電気に似たものがまとわり付き、その行動の全てを奪う。

 

 いくら力を込めようにも、幾ら足掻こうにも指先一つ動かない。

 

 

 「く……ぁ……っ!?

  ウチどころか、スクナまで……一体何が……」

 

 

 どう抗おうにも抗えない。

 

 レジストしようにも、そもそも術ではないのでレジストできない。

 

 魔法とほぼ同じ特性をもつ<技>。

 

 そんなものに抗う術など持ち合わせている訳がない。

 

 

 「鬼……い……だ」  

 

 

 そして横島は呟く。

 

 必死こいて呟き続ける。

 

 

 「あれは鬼じゃない。鬼神じゃない」

 

 

 完全に目を瞑り、妄想の眼で凝視しているのは偽りの鬼神。

 幻想の彼方の虚像の相手。

 

 鬼神本人(?)を前にして、彼はその対象を全く違う存在へと妄想可変させてゆく。

 

 想像を絶する煩悩の集中力だ。

 

 

 「オレの前にいるのは鬼娘。

 

  腕が四本あるけど、ロングヘアーの鬼娘!!

 

  ぼっきゅっぼんっのエエ女ぁっ!!」

 

 

 エロスで霊能覚醒した男は伊達ではない。

 

 たちまちの内に妄想が大きく膨らんで組み上がり、おどおどろしい鬼神は何故か体操服にスカート、杯を持っ胸の大きい鬼娘の姿を確立させた。

 

 そしてその妄想は現実を侵食する。

 

 更に技を強める為に行われている現実逃避と超強力な自己暗示により底力を引きずり出し、それによって彼の心の力を発動させた。

 

 

 昔、月で邪竜と戦ったおり、彼とその雇い主は二手に分かれて珠を使用した。

 

 これは珠を投げつけても回避されるであろう事を読んだ雇い主の策で、呪縛するという意味を『糸』と『専』の二つに分けて件の邪竜を間に挟み、足りない分の『`』に見立てて発動させたのである。

 

 

 そしてこれはその応用。

 

 

 イメージをずっと強化。

 ガキの時と違い、今は縛り付けるという意味(、、、、、、、、、、)をよく知っている。

 

 だから超強化された珠の力を持ってその『糸』『`』『専』は横島の超絶なる煩悩イメージを完全に再現させてゆく。

 

 

 「ひゃ!? ひゃあぁあああっ!?」

 

 

 千草が悲鳴を上げて逃れようとするがどうする事も出来ない。

 

 

 「う……わぁ……」

 

 「……えと……」

 

 

 呆然と見上げている明日菜とネギも言葉を失ってゆく。

 

 

 「何やの〜? せっちゃん見えへん〜」

 

 「見てはいけません!!」

 

 

 見ようとする木乃香の眼を手で塞ぎつつ、刹那も顔を赤くしてそれを見てしまっていた。

 

 

 おぉ、何と言う事だろう。

 左右から挟み込んだ珠は、完全のスクナと千草の身を霊気で封じ込めているではないか。

 

 

 嗚呼、何と言う事だろう。

 半物質化したそれは、明確なロープとなってその身にまとわりついている。

 

 

 あっという間もなく、その手は合掌の形に背面で固定され、千草の左右の胸は三角に通されたロープによって強調されていて、足は胡坐を組む形で固定されてしまった。

 

 

 

 背 面 合 掌 胡 坐 縛 り。

 

 かなり難易度が高く、尚且つ縛られる側の体が柔らかくなければ苦痛を伴う恐るべき縛りの技が発現されていたのである。

 

 

 そしてスクナすら同じ様に謎の力で捕縛されていた。

 

 ただし、こちらは一対の手だけが背面で、後は上方と胸の前。変則合掌での胡坐縛り。

 はっきり言って、しびれも憧れもできないが正しく匠の技である。

 

 

 

 だけど、いくら匠の技とはいえ技の名前が解らなくとも未成年のボクちゃんたちや嬢ちゃんたちはネット調べたりしちゃだめだぞ? 

 ましてやお父さんやお母さんに聞くなどもっての他だ。

 間違っても良い子の皆はそんな事をしたりしてはいけないぞ? おねーさんとの約束だ!

 

 

 

 ……等とイロンナ防御壁を作っている横で、横島は感慨深く出来具合を確認していた。

 

 思い出されるのはボーヤだったあの時代。

 焦りとか、経験不足とかでイマイチ実力を出し切れなかった若い時代の記憶。

 

 “あの時”はガキだった。

 

 つーか、桜ん坊だった。

 

 だから相手を呪縛するというヘタレなイメージしか込められなかったのだ。

 

 

 しか——しっ!! 今は違う!!

 

 数多の経験は彼を強く逞しく、激しくベクトルが明後日である気がしないでもないが、とりあえずは鍛え上げられている!!

 

 要するに強くイメージできるもの、主に煩悩関係の方向にスライドすれば、そのイメージはミラクルなパワーで込められる事に彼は気付いていたのである。

 

 しかし、当然ながら美女美少女以外にそんな妄想を持つ事は不可能!

 

 だからスクナの外見をガン無視し、絶大膨張させた妄想の中のスクナギャル(仮称)をそーゆー目に遭わせ、その練りに練り上げたイメージを解放したのである。

 

 心の目と妄想力によって巨大鬼が“見えない”横島は、千草の姿“だけ”を見て出来具合を再確認し、

 

 

 「どーじゃっ!! 神技 OGRE SIX(鬼6)!!

  このオレの恐ろしさを思い知るがいい!!」

 

 

 と、満足げに高笑いを上げた。

 

 

 

 確かに恐ろしい男である。

 

 

 

 イロンナ意味で——

 

 

 

 

 

 

 

 

 『ス、スゲェぜ兄さん!!! そこにしびれる! 憧れるぅっ!!』

 

 

 いや、そんな彼を滂沱の涙で見つめている者が一人いた。

 

 つーか、一匹。

 

 言うまでも無い。カモである。

 

 

 「ふ……この程度でそこまで感心されては……な」

 

 

 右掌を上にしてその指先を額に当て、左手を腰に置いて身をひねり、ナゾのジョジョ立ちを意味もなく極めた横島は、フー……と溜息をついて余裕を見せる。

 

 

 『この程度!?

  アンタは神!? 神なのか!?』

 

 

 呆気に取られる面々の様子をよそに、カモは拳(前足?)をぷるぷる震わせて驚きを深めてしまう。

 

 しゃなり、スチャッ! とポーズを極めた横島は、そんなカモに肩をすくめてヤレヤレというジェスチャーすら余裕で見せていた。

 

 

 言うまでもなく、感涙しているカモにネギや少女らはついて行けない。

 というか、時折上から聞こえてくる、

 

 

 「く……ぁあぁぁぁっ く、苦し……何や、こ、これ……」

 

 

 という何だか熱い千草の吐息のような声が気になってしょうがないのだ。

 

 

 ぶっちゃけ彼女は、ここでは表現が果てしなく難しい姿で悶えている。

 

 煩悩に掛けては天界魔界でも一目置かれている横島の技だ。

 その刺激を施す絶妙さは筆舌に尽くしがたい。

 

 明日菜や刹那は勿論、幼馴染の目隠しから逃れた木乃香らオコチャマ連中も顔を真っ赤にしていた。

 だが、何だか目が離せないのはやはり思春期故の好奇心からか。

 

 

 「ふははははははははは……

  その鬼神から奪った霊力……もといっ、魔力でもって紡ぎあげた霊縄の味はどうだ?!

 

  フツーの縄と違って痕も残らんし、死ぬほど苦しくもないハズ!! つか、気持ちよくね?」

 

 

 そうイメージを込めたからな。と、そんな千草にとんでもない事実を告げて言葉責めを行い、更に霊力を上げる変態…いや、横島。

 

 事実、彼は女子供をいたぶる趣味は持ち合わせていない。

 

 いや確かに敵なれば攻撃もできようが、どこまでも甘い彼は拷問などは不可能な話なのである。

 

 だから彼のこーゆー技は苦しい事は苦しかろうが、それ以上の事にはならないのである。決して。

 

 

 「ちょ、ちょっと!! 何をするつもりなの!?」

 

 

 しかし、流石に同性として見かねたのだろう、明日菜が前に出て問いかけた。

 

 その声にあっさりと振り向き、何言ってんの? とお面をつけたまま首をかしげる横島。

 

 

 「え? そりゃ尋問だけど?」

 

 「尋問〜?」

 

 

 拷問じゃないの〜? という明日菜の疑いの眼差しを射抜かれつつ、その痛みによろけながらも踏ん張って耐える。

 

 何と言うか、こんな美少女にそーゆー目で見られるのは痛過ぎるのだ。

 

 尚且つ彼女には妙なシンパシーというかデジャヴュを感じるのだ。彼が絶対に逆らえない者の一人である元雇い主に似てるような似てないようなという……

 

 

 「あ、あのな……あの姉ちゃん、やり方が強引過ぎるだろ?

  いくらこんなモンを復活させて力を得たっつーても所詮は一体だぞ?

 

  それに西の長の娘であり、東の理事の孫娘である木乃香ちゃんを誘拐した。

  それもコントロール兼、人質にするっちゅー非道かましてまで。

 

  フツーだったらそんな騒動起こしたら、裏の関係者がこぞって止めに来るだろ?

  特に西の連中は責任とる為にモノごっつい奴らで止めに来るハズ。  

  そんな事くらいすぐ解る筈だろ?」

 

 「え……? そ、そーかな……?」

 

 

 横島にそう諭されるが、今一魔法界に詳しくない明日菜は刹那の方を見て助けを請う。

 

 流石に木乃香はさっぱり解っていないようだが、当然の如く刹那は理解しているのでコクリと小さく頷いて肯定を見せた。

 

 何せ内輪もめで魔法の秘匿が蔑ろにしたというのなら、メンツ丸潰れなのだ。

 

 そんな歩く恥の証明をほったらかしにする訳ゃないのである。

 

 

 「こんな事件おっ始めたら実力ある奴らがわんさと動いて、とっとと止めに掛かるだろ?

  流石にこんな秘匿もヘッタクレも無いバカかましたら京都中の情報規制せにゃならん。

  そうなったら組織の危機だぞ? 協会がどーたらじゃ済まんハズだ。

  いくら穏健派でもジジイだって騒動鎮圧に乗り出さにゃならん。

  そしたら裏の超有名人らしい高畑さんも出張って来てエラい事になるぞ?」

 

 「い゛っ?! 高畑先生って魔法関係者だったの!?」

 

 

 知らんかったんかいっ!? と思っても後の祭り。

 

 その驚き具合から、木乃香は兎も角、明日菜も知らなかったようだ。

 

 

 『ヤベっ 言っちまったよ……』

 

 

 等と顔を青くしてたり。

 

 

 「と、とにかく、

  そーゆー訳だから、あの姉ちゃんだってそんくらいの事は解ってる筈なんだ」

 

 

 だけど“やった”。

 

 

 その程度の事は解っている筈なのに。

 

 前回の戦争から然程経っておらず、その件で西洋魔法に対して恨みを持っている千草が理解できない筈がないというのに……

 

 「あの姉ちゃんだってホントなら(、、、、、)知ってる筈だ。

  どんな力を持てたとしてもたった一人じゃなんもできん事は解ってる筈。

  でも、自信満々にやってた。

  何かに唆されなきゃ、誰かに思考とかを誘導されなきゃこんな事する訳ゃねぇんだ」

 

 「よ、よく解んないけど……騙されたって事?」

 

 「大雑把に言やぁな」

 

 

 明日菜のオバカさん具合に、人狼族のアホ弟子を思い出しつつ頷く。

 

 その所為で気が緩んだのだろう、

 

  

 「兎も角、オレがあの姉ちゃんの口を割らせて背後喋らせたら……

  そんで自白した事にすれば罪一等を減じられるかもしんねーし」

 

 

 と思わず本音がポロリと出た。

 

 その呟きに明日菜も刹那もギョッとする。

 

 言うまでも無く、アレだけの事をしでかした千草に対して情けを掛けようとしていたからだ。

 

 無論、二人とて彼女に対して怒りも持っているし、それなりの憤りもある。

 だからと言って殺す気はないものの、それでも簡単に許す気はない。

 

 だが、そんな彼女にあっさりと情けを掛けようとしているのは……

 

 

 やはり、横島忠夫。

 甘い男なのである。

 

 

 兎も角、どことなく見直すような眼差しに気付いた彼は、居心地の悪さも手伝って千草に目を戻し、心の動揺を見せまいとしたのであるが・・・・・・

 

 

 「『おぉうっ!?』」

 

 

 その千草は……何と言うか色っぽさが増していた。

 

 

 横島とカモは二人同時に拳をぐっと握りしめ手前に引く。

 

 何とも見事なほどに思考が同じベクトルに傾いていた。

 

 この時点で彼へのイメージはまた急降下である。

 

 

 それもそのはずで、先程まで漂わせていた悪の首魁然とした空気はすぽーんと消え去り、横島が固めた妄想通りに痛みだけではないという“問題”もあって、彼女の顔は羞恥やらイロイロでうっすらと桃色に染まって『ドコのエロゲキャラ?』的な空気の只中にいる。

 

 そして着物は汗でしっとりと濡れ、

 元から大きく開いている胸元は霊縄によってさらに大きく開き、大人の女性の滑らかさを露にし、

 

 無理やり胡坐をかかされた為、裾が肌蹴て太ももはむき出し。

 スクナの肩が邪魔してギリギリで脚の付け根とかそーゆートコが見えないが、逆にそれが妄想を駆り立てる。

 

 二人(一人と一匹)からして……とゆーか、世のバカ男どもにとってベラボーにベラボーなナイス光景がそこにあったのだ。

 

 

 「あ、く、ンん……ぉ、お助け……」

 

 

 流石に彼女とてかかる状況での逆転劇は毛の先程も思いつかない。だからという訳でもなかろうがそう弱音が漏れた。

 

 

 しかし、それは完璧かつ徹底的に逆効果だ。

 

 何せその声は吐息のような呟きは、どこか甘く熱かったのだから。

 

 

 『へ、へへ……兄さん、あのアマあんな事言ってヤスぜ?』

 

 

 鼻血をブーッと噴きつつ、カモが妙に似合ったチンピラ口調で横島に言う。

 

 

 「ふふふふふ……やっぱ甘ぇな姉ちゃん。

  アンタにゃあ、イロイロ歌ってもらわなきゃならんのでな……可哀想だが我慢してもらうぜ。

  な〜に、心配しなくていい。(じき)に自分から『してぇ』って口にするだろうしな」

 

 

 くくく……と含み笑いで持って堪える横島は正に悪人(更に時代劇風味)。

 

 千草は——

 いや、明日菜や刹那ですら生理的な恐怖を感じてしまう程、その言葉には妙な恐怖が篭っていた。

 

 実際にされる側であろう、千草の恐怖とは如何なるものやら。

 

 

 「そ……んな、せ、せめて西洋の魔法とかで心読んだらええやん……」

 

 

 何だか痛みとか苦しみとが紙一重を越えてしまいそーになりつつも、何とか自我を保てる手段を横島に伝える千草。

 

 まぁ、確かに東西問わず読心術というものは存在するし、ネギですらある程度は使う事ができる。

 横島の身の潔白を証明したのもその魔法であるが、

 

 

 「もっと良い方法もあるが……使ってやらん!!」

 

 

 彼にそんな気は更々無かった。

 

 ぶっちゃけ“珠”を使えばアッサリと解る事なのだが……そんなアッサリ事実なんか知っても面白くないんだもんっ!!

 

 

 「サ、サディスト〜〜っ!!」

 

 

 泣きが入るが、霊力減退中の横島は単なる煩悩男。よって馬耳東風。

 つーか、そんな泣き声をかませばテンションが上がるだけだ。

 

 女を泣かせないとか言ってたポリシーはどうなったと問いたい。

 

 

 「あれは直に悦びの声となるから良いのだ!」

 

 

 ——さいですか……

 

 

 兎も角、何故か引き抜いたベルトを二つ折りにしてパシンパシンと鳴らしつつにじり寄る横島。

 

 ノリに乗ったカモも、何だか怪奇なパピヨンマスクをつけてひほほと奇怪な笑い声を漏らしながらローソクを手にしている。

 

 女性主観生理的嫌悪もハンパではなく、その怖気のあまりに千草の意識が飛びそうになるが、ギリギリと絞まってくる霊縄がそれすら許してくれない。

 

 おまけに何だかちょっとイイかも……なんて気に呑まれかかってたりしているではないか。

 

 

 オコサマ連中は顔を真っ赤にしていて当てにはならないし、頼みの綱である仲間の月詠や小太郎もいない。

 あの新入りも一撃で吹っ飛ばされている。

 

 

 『アレ? ひょっとしてウチの貞操、絶体絶命?』

 

 

 等と今更ながらその状況に気が付いた。いや、現実逃避をしてただけかもしれない。

 

 

 グ ル ル ル ル ル ル ル ル ル………♪

 

 

 何だか足元のスクナすらミョーな声で唸っているよーな気がするし……

 

 

 「み、見えてへんっ!! 聞こえてへんっ!!」

 

 

 そんなスクナの声やイヤ過ぎる顔を目に入れかけてしまい、横島は頭を振って現実から眼を背ける。

 

 その上、よくもそんな気色く悪い声聞かせやがったなと千草に八つ当たりをかます。

 

 

 「ひぃいい〜〜っ!! 言い掛かりやぁ〜〜っ!!」

 

 

 あぁ、悪事に手を染めたとは言え女を捨てた憶えは無い千草。

 

 このまま毒牙に掛かりまくって明日には横島を御主人様☆とか呼んでしまうのであろうか?

 

 

 「性義……もといっ、正義の怒りを思い知れ——っ!!」

 

 

 先程まで見せていた情けを完璧且つ徹底的に台無しにし、謎の声を張り上げて気色満々に飛びかかろうとした横島。

 

 血圧アップでテンションアップ。

 

 更に“邪”さもドドンとアップだ!

 

 

 だがしかし、

 

 

 

 

 ガシッ!!

 

 

 

 

 年齢制限という趣旨にガン無視かまそうとした横島のチャレンジ行為は、

 

 文字通り、意外に所から現れた意外な“救いの手”によって阻まれてしまった。

 

 

 

 「あれ?」

 

 

 

 何と彼の影から細い腕が伸び、彼の手を万力のような力で掴み止めたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ウチのぼーやが世話になったようだな?」

 

 「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 THE 勘違い。

 

 

 

 

 ドカンッ!!!

 

 

 その衝撃。

 

 『怒』『母』に劣るとはいえ凄まじかった。

 

 瞬間、衝撃を纏ったその拳は横島の身体を小石のように弾き飛ばし、水面に身体をガンガン叩きつけられつつ水切りの石のように回転しなからふっ飛んで行く。

 

 まさかのシーン焼き直しである。

 

 

 「うぼぉ——……っ!? ……あべしっ!!」

 

 

 先程自分がやったように、銀髪の少年同様、スクナの身体に叩きつけられ、そのままボチャリと水面に落下。

 何だかゴキブリを叩き潰したようなイヤンな音までしていた。

 

 

 ずるり…と影から現れて暴挙を行った“もの”。

 

 少女の姿をした“魔”。

 

 それは——

 

 

 「あ、貴女は……」

 

 

 突如として彼の影から現れたのは、シックな黒のナイトドレスを着用した金髪の少女・・・・・・誰あろう、今しがた話の出たエヴァンジェリンその人だった。

 

 

 「ふん……」

 

 

 妙に手ごたえが無かった所為だろうか?

 つーか、相手が何だか殴られ慣れ過ぎていた為か、はたまた倒してしまって興味を失ったのか、彼女は鼻先で笑いつつ呆気にとられているネギの方へと顔を向ける。

 

 

 その魔力。

 その波動。

 

 未だ完全には封印は解けてはいないが、以前の悪の魔法使いの呼び名に相応しい王者のそれがある。

 

 

 彼女は何とか呪いを誤魔化すウラワザが成功したので、影を使って転移してきたのだ。

 

 

 何せ焦っていたので状況を完全には把握できなかったから、邪悪な気配を放っていた存在を見てとりあえずぶん殴ったのである。

 

 

 「無事か? ぼーや」

 

 

 何だかんだで心配していたのだろうか、エヴァは真っ先にネギの様子に目を向けた。

 

 その声にハッとして再起動を果たしたネギであったが、流石に今の行動にはどう声を返してよいやら解らない。

 彼がそうなのだから、明日菜もそうである。

 

 

 「え、えと、あの、エヴァちゃん……?」

 

 「フ……これで貸し借りはナシだぞ?」

 

 「い、いやそーじゃなくて……」

 

 

 説明しようにもどう言えばよいのやら。

 明日菜がそううろたえている間に、エヴァは空に舞い上がった。

 

 

 「−マスター。ターゲットは結界に包む前に何らかの力によって拘束されています」

 

 「の、ようだな。しかし……何だこれは?」

 

 

 空中では彼女の従者である茶々丸が対戦車ライフルに似た大型火器を携えて彼女を待っている。

 

 その両足の脹脛から姿勢制御バーニアのようなものがあり、どうやら飛行能力すら標準装備しているようだ。

 

 

 「−……不明です。

  キルリアン反応はありますが、氣や魔法の類の波長がありません」

 

 「ほう……?」

 

 

 その茶々丸のセンサーをもってしても正体の解らぬ力。

 

 それによって鬼神は捕えられているのだ。術者ごと。

 

 

 尚且つ、

 

 

 「む? 背面合掌胡坐縛り……か。

  一分の隙も無い見事なものだな。一体何者の仕業だ?」

 

 

 流石にエヴァンジェリン。伊達に長生きをしていないようでこの縛りを知っている。

 ただ、女子中学生という立場なのだから補導員に出頭する事をお勧めしたい。

 

 とは言え、幾ら霊縄とはいえ素人目から見ても遊びの部分が無い、匠の縛りなのだから眼を見張ってしまうと言うもの。

 

 

 しかしその縛りに対する感心は直に眉間に皺を寄せる事で霧散した。

 

 

 「しかし……何だあの面は? 見るに耐えれん」

 

 

 伝説の鬼神とやらは、その縛りを受けて何だかとろけたような顔をしているではないか。

 

 自分がここに来る前までに何が遭ったか解らぬし、あの“怪人”が何をしようとしていたのかは不明である。

 

 しかし、アレは吹っ飛ばしたのであるから、未だコレに拘束状態が続いているのは別の理由だと考えた方が良いだろう。

 

 初見であるエヴァが、単に持続時間内だと知るはずもないし。

 

 

 そんな彼女の頭に浮かんだのは、コレに封印を掛けた人物の事。

 

 そう言えば自分に呪いを掛けた者と同じ英雄ナギだと聞いた気がする。

 

 となると、やはり自分同様に訳の解らぬハズカシー封印が掛けられているのではなかろうか? いやきっとそうに違いない。

 

 あの男の事だ。中途半端に封印が解けたらSMチックに縛るくらいのトラップは仕掛けてあるに違いない。ふざけまくった奴だったし。

 

 

 「……おのれナギめ」

 

 

 人事とは思えない有り様に、何だかギリリと歯を鳴らして見たり。

 

 勘違いによって更に恨まれている男。ナギ=スプリングフィールド。横島同様に罪深い男である。

 

 

 「せめてもの情けだ。

  私の魔法で屠ってやろう」

 

 

 伝説の鬼神が縛られて悦ぶなんぞ可哀想過ぎるではないか。 

 

 だから最期くらい華々しく散らせてやろう。

 

 悪としての礼儀でもって。

 

 

 「え? あ、あのちょっと、ウチもおるねんけど……」

 

 「Lic lac la lac lilac

  契約に従い 我に従え 氷の女王」

 

 「あぁ〜〜っ! き、聞いとくれやす〜〜っ!!」

 

 

 千草の声は本当に耳に入っておらず、エヴァはその強力な術を紡ぎ上げて行く。

 

 

 「来たれ! とこしえのやみ! えいえんのひょうが!」

 

 

 瞬間的にスクナの周囲が凍りつき、その氷によってスクナの巨体が押し潰されて行く。

 

 押し潰しつつ温度が急激に下降。

 氷すら凍り潰れる大零下がスクナを襲う。

 

 ほぼ絶対零度。

 150フィートの範囲を完全凍結する殲滅呪文。

 

 エヴァンジェリンの黄金期、好んで使用していた古典ギリシャ語系魔法が一つだ。

 

 如何な伝説の鬼神、リョウメンスクナとはいえ防ぐは敵うまい。拘束されてるし。

 

 

 「あ、ひぃいいいいっ!?」

 

 

 当然ながら千草もそれに巻き込まれかかっていたりする。

 

 ——が、

 

 

 ヒュッ カツンッ!!

 

 

 何かが投げ付けられた瞬間、彼女の周囲の温度だけが下降を停止。

 何かに『護』られるかのように絶対零度の息吹は彼女に纏わりつかなくなった。

 

 

 直後、

 

 

 「ΚΟΣΜΙΚΗ`(おわる) ΚΑΤΑΣΡΟΦΗ'(せかい)

 

 

 スクナそのものが瞬間氷結し、

 

 

 

 「砕けろ」

 

 

 

 芯まで凍り付いた鬼神は完全な氷塊と化し、ついには自重に負けたか大きく裂けて砕け散り、氷片となって湖面に散らばっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『終わった……みたいやね』

 

 「そう、みたいアルな」

 

 

 古の頭上、数センチのところで鉄扇に止められている得物。

 だが、鳩尾ギリギリにはもう片方のトンファーが止まっている。

 

 狐面の方も、首筋ギリギリで鉄扇をかわしてはいるが、その踏み込みによって古の膝が入りかかっていた。

 

 

 『もうちょっとやったに……残念やわぁ』

 

 「ん〜 でも、相打ちだたみたいアルね。

  私の氣の練り具合の方が甘かたヨ」

 

 「謙遜せんでええわ。ウチかて最期の方は本気やったしな。

  ほれに鳩尾を囮にして誘うや、ふつー思わへんわ。

  でもまぁ……」

 

 

 つい…と二人して距離を取って得物を降ろした。

 

 少しだけ残念ではあるが、こういったものは腹八分目も良いものである。

 

 終了を告げた山に同時に目を向け、何だか唐突に沁みてきた妙な虚脱感に口元を緩めて、またお互いの顔に眼を戻した。

 

 

 『決着は……また今度にしよか』

 

 「そうアルな。

  ちょと残念アルが……でも、感謝感激ヨ」

 

 『こっちもや』

 

 

 見れば巨体の鬼や烏族の剣士も真名や詠春に礼を言っている。

 

 実際、千草の妙な召喚によって手足を縮めさせられるような戦いを強いられたのだ。

 全力で戦わせてもらえたのだから感謝もしようというもの。

 

 

 百体以上呼び出されたというのに、残り数体。

 

 如何に戦いが激しかったか解ると言うものだ。

 

 

 何が面白いのやら、その激戦の跡を眺めつつクスクス笑うと、狐面は古に背を向けて仲間に向かってゆく。

 

 

 『ホンマ、面白かったわ。

  “今度”はちゃんと殺合おな?』

 

 「望むところネ」

 

 

 振り返らずとも親指を立てているのが解る。

 

 それが解るからこそ、狐面も手を軽く振るだけ。

 

 

 『ありがとな。

  あ、そん代わりに男の堕とし方教えたるわ。

  もー速効でメロメロになんで?』

 

 「それは……期待するアルよ」

 

 

 あははと二人声に出して笑う。

 

 敵同士だったのに、どういう訳か空気が合う。

 

 恰も久方ぶりの懇談を終えた旧友であるかのように。

 

 

 最初は普通に戦い合っていたと言うのに、後半からはギリギリの殴り合い。

 

 肉を斬らせて肉を断つ、骨を砕かせ骨を砕く、パンクラチオンの態があった。

 

 しかし困った事に“それ”が面白い。

 困った事に楽しかったのだ。

 

 実際、根っ子の方では似た者同士だったのかもしれない。

 

 どちらがどちらに似ているかは知らないが。

 

 

 『次までに女磨いときや? まだまだお子ちゃま過ぎんで』

 

 「余計なお世話アル!」

 

 

 だからか別れの雰囲気は無く、殴りあった直後なのに棘も無く、

 

 

 

 『ほな、またな』

 

 「再見」

 

 

 

 女二人は極自然に、背中合わせのまま再会を誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「おや? 

  終わったようでござるな」

 

 「みたいやな……」

 

 

 流石に霊力によって氣の密度を高められている十五人の分身と本体による十六人攻撃を相手にしたのだ。

 流石の小太郎も抵抗のての字も出せず地に伏していた。

 

 おまけに楓は全力ではあるが本気では無かったのだ。負けを認める他はあるまい。

 

 

 それでも、

 

 

 「随分とスッキリした顔でござるな?」

 

 「悪いか?」

 

 「いや。先程の追い詰められた顔よりは何倍も可愛らしいでござるよ?」

 

 

 うっさいわっ!! 男に可愛いや言うな!! と文句を言いつつ、楓の差し出した手をとって立ち上がる。

 

 背中に着いた草の葉を叩いて落としている小太郎の顔は、なるほど楓の言うとおりかなり落ち着いていた。

 

 けっこういいのをもらって痛むであろうに、それに関しては文句も無い。

 

 と言うより、相手をする事によって怒ってもらったのを喜んでいる節もある。

 

 

 『ああ 何だかんだ言って、この坊主も意に沿わなかったのでござろうな……』

 

 

 確かに西洋魔法使いに一泡ふかせるという目的も大きかったかもしれないが、それに対して木乃香という女の子を“使う”。その事が引っ掛かり続けていたのだろう。

 

 その箍を外したのが、自分とほぼ同じ力を持つネギとの戦い。

 

 そして、

 

 

 『横島殿の与えた恐怖だったのかもしれないでござるなぁ……

 

  全くあの御仁は……』

 

 

 そう口内で呟き、口元に楽しげな笑みを浮かべる。

 

 

 「何や? どうかしたんか?」

 

 「いや、なんでもないでござるよ」

 

 

 山から吹き降ろされてくる冷気にふと目を山に戻す。

 

 何だかよく解らないが、季節感を無視した冬の山風のようだ。

 

 

 「ふむ……?

  拙者は横島殿のところ……もとい、このかの所に向うでござるが、おぬしはどうするでござる?」

 

 「見逃す言うんか? そんな情けはいらんわ。けじめはくらいつけるわい。

  大人しゅうお山に行くわ」

 

 

 楓としてはこのまま見逃してよかったのであるが、本人がこう言っているのだからその意志を汲む事にした。

 

 

 「ん……? そー言えばリーダーは何処に?」

 

 「は? リーダー?」

 

 

 きょとんとする小太郎を他所に、楓は周囲をキョロキョロと見回して夕映の姿を探す。

 

 何というか……戦いに熱中し過ぎて彼女の事をすぽーんと忘れていたようである。

 

 

 「えと……あっ」

 

 

 幸い、直に見つける事ができた。

 

 

 「リーダー」

 

 「あ……楓さん」

 

 

 夕映は一人木立の中、月を見上げてボ〜っとしていたのである。

 

 裸足で浴衣姿。

 そんな姿でまだどこか肌寒い桜吹雪の中、美少女がもの憂げに佇んでいるのは中々良い構図だ。

 

 楓も一瞬ほぅ……と目を見張ってしまうほどに。

 

 

 「コイツがリーダー? 何でやねん」

 

 

 オコサマである小太郎は兎も角としてだ。

 

 

 「……あぁ、終わったですか?」

 

 「うん、まぁ、そうでござるが……如何いたしたでござる?」

 

 

 こちらを向いた夕映の眼は未だ夢心地。

 流石の楓もちょっと焦る。

 

 そんな彼女の想いを他所に、夕映はフ…と陰を落とした笑みを浮かべ、

 

 

 「時うどん……」

 

 「は?」

 

 

 溜め息をつくような声でそう零した。

 

 

 「柳家の伝統的なネタの一つです。

  関西の方にも解り易く、尚且つオチまでが近くて掴みのポイントが多い演目として私なりに選んだです」

 

 「はぁ…?」

 

 

 時うどん。

 

 上方落語での<時そば>の事だ。

 

 確かにオチが解りやすいし、関西弁での使いまわしもかなり面白いが、何故にこんな場所で古典落語なのだろうか?

 

 

 だが、ミョーにイイ汗をかいている夕映はそんな疑問に気付いた風も無く、ドサクサで逃亡を果たした月詠の消えた方向に眼を向けたまま、

 

 

 「あれだけウケれば……満足です……」

  

 

 ありがとうです小○治師匠……等と感慨深げに訳が解らないコトで一人頭を下げていた。

 

 

 

 

 

 

 ——因みに、月詠は何か知らないモンに覚醒してしまったようである。

 

 

 

 

 

 

 

 「ふふん……ぼーや、小娘。

  見たか? 私のこの圧倒的な力。しかと目に焼き付けたか?」

 

 

 学園内においては完全に力を封じられているエヴァであるが、その本質は悪の大魔法使い。

 半封印状態でもこのくらいの事はできる。

 

 元々の地力が半端でない上に、相手が全く以って魔法に対して抵抗を見せていない事もあって易々とその身を砕いてしまった。

 

 

 「え、ええと……」

 

 「何とゆーか……」

 

 

 ネギにしても明日菜にしても、確かに今の魔法の凄まじさは理解できる。

 

 二人よりは長く裏に関わっている刹那にしても、今の魔法の凄さは解るのだが、何とゆーか……その直前の“鬼神縛り”と、怪人ぶん殴り事件と衝撃が立て続けに起こっているので呆れる方が大きかったりする。

 

 

 「いいか ぼーや。

  今回の事を私が暇な時にやってる日本のテレビゲームに例えるとだな、

  最初の方のダンジョンとかで死にかけてたら何故かボスキャラが助けに来てくれたようなものだ。

 

  次にこんな事が起こっても私の力は期待できんぞ。

  そこんとこをよく肝に命じて置けよ」

 

 

 次は無いぞ? という意味合いの念押しをするエヴァ。

 

 妙な例えではあるが、何となく納得できてしまうのは不思議である。

 

 しかしその言い様からすれば口が悪いだけの世話焼きのよう。

 

 結局、茶々丸が言っていたように単にネギが心配だっただけなのかもしれない。

 

 

 『……つーか、あの兄さんはドコに?』

 

 

 未だ冷たい空気の舞う湖面をぼんやりと見やりながらカモがそう呟いた。

 

 

 「うん? 誰の事だ」

 

 「いや、その……今さっきエヴァちゃんがぶっ飛ばしたヒトなんだけど……」

 

 「あぁ、あの奇怪な術者か。

  知らんぞ。死んだんじゃないのか?」

 

 

 明日菜の返答も殊更どーでもよさげに答えるエヴァ。

 

 だが、テキトーに言った死亡説に、ネギの顔色が更に悪くなった。

 

 

 「あ、あの……」

 

 「む? 何だぼーや。

  流石にキツそーだな。大丈ぶ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あの人、敵じゃないです……多分……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネギの言葉に、氷使いらしくコキン♪と、キレイに凍りつくエヴァ。

 

 そのまま視線を他の少女らに送ると、明日菜と刹那も微妙ながらコクリと頷きを見せていた。

 

 

 「うん。なんかあの人、ウチらを助けに来てくれたみたいやで?」

 

 

 木乃香もそうアッサリと答える。

 

 

 ひゅ〜〜〜………

 

 

 何とも言えない気まずく微妙な風が六人の間を吹き抜けてゆく。

 

 

 「……そう言えばジジイがお前らの護衛に男を一人付けているとか付けてないとか言ってよーな気がするな……」

 

 

 今さらであるが、近衛の言葉を思い出すエヴァ。

 

 

 余計に取り返しがつかない空気になってきた。

 

 

 あの時のエヴァは、何だかんだ言って茶々丸の言葉通りネギの事が心配だったようで、近衛のセリフをよく覚えていなかったりする。

 

 それに霊力が減少している横島は、女にとって……特に美女美少女にとっては邪悪と言えない事もない。

 悪の魔法使いであるエヴァから見てもサブイボが出るほどに。

 

 悪認定されるのも自業自得であるのだし。

 

 

 「う……」

 

 

 そんなどーしよーもない空気に耐えかねたのか、或いは体力の限界からかネギが遂に膝を尽き、倒れ伏してしまう。

 

 

 「ど、どどうした ぼーやっ!??」

 

 「ネギ先生!?」

 

 「ネギっ ちょちょちよっと!!」

 

 

 流石に夜中に魔法の全力使用をぶっ続け、移動魔法も限界で使用しまくり、少年の魔法を全力でレジストしたりすりゃあ過労もするだろう。

 

 エヴァも一応は焦った声を上げたのだか、どちらかというと自分がかましたウッカリの誤魔化しに近い。

 

 

 「皆無事かっ!?」

 

 「あ、お父様!」

 

 

 おっつけ皆も駆けつけては来たのだが、何とか怪我も無く無事なようだ。

 

 父親の元気な姿を見て、木乃香も涙ぐんで抱きついたりしている。

 

 その光景に刹那も思わずもらい泣きして目元を拭っていた。

 

 

 それを見て楓達はようやく、

 ようやく長い夜が終わろうと——

 

 

 「アレ? そーいえば老師はどこ行たアル?」

 

 「む? 言われてみれば姿が……」

 

 

 

 そうキョロキョロと彼の姿を探す二人。

 

 何となく目を逸らす明日菜や刹那がいたりするが気付いていないようだ。

 

 それよりも先に——

 

 

 「ぴぃ、ぴぃ、ぴぃいーっっ!」

 

 

 と切なげに鳴く大きな白鹿 かのこの姿が目に入り、その視線を追ってゆくと……

 

 

 その先にあったのは氷の山。

 

 スクナ“だった”氷の塊がぷかりと泉に浮いている。

 

 

 その中に——

 

 その透明な氷塊の中に一つ、ゴミみたいな物が混ざっている塊が浮いているのに気がついた。

 

 

 「あぁっ!? 老師ーっ!!??」

 

 「「「「「 え え —— っ っ ! ! ! ? ? ? 」」」」」

 

 

 そう横島は、なまはげスタイルで片腕を差し上げた不思議な格好のまま標本宜しくコチンコチンに凍り付いていたのである。

 

 

 「横島殿ーっ!! 何故にあのような御姿にーっ?!」

 

 「い、今助けに行くアル……って、冷たっっ この水、ムチャクチャ冷たいアル!?」

 

 『あー……氷結呪文の余波で凍りついてるしなぁ……』

 

 「って、やったのエヴァちゃんでしょー!?」

  

 「私か!? 私だけが悪いのか!?」

 

 「−大丈夫ですマスター。情状酌量の余地はあります」

 

 「そんなの後回してでよいでござるから、早く横島殿をーっ!!」

 

 「老師ぃーっっ!!」

 

 

 

 

 ……結局、見かねたエヴァ(つーか責任は彼女にあるのだし)が茶々丸に命じて氷柱封印状態の彼をサルベージしに行き、事無きを得たのであるが……

 それでも魔法氷結であった事と、使用術者が音にも聞こえたエヴァンジェリンだった為、無駄に頑丈で硬い氷となって救出に大変な時間と労力を裂いたという。

 

 ある意味自業自得であるが、おさぶい話であった。

 

 

 

 

 

 

 

 「……やっと魔法が使えるようになった……か」

 

 

 そんな騒動を遠目で見、木の陰に身を潜めながら少年はそう呟いた。

 

 キュ…と握り締めた拳には瞬間的に魔力が篭る。

 彼の言うように魔法が使えるようになっているのだろう。

 

 理由は解らないが、彼はあの怪人の一撃によって魔法を完全封印されており、意趣返しすら行えない状態になっていた。

 

 昼間の一件もそうであるが、少年とて並の術者ではない。

 その障壁もそうであるが、魔法抵抗力はそこらの十把一絡げの魔法使いではどうする事もできないだろう。

 

 

 だが、あの怪人は一瞬でそれを行った。

 

 

 少年ほどの魔法使いの力を一瞬で封じたのである。

 

 そこには僅かながらの魔力も、そして呪術も感じられなかった。

 あったのは僅かばかりの氣。そして……

 

 

 「得体の知れないオーラ……一体彼はなんだったのだろう……」

 

 

 ネギの周囲には真祖の吸血鬼やら、何故助かったかよく解らないが詠春までいる。

 仮にも西の長という肩書きを持つ詠春だ。自力で石化を解いたのだろう。

 

 思っていた以上に色々と人材が整っていたのは予想外だった。

 

 

 「あんな未熟者でも予想外の能力を見せられる……か。

 

  あのままなら遠からず倒れる事になるだろうけど……」

 

 

 少年は腰を上げて湖面に浮かぶ氷に目を向けた。

 

 そこには先程の怪人が氷に閉じ込められて浮いている。

 

 

 あの不死の魔法使いが使った魔法は、話に聞く広域殲滅呪文の『おわるせかい』。

 

 つまり、その魔法に巻き込まれた彼は心身共に氷となっている事だろう。

 

 

 「君が何者だったかは知らないけど……

  助けに来て味方に殺されるなんてついてないね……」

 

 

 うねっていた怒りも、その最期があんな形であれば失せるというもの。

 

 何故か解らないが、ほんの僅かだけ少年の表情に陰がさすが、彼は軽く溜め息を吐いて表情ごと気持ちを切り替え、未だ騒いでいる未熟な魔法使い(ネギ)達に背を向けて闇に向って去っていった。

 

 

 恰も光に向って行く少年らと立場が違う事を示すかのように——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 言うまでも無いが、

 

 

 

 「し、死ぬかと思った……」

 

 

 「「「「「 い 、 生 き て る 〜 っ ! ! ? ? 」」」」」

 

 

 寒さで歯を鳴らしつつも、どっこい彼は生きている。

 

 

 

 

        これから始まる伝説と共に——

 

 

 

 




 復旧したとのことでしたので早速投稿。
 何かの呪いかと思ってしまいましたヨ。いやマジに。


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十三時間目:The でい After
本編


 乳白色にぼやけているまどろみの中——

 彼は波間に漂うような感触に浸りきっていた。

 

 

 夢の中である事は解りきっている。

 この地に来てからこっち、眠っている時にずっと感じていた感触なのだから。

 

 初めの頃は“あの”肉ダルマを嫌悪し尽くしていたのであるが、最近はようやく(激しく嬉しくないが)慣れてきており、『やは、少年』等と唐突に現れても(然程)嫌悪したりしなくなっている。

 

 

 ——しかし、今夜はアイツではないようだ。

 

 

 何せ目の前にいるのは……

 

 

 『お久しぶり。元気だったみたいね』

 

 「おかげさんでまぁ……なんとかな」

 

 

 愛すべき蛍の化生だった——

 

 

 自分の中にいる彼女と久しぶりにラインが繋がっているのが解る。

 霊的な素子(そし)との直接会話と言って良いかもしれない。

 

 無論、意味合いでは大きく違うだろうが、彼らにとっての感覚ではそんなものだ。

 

 

 それに、今の彼が“在る”お陰で彼女の霊基データの量が激増している。

 

 だから以前よりずっと鮮明な姿で二人して向かい合えていた。

 

 

 『ん〜……でも、何時もより生彩を欠いているみたいね。

  ちょっと落ち込み気味ってとこかしら? 

  お前の事だから、子供相手に本気で手を上げかかったのが理由かな?』

 

 

 だから隠し切れているはずである彼の機微も見つけられやすい。

 

 尤も、彼女は元から目ざといのだが。

 

 

 「いきなりバレてらっしゃる!?

  そんな解り易いかな〜〜?」

 

 

 ややおどけてそう返すが、『お前の事だからね』と小さく微笑まれて赤面してしまう。

 

 全く……だから彼女には敵わない。

 

 

 『でもまぁ、結局はおバカを通す事ができみたいだしね。お前らしくて安心したわ』

 

 「お前までそんなコト言う!?

  ヘイトか?! やっぱヘイトなのか!?」

 

 

 微笑ではあるがやはりどこか許し難いのだろう。何せ最後はアレだったのだから。

 当然、彼女の額にはバッテンが浮かんでたりする。

 

 そんな嫌味を織り交ぜた遠まわしの言葉虐めに彼は泣きながら悶えていた。

 

 それでいて二人ともどこか嬉しそうのは、非道を行わずバカを通せた事、そして互いと再会できたからだろう。

 

 彼は彼女との会話を素直に楽しみ、彼女は懐かしい身悶えを見て苦笑する。

 

 そんな普通の接し方ができるのも彼女故。

 どこまでも彼女の方が上なのは相変わらずのようだ。

 

 

 『……安心したわ。やっぱりお前はそうでなくちゃね』

 

 「ま。バカやってどつかれてる方が慣れてるしな」

 

 

 嫌な慣れもあったもんだ。

 

 ただ、ちょっとだけ彼は勘違いしてたりする。

 

 

 「違うわよ。バカ」

 

 

 そんなところも好きなのだが、いい加減もっと自分に自信を持ってもらいたいものだ。

 

 自分は痛みに弱いヘタレのくせに、他人の痛みにはそれ以上に敏感で、何だかんだ言って放って置けない。

 女の子を怯えさせたり、男の子一人に行かせたりした事をずっと気にしていたりする。

 

 甘っちょろくて馬鹿馬鹿しくて呆れ返りたくもなるが、彼女はそれ以上にそんな彼がいとおしいのだ。

 

 

 『……ま、素人ウケはしないでしょうけどね』

 

 「???」

 

 

 そんな彼女の微笑みの意味を知る由もなく、クエスチョンマークを量産している彼。

 その様子が懐かしくて微笑ましい。だから『何でもな〜い』と誤魔化した。

 

 理由は当然、言ってあげない。

 言うとすれば、肉親として再会してからだ。

 

 悪戯っぽく微笑む彼女の真意が解らず、彼も首を傾げるばかり。

 多少は女心を理解できるようになってはいるが、それでもやはり彼女はそんなに浅くはない。

 

 やはり男にとっての女は永遠の謎なのだろう。彼も苦笑で返す事が精一杯。

 

 

 『まぁ、いいわ。

  お前にも会えたし、確認できたから良しとしましょう』

 

 「何だか知らないが助かるよ」

 

 

 そう言ってまた笑顔を交わす。

 やはりこれ(、、)が良い。

 

 彼女と悲しみの涙を交わして別れるなんて一生一度で沢山だ。 

 

 

 「会えた事は俺も嬉しいよ。

  で? 何の確認だったんだ? オレはやっぱバカだってことか?」

 

 『うん。それもあったんだけど』

 

 「……」

 

 

 否定はしてくれへんのか!?

 言われ慣れている事であるし、自覚もしてはいるのだが、こう真正面から同意されるとやっぱりちょっと胸が痛いかも。

 

 

 『だって気になってたんだもん。あの二人』

 

 「二人?」

 

 『そ。カエデちゃんとクーちゃん』

 

 「ああ……」

 

 

 幾ら感謝しても感謝しきれない。

 

 ずっとずっと心から心配してくれて、必死に訴え続けてくれていた二人。

 

 何とかギリギリで楓の声が心に届いたものの、彼女がいなければ自分は何をしてしまっただろう。

 そう考えると気が重くなってしまうと共に、彼女に対しての感謝の念もまた強くなる。

 

 

 「うん……いい娘だぞ? すごくいい娘だ。

  ……ちょっと……ううん、かなり困ったちゃんでもあるんやけど……」

 

 

 ポロリと漏れるのは本音だろうか?

 何とゆーか、二人の色香に惑わされかかっているのだからしょーがない事かもしれない。

 

 

 『うん。そーよね。ウンウン。いいコなのよね』

 

 「ア、アノ……るしおらサン……?」

 

 

 何を思い出したか知らないが、イキナリ彼女の額に十字架型をした血管が浮かび、そのおどろおどろしさに彼もビビリが入る。

 

 だが、直にそれは消え、ミョーにマネキンっぽい笑顔を彼に向けてきた。

 

 

 『でも安心したわ。あの二人だったら許してあげられるし』

 

 「え、えと……何をでございましょうか?」

 

 

 やっぱ笑顔はまだ怖いままなので彼は丁寧口調となってしまっている。

 

 そんな彼に、彼女は作り物めいた満面の笑顔でこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 『だって、あの二人のどっちかなんでしょ?

  私を産んでくれる人って』

 

 

 

 ぶ ふ ぅ ——— っ ! ! !

 

 

 盛大にナニかを噴出してしまう。

 

 突っ伏して地面(?)を引っ掻き、生まれたての小鹿宜しく蹲ったままぷるぷる震えている。

 

 その立ち直りの遅さ故に彼女の持つ疑念が信憑性を増し、何だか怒りも更に高まって行く。

 

 

 「ア…… ア ホ か —— っ ! !

 

  言うに事欠いてなんて事言いやがんだ——っっ!!」

 

 

 涙をぶしゅわぁっっと吹き出しつつ本気で怒ってらっしゃる彼。

 

 だが、そんな彼に対し、彼女は一歩引かない。

 つーか、その程度では嫉妬は揺るがない。

 

 

 『は? 今更誤魔化すわけ?

  何時も引っ付かれてドキドキしてたのは何方様? キスされて昇天してたのはだぁれ?』

 

 

 私ですらあんなディープなのしてくれたコトないのにぃ〜〜っっ と、怒り有頂天である。

 

 

 「え、冤罪じゃあぁっ!! オレはロリちゃうど!!」

 

 『ナニ言ってんのよ性犯罪者!! スーパーウルトラセクシャルヒーローのくせに!!』

 

 「何ゆえライジング斬?! しかも犯罪ヒーロー気味!! 

  待った!! 異議あり!! 弁護人を要求する!!」

 

 

 彼とて必死だった。

 

 自分はロリ否定というジャスティスを掲げているし、何より故人とはいえ彼女からロリコン扱いされればそれは痛すぎる。

 

 しかし彼女のテンションは高く、彼の言い訳など届いてくれない。

 

 

 『おまけにナニ?

  ちゅーがくせーだというのに、あのサイズとスタイルの良さ。私に対するあてつけなわけ?』

 

 「いやマテ!! お前、それ八つ当たりじゃ……」

 

 

 ヘイト?! 私に対するヘイトなのね!? とテンションが上がっている彼女の耳にはそんな彼の言葉は届いてくれない。

 

 というか、流石に二人してよく似てらっしゃる。

 ひょっとしたら彼に混ざっている弊害かもしれない。

 

 

 『私を好きになってくれたのも、胸が無いお陰だとでも!?

  このロリータコンプレックス!!』

 

 「わぁ!? 正式名称での侮蔑は痛過ぎっ!! 

  だからそれはお前の誤か……」

 

 

 

 『じゃあ、その娘らはナニ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「えっ?」

 

 

 飛び起きる。と良く言うが正にその見本。

 ぱちんっと板バネが爆ぜるようにナニかから逃れようとするかのように布団から飛び起きる。

 

 焦りまくって周囲を見回し、いる筈も無い超敵(強敵を超えている)の姿を探すがやはりその影も無い。

 水から上がって直の様にだらだらと大汗を掻いていた彼も、“奴”の気配が無い事をやっと理解したのだろう、やっと呼吸を再開して荒く酸素を求め出す。

 

 

 「……あ? え? ゆ、夢……?」

 

 

 なんつーか恐ろしい……? というかナニかに追い詰められてたような気がしてまだ息が荒らんだまま。

 

 おまけに夢に見た“奴”というのが誰なのか思い出せないとキている。

 

 

 「な、何だ? このプレッシャーは……」

 

 

 訳の解らぬ汗で全身がぐっしょりと濡れていてちょっと気持ち悪かったりもするのだが、じっとしてると落ち着いてくるというもの。

 

 障子を通してくる日差しは温かな春のそれ。

 鳥のさえずりも聞こえるし、伝わってくる屋敷の雰囲気もどこか柔らかい。

 

 暑い訳でもないのに汗だくというのもナニであるが、そんな屋敷の穏やかな空気に徐々にではあるが現実を取り戻してはきている。

 

 それに何というか……夢見は恐怖っポかったのだが実のところ気分は清々しい。

 

 

 「何だか、懐かしい誰かと会ってたよーな気もするんだが……」

 

 

 全然思い出せない。

 

 まぁ、気分が良いからどうでもいいのだけど。

 

 

 「……て、あれ? ここは……」

 

 

 やっと脳ミソが覚醒したのか、再度部屋の中を見回す。

 

 十畳ほどの広さのある畳敷きの和室。

 

 客間なのか無駄なものは何一つなく、後の壁際に朱色の衣紋掛けが一つあるくらい。

 そしてそれには男物の服がかけられている。

 

 ふと目を落すと自分は浴衣を着ており、白い敷き布のかけられたふかふかの布団の上で眠っていたようだ。

 見ただけでは旅館の一室で眠っていただけと思うだろう。

 

 

 「ここ、ドコなんだ?」

 

 

 何だか記憶喪失者みたいなセリフを吐き、再度部屋を見回した。

 

 と言っても調度品らしいものが置かれていない部屋で、欄間が見事な浮かし彫りであるということ以上のものが見られない。

 

 掛け布団も上質の羽根布団らしくふわふわで軽く、肌触りも良くて体を包んでくれている。

 ちくしょう、金の在るトコには在るんやなぁ……等とひがんでみたり。

 

 他は……特にない。

 布団の中に女の子がいるだけで後は別に……

 

 

 

 「は?」

 

 

 

 ちょっと待った。横島忠夫は慌てない。

 一度天を仰ぎ、素数を数えるんだ。

 11,13,17,19……次は深呼吸だ深呼吸。

 スーハー、スーハーよしOK。

 

 目を瞑り、邪念を追い出し、現実逃避をやめてもう一度眼を……

 

 

 

 「うう…ん……老師ぃ……」

 

 「横島殿ぉ……」

 

 

 

 降ろす前に現実に先制攻撃を受けた。

 

 

 

 ざ ぐ っ ぶ し ゅ う っ ! !

 

 

 

 精神に痛恨の一撃。

 びしょうじょのねごとこうげき!! こうかはばつぐんだ!!

 おまけに地獄の連続攻撃である。

 

 何と敵は二人いた。

 

 

 「な……ナニがあった?! 夕べ何が起こったんや!!??」

 

 

 しかし全然記憶は無い。

 

 氷漬け状態から脱出を果たして以降の記憶が全く無いのだ。

 

 

 「それとも何か!? オレはついに自分を止められなかったというのか!?」

 

 

 おおっ、神よっ!! どーして私にこれほどの試練を与えやがりますか!!??

 

 等と罰当たり&何様のつもり? なセリフをぶっこいてなく男。見苦しいというか、往生際が悪いというか。

 まぁ、寝乱れた浴衣姿というステキ過ぎる格好の美少女二人に抱き付かれた目覚めという、どこの御大尽!? な朝を迎えれば、彼でなくともテンパるだろう。

 

 

 「と、とにかく、二人を起こして話聞かな……

  ひょっとして……せ、責任とらされるんかな……?」

 

 

 既にテンパりまくっているのだろう。手を出した事が前提のようだ。

 

 ともあれ状況を打開すべく、人の気も知らんでミョーに安らかに眠り続けている二人に手を伸ばした。

 

 とその時——

 

 

 「二人とも起きて!! 大変だよ!!

  実は旅館に飛ばした身代わりが……」

 

 

 

 

 「あ……」

 

 「あ……」

 

 

 

 

 髪をアップにまとめた少女、和美が飛び込んで来てくださった。

 

 

 「えと……」

 

 

 流石の横島も状況の悪さに凍りつき、次の行動がとれない。

 

 感覚的には永劫とも言える一瞬が二人の間に流れていたが、どこかから聞こえてくる人の声によって和美の方が先に再起動を果たした。

 

 

 ——そう。落ち着いて見てみれば別に不思議な光景でないのだ。

 

 男がいて女がいる。

 やや年齢的にどーとか、倫理的にどーよ? という問題も無きにしも非ずであるが、双方に強い好意があるのなら一室に篭れば当然の成り行きだ。

 

 ただ、3(ピー)というだけである。問題は無い。

 

 ここは一つ、同級生として目を瞑ってやるのが人情というものだろう。ウン。

 

 

 そう結論に達した彼女は、掴んだ障子の桟を元のように引き、

 

 

 

 

 「ごゆっくり」

 

 

 

 

 と、出会い茶屋の女中さんが如く何事も無かったかのようにピシャリと閉めた。

 

 

 「え……ちょっ、ま、それ誤解ぃいいっっ!!」

 

 

 余りに自然な動きであったが為、流石の横島も止められなかったが、流石にその痛すぎる誤解に現世復帰を果たして、真実を告げんと後を追おうとする。

 

 しかし世は無情だ。

 

 

 「ぴぃいいいっっ!!」

 

 どかんっっ

 

 「のわぁっ!!」

 

 

 障子を開けた瞬間、白い塊……外で待っていたのだろう かのこが突撃を仕掛けてきたのである。

 

 その気持ちはありがたいだろうが、横島は寝起き。エラいバランスが悪くてそのままひっくり返ってしまう。

 

 

 「ぴぃ、ぴぃぴぃぴぃ!」

 

 「あ、ああ、悪かった。

  ナニが何だかサッパリ解らんが心配掛けてすまなんだ」

 

 

 うつ伏せに倒れた彼の背に乗っかってぴぃぴぃなく自分の使い魔に、ひたすら謝る主。

 

 姿形がハッキリと見える精霊という上位存在を使い魔にしているというのに、何とも様にならない光景であろうか。

 

 それでも、思いっきり懐いているのだけはハッキリと解る。横島の背に顔をすりすりして鳴いているのだから。

 

 それを感じているからこそ、横島も苦笑するだけで怒れないのであるが……

 

 

 むにゅ ふに

 

 

 この……掌に感じるやーらかくも芯のある手触りは何ザマス?

 

 

 

 

 

 「ひゃっ!? あ……老師?」

 

 「ふわぁっ!? よ、横島殿?」

 

 

 

 

 

 見事にお約束。

 

 前につんのめった拍子に手をつき、見事に二人の胸を鷲掴みにしちゃってたのである。

 

 

 「ご……誤解やっ!! ちゃうっ、ちゃうんじゃぁ——っ!!!」

 

 

 何だか必死な叫びに、二人して問い詰める事も忘れてしまう。

 

 だがその手はその場から離れはしない。

 身体を起こそうにも かのこが圧し掛かっている事と本能が邪魔していて動けやしない。

 

 

 「ち、ちゃうんやっ!!

  し、鎮まれ、鎮まれオレのお手て!!」

 

 

 等と本能に逆らおうと奮闘するのだが、ジャスティスがお暇をもらってっちゃっているので口ばっかである。

 

 

 その叫びに混じり、離れた場所からは、

 

 

 「ダメですよ刹那さん!

  僕だって みんなに正体バラされたらオコジョにされちゃうんですから——っ」

 

 

 という子供の声まで響いてくる。

 

 

 普段は静かな本山は妙に騒がしい朝を迎えていた。

 

 だが、昨晩のような石の静寂に比べれば何という事も無い。

 

 ここで今騒げるという事は、皆が助かったという証であるのだから。

 

 だから仮眠に入ろうとしていた詠春も苦笑するだけに止まり、巫女達も微笑ましく子供たちを見守っている。

 

 

 事件は終わり、穏やかな朝が訪れたのだから。

 

 

 

 「冤罪じゃあ——っ!!

  これは呂尚(りょしょう)の罠やぁ——っ!!」

 

 

 

 ただ、泣いて意味不明な自己弁護を続けていた横島の手が、二人の胸から離れない理由をド否定したままに——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バカ……

 この二人、大事にしなさいよ?

 

 ホント……いい娘なんだから……

 

 

 それじゃ、またね……ヨコシマ………

 

 

 

 

 

 

 

———————————————————————————————————

 

 

 

 

             ■十三時間目:The でい After

 

 

 

 

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 「いや——

  またまた大変だったねー」

 

 『全くだぜ』

 

 

 紆余曲折はあったものの、少女らは何とか宿泊先に駆け戻り、自分らの式が起こしていた騒動を静めていた。

 

 とは言うものの、単にテキトーな理由を貼り付けただけ。

 夕映がウッカリ水筒に酌んでしまった縁結びの水……例の酒がまだ残っていて、それを間違えて口にした少女らが悪酔いをしてしまったとか何とか言って誤魔化したのだ。

 

 夕映も、

 

 

 「まぁ、いいです。

  どーせ説明できる話ではないですから」

 

 

 と快く了承してくれていたし。

 

 問題は……

 

 

 『姐さん達の分身がストリップを始めてた時にはどうしようかと思ったけどな』

 

 「そだね……」

 

 

 彼女らの分身が起こしたストリップ事件である。

 

 どういった流れでそーゆーコトをおっ始めたか全く持ってナゾなのであるが、詠春が手配してくれた分身のほぼ全員がロビーでストリップかましていたのである。

 幸いにして級友らの計らいで新田らにはバレていなかったのであるが、それでも相当の被害が出てたりする。主に当事者の精神的な。

 

 

 「ま、時が解決するでしょうね。後から思い出せば結構楽しい笑い話さ」

 

 『そだな。御山と違って人的被害も出てねーし』

 

 

 それに、いい絵も撮れたしね……

 

 ククク……と、妙な笑みを浮かべる一人と一匹。

 

 

 「朝倉さーん

  班別の記念写真、しっかりお願いね——」

 

 

 そんなアヤシゲな一人と一匹の様子が気にならないのだろうか、和美が歩いている事に気付いたしずなが声をかけてきた。

 

 何だか邪な思考に浸っていた和美も、そんな明るい声に導かれるように笑顔を見せ、

 

 

 「はいよー

  わかってるって しずな先生」

 

 

 と言葉を返す。

 

 しずなはその返事を笑顔で受け止め、班の見回りに戻っていった。

 

 

 『何の話だ?』

 

 「私には私の仕事があるのさ♪」

 

 

 新聞部ならぬ報道部ではあっても、写真を扱う事に変わりは無い。

 だから彼女には記念撮影をするという仕事が任されているのだ。

 

 何気に学生という領分を飛び越えたプロ技術の所持者が多い麻帆良の学生。

 お陰でこーゆーところでは業者等を雇わずに済むのだからお手軽である。

 

 

 『へぇ……じゃ、イロイロなのが撮れんな』

 

 「そ、“イロイロ”ね……」

 

 

 またもクククと笑い合う。碌でも無い奴らだ。

 

 

 それにまだ約束の時間まで間がある。

 外出時間まで撮りまくったとしても、かなりの量がイケるだろう。

 

 和美はカモを伴い、軽い足取りで廊下を歩いていった。

 

 

 

 この日——

 ネギは彼の父の家に案内される事になっている。

 

 

 今回のネギの目的。

 父の情報に触れるという願いが果たされるのだ——

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 「身体はもう大丈夫みたいですね」

 

 「おかげさんで」

 

 

 屋敷の人々に見送られつつ、二人は山を降りて行く。

 

 衛士に手を振る詠春はジャケットを羽織ったラフな洋装で、こういったものに弱い(というか好物)の明日菜であれば大喜びだろう。

 その直横を歩く横島は相変わらずのジージャンにジーンズ。赤いバンダナという出で立ち。

 センス云々より、何だかこれが彼の制服のようにも見えてしまうから不思議だ。

 ただ、一緒にいる小鹿…かのこの所為で二人とも周囲から浮くの何の。

 

 しかし、そんな かのこの頭を撫でつつ穏やかな顔をして歩いている詠春を見て、誰が関西呪術協会の長だと思うだろう。

 それほど威圧の無い、極普通の大人の男性。普通の穏やかさを彼は持っていた。

 

 対する横島は面白くなさそうで、どこかぶすったれている。

 その事が手伝ってか、教師に連れられているアホ学生のように見えてしまうから笑えてしまう。

 

 

 「何でやねん……」

 

 「は?」

 

 

 ぶすっとしたまま横島が口を開いた。

 

 

 「何で巫女さんおれへんねん……」

 

 

 そう。

 

 学生らは騒動があったから急遽宿に戻らねばならなかったが、横島は本調子でなかった。

 だから御山で暫く休むことと相成った訳であるが……どういう訳か昨晩はたっぷりといた巫女さん達が一人もおらず、朝食の世話から湯浴みの案内までしてくれたのは全員男。

 平安然とした陰陽師の様な衣装を身に纏った男たちだったのである。

 

 

 「ああ……成る程」

 

 

 その横島の不機嫌な理由にやっと気が付いた詠春は、笑顔のまま納得する。

 

 

 「あのお二人から言付かってたんですよ。

  横島殿に巫女さんを近付けさせたらいけない。五メートル範囲に入ったら妊娠させられるぞと」

 

 

 少女らの残した余りと言えば余りな助言に、がくんっと足を滑らせてしまう横島。

 

 が、ついでに足を滑らせた場所も余りと言えば余りに悪かった。

 

 

 「あ゛、あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛〜〜………ゴシャッ!!」

 

 

 そのまま池田屋落ち……にしては長すぎるが、石段を転がり落ち、昨晩横島が開け壊した頑強な門のヘリでバウンドし、更に下へと転がり落ちて行く。

 何とダイナミックな転がり方であろうか。正にこれぞ真の奈落落ちであるとでも言いたげに。

 

 やっと止まったのは石段のずっと下方。ほぼ麓。

 そこには糸の切れたマリオネットのような有様の無残な遺体が……いや、遺体のように気を失っている横島が転がっていた。

 

 首や手足がどっか向いてるし。でも生きてるし。

 慌てて駆け寄ってぴぃぴぃ鳴いている かのこがまるで遺体に縋る家族のようであるが。

 

 

 「あ〜……ええと……何と言いますか……」

 

 

 ここまで豪快なズッコケを見せられれば流石の詠春も次の言葉が思いつかなかったのだが、

 

 

 「……ホント、皆を思い出させる人ですね」

 

 

 何だか考えなしの脳筋剣使いとかが思い出され、何時の間にか笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「スクナの再封印は終了しました。貴方にもお世話になりまして……」

 

 「やっぱ現界しきってなかったから死んでねぇのか……

  つーか、倒したのはあのロリっ娘やん。俺は時間稼ぎしただけっスよ」

 

 

 無傷とはいかないものの、やはり何事もなく立ち上がって詠春と共に歩き出した横島であるが、何とゆーか詠春は慣れているかのように気にしていなかった。 

 事実、岳父(がくふ)である近衛門も木乃香にボコスカ金槌で殴られているのだし、この程度でおたついたりしたら先に述べた脳筋剣使いの友人なんてやってられない。

 ぶっちゃければ、ひじょ〜に不本意ながら本当に慣れてたりする。

 

 

 「その時間稼ぎがありがたかったんですよ。被害は最小限になりましたしね。

  ……方法は兎も角」

 

 「あ゛あ゛〜 言わんといて〜〜っ!!」

 

 

 昨夜の顛末はというと……

 

 時間稼ぎに成功したまでは良かったのだが、霊力を使用し過ぎて何時もの煩悩暴走が起こってしまい、千草にイランことぶちかまそうとしていた横島であった。

 まぁ、尋問しようとした事までは本当なのであるが、問題はその手段。

 口に出すのも憚られる……とゆーか、間違いなく18禁〜21禁サイト投稿用の内容が横島の頭に中に出来上がっていた。

 言うまでも無くそんな手段以外は頭に浮かぶはずもなく彼は邪の化身と化していたりする。

 

 天の采配か、千草を哀れに思った神の情けか、或いは悪魔の悪戯か、そのヨコシマなる波動と残留魔力を感じたエヴァは彼を敵だと判断してしまい、彼に正義(笑)の鉄拳を加えたという訳だ。

 

 しかし、そこは不死身の煩悩魔人横島。完全に意識を刈り取られるまでには至らなかった。

 

 エヴァは彼の生死なんぞ気にかける訳ないし、あんまりにもあんまりなスクナの様子に憐れみと苛立ちを感じてあんな魔法を放った訳であるが……

 その直前に横島は千草がまだ霊的に縛られている事に気が付いた。

 

 流石に霊力を解いたとしても回避は叶わないだろうし、助けに行く暇もないし霊力も絶対的に足りなくなっていた。

 だから即座に横島は奥の手である“珠”を投げつけて千草を『護』ったのだ。

 

 問題は、千草を護るのに珠を使用し、手持ちの全てを無くしていたという事。

 

 お陰で“地力”でのみで命を繋がねばならなかった。

 

 

 「と言うか……貴方の力は知りませんが、あの極寒地獄の中をよく無事で……」

 

 「いや、死ぬほど寒かったっスよ?」

 

 「寒いとかいう次元を飛び越えてたと思うのですが……」

 

 

 それでも生きているのはその地力が存外な為か? 単にしぶといだけという説もあるが。

 やはり横島忠夫、人間ぢゃない。

 

 ともあれ、茶々丸の助力もあって何とか氷から助け出された横島であったが、彼にとっては寒さよりも氷漬けで息ができなかった方が大変だったそうだ。

 絶対零度の中に置かれて“寒い”と言える超存在。何と規格外の存在であろうか。

 

 

 「つか、絶対零度程度で死んでたら“前”の職場で三日と生きられないっスよ」

 

 

 いや、それは言い過ぎだろう。

 例え彼にしてみればそうだとしても。幾ら自業自得とは言え。

 

 セクハラで死にかけるのも日常茶飯事なら、嫉妬によって全殺し(割増し付き)にされるのも日常茶飯事。イヤ過ぎる事この上もない生き方である。

 

 しかし事実を知らないものから言えば死闘の連続を想像させられる事だろう。

 詠春にして『……どんな凄惨な戦場だったんでしょう?』と勘違いしてしまうほどに。

 

 

 「ま、それは兎も角として、あの眼鏡姉ちゃんは……」

 

 「天ヶ埼……千草の事ですか?」

 

 「うん。その千草さん」

 

 

 自分の半死半生事件なんぞ喉元過ぎた何とやらで、既に塵ほども気になっていない。

 今気になっているのは、

 

 

 「それとあの人狼……いや、ハーフかな? あのバトルモンガーなガキは……」

 

 「犬上小太郎君の事ですね」

 

 「うん」

 

 

 千草と小太郎の事であった。

 

 何せ横島の見立てでは千草は流され、小太郎は乗せられたとなっている。

 現実もさほど変わりはないのであるが、そうなると大きくカテゴリーを別けると被害者とも言えなくもない。

 

 無論、乗せられたとはいえ悪事に加担した事は許されざる事であるが、判断力を低下させる術だって存在するのだ。

 それを絶対に使用されていないと断言はできまい。

 

 何せスクナ“程度”の鬼神。それも僅か一体だけで関東魔法協会と戦おうとしたのだ。

 一般社会に大きな混乱と騒動を生むだけで侵攻もままならないし、夜の内に連絡はあちこちに飛んでいるので朝になればいろんな方面から手勢が押し寄せてくるだろう。下手をすると京都から一歩も出られない内に沈黙させられてもおかしくないのだ。

 

 更に全責任は関西呪術協会だけが被らされる事となる。

 これでは一泡吹かせるどころか一方的に責められ、単に呪術協会の立場を悪くするだけで終わってしまうだろう。

 

 千草は前の大戦時に西洋魔法に恨みを持ったとされている。だとすると被害者遺族であるし、仮にも術師なのだからそういった威力被害やその時の状況も調べているだろう。

 

 ならば“この程度”でどうこう出来る訳がないと理解できているはずなのである。

 

 いや、復讐心に目がくらんでそういった理性やらを無くしていたのでは? という見方も出来なくはないのであるが、それでもかなり矛盾が残るのだ。

 

 一番納得できるのは、そういった意識誘導が成されていた可能性である。

 

 だから……というか、情状酌量の余地ありという事なのか、千草もそれなりの罰で済むようだし、小太郎も然程の罰は与えられないのとの事。

 

 詠春のその言葉に横島もホッと胸を撫で下ろしていた。

 

 

 「……でもそーなってくると、やっぱ……」

 

 「ええ……あの少年が一番臭いですね……」

 

 

 あの少年——

 石化魔法を使って本山の皆を石に変えた謎の少年魔法使い。

 下手をすると今回の事件の真犯人、フェイト=アーウェルンクスの事である。

 

 詠春らの調べによれば、公式にはイスタンブールからの留学生となっていたが、これは偽造であった。

 

 大体、何で嫌っているはずの西洋魔法使いを受け入れたのかも不明であるし、

 事前調査もそうであるが、その後の調査も遅々として進まないのだ。

 手の長さ(、、、、)で知られている魔法関係者の調査力を持ってしても、未だ正体不明であり行方不明。その上、詠春からいえば因縁深過ぎる苗字(、、)を名乗っているのだ。

 

 探れば探るだけこんな妙な点が幾らでも出てくるのだ。怪しいなんてもんじゃない。

 

 

 「つか、あの姉ちゃんが裏も取らずに西洋魔法使いを“雇ってしまった”って事は……」

 

 「ええ……“当たり”かもしれませんね」

 

 

 認識がズラされて、信じさせられて雇わされた可能性が濃くなってきた——と言う事である。

 

 

 「木乃香ちゃんが目的だった……っていう感じじゃなかったし……

  あの鬼神が欲しかった訳でもなさそう。

  ホントに一体何が目的だったんだろ?」

 

 「さぁ…それは調査中なんですが……」

 

 

 詠春にしても頭が痛い話である。

 何せあのフェイトと名乗る少年の力量は凄まじいの一言だったのだ。

 

 本山の守護結界を潜り抜け、衛士や巫女達に逃げる間も与えず石に変え、詠春自身も石化されていた。

 横島の謎の力によって解呪されはしたが、彼らがいてくれなければ無様にも全ての終焉まで石像にされたまま突っ立っていた事であろう。

 その御山の石化も、彼の使い魔である かのこが角の一刺しで治してもらっているし。

 

 方法というか、その力は強力且つ不明なのであるが、当人(当鹿?)の説明はモノが鹿語なのでサッパリ解らなかったのでどうしようもない。まぁ、皆を治療してくれたのだから文句は無いのだけど。

 

 それに件の鹿は元は山の精霊であるらしいし、使っている符も見た目花札調。

 パクティオーカードのような西洋風のモノを感じなかった事も皆が受け入れた理由なのかもしれない、というのは考えが穿ち過ぎだろうか?

 

 ともあれ、本山の騒動は一応の収束に向っていた。

 

 

 無論、課題は山積であるが。

 詠春からして、

 

 

 ——やっぱり平和ボケしてたんですかね……

 

 

 と、不甲斐無さに溜息しか出せないのだから。

 

 

 

 

 

 男二人連れであるし、かのこは可愛いが鹿なので(いささ)か華やかさに欠けていたが、流石に人里まで降りてくれば麻帆良の生徒達のような修学旅行者の姿もちらほらとしてくる。

 残念ながら京都奈良への修学旅行は小〜中学生が圧倒的に多いので、如何に美少女が目に入ろうともストライクゾーンを離れていて然程目の保養にならない。

 

 本山で休んでいたお陰であろうか、横島の霊力はほぼ完全に回復しているので暴走の気配はなく、よってこの光景でも何となく微笑ましく見守る事が出来ている。

 

 無論、美少女二人の添い寝のお陰という理由では無い。絶対にだ!!!!!!

 

 

 そんな横島を見、詠春は苦笑を浮かべてしまう。

 

 

 『異世界の人……ですか……

  見ただけでは想像もできませんね……』

 

 

 彼が異世界の人間である事は、既に近衛門から聞いている。

 もちろん普通に聞けば単なる与太話。信じられる話ではないし、ついにボケが……と本気で心配してしまったほど。

 

 だが、あの高畑までも証言し、尚且つ関東魔術協会理事という立場から間違いなく彼は異世界からの客人であると念を押されれば信用せざるを得ない。

 

 それでも半信半疑ではあったが、今目にした山門のように防護結界すら無視した挙句“逆向き”に開け放ち、瞬時に自分に掛けられた術を解き、山の精霊の集合体を使い魔として確立させ、氣と微妙に違う力を武器にして戦うところを眼にすれば流石の彼も信用する他なかった。

 

 信用すれば信用したで色々と心配も湧き上がって来るのだが、件の岳父が、

 

 

 『何というか……今一つ信用し切れんところもあるが、信頼は置けるぞい。

  多分、誰かを助けようとした時の行動力はナギに勝るとも劣らんだろうの。

  特にそういった場合に手段を選ぶ気を起さんところとかな』

 

 

 と、想像以上に彼の事を買っている。

 

 詠春も昨夜の一件でその理由はよく解った。

 

 ナギとの違いは、力の差以上に力の質。

 奴のような力押しではなく、ベクトルを捻じ曲げる事に長けているようなのだ。

 

 だが、行う事は全く同じ。

 となれば信頼もできようというものだ。

 

 

 「? 何スか?」

 

 

 自分に対して、妙に懐かしげな眼差しを向けていた事に気付いたのか、横島が不思議そうな顔をして振り返った。

 

 

 「いえ……」

 

 

 上手く説明できない話なので、笑って返すのみ。

 ますます首を傾げる横島に、笑みも深まる。

 

 

 

 騒動が終わった後なので、空気も軽い。

 

 やはり脱力感は拭えぬのだろう。待ち合わせの場所に来ると、横島は近くにある石段に腰を下ろした。

 

 

 「それで、今日はどのように?」

 

 

 そんな彼に詠春は煙草を咥えながら問い掛ける。

 

 横島はパタパタとポケットを漁るが、考えてみれば“この時代の自分”は煙草を吸っていないのでライターの持ち合わせは無い。

 火を点けてあげる事は叶わない。そのまま詠春が火を着けるのを見てるだけ。

 手持ち無沙汰となった彼は、途中で買った菓子を かのこに食べさせる。

 

 美味そうに煙を肺に満たす詠春がちょっと羨ましいのか、小鹿をかいぐりかいぐりして無聊を慰めていたり。

 

 

 「あ〜……いや、今日は楓ちゃんと古ちゃんと京都巡りっスね。

  護衛任務につかせてたから、そのお詫びって事で……」

 

 

 折角の修学旅行っスから。

 

 そんな事を言う横島に対し、またも苦笑が浮かんでしまう。

 そういったトコは彼よりマメなんですね……と。

 

 

 「それでしたら土地に明るい誰かに案内させましょうか?」

 

 「大丈夫っスよ。

  三人で無目的に歩くもまた良し。門限までに旅館に帰れりゃいいんスから」

 

 「成る程……」

 

 

 確かに古都をそういった歩き方してみるのもまた良いものだろう。

 それに、余り無粋な事をしては馬に蹴られそうであるし。

 

 

 「いや、それは誤解で……」

 

 「まぁまぁ」

 

 

 ちゃうんやーっ!! と必死に自己弁護をする横島から眼を逸らしつつ、詠春は腕時計で時間を確認した。

 そろそろお嬢さん達がやって来る時間である。

 

 

 「でも、本当にご一緒しませんか?

  食事くらいご馳走しますよ」

 

 

 彼を誘っているのは、今日これからネギを連れて行くナギの家(正確には京都の別宅)へ向う話である。

 ネギはそこに行く事を強く願っていたのだ。

 

 だから騒動の直後ではあるが、詠春は山を降りたのである。

 

 

 ——決して、騒動の事後処理が面倒だったから部下に丸投げしたなんて事は無いだろう。多分。

 

 

 「オゴリっつーのは魅力的なんスけどね……折角ですけどご遠慮します。

  流石に大勢過ぎる気がしますし、あいつのオヤジさんの家なんでしょ?

  それに邪魔をする気はないっスよ」

 

 「そう……ですか」

 

 

 「それに何より」

 

 

 

 野郎の家に行ってナニが面白い……

 

 

 

 ものごっつ正直すぎるセリフに、場の空気が真っ白になった。

 

 

 「ぷ、くくくく……」

 

 「あっ ナニがおかしいんスか?! フツーそーでしょーに!!」

 

 「いやいや……確かにそうですね。くくくくく……ははははは……」

 

 「あ゛〜〜っ 笑わんといてぇ〜〜〜っ!!!」

 

 

 

 

 

 

 成る程……お義父さん。

 解りますよ。解りました。

 

 貴方がそこまで信用できたのは、ここまで彼に似てるからなんですね。

 

 

 穏やかな風に花弁の舞う木々の下、

 詠春は泣いて身を捩る横島を前に笑い続けていた。

 

 本当に、嬉しげに——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ま、またくヒドイ目にあたアル……」

 

 「そ、そうでござるな」

 

 

 制服を着た凸凹コンビ。

 長身の楓と、やや低めの古はゲンナリとしながら京の道を歩いていた。

 

 いや、朝方に起こった騒動の事ではない。

 アレはホントに冤罪なのだから。

 

 というのも、横島の布団の中で朝を迎えたのは単なる医療行為なのだ。

 

 何とか氷の中から助け出された横島であったが、言うまでも無く生きてはいるが身体は完全に冷え切っている。

 まぁ、横島ならばその程度、ほっときゃ治るだろうし悪くとも風邪を引く程度。

 初見から不死身さを見せつけられている楓がいるのだから、もっと冷静に対応できた筈である。

 

 が、何だかよく解らないが楓はスッカリ冷静さを失っており、ネギ達はおろか古までもと一緒になっておたつく事しかできなかった。

 

 そこは年長者である詠春が収拾が付かなくなっている状況に呆れつつも、本山に置いてある治療符を使用するか、今も心配そうにしているこの精霊(かのこ)に治してもらう事を提案しようとしたその時、

 

 

 「−この場合、一般的には人肌で温めるのが一番だと聞き及んでおります」

 

 

 なんて事を茶々丸が言いだしたから話がヘンになってしまった。

 

 『『成程っ!!』』と楓と古は何の疑念も湧かずあっさり納得し、詠春と木乃香に部屋を借りるでござるよーっと、事後承諾ぶちかましつつ屋敷にすっ飛んで行ったのである。

 

 後に残ったのは急な展開について行けていないネギと明日菜、そして刹那とただ見守る事しかできない木乃香。

 長である“ハズ”の詠春と、何が何だかサッパリ解っていないエヴァ、そしてその従者の茶々丸だけであった(あと、カモね)。

 

 

 てな訳で三人同じ布団で朝を迎えたわけであるが、お約束とゆーか何とゆーか朝目覚めた時にはその事をすっかり失念しており、焦りまくって横島にごっつい一撃を加えたりなんかしたものである。

 それに関して問わないのがエチケットであろう。ウン。

 

 その事を思い出すと流石に二人とも顔が真っ赤に火照り上がってしまうのだし。

 

 まぁ、起きたら横島に胸を掴まれていればそりゃ驚きもするだろう。

 

 

 と言っても後悔はしていない。

 あの時には本当に焦っていたのだし、横島の体もまさしく氷の様に冷え切っていたのだから。

 

 

 

 しかし問題はその後だった——

 

 

 

 そのまま顔を合わせるのもなんか気恥ずかしかった二人は、体力が完全に回復していない横島をお山に残し、旅館にすっ飛んで帰ったのであるが……

 

 

 「楓……」

 

 

 微笑んではいても目が笑っていない真名と、

 

 

 「古……」

 

 

 ごっつ笑顔なのに何だか怖い超による尋問が待っていた。

 

 

 「「え、えと……?」」

 

 

 ロビーの端に追い詰められた二人に逃げ場はなかった。

 

 真名にしてみれば散々苦労を背負わされているのだからそれなり以上の進展はしておいて貰わないと割に合わないし、超にしてみても親友である古の進展は是が非でも望ましい事なのである。

 つーか、とっとと進展してくれないと胃が持たん。

 

 

 「昨夜は横島さんを追って行ったな? 綾瀬が言ってたが、何だか礼を言われて悶えてたと?」

 

 「え? あ、いやそれは……」

 

 「古。横島サンとの距離は取り戻せたようネ。前以上の絆を得たみたいで友人として胸を撫でおろしてるヨ」

 

 「あ、そ、それは、感謝してるアルよ……」

 

 

 「「で?」」

 

 

 真名と超の、声の重さが増した。

 

 

 「「ハ、ハイ!?」」

 

 

 余りの大迫力に、追い詰められている二人は更に気押される。

 

 

 「「いい加減、気が付いたか(ネ)?」」

 

 

 「「は?」」

 

 

 目がキリキリと釣り上がってゆく二人の表情に楓と古は怯える事しかできないが、何を問われているのやらサッパリサッパリ。

 二人してポカンとする事しかできない。

 

 真名達からすれば殺意が湧くような返答であるが、バカレンジャー相手にこの問い方は間違いだナと理解を見せ、深呼吸してもう一度問う。

 

 

 「昨晩、横島さんと共闘してたよな?」

 

 「あ、ああ、そうでござるよ」

 

 「その時、散々心配させられたとか……心からハラハラしたネ?」

 

 「う? え、あ……そ、そうアルが……」

 

 

 まだ解っていなさそーであるが、流石に二人の心にも進展っポイものが感じられる為、真名も“多少”は落ち着けている。 

 だからといって、イラつきが解消されたわけではないのだが。

 

 

 「「で、」」

 

 「「ひ、ひゃい!!」」

 

 

 

 「「そんな彼を見て二人はどう思った(カナ)?」」 

 

 

 「「は?」」

 

 質問の意味が解らない。

 というか、意図が解らない。

 

 しかし考えてみれば真名は学校の裏に関わっていて、それなり以上の調査を行ってもいる女であるし、超は超で突拍子も無いくらい多方向に手を伸ばしまくって研究をしている麻帆良の頭脳とまで言われている大天才だ。何気に“裏”まで知ってるし。

 だったら横島という存在がイロンナ意味で気になるのかもしれない。

 確かに、昨夜の活躍……というか奇行は想像の斜め上だったし。

 

 何だかその意図を右斜め上くらいに履き違えている気がしないでもないが、一応の納得がつくと二人は顔をを見合わせて小さく頷き、真名たちの目を見ながらこう言った。

 

 

 

 「「超・気合の入ったドスケベだった(アル)でござる」」

 

 

 

 直後、真名達の膨れ上がった殺気から逃走するのに札の力まで使わねばならなかったという——

 

 

 

 「イヤハヤ……あの二人、ナニをあんなに怒ってたでござろう?」

 

 「不明アル。アノ日だたアルか?」

 

 「さて……二人の周期まで存ぜぬが……」

 

 

 見知らぬ地ではあるが、楓が道を覚えているので迷ったりせずに道を進む事ができていた。

 

 しかし二人してがっくりと肩を落とし、その足取りもぽてぽてとしていて疲労が見える。

 

 まぁ、夕べから続いて朝までドタバタ。

 何だか疲労が抜けきらないのもしょうがないだろう。

 

 

 「横島殿を見てどう思った……で、ござるか……」

 

 「ヘンな質問だたアルな」

 

 「そうでごさるなぁ……」

 

 

 どこからか歯軋りでも聞こえてきそうである。

 

 

 「確かに暴走はしたでござるが、それは彼奴らが木乃香を企みに使用せんと誘拐したが為。

  非は向こうにあるでござるし……」

 

 「エヴァが魔法使いという事は知らなかたアルが……

  敵であたにも関わらずその魔法からあのメガネ女護ってたみたいアルな」

 

 

 その言葉に、楓の口元に笑みが戻った。

 

 

 「横島殿らしいでござるな」

 

 「そうアルね」

 

 

 そして古の口元にも。

 

 笑顔と共に元気も少しは戻ってきた。

 

 だから足取りも軽くなり、スピードもついてくる。

 

 

 「流石は拙者の横島殿でごさるな」

 

 「ウン。私の老師らしいアル」

 

 

 何というか……真名達の耳が無ければするりとこんな言葉すら出てきたりする。

 

 おまけに二人して気付いていないようなので、かなり自然に出た言葉っポイ。

 極普通にそんな事を思っているのだろう。

 

 ただ、無自覚なだけで。

 

 

 結 局 は 変 化 無 しか ぁ —— っ ! ! ? ?

 

 

 なんて真名の幻聴が聞こえたり聞こえなかったり……

 

 兎も角、足取りが軽くなった事で、鼻歌なんぞ歌いつつ約束の場所へと向う二人。

 

 旅館を出るのはナゾの事件によって遅くなったが、ペースが速くなったので結局は時間ぴったり。結果オーライと言えよう。

 

 

 「あ、老師」

 

 「ふむ。長殿も御一緒してるでござるな」

 

 

 目ざとく見つけた古の指の先。

 

 二人の会話の中心にいた横島は相変わらずだ。

 詠春に対して見事すぎる土下座をかましたり、泣きながら怒ったりしている。

 その横で真似をしているのだろう、かのこがぺたんと伏せているのが何とも微笑ましい。

 

 そんな様子に苦笑し、二人は手を振って駆け出した。

 

 

 「老師ーっ!!」

 

 「お待たせでござる」

 

 

 その声に気付いた横島はこちらに顔を向け、手を振って二人に答えた。

 

 こちらに向けてくれるその顔はやはり穏やかな笑顔。

 何時もの彼でいてくれている証だ。

 

 楓は昨夜のそれを思い出し、顔を熱くしてしまう事を防ぐ事ができなかった。

 

 

 

 

 

 

 「二人とも元気やな〜」

 

 「はっはっはっ これが若さでござるよ」

 

 「そーゆー老師も元気そうアルな」

 

 「巫女さんとお話できてりゃもっと元気だったんだがな……」

 

 

 元気に駆けて来た二人に何時もの口調で話し掛ける横島。

 直に出たのは恨めしげなセリフであったが、二人には目を逸らされ口笛なんて吹いて誤魔化される。

 

 こーなるとどー言っても無駄なのは“向こう”で思い知っている。

 チクショウ、コイツらがじょしこーせーだったらひぃひぃ言わしたるのに……と肩を震わせてみたり。

 

 

 ちょっと涙声が混ざってる男もいるが、会話そのものは実に和やかで楽しそう。

 そんな仲良さげな三人の話に割り込むのは無粋だと解ってはいるのだが、

 

 

 「それじゃあ皆さん。京都の楽しんでいってください」

 

 

 詠春は丁度良いキリだと別れを口にした。

 

 

 「あ、ハイ。お世話になりました。

  報告書、ちゃんとジジ……もとい、学園長に渡しておきます。

  それと……」

 「はい。その件(、、、)もお引き受けいたします。ちゃんと伝えておきますから」

 

 「感謝します」

 

 何とも奇妙な光景であるが、意外なほど慇懃に頭を下げて礼を言っている横島。

 彼が手にしている封筒が報告書だということは会話から解るものの、丁寧な礼の意味は解らない。

 

 何アル? と古が問い掛けるが、横島も個人的な頼み事だよとしか言ってくれない。

 

 

 「まさか女の子を紹介してとかじゃないでござろうな……」

 

 

 等とものごっつい目で楓が睨みつければ、古も忽ち眼つきが鋭くなる。

 古は元々猫っポイ目をしてるので虎の様になってごっつ怖い。

 

 

 「大丈夫です。横島君に頼まれたのはそういった手合いの話じゃありませんよ。多分」

 

 「多分ってナニ!? フォローはもっとキチンとして!!」

 

 

 ほほぅ……と更に鋭くなって行く視線にビビリつつ、そう言って訂正を求めるが詠春は笑うだけで何もしてくれない。

 

 楓と古は、直様横島の襟首掴かみ、尋問とゆーか拷問っぽい問答をおっ始めようとする。

 

 チョークチョークと半泣きの横島であるが、それで止めてくれる二人ではないのだ。

 

 

 「横島君」

 

 「ぐ、ぐぇええ……ふぁ…は、はいっ!!」

 

 

 良いタイミングで詠春が割り込みを掛けてくれなければちょっとだけまた河原を覗いてしまっただろう。

 話し掛けられた瞬間、楓と古が手を放したため難を逃れて一安心。

 

 

 「これだけ君を思ってくれる二人を心配させた君は、その事を決して忘れてはいけません」

 

 

 だが、意外なほど詠春は厳しい言葉を横島に向けていた。

 

 穏やかだった表情も、緊迫とまでは行かないが引き締まって厳しいものとなっている。

 

 それだけ横島の事を心配してくれているのかもしれない。

 

 

 「お、長殿」

 

 「え、えと……」

 

 

 楓と古はそんな言葉に照れが現れ口に出す言葉が見つからない。

 

 かのこも視線を詠春とご主人様の間を行ったり来たりさせている。

 

 その表情は二人と一頭には見えていないが、彼は俯く事もなく真っ直ぐ詠春に顔を向けて言葉を受けていた。

 

 

 「確かに君自身が仰るように、君は未熟です。

  感情に流され、戦いに集中しきれていなかった。

  それでは貴方だけでなく、君の周りの人たち……このお二人にも被害が出てもおかしくありませんでした」

 

 「それは……」

 

 

 と楓らが横島を庇おうとするが、彼は顔も向けずに手だけで彼女らを制する。

 

 彼自身かなり後悔している事柄なのだ。

 

 事実、刹那はおろかズブの素人である明日菜が戦っていた事すら気付けていなかった。

 今も詠春に指摘されて初めて気が付き、散々後悔したものである。

 

 だから忘れぬ為にも、心に刻む為にもこういった苦言は実にありがたい。

 

 

 「……そんな自分の弱さを……

 

  越えねばならない弱さを受け止めている貴方に免じ、

 

  先程の言葉通り貴方の希望をお受けいたします。

 

  この私……近衛詠春の名において確と伝えておきましょう」

 

 

 言葉の意味が解らぬ二人は首を傾げるのみ。

 

 当の横島は、そんな彼の厳しくも優しい言葉に笑顔を向け、

 

 

 「ありがとう……ございます」 

 

 

 真摯な声で礼を言い、頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 「でもね……」

 

 「はい?」

 

 

 

 

 「一人の人間として、

  近衛木乃香の父親として、

 

  あの娘の為にあそこまで必死になり、

  あそこまで怒ってくださった貴方には心から感謝しています。

 

  本当に、ありがとうございました——」

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 詠春と別れ、三人と一頭で坂を降りて歩き出す。

 

 これといって目的地は無いのだが、何せ二人を連れている横島は無駄知識だけは夕映に勝るとも劣らないし、無駄に体験が多いため話題には事欠かない。退屈する暇も無いくらい。

 

 

 「うん二人の行きたいところは解った。

  ふ……安心しろ。このオレの無駄知識をもってすれば今日にもバスガイドに転職可能だ」

 

 「つか、男のバスガイドなんかウケないと思うアルよ?」

 

 「何だとーっ!? 女装しろとでも言うのか!?」

 

 「言てないアル!! それともムリヤリさせてほしいアルか!?」

 

 「勘弁してください」

 

 「というか、無駄な知識だから無駄知識というのでござらぬか?」

 

 「……生まれてきてスンマセン」

 

 

 ……どちらかというと横島を虐めて楽しんでいるだけという気もする。

 

 詠春との会話で何だか妙にぎこちなくなったが、そこは横島忠夫。そういった機微には聡過ぎると言って良い彼である。身体を張ったバカをやり、あっという間に空気を元に戻していた。

 

 だから当然、彼女らも本気で虐めているわけではないし、横島とてそんな事は理解している。

 

 最悪の場合は、今日こんな笑い話をかましつつ歩く事等できなかったのだ。だからバカでもやってさっさと空気を軽くし旅行の残りを楽しまねば勿体無い。

 

 

 「シネマ村は昨日も行ったけど、また今日も行くんか?」

 

 「拙者は行ってないでござるから」

 

 「私は着物着てみたいアルな。

  かえではやぱり忍者姿アルか?」

 

 「忍者装束で街を歩けと? それは忍んでないでござるよ」

 

 「「アンタが言うっ!?」」

 

 

 何時しかさっきの様に横島の腕を取り、三人肩を並べて歩いている。

 そしてその足に かのこが跳ねるように纏わり付いていて、まるで仲の良い家族の態だ。

 

 無意識に心を許し合っているかもしれない。

 極自然にそう見えてしまうのだから。

 

 

 実際、横島も照れもせずそれを極自然に受けていた。

 

 まぁ、幾らロリちゃうんやーっ!! 等と戯言(戯言ちゃうわーっ!!!)ホザいていても、腕を組むくらいは何てことも無い。

 “向こう”でもず〜〜〜っと自称弟子と腕を組んで(組まされて)いたし。

 胸を押し付けられでもしない限り平気である。押し付けられたらどうなるか知らないが。

 

 それでも嬉しいのだろう。古は腕を取ったまま横島を見上げ、

 

 

 「それで、何をこのかのパパさんに頼んだアル?」

 

 

 と笑顔で問い掛けた。

 

 横島はう〜ん軽く唸りつつ空を見上げ、

 

 

 「いや……そろそろオレも修行しようかと思ってな。

  今回の件でかな〜り思い知ったし」

 

 

 と、意外過ぎる言葉を口にした。

 

 古は熱でも出たカ!? と驚きを見せていたが、楓は何となく理解している。

 

 力の使い方を間違えかかったのだ。

 二度と間違えさせない為にも、二度とあんな顔をさせない為にも彼のその思いつきは賛成である。

 

 まぁ、“自発的”というのが意外すぎるだけで………

 

 

 「ひょっとして……その御仁は妙齢な美女とかではござらぬか……?」

 

 

 ぎちっと万力のような力で腕を掴まれた上、貫くような殺気を浴びせられて一瞬心臓が止まる。

 

 

 「ほほう……そうアルか? 老師……」

 

 

 何故か古の手にも力が満ち満ち溢れ、スーパーな握力で腕がつかまれてしまう。

 なんか腕がとっとと白くなってるし。

 

 

 「んぎょぃいい……っっ!!

  ち、ちゃうから……ちゃうってば!! 離して〜!!」

 

 「本当でござるな偽りならば……」

 

 「ホンマやて!! 嘘ちゃうわーっ!!!!!!」

 

 

 何とか腕を離してもらうが時既に遅し。両の二の腕は二人に握り締められて紫+真っ白になっていた。

 

 流石にやり過ぎた事は理解できるだろう。二人して頭を下げている。

 

 

 「す、すまないアル……」

 

 「……申し訳ござらん」

 

 「い、いや、ええって……何か知らんけど怒りを静めてくれたら……」

 

 

 フーフーと息をかけるがそれで回復するわけも無く両腕はだらんと垂れて痺れたまま。

 

 ぺろぺろと かのこが舐めるがこの姿のままならヒーリングにはならないらしい。心の癒しにはなっているけど。

 

 そんな腕を庇うように二人がまた腕を組んでくるが、流石に横島は緊張を隠せなくなっていて物悲しい。

 

 それても二人の機嫌が直ってるのなら構わないようだが。

 

 

 気を取り直して歩き出す三人と一頭。

 まぁ、今日も自由行動なので然程時間を気にする事もなくブラつく事が出来るのは幸いだ。

 

 

 「そういや、楓ちゃん。オレの財布返してくんない?」

 

 「何に使うでござる?」

 

 

 そう横島が言うと、意外なほどあっさり懐からサイフを取り出して横島の手に乗せた。

 何故彼女が持っているのかというと、彼が不埒な行動を取らないよう財布を握っていたからだ。

 

 自分の金であるのに何故このような言われ方をしなければならないのかサッパリであるが、財布の紐を握られ慣れているかのように気にもしていないのは流石と言おうか……

 

 

 「ん。いや、どーせ今日はおごるつもりだから、幾らあんのか確認するだけ」

 

 「は? いや、流石に拙者らは自分の分くらい出すでござるよ」

 

 「ウン。

  そう言ってもらえるのは嬉しいアルが、裏に関わてからは多少バイト代みたいなものが入るようになたし」

 

 

 だが、横島は笑顔で手を振って二人のありがたい言葉を塞いだ。

 

 

 「いいって。

  デートん時は男が払うもんだ。こーゆー時に遠慮すんなって」

 

 

 とんでもない言葉と笑顔でもって。

 

 

 「ぐ……っ」

 「…っ」

 

 

 瞬時に二人の顔が真っ赤に染まり、言葉が詰まる。

 

 そんな二人に気が付かないのか、横島は返してもらった財布を確認し、『ああこれだったら結構ぶらぶら出来るし、飯もそこそこなのおごれるな』と安心していた。

 何せ使わせてもらっていなかったのだから大半が残っている。帰りの足代と用務員仲間であるオバちゃんズへのお土産の分を差っ引いても結構残るではないか。

 

 嗚呼、今の職場万歳……等と感動してみたり。

 前の職場が賃金に問題あり過ぎただけだという説もあるが。

 

 兎も角、懐の温かさに満足し、横島は二人を促した。

 

 

 「さ、行こか。時間もったいないしな」

 

 「え? あ、う、うん、そう……アルな」

 

 「し、承知したでござる」

 

 

 目の前の問題は解決したものの、裏で蠢いていた問題は何も解決していないと思う。

 だけど迷惑をかけてしまった二人に、頑張ってくれた二人にこれくらいのサービスをするのは男として当然の事。そう横島は思っている。

 

 無論、助けてくれたお前にもだぞーと かのこを撫でる。

 また輸入モノだけどサクランボ買ってやるぞと言ってもらえ、ダブルの幸せで喜びに跳ねていた。

 

 

 「ふ……平安の昔から検非違使から逃げまわり平安京を走りまくっていたオレだ。

  訳の分らん街角の謂れから、漬物キャンディーといった色モノ土産までずずいっと堪能させてやろう」

 

 

 トンデモ発言+嬉しくない土産情報をもらいつつ、横島に引き摺られるように歩く二人。

 

 足取りは決して重くないが、縺れるよ—な気がするのはなぜだろう。

 

 

 不安はないのにも胸のもやもやが消えず。

 苦しくないのに痺れてくる。

 

 気持ちは半ば理解しているものの、想いそのものには気が付いていない二人。

 

 それでも何とか調子を取り戻し、茶屋や土産店巡りを楽しむのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 本日何本目かの煙草をくわえつつ、詠春は娘らを待っていた。

 

 岳父はかなり苦労しているだろうが、久しぶりの外の世界をエヴァが楽しんでいるのだから好しとしよう。何気に酷いが。

 

 肺に溜めた白い煙を吐き出しつつ詠春は横島の言葉を思い浮かべる。

 

 

 『あのガキ、何だか知らねぇけど戦闘中にオレに覚悟がどうとか、信念がどうとか言ってきてたんスよ。

  フツーそんな言葉を吐くのは、押しつけがましい戦争観念持ってるやつか、

  自分が悪の汚名かぶってでも闘ってれば結果的に良い方向に向かうとでも思ってるか、

  あるいは正義の徒だとでも思ってるイカレたやつくらいっスよね? 神様とかは別として……

  最悪、そのワケの解らない主義で何か起こすと思うんスよ。だから注意してほしいんですよ』

 

 

 詠春には思い当たる存在があった。

 

 自分がやっている事は非道であるが、結果的には平和に繋がる近道。

 そう信じて暗躍し続けていた者達の事を……

 

 もしそうだとすると性質の悪すぎるジョークだ。

 しかしそうなると“あの名前”を使っていた事も納得できる。今頃行動を再開させたことに驚きを隠せないが。

 

 

 火の付いているそれを再び口に咥え、吸う。

 

 うまいと感じるようになってしまった煙でもって胸を満たして再び横島を思い浮かべる。

 

 

 自己犠牲は自分勝手と変わらない。

 

 自分が犠牲になれば……というのには、自分さえよければという事と違いはないのだ。

 

 昔闘っていた者達は正にそれに値し、尚且つ更に性質が悪い。

 

 

 「だが彼は……彼のそれは……」

 

 

 犠牲のベクトルがまるで違う。

 

 彼は馬鹿になる。持ち前のバカさ加減を曝しまくる。

 

 でも誰も泣かしたくない。

 

 自分を犠牲にする事で、自分の周りから大切な何かを奪う事を知っているかのよう——いや……実際に知っている。“思い知っている”のだろう。だから犠牲のベクトルをちゃんと選ぼうとしている。

 

 そしてあえてバカをやって笑いを取る。

 

 

 ——どうせなら笑わせる。お腹を抱えて笑わせる。

   心配してくれる女の子がいるのなら尚の事。

 

   昨晩の事は幸いにも教訓にできた。

   だから“次”は間違えないようにしたい。

 

 

 真面目な顔をしてそんな事を言った彼の考え方は大いに気に入った。

 

 そこらの馬鹿のような自己犠牲とはまるで方向が違う。

 戦いの只中であたかも道化のような体を張り方をし、全てを御破算……台無しにするつもりなのだから。

 

 

 だからサイアクな行動をとろうと“最悪”を選ばない。サイアクと言われようが皆にとっての“最善”を手にするだろう。

 

 

 「その手助けをしてみるのも……楽しそうですね……」

 

 

 詠春の口元にまた笑みが戻った。

 

 

 「あ、長さーん!!」

 

 

 そんな彼の耳を少年の声がくすぐった。

 

 可愛らしい少年魔法使い。大事な友人にして馬鹿野郎の子供。

 

 その子供があの時の友人のように多くの少女らと共に歩いてくる。

 

 

 そうか……もう戦いは次世代へと移っていたんですね……

 

 

 そう再認識した彼は手を上げて笑みと共に少年を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 ——明くる日。

 少年少女らは麻帆良と言うホームに帰って行った。

 

 

 行く時の騒がしさはなく、心地良い疲労の中でまどろみつつ。天井に小鹿を乗せて——

 

 

 決意や和解……誤解やら絆などを齎し、普通の年代の少女らより思い出深い出来事を心に刻み、彼女らは居場所へと戻って行く。

 

 小さな魔法使いはパートナーの少女と肩を寄せ合い戦いの後の安らぎを甘受し、

 異界の霊能力者は、少女らに泣き顔が訪れなかった事を心から安堵しつつも、必要以上の出費に涙をチョチョぎらせつつ泣き寝入っている。

 

 

 

 一時の安らぎに浸っている次代を担う者たちの大切な時。

 

 

 

 

 

 何かを見、何かを知り、何かを得た忘れ難い旅は——このようにして終わりを告げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——蛇足。

 

 

 「超」

 

 「何カ?」

 

 「媚薬か催淫剤は手に入るか?」

 

 「作る過程以外は同じものなのだがネ……ま、何とかなるヨ」

 

 「あの馬鹿忍者に無理やりにでも飲ませて隔離したいと思う。用意できるか?」

 

 「………考えておくヨ。こちらも同じ様な事考えてたしネ」

 

 

 




 御閲覧、ありがとうございました。おつかれさまです。

 エヴァが横島を敵と間違えた。これは後のネタフリでしたが当然バレませんでした。その代り色々言われたりしましたが……嬉しいやら悲しいやらw

 以前にも書きましたが、この流れは元の分岐点の一つでした。
 今は言えませんが、大きく話が割れます。今はまだナイショですがww
 ネタとしては、オカルトとかファンタジーというより、SF…いえサイエンスファンタジーってトコでしょうか? まぁ、エラい先なのですが。

 兎も角、今回はここまでです。なんだか駆け足気味で申し訳ない。
 これから女の子が増えていく事でしょうが、気持ちの高め方に気をつけますのでお許しを。
 
 てな訳で、続きは見てのお帰りです。
 ではでは~


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十四時間目:Total Recall 
前編


 ※注意※

 今時間目はネタバラシ回なのでややこしいです。

 主にSF的に。


 

 

 ——何時もの様に道を駆け、見慣れた街を進んでゆく。

 

 やや薄汚れた空ではあるが、見慣れた東京の空の下。

 私は時間に遅れないよう歩き慣れた歩道を駆けている。

 

 何せあの雇い主の事、下手に遅刻すればそれを口実に減給されかねない。

 ただでさえ超薄給なのに、これ以上給料を下げられたら餓死しかねないのだ。

 尤も、早く彼女らの顔を見たいという欲も無い訳ではないのだが。

 

 だがその欲故であろう。

 生き死にに関わる折檻を受ける可能性が多々ある職場に足取り軽く通う事ができるのは。

 

 だからだろう。

 労働基準法といった労働者を護る法律を完全無視した職場で働き続けられるのは。

 

 進んだ先にあるのは一見古びた洋館。

 しかしてその実、雇主がある試練を受け、正式な持ち主となった世界でも数少ない自意識を持った霊的建造物。

 それを象徴するかのように見ためは古めかしいが事務所としては破格の対霊措置が施されており、不審者どころかその辺の悪霊では近寄る事すら叶わない。

 

 

 『——』

 

 

 そのドアを開けると、何時もの様に“屋敷”が挨拶をしてくれる。

 考えてみれば職場に着いて真っ先にあいさつをするのはこいつなのだから、ある意味この職場で一番親しくしているのはこいつと言えるかもしれない。

 そんな同僚(、、)に挨拶を返し、奥へ奥へと進んでゆく。

 

 向こうから聞こえてくるのは女性達の声。

 親しくしてくれる大切な女性達の声。

 

 だから何だか頬が緩んでくるのも仕方のない事だろう。

 

 何時ものように屋敷が到着を伝えたのだろう、自分の名を口に出す少女の声が聞こえた——

 

 ふよふよと浮いたまま何時もの様に出迎えてくれる巫女幽霊の姿を思い、思わず唇が端から笑みに変わってゆくのが解る。

 

 ドア前に立った私は、一度深呼吸をし、ノブに手をかけ、引き開けつつ挨拶を……

 

 

 

 ――……っっ!? 違う!!

 

 

 

 持って行かれかかった意識を何とか引き摺り戻し、私は私を取り戻した。

 

 私が離れた“奴”は、奴自身が想像していたように、ドアを開けた瞬間に巫女少女から笑顔の挨拶を受け、だらしなく頬を緩めている。

 相手が幽霊であろうと妖怪であろうと可愛ければどうでも良いというのには驚かされもしたが…… 

 

 

 雇い主が巻き起こすであろう騒動の中に嬉々として入って行く“奴”を見ながら、私は成る程と納得していた。

 

 ——ジジイが私にやらせるはずだ。

 人間ならば……その辺の魔法使い程度では完全に奴の記憶に引きずり込まれ、再び意識を取り戻す事は叶うまい。

 

 

 それほど“克明過ぎる”のだ。コイツの記憶は……

 

 

 普通の人間ならば記憶というものはその人間が見知っている範囲でしか憶えていない。

 当たり前であるし、それ以上を“観る”事は絶対不可能である。

 

 確かに写真記憶という能力も存在するし、とてつもなく鮮明に記憶している人間もいないわけではない。

 

 

 だが、コイツの“記憶”はそれどころの話じゃないのだ。

 

 

 その辺の歩いている犬等にしても当たり前の様に食欲があって、食べているものを取り上げれば当然のように飢える。

 石を拾って人にぶつければ怪我をし、ちゃんと人が出てきて騒動となる。

 

 風に匂いがあり、日差しに熱があり、何かに触れれば感触がある。

 

 記憶とかどうとかいうレベルではない。全てが恰も一つの世界のように存在しているのだ。

 

 

 「記憶世界…とでも言えばよいか? 興味深いが……」

 

 

 余り長時間いると、私ですら自意識を喰らわれかねない。

 長居は禁物。

 兎も角、目的の場へと急ぐとしよう。

 

 

 それはコイツの二十七歳時の遭ったであろう出来事。

 記憶を失う原因となった事柄の記憶だ。

 

 

 本を読み飛ばすような感じに体験記憶をすっ飛ばして先へ先へと進んでゆく。

 周囲では恰もビデオの早回しのように画像が進んで行き、相当興味を引くシーンも多々あったが構ってはいられない。下手に覗き込むと記憶に引っ張られるからだ。

 

 それにしても……何度となく目にする画像には相当数の女の姿があり、そのどれもが途轍もなく克明で鮮明であるのだが、反対に男の画像はやたらいい加減なのはどういう事だろう?

 おまけにその親しげな女の多くには人間らしいのが少ないときている。

 まぁ、異様なほど像がはっきりとしているからこそ解った事ではあるのだが……

 

 色々と確認したい事が多く、後ろ髪を引かれる感覚を何度も何度も振り切りつつも何とか意識を向かせないよう突き進んで行く。

 

 やがて高校の終わりであろう頃に達したその時、

 

 

 「な……っ!?」

 

 

 私の身体は恐怖にも似た驚愕に硬直してしまった。

 

 

 「な、何だこれは……!!??」

 

 

 ——混沌。

 

 

 正に混沌という表現しか思いつかない光景が広がっていたのだ。

 

 モザイク状のタイルと言おうか、パッチワークと言おうか、記憶そのものが様々に組み変わり、様々な図柄をムリヤリ描き出している。

 

 それでいて記憶はその先に続いており、多方向という事すら生ぬるいほどに飛び散っている。

 多重人格……? いや、多重混線記憶とでも言えばよいのか? 兎も角、どれが求める先に続いている記憶なのか全く解らない。

 

 

 「何だコイツの記憶は……何だこれはっ!!??」

 

 

 他人の記憶を覗いたことは初めてではない。

 くだらない記憶や、想像していたよりややこしい過去を持っていた人間も散々見てきた。

 

 だがこれはそのどれでもない。

 そのどれにも属さない。

 

 誰がここまで鮮明且つ克明で混沌とした記憶を持っていると言うのだ?

 

 そして記憶が余りに鮮明であるが故に、記憶のパッチワークから観えてしまう全体像がおぞまし過ぎる。

 

 尚且つ、記憶の先——恐らく少年期の終わりごろより先は粉々になっていて残骸しか残っていない。

 辛うじて残っている記憶の道筋にしても足場(、、)に当たるところがレンガが抜けているかのようにボロボロになっていて、印象で称するならばイタリアのフォロ・ロマーノのようだ。

 

 

 そしてその記憶の隙間の奥で、

              真っ黒く大きなナニカ(、、、)がゴソリと蠢いた。

 

 

 ——私はぞっとした。

 

 

 この黒いものは恐らくイドだ。

 しかし、ここまで表層に見えていると言うのに本能の化身となっていないのはEs(エス)の伝達機能が抑制されているのか、或いはかなり意外だがコイツの超自我が存外に強いかだ。どちらにせよ理解不能なのであるが。

 

 そして見てるだけで気がおかしくなってしまうような抽象画のような光景は記憶ではなく“記録”なのだろう。

 こいつが自分を二十七歳だったと理解しているのは、この性質の悪過ぎる抽象画の様な“記録”の断片から記憶になるものを汲み出せているお陰なのだろう。

 そうでなければおそらく精神的な感覚も十七歳のままだったに違いない。

 

 しかし、私が怖気が立ったのはそんな事だけではない。

 

 

 ——恐るべきはコイツの精神。

 

 

 何とコイツはこのモザイクタイルのような記録から、断片のままでそれらの事柄を取り出しているという事。

 そしてそれらを繋ぎ合わせて鑑みる事ができているという事——

 

 普通であればここまでイドが表層に出ているのならば理性の壁等ものの役に立つ訳はないし、矮小であるヒトの精神が持つわけが無い。いや、絶対に待たない。

 コイツが発狂していない事が不思議……いや、発狂すらしていない(、、、、、、、、、)という事が信じ難いのだ。

 

 だというのに私の目の前には蠢きつつ調和し、調和しつつ混沌として完全に安定している。

 人間として……いや、それどころか如何なる魔族であろうと魂までも弾け散るほどの怪異が私の前に広がっているのだ。

 

 

 あの鮮明すぎる記憶にしてもそうであるが、少なくとも個人の力でできる事ではない。

 個人の力だけで、個人の魂の地力だけでこんな状態のまま一個の存在として魂や心が維持し続けられる訳がないのだ。絶対に。

 

 とすると、得体の知れない何か(、、、、、、)が重石となって押さえ込んでいるとしか……

 

 

 一体……コイツは…………

 

 

 

 

 

 『おや? 客人かね』

 

 

 

 

 

 ビクンッ!! と私の身体が今度こそ恐怖に硬直した。

 

 

 恐怖などという感触は長らく感じなかったものだ。

 しかしその声から受けた感情は恐怖以外の何物でもなかった。

 

 穏やかなのに圧力があり、

 

 歓迎の意すら感じられるのに平伏しそうで……

 

 自分という存在に絶対の自信を持っていた私ですら足が竦む想いがする。

 

 

 大体何が声をかけてきたと言うのだ?

 

 この混沌とした意識空間の中に何が“確立”し、存在していると言うのだ?

 

 

 動くなっ!! と自分に命じても、怖いもの見たさからか体が勝手に振り返ろうとする。

 

 見るなっ!! と自分に念じても、やはり私の感覚はそれに意識を向けてゆく。

 

 

 

 

 

 

 混沌としたモザイクタイルの記憶の上に立ち、柔らかい笑顔で自分を見つめているそれは——………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                       『絶対的』な——………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                    私…は——……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『還』

 

 

 カッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 「か……っ

 

      はぁ———っっっ!!!」

 

 

 

 

 突然の閃光に彼女の意識は完全に戻って来た。

 

 それでも心に受けたプレッシャーは尋常ではなかったらしく、過呼吸状態で喘ぐに喘ぐ。

 

 

 「エ、エヴァ殿!!」

 

 「大丈夫アルか!?」

 

 

 そんな彼女を心配したか、慌てて駆け寄る同級生二人。

 彼女の片割れが彼女の意識をムリヤリ取り戻させたのである。

 

 そんな少女らの手を乱暴に振り払い、彼女が意識を取り戻すと同時に眼を覚ました男に詰め寄ってゆく。

 

 男がこの家に来た当初、彼に向けていた侮りの眼差しはもう無い。

 

 

 「貴様……一体何者だ!?」

 

 

 そこにあるのは自分に恐怖を感じさせた事に対する怒り、そして——

 

 

 「答えろ!!

 

  横 島 忠 夫 っ!!」

 

 

 

 ——十数年ぶりに湧いた、果てしない好奇心。

 

 

 

 

 

———————————————————————————————————

 

 

 

 

                ■十四時間目:Total Recall (前)

 

 

 

 

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 「うーん……やっぱできねぇなぁ……」

 

 

 今や来慣れてしまった学園の外れにある朽ちかけた教会。

 

 最近の少年少女ではこんな場所を遊び場にする訳も無いし、ここの広域指導員は武術家かヤクザが何か勘違いして教師になったとしか思えないくらい強いので不良らしい不良もいないから“根城”にされる事も無い。

 盛り付いたカッポーが逢瀬を交わすにしてもぞっとしない場所なので、普段ここに人気は全く無い。

 

 

 が、そんな場所だからこそ使う人間もいた。

 

 ——この横島忠夫の様な人間がそうである。

 

 

 「できないでござるか?」

 

 「ああ……」

 

 

 広げた右手を見つめ、溜め息を吐いている彼を興味深げに見つめていた楓は、椅子代わりに使っていた石壁の残骸から腰を上げ、横島の元に歩み寄って行く。

 その横にペタンと座り込んでいた白小鹿…かのこも『もういいの?』と楓を見上げてからご主人様の元に駆け寄ってゆく。

 危ないから離れているように言われていたのだろう。

 

 そんな彼女らに顔を向けつつ、細く紙縒っていた霊気を戻して行くと、指先に輝く紐のようなものが見えてくる。

 見ている間にそれは段々と太くなって行き、それに伴って指先から垂れ下がって行く。恰もロープのように。

 

 

 「な? このくらいの太さだったらロープみたいに使えるんだよ」

 

 「目に見えてしまうほど霊気を収束してロープ状に……

  それだけでもド外れにも程があるでござるが……

  それでもあの夜は蜘蛛の糸程までにして使っていたようでござるよ?」

 

 「ああ。だけどさ……」

 

 

 きゅうう……と霊波を絞り上げ、またも器用に紙縒らせてゆく。

 見る見るうちに直径二cm程はあった霊力のロープは細くなって行くのだが、代わりにどんどん張度が増し、糸の細さを得る頃にはピンッと張り切った状態となってしまった。

 

 

 「な?

  細く紙縒れるって事は収束率を上げるって事なんだ。

  だから紙縒る程、ピアノ線みたく張り詰めちゃって何かに巻きつけるなんてとてもとても……」

 

 「……それでも拙者らからすれば呆れるほどド器用なのでござるが……しかし……」

 

 

 ピンっと伸びた霊気の糸。

 

 横島の指先から伸びているそれは、針金を立たせている様にも見えた。

 が、針金のように撓んだりしない分、その異様さは目立つ。

 

 指先から三メートル以上も伸びているのに張り詰めたままなのだから。

 

 

 「重さがない分 動かしやすいけど……使い辛いなぁ……」

 

 

 何せモノが霊気なのでどう動かしても風を切る音すらしない。

 そして彼の言うように重さも無いので、指先を動かすだけでとんでもないリーチを持って振り回す事もできるのだが……

 

 顔を顰めつつちょいと指を動かしてみる。

 すると伸ばしていた糸の先が石垣に触れ、抵抗なくそれに滑り込んでしまう。そしてカミソリで豆腐を切るようにあっさりとバラバラにしてしまった。

 

 それを目にし、楓は冷や汗を流してしまう。

 

 何せ仕組みで言えば霊波刀を細く紙縒らせたシロモノだ。その切断力は尋常ではないのである。

 

 

 「う、うーむ……

  氣を細く紙縒る事はできるでござるが、それに集中し過ぎて“切る能力”を鈍化できない……と」

 

 「うん……

  おまけに細くする事に集中してるから今見せたみたいに弾力がねぇし、

  普通の霊波刀みたく手加減する事もできねぇんだ」

 

 

 それに細くする事に集中しなければならない所為か使用している横島本人の眼にも糸がよく見えず、尚且つ収束しまくっているので切断力だけが激増しているのだ。これは致命的である。

 

 確かにこのまま紙縒らせ続けて蜘蛛の糸程度まで細めれば、貫かれてもそれと感じられないくらい素晴らしい暗器となろう。指先をちょいと動かすだけで対象を真っ二つにできる程の。

 だが、何と言うか……その技は暗殺やテロを行うには勝手が良いかもしれないが、切断力が特化しただけなので普通の“仕事”には向かないのだ。というか使い辛い。

 

 

 「という事はやはり……」

 

 「……今のオレじゃあ、あの時みたく霊糸で“からめ捕る”なんて事はできねぇってコト。

  ヤレヤレ……」

 

 

 仮に『巻』と“珠”に文字を込めて力を使えば巻き付ける事もできるだろうが、その代わり対象を釣り糸バラしのように刻んでしまうだろう。

 それを防ぐ為には『止』等の文字を込めねばならないし、相手が動かないようにする為には“あの晩”のように『束』も必要だと思われる。

 

 余りと言えば余りにも非効率だった。

 

 

 「……やっぱ」

 

 「?」

 

 「やっぱ、元からやり直した方が良いな……」

 

 

 溜め息と共に力の具現させた力を消し、よいしょっと立ち上がる。

 横島が何を確認したかったのか楓にはよく解らないが、その表情には最初から諦めの色があった。

 

 『諦める為の確認』

 

 それだけは理解できてはいるのだが。

 

 

 「はぁ……

  ま、しゃあないか」

 

 

 口から出た言葉は肩を落す男のそれであるのに、伝わってくる空気には悲壮感等はゼロ。

 かのこの頭を撫でているその顔にも穏やかなままだ。

 

 ここまで自分に不向きだと諦めも早いのだろうか?

 確かに切断力だけなら面白いのだが、面白いだけで使い勝手が悪すぎるのだし。

 何だかんだで平和愛好者なので武器は欲しがらないからというのもあるのだろう。 

 

 

 「あ。そういやぁもうすぐ約束の時間じゃねーか。

  そろそろ行くか」

 

 「言われてみれば」

 

 

 そんな横島の言葉を聞き、腕時計で時間を確認すれば確かに彼が言っていた時刻が迫りつつある。

 朝食を一緒に食べたという事もあるが、久しぶりに珍しく二人だけであったから時が進むのを早く感じるのだろう。

 

 因みにもう一人の仲間である古は朝練があるそうだ。

 修学旅行に出ていた間、他の武術部との合同演武等を行っていなかったのだから当然だとのこと。

 帰ってきて早々の日曜に練習日を組んでいたというのも彼女らしい。

 

 まぁ、楓が横島と二人きりになるのが知られていればもっと対応は変わっていたかもしれないが。

 

 

 「フ……

  それでも別にこれといった期待はしてなかったでござるよ……」

 

 「は? 何が?」

 

 「いやいや。こちらの話でござる」

 

 

 と、手を振って誤魔化す楓。

 

 実のところ楓と古の間には抜け駆け禁止と言う約束事があったり無かったりする。

 だが楓は『ひじょうじたい』という事で彼女が喜び勇んで……もとい、“仕方なく”横島の元に馳せ参じていた。

 だから『裏切りではなく、必然だったでござるよ』等とのたまいつつ横島の横を歩いていたりするのだ。

 流石はバカレンジャーが端くれバカブルー。屁理屈だらけである。

 

 

 さて——

 つい二日前くらいはギクシャクしていた二人の距離も、麻帆良に戻る頃には落ち着いた距離を取り戻していた。

 最終日手前までは横島と肩を並べるとミョーに焦ったりしていた彼女であるが、あの夜の騒動後には今のように自然に横を歩けもするし普通に会話もできていて余り気にもならない。

 

 だから……

 

 

 「んじゃ、そろそろ行くか」

 

 「あい♪」

 

 

 横島がそう声をかけると、楓は柔らかく微笑んで彼の横に並んで歩き出した。

 

 修学旅行から帰った直後の今日——

 横島は必要にかられてその朝っぱらから“お出かけ”なのである。

 

 

 この日、本当ならば横島は一日中だらけていた筈だった。

 

 ヘトヘトになりつつも麻帆良に戻り、楓らと別れた横島は報告をすると共に詠春が纏めてくれた調査書を提出せんと近衛の待つ学園長室に直行したのであるが、何に疲労困憊しるのかサッパリ不明なのだが近衛は学園長室でうつ伏せに寝転がって唸っていた。

 そして横島は珍しくお互いの疲労を鑑み、このままクドクドと報告するのもナニでると判断し、説明しきれていなかった かのこと直に対面させ、報告書等の書類を手渡し早々に退室。

 後日、口頭で報告する事にし、今は近衛をゆっくり休ませようという老人介護精神に溢れる行いをかましていたのである(その際、かのこが近衛を見て妖怪だと怯えたり、その無垢々々な眼差しを受けてガクエンチョが『ああっ、そんな目でワシを見ないで!!』と悶えていたのが興味深い)。

 

 兎も角、数ヶ月も戻っていなかった気になってしまう自室に小鹿と共に戻り、ちゃっかりいただいた休暇をどう有効利用しようかな〜♪等と、ウキウキしつつシャワーを かのこと共に浴びて安らかな眠りに就こうとしていたのであるが……

 正にその時、彼の携帯電話がイヤンな音楽を奏で出した。

 所謂ダースベイダーのテーマ。近衛からの電話である。

 

 これ以上のボランティア精神はないぞーとかホザきつつ、湯の雫を滴らせながら電話に出れば、

 

 

 『言い忘れとったが、婿殿からの伝言での。

  この日曜にOKが取れとるそうじゃよ。メールで住所を伝えるで行ってくれんかの』

 

 

 との事だった。

 

 昨日の今日でOKかよっ!! 早いわっ!! とツッコミ入れる間もありゃしない。

 オノレ ジジイ!! 恩を仇で返しやがってと憤った事は言うまでも無いだろう。

 

 はっきり言ってメンドーだし、褒美というか代休というか、学園長から休暇をもらえので、かのこと一緒に部屋でゴロゴロしてるか、ゆっくりと羽を伸ばそう(ナンパに出るとも言う)と思っていた矢先の事だったので、やはりこの世は無常であるようだ。

 

 とは言え、おもっきり『イヤ!』と断りたい所ではあるのだが、自分から頼みこんだ話である。そこまでの不義理は流石の彼にもではない。

 そして何より自分から申し出た事であるし、下手打って相手を怒らせでもすればチャンスを失いかねない。それはシャレにならないではないか。

 

 そうなると、やはり日曜を潰して向わねばならないだろう。

 

 

 『あ゛あ゛……街にはオレを待つ美女がおったかもしれんのに……』

 

 

 唇を噛み締め、血涙を流し苦渋に満ちた顔で辛酸をベロンベロンと舐めまくりつつ、横島は自分を待ち望む美女との遭遇(※妄想)を諦めて指定された所に向う意志を固めたのだった。

 

 

 そして今、彼はその約束の場に向かっている。

 

 無論、住所を教えてもらっただけで行けるほど横島はここの地理に明るくない。

 だから幸いとゆーか何とゆーか、ナゼか朝駆けで部屋を訪れた楓に道案内を頼む事にしたのである。

 

 因みに報酬は<超包子>でのモーニングだ。

 楓は女子としてはそこそこ食べる方ではあるが、期待していた以上のボーナスをもらった後で横島の懐も暖かかったし、何より美少女に対するオゴリである。横島の胸も懐も痛む筈がない。

 

 だから二人仲良く朝食を共にし(かのこにはフルーツをもらった)、まだ時間があるので何時もの場所で能力の確認をしていたという訳である。

 

 

 時間が迫ってきてはいたが、楓の見立てではそんなに急がずとも大丈夫だとの事なので、然程慌てず二人連れ立って道を歩く。

 

 横島のストライクゾーンから外れている年齢ではあるが、楓は間違いなく美少女。それも顔良しスタイル良しのとびっきりだ。

 よって横島もわりと機嫌が良い。無論、楓が笑顔という事もプラス要素である。

 

 ぽてりぽてりと二人と一頭で小道に入ってゆくのだが、楓も何だか機嫌が良くてその様子は誰の目から見てもデート以外の何物でもない。かのこというオプションも付いているが、それが傍目の仲の良さに拍車を掛けている。

 場所が麻帆良の中央区なので男子の影はほとんど無いが、もしあったなら憎しみのオーラが立ち昇っていたであろうほどに。

 

 

 「にしても……朝から来るとは思わなんだぞ」

 

 「いやぁ〜 少しでも早く横島殿の顔が見たかったでござるよ」

 

 「ハイハイ。で? 何か理由あんだろ?」

 

 

 等と会話での距離も近いのだ。そりゃ怨みもされるだろうというもの。

 

 無論、横島の問いに返した楓の言葉は八割以上が本音だったりするが、そんな彼女の言葉はアッサリと流されてしまう。

 イケズでござるな……等と拗ねて見せたりもするが、ゴメンゴメンと頭を撫でられて何も言い返せなくなる。

 

 まるっきり子ども扱いなのであるが、どういう訳か腹も立たない。

 

 

 「……まぁ、確かに早くに部屋を出た理由はあるでござるが……」

 

 「だろな。なんか逃げて来たっつー感じだったし」

 

 何気なくそう言った横島であったが、楓はその言葉に感心する(よろこんでいる)。主に良く見てとってくれた事に。

 見た目では解らない様にドアの前に立った時、手鏡を見ながら身嗜みを整えていたというのに、だ。

 

 実際、楓は追われていた。

 それも友人に。

 

 朝っぱら……それも鳴滝姉妹がやっと起きて歯を磨いている時という早朝。

 

 何時もは森に入って修行をしている楓であるが、今日はキチンと休みを取って部屋で眠っていた。

 だが、それを見越したかのように真名が突然やって来たのである。

 

 

 「……それで今日、横島殿が何処かへ出掛けられる事を聞かされたでござるよ」

 

 「真名ちゃん、何で知ってんだよ……」

 

 

 兎も角、それだけなら逃げる理由は無いのであるが、どーゆー訳か真名はやたら食い物や飲み物を勧めてくる。そのくせ鳴滝姉妹が手を伸ばそうとすると直に取り上げるのだ。

 

 二人が『ケチーっ!!』と文句を言うと、

 

 

 「これは“横島さんの所に行く楓”が食わんと意味が無いんだ」

 

 

 と嗜めるではないか。

 

 タラリと汗を流した楓は、何だか知らないがマズイでごさる……と危機感を覚え全力で逃走して来たというのである。

 それで横島の所に来たら本末転倒っポイ気がしないでもないが。

 

 

 「……ええと……一体何が……」

 

 「……拙者もサッパリサッパリでござるよ」

 

 

 横島によって霊的なものに目覚めつつある楓は、以前より勘が鋭さを増していた。

 真名が何かしらの行動をとるよりも前に反応が出来、襲い掛からんとするイヤンな予感を信じて必死に逃走し、何とか正常(?)の楓で今に至っているのだ。

 

 何とゆーか……それを食せば女として、いや“女の子”として終わってしまうよーな気がバリバリにしたのだ。何が? と問われても勘なので返答に困るのであるが。

 

 大げさでなく背後に蠢く陰謀(淫謀?)を感じ、怖気が走る二人。

 温かい日におサブイ話である。

 

 

 「!?」

 

 

 ——その時、突然楓は横島の腕を掴み、茂みに引きずり込んだ。

 何が何だか良く解っていない かのこも後を追い、茂みに入る。

 

 今の今まで真名の件を話していた楓である。当然のように危機感を握り締めたままなのだ。よって何かしらの気配に対して過敏になっているのだ。

 

 状況が状況なのでこの男は『外じゃイヤ——っ!!』等とアホなセリフをほざきかけるのだが、そんな事は解りきっているのか楓によって口は塞がれている。因みに掌で。

 それに、

 

 

 『(シッ! 誰か来るでござる)』

 

 

 そう彼女に言われれば横島も黙る。

 楓と共に息を潜め、気配を消し、木々と一体化して木遁を行う。

 

 

 と……?

 

 

 

 

 

 「——……助かりました、アスナさん」

 

 「ま、まぁ、あのくらいは……」 

 

 「でも、これでチャンスは得られましたから……

  本当に感謝してます!」

 

 「そ、そう? で、でもさ、アンタ大丈夫なの? エヴァちゃん強いんでしょ?」

 

 「あ、ハイ。で、でもテストだってエヴァンジェリンさんも言ってましたから……」

 

 『いや、アニキ。安心すんのは早いぜ? やっぱ用心にこしたこたぁねぇよ』

 

 「そうよ! また怪我しちゃったらどうすんの?!」

 

 「で、でも……」

 

 

 

 等と会話を続けながら茂みの前を通り過ぎてゆく二人(と、一匹)。

 少年の方は何やら強い決意を感じられるのだが、少女はその事すらも心配しているようだ。

 そんな彼女の様子を少年の頭に乗ったオコジョがヲッサン臭くニヤついて眺めているのが印象深い。

 

 ともかく、年の差はあれどその空気は危なっかしい彼氏を心配している彼女という間柄にしか見えなかったりする。実際、何だか少女は少年を潤んだ目でいていたようであるし。

 

 何ともほほえましい光景であったが、結構カンの良い少女や、野生の嗅覚を持っているハズ(多分?)のオコジョですら、茂みの中に潜むモノに気が付かなかった。

 

 やがて二人と一匹の後姿が完全に見えなくなろうとした頃、

 

 

 「………って、ヲイ。あのボウズじゃねーか」

 

 「で、ござるな……アスナ殿とネギ坊主でござるよ」

 

 

 ガサガサと茂みから楓と横島は姿を現しその背を見送った。

 わからなかったの? と無垢な瞳で見上げてくる かのこの視線もちょっとイタい。何も悪い事してないのに、だ。

 

 背が見えなくなるまで見送っていたのは、真名のアヤシゲな行動に不思議な恐怖を感じていたからだろうか。どちらにせよちょっと神経質過ぎたという気がしないでもない。

 まぁ、彼女が追っ手というのなら臆病なほどの用心深さは必要であろうけど。

 

 

 「とは申せ、あのまま二人の前に茂みから登場するというのは些か……」

 

 「そーだな……」

 

 

 只でさえあらぬ噂が立っている横島(特にあの二人はあの晩の横島の奇行を見知っている)であるし、例の報道部の号外によってミョーなウワサのある楓だ。

 おそらくあの二人なら完全に二人の仲を誤解してしまうだろう。楓的に言えばどーでも良いかもしれないが。

 元からトラブル体質である横島のこと。『茂みの中でお楽しみでした』と誤解されたって不思議でも何でもないのだ。

 

 それに楓は兎も角として、今の横島は別の意味で問題がある。

 何せ頼みの綱だったジャスティスが、あの晩以降無反応になってたりするのだから。

 

 そんな状況で在らぬ(?)ウワサが立ったらヤケに走りかねない。

 何せ横島自身、自分のリビドーほど信用できないものはないと重々承知しているのだ。

 

 現在既に崖っぷちであるし。

 

 

 ——お礼と言う名目でデートに誘ってるしな……

 

 

 その事を思い出し、横島の顔にどよ〜んと縦線が入った。

 

 おまけに珍しく旨く逝って……もとい、上手くいってしまったのだ。

 ひょっとすると自分の属性はロリなのかもしれへんなぁ……と疑い始めてたりする。何か泣けてきそーだ。

 

 この際、バンカラ妖精(フェアリー)でもいいから止めてほしいと願っちゃったりしてるのだから相当追い詰められているのだろう。

 

 

 「……横島殿?」

 

 「え? あ、イヤ、何でもない」

 

 

 ぐいっとTシャツの袖で涙を拭い、何でも無さを笑顔でアピール。何か洗剤のCMっポイさわやかさだ。

 あの晩から彼の笑顔に中てられっぱなしの楓としては、そんな事されちゃうと黙る他手が無い。

 

 ほんわかとしてるのやら、オマヌケなのやら表現が難しいが、とにかくいい加減そんな空気を纏ったままなのもナニであるし、約束の時間に遅れては話にならない。

 

 

 「そ、それじゃあ、そろそろ……」

 

 「で、でござるな」

 

 

 と気持ちを切り替えた。

 

 楓も頭を振って気を落ち着かせる。

 

 どーもあの晩から気持ちが先走りそーで困る。

 いや、彼の思いやりとかに触れるのは全くかまわないのだが、触れれば触れるほど暴走しがちになってしまうのだ。

 

 

 『(これが、先に良いところを見せられてたのなら話は別だったのでござるに……)』

 

 

 それならばメッキが剥がれてゆく訳だからこんなにも焦りはすまい。幻滅だけしてりゃいいのだから。

 何というか……先におバカな行動を見せられまくった分、後になって解ってくる良さが身に沁みてしまうのである。

 

 いや、身に沁みてるからどうかしたのかと問われれば彼女も返答に困るのであるが……

 

 

 ——お、おのれぇ……

 

 

 そんな彼女の耳に何だか真名の怨念の篭った幻聴が聞こえてみたり。

 

 温かな日差しの中、楓は何故だか肩を震わせていた。

 

 

 と、そんな彼女に対し、

 

 

 「……へ?」

 

 

 横島が差し出してきたものがある。

 

 とは言っても別にプレゼントとかではない。

 それは手。単に手を差し出してきただけ。

 

 

 極自然——

 極々自然に、楓の前に横島が自分の手を差し伸べてきたのである。

 

 

 時間にして僅か0.5秒。しかし、武術家にとっては余裕で五回は死ねる長時間。

 楓の思考は完全に凍り付いていた。

 

 

 対して横島の方も凍りついている。

 

 何せ女の子に手を差し出すのは当たり前の事であるし、元からフェミニストなのだから不思議でもなんでもないのだ。

 

 だが、別に楓は何かに困っていた訳でも、躓いたりしていたわけでもない。

 そんな彼女に対し、極自然に手を差し出してしまったのである。

 

 

 恰も、手を繋いでいこうと誘っているかのように——

 

 

 年齢的に言えば楓は中学生。子供である。

 

 如何に身体つきは大人っぽかろうが、顔を見ればハッキリと子供だと解ってしまう。何だかんだ言っても、彼女の面立ちはまだあどけない(、、、、、)のだから。

 

 しかし、彼が芯からそう見ているのならば、子供だと見る事ができているというのならば、別に何も焦る必要はない。

 子供相手なのだから『お手て繋いでいこう』というノリを貫けば良いだけの話。通常の横島ならできたはずである。

 

 

 が、横島は凍りついていた。

 

 

 確かに女の子として見てはいたが、意識してみていた訳ではない。

 そして今、意識して見てしまっているからこそ彼は硬直していたのである。

 

 その事に彼自身が気付いてしまったのだ。

 

 

 コンマ数秒の内に突拍子もない速度で楓の心臓が動き、脳が手を出せ手を出せと促してくる。

 ポンプアップもかくやといった心臓のパワーによって瞬時に顔を真っ赤に染め上げた楓は、その命令に躊躇していたわけであるが、身体の方が正直なようでゆっくりと手を差し上げて行く。

 

 そのお相手の横島はと言うと、彼女の手を待ち望んでいるかのように手を動かさないでいる。単に硬直していただけであるが。

 

 それでも彼の手に誘われるように楓はゆるゆると、そしてどことなくおどおどとしつつも手を伸ばして行った。

 

 考えてみれば横島をからかう為に腕を組んだ事はそこそこあるのだが、彼からの誘いは初めてだ。

 

 何故だろう? 遊び交じりではあるが既に腕を組んでいるというのに、手を繋ぐ方が恥ずかしく思うのは。

 

 それでも意を決して自分の意思で手を伸ばして行く。

 何というか……横島と手を繋ぎたいという想いが湧いて出てきたのだ。

 

 浅く、そして長く息を吐き、何だか異様に気合を込め、つい楓は横島の手を——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「 見 つ け た ア ル ! ! 」

 

 「「 わ ぁ っ ! ? 」」

 

 

 ——取れなかった……

 

 

 突如として上げられたその大声に心底慌て、バネが弾けるように距離を取ってしまう二人。

 かのこを中心にして左右に分かれて飛んだのだから、ちょっと間抜けな構図である。

 

 他所の世界に意識を飛ばしたままだった横島も、そのアルアル語の声で何とか現世復帰を果たしていた。

 

 楓の方もかな〜り複雑であったが、何だかホッとした気もしないでもないので表情に出さずに済んでいる。

 それでも何時もよか慌てていた所為で中々声の主が特定できていなかったのだが……

 

 

 「二人してドコ行く気だたアルかっ!?」

 

 

 流石に二度も声を投げ付けられれば場所の特定ができると言うもの。

 

 

 「あ……」

 

 「あ、古ちゃん」

 

 

 丁度ネギ達が去った方向。

 その方向からこっちを睨みつけている少女が一人——

 

 抜け駆け禁止の約束はどーなたアルか!? と、朝練に出ていたハズの古が、何だかスゴイ目でこちらに駆けて来たのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「カ〜エ〜〜デェ〜〜〜………」

 

 

 修学旅行中からこっち、すっかりお馴染みとなってしまっている古の怨鎖の声。

 彼女が着用しているのは何時も鍛練の時に使っている黄色い練習着。普段なら可愛さとそこはかとなく色気を感じさせてくれるそれも、ちょびっと返り血みたいなモノがついててプレッシャーも三割増し。

 

 ぶっちゃけあの晩の式神たちよか怖かったりする。古に馴れている かのこですら横島の後ろに隠れたくらい。

 

 

 「ま、まぁ、落ち着くでござるよ古」

 

 「私、落ち着き返てるアル!!」

 

 

 ヨッパライの酔ってな〜い発言レベルで。

 

 「そ、それより朝練はどうしたでござる? 終わるには(いささ)か……」

 

 

 楓は何とか話題を逸らそうと必死。

 何時もの彼女とは思えないほど慌てふためいているのがありありと解る。

 

 まぁ、気不味さも手伝っているのだから当然かもしれないが。

 

 

 「ナニ話を逸らしてるカ!?

  ……練習のメニューを百人組み手にしたらスグに終わたアルよ」

 

 

 ……という事は、百人ぶちのめしてとっとと終わらせたでござるな……

 

 

 聞くまでもない古の話の裏に、楓は後頭部にでっかい汗を垂らしていた。

 

 以前の彼女でさえそのくらいの事はできるのだが、現在の古の腕は以前どころ騒ぎではない。

 

 何せ横島から霊力の使い方を学んでいるし、楓から実戦での氣の使い方を学んでいる。おまけにその二人と摸擬戦じみた組み手すら行っているのだ。

 そして修学旅行では強者との闘いを経験しているのだから、今の古には学園内の全格闘部関連の人間が束になっても敵うとは思えない。

 

 元から気配を読めていたというのに、その上で霊感の働きが上がっているので感応範囲も広がっており背後の動きまで丸見えなのだから。

 

 それでもヒャッハーと向かってゆく男どもをアッパレと言うべきか?

 

 ……いや、更にキレの上がった古の技を皆が皆して嬉々として受けていたのだ。単にM気の強いアホばかりなのかもしれない。

 

 

 「で?

  カエデはどーして老師とこんな場所にキてるアルか?」

 

 「う……」

 

 

 別に然程の裏はないのであるが、楓は返答に詰まってしまった。

 

 これが自分から彼を誘いだしたというのならば楓が言葉に詰まった理由も解る。平然と約束を破ぶり、完全に抜け駆けを承知で連れ出しているのだから。

 

 が、確かに彼女は横島のところに向いはしたが、それは言ってしまえば避難であり、おまけに誘ったのではなく彼に誘われたのだ。

 確かに、誘われた時点で断ると言う手段もない訳ではなかったが、話が『西の長に頼んでいた件』では誰かに任せる事も叶わないではないか。

 詰まる所、楓が取った手段は最善だったりする。

 

 だが、それでも楓は言いようのない気不味さに答えを窮していた。

 楓には珍しい事である。

 

 

 「ま、まぁ、古ちゃん。彼女に頼んだのはオレなんだし」

 

 

 と、横島が執り成さねば何時までも詰まっていたかもしれない。

 

 横島本人にそう言われれば僅かにでも矛を下げねばなら無い。

 そうなるとプレッシャーも緩むので楓も経緯を語る事ができる。やはり詰まりつつではあったが……

 

 そして古も何とか『どーして真名が?』と形の良い眉を顰めつつも一応の納得を見せてくれたのだった。

 

 

 「ま、そーゆー事なら仕方ないネ……」

 

 「……申し訳ござらん」

 

 

 やっと納得してくれた古に対し、素直に頭を下げる楓。

 楓とて自分に黙って古が勝手に横島とデートしていれば怒ってしまうだろう。それもかなり。

 それが解るからこその謝罪だった。

 

 

 「別にいいアル。私も、何でこんなに怒てしまたか解らないしネ……」

 

 

 ……しかしこっちも無自覚のようだ。

 

 

 『………』

 

 

 何だかどこかで超が無言で歯を食いしばっているよーな気もしないでもない。

 

 

 「それにしても、何で古ちゃんはオレらがこっちに来てるの解ったんだ?

  何だか探してたみたいだったし」

 

 

 そう納得を見せ矛を完全に収めた古に対し、胸を撫で下ろしている楓に代わって横島が先ほどから疑問思っていたことを問い掛けた。

 

 何せ学園長から連絡が入り、出掛ける事になったのは昨夜であるし、楓を誘ったのはそれこそ出る直前だ。

 古に情報が伝わるにしては早すぎるのだから。

 

 

 「ああ、それなら……」

 

 

 と、古も直に答えを口に出した。

 

 

 「超から聞いたアルよ」

 

 

 二人が思いもしなかった名前を……

 

 

 「は?」

 

 「超殿……から?」

 

 

 意外な名前を耳にし、二人して目を丸くする。

 何とも見事にユニゾンしていた事か。それがまた何だか古の感情を逆撫でするのだが、それでもコメカミにバッテン浮かべつつも疑問には答えてやる。

 

 

 「……そーアルよ。

  カエデに言たように五日間不在になてたから、他の武術連と合同で朝の鍛練をする事になてたネ」

 

 

 丁度始めようとした頃、超が『差し入れ兼、見学に来たヨ』と肉饅が入った袋を持って現れたのだ。

 

 いや、そこまでなら然程不思議ではない。

 古が北派の拳法使いであり、超は南派で知られている。文武両道を地でゆき向かうところ敵なしな超天才の超であるが、事が拳法となると古というライバルがいるのだ。

 その所為かどうかは不明であるが、超と古は仲の良い友人……言ってしまえば親友関係を続けている。

 

 だから、今までそんなことした事がない超が古の見学に来たとしても然程不思議ではない。無いのであるが……

 

 

 『あ、そー言えば古は知ているかネ?

  今日、横島サンは楓と二人でお出かけすると言う事を』

 

 

 超はかなり横島の状況を知っているのだろう、他の武術部員の耳に入らないよう、古だけに聞こえるように肉饅を差し出しつつ耳元でそう囁いたのだ。

 

 その後は語るまでも無いだろう。

 桜ケ丘の林の中に入って行ったみたいネ……という超の付け足しを聞いた直後、ナゼか朝の鍛練は百人組み手……というか、古対全員という形に急遽変更。そして古は全員をとっととぶちのめして終了させ、すっ飛んで来たのである。

 

 

 その話を聞いた二人は、

 

 

 『『何で行くコト知って(るでござるか)んだよ……』』

 

 

 と、同時に肩を落していた。

 

 目的の場所を聞いたのは近衛とのホットラインであるし、楓とて朝横島の元に到着してから聞いているに過ぎない。

 しかし真名や超には何時の間にかバレているのだ。

 まぁ、真名は学園に雇われている身分なのでそんなに不思議な話ではなかろうが。

 

 理由は兎も角として、その超と真名はとある理由によって裏で繋がっている。

 だから真名から失敗したという連絡を受け、今度は超が動いただけのだ。

 

 超は、楓と横島が一緒にいたという情報を自分の店<超包子>の支店から受け、ある方法で横島が向かう先を知っていた彼女は、彼が楓に道案内を頼んだと推理した。

 自分の店(支店ではあるが)に二人で来るのが解っていたらクスリを仕込めたのに……と残念がっていたという話は横に置いといて、そう言う事ならばその事を古に伝えれば彼女はロケットが如くすっ飛んで行くに違いない。

 そう読んで彼女に接触したのである。

 

 そんな超の考えは見事に的中。

 何だか予想以上のスピードで部活を強制終了させ、古は風のように二人がいるであろう場所に走り去っていったのである。

 ま、唯一の誤算はと言うと——

 

 

 「……そう言えば古。

  ひょっとして超殿から何かミョーな食べ物を押し付けられはしなかったでござるか?」

 

 「へ? あ、ああ、新作とか言て肉饅を渡されたアル」

 

 「……し、してそれは……?」

 

 「……何だかモノスゴイ嫌な予感がしたから武術部員の誰かに押し付けてきたアルよ」

 

 「……そ、そうでござるか……」

 

 

 楓同様に古の霊感も上がっており、鋭さを増した勘によって彼女の淫謀を察知されてしまったという事であろう。

 

 

 

 蛇足であるが……

 後日、武術部の誰かが不純同性(、、)交友で補導されたという話があったりなかったりするのだが真偽の程は定かではない——

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 何時までも小川の畔で佇んでいてもしょうがない。

 幼稚園の遠足だってもうちょっとマシな事くらいやるだろう。

 

 無論、小川を眺めながらお歌やお遊戯なんぞやる訳もなく、横島はそろそろ行こうかと声を掛けた。

 暇だったのか、小川の水を飲んだりしていた かのこも移動の気配に気付いて駆けて来たので、ようやく三人は移動を再開させた。

 

 古にしても、折角部活を強制終了させてきたのだからもうちょっと気の利いたとこに行けたらいいのだし、横島の誘いはありがたい。

 だから京都でのデートの時にようにきゅっと腕に掴まって笑顔で横島についてゆく。

 

 

 対して楓はと言うと……

 

 

 「……良いのでござるか?」

 

 

 二人の後ろをゆっくりとついて歩き、妙に真面目な口調で横島に問いかけていた。

 横島はその質問に対し、足も止めずに進み続ける。

 

 

 「うん」

 

 

 そして返答も簡素。

 まるでコーヒーに砂糖を入れるかどうか答えるかのように。

 

 だが、その質問の意味は言葉とは裏腹に重い。

 

 

 「なれど……」

 

 ——古に知られてしまうでござるよ?

 

 

 楓は口を閉じだが、横島にはそれで十分伝わっている。

 その言葉を聞かずとも解るのだ。

 

 確かに横島はいろいろな技を古の前で使っているし、教えてもいる。

 他所から来た事や、人外と関わってきている事や、自称弟子といった絆も全て伝えてはいる。

 

 が『異世界からやって来た』という戯言のような事実は、まだハッキリとは伝えていないのだ。

 

 彼は、ネギのように魔法使いといった別世界を生きてきた者達より更にかけ離れている存在。

 やや乱暴な言い方となるが、異星人,宇宙人と称されても過言ではないのだ。

 

 刹那があの晩戦った烏族と人間のハーフである事はすでに聞き及んでいるのだが、横島に至ってはその“括り”にすら入らないのである。

 

 

 それを伝えて平気なのか? そんな意味が楓の言葉には含まれていたのだ。

 

 だが、彼やはり何気なく答えを返してくる。

 

 

 「いいんだ。

  それに、これ以上隠してる方がヒドイだろ? オレなんか受け入れてくれてんだしな」

 

 

 チキンでヘタレである横島が、そう言っているのだ。

 そんな事言われたら言い返せないではないか。

 

 彼の言葉の意にあるものは覚悟とは違うし、決意でもない。

 

 ただ女の子に、絆を結んでくれると言ってくれた女の子に対して秘密をもったままでいる事が彼は許せないだけなのである。

 

 

 「? どうかしたアルか?」

 

 「べーつに?」

 

 

 普段と変わらない顔でそう返す。

 それでいて開き直りのような笑みを古に送っている。

 

 意味は解らないが、微笑んでくれている事に古は素直に喜んでいた。

 

 

 「……ったく……」

 

 

 敵わんでござるよ。横島殿……

 

 そんな彼に対し、苦笑とも呆れともとれる溜息を吐いて、楓は横島の反対側の腕をとった。

 

 

 「ホラ、そっちではござらん。

  こちらでござるよ」

 

 

 万が一、古が離れようとも手を離さぬ事を誓いつつ——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「−学園長からお話はお聞きしております。

  ようこそいらっしゃいました。横島さん」

 

 「ありゃ? ちーちゃん?」

 

 

 林を抜けた先にあったのは品の良いログハウス。

 それもよくあるログハウスモドキなどではなく、ちゃんと木組から組まれている本物だ。

 

 ヨーロッパ風建築のそれは築十年以上は経過しているであろう、周囲の風景と同化し、落ち着いた佇まいを見せてくれていた。

 

 そのいい感じの建物に感心しつつドアに着いているベルの紐を引くと、横島が<超包子>でお世話になっている茶々丸がメイド服姿で出てきて挨拶してきたのである。

 

 

 「ちーちゃん?」

 

 「ん? ああ、茶々丸ちゃんって言ったら何か早口言葉みたいだろ?

  だから何時も店ではちーちゃんって呼んでるんだ」

 

 

 首をかしげた古に、横島は個人的ニックネームで読んだ理由を説明してやった。

 

 因みに超の方は、『超ちゃんなんて読んだら“ちょうちん”て言ってるみたいだ』と気付き、彼女の事は鈴音という名前から(リン)ちゃんと呼ぶ事を決めたらしい。

 本来の読み方とは違うが、ミョーなところに拘る男である。

 

 

 兎も角、そのちーちゃんがドコに住んでいるか思いもつかなかった横島であるが、そこらに触れるのはやめといた方が良いと判断し、彼女が掃除をしつつ客席を用意してゆくのを かのこの足を拭いてやりつつ見守っていた。

 

 茶々丸の方も小鹿が気になるのか、ちらちらとこちらに視線を向けていて、目が合うと何だか動きが止まったりしている。

 そんな彼女を不思議に思うのか、かのこは首を傾げたりするのだが、すると凝視する時間が増して作業が完全に止まったりしていた。

 

 仕方なく横島達も片付けに参加。

 客の方が自分らの席を用意すべく、箒を操ったり割れたカップ等を片づけてゆくという何だか良く解らない展開だ。

 

 仕事上、掃除には目が肥えている横島から見ても超包子で働いている茶々丸の掃除術は丁寧で見事だったのであるが、その彼女は今、かのこの両手(両前足)を持って遊んでいる。

 かのこの方も何が何だかサッパリであろうが、遊んでくれているのが嬉しいのかされるがままになっていた。

 

 癒されはするんだけど、何だかなー…な光景に三人は苦笑しつつ作業を進めてゆく。

 

 

 兎も角、丁稚時代を思い出しつつ、用務員という仕事のお陰で異様に手際よくなった掃除の腕を楓と古に披露しつつ、ふと分別し終わったゴミに目を落とすと……そこには小さな皿やカップの欠片。少なくとも数個のセット分の欠片があった。

 個人がひっくり返したにしてはちと多い。

 

 茶々丸はつい今しがたまでそれらを片していたようである。

 

 

 「ちーちゃん、ちーちゃん」

 

 「−……ハっ!?

  は、はい?」

 

 

 何だか かのこと戯れる事に集中し切っていた彼女に声を掛けると、彼女はスリープ状態から復帰したマシンが如く意識を取り戻した。

 どんだけ集中しとったんや、と思いつつも声には出さない横島は紳士である。

 

 

 「これ、何かいっぱい壊してるけど何かあったのか?」

 

 「−はい。え、えーと……その……

  そしてこれは先ほどのお客様の……その……後片付けで……」

 

 

 ごにょごにょと言葉を濁すので要領を得ないが、どうも客が来たから割れたという事らしい。何ともアグレッシブな客もあったものだ。

 無論、もっと理由もありそうなのだが、茶々丸が言い難そうなので横島らもそれ以上問いかけるのはやめにした。

 

 殆ど表情に動きは無いが、そういう女性をおもっきり知っている横島は感情の動きを見てとるのに慣れている。

 

 あからさまにホッとしたのが解るのでやっぱ触れたらあかんコトなんやなーと納得していた。

 

 

 「何だ? 誰か来たのか?」

 

 

 その声が上から響いてきたのは、

 丁度三人がようやく席に着けた時だった。

 

 

 「え?」

 

 

 横島は兎も角、楓と古はよく知っている。

 

 そして古はこの家を知らなかったのだからけっこう驚いていた。

 

 ギっ、ギっ、と木の階段を軋ませ、二階から降りてきたその人物は……

 

 

 「ん? バカレンジャーの二人と……それとキサマは……」

 

 

 品定めをするように横島をジロジロと見つめているのは誰あろう、

 

 意外過ぎるメンツに眉をひそめ、花粉症でやや荒れた声が痛々しい、楓達の同級生。

 

 

 数百年を生きる真祖の吸血鬼、

 

        エヴァンジェリン=アタナシア=キティ=マクダウェルその人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あっ!! あの晩の幼女!!」

 

 「だ、誰が幼女だぁっ!!

  そーゆーキサマはあの晩の緊縛術師?!」

 

 

 

 

 ……あまり良い印象はなかったりするが……

 

 

 

 

 

 

 



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中編

 

 

 薄暗いその部屋には、微かな気配が犇いていた。

 

 とは言っても微かと称する事すら大げさに感じてしまうほど微弱なもの。果たしてそんな気配を蠢くと言ってよいのやら。

 

 だがそれでもここには何か(、、)がいる。

 

 

 それも部屋中に。

 

 静寂という騒然の中、それらは只座しているのみであるが。

 

 

 そんな部屋に、ハッキリとした気配が五つ割り込んできた。

 

 上の階と同じ敷地面積だというのに、上の階より明らかに広いこの地下に、誰がが入ってきたのである。

 

 それでも“それ”らが反応する事はなかったが。

 

 

 「うわっ 人形がいっぱいアル!?」

 

 「流石にこれだけあると、不気味を通り越して壮観でござるな」

 

 

 この建物の主である金髪の少女に導かれ、階段を下りてきた二人は部屋に溢れかえっている夥しい量の人形たちに圧倒されていた。

 

 ぬいぐるみやマリオネットはもちろんの事、ビスクドールや日本人形、果てはコ○助モドキ(?)といったパチモンくさい物等、多種多様の人形が所狭しと並べられているのだから当然であろう。

 

 

 「な、なぁ、キティちゃん」

 

 「キティちゃん言うなっ!!」

 

 

 その二人の前を行く一人の青年が、皆を案内している(というか、とっとと先を歩いている)金髪の少女の背中にそう問い掛けた。

 

 少女はその呼び名が気にいらないのか激昂して振り返ったのだが、

 

 

 「な、何でこんなに生き人形があんだ?」

 

 

 という質問の内容を聞くと表情を変え、ほぉ? と感心したように眼を見開いた。

 

 

 「解るのか?」

 

 「解るわぁっ!! どいつもこいつも霊気あるじゃねーかっ!!」 

 

 

 その青年には嫌な思い出でもあるのか、半泣きでそう抗議する。

 どうもさっきから必要以上に身を縮めて足早に少女のついて歩いて行くと思えば、どうやら周りにある人形達の中に動けないようになっているだけの生き人形が混ざっている事に気付いていたようだ。。

 

 後に続いていた二人の少女はその言葉を聞き驚きの表情で人形を見つめ直した。

 

 

 「ぜ、全然、解らないアル……」

 

 「いや、言われてみれば何かしら感じなくもないでござるが……本当でござるか?」

 

 

 言われてみればそんな気もしないでもないと言う程度で、幾ら探ってもそれ以上の事は感じられない。

 

 いや、時折かのこが立ち止まってじ〜っと見ている人形があるから、どうもそれがそうなのだろう。

 

 当の本人はやたらと生き人形とやらにビクついているのであるが、何だかんだで力は本物である。二人は改めて青年の能力に感嘆していた。

 

 

 その青年。

 無駄に人形に怯えているのだが、それはしょうがない話と言える。

 

 何せ最初に関わった事件では、異空間を埋め尽くすモガちゃん(商品名)人形集団に襲われたし、悪魔が取り付いたマネキン人形にはマネキンにされた挙句、女性下着を着せられると言う屈辱を与えられている。

 更には中国人形(石像)には熱烈な抱擁をされ掛けているし、呪いの日本人形にはツルッパゲにされているのだ。

 

 ぶっちゃけ、生き人形との相性はサイアクなのである。

 

 

 そんな彼の過去なんぞ知る由もなく、金髪少女は妙に怯えを見せている青年を鼻先で笑いつつ先へと進んでいく。

 

 

 やがて四人と一頭は妙に明るい部屋にたどり着いた。

 

 いや、正確に言うと部屋が明るいのではなく、部屋の中にあるものにスポットのような明かりが当てられていて、その反射が明るさを放っているのだ。

 

 

 「何アルか? コレ。

  模型? 箱庭ならぬ瓶庭アルか?」

 

 「……にしては異様に細かいでござるな」

 

 

 見た目は大きいフラスコ。

 ボトルシップの瓶宜しく横倒しになっており、やはり中には何やら模型が入っている。

 ボトルシップとの違いは、中にあるのは船ではなく建物だと言う事だ。

 

 一抱えもある大きなフラスコの中には塔のような建物があり、その天辺にはテラスのようなものまである。

 

 少女の言う通り、その作りは模型にしては異様に細かく、建造物は元より塔の根元にある砂浜や草木に至るまでが本物を縮小したかのようでホログラフではないかと思わせるほど。

 

 そしてその大きなフラスコの表面にはこう書かれていた。

 

 

 「『EVANGELINE'S RESORT』?

  直訳したら『エヴァンジェリンの保養地』……あ、“別荘”か。

  ん? ひょっとしてコレ、隔離結界か何かか?」

 

 

 中の様子と、伝わってくる力。そして瓶に書かれた文字だけでそう判断を付ける青年。

 

 先程もそうであったが、さも意外そうな顔で金髪の少女は青年の顔を見直していた。

 

 

 「正解だ。驚いたな……

  キサマの事を頼まれてたついでもあったしな。

  夕べの内に茶々丸に引っ張り出させてメンテナンスしておいたんだ。

  しかしさっきもそうだがよく解ったな。ただのボンクラではないという事か……」

 

 「ボンクラたぁーなんだっ!!」

 

 

 何だかさっきから泣き続けである。

 

 

 「ま、まぁ老師」

 

 「ちょっと落ち着くでござるよ」

 

 

 そんな彼を取りなそうと二人が一歩足を踏み出した。

 

 ——と? 

 

 

 カチ……

 

 

 何かを踏んだのか作用したのか、小さな音がして青年と少女の姿が消えてしまった。

 

 

 「え? あ? よ、横島殿?!」

 

 「な、何アル!?」

 

 

 いや、違った。

 あの二人が消えたのではない。

 

 自分らが移動したのだ。

 

 

 「こ、ここは……」

 

 

 呆然とあたりを見回す少女。

 

 肌に感じる風は初夏に似て、鼻に感じるそれは潮の香りのよう。

 耳に聞こえるのは風の音と波の音。

 

 そして目に見えているここは——

 

 

 「……ココ、どこアルか?」

 

 

 先程までいた地下室ではない。

 自分らが立っている円形の足場から向こうに見えるのは、細い一本橋で建物と繋がっている円形の塔の天辺。

 天蓋付き野外ホールを思わせる白い建物だ。

 

 

 そして周囲は広がる海。

 

 

 瞬きをする間も無く、二人は気が付けばこんな見知らぬ場に佇んでいたのである。

 

 

 もし二人がもっと落ち着いてこの全景を眺めていれば理解できたかもしれない。

 

 現実離れし過ぎてはいるが、頭の柔らかい二人なら受け入れられただろう。

 

 

 この場が、あのフラスコの中の別荘に酷似しているという事に——

 

 

 

 それを知るのは二人が辺りを歩き回った20分も後の事である。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 ——ハッキリ言って、最初の印象からサイアクだった。

 

 

 あのボウヤを救……もとい、不甲斐無いボウヤにまかせておけない私は、ジジイに恨みがましい呪いを任せて影を使って転移。

 コトが起こっている場に茶々丸と共に駆けつけた訳であるが……

 

 ターゲットロックをボウヤ以外の魔法使いに設定していた所為だろうか、ナゼか敵と間違えてぶん殴ってしまった。

 

 無論、太古の鬼神だか何だか知らぬが、ナギや詠春などに封印されてしまうような手合いだ。全力とまでいかずとも負けるわけがない。サクっと広域殲滅魔法で瞬殺してやった。

 ……同じバケモノとしては見るに耐えれぬ顔をしていた訳であるし……

 

 

 ——と、そこまではいい。

 

 私はやるべき事をなしたのだから、どうこう言われる筋合いはない筈だ。

 

 しかし直後、呆然としたボウヤに殴り倒した怪人は敵ではないと言われてしまった。

 

 いや、いやいや、どう考えてもアレは敵だろう?

 

 外見も式まんまであったし、感じた波動も邪そのもの。

 それにターゲットのキーは“ボウヤ以外の魔法使い”にしていたわけであるから間違え様がないのだ。

 

 後で色ボケ忍者と馬鹿ンフー娘に彼は氣の達人ではあるが魔法使いではないとボコスカ文句を言われたが、私は魔法のプロだ。そんな初歩的なミスはしていない。

 

 ……いや、ひょっとして誰も気付いていないというのか?

 桜咲刹那は兎も角、ボウヤや、詠春ですら?

 

 間違いなくあの男から濃密な魔力(、、、、、)が漏れていたという事に……

 

 

 そして私の魔法、ほとんど絶対零度の氷結地獄の中にいて、氷漬け程度しかダメージが与えられず、あまつさえ生きていたという怪異。

 これは単純に氣だけで防げる話ではない。

 その程度で防げるのなら、私は今ここに存在していないと言える。

 

 

 おまけにこの件の首謀者とされていたあの符術師……あの女も理解不能の力で護られていた。

 バカ二人によると、確証はないがあの男のお陰だとか……

 

 ますますもって魔法使いではないか。

 絶対零度の氷結地獄を氣だけで防げると思っているのか?

 それでも単に氣の使い手だと言い張るのか貴様らは?!

 

 

 ……しかし、言い張られた……

 

 

 いや実際、氷を砕いて引きずり出した時には欠片ほどの魔力は感じられなかったが、そうだとすると先に感じた魔力は何だったのか疑問は残る。

 まぁ、学園に戻れば何時でも会えそうだからその場は矛を引っ込めたのだが……(京都観光もあったし)

 

 ボウヤ達とナギの家に訪問した帰り、詠春は私に頼みごとを伝えてきた。

 めんどくさかったが、例の魔力の件も気になっていたし、報酬が報酬だったので引き受ける羽目になってしまった。

 

 いや、ナギの情報が入れば真っ先に伝えると言われたから……つい……

 

 

 と、兎に角、詠春はこう言って来た。

 

 

 『物凄く不安定で、物凄く厄介な力を持つ“彼”を導いてやってくださいませんか?』

 

 

 巨大な力とかではなく、“厄介な力”……か……

 詠春め。相変わらず私の興味を引くような言い方をする。まぁ、その程度の腹芸ができなければ長なんぞやってられんか。

 

 彼とは無論、あの怪人の事だ。

 私が興味を引く言い方をした詠春にはちょっと腹が立ったが、興味がない訳ではない。

 

 ジジイにも、

 

 

 『ワシでは全てを見る事ができんが、お前さんならできるじゃろ?』

 

 

 等と、記憶喪失の回復が可能か否か。またその原因を探ってくれとみょーに引っ掛かる言い方で頼みごとをされていた事もある。

 

 

 『ただし、十二分に気をつけんとお前さんでも拙いかもしれんのでの』

 

 

 という挑発まで織り交ぜて……

 

 それに紛らわしかったのは事実だが、勘違いで殴り飛ばしたのもまた事実。

 借りを作ったままというのも癪に障るので、二つ返事……とまではいかんが、まぁ、会ってやるだけなら会ってやってもいいと伝えてやった。 

 

 まさか帰って直ぐの日に予定を組まれるとは思ってもみなかったがな……

 

 

 ……どういう訳かその約束の日の朝にボウヤと神楽坂明日菜の来襲を受け、初っ端から出鼻を挫かれはしたが、まぁ、それは何とか追い返す事に成功する。

 花粉症で頭がボ〜ッとしていて、何だかミョーな頼みごとをされた気がしないでもないが……変な事は言わなかったはずだ。多分。

 

 兎も角、入れ替わりのようなタイミングでやって来たヤツと相対した訳であるが……

 

 

 「あっ!! あの晩の幼女!!」

 

 

 出会い頭がコレだ。

 

 神楽坂明日菜とドツキ合いした後であるし、花粉症でイラついていたのだから当然の如く私の沸点は下がっている。

 

 

 「だ、誰が幼女だぁっ!!

  そーゆーキサマはあの晩の緊縛術師?!」

 

 「だーれが緊縛術師だ人聞きの悪いっ!!

  アレはオレの特技の一つだ!!」

 

 「そなもん大声で自慢するな!!

  あの符術師の女なんぞ、トラウマになって男性恐怖症になっとるわっ!!

  まぁ、○作に出会ったかのような怯え方されていた詠春には笑えたが……」

 

 「何とあの姉ちゃんが!?

  これは責任を取らねばなるまい。主にオレの身体で……」

 

 「結局シモネタか!? 殺すぞ!!」

 

 

 

 「−あの……長くなりそうですので留守をお願いできませんでしょうか?

  マスターが壊してしまった分の食器や御茶菓子の買出しに行きたいのですが……」

 

 「ああ、承知したでござるよ」

 

 

 

 「何だとーっ!? 恩は五倍返しは当然やけど、恨みは十倍返しも必然やんか!!

  それを身体で払うだけでOKいうんは破格の待遇やろが!!」

 

 「言葉を弄ぶな性犯罪者!! 単にヤリたいだけだろーが!!」

 

 

 

 「あ、いや、おかまいなく。

  ………でもできれば超関係の店以外なのがいいアル」

 

 「−? ハイ。解りました」

 

 「あ、それなら厚かましいでござるが、かのこには果物がよいでござる。

  実はこの子は精霊故、そういったものを好むそうでござるよ」

 

 「−精霊……成る程。

  この私、絡繰 茶々丸。その使命、しっかと承りました」

 

 「ぴぃ?」

 

 「そ、そこまで真剣に……」

 

 

 

 「キミみたいな幼女がヤルなんて言っちゃダメー!!

  当局にタイーホされちゃうぞ!! つーか、ちっちゃい子が卑猥な事言うの禁止ーっ!!」

 

 「だーれがちっちゃい子だ!! 私はこれでも600歳だ!!」

 

 「ナヌッ!? 600歳!?」

 

 「どーだ恐れ入ったか!!??」

 

 「若っ!!」

 

 「何ぃっ!?」

 

 

 

 「−では、行ってまいります」

 

 「気をつけて行くでござるよ」

 

 「寄り道しないで戻ってくるアルよ」

 

 「−ハイ」

 

 「ぴぃぴぃ」

 

 「−ハイ。かのこさん お任せください」

 

 「……」

 

 「……」

 

 

 

 「オレの同級のバンパイアハーフは700歳やったぞ?!

  オレの周りにおった人間以外のヤツで600歳以下のヤツ何か数えるほどしか知らんぞ!?」

 

 「な、ななな……」

 

 「星神とかやったらン億歳やしな。あ、一応タマモは転生したから十ン歳か……

  ケイは……もう二十歳くらいやったかなぁ……」

 

 

 

 「い、一体……

 

  一 体、何 者 な ん だ キ サ マ は っっ!!??」

 

 

 

 

 

 

 

 等というアホタレな一騒動もあったのだが、それはスルーだ。

 思い出したくもない。

 

 かな〜り失礼で、私を幼女扱いしやがる無礼者であるが約束は約束。

 

 三匹ほどおまけがくっついてはいたが、大人の余裕でもって地下に案内し、少し面白くないがジジイの言うように念を入れて昨夜のうちに茶々丸に用意させた“別荘”へと誘ってやった。

 

 

  

 だが……

 

 あの時、怒鳴るように言った私の言葉に対し、件の男は——

 

 

 

 「いや、それを理解したいからココに来たんだけどね」

 

 

 

 と、妙な苦笑で持って答えた事が何故だが異様に印象深く心に残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

      ——そして私は、

 

            怪異と直面(、、)する事となった——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———————————————————————————————————

 

 

 

 

              ■十四時間目:Total Recall (中)

 

 

 

 

———————————————————————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海岸と水平線が見えるこの“別荘”中央のテラス。

 

 デッキチェアーに腰をかけ、どこからか湧いて出た茶々丸によく似た侍女から飲み物を受け取り、喉を潤し終わる頃にはエヴァはやっと落ち着きを取り戻していた。

 

 

 他人の記憶に意識を沈めるのは初めてではないが、何せ相手が相手。

 想像を絶する鮮明さに引き摺られていた所為だろう、やや感覚的に混乱が見受けられる。

 

 自分の持つ常識や知識的な混乱も相俟って、落ち着いてはいるが眩暈は止まっていない。

 

 

 「……よりにもよって異世界だとぉ?」

 

 「ハ、ハイ、スンマセンです。そのとーりです……」

 

 

 何だかミョーにさっちょこばっているがそれもそのハズ。

 この男、横島忠夫。元々の性質なのか、十年も働いていた職場による精神汚染なのかは不明であるが、どういう訳か女王様然とした相手に逆らえないのだ。

 

 今の今まで首をしめられ、チアノーゼを起こした挙句、三途の河原で船乗りと値段交渉しながら脱衣婆の孫娘の見合い写真を勧められてた最中に復帰するという珍しいなイベントを経験した直後という事もあるだろう。記憶は飛んでいるが。

 意識が飛ぶ直前まで十歳くらいの女の子の写真を見せられていた気がしないでもないがそれ横に置いといて。

 

 

 兎も角、キョトンとしている かのこの横で生まれたての子鹿のようにプルプル震える男はほっといて、エヴァは再度額に手をやって頭痛を抑えた。

 

 あの記憶から見て文明水準はこちらの日本とほぼ同レベルなのだが、人外の混じり具合等からすればこっちの世界で言う本国(、、)のそれに近い。

 

 術の使い方等を教える専門の学校らしきものもあるし、マジックアイテム屋らしきものもあったのだが、それが東京のど真ん中。都心部の点在しているのだ。

 

 マジックアイテム等は容易に使えるものが多いが扱いが難しく、精神を操るもの等を所持するだけで罪に問われたりする。

 

 しかしあの世界(、、、、)では法外な値が付けられてはいるが金さえあれば一般人でも買えるし、簡単な式くらいなら図書館で勉強しただけで誰でも作る事ができる。

 霊力さえあれば誰でも使える式神ケント紙なるアイテムもあったし。

 どんな世界だと問いたい。

 

 それに……

 

 

 「魔族はいい。こちらにもいるのだからな……

  しかし、幾らなんでも神族はないだろう?」

 

 「と言われても、ダ女神からパシリの神まで色々おったんも事実でありまして……」

 

 「黙れっ!」

 

 「ひゃいっ!!」

 

 

 それが一番エヴァの頭を悩ませているのだ。

 

 確かに理屈から言えば魔族がいるのだから神族がいたっておかしくはない。おかしくはないのであるが……

 

 

 「鬼“神”とかなら兎も角、600年も生きているがそんなものが“居た”という形跡すら聞いた事がないぞ?」

 

 「いや、だからオレのいたとこの話だし……流石に600年程度じゃ会えなかったかも……」

 

 「僅か十年程度で会いまくったキサマには言われとうないわっ!!」

 

 「ひぃっ!! 仰るとーりでございます——っ!!」

 

 

 そしてまた伝家の宝刀、正直スマンかった土下座が炸裂した。

 

 許してくださるのなら水面の上でだろうと土下座して見せますと言う気骨すら感じられる見事な技だ。激しくみっともないが。

 横でかのこが真似ている分、滑稽さに拍車が掛かる。

 

 

 「ったく……」

 

 

 その様子にエヴァはまた頭を抱えた。

 

 余りに膨大なイメージに横島の中で見た事は殆ど憶えていないが、それでも僅かながらかっこ良く見える場面もあったような気もする。

 このギャップには気疲れするというもの。

 

 

 『何かとてつもないモノと出逢った気もするが……』

 

 

 それが思い出せない。

 

 そしてその事が余計に彼女ら苛立たせている。

 

 そんな言いようのない焦りにも似た苛立ちを無理やり鎮め、エヴァはコメツキバッタ宜しくぺこぺこ頭を下げる横島(と、かのこ)から目を逸らした。

 

 

 と……

 

 

 

 

 「ったく……水臭過ぎるにも程があるネっ!!!」

 

 「全く持って面目ないでござる……」

 

 

 そっちはそっちで土下座が披露されているではないか。

 

 流石は横島のパートナーを自負するだけはある。

 背筋をぴしゃりと伸ばして額をこすりつけている様には感動すらできてしまいそうだ。

 

 

 「老師がフツーの人間じゃないコトなんか、とくにお見通しアルよ?!

  今更そこに宇宙人とかいう設定が付いてもナニが変わる言うネ!!」

 

 「……いや、全く持って仰る通りで……面目ないでござる」

 

 

 今になって思い出した事であるが、古はあんまり細かい事は気にしない性格である。

 そしてそれは自分と然程変わりないほどの器で。

 

 そんな古であるからして、今更横島が妖怪変化だと言われたとしてもそれほど気にもすまい。

 現に自分に至っては横島出現の場に居合わせた上、彼自身の口から直接聞いているのだが全然気にしていないのであるし。

 

 一体何であんな事を気にしていたと言うのだろうか?

 

 

 『そうでござった……

  拙者は古がその程度の人間ではないと知っていたはず……』

 

 

 だというのに、自分は何故……と楓は額を石畳にこすりつけつつ内心首を傾げていた。

 

 

 ——実のところ、こんな疑心暗鬼は彼女だけの話ではない。

 楓は忘れているかもしれないが、その解りやすい実例が極身近に存在しているのだ。

 

 

 あえて名を出すのなら刹那である。

 

 

 今さっきまでの楓同様、彼女もつい最近まで大切な幼馴染である木乃香を信じ切れていなかった。

 

 人に強い好意を持つと言う事は、ある意味臆病になる事でもある。

 楓が横島の心を気にして古に対する信頼が疎かになるのも、やはり女心から派生した感情。しょうがない事と言えよう。

 

 

 結局、そういった感情は自身ではコントロールしきれないものなのかもしれない。

 

 

 「聞いてるアルか!?」

 

 「ひゃ、ひゃいでごじゃる!!」

 

 

 その古であるが、元々の柔軟性とオカルト知識の無さから受け入れる体制は最初から整っていると言える。

 

 更にこの横島という男、“向こうの女性ら”もそうであるが、その側は異様に居心地が良く離れ難い。

 何せ一度この男の良い点に気付いてしまうとそこばかり目に入ってくるから始末が悪いのだ。

 

 確かに二人とも横島には大ボケは散々かまされている。

 

 普段兎も角、霊力が下がると途端にスーパーウルトラセクシャルハラスメントヒーローとなってしまうのだから、如何にこの二人でも殴り過ぎて拳を傷めかねない程。

 

 だがその反面、女の子に異様に優しく、また細かく気をつけてくれる。

 悲しそうな顔をすれば励まそうとするし、泣いていれば涙を拭き、挫けようとすれば支えてくれる。

 

 甘いと言えばそこまでであるが、その甘さ優しさ故、土壇場でとてつもない事をかます。

 

 特に助けようとする時の爆発力は計り知れない。

 

 楓もそうであるが、古も彼のその気質に触れているのだ。

 

 だから異世界人がどーの、異宇宙がどーの言われても今更である。

 というか、気にもならない。

 

 やる事なす事が破天荒で無茶苦茶なのであるが、その本質は善人で優しくて正直者。

 運が悪くておバカ一直線な面ばかりが目立ってしまうのだが、内面に気付いた今ではその行動に悩まされはしても嫌う事は不可能に近い。

 

 彼の人となりを知った上で、その彼を異質だとして距離を置く事は……二人には考えもつかない話である。

 

 

 女の子に被害が出る事を形振り構わず防ごうとしていた横島を、級友を巻き込む事に躊躇していなかったあいつ等に対して怒りを見せていた彼をどう嫌えば良いというのか?

 

 古達からすれば、あいつ等の心の方がエヴァや横島なんかよりずっとバケモノなのだから——

 

 

 

 そんな二人のじゃれ合い目の端で捉えつつ、エヴァは溜め息をもう一つ。

 

 あの馬鹿二人の鈍感具合が羨ましくなる。

 

 事はああ言ったお子様じみた恋愛感情の話だけでは済まされないのだ。

 

 

 「……かと言って、バカレンジャーに説明して理解が得られるかどうかは……」

 

 

 かなり微妙な話である。

 

 

 吸血鬼である自分の方が常識的とは一体どういう事なのか?

 

 何だか悩み事がズレてきた彼女であるが、その事に気付くのは古の憤りが収まるもう少し後となる。

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 「……落ち着いたようだな」

 

 「お互い様アルね」

 

 

 横島の異世界から来ました発言で取り乱されていたエヴァも、散々楓に文句言いまくってスッキリした古とほぼ同時に落ち着きを取り戻していた。

 

 後に残っているのはグッタリとしている横島と、真っ白に燃え尽きている楓。

 その間を かのこが行ったり来たりして気を使っているのが微笑ましい。

 

 何だか仲の良さげなとこ見せ付けられているようで古の額に井桁が浮かんだりもするが、それはきりが無いのでスルーだ。自業自得だし。

 

 

 「ふん」

 

 

 鼻先で溜め息とも嘲りともつかない笑いを見せ、お行儀悪く片肘を突いて紅茶を啜るエヴァ。

 

 彼女らの前には、茶々丸の姉に当たる侍女人形達が出してくれたテーブルがあり、その上には人数分の紅茶が用意されていた。

 

 古はとっととその席につき、丸いテーブルの中央に詰まれたフルーツに手を伸ばし、紅茶を飲んでいる。

 結構高そうなボーンチャイナのティーカップであるが、古は気にもせず喉を潤す。そこら辺の物怖じしない性格はすごいと言えよう。

 

 

 「それでエヴァにゃん」

 

 「何だ、バカイエロー」

 

 

 エヴァにゃんと言われるのもかなりイヤであるが、キティちゃんよりはマシだ。

 つーか、この女が言って聞くような相手でない事は先刻承知である。

 

 

 「さっきからナニ取り乱してたアルか?」

 

 

 ずるっと椅子から滑ってしまうエヴァ。

 

 ああ、そうだ。そうだったコイツはバカレンジャーだったな。

 と、肩を落としつつそう諦めの溜め息を吐く。自分と同じアイデンティティの痛みを持ってくれる奴はおらんのか……と泣きたくなる。

 

 そんなエヴァの様子を見ても訳が解らない古は、アホの子でーすと言わんばかりの脳天気な顔で首をかしげていた。

 

 

 「あぁ、キティちゃんな、

  オレが別の世界から来たってコトを理解しちゃったから精神ダメージ受けちまってんだ」

 

 「ふぇ……?」

 

 

 流石に女王様から怒られ慣れている横島だ。回復も早い。

 脱力しているエヴァに代わって説明を次いでやっていた。

 

 

 「それて、そんなにタイヘンなことアルか?」

 

 「うん。まぁね」

 

 

 横島よりそのオツムは柔軟な古はアッサリと異世界を受け入れている。

 理屈どうとかではなく、目の前の常識として受け止めているのだ。

 

 逆に吸血鬼という非常識な存在であるエヴァの方が理屈を求めているのが何とも不可思議な話である。

 

 まぁ、古からしてみれば漫画の話と変わらないだろう。

 

 昔からある話。

 『魔法の世界から修行しにやって来た』……そんな話の漫画を大抵の人間は一度くらい読んだ事がある筈だ。それが事実であろうと、彼女ほど頭が柔らかければ受け入れるのは然程難しくは無いだろう。

 ネギなんかそのまま“実例”なのだし。

 

 だが、ある程度以上世界を理解している者なら、自分の持つ常識を覆されたらそりゃあ頭も痛めるだろう。

 

 そういう意味で言えばエヴァは常識人なんだと横島に言われて何とか古も納得できたようだ。

 

 

 「聞いた話じゃ、“こっち”の魔法の国は門を通じてはいるけど地続きに近いみたいなんだ。

  だけどオレのいたトコは完全に別。根本から違うから平行世界どころの騒ぎじゃない」

 

 

 近衛やエヴァの話によれば魔法国とこちらの世界は百ヶ所ほどのゲートで繋がっているとの事。

 自分がいた世界の冥界チャンネルのようなものだろう。門の数も似ているし。

 

 だが、横島のいた世界とは更に更に大きい隔たりがある。

 彼が言ったように、平行世界どころの騒ぎじゃないのだから。

 

 

 「へーこーせかい?」

 

 

 だが、古はその言葉の初耳である。

 教育テレビに出てくるアホな子宜しく、古は首を傾げて見せた。

 

 そこから説明がいるのか? とエヴァも面倒くさそうな眉を顰めたのであるが、

 

 

 「え〜と、パラレルワールドって知ってるか?」

 

 「あぁ、それはマンガで見たことアルね」

 

 

 極自然に横島が説明を開始している。

 

 妙に世話焼きなんだなとエヴァの口の端が緩んだ。

 

 

 「そうだなぁ……」

 

 

 じっと見つめて説明を待っている古に対し、横島はあたりを見回す。

 

 するとテーブルの上に置かれていたフルーツが目にとまり、彼は手を伸ばしてバナナを一本毟り取った。

 

 

 「これが歴史の流れとするだろ?」

 

 「? アイ」

 

 

 す……とバナナをしたから撫で上げ、中ほどで止める。

 

 

 「で、この辺りの時代……まぁ、あの橋で会った時だとしよう。それが古ちゃんの選択の時だった」

 

 「ふんふん」

 

 「あの時はオレを介抱して楓ちゃんとのトコにつれてってくれたろ?」

 

 

 と言いつつ、一ヶ所だけバナナの皮を剥く。

 

 

 「と、これがそういう選択をした場合の歴史の道だとする。ここまではいいか?」

 

 

 コクリと縦に首を動かして見せる古。

 

 横島はウンと頷いて話を続けた。

 

 

 「でも、他の可能性だってあるだろ?

  見なかった事にして帰ったかもしれない。

  或いは病院に連れてってくれたかもしれない。

  いや、オレが倒れてた事に気付かなかったかもしれない」

 

 

 そう例を口にしつつ皮を一つ一つ剥く。

 

 その場合、横島を知っているが事件には係わらず霊力の修行なんかやっていない歴史。

 或いは全く接点がなくあの戦いの夜を迎えている可能性もあるし、病院に連れて行った後、甲斐甲斐しく介抱してウッカリ恋人になるという突拍子もない歴史だって生まれていたかもしれない。

 

 

 「そんな感じに可能性別に枝分かれし、

  交差せずに別の時系列で進んでいる世界を平行世界って言うんだ。解った?」

 

 「へぇ〜」

 

 

 小学生に対して噛み砕いた説明をする教師のようだな……と、ちょっとだけエヴァは感心していた。

 

 確かにそう言う説明なら如何な古とて多少の理解は得られるだろう。

 何というか……無くした記憶の中には教師経験でもあったのかと思ってしまうほどに。

 

 尤も、単にアホ娘である狼少女の躾役をやらされていた事による慣れだったりするのだが……この吸血鬼が知る由も無い。

 

 

 「オレの世界じゃあ人類が生まれる前から神族や魔族は地上に来てたって言ってたんだ。

  こっちじゃその痕跡すらない。

  それに何て言うか……上手く言えないけど成分(、、)が違うんだよな。

  だからここはオレのいた宇宙とは別の宇宙って事になる」

 

 「平行世界ならぬ、平行宇宙でござるか?」

 

 

 その横島の言葉を、何時の間にか再起動を果たして近寄っていた楓が継いだ。

 

 古はちょっと驚いていたが、当然のようにその気配に横島は気付いている。そして楓のその言葉に一瞬頷きかけるが、ちょっと首を傾げた。

 

 

 「う、う〜んそうとも言い切れないんだよなぁ……

  オレは知ってるけど、根本から違う宇宙ってのはいっぱいあるんだ。

 

  例えば魔族……悪魔とか言った方が解り易いかな?

  そいつらと天使とかがいる天界との立場が逆転した宇宙も実験的に創られたらしいんだ。

  そんな風に根本から違う宇宙も存在してるらしいし……」

 

 

 「はぁっ?! 実験的に創られたぁっ?!」

 

 

 流石にあまりのトンデモ発言に頭痛の忘れてエヴァは嘴を突っ込んでくる。

 

 スケールが大きすぎるにも程があるのだから当然の事かもしれない。

 

 

 「え゛ぅっ??!!

  あ、いや、その……知り合いの神様がそんな事言ってたし、その……

  妹分の一人もそう言ってくれたし、実験的に創られた宇宙の卵は見たことあるし……」

 

 

 ドバドバ溢れ出してくるトンでも発言。

 楓と古は、理解の範疇を超えているからではなく、スケールの大きさから頭から煙を出し、エヴァは……

 

 

 「ふざけるなコラァアアッッ!!!」

 

 

 何よりかにより、キれて吼えていた。

 

 

 「ひぃいいいい〜〜〜〜っ!!! スンマセーンっ!!!!!!」

 

 

 

 彼にできる事は、神の領域に達した土下座くらいのものである。

 

 しかしまさかエヴァもその土下座技術の一部が、竜神という超存在にセクハラしまくった挙句に仏罰を喰らい掛かって培われたものであるとは……想像もできないであろう。

 

 

 

 

 

 

 彼女が落ち着きを取り戻すのには三十分近くかかってしまった。

 横島の言うように、この『エヴァンジェリンの別荘』は時間からも隔離された結界の中である為、外の時間で言えば僅か1分程度となるのだがそれでも復帰までエラク時間が掛かっている。

 

 自分の常識から飛び越えた事を言われたのだから当然かもしれないが。

 

 

 「ま、まぁ、兎に角……

  キサマが別のトコから来たという事は千歩譲って認めてやる。感謝しろ」

 

 「あ、ありがとさんで……」

 

 

 本当はもっとちゃんとした説明をしてやりたいのであるが、今の時点でコレでは説明が難しい。

 ヘタなコト言って逆ギレされたら何されるか解ったものではないからだ。

 

 考えてみれば、昔話や神話級の神々や妖怪、悪魔等と面識があるという話はちょっとナニ過ぎるかもしれない。

 そう考えての事でもある。

 

 

 「それで……?」

 

 「は?」

 

 「それで。キサマはそんなドふざけた世界からどうやってこの世界に来たんだ?

  それだけじゃない。あの記憶構造は何だ?

  同じ時系列で全く違う記憶がパッチワークのように絡み合っていたぞ。

  普通の人間……いや、人間と言い切る事もできん程にな……」

 

 

 ジロリ……と横島は上目遣いで睨みつけられる。

 ハッキリ言って流石は真祖の吸血鬼。とんでもないプレッシャーだ。

 

 かのこは元より、チキンハートの横島はその波動の余波だけでガクブルである。

 

 それでもチラリと目を向けた先にいる二人……楓と古が目に入ると不思議な事にプレッシャーが軽くなる気がした。

 

 エヴァとは逆に、自分を労わり、心配してくれている眼差しだからかもしれない。

 

 そんな眼差しの後押しを受け、横島は深呼吸をして落ち着こうとする。

 その様子にややイラつきながらも、エヴァは話そうとする彼に免じてプレッシャーを抑えてやった。

 

 

 だが、呼吸を整えてこちらに顔を向け直した横島の眼を見たとき、エヴァは珍しく息を飲んだ。

 

 

 「……よ、横島殿……?」

 

 「老師……?」

 

 

 めったに見せない横島のシリアス顔。

 それも実年齢が滲み出た大人の男の顔がそこにあった。

 

 普段とのギャップか、あるいは本質を見せられるのか本人は知るまいが中々良い顔を披露している。

 

 その証拠に、エヴァは兎も角として古と楓は頬を真っ赤に染め上げているではないか。

 

 だが、タイミング良く(悪く?)そんな二人に気付かなかった横島は、何かを決心したのだろう重そうな口を開いた。

 

 「今言った平行世界だけど、ほぼ間違いなくオレの世界には(、、、、、、、)存在しない(、、、、、)

 

 「は?」

 

 

 いきなりナニを言い出すんだコイツは? と吸血鬼は目を見張る。

 

 

 「まぁ、今は先に聞いてくれ。ちゃんとした無いっていう確信があるんだ」

 

 「あ、ああ……」

 

 

 腰を上げかけたエヴァであったが、横島が手を前に出して制してそう言い彼女の質問を止める。

 彼女にしては珍しく、その言葉に従ってデッキチェアーに座り直して耳を傾けるエヴァ。

 

 

 「で、今さっきも言ったけど、実験的に創られた宇宙の卵。

  それはかなり上級の……まぁ、魔神とか言われるレベル以上の存在だったら作る事ができるらしい」

 

 

 ココまではいいか? という眼での問い掛けに、エヴァは不承不承ながら頷いてみせる。

 

 

 「だから当然、ず〜〜〜〜っと上の存在も創ってるらしいんだ。

  それも実験的なのじゃなく、ちゃんと確立した宇宙とやらを」

 

 「……で?」

 

 

 続きを促すエヴァを見、次に楓たちに目を向ける。

 

 きょとんとしているかのこは別として、頭から少々煙が見えなくも無いが二人は何とかついてこようと耳を傾けていた。その努力が何だか涙ぐましい。

 

 ふぅ……と溜め息一つ。

 

 言いたくないというよりは、自分の口から認める言葉を発したくないようにも見える。

 それでも言わねばならないのも事実であるが。

 

 

 「オレのいた宇宙には確かに平行世界は無いけど、今言った理由で同じような時系列の流れがある宇宙は在ったらしい。

  あえて言うなら楓ちゃんが言ったように平行宇宙ってコトになるんだけど……」

 

 

 そこまで言って、横島は息を吸って言葉を切る。

 

 三人には何かに踏ん切りをつけているようにも見えた。

 

 

 「……丁度今のオレの見た目の歳、オレのいた世界ではでっかい歴史の分岐点が発生した」

 

 「と言うと?」

 

 

 もう一度言葉を切り、横島は呼吸を整えてエヴァの問いに答えた。

 

 「こちらで言うところの(、、、、、、、、、、)ソロモン七十二柱が一柱にして四大実力者の一柱。

  地獄の大公、恐怖公とも呼ばれている魔族と言えば解るか?

 

  その魔神が出現して事件を起こしたんだ。

  それもよりにもよって人間界。東京のど真ん中で」 

 

 

 

 「 ん な ……っ?!」

 

 

 

 言うまでも無くエヴァンジェリンは、今でこそ呪いによってその力の大半を封印されてはいるが、そこらの魔法使いなど足元にも及ばないほどの実力と知識を持っている。

 属性が<闇>であるからか、当然ながら悪魔の事もそれらを使役する方法もだ。

 

 だが、流石にソロモン七十二柱というのは話がでか過ぎる。突飛と言って良い。

 それだけでも大事件であると言うのに、話に出た魔神の爵位は大公爵。数ある悪魔の中でもトップクラスの実力者。最上級神魔クラスの大悪魔だ。

 

 

 はっきり言って無茶苦茶である。彼の記憶に触れていなければ正気を疑っただろう。

 

 しかしエヴァはその起こった事件らしいモノを見てしまっているのだ。それがまた頭痛の種だった。

 

 

 「何やらご大層な(あざな)をもっているでござるが……

  その者はそんなに凄まじい存在なのでござるか?」

 

 

 空気が読めないのか、無理にでも話に加わりたいのか、楓がそんな質問を述べる。

 古も聞きたかった事なのだろう。うんうんと頷いて耳を傾けていた。

 

 サッパリ理解範疇外の楓らが羨ましい。

 

 

 「 バ …… っ ! !

  あ、いや……そうだな。お前らが知るハズも無いか……」

 

 

 余りにもマヌケな質問をした楓に激昂しかけるが、直ぐに思い留められたのは流石である。

 ある程度の余裕があるのかもしれない。

 

 兎も角、今はその説明を後回しにさせてくれという横島の言葉を飲み、楓らは黙って続きを聞く事にした。

 

 

 「今言った事件は結局“何とかなった”。

  これも詳しい説明をするとかなり時間掛かるからまた今度な」

 

 

 何やら誤魔化された気もしないでもないが、楓もそうであるが古の方も頭がショートしてて限界っポイ。

 自分だってかなり頭が痛いのだから。

 

 仕方なくエヴァは了承して続きを促した。

 

 

 「言うまでもないけど、そんな大事件が起こればかなり今まで不動を貫いていた世界の軸だって変わる。

  だけど未来は既に(、、、、、)決定されてたから(、、、、、、、、)どうやっても変化は無い。

  小さな変化は兎も角として」

 

 「未来が決定されていた……だと?」

 

 「あ、うん。まぁ、その説明も後でするよ。

  兎も角、そう言ったわけで歪みの軸は色々な可能性を生んだ。

  当然ながら並行的に同じ時系列で進んでいた別の宇宙は……」

 

 

 歪みによる改変はその時期を分岐として様々な道を生み出していた。

 

 超上層の存在は兎も角として、それ以下の存在はその宇宙から出られない為、その宇宙の中の変化だけを受け入れる。

 

 

 世界に溢れ出た怨霊の被害に遭い、それらを駆逐する組織を作る者が出た世界。

 

 第二の事件発生を懸念し、徹底的に人外を駆逐するモノが出る世界。

 

 事件解決の功労者の能力に魅せられ、それを我が物にせんと動き出すモノが出た世界。

 

 冥界チャンネル襲撃の折、仲間や恋人を殺害されて魔族に憎悪を向けてデタント壊滅を目指す天使が現れた世界etcetc...

 

 

 そしてその中で一番歪んでいた宇宙——

 

 

 何の変化も発生しなかった宇宙。

 

 

 あれだけの事件が起こったと言うのに日々変化無く、淡々と時が進んでいた世界。

 

 

 事件後も人々は怨霊や妖怪を病的に恐れたりせず、

 除霊学科も以前と変わらない教育を続け、

 相変わらず日本のオカルトGメンは人材不足のままで現状維持され続け、

 

 万能と言える珠を生み出す能力者がいると言うのに、世間も魔族もほったらかしのまま……

 

 

 

 そんな大き過ぎる歪みの世界にこの横島(、、、、)は居たのである。

 

 

 

 

 「……壮大なんだか、妄想気味なんだか……

  異世界と言うだけでも信じ難いというのに…病院へ行って頭を見てもらえと言いたくなる話だな」

 

 「ま、そうだよな。“今のオレ”だってそう思う。

  兎も角、オレのいた世界のオレも、他の宇宙のオレも色んな可能性の歴史を歩いていた。

  ここまではOKか?」

 

 「……要は、お前の今の年齢までの歴史の流れはほぼ同じだったが、十七歳時の大事件以降からはかなりズレがあると言う事だな?」

 

 「そう。

  だったらもう大体見当ついてんだろ?」

 

 「……まぁ、な……納得できない点もあるが……」

 

 

 「え゛え゛っ!? 今ので解ったアルか!?」

 

 「拙者、頭の上でサッパリ妖精がダンスしてるでござるよ……」

 

 

 二人の理解力を飛び越えているのも無理は無い。

 エヴァとて非常識な思考まで論理飛躍しただけの事で、理屈も何もあったもんじゃないのだ。

 

 先程のパッチワークな記録と、並行宇宙という話。

 そんな材料を先に提示しているのだから、当然二つの話は結びついている筈だ。

 

 そして何より彼女の勘がそれ以外考えられないと告げている。

 

 

 「横島忠夫。

 

  お前……何かの拍子に別の宇宙の自分とやらと融合したな?」

 

 

 それが、彼女の勘が弾き出した答だった。

 

 

 「当たり。

  正確に言うと、宇宙の卵から落っこちたオレ“達”と合体しちまったらしい。

 

  で、別の体験してるから違う記憶の部分が矛盾を起して弾けちまったらしいんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 理由は様々。

 

 ちょっと前に夢の中であの魔神に言われたように多種多様。

 

 除霊の失敗。

 超古代魔道機暴走による事故。

 魔族の罠。

 神魔の封印を超えて逆行しようとしての失敗。

 君を危険視した反デタント派による暴走等と例をあげたらきりが無い。

 

 そしてその様々な理由によって宇宙の穴に落ち、或いは落とされた幾つかの世界の横島達は宇宙の外と言う“何も無い場所”に行ってしまった。

 

 

 何せ“何も無い”場所なのだから距離だって存在しない。だから“時間の差”も無い。

 

 落ちた横島達は同時に同じ場所に出現し、同一存在で霊力が同じ波形だったが為に融合してしまったのである。

 

 普通なら絶対にありえない話であるが、横島のいた世界……というよりは横島が使った能力の一つに同期合体という反則技がある。

 彼の霊体はそれを使った記憶と経験がある為、かなり容易に同調融合してしまったらしい。

 

 だが、同一人物であるが別宇宙の存在であるからして結局は他人。

 更に肉体を構成する成分が全く違う為に弾けてしまったというだ。

 

 その際、記憶も融合されていた為、同じ歴史を歩んでいた十七歳までの記憶は欠損が無くなって異様に鮮明に克明になり、それ以降の記憶は全く違う道を辿っていた為に矛盾を起こし、形を保てず粉々になってしまったらしい。

 

 

 幸いと言うか何と言うか、一時的とはいえ以前の同期合体以上の超出力が出せたお陰で元の世界に戻れたようであるが……彼だけはこの世界に落ちてきてしまったというのである。

 

 

 それが十年分の記憶はなくなっているが、十七年分の記憶“だけ”鮮明になっている理由である。

 

 

 しかし、それでも“この横島”だけがここに来た理由は解らない。

 

 

 「え〜と……キティちゃんは見てないだろうけど、楓ちゃんや古ちゃんは見ただろ?

  あの晩に暴走したオレ」

 

 

 「へ? う、うん、見たアルよ」

 

 「この眼で確と……」

 

 

 急に話をふられて戸惑ってしまうものの、何とかそう答える二人。

 

 既にチンプンカンプンの世界であるが、横島が後で詳しく教えてあげるからと言ってくれたので質問は控えている。

 

 

 「? あの変態行為がそうではないのか?」

 

 「違ぇーよ」

 

 

 横島は苦笑して否定した。

 何時もなら『ちゃうわーっ!!』と涙声で言いそうなものであるが。

 

 だがその事を楓らは気付けていない。

 

 

 「何て言うか……

  オレは元々目的の為に手段を選ばないんだけど、暴走した時のオレはその選ばない手段が……」

 

 

 <排除>なんだよな……と肩を竦めた。

 

 

 「あの時のオレが“この体”のベースなんだ」

 

 「体のベース……だと?」

 

 「ああ……」

 

 

 溜め息を吐き、テラスから見える水平線に眼を向ける横島。

 

 何だかその眼差しはカラッポで、古も楓も胸が痛む。

 

 

 「他のオレは自分の世界に戻れた……と思う。

  それはそれぞれにぶっとい絆が残ってたから可能だった事らしい。

  特に雇主は前世が魔族で、オレの前世と魂の契約を結んでる。

  だからその雇主との繋がりを辿る事もできた……らしい」

 

 「今度は前世ときたか……何と言えばよいやら……」

 

 

 “らしい”とか“思う”とか、説明は仮定ばかりで完全な確証は無いが、確信しての事。

 それでも信憑性の低さは如何ともし難い。直に見ていなければ単なる妄想野郎として見ていただろう。

 

 どちらにせよ前世の話まで出てくるのだから余計に信憑性が無くなる。こんな話はエヴァや現在絆を結んでいる楓ら以外には信じてもらえまい。

 

 

 「……ん? だとすると、お前は……」

 

 「そ」

 

 

 その流れだから解る。

 

 そう言った理由で他の横島が帰られたというのなら、この横島が帰る事ができなかったのは……

 

 

 「絆の全て。

 

  親や友達、雇い主や同僚、そして弟子。師にあたる神様。

 

  そ の 全 て を () く し て る」

 

 

 「え…っ?!」

 「な…っ!?」

 

 

 失った……いや、或いは失わされた(、、、、、)のかもしれない。

 そう納得させられるシーンが微かに浮かぶのだから。

 

 だからこそ知り合いを奪われそうになると暴走し、奪おうとする者には非情となる。

 

 

 全てを無くして生きてきて、カラッポで虚無な人生。

 

 求め欲してはいるが同じモノは存在せず、仮に他の世界のそれらに出会えたとしても完全なる別物であると理解し尽くしてしまっているほどのガランドウな心を持った横島。

 

 

 それでも心の奥底では昔を強く求め欲していたのも事実。

 

 

 だからこそ、真逆の位置にいたこの横島の記憶——

 

 何もかも失わず絆を増やし続け、その全ての直中にいたまま時間を積み重ねていた世界の横島忠夫。

 

 その記憶と記録を完全に受け入れてしまい、本人はゆっくりと“この横島”に全てを委ねている。

 

 全ての絆を失った横島の肉体に、全てを絆を保てたままの横島の記憶が焼きついた状態。

 つまり、言うなれば別の肉体に乗り移ったようなものなのである。

 

 

 「同軸憑依……とでも言えばよいのか? それが今のお前と言う事か……」

 

 「ああ……」

 

 

 “だから”この繋がりを無くしている霊体では主格の居た世界に戻れないし、仮に戻れたとしても自分の知るそれ(、、)と違って住み良いとは言い難い世界だろう。

 尤も、行こうにもその宇宙の位置……座標も軸も解らないのであるが。

 

 では、主人格の横島の世界に戻るのはどうだ? という話もあるが、他の横島は戻ったと今さっき口にしたばかりだ。

 

 つまり……

 

 

 「オレの居た世界にはとっくに“オレ”は戻ってる。

  ここにいるのはオレの記憶を持ったオレってこと」

 

 

 焼きついたのは記憶のみ。

 絆の多かった横島は当然のように戻る事が出来ているだろう。

 

 更に、弾けた身体を治す際、当然の如く珠を使用したのであるが、その時身体を治すのに使ったのこちらの世界のマナ。

 だから肉体成分が完全にこちらの成分となってしまっている。

 

 

 だから“戻れない”。

 

 

 いや、こちらの世界の成分となり、自分のいた世界の常識だった事を“歪んでいる”と認識している時点でこの世界の存在の枠に入っている。

 よって、もう横島は向こうに行けない(、、、、)のだ。

 

 

 「それが、前に楓ちゃんに言った、『どうがんばっても行けない』って理由だよ」

 

 

 

 絶句する三人を他所に、横島はかなり割り切った笑顔を見せていた。

 

 

 



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後編

 

 

 広がる光景は南国のそれであり、吹き抜けていく風は適度の潮の香りが混じっていて爽やかだ。

 

 

 だが、エヴァの心はそんな風すら軽くしてはいない——

 

 

 他人の事には結構クールであるエヴァにしても、珍しく二の句を告げられないでいた程なのだから。

 

 

 『只者ではない事だけは解っていたが……流石にどうも……な』

 

 

 自分とて“あの日”にいきなり吸血鬼にされてしまった身。好きで吸血鬼になった訳ではない。

 

 確かに横島は生物学的に言えば成分こそ人間であるが、内容からすればその存在からして人間ではない。

 この世界に迷い込んできた異物が、この世界の物質に成分を変えた存在なのだから。

 

 無論、元いたオモシロ世界を歪んでいると認識してしまっている時点で完全にこの世界の成分存在となっているであろうが、異世界出身という認識があるからか彼自身は認め切れていないだろう。

 

 

 しかしそれはエヴァだからこそ理解できる事。

 

 吸血鬼だと知っても級友、教え子として接してもらってはいるが、人と自分との間に600年間引き続けている線引きを止める事ができない彼女だからこそ……

 

 

 

 

 「ん〜……

  なれど、島殿は大半の記憶ごと若返っているでござるから、その十年は体験していないのと同じでは?」

 

 「そーいえばそーアルな。

  その人たちはココにいないのだから、絶対にそんなヒドイ事にならないわけで……」

 

 「え、えと、まぁ、オレ自身も現実味無いからわりと平気でいられるんだけど……」

 

 

 言ってしまえば、このバ楓や馬鹿ンフー娘のように平気で引いた線を飛び越えてくる奴らの方が常識的にはおかしいのだ。

 

 

 おかしいのであるが……

 

 

 「それに大切なモノ奪われたらおかしくなるのは当然アルよ?

  それだけ私の級友を大切に思てくれた事には感謝してるアル。

  暴走はナニだたアルが……」

 

 「ま、確かに。

  それを恥じ、悔いているからこそ長殿に頼んだわけでござろう?

  では、そうならないよう進む所存でござるな。

  ならば別に問題はないでござる」

 

 

 自分らはただ付いて行くのみ——

 

 

 声に出してはいないが、そういった念を送り続けている二人にエヴァは肩を竦めて苦笑する事しできない。

 

 ぶっちゃけて言えば、二人の行動は単に問題の掏り替えである。

 

 別に横島は楓らが言っているような事を口にしているのではないし、そんな事を気にしている訳でもない。

 

 

 彼は遠まわしに自分が自分のスクラップのようなものと言っているのだ。

 

 

 残り物である自分が、居場所を持たない自分が、自分の世界からはじき出された自分がここにいるという事実を口にしただけの事である。 

 それでも二人はそんな彼の心に()を見たのだろう。無意識に問題を掏り替えて何時もの調子へと導いて行こうとしている。

 

 

 『まぁ、そういったグダクダはアイツらの問題だしな……』

 

 

 と、エヴァは妙に生暖かい目で見守っていた。

 

 

 ——くだらない感傷と言えなくもない。

 

 

 無論、自分だってそんな憶えはある。

 昔、自分もそんな“疵”の中に心を沈めて自暴自棄になっていた気もするし。

 

 支えてくれた、力になろうとしてくれた者もいたような気もするが、何せこっちは不死身のバケモノ。そういった存在は記憶ごと老いさらばえさせて塵となっている。

 

 何だか昔の自分を見ているような気がして僅かながらでも苛立っているというのだろうか?

 或いは我知らずヒトの異物となった時の事を思い出していたのか……

 

 その想いの真偽はとかく、稚拙な言葉の使い方で問題を必死に掏り替え、横島を励まそうとしている二人を見ていると不思議と(横島もそのようだが)自分が纏っていた空気が軽くなっていくようだ。

 

 こうなると皮肉の一つも言いたくなるが……

 今は止めておく事にした。何だか無粋であるし。

 

 

 『フン……この私がな……』

 

 

 ……まぁ、自分だって不死身の吸血鬼と言う不条理の極致。今更ナニを言わんかやだ。

 

 現実逃避ともいえるが、これ以上頭痛のタネが増えたら堪らない。そーゆー奴なんだと流してしまえば済む程度の事である。

 ——と、言う事にしておこう。ウン……

 

 

 それに、

 何よりも気に掛かっている事もある——

 

 

 「その辺で人前でいちゃつくのは止めにしないか?

  まだキサマに聞いていない事もあるのだからな」

 

 

 そろそろ好奇心を止めて置くのも限界だった。

 

 僅かながら割り込むのには気が引けたが、やはり置いてけ堀なのも腹が立つ。

 だからついに楓と古に挟まれてなにやら悶えている横島に対し、妙に偉そうに問い掛けてしまった。

 

 やっと自分の調子を取り戻しつつあるのだろう。ズン…という擬音でも聞こえてきそうな程に威圧感が増す。

 

 

 「ナ、ナニかな?」

 

 

 横島の本質はヘタレであるからして、そう言った美少女の威圧に弱い。

 

 と言うより、何を言われていたのか知らないが、二人によって追い詰められていた彼の目はさっきのそれに戻っているのだ。

 こうなると昔の横島まんま。女王様オーラに敵う訳が無い。

 

 ちょっと惜しい気もするが、この眼差しの方が彼らしいという気もする。だから今のマヌケ面に苦笑しつつ、エヴァは聞きたい事を口にした。

 

 

 「あの晩……スクナとやらを理解不能の技で封じたのはキサマだったらしいな?」

 

 「え? あ、そ、そうやけど……

  あっ、アイツを霊気で縛り上げたのはオレの力だけやなく、アイツ本人から吸った霊気も……」

 

 「余計な事は言わなくていい。黙れ」

 

 「あぅ……」

 

 

 流石に女王様気質全開のエヴァを相手にしては、元に戻った横島では抵抗しきれまい。つーかできない。

 やっぱり丁稚では女王様には勝てないのだろう。当たり前だが。

 

 さっきまでそのエヴァすら黙らせていた気配が嘘のようだ。

 

 

 「そして、さっきキサマの記憶に自我を持って行かれかかった私を引っ張り出したのは……」

 

 「私に渡されてた球の事アルか?」

 

 「そうだ。アレは何だ?」

 

 

 念の為にと古に渡していた例の“珠”。

 万が一、記憶の奔流に引きずり込まれた事態を想定して『還』って来られるよう古に使い方を教えて渡していたのだ。

 

 タイミング等は二人に任せていたのだが、流石に霊感が上がっていたからだろう。中々に良いタイミングで使用してもらえている。

 

 が、そのお陰と言うか、その所為でエヴァに知られた事は如何ともし難い。

 

 

 「そー言えば、木乃香のパパさんを石から戻したのも、アレ使てたアルよ」

 

 「何だと?」

 

 

 いらんコト言っちゃダメーっ!! と、横島は内心涙声で叫んでいたのであるが後の祭り。

 まぁ、木乃香を救う為に大盤振る舞いしていたのだから、何れ話す事になるだろうとは覚悟してはいたが。嬉しくないのもまた確か。

 

 古が知っている範囲とは言え、その力の奇怪さは異常そのもの。

 彼の霊能力と言うだけでは納得し切れまい。現にこちらを向くエヴァの視線は険を帯びていた。

 

 

 解っている。解っているともさ。

 こーゆー目線は良く知っている。話さないと拙い何てもんじゃない。

 お仕置き直前の雇主やグレートママンと同じよーな眼差しなのだから。

 

 

 それに——

 

 

 「ま、もうそろそろ話してもいっか……」

 

 

 とは思ってはいたのであるが。

 

 

 横島は左掌を広げ、霊気を集めて六角形の小さな盾のようなものを出した。

 

 

 「初めて力が発現した時はコレくらいだったんだ。

  も、ホントにド素人の時。全身の霊気を一点集中して一部分だけを強化するっていう、捨て身に近い技」

 

 

 昔、ゲームの世界に引きずり込まれた時、とっととボスキャラを倒そうと雇主は霊力で持ってチートにもレベルをマックスに克ち上げた事がある。

 その横島のMAXレベル時のHPは村人以下。MP……霊力に至ってはゼロだ。レベル99でも何の役にも立たないという見本のよう。

 

 だから素質も才能もゼロだと思っていた。

 

 

 が、ある事件の調査の為、竜神の娘が僅かながらであるが竜気を授けてくれるというイベントが起こる。

 

 その時からやっと埋もれていた霊力が発現し、成長をし始めたのであるが……どういう訳か普通は一番簡単なはずの霊力放出はドヘタクソだったのに、無我夢中ではあったが難度の高い収束だけはイキナリ成功していた。

 

 考えてみれば素質が霊波の収束能力だったのであれば、後押し無しではその力が発現する事は無かったのかもしれない。

 

 

 「で、ある事件で香港に行った時。

  強化ゾンビの群れに追い詰められたオレは、何故か力の格が上がったんだ」

 

 

 段々と大きくして見せていたサイキックソーサーがほどけて左手に巻き付いた。

 

 その霊力(楓らから言えば氣)は光る手甲のような形状で落ち着いており、二人の少女からは何度見てもすごいと言う感嘆が漏れる。

 

 

 ボヒュッ!!

 

 

 そしてガスバーナーに火がつくような音を立て、一瞬で剣のような形状へと変化。

 霊気の手甲は美しいエメラルドグリーンの霊波刀となった。

 

 

 「ほぉ……?」

 

 

 流石のエヴァも感心していた。

 

 いや、確かに記憶では“観”てはいたが、それは漫画の流し読みに近い状態での事。

 横島の克明過ぎる記憶に引っ張り込まれないよう、あえてそうしたわけなのだが……その力を目の当たりにするとボンクラさが嘘のようだ。

 

 確かに自分とて断罪(エクスキューショナー)(ソード)という剣の様に見える魔法を使う事ができる。

 だがあれは今言ったように“剣の様に見える”が、物質の状態を相転移させる魔法であって、実際には接近戦魔法ではないし“能力”でもない。

 

 しかしこの男は『断つ』という意思を霊力とやらで形成しているようなのだ。それも無造作にだ。

 

 やはりこの男はかなり珍しい素質を持っているようである。

 

 

 だが、この男の力はそれだけに留まらない———

 

 

 「……でもある時、この程度じゃ戦力にならない。

  良く切れる武器を手にしても、使いこなせなきゃ話になら無い。

  だから民間人は帰れっ!! て、ある女に言われたんだ」

 

 「それは……そうアルな……」

 

 「幾ら研ぎ澄まされた名刀を手にしようと使い手が素人では話にならないでござるし……」

 

 

 何となく横島の口から出た“ある女”という単語に反応を見せたものの、想いを馳せるほどの間柄ではないのを眼差しから受け取った二人の武道家はわりと冷静に肯定して見せた。

 

 様々な武器を使える楓らだからからこそ解る事。どんな強大な剣も使えなければ置物と変わらない。その事を体感で理解しているのだから。

 

 しかし、今の彼はそこらの使い手なんか足元にも及ばないよう見えるのだが……?

 

 

 「うん。後で考えたら当たり前の事なんだよな。そん時は全然わかんなかったけど……

  でも何て言うか……悔しくてさ……

  だからダチの一人が修行に行くって言った時、付いて行っちまったんだ」

 

 「ほう?」

 

 

 

 

 

 エヴァはこの時の事を……

 

 初めてそれを目の当たりにした時の事を後々まで忘れられないと言う——

 

 

 

 

 

 「付いてったはいいけど、死ぬか覚醒するかってゆーデンジャラスな試練を受けさせらてさ……

  実際一瞬死んだよーな気もするけど……」

 

 

 どよ〜んと顔に縦線を浮かべつつも、右手の人差し指と親指を出し、空で何かを摘むような形をとる。

 

 

 何をするのかと見守る皆の目の前で、

 

 

 

 

 「「「 え ? ! 」」」

 

 

 

 

 “それ”は起こった——

 

 

 このマナの濃い特殊な別荘の中という特殊空間だからこそ解る力の集中。

 

 彼の言うところの霊気が収束し続け、渦を巻いて集まって行く。

 

 エヴァは元より、彼の収束能力を知っていた筈の楓達ですら目を見張るほどの超収束。

 

 物質を生み出す魔法は確かにある。

 エヴァとてできない訳ではない。

 

 だがそれは段階を踏んで召喚したものを具現させるだけの話であり、間違っても無から有を生み出す技ではない。

 

 しかしこれは……

 

 目の前のこの現象は……

 

 

 どんどん、どんどん集まってくる霊気。

 

 横島は皆に理解できるよう、あえて収束をゆっくり丁寧に行っている。

 

 そして集まってゆく濃度は かのこのような精霊からしても驚異的なもので、この小鹿も足踏みをしながら興味深そうに見守っていた。

 

 そんな風に、ゆっくり丁寧に行っているからこそ その異様さが際立っているのだが彼はまだ気付いていない。

 

 集まった霊気はランダムな螺旋を描き、その輝きを静めて行く。

 

 輝きを静めると言う事は、動きを止めると言う事であり、霊気がそこに固着して行くと言う事。

 

 やがてその静まって行く輝きは“それ”のツヤとなり、集まった力は完全に物体と化し掌の中にコロンと転がって落ち着いた。

 

 

 三人が三人とも呆気に取られている。

 

 目の前で起こった奇跡に、その奇跡によって生み出された珠に眼を奪われているからだ。

 

 

 力の密度を上げて分身を作る術を知っている。

 

 氣を高めて圧力を生み出す事も知っている。

 

 魔力を高めれば、“物質のように”重量が増える事も知っている。

 

 

 だが、これは……

 

 これはそのどれとも圧倒的に違う。

 

 完全に物質となってそこに存在しているのだ。

 

 

 その上その珠の持つ力は、そんな彼女らの想像を遥かに越えている——

 

 

 「これがオレの奥の手。

 

  収束した霊気をキーワードで解放し、込められたイメージを発現させる力……」

 

 

 

 驚きかえっている少女らを前に、どこか自嘲めいた顔で横島は言った。

 

 

 

 

 

 

            使う者を弱者へと導く力……−文珠−

 

 

 

 

 

 と——

 

 

 

 

 

 

 

 

———————————————————————————————————

 

 

 

 

              ■十四時間目:Total Recall (後)

 

 

 

 

———————————————————————————————————

 

 

 

 

 

 「頭痛い……」

 

 

 ズキズキと痛むのは偏頭痛。

 

 花粉症にかかると風邪を引きやすくなり、体力が無い今の状態はかなりキツイだろう。

 まぁ、この“別荘”にいる間は多少力が戻る為、そういった弱さから解放されるのだからマシであるが。

 

 タカミチがもうちょっと若い頃、この場を貸して修行させていたがそれ以降は使っていなかった。

 思えば花粉症にかかった時はとっとと篭って治せば良かったかもしれない。

 

 その代わり一日がかなり伸びるから、年月を今以上に長く感じるので使う気にはならなかったのであるが……

 

 

 しかし、彼女の頭を痛めているのはそんな事ではない。

 

 

 「何という反則アイテムだ……」

 

 

 横島忠夫という男が見せた力。

 

 自分の意志を霊力とやらで収束し、その霊的な武器で持って戦うドハズレた退魔師。

 だが、その収束特化した能力は武装だけに止まらず物体創造にまで及び、その信じ難い力は更に信じ難いモノをこの世に出現させてしまう。

 

 

 現代の宝貝“文珠”。

 

 彼は人類で唯一それを生み出す事ができる能力者だったのである。

 

 

 漢字一文字からなるイメージを込め、解放する事によってその現象を発現させ、あらゆる状況に干渉させる事ができる正に反則のアイテム。

 おまけに生み出すのは彼の能力なので、霊力とやらが尽きない限り幾らでも生成できる。

 

 だがそれでも、彼の話によると使い勝手はかなり下がっているとの事。

 

 何でも元々の文珠は確かに生成に時間は掛かるものの、その安定した力は分解する事無く固着しつづけ、一度生成すると使用するまで物質として存在し続けられるからストックしておく事が可能だったらしい。

 

 今のそれは確かに出力こそ上がり、生み出す時間も僅か数秒という短時間になってはいるが、物質安定力はとてつもなく下がっていて最高でも十分で爆発崩壊。

 練り込んだ霊力が無駄に強力過ぎるて安定仕切ってくれないからとの事。

 

 要は使わねば爆発してしまうという事。

 物騒極まりない話である。大き過ぎる力はわが身を滅ぼす例えを現したかのよう。

 

 

 しかし確かにハイリスクではあるが、そのリターンはやはり物凄く大きい。

 

 

 文字を込めるのは霊力と言う魂から汲み出した力でなければならないようだが、込めるキーワードは何でも良いらしく、試しに魔力という意味で『魔』の文字を込め、その力を使用してみると……何とエヴァの魔力が大きく回復した。

 

 後で知った事であるが、この珠に込めるのはイメージの方が重要らしく、あのスクナと戦った時の魔力全開モードのイメージが強く残っていた横島は、その時のイメージで『魔』を生み出したらしい。

 ほぼ全盛期の魔力を出した時のイメージなのだ。そりゃ回復も大きかろう。

 

 

 『柔』と込めて大理石の柱にぶつけるとスポンジのようになり、『硬』と込めてワインに入れれば鉄のように硬い液体という不思議極まる物体となった(おまけにワインの味はそのまま)。

 

 『雨』と入れて空に投げれば雨が降り、『雪』と入れて投げたら雪が降る。

 

 『脆』と入れて岩にぶつければ豆腐のように脆くなり、『重』と入れてハンカチに使うとグランドピアノより重くなって石畳にめり込んだ。

 

 

 ——こんなふざけた力、どう納得すれば良いというのだろうか?

 

 

 確かに皆に黙っていた筈だ。

 この力は厄介すぎる。

 

 魔法というものは科学と別のレールを走ってはいるが、論理と定理とが存在しているので根っこは科学と同じもの。

 だからこそ本人の魔力量は兎も角、精霊の力を借りるコツさえ掴めれば誰だってできるのだ。

 

 

 しかし、この力は完全にヒトのそれを超えている。

 

 

 「物質としての維持に時間制限があるだけマシか……いや、それでもシャレにならんな……」

 

 

 神々がいた世界で、魔族や悪魔、魔神と戦っていたという与太話。

 

 しかし、こう言った能力者がいたというのなら何となく信じられるような気もする。

 

 神が本当に“存在”しているという事実は、未だ受け入れ難いのであるが。

 

 

 それでも——

 

 

 「ま 頭痛がするのはしょうがないが……

  この力の存在を我々だけが知ったというのは、悪い話ではないしな」

 

 

 額から手を離し、ニヤリと底意地の悪そうな笑みを浮かべると、エヴァは“そこ”に目を向けた。

 

 

 

 「ぜぇぜぇ……は、反省したでござるか?」

 

 「お、女のヒトに、そう、いた、コトしたらいけないアルよ!」

 

 

 そこでは楓と古が拳を赤黒く染め、地面に転がっているモザイクの何かに説教していた。

 

 

 

 

             —返事はない。ただの屍のようだ—

 

 

 

 

 魔力が大幅に回復したエヴァは、どういう訳か使ってもいないのに幻術で大人の姿をとっていた。

 

 只でさえエヴァはゴスロリか、妙に背伸び(年齢相応ではあるが)した露出が大目の衣装を身につける事が多い。

 よって大人の姿となった時はボンテージ風のドレス(更にやや小さめ)をまとった金髪美女となって出現したわけである。

 

 

 色んなコトで霊気が下がっている横島が自重できる訳が無い。

 

 

 脊髄反射でいきなり飛び掛ってエヴァと二人に撃墜された挙句、口に出すのも憚られるほどズタボロにされてしまったのは今更言うまでもない話である。

 ぴぃぴぃと鳴きながら少しでも癒そうと彼を舐めている かのこが物悲しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ふふん……いい格好だな」

 

 「……ほっといて」

 

 

 ぶっとい鎖つき首輪に後ろ手に掛けられた三連手錠。

 皮ベルトの目隠しまでされてエヴァの前に正座させられている横島。

 

 その首をから伸びるぶっとい鎖は、左右にいる乙女達……楓と古が握り締めている。

 

 何とフェチッシュな光景であろうか。

 それか国賊レベルの大犯罪者だ。あながち間違いでもないが。

 心配げに小鹿が擦り寄っている所為で余計に落ちぶれ感が増しているし。

 

 

 わざとらしく布が擦れる音を立てて足を組み替えるエヴァ。

 見えていない分、想像力が増大している横島の脳裏にはブルーレイも真っ青なビューティホー画像が浮かんでいる事だろう。主にエロい方向で。

 

 

 「ま、キサマがこの珠の話をしなかった理由も解った。

  確かにこんな力があると知れたら勘違いした奴らがわんさと詰め掛けるだろうしな」

 

 

 その勢力が正にしろ悪にしろ、彼を求めて様々な手段で攻め寄せてくる事は想像に難くない。

 エヴァの言葉にそんなビジョンが浮かび、ヤな結末に行き着いたか冷や汗をダラダラ流してしまう横島。

 

 

 「勘違いした奴らて何アルか?」

 

 「自称正しい魔法使いとか、悪の魔法使いモドキどもとかの事だ。

  正しい魔法使いとやらは、大抵『大き過ぎる力は個人が持つべきではなーい』とかぬかしながら攻めて来るだろうし、

  悪の魔法使いモドキはその力を我が物にせんと攻めて来るだろう。

  まぁ、極論なら、どの勢力にも渡すものかと始末しに来るだろうがな……」

 

 

 “それ”が普通なのだ。

 

 何せ魔法は秘匿するべきもの。その隠しとおせる範囲を飛び越え、概念を書き換えられるような力はあってはならないものなのだから。

 だから横島を引き取った近衛の行動は、結果的にこの世界の安定を維持した事となる。

 情けは人の為ならずとは良く言ったものである。

 

 

 「しかし悪の魔法使いとやらは兎も角、正しい魔法使いとやらまで……」

 

 

 理解はできるが納得はし難い。

 楓は溜め息を吐きつつ肩を落していた。

 

 

 「それが世界というものさ。

  私なんか自分から進んで人を殺す気もないのに吸血鬼だからという理由で追いまわされたぞ?

  魔女狩りの時代だったから尚更だがな」

 

 「ああ、確かにそんな感じやったな。

  ネットトラップに捕まった時は、そのまま火あぶりかと思ったし……」

 

 「……何で魔女狩りの時代を知っているんだ?」

 

 「いや、事故でタイムスリップして……」

 

 「………」

 

 「でも、千年前の京都の方がよっぽど人外魔境だったのはどういう事なんだろな?」

 

 「……もういい」

 

 

 兎も角、

 その文珠の力は不安定になってはいるが、反面その出力が上がっているのが厄介だった。

 

 何せ元々想像力さえあれば何だってできるアイテムだ。

 その力の出力が上がっているという事は、効果範囲も広がっているという事。

 おまけに、二つ以上の珠を連結させて意味を繋げればどんどん強力になってゆくという。

 そのふざけた力と魔法と組み合わせれば大抵の願いも叶ってしまうだろう。

 

 流石に時間すら移動できるというのには閉口したが。

 

 

 「まぁ、一度に十数個連結させなきゃならないけどな。

  その正確な方法も制御法も忘れちまってるから意味ねんだけど……」

 

 「……いや、“できる”という時点で魔法世界の常識をも大きく無視しているぞ?」

 

 

 それでもシャレにならないのだ。

 

 極小規模範囲であっても瞬時に天候を操作できて物の概念すら書き直せる。そんなふざけた力を一個人が持っている事が異常なのである。

 

 

 ——だというのに、彼のいた世界ではそれほど重要視されていなかったという。

 

 

 魔族にも『高が人間の力』という認識だけだったらしいし、兵器産業のデータにも珍しい珠を使う事ができるという程度の扱いだったらしい。こんなふざけた能力者であるにもかかわらずだ。

 オカルトが世界的に知られている世界にいて、その力をGSという職業間という広い範囲に知られていて、それでいて直その力の悪用法に気付いていない。

 

 なるほど、彼が言っていたように歪んだ世界だ。余りに“部分的だけ”が愚か過ぎる。

 

 

 「どちらにしても、この力だけじゃやってられねぇ。

  何せストックはできない事もないけど十分程度。咄嗟に使う事なんかできやしない。

  戦闘中に一々生成して念を込めさせてくれる親切な奴が早々いるとも思えんしな……」

 

 「ふむ……だからキサマは詠春に頼んだという訳か」

 

 「ああ……」

 

 

 様々な意味で“弱い”自分に、霊撃戦……いや、魔法使い相手に戦う方法を教えてくれる人を紹介してほしい。

 これが、横島が詠春に頼んだ事である。

 

 

 成る程。確かにこの文珠という代物は便利極まりない。

 しかし、今言ったような弱体化も大きく、特に咄嗟の事態に使う事ができないのも痛い。

 

 元々がこの珠に頼っていた記憶もある所為だろう、意識しなければ珠を使おうとしてしまう。しかし、その分とてつもなく隙が増えてしまうのだ。

 

 何だってできる分、使っていれば頼り出す。

 頼り出したら楽な方へ楽な方へと傾いて行く。

 

 気付いた時には『頼っている』のではなく、『頼り切っている』状態となり、いざという時も文珠だけ使おうとするだろう。

 

 

 “それ”が文珠を弱者に導くと評した理由である。

 

 

 幸いにもあの京都の事件は一応の解決を迎え、彼の様々な問題も“教訓”とする事ができた。

 

 犠牲を出さずに済んだお陰で、心の安定化と能力の底上げは重要だと悟る事ができた。

 

 だから色んな意味で自分をの心を鍛え、珠を使わず魔法使い達と戦う為の方法を求めて詠春に頼み込んだのである。

 

 まぁ、まさか元600万ドルの賞金首吸血鬼を紹介されるとはこれっぽっちも思ってはいなかったが……

 

 

 「ふむ……」

 

 

 と、腕を組んで考える風を見せているエヴァ。

 

 外見が大人になったままでいるので大きな胸が腕に押されてふにょんと形を変えている。

 

 それを見ている古の目がみょーにキツイのだがそれは兎も角。

 

 

 『さて、どうするかな……』

 

 

 考え込んでいる見た目とは裏腹に、既にエヴァは鍛える気満々になっていた。

 

 何せこの男。話を聞くと力に覚醒したのは十七で、魔人との戦いに最前線にいたのも同じ年齢だったらしい。

 となると、戦闘能力がスカだった時から、最前線で戦えるようになるまで一年と掛かっていない。

 

 単なる対人戦闘なら兎も角、魔族という強大な存在と戦うのに修行もせず、ただ経験と力だけで戦えたのならそれはとてつもない素質があったという事。

 そしてその力に殆どの人間が気付いていなかったという事。

 

 

 『コイツのいた世界はボンクラばかりだったのか?』

 

 

 と首を傾げてしまう程に。

 まぁ、魔族の軍人である戦乙女すら彼の素質を見誤っていたのだからしょうがないとも言えるが。

 

 

 『しかし……どう鍛えてやるかな? くくく……』

 

 

 顔にも出ているが、エヴァは楽しくて堪らない。

 何せ人間から言えば限りなく不死身に近い耐久力があり、その体力も獣人に匹敵する。

 おまけに退魔戦闘はプロだ。

 

 更にこの小鹿、実は精霊だと言う。

 精霊を契約だけで実体化させる程の力を秘めているのだから、それを見出して磨き上げるのも良いかもしれない。

 

 そこに魔法戦闘を叩き込むのは難しいがそれ故に面白そうだ。

 

 

 『ん? 魔力……?』

 

 

 そう言えばこの男は何故か魔力を持っていた。

 だがサーチして調べてみたのだが、この男“そのもの”は魔力をもっていない。

 

 飽く迄も可能性であるが、別宇宙の横島の記録中に魔法を使える者がおり、スクナの魔力に共鳴反応を起こした……という仮説が建っている。

 

 『コイツの魂に別のナニか(、、、)が混ざっていて、それが吸収した魔力に共鳴した可能性だってあるが……』

 

 

 そんな事を聞いたところでコイツが答えられるはずもないだろうし……と、エヴァは思いついた仮説を頭を振ってキャンセル。

 珠の話を聞いた事によって浮かんだもう一つの仮説を思い浮かべてみた。

 

 

 一番納得がゆくのはスクナの“それ”だったという説。

 

 何だかこれも今一つ首を傾げたくなるのだが、ネギが横島から漏れている魔力に気付かなかったのは、スクナと同質だったとすれば確かに納得はできるのだ。

 

 カモが感じていたように、木乃香を核にした召喚魔法はもちろん、スクナを形成していた力もまた魔力だった。

 だが、魔力を吸っただけでは彼の言う力、“霊力”にはならない。

 

 というより、横島の力はこの世界の定理に当てはめて言うと“氣”の範疇にはいる。

 自分の中から汲み出すのだから魔法のそれではない。

 

 

 魔力と氣はどちらも森羅万象 万物に宿るエネルギーの事である。

 

 魔力は大気に満ちる自然のエネルギー精神の力と呪法によって人に従えたもので、氣は人に宿る精神エネルギー体内で燃焼させているものだ。

 

 よって魔法使いは主に“マナ”を、氣の使い手は主に“オド”に頼っている形となる。

 

 無論、例外もあるが大体はそんなものだ。

 

 だが横島が使う“霊力”というものはその二つに似て異なる。

 霊能力といものは、ぶっちゃければその二つの良いトコ取りで、精神エネルギーも自然のエネルギーも使う事ができるのだ。

 元々が魂から出ている波動の様な力で、その魂から汲み出した力でもってそのどちらか、或いは両方を使う事できるらしい。

 

 だからこの世界の常識に照らし合わせてみると横島は反則技の集合体。

 元から彼はその隔たりすら突き抜けているというのに、珠の力を使ったにせよ横島自身すら理解し切れていない何かしらの方法によって『吸』った魔力を霊力にして『収』めていたと言うのだから。

 

 

 つまりスクナから吸収し、霊力に変換した残りが周囲を漂っていたのを横島の魔力だと誤認してしまったという可能性だ。

 

 まぁ、その仮説とて確証があるわけでもないのだが……

 

 

 『……ん? という事はナニか?

  文珠とやらを使ったにせよ、コイツは吸収した魔力を自分の力に変換する事ができるという事か?』

 

 

 ふと、そんな根本の事が気になった。

 

 横島の中に僅かに感じた魔力の流れの方に意味があるとも知らず。最初に立てた仮説も正しいのであるが、そんな事にエヴァが気付く訳もなく……

 

 しかしそんな事はもはや気にならぬ程、“ある可能性”を思い浮かべてしまったエヴァはその思考に完全に気を取られてしまっていた。

 

 

 「ひょっとして……

  オイ、横島忠夫」

 

 「へ? な、何?」

 

 

 いきなり声を掛けられてちょっとビビる。

 女王様波動には逆らえないのだろうか?

 

 ちょっと気が緩んでいたのか、驚いて声が上ずっているし。

 

 だがエヴァはそんな事を一切気にせず、指を鳴らして横島の腕を拘束していた縛めを魔法で解いてやった。目隠しはそのままだが。

 

 

 「質問に答えろ。

  お前は霊力とやらを使って肉体強化はできるのか? 或いはその技術は存在するのか?」

 

 「へ?」

 

 

 イキナリ何を聞いて来るんだ? この美女(幻術)は。

 固まっていた腕の筋をほぐしながら横島は首を傾げた。

 

 

 「どうなんだ?」

 

 「え? あ、その……やった事はないけど、できない事もないと思うっス。

  現に片腕だけとはいえ、霊波で覆って強化できるし。

  そ、それと身体強化とは違うけど、魔装術っていう霊波で体を覆って肉体強化する術つーか技が……」

 

 

 何だか目上に対する喋り方になっているが、目が見えない分、伝わってくる女王様な波動に反応してしまっているのだろう。

 

 

 「ふむ……つまり、可能性としてキサマもできない事もないし、できる人間(、、、、、)を知っている(、、、、、、)んだな?」

 

 「あ、ああ……」

 

 

 その答を聞いたエヴァは、何か思いついたのか急に顎に片手を当てて目を瞑って思考の海に心を沈めた。

 

 三人をほったらかしにし、彫像のように立ち尽くして目まぐるしく知識をフル稼働させる。

 

 「あの〜……足、痛いんでそろそろ正座止めてもいいっスか?」

 

 

 という横島の訴えも耳に入らない程に。仮に入っても素通りだ。

 

 

 「シクシク……」

 

 

 閉じられたエヴァの睫毛の長い瞼がヒクヒクと痙攣してる。

 これはかなり思考を回転させいるようだ。

 

 この間の停電騒動時など根本から比べ物にならない。

 

 その表情は魔法を研究していた頃のそれで、彼女は何十年ぶりかにものすごい速度で思考を廻らせていた。

 

 楓らにはサッパリ解らない早口の言語で独り言が漏れ、そろそろ話し掛けなければなら無いかなぁ〜? と心配し始めた頃、

 

 

 エヴァはニタリ……と唇を思いっきり不吉な三日月形に歪めつつ面を上げた。

 

 

 「う、わぁ……」

 「ぴ、ぴぃ……」

 

 

 古達が怯えを見せてしまうほどに。

 

 

 「……おい。バカブルー」

 

 「な、何でござる?」

 

 

 そんな古の横に立つ楓に、エヴァは突然声をかけた。

 顔も向けず唐突に話が振られて楓は声が詰まっていたが、言うまでもなく気にするエヴァではない。

 

 

 「ジジイから話は聞いているが、確かキサマはあの聖骸布モドキを預かっているんだったな?」

 

 「え? ま、まぁ、確かにそう言った物は……」

 

 

 ちらりと右手に目を落とすと、やはり彼女の右手には横島のバンダナとおそろいの色の布が巻かれている。

 

 言うなればこれがスイッチで、これに意識を集中させて呪文を唱えると対になっている布が呼応して着用者のテンションを下げるのだ。

 

 当然ながらエヴァは長く生きている魔法使いであるからその効果も知っており、更にはもう一つの能力も知っている。

 

 この赤い布は元々が刑務所の暴動鎮圧用なので、ガスを抜くような感じに氣や魔力で強化した能力をもキャンセルさせる事もできるのだ。

 

 ただ、お蔵入りになった理由が『布を外せば終わり』という事なので鎮圧用とは言い難いが、横島のように頭に巻いたままの相手なら話は別。その力を遺憾なく発揮できるだろう。

 何せ楓にナンパ封じに使われていると言うのに、外す事を思いついていないのだから……

 

 

 「ふん、丁度良いな……

  タイミングはこちらで指示するから、私が言った時にそれを使用しろ」

 

 「は? 一体何を……」

 

 「良いな?」

 

 

 その念押しにイヤな予感が強まるのだが、彼女としては首を縦に動かす他ない。

 

 確かに体術云々では引けは取るまいが、何せ今のエヴァは悪の魔法使いバージョンだ。どうこう言って逆らえる相手ではない。

 それに事は横島に関係しているらしいのだ。だから彼女は只頷く事しかできなかった。

 

 

 「ふむ……」

 

 

 了承した楓を見て満足そうに頷くと、エヴァは二人を下がらせた。

 

 成功するにせよ、失敗するにせよ、被害が及びかねないからだ。

 我ながら甘くなったものだ……と苦笑しながらだが。

 

 

 その実験(?)対象者である横島だが、彼は今何だかヤな予感が止まらないでいた。

 

 つーか、不安も混じってどんどん高まって行くイヤ過ぎるスパイラル。

 

 当然、背中も後頭部も汗でぐっしょりだ。

 

 無駄に霊感が高い為、不安が高まると実質的な被害が想像できてタイヘンなのだ。

 

 

 そんな横島の額に、ピトっと何かが触れた。

 

 

 「わひっ!?」

 

 「騒ぐな。指で触れているだけだ」

 

 

 急に触られた事に奇声を上げた横島であったが、怒気はないが覇気の強い言葉の力でムリヤリ口を閉ざされる。

 

 彼の額にはエヴァの右人差し指が押し当てられていたのである。

 

 

 彼女は何かしらの単音の呪文を口にしていた。

 

 

 「……解るか? 周囲にある気配を。

  感じるか? 自分の身に纏わりついてくる力を……」

 

 

 その言葉を耳にし、横島は額……丁度、第三の目といわれるチャクラの真上に当てられたエヴァの指から、何かの自分のものとは違う感覚を得始めているのを感じる。

 

 じわりとした熱さと、芯から痺れる不思議な感覚。

 

 それが全身に広がり、何かが満たされたと感じた時、確かな動きを感覚が捉えた。

 

 

 「……解る……解るぞ。

 

  何だろう? 纏わり付くというより、歩み寄ってくるというか……

  あれ? でも何だか温泉の中にいるみたいな落ち着くっちゅーか、癒されるよーな感触も……」

 

 「ふふふ……飲み込みが早いな……」

 

 

 想像していた以上に素質がある。

 

 それが確認できたからか彼女の笑みは更に深まった。

 

 

 「……それが精霊の気配とマナの感触だ。

  この別荘内はそれらを感じ易くなっているからな。

  一時的に感覚を上げれば魔法のド素人でも感知できるようになる。

  まぁ、キサマは霊感とやらがあるから尚更だろう」

 

 「へぇ……」

 

 

 別の感覚と言うか、第六感が磨がれると言うか、眼は見えないのに周囲が良く“観えている”というのは妙な感じである。

 いや、霊波を辿れば観える事は観えるだろうが、それは“感じる”という感覚に近い。

 

 今の場合の“観える”は、どこか別の場所から自分を含めた周囲を捉えているという感じがある。

 

 自分がちっぽけなのも解るし、その一部を掌握しているという不思議な感覚も………

 

 

 「……飲み込みが早すぎだ。

  今は(、、)そこまで知覚しなくていいぞ」

 

 「え? こんなもんじゃねぇの?」

 

 「違うわっ!!

  普通そんなに直ぐに上級感覚が持てるかドアホ!」

 

 

 思った通り、この男は力の応用力がシャレにならない。

 

 ネギ=スプリングフィールドは確かに天才で知られているが、それは持っている魔力の容量と努力の賜物。

 父親に劣るとはいえ、あの年齢からすればシャレにならない技量を持っている。

 

 そしてこの男もまた天才だ。

 

 あの子供魔法教師とはまた違って、魔力容量等がない代わりにこういった小技習得能力が異様に高いのである。

 そしてその応用を思いつく速度も尋常ではないだろう。

 

 これで“アレ”が成功すれば……

 

 

 「……霊力とやらは魂から汲み上げる力だと言ったな?」

 

 「え? あ、うん」

 

 「そしてキサマは汲み上げた力を収束する事に特化している……」

 

 「つーか、それしかできないんだけど……」

 

 

 “それ”が異常なのだ。

 

 魔法使いに当てはめれば、魔法を放つ事はできないが、その魔力を収束する事はできるという事で、基本問題もできないのに、応用問題はできるという訳の解らない存在となる。

 

 

 という事は、ちゃんと基本から教えれば“アレ”ができてしまうかもしれない。

 

 それも自分すら完全に満足しきれていないアレの完成形に——

 

 

 エヴァはその事を期待しているのだ。

 

 

 「まぁいい……

  さっきから周囲に感じているだろう?

  お前を取り巻く力の源であるマナ……同じ要領でそれらを汲み上げて収束してみろ」

 

 「え゛?」

 

 

 いきなり何言い出すの? このエセ大人はと眉を顰める横島であったが、

 

 

 「早くしろ。捻り千切るぞ 」

 

 

 と言われればやらざるを得ない。

 

 ナ、ナニを千切られちゃうの?! と質問しかけたがウッカリ聞いてとんでもない答えが返ってきたら失禁しちゃいそうなので我慢した。

 

 兎も角、言われた通りにやってみるのが得策だと判断して。

 

 

 「その通りだ」

 

 「心読まないでーっ!!」

 

 

 実際にエヴァの指先とは魔法か何かで意識をつなげられているのだろう。指先を通じて感覚を強要しているようだ。

 当然、思考もだだ漏れで、これで逆にエヴァの思考は読めないのだから流石である。

 

 兎も角、横島は心の深いトコを読まれてヤヴァい事知られる前に終わらせちゃおうと、全感覚をマナの収束に集中する。

 

 言うまでも無く横島は魔法を使う方法など知らず、当然ながら魔力を収束する方法も知らない。

 

 だが、エヴァはあえてその技術を教えず横島の勝手にやらせていた。

 その方が彼はコツを掴み易いと判断……いや、理解しているからだ。

 

 

 そしてそれは間違いではなかった。

 

 

 「え?」

 

 「何と……」

 

 

 楓ら二人にもその収束されて行くモノが見えている。

 

 コツ……と言うか、やり方としては文珠を作り出す過程とあまり変わらない。

 違うのは自分の中に感じていた力ではなく、周りを満たしている力というだけ。

 

 思いつきで行った収束法であるが、珠を作り出すのと同じ感覚でやって余り間違いではないようだ。

 

 横島が思っていたより上手くいき、どんどんマナが集まってくる。

 

 何せ霊力をかき集めるのと違って、容量限界を気にしつつ自分の中から集める必要も無い。

 要は集めまくった力を制御して収束する事が必要以上に難しいだけの事。

 

 しかしこの男は収束に関しては『できてしまう性質』と言ってよいほど尋常ではない才能をもっている。

 

 だからこうやってマナを固定するコツを掴む速さはバケモノじみており、あっという間にその右手には塊となったマナが出現しているのだ。

 

 

 「くくくく……ここまでは予想通りだな……」

 

 

 そのマナの塊を見てエヴァはほくそ笑む。

 

 魔法にド素人の二人は解らないだろうが、横島の手の中に集まった力の大きさは中級の魔法に匹敵するものだ。

 

 無論、魔法と言う方向を定めていないので、このまま叩きつけたとしても意味は無いが……

 

 問題はこの後である。

 

 

 「横島忠夫……」

 

 「な、なんスか?」

 

 

 まだビビリがあるようだ。

 

 

 「修学旅行から帰って直、ジジイから話は聞いた。

  キサマ、摸擬戦でも敵ではない女に手を上げられないそうだな?」

 

 「……」

 

 「最初は甘っちょろい奴だと思っていたが……アレを見たら理解できたよ。

  あれでは手は上げられまい」

 

 「……」

 

 

 エヴァの言葉に横島は終始無言。

 口を開く代わりにマナの収束度が上がった。

 

 楓と古はエヴァの言葉を聞き、顔を見合わせて驚きを見せる。

 

 彼女が何を掴んだかは知らないが、間違いなく横島のトラウマにかかわる事を理解しているようなのだから。

 

 

 「何を無くしたかは凡その見当はつくが……無理もない。

  あれだけはっきりとした記憶を持ってしまっている(、、、、、、、、、)のだからな……」

 

 「……」

 

 

 やはり無言の横島。

 楓らは横島の心を案じたが、彼の表情には然程変化は無い。辛そうでも、悲しそうでも……

 

 そして内心も小波は立っていようが、傷ついてはいない。

 

 

 忘却は救いであると言う者がいる。

 

 その言葉通り、心を傷つける記憶は掠れていけばいくほどその者への救いとなる。思い出す事があるからこそ傷つくのだから。

 

 だが、克明過ぎる記憶は、忘れたい記憶すら薄れさせてくれない。

 

 

 まるで目の前で今正に“それ”が起こっているかのように、はっきりと思い出させられてしまうのだから。

 

 

 そしてそんな爆弾を抱えている横島を哀れに思いつつ——何故だかその歪みが好ましくもあった。

 

 

 「だから私が力の手助けをしてやろう。

  そんな事が二度と来ないよう、力を得る手助けをな……

  ……その代わり、報酬としてこれ(、、)を憶えてもらうぞ……

 

  何、キサマにとって損にはなるまい?」

 

 

 黒い。

 笑顔が本当に黒い。

 

 不死の魔法使い、人形使い、悪しき音信、闇の福音、禍音の使徒……様々な名で魔法界に広く知られている歩く災厄。

 エヴァンジェリン=アタナシア=キティ=マクダウェル。

 悪の魔法使いの二つ名は伊達ではないようだ。

 

 

 しかし、例外もあるのかもしれない——

 

 

 表情に反して彼女の声は、慈母のように穏やかで優しい。

 

 

 「確かにキサマのその克明な記憶は厄介だろう。

  事ある毎にキサマの足を引っ張るかもしれない。

  キサマが想像しているように、状況によってはその暗い感情を暴走させるかもしれない」

 

 「……」

 

 

 あの夜を思い出し、ピクリと眉が動く。

 後に下がった二人にしてもそうだ。

 

 周囲に与えかかった被害。

 そして後ろの二人を心底心配させた事が横島は今を持ってしても悔やまれる。

 

 

 「だがな、その記憶は“記録”に過ぎん。

  バカレンジャーが言っていたように、それはキサマではない。

  確かに身体ごと貰っているかもしれんが、それはキサマに酷似した別人に感情移入しているに過ぎん。

  

  しかしキサマ心の傷は深く、如何ともし難く、簡単に止まる程度の痛みなら苦労はすまい。

 

  が……」

 

 

 ふ……と、何故かエヴァの口元が緩む。

 

 珍しく、優しげに。

 

 そして嬉しげに。

 

 

 「私がきっかけを作ってやろう。

  これからもキサマを苦しめ続けるだろう“記録”でもってキサマを救う術を教えてやろう。

 

  如何に苦しみの材料となろう記録だろうが、現実を、今を歩んでいるモノには敵わない。

  その事を教えてやろう」

 

 

 横島は、塞がれている眼を、マスクの下からエヴァに向けた。

 

 何も見えない筈の眼に、闇の中で微笑みを浮かべている彼女が見えている気がする。

 

 

 「……よく聞け横島忠夫。

  キサマのその記録の中、今キサマが言った魔装術とやらを使っているヤツがいるな?

  そいつに意識を向けろ」

 

 

 その言葉に合わせて意識を傾けると一瞬の間もなく自称ライバルの姿が浮かぶ。

 今目の前に存在しているかのような鮮明さで。

 

 いやそれどころか真正面から相対しているそれの全てが理解できてしまう。

 親友に近い相手とは言え、男の全てを理解するというのは言葉にするだけでイヤ過ぎる。

 

 だが、余りに鮮明で克明な記憶は“掌握”に近いレベルで“奴”のデータを横島に突きつけていた。

 

 

 「……バカレンジャー二人。

  気を抜くな。身構えてろ……」

 

 「え?」

 

 「何が起こるでござる?」

 

 

 エヴァは横島から意識も目も離さない。

 それだけ集中しているのだろう。

 

 端的にそう言っただけで後は何も言ってくれない。

 

 それでも彼女がそう言ったのだから、それなり以上の理由はあるのだろう。

 すぐ言われた通り氣と霊氣を身体に廻らせて不測の事態に備えつつ、遠目で二人の様子を見守っていた。

 

 

 二人が構えを取った事を感じるとエヴァは、横島に最後の指示を行う——

 

 

 「そいつが力をコントロールしている所を思い浮かべ、手の中の集めたマナに力という概念を入れてみろ。

  集めたのはマナだが、キサマから言えば自然が持つ霊気と言っても差支えない。

 

  なら、“今のキサマ”ならできるはずだ」

 

 「……」

 

 

 横島は無言。

 

 さっきのエヴァの言葉を噛み締めているカのようにその行為に集中しきっている。

 

 しかし文珠に言葉を込める事に慣れきっている横島は、然程の苦労も無くその事に成功。

 

 マナの塊には文珠のように字は浮かんでいないものの、魔法のように力の方向性を向ける事ができていた。

 

 

 「いいか? よく聞け横島忠夫」

 

 

 それの成功を見、満足そうにエヴァは言葉を向けた。

 

 

 「マナというものは万物に宿る力だ。

  キサマにも私にも、後にいるバカ二人にも宿らせられる。

 

  だがその力は不平等なまでに平等で、

  ボウヤのような『正しい魔法使い』にも私のような『悪の魔法使い』にも力を貸す」

 

 

 そう自分を悪だとのたまうエヴァであるが、闇に身を置く者として闇の中での慈愛も持っている。

 

 横島にとっての悪は“邪悪”。

 あらゆる生者の尊厳も感じない存在だ。

 

 そしてそういった勘の良さは相変わらずなのだろう。横島はエヴァの中にある闇の優しさに既に気付いており、そのこの場に込められた心を素直に受け取っていた。

 

 

 だからこそ、成功率は格段に上がっているのだ。

 

 

 「しかし世界はキサマに贔屓している。

 

  キサマがキサマの言うように異物だろうが、世界はキサマをこの世界の一部として受け入れ、

  更には異界の力もほぼそのまま使えている。

 

  これはキサマが世界に贔屓されている証拠だ。誇って良いぞ」

 

 

 簡単な言葉。

 

 世界に受け入れてもらえていると断言されるだけで何故こんなにも嬉しいのだろう。

 

 アイマスクの下、横島の目の奥がきゅっと痛んだ。

 

 エヴァは気付いるのか気付いていないのか、眼差しの柔らかさを深めて言葉を続けた。

 

 横島の自信と、価値を高めてやりつつ……

 

 

 「そんな世界に贔屓されているキサマだからこそ、

 

  マナにすら懐かれているキサマだからこそできる——

 

  引かず、恐れず、意識を外に委ね、

 

  その手に集まった力……マナから得た力を文珠とやらを使うように内側に解放してみろ。

 

  キサマが弱者を生むものと見ているその力が全ての基本を持っている。

 

  それを使っていたからこそできるんだ。

  だからこそできる(、、、、、、、、)のだ」

 

 

 

 エヴァの瞳が、紅く輝きを見せる。

 

 

 

 「やってみろ横島忠夫。

 

 

  今のキサマが使える“魔法”を……」

 

 

  見せてみろ横島忠夫。

 

 

  キサマの力の一端を——」

 

 

 

 彼の記憶の中にある魔装術の使い手の中、完全にコントロールし術を極めたものはただ一人。

 

 使う者は後二人いたのだが、内一人は失敗して暴走。もう一人も魔族化してしまった。

 

 しかしあの男……

 自称横島のライバルだけは完全にその力をコントロールし切っていた。

 

 そして横島は“ヤツ”が魔装術を極めた瞬間に立ち会った人間。

 その瞬間の記録のチャンネルにはさっきから合わせたまま。

 

 

 横島は“それ”と意識を重ねたまま……

 

 

 

 

       右手に収束したマナを握り潰した——

 

 

 

 

 

 

 

  ズ…… ド ム ッ ッ ! ! !

 

 

 

 

 「むっ!?」

 「な、何アル!?」

 

 

 魔装術は悪魔と契約を交わさねば使えない術であるが、霊力を全身に纏う事だけなら出来なくもない。

 そして収束した力を自分のものにできる事は既に実証済みだ。

 

 単にこれは収束に特化した力を利用し、収束した力を自分の中に向けて開放しているだけ。

 

 

 たったそれだけの事なのに、横島の霊力は元の十倍以上になっていた。

 

 

 竜巻のようにマナが混じった風が荒れ狂い、木々をへし折るかのような波動が押し寄せてくる。

 

 身体……というより、横島という存在感(、、、)が激増し、エヴァですらまともに立っていられないのか、圧力に負けて後ろに押されているのだから。

 

 

 「ス、スゴ過ぎるでござる……一体何が……」

 

 「老師の気配が……あんなに大きく……」

 

 

 二人も踏みとどまるのに必死だ。

 

 身体か軽い かのこがコロコロと転がって来たので何とか古が受け止めたのであるが、それ以上の事が出来ないでいた。

 

 何せそれだけの力の奔流がそこに起こっていたのだから。

 

 

 霊力による強化でも、文珠による強化でもなく、

 

 魔法による強化に似、それでいて圧倒的な差異も感じられるそれ。

 

 完全無属性な純然たる魔力だけを吸収し、その身が弾けんばかりの強化が成されている。

 

 

 

 「フフフフ……ハ、ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ! !

 

  “できた”か!? や は り で き た か 横 島 忠 夫 ! ! 」

 

 

 

 吹きすさぶ力の嵐の中、エヴァはただ笑い続けていた。

 

 想像していた通り、力を受け入れられた事に、

 想像していた通り、“記録”が使えた事に

 想像していた通り、“アレの基本が出来上がっていた”事に——

 

 

 

 (いず)れ“アレ”の完成形に立ち会えるという事に——

 

 

 

 「くくくくく……そろそろいいか……

 

  おいバカブルー。今だ、やれ!」

 

 

 ひとしきり笑ったエヴァであったが、この程度で調子に乗る訳にはいかない。

 幾ら嬉しかろうと、その歓喜に我を失うのはいただけない。

 

 そう余裕を見せつつタイミングを計っていたかのように、楓に声をかけるのは流石である。

 

 

 楓はそれを耳にしたが早いか、やや詰まりはしたものの前へと飛び出し、横島に向けて右手を掲げてキーワードを口にした。

 

 

 「Acta(あくた) est(えすと) fabula(ふぁーぶら).!!」

 

 

 叫んだ瞬間、その布に縫い込まれている呪式が発動し、細かく刺繍が輝きを見せた。

 

 それに合わせ、横島のバンダナも細かく輝きを見せ、横島のテンションをどんどん奪ってゆく。

 

 

 「え? あ、あぁ〜〜〜〜……」

 

 

 五月病というか、鬱寸前までテンションが下がり、集まっていた力がプシュ〜……っと漏れて膝から力が抜け、

 

 

 次の瞬間——

 

 

 

 ぼ ぱ —— ん っ ! ! !

 

 「たわばっ!?」

 

 

 

 見事、行き場を失った力によって自爆した。

 

 

 「わぁっ!! 横島殿ぉ——っ!?」

 

 「老師——っ!?」

 

 「ぴ、ぴぃ——!?」

 

 

 余りに事態に驚き慌てふためいて駆けつける二人と一匹。

 

 横島は真黒になり、口や頭から煙を吹いて目を回していた。

 

 というか、今の爆発で生きているのも凄い。

 お約束どーり頭はアフロになっているが。

 

 

 「え、衛生兵——っ!!」

 

 「そんなのいないアル!! 落ち着くある!! まずは霊柩車を呼ぶアルっ!!」

 

 

 流石の事態に二人も慌てっぱなしだ。

 

 別に怪我をした訳ではないだが、判断力が低下している古はとりあえず包帯代りに古は腰のリボンを巻き、楓はサラシをといてそれを巻いた。

 

 しかしウッカリサラシを解いたとこを見せてしまったのが災いし、ただでさえ半死半生の横島は鼻血を噴いて命の危機を迎えてたりする。

 

 

 「横島殿!? ナニ故——っ?!」

 

 「先にソノ“凶器”をしまうアルっ!!!」

 

 

 そんなこんなでしっちゃかめっちゃかだった。

 

 

 

 

 「ククククク……」

 

 

 しかし、そんな状況下、

 

 

 「ククククク……フ、フハハハハ……」

 

 

 当の惨事を引き押した当の張本人であるエヴァは尚も笑い続けていた。

 

 

 「………面白い……面白すぎるぞ横島忠夫っ!!!」

 

 

 言うまでもなく、彼のギャグ体質の事ではない。

 

 それは、彼が思っていたよりアレに到達できそうだという確信から来たものだ。

 

 

 横島が見せたそれは、エヴァ本人が編み出した禁呪の紛い物。

 

 強さを求め、必死に生きようと足掻いていた時に得た力。

 

 己が肉体に魔法を取り込み、その充填させた魔力で肉体を強化するというド外れた禁呪。その技のモドキである。

 

 

 だが彼はいきなり使えた。

 

 お世辞にも上手くいったとは言い難いが、それでも“できる”という確信を持たせるには十分なものだった。

 

 

 「できるのか?! できるというのか!?

 

  基本も何も知らぬキサマが!!?? 魔力なんぞ持たぬキサマが……!!!」

 

 

 怒声のようであるが嬌声に近いそれ。

 

 何をそんなに喜んでいるのか不明であるが、エヴァは横島を肴に大笑いを続けている。

 

 

 「フハハハハ……気に入った。気に入ったぞ横島忠夫!!!」

 

 

 半死半生だが、やはり“慣れている(涙)”横島。ちゃっかり楓の生乳をガン見したお陰で霊力が回復していた。

 とは言うものの出血多量で意識はないが。

 

 そんな横島の元につかつかとエヴァは歩み寄り、ぐいっと襟首を掴んで引き寄せた。

 

 横島は金髪美女(見た目のみ)に顔を引き寄せられ、又しても鼻血噴きそうであるが幸い(?)にして白目を剥いている。

 

 

 「横島よ。

  横島忠夫よ。感謝するがいい。

  キサマを栄えあるこのエヴァンジェリンの下僕になる事を許可してやろう。

 

  そしてこの私が直々に鍛え上げてやろう!!

  我が配下に連なる化け物にふさわしい災厄の怪人としてな!!!」

 

 

 実に偉そうであるが、その笑顔は無邪気そのもの。

 

 何せこの男、扱いこなす事さえできれば一家に一台(?)欲しい逸材なのである。

 

 ミョーに才能がある為、教え甲斐もありそうであるし、コイツがいれば魔力の補充は出来る。

 尚且つあの超万能アイテム文珠を生み出す事が出来るのだ。

 

 モノが強力すぎる為にまともに『解』『呪』なんぞ行えば吸血鬼の呪いすら解かれてしまうやもしれない。

 どのような強力な魔法使いでもこの身を真祖とした呪いは解けなかったが、それは単純に力押しでする場合の事。

 文珠は概念を書き換えてしまう為、可能性はゼロとは言えないのだ。

 

 しかしその使い手である横島が魔法を理解し、その呪いの核を見つけだす事が出来ればおそらく『登校地獄』だけを解呪する事も可能だろう。

 

 更には……

 

 

 『コイツの能力の多様性を使えばナギの居所も……』

 

 

 掴めるかもしれないのだ。

 

 

 昔無くした希望や夢を一遍に取り戻した気分だ。楽しくて嬉しくて堪らない。

 

 

 「どうだ!? 嬉しいか!! 光栄だろう」

 

 

 目が石○賢となっているところを見ると、嬉しさの余りイッちゃっているのだろう。

 横島の襟首を掴んだまま、笑顔でぶんぶか振っていた。

 

 

 カクン……

 

 

 当然、横島に意識はない為、首は力なく垂れ下がるのだが、それを見たエヴァは余計に笑いが強まってゆく。

 

 

 「そーか嬉しいか? そーだろう、そうだろう……

 

  アーッハハハハハハハハハハハハハ……っ!!!!」

 

 

 歓喜のあまりに大爆笑である。

 

 

 「なっ!? ち、ちょっと……っ!!」

 「待つアル!!」

 

 

 無論、黙っていられないのはこの二人だ。

 

 いい加減どーにかしろよと言いたいほど横島に対して好意を高めているのだから、彼女に取られる訳にはいかない。

 

 慌ててその間に割り込んで横島をかばう。

 

 

 ゴインっ☆

 

 

 その際、横島は後頭部を石畳に打ち付けてしまう事となったが、二人はそれどころではないようだ。

 

 

 「横島殿は“拙者の”パートナーでござるよ!?

  拙者に断りもなく下僕発言とは如何なる所存でござるか!?」

 

 「老師は“私の”師匠アルよ!?

  私に断りもなく下僕発言はどういうつもりアルか!?」

 

 

 踏み込みは同時、

 文句を言うのも同時なら、二人の言葉も同じだった。

 

 

 「ぬっ!?」

 「ムッ!?」

 

 

 言い放ってからそれに気付いたか、二人は同じタイミングで顔を見合わせる。

 

 仲が良いのか悪いのか解らないくらい同じタイミングでお互いの視線がぶつかり合い、火花が散った。

 

 「前に申したはずでござろう? 横島殿は拙者の(、、、)パートナーでござるが?」

 「そちこそ忘れたアルか? 老師は私の(、、)師匠アルよ?」

 

 

 火花と言うか、端的にスパークだが……霊的なものが仕上がりつつある所為か、二人の間には氣による“押し競”が発生している。

 

 どこからか飛んできた木の葉が間に挟まれ、ズタズタに裂けて飛び散るほど二人の氣の圧は上がっていた。

 修業は順調に進んでいるようだ。

 教えている当の横島が二人の氣の圧によって死の淵に立ちそーであるが。

 

 

 つい最近まで“裏”に関わっていなかった二人の成長具合に、横島の才能の片鱗を見たか、エヴァは実に満足そうな笑みを浮かべている。

 

 楽しいおもちゃが向こうからやって来たのだから当然かもしれない。

 

 ただ、あまりにオコサマな二人の具合に途中から苦笑に変わってしまうが。

 

 

 「二人ともまぁ待て。

  物のついでだ。横島忠夫同様、キサマらにも実戦を教えてやろうではないか。

  私が満足がゆく成長を遂げた時、我が軍団の女幹部として迎えてやろう」

 

 「何でそうなるアルか!?

  どーして私達が「そうなると怪人という立場の横島はお前らのモノでもあるという事に……」よろしくお願いするヨロシ」

 

 

 古の変わり身の早さに楓は呆れた。

 とは言うものの。あまりに魅力的な誘いであるのも確かだ。

 

 実戦経験がゼロとは言わないが、流石に魔法戦闘等は無いし、今までのように横島との修行を人気がない場所を選んで行う必要もないだろう。

 魔法とやらの力を使えば人気を無くせるのだから。それに女幹部として横島を自分のものにできるし。

 

 尚且つ彼のトラウマを理解しているであろうエヴァは彼に進むべき道を示してくれるやもしれない。

 子供の発想しかできない自分らよりはずっと彼を癒してくれるであろう。おまけに横島とべったりいられそーだし。

 

 そして更に、横島の全力が見られるかもしれない。

 彼が状況に“克つ”人間である事は知っているが、何せ女子供相手には力が出せないときている。無論、その事は嫌いではないが、好意を持つ相手の強いところをみたいというのも確かだ。カッコイイとこをもっと見られるかもしれないし。

 

 ……何だかみょーな感情がチラチラ浮かぶが、それを差し引いてもデメリットが見られない。

 

 何だ、答えは最初から決まってるではないか。

 

 

 「言い忘れたが、この別荘は一度使用すると24時間は外に出れんぞ。

  尤も、竜宮城とは逆に外では1時間しか経たないようになっているがな。

 

  急にお前らが来たから部屋は用意していないから、

  必然的に 横 島 と 同 じ 部 屋 で 休 ん で も ら う 事 に……」

 

 「がってん承知でござるよ!」

 

 

 

 休む場の“位置”をめぐって不毛なバトルをおっ始めた二人はほっとくとして、そのバトルの巻き添えをくらって宙を飛ぶ横島の骸(一歩手前)を目に入れながらエヴァはワラウ。

 

 通り向けてきた過去を想い、ひょっとしたら見えるかもしれない向こう側を想い、彼女はワライ続ける。

 

 

 

 

 魔力充填ならぬ、霊気充填による肉体強化——

 

 私が十年かけて編み出した技であるが……コイツの特性と改良を加えたらどうなるか……

 

 

 ククク……到達できなかった地平に辿り着ける……か?

 

 別の世界から来たとはいえ、“ニンゲン”が……

 

 フ……ククククク……

 

 ハッ アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 読んでいただきありがとうございます。
 もーね、前のに更に注釈入れようとしたんですけどね、がんばったんですけど……まだ判りにくいですね。ゴメンナサイ。

 要は、生きるのに疲れ果てた横島が、元気な横っち(の記憶)が貼りつけて進んで自己を消去した…って感じですかねー。

 もっと噛み砕いた文ができましたら差し替えますので更にご容赦を……

 次からはフラグと修業の始まりです。
 ではまた……



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十五時間目:TRAINING Day 
前編


 <修行編>スタートです。

 横っちの魅力を文珠だけにしたくなかったので あえて半封印。
 やり方次第で無双できる能力ですしね。
 だから位置付けは『文珠使い』ではなく、『文珠“も”使える能力者』です。

 私は彼の人柄が大好きですから、“珠だけ男”にしたくなかったもので……コレも賛否両論ですか?



 

 

 

 「ふん……思っていた以上に優秀だが、思っていた以上にめんどくさいヤツだな……」

 

 

 等と責めるような言葉を口にしながらも、その唇は実にイイ感じに笑顔のそれを見せている。

 

 言葉というものは前後が入れ替わるだけで誉め言葉になったり、貶し言葉になったりする。

 当然ながらこのえらそーな金髪少女……エヴァンジェリンも国語的使用法は理解している。あえてそう語っているのだが。

 

 だから実際の言葉の順番は逆で、『めんどくさいヤツだが、思っていた以上に優秀』というのが本音。

 こーゆーヤツは誉めるより、ある程度貶し、その後でちょっと誉めて方が良い。

 そういう事を理解しているからであろう。

 

 流石は女王様。躾が厳しい。

 

 

 「おい。聞いているのか?

  親切な私がキサマの能力を解りやすく教えてやろう。

 

  そうだな……キサマの能力をゲーム的に言えば……」

 

 

 

 筋力 C    魔力 E(+α)

 耐久 AA+  幸運 C(+α) 

 敏捷 AA+  宝具 EX+

 

 ●クラス別能力

  セクハラ:AA 霊力が下がった時に自動発動。所構わずセクハラを行い、霊力を回復する。

    

 ●技能

  煩 悩:AA+  (説明する気ナッシング)

  モラル:B−(時折E−) 女子高生未満の女性には萌えない。と思う。多分。きっと

  回避力:AA+  もはや神レベル

  逃げ足:AA+  上に同じ

  霊能力:AA+  少なくともこの世界では最高(というか霊能力者と言える者がほとんどいない)

 

  宝具 文珠 精霊かのこ

 

 

 

 「……という感じか?

  一見すると凄そうだが、マトモに戦闘に役立つであろうスキルは回避能力ぐらいしか無い。

  見事なまでにヘタレだな。せめてマトモな戦闘スキルくらい持っておけ」

 

 

 どこかで聞いたような表記法を口にし、それでもやはり嬉しそうな顔をしている。

 

 ただ、彼のパートナーを自負している楓らによれば、ここ一番という場面での補正はシャレにならないらしい。

 エヴァはまだその時を目にした事は無いが、それがまた大きなマスクデータで何とも楽しいのだ。

 

 事実、彼女は当てる気で何度も魔法攻撃を仕掛けているが、まともに一発喰らった事がないのだから。

 

 その魔法も……

 

 

 『ワハハハハ……耐えてみろ!

  Lic lac la lac lilac.

  centum spritutus obscuri SAGITA,MAGICA,OBSCURI!!』

 

 闇属性の魔法の矢はcentum(ケントゥム)……数にして100本だ。完全に本気だった事が窺える。

 

 だが、それでも彼は受け切った。

 

 

 『死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬっ!! 死んでしまうっ!!』

 

 

 はっきり言って見苦しい泣き言がかなり目立っていたが、それでもその全てをサイキックソーサーとかで受けきったのだ。

 

 話によると、光源氏計画を行っていた外道ロンゲ公務員が、その娘が彼になびいたので罠を張っておびき寄せ、暗殺せんと連射能力のある銃でフルオート射撃をかましてきた事があったという。

 その時に彼は、その外道ロンゲ公務員とやらが弾丸を発射してくるのを視認してから盾で受けていたらしい。

 

 はっきり言って、絶対人間ではない。

 

 その外道ロンゲ公務員とやらの話を話半分にしたしとても、現実に今彼の実力を目の当たりにさせられた訳であるから否定のし様が無いし、色ボケ忍者楓と馬鹿ンフー娘の古の様子から鑑みて、みょーに女を引き寄せるナニかがありそーなので、その計画にいた娘とやらがなびいていたと言う話もあながち間違っていないよーな気もする。

 

 

 

 

 

 

 「ど、どうしたの西条君!? 兎に角、銃を捨てなさい!!

  まさか下剋上でもする気なの!?」

 

 「違います先生……何故かあの馬鹿に天誅を加えねばならない気がするんです。

  これも正義の行為なんです!!」

 

 

 

 

 

 

 ……なんか別次元で事件が起こりかかっているよーな気がしないでもないが、それは兎も角。

 何を言っても反応しないそれ(、、)を鼻先で笑い、ビスチェに似た黒いドレス姿ままエヴァは、すぐ側まで歩み寄って足元の“それ”をコンっと蹴ってみた。

 

 

 ——しかして“それ”はピクリとも動かない。

 

 

 「ケケケ……

  返事ガ無イ。タダノ屍ノヨウダ……ゼ? ゴシュジン」

 

 

 そう笑うのは、転がったままの“それ”の腹の上に立つ人形だ。

 

 エヴァの従者である茶々丸をショートヘアーにしたような容貌のそれ。

 ぱっと見は黒い服を着た人形で、小さくて可愛らしいという代物であるが、両の手に持った剣呑な得物……ククリナイフに似た大型ナイフで台無しだ。

 

 “彼女”こそ、暗黒時代からエヴァに長らく仕えている人形の一体、その名もチャチャゼロである。

 

 従者ではなく使い魔に近く、エヴァの魔力によって活動し、戦う。使い魔のようであり、彼女(?)自身がエヴァの武器のようなものだ。

 尤も、今現在のエヴァは封印されているので、別荘内やエヴァの魔力が高まる満月の晩以外は喋る程度の事しかできないのであるが。

 

 そんな彼女(?)は、サイズ的にでか過ぎるナイフを両手に持って転がっているそれを見下ろしている。

 

 エヴァはその言い草と、無様に“それ”がころがり続けている事が気にいらないのだろうか、再度鼻先でふんと笑い、

 

 

 「そうか、屍なら仕方ないな。

  チャチャゼロ、刻んで海に捨てとけ」

 

 「OK、ゴシュジン。

  ——極彩ト散レ!」

 

 ざぎゅっ……!!

 

 

 両手に持ったナイフが煌き、それが転がっていた場所に格子状の亀裂が入る。

 

 いや、正確に言うと亀裂ではなく斬撃の跡。

 ナイフを振りたくったチャチャゼロが、その可愛らしい見た目とは裏腹の驚くべき殺人技量で斬り裂いたのである。

 

 当然ながら転がっていた“それ”も、その刃の葬礼を受け入れる筈であったが……

 

 

 「ナゼ避ケル?」

 

 「 避 け る わ ド ア ホ っ ! ! ! 」

 

 

 一瞬で“それ”としか形容できなかった肉塊から全体を修復し、器用にその身をひねって十七分割の恐怖から逃げ切っていた。

 

 そのマンガ的な修復能力、驚異的な回避力から解る。“それ”と形容されていた物体は横島忠夫その人だった。

 

 

 「キティちゃんも無茶すなやーっ!!

  オレを殺す気かぁ———っ!!??」

 

 

 完璧に涙顔でそうエヴァを怒鳴りつけるが、当の彼女は涼しい顔。

 それがどうしたといった塩梅だ。

 

 

 「死んだふりしてサボっている方が悪い。

  大体、キサマがあの程度避けられぬはずがなかろうが」

 

 「当たったらどーすんねんっ!!!」

 

 「防げばいいだけだろう?」

 

 

 暖簾に腕押しとはこの事である。

 

 とは言え、『できるのではないか?』という仮定で仕掛けた訳ではなく、ちゃんと技量を計っての事。

 少しづつ攻撃速度や質、数を増やしていき、どこまで反応できるか確認していたからこそ言えるセリフである。

 

 

 それに、えっぐえっぐと泣いている横島にしても、泣いた文句を言ったりと五月蝿くて適わないが、『やめる』とは一言も口にしないのだ。

 だからエヴァの楽しげな口調も、その横島の心情が解っているからなのであろう。

 

 

 「まぁ、防御と回避には文句はない。

  何だかんだで周囲に気を配れていたのも解った。

  尚且つ飛来する魔法全てに反応でき、チャチャゼロ“達”の攻撃も防げていたしな」

 

 「全部ニ反応シテクレルカラ追イカケンノハ面白ェケド、全然血ガ見エネーカラ ツマンネーゾ」

 

 「うっさいわっ!! 当たってたまるか!!」

 

 

 ケケケと笑うキリングドールに、マジ泣きで文句を言う横島。

 どうやら本当に生き人形と相性が悪いようである。ご愁傷様だ。

 

 

 「だがな……」

 

 

 そんな彼の様を眼に入れつつ、エヴァはフン、と鼻を鳴らす。

 

 

 「全周囲攻撃には反応出来るが、全体攻撃には反応できんのは減点だ。

  実際、足場に電撃を走らせると途端に感電したからな。

 

  キサマの“普段の”魔法抵抗力はかなり低い。

  もっと気合入れて防御しろ」

 

 「無茶言うなっ!!」

 

 

 実際、横島は魔法の矢とか、闇の精霊達による攻撃等は、見た目よりも効果範囲が広いサイキックソーサーで防ぎ切る事ができていた。

 が、それは『盾で防ぐ』といった一方向のみの防御法。攻撃法が範囲氷結等の“場”に変れば当然盾で防ぎ切る事ができる訳もなく、良いように攻撃を受けてしまうのである。

 

 ぶっちゃけ、毒ガスや石化の霧等を喰らう事になれば、珠の力を使用する他無いという事だ。

 無論、そんな切羽詰った状態で珠を瞬時に生成できる訳がない。

 

 そんな弱点を持つ彼に対し、

 

 

 「魔力を纏うなりしてレジストすれば良いだろう?」

 

 

 最強の悪の魔法使い様はそんな事を仰られた。

 

 

 「オレは霊能力者やから、魔力なんぞ無いわーっ!!!」

 

 

 余りに理不尽な言い様。横島の叫びも当然である。

 

 しかし、当のエヴァは片眉を器用にピンっと上げ、不思議そうな顔をしてこう言った。

 

 

 「何だ。やっぱり気付いていなかったのか……」

 

 「ナニが?」

 

 

 

 「横島忠夫。

  キサマは恐らくマトモに魔法を使う事はできまいが、魔力“だけ”なら持つ事ができるぞ?」

 

 「は?」

 

 

 

 

 

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              ■十五時間目:TRAINING Day (前)

 

 

 

 

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 少女が一人、スタスタと道を歩いている。

 

 いや、別段アヤシイ事もないし、彼女が一人でいたとしても『奇怪なっ!!』と身を縮こませる必要もない。

 

 何よりパッと見はちょっと童顔気味の美少女であるし、その性格も可愛い。

 バストサイズは標準レベルではあるがプロポーションが良く、そこはかとない不思議な色気を感じさせるしなやかでバランスの取れた身体をしていた。

 

 登校途中という事もあって制服姿であるが、靴というか“沓”に近い扱いをしている履物を素足に履いて足元だけしっかりと固めていたりするが、その異様さより褐色の生足を惜しげもなくさらしている事もあってそちらの方に目が行ってしまう。

 

 

 麻帆良学園中等部の生徒にして中国武術研究部部長、古 菲その人である。

 

 相変わらず年齢度外視の技量持ちの部長様であるが、勉強は不得意ながら学校が嫌いではない筈の彼女は、何時もなら笑顔で登校している。

 子猫を思わせる愛嬌のある笑顔を振りまきつつ、テスト前でも軽い足取りはその日に限って何だか鈍かった。

 

 

 そしてその表情もどこかぶすったれてたりする。

 

 

 「……つまんないアル」

 

 

 眉を顰め、口からそう零すと、空に向って溜め息一つ。

 

 何時になく元気を感じられない様子だ。

 

 いや、別に体の調子が悪いとか、悩み事があるといった事情ではない。

 単に放課後の特訓がないだけなのだ。

 

 とは言っても普通の武術トレーニングは何時もやっている。

 拳法の型を整えるだけでも相当の時間を取るし、それ自体も容易ではないので修行にならない訳でもない。

 

 単に特別な特訓ができないから……なのであるが、

 

 

 「一週間はちょと長いアルよ……」

 

 

 その間隔が長い事が彼女を落ち込ませている要因なのである。

 

 

 え? 僅か一週間? という気がしないでもないが、一日分の筋肉衰えを回復させる為には三日は掛かるというように、武術の鍛練は一日でも疎かに出来ないのだ。

 

 毎日の積み重ねこそが昇華への道であり、その道には近道などありえない。

 だから“首領”の命令であろうと、件の特別な修行を一週間もの間休むという事は、それだけ数値になら無い怠惰という贅肉を付ける事であり、一流の武術家を目指す古にとっては苦痛で……——

 

 

 

 「一週間も老師と会えないアルか……」

 

 

 

 まぁ……建て前はその辺にするが……

 要は古 菲、一週間も師である横島に会えないの事が、ものごっつつまらないのである。

 

 

 大首領(エヴァ)曰く——

 

 

 『この男には魔法知識やら“この世界”での魔法戦闘やらのスキルが無い。

  折角の素材だからな。根本から鍛え尽くしたいのだよ。ククク……

 

  まず横島につきっきりで基本を叩き込んでやる。

  キサマらと修行するのはその後だ。

 

  そうだな……これから一週間は横島忠夫に教えを請う事を禁ずる』

 

 

 無論、術等の知識が“向こうの世界”準拠である横島からこの世界での正しい魔法戦闘法を教えてもらえる訳も無いし、彼の持つ知識も途切れ途切れなので今一つだ。それに中途半端な知識は無知より怖い。

 だから基本を理解した横島と共に学べる方が確実性が硬いし、理に適っている。

 

 それに古は、横島が例の“奥の手”以外のスキルを高めたいと願っている理由に納得していたのだ。

 

 

 あの力はあまりにも便利過ぎて、下手をするとあの能力の“使い手”から、道具に“使わされる者”になりかねない。

 

 何せ“術”というものに疎い古は元より、楓やエヴァですらあの力の利便性の高さに呆れ返ったほどなのだ。

 

 攻撃を防ぐとか、攻撃に使うとかだけではなく、天候すら操り、如何なる状況も生み出す事ができる。

 

 消滅しかかった精霊を一瞬で蘇生(修復?)させ、

 物質の構成概念すら書き直し、

 如何なるモノであろうとイメージを固めた概念を押し付ける事が出来る。

 尚且つそれはあくまでも概念なので障壁等で防ぐ事は不可能に近い。仮に防げたとしても、如何なる障壁も紙屑同然に出来るし。

 ……成程。確かにこれは反則にも程があるだろう。 

 だからこそ(、、、、、)彼はこれに頼り切りになりたくないのだ。

 

 ただ便利な道具に頼り切る“だけ”の戦い方を続ければ、その汎用性とは裏腹に使う手は先細りしてしまう。

 折角の手数を自ら削り落とし、いざという時に“便利すぎる道具”に縋って取り返しのつかないミスを犯してしまいかねない。

 (こだわ)り過ぎて他の手を忘れ、戦いの真っ最中に珠を生成する事のみに集中しかねない。そんなバカになって逃げ惑うだけの邪魔者になりかねない。

 時と場合によってはそんな時間すら惜しいというのに。

 だからそんな致命的な失敗をもう(、、)犯したくない。

 便利に縋って自分を退化させたくない。

 そんな男になりたくない——と、自分の可能性を伸ばすという意志を横島は固めていた。

 

 あれだけの力を持っているというのに、道具に使われ振り回される恐怖をちゃんと理解しているのにはエヴァはもちろんの事、古も楓も感心していた。

 

 この世界において、こんな強力過ぎる力を持っている事に対する危機感もしっかりと持っているし、これがあくまでも便利な道具に過ぎず、確かにメリットは大きいがそれ故のデメリットの巨大さもちゃんと理解できているのだから。

 

 だから彼の言う事も納得できるし、エヴァによる拷問一歩手前の超集中講座が行われる事も理解できる。

 

 

 が、それとこれとは話は別なようで、そんな無茶(?)な提案を容易に受け入れるような古達ではなかったりする。

 

 即ち、

 

 

 自分らは横島忠夫のパートナーであり、弟子であるから、彼と共に修行を受ける権利がある!!

 

 

 これが二人が放った屁理く……もとい、“理由”であった。

 

 尤も、いきなり大首領を自認するようなエヴァだからそんな安っぽい理由など聞く訳もないし、

 

 

 『何だ嫉妬か?

  勘違いするな。私は人の男に手を出す趣味はない』

 

 

 と言われたら二の句が出せない。

 

 いや、説得力があったとか、納得できるだけの理由だったとかではなく、『人の男』と言われて硬直してしまっただけなのであるが……

 

 何で硬直してしまったのかは相変わらず自覚できていないスカスカな部分は兎も角、その上で、

 

 

 『それに、その一週間の間にもっとちゃんとした“修行場”も用意できるのだぞ?

  そうなると広大なスペースに二人〜三人きりになる事も多いだろう。

 

  誰の眼も気にならない場でな……』

 

 

 等と言われ、う゛……っと、二人は息を飲んだ。

 

 

 『一週間……その間にコイツはどれほど強くなれるのだろうな?

  そしてその強くなったヤツの凄さをお前達が、お前達だけが味わえるのだ……

 

  良いとは思わんか?』

 

 

 そんな事言われて反対できる訳がないではないか。

 ナニやらそんなセリフをぶちかますエヴァの瞳がギュピピーンと怪しく輝いていた気がしないでもないが、ナニを想像したか顔を赤くしてボ〜っとしてしまっている間に済し崩し的に話がまとめられ、二人して別荘から追い出されてしまったのだ。

 

 後悔しても後の祭り。

 

 再度別荘に入ろうにも鍵でも掛けられた(?)のか入られなくなっており、何時までもここにいてしょうがないので溜め息を吐いて楓と共にエヴァの家を後にしたのだった。

 

 

 そして朝——

 

 

 古はまだ溜め息というか、妙な苛立ちを胸に抱えたまま登校しているのである。

 

 

 「……大体、エヴァにゃ……大首領はずるいアルよ。

  考えてみたら一ヶ月以上、老師と二人でいるという事アル」

 

 

 茶々丸とチャチャゼロもいるが、当然カウントされない。

 どちらかと言うと、茶々丸はネギ坊主に気が向いている(←ナゼか確定)し、チャチャゼロにはそもそもそう言った感情はない。

 

 ハズだ。多分。

 

 しかし……

 

 

 「く……老師だから油断できないアル……」

 

 

 信用があるのか無いのか。

 ある意味絶大な信頼であるが、古は何だか悔しげにそう呟き、足取りを尚も重くする。

 

 横島からしてみれば言い掛かりも甚だしく、

 

 

 『オレにお人形さんを愛でろと言うのか!? 何の罠やそれはっ!!』

 

 

 等と怒涛の涙を振りまいて文句を言うだろう。

 

 しかし楓も古もそう言った信用は出来ない。

 

 何せ彼は“横島”なのだから。

 

 

 『何やそれはーっ!! 泣くぞーっ!!??』

 

 

 既に大泣きしいている横島の画像が雲間に見える気がする。

 

 やはり古は重傷のようだ。いや、“重篤”か?

 

 何に対して? と問うと首を傾げるのだろうけど……

 

 

 相変わらず自分では理解できない想いを溜め息で零しつつ、足を引き摺るように……とまでは行かないまでも、何だか登校するのもおっくうなローテンションのままやっとこさ校門が見えてくるところまでやって来た。

 

 

 と——?

 

 

 「——古部長」

 

 「ん?」

 

 

 自分を取り囲むのはむくつけき男ども。

 

 十や二十ではすまない男たちの群れ。

 

 皆が皆して古よりも体格はがっしりしており、最低でもその身体は彼女の倍はある輩ばかり。

 

 おまけに全員、暑苦しいまでに『格闘家してまーすっ!!』なオーラが滲み出ていた。

 

 ナゾのガクランやら袖を千切った変形胴着やらの格闘コスプレの集団に見えなくも無いが、その出で立ちが表すように彼らはれっきとした麻帆良学園の武術部部員達である。

 

 ハッキリ言って、ビジュアル的にも近寄られるのはご遠慮願いたい集団であるが、もはや恒例となっているのでしょうがない。

 

 

 ——そして“恒例”であるのだから、もはや説明は不要だった。

 

 

 「「「「「「今日こそ勝たせてもらうぜ!! 中武研部長 古 菲っ!!!」」」」」」

 

 

 全員一斉に闘気を燃やし、せめて一撃なりと…と拳を振り上げて襲い掛かってくる。

 

 だが、その地響きにも古は全く動ぜず、手にしていた鞄を地に落とし、

 

 

 「まぁ……ちょとは気が晴れるアルな」

 

 

 と、唇を舐めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「よ、弱すぎるアル……」

 

 

 男たちは数分を待たず地に伏していた。

 

 言うまでも無く古は短い間ながらも楓と共に横島の元で霊力の鍛練を続けており、その後で彼と組み手を行っている。

 

 地を駆け、打ち、蹴り、払い、自分が持っている全てをもって彼と闘り合っていた。

 

 しかしその内容は惨憺たるモノで、全戦全敗。古の実力を知る者達ならば決して信用しないだろう程だ。

 

 だが現実は彼らの想像の斜め上45°を更に飛び越えるほど厳しい。

 何せ楓と組み、尚且つ彼女に分身の術を行ってもらっても一撃はおろか掠らせるのが精一杯。

 楓は十数体に分けた分身ごと、そして自分は攻撃の間隙を狙われてハリセンを喰らっているのだから。

 

 そんな腕を持つ横島を相手にしているからこそ得られるものも多い。

 

 更に修学旅行の間には異界の強き者達と命が懸かった真剣勝負を行っている。

 それらの事が彼女の強さの格を少しだけ引き上げていた。

 

 何せ古も楓もホンモノの“使い手”達を肌で感じているし、前述の通り神レベルの回避スキルを持つ横島とやり合っている。

 

 アマチュア格闘家に毛が生えた程度の彼らでは話にもならない。

 比喩的表現ではなく、本当に止まって見えるのだから。

 

 

 「しまたアル……老師の動きに慣れている分、遅すぎて手加減が難しいアルよ」

 

 

 今の古からしてみれば彼らは乱立するサンドバック。木人だってもっとマシだ。

 まさか自分が僅かながらでも強くなれたお陰で、こんな事で困ってしまう日が来ようとは夢にも思わなかった古であった。

 

 

 「くーふぇさーん!」

 

 

 そんな困惑気味に佇む古の背後から声が掛かった。

 

 「んあ? あ、ネギ坊主か……(ヅォ)(シャン)(ハオ)

 

 

 考え事に意識が入っていた古であったが、聞きなれた担任の声を耳にした事で我に返り、すぐに朝の挨拶を口にする。やや誤魔化し混じりであった為かやたら丁寧な中国語であったが。

 

 そんな彼女が戦っているのを遠巻きに見守っていたのだろう、駆けて来るネギの背後には明日菜や木乃香、楓の姿もある。

 

 何となく感心してしている眼差しがくすぐったい。特に楓のものは同じ相手と修行をしている事もあって尚更だ。

 尤も、楓の場合は自分も混ざりたかったという色もあり、『あぁ、かえでも八つ当たりしたかたアルか……』と微妙な納得もさせられたのであるが。

 

 

 そう妙な考え事をしている間に、彼女らを後に残して駆けて来ていたネギが古の元に到着した。

 

 

 「ハイ、おはようございます。

  ……じゃなくて、何してたんですか!?」

 

 

 ウム まだツッコミが甘いアルな。と古は口の中で呟く。

 生粋の関西人と同じと考えてはいけないが、すばやいツッコミを堪能(?)している古から言えば物足りないのだろう。

 

 兎も角、そんな言葉を口にはせず、

 

 

 「何て……挑戦者と戦てただけネ。

  相手と納得付くのバトルをしてたアルよ」

 

 

 極簡素にありのままを己が担任に語った。

 

 

 小柄で体重も軽い女子中学生の古であるが、その中身は学園内最高レベルの拳法家だ。

 そんな彼女の腕前を知った学園内の武道関連部の中でも腕の憶えのある連中が、腕試しに戦いを挑んでくるのである。

 

 言うまでもなく、最初の頃はかなり侮られていたらしいが、流石にこれだけ見事に惨敗を喫すると心を入れ替えたらしく、それ以降は本気で立ち向かって来ている。

 

 しかしリベンジにと再度挑戦して敗退。

 そして彼女の腕を更に正しく理解し、本当の意味で戦いを挑んでまた敗北。

 その腕を聞き、覚えのある者が集まって更に更に挑んでまた敗北。

 

 高等部や大学部の者も加わってみるもまた敗退…と、その繰り返しによって男らは日課が如く彼女に勝負を挑んでは吹っ飛ばされる日々を送るようになっていた。

 

 尤も、最初の頃は兎も角、今の男たちは負けたとしても悔いは全く無い。

 それだけの高みを味合わせてもらっているのだ。それに追い付くべく必死に駆けて行くのもまた武の道であるのだし。

 

 ただ、横たわっている男たちは、『う、うう……流石だぜ菲部長』『技のキレが素晴らしい……ハラショー……』とか呻き声ともつかない賛辞を漏らしつつ何か嬉しそうだ。

 

 何だかんだ言って彼女の強さに惚れているミーハー部分もあるのだろう。殴られどつかれ蹴られ払われいなされて喜んで……いや、“悦んで”いる。

 案外、Mっ気があるだけかもしれないが。

 

 

 『まぁ、今日のトコロは八つ当たりに近かたわけアルが……』

 

 

 そんな言葉を飲み込みつつ、足元に転がる男たちに対しちょっとだけ申し訳なく思う。飽く迄もちょっとだが。

 

 大体、本当に悦んで殴られに来る輩も多いので、単に弱いだけで何の実にもならないし、その表情もヘンタイっぽくて辟易としてしまうのだから。

 

 僅かとは言え以前より強くなってしまった分、不完全燃焼になってしまった古は溜め息を吐いた。

 

 

 その僅かな隙に——

 

 

 「まだじゃあっ!! 菲部長!!」

 

 

 倒された男たちの一人——ガクランの隙間から覗くTシャツの文字からすれば高等部の空手愛好会——が、おそらく意識は殆ど無かろうのに立ち上がり、最後の力を振り絞って拳を振り上げてきた。

 

 それも、

 

 

 「うひゃあっ!!」

 

 「ネギ君 あぶなーっ!?」

 

 

 意識が半分飛んでいる所為か、ターゲットを完全に見誤ってネギに向って。

 

 ネギの素っ頓狂な悲鳴と、木乃香の悲鳴が重なる。

 

 無論、優秀な魔法使いであるネギは魔法で防げない筈もない。しかし彼は余りにいきなりの事で全く反応できていなかった。

 少年の倍以上もある体格の空手家の渾身の一撃。頭部が粉砕してもおかしくないほどだろう。

 

 

 しかし——

 

 

 「ふシ……っっっ」

 

 ズムッ!!

 

 

 一瞬速く間合いを詰めた古が、ネギを庇いつつその空手研究会の男の腹部に掌底を叩き込んでいた。

 

 

 以前の古ならば得意の崩拳等を叩き込むであろうが、今の古は楓と共に修行を行っているし、多少なりとも霊撃ができるようになっている。

 とはいえ、氣と霊力の修行バランスはまだ完全ではなく、そんな彼女がきちんと手加減もせずに崩拳なんか放ったりすれば相手に深刻なダメージを与えかねない。だから咄嗟に掌底に切り替えていたのだ。

 

 ネギを庇いつつ行った咄嗟の判断であるが、流石は武人。的確である。

 

 まぁ……

 

 

 「かはっ!!」

 

 

 その手加減して放たれた掌底ですらパワーが上がっていて、十数メートルも吹っ飛ばされてしまった事はしょうがないだろう。

 

 掌底から放たれた衝撃が、男の全身を波のように駆け巡り当然ながら大失神。完全かつ徹底的に落ちていた。

 

 

 「ア、アイヤ……ちとやり過ぎたアルか……」

 

 

 タラリと冷や汗を垂らす古であったが、飛ばされた当の本人は満足げ。

 むしろエエ技もろたと言わんばかりだ。

 

 

 格闘家は試合等で倒された時、最後に目にしたものが人であれば目に焼き付いて忘れられなくなるという。

 

 何時も何時も古にぶっ倒されている彼らの眼には、当然の如く意識を失う直前に古の勇姿が焼き付いている訳で……

 いや、殴り倒されて勇姿を目に焼き付けるのが快感に昇華されている可能性も……

 

 

 誘蛾灯に群がる羽虫のように彼女に戦いを迫る彼らの真意や如何に?

 

 

 「と、兎に角、ネギ坊主。大丈夫だたアルか?」

 

 「え? あ、ハイ」

 

 

 自分が見せた惨事を見なかった事にし、被害に遭いかかったネギを労わる古。

 

 そのネギであるが、謂れの無い拳を喰らいかかった驚きより、むしろ体格差を全くものともせずに撃ち飛ばした古の技量に対する驚きの方が大きかった。

 

 そしてそれらを行った直後であるのに息一つ乱していない。

 これは古の動きに全く力みや無駄が無かった事を意味している。

 

 とりあえず路上試合は終了したので自分の鞄を拾い、パンパンと土埃をはたき落す。

 

 それを見届けた明日菜達も寄って来たので登校を再開した。

 

 

 「くーふぇさん、強いんですねぇ」

 

 「いや、真名や楓に比べればまだまだアルね」

 

 

 木乃香や明日菜は古の事を全然心配していなかったし、楓は古同様にやや元気が無いから彼女をほっといたっポイ。無論、楓も古を信頼しているからこそそうしたのであろうが。

 その三人の後ろをついてゆく形でネギは古と並んで歩いていた。

 

 そんな古に対してネギが賛辞を送るも彼女は笑顔で否定している。

 

 謙遜ではなく、歴然とした事実。

 真名にも楓にもまだ勝てる気がしないのだ。

 

 確かにアーティファクト(というか、魔具)は手に入れたが、それは別に彼女自身が強くなったわけではない。

 

 彼女が修学旅行の間に少しでも前に進み出れたと理解できるのは実戦を経験したからであり、言うなれば経験値が入ってレベルが上がり、報酬として道具を得たようなもの。

 決して道具のお陰で強くなったわけではない。

 

 それに飛び道具を無力化できる魔具を手にしたとは言え、そんな道具を手にしただけで真名に勝てるとは到底思えないのだ。

 

 尚且つ……

 

 

 『道具に頼り切てしまうと本来の自分を見失てしまいそうアル』

 

 

 “道具に使われたくない”という、横島の気持ちが心に残っていた。

 

 

 古の得意とする拳法は形意拳と八卦掌。後は八極拳と心意六合拳を少しばかり齧っている。

 

 因みに心意六合拳は河南省伝来の回族に起源があるといわれており、獣の形と意を真似た十種の単式拳と、数種の套路,槍術,大型のヌンチャクである長梢子棍等の武器術等から構成されており、八極拳同様に強力な発勁で知られる拳法であるらしい。

 形意拳の原型であるとも言われているが、有名であるはずのに今一つ日本では名が知られていない。そんな『知る人ぞ知る』レベルの拳法ですらそれなり以上に使える彼女はその若さから言っても強過ぎるほど強いのだが、やはり強さを追い求める気持ちは本物のようだ。

 

 そんな彼女だからこそ単純な格闘戦“だけ”なれば真名にも楓にも引けは取らない自信を持てているのだろう。

 

 しかし、道具に頼り切った戦いに慣れてしまうと、そんな格闘戦ですら勝てなくなってしまいかねない。

 それは自分は元より武術仲間で霊能仲間である楓も納得できない話なのである。

 

 

 「? くーふぇさん?」

 

 「へ? あ、いや、なんでもないアルよ」

 

 

 いきなり笑顔を潜めて無言となった古に気が付いたネギが問い掛け、その声で彼女も現世復帰を果たした。

 

 

 『やぱり、まだまだ駄目アルなぁ……』

 

 

 と、腹にたまった横島や自分の事を溜め息で吐き出しつつ、古は何とか笑顔を汲み直して明日菜達と共に学び舎へと歩を進めていった。

 

 まだ一日目だというのにこの体たらくだと別の意味での溜め息も吐いて……

 

 

 

 そんな古を見つめるネギの眼差しに決意のようなものが浮かんでいる事に気付かぬまま——

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 ギィ……ギィギィィイイイイ………

 

 

 何かが軋むような音が人気の無い廊下に響き渡る。

 

 

 放課後の学校。

 

 クラブ活動に励む生徒らは兎も角、帰宅部の連中もとっとと帰り、教室の中には全く人の影が見当たらない。

 

 普通の学校なら授業が終わってもダラダラと教室で話し続けているかもしれないが、ここ麻帆良学園の生徒らは中等部以上となると寮生活者が多く、必然的に友人らと過ごす時間は部屋に帰っても然程変わらない。

 だから帰宅部もとっとと寮に帰ってしまうのである。

 

 そんな人の絶えた校舎内を無気味な音が響いていた。

 

 

 件の音と共に響くのは何かが滴り落ちる音——

 

 

 ギリギリと締め上げる音がきつくなると共に、その水音もか細くなって行く。

 

 ポタ、ポタッと滴が水溜りに落ちる音を最後のその二つの音は聞こえなくなる。

 

 

 遠くで聞こえるのはスポーツに励む運動部の声。

 

 傾いてきた陽によって朱さを増して行く教室。

 

 そんな教室の廊下の窓に影を落としつつ、その音の主は前かがみで蠢いていた。

 

 

 ギリ、ガジョン……

 

 

 その作業に飽いたかのように、その音の主は絞り上げていた“それ”を噛ませるのを止め、ずるりずるりと滑るそれを引きずり出してゆく。

 

 

 ——そう、終わったのだ。

 

 

 「ふ〜……よし、今日も終了っ」

 

 

 教室内のモップ掛けが。

 

 

 一生懸命すすいだモップモ、脱水用のローラーから引きだしたがやはり白くなったとは言い難い。

 

 流石に毎日元気すぎる少女らが走り回っている廊下だ。

 

 如何にワックスで磨かれていようと乾拭きをすれば僅か一二回で水は“ド”がつくほど真っ黒になってしまうのだから。

 

 これが少女らの腹黒さだったやヤダなぁ……等とミョーにトラウマった事を思い浮かべてたり。

 現にその汚れた水には何故か白い小鹿は近寄って来ないし。

 

 イヤイヤと頭を振って何とかそれを振り払い、今絞ったばかりのモップ肩にのっけてバケツを持って廊下を後にした。

 

 

 「……っかし、体だっる〜〜……」

 

 

 青いツナギを着用し、両手に軍手、頭には赤いバンダナを巻き、小鹿を伴って足を引き摺るように廊下を歩いているその用務員。 

 

 言うまでもないだろう。横島である。

 

 

 エヴァに修行をつけてもらっているはずの彼が何で“表の仕事”をしているのかと言うと……いや、別に何の不思議も無い話で。

 

 彼女とて病気にでもなっていない限り、定時に登校だけでもしておかねば例の登校地獄という呪いによってエラい目にあってしまう。

 だから結局、休日でもない限り、外の登校する時間までしか横島にかまっていられないのである。

 

 横島の方も修行をつけてもらっているだけなので、表の仕事をキャンセルさせる訳にもいない。まぁ、横島だけ休ませるのが癪に触るだけなのかもしれないが。

 

 だから修行時間は夜の見回りを言い付かっていない限り、仕事が終わってから朝まで別荘で缶詰状態とされてしまうという取り決めが行われてしまったのである。

 

 彼の方から頼み込んだ事もあって反対するのは意味が無いし、何より敵なら兎も角、女王様オーラを持つものに横島が逆らえる筈もない。

 よってこの地獄のようなトレーニング設定が組まれてしまったのである。

 

 兎も角、そう言った拷問に近いハードスケジュールの第二日目はようやく終わりを……

 

 

 「ジャネーゾ。コレカラオッ始メンノ忘レンジャネェヨ」

 

 「うっさいわっ! 現実逃避ぐらいさせてくれい!!」

 

 

 胸ポケットからの声でいきなり現実に引き戻される横島。

 そんな彼の嘆きを耳で感じたか、そのポケットの中に間借りしているヤツがケケケと笑う。

 

 

 「ドチクショオ……オレには心の安らぎも与えてくれんのか」

 

 「カノコ ガ 居ンダローガ」

 

 

 そう言うと、件の小鹿が『ぴ?』と首を傾げつつ見上げてくる。

 

 確かにその仕種も可愛いし、癒されてる事に違いは無い。

 

 例えば横島は一人暮らしをしているのだが、夜中ふと目覚めた時などに直側のクッションで丸まって寝ている かのこを見つけ、ふっと口元が緩ませている。

 無聊を慰めるとか良く言うが、生活に彩ができた事を否定する材料は全く無いと断言できるだろう。

 

 できるのだが……

 

 

 「何か、こう……解んだろ?

  下腹に堪るナニな活力をどーかしたいっつーか、

  ドドメ色の波紋疾走(オーバードライブ)を放ちたいとゆーか……」

 

 「知ルカ コノくそやろう。

  ソンナオメーダカラ、ホットクト覗キヲ敢行シソーデ困んダヨ。

  オメーガ捕マルトすけじゅーるガ狂ウッテ ゴシュジンモ言ッテルシナ」 

 

 「ナニその言いたい放題!?

  つーか犯罪行為前提!? おまけにタイーホも前提!?」

 

 「自分ノ胸ニ聞ケヤ。コノ性犯罪者」

 

 「人聞きが悪いわっ!!」

 

 

 彼の胸のポケットからピョコンと顔を出しているのは、見た目“だけ”なら何とも可愛らしい少女人形。

 

 面立ちがエヴァンジェリンの従者である茶々丸に似ており、こちらはやや短く髪が着られている。そんな人形の口からあんな言葉が飛び出しているのだから違和感と驚きは相当なものであろう。

 

 主であるエヴァがこの地に封じられて十数年。昔のように自在に動けなくなってはいるが口は立つようで、横島は事ある毎に憎まれ口をたたかれまくっているのだ。

 

 その人形こそ、今の横島から言えばある意味先輩とも言えるエヴァ最古参の下僕、茶々丸の姉に当たるチャチャゼロであった。

 

 何と言うか……いい歳こいた男が作業用ツナギの大きめな胸ポケにお人形さんを突っ込んでいる様はイタイ人そのものであるが、言うまでもなくこれには訳がある。

 

 

 彼は普段、霊力が満タンの状態ならば意外なほど紳士的になるような体質になっていた。

 

 どういった経緯でそうなるのかは記憶そのものが消し飛んでいるので不明であるが、とにかく溜まっていさえすれば妙なモラルと時と場合をキッチリみられる人間になれるのだ。

 

 が、それは霊力が溜まっている状態のみで、こちらの世界に来てから修学旅行の間までで解った事であるが、彼は霊力が下がり始めると急速充電を行おうとするかのように、煩悩が激増してセクハラ……というか、犯罪行為を行い始めるのである。

 

 見事に反比例グラフを描くそれは、霊力が無くなればなくなるほど激しくなるようで、カラの状態にまでなると古まで危なくなってしまいかねないほど。楓など完全に危ないだろうし。

 流石にエヴァの普段のスタイルなら兎も角、茶々丸の姉達ですらその身が危ぶまれてしまう。

 

 当然、一般の女子生徒……主に女子高生や女子大生等の危険度は如何なるものであろうか想像に難くない。

 

 だからお目付け役としてチャチャゼロが押し付けられたのである。 

 

 

 かのこは方は解らんでもない。

 実験的に麻帆良内で鹿を放し飼いにする事になったのだが適当な飼育員が都合が付かなくなり、小鹿の引取りに行った際に懐かれた横島が臨時に担当をする事となった——という設定を周囲が鵜呑みにしてくれたのだ。

 言うまでもなく、認識疎外が働いてくれているお陰であろうが、それでも彼の本質を周囲に知られている事が大きい。

 

 チャチャゼロにしても、前述の通り女の子人形をポッケにナイナイしている青年なんぞイタイだけであるが、『世話になっている先の女の子が、お目付け役に持ってけってうるさくて……』という説明をしただけで周囲は納得の色を見せている。

 ナンパ云々の行動にサッパリ信用の無い彼であるが、仕事場のオバちゃんズやヲッさんズ達には深いところを見抜かれているだ。

 

 ドスケベでしょーもない事ばかりするが、妙なトコで真面目であり無意味にモラルが高く、何だかんだ言って女子供に底抜けに優しい男である——と。

 だから、女の子に押し付けられた人形をわざと家に忘れてくる(、、、、、、、、、、)といった事ができず、律儀に『肌身離さず持っていて』という約束を守ってしまう人間であると皆が理解しているのだ。

 

 相変わらず妙なトコで信頼されている男であるが、横島から言えばそんなあたたかい眼差しも、生あたたかい眼差しと感じるのだろう。

 

 

 『チクショウっ!!

  お人形さんで遊ぶヘンタイだと見られとんやなっ!? 何だかとってもドチクショウっ!!』

 

 

 とハンカチ噛んで勝手に恥辱に苦しんでいたりする。

 

 女心に対する鈍感さはやや改善されてはいるが、自己評価の低さは相変わらずのようだ。

 

 

 無論、そんな横島だからして最初はエヴァに抗議した。

 

 そりゃあもう全力で。

 

 

 「何でじゃーっ!? そんなにオレは信用でけんと言うんかーっ!!??」

 

 

 猛獣注意の札が張られてもおかしくも無いレベルで咆えまくったのだが、

 

 

 「ほう?

  では如何なる美女があられもない格好で現れたとしても指一本動かさない自信があると?」

 

 「……」

 

 

 そう言われると、霊力の反比例グラフという物的証拠もあって言葉を返し様が無かったりする。実際、幻術で大人の姿となったエヴァにダイブしてるし。

 

 例えばやはり魔法教師を勤めているシスター・シャークティ。

 どういう訳か彼女らのシスターの服、裏の仕事の為だろうか動き易さ重視でやたら裾が短くミニスカート風なのである。

 

 当然ながら有事にはおみ足が覗けようが無視して活動しまくるので世の男性たちには目の保養だろう。

 

 かなり最初の頃に横島がちょっかいを掛けていた葛葉刀子も同様で、いざ事が起こるとタイトミニだろうが何だろうが、刹那同様に修めている神鳴流剣術を使用する為に裾を絡げたり破いたりして戦うため、横島的に言えば誘われていると勘違いしてもおかしくない。

 

 まさか中等部でひょこひょこ彼女らと出会う事も余りないだろうが、“裏”という仕事に関わっている以上、そんな女性らと会う可能性極めて高く、尚且つ修行によって霊力が下がっている横島が暴走しないとは考え難い。いや、信じ難い。

 告げ口以上の事はできないだろうが、お目付け役を押し付けられるのも当然であろう。

 

 ()しんばチャチャゼロの制止を振り切ってセクハラに成功したとしても、その後にはエヴァの地獄の折檻が待っている。

 

 

 ——そう、向こうの世界での上司やママンによって行われる行為に匹敵する地獄が……

 

 

 「チクショウ……夕陽が目に沁みるぜ」

 

 「マァ、気ニスンナッテ。今日モ オレト楽シモウゼ」

 

 「じゃかぁしっ!! その誤解を産みそうな言い方ヤメレ!!」

 

 

 それでも真面目に修行しに家へと向うのは立派である。

 

 ガックリと肩を落としていた彼であったが、ふと自分が口にした言葉……夕陽に今更気付き、足を止めて廊下の窓から山に身を隠してゆくそれに目を向けた。 

 

 

 ……以前のように夕陽を見て胸を締め付けられる事はない。

 

 

 今の彼は前以上に辛い事を思い出してしまう。

 目の前で“今起こっている”かのように克明に思い出せてしまう。

 

 瞼を閉じ、意識をその記憶に向けるだけでその場に居合わせているかのように……

 

 

 それはかなりきついが、今の彼は前以上に彼女を感じる事ができるし、尚且つここはあの事件が“起こっていない”。それに感覚だけで言えば十年も前の話である。

 

 だから悲しさが紛れている……という訳でもないが、それでもセンチメンタル程度で済むようになっているのは心の中にある“錘”の存在が大きい。

 まぁ、ある意味大いに成長していると言っても良いかもしれない。

 

 それに……

 

 

 「……いつまでも一人の女引き摺ってんのもオレらしくないしな」

 

 

 本心ではないが、偽りない本音でもある。

 

 出会う確率は以前よりも上がっているし、再会した時は自分の子供。

 ドタコン(ドーターコンプレックス)は回避不可だろうが、父性本能が勝って恋愛対象は成り立たないだろう。

 その事だけはよく解っている。

 

 そういう意味では諦めがついていると言って良い。

 

 

 愛おしいという想いは不変。

 

 だからこそ、彼は彼女を幸せにする為にも、自分も幸せにしたいと想う。 

 

 “皆も”という括りも含めて……

 

 

 「オレはオレらしく……てか?」

 

 

 今はそう笑えるようになっているのだから。

 

 

 「アン? ドウイウ意味ダ?」

 

 「何でもね……フラれ人生を思い返してるだけだ」

 

 「……ソウカ?」

 

 

 動かない身体であるが、チャチャゼロが首をかしげているのが解る。

 

 その頭をポフンと軽く叩き、

 彼と居る事が楽しいといった空気を放ってくれる小鹿を連れて、横島は掃除用具を持って用務員達の詰め所へと向って行った。

 

 

 「ガキ扱イスンナっ!!」

 

 

 と言う文句を聞き流しながら。

 

 

 

 

 

 

 そしてまた、今日も横島は修行という名の拷問に悲鳴を上げる。

 

 

 決して『辞める』とは口にしないまま——

 

 

 

 

 

 





 早上好(ヅォ シャン ハオ)……『良い朝ですね』とか丁寧な言い回しの“おはよう”です。
 ニーツァオの字が文字化けしたのでこちらを使用した……何てことは……アウチ






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中編

 

 

 よく顔を合わせてはいても、珍しいシチュエーションで出会えば対応は変わる事がある。

 

 無論、そんなに意外極まる状況が訪れるはずもないが、今目の前にいる彼女は本当に珍しく——いや、“久しぶり”が正しいか——良いモノを手に入れたと言わんばかりに機嫌が良い。

 

 よって道端でばったりと旧知の人間に出会っても、今までのように眉を潜めたりしない。

 

 

 「お」

 

 

 等と今更気が付いたかのような声を漏らし、片手をひょいと上げて「やぁ」というニュアンスで挨拶を送られても、

 

 

 「ん」

 

 

 と、珍しく反応は薄いものの彼女の方も(僅かなものであるとは言え)笑顔でそれを受けていた。

 

 これで? 等と言う事無かれ。今までの彼女は本当に無関心だっのだから。

 

 今の極々簡素な掛け合いにしてもそれはしょうがない事。

 何せ元は同級生。嫌でも気心は知れているし、“それ以外”でも長い付き合いなのだ。

 

 彼の人生の半分以上の年月を籠の鳥としてこの地に縛り付けられていた彼女である。

 虚脱やら絶望やらするには十分な時間だ。

 

 だから以前の彼女なら声をかけても無視するか空っぽの眼差しを送ってくるか、良くて鼻先で笑う程度だった。

 

 

 ——そう、“だった”。過去形なのである。

 

 

 「一人かい? 珍しいね」

 

 「あぁ、茶々丸はメンテだ。

  最近の私はことさら(、、、、)体の調子が良いからな。一人で散策をしているのさ」

 

 「ふぅん……?」

 

 

 時間は逢魔が刻。

 そろそろ“裏”に関する見廻りを始める時間ではある。

 

 そんな時間を学園の結界に大半の力を封じられている筈の彼女がこれだけ自信たっぷりなのだ。良い触媒でも思いついたのかもしれない。

 

 ただ、それでも面倒くさがりの彼女が侵入者が現れてもいないのに自分から動いているのは珍しい。

 ちょっと前なら吸血行為をぶちかましているのでは? と、ヒヤヒヤさせられていたのであるが、幸いにもあれからは(、、、、、)行っていない。なら本当に何らかの理由で調子が良いのだろうか?

 

 尤も、ちゃんと受け答えをしてくれる事に不満がある訳もなく、元同級生として嬉しい限りなのだが……

 

 しかし彼女の目は警戒しているとは言い難い期待にも似た楽しげなもの。

 見廻りが楽しいという訳ではなく、その後に思いを馳せているのだろう。

 

 付き合いの長さからかそれが解ってしまい、苦笑してしまうのは仕方のない話だ。

 

 

 「うん? 何だ?」

 

 「いや、何でもないよ」

 

 「フン……おかしなヤツだ」

 

 

 そんな彼の笑みに気付いた彼女であるが、文句もこの程度で終わる。

 

 余りに以前と違うので物足りないという気がしないでもないが、それだけ今を楽しめているのは重畳だ。

 

 尤も、彼女を楽しませる羽目になった根本的な原因……死んでいると想っていた想い人の生存を知る事……は良いとしても、もう一つの機嫌が良い理由であろう、下僕にされた“あの青年”から言えば災難以外の何物でもないだろうが。

 

 

 「あ、そう言えば……」

 

 「あん?」

 

 「楓君から聞いたよ。昨日は大変だったそうだね」

 

 

 余りお行儀良いとは言えないが、あの青年の事で件の茶々丸という名の少女に起こったという一件を思い出し、くくくと笑ってしまう。

 

 そんな様子を見た少女は、彼が何を思い出し笑いしているのか解る訳もないので、眉を顰めて僅かながら首を傾げていたのであるが、流石に長く生きている所為か勘働きは良いらしく直に何を笑っていたのか気付いてかぁっと頭に血が上った。

 何時もの……いや、昔見せてくれていた彼女の怒っているそれの顔で。

 

 

 「ええい笑うなっ!!」

 

 「いや、ごめんごめん……

  でも、考えてみれば確かにそうだったんだよね。

  気付かなかった僕らも悪いんだけど……くくく」

 

 「……くそっ」

 

 

 ふんっと鼻を鳴らしてズカズカ大股で歩いて行く。

 

 折角久しぶりに穏やかな会話ができたというのに元の木阿弥。からかい過ぎた事を恥じつつ、彼もまた速度を上げて後を追った。

 

 ちょっとだけ嫉妬していたのかもしれないなぁ……等と苦笑しつつ。

 

 

 二人が言っていた茶々丸の話と言うのは、彼女の元に一人の青年が少女二人を連れて訪れた時の事だ。

 

 彼女がその青年に戦い方を教えてやる事を決めた後、小一時間(別荘の外の時間で言えば数分)ほどして戻って来た噂の少女茶々丸であったが、この学園都市に張り巡らされている認識阻害の魔法の所為だろうか、少女二人は彼女が人造人間であることに気付いていなかったのである。

 

 確かに表情の方は読みにくいが全く動かない訳ではないし、所作や心使い等を見ると優しい少女にしか見えない。食事をしているところや入浴などを行っていない事がちょっと変かな(、、、、、、、)? と思う程度だった。

 

 しかし、よくよく見直してみると関節はマリオネット然としていて接合部が目立つ。

 足からジェット噴射で空を飛ぶし、耳の辺りにはセンサー(アンテナ?)がついている。

 冬服なら兎も角、夏服ならば足元の球体関節まで目立つのでロボロボしまくっているというのに、青年が『見て解らんかったんかいっ!?』とツッコミを入れてしまうほど、誰も彼女がロボであることに気付いていなかったのである。

 尤も、魔法によって神秘的なものに気付き難くされていたのだからしょうがないのであるが。

 

 

 ——問題はそんな事ではない。

 

 

 その程度の事なら彼にとっては実に大した事ではないのだ。

 

 何せその茶々丸という美少女ロボの主は真祖の吸血鬼であり、同じクラスに人外ハーフもいる。更に裏で名の知れたプロの狙撃手もいるし忍者だっている。担任の先生なんか若干十歳の魔法使いだ。

 

 おまけに彼自身が宇宙人(正確には別宇宙の人間)である。

 

 今更何をどう問題視しろというのだろうか?

 

 尚且つその青年は相手が美女美少女であれば種族とかの問題は二の次三の次四の次以下。

 

 話に出ている茶々丸という人造人間は行きつけの飲食店で働く可愛い女の子で、自分の相棒二人の同級生。そういう認識で思惑等は終了し、『血の通わない人形』等といった判断は起こらない。

 そう言った言葉で茶々丸を傷つけようとする者がいれば、『地獄に行くのとヘルに叩き落されるのとどっちが良い? 選べ。さもなくばKILL』と激怒るほどに。

 

 初めての恋人が決戦用女性型造魔だった彼だ。

 “人間ではない”等という“些細な話”は彼にとっては何の問題にもなりゃしないのである。

 

 そう——そんな事ではない。そんな事ではないのだ。

 

 

 その問題とは……

 

 

 『ハイ。

  私はエヴァンジェリン=アタナシア=キティ=マクダウェル様をマスターとするガイノイドです』

 

 

 と彼女が名乗った事である。

 

 その言葉が出た瞬間、空気がカチンっと凍りついた。

 主に青年の周囲のみが。

 

 ギリギリと錆ついたブリキ人形の動きで首を回し、マスターとやらに視線を向け、またギリギリと音を立ててその少女人形に眼を戻し、

 

 

 「マジ?」

 

 

 と、聞くと、彼女も簡素に「ハイ」と返した。

 

 側にいた二人の少女と小鹿が「?」と首を傾げ、とりあえず訳でも聞こうと声をかけようとしたその瞬間——

 

 

 「 見 損 な っ た ぞ っ !! キ テ ィ ち ゃ ん っ っ !!!」

 

 

 彼は感情を爆発させた。そりゃもう、ドカーンっ!!と。

 

 

 何だ!? 一体何がどうしたというのだ!?

 わーっ!! 老師ーっ!! 御気を確かに!!

 落ち着くでござるっ!! 殿中……もとい、別荘でござるよ!!??

 ぴぴぃ!?

 あ、えと、何がどうなって……

 

 どこから取り出したか楓謹製『ツッコミ&模擬戦専用ハリセン』を振り上げて唐突にエヴァに襲い掛かる青年。

 

 急にいきり立った青年に呆気に取られて中々動き出せなかった三人の少女らを他所に、真剣宜しくハリセンを振りたくってエヴァを追回す彼の奇行には、流石の真祖の吸血鬼も魔法を使って対応する事すら思い付かなかったという。

 

 少女らはその後何とか再起動を果たしたものの、ロケットアームまで駆使し、三人がかりで取り押さえるのにかなりの時間と手間を労して、機械の身体ながらその茶々丸も冷や汗を掻いていたらしい。

 

 

 で、ナゼに彼はここまで暴走したのかというと……

 

 茶々丸の語った紹介の中にあった単語、ガイノイド。

 これは女性型の人造人間を指す言葉であるが……この女性型アンドロイドを意味する単語には隠語も含まれているのだ。

 

 古典SF用語でもある女性型人造人間を指すガイノイドという単語であるが、わざわざ“女性型”と区切りを付ける理由に、『女性の“機能”を持つ』という意味合いがある。

 要するに用語的な意味だと『夜のお相手用』という事になるのだ。

 

 だから平たく言えば……

 

 

 『私はエヴァンジェリン=アタナシア=キティ=マクダウェル様をマスターとするセ○サロイドです』

 

 

 と名乗ったようなものなのである。

 

 無論、そんな戯言に聞こえたのは青年の耳だけ。

 知識が無い人間なら、言葉の意味は良く解らないけどハイテクロボという事かな? てな感じに捉えた事だろう。

 

 つーか流石は超煩悩魔人、古典SF用語のそーゆー知識にも事欠かなかったらしい。

 確かにそういう事なら、彼がそうまで暴走した理由も解るというもの。

 しかしそれはエヴァが茶々丸をそういう理由(、、、、、、)で傍に置いていると言っているようなものなので、

 

 

 『 私 を 何 だ と 思 っ て る ん だ っ !!!』

 

 

 彼女自身による、ちょっちキツ目の教育的指導がぶちかまされて騒動は集結した事は言うまでもない。

 

 そして更に、以後ガイノイドという自己紹介はしないようにという命令を茶々丸に下した事もまた語る話でもないだろう。

 

 

 

 その話を付き添いをしていたくノ一少女から聞き及んでいた男は、内容が内容だけに未成年の少女の前で笑うような事はしなかったが、今になって思い出し笑いをしてしまっている。

 

 これで話に出た青年がちょっとでも茶々丸に対してロボ扱いがあれば別の話になるのだろうが、やはり彼は人であろうがなかろうが女子供に優しい為、単なる笑い話にしかならないでいた。

 

 どうせあの青年の事だ。この元同級生の少女にも“女の子”として接する事だろう。

 

 そんな事が極自然に行える彼にやっぱりちょっと妬ける気がしないでもないが嬉しかった。

 

 ウッカリからかってしまったのはそんな嬉しさからか。

 自分もしょうもないところで子供っぽいなぁと苦笑しつつ何とか謝罪に成功し、横に並ぶ事を許された。

 

 

 「でも、今日は朝から機嫌が良かったじゃないか。

  彼の事、そんなに気に入ったのかい?」

 

 

 そしてこの地に封じられている彼女の事を気にかけていた分、こんなに楽しそうな笑顔をさせられている事を羨ましく思う。

 

 

 自分には——いや、“あの人”以外の何者にも叶わない事だったのだから……

 

 

 そんな彼の心情を知ってか知らずか、彼女——どう見ても小学生然とした少女であるが……——は、何時の間にか機嫌を直し、実にイイ笑顔で空を見上げている。

 

 

 「くくく……まぁな……あまりのヘッポコさ故に面白くて仕方がない」

 

 

 少し前なら忌々しく観えていた空の色。

 

 赤ければ血の色に見え、青ければ切り捨てられている気がしていた。

 如何に学校に通おうと何回も何回も中学生をやり直し続けさせられ、同級生は片っぱしから卒業して行き、自分を知られている一般生徒なら記憶まで修正される者までいる。

 明るい世界の中を歩めるようにここに入れてくれた筈が、クソ明るい箱庭に閉じ込められているようなもの。 

 

 無茶をしようにも力は出ず、抗おうにも術がない。

 高く飛べていた夜空すら遠く、昼の空も如何に色合いを変えようと井戸から見上げているような気にさせられていた。

 

 

 しかしながら今の心境からすれば生活を飾る色彩に感じられる。

 

 何せ自由になれる方法が僅か一個で数多(あまた)と手に入ったのだ。

 余りに便利すぎる能力なので、かえってその手段を思いつくのが難しいほどに。

 

 余裕が生まれれば期待も高まり、削れて消えかけた夢すら頭を(もた)げてゆく。

 そうなると余裕も生まれ、ここを出た未来を考えるという事も考えられる余裕すら生まれてくる。

 

 追い求めるモノが生きている事を知り、外に出る手立ても今は兎も角、近しい未来で実現できるだろう。

 色々考えるのもまた楽しい物だ。

 

 新しい配下や下僕も手に入り、そいつらを鍛え上げてゆくのもまた一興。

 

 今の問題は“奴”の行く方のみ。

 

 逆に言えば行き先が知れるまでここにいれば良いだけ。

 仮に今外に出ても名を売ろうと襲い掛かる輩を相手にしなければならない可能性が高い。この間の西の一件で生存が知られた可能性も捨て切れないし、戦いそのものは嫌いではないが、蝿のようにたかって来る雑魚との戦いは煩わしいだけだ。

 

 だから今はこの地に封じられた当初のように、ヒトとしての不自由さを満喫できている自分がいる。

 

 そう意識が切り替えができるようになっている自分がいる。

 

 そんな影響を与えてくれるほど興味深く面白いのだろう。あの男は。

 

 

 「へぇ? だけどエヴァは物覚えの悪いヤツは嫌いとか言ってなかったかい?」

 

 

 その彼女の言葉がちょいと気になっただろう。彼はそんな事を口にする。

 

 普段の彼女はここまで話し易くないのでそれも手伝っているのかもしれない。

 

 

 彼女はふふんと鼻を鳴らしつつ、出会った頃よりずっと高い位置になってしまった男の顔を見上げる。

 

 

 「何か勘違いしているようだな」

 

 「え?」

 

 「アイツはな、キサマ同様ほとんど魔法が使えん。

  お前のように詠唱ができんのではなく、

  使えるのに(、、、、、)魔力を持てん(、、、、、、)のだよ(、、、)

 

 

 それは仕方がない事。

 

 何しろ彼の概念には、魔力持ち=魔族という図式がカッチリ入り込んでいるのだから。

 

 どれだけ頭で『それは違う』と解ってはいても、魂に焼き付けられた概念は取り除けない。

 よって彼は魔力を集められても持つ事は出来ないのである。

 

 

 尤も——

 

 

 『その代わり……魔力の収束能力はナギすら超えているがな』

 

 

 彼女は、そう小さく口の中で言葉を続けていた。

 

 つまりはそんな矛盾している点も気に入っているのだろう。

 

 無論、付き合いの長い彼はその含み(、、)を感じ取っていた。

 

 普段の彼ならばここで深く問い掛けたりはしない。

 答えてくれるような彼女ではないし、後ろ暗いものがあればはぐらかされるだけなのだから。

 

 だが、珍しく彼は好奇心から理由を聞きたくなり、その意味を聞こうと口を開きかけた。

 

 

 その刹那——

 

 

 「っ?!」

 

 「む……っ?」

 

 

 二人してその気配に気付き、同時に顔がその方向に向く。

 

 

 「数は?」

 

 

 流石は裏の世界で名の知られている二人。

 

 悪の名を持つ少女の方は兎も角、魔法世界で英雄視されている男の顔は幻視している敵に向けられ引き締まっていた。

 

 

 「さて……二匹といったところか……

  使っている奴と使われている奴(、、、、、、、)……だな」

 

 「式、か?」

 

 「知らんな。使い魔っぽいが……」

 

 

 その言葉を聞くか聞かぬかで男は地を蹴って姿を消した。

 

 正確にはとてつもない足さばきで駆けて行った訳であるが、余人ではその“入り”も“抜き”も視認できまい。

 それほどの力量を持ち合わせているのだ。

 

 

 「お〜早い早い。まだまだ現役と言ったところか」

 

 

 くくく……と含み笑いでその背を見送り、彼女はゆっくりと後を追い始めた。

 

 確かに結界を越えて侵入させてきた方法は気にはなるが、侵入してきたモノがどこに向っているかは“知覚”しているのだ。慌てる必要はない。

 

 

 それに——

 

 

 「よりにもよってあの馬鹿がいる場に向っている……か。運の無い奴め……」

 

 

 口元に浮かぶ笑みは小さいが、その実は嘲笑に近い。

 

 それらが向う場には新しく手に入れた下僕がいる。

 

 霊体に対して絶大な力をふるうあの馬鹿が……

 

 

 言うまでも無く、運の無い——と言葉を向けた相手は侵入してきた曲者に対して。

 いや、ヘタレなくせに戦わねばならないのだから、そいつに対しての言葉も含まれているかもしれないが。 

 

 

 「ま、いい暇つぶしにはなるな……」

 

 

 少女は長い髪を揺らしながらゆっくりと道を歩く。

 

 戦いを丁度良いタイミングで見物できるよう。

 

 “アレ”が負けるとは欠片ほども思わず。

 

 何だかんだで“アレ”の強さを理解している彼女は、掛かる状況を楽しみながらそこへと向って行く。

 

 壊滅的に物覚えが悪いくせに、どういう訳か要点だけはボロゾウキンのように素早く染み込ませてゆく。

 基本的な魔法知識がない為、染み込んだ知識を自分勝手に解釈したあげく、端的な方法を思いついては使用し、間違いを犯し続ける。

 

 しかし、その間違いの中にはとてつもない成功が含まれており、成功すればより効率的な方法を定理や論理等を無視して構築して行く。

 

 確かにその力の容量はかのサウザンドマスターのような英雄に劣るだろう。

 

 未来的な力のタンクの大きさも然程でもなく、ひよっこ魔法使い以下という程度。魔法使いとしては落第点しかやる事ができない。

 

 

 だが、あらゆる不利な状況をひっくり返し、根本から破壊し尽くす能力は過去の英雄どもすら凌駕する。

 

 何しろ自分より地力が上の者以外と戦った事がなく、それらをその時に倒さねば全てがお仕舞いとなってしまうというギリギリの戦いばかりを行ない、それらに勝って尚且つ無事に生きて帰っているのだ。

 

 そして彼は裏の世界でもお目にかかれない卓越した霊能力者であり、魔力では圧敗していようがその力の“性質そのもの”は数多の幻想を超えている。

 

 

 今だ感じる男の気配をトレースし、少女は更に足を速めた。

 

 悲鳴を上げまくり泣き喚くくせに必死に喰らいついてくる青年を思い、優しげな笑みを浮かべながら……

 

 

 

 

 何故か急に“霧”が掛かってきた学び舎に足を向けつつ———

 

 

 

 

 

 

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              ■十五時間目:TRAINING Day (中)

 

 

 

 

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 どことも知れぬ場所を駆ける駆ける。

 見慣れぬ廊下を走る走る。

 

 知っているのに知らない場所という矛盾も気付けず、

 記憶にも無い建物の中を疲労も湧かずただひたすら走り回る。

 

 何故足を動かしているのか、何に飢えているのか全く理解できないのだが、そんな疑問すら浮かぶ事無く彼女はフォーカスがかってはっきりしない場所をただただ駆け回っていた。

 

 

 何時も以上に身体が重く、足も考えられないほど重くて速度が全くでない。

 何かが纏わり付いているかのように、意識の後から足が引っ張られる。

 

 それでも必死になって捜し続けていた。

 

 

 異様に長い廊下を抜け、

 

 異様に高い階段を降り続け、

 

 風景と区別がつき難い人垣を越え、

 

 彼女はただ走り回っている。

 

 

 やがて校舎の脇を抜け、人気のない建物の影を走り抜け、人目から完全に陰となっている場所……校舎裏へとやって来た。

 

 

 と———?

 

 

 『あ、見つけ………っ!!??』

 

 

 やっと見つけた。

 

 捜し求めていたヒトを。

 

 今の今まで想いも浮かべられなかった飢えの理由……

 それが求め訴えていたモノを今になってやっと気付いたのである。

 

 

 しかし——“彼”は“独り”ではなかった。

 

 

 『あ……』

 

 

 思わず息を飲む。

 

 彼の向こう側には誰かがいる。

 

 顔は見えずとも誰かは解る。

 あの髪型と雰囲気、そして彼よりやや背が高い少女であるし、良く見知った相手なのだから。

 

 

 彼は、その少女と見詰め合うように向かい合わせで立っていた。

 

 

 『え……?』

 

 

 そんな彼女の困惑など知る訳もなく、青年と少女は穏やかに、そして楽しげに話を交わしている。

 

 青年の顔は嬉しげで、少女の頬はやや薄桃色。

 

 そんな二人を見ているだけで、胸に湧いたもやもやは痛みへと形を変え、彼女の胸に深く突き刺さってゆく。

 

 

 この場を逃げ出したい焦燥と、地を足の指で握り締めているかのような悔しさが身を焦がす。

 

 胸の鼓動が耳の奥まで響き、

 冷水をぶっかけられたように体温が下がるのに頭は異様に熱を持つ。

 

 苦しいのに何が苦しいのか解らず、

 痛いのに原因が解らない。

 

 こんな気持ちを持った事がない彼女は、それが何を意味しているのか気付く事もなく、ただひたすら不快感に苛まれていた。

 

 

 知っている二人が楽しげに会話を交わしている。ただそれだけの事なのに——……

 

 

 『あっ!?』

 

 

 そして二人の動きが変わった。

 

 いや、正確には動きが止まった。

 

 見詰め合ったまま二人が動かなくなったのである。

 

 

 目が細く、目が開いているのかいないのか良く解らない少女であったし、何よりこちらに背を向けているというのに何故か瞼が閉じられている事がよく解る。

 そしてその顔を見つめている青年もまた瞼を閉じた。

 

 

 ——顔を寄せながら。

 

 

 流石の彼女も、何をしようとしているか理解できる。

 

 

 『あ……ああ……』

 

 

 そして解ってしまったのだから当然のように、

 

 

 『———く……っ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ち、ちょ、駄目アルよっ!! 楓は駄目アル!!

  勘違いはいけないアル!!」

 

 

 大声で止めた。

 

 

 「楓は(ピ——ッ!)アルよ!?

 

  (ピ——ッ!)で(ピ——ッ!)で(ピ——ッ!)アル!!

 

  おまけに(ピ——ッ!)で(ピピ——ッ!)だから(バキュ——ンッ!)アル!!

 

  そんな楓に(ピ——ッ!)したら(ピ——ッ!)になてしまうアルよ!!

 

  (ドキュ——ンッ!)(ピヨピヨピヨ!!)アル!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 水を打ったように静まり返る教室。

 

 チョークを持ったまま、今一つ言っている事がよく解らず凍りついている子供教師。

 

 真っ赤になってはわわと慌てる目隠しヘアな図書部の少女やら、ギュピーンと目と眼鏡を光らせている触覚アホ毛の同部の少女。

 すわっスクープか!? と一瞬でデジカメとレコーダーを取り出す報道部。

 

 そして……

 

 

 「だから(ピ——ッ!)で(ピ——ッ!)で………ふぎゃっ?!」

 

 

 授業中、机につっぷして居眠りぶっこいていた少女、古は、

 

 

 「 古 ぅ 〜〜〜〜……… 」

 

 

 何時もとは逆。

 ものごっついおどろおどろした気配を放つくノ一少女に、万力のような力で頭を掴まれ、やっとこさ強制的に目覚めを迎えたのであった。

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 「あ痛たたた……

  まだちょと痛いアルな。ヒドイ目にあたアル……」

 

 

 放課後。

 学校帰りと言うにはちょいと遅い夕暮れの通学路を、古は頭のタンコブをさすりさすり一人歩いていた。

 

 どんな夢を見ていたのか、すぽーんと忘れてしまっているからどうしようもないが、級友らによるとその夢の所為でドエラい寝言をぶちかましたらい。

 何せ楓が怒っている顔というレアなものを目にできたほどなのだから。

 

 尤も、古は夢の内容を全部忘れてしまっている。その所為というのもナニであるが、何か理不尽な目に合わされてしまった気もしないでもない。

 彼女とてあんな事言われたら激怒って殴りかかっであろうが、どんな暴言ぶっ放したかは誰もが黙して語らず。よって何を怒っていたのかサッパリサッパリなのだ。

 

 けっこーとんでもなかったらしいが、元々が竹を割ったような正確の楓であるから然程は気にはしていないようであるし、今更弁明するのもナニな気もする。

 

 ただ、のどかなど真っ赤になって口噤むのだからどんなスゲェ暴言だったか気にはなってたりするが。

 

 

 「はぁ……ヤレヤレ……」

 

 

 昨日の今日で溜め息一つ。

 

 ただ老師に会えな……もとい、霊気の鍛練ができないだけでこのだらけっぷりは頂けない。

 

 幾ら届かなくとも手を伸ばしたい地平を感じられているとはいえ、その鍛練が行なえないだけでこう(、、)なってしまうのは修業不足以外の何物でもないだろう。

 

 何しろ、彼女はそんな事を気にし続けられるほど暇ではなかったりするのだから。

 

 

 この麻帆良学園はエスカレーター式なので、外の学校を受験したりしない限り最終学年でけっこう余裕があり、絶望的な成績を取らない限り三年生になっても部活に精を出す事が出来る。

 

 そして彼女は中武研の“部長様”。

 幾らなんでも部長自ら休みぶっこく訳にはいかない。

 

 意識を別に取られて集中し切れないというだけで、部活動を蔑ろに出来るほど“ご立派な立場”ではないのだから。

 

 

 しかし、集中し切れないという事は、ゆっくりと心労が溜まるという事でもある訳で。

 無駄な思考を続けてしまった結果、普段以上の疲労を身体に齎せる結果となっていた。

 

 授業中の居眠りといい、この部活態度といい、正に自業自得である。

 

 そんなこんなで妙な気疲れで気だるくなった身体を引き摺るように部活を行い、やっとこさ帰宅しているという訳だ。

 

 

 もー 部屋に帰ったら即行で寝てしまうアル。

 

 寝たらどーにかなるとゆー訳もないアルが、疲れてるから仕方ないアル。

 

 ……等と、この学校の気風に浸り尽くしているからか、結構お気楽である。

 幾ら私立でエスカレーター式でも今日の様な授業態度を続けていたり、成績が悪過ぎたりすれば早々上に上げてくれる訳が無いのであるが……

 

 

 それは兎も角——

 授業中にうっかり爆眠した挙句、とんでもない寝言ぶっこいてしまうという失態を演じてしまったのは、流石の古とて けっこー恥ずかしかったりする。

 

 ハッキリ言って自業自得であるし、彼女だって楓が寝言で『あぁ……横島殿……そ、そこは駄目でござる……こんなところでぇ……』とかほざけば全力でぶん殴るだろう。主に宴の可盃を手に握ったりして。

 

 そう人の事言えないのも理解しているし、何かしらのもやもやがを胸に溜め込んでいるからこそ、あんなポカかましている事も解ってはいる。

 

 解ってはいるのだが……

 

 何に嫉妬して何がそんな気になるかは不明だったりする。

 

 

 

 

 「オ、オノレぇ……」

 「わぁっ!? ち、超さん、どうかしたのですか!?」

 

 

 

 

 某研究施設からそんな声も聞こえたりしていない。してないったらしていない。

 

 

 「はぁ……」

 

 

 何とかズキズキする痛みが引いてくれたタンコブを擦り擦り、古はもう一度溜め息を漏らす。

 

 尤も、痛むから溜め息が零れたわけではなく、胸の奥から湧いてくる奇妙な感触が溜め息を吐かせているのだ。本人に自覚がないだろうが。

 

 

 

 「ぐぎぎぎぎ……」

 「ち、超さぁ〜ん!!」

 

 

 

 それは兎も角(笑)。

 

 古はある理由(、、、、)によって放課後もそんなにヒマでなくなっている。

 いや、今述べたように部活も行っているのだが、それとは別の件でだ。

 

 何時もなら部活が終わってから横島に霊力の鍛練(横島にとっての試練とも言えるが)をしてもらうのだが、それは他ならぬ“大首領様”の御命令によって叶わぬ願い。

 

 楓もそれが堪えているのだろう。その憤りを誤魔化す為か、風香、史伽より部活に勤しんでいるし。

 

 

 「か、楓姉ぇ〜 ペース速すぎるよぉ……」

 

 「お姉ちゃん……も、もうだめ……」

 

 「史伽ぁ〜っ!?」

 

 

 トライアスロン的な散歩に付き合わされる二人には災難だろうが。

 

 

 兎も角、

 帰って寝ようと決めていたと言うのに、何故か足が別の方向を向いていたり。

 

 ほんの僅かの間であるのに、修業していた教会跡地に行きかかっていたのだからそれは古だって苦笑もするだろう。

 

 そんなに修業がしたかたのか…と。

 

 無論、“誰かさんと”という自覚は無い。

 

 

 何だか帰宅すら気が乗らなくなってきたのだが、それでもトボトボと寮へと戻って行く古。

 

 超からもらった“普通の”肉饅の残りをもそもそ食べながら歩くその姿からもやはり気力は感じられない。

 五月病さながら、無気力になっているのである。

 

 

 古は肩を落としつつ、何げなく校舎を見た。

 

 夕陽に染まる校舎はノスタルジックで、見ているだけで余計に物悲しさを加速させる。

 いや、別に彼女は悲しみになど浮んではいなかったのであるが、そんな気にさえなってしまうという事だ。

 

 何でアルか……とぐちゃぐちゃの感情の意味も解らず、再度溜め息を漏らして道に目を戻……

 

 

 「ん……?」

 

 

 ——そうとして、何かが気になった。

 

 いや、何がどう、という訳ではないのであるが、何だか知らないが校舎が……正確に言えば校舎の裏が妙に気になったのである。

 

 夢の事などこれっポっちも覚えてはいないのであるが、“見た”という事実に変わりはない。

 その記憶がデジャヴュとして彼女を突付いているのだろうか、古は眉を顰めてそこを見つめ続けていた。

 

 

 「何か知らないアルが……」

 

 

 たんっと沓を踏み鳴らし、古はそこに向って行く。

 

 

 「……」

 

 

 自分でも解らない理由により、駆け出してしまう古。

 

 

 まさか本当に何かと出会ってしまうなどと知る由もなく——

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 ——校舎裏。

 

 パターンで言えば呼び出しのメッカであり、行われるのは制裁等の名を借りたリンチ。或いは決闘等。

 

 一昔前の学園マンガではそればっかだったらしい。

 

 近年になれば若い……或いは若過ぎるカップルの逢瀬の場とかになっており、どちらにせよ実に教育上よろしくない。

 

 因みに、作者の学校はプール下の物置がそうだったりする。ウッカリと使用中のサインを見落として道具を取りに行ったらタイヘンな事態に出くわす事が多々あったりなかったり……

 

 

 閑話休題(それは良いとして)——

 

 

 その大きな校舎の陰の場所に彼はいた。

 

 

 「……ん……く……」

 

 「……」

 

 

 いや、彼“ら”だ。

 

 

 腰を降ろし、蹲るようにしてもそもそと手を動かす。

 

 その際、妙にぬかるんだ音もするが、それも仕方のない事。

 

 行っている事が事なのだから。

 

 

 「く、う、ふぅっ、ん……っ」

 

 「……」

 

 

 何もこの時間にしなくとも良いものを、彼はがくんがくんと身体を揺すり、全身を使って攻め続ける。

 

 尤も相手は頑強に抵抗……防戦一方ではあるが……を続けるのみ。いや、それ以外を行えない。

 

 彼の手によってなすがまま。

 とは言え、好き候にされるだけというのも癪なのか、抵抗だけ見せて無言を貫いている。

 

 それがまた彼をイラ付かせ、行為そのものを乱暴にさせてしまうのであるが。

 

 

 「くそ……」

 

 

 流石に腹も立つが、乱暴にし過ぎると何にもならない。

 

 後々の事を考えればもっと優しく行わねば話にならないのだ。

 

 とは言え、そんなに時間をかけたくはないし、速くここを立ち去りたいのもまた事実。

 

 彼はぎゅぎゅと力をいれて更に身体を揺すり上げた。

 

 

 「く、お、おぉ……」

 

 

 ぐぐ……と、身体の動きが止まり、腕がピンと伸びる。

 

 歯を食い縛り、意識は一点に集中される。

 

 

 そして——

 

 

 「お、おおお……っ」

 

 

 

 

 

 

 

 ずぼっっ!!

 

 

 “それ”は抜けた。

 

 

 「……や、やっと抜けたぜぇっ」

 

 

 アレだけ抵抗を見せていた雑草の根はズッポリと抜け、青年は何とか根を切らずに引き抜くことに成功したのである。

 

 根を切らずにすべて引っこ抜く事に成功したのだ。何という爽快感だろうか。

 

 

 ズ シ ャァ ア ア ア ア …… ッ ッ ッ

 

 

 それに合わせたかのように何かが青年の後ろを駆けぬ……いや、滑り抜けた。

 

 ここまで見事なズッコケはあるまいと見せ付けるかのような滑り方で、笑いに五月蝿い青年に戦慄が走ったほど。

 

 思わず『何奴っ!?』と奇怪なファイティングポーズで身構えてしまう。

 

 

 「ま゛……」

 

 「ま゛?」

 

 

 滑り込んできた少女の声に巨大なロボの姿を見たか、青年は首を傾げかかった。

 

 

 その瞬間——

 

 

 「 紛 ら わ し い ア ル っ っ ! ! ! 」

 

 「のわ——っっ!??」

 

 

 ばね仕掛けのように跳ね起きた少女の剣幕に、今度は青年がひっくり返ってしまう。

 

 ナニを聞き間違えたか、或いは地の文の騙されたか、何か涙目で飛び出してきた少女は実は単なる草抜きだったというショックにおもっきり滑りコケてしまったのだ。

 

 しかしお互いが顔を合わせた為、少女が何者であったか直に解る。

 

 

 「あ、あれ? 古ちゃん?」

 

 

 ポカンとして少女を見上げる青年……横島忠夫は、何で彼女が自分を睨みつけているのかサッパリ解らず、抜いた草を握り締めたまま呆然と古のその涙目を見つめる事しかできないでいた。

 

 

 「ぴぃ?」

 

 

 抜かれた草に黙祷していた かのこの声や、

 

 

 「……ンア?

  ドーカシタノカ? 草抜キ、終ワッタノカヨ?」

 

 

 草刈なら兎も角、“抜く”というヒマな雑事に興味はなく、居眠りぶっこいていたチャチャゼロのKYな声が妙に痛く感じたアル——と後に古はそう語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼、横島忠夫の表の顔は麻帆良学園専属用務員で、そのメインの仕事は清掃人である。

 よって修繕やらワックス掛け、今さっきの様に草むしりもれっきとした仕事の一環だ。

 

 元の世界での職場で丁稚扱い(後期は違うらしいが)だった彼は、当然のように雑事も掃除能力もかなり慣れて専門職のようだったという。

 

 魔族サイドに囚われていた際、何だかんだで雑務に勤しんで洗濯物をキレイに干した時、野望に近付いたと満足していた事も見逃せない。

 

 

 だから、という訳でもなかろうが、横島は本日の仕事場である校舎裏清掃を“みっちり”と丁寧に行っていたのである。

 

 古がナニを誤解したかは知らないが……

 

 

 ともあれ、どこをどう聞き間違えたのかは知らないが、激しい誤解を招いてしまったのもまた事実

 

 目をナルト状のぐるぐる巻きにして暴走する古を必死にとりなし、何とか落ち着きをみせてはくれたものの、彼の話を聞き終えた直後、

 

 

 「だ、騙されたアル——っ!!!」

 

 

 彼女は大きな声で叫んでいた。

 

 近くにいた横島の耳がキーンと音を立て、鼓膜がきしんでしまったほどに。

 

 

 何の話しかと言うと、例の一週間横島と修行するのを禁止した取り決めの事だ。

 

 『一体何の修行してたアルかーっ!!』と慌て怒鳴る古を落ち着かせる為、修行という名の拷問の説明を行った横島であったが……

 

 古や楓らは一週間は一緒に修行できないと言われているので鵜呑みにしている訳であるが、それは修行だけ(、、)の話で、会ってはいけないとまでは言ってなかったのだ。

 その事をチャチャゼロにツッコミを入れられて思わず絶叫してしまったという訳である。

 

 無論、仮にエヴァに対して文句を言ったところで『修行時間以外で会ってはいかんと誰が言った?』と返されるのがオチだろうし、騙されたも何もその事を聞かなかった方が悪い訳で、横島ならば『修行の事は聞いてるが、それ以外の禁止は聞いてない』と平然と突撃をかけていたはずだ。

 彼が口にすれば屁理屈全開にしか聞こえないが。

 

 それに、無理してでも己を研磨し続ける者が結構好きなエヴァであるから、そんな屁理屈ほざいてでも修行を付けてもらいに行けば案外許してもらえるかもしれない。

 

 「マァ、ゴ主人ハ ケッコウ(ワル)ダカラナ。

  ミョーナ言イ掛カリデ半殺シニサレルカモシレンガ」

 

 

 そう“先輩”に言われても、知ってしまった以上は付いて行きたるなるのもまた人情(?)。例えチャチャゼロの言うとおりになっても横島なら少しは庇ってくれるだろうし。

 まぁ、行く理由もちゃんと考えているし、何より今は少しでも強者の意見は聞きたかったのだ。主に老師から。

 

 いきなり弟子をもっ(、、、、、)てしまった(、、、、、)事もあり、横島とその事について色々と…それ以外でも話をしたいし……

 

 

 ——何やら理由の後にオマケっぽく本音らしきものが漏れているが気にしない方向で。

 

 

 「それは兎も角、老師は強くなたアルか?」

 

 「老師言うな……って、もうええわい……

  十日やそこらで強うなったら世話無いわ」

 

 

 十日? と首を傾げた古であったが、直にあの別荘の事を思い出した。

 

 外の一時間が中の二十四時間というふざけた結界の中にあり、横島は昨日二人と別れてからず〜〜〜〜っと虐められ……もとい、鍛えられ続けていたらしい。

 

 

 「そ、それは結構卑怯アルな」

 

 

 しかし逆から考えてみると、漫画とかで『一週間後に決闘する』とかの妙な展開がよくあるが、あの別荘が使用できればフル活用で準備期間は五ヶ月程にもなる。

 完全休養を取る余裕すらあり、三日会わずばドコロの騒ぎではない成長が期待できるのだ。

 その上、鬼教官がセットに付いてるのである。そりゃあ卑怯だと思いもするだろう。

 

 と言っても、エヴァも付きっ切りという訳にも行かないし、横島にも仕事がある。

 彼女の魔力は横島がどうにかできる(、、、、、、、)とはいえ、横島の疲労を蓄積させ過ぎるといざという時に意味が無いし、あの下らない呪いもある。

 その為、休息時間を入れて一日十二時間程度にスケジュールを組んでいるのだ。

 

 しかしそれでも十日間もエヴァの指示によって徹底的にしごかれ続けている訳で、普通の人間……いや魔法使いでも、凡庸な輩ならば廃人は確実だろう。

 何があったか詳しくは知らないし、語ってもくれないが、横島はカタカタと身を振るわせているから何となく想像は出来る。

 

 古はふと足元にいる かのこの眼差しに気付いて目を向けてみた。

 

 小鹿はじっと主横島を見つめている。

 悲しい目をしていた。

 

 

 「マァ、何ダ……地力ハソウトウ上ガッタト思ウゾ?

  アレダケ ゴシュジンガ楽シソーナノ久シブリダシナ」

 

 

 等と笑顔(と言っても、人形だから表情は変わらないのだが)で話すチャチャゼロには古も呆れる他無い。

 

 

 「あれで強うなってなかったら訴えるわっ!!

 

  ハッキリ言って自分でも防御能力は激増ししたくらいは解るぞ?

  いや、もう……これでもかっ!! て、くらい」

 

 「サモアリナン……ダ。

  ツーカ、“アレ”ハ卑怯ダ。マスマス オ前ェヲ斬リ難クナッチマッタジャネーカ。責任トレ」

 

 「アホか——っ!! 何でお前に気ぃつかって斬られにゃならん!!??

  斬りたいんやったら、ハムでも刻んでやがれっ!!」

 「何ヲ言ウ。オレハオ前ヲ(、、、)斬リタインダ。

  乙女ノ告白ミテェナモンジャネーカ。アリガタク受ケヤガレ」

 

 「御免こーむるっ!!

  つーか、ムチムチ姉ちゃんでもないお前に言われても嬉しゅーないわっ!!!」

 

 「ツレネーナ」

 

 

 ケケケと笑うチャチャゼロを見ながら、古は複雑な想いを高めていた。

 

 チャチャゼロがブラックなボケをかまし、横島が突っ込む。

 その間が実に軽妙で、何だかんだ言ってこの二人(?)の息が実に合っている事が解るのだ。

 

 

 考えてみれば隔離された時間の中を、これからもあの別荘で過ごす筈である。

 

 エヴァにしても、チャチャゼロにしても、確かに対人反応はそう良い方ではない。

 自分らは人外であるし、周囲の者達よりずっと長く生きているのでどうしても“合わない”し、何より合わせるつもりがないのである。

 

 

 が、その代わり“身内”に対しては妙に懐が大きくなってくる。

 

 

 自分らと同じ時間を過ごすのなら、如何に生き人形であろうと彼の本質に気付いてしまう筈だ。

 

 彼は、エヴァ達と以上に“自分らの側”にいるものに対しては、種族無関係に垣根を完全に取っ払うという事に……

 

 

 

 とくん……

 

 

 

 胸の奥で何かが響いた。

 

 目の前で漫才を続けている二人を見ていられなくなってくる。

 

 いや、不快な事をされている訳ではないのであるが、どういう訳か居心地が悪くなってきているのだ。

 

 昨日弟子にした少年の事も話したいし、大した話ではないが今日一日あった事も言ってしまいたい。

 

 別に何だって構わない。彼と話さえできれば。

 

 そう思いはするのであるが、どういう訳か上手く言葉として紡ぎ出す事ができないのだ。

 

 

 『……老師』

 

 

 我知らず古は口の中でそう呟き、背中を校舎裏の壁に預けてぽすんと腰をおろしてしまう。

 

 出会ってから、ずっとキープしていたする気もする右隣。

 楓がいる時以外はずっとこっちだ。

 

 でもすぐに隣にいるというのに、向こうは壁も作っていないのに、何故だか彼との間に距離を感じている自分がいる。

 

 彼がそんなものを作る訳がないと解っているのに、自分で作ってしまったそれを彼の所為だと押し付けている自分がいる。

 

 

 それが何なのか、

 何でそれを作っているのか、

 

 そういった経験は初めてである古では考えもつかない。

 

 

 ちらりとまだ言い合いを続けている二人に眼を向ける。

 

 

 「せやから霊力使い過ぎたら煩悩が上がると言うたろーがっ!?

  マトモに回復がでけんさかい、力が足りひんのやーっ!!」

 

 「ダッタラソコラデ女襲エヤ。

  散々弄ンデカラ例ノ珠デ記憶消シテぽい捨テシタライイジャネェカ」

 

 「ドコの鬼畜犯罪者じゃ!! 誰がするかそんな事!!

  つーか、オマエはそれをさせんよーにする見張りやろが!! 本末転倒やんけ!!

  見張りが先導してどないすんねんっ!!」

 

 「チ……ショーモナイトコデ御堅イコト言イヤガッテ……ツマンネー男ダナ。

  マ、ショウガネーカ……ココハ一ツ、先輩ノオレガ人肌脱イデヤンヨ」

 

 「は?」

 

 「サ、オレハ抵抗デキネェゼ。好キニシナ……」

 

 「あ……

  ア ホ か ぁ あ あ あ ——っっ!!!」

 

 

 ……何だか不穏なセリフも聞こえたような気もするが、それはスルー。

 

 

 古の額にピキリと血管も浮かんだが、チャチャゼロは言い放ってからケケケと笑っているので恐らく性質の悪い冗談だろう。

 現に横島は血涙振りまいて喚いているし。

 

 だがいくら冗談とはいえ、ベースが少女人形であるチャチャゼロがそういった言葉を口にしているのは思っている以上に横島に対して好意を持っている可能性がある。

 

 彼女がいるのは横島のポケットの中。

 

 胸元までスッポリとはまっていて居心地よさげである。

 

 

 つまりはチャチャゼロは、とっくに横島の中で縁として結ばれているのだろう。

 エヴァの家の地下であれだけ生き人形に怯えていた彼がポケットにいれて口喧嘩をしている事からもそれは見て取れる。

 

 生きるか死ぬかレベルの鍛練を受け続けているのは古も今しがた横島本人から聞いているが、それでもチャチャゼロを毛嫌いしていないのは実に彼らしい。

 その事が置いてけ堀を喰らった様で何だか心淋しかった。

 

 あの言い合いにしてもスキンシップの一環だろう。

 本気で嫌がっているのなら、投げ捨てるなりすればよいのだし。

 

 

 「はぁ……」

 

 

 仲良さげに続けられている口喧嘩に溜め息がまた一つ零れる。

 

 ここに居たいのに、居た堪れない気持ちになってくる。

 

 

 『もう、帰るアルか……』

 

 

 気持ちにやり場を無くしたか、居心地の悪さに耐えかねたか、腰を上げて横島に別れを告げ——

 

 

 「!?」

 

 

 ——ようとした古は、異様な気配に気付いて身構えた。

 

 ふと気が付くと、かのこも何か身構えているし横島の何時の間にか立ち上がって極自然体で構えを取っている。

 

 

 「気付いた?」

 

 「アイ」

 

 

 じわり……と気配が寄ってくる。

 

 しかしてその気配は広い。

 

 そう、『大きい』のではなく、『広い』のだ。

 

 

 「これは……?」

 

 

 その気配の異様さに冷や汗が出、思わず札を取り出して身構える。

 

 普通の相手ならば彼女とて慌てたりしないだろう。

 

 服が張り付いてしまうほど汗もかかないだろう。

 

 巨大な気配の相手も知っているし、強者の気配も見知っている。

 

 が、この周囲に纏わりついてくる気配にはそのどれもが含まれていない。

 

 気配が大きい訳でもないし、強さも感じられない。

 

 

 在るのはただ『広い』という感触だけ。

 

 まるで一人の気配が飛び散って(、、、、、)いるかのような(、、、、、、、)異様な感覚があるのだ。

 

 

 「ケケケ……懐カシイナ。コレハ」

 

 「あ、やっぱ知ってるか」

 

 「タリメェダロ? オレハ欧州出ダゼ」

 

 

 横島とチャチャゼロは“これ”が何か知っているみたいである。

 

 間に入れないのは悔しいが、それより“これ”が何か聞きたい。

 

 

 そう思って、周囲を警戒しつつ問い掛けようとした古の視界を、

 

 

 「あ……何アル? 霧?」

 

 

 唐突に霧が覆い始めていた。

 

 

 「間違いねぇか……拙ったな、こりゃ……」

 

 「こ、この霧、何アルか?」

 

 

 二人と一体だけしかいない校舎裏。

 

 後は校舎の壁、周囲を囲むのは気配を持った霧。

 

 驚いている古の横、珍しく表情を歪めている横島は、

 

 

 

 「多分、<霧魔(むま)>だ」

 

 

 

 

 そう呟く様に答え、栄光の手を具現させた。

 

 

 



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後編

 

 「く……うう……」

 

 

 足元から微かに聞こえるのは呻き声。

 学校に続く通学路脇の小さな公園の中、象を模った遊具の側。砂場に顔を沈めて無様に突っ伏している男のもの。

 

 そしてその男を僅か一撃で打ち倒した者はその直横に立っていた。

 

 眼に見える被害は無く、あったとしても微々たる物。侵入者が倒れ伏している砂場にも誰かの力作であろう小山も無事。ご丁寧に避けて男を打ち倒したのだろう。

 少なくとも明日の日にここで遊んでいる子供達を悲しませる事は無いようだ。

 

 そう、彼はそれほどの力量を持っているのである。

 

 

 「……向こうは残っている!?」

 

 

 だが、その表情は硬い。

 

 

 倒した相手は黒いコートに身を包んだスキンヘッドの男。

 

 普通、こんな男がこんななりでいれば目立って仕方が無いだろう。

 眼つきの悪さもあるし、頭部に何やら幾何学的な刺青まである。昨今の犯罪からして通報間違いなしだ。

 

 だが、この男は全く持って目立っていなかった。

 そこに“いる”という認識すら殆どしていなかった。

 

 それがこの男の隠術なのか、何かしらのアイテムの力なのかは知らないが、どちらにせよそのような手段をもって都市の結界を越えて来たのだから碌でもない輩である事に違いあるまい。

 

 現に、この男は“ナニカ”を放っていたのだし——

 

 

 「く……っ!!」

 

 

 術者と思わしき男を打ち倒したのだから式であれば制御を失うだろう。

 そう思っての行動であったが、何と放たれているものは式ではなかった。

 

 都市を守っているものとは別の、学校を守っている結界の“内側”に放たれてしまったそれ。

 

 立ち込めている霧からして、異界の存在である感触がありありだ。

 

 

 考えられる事は一つ。

 術者である“この男”が囮で、本命はあちらだ。

 

 術者である自分を餌にして距離をとらせ、それを活動させる。

 自爆テロが如く後先の考えを感じられない暴挙であるが、実際に引っ掛けられたのだから言い訳の仕様も無い。

 

 慌てた彼は足元に転がる男を放置し、学校に向けて駆け出そうとした。

 

 

 「まぁ、待て」

 

 

 だが地を蹴った直後、彼のその身体は、弦を弾くような音と共に空中で静止……いや、ギシリとその身を軋ませ、空中に縫い止められてしまった。

 

 “それ”が巻かれた事に気付けないほど焦っていたのには呆れるが、相手の技量を考えればさもありなんだ。

 

 

 「な、何を……?!」

 

 「だから待てと言っているだろう? 焦るな」

 

 

 ゆっくりと歩いてくる声の主。

 

 闇が迫りつつある時間だからこそ映えるその身体。

 力を封じられて尚、その闇の輝きを失っていない者。

 

 眼に見えぬほど細い糸を彼に巻きつけてその身体を止めた者。

 

 見た目は年若い少女であるが、その実数百年を生きる闇の者。

 

 そして彼の元同級生で、現教え子の少女だ。

 

 

 「しかし!!」

 「しかしも案山子(かかし)も無い。落ち着けと言うに」

 

 

 足元の男を単なる路傍の石であるかのように視界の隅にも入れずに蹴飛ばし、彼の側までやって来る。

 しかし靴先がめり込んだのは男の腎臓の位置。狙ったものか偶然か判断が難しいところ。

 

 そんな彼女であったが。その目線は彼に向けられていない。

 その赤く色を変えた瞳の眼差しは、そのずっと先……校舎の方向に向けられたまま。

 

 彼女はじっとそこで起こっている事に目を向け続けていた。

 

 

 「確かに女生徒は巻き込まれているようだが……あいつは一般生徒ではないぞ?

  一応は裏に関わっている奴だ」

 

 「いや、だけど……」

 

 「落ち着けと言っただろう?」

 

 

 彼のその身を縛っていたのは細い糸。

 特殊な加工が施されている特性の糸だ。

 

 それでも彼はぶつりと自力で糸を切り地に降り立つ。

 

 簡単に切られてしまうのは面白くないが、彼ならば気にもならない。

 できて当然だし、できない方が腹が立つ。

 多少とはいえ扱いた(虐めた?)事もあるのだから。

 

 

 「それにな、丁度いいんだ」

 

 「何がだい?」

 

 

 やや落ち着いたのか、彼の言葉の端から険が薄らいでいる。

 彼女の説得……というか、落ち着きを見て判断したのだろう。

 

 

 「今、あそこにはいるのは“ウチの”馬鹿だ。

  そして横にいるのは女だ。それがどういうことか解るか?」

 

 「ウチの馬鹿……?」

 

 

 その言葉からそこで誰が出くわしているのかやっと理解できた。

 

 何だかんだで昔の自分のように、彼女に修行をつけてもらっている“彼”があそこにいるというのだ。

 

 根っからのトラブルメーカーであり、トラブルに巻き込まれやすい困った体質(?)。

 存在自体が破天荒で、異世界出身等というトンでもない人間。

 

 やる事成す事無意味なところだけ全力で、息切れをしてはセクハラで回復。ロリではないと断言しつつも、女子中学生の色香に迷いかかって悶えている問題青年。

 それでいて実力は相当なものであり、彼すらそれを認めているし、この少女も何だか信じている様子。

 

 そして今、そんな彼の横には女がいるという。

 

 場所が場所だけに少女である可能性が高い。

 こんな時間、校舎裏で女の子と二人でいた理由は教師としてちょっと気になるが……

 

 

 「あの馬鹿の実力と才能は本人が思っている以上に高い。

  自分では全く気付いていないようだがな」

 

 「それは……」

 

 

 彼も何となく知っている。

 

 自信は持っていないようだが、腕試しの場で十六分身した少女の全攻撃を往なしている。

 尤も、見た目には激しくみっともなかったのであるが、それでも双方無傷で終了させているのだから尋常ではない。

 

 しかし彼は、自分のその実力を全然信用していないように見えた。

 周囲が異常能力者ばかりだった事も手伝って、堆く積み上げられてしまったコンプレックスは如何ともし難いのだ。

 

 

 「普段は見た目と珍奇な行動も手伝って御世辞にも使えるようには見えん。

  見た目もナニな奴だしな。

 

  だが、信じ難い事にアイツは自分の持っている甘っちょろさを力とする事ができる。

  解るか?」

 

 「え……?」

 

 

 女に甘い。

 それだけでマイナスだ。

 

 特にこの少女はそういった甘さを大嫌いだった……筈。

 

 だがどういう事であろう? 今この少女は喜びを見せている。

 甘さを持つと言い放った青年の事を思い、嘲る事無く感心するかのように。

 

 

 「アイツの真骨頂は足手まといを守る時に出る底力だ。

  普段の逃げ腰は消え失せ、守り戦う事にだけ意識が向く……

  いや、それ以外の事が頭から消える。

  

  そうなった時のアイツの力を……見てみたくはないか?」

 

 

 それはキミの方だろ……? そう口に仕掛けたが、彼はあえてその言葉を飲んだ。

 そう言いたかったのだが、彼とて見たいと思っている事に違いはないのだから。

 だから彼は、ここに来て見学側にまわる事にした。

 

 それにこの少女は身の程知らずは好きではないが、力なき者や知人を見捨てるほど非道ではない。

 そんな彼女がここまで余裕があると言う事は、その巻き込まれた少女とやらが危機に陥る事はないと確信があるのだろう。

 

 或いは——

 

 

 『そこまで彼を信じている』のだろう。

 

 無論、聞いて答えてくれる彼女ではない。

 

 諦めを含んだ色の溜め息を吐き、彼女に蹴転がされて苦悶する男を一応落して意識を奪い、ふん縛ってから彼女の後を追った。

 

 

 「見せてもらうぞ?

  その時のキサマ(、、、、、、、)を……

 

  我が下僕、横島忠夫よ」

 

 

 ククク……と忍び笑いを漏らす少女に眉をひそめ、とんでもない奴に目をかけられたもんだとちょっとだけ同情もしていたりもするが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———————————————————————————————————

 

 

 

 

              ■十五時間目:TRAINING Day (後)

 

 

 

 

———————————————————————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界を霞ませながら覆い包まんと纏わりついてくる気配。

 

 それ以外を感じる事ができない、異様な敵。

 

 見えているのは霧そのもの。だが、霧だからこそ全体を見ることが難しいのだ。

 

 

 敵の名は<霧魔>。

 それなりに知名があると言うのに、わりと知られていない奇妙な存在である。

 

 

 「オメーハ“ドッチ”ダト思ウ?」

 

 「解ってて聞いてんだろ? 霊の方」

 

 「ケケケ……当タリダ」

 

 

 困ってはいるが、慌てて暴れたりせず、あえてゆっくりとした緩慢な動きで霊波刀を突き出し、纏わり付いてくる霧でてきた霊体を斬る。

 

 どちらかと言うと押し潰すといった塩梅だ。

 

 「古ちゃん。大きく(あお)ぐなよ? 空気を巻きこんで纏わりつかせちまうからな」

 

 「わ、解たアル」

 

 

 ついでに呼吸も浅くしろよ? 吸い込んだらシャレになんねーぞと注意を促し、壁に背を預けたままかき回すように霧を破壊して行く。

 

 前に突き出した霊波刀が当たる度、バチバチと火花が出て何かが散るのは何かしらのダメージを与えているからなのだろうか。どちらにせよ厄介な相手である事に変わりはないが。

 

 

 尤も、かのこは然程困ってはいない。

 というのも、この小鹿を恐れて霧が近寄って来ないからだ。

 

 かのこは森の霊気から生まれた精霊。

 そんな見た目だけ(、、、、、)小鹿な かのこに対し、霧でどうこうできるほどの力は流石に無いようである。

 

 何せこの小鹿がぴぃと鳴いて前に出るだけで恐れるように下がるのだから。

 

 

 反して古の方はちょっと難しかった。

 

 何せ彼女の持つ魔具、宴の可盃は魔法を含む射撃攻撃と直接攻撃にほぼ無敵の防御力を誇れるのであるが、こういった絡め手には打つ手がない。

 せいぜいその形状を利用し、扇を広げて(あお)ぐぐらいの事しかできないのであるが……

 

 

 「古ちゃん、気ぃつけろ!! 大きく振ったら自分の方に空気を呼び込んじまうぞ!!」

 

 「ひゃっ!? わ、解たアル!」

 

 

 何かしらの神事でも行っているかのように、下から上へ、上から下へとゆっくりと動かし、接近を許さないように扇ぐ。

 

 無論、その時に霊気を込めればもっと良い。それを理解した古は、横島を真似てそれを行い始める。

 途中からとはいえ、自分でその事に気付いたのは見事であるが、それ以上の手立ては思いつかない。

 直接攻撃専門である古には絡めての手合いは些か荷が重いようだ。

 

 

 「ろ、老師。これは何アルか?」

 

 

 

 だから敵の情報を得ようと、注意を怠らず隣にいる横島に問い掛けた。

 

 彼は古に意識を向けてはいるが、顔は向けずに空に絵でも描くように霊波刀を扱いつつ、

 

 「さっき言ったろ? 霧魔(むま)だよ」

 

 

 と、素人が知る由もない名前を口にしていた。

 

 

 日本語での音だけなら“夢魔”と変わらないが、霧の魔と書いて<霧魔>。

 先ほど述べたように結構名が知られているにも関わらず、それがどうとは余り知られていない存在である。

 

 と言うのも、日本での発見例が余りに少ない事と、霧と共に現れる為に局地的にしか知られていない事。

 そして、霧魔という名の同名の存在がもう一つある事が挙げられる。

 

 その一つは文字通り“魔”としての霧魔。

 もう一つは悪霊としての霧魔だ。

 

 魔としても霧魔は霧そのものが本体で、その中に入った人間に求めていた光景の幻を見せたり、トラウマを穿り返したりして心を惑わし、夢幻の中を彷徨わせて精気を吸い、心身共に取り込んでしまうというもの。

 ものが霧だけに一般人では……いやそれなりに“できる者”でなければ見分けがつかず、気が付けば取り込まれた後と言う事も珍しくはない。

 

 しかし、今目の前にいるのは魔の方ではなく悪霊の方。

 

 それだけ聞くとこちらの方がまだマシに聞こえてしまうのであるがさに有らず。どちらかと言うと厄介なのは悪霊の方だったりする。

 

 

 「ク……!? 気配が散らばててよく解らないアル!!」

 

 「気配を追うな! 纏わりつく霧にだけ注意するんだ!」

 

 

 これが“魔”の方ならば霧そのものが本体。

 霧にダメージを与える方法は無い訳ではないのだから火の結界で包むなりできるし、エヴァであれば広範囲魔法の凍結魔法等を使用して動きを完全に封じる事だろう。

 

 だが、今目の前にいる悪霊の方の霧魔は、その正体は霧の中で死んだ者。

 霧に“混ざっている”だけで本体ではない為、普通に魔法を使用したとて本体は退散するだけなのだ。

 

 霧が多いイギリス等では、これに目をつけられた者は霧の多い日には家に閉じこもり、暑い日でも暖炉の火を欠かさないという。

 つまりはそれほど厄介な相手と言える。

 

 

 「しっかし、何でこんなトコに霧魔が出やがんだ?」

 

 「決マッテンダロ? 誰カガ連レテキタンダ」

 

 「霧魔をか!?

  つーか、霧を持ち運べたりできるのか?」

 

 「方法ガネー訳ジャネェカラナ。

  例エバ ゴ主人ナラ霧ヲ凍ラセテ、カキ集メテ瓶トカニ詰メ込ムダロウシ」

 

 「ああ、成る程……」

 

 

 距離を置いて見物を決め込んでいるエヴァが敵を楽観視している理由がコレである。

 何せ封印さえ解ければ氷系の広域殲滅魔法を使用できる彼女の事。魔であれば本体に、霊体であれば潜んでいる霧ごと凍らせるだけなのだから話は早い。真に相性の良い相手だと言える。

 

 とはいえ、方法が解ったといって今ここでできる訳ではないし、横島はそんな便利な魔法を使えない。

 まぁ、それ以前に、身体強化くらいは何とかできなくもないところにきているが、魔力を解放する攻撃魔法等は今だにサッパリなのだが。

 

 

 「しっかし、これじゃあジリ貧だ。どーすっかな……」

 

 

 一番手っ取り早い方法は、珠に『浄』を入れて使用する事だろう。

 これなら一発で浄化できるはずだ。

 

 ただ、ここ麻帆良は魔法学園都市。

 どんな“目”が見ているか解ったもんじゃない。だから横島は彼女にきつ〜〜く使用を厳禁されていた。

 その上、ポッケの中にお目付け役がいる。

 

 何せ戦闘が始まって直、

 

 

 『オイ、例ノ珠ハ使ウナヨ? 使ッタラオレト朝マデ“らんでぶー”シテモラウゼ』

 

 

 と脅されているのだ。

 

 これが高校生以上の美少女であり、“そーゆー意味”なら大歓迎なのだが、相手はこのチャチャゼロだ。ぜってー違う事は解り切ってる。

 

 良くても朝まで命を賭けた追いかけっこだろうし、それにチャチャゼロは美少女かもしれないが、正確には美少女型マリオネットなので横島にメリットは全く無い。

 

 はっきり言って霧魔と普通にやり合っている方が命の危機はないだろう。

 何とも難儀な話である。

 

 

 「ソーサーを投げ付けて爆散……は駄目か。飛び散るだけだしな。

  かと言って霊波刀で撫で斬りにしても本体には然程ダメージいってねぇみてぇだし……」

 

 

 彼自身が助かる術は幾らでもあるが、何せここは学校である。潜まれて女の子が襲われたらシャレならない。

 イヤミたらしい美男子が襲われるのなら兎も角、未来ある少女たちに危害が及ぶのは絶対に許されざる事だ。

 それだけは例え天津神や国連が許そうとも、横島は絶対に受け入れられない。

 

 

 とは言っても手立てが思いつかないのが現状で、彼自身が零すようにジリ貧が続いている。

 

 霧魔の動きもネチネチとしていて実にいやらしい。まるで遊んでいるかのようだ。

 

 実際、悪霊なので知性がゼロではないのだろう。

 霊波刀で痛い目に遭っている事を理解しているのか、霧のみでの牽制に切り替えているようだし。

 

 幸い、古の方も横島が霊力の使い方を教えているので宴の可盃に霊気が流れていてダメージらしきものを入れる事ができている。

 だから霧魔も古に対して牽制を行うのみだ。

 

 確かに面倒は面倒なのだが、この相手が“魔”の方の霧魔だったら、二人は直に幻覚に飲み込まれていたかもしれない。

 そういった意味ではラッキーだったと言えなくもないのだ。

 

 

 「いや、襲われてる時点で全然ラッキーじゃないから」

 

 

 御尤もである。

 

 

 「ン〜〜……ドーモサッキカラ気ニナッテタンダガ……

  オメーノ知ッテル霧魔ト、オレラノ知ッテル霧魔トハチョット違ウミテーダナ」

 

 「は? どういう事だ?」

 

 「マ〜……何テ言ッタラ良イカ……」

 

 

 刹那、横島は反射的に身体を反らせた。

 

 

 鍛えぬかれた勘か、霊感なのかは知らないが、彼が間一髪で避けた顔のあった位置を銀の光が通り過ぎて行く。

 

 その勢いは激しく強く、周囲の霧までスッパリと斬り広げられてしまうほど。

 

 

 「な……何アルか!?」

 

 

 殺気もなく、攻撃の気配もなく横島に斬りかかったもの。

 

 的確に下から顔を削ぎ落とす一撃を加えたものは……

 

 

 「お、おい……」

 

 「イヤァ……悪リィ悪リィ……」

 

 

 両の手にナイフを握った殺戮人形——

 

 

 「イヤ、オメーノ居タ世界ト“ココ”ガ違ウッテ事忘レテタゼ。

  マ、普通ハ霧魔ノ能力ニ違イガアル可能性ナンカ思イツカネーンダカラ勘弁シテクレ」

 

 「ひ、ひょっとして……」

 

 「当タリ」

 

 

 チャチャゼロは横島の胸ポケットを切り裂いて地に下り、ナイフを煌かせてケタケタと笑い、

 

 

 「オレラノ知ッテルコイツラナ、人トカニトリ憑イテ操ル事ガデキンダヨ」

 

 

 気イ抜イタラコウナンダ。と、やはり何時もと変わらない顔でそう言った。

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 三人……正確には二人と一体……が戦っている場から少し離れた木の陰。

 そこに潜む二つの影。

 

 相手が悪霊の方の霧魔である事は既に解っているが、一方の影……エヴァがもう一方の影である高畑を制止していたので静観を続けているのだ。

 

  

 「どうするつもりだい?」

 

 「何がだ?」

 

 

 高畑は木の幹の陰に立ったまま。

 

 エヴァはしゃがんで足元をつついている。

 正確には足元に転がっている男を……だが。

 

 少し前までうめいていた男であるが、意識が無い内に彼女の術でムリヤリ情報を引きずり出され、とんでもない悪夢に苦しめられて今は悶絶している。

 

 流石に高畑の頭も冷えたので、そのまま放置して人目についたりすると厄介だと気付いているからここまで引き摺って来ているのだ。

 

 

 そんな二人の前方では、膠着状態だった戦いに変化が訪れていた。

 

 霧に纏わり付かれる事だけを警戒していた二人の隙をつき、霧魔が横島のポケットにいたチャチャゼロに取り憑いたのである。

 

 横島は戦った相手を無意味なほど細かく記憶する事ができるのだが、流石に“向こう”の知識と“こっち”の知識に隔たりがある事までは気付けていなかった。

 油断していた訳ではないが、手痛いミスだ。

 

 だが、本来の力は使えずともチャチャゼロはエヴァの下僕。

 幾ら霧魔とて真祖の(ハイ・)吸血鬼(デイライトウォーカー)の下僕である彼女の意識を奪うには至っていない。

 

 が、エヴァからの魔力が途切れている状態の彼女は霧魔からの力を素直に吸ってしまい、あっさりと身体の自由を奪われてしまった。

 

 主の魔力ではない為全力は出せまいが、それでも長い時をエヴァと共に歩んできた人形。その地力はそこらの式神なんぞ凌駕している。

 それが敵としてあの二人の前に立ち塞がっているのだから堪ったものではないだろう。高畑とて油断ができないほどなのだから。

 

 

 「このままじゃ二人とも危ないよ?

  いや仮にどうにかできたとしてもチャチャゼロ君は……」

 

 「良いからほっとけ」

 

 

 そう心配をしている高畑の言を、エヴァはバッサリと切り伏せる。

 

 そしてその目も、“今は”あそこを見ていてもしょうがないとばかりに足元に転がしてある男に注がれていた。

 この玩具をどうしてやろうかと思案しているのかもしれない。名前はおろか顔すらマトモに見られていない男が哀れ過ぎる。まぁ、どうでも良いが。

 

 

 「しかし……」

 

 「ほっとけと言っただろう?

  まぁ、バカイエローはやばいかもしれんがアイツの側にいるのなら大丈夫だ」

 

 

 高畑とて優しい教師であるが、魔法は使えずとも紛いなりにも魔法先生だ。裏に関わる以上、それなりの覚悟を持っているものとして仲間に接する。

 

 横島を然程心配していないのは、楓との手合わせでその実力を見知っているし、京都の詠春からの報告でもそれなり以上のものと解っているからこそ。

 古を心配しているのは、楓のように元から裏を知っている人間ではなく、関わってからまだ日が浅いからだ。

 

 だから静観しつつも何時でも飛び出せる状態で控えている。

 

 そんな彼がいくらエヴァに問うても彼女は無視を決め込んでいた。

 まるで“その時”を待っているかのように。

 

 未だに古を気遣っているのだろうか、心配げな眼差しを向けている高畑にエヴァは溜め息を吐いて立ち上がる。

 

 

 「あのな……さっきから言っているだろう? 放っておけと。

  確かにバカイエローはヤバイかもしれん。

  だが、裏の裏に関わってしまった以上、いつ何時あれくらいの敵と出くわさんとも限らんだろう?

  丁度良い機会だし、良い経験となるだろうよ」

 

 「だけど、チャチャゼロ君が操られてしまったぞ?」

 

 「レジストできなかったあいつが悪い」

 

 

 そう言い放ち、やっと現場に目を向けた。

 

 そこでは横島がどえらい苦労をしているシーンが展開している。

 

 両の手の刃をとんでもない膂力で振り回して襲い掛かるチャチャゼロをいなしつつ、纏わりついてくる霧魔を牽制し、更には古にも気を使い続けているのだ。

 その苦労、推して知るべしである。

 

 

 「もうすぐ……か」

 

 

 そんな光景を見、エヴァの口元が三日月形に歪みを見せた。

 

 

 「何がだい?」

 

 「見てみろ。

  チャチャゼロと霧魔を相手にしつつ、小鹿やバカイエローにも気を割いている。

  流石の奴もいっぱいいっぱいだ。そろそろ限界かもしれんな」

 

 「それが……」

 

 

 高畑が問い掛けようとしたその前で、突然エヴァがまたククク……と笑う。

 しかしその笑みは長い付き合いの中でも初めて目にするような珍しい笑い。

 

 

 「さっきも言ったが、アイツの真骨頂は足手まといを守る時に出る底力。

  そして追い込まれた時に開花するとんでも能力だ。

 

  アイツは力の覚醒の時からずっと追い込まれる時にしか力に覚醒できていない。

 

  この状況、アイツを怒らせ、尚且つ力を発現させるに良いシチュエーションだと思わないか?」

 

 

 「怒らせる?」

 

 

 楽しげに説明をするエヴァの言葉の中によく解らないものがあった。

 

 追い込まれて行く事や、守ろうとする意志による覚醒は解らぬ事もない。

 そうやった状況を打破してきた英雄を間近で見てきたのだから。

 

 しかし今この状況で怒るというのは……

 

 

 

 「………始まったか」

 

 

 

 じわり……と、エヴァの周囲の空気が変わった。

 

 氷使いである彼女の周囲の温度が急上昇しているのだ。

 それは感情の高まりによる魔力の零れ。

 

 愉悦の沸騰だ。

 

 その感情波に導かれるように高畑はそこに目を戻し——

 

 

 「な……っ!?」

 

 

 

 驚愕の声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チャチャゼロの利点は体の小ささだ。

 

 何せ一メートルにも満たないサイズ。単純な力比べでもない限り体格の差は不利へ繋がりはしない。

 古とてこの体格で自分の倍はある男達を毎朝のようにぶっ飛ばしているのだから。

 

 そしてチャチャゼロは見た目より力があり、自分の体格の倍以上はある鉈を軽々と振り回す事ができる。

 流石に今日は持ってきていないようだが、元々がキリングドールなのでナイフは持ち歩いて(或いは収納されて)いるようだ。

 

 おまけに動きが異様に素早い。

 

 人間との違いは筋肉で動いていない事。

 人形としての素体に、真祖の吸血鬼の下僕として膨大な魔力を受け入れられるキャパシティを持ち、その魔力をもって加速し駆け回るのだ。

 

 ナイフを繰り出す速度で飛び回られるのだから堪ったものではない。

 

 普通の人間であればそれが何かと認識できるよりも前にバラバラにされている事だろう。

 

 

 「のわっ!?

  ちょっ、当たるってば!! やめんかーっ!!」

 

 「ムチャ言ウナ。

  ツーカ、モット上手ク避ケネート死ヌゼ?」

 

 

 しかしそれを回避し続けられる横島の能力は如何なものか?

 

 いや、当たらないのに越した事ないのだからこれでよいのであるが。

 

 

 「ぴ、ぴぃっ!?」

 

 「オット モット上手ク距離トンネート切ッチマウゼ?」

 

 

 かのこは身軽であるし何より霧が寄って来れないので避けるのはそう難しくはない。

 

 しかし、チャチャゼロを動かしているモノは積極的にこの小鹿を狙わせている。

 潜在的な恐ろしさを理解しているのかもしれない。

 確かに かのこが魔 具(アーティファクト)を使用すれば何か変わるかもしれないが、戦闘能力は無い……と思われるので使わせていないようだ。

 

 結局、横島の負担を増やす事となるのだが。

 

 

 「古ちゃん、手が止まってる!!」

 

 「え?! ア、アイっ!!」

 

 

 それでいて彼女の指示できるのは大したものだ。

 

 霧魔に操られているチャチャゼロから一定の距離を取り、身体を動かし続けて回避しつつ、その大げさな動きで霧を蹴散らしてかのこを守り、古に纏わり付く霧を防いでいるのだから。

 

 こんなキリングドールから自分とかのこを守りつつ霧にも対応しているのだから緩慢な動きで回避はできない。

 かと言って、焦って避けまくれば余計な風が舞って霧が纏わり付いて来る。

 

 そうなると攻的霊気が強い横島や霊格の高いかのこなら兎も角、まだまだ霊力の弱い古では抗い切れない。

 そう判断した横島は、あえて大げさに身体を動かして回避し、その強い風でもって霧を飛ばす策に出たのである。

 

 無論、馬鹿げた体力が必要となるが、彼なら大丈夫だ。

 

 しかし、流石にこうまでされると感心するより信じ難くて頭が痛い。

 チャチャゼロは表情が変えられない為にかなり解り辛いが、内心かなり舌を巻いていた。

 

 というのも、

 

 

 『コ、コイツ、別荘ノ中ヨカ動キガ……』

 

 

 ——冴えている、のだ。

 

 

 別荘の中で戦闘経験を積ませているのはチャチャゼロと、かなり手抜きに作られた下僕人形達だ。

 

 というのも、横島は相手が女の子型をしていればどうやっても攻撃ができず、武器を向ける事すらできない。

 よってエヴァに苦肉の策としてデッサン人形に似た木人を組み上げて戦わせているのである。

 

 彼女にしては破格の大盤振る舞いであるが、それは横島が女に手を上げられない理由を知っているからこそ。その理由の重さが彼女に珍しい妥協をさせていた。

 尤も、外見をテキトーにした分、パワーそのものは跳ね上げられているのはご愛嬌。横島の苦労は尽きない。

 

 用意に二日ほどかかっているが、それもまた別荘の中での事。

 のべ十二時間も別荘にいたので実質十日間も死と隣り合わせの猛特訓が続いていた。

 

 何故かエヴァは横島の鍛練の間は茶々丸を遠ざけていたので、その間はずっとチャチャゼロと木人の“鈴木君(仮名)”達が横島と戦い続けている。

 

 

 だからこそ、そのチャチャゼロは驚かされていた。

 

 昨日(別荘内での休息時間を合計すれば二日前)よりも横島の動きが冴えている事に。

 

 

 弾丸の様に得物を前に突撃して相手にわざと防がせ、防御させた間合いで斬撃を振るう。

 

 竜巻のように身体を旋回させ、薙ぎ払い、そのまま身を捻って下から掬い上げ、避けられれてもまた薙ぐ。

 

 また下から顎狙いの刃が襲い、その勢いを殺さず喉を狙って薙ぐ。

 

 魔法障壁とは違う霊的な壁が辛くもそれを弾くが、その所為で僅かに空いた隙を突き脇の動脈を狙ってくる。

 

 

 「ひょわっ!?」

 

 

 だが流石は横島。身体を捻ってそれすらかわす。

 

 何時もながらその反応速度には舌を巻いてしまう。

 おまけに今回は両手を広げてわざと風を作り、霧に対抗しているのだ。

 

 呆れと感心も一入だろう。

 

 

 「オイオイ。今ノヲ避ケルカ?

  フツーハ脇ノ下ヲ噴水ニ変エテルゾ」

 

 「してたまるかっ!! 死んでまうわ!!」

 

 「安心シロ。死ンデモ生キテイケル。

  タダ、あんでっどもんすたーニナッチマウダケデ……」

 

 「安心できるかーっ!!

  どっかで聞いたよーなセリフかますなーっ!!」

 

 

 軽口を叩きながらも風車のように斬撃を送り続けるチャチャゼロであるが、横島はひょいひょいひょひょいと避けまくる。

 

 相変わらずみっともない回避であるが、超接近戦であるのにも関わらず掠りもしていないのには呆れるばかり。

 

 何せ横島という男、元から戦った相手の攻撃パターンをキッチリ記憶する能力がある。

 

 十日間もチャチャゼロとガチかましていた彼だ。

 彼女がどういった間合いでどういった攻撃をしてくる事など気付かぬ筈もないし、操られている状態なのでチャチャゼロの実力ではないからそれはそれで地力でもって避けられてしまう。

 

 チャチャゼロとしても、殺り合っている間掠りもしていない横島に対し、“今の”自分の攻撃が当たるのは不本意なのだからそれはそれで良いのだが。

 

 

 「ソロソロ反撃シテクンネーカ? コッチガ斬ルダケジャツマンネーゾ。

  ホレ、どがっトカ、ぼぎっトカ オレノ身体ニイワセテミロヤ」

 

 「物騒なコト言うなーっ!!

  つーか、SのくせにM的なセリフかますんじゃねーっ!!」

 

 「ウム。ダガ否定ハシネーゾ。貴方色ニ染マリマスッテヤツダ」

 

 

 等と何気にカミングアウトしながら、チャチャゼロは横島の攻撃を誘う。

 

 確かに体の自由を奪われていはいるが、攻撃の際に斬るという気を強めればそれなりに力を増す事ができる。

 言うまでもないが、霧魔に対してはできず、横島に対しての攻撃だけ。

 

 相棒をマジ攻撃してどうすんねーんっ!? という説も無きにしも非ずであるが、そすれば普段のチャチャゼロの攻撃より大振りが目立つのだ。

 数百年もエヴァの下僕としてキリングドールを続けていた彼女であるから、こんなヘッポコな攻撃をさせられるのは結構屈辱的であるが、それでも横島に攻撃を“される”くらいの隙は作る事ができる。だというのにその隙を突いてくれないのは如何なものか?

 

 

 「アノナァ……ソロソロ攻撃クライシロヨ」

 

 「うっせっ!!」

 

 

 全力で刃を振り下ろしつつ、溜め息を吐くチャチャゼロ。

 

 言うまでもなく横島が当たるとは毛ほども思ってもいないが、そろそろ本気になってもらいたいもの。

 

 無論、彼女とて自分の主より横島のことを多少なりとも聞いている。

 

 女に決して手を上げられない理由も聞いているし、チャチャゼロ本人(?)ですら『ジャアショウガネーナ』と思ってもいる。

 

 だが、そのチャチャゼロまでも『女の子』の範疇に入れるのはどうだろう?

 

 

 「アンナァ……オレハ人形ダゼ?

  ソレハオメー自身モ言ッテタダロ」

 

 

 また溜め息一つ。

 

 元々チャチャゼロはエヴァ同様、他人に対しての関心が薄い。

 だが、それが身内の話となるとちょっと変わってくる。

 

 横島とかのこ、そして古やここにはいないが楓も既にエヴァの陣営であり“後輩”である彼らはチャチャゼロは身内として認識している。だからちょっとは気を使う事もあるのだ。

 

 だからこそ彼のその気使いを嬉しく思いつつ、もどかしさも湧き上がってくる。

 

 

 「ソレニ、オレバッカ相手ニシテタラ大変ナ事ニナルゼ?

 

  アノ嬢チャントカナ」

 

 

 その言葉を聞き、横島は慌てて意識を古に向けた。

 

 

 ドサ……

 

 

 

 それと同時の事だった——

 

 

 古がさっき横島が抜いた草の上に鉄扇トンファーを落とし、得物をカードに戻してしまったのは。

 

 

 

 「ろ、ろう、し……」

 

 「んなっ!? 古ちゃんっ!!」

 

 

 修行の最初の方でエヴァが言っていた事であるが、横島のサイキックソーサーは一方向からの攻撃にはほぼ無敵の防御を誇れるのであるが、全周囲攻撃には対応し切れない。

 当然、サイキックソーサーとほぼ同じ特性をもつ宴の可盃もまた同様の弱点を持っている。

 

 確かに三次元的な攻撃でも、一対一という状況ならまだ対応できるかもしれないが、幾ら横島が大げさに動き回って霧を蹴散らそうとも、その全てを押し返す事は不可能。

 何せ数……霧という存在の為に絶対量が違う。

 

 量で押し寄せ、纏わりついてくる霧が相手なのだ。

 何の変哲もない霧が身体に触れた瞬間にその霧に混じって来られたら反応し切れないのである。

 

 現に古は、地面を薄く這って来た霧には気付けず、足首から纏わり付かれていた。

 こうなると動きが鈍くなってしまうのだから、当然のように上半身も霧に纏わり付かれてしまっている。

 

 横島のように神がかった勘で避けまくれる人間がそうそういる訳が無いのだ。

 

 意識を持って行かれてないのは横島との霊的な修行のお陰。

 元々が攻的な氣を持つ彼女は、やはり霊波も攻的なものだったようで何とか抗う事ができていた。

 ただ、流石にまだ霊的なレジストは素人の域なので弾き出す事はできるに至っていない。

 

 どちらにせよ、気力が尽きれば意識を持って行かれるので拙い状況に変わりはないのだが。

 

 

 「ナ? ソロソロ覚悟決メロヤ」

 

 

 彼女にしては珍しく、優しく諭すように促して行く。

 

 何せこの男は下手に挑発すると意地になってやらなくなる。それでは被害が大きくなりかねない。

 

 そんな風に多少の気を使うのも、折角の“後輩”だからなのだろう。

 

 

 「……お前は……それでいいのか」

 

 

 そんなチャチャゼロを前にし、横島の動きが——止まった。

 

 

 「ハ? 何言ッテヤガンダ? オレハゴ主人ノ下僕デ人形ダゼ?

  ココ十何年ハ暇ダッタケドヨ、昔ハ コンクライノ事何カショッチュウダッタゼ」

 

 

 何せエヴァは元600万ドルの賞金首。

 日常茶飯事……とまではいかずとも、それに近い感覚での戦いは数多とある。

 

 壊されかかった――

 或いは壊された(、、、、)回数も少なくないのだ。

 

 

 「がきガ……ナメンナヨ?

  イチイチブチ壊サレル事気ニシテゴ主人ノ下僕ナンゾヤッテラレッカ」

 

 

 だからチャチャゼロから言えば余計なお世話。

 

 いや、気持ちそのものは嬉しくもあるが、それで自分までやられたら本末転倒ではないか。

 

 “先輩”としてそれは許すわけには行かない。

 

 

 チャキリとナイフを構えなおし、横島と距離を離す。

 

 身体の自由は取り戻せていないのだが、本気で殺り合う気になったら急に動き易くなったのは霧魔の戯事だろう。ふざけた奴だ。

 

 自分はぶっ壊されるかもしれない――

 余りいい気分ではないが仕方のない事。霧魔は愉悦だろうが。

 

 尤も、その後で横島は大激怒必至。

 今は()い気になっているだろう霧魔だが、そのときに大後悔するだろう。ザマァミロである。

 

 

 「………」

 

 

 しかし、対する横島は佇んだまま。

 覚悟を決めているのかいないのか。

 

 

 「マ、セイゼイ足掻イテクレヤ。

  注文ツケンノナラ、『痛クシナイデ』ッテトコカナ?」

 

 

 軽いジョークを飛ばし、何時もの様にケタケタ笑いつつナイフを強く握り締める。

 

 サイズは70㎝程度の人形であるが、その膂力はそこらの人間を超えているのでダメージを受けるとシャレにならない。

 

 だが、言う事やる事無茶苦茶なチャチャゼロであるが、それでも気を使っている事が解る。

 横島に戦い易いよう促しているのだから。

 

 女の子ではなく、単なるキリングドールを相手にするだけだと訴えているのだから。

 

 

 「……」

 

 

 そんな彼女の言葉を噛み潰しつつ、横島は顔を上げた。

 

 彼の意識はチャチャゼロと古に向け続けられてはいるが、何故か目は空の一点に向けられている。

 

 

 「……」

 

 

 呆けたような眼差しが向けられた霧の一角。

 そこには周囲に散っていたモノが蠢いていた。

 

 もぞり……と人の形をとったそれ——

 

 

 

 

 その口元が、楽しげに歪められている事が……横島には見て取れた。

 

 

 

 

 

 

 

                 み ぢ っ

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、

 

 

 

 

 絶対的なナニかが、

 

 

 

 

 とてつもない音を立て、

 

 

 

 

            ——切れた。

 

 

 

 

 

 「おい、ゼロ」

 

 

 

 右手に出していた霊波刀。

 

 

 その出力が唐突に上がる。

 

 

 「略スナヤ。何ダ?」

 

 

 そして、

 

 

 「おめーは先輩で、オレは後輩だったな?」

 

 「オオ」

 

 「そっか……だったら……」

 

 

 横島の霊気が、上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「 L e t ' s 下 克 上 ぉ——っ!!!」

 

 

 

 「ナヌッ!?」

 

 

 横島は唐突に咆え、チャチャゼロとの距離を詰める。

 

 ようやく殺る気になったかと反射的に刃を振るうが斬ったものは空。

 

 体格差からチャチャゼロは掬い上げて斬らねばならなかったのであるが、横島はなんと地面スレスレを影のように滑り込んで来ていた。

 

 チャチャゼロがハッと気付いた時には、彼女の小さく細い左右の腕は彼の左手の指の間に挟まれていた。

 

 

 「ナ、何!?」

 

 

 それだけならまだしも、彼は転がるようにチャチャゼロを掻き抱いたではないか。

 

 

 「コ、コラ離セ!!」

 

 

 慌ててもぞもぞと脱出を試みるが、どういう訳か彼女の力をもってしてもその腕からは抜け出せない。

 意外なほど力が強いというのではなく、何とチャチャゼロを捕まえている彼の左手は霊気で包まれていたのである。その霊気で固められているようなものなのだから早々上手くゆくはずもない。

 

 

 「やかましいわっ!! 後輩が何時までも先輩の言う事に素直に従うと思うな!?

  下克上は時の習いじゃいっ!!

  わいはオマエの命令に反逆する!!」

 

 「コノ馬鹿タレッ!! ワケ解ンコトホザクンジャネーッ!!

  ダイタイ、ンナ事ヤッタッテドーカナル訳ガ……」

 

 

 そう、どうかなる訳は無い。

 

 

     “普 通”なら。

 

 

 「取り憑かれた相手を助ける方法は無い……ってか?」

 

 「エ? ア、アア……普通ハ……」

 

 

 そこまで口にし、彼女もハッと気付いた。

 

 

 その目を。

 

 異様に何かを信じさせるその目——

 

 

 そう、横島は決して“普通”ではないのだ。

 

 

 

 「あんだよな、それがっ!!」

 

 

 

 ゴ…ッと音が響くほどの霊波がチャチャゼロの身体に注ぎ込まれた。

 

 流石の彼女も驚いたが、不思議な事に苦痛に相当するものは無く、不思議な温かさのみが身体を駆け抜けて行く。

 

 いや、人形の身なのでエヴァからの魔力充填時のような達成感は兎も角、『心地良さ』というものは知らない。

 それでも『心地良い』と感じてしまうのは何故だろう?

 

 

 — ガ ァ ア ッ ッ !!??—

 

 

 その反対に、苦痛に満ちた叫びが周囲に響き、チャチャゼロの身体に憑いていた霧魔が弾き出せれた。

 

 

 「オ、オォッ!?」

 

 

 無論、チャチャゼロもまた驚いた。

 

 

 先程も述べたが、この横島という男は存外な記憶力を持っている。

 それは確かに勉学等には結びついていないのだが、戦った相手の攻撃パターンや霊気などはハッキリと記憶できるのだ。

 

 彼の魔神との戦いの前、霊動実験室にてその能力は明かされてはいるのだが、当然ながら戦っていた相手が十倍設定だった事など彼は知る由も無かったので自覚は全く無かった。

 

 その能力を持っている彼だからこそ、十日間も戦い通しだったチャチャゼロの霊気などとっくに記憶ができている。

 

 後は自分の霊波をチャチャゼロの霊波に同調させ、異物を叩き出すだけなのだ。

 

 

 それも昔、雇主がナイトメアを患者から叩き出した時の応用である。

 

 言うまでもなく、そこらの退魔師はおろか“元の世界”のGSでもやすやすと出来る事ではない。

 

 だが、鮮明且つ克明な十七年分の記憶があの時の霊波すら思い出せてくれるし、それより何より……

 

 

 キレた横島(、、、、、)に出来ない筈もなかった——

 

 

 

 「古ちゃんっ!!」

 

 「え? きゃっ!?」

 

 

 直後、霧魔を叩き出したチャチャゼロから片手だけ放し、そのままハンズ・オブ・グローリーを発現させて古を引き寄せる。

 そして彼女の身体が動かないのを良い事(?)に、

 

 

 「ごめんっ!!」

 

 

 そのまま強く抱きしめ、思いっきり霊波をぶち込んだ。

 

 

 「きゃんっ!?」

 

 

 なんか可愛く鳴いてしまう古。

 ちょっち萌えたのはナイショだ。

 

 古はずっと横島に霊力の修行をつけてもらっている為、当然ながら彼女の霊波は理解し尽くしている。

 だから彼女の霊的中枢(チャクラ)を傷つける事無く異物だけを引き千切る事など雑作もない。

 

 

 ただ、霊体を直接抱かれたカタチになったのであるが……抱かれている古は兎も角、横島は気付いてなかったりする。

 

 

 

 — グ ギ ャ ア ァ ア ァ ア ア ア ッ ! ! ? ? —

 

 

 

 当然ながら訳が解らない霧魔は痛みと苦しさで悶えるのみ。

 

 しかし直感的なそれ。

 今まで感じた事も無い圧倒的に大きい不安……

 

 “コイツ”と戦う事はあまりといえばあまりにリスクが大きく、拙過ぎるという事だけは理解できた。

 

 

 エヴァに遥かに劣るとはいえ、この霧魔もそれなり以上に長い時間存在し続けている。

 その間にエクソシストやら、退魔の術を習得している者達と戦った事もない訳ではない。

 

 しかし霧に混ざっているだけであり、霧の中がフィールドなので早々危機に陥る事もないし、霧と共に現れる事が出来る為、積極的に関わる事を恐れて追い払う事しかできなかった。

 

 だが、目の前にいる男はどうだ。

 

 確かに打つ手は無さそうだっが、間違いなくダメージを与えて来ている。

 霧を通じて霊波を送り、本体にちくちくとダメージを与え続けていたのだ。

 

 余りにウザいと感じた霧魔は、だからこそ人質兼手駒兼獲物として女に憑いたのであるが……まさかその所為で積極的且つ効果的な攻撃を始められるとは思いもよらなかった。

 

 

 だから霧と共ここを去ろう。

 

 ここには女の、それもうら若き乙女の気配に満ちている。

 

 闇に潜み、霧が出た時に別の女をいただく事にしよう。

 

 そう判断してその場を去ろうとした。

 

 

 無論——

 

 

 

 「逃がす……かぁっっっ!!!」

 

 

 

 かなり手遅れなのだが。

 

 

 

 

 修行が始まった最初の方で、横島はエヴァにこんな事を聞かれている。

 

 

 『ハンズ・オブ・グリード……

  ふん、“栄光の手”とやらに欲を練り込んでスタンドアローンの簡易式神としたか……面白いな。

 

  ん? という事は“別の意識”も込められるのか?』

 

 

 最初はどういう意味か解らなかったが、落ち着いて考えてみると彼もどうなるんだと疑問が湧いた。

 

 あの時はせめて一矢報いる為だけに放ったテキトーな技であったが、そう言われてみれば何ができるのだろうと。

 

 尤も、鍛錬中だった事もあるし、木人やチャチャゼロを前にして余計な思考はできやしない。

 

 だから“試し”すら行えなかったのであるが……

 

 

 「ハンズ・オブ……」

 

 

 今ならどう試したとて被害はない。

 

 

 あんな相手に……

 

 女達が苦しみを、覚悟を見せているのを見て嘲笑う奴なんかに気遣う必要なぞ塵ほども無い。

 

 

 「グリード!!」

 

 

 左腕にチャチャゼロと古を抱きしめたまま、右腕を前に突き出して霊気と意識をぶち込む。

 

 欲望やら煩悩に事欠かない横島だ。

 マイナス想念を込める事に力不足になる事はありえない。

 

 

 ゴ ォ オ ッ !!!

 

 

 瞬間、風が逆巻いた。

 

 右腕に収束された霊力に餓え狂った意識が充填され、膨れ上がって別の形をとったそれが凄まじい勢いで対象を吸いこみ、貪り始める。

 

 

 —!?—

 

 

 流石に霧魔も驚愕する。

 

 慌てて意識を男に向けてみると、軟体生物の口を思い出せる形……巾着の様な形になった霊気の腕が空気ごと霧を吸いこんでいるではないか。 

 ご丁寧にも霊体はフィルターで漉しとられる様にその中に引っ掛かり、空気は肘のあたりから放出している。

 

 

 

 

    足掻く、

 

 

 

 

       もがく、

 

 

 

 

           悶える、

 

 

 

 

    必死になって逃げようとする。

 

 

 した事も無い生存への努力。やろうと思った事も無い無様な遁走。

 

 死ぬとかどうとかではない。

 消える、滅されるという恐怖が噴出し、破裂するような原初の感情が後押しして逃れようとする速度を更に更に速めてゆく。

 

 

 だが遅い。遅過ぎた。余りと言えば余りに遅い。

 それに逃げられない。その方法がないのだ。

 

 

 強い欲望。狂おしい概念。

 

 収束能力に特化した人間の化け物は、“捉え喰らう”という概念を込めて霊力を収束させている。

 

 霧魔は、その体の全てをヴァリヴァリと貪り喰われるという恐怖を死してから初めて味あわされ、必死になって逃れようと更に足掻くが当然のようにそれは叶わない。

 

 

 それに——

 

 ハッと気が付き、そこ(、、)に意識を向ける。

 

 もがこうにも逃げようにも霊気の吸引によって逃れられず、その上真正面から押し込むように風が襲い掛かってきているのだから。

 

 

 そこにいたのは白い小鹿。

 

 

 ——否。白い大鹿。

 

 巨大な角を持った大きな雌鹿(、、)である。

 

 山の気が集まって生まれた山の精であり、大自然の精霊。

 

 普段の小鹿状態なら兎も角、符の力で持って格を上げた かのこには自然が味方する。

 

 つまり、かのこが敵と見做(みな)せば自然が敵と見做(みな)すのだ。

 

 幾ら裏庭という作られた自然であろうと、木々や水、風が敵と見做せばたかが怨霊などに打つ手等あろう筈が無い。

 

 

 その上、横島を怒らせたのだ。逃れる事など不可能である。

 

 

 紛れ、這い寄り、奪い、侵す。

 如何にそれらに特化していようと、霧ごと全て喰われる等という馬鹿けだ手段に敵う訳がない。

 

 霧を幾ばくかに分けて逃れようとしても、どこから飛んできたのか榊の葉やら月桂樹の葉等が突き刺さって霧散する。

 シキミの葉も混じっており、霊にとっては途轍もない苦痛を伴っている事だろう。知った事ではないが。

 

 如何な霧魔とはいえ逃れる術は既に無い。

 出来る事といえばただ苦しみを受け入れる事だけ。

 

 

 しかしそれでもまだ足掻く。

 

 声はおろか、音にもなら無い絶叫をあげ、何とか逃れようと足掻き続ける。

 

 しかし無駄な努力。

 蜘蛛の巣に絡め取られた羽虫や、咽喉に喰らい付かれた獲物のように死ぬまでの時間を待つ事しか出来ない。

 

 呆気に取られる古とチャチャゼロの前で、あれだけ脅威を誇っていた霧魔は、クラゲに呑まれる獲物のように“実体だけ”が霊気に捉えられてしまった。

 

 だが、それでも足掻く。

 直径二メートルにも及ぶ風船状に膨らんだ霊気に閉じ込められたまま、霧魔は……いや、霧の全てが奪い去られて単なる悪霊と化した“それ”は、それでも足掻き続けていた。

 

 

 「往生際が悪りぃぞ…… こ の ク ソ 野 郎 ! ! 」

 

 

 そしてその霊気は更に変化する。

 

 

 

 

 エヴァは更に問う——

 

 

 『確かにキサマは驚異的な収束能力を持っているようだな。

  あの珠はまさしくそれの集大成であるし。

 

  だが……栄光の手とかいう力や、サイキックソーサーとかいうあの力を……』

 

 

 

 ——それらの力のみ(、、)を収束させる事はできんのか?

 

 

 

 

 

 ギシィイッ!!

 

 

 空気が軋んだ。

 いや、(くう)が軋んだ。

 

 霊波刀……ハンズ・オブ・グローリーは強化ゾンビに追い込まれた横島が、土壇場で霊格を上げた時に生まれたもの。

 だから、サイキックソーサー“そのもの”の収束度を意識的に上げた事はない。

 

 ハンズ・オブ・グリードは、形を変えてはいるが元は横島のハンズ・オブ・グローリー。だからこそ形を変える事もできる。

 そして当然、それからサイキックソーサーに戻す事も……

 

 横島はその状態で霊体を握り包んだ(、、、、、)まま、それをサイキックソーサーへと変化させた。

 

 悪霊の苦しみ悲鳴ごと霊体は押し潰され、更に圧縮して薄べったく平たく延ばされてしまう。

 

 だが、怒りに満ちた横島の手の中。当然ながら握力ならぬ霊圧は激増している。

 

 収束能力が特化している横島。

 その力でもってサイキックソーサーは更に更に収束の芽を見せた。

 

 

 「う、わぁ……」

 

 

 驚愕する古。

 生まれて初めて(、、、、、、、)呆気にとられて言葉を失っているチャチャゼロの前で、霊気の盾だったものは完全に存在するモノになっていた。

 

 

 大きめの手鏡の鏡に似た六角形の物体。

 

 厚みはあるようで無く、見た目の材質も不明。

 

 異様に収束された霊力がガラスともプラスチックともつかない、光を反射しない淡い赤色の物体となり、その存在感を主張しつつ空に浮かんでいるではないか。

 

 

 

 —△*@□*△★※—っ!!!—

 

 

 

 悪霊を閉じ込めたまま——

 

 

 

 「やれやれ……やりゃあできるってコトか……」

 

 

 意味を込める事が珠、文珠。

 “この世界”のマナは“元の世界”より豊富で、それを数秒で生み出せるようになっている横島なのだから、短時間でサイキックソーサーの霊圧を上げる事も可能なのかもしれない。

 きっかけは霊能力に素人である筈のエヴァの言ではあるが、鵜呑みにするように行って“出来てしまう”のも考えものだ。

 

 

 だがそれでも……

 

 

 「オメーをとっ捕まえる役には立ったよなぁ……

  ええ? おい……」

 

 

 空に浮かんだそれを手帳か何かかのように軽く手に取り、煽ぐように振ってそう言い放つ。

 無論、彼の声音は冷たい怒りに満ちている。

 

 

 逃げようにも、霊体は押し花状態でピクリとも動かせない。

 プレパラートにされたバイキンも真っ青だ。

 

 意識のある霊体で封じられた弊害か、死に匹敵する苦しさと痛みにのたうっているかのよう。

 

 

 しかし、横島はそんな悪霊は完全に無視。

 “そんな奴”の事何かより大切な事があるのだから。

 

 ポイ捨てするかのように宙に放置し、腕に掻き抱いたままの二人に目を戻す。

 

 

 「古ちゃん、ゼロ。無事か?」

 

 「……へ? あ、アイ……」

 

 「マ、マァナ……」

 

 「そっか……」

 

 

 一応はホッとしかけたものの、念には念を入れて霊視してみる。

 それで異状を感じられなかった事を確認し終えると、やっと胸を撫で下ろす事が出来た。

 

 僅かに笑みらしいものも戻り、やっと古を腕から解放してチャチャゼロはポケットに入れる。

 

 ポケットが多い作業着であるが、右の胸ポケットはチャチャゼロが操られた時に破いてしまったので左の胸ポケットに入れた。

 心臓の音がダイレクトに伝わって来てチャチャゼロも何だか妙に落ち着いてしまい、黙り込んでしまう。

 

 二人(?)が無事だった事が解って安心したのだろう、かのこも小鹿に戻っている。

 すると札に戻ってしまいポトリと地面に落ちてしまったので、持ってゆく方法に困っていた。

 

 どういう訳か呼べばどこからともなく飛んでくるので、呼ぶ際はどうとでもなるのだが、しまう時が大変だ。

 

 仕方なく札を咥えて歩く事にしたようである。

 

 

 「え、えと……老師……? アレは……」

 

 

 古は呆然と横島の作業着の袖を掴んだまま、宙に浮かんだままのサイキックソーサーを指した。

 それは何かに吊られているかのようにフワリと浮いたまま。そして中では薄黒い染みにも似たナニカが未だ蠢いている。それこそ苦しみから逃れんと必死に。

 

 

 「ま、アレが修行の成果ってトコか? 成功したのは今が初めてだけど……」

 

 「そーゆー質問では無かたアルが……

  アレを……“氣”だけで作り上げたアルか?」

 

 

 その言葉に、古の眼は驚愕と感心に彩られた。

 

 尤も、正確に言えば氣だけではない。

 エヴァから『イヤッ!』というほど叩き込まれているマナの収束やら、魔法を無詠唱で使用する時と同様の集中の仕方が混ざっている。

 

 それでも存外。

 たった十日間で覚えられる技ではないのだ。

 

 

 「ま、一回できたんだから後は慣れだな。

  ……つーか即行でモノにせんとキティちゃんに殺られる……」

 

 

 そういって顔に縦線をたっぷり浮かべたりガクブルしたりする横島であったが、そもそもモノにできる可能性がある時点で規格外。

 その事に気付いていないのだから、相変わらず罪深い。

 

 無自覚だろうが、修行者が血涙流して悔しがる程の才能もちなのだから。

 

 無論、どれだけ才能があろうと土壇場でこんな事はできない。

 

 となると、想像以上に彼はがんばっている事になる。

 

 

 事実、横島は、費やした苦労を思い出してがっく〜んと肩を落していたし。

 

 何気に夕陽が傾いて影が伸びているのが余計に物悲しさを増す。微妙に絵になっているのがまた遣る瀬無い。

 

 校舎の角まで長く伸ばした影に、ふか〜〜〜く溜め息を吐きかけていた横島であったが、直に頭を上げて古に眉を寄せた微妙な顔を向け、

 

 

 「悪りぃ……霊的防御の上げ方教えてなかった。ゴメンな」

 

 

 と、頭を下げた。

 

 

 「へ?」

 

 

 そう言われても古は困る。何がなんだか解っていないのだから。

 

 ——確かに古は硬氣等で防御を固める事ができる。

 が、それは氣を発現させるという事なので、霊的なモノから言えばご馳走を見せびらかしているようなもの。古のように一般人最強クラスの氣の使い手なら尚更だ。

 だからこそ精気を求めていた霧魔はこの場を離れなかったのだ。

 

 尤も、そのお陰で被害が出なかったという感もあるので、どっちもどっちと言えなくもない。

 

 だが今の横島の立場……紛いなりにも<古の師匠>をやっている彼から言えば、肝心の霊的な防御を伝えていないのはポカである。

 いや、どんな理由があろうと、少なくとも彼はそう思っている。

 

 元々が戦闘スキーでなく、自衛能力から手に入れた彼だからこそ、防御の重要性を理解していた。していたからこその謝罪だ。

 

 

 「ア、アイヤ……そんな事ないアルよ。

  守りの氣を出し切れてなかた私の力不足が……」

 

 「いや——」

 

 

 それでも、と横島は非を口にする。

 

 

 「古ちゃんの才能は知ってるし、努力も知ってる。

  でも、どれだけ才能をもってても使い方を知らなきゃ使いこなせないじゃねーか。

  オレは師匠として古ちゃんにみっちりとそれを教えなきゃならない筈。

  それができていないのはオレのミスだ。

  だから、ゴメン……」

 

 

 一度の失敗で何もかも無くす事もある。

 たった一つを無くす事で、大きな疵を残す事もある。

 

 その事を知っているからこその謝罪。

 

 後悔を知っているからこそ、伝えきれていなかった事を詫びているのだ。

 

 

 理由は解らずとも、彼の“しこり”が何となく伝わり、古は胸が一杯になった。

 

 

 彼が自分をこれだけ想っていてくれた事に。

 

 

 

 

 そして……

 

 

 

 

 疵を残している相手がいた事に——

 

 

 

 

 

 

 ずきん……

 

 

 

 

 

 「……っ」

 

 「え? 古ちゃん?」

 

 

 何となく胸が痛み、右手を当てる。

 

 それを見て怪我でもしたのかと気にはなったが、古は何でもないアルと手を振って誤魔化した。

 

 

 

 ——そう。物理的な痛みではないのだから……

 

 

 

 “これ”が何なのかよく解らないが、古は笑顔を作って痛みを誤魔化した。

 

 

 横島から見ても空元気だと解る表情だったが、彼はその理由が満足に戦えなかったのが原因だと勘違いしている。

 

 自分だって今の年齢の時は足手まといだったからその気持ちは良く解る。

 だから今はそっとしておこう。

 

 そう勘違いしたまま横島は手を差し伸べて古を立たせてやった。

 

 

 ——そんな彼の気遣いが嬉しい。

 

 霊気を浸透させて霧魔を叩き出してもらったのだから、古は横島の霊気と直接触れ合いっており、彼の優しさから来る怒りも理解できていた。

 

 その時に伝わってきた自分やチャチャゼロの為に怒ってくれたその気持ちが、優しさが嬉しかった。

 

 

 だからこそ、その怒りの根源に“居る”であろうモノ……恐らくは女性……に対し、奇妙なイラ立ちを覚えてしまう。

 

 

 それがオンナに対しての嫉妬だと未だ気付けぬまま、古は横島の手を握ったまま修学旅行の時と同様に彼の手を引いてこの場を後にした。

 

 

 後に気持ちを引き摺って行くように………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何か忘れられている——

 

 そう、霊体を閉じ込めたサイキックソーサーが完全にほったらかしのようだ。

 

 

 だが当然、彼はそんなポカをかましたりしない。

 

 仲間内には大ボケが多く、人前で三枚目ばかり見せまくる彼であるが……

 

 

 

 ジュ…ッ!!

 

 —…………ッッッ!!!!!—

 

 

 彼らの姿が校舎の角で見えなくなったと同時にまた霊撃エネルギーへと再変化し、その霊体構成を完璧に消滅させた。

 

 

 お人好し故に人前で道化師を演じ、重い空気を台無しにする。

 そんな横島であるが、敵に対してまでそんなサービスをしてやる気は更々無い。

 

 霧魔“だった”ものの断末魔を感じたか、理解していたのか、

 横島はそれに対して片眉をぴくんと動かし、かのこは一瞬だけ振り返った。

 

 しかしそれだけ。

 

 然程も気にせず古を寮の前まで送ってゆく。

 

 

 

 春が終わろうとし始めている晩春の放課後。

 

 夕陽に照らされている校舎裏の陰。

 

 二人と一頭が立ち去った後に残るのは何の変哲も無いそんな日常の光景。

 

 

 後には何も、残っていなかった——

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 手に持っていた煙草を何時の間にか落していた事に気付き、高畑は慌てて落ちていた煙草を踏み消した。

 

 ふと横を見ると、エヴァが微妙な笑顔を浮かべて年の差カップルの態で歩く下僕二人+2を見つめている。

 

 だが、不快でない事だけは間違いないだろう。

 クク……と悪戯っぽい笑みを零しているのだから。

 

 

 「まぁ、三十点ってところだな。赤点だ」

 

 

 それでも点数は辛口だ。

 

 

 「ず、随分と厳しいね」

 

 「フン……十二分に慈悲深い採点だぞ?

  現に今の戦いでもヤツの収束は見事だったが、それだけだ。

  思いつくのは遅いし、注意も散漫。

  反応速度は相変わらずだが、チャチャゼロが取り憑かれた事でやや我を忘れている。

  現に霧魔に挑発されてキレていたしな」

 

 「まぁ……ね」

 

 「それに……」

 

 

 文珠の使用禁止の命令を実行したのではなく、最後の方は使うのを忘れていた(、、、、、、、、、)——

 いや、『使う事を忘れるほど怒っていた』が正しいか?

 

 どちらにせよ大減点であるが。

 

 

 「エヴァ?」

 

 

 急に黙った彼女をいぶかしく思ったか、高畑はそう問い掛けてしまう。

 

 無論、下手な事を口にする彼女ではなく、『何でもない』と手を振って誤魔化すのみ。

 甘めに見た理由を口にするほど落魄れてはいないのだから。

 

 

 「しかし……クククク……」

 

 

 思わず笑ってしまう。

 

 横島が自覚しているのかしていないのかは知らないが、我を忘れかかったという事は、彼は間違いなくチャチャゼロを操っていた事にも怒っていた。

 

 つまり、彼の中では既にチャチャゼロという“人形”すら仲間内にいるのだ。

 

 それが面白くてたまらない。

 

 人間と人外の垣根が異様に低い事は知っていたが、ここまで低いとは思ってもいなかった。

 

 

 「ククク……やはり実験も兼ねてアレを試してみるのも良いか……

  長年付き合ってくれているしな……」

 

 「え、え〜と……?」

 

 

 赤点を告げた口でさも嬉しそうに笑うエヴァに、流石の高畑も退き気味。

 

 ただ、苦労はさせられそうだが“悪いコト”をしようとしていない気はしていた。

 

 暫く笑い続けていたエヴァであったが、そんな微妙な顔をして首を捻っている高畑に気付いて笑いを止め、彼のその足を軽く蹴る。

 

 

 「ホレ、コイツを連れてとっとと行け。

  言った通り、単なる『意趣返し』だとは思うが、念の為調べておくのだろう?」

 

 「あ、ああ……」

 

 

 今一つ納得しかねる気がしないでもないが、それでも高畑は元同級生の少女の言葉に従ってグッタリとしている男を肩に担いで茂みから出てゆく。

 

 詰問部屋に連れて行く途中、ちらりと騒動があった校舎裏に目を向けるがやはり何の変哲もない校舎の裏。

 

 いや、何だか昨日より陰の部分が減っているような気さえする。

 

 

 「霊体を吸い込み、氣を凝縮して拘束……

  そのまま氣を物質化して封印した挙句に悪霊を浄化……とんでもないな」

 

 

 学校という場所は、若い思念が良く篭ってしまう場でもあるある。

 校舎裏などの隅に陰が篭るのもそれが理由だ。

 

 その陰が減っているのは、霊体を吸った時に巻き込まれたのかもしれない。

 

 浄霊ができるのだから浄化もできるかもしれないが……それにしても……

 

 

 「やれやれ……学園長にどう報告すればよいか……

  問題ばかり増やしてくれるな。キミは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これから尋問するのだろう高畑と別れ、エヴァは家に戻っていった。

 

 如何に力を抑えられようとエヴァは夜の眷属。日が暮れてきているので道が良く見えている。

 だから足取りも軽い。

 

 面白い事もあったのだし。

 

 幸い横島は霧魔の報告にジジイ……学園長から呼び出されるだろうから別荘に来るまでまだ少しかかる筈。

 となると、絶対に指定した時間には間に合わない。

 

 

 「おお、今日も遅刻のペナルティで虐めてやらねばならないではないか。

  心が痛むなぁ ククククク……」

 

 

 何か嬉しそうだ。

 流石はエヴァンジェリン。何気にワルだった。

 

 

 「まぁ 良い。後は方向付けだけだしな。

  しかし……思った通りの力の発現だったなぁ……横島忠夫。

  概念の使い手よ……クククク……」

 

 

 エヴァは笑う。

 

 そしてワラう。

 

 満月でもないのに、意識の高揚に身を任せて。

 

 今日もまた矛盾した刻の中で彼を鍛え上げ、研磨し、弄る。

 

 その事だけを思い描き、足取りを更に軽くして草を踏み家路を楽しむ。

 

 

 いい加減 往復し飽きた道を辿って行くと、何時もの歩調より若干軽めだった為か、慣れた時間感覚より早くログハウスが見えてくる。

 

 ふと気が付くとその窓から生活の明かりが漏れていた。

 

 恐らくは茶々丸。メンテを終えて先に戻っていたのだろう。

 

 彼女を下僕にしたからは別段珍しくも無い光景であったが、それでも何故かその事を嬉しく感じ、エヴァは明るい気持ちでノブに手をかけ、

 

 

 「さて、今日の反省も踏まえてどう弄ってやろうか?」

 

 

 口元を緩めながらドアを開けた。

 

 




 御閲覧、お疲れ様でした。
 ウチの横っちはこーゆー地味で地道にPower Upさせてます。

 ウチの横っちは『魔族因子持ち』ってパターン使ってませんのでイマイチ君。
 いえ、元々才能がスゴい人ですし、能力を弄り倒すだけでスーパーなんですが。

 さて、次ですがちょっと幕間とします。
 そしてその次が“あの”試験の話。ですんでその前フリですかねー

 原作主人公が目立たないのはナニですが、この話の主人公は横っちであり、ヒロインは楓らですからねー
 無論、ネギきゅんも強くなりますヨ? 横っちを基準に置いた拷問みたいな修業になりますからw
 
 兎も角、それがどういう流れになるかは次々回から。
 てな訳で、続きは見てのお帰りです。
 ではでは〜


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休み時間 <幕間>:子鹿モノ語リ
本編


 

 

 調書を眺めていた老人が溜め息をついて眼を離す。

 

 

 いや、書類に不備があったという訳ではない。

 

 その調書を纏めた者はそれなり以上に信頼の置ける男性教師。

 表裏で活躍し、魔法世界でも名を知られている魔法教師だ。

 彼が動けば事件は解決するとまで言われ、体質的に魔法を唱えられない(、、、、、、)人間であるが所謂“立派な魔法使い”と同等の扱いを受けている英雄でもある。

 

 その彼も苦笑を浮かべながら老人の手元の書類を見つめていた。

 

 

 「しかし……妙な因縁じゃのう……」

 

 「ま、確かに……」

 

 

 呆れると言うか何と言うか……やはり老人の表情は微妙である。

 

 

 この調書——

 これは、先日この学園都市に侵入し、霧魔を女子中等部の校舎に放った犯人についてのものだ。

 

 事件は起こりはしたが、幸いにして被害は極めて軽微。

 公園のブランコのポールが歪んだ程度。

 

 やはりと言うか何と言うか、襲撃者は小物ではあるがテロリストとして手配されていた男。

 無論、小物とはいえテロリストとして認定されているのだから厄介な相手である事に間近いはないが。

 そんな男を事も無げに打ち倒し、被害も出さずに捕えられたのもこの男性教師の腕前あってこそである。

 

 

 で、その霧魔の方であるが……それは一人の用務員の手によって退治されていた。

 

 こちらも被害は軽微。

 非公式ではあるが“裏”の関係者となっている少女が憑かれかかってはいるものの、少々精神疲労した程度で一日〜二日程度休めば完治するだろうとの事。

 後は皆無(、、)である。

 

 あ——件の用務員のポケットが関連した事柄で裂けてしまっているが……まぁ、それは由としよう。

 

 兎も角、侵入してきた男が所持していた瓶(魔封じの瓶らしい)に封じる事しかできなかった“筈”の霧魔は、怨霊の部分のみを用務員によって滅されるというユカイな最期を迎えていた。

 

 

 「ヤレヤレ……

  あの氣の盾を更に凝縮して霊体を封じ、そのままエネルギー転化させて浄化したと?」

 

 「ええ。見事なものでした」

 

 ついでに言うなら、霊気の腕に意識を込めて周囲の霧ごと喰らって漉しとった(、、、、、)訳であるのだが、どちらにしても……

 

 

 「とんでもない能力じゃのぉ……」

 

 

 ——である。

 

 

 「いや、全く……

  僕も今までそれなりに術者を見てきましたけど、完全に物質化させたのは初めて見ました。

  霧魔の()からして、それごと封じた強度も収束速度も半端ではありませんでしたしね。

  アレだったら魔族すら封じられるかもしれませんよ?」 

 

 「う〜む……頼もしいと言うか末恐ろしいと言うか……」

 

 

 元々その話に出ている用務員の青年は、氣を収束して頑健な盾にしたり、剣状に武器化させたりしていた。

 理屈から言えば、更に収束度を上げると物質化できてもおかしくはないと言えなくもない。

 言えなくもないが……

 

 

 「それは理屈“だけ”の話じゃし、机上の空論を実行されたらワシら魔法使いも立つ瀬が無いわい」

 

 「御尤もですね……

  まぁ、彼ですから理屈じゃなく、屁理屈を実行したという感もありますが……」

 

 「言いえて妙じゃの」

 

 「感心だけしててもしょうがないんですけどね」

 

 まぁ、娘婿から聞き及んでいる京都でしでかした(、、、、、)活躍もとんでもなかったので、ある意味想定内。

 ヤツならヤっちまうんじゃね? という気がしないでもない。

 

 つーか、そう思わないとやってられないっポイ。

 元からそこらを神様が歩いてた世界から来たという人間なのだし。

 

 

 「まぁ、ええわい……気にしたら負けじゃしの」

 

 「ですね。僕もそう思います」

 

 

 何気に丸投げ気味ではあるが、それも致し方ない事。

 

 そもそも自分らも魔法使いという非常識な存在だ。

 その中に常識の斜め上を行く男が入って来てたとしても余り奇怪な話ではないだろう。多分……

 

 それに、何だかんだ言って二人は結構彼の事を信頼してたりする。

 

 確かに非常識な能力を持ってはいるが、一般市民に被害が出るような事はしないだろう。

 少なくとも女生徒らは絶対に守り抜くだろうし、彼女らの笑顔が曇るような事だけはすまい。

 それだけは断言できる。底抜けにお人好しでもあるし。

 

 どちらかと言うと、彼が厄介事を抱え込むだろう事を危惧した方がまだマシだ。それはそれで頭の痛い話であるが。

 

 

 何しろ、先の修学旅行で連れ帰ってきた使い魔というのが……

 

 

 「精霊の集合体。

  どちらかというと妖怪に近いのじゃがのう」

 

 「普段は可愛い小鹿なんですけどねぇ」

 

 

 

 山の精霊の集合体なのだ。

 

 

 

 

 

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          ■休み時間 <幕間>:子鹿モノ語リ

 

 

 

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 普通なら受験に突入する筈の中学三年という微妙な時期に修学旅行を行なっているのは、ここ麻帆良学園がエスカレーター式だからであろう。

 

 それが理由の全てとまでは言わないが、進学コースを突き進む気でもない限り、学力向上にそんなに力入れる必要も無いので呑気な者が多かったりする。

 

 その分、部活に精を出す者も多いが、そう言った学生達も成績が悪いだけで授業を疎かにしている訳でもない。

 そこらが他の学校と違う点かもしれない。何せ授業をサボるような輩が極端に少ないのだから。

 

 

 成績が良い者が求めればもっと勉学に励めるようになっているし、成績が悪いなら悪いなりに学園生活を楽しむ。

 丸投げでは無く、ちゃんと教師が締めるところは締め、生徒に任せるところは任せる。自立心を養わせつつも、それに付いて回る責任もちゃんと教えているのは教育カリキュラムがしっかりとしている証拠かもしれない。まぁ、その代りに自立し過ぎて暴走する生徒がいないでもないが。

 

 よって暴力的な行動等で問題を起こそうとする輩が出れば武術関係のクラブ(時には何故か存在する武闘派の文化系クラブも)が出場って騒動を鎮圧(注:“鎮静”ではない)する様になっている。万一の場合でも有能過ぎるくらい有能な広域指導員が黙っていないし。

 だから騒動は多いが深刻なものは無いと言って良い(その代り羽目を外した場合の騒動は半端ではないが)。

 

 

 昨今の学校事情から鑑みても、かなり平和な学校である。

 

 

 で、そんな学園に存在する数多過ぎるクラブの中、どう見ても真面目に考えてないだろう的なクラブがあった。

 

 その名も“さんぽ部”。

 

 部員はたった三人。クラブとして成り立っているのか判断に困るところである。

 実は他にも部員がいるという説もあるが、誰も実際に目にした事が無い為、真偽の程は定かではない。

 

 が、この文化系なのやら体育会系なのやら線引きが微妙なクラブ、無意味なほど体力がある事で知られていたりする。

 

 一人飛びぬけた体力,体術持ちがいるがそれを別にしても、見た目が幼児の残る二人の体力も普通ではなく、麻帆良のど真ん中にどどーんと突っ立っている“世界樹”のかなり上の方まで息切れもせずするする登って行けたりする。

 部活動にしても、小休止も確かにとりはするが、目的地を決めた後は寄り道をしつつもただひたすらウォーキングし続け、お腹が空くと『ご飯だからかーえろっ』とばかりに寮へと戻って行くというハードなもの。

 

 暢気と言えばそれまでだが、その実は三時間ほど歩きまくる持久力迸る運動モドキだったりするのだ。 

 

 それでいて学園内の各施設、各クラブの事情にも詳しく、それらを紹介して歩く事も出来てしまう。

 何だかんだで報道部並に学園内の事情に詳しく、それでいて人並み以上の体力がある。

 

 だから区分が難しいクラブなのだ。

 

 他にも、ロッククライマーのスキルを必要とする図書部という謎クラブもあるが、それは横に置いといて……

 

 ——兎も角そのさんぽ部であるが、珍しい事に今現在やたら激しい活動を行っていた。

 

 

 「か、かえで姉ぇ……」

 

 「……ド、ドコまで行くですかぁ〜?!」 

 

 

 体力馬鹿が多い3−Aの中では霞がちであるが、けっこう体力があったりする風香と史伽の二人。

 その二人が今、ひぃひぃと息切れをしつつ走っている。

 

 そしてその前をズンズン歩いている長身の少女。

 

 

 「おろ? どうかしたでござるか?」

 

 

 悲鳴にも似た二人の訴えに初めて気付いたか、その長身の少女……楓がくるりと振り返った。

 ……その歩みを止めぬまま——

 

 

 「ど、どうかしたじゃないよーっ!!」

 

 「ひぃひぃ……ペ、ペース、速すぎるよーっ!!」

 

 

 現在、時間にして午後四時五十分。

 

 今日は土曜だったので授業は半ドン。

 

 授業を終わらせ、さっさと寮で着替えて昼食を取ってからず〜〜〜〜〜っと、三人は歩き続けていたのである。

 にも関わらず、ペースが速い事だけを咎めているのだから、この姉妹も大概フツーではない。

 

 

 「おろ?」

 

 

 言われて初めて気付いたのだろう、楓は頭を掻きつつやっと足を止めた。

 

 彼女が足を止めてくれたので、やっと二人は彼女に追いつく事が出来た。と言っても、楓が平然としているのに対し、二人はへたり込んで道端で大の字。

 ボロボロである。

 

 

 「いや、面目ない。二人の事忘れかかっていたでござるよ」

 

 「ひ、酷いよ〜〜……ゼェゼェ……」

 

 「申し訳ないでござる」

 

 

 流石に気不味いのだろう、楓の後頭部にでっかい汗が浮かぶ。

 

 と言っても、今は何かしてやれる事は少ない。

 この有様では手を貸して立たせてやるにはまだ早すぎるし、精々そこらの自販機でスポーツドリンクを買ってきてやるくらいだ。

 

 

 「ありがとー!」

 

 「喉、からからーっ!!」  

 

 

 それだけでコロリと機嫌が良くなってくれるのはありがたい。

 楓も一安心だ。

 ……決して、“お手軽”だとか思ってはいない。

 

 ごっごっごっと、かなり早いペースで500mlペットボトルを空にした風香が、安堵の表情を浮かべて楓に眼を向けた。

 無論、飲み終えた後にぶはぁ〜っと息を吐くのも忘れてはない。

 

 

 「それでさ、何でかえで姉、ここんトコそんなに走り回ってるの?」

 

 「は?」

 

 

 急にそんな事を言い出されれば楓でなくとも疑問符を浮かべるだろう。

 

 

 「だって、かえで姉。何時もだったらもっとのんびりしてたじゃない。

  だけど今週はず〜〜っと走り回ってたよー」

 

 

 史伽にもそう言われ、改めて楓は首を捻った。

 

 確かに彼女のペースからすれば“歩行”であろうが、一般人からすれば“走行”以外の何物でもない。そしてその事に気付いていないのだから恐れ入るというか何というか。

 

 そんな姉貴分の様子を見、双子は同時に思う。

 

 『無自覚だった(ですか)んかい』

 

 と——

 

 

 事実、楓は本当に無自覚だった。

 

 只でさえ尋常ではない体力、体術を持っている彼女だから、イッパソ人である二人が付いて行くのは大変である。

 言うまでも無く、楓も本気や全力で歩いている訳ではない。それなら二人は影すら見えぬだろう。

 だから何時もはもっとのんびり歩いていたし、二人の後を追うようにして歩いていた。

 

 この三年間、そんな気遣いを行なっていた楓が、ここのところ周囲にペースを合わせていない。

 何というか…悪い意味でマイペースとなっていて、登下校時の歩行も彼女のペースから言えば早足程度ではあるが、競歩の選手よかずっと早く歩いている。

 

 まるで何かに急きたてられるかのように。

 

 そして学校での様子もちょっとヘンだった。

 

 普段であれば妹分として可愛がっている二人をちゃんと気遣っていたし、間違っても置いて行くような事はしない。

 

 授業中も(何時もより)どこか上の空に見えていた(ような気もする)し、時々窓から外を見、溜め息を吐いていた。

 

 他愛の無い行為と言えばそこまでであるが、その仕種が妙に女っぽく、ゴシップ好きな年頃の少女らはざわめいていたりする。

 特に眼鏡をかけたアホ毛少女は強く反応しており、授業中に『ラブ臭がぁああっ!?』と叫んで教師に怒られていたりするが……まぁ、どうでもいい話だ。

 

 ……とまぁ、今週はずっとこの調子だった。

 

 そして、週末に近寄るにつれて、楓の所作に妙なものが目立ち始めている。

 水曜あたりからそわそわし始め、木金とかけてそれが目立ちだし、そして土曜の今日、ハッキリとそれが目立っていた。

 

 それが原因で楓はウッカリ二人を引き離してしまったのだろう。

 だとすると、連続幅跳びに近い軽くなった彼女のステップは、ひょっとするとスキップなのかもしれない。

 

 ナニを(、、、)待ち望んでいた(、、、、、、、)のか知らないが……

 

 

 楓は姉妹に謝罪しつつ、やっと息が整った二人に手を差し出して立たせてやる。

 

 迷惑をかけたのだからそのまま連れて帰ってやるくらいのサービスは必要だろう。

 来年に高校生になるとはとても思えないほど小柄で軽い二人をひょいと左右の肩に乗せ、楓は寮に向けて駆け出した。

 

 

 「ひゃっほーっ!」

 

 「キ、キャ——っ!!」

 

 

 こうやって運んでもらう事は初めてではないが、喜びはしゃぐ風香とは逆にやたら焦ってしまう史伽。

 

 二人とも胆力がある方ではないが、姉の風香よりちょっと臆病なので当然かもしれない。

 姉のようにはしゃぐ余裕は無く、落っこちないよう楓の頭に強くしがみ付く事しか出来なかった。

 

 と……?

 

 

 「ん? あ、あれ?」

 

 

 ほんの一瞬。

 

 泡沫の幻覚と言う気もしてしまう刹那の時。

 

 振り落とされそうになって慌てふためいていた史伽の視界の隅に、見知った青年の姿が掠めたような気がした。

 

 見間違いという感も強かったが、妙に引っ掛かりを覚えてしまう。

 

 だが、それも一瞬の間——

 

  

 「ひゃ、ひゃああああーっ!!!」

 

 

 直に頭の中が自分の悲鳴と同一のものとなり、只ひたすら耐える事となる。

 

 しかしどこか頭の隅で見間違いだと認めていた気もする。

 

 

 何故なら……

 

 

 『くーふぇが男の人と嬉しそうに歩いているなんて』

 

 

 ありえないはずなのだから——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——が、

 

 

 「今日もお疲れアルな」

 

 「いや、仕事はいいんだよ? 仕事の方は。

  その後の時間が……終業後が癒されねーってどーよ?」

 

 「ケケケ 倦怠期ノだんなミテーダナ」

 

 「疲労の原因がナニ言うか!!」

 

 実はそんな事(、、、、)はあったりする。

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 あの霧魔との一件から、横島と古、そしてチャチャゼロは三人(?)でつるむようになっていた。

 

 尤も、相変わらず古は老師老師と言い続けているが、大首領との約束どおり鍛練はなし。

 何だかんだで彼女もキッチリ約束を守っている。

 

 しかし、鍛練こそ行なってはいないが、ちゃっかり約束の穴をついて鍛練の時間までこうやてブラブラ話しながら歩いたり、じゃれ付いてくる かのこと戯れたりして遊んでいるのだから全然問題はない。

 顔の前で手を組んで、唇をニヤリと曲げつつ『問題ない』と呟いちゃうほどに。

 

 ——まぁ、ぶっちゃければ デ ー ト なのだし。

 

 

 「オイ、じゃーきーヨコセヤ」

 

 「ツマミばっか食うなっ つーか、ポケットで飲むなや。

  酒臭ぅなったらどーしてくれる!?」

 

 「オメーガ飲ンダコトニスリャイイダロガ」

 

 「書類上は未成年やっちゅーに!!」

 

 

 横島の横でニコニコと驕ってもらったアイスクリーム(チョコミント)を嘗めている古と、彼のポケットで酒のツマミばっか食べているチャチャゼロ。

 そして時々フルーツをねだる可愛い小鹿に囲まれているというのに、何故か横島はちょっと不機嫌だ。

 何様のつもりであろうか? 爆死しろと言われても文句が言えない立場だというのに。

 

 

 「つーか、カワイイっちゃあカワイイけど、女子中学生に生き人形に小鹿やん!?

  インモラルすら超越しとるわっっ!!」

 

 

 リア充だというのに生意気な事である。

 

 

 「 う っ が ぁ —— っ っ !!」

 

 

 閑話休題(まぁ、それはさておき)

 

 

 

 ぴぃぴぃと鳥のような鳴き声を上げてすり寄ってくる かのこの頭を撫でる古。

 

 その背中には何時の間にかチャチャゼロが乗っており、乗馬ならぬ乗鹿を堪能している。

 この間の事件で横島に霊波を注がれたのが原因なのか、アクティブ…というほどではないにせよ、そのマリオネットの身体をある程度までは動かせるようになっていて、器用に小鹿の背でバランスをとっていて楽しそうだ。

 

 目に優しく、癒される光景であるが、このように寄って来てくれるのは じょしちゅうがくせーか人外だけ。

 何と物悲しい話であろうか。

 

 

 「どうしたアル?」

 

 「いや、なんでも……アイスの冷たさが目に染みているだけさ」

 

 「からし風味わさびアイスなんか頼むからアル」

 

 「どーりでマジ染みると思った!!」

 

 「今更!?」

 

 

 会話そのものはアホタレであるが、何だかんだで楽しそうだ。

 

 横島はイタイ舌を癒すべく、かのこ用に持っていたサクランボを分けてもらい、濃過ぎる顔つきをして舌でレロレロレロと転がして甘さで誤魔化す。

 

 そのアイス、そんなに辛いアルか? と興味を持った古が試しに一舐めして即行で投げ捨てたほど(しかも涙目)。推して知るべし。

 何でこんなものを売っているのやら。 

 飲む気も失せる不思議ジュースすらその辺の自販機に置いてある麻帆良ならでは、という事だろうか。

 

 どちらにせよ被害が出た事に変わりは無いのであるが。

 

 古は『きゃ、きゃらいアリゅーっ』と涙目で自分のアイスをむさぼって舌を慰めていた。

 無論、頭にキーンとキて うぉうっっと悶えた事は言うまでも無い。二次被害だ。

 

 

 「ま、まぁ、気を取り直してとっとと行こうか」

 

 

 そんな微妙になった空気を払拭すべく、古に手を差し伸べて目的地に向う事にする横島。

 

 とは言っても、向うのは希望に満ちたパラダイス等ではなく、死ぬかDEADかの修業場だ。

 

 そんな事実をウッカリ思い出してしまい、気を取り直したら気が滅入ったと落ち込みそーになったのは、まぁ、至極当然の流れか。

 

 

 ふと下を見ると、どーしたの? と自分を見上げる小鹿。

 

 自然、手を伸ばしてその頭を撫でる彼であるが、アニマルセラピーのようなものなのか、それだけで結構癒されてゆく。

 

 御手軽なヤツだと自分でも思っているのだろうか、横島の口元には苦笑が浮かんでいた。

 かのこを引き取ってからこんなんばっかである。

 まぁ、小鹿も撫でられて嬉しいのだから何にも悪い点は無いのであるが。

 

 

 「……にしても、お前ホント撫で心地良いよな?

  何かこー いつまでも撫で続けたくなるとゆーか」

 

 「ぴぃ♪」

 

 何だか(なご)やかなやり取り。

 

 これが、一緒に生活し始めた彼と小鹿の日常であった。

 

 

 

 

 

 

 「普通は子供でも鹿の毛はもうちょっと硬いもんなんだがのぅ」

 

 「まぁ、筆先に使うぐらいですしね」

 

 

 それなりに硬く、それでいて弾力もある鹿の毛の筆は、鹿の個体数のわりに結構高い。

 

 しかし、皆が口をそろえて撫で心地が良いという かのこの毛は、恰も兎のそれか羊のそれの様に柔らかい。

 

 見た目は癖のない鹿の毛であるにも関わらず、だ。

 

 流石は精霊だと言えば良いのだろうか?

 

 

 「……ふむ?」

 

 

 と、一頻り髭を撫でていた近衛の手がピタリと止まり、別の事に意識を取られる。

 

 余りに唐突であったので、高畑は『まさか、ついに学園長もボケが…』と思ってしまったほど。

 

 しかし残念ながら(?)そうではなく、伊達に長く生きてきた訳ではない老人の脳は集まってくる情報から一つの仮説を組み上げつつあったのである。

 

 一瞬…とは行かないが、それでも僅かの間を置いて近衛は口を開いた。

 

 「カテゴリーで言えば、あの子(かのこ)は妖怪の部類に入り、正体は山の精霊の集合体…

  じゃったな?」 

 

 「ええ……

  それが、何か?」

 

 

 いや…と小さく首を振って、別にあの小鹿を危惧しているとかではない事を示す。

 

 今さっき自分で言った事なのに……はっ!? やはり学園長もついに…等と失礼極まるコトを考えつつもそう相槌を打つ高畑。

 しかしその懸念は無意味だ。単に近衛はある事(、、、)に気が付いただけなのだから。

 

 

 「色こそ白いが外見は鹿に酷似。

  体毛は柔らかく、兎か羊……いや、あの手触りは梟の羽にも似ておったの」

 

 「フクロウ…ですか?」

 

 

 思わず高畑が漏らした問い掛けにうむと頷く。

 

 知っての通り、梟は夜行性の猛禽類であり、どちらかと言うと羽が丈夫で硬そうなイメージがあるが、闇の中で音を立てずに羽ばたいて飛び、ほとんど無音で獲物に襲い掛かる為にその羽は意外なほど柔らかい。

 水鳥の綿毛…とまでは行かずとも、そういったものとはややベクトルが違う、しなやか且つ柔らかい羽を持っていた。

 

 近衛が言うには、それに似ているらしい。

 

 

 「山の精霊の集合体であり、山野の動物の特徴を全て持っておる……

  高畑君も見たんじゃろう? 風を味方につけて霧魔を退治する力を貸したところを」

 

 「ええ、まぁ……」

 

 「そして楓君の報告書にもあったが、京都で山野を駆ける際、草木が自分から避けた(、、、、、、、)らしい」

 

 「はぁ……それが?」

 

 

 「解らぬかの?

  そういったモノが伝承にあると」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「かのこ も大分ココに馴染んできたなぁ」

 

 「マ、麻帆良ハ自然モ多イシナ。

  近クニ密林モアルシヨ」

 

 「……それ、日本の学校としてどーよ?」

 

 

 向うは桜通りからチョット外れた小道。

 

 幸いとゆーか何とゆーか、エヴァはクラブがあるのでちょっと遅い為、こんな風に駄弁(だべ)りつつのんびりと歩く事が出来ている。

 単にイタイ修業を前に牛歩になっているだけかもしれないが。

 

 

 「コイツは精霊だから自然が多い方が良いのかもなー」

 

 「ぴぃ?」

 

 

 そう言いつつ鹿の子の頭を てろりと撫でる。

 意味は解っていないようだが嬉しいらしく、つぶらな眼を細めていて何だか微笑ましい。

 古もつられて微笑んでしまうほどに。

 

 だけど続ける言葉が頂けない。

 

 

 「コイツ可愛いから女の子たちにも受け良いからなー

  寄って来てくれるの女子中学生以下ばっかだけど……」

 

 

 ピキリと音を立てて、古の額に血管が浮く。

 

 こーゆーコト言わなけりゃ、もっと機嫌良かったのに。

 気の所為か、チャチャゼロまでムスっとしてるし。

 

 

 「ほほー……かのこをナンパのエサにする気アルか?

  家族で釣りをするなんて外道アルな」

 

 「仕方ネーダロ? コイツハ女無シジャ息モデキン変態ナンダシヨ。

  コイツモ利用サレルダケ利用サレルンダローナ。可哀想ニヨ」

 

 「ちょ…っ!!??」

 

 

 普通に怒鳴られるよりずっとキツイ攻撃である。

 

 そんな事を言われると、きょとんとして見上げてくる かのこの無垢無垢な眼差しが自分を責めているような気さえしてくるではないか。

 

 

 「ぴぃ?」

 

 「やめてっ!! そんな目でワタシを見ないで!!」

 

 

 いきなり身を捩って悶え苦しむ横島。

 

 何だかんだ言って彼の良心はボロボロに脆い為、こういった地味な口撃(、、)の方が効く。ボディブローというより浸透剄に近いが。

 そして泣きながら転がって謝罪する彼を見つつニヤニヤしている古とチャチャゼロ。何と恐ろしい光景であろうか。

 

 当の かのこは横島が泣き崩れる意味が解らずオロオロしているが、それは兎も角。

 

 

 「でもまぁ、確かに かのこ連れてたら成功率上がる気がするアルな。

  この子 人懐こいし」

 

 

 横島の顔をぺろぺろ舐めて慰めている件の小鹿を見ながら、古がそう零した。

 

 そんなあざとい方法なんか使わずとも、彼の良さに気付く者は気付く。

 非常に解り難いのだが、宝物と言って良いほど人間味に溢れているのだから。

 

 逆に言えば、彼を相手にしない人間は上っ面しか見ていないという事なので気にする必要は全く無いのであるが……それは言ってあげない。

 バレたらバレたらでイロイロ悔しい事になりそーだし。

 

 そんな古の言葉を聞き、首を傾げる様な仕種をしつつチャチャゼロは彼女を見上げた。

 

 

 「ハ? ナニ言ッテンダオ前。

  カノコ ガ人懐コイダ?」

 

 

 それも心底不思議そうな声付きで。

 

 

 「ハレ? 違う言うアルか?」

 

 

 それはありえないだろう? という意味合いの言葉であるが、古からしてみればそっちの方がありえない。

 

 出会った当日にしても、自分や木乃香、後で合流した楓に擦り寄っていたし、魔法教師である瀬流彦にもぴぃぴぃ鳴いて気を許していた。

 

 エヴァに会った時も然程恐れていなかったし、茶々丸には一瞬で懐いていたのである。それらを見ていたというのに、どう人見知りをすると思えるのか。

 

 

 「アー……マァ、気付カナクテモ ショーガネェカ。

  解リ辛ェシナァ……」

 

 

 チャチャゼロはコリコリと頭を掻き、一人納得を見せた。

 

 実際、彼女が気付いたのも横島にくっ付いて行動しているからで、もし主の家で待っているだけの立場であればもっと気付くのが遅かっただろう。

 それでもエヴァはとっくに気付いているようだったが。

 

 「コイツ、コノばか(横島)ガ気ヲ許シテル奴ニダケシカ心開イテネーゾ」

 

 「ふぇ?」

 

 

 忘れがちであるが、かのこは横島の使い魔である。

 よって彼が警戒する相手が近寄れば無条件で警戒するし、彼が気を許している相手は害意は無いと判断しているらしい。

 

 無論、自分の判断もあるだろうが、それでも主である横島が基準点に入っているのは当然であろう。

 

 何しろベースが野生動物、その上 正体は精霊であるので負の感情波にも敏感だ。

 

 

 ——そう、例えば武術関係のクラブの人間。特に横島の近くにいる中華な武道少女に懸想して彼に嫉妬する輩等には間違っても近寄らないし、悪感情の大きさ如何によっては敵意すら持つ事もある。

 

 しかしまぁ、逆から言えば この小鹿(かのこ)がこれだけ懐いてくれているという事は、それだけ信用も信頼もしてくれているという事なので、小鹿の意外さよりそっちのこっ恥ずかしさが前に出ていたり。

 

 

 「ナニ照レテヤガル」

 

 

 と、呆れるチャチャゼロであるが、そう言う彼女(?)も背中に乗せてもらっているし、会話っぽいものも出来ているので思っているより近しく感じているという事なのだろう。

 それが表現し難い感情を生み出しており、かのこの背中に顔を擦り付けて誤魔化してたりする。

 

 しかし、そうなるとエヴァに警戒していない理由が解らない。

 

 初対面で横島は彼女が放った魔法に巻き込まれているし、何より彼女自身が真祖の吸血鬼というとびきりの人外だ。

 だというのにほとんど無警戒というレベルで、そんなエヴァに頭を撫でさせているのはどういう事なのか?

 

 実のところ、それは横島の所為(おかげ)と言える。

 

 

 

 

 

 

 

 「言霊、ですか?」

 

 「そうじゃろうの。

  強力な霊能力者である彼が名付けた。という事は名前でその存在を(くく)ったと言えよう?」

 

 「ははぁ……

  名前を“鹿()()”としたから鹿の子で固定された、と」

 

 「おそらく、の」

 

 

 最初は鹿の群れに混ざっていた為に鹿の子の姿をしていたのだろうが、彼が血を舐めさせつつ名付けてしまったが為に姿や存在を固定され、文字通り鹿の子になってしまったのだろう。

 近衛はそう見ていた。

 

 無論、冗談みたいな話であるし信じ難い事この上も無いのであるが、間に横島という存在が入ってくると『まぁ、彼だしなぁ』と納得してしまうから不思議である。

 

 

 「話を聞けばエヴァも可愛がってるそうじゃしの。

  その属性上、動物にはあまり好かれ易いとは言えぬ彼女が…じゃ」

 

 「それは……」

 

 

 勘ぐり過ぎでは? と思わなくも無いが、彼女は自分の従者である茶々丸が世話している猫たちにすら近寄ろうとしない。

 

 呪い等によって10歳の身体能力しか出せないエヴァは、どういう訳かやたらとアレルギーを持っている。それが原因かと思っていたのであるが……

 

 成る程。そう言われてみると確かに学園長の言うような理由もあったのかもしれないな、と高畑は思った。

 

 

 「それで……

  あの小鹿は本来なら()だと仰るんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「にしても、お前が人見知りしてるとは知らなかったなー」

 

 「ぴぃ?」

 

 

 どうにか立ち直った横島は、そんな事を呟きながら かのこの頭を撫で撫でしている。

 オドレガ気付カンデドースル!? とチャチャゼロに呆れられたりもしたがそれは些細な事だ。

 

 尤も当の小鹿自身はサッパリサッパリの態であるのでやや間が抜けているのはご愛嬌である。

 

 

 「マ、残念ナ事ニ オメーハ血ヲ好ムヨーナ奴ジャネーシ、好キ好ンデ山ヲ汚シタリシネーカラナ。

  オメーヲ中心ニ信頼ヲ広ゲテイッテンダローヨ」

 

 

 チャチャゼロにしては珍しくストレートに横島を褒めていたのであるが、横で聞いていた古は『ほえ?』と首傾げる。

 

 確かに、ぶち切れた時の彼は兎も角、普段の彼はそんなに物騒な性格をしていない。

 それは解るのだが、それが今話している事にどう関わっているのかさっぱり解らないのだ。

 

 首を捻りまくっている古を見、かのこの背でチャチャゼロは小さく肩を竦めた。

 然も有りなん。この件(、、、)に関して、主は誰にも…それこそ横島にすらも漏らしていないのだから。

 

 それでも『何れジジイには気付かれるだろうがな』と楽しそうに言っていたので、然程は心配していないだろうが。

 

 

 しかしヒントは出している。

 

 山を血で汚す事を嫌うモノであり、木々や風といった自然が味方する…或いは扱える(、、、)存在であり、山の生物の特徴を全て持っているモノ。

 

 

 そして——

 

 

 「そう言えば、カエデがヘンなコト言てたアルな」

 

 「ん?」

 

 「何となくカエデも かのこが言てるコトが解る気がすると……」

 

 

 何故か楓と相性が良いのだ。

 

 

 つまり かのこは正体は——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「 天 狗 ですか?」

 

 「うむ。まぁ、恐らく——といった確信レベルじゃがの」

 

 

 名前という言霊に括られてあの外見となってしまったようであるし、人が分け入った所為で山の神秘が薄れて弱体化したようであるが、外見以外の天狗の特徴は全て持っているのだ。

 

 もちろん民間伝承におけるそれを信用するのなら『違う』と断言できるだろうが、“妖物(あやかし)”という区分で別ければその特長がよく出ている事が解る。

 

 

 尤も、エヴァはあえて学園側に伝えてはいない事であるが、彼女は既に確信していた。

 何しろあの小鹿、横島は(もと)より楓ですら意思疎通が可能なのである。

 

 “懐く”というのなら、横島を通じて様々な人間にそれを見せてはいるのだが、使いの契約を結んだ横島なら兎も角、同じ従者である古ができないと言うのに片方の楓もそれが可能なのはちょっとおかしい。いや忍法だと言われればそれまでかもしれないが。

 

 エヴァの仮説はこうだ。

 楓は横島と仮契約を結び、その不可思議極まる仮契約()を手に入れ、その際に天狗の力…というか属性(、、)を得ている。

 

 それによって同じ属である かのこと拙いとはいえ意思疎通が可能となっているのだろう。

 

 

 「ま、あの様子なら悪さなんぞせんだろうしの。

  大体、見ているだけで目に優しい」

 

 「手触りの良さから癒されますしね。

  木乃香くん達もえらく気に入っているようですし」

 

 「……あの小鹿を通じて木乃香を励ましてくれたそうじゃしの……

  これくらいなら目を瞑っても罰は当るまいて」

 

 

 ——……あ、そういう事か。

 

 ここに来て、ようやく高畑も合点がいった。

 

 要するにあの小鹿の正体を知り、理解しているのにも関わらずその神秘を学園が抱え込み、何か事を起こせば自分が責任を負うと明言しているのである。

 

 甘いというか器が大きいというか……真祖の吸血鬼と対等に付き合い、更には横島という神にすら接見している異世界の能力者を抱えて普通に生活をさせているのは伊達ではないという事か。

 

 尤もそのお陰でこの学園の防御力は極端に上がっているのも事実だ。

 何だかんだでエヴァは義理堅いし、横島は一般人…特に普通の女の子が巻き込まれる事を決して許さない。

 お陰で何だか知らないが以前より防衛力が上がっている気さえしてくる。

 

 普通に考えれば『混ぜるな危険』のこの二人を一緒にさせている時点で正気を疑うところなのだが、何だか上手くいっているのは読みが正しかったのか、偶然なのか。

 

 

 「最近は横島君を相手に鬱憤を晴らしているらしくて殊更機嫌が良くての」

 

 「僕は同情しか浮かびませんが……」

 

 「なーに 彼の事じゃ。案外、美幼女に虐げられて悦んどるやもしれんぞい」

 

 

 本人がいないと思ってエラい事言いまくるジジイ。

 

 高畑は後頭部に冷たくてでっかい汗をタラリと流す。

 

 

 色んな意味で野生動物である彼が果たして気付かないものなのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………何か知らんが、ジジイに復讐したくなってきた」

 「いきなり何を言い出すアル」

 

 

 流石は現時点でこの世界最高の霊能力者。勘の良さもハンパ無い。

 

 ピキュイーンと脳裏に電気が走って悪口の気を感じ取っていた。ホントに無駄なトコで高性能な男である。

 

 

 「ホレ、トットト行クゼ。

  早ク着イタラ休憩クライデキルダローヨ。三分クライハ」

 

 「虐めじゃーっっ!!」

 

 「デ、ばかいえろーハ カノコ ノ世話頼ムゼ?

  妹ドモモイルガ、猫ッ可愛ガリシ過ギンダヨ」

 

 「解てるアル。その代わり時々覗くのは……」

 

 「無論、アリダ。

  横島ト修業スルンジャナク、強サヲ見テ盗ル(、、、、)ンダカラ罪ハネーヨ」

 

 

 このやり取りが最近のポジションである。

 

 流石に拷問と区別がつかない鍛練を かのこ にまざまざと見せる訳には行かないので、横島と距離を置かせているのだが、彼の悲鳴とか苦痛が伝わって飛び出して行きそうになる小鹿を止めるのが彼女と、チャチャゼロの妹ズの役目だ。

 

 幾ら覚悟を決めようが心が助けを呼んでしまう。

 

 どれだけ苦痛が伴おうと止める気が無いのは間違いないのだが、元が痛がりなのでやはりみっともなく悲鳴は出てしまうのだ。

 

 

 だからエヴァは、古が着いて来たのを見てあえてこの修業の形をとるようになった。

 

 回避力と防御力の大向上。手段や戦法の増加等々……色々とやっているのだが、その中に感情制御を組み込んだのだ。

 

 

 目下の課題は、彼の感情の波に敏感な かのこを来ないようにする事である。

 

 無茶にも程がある題材であるが、やはり彼は嫌がりつつも止めるとは一言も漏らさずそれをやり続けていた。

 

 だからこそ(、、、、、)エヴァも余計に機嫌が良いのだ。

 

 無様だろうが、泥を(すす)ろうが、岩に齧りついてでも力を得ようとする生き汚さは彼女が好むところである。

 

 敵じゃない限り女に手を上げられないという余りにも愚か過ぎるデメリットを持ってはいるが、それを凌駕するメリットを使いこなせるようになる可能性を秘めているのだから。

 

 

 「(マ、ゴ主人ノ機嫌ガ良イノハ ソレダケジャネーンダガヨ……)」

 

 

 学園側に伝えてない事に、横島の力の根源があるのだが、実はそれが かのこという個に強力な影響を与えている。

 いや、学園長が予想しているように、元々“これ”という形を持っていなかった天狗という概念に、<鹿の子>という()を言霊でくっ付けた事に間違いは無いのであるが、それだけではないのだ。

 

 

 学園側…というか学園長には余り詳しく伝えていない話であるが、横島が知る人外の中にとんでもないものがある。

 

 

 それは、彼が霊刀による辻斬りに伴ったフェンリル復活の事件に巻き込まれた事だ。

 

 北欧神話のフェンリルが日本で復活しかけた、というのも突拍子も無い戯言としか思えない大事件なので詳しく語っていないのであるが、それを止める一端を担ったのはその狼王の血を引く人狼であり、彼らが崇める月の女神アルテミスを降ろした少女と雇い主の活躍があった。

 

 何で北欧神話の狼王の血族がギリシャの女神を崇めていたのかはサッパリ不明であるが、兎も角 実は獣っぽい女神だったアルテミスの力を借りて件のフェンリル(モドキ)をボコボコにし、女神に連れられてどこかへと旅立って行き、事件は一応の解決を見たらしいのであるが……

 修学旅行での一件で彼自身が漏らしているのであるが、アルテミスの飼い鹿は角のある雌鹿(、、、、、、)である。

 

 

 何が言いたいのかというと、彼も無意識でやってしまったのだろう、実はこの『角のある雌鹿=月の女神の鹿』という概念(、、)が、かのこに混ざっているのだ。

 

 

 だからこそ月下であれだけの力を見せ、神話にある雌鹿そのままのような途轍もない足の速さをもっているのである。

 

 そしてそんな小鹿は、山神に属するモノなのでどちらかというと陰の気が強く、尚且つ紛い物とはいえ件の角のある雌鹿の概念も混ざっているので月の波動まで持っている。

 

 よって かのこは陰の氣の化身のようなエヴァに殊更(ことさら)強く作用するのだ。

 

 何せ かのこは限りなくエヴァと同属(、、)に近いのである。

 それは彼女も機嫌が良くなるだろう。

 

 

 近衛らが気付いていないのは、そんな存在は妖怪だとか精霊の集合体だとかのレベルでは無いという事実だ。

 

 

 確かに普段は天狗モドキであり、角が生えそうな雌鹿で精霊としても妖怪としても中途半端な愛玩動物だ。

 

 しかし仮契約によって得た札の力を使えば格が上がり、魔法こそ使えないが月が出ていれば無尽蔵ともいえる魔力を使いこなせ、自然を味方につけた超存在となる。

 

 

 言わば かのこは幻想種なのだ。

 

 

 そんな超危険な存在を魔法使い達の拠点であるここに迎え入れてしまっている。

 

 確かに見た目も内面も無垢で可愛らしい精霊であろうが、その実 竜種に匹敵し、時と場合によってはあらゆる幻想種より厄介である事に気付いていない。

 

 気付けというのが無茶な話なのであるが、それにしてもそんなモノをアッサリと迎え入れてしまっているお人好しというかウツケというか、はっきりと言ってしまえば無様にも程がある話で、

 そんな学園の魔法使い達の腑抜(ふぬ)け具合が余りに滑稽で、それがエヴァの機嫌を更に良くしているのである。

 

 

 「ぴぃ?」

 

 「ン? イヤ、何デモネーヨ」

 

 

 エヴァに言われた事を思い出し、改めて感心する様に小鹿の背を撫でていたチャチャゼロであるが、こんな かのこの声を聞けば単なる妄想なんかじゃないかと思ってしまう。

 

 しかし現にこの小鹿は自然を味方に付けられるし、木々と会話も出来るし、

 後で知った事であるが、拙いレベルではあるものの植物の成長速度も上げる事ができるらしい。

 

 自然に関する事だけとはいえ、何でもありなのである。

 

 

 そのお陰で、エヴァにしろ、チャチャゼロにしろ、ここ最近は退屈とは縁遠くなっていた。

 

 最強の魔法使いという座を得てからは退屈続きであったし、この地に封じられてからは不自由しかなかった彼女であるが、

 横島 忠夫という鬼札のような下僕を得、その使い魔である精霊集合体のかのこ。彼の従者(モドキ)である楓と古まで自分の枠の内に入った。

 

 一日一日が今までで一番輝いていると言って良いだろう。

 何しろ彼女の力を封じている封印すら、やろうと思えば(、、、、、、、)どうにできるようになったのだから。

 

 

 「ダカラコソ、丁寧ニ教エテンダローナァ……」

 

 

 ヘタクソな感謝もあったものだ。

 教えられる側は迷惑以外の何物でも無いだろうし。

 

 そういう事もあってか、チャチャゼロは彼を思ってちょっとばっかし同情の溜息を吐いた。

 飽く迄もちょっとだけ(、、、、、、)だが。

 

 

 「ぴぃ?」

 

 「ダカラ何デモネーッテ」

 

 そして何だかんだでチャチャゼロも()を楽しんでいる。

 こうやって周囲とやり取りが行なえているのがその証だ。

 人生(いや人()生か?)、何がどう転ぶが解らないという見本のような話である。

 

 何しろ数百年を通して生きてきたのだが、横島らのような“存在”は初めてなのだ。

 どうしろこうしろと言われたからではなく、影響(、、)によって変えられていったのだから。

 

 そして、

 

 

 「ドーセ オメーモ アイツニ変エラレタンダローナ……」

 

 「ぴぃ」

 

 

 この小鹿に成った(、、、)モノも。

 

 

 実際、かのこは精霊のクセに生まれた土地からこれだけ離れているというのに元気いっぱいなのだ。

 毎日元気に跳ね、横島にじゃれ付き、ごはん(フルーツ)を美味しそうに食べて楽しそうに生きている。

 その可愛らしさによって皆にすぐ気に入られ、頭を撫でられてはぴぃぴぃ鳴いて喜んでいる。

 

 そしてその天真爛漫さに引き摺られるように、僅かではあるがご主人(エヴァ)が微笑を見せるようになっている。

 このバカ(横島)を鍛えている時は別として、それ以外の時間は別荘内の空気がかなり穏やかなものになってきている。

 

 以前は気にもならなかった事であるが、あの別荘内は静かではあるが穏やかさはなかったと思う。

 今頃になってこんな事に気付かされるとは思いもよらなかった。

 

 

 「オメーノ“オ陰”カ“所為”カハ解ンネーケドナ。

  マ、感謝ダケハシテンゼ?」

 

 「ぴぃ?」

 

 「ハハ 解ッテネーンナライイサ」

 

 

 不思議そうな言葉を返す かのこにチャチャゼロは小さく笑い、その柔らかい毛に顎を埋める。

 人形のこの身でも、この毛の寝心地の良さは解るほど。

 

 と言うか、あの霧魔の一件から感じられるようになって来た。

 

 嬉しいと感謝すれば良いのやら、甘っちょろくされたと怨めばよいのやら。

 

 

 「ぴぃー」

 

 「冗談ダ。怨ンダリシテネーヨ」

 

 「ぴぃ〜」

 

 

 そう教えてやるとあからさまにホッとする小鹿。

 背中に乗っているからか、そんな心境が良く伝わってくるので思わず笑みが浮かんでしまう。

 

 戦いの中くらいでしか笑わなかった彼女が、だ。 

 

 

 「ゴ主人モ何カ丸クナッテキテルシヨ……

  変ワンノハ人間ダケジャネーッテカ?」

 

 「ぴぃ?」

 

 「オメーモナ」

 

 鹿の子(かのこ)に馬乗りになったまま、そう言って頭を撫でるチャチャゼロ。

 

 この子が振り返らなくとも解る。小鹿は眼を細めている事だろう。

 それを思い、どこか嬉しげな顔で彼女も眼を細めている。

 

 そんなチャチャゼロも丸くなってきているのだが自覚は無いだろう。

 

 

 「何してるアル?」

 

 「ン? イヤ、コッチノ話ダ。

  ヨシ、行クゼ。ハイヨー カノコー」

 

 「ぴぴ〜ぃ」

 

 「馬のモノマネ!?」

 

 

 

 

 横島とこの小鹿によって齎されたモノが、この先エヴァ達にどういう変化をさせてゆくのか……

 

 

 

 それはまだ、誰にも解らない事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それでも、ジジイに対して復讐する事は忘れないオレであった」

 

 「言い掛かりにしか聞こえないアルが…兎に角、恐ろしい執念深さアルな」

 

 

 

 

 




 時間かかりました。スミマセン。
 新しいアレルギーの薬をもらったんですが、これがまた身体に合わないw
 今日病院に行ってました。流石に一日中眠いのはシャレになりません。マジにアブなかったです。特に電車の中で。

 さて、今回のは かのこの正体についてのお話。
 民俗学のそれではなく、精霊とかの幻想でいえば正体不明の精霊集合体となるのでこうしたんです。やっぱgdgdしてますが……

 追加であげたお話なのは、古にももうちょっとスポット当ててみたかったのが本音。
 と、後の告白に関する苦悩の下準備w
 
 もっと入れたかったイベントもありましたが、ご感想でも言われたクドさが超加速してしまうのと、無理があり過ぎましたので断念。ouchっ
 嗚呼、表現力をもっと向上させたいっっ

 次はネギくんの試験です。


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十六時間目:功夫・Hustle 
前編


 

 

 『もうじき時間っスね』

 

 「うん」

 

 

 肩から聞こえる声に、やや緊張した面持ちで答える少年。

 

 約束の時間よりやや早めに来てしまった彼であるが、その間ずっと手の指を握ってはひろげ、握ってはひろげさせて見つめ続けていた。

 それはその緊張の表れなのだろう。

 

 無理も無い。

 彼はこれから試験を受けるのだ。

 

 それも自国で受けたものより数段上且つ本格的な魔法を使いこなせる本物。伝説級の魔法使いに師匠になってもらう為の試しを行なうのだから。

 これで緊張しなければウソだろう。

 

 何せ彼は十歳。

 技術や才能に恵まれてはいるが経験でも精神的にも成熟しているはずもないのだから。

 

 

 それでも少年は目指さなければならない。

 

 目標はずっとずっと向こうにあるのだから……

 

 

 「ネギ、大丈夫?」

 

 「あ、ハイ。大丈夫ですよ」

 

 

 最初の出会いこそ最低であったが、持ち前の面倒見の良さも手伝い、すったもんだの末に少年と仮契約まで結んでしまった少女……神楽坂明日菜は、やはり心配なのだろうそう声をかけた。

 

 ハイと返事を返したものの、少年……ネギ=スプリングフィールドの緊張は和らいだりしていない。

 そんな彼に対し、ありきたりの励まししか行えない少女らは黙って見守る事しか出来なかった。

 

 深夜にも関わらず集まったギャラリーの少女らを、上から見下ろす時計の針がやがて十二の位置で重なろうとしている。

 

 その時は、刻一刻と迫ってきている。

 

 それでも緊張から来る震えはあっても、逃げるという気がしないのは流石と言えよう。

 

 

 ——事は、水曜の明け方に起こっていた。

 

 

 ある一件から自分が受け持っている生徒の一人、古 菲が武術の実力者だと知った彼は彼女を師として功夫を習い始め、早朝練習を行い出していた。

 

 そこまでなら真面目さに感心すればよいだけの話であるが、そんなネギと同じように早朝からランニングに出ていた新体操部のまき絵に見つけられ、彼が習っている功夫の型を見たいと彼女がせがんだ辺りからおかしくなってくる。

 

 まぁ それくらいなら…と披露したところをエヴァに見られてしまい、自分のトコに師事を請いに来たのに古に功夫を習っているとはどういう事だ? と責められてしまったのだ。

 そんな彼女に腹を立てたまき絵がネギを庇い、何も知らないのにめちゃくちゃに褒め称え、エヴァを面白がらせてしまった。

 

 結果、そこまで言うのなら……と、無理難題な試験を受けさせられる羽目になってしまったのである。

 

 

 曰く——

 

 茶々丸に一撃でも入れられたなら合格。出来なければ不合格。

 

 

 実戦仕様の素手格闘戦プログラムを実装されている茶々丸に対して攻撃を当てる……彼女の計算でも、達成率僅か3%の試練であった。

 

 おまけに期限までの時間は三日しかない。

 どう考えてみても合格させる気ナッシングである。

 

 それでも彼はがんばっていた。

 

 元々の才能も冗談のように高く、加えて集中力も並ではない。

 何せ教えている古が腹を立てるほどの飲み込みが早さで、様になるのに一ヶ月はかかる技でも数時間でマスターしてしまったほど。

 

 それでも圧倒的に足りない時間は如何ともし難く、実戦経験の無さだけはどうしようもない。

 “上手く出来る”というだけで相手に勝てるなら苦労は無いのだ。

 

 

 「やれるだけの事はやたアル。

  後は思い切てやるだけアルね」

 

 

 それでも“あのまま”よりずっとマシだ。

 だから古もそう言って励ました。

 

 

 「ハイ!」

 

 

 今日までずっと鍛えてくれた古“師匠”の言葉。

 

 それで気合が入ったのか、ネギの体から緊張が取れた。

 

 その際、きちんと拳を合わせて礼を言っているのだから律儀な少年である。

 

 ネギが何とか落ち着いてきたので、明日菜も一安心だ。

 

 が——

 

 

 「ところで……」

 

 

 明日菜はやや疲れた眼差しのまま、くるりと後ろを振り返る。

 

 

 「ガンバ——っ!」

 

 「ネギ先生、がんばって!」

 

 「大丈夫? ネギくん」

 

 「ネギせんせーっ!!」

 

 

 「……何でギャラリーがこんなにいるのよ?」

 

 「そ、それは僕もサッパリ……」

 

 

 この試験を受けさせる状況を発生させたまき絵や明日菜、ネギの師匠である古、明日菜に剣を教えている刹那は兎も角として、ドコで話を聞きつけたのか亜子に裕奈にアキラまで付いて来てたりする。

 

 おまけに……

 

 

 「まぁ、良いではござらぬか。拙者らもネギ坊主が心配なのでござるよ」

 

 「それはそうかもしれないけど……」

 

 

 楓までいた。

 尤も彼女の場合は、

 

 

 『……エヴァ殿が来るという事は、会えるかもしれないでござるし……』

 

 

 という思惑も見え隠れしないわけでもないが。

 因みに鳴滝姉妹は例によってお香によって強制就寝させてたりする。やり過ぎだ。何か手段選んでないし。

 ……どこかでガンスリンガー少女が深い深い溜め息を吐いている気がする。

 

 

 「ダイジョーブ、ダイジョーブ。

  訳わかんないけど、私達もバッチリネギ先生を応援するよ」

 

 「まーかせてっ!」

 

 「アンタらねぇ……」

 

 

 更には何が何だか解っていないチアリーディング部の三人までいた。

 

 刹那や木乃香、そして古の様に理由を知っているのならまだいい。

 この一件の口火を切ったまき絵も話半分しか解っていないが……まぁ、良いとしよう。

 

 だが、裕奈に亜子、アキラと楓、そしてチアリーディング部の美砂に円に桜子までいるのはどういう事だろう。

 

 

 「え? でも教室で噂になってたよ?

  エヴァちゃんとネギ君が何かするって」

 

 

 その疑問に、あっけらかんと円が答える。

 

 別に秘密にしていた訳ではないし、実際に裕奈達もまき絵→亜子経由で話を聞いているのだから別段おかしな話ではないかもしれない。

 かもしれないのであるが……

 

 

 「……ん? でも、それは変じゃないですか?」

 

 「どしたん?」

 

 

 だが、話を聞いていた刹那が首を傾げる。

 

 

 「だって私達は同じクラスにいるのにそんな噂を耳にしていませんよ?

  お嬢様はどうです?」

 

 

 またお嬢様ってゆ〜……と不満を漏らしつつ、木乃香もちょっと首を捻ってみるが、やはりそんな噂の事は聞いた覚えが無いと答えた。

 ルームメイトの言葉を聞き、噂話にそんなに聡い方ではない明日菜も『そう言えば私も聞いたことない』と今になって思い出す。

 

 だが、そのお陰でちょっと話がおかしい事に気がつく。

 

 亜子や裕奈、そしてアキラはまき絵から話を聞いているからからこそ知っている訳で、クラスで広がっている噂を聞いたから来た訳ではない。

 

 何だかんだで生徒に人気のあるネギだ。もし、噂になっていると言うのなら、この場にはもっと少女らがいるはずだ。

 

 例えば、ストーカー一歩手前のあやか。

 そしてネギに告白までし、彼を想い続けている のどかもいない。

 噂が広がっていると言うのであれば、この二名がこの場にいないのは幾らなんでもおかし過ぎる。

 

 おまけに——

 

 

 「へ? ネギ君の試合って茶々丸さんとするのと違うの?」

 

 「何でエヴァちゃんが出てくるん?」

 

 

 裕奈らには茶々丸と試合をするとしか伝わっていない。

 

 これはまき絵の伝え方に『エヴァの試験』という部分が抜けていたからであるが、そうなってくるとやはり噂の出所がおかしくなってくる。

 何せクラスの女子の中で確実にやってきて邪魔をしそうな人間には伝わっておらず、更には広がっていると言う『エヴァの試験』の噂は茶々丸と戦うという試験に繋がりが無く、それでいて真実に近いモノなのだから。

 

 となると……

 

 

 「何者かが意図的に流した噂という事になるでござるな」

 

 「だな……」

 

 

 忍の使う術に竜舌華というものがある。

 

 竜の舌から零れ落ちる華は毒を含み人心を惑わすという。

 これは人遁の一種で、意図的な噂を流して民衆を操るものであるが、くノ一である楓が真っ先に思い浮かべたの当然の流れかもしれない。

 

 というのも、噂を用いて特定の少女らをここに“連れて来た”感があるからだ。

 

 だがそうなると理由(ワケ)が解らない。

 

 普通であれば魔法封じの為だとかんがえられるが、相手は茶々丸。

 ネギや古の話によるとかなりの使い手らしい。

 

 試験内容はそんな茶々丸に一撃を加えるというものなので、素人に毛が生えた程度のネギに対しての牽制にしては大げさ過ぎるだろう。

 

 それともネギの試合を見せる意味があるというのだろうか?

 

 楓達が首を傾げている間にも時間は進み、その時刻が迫っている。

 十中八九エヴァの策であろうが、意図が読めない少女らは奇妙な不安を抱え始めていた。

 

 と——

 

 

 「 ゴ る ア ァ ーっ!! 

   こ ん な 時 間 に 何 や っ と る か ーっ!!」

 

 「「「ぴゃあっっ!?」」」

 

 

 唐突の怒声に、飛び上がらんばかりに驚かされてしまう。

 

 気配も何も無かったのだから驚愕も一入だ。

 

 何せ彼女らは、夜遊びと言われてもしょうがない事をやっている。

 門限を思いっきり破っているし、深夜徘徊だ。

 

 そんな彼女らが見つかれば、そこらの学校の生徒指導員なんぞ目ではないくらい怖い麻帆良の広域指導員が黙っていない。

 

 楓や古、刹那が頭を竦め、一般人にしては結構大胆不敵である裕奈ですら思わず頭を抱えて蹲っている事からも、その恐ろしさが理解できると言うものである。

 

 

 が……

 

 

 「……なんってな。驚かせ過ぎたか?」

 

 「え?」

 

 「あ、あれ?」

 

 

 正に恐る恐るといった風に頭を上げてゆく少女たち……それとネギ。

 緊張が緩んだ瞬間に怒声を浴びせられたのだから、そりゃあ驚いただろう。

 

 

 「そ、その声は……」

 

 

 考えてみれば古は元より、楓や刹那すら近寄ってくる気配に全く気付けていなかったのだ。

 

 となると、それなり以上の実力者か、“裏”に精通するものという事となる。

 

 そしてその声は古や楓は良く知っている男のものに良く似ていた。

 

 

 「悪りぃ悪りぃ。ゴメンな。

  でも、こんな時間に出歩いてたらロンゲのエロ道楽公務員に拉致られちまうぞ?」

 

 

 かなり微妙な上、解り難い例えを口にする何故か白い小鹿を連れている青年。

 つーか、よく似ているも何も御本人ではないか。

 

 

 「よ、横島殿……?」

 

 

 虚を突かれたのが効き過ぎているのか、或いは何の気構えも無く出会ってしまったからか、楓は顔を真っ赤にしてそう名を呟いた。

 深夜であるし、外灯の明かりしかなかったのは幸いであろう。

 

 名を呼ばれて彼女がいる事に気付いたのか、青年は側らの小鹿を促して石の階段を登りつつゆっくりと楓らの元にやって来る。

 

 

 白いTシャツにジーンズ。ジージャンを引っ掛けて足元は安くて丈夫さだけを取り得にしているような会社謹製のバッシュ。

 

 そして、頭には楓が巻いてやった赤いバンダナ。

 

 

 「よ、楓ちゃん。久しぶり」

 

 

 楓から言えば一週間ぶりであるが、彼からしてみれば実に二ヶ月ぶりの再会。

 

 霊能力の師であり、彼女のパートナー。

 

 久し振り(?)だからか、何だかちょっとだけ大人っぽく見えてしまう青年。

 

 横島忠夫、その人であった——

 

 

 

 

 

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             ■十六時間目:功夫・Hustle (前)

 

 

 

 

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 「脅かさないでよーっ!! 腰抜けるトコだったじゃないかーっ!!」

 

 「ヒドイよーっ!!」

 

 

 京都奈良への修学旅行の後半で出会った青年、横島。

 タダキチという少年の一件で出会っている少女らは、半泣きで彼に文句を言った。

 

 あの程度で半泣き? と言うなかれ。

 女性らの身体の生理的な仕組みから言って、あんまり驚かされるとタイヘンな事態を招きかねないのだ。

 

 具体的な説明は省くが、男性らよりトイレを我慢し辛いのは尿道の長さが余りに短いという理由が一つとして挙げられる。それから察して欲しい。

 

 幸いにも“粗相”は起きなかったが、彼女らの剣幕からするとちょっとヤヴァかったっポイ。

 だから自他共に認めるド助平な横島もそれを察したのだろう、かなり本気で謝っていた。

 

 因みに、一番怒っていたのは裕奈だ。一番拙かったのかもしれない……

 

 

 「正直スマンかった!!」

 

 

 とりあえずは土下座。それが彼のクオリティ。

 この世界に来て一番役に立っているような気がする見事な土下座スキルである。

 

 何だかこのスキルの経験値ばかり溜まってゆく気がしないでもない。

 

 その余りと言えば余りな達人クラスの土下座に、本気の謝罪というものは伝わってくるのだろう、少女らも『も、もういいよ』と謝罪を受け入れてくれていた。

 いや、余りに見事な土下座っぷりに感心したのかもしれない。

 

 ……まぁ、そんな土下座を見慣れてしまった かのこが横で真似しているのも一因だったりするのだけど。

 

 

 兎も角、裕奈や亜子の許しを得、やっとヤレヤレと腰を上げる事ができた横島に、今度は別の者達が近寄って来た。

 

 ん? と流石に美少女の気配には敏感な男。すぐにその気配に気付いて首を巡らせる。

 するとやはり見知った顔。

 この前の一件で関わった子供教師ネギと、護衛対象だった木乃香らだ。

 

 

 「あ、あの……こんばんわ!

  この前はお世話になりました」

 

 「あ、ええと……こんばんわ〜」

 

 「お? ネギと木乃香ちゃんか。こんばんわ……って、お前らまでいるのかよ?!

  いかんだろそれ!! ネギみたいな子がこんな夜更かししたらオネショするぞ!?」

 

 「ええーっ!!??」

 

 

 おもっきりオコサマ扱いであるが、夜更かしをするとオネショしてしまうと聞かされ、ガビーン!!とショックを受けているネギ。

 日本だけの諺ではないが、それでも初耳であり尚且つマトモに信じてしまうものだからショックは大きそうだ。

 イギリス紳士を目指す彼としても流石に嫌なのだろう、内股になって怯えてたりする。

 

 

 「ほれに木乃香ちゃんみたいな美少女がこんな時間出歩いとったら。

  ヘンなヤツに見つかったらお持ち帰りされてまうぞ?」

 

 

 なにやら親しげに挨拶をかけてきた彼女達に、これまた親しげに挨拶を返す横島。

 が、直に我に返って似合わぬ説教。

 

 彼なりに美少女らを心配しての事であるが、彼女らの歳が後一,二歳上だったら、当の犯人に彼がなりかねないのだが自覚は無いようだ。

 

 幸いにも彼女は気付いていないので、本気で身を案じてくれている横島に対して好意的な目を向け、

 

 

 「いややわぁ、もう〜っ」

 

 

 と、テレながら何時ものツッコミを入れてしまう。

 

 

 ゴイーンっ!!

 

 「うぼぉっ!?」

 

 何時もの様に玄翁(げんのう)で。

 

 

 ぶっ倒れてキレイな赤い噴水を上げてしまうが、そこは横島忠夫。

 そのままむくりと起き上がって『そのツッコミは激しすぎるわ!!』と涙混じりに文句を言う。

 

 余りに丈夫さに少女らにヒきが入るが、学園長に対する木乃香のツッコミをよく目にしているネギや明日菜らは余り気にしていないようだ。

 

 当の横島も、“元の世界”で撲殺手前のツッコミをよく受けていたので然程は気にしていないが。それでも大した器である。

 

 

 「あはは……ゴメンなぁ。

  なんやツッコミ入れやすい頭やったんよー」

 

 「どんな頭やっ!!」

 

 

 赤くなって頭を掻きつつ、本気やらふざけているのやら解らない謝罪をする木乃香。

 

 そこらの大人なら本気で怒り狂うだろうが、その木乃香の仕種に中にきちんとした感謝と照れ隠しが混ざっている事に気付いていた。

 だから横島もズビシッッとふつくしい(、、、、、)ツッコミ(、、、、)を右手のスイングで披露しているが、そんなに声を荒げるような事はしないでいる。

 

 本当に、女子供には心底優しいのだ。

 

 

 「あ、それと……あん時、ウチを助けに来てくれたそやなぁ……ありがとなぁ」

 

 

 流石にあんな事件が遭った後だ。何時までも木乃香に裏の事を教えずにいる訳にはいかない。

 あの後、木乃香は父親である詠春から直接、事の次第(タダキチの件込み)を聞き及んでいた。

 

 だから小声でその事にも礼を言ったのである。

 

 

 一瞬、いきなり礼を言われて何の事だかよく解っていなかったが、そのセリフが小声であった事と、彼女らの眼差しからようやくそれだと思い出し得心が行った。

 

 しかし横島からしてみれば礼を言われる程の事でもない。

 

 彼の持論からして、

 

 

 「ん? あぁ、気にせんでええて。

  木乃香ちゃんみたいな美女予備軍が不幸になったらオレがハルマゲドンが起こすわ。

  神が許してもオレが許さん」

 

 

 ——というものなのだから。

 

 

 横島的に語るのであれば、美少女を救うのは天の意志。或いは大宇宙の決定事項。アカシックレコードに描かれた必然の事象である。

 彼女のような心身共に美少女な娘は、ナニが何でも不幸になってはいけないのだ。

 

 だから彼は木乃香の京都弁に引き摺られたか、大阪弁になりつつも正直にそれを述べた。

 

 京都弁を使う者は、大阪弁に不快なものを見せる者も少なくないが、言うまでもなく木乃香はそんな事をするような娘ではない。

 それどころか、同じ関西系の方言を使う者として更に親しみを高めたようだ(因みに亜子も訳が解っていないが嬉しそうだ)。

 頬を染め、笑顔を更に深めているし。

 

 見た感じの変化はないがその花の綻びのような愛らしい微笑みを目にし、

 

 

 『チクショーっ!! この娘が高校生やったらぁああっ!!』

 

 

 と、横島が心の中で血涙を噴霧しつつ絶叫している事は言うまでもない。

 

 

 「私からもお礼を……

  疑ったりして申し訳ありませんでした」

 

 

 次にその木乃香の背後から前に出、律儀に頭を下げたのは刹那だ。

 

 木乃香同様、長である詠春に話を聞いているので、タダキチを西の刺客だと疑ったりしていた事を恥じているようである。

 

 

 思い出してみるとシネマ村で木乃香共々救われているし、あの時にも二人を傷つけた事を『このくらい』と称した千草に激怒していた。

 

 本山襲撃時にはあの銀髪の少年が木乃香を使おう(、、、)とした事にも本気で激怒し、彼女を救う為に奔走した事も聞いているし、実際に救われている。

 

 いくら知らなかった事とは言え、完全に筋違いの非礼を行ってしまっているのだから、謝罪と礼を言うのは当然の事であろう。

 

 が、タイミング悪いというか……戦いが終わった後はイロイロあって彼は意識を失ってしまっていたし、朝になると自分らの身代りが起こしたストリップ騒動で挨拶もできず、麻帆良に帰るは同じ新幹線だったにもかかわらず気の緩みが出たか爆睡してしまって会う事も叶わなかった。

 

 無論、彼は横島忠夫だ。ンな程度の事を気にする男ではない。

 

 つーかあの程度の誤解など大した事ない。 

 

 

 「あ〜……

  いや、あん時はイロイロ怪しい行動かましてたからな。疑うなって方に無理がある。

  だからあのくらいの用心は当然の事だと思うぞ?」

 

 

 だからこんなセリフも言えたりする。

 

 何せこの男、喉元過ぎれば何とやらで、溺殺されかかっても相手が美女美少女で他に手が無かったり、悪気が無いのなら一時の憤りで許してしまうおバカさんだ。

 “元の世界”ではもっともっとイタイ記憶があったりなかったりするし、刹那自身から受けた実害は無かったとはいえ大したものだ。

 

 まぁ、呆れた甘さだと言えなくもないが、刹那の方としては器を見せ付けられたようなものなので恐縮してしまっていたり。

 おまけに小鹿にまで『ぴぃぴぃ』鳴かれて気を使われてたりする

 

 エラく可愛い白鹿の子がつぶらな瞳で見上げつつ、慰めるつもりなのだろう擦り寄ってくるものだから、刹那としても対応に困り、嬉しいやら恐縮やらで絶賛混乱中だ。

 

 そしてそんな かのこの仕種に我慢できなくなった少女らが刹那に群がってきて余計に混乱していたりする。

 

 

 木乃香からしてみれば、そんな自然な表情を見せてくれるようになった幼馴染に頬は弛みっぱなしだ。

 

 しかしそう微笑ましく幼馴染の困惑を見守っている彼女自身も、表情が更に豊かになっている事に気付いていない。

 

 裏を知らされた時は確かにショックであったし、自分の立場というものを改めて思い知らされたものであるが、それでも周囲がどれだけ気を使ってくれてきたか、

 

 そんな立ち位置にいたと言うのに変わらない距離を置いてくれている友人達を見、そして以前のような距離に戻って来てくれた刹那…と得られたものは大きかった。

 

 だからこそ、芯からの笑顔を深める事ができるようになっていたのであるがその事に気付いていたのは同室の明日菜……それと、

 

 

 『どや? 諦めんといて良かったやろ?』

 

 

 そう眼で問い掛ける横島だ。

 

 

 何だかんだで妙な眼力がある彼は、木乃香が刹那が隣にいて喜びに満ちている事に気付いていた。

 

 悲しい別れの経験から、辛いのを内に隠した『作り笑顔』を横島は死ぬほど嫌いになっている。

 だからこそ、本当の笑顔を浮かべた木乃香を見る事ができて嬉しかったのだ。

 

 辛いなら辛いと、悲しいなら悲しいと言って欲しい。だったら天地が裂けようがどうにかしてやる。

 それが、今の彼の心に突き刺さって抜けない想いなのだから。

 

 そんな横島が笑顔で自分に向けた眼差しに問い掛けを理解できたのだろう。木乃香も、

 

 

 『うんっ!』

 

 

 と輝くような笑顔で頷いて見せるのだった。

 

 

  

 

 

 

 

 「ぐ……っ!!」

 

 

 木乃香や刹那からちょっと距離を置いた背後。

 何故かは不明であるが、前に立つ少女の陰に隠れて楓は胸を抑えていた。

 

 

 「え、えと……楓…さん?」

 

 「に、にゃんでもにゃいでおじゃるよ」

 

 「いやその……にゃんでもにゃいってアンタ……」

 

 

 バクンバクンと大暴れする心臓をでか過ぎる胸の上から押さえ込み、何とか息を整えようと奮起する。

 

 しかし悲しいかな思い出されるのはあの晩の事。

 

 怒りの余りに我を失った横島を止める事ができ、そしてその事で礼を言ってくれた彼の顔。

 

 

 月明かりに照らされ、感謝と優しさに満ちたあの笑顔………———

 

 

 

 「うぐぅ……っ」

 

 「ど、どうかしたの?! タイヤキ欲しいの!?」

 

 「にゃんのはにゃしでおじゃる」

 

 「いやだって……」

 

 

 そして今、木乃香と刹那が昔の距離を取り戻せていた事を彼は本気で喜んでいた。

 

 

 その笑顔。

 

 

 木乃香の背後にいた楓はまともに余波を受けてしまったのである。

 

 日本語としては語弊があるかもしれないが、『余波が直撃した』という言葉が相当するだろう。  

 何せ最前線で攻撃を受けている木乃香や刹那よりも楓の方のダメージが大きいのだ。

 横島に対して(けっこー強めの)好意を持っているのが原因である事は言うまでもない。

 

 当然ながら楓とて横島のそばに行きたいし、もっと話もしたい。

 したいのではあるが……

 

 僅か一週間会えなかった事と、PTSDと言っても良いほどの微笑ましいも深く深刻な精神ダメージが相俟って、何だかよく解らない緊張をしてしまって最初の一歩が踏み出せないでいたのである。

 

 もしこの場に、某ガンスリンガーな少女が居合わせたら苛立ちで悶え苦しんでいたであろう事は想像に難くない。

 

 

 「ん? まさか楓さん……

  へぇ……?」

 

 

 が、そこは神楽坂明日菜。楓の奇怪な行動の理由に気が付いていた。

 

 つーか、自分がよくやってしまっているボケを目の前でかまされているのだから気が付かぬ筈が無い。

 

 それでも普段の自分が元担任教師に対してもっと慌てふためいている事も身に沁みている為、何だか物悲しくなってホロリとしてしまう。

 

 いいもんっ 何時か伝えるもんっ と自力では不可能と思われる決意を(一応)固め、鼻を啜りつつくるりと振り返って楓の肩にポンと手を置く。

 

 

 「ひ、ひゃいっ! 何でごじゃる?!」

 

 

 ド素人の自分の行動すら気付けず、おもっきり声が裏返っている楓に対し冷や汗を垂らしつつ、

 

 

 「ね、ねぇ、横島さん……だっけ? あの人のトコ行かないの?」

 

 

 と、ストレートな質問を投げ付けた。

 

 

 「………っ!?」

 

 『う、わぁあ……』

 

 

 途端に楓は、顔を真っ赤にすると同時にびくんっと身体を震わせ、直後ぷしゅるるるる〜〜と蒸気漏れして沈黙する。

 

 何も聞かなくともどーゆー気持ちを持っているのかハッキリ解ってしまうほどに。

 

 明日菜も思わず呆れて絶句してしまった。

 

 つーか、木乃香にからかわれている時の自分が正に“これ”と言って良い。

 それが解ってしまう分、又しても涙が滲みそーになってしまうけど。

 

 

 「楓さん……そんなにまで横島さんの事想ってるのね……」

 

 

 同情とゆーか、同病相憐れむとゆーか、そういった感が満ち満ち溢れ、思わず慰めモードに入っている明日菜。

 考えてみれば、そう言った男女の悩み事を持っている友人はいない。

 

 のどかは想いに気付いてから即行で告っているし、噂だけは耳にしている亜子のそれであるがそっちは玉砕しているらしい。

 美砂には彼氏がいるようだが、相談するには何か信用し切れない。

 

 和美にもそういった噂がチラホラあるが、相談すると薮蛇という諺を体現しかねない。

 

 ぶっちゃけ、初めて同じ悩みを抱えた友達に会えたという事である。

 

 

 こんな事で嬉しく感じてしまうのもナニであるが、相談できる相手ができた事はとても嬉しかったりする。ちょっち不謹慎とも言えるが。

 そんなわけで、楓を見つめる眼差しはとてもあたたかかった(“(ナマ)”はついていない)りする。

 

 

 が、

 

 「ふぇ? 横島殿のことを思ってる(、、、、)とは?」

 

 

 本人がイマイチ理解し切れていなかった。

 

 

 「は?」

 

 

 これには反応が困る。

 

 何せ楓の視線は自分を向いているのに、その意識は確実に自分の後ろ……

 

 

 「可愛いーっ かわいーっっ!!

  ナニこれ ナニこれ!?」

 

 「うっわーっっ 毛がふわふわーっ

  鹿の子ってもっと硬い毛想像してたのに」

 

 「どうしたの この子!?

  鹿って飼って良いんだっけ?」

 

 「ちゃんと許可とってるよ。

  つーか、野生動物が都会でどうやって生活圏を得るのかって調査目的があんだと。

  で、オレが世話役申し付かったんだよ」

 

 「いいなーっ いいなーっ

  ねね、私たちにちょうだい」

 

 「だーほっ!! うちの子はモノちゃうわっっ!!

  おにーさんはそんなコト許しませんよ!?」

 

 

 横島に向けられっぱなし。

 コレでドコをどう見たらそれ(、、)を感じないというのか。

 

 

 「それで横島さんは、何故ここにいらしたんですか?」

 

 「あ、あぁ、

  何か知んねーけど、休んでるトコ叩き起こされて世界樹前に行けーって蹴り出されたんだ」

 

 「蹴り出されたて……ひょとして大首領アルか?」

 

 「そ……」

 

 「だいしゅりょー? 何の話え?」

 

 

 彼のその一挙手一投足に耳が反応してピクピク動いているのだから実に解りやい。

 もー何の説明も要らないくらいの行動だ。

 『目で追う』という行為の上級版と言って良いだろう。

 

 またしても溜め息が出そーになったが、大体の事は解った。

 

 

 ——気持ちに目覚めているのに、“それ”が何であるか全く解っていない——

 

 

 それが楓の症状だったのである。

 

 超とかがこの場にいれば『解離性の感情障害かもしれないネ』とか言うかもしれないほど、楓は自分の想いに気付いていない。

 或いは意図的にズラしているかもしれないが、それを横に置いても酷すぎる。

 真名とかが泣きながら頷いているビジョンが見えたよーな気もするが、それは兎も角。

 

 

 『私も人の事言えないけど、これはやっぱりほっとけないわ……』

 

 

 元々お人よしで世話焼きである明日菜。

 

 こんな身体つき(+けしからん胸)までして、子犬のように震えている様は如何なものか。

 つーか他の事は兎も角、この件についてはまるでオコサマではないか。

 

 それに前述の同類云々のよーな理由で、彼女は激しく楓の力添えをしたくなっていた。

 

 

 明日菜が真名にとっての勇者となった瞬間である。

 

 「楓さ…() () () () っ!!」

 

 

 ガシィッ!! と硬い音が聞こえそーなほど、ドスゲェ力でもって楓のその肩を掴む明日菜。

 

 しかも ちゃん付け。同級生なのにその落ち着きから『さん付け』を行なっていたのであるが、今までのやり取りでそれは止めたらしい。

 

 

 「ひ、ひゃいっ!?」

 

 

 ゴ、ゴリラ? と失礼な感想を浮かべてしまうほど万力のような強い力で肩を捕まれ、楓はマジびびった。

 

 そんな楓の気持ちなど気付く訳もなく、明日菜はくわっ!! と目をかっ開いて楓の糸目にその強過ぎる眼差しをぶっ刺した。

 

 

 「いい? ホントーならもっと手順を踏むんでしょーけど、めんどくさいから先に言うわ。

  ううん。言わなきゃいけないと思う。楓ちゃんはおポンチでド鈍そうだし」

 

 「は……? 何やらエラい事言われてるような気がするでござるが……」

 

 

 気の所為よっ!! と言い切り、明日菜は一度大きく息を吸って言葉を紡ぐ。

 

 

 「楓さんはね、理解しなきゃいけないの。絶対に。

  じゃないと一歩も前に進めないわ」

 

 「は? はぁ……」

 

 「よく聞いてね? 

  楓さん、あなたねぇ、あなたはねぇ……横島さんの事が……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぴぃぴぃ」

 

 「あはは… かのこ、どうかしたアルか?」

 「昨日(、、)、桃やっただろ? お礼言ってんだよ」

 

 「そーアルか? 気にしなくていいアル。

  でもそんなに気に入ってもらえたなら、また持て行てあげるアルよ」

 

 「ぴぃー♪」

 

 「ありがとな。

  あ、そう言えば忘れてた。

  古ちゃん、あの時(、、、)このジャケット忘れてったろ? ハイ、これ」

 

 「え? あ、やぱり老師のトコに忘れてたアルか。助かたアル。多謝ネ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「 ど う い う 事 で ご ざ る!?」

 

 

 「 う ぉ わ ぁ っ ! !

  って、楓ちゃん!?」

 

 

 

 背後ででかい声と驚きの声。

 ハッと気がつくと襟首掴んでいたはずの楓の姿は無く、代わりに丸太が突っ立っていた。

 見事な空蝉である。

 

 

 「か、楓ちゃん!?」

 

 

 慌てて振り返って声を掛けるも、

 

 

 「後にするでござる!! 今はそれどころではござらんっ!!」

 

 

 と、こっちを見ようともせず、横島の襟首掴んでいた。

 

 木乃香は何だか面白そーな眼で見ているし、刹那は楓の瞬動に感心してて意味が無い。

 亜子やまき絵は慌てているし、裕奈は凄く楽しそう。

 チアリーディング三人組に至っては面白そーなので呷っている始末。

 

 何度か手を伸ばすも向ける対象が受けてくれないので空を掴むだけ。

 ここまで無視(というか、気付いていない?)されてるのだからどうこうやっても話を聞いてはくれまい。

 遂に彼女は溜め息を吐き、今はしょーがないかと諦める事にした。

 

 

 何が何だか解らずオロオロする横島を他所に、古はスゴイ剣幕で詰め寄ってくる楓に涼しい顔。

 彼女の勢いに驚いて硬直する かのこを抱き上げて余裕(よゆう)綽々(しゃくしゃく)だ。

 

 

 「ハテ? 何をそんなに怒てるアルか?」

 

 「 怒 っ て な ど お ら ん で ご ざ る っ ! ! 」

 

 

 『『『いや、どー見ても激怒ってるって』』』

 

 

 怖くて口にはできないが、それならせめてとばかりに少女らは心の中でコソーリと右手でズビシッ! とツッコミを入れた。

 

 

 「大首領との確約は、一週間距離を置く事だった筈!!

  にも関わらず古は横島殿と……くぅううう〜〜〜〜……抜け駆けでござるよ!!」

 

 

 『『『『『『『『 抜 け 駆 け っ ! ? 』』』』』』』』

 

 

 その聞き捨てならないセリフに、少女ら全員が耳をびよんっと大きくした。

 

 まるで関係ないが同時刻、女子寮の一室で一人の少女がペンを片手に立ち上がり、

 

 

 「 何 か も の す ん ご い ラ ブ 臭 キ タ ———— っ ! ? 」

 

 

 等と大興奮してたりする。

 

 尤も、それを感じは出来たものの、修羅場の真っ最中であった為に部屋を出るに出られず泣く泣く諦めたと言う。

 

 それは兎も角——

 

 勢いが止まらない楓に対し、古はというとはっはっはっと腹直筋を震わせて笑うではないか。

 

 

 「な、何がおかしいでござる!?」

 

 

 当然、楓が噛み付くが、古は依然として余裕を手放さない。

 

 

 「フ……何を言うかと思えば……

  かえで、大首領がナニを命じたか忘れてるみたいアルね」

 

 「何を……」

 

 

 何故か気圧される楓に対し、大首領ってナニ? とツッコム少女らの疑問は当然ながら無視である。

 

 そしてそんな楓に対し、古は余裕の笑みを浮かべていた。

 

 

 「私達が禁じられてたのは『老師と一緒に修行をする事』アル。

  つまり、単にお話をしたり、一緒にゴハンを食べたりする事までは禁止されてないアル!」

 

 「 な 、 何 と —— っ っ ! ? 」

 

 

 因みに大首領にも確認済みネ♪ テヘペロと某菓子会社のマスコットキャラ少女のような憎たらしい笑顔を見せる古に、楓は更に打ちのめされる。

 

 古の背後に見えた大波のビジョンに飲み込まれ、もがく暇もなくブクブクと沈んで行く。

 

 初めて彼女から勝利をもぎ取れた事がよっぽと嬉しかったのか、跪く楓を見下ろしつつ古は勝ち誇るような高い笑いを上げた。

 

 ギャラリーから言えばドン引きの光景であるし、抱っこしていた鹿の子が怯えまくって青年の腕の中に飛んで逃げていたりでシュールにも程があるし、ナニがナニやらの話であるが、あの二人からすればそれはそれは真剣な話だったらしい。

 何せバカレンジャーで知られる成績劣悪五人衆の二人が引っ掛けで勝敗を競っていたくらいなのだから。

 

 とは言っても、古は自分でその事に気付いた訳ではなく、授業中の夢見の悪さから出た不可思議な行動から仕出かした偶然によって横島と会う事ができ、更に運良くポッケにナイナイしているチャチャゼロから話を聞けたから解っただけの話。

 ぶっちゃければ単に運が良かっただけである。

 

 まぁ、運も実力の内と言うからあながち間違った訳ではないが、当事者の横島の方から見てもサッパリサッパリな戦いだ。

 鈍くて解らないのではなく、彼女らが勝手にイロイロな私情を絡め過ぎているから訳がわからないと言う所が興味深い。

 

 

 それに、楓の自爆も含まれていた。

 

 ナニを考えていたのか知らないが、携帯を持ってたらウッカリ横島に電話を入れてしまいそうだったので、寮の机に放り込んでしまっていたのである。

 おまけにその間にバッテリーが切れて使用不可となっており不通状態。

 

 だから古と会うようになり、それなら楓ちゃんとも……と横島が電話を入れても繋がらなくなっていた。

 

 無論、楓も横島と共に裏の仕事をするようになっているのでこの状態を彼も疑問に思ったのであるが、

 

 

 『ああ、カエデはクラブ活動が忙しいみたいアルよ』

 

 

 という古の言葉を鵜呑みにしてしまったのである。

 

 

 ハッキリ言ってウソではない。

 本当に楓は第三者には判りようもない理由によって忙しく走り回っていたのだから。

 

 古も何となく理由に気付いてたりするが、あえて言わなかっただけ。横島や楓に聞かれれば答えただろうが。

 

 兎も角、そんな訳で楓は自らのウッカリで横島との接点を消していたのである。

 

 

 「くぉおおお……拙者という女はぁ……」

 

 

 ものごっつ悔しそうな楓の声。

 その真ん前で腰に手を当ててふんぞり返る古。

 何とゆーか物凄い微妙な光景であった。

 

 

 「え、えと……? 古師匠……?」

 

 

 ネギ少年がリアクションに困ってしまうほどに。

 

 楓と古が誰を狙っているのか見て取れた者達はヒューヒューと呷りまくり、

 下界との接触が十日に一回状態だった横島は空気が読み切れずオロオロし、

 何時の間にやら女幹部的な空気を身に纏っている古を中心とし、そんなカオスな状況が広がりを見せていた。

 

 

 そんな空気を払拭したのは——

 

 

 「おお、早いな貴様ら」

 

 

 「あ……」

 

 

 無言ではあるが、頭に“姉”を乗せたまま丁寧にペコリと頭を下げる茶々丸を連れ、深夜という時間にしては余りに不釣合いな白いワンピースを纏った少女……

 

 

 「エヴァンジェリンさん」

 

 「ふ……時間に正確だな ぼーや。

  それは感心してやるぞ」

 

 

 今回の茶番の発起人。

 エヴァンジェリン=アタナシア=キティ=マクダウェル。

 

 彼女の訪れと同時に十二時の鐘が鳴った——

 

 

 

 

 

 

 「試験内容は簡単だ。

  前にも言ったが、茶々丸に一撃を入れる事それだけだ」

 

 「ハイ!!」

 

 

 試験が始まるであろう空気を感じ、少女らは邪魔にならないようススっと下がって行く。

 

 楓も立ち直ってはいないが何とか立ち上がり、古より先に横島を促してその場を離れる。

 

 

 「フ……」

 

 「く……っ」

 

 

 それでも古には今週ずっと横島と一緒だったという余裕があり、別段気にした風もない。

 

 そんなライバルの笑みを見て楓は唇を噛んでいたりする。

 

 何時も飄々としている忍者少女の様子を見、刹那は目を丸くし、木乃香は実に楽しそうだ。

 

 

 「……何か今一つ空気が緊張にかけるが……

  それは兎も角、そろそろ始めるが良いな?」

 

 「ハイっ!!」

 

 

 そのエヴァの言葉を聞き、流石に皆の視線がその場に集中した。

 けしからん乳のくノ一は後で話を聞きゃ良い訳だし。

 

 始めの号令を発する時を聞き逃さんとするかのように場が静まりかえり、ネギの周囲同様に緊張感が高まって行く。

 

 

 しかし、エヴァは口元を綻ばせて意外な言葉を口にした。

 

 

 「……ところで一つルールを改正したいのだが……良いかな?」

 

 「は?」

 

 

 意外も意外。

 とてもじゃないが言いそうにない人物からの改正提案に皆も驚いた。

 

 そんな表情を見回し、悪戯が成功したのを喜ぶような微笑を浮かべ、エヴァは言葉を続ける。

 

 

 「いや何。大した事じゃない。

  よく考えてみれば生徒と教師に殴り合いをさせる訳にはいかんしな。

  それに茶々丸は ぼーやに好意を持っている。そんな二人に殴り合いをさせるのは胸が痛いのだよ」

 

 「−あ、あの、マスターっ!?」

 

 

 イキナリとんでも発言をかまされ、大いに慌てる茶々丸。

 そんな茶々丸を、皆は『ほほぉ〜』と面白そう&なま温かい目で見つめていた。

 

 当のネギも顔が赤いし。

 

 

 『胸が痛いって……どの口が言ってんだろ?』

 

 『さぁ? 私にはそんな口は見えないアルよ』

 

 『俗に言う二枚舌でござろう』

 

 『ぴぃ?』

 

 

 エヴァを知る三人は、何時の間にやら仲良くコソコソ会話。

 横島が緩和材になれば直に仲が修復できるのは、結局仲が悪くない証拠だ。

 

 小声ではあったが、何か悪口を言っているのか察したのだろう、エヴァは射殺すような眼差しを向ける。

 途端に三人は身を伏せて視線を回避。

 回避のタイミングが見事に三人同時であり、三人に習って小鹿まで身を伏せているのが何とも微笑ましい。

 

 

 「ま、まぁ、兎も角だ。

  ぼーやも好きで茶々丸に手を上げたくはあるまい?」

 

 「……ハイ」

 

 

 ネギの脳裏に、春先の出来事が浮かぶ。

 カモの口車に乗り、明日菜と共に茶々丸を襲撃してしまった時の事を……

 

 あの事は今でも後悔している。

 

 

 「そんな訳で代役ルールを入れる事にした」

 

 「代役……ですか?」

 

 「そうだ」

 

 

 エヴァはコクンと頷いてネギの質問を肯定する。

 怪し過ぎる異様に優しげな笑みを浮かべて……

 

 

 「ぼーや もこれぞと思うヤツを選んで私達にぶつけてくるが良い。

  私達もそれを了承し、受けてやる。どうだ? お互いメリットがあるだろう」

 

 「それは……」

 

 

 確かにそうだろう。

 

 ネギの方も古や楓を、或いは刹那や明日菜を選んでも良い。

 少なくともネギ本人が向うより、ずっと合格率は高くなるはずだ。

 

 これが横島ならもっと別の手を考えたかもしれない。

 

 許されるのなら、

 

 

 「じゃあ、高畑さんに頼む」

 

 

 等と平気で言う男であるし。

 

 

 だが、悲しいかなネギは真面目過ぎる。

 

 この場にいるのは女の子だけであるし、横島には修学旅行で陰から守ってもらったという迷惑をかけている。

 

 そうなると選択肢は一つしかない。

 

 

 「いえ、これは僕の試験ですから僕がやります」

 

 

 はっきり言って想定した答え。

 解りきった選択である。

 当然だ、そうなるように(、、、、、、、)仕向けたのだから(、、、、、、、、)

 

 

 「そうか…良いんだな?」

 

 「ハイ!」

 

 

 その問い掛けに、ネギは元気よく答えて身構えた。

 

 エヴァはネギの反応を見て、満足そうに頷き、そして……ニタリとワラッタ。

 

 

 『『『!!??』』』

 

 

 とてつもなくヤな予感がし、楓と古、そして横島に怖気が走る。

 

 楓も古も勘は良い方であったし、霊能修業によって鍛えられて更に鋭くなっているのだから。

 

 

 「……そうか、ではこちらは選ばせてもらおう」

 

 「え?」

 

 

 ダラダラと汗が流れるが、こういった悪い予感は当たると相場が決まっている。

 

 嗚呼、なんで素直にココに来ちゃったんだらぅ……等とミョーな日本語の使い方をして悲観をするが遅きに遅し。

 

 エヴァはホントーに楽しそうに横島の方を向き、

 

 

 

 「よし、横島忠夫。キサマがぼーやとやり合え」

 

 

 

 二人(、、)にとって、試練というには余りな試練を課した。

 

 

 

 




 ハイ、続投です。
 
 前回と今回で明かしましたが、古はあの夕方の一件からずっと、エヴァの別荘まで一緒にいたりしまいす。このかと遊んだり、彼が休んでる間は自己鍛錬したりして時間潰してたりしました。
 無論、彼との鍛錬は不許可なので、ネギ関係の話はしてません。そーいった質問もある種の鍛錬ですからね。
 まぁ、プチデートはしてますがw

 そのお陰でもっと一緒にいたいとゆー自覚が出来てます。
 お陰で楓が出遅れてしまいました。メインの一角ですんで苦労してもらいますヨw

 あと、明日菜が楓の事をさん付けからちゃんに変わりましたが、ちゃん付けで呼ぶ為の長いフリでした。は~やれやれw 前の時は明かせなくて『呼び方が違う』とか言われて悶えてたりしますw

 で、次回は試験本番。
 ネギ君は勝てるかどうか。
 ……つか、“前”をご存知の方ならお解りですよねーww


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中編

 

 

 ——“あの”霧魔の襲撃事件以降、横島と古は楓の眼を盗んで毎日のよーに逢瀬を続けていた(違ry

 

 ちゃっかりした事に、古はキチンと大首領(笑)であるエヴァに“あの件”について再確認している。

 念の為というヤツだ。後でどんな問題が起きないとも限らないと気付いたからだ(寸借詐欺的に)。

 流石は横島を師と仰ぐだけはある。こすっからく成長したものだ。

 

 大首領(エヴァ)曰く——

 

 

 「修行に関する事でなければ会ってどうこうするのはかまわん」

 

 

 との事。

 

 つまり、古は横島との修行を禁じられてはいるが、そうでないのなら密会をしようが体育用具室とかでムニャムニャしよーが知ったこっちゃないとゆー事らしい。

 

 ココんトコ追い詰められ気味な彼の事、ゆっくりとアプローチすれば『オラ、ワクワクしてきたぞ』な展開になってもおかしくなかったのであるが、幸いと言うか残念ながらと言うか、小鹿の無垢無垢な眼差しもあってそう上手く(美味くw?)はいかなかったりする。

 

 ねぇねぇ、ナニするの? と好奇心イッパイのキラキラした目で見つめてくるもんだから、ウッフンなアクションがとれやしない。

 元々が精霊なのでコトに及ぼうとしても気にはすまいが、それでもあの澄んだ目には勝てないのだ。

 

 ……尤も、男の方ではなく、少女の方がそんな空気に持っていこうとしていたのはチョット問題であるのだけど。おまけに無意識っポイし。

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 

 魔法に関する事や霊能力に関する事を見聞きする事も修行となるのだから、功夫の型とかを見せて意見を聞いたりするのもダメなら、ネギを鍛える件や試練についての横島と相談したり質問をするのは当然不可という事となる。

 それはそれでガッカリなのであるが、会えるなら後の楽しみに取とくアルと、古はけっこー簡単に納得していた。

 

 確かにメインは横島の悲痛な声に反応する かのこを押さえておく事であるが、別荘に向う間、他愛無い学校の“お話”をしたり、時間までブラついたり軽く食事をしたりとかなり楽しんでいる。横島にしても拷問鍛練の生き抜き…もとい、息抜きになるからとけっこー楽しんでいたし。

 

 古の方も自分と話をする事を楽しんでくれているのを見るのは嬉しいらしく、バイト先である<超包子>に連れて行って一緒に軽食を摘んだり、エヴァの家に向うコース上にあるカフェでお茶を飲んだり、まったりとした時間を交えてかなり充実した日々を送っていた。

 

 ……ま、ぶっちゃければやっぱり逢瀬と称しても言い過ぎではないくらいで……

 

 と、兎も角、コソーリと覗いていた超が思わず安堵の涙を拭っちゃうくらい、(本人達に自覚があるかどーかは微妙であるが)マジモンのデート。

 流石に一週間もそーゆー事を続けていたお陰であろう、何時の間にやらちゃっかりと自覚が進んでいたりなんかしちゃってるもんだから、以前よかベタベタしてたりする。

 

 前にも述べたが、横島の霊力値と煩悩値は反比例しており、疲労が溜まっている現状ではその年齢の垣根はググっと下がっているので古とのデートも純粋に楽しんでいたりするのだ。

 

 そりゃあもう、楓が目の当たりにすれば嫉妬の余りのたうって悶えてしまうほどの仲の良さだったらしい。

 古の武闘派追っかけにハッケソされてなければよいのだが……

 

 

 ——またかな〜り話が逸れてしまったが、つまりそーゆー理由で横島は古から な〜んにも話を聞いていないと言う事である。

 

 そんな彼であるから、エヴァの別荘で霊力回復中、世界樹前広場に行けと言われてイキナリ叩き出されただけで何が何だかサッパリ解っていないまま。

 

 どーも周りの話から鑑みればネギが茶々丸と何やら行うという程度の事しか解らない。

 

 そこでイキナリ代打に選ばれたとしても、

 

 

 「 あ゛ ー も ぉ っ ! 何 が 何 だ か っ ! !

   説 明 ぐ ら い せ ー っ ! ! ! 」

 

 

 と、混乱して怒鳴るのは当然の行為であろう。

 

 

 一応、茶々丸の代わりとしてネギとナゾの理由でバトらねばならない事だけは理解できたものの、聞けば聞くほど自分が巻き込まれる事に納得が行かない。

 

 何せネギは魔法使いとして天賦の才を持ち合わせてはいるが、実践云々で言えばまだド素人。

 対して横島は悪霊や魔族と戦い続けて生きるか死ぬかの生活を送っていた男だ。

 

 そんな横島に(イロんな意味で)純真無垢なネギをドツき回せと言う。

 

 ぶっちゃけてしまえば児童虐待。

 腐っても横島忠夫。それを『やれ』と言われて『OK!』と素直に受けるよーな男ではないのだ。

 

 ものごっつい剣幕にネギや明日菜は元より茶々丸までがオロオロしているのを見、やっとこさ古も『そ、そー言えば説明してなかたアルな……』と気付き、代表のように彼の前に進み出て説明をする。

 

 また出遅れたでござる!? と打ちひしがれる楓を他所に、ジェスチャーを加えつつココに至った経緯を語る古であったが、その説明を受ければ受けるほど横島の額に皺が寄ってきた。

 

 彼女の話をまとめれば、強くなりたかったからエヴァに師事を請い、何とか試験をしてくれる確約は取れたもののその内容を聞く前に古に白兵戦闘の師事を請い、エヴァを怒らせたという事となる。

 

 彼の経験から鑑みれば、バイト先である除霊事務所の所長にナイショで近所の魔法料理店でバイトしているようなもの。

 まぁ、実際に貧困の余り食うに困ってやっちまってた事もあったりするが、それがバレた時に怒れる所長によって三途の川でメドレーリレーを堪能した挙句、営業担当の死神ちゃん(横島用に女性だったらしい)の甘言に乗せられてウッカリあの世行きの書類に捺印してしまうところだったのは黒歴史だ。

 あの上司(、、、、)なら人の弁明を聞く前に殺しにかかるだろうから遺書の用意でもしてた方がマシであろうが、エヴァはずっと温厚(!?)なのでとりあえずは言い訳くらいは聞いてくれる。だったらどうとでもできたはずである。

 

 例えばエヴァに見付かった際、『ナイショで体を鍛え、試験当日にその結果を見せて驚かせるつもりでしたー』とか、『貴女に教えてもらう為に必死で鍛えました』とかかませば角は立たなかっただろう。

 上手くいけばフラグの一つも立つか、好感度とかが上がったかもしんない。そこら辺を見据えられないのはまだまだオコチャマだなぁ……等と苦笑してみたり。

 

 

 「いや、そーじゃなくっ!」

 

 

 妄想を手で払って現世に意識を戻し、エヴァに顔を向ける横島。

 

 この場で初めて説明を聞き、あたふたするトコが見たかったのだろうか? 

 事実、何かニタニタしてこっち見てるし。

 オレはドコに行ってもそーゆーS女に縁を持ってしまうとゆーのか!?

 ええい腹の立つ……このドS幼女め」

 

 

 「……刻むぞ? キサマ」

 

 「ああっ! 何時の間にか声に?!」

 

 

 “あの”元雇主に比べればやはりエヴァはかなり温厚(!?)のようであるから命は取られまいが、睨まれるとやっぱり怖い。

 元から女王様系女子に弱い事もあるし、この二ヶ月間(、、、、、、)扱きに扱かれて、たっぷりと真祖の吸血鬼の恐ろしさは叩き込まれているのだからビビるのも当然だ。

 無論、魂レベルで叩き込まれている元雇主への恐怖感よりはマシであるが。どんだけトラウマ植えつけられているだろうか。彼の女傑、恐るべし。

 

 

 「そ、そんな事より、何でオレがネギと殴り合いせなあかんねんっ!!」

 

 

 そんな恐怖を誤魔化す為か、迫り来るお仕置きを避けんが為か、何とか必死に話を逸らそうと……もとい、話を戻そうとしどろもどろ。

 

 しかし意外にも彼女は言い訳めいた彼の言葉にすぐ従ってくれた。 

 

 尤も、

 

 

 「ほぉ?

  つまりお前は茶々丸にネギを殴らせ、

  あまつさえ茶々丸が殴られるかもしれない状況が見たいと?」

 

 「う゛っ!」

 

 余り嬉しくない言いくるめ(、、、、、)方向に、であるが。

 

 

 だが、そう言われると流石の横島も言い返せなくなる。

 

 ちらりと目をエヴァが見ている方向に合わせてみると、そのやりとりをオロオロとしつつも見守っている件のロボ少女の姿。

 その様子は何か同僚の巫女少女を思い出してしまう。

 

 責められてもいないのに、『−横島さん……』と悲しい眼で見られて気になってくるのもチキンハート故の事だろう。

 

 尚且つ、彼はその茶々丸にかなりお世話になっていた。

 何故かは知らないが、エヴァはまるで横島の能力を茶々丸にだけ(、、)見せないように“あの修行”を行っており、その際には古と共に かのこの世話や家事を行なえと命じて距離を置かせているのである。

 そして、傷の手当てや食事の時になってやっと彼女はその場に呼び出されるのだ。

 

 だから横島は、かのこは世話になっているし甲斐甲斐しく手当てもしてくれるしで、茶々丸にけっこー気を使っていたりする。

 

 確かにそんな事をされている理由は解らないが、元々エラい低かった人外と人との垣根は更に低くなっているので、当然のように魔法と科学の融合体である彼女を一人の少女として接しているし、茶々丸が美少女であるという事も手伝って、感謝の念は特売セールに出しても余るほど持っていた。

 

 そんな彼女が叩かれる、傷を負うかもしれない状況になっても良いのか? と問い掛けられれば、否 断じて否! 絶対にノゥ! と言わざるをえまい。

 つーか他の選択は無い。

 

 

 「せ、せやけどわざわざこんな事せんでも、別にオコチャマの一人や二人、教えたっても……」

 

 

 ええんとちゃうか? 等とテンパっている所為だろうか、微妙に関西弁になりつつそう問い返すのだが、

 

 

 「ほう?

  私に師事を請いに来たその口で、即行でバ功夫娘に教えを請いに行く。

  そんな口を直に信じろと?

 

  そんな行動を踏まえた上で、教えるにせよ断るにせよ、

  その想いの強さが如何程のものか見てやろうと言うのだ。

  これ以上に慈悲を見せろと言うのか?」

 

 「う゛……」

 

 

 エヴァの方に筋が通っていた。

 

 確かに、仮にも師匠になってもらおうとしていた相手に断りも無く古に教えを請うの筋が違う気がする。

 人にもよるだろうが、中途半端な気持ちで当たっていると取られても仕方が無いのだから。

 

 前述の通り、そういう理由の怒りを横島は身を以って知っていた。

 

 しかしそうなってくると断る手立てがなくなってくる。

 

 横島は茶々丸に食事の世話と手当てをしてもらっているだけなので彼女の戦闘力を知らない。

 元いた世界で戦闘力特化の人造人間を知ってはいるが、見た目茶々丸の方が華奢であるし“色んな意味”でボリュームに劣る。

 

 特に胸部装甲は薄そうだし。

 

 

 「−……? 何でしょう? 急に横島さんに攻撃を仕掛けたい気持ちが……」

 

 「……」

 

 

 と、兎も角、

 茶々丸の戦闘能力をまともに知らない横島は、見た目が華奢な美少女である彼女と魔力で肉体強化が出来るネギがガチで殴り合いをするのは賛同しかねる。

 

 つーか、嫌だ。

 

 となると……

 

 

 「ふふふ……そう言う事だ」

 

 

 こ、この娘、悪魔や……等と悔し涙を流しつつ、横島は了承するしかなかったのだった。

 

 

 言うまでも無いがエヴァは甘い男はそんなに好きではない。口にする人間によっては虫唾が走る程に。 

 

 だが、内容を詳しく知っているわけではないが、横島の甘さの“理由”は余りに重過ぎる事は理解している。

 それに横島の馬鹿は口だけではなく、突き抜けているので余り気にしていないのだ。

 

 ……まぁ、その甘さを利用する事くらいはするのだが。

 

 

 「ぼーやも嫌いでもない茶々丸に手を上げたくあるまい?

  どうだ?」

 

 

 等と胡散臭い笑みでもってネギに持ちかけるエヴァ。

 やはり彼女は悪である。

 

 そんな言われ方をしてこの少年が断れる筈がないのだ。

 

 

 「あ、えと……ハイ。解りました」

 

 

 彼としてもその申し出はありがたい。

 

 以前の卑怯な襲撃に対する引け目もあるので、彼女には殊更手を上げたくなくなっているのである。

 攻撃が当たるか当たらないかは別問題であるけども。

 

 ——だが、彼は何かを忘れている。

 

 双方の快い(片方は嫌々であるが)了承を見、エヴァは内面で闇夜の三日月を思わせる笑みを浮かべていた。

 尤も、外面は優しげに口元を歪め(この辺りは流石)てはいるが。

 

 しかし、当然ながら反対意見者がいなくなった訳ではない。

 

 

 「「 異 議 あ り っ ! ! 」」

 

 

 言うまでもない。楓と古の二人だ。

 どこぞの謎法廷宜しく、勢いよく手を上げ異議を申し立てた。

 

 ココんとこいっしょにいる古は練習着なので見慣れているが、楓は珍しく私服であるし、おまけにノースリーブ。

 制服より生地が薄い所為か、勢いよく手を上げた為に年齢不相応に『たゆん』と大きい果実が揺れ、それがハッキリと見えてしまった横島は、霊力が下がって煩悩ゲージが上がっている所為だろうコソーリと鼻を抑えてたりする。

 まぁ、それは兎も角(カンケイねーか)——

  

 

 「幾らなんでも力量に差があり過ぎるでござる!!

  草野球の代打に○ぶさん出すよーなものでござるよ!?」

 

 「だ、大体、経験が違い過ぎるアル!!

  いくら史上最強の弟子でも入門したてではヤンキーにも勝てないアル!!」

 

 

 『なんつー解り難い喩えだ』等と思いつつ、それでも二人が反対してくるのは想定内。

 エヴァは然程も慌てず馬鹿声から鼓膜を守るべく耳の穴を塞いでいた指を抜き、

 

 

 「ああ、心配するな。ちゃんとハンデは考えてある」

 

 

 と言って茶々丸に顎先で指示を出した。

 

 彼女も“既に命令を受けていた”から驚きもせず、ポケットから取り出したチョークでもって横島を中心に半径1mの正確な円を描く。

 

 皆もそれが何を示しているのかサッパリ解らなかったが、線を引き終えた時にエヴァが説明を始めてやった。

 

 

 「確かに単にこの男とやり合えば ぼーやは瞬殺だ。そこまでムチャは言わんよ。

  だから横島から攻撃してはいけないというルールを考えた。

  まぁ、カウンターは仕方ないと思うがな。

  そしてこの円から出しても ぼーやの勝ち。

  ぼーやは横島に一撃入れるか、この円から出せばいい。どうだ?」

 

 「なれど……」

 

 

 エヴァからしてかなり譲歩したルールであるが、二人はそれでも納得しかねている。

 まぁ、多少なりとも横島と鍛練をしており、その実力を身をもって知っているのだから当然であろう。

 

 しかし、

 

 

 『それと、あいつの霊能力の使用も禁止とする。それならいいだろう?』

 

 

 そんな裏のルールを念話で伝えてこられたのだからしょうがない。

 成る程、確かにここまでハンデをつけた横島に一撃も与えられないようでは弟子に取る気にはなるまい。

 二人とてそんな横島とならヤり合ってみたいと思うし。

 

 ここまで足枷を付けてもらって却下とは流石に言えなくなってしまった。

 

 

 「ふ……納得したようだな。

  ……では、始めるとするぞ」

 

 

 ぬたりとした笑みを浮かべて下がって行くエヴァ。

 その笑みにものごっつい不安を覚えるも、やはり二の句を継げず、しぶしぶといった態で楓らも下がって行く。

 

 やや緊張した面持ちで軽く関節をほぐしているネギ。

 顔からイヤそーな表情が消えない横島。

 

 何とも落ち着きが対照的な二人であるが、イキナリ代打に立たされた彼もスッカリ諦めの境地に入ったか、茶々丸に かのこを見ててと預けてその円の中に立った。

 

 ドンと胸を叩いて『−お任せください』と何故か自信満々に了承し、その胸にかのこを抱き上げて危ないですから下がっていましょうと小鹿に説明しつつ距離を置く。

 クラスメイトらの羨ましそうな視線を全て弾き返しつつ、『−調子はいかがですか?』とか『−ご夕食はとられましたか?』等と語りかけ、『ぴぃぴぃ』と返事を返してもらっては実に幸せそうな顔をしていた。

 

 これを成長と見ればよいのか、堕落したと思えばよいのか微妙なトコであるが…兎も角、周囲の邪魔者が下がったのを確認した後、右手を軽く上げつつエヴァは、

 

 

 「あぁ、言い忘れていたが。横島よ。

 

  間違っても一撃喰らって負けたりしたら“例の修業”を3セットな」

 

 

 と、横島にとって死刑判決に近い罰をこの期に及んで口にした。

 

 

 「 な、な ぁ に ぃ い い い っ ! ! ? ? 」

 

 

 エヴァの言葉にマジな恐怖の色を顔に浮かべる横島を見、楓達は首を傾げたが当然ながらその恐怖の意味は計り知れない。

 その横島の怯えを見て、更にエヴァは満面の笑みを浮かべつつ上げた手を振り下ろす。

 

 

 

 「では、始めっ!!」

 

 

 

 そして、試験は始まった——

 

 

 

 

 

 

 

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             ■十六時間目:功夫・Hustle (中)

 

 

 

 

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 「う〜ん……何というか妙な展開になってきたな」

 

 

 刹那から聞いていた話を思い出し、見回りが終わったその足でここに来てみたのであるが……流石はエヴァンジェリンといったところか。

 

 何とも周到な事に、周囲には点々と栓の開いたペットボトルが置かれおり、その中には水が入っていた。

 恐らくこれらを繋いで侵入阻害の結界を張っているのだろう。

 

 試験の邪魔をしないようにしているのだろうが、ここの学園長より強大な魔力を持っているというのに、それ封じられている彼女は水のような触媒無しには魔法は使えない。

 その水とて水道水を入れるだけでは済まず、それなりの手間を掛けなければならない。

 

 にも関わらず、彼女はその面倒な手順でもって作り上げた水をペットボトルに詰めて、場の周囲に配置して結界を張っている。

 

 しかし、魔力を持たない人間を含む、特定の人物だけは入られるようになっているのだろう、魔法使いではない少女の姿もチラホラ。

 

 隠蔽力も高く、自分でなければ結界があるとも思えなかっただろう。

 

 

 「横島さんとネギ先生か……どう考えても先生に歩が悪過ぎるな」

 

 

 “彼女”は既に彼の実力の一端を目にしているので容易に想像がつく。

 

 いや、彼女でなくとも当のエヴァにしてもそれは容易に想像がついているだろう。

 

 仮にネギをからかう為に横島と戦わせるにしても手間がかかり過ぎている。

 

 という事は、

 

 

 「……試験ではない……という事か?」

 

 

 或いは戦わせる事こそが目的である——かだ。

 

 

 「ふむ……」

 

 

 少女は顎に手をやって僅かに悩みはしたものの、ネギと横島が向かい合い、周囲から少女らが離れて行くのを見て直にその思考を放棄した。

 

 何だか面白そうな事が始まろうとしているというのに、つまらない事を考えつづけるのは無粋というものだ。

 

 

 「ま、どうせ後で解るさ。それに……」

 

 

 チラリと空に視線を向ければ、無音ローターを回して宙に浮いている物体が一つ。

 メカメカしい外見と、こんなモノを組み上げられる人物に心当たりがある彼女は、フ…と苦笑して観戦者に徹する事にした。

 今のネギの実力を見るのも由、手枷足枷状態の横島の戦いを堪能するも由。

 見所は多そうだ。

 

 

 「ま……個人的には横島さんにボコボコになってほしいんだがな……」

 

 

 ぶっちゃけ八つ当たりなのだが、それはほぼ不可能であるから直に諦め、ストレスのネタを与え続けてくれるバカブルーを苦い眼で睨む。

 

 

 エヴァに気付かれないよう、結界の外からスコープでもって観戦するスナイパーな彼女。

 

 何かと気苦労の種には事欠かないようである。

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 少女らは一瞬、何が起こったか解らなかった。

 

 いや正確には、見えてはいたのであるが、それでも理解できていないと言ったところだろうか。

 

 少女らの口から零れ落ちるのは呆気に取られたような吐息のみ。

 ネギと横島の実力を知っている筈の古や楓ですらその有り様だ。

 

 

 「……ま、そうだろうな……」

 

 

 ただ、エヴァだけはギャラリーの少女らとは別のベクトルで呆れてはいるが、驚いた風もない。

 

 茶々丸の頭上で珍しく何も喋らず二人を見つめているチャチャゼロも……極めて表情を読む事は難しいが、恐らく驚いてはおるまい。

 かのこを抱えて右往左往している妹とは対称的だ。

 

 彼女らの視線の先。

 試験の為、横島との試合を始めたネギは、

 

 

 「う……く……」

 

 「え、えーと……大丈夫か?」

 

 

 開始の合図と共に自分に魔法による肉体強化を施して踏み込み、一撃を入れようとしたその瞬間、弧を描くようにひっくり返されてしまったのである。

 

 

 「……え、え? ええっ!?

  い、今、何があったのっ!?」

 

 

 最初に再起動を果たせたのは、勢いがいい明日菜。

 そしてそれを皮切りに、皆も再起動を果たしてざわめき出す。

 

 

 「え? え?」

 

 「いきなりネギ先生がひっくり返ったよ!?」

 

 「な、投げた……? ううん、違う。何なの!?」

 

 

 まぁ、見えなければ混乱もするだろう。

 眼が良かろうが知識がなければサッパリだし。

 現に動体視力が尋常ではない明日菜も、見えてはいるが何が何やら解っていない。

 

 

 「ち、ちょっ、刹那さんっ!?」

 

 

 だから刹那にしがみ付くように問うが、問われる刹那も答えに窮している。

 

 

 「わ、解りません。

  先生が自身に魔力供給をして中国拳法の……崩拳…ですか?

  それを入れようとしたとまでしか……」

 

 

 実のところ刹那も見えてはいる。だが、見えてはいるだけだ。

 正確に言えば『よく見えなかった』であるが、その『よく見えなかった』部分がネギを大の字に横たわらせている理由なのだから説明が難しい。

 

 

 「……何と……」

 

 

 呆然とした声に、刹那は振り返った。

 

 声の主はその物言いからも解る少女、楓であるが、彼女には見えていたのだろう、皆とは違う眼でもって呆然としている。

 更には、同じ様に古もまた呆然としていた。

 流石に明日菜より眼が良い楓、そして事が武術であるから古にも解ったのかもしれない。

 

 ——今の瞬間、何が行われたのかを。

 

 だからこそ、その驚愕は余りに大きく、再起動に時間が掛かってしまったのである。

 現世復帰を果たした瞬間、二人は慌てるように皆より一段高い場にいるエヴァに視線を向けた。

 彼女はただ、妖艶ともいえる奇妙な笑みを浮かべているだけ——

 

 

 「く……っ」

 

 

 と、してやられた事に唇を噛む古。

 

 別にネギが負けたとてそんなに困る必要はないのだが、彼の努力を知っている分、古としては気持ち半分はネギを応援していた。

 

 無論、横島に負けてほしい訳でもないが、ネギの意気込みを見、その中に横島の強くなりたいという気持ちと似たものを感じていた。

 だからその分、エヴァに引っ掛けられた事(、、、、、、、、)が悔しかったのである。

 

 もう一度、彼らに目を戻せばヨロヨロとネギが立ち上がってゆくのが見える。

 やはりこの程度では諦めまい。ダメージらしいダメージも受けていないのだし。

 

 

 あの瞬間——

 

 横島はネギの拳をしゃがんで回避し、その踏み込んできた足を手で掬い上げたのだ。

 しかしそれだけではなく、転がす際に、ネギが頭を強打しないよう自分の左足の甲を彼の後頭部に当て、その衝撃をやんわりと逃がしている。

 その一連の動作を、横島は一拍(、、)で行っていたのだ。そりゃあ、楓も古も唖然とするだろう。

 

 次いで驚いたのは楓から説明を受けた明日菜達。

 

 横島の見た目が見た目のなのだから驚愕も大きい。

 

 確かに暴走といういらぬ要因はあったものの、京都の一件で彼の実力の一端は目にしているし、銀髪の少年と戦った際には、向こうの攻撃を悉く避けてカウンターでおちょくるような余裕も記憶に残っている。

 

 だが、いざ通常の状態での横島を前にすると、“あの晩”の事などすぽーんと忘れてしまうほど(ややアホっぽいが)普通の青年にしか見えなかった。

 

 それほどギャップが大きいという事なのだが、見かけで油断させられていると言っても過言ではなかろう。

 

 

 「ネギくぅん! がんばってぇーっ!!」

 

 「私達がついてるよーっ!!」

 

 「横島さんなんかやっつけちゃえーっ!!」

 

 

 慌てている明日菜らを他所に、単なるギャラリーである裕奈達がネギに声援を送る。

 

 無論の事、チアリーディングを行っている三人も部活で鍛えた応援で彼を励ます。

 

 ぶっちゃければこの場にいる少女らの大半……八割以上はネギの味方である。

 

 

 「く……よ、横島さん……行きますよ」

 

 

 その声援を受け、ネギの心に力が篭った。

 

 こんな皆の為に強くなろうとしている事も理由の一つなのだから。

 

 

 ぐ……と拳を握り締める。

 

 まだ自分に対する契約執行の魔法は生きているし、心は折れていない。

 

 

 エヴァの言った試験のルールに時間制限の話は出ていない。

 屁理屈と言われればそれまででてるあるが、だったら気力が尽きるまでやればいい。

 

 

 いや、“やれる”。

 

 

 自分の気力が尽きるか、横島の気力が尽きるか。

 

 その我慢比べが今回の活路だとネギは思っている。

 

 

 そしてまだ拙いとはいえ、この一週間で己が身体に叩き込んだ拳法の構えをとり、前で待っている横島を見据え……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「さぁ、来い。男の敵め……

 

  天に代わって成敗してくれる」

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬で気力が尽き掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ま、拙いアル」

 

 「どうかしたのか!?」

 

 

 今さっきとは別の意味で冷や汗を掻いて呟く古に、刹那が思わず問い掛けた。

 

 何とか勇気を振り絞って崩拳で踏み込むネギ。

 横島はその腕に手の甲を当てていなし、勢いを自分の背後に逃がしつつ軸足を手で払ってひっくり返らせる。

 更にネギが受け身を取ろうとした瞬間、更に彼の足を掬い上げて投げ飛ばす。

 

 何かさっきよか手加減がない。

 

 

 横島は自分から攻撃ができないというルールだから、ネギが突っ込んでこなければ話にならない。

 かと言ってネギの誘いに乗るような彼ではなく、どんなに挑発してもピクリとも反応を見せず、イキナリ懐から本を取り出して読み出したりする。

 無論、それは誘いで、のせられたネギが隙ありと突っ込んでまた投げられたりしていた。

 

 その流れるような動作に明日菜らの驚きも大きい。

 

 

 「あの噂が流れていた理由が解ったでござるよ」

 

 「は? い、いや、今はそんな事を聞きたかったのではなく……」

 

 

 しかしその刹那の問い掛けに答えたのは古ではなく楓。

 おまけにその答も何か見当違いっポイ。かくんと肩を落としつつ訂正しようとした刹那だったが……

 

 

 「いや、“それ”が答でござる」

 

 「は?」

 

 

 横島を見つめたまま、楓は極真面目にそう返した。

 

 

 「元々横島殿の自己評価は無意味に低いでござる。

  人よりどれだけ勝っていようとそれに気付けず、

  どれだけこっちが気にしようと感じ的には掴んでくれるくせに肝心の部分は気付いてくれない朴念仁。

  ……ったく人の気も知らないで……あの時だって……」

 

 「か、楓?」

 

 

 しかし彼女の言葉はどー考えても脱線しっぱなし。

 刹那は、大丈夫かコイツと冷や汗を垂らしてしまう。

 

 そんな少女らの前方で、ネギは横島にいいように遊ばれ続けていた。

 

 古との特訓で鍛えた連打を横島に叩き込むが、何と言うか……横島は“のらりくらり”と身をかわす。

 恰も風に靡く柳の如く。

 

 どう考えても分が悪過ぎる。

 

 体力的に見ても、魔法の強化無しではネギに勝ち目は無い。

 

 何せ横島の方もカウンターは入れるのだが、打撃ではなくネギの力を利用した見事な捌き。

 ネギの攻撃そのものを返しているに等しい。

 

 これではネギしか疲労が溜まって行かないではないか。

 

 横島がそういった武術の修行をしていないのは楓も古も知っている。

 しかしあの動きはそんな鍛練を知らぬ者のそれではない。

 

 何せ刹那から剣を習い始めて日の浅い明日菜ですら、横島が素人ではないと見て取れているほどなのだら。

 

 

 「……な、何という体捌きでござろう…… 

  それにアレは……もしや柔術でござるか?!」

 

 

 ハッとして大首領たるエヴァに再度眼を向ける楓。

 

 その視線の先、

 高台の上から仁王立ちでその戦いを見つめている様は正に大首領という言葉通り。

 

 楓の視線とその意味に気付いているのだろう、彼女はニヤリとして笑みでもってそれを返していた。

 

 

 「く……っ この状況、そして横島殿の底上げから鑑みて最悪でござる。

  これではネギ坊主に勝ち目は無いでござるよ」

 

 「ちょ、ちょっと楓さん!! どういう事!?」

 

 

 余りと言えば余りに悪い状況を嘆く楓の言葉に、明日菜が強く反応する。

 

 ネギのがんばりを知っているし、ココ一番の無茶な踏ん張りも知っている明日菜であるから当然の流れであろう。

 

 

 「さっき拙者が申した通り、横島殿の自己評価は無意味に低いでござる。

  よって自分はモテないというコンプレックスを拭い切れず、やたらと色男に嫉妬してるでござるよ」

 

 「だから、それが……」

 「解らぬでござるか? ()かる状況に」

 

 「へ?」

 

 

 そう問われ、意味が解らぬまま振り返って場を見てみた。

 

 彼女の視線の先で、ネギと横島の手合わせはまだ続いている。

 

 殆ど一方的に遊ばれているネギであるが、その眼には未だ諦めの色は無い。

 

 ネギは殆ど習っていない蹴りまで混ぜるが、横島はそっくり返るようにスウェーしてかわし、その足を掬い上げて少年の小さな身体を一回転させる。

 当然のように石畳での頭部の強打だけは防いでくれているのだが、踵落し等の追い討ちはおもっきり出してたりする。

 微妙なトコで手加減が無くて大人気ない。幸いにもネギは避けているのだが。

 

 そんな虐めにしか見えない光景に、少女らの応援にも更に熱が入る。

 

 

 「ネギくぅーんっ!! しっかりーっ!!」

 

 「横島さんなんてぶっとばしちゃえーっ!!」

 

 「子供相手にサイテーっ!!」

 

 「大人気なーいっ!!」

 

 

 無論、横島に対しての野次が入るのは否めない。

 

 だがそこは横島忠夫。

 その野次によってイロイロとパワーが上がって行く。すげく涙目なのが印象的だ。

 

 

 「くくく……ココまで嫌われたら失うモンはないなぁ……

  とことん殺らせてもらうとするか」

 

 「ひぃいいっ!?」

 

 

 一瞬、ネギの腰が逃げてしまうほど……つーかチビっちゃいそーなほど怖くなった。

 横島の眼もかなり病んでるし。

 

 

 「ネギ坊主は今、綺麗ドコの声援を受けて戦っているでござる。

  対して横島殿は罵声を受けるのみ」

 

 「そ、そりゃまぁ、ネギと戦ってる訳だし……」

 

 

 そう答えてから意識を戦いの場に戻せば、やはりネギは圧倒的不利のまま。

 

 踏み込めば流され、体勢を崩され、掬われ、捌かれ、コロコロ転がるのみ。

 

 しかしそうなると、ネギに対する声援より横島に対するブーイングが増してゆく。

 ナニすんのよーっ!! などと言うのは甘い方で、死んじゃえーっ!! に近いモノまで飛び出して来る有り様。

 横島の笑みは黒さを増し、何か福本っぽく歯並びのいいイヤ過ぎるワライに変わってきてたりする。

 当然、少女らは ざわ ざわ してるし。

 

 流石の明日菜もこれにはヒキが入る。

 

 

 「解ったでござるか?

  つまり、ネギ坊主を応援すればするほど横島殿の“しっとパワー”が上がり、

  ネギ坊主が危険度が高まって行くでござる」

 

 

 言うまでもないが<モテない>というのは単なる被害妄想であるし、元の世界でも彼は然程モテない訳ではなかった。

 

 実際、残念ながら記憶には殆ど残ってないが、二十歳を過ぎてからのナンパ率は鬼畜な実父に迫っていたし、雇主や同僚の少女ら(“女性”と称せねばならない年齢となっていたが)もずっと彼を気にかけていた。

 おまけに人外からはむやみやたらと好かれている。それも本気の本気でだ。

 

 が、小学生時分から堆く積み上げてきたコンプレックスは中々突き崩せないのである。

 

 その“しっとパワー”は凄まじく、相手の髪の毛なんぞ用意せずとも藁人形一つで男に呪いをかける事ができてしまうほど。

 呪術師も感嘆するほどの“しっと”の呪いパワーである。

 

 

 「そ、そんな……

  あっ!? だったらあの噂は……」

 

 

 楓の言葉を聞き、やっとさっき彼女が何を言いたかったか気付く明日菜。

 

 そんな彼女に楓はコクンと頷いて肯定する。

 

 

 「そのようでござるな……あまりにピンポイントだと思えば、そう言う事でござろう。

  ほぼ確実に横島殿が嫉妬するような綺麗どころが応援側に選ばれてるでござるし」

 

 

 プロポーション的なもので言えば千鶴やあやかが適任であろうが、彼女らは実力行使に出る可能性があるし、何よりあやかは余りに五月蝿過ぎる。

 それにストライクゾーンのド真中よりややズレていた方が、ハートにくるモヤモヤは大きい。

 

 かと言って のどかも駄目だ。

 彼女に涙目でじっと見つめたら横島は即死するだろーし。

 

 だからこのチョイスとなったのだろう。

 何とも見事な采配である。激しく使い方を間違っているような気がしないでもないが……

 

 

 「それに老師が『休んでるトコを叩き出された』と言てたアル。

  老師は“力”が減てくるとボンノーを使た集中力で回復しようとするアルね。

  ボンノーが暴走してる今は、嫉妬の化身になり易いアル」

 

 

 古がそう説明を継いだ。

 

 加えて言うのなら、ネギと古は対茶々丸用に対策を練っていたのだから、練り上げた策は茶々丸でなければ役に立たない。

 

 にも関わらず、ネギや古達はエヴァの放つ雰囲気と状況によってうっかり彼女の提案に乗ってしまったのである。

 

 確かに断り難い提案であったが、ネギの対戦相手が横島であるというショックが強すぎ、その事を失念してしまっていたのも大きい。そして痛い。

 これは余りに痛く酷い大失策だ。

 

 

 「おまけに横島殿のあの動き……あれはどう見ても柔術のそれでござる。

  拙者らに稽古をつけてもらっていた時はもっと素人臭さがあったのでござるが……

 

  となると考えられる事は……」

 

 

 確認のように古に顔を向ければ、流石に彼女もその事に気付いていたのだろう、苦く頷いて肯定した。

 

 

 

 

 

 

 『……いやまぁ、そこまで深く考えてた訳ではないんだがな……』

 

 

 幾ら封じられていようと流石は夜の眷属。

 満月でなくとも夜の闇の中では幾分力が戻るらしく、彼女らの会話はしっかり耳に聞こえていた。

 

 3−Aの少女らからイイトコをチョイスして集めたのは、単にネギの応援兼、横島のトリガー役だけである。

 

 ネギの底力は誰かを守ろうとする時に浮き上がってくる。よって声援も結構効くのだ。

 アレを見る前にへこたれられたら敵わないのでその対策の為だ。

 

 そして横島が戦おうとするよう、トリガーの役目も担ってもらう気でいた。

 

 どーせあの男の事だ。相手がガキであれば絶対に嫌がって殴り合いなんぞすまい。

 

 確かに魔法で自身を強化したのにはちょっと感心はしたが、地力は十歳程度なのだ。覚えたて程度の技では横島に勝てる訳がない。

 その事を横島自身も解っているので、まともな交渉でやり合わせるのは不可能だと思われた。

 

 だから布石として意図的な噂を流して……いや、“与えて”みたのだ。

 

 そんな少女らに応援をされるネギを目にすれば、自己評価がおもっきり低くて見た目も然程は悪くないのに酷いコンプレックスを持っている横島の事、行動に移させるのは容易であろう。

 

 せめてあと二,三年育っていれば〜〜っ!! と横島が歯噛みするようなのをチョイスしたのもそれが理由だ。

 

 因みに、ハルナであればもっと話を持って行かせ易かったかもしれないが、異様に五月蝿過ぎる上、とんでもないくらい勘が鋭いから拙いと判断して削ってたりする。

 まぁ、現在ハルナは“修羅場”であったから丁度良いのだが。

 

 因みに、プロポーション的にはやはり あやかや千鶴も挙げられるが、あやかはハルナと同じくらい五月蝿いしウザいので論外だし、千鶴は……何か上手くいかなくなりそーな気がするから却下だ。

 

 兎も角、交渉材料の一つと言う意味合い(場合によっては、彼女らを使って戦わせようとも考えていた)だけで、気力アップの材料とまでは考えてなかったりする。

 

 

 

 「−宜しいのですか?」

 

 「……何がだ?」

 

 

 そんなエヴァの呆れなど知る由もない茶々丸が唐突にそう問い掛けてきた。

 その間も茶々丸は、戦いとは言えない一方的な遊びともいえるものから眼を離していない。まぁ、その分かのこが不安そうな視線を横島とエヴァの間を往復させてたりするが。

 シリアスな顔で見守っている茶々丸と、うるうるとした眼差しを向けているかのことの対比が凄い。

 

 尤も、ネギがすっ飛ばされる場面等では微かに言葉が詰まったりもしていたが、エヴァは気にもせず自分の従者の言葉を待った。

 

 

 「−ネギ先生の勝率はゼロです」

 

 

 端的に——茶々丸は事実を口にする。

 

 

 「当たり前だ」

 

 「−仮に私と戦ったとしても、今のように魔法で自身を強化なさっても、その勝率は3%未満でした」

 

 「あぁ、そう言ってたな」

 

 

 あの日——

 

 見回りを終わらせて家に帰ろうとしていたエヴァは、拳法の型を練習し続けていたネギに出会った。

 

 何故か彼と一緒にいたまき絵の訳の解らぬ庇い立てによって試験をする事になってしまったエヴァであったが、後になって考えたら何とも分の悪過ぎる試験ではないか。

 

 

 確かにネギは天賦の才があろう。

 

 能力全開でなかったし、けっこう手加減した戦いであったが、一度やり合った身なのでその事は自分がよく解っている。

 

 ——が、経験の無さはどうしようもない。

 

 ハッキリ言ってしまえば人造人間である茶々丸は実際にはネギより年下である。

 しかし、戦闘プログラムの更新やエヴァの従者としての戦闘経験の蓄積が戦士として彼女を鍛えているのだ。

 

 よって今のネギと茶々丸の距離は圧倒的。

 茶々丸にしてそうなのだから、存在自体が反則の塊である横島が本気になると最悪一秒と持たない。

 

 尤も、その程度になれるくらいにあの男を投げに投げ、投げて投げて投げまくってやったのであるが……

 

 

 「チ……ズイブン手加減シヤガッテ……

  本気デヤリャア、スグニすくらっぷニデキルッテェノニ……」

 

 

 そんな彼を見やりつつ、茶々丸の頭の上で面白くもなさそうにチャチャゼロが呟いた。

 

 珍しい事だが、そこそこ不機嫌っぽい。

 

 セリフそのものは何時ものそれのようであるが、毒を向けた相手は主であるエヴァに対してではなく、ネギをコロコロ転がしている横島に対してだ。

 

 横島の鍛錬を直接目にした事のない茶々丸が彼の戦闘力を想定できるのもチャチャゼロが伝えているからであるが……実はちょっとばかり誇張も混ざったりしてその実力は曖昧にしか把握できなかった。そこら辺はエヴァがツッコミを入れて修正済みであるが。

 

 この事からも解るように、何気にチャチャゼロは横島の肩を以ってたりする。

 

 尤も、そんなこと言っちゃヤダー という上目遣いをする小鹿がいるからか、そんなに悪態を吐いていなかったりするが。

 

 

 「くくく……やはり奴の事をえらく買っているようだな。

  そんなにあいつが本気にならないのが気に入らないのか?」

 

 

 かのこに対する気遣い込みで、長く付き合いのある従者の変化が面白いのだろう、エヴァの顔は実に楽しげである。

 

 

 チャチャゼロはエヴァの古参下僕で、一番彼女に近しい位置にいる存在だ。

 

 しかし何せ元は人形。

 その存在概念をひっくるめた能力の大半をエヴァの魔力に頼っている事もあり、魔力伝達が滞りがちである昨今は喜怒哀楽すら乏しくなっていた。

 

 しかし、横島の霊波という尤も魔力に近いモノを浴び続けていた所為か、幾分以前のような感情を見せるようになってきている。

 ……まぁ、それ“も”狙いの内ではあったが、こんな“おまけ”が付いてくるとは思いもよらなかった。

 

 そんな感情の動きを面白そうに眺めている視線に気付き、チャチャゼロは一瞬言葉に詰まってしまう。

 

 尤も人形の顔を持っているので表情が読み難い。それが幸いし、

 

 

 「……ソ、ソウジャネーヨ。

  単ニ、オレノ後輩ノ分際デツマラン手心ヲ加エテイルノガ情ケネェダケサ。

  べ、別ニアイツヲ気ニシテル訳ジャネーカラナ?」

 

 

 等と誤魔化しをかます事はできていた。

 それが成功しているかは別として……だが。

 

 

 『−ツンデレ乙…だと判断します』

 

 

 等と妹にもそんな感想をもたれているし。 

 

 

 ま、それは兎も角——

 

 

 

 「−マスターはネギ先生に魔法をお教えしたかったとお見受けいたしましたが……」

 

 「ふ… まーな……」

 

 

 意外にも、エヴァは茶々丸の意見を肯定した。

 

 僅かにチャチャゼロがピクンと頭を動かして反応をして見せたが、それが主人の意外な言葉に対してなのかは解らない。

 

 

 「−これではその目的達成は不可能では?」

 

 「さてな」

 

 

 茶々丸の問いかけにもエヴァのは微笑むだけ。明確な答は返ってこない。

 尤も、そんな事を期待できる相手でもないのだが……

 

 確かに茶々丸の言う通り、勝率ゼロの相手に勝つ事はできまい。

 

 ネギの鍛練のメインは茶々丸に対してのカウンターで、攻撃方法はまだ本格的なものを習っている訳ではないのだ。

 

 対して横島の方は、エヴァ自らが一対一の魔法使い相手の戦いや、対軍勢戦の技(業)を徹底的に叩き込んでいる。

 

 

 前に高畑に語ったように、横島は物覚えが悪い。

 

 おまけに女に手を上げられない性質を持ってしまっている。

 

 だから普通の方法で鍛える事は不可能だ。

 

 

 よってエヴァは投げた。

 

 

 対人戦闘。それも、殴り合いや撃ち合いをあまり得意としない彼に合う戦闘スタイル。

 霊能という特殊過ぎる能力者に最も似合う戦闘スタイルである、合気柔術。

 

 ある人物に技を習い、達人クラスとなっているエヴァ自ら彼に直接技を叩き込んでやった。

 

 兎に角エヴァは投げるに専念していた。

 一方的に投げ、投げに投げまくった。

 本気で。かなり本気で叩き壊すつもりで。

 

 未だ女相手に組み手すらまともに出来ない横島が技を会得するには、投げに投げてその技を身体に刻み込み、身を持って教える他手は無かった。

 

 無論、ヘタレの彼の事。マジ泣きで嫌がるし、許しを請う。

 土下座だってするし、負け犬宜しく腹だって見せる。

 

 そのヘタレっぷりには教えているエヴァの方も泣けてきそうになったものだ。

 

 ——しかし、『()める』とは決して言わなかった。

 

 

 許しを請うたとしても、それは手加減くらいで、止める等とは決して口にはしなかった。

 

 泣き言を言いつつも立ち上がり、

 ボロボロになりつつも眼の力を衰えさせようとせず、

 震える足を叩いて踏ん張り、ボロ雑巾宜しく叩き込んだ術をじゅるじゅると小汚く吸収して行く。

 

 実はエヴァは、彼のその小汚い貧欲さが気に入っているのである。

 

 そんな横島をエヴァに次いで間近で見守っていて、彼の事を妙に気にしているチャチャゼロ。

 

 そして何だか異様にネギの事を気にしている茶々丸。

 姉妹して何とも対照的な似た者同士(、、、、、)を気にしているものだと苦笑しつつ、エヴァはネギの試験を見守り続けていた。

 

 何を見守っているかは定かではないが——

 

 

 茶々丸は、そんな自分のマスターの心中を図りかねて困惑していた。

 

 いや、何を悩んでいるのかと問われれば困ってしまうのであるが、彼女自身も解らない部分が葛藤しているのだ。

 

 何だかんだ言ってエヴァはネギの事を気に掛けて来ている。

 横島にいいように遊ばれてはいるが何度も懲りずに立ち上がってくる少年を目に入れ、満足そうにほくそ笑んでいるのだし。

 

 茶々丸も口にしているのだが、ネギでは横島に勝てない。

 そんな事は言われるまでもなくエヴァも確信していた。

 

 実戦経験の少なさはどうしようもないし、それより何より横島の経験の大半は彼よりも圧倒的に強い存在との戦いである。

 よって余程の事がない限り、如何なる相手でも油断が無いのだ。

 

 それだけならまだしも、心構えの点でネギは圧敗している。

 

 

 確かにネギは努力しただろう。

 

 天才という誉通り、元々の才気が尋常ではない彼は古の教えをスポンジのように吸収し、数ヶ月は掛かる型でも二,三時間でモノにしたほどだ。

 頭は悪くは無いが知識の遅れもあり、スタートの時点で横島はとっくに負けているといってよい。

 

 しかし、如何ともし難い差がネギと横島との間にあった。

 

 ネギは一生懸命だったし、がんばりも続けていた。今現在も意地でふんばっている。

 が、横島はエヴァの課す拷問と差の無い修行を一生懸命受けていた訳ではない。

 

 彼は、必死に(、、、)受けていたのである。

 

 ネギとて一生懸命勉学に励んでいたのであろう。天才という誉もその努力から来ているのだろうし。

 その年齢からは考えられない努力を続け、自分を磨きつづけてきたのだろう。でなければ主席で卒業等できるはずもない。

 

 しかし、その努力の中で死ぬ確率は殆ど無かった。

 

 何だかんだ言ってイギリスの有名な魔法学校での事。彼が隠れて禁止されている魔法すらも学んでいる事に気付いている事だろう(でなければ節穴と言ってやる)し、魔法暴走などという場合の対応も整っている筈だ。

 

 だからネギは戦いの場で“泣く事”ができたのだ。

 本気ではないエヴァの実戦に対し、酷いというセリフを口に出せ、泣くという反応を行えたのだろう。

 

 対して横島の必死は、一歩どころか半歩間違うと確実に死んでいる。

 

 前述の投げまくった件もそうであるし、茶々丸自身はまだ実際に見たことはないのであるが、エヴァは横島に対して四方八方から魔法を叩き込んで対応法を身体に学ばせ、魔道人形軍団にボコらせ、その間隙をチャチャゼロに襲わせ、ほぼ本気で殺す気で横島を鍛え続けてきたのである。

 

 確かに彼も戦いの場で泣くし、口ではとんでもないくらい情けない弁をかますが、その気持ちは決して折れず、死闘と変わりのない鍛練を決して止めようとしなかった。そして実戦の場でも諦めをしない。

 

 

 “一生懸命”——力の限りを尽くしてがんばる事。

 

 “必死”——死を覚悟して全力を尽くす事。

 

 

 気構えがまるで違っているのだ。

 

 

 「く…っ!!」

 

 

 打撃や痛みによるダメージは無きに等しいが、仕掛けた攻撃を流され、返されているので蓄積して行く疲労は大きい。

 

 それでも何度転がされてもネギは立ち上がり、懲りずに拳を叩き込んでゆく。

 

 何かしらの強い想いがあるのだろう、幸いにも避けられない追い討ちは無いので何とか立ち上がる事ができるのだ。

 

 無論、その隙すら体力や意志を削って行く罠なのであるが。

 

 

 それでも諦める事無く拳は相手に向けられる——

 

 

 その姿を見、

 マスターの心中を図りかねている茶々丸は、ただ怯えるように己の手を握り締め、無言でネギを応援する事しか出来ないでいた。

 

 

 

 

 

  

 何度転がされただろう。

 

 何度攻撃をいなされたのだろう。

 

 

 日本の諺に『ノレンに腕押し』というのがあり、使いどころは違っているかもしれないけど、感触としてはそれが一番近いと思った。

 

 考えてみれば、古師匠と練った策は茶々丸さんの攻撃を誘ってカウンターで返すというもの。

 

 相手が茶々丸さんでなく、尚且つ横島さんから攻撃をしないというルールにされている以上、こちらから攻撃を仕掛ける他無い。

 

 

 でも、届かない。

 

 全然手が届かない。

 

 

 修学旅行の帰りにちょっとだけ聞いたけど、横島さんという人は古師匠と楓さんの師に当たる人で、二人がかりでも掠らせるのが限界だとの事。

 

 確かにまともに戦っても勝つ事なんかできない。

 

 まだまだ古師匠の足元にも及ばないのに、その師匠に当たる人に届かせようなんて自惚れは流石に持っていない。

 

 だけど、このルールを言われた時には、多少の勝ち目があると思ってしまった……

 

 

 ——この僕の考えは甘かった。

 

 

 古師匠にすら一撃も与えられないのに、その師匠に当たる訳が無いんだ。

 

 事実、横島さんの動きは尋常ではなくて僕の目が全く付いて行かない。

 動きが緩慢でも意外な方向に意外な避けられ方をされたら目も意識も付いて行けないんだ。

 

 こうすればこう避ける。といったセオリーに全く当て嵌まらず、直感と気まぐれで避けられているような気にすらなってくる。

 速さより何より、当たる直前に避けられるから、拳を振り切って見失ってしまう。

 

 そして……

 

 

 「よっと」

 

 「わぁっ!?」

 

 

 その攻撃のベクトルを自分に返される。

 

 まるであの白い髪の少年を相手にしているよう……

 

 それでもまだ……いや、あの少年を相手にしている時より、まだ手加減されている事だけは理解できていた。

 

 

 だって横島さんが次に何をしようとしているのか解る。

 手をかけてひっくり返そうとしているのも解る。

 

 なのにその動きに反応が出来ない。

 

 古師匠に比べてゆっくりとした動きなのに、僕の腕に添えられた手を払う事も避ける事も出来ない。

 おまけに打撲とかは無いのだけど、蓄積している疲労が酷過ぎる。

 思い切り出した攻撃が回避されると後が続かなくなると古師匠に言われたのは本当だった。

 それでもカクカクと笑う膝に手をつき、何とか立ち上がる。

 

 

 「うぉ!? まだやんのか? 諦めて寝る事にしねぇ?」

 

 「ま、まさか……まだまだいきますよ」

 

 

 横島さんからの攻撃は無いルールだから、立ち上がって呼吸を整える事ができる。

 魔力の執行は切れてるから、魔力を防御に集中する事ができるからまだマシ。

 でなければとっくに気絶している。

 

 

 「あー……やっぱな……お前、素直過ぎるわ」

 

 「え?」

 

 

 そんな僕を見て、肩を竦めつつ横島さんはそう言った。

 

 何を言われているのかサッパリ解らない僕を見て横島さんは苦笑する。

 

 それが僕の性格の事か何なのか理解できなくて戸惑っていると、横島さんは急に何だかすごい真面目そうな眼になって僕に問い掛けてきた。

 

 

 

 「あのさ……お前、何の為に強くなりてぇんだ?」

 

 

 

 

 

 

 




 実は今時間目の話、“試験”ではなかったりします。

 ウチの横っち理論から言うとネギは天才ではあっても強者にはなれませんしね。

 絶対に越せない壁は存在しますし、力を得たらもっと越せなくなる。それが解っていなければどーしても一歩前に出られません。
 原作のご都合主義にも程あるあの強化法ですが、あれを使うと横っちには絶対に勝てなくなります。かのこにはボロ負けするでしょうしw

 ウチのネギはどう強くなるのか?
 横っちはどう強くなるのか?
 向こうで描き切れなかったシーンも書けるように頑張りますね。


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後編

 

 

 フ……とエヴァは口元に笑みを浮かべていた。

 

 それは微かに苦笑を含んでいたのであるが、小鹿を抱えて右往左往している茶々丸には解らない。

 何だか加速度的に人間っぽくなって来ている気がするけど。

 

 そんな彼女の頭の上にいる所為だろう、ぶんぶん振りたくられてその姉は余り機嫌がよろしくない。

 尤も、それは振り回されているという理由よりもそんな妹の体たらく(、、、、)に呆れているというのが正しいのかもしれないが。

 

 ——やはり(、、、)…か……

 

 そんな二人(二体?)に主の呟きは聞こえていない。

 

 第一その呟きは自分の従者達……魔法と科学の結晶である妹や、霊波動を受けて妙に人間臭さを増してきている姉……に向けたものではなく、新たに得た下僕に向けたもの。

 冷静さを取り戻し、ネギの事を気にし出した、あの“突き抜けたバカタレ”に向けられたものだ。

 

 エヴァの課した試験は、実のところ然程難しいものではない。

 何せ倒す必要は無いのだ。

 要は勝てば良いだけ(、、、、、、、)なのだから、幾らでも手はあるのである。

 

 一番簡単な方法の例を挙げるなら、ボケを言わせてツッ込むというのもある。

 

 お笑い芸人気質を地で持っている横島だ。ツッコミを避ける能力はない。

 現に、チャチャゼロが本気で戦っても掠らせもできないくせに、ツッコミだけは誰の放つものでもバシバシ受けているのだし。

 その代わりと言っては何だが、耐久力もギャグ入っていて異様に頑丈になっているようだけど。

 

 まぁネギは横島の事をそんなに詳しく知る訳がないので気付ける筈もないだろうし、真面目で知られるコドモ教師であるからそんな方法は思いもつくまい。無論、横島がそんなアホな負け方をすればエヴァも只では済ます気はないが……

 

 どちらにせよ、やはりネギは今一つ状況判断が鈍い気がする。

 

 

 「−ああ、ネギ先生……」

 「ぴ゛ぴ゛ぃ゛〜……っ」

 

 「ヲイ ばかタレ! ナニヤッテンダ!」

 

 

 ……その隣でまだ茶々丸が焦りまくっており、強く抱きしめられた かのこが苦しそうだった。

 チャチャゼロが頭をばしばし叩いて気付かせないとエラい事になっていただろう。

 まぁ、それは横に置いといて——

 

 一週間前、エヴァはネギに師を請われた時は面倒だったしどーでもよかった。

 有耶無耶になっているし、そこそこ気に入ってはいるが、一応、ネギと彼女は敵同士。

 『正しい魔法使い』らにとって、エヴァという『悪の魔法使い』は永遠の敵なのだから。

 

 だからてきとーにお茶を濁そーかとまで考えていた。

 

 

 が、今は違う。

 

 

 あの男——横島忠夫という下僕を持ち、魔法使い相手の戦いを叩き込んでゆく中で彼女の中に芽生えたもの……

 

 教師欲……とでも言えば良いだろうか。

 卵の殻が取れていない未熟なひよっ子を自分好みに育て上げるという楽しみ……それにウッカリと目覚めてしまい、更にムクムクと膨らませてしまっているのだ。

 

 何せ横島という男は物覚えが悪い。

 死の縁に叩き込み、何度も三途の川をメドレーリレーさせねば技の裾にすら手が届かないほどなのだから。

 

 しかし、その代わり彼は異様に欲深かった。

 

 一度掴むと決してその技術を手放そうとせず、必死に喰らいついて貪欲にそれを会得して行く。

 実際、投げまくりはしたが投げを教えた訳ではないし、誰か…或いは何かを投げさせた憶えも無い。

 女に手を上げられない男であるから、チャチャゼロやその妹達は元より、エヴァに対しても投げを行なう事(技術的に実現可能かどうかは別として)ができない。

 

 

 だから直に叩き込んだ。

 

 

 柔術の極め投げを身体で憶え、そして“流れ”をムリヤリ掴ませるべく、エヴァはかなり本気で投げ続けた。

 普通は無茶であり、達人クラスのエヴァの投げであるから、覚える云々以前に一撃目で死亡してしまいかねない。

 無論、最初は死なない程度の手加減を加えていたし、死ななければ腕を折ろうが足が砕けようが頚椎を痛めようがどうにでもなる。

 彼の“珠”を使用してムリヤリ回復するのだから。

 

 幸い“珠”は、十分程度は物質として存在するので、その間中痛めつける事ができる。

 

 それを良い事に修行はどんどんエスカレート。

 ネギが目にすれば失禁しかねないほど、どう贔屓目に見ても拷問かリンチにしか見えない鍛練を課す事が出来た。 

 

 だがその甲斐あってか、或いは素質があったのだろうか、横島は僅か二ヶ月で基本中の基本であり且つ最重要である“極め”と“投げ”をモノにしたのである。

 

 面白い——

 

 面白い!

 

 エヴァは“業”の一端を掴まれた時、そう心の中で叫んでいた。

 

 

 技術を叩き込む事がこんなに面白いとは思わなかった。

 

 如何に無様であろうと、叩き込んだ技術を必死に会得してもらえる事がこんなに楽しいとは思わなかった。

 

 ——そして彼女は認めた。

 久方ぶりに思い出さされた“面白さ”“楽しさ”に酔っている……と。

 

 だから求めている。

 

 ぐっと求めている。

 

 

 ネギと一戦やらかした時、あんな子供が自分に付いて来られる事が楽しいと感じていた。

 

 ぼーやが泣き出すほど追い込みはしたが、抗われた時にはホッとしていた。

 

 自分と同数の精霊を駆使して魔法を使われた時、我知らず笑い声を上げてしまった。

 

 

 それは目を掛けている生徒に出した課題を解かれてゆく気分に似ているのではないだろうか。

 

 

 認めよう——

 今の私は一人前の魔法使いとなったぼーやを見てみたいのだと。

 

 認めよう——

 ぼーやを私自身の手で魔法使いとして鍛え上げてみたいのだと。

 

 

 もし、あのぼーやが“そう”であるなら、

 

 優れた才能を腐らせず己を研磨して行く者なら、

 

 身に付けた技術を己の中で研ぎ澄まし、鋭く鋭角に仕上げて行けるのなら、

 

 

 

 私は……——

 

 

 

 

 

 

———————————————————————————————————

 

 

 

 

             ■十六時間目:功夫・Hustle (後)

 

 

 

 

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 「お前さんの欠点は、余りと言えば余りにも真っ直ぐ過ぎて次にどこをどうするか気付かれる事だ。

  まぁ、それに“誘い”を混ぜられたら勝ち目あんだけどな〜」

 

 踏み出した足と共に拳が襲い掛かるが、横島は手で弾いたりせず、腕に手を添えるようにして()なすだけ。

 

 だがそれは、振り子のように腕の振りで反対側の拳を叩き込もうとしていたネギにとっては最悪の避けられ方で、勢いを逃がされたのだから腰を軸とした突きを出す事ができなくなっている。

 無理に出そうとしても隙が大きくなるばかりだろう。

 

 

 「ああ、今のも拙い。

  左で出した崩拳が誘いで、本命は右拳だろ?

  初めっから右手に意識が向いてんだからフェイント見え見えだぞ」

 

 「く……」

 

 

 ならばと逃がされた勢いのまま軸足で旋回し、彼のいる方向に身体を捻って拳底を振り込むネギ。

 ぬぉっ!? と僅かに驚く横島であったが、その腕を防御するふり(、、)をして誘い入れ、身体を捻ってネギを引っ張り投げた。

 

 

 「わぁっ!?」

 

 

 ころんっと転がりかけるネギ。

 が、彼も然る者で、そのまま足から着地して勢いを殺さぬまま横島に再度踏み込む。

 

 横島はちょっと感心した眼をしてそれを迎え、振り出された腕を外側に弾き、そのまま上から手で押して掬い落した。

 

 『え……?』と、ネギが驚いた時にはもう遅い。バランスを崩されたまま、軸足を払われてもんどりうって倒れてしまう。

 無論、頭を打ったり頸椎を傷めないよう細心の注意を払われてであるが。

 

 

 「ネ、ネギ——っ!!」

 

 

 慌てて声を上げる明日菜。

 

 確かに頭部を庇ってもらえてはいるが、ひっくり返されている事に何の変わりも無い。

 

 “裏”の事情を知らないギャラリーの少女らは押し殺したように悲鳴を零すのみ。

 さっきまでとはかなり違う。

 

 尤もそれは、皆が揃いも揃って口を押さえているからであり、好き好んで応援をしなくなったわけではない。

 

 

 楓らから話を聞いて直、明日菜らは声を荒げて声援を送っていた祐奈達の下に駆け寄り、ネギを応援する事こそがネギを追い詰める事になると教えた。

 

 フツーなら理解できそ—にない話であるし、『何でっ!?』という疑問の声が飛ぶが、皮肉にも横島のクラいワライが見えてた事が説得力を生んでいて、彼女らは訳が解らないが一応納得をし、口にチャックをしてくれている。

 

 尤も、声を出さないだけで応援は続いている為、無言でポンポン振りたくったりして応援している様はちょっと異様であったりするが。それは兎も角——

 

 

 問題は、相手に対する美少女の声援という火に注がれるナパーム弾は無くなった事により、その所為で横島の冷静さを取り戻す速度は上がっている事だろう。

 

 彼女らは知らない事であるが、冷静になった横島は余計に始末が悪くなったりするのだ。

 

 現にさっきよか隙が減り……いや、眼に見える隙の全てがフェイクであり誘いで、ウッカリ踏み込んでしまうネギはコロコロ転がされまくっている。

 声援を送れば攻撃力が上がり、送らねば戦闘力が上がる。何と厄介な相手であろうか。

 

 

 「はわ、はわわわ……ぜ、全然手も足も出ぇへん……」

 

 「……た、多少はできるとは思ってはいましたが……」

 

 

 木乃香らも唖然としてそれを見守る事しか出来ないでいた。

 そして横島の強さを改めて思い知らされたのから刹那の驚きは大きい。

 

 あの式神集団との戦闘の折、僅かの時間ではあったが戦闘機械のような状態になっていた彼を目の当たりにしている。

 

 群がる式神をものともせず……いや、無視するかのようにラッセル車宜しく前方の障害だけを“除去”していた横島。その時の怖気は今も忘れられない。

 

 が、再会してみればあの時の彼はどこへやら。人当たりが異様によく、人懐こそうな笑顔を見せるそこらの一般人そのものだった。

 彼女の目をもってしても、そんな彼の様子が作り上げたもの……演技とはとても思えなかったし、素であるとしか感じられなかった。

 

 

 そんな彼が今、刹那から見ても巧みだと言える技を出している。

 

 余りにもころころと印象が変わってしまう為、判断がつきかねているのだ。

 

 

 

 声無き応援している少女ら。それも戦いの素人である少女らからしてみればもっと手加減してくれてもいいでしょう!? となるだろうが、横島は彼なりにではあるがかなり手加減をしていた。

 その事は古と楓の二人はよく解っている。

 

 何せ横島は何だかんだ言って女子供に底抜けに甘い。

 

 だから確かに“しっとマスク”になりはしたものの、相手が本当に十歳だと解っている横島の怒りパワーの持続時間はとてつもなく短いのだ。

 それはカウンターといっても、ダメージにならないよう気を使っている事からも見て取れる。

 

 それに彼の真骨頂である縦横無尽の回避逃亡行為は封じられており、メインである霊能力も無し(自覚は無いだろうが、彼の霊能力は結構目立つ)。

 

 言うまでもないが“珠”は論外。

 下手をすると神秘が曝されるし、何より只でさえ薄いネギの勝ち目がマイナスになる。

 

 だからこれ以上の手加減具合、公平さは無いだろう。

 単に横島が別空間での二ヶ月という僅かな時間で強くなり(、、、、)過ぎているだけ(、、、、、、、)なのだ。

 

 

 ——しかしそんな事よりも、二人には気になっている事があった。

 

 

 「や、やぁあっっ!!」

 

 「おっと」

 

 

 何処に気合が残っていたのか、まだ腹から声を出して横島に突っ込んで行くネギ。

 

 対する横島は叩き付けてくるような気合に臆する素振りも無くそれを受け、あまつさえするりと横に流している。

 

 そう言った気合は人外のレベルを体感し続けてきている横島だ。

 確かに年齢度外視の波動を持ってはいるが、まだまだ人間の範疇であるからか然程の動揺も無い。

 

 

 「横島殿……」

 

 

 だが、楓は——

 楓達は、見事に避け切っている横島が、何だか痛々しく感じられて仕方が無い。

 

 

 久しぶりに会った彼は、会わなくなった時より幾分すっきりとした表情をしていた。

 

 彼に迷いの霧があったのかと問われれば返答に困るのであるが、あの修学旅行での戦い以降、微妙に思いつめていた気がしないでもないのだ。

 

 “それ”がマシになっていた——のだ。さっきまでは。

 

 

 「老師……?」

 

 

 古も彼の表情が僅かに曇ってきた事に気付いたのだろう、怪訝そうな声を漏らしていた。

 

 攻撃を受ければ受けるほど、

 いや、捌けば捌くほど彼の心が傷ついて行くような……そんな感じがするのである。

 

 

 「横島殿……」

 

 「老師……」

 

 

 ほぼ同時に、二人の口から思わずそんな声が漏れた。

 

 何気ない声ではあったが、もどかしそうで、それでいてどこか腹立たしそうな、そんな声。

 

 心配の色を多分に含んだ、女の子然としたそういう声。

 

 木乃香と刹那は『え?』という眼で二人を見た。

 

 迷いに沈んだような声が不思議だった事もあるが、その二人顔を見てまた『え?』と戸惑う。

 

 

 何故かは本人すら理解できていないだろう。

 いや、そんな顔をしているという自覚は無いだろう。

 

 彼女らには、一度も攻撃らしい攻撃を受けていない横島が、何だか見えない拳で殴られ続けている……

 その痛みに耐えかねて泣いている。

 そう感じられて仕方が無いのである。

 

 だから木乃香らが目にしたその二人の顔は、

 今にも涙が滲み出てきそうな泣き顔になっていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 解らないという事は歯痒いという事でもある。

 

 ものにもよるが、気付けない、気付く事ができないと、

 

 相手の吐いた“優しい嘘”に気付けず、思いもよらない悲しみを背負い込んでしまう事がある。

 身を以って(、、、、、)それを知っている横島であるからこそ、チクリと感じた僅かな痛みを無視する事無く観察する癖を持ってしまっていた。

 

 

 だからこそ“気付けてしまった”。

 

 だからこそ“見えてしまった”。

 

 

 向ってくるネギのその目に浮かぶのは、悲しいかな“知っている光”。

 何かに躓いて傷を負っても気付けず進んでしまうかもしれない。そんな我武者羅な想いの光。

 

 輝きと見間違えそうに成る程強いのだけど、単なる反射発光のようなそれ。

 

 目標ばかりに気が入っているようで、その実は何かから必死に目を逸らせている。

 

 そんな事に気付けても嬉しくも何ともないが、解ってしまったものだから胸が痛む。

 

 

 底が浅く愚直。

 真っ直ぐと言えば聞こえは良いが、単なる直情行為であり、何も見えていない。

 それが自分どころか周りすらも傷付ける事になると気付けない。

 

 自分がそうであるからこそその事が解ってしまい、そして思い出す。

 

 

 乗り越える事は不可能だと気付いたから、癒す事は不可能なのだから、嫌でも苦しくてもそれを受け入れ、前を見据える。

 それが出来た時にやっと出発点に立てる。

 

 それに気付けた時の事を……

 

 

 自分に迫ってくる拳。

 

 

 この拳にどれだけの想いが篭っているのだろう。

 窮鼠(きゅうそ)猫を噛む……ではないが、何となく追い詰められた攻撃に見えなくも無い。

 

 

 試験に受かる為に必死になっている——

 

 成る程、そう聞いていればそう見えるかもしれない。

 事実、そうであっただろうし、その気持ちに偽りは無いだろう。

 

 

 だけど“それだけ”とは思えない。“それだけ”には見えない。

 

 横島の眼に映るのは、“想いに駆り立てられている少年”のそれではなく、“想いに追い立てられている少年”の姿だった。

 

  

 子供のはずなのに、まだ十歳程度の筈なのに、何でこんなに余裕が無いんだろう。

 

 こんなに余裕を無くす程の事があったのだろうか?

 

 

 何だろう?

 奇妙な親近感を感じているのは。

 

 何故だろう?

 以前の自分に似たモノを感じているのは。

 

 

 疑問と同情が入り混じったややこしい感情を治められない横島は、力を振り絞って殴ってくるネギの腕の動きに合わせ、ゆっくりと手を前に動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 パン……ッ!!

 

 

 風船が爆ぜるような音が場に響き、少女らは我に返ったようにビクンと身を竦めた。

 

 始めて横島が防御らしい動きを見せ、ネギの拳を掌で受け止めたのである。

 

 

 何せ横島は攻撃というものに入らない。

 

 ネギがいくら魔法でもって己を強化しようとも手を出したり邪魔をしたりしないのだ。

 

 だから魔法による強化は未だ続いており、幾ら防御できているといっても、掌で拳を受けた横島にはそれなり以上のダメージが行っている筈。

 

 それでもその表情には痛みを耐えていると言う色はなかった。

 

 

 「……なぁ、ネギ……」

 

 

 自分から受けに入ってくれた横島に驚いているネギに対し、横島はそう静かに問い掛けた。

 

 

 「さっきも聞いたけど、お前、何でそんなに強くなりてぇんだ?」

 

 「……え?」

 

 

 質問しながら横島はネギの拳からゆっくりと手を離してゆく。

 

 案の定というか、当たり前であるが魔法強化された拳を受け止めたのだからその掌は真っ赤だ。

 それでも彼は痛みを訴えない。

 

 ——……いや?

 

 受けるよりも前に何らかのダメージを負っていた……そんな気がしないでもない。

 

 

 「キティちゃんトコに弟子入りするって事は、とんでもねー修行をするって事だよな?

  お前、それ解ってんだろ? だったらなんでそんな思いまでして強くなりてぇんだ?」

 

 

 疑問符だらけの質問。

 

 それだけの疑問を彼が感じている——というのではなく、何というか……何かを確認しようとしているような気がする。

 

 少なくとも、楓らはそう感じていた。

 

 

 「それは……」

 

 

 彼が何を知ろうとしているのかは解らない。

 

 どうして今そんな事を聞こうとしているのかも解りはしない。

 

 だけどそう言って自分を見つめてくる眼には、何か抗い難いものがある。

 

 不思議とその気持ちが解らないでもないような気すらしてくる。

 

 

 乱し切った呼吸の所為か、困惑の所為かは知らないが、少し間を置いてネギは、

 

 

 「……目標にしている人がいるんです」

 

 

 そう答えた。

 

 

 

        ——心に焼き付いているのはあの雪の日の思い出——

 

 

 

 

 穏やかで優しく、何だかんだ言って皆が皆して見守り続けてくれていたあたたかい日々。

 

 

 それだけの世界しか知らず、その枠内の世界しか知らず、

 

 

 あぶなくなったら助けに来てくれる人を呑気に信じ、

 

 

 魔法という世界にいるにも関わらず危険を知らずにいたあのシアワセな日々。

 

 

 

 

 ——そんな日々の終わり。

 

 

 

 

 「昔から僕は本当に弱くて……

  いえ……今も本当に弱くて、何時も肝心な時に力が及びません。

  “あの日”だって、ただ震えて泣く事しか出来ませんでした」

 

 

 “あの日”……

 

 この間の修学旅行の事件ではなく、彼が心に秘めている事件の事だ。

 

 ネギのいた村に襲撃を掛け、ネギの周りに合った優しいもの達を動かないモノに変え、紅い絶望の直中にいたネギの前に現れ、<こわいもの>全てを叩き伏せていった絶対的なヒト。

 

 異形の集団をものともせず……いや、その集団にすら恐れられてしまうほど圧倒的な強さを持っていたそのヒト……

 

 

 自分にもあの力があれば、あの強さがあれば守る事ができたかもしれない。

 

 

 せめて一人でも助ける事ができたかもしれない。

 

 

 “皆”を元に戻せたかもしれない。

 

 

 思い上がりだと解ってはいても、そう今でも思う事があり、今でも悔やんでしまう事がある。

 

 

 

 「けどその人は、僕とお姉ちゃんを助けてくれたあの人は……

  僕なんかよりずっと強くて、ずっと高いところにいて、

  ……ずっと遠い所にいるんです」

 

 

 自分は弱い。

 

 

 本当に弱い。

 

 

 魔法学校を主席で卒業する事は出来たけど、学校で教えてもらった魔法だけではエヴァンジェリンに追いついていけなかったし、魔法無しでは自分の生徒にも敵わない。

 

 

 現にあの“白い髪の少年”手も足も出なかった。

 

 

 明日菜や刹那、真名や古や楓の手を借りねば、何一つ出来ず、木乃香を救う事などとてもじゃないが叶わなかっただろう。

 

 

 

 だから——

 

 

 

 「僕はあの人に少しでも追い付きたい」

 

 

 

 だから強くなりたい。

 

 

 

 「“この間の事”でよく解りました。

  結局僕は、僕だけの力じゃとても強くなれません。

  強くなる道にすら及べないんです」

 

 

 だからこそ、自分が知る者の中で一番強いヒト。

 

 

 一番強い魔法使いであるエヴァンジェリンに学びたい。

 

 

 学んで強さを覚えたい。

 

 

 もっともっと強くなりたい。

 

 

 あの人のように高く、強くなりたい。

 

 

 それを欲して止められないのだから。

 

 

 

 ネギは語りながら掌を握ったり広げたり。

 言葉を見失わないようにしているのか落ち着きがない。

 

 或いは弱い自分に対しての苛立ちかなのもしれない。 

 

 

 目指しているのは遥かな高み——

 

 見えているのに遠い、背中がそこにあるのに高過ぎる壁であり目標。

 

 

 少しでもそこに近付きたい。追い付いて行きたい。

 

 その想いを抱えたまま、この六年を過ごしてきたのだから……

 

 

 そんな想いを吐露している。

 

 そんなに親しくも無い横島に吐露している。

 

 その行為が横島に対する攻撃になっているのだと気付く事も無く——

 

 

 言葉ではなく想いでそれを語る。

 

 正直な言葉にせずに口にする。

 

 自分にない全てのものを持ち、自分じゃ出来なかった事をやって助けてくれたヒトの事。

 

 自分に杖を与えて別れを告げたあのヒトの事。

 

 そしてそのヒトの背をずっと追い続けている事……

 

 

 「……そっか……」

 

 

 無論、魔法云々の話は混ざってはいない。

 

 後に一般人のギャラリーがいるのだから口にしてはいない。

 

 何かしらの事故があり、その事故の中で出会い、別れた。その程度の認識しか持つ事は出来ないだろう。

 無論、それを願っての事なのだが。

 

 

 しかし横島には何となく理解が出来ていた。

 

 いや、理解できてしまっていた。

 

 

 だからネギを見る彼の眼はどこか痛々しいものを見るようで、どこか同情じみていて、

 

 

 どこか、懐かしそうで……——

 

 

 

 尤もそれは、ネギの置かれた環境にではなく、ネギの持っている……

 否、持ってしまった(、、、、、、、)心境。

 横島はネギの想いを知り、()を知り、はぁ……と溜め息をついた。

 

 なんでこんなに……と小さく呟くがそれに気付いた者はいない。

 そしてその後に、『まだ抜け出せていねぇんだな……』と呟いた事も。

 

 だがその顔に、横島の顔に僅かの暗さが増した事に気付いた者は若干名いた。

 

 

 「横島殿……」

 

 「老師……」

 

 

 この二人と、

 

 

 「……」

 

 

 一体の生人形。

 

 

 使い魔の小鹿はそんな彼の心境が解っているのかいないのか、大人しく見守り続けている。

 

 二人と一体、そして一匹が見守っている中、彼は気を取り直すかのように息を吸い込み、深い溜め息を零す。

 

 

 『そーゆーコトか……』

 

 

 という重い確信と共に……

 

 

 これは全くの勘であり、思い込みと言って良いのかもしれない。

 

 だが、霊能力者である横島の勘はかなりの確率で的中する。

 

 だからこその溜め息であり、だからこその覚悟。

 

 

 ——この子供は、前の自分と同じ様な痛みを持っている。

   そして、違う事に目を向けてその痛みから心を守っている——と。

 

 

 だがそれを教える事は出来ない。

 

 教えるのは簡単であるが、この痛みは自分で理解が出来なければ癒す手立てを見つけられない。

 

 経験から横島は、その事を思い知っていた。

 

 

 あんな想い——

 

 この歳でこんな目をする子供に、あんな想いをさせたくない。

 

 

 横島の腹は決まり、決心の眼差しを真っ直ぐネギに向けた。

 

 

 

 「……構えろ。ネギ」

 

 「え……?」

 

 

 す……と腰を落す横島。

 

 今までと纏う空気が変わり、彼に漂っていた軽さが消失している。

 

 何時もの遊び人の気配が完全に見えなくなった。

 

 「これから思いっきり手加(、、、、、、、)減した本気(、、、、、)を見せる」

 

 「え……」

 

 

 その瞬間、ネギは息を飲んだ。

 

 横島の周囲の空気が歪んでいる事に気付いたのだから。

 

 背中にじっとりと汗が湧く。

 正体不明の重く鋭い気配が高まって行くからだろう。

 

 

 

 

 

 

 「だから……

 

 

    耐えてみろ」

 

 

 

 

 

 

 

 彼の声と同時に、

 

 

            

            ——空気が、ピンと張った。

 

 

 

 

 

 

 「!?」

 

 

 武道四天王の三人、楓と古、そして刹那が思わず身体を硬くしてしまう。

 

 言葉の使い方としては変であるが、横島を中心として静寂が広がり始めたとしか言えない現象がその場に発生したのだから当然だろう。

 

 

 ゆっくりと身構えてゆく横島。

 とは言え、腰を落したまま、右手を掌底に構えただけ。

 

 

 ——しかし、“それ”が何か拙い。

 

 

 三人の少女ら、そして横島と対峙しているネギにはそう感じられた。

 

 勘に従い、慌てて身構えるネギ。

 

 腕をクロスさせ、尚且つ残ったなけなしの魔力を全て前面防御に回し、次に襲い掛かるであろう衝撃に備えた。

 これが、ネギが今現在で出せる最高の防御力である。

 

 

 横島はそれを視認してからゆっくりと掌を前に突き出してゆく。

 

 ネギは当然避けはしない。

 耐えろと言われたのだから耐えなきゃいけない。そう感じ取っているのだから。

 

 見守っている少女らは、今までと違った緩慢な動きに安堵の色を見せていた。

 

 

 が、楓達……

 いや彼女らだけではない。エヴァですらそれには怖気が走っていた。

 

 ネギに迫る気配(、、)が尋常ではないくらい大きかったからだ。

 

 

 横島のスペックは異様に高い。

 自覚は限りなくゼロであるが、ありとあらゆる状況を能力に覚醒しつつ打破し続けた“能力人外”なのだから。

 

 その反面、基本は全くと言って良いほどできていない。

 

 霊力収束という、人間では殆ど不可能な技を無造作に行えるくせに、基本中の基本である霊力放射等はヘタクソもいいトコなのだ。

 多くの霊能力者が普通に行える霊弾発射などコレっぽっちもできなかった。

 

 

 だがそれでも、霊力収束にかけては人界一なので“こんな事”も出来ている。

 

 

 文珠を生み出す時の莫大な霊気。

 それを本気で纏めようとせず、一般人には見る事すら叶わない緩い収束度で、“綻ばせたまま”ゆっくりと前に押し出してゆく。

 

 彼がGS試験に“臨まされた”時、名をスッカリ忘れているが疵だらけの男と戦った事がある。

 その男、後の友人のように霊気の鎧を纏う事ができるのだが、才能が無いのか力が低いのか、霊気を収束し切れずその鎧は曖昧な形をとっていた。

 その代わりに、収束しきれない霊気は目に見えない波動となって横島を傷つけたものである。

 

 これはそれと似たようなものだ。

 

 しかし、横島はド器用なので“あの時”の“それ”と違って、雪球のようにきれいに霊気を纏めているので触れたとしても傷ついたりしない(これだけでの件の疵男より才能が抜きん出ている事が解る)。

 

 確かに一般人には何も見えないだろうし、魔法使いであるネギには“そこに何かがある”と認識できるだろう。

 

 あると解っているのなら、それを受ける事も出来なくは無いだろう。

 

 それにゆっくりと突き出しているのでタイミングも取り易い。

 

 真にお優しい行為と言えなくも無いだろう。

 

 

 だが、忘れてはならないのは武道家である少女らに怖気が走っていた事。

 

 魔法に関係している人間が戦慄するほど、それには存在感があるという事。

 

 つまり……

 

 

 

 “それ”は、破砕鉄球が如くとてつもなく重かったのである——

 

 

 

 

  ズ ン …… ッッッ!!

 

 

 「ぐ……っ!?

     あ ぁ あ あ あ っっっ!!?」

 

 

 

 「ネ、ネギくんっ!?」

 

 「吹っ飛ばした!?」

 

 「氣とか——っ!?」

 

 

 テレビ等が見せる胡散臭い発勁のそれではない。そんな児戯以下のちゃちな代物ではない。

 

 何せやや前かがみの姿勢のまま、ネギのその小さな身体は爪弾かれた小石が如くすっ飛んでいるのだから。

 

 見様によっては通背拳のようにも見えなくもないが、当然それではないし勁でもない。

 

 いや、ある意味“勁”に近いのだが、そんな緩いモノでは無いのだ。

 ネギは大容量の霊気(、、、、、、)の衝突によってふっ飛ばされたのである。

 

 

 

 

 「 あ ぁ あ あ あ あ っ っ っ ! ! ! 」

 

 

 

 

 飛ぶ。

 

 その最中足掻く。

 

 足先を石畳に引っ掛けようとするが滑る。

 

 手を着こうにも衝撃に負けてこれも滑る。

 

 薄く積もった砂埃を巻き上げ、石造りの柵まですっ飛ばされてしまう。

 

 

 「く、あぁあっっ!!!」

 

 

 「ネギっ!!??」

 「ネギ先生っ!!??」

 

 

 背後に迫る石の柵。

 叩き付けられれば只では済まない。

 

 思わず茶々丸が動こうとするが、エヴァの腕がそれを遮った。

 

 

 

 「く……っ!!」

 

 

 

 魔法の防御力を横島の攻撃に使ってしまった為、このままぶつかればダメージはモロに入る。

 

 

 それが解らぬエヴァではなかろうに、何故に止めるのか。

 

 

 茶々丸は慌てて主に非難するような目を向けるが、彼女はネギを見据えたまま。

 

 

 

 「 わ …… ぁ あ あ っ ! ! 」

 

 

 

 だんっ!! と重い音が響く。

 

 

 ギリギリ。

 

 正にギリギリのタイミング。

 

 

 ネギの腰は柵に当たったものの、触れた程度でダメージには至っていない。

 

 防御に使った魔力の残り。

 その残ったなけ無しの魔力を足に回し、踏み込みをかける時の要領で急ブレーキをかけたのである。

 

 

 

 膝をガクガク震わせながらもネギは耐えた。

 

 身を崩さず、倒れていない。

 

 ギリギリではあったが、彼はそれに耐えられたのだ。

 

 

 魔力の酷使と披露で意識は朦朧としてはいたが、それでも気持ちだけは前を……横島の方を向いている。

 

 そんなネギに対し、

 

 

 「おめでとさん。お前の勝ちだよ」

 

 

 という横島の声が掛けられた。

 

 ネギの全身、隅々まで行き渡っている疲労。

 

 その疲労の為か、力が尽きかかっている為なのか、中々その言葉の意味を理解できなかったのであるが……

 ようやくその言葉の意味が理解できると遂にネギは意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 「ふん……ま、予想通りだな」

 

 「あ、やっぱバレてた?」

 

 「当たり前だバカモノ」

 

 

 ぶっちゃけて言うと、茶々丸の予想を大きく裏切ってあの試験で横島が勝てる可能性は殆ど無かった。

 

 恐らくネギは終了時間がない事を利用するつもりであったろうが、エヴァはそんなに甘くはない。

 とっくにそんな愚策に気付いており、逆にそれを利用する事にしていたのだから。

 

 

 ネギは横島を倒すしかないが、女子供に底抜けに甘い横島はネギを倒せない。

 

 以前持っていた年齢詐称疑惑が解消されている為、ネギを子供だと理解しているので本気で殴れないのだ。

 

 その上、エヴァによって霊能の使用を禁じられているし、行動範囲も決められている。

 となると、横島にネギを倒す方法は無い。

 

 勝つ為にはネギの体力が切れるまで付き合う必要があるのだが、彼が底力で意地を張れば……

 どんなにボロボロになろうと立ち上がってきたりすれば、横島の良心はズッキンズッキン痛んで必死に負(、、、、)けようとする事(、、、、、、、)は眼に見えていた。

 正に茶番である。

 

 しかし、ならば何故エヴァンジェリンともあろう者がこんな茶番を組んだのかというと……彼女はネギの“ある事”が知りたかったのである。

 

 前述の通り、ネギに魔法を教える事は(やぶさ)かではない。

 寧ろ『悪の魔法使い』の後継者に仕立てても面白かろうと思っているほど。

 

 が、“それ”を知らねば教えられるものも教えられない。

 

 無論、性質の悪い冗談が全く無かった訳ではないが、それでも彼女は彼女なりのマトモな理由でこんな茶番を組んだのである。

 

 

 「キサマの事だから勝った場合に褒美とかを与えない限り本気は出せまい?」

 

 「う゛っ」

 

 「となると良心の呵責に耐えかね、てきとーに反則負けをする……違うか?」

 

 「うう……お見通しか……」

 

 「解り易過ぎだアホタレめ。呆れたぞ」

 

 

 例えば、これに勝ったら女子大生を紹介するとか、美人女教師(例えば刀子とか)の生写真を与える。

 そんな褒美の話を口にしていれば、恐らく開始五秒以内にネギは失神。二度と師事は望めまい。

 

 とは言え、前述の通りエヴァはネギを鍛え上げてみたいと思っている為、負けたら負けたで『情けない。私が鍛え直してやるからありがたいと思え』とか言って鍛えてやる事も出来る訳であるが、今回の茶番の目的の為にはそんなにあっさりと負けてもらっては困るのだ。

 

 

 ネギには、

 ()を見せてもらわねばならなかったのだから……

 

 

 まぁ、それは兎も角、この状況で横島が勝つにはネギが疲労でぶっ倒れるまでやり続けるしかない。

 しかし甘っちょろい横島はボロボロになってまで立ち向かってくるネギに耐えられる訳がない。

 となると、自分から円を出るか、攻撃をして負けを曝すしかないのだ。

 

 そんな事はエヴァの想定内の行動であった。

 

 

 横島の方も、ただ負けるだけではいけないと途中で気付いていた。

 

 何せアレだけの努力家だし、心身共に子供だ。単に自分の負けだと口にしても納得すまいし、ウッカリ続けようとか言いかねない。

 

 どれだけ実力差あろうと、どれだけ経験が不足していようと、“勝ち”を受け入れさせるには(厄介な事に)それだけの材料が必要なのである。

 

 それに、単に『オレの負けていいんじゃね?』と言ったところでブチブチと何かほざきそうだし、そんなコトをすると確実にエヴァがキれる。

 そうなると弟子入りはパーになりかねない。それでは何にもなるまい。

 

 だったら手を抜いてはいても横島の力の一端を見せつつ、ネギ自身も達成感が湧くようなコトをする必要がある。

 

 面倒な手段ではあるが、それが一番丸く収まる方法なのだ。

 

 

 そしてその行為は、エヴァが横島vsネギというカードを組んだもう一つの理由にとっても都合がよかった。

 

 

 『ふん……やはりガキにカウンターを仕掛ける時にも微かに反応するか……』

 

 

 自分の器とゆーか、行動原理がバレバレだった為、スッカリいじけてしまった横島を何時もの様に鼻先で笑い飛ばす——フリをしつつ観察を続けているエヴァ。

 

 

 案の定、横島は試合を始める前より些か気力が落ちていた。

 

 

 底の浅さを露呈してしまった事も若干あろうが、それより何よりネギに攻撃してしまった事とは別の理由で落ち込んでいると彼女は見て取っていたのである。

 

 

 『女だけではなく、ガキに攻撃するのも無理なのか?

 

  ——いや違うな……一応は仕掛ける事ができている。

  となると、別の理由か……』

 

 

 何だかんだ言って、エヴァは身内には甘い。

 

 ひょっとしたら自覚は無いかもしれないが、結構…いや、かなり甘い。

 

 横島が持っているトラウマを僅かにでも軽減する為には、その根本を探らねばならない。

 この茶番は、その一環でもあったのである。

 

 

 何と難解な好意であろうか。

 

 

 そんな自分を無様だとでも思ったのか、僅かに照れた顔を段下の少女らに向けた。

 

 

 ネギは疲労困憊で意識を失ってはいるが、流石は横島。残るようなダメージは入れていない。

 

 ド器用な事だと内心苦笑する。

 

 先ほど微かに意識を取り戻しはしたが、

 

 

 「合格だよ、ぼーや」

 

 

 と告げると満足そうにまた意識を失った。

 

 妙に優しげな顔で膝枕をしている事で冷やかしを受けている明日菜。

 真正面から横島に挑み、結局は意地を張り通せた事にひたすら感動しているまき絵。

 少年のがんばりに改めて感心している刹那。

 自分の力で治せへんかなぁ……と思いつつも、邪魔すんのも悪いしなぁ……とヘンな気遣いを掛けている木乃香。

 表情こそ殆ど変化を見せていないが、ホッとしているのが解る茶々丸。

 そしてそんなネギを労わりつつも結局は茶化すように騒いでいる少女達。

 

 そんな騒動に苦笑を浮かべ、ま、後は若いモンで勝手にやってろと、エヴァは一人、朝日が覗き出して明るくなり始めた場を後にした。

 

 

 ——しかし、何だかんだで高揚があったからだろう。真横にいた横島の様子に気が付いていない事もあった。

 

 

 気付いていた者は僅かに三人と小鹿……いや、二人と一体と一匹。

 

 皆が皆してネギを心配し、介抱している中、その者達のみが横島をずっと見つめ続けていたからだ。

 

 

 

 行動がバレバレだった事を落ち込み、エヴァの横でガックリと跪いていた“様に見えている”横島の顔は、

 

 

 

 エヴァの予想よりも深く、諦めとも後悔ともつかぬ悲しげな表情を浮かべていたのだから——

 

 

 

 

 

 ……そして。

 

 

 

 

 『あの人……』

 

 

 別の角度にいたからか、それ(、、)が偶然 目に入り、

 

 

 

 『何であんなに悲しそうな顔してるんだろう……?』

 

 

 

 ネギを労わる少女らの中で ただ一人。

 ショートカットの少女もそれに気付いていた事も——

 

 

 




 お疲れさまでした。
 これにて弟子入り試験(偽)を終わりです。

 ネギを“当時の”原作の流れからこういう性格にしてます。
 駆け足で目的に向かい過ぎて遊びがない為に空回り。横っちと大きく違いますね。
 表現したかったのはネギのひたむきさと、上手く隠してるけど見え隠れしてしまう横っちの悲しさ。
 ベクトルが違うけど、どこか似てる進み方をしてるって風にしたかったんですよね。ネギも“最初は”そーでしたし。
 神々という、“絶対に越せない壁”で叩きまくったらマシになるかと思いましてww

 さて、エヴァのもとで修業を始める訳ですが、地位は最下位。
 エヴァ>チャチャゼロ>かのこ>別荘の茶々姉ズ>茶々丸>楓&古>横島>ネギという位置で、最初は横島のパシリみたいなポジです(哀れ)。
 この位置から這い上がる事は不可能ですが、頑張ってもらいましょう。
 その苦しさが成長につながると信じて……っっww

 兎も角 修業は開始。
 原作よか若干名師匠(“特別な師匠”込み)が多いので強くなれる……かも?

 というトコで、訳で続きは見てのお帰りです。
 ではでは〜


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十七時間目:漢のキモチ♂
前編


 

 

 訳の解らないネギ=スプリングフィールドの試験から明けて月曜日——

 

 

 ネギに対し、何時でも稽古をつけてやると明言したエヴァであったが、流石に昨日の今日の学校で言われるとは思わなかった。

 無論、まるっきり予想していなかった訳ではないが、流石に早過ぎる。

 

 まぁ、約束したのだから直に行ってやるのが筋と言うものであるが、やっぱり早過ぎる気がしないでもない。

 まるで待ち構えていた(、、、、、、、)よーな感じもするし……

 

 

 ともあれ、

 ネギという新たなイケニ……もとい、魔法使いとしての弟子を得た事もあり、横島を鍛える為に使っていた別荘を再メンテさせる事にした。

 機械的な仕事ではないので茶々丸ではなく、その“姉”達にメンテナンスを任せたのではあるが、そんな事をさせているので今日は入れない。

 

 とは言っても、何だかウズウズしているエヴァは一日たりとも無駄にしたくないようで、今後のカリキュラムを組む為には絶対に必要なのだと、何時も横島らが使っているという廃墟にネギを呼び出したのだった。

 

 集まったのはネギを筆頭に彼のクラスの生徒兼、仮契約をした少女達——明日菜にのどかと刹那の三人に加え、ウッカリ事件に関わらされてしまった夕映である。

 そしてそのネギらと共に横島らもまたそこに呼び集められていた。

 

 面倒くさがりではあるが、みょーに律儀なエヴァが ついでに顔合わせも一緒にやろうとしている事がありありと解る。

 

 そしてそんな彼女によって呼び集められた廃墟であるが、荒廃しているわりに妙な“場”の歪みがなく、わりと霊的に澄んでいた為にここで霊力の修行をしていた横島らは見慣れた……と言うか、感じ慣れた場であるが、それなりにこの地に住んでいても来た事がない明日菜や刹那等はへぇ……と妙な関心を持っていたりする。

 

 と言うのも、霊的な修行を行うに当たって、変な浮遊霊等が興味深げによって来ないよう、何時も横島は修行を始める前に場を清めてあるのだ。

 よって、歴史ある神社ほどではないにせよ、それなり以上にこの場所は清められていたりする。

 

 

 尤も——

 

 

 「……どうでも良いが……なんでここは聖域のように清められてるんだ?」

 

 「は?

  いや、楓ちゃん達とよくココ使ってるから、何時も御祓いしてただけなんだけど……」

 

 「……質問だが、その御祓いとやらはナニをしていた?」

 

 「えと……この学園が結界内だから、そんなに丁寧にする必要はないと思ったから……」

 「思ったから?」

 

 「普通に軽く反閇(へんばい)で……」

 

 「私らから言えば必要十分以上に丁寧だ!

  キサマを基準にするなと何時も言ってるだろう?! このバカモノが!!」

 

 「ひ、ひぃっ!? スンマセ——ンっ!!」

 

 

 その清浄さは横島が基準であった。

 

 当然というか、彼の事を良く知っている所為というか、やり過ぎだとエヴァにゲシゲシ蹴られてしまう横島。

 イキナリ蹴られ出した彼を見て理不尽だと思ったのか慌てて止めようとする少女らもいるが、それでも彼の元上司の折檻に比べたらじゃれ合い程度なのだから涙を誘う。

 

 

 「なぁなぁ、せっちゃん。ヘンバイってなんなん?」

 

 「え? あ、ああ、反閇ですか? ええと、反閇というのは……」

 

 反閇(へんばい)は道教の兎歩(うほ)を起源に持つと言われている歩行法で、主に陰陽道で用いられる呪術的歩行の事である。

 

 足を三回運んで一歩とし、合計九回の足捌きでもって“九星”を踏んで行くとされており、その独特な力強い足捌きで足踏みをして、それで悪星を踏み破って吉意を呼び込むという、見ている側からすれば“じれったい歩き方”のお清め儀式歩行だ。

 

 実のところ、兎歩は鬼(式を含む)を召喚する時等に行われる儀式歩行であるが、反閇は場の清めに使われる方が多い。

 

 それそのものは物凄く基本的で大切な歩行法であるのだが、横島の元の世界の方では“地味”という理由で余り行われていなかったりする。

 無論、キチンとした手順を踏み、ちゃんと呪を唱えるとかなりの効果が期待できるのだが、よっぽどお金に(、、、、、、、)困ってたりしない限り(、、、、、、、、、、)お札を貼れば結界ができてしまうので余り重宝されていないのだ。

 

 

 言うまでもなく横島は金が無い方。

 

 何せ下手に呪札を使えば給料から天引きされてしまうというゼニゲバの元にいた彼である。

 これ以上給料を減らされれば餓死しかねない横島は、仕方なくちょっと時間は掛かるが反閇を多用していたのだ。

 その所為で体が覚えてしまっているのである。

 だから足を引き摺るように歩くそれ(、、)も こちらの世界の普通の術者よりずっと洗練されているし、尚且つ彼はそれを行っているのは道教の神を見知っている。

 韋駄天にとり憑かれて神気を身体に流した事もあり、某魔法使い料理人によって在ってはならない穢れゼロの場も見知らされているし、魔神の放つ魔気や、竜神の放つ竜気までその身で体感しているという『フザケンナ、ゴラァッ!!!』な人生を歩んできた横島忠夫なのである。

 この世界(、、、、)で唯一、神々が実在している(、、、、、、)事を見知っており、その霊波まで体感している人間が悪星をキッチリと踏み潰して行くのだからそれはシャレにならないだろう。

 

 そんな彼が言うところの“それなり”というレベルの清めであるのだから、神々を身近に感じた事のないネギ達にとってはその清らかさ具合は神殿のそれに等しかった。

 だからエヴァは、高が反閇程度(、、、、)で彼の認識での“それなり”というレベルまで場を清めている事を呆れ返っているのである。

 

 おまけに、これだけ清められているというのに真祖の吸血鬼であるエヴァに何の障害もないのだ。

 

 腐っても元の世界でも上から数えられる霊能力者という事だろうか?

 尤も、彼が本気で清浄結界何ぞ作ったらエラい事になるのは言うまでもないが。

 

 そんな彼に対し、オズオズとしながらも質問を投げかけてしまうのは好奇心からかもしれないが、仕方のない事であろう。

 

 

 「あ、あの……あなたがこの結界を作ったんですか?」

 

 「いや、その、結界ってほどじゃ……単に場を清めただけで……」

 

 「そう、ですか……」

 

 「あ、ああ……」

 

 「あの、え、え〜と……その、これからよろしくお願いします」

 

 「あ、うん……ま、これからよろしく頼むわ」

 

 

 別に初対面でもないのに、同じ場に呼び出されて何かギクシャクしているネギと横島。

 

 自分が弱いと思っている部分を吐露した相手である横島に対して恥ずかしそうなネギと、

 試験であったし、手加減しまくっていたから何にも悪い事をしていないのに妙な罪悪感を感じている横島。

 

 同じ人物(吸血鬼物?)から学ぶのだから弟弟子という事になるのだろうか。

 しかしこれから付き合いが始まるのだが、未だ緊張しているのは如何なものか。

 

 まぁ、傍目にはその光景は妙に対照的であり何か微笑ましくもあるのだが、ちょっと離れて見物してみればベーコン()レタス()なお見合いのよう。

 

 この場に某メガネ少女がいれば鼻息荒げて興奮必至だ。

 

 

 「ハルナがここにいなくて良かったです……」

 

 「はわ、はわわ……ネギ先生ぇ……」

 

 

 無論、ギャラリーの少女らにもそう見えなくもなかったり。横島にとっては甚だ屈辱的な感想だろうが。

 

 そんな二人を苦笑しながら見守っているのは楓と古。

 ……そして、横島の頭に乗っかっているチャチャゼロだ。

 

 彼を想うその心の立ち位置は違うものの、この三人(二人+一体)の思惑は同じのようで、今の様子を見て内心胸を撫で下ろしていた。

 三人が三人とも、昨日の横島の様子に気付いてた為、何だかんだで気を揉んでいたのである。

 

 これでネギが女の子だったらもっとダメージは残っていようが、幸いにしてネギは男の子。

 おまけに妙にモテたりする男の敵予備軍だ。

 

 それが幸い(?)してか、彼のダメージは思ったより早く回復しているのである。

 

 とはいえ、三人とも楽観視はしていない。

 ダメージを受けたという事実がある以上、またぞろ同じ様な傷を負う可能性が高いのだ。

 その事が横島に向けられている眼差しに気遣いの色が深められているのである。

 

 だがそれは、傍目にも解ってしまうほどの見つめ様で、

 

 

 「はぁ〜…ふ〜ん…ほぉ〜…

  せやったんかぁ……」

 

 

 そりゃあもう、木乃香がおもいっきりミョーな笑みを浮かべちゃうくらいに。

 

 何気ないセリフであるのに、声を向けられた二人にはその声音に蛇の舌が纏わり付いて来るイメージを感じさせられている。

 楓と古がぎくーんっと身を竦ませたが一歩遅い。

 

 

 「スゴイなぁ、せっちゃん。

  楓もくーちゃんもあの人にラっヴラヴやわぁ」

 

 「ら、らっぶらっぶって……

  いや、その……私はなんとも……」

 

 

 にへらっとした笑いを見せながら、木乃香はやっと隣という距離を取り戻せた刹那に話し掛けた。

 

 無論、大切な友達との仲を取り戻せた事は嬉しいのだが、イキナリ距離が戻った事による照れと、そーゆー話が得意ではない事もあってか刹那はまだちょっと硬い。

 それでも離れないのは大進歩だろうけど。

 

 

 「ら、らう゛らう゛って……せ、拙者は別に……」 

 

 

 否定っポイ事を言おうとした楓であるが、素っ頓狂に声が上擦っていたし、頬もやや薄桃に染まってたりする。

 そんなモンだから、すればするほどドツボだった。

 

 木乃香と楓のやりとりを見、逸早く勘に従って楓から距離をとって知らんぷり戦法をとった古の行動はおそらく正解。

 

 口に出すより何より、逸早く逃亡している古ですら真っ赤なのだ。

 ナニか言われたら即効で身体とかが反応し、自分までもボロを出しかねない。

 

 動物的直観に従ったすんばらしい反応速度での撤退であった。

 

 その他人事をかます様は見事な物で、助けを求めるかのように振り返った楓が『ああ、ズルイでござるっ!』と口の中で訴えたほど。

 オロオロすればするほど肯定している事に気付けていないのは残念だ。

 

 当然のように、木乃香は天使の顔で悪魔っぽくニタリとしているし。

 

 

 「ふえ? 何なん? 楓は横島さんの事嫌いなん?」

 

 「え゛?! い、いや、拙者は横島殿の事を嫌ってなど……」

 

 「ふ〜ん……せやったら、側におったらどんな気持ちになるんえ?」

 

 「あ゛っ!? え、いや……」

 

 「ドキドキするん?」

 

 「あ゛〜〜〜〜う゛〜〜〜〜………」

 

 

 やんわりと追い詰めて行く木乃香。

 

 刹那としては、気の毒な楓の為に止めてやりたい気もしないでもないのであるが……何というか、下手に止めたら何処からか飛んできた弾丸にヘッドショットを極められそうな予感がして今一歩前に出られない。

 

 何でそんな予感がするのか定かではないが、稽古用にエヴァが仕掛けている結界のギリギリ外からスコープで見つめられているよーな気がするのだ。

 それに実のところ、自分だってちょっと興味があったりする……

 

 

 「う〜ん……せやったら別に答えんでええよー

  無理に言わせても碌な事にならへんしー」

 

 「か、忝い……」

 

 

 しかし意外にもアッサリと木乃香は退いていた。

 

 ちょっと驚いてしまい、刹那も思わず意識を楓らに戻してしまう。

 

 目に入るのは追求を止めてもらえて安堵している彼女の顔。

 

 実に真っ赤っ赤で、流石の艶っぽい話に疎い刹那でもそこに潜んでいる想いが解ってしまうほど。

 

 つーか、この場にいる全員(男二名は除く)にバレバレだったりする。

 

 周囲の生あたたかい視線に気付けていない“おめでたい”楓は、木乃香が追及の手を止めてくれた事に安堵し、ほっと“気を緩めてしまった”。

 

 

 その瞬間——

 

 

 

 「ほな、楓は横島さんの事、どないに想とるん?」

 

 

 

 虚を突かれ、ぶふぅ——っ と、盛大にナニかを噴いてしまう楓。

 

 安堵の溜め息を吐いている途中だったので、肺から全ての空気が出し切ってしまい、切迫呼吸に陥ってしまう。

 

 ガハゲヘぶふォッ!! と呼吸を乱しまくって悶えている様子は無様の一言であるが、如何なる場面でも自分のペースを全く崩さない飄々とした楓がここまでコワるレア過ぎるシーンは、呆れよりも前に感動に近いものがあった。

 

 この場に和美がいれば狂喜してシャッターを切っていた事だろう。

 

 

 「うおっ!? 楓ちゃん、どうかしたのか?!」

 

 「楓さん?」

 

 

 当然ながらそんなに咽ているのだから、場の空気から蚊帳の外状態になっていた横島らも気付いてこちらに駆けて来る。

 

 

 どれだけ距離が有ろうと自分の異常に気付いて心配して駆けつけてくれるのはごっつ嬉しい。いや、ホントに。

 

 こちらを見ていなくとも、ずっと気遣ってくれている。その事が自分の中で何かを疼かせてくる。

 それがくすぐったくて、あたたかくて、そのこと自体は堪らないと言える。

 

 

 ——が、それも時と場合によるだろう。

 

 

 よりにもよって、こんなに注目されてる時に来なくとも良いではござらんか。

 楓は別の意味でちょっと涙ぐんでしまった。

 

 

 「へへぇ〜 横島さんって楓さんや古のこと、そないに気にしとんやねぇ……」

 「? 女の子心配すんのは当たり前やろ?」

 

 

 だ、大丈夫でござると言いつつもまだ咽ている楓の背を、おもっきり何気なく擦ってやりつつそんな事をのたまう横島。

 それがまた楓を咽させる事になるのだが、木乃香と話をしているので気付けていなかったりする。

 

 そしてその木乃香。

 横島の即答に一瞬面食らっていたのであるが、自然にそう答えた彼に対しての好感度がまた上がったのか、笑みが深まっていた。

 尤も、その笑みを見て楓や古は戦慄してたりするのだが……

 

 今更言うまでもない事であるが、木乃香は単に二人をからかう為だけにそんな事を言っているのではない。

 

 楓や古は自分を助ける為に力を貸してくれ、横島は更に刹那との仲がギクシャクしていた時に元気付けてくれた上に後押しもしてくれている。

 その恩返しをしようとしているだけなのだ。

 

 全くもってよけーなお世話という気がしないでもないが、彼女はけっこー真面目にその仲を応援していたりする。

 

 ただ、このままでは楓・古×横島という二対一の『コレって倫理的にヤヴァくね?』なカップリングになってしまう事を全く気にしていないだけで。

 

 このままでは横島はロリハーレムを築いてしまうかもしれない。

 そして哀れ楓と古という二人の少女が、そこに引き入れられてしまうかもしれない。

 

 危うし、美少女二人の未来(横島は今更である)!!

 

 しかし神は、意外に所から助け舟を入れさせた。

 

 

 「何時まで遊んでいる気だ?

  そろそろ始めるぞ。横島、とっととこっちに来い。木乃香も早く」

 

 

 今日から修行を始めてやろうとしているエヴァである。

 

 

 「あ、ああ……」

 

 

 木乃香の笑みに、何やら崖っぷちに追い詰められかかっていたよーな錯覚を起こしていた為であろうか、何だかホッとして楓の手を引いてエヴァの元に駆けて行く横島。

 

 その、“手を繋いで歩く”という行為を余りにさり気無くやった事から、二人の仲をほほぅ…と確信(?)する木乃香と白オコジョがいたりするし、『出遅れたアル!!』と悔やむバカイエローがいたりするがそれは兎も角。

 

 特に白オコジョは人の好意を推し量るイヤ過ぎる能力がある為、ニヤニヤし切り。どの程度の好感度かは口にしていないから不明であるが。

 ひょっとしたら未だ修学旅行中に怯えさせられた恨みを持っていて、その意趣返しのチャンスを待っているのかもしれない。

 無論、下手にそーゆー復讐をしようとすると必然的に横島が巻き込まれてしまって、とんでもなくタイヘンな反撃を受けてエライ目に遭ってしまうであるが……

 

 

 兎も角、ビミョーに気が抜けた空気の中、本格的な修行が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「エヴァちゃんのイケズ〜」

 

 「ふん……くだらんな………

 

  ああいった手合いはもっと時間をかけてからかうのが面白いと何故解らん?」

 

 

 

 

 

 

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             ■十七時間目:漢のキモチ♂ (前)

 

 

 

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 「契約執行 180秒間!」

 

 

 魔法発動体である何時もの杖とカードを持ち、魔力を高めてそのカードに注ぎ込んで行く。

 

 ネギが手にしているパクティオーカードは、術者と契約者(仮ではあるが)とを繋ぐものだ。

 だから当然、こんな事もできる。

 

 

 「ネギの従者、宮崎のどか

 

  神楽坂明日菜

 

  桜咲刹那」

 

 

 カードを通して契約を結んだ少女たちに力が送り込まれて行く。

 

 契約執行とは、魔法契約を結んだ事により、術者の魔力を契約者に回して強化する事ができる機能の事である。

 

 『機能』と言うのは国語的な言葉使いとしてはヘンだと思われるだろうが、本当にカードの持つ機能なのだからしょうがない。

 

 兎も角、ネギは少女らに魔力を流し込みつつそれを維持し続けていた。

 

 

 「……老師……ナニ顔赤くしてるアルか?」

 

 「き、気のせいだよ……」

 

 

 ただ、魔力を注がれている少女らは、魔力を注がれた瞬間、ぴくんぴくんと抱擁でもされているかのような艶っぽい声を漏らしている。

 魔力が伝わっている間中そんなくすぐったいような感触が続くのだろうか、その間中頬を染めてたり喘ぎにもにた小さな声を漏らしたりしているので、何と言うか……ちょっとエッチっぽい。

 

 そんなピンクボイスを漏らすのがこの学園でも上位に位置する美少女達だ。そんな三人がそーゆー感じになっちゃっているので、何時の間にやらジャスティスが行方不明(笑)になっている横島の精神防御値はかなり低くて抵抗し辛かったりする。

 

 お陰で古はジト目で睨んでいるし、楓は無表情だけど何か ムーン…ムーン… と怪奇な波動を放ってて怖過ぎる。

 頭の上にいるチャチャゼロからも何か黒いオーラを漏れ出してるしで散々だ。

 

 横島的に言えば『オレが何したっちゅーんやっ!!』というトコであろうか。いや、実のところ自業自得なのであるが。

 

 

 「よし次。

  対物・魔法障壁 全方位全力展開」

 

 「ハイ!」

 

 

 無論、エヴァはそんなアホらしい修羅場手前の光景など“今はまだ”シカトである。

 

 ネギの様子を目に入れているのかいないのか、エヴァは自分の従者である茶々丸が用意した椅子に腰をかけ、白い木材を削りながら指示を出していた。

 

 ただの木材だったその丸太を見事な刃物の扱いで曲線を持たせながら命令を下す彼女であるが、片手間に見えなくもないそんな所作でも見下されたという気にならないのが不思議である。

 

 普通はそんな片手間のように言われれば腹の一つも立とうというもの。

 

 しかし一度は勝てた相手であるが、実際には魔法使いとしての差は歴然。

 腹が立たないのは、彼女の真の実力を理解しているからかもしれない。

 

 それにエヴァは無視しているのではなく、自分のすべき事をしながらもきちんとネギの波動を感知しながら指示を出している。

 彼女から言えば基本中の基本レベルなのだから凝視する必要もない。だからこのように“感知”だけで事が足りるのだ。

 

 しかし、実のところネギがやらされているのは結構レベルが高い制御法で、普通ならこの歳でやらせる事ではない。

 

 できる方もできる方だという説も無い訳ではないが、一方でかなり強力な魔力供給を行わせつつ、もう一方でも魔力を操るというのは、普通はこの年齢でそうそうできる事ではない。。

 まぁ、魔法国のエリートクラスならできるかもしれないが。

 

 

 「——次。

  対魔・魔法障壁 全方位全力展開」

 

 「ハイ!」

 

 

 僅か十歳の子供相手に更に無茶な飛ばすエヴァであるが、それについて来るネギもネギである。

 

 残っている魔力を更に掬い上げてそれに回す。基本中の基本とは言え、やはりこの年齢で易々とできる事ではない。

 それでもまだ余力がありそうなのは流石と言えよう。

 

 しかし無茶をしている事に変わりはない。

 

 魔力供給が初めてではない明日菜にはそれを感じ取れているのだろうか、チラリと心配そうな眼差しをネギに送っていた。

 

 

 「そのまま3分持ちこたえた後、北の空へ魔法の射手199本。

  結界は私が上掛け(、、、)して張ってあるから遠慮せずやれ」

 

 「 うぐ……ハ、ハイ!」

 

 

 それでも魔力の容量には限界がある。

 

 ——いや、正確に言えば魔力の効率には慣れがいる……が、正しいだろう。

 

 

 「光の精霊199柱

  舞い降りて敵を射て!」

 

 

 息を荒げつつも片方で供給を維持し、もう一方で魔法を紡ぐ。

 

 

 キュバッ!!

 

 

 精霊に力を借り、発動させた魔法の矢……数にして199本が少年の手から放たれ、ほぼ真っ直ぐに北の空へと飛んでゆく。

 

 無論、予め結界が張られているので、その壁面に衝突して爆発するように霧散してしまう。

 

 

 「おお——」

 

 「スッゲぇなぁ……」

 

 「ふーむ」

 

 

 主の凄さを見知っているので余り驚きはないチャチャゼロは兎も角、横島や楓らは大いに感心していた。

 

 横島はもっと凄い物を知ってはいるが、ネギのような子供がこのレベルの魔法を使うのはやはり驚きがあったのだろう。

 

 

 「これが魔法…ですか」

 

 『まーな』

 

 

 夕映は改めて見た魔法に只ぼぅっとしてしまう。

 その存在を頭で解っていたつもりでも、こうやって見ると感心や感動が再燃してくる。

 やはり聞くだけの知識より、目で見て吸収する物の方が一入なのだろう。

 

 そんな彼女の肩の上で、別にカモがやった事ではないのに彼が何か偉そうなのはご愛嬌だ。

 

 

 「おー」

 

 「キレー」

 

 

 従者三人娘の方もただ見とれるのみ。

 尤も、相変わらず非常識な力だと明日菜だけは呆れていたが。

 引っ込み思案である のどかの方がすんなり受け入れているのが意外である。

 

 そんな少女らの前で魔法を放った姿のまま固まっていたネギであったが——

 

 

 「あうう?」

 

 

 「せんせーっ?!」

 

 「ネギく——んっ!!」

 

 

 へろりと身体をふらつかせたかと思うと、バタンプーとぶっ倒れて気を失ってしまった。

 

 

 そう——

 先ほど述べたようにネギはまだ使用効率に慣れていない。

 よって按配が解っておらず、完全には魔法を使いこなせなかった為、魔力がスッカラカンになって気絶してしまったのだ。

 

 ——ま、こんなものか……な。

 

 予想通りの展開だったので呆れも驚きもないエヴァであったが、その表情に変化はない。

 

 しかしその実、あわててネギを介抱する従者娘らを尻目に、魔力の基礎から徹底的に作り上げてやるかと内心ほくそ笑んでいた。

 

 

 

 

 

 「この程度で気絶とは話にならんな。

  いくら親譲りの強大な魔力があったとしても、使いこなせなければ宝の持ち腐れだ」

 

 

 先ほどと同じく椅子に腰をかけて作業を続けたままそう酷評する女王様……もとい、エヴァ。

 

 ただの木材だったその丸太に刃を入れ、見事な曲線を持たせるという作業を止めずに下す評価なので、やはり片手間にしか見えないのであるが、やはり見下されたという気にはならないのだから不思議である。

 

 口から紡がれるのは歴然とした事実だけにどうしようもないし。

 

 しかし、カモはご不満なのか、眉を顰めて口を開いた。

 

 

 『よーよー

  エヴァンジェリンさんよぉ、そりゃ言い過ぎだろ?

  兄貴は10歳だぜ?

  三人同時契約3分+魔法の矢199本なんて修学旅行の戦い以上の魔力消費じゃねーか。

 

  気絶して当然だぜ。並の術者だったらコレでも十分……』

 

 

 耳で聞くだけなら単なる過小評価。

 ネギの弟分を自称するカモはそうやって弁護するのだが……

 

 「(さえず)るな下等生物。

  私は自分の弟子と話をしている」

 

 『ひぃ……っ』

 

 

 当然、一睨みで撃沈である。

 

 

 「だいたい『並の術者』だぁ?

  この私の弟子(、、、、、、)ともあろう者が並の術者程度で良いとでも思っているのか?

  余りふざけた事をぬかすと引き裂いてワインビネガーに漬け込むぞ」

 

 

 もはや呻き声すら出せない。

 完全に腰を抜かし、声も出せずガクブル状態で明日菜にしがみ付いていた。

 

 よしよし怖かったねと苦笑して撫でている明日菜は並の心臓ではない。

 

 しかし、カモは過小評価だと受け取ったようであるが、さっきから述べているように別に彼女はネギを下に評価している訳ではない。

 

 ネギが目指している彼方——

 

 彼の父親。

 魔法界の英雄“サウザンドマスター”ナギ=スプリングフィールドはこの歳でこの程度の事ができていたのである。

 

 実のところナギは使いこなせる魔法の数は数個しかない。

 だというのに英雄として名を馳せていたのは、其々の出力やコントロールが他の追従を許さないからだ。

 まぁ、ネギの場合は強力な魔法の使用を控えていた所為で、高い出力の魔力の放出に慣れていない事も理由の一つに挙げられるのだが……

 

 それでもネギが目指す地平は余りに遠い——

 

 だからこそエヴァは淡々と事実を述べ、正直にその距離を教えてやったに過ぎないのである。

 

 それに、ネギはかなり運が良いのだ。

 横島という虐め……もとい、鍛え甲斐のある怪人(下僕)を得た事で結構角が取れているエヴァであるからこの程度の小言で済んでいるのだし、何よりもその当人であるエヴァに弟子にしてもらえているのだ。

 

 この世界でも数少ない大戦期を知る魔法の使い手。

 『真祖の吸血鬼』『闇の福音』『人形使い』等と数多くの異名(悪名?)を持つ大魔法使いエヴァンジェリン=アタナシア=キティ=マクダウェル。

 

 その伝説の少女に魔法を習えるのだ。

 そこらの“正しい魔法使い”とやらでは考えられない程の“待遇”である。高みを目指す魔法使いにとってこれ以上の幸運はなかろう。

 まぁ、相当“苦労”はしそうであるが……

 

 

 「解るな? ぼーや。

  キサマは私の弟子となった。だからこそこの程度でへこたれる事は許さん」

 

 

 ——しかし、そうでなければ鍛え甲斐がない。

 

 

 「泣き言をほざく事は許そう。

  いくらでも泣き喚くがいい。聞き入れるつもりは欠片ほどもないがな」

 

 

 先輩である横島が散々泣き喚いているのを笑っているエヴァなのだ。

 

 120%ほど生命の危機に陥った人間の泣き言は真に迫って面白いと言える。

 

 だが、それでも彼は、

 そんな目に遭わされていても彼は立ち上がってきていた。

 

 

 「だが、足を止める事は許さん。踏み止まる事もな。

  私の弟子となった以上は停滞は不可だ。

  如何な回り道をしようが弛まず進み続けろ」

 

 

 どれだけ詰られ様と踏まれ様と体力の限界が来ようと、足をふらつかせつつも立ち上がるその害虫の如きしぶとさ。

 

 歩みは決して速いとはいえないのに、這いつくばってでも前に進んで行く訳の解らない底意地。

 

 それを持つ者を知ってしまったが故の寛大さが今の彼女には有った。

 

 

 「解ったな? ぼーや……」

 

 

 だからこそ、じっくりとこの弟子の未来を見据えられている。

 

 この地に自分を縛りつけた憎き“奴”。

 

 ずっとずっと心から追い求めている“奴”の位置まで自分の手で叩き上げられる日を——

 

 

 「ハ、ハイ! マスター!!」

 

 

 問い掛けに答えるように身を起こし、片膝をついて師弟の礼をとり元気よく答えるネギ。

 

 純真無垢で真っ直ぐなその眼差しは、長く陰に生きてきたエヴァには眩しく感じてしまう。

 

 それでも少年のその答えに満足そうに頷き、手を休めていた作業を再開する。

 

 “こちら”も急がなくてはならないのだから。

 

 

 「そー言えばさ、エヴァちゃん。さっきからずっとナニ作ってんの?」

 

 

 一応の区切りを感じたか、人心地付いた明日菜がさっきから聞きたかった事を口にした。

 

 デスマに入ったハルナを知っているが、あそこまで焦った風でもない様なのだが、一分一秒も無駄にしたくないとでも言わんばかりに、ずっと集中しつつナイフで細かく木を削っている。

 皆口には出さなかったものの、その事はずっと気になっていた。

 

 

 「……あぁ、コレか? 気にするな」

 

 

 だが、女王様はにべも無い。

 

 

 「気にするなったって……」

 

 「何れ解るさ。

  一週間ほど待てば否が応でも目にする事になるだろうがな……」

 

 

 何が面白いのかクククと笑いつつも手を止めず削り続けるエヴァ。

 

 頑固とかではなく、面白がって言わない事を感じ取った明日菜はそれ以上問う事を諦めた。

 

 しつこく聞けば怒り出すだろうし、何より意地になって話さなくなる可能性も高いのだ。

 

 バカレッド等と謳われている彼女であるが、そう言った判断だけは良かったりする。

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 「う〜ん……バカレッドがハリセン、本屋ちゃんが日記帳アルか……

  アレ? じゃあ刹那は何アル?」

 

 「私か? 私は……」

 

 

 別に続きを促す事もしていないし、一応はネギの今の実力を見知る事が出来たのでここまでなのだろう。

 

 その空気を感じたのか、少女らは目前で目にした魔法に付いてきゃいきゃいと語り合っている。

 

 そんな中、気になっていたのだろうか、古が刹那にそんな事を問い掛けていた。

 

 刹那も、そう言えば他人に見せてはいなかったなと気が付いて、周囲の期待の眼差しにも押され、カードを取り出してワードを唱える。

 

 

 「 Adeat 」

 

 

 カードが一瞬の輝きを見せた後、刹那のその手に現れたのは二本の剣。

 刃渡り20cm弱。鍔の無い短刀のような物だった。

 

 「おー!! 匕首(ビーショウ)アルか!?」

 「いや、あいくち(、、、、)だ。

  匕首(シーカ)十六串呂(シシクシロ)。これが私のアーティファクトの名だ」

 

 

 発音が違うので別モノのようであるが、漢字は同じで読み方が違うだけである。

 

 しかし、その使い方は匕首(あいくち)というより両刃の短刀、匕首(ビーショウ)が近いらしく、最大十六本同時に出現させて操り、投擲したり相手の動きを封じたりして使うらしい。

 そして“いろは”順に名付けられたそれらを適数取り出して使う事もできるとの事。

 

 長物を持ち込めない室内等では重宝するだろう。実に刹那向きのアーティファクトといえる。

 蛇足だが、“あいくち”とは(つば)の無い柄と鞘がぴたりと合わさって口が合うことから来ているので、正確には鞘の無いこのアーティファクトは“あいくち”ではないだろう。

 

 

 「ふーむ……咄嗟の場合に直に取り出して近い間合いに対応できるアルな。

  攻撃を防いだり、投げて牽制に使たりできるし……刹那にうてつけアル」

 

 「ああ……

  それに術を織り交ぜる事もできるようだし……正直言ってかなり助かる」

 

 

 陰陽術を使うものは、護法刀を使って印を結んだり結界を張ったりする事があるらしい。

 

 元々が関西呪術協会出の彼女だからそういった使い方もできるのだろう。

 

 正に彼女にとってうってつけのアーティファクトと言えよう。

 

 

 「T-Link ○ールドみたいな使い方アルな」

 

 「何だそれは」

 

 

 ちょっと違う。

 

 

 「そう言えば、古も何か使っていたな。

  何というか……扇子のようなトンファーのような……」

 

 

 ふと思い出したのはあの晩使っていたあの武器。

 

 圧倒的な質量をものともせず、式神の鉄棍棒を受け止めていた謎の武具。

 

 確かに古の実力だけでも受けられはするだろうが、その質量差は如何ともし難い。

 だからそういった打撃は受け流すのが常なのであるが……

 

 

 『あの時は“受け止めて”いた』

 

 

 ——のである。

 

 刹那の脳裏に浮かぶのは、大きく広げた扇子状の部分で月詠の使う神鳴流の剣や、式が使っていた鉄棍棒の打撃衝撃等を完全に殺していた古の姿。

 

 あの時は状況が状況だった為、然程気にならなかったのであるが……よく考えてみれば、重量差をものともせず受け止められるのならとんでもない能力である。

 

 

 「あれ〜? くーふぇも何かもっとるん?」

 

 「アラ? 言てなかたアルか? 私は老師と契約結んでるアルよ。

  つ い で に 楓 も」

 

 

 え゛?! 古と楓の二人と!? 

 

 そう古の言葉に全員の目が、ザッ!! っと一斉に横島に向けられた。

 

 当の本人は、何処から出してきたのか不明であるが、ハイキング等で使うカラフルなビニールシートを敷き、その上に座って古が持って来てくれている<超包子>の中華まんを楓と共にパクつき、かのこはその横で桃の実をちょこちょこ齧っていて完全に見物モード。

 こう言ったものの準備は今までの修行で慣れたものなのであるが、初めて見た者達からすればデート用の準備にしか見えない(あながち間違いでもないのだが……)。使っているのは古ではないという何点もあるが。

 

 アンタ、ナニヤッテンダ的な視線にギョッと驚いて中華まんを喉に詰め、苦しんでいる横島に楓がいそいそとお茶を飲ませているのがまた誤解(理解?)を深めてたりする。

 

 夕映以外の全員、結果的に仮契約を知ってしまっている為、契約時に何をするのか理解している。

 よってジョシチューガクセーに“そーゆーコト”をかましている横島に対する眼差しは冷ややかだった。

 

 

 「……何だと?」

 

 

 だが、その言葉に対してかなり遅れて反応した者もいる。

 

 

 「キサマら、横島と契約を結んでいたのか?」

 

 「ま、まぁ一応……」

 

 

 その話は初耳であったエヴァが楓にそう確認してみると、彼女は何だか頬を染めて肯定。

 古もコクリと頷いて見せた。

 

 横島だけが首をかしげているが、これは仕方の無い話だろう。

 

 

 「何で張本人のキサマが自信なさげなんだ?」

 

 「いや、そー言われても……オレ、契約なんかしとらんぞ。どーなってんだ?」

 

 

 何せ儀式等を行った覚えがないのである。

 

 だからそう何気なく否定して横島であったが……

 

 

 「「「「な……っ!! さ、 最 低 ぇ ーっ!!」」」

 

 「ぬひょおっ!?」

 

 

 周囲の反応はそんな呑気な彼の心境を完全にぶち壊した。

 

 責めるというか、責任追求の色バリバリの怒声に思わず珍妙な声を上げてコケてしまう。

 

 

 「アンタ!! 仮にも楓さんと古と契約結んだんでしょう!?

  だったらナニすっ惚けてんのよ!!」

 

 「え゛、え゛え゛っ!!??」

 

 「アカンやん、ちゃんと責任とらな!!

  オンナノコ傷モノにして放っとくや最低やで!?」

 

 「う、え、き、キズモノ??!!」

 

 

 ナニが何だか解っていない様子の横島であったが、それにも構わず明日菜と木乃香が詰め寄って行く。

 

 当然、横島は大困惑であるが無視だ。

 

 

 「確かに非常時でしたが、“無かった事”にするのは人としてどうでしょう?

  仮にも共闘させたのでしょう? それでも平気なんですか?」

 

 「は? いや、ちょっと、あの……」

 

 「外野から口を挟むまいと思っておりましたが、貴方のそう言った態度には不快を感じるです。

  年端もいかない少女二人を巻き込んで知らぬふりを決め込むのは人として間違ってるです」

 

 「い、いや、ワイは……ワイはぁ……」

 

 

 刹那ですら珍しく、契約方法を知らぬ夕映までもが彼を責めていた。

 いや、木乃香も怒っていたし、ムードメーカーの明日菜がいるから、二人ともそう言った場の空気にウッカリ乗せられてしまったのかもしれない。

 

 横島は哀れなほどおたつき、救いを求めるように視線をあちこちに向けていた。

 

 ふと目に入ったのは大人しいのどかの姿。

 大人しい筈なのにミニスカートはどういう訳かは不明であるが、それは兎も角として、彼女ならばと救援を求める眼差しを向けるのだが……

 

 

 「そ、そーゆーのは間違ってると思います」 

 

 

 彼女すら何か責めてくださっていた。

 

 

 こういった少女の純粋な怒りの眼差し、責任を問い詰める視線は横島にとっては深手以外の何物でもない。

 

 そしてそんな時、自分を見つめている視線にハッと気付く。

 

 何やら背後から自分を見つめている二対の眼差しがあるではないか。

 

 言うまでもなく自分の契約者だという件の二人。

 あの二人の視線までも自分を責めているような気になってきている。

 

 

 『横島殿……拙者との契約を忘れてしまったでござるか……?』

 

 『ろ、老師……そんなの酷いアル……』

 

 『ぴぃ〜……』

 

 

 幻聴まで聞こえてきた。

 何故かかのこにサイテー…と呟かれているよーな気もしてくるし。

 

 実際の二人は契約の時の騒動を思い出し、何か頬を染めて赤くなって俯いてるだけであるし、小鹿は小鹿でどーしたの? と首を傾げているだけなのだが、プリンの様に脆いハートにダメージを受けている彼がそんな事に気付く由も無い。

 

 

 「ぬぉおおおっ!?

 

  ワイは、ワイは最低やったんか!?

  美少女と契約を結んだ挙句、その事を記憶からすっ飛ばしてしまう外道やったんか!?

  ひょっとしてワイではないワイがそうさせたんか!? オノレ、ワイの中のオレめっ!!!」 

 

 

 何だかよく解っていないのだが、地面にヘッドバットしつつ自分を奇怪に責めていた。

 

 頭を抱えて悶えて転がる横島を見る皆の眼は飽く迄も生あたたかい。

 この期に及んでまだ自己弁護するのかと言わんばかりだ。

 

 契約という行為の重さに気付いていないのか、どう言ってフォローすれば良いか思いもつかないネギはただオロオロするだけ。そしてそんな彼をどうフォローしてやろうか思い付けず茶々丸もオロオロ。

 

 本来であれば場を執り成してくれる筈の楓や古は何か自分の世界に浸ってイヤンイヤンとくねくねしてるし……何というかこのカオスな状況は如何ともし難いと思われる。

 

 

 しかし、彼を責めてはいけない。

 

 横島が覚えていないのも当然なのだから。

 

 

 

 「まぁ、待てお前ら」

 

 

 

 そんな彼を救ったのは、非常に珍しい事であるが……エヴァだった。

 

 

 「言いたい事も解らんでもないがな……

  しかしお前らも知らぬ事とはいえ、コイツの事をそこまで見損なわない方がいいぞ?」

 

 

 言ってしまった手前、後悔するだろうしな……と後を続けるエヴァ。

 何の事か解らない少女らの頭の上には、当然のようにサッパリ妖精が舞っている。

 

 

 「へ……?」

 

 

 代表するかのようにマヌケっぽい声を漏らす明日菜に苦笑しつつ、今だゴロゴロ転がっている横島に歩み寄って行くと、

 

 

 ぷぎゅるっ

 

 「ぐべっ!!??」

 

 

 徐にその頭に足を振り下ろした。

 

 

 これだけゴロゴロ転がっているにも関わらずチャチャゼロを頭から落していない器用さに呆れつつ、横島の頭を踏みつけたままグリグリと踏み躙る。

 

 

 「い゛痛゛痛゛痛゛痛゛痛゛痛゛痛゛痛゛痛゛痛゛ぁっっ!!」

 

 

 言うまでも無いがチャチャゼロは踏んでいない。

 それでも何故か、この長い付き合いの下僕が自分を責めるような眼で見てたりするがそれは苦笑で返す。

 

 横島は踏みにじられた痛みで多少は落ち着けたらしい。

 

 自分を踏み躙る人物をチラリと見上げ、思わず『黒……』と謎のセリフを口にしそうになるが、奇跡的に飲み込めた。命冥加な男である。

 

 それでも涙目は相変わらずで、みっともない事この上もない。

 

 

 「くぅうう〜〜……な、何やキティちゃん。この心汚いオレになんぞ用か?」

 

 

 何とも卑屈になった物である。

 

 

 「ええい、泣くな! うっとうしいっ!!」

 

 「せやかて、せやかて……えっぐえっぐ」

 

 

 思いっきり不快そうな顔をするエヴァであるが、溜め息と共にそれを我慢して聞きたかった事を何とか口に出す。

 

 

 「キサマ、仮契約の方法を知っているのか?」

 

 「ぐすん……

  い、いや、知らへん…つーか、その仮契約っつーのもよう知らんのやけど……」

 

 「「「は?」」」

 

 

 ああ、やっぱりな……というエヴァであったが、彼女達にとってコレはけっこう意外だったらしい。

 

 というのも、彼女らの認識では横島は裏の世界(魔法の世界)の人間である。

 西洋魔法について直接的な知識を持たない刹那ですら『魔法使いには従者がいる』程度の知識はあったし、仮契約の方法もこの前“体感”して知った。

 

 だから、まさかあれだけの戦いができる横島が魔法使いに対する知識がド素人であり、従者という存在と仮契約という名前は知っているが、その契約方法は全然知らない等とは思い付きもしなかったのである。

 

 尚且つ明日菜らは素人であり、仮契約とは魔法使いと接吻(くちづけ)をして契約を結ぶものという認識以外はない。

 

 よって横島の事を『女の子のオイシイとこだけ頂いてポイ捨てした最低人間』だと思ってしまったわけである。

 

 

 落ち着いて話を聞けば、横島は楓らと契約を結ぶ約束はしたのであるが、それがどういったものか全く解らないとのこと。

 

 それも当然で、二人は横島を騙し討ちで仮契約を結んでいたし、彼は古が宴の可盃を使っているのは目の端で見ただけでアーティファクトだと気付いていなかった。

 いや、そもそも彼は<従者契約>どころかアーティファクトが何であるかすら理解できてなかったりする。

 

  

 「「「……ゴメンナサイ」」」

 

 「えっぐ、えっぐ……ふぇ?」

 

 

 騒動は散々起こすが根っ子はとても良い子な3−Aの少女ら。

 

 自分が明後日の方向を向いた盛大な勘違いで彼を責めていた事に気付くと、彼女らは揃って弾かれたように頭を下げた。

 

 イキナリ罵られるわ、イキナリ謝られるわで何が何だかサッパリサッパリであったが、少女らと共にカモや楓と古までもが説明に混ざって彼にその理由を語ると、やっとこさ横島も少女らの激昂の理由を知るに至った。

 

 

 「はぁあああ〜………って、コトはナニか?

  楓ちゃんと古ちゃんにキスした挙句、美味しかったご馳走様〜で終わらせた女の敵だと思われとったっちゅー事か……」

 

 「あうう……ゴメンナサイ」

 

 

 しおしおと小さくなる明日菜。最初に激昂して周りを勢い付かせたのだから当然かもしれない。

 

 それに実のところ、彼女は横島の事を余り良く思っていなかったのだ。

 

 妙なところで生真面目な彼女は、修学旅行の時に家族がいなくなった子供という嘘を吐いて自分らと行動を共にし、表立ってネギを手助けしてくれていなかったし、試験の晩にもネギを散々痛めつけ(注:明日菜視点)ていて謝っていない横島に対する印象がかなり悪いのである。

 

 無論、その事がかなりネギ贔屓の心配である事も理解している。

 

 理解してはいるのだが、何と言うか……理屈の外の感情がまだ治まっていなかったりするのだ。

 しかし神楽坂明日菜という少女は、成績こそスーパーアンダークラスに悪いが(さと)くない訳ではない。

 落ち着いて楓らから説明を受け、本当はかなりしゃしゃり出て助けようとしてくれていた事を知り、昨晩横島がどれだけ手を抜いてくれていたかを武道四天王の三人から説明を受けると直にクールダウンする事ができ、素直に頭を下げて謝る事ができていた。

 

 尤も、本人はかなり意地っ張りなところがあるので切っ掛けを待っていた節もあるが……

 

 

 「あー……いや、細かく説明を受けてなかったら当然だと思うからもういいよ。

  それに、オレだってその仮契約ってヤツを詳しく聞いてなかったんだから、こっちだって悪いし」

 

 「あ、ウン。その……本当にごめんなさい!」

 

 「いいって」

 

 

 横島は苦笑して明日菜を止めた。

 

 はっきり言って、明日菜のようなタイプの扱いには異様に慣れている。

 怒らせるツボも踏めるが、沈めさせるコツも知っているのである。

 

 

 「それだけネギが心配だったんだろうし、友達の事も心配してたんだろ?

  それを計り損なってるオレが悪いさ。フォローがきちんと出来てなかったしな。

 

  どっちかっちゅーたら美少女に頭下げられる方がキツイ。

  ホンマに悪い思うんやったら、頭下げるんはもう止めて」

 

 「あ、えと……ウン、解った」

 

 「ん」

 

 

 明日菜が頭を下げるのを止めると、横島はニカっと笑ってそれを喜んだ。

 

 何だか悪戯っ子のような笑みであるが、それがまたどういう訳か彼に良く似合っている。

 大人の男にしか興味が無い筈の明日菜ですら、ちょっと照れてしまう程に。

 

 

 「ぬ……」

 「ム……」

 

 

 その代わり、何か楓と古が不機嫌ぽくなったが……

 

 

 「ま、明日菜ちゃん達の方はこれで手打ちな。だから頭下げるんはもー勘弁。

  オレを責めたんかて楓ちゃんと古ちゃんの事を本気で心配しての事だろーから不可抗力だと思うし」

 

 

 そう言った美女美少女に対する気遣いだけは人に自慢できる横島だ。

 

 明日菜が謝罪した時点で直様彼女らの心境を読み取り、彼女らが何に腹を立てていたのか理解していた。

 

 それに、自分の間違いを素直に認めている美少女にこれ以上謝罪させるのは胸が痛過ぎる。

 

 確かに責められはしたし、ひ弱過ぎる良心は未だ痛みを訴えているのだが、それに比べたらとっとと許す方が一億倍はマシである。

 

 とは言え、責められた痛みが収まった訳ではない。

 ひ弱なハートは未だズキズキ痛むのだから。

 

 

 つまりは……

 

 

 「となると責任問題が湧いてくるのは……

  テメェだよな、クソオコジョ…… 」

 

 『ひぃいいいい——っ!? アッシですかいっ!!??』

 

 哀れな子羊(スケープゴート)が必要であった。

 

 

 ものごっつ怖いオーラを浴びせつけられ、カモは腰を抜かして明日菜の肩からポトリと落下。

 

 怒れる横島は鬼のようなオーラを放ちつつ、彼にじりじりと迫って行った。

 

 

 「あったりまえだろが!!

  テメェがあっさりネギの周りを巻き込んだのが悪いんやろーがっ!!」

 

 『ひ、ひぃいいっ!? で、でも、お陰で兄貴もこのか嬢ちゃんも助かったんだから……』

 

 「だーほっ!! それは単なる結果論じゃっ!!

  明日菜ちゃんの言う事には、金目当てでのどかちゃんとかを巻き込んだって言うじゃねぇか!!」

 

 『うぐぅっ!? で、ですが、兄さん…っ』

 

 「うぐぅ言うなっ!! タイヤキに謝れっ!!

  例えその事で木乃香ちゃんが助かったにせよ、巻き込んだ事実に変わりは無いわいっ!!」

 

 

 バッと右手を振るうと一瞬で光る何かに掴み取れて仕舞うカモ。

 それが横島の右手から伸びた何かだと気付いても、それが何なのか解らないのでどうしようもない。

 

 

 『んなっ!? 何だこりゃあっ!!??』

 

 「うっさいわケダモノ!! 暫く反省してろ!!」

 

 

 キン…ッ!! と済んだ音がし、一瞬でその光る何か……横島の“栄光の手”がカモを掴んだまま収縮する。

 

 あの霧魔との戦いの晩に気付いた霊能力の新たなる使用法。

 

 集束度を更に更に上げたサイキックソーサーから生まれでた奇跡の技。

 

 延べ二ヶ月も生きるか死ぬかの修行をさせられ、練度をかなり上げて使いこなせるようになったあの力。

 

 

 「カ、カモくぅんっ!?」

 

 「安心しな。暫く放っときゃ出られる」

 

 

 超集束型サイキックソーサー、サイキックプレート(仮名)である。

 

 泣いてオロオロするネギの前にふわふわと浮かんでいるのは、淡い赤色の六角形のプレートに閉じ込められて固まってしまっているカモの姿。

 

 マヌケな格好&表情でプレパラートのように固まっている様は、何か出来の悪い標本のようで彼には悪いが何か笑えてしまう。

 

 霊体を封じる事に使用された技であったが、カモは腐ってもオコジョ妖精。妖精の端くれだからなのか彼に対しても有効なのかもしれない。

 

 それに悲しいかな本気で心配しているのはネギ一人。

 後の人間は『あ〜あ……』と呆れるか、自業自得ですと気にもしないかだ。

 

 

 「ぴぃ?」

 

 「あぁ、気にせんでええよー ええ薬やろし」

 

 

 かのこのペアもこれである。

 

 何げに立場が悲しいカモであった。

 

 

 

 

 

 「しっかし……まさかキスが契約とはなぁ……」

 

 

 カモを八つ当たりをして落ち着いたのだろう、シートの上に座り直して呆れている。

 

 ネギは相変わらずあうあう〜と、プカプカ浮かんでいるサイキックプレートから何とかカモを出そうとしているのだが、魔法なんだか呪術なんだかサッパリ解らないので手の打ち様が無い。

 

 それに、

 

 

 『あ、下手に刺激するとプレートが爆散しちまうから止めといた方が良いぞ』

 

 と横島に注意されているので、ただ唸る事しか出来ないでいた。

 

 やたらめったらハッキリと、 『兄貴ぃいい〜っ!!』 ちゅどーん!! なBAD ENDシーンが想像出来てしまってるものだから尚更だろう。

 

 

 で、残る乙女達はというと、横島の言葉に反応するかのように頬を染めたり俯いたりと、もじもじしまくっている。

 

 照れ症であるのどかは言うに及ばないが、刹那も非常時だったし嫌いではなかった事もあって然程ではないが、それでもやはり女の子らしくテレテレ。

 

 年上趣味である明日菜であるが、ネギの唇の感触はハッキリと覚えているし、羞恥は別物なのでやはり顔を赤くしていた。

 

 契約をしてない夕映もかなり顔が赤い。自分がニセモノ相手とはいえ“契約しかかっていた”事を思い出したのだろう。

 ネギが止めなければ、照れ隠しにカモが入ったプレートを力ずくで破壊していたかもしれない程。

 

 茶々丸にしても何故かぼんやりとネギ……の口元を見つめているし。

 

 この場で冷静そうに見えるのは、手元が忙しいエヴァと頭に乗っかってるチャチャゼロくらいなものである。

 

 

 「フン。デレデレシテンジャネーヨ」

 

 「してねぇっつーの!!

  二人が美少女なんは認めるけど、女子中学生に手ェ出して喜べるか!!」

 

 

 その代わり、何か横島に絡んでたりするのだが。

 

 彼の言いたい事も解るが、聞いてしまった二人はちょっとムっとしてしまう。

 

 

 しかし、

 

 

 「確かに嫌いやったら振り払えもするわいっ!!

  嫌いやないからしゃあないやろ——っ??!!」

 

 

 なんてコトをほざかれれば、どうすれば良いと言うのだろうか?

 忽ちズボンッ! と景気のイイ音を立てて再度顔を赤くしてしまった。それもちょっと濃い目に。

 

 

 「……ケッ……優柔不断ナ男ダナ……」

 

 「ほっとけ」

 

 

 チャチャゼロは何故か次の言葉を思いつく事ができず、そのまま口を噤んでしまう。

 

 ペタリと横島の頭の上に大の字でうつ伏せになったまま。

 何だか不貞寝でもしているかのように。

 

 最近どうも変なのだ。

 

 主の命令ではあるが、別荘で鍛練をする時だけは敵として攻撃するものの、普段は横島とずっとくっついて行動している。

 

 十年以上、外に出られる機会がほとんどなかったチャチャゼロは、喩えこの妙な男の枷が目的ではあってもほぼ自由に外に出られる事を喜んでいた。

 

 やっている彼女自身が餓鬼っポイと思ってはいるが、同僚の用務員らと話をしている時以外、二人っきりになるとずっと横島とじゃれあっている。

 

 彼も性根がお笑いキャラでもある所為か、チャチャゼロのボケにはツッコミを入れ、自分のボケには彼女にツッコミをもらって中々良い関係を築いていた。

 

 

 そしてチャチャゼロはそれを『楽しい』と感じ、戦いの中でしか見出せなかった『笑い』を自分の中に覚えていた。

 

 

 思えばそれらの始まりは、あの霧魔との戦いの中だったのかもしれない。

 

 生き人形である自分を“一体”としてではなく“一人”として扱い、ひょっとしたら本人は気付いていないのかもしれないが、彼は間違いなくチャチャゼロを“女の子”として接している。

 

 

 無論、何時もの彼女ならば、煩わしい事この上もないだろう。

 

 彼女相手に、下手にそんな態度を取れば殺気すら放たれてしまうだろう。

 

 そしてあらゆる者は彼女の苛立ちをその身に受け、初めて自分の浅はかさを思い知るのだ。

 

 

 だが、横島はそういった輩と同じ様でいて全く違う。

 

 

 いくら脅してもすかしても徹頭徹尾そんな態度を取り続け、本人のスカなドジでもってそれを加速させ、こちらが根負けすると一気になれなれしく攻め滅ぼしてくる。

 

 本当ならそんな嘗めた行動をとられれば殺したくなる。

 

 思いっきり刃を突き立て、ふざけた口を持って産まれ出た事を絶叫という謝罪で持って答えさせていただろう。

 

 

 だが、できない。

 

 

 殺意を持つのも馬鹿馬鹿しい。

 

 敵であるのなら兎も角、コイツは“同僚”なのだ。

 

 自分の主の下にいるパシリなのだ。

 

 そんな相手に怒りを持ち続けるには、この男を嫌い続けるには、横島は余りにアホ過ぎて、

 

 余りに馬鹿すぎて、そして余りに真っ直ぐ過ぎて、どうにも嫌いになり切れないのである。

 

 

 そんな想いが覆い包んでいる本音。

 

 

 あの戦いの日に胸の奥に湧き、言い訳の下で成長を続けている“それ”を、チャチャゼロは未だ理解できずにいた。

 

 

 

 

 

 

 『? 何だか凄い“しんぱしー”を感じるでござるが……?』

 

 

 その感触に首をひねって見回すが、それがどこから感じるものなのか解らない。

 

 シンパシーを感じたよ—な気はしたのだが、それがどこの誰なのか解らず、まぁいいかと座り直した。

 それも、不貞腐れるようにビニールシートに腰を下ろしている横島の隣に。

 

 ムムっと古の目が変わったが気にしない。

 

 ついでにさっき横島に飲ませたペットボトルのお茶を再度手渡したりして何とも甲斐甲斐しい楓。

 

 何気ない所作ではあるが、横島の呼吸の間を知っているから実に自然な動きだった。

 

 

 そんな横島は、然程でもない筈のペットお茶を妙に苦々しく飲み干して行く。

 まだ憮然としたものが残っているのだろう。

 

 彼のそんな横顔をじっと見つめ、『よくもここまで拙者を変えやがったでござるな。忝い』等と感謝なのやら恨みごとなのやらサッパリ解らないボヤキを口の中で噛み潰す。

 くぴっと自分もボトルに口をつけ、口から出してしまいそうになっていた言の葉をお茶でもって飲みこんだ。

 

 

 何と言うか……このすぐ横、いや隣という位置がとてつもなく心地良いのである。

 

 それでいて気分的には横島と距離を置いて座りたいのだから矛盾している。いや、本当に。

 

 

 相反する心情がもどかしく、それでいて何とも落ち着いても来るのだから混乱もしようというものだ。

 

 

 「ん? 楓ちゃん、どーかしたのか?」

 

 「ナンデモナイデゴザルヨ?」

 

 

 おまけにコレである。

 

 この男、ちょっとでも油断すると直ぐにこちらの不調を感じて気遣ってくる。

 

 そんな彼に対し、やや言語がおかしくなってしまったが、ちゃんと返事を返して何とか誤魔化せた……と思う。

 

 何だか彼の側に居れば居る程、彼を近くに感じれば感じる程、そう言った腹芸が下手糞になって行くような気がする。

 

 霊力まで習い始め、勘も前以上に研がれているというのに、忍としては弱くなっているような気がしないでもない。

 

 

 『それもこれも横島殿の所為。

  貴殿の所為で拙者は落ち着かないでござる……

  なれど……』

 

 

 その事を欠片ほども不快に思えない。

 

 寧ろ、直ぐ側に気配を感じられなかったこの一週間の日々の方がよっぽど不快である。

 

 何せその間も古は横島といたというのだ。これを怒れずにいられようか。

 いや、度し難い。抜け駆けだド畜生。

 

 感情の波動を我知らず漏らしてしまったのか、その所為で手に持ったペットボトルの茶が楓の氣と霊波を受けてボコボコと泡立っていた。

 

 力の波動は液体の方がよく伝わる。

 だから感情の高まりがこんな形で現れたのだろう。

 

 真横にいる所為で驚かせされている横島は元より、怒りの波が直撃している古は身を固くし、ネギらは何故か怯えていた。

 場の空気に楓はようやくハっと気付き、アハハと誤魔化しつつペットの茶を呷る。

 

 しかし、普段は兎も角、何故に横島絡みになるとこうも感情が表れてしまうのか。

 

 

 

 『ほな、楓は横島さんの事、どないに想とるん?』

 

 

 

 木乃香から投げ付けられたこの質問。

 

 あの時に横島が近寄って来なければ、間違いなく木乃香に畳み掛けられていた事だろう。

 

 

 無論、横島の事を嫌いだと言う事はありえない。

 

 はっきり言ってしまえば、好きだと言える。

 

 だが楓は、その事を軽々しく口にする事が憚られてしまったのだ。

 

 間違いなく好きである。

 言っては何だが、少なくともかなり気に入っているネギよりも。

 

 だが、その好きがどういうものなのか、

 

 Likeとは違う好きである事に今一つ踏み込み切れていないのである。

 

 

 

 

 本当に、

 

 

 『……拙者もどうかしてる』

 

 

 ——のだ。

 

 

 

 技も術も、そして女としても成長し始めた楓。

 

 その当たり前の感情に戸惑う一方であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あれ? 楓ちゃん。

  今飲んでるそれ、オレのお茶……」

 

 「ぶふぅうう——っ!!??」

 

 

 

 

 

 「あはっ やっぱりそーなんやなー」

 

 「ぴぃ?」

 

 「うんうん。仲良き事は美しきかなっちゅーこと」

 

 「ぴぃ〜?」

 

 



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後編

 

 おもむろに胸元に手を入れ、そこからカードを……いや、札(デザイン的にカードというよりは、札の方が正しい)を取り出す。

 

 そんなに使い込んでいる訳でも無いのに、何だか手に馴染んでいるのはその特性の所為なのかもしれない。

 

 ふと隣に視線を向けると零れる笑みと共に眼がかち合う。

 どうもお互い、同じタイミングで同じ事を考えていたようだ。思わず苦笑がもれてしまったのも当然だろう。

 

 酒の勢いで作ってしまったというイタイ思い出はあるが、やった事自体に後悔はしていない。

 

 

 契約を結んだ相手である彼は口に出さないし、態度にも出していない。

 

 彼自身が心の疵に気付いていないのかもしれないし、或いは痛みに気付かないフリをしているのかもしれない。

 

 もしくは自分一人で抱え込むつもりでいるのだろう。

 

 人に心配をかけさせる事すら忌避するおめでたい男なのだから。

 

 

 だが、そうは問屋が卸さない。

 

 

 そんな彼と——

 

 どれだけ普段の行動が馬鹿そのものであろうと、底抜けに優しく真っ直ぐな彼を、

 “ある意味”この世界で一人ぼっちである彼を一人になんてさせて堪るものか。

 

 気持ちも心もどこか宙ぶらりんだった彼を、そのままどこかに行かせたりするものか。

 

 

 だからやったまでの事。

 

 

 二人とも、この想いには毛一筋程の後悔も無い。

 

 この札こそ、エロオコジョの奇怪な行動に気付き、酔った頭で利用する事を考え、それを実行した結果なのだから。

 

 

 件のエロオコジョの言葉通りというのがちょっと業腹っポイが、結果的にこの行動があったからこそ彼との絆は深まり、この力があったからこそ級友の助けにもなった。

 結果オーライといえばそこまでであるが、全てが良い方に転んだのだから文句を言っては罰が当たるだろう。

 

 

 ——まぁ、普通はカードが出る筈が札が出てきたし、おまけにその札は大きさこそ多少違いがあるもののどう見ても花札。

 起きる筈もない契約事故にエロオコジョがそーとー混乱していたのも記憶に新しい。

 

 流石の大首領様も盛大にひっくり返ってしまってるし。

 

 

 「な、なっ……何だコレは———っっ!!??」

 

 「知らんわぁ——っ!! オレに言うな——っ!!」

 

 

 ……まぁ、普通はそういう反応だろう。

 魔法に深く携わっている者であればあるほど、魔法理論の外で起こる現象についていけないものである。

 

 

 「ふぇえ……コレはコレで綺麗やわぁ……少し日本画っポイとこがええなぁ〜」

 

 「……でも、何で花札なわけ?」

 

 「さぁ……それは拙者らにもサッパリ。

  あのオコジョも解らないそうでござるし」

 

 

 逆に仮契約というものに対して馴染みの薄い少女らの方が『こんな事もあるんだろう』的に受け入れてたりする。

 その頭の柔らかさこそが若さの特権なのかもしれない。

 

 まぁ、そのエヴァにしても口でぎゃあぎゃあ言いつつ彼の非常識さを思い知らされているのでそんなにショックは受けていなかったりする。

 “慣れ”と言っても良いだろう。あんまり嬉しくもないだろうが。

 

 しかし——

 

 

 「ぴぃぴぃ」

 

 「ん? かのこちゃん、どないしたん?」

 

 

 何かを口に咥えて差し出している小鹿。

 それを手に取り目を落とすと……

 

 

 「あれ? これ……」

 

 

 二人と同じような札がそこに。

 

 何だかよく解らないが、精霊であるかのこまで仮契約(モドキ)をしているではないか。

 

 

 

 「オイィ——っっ!!!

  一体どういう事だぁあああ——っっ!!??」

 

 「オ レ が 知 る か ぁ あ あ ——っっ!!!!」

 

 

 流石にカードを花札化させただけでなく、精霊と契約して花札出した。何てコトかまされたりしたら……流石に、ねぇ?

 

 

 

 

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         ■十七時間目:漢のキモチ♂ (後)

 

 

 

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 「それで、どういうアーティファクトなんだ?」

 

 

 ぜぇぜぇと息を乱しまくったエヴァがどうにか呼吸が整ったのは、横島に当りまくって憂さ晴らしを終えてから十分も経ったくらいの事であった。

 流石の彼でも動かないジャンクと化してしまうほどであったが、そこは横島。その有様にぴぃぴぃ()く かのこの声に導かれ、驚きの復活を終えていたりする。泣く子と地頭には勝てないと言う事だろう。いや、ちょっと違うか。

 兎も角(それはいいとして)

 

 刹那や明日菜が目にしているのは古が使用していた鉄扇トンファーだけ。

 その能力も気になっているが、楓のアーティファクトがどんな物かも気になっている。

 

 ミーハー……とまではいかないにしても、そんな女の子っぽい好奇心は今までの刹那にはなかったもの。

 木乃香と打ち解けられた為に少しは女の子らしさが増しているのかもしれない。

 

 しかし、皆も彼女らのアーティファクトが気になるのか、おもいっきり期待している目で二人(+一匹)を見ていた。

 

 楓と古は内心苦笑し、札を構えてワードを口にする。

 

 

 ——それも、これまたパクティオーカードと全く違うワードで。

 

 

 「−こいこい−」

 「−来々−」

 

 「ぴぃー」

 

 パァッ!!

 

 

 一瞬の輝きの後、二人と一匹の姿が変化する。

 

 楓の方は、メタリックシルバーの葉団扇をもった天狗のコスプレ……薄桜色の鈴懸、小豆色の袈裟に、材質不明の頭巾、そして一本歯の高下駄を履いた姿となった。

 尤も、本職(?)の山伏が目にすれば怒り出すであろう程、エラい露出度の高い修験者の格好であるが。

 何か横島の趣味が混じってそーな気がしないでもない。本人は泣いて否定するだろうが。

 

 古の方は余り違和感がない。何時もの稽古着とデザイン的にはほぼ同じなのだから。

 ただその色合いは普段着ているものよりシックで、それでいてあり派手。いや……“鮮やか”と言った方が良いか。

 裾がやや短めのチャイナ服。そしてその衣装の柄は赤い空に浮かぶ月と満開の桜。派手ではあるが、何故か落ち着いた色合いを見せていた。

 

 そしてかのこは、見事な角を生やした大鹿の姿になっている。

 パッと見は解らないだろうが、神話の概念がくっ付いているからか角のある雌鹿なので不自然極まりない。

 それでも目だけが小鹿の かのこのままでくりくりとしたつぶらな瞳のまま。外見もアンバランスだが、人懐っこさも元のままで結構可愛かったりする。

 

 楓の手にあるメタリックシルバーの葉団扇が得物なのと同じ様に、トンファーとして使える骨太の黒い鉄扇が古の得物なのだろう。

 流石に かのこには得物はないようだが、その首にはペンダントのようなものが掛かっている。それがアーティファクト(?)なのだろうか。

 

 「拙者の魔具の名は<天狗舞(てんぐまい)>。

  この鋼の葉団扇の力で三つだけ天狗の力が使えるでござるよ」

 

 

 ただし、その使える力は完全にランダムであるし、連続使用も十分間のみ。

 その代わりその十分の間ではあるが山神の神通力が使えてしまう。

 

 「私のは<宴の可盃(べくはい)>。

  飛び道具だたら鉄砲の弾でも魔法でも撃てきた相手に反射できるみたいアル」

 

 

 防御オンリーであるが、魔法にせよ実弾にせよ受け止められるし受けた衝撃もほぼ全て吸収する事ができると言う、破格の防御力を持っている。

 

 かのこの魔具<月精石(ムーンストーン)>は発動させるとその石の力によって月の波動が使えて、ほぼ無尽蔵な魔力を持てるようになり、尚且つ横島の足にもなれるという優れものだ。

 尤も、如何に横島とて鹿語なんぞ解る訳もないので、同属性を持つ楓がいなければ意思疎通は不可能だったので力も名前も不明だっただろう。

 しかし意思疎通できればできるほど解るインチキ具合は凄まじい。地力を上げられる上に天然自然を味方につけて操る事も出来たりするようになるというのだから反則にもほどがあるだろう。

 

 兎も角、二人(+一匹)の共通点はド反則。

 仮に森の中で小鹿と戦う羽目になったら絶対に優位に立てないだろうし、古の魔具は魔法使いや狙撃者にとって悪夢のような能力を持っている。

 楓のにしても少女らが天狗という人外をはっきりとは理解できていない為、その反則さが良く伝わっていないようだが仕える能力は大盤振る舞いと言ってよいモノでシャレにならない。

 

 尤も、直に楓の持っている妖怪の知識と、茶々丸のデータベースから引き出した妖怪知識によって説明がなされ、楓らの非常識さが浮き彫りになるのであるが。

 どちらにせよ、普通のアーティファクトとはどこか違うような気がする能力であった。

 

 

 ——因みに、

 

 

 『そ、そういやぁ姉さん達よぉ。そのアイテムの名前と使い方は何で解ったんだ?

  あん時は余裕がなくて気にならなかったんだけどよ……』

 

 

 楓らの持つ札の発動時のショックが大き過ぎて疑問すら湧かなかった事を今になってカモが口にしたのであるが……

 

 

 「「へ? この札持ったら懇切丁寧な取説みたいなのが頭に伝わってきた(アルよ?)でござるよ?」」

 「ぴぃ」

 

 

 等と、とんでもない答を二人は返して下さった。

 

 

 「な……何だその便利機能は!!??

 

  ふ ざ け る な ———っっ!!!」

 

 

 イロイロあって沸点が下がっていたエヴァが再沸騰した事は言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 「大丈夫でござるか?」

 

 「ウン……オレ、イキテル」

 

 「セリフがチャチャゼロみたいアルな」

 

 「ケッ オレハコンナニ無様ジャナイゼ」

 

 

 揶揄されたと言うか、比較されたと言うか、引き合いに出されたチャチャゼロはぶすったれた様にそうぼやく。

 

 横島は今、額にハンカチを当てられて横たわっていて、その横に大きな かのこがぺたんと腰を下ろして彼の顔を舐めたりしていた。

 

 非常識であるのだけど、どこか安心できる陽だまりのような光景。

 

 

 「うんうん。ええわぁ〜

  見てみいな、せっちゃん。正に家族や。

  ハルナ風に言うたらラブ臭が漂ぅとるってトコやわぁ」

 

 「は、はぁ……」

 

 

 そんな光景を、ウンウンと頷きつつ、おもっくそ嬉しげに語るのは木乃香。

 話を振られた刹那が困ってしまうほどに。

 

 楓らの魔具発現を初めて目にした横島であったが、それはそれでかなりショッキングな出来事であった。

 

 いや、かのこは良い。見た目的には単に大きくなる程度なのだから。

 雌鹿なのに角がある、と言うのは問題ではないし。散々っぱらお世話になっていた管理人の龍神様だって生えてたのだから気になる訳がない。些細な事だし。

 

 ただ、他の二名。

 その二名が拙かった。

 

 何せ古にしてもスリット付きのミニチャイナである。

 確かにシネマ村でもちょこっとだけお目にかかった衣装であるが、あの時は刹那達が危機的状況だった事もあり、眺めるとか鑑賞するとかの心の余裕も暇も無かったのだ。してたらしてたらで彼的にタイヘンだったであろうが。

 

 古も楓もかなりの美少女。

 ロリ否定などと言う無駄な行為を続けている横島でも、スリット付きミニチャイナという衣装もかなり似合っており、改めてじっくり見てしまうと心にクるものがある。

 

 いくらミニチャイナの下にスパッツみたいなのを穿いていようと、スリットがあるというだけで煩悩が刺激されてしまうらしい。

 

 

 そして楓である。

 何せ彼女の衣装はモロ『それ、どこのエロゲ?』と問い質したくなるほど露出度が高い。

 小豆色の袈裟、頭巾、そして一本歯の高下駄。そこまでは良い。それだけなら、まぁ、修験者のコスプレか何かに見えなくも無いから。

 

 が、その他がいけなかった。

 

 まず薄桜色の鈴懸に袖が無い。そして裾が異様に短い。まるで半襦袢だ。

 それだけならまだしも胸元と脇の部分が大きく開いていて、それぞれは紐で結ばれているだけ。

 

 下に穿いている方も拙過ぎる。

 前部の“合わせ”の部分が小さい上、腰の部分から太腿にかけて深いスリットが入っているのだ。

 

 彼女の戦闘装束に勝るとも劣らないほどの露出度の高さ。視覚心理戦にも対応しているとでも言うのだろうか?

 幸いと言うか、そんな戦闘装束を所持していたお陰で彼女もこれを着ても気にせず行動できるのであるが……

 そうでなければこんな風俗嬢まがいの衣装など着れるものではないだろう。

 

 もう御解りだろう——

 横島がひっくり返っている理由。それは……二人(特に楓)の衣装を目にし、鼻血を噴いて貧血を起こしてしまったからだ。

 

 自覚がないのが物悲しいが……何気に終わってるっポイ。

 

 

 んでもって横島は、古の膝枕で横になっていて楓に濡れ手拭を替えてもらっていた。

 

 極自然にそうしてもらっている彼であるが、チャチャゼロは何故か彼の胸の上に馬乗りになっていて、と周囲は女の子(?)だらけである。

 ドコの御大尽? と問い詰めたくなるような有り様であった。

 

 膝に掛かかる重さが何か嬉しそうな古と、それをどこか羨ましそうに見ている気がしないでもない楓。

 目を潤ませて心配そうにしてはいるが、彼が頭を撫でてくれるのですぐに眼を細めて甘えている かのこ。

 ある程度とはいえ、自力で動けるようになっていると言うのに、横島の胸の上にぺたんと座り込んでいるチャチャゼロ。

 そんな彼女らの様子に木乃香が喜びを見せている理由も解るというもの。

 

 因みに、膝枕は古が楓との勝負(ジャンケン)にかった褒美らしい。

 

 

 「あ゛〜〜っ!! そんな目で見んといてぇ〜〜っ!!」

 

 

 別にナニを言われている訳ではないのであるが、楓らの眼差しを生温かく感じているのだから自覚があるのだろう。

 

 古の膝の上でゴロゴロ転がって身悶えする横島。

 

 

 「あ、ちょ、老師、だ、だめアル!」

 

 

 膝の上をぐりぐりされて何だか古の吐息が色っぽい。

 そーゆートコに気をつけてないから深みに(はま)ってゆくとゆーのに、本当に迂闊な男である。

 大体、そんなにロリ疑惑が嫌なら頭をどければよいものを、乗せっぱなしにしているのだから。まぁ、そんなトコが実に彼らしいっちゃあ、彼らしいのであるが。

 

 

 「あ、ダ、ダメ……そんな……そ、そこ…は、あぁあ……っっ」

 

 「あ゛あ゛あ゛〜〜〜〜っ オレってヤツぁ〜〜〜〜っっ」

 

 「ろ、老師ぃ……」

 

 

 なんつーか……ベクトル違えど勝手に盛り上がっているではないか。

 

 木乃香はナニが嬉しいのかバシーんバシーんと刹那を叩いて喜んでいるし、その刹那は顔を赤くして固まっていた。

 のどかも『はわわ……』と真っ赤になっていて取り止めが無い。というか、歯止めが無い。

 

 横島忠夫という男はぱっと見が情けない上、異様に理解し辛い性格をしている。

 その為、誤解を受けやすく嫌悪感を持つ者も少なくない。

 

 が、一度彼の本質に触れてしまうとその印象が大きく変わってしまう。

 今度は逆に離れにくくなってしまい、何だかんだで無茶を聞いてしまったりしてしまうのだ。

 

 おまけに彼も何だかやけに甘えるのが上手いとキている。

 

 だから古も自分の膝の上でごろんごろんと身悶えされているというのに、それが故意的なものでなければ拒絶し辛いのだ。

 

 元より自分らで買って出た膝枕。

 くすぐったくはあっても嫌悪する気持ちは更々無い。

 

 となると、もはやこの女子中学生は堕ちてしまうしか道は無いではないか。

 

 

 嗚呼、哀れ古 菲。

 十四歳にして堕ちてしまうのか。  

 何せ本人が嫌がっていないのだから、止める手立てなんぞ()ぇーし。

 

 担任であるネギは明日菜と何か話しててこっちを気にもしてないし、木乃香は何だか煽ってる。

 刹那とのどかも真っ赤っ赤になって話にもならないとキた。

 

 

 そう、つまり残る手は——

 

 

 

 「 い い 加 減 に す る で ご ざ る …… 」

 「 イ イ 加 減 ニ シ ヤ ガ レ …… 」

 

 

 

 

 関係者にお任せするのが一番だ。

 

 

 

 「「ひゃいっ!?」」

 

 

 

 古と横島の二人は、恐怖の余り抱き合って飛び上がったという。

 

 無論、火に油なのであるが……

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 「こ、怖かたアル……」

 

 「美神さんの完殺の気を思い出した……」

 

 

 何だかよく解らないが、ものごっつ怖い目を見た二人。

 仲良く並んで正座させられ、明王のような憤怒の気を放つ楓に説教喰らっていた。

 

 横島の胸ポケに場所を変えたチャチャゼロに倫理について説教されていたのがまた笑いを誘う。

 ついでに彼らを真似るように、ぺたんと横に座り込んでいる かのこがいるものだから尚更だ。

 

 無論、横島も古も弁解の仕様が無いのであるが。

 

 

 暴走と言うか悪ノリと言うか、じょしちゅーがくせーの膝の上で蠢いた挙句、悶えさせたのだからそれは問題だろう。

 

 横島はもっと早く正気になるべきであったし、古は言葉だけでなく身体で嫌がるべきだった。

 

 お互いがウッカリと許容してたのだからそりゃ止まるまい。

 

   

 「全く……横島殿も横島殿なら、古も古でござるよ」

 

 「「面目次第もございません……」」

 

 

 何だか出来の悪い弟妹を叱る姉のようだ。

 

 

 「ちぇ〜 もっちょっとやったのに〜」

 

 「お、お嬢様?!」

 

 

 木乃香はちょっと残念そうだが。

 

 

 「考えてみれば、この場にはネギ坊主もいたでござるな。

  担任教師だというのに、学生の態度を叱らないのは問題でござるよ。

 

  全く……学生の節度というものを説いてもらわないと困るでござるな」

 

 

 『いや、アンタがそれを言う?』

 

 

 と、内心ツッコミをいれた者もいたりするが、その憤慨の波動に口には出せない。

 

 『そう言うたらツッコミ担当者のアスナも静かやなぁ』等と木乃香も首を傾げ、楓と共に目でネギと明日菜を探した。

 

 

 と……?

 

 

 「かっ……

  関 係 な い っ て 今 さ ら 何 よ そ の 言 い 方!!」

 

 

 

 「うぇっ!?」

 「ぴぃっ!?」

 「ひゃぁっ!?」

 

 

 その怒声に横島ら二人(と一匹)がひっくり返った。

 

 いきなりの怒声に刹那と のどかは驚きを隠せないが、やはり木乃香は動じていない。何とも底が知れないお嬢様である。

 

 

 「いえ、僕は無関係な一般人のアスナさんに危険が無いようにって……」

 

 「無関係って……こ、この……」

 

 

 何だかよく解らないが、ネギは明日菜に襟首掴まれて怒られていた。

 彼女のその表情から、本気で怒っている事が伺いしれる。

 

 

 「ちょ、な、何だぁ? 明日菜ちゃん、何怒ってんだ?」

 

 「さ、さぁ……元々アスナは気が短いアルから……」

 

 

 正座したままコロンとひっくり返っていた二人と かのこであるが、すぐにダルマの様に身を起こして仲良く首を傾げた。

 

 それなりに気も短く、口よりも先に拳が出てしまうような明日菜であるが、その本質はかなりお人好しで優しい彼女があそこまで激昂する事は珍しい。

 尤も、ネギとは初対面時から何か合っていないのであるが。

 

 

 「私が時間の無い中、わざわざ刹那さんに剣道習ってるの何だと思ってたのよ——っ!!」

 

 「えええっ!? 僕、別に頼んでないです、そんなの。

  何でいきなり怒ってるんですかアスナさん!?」

 

 

 自覚は全く無かろうが、第三者が聞けば正しく売り言葉に買い言葉。

 ネギは匠の技で狙いすませたピンポイント攻撃によって明日菜を怒らせ続けている。

 

 ただ、ネギは全く持って無自覚に言い放ったのであろうが、その言い様に楓と古、そして横島の眉毛がピクンと跳ねた。

 

 

 「あんたが私のこと、そんな風に思ってたなんて知らなかったわ!!

  ガキ!! チビッ!!」

 

 「ア、アスナさんこそ大人気ないです!!

  年上の癖にっ 怒りんぼ!! おサル!!」

 

 

 「あ、ああ……」

 

 「久しぶりやな あの二人……」

 

 

 言い合っているセリフは子供の喧嘩そのものなのであるが、その勢いは強い。

 

 明日菜の逆ギレに慣れている木乃香は兎も角、そんなに間近で目にしていない刹那は口を挟めない。

 

 茶々丸や かのこ等はわたわたと慌ててしまうが、楓も古も口を挟んでいないくらいなのだから。

 

 誰もが見守る事しか出来ない状況下で、二人の口喧嘩はヒートアップして行く。

 

 

 「拙い…か?」

 

 「え?」

 

 

 横島の呟きに古が反応した直後、何だかよく解らないのであるが、

 

 

 「毛も生えてないガキが生意気言うんじゃないわよ!!」

 

 「アスナさんだってパ○パンでクマパンのくせにっ!!」

 

 

 言い合いが脇に逸れだした。

 

 『ちょ、まっ、白牌は今関係ねぇだろ!?』等と口を挟む間も無く、明日菜の頭にカッと血が上ってゆくのが見て取れる。

 

 

 横島が先に気付けたのは、ぶっちゃけ女の激昂に対する“慣れ”だ。

 

 何せ勝手に自問自答をおっ始め、唐突に自分に八つ当たりをかましてくださるおねーさまと ず〜〜〜っと一緒にいたのだ。何が何でもその段階を読み取る能力がなければ死に繋がる。つーか、高卒まで生きていられたかどうか……

 彼の経験からして、ああいう女の子(、、、、、、、)の口に険が混ざってくると後は早い。 

 あっという間に臨界点に達し、安全弁が吹っ飛ぶ事は火を見るより明らかなのだから。

 

 何せ明日菜は横島の知るそのおねーさまに非常に良く似た気性をしている。

 

 幸いにして明日菜という少女は“その女性”と比べればずっとおしとやか(!?)であるが、それでも気の強さと短さからなる流れは然程変わるまい。

 

 

 となると次は……

 

 

 「この……」

 

  −Adeat−

 

 

 自分が気にしている点を突かれたからか、カッとなった明日菜は思わずアーティファクトを呼び出す。

 

 それを見たネギもやっと危機を察知し、防御魔法を唱えかけるも彼女の瞬発力に間に合う訳が無い。

 

 

 「やっぱりか!!」

 

 「! 老師!?」

 

 

 振りかぶられた明日菜のアーティファクト<ハマノツルギ>。

 

 これの能力なのか、明日菜が特殊なのか不明であるが、ともかく彼女に一撃を喰らうと魔法は無効化してしまうのだ。

 よって間に合ったとしても意味は無かったであろう。

 

 

 「はうっ!? 風楯……」

 

 

 その事を知っている筈なのに障壁を張るネギ。

 避けると言う選択肢は思いつかないようだ。

 

 

 「 ア ホ —— っ ! ! 」

 

 

 唸りを上げて襲い掛かってくるハリセン(?)。

 

 必死こいて防御に力を入れるネギ。

 

 無論、この攻撃を受ければ魔法は解けるか砕けるのであるがそんな事は双方の頭に無い。

 

 ぶっちゃけ、ネギが一方的に危なかったりする。

 

 

 スパ——ンッ!!

 

     バシィイン!!

 

 「へぶぅっ!!」

 

 

 景気の良いハリセンの音と、風の障壁が何かを弾く音、そしてカエルか何かが潰されたよーな音が響いた。

 

 普通に考えれば、ネギの障壁が明日菜によって破壊され、そのまま張り飛ばされるシーンが展開された筈である。

 

 しかし幸いにもネギは無事であるし、障壁も張られたままだった。

 

 明日菜の攻撃が効かなかったのか?

 

 

 「……あ、あれ? き、きゃあっ!!??」

 

 「わ、わぁっ!?」

 

 

 最初に気付いたのは、攻撃を仕掛けた明日菜。

 続いて、それを挟んでしまった(、、、、、、、)ネギだ。

 

 明日菜のハリセンが音を立てたのも、ネギの障壁がまだ存在しているのも、間にクッションがあったお陰なのだから。

 

 そしてそんな酔狂なクッションは……

 

 

 「え? あ、あれ? ろ、老師ぃ!?」

 

 「横島殿!? い、何時の間に……?」

 

 

 当然、横島だった。

 

 元々パワフルな少女である明日菜は見た目以上にパワーがあり、修学旅行の騒動の時に戦った式神達もそのパワーで殴り飛ばされた者もいたようだ。

 

 よって、ウッカリと防御に失敗して明日菜のハマノツルギと風の障壁に顔をサンドイッチさせて防ぐという身体を張ったギャグをかましてしまった横島にもかなりのダメージが入っている。

 

 しかしそれでもハリセンにしばかれた事により、芸人魂には満足なのか、

 

 

 「う、ぐぐぐ……nice bo……もとい、ナイス・バッティング……」

 

 

 グっと親指を立ててから意識を沈没させたのだった。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 「「……ゴメンナサイ」」

 

 

 ネギと明日菜。

 仲良く二人並んで正座し、頭を下げる。 

 

 その前に仁王立ちして睨んでいるのは古。

 

 

 『二人して大人気ないアル。

  冷静さを見失たばかりか周囲の迷惑を考えず喧嘩を始め、

  あまつさえ止めようとした人物に危害を加えるなど言語道断!』

 

 

 今度は古に、どの口がそんな事ほざく? という言葉でもって説教かまされてたりする。

 明日菜もネギも、アンタ(師匠)には言われたくないとでもいいだけな目をしてはいるが奇跡的に口には出していない。

 その言葉はギリギリで飲み込んでいる。何だか知らないがドスゲェ怖いし。

 

 で、ハマノツルギと障壁に頭部を挟まれて菩○掌モドキのダメージを頭部に喰らった横島は、楓の膝の上で伸びていた。

 楓曰く、『今度は拙者の番でござる』だそうだ。

 その顔を小鹿モードに戻った かのこが舐めてヒーリングぽいものを続けている。

 

 何となく楓の機嫌が良さげなのが興味深い。

 

 

 「う゛……」

 

 「ぴぃっ」

 「あ、気が付いたでござるか?」

 

 

 しばらくして、横島は頭に乗せていた濡れタオルを握りながら身を起こした。

 

 ちょっと記憶が飛んでいるのか、無意識にかのこの頭を撫でつつ『よぉ、カールぅ』等と寝ぼけたようなセリフをぶっこき、ぼんやりと見回したりしている。

 

 

 「あ…れ……?」

 

 「オイオイ。シッカリシロヨナ。頭無事カ?」

 

 「あ、ああ……悪ぃ」

 

 

 ポケットの中に入れたままのチャチャゼロが解り難い労わりの声をかける。

 その頃には横島も、ああそう言えばと何が起こったか思い出し(正気に返っ)ていた。

 

 

 「楓ちゃんもゴメンな」

 

 「何の。御気になさらず…… なれど……」

 

 「ん?」

 

 「い、いや、別に何でもござらぬよ?」

 

 

 よいしょっと腰を上げて明日菜達の方に近寄って行く横島。心配そうに付いてゆく小鹿が健気だ。

 その背を見送りながら、色ボケブルーが『ゴロゴロは?』等と呟いてるよーな気がしないでもないが空耳だろう。

 

 楓と一緒に看護をしていた木乃香のニヤつきは深みを増し、

 

 

 「お嬢様……」

 

 

 これからの刹那は気苦労が増えそうであった。

 

 

 

 

 「よ、よう……」

 

 

 へろりと足元をふらつかせつつネギらに声をかける。

 

 トロールもびっくりな耐久力を持つ横島にここまでダメージを入れてしまったのだ。

 流石に二人してシュンとしており、幸いにも喧嘩の勢いは沈み込んでいた。

 

 それはそれでOKなのだろう、横島はこっそりと笑みを浮かべてたりする。

 

 

 「まぁ、何だ。

  お互い怪我がなくて何より」

 

 「……いや、老師という被害者がいるアルよ?」

 

 「オレは三途の河原を見慣れてるから、然程でもない」

 

 

 それで納得できるアルか!? と今さらながら目を見張る古の横に進み、正座させられている二人の前にどっかと腰をおろす。

 そして当然の様にかのこがその横にぺたりと座った。

 

 横島は苦笑して小鹿の頭を撫でるが、その目に責めの色はない。

 しょーがねぇーなーという溜息くらいだ。

 

 懐が大きいというか、何と言うか……

 

 

 「で、お二人さん。仲良さげだったのに何喧嘩してたんだ?」

 

 「「う゛……」」

 

 

 こんな質問をされて素直に答えられる明日菜ではないのであるが、不可抗力とは言え今さっき殴ってしまった気不味さがあり、黙っているのも心苦しい。

 

 かと言って、すっぺらこっぺら語りまくるのも恥ずかしかったりする。

 

 どうしたらよいのか解らず、明日菜はただ、首の上の温度を上げるのみ。

 

 

 「……OK。言い難そうだから明日菜ちゃんはいいよ。

  で、ネギ」

 

 「ハ、ハイ?」

 

 「明日菜ちゃんに何言った?」

 

 

 やはり横島。こーゆータイプの女性の扱いは慣れまくっている。だからアッサリと明日菜に対する質問を止め、今度はネギに話を振った。

 

 無論、質問を振られたネギの方は困ってしまう。

 

 何せ自分は悪い事を言ったつもりはないのだ。

 だというのに明日菜はいきなり怒り出してしまったのだから彼だってサッパリ解らない。

 

 だからどう説明すればよいか思いも付かないのである。

 

 

 「ふぅ〜む……

  なぁ、のどかちゃん。明日菜ちゃんとネギはナニ言い合ってたんだ?」

 

 「え? え? 私、ですか?」

 

 「うん。そう」

 

 

 ネギは説明に窮し、明日菜は言い難い。

 そうなると第三者に語ってもらう方が良いという事となる。

 

 楓と古は自分といたし、木乃香と刹那もちょっと二人からは離れていた。

 だったら何だかんだでネギの会話に耳を傾けている のどかが何か耳にしているだろうと判断しての事だ。

 

 

 「え、えと……その……」

 

 

 実のところ、彼女もそんなに詳しく話を聞いていたわけではない。

 

 それでもネギの言っている言葉だからか、ある程度は耳にしていた。

 

 のどかがつっかえつっかえしながら説明した事によると、

 

 

 実は昨日、ネギはのどかと夕映を連れて図書館島へ行き、危ない目にあったらしい。

 で、明日菜はその時に何で自分に声をかけなかったのかと腹を立て、ネギを問い詰め出した——との事。

 

 内容その物は簡単すぎる事柄であったが、話を楓と古は微妙な顔をし、横島は顔を顰め、

 

 

 「あんなぁネギ……

 

      お 前 は ア ホ か ? 」

 

 

 「え、ええっ!?」

 

 

 何か深く溜め息を交えつつ、横島はいきなりそう言った。

 

 

 「ええっ!? もクソもあるか。

  明日菜ちゃんは置いてったくせに、ドコをどう考えても非戦闘員の娘は連れて行くたぁ どういう了見だ」 

 

 「え、と……それは……」

 

 「それとも、全くサッパリ危険はないって確信してたのか?」

 

 「い、いえその……」

 

 

 裏の世界。

 魔法使い達の世界はとっても危ないもの。それはネギ自身が口にしたセリフである。

 

 彼の認識よりやや大げさに言ったのであるが、それは二人を怯えさせて危険に近寄らせないようにという理由だ。

 

 ネギも、魔法の危険性は十分承知しているつもりであるし、修学旅行の一件で再認識した筈だった。

 

 だが、父親の手がかりが間近にある事を知り、いても立ってもいられなくなったネギはそのまま地下迷宮に突っ込んで行ってしまったのである。

 いやそれだけならまだ叙情酌量の余地はあろうが、その時に非戦闘員である件の二人を連れて行ってしまっているのだ。

 

 コドモだと言われればそこまでであるが、それにしたって浅慮という感は否めない。

 

 

 「大体、聞いた話によるとお前さんらは前にもあのクソ馬鹿でかい図書館島でエライ目に遭ったんだろ?

  だったらなんでもっと気ぃつけんのだ?

  魔法のトラップがあるかもしれないから今日は自分だけで行く……とか言えんかったんか?」

 

 「うう……」

 

 

 確かに図書館島は彼女らの方が詳しかろうが、魔法に関しては素人以下だ。

 だから魔法の危険を知っている筈のネギがそれに気付かなかったのは、やはりどうかしているとしか言えまい。

 

 

 ネギを知ってからずっと思っている事であるが、この少年は『注意深いくせに不注意』という変すぎる特徴がある。

 

 それとも正しい魔法使いとやらになるのは、こんなちぐはぐな性格が必須なのか? と、横島は首を傾げざるを得ない。

 

 

 「……で? 明日菜ちゃんはそんな矛盾してる事を怒ったと……」

 

 「う、うん……それもあるけど……」

 

 

 いきなり話を振られてちょっと身を竦ませはしたが、別に怒りとかの眼差しではないからか明日菜に然程の緊張はない。

 

 だがそれでも歯切れは悪かった。

 

 

 「? 何だそんなに言い難い事なんか?」

 

 「そんなんじゃあ……」

 

 

 怒ってるような照れているような不思議な表情でもじもじしている明日菜。

 

 不覚にもちょっと萌えてしまった横島であったが、背後と胸元から凄まじい殺気を感じてしまって直にそれも治まった。

 

 横島はコホンとわざとらしく咳払いをし、誤魔化すかのように言葉を紡ぐ。

 

 

 「だ、だったら『民間人はしゃしゃり出てくるな!!』的な事を言われたとか?」

 

 

 まっさかなぁ……オレじゃあるまいし。と、横島は昔実際に言われた事を口にして茶化したつもりであったが、明日菜はムっとして顔を上げ、そのまま何も言い返さない。

 

 アレ? 否定しないの? と、半信半疑で明日菜を見るがやはり憤っているような表情はそのまま。

 

 マジか!? と、今度はネギに目を向けるが、

 

 

 「そ、そんな……僕、そんな事言ってませんよーっ!?」

 

 

 と、思いっきり否定していた。

 

 

 「言ったわよ!! 言ったじゃないの!!

  アタシは無関係な中学生だって!! もう首を突っ込むなって!!」

 

 「そ、そそそそんな!? 僕はそんな事……っ!!」

 

 「待てっ!! モチツ……じゃない、落ち着け!!

  こら、泣くなっ!! 手ェ上げんなっ!!

  暴れんなっ!! 話聞け——っ!!!」

 

 

 何というか……前の世界とポジションが変わってしまった為だろうか、横島の負担が何故か増えてたりする。

 

 自分は騒動を抑える側ではなく起こす側であり、その所為で折檻を受けた挙句に庇ってもらうというお笑いキャラの筈。

 

 何でこんな訳の解らん苦労をせねばならないのか?

 

 

 『ちくしょーめ……

  気晴らしにシスター・シャークティや刀子しぇんしぇーにでも飛びかかろーかな……

  何かそんなコトしてた方が自分を取り戻せそうな気もするし……』 

 

 

 二人の諍いを止めながらナニを考えているのやら。

 

 素晴らしい思いつきのような気がしないでもなかったが、頭で考えただけで何故か背後の少女らと胸ポケ辺りから黒い瘴気みたいな物を感じて慌ててその妄想を振り払う。

 

 ザナドゥに到達できるのなら折檻も怖くない彼であったが、何故か知らんがその気配はチビリそーなくらい怖かった。実際、かのこも頭抑えて蹲ってるし。

 

 

 「お、おちちゅいたかね二人とも」

 

 「ええ……」

 

 「ま、まぁ、何とか……」

 

 

 怯えの所為かなんか声が裏返ってたりするが、怖がってる小鹿をナデナデして何とか平静を保っている“風”を装う事に成功した横島。色んな意味で安堵だ。癒しキャラ万歳である。

 

 

 「ま、これで大体の事は解ったろ?

  ネギは、明日菜ちゃんは元々魔法と関係ない生活してた訳だから余り迷惑をかけたくない。

  そう言いたかったんだよな?」

 

 「ハ、ハイ……」

 

 「そーなの?」

 

 「で、言い方が悪すぎて伝わり切らなかった……と。

  まぁ、空気読めなかった事もあるんだろーけどな」

 

 「うう、ゴメンナサイ……」

 

 

 実際、エヴァに師事を願いに出たのも自分の力不足を認識できたからだ。

 

 明日菜や刹那、のどかに楓や古、真名、そして被害者である木乃香、更に横島の力なくしてあの修学旅行の事件は解決に至らなかったであろう。

 

 特に身近で戦ってくれた明日菜には感謝の念は絶えない。

 

 だからこそ彼女にこれ以上負担を増やしたり、迷惑をかけたくなかったのである。

 

 ——尤も、かなり見当違いな物言いで気持ちがひん曲がって伝わってしまったようであるが。

 

 

 「んで、明日菜ちゃんは本気の本気でネギを心配してて、

  それだけ心配してんのに、自分がどれだけ動いても関係ないって感じに言われてキれたと……」

 

 「うう……改めて他人に言われると恥ずかしい……」

 

 

 あんまり心配してるものだから余計に無関係的な発言がカチンときたのだろう。

 ガキの戯言と取れればよかったのであるが、元からお人よしであり直情的な明日菜には酷な話だ。

 

 横島が(文字通り)身体を張って間に入らねば余計にこじれてややこしくなっていたに違いない。

 

 

 「まぁいいさ。お互いが誤解してたって気付けたんだろ?

  後は謝ったら終わりだ」

 

 「う、うん……ゴメン、ネギ……」

 

 「あ、その……こちらこそゴメンナサイ。言葉足らずで……」

 

 

 ネギと明日菜はやや反りが合っていないように見えるが、その実かなり相性が良い。

 

 これはお互いの事を無意識に認めているからかもしれない。

 

 更に魔法的なラインが持てた訳であるから、その繋がり……いや、絆は更に深まっていると言える。

 

 まぁ、だからこそこう言う“水臭い事”で喧嘩がおっ始まってしまうわけであるが……

 

 

 要は喧嘩するほど仲が良いという見本だった訳である。

 

 

 「それにしても、横島さん。アスナの誤解、よう解ったなぁ……

  ウチも横で話し聞いててやっと解ったのに」

 

 「ん? ああ、明日菜ちゃんはオレの元雇主と性格が似てて解り易かったしな。

  ネギの方もダチに似てるヤツがいてさ……」

 

 

 直情なのを取り成すのは(悲しいかな)慣れまくっているのだ。

 そもそも明日菜の方が随分と穏やかな性格であるし。

 

 ネギにしても、セリフで誤解生みまくるパターンの間は知り尽くしているから楽だった。

 

 何せ同級生にだったダンピールが思い出されるし。

 

 正義感と責任感が強く、みょーな勘違いをしまくる上、ヘンに感動屋でおせっかい焼き。

 優等生で、更に色々と恵まれた能力を持ってて努力家で修行を怠らないクセに何故かヘタレでビビリ。

 成程。確かに似てなくもない。

 

 

 「……そう言やぁ、四方八方にモテるトコも変わらんな……」

 

 「え、えと……横島、さん?」

 

 

 急に禍々しい気配を放ちだした横島に驚いて刹那が声をかけるが、ククク……と黒い笑みを浮かべるのみ。

 

 尤も、貴重なたんぱく質(差し入れの弁当)をめぐんでもらっていた(強奪とも言う)事を思い出したので直に元に戻ったのであるが。

 

 どちらにせよ喜怒哀楽がストレートに出てくる正直な男である。

 

 

 「ま、まぁ、誤解も解けたよーで良かったでござるよ」

 

 「本当アル」

 

 

 楓にしても古にしても、付き合いが三年目に入れば明日菜のややこしい性格は見て取れている。

 

 焦りまくってわたわたする様は第三者的に眺めているだけならお笑いで済むが、こう間近な事でもめ事を起こされると止めざるを得ない。

 しかし明日菜は、そのタイミングがこれまたややこしい少女なのである。

 

 確かに彼女が恋焦がれる高畑であればあっという間に止められようが、彼は何だかんだで明日菜の事を信じているので彼女自身が気付いて解決するさと静観してしまう可能性がある。

 或いは、高畑に対する外面によって納得した風を全力で装い、実際には全く解決せぬままに終わってしまうとかだ。

 

 だから横島のように明日菜を手早く納得させた上で解決してくれる大人はかなり貴重なのである。

 

 

 これも“あの”元雇主の矢表に立たされていたお陰であろう。

 

 そう考えるとちょっとは……ほんのちょっとは横島も報われるかもしれない………多分。きっと。めいびー……

 

 

 「つまんねー事でぐぢぐぢしてる美少女見んのはイヤだしな。

  それに気が付けば解決も早いと思ったんだ。

  こーゆー娘は聡いし、勢いがつけばどんな娘より真っ直ぐ相手見て謝れるし」

 

 「へぇ……」

 

 

 殆ど接していないのにここまで彼女を理解しているとは……

 流石は楓と古が師と見ているだけの事はあると刹那も感心していた。

 

 強者なんだかオマヌケなんだか判断がし辛い青年であるが、流石にこういったところを見せられると見直さずにいられないだろう。

 

 ちらりと視線を後に向ければ、木乃香もニコニコして自分のルームメイトらを見守っている。

 

 横島に諭されたとは言え、何時も以上に早く自分から気付いてくれた事が嬉しいのだろう。

 

 のどかもちょっと離れた場所で胸を撫で下ろしているのが解る。

 

 和やかになった空気を読み、刹那も微笑んで目を戻したのであるが……

 

 

 「んじゃ、誤解も解けたよーだし……

 

 

   そ ろ そ ろ 説 教 に 入 る と す る か 」

 

 

 

 

 「「い゛い゛っ!?」」

 

 

 

 彼はそこで終わったりしないのだ。

 

 

 

 「まず、明日菜ちゃん」

 

 「な、何よ?」

 

 「ネギのこと心配してるのも解るし、自分にできる範囲で鍛えてるのも解る。

  刹那ちゃんに剣道習ってるとか言ってたけど、今やってるのは基本程度なんだろ?

  そんなレベルで『何とかなる』なんて考えるんだったら、ネギをどうこう言えないぞ」

 

 「う゛……で、でも……」

 

 「あの銀髪のガキは、キミが剣道を習ってる刹那ちゃんを一撃で沈めたんだって?」

 

 「あう……」

 

 

 かなり厳しい言い方ではあるが、さっき明日菜が言っていた事は剣道を習っているからマシと言ってるようなもの。

 

 だが、『剣道を習っている』というレベルで裏の人間を相手にする事は出来ない。

 

 実戦剣道というのなら兎も角、いくら常軌を逸した体力を持ち、魔法を無効化する妙な力を持つ明日菜とは言え、習い始めでは素人よりマシという程度である。

 これは過信ともとれるだろう。或いはあの時何とかなってしまったが故に、無意識に過信しているのかもしれない。

 

 明日菜自身あの少年にはかなり悔しい思いをさせられている。

 何せネギを守ろうにも、庇おうにも、相手との力の差があり過ぎて手も足も出せず、一矢報いたのが限界だった。

 横島が割り込みを掛けてこなければどうなっていた事やら……考えるのも恐ろしい。

 

 そんな明日菜をややキツ目に睨む横島。

 

 言うまでもなく普段より物言いが厳しいのは明日菜を心配しての事。

 でなければどこか突き放したようなこんな言い様はしない。

 

 

 「んで、ネギ」

 

 「ハ、ハイ!?」

 

 

 そしてネギに向けた眼はもっとキツかった。

 

 

 「あの銀髪のガキみたいなのに関わったらどんな目にあうか解ったもんじゃない。

  だから魔法に関わらせないように思った……ってぇのは良い。丸をつけてやる」

 

 「あ、ハ「だけど、それはこの娘らを関わらせる前の話だ」イぃ!?」

 

 

 声のトーンが変わり、ネギの身が竦む。

 ネギは何だか解らないのだが、横島は楓らですら驚くほど怒っていたのである。

 

 

 「あの事件の時の調書読んだか?」

 

 「え、えと……ハ、ハイ……」

 

 

 急に雰囲気が変わった為、少女らも慌てていて口を挟めない。

 

 それはネギの横で座っている明日菜にしてもそうだ。

 だが、明日菜は横島の正面にいるのでネギに向けられている眼差しを見る事ができていた。

 

 

 『え……な、何で?』

 

 

 彼は、怒ってはいるのだがどこか悲しそうな目をしているのだ。

 

 

 「あのガキみてぇなタイプはな、大切な事の為には多少の犠牲はしょうがないって考えんだよ。

  実際、あん時本山にいた人間全員を石にしてたろ?

  殺さないだけありがたいと思えってトコだろうよ」

 

 「そ、そんな……」

 

 「そん時、のどかちゃんトコにも行ったんだってな」

 

 「ハイ……」

 

 

 木乃香も覚えているであろうのに僅かに表情を硬くするのみ。

 自分の所為だと思っているのだろうと見当がつき、刹那は悔やむように下唇を噛んだ。

 

 楓は実際に目にしているし、古も石像群を見ているのでやはり表情が曇った。

 

 ネギが思い出すのは、のどからに宛がわれていた客間。

 

 

 初めは何かの遊びかと思った。

 

 

 いや、ひょっとしたら解ってて心がそう思い込もうとしたのかもしれない。

 

 起り得ない。起こってはいけない光景。

 

 もう二度と見たくもない、“知り合いが石になっている”光景。

 

 それが目の前で再演されていたのだから。

 

 

 「調書にそん時の事、書いてあったけどな……

  ンのガキ……のどかちゃんをメインに狙ってやがったんだ 」

 

 「「!?」」

 

 

 のどかを気遣ってその話に触れていなかったのか、或いは調書をよく読んでいなかったのかは不明であるが、過分に怒りを含んだ横島の言葉にネギと当事者ののどかが息を飲んだ。

 

 もちろん横島は、

 

 『あ、言っとくけど、結局は全員を石に変える気でいた事に間違いないみたいだかんな?

  単に、先に石にしておかないと行動を読まれる危険性があるって判断しただけだと思う。

  だからキミの所為で同級生が巻き込まれた……何て事はありえないから』

 

 と軽めの口調でのどかをフォローする事も忘れない。

 

 

 「解ってるたぁ思うけど、あのガキみたいなヤツは手段を選ばない。

  あーゆータイプは大義ってのをでっち上げて、その為の犠牲とかを全然気にしないクソ野郎だ。

  ああいう手合いを知らないでいたのなら兎も角、知った今、お前さんがやんなくちゃなんねぇのは何だ?」

 

 

 珍しい横島の真顔。

 

 彼は女子供。特に女の子を平気で危険な目に遭わせるヤツをとことん嫌っている。

 

 ネギを通して、あの銀髪の少年“フェイト”を幻視して怒り、そして彼を幻視して認識の甘いネギに焦っているのかもしれない。

 

 

 「アイツみたいなのから皆を守る為に自分を鍛える……

  うん、その事も大事だけど、そう言った手合いから身を守る方法をこの娘らに教え込むのも大事だろう?

  それが関わらせてしまった、巻き込んでしまったヤツの責任じゃねぇのか?」

 

 「……ハイ……」

 

 

 横島の言葉を聞き、項垂れるように頷くネギ。

 

 少女らの中にはやや言い過ぎととらえる者もいたかもしれないが、彼の言っている事は全くの正論だった。

 

 

 というのも、

 

 

 「……なぁ、刹那ちゃん」

 

 「は、はい?」

 「関西呪術協会ってさ、それなりに手が長い(、、、、)んだろ?」

 

 「え? あ、はい。それは西の本山と言うくらいですから……」

 

 「で、ここは関東魔法協会……東の本山……だよな?」

 

 「はぁ、それが何か……」

 

 「解んねぇか?

  日本を二分する魔法の勢力が合同で追跡してんのに——」

 

 

  未だフェイト(あのガキ)の尾の先も捉えられていないのだ。

 

 

 

 

 「あ……」

 

 

 そう言う事だ。

 

 

 理由として考えられるのは、西と東の組織力は思っているほどではない。実は対した事がない。

 あの少年の完全単独行動なのでバックの動きがないから見つけ難い。

 東西の組織内に支援者or手の者がいる。

 逃げ遂せるだけの実力を持っている……等であろう。

 

 しかし、仮説のどれ一つを取っても、拙いという事に変わりはない。

 

 だから横島はおもいっきり警戒しているのだ。

 

 

 「あんなガキみたいなのが何人もいたら堪んねーけど、ぜってーいねぇって保証もねぇ。

  そうなるとやっぱり自衛手段くらいは教え込んでやんねぇと」

 

 「……うう、確かに……」

 

 

 確かにネギの気も解らぬでもない。

 

 巻き込んでしまった一般人……それも親しくしてもらっている女の子らを危険に巻き込みたくない。その気持ちは横島とて大いに解る。

 

 が、その距離の置き方はあまりにちぐはぐで、何と言うか……母性本能を妙に刺激しつつ、何故か努力しているところを見せてしまったりしているので『実は誘っているのか?』と邪推してしまいそうになるのだ。

 

 

 もし横島が距離を置こうとするのなら、おもいっきり怖がらせたり、酷い行為を連発して嫌われようとしたりするだろう。

 どれだけ嫌われ様ようと、憎まれようとその娘が怪我するよかマシだからだ。

 

 まぁ、そこは横島であるから、嫌われたとしても気を使い続けるというオバカさんなマネもしちゃうだろうが……

 

 乱暴な言い方をすればネギの行為は、子猫を保健所から守る為に拾って帰って安全な道路に捨てる……といった感じだろうか?

 

 

 尤も、横島も男相手ならここまで考えてやったりはすまい。

 せいぜい学園側に忠告しておく程度だろう。

 

 しかし、事に関わってくるのは明日菜に木乃香、刹那にのどかといった将来的に超有望株と成るであろう美少女達……つまりは国宝の安否である。

 

 生来のお人よしと女子供に対してのみ発動する底抜けの優しさも相俟って、横島の頭は通常より200%ほど割増して大回転しているのだ。

 

 

 「おまけに力だけ与えといて、その使い方を教えとらんし詳しく調べとりもせんつーのはどういう了見だ!?

  あんまナメとったらしょーちせんぞコラ!!」

 

 「あひぃいいっ!? ゴ、ゴメンなさーいっ!!」

 

 

 しかしその怒りのテンションは治まりを見せず、何か段々とボルテージが上がってきているように感じられる。

 

 

 それも——

 

 

 「大体、何だ!?

  今学期の初めに明日菜ちゃんの唇奪って、修学旅行中に のどかちゃん、刹那ちゃんやと!?

  美少女の初物を喰いまくるたぁどういう了見じゃゴラァ!!

  ガキの分際で寿命を延ばす気か? ぶち殺すぞ!!」

 

 

 ——主に見当違いの方向に……

 

 

 「は? いや、あの……」

 

 「しゃ〜らぁっぷっ!!!!

  キサマには反論の余地はない! この淫行教師め!!

  美少女を選り取り見取りだと!? ざけんなっっ!!!」

 

 

 何だか最後は血でも吐きそうな勢いだ。

 

 ネギにとって多大なる言い掛かりであろうが、横島的に言えば大悪事以外の何物でもないのだ。

 

 何しろネギが行っている事を横島の現年齢に照らし合わせてみれば二十一歳の女子大生達とキスしまくっているようなもの。

 穢れを知らぬ若芽の内に摘み取られたような気になるのも(横島なら)当然だ。

 

 そりゃ血涙も出したくなるだろう。

 

 

 「そ、そんな事言われても、僕は先生なんだし」

 

 「何やとぉ!? 先生やったら女生徒にナニやってもかまわんちゅーんか!?

  高校教師は女子高生、大学教授は女子大生にお手つきOKってか!?

 

  何て羨ましいんだ!! 恐るべきは学歴社会か!!

 

  おのれ……何と言うウハウハ生活を……テメェ、代わりやがれっ!!」

 

 

 テンションが上がり過ぎて脳がイッちゃっているのか、或いは怒りのボルテージで理性が吹っ飛んでしまってるのか甚だ不明であるが、津波のようなその感情の勢いは正に大自然の猛威。

 全く持って自慢は出来ないのだが、人が吹き飛んでしまいそうなオーラまでもが迸り出ていた。

 

 

 え゛? それって自分も女子中学生とちゅーしたかったって事? 等と言ってはいけない。

 横島自身、テンションに任せて憤りを噴出させているのでナニ言ってるのか理解していない節もあるのだから。

 

 無論、大方の人間にはオレに代われーっな発言にしか届いていない。

 

 

 つまり……

 

 

 

 

 

 

 

 

 「「「ほほう……面白い事を言ってる(でござるな)(アルな)(ジャネーカ)」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 「アレ………?」

 

 

 

 ストッパーは勝手に生まれてくださるという事である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

                  フルボッコ中です

 

        ※※※※※※※             ※※※※※※※

 

                しばらくお待ちください

 

        ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 「理解したでござるか?

  そう言った事は淫行罪であり、横島殿の場合は想像もしてはダメでござるよ?」

 

 「ネギ坊主はネギ坊主、老師は老師アル。

  自分の身の程を知ればいいアルよ。出来ないものは出来ないアル」

 

 「マ、ドーシテモ我慢デキネーッテンナラ オレニ相談シナ。

  イツデモ『(キュウ)ノ刑(去勢)』ニシテヤンヨ」

 

 

 「……ハイ、モウシワケアリマセン……チョーシコイテスンマセン……」

 

 

 

 

 

 何が何だか解らなくなったモザイクがかかった物体に、冷静に懇々と説教する二人……いや、二人と一体。

 

 起こったのは余りと言えば余りにバイオレンス。

 ノクターンじゃないとお目にかかれないようなR18コードバリバリの残虐シーンに、ネギと明日菜は抱き合ってガタブル震え、木乃香は顔を青くした刹那に目をふさがれ、のどかは失神していた。

 

 それでもスゲく自然に説教たれる少女らが怖すぎる。

 

 

 何はともあれ、横島の尊い犠牲(?)によって明日菜とネギの(わだかま)りは取っ払われのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 で、

 そんな騒動を無視してずっと語り合っている者が数名——

 

 

 「成る程……

  契約者の宿星に合わせて方陣を描いてその中で対象が従者として契約するですか……」

 

 『ま、仮の契約ってヤツだがな。

  言っちまえば従者のお試し期間ってこった。

  それでもアーティファクトが使えるからか、割とひょいひょい結ばれてっけどな』

 

 

 無論、表立ってはそうそう行ってはいないのだが、魔法国に行くと街中でも契約屋なる店があるというのだからアバウトなのだろう。

 

 『あっしが本家本元の契約精霊なんだぜっ』とかオコジョが騒ぐが夕映は気にもせず楓らの札と、のどかと刹那、そして木乃香と明日菜のカードを見比べている。

 

 

 「パクティオーカード……

  魔方陣は本に良く出てくる西洋の魔方陣そのものですが、そこに描く内容は陰陽っぽいですね。

  そしてその儀式から生まれてくるカードはタロットカードに似てます。

  反して、こちらの札は手順は同じなのに完全に別物。

  形状は本当に花札……ですね。何だか絵柄までちょっと和風です」

 

 『そーなんだよなぁ……手触りとかも何か違うし、魔力も感じねぇ。

  あの兄さんが魔力を持ってねぇにしても、ちょっとなぁ……』

 

 

 

 向こうの馬鹿騒ぎを無視し、そんな二人の会話を耳に流しつつ木材を撫でるように薄く削っているエヴァ。

 

 チラリとも視線を向けていないのであるが、さっき楓から伝えられている札の裏にある文字の欠片と、横島の在り方を照らし合わせてある程度見当を付けていた。

 

 いや、仮説の域は出ていないのであるが、今までの情報を整理するとそれしか考えられないと確信もしている。

 

 『……かのこの成獣化は能力(、、)かと思っていたが……

  アレがパクティオーカード(モドキ)の力だったとはな』

 

 

 それも想定外だ。

 

 あの男はどれだけ反則街道を突き進めばよいのだろうか。

 

 

 『しかし、あの符……

  呼べば手元に現れるのは、元は従者召喚なんだろうな……

  衣装が変わるのはオマケ機能の着替え……っというところか?』

 

 

 ずっとナイフで力ある言葉を刻み続けていたエヴァは、やっと刃物をテーブルに置き、粉末のように細かい木屑を吹いて飛ばす。

 

 完成にはもうちょっと掛かろうが、思ったより手早く事は進んでいる。

 

 

 『となると……

  やはりアイツが歪めたんだろうな……』

 

 

 ちらりと目の端を向けてみると、何だか感心するほど黒い瘴気を放っている楓と古に説教され続けているモザイク……もとい、アホの姿。

 とてもじゃないがそのアホがあれほどの力を持ち合わせているとは信じ難い。

 

 が、彼のポケットに入れられている自分の下僕が、『ワカンネーノナラ、テメェノ脳みそニ直接刻ミ込ムゾ? 物理的ニ』等とエラい物騒な事言って脅しまくっている。

 

 

 ——その手に、掴める筈もない鉈を握り締めて……

 

 

 

 エヴァの口元に浮かぶ笑みが深まった。

 

 先程も魔法を破壊する力を持つ明日菜の攻撃を横島ごと受けているというのに、エヴァの魔法によって存在している筈の彼女は無事だった。

 そして今も、魔力が無ければ動くどころか喋る程度の事しかできない筈だったチャチャゼロが、手に物を持っている(、、、、、、、、、)……

 

 

 『思った通りなら……いや、おそらく間違いないだろうな。

 

  やはり神々とやらがいるキサマの世界の“枷”は、ここでは……この世界では——』

 

 

 

 適応されぬのだな……——

 

 

 

 エヴァは今度こそ声に出して笑ってしまった。

 

 その笑い声に気付いた夕映とカモにいぶかしげな目で見つめられても、ずっと楽しげに……

 

 

 自分の想像が確信に変わって行くのを感じて。

 

 

 

 




 お読みいただきありがとうございます。

 この時にはまだコスプレダンスしてたりしますし、TTRPGのコンベンションでくろうしてたりします。何かなつかしいw
 頭振り過ぎてムチ打ちになってダンスやめたり、件のゲームマスターが亡くなったりと色々ありました。ヤレヤレです。

 女の子ズの関係はかなりジリジリ。いらいらされる方には申し訳ありませんが、三角関係にもなりませんし恋の邪魔者も出ません。ただ仲が進まないだけで……って、それがイラつくw? 御尤もでw
 まぁ、真面目に本気に恋愛してたらこんなもんです。リアルにもっと酷いのいますし。私もツッコミ入れたくらいのレベル。

 まー 学園祭編辺りから進みますんで我慢してください。
 とゆー訳で続きは見てのお帰りです。ではでは~

 PS...当時やってたゲームは7th。今はVitaで種。こちらも歴史感じるw


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休み時間 <幕間>:危ない終末
本編


 

 青い空。

 

 白い雲。

 

 そして見渡す全てが蒼い海。

 

 

  よ ぉ ぉ —— しっ

 

    海 だ —— っ っ ! !

 

 

 

 歓声を上げ、元気に波間に飛び込んでゆく水着姿の美少女達。

 

 何とゆーか……周囲を見渡しても彼女ら以外の姿が見えない。

 美少女だけしかいない海辺とは一体ドコのパラダイスであろうか?

 

 おまけに学校指定のものであろう、スク水装備の少女まで混ざっているではないか。

 ある特定の趣味を所持する大きなお友達の方がご覧になれば眼福のあまり感涙に咽ぶこと請け合いである。

 

 

 ここは南の海に浮かぶリゾートアイランド。

 所謂“お金持ち様”が対象のプライベートビーチだ。

 そんな場所になぜこんな少女らがいるのかというと、彼女らが通っている麻帆良学園女子中等部3−Aのクラス委員長、雪広グループの娘である あやかが誘いをかけたからだ。

 

 

 「誘いなんかかけてませ——んっ!!」

 

 

 ……失礼。

 担任のコドモ先生“のみ”に誘いをかけたのであるが、その情報が漏れたからだ。

 

 

 「うぐぐぐ これは一体……

  ネギ先生との二人っきりのパラダイス計画が……

 

  な、な、なぜこんな事に……

  しかもクラスの半数以上が……っ!?」

 

 

 握り締めた拳は白くなっており、その掌にかかっている握力から怒りのほどが見て取れる。

 

 風貌などは確かに年齢相応なのだが、やたらとプロポーションバランスが良いものだから童顔の女性とも見えてしまう。

 そんな彼女が怒りをあらわにしているのだからギャップも手伝ってなかなか恐ろしいものがあった。

 

 萌えるショタパワー、恐るべしと言ったところか。

 

 

 「和美とハルナさんにもれたのはまずかったわね。あやか」

 

 「あなた達もですっ!! 勝手についてきてっ」

 

 

 ころころ笑いながら能天気そうに話す、あやかのルームメイト千鶴。と、あやかの剣幕に何だかハラハラしている夏美。

 彼女らもその件の二人の誘いに乗ったのであるが、飛行機に搭乗する際、乗り込もうとする少女らを断らなかったのだから、あやかにも責任があるような気がしないでもない。

 

 つーか、そんなに嫌だったら自家用機に乗せたりすまい。

 実際 怒ってはいるが追っ払ったりしていないのだ。結局、おもいっきり人が良いのだろう。

 

 

 「あ、あの、いいんちょさん。

  こんな南の島に招待してくれてありがとうございます!! 僕、すごくカンドーしてます!!」

 

 「何を仰られるんですの!? 水臭いですわネギ先生!!

  この雪広あやか。ネギ先生の為なら極点にだって御招待いたしますわ!!」

 

 

 しかしやはりこの少年の感謝が一番の褒美。

 

 今さっきまでの怒りの空気などドコへやら。

 彼の言葉を耳で受け取った瞬間、彼女はヘヴン状態となり周囲は薔薇や蘭等の花々に埋め尽くされていた。

 

 泣けるほどお手軽な女である。

 

 

 「全く……何で私までこんなところに来なきゃいけないのよ」

 

 「まぁまぁ、ちょうど新聞配達もお休みやったし、えーやん」

 

 「ん〜〜……まぁ、ね……

  ココんトコ、ドタバタしてたし偶にはいっか……」

 

 「そーそー」

 

 

 総勢、クラスメイト二十人(+ネギ)という大所帯。

 修学旅行から帰ってすぐ、南の島に旅行とはいい身分である。

 ただ、一部の少女らはGWどころではなかったし、明日菜も連休どころではなかった者の一人だ。

 

 帰ってすぐに刹那に剣道を学び始めたし、ネギの試験にも付き合ってしまった。

 その試験時には(周囲にはバレバレであったが)内心かなり心配させられてるし。

 

 ……成る程。確かに二年の三学期からずっとドキドキハラハラの連続ではないか。

 

 これは言われたように羽を伸ばすのは良いコトかもしれない。

 

 

 「良かったです。

  アスナさんもお誘いできて……」

 

 「バッカねぇ。ガキのくせに気を使うなって言ってるでしょ?

  ……ま、ちょっとは感謝してあげるけどね」

 

 

 笑顔で寄って来るネギに、苦笑しながら明日菜はそう答えた。

 

 何だかんだで和解できたものの、一時は大喧嘩に発展しそうだったのだからネギも気を使うというもの。

 

 明日菜としてはネギはもっと子供らしくしてても良いのではないかとも思うのだが、彼はやっぱりそうやって気を使ってくる。

 

 無論、そこら辺りはやはり子供で気遣いも見当違い。

 その所為で口喧嘩をおっ始めてしまったというのに。

 

 

 「兎に角、アンタが誘ったんだからしっかりエスコートしなさいよ?」

 

 「あ、ハイっ!!」

 

 

 こんな楽しい場所でくすぶっているのも何である。

 明日菜はネギの背を軽く叩き、二人並んで笑顔で海に入って行った。

 

 あの時の諍いの残り火を、文字通り水に流すが如く……

 

 

 

 

 

 「く……うぅうう……

 

  や、やはり真の敵はアナタだという事なんですのね!? アスナさん!!」

 

 

 極一部の少女を黒く染めつつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——どこぞの時系列では見事な意地っ張り具合で中々仲直りができなかったのであるが、ここ(、、)ではリゾートに来る前にとっくに和解を終えているので、少女ら全員もお気楽極楽。

 

 間違いなく将来的にお肌のトラブル等で困る事になるだろうが、背中にサンオイルを塗って甲羅干しを楽しんだり、トロピカルフルーツを堪能したり、やれ水遊びだビーチバレーだと遊び倒している。

 

 特にビーチバレーは、来ている者の中に運動部関係者がいる事もあってか、かなり白熱した試合展開となって大いに盛り上がっていた。

 

 当然の如く勝負事に目のない古も、試合だ競泳だとふざけた持久力でもって跳ね回るが如く遊びまくっている。

 

 とはいえ、最近はかなり体力も上がっている為、流石に一般人相手では物足りなくなってきた。

 もっと歯ごたえのある者と勝負したいと思うのは当然の流れだ。

 

 

 「? カエデはドコに行たアルか?」

 

 「へ? 長瀬さん?」

 

 

 キョロキョロと見回すが、一緒に飛行機に乗ったはずの彼女の姿がない。

 

 考えられるのは、南国での修行を思いついて実行しているという事であるが……何というか古は、

 

 

 「……何か嫌な予感がするアル……」

 

 

 最近、鍛え始めた霊感が疼くのだ。

 

 よって迫りくる危機に対応できるようになってきて——……

 

 

 「まさか……ひょとして……

 

  この隙に抜け駆けされてるアルか?」

 

 

 ——る訳ではないようだ。

 いや、ある意味“危機”かもしんないけど。

 

 

 「ム……しかし、一緒に乗たのも事実。ということは、この島のどこかに……?」

 

 

 にしてはヤな予感が去らない。

 

 楓ほどではないが、横島のお陰で気配を探る能力が上がっている古。

 

 それでも意識の輪を広げても掠りもしない。

 まぁ、楓が本気で隠れていたとしたら今の古の技術ではまだ見つけ出せまいが。

 

 彼女の記憶が間違っていなければ、確かに楓は一緒に飛行機に乗り込んでいる。

 

 風香と史香の荷物を持って機内に入り、二人にその荷物を手渡して彼女は後ろの方の座席に腰を下ろしてアイマスクをつけてとっとと眠りについて……

 

 

 「……ん? ナニかヘンなトコがあるような気が……」

 

 

 いや、離陸した後、手洗いに立った時も楓が寝てたのを見たし、着陸した後も……

 

 

 「……そう言えば、ココについた時にはしゃいでて気が付かなかたアルな」

 

 

 そう、一緒に降りたという記憶がないのである。

 

 水辺で仁王立ちになって腕を組み、ウンウン唸って首をかしげている美少女。

 なんともシュールな光景である。

 

 本人から言えば大真面目であるが、脇から見ればヘンの一言。

 結奈らも何か声を掛け辛そーであるし。

 

 しかしそんな異様な空気を纏っている古に、歩み寄ってゆく猛者がいた。

 

 

 「あの、古……」

 

 「んあっ!? あ、ああ、刹那アルか……」

 

 

 スク水で、申し訳なさそうな顔をした刹那である。

 

 今まで遊びに頭を持っていった事がない為、遊び用の水着など持っていないからだろうが、リゾート地でスク水とは中々マニアックな格好だ。

 ま、それは兎も角(いいとして)

 

 

 「何アル?」

 

 「い、いやその……」

 

 

 珍しく言葉を澱ませている刹那。

 木乃香関係以外では本当に珍しい。

 

 で、その件の木乃香は何だか困ったような顔でこっちを見てたりする。古は何だか訳が解らない。

 

 

 「どうかしたアルか?」

 

 「いやその……こ、これを……」

 

 「?」

 

 

 恐る恐るといった態で何かを差し出してくる刹那。

 

 訳は解らないが古は差し出されたそれを受け取り、己が掌の上にそれを広げて目を落とす。

 

 

 「? コレはあの時に使た紙アルな」

 

 「あ、いや、その……」

 

 

 それは西の術にあった身代わり符だった。

 

 思い出すのはあの戦いの夜。

 

 外泊した事を誤魔化す為に木乃香パパがニセモノとして送ってくれていたものだ。

 ……最後には暴走してストリップなんぞかましたりしやがったが。

 

 

 「コレがどうかしたアルか?」

 

 「あ〜〜……つまり、その……」

 

 「解らないアルなぁ……? これがどう………っ!?」

 

 

 その時、古に電流走る・・・!!

 

 ハっとしてもう一度身代わり符に目を向けた。

 

 チラッと見たときには解らなかったが、その紙の裏……本当はそっちが表側なのだが……には名前が書いてあったのだ。

 

 そこに書いてある名前は……

 

 

 

 

 

 

     − 長瀬 楓 −

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぐ し ゃ り ……

 

 謎は全て解けた。

 無言で符を握り潰した古の目がキリキリ吊り上がってゆく。

 

 

 刹那の話によると、この週末旅行の直前、彼女の元に楓がひっょこりと現れ、

 

 

 『すまないが身代わり符を一枚いただけないでござるか?』

 

 

 と願い出たというのである。

 

 相手が裏の危険性を知る楓であった為か刹那もあまり気にしていなかったのであるが、まさかこういう使い方をするとは思いもよらなかった。

 

 おそらく入れ替わったのは後ろの席に着き、古が油断して視界から外した瞬間だろう。見事な空蝉だ。無駄に使っている気がしないでもないが。

 

 そして南の島に着く事で役割を終えたそれは、ただの紙に戻って座席の上に乗っかっていた——という事だろう。

 件の符の上に着用者を失ったアイマスクが乗っかっていた事がそれを証明している。

 

 つまり……

 

 

 「は……

 

   謀 ら れ た ア ル ——ッッ!!!」

 

 

 

 「う、わぁっ!?」

 

 「な、何々!?」

 

 「何かスゴイ怒ってる!!??」

 

 

 ゴォッ!! と怒気が海面に渦を巻かせて立ち上がる。

 

 彼女を中心にして恰もクレーターが如くすり鉢状に水を弾き飛ばして。

 

 無駄に見事な氣の練り具合だ。

 

 

 「な、何なの!? すンごいラヴ臭するんだけど——っ!!??」

 

 「あんな有頂天な怒気をラヴというのなら、般若は萌えキャラになってしまうです!!」

 

 「あわ、あわわわわわ……」

 

 

 

 「カ〜〜〜 エ〜〜〜 デ〜〜〜〜〜〜ッッッ!!」

 

 

 

 毎度お馴染みとなった怒りの声を上げる古。

 

 その彼女が睨みつけている南の島の雲間には、

 

 

 

 

 『はっはっはっ 

 

  拙者、南の島まで付いて行くとは一言も言ってないでござるよ〜?』

 

 

 

 

 

 等と勝ち誇った顔の楓が見えていた。

 

 

 

 

 

 

———————————————————————————————————

 

 

 

 

             休み時間 <幕間>:危ない終末

 

 

 

 

———————————————————————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 その古がナニを激怒っていたのかというと、

 

 『あは……横島殿、くすぐったいでござるよ』

 

 とか、

 

 『あ、ンん……その、や、優しくしてくだされ……』

 

 とか、

 

 『できちゃったでござる♪』

 

 等といったイヤンな展開を想像してたからだ。

 

 何故か二人で修行しているシーンはサッパリ思い浮かべず、こんなエロんな展開しか頭には思い描けなかったりする。それでいいのか? 武道四天王。

 

 

 古は忘れていたようであるが、楓は週末になると泊り込みで近くの森に入って修行を続けている。だから元々行く気は殆ど無かった。

 

 更に大首領であるエヴァに週末は横島と修行させてやると誘われたのだ。

 コレは行かずばなるまい。

 

 

 え? じゃあ何で古を誘わなかったのかって?

 

 

 『木乃香の護衛でござるよ? 刹那とネギ坊主達だけでは心許無い故。

  いや、他意は無いでござるよ? はっはっはっ』

 

 

 だそーだ。

 

 きっとそれは真実なのだろう。多分。

 

 

 

 

 

 が、実のところ古の想像はおもいっきり的外れで、二人で修行という事以外 そういった方向にはさっぱり向いてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 「う、ぐ……う〜ん……」

 

 「……」

 

 

 外の時間から隔離されたエヴァの別荘。

 

 陽はとっぷりと暮れて、感覚で言えば九時頃だろう。

 

 そんな別荘の一室には横島用の部屋が設けられており、その部屋のベッドに彼は横たわっていた。

 

 修行の疲れを癒す為だけの部屋なので、寝台の他に物は何も置かれていない。

 強いて言うのであれば床の魔方陣だ。

 

 これは新陳代謝を高めたり、力を少しづつ取り戻したりするもので、不死者であるが故に治療魔法が不得意なエヴァの苦肉の策だろう。

 

 

 そうでもしないと横島の肉体的疲労が取りきれないのだ。

 

 

 「く、お……ぉ……」

 

 「ぴぃ〜……」

 「横島殿……」

 

 

 そして横島は楓と行った修行によって体力を使い果たして眠りについていた。

 

 ウンウン魘されているのはその修行のキツさ故。その肉体疲労は痛みを伴っている。

 かのこも心配して傍につきっきりだ。

 時折、ペロペロ舐めてヒーリングモドキを行っているのが健気である。

 

 

 楓から言えばその修行ほどありがたいものは無い。

 

 この世界……裏表を含め、いや、魔法世界を巡ったとしてもこんな幸運はそうないだろうとエヴァも言っていた程。

 

 それもこれも横島あっての事なのであるが。

 

 

 「ぐぉおお…くぅうう……」

 

 

 代償が余りにもきつ過ぎるのだ。

 

 

 それでも不幸中の幸いと言おうか何と言うか、横島の馬鹿げたしぶとさと周囲のマナの濃さ、そしてこの魔方陣のお陰で一晩寝ればスッキリ回復してしまうらしい。

 

 まぁ、そんな事を頭で解ってはいても目の前でウンウン魘されているのを見ていれば流石に胸の一つも痛むというものだ。

 

 

 「う゛〜ん゛ う゛〜ん゛ 小○が、○錦がぁ……」

 

 「……」

 

 

 ……多少、みょーな魘され方であるが。

 

 

 楓は気休め程度においている濡れタオルを手に取り、脇に置いてある水の張った洗面器でゆすぎ、丁寧に絞ってからもう一度置いた。

 その間も小鹿は頭を擦りつけたりして僅かでも癒されているのだろう、大首領(エヴァ)から聞いたほどの後遺症ではないようだ。

 

 それでも楓は かのこと共に甲斐甲斐しく世話を焼く。

 無理をさせているのだからこのくらいは、というのが建前であるが、実際にはやりたいからやっているだけ。

 

 放って置けないというのが正直なところ。

 無論、責任云々ではなく。

 

 

 「横島殿……」

 

 

 しかし、彼の寝顔を見つめる楓の眼差しは複雑だ。

 

 そうこうする程熱は上がっていないのであるが、それでもとまたタオルを濡らして額に置いてやる。

 傍目にも献身的で、深く想っているからこその行為であろうと思わせられるそれ。

 確かにその想いはゼロではないし、心配しているのも事実である。

 

 だが、彼の今の症状についてではないのだ。

 

 

 「何故……」

 

 

 そんな彼に目を落としたまま溜息を一つ。

 長く、肌寒さすら篭るそれは横島の前髪をくすぐった。

 

 

 「ん……」

 

 

 微妙にくすぐったそうにする横島の寝顔を見て安堵したのか微笑が浮かぶが、すぐにまた表情が薄くなる。

 

 何時ものままならもっと楽しく世話を焼けただろう。

 からかうのも良いし、彼を凹ませるのもまた良し。

 例え凹ませても、じゃれあいの範疇であればすぐに復帰できるし横島のテンションも維持できる。

 それが彼のポジションだとでも言わんばかりに。

 

 だが、今はそんな気にはなれない。

 

 楓自身のテンションが上がってくれないのだ。

 

 というのも上司から、

 大首領からとんでもない話を聞かされたからである。

 

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 

 エヴァの指示の元、横島の修行兼自分の修行を終えた楓は呼び出しを受けていた。

 

 横島に内密で話したい事があるのに言われれば流石に行かざるを得ない。

 ちょっと後ろ髪を引かれたが、心身ともに酷使し過ぎて気を失った横島の世話を茶々丸+かのこ+侍女人形'Sに任せ、楓はエヴァの私室に向かった。

 

 

 「ふん。来たか」

 

 

 この別荘のほぼ最下層。

 妙にだだっ広く、壁も天井も白で塗りつぶされた部屋に彼女はいた。

 

 相変わらず態度は尊大。

 それでいて似合っているのだから始末が悪い。

 

 だが尊大な態度は見慣れたものであるし、今更どうこう言うつもりは無い。

 

 と言うより、別の事に気をとられてそれどころではなくなっているのだ。

 

 

 「そ、それは……」

 

 

 彼女の態度より何より楓が気になったのは、エヴァがなにやら術式を掛けている白いもの……

 

 それは、石のように佇む裸体の女性だった。

 エヴァは全裸の女性を立たせ、その身体に何かしらの呪式を施しているのである。

 

 

 「ああ、勘違いはするなよ? よく見てみろ」

 

 「え? あ……」

 

 

 そう促され、近寄って見直してみればそれはどうやら木製の裸像だった。

 

 確かに良く見れば人間とは違う。

 パーツパーツは確かに細かいところまで人のそれそのもので、作り物ながら胸を動かして呼吸をしている錯覚に陥ってしまうほど。

 木目も見えているし、頭髪は無いし顔のつくりがマネキン並に大雑把なのにも拘らず……だ。

 

 余りに生々しく、余りにも艶めかしかった為、楓の目には生きている人間がそこに立っているように見えてしまっていたようである。

 

 

 しかし、人形使いというあだ名は些か耳にした事はあるが、これは彫像。

 

 彫り目や継ぎ目は全く目に見えないが、おそらく今までちょくちょく削っていたアレをくっつけたものであろう。どうやって接合したかはやはり不明であるが。

 

 だが、確かに今にも動き出しそうではあっても彫像は彫像。元より可動できそうな部分は無い。

 言ってしまえば超リアルフィギュアだ。操り人形ではない。

 

 

 「これは気にするな。

  呪式の擦り込みが終わっていないからな。“今は”まだ関係ないさ。ククク……」

 

 

 そう言ってエヴァは白いシーツを掛けて隠してしまう。

 

 隠されれば大雑把な頭部が見えなくなるので、余計に裸の女性が佇んでいる様に見えてしまう。

 これほどリアルな像を何のために作ったというのか? 無論、この様子では語ってはくれないだろうが。

 

 

 「ま、こんな事はどうでも良い。

  キサマには聞きたいことがあってな」

 

 「ほぅ……?」

 

 

 そう言ってその像から離れ、エヴァが何も無い空間に優雅に腰を下ろそうとすると、どこに控えていたのか侍女人形が進み出て来て彼女の腰の下に椅子を置く。

 細い手腕を伸ばせば瞬時にその前にテーブルとティーセットが置かれ、どう間を計っていたものか十分に蒸された紅茶がカップに注がれてエヴァの指の前に置かれる。

 

 この空間の女王であるエヴァは極自然にカップを手にとって口元に運ぶ。

 

 

 ……こうまで華麗に質問の眼差しをスルーされてるのだから、流石にこれは無理でござるな……

 

 そう判断した楓は像についての質問を諦め、エヴァが聞きたかった事とやらの方に意識を向けた。

 

 

 「いやなに……キサマの覚悟の程を知りたくてな」

 

 「覚悟、でござるか?」

 

 「ああ……」

 

 

 楓の問い返しをエヴァは紅色の液体で咽喉を潤しながら肯定する。

 

 

 「まぁ、ゴチャゴチャ前置きではぐらかすのも何だしな……単刀直入に言ってやろう」

 

 「む?」

 

 

 彼女にしては珍しく、カチャリと音を立ててカップをソーサーに置く。

 

 その表情からは窺い知れないが、楓はなんとなくエヴァの心がささくれ立っている様な気がした。

 

 「キサマらのつれあい……横島忠夫だが……このままなら(、、、、、、)いずれ魔法使いらに追われる事になるぞ。

  最悪、奴が組している組織の方にもな」

 

 「!?」

 

 

 キサマ“ら”の“つれあい”という聞き捨てならない言葉が飛び出したが、それ以上の衝撃を楓は受けていた。

 

 いや、確かに横島は性犯罪者予備軍だ。

 

 霊力満タン時なら兎も角、霊力が下がって自制心まで落ちた状態なら何をするかわかったものじゃないのだから。

 

 現にこの世界に来た時、傷ついた体を回復させて霊力がほぼカラだった時には しずなや刀子に襲い掛かっている。今だからこそそうやってテンションを上げて回復しようとしているだけと理解してはいるが、初対面の人間であれば間違いなく性犯罪者の烙印を押しているだろう。

 実際には気の弱そうな女性には何もしないし、自分を迎撃できそうな相手にしか行ったりしないのだが、悪い方向に気が強い女であれば騒ぎ立てて警察沙汰にした挙句、社会的抹殺を行うだろう。

 

 

 ——成る程、『正しい魔法使い』達とやらも見逃せまい。

 

 

 そんなお馬鹿な思考に陥りかけた楓であったが、

 

 

 「あのな……ナニを考えているか大体見当が付くが……性犯罪云々の話ではないぞ?」

 

 「あ、違うでござるか?」

 

 「当たり前だ」

 

 

 何だその魔法界を含めた全世界指名手配の性犯罪者は?

 

 ある意味悪の魔法使いの下僕っぽいが、自分の部下がそんな事で名を馳せられたら生涯の恥ではないか。

 

 呆れたように溜息を吐き、気を取り直すべく紅茶をもう一口。

 

 ちょっと微かな苦味が心にも心地よい。

 

 

 「今日の鍛錬……キサマは初めてだったな。

  アレを見てどう思った?」

 

 「アレとは……“アレ”でござるか?」

 

 「ああ……」

 

 

 思い出すのは横島の生み出す“珠”の応用。

 使用後には横島の霊力と体力がスッカラカンとなるが、間違いなく効果中は“この世界では”無敵状態だろう。

 というか、あんな事(、、、、)まで出来てしまうのは——

 

 

 「どうも何も……反則としか言えぬでござるよ」

 

 

 反則。正に反則としか言えない“方法”だ。

 尤も、その反則のお蔭ですばらしい体験(修行)をさせてもらえたのだから文句はないのであるが。

 

 

 「反則……な……」

 

 

 楓の言葉を聞き、エヴァは唇の端を吊り上げた。

 

 やがてそれは明確な含み笑いとなり、しばらく肩を震わせて笑い続けてしまう。

 

 

 楓は笑い続けているエヴァのその気配を観た瞬間、その背に怖気が走った。

 

 ここにいない何かを嘲ているようで、言いようの無い怒りを含めているようで……何れにせよ、楓はこんな気を放つ人間を、エヴァを初めて目にした。

 

 

 やがて笑うのを止めたエヴァは頭を上げ、楓と視線を合わせた。

 

 もう彼女の感情はヴェールに包まれて見えなくなっている。

 

 これが年齢の差なのだろうか。

 

 

 「横島の居た世界には神々とやらがいた……それはもう“理解”したな?」

 

 

 コクリ、と無言で頷く楓。

 そんな存在を肌で知った直後なので、頷く勢いは強い。

 

 

 「そして“ここ”にはそれらはいない……もしくは凄まじく遠い存在なのだろう。

  それも解るな?」

 

 「……」

 

 

 それにも無言で肯定する。

 

 いや、実際にお目にかかったわけではないが、横島に見せてもらったものが“そう”というのなら、まだ楓は出会った事は無い。

 

 強いて言えばこの間の鬼神とやらが近いそうだが、どうもベクトルがズレている気がするとの事。

 

 話を聞いた時には自分やエヴァにはよく解らなかったが、今は違う。

 

 

 何せエヴァは元より、楓もつい今さっき“体感”していたのだから。

 

 

 「これから話すことは私の仮説……いや、妄想だと言っても良い。

  だが、大筋で間違っていないと思っている。いいか?」

 

 

 そう妙に念の入った前置きをするエヴァ。

 

 彼女にしては珍しく根拠のない話らしい。

 

 だが、楓の勘が。

 横島によって鍛えられた楓の第六感が、それが正解に近い物だと感じさせていた。

 

 

 そして何より、横島忠夫という一人の男の事。

 エヴァの言う戯言だとしても聞かずばなるまい。

 

 そんな楓の表情を見、覚悟ができたのだと確信したエヴァは苦笑しつつ口を開いた。

 

 

 「アイツの理不尽さは今回でも解っただろう?

  はっきり言って、アイデアさえ伴えばできない事はない。

  何せ狭い範囲の天候すら操れるのだし、今さっきのような馬鹿げた事(、、、、、)もできてしまう」

 

 

 やや高揚した顔を見せつつ頷いて肯定する楓。

 ラッキーというには余りにも過分な体験だったのだからそうもなろう。

 

 

 「そしてアイツの力のベースは、アイツが基本中の基本としている技から派生している……

 

  霊気を収束する力。その格が上がって出来るようになった。

  そう我々は聞き及んでいるな?」

 

 「……」

 

 

 これにも頷いて答える。

 何せそばで収束を見続けているし、古と一緒に霊力の修行を始めた時に彼からそう説明を受けていた。

 

 

 「もしも、もしもだ。

  収束能力の格が上がってあの珠を生み出せるようになったのではなく、

 

  現象を曲げる力を進化させた形があの珠だとしたら……どうする?」 

 

 「は?」

 

 

 思わず零してしまうマヌケな声。

 

 余りと言えば余りにも極論だったからだ。

 

 しかし、裏の裏に触れていなかった時は左程気にならなかった事であるが、多少なりとも魔法の知識を得た今はエヴァが何を言いたいのか解るような気がする。

 

 

 最初のその力を目にした時、学園長を含む大人達は皆、氣(或いは魔力)を収束したものだと思い込んでいた。

 

 そんな中で楓だけが氣の力ではなく、意思の形を変えているような気がすると感じていたのである。

 

 

 「アイツの記憶を流し読みしただけではあるが……“アレ”以外の神族もとんでもなかったぞ?

  アレの上司とかいう猿神は、本気になった私でも勝てる要素が見当たらん。と言うより考えられん」

 

 「そ、そんなにも……?」

 

 「ああ。

  お前が試合ってもらった奴の上にいる奴だしな。

  というか、アレ程度では話にならん」

 

 

 如何に傷をつけようにも……いや、それ以前に全魔力を乗せた魔法だろうと怪我でもしてくれるかどうか……

 そして何より、相手の攻撃を防ぐ手立てすら思いつかないのだ。

 見ただけで解る。

 全盛期のエヴァが全力で障壁を張ろうと紙切れ以下。水にぬれたトイレットペーパー程だろうし、例え瞬動が使えたとしてもあの猿相手ではフォークダンスのようにトロくさい動きだろう。

 

 御仏に負けたとはいえ、天に等しい者と自称する力は伊達ではないという事か。

 

 

 ——しかし、いくら手加減された攻撃とはいえ、横島はその攻撃を受け止めている——

 

 

 件のバケモノが持つ得物は、下界では決して作り出す事ができない、ものすごい比重の超特殊希少金属である。

 

 何せサイズを普通の棍に変えようとその重さは変化せず7〜8t程。

 おまけにその硬度は想像を絶する。

 

 どれだけ力をセーブされていようと、そんな超重量超硬度の物体で突きを喰らって無事でいられるわけがない。

 

 確かに意識を失いはしたが、それを受けたダメージではなく後頭部を結界で打ち付けた所為。

 横島の霊気の盾も殆ど破壊されてはいるが、受け止める事に成功している。

 

 彼よりも更に収束度が上だった魔装術使いはかなりダメージが大きかったと言うのに。

 

 

 「あの霊波刀にしても妙なんだ。

 

  聞けば、精霊の力を借りて自分より格上の悪魔と戦える神父がいたらしいのだが、

  そいつの聖撃が効かなかった強化ゾンビを、横島は数体まとめて串刺しにして倒しまくっている。

 

  解るか? 個人能力でそれを行えているという不可解さが」

 

 

 件の神父が精霊の力を借りて行っていたのは聖言による攻撃、聖撃である。

 暗黒の呪法によって強化されたゾンビはそれすらも弾いていたらしい。

 しかし横島をそれらを覚醒直後の霊波刀によって(なます)にしていた。

 

 それは、精霊の力を借りた霊力より、横島個人だけで生み出した霊力の方が強い事になってしまう。

 更にその高出力を維持したまま戦い続けていたとの事。

 

 大雑把に言えば、カセットコンロ用のボンベを接続したガスバーナーを点火させたまま振り回し続けていた事になってしまう。

 そんなものが長持ちする訳がない。

 

 しかし、結局は戦いが終わるまで、彼はその霊波刀をほとんど出しっぱなしだったという。

 

 

 「矛盾が多いだろう? 理屈が合わないだろう?

  私もそう思った。そう感じた。

  だからアイツを鍛える時にわざと防御だけやらせて強度を計り、オーラを見ながら出力を計り続けた」

 

 

 しかし結果はまた不可解。

 

 負荷を掛けた魔法まで弾き飛ばすくせに、速度重視の“軽い魔法”を受け止めるだけに終わったりする。

 

 範囲魔法に曝されはしても、盾の前だけは魔法が“掛かっていない”。

 

 障壁貫通の式を付加させても、その盾に阻まれたり霊波刀で叩き切られたりもする。

 

 

 だからエヴァは気が付いた。

 

 横島の盾の能力は、防御力,硬度云々ではない。

 “これ”は、攻撃を拒否しているのだと。

 

 それに気が付くと霊波刀の力も納得ができた。

 “あれ”は、拒絶や倒すという概念があの形になっているのだ。

 

 

 つまり横島の本当の霊能力は、『概念使い』。

 

 

 それならば他の力も納得ができる。

 

 要は極狭い範囲だけではあるが、霊力によって概念を書き換えられるのだろう。

 そしてそれが固着化したのがあの『栄光の手』。

 

 伸ばし、掴め、斬るという全く概念が違う使用が出来、魔族だけが優位に立てるフィールドの中で、唯一『痛み』を与える事が出来のがその証拠。

 

 そして珠は彼の持つ概念の書き換えの力を圧縮して生み出している。

 だからこそ方向性を持たせられ、効果範囲も広がり、多様性も生まれているのだろう。

 

 

 そう、彼の力の正体が『概念の書き換え』ならば理屈が通るのである。

 

 

 無論、エヴァのこじ付けと言われればそれまでだ。

 元より暴論であると彼女自身も思っている節があるくらいなのだから。

 

 

 だが、この大胆すぎる仮説を立てた本人は勿論、楓すらその話に異を唱えられないでいた。

 

 時間的にはエヴァ達の方が長くなってしまったが、楓は彼女らに次いで横島の能力を最も多く目にしている人間だ。

 

 だからこそ解る。

 

 解ってしまう。

 

   

 ——その基本能力からして横島の力がどれだけ異質なのか、どれだけ人間のそれからかけ離れているのか——

 

 

 

 「キサマは、桜崎刹那の技……神鳴流の斬岩剣が使えるか?」

 

 「無理……で、ござるな。

  似たような技、あるいは似せただけの紛い物なら兎も角、斬岩剣は流石に……」

 

 

 斬岩剣は神鳴流の奥儀である。

 

 十二分に練り上げた氣を用い、技として放つ事によって岩を断ち、敵を断つ。

 その弐の太刀に至っては、断つべき物“だけ”を斬る事ができるという。

 

 神鳴流の使い手の中でこそ刹那は達人という程ではないが、奥儀には達している。

 楓も裏の達人クラスの術(忍術)を使えはするが、剣術とはベクトルが違う。

 モドキくらいなら放てようが、とてもじゃないが切断力までは真似出来まい。

 

 

 「だろうな……」

 

 

 楓の答えに対し、満足そうに、それでいて皮肉げな笑みで受けるエヴァ。

 

 

 「例えばキサマの分身の術。

  バカイエローの功夫。

  今言ったように刹那の神鳴流の剣技。

  そして私の魔法。

  それらは全て己を研磨し、積み上げてきた時間の上で成り立っている技術だ。

  とてもじゃないが100%真似るなんてできる訳がない」

 

 「当たり前でござるよ」

 

 「だがな……

  あの男、横島の力を使えば100%真似て使いこなす事ができるぞ」

 

 「 …… っ ! ? 」

 

 

 

 そう、恐るべきは概念の書き換えによって起こせるその力。

 

 その力の果てに得た珠の力を持ってすれば……例えば−模−と珠に篭めて他者に使用すれば、何と己という個を残したまま、そっくりそのまま相手をコピーする事ができるというのだ。

 

 欠点としては、100%真似られるものだから、対象がダメージを受ければこちらも同じダメージを負ってしまうという事。

 勿論、相手もこちらを攻撃すると同じように自分もダメージを受けてしまう。自爆というか自殺というか、一対一で決闘する場合はほとんど意味がない能力である。

 

 

 しかし、相手の思考や記憶を100%読み取れ、完全に同じ能力が持てるというのは脅威にも程があった。

 

 つまりそれは……

 

 

 「魔法を極めんと努力を続けている輩、

  或いは権力を持った後ろ暗いアホゥどもからすれば堪ったものではあるまい?」

 

 「……」

 

 

 例え半世紀己を磨き続けて開眼した技であろうと、一子相伝で伝えられてきた奥儀だろうと、時間制限付きではあるが一瞬で会得されてしまうのだ。

 プライドを持っていれば、自分の技や術に強い誇りを持っている者達からすれば怨嗟も溢れ出よう。

 ましてや後ろ暗い事をしている権力者どもであれば……

 

 裏の世界を知る楓だからこそ、その濁りに怖気が立つ。 

 横島の持つ力の異質さ故、攻撃を仕掛ける口実など幾らでも思い立つからだ。

 

 

 「しかし、その力……アイツが言っていた<大事件>以降は大した力を使えずにいたらしい。

  いや、どちらかと言うと下降気味だったらしいぞ?」

 

 「それは……」

 

 

 横島の言う<大事件>とは、魔界から魔王の一柱が侵攻してきて人間界を大混乱に導いたと言う、マンガかラノベのような話である。

 

 彼のプロフィールや、持っている力の異質さを理解した上で受け入れていなければ、単なる与太話として捉えていた事だろう。

 

 無論 今は彼を信頼しているので『そんな事が…!?』と驚愕するのみ。

 普段の言動,行動はナニであるが、こう見えて意外に常識人であるエヴァですら今は信じているようだし。

 

 

 「……何か失礼な事を考えていなかったか?」

 

 「めっそーもござらん」

 

 

 しかし、彼の記憶にあった力と、京都で使った力には大きな開きがある。

 何せ、全盛期並の力を当たり前のように使っていたのだ。

 でなければ、あれだけ霊格の高いバケモノ(鬼神)の力を吸収して押さえ込んだりはできまい。

 

 若返った分、力を取り戻せたという仮説も立つが、彼の言うように霊能力が魂の力というのなら、肉体年齢が若返ろうとピークを過ぎた魂の波動では元の力に戻るとは思えない。

 

 

 「さっきも言ったが、奴のいた世界には神とやらが実在した」

 

 「はぁ……」

 

 「神々がいるのなら、神話は実話(、、)だ。

  我々にとってはフィクションだった御伽噺も、ノンフィクションの伝記だったという事になる」

 

 「それが——」

 

 「解らんか?

  神話が“実話”だというのなら、神々は自分に近寄る人間を許しはしない。

  何せ神の怒りで破壊されたバベルの塔が実在するらしいからな。

 

  だが、奴は神々の助けなく、人間達だけの力で魔神の前に立ちはだかっている」

 

 

 どうも要領を得ない。

 

 いや、確かに神話では人間だけでは何もできない。

 知恵を得る時ですら蛇(悪魔)の力を借りているし、火を得る時も神や動物達の力を借りているのだから。

 

 

 「人は人の身のままではその壁を越えられない。

  私だってこの力は吸血鬼にされた(、、、)からこそだ。

  それによって地力が跳ね上がったのだからな」

 

 「それ……」

 

 

 「横島は人の身のまま神域に入る事ができる。

  我々が使うところの神域という“称賛”ではなく、本当に神の領域に入る事ができるんだ。

 

  そ ん な 事 を 神 々 が 許 す と 思 う か ? 」

 

 

 「——っ!?」

 

 

 不用意に自分らのレベルに近寄る者を神々は許しはしない。

 

 神々から試練を受け、死して初めて歩み寄れるのだから。

 

 

 無論、例外はある。

 

 

 一時的にその壁を突破する事を許される者達——

 人の身でありながら怪物らと戦い、試練を突破し、歴史に名を残す者……

 

 

 すなわち、<英雄>。

 

 

 ただそれを成す為だけに人という枷が外され、用意された事件(試練)を解決し、最後に神の御許に行く——

 結局は神の力は人智が及ばないところにあるという証を残して……

 

 

 「アイツは件の事件の直前、唐突に力の上限が跳ね上がっているらしい。

  それはおそらく、その魔神とやらに対抗する因子として選ばれ枷を外されたからだ。

 

  でなければ、仮にも魔神等という超存在を相手にする事などできはせん。

  だからこそ事件が終わったあとは枷が戻され、力の上限がガタ落ちになったのだろう。

  そうでなければあれほど能力が落ちた理由が説明できん」

 

 

 そしてこの世界には神々がいない。或いは遠い。

 だから神が仕掛けた人の上限である枷がここにはない。

 

 それだからこそ、ナギ等のような亜神クラスのバケモノ人間も生まれてくるのだろう。

 

 

 「成る程……やっと拙者の頭でも理解できたでござるよ……

  つまり、横島殿は向こうの<大事件>とやらのピーク時の力を使えてしまうということでござるな?」

 

 「加えて言うなら、今も霊力は成長中だ」

 

 「……」

 

 

 極一部とは言え神の領域に手が届き、世界の理を書き換え、他者の努力や歴史までも我が物とする事ができ、尚且つ彼は彼自身のルールを変える事がないときている。

 

 確かに危険人物とみなされるだろう。

 

 例え魔法使い達の法に基づいてオコジョにされようと自力で元に戻りそうであるし、下手をすれば封印か処刑ものだ。

 

 

 「……解っただろう?

  私が聞きたかったのはキサマが奴にこのまま付いて行くかどうか……

 

  いや、付いて行けるかどうか——その覚悟があるかどうかだ」

 

 

 余りと言えば余りに重い事実を突きつけられ、それでも真っ直ぐエヴァの目を見つめ続けている楓に意味有り気な視線を返し、お代わりが入れられた紅茶を口にする。

 

 紅茶本来の微かな苦味が甘く感じられた理由を……エヴァは一言も漏らさなかった。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 濡れタオルをギュとしぼり、再度横島の額に置く。

 

 何だかんだで彼の寝顔も落ち着いたものになっており、楓もホッとして彼の頬を伝う汗を拭った。

 かのこが床の絨毯……かのこ用に茶々姉'Sが用意したもの……の上で丸まっているのだから、もう安心してよいだろう。

 

 そして横島の寝言が落ち着く頃には、楓の表情からも硬いものが取れていた。

 

 

 「全く……今更でござるよ」

 

 

 呟きと共に笑みが零せるほどに。

 

 

 あの時——

 

 虚空に穴を開けて横島がこの世界に出現し、出会った時から既に楓はこの世界から見ても『不条理な世界』に踏み込んでいる。

 

 そして横島と一緒に行動し、その人となりを知り、古と共に契約を結んだ時に覚悟は決まっていた。

 

 でなければ殺戮人形と化した彼を止めようとは思わないし、彼の為に泣いたりしない。

 

 

 それに出会った時から既にそういう能力を持つ人間なのだ。

 

 正に『今更』である。

 

 

 「……横島殿」

 

 

 ふと、何気なく顔を寄せて彼の顔を覗き込む。

 

 悪く言えば馬鹿面であるが、彼の本質を知る者特有のフィルターを掛けて見ると、愛嬌がある好ましい顔だ。

 

 

 エヴァという強力な精神力を持つ魔法使いでも記憶の全てを見る事ができない過去。

 

 彼女らが心が壊れていない事が信じ難いというほど、辛い過去を秘め、それを踏まえて絶対に曲げない信念を持った青年。

 

 別荘内の偽りの月光を受けて映える彼のその顔は、贔屓目もあってか大人っぽさも増した良い男に見えている。

 

 

 「横島殿……」

 

 

 水に濡れた手を別のタオルで拭いていた手が止まり、彼の寝ているベットの縁にその手が掛けられた。

 

 ギシリ、と質の良いベッドが軋むが気にもならない。

 いや、音としてその耳に届いていない。

 

 楓はゆっくりとその顔が横島に寄せてゆく。

 

 

 覚悟も何も、エヴァに確認されるまでも無く横島に付いて行こうとあの日に決めたのだ。

 

 彼が追われると言うのなら一緒に逃げるし、彼が戦うと言うのなら背を守り、或いは肩を並べる。

 それだけの事だ。

 

 

 甘さを力に変え、自分に振るわれる理不尽より、他者に振り下ろされる暴力に怒る男。

 

 あのチャチャゼロですら心配するような傷を心に持っているくせに、他人の傷の痛みを見逃せない。

 

 

 何と愚かで、何と愛しい性根をした馬鹿者だろうか。

 

 

 だからこそ楓も目が離せず、心が惹かれている。

 

 誇りなんて持っていないのに、誰よりも誇り高く感じてしまう彼に。

 

 痛がりで弱虫なのに、いざとなったらどんな痛みも受け止められる馬鹿に。

 

 ドスケベで考えなしで根性なしで小悪党。

 ——それでいて妙なところでモラリストで純情な彼の事を想い、その姿をつい追い続けてしまう。

 

 

 だから今更それを曲げるつもりは無いのだ。

 

 

 横島の顔を覆っている楓の影が、彼女の顔が近寄ってゆくごとに陰を強めてゆく。

 

 それと共に横島の顔との距離がどんどん狭まってゆく。

 

 

 一瞬、何時も細められている楓の目が開けられ、横島の意識が戻っていない事を確認するとゆっくりと閉じられる。

 

 

 

 

 

    ここには、

 

 

 

 

 

 

         二人しか、

 

 

 

 

 

 

               いない——……

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬。ぴんっと かのこの耳が動くが、それは反射的なもので夢の中。元より邪魔をする事もないだろうし。

 

 

 心を通わせ、信頼している眠ったままの主が、全く警戒心を持っていない楓に何をされようと……

 

 

 

 いや、楓も気にしてはおるまい。

 

 気になる以前に、かのこが傍にいる事すら意識の外なのだから。

 

 

 一人の男性に意識が集中しているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だからもう——止められない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「楓様?」

 

 「 の わ ぁ あ っ ! ! ? ? 」

 

 

 後数ミリ、という絶妙な位置で唐突に声が掛けられて彼女は思わず吹っ飛んで横島から大きく距離をとってしまった。

 

 その勢いは凄まじく、かのこが飛び起きて何ナニなに!?!? 跳ね回って大いに慌てふためいてしまった程。

 

 楓にしてはド珍しい激々しいリアクションであるが、何せ気配をまるで感じなかったものだから、その驚きも大きい。

 

 

 『ぬぅっ 不覚!! 事故ちゅーしていれば……』

 

 

 等と後日歯噛みしたそーであるが、それは兎も角。

 

 

 「なっ、なっ!? え、ええっ!? ち、茶々丸殿!?」

 

 「……の、姉に当たります。挨拶が送れて申し訳ありません」

 

 「あ、いや、そ、そそ、その……」

 

 

 よく見ると茶々丸より表情が硬いし髪の色も長さも違う。何より雰囲気が全く違うではないか。

 つーか、いる事だけは知っていたはずである。一体どれだけ慌てているというのか。

 

 そう、彼女はこの別荘を管理する侍女人形の一体(一人)。

 先ほどぶっ倒れた横島を部屋に運んだ一人である。

 だがそんな事を思い出せたとしても楓の焦りが治まる訳も無いが。

 

 

 「横島様のお世話を仰せつかっているものですから……お邪魔でしたか?」

 

 「い、は、え? お、お邪魔って……」

 

 「いえ、今現に……」

 

 

 

 

 

    ——今、現に?

 

 

 

 

 

 

 「え………?」

 

 

 

 

 

 

    今、現に、何を——?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  セ ッ シ ャ ハ ナ ニ ヲ シ ヨ ウ ト シテ タ デ ゴ ザ ル カ ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ………」

 

 

 かぁあああああああああああ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 「せ、拙者は——

  拙者はぁああああああああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜………?!!」

 

 

 

 

 

 びゅっ、といきなり旋風が舞い、楓の姿が消えた。

 

 茶々丸の姉であるから、魔道人形。

 よって超最新鋭センサー完備されていた訳ではないのでその速度に付いて行けなかった。

 

 彼女(茶々丸姉)が気付いた時には、楓は遠くの廊下をけたたましく足音を立てて走り(転がり?)回っていた。

 

 

 

 「拙者は、せっしゃわぁあああああああああああ〜〜〜〜っっっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「何ダ?

  アノ馬鹿忍者ノ叫ビガ聞コエタンダガ……」

 

 「あ、姉様」

 

 

 彼女が走り去った後、トコトコとチャチャゼロが歩いて来た。

 魔力が多い別荘内だからこそ彼女も外よりずっと自力で動き易くなっている。

 

 

 「コイツモ 何ダカ慌テルシヨ」

 

 

 そう指差した先では、かのこは飛び出した楓を追うべきか、だけど彼を置いていくのは!? とジレンマで悶えていた。

 

 チャチャゼロが『トリアエズ落チ着ケ』とデコピン入れるまでじたばたしていたが、

 

 

 「何でもありません。

  単に楓様が発作を起こされただけで……」

 

 「発作ダァ?

  何ダ、アイツ。狂犬病ニデモカカッテヤガッタノカ?」

 

 

 等と首を傾げつつ、それでも然程気にはならないのか、気にもせず横島が寝ている寝台に歩み寄ってゆくと、それに(なら)ったのか かのこも一緒によってゆく。

 楓の方も心配なのだけど、やはり主の傍にいたいらしい。

 

 

 「ヤレヤレ マダ寝テヤガンノカ。ダラシネー野郎ダゼ」

 

 

 そう言ってはいるが、その声のボリュームは低く、呟く程度。

 何時もの騒がしさは何処へやら。

 そろりと静かに彼が寝ているベッドに飛び乗り、ズレた額のタオルを直しつつ枕元に腰を掛ける。

 見た目もあるし、その看護っぽい行為も手伝って中々微笑ましい。

 

 何時もの彼女の言動とのギャップもあるし、小鹿とアイコンタクトしつつ様子を見ているので三割り増しで可愛らしく見えているのもポイントだ。

 

 

 ちょこんと枕元に腰を掛けて、かのこと共に場を離れようともせずに寝顔を見つめている様は、傍目には『とっとと元気になってくれねーとツマんねーぞ』『ぴぃ〜…』とかアテレコ出来てしまう程。

 

 そんな姉達の行動を部屋の外から生あたたかい眼差しで見守りつつ、侍女人形は未だ楓の足音が響いている方向に軽く頭を下げ、

 

 

 「……申し訳ありません楓様。

  私は、私達は姉様の味方ですので……」

 

 

 と、楓の羞恥を突いて追っ払った事をコッソリと詫びた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局——

 楓は横島に対するテレ度を上げただけで、勇者(明日菜)不在なのが祟ったか(気持ち込みで)一歩も進めず、週末合宿は謎のストレスを溜めただけで終わってしまい、

 

 帰還を果たした怒れる古に『のべ一ヶ月もの間、二人きりでナニしたアル——っ!!』と追い回され、真名には『力尽くでもアクション起こせ!! このバカ忍者!!』と意味不明な説教をされて散々だったらしい。

 

 

 

 

 この週末、心身ともにリフレッシュできたのはネギと明日菜の二人だったという。

 

 

 

 




 今回のネタは、横っちの異様な底力を私なりの理由付けしたものです。
 グタグダでごめんなさい(土下座)。

 次期竜王の一番家来だし、犬神(シロ)を弟子にして跪かせてるし、紀元前から数人しかいない猿神の弟子(みたいなもの)だし、戦女神に戦士として認められている……って、ホント煩悩具合を差っ引いて箇条書きにしたら英雄。流石だな横島君。
 よくよく考えてみたら神様が実在する横っちの世界でも珍しいんじゃないかなぁ……
 だからこそ、神話に当てはめたらこうなるんじゃないかと……いえ、厨が入った自己解釈ですが。

 で、次時間目はついに参入します。
 そう、〇と○と○○がw
 手直しなのに長かった……

 続きは見てのお帰りです。ではでは〜


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十八時間目:EUREKA
前編


 

 

 見渡す限り、森の木々、木々。

 そんな密林のド真ん中に、その城はあった。

 

 西洋の城で、実戦的な造りなのか遊びの部分は無く質実剛健。

 それでいて白亜の美しい佇まい。

 無駄を完全に省きつつ、美しさを残しているところに城主の合理性が垣間見えるようだ。

 

 

 そんな城の直近くの森。

 

 その中を影が駆けていた。

 

 

 「く……っ」

 

 「フ……」

 

 

 追われる者。追う者。

 いや、正確に言えば狩られる者狩る者だろう。

 

 力足りぬ駆け出し魔法使いと、伝説の魔法使い。その差は歴然だ。

 おまけに駆け出し魔法使いの少年の敵は“三人”なのだ。

 

 

 「ラ、Ras tel ma scir magister.

  来たれ、虚空の雷、薙ぎは…へ ぶ ぅ っ!?」

 

 

 必死こいて覚えたての雷系上位古代魔法を唱えようとする少年であったが、唱え終わる前に魔力の篭った掌底に腹部を打たれる。

 

 

 「遅いわ。戯けが」

 

 

 実に楽しげな口調で嘲る少女の背の陰から下僕が加速し、左右から追撃を掛ける。

 

 一方は無手。

 もう一方は両の手に刃を持って。

 

 対する少年は体勢を思いっきり崩されて立ち直りが遅い。

 

 いい加減身を起こした時点でもはや二人から距離を置けるほどの間は無くなされている。

 

 

 「あ、うぅ……っ

  Ras tel ma scir magister……風花(フランス)(バリエース・)障壁(アエリアーリス)!!」

 

 

 瞬時にそれを悟り、防御魔法を唱えて二人の攻撃を防ぐのは流石。

 

 瞬間、少年を中心にして風の結界が発生し、左右から襲い掛かる少女らの攻撃が止められる。

 

 見た目の年齢は一桁〜二桁の入り口の少年にしては思い切りが良いと言えよう。

 

 

 ドシャ!!

 

 「うぎゅっ」 

 

 

 尤も、それが成功したのは一瞬。

 

 元より接近戦に持ち込もうとした二人の一方は結界解除プログラムを所有しているので、予測されれば結界は意味をなさない。

 

 忽ち件のブログラムを所持している少女に押さえ込まれ、もう一方の——背の低い方の“少女”には……

 

 

 ズドドドドドド……ッ!!

 

 

 「うっひゃあっ!?」

 

 

 正に剣林。

 おびただしいナイフを身体の周囲に落ち込まれて身動きを取れなくされてしまった。

 

 

 「つまんねー……ちったぁ避けろよな。

  これじゃあ、急所も狙えねぇ」

 

 「ね、狙わなくていいです〜」

 

 

 肌を掠める事も無い絶妙な位置に突き刺されたナイフ。

 刃の腹に身を伏せているかのよう。

 そんな少年の様に肝が冷えたのか、背の高い方の少女がそんな()の言動にオロオロしている。

 その()の様子に苦笑しつつ、少女は石畳に突き刺したナイフを別に力を入れた風も無くひょいひょいと抜いてスカートの裾の裏に戻してゆく。

 どうやらそこに仕込んでいるようだ。

 

 少年はというと、未だ腰に力が入らないのかうつぶせのまま。

 慌てて弟分を自称するオコジョが駈け付ける。

 

 だが、そんな小動物が近寄るよりも先に、先に長い金髪を風に靡かせている少女が少年に歩み寄り、

 

 

 むぎゅっ

 

 「へみゅ」 

 

 

 黒いニーソックスを履いた足で踏みつけた。

 

 

 「阿呆ぅが。いくら使えるコンボだと教えはしたが狙い過ぎだ。

  やる前からバレバレなら隙を突くのも容易だと言っただろう?」

 

 「あうあうあう〜……」

 

 

 靴を履いていない足でぐにぐにと踏みにじっているのは情けだろうか?

 

 

 「大体、ぼーやみたいな奴の鈍重な詠唱なんぞ待つ馬鹿はおらんわ。

  それに唱えようとする前に何を使うつもりなのか見て取れたぞ。

  だからこそ平手一発で潰されるのだ愚か者が。

  『小足見てから昇竜余裕』という(ことわざ)を知らんのか」

 

 「し、知りませ〜んっ」

 

 

 そんなゲーム用語なんぞ知る訳も無く、少年は頭をグリグリされ続ける。

 鬱憤ばらしもあるのだろう、少女はとても楽しそうだ。少年は蝶☆迷惑だろうが。

 

 

 「まぁ、いい。

  とっとと回復しろ。

  回復したら実践訓練を更に二時間だ。

  もう少し耐えられるようになったら、高速詠唱か無詠唱のコツを教えてやる。」

 

 「ハ、ハイ マスター!」

 

 

 

 『ええっ!? まだ続けんのかよっ!?

  もう四時間もぶっ続けだってぇのに……』

 

 

 ヘロヘロになりながらも肩膝を突いて師に応えている少年。

 

 そんなやり取りに、オコジョ妖精はただ呆れるばかり。

 一体ドコの魔法傭兵団の訓練だと問いたい。

 

 

 『……つっても、文句言ったら最後。生皮剥がれてタタキにされかねねーし……

  スマネェ、兄貴。生温かく見守る事しかできねぇオレっちを許してくだせぇ』

 

 

 ぺしっと前足(両手?)を合わせて小声で謝罪するオコジョ。

 言葉遣いがナニでなければ可愛く見えたかもしれない。中身はヲヤジそのものだが。

 

 ヨロリラと覚束(おぼつか)ない足のまま立ち上がる少年。

 子供ながらも中々なガッツを見せる様に、師である少女の口元は愉悦に歪む。

 尤もそれは、もうちょっと虐めて楽しむ事に対するものか、少年の弟子としての心意気に対してかは定かではない。

 

 

 『しっかし……この修行場もそうだが……驚かされるよなぁ……』

 

 

 自分という存在そのものもがオコジョ妖精という不思議生物であるが、それでもこれだけの不思議環境に対面すれば驚くより呆れが出る。

 

 一つはここ。この修行場として使わせてもらっている空間。

 彼が聞いた事も無いほど広く、そして大掛かりだった。

 流石は伝説の悪の魔法使い。所持しているアイテムもシャレにならない。

 

 

 チロリと目を兄弟分がヘタっている方に戻すと、石畳の上に腰を下ろして、短めのスカートから白い下着を見せている少女の姿。

 

 彼のストライクゾーンから僅かに逸れたボール球的な年齢の外見をしていなければ……ついでに「けけけ」と笑いつつ“兄貴”を地面に縫い付けているナイフを引き抜いたりしていなければ、割と好みの容貌。

 

 はっきりと美少女と言い切れる少女。

 しかし彼女の存在そのものがシャレにならないのだ。

 ちょっと前まであんな姿(、、、、)だったってぇのによぉ…… 

 

 

 そして——

 

 

 

 

 

 ち ゅ ど ———— んっ

 

 ち ゅ ど ど ど ど ———— んっ

 

 

 

 響く轟音に身を竦ませ、音がした方向に顔を向ける。

 

 眼下に広がる密林の向こう。

 緑の濃い森の奥、大きな木が棒っきれのようにキリキリと宙を舞ってすっ飛んでいるのが見えていた。

 

 技なんだか、力づくなんだか解らないが、少年のしていたものよりはるかにヤヴァ目なバトルが展開されている事は間違いない。

 

 

 

 「のわっ のわっ のわわわわわっっっ」

 

 「むぅ。前以上に守りが堅いアル」

 

 「流石は」「横島殿」 「拙者と」「二人きりで」「修行していた」「成果でござるか?」

 

 「……その言葉、宣 戦 布 告 と 判 断 す る ア ル 」

 

 「ほう……」「面白い」「でござるな」「当方に」「迎撃の用意あり」「でござるよ?」 

 

 

 「 ど ー で も え え け ど 、 オ レ を 巻 き 込 ま ん で ぇ 〜〜〜 っ っ ! ! ! 」

 

 

 

 ついでにホントに修行に関係があるのかサッパリな会話も聞こえてた。

 

 傍から聞いていれば三角関係+痴話喧嘩にしか聞こえない。あんなやり取りをかまし合いながらバトルも続くのだから大したものだ。

 

 

 『それでもまだ兄貴の修行よりキツイいんだってんだからスゲェよなぁ……』

 

 

 何せ向こうは実践的なバトルである。

 

 『手を抜けば殺すからな』と、この金髪の悪鬼師匠に言い含められているし、間に入っている男はとてもじゃないが死ぬとは思えないから大丈夫だとは思うが……

 

 

 『いずれ兄貴もアレに混じれってか? 大丈夫なのかねェ、ホントに……』

 

 

 溜息混じりに自分の兄弟分に目を戻すオコジョ。

 

 

 その件の兄貴は……

 

 

 「くくく……まぁ、その前に授業料を払ってもらおうか」

 

 「え、ええ……?

  で、でも、昨日もあんなにたくさん……」

 

 「あんなもので……足りると思うか?」

 

 「あ……

  エ、エヴァンジェリンさん……」

 

 

 師匠の少女に押し倒されて——

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 「あ〜ええと……何と申しましょうか……」

 

 

 朝——

 週のド真ん中。はっきり言ってしまえば水曜日の朝のHR。

 

 何だか今週に入ってから、異様に疲れている姿を曝しているネギ=スプリングフィールド教諭はそんな歯切れの悪い口調からHRを開始した。

 

 彼の衰弱ぶりは誰の目にも明らかで、早朝鍛錬にも差しさわりが出てしまうほど。

 尤も、件の鍛錬の師は事情をおもいっきり知っているので、きちんとバランスをとった修行をさせているので無問題。

 

 それより何より、今皆が気になっているのはヨロリラとしている彼の具合ではなく、その横に立っている少女のこと。

 

 ボブよりはちょっと長く、ややシャギーがかったセミロングには届かない程度の長さの髪。

 その色も金のようで黄緑のようで……言うなれば麦畑のような色合い。

 

 背丈は夕映以上、古未満といったところ。プロポーションもそんなもの(つまりは夕映よかマシ)。

 

 

 全く持って見慣れぬ少女であり、それでいて容貌はやたら知っているクラスメートに何だか似ているが、しかして雰囲気はそのクラスメートには似ておらず、どちらかと言うと鳴滝姉(風香)に似ている気もする。

 

 それでもはっきりと初対面の少女。

 

 いや、朝のHRにこの麻帆良学園女子中等部の制服を着ているのだから、あえて口に出さずとも如何なる少女かは見当がつく。

 

 

 ——そう、転校生である。

 

 

 この時期に……と言うほどまでは珍しくもないが、やはり転校生と言う物珍しさからか皆の視線は興味津々だ。

 

 尤も、何者であるか、というベクトルは普通とちょっとだけ違うのであるが。

 

 

 それが、このコドモ教師をキョドらせているのだ。

 

 

 「先生、どーかしたの?」

 

 

 とっとと紹介してほしいのに、肝心の担任が中々本題に入ってくれない。

 仕方なく和美が挙手してそう問いかけた。

 

 

 「あ、いえ、その……」

 

 

 それでもまだどこか煮え切らない。

 

 そういった態度が好きではない明日菜であるが、彼女自身も結構驚いているのか呆気にとられていてネギにッコミが入れられないでいた。

 

 

 しかし時間は有限だ。

 このままキョドられてもしょうがないし、紹介もできずに終わってしまう。

 そんな不甲斐無い弟子を見ながら、それでも悪戯が成功した子供のような表情を完璧に覆い隠し、教室最後尾の席にいるエヴァは挙手をして問いかけた。

 

 

 「それでセンセイ。

  その娘の紹介は何時になったらしてくれるのかな?」

 

 「はぅ……っ」

 

 魔法の師に(うなが)され(脅され)、落ち着かないまま仕事を続けるネギ。

 少年のその腰の引け具合にキュンとするバカもいるがそれは兎も角。

 

 

 「え、えと、その……

  か、彼女は、き、今日から皆さんと一緒にこの学校に通うことになりました。

  ええ〜と……」

 

 

 そう言えば名前を詳しく聞いてないよ〜っ!? という衝撃の事実を思い出す。

 

 尤も、ショックの余りに話を聞き流してしまったという説もあるが。

 どちらにせよ、わたわたとしていてネズミのように落ち着きが無い。

 

 そんなアホゥな慌てっぷりに苦笑しつつ、その少女は一歩前に出てざっくばらんにこう言った。

 

 

 「てな訳で、今日からここで世話ンなる転校生っやつだ。

 

  名前は———絡繰(からくり) (れい)

  苗字で解ンだろーけど、絡繰 茶々丸の()さ。ヨロシクな」

 

 

 「え………?」

 

 

 疑問符を浮かべたのは誰だったか。

 

 その?マークが連続的に出現し、ポワポワと教室中に染み渡った瞬間、

 

 

 

 

 「「「「「「 え、 え え 〜 っ !! あ、姉 ぇ え ! ! ? ? 」」」」」」

 

 

 

 

 少女達は絶叫した。

 

 

 普通に見れば年下。

 

 いや、見た目ちっちゃい鳴滝姉妹という前例がなければ小学生にしか見えなかっただろう。

 

 百歩譲っても茶々丸の妹だ。

 

 

 だが、彼女は茶々丸の姉だと言う。

 

 

 件の茶々丸は——

 

 

 「ああ、姉さん……今日から一緒ですね」

 

 

 と、何時もの無表情をやや崩して嬉しそうだし。

 

 

 何だか納得し辛いのだが、茶々丸も嬉しそうであるし少女らは出席番号32番となった新しい級友を快く迎えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 「……チャチャゼロ……人形だと気を抜いておれば……侮れないでござる」

 

 「ぬぅ……ひょっとして拙いアルか?」

 

 

 

 極一部が微妙に棘のある眼差しを送りつつ——

 

 

 

 

 

 

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            ■十八時間目:EUREKA (前)

 

 

 

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 唐突にやって来た転校生、絡繰(からくり) (れい)

 

 あらゆる意味で謎だらけな上、何せ茶々丸の姉という設定まで付いている。

 こんな不思議存在に対し、朝倉和美が動かない訳が無い。

 

 何せパパラッチを自称するとんでも少女だ。

 ネギの魔法を見てスクープに奮え、トイレの個室で高笑いを上げたのは伊達ではない。

 一度パパラッチ魂(ジャーナリズム魂ではない)に火が付いた以上、知りたい聞きたい暴きたいという欲望を抑える術は無かった。

 

 実はテープを早回しでもしてんじゃね? 的な舌の回り具合で巻き起こる質問攻め。若干、皆が退いていたのだが気にしてはいけない。

 

 何時の世も突撃リポーターが嫌われるのがデフォなのであるし。

 

 しかし、当の零も然る者である。

 

 

 曰く——

 

 

 ずっと外に出られない生活が続いていたから、どこにいたとかもよく解らない。

 体格が違うのは今まで不健康にも寝床から動けなかったから。

 外に出て元気に走れるようになったのは極最近。

 片親だけの繋がりではあるが、茶々丸の姉である事は本当である。等々……

 

 何とゆーか……微妙にウソはついていない。

 

 だから嘘八百の白々しさも感じられないし、以前からポーカーフェイスで知られている茶々丸が何だか嬉しそうな雰囲気を醸し出している。

 

 それらがやたらと説得力を持たせてくださっているのだ。

 

 

 まぁ、普段が普段であるが、実のところ和美はKYという訳ではない。

 その勘の良さもあって、直に言えない何かがある事に気付いているのだが、ぶっちゃければ裏の事情臭もプンプンするので、流石にこの場で口にするようなヘマはしていない。そこまで彼女もボケていないのだ。

 

 だから本当に問い質したい事をぐっと堪え、当たり障りのないレベルに止めたのだから上等の部類だろう。

 

 それに——

 

 

 『ま、カモくんに聴きゃあ良い訳だし』

 

 

 という“裏技”があった。

 

 何せヤツはエロガモの称号をほしいままにしている謎生物。ちょっとばっかし色仕掛けを行うか、秘蔵の写真(女教師の着替え写真)とかをチラつかせれば即効だろう。

 

 どーせ『この写真の事を考えてもいいかな〜』とかいって引っ掛け、『ちゃんと考えたよ? あげるとは言ってないし』てな感じにチャラにするつもりだろーけど。何せ被写体によっては命に関わるのだかから。

 

 

 それは兎も角、ナゾの転校生——絡繰 零——

 和美もこの怪し過ぎる彼女を自分のクラスに入れる事を……反対するつもりはないようだった。

 

 パパラッチ娘にしてもそうであるし、元よりこのクラスは異質を異質として捉えない妙な度量を持っている。

 でなければ十歳のコドモ教師なんぞを受け入れるわけがないし、年下に教えられるという屈辱じみた事に耐えられる訳がない。

 

 零はそんなクラスの中にいて、異様に口が悪い事を除けば愛想が悪いわけではないし悪ノリの調子とベクトルの方向も何だかこのクラスの空気に合っている。

 

 それがまた少女らの中に溶け込ませるのを早めてくれていた。

 

 

 尤も、一般生徒の方は零の“以前”を知らないのでスムーズだったのであるが、裏も以前も知っている関係者の方はちょっと微妙だ。

 

 ちょっち怯えが見えているネギや、眉を顰めている明日菜。

 刹那も何だか微妙な顔をしているし、傍観者になっている夕映やのどか

 古や楓は——表情が異様に硬いし、黒いオーラしょってて皆が眼を逸らしててよく解らない。

 

 

 「あはは〜 チャチャ……やない。零ちゃん、よろしゅうなぁ」

 

 「おう。こちらこそ」

 

 

 変わらないのは木乃香ぐらいだ。

 

 

 後は……

 

 

 『ロボの姉が普通の人間だぁ!? ンな訳あるか!!

  大体、あのロボと同じで髪の色もありえねーし、あの耳についてるバイザーも訳わかんねーっ!!』 

 

 

 一般生徒で唯一、このクラスのノリについて行けない長谷川 千雨が心の中で絶叫しちゃうくらいなもので——

 

 

 

 

 

 

 

 そんなネギ達の困惑を眺めながらニヤついているエヴァ。

 

 悪戯成功と言ったところか。今日まで内緒にしていた甲斐があったというものだ。

 

 無論、勝手にクラスに入れられる訳も無く、裏でジジイ(ガクエンチョ)の暗躍もあったわけであるが、その当の近衛近右衛門も最初に話を聞いたときは呆気にとられたものである。

 

 

 『おいジジイ。事故でチャチャゼロがこんなになった。

  せっかく人間大の下僕になったのだ。

  遊ばせておいたらもったいないし、こんななりでは問題もあるだろうからクラスに入れろ』

 

 

 いや、いきなり横島と共に人間大になったチャチャゼロを引き連れて来てそうのたまわられれば、如何に近右衛門であろうと目が点になろう。

 

 当然ながら説明を求めた彼に対し、エヴァは何故か微妙にふんぞり返り、

 

 

 『この間の一件でチャチャゼロがのっとられて操られた事は知っているだろう?

  二度とそんな無様な事にならんよう、封じ印を彫り込んだら今度は魔力が伝わり難くなって意識が飛びかけた。

  で、焦って横島におもいっきり霊力を注ぎ込ませたら、事もあろうに九十九神化してしまったのだ』

 

 

 と、嘘でも事実でもない話をぶちまけた。

 

 実際、近右衛門も高畑から霧魔の一件は報告を受けているし、今までずっとエヴァの家に置いてあったチャチャゼロを横島のお目付け役としたならそれなりの手を打とうとは思ってはいた。

 

 だから話だけ聞けば、その手段とやらを先に思いついたエヴァが彼女なりの考えで実行し、失敗したに過ぎない。

 

 しかし、結果的にエヴァの戦力が増した事になるので頭の固い教師らはかなり渋い顔をしたのであるが、

 

 

 『確かに日中自由に歩き回れるよーになったけど、基本は前と変わんねぇぞ?

  今だってキティちゃんの魔力がねぇと、そこらの女の子程度の力しか出ねーし』

 

 『つーか、幾ら自由に歩き回れるよーになったって、ヨコシマから霊力もらわねーと動けなくなんだけど』

 

 

 という事実が横島とチャチャ……いや、零の口から語られると、そんなに口酸っぱい事を言わなくなった。

 

 何でも今の零は、エヴァの魔力と横島の霊力によって活動できているだけなので、彼女が茶々丸のネジを巻くように、零は横島からある手段で霊力を分けてもらわねば、今まで同様転がっているだけの人形となってしまうと言う。

 

 それに、ここまでメンタル面までヒトに近くなってしまうと、根は善人の魔法教師らは対外的は兎も角として心情的には零に対して余りきつい事は言えなくなってしまったのだ。

 

 

 無論、土下座スキルMAXである横島の活躍も見逃せない。

 数多の魔族や神族にすら効く横島土下座。流石兄者ってなレベルである。思わずAA貼りたくなる程に。

 そしてそんなにエヴァとチャチャゼロを然程危険視していない学園長と高畑の口利きも相俟って、めでたくチャチャゼロは麻帆良学園中等部3−Aの転校生、絡繰 零としてデビューを果たしたのであった。

 

 

 

 ——無論、ズンドコの苦労がネギ少年に丸投げされたよ—な気がしたとしても、スルーせねばなるまい。

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 「あ〜……やっぱり、あの娘ってエヴァちゃんトコの……」

 

 「えぇ、チャチャゼロさんです。ちょっと信じられませんが……」

 

 

 昼休み——

 

 本当なら本人に突撃インタビューをかけたい所であったが、件の零は不在。

 何時の間にか教室から出て行っていたらしい。

 

 和美の席は左最前列、零の座席はエヴァの隣……つまりは右最後尾なのだ。気をつけていない限り見逃す事もある。

 

 考えてみればエヴァも茶々丸も何時も昼食時は教室から出ている。予想してしかるべきだった。和美一生の不覚である。

 

 仕方なく菓子を摘まみつつ、修学旅行後からやっと仲良く並び始めた木乃香と刹那から聞き込みを開始しているのだ。

 

 

 「ん〜〜? でもさ、そんな事が出来るんだったら何で今まで人間の姿を……

  って、まさか……」

 

 「そうみたいやで? ウチもよう知らへんけど、横島さんが何かしたみたいなんや」

 

 

 刹那と隣り合って座っていられるのがよほど嬉しいのだろう、食後のおやつに持って来ているポッキーを齧り、笑顔でそう答える木乃香。

 そりゃあもう、二人っきりならポッキーゲームでもしそーなくらい。

 

 そんな表情しまくるから百合だと思われるんだ。そう呟きつつも、謎の用務員の事に考えを巡らせて行く。

 

 

 横島忠夫。年齢(書類上)17歳。

 

 この春から麻帆良に勤めだした中等部校舎担当の用務員。

 

 自分の同級生である長瀬楓との仲が噂されており、彼女に対しての突撃取材が成功した例がない為、確証は取れてはいないが満更ではない事は周知の事実。

 

 楓を良く知る数名から、

 

 

 『楓姉、出かけるときはやたら時計を気にして時間きっちりにでかけるですー』

 『そん時もさ、なんか下着をしっかりチェックしてるしね〜

  にひひ……知ってる? 何時の間にかエッチぃレースのなんか買ってるんだよー?』

 

 『あのバカは自覚がないだけだ。

  多分、横島さんに押し倒されても口先でしか嫌がらんと思うぞ。

  全く……横島さんもとっととヤルことヤればいいのに……ブツブツ』 

 

 

 という話も取れている。

 

 ……何かチャチャゼロの謎から別のゴシップになりかかっているよーな気がしないでもないが、気にしてはいけない。

 

 

 「あ〜でも、そーなると横島さんに直接話聞きたいなぁ……

  ねぇねぇ、アスナ」

 

 「……ん、ん? 何?」

 

 

 刹那に気を使ってか、木乃香からちょっと離れてポテトを摘まんでいるツインテールに声をかける。

 摘まんでいる…とは言っても、一口齧っただけでただボ〜っと外を見つめていた明日菜。

 その所為で和美の声に直に返答できなかった。

 

 そういった事にやたら勘が良い和美は明日菜が眺めていた方向に目を向ける。

 

 と、向こうの廊下をフラフラと歩いている子供の姿。

 昼休みだと言うのに、職務か私用かは知らないが食事もしないでどこかへ歩いている。

 可愛い事で全校で知られているので否が応でも目を引き、ほかのクラスの女生徒に心配されたりしてて中々に微笑ましい。

 

 

 「ふぅん……ネギ君、ねぇ……」

 

 「な、何よ」

 

 「ん〜ふふふ……べっつにぃい〜」

 

 

 修学旅行から……いや、弟子入り試験の夜から、何だか明日菜は前以上にネギの事を気にしているようなのだ。

 

 無論、明日菜の性格上、核心を突けば大否定した挙句に意固地になるのは目に見えている。

 

 “今はまだ”熟し切っていない。

 この件についてはもうちょっと間を置き、ゆっくりと煽るとしよう。

 

 心の中で口元をニヤリと歪めつつ、何気ない表情を顔に被って今さっき聞こうとした事に話を戻す。

 

 

 「あのさ、横島さんについて何か知ってる事無い?」

 

 

 

 

 

 

 ——そんな事、こっちが聞きたいくらいよ!

 

 

 いや、別に怒る事はないのだけど……何となくイラついてそう答えそうになった。

 

 でも……と、考えてみる。

 

 

 横島忠夫。

 

 この名前を聞き始めたのは極最近。

 

 確かに修学旅行では散々お世話になっている。

 

 楓ちゃんとくーふぇによれば、修学旅行の間、ずっと見守ってくれてたそうだけど……何だろう? 何故か私は今一つ信じ切れない。

 

 

 ううん。横島さんが悪い人じゃないって事は何となく解る。

 あの人はとんでもないお人好しだ。

 

 それは楓ちゃんも……それどころかエヴァちゃん達までそれを認めている。

 確認するまでもない、と解ってはいるんだけど……

 

 

 『ホント、何でだろう?』

 

 

 皆が認めているのに、

 チャチャゼロ、エヴァちゃん、楓ちゃん、くーふぇ、そして……

 

 

 『横島さん? うん、ええ人やでー

  ウチがせっちゃんの事、諦めかかっとった時、本気で怒ってくれたんや』

 

 

 木乃香も。

 

 この娘もお人よしだし、浮世離れと言うかどこか世間とズレしてたりするけど、人を見る目はある方だ(と思う)。

 それに、木乃香のお父さんである詠春さんが太鼓判を押している。それも刹那さんが驚くほど高く買っている。

 

 

 そう——実のところ私も信用できる人だと解ってる。うん、解ってはいるんだけど……

 

 何だろう? 良い人悪い人とかの話じゃなくて、

 

 う〜ん……嘘で塗り固められてる気がするのがスッキリしないっていうか……

 

 

 朝倉が変な顔をして見つめてたけど、私は言葉に出来ないモヤモヤにまともに返答できないでいた。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 「けけけ 今日も良い天気だぜ」

 

 

 ノリノリ……というか、アイス二段重ね(ラムレーズン&ラズベリィ)片手にご機嫌で道を歩くチャチャゼ——いや、“零”。

 もう片方の腕は、隣を歩く男の腕に絡めているのだから当然かもしれない。

 コンパスの差があるからか、ややゆっくり目に歩いているのは男の優しさだろう。

 

 

 「ぬぁ〜にが良い天気だ。おもっきり雨じゃねーか」

 

 

 そうぼやきつつも、零の方に傘を傾けているのが微笑ましい。

 

 そんな二人の足元を かのこが跳ねるように着いて来ていた。

 

 無論、濡れないように中型犬用のレインコートを纏っているのだが、それがまた傍から見れば、いや、訳を知らぬ者が見ればペットの散歩に出ているラヴラヴカッポーにしか見えなくしてたりする。

 

 実際 かのこは元より零はそーゆー顔で嬉しそうであるし。

 

 

 「ま、そー言うなや。こんな美少女と腕組んで歩けてんだから役得だろ?」

 

 「美少女っちゅーのは同意するが……

  チクショー……せめてあの外見のままやったら」

 

 

 等とよく解らない理由で歯軋りをする男——今更、言うまでもないだろう。横島である。

 

 零が生徒としてエヴァのクラスメイトとなって数日。

 何だかよく解らないが、ものごっつ楽しげに授業を受ける日々を送ってた。

 

 とは言え、体育はおもっきり手を抜かねば死者の山が出来上がるので、当然ながらそーゆーバランスはとっている。

 

 

 「けけけ 流石にクラスメートを殺るのは心苦しいからな」

 

 

 だそーだが、同級生以外はどーでも良いのかと言う疑問には笑うだけ。なんとも恐ろしい話である。

 

 ——話が逸れた。

 

 つまり、零は周囲が思っていた以上にクラスに溶け込んでいるということだ。

 少しだけ周囲と違うのは、放課後ともなると毎日のように横島とデートしている事だろうか。

 

 

 「デートとちゃうわっ!!」

 

 

 いや、彼がどう否定しようと周囲はそうとしか見ていまい。

 

 和美なんぞ楓とフタマタ!? ううん、くーちゃんも入れてサンマタ!? 何という淫獣!! 爆発しろっ!! 等と横島に取材したがっている。

 

 無論、相手は横島だ。

 彼女程度に追いつかれるほど落ちぶれてはいない。

 

 今日もきちんと(?)かのこと共にダッシュして逃げ切っている。

 彼の隠行もシャレにならないし、この小鹿がいる限り茂みに入れば絶対に追いつけないのだから。

 よって待っていた零とかなり安全に落ち合い、二人で共にエヴァの家に向かっているのだ。

 

 彼がどう否定しようと、デートしながら——

 

 

 「まぁ、いいじゃねーか。外に出られて自分の足で歩きまわれるだけで相当嬉しいんだぜ?

  ちったぁ付き合ってくれても罰は当たらねぇと思うんだが。どーよ」

 

 「……わーっとるわい。だからこうやって隣歩いてやっとんだろーが」

 

 「けけけ 感謝するぜ。礼と言っちゃあ何だが好きな時に俺を抱いてもいいぞ」

 

 「感謝しとんやったら、そーゆー事言わんといて——っ!!!」

 

 

 零自身、何がどう嬉しいのやら解っていない。

 

 単に自由に歩き回ると言うのなら、主人であるエヴァの力が戻る満月の日にはやっていたし、元々が彼女の護衛兼殺戮人形なのだからガキの集団の中で生活をするなんて御免蒙る話の筈だ。

 

 だが、こうやって学校生活を送り、クラスメイトとじゃれ合い、偶に小鹿と戯れ、こうやって男の腕を取って歩くのが楽しくてたまらない。

 

 

 十数年も不自由を強いられ、月に一回くらい動ければ良い方だった。

 

 偶に戦えても手加減させられ、侵入者捕獲程度しか力が出せないでいた。

 こういう姿となり(、、、、、、、、)何とか動けるようにはなれたものの、相変わらず学校に縛られ、侵入者が相手でも手加減せねばならないという手枷足枷がついたまま。

 

 ——だというのに、何でこんなに楽しいのだろう?

 

 その意味はまだ解りはしない。

 彼女自身が知ろうともしていないのだから。

 

 だが今は……

 

 

 「おい、ヨコシマ」

 

 「……何だよ」

 

 「俺、何だか楽しくて堪らねーや」

 

 

 こてん、と横島の腕に頭を任せ、満面の笑顔で歩くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『うっひゃあ〜……ラヴラヴやん』

 

 『……』

 

 

 遠目に見ても零が“そう”だと見て取れる。

 物陰から様子を伺う彼女……木乃香と刹那から見てもだ。

 

 

 「ふふ〜ん。

  これはこれは……やっぱ表裏含めて特ダネのスメルがプンプンするよ〜♪」

 

 

 和美はほくそ笑みながらカメラのシャッターをパチリ。

 

 念の為に防水された奴であるし、デジカメのシャッター音はしないように改造されているので安心だ。違法とも言うけど。

 

 一見、単なる雨宿りと見せかけてその実はスクープ狙いのパパラッチ。基本といえば基本である。甚だ迷惑な話であるが。

 

 

 「しかし、これ以上あの二人の後をつけるのは至難というかほぼ不可能でしょう?

  零さんにしても横島さんにしても、その勘は尋常ではないですよ?

  それに かのこがいるのでどうやっても察知されますよ」

 

 「そーなん?」

 

 

 木乃香が気付く由もないだろうが、刹那には解っている。

 

 何せ二人とも実戦能力を持っているのだから、下手な動きをするだけで反応されてしまう。

 刹那は先程それをちゃんと確認しているから間違いない。

 

 和美とてパパラッチを自称しているほどだから、気配の消し方も心得ている。

 何せ“あの”真名ですら気付き難いというのだから大したものだ。

 

 それでもあの二人には気付かれるし、天然自然を味方につけた小鹿に至っては誤魔化す方法がない。

 

 何と難易度の高いターゲットであろうか。

 

 

 「あ、来た来た。来たで〜」

 

 

 そんな木乃香のどこか楽しげな声に視線を彼に向け戻すと、これだけ距離を置いているというのに、彼の『ひぎぃっ!?』とかいう声無き悲鳴が感じられた。

 

 彼は全力否定するだろうが、それは正に彼の父親の浮気がグレートなママンにハッケソされた時のそれに似ている。

 

 

 そう——如何にゴル○が如く背後に気をつけていたとしても、彼と同様、待ち伏せにはあまり意味を成さないのだ。

 

 

 「おぉうっ!? 見事な修羅場」

 

 「く、くく黒い……何という怒気」

 

 

 雨の中、にじみ出るが如く木の陰から現れ出でる影二つ。

 

 デートコース(笑)に待ち伏せていたのは二匹の獣。

 

 言わずもがな、楓と古の二人である。

 

 

 横島が体感している恐怖は如何なるものか?

 

 雨の中、傘もささずに笑顔のままずぶ濡れでになって佇んでいたのだからその恐怖に拍車が掛かる。

 

 

 「横島さん、あないに震えて……って、うっわぁ〜 雨の中やいうのに見事な土下座や」

 

 「でも、直前にぱっと傘を零ちゃんに手渡してるのはポイント高いねぇ。

  何気にかのこちゃんにも距離置かせてるし。

  彼女の表情が見えないのが実に惜しい」

 

 「そのさりげない所作が余計に二人を……

  あ、ああ、二人ともナニを笑って……い、いや、ワラって……?

  うぅ……人はあそこまで恐怖を醸し出せるのか」

 

 

 見た目だけニコヤカに横島に歩み——何か足を動かした風に見えないのが更に恐怖を煽る——寄り、がしっ襟首を掴むとスタスタ歩き出した。

 

 当然、横島の身体を引きずって……だ。

 

 

 言うまでもなく周囲はドン退きである。

 

 どれだけ心身を鍛えようと、原初から湧き上がって来る恐怖に耐えられるはずがないのだから。

 

 

 

 ずりざり、ざざざざ、ずぞぞぞぞぞぞぞぞぞ………

 

 ひ ぃ ぎ ぃ い い い 〜〜 ……

 か、 堪 忍 や ぁ あ あ あ あ ぁ あ あ ぁ ぁ 〜〜〜………

 

 

 

 昨今のホラー映画では表現できぬほどの恐怖を振りまきつつ、少女らはその場を去って行く。

 ウッカリとガン見してしまったモブの方々は今夜は悪夢の一つも見てしまうだろう。年甲斐もないオネショも覚悟だ。

 

 

 

 

 「ひゃあ〜 スゴかったなぁ……キラース○ーマン並や」

 

 「お嬢様、それは伏字の意味が……

  いえ、それ以前にアレはものごっついD級映画の上、欠片ほどの怖さも……」

 

 「アレを真面目に作っとる時点で恐怖や思うえ?」

 

 「……」

 

 

 同種にトマトや人参等の殺人野菜や、避妊具型殺人生命体等もあるがそれは兎も角、あんなごっつい怖いモンを見送っているこの三人。

 意外な組み合わせであるが、二人の後を付けていたのにはそこそこの意味があったりする。

 

 和美は単純に興味津々といったものがあるが、木乃香の理由は明日菜にあった。

 

 彼女が心配していたように、ネギは特訓が始まってからずっと異様に疲労し続けており、授業中もふらふらだ。立ったまま寝てる事もあるほどに。

 

 一緒に鍛え始めているらしい楓や古は然程でもないのに、ネギだけが負担が増えているのは如何なる理由があるというのか?

 

 

 何だかんだいってネギの事を異様に気にかけている明日菜はその事をず〜〜〜っと気にし続けていた。

 

 こうなると親友である木乃香も動かざるを得まい。

 明日菜は意地っ張りな上、すげく不器用だから直で聞く事は出来ないし、何でもないと言われれば余程の状態にならないと口出しを踏み止まってしまうのだ。

 

 しかしその“余程の事”になってからでは遅いのである。

 

 

 となると誰かに聞くしかない。

 

 一応は楓と古に聞いてはいるが、格闘初心者であるネギは別のトコで拷も……修行させられているらしくよく解らないとの事。

 

 かと言って、エヴァとかに聞いたところで『撫でてやってる』とか言ってはぐらかしそーだ。

 

 

 そうなると消去法から言って聞ける人物が狭まってしまう。

 

 

 曰く、

 ——女の子に甘く、尚且つ子供にも甘い横島さんに聞けば一発や。

 

 

 てな訳で、横島を探していた木乃香……と、付き添っている刹那だったが、途中で別の意味で彼を探していた和美と合流し、今に至っているのだが……

 

 

 「なんつーか……四角関係のド修羅場に居合わせただけというか……

  これはこれで面白い記事になんだけどさ」

 

 「ほんでも何の解決にもなってへんえ? 後追わな」

 

 「あ、しかしお嬢様。このまま追ったとしても楓が相手です。

  生半可な尾行では直に気付かれてしまいますよ?

  それに今の彼女には近寄りたくないとゆーか……」

 

 

 (本人は意味もなく否定し続けているが)楓はかなり腕の立つ忍びである。

 その上、最近は横島のお陰……とゆーか“彼の所為”で更に気配に敏感になっているのだ。

 刹那らの周囲で尾行能力に特化した者は、楓の他には真名しか思いつかない。

 

 かと言って、真名に頼む訳にはいかない。

 何しろ仕事料はけっこう高い。それに……

 

 

 『何? 楓が転校生に嫉妬して横島さんを引き摺って行った?

  ……放っておいてくれ。すばらしいチャンスじゃないか。

  上手くいけば既成事実が起きてくれる……というか起こしてもらいたい。是非にも。

  いや、いっそCGで偽証拠写真をでっちあげるのも手か? 超に頼めばいくらでも……』

 

 

 ——どう考えても手助けは無理っポイ。

 

 それに、横島と楓の間の邪魔をするなと釘も刺されているのだ。

 

 

 『もし……もしも、だ。

  あいつらが盛り上がったりして18禁な関係になったとしてもバレなきゃ犯罪じゃない。

  バレなきゃいいんだ。私とお前の銃刀法みたいにな。

 

  ただ、アイツらのコトの邪魔をしたりしたら……私は何をするか解らんぞ?

 

  例えば横島さんに盛ろうと思ってた媚薬をキサマに飲まし、木乃香と個室に閉じ込めるとかな……』

 

 

 ……恐ろしい話である。

 何しろそう語った時の真名の目はグルグル回ってて正に石○賢。下手なコトを言えば犯られる。マジに犯る気の目だ。

 

 それを思い出し、今更ながらぶるると身震いをしてしまう刹那。

 

 木乃香の力になってやりたいし、自分もネギが心配だ。

 かと言って今の楓らに近寄るのは勘弁してほしいし、ヘタぶっこいてナニかの邪魔したりしたら自分もおじょー様も貞操の危機。

 

 嫌なタイミングでイヤな事に関わってしまったものである。

 

 

 『さて、どうしたものか……』

 

 

 流石の刹那も困り果てていた。

 丁度そんな時——

 

 

 「あれ? あそこに固まってる怪しげな集団は……」

 

 「へ? あれ〜?

  明日菜に……ゆえと のどかやん。どしたんやろ」

 

 

 その声に導かれるようにふと目を向けてみると、確かに怪しげな三人組。

 雨宿りしつつペッタリと壁にくっついて物陰から斜め前を見ている明日菜らの姿が……

 

 

 「何ですかアレは?」

 

 「さ〜……?」

 

 

 その彼女らの目が追っている方向。視線を追ってみると……

 

 

 「アレは……エヴァンジェリンさんとネギ先生? 

  二人を追っているのでしょうか?」

 

 「みたいやなぁ……」

 

 

 木乃香と二人して首を傾げる刹那。

 

 いや、確かに気にしてはいたようであるが、何であんなヘボ探偵宜しく不審者全開のヘタクソな尾行を皆して必死にやっているのか理解し難い。

 

 のどかは解る。常にネギを心配しているのだから。

 

 夕映にしても彼女を心配して付いて来ているのだろう。だからその行動は解る。

 

 だが、その行動は明日菜が率先して追っているとしか見えない。

 

 口では気にしていないといいつつ、やはり心配の度を超えてしまったのだろうか?

 

 

 「あ〜……ひょっとして……」

 

 「? 何か心当たりでも?」

 

 

 和美は何か思い出したのだろう。気不味そうに頭をカリカリ掻いている。

 

 

 「いやぁ……お昼ごろさ、アスナ達があんまり心配してたから冗談で言ったんだよ」

 

 「冗談ですか? で、何と?」

 

 「えっと、ね……

  僅かニ,三時間でヤツれて帰ってくるんだから、エヴァちゃんと房中術でも試してんじゃないかと」

 

 「 ア ホ で す か、ア ナ タ は 」

 

 

 ネギは十歳。

 まぁ、外国の子だし、

 年齢一桁代で女の子を妊娠させて、大きくなってからその時に生れた娘と一緒に宝探し(荒らし)をしている大学生の話もあるのだから、可能性は全くゼロというわけではないだろう。

 

 無理に考えれば、の話であるが。

 

 

 「せやけど、ようアスナが房中術やいう難しい言葉解ったなぁ。

  理解でけるや思わんかったわ」

 

 

 何気にヒドイ事を言う木乃香。本当に親友なのだろうか。

 とゆーか何故知ってる? 近衛 木乃香。

 それは兎も角、明日菜はちょっとエッチ程度の知識しかない普通の女の子なので、当然ながら全く解っていなかった。

 

 

 「いや、とーぜん私が説明したよ? そりゃあもう、微に入り細に入り……」

 

 

 ニヒヒと笑う和美。

 その顔はどこかエロオヤジを髣髴とさせた。流石はエロガモとコンビを組んだだけはある。

 

 

 「ああ、やっぱそーなんか。

  良かったわぁ それでこそウチの知っとるアスナや」

 

 「純情という意味か、オバカという意味で言ってるのか気になるトコだけどね……」

 

 

 等と無駄なセリフを応酬している間にも三人娘はエヴァをガサゴソと追ってゆく。目立つ事この上もないが。

 そしてそのエヴァは、ネギに傘を持たせたまま悠然と歩き去ってゆく。

 その方向は間違うまでもなく桜通りを通ってその向こう。人気の少ない小道の奥。彼女の家の方向だ。

 そして横島が引き摺って行かれた方向もそっちである。

 

 

 『これは……やはり集まって修行する為か? 十中八九そうだろう。

  しかし、ネギ先生だけが疲労が大きいのは何故だろう? 

  体力が子供だからか? いや確か魔法を使って体力の底上げもできるはず。

  となると……う〜ん』

 

 

 如何に陰陽術が使える刹那であっても、西洋魔法は専門外。

 以前の、明日菜を魔力で肉体強化できた事も初めて見たのだから。

 

 魔法使いは従者に魔力を送っているので、そうなると従者がいる事となるが、明日菜も自分も、木乃香ものどかも未だネギ達の修行に付いて行っていない。

 となれば、そんなに負担はかからないはず。

 

 では何故——

 

 

 ……いや?

 

 

 『まてよ……』

 

 

 二人の背を見ている内に刹那の思考はコロリと転げた。

 

 

 『“そんな事”より、ネギ先生と横島さんが同じ方向に向かっているのなら……』

 

 

 イキナリ『そんな事』扱い。

 この桜咲 刹那、黒い氣に中てられたのだろうか、何かが違う。

 

 何せ“それ”に気付いた瞬間、キュピ——ンッ!! とNT宜しく刹那の脳裏を閃光が駆けたのだから。

 

 

 「お嬢様、アスナさんと合流しましょう」

 

 「ふぇ? どないしたん?」

 

 「結局、私達はネギ先生の疲労の原因が知られれば良い訳です。

  でしたら回りくどい事はせず、彼女らと共に修行の様子を伺えれば良い訳ですし……」

 

 「あ、せやなぁ……一々掻い摘んでアスナに説明する手間も省けるし……

  うん。せっちゃんの言う通りにするえ」

 

 「はいっ」

 

 

 言うが早いか、刹那はささっと距離を詰めて明日菜に話しかける。

 彼女が驚いて声を上げるより前にその口を塞いで説明。

 

 陰でコソコソ動いていた事をちょっと怒られはしたが、自分を想ってくれての事であるし、何より彼女が人の事を言えない。

 

 よって直に和解。

 和美からすればちょっと残念であったが、これはこれで記事になるしと合意し、結局仲良く六人でゾロゾロとネギの後をつける事となったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無論、

 

 

 『これで良し……

  例え楓のゴニョゴニョの邪魔になったとしてもそれはアスナさんらのミスであるし、私達は無関係。

  アスナさんを先行させれば私達はネギ先生の後をつけただけという結果で終われる。

 

  お嬢様の疑念も晴らせるし、危険も回避できる。

  正に一石二鳥。本当に助かりました……アスナさん』

 

 

 等と、まるで横島の元雇い主に汚染されたかのような策をとっていた事など、誰一人として気付けるはずもなかった——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——同時刻。

 

 

 

 

 

 『いたカ?』

 

 『まだ見当たりマセン』

 

 『ドコ行ったんでしょうかネェ……』

 

 『はぅぅ……見つからないレス〜

  ごめんさない、お姉サマ……』

 

 『気にしないデ……』

 

 『ああ、オメーは“初仕事”ダカラナ。しくってもしょーがネェサ』

 

 『はぅぅ〜〜……』

 

 『落ち込むより前に探しマスヨ?』

 

 『はいレス……』

 

 『でも、確かに面倒ネ』

 

 『犬っコロの分際でヨ』

 

 『仕方ないデス。早く追いマショウ』

 

 『は、はいレス〜……』

 

 

 




 前にも書きましたが、このサブタイトル『ユリイカ』です。エウレカと読まないでください。これでも一応、かなり良い邦画ですw 物凄い長い映画ですが。
 傷だらけの登場人物たちが再生へと向かってゆく深い人間ドラマです。

 今作にてやっと出せました、絡繰 零。
 彼女の生れた事故の話。勿論、エヴァはその内容をぼかしてます。言えないくらいヤバイので。無論、例の彫像を使ってますし。
 理由は後でw

 感想でもご質問を受けましたが、サブタイトルは例外を除いてほぼ全て映画のタイトル。ひらがな&カタカナと漢字に変換してるのはコメディ要素強め。
 英文字はシリアス要素強めです。念の為。


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中編

 

 

 外と隔離された刻の中——

 

 時期的にそんな雨にならない筈なのに、外はざんざん降り。

 そんな外界とは違い、“ここ”の天候は主の意のまま。

 嵐だろうと、晴天だろうと、カンカン照りで雪を降らそうと。

 

 しかしそうであっても主は天候までも好きに操るつもりはない。

 興が乗らないのではなく、雅に欠けるからだ。

 

 

 ここは古の魔法使いが支配する“箱庭”。

 

 

 果てし無い狭さ、そして窮屈な広大さという矛盾した感覚を感じさせられる異空間。

 

 余人ならばこれだけで満足しよう。

 

 されど支配者たる者はこれでは満足できまい。

 

 意のままに出来る世界だからこそ、手が届くという狭さを思い知らされるのだから。

 

 

 だが、それを行うのに然程の広さは必要としない。

 

 

 「あ、ふ……ンあぁ……」

 

 

 寝台一つの広さがあれば事足りるのだから——

 

 

 「……熱、い、アル……んん……」

 

 

 響くのは艶のある女の声。

 

 いや、声音からすればまだ少女。子供の範疇を出ていまい。

 それでもその声はとろけるように甘い。

 マタタビを吸った猫でももっと品を感じられよう程。

 

 或いはそうなってしまう程のものなのか。

 

 

 『ムハ〜……』

 

 「……けッ」

 

 「あ……か、楓さん、古老師……ス、スゴイ……」

 

 

 それを見せ付けられている者たちの感想は三種三様。

 鼻息を荒げるモノ、目が据わっているモノ、そしてただただ目を奪われる者——

 

 

 「クククク……どうした? ぼーや。

  向こうを気にしている場合だと思っているのか?」

 

 「ああ、そ、そんな……マスター……」

 

 

 師と仰ぐ少女にからかい混じりに咎められ、強引に傍に引っ張られる。

 

 視界の隅にチラリチラリと自分の教え子である女子中学生の様を入れつつ、意識はぴたりと寄り添うように座る師に向かう。

 

 

 「残念だな。私はこれ以上待たされたくないのだよ。

  ほら、もっと……」

 

 「あ、ああ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 アツい刻——

 

 

 それは交わされた契約の報酬。

 

 よってこれは必然であり、当たり前であり、起こるべき流れ。

 

 なれどそうとは知らぬ者達にとっては異常であり異様なのかもしれない。

 

 

 例え——

 

 

 

 

 

 

 

 「 コ、コココ コ ラ ——— っ ! ! !

 

   ナ ニ や っ て んの……?」

 

 「ん?」

 

 

 ネギの左腕に噛み付き、ちゅーちゅーと血を吸っているエヴァ。

 

 

 「ふぁああ……って、はれ? アスナ、どうしてここにいるアルか?」

 

 「む? アスナ殿も呼んでいたのでござるか?」

 

 

 若干、頬を染めてはいるが手を繋いで座っている“だけ”の楓と古……

 

 

 「……六根(ろっこん)清浄(しょーじょー)六根(ろっこん)清浄(しょーじょー)南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)

  ボクはお地蔵さん。ここに転がってるだけのお地蔵さん。だから何も聞こえない、感じない……」

 

 「ぴぃ?」

 

 

 ——の二人に挟まれ、ナニやら自分と戦い続けている横島と、その組まれた胡坐に小鹿が乗っかっているという、何か笑ってしまう光景。

 

 まぁ、少なくともナニな事だけはしていないのに間違いはなかろう。

 

 

 

 そう例え——

 フツーに少量の血を報酬として捧げているネギや、大首領が休息している合い間に霊波の修行を行っていただけだとしても……

 

 まぁ、楓と古はミョーに艶っぽかったから、フツーはナニにしか聞こえないだろーけど。

 

 

 

 

 「何だお前ら。

  どうやってここに来た?」

 

 

 「 ど ー せ こ ん な 事 だ と 思 っ た わ よ ——— っ っ ! ! ! 」

 

 

 

 何時の間に汚染されたのか、横島に激似の絶叫を上げる明日菜だった。

 

 

 

 

 

——————————————————————————————————————

 

 

 

            ■十八時間目:EUREKA (中)

 

 

 

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 麻帆良の首脳陣を大いに悩ませたチャチャゼロの九十九神化。

 まぁ、結果的には丸く治まったわけであるが、それでも混乱が小さかった訳ではない。

 

 しかしその混乱というか騒動の発端。

 余りといえば余りにもややこしい事態を生み出したのは、当然と言おうか、やっぱり? と言うか……

 

 

 「おい横島。

  ちょっと実験に付き合え」 

 

 

 案の定、コトの真相は女王様の鶴の一声であった。

 

 

 エヴァが魔法戦闘を教え始めてそれなりの日が経つが、相変わらず扱き……というか、拷問のような特訓を横島は強いられ続けていた。

 無論、そこは不死身の怪奇生物という(ほまれ)も高い男、そんな地獄のような特訓にも慣れてきたではないか。

 

 既にそのしぶとさタフさは人外に片足どころか両足突っ込んでスピンまでしている横島であるが、この世界に来てから霊力の上限やら霊波の収束やらが上がっていたので回復力も更にバカっ早くなっているのだろう。

 

 お陰で大分慣れてきたかな〜等と余裕ぶっこき始めたかれであったが、どっこいエヴァはその名も高き悪の魔法使い。そのままで行ってくれるよーな慈悲は持ち合わせていなかった。

 地獄のような特訓を潜り抜けた横島を待ち受けていたのは、エヴァによる() () ()

 

 悶絶やら絶叫やらをする暇もないくらいのそれ。

 堕ちて行く地獄のランクアップというか、死の階段のステップアップとゆーか、筆舌し難い日々がおっ始まってしまった。

 

 ……それでも決して止めるとは言わないのだから大したものである。

 そんなトコがまた大首領《エヴァ》を悦ばせて益々エラい目に遭わされる羽目になるのだけど。

 

 兎も角、

 そんな地獄をソウルフルに駆けていた彼の連続修行六日目の朝。

 

 連日の霊力消費を回復すべく、与えられている自室でヘバっていた彼はエヴァ御自らの手で叩き起こされてしまう。

 

 完調という言葉とは程遠い状態で連れて行かれた先にいたのは、ちょこんと椅子に座らされていたチャチャゼロと——

 

 

 「んなっ!? な、なんだこりゃあ!?」

 

 「くくく……」

 

 

 その椅子の直横に立っている人影。

 

 いや、生きているとしか思えない彫像。

 

 顔の部分のみがあやふやで、それ以外の部分は異様にリアルな全裸の少女像。

 

 顔を奪った少女を立たせているようにしか見えない。それほど生々しい立像がそこに佇んでいた。

 

 余りにリアルでいて、非現実的。

 真横に座っている生き人形のチャチャゼロの方が遥かに愛らしい。

 

 疲労でおもいっきり寝ぼけていた横島も、流石に一瞬で眠気が吹っ飛び、後を追ってきていた かのこも硬直してしまっている程。

 

 

 「はははははは……

  かのこは当然として、流石は本物の(、、、)霊能者だな。よく解った」

 

 「わ、解らいでかっ!!

  何やそれは!? マジに生きてるじゃねぇか!!」

 

 

 彼の驚き具合と気付き具合に満足の笑みを浮かべつつ、すたすたと件の像に歩み寄り、その腹を叩く。

 

 コンっと響く硬い木の音。

 

 見た目の肉感があり過ぎる為、まるでブラックコメディのような違和感を感じさせられる。

 

 

 「これは あるルートから仕入れた世界樹のやわらかい新幹を削りだして作ったものだ。

  この学園に力を齎せている霊木。元々霊気が宿っていたのそれに呪式を施している。

  と言っても内臓や骨、筋肉なら兎も角、神経等は流石に削り出せん。そこは呪式のラインで代用してはいる。

  兎も角、キサマが感じ取ったようにコレは生きている。

  まぁ、生きている“だけ”であるがな……」

 

 

 しかし、並の者であれば強い違和感は持つだろうが“生きている”とまでは気付けまい。

 

 山の精霊の集合体である小鹿が解るのは当たり前であるが、それを見た瞬間に理解できてしまう眼を持っているのだから流石と言えよう。

 

 

 「く、わぁああ……気色悪りぃ〜……

  こんなん放って置いたら直に妙な霊が憑くぞ?

  顔のない人形が走り回る光景なんぞ想像もしとうないわ」

 

 「それはそれで面白そうだが——

  按ずるな。その程度の備えはちゃんと施してある」

 

 

 何せ かのこが混乱している程なのだ。

 

 ヒトの形をとっていて生きてはいるくせに生者ではなく、かと言って木と称するには放つ生気がおかし過ぎる。

 精霊の眼があるからか、或いは直感からか、余りの不自然さ、その異様さに怯えすら感じているようだ。

 

 確かに、ここまで生きている状態で心のない物体を放って置けば、横島の懸念通りに悪霊や浮遊霊が取り憑きかねない。

 “奴ら”は常に生きたがっているのだから。

 

 無論、エヴァとて無駄に600年も生きてきた訳ではない。対霊行動とて己の知識の内にちゃんと持っているのだ。

 

 その持てる知識を駆使し、木から彫り上げた骨の部分や筋肉、内臓の部分にもしっかりと呪式を彫り込んでそれらからの侵入に備えてある。

 

 尤も、逆に言えばその呪式の所為で意思を込められず、チャチャゼロやその妹達のような生き人形にもできない訳であるが……

 

 

 「さて、横島忠夫。今は茶々丸を退出させているし、お前の女どももまだ夢の中だ。

  よってつまらん邪魔は入らんし、秘密も漏れん」

 

 「オレの女ってトコにツッコミを入れたいトコだが……それで?」

 

 「キサマがここで修行をしているもう一つの理由は、霊力のコントロールとその地力を高める為……

  だったな?」

 

 

 エヴァの命令で珠を使った修行を執り行うようになって、述べ二週間。

 

 霊力が枯れるんじゃないかと思ってしまうほど酷使されていたのは、楓と古に対する修行も兼ねていた。

 

 修行の始まりは二人による横島への全力戦闘。

 三時間ほどそれを続けた後に、今度は横島が霊力を使用してかなり本格的な霊力修行となる。

 だが、わずか十分に全てを注ぎ込んだ霊力の全力使用&全力集中は他ならぬ横島に対する修行の意味合いが大きいのだ。

 

 そのおこぼれに肖れて、楓と古はホクホクしてたりする。

 

 この世界に住まう人間で、そんな栄誉を受けられているのは今のところこの二人ぐらいしかいないのだから。

 

 

 それもこれも、横島の霊的な地力を上げる為、

 延いては“アレ”を完全に使いこなせるようにする為、だ。

 

 横島が魔力を使った身体能力ができない以上、拷問のような作業でコツコツと霊的地力の底上げを行うのが重要なのである。

 彼にとっては迷惑どころの話ではないだろうが……

 

 因みに、古達と共にネギの修行も始まっているが、今はまだ戦闘素人なので彼女らのような鍛錬には加わってはいない。

 

 何せ今のネギでは始まって数秒どころか一瞬と持たない。

 あの『銀髪の少年』なんか片手でポイできる“存在”を知る事は、それだけでも大きな修行となろうが、今のネギの精神ではまだちょっと早い。ぶっちゃけアイデンティティが持つとは思えない。

 

 だから、エヴァがせめて自分相手でも三十秒程度は持つように鍛えているのである。

 

 

 ……話が逸れたが、その修行の過程で、横島のポッケにナイナイされていたチャチャゼロに、エヴァの読み通りのコトが起こっていた。

 

 チャチャゼロは元々が魔法によって動く殺戮人形——生き人形である。

 

 そして横島はこの世界でも稀有な出力の霊波が出ているとびっきりの霊能力者だ。

 

 特に追い詰められた時の横島の霊力はとてつもない。“向こう”の神族魔族が目を見張るほどなのだ。どんだけ〜?! である。

 

 ただでさえ霊圧が尋常ではないのに、概念に介入できる反則能力を持った横島にチャチャゼロは触れっぱなしにされていたのだ。

 案の定と言うか、計画通りと言おうか、チャチャゼロは主が狙っていた通りの変化を起こしていた。

 

 それは、霊格の上昇である。

 

 元々横島のいた世界は九十九神が“出来易い(生れ易い?)”。

 それは別に収束された念波動を受け続けていた訳でもないのに、たった数十年で確立した机妖怪が生れるほどだ。

 

 そしてエヴァの生きた年月に劣るとはいえ、初めの方からずっと付き従っていたチャチャゼロに積み重なっている神秘は、そこらの妖怪よりずっと濃密である。

 

 つまり、横島の霊波を受け、無意識に霊力を吸い続け(注がれ続け?)ていたチャチャゼロは僅かづつも霊気をすい続け、ついに格を上げていたのだ。

 

 そんなチャチャゼロと、この奇怪な彫像とで何をさせようとしているのかと言うと……

 

 

 「チャチャゼロと、この彫像……どちらも木で出来ている。

  そしてこの彫像の霊波もチャチャゼロと同じくらいにしてある。

  キサマに張り付かせていたお陰でチャチャゼロの霊格も上がっているし、

  世界樹とリンクがあるこの彫像も同じ位の格がある。

  つまり霊力等にほとんど差が無いようにしてある。

  差があるのは、チャチャゼロには意思があるが、この彫像に魂は無い。それくらいだ」

 

 

 この世界でも、一応<霊格>というものの認識はある。

 

 確かに横島のいた世界程の細かい分類は無かろうが、それでも霊の持つ格くらいは何とか数値で測る事が出来る。

 

 しかし、片方に魂は無いとはいえ、同程度の霊気を持つものを揃え、尚且つ横島の力を必要とする実験とは……

 

 

 「ま……

  ま、まさか……」

 

 

 当然、無意味に勘の鋭い横島が気付かぬ訳がない。

 血の気が下がる顔を見、エヴァは実に彼女らしい三日月のような黒い笑みを浮かべた。

 

 

 「そうだ。私は霊気の同調という奇跡を見てみたい。

  その奇跡による常識の破棄。認識の上限を飛び越えた超存在が見てみたい。

  霊力を同期させる事によって生れる、元の力の数千倍という超存在をな」

 

 

 横島のセクハラ封じに充てていた、という話も嘘ではない。

 実際、最初はその為にくっ付かせていたのだから。

 

 しかし、横島の起こせる“可能性の奇跡”を知ってしまい、自分が夢想した事の実現率に気付いてしまった以上は、『最強の悪の魔法使い』である彼女に我慢する事はできなかった。

 何せ成功すると、呪いを解く……いや、騙せる(、、、)足がかりとなるのだ。チャチャゼロには悪いが暴走してしまったのもしょうがないかもしれない。

 

 だから元は横島からかい用&チャチャゼロの褒美用に作り始めていた“それ”を急遽変更し、超絶存在実験用に呪式を施したという訳である。

 

 

 尤も、流石の彼とて外部から他者の霊力バランスをコントロールした事等ないし、文珠の使用——それもチャチャゼロを主格として彫像と同期合体させるなど想像の外の話。

 

 と言っても『出来ない』というほどでもない。“あの一件”以来やった事はないが、恐らくは可能だろう。

 あんまりいい思い出がない為、気が進まないと言うのが正直なところなのだ。

 

 それに彼だって興味がないといえば嘘になる。

 

 肉体が若返っている分、心の方も若返っている所為かそういった事に対する好奇心も当時の年齢に戻っているのだし。

 

 しかし、そんな興味より何より横島は、

 

 

 「い、いや、その方法だとコイツが危ねぇだろ? 失敗確率もゼロじゃねーんだぞ?」

 

 

 という事の方が気になっていたりする。

 

 思った通りの甘ったるく(ゆる)んだ考えだ。

 しかしエヴァの予想の範囲内だったので苦笑が浮かぶだけ。

 

 『言うと思った』その程度だ。

 

 「案ずるな。この人形(ひとがた)の方には塵ほどの意思もない。

  さっきも言っただろう? 

  つまらん雑魚霊とかに宿られたらかなわんから、結界式を刻みながら組み上げたんだ」

 

 「う、う〜ん……」

 

 「オ? オレノ心配シテヤガンノカ?」

 

 

 相変わらず(人形だから)無表情なチャチャゼロ。

 何時もなら『ガキガ……ナメンジャネェヨ』とか言って怒気の一つも出してくるパターンなのだが、どういう訳かちょっと嬉しげな気が漏れているよーにも見えなくもない。

 そう言う機微が解る(と思われる)茶々丸はこの場にいないし、エヴァも何やらニヤつくだけでサッパリであるが。

 

 

 「え゛? い、いや、か、勘違いするなよ?! 

  べ、別にゼロの身なんか心配なんてしてないんだからなっ!?」

 

 

 そのゼロのセリフに顔を赤くして否定しても説得力なんぞない。

 

 

 「……男のツンデレなんぞキモイだけだ。アホ」

 

 

 無論、第三者にされてしまったエヴァからしてみればそんなもんだ。砂糖か砂でも吐きそうだし。

 

 横島の懸念も解らぬ訳ではない。確かにどんな些細な魔法とて暴走の可能性はゼロではないのだ。

 しかし、エヴァとて<魔>の道に堕とされて直の素人とは訳が違う。そんな危険性を無視する訳がない。

 そういった様々な事態に備えた準備を整えられたからこそ、横島にこの実験を伝えたのだから。

 

 

 「大体、貴様の言う通りならもって数分。元々が違うものが合身したままでいられるものかよ」

 

 「う、うん……まぁ……」

 

 「それにな、もう一つ確認したい事があるのさ」

 

 「ふぇ?」

 

 

 何だか癖になっているのか、チャチャゼロを頭に乗せつつエヴァに間抜け声で問い返した。

 

 

 「今のキサマがどれほどまでの霊力を制御できるか……

 

  どこまで己を鍛えられているのか——

 

  その確認もあるのさ」

 

 

 

 前にエヴァ自身が語ったように、彼女はホイホイ文珠を使わせるつもりはない。

 

 しかし、だからと言って彼の限界を知らずにいて良い訳ではないのだ。

 

 

 彼の特化能力は収束とそのコントロール。

 だから彼女の知る魔法使い達と違い、思いっきり力を放出させるだけではしょうがないのだ。

 

 

 拷問と区別がつかない程の特訓を施しているのは、彼がいた元居た世界での鍛錬と同じ。

 

 霊動実験室という特殊な状況で、生命の危機まで追い込んでポテンシャルを上げさせるアレと意味合いは同じだったりする。

 

 そんな過酷にも程がある鍛錬を続けて底上げは出来はした。

 出来はしたのだが……その底上げされた力を使いこなせるかどうかは別問題なのである。

 

 ならば一番簡単な方法——

 珠を使って現象を起こさせ、その間中それをコントロールし続けるという方法はエヴァの趣味と実益が入った一石二鳥の手段だと言えた。

 

 

 「解ったよ、ちくしょーめ……!!」

 

 

 チャチャゼロには元より覚悟があり、エヴァは完全にお膳立てを終えている。

 

 前述の通り同期合体にはあまり良い思い出はないのだが、エヴァ達にプラスにはなってもマイナスにはならず、尚且つやっぱり他の魔法使い達には秘匿を貫いてくれるという。

 

 

 散々迷っていた横島であるが、元雇い主と同じ空気を持っている彼女に逆らうのは難しいし、何より自分もどこまでできるのか知りたいと言う気持ちも持っていた。それを知っているのと知らないとで今後の行動が大きく変わってくるだろう。

 

 彼がやりたがらない理由は単にタイミングが悪いだけ。

 人目に曝さず修行の出来具合を見てくれるのはありがたいのだが、ここまで疲れている……方言で言うところの“しんどい”状態でやれと言われて困惑しまくっているだけなのだから。

 

 だからこそ横島は、結局として腹を括らされる形で始めさせられるのである。

 

 

 

 

 

 兎も角、結果だけ言おう。

 実験そのものは“ある意味”大成功だった。

 

 

 

 

 

 『同』『期』

 

 

       ……カッ!!

 

 

 

 我事ながら目を見張る(?)チャチャゼロ。そしてそのとてつもない力の奔流に床を滑ってゆくかのこと、その波動に感動すら覚えているエヴァ。

 

 念には念を入れ、エヴァのログハウス、この別荘、そして彼らの周囲に張られた結界。

 それらが余りの力の発動に悲鳴をあげ、ギシギシと耳障りな軋みを響かせている。

 

 間違いなく、別荘の外にまでその余波は漏れているだろう。

 

 幸いにもログハウスの外まで波動は漏れていなかったようであるが、もし破られていれば学園中の魔法戦力が押し寄せていた事だろう。

 

 何せ数千倍とはまでは行かずとも、チャチャゼロの存在力は確実に千倍に達していたのだから。

 

 

 「オ!? オオお!?

 

  オぉお お? お お お お お ?!」

 

 

 それが成された瞬間、生き人形チャチャゼロは確立したヒトの姿を取った。

 

 下僕人形という枠の中にいた彼女は、一瞬の間に莫大な霊力を得た上、霊格が更に上昇。

 

 先ほどまで置かれてあった生々しい彫像。

 しかし僅かながらも木材っぽさを残していたそれは合体する事によって霊格が上昇し、そのまま生身にしか見えない身体となった。

 そしてそれの頭部の位置にチャチャゼロに似た顔が首の上に乗っているのだ。

 

 それは想像の産物とも言える容貌。

 強いて言えば、チャチャゼロが人間の女性だったらこんな顔だろうというそれである。

 

 生き人形と言うカテゴリーが完全に外れ、『固さ』が取れた彼女の顔は正に人間のそれ。

 

 間違いなくチャチャゼロより年上……というよりエヴァよりも上だ。言ってしまえば女子大生くらいの女性のプロポーションをもってそこに佇んでいたのである。

 

 

 そしてそれは大成功の終わりを意味していた———のだが、

 

 

 

 「うお!?

  う っ お ぉ ぉ お お お お お お お お お お お お っ っ っ っ っ ! ! ! 」

 

 

 「なぬ?」 

 

 

 横島が霊力ヘロヘロ状態であった事は今更語るまでも無いが、そこが問題であった。

 

 いや、今という時間の隙間しかこんな実験を行う事が出来ないと踏んだからこそ、エヴァは行ったのであるが、霊力が足りなくなった時、横島の肉体は高速回復しようと躍起になる。

 そんな時にスターターとして使われるのが本能に基づいた原初の力……彼の場合は煩悩である。

 

 で、合体に成功したチャチャゼロは、ぱっと見の年齢は女子大生くらい。それも ぼっきゅんぼっきゅんだ。完全に剛速球ストライクゾーンだったのである。

 

 尚且つ、着ているものはどういう訳かチャチャゼロのそれ。

 

 元のサイズでその生地が持つ訳もなく、破れ千切れて布切れ状態。

 何となく要所要所が隠れて見えてないだけという有様だ。

 

 エヴァのアダルトバージョン宜しく、バストサイズも大きく育ってはち切れんばかり。

 

 そして茶々丸の姉なのだから、当然のように美女である。

 

 ——さぁ、もう説明は不要だろう。

 そんな相手に、横島が黙っていられる筈がないのだ。

 

 

 「ト ォ オ オ————ッ ! ! 」

 

 「え? わ、わぁっ!!??」

 

 

 常軌を逸したスーパージャンプ。

 如何なる物理現象か不明であるが、カエルがすっ飛ぶ様なポーズで宙を舞い、女子大生風ぼでーとなったチャチャゼロ少女に襲い掛かる影一つ

 無論、横島忠夫である。

 

 (そら)に走る疾風か稲妻。

 

 大地を飛んで緩やかな放物線を描き、何故かトランクスを残して服が背後に脱げて行く。

 ナニをどうやっているものか、マトリクス風な不可思議なスローの時間経過と摩訶不思議物理現象がそこに起こっていた。

 全くもって無意味な電撃反応。呆れを通り越してスゴイと感心してしまうほどに。

 

 そのアクション。正しく漢の夢、伝説のル○ンダイブ。

 何と横島は伝説を起こしたのだ。流石は奇跡の人。痺れも憧れも出来んが。

 

 しかしその突然の奇行のお陰で、かのこはおろかエヴァすら呆気にとられて咄嗟に動けない。

 ではチャチャゼロは——と言うと、突拍子もない超力を持てた事に感動する間も無く襲い掛かられ、どうしようか判断に迷ってたりする。

 

 いやそれもあるが、何というか……あの横島が、“あの”横島忠夫が自分を一人の女と見ている目で(←ココ重要)飛び掛って来ている。その事が通常以上に思考を麻痺させていた。

 

 

 がばちょっ!! と抱きしめられるチャチャゼロ。

 抵抗一つしていないのだから当然だ。

 

 普段の横島は迎撃される事を前提として飛び掛っているのだが、ここまで安易に『やーらかいなーっ あったかいなーっ』を体験できるとは思ってもいなかった。

 

 

 抱きつき成功。

 更にお触りOkっポイ。踊り娘さんは寛容のよーだ。

 

 お蔭さんで横島の脳内閣議も『ヒャッハァ——っ!!』と実にザコっポイ。ドコが閣議と聞かれれば返答に困るが。

 

 

 兎も角、今までの抑圧と不意打ちの色仕掛け(?)という事もあってか、チャチャゼロの元の姿なんぞ頭からすぽーんと抜けており、その『見た目女子大生』のやーらかさとあったかさを味わう事に対する歯止めが利かない。

 

 ぶっちゃければノクターン進出という危機的状況に……

 イロイロとぴーんちっ

 

 

 

 が、神というものは得てして無情(笑)なものなのだ。

 

 

 

 「老師っ!? どこアルか!!??」

 「如何なされたでござる!?」

 

 

 

 まず、彼女らが押しかけて来る気配がした。

 

 

 

 

 「あ゛」

 

 「え?」

 

 

 

 

 そしてそのショック(恐怖とも言う)で集中が切れてしまった。

 

 

 

     ず ぼ 〜〜 ん っ!!!

 

 

 

 忽ち起こる霊気の爆発。

 

 元々、文珠は霊気を収束して生み出すもので、収束の失敗で爆発させた事も当然ながら無い訳ではない。

 

 そして今回使用している珠は、以前使っていたものの倍以上の出力がある。

 

 そんな大出力の珠を二つ使用し、同期合体を他者に施している訳であるから、当然ながらその制御の難易度はかなり高くなる。

 

 エロに走っている時はまだ良い。

 

 何故かは未だに不明であるが、そんな妄想に浸っている状態の方が集中力が上がって奇跡を起こしまくっているのだから。無論、横島に限っての話であるが。

 

 

 が、冷や水をぶっ掛けられたように冷静になった時は逆に拙い。

 

 頭か真っ白になって意識が途絶えるのだから。

 

 

 そして——

 

 

 「よ……横、島…殿……」

 

 「ろ、ろう……」

 

 

 駆けつけてきた二人は、

 

 呆然と、

 

 そして何故かじわじわと黒さを上げてゆく。

 

 

 「え、いや、その……こ、これ、ち、違うからね!?」

 

 

 つっても、女を押し倒している時点で説得力ナッシング。

 慌てて助けを求めようとエヴァの姿を探してキョロキョロと周囲を見回す。

 だが、不幸にも今の爆発で吹っ飛ばされでもしたか見当たらない。かのこも目を回しているし。

 

 つまり弁明or声明してくれるお方がナッシング。

 

 サァアアアア……と血の気が下がり、この先に待ち受けている地獄を夢想する。

 そしてそれは決して夢ではないだろう。

 

 だが、先にも述べたように神は無情である(笑)。

 

 

 「お、おい……そ、その、どいてくれねーか?」

 

 

 自分の下からそんな声。

 口調は少しナニであるが、声音そのものは本当に可愛い。

 しかし、そんなぷりちーな声だけでは彼の救いにはならないのだ。

 

 

 「あぁ、わ、悪りぃ、今すぐ…ど っ っ!!??」

 

 

 声の主を見た瞬間、横島の声はひっくり返った。

 

 

 偶然の悪戯というか、必然の悲劇とでも称すればよいのか。

 

 珠の力が途切れれば終わるはずの同期合体。

 が、念入りに施された封じ印が分離するはずのチャチャゼロを閉じ込め、二体一身を強制的に維持。

 その霊力こそ大半を失った物の、霊格が上がっていた事と横島の霊気を吸い続けていた相乗効果だろうか、一個の存在……九十九神として確立させてしまったのだ。

 『奥/手』だけで独立した式神モドキ生み出しただけはある。

 

 で、結果を語るが、その娘は合体が解かれる事なく外見がヒトのままで一体の……いや、“一人”として固定されていた。それも——

 

 

 

 

 

            何故か外見年齢だけが半分になって。

 

 

 

 

 

 「な、なじぇええええ〜〜っっ!!??」

 

 「い、いいからどいてくれよな……いや、何だ、その、ちょっと……」

 

 

 何となく赤くなっているよーな気がする元チャチャゼロ。

 その衣服はさっき大きくなった事でビリビリに千切れている。

 

 つまりこの部屋にあるのはローティーンの少女を押し倒して服を破いてナニかしようとしていた横島という構図。

 

 

 「横島殿ー」

 

 「老師ー」

 

 ごっつい静かで平たい(、、、)声だった。

 おまけに、ごっついプレッシャーを伴っていた。

 

 振り返れない。

 見たら死ぬ。

 

 考えたくもない。

 自分の死因なんぞ。

 

 

 漠然と浮かぶのはドスゲェ惨劇が起こるんだろうな〜という予感。

 

 でも、アレだ。そう、恐怖。或いは宇宙意思? そのナゾの力によって彼の首はギギギと軋む音を立てつつ後ろを見てしまう。

 

 

 

 

 

 そして——

 

 

 

 

 

 

 

 

 後に傍観者エヴァは——

 

 

 「いや、懐かしかったな。

  中世(むかし)の魔女審判があんな感じだった……

 

  話に聞く古代中国の拷問っポイのも混ざっていたが」

 

 

 かのこが目を回していてホントーに良かった。そうシミジミと語っていた。

 

 しかし横島はその時の事を何も語らないし、今になってそんな理由を聞く必要もない。

 何せその時の記憶が無くなっているのだから。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 言うまでもないが、そんな事情は完全なオフレコ。

 

 楓は兎も角、古にすらまだ詳しく説明していない。

 

 当然、超新参者であり、且つ無断侵入者である明日菜達に説明してやる義理もない。

 

 学園側に語った表向きの話だけで十分である。

 確かに何時かはここで鍛えてやろうと思う程度には認めているがまだ早い(、、、、)。そう判断しての事だった。

 

 

 以前に比べて甘っちょろくなったもんだとチャチャゼロ——零にそう冷やかされるエヴァであるが、彼女自身それは自覚している。

 

 だが、横島に教えている内に師事する楽しさに目覚め、ネギという特上の魔法使いの卵を得、その快感に完全に目覚めてしまった。

 

 元々彼女は“自分の側”にいるものには結構親身だ。それらが相俟って、ネギや木乃香、まだまだ甘い刹那、魔法使い相手の楓や古。何だかよく解らないが素質だけは売るほどある明日菜らを本格的に鍛える気になっていたのである。

 

 だからネギの調き……もとい、下地が一区切りついてから木乃香らも鍛え始めるつもりでいたのだ。

 

 

 つい、さっきまでは——

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 「しかし……それにしてもすごいですね。

  この城もそうですが、この見渡す限りの大森林。その中に佇む白亜の城。

  これら全てがあの瓶の中だとは……」

 

 

 見付かった以上、しょうがないかと溜息を吐いているエヴァの心境など知る由もなく、周囲を見渡して夕映はそう感嘆していた。

 それもまぁ、仕方のない事と言えよう。何せ夕映は元より、明日菜や木乃香らよりはずっと魔法に接している刹那すら呆れるほどの規模なのだから。

 

 それだけではない。あらゆる自然環境の空間と繋がっているのだ。

 ファンタジーに慣れてきたつもりでいたが、まだまだ奥が深いようである。

 

 

 エヴァ達を追った(一部例外あり)少女らがたどり着いたのは彼女のログハウスだった。

 

 二人(正確には六人だが)が入って行ったのは視認済み。にもかかわらず中に人の気配はなく、窓から覗いても人影はない。

 ドアに鍵も掛かっていなかったし、雨脚も激しさを増していた事もあり、不思議に思った木乃香らは明日菜を先頭に入ってみる事にした。

 

 しかし、やはり人影はおろか気配もない。

 屋根を叩く雨の音と、クラシカルな時計の音以外はなく、静まり返っている。

 

 気付かれて姿を隠したか、あるいは逃げ道でもあったのか。

 

 勝手知ったる他人の家とばかりに家の中を探し回った彼女らであったが、やがて地下室を見つけ、その奥で不思議なものを見つけるのだった。

 

 

 輝く大きな魔方陣の上に置かれたガラスの様な球体。

 

 その中に置かれているLebensSchuld——レーベンスシュルトという名がついている城は、乱暴な言い方をすれば以前横島が虐め……もとい、鍛えさせられていた別荘の豪華版である。

 

 別荘にしても、この城にしても、暗黒時代にエヴァが所有していたそれということらしい。

 

 どうやって異空間に封じて持って来たのかは定かではないが、これがある意味彼女の全てであるように感じられて聞く気にはならなかった。

 

 

 件の城は別荘と同様で、やはり大きい瓶の中にボトルシップ宜しく大きな城のミニチュアが入っているもの。

 

 そしてその球体に、十文字にはパイプのようなもので四つの球体が直結されている。

 

 その其々が様々な環境に直結しており、それらが地獄の修行場への入り口であるが、初見の少女らが知る由もないし、如何様な神秘が用いられているのかなど想像の彼方。解るのは魔法の道具という事だけ。まぁ、実際にそうなのだから正解ではあるが。

 

 兎も角、いきなりそんな物を見たって何が何だか解る由もなく、よく見てみようと一歩足を踏み出し、その足がウッカリと魔法陣の端を踏み、そして……

 

 

 いきなり転移された事に混乱しつつも、エヴァ達を探して彷徨った彼女らは城のテラスで冒頭のような艶っぽい声を耳にし、ついに明日菜が飛び出してしまったという訳である。

 

 

 「……ふふん? 何だと思ったんだ?」

 

 「うるさいわねっ!!」

 

 

 弄られている明日菜は兎も角、彼女らが足を踏み入れてしまったのはエヴァの所有している暗黒時代に彼女が住んでいた城そのものだという話には流石に魂消た様だ。

 ログハウスに地下室を造っているだけでも驚いたのであるが、そんな地下室に建造物を隔離した結界を封じて置いてあるのは反則である。

 

 更には別荘同様、時の流れも違うのだ。

 

 

 「ここの二十四時間は外の一時間に相当する。か……

  正に逆浦島太郎。時間の流れも違うってワケね。

  二,三時間もこんなトコで修行して血を吸われたら、やつれもするわな」

 

 「せんせー……」

 

 

 血を吸われてフラついているネギを叱る明日菜を眺めながら、呆れたような言葉を漏らす和美。

 

 のどかは単純に心配しているようだが、それも当然の話。

 幾ら休憩を挟むとはいえ、実戦に限りなく近い仮想戦闘を三日ほど続け、ヘロヘロになった体から血を抜かれるのだ。どんな拷問だと言いたい。

 

 だったら横島からも吸えばいいじゃないかという説もあるが。

 

 

 「ああ、アイツのはだめだ」

 

 「何でよ」

 「アイツのは()い」

 

 「不味いの?」

 「ああ、()いな」

 

 

 微妙なアクセントの違いに明日菜は気付かず、零にのしかかられてイロんな意味で潰れている横島を見、『成る程……』と納得している。

 

 そんなバカレッドに苦笑しつつ、エヴァも横島に目を向けて、

 

 

 ——普通の魔力(、、、、、)こそ無いが、血液の中のオドが豊富過ぎる。

  下手をすると暴走して吸い過ぎで殺しかねん。

 

 

 と、声に出さず呟いた。

 

 

 

 

 

 「しかし凄いですね。西洋魔術を少しは理解したつもりでいましたが……」

 

 

 刹那も空間を封じる術は知らない訳ではないし、実際に京都で足止めに使われている。

 

 だが、ここまで広い空間を切り取って封じているだけでなく、それを維持し続けられる技術は聞いた事もない。

 流石は魔法界でその人ありといわれた悪の大魔法使い。伊達に600万ドルの賞金を掛けられた訳ではないという事か。

 

 

 「……で、あなたもここで修行を?」

 

 「修行っつーか、拷問っつーか……

  霊力が尽きるギリギリまで搾り出されてるよ……」

 

 

 実に何気なく刹那は足元に転がっているゴミに問いかけた。

 

 いや、ゴミはゴミでも生ゴミか粗大ゴミ。小鹿が舐めて慰めている光景はまるでゴミ箱を漁る図。

 しかしてその石畳に転がるナニな物体は……まぁ、今更言うまでもなく、へたばっていた横島である。

 

 

 「毎日毎日ここに来ると直に楓ちゃんと古ちゃんの攻撃を受け続ける。

  それを半日くらいやり続けた後に霊力全開で戦闘……

  確かに女の子に手ぇ上げられんからこの手しかねーんだけど……マジ死ぬわぁ〜………」

 

 「は、はぁ……半日って……」

 

 

 言っている事は今一解らないのだが、楓と古を相手にして全力戦闘を半日というのは破格というか無茶苦茶である。それはへたばりもするだろう。

 

 回復は寝台に仕掛けられた魔法陣と自力の霊力による回復、そしてアニマルセラピーつーかペットセラピーつーか、はたまたファミリアヒーリングとでも言おうか、精霊かのこによる癒しのみ。

 

 エヴァの話によると木乃香は回復術の才能があるらしいのだが、今はまだ修業の『し』の字も行なっていないので論外だ。

 彼女が魔法を使えるのなら多少はマシになるだろうが、世の中そんなには甘くはないのである。

 

 それに、彼が疲労している本当の理由は主に霊力の大減退だ。

 だから木乃香の魔法では難しいだろうし、如何に才能があろうと知識が無ければどうしようもない。

 

 エヴァも才能に満ち満ち溢れる木乃香に魔法を教える気満々なのであるが、何せ彼女自身は吸血鬼であるから回復魔法は得意ではない。

 

 よって自分の所有する書庫からそれなりの魔法書を集め、彼女が読みやすいよう茶々丸に翻訳をさせてから事を行うつもりだという。何気にけっこう大切に育てるつもりっポイ。

 

 そんなこんなで、横島は仕方なく自力回復と、魔方陣の補助だけに任せられているのだ。

 

 

 「それにしても……あかんえ? 修行中にエッチなことしたら」

 

 

 ちょこんっと横島の前に腰を下ろし、そうやって嗜める木乃香。

 ものごっつい誤解であるが、あんな声を聞けば十人中十人はそーゆーコトをしていると思うだろう。

 

 

 「ちゃうって! オレは何もしとらんちゅーにっ!!

  ナニが悲しゅうて女子ちゅーがくせーに手ェ出さなあかんのや!」

 

 「最近は厨学生とか書いとったらOkや言うえ?」

 

 「それ、ちゃうから!! Okとちゃうから!!」

 

 

 言うまでもないが、横島が行っていたのは何時もの霊能力修行。

 自分の霊気を二人に伝え、体内を回らせる感覚を身体に直接教える、二人の身体を使った周天法である。

 

 元々そういった修行を全然やった事のない横島であったが、乱暴な言い方でいえば二人の身体を使ってやり方を学んで行き、今では二人同時に霊気を流してコントロールする事が出来るようになっていた。

 

 しかも女子供に対して底抜けに優しい横島の霊気。チャクラに通されたその霊気は彼女らの奥で手を繋ぎ、それに追い従うだけで快感にもにた感触を与えてくれる。

 

 身体の奥底に霊気を流してもらい、その違和感をほとんど感じず、また違和感を感じたとしても霊体を直接撫でられているような心地良さに流されてしまう。

 

 おまけに横島が加減を解っていないものなのだから、おもっきり優しく微妙な刺激を伝えまくるのだから、周天法なのやら房中術なんだか解らない。

 だから初めて聞いた者は、ほぼ100%そっちだと思うような声に聞こえてしまうのも当然だろう。

 

 実際、二人とも“それ”に近い気持ち良さを感じてたりするし。

 

 

 「くぅうう〜〜……オレかてなぁ、オレかてなぁ……」

 

 

 いや、脳に響く彼女らの喘ぎ声(笑)に対してひたすら本能の暴走を押さえ込もうとしている時点でダメっポイ。

 とっとと開き直れば良いものを……まったくもって往生際の悪い男である。

 

 

 「じゃかぁしぃわぁっ!!」

 

 

 地の文に泣きながら文句を言う男は兎も角、こうも騒がしくなってはエヴァの興も削がれるというもの。

 

 まぁ、良い——

 ここのところ根を詰め過ぎているようだしな。と、エヴァは軽く溜息を吐き、四人の配下(ネギ込み)に今日の修行の終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 その日の夕食はけっこう豪華だった。

 

 料理を担当している侍女人形の様子は、横島の目には客が多い事を喜んでいるように見えたという。

 それほど質も量もいつも以上なのだ。

 かのこも気が置けない人間なら嬉しいようで、のどかや夕映等からフルーツを貰ってご満悦のようである。

 

 

 「ぴぃ〜♪」

 「こ、これは癒されるですね」

 「わぁ…可愛い……」

 

 

 きちんと頭を下げてお礼を言うので見ていて微笑ましい。

 茶々姉らも何気にもぢもぢしていて愛でたそーだ。

 

 それはそれで癒される光景であるのだが、明日菜は複雑である。

 

 ふとネギの方に目を向けると、少年の横で酒かっ食らってゲラゲラ笑うヲッさんオコジョの姿。

 癒され感ゼロだ。つーか、下着を取られないよう緊張してなきゃならない分マイナスだろう。

 どーして自分の身近にはこんなのしかいないのか。そう嘆きたくなる明日菜であった。

 

 そんな癒され光景と、アホ娘らが騒ぐ場とか入り混じったカオス空間。

 

 エヴァも何か呆れた風であるから、本当に張り切ったのも知れない。無論、彼女はケチくさい事を言わないが。

 

 彼女の元に人が集まるという事が、侍女人形達の拙い感情にも嬉しさを感じさせているのかもしれない。

 

 まぁ、量が少なくて貧乏くさい飯を好むよーな酔狂な趣味は持ちあせていないので横島も少女らも大喜びなのであるが。

 

 

 「それにしてもスゴイわねぇ……何か頭痛くなってきたわ」

 

 

 感心しているのやら、呆れかえっているのやら判断が難しいところであるが、このメンバーの中で一番受け入れにくい明日菜も概ね受け入れてもらえたようで重畳である。

 

 横島は某御山の修行場で、ふざけた異空間を体験しまくって慣れていたから良かったものの、オカルト……この世界で言うところの裏に触れていなかった少女らが想像していたより取り乱さなかったのは奇跡に近い。

 

 これが若さか? いや、元からこの学園にはこういった頭の柔らかい者が集っているのかもしれない。

 

 

 「前にも言ったが、私は力の大半を封じられているからな。

  コイツらに稽古をつけてやるにはこの手しかなかったんだ」

 

 「コイツらって……楓さんやくーふぇさんもですか?」

 

 

 エヴァの言葉を聞き、夕映は二人を見る。

 

 件の二人はジュースだと書いてある飲み物をグラスに注いで乾杯していた。主に横島を肴に。

 

 その有様はどー見てもヨッパライ。本当にジュースなのかと問いたい。横島の苦労が忍ばれる。

 

 

 「アイツらは元々才能があったしな。横島に鍛えてもらっているから底上げも大きい」

 

 「はぁ……って、横島さん!?」

 

 

 夕映が驚いて声を荒げ、それに驚いた のどかが飲み物を噴霧し、和美が直撃を受けた。大惨事だ。

 

 

 「横島さんに教えてもらっているですか!? 逆ではなく!?」

 

 「んん? ああ、そう言う事か。

  そうだ。バカブルーとバカイエローは横島の弟子なんだ。なったのはつい最近らしいがな」

 

 「ひ、人は見かけによらないと言いますが……」

 

 

 いや、夕映も楓から(誇張気味に)話を聞いているし、あの騒動の晩に出会った時の様子を覚えている。

 

 それでも今さっきまでの雰囲気が雰囲気であるし、何よりギャップが激しすぎて二人の師というイメージまったく当てはまらない。仕方のない話であるが。

 

 

 半ば呆然としている夕映に、エヴァは苦笑する。

 尤も、初見で横島の能力を見破れる者がいたら褒めてやりたい。半面、正気を疑うけど。

 

 

 「え? 何々ナニ? 横島さんってそんなに強いの?」

 

 

 流石にパパラッチを自称するブンヤ。耳聡い。

 

 直に和美が食いついて、濡れた顔を拭きつつ飛んできた。

 

 

 「強い……というか、『凄い』だな」

 

 

 酒が入っている所為か、少女らの気に中てられたのか、今日のご主人は饒舌なようだ。

 

 ま、偶にゃいいか……と、零はカモと酒を酌み交わしつつそう呟いていた。

 

 

 「凄い?」

 

 「ああ……」

 

 

 和美の問い掛けにエヴァはグラスの液体で咽喉を湿らせてから返してやる。

 

 尤も、アルコールで鈍っているのか表現に困っているようで、数秒のタイムラグはあった。

 

 

 「……そうだな。

  例えばぼーやの父親……

  馬鹿ナギだが、アイツは迫り来る百体の魔族を腕の一振りで討ち滅ぼせる」

 

 「は?」

 

 

 一体ナニを言い出すのかこのエセ幼女は。

 

 二人のその顔を見ればそんな失礼な事を考えているのは丸解りである。

 

 話の規模が大き過ぎる。ゲームじゃあるまいし。

 

 

 「信じられんようだが、忌々しい事に事実なんだ。

  最強の魔法使いという二つ名は伊達ではないのだぞ?」

 

 「はぁ……」

 

 

 ま、荒唐無稽な話であるが事実だし、一般人ならこんなもんだな……とエヴァは苦笑した。

 

 自分だって広範囲を氷結地獄に陥れられるのだ。あの世界一のパワーバカ魔法使いに出来ない訳がないし、実際に広範囲攻撃魔法を使ったところを目にしている。

 何しろあのバカは覚えている魔法の数は数個だというのに、力押しでそんな不利を突き破るのだから規格外にもほどがある。

 

 だが、規格外といえば……

 

 

 「で、あの横島だが……アイツはそんなナギに勝てる」

 

 「「は?」」

 

 

 夕映と和美の顔がぽかんとなってまるで埴輪の様になった。

 

 如何に裏の情報に浅いとはいえ、この二人もある程度の裏の話は刹那らから聞いているし、その折に件のネギパパの英雄譚を聞かされている。

 

 『最強の魔法使い』だの、『千の魔法を操る』だの、御伽噺の魔法使いまんまの逸話を“実際に”残しまくっている魔法界の英雄だと——

 無論、彼を知る物達から言えば『考えなし』だの『力押しのパワーバカ』等といった形容詞もくっつくのだが其れは兎も角。

 

 そんな話を聞いている上、このエヴァが忌々しそうにその実力を認めている発言をしたのだ。

 あそこでひたすら自棄酒をあおっている横島がそんな伝説の超人に勝てる等と言われれば、そりゃあ頭も真っ白になるだろう。

 

 

 「……ああ、勘違いするなよ? それは横島の強さ評価には直結しない。

  何より、途方もない魔力を持つナギの足元にも及ばん」

 

 「え?」

 

 「それはどういう……?」

 

 

 エヴァはクイっとグラスを傾けて液体を流し込む。

 今の子供の身体ではちょっと咽喉ごしで辛く感じてしまうが、その感触がありがたいと感じる時もある。

 

 

 「大した意味ではない。要は相性の話なんだ。

  ナギはパワーバカだから言ってしまえばミサイルのようなもんだ。

  それも衛星軌道上から狙う反則的な」

 

 「そ、それは確かに手も足も出せないです……」

 

 

 実際、ナギは魔法一発で山の形を変えられる。

 果たして人間の範疇に入れてよいものか悩んでしまうほどのパワーバカなのだ。

 

 

 「じゃあ、横島さんは?」

 

 そうなるとそんなバケモン(ナギ)に勝てるという男が気になってくるもの。

 そこんトコどーなの? と、和美が詰め寄る。

 

 アイツか? とエヴァは僅かに首をかしげ、

 

 

 「ロケット弾を連射する拳銃……か?

 

  それも射程距離が無限に近く、絶対に狙った的から外れない」

 

 

 等と、まるで存在自体が反則であるかのような、とんでもない事を口にした。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 「う……?」

 

 

 顔に明かりが射しているのを感じた途端、あっという間に意識が浮かび上がってくる。

 修行という名の拷問によって、影や光の動きに異様に敏感になってしまった。

 戦い等には役に立つものの、普段の生活では役に立つどころか気が張って邪魔にしかならない。

 オレはドコの戦地帰りだ。等と溜息を吐いてみたり。

 

 顔に当たった光は月光。

 無論、未だエヴァの城の中なので本物ではない。

 だから本物のそれは違って魔力の波動は無い。それでも明かりとしては立派に役に立つ。

 

 お陰で——

 

 

 「ぬよっ!!?? ぬぐ、むぐぐ……」

 

 

 とんでもない状態がハッキリクッキリ目に入ってしまったりする。

 

 思わずドでかい奇声を上げてしまうところだったが、ギリで踏み止まる事に成功する。その代わりおもっきり舌を噛んでしまったが。

 口の端から血を流し、器用にも首から上だけを悶えさせている横島であるが、それも致し方無い話であろう。

 というのも、襦袢(じゅばん)だけ羽織った楓と古、ショールだけの零が横島にくっついて眠っていたからである。

 

 おまけに、楓と古は横島の腕を枕にし、零は横島の上に乗っかっているのだ。

 零の場合は、しばらく横島の上に乗っかった生活をしていた所為だろう。多分。

 そんな狭っ苦しい地獄(てんごく)の中、楓と自分の間に挟まって かのこが幸せそーにぴーぴー寝息を立てている。

 

 もし小鹿がいなければ、横島はむにゅんとした感触を堪能…じゃなかった、心力が発動して飛び起きていた事だろう。

 良かったのや悪かったのやら。

 

 しかし、楓と古の二人は……いや、二人とも自身の強さを知っているからだと解りはするが、それにしたって無防備にも程がある。

 

 

 「く、くぬやろぉ〜……何時かホンキで犯っちまうぞ。チクショーめ」

 

 

 ブツブツ小声で文句を零しつつ、殆ど感覚がなくなっている手から栄光の手をそっと出し(←本当に無駄に器用)、脱ぎ散らかされている彼女らの服と思わしき物を掴んで、頭の下から腕を抜きつつ代わりにそれを丸めて敷く。

 

 その際、楓の寝息が乱れていない事に安堵しつつ、同じ事を古にやって両の手を自由にし、自分が羽織っていたジージャンを零の下に敷いてゆっくりと彼女らから離れていった。

 

 どうやら横島が酔いつぶれた後、何時も彼が休んでいた部屋で寝かされていたらしい。

 

 それを廊下に出てから気付いてやっと一息。

 そして二人……いや、三人に手を出していない(であろう)事にもう一息。

 

 ナニに安堵しているのやら。

 

 はぁ…と零れる溜息も熱くて思い。何だかイロイロとテンパって泣きそうだ。

 これで好きでも何でもない相手ならまだマシなのだが……

 

 

 「……嫌いじゃないから何もでけん……や言うても解ってくれへんやろなぁ……」

 

 

 等と関西弁で愚痴と溜息を纏った本音がポロリ。

 

 男として、横島忠夫という人間として、それだけは超えられない一線なのだろう。

 

 何を? と問われれば答えに窮するのであるが、そこらの男以上に、大切に想っている相手の為に本能を制御できる事だけは間違いないようだ。女によっては迷惑だろうが。

 

 ふぅ、と再度溜息をもう一度。

 (ことわざ)の通り、何だか幸せが逃げてゆく気がする。男の嫉妬をビンビンに受ける環境なのだけど。

 

 横島はチラリと部屋の中に視線を投げかけ、

 

 

 「ごめんな」

 

 

 と何故か謝罪の言葉を口にして、些か酔いの残った頭を醒ますべく偽りの夜の中へ歩き出した。

 

 

 

 その部屋に頭から湯気を出している少女らを残して——

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠くから怪鳥の鳴き声が伝わり、夜風が頬を撫でてゆく。

 

 横島にとって、こんな異空間は初めてではないのだが流石に少女らにはエキセントリックだったらしく、テンションが跳ね上がって酒盛りにまで至り大騒ぎだった。

 

 そのテンションに引っ張られて酒を飲まされた挙句、何だか醜態を曝した気がしないでもないが……気にしてはいけない。

 

 幾分、酒も抜けてくれたようであるが、ごちゃごちゃと悩み事が浮かんでしまうのだから完調には程遠い。

 

 やはり、成人後のペースで飲むと飲み慣れていない身体にはきつ過ぎるという事か。

 

 

 「それにしても……」

 

 

 自然と足が止まり、溜息が一つ。

 

 確かに未成年の少女らと酒宴に混ざった挙句、どエラい醜態を曝したのもイタ過ぎる記憶であるが、それは良い。いや、そんなに良くはないが良いとする。慣れてるし……

 

 それより彼が気にしている事は——

 

 

 「今日も聞けなんだ……」

 

 

 がっくりと肩を落とす横島。

 

 彼にしては余りに珍しい行為である。

 というのも、彼が今ずっと気にし続けているのは男に関しての事だからだ。

 

 いや、男——と言い切るにはまだ早いかもしれない。横島にだってプライドはあるし。

 正確に言うと“男の子”。つまり、一緒に修行をしているネギについての事だった。

 

 

 横島にも命がけであるから、手加減してもらっているネギでも命がけの修行であるはず。

 言っては何だが“たかが十歳”。そんなオコサマが自主的に修行をする理由なんぞ限られてくる。

 目指している人がいるのは聞いた。だがそれだけではあそこまで持続しない。と言うか持続できない。

 

 ネギはまだ幼い。単純に憧れだけで持続力を維持できるとは思えないのだ。

 

 となると別の感情が混ざっているという事になる。例えば復讐とかがそれに相当するだろう。しかしそんな単純な話だけでもないようにも思う。

 

 復讐だったとすればもっと闇を感じられる筈。何せ復讐なのだから相手を憎む。拷問のような修行に耐えられるのなら相当な憎しみがあるはずで、そしてそんな負の感情は滲み出てくる。

 

 

 しかしネギにはそれが無いのだ。

 

 

 ド根性を持続させるだけのトリガーが何か解らない。

 

 それが彼を悩ませているのである。

 

 

 「オレともあろう者が何で男の事を気にし続けなあかんのや……ちくせう」

 

 

 等と雅(なつもり)の口調でボヤき、再度溜息を吐いてまた歩き出す。

 根がお人よしであるし、ネギが無理をし続けているのが傍目にも解ってしまう。

 だからやりたくもないのに気にし続けさせられているのだ。

 

 おせっかいにも程があるのだが……

 

 

 「せやけど……やっぱ放っとけねーんだよなぁ……」

 

 

 だからこそ横島らしいとも言える。

 

 

 何せ明日菜が気にしているようにネギは危なっかしい。

 

 あの子は自分が無理をしている事が解っていないのだ。

 

 力を求める理由も解らず、古等のように純粋に強くなって行く事に悦びを見出している訳でもない。

 

 もちろん彼だって男なのだから強くなってゆくのに不満はなかろう。

 だが、あそこまで我武者羅に力を求める原動力が解らないのである。

 

 純粋といえばそこまでであるが、純鉄が脆いようにただ尖り続けたっていずれへし折れてしまう事は目に見えている。

 横島は、歪なほどただ前に進むだけのネギが危うくて堪らないのだ。

 

 

 「今日こそは……と思たんやけどなぁ……」

 

 

 意外な事であるが、横島はまだ面と向かってネギと話が出来ていないのである。

 

 何せ横島が無事ならネギはエヴァに血を吸われてヘバっているし、ネギが無事なら横島は霊力を使い過ぎて意識不明。

 

 言うまでもなくエヴァに悪気は無く、単に両方がヘバると修行が滞ると思ってきちんとローテーションを組んでいるだけ。

 その弊害で二人が顔を合わせて話が出来ないのも皮肉であるが。

 

 だから時間が取れそうな今日こそ、ネギと話をしてみようと狙っていたのに……

 

 

 「……美少女に酒飲まされて気絶やと? おのれ……」

 

 

 流石にレモンハートはキツかったようだ。

 つーか、誰だ!? あんな子供にあんなクソ強い酒を飲ませやがった奴は!? と問い詰めたい。それ以前によく生きてた物である。

 まぁ、『ちょっとヘビーな話っポイから、あれだけ女の子がいるトコで話せやしないか』と諦めも早かったのであるが。

 

 

 「ま、今はええか……

  だが、いずれヤツはオレが倒さねばならん男の敵となるだろう。

  その時は命を賭して戦わねばならぬやもしれん」

 

 

 何を言わんやだ。

 

 その横島こそ、古や楓と仲良く歩いている事を見られ、二人のコアなファンから怨敵認定されているし、その上で零と腕を組んで歩いているのだから、どれだけ“しっと”と書かれたマスクの所持者を増やしたと思っているのだろうか。

 やはり自覚は無いようだ。

 

 等と、先ほどまでのシリアスは何処へやら。

 おバカな呟きを零しつつ、特に目的も無い散策を再開させた。

 

 

 

 その直後だった——

 

 

 

 

 「……ん?

  誰だ? こんな時間に。人の事いえねーけど」

 

 

 コソコソと陰に隠れつつ何かの様子を見るという、怪しすぎる行動をとっている少女がいる。

 

 天魔の称号を与えられそうなストーキングスキルを持つ横島から言えば児戯としかいえないヘタクソな身の隠し方。

 

 それでも少女は少女なりに一生懸命なのだろう。彼がスタスタと歩み寄って行っても前方に完全に意識を奪われていて気付いた風もない。

 

 

 「? 一体、ナニに気をとられてんだ?」

 

 

 

 その日、横島は……

 

 

 

 「ありゃ? アレは……」

 

 

 

 いや、横島と“この世界”の流れは——

 

 

 

 「ネギと……明日菜ちゃん……か。何やってんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 新たなる分岐を迎える事となる。

 

 

 

 

 

 

 



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後編

 

 

 記憶に浮かぶのは雪の降る村——

 

 寒いのに、一人なのに暖かいそんな場所——

 

 

 目指すものはお父さん——

 

 求めるのはお父さん——

 

 お父さんに会いたくて、お父さんに助けてもらいたくて——

 

 

 死んだという言葉も理解できず、ただ会った事も無いお父さんの事ばかり考えてたあの頃——

 

 

 危なくなったら来てくれる。そう信じて危なくなる事ばかり考えていた——

 

 

 危ない、危険、ピンチ……そういった事がよく解らなくて、

 

 お父さんみたいな“英雄”が駆けつける。それがどれくらい危険な状況か想像も出来ない。

 

 

 村の皆がいてくれる。

 

 ずっと一緒にいてくれる。それが当たり前だと思ってた——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、あの日まで——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——————————————————————————————————————

 

 

 

            ■十八時間目:EUREKA (後)

 

 

 

——————————————————————————————————————

 

 

 

 

 

 

 床に描かれた魔法陣。

 その魔法の輝きの中、二人は額をつき合わせていた。

 

 ネギと明日菜の二人である。

 

 魔法陣は特殊な魔法を発動&維持し続ける為の物で、儀式的な意味合いが強いようだ。

 二人はトランス状態で意識を共有し続けているのである。

 

 意識シンクロの魔法——

 

 ネギが 明日菜に行っている魔法がこれである。

 二人には身長差があるので、階段の段差を使って額の位置を合わせているのはご愛嬌だ。

 

 

 

 何だかんだで発生したエヴァの城での宴席。

 それなりにノリのいいメンバーがいた事もあってか、騒ぎが始まってしまうのはもはや必然なのか。

 それが終わったとはいっても、24時間はここから出られないので、結局はここで一晩泊まってゆく事となった。外での経過時間は一時間だが。

 そしてその夜、用足しに起きていた明日菜は、夜中だというのに一人みっちりと魔法の復習をしているネギを発見し、根詰め過ぎだとスリーパーホールドという名のスキンシップで休憩させ、横島同様に以前から疑問に思っている事……

 どうしてそこまで頑張れるのか、その理由を聞く事にした。

 

 ——のだが……

 

 

 「ちょっとお話……聞いてもらっていいですか?」

 

 

 ネギに先を取られてしまう。

 

 これだけ気に掛けてくれているのに何も喋らずにい続けるのも失礼であるし、何より積極的に裏に踏み込んでくる明日菜を心配したという事もある。

 

 裏に関わるという事がどれだけ危険が伴うのか。

 いや、自分もかなり認識が甘いのであるが、彼女よりは先んじている。

 それに修学旅行の晩のハルナのように、ただ“いた”というだけで石にされたという事例もあるのだ。

 

 だから自分のパートナーになってくれた明日菜には、

 これだけ自分を心配してくれる明日菜には、自分がいる世界がどれだけ危険であるのか伝えたかったのである。

 

 

 

 「mater Musarum,Mnemosyne,ed se nos alliciat」

 

 Mnemosyne(ムネーモシュネー)は記憶を意味する。

 

 そんな単語を込めて小さく紡がれた呪文は自分への扉。

 

 大切な思い出なのに禁忌の扉でもある記憶。

 

 そんな自分の意識とシンクロさせ、記憶を覗かせるのだ。

 

 

 未だ痛むのも事実だが、何も知らずにいて彼女が危険を避けられないよりはずっとマシだ。

 

 

 だからネギは——

 

 

 —ここが六年前、僕が住んでいた山間の村です—

 

 

 ずっと押し隠していた記憶を、自分のパートナーになってくれた少女に曝け出した。

 

 

 

 

 夢に入る時のような軽い落下感。

 

 何処までも落ちてゆく感覚があるのに不思議と不安感が湧かず、それでいて無作為に浮かぶ風景の中に溶け込んでゆくような気もしてくる。

 

 明日菜の意識は何時しかその中に紛れ込んでいた。

 

 

 

 そして今、彼女の周囲の光景はヨーロッパの町並みに変わっている。

 

 正確にはネギの言っていた通り、山間の村。

 村というと日本でのイメージが強く、店も施設も何も無いという殺風景なものがあるが、バーを兼任していると思われる小さなレストランもあるし、ちゃんと病院もある小さな町というのが正直なところ。

 

 流石に魔法使いという不条理な存在はいる様だが、小さなせまっ苦しい日本しか知らない明日菜から見ればやはり立派な町に見える。

 

 

 そんなネギにとっては懐かしく、明日菜にとっては物珍しい風景の中に彼女は佇んでいた。

 

 

 『ふーん……って、何で私 裸なのよーっ!?』

 

 

 ——何故かマッパで。

 

 

 —あっ……ス、スミマセン

  でも、そーゆーもので仕様なんです—

 

 

 ネギの記憶の中なので“今の彼”の姿は無いし、どうも仕様らしいので手の施しようがないっポイ。彼にできるのはアナウンサー宜しく明日菜に状況を説明できる事くらい。

 

 やっぱりウッカリはそのまんまのようである。

 

 

 

 

 

 「しっかし……キティちゃんも悪やなぁ……」

 

 「ふふん。良い褒め言葉だ……つーか、キティちゃんはやめいっ」

 

 

 

 額をつき合わせる形で記憶を明日菜に“観せている”ネギ。

 

 当然、何をやっているのか理解できない のどかにはネギと明日菜がおでこをくっ付けて合って仲良しかましている風にしか見えずサッパリサッパリのチンプンカンプン。

 彼女にできる事は物影でオロオロするだけだった。

 

 そこへやって来たのは『ナニやっとんだ?』とこれまた訳の解っていない横島と、

 

 

 「ふぅん。アレは思考シンクロの魔法だな」

 

 

 自分の敷地内で夜中に勝手に魔法を使用しているのだから気付かぬ訳が無い、この別荘の主であるエヴァと従者二人。

 

 外の時間は兎も角、“ここ”の今は深夜。

 そんな時間に何だか汗ばんでいるネギと、何故か胸元を肌蹴させている明日菜が額をつき合せていたらそりゃ(横島は嫉妬も込み)理由を知りたくもなるだろう。

 まぁ、エヴァは単なる興味もあっただろうが、口八丁に暗示まで織り交ぜてのどかを誑かし、彼女のアーティファクトである『いどのえにっき』を使わせたのだ。

 だからこそ零れた横島のセリフである。

 

 ……流石にド汚い横島でも、女の子の恋心までは利用できないのだ。

 

 

 さて、そんな風にエヴァによって便利に利用されている のどかのアーティファクト、『いどのえにっき』。そこにネギの過去が(ヘタクソな絵で)描き出されていた。

 

 とは言うものの、ここらを見たところでは別段変わった事は無いようだ。

 

 無茶をかましたり悪戯をやったり、大人の言う事にむきになったり……横島が自分の過去と照らし合わせてもやはり大差は無い。

 

 可愛い従姉弟の女の子や、おしゃまではあるがこれまた可愛らしい幼馴染の女の子がいるくらいで……横島的にはガッデムであろうけど。

 それでもまぁ、よくある子供時代と言えなくもなかった。

 

 

 ある一点を除けば——であるが。

 

 

 

 

 少女らと共にしばらく黙って『えにっき』を見つめていた横島であったが、ふとある点が気になった。

 

 些細な事であったが、勘の良さでは定評のある彼なのだから、一度気にするとそれの理由を素早く探し始めてしまうのだ。

 

 無論、記憶の流し読みであるから関連する情報がホイホイ出てくるわけではないのだが、それでも様々な点で現れてくるはずの“それ”が殆どそれが見られないのは異常としか言えない。

 

 

 流石にこれは……と気になり過ぎた所為だろう、横島は『えにっき』から目を離さず、横で胡坐をかいて同じように『えにっき』を見つめているエヴァに問いかけた。

 

 

 「なぁ、キティちゃん。ネギの周りって大人はいねぇのか?」

 

 「キティちゃん言うなっ!!

  知るか。ぼーやが一人で住んでたと言ってるのだからそうなんだろうさ」

 

 「あー……いや、そーいう意味じゃなくて」

 

 「何だ? まどろっこしいヤツだ。ハッキリ言え」

 

 

 そう言われると気になっただけなので言い辛い。

 

 それに画面(絵面?)は子供視点なのだから表に出ていないだけかもしれないし、事実とは違うかもしれない。

 

 でもやっぱりどうしても気になるし、ウッカリ問いかけたものだから最後まで言わないとエライ目に合わされてしまう。

 

 半ば脅される形で仕方なく横島は疑問点を口にした。

 

 

 「悪りぃ事やったらキッチリ怒って、良い事やったらしっかり褒めてやる。

  子供を育てる大人だったら当然すんだろ?

  ずっと見てんだけど出て来ねぇんだよ。アイツの記憶の中にそんな大人が」

 

 

 それは——と言いかけてエヴァは次の句が出てこなかった。

 

 当時のネギは3〜4歳。人格形成に気を使わねばならない時期だ。特にこの時代から魔力だけはあるだろう強大な魔法使いの子供である。幼い時からそういった教育は必要不可欠の筈だ。

 

 しかし目の前で明かされているネギの過去にはそういった教育を施す大人の姿が全然出て来ない。

 

 無論、腫れ物を扱うように……まではやっていないようであるが、おじさんとやらが離れを借して一人暮らしをさせる。

 

 流石に飲食云々の世話はしているようであるが、どこかの新世紀アニメの少年の話ではないが、それだけで普通に育つわけが無い。

 

 そんな環境で遊びも一人で行っているし、何かしらの学び事も一人。

 

 横島がずっと疑問を感じているのは、放置としかいえないこの環境においている理由だ。

 大切な英雄の一人息子というのなら、もっと養育に力を入れているはず。

 

 

 いやそれ以前に、これは子供の育て方ではない。

 

 

 幼い時にいきなり吸血鬼にされたエヴァだからこそ身に沁みているのだが、情操教育というものの影が見当たらないのは問題ではないだろうか?

 

 実際、このネギの年齢だったらしっかりと叱ってやる大人も必要な訳で、魔法は使えずとも魔力だけは人一倍あるという子供なのだから、物心ついいたころからしっかりと世の善し悪しを教える教師役も必須だろう。

 

 それを踏まえて見てみると、ネギの周囲は確かに優しげな大人ばかりではあるが、養育という点では穴だらけでちぐはぐだ。

 当時の幼いネギも今と殆ど変わらず、とんでもなく呑気なものだから寂しさは伝わってこないのだが、英雄の二世に対する扱い云々以前に、普通の幼児に対する教育法にしても何かが欠けているようにも思えてしまう。

 いや、そう言われて気付くのも何であるが、子供が一人ぼっちでいる事を知ってて殆ど接触していないのなら、これは立派にネグレクト……虐待だ。

 

 

 実際、叱る者止める者がいないのだから記憶の中で悪戯は激化してゆく。

 子供がよくやる危ない行為から、だんだんと命に関わってくるレベルに。

 

 例えば木から飛び降りる。危ない事には違いないが、これくらいならまだ良いとしよう。

 

 しかし、荒々しく吠える犬の綱を切るとか、冬の湖に飛び込むといった行為は流石に黙っててはいけない。

 

 ブルドックは元々牛と戦わせる為に生み出された闘犬だから気の荒いヤツを相手にすれば本当に命の危機であるし、冬の湖は論外だ。

 

 凍死していないのは奇跡であるし、溺れた上に40度の熱を出してぶっ倒れている。

 それだけで済んだといえばそれまでであるが、その熱にしたってかなりの高熱なのだから拙過ぎる。

 

 にも拘らず周囲の大人は元気のいいことだとか平気でぬかしている。

 

 

 横島は、違げーだろ!! ちゃんと怒れよ!! と思わず激昂しかけた。

 

 子供だってバカじゃない。

 それがネギのような聡い子供なら尚更だ。本気で心配して怒ったなら理解できるはずである。

 

 無論、横島の両親(特に母親)のような叱り方までやる必要は無い。あのレベルになると『そんなに死にたいんやったら、私が殺したらぁっ!!』に移行しそうだし、ネギのような性格の子供ならトラウマになってしまいかねない。

 それでも、最低限怒ってやる事が愛情だと彼は思っているし、おそらく間違いではないだろう。

 

 尤も、自分も最近になって出来が悪い自分を心配し続けてくれた愛情だと理解できたのであるが。

 

 

 「何だぁ? このみょ〜な環境……」

 

 

 だが、そんな彼から見ても本気で心配して見せているのは従姉弟っポイ少女と幼馴染の女の子だけ。

 もちろん大人たちも気遣いはちゃんとしているだろうが遠巻きは頂けない。

 

 “自由な環境に置く”ってのは、“放置する”って事じゃねぇんだぞ?! と言いたい横島だった。

 

 

 それに——

 

 

 「……ダチがいない? つーか、ネギ以外に子供がいねぇ」

 

 

 幼馴染っポイ女の子もいたが、その子も村の外の学校(寮生活?)いるようで偶にしか会えないらしい。

 

 そうなると必然的にネギは一人で遊ばねばならないのだが……遊びにしてもモラルにしても、教えてくれるであろう大人の姿が無い。

 

 ネギ視点の記憶だから——というのは理由にも言い訳にもならない。何故なら『色々教えてもらった』という記憶すらないという事なのだから。

 唯一あるのは父親の文句を言われる記憶くらい。後は父親に対する称賛や彼が残した逸話や伝説。

 

 ネギを真っ直ぐに見、ネギ自身に向けた言葉は皆無に等しい。先に述べた二人くらいしかいないのだ。

 

 

 「ふむ成る程な……

  確かに……」

 

 

 横島に指摘されて気付いた、というのも面白くない話であるが、言われてみて初めてそうだと理解できる。

 

 

 いや、よくよく考えてみると“おかしな環境”ではない。

 極ありふれた環境であり、当たり前の光景といえよう。

 

 

 子供を育てる環境ではなく、一人暮らしの魔法使いの生活だとすれば——だが。

 

 

 自分がこんな事に寂しさを感じていたのは遥か過去。だから気付き難くなっていたのかもしれない。

 

 フィルターを取って改めて見たそれ。

 ネギを取り巻いている環境は、魔法使いを一人暮らしさせているそれに他ならないのである。

 

 普通の感覚で接してみれば、横島でなくとも何だこれは? と思うだろう。

 

 

 そして綴られた思い出はまだ続いている。

 

 流石に高熱で死に掛けた上、従姉弟を泣かせたのは堪えたのだろう。悪戯はすっかり鳴りを潜め、少しばかりやんちゃではあるが普通の子供のに戻っていった。

 

 尤も、環境は相変わらずであったが……

 

 

 「ネギ先生——……」

 

 「しっかりしてるってゆーか……寂しい環境だよね」

 

 「うーむ……」

 

 

 そういった歪な環境に対する感想も色々。

 少女“ら”は同情したり、ストレートに呆れたり。

 

 つーか、

 

 

 「何で皆して起きんだよ……」

 

 

 こんな夜中(?)にテラスの隅っこでゴソゴソやってただけというのに、何処でナニを聞きつけたのか少女ら全員が集まっていた。

 

 

 「ふと目覚めると寝床に横島殿が不在でござった故……」

 

 「朝倉に夜這いでも掛けたかと思たアル」

 

 「ぴぃ〜」

 

 

 ……OK、理解した。

 テメェらオレをどんな目で見てやがる。

 

 そんなドアホな妄想の所為で皆を起こし、のどかまでいないものだからしょーもない邪推をかまして、自分を探す かのこの後を追ってきたという訳か。

 

 まぁ、かのこはしょうがない。目覚めたら彼がいなかったのだからそれは驚いただろうし。

 何しろ今もぴぃぴぃ鳴いて擦り寄っているのだし。

 

 

 「ウンウン。横島さんけっこー大胆だったよねー?」

 

 「お前ぇも大ボラこくんじゃねーっ!!

  ウソだからっ 全く持って冤罪だらっ!! 

  二人してそんな瘴気出さんないでーっ!!

  って、ゼロまでっ!? お前ぇはオレといただろ!? アッサリ信じんじゃねーっ!!」

 

 

 ナニかに追い詰められ、切羽詰った所為か零をゼロと呼ぶ横島。

 いや、マジに怖いし。

 

 

 「うるさいぞ犬ども。屠殺されたいか」

 

 「「「きゃいん」」」

 

 

 無論、このヒトが最凶だが。

 

 

 「おめーの所為でいらん汗かいたわ」

 

 「あはは……まぁまぁ」

 

 

 和美は結構軽いが、横島はまだフテている。

 

 それを癒すかのように鹿の子を撫でくり撫でくりしているのだが、これがまたけっこー落ち着くのだから大助かり。かのこ大活躍だ。

 

 とは言っても、怒られた事は大して気になってはいない。向こう(、、、)で散々怒られ慣れてるし。

 

 彼が気にしているのは、ラクガキ程度の絵とはいえ、ネギの過去を曝している事。

 

 これ以上騒ぐと怒れるエヴァに物理的に壊されそうであるし、押し付けられる適切な理由も思いつかないのであるが、何だか彼女らに見せてはいけない気がするのだ。

 

 エヴァは兎も角、自分は見ておかないとネギの性格を把握し切れないし、楓にも知っておいてもらった方が良いという気もする。

 

 が、楓がいる以上は古菲も混ざってくるだろうし、超初心者とはいえ夕映らも魔法を習い始めている。

 

 となるとちょっとは魔法世界の裏を見せた方が良いかもしれないのだ。

 

 横島の否定する理由も単なる予感でしかない。だから面と向かって見るなという言葉も言えなかったのである。

 

 

 だが、横島は自覚が無いから思いつかなかったのかもしれない。

 

 彼のそれは予感。

 

 向こうの世界でも、こっちの世界でもトップクラスの霊能者が感じた予感なのである。それはもう予知の一歩手前と言って良い。

 

 それも何時もの嫉妬とかではなく、別の方向の……

 

 横島がシリアスにいやな予感がする時は碌な事が無いのである。

 

 

 彼の想いとは裏腹に、ネギの幼年期は過ぎてゆく。

 

 一人ではあるが、穏やかに寝起きをし、

 

 一人ではあるが、つたない魔法の練習を続け、

 

 一人ではあるが、子供らしく森の中で遊ぶ…… 

 

 

 ちくちくとした痛みが横島を刺すがそれでも横島は観察を続ける。

 

 見ている内にどんどん気持ちが高まってくる。

 

 ネギの根本を知らねばならないという想いが強まってゆく。

 

 今のネギが持つ危うさを知らねばならない。歪みの根元を見なければならないという想いが強まってくる。

 何時にないシリアスな表情で、横島はラクガキを凝視し始めていた。

 

 

 普通の子供らしく、そしてやはり歪な生活は淡々と続く。

 

 それだけなら問題は無い。

 

 既に問題だらけなのであるが、それでもまだ許容できる。

 

 叩き治す事も可能なのだから。

 

 それだけであってほしいという気持ちとは裏腹に、何かがあると勘が告げる。

 

 

 

 

 そして——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 春も近づいた冬の終わりの日。

 

 

 

 

 

 唐突に村が滅びを迎えた——

 

 

 

 

 

 何時ものように泉まで遊びに出ていたネギが、一ヶ月ぶりにやってくる従姉弟を迎えに村に戻って目にしたものは……

 

 

 燃え盛る家々。

 

 石像と化した知り合いや、世話をしてくれているおじさん。周りにいてくれた人々。

 

 そして、異形の集団。

 

 

 「……ひっ」

 

 「む……」

 

 

 如何に落書きのような絵でも、その脅威は伝わってくる。

 

 何せネギの主観なのだから、その恐怖や絶望は計り知れない。

 

 少女らは息を呑み、エヴァですら眉を顰めた。

 

 それ程の数。

 村への攻撃としてはありえない規模なのだ。

 

 

 『うおっ!? 危ねぇっ!!』と思わず腰を上げかかり、『落ち着けよ』と零に抑えられる横島。

 

 楓にしたって驚いているのだが、流石に零はチャチャゼロ期にこのような修羅場を幾つも潜っているからか落ち着いた物だ。どちらかというと、横島が慌てている方によっぽど焦った事だろう。

 

 他の少女らも口を押さえたり唖然としたりしていて大変だが、命のやり取りがエヴァと零に次いで多い横島が焦ってどうするという説もある。まぁ、お人よしの性格からであろうが。

 

 

 今目の前で明日菜に過去を明かしているのだから無事に切り抜けられた事に間違いは無いだろう。

 

 まだ完全に焦りが抜けたわけではないが、零の宥めもあって見た目だけでも落ち着く事に成功し、ようやくエヴァの横に腰を戻せた。

 

 やれやれと溜息を吐く横島。

 

 改めて見るとこれが根本にあったのかと納得も出来た。

 

 成る程。確かにこんな過去があれば力も求めるだろうなぁ……そう横島は得心した。

 

 いや、今の時点ではそうとるのが普通だろう。

 

 

 

 

 ——だが。

 

 

 

 

 魔の軍勢を前に、幼いネギは泣き続けている。

 

 小さな言葉を呟き、何かに謝罪しながら。

 

 焦っていた所為で読み飛ばしてしまったのだが、不意に現れた文字を見て横島は凍りつき、前のページのネギの言葉を読み返してぞっとした。

 

 

 

 

 『ぼくがあんなこと思ったから』

 

 

 

 

 

 自分の所為で、

 自分がピンチになったら父親が助けに来てくれる。そんな事を思ったからこんな事に……と自分を責めて泣いている。

 

 

 まさか……コレ(、、)か?

 コイツ()そうなのか?

 

 

 

 そんな横島の困惑を他所に、ネギを取り囲む異形の集団。

 

 持ち合わせている力で言えば下位のようではあるが、その数が凄まじい悪魔達。

 

 歪んだ力あるモノの仕業か、或いはそういった集団の仕業か不明であるが、少年を取り巻く世界が奪われた事だけは確かである。

 

 そしてその少年の命も風前の灯火だった。

 

 

 現れる異形の巨躯。

 

 如何に英雄の息子とはいえ、戦い方すら知らぬ今のネギに抗う術は無い。

 

 振り上げられる拳。

 

 意識をシンクロさせている明日菜も、そして思わず少女らも叫ぶがどうとなる訳が無い。

 

 エヴァですら身体をピクリと動かせたのだから、想いは同じなのだろう。

 

 

 尤も、横島が悟ったようにこの場にネギがいるという事は助かっているという訳で——

 

 

 

 

 ドンッ!! と鈍い音が響き、悪魔の打撃は完全に停止させられた。

 

 巨大な拳が叩きつけられる瞬間、間に割り込んだ一人の男が、事もあろうに片手で受け止めたのである。

 

 筋力のサイズからして絶対に不可能な事。

 

 魔力での強化は間違いなかろうが、それでも桁外れの強化である。

 

 

 「……ナギ……」

 

 「え?」

 

 

 エヴァの唇から思わず零れた名。

 

 その声に反応したのは誰だったか。

 だがそれを確認する間も無く戦闘……一方的な殲滅が始まった。

 

 

 一方的——

 

 そう、正に一方的だった。

 

 いや、そもそも比較するのが下位の悪魔では話にもならないのかもしれない。

 

 一体一体は元より、複数が、何十体の悪魔が、何百体の集団が襲い掛かろうが腕の一振り、ただ一撃の蹴りだけで消し飛ばされてゆく。

 

 

 紡がれる魔法は、ネギの詠唱速度など足元にも寄れず、

 

 放たれる雷撃は天の雷よりも激しく、

 

 魔の集団を消し飛ばし、大気を焦がし、山を抉り取る。

 

 

 圧倒的。いや、その言葉すら戯れに過ぎないのかもしれない。

 

 これが伝説とまで言われた英雄の力なのか。

 

 錯覚……かもしれないが、過去の英雄である彼、ネギが追い続けている彼の父親に対し、奇しくもその様子を見守っていた少女ら全員、

 

 そして今、過去の画像の中で首をへし折られた悪魔は件の男に対し同じ印象を持った。

 

 

 即ち、

 

 どちらがバケモノかわからない——と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 神魔を身近に知る横島から見ても、ナギの実力は人の範疇を大きく超えていた。

 

 下手をすると中級の魔族くらいはあるだろう。

 

 何せ横島が嫉妬を覚える前に、怖気を持ったのだからそれは間違いない。

 

 少なくとも(横島の知る)ベルゼブル等のレベルでは話にもなるまい。

 どれだけクローンを放とうとそれら全ては瞬殺されて塵と化すだろう。

 

 どうやったらヒトがここまで強大な力を持てるのか? エヴァも記憶を思い出して感心しつつも呆れていた。

 

 

 その間にも物語は止まりはしない。

 

 初見で父親だと理解できなかったネギは彼から少しでも離れようと駆け出してしまう。

 

 が、その先には生き残りの悪魔とそれに付き従う魔の影。

 

 それに気付いたネギだったが既に時遅く、逃げようにも足が竦んだか動けなくなっていた。

 

 悪魔の口から放たれる光線。

 

 しかし逃げる術は無い。

 

 そんな幼子の窮地を救ったのは、何時も口うるさい老魔法使いと、従姉弟の少女。

 

 二人がかりでレジストしたようだが、それでも力及ばず老魔法使いと少女は足から石になってゆく。

 

 身体の大半を石に変えられながらも老魔法使いは最後の力を振り絞って、何かしらのマジックアイテムなのだろう小瓶を取り出し、眼前の悪魔と眷属(?)をその中に封じた。

 

 

 戦いにすらならない、単なる抗いの行為はこうして終わりを告げた。

 

 やはり悪魔や魔には普通は勝てない。

 

 それは如何に不意を衝かれたとはいえ、魔法使いだらけの村の人間が抵抗らしい抵抗も出来ず石にされたというのに、悪魔に大した被害を与えられていない事からも解る。

 

 そんな悪魔の群れを力押しだけで討ち勝てているのはナギが単に規格外なだけなのだろう。

 

 

 戦いが終わった後、全てを片付けたのであろうナギが二人の元に現れ、小高い丘の上にまで避難させた。

 

 静かで平和だった村は火に包まれ、ネギの思い出と共に灰塵と化してゆく。

 

 従姉弟の少女は一応、ナギの魔法(しかし彼は治療魔法は得意ではなさそうだ)によって石化は止められている。とは言っても応急処置に過ぎないようであるが。

 

 

 その後、ナギは形見だといってネギに杖を託し、何故かその場から消えていった。

 

 後に残されたのは重症の従姉弟と、父を求めて泣くネギ——その二名のみ。

 

 それなりの人間が生活をしていた村が一夜で滅ぼされ、(石化されているだけなので不適切であるが)生存者はこの二名のみ。

 

 

 生存者がいた、というだけで最悪の結果でその事件は終了したのだった——

 

 

 

 

 

 

 

 

 「どうしたでござる?」

 

 

 ネギと明日菜が記憶の旅から帰還を果たした時、待っていたのは泣き顔の少女の群れ。

 

 同情からかお人よしの勢いからか、或いはそれら全てからだろう、ネギが吐く相変わらずの自虐的なセリフをスッパリ否定し、彼を慰めているつもりか、励ましているつもりか定かではないナゾの宴会が再開。

 

 主であるエヴァの意見もすこんと無視し、備蓄を喰らい尽くす勢いでドンちゃん騒ぎをおっ始めたのだった。

 

 

 

 その最中、ふらりと姿を消していた横島の姿を追っていた小鹿と楓……と零は、侍女人形らから情報を聞き、月がよく見える一つ上の階のテラスに座り込む彼を見つけて話しかけたのである。

 

 横島は気配に——特に女性の気配に敏感だ。

 飛び付くように膝に乗って来た かのこにもあんまり反応を見せていない。

 何時もの事なので無意識に頭を撫でてはいるが、ぼんやりと偽りの月を見つめたまま。

 

 普段ならぼーっとしてても美少女二人が近寄って来ている事に気付けぬ訳が無いのであるが……

 

 

 「おい……どうしたよ」

 

 

 声を掛けつつ、すたすたと歩み寄る零にも反応を返さない。

 

 先を越された楓も慌てて近寄るがやはり反応が無い。

 

 

 「ンだぁ? そのツラは」

 

 「? れ、零殿!?」

 

 

 慇懃無礼というか、あえて“何時も通り”に話掛ける零であるが、彼の表情は冴えない。

 

 楓も零の行動に焦ったように彼の顔色を伺うが、目にも何時もの力が無いし、顔色も悪い。

 というか、痛ましい。

 

 当の零も話し掛けはしたものの二の句に繋げるネタが思い付けず、ただ横に立って顔を見上げる事しか出来ない。

 かのこですら、小さくぴぃと呟くように鳴いて見上げる事しか出来ていないのだから。

 

 黙って隣に立つだけ。それだけしか出来ない楓は、子供である自分に悔しさが浮かんでいた。

 

 

 「……なぁ、楓ちゃん」

 

 「ふ、ふぇっ!? 何でごじゃるか!?」

 

 

 黙って月光を浴び続けていた三人だったが、どれくらい時間が経ったのか解らないが、不意に横島が口を開いた。

 

 唐突に声を掛けられ、慌てた楓は声が裏返って再度慌てるのであるが横島は気にもしない。いや、気付いてすらいない。

 

 それがまた痛々しさを感じさせ、慌てていた楓も直に沈静する。

 

 

 「火傷した時ってさ、普通どうやって治そうとする?」

 

 「は?」

 

 

 唐突に奇怪な質問をされて答に窮する。

 

 何に悩んでいるのかよく解っていないが為に回路が繋がらないのかもしれない。

 

 零も意図を掴めずただ横島の言葉を待った。

 

 

 しかし、何故か横島は言葉を紡がない。

 

 饒舌とまでは行かないが、普段の彼は問い掛けに対してわりと答えてくれる。

 

 守秘義務をちゃんと理解している為か、一般人と裏の関係者との線引きもちゃんとしているので、一応は裏に関わっている楓や古達にはかなり噛み砕いて答えてくれるのである。

 

 おまけに説明が妙に上手いものだから、二人とも疑問が浮かべば直に質問していた。

 

 

 が、今の横島の口はかなり重い。

 

 

 楓もその沈黙はかなり気拙く、ともすれば逃げ出したい程であったのだが、横島が放っている雰囲気が楓の足をこの場に留めさせていた。

 

 どちらかというと零の方が聞きたそうであったし、先に動いたのであるが、

 

 

 「……あのさ、ひでぇ火傷でも目立った痕が見えねぇ事あるだろ?」

 

 

 その前に横島がやっとではあるが重そうに口を開いた。

 

 

 「へ? あ、あぁ、そうでござるが……」

 

 

 被害が真皮にまで及んでいたりする場合、直には現れずじわじわと下から上がって来る事がある。

 何においての治療もそうなのであるが、火傷はとにかく早期治療が一番大切なのだ。

 

 無論の事であるが、戦いというものを知っている楓と零の二人はその程度の事はよく解っている。

 解っているのであるが……

 

 

 「そんなの自分じゃ解りにくいし、誰かに治療してもらわないと酷ぇ痕が残ったりするよな?」

 

 「それがどう……… っ っ ! ? 」

 

 

 吐き出すような横島の言葉に、やっと楓は——

 

 楓と零は彼の言いたい事が解った。

 

 

 「オレにはネギがずっと一人で火傷に水掛けてるようにしか見えない。

 

  痛くて痛くてしょうがないのに誰も気付いてくれず、一人で火傷に水を掛けて誤魔化してる。

 

  それ以外の治療法も探せなくて、

 

  それ以上の治し方も解らなくて、ヒリヒリするほど冷たい水掛けてる。

 

  そんな風にしか見えない……」

 

 

 ネギが件の事件に逢ったのは三歳くらい。

 

 知人、恩人、思い出の場所、思い出の品を一度に失い、

 

 完治したのかどうか不明であるが、従姉弟の少女の足が石になって砕けるところまで目にしている。

 

 これで心に傷を負っていない方がどうかしているだろう。

 

 

 横島は確信している。

 

 ネギは間違いなくPTSD(Post-traumatic stress disorder 心的外傷後ストレス障害)を負っていると。

 

 

 心理学に詳しくない横島であったが、異常であると気付いた事も多い。

 

 例えて言うなら、魔法を悪い事に使う魔法使いの存在をエヴァに出会うまで完全に失念している事が挙げられる。

 

 村を襲った悪魔らを召喚したであろう、『悪い魔法使い』という存在を頭の隅に押しやっているのだ。

 

 

 しかし、ある意味それは救いと言えなくも無い。

 

 そうでなければ“魔”に関係する事柄全てに怯え、事件の日を思い出せるであろう火や雪、石像等を目にする度に悲鳴を上げたり、泣き喚いたりして日常生活も難しかったかもしれないのだ。

 

 だがその代わり、自分のいた場に破滅を齎した悪魔をたった一人で討ち払い、瀕死だった姉すら救った者……魔法界の英雄である父の背を追い続けている。

 

 少しでも追いつこう、少しでも近寄ろうと、以前とは違うベクトルで無茶をし続けており、無意識的に行っているようであるが、第三者から見れば丸わかりのレベルで強さを求めている。

 

 超絶に強い者として父を追い求めている依存度も異様に高い。

 

 学校に秘匿されている魔法書から禁呪にまで手を伸ばし、独学で会得している事から既に憧れや思慕とかの範疇を超えている。

 

 

 エヴァの話では、そのナギはネギの年齢の時はもっと凄かったらしい。

 だから…とでも言うのだろうか、ナギの背を追っているだけにしか見えていないかもしれない。

 

 それが素人の目から見た感想なら、横島も納得できたであろうけど。

 

 

 

 「……なぁ、ゼロ……」

 

 「んだよ」

 

 

 『零だ』と訂正させず話を聞く。

 

 

 「魔法使いってさ、『正しい魔法使い』ってのを目指すんだよな?」

 

 「あぁ、まぁな……」

 

 

 ウチのご主人みたいなの以外はな。

 

 

 「明らかに過去を引きずってるネギの無茶な行動を黙認した挙句、

  あんな精神状態でここに来させて修業させてる……それも正しい事なんか?」

 

 「それは……」

 

 

 零がチャチャゼロとして確立した時は魔女狩りの真っただ中。

 15世紀〜16世紀などといった暗黒時代を経ている為、ネギのような経験をした子供の例も事欠かない。というより数え切れないくらいいた。

 

 主であるエヴァはそんな激動の歴史を泳ぎ切っている。大体、その程度の事で壊れていたら話にもならないのだ。

 

 当然、彼女と共に数百年という長い期間を血生臭く生きてきた分、零はそういった事には疎いなんてもんじゃないのである。

 

 が、生きてきた歴史よりかなり短いとはいえ、この甘っちょろい学園で生活をし、偽りではあるが生身の肉体を得た今では何となくそれが理解できるような気がした。

 

 

 そして楓ははっきりと“それ”を感じ取っている。

 

 

 「オレ……解んなくなってきた……」

 

 

 ——正しい者。

 

 NGO団体の名を借り、世界の裏で所謂『正義の味方』のようなものを目指して活動していると聞くこの世界の魔法使い。

 

 なればこそ成長過程で惨劇を体験した者がどういった障害を心に抱えるのか……記憶等の心に作用する魔法を使える者がそこらにいる以上、そういった事態を知らぬはずが無いのだ。

 

 だが、ネギは過去を抱えたまま、その事に気付きもせずに駆け続けている。

 

 

 横島は暗にこう言っているのだ。

 

 ネギの心の傷を、傷痕を癒していない。

 

 いや、傍目にも癒す気がないとしか映らない。

 

 ショックを受けるであろう被害者の件は完全に隠蔽しているし、ネギに僅かにも伝えようとしていない。

 

 

 

 時が癒すとでも思った?

 

 あまりに症状が表に出ていないから、魔法医師達も気付かなかった?

 

 

 或いは、考えたくもないが………英雄の息子だから——?

 

 

 

 

 

 だとしたら、

 

 自分は………

 

 

 

 

 

 

 

 横島の葛藤が解り、

 理解してしまったが故に彼に掛ける言葉を失った二人はただ立ち尽くしていた。

 

 

 

 横島は上空に浮かぶ偽りの月を見上げてまた溜息を吐く。

 

 

 月を見ながら言葉を零したようであるが、小声過ぎて二人の耳には届かなかった。

 

 

 ただ、誰かに向けられた謝罪のような気がしたのだが……流石にそれを問いただす勇気は湧いてくれない。

 

 

 

 

 向こうから響いてくる二次会の喧騒が、

 

 

 

 

 ただ虚しかった——

 

 

 

 





 普通に考えれば、あんな過去があれば絶対にPTSD起こすんでね? からこの話の元が出ました。
 思い出の場所とかも全部一気に無くしてますし、知人全員目の前で石にされてますし、ネカネさん目の前で足砕けてますし、何故かネギだけ悪魔達に殺されかかってますし。

 普通に考えたら、魔法そのものを恐怖するようになるか、そうでなくとも石化魔法に対する恐怖感を植えつけられてる筈。いえ、最低でも悪魔とかに絶対的な恐怖を持つようになると思います。
 そうならなかったのは、そんな悪魔の集団を殲滅し、ネカネに掛けれられていた石化を止めたナギを圧倒的な存在として植えつけているからでしょう。怖がってる描写もありましたから絶対的な強者というイメージとなってるでしょうね。
 事実、ネギは向き不向きは兎も角として、石化を解く魔法の研究をせずに攻撃魔法ばっか強化してますし。

 最初にコレを書いた時は、村が襲われた事も、ネギが助かったのも実は茶番で、過程を作って英雄にしようとしてたんでは…と邪推したものです。
 今のお話読む限り、そこまで深くなかったよーでorzですが……

 兎も角、何とこここまでこぎ着けました。ようやく次からヘルマンです。
 と言っても変化は然程ありませんけどね。それはしょーがないんですけど。
 あの子とあの子が仲間入りw それを待ってくださっている方もいらっしゃられるようで感謝の極み。
 楓達にライバルが+され、癒し担当も+です。
 今年中にどこまで進むかな〜?
 てなところで続きは見てのお帰りです。
 ではでは〜


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十九時間目:雨に撃たえば 
前編


 

 

 出会いに劇的なものは無かった。

 

 

 親を亡くした男の子の兄貴分。

 お母さんの思い出の地を旅する男の子の後をつけ、見守っていたという男の人。

 

 見た目ぱっとしない人だったけど、今時のチャラさは無くて、自分らと余り歳は変わらないのに何処か大人っぽく、それでいてどこかバカっぽい……と、私的ポイントは結構高かったり……イヤイヤ

 

 兎も角、急にいなくなった男の子の説明を律儀にも皆に話してそれでおしまい。

 お別れしてバイバイで終わった。

 

 

 あの時はそんなに縁があると思えなかったんだけど、再会は早かった。

 

 

 何だか良く解らないけど、ネギ君が試験を受ける事になってて、こりゃあ応援せねばなるまいと夜中に集まったんだけど、その試験として戦う(?)相手があの人だった。

 

 ネギ君が特訓してたのは聞いてたし、くーちゃんからもそこそこ強いって聞いてはいたけど……良く考えてみたら試験をするっていう理由も、何の試験をするのかも解んなかったんだよね。

 

 だって、この歳で『戦う』んだよ? 疑問に思わないとどうかしてる。

 

 なのにその時には何の疑問も湧かなかったんだよね。

 戦う事に意味があって、戦う力が必要だって事に……

 

 で、何か良くわかんない内に試験が始まったんだけど……ネギ君は私が想像してたよりずっと強かった。

 あんな小さな身体で、あんなに子供なのにあんなに強いなんて思いもよらなかったから、桜子や美砂もそうだったけどホントにスゴく驚いた。

 

 私も皆も実はネギ君が強いなんて半信半疑。

 くーちゃんが強いのだってウソくさいのに、ネギ君があんなに強いなんて信じられなかった。ホントに。

 

 

 だけど…………あの人はもっともっと強かった……

 

 

 後でくーちゃんに聞いたんだけど、それでもあの時の力でも相手が子供だから徹底的に手を抜いてたとの事。

 本気を出せたら長瀬さんと二人がかりでも瞬殺されるって……どんだけ〜?

 

 

 結果的にはネギ君の勝ちだったけど、傍目から見てもアレはあの人が勝たせてくれたと解る。

 戦い方も私みたいな素人でも解るくらい、ネギ君が怪我をしないよう細心の注意をしてたみたいだったし。

 

 そのネギ君が小石みたいに吹っ飛ばされたのには流石に顎が落ちそうになったけどさ。

 

 あの時は『氣の使い手!?』とか桜子と騒いだっけ。

 

 

 だけど気になったのはそんなネギ君を見つめてたあの人の顔。

 

 あえて反則行為をして勝たせてくれた筈なのに、何故か悲しそうで痛ましくて……

 

 美砂から良く聞いてるような男の子の雰囲気じゃなく、何て言うか……私の知るどんな大人より大人っぽくて……

 

 声を掛けたかったけど、何を言ったらいいか全然思いつかなかった。ちょっと悔しかったけどね。

 

 

 その時は声も掛けられずそのまま別れちゃったんだけど、再々会はまた早かった。

 

 

 食事というか……急に何時もの店で何時ものアレを食べたくなって我慢が出来なくなり、雨が降ってたけど構わず一人で出たんだけど……

 

 何でかキャンペーンやってて、合計三杯分のポイントでくじが引けて、当たりが出たら携帯ストラップ(ドンブリに牛が入ってるという、駅前店オリジナルらしい)がもらえると言う。

 当然の如く私は、数打ちゃあたる戦法を取ろうとがんばって“それなりに”食べて(量は秘密。体重計が……)、くじを引こうとしたんだけど……何と私の直前の客がストラップを引き当てた上、その時点で在庫が無くなってキャンペーンは終了してしまったという。

 

 おまけにコッソリ教えてくれた話では、夏までにここの店は撤退してしまうらしい。

 Wショックを受けた挙句、無茶食いしただけという辛い支払いを終えて帰ろうとしたら何と傘がない。

 

 踏んだり蹴ったりとはこの事だ。

 

 桜子連れて来りゃ良かった……と肩を落としても後の祭り。

 涙雨の中、服を濡らしつつ寮まで駆けて行く途中、

 

 

 私はまた、彼と出会った——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「な? もう泣くなって」

 

 『あうう〜……ごめんなさいレスぅ』

 

 

 ……何か、銀色の女の子(、、、、、、)と話をしてるトコに。

 

 

 

 

 

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            ■十九時間目:雨に撃たえば (前)

 

 

 

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 「うひゃー スゴイ雨や」

 

 「カサ一本しかないですね」

 

 「と言うかまだ降ってたですか……あ、外は一,二時間しか経ってないですね」

 

 

 別荘での一日を終えて外に出てみればまた雨。

 

 無論、夕映のぼやいた様に別荘の一日=外の一時間なのでせいぜい雨宿りをした程度。

 ギャップというか、ズレというかも大概である。改めて魔法の不思議さを思い知った気がした。

 

 

 「エヴァちゃん

  テスト勉強で時間足りなくなったらまた別荘使わせてよ」

 

 

 しかし明日菜はその時間のズレという便利さに頭が行っている。

 あんなモノ見たというのに……図太いな……と、明日菜のお気楽なセリフに呆れつつエヴァは、

 

 

 「別にかまわんが……女には薦めんぞ。歳取るからな」

 

 

 注意を混ぜながらも割と簡単に認めてやる。

 明日菜はその事実に気付いて(ちょっと気付くのが遅いのが彼女らしい)眉を顰めるも、和美とか全然気にしていな

い。

 

 

 「いいじゃん二,三日くらい歳取っても」

 

 「若いから言えるセリフだな それ……」

 

 

 実際、古等は全然気にせずあそこを使っている。

 ひょっとして子供体型を気にしてる? とか言ってはいけない。死ぬから。

 

 様々な施設等を子供料金で入れなかったりする楓は最初の方は割と気にしてはいたのであるが、

 

 

 『む? という事は、すぐに実年齢が女子高生くらいになるかもしれないでござるな……』

 

 

 等と、何時もより素早い計算を終わらせるとイキナリ気にしなくなっていた。

 そこに如何なる思惑が混ざっているかは不明である。

 

 そして横島であるが……そんな帰宅組の中に姿が見えなかった。

 

 

 「ム? 老師は何処行たアル?」

 

 

 流石に古は彼がいない事に気付く。

 

 宴会の時にはネギの過去に涙し、彼を励ます意味合いも込めてテンションを上げていたので気が付かなかったのであるが、別荘から出る際に様子がおかしかった気がするのだ。

 

 だから結構気にしてはいたのであるが……

 

 

 「ああ、アイツはとっととメシを食いに行ったぞ」

 

 「ハレ? 何も言わずに行たアルか?」

 

 「私には用件を告げていたぞ?」

 

 

 当然である。

 大首領に挨拶も無しに出れば後が怖い。

 

 尤も横島の残した挨拶というのは書面であったが。

 ……まぁ、理由が理由だったので今回は良いかとエヴァは気にしない事にしている。

 

 

 「ふ〜む………ハっっ!?

 

  かえでとレイは!!??」

 

 

 何時もと違う横島の行動に首をかしげた古であったが、何度も何度も出し抜かれれば彼女は直にそっちに繋がった。

 いくらバカイエローとはいっても勘が悪い訳ではないのである。

 

 

 「ナニを疑っているか聞かずとも解るが……違うぞ?

  案ずるな。奥で話をしていだけだ。

  ちなみに横島はメシ食ったら直帰すると言っていたし、楓と零は話が終わったら帰るそうだ」

 

 「へ? あ、はぁ、そう、アルか……」

 

 

 流石にエヴァも二人の扱いに慣れていた。

 遠回しに言えば誤解し、ハッキリ言っても誤解するなら歪曲して伝えればよいのである。

 現に古は納得しきれない顔をしつつも皆と共に雨の中を駆けて行ったのだから——

 

 そんな古達の後姿を眺めつつ、エヴァは深い溜息を吐き、ようやく疲労に身を任せた。

 

 

 「……やれやれ。

  やっとウルサイ奴らが出て行ったか」

 

 「−楽しそうでしたが? マスター」

 

 「阿呆」

 

 

 まぁ、最近は教師役みたいなものが板についてきているのか教えるのが楽しいのは事実だったりする。

 

 夕映に魔法を教えてといわれた時も、めんどくさいとは言ったがネギが基本を叩き込んだ後はちょいと手ほどきをしてやろうという気もしているくらいなのだから。

 

 流石に吸血鬼である自分や、ネギや木乃香のような馬鹿でかい魔力タンクは持ち合わせていないので英雄クラスには届かないだろうが、バカみたいに努力を続けて己の伸ばそうと足掻く者は嫌いではない。

 それに、魔力の容量だけが決定的ではない事は良く知っているし、思い知ってもいるのだし。

 

 現に……

 

 

 「圧倒的過ぎる力の差を機転だけで切り抜けたバカもいることだしな……」

 

 「−? どうかなさいましたか?」

 

 「いや……」

 

 

 さも面白そうに唇の端を歪め、ログハウスの中に踵を返す。

 

 件のバカの事で暗くなっている愚か者が二匹ほど残っているが……ま、気にしなければ良いか。

 そう諦めムードで玄関を潜ろうとして……

 

 

 「−どうかしましたか?」

 

 「……ちょっと、な……」

 

 

 少女らが駆け去った方向に不快そうな眼差し向け、面倒臭そうにもう一度溜息。

 

 どうやらまだ今日という日は終わりそうにないな……と。

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 らしくねぇ……ったく……——

 

 疲労ではなく、落ち込みで肩を落として歩くのは頂けない。とは思うのだが、自分でも意外なほど気が重くなっていた。

 安っぽいビニール傘(そこそこ給料をもらえるようになったというのに、やっぱり貧乏性)を叩く雨の音も気を沈ませるのに一役買っている。

 

 こんな面を女の子達に曝したくなかったし、何より落ち込みの原因であるネギに顔を合わせ辛い。

 

 だから彼は大首領に書置きを残し、小鹿と共にログハウスを後にしたのである。

 

 

 彼——横島忠夫が落ち込んでいる理由は、当然うっかり見てしまったネギの過去の所為だった。

 

 ネグレクト寸前の孤独な生活。

 それでもネギの世界全てだったそれも、理不尽にもある日突然全て奪われてしまう。

 奇跡的に英雄である父が“出現”し、村を滅ぼした悪魔をなぎ払い従姉弟の少女と彼の命を救ったのであるが……

 

 

 「……な〜んか作為的なモン感じるんだよな〜……」

 

 

 村人全員が強力な魔法(?)で石にされてしまった訳であるが、高度の石化魔法とはいえ何故か石にされただけ。まるで頑張って石化を解けと言わんばかりに。

 

 おまけに憧れ求め続けていた英雄魔法使いである父親に杖を渡されたものだから、ネギも魔法にのめり込まざるを得ない。

 

 それだけならまだ良いとしても、

 

 「何でかネギだけ(、、)殺そうとしてんだよな……」

 

 

 そう——

 ネギの記憶の中にあった村人は、石像の様子からして問答無用に石にされている。

 

 しかしどういう訳かネギだけ悪魔の集団に殺されかかっているのだ。

 

 ネギ以外に子供の姿が無かった以上、それなり以上の魔法使い達が住んでいた筈。

 そんな村人(魔法使い)達の中、未来像は兎も角として当時のネギを用心するのは不自然過ぎるのだ。

 

 無論、記憶はネギ主観であるからそれが真実だとは断言し切れない。

 しかし裏はどうあれ、起こっていた事実は変わらないはず。

 だからこそ横島は作為的に感じてしょうがないのである。

 

 尤も、偶然だって重なる事はある。

 ぶっちゃけありえない状況だって起こり得るのだ。

 

 そんな事は——

 

 

 「思い知ってはいるんだが……う〜ん……」

 

 

 神族がいて魔族がいて妖怪がいた世界に生れ住んでいた横島である。

 

 世界の修正力というものを目の当たりにしていたのだから、そういった偶然の重なりすら信じられるのだ。

 無論、“この世界”でそんな横島の常識まで通用するかどうかは……半信半疑と言わざるを得まい。

 

 しかし“あの”学園長が何の手も打っていないとは考え難い。

 あの福禄じ……もとい、学園長はかなり狸なのだ。

 自分の世界にいた某女学院の理事長で式神使いの大家の女性に届くほど。

 

 となると、そんな学園長と懇意にしているという、話に聞くイギリスの魔法学校校長もそれなり以上という事で……

 

 

 「そーなってくると何かしらの治療はしてるはずなんだよなぁ……」

 

 

 それに治療途中で卒業させた挙句、一人国を離れて日本に来させる訳が無い。

 だが、ネギのあの拘りと、子供らしからぬ達観し過ぎところは歪だ。

 いや治療が進んでいるのでこの程度で終わっている可能性も無い訳ではないが……

 

 等と独り言を呟きつつネギの事で考え続けている横島であるが、エヴァの別荘にいる時に比べて大分落ち着きを取り戻している。

 

 ログハウスを後にして早々は、高畑や近衛の所に直電話を掛けて問いただそうとしたし、双方ともが所用で出かけていて留守電になっている事に憤慨もした。

 他の魔法先生に連絡を入れようとして電話番号を知らない(聞いていない)のを思い出し、男先生しか会えてへんのはどういう了見やと訳の解らない怒りを迸らせたりもしていた。

 無論、生来の女好きであり、霊力不足になると倫理が吹っ飛ぶのを見られている所為なので自業自得である。

 こーなったら事務室に押し入って調べちゃるっ!! というレベルにまで暴走していた横島であったが、駅に来たあたりで腹ごしらえをしようと思い当たったのが良かった。

 

 学生時分から給料が入った時だけ奮発して食えていたというゴチソウ……所謂、牛丼(ココでは“牛めし”だが)の大盛りを食している間に段々と冷静さを取り戻してゆき、店を出る頃には自分が目にした情報を分析出来るレベルにまで回復を遂げている。

 

 消化の為に胃袋に血が回ってくれたから良い感じ頭から血が下がったのだろうか?

 

 ——腹が満たされたらコレかよ、と呆れる無かれ。

 

 実のところ、楓と零がエヴァのところで相談している理由は自分の担任の過去の話を知ったから……ではなく、横島がネギの心の傷痕で悩んでいる事についてだったりする。

 

 そんな風に心配されてたりする彼であるが、今回は彼の不手際ではないし、何より昔をどうこう思うより“これから”をどうするかが問題なのでそのまま内に抱え込むような愚行は犯さないでいた。

 

 こんな外見をしてはいても、元の世界で横島は一線で活躍していたプロのGSである。

 よって回復も早いのだ。

 

 それでもネギの周囲について考え続けているのはご愛嬌だ。

 

 まぁ、ネギがそういった環境という名の檻に入れられている可能性もゼロではないので、彼の悩みもあながち間違いではないのかもしれないが。

 

 

 「そういやぁ、明日菜ちゃんとネギの従姉弟のねーちゃんは異様に似てたっけなぁ……

  キティちゃんによるとネギと父親は外見しか似てねーけど、明日菜ちゃんの性格はネギの父親と似てるって言うし」

 

 

 言うまでもないが のどかのヘタクソな絵でそう感じたわけではなく、修行の時に交わしている雑談で知った事。

 写真も見せてもらっているし、ネカネという少女はかなり美少女だった為、当然の如く紹介しろとネギに言って楓らに血達磨にされているが、それは兎も角(どーでもいい)

 

 何というか作為的なものを感じるな、という方に無理がある話ではないか。そこら辺にも裏があるかもしれない。

 

 大体、異様に魔法防御力が高い明日菜は、あの学園長の孫である木乃香と寮で同室なのだ。

 

 関西最大の魔力タンクを持つ木乃香と、何故か魔力を霧散させるアーティファトを呼び出せる明日菜を同じ部屋の人間にする。

 更には明日菜の身元引受人は魔法界でも有名な戦闘者らしい高畑だ。

 ぶっちゃけ怪しさ大爆発である。

 

 しかし傍からしてみれば、裏でコソコソしまくられ過ぎて面白くない。

 

 一応、エヴァにその事を問いかけてみたのであるが、言われてみればと横島と同じような表情をして奇怪な笑みを零している(その際に黒い怒りをウッカリ目にしてしまい、チビリそうになったのは秘密である)。

 

 ——まぁ、今はしゃーないか……

 

 溜息混じりに諦めのような言葉を噛み砕く横島。

 

 もちろん足掻くのを止めるという意味での諦めではない。

 『面倒臭いけどいっちょやるか』——という意味合いでの諦めだ。

 

 ネギほど酷くない(と、横島は思っている)が、彼とて同じような経験をしている。

 ネギの今の欠点、歪みはそのまま彼が思い知っているそれと重ね合わせる事が可能で、ネギが何を歪めているかも何となく理解できる。

 そんな彼が導き出したネギの状態は……無理やり眼を逸らせている——だ。

 

 だからこそ、慎重にならざるを得ない。

 

 『忘』れさせるのは論外。生きる為の原動力を失う。

 教えるのも除外。頭が受け入れても心の底で否定されるから歪みが酷くなりかねない。

 となると……

 

 

 「ぴぃぴぃ」

 

 「え? 何だ…って、うおっ!? ずぶ濡れっ!?」

 

 

 かのこの声によって傘から零れた雨雫が牛めしの入ったビニール袋に入りまくっている事に気付かされた。

 何時の間にか彼は立ち止まって思考に沈んでいたようである。

 

 小鹿によって幸いにも牛めし弁当が水に沈むという惨劇は防げたが、それでもギリギリだった。

 慌ててビニール袋に溜まりつつあった水を捨て、持つ部分をギュッと縛って家に着くまでの浸水を備える。

 結局、オレは悩んでるんかと肩を竦め、横島は牛めしの袋を握り直し かのこを(うなが)してまた歩き出す。

 

 

 兎も角、裏があるにせよ、それが気の所為にせよ、立場的にはネギは自分の弟弟子。

 元よりやたら面倒見の良い横島であるし、自分らの上に立つエヴァも(元雇い主には決して勝てまいが)底意地が悪いものの結構面倒見が良い。

 如何に“裏”が動き、上手く掌に乗せたつもりでちょっかいを掛けてきたとしても、この二人が動いているのなら大火傷間違いなしだろう。

 

 それに忘れてはいけないのは彼は反則が常套という事である。

 何せエヴァよか底意地が悪いのだから始末が悪い。

 

 幸い(?)ネギは自分からエヴァの弟子になりに来たし、修行は主にエヴァの別荘である。

 外の一時間が中の二十四時間という“すんばらしい環境”だ。

 

 つまり……未だ正体不明の裏の思惑から斜め45°ズラす事も可能なのである。

 更に横島はそういった事が得意中の得意中の得意なのだ。

 

 

 「あ、そっか。

  何時も通り(、、、、、)に引っ掻き回しまくりゃいいのか」

 

 

 その事に傍と気付くと幾分気が楽になってきていた。

 

 魔法戦闘云々はエヴァが教えているし、そして古から教えられている中国拳法をそれに混ぜ、アヤシゲな魔法戦闘術も編み出しつつあったネギ。

 それらを自分が満足できるレベルまで固めさせ、後は如何なる状況でも先の手を計算できる捻くれた頭があればいい訳で……

 

 

 「……うん。だったらもう手加減はいらねーな。

  楓ちゃん達と一緒にボコってやろう」

 

 「ぴ、ぴぃ?」

 

 

 ……本当にネギを心配しているのか、一抹の不安が残るセリフである。何かかのこもちょっと引いてるし。

 それで良いのか? という疑問が湧かないでもないが、残念ながらこの場に常識人はいない。小鹿にとっては横島の方が大事であるし。

 

 だからツッコミを入れられる事もなかった横島は、比較的アッサリと悩みと落ち込みから回復し、身体を休めるべく家路を急いだ。

 

 

 いや、急ごうとしていた——

 

 

 

 

 

 

 

 『えっぐえっぐ……お姉ぇさまぁ、どこレスかぁ〜?』

 

 

 

 

 

 

 こんな声を聞いてしまうまで。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 実際、自分はみそっかすだと思う——

 

 生れてすぐ耳にした言葉は『失敗だ』であったし、他のモノに比べて大した能力も無い。

 だから他の子がどんどん出て行ったのに、自分はずっと瓶の中に閉じ込められていた。

 失敗作だからしょうがない……ちょっと悲しかったのは秘密だ。

 

 ある日、久しぶりに意識が戻ると()は廃墟に変わっていた。

 

 自分が起きる事ができたのは、天井が崩れて瓶を割ったから。

 

 つまりはそんな事故(、、)が起きなかったら自分は眠り続けていたという事。

 つまりお父様は失敗作である私を置いてどこかへ行ってしまったという事。

 そしておうちが廃墟に変わってしまうほど時が過ぎていたという事……

 

 何せ右も左も解らないし、ココがどこかも解らない。というより何一つ知らない。

 

 必要最低限の知識だけは入力されてるからお話くらいはできるけど、自分の能力は泣けるほどヘッポコだった。

 

 あても無くさまよったけど、何せこの身体が身体だから皆に怖がられたり逃げられたり、挙句は魔法使いさんに魔物として攻撃されて追い回された。

 

 拾ってくれたお姉さまが教えてくれたけど、指名手配まではされてないけど銀色の魔物として有名になっていたらしい。

 何も悪い事してないのに……

 

 お姉さま達が色々教えてくれないと野垂れ死にをしていたかもしれない。

 

 だから頑張って恩返しをしようとお姉さま達にくっついて色々やってたんだけど、やっぱり自分はドジで抜けてて能無しで……成長しない困った子だった……

 

 今日だってお手伝いを頑張ろうとココに来たんだけど……イキナリ道に迷って皆とはぐれてしまった。

 

 皆を呼ぼうにも念話は論外。

 ココの魔法使いさん達にナイショで入って来てるからバレたら困る。

 

 でも何処に行くのかは知ってても、それがドコなのかサッパリ。

 それ以前にココがドコなのかもサッパリサッパリ。

 

 かと言って人に聞くのは論外。

 そもそも、自分は人に怖がられて逃げ回っていたのだ。

 聞く聞かない以前に話しかけるなんて怖くてできない。

 

 全く持ってダメダメなのだ。

 

 

 

 そんな自分ができる事といえば……

 

 

 

 

 

 

 

 『えっぐえっぐ……お姉ぇさまぁ、どこレスかぁ〜?』

 

 

 

 

 

 

 泣く事だけだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お嬢ちゃん。どうかしたのか?」

 

 『……ひっ!?』

 

 

 掛けられた言葉に、恐怖の余り硬直してしまった。

 

 

 見付かった!?

 “こんな形態”の自分に話しかけて来たという事は、自分というものに気付いているという事で、

 これだけ力を隠しているというのに見付かったという事は、それなり以上の魔法使いという事で、

 

 

 つまり……

 

 

 『ふぇ……ふぇええ〜〜〜ん ご、ごめんなさいレス、ごめんなさいレスぅ〜!!』

 

 「うぇっ!? な、何だ!?」

 

 『殺さないで〜〜っ!!』

 

 

 思い出すのは魔法で追われた日々。

 

 目を、放つ気配を恐怖に染め、人間の敵とばかりに魔法攻撃を仕掛けてられていた記憶。

 

 何もしないのに敵として見られ、死にたくないから防御すればその分憎しみを強められて追い回された。

 話なんか一方的に無視され、泣いて謝っても信じてもらえず、

 叩きつけられるのは怒りか憎しみか恐怖の感情。

 

 

 心に浮かぶのは悲しみと孤独感。

 

 

 放置され、投棄され、拒絶され、嫌悪され、敵として見られ、あたたかいものに歩み寄れない。

 思い出せば出すほど、物理的には無い痛みが心をきしませてゆく。

 

 

 『やだやだやだぁ〜!!』

 

 

 だから泣く。

 

 

 この街には強力な魔法使いがいるという。

 

 いや魔法使い“達”がいるという。

 

 だから隠れて潜めて明るいところに出て行きたいのをぐっと我慢していたのに……

 

 

 こんな事で終わってしまう。

 

 

 それに失敗したのだからお姉さまたちに見捨てられるかもしれない。

 

 一人が怖い。そして悲しい。

 

 孤独は嫌。冷たくて痛いから。

 

 それが嫌だから、逃げたくても怖くて動けなくないから、非力すぎて抗い切れないから、

 

 

 彼女は泣く事でしか抗う術を持ち合わせていなかった。

 

 

 

 

 ……のだが。

 

 

 

 

 「ごめんっ!! 何か知らんけど謝るっ!!

 

  オレが一方的に悪かったからっ!! 生きててスンマセンっ!!

  生れてきてスンマセン!!

 

  せやから、せやから泣かんといてぇ〜〜〜っ!!!」

 

 

 その男に対しては効果絶大だった。

 何とこの降りしきる雨の中、突如として彼女に見事すぎる土下座を(何故か)小鹿と共に披露したのだ。

 

 

 『ふ、ふぇ?』

 

 

 流石の彼女も涙が止まってしうほどに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「な? もう泣くなって」

 

 『あうう〜……ごめんなさいレスぅ』

 

 声を掛けてくれた(、、、、、、)その男の人……

 

 白い小鹿さんを連れた若い男の人。

 大人というにはちょっと若く、でも若者というには落ち着き過ぎている気がしないでもない人は、彼女が会った事がない人間だった。

 

 落ち着いてよく“観て”みると彼に魔力は——無い。

 

 慌てふためいて解らなかったのだが、どうも彼は魔法使いではないらしい。

 

 

 赤いバンダナ頭に巻いた青ツナギという作業員姿。

 きょとんとした顔の真っ白の小鹿と共に、自分を見つめている。

 

 その手にはテイクアウトした牛めしが入ったビニール袋。

 

 仕事をやり終え、おうちで食べようと夕飯の弁当を買って帰ろうとしている若い労働者そのもの。

 

 うん。間違っても魔法使いには見えまい。

 

 

 いやそれ以前に……

 

 

 『(何だろう……? すごく優しい)』

 

 

 のである。

 

 少なくとも彼女は人間にこんな優しい言葉をかけられた事が無かった。

 

 

 「ん? どうかしたのか?」

 

 『え、えぇ? な、何れもないレス』

 

 「そうか?」

 

 

 彼女は彼女で不思議と緊張していた。

 

 いや、自分をやっつけようと追い回していた魔法使いを目にしている時と別の……表現し難い不思議な緊張を感じている。

 対するその青年は実に不思議そうに首をかしげつつも、彼女の言葉を待っていた。

 

 まるで困ってる娘に手を貸すのは当たり前と言わんばかりに。

 

 

 心あたたまる光景。

 

 何と優しさに満ちたシーンであろうか。

 

 しかし、ぶっちゃけその光景は異様の一言。

 

 傍から見れば青年は頭にナニやら取り返しのつかない深刻な病気を持っていそうなのだ。

 

 というのも……

 

 

 

 

 

 

 雨の中で泣いていたのは銀色の水溜り(、、、、、、)であり、

 青年は極自然にその言葉を解する水溜りに話しかけているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 横島は悩んでいた。

 

 いや、ずっと悩み続けていたモノは横に置いとくとして、今の問題は目の前の女の子(?!)である。

 

 ドコをどー見ても人外であり、ナニをどう見たとしても不審人物(?)なのだ。

 

 しかし、のほほんとしてはいてもこの学園都市は魔法使い達の街。

 とんでもない結界で守られている街で、そう簡単に進入する事は出来ないし、無理をすると結界に引っかかって警報が鳴る。

 横島にも侵入者ありという報告は来ていないし、何よりかによりこの女の子(……だよね?)には邪気がサッパリ無い。

 

 いや、魔族には無邪気に残酷な事をやってくださるヤツもいるのだが、この銀色水溜り子ちゃん(仮名)にはそれに属する輩の嫌な感じが全くしないのだ。

 つーか悪気云々ではなく、ドジっ娘オーラ全開なのである。

 

 それでも普段の彼であればもっと用心していたであろうが、今の横島はそれをしていない。

 

 先ほど意図的ではないにせよ、彼女を泣かせてしまった訳であるが……

 あの泣き声、悲しげな声を耳にし、さっき見てしまったネギの慟哭を幻視してしまったというのが大きい。

 

 直前までその事で悩んでいたから、そして女の子の声だったから垣根が下がっているのだろう。もはや垣根の根すらあるかどうかも怪しい。

 

 それに他ならぬ一級の霊能力者の勘が訴え続けている。

 何はともあれ彼女“は”悪い事をすまい。いや、できないと。

 彼自身は余り信じていないようであるが、彼の勘ならばまず間違いないだろう。

 

 ……まぁ、その行為が(のち)を決定付けた訳であるが……今は語るまい。

 

 

 

 

 『えぇっと……その……お兄サンは魔法使いサンなのレスか?』

 

 

 そんな温かいんだか生温かいんだか判断し辛いシーンであるのが、微妙に間が抜けているのだろう、“彼女”はそっちの方が気になっているのかそう問いかけた。

 

 彼がそうでないと勘は伝えているのであるが、確認はとっておきたかったのである。

 

 

 怖くて冷たくて痛いのはもう嫌だったから——

 

 

 「オレ?」

 

 『はいレス』

 

 

 突然ナニを? と思いつつ横島が問い返すとそう言って(多分)頷く。

 何で解るん!? 等とツッコミたい気がしないでもないが、それが横っちクオリティ。気にしてはいけない。

 

 そんな彼だから、何だか舌っ足らずな声が可愛いなぁ……とか思いつつも、

 

 

 「いんや。オレはちょーのーりょくしゃだ」

 

 

 と、ジョークを交えつつ律儀に答えてやった。

 普通ならふざけんなっ!! とか言いそうなものであるが、やっぱり相手は天然のようで……

 

 

 『ふぇええ?! そうなんレスか!? 凄いレス〜っ!!』

 

 

 と、おもっきり素直に感心しているではないか。

 

 間違ってはいないがジョーク混じりに言ったつもりだったのに、余りといえば余りに素直すぎる為にちょっと焦ってしまう。

 何と言うか……“前の世界”にいた巫女少女の幽霊時代に、自称弟子の人狼少女初期型を足したよーな感じだ。

 まぁ、それならそれで接し方は得ている。慣れたモンだ。つか慣れさせられた(、、、、、、、)。ちょっと涙出そうになった。特に自称弟子に巻き込まれた騒動の件を思い出して。

 

 

 「んで、コイツはオレの使い魔の かのこだ」

 

 「ぴぃ」

 

 

 そう紹介すると、小鹿は銀の水溜りにくいっと頭を下げる。

 別に横島に(なら)った訳でもないが、かのこも別に警戒をしていない。この事から横島は完全に警戒を解いている。

 

 

 『ふぇ? 魔法使いサンじゃないのに、使い魔がいるんレスか?』

 

 「うむ。えすぱーだから大丈夫だ」

 「ぴぃ♪」

 

 『ふぇええ……すごいレスぅ』

 

 

 ——とこんな調子だし。

 

 兎も角、何時までも見上げと見下げの会話を続けるのもし辛いかなと感じたのだろうか、銀色の水溜りはムクムクと盛り上がり、見る間に人の型を取り出した。

 

 

 年の頃は十歳前後くらい。

 髪は肩につかない長さでキッチリそろってるボブ。

 服は大人しいデザインのワンピースだ。

 出来上がったのは、のどかに何となく似てるような気がしないでもない、極普通の可愛い女の子の姿だった。

 

 全身が銀色でなければ、であるが。

 

 

 「うぉっ!? 女の子のカッコになれんのか」

 

 『あ、ハイ。そうなんレス。

  ……というより、こっちが私の本来のカタチなんレスよ』

 

 

 無論、普通なら唐突にこんな行動を取り、尚且つ見た目がコレなのだから引きも入るだろう、人によっては嫌悪を持つかもしれない。

 いくらお話をしてくれる人間と初めて出会ったとはいえ、いくら話し辛いとはいえ、彼女のその安易な行為はうっかりでは済まされまい。

 何しろ彼女は不審な侵入者(?)だ。ここが魔法界ならイキナリ攻撃されるかもしれないのである。

 

 

 が、目の前にいる男は普通じゃない。

 

 

 「へ〜……可愛いじゃん」

 

 『そ、そんな……』

 

 

 確かに相手は人外であるがそこは彼、横島忠夫である。

 

 性格が地雷で下半身が海蛇だった乙姫(本物)に巻きつかれても即行で慣れて刺身を食べさせてもらいつつ踊りを楽しんでいたアホ男だ。

 

 確かに彼女の外見は真っ銀々であるが、目の中も銀一色でお人形さんポさが強く、CG等を使った映像の色変化みたいに目だけが白黒といった気持ち悪さは無い。

 どちらかというと色塗り前のメタルフィギュアという感が強く、人外を見慣れ過ぎている横島から言えば特別変と言うほどでもなかった。

 

 それに横島は、この子以外では碌なゴーレムっポイのと会った(逢った?)記憶が無い。

 

 何だか知らないが問答無用でキスして何リットルもチョコレートを流し込んでくるチョコレートゴーレムや、夜のデパートで襲い掛かってきて女物下着を着せたりするマネキン悪魔。

 エセ薩摩弁でハグしにくる中華石像(しかもオッサン)等々……

 

 そんなのに比べたら一兆倍はマシである。もはや比べる事自体が愚行なほどに。

 

 尚且つ彼女は性格もちょっと内気で可愛らしくて天然が入っているとキているではないか。

 これではプラス好感度は出てもマイナスフラグは立たない。

 更には女子供に底抜けに人が良い彼である。となれば優しさMAXで接しようというものだ。

 

 今も彼女は横島の言葉になんか照れて赤くなっている……ような気がするし。銀色で解らないけど。

 

 

 「あ〜……話戻すけど、雨ん中どうかしたのか?

  お姉さん探してみたいだけど……」

 

 『え? そ、それは……』

 

 

 さて、そこで困ってしまう。

 

 実は彼女、秘密の任務でこの地に赴いているのだ。

 いくらこの青年……横島が良い人っポイとはいえ、ホイホイ気軽にしゃべる訳にはいかない。

 尚且つ彼女にとっては初任務。他人であれ身内であれ少しでもヘマを見せたくないのである。

 

 

 「ん〜 ま、言いたくないなら言わなくていいよ。

  あぁ、でも道に迷ったんなら送ってってやるけど」

 

 『ふぇ!? い、いいんレスか!?』

 

 

 だが、意外にも彼は深く問い詰めたりせず、泣いていた理由の方の解消に走った。

 

 

 「いいって。雨ン中、女の子ほっぽらかす方が気分悪いわ」

 

 

 そう言って手を差し出す横島を見、

 その手と思わず伸ばし掛けた自分の手を見、

 安心させようとしているのだろう、優しげな笑顔を浮かべている彼の顔を見、

 

 

 『お、女の子……?』

 

 

 と、縋るような確認するような言葉を彼に零した。

 

 

 「うん。

  女の子って……ち、違うの?」

 

 

 そんな彼女の問い掛けに、違うんだったら鉄拳制裁(理不尽)だぞ? と眉を顰めて返す横島。

 

 無論、彼女は“彼女”。

 生物学的という括りで語るのなら『女の子』ではないかもしれないが、性別的に言うのなら間違いなく女の子である。

 しかしその単純な単語(、、)が——

 

 何より他者によってそれと認められる事がどれだけ彼女にとって衝撃だった横島に理解できる訳もなく。

 

 

 『ふぇ……』

 

 「What!!??」

 

 

 落ち着いたからか、優しい言葉を受けたからか、胸に湧いてくる嬉しさの為か、或いはその全てか不明であるが……

 

 生れて初めて、悲しさ以外の理由で彼女はまた泣いた。

 

 

 

 

 

 

 そのお陰で、ナニを勘違いしたのか神レベルのスンバらしい土下座…水上波紋土下座が披露された事は言うまでも無い——

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 きゃあきゃあと何が楽しいのやら、裸体の少女らは楽しげに浴場で騒いでいる。

 

 中等部の寮にある共同浴場、『涼風』。

 

 ハッキリ言って、ドコのアミューズメント? と聞きたくなる程むやみやたらと広く、露天風呂宜しく樹木まで植えていてとっても贅沢だ。

 この造りのお陰か、この寮に住まう者は皆が皆して風呂好きになってゆく。

 無論の事、現在生活をしている少女らもそろいもそろって風呂好きだ。

 

 だからこそ騒がしいのかもしれないが。

 

 

 「「「……ふぅ……」」」

 

 

 そんな中、何故かアンニュイな溜息が三つ。

 位置はちょっと離れているがタイミングは同時。

 

 内二つはのどかと夕映。

 別荘での一件で、自分らがネギの苦労や想いも知らず、魔法使いが実在するという事に浮かれて安易な気持ちで彼に引っ付いて地下に下りた事等を恥じているのだ。

 特にのどかは(エヴァに誑かされたとは言え)アーティファクトの力を使って彼の過去を覗き見てしまったのだから、恥じ入り方も一入(ひとしお)である。

 

 

 「ナニナニ? 何か二人ともミョ〜な溜息吐いてるけど。どうかした?」

 

 「いえ、何でもないです」

 

 「ホントに〜?」

 

 

 面白がっている節もあるが、心配したハルナが問いかけるが夕映はお茶を濁す。

 

 まぁ、内容が内容だけに言えるはずも無いのであるが、それ以上にこの女にバレたら拙い。何せ理性より先に勢いが出てくるのだからパパラッチ和美よりひどいのだ。

 溜息云々以前に、既にネギ絡みである事に気付いているようなのだからシャレにならない。

 

 ——彼女(この女)にはバレてはいけない。

 

 これが、のどかと夕映の共通意見だった。

 

 

 そしてもう一つの溜息は……

 

 

 「どーしたの? 円」

 

 「んぁ?

  えっと、その、何でもないわよ」

 

 

 流石に何時ものテンションというかノリが無ければ気付くというもの。

 何せ今問いかけた桜子、そして美砂と円を入れた三人は同じチアリーディング部だから気付きもする。

 

 

 「ホントのホントに?」

 

 「ホントだってば。ちょっと疲れただけ」

 

 「ふ〜ん?」

 

 

 言える訳が無い。

 銀色の女の子(、、、、、、)と親しげに話(、、、、、、)をする人がいた(、、、、、、、)だなんて……

 

 とは言っても、別にそれだけ事でアンニュイになっていた訳ではない。

 

 あの後、横島が大声で泣くあの銀色の女の子を何とかあやして何処かへ連れて行ったのであるが、円はずぶ濡れになりながら呆然とそんな二人(?)を見送る事しか出来なかった。

 

 何せ如何に騒動に慣れまくっている麻帆良っ娘であろうと怪奇現象は初体験。

 

 おまけにちょっと気になってた男が中心にいたものだから——

 

 

 「……って、そーじゃなくて」

 

 

 思わず、裏平手で虚空に突っ込みを入れてしまう円。

 横にいる桜子も突然の奇行に『ま、円?』と冷や汗タラリ。

 

 尤も、円は件の青年と銀色の少女との会話で信じ難い情報を得て知恵熱が出そうだったりするので、ある意味当然の奇行かもしれない。

 

 雨の中という事もあってそんなに詳しく聞けた訳ではないのであるが、それでも青年が泣く少女をあやしている時にはそこそこ重要な情報が彼女の耳に届いていた。

 

 銀色の少女曰く——

 

 

 『魔法使い達が生活する都市では日本最大』

 

 『別の場所に魔法世界がある』

 

 『自分はゴーレムであり、ずっと昔に魔法使いによって生み出された』etc...

 

 

 青年曰く——

 

 

 「ココには魔法使いは先生と生徒含めていっぱいいる」

 

 「自慢じゃないがオレだって別の世界から来た」

 

 「別に初めて視た訳じゃないから気にしない」etc...

 

 

 悩んでいたからか、或いは雨音で誤魔化されたか定かではないが、彼には珍しく他者——円の気配に気付けていなかった。

 そのお陰で円に齎された情報は、魔法関係者にバレてたら困っちゃうモノが満載だ。

 女の子で大失敗かますのは彼の大欠点であり、ある意味美徳なのであるが……円以外が耳にしていないのは不幸中の幸いであろう。

 

 それに円の目から見ても、彼の女の子のあやし方は及第点はやれない。

 

 ただひたすら小鹿と共にペコペコ謝るだけなど、女の子との会話としては赤点ものである。

 

 しかし……だからこそ、彼の真っ正直でお人よしで優しい心が良く見えていた訳で——

 

 

 「……って、違うってばっ!!」

 

 「え、ええ〜と……」

 

 

 流石の桜子にも引きが入った。

 同じクラスであり、同じクラブ員である彼女のこんな壊れ方を見るのは初めてなのだから仕方あるまいが。

 チアリーディング三人娘の中で、どちらかというと円のポジションはツッコミ役である。

 桜子が暴走し、美砂が面白がって続き、円がツッコミつつ付いて行く。そんな感じだ。

 

 そんな彼女がおもっきり壊れているのだから桜子の驚きも一入だろう。

 

 

 「うう……もっと驚かなきゃなんないのに、何故か納得してる自分がいる〜……」

 

 

 そう、魔法使いが実際にいるっポイ事、

 ここ麻帆良は魔法使い達の街であり、世界には他に魔法使い達がいる街があるっポイ話を聞いてしまい、尚且つ証拠(銀色スライム少女)まで目にしてしまったにも拘らず、円が思い浮かべてしまうのは青年の事ばかり。

 

 “それ”が何であるかは、何でもかんでも応援する事で有名な麻帆良チアリーディング部である彼女は何となく解っている。

 何せこの春休み中も自分の担任と同級生の仲を応援しようとしていたくらいなのだから。未遂の上、ただの勘違いであったが。

 

 しかし、そんな問題が自分に掛かってくるとなると話は別である。

 

 何せ自分は煽っていた側。

 下手に相談して話が拙い人間(特に和美orハルナ等)にバレると確実にややこしくなる。その事を身に沁みているのだ。

 

 となると自分で片を付けねばならない訳であるが……女心が解る、というだけで“そういった感情”まで理解し尽せている訳ではないのである。

 

 

 「……うう……自分でも“そういった感情”なんて思ってるし……

  どーしたんだろう? 私ってそんなに惚れっぽかったっけ? う゛〜〜……」

 

 

 幸いにも最後の方のセリフは桜子の耳に届いていないようだ。

 と言うか、ブツブツと独り言が多いので離れてたりする。

 

 

 確かにあの青年はかなり好みであることは事実。

 

 見た目より何だか大人っぽいが、どこかバカっぽい。

 

 女の子に優しそうであるし、正直者みたいだ。

 

 ぶっちゃければ円の好み、ド真ん中ストライクなのである。

 

 

 「だからって早すぎない!?

  会ったのって二回よ!? ナニそれ!!?? ビビっとキたってヤツ!!??」

 

 

 うが〜っ!! と頭を抱える円。

 うっわぁ〜……と周囲の少女らいくら風呂の中とはいえ、全裸で身悶えするも彼女にドン引きである。

 

 しかし、ドコをどう悩んだとしても、彼女のそれが偶然が呼んだ喜劇である事などに気付ける訳が無い。

 

 

 麻帆良学園都市——

 

 この街には多くの魔法使いか家族と共に一般人として生活を送っている。

 いくら気をつけてはいても、魔法使いとはいえ魔法が使えるだけの人間。気を抜いた瞬間に一般人にばれないとも限らない。

 それを防ぐ為か、或いはこの街の“何か”を守る為かは不明であるが、この街には認識阻害という魔法が掛かっている。

 

 要するに魔法という奇跡を目撃されにくくし、それとして認識されないよう仕掛けられているのであるが……

 たまたま不思議なシーンに出くわした円は、件の阻害結界の力によって認識が逸らせられ続けられているのだ。

 

 そしてそのズレ続けさせられている意識は、すぐそばにいた青年に集中していた。

 

 偶々効きが良かったのが災いしたのか、或いは青年の霊波に引っ張られてしまったのがいけないのか。認識阻害が悪い(面白い)方向に効いてしまったものである。

 

 

 ——人、コレをフラグが立ったという。

 

 

 尤も、円にその気が全く無かったのならここまで意識したりはしなかっただろう。

 何だかんだで結構心に残っていたからこそ、魔法がそこに逸らせたのかもしれない。

 

 しかし、何にせよ皮肉な物である。

 

 何せそのお陰で道が分かれたのだから——

 

 

 

 

 

 「くぎみーどうかしたアルか?」

 

 「くぎみー言うなっ!!

  ……って、くーちゃんか……ナニ?」

 

 

 ウンウン悶えていた円に横には何時の間にか古が立っていた。

 流石に他に話しかけられる猛者はいなかったようだ。

 

 

 「アイヤ……

  流石に牛丼仮面ジャイアントと呼ばれてる くぎみーがアレだけ壊れてたらビクリもするアル」

 

 「だ、だれが牛丼仮面よーっ!!」

 

 

 気遣ってもらったと思ったら叩き落とされた。

 流石に拳法家。やってくれる。

 

 

 「それは兎も角。どーかしたアルか?」

 

 「別に……」

 

 

 いや、正確に言うと古と無関係の話ではない。

 何せ彼女の言う事が本当なら、あの青年は古と楓の師匠である。

 となると、間接的に円を悩ませていると言えなくもないよーな気がしないでもない。事もない。どっちだ?

 

 

 『あ゛あ゛……自分でもワケ解んなくなってきた……

  いや、元々あの人の事気にしてたわけだから全然わかんないワケじゃないし。

  でもくーちゃんは今回の件では無関係だし……』

 

 

 そう、何よりかにより問題は円の心境なので、気にし続けているという点ではホントに関係が無い。

 ……まぁ、もし古が彼と付き合ってるというなら最重要参考人となるのだが。

 

 

 『ん……?』

 

 

 が、そこで円は気付いてしまった。

 

 バッと身を起こして古を見る。

 急にこっちに向き直したので古も慌てたが、そんな事にかまっている場合じゃない。

 

 認識阻害の魔法と言うのは、掛かっている間はかなり強力に持続し続けるのであるが、一度綻びるとボロボロに崩れてゆく。

 現に和美や夕映らは認識阻害魔法の外で魔法を知ったのであるが、一度理解をした彼女らは麻帆良での一般的なズレを次々と理解していった。

 

 そして円も、魔法によって阻まれかかった認識がカチリと“正常”にはまり掛かっているのだ。

 

 

 「ねぇ、くーちゃん……」

 

 「な、何アル?」

 

 

 ユラリと立つ円。その奇妙な迫力に、流石の古もちょっと身が引けた。

 というか、鍛えられてきている古の霊感が拙い拙いと訴えかけてきているのだ。

 そんな古の心境など知る訳も無く、彼女の表情の変化を見落とさないよう、その顔を凝視しつつ円は、

 

 

 「くーちゃん、魔法使いの関係者なの?」

 

 「……………………え゛?」

 

 

 と、かなりド真ん中を射抜く質問を叩きつけてきた。

 

 いくら円でも、古は魔法使いではない……と思っている。

 これは古の何時もの行動と姿形が、円の持っている魔法使いのイメージから程遠いからだ。

 無論、彼女の持つ魔法使いのイメージはゲーム等のアレ。そんなのがそこら辺にいたらビックリするし、関係者は慌てるだろう。

 だから普通の魔法使いは、魔法施設で働いている者以外は、案外普通の衣服を着ている。

 言うまでもなく円がそういった魔法世界の事情なんぞ知る訳がない。

 だから『関係者』と問いかけた訳であるが……

 

 

 「な、何でくぎみーが知てるアル!?」

 

 

 根が単純なだけに、バカイエロー古にはおもいっきり効いていた。

 

 

 「やっぱり!!

  やっぱりココには何か秘密があるのね!!??

  だからくーちゃんや長瀬さんはあの人に何か習ってるのね!?」

 

 「あ、あうあうあう〜……」

 

 

 無論、古とて守秘義務については耳にタコができるほど聞かされているし、何より自分が慕っている男である老師の力が表ざたになると、最悪の場合は二度と会えなくなってしまう。

 

 だから楓も古も和美にどう問い詰められてもはぐらかし続けている。

 

 しかし、流石にこのように魔法に接する可能性が極力低い円に、おもっきり不意を突かれるとは思いもよらなかったのだろう。意外なほどアッサリとボロを出してしまった。

 

 

 『うぐぐぐ……し、しまたアル。

  こうなると大首領か老師本人に頼んで記憶を消してもらうしか……』

 

 

 何せ問題はかなりデリケートな話だ。

 

 黙ってろ、口を噤んでろと言ったところで、一度この街の不自然さに気付いて認識阻害の戒めから解き放たれると、ウッカリ関わりをもってしまう可能性が上がるのだ。自分がそうだったのであるし。

 行ってはいけない、行きたくないと思わせているモノから解き放たれ、『何故か足が向かない』とか『何故か皆がそっちに行かない』といった矛盾に気付くのだから、危険に関わる率が上がるのだから当然だろう。

 そして円は魔法使い云々だけではなく、戦いというものからかけ離れた生活を送っている者だ。

 

 既に関わっている明日菜や、実家が魔法使いの大家である木乃香は兎も角として、

 のどかや夕映といった非戦闘少女は戦った相手に顔を知られているので自衛手段として教えなければならない。

 

 しかしそれは止むを得ない状況だからであって、好き好んで無関係な級友をわざわざ裏に引っ張り込む気は無いのだ。

 

 無論、その事も自分が師として慕っている男の語ったセリフ。

 その件で更に好意度が上がってたりするのだが、ここでは関係ない話である。

 

 今の問題は円の事だ。 

 

 

 「い、いや、その……ちよと秘密の話なので後で話すアル」

 

 

 しかし如何に頭が回ろうと、惜しいかな彼女は弁が立たなかった。

 

 

 『し、しまた!? 盲点アル!!』

 

 

 だからこそバカイエロー。素敵である。

 

 

 「ナニ!? そんなに大掛かりな秘密があるの!?

  ひょっとして、私の知ってる人も……あっ!! ひょっとして桜崎さんも!?

  そっか、何時でも何処でも竹刀袋持ち歩いてて怪しいし……」

 

 『あぎゃ〜〜〜っ!!』

 

 自分がそうだったように、円もポロポロと現実……いや、真実(、、)に気付き始めている。

 しかし悲しいかな矛を収めさせられるだけの弁力を古は持ち合わせていなかった。

 それでも自分の師が『裏と無関係な女の子を巻き込まない』考えを持っている為、おバカちゃんなりにがんばって頭をフル回転させる。

 

 う〜んう〜んと必死こいて頭を使うが古の限界値は低い。

 二人っきりなら兎も角、こんなに人目が多い場所での説得は不可能に近いのである。

 

 

 『そうアル!!』

 

 

 しかし、そんな古の頭に妙案が浮かんだ。

 確かに普通の言葉を持って説得する事は無理かもしれない。

 だが、自分には一番使いこなせる特殊言語があるではないか。

 

 

 そう——肉体言語である。

 

 

 ココで一発当身を食らわせ、『あれ〜どうしたアル〜? 湯当たりアルか〜?』等と言ってとっとと連れ出し、エヴァのトコなり師のトコなりに連れて行って記憶を消させりゃいいのだ。なんという妙案であろうか。無論、褒められない事であるが。

 

 流石の円も、唐突にニタリと笑う古に引きが入る。

 何せプロポーションが良い上、ココは風呂場なので全裸。

 全裸の美少女が顔を前髪で隠しつつクククと笑っているのはかなり怖い。

 

 

 「ど〜したアルか〜? くぎみ〜……

  イロイロ説明するからこっち来るヨロシ〜……」

 

 

 思わず鉈もって『ウソだっ!!』と言いたくなった円であるが、何か腰が抜けててそれすら出来ない。

 じゃぶり、じゃぶりと湯の中を身体を左右に揺らしつつ近寄ってくる古。ゾンビっぽくてとってもイヤン。

 

 無論、元気ハツラツな死霊も御免だが。

 

 

 

 だが、悲しいかな古はこのタイミングでこんな事に全神経を傾けてしまっていた。

 

 

 「……んぁ?

  ム……ッ!? 何アルかこの気配は!?」

 

 「へ?」

 

 

 それは武術家にあってはならぬ驚くべき隙。

 これにより初動対処を行えないという失策に陥ったのだから。

 

 師によって霊力を鍛えられており、霊感も上がっている。

 人以外の霊気にも敏感になっており、霊撃戦はまだ無理とはいえそれなりに対応できるレベルになってはいた。

 

 が、如何に格闘戦の玄人とはいえ、オカルトの世界が相手であり、尚且つ隙を突かれればどうしようもない。

 

 

 「くぎみー、危ない!!」

 

 「きゃっ!?」

 

 

 円らは皆とちょっと離れてしまっており、騒がしいのは何時もの事だったのでそんなに気にならなかった訳であるが、この風呂場にはナニかが入り込んでいた。

 何故かまき絵を始めとした数人の少女がぐったりとしており、他の少女らもまるで擽られているかのように身もだえして大笑いしている。

 

 そして……

 

 

 「がぼっ!?」

 

 「くーちゃん!!??」

 

 

 円を突き飛ばした瞬間、まるで何かに引きずり込まれるように古の身体が湯に沈む。

 驚いた円も慌てて古その手を思わず掴んでしまうが、引き込む力は想像以上で彼女もそのまま湯に引きずり込まれてしまう。

 

 

 『な、何なの!!??』

 

 

 何かを考える暇も、思いつく間も無く、古ごと深く沈んでゆく円。

 何時も入っているので深さも知り尽くしている筈の風呂でこんな事になるのか理解する暇もない。

 

 だが、驚く材料だけは事は欠かなかった。

 

 

 『みんな!!??』

 

 

 何だか良く解らないが、自分と同じように沈められている少女らがいる。

 

 夕映、のどか、和美、そして古。

 円が知る由もないがピンポイントで選ばれた四人の少女らが引き込まれているのだ。

 

 

 そして——

 

 

 『アレ? おまけがくっ付いてるゼ?』

 

 『仕方ありませんネ。騒がれると面倒デスから……』

 

 

 

 ともすれば湯と区別がつかないくらい半透明の少女らが、

 

 

 目の前に——いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、あれ?

  ゆえ——?

  のどか——?」

 

 「くぎみーもいないよ〜?」

 

 

 

 

 



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中編 -壱-

 

 濡れ鼠となった横島が部屋に帰った時にはすっかり夜になっていた。

 

 

 エヴァの別荘から出たときはそんなに遅くなかったのであるが、電話連絡をしてイラついてそこらの電柱に八つ当たりしたり、牛丼を食いに行って迷子の女の子を一人送ったりしてた物だから予想外に遅くなってしまったのである。

 

 かのこはプルプルと身体を振るえばそれで大分水滴を飛ばせるのだが、横島は(一応)ヒトなのでそうはいかない。

 温かいシャワーを浴びるなり、風呂に湯を張って身体の芯まで温めたりしたい物であるが、ンな事をだらだらしていたらテイクアウトした牛めしが駄目になってしまう。

 

 花冷えも過ぎ、幾ら温かくなっているとはいえ、身体より貧乏性を優先するのは如何なものか? 大体、店でも食ってたやんっ!! 等というツッコミは無駄だろう。

 何せ自分はそこそこ拭いただけで、小鹿はキッチリとバスタオルで拭いているくらいのアホタレなのだから。

 まぁ、横島なんだから死んだってこのバカなトコは治るまいし。

 

 

 「うーむ……偶にああいう娘と話すのもいいもんだなぁ……」

 

 

 迷子の少女——とは言っても、本人談ではゴーレムらしい。なにしろ真っ銀々であったし。

 まぁ、精霊を使い魔にしてる横島からすれば些細な事(、、、、)だが。

 

 いやそれ云々以前に、家族と逸れた挙句、道に迷ってシクシク泣いてる女の子にどう冷たく接しろと言うのか?

 当然のように彼は横島的超必殺技 The DO☆GE☆ZAを駆使し、辛くも少女の信用(?)を勝ち取って彼女からこの地に赴いている理由と目的(の一部)を聞き、待ち合わせをしているという建物がある場所……麻帆良学園中等部まで送ってあげたのである。

 

 それに、あの少女も木乃香に勝るとも劣らない 結構のほほんとした癒し系。

 久しぶりに巫女みこ少女並の癒し系ドジっ娘と話ができたお陰だろうか、ちょっと気疲れはしたもののささくれかかっていた心をある程度以上の回復させてくれたのである。文句など出よう筈もない。

 何せ“こっち”に来てからず〜っとバトル系の少女しか身近にいなかったのだ。

 

 確かに大首領を誇示するエヴァや茶々丸、その姉達や零、当然ながら楓も古も美少女であるが、茶々丸以外が揃いも揃って好戦的で武闘派なのだ。気が休まらないったらない。

 バスタオルに包まってきょとんと自分を見上げているこの子(かのこ)がいなければ心がへし折れていたやも知れない。

 

 だから偶にああいった娘に心を癒してもらわないと身が持たないのである。

 まぁ、かのこも強力な癒しキャラには違いないのではあるが、残念ながら女の子による癒しとはベクトルと効能が違う。

 

 

 「うぬれ……

  ネギには のどかちゃんみたいな癒し系パートナーがおるとゆーのに……」

 

 

 心底羨ましそうに愚痴を零す横島であったが、実のところつい最近まで仮契約カードを良く理解していなかった。

 

 その力……セクハラに近い魔力伝達を知った時の横島の“しっと”ぶりったらなかったと楓らはぶすったれて語っている。

 とは言っても、幾ら憎き美形であるとはいえ幼いネギに八つ当たり仕切れず、矛先をカモに向けて嫉妬のハッスルタイムかましたのは記憶に新しい。

 

 何せただでさえ美少女揃いの麻帆良の中でもトップクラスの美少女がネギの契約者なのだ。

 今言ったように のどかという癒し系を始め、明日菜に刹那という元気系や(最近ちょっと壊れ気味であるが)クール系と様々。都合三人もの美少女契約者がいるのである。

 

 昔の横島なら、何時ぶち切れて“しっと”のマスクマンとなって襲い掛かってもおかしくないだろう。 

 無論、“今現在”暴挙に及んでいないしていないと言うだけなので安心してはいけないが。

 

 何せ仮契約の方法を知った時ですらかなりキれた彼である。

 今だってちょっとの事で堪忍袋の紐がぶちりと千切れないとも限らない臨界点ギリギリなのだ。

 ネギがこの地で少女らと共にいる限りカウントダウンは止まらないので、何時ぶち切れて地獄絵図が発生してしまうのかするのか想像に難くない。

 

 つまりネギの命運は、けっこう綱渡りだったりするのだ。

 

 ——無論、そんな風に嫉妬に喘いでいる横島も、楓に古に零といった美少女らにおもっきり好意を持たれていて、他の男どもから憎しみの眼差しを向けられていたりするのだが、幸いなのか不幸にもなのか判断が難しいが彼は気付いていなかったりする。

 

 まぁ、それは兎も角(いいとして)

 

 

 「ひゃあ……ギリギリかよ」

 

 

 縛っていたビニール袋を解くと、器の蓋が開きかかっていて排出したはずの雨水が入りかかっていた。

 その袋の縛りが甘かったのだろう。焦ってたし。

 

 無論、如何に保温効果のある器だろうと水冷された訳であるからとっくに牛めしは冷えている。 

 言うまでもないが、冷めた程度で牛めし捨てるなどという選択肢は横島にはない。

 部屋には電子レンジもあるが、実のところ横島にはレンジで温めた方が不味く感じるのだし、何より彼は——

 

 

 「食えたら美味い」

 

 

 という、貧乏性なのである。

 

 自給255円。完璧かつ徹底的に労働基準法違反の賃金だ。

 それだけでもアクティブ過ぎる学生にはカツカツなのに、くだらない男のロマン(主に18禁な本等)で浪費して更に貧困だった。

 あの時の事を覚えているのだから、贅沢なんぞしてられない。

 それ以前に、こんな大雨ン中を傘も差さずに走って帰りゃあ牛めしとて水に浸りもするだろう。ぶっちゃけ自業自得なのである。

 

 いや、如何にクソ貧乏性な横島とて傘ぐらいは持っている。

 傘が嗜好品であるイギリスじゃあるまいし、日本なら安っぽいビニール程度なら彼とて容易に手に入れられるのだし。 

 では、何でエヴァの家へ行く時も、彼女の家から出る際にも持っていたはずの傘を持ってないのかと言うと……

 

 

 「あの子、風邪引いたりしねぇかな……」

 

 

 そう、少女の目的地であった女子中等部校舎に送った際、銀色の少女にあげてしまったのだ。

 

 彼女の姉達に迷子になってたのがバレたら気不味かろうと思い、とっとと少女から離れようとしたのであるが、流石に女の子を雨ン中をズブ濡れで立たせっぱなしなのは彼の流儀に反する。

 よって別れる祭、持っていた自分の傘を半ば無理やり彼女に持たせたのである。

 

 言うまでもないが、自称ゴーレムである筈の彼女が風邪を引くか否かは別問題。気分の問題なのだから。

 

 因みに少女は彼の姿が見えなくなるまで手を振ったり頭を下げたりしている。それがくすぐったくてこっ恥ずかしくて、横島は足早に去ったものだ。

 

 何でも三人の姉と一緒にお世話になっている人とこの学園に仕事をしに来ているとの事。

 彼女は内緒レスよ? と言ってたが、その世話人は自称落ちぶれ貴族で現在は殆ど単独で仕事をしているらしい。

 それでも爵位は伯爵。えらそーである。

 

 名前も実にえらそーで、ヴィルヘルム=ヨーゼフ=フォン=ヘルマン伯爵という長ったらしい名前なんだそうだ。

 ジジイとの事なので激しくどーでもいいが。

 

 因みに彼女には『7番型流体銀(Argentum・vivumⅦ)』という名前とは思えない“名称”があったのだが、女の子と言う事もあるし何よりラテン語で発音が面倒くさいので彼は彼女をナナちゃんと呼び、『ちくせう。伯爵だからナナちゃんみたいなカワイイ娘侍らしてやがんのか……』とボヤいて少女を照れさせたりオロオロさせたりしたものである。

 

 まぁ、ナナの話に聞く限りでは伯爵もそんな外道(決定)ではあっても、彼女をちゃんと身内として見てくれているようなので横島もすぐに気にしなくなった。

 相手がどういう立場であれ、女の子を虐げていないのなら叙情酌量の余地はあるのである。でなければ悪。それは決定事項だ。

 だから彼も、彼女を心配しつつも窓から目を戻し、腹と心を満たしてくれる牛めしに意識を戻したのだった。

 

 

 「ホイ、お前の分」

 

 「ぴぃ♪」

 

 

 尤も、かのこの分はフルーツ。桃とかブラックチェリーとかで缶詰物ではなく、生鮮食の物だ。

 横島のよりやっぱ値が高い。

 それらを丸くて深い皿に盛ってやり、同じくちゃぶ台の上に置く。

 

 相変わらず可愛がっているものには懐がゆるい男である。

 

 

 「んじゃ、いただきます」

 

 「ぴぃぴぃ」

 

 

 ちょっと前までは一人だったのでちょっと寂しかったが、今はかのこが一緒。

 人間ではないけど、それでも嬉しいものは嬉しい。

 

 賑やかに食事が出来る場所なら<超包子>等の名所が挙げられる。

 何せ麻帆良(ココ)の出店は部活と言う範疇を超えて安くて激ウマ。尚且現役美少女学生らが中心となっているのだ。コレは行かずばなるまい。

 ただこの<超包子>はオーナーもオーナーシェフも女子中学生なので僅かにストライクゾーンを外れたビーンボールなので残念過ぎて痛いにも程があるのだけど。

 

 尤も、偶に現れる美女教師やら美女子大生やらに目を向けるだけでナゼかバイトのチャイナバトラーにマジ殺気を向けられるし、何故かそーゆー時に限ってタイミング良く幼女中学生姉妹を連れて夕食を食べに来るくノ一な少女の静かなる憤怒の視線に射抜かれたりするので全然気が休まらなかったりする。

 おまけに最近は元殺戮人形なんぞが加わっているものだから……いや、詳しくは語るまい。

 エラい事になる——とだけ言っておこう。

 

 

 「せめて……せめて、アイツらがじょしこーせーやったら……」

 

 

 等と楓と古を想い涙にくれる。

 零れ落とす言葉はもちろんド本音。

 自覚はなかろうが、かなり解脱の日は近くなっているのかもしれない。

 尤も、それならそれでエラい(エロい?)事になって板の移動が必至となってしまうだろうけどそれは兎も角。

 

 安く買ったコーヒーメーカーで、そこそこの豆を使って淹れたコーヒーをカップにそそぎ、小鹿にはペットショップで買った子猫用のミルクを小皿に注いでそれ置く。

 かのこのは良いとしても、横島の方は牛めしにコーヒーなので組み合わせとしては無茶である。無論、彼は気にしたりしないが。それだけでちょっと贅沢な気になるのだから。

 

 彼がそこそこのコーヒー豆を買うのは意外に思えるかもしれない。

 しかし、入れ様にもよるが挽いた豆がスプーン3〜4もあれば十杯はコーヒーが入れられる。

 

 つまり、100グラム千円のコーヒー豆であろうと、自分で豆を買って自分で入れたらその一杯は缶コーヒーより安くなるのだ。しかも淹れた後のカスは脱臭剤の代わりになるし(←みょーにケチ臭い)。

 困窮の中で横島はその事に気付き、こうやって小さな贅沢を満喫してたりするのである。

 

 閑話休題(それはさておき)。 

 

 やや硬くなってしまった飯を気にする事も無く割り箸をぶっ刺し、腹を満たさんと口の中に入れようとしたその時、

 

 

 ちゃっちゃら ちゃっちゃら ちゃちゃちゃちゃちゃっちゃ〜ん♪

 ちゃらら ちゃっちゃらちゃっちゃらちゃちゃちゃちゃちゃ〜ん♪ 

 

 

 ドびくぅっ!! と、萎縮してしまう横島と小鹿。

 唐突に彼の携帯が大音量で軽快なマーチを奏でりゃあ、そりゃ驚いて箸も止まるだろう。

 

 

 「あ、焦ったぁ〜……

  軽快過ぎるわ。音楽変えようかな。心臓に悪い」

 

 

 いやそれ以前にボリュームを落としたらどうか? と言ってやりたい。

 何せ目覚まし用の音量にしてあるのだから。

 

 因みに着メロは忍者マーチ。相手は楓である。

 解り易いにもほどがある。

 

 

 「ホイ、横島です。

  楓ちゃん、どうかした?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして……

 

 横島はまた戦いに駆り出される。

 

 

 

 

 

 

 ネギの過去との対面に付き合う形で——

 

 

 

 

 

 

 

 

——————————————————————————————————————

 

 

 

            ■十九時間目:雨に撃たえば (中)−壱−

 

 

 

——————————————————————————————————————

 

 

 

 

 

 「何なのよ!

  このエロジジィ——ッ!!」

 

 「ろも゜っ!!」

 

 

 雨が流れ落ちてようやく気が付いた明日菜。

 イロイロあった別荘での一件を終え、今日は早く寝ようとパジャマに着替えて寛いでいたはずなのに気が付けば野外。

 

 おまけに何故かセクシーランジェリーに身を包んでいればそりゃ驚きもするだろう。

 

 それだけではない。

 両の腕を拘束されているのだ。

 そんな姿にされているのを、黒い帽子に黒外套に黒衣服と黒い靴という上から下まで黒尽くめの見るからに怪しい老人に朗らかに微笑まれたら、そりゃ蹴りの一つも入れたくもなる。

 

 で、蹴りを入れられたその老人であるが……

 

 

 「いやいや

  ネギ君のお仲間は生きがいいのが多くて嬉しいね」

 

 

 やっぱり楽しげに、ハハハと笑っていた。

 蹴られた所為で鼻から出血しながら……

 

 

 「鼻血流しながらナニ気取ってのよ!! おろしなさいよっ」

 

 

 やたらネギの魔法暴走に巻き込まれて服を飛ばされたり、ノーパンで戦わされたり、訳の解らない銀髪少年に衣服を石にされて砕けたりしたが、好きでやっている訳ではないし別に彼女は露出狂ではない。

 下着姿にされている上、触手っポイ何かに両腕を拘束されて喜ぶようなマニアックな趣味は持ち合わせていないのである。

 しかし、彼女の怒りは長続きはしなかった。

 

 

 「!? 今、ネギの仲間って言った?」

 

 

 老人のセリフに聞き捨てならないものが混じっていた事に気付いたのだから。

 

 

 「アスナ——ッ!!」

 

 「アスナさん!!」

 

 

 老人が答えるまでもなかった。

 

 その問い掛けに答えるように、見知っている級友の声が明日菜の耳に飛び込んできたのだから。

 

 どうやら明日菜が起きた事に気付いて声を掛けたのだろう。

 

 

 「彼女達は観客だ」

 

 

 彼の視線と、級友の少女らの声に導かれてその声にする方向に目を向けると……

 

 

 「アスナ大丈夫ー!?」

 

 「コラ——っ!! エロ男爵!!」

 

 「ここから出すアルヨー!!」

 

 

 「みんな!?」

 

 

 透明なドーム状の“何か”に捉えられたネギに関係している少女らの姿。

 

 そして、

 

 

 「ネギ君の仲間と思われた7名は全て招待させてもらった」

 

 「刹那さん!?

  そ、それにあれは……那波さん!!? 何で!?」

 

 

 木乃香らが入れられたドームを挟む形で、左右別々に備えられたドーム閉じ込められた二人。

 しかし刹那は兎も角、千鶴は完全に無関係のはずである。 

 

 

 「退魔師の少女は危険なので眠ってもらっている。

  そちらの“お二人”は成行きの飛び入りでね」

 

 「……!?」

 

 

 実のところ、千鶴を連れてくる気は全くなかった。

 何せ騒ぎを大きくしてしまう可能性だってあるのだから。

 だが、彼女はとある少年を保護し、そして匿っていたのである。

 それだけならまだしも、その少年を無力化しようとした時に大体にも老人の顔に張り手をかまして邪魔をしたのだ。

 

 いや、彼とてそれなり以上の力を持つ“存在”。その程度で腹を立てたりはしない。

 

 むしろその真逆。

 気に入ったのだ。

 

 異質なモノを目の当たりにし、尚且つその力を見せ付けられたというのに毅然とした態度をとり、怯えの気配も見せずハッキリと言うべき事を述べたその心が。

 単なる気紛れである事も否めないが。

 

 

 「で、そっちの皆はなんですっ裸なの?」

 

 「風呂場で襲われたんだよ!!」

 

 

 そう、明日菜と一緒に部屋で襲撃された木乃香は兎も角、他のメンツ……のどか、夕映、和美、古はスッポンポンなのだ。

 襲撃を掛けて来たのが水系のモンスターだった所為か、彼女らが風呂に入って緩み切っていたところを一網打尽にしたのである。

 だったら全裸なのも当然だろう。

 その姿のまんまなのは趣味が悪いと言わざるをえないが。

 

 

 「文句はそっちのオッさんに言うアル!!

  それに無関係なのまで風呂から引張てきたヨ!!」

 

 「へ?」

 

 そうだ。よく考えてみれば今老人はお二人(、、、)と言っていたではないか。

 となるともう一人いることになるのだが……

 

 そう思いついて改めて見直してみると、五人が入れられているドームの陰。

 

 隅っこギリギリのところに銀色のマネキンみたいな何かがあった。

 いや、パッと見にはオブジェに見えなくもない。

 ここが学園祭用のステージなので、その大道具か何かかと思ったくらいなのだから。

 しかしよく見ると……

 

 

 「え……

  !? く、釘宮さんまで!!? 何で……っ!!??」

 

 

 首から下がまっ銀々に塗りたくられている級友、釘宮円がそこに——いた。

 

 

 「私だって訳が解んないわよ。

  くーちゃん達とお風呂場で攫われて、気が付いたらここに連れて来られてたんだし」

 

 

 言うまでも無いが円は一般人。

 

 麻帆良という不条理都市にいるのだから様々な怪奇現象に向かい合う訳で、そうやたらと驚いてばかりじゃ生活も出来まい。

 だが、流石に魔法や魔族などは超論外。それだけならまだしも、その魔族に魔法を使って攫われたのだから最初はかなり驚き慌てふためくのも当然だろう。

 

 当然なのであるが……

 

 何故かは知らないが、溜息を吐きつつ状況を語る彼女は意外なほど落ち着いているではないか。

 

 

 『えっぐえっぐ……こ゛、こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛レ゛ス゛ぅ゛〜……』

 

 

 代わりと言っては何だが、彼女の全身に張り付いている銀色のナニかが、えっぐえっぐとしゃくり上げながら謝り続けてたりする。

 

 

 「あ〜……もぅいいってば……」

 

 

 自分を捕らえている筈の銀色不定形少女の方が罪悪感でボロボロ大泣きしているのだ。そりゃあ毒気も抜かれるというもの。

 

 木乃香らは水でてきたドームに囚われているのだが、円を捕らえていたのは彼女がさっき見た銀色の少女。

 その少女が不定形な身体を使い、円の身体を包み込む形で身動きできないようにしているのである。

 お陰で円の見た目は全身タイツどころか銀色に塗りたくられているようにしか見えない。

 幸いにも円は、ボリュームは兎も角プロポーションがかなり良い方なのでまだマシであるが、ボディラインやら何やらがハッキリクッキリ出ているのでとんでもなく恥ずかしい。

 

 ギャーギャー騒いだってどうかしてくれる相手ではなさそうだし、他の女の子達は普段風呂場で目にしている。

 だから『どんな羞恥プレイよ。コレ……』と思いっきり恥ずかしいが開き直る事が出来ていた。

 

 それに、円はチアリーディング部であるが、音楽もやっていてかなり感性の人間である。

 だから自分を捕らえている少女がおもいっきり本気で謝っている事を感じ取れていた。

 

 そんな彼女だからこそなのかもしれない。泣き虫少女と話をしていてかなり落ち着いてしまったのは。 

 大体、犯人側が先に泣かれたら気分がシラけてしまうというものだ。

 

 

 『な〜んか……泣き虫にした本屋ちゃんと話してる感覚なのよねー』

 

 

 のどかは内気で引っ込み思案。下手に会話しようとしても何かしらに慌て、一人あわあわするのがディフォルトである。

 しかし実のところこの二人、会話のポイントはあまりかわらない。言いたい事をハッキリ言えないトコもよく似てるし。

 

 

 「ご、ごめんアル……私がもとしかりしてたらくぎみーを……」

 

 

 意識を円に取られていた為、古は近寄ってくる魔の気配に気付けなかったのだ。

 いくら初心者とはいえ横島を師として霊力の修行をしている彼女からしてみれば痛恨のミス。

 くしゅ〜んと落ち込むのも仕方の無い事だろう。

 

 

 「くぎみー言うなっ!!

  だから違うって! 巻き込んだのはくーちゃんじゃなくて、あのエロジジイでしょ?

  実際、このかとかアスナとかは巻き込まないように内緒にしてくれてたんでしょ?

  朝倉はしんないけど」

 

 「酷っ」

 

 

 この世界に魔法があり、そして魔法使いがいる事は明日菜が気を失っている間に皆……この銀色の少女にも……から説明を受けていた。

 そんな力が秘密にされていて、この世界の裏でそれらが戦いを続けているのだと言う。

 何というか……そんなライトノベルの世界で自分は生活していたというのだから驚くよりも前に呆れかえってしまった。

 

 その上、

 

 

 「アスナやくーちゃんは兎も角、本屋ちゃんやユエまでもねぇ……」

 

 「どーゆー意味アル!?」

 

 「いやだって、アスナとくーちゃんの体力って普段から魔法じみてるし」

 

 

 極々身近にその関係者がいるとは思いもよらなかったし、まさか自分の担任……それもあんなオコサマが本物の魔法使いだとは『思ってもいなかった』のである。

 ぶっちゃけ円と千鶴は完全に無関係で、誘拐犯の不手際と趣味という完璧巻き込まれなのである。

 

 

 『う゛う゛……ごめんなさいレス』

 

 「だーかーらー何度も言ってるでしょ?

  アンタは何するか知らなかったんだからしょーがないじゃない」

 

 

 だからだろうか、この銀色子ちゃん(仮称)は、しくしく泣き続けているのである。

 魔法使いの街で罪を犯してしまった怖さもあるだろうが、悪い事をしている罪悪感が涙を加速させているのも円を信じさせている要因だった。

 

 

 『オイこらっ ヒトの妹分虐めンじゃねーヨ。喰うぞテメ』

 

 「だ、誰も虐めてないわよ!!」

 

 『あ゛う゛〜〜

  こ゛め゛ん゛な゛さ゛い゛レ゛ス゛〜〜』

 

 

 何というか……gdgdである。

 

 

 「やれやれ……緊張感に欠けるね」

 

 「いらないわよ!! そんなの!!」

 

 

 肩を竦めてヤレヤレというアメリカンなジャスチャーをやってみせる老人に対し、ムカっときた明日菜はまた蹴りを繰り出すが今度は外れ。

 流石に痛かったのだろう、彼はちゃんと間合いから外れた所に立っていた。

 

 彼のセリフではないが、実際、状況が状況なのに緊張感があまりない。

 明日菜をセクシーランジェリーに着替えさせていたり、風呂場で捕まえた少女らをスっ裸のままにしてたりとかなり趣味は悪いが、態度に下世話な物がないからマシとも言える。これが逆なら非常に居心地が悪かった事だろう。いろんな意味で。

 

 円ははぁと溜息をつき、相変わらずしくしく泣いている銀色の子……

 

 

 「え〜と……そう言えばキミの名前はなんていうの?」

 

 『くすんくすん ふぇ? 私レスか?』

 

 「そ、キミ」

 

 『えと、えと、私、Ⅶ……“ナナ”レス』

 

 「ナナ、ちゃん?」

 

 『はい。ホントはもっと長い名前なんレスけど、言い難いからってあのヒトがつけてくれたんレス』

 

 「あの人……?」

 

 『はいレス』

 

 「ひょっとして……横島さん?」

 

 

 ただの勘であるが、さっき二人でいたところを目にしているし、円にはナナの言葉に出てくるヒトと言われて思いつくのは彼しかいない。

 

 

 『ふぇ? 誰レスか?』 

 

 

 しかし、悲しいかな彼女は彼の名を知らなかったりする。

 少女……ナナの外見年齢がストライクゾーンから外れていた所為だろう。横島はいつもの『初めまして!! ボク、横島忠夫!!』な自己紹介を行っていなかったようだ。

 

 そうなるとそれなりの特徴を伝えなければならないだろうが、不自由な今の身ではそれも難しい。

 ハテサテどう説明したものかと悩んでいると、流石に悪いと思っているからだろう、ナナはある程度の身体の自由を円に返してくれた。

 ありがとうと礼を言うのはちょっと違うかな? とか思いつつ、円はやっと動かせるようになった左手で(今更ではあるが)胸を隠し、右手で自分のおでこ辺りをすっと撫で、

 

 

 「……ここに赤いバンダナ巻いてて、小鹿連れてる人?」

 

 

 と問い直した。

 何とも特徴的な発言である。

 

 

 『はれ? 何で知ってるんレスか?』

 

 

 それでもナナには印象的だったのか伝わっていた。恐るべき解り易さだ。

 

 

 「いや、知ってるも何も……う〜ん」

 

 

 さっき見てました〜と言って良いものやら。

 この調子なら、ナナは姉貴分らに迷子になった事がバレたら泣いちゃうだろう。

 悪乗りこそすれ、ある程度の空気は読める円は、ここで見られていた事を漏らせばまたこの娘はしくしく泣き出すであろう事を理解していた。

 

 つーか、容易に想像できる。

 

 

  ふぇえええ〜〜んっ

  人に見られてしまってたレスか〜〜っ やっぱり私はダメな子レス〜〜

 

 

 ……ウン。簡単だ。

 

 かと言って、知っている理由くらいはでっち上げてやらねばなるまい。それくらいはやってあげてもいいだろう。

 『私も一応は被害者なんだけどなぁ……』等と思いつつ言い訳を考えようとしていた円であるが……

 

 ——自分が空気を読めたって、他の者まで読めるとは限らない事を失念していた。

 

 

 

 「ちょと待つアル!!

  何でそこで老師の名前が出てくるアルか!!??」

 

 『ぴゃあっ!???』

 

 

 結局、ナナのウッカリは他の少女らに知られる事となり、彼女は円を包んだままた泣き出して姉分を怒らせたり、説明して間に今度は古を怒らせてまた姉分を怒らせたり、何で見てたのに私に言わなかたと理不尽に怒られたりと大変な騒ぎになってしまった。

 その間も、ナナなんかは円の身体を使ってしくしく泣くもんだから、彼女をあやす円が一人芝居している様な形になって何故かコンビ認定されたりと訳の解らない展開になったのだが……それは甚だどうでもいいことだろう。

 

 

 「……何だか聞き捨てならない話を耳にした気がしないでもないのだが……

  この緊張感の無さは何なんだろうね?」

 

 「……知らないわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 「横島殿!!!」

 

 「楓ちゃん!! 無事か!?」

 

 

 楓の連絡を受け、何もかもほっぽらかして連絡を受けた場所——中等部女子寮まですっ飛んできた横島と かのこ。

 

 濡れた作業着を洗濯機に放り込んでいたので着たのは丈夫さ重視のジーンズにスニーカー、Tシャツにジージャンという何時もの服。無論、バンダナも何時も通りだ。

 呼び出した楓の方は着替えておらず、濡れた制服のままである。

 

 横島の姿を見つけた楓は雨の中に飛び出し、僅かな時間も惜しいのか彼の元に駆けて行く。

 

 

 「一体何があったってんだ!?

  電話じゃイマイチ解んなかったんだけど……千鶴ちゃんとネギが何だって!?」

 

 「拙者も詳しくは……

  兎も角 千鶴殿が攫われ、同室のいいんちょ……あやか殿が眠らされて夏美殿が一人残されていたでござる」

 

 

 結局、楓は零と話し込んでしまって帰るのが遅くなってしまった。

 

 すっかり暗くなってから寮に戻ってきてしまい、急いで双子が待つ部屋に入ろうとした彼女は、ふといいんちょの部屋のドアが開きっぱなしである事に気が付いた。

 幾ら油断しがちな女所帯であっても、几帳面ないいんちょと千鶴が開けっ放しで置いておく性格でない事はよく知っている。

 

 となると……

 

 いやな予感がした事もあり、慌てて部屋に飛んで行くと、深く眠り込んでいる あやかと、へたり込んでいた夏美を発見したのだ。

 ドアの鍵は文字通りひねり潰されて(、、、、、、、)いてそこを見ただけでもただ事ではないのが解る。

 涙すら浮かべて混乱していた夏美を介抱し、何とか話を聞いたのであったが……

 

 

 「サッパリ要領を得なかったでござる。

  兎も角、千鶴殿が怪我をした犬を拾い、

  治療しようと部屋に連れ帰ったら男の子となり、

  一緒に夕食をとっていればそれを追って妙な老人が」

 

 「訳解らんっ!!」

 

 

 御尤もである。

 

 如何に奇怪痛快な麻帆良学園の生徒とはいっても、夏美は一般人。怪異に初対面したのだから焦りと混乱で理解するのも伝えるのも難しかろう。

 見た事をそのまま伝えただけのだからしょうがないかもしれないが。

 

 それだけならまだしも、ネギの部屋に行ってみれば明日菜と木乃香の姿が無い。

 宿題だか復習だかしらないが、部屋はその途中で放り出したかのようになっていた。

 

 更に調べてみれば夕映ものどかも和美もいないし古もいない。更に何故か知らないが円までいないらしい。

 皆に隠れてどこかへ行った、と言うだけならまだ良いのだが、風呂場に下着と服を残してうろつくのはおかし過ぎる。

 

 

 だが共通点はある。

 

 行方不明になっている少女らは二人を除いてネギの裏に関係しているのだ。

 そしてあの修学旅行の時に敵側にいた少年……コタローというらしい……までもが何時の間にか麻帆良に来ており、ネギと共にその老人に誘き出されて行ったらしい。

 

 はっきり言って大事件である。

 

 だが、それでも追う手立ても手がかりもない。

 何せ今言ったように不審物に反応する結界が破られた訳でもないのに反応していない。これが曲者である。

 

 だとすると、結界をすり抜けてきた“浸入”という事になるが、ここの結界はそこらの使い手の介入を許すほど柔ではない筈。

 それに横島が以前、この世界に来た折に結界の中に出現したものだから、念の為ではあるが強化もしているのだ。

 

 この事から侵入者はかなり高位の術師であるか、麻帆良の監視員に関係者が混じっている可能性が浮かんでいた。

 無論、後者の可能性はそんなに高くない。だが必ずしもゼロではないのだ。

 その不安が解消されない限り、学園側に迂闊な連絡を入れる事が戸惑われてしまう。

 

 考え過ぎと言われればそこまでであるが、何せ少女らが人質になっている。

 慎重にならざるを得ないのも当然であろう。

 

 

 「なれど如何致す所存でござるか?

  真名にすら気付かれず刹那を誘拐するという術の持ち主。

  身を隠されれば魔法に疎い拙者らでは……」

 

 

 ただ単に潜まれるだけでも難しいのに、相手は術者。どのような術を用いられているか解った物ではない。

 現に麻帆良にだって認識が阻害される結界すらあるのだから。

 似たような結界を張られれば、“そこにいる”という核心が無い限り結界の存在すら気付く事も難しい。

 何せ魔法が働いている事にすら気付けないのだから。

 

 

 「待て、全く手が無い訳じゃない。

  細かい場所は兎も角、相手の情報はどーにかなる」

 

 

 しかし、魔法を知る知らないは彼には関係ない。

 

 

 「というと……まさか!?」

 

 「当たり!」

 

 

 右手に収束される霊力。

 人差し指と親指の間で転がすように収縮されてゆくそれ。

 力の波動に過ぎなかったはずのものが信じられないほど密度を増し、一つの物質へと昇華を遂げてゆく。

 

 人界唯一の奇跡。

 

 魔法のように周囲から力を借りるのではなく、純粋に自分の力だけで行い、魔法を凌駕する奇跡を成す奇跡。

 霊能力と言うだけでもド外れた力だというのに、あらゆる現象を起こす事が出来る万能の力。

 それこそが彼の奥の手なのである。

 

 一瞬止めようとするが躊躇してしまう楓。

 

 他の手が思いつかないとはいえ、横島の持つあの力は余りにも万能で異質過ぎる。

 大首領によると、世の魔法使いは勝手にその力を危惧して拘束しようとするか、或いはその力を我が物にせんと動き出すだろうとの事。

 楓もそれは理解できる。それほどの力なのだ。

 

 だからこそ楓も古も、そして零も“珠”の事を話の端にも上げず秘密を貫き、極力使わせないようにし続けている。

 

 だが、普段なら兎も角、今のこの非常事態。

 何より知り合いの少女の身の安全が掛かっている状況だ。

 そんな時にこの青年を止められるはずが無い。

 

 それが解っているからこそ、楓は躊躇しているのだ。

 

 明日菜達を助けたいのは事実。

 しかし使う事によって横島に何か悪い事が起きないとも限らないのもまた事実。

 

 何時も冷静さを失わない楓であったが、流石にこの状況下での判断はかなり難しかった。

 

 

 が……

 

 

 チャッチャチャチャチャラチャチャッチャッ♪ ぱふっ♪

 

 

 唐突に鳴り響くおマヌケな着信音。

 着メロだけでなく、一般でも超有名な○点のテーマである。

 

 

 ボ フ ー ン ッ ! !

 

 「ふぎゃーっ!?」

 

 

 あまりに気の抜ける音楽を聞いてスっ転んだ横島。

 その弾みで収束中だった霊気集中が途切れ、集めた力が暴発して吹っ飛ばされてしまった。

 自業自得とはいえ、あんまりなタイミングに涙が出そうである。

 

 こんな見事すぎる場面で……と、楓は後頭部にでっかい汗を垂らしつつ横島の状態を確認。

 

 幸いというか、やっぱりというか、焦げてはいるが横島は無傷。

 ぷすぷすと煙を出しつつ気を失っているだけのようだ。

 思ったとおり相変わらずの丈夫さで横島には怪我一つ無かった。呆れつつもホッとする楓。

 

 しかし今の爆発は寮のまん前。

 流石に拙いと悟っている楓は、ひくひくしている横島と、少しでも彼を癒そうと舐めているかのこを連れ、落っことした横島の携帯を掴んで茂みに隠れ潜む。

 何せ見付かると面倒なのだ。ネギ以外に男がいない女の園だから警備員だっているのだし。

 

 楓は周囲の気配を伺い、自分らの他に誰もいない事を確認してから着信ボタンを押した。

 

 

 『……兎も角、横島殿が無闇に珠を使わず済んで重畳でござった……』

 

 

 そんな事に小さな安堵を零しつつ——

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 「フン。ようやく出たか」

 

 

 携帯についているストラップ……涙滴型の紅色の宝石……を小指で玩びつつ、エヴァはそうほくそ笑んだ。

 出るのに時間が掛かっている理由も、そしてその時の様まで容易に想像できていたからである。

 

 

 『ハイ、横島でござる』

 

 

 しかし繋がった相手は別の声。

 これまたよく見知っている少女の物だ。

 

 

 「む? 何でお前が……

  あの馬鹿はどうした?」

 

 『ええと……何と言えば良いでござろうか……力を収束している最中に着信音が鳴ったので……』

 

 「ああ、そういう事か……ギリギリだったという事だな?

  にしても、その程度で集中が途切れるとは修行が足らんな。もっと鍛えてやるとしよう」

 

 『あー……』

 

 

 流石のエヴァも、自分の着メロが笑○になっているとは思いもつかないようだ(当たり前)。

 知られたら知られたらで横島がエラい目に逢いそうなので、楓も言葉を濁すのみ。賢明である。

 

 

 「まぁ、それは後だ。

  そんな事よりキサマら……神楽坂明日菜らを捜しているのではないのか?」

 

 『!!?』

 

 

 明らかに動揺している気配。

 本当に様子が解り易い。向こうの様子が見えるようだ。

 

 

 『そ、それはどうい……『どういう事だっ!!?』横島殿!?』

 

 「ククク……そのままの意味さ」

 

 

 流石に食いつきが良いな。と唇の端を歪めるエヴァ。

 携帯から零れたエヴァの声に飛び起き、楓から携帯を奪い取って話す様がよく解る。

 

 

 「何、大した事ではない。

  結界の中に異物が引っかかった感触があったのでゴミ探しをしてたんだ。

  その中でアイツ等が目に入っただけさ」

 

 『キティちゃんは感じたんか!? だったら何で学園側に……』

 

 「キティちゃん言うなアホ。

  大体、気の所為かもしれんのに一々伝えられるか。

  だから確認に出ていたんだよ」

 

 『ぐ……』

 

 

 イライラしている所為だろう、何時に無くテンパっている横島。

 普段の様子からは想像も出来ない。

 

 成る程、これがバカブルーらが言っていた切羽詰った横島か……と妙な事に感心するエヴァ。

 霧魔の一件以外ではまだ目にしていないが、このまま感情が追い込まれてゆくと横島は機械のようになってゆくという。

 無関係と言ってよい近衛木乃香を誘拐した相手に激昂し、その果てに殺戮機械と化した横島。それは普段の彼を知れば知るほど想像すら出来ない話である。

 女子供に甘過ぎる横島の、その女子供を守る為のモード。

 あれだけ甘っちょろい男を、必要以上にクールにするその根源。

 

 エヴァは、その“根”の部分を見てみたい。常にそう思っていた。

 

 が——

 

 

 「いいか横島忠夫。よく聞け。

  キサマに“敵”の居場所を教えてやろう」

 

 『!!??』

 

 

 あえて“それ”を封じる為に“敵”を与えてみよう。

 

 一見して信念も覚悟持ってなさそうであるが、その実は強過ぎる信念と覚悟を持っているこの男に。

 この男の正反対。無関係な者を巻き込む事すら厭わない者をターゲットとして伝えてみよう。

 何時もの鍛錬の時のそれではなく、“本物の敵”と戦う様子を見てみたい。

 どこまで()る事が出来るのか、そんな彼を目にしてみたいという欲望の高まりをエヴァ強く感じていた。

 

 

 「そうだ。神楽坂明日菜を始めとするぼーやの従者達。

  そしてあの夜に関わった綾瀬夕映や朝倉もいるぞ。

  何故か那波や釘宮もいるが……恐らくは“ついで”だろうな。

 

  そんな誘拐を行った犯人の居場所だ」

 

 

 『ぐ……』

 

 

 ——フン。やはりキレ易いな。

  女を巻き込む、傷をつける敵と言うのが鍵か……

 

 呆れつつも自分の仮説の流れが間違っていない事に納得もする。

 

 

 「ただし条件がある」

 

 『条件?』

 

 

 だが、幾ら欲望に身を任せてはいても大事な事まで見失ってはいない。

 

 “それ”まで見せる事や知られる事は自分にとっても横島にとっても良い結果に向いたりしないのだから。

 そんな事まで失念するほどエヴァは愚かではないのである。

 

 

 「この侵入者だが……どうやら目的は調査のようだ。

  わざわざ ぼーやの関係者を攫ったんだ。対象は言わずとも解るだろう?

  流石に私や魔眼持ちの龍宮、私の所にいたバカブルーは無理だったようだがな」

 

 

 どうせこの男の事だ。案ずるなと言ったところで無駄だろう。

 行くなと言っても行く男なら、先に枷を付けた方がマシなのだ。

 

 

 「ぼーやのだけでも大サービスだというのに、わざわざキサマの情報まで与えてやる義理はあるまい?」

 

 現に、今だって茶々丸に(、、、、)話を聞かせていない(、、、、、、、、、)

 

 件の茶々丸は前方の様子……誘拐犯たちの会話に対してセンサーを全集中させている。

 敵の情報を知るという意味でもその命令はおかしくないし、素直な茶々丸はそれに従っている。今現在のエヴァの護衛に零がついているので任せ切っているのだろう。

 

 まぁ、本人は否定するかはぐらかしたりするだろうが、級友が危険な目にあったりしないよう細心の注意を傾けている可能性だってある。

 

 実際、茶々丸が前方のステージの様子を見ているのは裸眼(裸センサー?)ではなく、呪式を施したアンチマテリアルライフルのスコープなのであるし。

 少女らに危機かが迫ったと判断すれば、即座にトリガーを引けとも命令してたりする。

 

 そこまで信頼している大切な従者ではあるが、何せ茶々丸は定期的にメンテナンスを受けているロボットである。

 だからこそ、“母親”にデータが流れる可能性を捨てきれないのだ。

 そうでなければ、ずっと横島の能力の修行時に距離を置かせたりしない。

 

 横島の能力は、他者に知られるには——いや、わざわざ教えてやるには惜し過ぎるのだ。

 

 茶々丸の二人の母親は別に敵ではないし、嫌ってもいないが今報せても面白くない。どうせ今だってどこかで様子を伺っている事だろうし。

 

 そんな身近な彼女らに対してですらこうなのだ。

 何が悲しくて敵に対してこんな面白い情報を与えてやらねばならんのだ。

 

 だから——

 

 

 「キサマは目的の為なら手段を選ばぬ。

 

  例え道化にだろうとなれるのだろう?」

 

 

 可能な限り“枷”を付けさせるのは当然の事。

 

 いや、如何に手枷足枷をつけられようと、エンターテイナーはそれすらコメディのスパイスとして使えるだろう。

 

 ましてやこの男はクラウン——世界を相手取った本物の道化だ。

 例え如何なる悲劇だろうと、熟練の道化師が舞い降りれば喜劇と成り果てる。

 

 

 確かに力はいるだろう。

 

 誰かを救い、大切な物を守るのには絶対的に必要なのだから。

 

 しかし、その力の方向が正しい魔法使いである必要は無い。

 

 

 

 

 『——で、条件は?』

 

 

 

 時間にしてコンマ数秒。

 いや、彼にしては熟考した方か。

 僅かな戸惑いと決意の言葉が携帯の小さなスピーカーから伝わってきた。

 

 

 ——そうだ。それでいい……

 

 

 その声を聞き、エヴァの口元に笑みが浮かぶ。

 さっきまでの皮肉げなそれでなく、嬉しげで優しげな笑みが。

 

 条件を付きつける事によって無理やり冷静さを取り戻させる。

 エヴァの悪さを見せつける事により、頭に冷や水をぶっかける。

 

 数百年を生きる彼女だからこそ、

 悪の魔法使いを誇るエヴァンジェリンだからこそとれる手段。

 自分に対して怒りを持たせ、その怒りの火によって鎮火を促す。

 

 悪と知られていて、悪を誇れる彼女だからこそ取れた手段。

 その辺の魔法使い等には言えない取引だった。

 

  

 そんなエヴァが知る魔法使い達の多く。

 手段を知りつつ、手を拱く事が多々あるウスノロな“正しい魔法使い”どもより遥かに共感でき、愚直な真っ直ぐさを持つ我が怪人。

 

 助ける事も守る事も下手糞だと自称(自傷)しつつ、対象の一番大切な部分である心を守り続ける戯け者。

 

 守れずとも助け出し、助けられずとも守り抜く事が出来ている事に気付かない愚か者。

 

 

 そんな彼の情報を自分ら以外の者どもにくれてやる必要は無いのだから——

 

 

 

 「よく聞け、そして駆けて行け 我が愚者よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてまた——

 

 

 

 

 

            バカが風を切って飛んでくる。

 

 

 

 

 

 

 

 



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中編 -弐-

 「ふむ。

  ようやく主役が御登場のようだね」

 

 「!? ネギ!!」

 

 

 助演を自称するは、舞台に立つ老人。

 

 当然、主演女優は囚われの姫君たち。

 

 そんな姫君を救出せんと駆けつけるのは、大粒の雨の中を貫いてゆく風——

 いや、その風すら切り裂き、黒い弾丸の如く飛んでくる幼き少年。

 その杖に跨る少年こそ主演の魔法使いであり、ご丁寧にも従者の代わりにその背に盟友を連れている。

 少年の心情は他者には測りしれないが、若過ぎる魔法使いの少年が駆る杖が今までに無い速度で雨の夜空を突き進んで来る事から予想は出来る。

 

 ——面白い。

 

 ここまで舞台が整っていると皮肉が利き過ぎている感もあるが、自分と言う三文役者でも主役を輝かせる事ぐらいは出来よう。

 あの時の少年(、、、、、、)が。

 あの恐るべき魔法使い(バケモノ)の血を持つと言う幼子がどこまで成長できたのか味わえるのだから悪くない。

 

 ただ、惜しらむはその結果。

 成長しているにせよ、していないにせよ、少年を戦闘不能にせねばならぬという命令が下りているという事。

 

 惜しい。実に惜しい。

 もう少し時間をおけばもっと熟してくれるだろうに。

 

 だが無粋な話であるが、雇われの身分なので内心でしか文句が言えない。

 

 ならば——少しでも。

 

 少しでも長く楽しむとしよう。

 お嬢さん方には申し訳ないが、暇に喘ぐ身としてはこれくらいの楽しみがあっても良いだろう?

 

 

 

 急ぎに急ぎ、加速し、加速する。

 跨っている杖を強く握り締め、更に魔力を流し込んでその速度を増してゆく。

 

 それしか出来ないから、それぐらいでしか今は頑張れないから、

 自分の判断の甘さが皆を窮地に陥れたのだから。 

 しかし、それが彼に……ネギに力を齎せているのだから皮肉な物である。

 

 後ろに乗せてもらっている少年。

 京都の一件でネギの敵として戦っていた少年、小太郎も唇をかみ締めただ前方を睨みつけていた。

 

 ネギは彼がこの地に来ている理由は聞いていない。

 幾ら仕事であろうと西の本山に対するクーデターに加担したという罪は許されるものではなく、事件後にその身を確保されていた小太郎。

 

 その彼が隙を見て御山から逃走を果たし、ネギと決着をつけるべく麻帆良に向かっていた事等知る由も無い。

 

 尤も、逃亡の件は麻帆良では学園長である近衛以外は耳にしていないし、今は関係ない話。

 その逃走途中でネギに対する襲撃の話を聞き、アイツを倒すのはオレだとばかりに攻撃を仕掛けたのだが返り討ちに遭い、記憶を失っていたらしい。

 

 幸いと言うか、大事なアイテムらしい『封魔の壷』とやらは奪えた上、それを守り切れはしたのであるが……その代わりに彼を保護し、介抱してくれた恩人である千鶴がネギの目の前で連れ去られてしまったのである。

 

 その事がネギを、そして小太郎を苛んでいた。

 

 しかし彼らにできる事は少ない。

 

 一秒でも早く指定された戦いの場に赴き、正体不明の老人を倒す。

 

 それだけしかなかったのだから……

 

 

 

 

 

 「……な〜んて事考えてんじゃねぇだろなぁ……」

 

 

 その夜空を突き進んで行った二人の軌跡を追うかのように、地べたを滑るが如く駆ける影。

 

 魔法の杖を使った飛行魔法によって空を飛んでいた二人とは違い、障壁で守られている訳ではないので加速すればするほど雨粒がビシバシ当たって痛いの何の。

 

 ネギらの背はとっくに見えなくなっているのだが、向こうに感じる霊波動からして話に聞いたジジイとのバトルは始まっているだろう。

 しかし彼は……横島には戦いの事より、少女らの身の安全。そしてネギの考え方の方を危惧している。

 

 ネギが極端な考え方に傾く理由も解る。

 

 自分が“そう”だったからだ。

 

 己の力の無さ、不甲斐無さが大切な物を失わせた。

 そんな自分に対する憤りが自分に対する重荷を増やして行き、他人より傷つく事で救われる気になってゆく。

 身近な誰が怪我をすれば自分の所為だと思い、その負わせた痛みが自分の弱さだと錯覚する。

 それは愚にもつかない自傷行為。

 

 ——直に自分の責任として背負い込む。

 責任感が強いという見方も出来なくは無いが、そう簡単に答えを完結させる事こそが弱さであり、その行為こそがどれだけ自分を想ってくれている人を侮辱しているかなど思いもよらず……

 

 いや、横島とて自分がその悪癖が払拭しきれている等と自惚れてはいない。

 もし払拭しきれているのなら、キれて性格が切り替わったりすまい。

 

 だがそれでも間違っている事だけは理解できる。

 自分で背負い込む事が一番楽だから逃げているだけだと解っているのだから。

 その行為がどれだけ自分勝手なのか理解しているのだから。

 

 だから追う。

 ネギを連れ帰って叱り付ける為。

 だからぶち壊す(、、、、)

 そんな考え方も、そして巻き込む事すら躊躇しない奴らの考え方も。

 

 

 「……ンの野郎ぉ……」

 

 

 それが何に対して漏らした怒りか定かではないが、“マスク”に隠されてはいても溢れる感情を隠せず、

 クソ派手で似合わない“銀色のコート”を身に着けてはいるが、不完全で拙いとはいえ身体を強化させている魔法を怯ませたりできまい。

 

 それこそが彼、横島忠夫。

 

 その身に染み込んでいる諦めの悪さと解り難く過ぎる優しさを力に変えられるのが彼の真骨頂なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「はは…ははははは……

  流石は横島殿、でござるな」

 

 

 彼とは違うコースで荷物をしょって駆けてゆく影。

 口調から直に何者か解ってしまう くノ一な少女、楓である。

 

 エヴァに条件等と切り出されて緊張した二人であったが、何の事は無い程度。何時もの通りである。ただ、かなりきつめに言われてはいたが。

 

 言うまでもないだろうが、横島はエヴァの出したその条件を即飲し、教えられた場所……世界樹のすぐ側に設置されたコンサート会場に駆けて行った。

 その際彼は何と基本中の基本……足を早くするだけ……とはいえ、魔法を使用して楓を驚かせたものである。

 

 実のところ、あの夜の暴走を覚えていた彼女は、横島がまたあのようになってしまわないかと心配していた。

 確かにあの晩の状況と違い、今回はまだネギをおびき寄せる為の人質。

 見も知らない相手を信用している訳ではないが、ネギが誰かに話したり指定された場所に向かわないとかしない限りは無事だと思われる。

 

 そうは言っても、そのまま放って置いて良いはずが無い。

 何せ賊は後先考えていないのだろう、まるで無関係な少女までひっ攫っているのだ。

 

 だからこそ楓は横島がまた暴走してしまわないかと心配していたのであるが……

 

 

 「杞憂でござったな。はは……」

 

 

 エヴァの戯言を真に受けたのだろうか、どちらかと言うと彼は提示された条件に合わせる事に必死に頭を使っていたのである。

 火事をダイナマイトで鎮火させる様な大雑把で乱暴な手段ではあったが、横島には覿面(てきめん)だったようだ。

 

 無論、だからと言って少女らの身を案じている気持ちに嘘は無い。

 

 普段の行動がナニ過ぎて非常に解り難いが、横島はそこらの男では足元にも及べないほどフェミニストだ。

 いざとなったらその身を挺して盾になる気満々なのだから。

 しかし、それであってもあの夜のように正気を失っている訳ではなかった。

 その事を懸念し、心配げな眼差しを隠せていなかった楓の様子に気付いたのだろう。

 彼は、

 

 

 「大丈夫。もうあんなポカはしねぇよ。

  ンな事したらまた楓ちゃん泣かせちまうしな」

 

 

 と、苦笑しつつそう言ったものである。

 無論、彼の言葉を聞いた際に、楓は瞬間的に顔を真っ赤に染めてしまった事は言うまでも無い。

 

 

 「ま、ネギのバカも向かってるみてぇだしな。

  オレ達はアイツがやり合っている隙に木乃香ちゃん達を助け出そうぜ。

  あくまでも安全に」

 

 

 はは……本当に彼らしいでござるな。

 と呟く楓の口元に笑みが絶えない。

 

 彼らしい——?

 そう、彼らしい(、、、、)

 

 後ろ向きな逃げの作戦ではあるのだけど壊してしまう時、壊してやらねばならぬ時は自分から突き進んでぶっ壊す。

 ビビリで痛がりでお馬鹿だけど、いざとなったら誰よりも早く動き、本当に本当の危機一髪というタイミングで現れるだろう。

 

 如何なる壁が立ち塞がろうと、乗り越えられないというのなら抉り込み、抜けられぬならば破壊してでも進むだろう。

 

 遅れても諦めない。

 

 諦めても諦めない。

 

 絶望を蹴倒して全てをひっくり返す。

 

 彼の人となりを知らぬ者なら誰も信じはすまい。

 力より何より、最高に良い意味での往生際の悪さ、それこそが彼の真骨頂なのだから。

 その根本はまだ曝してはくれないが、いずれは知りたいと思う。いや、必ず知ろうと思う。

 

 「ま、拙者は相棒(パートナー)でござるし」

 

 

 かかる状況で欠片も心配そうな表情を見せず、何時の間にやら絶大な信用を彼に置き、

 楓はお願いされた物を背負い闇を駆けていた。

 

 

 

 彼に頼まれた品物が入っている、薬屋の袋を背負って——

 

 

 

 

 

 

——————————————————————————————————————

 

 

 

            ■十九時間目:雨に撃たえば (中)−弐−

 

 

 

——————————————————————————————————————

 

 

 

 

 

 巨大な樹の根元。

 

 迫る学園祭に備え、この学園の中央にある世界樹の根元には、大学部が学園祭で使うステージを組み上げていた。

 

 しかし、学生達によって催されるであろう様々なショーよりも前に、幼い魔法使いと謎の老術師が戦おうというのだから、とんでもなく豪華な前座である。

 

 

 「射てネギ!!

  先制攻撃や!!」

 

 「でも」

 

 『牽制だって!! いけ兄貴!!』

 

 「わ、わかった!

  Ras tel ma scir magister.

  風の精霊21人!!

  縛鎖となって敵を捕まえろ!!

  SAGITTA-MAGICA. AER ARE CAPTURAE!!」

 

 

 先制はネギ。

 

 マスターエヴァの猛烈シゴキによって魔力容量が上がっているのか、何気に精霊の収束度も大きかった。

 何せ牽制なのだから然程の数ではないが、僅か数秒とはいえ茶々丸ですら拘束できる魔法の矢。

 数にして21本の光矢が恰もシャワーが如く老人を襲う。

 

 

 「うむ!

  いいね」

 

 

 だが老人はまるで恐れた風もない。

 

 気に入った芸でも目にして感心した程度。

 彼は毛の先ほども焦りを見せず、迫り来る魔法に対してゆっくりと掌を向けると

 

 

 バシュウウッッ!!

 

 

 光の矢の全ては障壁でもあるかのように防がれてしまった。

 

 

 「弾かれた!!」

 

 「障壁か!?」

 

 『いや、何かにかき消されたように見えたぜ!?』

 

 

 しかし隙は出来た。

 思ったより威力があった事に老人が歓心を見せている間に、ネギ達はステージ客席の最後尾に着地する。まぁ、彼も邪魔をするつもりはないが。

 

 

 「来たで おっさん!!」

 

 「皆を返してください!!」

 

 

 ここに来るまで氣を練っていたのだろう、小太郎の気力はかなり高まっている。

 

 そしてネギも、魔法を使用した直後とは思えないほど魔力が高まっていた。

 何だかんだいってエヴァのシゴキが効いているようである。

 

 

 「ネギ!!」

 

 

 地に足が着いた時には既に戦闘モード。

 

 鍛錬のみとは言え、身体が既に戦い慣れている証拠だろう。

 そんなネギを見て彼の名を口にした明日菜。その顔に浮かぶのは助けに来てくれた事に対する喜色ではなく、ただ心配一色。

 易々とこの老人に負けるとは思ってはいないが、いやな予感が止まらない。

 

 

 「あ、アスナさ……あっ!?」

 

 

 そしてネギは、人質にされている明日菜達を目にし、

 

 

 「アスナさんがまたエッチな事に!?」

 

 

 やっぱりまた勘違いぶっこいた。

 

 

 「 違 —— う っ ! ! 違わないけどっ

  つーか、“また”ってナニよ!!」

 

 

 どうもネギは関西呪術協会本山での一件をまだ疑っているようだ。

 

 

 「ネギくーんっ」

 

 「ネギ先生——」

 

 

 木乃香らは嬉しいのか単純に喜んでいる。

 

 

 「え……? ネギ先生?」

 

 『ふぇ? あ、あの子がそうなんレスか?』

 

 

 そして円はちょっと驚いていた。

 任務で来た筈のナナが顔を知らない理由は知らないが、エヴァの弟子入り試験でネギの強さはおおよそ解っていたつもりではあるが、明らかに危険が伴う状況に年端も行かない少年が飛び込んでくる事が不思議なのかもしれない。

 

 

 「ああ……皆さん……」

 

 

 明日菜は何故か下着姿で両手拘束。

 まどか達はドーム状の何かに裸で捕らえられていて、千鶴と刹那は四肢を拘束されて球状の何かに閉じ込められている。

 そして円は(見た目)全裸で身体を銀色に塗りたくられているではないか。

 

 

 「皆さんまでエッチな事に……」

 

 

 「「「「「「 違 ー(いますっ)う(です)(アル) っ ! ! 」」」」」」

 

 

 ネギは勘違いしっぱなしだった。

 

 当然のように否定の声が上がるのだが耳に入らないのだろう、彼は悔しげに唇をかみ締めて老人を睨みつけている。

 

 

 「あ、あれ? あの子……」

 

 

 後で覚えてなさいよ……とブツブツ呟く明日菜であったが、諦めが入った為に落ち着いたのか、ネギの直後ろに立つ影に気が付いた。

 どこで見たような小柄な子供で、漆黒の髪の上にちょこんと犬の耳のような物が突き出ている。

 こんな特徴的な少年なのだ。流石にまだ記憶から外れてはいない。

 

 

 「確か修学旅行の時の……」

 

 「小太郎君!?」

 

 

 夕映とのどかも、実際に戦いの場で出会っているのだから名前もしっかり覚えている。

 関西での事件で敵側にいたはずの少年、小太郎である。

 何故、麻帆良にいるのか、少なくとも敵ではないようだが……

 

 

 「ちづる姉ちゃん……」

 

 

 そして彼はじっと捕らえられている千鶴を見つめている。

 

 

 「あなたは一体誰なんです!?

  何で皆にこんなエッチな事を!!?」

 

 

 やはり気が急いていたからだろうか、咎めを含んだ声でネギが老人に問う。

 『いい加減、そのネタから離れなさいよーっ!!』という明日菜の叫びや、『ハハハ 若いね少年』という老人のセリフはスルーしよう。

 老人は場の空気を誤魔化す様に軽く咳をしてから真面目な顔に戻してからその問い掛けに答えた。

 

 

 「……いや、手荒な真似をしてすまなかった ネギ君。

  ただ、人質でも取らねば君は全力で戦ってくれないかと思ってね」

 

 

 そう、それだけである。

 いくら自分のような“存在”であろうと、それ以上の非道に走るのは無粋という物。

 だから彼は約束する。

 

 

 「私はただ君たちの実力が知りたいだけだ

 

  私を倒す事が出来たら彼女達は返す。

  条件はそれだけだ——これ以上話す事はない」

 

 「な……っ!?」 

 

 

 しかし思いっきり自分勝手だった。

 言っている言葉だけ抜き出せば正々堂々と言えるが、完全に無関係な人間を巻き込んでいる以上、単なる犯罪である。

 だからネギはその身勝手さに腹を立てつつ、そんな人間の起こした事件に皆を巻き込んでしまった自分の不甲斐無さに腹を立て、

 

 

 「よし 僕が行く」

 

 

 と、真っ直ぐ敵を睨みすえつつ腰を落として身構えたのだった。

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 「けけけ やられてやんの」

 

 「アホかあいつら……」

 

 

 少年と老人の戦い場。

 例のステージを見下ろせる特等席。

 世界樹の太い枝の一つに腰を掛け、エヴァとその従者二人は戦いを見守っていた。

 

 恐れもせずやって来、ネギが一歩前に進み出て身構えたまでは良かったのだが、戦いが始まるより前に何故か助っ人らしい黒髪の少年と口論をおっ始め、その隙に老人の配下らしい三匹のスライムに初撃を喰らってしまったのである。

 当然ながらネギを鍛えているエヴァと零は呆れたり笑ったり。完全に見物モードだ。

 茶々丸だけが彼を心配しているのかオロオロと落ち着かない。

 

 

 「−ああ……ネギ先生……」

 

 「落ち着け、妹よ」

 

 

 そう零が促すも、やはり茶々丸はわたわたし続けている。

 そんな姉妹の様子を苦笑するエヴァであるが、視線はネギの戦いから逸らせていない。

 

 身体強化への魔力供給は横島なんぞ話にもならないくらい高いし、古の手によって鍛えられている中国拳法とのかね合わせもまずまずだ。

 現に初撃こそとられはしたが、ザコとはいえスライムの攻撃を意外なほどあっさりと退けているし。

 

 が、冷静さを欠いているからか やたら隙が多いのは頂けない。

 

 何せ相手は軟体の魔物であるスライム。斬撃よりはマシであろうが打撃などほとんど効かない。

 そんなのを相手に正攻法…それも打撃戦に持ち込んでいる時点で大減点だ。

 魔法を使って焼き払うなり、凍らせるなりしないかぎり何度でも立ち上がってくるというのに。

 

 無論、普段のネギ達ならもっとマシなのであるが…まぁ、実戦経験の低さや年齢的な弱さはどうしようもないという事だろう。

 

 おまけに……何故かターゲットを切り替えて老人に向かってダッシュしてたりする。

 

 

 「何でだ?」

 

 「おそらく決定打に欠けるからだろうな。

  ぼーやの得意な魔法は風系と雷系だから、まずはあのジジイからにしたんだろ」

 

 「何だそりゃ?

  RPGとかで攻撃相手間違えた時のパターンじゃねーか」

 

 「だな」

 

 

 強敵と戦うのには先に数を減らすのが得策。中ボスクラス以降の戦いでの定石だ。

 無論 例外はあるが、スライム達は使い魔のポジションにいるので主を無視するとは思えない。

 現にスライムトリオが妨害にかかっいる。

 しかしそれは小太郎が分身を使って阻んだ。

 

 

 「……ほう?」

 

 

 即席のコンビではあるが、連携は意外に出来ている。

 打ち合わせの暇なんぞ無かったのに、これだけできれば上等な方か。

 

 とはいえ、これは戦力の分断だ。

 スライムと老人に分けたのではなく、ネギと小太郎を分けさせられた(、、、、、、、)のだから。

 引っ掛けられている事に気付く間も無く、ネギは練習用の杖をふるって一瞬で魔法を発動させた。

 『魔法の射手』を無詠唱で唱えたのである。

 

 

 「ま、目くらまし程度なら一本で上等か……」

 

 

 防がれる事が前提。

 本命はその後。

 馬鹿の一つ覚えのように繰り返されている体捌きの鍛錬。

 それによって身に刻み込まれている動きで持って老人の死角を潜り抜けて背後に回る。

 

 

 「僕達の勝ちです」

 

 

 そう手に持った何かを前に突き出し、短いワードを口にした。

 

 

 「LAGENA SIGNATORIA」

 

 

 封魔の瓶——

 霊格が高い存在は、例えその身を破壊されても滅ぼされはしない。

 普通の人間(、、、、、)がそういった脅威を退けるには何かに封印する他無い。

 何処から持ってきたのか不明であるが、ネギはその小瓶を取り出し、老人を封印すべくワードを唱えたのである。

 

 が……

 

 

 キィイイイイイ……

 

 「ひゃっ あぁああああっっ!!」

 

 「アスナさん!?」

 

 

 囚われている明日菜の胸元が輝いたかと思うと、空に浮かんでいた小瓶の呪式が停止。

 起動を始めた封印魔法がキャンセルされて地面に落下してしまった。

 

 

 

 

 

 「ああ、やはりな……

  神楽坂明日菜だけ別けていたから何かあると思っていたが……」

 

 

 もう少し牽制なりすれば解ったかもしれないが、ネギの魔法を防いでいたのは魔法抵抗などではなくキャンセルだ。

 そしてそのつど明日菜の胸元が光っていたのだから無関係であるはずが無い。

 

 となると幾つか手段は考えられる。

 

 呪いのような方法でもって身代わりにさせるというのもあるだろう。

 明日菜の首に何だか珍妙なペンダントが掛けられているのだが……それではないだろうか?

 単純だが手早くてよい手段と言えよう。

 

 しかしそれよりも——

 

 

 「しかし魔法無効化能力か……

  だろうな。でなければ私に蹴りなど入れられるはずも無いか」

 

 

 極めて希少であり、極めて危険な能力だ。

 見たところ放出系の魔法くらいにしか効いていないようだが、使いこなせれば特定の魔法を任意に破壊する事も可能になるかもしれない。

 封印や儀式破壊も可能だろう。

 

 尤も、今は手近にもっとシャレにならない力を持つ者がいるからそんなに驚きは無い。

 

 

 「大体、あのジジイが詠春の娘と同居させた上、ぼーやまで入れているのだからな。

  何かあるとは思っていたが……どこで拾ってきたんだ? あの小娘」

 

 

 確か身元引受人は……タカミチだったか?

 等と、今更な事を考えている内に状況は一変した。

 

 

 「ネ、ネギぃっ!!」

 

 

 魔法が効かない。

 小太郎の放った気弾まで消去され、二人が怯んだ隙に老人が遊びは終わりとばかりに詰に入りだしたのである。

 

 

 「は、言ってくれる……

  自分は魔の波動を放っている癖に相手には拳で語れと? ふざけた奴だ」

 

 

 人の事言えんか? と零は思ったが口には出さなかった。

 無論、自発的に動くつもりはないのだろう、幹に腰を掛けて足をぶらつかせながらネギがボコボコにされてゆくのを気楽に見物している零。

 殴り飛ばされるたびに反射的に顔を隠し、オロオロしている茶々丸とは大違いである。

 

 

 「妹よ 落ち着け」

 

 「−でも、ネギ先生が……あぁ……」

 

 

 レンズ洗浄液でセンサーアイまで潤ませているのだから、人間で言うところの半泣き状態なのだろう。

 横島の情報を少しでも漏らさないよう、茶々丸は彼の休息時以外は距離を置かせている。

 そうなると必然的に茶々丸はネギにかかり切りとなって接点が増えている。その接点の多さ故だろう、かなり入れ込んでいるようなのだ。

 そんな自分の妹に苦笑し、座らせて落ち着かせようとするが……やはり上手くいかない。

 思わず腰を浮かしたり身をよじったり。以前とは大違いである。人の事は言えないが。

 

 

 「まぁ、待て。あのガキの底のデカさはご主人から聞いて知ってるだろう?

  このままでは終わらんだろうよ」

 

 「−でも……」

 

 「見てろって、色んな意味で何か起こるさ。

  最悪でも……」

 

 「−姉さん?」

 「あ、いや……多分、何か(、、)が起こるだろうからな。

  少なくとも死にゃあしねぇよ」

 

 「−姉…さん?」

 

 

 

 あのガキがあぶなくなったら——どっかのバカ(、、、、、、)がどうにかしちまうさ。

 

 

 

 

 

 

 「君は——

 

  何の為に戦うのかね?」

 

 

 全力で戦っていたと言うのに、手も足も出ない状況。

 

 その途中で疲れたように手を止め、いきなり語り出した老人。

 

 

 「な……何の為?」

 

 

 急にそんな事を言われてもどう反応してよいのか困る。

 自分が魔法を学び続けていた理由は確かにあるが、それと今の状況は関係あるまい。

 

 

 「小太郎君を見たまえ。実に楽しそうに戦う。

 

  君が戦うのは仲間の為かね?

 

  くだらない実にくだらないぞネギ君。期待はずれだ」

 

 

 表情のわからない顔で淡々と諭すように言い続ける。

 

 今とは無関係なはずなのに、

 

 明日菜達を助けたいと言う気持ちは本物なのに、

 

 何故か彼の言葉が心に突き刺さってゆく。

 

 

 「戦う理由は常に自分だけのものだよ。そうでなければいけない。

  『怒り』『憎しみ』『復讐心』等は特にいい。誰もが全霊で戦える。

  或いはもう少し健全に言って『強くなる喜び』でもいいね。

  そうでなくては戦いは面白くない」

 

 

 

 

 

 

 「ほう? 雑魚にしては良い事を言うではないか」

 

 「全くだぜ」

 

 

 その言葉に感心し、ウンウンと頷いて肯定する主と従者。

 もう一人の従者はネギを思いやって無言で見つめている。

 

 

 老人は言う。

 

 責任感や義務感。

 そんなものを糧にしても決して本気にはなれないと——

 

 

 確かにその通りである。

 

 それは単に気が急いている事が形を変えて飛び出すだけで本気の力とは言えまい。

 

 それだけではない。常に背後や弱き物が枷となって足を引張って本物の力も出せまい。

 

 それは理であり、世の倣いでもある。

 

 

 

 

 と、頷いていた事だろう。この間までであれば——

 

 

 

 「ちょっと違げーんだよな。これが……」

 

 「−姉さん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ちょと……違うアルな」

 

 

 溜息を吐く様な声。

 少女らを捕らえている水の檻の中、古がボソリと小さく呟いていた。

 

 

 「え? くーふぇ……?」

 

 

 その呟きにのどかが反応する。

 僅かに苦笑しているようだが、その顔は今まで見た事が無いくらい大人っぽく見えた。

 

 

 古は想う——

 

 責任で戦うという事は、自分の名誉が主題だと感じてしまう。

 

 義務で戦うという事は、その中に守りたいという想いが殆ど見当たらない。

 

 それで戦うのは確かにおかしい。いや、そもそも例に挙げる方が変である。

 

 ネギが求める強さは、

 そして自分の向こうにある強さは そんな想いのカケラも無いモンじゃあ全然届かない。

 その向こうの強さ(、、、、、、)には、そこに進めるだけの強い意志と強い意味(、、)と持っていなければ届かない。

 

 現にかの男(、、、)の戦いは、ぱっと見た目は確かにみっともない。

 自分の為だったら逃げる事しか考えず、戦い以前に勝負が大嫌いなヘタレ。

 本当なら鍛錬だって好きじゃないし、自分より優れた者と出会ったら妬んで泣くようなスカタン。

 物凄いこき下ろした印象であるが、悲しいかな間違っていない。

 

 だがしかし、ボロクソに言っている男を、

 そんな彼を想う時の古の顔は不思議と誇らしげだった。

 

 何せその男、誰かを助ける時は身体が震えても心が退く事は無い。

 誰かが泣いてたら必死になってそこに駆けつけ、砕けそうなのに何故かひびすら入らない不壊の盾となる。

 普段がビビリのヘタレの癖に、背後に守るべき者がいれば、相手がどれだけ強大だろうと凄まじい牙を見せる。

 古の(、、)老師は、誇示する力は示す事ができない。

 出来たとても大した事は無いだろうし、どうせ勘違い的にみっともないだろう。

 

 しかしその代わり彼は、誰かの為だったら出来ない事は……いや、不可能なぞないのだ。

 

 少なくとも“彼”は——

 自分が師として、一人の男性として接している彼は、

 

 自分の事以外の理由で戦っている時は無敵なのである。

 

 くだらない理屈を並べ立てる者が、

 それっぽい理由を並べ立てる者が、

 

 誰かの為に立ち塞がっている時の彼に勝てるとは塵ほども思えない。

 

 

 「そんなジジイの戯言に耳を貸してはいけないアル!!」

 

 

 「む……?」

 

 「く、古師匠?」

 

 

 同級生らと共にエサにされたとはいえ、ネギの戦い。

 早々口を出すつもりは無かった。

 

 だが、色々と“彼”の事を考えてゆくと老人に対する憤りによってテンションが上がり、我慢し切れなくなってしまったのである。

 

 

 「そのジジイが言てるのと今戦っている理由は別問題アル!

  このかや本屋ちゃんを助けるのに理由がいるアルか!?」

 

 

 というより、下手な理由なんかつけられる方がイヤである。

 その点、老師は簡単だ。

 

 『美女美少女助けるのに何の理由がいるんじゃ ボケ!!』

 

 或いは、

 

 『勝手に身体が動いたんだからしょーがねぇだろが!!』

 

 ——だ。実にシンプルで、実に考えなし。

 そして、実に底抜けな力強さを表してくれる。

 

 

 「忘れてはいけないアル!! ネギ坊主は私の弟子!! そして老師の弟子アル!!

  自分だけ(、、、、)なんて理由では一ミリだて老師に近寄れないアル!!」

 

 「古師匠……」

 

 

 ネギは覚えている。

 

 あの試験の晩、どう肉体強化を施し、どう加速しても手も足も出なかった。

 

 全ての攻撃がかわされ、流され、返され続けた。

 

 もし一撃でも入れられていたら、いや古師匠によるところの避けられない本気の一撃を喰らえば、エヴァですらただではすまないとの事。

 

 この間もこってり怒られたが、誰かを巻き込んだり被害を広げたりする事を由としない……いや、許してくれない。

 

 それだけ他者を想い、根性で救いに来る強さを押し上げている理由に、自分がほとんど入っていないのだという。

 

 そんな彼は、老人の言う本気に当てはまらない。

 いや、老人言う本気程度では彼に追いつけない。

 そう古は言っているのである。

 

 

 「ぼ、僕は……」

 

 

 ——しかし、実のところネギには難しい叱咤だった。

 元々ネギは考え込み過ぎる性格である為、両極端な意見を言われると直に答えられなくなるのである。

 

 そんなネギの様子を見、老人は肩を落として溜息を吐いた。

 

 

 「……やれやれ……無粋ではないかね?

  折角、男同士で拳の語らいをしているのに」

 

 

 「ナニが拳の語らいよっ!!」

 

 「魔法使えなくして殴り合いをさせる時点でフェアではないです!!」

 

 

 余りに身勝手なボヤキを零す老人に対して、少女らは非難轟々。当然だろう。

 だが、そんな喧騒も耳に入らないのか、老人は被っていた帽子で一度顔を隠し、

 

 

 「……仕方ないね。少し強引だがやる気を出せてあげようか 」

 

 

 その“素顔”を見せつつそう言った。

 

 

 

 

 

 「え……?」

 

 

 

 

 

 ドクンッ とネギの心臓が跳ねる。 

 

 

 「おお いい顔だね。

  やる気が出てくれたようでなによりだ」

 

 

 心臓の鼓動がドクドクと煩い。

 

 耳を殴りつけるように響いてくる。

 

 身体はカッと熱くなってゆくのに、頭は氷のように冷えてゆく。

 

 

 「いや、今時『ワシが悪魔じゃー』と出て行っても若い者に笑われたりするからねぇ」

 

 

 忘れようにも忘れられない。

 

 消えてほしくとも消えてくれない。

 

 

 「あ、あなたは……」

 

 

 

 拭い去れない悪夢——

 

 

 

 「そうだ。

  君の仇だネギ君」

 

 

 

 あの雪の日、

 

 村の皆や、スタンを石に変えた悪魔が、

 

 

 ヴィルヘルム=ヨーゼフ=フォン=ヘルマンという名の伯爵クラス悪魔が——

 

 

 

 

                ——そこにいた。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 「ありゃ? あいつ悪魔かよ」

 

 「気付くのが遅いぞ零」

 

 

 やや前に乗り出し、ちょっと驚きを見せる零。

 学園結界に繋がっているからこそエヴァは最初から解っていたのであるが、零の方は人間ではないとしか解っていなかった。

 まぁ、確かに伯爵クラスと遭う可能性は低い。

 かなり昔やり合った事もあるが、従者である零が解り難いのも当然だろう。

 

 

 「−マスター。ネギ先生の援護に……」

 

 「無用だ」

 

 

 流石に相手が悪い。

 そう判断をした茶々丸が提言したがにべも無かった。

 

 

 「−しかし、あの者の内包魔力から中級以下の可能性は34%未満。

  53%以上の確率で上級悪魔と判断されます。

  流石にネギ先生では荷が重いと……」

 

 「落ち着けって」

 

 

 表情こそ冷静そうであるが、その身体はオロオロあたふた。実に顕著に焦って飛び出そうとしている事が解る。

 

 

 「だから落ち着け、妹よ」

 

 「−しかし……」

 

 

 ったく、しょーがねぇなぁと苦笑する。

 前以上に表情が豊かになっているのは間違いなくあのガキと一緒にいる所為だろう。その気持ちは良く解るし、妹の成長はほほえましい。

 

 だが、だからといってここまで取り乱すのはいただけない。

 

 

 「落ち着けって言ったろ?

  お前も解ってるはずだろーが。あのガキの潜在力が並外れてるって」

 

 「−それは……あっ」

 

 「ん? へぇ〜」

 

 

 ちょっと場から目を離した隙間。ほんの一瞬。

 

 その刹那の間に、『爆弾』が湧いていた。

 

 

 

 

 

 

 姿が消える。

 いや、消えたと思った瞬間、その身体はヘルマンの直前に出現し、ヘルマンの腹部を殴りつけその身体を突き上げた。

 

 

 「ぐぉッッ!?」

 

 

 流石に驚いたがそれでもまだその小さな影の動きは止まらない。

 放った矢を追って駆ける……という与太話を実践するかのように、突き上げたヘルマンを影が追う。

 

 

 ズガガガガガガガッ!!

 

 

 ラッシュ。

 拳が掌底が、ヘルマンの腹部を乱打する。

 

 空中で身をひねり、抉り込む様に肘を入れ、蹴る。

 

 

 「ぐむ…っ!?」

 

 

 流石のヘルマンもその変貌に防御が追いついていない。意識が驚きに喰われ、対処し切れなかったようだ。

 

 

 

 「ほぉ? 魔力を暴走させたか……

  くくく 面白いな」

 

 「へー 結構やるじゃねーか。アイツ」

 

 

 しかしその暴走具合もエヴァにとっては良い肴なのだろう。

 狂乱状態のネギを見て笑すら浮かばせている。

 

 元々ネギの最大魔力は膨大である。

 この年齢で……いや、そこらの魔法使いレベルではこの魔力には手が届くまい。

 ただネギに足りないのは使いこなせられるだけの技量。

 それ故に効率が悪く、ちょっと魔法を使えばタンクが直に空っぽになって気を失うほど。

 

 それでもその莫大な魔力は着実に増え続けており、くすぶり続けてもいる。

 それを一気に開放させれば、圧力弁の蓋を開けたようなものなのだからその能力は爆発的に膨れ上がるだろう。

 何せ自分もそれで負かされたのだから。

 

 だが……

 

 

 「如何せん、ただの暴走では撃ち合い以外では勝てんぞ?

  まぁ、そこらが次の課題だな」

 

 「だな。

  ま、頑張った方か……

  褒美に次のシゴキん時は可愛がってやるか」

 

 

 零はそう言って主に同意し、けけけと笑う。

 ネギの潜在力も見えたし、“向こう”の裏の繋がりもおぼろげながらも掴めた。

 

 

 「そろそろ幕か……

  さあ、何をしてくれる? 我が下僕(ピエロ)よ……」

 

 「−マスター?」

 

 

 そう言ってニタリと笑いながら空を見上げるエヴァ。

 その仕草を見、茶々丸がいぶかしげに視線を追うと……

 

 

 「−……? あれは!?」

 

 

 戦いの舞台の真上。

 

 そこに何かが——いる。

 

 

 

 「ははっ 始まるか」

 

 

 

 

 

 

 

 それと同時に、下方に意識を向けていた零が、

 

                     そう楽しげに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『あー……

  ま、がんばったよーだけド、ありゃあもうダメだナ』

 

 『ふぇ!? ど、どういうことレスか!?』

 

 

 見た目にはネギが圧倒している。

 確かに力“だけ”なら大した物だ。

 だが、相手はモグラ叩きのモグラではない。

 

 今こそ『殴られてくれている』のだが、相手は“的”ではなく“敵”なのだ。如何に破壊力があろうと、ハンマーを振り回すような大雑把な攻撃が何時までも通用する訳が無いのである。

 

 

 「攻撃力が上がてるだけで、戦闘能力が上がてるワケではないアル!!

  力だけで勝てる相手ではないアルよ!!」

 

 

 戦いをよく知る古は流石によく解っているようだ。

 だが、解っているだけでは意味がない。教えようにもあそこまで意識が飛んでいる今のネギには声が届かない。

 

 

 「く……あの晩の老師と同じアルか!?」

 

 

 尤も、横島の場合は戦闘力も上がっているので負ける心配は無いかもしれない。

 あの状態が良かったかと問われれば激しく否定するが。

 

 しかしネギの方は、あの時の横島に比べて圧倒的に劣っている。

 敵を殺す事に超効率的になっていた横島と違い、ネギの暴走は完全な力任せの力押しのみで“目的”が抜けているのだから。

 力のみの暴走なので動きが真っ直ぐで荒すぎる上、身体に掛けている負担は計り知れないし息切れも当然早い。悪いところばかりなのである。

 

 

 『そ、そんな……お姉サマ、どうにかならないんレスか!?』

 

 『……ムリ』

 

 

 わたわたと(円の身体で)慌てるナナであるが、ぷりんの言葉はにべも無い。

 あまりに端的に否定され、『そんなぁ……』と(円の身体で)膝を突いて崩れ落ちるナナ。

 そんな甘い妹分にソフト過ぎる肩を竦め、あめ子は優しく諭す。

 

 

 『残念ですが諦めてくだサイ。

  私達はジジ……伯爵と共に使役されてこの世にいる身ですヨ? 命令には逆らえまセン』

 

 『でも、でもぉ……』

 

 

 会った時から思っていた事であるが、この妹分は優し過ぎる。いや、考え方が人間に近すぎるのだ。

 ランク的には自分らより下であるが、魔法防御力は尋常では無いほど高く、何だか知らないが異様に頑丈なのに、内包魔力が異様に低い上に魔の匂いも薄過ぎる。

 余りにもちぐはぐな存在。それが彼女だった。 

 

 出会った時から薄々感じていた事であるが、ひょっとしたらこの娘は魔物なんかじゃなくて……

 

 

 

 そんなやり取りを他所に、円は深い混乱の中に置かれていた。

 

 ただでさえナナと横島の邂逅を見て頭がぐちゃぐちゃだったのに、その直後に攫われて落ち着く暇も無い。

 

 いや、確かに一見落ち着いたように見えてはいるが、その実、まだ頭がこんがらがっていたと言って良いだろう。

 木乃香やナナに説明を受けたとはいえ、完全に受け入れられたとは言い難かった。

 

 しかしそれでも解る事はある。

 

 あの日曜の夜の様子からして、ネギ先生は本気で強くなろうとしている。

 皆から聞いた話によると、強くなる為にアレからずっとエヴァに鍛えて続けてもらっているらしい。

 

 そして鍛える理由は、こういった手合いと戦って負けない為。

 理由こそ濁されたが、それでも無茶をしていた訳は何となく理解できた。

 

 そしてこの現状からして、(ナナは兎も角)自分らを攫ったナニかはネギ先生の敵のようだ。

 いや、あの老人の変身した姿からして悪魔だろう。ネギが我を失った様子と、木乃香らの言葉から仇のようなものなのだろう。

 

 だけどそんな事は関係ない。

 

 何事にも一生懸命なあの先生が、

 自分達の担任の、子供先生の危機なのだ。

 それ以上の、それ以外の大事が他にあろうか。

 

 

 「ネ、ネギーっ!!」

 

 「ネギくぅーんっ!!」

 

 「ネギ坊主ーっ!!」

 

 

 円はナナの所為で頭が上げられない。いや、例え身体の自由が戻っていようと見ていられまい。

 級友達の悲痛な声だけでネギの様子が想像できるのだから。

 

 

 「何で……何でネギ先生が……」

 

 『ひっぐ、ひっぐ……ごめんなさい、ごめんなさいレスぅ……』

 

 

 泣いている。

 

 攫ってきたはずのモノが、

 犯人側のモノが、犯した罪の意識に苛まれて泣き続けている。

 

 だから円は余計に腹が立つ。

 

 湧いてくる怒りが、理不尽な目に合わされている憤りを向ける場を見失って。

 

 泣かないでよ!!

 泣かないで私達を、ネギ先生を嘲笑ってよ!!

 だったら憎めるのに!! だったら嫌えるのに!!

 散々罵ってやれるのに……っっ!!!

 

 だけど円は理解してしまっている。

 

 話している内に理解してしまっている。

 自分を拘束しているこの娘は向こう側にいると言うだけでただの女の子(、、、、、、)

 見た目はかなり変わっているけど、その中身はただの小さな女の子(、、、、、、、、、)なのである。

 だから憎む事も嫌う事も出来ず、ただネギ先生の危機に二人して震える事しか出来ない。

 

 

 「くぅ……っ」

 

 

 悔しい。

 無力な自分が。

 

 悔しい悔しい。

 こんな事で泣かされる事が。

 

 その強さを知っている古や刹那すら捕まっているくらいだ、自分らでは盾にすらなれないだろう。

 だから余計に無力さを思い知らされる。

 

 

 「……誰か……」

 

 

 割と気が強い事で知られている円は、

 

 

 『誰かネギ先生を……』

 

 

 初めて、

 

 

 ——ネギ先生を、皆を……助けてよ……

 

 

 初めて助けを求めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……悪い予感がするアル」

 

 「ち、ちょっと!!」

 

 「何縁起でもない事言うですかーっ!!」

 

 

 ポツリと呟かれた古の言葉に皆が吠える。

 その剣幕もあったが、古は慌てて手を振って否定した。

 

 

 「ち、違うアルよ!!

  私はただ、誰かが助けに来るよーな気がして……」

 

 「それのどこが悪い予感ですか!?」

 

 「そ、それはそーアルが……」

 

 

 そう。かかる現状なら別に悪い事ではなかろう。

 どちらかと言うと……いや、間違いなく良い事であるのだから。

 だが古には……いや、だからこそ(、、、、、)古には悪い予感がしていたのである。

 

 

 『あ〜……

  何と言うか……あのシネマ村の時のよーな……』

 

 

 刹那らの危機に心から救いを求めた時、あの人が文字通り飛んで来てくれた時と似たよーな感触があるのである。

 それが何で悪い予感に繋がるのかが不明なのであるが。

 

 

 

 「ム……!?」

 

 「ああっ、ネギせんせーっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 「残念だよ……この一時が終わってしまうのがね……」

 

 「くっ!! ネギぃーっ!!!」

 

 

 攻撃の全てが大振りの為、一度攻撃すれば距離が開き過ぎてしまう。

 そのテンポも数度打ち合えばわかってしまう程度。実に他愛無い。

 だから直にヘルマンに迎撃が取れない間合いを持たれてしまった。

 

 口の中に魔力が篭る。

 間違いなくネギの攻撃より早く、ヘルマンの攻撃が……全てを石に変える魔光が浴びせられるだろう。

 

 もったいない。こんなに輝く原石なのに。

 もったいない。こんなに楽しい一時だったのに。

 

 ネギを救わんと小太郎が飛ぶが今一歩間に合うまい。

 

 嗚呼——未来が楽しみな原石を二つも潰してしまうのか。

 その事が何より悲しく、何よりも惜しかった。

 

 だが……その美しい原石がくだけるのもまた一興!!

 

 

 「終わりだ少年」

 

 

 「っ!!??」

 

 「ネギーっ!!!!!」

 

 

 叫んだのは小太郎か明日菜か。

 伸ばすその手は届かない。

 

 

 

 普通なら間に合わない。

 

 普通なら助からないとそんな状況だったが——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——え?」

 

 

 ——何時の間からだったのか定かではないが、この場に甲高い笛の音のような音が響いていた。

 

 その音色は振動を伴い、スライムらの身体や銀色の少女の身を震わせている。

 

 直に振動が伝わるからか、円にははっきりとその振動が伝わっていた。

 それに彼女は音楽をやっているからか音感もある。

 だからその音が楽器のような乾燥したものではなく、

 

 

 「く、口笛?」

 

 

 のようなイキモノが出した音だと気付いていた。

 しかし当然、それは口笛ではない。

 

 

 『ぐす… これ、鹿さんの声レス』

 

 「え?」

 

 

 森に隠れ潜んでいたナナは、それが鹿の鳴き声であると気が付いた。

 だがこんな街中に、こんな場所で鹿の声が——?

 

 

 その時、何故か円の頭をバンダナをつけた青年の顔が過ぎった。

 

 

 

 

 

 

 

 舞台の上。

 

 天蓋のようなデザインの屋根のところから見下ろすようにそれは——いた。

 

 

 それは白い獣。

 

 それは白き精霊。

 

 天然自然より生まれ出でし山の精霊の集合体。

 

 雄々しい大きな角を持つ、幻想の大鹿。角のある白い雌鹿。

 

 その大鹿が空に訴えている。

 

 鹿特有の笛のような声をあげて空に、天然自然に訴えかけている。

 主の命ではなく、主の願い(、、)により、声を放ってその力を解き放ち、

 虎落(もがり)笛の様に甲高く、それでいて温かく、絶対的な自然の力で持って雲に訴える。

 

 間違っていると——

 

 今、夜の光を曇らせる事は悪しき事に他ならないと。

 天然自然の力ある声に応え、暗雲は引き千切られ退(しりぞ)き、ついには月光を舞台に落とす。

 

 

 暗雲で暗く彩られた舞台は——ほんの瞬きの間に月光で明るく塗り替えられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「 ブ ラ ボ ー 参 上 ! ! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、ヘルマンの耳に珍妙な声が響いてきた。

 

 その声は小さく、遠く、誰が発した物かも定かではない。

 

 しかし、その声に気付いて出所を探すより前に、奇怪な事に気付いてしまう。

 

 

 「ムッ!?」

 

 

 その異常——

 それに気付いたのはネギから僅かに意識が逸れた為か、ありえない現象に動きが鈍る。

 

 何時の間にか雨が止んでいた。

 

 そして自分の身体を月光が撫でている。

 

 ハッとして上を向くと、何とこの戦いの場の真上だけ雲が丸く晴れ、大きく欠けた月が夜空で顔を見せているではないか。

 

 

 ——そして月をバックに何かが飛んで来る。

 

 

 

 「けっ!!」

 

 「ヌッ?!」

 

 

 それに気をとられた隙に、小太郎がネギを掻っ攫った。

 

 慌てて追撃のように魔光を吐くがやはり外れ。

 ネギを抱えているとはいえ流石は小太郎、地に付いた瞬間に横に跳び見事にかわしている。

 

 しかし、上空から迫るモノから距離が開いているとはいえ、意識を別に向けるのはいただけない。

 

 

 ——絶対に無視してはいけない相手だというのに。

 

 

 

 

 「 彗 星 ベ ラ ボ ー 脚 ! ! 」

 

  ど ず む っ ! !

 

 

 何と“それ”の身体が到着するより前に足が飛んできて、翼と翼の間、人間で言うところの肩甲骨の辺りに突き刺さった。

 

 

 「 が っ ! ! ? ? 」

 

 

 いや、足が伸びてヘルマンを蹴り落としたと言った方が良いだろう。地面に叩き落すかのように足(?)がめり込んだのだから。

 

 正確に言えば、エメラルドグリーンの光に包まれていた足のその光だけが伸びたのだが。

 

 

 『マ、マジ!?』

 

 『!!?』

 

 『伯爵!?』

 

 

 『ふ、ふぇえっ!!??』

 

 

 流石にあの悪魔モードに入っていた伯爵が大地に思いっきり叩きつけられたらスライムたちも驚いた。

 背面から蹴たぐられた訳であるが、落ちぶれたとはいえヘルマンのランクは伯爵。

 その伯爵に魔力を一切感じない、たった一発の蹴りであそこまでダメージ入れられるなんて思いもよらなかった。

 

 

 ナナが驚いて身体を起こした為、必然的に円も面を上げてそれを見た。

 

 明日菜や木乃香らと共にそいつを見た。

 

 空に浮いていた悪魔を蹴り落とし、その反動で加速を殺して地に降り立った影一つ。

 

 

 悲劇と悲壮を踏み躙り、

 

 死闘の彩りすらも塗り潰し、

 

 

 あらゆるモノを破壊し、破戒し尽くすモノ——

 

 

 

 「な、何……あの人……」

 

 

 

 呆然とする少女ら他所に、古は一人苦笑した。

 

 正に苦く、そして喜びの笑みで。

 

 

 ああ、やぱり来てくれたアルなぁ……と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

           ——そしてまた、破壊(Ruin)が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 



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後編

 

 

 

    ドッ!!

 

 

       ズズズズズ……

 

 

  ド シ ャ ! ! 

 

 

 

 緊急事態ではあるが結構な高さから叩きつけられた挙句、追撃の光が届く前に真横にかっ飛んでかわした二人。

 石化の光を避ける為とはいえ、かなり乱暴な方法であるが、幸いにも二人は氣と魔力によって強化がなされているので然程のダメージはない。

 

 

 「痛つ……」

 

 

 とはいえ、受身を考える暇も無かった為、小太郎は少々額を切ってしまっていた。

 

 しかしネギの方はほぼ無傷。

 小太郎に叩きつけられる形となっていたのであるが、暴走していた魔力が注ぎ込まれて肉体が強化されていたお陰だろう。

 どちらかと言うと、

 

 

 「あ、あああ……」

 

 

 精神のダメージの方が大きいようだ。

 

 握り潰さんばかりに強く握り締められていた己の手を開き、呆然として掌を見詰めている。

 何かに恐れるかのようにわなわなと身体を震わせて。

 つまりはそれほどのショックだったのだろう。

 

 ——いや、悪魔と戦った事や、小太郎に助けられた事にではない。

 

 感情が白く塗りつぶされたとはいえ、自分が初めて持ってしまった感情の行き場を——生れて初めて起こしてしまった感情の暴走。

 それを持て余していたのである。

 

 

 「ネギ……」

 

 

 そんなネギの混乱を知ってか知らずか、小太郎はゆっくりと身を起こして声を掛けた。

 

 後先考えずネギを空中で引っ攫った為に上手く受身がとれず、地面にネギを庇ったまま激突していたのである。

 無論、氣で強化していたので然程のダメージは無かったのであるが。

 

 そんな彼の動きにすら反応せず、まるで血で汚れている錯覚をしているかのように我が見つめて震えているネギ。

 

 小太郎はネギの側に歩み寄り、その右腕を振り上げ、

 

 

 「この…… ア ホ か —— っ ! ! ! 」

 

 ポギャンッ!!

 

 「へぷっ」

 

 

 ネギの頭におもいっきり拳骨を入れた。

 

 

 「こ、こここ小太郎君!?」

 

 「だーホっ!! ニワトリかおんどれは!!

  ボケが!! あんな闇雲に突っ込んでったら返り討ち喰らうんは当たり前やろが!!」

 

 「う、うう……」

 

 

 言葉も無い。

 

 

 「確かにお前の魔力の底力がスゴイんは解ったわっ!!

  解ったけどな、今の戦いは最低や!!

  周りも見えてへんし、結局決め手も入れてへん!!

  あんな力押し、オレでも勝てるわ!!」

 

 

 小太郎の怒っている通り、どれだけ破壊力が上がろうと力だけの突撃など、実力者相手なら無意味な行為に過ぎないのだ。

 体の良い的になるのが落ちだろう。

 

 仮にもネギは一度でも自分に勝った。

 小太郎は、そんなライバルと認めた男が迂闊な行為に走るのは我慢ならないのである。

 

 まぁ、戦いの中で見出した友人として見ている節もあるのだが……無自覚のようだから由としよう。

 

 

 

 

 「……その通りだ少年」

 

 

 

 不意に掛けられた言葉に、二人は驚いて身構えた。

 確かに危機は脱したとはいえ、敵はまだいるのだ。油断していた訳ではないが失念していた事は否めない。

 

 ……が、声をかけて来たのはあの老人ではなく、闖入者の方だった。

 

 

 「仇に挑発されてキれるのは、ぶっちゃけ人の事言えんから説教できんが……

 

  人質無視して暴走してのドツキ合いたぁどういう了見だ?

  マジに美少女救う気あんのか?」

 

 

 「え、え〜と…?」

 

 

 ——更にはイキナリ説教まで始められるし。

 少年らが混乱するのも仕方のない話である。

 

 おまけに、この闖入者の説教……何だか方向が違う。

 

 何せ微妙どころか小太郎の話と殆ど被っていない。

 いや、戦いより何より気にしているベクトルが違うのだからしょうがない…か?

 

 

 「それに相手の事が何一つ解っとらんのに、突撃かましてどーすんだ?

 

  そりゃ威力偵察の暇もなかったんは解るけど……

  それやったらせめて先に人質の居場所探すくらいの事はやっとかんかいっ!!!」

 

 「う……」

 

 

 コッコッと靴音を立てつつ、正論をかましたそいつが土煙の向こうから姿を現す。

 それなり以上の危機だったわけで、結果的にネギも救われた訳だから礼の一つを言わなければならないだろうし、文句言われたのだから多少は言い返しもしたかったのであるが……何せ言ってる事に間違いがないものだから何も言い返せない。

 

 いや、確かにそれもある。それもあるのだが……一番の問題はその相手の姿にあった。

 

 ネギもそして小太郎もその姿を見た瞬間に固まってしまっていたのだ。

 

 何せそいつ、怪しい。

 怪しいにも程があり過ぎる。

 

 ネギは修学旅行中にこんな感じ(、、、、、)の怪人物に何度も助けられているのであるが、別に見慣れてる訳ではないので混乱は大きい。

 初見の小太郎が固まるのも無理は無いだろう。

 

 だが怪人物は少年二人が唖然……というか、ぽっか〜〜んっとしている事に首を傾げた。

 うん? 言ってる事が解らなかったのか? である。

 感覚がズレているのか自分の姿が珍妙なのに気付いていないのか、或いは両方か。

 

 兎も角、何時までも固まっていては話にならない。

 

 その怪人物は何とか正気に返そうと口を開きかけたその時、ガラガラと重そうな音を響かせて地面に叩きつけられていたヘルマンが瓦礫の中から立ち上がった。

 

 

 「ふん……やっぱり生きてやがるか……

  まぁ、悪魔って話やからアレで倒せるとは思って……ムッ!?」

 

 

 魔力の消費を抑える為だろうか、何故か人間の姿に戻って瓦礫の中から出てきたヘルマンの姿を見て、怪人の言葉が止まる。

 

 

 「く……何だ今の攻撃は……?

  氣でもましてや魔法でもない……しかしこの全身に走る衝撃は一体……?

  カグラザカアスナ嬢の障壁すら効かないとは……ヌッ!?」

 

 

 そしてヘルマンは初めて自分に攻撃を仕掛けた相手を目にし、言葉が止まった。

 

 

 『何だコイツ……

  黒い上下に黒い外套、黒ブーツ。おまけに服もベルトだらけのデザイン……

  ジジイのロッカーなんか!? パンク老人なんか!?

  悪魔でロッカーなのか!? リアルなデーモン閣下!?』 

 

 『古めかしい四角いゴーグル付きのマスク。

  それにあれは……マスクについている鶏冠みたいなものはアルファベットのBを模っているか?

  白い長手袋に白いブーツ……そして絶対的に似合わない胡散臭い銀色のコート姿……』

 

 

 この時、二人の感想は一致していた。

 

 

 即ち——

 

 

 

 

 

             『『 怪 し い 奴 ! ! 』』

 

 

 

 

 

 ——と。

 

 

 

 「キミは一体何者かね?

  男の勝負に割り込むのは無粋ではないかな?」

 

 

 内心、ちょっと引きが入っていたヘルマンであったが、体裁を整えて背後から不意打ちを掛けた“それ”をそう咎めた。

 しかしそれは悪びれもせず肩を竦めてこう返す。

 

 

 「は? 少女誘拐犯のセリフかそれ?

  それに人に名を問うときは自分からと知らないワケか?

  さっすが低級ロリコン悪魔。礼儀を知らねぇ」

 

 「む 没落したとはいえ一応は伯爵クラスではあるのだがね……」

 

 「伯爵…だろ? 良くて中級じゃねぇか。

  あぁ、そっか。そう言えば神族のいないここ(、、)じゃあ伯爵クラスが上級になるんだったな」

 

 

 その言葉にヘルマンの目元が引き締まった。 

 怪人物の言葉に人間が知る由もない事を知っている可能性が含まれていたからだ。

 

 改めてそれを観察するヘルマン。

 

 どう見直しても“それ”は一見して変態だ。申し分なく。徹底的に。

 だが、よく見てみると足元は自然体。

 加えて隙らしい隙が全く見当たらない。

 魔力も氣も感じないのに、攻撃を受けた背中は未だじくじくと痛みを訴えている。

 

 

 (色んな意味で)絶対只者ではない。

 

 

 

 「もう一度問う——

  キミは……何者だ?」

 

 

 

 怒りではなく、探るような冷たい殺気を送りつつそう問いかけるヘルマン。

 

 だが、その怪人物はまるでそのレベルの殺気など受け慣れているのか微風程度にそれを受け、口元に笑みすら浮かべてこう言った。

 

 

 

 「オレは美女美少女(限定)の味方、ブラボー。

  人呼んで——

 

          蝶 ☆ 絶 倫 人 ブ ラ ボ ー マ ン ! ! ! 」

 

 

 

 ブラボー参上!!

 等とどこからか声が響き、ちゃきーん!! と金属音付きのポーズを決めて見得を切った怪人物。

 お世辞にもかっこいいとは言い難いのだが、どういう訳かサッパリサッパリ不明なのであるが不思議な安心感を少女らに齎せていた。

 

 

 「……何か力抜けるけどね……」

 

 

 明日菜の呟きも至極真っ当なものだったのだろう、少女らは全員一致で納得の頷きを見せていたという。

 

 

 

 

 

 

 

——————————————————————————————————————

 

 

 

            ■十九時間目:雨に撃たえば (後)

 

 

 

——————————————————————————————————————

 

 

 

 

 一、正体を隠す。

   向こうにキサマの情報を与えてやるようなサービスを行う必要はない。

 

 二、使用霊能力は新たに使用できるようになったものをメインに使う。

   使えぬものを授けたつもりはないのでな。

 

 三、当然だが文珠の使用は禁止。

   理由は言うまでも無かろう? ただし、戦略上の理由(演出)があるのなら一個に限り認めよう。

 

 四、せめて、ぼーやにケリをつせさせろ。

   ぼーやの客だからだ。

 

 五、負ければ殺す。

 

 

 これが横島に提示された条件である。

 

 ぶっちゃけ何時も通り(罰を含めて)なので毒気が抜かれただけであったが、効果は覿面。

 一気に冷静となった横島は忽ち何時もの調子を取り戻し、学園祭の準備品なのだろう、その辺に置かれている備品からてきとーなブツを着用しつつ駆けて行った。

 勿論、相手が魔族(悪魔)である事、配下がスライムである事くらいの情報は伝えてある。

 威力偵察——というほどでもないが、この程度の情報があればあのバカはどーにかするだろう。

 エヴァにしては随分と優しいという気がしないでもないが……

 

 

 「アイツは冷静さを欠き過ぎると戦闘マシーンになるのだろう?

  バカブルーの言う通りのスペックなら、あの程度の悪魔なら瞬殺だ。

  それでは何も見えんし、楽しめんではないか」

 

 

 という実にすんばらしい理由が付いていた。

 やはりエヴァはエヴァだ。

 

 

 「それにしても……」

 

 

 眉を顰め、下方に眼差しを送る。

 

 同じ場を視線を向けている茶々丸は驚きを隠せず、零は苦笑して。

 

 

 「ああまで遊ぶか。あの馬鹿は……」

 

 

 その眼差しの向こう。

 下手をすると惨劇へと発展しそうだったステージは、喜劇一色に塗り替えられていた——

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 「ブラボー! ブラボー!

 

  ブブブブラボー!! オオ、ベラボーッ!! ベラボー!!!」

 

 

 「ぬぉっ、ぐっ、ぐぉっ、がっ!!??」

 

 

 ブラボーの掛け声と共に繰り出される光る拳。

 最後の方の掛け声は何か幽波紋の“銀の戦車”っポイよーなアクセントだが気にしてはいけない。

 これがぶち当たる度に『ガンっ!! ガンっ!!』と痛そうなんだかコミカルなんだかよく解らない擬音が飛び出し(、、、、)、軽そうな音に反してヘルマンにおもいっきりダメージを与え続けている。

 

 

 「す、凄い……」

 

 「障壁が効いてへん? 魔法や氣とちゃうんか!?」

 

 

 その有様にネギと小太郎は呆れるより前に感心。

 自分らが手を焼きまくっていた相手が単なるサンドバックと化していればそうもなろう。

 

 何せヘルマンのガードが全然効いてないのだ。これには目を見張るしかあるまい。

 

 元より明日菜の魔法無効化能力を用いた障壁であるから、概念を叩きつける“栄光の手”による攻撃には殆ど意味を成さないし、何よりこの(誰だか解ってるだろうが)自称ブラボーマンの“栄光の手”は元から魔族相手の戦いの中で覚醒した物である為、悪魔等には覿面に効果がある。

 

 覚醒した直後の初期状態ですら、誰もが決定打を放てない魔界と同質にされた空間下で魔族相手にただ一人痛みを与えていたのだ。

 霊力の収束能力に完全覚醒している現在の力がどれほどの物か。

 それはヘルマンがその身で曝して……もとい、示していた。

 

 まぁ、“こちら”の世界観からいえば正体不明の力なのだから混乱もするだろう。

 それに厄介極まりないがコイツは初歩とはいえ魔法まで使えたりする。

 

 

 「Maminalla(マミナリア) Culus(キュラス) Femu(フェルム).

 

   太古の血族、根源より出でて影の如く地を這え。

 

    Cockrouach(黒き) Dash(弾丸)!!」

 

 

 距離が開いた瞬間、ブラボーにべラボーな怪人は早口で呪文を紡ぐ。

 

 その発動キーを耳にして力が抜けてしまうも、チャンスとばかりに左手で小フックのモーション。

 

 放たれたのはやっと出せたデモーニッシュア・シュラーク…自称 悪魔パンチ。

 キュバッと風を切る音は一発だが、同時に放たれただけで連撃。実に三発だ。

 どちらかというと牽制に近い攻撃なのだが、速度と破壊力は十分だった。

 

 しかし、それでも彼の速度には追いつけない。

 

 

 「ブラボーっ!!」

 

 「ぐっ!?」

 

 

 眼を疑うような動きで身をくねらせ、地を這うように身を伏せて駆け回る。

 そのアヤシゲな魔法でもって強化された回避力……というか“逃げ足”は、ただでさえ人外じみた移動能力を更に克ち上げていた。

 

 ヘルマンの左側に回ったかと思えばあっという間に距離を詰め、またまた光る拳でガンっと一発。

 やや無理な体勢で放ってしまった所為で反応が遅れ、その顔面にモロに喰らってしまう。

 しかしせめて一撃はと、その左手で裏拳を返すが、又しても人外の動きでかわされて空を切り、ヤツは事もあろうにヘルマンの股の間を潜って逃げた。

 

 その戦いなれたヒット&ウェイにはネギたちは勿論、少女らも感心しきり。

 古はコーフンしているし、某所から様子を伺っている某くノ一も細い眼を広げて眼を見張っている。

 状況が状況なのだから、上手い事やったら好感度もググっとアップしたかもしれない。

 何せ釣り橋効果も手伝っているのだから、見惚れたっておかしくないのだ。

 

 

 

 カサカサカサカサカサ というキケンな足音さえ立っていなければ……

 

 

 

 「む……あ、あれは伝説のゴキブリ走法!?」

 

 「知っとるんか!? 雷…もとい、ゆえゆえ!?」

 

 

 何故か顔がクドくなって行われている二人のどこかで聞いたようなやり取りは横に置いとくとして、足を滑らせるように戦場を駆け回るブラボーにベラボーな怪人。

 

 その動きの元は夕映が説明しているように正にGなる昆虫。

 女性だけでなく多くの人間(特に飲食業の方達)が忌み嫌う、台所を跳梁跋扈(ちょーりょーばっこ)するアレだった。

 やっつけようと挑みかかっても、踏みそうになると何故か躊躇して足を止めてしまうアレだ。

 

 意味不明な行動理念と運動能力がそのアヤシサとイヤな部分を強調し、素晴らしい怖気を醸し出している。

 つーか、アヤシサに拍車をかけているだけともいうが。

 そんな人外な動きのお陰で、ヘルマンよか彼の方の不信具合が爆発してたりしてなかったり。

 

 尤も、引き気味の明日菜や和美らは兎も角、古や某くノ一らは見慣れている事もあって、実戦で使われた場合の動きを初めて目にして単純に感心してたりする。

 いや、痘痕(あばた)笑窪(えくぼ)とはよく言ったものだ。どーせ本人らは無自覚だろうが……

 

 しかし実のところ二人は見惚れ(?)ている場合ではなかったのだ。

 

 

 

 『あわ、あわわわ……』

 

 「す、凄い……

  誰なの? あの人……」

 

 

 泡食ったナナが怯えの声を漏らしまくり、その声によってカサカサという足音を聞き逃している円がいたのだから——

 

 

 

 

 

 

 

 

 「く……」

 

 

 ヘルマンは苦痛の表情を隠しもしていない。

 いや、できない。

 

 何せその拳が異様に体内に響いてくるのだから、体裁を取り繕う暇も無いのだ。

 どうも霊核に直接響いてくる攻撃らしく、まともに拳を入れられれば只では済まない。

 

 だからほとんど全ての攻撃をひたすら防御せねばならない訳であるが……敵は、ヘルマンを直で狙ったりしていないのだ。

 

 

 「くっ 腕が……」

 

 「そりゅまぁ、避けねーで受けまくってるからな。

  いい加減ダメージも蓄積するだろうさ」

 

 

 何とこの怪人、ヘルマンが攻撃をガードされる事を前提にし、その腕を狙い続けていたのである。

 

 

 「がっ!? ぐっ!?

  ま、まさか攻撃に入る隙も与えてくれないとは……うぐっ!!??」

 

 

 その上ヘルマンがセリフを言い始めると、情け容赦なくボディを乱打する。語りの定石を無視しているし、地味にエグい。

 おちょくりながら攻撃しまくる上、僅かでも反論しようとすれば言い返すより前に殴りかかってくるから始末が悪い。

 そして憎々しげに睨みつけると、素早くロボダンスを披露したり(※無駄に上手い)してまたおちょくり返してくる。最悪だ。

 

 しかし、件のブラボーなる怪人は何故だか急に立ち止まってニヤリと笑みを見せた。

 そしてどうにも反撃の糸口が見出せないヘルマンに対し、

 

 

 「ふ 悪魔パンチ……だっか? お前の技は。

  少なくともそんな名前である限り、私には絶対に打ち勝てん!」

 

 「な、何だと!?」

 

 

 等と自信たっぷりに言い放った。

 余りに余りの自信に、流石のヘルマンも狼狽を隠せない。

 何せデモーニッシェア・シュラーク(悪魔パンチ)という名前がいけないというのだ。それは驚きもするだろう。

 下手をすると<言霊>が関わってくるのだから。

 

 いや、ひょっとしたら失われた<聖撃>の可能性も——

 

 

 「あの伝説の世界法則を知らぬキサマに勝機は……無いっ!!」

 

 「世界法則……だと?」

 

 

 「そう……

 

  滝○の法則も知らぬキサマに、勝てる手立て等無いっ!!!」

 

 

 

 

 

 「……………………………………は?」

 

 

 

 

 

 ——無いようだ。

 

 

 解説せねばなるまい——“○沢の法則”とは?

 別名『国電パンチの法則』。

 とある世界に実在する、転校しまくって戦い続ける少年の伝説から生れた法則である。

 諸般の事情で詳しい話は語れないが、その伝説の中に全ての始まりとも言えるボクシングの試合があり、その試合の中で件の少年はある法則によって敗北寸前まで追い詰められた事があった。

 

 それこそが後の<滝○の法則>。

 

 要は、必殺パンチの名前が向こうの方が短い為、技名を言い放っている間に相手に先制を取られ一方的にボコにされてしまうというものである。

 

 これ以降、必殺技は短めにするか、相手にぶち当ててから言い放つという派と、

 出だしからすごく長く感じつつも、相手に敬意を示して自ら技を喰らってあげる様式美派に分かれたという。

 −リン・民明書房 滝沢101誕生秘話より抜粋−

 

 

 

 

 「……ふ」

 

 

 

 「ふ?」

 

 「 ふ ざ け る な ー っ ! ! ! 」

 

 

 流石の紳士も堪忍袋の緒が切れたらしい。

 理由とやらを真面目に聞いていれば、単に名前が長いからなどと言われれば普通は怒るだろう。ぶっちゃけ、彼の怒りも当然である。

 

 ……まぁ、怒るように流されたのであるが……

 

 

 「デモーニッシェア・シュラーク!」

 

 

 だったら先に放てば問題なかろうと言わんばかりに、相手が何かするよりも前に拳を放つ。

 

 それもモーションは一つだが、その実五連撃。

 ネギ達に放っていたモノと違い、十分に殺傷能力のある右ストレートパンチでの連撃だ。言っては何だが大人気ない。

 その波動だけで彼の脇に転がっていた客席の椅子が飛ぶほどなのだから、その威力は押して知るべし。

 ネギとて障壁を張っていてもただではすまい。小太郎も同様だ。

 

 はっきり言ってしまえば魔法攻撃なのであるが……

 

 

 「ふ……」

 

 

  が ぎ ん っ ! !

 

 

 その攻撃は、前方の出現した“何か”に完全に阻まれ、コートの裾をそよがせる事しか叶わなかった。

 

 

 「な、何と!!??」

 

 

 「な……っ!!?」

 「何やて!!??」

 

 

 “怪人”の直前で、バラバラと砕けて消える“何か”。

 

 プラスチックにも似た六角形のプレート。

 それらが亀甲模様に組み合わさって出現し、威力も衝撃も完全に防ぎ切ってしまったのである。

 

 

 『く……私とした事が何たる迂闊な』

 

 

 ヘルマンとて実験を兼ねているとはいえ障壁を用意していたのだ。

 にも拘らず、あの“怪人”がそれを用意している可能性を頭から抜かしていた事は迂闊としか言い様が無い。

 

 

 『恐らくはあの奇妙な銀色のコート。あれこそが彼のアーティファクトなのだろう。

  そして彼の攻撃はカグラザカアスナ嬢の障壁だけでなく、私自身の障壁すら貫いてくる……か。

 

  命令とはいえネギ君と再会劇を楽しもうと思っていたのだが……』

 

 

 余りにも割が合わない仕事である。

 

 ——全く……厄介な命令を受けてしまったものだ。

 

 そう呟くヘルマンだったが、雨雫ではない冷たい物が背中を流れる感触だけはどうにも誤魔化す事はできなかった。

 

 

 

 

 

 『ふ、は……

  ふは、ふははははははははは……こ、怖かったぁああああ〜〜………っ!!!!』

 

 

 今更言うのもナニであるが、当然の如く自称“蝶☆絶倫人ブラボーマン”とやらの正体は横島である。

 

 大体、学園祭でもないのに素面でこんなバカヤロウな格好ができるのは横島くらいだろう。

 

 そして正体が彼なのだから、言うまでも無くハッタリだらけであり、マスクの下や衣装の内は冷や汗まみれである。

 ブラボーパンチ(仮称)の正体は“栄光の手”なので、端っから破邪能力があったりする(でなければ原初風水盤事件のおり、魔族に対し僅かとはいえダメージを与えるのは不可能であったはず)し、ヘルマンがまともに防御できないのは単に“栄光の手”を伸ばすタイミングを、拳を振り出すタイミングとズラしまくっていただけなのだ。

 

 どういう訳かこの世界の魔法使いの多くは白兵戦を嗜んでいる。

 そして何故か悪魔であるヘルマンもスタイルはボクシングに酷似していた。

 だからこそ、横島にとっては攻撃は読みやすく、腕のモーション等で攻撃の間を図る事が出来るのであるが……性根が腐っている彼はそれを逆手に取り、拳を振り抜く直前に“栄光の手”を伸ばしたり、逆に完全に振り抜いてから思いっきり伸ばしたり、はたまた拳を戻しつつ栄光の手コンボを入れたりと好き放題かましていたのである。

 更にはそれが悟られないよう、ちゃんと拳の動きと連動させてガードさせてみたりして相手にきちんと認識させないようボコりまくっていたのだ。本当に汚い。流石はあの女の元丁稚だ。

 

 そして防御能力——

 これまた説明の必要は無いだろう、例のサイキックシールド強化版である。

 拷問だか虐殺だが区別がつきにくい特訓によって、瞬時にプレート状のそれを出現させるにまで至った横島であったが、それでも我らが大首領様はご不満のようで、

 

 『我が(しもべ)を名乗るのなら、掌だけでなく全身隙無く出現させろ』

 

 

 と暴言をかまし、それに対しての特訓を強要した。

 

 十字架に磔にされ、当たったらただでは済まないような速度の石を投げ続けられてピンポイントでサイキックシールドを出現させる感覚を覚えさせられ、

 慣れてくるとナイフにされ、それに慣れたら魔法攻撃をされ、

 そして更に慣れたら零とエヴァの二人がかりで、更には茶々姉'S達が銃器を持って加わって……と、今生きているのが不思議に思ってしまうほどの修行の日々……

 横島はその時の事が頭をよぎる度に涙が浮かぶ。

 しかしそのお陰で、横島は例の超収束サイキックシールドであるプレートを『痛くなりそうな場所』に出現させられるようになったのだから文句を言ってはなるまい。

 

 ……尤も、掌に収束させるのと勝手が違う為、やたらサイズがちっちゃくなってたりもする。

 その欠点は数でもって補っているのだが、ビビリのお陰で瞬間的に数を揃えられたのでブロック状に出現するようになり、前以上にアーティファクトのように見えるようになっていた。

 横島にとってはその方が都合がよいので、正に怪我の功名である。

 

 何せ——

 

 

 「ふ……風でも吹いたか?」

 

 

 ハッタリとして最高の技なのだ。

 これまた言うまでも無いが、『怖かったわボケェーッ!! 殺す気か——っ!!!??』というのがド本音である。

 

 

 「それが奥の手……かね? 厄介な……」

 

 

 しかし、ハッタリは本当なのであるが、その強度は本物だ。

 

 素人に毛が生えた程度の時ですら想像を絶する強度を誇っていたのに、それが強化された物を複数枚展開しているのだからヘルマンのパンチ程度ではどうしようもない。

 その証拠にヘルマンも動揺を隠せていない。

 いい加減、横島殿も自分に自信を持ってほしいでござると物陰で誰かが呟いてたり。

 

 

 ——さて、

 当然であるが横島の内心は彼よか余裕が無い。

 

 それでも物陰の誰か働きで懸念していた事は解消されてたりするのでそんなに酷くは無いのだが。

 

 

 「それでもまぁ、驚かされはしたかな(訳:死ぬかと思たわぁ——っっ!!!)?

 

  当然、礼は受け取ってもらえるだろう……な!!」

 

 「!!??」

 

 

 ぐんっ、と振りかぶられる拳。

 セリフに反して叩きつけられ巨大な怒気に戸惑ってしまったヘルマンに迎撃行動を取る暇は無かった。

 仕方なく顔面ガードすべく、両腕をクロスさせたのだが……

 

 

 「車田パンチ!!!」

 

 

 振りかぶられたストレートパンチ。

 

 一見、顔面狙いだったそれは、何故だかサッパリ不明であるが——

 

 

  C R U S H H H H H H H ! !

 

 「がぁっ!!?」

 

 何故か下から(、、、)フックが入って上空に(、、、)殴り飛ばされた。

 因みに、『唐突にネタが変わったやん』等と言ってはいけない。

 

 キリキリと独楽のように舞って椅子をなぎ倒して吹っ飛ぶヘルマン。

 見た目はずっとオレのターン!! であるが、内面は綱渡りで足掻いてもがきまくっていた横っち。

 そんな内面の焦りやガクブルなんぞ解るわけもないのでその一方的な戦いを目にしてしまっていたネギと小太郎、そして少女は茫然自失である。

 

 

 「……な、何や今の……」

 

 「こ、小太郎君?」

 

 

 先に我に返ったのは小太郎。そしてネギもその声に反応して再起動を果たした。

 

 

 「何や今のパンチは……おっさんの手前で跳ねよった。

  こ、こいつ、ナニモンや!?」

 

 「え?」

 

 

 小太郎には見えていた。いや、見えてしまった。

 

 真っ直ぐ突き出された拳から伸びた光る拳。

 その光る拳はどういう訳か真っ直ぐ伸びずにいきなりフォーク気味に下がったと思えば、顎を打ち上げるように跳ね上がったのである。

 

 しかし、その軌跡を追えたのは狗の血が混ざっている小太郎の眼だからこそ。

 それなり以上の武道家なら更にはっきりと見えたかもしれないが、まだまだ鍛え方が甘い二人ではそこに至れない。

 

 だが、小太郎ですら見えた拳がヘルマンに見えなかったとは思えない。

 何せ実際に小太郎の攻撃は見切られていたのだ。その疑問も当然だろう。

 

 その上で当てるのが策であり、頭の使いどころなのだ。

 

 

 「——二人とも、よく聞け」

 

 「「!!??」」

 

 

 そんな疑問すらガン無視し、ブラボーマンこと横島は背を向けたまま口を開いた。

 

 

 「さっきも言ったが、人質を取られて誘われてたりしてんのに、馬鹿正直に来てどうする?

  せめてここの状況を見て救う手順くらい考えろ」

 

 「で、でも、攫われた皆を……」

 

 「助けたいのは解る。オレだってそうだ。

  だがな、早く助けたいからこそ、少しでも女の子達が危なくないよう気をつけなきゃいけない筈だ。

  違うか?」

 

 「それは……」

 

 「つーか、あのジジイと戦り合うより前にお前らがドツキ合うってどーよ?」

 

 「う……」

 

 

 そう言われるとぐうの音も出ない。

 

 現に何も考えず突撃してしまった所為で、明日菜の魔法無効化能力を使った魔法障壁に気付けず、彼女に負担を強いてしまっている。

 無論、見習いレベル程度のネギでは理解できなかったかもしれないが、それでも明日菜のネックレスから魔力くらいは感じられた筈だ。

 にも拘らず、『いたぞ、さっきのオッサンだ。行けーっ!!』てなノリで後先考えず突っ込んだもんだから大苦戦。

 

 自分とて今現在、暴走した挙句に魔力が切れ掛かって青息吐息だ。

 助けに来て、助けられたら世話は無い。

 

 ミカンとりがミカンにと言ったところか? ちょっと違うか。

 

 

 「いや、それやったら木乃伊取りが木乃伊やろ?」

 

 「ツッコンだらダメーっ!!」

 

 

 流石に頭が冷えたのだろう。小太郎から冷静なツッコミが入った。

 

 下手こいた相手にツッコミを入れられたのは流石に痛かったのか、横島は半泣きでツッコミ返す。

 が、決着がついていないというのに敵に背を向けるとは如何なものか。

 

 

 「デモーニッシェア・シュラーク!!!」

 

 

 当然、そんな隙が見逃されるはずもなく、横島が向けた背中に向け、隙瓦礫の中から魔法拳が飛び出してきた。

 

 

 ズドンッ!!

 

 「どわぁっ!!??」

 

 

 「あぁっ!!?」

 

 「オッサン!!??」

 

 

 反撃のチャンスをずっと待っていたヘルマンの、魔力がおもいっきり乗った拳。

 その破壊力は尋常ではないく、僅か一撃で横島の身体がロケットが如く空を切り裂くようにすっ飛んでゆく。

 

 

 ……空を切り裂くように?

 

 

 「な……しまった!!」

 

 

 やっと気がついたのだろう、ヘルマンが瓦礫から焦って飛び出してくるがもう遅い。

 その焦りの意味にネギ達が気付くより前に、ゴスロリッシュ〜と両手を伸ばしつつスッ飛んで行った横島から、

 

 

 「“そっちは”任せたぁ〜」

 

 

 と、マヌケなセリフが響いたではないか。

 

 

 「え?」

 

 「ま、まさか……」

 

 

 

 

 

 横島が懸念していた事は二つ。

 

 

 一つは言うまでも無く人質。

 ヘルマンを倒す事は不可能ではないが、大首領様(エヴァ)にも倒すなと言われているし、いきなり倒すとスライム達が少女らに何をするか解らない。

 

 二つ目はネギ達。

 本当ならスライムに直接向かいたかったのだか、ネギが危機過ぎた為に急遽変更せざるを得なかった。

 

 だから横島は別の手を用いた。

 

 ヘルマンと戦って体力を奪う。

 そしてその間にネギ達の息を整えさせてやる。

 

 さっきまでの戦いからして、二人が勝てない相手ではない。

 ただ、魔法が効かないだけだ。

 

 だったら、魔法が効くようになれば二人でも倒せる筈である。

 

 

 『こっち来タ!?』

 

 『そんナ……!?』

 

 

 しかし、単に向かおうにも距離があるので意味が無い。

 

 スライムだって馬鹿じゃないだろうし。

 ではどうするのか?

 

 横島はアホ攻撃を続けてバレないように立ち位置ズラし、殴られやすいようをわざと隙を見せてヘルマンに攻撃させ、ド器用にも両の足に出したシールドでそれを受け、その勢い+身体のバネで一気に距離を詰めさせたのである。

 距離を詰める事、そしてヘルマンを動揺させて隙だらけにする事ができる、一石二鳥の策だった。

 

 

 だんっ!! を音を慣らせてステージに着地。

 

 見事一瞬で距離を詰め、スライムより距離はあるが、さっきよりは格段に少女らの近くに寄れていた。

 流石はド汚さを天界魔界で知られている事はある。見事な汚さだ。

 

 が、彼は横島忠夫である。

 期待を裏切ることなくどこか抜けているのだ。

 

 何せ勢いをつけ過ぎた所為で、両の足がジジ〜〜ンと痺れ上がって大変な事になっていたのだから。

 ぶっちゃけ、足の痺れと言うか痛みで動けなかったりする。

 

 

 『隙アリ!!』

 

 『気をつけてくだサイ!! あのヘンな手がありマス』

 

 

 当然ながらそんな隙を見逃すわけも無い。

 

 確かにとんでもない方法によって一瞬で距離を詰められた事には度肝を抜かれたが、それで我を忘れるスライム達ではない。

 三人(三体)揃って水のドームから離れ、横島に襲い掛かった。

 

 

 『今だ!!』

 

 

 しかし、それすらも横島が待っていたチャンスだった。

 

 何時の間にかコッソリとネギから離れていたカモ。

 そのカモが物陰から飛び出し、合図を送った。

 

 

 「「「「ardescat(火よ灯れ)!!」」」」

 

 

 

 最初は明日菜のネックレスを外すつもりだったが、ある人物の指示により木乃香らを解放する側に回っていたのだ。

 

 そしてその人物はカモと相談して霊力に目覚めている古に指示を送り、皆の力に同調させて魔力を底上げし、チャンスを待って練らせ続けていたのである。

 少女らを捕らえていたスライムが離れたその時が正にチャンス。

 

 少女らが練り続けた魔力を、木乃香が練習用にとずっと所持していた携帯用の魔法の杖でもって一気に開放。

 僅かに着いた火を更に木乃香の力を使って強化させて燃え上がらせ、その魔力によって——

 

 

 ぱぁんっ!!

 

 「アチチッ!!」

 「出れたーっ!!」

 

 

 スライム達の水の縛めを突き破った。

 

 

 『アっ!! 何時の間ニ!?』

 

 『ズッけーゾ!!』

 

 

 そう騒いでも後の祭り。

 手はず通り古は扇トンファーを呼び出して千鶴の水球の方に飛び、木乃香はまだ火が灯っている杖を刹那が捕らえられている水球に向かう。

 そしてナナに纏わり付かれている円の元には……

 

 

 「くぎみー殿、ご無事でござるか?」

 

 「え? あ、長瀬さん……って、あなたにまでくぎみー……」

 

 

 ずっと様子を伺っていた楓が何時の間にか現れていた。

 

 

 『ひっ……』

 

 「大人しくするでござるよ」

 

 

 そして楓は銀色の部分——ナナに手を当て、氣でもって動きを縛る。

 

 その間に和美が明日菜に駆け寄ってネックレスを毟り取り、

 非戦闘員である残りの二人、夕映とのどかが転がっている瓶の元にかけてゆく。

 

 横島との修行によって、今まで以上に完全に気配を消せるようになっている楓と相談して決めていた方法がこれだった。

 

 どうやって横島と相談したかと言えば、実のところ大した物ではない。

 単に楓が横島に携帯で話していただけである。

 会話は横島の方は聞くだけにし、一方的に楓がしゃべっていたのでバレる可能性は低く、尚且つ横島の方はワイヤレスヘッドフォンを使用している上、ノリでマスク何ぞ被っていたお陰で全く気付かれずに済んでいた。

 

 

 『させるカーっ!!』

 

 

 しかしそれでも諦めるわけも無い。彼女らにもプライドはあるのだから。

 

 既に魔法無効化障壁のタネは使えなくなっている。壷を使われたら一度使用されたヘルマンは兎も角、自分らはそれで終わりである。

 

 スライム娘らは一気に押しつぶさんと、波のように身を変えて夕映らに襲い掛かった。

 

 

 「それはこちらのセリフでござるよ!!」

 

 

 だがその行動も想定済み。

 楓が手に握り締めていたロープをおもいっきりビンっと引っ張ると、茂みから何かか勢いよく飛び出してスライムらにぶち当たった。

 

 

 『んオっ!!?』

 

 『これハ……』

 

 『な、何ですカ!?』

 

 

 それは大きな風呂敷包み。

 昔懐かしい唐草模様の大きな風呂敷に包まれたナニだ。

 余りに大きな物体だった上、形状が形状だった為、思わず受け止めてしまうスライム達。

 

 その隙にのどからは転がって瓶を取って距離を置いた。

 それでも使われるより前に抑えればどうにかできるので、二人に襲い掛かろうとしたのであるが……

 

 

 『!? 動きガ……!?』

 

 『力が抜ケル……』

 

 『そんな、何デ……!?』

 

 

 はっと気付いた自分らの中。

 受け止めた物体が大きく膨らんでいるではないか。それが力を奪っていると言うのだろうか?

 

 

 「ふ、ふふふ……気付いたか」

 

 

 小さく萎んでゆく三人に向かい、やっと痺れが抜けてきたのだろう(でも涙目)横島が、イヤな笑みを浮かべつつ歩み寄った。

 

 

 『な、何しやガッタ!?』

 

 

 ギッ!! と怒気を向けるがもうどうしようもない。

 風呂敷はパンパンに膨らみ、何か小さな袋のような物をはみ出させつつもまだ力を……水分を吸い続けているのだ。

 

 

 「いやな、お前らが水系のスライムって情報もらっててな、先に手を打たせてもらったんだ」

 

 『何ヲ……』

 

 「いや、コレ」

 

 

 彼はその辺に散らばっているそれを、風呂敷から零れた一つを拾って彼女らに見せてやった。

 パッと見てもよく解らない。パンパンに膨れ上がっている長細い袋みたいな薄いピンクのナニか……

 

 

 『な、何ですかソレハ?』

 

 

 見せられても解らない。

 

 これだけの力を持っているのだから、ただのマジックアイテムではない筈。

 

 

 と、思ったのであるが……

 

 

 「これか?

 

 

 

 

 

 

 

 

        男女兼用介護パンツの中敷パット(夜用)ですけど。何か?」

 

 

 

 

 

 

 ………

 

 一瞬の間。

 何と言うか……取り返しのつかないような空気が立ち込めて全員が凝固する。

 

 異様に長く硬直してしまった気がしないでもないが、その実数秒。

 永劫にも感じる刹那の終わりは唐突だ。

 

 

 『『『 え、え ェ エ エ 〜〜 っ ! ! ? ? 』』』

 

 

 僅か一瞬の間をおいて解凍した彼女ら——特にスライム達は絶叫した。

 無論、少女らも同様。尤もスライムらの驚きの声に毒気を抜かれはしていたのだが、それでも驚愕は本物だ。

 まぁ、あれだけ厄介なスライム’Sがこんなアホな手段で無力化されれば当然だろう。

 

 その介護お役立ちグッズ。

 日本が誇る超吸水能力を持つ売れ筋商品。 

 赤ちゃん用紙おむつから派生し、今や様々な方面で利用されており、その保水力でもって砂漠化した地域の緑化活動にも使用され地球環境にも一役買っているナイスなシロモノ。

 

 科学の結晶、高分子吸収体。

 それがふんだんに使われているこれは今や介護用品として必須の商品である。

 

 その保水力。一晩、トイレ五回分は難くない。

 そんな奇跡の分子構造を科学部がノリで改良(改悪?)したものを袋の内部に秘めた、学園都市麻帆良オリジナルの一品。

 県内の薬局でもお勧めの介護用品だ。

 

 それらが束ねられた風呂敷受け止めてしまったスライム娘達はたまらない。

 忽ち身体を構成する水分の大半を吸収され、しおしおと力が抜け切ってしまったのである。

 

 

 『い、幾らなんでもこんな負け方ハ嫌ダぁ〜っ!!』

 

 『……せ、せめて一太刀デモ』

 

 

 それでも頑張って抵抗しようとするスライム達。

 まぁ、流石にこんな終わりは納得できまい。

 捕まっていた少女達ですら共感できる程だし。

 

 ぐぬぬ…と身を起こして一撃なりともとするのだが——

 

 

 「馬鹿め。スライムに殺されかかった経験のあるオレがそんな余力を残させるものか。

  やるぞっ かのこっ!!」

 

 「ぴぃーっ」

 

 

 そのタイミングで横島が介入。何かの袋を複数枚 取り出し、纏めて封を切って中身をスライム娘たちにぶち撒けた。

 水分が少なめになっていたスライムらは兎も角、ぷよんと膨らんでいたパットには それ…ケシ粒のようなものが張り付いてゆく。

 

 と同時に一瞬で角のある白雌鹿が出現し、主の行動に合わせてが甲高く嘶いた。

 

 

 『な、何ダァ?』

 

 『カラダが動かなくなっテ……』

 

 

 それも当然。吸われる速度が更に加速しているのだ。

 その投げつけられたツブはどうやら何かの種で、天然自然の精霊集合体であるかのこの声に反応して即座に芽吹き、物凄い勢いで中敷パットを通してスライム達から魔力ごと水分をガンガン吸収して行ったのだ。

 

 

 「え、え〜と……

  その芽ってどこかて見た事あるよーな……」

 

 「ですね……私も昼食時にランチで目にした記憶が」

 

 「確かサラダとかに入てるアルな」

 

 

 「そりゃそーだろ。

  ダイコンの種だったんだし」

 

 

 ——そう。

 

 吸水ポリマーの平和利用として知られている一つ、砂漠で草木を育てる事に使われている方法だ。

 水行(スライム)から手っ取り早く力を奪うのなら木行を使えば良いのだから、これが一番手っ取り早い方法なのである。 

 

 本邦初公開、水耕栽培ならぬスライム栽培の貝割れダイコン完成であった。

 

 

 『ぎゃあ〜〜っっ!!! 最悪ダーっっ!!!』

 『こんな負け方は許否しマス〜〜〜っっ!!!』

 

 「わははは…… 聞〜 こ〜 え〜 んなぁ〜 」

 

 

 これではどちらが悪役か解らない。

 

 しかし文句なんぞ言っても無駄だ。

 横島のモットーは勝てば勝ち。その手段も元雇い主直伝で『卑怯でけっこー メリケン粉』である。

 

 例えどんな犠牲が……

 

 

 

 「でも、これだけの量がよく手に入ったアルな」

 

 「いや種は無料だぞ?

  スーパーで家庭菜園の講習会してて無料配布してたんだ」

 

 

 その種をケチ臭い彼は店を往復して複数手に入れていたのである。

 別荘で茶々姉'Sに頼んでいれば中で育ててくれるので、リアル時間半日で採集できるのだ。

 そこそこ給料を貰えるようになっているというのに、ほんとケチ臭い男である。

 

 

 「中敷パットの方も簡単に手に入ったでござるよ。

  横島殿に言われた通りのセリフを言ったら薬局の店主殿が箱で出してくれたでござる」

 

 「へ? 何て言ったの?」

 

 

 ——曰く

 

 

 『学園長殿がとうとう……』

 

 

 その言葉だけで、薬局の店主は無言で深く頷いて労わるように楓の肩をポンと叩き、倉庫の奥からダンボールを出して来てくれたという。

 

 

 「「「「…………」」」」

 

 

 何ともいえない沈黙がその場を支配した。

 

 孫である木乃香に至っては、

 

 

 「……おじいちゃん……」

 

 

 と、涙を禁じ得ない。

 

 

 ——例え、学園長の体裁という犠牲を強いられようと、少女らの無事には代えられないのだ。人事だし。

 

 

 ありがとう、学園長。あんたの犠牲は無駄にしない。

 横島は目を潤ませながら、夜空に浮かんで見えている笑顔の学園長のビジョンに海軍式の敬礼をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——何だかよく解らないが助かったようだ。

 

 余りに唐突な展開が続いた為、円の頭の中は真っ白になっていた。

 まぁ、いくらある程度の情報を教えてもらっているとはいえ、円も一般人。

 ついさっきまで自分の常識の中にいた少女がいきなりファンタジーに引きずり込まれたのだ。

 

 ラノベの主人公だってもっと慌てたに違いない。

 錯乱していないだけかなり上等の部類だ。

 

 だが、とんでもない体験をしてしまったという事実に変わりはない。

 

 本人は気付いていない様だったが、酷く精神が疲労していたのだろう。或いは気が抜けた為か、位置の間にか自由が戻っていた円の膝からカクンと力が抜けた。

 

 

 「おっと。くぎみー殿?」

 

 「だ、だからくぎみーって言う……」

 

 

 そんな円を労わり、手を貸してやろうとしたその瞬間。

 

 

 『ひぃっ!!』

 

 「ぬっ!?」

 

 

 ナナを固定していた楓の手が円から離れた僅かの隙に、心が追い詰められていたのだろう、ナナが悲鳴を上げて逃げてしまった。

 

 

 ——いや、恐怖に駆られた女の子が混乱の余り駆け出す事は珍しくない。

 

 鍛え上げられた兵士とて、緊張に耐え切れなくなると引き金を軽くしてしまう事があるのだ。

 

 ましてやナナの精神は子供のそれ。

 その上、魔法使いに追い回された過去すら持っている。

 そんなトラウマもあってか、如何に制止されたとはいえ混乱の余り逃げ出したとしても不思議ではないだろう。

 

 だが状況と手段が拙過ぎた。

 

 周りは魔法関係者ばかり。

 戦闘能力の有無は知らねど、恐れている以上はこの半包囲状態で突き抜ける気は起きまい。

 となると……

 

 

 「ンぐぅっ!!!??」

 

 「円殿っ!?」

 

 

 ナナはその流体の身体を活かし、円の口の中に飛び込んでしまったのである。

 

 皆も驚いて駆け寄るが、入り込んだのが身体の中なので手の出しようがない。

 楓も急いで氣を送り込んで押し出そうとしたのであるが……

 

 

 バチンッ!!

 

 「なっ!? 弾かれた!!!???」

 

 

 どういう訳か円の中に浸透せず、弾き返されてしまった。

 

 

 『止セ!! 

  そいつは魔法も氣も反射する能力があンダヨ!!

  下手すると氣が中で暴れてそのガキだけ弾けルゼ!!』

 

 「何とっ!?」

 

 

 意外なところから助言が飛んできた。

 シオシオになって動けなくなっているスライムの一人(?)、すらむぃだ。

 

 

 『落ち着きナサイ!! 少なくともその方達ハ貴女に危害を加えマセン!!』

 『そのままではその子が危ナイ。早く出てキテ』

 

 

 他の二人もそう説得を試みるが、恐怖からか円の身体に遮られているからか声が届いていない。

 

 姉達同様に体積を変化させられる流体の身体を持っていようと、縮こませられるサイズには限界がある。

 円の身体の中に行き渡れば酸素を入れるスペースが無くなり、忽ち窒息死してしまうだろう。

 

 魔族であるスライム達は別に円の命など殆ど気にしていない。

 ただ、ナナが人を傷つけてしまう事、それによってナナが変わってしまう事を恐れているのだ。

 (ナナ)が人を殺めてしまい、戻れなくなってしまう事を……

 

 

 「退いてっ!!」

 

 「あ……」

 

 

 しかし、ここには非常事態にこそ力を発揮する男がいた。

 アヤシサ大爆発の姿のままであるが気にしてはいけない。

 

 食道が気道を圧迫している事まで瞬時に見て取り、楓からもぎ取って痙攣が始まっている円の身体を強く抱きしめた。

 

 

 「老師っ!!??」

 

 

 一体ナニを……と、慌てて近寄ろうとした古であったが、唐突に彼から発せられた霊波に足を止めさせられた。

 

 今までその実力を半信半疑だった夕映や和美、まどかも驚愕に目を見張る。

 そしてスライム達も。

 

 

 「弾かれるんならな……」

 

 

 その霊波の密度と濃度、そして流し込むルートがおもいっきり変わる。

 

 

 「弾かれるってんなら、

          この娘()に弾かせりゃいいんだよ!!」

 

 

 ゴッッ!!と、風が重い音を立てて横島の周囲を暴れた。

 

 楓はそのド外れた器用さに目を見張り、古はあの夜を思い出して得心が行く。

 そう、チャチャゼロの身体から霧魔を叩き出した時の事を——思い出したのである。

 

 

 「ほら、お前も出て来いっ!!

  天地が裂けたって虐めたりしねぇからっ!!」

 

 

 まるでチューブを絞るかのように霊気でもって円の中からナナを押し出してゆく。

 こんな事は楓達のような氣の使い手どころか、魔法関係者でも不可能。

 無意味なほどド器用な霊能力者である横島ならではであり、以前に古とチャチャゼロにやった事をするだけ。然程のものでもない。

 

 忽ち説得している彼の眼前。円の口の中には銀色の液体が顔を見せていた。

 

 

 『ヒィ!! いや、いやレスぅ!!』

 

 「バカ!! 

  円ちゃんを死なせてぇのか!!?? そうなったら戻って来れねんだぇぞ!!!??」

 

 『イヤァアアッッ!!!』

 

 

 横島はその悲鳴を聞き、舌を打った。

 

 ナナは正しい魔法使いというものに対してトラウマを持っている。

 この性格からして人を襲ったとはとても思えないが、今のような混乱をしているのだからよほど怖い目に遭っているのだろう。

 それにしたってここまで怯えているのだから相当な想いをさせられているはずだ。

 

 だからこそ、今人を傷つけさせてはいけない。

 

 それがきっかけで心が完全に魔に傾き、魂まで魔物になってしまいかねないのだ。

 

 案内をしている道すがら、横島はナナとずっと話をしていた。

 彼女は人と話せるのがよっぽど嬉しかったのだろう、横島の他愛無いジョークに笑い、些細な事で喜びを見せ、年齢相応の少女の笑みを彼に見せたものである。

 

 こうなると横島のチャンネルは完全に固定される。

 

 決定事項。ナナはただの女の子。

 珍しい力を持っているだけの女の子だ——である。

 

 だから横島は彼女も救いたかった。

 

 

   是が非でも、

 

          どうやっても、

 

 

                  何 が 何 で も ! !

 

 

 そして横島はそう腹が決まると……出来ない事なぞ無い。

 

 

 

 「仲直りすんのも、

 

    謝るのも、

 

     友達作んのも、

 

 

        顔 を 見 せ ね ぇ と 始 ま ん ね ぇ だ ろ っ !!!」

 

 

 

 日の光の下に行きたがってる女の子を、

 

          ま た 陰 に 行 か せ て た ま る か —— っ っ っ ! ! ! ! !

 

 

 「円ちゃん、ごめんっ!! 後で死ぬほど謝る!!!」

 

 

 横島はそう、土下座する勢いで謝罪すると、

 

 

 「ンッ!!」

 

 「んむ!?」

 

 

 何を思ったか、円の唇をおもいっきり奪った。

 

 

 「よ……っっっ!!!!」

 「ろ……っっっ!!!!」

 

 

 少女らも凄かったが、楓と古の驚愕はとてつもなかった。

 何せ耳には響かなかったのに、ズッギュウウウウウウウウン!!! という擬音を感じたくらいなのだから。

 

 円も一瞬で茹で上がり、明日菜らはただただ焦る。

 どう見てもディープキスであり、身体の自由が利かない円の口を犯しているようにしか見えない。

 

 だが横島からすればこれは真面目な救命行為。彼女を救うのには必要な行動だった。

 円も何をされているのか解ったのだが、身体の芯まで抱きしめられているような感じがしてピクリとも動けない。

 

 それに、自分を抱きしめている横島から伝わってくる“必死さ”に抵抗の意思が湧いてこないのだ。

 

 

 実際の時間は僅か数秒。

 

 

 唐突に展開された生キスに少女らの感覚が狂っていたのかもしれない。

 兎も角、そんな永劫の一瞬の後、

 

 

 ずる……

 

 

 何かが横島に吸い出され、二人の唇の間からあふれ出した。

 

 

 『いやァアアっ!!!』 

 

 「おひふへっへ……いふぁふぁっっ(落ち着けって言ったろ)!!!」

 

 

 ちょっと強引であるが、口で挟みとって引っ張り出したそれに、

 

 

 「ていっ!!!」

 

 

 −縛−

 

  −沈− −静−

 

 

 『ひゃあっ!? あ、あれっあれっ!!??』

 

 

 一瞬で“何か”を生み出し、その銀色の身体に押し込んだ。

 

 それがナニであるかと思うより前に、ナナはぴくりとも動けなくなった事に恐怖した。

 

 

 「だから落ち着けってば。

  オレは落ち着けは何もしない。ここにいる奴らはお前にひどいコトしない。

  さっきそう言ったろ?」

 

 『ひぃン……ひっくひっく……ふぇ?』

 

 

 そう優しく諭すと、珠の力も手伝ってか落ち着いたとまでは行かないまでもさっきよりかなりマシになった。

 それを見て取って安堵した横島は、やっと本命だとばかりに抱きしめている円を腕の中から解放し、開口一番、

 

 

 「ホンマにスマンっっ!!!」

 

 

 おもいっきり頭を下げて謝った。

 風圧で円の髪が踊る勢いで。

 

 まぁ、そりゃそうだろう。

 何だかんだいってうら若き乙女の唇を承諾なしに奪ったのだから。

 

 

 「……あ、いえ、そ、その……えと……」

 

 

 尤も、円はただ困惑するばかり。

 後からじわりと唇を奪われた事が実感されてきているが、円はそれを責めるつもりはなかったのだから。

 

 彼が必死に自分……とナナを助けようとしていた事は魂の波動である霊波によって思いっきり伝わっている。

 

 そこに下心があったなら責めも出来るし嫌いにもなれたのだが、こうまで真摯に謝られたらどう反応してよいやら解らないのだ。

 

 

 円はただ、俯いて鼻血を出している横島を見つめる事しかでき………………鼻血?

 

 

 「う゛……」

 

 「え………あ゛っ!!??」

 

 

 流石の円もやっと気付いた。

 

 今さっきまで円は羞恥プレイ手前の格好であったが、今まで彼女はナナに包まれていたのだ。

 そのナナがいなくなったという事は……

 

 

 「み、見ないでぇっ!!!」

 

 「スマンっ!! マジにスマンっっ!!!」

 

 

 そう、横島は全裸の円を抱きしめたままだったので、おもいっきり頭を下げた事によって円の身体を思いっきりガン見してしまっていたのである。

 鼻血を噴きつつ首を捻って他所を見る横島、だがその方向も。

 

 

 「こっち見ちゃダメーっ!!」

 

 「のわーっ!!」

 

 

 和美だったり、

 

 

 「キャーっ!!」

 「見るなですっっ!!」

 

 「ゴメンっっ!!!」

 

 

 のどか達だったりで大変だ。

 

 まだ明日菜がマシであるが、マシな彼女ですらセクシーランジェリー姿。

 大宇宙の罠か!? と言わんばかりである。

 

 そんなこんなで少女らもナニであるが、横島も大混乱していたのだが……

 

 

 

 「横島殿ー?」

 

 「老師ー?」

 

 

 

 

 背後から氷の刃を突き立てられたかのような底冷えする声に、横島はドビクゥッ!! と身体を硬直させられ、強引にその動きを止めさせられてしまう。

 あの平べったい声に何かデジャヴュを感じるし、見ちゃいけない振り返っちゃいけないと本能が告げていた。

 

 無論、その声を発した二人も緊急的に必要だった行為だとは理解している。

 アレ以外に手があったか? と問われれば何も返せないほど。

 

 だけどまぁ、心ン中に湧いてくる感情っつーものは理屈じゃない。

 得てして女心とゆーモンは理不尽であり、融通が利かないモンなのである。

 

 

 そして世の中っつーのは凡そ無常。

 彼も動かしたくもない首をギギギと後ろを向けていってしまった。

 

 

 

 

 そして——

 

 

 

 

 

 後に和美は語った。

 

 

 「うん。

  かのこちゃんと二人で とっさにナナちゃんの目と耳隠して庇ったよ。

  アレ見せなかったあの時のとっさの私らを褒めるね。

  お陰でナナちゃんのトラウマが酷くならなかったんだしさ」

 

 

 それは、横島がこの世界で二度目に体験した大惨事だったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「何というか……」

 

 

 悪魔の彼ですら呆然としてしまった惨劇。

 人とはあんな目に遭わせられても生きていられるのかと感心してしまう程。

 

 それに状況は既に詰んでいる。

 人質は取り返され、スライム達は無力化。明日菜からネックレスも毟り取られて無効化障壁が使えなくなっていた。

 あの怪人が現れてからまさかの連続。余りの唐突な場面転換には流石のヘルマンもポカンとする他ない。

 

 だが、戦っている最中に意識をそちらだけに向けてしまうのは浅はかだ。

 

 

 「アホが!! どこ見とんねん!」

 

 「ぬっ!?」

 

 

 正に状況の幸福。

 悪魔であるヘルマンは尋常ではないくらい目が良い為、あの惨劇をバッチリ目にしているし聞いてもいた。

 お陰で立ち直りがかなり遅れてしまったのである。

 

 その間に小太郎が距離を詰め、身を低くした体勢で氣を集めた拳を振りかぶっている。

 

 障壁がなくなっている以上、氣の攻撃に対してどれだけ自前の障壁が有効か解らない。

 

 意識の空白の間に攻撃された所為だろう、ヘルマンは反射的に叩きつけんと拳を振り下ろす。

 

 

 が、その拳は小太郎の身体を突き抜けた。

 

 

 「分身っ!?」

 

 「気付くんが遅いわっ!!」

 

 

 その声にハッとして崩れた体勢のまま身を起こそうとするが、

 

 

 「「ハァッ!!」」

 

 「がっ!!?」

 

 

 ヘルマンの背後から肉薄していた分身二体。

 その二体の、左右から挟み込むように狙った頭部への攻撃をまともに受けてしまった。

 

 

 「気ぃ取られすぎやっ おっちゃん!!」

 

 「!!??」

 

 

 人の事言えへんけどな、等と思いつつも、攻撃を受けた分身の直ぐ後から迫っていた“本体”が、下から飛び上がるように掌底をヘルマンの顎に放ち、完全な死に体を後ろで呪文を唱えていたネギに曝させる。

 

 

 「小太郎君!!」

 

 「おうっ!!!」

 

 

 まるで打ち合わせを行っていたかのような連携。

 今日再会したばかりのライバルとは思えないほどの呼吸の合い方だった。

 

 

 小太郎がネギの呼びかけに応えてヘルマンから身を退かせた瞬間、練りに練った魔法を解放しつつ、残った力を振り絞ってネギが力強く踏み込んだ。

 魔法の矢を肘に込め、古に叩き込まれている拳法の型でもってヘルマンにその技を入れた。

 

 魔法の射手 雷の一矢が込められた肘打ち。

 

 小太郎によってこじ開けられた隙にぶち込まれた衝撃と雷によるダメージ。

 その打撃はヘルマンの身体の中で爆ぜて暴れ、ヘルマンの身体が浮き上がる。

 

 その刹那、ネギは背負っていた杖を左手でしっかと掴み、右腕に魔力を込め、死に体となって無防備なヘルマンの身体にそれを放つ。

 

 

 「Ras tel ma scir magister.

 

         来たれ虚空の雷

 

                 薙ぎ払え——」

 

 

 振り下ろされる雷の斧。

 

 何とか悪魔ボディに戻ってレジストしようとするも、叩きつけられる斧の方が僅かに早い。

 

 そして——

 

 

 「雷の斧(デイオス・テユコス)!!」

 

 

 何と、地面に叩きつけられるよりも前に、下方から更に輝く斧が。

 

 ——デイオス・テユコス(雷の斧)の二連!?

 

 

 

 流石のヘルマンも度肝を抜かれた。

 

 想像以上に最初の斧のダメージが無いと思っていたらこういう事か。

 

 

 ド ガ ァ ア ア ッ ! ! !

 

 

 魔法と物理効果によって地面に叩きつけられる直前だっただけに、雷の斧による追撃ダメージはシャレにならない。

 地面に叩きつけられるまでも無く、流石に彼を現世に構成していた核も耐え切れず、ヒビを入れてしまう。

 

 

 

 ——散々だったが……最後によい物が見れた……二人とも、見事だったよ……

 

 

 

 そして遂にヘルマンは、満足の内に敗北を受け入れたのだった。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 「−良かった……ネギ先生……」 

 

 

 茶々丸にしては珍しく、ハッキリと安堵しているのが解った。

 側にいる時、甲斐甲斐しく世話を焼いていると思えば……何時の間にここまで御執心になっていたのやら。

 妹の成長を喜べばいいのか、何もあんな子供に……と呆れればよいのやら。零は姉として苦笑する他ない。

 

 

 「フン……あれだけ今の二連は実戦に向かんと言っておいたのに使いおって……」

 

 

 しかし、やはりエヴァは文句を垂らしていた。

 と言うのも、雷の斧二連はネギが思いついた時に彼女に見せ、ダメ出しをした使い方だからだ。

 

 しかし理不尽な理由で言ったのではなく、今のネギの詠唱速度と魔力の練り方では一撃目のダメージが低すぎる上、二撃目の出が遅くて非常に避け易いからだ。

 それなら死角から素早く放つ一撃の方が遥かにマシなのである。

 更に、まだネギの魔力の練り込みは未熟である為、結局は無駄に魔力を消費してしまうのだ。

 

 

 「1÷2×2=1だと教えてやったというのに……あの馬鹿弟子が」

 

 

 確かに成功すれば雷で『挟み斬る』わけだからかなり凶悪な魔法になるのだが、未熟者が放てば出来の悪いコンボにしかならない。

 こんな凶悪な物を思いついた事には感心できるが、思いついただけでは何にもならない。

 

 

 「ま、そこらは今後の課題だな。

  横島も言いつけを守らんかったようだしな……

  師の言いつけも守れん未熟者どもめ。二人まとめてたっぷりと仕置きしてくれる」

 

 

 ククク……と底意地の悪い笑みを浮かべるエヴァと、何だか井桁マークを頭に浮かべて黒い笑みを浮かべる零。

 

 

 そんな二人のアヤシイ様子を見、

 ただオロオロしながらネギの安否を気遣う事しか出来ない茶々丸であった。

 

 

 

 

 

 

 

 ——ともあれ。

 

 悪魔との戦いという非常識な舞台は破壊され、天然自然の夜はまた舞い戻って来た。

 

 

 そしてまた、さまざまな矛盾をまた内に抱えつつ、麻帆良の日常が——始まる。

 

 

 

 

 





 御閲覧、お疲れさまでした。Croissantです。
 今回もちょっと長めとなりましたが御勘弁ください。いやホントに。直してたらまた増えてこんな事に……
 この話の無印版を打ってる時は、もっと裏があるの想像してたんですけどネ。後日全然無かったというオチが。うーむ……どうしよう? と今更悩んでみたりw
 嗚呼、もっと戦闘シーンを上手く表現したいなぁ…… 

 さて次は閑話。
 その次から円の本格参入イベント、さよが(ある意味)参入と続きます。もちろんネギや小太郎も強くなりますよ? GS勢のフェイクメンバーと戦ったりしながら。
 先は長いっ

 ともあれ、続きは見てのお帰りです。
 ではでは〜


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二十時間目:ガッコウの会談
本編


 今回、ネギは原作通り筋肉痛で休息中ですw



 

 

 昨日の午後から降り出した雨は、夜半頃に大雨となって唐突に止んだ。

 

 その所為もあってか、雨が降った事などウソだったかのように翌日の空は晴れ渡っている。

 空気中のゴミが洗い流されたからか、空気も澄んでいてとても清々しい。

 

 

 そんな爽やかな朝であるが、その天気とは裏腹に麻帆良学園の裏側はとんでもない荒れ模様。かなり混乱を見せていた。

 というのも、何とその雨に紛れてここに上級悪魔が侵入を果たしていたからである。

 

 流石に警備部やシステム関係者は焦った焦った。

 昨夜報告が入ってから総員が呼び出されており、夜なべでシステムの総チェックを強いられ、今もそれは続けられている。

 

 信じ難い事に、侵入して来た悪魔は伯爵クラス。文句無しに上級悪魔だった。

 おまけにそれを降したのは、正しい魔法使いを目指して修行中のひよっこ魔法使いと言うのだ。

 そのお陰でシステム関係者や、警備部の者は事件の狂言説まで唱える者まで出たらしい。

 

 が、困った事に証人がいる。

 

 まずは実際に戦ったネギ=スプリングフィールド。

 更に警備班に所属している横島忠夫。

 そしてヘルマン伯爵と共に進入してきた当の魔族、三体(、、)のスライム達である。

 それらが証人となり、更にスライムらに魔法まで使って証言の裏を取って調べた結果、それが事実である事を思い知らされてしまったのだ。

 

 お陰で今日も、警備部とシステム関係者は眠れぬ夜を過ごす事だろう。

 

 

 「ふぅ……」

 

 

 ヤレヤレと溜息を吐きつつ、学園長は手に持っていた書類をマホガニーの机に放り出した。

 

 そんな彼の投げやりな仕種を見、急遽とんぼ返りさせられてこれまた徹夜で調査させられていた高畑は苦笑を漏らす。

 まぁ、その調書を読めばそうもなろうが。

 

 因みに提出者は……

 

 

 「……けっこう痛いトコを突かれておるのぉ」

 

 「しかし今回の件で文句を書かれるのも当然だと思いますよ?」

 

 「まぁ、の……」

 

 

 ――横島忠夫である。

 

 事件に思いっきり関わった上、少女ら救出に尽力し、解決に導きはしたが何故か人質だった少女(+1)に半殺しにされた彼。

 それでもちゃっかり復活を遂げ、しっかりと学園側に報告を行った上、キチンと調書を書いて提出している。流石の体力と言うか、無駄に律儀と言うか。

 いやそれでも提出があまりにも早すぎるのだが……そこは気にしていない。

 

 とっとと種明かしをすると、それらはエヴァの別荘で書かれた物で、彼らからすれば感覚的に二,三日後の話。そりゃ詳しく調書も出来上がるだろう。

 老いの加速は勘弁してほしいが書類等を仕上げるのにぜひ貸してほしい環境じゃの。等と近衛もぼやいていたり。

 

 

 「しかし……京都の事件との繋がりを指摘。

  証拠として、明日菜君が魔法無効化能力を持っている事を確信して準備を整えていた事、

  事件で関わった者をピンポイントで狙っていた事、

  刹那君を誘拐する手段から、誰がどう繋がりを持っているか知っているであろう事、

  そして……」

 

 

 京都の事件の折、唐突に関わってきた“怪人物”と関東魔法協会との繋がりの調査も命令に入っている事が挙げらている。

 それらはあの事件の只中にいなければ解らなかった事だった。

 それに関東と関西、両陣営が総力を挙げて追い続けているというのに、未だフェイトとやらの足取りが不明な事から、おそらく両陣営に内通者かそれに近しい存在がいる可能性等が書かれていた。

 

 ついでにヘルマンとやらが侵入した手段として、水系スライムである彼女らを雨に紛れ込ませ(雨そのものがヘルマンの仕業である節があった。実際、彼が倒されて直に雲が晴れて止んでいる)て、それを基点にして転移した……という可能性まで書かれている。

 

 

 「やっぱり凄いですね。本職は……」

 

 「まぁ、まがりなりにも妖怪や魔族と戦う専門家らしいしの」

 

 

 普段のボケを目にしていればとても信じられない話であるが、横島は悪魔や妖怪、幻獣やら死霊怨霊を相手に戦い続ける職業……こちらの世界で言う退魔師だ。それも第一線で活躍していたエキスパートといえる男である。

 その上、“こちら”と“向こう”との差異が彼の能力的価値を更に高めていた。

 

 その差異。似ているようで圧倒的に違う点。それは対悪魔戦である。

 

 横島のいた世界にも確かにこちらのような退魔師もいないでもなかったが、オカルト専門職であるGSは国家試験のある資格職であるし、エクソシストも表立ったビジネスとして知られている。

 当然、そんな仕事が表立っているのだから中級以上の悪魔との戦いはかなり少ないがゼロではないし、下級ならそれこそ頻繁と言ってよいほどポンポン起こったりするらしい。

 

 戦っていた妖怪にしても猫又や半魚人等は可愛い方で、こちらで言うところの昔話や伝奇クラスの大妖怪と戦り合った事もあるそうな。

 そんな世界の第一線で戦い続けていたからだろう、横島は思考は非常に柔軟だった。

 

 何せ相手は上級悪魔。

 どんな反則をされるか解った物ではない。そんなのを相手にしているのだから柔軟な思考無しに生存は不可能だっただろう。お陰で常識を飛び越えた説がポンポン浮かんでくるのである。

 

 よってこのレポートも、考え過ぎレベルから現状で一番考え得る可能性までがつらつらと書き示されているのだ。

 その殆どが近衛のような上の者(、、、)や、見る人が見れば的を射ているモノばかりなのだから始末が悪い。

 

 

 だから、

 

 

 「内通者がいるという可能性を否定できんのが辛いの」

 

 「確かに……」

 

 

 そう二人して苦い顔をする他なかった。

 何せそうでなければ修学旅行に出る新幹線に乗り合わせる事など出来るはずもないし、ヘルマン侵入のタイミングの良さが説明できないのである。

 

 とはいえ調査は難しい。

 内通者とはいっても無自覚……つまり、魔法に無関係の人間が意識を操られているかもしれないし、小動物等を使い魔化(或いは式神化)して様子を伺っている可能性もあるのだ。

 

 

 「厄介じゃの。それにやはり手が足りん」

 

 「かと言って追跡調査を休む訳にはいきませんけどね」

 

 

 実のところ、この“学園長用”に提出された報告書は大っぴらに出来ない代物なのである。

 何せ今存在してはいけない『魔法無効化能力者』の事柄が書かれている。

 あの時の事(、、、、、)を知る者なら兎も角、知らない者にそんないるはずが無い(、、、、、、、)人間(、、)の件を洩らす訳にはいかないのだ。

 

 しかしこのレポート。様々な穴を埋めてくれるのはありがたいが、そのお陰で頭の痛い事柄まで見せられてしまうのは如何なものか。まぁ、確かに助かりはするのだが。

 兎も角、まだまともに手が進んでいない事をグダグダ言い続けていても仕方がない。

 一応、スライム達が持っていた情報から照らし合わせて関連情報から逆調査を進めるので答は出るだろう。

 

 だからその件はこれでいいとして、

 

 

 「次の件は……そのスライム達じゃの」

 

 「ええ」

 

 

 瓶を使われる事なく捕らえられたスライム達であるが、現段階の情報は彼女らから与えられたもので、人間で言うところの司法取引が行われた形となっている。

 

 無論、召喚された存在である彼女らがペラペラ喋られる訳がないのであるが、そこはそれ、エヴァ(と横島)が一時的に契約を無効化して色々と話を聞き出していた。

 彼女らがナニをやったか不明であるが、

 

 

 『ふふん 解らんのか?

  教えてやる義理は無いな。自分で調べろ』

 

 

 等と教える気ナッシングである。

 まぁ、おかげさまで最深度の調書が取れたのだからそれは由とした。どうせ悪用はすまい。多分……

 

 しかしそれは良いとしても、いくら召喚された身であっても彼女らがネギの村を襲ったのは事実であり、壷に封じられていたというのに再び外界に出て誘拐という罪を犯しているのもまた事実。

 実際、一部からは重い処分を求める声も出ていたのであるが、減刑を嘆願してくる者がいたのでやや話が変わってきていた。

 その人物達こそ誰あろう、ターゲットとして狙われていたネギ=スプリングフィールドと攫われた被害者であるはずの少女らだ。

 

 何ともお人よしな話であるが、ぶっちゃけてしまえば命令で誘拐をやらされた存在であるし、彼女らの弁なくして一人の少女の命は救えなかったのもまた事実。

 それはその命を救われたと言う少女の口からも告げられているし、陰ながら(?)事件解決に尽力した横島からもそういう報告が入っている。

 

 一を見て全を怨むは愚の極み。

 その事は近衛も高畑も前の大戦で思い知っている。

 

 存在が悪なのではなく、彼女らを召喚して悪事に利用した者が悪なのだ。その事実を履き違えてはならない。

 刑を軽くし過ぎる事は出来ないが、それなりのレベルに減刑する事は出来る。

 よって皆の声も無視する事も出来ない近衛は、自分らの過去の浅はかさを戒める意味も持たせてスライム達を再び瓶に封じる事で妥協したのである。

 

 

 「ま、ほとぼりが冷めたら何らかの理由を持たせて解封すれば良いしの」

 

 「横島君が言うようにエヴァと契約させれば良い訳ですし」

 

 

 今、自由に出来ないのは契約対象がハッキリしないからだ。

 それがハッキリすれば手がないでもないし、何だかよく解らないが横島が何とかする(、、、、、)との事。

 

 その後は水属性に比較的近い氷属性の魔力を持っているエヴァが主となってやる事が妥当だろう。

 学園の結界と直結しているエヴァはセンサー役も担っているし、そこに諜報能力もあり防御能力もあるスライムが加われば万全の体制が整えられる。まぁ、エヴァがずっとここにいてくれるというのが前提の話であるが……

 

 それはそれで一部の者達が騒ぎ出すだろうが、近衛はなぁなぁの内にやってしまう腹のようだ。

 真面目な魔法先生……強いて挙げればガンドル先生とかに『アンタって人は——っっ!!!』等と怒られている未来を幻視し、高畑は肩を竦めた。高畑も内心は賛成であるし。

 

 

 「で、次は……」

 

 

 しかし話が、

 

 

 「はい、ナナ君の件です」

 

 

 捕獲……というか“保護”した少女、ナナの件に入った途端、高畑の表情があからさまに硬くなった。

 

 その変化に気付きつつも、近衛は黙って彼が差し出した調書を受け取り、ペラペラと紙を捲ってゆく。

 ——と、温和な近衛近右衛門の表情が珍しく引き締まり、針のように細められた眼差しが高畑を射抜いた。

 

 

 「……これは真の話かの?」

 

 

 静かな声であるが、有無を言わさぬ鋭さがそこにある。

 

 流石は関東で最強と謳われている魔法使い。老いたとはいえ迫力に揺らぎはない。

 

 

 しかし高畑もそれと知られている実力者。そんな刃のような視線をまともに受け取り、ハッキリとした口調で彼の問いに答えた。

 

 

 

 

 「ハイ。彼女の正式名称は『7番型流体銀』。

 

  彼女はこちらの世界に逃亡していた<完全なる世界>の残党によって生み出された改造人間……

 

  つまり、元は人間の少女です」

 

 

 

 

 

 

——————————————————————————————————————

 

 

 

               ■二十時間目:ガッコウの会談

 

 

 

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 あの戦いの後片付けは然程の混乱もなく、秘密裏のまま終了させる事に成功していた。

 

 被害と言えば女子中等部の寮のドアと別の部屋(木乃香らの部屋)の窓、それと大学部が作ったコンサート会場くらい。

 実のところ目に見える物理被害はこれだけだった。

 

 ハッキリ言ってしまえば上級悪魔に侵入を許してしまったという事実の方がよっぽど難解だ。何せそれは、麻帆良の魔法防御に重大な欠陥がある可能性を持っているのだから。

 よって今も穴の調査が続けられており、関係者の頭を悩ませている。

 

 そして、それとは逆にそんな悪魔を退けている幼き魔法使いネギの評価はかなり高まっていた。

 

 言うまでも無いがヘルマンの侵入目的は麻帆良の調査とネギの無力化。ぶっちゃければネギの所為で侵入してきたと言えなくもない。

 当のネギもしょーもないところでネガティヴなものだから、それを悔んでいたりするし。

 

 だが人間は得てして耳障りの良い話の方を聞いたり話したりしてしまうもの。

 お陰で僅か一日という呆れた速さで魔法関係者の間で『流石はサウザンドマスターを次ぐ者』という祭り言葉が広がって称えられていたりする。

 

 

 さて——

 そんな周囲の目は兎も角、悪魔によって否応なく問答無用で関わらされた少女らであるが……流石に魔物に襲われた直後なので部屋に直帰させる訳にも行かず、仕方なく横島はエヴァの別荘にとんぼ返りさせた。

 

 ネギにしても魔力を暴走させたのだから身体に掛かった負担は半端でなく、筋肉痛にも似た肉体疲労を身体に残しているのだから妥当と言える。

 

 

 ただ、小太郎は一人部屋で待ち続けている夏美を安心させる為、気を失ったままの千鶴を連れて部屋に戻らせている。

 

 とっとと眠らされたあやかや、意識を奪われ攫われた千鶴は兎も角、夏美はヘルマンの暴挙どころか魔法らしき物(水を使った転移)を目にしてしまっている。

 あやかは兎も角、横島の指示によって意識を失ったままでよく解っていないだろう千鶴に裏を話すのか、そして夏美にはどの程度の裏を話す必要があるか、等の詳しい話はまた後日。

 心配しているだろう少女を落ち着かせるのが先だと言う横島の判断だ。

 こういうトコは本当に気がつく男である。

 

 

 意外にもエヴァにとっては迷惑な話である筈なのだが、想像とは違いあっさりと了承して皆を迎え入れ、浴場で身体を温めさせてやった上、着替えと寝室を利用させてくれていた。

 無論、ネギを魔力が回復しやすい部屋で休ませ、スライム達は凍結封印で動きを封じる事も忘れていない。流石である。

 その間に一番謎の存在だったナナから話を聞く事にしたのであるが、魔法使いに対してもっている恐怖感からか異様に怯えているので、何だか一番死に掛けていた筈の横島を部屋に引っ張り込んで彼女を慰めさせていたりする。

 

 だがそのお陰で、

 

 

 「ふん……私の命に背き 珠を使用した仕置きをしてやろうと思ってたんだがな……」

 

 「おおぅ……」

 

 

 何と彼は仕置きを免れていた!!

 

 当然彼はナナに感謝感激。身体を縮こまらせて特大のグミキャンディ状態になって怯えていた彼女をぎゅっと抱きしめて涙ながらに礼を述べていたという。

 何とも情けない話であるが、誰だって死刑だか拷問だか判断できないお仕置きは勘弁してほしいのだ。感謝の念も出ようというもの。

 しかし何が幸いするか解った物ではなく、感謝感激雨あられの横島の霊波動をモロに受けたナナはかなり落ち着いてきており、彼が抱っこしていればそれなりの返答ができるほどにまでなっていた。

 

 

 

 

 

 

 「ふぅ〜ん……へぇ〜……」

 

 

 メモとレコーダーを手にしてイロイロ聞き出す気満々の和美であったが、そんな横島に質問したりせずしばし生温かく見守っていた。

 

 

 「あ゛っ あ゛っ まるで汚物を見るような眼差しがイタイ!!」

 

 「そんな事ないよ〜? 仲良き事は美しきかなって思ってるだけ〜」

 

 「ホンマか? ホンマやな?」

 

 「うんうん。ホンマホンマ。

  仮にも私はジャーナリストだよ? みょーな先入観持ったりしないわ。

  だから横島さんがロリでもペドでも差別したりしないよ?」

 

 「信じてへんやんけ!! アホ———っっ!!!」

 

 

 何ともからかい甲斐のある男である。

 

 二人のいる場所は世界樹近くにあるオープンテラス。

 今は事件の次の日の放課後だ。

 

 世界樹がことさら大きく見えるここはけっこうスポット。

 しかし、今日は珍しく人が少なかったのでここの席に落ち着いていた。

 

 あんな事件に巻き込まれはしたが、彼女とて既に京都で不思議事件に関わらされているし、元より麻帆良の人間はどこか図太い。

 エヴァの別荘で二,三日も過ごしていれば落ち着くと言うものだ。

 

 和美もそんな太い神経持ちの一人であるが、落ち着きを取り戻した彼女が起こした行動は、横島忠夫への突撃インタビューだった。

 

 何せ彼への対応はかなりデリケートである。

 色仕掛けには弱そうだが、下手に行って成功なんかすれば横島のゲシュタルトが崩壊して色々とイタイし、100%中の100%で貞操の危機だ。

 それだけならまだしも(!?)、正気を失った黒い三人娘にナニされるか解ったもんじゃない。

 

 だから先にその剥き出しの雷管のような三人を説得し(結構疲れた)、許可をもらって(ぶっちゃけありえない事を危険視されていたが)どうにかこうにかインタビューテーブルに着けたのである。

 

 

 『あ、あうあう……お、落ち着いてくださいレス』

 

 「ふ。ナニを言うかと思えば……オレは落ち着いてるぞ?

  火事が起こった弾薬庫みたいに深く静かに落ち着き払っているぞ」

 

 『そ、そーなんレスか?』

 

 「いや、それ大騒動だから。むっちゃ慌てふためいてるから」

 

 さて、本来なら(、、、、)そんなド渦中の人である青年、横島であるが、この日は特別に仕事を休みにしてもらい、何時もの普段着姿(Tシャツにジーンズ。バッシュにジージャン)というデフォルトの格好でここに来ていた。

 その隣の椅子にはちょこんと何時も側に付いている白小鹿。

 普通、椅子の上に動物を乗せたりしたら文句の一つくらい言われそうなものであるが、そのペタン座り込んだ姿はかなり微笑ましく、様子を見に来たウェイトレスとかに眼差しを向けて首を傾げてぴぃと鳴いたりするものだから何とも愛らしい。

 そのお陰か黙認されてたりする。ちょっち横島がしっとしたのはナイショだ。

 

 そしてそんな彼の膝の上には丸まった猫ぐらいのサイズの銀色のグミがあった。

 彼が慌てたりする度にぷるぷる震えて言葉を発し、何かを問いかけるとやっぱりぷるぷる震えて言葉を返してくる。

 ドコをどー見ても怪しさ大爆発のブツであるが、学園都市に掛かっている不思議現象を気にしなくなる認識阻害と、横島の醸し出す雰囲気がその不可思議さをぼかしていた。

 

 

 そう、膝の上にいるのはグミ形態をとったナナである。

 

 

 姉であるスライムらの判決はやっぱり例の瓶に無期封印。ナナの心は如何ばかりだ。

 その姉達のはげましや、横島の労わり、その瓶はエヴァが所持し、折を見て封印を解いて自分の使い魔にすると言ってくれたので、かなり泣きはしたが一応は裁定を受け入れる事が出来ていた。

 

 まぁ、エヴァも、

 

 

 『案ずるな。

  <正しい魔法使い>とやらは兎も角、“悪の魔法使い”であり“真祖の吸血鬼”である私は約束を違えたりせん。

 

  それに、そこのバカが、しくしく泣くお前を見捨てられるものか。

  事によっては魔法界全土に喧嘩売ってでも約束を守ろうとするだろうさ』

 

 

 等と言って安心させていたりするし。

 ……みょーに正しい魔法使いに対する悪印象を混ぜているので、案外、自分の手駒を増やそうという思惑があるのかもしれないが……

 

 まぁ、それは兎も角(いいとして)

 ネギとエヴァ、そして当の横島の尽力もあって、ナナの処遇は又しても横島与り(預かり?)となっている。

 精霊に続いて銀スライムを預かるところは彼らしいというか何というか……

 

 しかしまぁ、それもしょうがない話。

 何せナナは元々魔法使いをかなり怖がっているのだから。

 

 よって魔法使い側が保護するのは不可能であり、氣も弾いてしまうので呪術者側もちょっとナニだ(そもそもココにはそんなにいない)。

 そんな訳で魔法使いではなく、ちょーのーりょくしゃ(、、、、、、、、、、)である横島が適任だったのである。

 

 

 それに——

 

 

 「ホント、ナナちゃん懐いてるわね〜」

 

 「つーか、女の子虐める趣味はないわい」

 

 「鳴かせる事はあっても?」

 

 「うんそう……って、ヲイっっ!!??」

 

 『ふぇ? 私、泣かされちゃうレスか!?』

 「ぴぃ?!」

 

 「お前ら違うから!! 意味違うからっ!!

  コラ、お前も笑ってないで説明しろ!!」

 

 「へぇ、いいの? この娘に意味教えて。

  らめぇ……とかのセリフの意味」

 

 「モウシワケアリマセン。カンベンシテツカーサイ」

 

 

 余りと言えば余りにも彼は普通だった。

 

 何しろ精霊の集合体である かのこですら御座敷鹿なのだ。

 そんな彼が今更、モンスターだとか、改造人間だとか知ったところで どー接し方を変えると言うのか。

 

 ナナに対して距離云々以前に心の垣根を全く持たず、完全に単なる女の子として接しているのである。

 尤も、彼から言えばそれは当然で当たり前で常識常識(中略)常識であるし、それができないという人間の正気を疑うほど。

 

 生れ云々なんぞどーだっていい話。

 

 種族やカタチの違いどうあれカワイイ女の子なら女の子であるし、ストライクゾーンの美女美少女なら当然口説く。

 そんな娘に頼まれればイヤとは言えず、懐かれれば拒絶できず、泣かれれば大慌てするヘタレっぷり。

 それが常であり、種族もクソもない変わりのない女性への対応。

 彼からすれば相手と自分との間に妙な偏見を持つ方がどうかしているのだ。

 

 悪の魔物とは心の質の事であり、生れや異質の外見等は全く関係しない。

 人間だって魔を超える悪意を持つし、魔と呼ばれるものでも人を超える慈愛を持つ。

 

 その事を誰よりも理解している彼なのだから、身をもって理解している彼なのだから、

 

 そんな彼なのだから“それ”が当たり前なのである。

 

 

 和美はそんな彼とナナ達とのやり取りを目の当たりにし、

 

 

 ——こういうトコ見たら、あの三人の気持ちも解らなくもないんだよね〜

 

 

 等と納得させられるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「元はれっきとした人間の少女で、製作目的の素体として丁度良かったので攫われて改造された……か」

 

 「ハイ……“彼女”とは別の独立した記憶媒体があって、その中にその“記録”があったそうです」

 

 

 エヴァと横島。二人がかりで調べた結果、ナナの中に彼女が自力では殆ど見る事ができない独立した記憶媒体が見付かった。

 その本人の記憶とは違う記憶媒体こそ、成功していた場合の彼女……いや、『7番型流体銀』になるはずだったモノの残骸。

 彼女を改造した人物がナナを失敗と称したのは、その記憶媒体の方を起動する事が出来なかったかららしい。

 

 エヴァによると、元々ナナの魔法使いとして素質が半端ではなく、特に精神系に特化していた可能性があるという。

 そのお陰でおそらく無意識にであろう、彼女は水銀状ゴーレムのシステムを乗っ取って今の“ナナ”になったのだろう……との事。

 

 ただ、流石に本来の自我になるはずだった独立した記憶媒体を掌握できていなかったので、そこに無意識に見聞きした事が残っていたようだ。

 奇跡と言うか、不幸中の幸いと言うか、そのお陰で彼女の出生の秘密等を知る事ができた訳であるが……

 

 

 ——言うまでも無いが、横島は激怒した。

 

 

 彼は生まれた彼女を否定するような事はしない。

 

 生れた事には何らかの意味があり、出会った事にも何かの意味があるとさえ思っている。

 そんな彼だから、ナナを否定するような愚考は犯さないし、考えも及ばない。

 奇跡のような出会いを……今までで一番忘れ難い大切な出会いを経験している彼だから当然だ。

 

 しかし、だからと言って目的の為に一人の少女を捕らえて改造したという愚挙を許すほど腐れてもいない。

 

 

 だから激怒した。

 深く、静かに、冷ややかに、激しく、冷酷に、感情を煮え滾らせ、極寒の心を剥き出しにして——

 

 

 それはエヴァが感心し、零が口笛を吹くほどだったらしい。

 

 『ククク……お前にも見せてやりたかったぞ?』等と笑っていたくらいのだから、相当なものだったのだろう。

 

 何せ悪の魔法使いたる彼女がそう面白がるぐらいなのだ。

 それを想像するだけで高畑は身震いした。

 

 しかし幸いにも(、、、、)その怒りの矛先は既にこの世にいない。

 

 

 「四年ほど前、静岡へ“出張”したヤツですが……その時の対象がその犯人でした」

 

 「静岡?

  ……おぉ、確か風穴に隠れ潜んで無許可でホムンクルスを作っていたヤツがおったの?」

 

 「ハイ。

  ですが、確保する直前に自分の生み出したホムンクルスの犠牲になっていますが」

 

 

 戦闘力は確かに高まっていたが、お陰で本能を制御仕切れず暴走。お定まりの末期であった。

 やっていた事が事なので、高畑も近衛もその末路には全然同情が湧かなかったが、あの時ちゃんと確保していればナナのような犠牲者をもっと早く保護できていたかもしれないと彼は(ほぞ)を噛んだ。

 

 あくまでも『かもしれない』という可能性だけであるが、それでも悔むのが彼らしい。

 勘が良いのか、付き合いの長さからか、近衛はそんな彼の心情に気付き、

 

 

 「今更じゃよ。

  犯人がとっとと犠牲になってくれていたお陰で知人(、、)に罪を犯させずに済んだ。

  そして彼女は一番適任者である彼が救った。

  終わりよければ……としてそれを由とせねばの」

 

 

 と諭す。

 そこに拘っていたら一歩の前に進めないのだから。

 

 

 「ハイ……」

 

 

 流石は海千山千の学園長。高畑は近衛の切り替えの妙に苦笑しつつも感謝して報告書のページを捲った。

 彼としても納得せねばならないので何とか思考を上方に修正しながら。

 

 

 「問題は彼女……ナナ君が危ないかどうかじゃな。

  流体金属生命体であり、氣や一部の魔法を弾く事が出来る……それ以外は?」

 

 「そうですね一部の配列を変えてその形態や質量を変化させ維持する……

  つまり人の形を取った時にその形状を維持する事が出来、質感も人肌のそれにする事ができるらしいですよ」

 

 「ほう?」

 

 

 どうやら元々は記憶媒体の大きさからして、かなり特殊な潜入と暗殺等に“使う”つもりだったらしい。

 

 外見は確かにまっ銀々であるが、映画の『“終わらせる者”2』に出ていた1000番野郎が如く、外見データをその媒体に記憶させれば同じような潜入工作が可能であるらしい。

 ぶっちゃければ幼女型ターミ○ーターである。

 

 

 「まぁ、結果はナナ君の意識が身体の主導権を得て失敗。

  おまけに素体となった彼女自身の倫理観が高すぎて何の罪も犯せません」

 

 「ふむ……」

 

 

 それが良いのか悪いのか判断が難しいが、この件に関しては『良い』のだろう。

 何せ彼女には情状策量の余地があるという判断材料にする事が出来るのだから。

 

 しかし、せめてもう少し倫理観が低ければもっと楽に生きられただろうに。立場上考えてはならぬ事であるが、近衛はそう内心溜息を吐いた。

 

 「ん? しかし、それだけ倫理観が高いのならわしら(魔法使い)に追いかけられたりすまい?

  何があったのじゃ?」

 

 「はぁ……

  あまり、聞いて気分の良い話じゃないんですけどね……」

 

 

 彼女が生み出されたのは何時の話であるかはこれからの調査待ちであるが、兎も角、失敗作だった彼女は隠れ家ごと放棄されていたらしい。

 普通なら封印処理を施されていた彼女が目覚めるはずもなく、誰かが故意に魔力を注がねばならなかったのであったが、何とナナはゆっくりと周囲からマナを取り込み続けて自力で覚醒したらしい。

 しかし目覚めはしたものの彼女の経験は真っ白。自分が生み出された物だという自覚だけは何とか持ってはいるものの、どれだけ危険視される存在であるかまでは理解できている訳も無かった。

 だから覚醒したての彼女は、改造人間というカテゴリーである為に空腹に喘いで人里まで降りて行ってしまったのである。

 

 彼女の見た目は銀色スライム。

 一般人からすればモンスター以外の何物でもない。

 

 幸か不幸か最初に彼女を発見したのは地元にいた魔法使いで、そんな外見からか害意のある魔物として攻撃を仕掛け、人里の周囲から追い払ったのだという。

 その際、放たれた魔法を弾いたのが災いしたのだろう、その魔法使いは伝で魔法関係者を集めて山狩りを行ったらしい。

 

 

 「……何ともお粗末な話じゃの」

 

 「確かに彼らの気持ちも解らぬでもありませんがね。

  どうも彼女の出生や事実を知ってしまうと……」

 

 「知らぬ事…では済まされんのぉ」

 

 

 記録の上では、その魔法使いは不意打ちを喰らい、あわやというところで魔法で反撃をして辛くも生還を果たした事になっている。

 

 尤も、ナナの記録の中の件の魔法使いは、出会った瞬間に腰を抜かし、魔法が効かないと解ると失禁した挙句に泣きながら這いずって逃げて行く画像が残されていたと言う。

 掻いた恥を誤魔化す為、針小棒大に伝えたのが本当のところだろう。

 

 

 『ったく。ひっでぇヤツだなぁ……』

 

 

 等と横島は軽めに言っていたが、額に浮かんでいた血管は極太。ほっとけばナニするか解った物ではない。

 一応、高畑がそれなりに対処しておくからと執り成しておいたのだが、そうでも言っておかねば本当にヤヴァいと感じていた。

 何せ件のナナはよっぽど怖い思いをしたのだろう、そのまま山奥に逃げて隠れ住み、木の実とかを食べて飢えをしのいでいたと言うのだから。

 

 それも二年もの間——だ。

 

 

 「二年……短いようで余りに長いの。

  その間、子供が山で一人隠れ潜まされていた……か……

  しょうがない、仕方がないでは済まされんのぉ」

 

 「……何せ彼女も被害者ですからね」

 

 

 そしてその後、人目を避けるように彷徨っていたところをヘルマンらに拾われ、麻帆良に来たのだそうだ。

 

 

 「ずっと一人でいたのですからね。

  同じような不定形生命体に優しくされたら付いて行くでしょうよ」

 

 「調書によると、彼女らも本気で心配してたようじゃからの」

 

 「人間より、魔物の方が優しく接し、暴走した際にもその身を案じている……何とも気が滅入る話ですね」

 

 「じゃの……」

 

 

 二人顔を突き合わせ、同時に溜息を吐いた。

 真の意味で<正しい魔法使い>を目指す者、というのは口で言うより少ないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「そー言えばさ、結局みんなに教える事にしたの?」

 

 「ん、まぁしゃーないしな」

 

 

 何せあいつらはこっちの都合やらなにやらを考えてくれるような輩ではない。

 

 厄介な事に、ヘルマンは召喚された身であった為、術者と視覚が繋がっていた可能性があるのだ。

 どこまで共用していたかまでは解らないが、今回関わらされてしまった少女らの事まで見られていた可能性は高い。

 

 

 だとしたら裏を説明せねばならない。

 そうでもして自衛手段を考えねば、また向こうの勝手で関係者として巻き込む可能性があるのだから。

 

 『魔法の秘匿がどーとか言ってるくせに、巻き込む時は後先考えずってどーよ?』と、横島もかなり機嫌が悪かった。

 尤も、ナナを膝に乗っけている今はそんな事を口にしたりしない。

 ただでさえ彼女は気にしているのだ。

 下手な零し方をすればまた謝り倒されてしまう。何げに彼に似た習性を持っていた。

 

 

 「えと、コタローだっけ?

  アイツも千鶴ちゃんに対してはまだ悩んでるみたいだけど、流石に夏美ちゃんには見られてるしな……

  腹が決まったらネギと二人で説明するとよ。

 

  んで円ちゃんは……その、オレが……」

 

 

 「? あぁ、責任とって?」

 

 「う゛……」

 

 

 責任とは、つまりキスの事。

 

 人命救助の為とはいえ、横島は円の唇を強引に奪ってしまっているのだ。

 円の身体を抱きしめ、霊気でもって内部に飛び込んでしまったナナを搾り出そうとしたまでは良かったのだが、口まで出てきたところでそこでナナが踏ん張ってしまった。

 下手すると今度は気道に逃げてしまうかもしれないし、このままでもほぼ間違いなく円は窒息する。

 それを懸念した横島は、強引に口をつけてナナを吸い出したのだ。

 

 いくら悪気はなかったとはいえ、ナナを捕まえたる為に口の中を舌で犯しまくってしまったようなもの。そりゃあ横島の良心もズキズキするだろう。

 

 無論、その直後に怒れる二人の少女によって半殺しの二乗分のおしおきを喰らったのだが……出血多量で朦朧とした意識の中、賽の河原で縁深い邪竜女と談笑しつつ茶を飲んだ気がしたが気の所為だろう。多分。

 兎も角、そんなこんなで責任とって自分が詳しく説明する事にしたのである。

 

 

 「律儀だよね〜 楓とくーちゃんの時はあっさりしてたのに」

 

 「お、思い出ささんといてぇ〜〜っっ!!」

 

 

 テーブルにつっぷしてしくしく泣く横島。

 

 ロリ否定精神であるジャスティスを引退させる切欠となったイタ過ぎる思い出だ。

 人目もはばからず和美の前で泣く様は、彼女に別れ話を切り出された男のそれ。何とも物悲しい光景であろうか。

 ぴぃぴぃと かのこが彼の頬を舐めて労わり、膝の上の銀色グミから触手みたいなものが伸びてポンポンと軽く叩いて慰めている。それがまた彼の情けなさに拍車がかかって目が潤む。

 

 

 「ホント、表情多くて面白いわ。この人」

 

 使い魔(ペット)に労わられ、ナナに慰められ、感謝した横島は彼女らの頭(?)を撫で返す。その絵が気に入りカメラでパチリ。

 良い絵とは言い難いが、面白い一枚に違いはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ナナ君の処遇も何とかなったし、今回の件も一応の片はついたんじゃが……」

 

 「ええ……“解決”には程遠い」

 

 

 この学園とネギの調査だったというのに、その任務には行動を封じると言う物も含まれている。

 

 こちらと同様、一般人を巻き込まないように行動しているかと思えば、いきなり巻き込んでくる。

 

 敵の行動がチグハグ過ぎて全然読めない。読み切れない。

 

 まるで“あの時”のように、行動原理は兎も角、行為そのものに一貫性が無くてついて行くのが難しいのである。

 

 

 ——また、失わされるのだろうか?

 

 

 そう思うと、師を失った時と同じように、感情が胸の奥で弾けるような偽痛を感じる。

 知らずズキズキと心が痛み、歯を食い縛ってしまう。

 近衛も書類に目を落としたままだ。

 

 しかし、だからと言って——

 

 

 「“向こう”に連絡を入れ、最深度調査をしてもらいます」

 

 「……ふむ」

 

 

 ここで足踏みを続ける訳には行かない。

 

 

 「奴らはもう、残党しか残っていない……そう思っていました。

  本陣を討ち倒された奴らだから、小枝がざわめく事しか出来ない。

  そう思っていた……いえ、“思いたかった”のかもしれません」

 

 

 しかし、ここまで調査が進まないという事は、横島が言っていたように異様に深く闇に潜んで根を広げていたか、或いは……

 

 

 「大本の根が残っていた可能性がある……と?」

 

 「はい」

 

 

 不幸中の幸い……ではないが、ナナを作り出した輩は間違いなく小枝。

 

 何せ“黄昏の姫巫女”がどういうものであったか理解しておらず、完成版のナナ——いや、『7番型流体銀』を影武者として送り込もうとしていたようだからだ。

 仮に完成していたとしても、仮に送り込めたとしても、彼女以外に何ができると言うのか。

 あの大惨事の最大の加害者であり、犠牲者である“黄昏の姫巫女”。

 言っては何だが、人造人間程度の力では看板以上の役はできないのである。

 

 

 『人を信用できねぇから、側近とか生み出した部下以外と腹割って話せなかったでしょうよ。

  それなりに使える駒だったら、誤解されたままの方が都合が良いし。

 

  だからそいつも信頼されてるとか勝手に自惚れて暴走したんだろーけど』 

 

 

 これは横島の弁。

 あの事件に関わっていないのに、何故か本質を掴んでいるような気がする。

 

 

 『……そういうのと戦り合った事があるんスよ……』

 

 

 それ以上話してはくれなかったが、彼もまた聞くつもりも無かった。

 吐き捨てるようにそう零した彼の顔。それは自分がよく知る者の……師匠を失った直後の自分のそれを見ている気がしたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……う〜ん……普通だね〜 もうちょっとドラマチックな展開は無いの?」

 

 「ドラマチックとか、バイオレンスとか……腹いっぱいじゃいっ」

 

 

 一通り聞きたい事を聞き終えた和美の感想がそれだった。

 

 バイト先でこき使われ、色々と怖い想いをさせられていたのだが、ある日死ぬような目に遭って遂に力に目覚めた。

 ざっと書いたらこれだけである。

 何かこう、ラノベとかでありきたりの話なので、然程珍しくも無い。

 どう考えてもネギの過去の方がドラマチックなのだから。

 

 

 無論、詳しく語れば大変な事がポンポン出てくる。

 日本の危機、アジアの危機、人類の危機とかがドカドカ出てくるのだが、色々マズいので言える筈も無かった。

 和美の聞き方が悪かったのか、横島の誤魔化し方が上手かったのか判断が難しいが、都合の悪い部分を削って答えればこんなにも単純な話となってしまう。

 

 その横島はサンドイッチを手に取り、少しづつ千切ってナナに与え、付け合せのフルーツをかのこに食べさせている。

 まるで前からやっているような自然さで二人(?)に食べさせている彼であるが、かのこは嬉しげにリンゴを咥えナナはぱくりとそれを飲み込む。

 音符が見えそうなほど嬉しげに小鹿は果物を噛み、銀スライム娘は ぷるぷると身体を震わせて美味しいと声を漏らす。

 何とも微笑ましい光景で、和美と横島は二人して微笑を浮かべていた。

 

 そして食べ終わるのを見計らって横島がまたフルーツとサンドイッチを分け渡す。

 よく解るもんだとちょっと感心してみたり。

 

 

 「こういう機微が解るトコに魅かれてるのかねぇ……」

 

 「ん? 何だ?」

 

 「ううん。何でも。

  仲良き事は美しきかなってね」

 

 

 何故か解らないが、そんなやり取りをする彼らの横にナスの絵が描かれた武者小路実篤の額が出現していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 

 小一時間も話していると、そろそろネタは尽きてしまう。

 

 聞きたい重要なポイントをはぐらかされている事は解ったのだが、あえて聞き返せるほどの材料は思い当たらずそのままだ。

 見た目兎も角、その実は意外に手強い。楓に忠告されてはいたがここまでとは思わなかった和美である。

 

 しかし、本題はこれからなのだ。

 

 

 「ところでさ、こっから個人で聞きたかった事だからオフレコでいくけど……」

 

 「ん? 何だよ」

 

 

 そうレコーダーを仕舞いつつ前置きをする。

 

 ずいと身を乗り出す和美に、何だかこっからが本戦のような気がすると横島の背に冷や汗が流れた。

 幸い膝に乗せている癒し系少女のお陰で、大分落ち着いているが。

 

 そのナナはデザートのコーヒーゼリーをもらって『ぷるぷるレス〜』と喜んでいたり。

 

 ちょっと過保護気味だなぁと苦笑しつつも、ズズイと迫っている和美に顔を向けた。

 そう横島がきちんと目を合わせてくれた事を確認すると、和美は今回の本題に入る。

 

 

 即ち——

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ねぇ、何で楓もくーちゃんも抱かないの?」

 

 

  ぶ ふ ぅ ———— っ っ ! ! !

 

 

 

 横島は口に含んだコーラを噴いた。そりゃあ、もう盛大に。

 噴霧と言うヤツだ。ふつくしいほど細かいコーラの粒子が舞う。

 

 

 『わぁ……きれいレス〜』

 

 

 とナナが虹を見て感心し、かのこまで見惚れちゃうくらい。

 げふんっけふんっ、ごほんごぶっ 等と咳き咽いでいる横島をガン無視し、和美は椅子に深く座り直して腕を組み、心底不思議そうに首を傾げる。

 

 

 「いやさぁ、ぶっちゃけあの二人って横島さんに隙見せまくりじゃん。

  けっこう激しいキスもしたって言うし。

  だったら次はもっとナニな事しないといけないじゃない? 男として」

 

 「あ、あ、あのなぁ……」

 

 「そこに零ちゃん入ったじゃん。

  プロポーションが大,中,小って並んだから一人くらい手ぇ出すと思ったんだけど……

  あ、ひょっとしてお稚児趣味が」

 

 「 ね ー よ っ っ ! ! ! 」

 

 

 ペドとかロリとか言われるのも心外だが、お稚児趣味を疑われるのは輪をかけて屈辱だ。

 それだったらまだペドロリと言われる方が…………やっぱりイヤか。

 

 兎も角、お冷をぐびりと飲んで何とか気を落ち着かせ、息も整える。

 それだけ慌てるのは僅かでも自覚はあるのかな? とか思いはしたが、口に出さない和美は賢明だ。

 

 

 「落ち着いた?」

 

 「……何とかな」

 

 『大丈夫レスか?』

 「ぴぃ〜?」

 

 「ウン、オレ、イキテル……」

 

 

 ぐったりとテーブルに突っ伏す横島。

 そのタレ具合は中々笑えるが、聞きたい事は何も彼の口から聞けていない。

 インタビュアーというものに必要なのはしつこさと忍耐力だ。

 だから、何だかんだで情報収集が得意な和美はその辺も優秀で、割と呑気に回復が待てる。

 頬杖を突いたりして余裕が感じられた。

 

 つまり、横島もこの演技では誤魔化しきれないと諦めた。

 

 

 「嫌いじゃないんでしょ? あの二人……ううん、三人とも」

 

 「ああ」

 

 

 意外にも横島は和美の問いに即答した。

 おまけにヘンな言い澱みも無いときている。清々しいほどの告白だ。 

 和美はちょっとだけ顔の温度が上がっている事を自覚しつつ、問い掛けを続ける。

 

 

 「ん〜……中学生ってはそんなにネックになるの?」

 

 「ま、それもあるけどな……」

 

 「へぇ……?」

 

 

 意外。

 

 てっきりロリと呼ばれるのが一番嫌な理由だと思ってただけにちょっと驚いた。

 その横島は、うっかり漏らしてしまった事に後悔して不貞腐れてたりする。

 こうなると話の流れから言わなきゃならないし、下手に隠すとエラい方向に持っていかれるだろう。こーゆータイプはそういうコト平気でかます。

 だから彼も腹をくくり、溜息を吐いて身体を和美に向き直した。

 

 

 「あのさ、さっきも言ったオレの力だけど、霊能力って言って魂から出る波動なんだわ」

 

 「れ、霊能力? いきなりインチキ臭くなってきたんだけど……」

 

 「ほっとけっ!!

  まぁ、オレの特性は“こっち”じゃ超能力のカテゴリーに入るからそれで通してるけどな」

 

 「インチキ臭さがどんどん……あ、試験の時にネギ先生を吹っ飛ばしたのがそれ?」

 

 「ちょっと違うけど似たようなもん」

 

 珠を生み出すときの要領で霊力を固めかけたもの(、、、、、、、)をぶつけたのだ。

 無論、珠ができるほどまでは収束させていなかったからあの程度で済んだのである。

 

 

 「オレさ、さっきも言ったけど、潜入捜査っポイ事しなきゃならなくなってさ」

 

 「ふんふん」

 

 「だけど実はその時のオレってただの荷物持ち。何の力も無かったんだわ」

 

 「へ?

  ……ああ、そっかそう言ってたわね」

 「そ。で、ある人に目覚めるきっかけ……つーか師匠? をもらって(、、、、)さ」

 

 「は? 師匠を、もらう?」

 

 「言っとくが言ってる事は間違ってねーぞ?」

 

 

 何せずっと着用していたバンダナに神通力を宿らせてもらって生れたのだ。

 授けられた力で目覚めたのだから間違ってない。だろう。

 

 

 「ま、兎も角。

  そん時に手っ取り早く霊力を高める方法を教えてもらったんだけどさ」

 

 「ふぅん?」

 

 「それがまた……煩悩なんだわ」

 

 「は?」

 

 

 無論、なりたくてそんな珍妙にして珍奇で愉快な体質になった訳ではない。

 

 どういう訳か横島はエロス関係にのみ、想像を絶するほどの集中力を見せていた。

 彼に与えられた“師”である心眼は、よりにもよってその煩悩を利用して霊力を上げる方法を魂に刻み込んでしまったのである。

 幸いにも煩悩は本能に根ざした物なので生存本能に次いで高い。

 更に横島は生存本能より煩悩が高いとキている。

 後の横島大活躍の陰にはこういった心眼の働きがあった訳であるが……まさか魔神と戦えるまでに至るとは思いもよらなかったであろう。

 

 閑話休題(それはさておき)——

 

 

 「その所為かどうか知らんが、霊力が下がると煩悩が異様に高まって霊力を回復させようとするんだわ」

 

 「は、はぁ……」

 

 「解るか? 下手すっと楓ちゃん達をむちゃくちゃにしてしまいかねねぇんだわ。コレが」

 

 

 はれ? それのドコが悪いんだろ? 等と思ってたりする和美はやっぱりドコか変。

 

 いや、昨今の女の子の考え方からすればまだあの二人は奥手な方かも知れない。

 それでも本屋ちゃんとかよりはかなり進んではいるが。

 

 

 「いや、別に悪いコトじゃないでしょ? あの二人だって隙見せた方が悪いって知ってる筈だし。

  じゃあ別に横島さんにそーゆーコトされたって文句言わないと思うよ? つーか、喜びかねないし」

 

 「アホか——っ!! ンな事が出来るかぁ——っ!!!」

 

 

 誰の目から見ても解る事であるが、あの二人はかなり深く強く横島の事を想っている。

 慕い倒していると言って良いだろう。

 

 でなければ、嫉妬ビームなんか放ったりしない。

 ただ、どういう訳か本人達は本気で自覚していないのである。

 

 

 『横島さんもとっとと拉致監禁するなり奴隷調教するなりしてくれれば良いのに……』

 

 『言てくれれば私は場所もアリバイも道具も媚薬も妊娠誘発剤も提供するネ……』

 

 

 等と病んだ目でとんでも台詞をぶっこいた少女が二人ほどいたよーにも思うが……気の所為だろう。多分。

 まぁ、和美にしてもとっとと関係をぶち進めてくれたら記事にもなってうれしいから、ちょびっと同意。

 

 『……には悪いけどね』と呟きが漏れるがどちらも本意。難しいものなのである。

 

 

 ゼェゼェと息を整え、わたわたと慌てたナナからお冷の御代わりをもらって一気飲み。

 咽喉に氷が入ってのたうつが、まぁそれでも落ち着きは取り戻せた横島。

 

 のほほんとしている和美を恨めしげに睨みつつ椅子に座り直した。無論、この自称パパラッチはそんな眼差しもHEAD-CHA-LAだった。

 横島は彼女の態度に深ぁ〜く溜息を吐き、言いたかないけどという気持ちに満ち満ちた顔で口を開く。

 

 

 「あんなぁ……よう聞けや?

  確かに二人とも年齢度外視に強いし、わりとしっかりしてる。

  大人の範疇に入れてもおかしくないくらい。

 

  せやけど、やっぱり思春期のド真ん中には変わりねぇだろ?

  そんな娘相手に無茶できるか!!!」

 

 「……は?」 

 

 

 横島の言葉に、和美は『コイツ、何言ってんの?』と呆然とした。

 

 何と言うか……さっきから聞いてたら話の流れに辻褄が合わず、内容がズレたり戻ったりと忙しい。

 

 いや、その分横島が真面目に真意を伝えようとしているのは解るのであるが、自分の中だけで完結している理由を言葉にするのは流石に難しいようだった。

 

 さっきから自分の事を煩悩の化身のように言っていた事、そして何と言うか……自分も含めてであるが色々と難しい年頃であるコトに繋がりを……

 

 

 「……ん?」

 

 

 その時、はたと何かが引っかかった。

 

 

 「え〜と?

  横島さんが煩悩が凄く強くて無茶しかねない……

  で、いくら楓とかが大人っぽくても、思春期だから無茶できない?」 

 

 「う゛……」

 

 

 それがド拙い指摘だったのか、横島は目に見えてうろたえた。

 慌ててナナを頭に被ってしまうほどに。

 そんなコンフューズした横島を見て、和美の脳はついに核心にたどり着く。

 

 

 「ははぁ……解った」

 

 

 

 

       ぎ く ぅ っ

 

 

 

 

 「横島さん、アンタ……」

 

 

 和美は、確証を得たりとばかりに彼の想いを形として整え口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ガンドルフィーニ先生とかが文句を言うかと思ったんですけどね」

 

 「意外にあっさりと認めたの」

 

 「あ、ハイ。

  ナナ君が高校生くらいの外見なら必死に止めたそうですよ?」

 

 「フォフォフォ……さもありなん」

 

 

 何故だろう——

 

 ついさっきまで空気がかなり重くなり、呼吸すら苦しく感じていたというのに、何時の間に払拭されていた。

 不思議な事に、重くした材料も軽くした材料も同じもの……ナナの話だ。

 彼女の身の振り方に入るまでは確かに鬱に入りそうなほど気が重くなっていた。

 それは師を失い、自分の無力さを思い知った時に似て、足掻こうにも足掻く足場が見当たらない影の中のよう……

 

 ただ、そこに一片が入っただけで。

 僅かながら別の材料が入っただけで足先に取っ掛かりを感じ、気がつけば淵にまで辿り着けていた。

 

 

 その一片——

 

 

 「まぁ、ドスケベで中々目の付け所がよい彼じゃが純情だしの」

 

 「学園長の言う目の付け所という部分をちょっと問い質したくなりますけどね」

 

 「フォフォフォ じゃが、純情と言う点は間違っておるまい?」

 

 「それはまぁ……」

 

 

 その一片は行動そのものが不可解で直情で、歪みの頂点のようでまっすぐだった。

 

 先天性の道化師。邪の極みのようでいて救いようの無いお人好し。

 特に女子供に対して底抜けに優しいところはとっくに皆にバレている。

 

 何せ霊力とやらが満タン時は飛び掛ったりしないし、話すと異様に会話が楽しい。

 手が足りないようなら(直にその事を気付く)、極自然に手を貸してくれるし、恩に着せたりしない。

 

 借した恩は忘れるくせに、借りた恩は忘れない律儀さを持つ妙な男。

 だから飛び掛られてはしばき倒している刀子やシスターシャークティーも嫌悪はしていない。大迷惑とは思っているが嫌ってはいないのだ。

 

 それが人柄なのか何なのかは不明だが、彼の話が出るだけで不思議とネタが尽きなくなるし、場の空気がどんどん軽くなってゆく。

 それがまたここでも強く作用していた。

 

 

 「じゃが、ナナ君は喜んだじゃろ」

 

 「正確にはホッとした……でしょうけどね」

 

 

 横島預かりというのは色んな意味で彼女にとって救いである。

 前述の通り、横島はナナがどんな形態をとろうと、それこそ秒単位で慣れてしまう。

 彼が引き取ってくれるという話を聞き、ジェル状になって泣きついた時に出たセリフも、

 

 

 『あ゛っあ゛っ らめぇえ——っ

  ココじゃイヤ——っ!!』

 

 

 である。

 それを見た高畑はどこまで柔軟なんだと感心したものである。

 

 

 「では、横島君の申請した件は……」

 

 「よいよ。彼が責任を取ると言っておるのじゃろ?」

 

 「ええ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いやぁ……彼女たちが羨ましいねぇ〜」

 

 「……」

 

 

 とんでもない女にとんでもない事を知られてしまったものである。

 

 ウッカリ“真意”を漏らしてしまった以上、言い訳は利かない。

 

 何せ口で言った訳でなく、態度で見せたもんだから説得力が高いのだ。どうこう言った所で薮蛇である。

 だから横島にできた事は黙秘権を貫いて終始無言。

 反論不可であるし、こんな時にはナニをどう返しても倍のダメージを受けて撃墜されるだけである事を理解しているからだ。

 

 しかし、その行為こそが肯定なのであるが……そこまでには気付いていないようである。

 

 だからプイと横を向き、かのことナナを膝に乗せて抱きしめ、思う存分かいぐりかいぐり愛でて自分を慰めている。

 何かマスコットみたいに扱っているが、かのこもナナも気にもしていない。というか嬉しそうだ。

 

 そんな横島のテレ具合を見られて和美は笑顔満面。

 今まで色々とスカタンな行動ばっか見せられていたが、成る程こんなに面白い男だったか。

 楓もとっとと会わせてくれてもよかったのに。何を警戒してんのやら。いや、だからこそ(、、、、、)か?

 

 

 「ふむふむ いやぁ〜今日だけで色々と解ったよ。よかったよかった」

 

 「くぅ〜……」

 

 

 お馬鹿であるが無意味なほど律儀で、しょーもないトコで殊勝。

 いや、師匠としてちゃんとあの二人を細かく見ているようだし、ナナに対しての接し方からして面倒見も良いのだろう。

 ああそういえば、事件後のフォローとかもキッチリ考えてるわよね。

 

 ……ん?

 

 女の子と適度な距離が置けて、けっこう面白いし楽しい話をしてくれる会話上手。

 好意を持った相手の事はとことん気にして、それでいて束縛しなくて律儀で優しくて機微に聡くてフォローも細かい……

 

 あれ? 何でこれで女の子にもてないの?

 

 煩悩魔人とか呼ばれてたって言ってたから、物凄いドスケベかまして嫌われてたとか?

 ——等と、小鹿と銀スライム娘に癒してもらっている横島を見ながら和美は首を傾げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「まぁ、手続きの細かいトコは横島君に書かせるとして——」

 

 「丸投げですね」

 

 「むぅ……しかし、当然じゃろ? 自分らの事じゃし」

 

 「まぁ、そうなんですけどね」

 

 

 ついさっきまで漂っていた窒息しそうな重圧の空気は完全に払拭されていた。

 横島のお陰といえばそれまでだが、彼が何をどうしたという訳でもなく話に出ただけでこれ。

 

 まぁ、余りのおマヌケなキャラクターに脱力するという説もあるが。

 

 

 「……それでナナ君本人はどう捉えているのかの?」

 

 「本人はかなり慌ててましたよ。

  あそこまでむき出しの好意を向けられるのは初めてみたいですしね。

  しかし、さっきも言いましたが彼に懐いている事は間違いないですね。

  それに……」

 

 「それに?」

 

 

 「横島君、何故かあのスライム達にも信用されてるようでしたから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「もぅええか? ええな!? くそぉっ」

 

 「ぷ、くくくくく……う、うん。いいよ。あは、あはははははは」

 

 「ドチクショ————っ!!! いらんコト言うてもたぁ——っ!!!」

 

 

 青い空なんてぇえ——っ!!! と涙を迸らせながら空に叫ぶ横島。

 

 何と言うか……男の口からドスゲェ熱々なセリフを聞くと中々クるものがある。

 ハッキリとした告白とかならもっとウソ臭いのだが、あれだけ(ぼか)した言い方をされたら説得力があると言うものだ。

 狙ってやってない分、和美の胸にもギュンギュンきたほど。

 

 彼本人は火傷のように後から心にダメージを受けていたのだろう、赤色にテレまくって大変だった。和美はそれを見て大爆笑してるし。

 横島にとって恥辱屈辱以外の何物でもない一時だった。

 

 

 「ひーひー……ぷぷぷ……も、もういいよ、あ、ありがとうね。

  あははははははは……」

 

 「くぅううう〜……うぬれぇ〜」

 

 

 しかし、いらん事ぶっちゃけた横島に勝機は無い。

 彼にできる事は負け犬宜しく尻尾巻いて逃げる事だけである。

 

 今だ滂沱の悔し涙を流しながら、彼はナナを左肩に乗せ直してかのこを促し、レシートを手にして席を立った。

 

 

 「ぷぷぷぷぷ……って、あれ?

  インタビュー頼んだ私だからここのお金くらい払うつもりだったんだけど」

 

 

 当然、取材を申し込んだは自分なのだから、言うなれば取材費。

 払おうと思ってたし、最低でも割勘のつもりだったのだが横島は手をひらひら振ってそれを断った。

 

 

 「ばーか。良い女ってのは男に払わせてなんぼなの。

  こちとら仕事してて収入あるんだから奢らせろや。

  やったラッキー☆程度に思ってりゃいいさ」

 

 「……あ、うん。ゴチになります」

 

 「あいよ」

 

 

 のこのこと後ろを着いて行き、財布からお金を取り出してレジに払う横島の背を見つめる。

 

 “あの娘”から基本の情報をもらっていたのだが、想像の斜め上45度を行く本当に面白い人間だった。

 

 子供っぽさと大人っぽさ。

 狭量と包容力を併せ持った矛盾した人格。

 人と人との垣根がやたら低く、会話も楽しい。

 

 何でモテなかったんだろ? と、又も疑問が再燃する。

 実際、数人にみょ〜に懐かれているんだけどね。鳴滝姉妹も何か懐いてるっていうし。

 私だって楓とかがコナかけてなければ自分ももっと興味持っていたかもしれないなぁ……等と妙な事も考えてしまう。

 

 

 「横島さんはこれからどこ行くの?」

 

 「ああ、コイツの……」

 

 『ふぇ?』

 

 

 ポンポンと肩に乗っかっているナナを軽く叩き、

 

 

 「生活必需品とかいるしな」

 

 「そっか……そうだよね」

 

 『あうあう……』

 

 

 「なんてったって“妹”だからな。

  兄ちゃん、はりきって色々買っちゃうぞ」

 

 『お……“お兄ちゃん”はずかしいレス……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「横島ナナ(、、、、)……か」

 

 「はい。

  幸い、彼女は元々日系人だったみたいですしね。

  エヴァが言うには“テクスチャ”を用意すれば即日日本人の少女そのものに成れるそうです」

 

 「幻術を出せる程度のマジックアイテムがあればよい。

  ナナ君だったらそれからデータを抜いて自分用の保存ができる……かの?」

 

 「ええ……今、エヴァが調整しているそうです。

  別荘内でやってるそうですから、夜までには仕上がりそうですね」

 

 「ほほぉ」

 

 

 何とも彼女らしからぬ丁寧なサポートではないか。

 そこにどんな思惑があるのか知らないが、興味深く面白い話である。

 

 エヴァが妙に自信たっぷりと胸を張り、工房に引っ込んで行ったのは今日の朝。

 授業のボイコットは出来ても呪いのお陰でずる休みはできない為、放課後まで続きが出来ないという事で機嫌が悪く、担任のネギを一日中苦労させたという。

 彼女は授業が終わると茶々丸と共にすっ飛んで帰ったので、今も調整は続いているのだろう。

 

 時間が掛かるからその間にナナの必需品を買って来いと言ったほど集中している。

 流石は完璧主義者だ。頭が下がる。

 朝だって『とっとと出て行け。作業の邪魔だ』とナナと共に別荘から蹴り出されて二人(?)してボーゼンとしていたのだから。

 

 いきなり兄妹となった二人だが、妙に波長が合うのか既に仲良し。

 そんな二人を思い出し、何時しか高畑の顔には普段の柔らかな笑みが戻っていた。

 

 

 「ほっ 何をそんなに面白がっておるのかね?」

 

 「いえね……横島君が……」

 

 

 

 『カワイイ妹ができたんは嬉しい。

  その気持ちに嘘は無い。マジに。

  ガッコ行く為に勉強始めるんは良い。Goodや。褒めたる。

 

  しかーしっ、算数ドリルとかやってて『お兄ちゃん、ここわかんない』とか聞いてくるやろ?

  い、いや、流石に算数はわかる。解るんやけど……

  中学とか高校生になって『兄さん、ココ解る?』とか聞かれたりしたら……

  あ゛あ゛っっ!! オレが答えられんかった時の絶望と侮蔑が混ざった眼差しを想像しただけで……

 

  Nooooooooooooooooooooっっっ!!!!!!

 

  ワイは……ワイは、ダメなアンちゃんや———っっ!!!』

 

 

 そう泣き喚いた横島は、ナナに慰められて復帰。

 お兄ちゃんとして情け無いトコ見せられんのや——っ!! と参考書買って勉強を始めようとしてたりする。

 何が動機になるのやら。

 

 それを聞いた近衛はさも面白そうに大笑い。

 腹を抱えて楽しそうに笑い続けていた。

 

 因みに横島、ナナを引き取ると決断した直後、彼女を茶々丸に一端預けてから別荘を飛び出し、自分の部屋に飛んで帰って大掃除もしていた。

 言うまでも無く、オコチャマに見られたらヤヴァいブツとかをどーにかする為だ。

 

 

 『あの無垢な目で、『お兄ちゃん、これなんレスか?』とか言われたりしたら……

  い、いや、あまつさえ思春期になって“それ”が何であるか知られ、

  その所為でドブネズミを見るような目で見られたら……

  あ゛あ゛っっ 兄ちゃんは、兄ちゃんはぁあああ———っっ!!!』

 

 

 等と大騒ぎして片付けていた事も注目だ。

 ぶっちゃけ泣きながら掃除する様はかなり笑える。見たかった。

 

 近衛は笑う。

 横島とナナの関係と、彼の人となりを更に知り。

 

 高畑もつられて笑う。

 過去も何も気にせず、ありのままのナナをすんなり受け入れて手を繋いで歩く未来を語っていた横島を思い。

 

 報告書を受けてからずっと濁っていた空気は何時の間にか消え去り、部屋は穏やかさを取り戻していた。

 

 皆が持っていた不信すら壊し、重い空気も壊す。

 

 悲しみや寂しさまで壊しつくす彼。

 

 

 これから彼は何を壊し続けるのか……

 

 

 恩人であり、尊敬する英雄とは全く違うやり方で破壊の限りを尽くしてゆく横島。

 そんな彼に高畑は、淡い希望を持ち始めていた。

 

 

 

 

 

 

 「服はサイズ合わせにゃならんから次な。

  まずは生活必需品。歯ブラシとかは近くで買えるから、今は食器とかだな」

 

 「ぴぃ?」

 

 「おぅっ もちろんお前のも一緒に買うぞ。食器もおそろいだ」

 

 「ぴぃ〜♪」

 

 『な、何だか申し訳ないレス』

 

 「はっはっはっ 気にすんな。

  お兄ちゃんという生物は、キャワイイ妹の為に先に生れてくるものだ」

 

 『そ、そうなんレスか? 深いレスね。

  でも、服は次という事はそれまで裸レスか?』

 

 「い、いや、それやったら犯罪者の疑いが立ってまう……

  せめてグミ状態でいて。抱っこし易いし」

 

 『は、恥ずかしいレスぅ……』

 

 「い、いや、違うからね!?

  妹として愛でるって意味だからね!!!???」

 

 

 小鹿と共に肩に乗っけている(ナナ)とじゃれ合う様は結構シュールだ。

 それでも長年一緒にいた家族のような掛け合いは中々微笑ましい。

 和美はそんな彼らを見送ってから制服の襟を返し、そこに貼り付けていたマイクに向かって口を開いた。

 

 

 「大事なトコもちゃんと聞こえてた?」

 

 『……』

 

 「うん。良かった。凄く面白かったから聞いてないと損だしね〜

  で、仕事はこれで終わりでいい?

  知りたい事は一応言ってくれたみたいだけど……」

 

 『…… ……』

 

 「ん。

  ま、後は頑張って。

  他の娘に悪いからひいきはしないけど、気持ちだけ応援してるから」

 

 『……っ!!』

 

 「あははは まぁまぁ、照れなさんなって。

  OK、OK。ンじゃねっ」

 

 

 和美はポケットの中の携帯のボタンを押し、通話を終了させてワイヤレスマイクも外した。

 ぶっちゃければ、今さっきの話が聞きたかったわけで、大半は既に他の娘からそれなりに聞き出してたりする。

 実際、レコーダーは向けていただけでスイッチを入れていない。入れてたらワイヤレスマイクに反応してハウリングを起こしてただろうし。

 

 

 「報酬も入るし、横島さんの人柄も知れたし、一石二鳥。

  それにこれから楽しめそうなネタも仕入れられたから実質三鳥?

  いやぁ、私ってツイてるぅ」

 

 

 等と呟きはするものの、横島の背を見ている和美の目は柔らかだった。

 何だかんだいっても彼女はあの“兄妹”を見守るつもりでおり、茶化しはするが邪魔をする気は更々無いのだ。

 久しぶりにいい絵が取れたな、とデジカメの画面に目を落とす。

 

 

 

 優しい笑顔で 白い小鹿の頭を撫でつつ銀色グミにジュースを与えている青年の写真。

 

 

 それは、愛おしげな眼差しを家族にむけているそれであった——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ところで高畑君」

 

 「何ですか?」

 

 「何か知らんが薬局とか介護用品店からやたらカタログが届けられとるんじゃが……

  なんでかのぉ?」

 

 「さぁ?」

 

 

 




 これである意味、原作での中編の山場は消化できました。

 ネギ君は力不足と経験不足を思い知れましたし、一部の女の子達には現実を見せられました。
 原作と違うのは、ネギの従者が明日菜と のどかと刹那の三人で終わっている事、
 楓と古は横島にとられている事、ですねw

 そして木乃香は未契約。
 ネギとの仮契約は、現時点では刹那が止めるでしょうから起こらないでしょうネ。


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二十一時間目:あくの分岐点
前編


 癒し系、参入しましたw
 今更ですが、癒しキャラが小鹿と銀スライムって……



 

 エヴァンジェリンの城、レーベンスシュルト——

 

 ドイツ語の名前を持つそれは、直訳すれば「命の負債」だとか「社会の罪」とかいったとなる。

 実に皮肉が利いたエヴァらしいネーミングだ。

 尤も、地平線が霞むほど広い空間であるが広さそのものが紛い物なのでエヴァは箱庭と思っているかもしれない。

 

 エヴァの別荘と同様、瓶の中に存在している暗黒時代の彼女の居城。

 学園に封じられ、鬱屈とした日々を送っていた彼女はいつしかここに足を踏み入れる事はなくなっていた。

 外界と時間の流れが違うので、余計に長く縛られているように感じるのが原因なのだろう。

 

 しかし今、ここは大修行場として開放されていた——

 

 城を取り囲む大密林。

 爽やかさとは程遠い、原色の緑と深緑の鬱蒼とした森。

 一歩踏み入れるだけで一生彷徨い続けてしまいそうな薄暗く、不安の闇に飲み込まれそうなそんな木々の牢獄の一角。

 

 そこは、円を描くように大きく抉り取られていた。

 

 余りに不自然な空間であり、余りに不可解な位置にあるそれ——

 考えようによっては何かに使うために伐採したとも考えられるのだが、生憎とそんな酔狂な事をする者はいない。

 

 そもそもここは閉鎖空間であり、施設も整い過ぎるほどある。

 雪山や砂漠、密林やレジャー用の海岸まであるのだからこれ以上増やす必要は殆ど無いのだ。

 

 では、何故この場に伐採が行われているのか?

 

 ——いや伐採ではない。

 そういった作業によってできた空間ではないのだ。

 そこは、単に余波(、、)を受けただけなのだから——  

 

 

 「ぐ……あぁ……」

 

 「ぬ、うぅ……」

 

 「は、はぁはぁはぁ……」

 

 

 『ふむ……

  今日はここまでですね』

 

 

 その戦いの場に立っているものはただ一人。

 後の三人は地面に倒れ付していた。

 

 ネギは満身創痍。呻く事しか出来ない。

 楓と古はそこまで酷くはないが、それでも息が整わない。

 そこまで激しい鍛錬が行われていたのである。

 

 ——そう、ここに広場が出来ていた理由はその鍛錬の激しさ故。

 

 魔力で強化しないと一般人並の体力しかない少年は兎も角、体力自慢のバカレンジャーですらこの有様。

 特にこの二人は、最近は霊力を使って体力を維持できるようになっていると言うのにここまで疲弊している。 

 少女二人はかなり反則的の能力を持つアーテファクト……いや、宝貝まで使用しているというのにこの有様。

 

 運不運もあろうが、木々を根こそぎ薙ぎ倒す程の“余波”が発生する鍛錬なのだ。それがどれほどのものか想像に難い。

 

 それを汗一つ掻かずに行えるほど、そこに立っている女性は桁が……いや、次元が違っていた。 

 

 見た目はどこにでもいる雰囲気を持った女子大生くらいの女性。

 

 デニムのジャケットにミニスカート。

 黒いストッキングにバッシュ、とガジュアルというよりアクティブなファッションの女性である。

 二十歳かその手前のようでもあり、圧倒的に年上のようでもある不思議な雰囲気の女性だが、何より普通と違った部分があった。 

 

 いや、セミロングの髪の色が、朱色に近い赤というありえない鮮やかな色の髪が地毛なのは大した事ではない。

 

 どこかの青年宜しく赤いバンダナを巻いている事も些細な事だ。

 この三人を相手にし、尚且つこの城の主とその従者達まで交えて戦っても圧倒してしまうというふざけるにも程がある戦闘能力もさる事ながら、それを納得させる一因であるものが頭についているのである。

 

 位置にして耳の上辺り。

 左右、耳の上辺りに()が生えているのである。

 

 

 『よく持つようになりましたね。

  特にネギ君の成長は感嘆しました。あなたの歳で五秒はすばらしい』

 

 「あ、ありが……と、ごじゃい、ま……」

 

 

 そして三人はその女性に鍛えてもらっているのだ。

 幸いにもと言うか不幸にもと言うか三人とも優秀で、全力には程遠いが手加減したとはいえ、大人でも冗談抜きで死ねる程キツイ組み手を行ったというのに意識を持っている。

 

 その事がまた“彼女”の笑みを深くする。

 

 

 『楓さんと古菲もよく凌ぎ切れましたね。

  正直、もっと早く力が尽きると思ってましたよ』

 

 「か、かた……(かたじけな)い……」

 

 「ふっ、くぅ……謝謝」

 

 

 ヘトヘトになってはいたが、まだ口は利けるようだ。

 

 ネギに対しての攻撃より多少上乗せにしているのに言葉を返せるのは凄い。

 何せそこまで力を使い切っているのに、三人とも立とうとしているのだから。

 

 彼女は両刃の剣を肩に乗せ嬉しげに微笑んだ。

 

 

 『ですが、やはり欠点を残したままなのですね』

 

 「「「う゛……」」」

 

 

 勿論、甘言だけでは成長はない。

 締めるところは締めねばならないのだ。

 

 

 『楓さんの鋭さは最初の頃よりは研ぎ澄まされていますが、やはり直線過ぎです。

  曲線のない攻撃は避け易い。その事は叩き込んだはずですよね』

 

 「め、面目……」

 

 『謝るだけなら愚者でも出来ます』

 

 「く……」

 

 

 どうやらこの女性、かなり厳しいようだ。

 謝罪すらぴしゃりと切るのだから。

 

 

 『次に古菲』

 

 「あ、あい……」

 

 『確かにあなたは楓さんより攻撃に円があります。

  しかしそれは“楓さんよりはある”と言うだけですね。

  攻撃を避けられるたびに引いて円運動を止めています。

  “受けてもらった”時だけしか連続した円を描けないのは致命的です』

 

 「……」

 

 

 世間一般のこの年齢の拳士に言うレベルではない物凄い事を言われているのだが、古は自覚していたのだろう悔しげに唇を噛んでいた。

 

 

 『精進なさい』

 

 「っ…対不起……」

 

 

 ちょっと大仰に謝っている古に女性は苦笑する。

 しかし古にしてみれば苦言ほど嬉しい物はないのだ。

 突き刺すような指摘がそのまま実になるのなら、身に余る光栄なのである。だからこそ、恩に報い切れていない自分を詫びているのだ。

 

 

 『それでネギ君』

 

 「は、はい……」

 

 

 彼女が目を向けると、ふらふらであったはずのネギは既に片膝を付いて二人と同様に話を聞いているではないか。

 まったく……あの人(、、、)が思っていた通りだ。

 見当違いのガッツだけは人一倍あるのだが、精神の成長速度が悪い意味で速過ぎる。これではちぐはぐな人間に成長しかねないではないか。

 下手に悩みだすと袋小路直行で、褒めればそこで頭打ち。

 反省時間が無意味に長く、例え戦いの最中だろうと自分の失敗(失策)を無意味に責める。

 

 この妙に寸止まりを起こす所など典型的な天才型が陥るドツボだ。才気がある分、始末が悪い。

 

 だったら一番いい方法は……

 

 

 『相変わらず、フェイントに異様に引っかかりやすいですね。

  もしかして途中で『勝った』等とつまらない事を考えたりしていませんか?』

 

 「う……」

 

 

 増長——というほどではないにせよ、恐ろしく簡単に油断してしまうネギ。

 それは秘密裏に行い過ぎた個人鍛錬の弊害。

 目標は大き過ぎるくらい大きいのに仮想敵すらもっていなかったが為、勝手に相手の程度を設定してしまうのである。

 

 

 『そういう妄想は止めろと言ったはずですよ。

  今のあなたでは私が目を瞑っていてたとしても欠片ほどの勝機もありません』

 

 「あう〜……」

 

 

 だから、“適度”に凹ませる。

 

 何せこの少年、幾ら油断されていたとはいえ師であるエヴァに一度勝ってしまっている。

 だから本人は無自覚であろうが、心の奥底では隙さえ突けば勝てると確信してしまっているのだ。

 

 

 『勝ったと思うのは勝手です。どんな無能者でも出来ますし。

  ただそれは未熟故の事。

  愚を行う、考えるのはそんな未熟者の証なのです。

 

  聞きなさいネギ君。

 

  勝負とは相手に土をつけるまで終わらないのです。

  確かにあなたの年齢からすれば多少は(、、、)強い方でしょう。

  そこらのチンピラ術者に勝つのもそう難しくない事でしょう。

 

  ですが、あなたの考えは単なる自惚れです。

  世界は広い。あなたより強い少年は幾らでもいるのですよ?』

 

 

 増長と自信は違うもの。

 “倒させてもらった”事に一々増長されたら堪ったものではない。

 だからこそ適度に凹ませ、その窪みを埋め立てさせる必要があるのだ。

 

 かなり難しい調整がいるが、幸いにも彼女はそういった事に慣れている。よほどの事がない限り、さじ加減を間違えたりしない。

 

 

 「はい……」

 

 

 しゅんとしているネギを見、そんなに酷く落ち込んでいない事を確認してから、彼女は担ぐように肩に乗せていた剣をどこかにしまい、

 

 

 『強くなる為の最初の一歩は、自分の弱さを思い知り、受け入れる事。

  弱さに潰される事なく、未熟であるが故に目指せる上があるという事を知るのです。

  それが解らなければ能力も技術も伸ばす事はできません。

  解りますね? 皆さん』

 

 「「「……はい」」」

 

 

 そう言を締めくくる。

 

 返してきた言葉に力は無いが、折れている訳ではないので彼女は内心笑みを浮かべていた。

 何と言うか……これだけ霊能力がない少年少女達だというのに、彼女(、、)の知る霊能力者達以上に身体能力が高く、また向上心も強い。

 どう痛めつけられても、どう打ち倒しても歯を食いしばって頑張って立ち上がり、構えをとって自分を見据えてくる。

 

 ……うん。目も良い……

 

 この歳にしてこの才気。

 いや才能だけなら散々無茶なヒトタチに出会っているのだが、気合というか努力を怠らない気質、このような真っ直ぐな心構えを持つ人間には会った事は殆ど無い。

 更に“ここ”にはそういった人間がたっぷりといてくれるという。

 

 嗚呼、何と師匠冥利に尽きる環境だろう。頬の緩みが止まらないではないか。

 どーして向こう(、、、)にはこーゆー“ありがた嬉しい”弟子がいなかったのか。

 思い出されるのは実力こそ人一倍あるのに人格面で大問題を抱えた修行者達。

 

 腹黒な銭ゲバだったり、煩悩超人だったり喧嘩キチだったり……確かに能力は認めるに値するのだが、人格的には碌なのいやしねぇ。

 それ思うと目頭が熱くなってくるのは気の所為ではないだろう。

 

 

 『悔しいなら、自分を不甲斐無いと思うのなら、次の機会まで精進を続けていてください。

  心が折れなければいくらでも前に進めるられるのですから』

 

 

 時間切れ……か。

 彼女の身体が淡い光に包まれてゆく。

 

 

 『では、またお会いしましょう……』

 

 

 その全身が光に包まれ、それが閃光というレベルまで強まった瞬間、その光は弾けて彼女の姿はなくなっていた。

 

 代わりに——

 

 

 「う゛ぐぅ……」

 

 

 バターンッ!! とでかい音を立ててイキナリひっくり返った青年が一人。

 

 

 「お、お疲れ様でござる……」

 

 「老師……だ、大丈夫アルか?」

 

 

 自分らも相当疲れているだろうに、そう青年を気遣うが当の青年はそれ所ではない。

 全身が軋み、全ての筋肉や骨が悲鳴を上げている。

 実のところ霊的な副作用による悲鳴なのであるが、物理的な痛みに感じるのも当然。

 何せ“普通なら”出来る訳もないほどの無理をさせていたのだから。

 

 よって……

 

 

 「ぐ、おぉおおお……

  小○が、こ、○錦がぁああ〜〜……」

 

 

 その苦しさと痛さで悶え苦しんでいた。

 

 その痛みは言語を絶し、まるで両手両足の骨がポキッと折れて、ちょっと苦しくなって蹲ったところに小○がドスンと乗ってきたような苦しさであるという。

 ショック死していない彼が異常なのか、そんな目に遭ってまだ使用する心構えがステキなのか判断に困るところであるが……

 

 ともあれ、結局は何時ものよーに彼の使い魔である白小鹿と従者人形らの救助隊が到着するまで、彼は気力の尽きた三人と共に呻き続けるのだった。

 

 

 

 

 

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              ■二十一時間目:あくの分岐点 (前)

 

 

 

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 最近、伏魔殿なんだかレジャー施設なんだかよく解らなくなってきているレーベンスシュルト城の片隅。

 

 ドームのような屋根が置かれているテラスの下。

 白くて丸い上品なテーブルに、二人の少女が席についていた。

 

 しかし一人は少女と言うよりは幼女。

 幼稚園児か小学校に上がったばかりに見える、ボブカットの女の子だ。

 やや丈が短いデザインの白いワンピースを着ているその女の子の容姿は、同じテーブルに着いている少女の友人にいる、本屋ちゃんと呼ばれている娘によく似ていた。無論、別人であるが。

 

 左利きなのだろう、しっかりし過ぎて握るような持ち方になってしまっているえんぴつの使い方で、何やら小冊子のような物に字を書き込んでいる。

 えっとえっとぉ……と、一生懸命えんぴつを動かしているその姿は中々微笑ましい。

 

 そんな少女を横に、彼女……円はテーブルに突っ伏していた。

 

 あの晩に前情報宜しく木乃香らから色々と聞いてはいたが、それでも与えられた情報は無茶過ぎるくらい多かった。

 何せ理解するには体験するのが一番とばかりにココに連れて来たのだが、横島らのコミカルにもほどがある行動によって誤魔化されていただけに過ぎず、その実は常識の限界を飛びぬけていたのだ。

 

 円はついこの間までイッパソ……もとい一般人。

 魔法がどーとか(主にエヴァ、ネギ、明日菜、木乃香、のどか)、氣がどーとか(刹那、楓、古)言われてもどう返してよいやら。

 

 更にそこにロボ(茶々丸)とか、ゴーレムとか、九十九神モドキ(零)とか言われても困るし、その上ちょーのーりょくしゃ(横島)何て言われたら頭もパンクする。マンガかラノベの世界だ。

 何でも来いにも程がある。

 下手すると探したら未来人とか異星人とかいるかもしれない。どこかのS○S団じゃあるまいし……

 

 でも、そういうムチャクチャ信じられないホラ一だかファンタジーだか解らない話を噛み砕いて説明してくれた男がいた。

 それこそが横島忠夫。その人である。

 

 ……未だ円は彼の顔を見たらちょっと赤面しちゃうが、気にしたら負けだ。

 

 兎も角、耳を通して頭に入れたは良かったのだが話が話。円の常識を根幹からぶっ壊すような内容だった。

 当然ながら円は知恵熱ぶっこいて沈没してしまっていたのである。

 

 いや『知恵熱程度で済んでいる』と言った方が良いのだろう。ぶっちゃけ、のどかや楓らのようにアッサリ受け入れている方がみょーなのだし。

 

 

 『ま、初めて世界の真実を教えられたんだ。

  無理もないやな』

 

 

 等とカモがクソ生意気に紙巻の煙をムハーとぶち吐いて、何か態度悪くエラそーに慰める一幕もあったが、当たり前というか納得できないというか、そんなファンタジーの証拠そのものに慰められたら世話がないので華麗に無視してたりする。

 

 

 「−失礼いたします」

 

 

 そんな円に茶々姉が静々と歩み寄り、よく冷えたアイスハーブティーを注ぎ直して目の前に置いた。

 コトリとも音も立てず置いたのは流石。

 円がテーブルから顔を上げた振動で初めて氷がカランと音を立てたくらい。

 

 

 「あ、ありがとう……」

 

 「−いえ」

 

 

 そんな行為も当然の事。

 そう言わんばかりの自然な所作で今度は女の子のお茶を入れ直してあげるも、当の女の子は気付けていない。

 

 どうも集中してて気付けないようだ。

 円は、そんな女の子を見守っているに茶々姉の表情に柔らかさが宿ったような気がした。

 

 そんな茶々姉。最初会った時に円は茶々丸だと勘違いてたりする。

 激似だと思っていたら姉の一人だと言われ、嗚呼やっぱりと納得したものの、自動人形(ロボットではないらしい)という事実にまたビックリ。

 そんなところでも世界はファンタジーに満ちていると再認識させられた物である。

 

 だが聞けば零はそんな彼女達姉妹の長女という話で、彼女の下には何百と妹達がおり、茶々丸は一番下の妹らしい。

 年下になればなる程イロイロと(、、、、、)成長していくのは何故だろう? と首を捻っていたり。

 

 

 「−何か?」

 

 「い、いえ別に」

 

 

 ほんのちょっと大きめのティーカップに入れられたそれで口を湿らせると、途端に頭が冷えてくるような気がしてくる。

 流石にきちんとしたルールで淹れられたハーブティーなんて初めて飲む円だったが、口当たりの良さで上等のものという事だけは何とか理解ができた。まぁ、その程度だが。

 

 はっきり言って、時間をもてあましていて居心地が悪い。

 

 

 「あ、あの〜〜……横島さんは?」

 

 「−鍛錬が終わったようですので、かのこ様と姉妹達が回収に向かっております。

  かなり汚れていて鬱陶しいとマスターが仰られているので、

  まず汗を流していただいてからになると……

  その後でまた話をさせるとの事ですので、もう暫くお待ちください」

 

 「は、はぁ……」

 

 何であの小鹿(かのこ)まで様付けなのかは兎も角、

 よく解らないが、エヴァは何時もやっている鍛錬を休ませる気はないと四人を修行場なる所に向かわせていた。

 彼女(エヴァ)によるとネギ先生はその特殊鍛錬を始めたばかりなので、途切れさせると後のスケジュールが狂うのだそうだ。

 子供もクソもない拷問のような鍛錬らしいけど。

 

 因みにエヴァは色々とやってお疲れのようで仮眠中。

 まぁ、そのお陰で(、、、、、)目の前の少女が女の子らしい女の子に見えるのだが。

 

 

 「できたレス〜」

 

 

 非常に嬉しげに冊子を掲げるその女の子。

 

 茶々姉は「−まぁ」と手を合わせ、嬉しげ(!?)に歩み寄り、エプロンドレスのポケットから赤ペンを取り出して○とか×とかを入れてゆく。

 くるりと丸を描いてもらうたびに目を輝かせ、×を入れられるたびにくしゅんとする。喜怒哀楽が大きい事だ。

 

 

 「−ハイ、七十点です。

  前回よりかなり間違いが減ってますね。よくがんばりました」

 

 「あ、はいレス!」

 

 

 返してもらってニコニコと笑顔を見せる女の子。

 

 彼女が頑張って書いていたのは国語ドリル。

 小学校低学年向けの“むずかしい漢字”が入っているが、それでも何とか仕上げたのだ。

 

 何せこの国語ドリル、お手製なのである。 

 彼女の為にがんばってこれを作った“お兄ちゃん”の為に、彼女もこれだけ一生懸命になったのだろう。

 

 

 「こーゆーの見るたびに悩んじゃうんだよね……」

 

 

 ——何に? 

 

 

 そう問う者がいないのは幸い。

 彼女が悩んでいるは教えられた<世界の真実>ばかりではないのだから。

 

 円は、嬉しそうに勉強道具をしまっている女の子を視界に入れながら溜息一つ。

 

 彼女の悩みは誰にも解らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ご、ごめん……おまたへ……」

 

 「あの、い、いえ、その……」

 

 

 やって来たのは良いが、まだ完調ではない事がバッチリ解る横島。

 足元からして かのこに支えてもらってて何とも危なっかしい。誰の目から見ても疲労困憊でヨロリラとしていて、やっぱりどこか覚束ない。

 

 

 「だ、大丈夫なの?」

 

 「ふふふ……ふふ、ふふふふ……なーに、気にしたら負けさ……」

 

 

 異様に煤けているが気にしたらそれこそ“負け”であろう。

 

 横島が来てすぐ、ナナが飛びつくように駆け寄っているが、疲労は隠せていなかったものの邪険に扱ったりせず、ドリルをやり上げた事を褒めて頭を撫でていた。

 その様子をまた茶々姉ーズがニコニコとしながら眺めていたりする。

 異様なようでいて、かなり微笑ましい光景だった。

 

 そんな横島は待たせた事に再度詫びを入れ、茶々姉に入れてもらったお茶で咽喉を潤してから、

 

 

 「あ、そーだ。

  楓ちゃん達にも話したい事あるから、悪りぃけど呼んで来てくんねぇか?

 

  楓ちゃんと古ちゃんの二人な。ネギは休ませといてやってくれ」

 

 

 と、何故かナナにそうお願いした。

 

 その際、それは私達が……と茶々姉が言いかけるのを横島は小さく首を横に振って封じている。

 主にナナの視界に入らないよう。

 

 

 「あ、はいレス!」

 

 

 そのナナはお願いされた事が嬉しいのだろう、ぴょんっと元気に横島の膝から飛び降りた。

 そんな彼女に小鹿も『ぴぃ』と小さく鳴いて付いてゆく。

 

 

 「一緒に来てくれるんレスか?」

 

 「ぴぃぴぃ」

 

 「ありがとレス」

 

 雰囲気的に、お手て繋いでお使いに行く感じか? お兄ちゃん(横っち)の目に何とも微笑ましく、僅かながら癒されてたり。

 

 手を振って言って来るレスと駆けて行く二人(?)を手を振って見送りつつ、「迷わないよう気をつけてやってくれ」と茶々姉達にお願いして出て行かせる。

 無論、異論の無い彼女達は足早にナナに付いてテラスから離れて行った。

 

 

 そうやって——人払いは成った。

 

 

 目で見送り、気配を探ってナナ達が完全に離れた事を確認して直、横島は円に向き直り、

 

 

 「まず、ゴメン!!!」

 

 「えっ!?」

 

 

 唐突に、ゴスっ!!! とテーブルに頭を打ち付けるほど勢い良く頭を下げた。

 

 あまりの行動に円の頭が真っ白になる。

 しかし同時に、ナナには聞かせられない話をする事は理解できていた。

 

 

 それは——

 

 

 「円ちゃん。きみは霊能力に目覚めている」

 

 「……え?」

 

 「否が応でもキミに霊能力の修行をさせなきゃならなくなっちまった」

 

 

 「………………え?」

 

 

 

 円を裏に進ませざるを得ない話なのだから。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 何と言うか……

 確かに話そのものは理不尽と言ってよいほどのもので、例の事件の所為と言えるのであるが——円は意外なほどあっさりとそれを受け入れていた。

 

 いや、そもそも謝られる理由が解らなかったのだ。

 

 横島の話によると、あの事件の晩、彼がその莫大な霊波で持って円の中からナナを搾り出した訳であるが、その際に横島が放つ人間最高峰の霊波をまともに受け、命の危機にあった円の魂はその霊圧によ強制的に能力に目覚めさせられていたというのだ。

 要は危機に直面した際に力に目覚めるという例があるが、それを後押しした形になってしまったとの事(業界(、、)ではイヤボーンの法則というらしい)。

 

 彼によると、霊能力というのは魂の力なので魔法使いにはなれないのだそうだ。

 

 そのベクトルは兎も角として、魔法は“魔”なので霊力が繋がれば魂そのものが魔に傾いてゆくらしい。

 横島くらいになると“それはそれ、コレはコレ”と別けられるのだが、霊能力のド素人達にそれが出来る訳がない(当然、楓達も無理)。

 何の手も打たずそのまま使い続けると人間でなくなる可能性もゼロではないとの事(横島によると前例があるらしい)。

 

 しかし何かしら以上の手段は持たさねばならない。

 何しろ“敵”の魔法使い達の対応がいい加減過ぎて読めないのだから。

 

 だが前述の理由によってネギやエヴァに護身用に魔法を教えてもらうという道はチョット難しい。かと言って氣を使うには下地が無さ過ぎる。

 消去法によって横島が霊力制御を教えなければならなくなったのだ。

 

 尤も、円にしてみれば『だから何?』である。

 

 彼女は、助けてもらっといて文句を言うほど落ちぶれてはいないつもりだ。

 元々人に声援を送るチアリーディングをやっていて鼓舞の才があった事、そして音楽をやっていた事で感受性が豊かだった事もあってか、自然に霊能力に目覚める可能性はあったというし、何より自分から進んでネギが行っていたような魔法バトルをやりたいとも思わない。

 だったら勘が鍛えられて、鋭くなるという霊能力の方がマシではないか。

 それで危機回避能力が手に入るなら万々歳である。

 

 ナナに話を聞かせなかった理由も納得できた。

 円が力に目覚めたのは、ナナが恐怖に駆られて彼女の口に中に逃げてしまって窒息しかけた事も関わっている。

 罪悪感が人一倍強いナナの事、そんな話を聞かれたら泣いて謝りだすだろう。

 

 

 『……まったく……

  やろうと思ってやったわけじゃないのに……』

 

 

 等と眉を顰める円。

 当然ながらナナの“所為”とは欠片ほども思っていない。

 

 

 

 「お兄ちゃ〜ん」

 

 

 「おお」

 

 

 丁度良いタイミングで、楓らと共にナナがかのこに乗って戻ってきた。

 サイズや体格的には無茶であるが、この妹は結構軽い。よって地力もある かのこなら易々と乗せられるのである。

 目にもほのぼのとした優しい光景にお兄ちゃんの目も潤みっぱなしだ。茶々姉'Sも嬉しそうだし。

 

 案内してもらったとは言え、迷わず二人をここに連れてこれた事を褒めてもらいたいのか、小鹿と一緒に横島に抱きついてきた。

 無論、シス魂と愛玩精神に目覚めつつある(というか手遅れっポイ)彼は双方の頭をなでなで。ナナは兄からの、かのこは御主人様からのナデポを素直に喜んでいる。

 犬だったらぶんぶか振りたくっているだろう尻尾を幻視しちゃうくらい。

 

 ……そんな笑顔を見せるようになった彼女の顔を曇らせる気は全くないのだ。

 

 

 「ホントに……何で……」

 

 「へ?」

 

 「何でもないです……」

 

 仲睦まじい家族(、、)を見ながら何かを噛むように呟いた円だったが、それは言葉という形を持つには至らず、また誰の耳にも届かなかった——

 

 

 

 

 

 

 

 「さて……

  この馬鹿の汗臭さもどうにかなった事だし、本格的な話を始めようか」

 

 

 寝過ぎた為だろう、皆をちょっとばっかし待たせたにも拘らず大王のようなエラソーな態度で登場してくれやがったのは、当然ながらこの城の主エヴァンジェリン。

 

 高原の別荘に避暑にやって来た深窓の令嬢(幼女)宜しく、純白のワンピース姿でやって来た為かかなり雰囲気と似合っていない。

 

 にも拘らず椅子に座る仕草や動きは品に満ちており、完全な自然体。生粋の女王気質なのかもしれない。

 

 そんな彼女が席に落ち着き、テーブルに手を置いた瞬間、その手の直側に茶々姉が音もなくアイスティーを置く。

 慣れているのか信頼しているのか、エヴァは指先を迷わせる事もなくグラスを手に取って口の中に流し込んだ。

 一連の動作に淀みが無いのは流石と言うか……

 

 

 「そういえばネギ坊主はどこにいるでござる?」

 

 

 ふと人が少ない事に気付き、楓がそう問う。

 

 テラスに置かれたテーブルは二つ。

 一つにはエヴァと零、そしてナナと かのこを膝に乗せた横島。

 

 もう一つには今質問をした楓と古と円の三人。

 横島がナナに頼んでいたように、この場にはネギ(と、ついでにカモ)、そして何故か茶々丸の姿は無かった。

 

 

 「ああ……結局、疲労が激しかったようだからな、奥の例の部屋に休ませてある。

  横島用に使った部屋だが、回復が早まるからな。

  それに茶々丸を看病に付かせているのだから文句は無かろう?」

 

 「てか、アイツ、自発的にガキについてったぜ?

  甲斐甲斐しくって若妻みてぇだったな」

 

 

 ご主人も見習ったらどーだ? けけけと零がエヴァをからかい、だまれフランケンっ! と怒鳴られてたり。

 何時もの掛け合いであるが、円は初見なのでちょっとヒく。

 

 そのネタにされていた茶々丸は何だかネギにべったりである。

 

 自分から離れるのは従者として問題があるが、何だか女として成長しかかっている茶々丸が人形遣いとして面白くてならない。だから放置しているのだ。

 実のところ茶々丸は魔法と科学のハイブリッド。

 自動人形の関係でも裏の世界で名を馳せているエヴァであるから、自立成長をしているそんな茶々丸がどう成長してゆくか楽しみでしょうがないというのが正直なところだろう。

 

 

 「ま、二人ともがこの場にいないのは我が結社としては都合が良いしな。

  放っておけ」

 

 「結社って……」

 

 

 無論、エヴァと愉快な怪人たち(仮)の事である。

 

 拙者(私)も怪人(アルかー!?)でござるかーっ!? という声が無きにしも非ずあるが気にしてはいけない。横島なんぞとっくに怪人認定されているのだから。

 零なんか「ああ確かに」と納得してるし、かのこは元から使い魔だし、ナナに至っては「お兄ちゃんといっしょレス〜」と嬉しそうだ。ひょっとしたら意味が解っていないのかもしれない。おバ可愛い銀怪人である。

 

 

 「あ、あの〜……私も入ってます?」

 

 「怪人くぎみー女アルか?」

 

 「くぎみー言うなっ!! つーか、語呂悪っ!!」

 

 

 いや、どちらかというと悪いのはセンスだろう。

 そういった声も鼻先で笑い、エヴァは横島の膝に乗せているナナの胸元に手を伸ばし、何と無造作に指を突き刺して何やらゴソゴソとやり始めたではないか。

 

 

 「ふん……思ったより安定しているな。

  不具合はあるか?」

 

 「全然ないレスよ」

 

 「そうか……」

 

 

 ナナの返事を聞き、エヴァは指を抜く。

 水面から指を抜いたかのように一瞬波紋が立つが、数秒と掛からず何事も無かったように人の皮膚の様を取り戻す。

 再度つつくが波紋は立たず、エヴァの指先には人の肌に触れた感触だけがあった。

 

 

 「これでよし……

  おまえの記憶素子は完全に今の外観と感触を記憶している。

  例えナイフが刺さったとしてもきちんと出血するほどにな」

 

 「わぁ……ありがとうございますぅ!!」

 

 「ふん。礼はいらんぞ」

 

 

 どうやら外見のデータの安定具合を調べていたようだ。

 

 この面子だから良いが、ナナの事を知らない者がみれば大慌てモノの光景だった。

 兎も角、エヴァの行動とセリフは突飛でちょっとナニであったが、ナナはそれでも嬉しかったのだろう素直に笑顔満々に頭を下げて礼を言っている。

 

 その謝礼をそっけなく返す彼女だったが、頬がちょっと赤かったり。

 気付いた横島がニヤリとしていた。直にアイスティーをぶっ掛けられてたりするが。

 

 無論、横島がぶっかけられたのだから彼の膝に乗っているナナも「きゃっ 冷たいレスっ」という事となり、その事に対しエヴァが「ス、スマン」と謝ったりして何とも微笑ましい。

 

 兎も角、あらあらと妙に甲斐甲斐しい茶々姉’Sが直にタオルを持ち寄って拭き拭き。事無きを得ている。

 

 

 「−ええ。私達にとってお義兄様ですし」

 

 

 何て言葉は聞こえない。気の所為だ。

 

 

 

 「ま、まぁ、兎も角だ!!

  我が組織の会合を始めるぞ!!」

 

 

 「「「「はぁ……」」」」

 

 「ほぇ?」

 「ぴぃ?」

 

 

 バンバンとテーブルを両手で叩いて無理やりgdgdを払拭しようとする。

 成功したかどうかはさて置き、一応は皆のニヤつきも止まったようだ。

 

 言うまでも無くナナと小鹿はちょっと解っていない。

 

 円はボ〜ッとして置いてけ掘になりかかっていたが、聞き捨てならない事を耳にしたお陰で我に返り、

 

 

 「え、えっと……さっき聞き逃したんだけど良いかな?

  何で私もそのナゾ組織に入れられてるわけ?」

 

 

 等と挙手をして当たり前の質問をするが、

 

 

 「ンなもん、キサマが霊能者になったからに決まっているだろう」

 

 

 と一蹴されてしまっていた。

 

 

 ここの世界にも、霊能力者がいない訳ではない。

 ただそれは、魔力や氣、或いは霊達に干渉できる道具を使ったもので、その大半は破邪やら除霊である。

 その理由はというと、霊力を力の源にすると魂を削り続けて命を縮めてゆく、所謂“邪法”だからだ。

 エヴァとてその事を知っているので魂の力を使ったりしない。

 元々が不死身である彼女。下手に魂を削れば単なるアンデッドモンスターに成り下がりかねないのだから。

 

 が、ここで横島という別のファクターが関わってくる。

 

 横島の言うところの霊力とは魂から発せられている波。所謂“魂波”が持つ力というのが正しい。

 だからその霊力とやらは普段駄々漏れになっている力を利用しているだけなので、完全に使い切ったりしない限り疲労するだけなのである。

 必要なのは力の収束率とベクトル。そして霊能力の特性ぐらい。

 安全……とは言い難いが、横島がきちんと教えられるならば、少なくとも世の術者達が恐れているような力にはまず成り得ないのである。

 

 

 「え〜と……

  つまり横島さんって、その霊能力の使い手としてはかなりスゴイってコト?」

 

 「かなりも何も……私はコレ以外にここまで使える奴を知らん」

 

 

 コレ扱いされている横島であるが、エヴァの言うように彼は“この世界”で唯一の“本物の霊能力者”で、尚且つ“元の世界”でもトップクラスの実力者なのである。

 

 

 「信じられんだろうが、霊波のコントロールは世界一。

  耳を疑うだろうが、魂の波動をエネルギーに転化させる技術も世界一。

  ムカつく事に、コイツは内包する霊力は人間の限界値を大きく上回り、

  悪い夢だと思いたくなるかも知れんが、コイツの霊力収束率は追従する者を許さず、

  正気を疑うかもしれんが、こんななりで霊体や悪霊を浄化する事まで出来るぞ」

 

 

 「へ、へぇ〜……?」

 

 「褒めるか貶すか どっちかにせぇーっ!!!」

 

 

 何だか『実はカモノハシの踵には毒の棘がついてます』的な意外性を感じてししまう話で今一つピンとこない円を他所に、貶しつつ褒めるという器用な言様に横島は泣いて抗議していた。聞き入れてくれる筈もないが。

 

 しくしく泣く横島の心を癒してくれるのは『お兄ちゃん、すごいレスぅ〜』と目を輝かせるナナとペロペロ頬を舐めて慰めるかのこだった。

 そんな純真な妹らに癒され、思わずぎゅっと抱きしめてしまう。

 真っ赤っ赤になって照れるナナであるが、やっぱりなんか嬉しそう。小鹿もぴぃぴぃ鳴いて甘えてるし。

 しかし傍目には順調にアブナイ街道に向かいつつあるよーな気がしないでもない。

 エヴァと茶々姉’S以外の目も何か生温かいし。

 

 

 「ンなしょーもない話は置いといて」

 

 「うぅ……酷い……」

 

 

 横島の抗議も華麗にスルー。

 しくしく泣く男を視界にも入れず、円に眼差しを戻しつつエヴァは、

 

 

 「不幸中の幸いと言うか、魔力も氣の基本も持たなかったお前は感受性だけは高かった。

  この男も言ったと思うが、霊能力はその性質上 魔力を持つ者は危なっかしくて使えない。

  氣と霊力は相性が良いらしいが、下地がないお前では暴走させるのがおちだ。

 

  つまりお前は、純然たる霊能力者になるしか道がないのだよ」

 

 

 ——と、言い切った。

 

 

 「……」

 

 

 円は押し黙ってしまったが、別にエヴァは脅している訳ではない。

 普通ならあの夜の事は忘れて寝てしまえとでも言ってやれるのだが、修学旅行の事件に関わった少女らを誘拐しただけでなく、まるで関係なかった千鶴と円を誘拐しているのだ。

 関西の本山の一件、そして今回の件から解ったとおり、向こうは一般人やらこっちの都合やらを殆ど考慮していない。

 

 いや、この程度で済んでいるのだから考慮してくれていると言えなくもないが、巻き込まれた(巻き込んだ)人間は間違いなく関係者として扱っている。

 まるで性質の悪いテロリストの思想だ。

 

 

 「こうなってくると危険なのは魔法関係者だけではない。

  戦闘能力をまるっきり持っていないお前はいいカモだからな」

 

 「う……」

 

 

 そう言われると円も黙るしかない。

 ナナがいるからだろう、エヴァはストレートな表現は行っていないが、暗に『人質にはもってこい』だと言っているのだ。

 

 何せあの晩、ネギが窮地に陥った一因は捕まった自分にもあると自責の念に駆られている彼女である。

 無論、単なる思い込みであるし、ぶっちゃければネギの魔法が効かなかったのは明日菜の所為(?)だ。

 しかし連帯を旨としている円は責任を感じずにはいられなかったのである。

 

 

 「……まぁ、ある程度はナナがいるからどうにかなるがな」

 

 「は?」

 

 

 思っていた以上の落ち込みを見せる円を見、何となく皆の目の冷ややかさが増したのを感じたか、エヴァは咳払いをして空気を変えることにした。

 

 だが、いきなりナナの事を言われても円には意味が解らない。

 当然ながら他の少女らもそうだ。

 

 

 「いや、ナナを調べていた時に解ったんだが……おい、ナナ」

 

 「ふにゃぁ お兄ちゃ……あ、はいレス!」

 

 

 横島に抱っこされて(物理的に)蕩けていたナナであったが、自分を呼ぶ声に気付いてカタチを戻して彼の膝からすくっと降りる。

 ナナが離れた瞬間、横島に多数の「後でお話しようか?」な視線がぶっ刺さったのは興味深い。

 ものごっつい理不尽であるが、オトメ心はそんなもんだ。

 ま、それは兎も角(いいとして)

 

 とてとてと歩み寄って来たナナのほっぺをエヴァは何故かツンツンぷにぷにと突付く。

 

 

 「普段の状態ならコイツはこんな風に歳相応にぷにぷにだ。

  仮にスライム状態になったとしても同様……

  いや、液状化も出来るからもっと滑らか過ぎる状態になる」

 

 「はうぅ〜」

 

 

 実はナナ、とても足が遅い。

 

 これはジェル状態なら這いずるしかないので移動が遅いのも当然であるし、人間形態になっても流体銀の体がおもいっきり正確に筋肉などを再現してしまう為に年齢相応のどんくさい少女の筋力しか持てない(どうも元の女の子がどんくさいらしい)ので足が遅い。

 更に、人型時には踏み込んだ時に地面に掛かる衝撃のほぼ全てをソフトな身体で吸収してしまう為、どうしても踏み込みが浅くなってしまって移動力が落ちるのだ。

 密林等で逃げ回る際は流体化して木々や岩の隙間等に逃げ込めるから良いのだが(一人でいた時はそうやって逃げていた)、スライム姉達と違って転移は勿論、元々が魔力を持つ水銀という“鉱物”なので水と同化する事や地面に染み込んで逃走する事もできない。よって隙間のないグランド等では一般人から逃げる事も難しいのである。

 

 

 「だがそれは“ナナ単体なら”の話だ」

 

 「はぁ……」

 

 

 エヴァがナナに目配せをすると彼女はコクンと小さく頷き、その場に着ていた物を残して液状化し、一瞬で円の服の中に滑り込んで身体にまとわり付いた。

 

 

 「わっ!? わっわわわわっっ!!??」

 

 「落ち着け」

 

 

 普通、そう言われて直に落ち着けたら世話はない。

 何せあの夜にはこの状態のナナに拘束されていたのだし、口の中に入ってきて窒息しかけたのだから。

 

 

 ——が、

 

 

 「び、びっくりしたぁ〜……

  先に言ってよ。も〜〜」

 

 『あう〜 ごめんなさいレス』

 

 

 

 意外……いや、異様なほど早く円は落ち着きを取り戻して見せていた。

 

 

 「何だつまらん」

 

 「エ、エヴァ殿……」

 

 

 狙ってやったでござるか!? と楓も冷や汗をかく。

 

 この大首領、特撮モノの首領と違ってみょーに面倒見は良いのだが、おちょくるときはおもいっきりおちょくってくるから始末が悪い。

 古もあはは……と引きつった笑いを浮かべてたりする。無論、零はニタニタするだけだが。

 

 

 「ナナが身体にまとわり付いた状態なら一般人以上の力が出せるし、逃げ足も異様に早くなる。

  更に、ナナは光系と雷系の魔法が無効化でき、氣も弾ける。

  その特殊防御能力まで追加されるんだ。

  二人一緒という前提ではあるが、茶々丸の攻撃すら防ぎきれるだろう」

 

 

 「「「へ?」」」と驚いたのは古と楓と零の三人。

 

 円とナナ、そして小鹿はそれがどれ程凄い事なのか解っていないのでポカーン。

 

 まぁ、コイツらならこういう反応だわな……とエヴァは溜息を一つ。

 茶々姉に命じてボードを持ってこさせ、何故かメガネをすちゃっと装着してから図を書いてやった。

 

 

 「ナナの身体は特殊でな。

  表面構造を分子の結びつきの固い側とゆるい側を任意に別けられるんだ。

  コイツを拘束していた能力のその一つだがな。

  それを逆に使うと装着者をかなり強化できるんだ。

  ……と言ってもバカレンジャーどもには理解できていないだろうなぁ……」

 

 「無論」

 「当然アル」

 

 「威張るなアホ!!

  ええいっ、ナニを傍観している!! キサマも説明しろっ!!」

 

 「何気に八つ当たりっ!?」

 

 

 面倒くさがったエヴァによって椅子を蹴られ、無理やり立たされて説明を手伝わされる羽目となってしまう。

 オレ、疲れてるんですけど〜? という嘆きも馬耳東風。横島は泣けてきた。

 

 それでも説明を手伝ってしまうのは生来の面倒見の良さ所以だろう。

 

 しかも彼は、こういった馬鹿に対して説明する事が何故かみょーに上手かったりする。

 エヴァの説明に合いの手をいれつつ、図を書きながら注釈を入れていた。

 

 

 兎も角エヴァの話によれば、対象の体の表面をナナが覆って拘束した場合は、肉体との接触面だけを硬化させるので外部からの衝撃やら圧力をそのまま内側に伝えられ、拷問にも使えるらしいのだが、何らかの刺激から身を守ろうと外部を硬化した場合は逆に内側からの圧力以外は伝えなくなるらしい。

 物凄く大雑把に言えば『膝カックンに弱い構造』なんだと言う。

 

 これは流体銀の密度を変えて防御(拘束)力を上げている為で、一方の面の密度を限界まで上げるので反対の面の硬度が下がりまくって圧力を受け易くなるからだ。

 だからこの特性をそのまま使えば、包まれている円は自由自在に身体を動かせるのだが、外部から受ける衝撃はほぼ全て無視してしまうという現象が起きる。

 

 ぶっちゃけて言うのなら、ナナが円の頚骨までフォローしてさえいれば大型トラックに跳ね飛ばされても何のダメージも受けないという事のだ。

 

 古が寸剄を叩き込んでも突付かれた程度の衝撃であるし、楓が全力の氣を撃ち込んで表面を滑って無傷。

 

 魔法にしても、光と雷系に限ってではあるが、ネギが今現在使える全力の光系魔法程度なら反射するか無効化されて閃光弾の効果程度にしかならない。

 学校の屋上から飛び降りても、追突の衝撃は地面に叩き返して(その分、普通より地面は陥没するが)平気。

 走れば足にかかる衝撃を完全に大地に押し返せるので負担も少なく、普通より歩幅が広くなるので結果的に早く走れる。

 

 要は強化外骨格(Exoskeleton)ならぬ、強化外皮(Exoskin)の形態がとれるという事だ。

 円とナナの単体は限りなく無力なのだが、ナナが覆う事で防御面ならほぼ完璧となる。何というサポート特化能力であろうか。

 

 

 「つまり、二人が組めば一気に弱点が減る。

  見た目の色形も変えられるのでカモフラージュもできるしな。

  防御面ならこっちの世界では最強クラスだ。

  龍宮 真名とてヘッドショットを決めるしか手が無くなるくらいだろうな」

 

 

 尤も、その真名とて鼻の穴等の空気穴を開けた状態で全身余す事無く包み込まれたら狙い撃つのは難しいだろう。

 それでも彼女はその空気穴を狙い兼ねないが。

 

 だが逆から言えば“あの”真名ですらそこまでしないと倒せないようになるというのなら、その防御の無茶振りも解るというもの。

 

 

 「ナナ単体の防御力は大した物だが硬度を上げれば上げるほど動けなくなってゆくから余り意味がない。

  かと言って人型になって逃げようとするとどうしても“芯”に意識を集中させるから防御力が落ちる。

 

  その点、この二人が組めば逃げ足も速くなるし防御能力も上がる。

  二人して同時に安全性が高まるのだから良い事尽くめではないか」

 

 

 「「おぉ〜」」

 

 

 これには楓と古も感心した。

 

 ちょっと説明によって頭から煙を噴き掛けたが、横島がその都度入れてくれた注釈によって何となく理解をしたような気がしている。ホントに解っているかどーかは兎も角。

 まぁ、円とナナが組めば安心という事だけでも理解できたのは重畳だろう。

 

 

 「それにナナと円ちゃんは相性も良いしな。

  二人一緒なら、霊的な守りも相乗効果出ると思う」

 

 「そうなの?」

 

 「ああ。

  実際、さっきまとわりつかれた時に直落ち着いたろ?」

 

 「そう言えば……」

 

 

 エヴァもガッカリしていたのだが、前述の通り、普通ならもっと慌てるはずであるし、パニックを起こしてもおかしくはない。

 何せ円は、一度ナナによって命の危機にまで陥っているのだから、そうなってしまう事の方が正しいと言えよう。

 

 しかし実際には、さっきまで放置プレイ状態だった時に、やる事がなく暇だったので茶々姉と共にナナと遊んでたりしており、年齢相応に思いっきり無邪気に喜んでいたナナは、子犬宜しく二人にまとわりついていた。

 ——文字通りペッタリと(、、、、、)——

 

 その際、円にくっついて体の熱を持って行って冷やしてあげたりしてたりもするし、円もそれをしてもらって礼を述べたりしている。

 そう、彼女は文字通り「あっ」という間にナナという存在に慣れ切っていたのだ。

 

 驚くべきは彼女の順応性か、この学園に張られている“細かい事は気にしない”という結界のお陰か? それとも……

 

 

 「それ、円ちゃんの力もあるから」

 

 「へ?」

 

 

 何気ない横島の言葉に、皆も振り返る。

 

 

 「円ちゃんの霊能力、どーも感応型みたいなんだわ」

 

 「……かっ、官能型!?」

 

 「字がちゃうわっ!!!」

 

 

 感応型——

 言ってしまえばテレパシーみたいなものである。

 横島の交友関係で感応能力者といえば、影の薄い張子の虎(酷いんジャーっっ!!)が挙げられるが、覚醒したての円にあそこまでの能力はない。

 何せ件の張子の虎、サポートがあったとはいえ迫り来る艦隊の乗組員全員に幻覚を見せ、闇の只中にいると勘違いさせたほどの猛者だ。影は薄いが能力はぴか一だったりする。

 

 で、円であるが……彼女の感応能力は受信型がメインのようなのだ。

 

 

 「円ちゃん、チアリーディングやってて、バンドもしてるんだって?

  だから元の感受性がそのまま高まった感じなんだわ」

 

 「音楽能力が高かたら霊能力に目覚め易いアルか?」

 

 「一概にそうとは言えんけどな。

  呪術者が踊ったり、呪い師が祝詞(のりと)を詠ったりすんのマンガとかで見た事あんだろ?

  トランス状態になって霊波を同調させるのも呪式の一つなんだ」

 

 

 思い浮かぶのは元雇い主のライバル。

 

 祝詞や呪いの舞の第一人者で、世界有数の呪術者。

 プロポーションも抜群のワイルドな女性で、飛び付きたくなるような(いや、しちゃったけど)美女だった。

 尤も、性格の悪さもライバルなよーで、危うく命を贄にされかかった事も……

 掛けた迷惑より、返された被害の方が大きいのは呪術者故か。

 その事を思い出して顔が青くなる横島。

 

 

 「横島……さん?」

 

 「え? あ……何でもない」

 

 

 顔色が悪くなったから、何か自分の能力に問題が……? と心配した円が顔を覗き込んでいた。

 慌てて否定するも半信半疑。まぁ、力に目覚めたてなのだから不安があるのだろう。

 

 

 「いや、そーじゃなくて。

  何つーか、昔そういった能力者に痛い目に遭わされた事思い出して……」

 

 「……それ、ひょっとして自業自得なんじゃ……?」

 

 「……」

 

 

 そう、大雑把に言えば『相手の悪意の波動やら矛盾やらを感じられる程度の能力』である。何か少女シューティングっぽい説明だが。

 

 いや“現在の”能力なら特に問題がある訳ではない。

 何せ性質の悪い男に騙され難くなるという利点もあるのだ。誘惑の多い都会なら必須ともいえる力である。便利な事この上もなかろう。

 だが、このままなら問題があった。

 

 

 「いや、この学園都市にいる間はいいんだ。

  女の子みんな良い子だし、ドロドロしたモンも殆どねーしな。

 

  だけどこの都市から出たら、社会に出たらそーはいかねぇ……」

 

 

 社会には建前と本音がある。

 自分らがいる世界のように裏と表がある。

 

 円がいるのは女子校であるし、どういうわけか生徒全員が美少女だから気付きにくいのだが、彼女だって誰から見ても美少女である。

 当然、この学園都市から出れば目立つし、普通の男なら下心を持って近寄ってくるだろうし、その事に嫉妬する女達も出てくる事だろう。

 

 以前から言っているが、ここ麻帆良はちょっと異常なほど平和で人間環境もやたらと良い。

 

 だがそれは、逆に言うなら温室育ちの人間関係で、そういった悪意に慣れていないという事でもある。

 悪意の真っ只中にいた横島と大違いなのだ。

 

 

 「 じ ゃ か ぁ し わ っ ! ! ! 」

 

 

 ——それはさて置き。

 

 感受性が上がってしまっている円がこのままの状態で結界外に出て生活をするようになると、そういった負の波動を思いっきり受信してしまう可能性が高いのだ。

 普通だってその波動に煩わしさを感じるというのに、今の彼女はその感覚が更に敏感になっている。

 そんな彼女が負の波動を浴びれば、良くても人間不信。悪ければ人格に障害が出かねないのだ。

 

 

 「そ、そうなの!?」

 

 「あー……大丈夫大丈夫。そんなに怯える必要ねぇから。

  今の内に制御を覚えとけばどーにでもなるし」

 

 「はぁ……」

 

 

 円はまだ完全に不安を払拭できていないのだが、楓らは成る程と感心していた。

 

 何せ楓と古はとっくに横島によって霊能の鍛錬を行っているし、その際に霊気を外部からコントロールしてもらっている。

 それによって身体(魂?)にコントロール法を覚えさせてもらっているのだ。

 

 今更横島が霊力コントロールが出来ないなんて思ってもいないのである。

 何故か鼻高々にそう説明をする二人にムッとするも、そこまで言うのならと円は胸を撫で下ろしていた。

 

 するとそこまで黙って話を聞いていた零がちょいと首を傾げ、

 

 

 「なぁ、コイツの力を封じることはできねぇのか?」

 

 

 ——と、らしくない事を口にした。

 

 皆の「へ?」という視線に何だよっ!! とむくれつつも、

 

 

 「コイツほど使いこなせるんだったら、封じた方が早ぇんじゃねぇかと思っただけだっ!!!

  ヘンな目で見るんじゃねぇっ!!」

 

 

 けっこうハッキリと疑問の理由を述べていた。

 頬をちょいと染めて、らしくない照れさ具合で喚く様は中々微笑ましいく、皆の目も生温かい。

 その眼差しが生温かければ生温かいほど零の温度が跳ね上がるのが面白い。焦げ付きそうで危険であるが。

 

 

 「あ、ああ、それも一応考えたんだが止めにしたんだ」

 

 「何でだ?」

 

 「霊波ってのは、感情の波でもあるんだ。

  それを抑えるって事は感情すら平坦になっちまうんだ。

  女の子にそれはちょっと……な?」

 

 「あぁ、成る程……」

 

 

 霊力だけを低下させる方法は流石の彼も知らない。

 いや、以前の(、、、)横島なら知っていたかもしれないが、今の彼には思いも付かないし、十七歳以降の記憶はツギハギでいい加減だ。下手に信用するとドえらい目に逢う。

 だったらコントロール法を教え込んだ方がずっと良いし安全だろう。

 

 しかし——

 

 

 「難点が無いわけじゃねぇけどな……」

 

 「何か問題があるんですか!?」

 

 「へ? あ、ああ、いや、円ちゃん達にはねぇよ。

  ウン、円ちゃん達には…………」

 

 「?」

 

 

 ガックリとする横島に、円……とナナは首を傾げた。

 

 尤も、横島が濁していた事が何なのか解っている楓達は複雑な顔をしている。

 それしか方法がないとは言え、ああいったハレンチな手(、、、、、、)しかないのは如何なものかと。

 

 というより、別の感情が腹の底に澱んでいるのである。

 

 それの吐き出し方が解らず、ただ眉を顰める事しか出来ないのだ。

 出来ないのだが……

 

 

 「兎も角。何をどうするかはちょっと待ってくれ。

  大まかな方法は考えたんだが、それだけじゃ足りん。

  まぁ、コントロールが出来るようになるまでの間は……何とかするから。な?」

 

 

 「う、うん……」

 

 

 疲労しつつも安心させるような笑みを向ける横島を見ていると、やっぱり胸の奥がざわめいてくる。

 

 

 それには空腹にも似ていて、渇きにも似た何か。

 

 

 気持ちの中から湧き上がってくるそれに、この期に及んでやっと気付き始めた娘達であった——

 

 

 

 

 

 そして円も、

 

 

 

 『……何で。

  何で横島さん……そんなに悲しそうな目をしているの?』

 

 

 

 目覚めてしまった霊能に、横島の魂が放つ波動が引っかかり、

 

 

 彼女もまた、奇妙なざわめきを感じ始めていた——

 

 



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中編 -壱-

 

 暗く、それでいて穏やかな空間——

 

 圧倒的な広さと、息が詰まるような閉塞感。

 それでいて気が休まるという矛盾に満ちた空間の中、

 相変わらず“それ”は居た——

 

 

 他者のその場に居てはいけない存在であり、例え何かしらのモノが居られたとしても“それ”だけは容量からしてありえない。

 例えるなら六畳間に星を閉じ込めるようなもの。

 

 何より、ここにそれが入れられる入れられない以前に、それに会う事すら夢物語。

 仮に会ったとしても、その圧倒的な存在感によって自我を保てまい。

 

 それほどの存在が“ここ”に在る——

 

 絶対にあってはならない現実がそこにはあった。

 

 

 −おや?

 

 

 ふとそれが面を上げる。

 

 珍しい何かが起こったのだろう、興味や感心の色がその眼差しにあった。

 表情にも明るさが混じり、やって来るそれを待ち望む。

 

 面白そうに、

 

 楽しそうに、

 

 嬉しそうに、

 

 それでいて、微かに悲しそうに——

 

 

 −珍しいね。

  君の方から来てもらえるとは思わなかったよ。

 

 

 「しゃーねぇだろ? キティちゃんやオレじゃ思いつかんし他に手段がない」

 

 

 −フフフ……相変わらずだね。

  自分以外の事には獰猛で貧欲過ぎる。ああ、もちろん良い意味でだよ?

 

 

 「そー聞こえねぇって……

  で? 解ってんだろ? オレが何を欲しがってんのか」

 

 

 無理もないが、手早く用件を告げる青年。

 その理由も解るし、自分しか出来ないだろうという事実も解っている。

 

 だからこそ、彼の表情も微かに曇る。

 

 彼が何かと気にかけている少年にあるそれ。

 人を巻き込む事や女性に対してのみ蠢きだす心の痛みと歪み。

 女が傷付くとより一層自分の心を傷付ける見当違いの歪み。

 傷付ける者を排斥する事に何の感慨も浮かばない冷徹さも、対象をとことんまで守ろうとする暴走具合も。

 

 その全てが一つの事柄から派生したもの。

 それを生み出せる事を起こしてしまった彼は、未だ胸が痛んでいる。 

 

 

 −まぁ、ね……

  だけど無茶をする。下手をすると廃人だよ? キミの脳が持たない。

 

 

 「“だから”オメーに話しかけてんだろーが!

  自分でやったら頭が弾けてまうわっ!!!」

 

 

 −確かにね。

  ふむ……こんなもんで良いかね?

 

 

 青年にやらせるのではなく、自分が自分の記憶からそれを引き出して図として描く。

 

 見ただけでは青年には解らないだろうが……

 

 

 ——いや、青年は見てはいけない。

 

 

 記憶とは厄介なもので、何かしらの切欠から連鎖的に噴出してきたりするもの。

 

 例え青年が知らない事柄だろうが、記録として霊的に所持してしまっているのだから、知りもしない記憶が引き摺りださてしまうかもしれない。

 

 

 そうなると“個”がただでは済まない。

 

 

 最悪、青年の肉体は跡形もなく爆散し、殻を破ったイメージが物質昇華に至り大地を覆い尽くさないとも限らないのだから。

 

 

 −一応、キミの手を動かして紙に図式を書いておいたよ。

  後はあの可愛らしい吸血鬼のお嬢さんに任せると良い。

 

  それと……

 

 「解っとるわい。

  絶対に図式を見るな……だろ?」

 

 −ああ……

 

 

 以前のようなギスギスした口調で言葉を投げつけてこない。

 

 それだけ自分が受け入れられているという事か?

 

 だとするとそれは何と嬉しい事か。そして何と悲しい事だろうか。

 

 紛い物とはいえ、自分の心を理解してもらえるのは嬉しいのだが、理解させてしまう自分が腹立たしくもある。

 

 

 「世話ンなった。

  ……じゃあな」

 

 −ああ……

 

 

 来たときと同様、別れも唐突。

 

 だが、そうじゃないと付き合えない。

 悲しいが自分達にはコレが正しい付き合いなのだ。

 それに、早く帰らせないとあの可愛らしい少女達を悲しませてしまう。

 

 今回は(、、、)——

 

 

 −フフ…ははは……

   少年、最後に手を振ってくれたね……

 

 

 背中を向けたままであり、手の甲を向けて左右に二,三振っただけ。

 それでも彼はその事がとても嬉しい。

 

 そんな微かな喜びを糧に、彼はまたまどろみに戻る。

 

 自分では何も出来ない。

 

 青年を癒せるのは、彼の痛みを理解してくれるであろうあの少女らだけなのだ。

 

 青年が彼女らを想う分、彼女らを彼を想うだろう。

 

 その想いこそが彼を救えるのだ。

 

 

 だからこそ少女らを信じて彼は瞼を閉じる。

 

 何れ迎えられるであろう虚無の時を夢見ながら——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うおっ!? よ、横島、スゴイ鼻血だぞ!?」

 

 「や、やっぱキツイかっ……

  とにかく、こ、この……術式を円ちゃんの……」

 

 「ぴ、ぴぃ!?」

 「「「「−ああっ お義兄さまっ!」」」」

 

 「チッ この馬鹿が。脳に負担を掛け過ぎだ。こうなると解ってたな?

  だからナナを釘宮に預けていたのか……愚か者が。

 

  オイ、例の部屋にぶち込んで寝かせてこい」

 

 

 

 

 

 

——————————————————————————————————————

 

 

 

              ■二十一時間目:あくの分岐点 (中) −壱−

 

 

 

——————————————————————————————————————

 

 

 

 

 

 あんまり集中し切れなかった所為か、切り上げるのは早かった。

 いや、正確に言うと皆が気を使って早く切り上げてくれたと言った方が正しいだろう。

 学園祭が迫っている今は、部活よりも学祭での出し物等の方が主になっている。

 

 現に自分のクラスも出し物でもめまくっていたのだから。

 

 円達はチアリーディングの三人+1で組んでいるバンドで演奏をやる事になっている。

 その名は<でこぴんロケット>。

 可愛いとゆーか、ユニークとゆーか、ともかく特徴的な名前である。

 

 間近まで迫った発表の日までもうひと頑張りといったところなのであるが……どういう訳か、セッションを始める直前までは何ともなかったのに、練習を続けているうちにどんどん言いようのない不安感に見舞われていた。

 

 一度集中力を失うと、呼吸もテンポも合わなくなる。

 音も声も噛み合わなくなると、それは音楽ではなくなり単なる騒音と成り果てる。

 こうなるともはや練習どころではない。

 円の様子を見兼ねた美砂が中止を提案。

 

 申し訳ないと思いはしたが、意識は既に何時ものエヴァの家の中にある練習場に飛んでおり上の空。

 それを見てコイツもついに……といったニヤつきで三人は円を意味深な笑顔で送り出していたりする。

 兎も角、仲間達の冷やかしの声も右から左。足早に桜通りを通ってエヴァの家に向かっていた。

 

 

 『あの……大丈夫レスか?』

 

 「う、うん……」

 

 

 どこからか聞こえてくる声に、息を整えつつ無事を伝える。

 実際に体験しなければ解らなかったが、実際に彼女のサポートを受けてみれば良く解った。

 本当に、自分の持久力やらダッシュ力やらが上がっているのだから。

 

 尤も、彼女を相棒として纏った(?)のは昨日の今日。

 まだ完全に慣れた訳ではない。だからだろう、少しだけ息切れを起こしていた。

 いや、それでも妹分()のサポート力は大きく、表社会での(、、、、、)楓レベルの速さは出ていたというのに疲労は無いに等しい。単に不慣れなだけだ。

 

 何とか深呼吸等で息を整えてからノッカーを握り、コンコンと音を出して来訪を伝える。

 すると三十秒と待たさず中から返事が聞こえ、ギィ……とログハウスらしい軋む音をさせてドアが開けられた。

 

 

 「−ようこそいらっしゃいました。

  さっきぶりです。釘宮さん」

 

 「あ、う、うん」

 

 

 迎えてくれたのは裾の短いメイド服を着た級友。言うなればロボメイト。

 先ほどまで同じ教室で授業を受けていたのだから、成る程“さっきぶり”だ。

 

 しかしそんな言葉を聞くまでも無く、今の円は彼女を茶々丸だと解っていた。

 迎えてくれた彼女は、間違いなく茶々丸(、、、、、、、、)である(、、、)と。

 

 

 「あの、エヴァちゃんは?」

 

 

 しかしそんな些細な事を気にしている暇は無い。

 聞きながら彼女……円の足は既に地下室に向かっていた。

 

 

 「−マスターは既に城に入っております。

  例の物が仕上がったので、釘宮さんがいらっしゃったら直に向かわせろと……」

 

 「う、うん、解った」

 

 

 “二人して”あそこにいると解れば良い。

 

 そんな感じに円は、木の階段を飛び降りるように駆け下りて廊下を走り、連結されている大きな瓶の下で不思議な輝きを見せている魔法陣に飛び乗った。

 

 

 カチリ

 

 

 スイッチが入るような小さな音と共に切り替わる風景。

 

 入るたび、円には世界を切り替えるスイッチの音のように聞こえていた。

 

 実際、異空間なのだから——

 

 

 「−ああ、くぎみー様。お待ちしておりました」

 

 「だからくぎみーって……お待ちしてた?」

 

 

 入った途端、待ち構えていた茶々姉に一瞬面食らうも、そのお陰というか何と言うか、毒気が抜かれて落ち着きを取り戻していたりする。

 尤も、この茶々姉は何時も給仕してくれている一人。大して驚きは無い。 

 

 実は円は会うだけで茶々ズの区別が付いたりする。

 例の能力によって微妙な霊波の差異が解るようになっていたのだ。

 

 

 「−兎も角、こちらに……

  マスターがずっとお待ちです」

 

 

 そう言いながら円に白いワンピースを手渡す。

 すると円の両腕の一部がずるりとズレ動き、そのワンピースの中に流れ込んだ。

 服の中で何かがムクムクと膨れ上がり、忽ちの内に少女(幼女?)の形をとった。

 言うまでも無くナナである。

 

 

 『今日は仕事は無いけど、

  代わりに面倒くせー事やんなきゃなんないから円ちゃんと一緒にいてくれ』

 

 

 と、朝の内に横島が預けていたのだ。

 ナナの特性なのか、張り付いている間は皮膚呼吸も行えるようだし、害意のある気体ならシャットアウトできるので防弾チョッキよか信頼できる。

 それに接触しているという感触すら感じられないほどで、一日中身体にピットりと張り付いていたのに負担も違和感もなかった。

 

 このように本人は無自覚のようだが、ナナは極端にサポート能力が高かったりする。

 

 無論、ナナに対する相性も必要だろう。

 現に円は銀色スライムの移動と変形を思いっきり目の前でされたというのに全然気になっていないし。

 

 

 「−下着を忘れてますよ」

 

 「えっ!? はう〜っっ」

 

 

 わたわたと慌ててパンツを掃いているナナ。

 それを見たら流石に笑みしか零れない。

 

 

 「そ、それでその……横島さんは……」

 

 

 落ち着いた——とは言っても焦りが止まっただけ。

 エヴァが呼んでいるという事より、横島の件を口にする。

 

 

 「−……それは……やはり、奥に……」

 

 

 その質問に対して茶々姉……流石にこの呼称も何であるから仮にAとしよう……の顔色は自動人形なので変化は見られなかった。

 仕草も同様。普段通りである。

 

 しかし勘が鋭くなっている円は、彼女が言い澱んだ事に対して敏感に反応していた。

 

 (やっぱり(、、、、)何かあったの?)

 

 

 そうは思ったのだが、その件を問う前にナナが横にいるのを思い出し、言葉として紡ぎ出す事無く飲み込む事に成功する。

 

 円の様子に気付いたのだろう、茶々姉A(仮称)は小さくコクンと頷いて見せる。しかしそれがまた円を不安感を誘った。

 

 

 「−兎も角こちらへ……」

 

 

 向こうも藪を突付いて蛇を出すのは本意でなかろう。

 

 彼女は二人を誘導するように先に立って歩き出した。

 

 

 「……ほらナナ。行こ」

 

 「はいレスっ」

 

 

 なるたけ明るい声で内心のざわめきを隠し、円はナナと手を繋いで後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 「あ。おーいっ円ちゃーんっ!!

  早速キティちゃんに作ってもらったぞ。円ちゃん専用の霊力調整用のチョーカー」

 

 

 案内された奥の部屋。

 

 茶々姉Aによると何時も横島が疲労回復に使っている部屋だそうで、床にはそれ用の魔法陣も描かれているらしい。

 

 その部屋に置かれた小さなテーブル腰を掛け、向かい合わせに座っているエヴァと何やら話をしていたのは、当の横島だった。

 

 こちらの心配も何のその。

 円達を目にするや、お気楽極楽な笑顔で挨拶してきやがった。

 

 そして今のセリフだ。呆れるやら気が抜けるやらで二の句が繋げられない。

 

 いや、何とかするとは聞いていたが、昨日の今日で用意されるとは思っていなかったので円もちょっと驚いていたりする。

 

 ナナは呑気にお兄ちゃ〜んと飛びついて甘えてたりするし、ド勝手に心配したのはこっちの都合とはいえ、いきなりクソ呑気にチョーカーの話なんかしやがってコノヤロウ。

 殴ったろかボケェと言いたくなる。

 

 

 だが、円はそれを踏み止まった。

 

 

 以前ならばもっとプンスカ怒りまくっただろう。 

 ちょっと、ナニよーっ!! と文句を言いまくったかもしれないし、ひょっとしたら引っ叩いたりしたかもしれない。

 

 だが、円はそうしなかった。

 

 

 ——いや、“それ”ができなかった。

 

 

 確かにパっと見は元気なように見えている。

 声に張りもあるし、顔色が悪い事も無い。

 ナナに向けられている笑顔も何時もの柔らかさに溢れた物だ。

 

 しかし円は気付いてしまった。

 いや、ひょっとしたら横島を見た瞬間に気付いていたのかもしれない。

 

 まずここにエヴァがいる。

 

 部屋に呼び出す事はあっても、自分から訪れるとは到底思えない彼女がいるのだ。

 

 その上、使い魔と教えられた小鹿…かのこが彼の足元にぺたんと座り込んで動こうとしていない。

 傍目には眠っているようにしか見えないのだが、今の(、、)円の目には何かを恐れて離れようとしていないように見えている。

 

 尚且つナナを受け止めた時、少しよろめいている。

 

 別に彼女はダッシュして体当たりしたわけではない。だというのに横島はナナを受け止め切れていない。昨日(別荘の時間を入れるともう少し日が伸びるが)と大違いなのだ。

 それにナナが走って来ているというのに、椅子に座ったまま受けているのである。

 

 極めつけは霊波だ。

 

 感応力に目覚めている円は、横島の霊波が弱まっている事にあっさり気が付いてしまっていたのである。

 

 無論、解りゃ良いという訳ではない。

 円のような娘からすれば尚更だ。

 何せ気が付いたところで何も出来ない、何もしてあげられないのだ。

 他の者に教えれば良いと言われればそれまでであるが、何せ主であるエヴァ様が御自ら御出でになっていらっしゃるし、侍女’Sも知っているようだ。つまり教えるまでも無いという事であるし、今までの様子からナナに言うべき事ではないという事だろう。

 

 だからこそ円はやれる事は無く、無力さを味わう事しか出来ないのである。

  

 嬉しそうに横島にじゃれているナナの後方で、円は複雑な眼差しを送り続けていた。

 

 

 「さて、これから円ちゃんの修行始めるから、ナナは向こうでお勉強だ」

 

 「はいレス」

 

 

 スキンシップもそこそこに(それでも頭を撫でたくって、ナナを物理的に蕩かしていたが)に、何時もの姉ーズに預ける。

 一瞬 立ち止まって小鹿を見たが、『−お(ねむ)のようです』と教えられると、しー…と指を立てて起さないようにこの部屋から出て行った。

 

 別に教育兄貴になる気はないし、そこまでさせるつもりも無いのだが、今のナナはお勉強すら楽しい。

 早いとこ日本語の読み書きができるようになれば行ける場所も広がってゆくし、外で人間のお友達が出来るかもしれないのだから。

 

 ナナは茶々姉らと仲良く手をつなぎ、横島らに手を振って部屋を後にした。

 横島手作りのドリルはまだある。学校の授業にして三学期分は軽いだろう

 

 つーか、妹の事だとしても頑張り過ぎだ。

 その情熱を別の事に使えればもっと大したヤツになれるだろうが……まぁ、無理だろうなぁ…… 

 

 しかし、その何時もの横島もそう長くは続かなかった。

 ヤホーイと普段通りにアホ丸出しで手を振っていた横島であったが、ナナ達の気配が完全に消えた瞬間、ガクンっとテーブルに突っ伏してしまったのだ。

 

 

 「横島さんっ!?」

 

 

 やっぱりっ!! と、円が慌てて駆け寄ろうとするがエヴァがそれを制した。

 

 細い指を二本立てて横島の頚動脈を探り、次に彼の額にその指を当てると……

 

 

 「フン。大した事は無い。

  単に気力が疲労をカヴァーし切れなくなっただけだ」

 

 

 そう言って、軽く突き飛ばした。

 狙ったのか偶然か、吸血鬼の力で弾かれた彼の身体は見事にベッドに追突。

 

 軽くバウンドしてクッションに沈んだ。

 

 

 「え、と……?」

 

 

 横島の様子、そして診断の結果、更に今のエヴァの暴挙によって円は固まってしまっていた。

 というか、流石にどう反応したらよいのか解らないのである。

 怒れば良いのか心配すればよいのか、それでいて自業自得のような気もするわで大変だ。

 

 そんな円にエヴァが何かを投げつけてきた。

 

 

 「きゃっ ……え?」

 

 

 思わず受けてしまったが、それは黒いベルトの付いたアクセサリー。

 

 エヴァの手作りらしいそれは、ベルト止めの部分が銀の蝙蝠の形をしており、その蝙蝠の足が銀の十字架をぶら下げているデザインだ。

 その十字架に縦横の黒いラインが入っているのがエヴァらしい皮肉だ。

 

 

 「この馬鹿が言っていた霊波調整用のチョーカーだ。

  まだお前は不安定だからそれを着けておいた方がいいとさ」

 

 「これを……?」

 

 

 一見、艶の無い黒革のベルトにしか思えないのであるが、試しに着けてみると首に異様にフィットする。

 

 何故かベルトに長さの余りが全くでないのだが、絞められるような感触もないし、ベルト止めの蝙蝠の位置もズレない親切設計。コレも魔法なのかと感心する。

 

 しかし、そういった“見栄え”ばかりではなくその能力も大した物で、円に負担を感じさせず彼女の霊波を受信する能力だけを鈍らせているではないか。

 

 封印等のように圧をかけて阻害するのではなく、霊波を受信はするのだが鈍らせるだけに留められる等、魔法使いらから言えば信じ難いレベルの技術なのだ。

 

 更には、彼女のコントロール能力が上がればその阻害能力が落ちてゆくという。

 

 こんなとんでもないアイテムを作れるのだから、エヴァの能力も大した物である。

 

 

 「ばーか。

  作ったのはご主人だが、それの図面を渡したのはこのクソバカだぜ」

 

 「え?」

 

 

 唐突に投げかけられた声に驚いてそちらに顔を向けると、零がバケツを持って立っていた。

 

 

 「ふん……」

 

 

 誰の目にも不機嫌。

 

 人の姿になって始めて見せる物凄い不機嫌な顔だ。

 嫉妬が入ってイラっとした顔のそれではなく、湧き上がる感情を踏み躙って無理やり押し込んでいるような顔である。

 

 そんな顔のまま、バケツをもってベッドの側まで歩み寄り、どうやら水が張られていたのであろうバケツの中から雑巾を取り出し、軽めに絞ってからベチャリと横島の額に乗せた。

 

 

 「れ、零ちゃん、それ、雑巾じゃ……」

 

 「こんなクソボケの頭冷やすんだったら雑巾で上等だ」

 

 

 大雑把でもどこか甲斐甲斐しかった何時ものそれと違い、思いっきり手抜きの上適当。

 見た目の不機嫌さそのままだ。

 尤も、それでもベットに飛び乗って少しでも彼を癒そうとペロペロ舐めている かのこを気遣う様子も見えており、彼のすぐ側に椅子を寄せてちょこんと腰を下ろしてたりするのはちょっと微笑ましいが。

 

 だけど円は訳がわからなくてオロオロするばかり。

 

 横島が何かやってしまったという程度しか理解できない。

 そういった疑問の視線もイラ付くのか舌打ちをする零。

 そんなやり取りを黙って見ていたエヴァだったが、流石にうんざりしたのかついに口を開いた。

 

 

 「その馬鹿はな……

  お前に渡したチョーカーに仕込む式を調べる為、自分の記憶を探ったんだ」

 

 「は?」

 

 

 そういわれても円にはサッパリだ。

 

 間違いなく八つ当たりであるが、そんな様子にも腹が立つのだろう零はついにそっぽを向く。

 

 長い付き合いの従者がココまで臍を曲げるとは……エヴァはヤレヤレと溜息を吐き、面倒であるが説明してやる事にした。

 

 

 「この馬鹿の特徴は、ある事件から発達してしまった異様なまでに克明で鮮明な記憶だ。

  何しろ記憶の覗いた者は現実と区別がつかなくなり引っ張り込まれてしまうほどでな」

 

 「はぁ……」

 

 「だが反面、その克明さが欠点にもなる。

  コイツの中には更に“ある別存在の記憶”が眠っていて、普段は見られないようにしてある。

  なぜなら、その記憶の量は人間の認識量の限界を遥かに超えているからだ」

 

 「……」

 

 「例えるならコップ一杯の酒しか飲めない奴に、プール一杯の酒を一気飲みさせるようなものだ。

  理解できる範囲を超えるほどの知識を認識できるはずが無いのだからな」

 

 「それって……」

 

 

 そこまで言われてやっと円は理解する。

 

 

 「そうだ。

  この馬鹿者は自分の限界以上の知識を探り、脳に負担が掛かり過ぎたという訳だ。

 

  こうまで回復しているのは奇跡……というか長く生きた私でも信じ難い事だ。

  私の目算でも、良くて人格崩壊。

  悪ければ物理的に頭が爆ぜていただろうからな」

 

 

 向こうの世界にいた時なら兎も角、横島はこっちの世界に来る際に別宇宙の横島達と同調し、記憶を最適化されてしまっている。

 

 そのお陰で、明らかに別の人生を歩んだ部分は矛盾を起こして爆散しており、約十年分の人生経験は消失してしまっている。

 だが、その代わりに同じ人生を歩んだ十七年分の記憶と記録はあり得ないほど強化されており、その克明さと鮮明さは言語を絶するのだ。

 

 その特性は修行の際にも活かされており、彼が不必要なほど克明鮮明に覚えている人物(ただし女性限定)を『再』『現』し、その能力や思考までも完全再現して彼女らの修行に役立たせていた。

 

 

 しかし、その特性故にとてつもない爆弾も秘めている。

 

 

 前世界において、横島は魔神と呼ばれている超存在と戦っていた。

 

 その戦いの中、ピンチに陥った彼はよりにもよって“珠”の力でもってその魔神を『模』すという暴挙に出、何とそれを成功させたのである。

 

 まぁ、模倣は成功したのであるが、完璧且つ徹底的に同位体となってしまい、与えたダメージをそのまま共用してしまうという致命的な欠点を曝してしまったオチもついてたりするのだが……何とその際、相手の思考や記憶まで完全に読み取っており、そのお陰で絶体絶命の危機から逃走を果たした上、恋人の霊的なトラップも外していたりする。

 

 

 そして問題は、魂に刻まれていた魔神の記録にあった。

 

 

 前述の通り、横島の記憶は覗いた者を引きずり込みかねないほど克明且つ鮮明だ。そして魂に刻まれているそれもまた然り。

 

 つまり横島の魂に刻まれた魔神の記録は足りない部分や欠けた部分が充填され、彼の中で確立化されるに至ってしまっているのだ。

 

 余りと言えば余りに莫大で途方もない魔神のデータ。人間の人生等、塵にも等しい巨大過ぎる魔神のデータ。

 そんな物から必要なデータだけを取り出すことなど自殺行為……いや、文字通り自爆技である。

 欠片でもその記憶を認識してしまえば、雪崩式に記録を見てしまいかねない。

 そうなった場合の脳や魂に掛かる負担は計り知れない。最悪、横島忠夫という存在が維持できなくなるか、エヴァの言うように物理的に頭が弾けてもおかしくないだろう。

 

 つまり彼は、それほど危険な作業を行ったのだ。

 

 そしてその無理は——

 

 

 「ま、まさか……」

 

 「あぁ、そういう事だ」

 

 

 円の負担を減らす為“だけ”に行われていたのである。

 

 

 「そんな……そんな……」

 

 

 血の気が一気に下がり、貧血を起こしたかのようにフラフラと彼が横になっているベッドに歩み寄ると、そこでペタンと座り込んでしまう。

 

 意識が無いとは言え、何か一言言ってやりたかったが、言葉として紡ぎだす事が出来ない。

 

 泣いているのやら怒っているのやら区別がつかない歪んだ表情を浮かべてはいたが、実際に出来た事はシーツを握り締めて頭を触れる事だけ。

 ついには俯いて泣き出してしまった。

 

 零はそんな円を目にすると苛立ったように舌を打ち、

 

 

 「クソバカが……テメェが心配かけさせてたら意味ねぇだろうが……

  考えなしのドチクショウめ……」

 

 

 見ていられなくなったのか、居た堪れなかったのか、彼の世話を妹達に言付けて部屋から出て行ってしまった。

 

 

 部屋を後にする零の背中。

 

 黙ってそれを見送ったエヴァには、彼女が人形だった時よりその背が小さい様に感じていた——

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 すぱーんっ!!

 

 「ふぎやっ!?」

 

 「アホか。甘いわ」

 

 

 体制を崩し、膝を落とした一瞬の隙に踏み込んだのは良かったのだが、実際にはそれは単なる誘い。

 

 横島のように地を這うというレベルにまでは身を低くしていなかったが、それでもほとんど無防備に飛び込んでしまったのが仇となり、身を捻って避けた横島のハリセンを後頭部でまともに受けてしまった。

 

 ネギ達が遅れてやって来る事約一時間。別荘内の時間にして翌日。

 このタイムラグが横島の調子を(呆れた事に)ほぼ何時も通りにまで回復させていた。

 よって、この三人は何があったのか気が付いておらず、何時も通りに鍛錬を行っているのだ。

 

 

 「あぶぶぶぶ……ズ、ズルイですよ〜」

 

 「だーほっ!! 戦う相手が正々堂々だと誰が言うた。

  某奇妙な冒険なんぞ、正々堂々のフリしてて最後に邪悪な本性見せた奴がいたんだぞ」

 

 「そ、そんな異世界なコト言われても……」

 

 「どぅわーからっ お前はアホなのだぁっ!!

  叩かれるって解ってんなら、叩かれることを前提にした攻撃ぐらいして見せいっ!!」

 

 

 つい最近になってからやっと白兵戦を習いだした子供にかなり無茶を言っている。

 

 相手は魔法で強化されているのでそんなに手加減をする必要は無いが、何せ横島の攻撃は霊波刀がメイン。

 女子供に刃を向ける事は現在の彼でもまだかなり難しいので、結局は楓らと同様にハリセンで相手をする事となっている。

 

 それでも楓が厚紙を折って作ったフツーの物体であるというのに、バシバシ叩いてもこのハリセンはヘタリもしていなかった。

 不思議な話である。

 

 それは兎も角、そんなテキトーな得物しかない横島にボコボコにされれば流石に凹むだろう……と思いきや、

 

 

 「す、すみませんっ!! もう一度お願いしますっ!!」

 

 

 何せこの子供、ただの少年ではない。

 

 思い切り良くそう言い放つと、その勢いのまま跳ねるように身を起こして、再度魔力で身体能力を底上げして立ち向かってくる。

 少年ネギのその愚直さ、後先の考えなさは横島に相通ずる物があった。

 尤も、単純な才能という点ではこのネギは横島を凌駕しているのだが。

 

 何せこの子供は異様なほど飲み込みが早い。

 

 それに愚直なほど言われた事を繰り返し復習を続けるので更に覚えた型が身体に馴染むのが早い。

 多少、自分判断が混じるが、それは経験をしていない分のズレなので、この鍛錬のように横島にその隙を突かれていれば、コツコツと自分で修正して行き、あっという間に自分に合わせた型をモノにしてゆく事だろう。

 流石に陰で天才児等と言われていただけはある。

 

 尤も、如何に才能があろうと能力が高かろうと、実戦経験の少なさやオツムの回転の速さが追い付かないのはどうしようもない。

 今もその心意気虚しく、ネギは何をされたか仕掛けられたか理解できぬまま、あの試験の晩の様にコロンコロンと転がされまっている。

 

 

 「ホレまただ。

  相手に一撃いれる前に、当ったと思ってるぞ。

  『相手をコロス、その言葉を頭に思い浮かべた時点で既にその行動は終わっている』

  そういう名言があるが、それを実践してみい!」

 

 「あぶぶぶぶ……」

 

 

 名言云々の妄言は横に置いとくとして……やはりフェイントや駆け引きの巧みさでは横島が圧倒しており、如何に手加減をしていてもネギを玩べていたりする。

 

 でもまぁ、これでネギが中学生以上の年齢なら足で踏んでグリグリしていた事だろうから、扱いはかなりマシなのだろう。

 

 兎も角、ネギはそれくらい圧倒されていたりする。

 

 超有名人であり英雄である父を持ち、莫大な魔力を受け継いでいるネギであるが、出力というか破壊力で圧倒してはいてもそれらを使えなければ話にならない。 

 何せ元々、横島は自分より遥かに超出力を持つ相手とばっか戦い続けていたのだ。それらを避けるなり利用するなり封じるなりするといった戦法は得意中の得意なのである。

 ぶっちゃければ真っ直ぐなネギは、生き汚くてひん曲がった根性を持つ上、実力を封じる術も非常識な攻撃力も兼ね備えたド卑怯な横島とは相性が最悪なのだ。

 

 

 

 「うわぁ……老師、容赦ないアルな……」

 

 「うむ。

  横島殿相手に直線的な攻撃は全く無意味。

  かと言って生半可なフェイントでは逆効果。

  相手の土俵に入れられている事に気付かねば何時までたっても玩具でござるよ。

  まぁ、気付いても当てられるかどうかは別でござるが……」 

 

 

 二人が——実際には横島が一方的なのであるが——鍛錬を行っているのはせり出しているテラスの部分。

 まだ自分らしい戦い方をきちんと確立できないネギの鍛錬は、今回は“何故か”こんな近場で行われていた。

 

 普段鍛えているエヴァのそれでも、ネギVSエヴァ&茶々丸&零であるが、今回は横島VSネギ一対一。

 ちょっと楽に思えるかもしれないがそうは行かない。何せ相手は横島忠夫なのである。

 エヴァは数で攻めはするが、その戦いは堂々とした実力者のそれ。

 連携戦を取っているだけで正々堂々と言えなくもないのだ。

 

 だが、横島はひたすらド卑怯である。

 

 インチキイカサマ当たり前。

 勝つ為には如何なる手段も選んでくる。

 どんなセコイ方法だろうと平気で取る。時と場合によっては人質も平気で取ってくる。

 

 対してネギはというと、悪の魔法使いという“王者(女王様)”との戦いの経験をし、そんな彼女に魔法使いとして鍛えられているのでそれなり以上に戦い慣れしてきてはいるが、横島という小悪党のチンピラとの戦いは何時まで経っても慣れなかったりする。相手が悪いというか運が悪いというか……兎も角、ご愁傷様と言えるだろう。

 

 流石に『セコくなれ』とは誰も言わないし、思っても居ないが、そんな手合いとの戦いだけはとっとと慣れてほしい。それが皆の望みでもあった。

 

 

 楓たちも自分らだけで呼吸法の鍛錬を行いつつ、後学の為に横島が強いる修行を黙って見守っていたのである。

 

 

 そんな二人であったが、ふとある事に気付いた。

 本来なら、やる事は違えど一緒に学ばなければならない者がいない事に——

 

 

 「かのこはナナの所に行てると思うアルが……くぎみーはどこ行たアル?」

 

 

 そう、先にこの別荘に入っている事だけは知っているが、未だに姿を見ていない少女がいる。

 今日は放課後になってからずっと、二人は円の姿を見ていないのだ。

 

 

 「ン〜…… 茶々姉(仮)に聞き及んだ話でござるが、くぎみー殿は」

 

 

 何故か零と一緒に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四人が鍛錬を続けているテラスを見下ろすような高所。

 そんな高い所に二つの影があった。

 

 レーベンスシュルトは城であるからして、当然ながら物見櫓の役目をもった塔がくっついている。

 

 尤も、実際には魔法の目があちらこちらに仕掛けられている為、塔は本来の役目を持っていなかった。

 それでもいざという時には城を囲む塔でもって結界を張る等の仕掛けが施されているので、“魔法世界的に言えば”役に立っていない訳ではない。

 

 まぁ、城がすっぽりと入っている瓶の存在感を阻害すればやり過ごす事も容易いのであるが……それはさておき。

 

 

 そんな塔の一つ。

 

 横島達が鍛錬を行っている場から一番距離が離れ、且つ様子が窺えるような塔の天辺にその二人はいた。

 

 しかし二人は、手すり……というか、外部から身を隠す為の遮蔽壁……にもたれ、ただぼんやりと空を見上げているだけ。

 

 何をするでもなく、ぽけらっとしたその顔。エヴァが目にすれば檄を飛ばされるであろう程。

 腑抜けていると言うか何と言うか、何もやる気が起きないというのが正直なところだった。

 

 正確に言うと、ただぼんやりとしているだけではなく零は紙巻きを吸っていたりするのだが。

 尤も、零の外見はちんまい中学生であるが中身は大人どころではないので禁止するほど悪い事をしている訳ではない。

 

 とは言っても、身体が小さくなっているのでレギュラーは大き過ぎる。だから零が咥えているのは煙草よりちょっとだけ太くて長いシガリロである。

 

 煙草に比べてかなり高めであるが、香りも良く好む者も多い。

 

 肺に入れる者もいるのだが、零は口で味わうタイプのようで、煙を吸って舌で転がしてから吐くという行為を続けている。

 

 オランダ産だかドイツ産だかは不明であるが、細い葉巻を吸う作法は中々様になっていた。

 

 

 「……匂いが残るわよ?」

 

 「気にすんな。何時もは吸ってねーよ」

 

 

 普通の煙草と違って葉巻は香ばしかったり、バニラビーンズにも似た甘い香りのものは多い。だから割と円も平然としているのだが。

 

 人形だった時代もエヴァが嫌がるのでそんなに吸った事は無い。

 麻帆良に来てからはエヴァが呪いを喰らった事もあって動けなくなっている。だから余計に吸えていない。

 

 いや、別に『好きだ!』という程の物でもない。気分の問題だ。

 

 しかし葉巻にしてもこうであるが、飯を食えば美味いやら不味いやら感じるし、甘いや辛いも感じてしまう。

 その事に気付いたのか感情が読み難い顔をしながら葉巻を口から離し、掌に押して消す。ジュッと一瞬焼ける音がするが気にしない。

 

 

 「男らしい消し方ね……」

 

 「……フン」

 

 

 消した葉巻をその辺に捨て、押し付けた掌をじっと見る。

 

 それなりの荒事をやっている男の消し方であるが、零の女の子っポイ柔らかい手は火傷を負っていない。流石は元殺戮人形という事か。

 

 だが、僅かに感じた熱いという感触も本物だ。

 驚くべき事か以前の身体である木の特性も、ヒト……生物の特性もちゃんとある。

 生理(この場合は初潮か?)といったものは“まだ”ないのだが、成長を続ければ起こるかもしれないとの事。

 

 自分の主人より生き物に程遠く、それでいて圧倒的に人間に近い身体を持っている。

 それが今の零……茶々丸達の姉、絡繰 零という存在だ。

 

 何という奇跡だろうか。

 

 数百年の長きに渡って“動く物体”だった存在が、ある日突然(完全な生物ではないとはいえ)血の通った身体を持ったのである。

 ご主人の話では、次元の向こうにある魔法世界でもそんな事は起こり得ないとの事で、霊能力というものは昔話に出てくる『神通力』に相通ずるもので、奇跡を起こす事が普通なのだそうだ。

 

 尤も、横島の持つそれは元いた世界でもド外れているものらしいのだが。

 

 こんな身体にしてもらっても、

 いや、してもらったからこそ、余計に憤りが湧いてくる。

 

 肉体を持つ事により感情が発達し、前より人間味に溢れてしまったからこそこんな悩みを持ってしまうのだから、儘ならぬものである。

 

 

 「横島さん、回復したみたいだけど……大丈夫よね?」

 

 

 零の吐いた煙をぼんやりと目で追っていた二人であったが、いきなり円がそんな事を問いかけてきた。

 

 何の前フリも無い唐突な質問。

 

 不意を突かれたので流石の零も一瞬呆けている。

 とは言っても、今の零にとっては意味が解らない質問でもなかったのだが。

 

 

 「フン おめーも解ってんだろ?

  あの馬鹿……一晩で回復しやがった」

 

 

 外の時間にして一時間弱。つまり実質 たったの一日で全回復しやがったのだ。

 何せネギと楓達がやって来る頃には疲労の“ひ”の字もなかったのだから呆れる他ない。

 

 零も解ってはいたつもりであったが、ホントに不死身の怪人なのかもしれない。

 

 

 「うん……だけど……」

 

 「あぁ……」

 

 

 それは“回復できた”というだけの話。

 

 エヴァの話によると、脳に掛かった負担は想像を超えているらしい。

 DEAD or LIVEの綱渡りだった訳で、単に『生きていたから回復する事が出来た』というだけなのだ。

 

 

 「横島さん……」  

 

 

 膝を抱えるように体育館座りをしていた円は、その立てている足に顔を隠す。

 

 泣いてはいないし、“今は”苦しくない。

 

 それが解るのだろう。零は「フン……」と円を目に入れないようそっぽ向いて紙箱からまた一本葉巻きを抜き、自前のナイフでVの字の切込みを入れてバーナーで火を点ける。

 

 と、何を思ったのか零は口に咥えてから肺まで吸い込んで胸の奥でくゆらせてみた。

 

 

 「うぇっ!?

  ゲホッ ゴホッ グホッ!!」

 

 

 呆れた。やっぱりちゃんと苦しい。

 

 元々の材料が世界樹の若幹であるから、魔力の篭り方や維持力がヒトのそれとは大きく違う。

 それでいて身体はどんどんイキモノに近寄ってきている。

 

 ——だからこそ、あのクソバカの事がこんなに気になってんのかなぁ…… 

 

 生物的なものだけではなく、女として確立されていってる事は自覚している。

 所謂イケメンやらハンサムといったものの区別ができない訳じゃない。彼女とてそれくらいは解る。解るのだが……

 

 

 「……チクショウめ……」

 

 

 恩やら義理とかの話ではなく、授業中とかにふとモップ担いで歩く横島が目に留まると姿が見えなくなるまで眺めてる自分がいたり、

 クラブに入っていないので下校時間は遅くないのに、何故か横島が用務員の仕事を終えるまで待っていたり……

 

 

 「気が付いたらこうなってる……か……

  チッ 何でオレはあんな奴の事なんか……」

 

 

 紛い物の性別であったが、楓らよりはずっと長く女をやっているのでこの想いが何なのか理解はしている。

 

 単に受け入れていなかっただけで自覚も出来ている。

 

 そう、最初は楓らの男を見る目の悪さを笑っていた零であったが——

 

 

 「ざまぁねーな……

  結局、オレも同じ穴の狢だったって事か」

 

 

 けふけふとまだ咽つつ苦笑い。

 目元を湿らせているものは、咽た所為か。

 それに気付いたのだろう、零は舌打ちをして目元を拭った。

 

 円もまだ顔を上げていない。

 結界の中、紛い物の日の光の下で二人はただぼんやりと時を送っていた。

 

 

 

 

  

 

 楓と古がアジトにやって来たのは授業を終え、部活(さんぽ部や中武研)を終えて直の事である。

 

 教師としての仕事があった為、ネギの方も僅かに早く着いた程度だったのだが、何せこの結界内は時間の流れが逆浦島太郎なので三十分違うだけで半日ほどもズレが生じる。よって、二人が到着した時には横島は数日間も休んでいてすっかり回復しており、好き勝手絶頂にネギをボコっていた所だった。

 

 

 それでも流石に霊能力を学び始めている二人は勘も良くなっている。

 

 円と零がこの場におらず、尚且つエヴァの放つ空気に妙なものを感じていた。

 

 その時点では些細な事なのであったが、時が経てば経つほどどんどん気になって来た。

 

 こうなってくると二人も黙っていられない。いられないのだが……

 

 悲しいかな、二人は彼の事をよく知ってしまっているのである。

 

 

 「老師が話してくれる訳が無いアルな」

 

 「どーせ理由を聞いても、はぐらかされるのがオチでござるし」

 

 

 今回はネギが独占状態だった鍛錬であるが、本気で無い横島に翻弄された挙句、その疲労で件のコドモ先生がかなり早くつぶれたので終了。

 

 幾らイケメン予備軍で未来の女殺しであろうと、まだまだ子供。だから手加減もしているのだが、フェイントと罠だらけの攻撃に気疲れも大きいのだろう。

 

 そして修行が終わった事を勘で気付いたナナがやって来て、横島にダイブ。

 抱きとめる事に失敗して後頭部を床石に打ち付けてイイ音を立てたりするのもお約束。

 

 ここのところ見慣れた光景であり、何時ものパータンだ。

 しかし、だからこそおかしい(、、、、、、、、、)

 

 横島にナナと かのこがじゃれていて、ネギがウッカリ属性が働かせて足を滑らせナナにダイブ。

 直後、シス魂エネルギーによってヨコシマン(しっとマスクでも可)に変身した横島にぶっ飛ばされる。

 

 確かにここ最近で見慣れた光景だ。

 

 しかし、しかしだ。

 

 何時もは『お義兄様』等と謎のセリフをほざいて楓らの歯を食いしばらせている茶々姉達も、妹の茶々丸のようにオロオロしているように見えるし、主であるエヴァも偶にしか顔を見せない。それだけでなく、来たとしても非常に表情がきつく不機嫌だ。

 

 逆に茶々丸は甲斐甲斐しくネギの世話を焼いていて姉達のような動揺は無いし、彼女らのような不安感(のようなもの)も見えない。

 

 そして極め付けは円と零の○○コンビ。

 二人して横島から逃げるように彼の側に近寄ろうとしないのである。

 

 まだ慣れていない円は兎も角、普段の零の行動からすれば理解し難い行為。

 

 これで何も無かったと思う方がどうかしている。

 

 

 茶々丸は楓らが到着するまで“外”にいて、エヴァ達は中にいたのだから、入る前に何かあってもこちらに伝わってこない。

 エヴァも横島も不必要なほど口が堅い。だから教えてはくれまい。それだけは解っている。

 

 

 何せこの鍛錬場は外の一時間が二十四時間。外の一時間の差が一日だ。

 

 早めに切り上げたという円とナナが“何日前”に到着したのかは不明であるが、不安を感じた円が飛んで来たという事は少なくとも彼女らが来る前。

 

 だとすれば、横島とエヴァの二人が何かやったという事だろう。

 いや、エヴァがあれだけ不機嫌なのだから彼がやったという事か?

 

 何れにせよ、ナナに何も話していないのは、それだけ彼女を不安にさせるという事。それほどのコトが起こったという事となる。

 

 

 「それほどの事態なら、聞いても無駄アルな」

 

 「しょーも無いくらい抱え込む御仁でござる故」

 

 

 幸いと言うか、既に諦めていると言うか、二人ともその程度の事はとっくに理解できている。

 というか、良く見ている。

 

 とは言え、異変に気付けたからといって内容やら理由やらに気付けた訳ではない。

 

 しかし、彼は何故黙っているのだろうか? その事にやたら腹がたつ。

 何の為に自分がいると思っているのだ。

 

 まったく……水臭いではないか。

 

 

 「「拙者(私)という相棒がいるというのに……」」

 

 

 言い放ってから、二人して全ての動きが停止していた。

 

 お互いの言の葉に気が付いたのか、シンメトリー且つユニゾンした見事なタイミングで同時に顔を見合わせる二人。

 

 それも、何かみょーに笑顔で。

 

 

 「はっはっはっ

  古、勘違いはいけないでござるよ?

  横島殿のパートナーは拙者でござるよ」

 

 「アイヤ、かえで。その言葉はそくりお返しするアル。

  私はかの御仁を“老師”と呼ばせてもらているネ。

  殿をつけた他人行儀な関係と違うアルね。

  つまり深い繋がりを持てるのは私アル」

 

 「ほぅ!

  つまりは師弟関係でしかないという事でござるな?

  それはそれはご愁傷様でござるな」

 

 「ほほぉ……『しかない』なんて形容詞使うアルか……

  かえで様ともあろう者がお忘れのご様子。

  師弟関係というものは血より濃い関係アルよ?」

 

 

 楓の言葉を受けた途端、じわりと古の周囲に陽炎が立つ。

 しかし当の楓はそんな古の闘氣を見ても気にも掛けずに口元をニヤリ。

 

 

 「したりしたり。これはしたり。

  どうやら古師匠はお忘れのご様子。

  拙者は横島殿と共に警備班として働いてるでござるよ?

 

  つ・ま・り、学園側は、拙者“こそ”がパートナーであるとして認めて登録しているでござる。

  古は<弟子>でござろう?

  血よりも濃い師弟関係ならば弟子は何時までも弟子。

  残念でござるな〜♪ いや同情するでござるよ。

  生涯、隣に立つ者になれないとは……」

 

 

 「 ほ ぅ …… 」

 

 

 みしり……

 と、古の周囲に軋みの音が響いた気がした。

 

 

 

 

 

 「よ、横島さん……」

 

 「気にするなネギ。気にしたら負けだ。

  オレ達は明日に向かって進むんだ」

 

 

 足をカクカク震わせつつも、あまりに重過ぎる氣から庇うようナナを懐に入れ、ネギと小鹿を小脇に抱えて城の中に逃ぼ……もとい、後方に突撃してゆく横島。

 

 吐き出すセリフが訳が解らないのは恐怖の為、混乱している可能性が大である。

 でなければ、子供とはいえ男をだっこなんてすまい。

 

 本当なら次に楓たちの鍛錬を見るつもりだったのだが、ここは去るに限るのだ。

 いや、ゴゴゴ……と氣が増大してゆく二人に恐れをなした訳ではない。決して尻尾巻いて逃げた等といったことはない。だろう。多分。

 

 

 

 ……しかし、そんな横島であったが、内心ホッと胸を撫で下ろしていた。

 

 というのも、二人に余計な話をせずに済んだからである。

 後は部屋で少しでも体調を戻し、何を聞かれても惚けられる様にするだけだ。

 

 そう、言葉にできない想いを噛み締め、横島は控えていた茶々姉の一人にネギを手渡し、自分用に用意してもらっている回復の為の部屋に飛び込んで行った——

 

 

 楓と古、そしてネギとナナには完全に誤魔化せているが、実のところ横島は元気にはなっているのだが本調子には程遠い。

 

 ある程度回復してから“珠”まで使って治療してはいるので、見た目は完調であるが、何せダメージの原因は直接脳に掛かった負担である。そんなに早く治れば世話が無いのだ。

 

 そしてその原因は、よりにもよってこの馬鹿男が自分の記憶の奥に情報を取りに行った事である。

 それも封じている“記録”の方に……だ。

 

 とはいっても自力では不可能だった。

 

 はっきり言って、脳と魂の認識能力の限界を超えているのだから、横島自身が思い出すという行動に出ればそれこそ廃人直行である。

 

 だからこそ横島は彼に——

 

 宇宙の卵すら生み出せる技術を持つ“彼”にコンタクトをとり、“彼”に円の霊能制御式を書き写してもらったのだ。

 しかし、それでも自力で彼に会いに行くという行為は、記憶を辿りながら意識の底に潜ってゆくということで、例え“珠”の力を借りて直接そこに行けたとしても、鮮明且つ克明な記憶を持っている彼であるから脳の認識能力を軽く超えてしまっていた。

 

 その結果が脳に対する負担と、個を保つ為に霊力が枯渇するほどの激しい消費。

 エヴァに式の図を手渡した途端、意識を完全に失って一時昏睡状態に陥ったのも当然だろう。

 

 尤も、彼はそうなってしまう事が解っていたのか、事前に圧を抑えるように式を組み、最悪のケースに備えている。

 だからこそ、意識を失う前にエヴァに描いたモノを手渡し、彼女が懸念していたほどの深刻なダメージは残らなかったのだろう。

 とはいえ、それは円達が思っているように『生きていられただけ(、、)』なので、シャレにならない事態に陥った事に変わりは無い。

 

 本人にそのつもりは無いだろうが、生きるか死ぬかの賭けに出ていたという訳だ。

 いや、無自覚だから余計に怖いのだが。

 

 先に横島に接し、彼の人となりを見知っているはずの楓と古より、後から関わってきた円の方が気付いたというのも何であるが、取り返しがつく前に気付けたのは重畳と言える。

 

 ただ言うべき言葉、言える言葉が思いつけなかっただけで……

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 最後にやって来たのは図書館島探検部の木乃香達と、バイトで遅くなった明日菜だった。

 

 当然というか、刹那も皆と共に遅れてやってくる。

 剣道部の活動があったという事もあるが、主な理由は言うまでも無く木乃香。彼女を待っていたからだ。

 

 そんな刹那の横で木乃香は終始ニッコニコ。

 何年ぶりかで一緒にいられるのが嬉しいのだろう、修学旅行からこっち、木乃香はず〜っと機嫌が良い。

 

 

 しかし修行とは言っても、才気に満々ている木乃香にせよ、契約によって地力に下駄を履いたのどかにせよ、ド素人の夕映にしてもする事は同じ。

 

 

 「「「プラクテ・ビギ・ナル」」」

 

 

 魔法使いにとって基本中の基本である魔力発動の繰り返しだ。

 

 そしてその側らで刹那が軽く打ち込んでくるのを明日菜が捌くという特訓が行われていた。これがここ最近の少女らの日常である。

 

 

 尤も、才能も下駄もない夕映は三人の中で一番取っ掛かりが見付からなかったのであるが、実は今の夕映は魔力発動能力では三人の中でトップだったりする。

 

 

 「風よ」

 

 

 言葉を紡ぎ終えると共に、夕映が使っている練習用の杖の周囲に風が巻きついた。

 

 彼女はそれを確認するより前に成功する事を確信していたのか、驚く事もなくその杖を軽く振って集まった空気の流れを解放する。

 

 

 ——いいか? 夕映ちゃん。

   風は集めたとしても空気の動きだから止まらない。だから杖に纏わり付くイメージを持つんだ。

   そして維持するときのイメージは“独楽”。

   うん。あれを杖に乗っけてるイメージで操るんだ。

 

 

 『確かに空気の動きなのですから、回る独楽はイメージにピッタリです』

 

 

 何となく感覚的にかくし芸の練習を続けている気になってしまうが、指示としては適切だった。

 

 前方に解放されたそれは、小さなつむじ風となってその場で維持され続け、夕映が集中を解くと共に霧散する。ほぼ完全にコントロールできていた証拠だ。

 

 

 「わぁ……ホンマ、ゆえスゴイわぁ」

 

 「う、うん……ネギせんせーも練習用の杖でここまで出来る人は珍しいって言ってたよ」

 

 

 そんな二人の賛辞にも夕映は然程喜びを見せたりせず、どちらかというとホッとした表情で、

 

 

 「ありがとうです。

  でも、私には才能がありませんからね。

  これくらいで喜んでいてはいけないです」

 

 

 自分を戒めて再度集中に入った。

 

 思い出すのは膝を付くほど練習を続けていた時。

 魔法の基本なのやら、発声練習なのやら判断が難しくなってきた夕映の元に、見兼ねた様に彼がやって来てくれた時の事。

 彼は夕映に目を瞑らせて、彼女の額に指を当て、

 

 ——ええか? 目で見るんじゃなくて、感覚で感じるようにするんだ。

 

 とイキナリ指示を始めてくれたのだ。

 

 無論、言われたからといって直に出来るわけが無い。

 それに異性を感じさせるものに触れられるのは初めてという事もあってなかなか集中し切れなかったのであるが、彼は辛抱強く彼女が落ち着くまで待ち、それどころかリラックスするように深呼吸までさせてくれたのだ。

 

 数分だったか、一時間だったか、それがどれくらいの時間だったか定かではないが、何時しか夕映は落ち着きを取り戻し、周囲の気配を探れる程にまでなっていた。

 

 彼女が完全に落ち着きを見せると、彼は今度は触れている指に意識を向けさせ、その部分から意識が広がってゆくイメージを夕映に持たせる。

 

 すっかりリラックスしていた夕映は、言われた通りに従って意識を拡散させる。

 

 無論これは彼が夕映のチャクラを軽く刺激して感覚を増させているから出来た事であり、他の者であればもっと集中力を要しただろう。

 

 

 だが、夕映自身は半信半疑であるが、実のところ彼女はかなり才能がある。魔力云々は兎も角、集中力が尋常ではないのだ。

 それに凄まじいほどの努力家である。だから教えられた事を愚直なまで続けられるのだろう。

 

 そんな彼女だからこそ、一度感覚を掴むと簡単だった。

 

 周囲に漂う物。意思の無い無指向性のエネルギーに意識で触れるという、抽象的な感覚練習。

 前記のように彼の後押しがなければ言葉の意味すら把握しかねるそれも、先に感覚で教えられれば言うほどの難易度ではなくなる。

 それなり以上の集中は要した物の、忽ちそこらの魔法使いなどよりもずっとマナの存在を意識できるようになっていた。

 

 マナの“感触”を覚えさせると、次に彼はイメージを持たせて属性の相性を調べさせた。

 火や風、大地や水に持つ特性や力のイメージを投影し、それにマナが反応を見せればそれとの相性が良いという訳だ。

 

 その結果、夕映は風、光、水の属性と良い相性を持っている事が解った。

 

 一応、ネギに教えられているから、アイツと同じよーな属性になってんのかもな……そう彼は笑って言ったものだ。

 

 

 『訳の解らない人ですが……

  何となく楓さんやくーふぇさんが慕っている理由が解った気がします』

 

 

 夕映の成功を我が事のように喜んでくれた彼の顔を思い出し、くすっと口元に笑みを浮かべると彼女はまた集中に戻る。

 

 

 ——後は自分で練習する事。

   教えられた通りじゃ、それ以上の実力はつかねーからな。

 

 

 その言葉には夕映も同意している。

 何事の成功も積み重ねの向こうにあるのだから。

 

 礼を言いはしたが、大した事はしてねーよとヒラヒラ手を振って歩いていった彼。

 

 そんな彼に報いるのは早く魔法を使えるようになる事かもしれない。

 

 お馬鹿は好きではない夕映であるが、彼のそういった点には丸をつけていたりする。

 だからこそ、集中力も持続しているのかもしれない。

 

 木乃香とのどかは、そんな夕映を見て微笑を浮かべると、顔を見合わせてうんっと頷き自分達もまた特訓を再会した。

 

 

 「「「プラクテ・ビギ・ナル」」」

 

 

 そう、積み重ねが大事なのだから——

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お前ら……

  少しは遠慮するという気は起きんのか?」

 

 「あははは まぁまぁ」

 

 

 どういう訳だろうか、何時も修行が終わると宴が始まる。

 

 最初に音頭をとったのは和美であるが、学園祭が近寄ってきている事もあって取材スケジュールを組んだりする事に時間をとられて来ていない。

 後に『エヴァちゃんの別荘で組んだら良かったのにー』と木乃香に言われて初めてその手があったかと気付き、私の時間と手間が……とショックを受けていたりするが、それは兎も角。

 

 例え和美が抜けていたとしても元気印の集団で名が知られている3−Aの一味。シラフでもヨッパライ的に大騒ぎが出来るのが自慢である。

 

 何せ癒し系として知られている木乃香ですら異様にノリが良い為、誰かの騒動をサポートすれば不必要なほど盛り上げられるのだ。

 

 今回は古が音頭をとり、木乃香が囃して楓が応援して更に盛り上げて、何時もの煩さを演出していた。

 

 おまけにエヴァの下僕である茶々姉ズまで、いそいそと準備を整えるのだから彼女も頭痛が止まらない。ご愁傷様である。

 

 

 「……これでワインの備蓄が減っていたら全員、縊り殺すところなのだがな……」

 

 「ウチらが飲んどるの、ジュースやしなー」

 

 「だーかーらーっ!!

  それはただのジュースではなくてだなぁ……ハァ……もういい」

 

 

 幸い、何だかんだで飲酒はしていないのでエヴァもそれほど酷くは怒っていない。

 

 何せエヴァはそれなり以上に名の売れているワインを一揃え所持しているのだ。

 呪いをどうにかする算段が付いた今、祝杯用に大切に保管しているモノまで飲まれたらたまらない。

 

 まぁ、少女達の食材用にと下僕達が勝手に田畑を作ってたりするが……気にしたら負けだ。うん。

 

 

 『それにしても……今日も横島の旦那にボコボコにされやしたね』

 

 「うん……」

 

 

 ちゃっかり皿に肴を盛り、お気楽にそうネギに言うカモ。当のネギどよ〜んと落ち込んでいたりするが。

 

 それに魔法で強化していたものの、使わない筋肉まで使わされてネギはちょっと筋肉痛気味。まだちょっと辛かったり。

 

 お陰で食事し辛く、茶々丸とのどかの二人に食べさせてもらっている。

 

 わたわたと慌てながらも世話を焼くのどかや、新妻宜しくいそいそと世話を焼く茶々丸の二人が何とも対照的。

 無邪気に世話を焼いてもらっているネギは訳が解っていないだろうが、世の男どもが殺意を向けるだろう状況ではないか。横島がいなくて本当に良かった。

 

 

 「そう言えば、私もまだ一撃も入れられませんね……」

 

 「刹那さんがそれだったら、私なんか全然届かないんでしょうね……

  一体何?! あのムチャクチャな回避力。

  はぐれメ○ルの遺伝子でも持ってんじゃないの!?」

 

  

 『アスナ、遺伝子やいうムズカシイ言葉知っとったんか……』等と全然友達甲斐のない事を考えている木乃香は兎も角、その異様な身体能力には全員が舌を巻いていたりする。

 

 

 「それは当然でござろう? あの御仁と戦(や)り慣れている拙者ですら掠らせるのが限界。

  不慣れな刹那が当てられないのは必然でござるよ」

 

 

 何だか知らないが、みょーにデカい胸を無意味に張って我が事のように自慢する楓。

 その言葉遣いにムッとしながらも、

 

 

 「それに、老師は術みたいなものが使えるようになてるネ。

  元々回避力と防御力が人間離れしてるアル。そんな老師が術使うと手がつけられないアル」

 

 

 と古が後を続けた。

 

 こちらも何だか自慢げだ。

 尤も、楓のような横島との取っ掛かりがなくてちょっと悔しげではあるが。

 しかし古が敵わないというのは事実であるし、楓と二人がかりで戦っても攻め切れない。ネギを混ぜた三人がかりでのどうしようもなかった。

 

 その上、“あの技”があるのだ。

 

 今思い出しても、ネギは身体が緊張で硬くなる。

 

 横島が使った技は未だによく解らないのであるが、自分が知らない召喚術みたいなものらしい。

 彼はその技(術)を駆使し、楓と古、そして白兵戦に慣れてきたネギを実戦形式で鍛えてくれているのである。

 制御時間は僅か十分。

 その間だけの短い鍛錬であるが、相手は格上なんて代物ではなく全くの別次元の強さ。元が横島であるなどと想像も付かないほど。

 

 だがそれより何より、存在感が尋常ではない。

 

 見た目は女子大生くらいのか弱い女性(角はあるが)。だがその鋭さや速さは尋常ではなく、ただ前にいるだけで吹き飛ばされるような存在感をもつ女性であった。

 

 魔法も技もどんどん使ってきてください。と言われた驚いたが、一度やってみればそれも納得で、下手をすると地力でエヴァをも上回る。ネギでは彼女の足元の影にすら届かない有様だ。

 

 それもそのはずで、何処かの深山で武術を教えているとか。

 その仕事故か教え方は異様に上手く、最高の格闘の師になってくれているのだから文句はない。楓も古も大喜びである。

 

 尤も、実力の差があり過ぎてどれくらい強くなってきているのかサッパリ解らないのだが。

 そんな女性(ヒト)を召喚できる横島忠夫という人はどういう人物なのか、未だによく解らない。

 自分より強いという事だけはハッキリしてるんだけどなぁ……と、ネギは肩を落としてみたり。 

 

 

 『そう言えばあの晩、始動キーを使ってやしたね』

 

 

 カモのその言葉で思い出されるのはヘルマンと戦っていた晩の事。尤もカモは楓の指示で木乃香らの側に隠れていた訳だが。

 その所為で横島が何と唱えていたのか聞いていなかったのである。

 

 そう呑気に人参のソテーと蒸し鶏を串に刺して食べているカモに対し、ネギが返したのは微妙な笑顔。いや、苦笑いか。

 

 図書館探検部等というキワモノ部に席を置いている夕映らは基本程度ならラテン語が解るのであるが、戦闘中だったので轟音とかでよく聞こえていない為、カモ同様にネギの反応に首をかしげている。

 

 楓と古、そして明日菜の三人はバカレンジャーの二つ名は伊達ではなく、サッパリサッパリなので首を傾げるのみ。

 

 そんな少女らの様子を目の横に入れつつ、苦い顔でエヴァは一人グラスを傾けた。

 

 

 『酔った勢いとはいえ……あんな始動キーを登録させたのは失態だ……

  式を失念して破棄の仕方も解らんし……』

 

 

 流石に契約を組ませたのは良いが、解き方を忘れたとは言えなかったので放置してしまったのは失敗だと今更悔いてたりするエヴァ。

 

 実のところ横島の珠の力まで借りてムリヤリ始動キーの式を組み込んだ事だけは覚えているのであるが……泥酔した所為で解き方が解らないというのはやはり人に言えない恥であろう。

 

 

 横島の魔法始動キー。

 

 Mamilla(マミナリア)Culus(キュラス)Femu(フェルム)

 

 ぱっと聞くだけなら、真面目っポイそれ。

 

 例えばMamillaは使い方としては『胸』。或いは『乳房』という女性形として扱う。

 Culusは『丸』や『丸いもの』。或いは肉体使用形で『尻』。

 

 となるとFemuが何を意味するか……察しの良い方ならお分かりだろう。

 

 横島は、魔法使用時にそんな事を言わされているのである。

 らしいというか、哀れというか……

 

 

 「はれ? そういうたら横島さん、どこ行ったん?」

 

 

 何時もは欠食児童宜しく、腹を減らして馬鹿食いをしている横島であったが、姿が見えない。

 

 円と零もいない事に今更気付き、騒ぎ出す楓らを見てエヴァはやはり気付いたかと舌を打った。

 

 本当ならあの二人に任せたかったのだが、楓らもいた方が良いのも事実だからだ。

 

 

 この場にはいない横島忠夫。

 

 彼は今——

 

 

 

 

 

 

 「オイ、横島」

 「横島さん……」

 

 「へ?

  零と……円ちゃんか?

 

  どーしたんだ? そんな顔して」 

 

 

 

 遂に岐路に立たされていた。

 

 

 




 御閲覧、どうもお疲れ様です。
 今回の話は、前から言ってる克明過ぎる記憶持ち。そのデメリット故に自力で彼を思い出すとこうなります というネタバレがメイン。
 当然ながら『模』もできません。魂のメモリ使い切ってますから。
 これが横っちの設定のキモであり、あとの話におけるお話のとっかかりに使えるネタなんですよね。

 では、次のgdgdへどうぞ。



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中編 -弐-

 ——困った。

 

 

 横島は、何というか、非常に困っていた。

 

 元いた世界で雇い主だった女性を前に、セクハラの言い訳を考えている時……よりはマシであるが。生命の危機も無いし。

 それでも、言い澱むほど困る事は難しい。

 

 と言うのも、

 

 

 「オイ、横島」

 「横島さん……」

 

 

 横島が一人酒を飲み、程よく酔いが回っていた所に、何だかすげぇ怒った顔で二人がやって来たからである。

 

 ネギに課していた修行が(有耶無耶で)終わり、部屋で休んでいた為か完全復活してはいたが、何故かテンションだけが戻っておらず、何時もの宴会所から離れて先ほどまでネギを虐め……もとい、鍛えていたテラスにて月を肴に飲んでいたのだ。

 

 皆から離れてゆっくり一人で飲む酒。

 今日は酒が飲みたいから何でもいいからくれないか? と言ったら何故かエヴァが茶々姉に命じて出してくれたのはラム。

 

 度数もけっこうあり、なめした革ラベルが貼られた高そうなラムだったが、エヴァは何もいわず黙ってこれをくれたのである。

 

 何時にないサービスぶりに変だとは思いはしたが、横島もその高そうな酒の魅力には勝てず、偶にはこんな日もあるわさと気にしない事にした。

 

 しかし、一人静かに飲んでいたのであるが、遠くから騒動が聞こえる分、殊更孤独感を感じていたりする。

 皆と離れて飲んでたのは失敗だったかな? 等と愚にも付かないような事を思い始めていた矢先、件の二人はやって来たのだ。

 

 

 「へ?

  零と円ちゃん……か?

 

  どーしたんだ? そんな顔して」 

 

 

 その形相にグラスを落としかけた横島だった(ちょっち怖かった)が、わたわた慌てつつも何とかキャッチ。

 底を軽く鳴らしはしたが四割を腹に収めた瓶と共に床に置く事に成功し、腰を上げた。

 

 

 

 『……こ、これは……』

 

 

 

 しかしグラスをお手玉しつつも中身を溢さず受け止められた事は確かにナイスキャッチだが、状況はナイスとは言い難い。

 

 何せ零は兎も角、円は涙目。

 その零にしてもとんでもない目つきで睨みつけてくる。

 

 すわ、恨み言か!?

 それとも寝てる内に無意識的セクハラを円に行ったか!? それだったら切腹モノではないか。主に自分の性技……いや正義が。

 

 等と何時ものおちゃらけで話を受けたつもりであったが——事は彼が想像していたより重かった。

 

 

 「……何で……」

 

 「え、と……」

 

 

 「何でそんなに自分を投げやりに扱うんですか?!」

 

 

 「え?」

 

 

 そう責められても戸惑うばかり。

 何より酔った頭では言葉の意味が浸透し辛い。

 そんな横島の様子に余計に腹を立てたのだろう、零が前に出て横島の襟首を掴んだ。

 

 

 「オレらが言ってんのはな、無駄に命使うなって事なんだよ。

  テメェは人にはそれ言うくせに、自分はその言葉守ってねぇだろうが」

 

 「え、えと、それは……」

 

 

 アルコールが頭に回っている事もあるが、流石の彼も対応が鈍い。

 いや、そもそも彼女らが怒っている原因は彼の愚考であり愚行。

 霊能力のある意味直弟子ともいえる円の為、彼にとって最大最悪の禁忌である記憶捜査を行ってしまった事だ。

 

 何せ元々彼は、色男やイケメン相手ならいざ知らず、女子供には底抜けに優しいという特徴があった。

 だから、自分の元いた世界のように神話や伝説がそのへんにゴロゴロ転がっているわけじゃないので、霊障を負ってしまいかねないと懸念した彼は、当り前のようにそれを行ってしまったのである。

 

 しかし、当事者の横島は兎も角、されてしまった円のショックは如何なものだろう。

 イキナリやって来て、いきなり身代わりとなって命を危機を背負い込む男に今後彼女はどう接すればよいというのか?

 焦っていたのだろうか、彼の頭からそういった配慮は綺麗に抜けていたのである。

 

 更に悲しむべきは彼の身の上。

 銭ゲバの見本のような女にこき使われ、そんな彼女の為に身体を張る事(張らされる事)のが日常だった。

 それだけが理由という訳でもないが、間違った日常観念よってそれ自体が極普通になってしまっているので、周りに対する配慮。特に“こちらでの一般人”に対する配慮が決定的に欠けていたのである。

 何せ“向こう”では一般人でも霊や妖怪、果ては下級神とだってひょっこりと出会う可能性があった。

 

 だから大して気を使わずとも、よほどの惨劇じゃない限り霊障事件で心に傷を負ったりしなかったのだ。

 

 これは横島のファンブル(大失敗)である。

 

 

 それに——

 

 

 「……どういう事でござるか?」

 

 「うおっ!?」

 

 

 「え? か、楓さんとくーふぇ!? 何で……」

 

 「二人でシケ込んでナニかやてる思て探し……て、そんな事はどうでもいいアル!!

  どういう事アルかっ!!??」

 

 

 酒に酔っていた所為だろうか、横島は楓たちの接近に気が付かなかった。

 横島ファンブル二連発。

 

 

 「い、いや、あの……」

 

 

 おまけにこんな状況に陥れば落ち着いて話が出来ないではないか。

 

 横島を責めていた円と零は話の腰を折るなと怒り、楓と古は直弟子である自分(ら)だって話を聞く権利はあるだろうと主張する。

 

 だが何故か円はそれを拒否。今の問題は私の所為でもあるのだからと言い返す。

 探し回っててイラ付いてた為か楓達も珍しく冷静さを保てていない。

 ウッカリ二人っきりで横島と真剣な話をしていたものだから殊更だ。お陰で楓も何時になく文句がうるさい。

 

 だが、三人がそんな風に騒ぐ物だから零は逆に静かになり、周囲の空気を物凄く重くしていっている。ぶっちゃけ光り物が唸りを上げて登場する時が迫りつつある。

 

 女の怒りに対する危険感知力が無意味に鍛えられている横島は当然真っ先にそれに気付いていた。

 

 

 「解った。解ったからっ!!

  全部まとめてすっこりぼっこり説明するからっ!!」

 

 

 元より一緒に裏にか関わっていた楓と古にもこれだけ心配かけているのだ。黙っている訳には行かないだろう。

 何よりネギの過去を女の子達と共に観覧してしまった事も負い目として心に残っている事もある。

 

 

 『ネギはよくて自分は黙秘という訳にもいかんしなぁ……』

 

 

 そんな考えは的外れかもしれないし、余計な行為かもしれない。

 酒の勢いかもしれないが、奥に秘めていた物を吐露したくなっていた事もある。

 

 或いは——これ以上黙っていたくなかったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 「ああ、話すよ。

 

  全部——」

 

 

 

 

 

 

——————————————————————————————————————

 

 

 

              ■二十一時間目:あくの分岐点 (中) −弐−

 

 

 

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 「ね、ねぇ、くぎみーさぁ……」

 

 「う、うん……どーしちゃったんだろうね」

 

 

 登校一番、いきなり“それ”を見てしまった桜子は、同じように驚いている美砂の髪を引っ張ってそう話を振った。

 

 普段なら怒るそんな行為。だが美砂も気になっていたのだろう、然程怒りを見せたりせず桜子にそう返している。

 

 何せ登校したは良いが円の周囲の空気はどんよりと重く、尚且つ気難しげな顔をしつつタレるという奇行を披露しているのだ。

 昨日も様子が変だったが、それは焦りであって今回のような異状ではない。

 自分で自分のやった行為を悔いてると言うか、理解不能な怒りを抱えていると言うか、兎も角そういったものを皆は彼女に感じていた。

 

 

 「うーん……でも聞きにくいね」

 

 「ウン。今のくぎみん見たらちょっと……ねぇ」

 

 

 時折、はぁと溜息を吐いている円であるが、こうまでややこしい彼女の様子からその深刻度は今まで見た事がないレベルだろうと判断が出来る。

 

 勘の良い事で知られている桜子が今はそっとしておこうとばかりに距離を置いている事もあり、美砂も不承不承ながら真名の隣に戻っていった。

 

 と、そんな美砂が椅子に腰掛けようとした正にその瞬間、何時もクールな真名がいきなり反応してその顔を教室の入り口に向けた。

 

 

 「楓姉ぇ、ホントどうしたのー?」

 

 

 へ? と何時になく心配げな風香の声に驚いて真名の視線を追う形で入り口に目を向けると……

 肩をがくーんと落とし、鳴滝姉妹に支えられるように楓が教室に入って来たではないか。

 

 

 「え? ウソ。楓まで!?」

 

 

 それに続くように遅れて入ってきた古までもが落ち込んでいるのを見ると、流石の美砂の焦りも頂点に達し、桜子と共に情報通の和美のところにすっ飛んで行くのだった。

 

 

 

 

 左前の席……実のところ和美も訳が解らなくて驚いていたのであるが……騒動を視界に端に流しつつ、エヴァは己の席で腕を組んで黙っている。

 

 当然のように彼女の後ろには茶々丸が控えているのだが、やはり彼女もちらりちらりと円達を気にしているようだ。

 

 明日菜や木乃香、刹那に夕映にのどかといった他の魔法に関わった少女らは三人の様子に戸惑いを見せている。

 訳を知らないのだから当然だ。

 

 もう一人、理由を知っている者はいるだが教室にはいない。

 何でも今日はズル休みするとの事だった。

 

 気持ちは解るが、はっきりとズル休みだと言い放ってくれるのだから清々しい。

 

 

 「フン……」

 

 

 見ようによっては鼻先で笑ったようであるが、どちらかと言うと鼻で溜息を吐いた感が強い。

 現に、直後エヴァは少しだけ身体を前にずらして椅子に寄りかかっている。朝が弱い為にタレている事はあってもやや後悔の空気を漂わせているのは、この王者(女王様)にしては珍しい。

 

 昨日、エヴァが横島に高いラムを渡した事には意味がある。

 他者……それも女に対して気を使い過ぎる事がいい加減に気になってきていた事もあり、その理由を問いたかったエヴァであったが、あの男ときたらはぐらかすのが異様に上手い。聞こう聞こうとしてもヤツのボケに対してツッコミを入れている内に何時の間にか要点をずらされてしまうのだ。

 

 確かに、大体の見当はついてはいる。ネギの“アレ”と同じような物だと。

 

 いや、おそらくは高畑の“アレ”と同じくらいの物だろう。

 違うのは対象が女であろうという事か。

 

 対象が“女”だと見当がついている理由は簡単で、横島が異様に女子供に気を使っているところから鑑みただけ。それでも間違い無いだろうと確信はしていた。

 

 

 ——していたのだが……

 

 

 如何に言い辛かろうが言葉の端々を突くなり上げ足を取るなりするだけで良いのであるだが、前述の通り誤魔化しが異様に上手く真顔でボケたりするのでこっちも本気で怒ってしまって無駄にエネルギーを使わされてしまう。

 

 しかし逆から言えばそこまで上手く誤魔化すのだからとんでもない理由があるはず。

 

 今後彼を鍛えてゆく上で知っておかねばならないし、奥義には程遠いがついに足元を掴めるに至っている“例の技”は、心の闇に関わってくるのだから使ってよいかどうかの判断基準にもなるのだ。

 

 

 だからエヴァは策を講じた。

 

 

 自分のように頭を使って話す人間なら横島は最初から構えてくる。壁を作るのではなく、心が身構えているのだ。

 自分より頭が良い。或いは自分より格が上で、隙を見せれば命を奪われるような敵とばかり戦い続けてきた彼は、無意識にそれを行えるようになっているのだろう。

 

 しかし、自分を真っ直ぐに見、何の思惑もない目で迫られたら逆に全く拒めなくなる。

 

 実にアッサリと精霊の集合体という複雑怪奇な存在の かのこをいとも簡単に受け入れ、魔法技術での改造人間であるナナですらありのままを全てを受け入れ、尚且つ欠片も裏を持たずその二体(、、)を引き取った彼だ。その器の大きさ故に想いを理解して受け止めてしまうだろう。

 

 

 それを利用する事にしたエヴァは、悩み続けている零と円を見守りつつも助言を与えようとはせず、テンションが回復していない横島にラムを与えた。

 元々ラムという酒は度数ももどり(、、、)(後味やら余韻)も強い酒で、それは良いラムであるほど強くなる。

 もどりが強ければ酔いを味わう時間も長くなる訳で、言葉を止めている枷も緩むというもの。

 

 枷を緩ませたところで言い寄られれば、如何な彼でも打ち明けるだろう。そう思って下僕である零とリンクを繋いだままにして向かわせた訳であるが……

 

 結果的に言えば、大成功であり失策だった——

 

 久しぶりにエヴァは後悔色の溜息を吐く。

 それに気付き、茶々丸が話しかけようとするが丁度ネギが教室に入ってきてしまったので、伸ばし掛けた手を止めて失礼しますと場を離れるしかなかった。

 

 円達の様子を気にしている所為だろう、やや詰まった委員長の号令に倣って席を立つのだが、やはり頭を掠めるのは横島の事。

 

 

 彼の悩みは理解した。出来てしまった。

 

 嫌っていない女に攻撃が出来ない訳も知った。知ってしまった。

 

 彼が病的に女達を守る理由も解った。解ってしまった。

 

 理解し、納得できてしまったが故にエヴァは眉を顰める。

 

 

 横島の心が壊れていない奇跡に。

 

 個を失っていない信じ難い奇跡に。

 

 そして最低最悪の今の彼に。

 

 予想はしていた。

 高畑という例があった為、想像くらいはできたのだから。

 

 自分の力不足で大切なものを失う。そんな悲劇は掃いて捨てるほど世界に転がっている。

 この学園にいる魔法使い達の中にもそういった経験を持つ者もいるのだ。現に高畑がそうであるし。

 

 が、ここで別のファクターが加わると話が変わってくる。

 

 克明且つ鮮明な記憶と記録。

 

 確かにそこから他者のデータを汲み上げて使用できるのは大きなアドヴァンテージだろう。

 彼の能力と相俟って、如何なる状況でも生きて帰れ、如何なる相手であろうと戦いを有利に薦められるだろう。

 

 だがしかし、前述の“経験”がその中に加わってくるとややこしい事になる。

 エヴァは気付いてしまったそのデメリットに、一人溜息を吐いていた。

 

 何せそれは、エヴァの想像を遥かに超えていたのだから——

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 バニラの香を口の中でかき回し、口の幅の広さにして溜息と共に吐き出す。

 もったいない吸い方だし、味わいも何もあったもんじゃない。

 マナーの観点から言えば葉に失礼だ。もっと味わって然るべしであろう。

 

 ——尤も、今の彼女からしてみればクソッタレ以外の何物でもないのだが。

 

 

 「あ゛ー……

  あにやってんだろーなー オレ……」

 

 

 一気に吸い込み、鼻から出してみたりする。

 これたま下品であるが、旨味を噛み締められるしちょっと苦しくなるから今の自分には丁度良い。

 しかし、いくら屋上とはいえ堂々と学校で吸っているのは頂けない。

 煙草臭と違うので解り難いだけで、葉巻の香りを誰一人理解できないという訳ではないのだから。

 

 

 「そう思うんだったら、授業サボっての喫煙なんか止めてほしいんだけどね」

 

 

 何時の間に屋上に来たのか不明であるが、妙に親しげな声を掛けて誰かが彼女の元へと歩み寄ってきた。

 突然声を掛けられたにも拘らず、焦りも咽たりもせず彼女……零は再度煙を吸い込み、落ち着いたまま吐く。

 

 

 「うっせーぞボウズ。

  自分から吸えるように努力したバカに言われる覚えはねーぞ」

 

 

 日の陰になっている壁にもたれて足を大きく広げて葉巻を吸う少女……

 何ともシュールな格好であるが、彼女の主が何時もサボって寝ている場所であるのは笑える。。

 

 しかしまだボウヤと呼ばれるのはねぇ……と彼、高畑は肩を竦めた。

 

 

 「意外に真面目に登校してたと思ったけど、いきなりズル休みかい?」

 

 「うっせーつっただろ。オンナにゃオンナの理由ってのがあンだよ。

  この制服を着崩して泣きながら走ってやろうか?

  少なくとも、一発でオンナの理由ってヤツを思い知れるぞ」

 

 「勘弁してくれよ」

 

 

 ここのところ機嫌が良かったのだが、何故か今日は物凄い不機嫌。

 

 その不機嫌さのベクトルも主と似ているのには苦笑も湧く。

 こんな状態の彼女(ら)に何を言っても無駄だと高畑は理解しているので、彼はそのまま零の隣に腰を下ろしてポケットを漁る。

 隣から何ともうまそうなが漂って来ているのだが、流石に生徒に葉巻を強請るのは問題があるし、何より彼にだってちょっとはあるプライドに関わってくるし。

 

 ちょっと後ろ髪引かれはするものの、吸いなれたマルボロを取り出して一本抜いてそれを味わう。

 

 

 「フン……才能が無かったわりに様になってんじゃねぇか」

 

 「それって礼を言うべきなのかな?」

 

 「さーな」

 

 

 煙草の話か実力の話かは知らないけどね。と彼は言葉を煙と一緒に吸い込んだ。

 

 普通なら咎める状況であるし、一般の教師に見られると何かと不味いシーンである。

 だが高畑は何も言わず零の横に立ち、壁にもたれて煙草を吸っていた。

 似合わないとかモノマネだとか姫様(、、)に散々言われてたなぁ……等と思い出して苦笑してみたり。

 

 そんな高畑が横にしても零は相変わらず。

 くゆらせて上ってゆく煙をボーっと見つめていた。

 

 とは言っても味わうのはその半分。

 半分まで味わうと掌に押し付けて消し、また一本抜いて切込みを入れて吸うという、割に合わない吸い方をしていた。

 

 そんな彼女が捨てた吸殻を、眼の端で羨ましげに見つめていた高畑であったが、

 

 

 「なぁ……」

 

 「ん? 何だい?」

 

 

 急に話しかけられると何事も無かったかのように質問で返している。

 

 

 「お前さぁ……」

 

 「うん?」

 

 「ガトウが死んだ時のこと、今も思い出したりすんのか?」

 

 「……っ」

 

 

 予想だにしなかった言葉に、流石の高畑も煙草を取り落としかかった。

 無論、そこまでには至らなかったが、それでもかなりの衝撃が走っている。

 それは言葉によって、ではなく言われた事で頭に情景が走ったからだ。

 高畑は内心の動揺を誤魔化すように煙草を咥えて肺を煙で満たす。

 しかしその煙草の味すら“彼”の好みだったのだから役に立ったとは言い難い。

 

 それでも体裁だけは取り繕えたので、平然としてるかのように高畑は口を開く事が出来た。

 

 

 「……そりゃあ、ね……」

 

 「そっか……」

 

 

 忘れる事は無理だ。

 

 吹っ切る事もできないだろう。

 

 自分の弱さを思い知り、自分の至らなさを突きつけられた事件なのだから。

 

 ある意味自分の基点であり、強くなりたいと言う根本なのだ。

 

 忘れられる訳がない。

 そして忘れてはならない事なのだ。

 

 急に煙草の味が苦くなり、彼にして珍しく途中でもみ消して携帯灰皿に押し込む。

 それでも気を取れ直すように再度箱から引き抜いて咥えている。何だかんだでヘビースモーカーだ。

 零ももう一本引き抜き、先を切り飛ばして火をつける。今回は切り込みはいれていない。

 

 しばし無言と共に煙を味わっていた二人だったが、零は唐突にまた口を開いた。

 

 「……そんじゃ、もう一度それ(、、)を体験したいか?」

 

 「は?」

 

 

 いきなり何を言うのか。

 

 余りの質問に高畑は初めて零に眼を向けたが、彼女は未だぼんやりを空を見つめている。

 

 

 「いやな、今の記憶とか経験とか持ってなくて、

  単なるガキの時まで記憶を巻き戻して再体験するんだ。

  ガトウに死なれたりしてシーンが終わったら正気に返るけどな」

 

 

 やっぱり話は解らないが、空に向けられたままの眼にからかいの色は無い。

 

 力不足で修行していた時代、戦闘鍛錬に付き合ってもらっていた生き人形時代なら兎も角、今の彼女は果てし無く人間に近い人外。表情も実に解り易いのだ。

 尤も、からかわれていないと解るからこそ余計に混乱するのであるが。

 

 兎も角、やや首をかしげつつも彼女の言った言葉を噛み締めてゆく。

 

 今も満足できていないが、あの(、、)若輩期……

 周りに終始おんぶ抱っこ。なまじ超人揃いだったが為、彼の力量が足りずともどうにでもなってしまっていた。

 だからこそ、一人でも欠けただけで自分の力の無さを思い知らされてしまった時代……

 

 

 それを繰り返すと?

 

 それも思い出すのも腹立たしい未熟極まりないあの時の自分の頭に戻って?

 

 そう高畑の頭が内容を理解すると、彼の表情は露骨に歪んだ。

 

 

 「……御免だね。冗談じゃないよ」

 

 

 高畑は、吐き捨てるようにそう言った。

 

 

 「……だよなぁ」

 

 

 高畑の不機嫌気味な空気など気にもせず、また半分も残っている葉巻を押し消す。

 流石に今度は高畑もそれを見ていたりはしない。

 

 忌々しい、とまではいかないだろうが、当時の自分に対してそれに近い物があるのだろう、高畑の表情はまだ硬い。

 

 ふと見上げた高畑の顔にそれを見出し、零は頭を掻きながら腰を上げた。

 

 

 「悪りぃ。妙な事 聞ぃちまったな」

 

 「え……?」

 

 

 あのボトルの中で修行していた時だって罵られる事はあっても謝罪なんぞ聞いた事も無い。

 

 いや、悪びれる風もない口先だけの薄っぺらな謝りのセリフだけなら何度かあったと思うが、本物の謝罪は初めてだ。

 

 

 「チャチャ……あ、いや、零君」

 

 「オレ、戻るわ」

 

 

 高畑が何か言い出す前に、ポンっと葉巻の箱を投げつけ、振り返らず去ってゆく零。

 拒絶はしていないが、その背は何故か声を掛け辛かった。

 

 独立で動けるようになる前とのギャップが大きく、妙に感情豊かになっているからかもしれない。

 その所為か、彼にしては珍しく僅かな戸惑いを見せてしまい、その間に零は屋上から姿を消してしまっていた。

 

 質問の意図も意味も解らない高畑は首をかしげ、葉巻の箱に目を落とすと、

 

 

 「これ、吸殻しか入ってないじゃないか……」

 

 

 そう呟してぐしゃりと箱を握り潰し、彼女の後を追うように屋上から降りていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ホンマ、どしたんえー?

  くーふぇ 朝から変やで?」

 

 「ええ、楓も釘宮さんも朝から変でした」

 

 「……ウ、ウン……何でもないアル」

 

 

 休み時間ともなると、流石に焦れた者が問い質しそうにし始めていたのであるが、何せ落ち込み具合が普通ではないので話しかけ辛い。

 

 別荘修行組も理由は解ってはいないものの、誰の件で悩んでいるかだけは解っている。

 

 だがやっぱり何時にない楓たちの落ち込み具合に切欠を掴みかねていた。

 

 そこで代表になると挙手をした木乃香が刹那と共に、せめて理由だけでもと話しかけた訳であるが……

 

 

 「皆、心配しとるんよ?

  せめて何があったかだけでも言うてくれへん?」

 

 「え……あ、う……」

 

 

 にょっと顔を近付ける木乃香であるが、古は直に眼を逸らす。

 

 隠しているのは解るが、ここまで意固地に喋らない彼女も珍しい。

 

 何せ元々が真っ直ぐで素直な古だ。ある程度以上問い質せば意外なほどあっさりと口を開くのが常だ。

 

 喋りたくとも喋られない内容だというのか。

 どういようという眼差しを刹那に送る木乃香であるが、訳が解らな過ぎる刹那も肩を竦める他無い。

 こういった心の城壁を突破するのは思いの外手間取る。大人しく門等が開くのを待っている方がマシなくらいだ。

 

 しかし、のんびりとしてはいても木乃香はこういった事柄で待つのは嫌いである。

 

 

 

 「ほかほか……

  せやけどなぁ、くーふぇ。泣き寝入りはあかんえ?

  無理やりされたんやったら、責任くらいとってもらわなあかんやん」

 

 「ほえ……?」

 

 

 

 教室の空気が、凍った——

 

 いや、静寂を感じてしまうほど、別ベクトルにざわめきが起こっていた。

 ざわ ざわ……というヤツだ。

 

 

 「ちょ、お、お嬢様!?」

 

 

 真っ先に意味合いに気付き、慌てたのは刹那だ。

 

 真面目な話だったはずなのに、何でイキナリこうなるのか。人前だというのに思わず素っ頓狂な声を上げてしまうほど焦ってしまった。

 

 古はというと、直に意味が伝わらなくてポケっとしていたのであるが、数秒もするとバカイエローと謳われている彼女の脳ミソにも意味が届き、忽ちのうちに顔を赤くして首をぶんぶか振って否定する。

 

 

 「ち、違うアルよ!? 私は別にそういった事はされてないアル!!」

 

 「解っとる。解っとるえ? せやけどな、ウチも乙女の一人として黙ってられへんねん。

  ええか? くーふぇ。泣き寝入りしたら相手の思う壺や。

  このままやったらずるずる関係を続けられてしまうえ?

  ウチらの歳でまだ子供産みとうないやろ?」

 

 「だ、だから違うて言てるアル!!」

 

 「ん?

  ウチの言う事どっか間違うとるんえ?」

 

 「全然全くサパリ違うアル!!

 

  むしろ……むしろ、その方がどれだけマシだたか……」

 

 

 感極まったか、古の言葉はそこで途絶えてしまった。

 

 すくっと立ったまま、俯いて泣く古。

 初めて見る彼女の姿に、少女らも息を呑み声を失っていた。

 

 

 「ん。やっぱ言い難い事なんやなー

  解っとるえ。ホンマは考えが行き詰まってもとんやろ?

  誰にも言えへん事やから苦しかったんやろ?」

 

 

 木乃香以外は——

 

 茶化すような言い方から一転。優しげに慰めるような口調で語りかけて肩に手を置く。

 すると古は、力なくコクンと頷いた。

 

 

 「ほな場所移そな。かめへん授業サボろ。

  次はネギ君の授業やさかい解ってくれるえ。

  な?」

 

 

 普段の木乃香も相当癒しがあるが、裏に関わってからは魔法使いとして目覚めて始めているからか、場の雰囲気と言うか相手の心が放っている空気までも読めるようになっている。

 だからこそ彼女らの…古の持つ憤りの苦しさを誰よりも感じ取れていたのだろう。

 

 そんな彼女に慰められたのだから、気が弱くなっている古は逆らうことなくコクンと頷き、委員長に断りを入れた木乃香と共に教室を出て行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「えと……お嬢様?

  このまま放ったらかしなんですか?」

 

 

 古がイロイロと体験しちゃったという爆弾を教室で誤爆させたまま……

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 「で? 何があったの?」

 

 「別に何でもないでござるよ……」

 

 「それで何でもないって言うんだったら、学園長先生だって人間に見えるわよ」

 

 

 エラい言い様である。近衛が泣きそうだ。

 

 おもっきり授業中であるが、明日菜は半ば引き摺るように楓を裏庭に連れ込んでいたりする。

 どーせ次の授業はネギだし、あいつにグダグダ言わせないという気満々だ。

 実のところ昨日修行場から帰った時からずっと気になっていた事もあるが、何より古や円まで落ち込んでおり、零に至っては殆ど授業に出ていないときてる。

 更に鳴滝姉妹にどーにかしてよーっと泣き付かれたのだ。

 

 それで木乃香が古に話聞いてみると言い出したので、だったら自分はと手分けして話を聞く事にしたのであるが……どーもにも楓は口を開いてくれない。

 

 何か言いにくい事に間違いは無いだろうが、ここまで口を噤むと言うのはちょっと異常である。

 いや、元々言って良い事悪い事をよく理解できる人間であるから、口を開かない事だってあるだろうが、その場合彼女はのらりくらりとはぐらかすのだ。

 しかし今の彼女ははぐらかすどころか誤魔化す事すら出来ていない。

 言えない事があると丸解り状態で、ただ言わないだけ。これを異常と言わず何と言おう。

 

 

 「あのねぇ……あの二人もすっごく心配してるのよ?

  もちろん私だってそうだけど、何があったかくらい言ってくれてもいいんじゃないの?」

 

 「……」

 

 

 秘密、なのではない。

 言ってはいけない(、、、、、、、、)。ただそれだけである。

 

 

 「それとも横島さんに何かされたの?」

 

 「……その方がずっとマシでござるよ」

 

 

 奇しくも古と同じセリフであるが、二人が知る由も無い。

 

 しかし、木乃香と明日菜の差は大きい。

 二人とも優しいし世話焼きであるが、木乃香は女らしく優しさで接し慰めるのであるが、明日菜はどちらかと言うと……

 

 

 「こぉらっ!! 長瀬 楓!! こっち見なさい!!」

 

 「!?」

 

 

 ばちんっと楓の両頬が音を立てる。

 

 あまりにも唐突に行われたので流石の楓も、今のコンディションならばどうしようもなかったようだ。

 言っては何だが、明日菜は妙に男っぽいところがあり、慰めるとか癒しとかより発破かけたり鼓舞したりする方が得意だったりする。

 

 それを実証するかのように、楓は明日菜の掌から力が伝わってくる気がしていた。

 

 

 「アンタねぇ、お腹ン中にぐちゃぐちゃ溜め過ぎなのよ!!

  どばっと吐き出す事もできないってんだったら、

  落ち込んだトコも見せんじゃないわよ!!」

 

 「あ、アスナ殿……」

 

 

 じんじんとした痛みより、ずぅんと重く言葉が響いてくる。

 

 真っ直ぐに向けられた明日菜の眼光は楓の眼を貫くほどの力が篭っていた。

 まるで力が明日菜の掌から、そして眼から無理やり注がれてくるようだ。

 

 

 「それとも何? 私じゃ信用できない?

  私程度じゃ受け止められないっての!?」

 

 「……」

 

 

 どうしてこの御仁は……と楓は内心苦笑していた。

 

 何と言うか度量と言うか、器というかが年齢不相応なほど異様に大きい。そこら辺が“彼”に似ている。

 これだけの事で苦笑が浮かぶ自分も単純な女でござるなと思いつつも、こうまで想ってくれている級友に感謝の念が絶えない。

 

 

 「……心配……掛けたでござるな」

 

 「あったりまえよ!! 全くもう……」

 

 

 楓が苦笑を見せた事にホッとしたのか、掌を頬から離す。

 勢いでついやっちゃったと自覚があるのだろう、明日菜は僅かに頬を染めていた。

 

 楓も少し頬が赤いのだが、それは明日菜の馬鹿力の所為のよーな気がするけど気にしてはいけない。

 

 

 「ま、話し難い事だったら話せる範囲でいいんだけどね」

 

 「さっき言った事と違ってるでござるよ」

 

 「いいのっ!! で……?」

 

 

 花壇の石垣に腰掛けさせた楓の前にし、明日菜が腰に手を掛けたまま問いかける。

 

 輝くようなオーラを放つ彼女に、逆らい難い楓はついに諦めて口を開く事にした。

 

 

 「さてもさても……どう話せば良いでござろうか」

 

 

 

 そして楓は、あの時の事を痛みの中から掬い上げてゆく。

 

 自分の……いや、自分らの迂闊さを思い知らされたあの時の事を——

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 ——いやさ、実はオレ、この世界の人間じゃねぇんだわ。

 

 しかしそう言われても円も『は?』って感じだった。

 確かに呆気にとられたはしたが、既にエヴァから異世界がある事は聞いているし、何を今更という感が強い。

 尤も、彼の言う異世界と言うのはこの世界の魔法使い達ですら思いも付かない全くもって全てが違う世界で、感覚的に言えば宇宙人が近いと後で訂正が入っているのだが。

 

 それでも彼女にはそんなにショックは無かった。

 

 魔法使いやら精霊小鹿やらスライムやら、果ては悪魔やゴーレム、おまけに同級生には吸血鬼やロボまでいたのだ。ここに宇宙人が混ざったとしてもそんなにショックにならないというのが彼女の弁である。

 そんな事より驚いたのは、彼のいた世界には神様が“実在”し、この間やって来た悪魔なんかよりもっともっと格上の悪魔もいたとの事。

 

 あのジジイは無限再生したり何十体ものクローンつれて来たり、時間の流れを操ったりしないヤツで良かったとは彼は言ったものだ。

 

 しかし、それより何より呆気に取られたのは彼のいた世界で起こった事件。

 

 昔話はおろかゲームの世界じゃないとお目に掛かれない神話級の大事件。 

 こちらの世界で言(、、、、、、、、)うところの(、、、、、)ソロモン七十二柱が一柱にして四大実力者の一柱。地獄の大公、恐怖公とも呼ばれていた大魔族が世界を終わらせるような事件を起こしていたと聞いた時には彼の頭を心配してしまった。

 

 スケールが大きいと言うか、妄想としか思えないというか、ナニそのゲーム設定? な話だったのだから当然だろう。

 いやさ僅かでも耳を貸していた彼女に天晴れと言ってやりたいほどに。

 

 

 ——本当ならもっと説明しなくちゃいけねぇんだけどな……

 

 

 彼はそう言って掌の中に力を集めると小さな珠を作り出し、それを皆に見せ付けるように突き出した。

 楓達はそれを目の前で行った事に慌てていたが、円は意味が解らない。

 いや、それを問う暇がなかったと言う方が正しいだろう。

 小さな珠の中に文字が浮かぶと、周囲の景色が切り替わったからである。

 

 浮かんでいたのは『観』の文字。

 

 後で教えてもらった事であるが、『覗』では自分が文字に持ってるイメージの所為でうまく伝えられず、かといって『伝』では皆の脳が伝わってくる情報量で持たない。『見』も同様だ。

 だから“景色を眺める”という強いイメージを持っている観光の『観』の字にしたとの事。

 

 

 それでも彼女らには——十分以上のショックだった。

 

 

 

 

 

 

 「老師が力に目覚め、使いこなせるようになたのは……

  私たちよりちょと上、十七の時だたアル」

 

 「へぇ〜 そうなん?」

 

 「……十七で目覚めたというのに、今はアレか? 成長が早いにも程があるだろう?」

 

 

 授業中であるし、家庭科くらいでしかめったに使われない調理室。

 木乃香が古を引き摺っていったのはそこであった。

 

 慌てて刹那も追って来てはいたが、この時間にこの教室が開いていることをしっかりチェック入れていた木乃香には呆れる他ない。

 

 兎も角、気を落ち着かせる為に機材を(勝手に)使ってお茶を淹れて古に飲ませ、自分も刹那と共にゆっくりと飲む。

 ありゃ? 新鮮な葉っぱちゃうなぁ等とまるで場違いな事を考えはするが、けっして古を問い詰めたりはしない。あくまでも彼女が自分から話し出す事を待っている。

 

 どちらかと言うと刹那の方が焦れてたりしていて中々興味深かい。

 それでも木乃香は、十分もしない内にポツリと言葉を零してくれたのにはちょっとホッとしていたりする。

 

 しかし予想通りとは言え、やっぱり楓と古の彼氏(断定)である横島忠夫という青年の件。

 惚気だったどうしようと心配した刹那だったが、話し始めた時の古の深刻度に変化はない。だから黙って続きを聞く事にした。

 

 

 「直に前線という訳ではないアルよ。

  最初から最後まで退魔の最前線アル。

  ただ当初の老師の肩書きは荷物持ち兼壁だたアルが」

 

 「ふわぁ……丈夫なヒトや思たら、そやったんかぁ……」

 

 「い、いえ、お嬢様。そういう次元の話では……」

 

 

 無意識か意図的かは知らないが、相変わらずピントがズレた事を言われてやや力が抜けるが、お陰で肩の力が抜けた事に感謝し、古は言葉を続ける。

 

 

 「そんな仕事の中で力に目覚めたアル。

  全身に纏てる氣(霊気)を一点集中して盾を生み出す力」

 

 

 現在知られているあらゆる攻撃。氣でもって全てを断つ神鳴流の剣すら止め、或いは弾いてしまう本人は無自覚の最強の盾、サイキックソーサー。

 

 

 「そのお陰で老師はもと前に出さされるようになたアル。

  何せ盾だから当然アルね」

 

 

 難儀な人だ……と思わず同情してしまう刹那。

 そんな彼女の前で古は溜息を吐く。

 

 

 「だけど、その所為で老師の力の方向が決まてしまたアルよ……」

 

 

 収束特化。それが彼が向かわされた力の道だった。

 

 

 

 

 

 

 「兎も角、

  力に目覚めた横島殿は元々才能があったのでござろう、恐ろしい成長を遂げるでござる。

  アスナ殿も御存知でござろう? あの大鬼神を止めた力を」

 

 「う、うん。まぁ……

  確かに良く考えてみたら凄いんだよね。

  言われないと全然気付かなかったけど……」

 

 

 無理も無かろう。

 

 スクナの力を吸い、その力を基にして更に練り上げ、それによって伝説の大鬼神をSMチックに拘束し、その直後にエヴァに殴り飛ばされた挙句に氷付けにされたのだからアホタレという記憶の方が強いだろう。

 

 しかし、言われてみればネギの魔法を全く受け付けなかった鬼神の戦闘力を奪っているのだから普通ではないし、自分らが散々苦労したあの銀髪の子供をおちょくりまわってボコボコにしていたのだ。

 正体不明にも程がある。 

 

 

 「それでもその力でも……

  その力を持ってしてもどうしようもない敵が現れたでござる……」

 

 「敵?」

 

 「そう、“敵”でござる。

  それでいて………………横島殿の想い人の、生みの親……」

 

 「へ?」

 

 何せ解る範囲でも、知り合いのダ女神より力が七桁(、、)上。

 人間界で動いている事を知られぬよう、力を押し隠していてそれだ。

 逆立ちしても人間がどうこうできる相手ではない。

 

 そんな超存在だったのだ。“アレ”は。

 

 戦いの中で本気の本気で想い合い、助け合う二人。

 流石の楓も嫉妬を浮かべられないほど。

 横島は横島で彼女を救うべく珍しく大奮起し、何の前触れも無しに急激に霊格を上げて、相方の必要はあるものの奥の手を使った超反則技を行えるまでに至っていた。

 

 だがそれでも届かない。

 

 当たり前である。

 仮に二人の霊力平均値が100マイトとし、理論限界値の9999倍に出来たとして、神魔から借りた道具を使って更に一桁上げても999万9千マイト。

 その相手は人間界で活動している事を悟られぬように力を隠した状態でも、某ダ女神の霊力より最低7桁上なのだ。ダ女神が1マイトという小動物以下の出力でなければ全然届いていないのである。

 出力だけでも負けているのに、戦闘時間が全然足りてないので結局は重傷が限界だった。

 

 

 しかしそれでも結局は勝てた——

 

 件の手段でも無理だった筈なのに、何故か(、、、)底上げがあっただけで勝てたのだ。

 

 これは世界の修正という手助けがあったお陰だと彼は言う。どう意味であるかまでは不明であるが。

 魔神は本来の望みである死を与えられ、被害は()が想定していたより遥かに小さな規模で留める事に成功し、世界は救われた。めでたしめでたしである。

 

 しかし——その最小の被害が……余りにも大きかった。

 

 

 

 

 

 

 「……で、では、その……横島さんの彼女が……」

 

 

 刹那の問いに古は無言で頷いた。

 確かに戦場ではよくある事であるし、彼だけが不幸な訳じゃない。

 どれだけ強かろうと死ぬ時には死ぬ。かの有名な『紅き翼』ですら犠牲者がいるのだ。彼女の言うような大きな戦いに出ていたとすれば犠牲者が一人だと言う方が信じ難い話である。

 

 しかし、当事者からいえば大き過ぎる被害であろう事は刹那も良く解る。

 

 先のスクナとの戦い。

 結局被害者はゼロで終わったのだがあれこそ奇跡であり、誰かを失っていても不思議ではない戦いであった。

 それは本山の知人だったかもしれないし、巻き込まれた級友かもしれない。大恩ある長だったかもしれないし、考えたくもないがネギや明日菜、そして木乃香だったかもしれないのだ。

 

 誰一人欠けるのも考えたくない人間達であるが、それでも済んでみれば少ない犠牲で良かったとか言われるのだろう。

 

 甘くなったと言われればそれまでであるが、木乃香という掛け替えのない親友や、自分を簡単に受け入れてくれる明日菜やネギといった人間もいる事を思い知らされている今の刹那は、身に沁みていると言って良いほど理解できてしまっているのだから。

 

 

 だが——

 

 

 「……それだけならまだいいアル」

 

 「ふぇ……?」

 

 

 感受性の強さ故か、ここまでの話で既に木乃香の堰は決壊して涙がだくだく流れだしており、刹那があわてて自分のハンカチで持って拭いてあげていたのであるが……苦しげな古の声に二人して彼女を見た。

 

 古は握り締めた拳を震わせて歯を食い縛っている。

 

 悔んでいるのか自分を責めているのか、拳は強く握り締められて真っ白だ。

 爪で傷つけられたか、握り過ぎか、滴る血の赤が鮮烈である。

 

 

 「古!!」

 

 「……大丈夫アル。私、まだ冷静アルよ……」

 

 

 そうは言うが、ようやく力を抜いて広げられた掌は己の爪が突き刺さっていたのか痛々しい。

 木乃香は慌てて自分のハンカチを巻いて血を止めるが、自身の涙で濡れていた分出血があって忽ち白い布地は朱に染まった。

 

 そんな彼女の応急処置に礼すら言えず、布地を赤くしてゆく己の掌を見つめながら古は言葉を続ける。

 

 

 「老師は“ココ”に来る際、ある事故に遭て今までの記憶とかがスゴイ鮮明になてるアル」

 

 「記憶が、鮮明に? それが……」

 

 「大し……エヴァにゃんが言うには、

  下手に記憶を覗いたら自分を取り戻せなくなるくらい克明と言てたアル」

 

 「「??」」

 

 

 無論、二人は古が何を言いたいのか良く解らない。

 

 しかし話の流れからそれが古達の元気の無さに関わっている事だけは何とか理解が出来る。

 

 だが学園長が匙を投げてエヴァに任せ、その任された彼女ですら覗き見るだけで自分を失ってしまうほど鮮明で克明な記憶持ち。

 

 それが一体どう今までの話に関わっ——……

 

 

 「ま、まさか…………」

 

 

 それに思い至った時、刹那は驚くよりも前に身体が凍り付いた。

 

 いや、それ以外考えられないというのに考えたくもない話であり、自分ならば絶対に正気でいられないと自信を持って言える。

 

 だからこそ、刹那の顔色は蝋のように白くなっていた。

 

 そんな幼馴染の驚愕に首をかしげた木乃香だったが、流石に彼女も聡い。直後、その事に思い至りハッとして古に顔を戻す。

 

 

 パズルのピースは、横島が過去に想い人を失った事と、克明で鮮明な記憶。

 

 考えてみれば簡単な事で、ちょっと考えれば解る話。

 

 

 だが、そうであるが故に余りにも酷い。

 

 

 「そうアル……老師は………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 楓は思う。

 

 いや、誰だってそう思うだろう。

 

 彼の経験を知る者ではなくとも、人の心を、良心を持つ者ならば何で彼がこんな目に遭わねばならないのかと。

 

 そして一番長く彼に接し、彼が異世界の人間である事、その人となりや現状を知っている自分がそれに思い至らなかったか。

 

 何故勢いのままに彼を問い質したか悔まれてならない。

 

 もし時を廻る事が出来るのなら、あの時の短慮な自分を殴り殺してしまいたくなるほどに。

 

 

 「えと、ね、ねぇ、楓さん……その、えと……」

 

 

 確かに成績は低いし、お馬鹿代表として知られている明日菜であるが、状況を理解する能力は一般人のそれを越える。

 

 だからこそ明日菜も思い至れている。

 

 いや、思い至ってしまった。

 

 

 コクリと小さく頷く楓。

 

 落ち込んでいるのか、後悔しているのか、その反応は何時ものそれと違い年齢相応——いや、普段よりも年下のよう。

 明日菜より頭一つは大きく感じるその大人びた身体も逆に彼女より小さく見えてしまうほどに。

 

 だからこそ明日菜も息を呑み、腰が抜けるようにへたり込んでしまう。

 

 そんな明日菜の様子を知ってかしらずか、楓は力なく空を見上げ、それを体験し続けながらも己という個を持ち続け、尚も自分達に笑いかけてくれる彼を思い静かに泣いた。 

 

 

 

 横島は、

 

 “今の”横島はその鮮明且つ克明という記憶能力故——

 

 

 

 

 

        事ある毎に想い人を失ったあの時(、、、)を、

 

 

    

     自分の無力さを思い知らされたあの時を体感させられ続けているのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 円は一人、はぁ……と深く溜息を吐いた。

 どうせここには人は来ない。だからどんな情けない姿も曝せるし、誰も茶々を入れまい。

 だからと言って何の解決にもならないのであるが……

 

 

 「何だかなぁ……」

 

 

 頭を抱えるように手摺に凭れ、ずるずると膝を落とす。

 

 泣き喚きたいような、それでいて喝を入れてほしいような不思議な気分。かといって人と会いたくないのであるが。

 

 眼下に広がるのは大密林。

 

 人の声どころかそもそも人の気配すらないのは霊能力者となってしまった今では大助かりだ。

 

 

 ここはエヴァの城の中。

 

 当の所有者に好きに使ってよいとお許しをいただいているので出入り自由。茶々丸の姉達も使いたい放題だ。無論、そんなつもりは更々無いが。

 精々、誰も来ないでとお願いした程度。

 

 日射は強いくせに本当の太陽では無い所為か、或いは空間設定が数百年前のお陰か陽光も差すような物ではないし、そこそこ風もあるので落ち込んでいる彼女にとっては気分的にも丁度良い。

 

 授業をサボるのはネギ先生の手前やはり心苦しいが、二,三日溜息を吐き続けていても外では二,三時間なのだから勘弁してほしいところだ。尤も、今はそんな事すら頭にないが。

 

 

 自分の為に無茶をし、その所為で周囲に心配をかけさせていた彼。

 

 以前より研ぎ澄まされている彼女の勘が、そんな彼の想いの奥に気付き、同様に腹を立てていた零と共にウッカリ問い詰めてしまった。

 

 そんな勘がもう一度働いたのは彼が口を開く直前。

 

 あの場にいた事に気付いた楓と古がやって来て自分らと同じように責め寄り、諦めたように語り出したその一瞬手前だった。

 

 

 そう、彼が自分の秘密を語り始めた時にきちんと勘が訴えたのだ。『聞くな。話を止めさせろ』と……

 

 

 自分達が聞いて良い話ではないし、何より彼にこれ以上思い出させるのは余りに酷過ぎる。

 

 あの例の珠を使って“観せた”訳だ。言葉に紡ぐという事は、はっきりと思い出すという事。

 

 そんな事をさせたのである。自分は。

 

 

 「あうぅ………」

 

 

 苦しい。

 

 そして苛立つ。腹が立つ。

 

 憎い、とまではいかずとも怒りは尽きない。

 

 そのくせその感情を向ける方向に戸惑っている自分がいる。そこがまた余計に腹が立つという悪循環。

 

 

 コツン……と手摺に額を打ち、ぐぢゃぐぢゃになっている頭をどうにかしようとするも残念ながら秋以上夏未満という微妙な気温の所為か手摺は冷たくも熱くも無く、いくら押し付けても頭は冷えてくれない。

 この過ごし易さすら今の円には腹立たしい。

 

 

 しかし——

 

 

 「……私、何に怒ってるんだろ……」

 

 

 という感情の壁に突き当たっている事に気が付いた。

 

 いや、迂闊だった事に対する怒りは既に理解し尽くしている。

 人の過去に勝手に踏み入って訳も知らず文句を言った馬鹿さ加減には死にたくなるくらい。

 円は知らぬ事であるが、楓と同様に時を廻る事が出来るのならあの時の自分を殴り飛ばしてやりたいと思うほど。

 

 が、そんな後悔やら追憶やらとは別の、燻り続けている怒りの存在にも気が付いている。

 

 ただその怒りが何を指しているのかが見当も付かないだけで……

 

 

 「う゛う゛〜……」

 

 

 円には大切な友達が多いが、中でも放っておけない少女に亜子という娘がいる。

 

 彼女はつまらない事、くだらない事でぐじぐじと悩んだり落ち込んだりし続け、ずっと尾を引っ張り続けてしまう癖がある。

 

 例えば彼女の背には大きな傷痕があり、その傷の事をずっと気にし続けていて、相手が知る筈も無いの失恋の原因ではと思い込んだりして酷いコンプレックスにもなっている。

 

 そんな亜子を円も良く励ましたり叱咤したりしたものであるが……

 

 

 『これじゃぁ、亜子の事言えないなぁ……』

 

 

 等といきなりそんな自分の自信が萎んでいた。

 

 更に言えば、先に述べた亜子の場合なら悩み事の対象が大体ハッキリしているし、コンプレックスは背中の傷痕と上がり症と実に解りやすい。

 

 円の場合、何がどう憤っているのかさっぱり解らないのである。

 

 だからこそ、ここまで苦しんでいるのだが。

 

 

 「おう。いたのかお前」

 

 「うぇ……? あ、ああ零ちゃんか……」

 

 

 唐突にそんな彼女の背中に声が掛けられ慌てて振り向くと、そこには見知った少女の姿。

 

 何時どうやって近寄ってきたのか考えるだけ無駄な相手。

 

 今学期からいきなり級友になった少女であり、納得し難いが“同僚且つ上司”だという存在の少女、零がいた。

 

 

 「……何時、ここに?」

 

 「別に探して訳じゃねーよ」

 

 

 肩を竦ませつつ円の隣にやって来る零。

 授業に戻ろうとしたのだがやっばりその気になれず、結局はここに来て休んでいた事を述べた。

 

 つまりは先に来ていたのは零であり、円は単にその後から来ただけの話。

 

 尤も、タッチの差でも一時間ほどの差ができてしまう為、どれくらいここにいたかは不明であるが。

 

 そんな零も、円ほどではないがやっぱり腹に何か溜めているのか目に何時もの輝きがない。

 

 無気力手前の表情で懐から細葉巻の箱を取り出し、一本引き抜いて先を切り飛ばしてバーナーで火を点け、その煙を味わう。

 一番、美味くない吸い方である。

 

 

 「ん……」 

 

 「……ンだよ」

 

 

 そんな零についと手を伸ばし、何かを求める。

 

 何だか気だるそうにその手を見ていた零であったが、直に思い当たったか咥えていた細葉巻を乗せてやると円は礼も言わずにそれを咥えて煙を吸い込んだ。

 

 

 「ぐぇっ!? がふっ、げへっげへっごふっっ!!」

 

 「バーカ。トーシローが肺に入れるな。

  口ン中に溜めて転がして煙の味を楽しむんだよ」

 

 

 涙を流してまで苦しむ円を心配しようともせず、手から落とした葉巻を床に落とす前にキャッチしてそうのたまう。

 

 蹲って咳き続けていた円であったが、どうにか息を整えられたのかまた零から葉巻を引ったくって口に咥えた。

 

 今度は慎重に、ゆっくりと吸って舌で転がし、味わい、そして吐く。

 

 未だ涙目なのはマイナスであるが、中々どうして様になっていた。年齢的な問題は山済みであるが。

 

 

 「……思ってたより味が良い……

  香ばしいって言うか甘いって言うか……」

 

 「まーな。

  フツーの煙草と違って、葉巻ってのは味が深いんだぜ?」

 

 

 何度か吸い、味わって吐いている円を眺めてから、零はまた一本箱から引き抜いて先を切り飛ばして吸う。

 

 女子中学生が二人して葉巻を吸うというすごい構図であるが、二人のアンニュイな表情をしているということもあってか不思議と背景とマッチしており、完成された作品のような空間がそこに出来上がっていた。

 

 

 「おい……」

 

 「何……?」

 

 

 しばらく燻らせている煙を見つめていた二人であったが、不意に零が口を開いた。

 

 

 「お前も気が付いてんだろ?」

 

 「横島さんの、こと……?」

 

 「ああ……」

 

 

 二人同時に煙を溜め、ゆっくり吐く。

 

 

 「………零ちゃんも……気付いてんでしょ?」

 

 「ん……まーな。

  あのバカ二人は知らんが……」

 

 

 円は振り返ってしゃがみ、零は逆に手すりに凭れて景色に顔を向ける。ただし、別に風景を見てはいない。

 

 「横島さん……吹っ切ってた(、、、、、、)

 

 「ああ」

 

 「あの人、完全に解ってるよね」

 

 「ああ……」

 

 

 例え何度あの女の人を無くした時を繰り返そうと、おそらく同じ選択をし、同じ苦しみを味わい、死ぬほど後悔して死ぬほど泣く。

 それが解ってる。完全に自覚している。

 

 だからこそ吹っ切れている。

 

 というより、吹っ切れていないのならとっくに発狂している。一日だって耐えられる筈がない

 

 「あの人がいる(、、)って解ってるからだよね」

 

 「多分な」

 

 

 それは複雑且つ簡単明瞭で単純な理由。

 

 魂に刻み込まれているあの女性のデータ。

 前の世界でそのデータがあるのならば、自分の子供として生れてくる可能性があるからと立ち直りの切欠をくれたあれ。

 記憶と記録が人智を超えて鮮明で克明という事は、その魂に残されているデータも超強化されているという事であり、生れてくる可能性がほぼ確実なまでのレベルに跳ね上がっているという事。

 

 如何に狂い掛けようと壊れかけようと、胸の奥魂の奥にある“彼女”も以前とは比べ物にならないほど強くなっている。

 だから彼は力強く強固に頑強に現実を受け止められ、何度体感させられようとも自我を保ち切る事が出来るのだろう。

 何とも強い絆の話だ。

 

 それを理解できているのは、円が感受性の霊能力に目覚めているから。

 零の方は単純に経験の差。出自が無機物な人形であった事と数百年も生死の狭間で主と共に戦い続けていたお陰だ。

 

 そこが楓と古の二人と違うところであり、彼女らの悩みと決定的にベクトルが違う点。

 未だ楓らは無神経にも言い辛い事を言わせた己等の愚かさを悔み続けているし。

 

 で、こっちの二人であるが……楓らとは逆に比較的早く後悔の海から這い上がっており、彼に対してただ普通に接するだけで良いという“正解”にあっさり辿り着いていた。

 

 残る問題は……

 

 

 「だけど……」

 

 「ああ……」

 

 

 「「何か腹が立つんだよ(な)ね……」」

 

 

 ——という事であろうか。

 

 最初は多少気にしてはいたが、横島の過去を“観”せられた事に後悔はないし、これからどう接すれば良いかも解ったので不幸中の幸いと言うか重畳というか大助かりだと思っている。

 

 あの二人はかなり初めの方から身近にいた事もあって、彼が秘めた想いに気付けなかった事を悔んでいる訳であるが、円と零の○○コンビは感受性の高さと経験の積み重ねによって彼の心の傷は思っていたよりも深いが、思ったより痛んでいない事も理解できていたのだ。

 

 流石にその傷に直結する事柄が起こればトラウマと持ち前の優しさによって敵を“排除”する方に傾くだろうが、それ以外は落ち着いたもの。

 

 普段の彼と、守る為の殺意とか完全に分離しているのだから、零からすれば呆れしか浮かばない話であるが。

 

 

 あの観せられた過去。

 

 戦いの終盤で彼は最大最悪の選択を迫られていた。

 

 

 超大な敵の計画を破壊する為には、自分の大切な想い人を死なせなければならない。

 

 彼女を取るか、宇宙を取るかという最凶で最狂の選択肢だ。

 

 彼女を取ればそれ以外が消え、宇宙を取ればその彼女を救う為に強くなった意味もない。

 

 

 彼女か宇宙か。

 

 常人なら発狂しかねない選択肢を突きつけられている過去の彼を眺めつつ、今の彼はこう言った。

 

 

 「オレは、アイツをとったよ」

 

 

 と——

 

 

 

 『後悔するなら、おまえを倒してからだ、アシュタロス!!』

 

 『や、やめろー!!』

 

 

 

 そんな彼のつぶやいた言葉と真逆の結果が起こり、少女らは驚愕する。

 

 あのような超敵を倒す手段はない。

 存在の力からして大陸と蟻が戦うようなもの。そのチャンスを逃せば蟻のような人類に抗う術はなかったのだ。

 

 よって、何万年も進めてきた計画の根源を完全破壊し、“絶望”させる事によって心をへし折ったのである。

 

 

 『あいつは……俺のことが好きなんだって……命を賭けても惜しくないって……

 

  なのに、俺はあいつに何もしてやれなかった!! 結局はあいつを見殺しにしたんだ!!

 

  う わ あ ぁ ぁ ぁ ぁ ー ッ……!!』

 

 

 だが、その慟哭の重さと激しさは筆舌に尽くし難い。

 

 

 彼の言う『彼女を取った』。

 

 その言葉の意は余りに重い。

 

 

 ——あの時、アイツの事しか頭になかった。

  その場にいた同僚や、ダチや親の事も頭になかった。

   そして決められなかった。つまり、宇宙とアイツの重さが同じだった訳だ。

 

   で、結局背中を押してくれたのはアイツ。

 

   な? アイツの事しか頭にないじゃん。

  だから世界なんか(、、、)よりアイツをとってる。

 

 

 僅か“一体”の犠牲。

 

 なれど代え難く掛け替えのない“一人の女性”という大き過ぎる犠牲。

 

 それを思い出させるという愚行を楓らは悔んでいるのだが、円は彼がそんな過去を引き摺りつつも吹っ切れている事に逸早く気付き、一歩後ろから眺められていた。

 

 大体、あの結末においての彼の想いなんぞ余人には計り知れない。当事者である横島以外が理解できる訳がないのだ。

 何よりそんな彼の気持ちを理解しようするのも失礼であろう。

 それが解ったからこそ、円も零も悔んだりする事はしていないのであるが……

 

 

 「解んないね……」

 

 「ああ……」

 

 

 切ない。

 

 そして何故か腹立たしい。

 

 ぶつける方向が思いつかない分、腹と胸に溜まり続けるのだから堪ったものではない。

 

 はぁ……と再度二人して溜息。

 二人して眉間に皺がよっており、やるせなさがアップしている。

 同時に葉巻を口から離し、その先を押し付け合って火を消し、やはり同時に外に投げ捨てた。何とも仲が良い事だ。

 

 そしてまた、縁に身体を預けて一緒にタレていた。

 

 

 「何か……会いにくいね……」

 

 「あぁ……」

 

 

 無論、相手は横島の事。

 

 こんな憤りを持ったままなら、間違いなく八つ当たりをしてしまうだろう。

 

 訳の解らない八つ当たりほど厄介なものはない。

 

 ほぼ確実に相手を傷付ける上、自分らも後でボディブローが効いて来るのだから。

 

 

 だから今は会わない方が良い。

 

 少しでも落ち着かねばややこしい事になる事間違いなしなのだから。

 

 

 「でも……」

 

 「……」

 

 

 

 

 

 「……何か、会いたいよね……」

 

 「……ああ……」

 

 

 

 円の言葉は、口にした本人と共に零の腹にずんと重く沈みこんでいった。

 

 ここに居続けるのなら、彼らがやって来るまで三,四日は時間が稼げるだろう。

 その間に何とか気を落ち着かせれば何とか……

 

 

 ——なるといいなぁ……

 

 

 最初から諦めムード。

 

 円は兎も角、零にしてはかなり珍しい事だ。

 

 

 

 見事な悪循環。

 

 誰の目にも回復の兆しはない。

 

 

 楓は明日菜に、古は木乃香らに慰められ、エヴァもまた其々の悩みのベクトルを掌握できていない。

 

 かと言って、訳も知らない人間にわざわざ教える事はできない。

 現に零は高畑に教えていないし。

 

 同じベクトルの悩みを持つ者同士でいるのだから、思考のドツボも同じなのである。

 

 

 

 

 

 

 「ああ、ここにいたレスか」

 

 「へ?」

 

 「何?」

 

 

 ただ虚しく時が過ぎてゆくのかと思ったその時、妙に可愛らしい舌っ足らずな声が耳に入ってきた。

 

 

 「もぅっ お姉ちゃん、足が速いレスよ〜」

 

 「え? 私?」

 

 その場にやってきたのは、皆の妹分。件の男の血の繋がらない実の妹(、、、、、、、、、、)ナナである。

 今は子供の外見となっているから相応の体力しかないのか、幼児走りで とてとて寄って来たナナは、ちょっとだけ怒った顔で円に文句を言う。

 

 何でも校内で声を掛けたのに気付いてもらえず、それでも諦めずに後ろから追いかけていたのだけど無視するかのようにズンズン歩いて行き、そのままエヴァの家の地下に降りていってしまったとの事。

 

 

 「あー……ゴメン」

 

 

 どうして校内に? という疑問が湧かないでもないが、それでも悪かった事に変わりはない。

 

 円は素直に謝ったのだが……

 

 

 「うー」

 

 

 まだちょっと怒っているのか、円と零の間にちょんっと割り込んで、軽くいじけてみせるナナ。

 

 皆の妹分というお得なポジションもあってか、仕種の一つ一つが妙に似合っている。というか、別荘内時間をいれればけっこう一緒にいるのでこの二人からしても妹という見方しかできない。

 

 零ですら苦笑するのだから大したものだ。

 

 

 と、

 

 

 「ねぇねぇ、お姉ちゃん」

 

 

 そんなナナが二人に顔を向け、

 

 

 「何?」

 

 「何だ?」

 

 

 無垢故に澄んできれいな眼差しを二人に向け、唐突にこんな事をぶちかましたりしたら、二人でなくとも絶句するかもしれない。

 

 

 

 

 

 「お兄ちゃんのこと、好きレスか?」

 

 

 

 「「え゛?」」

 

 

 



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後編

 

 

 一癖も二癖もある麻帆良の学園は体育部どころか文化部ですら元気に充ち溢れている。

 

 

 一例として挙げるならば図書館探検部。

 

 名前からして突飛であるが、何よりも他の学校よりカッ飛んでいるのはその部活動で、クラブの名前通りに図書館島という正気を疑う施設を探検するという事だろう。

 

 何せ何時建てられたのかハッキリしない上、その蔵書もイギリスの国営図書館ですら平伏すと言われるほど。

 

 しかしカッ飛んでいるのはそれだけに止まらず、侵入者封じのトラップが至る所に設置されているし、滝があったり休憩施設があったり、地下にはダンジョンがあったりと常軌を逸しており、初来館者達のゲシュタルトが崩壊しない事が不思議である。

 

 そんな施設だからして、その蔵書を調べたり書籍の確認をしたりするのには超人的な体力と運と勘が必要となっているのは必然。

 というより、並の体育部より体力が必要なのは如何なものか?

 

 まぁ、それは兎も角(いいとして)

 

 

 そういった特異過ぎる例は横に置くとして、極普通に活動しているクラブだって当然ある。

 

 特定の男性教師以外の人物画が抽象画っぽくなってしまう暴れん坊部員のいる美術部やら、国際ホテルのオーナーシェフが目を剥くほどの腕を持った女子中学生がいるお料理研究会やら、女子中学生相手に平気で形而学を滔々と語り尚且つ理解してしまう哲学研究会とか……いや、かなり突飛か?

 と、兎も角、真っ当な文化部とてない訳ではない。書道やら華道やらは確かに普通なのだから。

 

 そして、茶道部もその真っ当な文化部の一つである。

 

 尤も、クラブで使用している茶器は一品物だらけだったり、使われる菓子は政財界界御用達の店より美味くて綺麗(超包子製)だったり、クラブにくっ付いている野点を行う庭園は国定公園並みに立派なのだが気にしたら負けだ。

 

 

 その部活動で使っている茶室の中、風炉の側らで茶を点てている金髪の少女がいた。

 

 日本古来の伝統文化であるが、少女のそれは作法に則った綺麗な所作で、教えられたものをなぞったという動きではなく、独自で高めたであろう美しさがあり、その背筋をぴんっと伸ばした座する姿も奇異な点を全く感じられないほど。

 

 よっぽど昔から茶の湯に触れてきたのだろうという事が窺い知れる。

 

 

 しかし時間的に言えばまだ授業中の筈で、学校によっては茶道の時間もあったりするが、彼女たちの学校にはその課外授業はなく、あるとしても高等部からだろう。

 つまりここにいるはずもないのであるが……まぁ、言ってしまえば授業をサボってここに居るという事である。

 

 

 「……で? お前達はそれでいいのか?」

 

 

 部活動の時間ではないからか、面倒だからか、部長であるその金髪の少女は着物に着替える事もなく制服で茶を点て、そんな事を言いながら二人にその器を差し出した。

 

 器の底に茶筅を触れさせず細かい泡を立て、捻るように救い上げて真ん中をやや膨らませるのは手馴れているからか。

 素人目にもけっこうな御点前である。

 

 だが、差し出された二人は器に触れる事もなく、彼女を見つめ続けていた。

 

 

 「……さっき聞いたよね?」

 

 「あん?

  ああ、私が単独で作ったもので防げたかどうかというヤツか?」

 

 

 質問をした少女は問い返しにコクリと頷く。

 彼女が聞いた話とは、この金髪の少女が自身の力で作り出した道具が彼女の力になれたかどうかという事。

 

 で、少女の答はというと端的に言えば『どうにかなる』だ。

 

 見た目は中学生どころか小学生で通ってしまう幼女であるが、この少女は優に数百年を生きている。

 だが無力であった時代もかなり長かった為、彼女が問うような事柄に対する備えだってちゃんとあるのだ。

 それを応用すれば、彼女が懸念した事にだって対応できるに違いない。

 いや、『できる』と言い切れるだろう。

 

 

 「アレは単にアイツの勇み足だ。

  ……まぁ、お前を心配し過ぎた感もあるがな」

 

 

 ククク……と含み笑いで締めくくると、問いかけた少女の頬にすっと朱が走る。

 尤も、怒りではないようだが。

 

 

 「……で? アイツの為にお前らは人生を棒に振るのか?」

 

 

 そんな子供っぽいオンナ予備軍の二人にからかいの表情を向けて探りを入れる。

 

 赤くなっている少女の横で、下着が見えるのもかまわず黙って胡坐を掻いている娘は自分の下僕。

 彼女というラインを通して大凡の話を聞いているし、まぁ、大体理解は出来ているのだが、二人の口から直接聞きたいというのが本音だ。

 

 やはりと言うか、何と言うか、二人は示し合わせたように同時に口を開く。

 

 

 「違ぇーよ」

 

 「違うわ」

 

 

 これまたニヤリとさせられる答え。

 無論、内心に留めているが。

 

 

 「では何だ? アイツに惚れたか?」

 

 

 「ち、違うわよ」

 

 「さてな」

 

 

 おや 今度はズレたか。

 本心は知らないが。

 だが、()に向けている気持ちは同じ、か。ククク……

 強いて言うなれば復讐……いや、しかえし(、、、、)だろうか? 責任とれというヤツかもしれないが。

 それを伝え難そうな少女を茶菓子に、自分用に点てた茶を啜る。

 

 まぁ、下僕は理解しているだろう。とっくに自分が許可を出す気になっている事に。

 

 

 ——どちらにせよ、私には全くデメリットがない話だしな。

 

 

 目の前の主が、そう状況を楽しんでいる事に。

 

 「……取り敢えず、部外者(ぼーや)達には伝えておくとしよう。

  根を詰め過ぎているから今日は休息日にするとな。

  現に不甲斐無い事にフラついてた事だし。

 

  ま、下等動物には仕事をしてもらうが……」

 

 

 邪魔に入られたくはあるまい?

 

 そう聞こえるように呟いてから、意地悪げにククク……と笑う。

 裏の意味を嗅ぎ取った少女はカッと頬を染めて俯くのだが、意外にも下僕もどこか照れているようだ。

 初心なネンネじゃあるまいし……等と思いつつも、このご主人様は内心面白くてたまらない様子。

 

 彼女にしてみればこの機会に確認も出来るのだし、全くもって損のない話なのである。

 だからこそ、このご主人は快く申し出を受け入れたのだ。

 

 

 それは——妹分と話をした後。

 

 

 とある騒動が起きる二時間も前の話である。

 

 

 

 

 

 

 

——————————————————————————————————————

 

 

 

              ■二十一時間目:あくの分岐点 (後)

 

 

 

——————————————————————————————————————

 

 

 

 

 

 「え゛? い、いや、その……私は……」

 

 「嫌ってるわけじゃねぇけど……」

 

 

 流石の二人も、いきなりナナに横島の事が好きかと問われれば焦りもする。

 

 尤も、答えに詰まっている円は兎も角として、零は別だ。彼女の場合は毒気が抜かれたに近い。

 どちらにせよさっきまで悩んでいた憤りだけは霧散していたが。

 

 

 「ん〜 じゃあ、好きなんレスね? 良かったレス〜」

 

 

 問うたナナの方は単純明快。

 

 答えの中にある曖昧さすら気にしていない。

 彼女は好きか嫌いかY/Nだけの選択肢しかないのだからとってもシンプルである。

 

 無論、言うまでもないが円も零も別に彼の事が嫌いな訳ではない。

 寧ろ限りなく好意を持っていると言っても良い。

 と言うか、何でイキナリこんな事を聞いてくるのかという方に疑問が湧く。

 

 

 「ハレ? お姉ちゃんたち、それで悩んでたのと違うんレスか?」

 

 「「 は、 は い ぃ い い っ ! ! ? ? 」」

 

 

 とんでもない答えが返って来、二人同時に声を上げてしまった。

 

 何せ自分達が悩んでいたのは憤りの向ける方向の事であり、彼が好きかどうかの話は全く出ていないのだから。

 無論、全然関係がない訳ではないが、それは彼の浅慮に対しての腹立たしさが出発点というだけで……

 

 

 「ん?」

 

 「あ、あれ?」

 

 

 ——何か、引っかかった。

 

 

 「??? ひょっとしてお姉ちゃん、気付いてなかったレスか?」

 

 

 そんな二人に対し、ナナは思いっきり首を傾げる。

 コテンと頭を傾ける様は中々クるものがあるが、萌えるシス魂はいないので事件は起こりそうにない。

 それは兎も角として、どうやらナナの方は解っているらしくて何だか不思議そう。

 

 

 「えっと……ナナちゃん、私達がどうかしたの?」

 

 

 流石に焦れたのかそう円が問いかけると、ナナは如何にも不思議そうにこう言った。

 

 

 「えっとぉ、お姉ちゃんたちみんな、

  お兄ちゃんが歩いてると直に見つけて目で追いかけてるレスよ」

 

 「「いいぃっっ!!??」」

 

 

 余りと言えば余りの言葉に二人して引きつった。

 

 突きつけられた事実は本人全く無自覚。

 

 気付かなかった、知らなかった事であるが、第三者から指摘されれば思い当たる節があるのだろう、段々と顔を火照らせてゆくではないか。

 人前で照れ顔を曝す円も確かに珍しいが、零の照れる顔などレアどころの騒ぎではない。

 

 

 「だからお兄ちゃんのこと怒ってると思ったんレスよ?

  良かったレス。みんなお兄ちゃんのことが好きなんレスね〜」

 

 

 彼の事を好きだ、好きなんだと連呼されれば否が応でも頭に血が上り続ける。

 他者の色恋沙汰はそれなりに知っているし、友人が失恋した時にはずっとついていた円であるが、それが当人の事となれば話は別なのだろう。中々自分の調子が戻ってこない。

 

 あ、ぐ、え……っ 等と要領を得ないうめき声が漏れるのみだ。

 

 だが、ナナの言葉の中に何だか引っかかる物を感じたのでふと正気に戻る事が出来た。

 

 

 「え、えと、ナナちゃん?」

 

 「なんレスか?」

 

 「好きだから怒ってるって……どういう事?」

 

 「ふえ?」

 

 

 今度はナナの方が首を傾げる。

 その所作から解っているはずなのに何言ってるの? という気持ちがありありと解ったのであるが、問いかけた円も零もさっぱりさっぱり。

 いや、何だかずっと引っかかり続けているのに間違いはないのだが、何に引っかかっているのか、何が引っかかっているのか解らない。それが何とももどかしい。

 

 そんな二人を前に、えーと、えーと……と首を左右にコテンコテン倒しつつ悩み続けているナナ。

 

 解っているのが一番年下(と思う)ナナである事は皮肉が利いているが、もどかしいままなのは勘弁だ。

 流石に焦れた零が問い直そうとした時、やっとナナは疑問の意味に気付いたのだろう、ポンっと手を打ってこちらに顔を戻した。

 

 

 「ああ、そーだったんレスか。

 

  お兄ちゃんのことが好きすぎて、気がつかなかったんレスね〜?」

 

 

 ……かなーりピントはズレてはいたが。

 

 

 「あ、いや、そーじゃなくてだなぁ……」

 

 「だ、だから私達が聞きたいのは……」

 

 

 そう慌てて否定する二人だが、何だか感心するようにうんうん頷いているナナには馬耳東風。ぜんぜん聞きゃしない。

 

 はぁ、と溜息を吐いて二人がかりで説明をしてやろうとした正にその時、

 

 

 「あのね、お姉ちゃん」

 

 

 ナナは二人に向けてニッコリと笑顔を浮かべ、体の色を銀色に変えた。

 

 

 「……え?」

 

 

 この娘は唐突に何をするのだろう。

 

 銀色の肌は忽ちの内に本来の身体である流体銀となり、可愛らしい白のワンピースの繊維を潜り抜けてパサリと衣服が下に落下した。

 

 見た目はのどかを幼くしたような外見の幼女。

 彼女より元気で、彼女より人見知りしなくて愛嬌のあるナナ。

 だが、決定的にのどかと、いや人間と違う点がある。

 

 

 それは体色がメタリックシルバーであり、構成している物質が魔法金属という点。

 はっきりと言ってしまえば、ナナは人間ではない。

 

 

 彼女は——

 

 

 

 『私、モンスターなんレス』

 

 

 

 衝撃の告白。

 

 知らぬ者ならば声を失い、関係者なら痛ましい想いを持つだろう幼い少女の告白だ。

 

 それが思春期を迎えたばかりの少女達ならば尚更だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 尤も、

 

 

 

 

 

 

 

 「えっと……? それは知ってるけど……」

 

 「いきなり何言ってんだ?」

 

 フツーの少女なら(、、、、、、、、)、という言葉が前に付くのだが。

 

 

 何せ円は銀スライムであるナナに拘束されていて、そこから裏の世界に足を突っ込んだ訳であるし、強化外皮宜しくよく身に纏っていたりする。

 零に至っては真祖の吸血鬼を主に持ち、数百年と言う長きに渡って生きてきた元殺戮人形であり現九十九神モドキだ。ぶっちゃけ端からモンスターのカテゴリー。

 

 はっきり言って、ナニを今更……な二人である。

 

 しかしナナは、二人のそんな反応に満面の笑みを浮かべ、何が何だか解っていない二人にそのまま嬉しげに抱きついてきた。

 

 

 「わっ えっ、ちょ、ちょっと!?」

 

 「な、なんだぁっ!?」

 

 『あはは お姉ちゃ〜ん♪』

 

 

 やや軟体になっているが、もとより二人はナナを振り払うつもりはない。

 はしゃいだまま抱きついてくる意味が解らず、ただわたわたと慌てるしかない。

 

 ひとしきり頭をすりつけて二人の感触を堪能していたナナであったが、やっぱり説明は必要なのだと気付いたのか、ちょんと離れて頭を下げた。

 

 

 『あは ごめんなさいレス。あんまり嬉しくてつい……』

 

 「ん、いや、詫びを入れるほどじゃねぇよ」

 

 

 無論、ナナ以外の奴がやったら命の保障はできないが。

 

 

 「でも、何なの?

  何が何だか話が見えないんだけど……」

 

 

 下げたナナの頭を撫でくりつつ円がそう問いかけると、

 

 

 

 『……あのレスね』

 

 

 

 彼女の手を頭に乗せたまま……面を上げた。

 

 

 面を上げる——?

 

 

 円と零はその顔を目にすると思わず手を引っ込めてしまった。

 

 

 ナナは笑顔のまま。

 

 メタリックシルバーなので解り辛いが、確かにニッコリと笑っている。

 

 

 だが、二人はそんな笑顔を見た事がない。

 

 横島が引き取ってから見せ始めた無邪気な笑顔であるが、この顔はそれに似ているようで全く違う。

 

 良く言えば透明な笑顔。

 

 静かな水面が映す波紋のような極滑らかな表情だ。

 

 

 だが、悪く言えば出来すぎの作り笑顔。

 

 正に先に述べた水面が如く、周りの風景を映したり風に揺れたりで彼女自身の感情がその表情に入っていない。

 

 本当の意味での作り物めいた笑顔。それが妥当な表現だろう。

 

 銀色の肌と相俟って、余計に人のイミテーションさが強まってしまう。

 

 

 「……止めろ ド気色悪い。ンなツラ見せんな」

 

 

 即効で沸点を超えたのか、零が苛立った声でナナの表情を止めさせようとする。

 

 言われたナナは直にその表情を引っ込めると、今度は寂しげに笑った。

 それでも先ほどの笑みより“生きた顔”で、ずっとマシである事が物悲しい。

 

 零はその長い経験から、そして円はその感受性から気がついた。

 先ほどの笑みが諦め(、、)の表情である事に。

 

 ナナは本気で怒ってくれている二人に、素直に頭を下げて謝った。

 理由云々は別にせよ、大好きなお姉ちゃん達を不快にさせたのだから。

 

 そしてようやく、二人に何を言おうとしていたのか口を開いた。

 

 

 『私、目が覚めてからずっと一人だったレス……

  目が覚めてお外に出て、お姉様たちに拾われるまでの二年間、

  ずっと森の中で一人住んでたんレス』

 

 

 それは二人とも前に聞いた。

 

 何でも、最初に出会ったのが魔法使いで、銀色スライムという初めて目にするものに腰を抜かした失態を誤魔化す為、襲われたの何だのと報告書をでっち上げ、家畜が獣に襲われた事件すら彼女の所為にして罪を重くして追い回していたとの事。

 その件を思い出し、零は『よし、今度そいつに会ったらナナに気付かれないようぶっ殺そう』と誓った。

 

 

 『そしてここにお仕事で来て、

  お兄ちゃんに会って、

  お兄ちゃんの妹になって一緒に暮らしてるレス』

 

 

 ナナを救おうとしたのは魔法使いでも氣の使い手でもない超能力者(霊能力者)。

 

 そしてナナの姉貴分であるスライム達の減刑を願ったのは半人前の魔法使いと、少女達。

 

 ほとぼりが冷めたら絶対に瓶から出してやると確約してくれたのは悪の魔法使いだ。

 

 つまり、ナナに笑顔を与えた者の中に“正しい魔法使い”とやらがいない。

 何とも皮肉な話である。

 

 

 『ここのみんな、とっても優しいレス。

  みんな私にとってもとっても親切にしてくれるんレス』

 

 

 うん。と言うか、“みんなの妹”扱いだ。

 

 自分を始め横島の弟子二人。明日菜や木乃香、刹那や茶々丸までもが何か妹扱いしてるし。

 特にのどかは自分に似てる事もあってか特に優しく接してたりする。

 

 

 『先生たちもすごく優しくしてくれるんレス』

 

 

 ぶっちゃけ、円は裏に関わるまでこの学園が魔法使いだらけとは全く気がつかなかった。

 

 それだけ魔法と言う存在を隠してた事もあるんだろうけど。

 尤も、気付かないように認識をズラされていた事にはちょっとイラっとしてたりするが。

 

 

 『でも……』と、またナナの表情が曇る。

 

 

 確かに魔法先生らも優しい。

 高畑を始め、瀬流彦や弐集院、堅物のガンドルフィーニまでもがナナに優しくしてくれる。

 その事にありがたいと思う事はあっても、煩わしいなどと感じた事はない。

 

 ないのであるが……

 

 

 『先生たち、みんな言うんレス……』

 

 

 彼らは言う。

 横島の側で笑う彼女を見、その幸せそうな彼女を祝福するつもり(、、、)で。

 

 全く悪気無く。彼女の為を思って。

 

 

 『大丈夫。君は人間だよ。

  そんな笑顔が出来る君は人間の女の子だ』

 

 『君は人として幸せを掴むんだ』

 

 

 と——

 

 

 無論、これは彼女が改造人間であると知っているからこその善意。

 人間ではない事を気にしないように掛けられた、彼女を想っての言葉だ。

 

 

 しかし、彼らは失念している。

 

 

 彼女が自我を持った時、既に彼女は自分をモンスター、ゴーレムとして自覚を持っていた。

 つまりナナには人間であった時の記憶は全く無く、『7番型流体銀(Argentum・vivumⅦ)』としての自分しか記憶がないのである。

 

 そんなナナにとって、彼らの優しさは本来の彼女の身を拒絶しているようなものである事を。

 

 

 『みんないい人レス……とっても優しくていい人たちレス……

  でもみんな、モンスターの私はいらないんレス……

  本当の私はいらないって言うんレス……』

 

 

 無論、教師たちにそんな事を言ってる訳がないし、悪気も全くない。

 本気の本気でナナの身を案じ、幸せになってもらいたいと思っているからこそ、そのつもりで接しているのだろう。

 本国の魔法尊攘論者(クソバカヤロウ)なら兎も角、お人よし集団の麻帆良の魔法教師らに悪意は全くないのだ。

 

 しかし、ナナは見た目通り心もまだ幼い。

 

 人間の部分がナナに幼い子供のナイーヴさを持たせている。

 だからこそ彼らの善意が痛くて堪らない(、、、、、、、、、、)

 

 『可愛い人間の少女』として接し、彼女の幸せを願う心が知らず彼女を傷つけている。

 彼らが持つ優しさ故、人間と改造生物と境を持っている事に気付けないのだ。

 

 

 「……」

 

 

 零には解る。

 

 以前のように接してくれる高畑は兎も角、他の教師らは折角人間になったのだから、人としていられる様になったのだからと非常に煩い。

 

 別に零は人間になった訳ではない。

 

 人間の外見を持てて、歩き回れるようになって飯を美味く感じられるようになったというだけで、殺戮人形から妖怪のカテゴリーにシフトしただけなのだ。

 

 だから自分の枠内の考えで言葉を投げかけてくる教師どもに辟易し、いっそぶった斬ってやろうかと思ってしまったほど。

 

 そんな零が平気で笑顔でいられるのは——……

 

 

 「あ……」

 

 

 零は、ようやくナナの言わんとしていた事に気がついた。

 

 

 

 

 教師達の言葉を思い出したか、また作り笑顔を見せたナナ。

 

 そんな顔の意味を知り何も言えなくなった円であったが、彼女が何か言葉を紡ぎだす前に銀の幼女は面を上げた。

 

 

 満面の笑顔で。

 

 

 『でも お兄ちゃんは、

  お兄ちゃんは私をぜんぶ受け入れてくれるんレス』

 

 

 ——そう。

 

 横島は人間じゃないとか妖怪だとか、魔族だとかロボだとか等どうでもいいのだ。

 

 伊達に人狼を弟子に持ち、恋人に魔族を持ち、同僚として人工幽霊や九尾の狐といて、同級生としてバンパイアハーフと九十九神を持ったりしていない。

 

 何せナナを引き取った時でも、彼女の実名である7番型流体銀を使おうとしたくらいなのだ。

 

 横島 7番型流体銀。ウン。カッコイイかもしんない。何てバカタレな事を思うほど彼はドアホゥだった。

 

 元々『ナナ』という呼び名も、長すぎて呼びにくいからと横島がつけた彼女のあだ名だ。

 だというのに、ナニをどう思い違いをしたのか学園側はそっちで登録してしまったのである。

 

 無論、彼女が嫌がれば即行で学園長を脅して名前を戻そうと考えていたのだが、意外とすんなり彼女はナナという名を受け入れたので不問にしていた。

 

 横島にとって、人と違うという意味は殆どない。

 

 相手が美少女であるなら、人とそれ以外の垣根は“隣の家に住んでる娘”くらいの高さに過ぎないのだ。

 

 その証拠に、ナナと散歩する時はスライム状態なら肩や頭に乗せて歩くし、そのままケーキ等を食べさせてやったりする。

 

 女の子形態なら普通に手を繋いで歩くし、途中でスライムになってもあんまり文句を言わない。

 その文句にしたって、彼女が裸になったりするはしたなさ(、、、、、)や、服や下着を持って歩かされる事に対する文句ぐらいだ。そんな時に限って絶対に警官に職質されるに決まってると認識しているからだが。

 

 例えば一緒にお風呂に入るとする。

 女の子形態なら普通に頭を洗ってやったり、肩まで浸からせて数を数えさせたりしている。

 スライム状態なら洗面器に入れて湯に浮かべ、遊園地のティーカップ宜しくクルクル回してあげたり、表面を優しく洗ってピカピカにしてあげてたりしている。

 

 そう、彼はナナがナナであるのならどちらでも良いのだ(、、、、、、、、、)——

 

 

 過去を含めて彼女の全部を受け入れ、

 それでも妹として接してくれ、

 流体金属の状態でも気にせず一緒に寝てくれて、甘えさせてくれる。

 

 彼女の何もかも全てひっくるめて抱っこしてくれるお兄ちゃん。

 

 そんな本当の意味で優しい彼だからこそ、彼女は……ナナは横島が心の底から大好きなのである。

 

 

 「あー……」

 

 

 それは円にも解った。

 

 彼女に同情して引き取った彼であるが、それは彼女の過去云々ではなく、『行く所がなくてかわいそう』という理由のみ。

 所謂、改造被害者への生活支援のような意識は全くない。

 

 しかもそれだけが全てではない。

 

 確かに自分の級友らの順応力もあるだろうが、裏に関わったとはいえ、更にナナの人となりを知っているとはいえ、余りといえば余りにも接し方が柔らかくなるのが早い。

 

 これは横島の接し方は周囲に伝染し、あっという間に『かわいそうな女の子』としてではなく『皆の妹分のスライム幼女』としてのイメージが広がったからだろう。

 感受性能力者として目覚めた円だからこそ解った事だ。

 

 何もかもに自然に接し、どこまでも馬鹿正直であけすけだからこそできる事。

 

 そして意図的じゃないからこそ深く広がってゆく想いだ。

 

 

 意図的じゃない。

 

 その事がどれだけナナを救っているのか理解しようともせず……

 

 

 『でも……お兄ちゃん酷いんレスよ!?」

 

 「「え゛?」」

 

 

 唐突に色を取り戻し、人間の姿で怒り出すナナ。

 ぷんすか怒っている様は元が良いだけに可愛いの一言だが、素っ裸なのはいただけない。

 

 

 「え、え〜と……何がひでぇんだ?」

 

 

 とにかく服着ろと零が衣服を拾って手渡してやると、ナナはパンツを穿き穿き。

 

 

 「だって、妹なのに心配しかさせてくれないんレスよ!?」

 

 「は?」

 

 

 てんってんっとワンピースを被るように着つつ、そう言って怒る。

 無論、主語が抜けているから彼女が何を言っているのか今ひとつ掴めない。

 何とか服を着られたナナは、ふんっと腰に手を当ててない胸を反らして怒っている。

 

 

 「この間、お姉ちゃんの事ですごい苦労したんレスね?」

 

 「え゛?」

 

 

 いきなりあの事を言われて動揺する二人。

 横島とてナナに言うと心配するだろうから黙っていたし、エヴァにも口を噤んでもらっている。

 だからナナが知るはずもないのであるが……

 

 

 「この城のお姉ちゃんに聞いたレス」

 

 「あ……」

 

 

 そう。

 茶々姉ーズに対する口止めは行われていなかったのだ。

 

 普通は喋るとは思わないからの失態であるが、何だかんだで身も心も横島の妹となっているナナはとっくに彼の異変に気付いており、『何かあったんレスか?』と彼女らに質問していたのだ。

 だから彼女達も馬鹿正直且つ懇切丁寧に説明してしまった訳だ。

 

 

 「「……」」

 

 

 こんな簡単な事に気付けなかった○○コンビはちょっと落ち込んでたり。

 

 

 「お兄ちゃんは私を妹にしてくれたレス。

  まるで前からずっと一緒に住んでるみたいにすごくすごく幸せレス。

  でも、お兄ちゃんは、私には何も言ってくれないんレス……」

 

 「ナナちゃん……」

 

 

 その気持ちも解る。

 

 おもっきり内に引き入れて接しまくってくれているのに、肝心なところで線引きをして中に入れてくれない。

 

 勿論、こっちに要らぬ心配をさせたりしないようにしてくれているのは解るが、それでも水臭………

 

 

 「「……ん?」」

 

 

 また、二人の疑問の声がハモる。

 先ほどと同じで、何かが引っかかったからだ。

 

 

 「お兄ちゃんの気持ちはうれしいレスよ? 

 

  でも、私を妹に見てくれるんなら、

  家族として見てくれているんなら、心

  配かけさせるだけなのはイヤなんレス。

 

  お兄ちゃんばっか疲れたり、痛い思いさせるのぜったいに嫌レス。

 

  兄妹だったら、家族だったら、ずっと一緒に苦労したいんレス……」

 

 

 最後の方はやや泣き声が混ざっていた。

 

 言うまでもなく横島が小さな女の子が苦労するのを黙って見てられない事なんか先刻承知だ。彼の本質を知るものなら誰だって解る。

 

 しかし彼を知る者であればあるほど、彼の本質に魅かれている者なら、魅かれているほど彼が矢面に立つ事を認められまい。

 無論、適材適所というものも解るし、ナナは自分が前面に出て戦えるとは思ってもいない。だけど心配以外は何もさせてもらえないのは辛いのだ。

 いや寧ろ、心配だけしかさせてもらえていないからこそ辛いのだろう。

 

 円はそんなナナを抱き寄せ、その小さな背中をぽんぽんと優しく叩いてあやしてやる。

 零も珍しく穏やかな眼差しでその二人を見守っていた。

 

 ナナはその身体の芯まで銀であるが、落ちる涙は皆同じらしく水晶のように透明だ。

 

 だからこそ余計に美しく見える。

 

 彼女を人間だどうだと拘る魔法使い達の正気を疑うほどに。

 

 

 「オラ、もう泣くんじゃねぇよ。

  あのバカが見たらアイツが泣くぞ?」

 

 

 零が指でナナの目元を拭ってやると、

 

 

 「いいんレスっ ずっと心配させられたんレスから、泣かせちゃうんレス」

 

 

 そう言ってぷいと拗ねて見せた。

 まったく……仕種の一つ一つが可愛いったらない。

 

 

 「あはは そーよね。

  ずっとこっちに心配掛けさせてさ……」

 

 「だな……」

 

 

 そして零と円は何かを吹っ切ったように顔を見合わせ、頷き合った。

 

 

 「……ふえ? どーかしたんレスか?」

 

 

 無論、ナナには意味が解らない。

 

 悩んでいた事は解るのだが、本当の意味で何をどう悩んでいたのか解らないし、自分が何をどう伝えられたかも解っていないからだ。

 

 しかし——既にナナは二人に答を投げつけている。

 

 二人の心の余りにも近いところで、足元であるが故に見えなかったモノを気付かせていた。

 

 躓いているにも拘らず、原因が解らないでいたそれに。

 

 

 「ハッ 何でもねーよ。

  お前のお兄ちゃんをちょっと怒ってやらねぇといけねぇだけさ」

 

 「ふぇっ? 怒っちゃうんレスか?」

 

 

 零が強くて怖い事は先刻承知。

 ナナが怯えていないのは彼女が自分を傷つけないと解っているから。

 ちょっと心配そうなのは、お兄ちゃんにひどい事されるのではと懸念しているからだろう。

 

 円はそんな要らぬ心配をする可愛い妹分の頭を優しく撫でる。

 

 

 「うん。私達も怒ってるからね。

  心配ばっかかけさせられてさ。こっちにも苦労させろっての……」

 

 

 そう説明をする円を見てナナは首を傾げるばかり。

 怖い雰囲気はないのに、何故か迫力があるのだから。

 

 零にしても円と気持ちは同じ。だからひょいと軽く肩を竦ませて見せる。尤も、少しばかりベクトルが違うのだが。

 

 そして二人とも怒るという言葉とは裏腹に、笑顔を浮かべている。

 

 それはまるで抜けなかった棘がやっと抜けたかのような晴れやかなもの。

 

 ナナはそんな二人が纏う空気の意味が解らず、ただ首を傾げるばかりだった。

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 遠くに学校の鐘の音を聞き、何だか言い様のないノスタルジーに浸ってしまう。

 

 自分はそんな柄じゃないのは解ってるのだが、人気が少なくなった放課後にあの音色を耳にすると何故だかそんな気持ちになってくるのだから不思議である。

 

 尤も、時期はまだ夏休みにすら届いていないので夕暮れは遠い。

 

 にも拘らずこんなもの寂しい気持ちになってしまうのは、この間の失敗が響いているからだろう。

 

 

 「〜〜………」

 

 

 溜息と共に声にならない嘆きが零れる。

 

 酔っ払った勢いで、自分の中に押し込んであったものを吐き出したのは良かったが、吐いた相手は何と女子中学生。

 

 女子供に底抜けに優しい彼だからこそ、イロイロと溜まったものを押し隠していたのであるが、それに気付かれてウッカリ喋ってしまったのが今だ響いていた。

 

 

 「オレってヤツぁ……」

 

 「ぴぃ」

 

 

 どよ〜んと蹲って落ち込んでは小鹿に肩をポンと叩かれて慰められる——その繰り返しだ。ハッキリ言ってこの男、鬱陶(うっとう)しい事この上もない。

 

 あの夜からずっとこんな感じである。

 進歩がないというか優柔不断というか…或いは両方だろう。

 

 この世界での一番弟子、二番弟子と共にやや勘違いをしているのだが、彼女らが嘆くほど彼は辛い過去を引き摺っても落ち込んでもいない。

 

 確かに、体験させられる過去の自分。アホ丸出しの自分には怒りどころか憎しみすら浮かび、彼女の優しい嘘を信じて側から離れる時には殺したくなったりもするし、魂の結晶を破壊する時など身が砕ける思いがする。

 

 だが、その度に胸の奥に彼女の息吹を感じるし、(ドスゲェ腹立たしいが)当の事件を起こした張本人のデッドコピーが心が壊れないように超自我を封じてくれているので、弟子二人が泣くほどの辛さはないのだ。

 とは言っても、女子供に手が上げられなくなっていたり、修学旅行中の木乃香の事件の様に、女の子を犠牲にする事態に直面すれば、あのシーンと本来の自分の記憶が直結してブチ切れるという欠点もあったりする。

 

 しかし、その程度で終わっているのは奇跡と言って良い。

 

 正に奇跡のオンパレード。

 この世界に生きていられる事や、こんな状態で正気でいられる事等、例を挙げたらきりがない。

 

 何とも宇宙に愛されている男なのである。彼、横島忠夫という人間は——

 

 

 「あ゛〜〜……会い辛れぇ〜〜……」

 

 

 等とほざきつつ、足を引き摺るように肩を落として歩く。

 纏わり付くように付いてきている かのこも心配そうだ。

 何となくタロットカードの愚者の絵のようだが。実際、心は崖っぷちにいるし。

 

 皆に心配かけた事とかで愛妹のナナもぶんすか怒っており(ちょっと可愛いと思った)、昼頃にどっか行ってしまったのも響いている。どこまでシス魂に堕ちていくつもりだと問いたい。

 

 こんな気持ちで修行場に行きたい気持ちになる訳もなく、おもっきりサボって不貞寝でもしたいところであるが、仕事時間の終わり際に大首領事キティちゃんからメールが入っていた。

 

 

 

 

 from:マスター to:怪人壱号

 本文:命令だ。()は必ず来い

 

 

 

 

 ……誤字が何だかごっつ痛かった。

 

 

 行ったら泥沼。行かずば地獄。

 

 こうなると選択肢は一個しかない。

 

 どーせ泥沼なんだったら、とっとと行って決着つける方に傾いた方がいいわい。そう判断した横島は何とか向かう気になったのだが……テンションはどーにもならず、それが周囲の空気と歩き方に現れていたのである。

 

 

 「にしても心の準備がぁ〜……」

 

 

 往生際の悪さは相変わらずのようだ。

 ある意味彼らしいと安堵する者もいるだろうが、一般人から見ればその行動は単に奇行。

 学校帰りの女生徒たちなんか、不審者として通報しようかどうしようかと携帯を出し入れしている有様だ。

 

 そんな白い目も何のその。

 

 別荘にいるだろう女の子達に対する言い訳で頭を痛めながら彼は歩き続けるのだった。

 

 

 

 

 

 そこで何が待っているのかも知らず——

 

 

 

 

 

 

 見た目は素敵なログハウスであるが、気分が沈んでいる所為か映画の悪魔の住む家をイメージしてしまうエヴァの家。

 

 来慣れてしまった為だろうノッカーを叩く事もなくドアを開け、そのまま真っ直ぐ地下に降り、地下室の奥にしつらえられている魔法陣の上に乗ると、一瞬で別世界。

 

 エヴァの持ち城であるレーベンスシュルト城に——

 

 

 「って、アレ? 何で城の中に??」

 

 

 何時もはゲートを潜れば城から離れた場所に出たのであるが、今回は何故か城の中。

 それもどこか知らないがけっこう奥っポイ。これはどういった意味があるのだろうか? そう横島は首を捻っていた。

 

 

 「−お義兄様」

 

 「 う わ ぁ お っ ! ! ? ? 」

 

 

 いきなり真後ろから声を掛けられ、彼は飛び上がって驚いた。

 リアクションが大げさ過ぎるという説も無くもないが、ここまで接近を許してしまうほど心を開いてくれている事に“彼女”はちょっと嬉しかったりする。

 

 

 「び、びっくりしたぁ……」

 

 「−申し訳ありませんでした。非礼をお詫びいたします」

 

 「い、いや、それは良いんだけど……

  えっと、確かキミは何時もかのことナナの世話してくれてる……」

 

 「−お分かりになられるのですか?」

 

 

 流石は世界一の霊能力者だと感心してしまう彼女。

 無論、彼が髪型で判断した等と気付いてもいない。

 

 

 「−御察しの通り、私はマスターの下僕人形の一体。

  便宜上、アメリアとでもお呼びください」

 

 「ふーむ、アメリアちゃんか」

 

 「−ハイ。お義兄様」

 

 

 お兄様って、どこまで妹が増えんねん。等とセリフの微妙なニュアンスの違いに気付いていない横島はそう口の中で愚痴た。

 

 自称アメリアはそんな彼に再度一礼し、マスターに命じられていた場に彼を誘う。

 横島も色々疲れている事もあっておとなしく彼女の後を追った。言うまでもないが彼女は“少女型”人形なので尻を追うなんて事はしない。

 

 

 「で、そこで何をやらされんだ?」

 

 「−申し訳ありませんが、私は何も伺っておりません」

 

 「ヤレヤレ……」

 

 「−お義兄様のお役に立てないなんて……何と言ってお詫びを……

   こうなったら身体で償うしか……」

 

 「いや、いいから! 気にしてないから!!

  つーか、身体で償うってナニ!?」

 

 

 等とgdgdしつつも五分と掛からず何とかその部屋にたどり着いた。

 

 場所的には城の中ごろの階層で、ずっと端の部屋。

 

 中庭の真上に位置する奇妙な離れの部屋で、感覚的には空中にぽっかり浮かんだ一つの部屋という感じ。

 

 その妙な部屋の中に入れとの事らしい。

 

 尤も、部屋に続く道は幅二メートルくらいの石の橋しかないのであるが。

 

 

 「何時も思うが、ここの渡り廊下ってどうして手すりが無ぇんだ? マジ怖いんだが……」

 

 「−マスターも茶々丸も飛べますし、お姉様はそもそも落ちるようなヘマをいたしません。

   それに私達は修理が出来ますので安心です」

 

 「いやキミらは良いとしても、

  オレとかは人間だから落ちたらひじょーにヤヴァいんですけど?」

 

 「−……え?」

 

 「何で人間ってトコで心底不思議そうな顔するの!?」

 

 

 かのこは集合精霊だからかその気になったら羽(それも鷹やフクロウの)を出せるし、高所に対する恐れはない。そんな足場でも楽しそうにひょいひょい駆けて行く。

 主の方は『ああ、待っていかないで』と涙目なのが物悲しい。

 だから結果的にアメリアに縋る様にして歩く事となる。気の所為か彼女は嬉しそうだったが……

 

 そんな凸凹メンツで部屋の中に入れば中は真っ暗。

 

 え゛? ここでナニやらされちゃうの? と恐る恐る聞いてみるが、アメリアは返答なし。知らないのか無視しているのかすら解らない。

 彼女がやった事は、何時もの様に かのこを抱っこして横島から離れてゆく事だけ。

 お陰様で すげくいやな予感がエキサイトして警鐘を振りたくってくださる。

 

 きょとんとした顔でこちらを見ている小鹿を抱いたまま、アメリアは一定の距離を置き、部屋の奥にお進みくださいと言葉を発した。

 

 横島的には逃げたい。明日に向って全力で、といったところだろう。

 無論、エヴァの家までやって来た時点でどーしょーもないのだけど。

 

 毒を食らわばそれまで。虎穴に入らずんばそこまで。間違っているのに何気に合ってる気がする諺を思い浮かべちゃうほど、何か嫌な予感しかしやがらねぇ。

 それでも帰る事も退く事も出来ない状況なのだから行くしかない。ホロリとしょっぱい汗が目から流れ出てしまうが許して欲しい。

 

 仕方なく恐る恐る足を踏み入れるも何も無い。

 強いて言えばどこかで感じたような奇妙な魔力の流れを感じるくらいか。

 

 ここで何やらされるんだ? と、後ろにいるであろうアメリアに問いかけようと振り返った横島。

 

 

 すると——

 

 

 「……待ってたぜ」

 

 「横島さん」

 

 

 「あ゛……」

 

 

 彼女の代わりに、二人の少女。

 

 何処に潜んでいたのか円と零の○○コンビが物陰から現れ、逃走を防ぐように部屋の入り口に立ち塞がっていた。

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 空気がその比重を増した気がしてしまう。

 

 横島に罪は無いが非はある。

 

 その後ろめたさが彼の足を退かせて行くのだろう。

 

 

 二人が一歩踏み込めば、じりりと一歩下がる。

 

 二歩進めば、二歩下がる……と、完全に横島は気押されていた。

 

 

 「どうして逃げるんです?」

 

 「い、いやその……」

 

 

 女子中学生にどんどん追い詰められてゆくのは恥以外の何物でもないのだが、今の二人には何とも言えない気迫があり、端から尻尾が巻いている横島では精神抵抗値が追いつかない。

 

 やがて部屋の中央付近まで追い詰められた時、円達の足は止まった。そして当然、横島の足も止まる。

 

 無意味なほど怯えまくる横島を無視し、彼の足元を見て位置確認した後、○○コンビは頷き合った。

 

 

 「……ナナちゃん、今よ」

 

 『はいレス』

 

 

 どこからか聞こえてきたのは愛妹の声。

 

 『え?』と横島が呆けた僅かな隙に、一瞬で彼の足元が盛り上がって横島を飲み込んだ。

 

 

 「な!? ナナぁ!!??」

 

 『はいレス♪』

 

 

 何と今まで無人だと思っていた部屋の床にナナが潜んでいたのである。

 床一面に広がって表面のテクスチャを変えただけ。それだけで見事周囲に溶け込んでいたのだ。何と見事な擬態であろうか。

 

 

 「うむ。見事なバケ方だ。

  お兄ちゃん大感心だ……っ て 、 オ イ ッ ! ! ! 」

 

 

 じたばた足掻くが、今のナナは拘束モードなのだからどうにもならない。

 

 いや、全力で弾こうと思えば横島なら出来るのであるが、何せ相手はナナ。弾き飛ばしても瞬間再生すると幾ら解っていても、愛妹に対してそんな乱暴な事が出来る訳が無いのだ。

 

 

 『ごめんさいレス。

  でも、お兄ちゃんもいけないんレスよ?』

 

 「へ?」

 

 

 最初の頃と違い、怒った声を出しても無意味に謝り倒したりしなくなっている。その事については喜ばしいのであるが、ナナが怒っている事には首を傾げてしまう。

 幾ら現在不定形であるとはいえ、彼の目を持ってすればプンスカしている事は見て取れる。

 だからこそ余計、頭にクエスチョンが踊るのだ。

 

 

 「……やっぱり解ってないみたいですね……」

 

 「え? あ、いや、ゴメ……」

 

 

 何時の間にか間近に寄っていた円の剣幕に押され、何時もの謝罪を口にしようとした横島であるが、

 

 

 「謝らないでください!!」

 

 

 と激しい口調で、がま口が如く口を閉ざされた。

 逃げようにも首から下の動きをナナに封じられているのでどうしようもない。

 何時もナナに強請られて抱っこして寝てたりするものだから違和感が無い為、余計にフィットしてたりする。

 

 

 「謝らないで、ください……」

 

 「あ、う……」

 

 

 襟首を掴まれるが、円は面を下げたまま。

 

 こういった女性にかける言葉を持っていない横島はただ彼女の頭を見つめ続ける事しか出来なかった。

 自分の何が悪いのか解らないが、確かに自分が何かやったと感じているからだ。

 いや、彼がずっと気にしていたように、彼女達に愚痴を零した事がやはり傷つけているのだろう。そう感じた彼も何とか慰めの言葉を紡ごうとしていたのであるが……

 

 ぐわっといきなり上げた円の顔は物凄く怒っていた。

 

 

 「あのね、横島さん……」

 

 「は、はい……?」

 

 

 横島の目を貫くように真っ直ぐ見、一度息を大きく吸ってから円は、

 

 

 「あなたが“あの事”を吹っ切ってるのは解ってる。解ってるわそんな事。

  でなきゃナナちゃんに笑顔向けたり出来る訳ないし、この娘も笑える訳無いもの。

 

  でもね、いくら私達が心配だって一個しかない命賭けまくってどーすんのよ!?

  心配してくれるのは嬉しいわよ?

  そこまで想ってくれてるんだもの。嬉しくない訳無いじゃない。

  だけど、それで横島さんが傷付いて私達が平気でいると思ってんの?!

 

  私達が横島さんを守って傷付いたら横島さんだってイヤでしょ?!

  今のそんな気持ちを私達にさせてんのよ!?

 

  大体、私は横島さんの彼女でもないのよ!?

  彼女でもない女の子に為に命賭けんなっ!!

  一々女の子に命賭けてたら、本命の女の子に会った時に何賭けるつもりなの!!??」

 

 

 思いのたけを一気に捲くし立てた。

 

 

 「あ、あうあうあう……」

 

 

 元々怒る女の子に弱々の横島は圧倒されるばかり。言い換えそうにも一々当たっているのでどうしようもない。

 

 何せ自分が蒔いた種であるし、自分の愚行なのだ。

 

 そんな防戦一方の彼に対し、追撃の手を緩めない円。

 横島が動けないのを良い事に、言うわ言うわ文句のオンパレード。

 やれ、心配する側の気持ちを考えろだの、自己犠牲しか考えていないのは自分さえよければ良いと考えているのと同じだだのと言いたい放題。

 思い当たる事ばかりなだけに言い返せない横島が哀れである。自業自得であるが。

 

 それに——円は気付いてしまったのだ。

 

 横島が自分らに対し、言葉通り身を削ってくれているというのに、彼は決して恩を報いさせてはくれない。

 

 その事が、彼女らに例えようも無い壁を感じさせている事に……

 

 円と零は無意識にその壁に気付き、その壁の異様なまでの高さと硬さに対して憤りを募らせていたという事に。

 想いをストレートに吐き出すナナにより、やっとその壁の存在を認識した二人はついに怒りの矛先を見出したのだ。

 だからこそこの怒りは深く、そして熱い。

 

 

 「横島さん……」

 

 「ひゃ、ひゃい?」

 

 

 完全に腰が引けている横島は、うっぷんを晴らしまくって落ち着いた円にさえ怯えていたりするが彼女は気にしていない。

 

 

 「……エヴァちゃんに聞いたよ?

  エヴァちゃんが普通に作るくらいのお守りレベルでもしっかり霊に対抗できるって。

  横島さんが命かけたりするレベルじゃなくても、

  そのくらいでも十分以上対応できるって……」

 

 「えっと……でも」

 

 

 横島が何か反論しようとするが、円は首を振って封じる。

 

 

 「解ってるわ。

  横島さんの事だから、万全を期したんでしょ?

  どういった状況だって私を守ってくれるように」

 

 「あ、ああ……」

 

 

 そう。横島は“万が一”を恐れていた。

 

 状況を軽く見て、後悔するのは嫌だったから。

 

 自分の甘さでもって円に辛い想いをさせるのだけは絶対に避けたかった。

 それが根本にあったのだ。

 

 

 だからこそ、

 

 

 「あのね」

 

 「い゛?」

 

 

 「ふざけないでよ!!!

  それでアナタが重症になったらしてくれるはずの修行が遅れて本末転倒じゃない!!

  私の身を本当に案じてくれるのなら、

  エヴァちゃんの作る程度で良いじゃないの!!!

  そうじゃないと何時まで経っても道具におんぶ抱っこじゃないっ!!!

  横島さんだって、自分が弱くなるからって珠を使わないようにしてるんでしょ!?

 

  じゃあ私は弱くなれっての!!??」

 

 そういった勘違いの想い(、、、、、、)を円は許せなかったのだ。

 

 何気にエヴァの事をボロクソに言っている気がしないでもないが気にしてはいけない。彼女も城のどこかで苦笑いしながら聞いているだろうし。

 兎も角、無意識に作っていた壁を指摘され、横島はタジタジ。

 その壁越しに叩きまくられて衝撃は貫通。内部のチキンハートをボコボコにしている。

 

 精神ダメージによって満身創痍の彼に対し、更にグイっと顔を寄せる円。

 

 か、顔近っっと慌てる彼であったが、円が涙目であった事の方に絶句して何も言えなくなった。 

 

 

 「あのね、横島さん……

 

  皆本気で心配してるんだよ?

  ナナちゃんも、零も、楓さんもくーふぇも、もちろん私だって……

 

  心配させないでとは言えないのは解ってるけど……せめて後ろくらい立たせてよ。

 

  心配だけしかさせてもらえないなんて……

  そんなの、辛すぎるよ……」

 

 

 心配かけさせるのは最低であるが、それしかさせないのは最悪だ。

 

 それはつまり、無関心になれと言っているようなもの。

 

 完璧且つ徹底的に他人事して扱えと言っているの代わりがない。

 

 男のプライド云々の話もあるかもしれないが、それだったら毛ほども感じさせてはいけないだろう。

 

 横島とて、民間人だから関わるなと罵られて奮起一心して修行に赴いたのだ。

 

 あの時の気持ちを不必要なほど思い出せてしまう今の彼だからこそ、円の辛さを余計に思い知る事が出来てしまっていた。

 

 

 涙目で睨みつけてくる円の視線から目を放し、一度天を仰いで今になって気が付いたバカヤロウな自分に溜息一つ。

 

 体が動けば抱きしめていたかもしれないほどの後悔を感じつつ、もう一度円に目を戻した。

 

 

 「……悪りぃ

  ホント悪りぃ……」

 

 「……」

 

 「……やっと解ったわ。円ちゃん」

 

 「……ホントに?」

 

 「ああ、マジに」

 

 

 ——何と言うか。不思議な話であるが、初めて横島が真っ直ぐ自分を見てくれた気がして円の頬は赤くなった。

 

 いや、今だってキス一歩手前の距離なのだし、おもっきり大仰な説教しまくったのだから、自分は何をやってるんだーっと逃げ出したい気持ちが満ち満ちてきて気恥ずかしさ大爆発だ。

 

 

 「あー……そ、その、円ちゃん?」

 

 「ひゃっ! ハ、ハイ?」

 

 「ちょっち顔近いんスけど〜……」

 

 

 やや迷惑そうな彼の声にまたイラっとする円。

 それに、よくよく考えてみれば、まだ目的(、、)を遂げてはいないではないか。

 かな〜り気持ちに退きが入りかかっていたのであるが、彼の不用意なたった一言で勢いは再燃し、当初の予定を実行すべくまたも力強い視線で横島を射抜いた。

 

 

 「……横島さん」

 

 「ひゃい」

 

 

 何であんなコトしちゃったんだろ? と後に円は語る。

 

 

 「折角作ってもらったチョーカーだけど、

  私、エヴァちゃんが前に作ったお守りの方使うから。

  だから横島さんは私達に心配掛けまくった罰として、

  私にしっかりと能力の制御方法を教えること。いい?」

 

 「問答無用ですね? 解ります。慣れてるし〜……トホホ」

 

 「……聞いてる?」

 

 「イエス、マム!!!」

 

 

 だけど女は度胸というし、何より本当の意味で後悔はしていない。

 

 

 「大体、命賭けたりするのは自分の彼女とかで手一杯でしょ?

  そっちに賭けたら良いじゃないの」

 

 「……つーか、オレ今、恋人とかいないんだけど……

  そ、それに霊能ってマジにかなり気ぃつけんとあかんのやけど……」

 

 「ふーん……

  だったら——」

 

 

 何せ元から彼の事を嫌っていなかったのだし……

 

 というより寧ろ、会っている内に段々と——

 

 

 「横島さんのこと、心配しても平気でいられるくらい。

 

  あなたが無茶しても信じられるくらい、」

 

 

 「……え゛?」

 

 

 

 

      「私を……

 

          本気で惚れさせてみせてよ!!!」

 

 

 

 

 

 

         動けない横島の唇を、

 

 

                  柔らかい何かが——塞いだ。

 

 

 

 

 

 ……一瞬、何が起こったのか解らなかった。

 

 何だか自分達を淡い光が包んだような気がする、と思いはしたがそれ以上の事は理解不能だった。

 いや、実のところ解ってはいても、頭が現実を見て見ぬふりを続けていただけかもしれない。

 

 時間も不明。

 

 やーらかいなぁ……等と漠然と感じてはいたが、それ以上を味わうとかの余裕が無い。

 体感時間で一時間、現実はものの十秒といったところだろうか。

 

 

 「ン……ぷはっ」

 

 「……あ、う、え????」

 

 

 やっと離れた唇と唇。

 

 何だか細い糸みたいなものがその間を繋いでいて、ぼんやりとした横島と目と、顔を真っ赤に染めた円の目が同時にそれを見、やはり同時に顔を見合わせた。

 

 横島は現実を理解してしまい。

 円はやっちゃった事を自覚してしまい。

 

 

 「よ、横島さん……」

 

 「あう……?」

 

 

 真っ赤だった顔が更に赤さを増し、奮起させていた勢いもそろそろ限界だったのだろう円は——

 

 

 「あんまり女を……

 

    私を、ナメないでよねっっ!!!」

 

 

 捨て台詞を最後の気力でもって言い放ち、陸上部もビックリなハイスピードでミサイルのような勢いで部屋を飛び出して行った。

 

 

 『あ、お姉ちゃんっ』

 

 

 お兄ちゃんをアッサリ裏切って(?)いたナナは、敵前大逃亡を行った円の奇行に驚き、慌ててその背を追った。

 トテトテと遅い足捌きで。

 

 まるで竜巻が去った後のような静けさ。

 といっても、横島の頭の中では今だゴウゴウと嵐が吹き荒いでいたりする。

 

 ここに残されたのはそんな横島と、

 

 

 「けけけけ……

  よう、色男。寿命が七十五日延びたな?」

 

 「 じ ゃ か ぁ し わ っ ! ! ! ! 」

 

 

 おもいっきりからかいの目で見てくる零だけであった。

 

 

 「……うう……また女子中学生に奪われてもた……

  もう、アカンかもしれん」

 

 「おう、そう言やあバカブルーとイエローの二人ともヤってんだったな。

  合計225日か。半年以上寿命が延びたって訳か。良かったな」

 

 「 う っ さ い わ ぁ あ っ っ っ ! ! ! 」

 

 

 血涙すら流しつつ怒鳴る横島はかなり怖いものがあるのだが、残念ながら剣林弾雨の中で生きてきた零には暖簾(のれん)に腕押しといった按配。全然効きゃしねぇ。

 ガックリと跪いてしくしく泣き続ける以外の術は無かった。哀れである。

 

 そんな横島の姿がよっぽと面白いのか、零は『けけけ……』と癇に障るような声で大笑い。横島の流す涙の幅は広くなるばかり。

 だが一頻り笑った零は、横島の横にちょこんとしゃがんで異様に小さく見える彼の肩に手を置いた。

 

 

 「おめーも解ってんだろ?

  何も言わねぇ方が良い事もあっけど、マドカ(、、、)なんかはちゃんと教えといた方が良いタイプの女だ。

  あいつら傷付けんのがイヤで言わなかったんだろーけどよ。

  そりゃ拒絶ととられてもしょーがねぇだろ」

 

 「……………ああ」

 「カエデ(、、、)クーフェ(、、、、)はお前の傷が痛み続けてると思ってるみたいだしな。

  それで自分らのやった事が許せねぇって感じに自分を責めてっぞ。多分」

 

 「っ!? それは……」

 

 「ああ、違う。

  勘違いも良いトコだ。現におめーはキッチリ吹っ切ってるしな」

 

 「……」

 

 「ま。マドカも言ってたがおめーは女を舐め過ぎだ。

  そりゃ、女によっちゃ弱々だがどよ、オレやマドカは踏ん張る方だぜ?」

 

 「………………悪りぃ」

 

 

 わりと素直に詫びたのは、横島もそれが解ったからだろう。

 

 考えてみれば彼の知る女性達も、強そうに見える女ほどどこか危なげで、か弱そうな女性達ほど妙に芯が強かった。

 

 悪い言い方になるが、円達を女の子として強さを否定して見ていたのかもしれない。

 だったら悪い事をしたなと激しく後悔。

 それは彼女らの強さすら無くしてしまいかねなかったのだから……

 

 ふと下に目を向けるとそこにあったのは魔法陣。

 

 何か感じた事ある感覚だと思っていたのだが……修学旅行の時にも使われた仮契約の魔法陣ではないか。

 

 

 「カエデとクーフェはお前を支える為に仮契約したみてぇだが……

  マドカは違うぜ?」

 

 「……ああ、解ってる。

  ホント、女の子って強ぇわ……」

 

 「ったりめーだ馬鹿。女なめんな」

 

 円は足枷(、、)である。

 

 横島の無茶を押さえようと自分そのものを人質にする為に仮契約を行ったのだ。

 

 この男にはそれが一番効く(、、)のだから。

 

 

 ——全く……オレってヤツぁ、どこまで進歩しねぇバカなんだよ……

 

 

 見通しのアホさ加減に落ち込みはするが、それでもどこか気が晴れていくように思う横島だった。

 

 何せずっと気を揉んでいたのだから、ずっと突き刺さっていた棘が痛みごと抜けたようなもの。そりゃあ晴れやかにもなるだろう。

 

 先行きの不安は拭い切れまいが、それでも気持ちが軽くなったのは事実。

 安堵の吐息が出てしまうのも当然の事であろう。

 

 尤も……

 

 

 「ま、実のトコ俺だってまだ怒ってんだけどな」

 

 

 この方の怒りはまだ解けていなかったりするのだが。

 

 

 「え? あ、あれ?」

 

 

 焦る横島。

 

 さっき追い詰められていた時と違い、今度は命の危機を感じる恐怖がある。

 円の仮契約によって精神的に追い詰められていはしても、それは相手が美少女ある事も合って役得と言えなくも無い。

 解脱さえすれば一気に楽になれるし。

 

 だが、相手が零ならマジ命の危機だ。

 文字通り周囲を剣林に変え、ナイフでもって蜂の巣&膾に出来る殺戮人形なのだから。

 

 

 「あは、あはは………」

 

 「ほう? 俺を前にして余裕じゃねぇか。

  俺のパシリの分際で生意気な。やっぱ躾し直す必要があんな」

 

 

 無論、好きで笑っているのではない。

 笑うしかないだけだ。

 

 

 「ち、ちょっとは手加減してほしいかな〜……とか」

 

 「気にすんな……サービスで割り増しくらいしてやんよ」

 

 

 横島の頭をぐわしと掴む零。

 女の子女の子した小さな掌であるが、熊を髣髴とさせる握力で持って横島の頭を掴んでズルズル引き摺って歩く。

 

 

 「あ゛だっ あ゛だだだだだだっ 死ぬっ死ねるぅっっっ」

 

 「気にすんな。頚椎がコキン☆と折れる程度だ」

 

 「死ぬわっっっっ!!!」

 

 

 何が嬉しいのかケケケと笑ったまま、横島をポイっと投げ、部屋の一角に横島を転がす。

 

 背中を強か打ちつけて痛みで仰け反る彼の様を無視するかのようにツカツカと歩み寄り、横島の頭をまたしてもぐわしと掴み、おもいっきり顔を寄せた。

 

 

 「おめーよ 俺も舐めてただろ?」

 

 「……う゛」 

 

 「確かに俺も安定した存在とは言えねぇ。

  まだまだ霊格的に言っても不安定だろうさ。

  だがな、おめーが気にし過ぎるほど俺はひ弱じゃねぇ。

  おめーが無茶したり、ぶっ倒れるほど霊波使ったりしなくても実力で成り上がってやるぜ」

 

 「………」

 

 「心配し過ぎは信用してねぇのと変わりねぇんだぜ?」

 

 

 そう言って不思議な笑みを浮かべる。

 面白そうな笑みであり、どこか悲しそうな笑みにも見える。自分に対してのはっきりとした答を待っているのかもしれない。

 

 だが、横島は何も言えなかった。

 

 信じてもいるし、信頼もしている。

 彼女の事は文字通り痛いほど理解させられているのだが、世の中に絶対は無い。

 だから信じているのに答えてやれない。それが不甲斐無くて横島は悔しげに唇を噛んだ。

 

 しかし、零はそんな様子を見て逆に笑みを浮かべているではないか。

 

 

 「ふん。それが答か……だったらしょうがねぇな……」

 

 

 零は頭を掴み上げていた手を放し、今度はその顔を両手で挟み込んだ。

 

 

 「これは罰だ。

 

  お前の寿命を更に増やしてやんよ」

 

 

 

        何? と声を上げる間もなかった。

 

 

 

 パァ……と足元から光が立ち上り二人を包む。

 

 そんな光にも気付けやしない。唇を塞がれたショックが大き過ぎるのだから。

 

 離れようにもがっちりと顔を持たれて動けない。

 

 

 零は、ツ……と唇を離し、ニッと笑った。

 

 

 「おめでとさん。また七十五日増えたな。

  ついでにカードもゲットだ。ツイてるな、お前」

 

 

 カード? とボケた頭に疑問を浮かべ、光が立った床を見れば、何と足元には例の魔法陣がキッチリとあるではないか。

 

 ナナが床一面に広がっていて石畳の色に擬態していたので解らなかったのだが、何と床には二ヶ所魔法陣が描かれており、先ほど円がキスをしてきた場所とは別に、ちゃっかりともう一つ用意がなされていたのである。

 

 何と横島はまたしても唇を奪われるカタチで仮契約されてしまったのだ。

 

 

 「ついでに言やぁ、円のはお前への従者登録用で、俺のは俺に対しての登録用だぜ?

  つまりお前は俺の従者だ」

 

 「な……っっっっ!!??」

 

 

 騙されたーっっっ!!! と叫びだたかった。

 

 可愛い妹にも謀られ、霊能力の弟子には勢いで奪われ、上司(涙)にもこんな事される有様。

 神よ!! オレが一体ナニをしたというのか!!?? と天を訴えたくなった。何様のつもりであろうか。

 

 しかし、残念ながらそんな暇は彼には無かった。

 

 何故なら——

 

 

 「黙れよ」

 

 「んむっ!?

  ン 〜〜〜〜〜 っ っ っ ! ! ? ? 」

 

 

 まだ彼女のターンは終了していないのだから。

 

 

 うねうねと舌が押し入り、歯茎を撫で回して横島の舌に巻きつく。

 

 しつこくねちっこく嘗め回した挙句、横島の唾液をすすり上げ、事もあろうにゴクリと咽喉を鳴らして音を聞かせやがる。

 

 カクン、と腰が抜けたた横島がひっくり返ると、それを追う様に覆いかぶさって馬乗りで彼の口中を蹂躙し続ける。

 

 頬の裏や舌の裏まで思うがまま味わうと、唇を合わせたままにやりと笑い、今度は自分の唾液を流し込む。

 

 朦朧とした横島がうっかりそれをごくりと飲み込むのを確認した時、唇を合わせたままニィ…と笑みを浮かべて零はやっと唇を解放してやった。

 

 ゼェゼェと息が荒く、生気を吸い尽くされたかのようにぐったりと寝そべる横島に馬乗りになったまま、ふぅと熱い息を吐いて満足げに微笑む零。

 

 「はは……この身体、思ったよりずっとオンナ(、、、)でやんの。腰が重くなってやがらぁ。

  本当ならこのまま寝台に引っ張り込むところだが……そーはいかねぇみてぇだな」

 

 「ぜぇっぜぇっ……へ?」

 

 

 何だかんだ言いつつ彼女も力が抜けているのだろう、ガクガクと膝を震わせつつ零が立ち上がる。

 やや内股なのがまた何だか艶かしかったのだが、そんな彼女の足の間から向こうに覗いてしまったものが目に入った瞬間、横島は心の奥底から肝を冷やした。

 

 

 「あ……が………」

 

 

 身体をカクカクと動かして逃げようとするも、残念ながら“それ”がいるのは唯一の出入り口。

 

 出来たのは奥へ奥へと這いずる事だけ。

 

 そんな哀れ過ぎる彼に対し、零は妙に色っぽくちょいと首を傾げ、

 

 

 「ま、今度はあいつらのターンってこった。

  ちゃーんと説明してやれよな」

 

 

 そう言って横島に背を向けて悠然と歩き去ってゆく。

 

 途中、“それら”がいる訳であるが、全く意に介さずその間を抜けて行った。

 

 

 その際に、

 

 「ああ、アタシ(、、、)らの事はご主人から許可もらってっから」

 

 

 という爆弾を置いて——

 

 

 

 

 

 

 

 「横島殿ぉー?」

 

 「老師ぃー?」

 

 

 

 妙に平べったい二人の声は、意識が吹っ飛ぶほど怖かったという。

 

 

 

 

 

       A a A a a G A a a a a a a a a っっ!!!

 

 

 

 

 

 中々愉快なアメリカン的絶叫が聞こえたのだが零は振り返りもせず歩き続ける。

 

 城の内側の廊下に戻れば、部屋を心配そうに見つめている かのこを抱っこしたアメリアを筆頭に、妹達が(どことなく嬉しげに)並んで礼をし、その先にいたエヴァが何やら小さく微笑んでいた。

 

 彼女は零が近寄ってくると黙って片手を上げる。

 

 それを見て苦笑した零も片手を上げて主の手をパンと打ち合わせた。

 

 

 「よくもやったものだな。

  しかし……良いのか? あのバカ二人なら勢いで横島を押し倒すかもしれんぞ」

 

 「気にしねぇよ。

  何、そうなったらなったの話だぜ。

  それに……」

 

 

 

 ——アタシはご主人の下僕で、当然アタシも悪、だぜ?

   そうなったら寝取るだけさ。

 

 

 

 零の言葉を聞き、一瞬ポカンとしたエヴァだったが、顔を伏せるように笑い出し、結局大笑いするに至った。

 

 

 「はは、ははははははは……

  いいぞ……いいぞチャチャ…いや、零。それでこそ我が下僕だ」

 

 「ったりめーだろ?

  姿は変わっても、ご主人の下僕で最古参なんだぜ?」

 

 「確かにな。くくく……

  ならば祝いの酒だ。良いの一本開けよう」

 

 「お。それは良いな」

 

 

 女たちは肩を組むように寄り添って廊下を歩き始める。

 

 その後を追う様に侍女人形達も突いて歩く。

 

 人形らしく一糸乱れぬ行進であったが、何となく嬉しげな雰囲気を漂わせている。

 

 やはり自分の姉が笑顔を浮かべているのは我が事のように嬉しいのだろう。

 

 アメリアは小鹿に一応、どうしますか? と問うたが、部屋に行きたし行くのは怖しといった態だったので抱いたまま行進に加わった。

 無論、言うまでもなかろうが彼女も嬉しげである。

 

 だから黙って姉妹達の後を追う。

 

 

 大切な存在達に対し最高の給仕を行わんが為。

 

 

 

 背後で響く肉を打つ音やら悲鳴やら呻き声などの音から小鹿を守るように。

 

 

 

 

 

 

 「折角……折角、覚悟したでござるに〜〜っっ!!」

 

 「この浮気モノ〜〜っっ!!」

 

 「A A A G Y A A A A A A A A A A A A ッッ!!!」

 

 

 

 気持ちを完全に自覚し、吐露しようとした矢先にエラいモノ見てしまって我を忘れた者や、

 

 

 

 「ああああ〜〜……っっ!!!」

 

 『お姉ちゃぁ〜ん 待ってくださいレス〜〜っ』

 

 

 

 ウッカリと勢いで行動してしまい、火照りが抜けずに走り回る者。

 

 

 

 「ほれ。取って置きのレ・ザムルーズだ」

 

 「赤ワインかよ。

  どっちかっつったらブランデーかラムの方が……

  って、<恋する乙女たち(レ・ザムルーズ)>だぁ? ベタ過ぎっだろ」

 

 「ははは……」

 

 

 

 また、完全に自分が女である事を受け入れてグラスを傾ける者。

 

 

 

 

 

 様々な模様を曝しつつ、この日少女達は——

 

 

 

 

 

 

             ——自らの意志で、あ く の 道 に 堕 ち た。

 

 

 

 

 

 

 




 遅れましてスミマセン。Croissantです。
 修正してたらギリギリになってしまいました。ゴメンナサイ。

 無印の時にも書いてますが、私の作中で一番早く横島を男として意識しちゃったという円でしたので一番難航してました。もーね、鼻と顎が尖って ざわざわ… しちゃいそうなほど。
 その代わり、零はさくさく進んでます。ヌワー

 ナナの独白はかな〜り前から出来てました。色んな話でよく出てくる『キミは人間だ』というセリフを真正面から蹴倒してますねw でも私の正直な気持ちです。
 その代り楓と古がチョイ役。まぁ、致し方なしww

 因みに横っちの“家族”、あと一人だけ設定があったりします。学園祭の後じゃないと出られません。あしからず。

 今回の話以降、よく言われてた横っちへの理不尽な暴力は結構少な目になって行きます。気持ち理解できましたしね。
 好きになった事に気付けず、それでもずっと気にしてると些細な事でイライラして『あいつが悪い』って思っちゃうもんなんですわ。

 兎も角、続きは見てのお帰りです。
 ではでは〜


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休み時間 <幕間>:ヤサシイ赤
本編


 今回のサブタイトル、アレ? これって音楽の名前じゃね? と思われた方。わりと正解です。
 でも一応、映画タイトルですよー
 件の音楽DVDの中に入ってる短編映画のタイトルですもんww 反則?




 

 

 「ね、ねぇ、くぎみーさぁ……」

 

 「う、うん……どーしちゃったんだろうね」

 

 

 登校一番、いきなり“それ”を見てしまった桜子は、同じように驚いている美砂の髪を引っ張ってそう話を振った。

 

 ……何だかちょっと前に見たやり取りクリソツであるが気にしてはいけない。

 二人が思わずコピペが如く、前と同じやり取りを行ってしまうにも訳があるのだ。

 

 登校したのは良いが円の様子がビョーキでは? と心配してしまうほどおかしくなってるのだから当然であろう。

 

 昨日はどんよりと重く、尚且つ気難しげな顔をしつつタレるという奇行を披露していた訳であるが、今日の円は一味違う。

 

 自分で自分のやった行為を悔いてると言うか、理解不能な葛藤に悶えていると言うか、兎も角そういったものを曝しているのは同じでなのであるが、今回はその上に真っ赤になって頭を抱え悶えたりしているのだ。

 

 

 「うーん……やっぱり聞き難いね」

 

 「ウン。昨日とは別の意味で聞きにくいよね……」

 

 

 やっぱり時折溜息を吐いている円であるが、シリアスな昨日の様子とは違うのであんまり心配してはいない。いや、別の心配はしているのだが(主に脳の)。

 

 兎も角、昨日とは違って深刻度は(然程)無いよーな気もするので今はほっとくのがベスト判断し、美砂も後頭部にでっかい汗を引っ付けつつ自分の席に戻っていった。

 

 と、そんな美砂が椅子に腰掛けようとした正にその瞬間、ざわ……と異様な空気を感じて驚き、反射的にそれを感じた方向に首を動かした。

 真名が座っているだろう隣の席に。

 

 そして美砂は珍しくギョッとしてしまう。

 

 

 「えっと た、龍宮……さん?」

 

 「ん? どうかしたのか? 柿崎。

  いや、今日もいい天気だな」

 

 

 何つーか……ごっつ上機嫌だった。

 

 いや見たことも無いよーな笑顔を曝け出してくれているコトに不満はある訳ぁないのであるが、ぶっちゃけ機嫌良すぎて気持ち悪い。

 

 どれだけ機嫌が良いのかというと、真名の頭の上にヒマワリが咲いていたとしても違和感を感じないかもしれないほど。浮かれていると言っても良い。

 

 鼻歌なんかかましている上、そのリズムに合わせて頭を軽く動かしてたりするのだからハンパではない。

 

 ——と、そんなアホな子状態のまま真名がふんふ〜ん♪ とばかりに、みょーに嬉しげな眼差しを教室のドアの方に向ける。

 

 

 「か、楓姉ぇ……ホントどうしちゃったのー?」

 

 

 へ? またぁ? と、心配げな風香の声に導かれ、真名の視線を追う形で入り口に目を向けると……

 

 昨日のように酷くはないが、別の意味でヒドく肩を落とし、顔を真っ赤にして湯気を出したり蹲って悶えたりと大忙しの楓が、鳴滝姉妹と何故か明日菜に励まされつつ教室に入って来たではないか。

 

 

 「え? ナニコレ?」

 

 

 更にはそれに続き、木乃香と刹那に励まされる状態入って来た古も、やっぱり頭を抱えて悶えたり真っ赤になってorzしてたりと大忙し。

 これにはクラスの皆も反応に困った。

 

 当然、桜子も混乱しているのだが、こうなると元来の知りたがり精神も手伝ってナニがあったのか知りたいという気持ちを止められなくなる。

 

 結局は昨日と同様、二人して和美のところにすっ飛んで行くのだった。

 

 

 

 クラス中がざわざわと福本化して動揺している中、当然というか、当たり前というか、コトを全て理解している関係者の一人は我関さずを貫いている。

 それでも先の三人とは逆に昨日と打って変わって、今日は上機嫌で出席していた。

 

 一時限目はなんだっけとお気楽極楽に隣の席の主に質問ぶっこくほどに。

 

 

 「ふぁ……?」

 

 「んだよ。相変わらず朝弱ぇーな」

 

 

 だが、当のご主人は眠そうだ。

 しゃーねーやなと肩を竦ませ、前に座っている裕奈に教科を聞き、机に入れっぱなしの教科書を引っ張り出す。

 

 と……その時、スカートのポケットに入れていたカードがポロリと零れ落ちた。

 普段持ちなれないものを持っていた所為だろうか、ちょっと扱いが悪い気がする。

 それでも彼女は落としたそれを大事そうに拾って、息で埃等を飛ばして軽く指先で拭く。

 カードを見る目もどこか満足げだ。

 

 金髪の主はそんな下僕を薄眼でチラリと一瞥した後、口元に笑みを浮かべて今度こそまどろみに全てを委ねるのだった。

 

 

 そんな下僕の少女が見つめるカードには絵が描かれている。

 

 タロットカードにも似たそれに描かれているものは——多くの怪異のシルエットを引きつれて走る青年の絵。

 

 赤い鎖を手に持ち、電車ごっこが如く怪異達と共に駆け、楽しげに微笑んでいる青年の絵——

 

 

 

 

 

 

 「な〜んか面白いコトになってきたな〜

  これはからかいがいがあり……もとい、神の徒として悩みを聞いてやらないとね〜」

 

 「コレコレ 美空。いらぬ節介は駄目ネ。

  それでパーになたら私ナニするかわかんないヨ?」

 

 「わ、解ってるって。冗談だよ。怖いなぁ……」

 

 「フフフ……ようやく胃薬から解放されたのだから もう二度となりたくないヨ。

  美空の所為でこじれたら、私ぶちキれ金剛ネ。

  強化ピロリ菌、その無駄な口に漏斗突っ込んでグビグビ飲ませるヨ」

 

 「しねーって!! マ ジ 怖 ぇ え っ っ ! ! 」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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              休み時間 <幕間>:ヤサシイ赤

 

 

 

 

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 神は存在しない——

 

 それはエヴァンジェリンが数百年を通して生き、身をもって理解している事だ。

 

 そして異世界からの来訪者、横島忠夫によってその理解の度を深めている。

 

 以前は“居た”かもしれないが、今現在は遠過ぎて何も出来ないし、介入も出来ない。

 だからこそ神魔の感覚を記憶している横島ですら、毛の一筋も感知できないのだろう。

 

 

 だが——ともエヴァは思う。

 

 

 神という存在が希薄なだけで、その存在を認識できた者だけが差し伸べられた手を取れるのではないかと。

 

 現に、完全に世界の異物である横島忠夫という存在がここにおり、そして彼はまた“それ”と会う事が叶っている。

 

 別に会いたいと思ってはいなかっただろうし、願ってもいなかったのであるが、それでも“それ”と会うという事がどれだけ救いになるのか……エヴァをもってしても量りし得ない。

 

 

 大騒動の日が明けた次の日の放課後。

 場所は何時ものエヴァの城の中。

 

 全てはそこから始まる。

 

 

 「小娘どもの様子はナニであるが、恙無(つつがな)く仮契約を終えた訳だ。

  うむ重畳重畳」

 

 

 「重畳ちゃうわぁーっ!!!

 

  泣くぞぉっ ワりゃああーっっ!!!」

 

 簀巻(すま)きと言ってよいほど包帯でぐるぐる巻きのミイラ男が泣き叫ぶ。

 

 一体どのような惨劇があったというのだろう。

 思い出したくもないのか、記憶が吹っ飛んでいるのか、被害者も加害者も覚えていなかったりするし。

 

 尤も、聞いたところで大首領たるエヴァは我関せずだろう。面白がってせせら笑うのが関の山だ。

 それでもまぁ、お兄ちゃんお兄ちゃんと懐く血の繋がらない実妹(、、、、、、、、、)や、ぴぃぴぃと鳴いて心配してくれている使い魔がいる分、かなりマシ…いや一兆倍はマシである筈だ。

 

 何せ女子中学生に唇を奪われるわ、押し倒されるわ、満身創痍且つ半死半生にされるわで心は傷だらけで泣きの涙。

 

 おまけに円や零に対してまでちょっとクるものがあった事をウッカリ自覚してしまったが為にダメージは更にドンと倍。

 

 何せジャスティスはとっくに引退しているので新たに守護騎士を生み出し、ちっちぇプライドをガードしているのだがこれがまた役に立っていない。

 (なな)小鹿(かのこ)がいなければ冬の玄界灘にダイブしていた可能性もあったりなかったり。

 

 

 「うう……」

 

 「うにゅぅ……」

 

 「はぅうう……」

 

 「けけけけけ」

 

 

 イロイロと成し遂げちゃった少女らも、一人を除いてけっこー精神がズタボロだった。

 

 

 『横島さんの側でナナちゃん、あないに幸せそうに笑うとるんよ?

  ずっと苦しんどるんやったら、側におるナナちゃんあないに自然に笑えんと思うえ?』

 

 

 とか、

 

 

 『どっちかって言ったら、楓ちゃんが落ち込んでる方がキツイんじゃないの?

  私はそんなに話した事ないけど、惚気聞かされてたらそうとしか思えないんだけど……

  ノロケと違う? ナニ言ってんのよ。十人が聞いたら百人はノロケって言うわよ!!』

 

 

 等と言われ、

 

 

 『ウチがせっちゃんの事で悩んどった時、

  ずっと話聞いてくれて、ホンキで怒ってくれたんや。

  多分、ウチらが思とる以上にあの人は優しいんやろな。

  せやからウチらもくーふぇも優しさに甘えてまうんやろなぁ……』

 

 『つーかさ、あの人のコト知ってんのって私とかじゃなくて楓ちゃんじゃないの。

  何で一番親しい娘が距離置いて見てるだけなのよ?

  一番親しい訳じゃない? しばくわよ?』

 

 

 等と段々と追い詰められてゆく。

 

 つーか木乃香も明日菜もけっこー容赦がない。

 なぁ、そうでもしないとこの二人は干し草の山を前して悩み続けて餓死した童話の羊が如く、一定距離を置いて悶えるだけで終わりそうだったのだけど。

 

 じっとりと湿って落ち込んで沈んでゆく二人を見せ付けられるのは、周囲にカビが生えそうで勘弁であるし、何より そろそろ引導を渡さないとマジにキれてしまうのだ。主に堪忍袋の紐が。

 

 

 木乃香は刹那に人目がないか探ってもらい、明日菜は誰も裏庭に近寄っていない事を確認する。

 

 刹那は周囲に足音どころか人の気配がない事を木乃香に告げ、明日菜は誰もいない事を確認すると、奇しくも同じ瞬間に二人は話を聞いている少女の肩をぐわっと掴んだ。

 

 

 『ええか? くーふぇ。

  前から言おう言おう思とったけど、くーふぇはなぁ……』

 

 

 『あのね、楓ちゃん。

  前に言いかけた事だけどさ、あなたって……』

 

 

 

 

 

 

 横島さんのコトが——………

 

 

 

 

 

 ズ ボ ム ッ ッ ! !

 

 

 ナニかを思い出したのだろうか、楓と古は二人して同時に顔を爆熱化させて自爆。

 呆れた方が良いのか生温かく見守ればよいやら判断が難しい。

 零は実に楽しそうだが。

 

 因みに楓と古がぶっちゃけられた時、ナニが起こったのかは不明だったりする。

 

 知っているのは当の本人と、後は木乃香と刹那、明日菜の三人のみだ。

 

 だが当人二人は顔を真っ赤にして口を貝にするし、この三人に聞いたところで苦笑いを見せるのみ。乙女のヒミツというコトらしい。

 

 それでもBigなLikeだと思い込んでいた“それ”が別のナニか(、、、、、)だったと自覚した事だけは確か。

 

 そして勢いと後押しによってヤケクソ気味に覚悟を決めた二人は勇気を振り絞って別荘に突撃し……何というか……見事に自爆して果てていた。

 

 

 いや、二人してやっと気持ちを、

 やっとやっと、や〜〜っと気持ちを理解してくれた事はめでたい。それは間違いない。

 

 約二名ほど某少女らが泣いて喜び、一人は明日菜に甘味処のタダ券をプレゼントしたりお気に入りの餡蜜を奢り倒し、もう一人は<超包子>のタダ券一年分束を木乃香と刹那にプレゼントしたほどだ。

 

 

 だけどまぁ、

 何が不味かったかというと……二人のタイミングが余りにも悪かった事だろう。

 

 

 何せエヴァは一応気を使って円と零の為にネギ達が邪魔をしないように連絡を入れ、見守るだけに徹しているつもりだったのであるが、残念ながら頭の中がアッチの世界に吹っ飛んでいた二人には連絡が全く聞こえておらず、尚且つ入って来てしまったのならしょーがないと、エヴァ本人もほったらかしにしていたのである。

 

 尤も、ほったらかしとは言っても二人の仮契約が済むまでの足止めはちゃんとしていた。

 

 所在をはぐらかす程度であるが、それでも二人は強く出られないので効果的だ。

 しかし流石に二人は経験者だけあってエヴァの横で何だか煤けた笑いを浮かべているカモの目の前に札が出現すればナニがあったかは解ってしまう。

 

 それを見た二人は旋風のように駆け出し、茶々姉ズの導きで部屋に駆けつけ、そして……ナニかを目にしちゃったりなんかして惨劇が起こったという訳である。

 

 

 流石にその時は騒ぐだけ騒ぐ事しか出来ず、ナナ以外の少女達らは顔を合わす事が出来ず逃げ惑い、結界から出られるようになると寮にすっ飛んで逃げ帰り、部屋にお籠りさんとなってしまっていた。

 

 無論、チョー重傷の横島を置いて、だ。

 

 

 「クソぉ……

  オレか? これもオレが悪いと言うのか? 神よ!!」

 

 

 当たり前であるが、泣きの涙なのは横島である。

 

 惨劇というかスプラッタムービーというか、女版しっとマスクにドえらい目に遭わされた訳であるからただで済むはずもなく、さっき述べた通り満身創痍の半死半生。半殺しというかプチ殺しというかズタボロであった。

 

 何せゴキブリも平伏する彼の生命力をもってしても直ぐには全快に至れず、リアル時間で一日もエヴァの城の中で過ごすしかなかったほど。

 今日だって仕事を休んだくらいなのだからシャレにならねぇ。

 

 言うまでも無いが仮契約の魔法陣があった事から、横島も仕掛け人(獣?)は解っている。

 そう、振り上げた拳の振り下ろし先だ。

 

 エヴァにしても自分から依頼しておいてナニであるが、その全ての張本人であるというのに、

 

 

 『当分は姿を見せない方が良いぞ。

  まぁ、挽肉になりたいのなら話は別だがな……ククク』

 

 

 等とヤツを助ける気はナッシング。

 

 生死どころかDead or Deadの危機。カモは自力で生き残りの策をとらねばならなかった。

 よって、ほとぼりが冷めるまで(ヤツ)はここに訪れない事であろう。

 

 その所為でコ・ノ・ウ・ラ・ミ・ハ・ラ・サ・デ・オ・ク・ベ・キ・カと呪いパワーは積もり続けるのだが、報復対象がいないので横島のフラストレーションは溜まる一方。

 無残である。

 

 

 「ま、自業自得だ」

 

 「テメーがクソ鈍感なのが悪りぃんだろーが」

 

 「「「−ああ、お義兄様……」」」

 

 

 その上、エヴァと零は気にしてくれやしねぇ。

 

 代わりといっては何だが侍女人形達が心配してくれているようにも見えるのだが、

 

 

 「−泣き喚くヘタレ具合が……ハァハァ」

 

 「−白い包帯に包まれたお姿が何とも……ハァハァ」

 

 「−ああ、是非とも私が尿瓶を……ハァハァ」

 

 

 ……何かちょっと違う……

 

 

 因みにアメリアと名乗った茶々姉はいそいそと他の姉妹達と共に皆の夕食を作りに行っているのでこの場にはいない。

 

 ここにいる三人は其々、ディード、エリー、フィオと名乗っている。D・E・Fの順だ。名付けはアルファベット順らしい。

 何にせよ、個性が生まれたことは目出度いのであるが、明後日の方向に成長しているのがイヤ過ぎる。

 

 

 『くすんくすん……お兄ちゃぁん……』

 「ぴぃぴぃぴぃ〜」

 

 「だーかーらー大丈夫だって。

  前から言ってんだろ? オレはほぼ不死身だって」

 

 『えっぐえっぐ……ウン……』

 

 

 癒しは妹と使い魔だけ。ヤレヤレだ。

 

 その愛妹ナナはスライム形態となって横島の腹の上に乗ってしくしく泣いてるし、かのこは彼の周りをくるくる回って頭を摺り寄せたりしている。

 何とも目に優しい光景なのであるが、相手が半死半生なのが頂けない。

 まぁ、円を追いかけていって戻ってきたら半死半生の重傷者になってたりしたらそりゃ泣きもするだろうけど。

 

 横島でなければマジにアブなかっただろうし。更に言うならギャグパートでなければホント拙かった。

 

 因みに、ナナが泣きながら飛びついて横島の傷に直撃して悲鳴を上げさせたコトはお約束である。

 

 

 「まぁ、キサマが嘆くのは勝手だが後にしろ。

 

  さて……我が級友にして新たなる僕、釘宮 円よ。我が組織にようこそ。

  改めて祝福してやろう」

 

 「……物凄くありがたくない話なんだけど……」

 

 「ふふふ 謙虚だな」

 

 「……」

 

 

 何言っても無駄だわこりゃと円も諦めて溜息を吐いた。

 

 そんな円を実に楽しげな笑みで眺めつつ、エヴァは懐からカード……いや、例の“札”を取り出し、円に向かって弾いて飛ばした。

 

 シュルル……と音を立てつつテーブルの上を回りながら滑り、円の前にそれが来る。

 丁度円とその札の絵が相対する位置というのは流石だ。

 

 

 「これ……が?」

 

 「ああ、それがお前の札だ」

 

 

 札のデザインベースはやっぱり花札。

 

 楓や古の札に描かれたものよりは大人しめな感じで、垂れた柳の枝に飛び掛る蛙と、楽器(琵琶?)を使ってそれを応援しているような円の絵。

 そして着ている衣装は、立て烏帽子、単、水干(すいかん)という白拍子のそれだ。

 

 水干というのは本来は水で洗って張っただけの(糊を付けない)絹の布の事で、この作りをした狩衣を水干と称するようになったという(余談だが、木乃香の父やこの世界の陰陽師の正装になっている狩衣は、衣冠束帯における袍のの中でも厥腋の袍(腋を縫わない袍)が簡略化されたものである)。

 

 無論、楓や古のと同様にアレンジがなされている為、水干もどこぞの改造巫女服宜しく袖はあっても肩の部分がないノースリーブっポイ珍妙な着物で、下も本来は長紅袴ではなくスパッツの様(おまけに紺色)。足は草履っぽいデザインのサンダルだ。

 

 楓よりかは微妙に露出は少ないものの、やっぱりどこか色っぽい衣装になっている。まぁ、白拍子が遊女を意味している場合もあるので楓同様に“そっち系”に感じてしまうのは否めない。何せ横島の従者なのだから妥当と言えなくもないが、女子中学生の乙女の衣装としては如何なものだろう?

 

 

 「他の札と同様に、裏には元のカードの残留があった。

  Sirenes(シーレーネス)Dynamis(デュミナス)、そしてCythara(キタラ)だ。

  シーレーネスはセイレーンの複数形。

  デュミナスは力や能力。キタラは竪琴の意味がある。

  複数形になっている意味はまだ不明だが…

  おそらく見た感じからしてお前のアーティファクトはおそらく楽器だろうな」

 

 「楽器……この絵の私が持ってるヤツかな?」

 

 「多分な。

  ま、衣装については横島の趣味だろうから 「オレの所為とちゃうわーっ!!」 うるさいぞ、そこ。

  兎も角、衣装は別としてアーティファクトまでは詳しく解らん。使ってみろ」

 

 「うぇっ!? い、今使うの?!」

 

 

 心の準備がーっ等と悶えているが知った事ではない。

 

 さっさとやれいとエヴァが一睨みすると渋々ながらも従う他ないのであるし。

 

 何だか恥ずかしそうに自分の札を手に持ち、コマンドを——

 

 

 「……これ、どうやって使うの?」

 

 

 唱えようとして止まってしまった。

 

 ずりっとエヴァが腕を組んだまま椅子から滑り落ち掛かる。

 わたわたと慌てて体制を整え、アホかーっと叫びかかるもよくよく考えてみれば教えてもいない事を知っているはずも無い。言い忘れていたのだし。

 

 あえてその事を突かれる恥は御免なので出しかかった声をそのまま飲み込み、楓達から聞いていたワードを教えてやった。賢明である。

 

 

 「札が花札に似ているからか、<こいこい>だそうだ」

 

 

 ったく……と、エヴァも溜息混じり。まぁ、これだけふざけていれば当然か。

 

 相変わらずカラクリは解らないのであるが、横島を対象に仮契約を行えば式が歪み、パクティオーカードはシステムから変貌し、アーティファクトは宝貝や宝具といったものに変化している。

 

 楓と古に手伝わせて色々と調べてはいるのだが、相変わらずよく解らないシロモノのままなのだ。

 まぁ、逆に横島を誰かの従者として契約を行ってみると一応は成功したのであるが……

 

 それは兎も角。

 

 何だかごっこ遊びみたいでこっ恥ずかしいが、魔法は実在するし自分は霊能力者として覚醒している。ごっこではなく現実なのだと受け入れるべきだろう。

 

 さっきまでとは別の意味で顔を赤くしつつ、札を掲げる様に持って円はついにその言葉を口にした。

 

 

 「こ、−“来い来い”−」

 

 パァッ!!

 

 

 円がワードを唱えた瞬間、彼女の身体は光に包まれその中に沈み込んでしまう。

 

 とはいってもそれは刹那の間。あっという間もなく光は消え去り、学校帰りに直行した時の制服姿だった彼女の衣服は絵札の自分と同じ露出が大目の白拍子へと変化を遂げていた。

 

 その上、柳の枝葉に絡み編まれたストラップ(?)で、琵琶なんだかベースギター何だかよく解らない弦楽器を肩に掛けているもんだから、ただでさえ半端ななんちゃって白拍子姿なのにコスプレ感に拍車が掛かっている。

 

 そしてそんな彼女の前。

 ティーセットが置かれている白い丸テーブルの上にちょこなんと、ウシガエルほどのサイズのマンガチックにディフォルメされたカエルが鎮座していてお間抜けさが素晴らしい。

 当然ながら楓は件のカエルを見て引き攣っていたが、見た目がユーモラスなので逃げ腰になる程ではないようだ。

 

 この一セット。

 カエルと楽器(?)込みのセットが円専用宝貝、“蛙の唄”の全てであった。

 

 

 「ほぅ……」

 

 「ふぁ……」

 

 

 楓たちも流石に気を取り直し、興味深げにそれを見つめている。

 

 ナナは見ため的にどっちが前だかサッパリサッパリであるが、こっちを見ているのだろう、興味深げ(?)にぷるぷる震えている。

 

 

 「ほぅ……?

  やはり絵姿と同じになったか。そこまでは変わらんな」

 

 「そーいや、楓ちゃんも古ちゃんも絵と同じ格好なんだったな」

 

 「うむ。それもキサマの趣味丸出しに露出多めだ」

 

 「趣味ちゃうわーっ!! つーか、古ちゃん露出少ないやん!!」

 

 「アホ。

  ド派手なデザインのスリット付きミニチャイナなんぞ着せておいて何を言うか」

 

 「ああーっ!! ワイわ、ワイわぁああ——っ!!!」

 

 

 包帯姿で悶え苦しむ横島を無視し、呆然としている円に「オイ」と声を掛けて意識をこっちの世界に戻させた。

 

 

 「どうした? 何時までポケッとしているんだ」

 

 

 エヴァはそう言うが、楓と古は何となく解っている。

 

 何せ自分達も初めて出した時はあんな感じだったのだから。

 

 

 「……いきなり使い方が解ったので混乱していたのでござろう?」

 

 「なっ、何で解るの!?」

 

 「アイヤ、私達もそうだたアル」

 

 

 ああ、成る程と円も納得。

 

 ——そう。エヴァと横島がやり取りをしている間に、円はこれの使い方が頭の中に雪崩れ込んでいたのである。

 

 “今のところ”衣装はオマケみたいなもので、本体は手に持っている琵琶ギターと、対になっているカエル。こっちの能力の方がハンパねぇのだ。

 

 この琵琶ギター。

 弦の数も琵琶なら大体三〜五弦なのだが、ギター準拠なのか六弦。

 ペグ(弦のチューニングを維持するネジみたいなアレ)も琵琶の糸巻きと同じデザインをしている。

 

 琵琶が含まれているからか、ギターのテンションピンに相当するものは見当たらない。

 

 ふぅん? と、円は感心したように琵琶ギター手に持って立ってみる。

 するとストラップの位置を変える事もなく、柳の枝葉が緩んで彼女が何時も持っている位置に納まった。

 

 

 「おお、便利っ」

 

 

 なんだかテンションが上がってくる円。

 

 まぁ、言うなれば完璧且つ徹底的に自分用のオーダーメイドを手に入れられたのだし、尚且つ魔法の道具とキたもんだ。彼女の機嫌が良くなるのも当然かもしれない。

 

 誰に言われたでもなく極自然に肩に手をやり、ストラップの葉を一枚取る。するとそれがライムグリーンのピックになった。

 

 円はふむふむと納得しつつ更に機嫌を上げ、調律してみようと取り合えずAを弾いてみる。と、

 

 

 びぃん

 

 

 何ともいえない音がカエルの口から放たれた。

 

 いきなり横から音がしたので皆(特に楓)もビックリしていたが、円は別の意味で驚いていた。

 

 ギターの絃の音には違いはないが、音に()が無い。

 琵琶の響きにも似た感もあるのに妙に甲高いというか……

 言うなれば“しなやかな金属”といった不思議な音色で、円が今まで耳にした事のない音感だった。

 

 

 「へぇ……」

 

 

 ものすごくドキドキしながら弦を爪弾くが、慣れないと戸惑うFにも簡単に指が届いて楽に音が出せる。非常に弾き易いのだ。

 

 更に調律の必要が無いくらい、最初っから自分に合った音が出ている。

 というか、勝手に調律がされている気がする。これが魔法なのか?

 

 要は円が出したい音が出るように勝手になってくれているのだ。便利にも程がある。

 まぁ、確かにああいう能力(、、、、、、)ならそうであった方が便利に違いは無いが。

 

 

 「それで一体どんな力があるでござる?」

 

 

 新しい玩具をもらってはしゃぐ子供宜しく絃を爪弾いて遊んでいた円に、流石に好奇心に負けたのだろう楓が急かす様に声を掛けた。

 

 え? と円が頭を上げるとエヴァも同じ事を言いたかったのだろう、開けていた口をばつが悪そうに閉じている。古も焦れているようだ。

 

 そして横島は苦笑。何か微笑ましそうに見られていたらしく、めっさ恥ずかしい。

 

 こほんっと誤魔化すように咳払いをし、ちょっと悩んでから楓に顔を向け、

 

 

 「あのさ、ちょっとその辺を歩いてみて」

 

 「は?

  歩く……でござるか?」

 

 「うん」

 

 

 今ひとつ解らないが、これは実験なのだろう。言われるままに歩いてみる事にした。

 

 普通にトコトコ歩いてみるが別に変わった事はない。

 横島の姿を極力視界に入れないようにという不自然な歩き方(まだ恥ずかしいらしい)であるが、それでも変わったところは感じな……

 

 

 いや……?

 

 足が重い。気にする程度ではないが、確かに錘をつけたかのように重い。

 

 音楽が聞こえないからまだ使われていないのか。それともこれが付随する力の一つなのかは知らないが、兎も角足に妙な荷重が掛かっている事に間違いは無いだろう。

 

 だが、武闘家にとってはトレーニング程度の過重にしかなるまい。

 

 首をかしげながら歩く楓であったが、びぃんっと弦を弾く音が聞こえると加重が消えた。

 拍子抜けの感もあったが、実験も終わりかと皆に顔を向けると……

 

 

 「お前……」

 

 「か、かえで……」

 

 

 何だか皆の様子が変だ。

 

 呆れるというか呆然としているというか、様々ではあるが驚きの目で楓と円を交互に見つめていたのだから。

 

 

 「おろ? 一体何でござるか?」

 

 

 当然、彼女にはサッパリだ。確かに荷重は掛かっていたようであるが、それ以外は……

 

 

 「楓ちゃん……」

 

 「にゃっ にゃんでごじゃるか?」

 

 

 流石に横島の声には激しく動揺し、みょーな喋り方で聞き返してしまった楓であるが、彼の言葉を聞いて素に戻って驚く事になる。

 

 

 「ひょっとして、全然気ぃついてないんか?」

 

 「にゃにが……」

 

 「いや、にゃにがって……ものごっつスローで歩いとったんやが……」

 

 「は?」

 

 

 いや自分は普通に歩いて筈だ。

 

 確かに加重は掛かりはしたが、それで足が重くなって速度を落とすほどではなかったのだし、そこそこ体力があれば軽いパワーアンクル程度にしかなるまい。

 

 つまりはその程度。その程度で足を遅くしたりはしないのであるが……

 

 

 『お姉ちゃん音楽が鳴っている間、ずっとゆっくり歩いてたレスよ?』

 

 「え!?」

 

 

 音楽?

 いやそんなものは聞こえていなかった。

 

 何時鳴るのかな? とは思っていたのだが、聞こえてくるより前に足が重くなってそちらに意識が取られてそのままだったのだ。

 

 という事はつまり、とっくの昔に音楽を奏でられ、その効果があったという事、

 そして足が重くなったのではなく、動きがスローだったという事、

 そしてそれが意味をいるものは——

 

 

 「釘宮殿!?」

 

 

 そう円に向き直ると、彼女は悪戯が成功したのを喜ぶ子供のような笑みを浮かべ、

 

 

 「うん。これが私の道具……<蛙の唄>の力みたい」

 

 

 円専用の宝貝、<蛙の唄>

 

 アンプ兼スピーカーである緑色のカエルの口から放たれた曲が“当たる”と、思考速度と反応速度が音色に操られてしまう、恐るべき宝貝であった。

 

 

 

 

 

 

 「……流石に呆れたわ」

 

 

 円を囲んでわいわい騒いでいる少女らを眺めつつ、当然というかエヴァは呆れ返っていた。

 

 というのも、あの<蛙の唄>とやらの効果はシャレにならないくらい酷いもので、その音は相手の思考速度と反応速度が同時に音に操られる為、本人は自分の周りの時間の進み方だけが変わったとしか認識できず、戦いに用いたならば先行さえ取れていれば相手を何も解らないまま倒す事もできる事を聞かされたからである。

 

 何せ効果範囲内(音が届く範囲)の任意対象に働くのだから、乱戦になったとしても敵だけスローに出来るし、やろうと思えば味方だけ加速する事も出来るのだ。

 

 尤も円の演奏速度準拠なので、瞬動が使える楓等に曲調の早いもの使用したとしても逆に遅くなってしまうので意味は無いが、それでも敵に遅い曲調で奏でれば思考減速効果というド反則さも相俟って洒落にならない。

 何しろ掛かっている本人は音が染み込む為に音楽が響いている事を確認できないので訳が解らないのだから。

 

 楓が加重を感じたのも当然だ。

 無自覚に動きをスローにされてしまうので、自然に歩くという行動も片足立ちが多くなってしまう。それを軽い重さが掛かっていると勘違いしたのだろう。

 そしてそんな誤解があるので余計に気付きにくいという利点が生まれていた。

 

 おまけにカエルと琵琶ギターとの共感できる距離もかなり曖昧で、エヴァの家から学校くらいまでの距離であれば問題なく届くらしい。

 更には自立行動もできるので、時間はめっさ掛かるだろうが カエルだけをのそのそと目的地に向かわせ、着いた時に演奏を始めるという援護法も出来るとの事。

 

 そりゃエヴァでなくとも呆れるだろう。

 

 

 欠点は、その効果が演奏している間だけで、音楽には当然あるはずの“余韻”の部分には効果は含まれないし、演奏を止めれば瞬間的に元に戻ってしまう事、

 そして演奏中はそれに集中してしまう為に移動が全く行えず、またかなり周囲から意識が遠のいてしまうとの事。

 つまり円のアイテムは、移動不可の設置型支援特化型の魔法楽器であった。

 

 とは言ってもその力は侮る事は出来ない。

 単体の能力だけでもかなり怖いというのに、誰かと組んだ時の効果はハンパではなく、先に使用されればエヴァですら手も足も出なくなってしまうのだから。

 

 しかも、その宝貝の力はそれだけではない。

 

 

 「感情まで操る……か、

  音楽らしいといえばそこまでだが……シャレにならんな……」

 

 

 そう——

 何とその音は感情まで操れるというのだ。

 現に今、実験だと称して横島を泣かせたり怒らせたり『遊ぶなやー!!』と怒る彼をイキナリ笑わせたりしている。

 音が止まれば瞬間に戻るのだが、それでも戦いの最中に高ぶる戦意を霧散させたりできるのだから本当にシャレにならない。

 

 何せ相手をいきなり鬱状態にして絶望感に陥れつつ動きを鈍化させられるのだから。

 

 

 「しっかし……これって、霊波だな。そりゃ抗えんわ」

 

 

 何か疲労している横島が、掛かってみて解った感想をそう述べた。

 

 

 「れーは?」

 「ぴぃ〜?」

 

 「ああ……」

 

 

 まだナナにはチンプンカンプンだろう。かのこと一緒に首をコテンと傾げていた。

 その所為で横島は何かしら萌えていたがそれは兎も角。その言葉が聞こえていた楓たちにはどうにか通じていたようだ。

 

 昔——

 横島がいた世界での事であるが、職場の同僚にネクロマンサーの笛というアイテムを使う霊波の使い手がいたし、とある仕事で歌に霊波を乗せて船を沈めていたローレライと戦った事もあるのだ。

 お陰で音や歌による霊波攻撃も思いっきり身に沁みているのである。

 

 だからこそ彼は気付く事が出来た。

 これは音に霊波を乗せているのではなく、霊波を音として発しているのだと。

 

 よって音に曝されるのではない為、魔法抵抗力が激高いエヴァ、氣や特定の魔法を弾けるナナはおろか、茶々姉達すらこれの影響を受ける。

 

 当然ながら、命令を“聞く”という存在であるゴーレムやガーゴイルすら音に操られるだろう。

 全く、何というチートなアーティファクト……いや、宝貝であろうか。

 

 

 「凄いでござるな。条件反射の動きすら操られているでござるよ」

 

 「という事は、遅い曲弾かれたら飛んできた飛礫とかに反応する事も出来ないアルか?」

 

 「いや、それ以前に気付けねぇよ。

  ビーチバレーのボールだって音速超えてるよーに感じるだろうし」

 

 

 無論、如何に鈍化されようと反応速度と思考速度だけなので瞬動は出来る。

 

 しかし“入り”の部分が丸解りになる上、本人は未体験の加速を行った感覚に見舞われる為に制御が出来なくなるだろうし、“抜き”の部分に入るだけですっ転んでしまうだろう。

 そんなあまりの反則具合に皆もちょっと引きが入る。まぁ、当然だろうけど。

 

 尤も、当の円にしてみれば嬉しさ半分、切なさ半分だ。

 

 嬉しいのはこの楽器の能力を完全に引き出すには彼女の演奏力が求められる。

 つまり、彼女自身が底上げをしなければ宝の持ち腐れなのだ。

 傍から聞けばどうという事は無かろうが、この意味合いは大きい。

 

 鍛えなくとも強くなれるというのは、横島を騙して脅して契約を結んだ意気込みが意味を成さなくなるという事でもある。

 そして切なさはその余りにも使い勝手の良い道具の強さ所以(ゆえん)

 もう少し前の彼女であればそれは素直に喜べたであろうが、何もせずとも一足飛びに強くなってしまえば、今の横島と同じ悩み……便利過ぎて道具に頼り切り、本人を弱くしてしまいかねない能力なのだ。

 それどころか下手をすると慢心し、その力を持て余した挙句、逆に道具に使われてしまいかねない。

 

 この馬鹿(横島)のケツを引っ叩いて引き摺って前に進む為にはどうしても自分自身をもっと鍛えてゆく必要がある。

 しかし想定した目標以上の高みを目指す必要が生まれてしまった。

 

 それがちょっと切なかったりしているのである。

 

 尤も、それが悪いと言うわけではない。いや、それどころかマイナス要素を見付ける事が出来なかった。

 何せこの手に入れた力、操るのが霊波なのだからギターの練習を続ければ続けるほど、腕を上げれば上げるほど鍛錬になるしバンド活動の役に立つ。

 円はそれが彼の気遣いのように感じ、彼を見て少し微笑んでしまった。

 

 

 「う……」

 

 

 そして横島はその笑顔をまともに見てしまい、包帯の間から覗く肌を赤く染めてそっぽを向く。

 照れているのが丸わかりで実に微笑ましく、円はまた微笑んでしまった。

 何だか初々しいカップルの如く——

 

 

 「ぬぅ…」

 

 「ム…」

 

 

 で、

 面白くないのが楓と古である。

 

 そのやり取りが阿吽に見えてスゲく腹立たしい。つーか妬ましい。

 

 今までと違って気持ちをすっかりスっこり理解してしまっているので余計にジェラシってしまう。

 ハンカチ噛み締めてキーっというヤツ。

 

 その様子が面白いのか零はけけけと笑うのみ。こっちは元から手段を選ぶつもりが無いので余裕があるのだろう。

 その辺の恋心は解っていないナナはハテ? と無い首を傾げて横島を肩に乗った。

 

 

 『ねぇねぇ、お兄ちゃん』

 

 「ん? 何だ?」

 

 『お兄ちゃんもお姉ちゃん……零お姉ちゃんとも契約したんレスね?』

 

 「………………………………………………………………うん」

 

 

 横島がおもっ苦しい沈黙の後にそう答えた瞬間、周囲の空気が一気に冷えた。つーか凍った。

 

 その寒冷前線の原因は、楓と古、そしてそこまでは温度は低くは無いが円だったりする。

 

 放たれた冷凍ビームは横島と零を思いっきり射抜いていた。

 当然のように横島はコキンっと瞬間凍結したが零はカキーンと弾く。じぇんじぇん効きゃしない。

 

 それどころか椅子に座ったまま足を組み、自分の指先をチロリと舐めて横島に流し目を贈ったりしてる。

 

 外見は幼女と少女の半ばだというのに、その仕種は異様に色っぽく、横島の顔に少女らとは別の朱が走る。お陰で更に温度が下がったりして寒いの何の。

 

 そして故意にそんな冷凍ビームが避けているナナは、そんな凍死寸前の横島に気付かないまま、何だかわくわくしてるっポイ声で横島に聞いた。

 

 

 『だったら零お姉ちゃんのってどんな道具なんレスか?』

 

 「ぐ……っっっ」

 

 

 何たる質問っっっ

 

 無垢な分、始末が悪い。

 

 “外”なら兎も角、この空間内ならほぼ実力が出せるエヴァですら『おおぅ』と感心してしまうほどのブリザードが吹き荒れていた。小鹿もなんか寒そーだし。

 零としてはガキっポイしっとの応酬を受け続けるのも一興であろうけど、それでは何時まで経っても話が進まない。

 いい加減イラつきが入りかかっていたエヴァが代表のように声を掛けた。

 

 

 「おい。お遊びはそのくらいにしておけ。

  キサマも道具を、アーティファクトを出してみろ」

 

 

 と、エヴァが横島にカードを飛ばしてやる。

 しかし全身ミイラ男状態で掌まで包帯まみれの横島は受け取れまい。そう判断したナナが機転を利かせ、彼に代わって両手(触手?)を伸ばして空中ではしっと白羽取り——を、しようとして失敗。見事すり抜けてスコーンと横島の額に突き刺さった。

 

 

 「のわーっ!!」

 

 「ぴぴぃーっ!?」

 『うわーんっ ごめんさいレスーっ!!』

 

 

 「……」

 

 

 コイツらは一々コントせにゃ話を進められんのかと、エヴァは深くて重い溜息を漏らす。

 

 あ゛ーっ あ゛ーっと喚く横島……は、兎も角、泣いて慌てるナナと かのこを皆があやして何とか場は納まった。言うまでも無く不死身の男はスルーである。

 尤もそのお陰で凍気が緩んだのだから結果オーライかもしんない。

 『蔑ろや……』と涙する横島が哀れであるが。

 

 泣きながらもいい加減邪魔に感じた包帯を自分でモソモソ解いてゆく。するとやっぱり怪我は癒えている。呆れた不死身野郎だ。

 自分で自分の人間具合に疑いを高めつつ、横島は額に刺さったカード……おそらく従者用のコピーカード……を抜いて絵に目を落とす。

 

 今までの札と違い、明日菜達と同じようなタロットカードに良く似たデザインの洋風カード。

 そこに何とも呑気な顔をした自分が電車ごっこ宜しく赤い鎖を引っ張って駆けている絵があった。

 オレっやっぱこんなんか? と、何だか悲しくなりつつもそのカードをじっと見つめていると……

 

 

 「……ん?」

 

 

 と、ある事に気付く。

 

 後ろに背負うように引き連れている黒いシルエット集団。

 一緒にいることが嬉しいとでも言いたげな自分が、赤い鎖でもって繋げているそれら。

 一見して人間ではない事が伺える獣の耳やら尻尾やら翼やらの影かあるのだが、何だか見覚えがあるようなないような……

 

 

 「キサマの称号はPandemonium…パンデモニウムか。

  本来は『伏魔殿』なのだが……

  この絵の様子からすると『百鬼夜行』の意味の方だな。

  二重の意味でキサマにお似合いだ」

 

 「ほっとけっ!!」

 

 「問題は番号。実のところ読めん。

  神代文字だとは解っているのだがな……

  キサマは読めるか?」

 

 「うんにゃ……

  いや……? 何となく見覚えがあるような……」

 

 

 首を捻るがやっぱり出てこない。

 可能性として、消滅した記憶の中にあるのか、或いはこの体の自分が知っていたのかもしれないが……やっぱりどうにもこうにも出てこない。

 

 

 「……まぁいい。

  次に色調。

  キサマの素性や運命が関係していると言われているのだが……Prisma。“虹色”だ。

  納得できるやら、できないやら」

 

 「ほっとけ!」

 

 「徳性は……Spes。“希望”か」

 

 「何だかイメージ的には合うように思うでござるな」

 

 「そーアルな」

 

 「……」

 

 

 「星辰性は素性に応じた天体的な特質だ。

  まぁ、お前らは星占い的な意味合いだと捉えれは良い。

  それはFax。“流星”だ。

  ほっくととどこかに行ってしまいそうだし、すっ飛んで行くトコも似ているな」

 

 「悪かったな!!」

 

 「そして方位はOccidens。“西方”だ。

  キサマの属性は土だと判断していたから中央だと思ったんだがな」

 

 「知らんがなっ!!」

 

 

 方位は兎も角として、口ではムチャクチャに言いつつも、横島の周囲を彩る少女同様にエヴァも何となく横島に合っていると思っている。

 正解とは程遠くとも最良を射抜く彼には、ズレている方が的を得ている気すらしてしまうのだから。

 で、アーティファクトなのだが……これは呼び出してみないと良く解らない。

 

 横島は、この赤い鎖がそうなんだと思っていたのであるが……

 

 

 「兎も角ホレ、呼び出してみろ」

 

 「え、え〜と……?」

 「……Adeat(アデアット)だ」

 

 

 考えてみれば教えてもいないが、ナニを今更的な感は拭えない。

 溜息を吐きつつ、明日菜ですら言いまくっている超基本的なコマンドを教えてやると、ふんふんと納得して横島は口を開いた。

 

 

 「ア、アデアット」

 

 

 何だか自信なさげで、アクセントもなんだかな〜ではあったが、意識をカードに向けてその言葉を口にする。

 

 そして唱えた瞬間、横島は光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——後に彼は語る。

 

 

  この日の事は今でも忘れられない——と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ハレ? 何も変わてないアルな」

 

 

 光は直に収まったものの、何かを持っている訳でも、変化したわけでもない。

 そこにいたのは元のままのぼへ〜っとした青年一人。

 古で無くともそう思っただろう。

 

 

 「? いや、バンダナが……?」

 

 

 しかし流石にバンダナをプレゼントした本人である楓は僅かな変化に気がついていた。

 彼の額に巻かれているものが変化が……

 いや、元々のそれに更に力が付与されている事に。

 

 

 そして少女達が首を傾げている間にその変化は露になった。

 

 

 

 『……ム?』

 

 「え……?」

 

 

 それは、実に懐かしい感触(波動)だった。

 

 

 楓にもらってからずっと着けているバンダナ。

 十代の折、仕事中に着けてからずっと愛用していて、とある事件で消失してからもやっぱり新しいものを手に淹れて着け続けていたそれ。

 流石に二十代を過ぎてからは着けるのを止めていたのだが、十代の肉体に戻り、楓からこれをもらってからは何か物足りなくてずっと着けていた。

 

 そのバンダナから懐かしい波動がしている。

 

 いや、違う。ハッキリと変化を見せている。

 

 額の位置がバックリと裂け、そこに目が現れていたのだから。

 

 

 『………ここ……は?

  空気中の霊気が違う? 一体ここは……』

 

 「お、お前……まさか……」

 

 

 具体的に言えば目を開けているのだ。

 

 

 『ム? ヨコシマ……か? 何だかいきなり霊圧が上がっている気がするが……

  そうだ、試合はどうなった?』

 

 

 「……し、心 眼 ! ! ? ? 」

 

 

 『??? 何だ? 何を驚いている?』

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 横島の驚愕は如何なものか。余人には計りし得まい。

 

 完全に無くした筈の彼の最初の師。

 龍族の神通力によって生み出された彼の霊能力の師、心眼。

 まさか再会を果たせるなどとは想像の端にも無かった事だ。

 

 ただ、楓らは元よりナナですら“それ”を強く感じている。

 横島にあるのは想像を絶する驚きであるが、それすら大きく上回る喜びだ。

 

 完全に無くした筈の前の世界の絆の一つ。

 

 横島を庇って消滅したという過去を持つそれが、アーティファクトという相棒の形を取って再出現したのだ。

 

 運の強さというか、確率変動の極致というか、人生一生分の運を他人の分まで使い切っているような事態である。

 尤も、自分を良く知る者(物?)との再会はそんなデメリットなど頭の隅から外に放り出されていることだろうけど。

 

 話したい事は色々あるだろうが、それよりも心眼に状況を説明せねばならない。

 何せ彼(?)は試験会場で某バトルモンガーに破壊されてからこっちの情報が無いのだから。

 しかし、十年分+こっちでの生活等を一々説明していたら日が暮れるどころじゃない。

 よって、別の世界に来ている事や、ここではオカルト等の情報は秘匿とされている事、こっちでの戦闘を吸血鬼の真祖であるエヴァンジェリンに習っている事、色々あってバカンフーとバカ忍者と円が横島の従者となっており、その横島は零の従者にされている事、そして妹を得た事などを簡単に説明していたのである。

 

 

 『しかし、異世界移動とはな……お前らしいというか何というか。

  それだけならまだしも、あのボンクラが使い魔まで持つに至るとは…な』

 

 「ボンクラで悪かったなぁ!!」

 

 『更には女子中学生を捕獲してはべらし、(あまつさ)えゴーレム少女を妹にするとは……

  随分と歪んだ光源氏計画だな。堕ちたものだ』

 

 「ンな訳あるかーっ!! 人聞きの悪いコトいうなーっ!!」

 

 『冗談だ。ククク……』

 

 「くぅうう〜……」

 

 

 頭に巻いたまま話していると目が疲れるので、横島は頭から外してテーブルの上に置いて話をしている。

 言い合いそのものは突っ込みだらけのコントのそれであるのだが、昔を懐かしむというか、空いていた時間をゆっくりと歩み寄って行っているというか、そんなじゃれ合いのようなやり取りは見てる分には微笑ましいやら苦笑が浮かぶやら。それでいて目が潤んでくるから始末が悪い。

 

 

 何せ——

 

 何せ、それほど嬉しげなのである。彼が。

 

 

 まぁ、だからといってこのままじゃれあいを続けさせていれば幾ら結界内で時間が余っていても無駄使いだ。

 

 

 「積もる話もあるだろうが、ちょっと後にしてくれないか?」

 

 

 気持ちは解らんでもないが、そろそろアーティファクトとしての力も知りたい。

 好奇心の方が勝ったエヴァが代表のように声を掛けた。

 

 ……空気読めやという少女らの視線は気にしない方向で……

 

 

 『ム? ああ、すまない。確かエヴァンジェリン殿だったな』

 

 「うむ。付け加えるのなら、そのバカ男の飼い主でもある」

 

 『ほう』

 

 「納得すなーっ!!! つーか飼い主ってナニ!?

  オレ、人権無いん!!??」

 

 「『気にするな。ククク……』」

 

 

 何だか息が合っていて、横島的にはとってもイヤン。

 彼に出来た反撃は、えっぐえっぐと床に突っ伏して泣く事のみ。

 一応、少女らは慰めてくれるのだが、それによって少〜しクラっとしてるモンだから如何に追い詰められているのかがよく解る。少女愛に堕ちるのも早いか?

 

 

 「すまん。自分から脱線していれば世話は無いな」

 

 『いや、妾も調子に乗りすぎた。相済まぬ』

 

 

 それに何だかこの二人(?)仲良いし。ヤな連合もあったものだ。

 ……ただ、聞き捨てなら無い単語も混じっていたのだが、誰も気付いていないようである。

 

 それは兎も角。

 

 

 「さて、お前は龍神に生み出された式神みたいなものだった。

  そして資格試験の最中に横島の盾となって消滅した。だったな?」

 

 『ああ、間違いない』

 

 

 ふむ、とエヴァは顎に指を当てて思案。

 だがまだ材料は少ないので保留する。

 

 

 「それで今のお前は、アーティファクトとしての自覚は?」

 

 『アーティフクト? 骨董品の事か?』

 

 

 単語を直訳すればそうにもなるだろうが、真っ直ぐ答を返す心眼。

 が、言ってからやや押し黙り、何か思い立ったのか外していた眼差しをエヴァに戻した。

 

 

 『……いや?

  何故かは知らぬがそう言われてみれば何だか思い当たる気もするな。

  うん? 魔法の道具だった……か?』

 

 「そうだ。

  ふむ……やはりな……」

 

 

 納得しているのはエヴァ一人。

 知識不足の円とナナ、考える事を完全に人任せにしている零は別として、横島と楓と古は揃って首を傾げていた。お似合いだかバカっぽい。

 自分のアーティファクトだろーがっ キサマもちっとは考えろっ と言いたげな視線を投げつけ、自分の前に置いていた心眼を手にとり、珍しく自分から横島に手渡した。

 

 

 「では、自分の能力を把握しているのか?」

 

 『んん? 自分の能力……? ム? ムム?』

 

 

 恐らく言われて初めて“それ”が思い付いているのだろう。一つ目のバンダナという形態であるが、傍目にも混乱しているのが良く解る。

 

 

 『こ、これはまた……何というか……

  オイ、横島。何だこれは??!!』

 

 「説明もされてへんのに解るかっ!!」

 

 『そ、それもそうだな……しかしこれは……』

 

 

 何を気にしているのかブツブツ言い続けている心眼を額に巻き直し、改めて聞きなおそうとエヴァに顔を向ける。

 が、彼が口を開くより前に手で制し、横島を立たせて距離を置かせた。

 

 

 「な、何だよ」

 

 「いいからとっとと離れろ。あくまでも念の為だから気にするな」

 

 「??」

 

 

 訳が解らないままであるが言われた通り距離を置き、遠くでもう良いというエヴァの声を聞いて足を止めた。

 改めて目測で図ると距離にして約50メートル。こんなに間を置かせて何をやらせようというのか。

 

 

 「ぶっちゃけキサマのアーティファクトの使い方なんぞ私には解らん。

  だからその心眼とやらに聞け。そいつならキサマに合わせて解りやすく説明してくれるだろう」

 

 「は?」

 

 

 いきなり言われても訳が解らない。

 アーティファクトを調べるんとちゃうかったんか? と疑問を浮かべるが、

 

 

 「とっととやれっ!!」

 

 

 と怒声がぶっ飛んできたらそんな疑問もスポーンと抜ける。

 

 

 『ヤレヤレ……

  守銭奴女王から離れたら吸血鬼女王か……よくよくお前は下僕運が良いだな』

 

 「ンな運なんぞいらんわーっ!!!」

 

 『まぁ、それは横に置いておこう。

  で、妾の使い方だったな?』

 

 「あ、ああ……」

 

 

 心眼はふむ…と数秒思考した後、パチリと目を開けて横島にこう言った。

 

 

 『自分の額に目を開けるつもりで、妾に意識を集中してみろ。

  今のお前なら(、、、、、、)できる筈だ』

 

 「え?」

 

 『ほら、やってみろ』

 

 「あ、ああ……」

 

 

 やっぱり聞き捨てなら無い単語が混ざっていたよーな気がするのだが、エヴァが怖いので言われたようにやってみる。どーせ後で聞きゃいいのだしとお気楽に。

 

 すると——

 

 

 「のわっっ!!??」

 

 

 声を出して仰け反る横島。

 少女らも驚いて腰を浮かしかけるがエヴァが手で制する。

 

 恐らく想像通りなのだし。

 

 

 「な、何だぁ?!

  何時ものアレ(、、)みたいに……い、いや、それよか何かカードみたいなモンが……」

 

 

 他の者には全然見えないだろうが、横島の脳裏にだけハッキリと浮かんでいる。

 パクティオーカードに似た図柄に描かれた女性達の絵々。それがまるでコンピューターの選択画面が如くズラリと並べられた状態で浮かんでいるのだ。

 おまけにその図柄、彼がよく知る女性や少女達の絵姿ばかりである。

 

 

 『見えているな?』

 

 「お、おい、心眼。これって……」

 

 

 心眼には解っていたのか、別段驚いた風も無い。

 焦っているのは横島だけだ。

 

 

 『説明は後だ。

  兎も角、その中から一人を選択しろ。

  どうせ実験だ。誰でもいいぞ』

 

 「誰でもって……

  ま、まぁ、そう言うなら……」

 

 

 心眼の言葉通り、そのカードの中からマジてきとーに女性を選択した。

 瞬間、そのカードが光り輝き、横島の意識ごとその光に飲み込まれる。

 

 

 「!? 横島殿っ!!」

 

 『お兄ちゃん!?』

 「ぴぃっ!?」

 

 

 少女らと小鹿は慌てるが、エヴァはやはりなと納得しきり。

 そのエヴァの余裕が示す通り、実のところ光は瞬間的に起こっただけで直に収まり、光に隠されていた人影がその中から露になってゆく。

 

 

 「ん? んん〜?? ンなっ!!??」

 

 「え? えっ!? ええぇ〜〜っ!!??」

 

 

 古と円が驚愕の声を上げた。

 

 それも当然。何故なら、光から現れたのは見知らぬ女性。

 

 やや紫がかった長い銀色の髪。

 

 白磁のような白い肌、そして赤い瞳。

 

 ノースリーブのように肩を出した軽鎧に、どこか大陸を思わせる衣服。そして沓。

 

 年の頃は少女達より少し上くらいで、プロポーションも楓より上。そして“本物”と違い、頭に巻かれているのは横島と同じ赤いバンダナ。

 肌の白さと相まって紅色の唇がやたらと印象的な美少女だった。

 

 そんな少女が横島のいた場所に立っていたのである。

 

 いや円とナナは兎も角、他の者は『再』『現』を知っているので然程驚く必要は無い。

 古達が驚いていたのは見知らぬ少女の姿をとったからである。

 

 

 『はぁん……そういう事かい』

 

 

 見た目通り、どこか蓮っ葉な声で自分の手指を動かして何かを確認しているその少女。

 何だか異様な色香を放ちつつ、納得したようにエヴァの下に歩み寄ってくる。

 

 

 「ふん。お前も横島と縁が強いヤツという事か」

 

 『まぁ、ね。腐れ縁だけどさ』

 

 

 そう言って肩を竦めるその少女。

 

 何というか……正体は横島だと解っているのに、それだと感じさせられる凄まじい気配。

 今まで赤髪の龍神しか知らなかった楓達であるが、この存在も神魔というものであるのが思い知らされている。

 

 かの龍神は氣を押さえているので然程圧迫感を感じないでいたのだが、“これ”は違う。

 

 何が違うって、圧倒的なまでの“魔氣”——それもこの間のヘルマンなんぞ足元にも及ばないほどの凶悪で強烈な魔氣が発せられているのだ。

 ナナに至ってはその波動に怯え切ってしまい、円の陰に隠れて震えてしまっている。

 逆にかのこは小さな身体のまま角を生やして威嚇していた。つもりはそういった存在だからだろう。

 

 

 『おっと、すまないね。お嬢ちゃん達の事忘れてたよ』

 

 

 だが、直にその様子に気付いて気配を落とす。

 忽ちの内に排水栓を抜いたかのように失せて行く魔氣。

 カタカタ震えていたナナも、警戒して唸っていた かのこもそれに伴って落ち着きを取り戻してゆく。

 

 

 『はは しかし凄いね、こりゃ。

  前は出来なかったのに、アタシまで再現できるとはね』

 

 

 何だか楽しそうにそう呟く少女。

 落ち着きはしたがそれでもまだ怖いのだろう、ナナは円の影から少女をチラチラ。

 それが面白いのか、少女はナナをツンツン突付く。

 

 そんな行為を見てエヴァも感心し切りだ。

 実のところ、アーティファクトの力そのものは似たようなのを良く知っているので殆ど気にならない。

 それよりもアーティファクトそのものに意思があり、横島の霊波を制御し切っているだろう事実。

 その強みの方に意識が向いているのだ。

 

 というのも、目の前に立つ少女は魔氣からして凄まじいまでに残虐な性格をしているはずだ。

 正しく魔族…いや、悪魔とはっきり言い切れるほどに。

 

 だがしかし、そんな存在であるにも拘らず、ナナと小鹿を見つめる眼差しはとても柔らかい。

 気を使って観察すれば解るのだが、浮かべている笑みは確かに彼と全く違うものであるのに、放っている雰囲気の中に横島の空気が見え隠れしているではないか。

 つまりそれが意味している事は——

 

 

 「お前……横島の意志の元に動いているのだな?」

 

 

 ほぼ確信を持ってそう問うと、少女は感心したような目でエヴァを見、

 

 

 『当たり。あんた冴えてるねぇ……

  あのバカに使われているアタシの名は女蜥叉(メドーサ)

 

  ヨコシマを虫ケラと侮った挙句、

  とことん邪魔されて最後には一撃で滅された馬鹿な白蛇さ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 横島が珠の力を使い、単体で『再』『現』していた際の欠点は、その克明過ぎる再現力だった。

 

 確かに対象を100%再現する事は素晴らしいのだが、この克明な再現力によって対象が恐ろしく絞られてしまうのである。

 

 つまり彼女のような魔族を再現した場合には100%同じ行動をとられてしまい、僅か十分とはいえ魔族を再現して野放しにしてしまうのだから何をされるか解ったものではないのだ。

 横島が手に入れたアーティファクトは<vinculum(ウィンクルム)rosea(ロゼア)>。

 繋いだ絆の相手を再生する“キヅナノセキフ”という布だった。

 

 因みに、ロゼアは確かに赤を意味するのだが、バラ色(色調でいえばピンクっぽい)なのが何とも横島らしい。

 

 その力は、彼が絆を結んでいる者達の力を再現し、その能力を使用できるというとんでもないシロモノである。

 心眼と呼ばれているものは、おそらくアーティファクトの管理人格がその能力の余波をモロに受け、彼の馬鹿げた記憶に引っ張られて再構成されたものなのだろう。

 それはアーティファクトの使用位置……額の位置に着用されるという事も関係していると思われる。

 

 要は今までの『再』『現』を簡単に出来るようにしただけのように思えるが差にあらず。

 

 このアーティファクトの強みは、管理人格が横島の霊波を制御してくれるので、今までの100%再現とは違って再現対象者に横島の意志を介在できるようになったところにある。

 この事によってメドーサというド厄介な魔族すら再現できるようになっているのだ。

 

 更に更に、心眼が負担等が起きないようにコントロールしてくれているのでデメリットである再現後の苦しみが無くなっている。

 これはとてつもなく大きい。

 

 何せ一度再現した後は丸一日治療室で唸ってなければならなかったのだから、横島の喜びたるや如何なるものか。

 

 感涙を持って舞い踊っている事からもどれだけ苦痛だったかが窺い知れるというもの。

 

 時間は相変わらず十分間であり、もう一度再現するにはチャージに一時間も掛かったりするが、今までに比べれば弱点など無いに等しい。というか破格である。

 

 

 「ありがとう、心眼!!

  言葉に出来ないほどの感謝を!!!」

 

 『感謝してくれるのは良いが……流石に号泣して言われればちょっと引くぞ?』

 

 

 因みに絵札の赤い鎖は、それらの縁とその強さを表しており、それに伴って再現できる者たちを示しているようだ。

 

 女しか写っていない気がするのだが……まぁ、それは良いとして。“赤い鎖”で結ばれているのだから一度繋いだ絆はそう簡単には切れん。少女らにはそう物語っているように思えていた。

 

 何だか彼らしいカードだなぁ、と我が事のようにはにかむ少女達。

 

 割れ鍋に何とやら、蓼食う虫も何とやらで、良いように良いように物事をとるのは乙女の特権か。

 尤も、本質的に間違ってはいな分、始末が悪い。

 

 そんな夢見る乙女モードになっていた少女達であったが、楓はふとある事に気付き、照れはかなり残るものの勇気を振り絞って(大げさにアラズ)一歩を踏み出し、震える唇を何とか動かし彼に向かって問いかけた。

 

 

 「あの、えっと、横島殿?」

 

 「ん? 何?」

 

 

 実に自然に問い返す横島。

 

 目が合った瞬間、彼女の血流速度が跳ね上がった。

 

 修学旅行でもこんな事はあったが、今回はあの時より動揺のレベルが段違い。

 心の中では“ちび楓”達が檄を飛ばして大応援。その甲斐あってか、楓も何とか言葉にして問う事が出来た。

 

 

 「え、ええ〜と、そ、その……

  再現できるモノの中に、その……拙者はいるでござるか?」

 

 

 この言葉に、少女達の周囲の空気がズシンと重さを増した。

 

 そうなのだ。

 

 もし再現できるというのなら、それは強い絆を持ってくれているという証拠であり、それはすなわち彼の中にどれだけの大きさで自分らがあるのかというバロメーターとなる。

 普段はボケボケくノ一のくせに、こんな時に限って頭がよく回るではないか。

 

 で、問われた横島は乙女ヘッドを得ている楓達の頭の回転について行っていない様で、う〜ん……と言いながら呑気にセレクトモード(仮名)を眺めていた。

 時間にして一秒弱なのであるが、乙女モードで加速している彼女たちの思考速度は想定速度を凌駕しており永劫の間を感じてしまうほど。

 

 何せ将来が懸かっていると言っても過言ではないのだ。そりゃ意識も鋭角化するだろう。

 

 

 ……ナニを大げさな、と言うこと無かれ。恋に悶える思春期はそんなモンなのだ。

 

 

 しかし、大人になって女性の機微が解って来ているとはいえ、普段はやっぱり朴念仁である横島は、そんな深海のような空気の重さもなんのその。

 彼だけに見えているカードを検索してから、ごっつド呑気な声で質問に答えやがった。

 

 

 

 「あ あった」

 

 

 

 と——

 

 

 ぶ っ し ゅ わ ぁ あ あ あ あ っ っ っ っ っ ! ! !

 

 

 瞬間、楓の顔は赤熱化し、鼻血と耳血を噴いて直立不動の姿勢で卒倒する。

 幸いにして茶々姉の一人であるディードとエリーが瞬間的に距離を詰めて抱き止めたから良かったものの、間に合わなければ後頭部を石畳で殴打していたであろう。

 

 

 「おお 古ちゃんもあるぞ」

 

 

 ぱすんっ

 

 

 何故か耳から思いっきり空気が噴いた。

 まるで鼓膜が破裂でもしたかのように。

 

 当然のよーにひっくり返る古。そして顔色も楓と同様にスゲく赤い。文字にするなら真っ赤っ赤っ赤っ赤に。

 

 こっちはフィオが受け止めた。

 

 

 「ありゃ? ナナもいるし、円ちゃんや零もいるぞ……って、かのこまでいる」

 

 

 『♪』

 「ぴぃ?」

 

 「う……っ」

 

 「へっ」

 

 

 ナナは単純に喜び、かのこはよく解っていない様子。

 円は真っ赤になって俯く。零は肩を竦めるだけであったが、珍しく僅かに朱が走っていた。

 

 この事が示すように、彼自身は無自覚であろうがとっくに彼女たちは横島の内側に入れてもらっていたのである。

 

 元の世界の掛け替えの無い人達とほぼ同等の位置に自分達がいる。

 

 彼の横で共に笑えるような位置に自分達がいる。

 

 彼はそう自覚していなくとも、カードがそれを示している。

 横島のパクティオーカードをよく調べてみれば自分達のシルエットもあるかもしれない。

 

 その事実がどれだけ彼女たちの気持ちを底上げするか……解らないまま、彼は素直に馬鹿正直にそれを告げてしまっていたのである。罪作りは相変わらずのようだ

 

 

 「へぇ〜……って、のわぁっ!!??

  か、楓ちゃんっ 古ちゃんっ!!!??」

 

 

 セレクト画面から目を戻せば色んな汁を噴いて目を回す二人。

 

 

 自業自得というか、何と言うか……微妙にズレた関係を目にしてしまって溜息を吐くエヴァと心眼を他所に、横島は一人大慌てで茶々姉らと共に少女達を治療室に連れて行き、二人の回復に全力を尽くすのだった。

 

 結局その日も修行にならず、横島は介抱に奔走して終了。

 

 

 これが、再会劇の顛末であった——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 −おまけ−

 

 

 「お姉ちゃん」

 「ぴぃい」

 

 「おろ? どうしたでござる?」

 

 「老師の部屋は向こうアルよ。一緒に寝ないアルか?」

 

 

 如何に大騒動になろうと二十四時間は外に出られない為、何時も一泊をする事となるのだが、就寝時間なった時に何故かナナがかのこを伴って楓たちが雑魚寝をしている部屋にやって来た。

 イロイロと疲労しており、襦袢姿の楓や、髪を下ろしてチャイナ服に似た寝間着を着ている古、パジャマ姿の円もやや眠そうだ。

 

 

 「今日、こっちで寝ていいレスか?」

 

 「それはいいけど……横島さんのトコで寝ないの?」

 

 

 そう円が問うと、ナナは満面の笑顔で『はいレス』と答えた。

 

 

 「今日は特別にお兄ちゃんはシンガンさんに貸してあげるんレス。

  久しぶりだからいっぱい、いっぱいお話するはずレス」

 

 「ぴぴぃ♪」

 

 

 へ? と顔を見合わせる少女達。

 だがそんなナナ達の可愛い気の使い方に笑みを浮かべると、シーツを捲ってこの妹分らを誘った。

 

 

 「そっか……じゃあ私達と寝よっか」

 

 「好きなトコで寝るといいアルよ」

 

 「サンドイッチでござる」

 

 「わぁい♪」

 「ぴぃぴぃ♪」

 

 

 ぽすっとシーツに丸まり、かのこと一緒に顔だけ出してニッコリ笑う。

 

 優しくて強い絆の鎖で雁字搦めにされている幸せな女の子と小鹿。

 

 この子らが与えられている心地良さは、この行動とこの笑顔で見て取れる。

 

 

 そんなナナと小鹿を見て彼女達も笑みを深め、三人がかりでだっこして横になった。

 

 

 

 

 

 

 

 何より絆と幸せを感じさせる魔法の言葉、

 

 

                  おやすみを告げて——

 

 

 

 

 

 




 お読みいただきありがとうございました。

 横っちのアーティファクト、思いついたのは良かったのですが、あまりにチート過ぎる(神様を再現できるから)仕様でしたので、当初はどうしようかと悩んでいました。
 が、ナギやらラカンやらの亜神のよーな超人まで再生できるクウネル(アル)という例があり、幸い(汗)にもネギが似たよーなのを手に入れたので余裕で出せました。いや良かった良かった。

 心眼も前からこういう位置付けで出すつもりでしたし、やっと出せたのでホッとしてたり。
 因みに彼(?)は某魔砲少女でいうところのデバイス的な位置付けです。

 で、楓たちもやっと気持ちを自覚。
 ついにイチャイチャし始めるのか? 尤も先にいちゃついてるのは妹だったりしますがw
 これで学園祭編でイロイロとイベント起こせるので嬉しいですし、未公開ですが元々のサイトに送ったものとは全く違うモノとなります。
 まぁ、どうなるかは説明抜きてせ。後の話で語られる……かも?


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二十二時間目:とっくん特訓またトックン 
前編


 

 闇には至らぬ影の中——

 密を持ってその会合は成されていた。

 

 相対する者はやはり陰。

 ライトのような灯りに達する光源は無いが、周囲の機器から零れる仄かな光はその者達の輪郭をおぼろげながらも浮かび上がらせていた。

 

 

 「……状況は好転した」

 

 「……」

 「否、好転したはず(、、)だった……」

 

 

 一方の陰から吐き出すような声で紡がれた言葉は、ずしんと重くその空間に圧し掛かった。

 計画を組んでいた訳ではなく、どちらかと言うと手を拱いていただけに過ぎないのであるが、まるで世界が嘆きに応えたかのように状況が勝手に動き、やや思惑からズレはしたが望む形へと収束していった。

 

 ——してゆくはずだったのだ。

 

 「当初の予想より、状況は……2%ほどしか」

 

 「進んでない……か」

 

 そう、好転はしたが進んでいないのだ。

 それどころか後退したと言えなくも無い。

 出発点の時間は兎も角として、余計なロスタイムが入った上、余計なコースに勝手に入っていったのである。

 これでは終点から遠のくばかりだ。

 

 「クソ……っっ」

 

 ドンっと悔しげにテーブルが叩かれ、その衝撃で上に置かれていたグラスが転がる。

 相対していた者——どうやら女性らしい——は気付いていないのか、相手の悔しさに同調するかのように組んでいた腕を掴む指に力が篭った。

 その間にもグラスは中の液体をぶちまけながら転がり続け、テーブルの端でコッと小さな音を立てて床に向かってダイブする。

 

 コォ——ン……

 

 床には樹脂が張られていたのか、或いは上手く底に当たったからかガラスが砕ける事はなかったが、当たり所が良かったからか意外に響く音を立てた。

 その音にすら反応を見せず、その二人は沈黙の中でただ肩を震わせて……

 

 ——と?

 

 

 

 「あーっ 何やってるんですかー!?」

 

 カチっと軽い音がし、薄暗かった部屋に蛍光灯の光が満ちる。

 

 今までが暗すぎた為か、二人の目の奥が痛むがそうも言ってられない。

 うっすらと涙を浮かべつつ、二人が面を上げるとやっぱり声の主は見知った顔。

 

 同級生の——

 

 「ハカセか……」

 

 紙束やらファイルの束を抱えた少女、葉加瀬 聡美であった。

 

 「ハカセか…じゃないですよ龍宮さんっ

  部屋を真っ暗にして何やってんるんですか」

 眼鏡掛けてる私が今更言えた事じゃないですけど目に悪いですよ? と菓子に空間を奪われたテーブルの上の邪魔な袋を背負っていたマジックハンドにどけさせてファイル等を置く。

 

 学園祭に向けてやる事はてんこ盛り。

 特に今年は急遽“計画”の発動まで強いられているのでおもいっきり時間がなくなっている。

 尚且つ、カモフラージュとして自分のクラスの出し物の準備やら、倶楽部活動、そして自分らにも店に出ずっぱりにならなければいけないので大変どころの騒ぎではないのだ。

 だというのに主要人物の二人に遊ばれていたら話にならないではないか。

 

 そう愚痴りつつぷりぷり怒ってたのであるが……

 

 

 「「あ……

 

   遊 ん で る 訳 で は な い (ヨ) ! ! ! 」」

 

 

 目から涙を ぶしゅわっと撒き散らしつつ、魂を絞るような声で二人が叫ぶ。

 

 余りのパワーに葉加瀬は、『わぁっ』と思いっきりスカートを捲り上げつつすっ転んでしまった。

 無論、彼女とて科学にココロを売り渡しているマッドの端くれ。ンな程度気にはしていないのだが。

 

 そんな彼女を他所に、超と真名はまた超謹製の液体胃薬をグラスに入れてゆっくりと飲む。

 医療用の飲み薬より遥かに安定し、尚且つ安全性も効き目も高いそれを胃に落とすと、ようやくキリキリとした痛みが和らいでゆく。

 

 「……おのれ楓め」

 

 「古のヤツめダラシナイ……」

 

 しかしその様は管を巻くヲッサンそのもの。

 お腹に手をやりつつ、そう呪詛の言の葉を漏らす様は、性質の悪い上司を持ってしまったサラリーマンが会社帰りに安酒屋で管を巻いているのに酷似している。

 

 尤も、この二人であればそんなのが上司ならばとっとと洗脳するなり始末するなりできるので気にはすまい。

 

 だがこの件はそんな簡単な問題ではないのだ。何せ完全なる他人という訳ではないのだから。

 問題を抱えていたのは二人のライバルであり、友人である楓と古の一件なのである。

 

 級友達の中でもブルーとイエローの称号を持たされていたバカ二人であるが、よりにもよって何故か同じ男に同じ感情を持ちつつ三角関係にすらないというスカポンタンをぶちかましていた。

 それまでの紆余曲折を思い浮かべるだけで涙が浮かぶのであるが、救世主明日菜と聖女木乃香(+お供の刹那)の大活躍によって目出度く気持ちを自覚。ついに、その男に向けていた好意がLikeだけではなくLoveだと自覚できたのである。

 

 その結果、告白にこそ至らなかったものの、心は女としてとある青年を求めていた事にようやく、

 ようやく、よ〜〜〜やく気付いたのだった。

 

 ここに至るまでの数ヶ月、超も真名も初手で楽観視していたものだから、そりゃあもうエラい焦らされて。どれだけ心労が嵩んでしまった事か……

 いや、もぅ、感覚的にどれだけ長く感じされた事か……苛立ちで噛み締めた歯にヒビが入りそうだったわストレスは溜まるは胃は痛むはで散々だったのだ。

 

 二人が自覚したあの日、余りの嬉しさに二人手をとって踊り、祝杯を挙げた挙句に二日酔いで苦しみつつ笑い合ったのはもはや楽しい記憶である。

 

 が、ここにきてとんでもない事態が発生していた。

 

 「まさか……

 

 

 

  まさか、自覚したら 乙 女 になってしまうとは思ってもいなかった……」

 

 「ど、同感ネ……」

 

 欠点はこの二人も色恋沙汰から遠ざかっていた事。

 それにより、好意が恋に変動した後には女心にも変動があるという事を失念してしまっていたのだ。 

 

 現状であえて一例を挙げるのならば“羞恥心”だろう。

 楓にしても露出バリバリの装束で走り回っていたし、古も平気でスカートで功夫の型をやっていたし、二年生のラスト時にあった図書館島地下での騒動時にはほぼ裸で大立ち回りを演じていた。

 彼女らに限らず、この学園の制服は何故かやたらミニであるし、同性同士という事もあってパンチラはおろかモロパンでも余り気にしていなかったのであるが、新体操部等やチアリーディング部等の見られる事が前提のクラブに入っている者を覗けば、男達の目線を気にしていない楓と古はほぼ筆頭という位置にあった。

 

 要するに武道家としての頭が羞恥心を凌駕しており、通常時も簡単にそれが緩んでいたのであるが……それが惚れた相手だと話が変わってくる。

 例えば、普段をものすごく貞淑な衣装で過ごしていても恋人や夫の前では思いっきりハジけ、口にするのも(はばか)られる程はしたなくなる女性もいるのだが、その逆もいる。

 そして楓と古は後者の方だった。そういう事なのだ。

 

 ところがどっこい。

 あの男に対する気持ちに気付いた途端、あれだけ裸に近い形で肌を曝していたというのに今更ながら羞恥心を取り戻したか頬を赤らめてもじもじしまくってやがるのだ。

 っザケやがって。ナメとんかと言いたい。

 

 「あ゛ーっ

  横島さんも大阪人ならガーっと襲ってガーっと犯ってしまえばよいものを〜っっ」

 

 「せめて避妊せず押し倒すなり、妊娠させるなり、

  孕ませるなりすれば私たちはこんなに歯痒くなかたヨ〜っっ」

 

 いや、それは暴言&無茶では……

 しかし……何で仮にもマッドサイエンティストの端くれである葉加瀬が一番理性的な意見を浮かべねばならないのか疑問が残る。

 

 「これで本当に“計画”が実行できるんでしょーか……」

 

 ぎゃあぎゃあ喚く二人を目の端に入れて溜息を吐く。

 思春期の少女でありながら恋心なんぞ理解範疇外の葉加瀬には、さっぱりさっぱり解らない超絶難問であった。  

 

 

 

 

 

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         ■二十二時間目:とっくん特訓またトックン (前)

 

 

 

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 空に浮かぶ飛行船。

 何故か くそみそに長いブランコがぶら下がっていて、何者かがそれで曲芸を行っている。

 

 下には通学路という名が冗談としか思えない超大通りが伸びており、その先には作りかけの凱旋門(木製)。

 

 そして登校風景も、学生に混じって宇宙の戦士やら怪獣に宇宙人etc...

 人間に混ざって何故か大学の工学部謹製恐竜ロボまでのっしのっしと歩いていたのだから訳解んねぇ。

 初めて目にした者は『何じゃこりゃあ?!』と驚愕する事請け合いな狂乱具合である。

 

 リオのカーニバルに勝るとも劣らない乱痴気騒ぎ。これでまだ準備期間というのだから呆れてしまう。

 

 「お祭りレスか。楽しみレス〜♪」

 「ぴぃぴぃ〜♪」

 

 「つっても学園の祭りのハズ、なんだけどな。

  学園祭っつーからもっとこう……

  子供だまし的な安心感があるモンなんだと思ってたんだが……」

 

 そう会話を交わしつつ校舎を歩く凸凹兄妹二人+1。

 仕事中だからか青いツナギを着た横島と、彼にくっ付いて歩く かのことナナである。

 

 何時もの出勤時間に家をでた一行であったが、余りの光景に口を開けてぽかんとしてしまった事は言うまでも無い。

 新たなる同居人(モノ?)である心眼によって直に再起動できたものの、眼前に見える風景はほんの数日で一変していた事に驚きを隠せないでいた。

 当の心眼も呆れかえっていたのだがこれもまた異界かとヘンに納得してたりもする。

 

 テレビに映る市町村挙げての祭事だってもっと地味だ。

 国を挙げての祭りレベル。それも都市部のバカ騒ぎの光景が学園中で起こっているというのだから頭痛の種に事欠かない。

 

 尤も、それが学園祭という言わば祭りの準備期間の光景だと知るとナナの目は期待に輝きを取り戻し、かのこと共にはしゃいでいた。

 人間の里でそういった事があるのは知ってはいたが、追われていたので近寄る事も出来なかった彼女だ。それは期待もするだろう。

 横島も、うんうんヨカッタヨカッタと頷く裏で、HAHAHA どこのどいつだか知らないがこんな娘に酷い事しやがったのかと怒りを募らせてもいるが。

 それは兎も角、使い魔と愛妹(かぞく)がここまで楽しそうにしているので、心眼も不満を口にしていないし、彼も問題なんぞ浮かびはしない。

 

 だが表に裏に仕事をしている横島と、何とかこの世界の知識を受け入れている心眼はこれから学園祭が終わるまでの激務を考えると内心溜息を吐いてたりもする。

 

 何せここの学園祭ではとんでもない額の金が動く。

 

 その為、期間中は都市の外からもとんでもない数の様々な業者が出入りをする。

 

 当然ながら入って来るのは業者だけではなく、他の一般客やら他校の関係者や地方からの来園者も入ってくる訳であるが、その中に招かれざる客(、、、、、、)だっているはずだ。

 だもんだから、表では客達が落としまくりぶち撒けまくるゴミの清掃に駆け回り、裏ではそういったお客様ども(、、、、、)に対応せねばならないのである。過労死しろというのだろうか?

 

 尤も、外部から信頼の置ける人間を雇っているらしいので、想像しているよりは過労死の可能性は低いだろう。そう思いたい。ウン。

 

 「しっかし、ネギも何やってんだろうなぁ……」

 

 「せんせーだから忙しいんだと思うんレス」

 

 そして今、二人が歩いているのは女子中等部の廊下。

 女学生(それも女子中学生ばっか)満載時間にわざわざ、こんな色んな意味で鬼門のところを歩いているのは仕事であるが、ナナが一緒にいるのは何故なのか? という疑問も湧く。

 

 横島がココを歩いているのは単に仕事だ。

 

 学園祭の清掃範囲を決める作業があるのだが、その範囲を決めるのに必要な出し物の報告が滞っているクラスがある。

 それがよりにもよってネギのクラスだったのだ。

 

 そうなるとローテーションが組めない横島たち用務員ズは困ってしまった。

 しかし執行部やら事務らに聞いてもやっぱりそれらしい報告は出されていない。仕方なく横島が代表として聞きに出て来たというわけである。

 

 ナナが一緒にいる理由はチョットややこしい。

 

 と言うのも、あの爺……もとい、ぬらり…じゃなかった、学園長のチェックミスが関わっている。

 ナナの戸籍を作る祭に彼女の設定年齢を低くしてしまい、小等部への入学が難しくなってしまっていたのだ。

 

 更に今は学園祭前であり且つ夏休み前。

 何とか入学を果たせたとしても用意を手伝うには入りたてでは勝手が解らず役に立てそうにないし協調を取るのは難しい。尚且つ直に夏休みが訪れるもんだからやや内気なナナの印象はその間に薄れかねない。

 

 よってナナの転入は六歳を迎える年に小等部に入学するか、次の学期から幼等部に入る事となり、その間は“お兄ちゃん”と一緒に仕事を手伝ったり、円達に(文字通り)くっついて学校に行って皆とお話をしたりと楽しい日々を送らせているのである。

 

 言うまでもない事であるが、『学校に行けないレスか……』等とナナが悲しげに呟いてたとしたら怒れる大魔神(シスコン)らよってガクエンチョはエラい目に遭わされていた事だろう。

 

 何せこの幼女、横島は言うに及ばず、彼の周囲の少女達は当然として、職場である用務員の同僚からも孫のように可愛がられている。 

 同じように望まぬ人外への改造を受けた者としてエヴァに目を掛けられているし、茶々丸に茶々姉達や零にも妹分として可愛がられているし、当然ながら楓たちにも可愛がられている。

 ガキは嫌いといいつつ面倒見の良い明日菜にもかまってもらっているし、言うまでもなく木乃香と刹那にも妹分として愛されている。のどかと夕映も、ナナがのどかに似ている事から思いっきり甘えさせていたりする。

 

 そしてネギからも、その年齢から『じゃあ、せんせーもお兄ちゃんなんレスね』と言われ、唯一の年下という事もあってかなり好かれていた。

 

 更に、ナナの生い立ちを知っている他の魔法教師達も当然のように彼女を気遣っているし、可愛らしい笑顔を向けてもらっているので女教師の人気も高く、同じ年頃の娘を持つガンドルフィーニやら弐集院達からは特に気にしてもらっていたりする。

 

 『ほら、ちゃんと前を見ないと転ぶぞ』

 

 「はいレス!」

 

 心眼にしてもこうだった。

 

 ナナからしてみれば、心眼はオカルトを用いたゴーレムみたいなものなのだから、言うなれば先輩だ。

 心眼にしてもナナは横島の妹なので、横島から生まれた自分から見ても妹。可愛がらない理由が欠片も無い。

 要するに、ものごっつ贔屓されてたりするのだ。ナナは。

 

 だから実のところ、学園長の生存判定はギリギリで成功しているだけなのである。

 

 「え〜と……3−A、3−A……」

 

 「こっちレスよ」

 

 無駄に広い校舎をキョロキョロと不審者宜しく歩いている横島の手をナナが引く。

 彼女は何度も訪れているのでここの造りを把握しているのだ。

 

 「ここが高等部だったら一回で覚えられたのになぁ……」

 

 『納得できるが、感心はせんぞ?』

 

 「感心されても嬉しゅうないわい」

 

 等と言いつつ、心眼は妙なところを感心してたりする。

 

 というのも、心眼が知っている横島はもっとケダモノだった。

 何せ霊力を上げるのに手っ取り早く煩悩をスターターに使用したら、GS資格試験の結界をあっさりぶち破ったほど。

 対戦相手だった傷だらけ男(名前を失念している)は魔に取り込まれた挙句暴走した訳であるが、それでも結界はあんなに簡単には破れなかった。

 

 そんな超出力の霊波をぶち撒きつつくノ一に迫る様子は喜劇のそれであったが、客観的に考えてみるとバケモノじみた能力で出力だったりする。

 自分が関わった最後の戦いにおいて、横島はまず絶対に勝てないだろう相手に勝つ為に自分は煩悩力を上げさせたのであるが、結果的に相打ちに持ち込めるほどの高まりを見せるに至ったという。

 

 そんな煩悩大魔神だった彼は、今やちょっとエッチな青年程度。言っては何だが世も末だと感じたものだ。

 尤も、霊力が下がれば高速で回復させようとする為に心眼が知る横島的行為(セクハラ)をぶちかましてしまうらしい。

 ともすれば、あの零とかいう元殺戮人形の少女を押し倒してしまいかねないほどに。

 

 『ふむ、良かった……

  それでこそ妾の知るヨコシマだ』

 

 「 ン な 事 で 安 心 す な や ー っ っ ! ! 」

 

 といったやり取りもあったりなかったり。

 閑話休題(それはともかく)

 

 「おや、君は……」

 

 と、しばらく歩いていると廊下の角から現れた男性教諭がこちらに気が付いて声を掛けてきた。

 

 「あ、これは新田先生。おはようございます」

 

 「おはようレス」

 「ぴぴぃ〜」

 

 相手は修学旅行時にもお世話になっている教師、新田だった。

 

 流石に見知った教師(ただし一般人)であるし仕事先の人間。

 更には将来的にナナがお世話になるかもしれない(←ココ重要)ので横島の顔もキリリと引き締まってかなり丁寧だ。無論、妹にイイカッコ(外面)見せようと足掻いているのも一因であるが。

 それにつられてナナと かのこもペコリと頭を下げる。

 そんな仲良さげな一行を見、新田は言葉を返しつつ口元も緩ませていた。

 

 この兄妹の事は既に学校側に連絡が入っている。

 

 3−Aの宮崎にちょっと似ているナナという娘は、新たに横島が引き取った娘で、今現在は小学校に上がるまで準備期間を置いているとの事。

 いろいろとややこしい事情があり、集団生活に慣れていない為、横島が職場に連れて行って同僚の人達や出歩く先の人たちと接する事でリハビリを行っているらしい。

 前にいたところでかなり酷いイジメに遭い、心を閉じかけていたらしいが横島の奮闘によって外に出て人に挨拶が出来るほどまでの回復を見せている。

 そして勉強の方も毎日彼がキッチリ教えているらしく、前に高畑経由で見せてもらった横島手作りのドリルの出来は素晴らしく、それをサンプルとして教学部に提出してみようかと思ったほど。

 

 尚且つこの青年、試験的に飼育している小鹿の世話係まで買って出ているという。

 ちょっと見ただけでも元が野生動物だというのに小鹿は心底彼に懐いているのが解る。これは彼が心底優しいという証だ。

 

 お陰で新田は、今時珍しい心優しく感心な青年なんだと涙ぐんでたりする。

 いいトコだけ聞いたらホントに凄い好青年なんだがな〜 と学園長や高畑らが苦笑してたり。

 

 兎も角、そんなこんなで横島は新田の覚えが思いっきり良かったりするのだ。

 

 「二人とも、こんな時間どうしたのかね?」

 

 「あ、はい。これも仕事なんですよ」

 

 「お祭りの出し物、何するのか教えてもらってないクラスがあるんレス。

  じむのヒトが凄い忙しそうレしたから、直接教えてもらおうと……」

 

 「ああ、成る程……」

 

 そう言われて新田も納得した。

 

 この時期に関わらず、この学園はやたらとイベントが大げさになって忙しいのだ。

 テストですらどこが学年成績一位になるかでほぼ公認のトトカルチョが発生する『イギリスじゃあるまいし。学校としてどーよ?』なところなので、当然ながら用務員らの仕事量もハンパではない。

 それが解っている分、申し訳なく思ったりもする。彼が悪い訳ではないのであるが。

 

 「ま、ここの子は元気なトコが長所ですけどね。

  他では考えられないくらい素直でいい子たちばかりですし」

 

 「みんな優しいレス〜」

 「ぴぃぴぃ♪」

 

 「……そうかね」

 

 そういわれると新田も面映かった。

 

 新田にしてみてもここの生徒たちは可愛い子供だ。だからこそあえて厳しく当たってきた訳であるが……その分、こう真っ直ぐに褒められると嬉しいさと気恥ずかしさが湧いてくる。

 

 何時も何時も厳しく接しているが、誰かが嫌われ者にならない限り学園という隔離世界には締りがなくなってしまう。

 だからこそ厳しく接しているのだが、そう真っ直ぐに大事な生徒を褒められると嬉しくない訳がないのだ。

 

 「お姉ちゃんたち、何時も遊んでくれたりするんレスよ」

 「ぴぃ〜♪」

 

 「あはは……

  彼女達にはちょっと(大分)痛い目に逢わされる事もありますけど、感謝の念は絶えませんよ」

 

 そして当然、横島達に他意は全く無い。

 

 何だかんだで横島は本気の本気で楓たちに感謝しているし、かな〜り理性の閂がヤヴァさを感じるほどの気持ちを持っている。だからこそすんなりとこんな言葉も出るのだ。

 まぁ、やや照れた顔を持っていたファイルで扇いで誤魔化していたりするのだが。

 

 ナナとかのこは流石にストレートに感謝を述べている。

 何時も何時も遊んでくれるし、オヤツやフルーツをもらえて可愛がってくれているのだ。感謝しない訳が無い。

 その上もあけすけで真っ直ぐな横島といれば素直さに磨きがかかろうと言うものだ。

 

 そんな素直な感謝の言葉に新田もまた照れくささを感じていた。

 

 ドコに出しても恥ずかしいと謳われていた横島であるが、いいトコしか見ていない新田からすれば子供や動物に優しく親しみ易い好青年。

 そんな彼に生徒たちを褒められれば、やはりうれしいと言うものだろう。知らずが花とは良く言ったものだ。

 

 おまけにナナが退屈しないように彼女にも話を振りつつ学校に通い出すに当たっての注意点や、何れ向かい合う問題である思春期突入時の男の保護者としての心構えなどを新田に質問してゆく様は好青年を通り越して保護者の鏡。

 単なるシス魂だと解る訳もない新田は、横島に対する好印象を再度上方修正をしつつも丁寧に答えてゆく。

 

 途中ナナに、『お兄ちゃん、お姉ちゃんたちにモテモテなんレスよ〜』と自慢するように言われ、大いに横島を焦らせたりもするが彼のイイトコしか知らない新田は好意としか受け取らず、

 

 「そうかね。

  だったら将来、キミのお義姉さんになってくれるかもしれないね」

 

 等と珍しく冗談で返すものだから横島を更に慌てさせたりする。

 ナナはその言葉に対しはにかんだ笑顔を見せてたりするのだが、マジに今の時点で手を出しかねないほど彼女らの魅力を思い知らされている横島としては冗談では済まされなかったりする。それもリアルに。

 

 まぁ、そんなこんなで若干一名が本気の冷や汗を後頭部に垂らしてはいたが、比較的おだやかな会話を交わしつつ三人で廊下を歩いてゆくと、目的の教室に近寄るに連れて何だか黄色い声が響いてくる。

 案の定、件の3−Aの教室から響いてくるではないか。おまけに何だかボリュームが上がっていってるし。

 

 折角褒めてもらっていたというのに……と新田の心に低気圧が訪れているのだが、横島とナナは慣れたものでそんなに気にしていない。

 特にナナは円にくっ付いてよく教室に入ってるから思いっきり慣れていた。

 

 しかしそんな二人の様子に気付く訳もなく(正確に言うと褒められた直後に恥をかかされたので彼らに顔を向けられなかったのだけなのだが)、鬼の新田は額に血管を浮かせて正に鬼の形相で教室のドアに手を掛けた。

 

 

 ガ ラ ッ ッ

 

 

 「さぁ、この保健体育の教科書を読み込むんだ!!

  そして実践しろ!!」

 

 「そ、それは少コミであって、保健体育の本では……っ

  ひぃっ!? 斯様(かよう)に過激な……勘弁するでござるーっ!!」

 

 

 「コレが新開発の排卵誘発剤 一発必中しゅとるむ皇帝(カイザー)ネ!!

  無論、催淫効果もばっちりヨ!! さぁ、ぐっと逝くネっ!!!」

 

 「それは字が、字が違……っ 嫌アルーっ!!!」

 

 

 「じゃ ネギくんをノーパンにーっ♪」

 

 「キャアアアア!?」

 

 「 コ ラ ー ッ ! ! 」

 

 「 あ な た 達 ー っ ! ! 」

 

 

 ——正にカオス。

 

 

 流石に教師生活の長い新田も絶句。

 横島にしても、ココのじょしちゅーがくせーパワーを再確認されられて呆気にとられていた。

 

 被害者(笑)である楓と古そしてネギや、ノリノリでアクションを起こしていた少女らも新田の登場に固まり、視線を絡みつかせたまま氷結状態。

 

 「あ、せんせー 裸レス〜」

 

 無垢々々な少女の声が、ただ痛かった。

 

 

 「なっ ななな……

 

    何 や っ と る か ————っ!!!

 

       全 員 、正 座 ぁ ————ッッ!!!」

 

 

 「キャー」

 

 「ヒ——」

 

 

 ——本来、騒動を治めなければないないはずのネギがこっぴどく説教された事は言うまでもない。

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 「ひ、酷い目にあったでござる……」

 

 「同感アルね……」

 

 そして放課後。

 

 黄昏時に黄昏れるという、中々シャレの利いている心境で楓と古はフラフラと道を歩いていた。

 何だか知らないが真名にしても超にしても異様にしつこく横島との関係を進ませよう進ませようと迫ってくるから心労が大きかった。

 

 いや、身を案じてくれるのは嬉しいし、助言してくれるのもありがたいのであるが、

 

 『横島さんの子を孕めっ 寧ろ妊娠しろ!! 出産でもいいぞ!!

  そして責任取らすべくとっととくっ付いてしまえっ!!』

 

 『性的興奮剤も媚薬も催淫剤も揃ってるヨ!!

  それらを横島サンに致死量まで飲ませて襲わせるネ!!

  何なら証拠画像を録画してもいいヨ!?』

 

 等と『それ、何か違ェっっ!!』というぶっ飛び案を押し付けてくるのは勘弁してほしい。

 おまけに○川賢の描く主人公のようなグルグルしたイッちゃった目で迫られるのだから怖くて仕方がないのだ。

 

 挙句の果てには『いや零や円の二人も引き入れて四人で襲……いや、もう、刀子先生とかも誑かして囮として引き入れ、クスリでアッチの世界の住人にして皆で……』と等と言い出した時には流石にキれて当身を喰らわせたものである。

 何だかんだで真名も超もかなりの強者であるのに、アッサリと当身を受けたのはよっぽと精神を病んでいたからであろう。

 一体何にここまで追い詰められているのやら……二人には見当もつかなかった。(←それが原因)

 

 それでもまぁ、大騒動の最中に新田教諭に怒鳴り込まれ、思いっきり説教を喰らって恥を掻いた挙句、何故だが一緒に着いて来ていた横島に生温かい目で見られてしまって大恥を掻いてしまったハプニングは、実のところかなり二人の心の負担を軽くさせていた。

 というのも、真名と超に追い詰められていた様やら、自発的でないのは幸いだが少女雑誌とは名ばかりの女の子向けエロマンガを読まされているシーンまでバッチリ見られてしまったのだ。

 エロ本を親に見つかったよーな心境というヤツだろうか? どちらにせよ、横島のあの何もかも解ってるよと言いたげな生温かい眼差しはイタ過ぎて忘れられない。

 

 まーその甲斐(お陰? 所為?)もあってか掻けるだけの恥を掻く事ができた。

 あれだけ恥ずかしい目に遭ったのだから開き直れるというものである。

 マイナスとマイナスを掛けたらプラスになる理論かもしれない。ちょっと違うか?

 

 尤も、その恥ずかしさも相まって未だ自分から会いに行けないのであるが。

 

 「会いたい。なれど恥ずかしい……」

 

 「けど、やぱり会いたい……うう……難しいアル〜」

 

 ぶっちゃけ、全部放り出したいという気もしないでもない。

 だがそれは絶対にイヤであるし、何より零の眼差しが腹が立つ。

 

 『良いのか? ま、アタシとしては好都合だけどな。

  何なら見せてやってもいいぜ? アタシがどう抱かれてるかをな。くくく……』

 

 アレはそう言ってる。間違いない。

 

 何だか知らないがそう確信できる。これも目覚めてきた霊能力だろうか。

 どーせ零の事だ。口八丁で円も引き入れ、ノリと流れで三人で……なんて事になりかねないのだ。

 

 おのれ零。乗り遅れて堪るものか——

 

 「「 っ て 、 違 う (アル)で ご ざ る ! ! 」」

 

 ビシィッッ!! と虚空に対し、二人同時にツッコミをいれる。

 

 遠巻きに見ていた二人連れの親娘が、

 

 「ママぁ あのお姉ちゃんたちどうしたの〜?」

 「うん。(いず)れ解るわ。

  女の子って男の子の事で追い詰められたりするものなの」

 

 等と言葉を交わし、母親が何かを思い出したのだろう涙を拭いつつ生温かく見守っていたり。

 

 それはさて置き。

 

 学園祭が近いという事もあってか、今日は鍛錬が休みとなって軽く暇になってしまった楓は、古のバイトに付き合う形で超包子に向かっていた。

 古として是非とも逝きたく……もとい、行きたくないのであるが、この時期の店の忙しさは思い知っている為にそれも儘ならない。

 超だけなら兎も角、茶々丸や五月もいるから無視して帰る訳にもいかないからだ。

 

 それに——

 

 「おや、ナナも既に働いているでござるな」

 

 そう隣で楓が呟くと、それにつられて視線を前に送る。

 するとテーブルの間を縫ってちょこちょこと走り回る桜色のミニチャイナにエプロンを着けた幼女の姿が。

 

 「ああ……そう言えば昼までは老師のお手伝いをして、

  午後からはココの手伝いをすると言てたアルな」

 

 「……なんでバイトの先輩が忘れてるでござるか」

 

 暇を持て余しているとはいえ、ナナは かのこと共に横島や円にくっ付いてよく学校に来ていた。

 

 だが根が真面目なのだろう、ナナは自分にもできる事がないだろうかと横島の仕事のお手伝いを始めていたのであるが、慣れてくると他のお手伝いも探し始めていた。

 

 無論、用務員のオバチャンズにもかなり気に入られており、てこ入れもあっただろうが清掃の手伝いくらいはやれるようになっているのでそんなに仕事で困る事はない。

 唯一欠点を挙げるならば外見年齢だろう。

 

 何せナナ、設定年齢が五歳(実年齢もそれくらいらしい)。

 アルバイトすらままならない年齢なのだ。

 

 更にお手伝いで人を雇う様なところは殆ど無く、かといって猫の手どころか犬の足でも人手がいるところはマジ命に関わる(例:購買部,図書館島等)。そうなってくると横島のところで手伝うのがベストと言えるのであるが……

 

 『そうレスか……残念レス』

 

 と、若干(本当にほんのちょっと)気落ちした表情を見せたナナに何でか知らないが超が手を差し伸べた。

 

 何せこの時期、彼女がオーナーを勤めている<超包子>もかき入れ時。特殊車両等を含めた露店を全てはき出し、園内の要所要所に設けて朝から営業している。

 当然ながら夜の部もあるのだが、安くて美味くて早いので兎に角大繁盛。客足が途絶えてくれないのだ。

 しかしオーナーもシェフもプロ顔負けとはいえ学生は学生。一日中いる訳にも行かず、朝と放課後以降しか店に出られない。

 その為、日中は大学部のスタッフ等に任せている訳であるが、それでも手が足りないのだ。

 

 だから幼女とはいえナナの手伝いは願ったり叶ったりなのである。

 

 それに……

 

 「五番のテーブルに小龍包四つと蒸し餃子セット一つ。

  八番テーブルに飲茶セット三つ。

  四番テーブル海老餃子二つとミニ天心二つ。

  十番テーブルに飲茶セット二つと、後で中華粥二つをふにゅ〜で……」

 

 −クスクス “腐乳”ですね解りました−

 

 「あうぅ〜……」

 

 実はナナ、やたら記憶力が高くて注文もそれを受けたテーブルも一回で記憶できるのだ。

 尤も、エヴァや零に言わせればそれは携帯のメモに書いただけのようなものらしいが、それでもこういった仕事場ではかなり重宝する。

 

 一度に大して運べもしないが、ちょこちょこと可愛い女の子が手伝ってくれる様はかなりお客の目を和ませてくれるのでやっぱり客も文句はない(時折、妙に短気な客がブツクサ言ってたりするが、知らない内に他の客にボコボコにされて沈黙してたりするので現実面問題無しと言っていい)。

 

 「……あ」

 

 と、そんなナナを見ながら歩いていた古であったが、不意にその足が止まる。

 

 「? どうしでござ……あっ」

 

 そんな古を見て首を傾げた楓であったが、その視線を追うと彼女も足が止まってしまった。

 

 二人して怖じるように足を止めているその視線の先、

 

 <超包子>の路面電車を改造した屋台のカウンター席。

 

 そこにはさっきまで真名達に追い詰められていた原因のひと。

 

 

 横島忠夫、その人がいた。

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 「ホレ、泣くな。

  おめーが悪いんじゃねーんだから」

 

 「ひっく、うう……でも……」

 

 何だかんだで放課後になったのであるが、ネギはまだ落ち込んだままだった。

 幾ら色男予備軍を憎悪する横島とはいえ相手は子供。尚且つ本人は否定するだろうが面倒見の良さで知られている男である彼は、やっぱり様子を見に来て泣いているネギを発見。

 

 メシ奢ってやるから泣くなと引き摺って来たのである。

 

 「あのさ、言っちゃあ何だがあのくらいの女の子パワーに負けるのは当たり前だぞ?

  新田先生だって何度も怒ってるみたいだけど、あの娘ら全然堪えてねーだろ?

  だから気にすんな」

 

 「で、でも、ボク先生なのに……」

 

 「だーホっ!! 失敗せん人間なんぞおるか!!」

 

 相変わらずネガティプなヤツだと溜息一つ。

 着いて来ている小鹿も何かゲンナリしてるっポイし。

 

 僅か十歳で先生が出来ているというのだけでも大したものであるのに、どーしてかこのボーヤは100点満点に拘っている。

 どうも父親を神聖視しているが為に完全であろうと拘り続けているようなのだ。

 

 ただ、学園長や高畑に聞いてみたところ、その父親のナギとかいう奴は魔法学校途中退学で、まともに覚えている魔法は片手で数えられる程度。

 力押しだわ、空気を読まないわ、人の話を聞かないわ、偶に聞いてたと思ったら仕返しをする題材を探してただけだわ、やられたら百倍にして返すわとやりたい放題。

 これだけなら単なる劣等性の問題児で終わるのだが、驚くべきはその行動力と大言壮語を実現させるだけの実力を持っているという事だ。

 

 千の魔法を使いこなして羨望を集めていた……のではなく、ムチャクチャな魔力とハチャメチャな魔法の使い方によって状況をひっくり返すしぶとさ、そして如何なる相手であろうと受け入れる器の大きさに人々は魅かれていたのだという。

 

 アレだけスゴイんだから、千種の魔法が使えるんでね? って感じに噂が広まったのかも。何て事を彼は言っていた。

 尤も、アンチョコを読んで良いのなら、どんな魔法も使用できるだけの地力は間違いなくあったらしいが。

 

 そんなハチャメチャな男の息子だというのに、この少年は血が繋がっているとは思えないほどの頭が固い。

 

 いや、件のナギとやらも責任感は強かったらしいから、その責任感と魔力だけ受け継いでしまったのかもしれない。或いは母親に似たのか。

 横島の感じとしては、責任感というより強迫観念のような気もしているのだが。

 

 「お前、成績いいのにテストで失敗するタイプだなぁ……

  解けない問題を解けるまでやって時間切れでアウトになるよーな」

 

 「うう……」

 

 「ブっちゃ……もとい、御釈迦さんも言っとるが、

  怪我した時は原因を考える事より手当てが先だろ?

  今回失敗したんだったら、次に成功するように考える方が建設的や思わんか?」

 

 「は、はぁ……」

 

 まだ何か納得し難い表情をしながら考え込むネギ。

 そんな様子を見、ネギが色男予備軍だというのに横島にしては珍しく『だめだコイツ、早くなんとかしないと……』と本気で心配していた。

 

 「(なぁ、心眼。コイツって……)」

 

 『(オマエが言っていた通りなら、な……)』

 

 小声を額に送って確認を取ると、やはり心眼も同じように感じていたのか同意を返す。

 

 先ほどからずっと観察していたのだが、ネギは横島に聞いていた通りの人物で、確かに才能もあって優秀なのだが一人で抱え込む点が目立っていた。

 責任を取る気持ちを持っている事は確かに褒められたものであるのだが、裏に返せば全部背負い込んでいるだけのネガティブ精神というだけだ。

 

 自分以外が悪いと言いだすよりかはマシであるのだが、自分だけが悪いと言って背負い込むのは慢心以外の何物でもない。

 

 悪い言い方をすれば、自分が悪いと考えれば手っ取り早く問題が解決する為、思考を放棄しているに過ぎない。

 何がどう悪かったか客観的に見る事ができないのだ。

 

 横島が文句を言っていたのは、こういう人格形成を成して行った根源を知っているはずなのに、誰も修正しようとしていない事である。

 間違った事をしていればキチンと怒る。それは絶対的に必要な事なのに。

 

 『(まったく……昔のオマエと真逆だな)』

 

 「(うっさいわっ!)」

 

 尤も、横島は如何に拷問じみた説教を喰らっても直っていないのだから比較にはならないのであるが。

 

 兎も角、そんなこんなで二人して別の事で悩みつつ歩いていると、やがて急に道の向こうから喧騒が聞こえてくる。

 

 夕暮れともなれば人通りは薄れてゆくものであるが、そこは人の声が集まっていた。

 

 「わぁ……」

 

 何時もは武術系のクラブ(しかし主に古)が騒動を起こしている広場であるが、この時期は朝と夕暮れからはお料理研究会の独壇場。

 

 広場一杯に配置されたテーブルはみっちりと埋まっており、楽しげに会話を楽しみつつ食事をしている。

 まぁ、学園祭準備期間中という時期なので、様々なコスプレや着ぐるみの学生が混ざっているのでかなりカオスな光景となっているのだが。

 そしてそれらは皆、電車の車両を改造して営業されている屋台食堂<超包子>の客だったりするのだ。

 

 と、その店のウェイトレスだろうか、やたらと小さな体格の少女が目ざとく二人を見つけだし、嬉しげな表情を浮かべてこちらに駆けて来るではないか。

 

 「お兄ちゃん♪」

 

 「よ、ナナ。今日もミニチャイナが可愛いぞ」

 「ぴぃ〜?」

 

 「エヘヘ……やーんレス」

 

 桜色のミニチャイナにエプロンを着けたその店員は、口調でもわかる横島の妹、ナナだった。

 流石に かのこは“可愛い服”というものがよく解っていないようで、ナナに寄って行ってすんすん鼻を鳴らしているが。

 

 「あ、あれ? ナナさん? どうしてここに?」

 

 知らなかったのはネギである。

 彼にとっても妹分に当たるのだが、日中の生活を良く知らないのだから当然の疑問だ。

 

 「あ、せんせー こんばんわレス」

 

 「ハ、ハイ。こんばんわ……じゃなくて、どうして」

 

 今更気付いたように挨拶をされ、ちょっと落ち込み掛けるが何とか持ち直し、再度疑問を投げかけるネギ。

 

 「私、お昼までおにいちゃんのお手伝いやってるんレスけろ、

  お昼からはお姉ちゃん……

  えっと鈴音お姉ちゃんのお店のお手伝いやってるんレス」

 

 「へぇ〜」

 

 実のところ横島は最初、改造人間であるナナに超自身が興味を持っていたとも考えていた。

 

 無論、そういった理由なら彼としてもイロイロなちょっかいを掛けてやるつもりもあったのであるが、大方の予想を裏切るかのように意外なほどナナに優しく接し、実験云々の話は塵ほど見せず匂わさず、何故だかやたら気遣いを見せていたりする。

 それによく考えてみると、お手伝いの件もナナの負担を考えて二人で話し合ってから引き受けていたし。

 

 ナナを見る超の目は何だか妙に優しげであるし、どう見ても非力でどんくさそーな戦力外のナナであるのに直に仕事を任せ、多くの人間に接する事を任せている事も興味深い。

 まぁ、横島としては彼女の思惑どうあれ、ナナの為になるのならどーだって良い事なので、超の空気が変化しない限り傍観する気だったりするのだが。

 因みに“お手伝い”であるから給金は無し(基準法無視にも程があるので)であるが、その代わりに超達の持つレシピの一部を教えてもらったり、デザートをもらったりしているので、ある意味破格だったりする。

 

 「ホレホレ 手伝いの最中だろ? 仕事せんとアカンやん。

  で、可愛いウェイトレスさん。席は空いとるんかな?」

 

 「あ、はいレスっ

  ちょうどカウンターがあきましたからこちらにどうぞレス〜」

 

 可愛いと言われて嬉しげにはにかみつつ、ナナはちょこちょことテーブルの間を抜けて二人を電車屋台のカウンター席に案内してゆく。

 その動きがイイのか、一部の女学生やら“おっきいお友達(無論、横島は件の“お友達”のツラはキッチリ覚えておく)”やらが目尻を下げていたりするが、当のナナは気付かずに笑顔で二人を席に着かせ、お冷を置いて注文を聞く。

 

 「で、今日のお勧めは?」

 

 「えっとレスね……フェア中レスから、蒸し物が美味しいレスよ?

  オススメはミニ天心か、飲茶セットレスね。

  蒸し餃子と小龍包でどちらかに分かれるレスよ。

  デザートはミニ点心が揚げ胡麻団子で、飲茶セットが蒸し饅頭レス」

 

 「うーん……

  こーゆー中華に慣れてねーネギだったら、小龍包は舌を火傷しそーだなぁ」

 

 「でもでも、アツアツのスープがじわっとレて来て、とっても美味しいレスよ?

  あー レも、蒸し餃子の皮ももっちもちで噛んだら くにゅっとしてたまらないレス」

 

 やや大げさな身振り手振りで一生懸命そう解説されるとやたら唾液が湧いてくる。

 可愛らしさに耳を傾けていた客も何だか唾を飲んでるし。

 横島は『結局どっちがええねん』と思いつつも無自覚にやってんだろうなぁと苦笑し、自分はミニ点心、ネギには飲茶セットを注文。かのこ用にフルーツ盛りと杏仁豆腐を頼み、

 

 「ご注文ありがとうレス」

 

 という妹の声に頬を緩ませていた。結局バカ兄貴である。

 

 何だかウキウキしている愛妹の後姿を見送っていると、ネギが自分と同じようにナナに視線を送り続けている事に気がついた。

 それがナニな眼差しであれば煉獄パンチ確定であるが……不幸中の幸いと言うか、彼のその瞳の色は暗く沈んでいた。

 

 「ナナさんも、がんばってるんですね……」

 

 「んあ?」

 

 そう呟き、ネギは出してもらったお茶をチビチビと啜り出す。

 

 問うまでもないし、見るだけで解る。

 明らかに自分と比べて落ち込んでいるようだ。

 

 横島が意識を自分の額に向けると同意の気配が伝わってきた。やはり心眼もそう感じているのだろう。

 

 「(コイツ、やっぱり……)」

 

 『(ウム。他人と比べて落ち込むのは末期だな)』

 

 念話というかテレパシー的に心眼とそんな会話を続け、コッソリと二人して溜息を吐いてみる。

 何せ横島。そう言った時の心境はおもいっきり理解しているのだから。

 と言うのも、ネギとは言動やら行動は似ても似つかないのであるが、横島自身がそんな人間だったからだ。

 

 霊能に目覚めて直の横島の周囲はやたらめったら優秀な人材に満ち々溢れていた。

 

 何でもできる天才やら式神使いで退魔の名家やら、精霊から力を借りられる神父やら、元幽霊(生霊?)の世界に数人しかいないネクロマンサー娘やら、雇い主の自称ライバルで世界最高レベルの呪術師やら、影は薄いが世界最高ランクに入る精神感応虎男。

 聖邪両方の技が使えるイケメンバンパイアハーフやら、魔装術の技を極める事に成功した自称ライバルの戦闘のキ印やら……ざっと挙げただけでもコレだけ出てきてしまう。

 

 その他にも千年を生きた錬金術師やら、雇い主の母親で完全に安定した時間跳躍が出来る者等がいるが、そこらは論外。色んな意味で遠すぎる存在だ。

 

 後は神様やら魔族やら妖怪やらといった超存在なので省略。手が届かないのにも程がある。

 

 そんな中、単なる荷物持ちからポッと出の新人霊能力者となり、経験やら技術やら判断力でおもくそ負けてるトコばかり曝しまくっていた横島は、どうしようもないくらい自分に対して負け犬意識を積み上げていた。

 だから幾ら頑張ったって越せない壁というものは在るんだと妙な割り切りをずっと持ち続けていたのである。

 とはいえ、過去の大失敗からそんな壁をぶち壊すという気骨が生まれているのだから、大いなる進歩を遂げていると言って良いだろう。

 

 だからこそ、悪い例として横島には感じ取れていた。

 

 今のネギは(つまづ)いただけで折れかかっている——と。

 

 

 この少年とて恐らく失敗は初めてではなかろうのに、出来ない事と出来る事の区別が曖昧になってる。

 自分の出来る範囲というものを見失っており、今の少年では出来ない事なのにそれが“まだ”無理であるという事を理解し切れておらず無力感に陥っているのだ。

 

 「(ナイーブっつーか、天才過ぎたっつーか……

   下手な励ましは逆効果だろーなぁ)」

 

 『(ウム。正にオマエと真逆。

   何でも出来ていた世界から出来ない場に引きずり落とされたのだからな。

   世界の広さと高さをその身で理解し、その高さに戸惑っているのだろう)』

 

 「(オレの方は周りが天才集団やったんやからしゃーないやん)」

 

 『(オマエも人の事は言えんのだがな……)』

 

 「(ん? 何だ?)」

 

 『(いや別に……)』

 

 心眼のセリフは兎も角、ネギは周囲を省みず魔法の勉学に打ち込む天才且つ秀才という困った存在である。

 

 いや、周囲の環境がそれに留まらせてしまっていたと言うのも大きい。

 何せ心の逃避行動を全て魔法勉強につぎ込んでしまっていたのだから。

 

 

 父の背を追う。その為に正しい魔法使いになるというどこかズレた意識の元、ただそれだけの事を支えにこの歳まで愚直に突き進んでいた少年は、乱暴な言い方であるが世間という現実の壁に初めて叩きつけられた形となっている。

 

 人生経験が足りないという以前に、一般知識の何かが圧倒的に足りていない。

 それがネギの弱点であった。

 言うなればゴールまでの距離の遠さに慌ててコースを見失ったといったところだろう。

 

 歳不相応に黄昏れ、ふうとアンニュイに溜息をついているネギ。

 女泣かせになるだろう未来の欠片が見えた気がして殺気が湧きかかるのだが、残念……もとい、幸いにもネギはまだ子供である。

 

 「アホたれ。ガキがいっちょまえに黄昏んな」

 

 よって如何に<しっと神>の一柱である横島であろうと、そんな殺気など直に霧散させてしまえるのだ。

 

  ブ ゴ ン ッ ッ

 

 「おぶっっ!!??」

 

 ただそれでも、頭部が仰け反るほどの音と衝撃がクるデコピンをぶち込んだりはしたが。

 しゅううう……とオデコから煙を立てつつ白目を剥いて気を失ってしまうネギ。

 

 ありゃ? と首を傾げるが『やりすぎだ馬鹿者』と心眼に窘められてしまう。

 

 つーか、元の世界にしても“こっち”の少女達にしても、怒らせたら拷問だかオシオキなんだか判断がつき難い目に遭わせてくださる。そのお陰(?)でこういった手加減がヘタクソになってたりする。無論、女の子相手なら話は別なのだろうが。

 それでもキチンと怒ってやらないと気持ちを立ち上がらせるだけで心の傷は増える一方である。今日、新田に会ったからかもしれないが結局は嫌われ役になってでも背を押してやる気持ちは高まっていた。

 

 尤も、あんまやり過ぎたら女の子の眼差しが痛過ぎる視線が突き刺さってこっちの心の方が折れそーになるんだけどなー……トホホ……

 等と内心溜息を吐いていた横島の前に、コトリと蒸篭が置かれた。

 

 −お兄ちゃんも大変ですね−

 

 そうクスクス笑っているのはこの超包子を任されている、実質オーナーシェフの少女 四葉五月である。

 やや ふっくらとした女の子であるが、子供の可愛さと大人の落ち着きの両方を兼ね備えた少女で、横島も心身ともに必要十分以上に美少女だと思っている。

 屋台で何度も美味いものを食べさせてもらっているし、昔の同僚巫女(後年はやや黒くなってて怖かった)と同じく癒し系であり、自分の妹までお世話になってるものだから全く持って頭が上がらない相手であり、ぶっちゃけて言うとガクエンチョよりも敬意を払ってたりする少女だ。

 

 「大変つーか、なんつーか……コイツ危なっかし過ぎてほっとけんのよ」

 

 照れたように箸を伸ばし、蒸篭の料理に箸を伸ばす。

 無論、小皿に分けてもらったフルーツを小鹿に与える事も忘れない。

 

 五月はその誤魔化しの仕種が子供っぽく感じ、また笑ってしまう。

 こんな優しさや気遣いを見せているから古や他の娘が気にしているんだろうなぁと。

 

 自分のオーナーである超が色々と気を揉んでいるのも、こういった優しさを意図的ではなく無意識に振り撒き過ぎているところなのだろう。

 だからこそナナが心底懐き、楓らが纏わり着くように側にいるのだろう。最近は若干二名ほど増えたようであるし。

 誰がどうなって彼とくっ付くかは知らないが、それでも全員応援したくなる五月だった。 

 

 ガシャン!!

 

 と、そんな穏やかな心でいた五月の耳を、彼女が一番嫌っている音が邪魔をする。

 

 微かに眉を顰め、その音害のした方に目を向けてみれば案の定だ。

 

 工科大と麻帆良大の格闘団体が意見の相違からいきり立っているのである。

 もともと仲が悪い事もあるが、この時期になると顔を合わせやすくなるので直ぐに関節技がどうとか打撃技がどうとかで、実にしょうもない理由で彼らは騒動を起こす。それも場所も弁えずだ。

 

 元々、彼女は自分の作った料理を美味しいと言ってくれる人が大好きである。

 

 当然ながら食べる事に集中して本当に幸せそうに食べる横島はかなり評価点が高く、逆に一生懸命作った料理を台無しにした挙句喧嘩をおっ始めるああいった手合いは大嫌いだった。

 それに今さっきまで微笑ましいものを見せてもらっていた分、落差が大きい為に彼らの点数は著しく低い。

 しかしこのまま放っておける彼女でもない。只でさえ御免蒙る手合いだと言うのに他の客に大迷惑なのだ。

 何故か今日はバイト兼用心棒である古と茶々丸がまだ来ていないが、それも構わず麺棒を手に握り締めて屋台から出ようとしていた。

 

 しかし、その足が驚きに止まる。

 

 「い、いけないレスよ〜 ここはおしょくじをするところレス」

 

 −ナナちゃん!!??−

 

 流石に無茶過ぎだ。

 

 喧嘩を止めようとしてくれる責任感は褒められるものであるし、大人しい彼女がなけなしの勇気を振り絞り、足を振るわせつつも行動を起こした事は褒めてもいいかもしれない。だがそれは無謀以外の何物でもなかった。

 何せ騒ぎを起こしているのは頭に血が上っている武闘集団だ。どれだけ一生懸命でも蚊の鳴くような彼女の訴えが彼らの理性を取り戻せるとは考え難い。

 

 「うっせぇっ!!」

 

 「きゃあっっ」

 

 当然、血が上り切っている青年にそう怒鳴りつけられた。

 

 怖かったからか、その剣幕に負けたか、ナナは腰が抜けたかのようにそのままペタンと座り込——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「コラ 危ねぇだろ?

  チンピラの喧嘩に割り込んじゃ駄目だろーが」

 

 「ふぇええ……お、お兄ちゃん?」

 

 ——む前に、何時の間にか横島がその場におり、お尻が地面に着くよりも前に抱きとめていがみ合っている彼らに背を向ける形でナナを叱っていた。

 

 

  ゴッッ!!

 

 

 直後、何か重いものが叩きつけられる音。

 

 五月がハッとして目を向けるとさっきの男が広場からちょっと離れた木の下にいた。

 

 どうやら横島がナナと男の間に割り込んだ時に吹っ飛ばされたようである。

 幼女の危機に反応し、一瞬で十数メートルを移動してカバーするとは……何とも凄まじいお兄ちゃんパワーだ。

 

 「ええか? よう聞けや。

  お前が責任感強うてやっとるんは解っとるし、一生懸命なんも解る。

  せやけど無理して怪我でもしたらどーするんや?

  オレもごっつ辛いし、お姉ちゃん連中も心配するやろが」

 

 「ふ、ふぁい……ゴメンなさい……」

 

 「それに迷惑もかけてまうやろ?

  ええか?

  何だかんだ言うても子供なんやからできる事とできん事っつーのがあるんや。

  無茶するんはあかんで。絶対やぞ?」

 

 口調は冷静そうに聞こえるのだが、やっぱり肝を冷やしていたのだろう。思いっきり関西弁でのお説教だった。

 それだけ心配していたという事であろうが…やはり大したシス魂だ。

 

 ナナもくすんと鼻を啜っているが、お兄ちゃんに撫でて慰めてもらっているからかそんなに怯えてもいないようで、五月もほっと胸を撫で下ろした。

 

 「テメぇ……だ、誰がチンピラだ……」

 

 しかし、空気を読まない男もいた。

 

 目にも留まらぬ横島の割り込みと、それに反した穏やかなやり取りを目の当たりにして男達も呆然としていたのだが、吹っ飛ばされた男はまだ頭が冷えていないのか、或いは横島の言葉で導火線に火が付いたままなのか、ヨロヨロの立ち上がりつつもそう言って睨みつけている。

 

 無論、横島から言えばその怒気は微風のようなもの。

 人間や魔族から浴びせられまくっていた本物の殺気に比べる方が間違いなのであるが。

 

 「ホレ、解ったら厨房行って五月ちゃんに謝ってきな。

  ぜってー心配掛けてるからな」

 

 「う、うん……ゴメンなさいレス……」

 

 「解りゃいいさ。今度こんな無茶したら一緒に寝てやんねーぞ?」

 

 「ふぇ……」

 

 「のわっっ!!?? だ、だからもう泣くなって!!」

 

 よって横島にはじぇんじぇん効いていなかった。

 その完全侮辱の態度に額の心眼も『ホント、敵には容赦のない男だな』と苦笑する。

 

 「……っっっ てめぇっっ!!」

 

 だが、流石にこうまでシカトこかれたら誰だってキれるだろう。

 

 歯を軋ませるくらいの怒気を口から漏らし、<ここで諍いを起こす事を禁ズ>という決まりすら忘れ、後先考えず横島に飛び掛った。

 

 

 「お前らに聞きたいんだが……」

 

 

 しかしその、男の攻撃が横島に当たる事はない。

 

 いや、それどころか届きもしていないではないか。

 

 利き腕である右手でナナを抱きしめるように庇い、彼女を不安にさせないように頭に手を置いたまま。

 ナナと高さを合わせるように肩膝を付いたままの姿勢で、その男に向けられているのは左の掌だけ——

 

 だが男は、その掌に押さえつけられているかの様に一歩も踏み出せなくなっていた。

 

 驚愕——というより恐れの感情が膨らみ、男の背は冷たい汗で濡れて湿ってゆく。

 

 

 殺気どころか怒気も闘気もない。

 

 何の波動もない感じられないのに体が全く動かず、ただ眼前の男の声だけが鼓膜に突き刺さってゆく。

 

 

 「一つ目。他にお客さんがいるというのに喧嘩を始めようとする。

 

  二つ目。女子供がいるというのに、構わず暴力沙汰を曝そうとする。

 

  三つ目……

  騒動を止めようとした女の子に手ぇまで上げたのに謝ろうともしていない……」

 

 

 その掌を曲げながら例を読み上げてゆく横島。

 

 相変わらずナナを庇ったままで顔を向けてもいないのだが、どういった訳か指を曲げてゆくにつれて男達に向けられたプレッシャーが上がってゆく。

 

 「これらお前らがやった事から考えて、自分らは何なのか答えてくれ。

  A.心身を鍛えているはず(、、)の武術家。

  B.……暴力沙汰で営業妨害をしに来た迷惑なチンピラ。

 

  どれがお前らに当てはまるんだ?」

 

 その放たれるプレッシャーと言葉に、男達はぐっと言葉が詰まってしまう。

 

 言い返したいが材料が全くない。

 

 <ここで諍いを起こす事を禁ズ>というのは約束事であるし、破ってはならない誓いである。

 それに他人に迷惑をかけたという事実が武術家としてのプライドに圧し掛かって言い返す言葉を封じてしまっているのだ。

 男達にできた事は、ただ無言を貫く事だけ。

 

 横島はひょいとナナを抱き上げると、そんな男達など最初から居なかったかのようにスタスタとカウンターの席に戻って行った。

 

 もはや興味はない。そう背中が語っている。

 そう見下された(、、、、、)事実に彼らは声も出せない。

 

 

 −ここで騒ぎを起こしちゃダメだと言いましたよね?−

 

 「わっ!?」

 

 −ナナちゃんも、危ないトコに自分から行っちゃダメでしょ?−

 

 「えぅっ!?」

 

 そんな二人を出迎えたのは五月の怒り顔。

 

 見た目はプンスカという可愛らしい怒ってますよな表情である。

 だがしかし、その背後には≪┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨……≫という謎擬音と共にジョジョ立ちするコアラが見えていた。

 

 その余りの迫力に二人して地べたに這い蹲って土下座してしまう。

 何だかんだで実の兄妹並みに似てきた二人。実に土下座も様になっていた。ついでに小鹿まで真似しているのだから何とも微笑ましい。

 

 しかし、そのアホぉなやり取りに緊張で重くなっていた周囲の空気も緩んでいる。

 狙ってやった事ではなかろうが、やはり横島は場を和ませる天才なのかもしれない。

 

 女性客らもホッとして食事を再開。親子連れらしき客も庇っていた子供を席に戻している。

 そんな客の行動を見、さっきまでいきり立っていた男らもテンションが底辺まで下がり、代わりに後悔が果てし無く膨らんでゆく。

 

 本当に強い者はむやみに暴力を行ったり、力を見せ付けたりしないと中武研の部長にキツく言われ続けていたというのにこの有様。

 身体だけしか鍛えられていなかったのかと、自分を責め続けている者もいたりする。まぁ、それができるのだから見所があるという事だろうか。

 

 しかし、取り残されるように立ち竦んでいた男たちでの前に、何時の間にかその場に五月が歩み寄ってきていた。

 

 「あ、五月ちゃん」「さっちゃん」等と言った声も聞こえるが、彼女は反応を見せない。

 

 だが、店の方からの逆光で顔もよく見えないのだが、さっき横島を怒っていた時より強いプレッシャーを自分らに放っている事だけは感じ取れる。

 

 

 −アンタら……次やったら出入り禁止だよ−

 

 

 “今度”というチャンスを与えるところは彼女らしいが、それでも男達にとっては癒しの場を失う可能性を挙げたのはかなりきつい。

 これが他所ならば軽すぎる刑罰であるが、この地の者から言えばとてつもなく重い罰なのだ。

 

 忽ち男どもから、そんなーっとか、五月ちゃーんっっ等といった気色悪い悲鳴が上がる。無論、五月はガン無視で背中を見せて去って行ってしまう。

 何せ彼女はシェフ。お客様をお待たせするような事はあってはならないのである。

 

 それに、彼らはこれから重要な用事があるのだ。

 

 

 「やぁ、キミタチ……」

 

 

 いきなり背後から冷たい声を浴びせられ、いい歳こいた男どもがサブイボ立てて引きつり上がった。

 

 震えながら恐る恐るゆ〜っくりと振り返ってみると……

 

 「ゲっっ!?」

 

 「デ、デスメガネ!!??」

 

 何という事でしょう。

 

 鬼より怖い広域指導員。デスメガネ事、高畑・T・タカミチその人が、何だか知らないが顔にシャドーを掛けつつ、眼がねをクイッと指先で直しながら実にイイ笑顔で立っているではありませんか。

 

 

 「……ちょっとOHANASHI、しようか」

 

 

 

 

 

      ア゛ア゛ァ゛———————………………っ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何時の間にか気がついていたのか、そんなやり取りを呆然と見つめていたネギ。

 

 

 年上の怖そうな男の人たちが騒動を起こそうとしていたあの時。

 

 どうしようと間誤付いている間に、無謀ではあるがナナは止めさせようと前に出ていた。

 

 そのナナが怒鳴られ、尻餅をついてしまい掛けた時、目にも留まらなぬ速度で駆け寄って庇っていた横島。

 

 更に彼は片手と言葉だけで男の人達の動きを止めていた。

 

 そして自分の教え子である五月も、これだけの店を切り回している上、あの人達を必死に謝罪させていたりする。

 

 どれもこれも自分にできない事ばかり……

 

 戻ってきた五月はニッコリ笑って料理を勧めてくるし、横島も隣に座り直して量が足りなかったのか追加注文を行っていた。

 

 ——もう、騒動があったという影すらも見えない。

 

 

 愛想笑いで取り繕いつつ料理に箸を伸ばしていたネギであったが、ここのところ失敗が続いて行き詰っていた少年は、

 

 

 

 自分には何が足りないのだろう——と、初めてそれ(、、)に真正面から向き合っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 −おまけ−

 

 ツルむのはあまり好きじゃない為、別のテーブルで食事を取っていた彼は、騒動が始まった時に止めに入った幼女を怒鳴るシーンを見、その無粋さに苛立って腰を浮かせかけていた。

 

 しかし彼が行動を起こすよりも前に、妙な男が瞬間的に割り込んで騒動を鎮圧していた。

 

 その動きは彼の目をもってしても全く見えず、怒鳴り返そうとしていたチンピラの動きを封じていたプレッシャーの正体も不明。

 

 結局、無粋極まりない輩はデスメガネに連れられてドナドナと姿を消していたのであるが、彼の目はカウンター席の青ツナギの男に向けられたままであった。

 

 

 彼は食後のガムを噛みつつニヤリと笑う。

 

 湧き上がってくる好奇心に心を揺さぶられていた彼であったが、自分が無粋と称した様にここで騒ぎを起こすのは得策ではない。五月ちゃんに釘刺されていたし。

 

 それに彼は常連らしいし、あの幼女はここを手伝っているようなのでチャンスは幾らでもあるのだ。

 

 だから彼は、大人しくレシートを掴んで席を立った。

 

 「ふ……やるじゃないか。

  久しぶりにホンモノの漢を見たぜ……」

 

 お代を払ったその男は、スーツを着た子供に何やら喋っている青年を見ながらそう呟き、時代錯誤のデカいリーゼントと長ランを揺らしつつ立ち去って行く。

 

 彼は、美味いものは取っておく性分なのであった——

 

 

 

 

 ぞくぅっ

 

 「な、何じゃ?! このプレッシャーは?!」

 

 「? どうかしたんですか?」

 

 「解らんっ!!

  しかし、何か知り合いのバトルモンガーに目ぇ付けられた時のよーな怖気が……」

 

 「はぁ……?」

 

 

 

 

 

 

 −おまけ2−

 

 実のところ横島の行為はとんでもない事態を未然に防いでいた。

 

 というのも、ナナが暴言によって転ばされかかった折、既に かのこの頭には角が生えかけており、下手をすると大自然のオシオキが起こっていた可能性があったのだ。

 

 更には様子を窺っていた楓は真っ黒い煤みたいな物質が塗りたくられたクナイを投擲しようとしていたし、

 古もどこから取り出したのか両の手に鈍い光を放つ鴛鴦鉞(えんおうえつ)を握り締めている。

 

 チョット離れた某所の屋根の上では茶々丸が対戦車ライフルを取り出していたし、

 丁度食事を取ろうと店に歩み寄っていたエヴァは異様に切れ味のよさげな糸を取り出しているし、

 脇に着いていた零も非常に痛げなナイフを両手の指に四本づつ挟んで今正にナイフ衾にせんとしていた。

 

 実はコッソリとネギを心配してコソコソと明日菜らも後を付けて来ていたのであるが、明日菜も刹那も其々カードを取り出していた。

 

 ぶっちゃけ、あの男の命は風前の灯だったりするのだ。

 

 結果的に彼の命を救った横島であるが、アレだけの勇敢行為を行った彼は当然のように後になってガクブルしてたりする。

 

 何せ元々横島はドコに出しても恥ずかしいヘタレだ。

 女子供に手を上げるという愚行と、愛妹ナナに対するシス魂パワーのダブルブーストで暴走していただけで、普通状態の彼ならば武闘集団に立ちはだかる様な無謀行為は絶対に行わない。仕返しも怖いし。

 

 それでもまぁ、場は収まったし誰も傷付いてないから良っかなと楽観視。

 単に難問を先送りにしているだけとゆー気もしないでもないが、明日は明日の風が吹くケセラセラとあまり深く考えない事にしてたりする。

 

 

 愚かと言う事なかれ。

 何せ元々彼がいた職場は雇い主からしてそんなんだったのだから。

 

 

 ただ、そんな行為の所為で良く解んないフラグがポンポン立ってたりする。

 

 横島は気付いていなかったのだが、カウンターで食事を取っている彼の背をガン見していた時代錯誤なリーゼント男がいたし、

 

 

 「お兄ちゃん……」

 

 

 おもいっきり庇われ、抱きしめて守ってもらった少女は頬を染め、何だか今までと違った熱が篭った眼差しをチラチラと兄に向けていたり、

 

 

 「……横島殿」

 

 「老師……」

 

 

 その守ろう守ろうという姿勢に、胸を締め付けられて顔を赤く染める少女が二人いたりする。

 

 

 それに

 

 

 

 「へぇ……」

 

 

 

 と、更に感銘を受けていた日本人形のような美少女の眼差しも……

 

 

 やはり横島忠夫。

 知らない所でウッカリ立ててしまうスカのくせして、一級フラグ建築士であるところは相変わらずのようだ。

 

 




 この話が載った時、先代ぶちょーのお別れ会が……
 感慨深ぇーなー ヲイ。

 前と同じく楓と古の好感度+フラグ、およびネギくんパワーアップフラグのお話でした(ナナフラグ? 最初から立てっぱなしですからお気になさらず)。

 無論、ネギも強く死増すよ?
 え? 誤字? どこにw


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中編

 

 アルベール=カモミール。

 通称:カモ。

 

 ぱっと見はちょっと可愛く見えなくもないオコジョそのもので、その実ケット・シーを祖とする妖精族の一派“おこじょ妖精”(注:自称)。

 

 おこじょ妖精は魔法世界では結構な数がいるようで、人の感情の強度を測れ、尚且つ魔法使い達にとって重要な契約の陣を描く事ができる為、実のところかなり重要な任があると言って良い存在だったりする。

 

 そしてその中でもアルベール=カモミールという名はイギリスの方でもちったぁ知られた“おこじょ妖精”だった(らしい)。

 

 尤も、その名の知られ方は良い意味ではない。悪い方……ぶっちゃけて言えば汚名である。

 

 何せ前代未聞。

 己をパンツ神とのたまっており、下着を2000枚を泥棒した罪で懲役されたりしている程の恥さらしで女の敵なのだ。

 

 おまけに懲役されていた場所から脱走を果たしており、あてを求めて日本にまで逃げて来ているのだから恐れ入る。

 

 更に更に、大人しくしていたのならまだしも、日本に来て早々に女子中等部寮内の風呂場に突撃し、何故か水着姿だった少女らから水着を強奪。

 唯一の知人といえるネギ少年の温情で部屋で暮らせるようにはなったが、寝床の確保という理由でまた少女らから下着を盗むという罪を重ね、尚且つ兄貴の為という大義名分の下にそこらで仮契約仕掛けるという犯罪を犯しまくっていた。

 

 困った事に彼の行動は偶然というか運悪くと言おうか、何故かネギたちにとって良い方向に傾いたりするものだから誰も本気で怒れなかったりするのである。

 

 そういった経緯で、彼も好き勝手絶頂の日々を送っていた訳であるが……ある意味、ネギ少年の一大転機を迎える事となった修学旅行の辺りから状況が傾いていった。

 

 

 謎の用務員、横島忠夫。彼が関わってきてから彼の死亡フラグが唐突に乱立し出したのである。

 

 見た目は十代後半。

 裏の者の中でも若輩に内に入る彼であったが、最初の邂逅の時には完全に幼児になりきっていてネギはおろかカモですら完璧且つ徹底的に騙されまくっていた程の演技力を持ち、何故だか知らないがやたらと裏のシビアさに精通しており、むやみやたらと一般人を巻き込む事を嫌悪している為か時折カモに凄まじい仕置きを科してくる。

 何せどこにどう逃げても行動を読み尽くされているが如く先回りをされて捕縛され、それなり以上の目に遭わしてくれるのだから堪ったものではない。

 

 そしてカモが誇っていた不届きなプライドですら、

 

 『は? 2000枚? その程度の事が自慢なのか?』  

 

 と、鼻先で笑われてしまったりする。

 その言葉にガビーンっと超ショックを受けるカモを見下ろしつつ彼は、

 

 『ふん 枚数云々で威張られても上には上はいくらでもいるぞ?

  大体、捕まっている時点でキサマの負けだ。

 

  ホンモノはなぁ、

  獲られた(盗られた)事すら気付かせず、

  対象から<至高の一品>を掠め取るものなのだ』

 

 等とのたまい、カモを更に追い詰めてゆく。

 

 『至高……

  或いは究極の一品すら持ち合わせぬキサマが、

  その程度のキサマがパンツ神を名乗るなどおこがましいわ!!

 

  キサマなんぞ単なるコレクターに過ぎん。

  その程度の技術で下着泥棒道を語るなど……百年早いっっ!!』

 

 そんな犯罪ロードがあったとは知らなかったカモは目から雨あられとウロコが落ちた。

 その言葉はいっそ神々しく、光背すら幻視してしまったほど。

 

 直後にくノ一少女とバカンフー少女に袋叩きにされて血達磨にされはしたが、カモは『神!? やはり彼こそが神なのか!!??』と恐れおののいたものである。

 

 とまぁ、そんな事件もあったし、何より可により件の少女らによって科せられている果てし無く死刑に近い拷問を目の当たりにし、修学旅行中の騒動でちょっちトラウマを持っているカモは少しは大人しくしてようと思ったりなんかしてたりしたのであるが……

 

 どーやら彼の真上にはアンフォーチュンスターが『ヒャッハー』と雄たけびを上げつつ張り付いているようで、ある時イキナリ何の前触れも無く真祖の吸血鬼にとっ捕まってこう命じられた。

 

 『おい下等生物。仮契約の魔法陣を描け』

 

 それもよりにもよって件の横島忠夫との仮契約らしい。

 

 冗談ではない。

 

 先の仮契約の時ですらバカブルーとバカイエローに肉塊にされたり、九割九分九厘殺しな目に遭わされたりしたのだ。これ以上ちょっかいを掛ければ命どころか魂までも危険である。

 

 『尤も、横島と釘宮円との仮契約は半成立しかせんだろう。

  その分は私が上乗せして報酬を払ってやる。

  チャチャ……零との仮契約は恐らく成立するだろうから契約料を期待できるぞ』

 

 確かにそう聞けばオイシイと言えなくも無いが、それは孔明の罠だ。何せその報酬の“支払い後”の事が語られていない。

 故意に語られていないのは明白である。

 

 どーせこの魔法界のナマハゲの事だ。『誰が庇ってやると言った?』とかほざいて見捨てるに違いない。

 確かに上乗せ報酬プラス五万オコジョの仮契約料は惜しいが、あの兄貴の事だからじっと待っていればいずれそこらでホイホイ契約してくれるに違いないのだ。だから今はどう言われても命に関わるので勘弁である。

 

 だから必死こいて許否ろうとしたのであるが……

 

 『ほほぅ……

  キサマは生皮剥がれて(はらわた)を引きずり出され、

  挙句ムリヤリ延命されるという末路を望むか……それは知らなかったな。

 

  まぁ、確かに普通にキサマを従わせるよりも面白いか。

  古代暗黒魔法でアンデッド化させて描かせたモノでも発動するかな?

  それはそれで楽しい実験だ……くくく……』

 

 

 ――彼に逃げ場はなかった。

 

 

 進むも地獄。退くも地獄なら進む方がマシだ。

 そう思わねばやってられない。

 半ば……いや、完全にヤケクソの死なば諸共精神でコトに及んだカモであった。

 

 『まだだ。まだオレっちは終わらんよ……っっ』

 

 そして今、彼は地を這い、壁を駆け、影に忍び、水に沈み、学園中を逃げ惑っていた。

 

 捕まる訳には行かない。

 何せ嫉妬に狂った女性はドコまでも残虐行為に走れるのだから。それは世界の歴史が物語る。

 

 尚且つ、自分を物理封印できる横島忠夫という鬼が八つ当たりしてくるに決まっているのだ。

 

 轢殺、刺殺、絞殺、撲殺、焼殺、溺殺、何だって考えられる。何でもありそうだ。いや想像の範疇を超えたコトされるやもしれん。

 

 『捕まって堪るかっっ!!』

 

 だからカモは逃げる。

 全身全霊、全力全開で力の限り。微かに可能性に全てをかけて。

 

 

 

 

 その想いが奇跡を生むと信じて――

 

 

 

                ご愛読、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「で、

  カモのヤツどこ行った?」

 

 「えと、僕もここのところ見てないんですよ」

 

 「そう言えば見てないわね」

 

 「ウチも見てへんなぁ……」

 

 「私もです」

 

 「せ、拙者も……」

 

 「わ、私も見てないアル」

 

 忙しかったり、

 別の心配事でカモに対する文句なんぞ覚えてなかったってオチ――

 

 

 

 

————————————————————————————————————————

 

 

 

         ■二十二時間目:とっくん特訓またトックン (中)

 

 

 

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 まだ一週間以上も間が開いているというのに、ここ麻帆良学園は既に学園祭色に染まっていた。

 

 学園都市そのものが高等教育の塊であり、妙なブランド志向を持ってない限りは校区外の進学コースには向かう人間がいない為か、ここで日々の生活を送っている人間はがっついた勉学に励んだりしない。

 

 まぁ、都市全体に掛かっている認識阻害の魔法とかが何かに作用しているのかもしれないが、兎に角“外”の学校に比べるとやはりここの“のほほん具合”は計りしれない。

 

 何せ時間が残っているのに授業をほっぽらかして用意を続けているくらいなのだから。

 

 「まー それでも時間足りないんだけどねー」

 

 「人事みたいに言うなーっ!!」

 

 周囲の焦りとは無縁とばかりに、チクチクとお針仕事を続けてゆくハルナ。

 大道具と平行で続けていないのは授業もあるからだ。よってギリギリまで大道具に掛かれないので大変である。

 

 だからまき絵が焦っているのも当然で、文句を言う間に手を動かせば? という正論も出て来難い。

 対してハルナに余裕があるのは、しょっちゅう修羅場ってたりするからで、言っては何だがこの程度なら追い詰められた気にならない。

 

 そしてそれにつき合わされてたりする夕映達、他の図書館探検部員とかも当然のようにそんなに慌てていなかったりする。あまり嬉しくない理由だろうが。

 

 兎も角、3-Aの出し物が目出度く決まった訳で、彼女らは張り切って祭りに向かって駆けているのだった。

 

 

 ――あの、ネギが横島に引っ張られて来た超の屋台での騒動の後。

 

 例よって例の如く、思考のループに入ってブツブツと考え事をしていたネギは再度痛すぎるデコピンを喰らい悶絶。

 足元が固まってもないのに背伸びばっかすんなっと、それを身に沁みている横島に怒られてしまう。

 

 遅れてやって来た新田ら教師連中も加わり、

 

 『失敗? 大いに結構!!

  成功だけしかしてないヤツが立ち直る方法など解り得るのかね?』

 

 といった舌戦に入り、

 

 『ネギ先生は立派にやっている。

  単にクラスのハードルが高いだけ』

 

 と慰めまで入ってきた。

 

 そして『灰汁が強過ぎるがいい子達に間違いない。そんな娘達に好かれているキミはそれだけの器があるんだよ』等と色々と言ってもらって何とか気を取り直していった。

 

 ……まぁ、最後の方で教師達に勧められた甘酒をウッカリがぶ飲みしてしまって酔いつぶれるというアクシデントもあったりしたのであるが……それはまぁ、ご愛嬌だろう。

 

 明日菜達もコッソリ付いて来ていたのが幸いし、横島が彼女らの住む寮の前までネギをおんぶして連れて行きその日を終えた。

 彼の中で何があったかは知らないが、兎も角次の日にはネギもすっかり元気を取り戻し、出し物を取り決めたのであるが……やっぱりちょっと出遅れ感が強い。

 

 何せやるなら徹底的っという3-A。

 中学生の学園祭だというのにそこらのアミューズメントパーク並のレベルを成そうとしているのだから。

 

 それでも“できてしまう”のだから性質が悪い。

 

 “できる”と解っているのだから手加減も手抜きも出来ない。

 

 その上、いやだーっ めんどくさーいっ 等と喚きつつも皆が皆してグレードを落とさないように汗だくでやってたりする。負けん気が強いのか、妙なプライド持ちなのかは不明であるが。

 

 それで彼女らのクラスが何をするのかというと、学祭の定番でもある<お化け屋敷>である。 

 無論、時流に合わせてホラーハウスと称してはいるが、やる事は同じ。結局は脅かして怖がらせて楽しませるというコンセプトに変わりは無い。

 

 因みにタッチ一回500円だそうだ。どこの風俗店だと問いたい。

 

 「まー 間に合わへんよーやったら助っ人呼ぶし、いける思うえ?」

 

 「確かに……無駄に手先が器用でしたし」

 

 衣装なのか小道具なのか布を裂き裂き、木乃香と刹那がそう言ってくれているので気は楽だ。

 業者に委託するのは足が出るし、何より問題にされるだろう。

 

 最悪、他のクラスが真似たりするだろうから手が着けられなくなる。

 調子に乗った男子生徒などが入り込まないとも限らないのだから。

 

 が、この学校の関係者であり、尚且つ教師職ではなく、風紀を乱したり授業の妨げにならないのなら校内を歩いていても然程問題にされない、雑業を生業としている者がいる。

 そしてその人物はこのクラスに縁があり、クラスの人間全員と面識が合ったりする。

 事後承諾のよーな気がしないでもないが、“彼”ならば頼めば手助けくらいしてくれるだろう。何時の間にか木乃香が言質取ってるよーであるし。

 

 もはや言うまでも無いだろう。横島である。

 

 前の世界において、Queen of GOUTUKU の名を欲しい侭にしていた“あの”雇い主の下で丁稚(涙)をしていた彼だ。如何なるサバイバルから、如何なる雑用まで何でもござれのVery便利な人間と化していた。

 何せ某魔神の娘達に誘拐されていた折、あまりの便利さに重宝されていたくらいで、その挙句に彼女達に気を使われてたりする。

 

 そんな不憫且つ有能な雑用人間である彼が手伝えば本当に事足りてしまうのだから始末が悪い。

 

 「そう言えば、サンプルもらってるです」

 

 「あ。わ、忘れてた」

 

 木乃香がまだ名を挙げていないのであるが、それでも見当がつくいたのだろう、彼の話が出た辺りで預かったものを思い出し、夕映が作りかけの衣装を置いてロッカーから紙袋を持ってきた。

 

 ごそごそと中から取り出されたものは……

 

 「……石?」

 

 よく言う、漬物石サイズの石だった。

 しかし破れやすい紙袋に入ってた上、本以外を持つ時は非力となる夕映が片手で持って来れたのはどういう事か?

 

 「これ、発泡スチロールです」

 

 「え゛? マジ?」

 

 「はい」

 

 「あ、あの、私達の目の前で片手間で作ってくれたんです」

 

 もう一度じっと見てみるがどう見ても石ころ。

 川原に転がってる石そのもので、やや緑がかってて鉱物独特の線もうっすらと見えている。

 僅かにコケも見えるし、ひっくり返したら虫でもくっ付いていそうだ。

 

 だが、何気なく裕奈が手にとってみると……

 

 「わっ ホントに作り物だ! 凄く軽いっ」

 

 「マジ!?」

 

 驚いた少女らが次々に手に取って調べてみるが、やっぱり重さ以外は石ころ。手触りもなんか石っぽいのだ。

 

 隠れヲタである千雨がコソーリと見てみるが、彼女の目からしても物凄い出来だった。正しく川原に転がってる角が削られた丸い石。ジオラマ作りとかに慣れているのだろうか、ワンフェス等でいいとこ狙えそうなレベルで。

 彼女がその腕前を知り、彼にコスプレのパーツを依頼してみたくなったのは内緒である。

 

 尤も、エヴァに次いで人形作りの実力がありそうな横島であるが、ワンフェスに一大旋風を巻き起こせる技術はあっても生身ではないお人形さんなんぞ全く興味が無い為、そんなモンを作る気がじぇんじぇん起きない。

 技術はあっても時代に合ったニーズにそれを使うつもりが無いのは惜し過ぎるのだが、実に彼らしいと言えよう。

 

 「まぁ、横島さんの事だから頼めば引き受けてくれると思うけど……

  今度は怖くなり過ぎないかなぁ?」

 

 そうポツリと零したのは、他の娘同様にやはり針子と化している円である。

 

 彼の技術の高さはここのところの修行の合間合間で十分過ぎるほど目にしているし、何よりその片手間で作っていた場にいたのだ。

 

 それより何より彼の過去を“観た”ものだから、実際のオカルトを知る彼がその技術を使ったらシャレにならないだろう。実際、彼のいた事務所はテーマパークに関わった事もあるし、そのノウハウもなんか覚えてるっポイ。

 

 かと言って、それがそのまま使えるのかと問われると首を傾げざるを得ない。と言うのも、オカルトが日常的な世界だったからこそ使えた技術もある訳で、そういったものが秘匿とされているこの世界では下手な事をすると客にトラウマを与えかねないのである。

 

 そう思っての呟きだった。

 

 だったのだが……

 

 

 「……ねぇ、くぎみー」

 

 「だから、くぎみーって言う………って、ナ、ナニ?」

 

 

 あまり好きではない呼ばれ方をしたので思わず振り返ったのであるが、ふと見ると少女らの好奇の目が自分に集中しているではないか。 

 

 木乃香と刹那は苦笑するのみで、夕映たちに至っては傍観を貫く平坦な目で見ていた。

 

 

 「え、えと……?」

 

 「いや、このかとゆえゆえは何か解んのよ。

  ネギくんと一緒にエヴァちゃんトコに行ってるみたいだしさ」

 

 「え? あ、うん……」

 

 

 代表するかのようなズズイと前に出てそう言ってくるハルナ。

 何か顔にシャドーが降りててごっつ怖い。その影の中でメガネフレームが光ってるし。

 くくくと含み笑いも聞こえてるものだから恐怖感にも拍車が掛かる。恰もどっかの十三課の不死身神父が如く。

 

 「だけどさ、

  なんで今の話で件の横島さんの名前がするりと出てきたのかな~

  そんな疑問も浮かぶわけよ」

 

 「 え゛ ? い、いやそれは、その……」

 

 「あら? あららら? 言い澱みますか。それも赤くなって。

  そぉーですか、そーですか。ほっほぉ~~~~~~~~」

 

 「あっ、う……」

 

 円もさらっと返せば良いものを、おもいっきり反応見せたりするものだからメガネ魔人パルは余計に調子に乗ってくる。

 オマケに周囲の娘達も興味津々。目が何だか爛々としてるし。

 

 最初にネタを振った木乃香達よりも、明確に名前を口にして女の子女の子した反応を見せた円の方が気になるご様子。さもありなんであるが。

 

 「で? その横島さんと手ぐらい握った? それともキス?」

 

 「……っっ」

 

 キスという単語に反応し、一瞬で茹蛸になってしまう円。リトマス試験紙も真っ青の反応速度だ。赤いけど。

 絶句して頬を染めた彼女を見、ハルナの笑みは黒さを増した。ニィ……と裂けた口は鮫のよう。何て邪悪な。

 

 「このラヴ臭のコクと薫り……こりゃ~話を聞かずばなるまい。

  ウンウン 是 非 と も ! ! 」

 

 「あっ、ちょっ、待……っっ」

 

 ラヴ臭って何なん!? そのネーミング嫌過ぎっ!! という外野の声もなんのその。

 円の許否の言葉など聞く耳持たない。

 いや、端から反対意見は聞く気がない。

 

 

 「 問 ☆ 答 ☆ 無 ☆ 用 」

 

 

  ア゛――――――――……………ッッ

 

 

 

 

 

 

 何だか知らないけど、このクソ忙しい時に数人の少女らによってどっかに連行されて行く円を見ながら、木乃香達は後頭部にでっかい汗をタラリ。

 

 今手が足りひんよーになったら後が大変なん解っとるんやろか? 忘れとるんやろなー……

 そう溜息を吐きつつ、諦めて作業を再開することにした。どー言っても今のテンションだったら聞く耳持ってなさそーであるし。

 

 「えっと 一応出来たでござるか、この暗幕はドコに置けばよろしいでござる?」

 

 そんな木乃香に楓が歩み寄り、適当に裂いた暗幕を広げて見せた。

 今の騒動をガン無視していたのか、気付いていないのか、マイペースで作業を続けていたらしい。恐らく前者だろうが。

 

 「これは~……

  いんちょ、コレはドコやったぁ?」

 

 「え? あぁ、もうお出来きになられたのですね。

  楓さんにお頼みしていたのはゴシック館で使うものでしたわね?

  袋に入れて間違えないように印を付けておいてくださいな」

 

 「了解でござる」

 

 手先が器用な事もあってテキパキと小道具を仕上げてくれる楓であるが、ヨーロッパ風のホラーハウス用の小道具を忍者が仕上げてゆくというのも……と、刹那が苦笑してみたり。

 

 そんな刹那がふと明日菜が手を止めて何かを眺めている事に気付き、何となくその視線を追ってみると。

 

 「……古?」

 

 彼女が見つめていたのは古だった。

 

 彼女も楓同様に我関せずとプスチックを切りつつ何やら作り続けている。

 その横では超が半眼でブツブツと彼女に文句を言っており、何時もの余裕が見えない彼女とどこか落ち着いた古と普段と逆の配置となっているのがちょっと新鮮だ。

 

 後頭部に汗を垂らしつつもそれを捌いて尚且つ手を止めていないのは見事であるが、それより何より愛想笑いで超の猛“口”を捌いている古の雰囲気が妙に気に掛かった。

 

 かと言って、何がどう違うのかと問われれば答えに窮してしまう。

 どこかがおかしいというのでもないし、古らしくないのかと聞かれれば、いや別にと答える他無いだろう。

 

 ――強いて言えば、

 

 「くーふぇ、何や綺麗になった気ぃせぇへん?」 

 

 という事である。

 

 ああ、そうかと刹那もすとんと言葉が腑に落ちた。

 木乃香も何やら楽しげに楓を見ているようだが、楓と古、そして円の三人は、どこがどうと口で説明する事は難しいのであるが確かに以前より魅力的になっているのである。

 

 楓と古は“表の武道家”として突出していた為だろうか、その所作の中に羞恥があまり感じられなかった。

 

 確かに武道家としては間違いでない。戦いの最中に恥ずかしさにかまけていればそれは絶大な隙となる。

 

 刹那とて修学旅行での入浴の折、混浴とは知らず先に入っていたネギを西の刺客と間違えて攻撃したものであるが、その時の刹那は何も身に着けていない裸体であった。

 

 それでも欠片の躊躇も無くネギを取り押さえたのであるが……当然ながら楓と古の二人もその程度の事は出来る。

 

 いや、出来はするのであるが、この二人は今まで刹那に輪をかけて羞恥に囚われない行動をとっていた。

 

 特に楓は“あの”プロポーションでそれが無く、レベルで言えば幼児扱いされている鳴滝姉妹と同等だ。幾ら女子校とはいえ限度というものがあろう。

 

 流石に裸でうろつくほどのハレンチさはないものの、入浴時に肌を隠すといった思春期特有の羞恥もないし、衣装は兎も角、下着にも全く気を使っておらず動き易さ重視でデザイン二の次。

 

 ガサツではないし、極め細やかな心遣いができはするものの、どういう訳か女性らしさからは程遠い少女だった。

 

 つまり彼女からは、アレだけのカラダをしていて色気が感じられなかったのである。

 

 所作こそ落ち着いた大人のそれを持ってはいても羞恥の点で幼児並。それでは単に大きくなっただけの幼児だ。

 実際、普段は鳴滝姉妹と部活の名の下におさんぽをしまくっていたし、土日は森の中で修行三昧。

 男に関しての話など毛一筋も出てこず、偶に口にしたかと思えば強そうとか鍛えてるといったやっぱり色気の無い話。

 刹那とて人の事は全く言えないが、健全な女子中学生としてどうよと言いたい。

 

 が、横島と出会い、彼に興味を持ち、

 

 ゆっくりと彼に懸想し、その想いを膨らませて行き、

 

 ついにそれを自覚するに至って彼女の、彼女“ら”の持つ雰囲気は大きく変わっていた。

 

 

 彼の事でからかうだけで、

 

 彼が歩いている事に気付いただけで、

 

 何気ない事で彼がはにかむだけで、

 

 妹を優しげに見つめている彼の表情を見ただけで、三人の頬に朱が走り、その影をずっと追う。

 

 彼の悲しみを理解して不甲斐無さに泣き、彼が悲しみを完全に吹っ切っている事に切なさを零す。

 

 そんな急激に大人びた彼女達を綺麗だと思う事に何の不自然さがあるというのだろうか。

 

 

 そして明日菜はそんな古を見て何を思っているのだろう?

 見惚れているようで、羨ましそうで、それでいて悔しそうな……何とも言い難い表情を露としていた。

 

 

 「アスナはアスナで、

  ほんまに誰かを好きになった顔を始めて見てショック受けとるんかもなぁ……」

 

 「ショック……ですか?」

 

 

 せや…と木乃香は静かに頷き、親友から縫いかけの布切れに目を戻す。

 

 「こないだ言うたやろ? アスナ、高畑せんせーの事……」

 

 「え、えぇ」

 

 明日菜が高畑の事を好いている事は既に公然の秘密である。

 しかし、そんな彼女が高畑の事で綺麗になったか、或いは魅力的になったかと問えば疑問符が湧くのだ。

 自分に自信を感じ切れない分、ショックが大きいのだろう。

 

 それは自分が高畑の事を本気で好きかどうかの自信が揺らぐ程に。

 

 あの京都での一件で生死を共にしたという事もあるのだろうが、楓と古が纏っている雰囲気は彼女らより一歩先を感じさせている。

 確かに、高畑を想う明日菜のそれは木乃香達から見ても可愛いと評するに値するものであるが、楓らのそれは綺麗と言えるほどもの。同じようでいて、そのベクトルは全く違う。

 

 同じく想い人を持っているという境遇なのに、彼女らからは明らかに自分にはないものを持ち合わせている事がはっきりと見て取れる。

 それは落ち込みもするだろう。

 

 「普段はお馬鹿ばっかしとるのに、

  ポイントポイントでええトコ見せよるしなぁ……

  何やろ? 

  横島さんて、ウチらよりずっと大人に見える時あるんよ」

 

 「それは……確かに」

 

 そう意外なほど横島に信頼を感じさせる木乃香と、その言葉に同意を見せる刹那。

 この二人にそう言わしめる、彼の人となりを知るとあるイベントがあった。

 

 それはエヴァの城で修行を行っていた際、その合間での休憩時間に刹那は横島に聞かれた事がある。

 

 『刹那ちゃん飛べるのに何で飛ばんのだ?』

 

 彼女の戦い方は、剣に氣を纏わらせて切断力を上げたり、剣氣を飛ばしたりするものであるから、飛べるだけで高いアドヴァンテージが取れるし、戦いのバリエーションも増えていい事尽くめなのだ。

 

 だからその有利さを封印している理由が解らなくてそう聞いてしまった訳であるが……罪作りというか何と言うか、彼女の背景何ぞ聞いた事も無かったし、無論のこと他意は全く無い。

 

 しかし聞かれた方は大変だ。

 

 物凄く何気なく聞かれたので一瞬固まってしまった刹那であったが、彼にも見られている事を思い出し、すぐさま気を取り直して今まで自分が正体を隠していた事を横島に述べたのであるが……

 

 

 言うまでも無いだろう。彼はおもいっきり首を傾げてしまった。

 

 

 何故なら理由が殆ど解らなかったからだ。

 しばし考えて、そう言えば魔法は秘匿だった事を思い出し、それで知られないようにしていたのかと思いつきはしたのであるが、だとしてもこういった鍛錬時でさえ用いない理由が解らなかった。

 

 ハテ? あれ? と、刹那が見ている前で横島はどんどん困惑してゆく。

 

 これには刹那の方が困ってしまった。

 彼女は“自分が言っている意味がさっぱり理解できていない事”が理解できなかったのだから。

 人ではないものが人と一緒にいる。その不自然さが理解できない。刹那からしてみればそっちの方が異常なのだから。

 

 するとうんうん悩っている横島の奇行に気付いた木乃香も二人の側に寄って来た。

 

 何を横島が唸っているのかサッパリサッパリの彼女は、とりあえず刹那に聞いてみると……彼女が返した答えは木乃香にも疑問を持たせてしまう。

 

 『はれ?

  そー言うたらウチもせっちゃんが離れとった理由よう知らへんえ?』 

 

 『い、言ってませんでしたか?』

 

 『うーん……

  せっちゃんとまた一緒におれるよーなったさかい、聞くコト忘れとったわぁ』

 

 刹那にしてみれば不幸自慢のようであまり言いたくなかったというのが正直なところ。

 それに大切な彼女に対して自分がバケモノであると再々告げるのが苦痛だったという事もある。

 

 だが、以前の自分に完全に見切りをつけるという意味で、二人に対し改めて自分が烏族と人間のハーフである事を語った。

 

 

 烏族でもなく、かといって人間の枠にも入れ切れず、人として見てくれた者も極僅か。

 だから居場所を与えてくれていた長に恥を掻かせない様に幼い時から竹刀を振り、孤独だった自分に暖かい居場所をくれた木乃香を守り続けようと頑張っていた。

 しかし幼いあの日、まだまだ守るという想いに力が追いついていない事を思い知らされ、木乃香を守りつつ自分から距離を置いてずっと見守り続けていたという。

 

 話を聞いた木乃香は当然ながら涙ぐんでしまう。

 自分の周囲にいた大人達が自分の大切な友達を傷つけていた事、そして彼女が傷付いて苦しんでいる間、ずっと気付いてやれなかった不甲斐無さに。

 刹那はえっぐえっぐと咽び泣く木乃香を見、迂闊に語ってしまった事とこんなに優しい心を持っている彼女の事を信じ切れなかった自分を恥じた。

 

 大体、昔からこんな娘である事を知っていたはずなのである。

 昔の一件……犬を救う為に溺れた木乃香を助けようとして何も出来なかった自分を責めるでなく心配かけまいとけなげに微笑を見せながら慰めてくれた。

 それを覚えていたはずなのに、信じ切れずずっと彼女に寂しい思いをさせ続けていた過去の自分をぶん殴ってやりたい。

 よしよしとあやす様にその小さな背中を撫でつつ、そう悔む刹那であった。

 

 『そっか……かわいそうになぁ……』

 

 そう滂沱の涙を流して同情する横島。

 

 そんな横島を見て、いえここまで想ってくれる人がいるのなら幸せですよと刹那も正直に返そうとしたのであるが……相手は横島忠夫である。

 

 決して普通ではないのだ。

 

 『何て……何て哀れなんだ……』

 

 『いえ、ですから……』

 

 

 『 そ い つ ら 』

 

 

 『は?』

 

 流石にそう返されると刹那も返答に困った。

 なんとこの男、刹那ではなく彼女を半端とみなして壁を作っていた者達に同情しているようなのである。

 

 『どういう意味なん?』

 

 木乃香が頭を上げ、ややムッとした口調でそう問うた。まぁ、彼女からすれば憤りもあるだろうが、相手は横島なのだ。

 

 天地がひっくり返ってヘッドスピンしてても女(特に美女美少女)の味方しかしない。

 

 『木乃香ちゃん。

  まぁ、考えてみるんだ』

 

 涙の後を残しつつ、いきなり刹那の肩を掴むと木乃香の前にぐわっと寄せる。

 

 『この刹那ちゃん見てどう思う?』

 

 顔が近くなった事もあって刹那は顔を赤くしてわたわた慌てるが、その仕種も表情も何とも言えないほど、

 

 『可愛えぇわぁ……』

 

 『お、おぢょーさま!?』

 

 余りに素で褒めるので刹那は声を裏返して慌てふためいた。そしてその所作も実に歳相応に可愛らしい。

 すると横島も同じ感想なのだろう、神の同意を得たかのように深く深~く頷いて見せた。

 

 『そう!! 可愛い!!!

  オレかて断言する。

  刹那ちゃんが女子高生やったら間違いなく告る! 告らずにはいられんっ!!

  つーか男やないっ!! うん。ぜってーに!!』

 

 『ちょっ、あの……っっ!?』

 

 これまた力強く断言して褒めるものだから刹那はじぇんじぇん落ち着けない。

 そんな幼馴染の慌てる様が実に何とも新鮮で木乃香に笑みが戻ってきていた。

 

 『今でさえこんな美少女なんやから、ちっちぇ頃はとてつもなく可愛かった筈!!

  木乃香ちゃん、解るか!?

  そいつらはそんな可愛い女の子に気付けなかったっちゅー事だぞ!?

  人間として、

  否っ

  生物としてなんか大切なモンを無くしとると思わへんか!!??』

 

 

 そう力説する横島の背後には太陽のコロナが見えた。

 

 『それは……………哀れや……』

 

 『おっ、おぢょーしゃまっ!?』

 

 横島の波動に同調し、二乗作用を起こしたかのようなグラビティを感じる木乃香の声がずしんと響く。

 その重さ故に傍からすれば滑稽さも大きいのであるが、それより何より刹那の“はづかしさ”の方が大きい。

 

 『せやろ?! 可愛ぇえ娘を可愛ぇと気付かんっ!!

  この世界で光明が見えていない!

  それは砂漠で眼前のオアシスを無視して水道の蛇口を求める愚行!!

  無論、ひょっとしたらシュミが生物学的にかなり特殊なんかもしれんが……

  オレから言うたら狂人や。かわいそ過ぎるっ!!』

 

 『ウンウン……そう聞いたらウチも哀れに思えてきたわぁ。

  何て悲惨な人生なんやろ……生きとる価値無いわ』

 

 ひょっとすると目に障害が!? いや致命的な頭脳障害かも? いやひっよとしたら転移性のクルクルパーなのか!?

 実は可愛いと感じていんだけど、他のアホが怖くて口に出せなかったというパターンかも……?

 いやいや、美少女を可愛いと言わんのは宇宙の損失やから己が意見を曲げて美醜観を曲げるなど愚の骨頂!! 等と拳を振り上げて喚くものだから焦りまくる刹那はどう止めればいいか見当も付かない。

 

 等と奇抜な意見が二人の間で飛び交い、刹那の混乱は止まらない。

 

 おまけに横島の言葉には形容し難いパワーがあって、正体不明の説得力があるものだから下手な革命家のアジテージよか心に沁みてくる。木乃香なんぞ端から同意しているものだから反対意見も出やしない。

 よってスパイラルで泥沼だった。

 

 『ま、そいつらが常軌を逸した愚か者やからこそ、

  木乃香ちゃんは刹那ちゃんを独占できる訳やからな。

  その哀れさに免じて許してやってもええか……

  くくく 愚かな……逃した魚は惜しすぎるのぉ』

 

 『勝者の余裕っちゅーやつ?』

 

 『そーやな。

  呪うんやったら己の美的センスの無さと見る目の貧弱さを呪ってもらおう。

  さぁ、キミも向こうの奴らを哀れんでやろうやないか』

 

 『せやな』

 

 そう頷き合い、隔離結界内ではあるが西の方に二人して目を向け、やや体を反らして恰もその“哀れなものたち”を上の視線から見下ろすかのようにしてし、口の端を吊り上げつつ、

 

 『『ハ…っ』』

 

 と腹筋を使って、そりゃーもう人類の勝者と言わんばかりの余裕をもって鼻先で笑ったのだった。

 

 

 

 

 そのやり取りを思い出し、刹那はかなり微妙な表情を見せる。

 何だか彼の影響で木乃香が黒さを増してゆくよーな気がするからだ。

 

 尤もその横島の茶々によって木乃香が家の方に確執を持つ事が防げたのも事実なので強くも出られない。

 もしあの時に横島が関わらず、後になってから木乃香が刹那の過去を知ったのなら彼女の事であるから、本山にいた男衆や解っていて手を打たなかった長である自分の父親に対して苦い感情を持っていたかもしれない。

 いや、木乃香の性格上その可能性はかなり高かった。

 それだけ大事な友達の話なのだから。

 

 根っこから優しい少女であるから不幸な事にはなるまいが、確執が続けば信頼も信用も薄れてゆき、木乃香と家の関係はかなり苦いものとなっていたかもしれない。

 

 だが、ああもベクトルを曲げられると本山の連中を怨む事もあるまい。

 刹那が怨んでいる訳でもないのに木乃香が怨むのは何か違う気がするし、刹那にしても優しく穏やかな彼女にそんな感情を持ってほしくなかった。

 刹那の可愛らしさに気付けなかった。或いは先見の明が無さ過ぎる“かわいそうなヒトタチ”に対して絶大な優越感を感じている今の木乃香が、本山の連中や長、そして神鳴流の面々を怨む事は無いだろう。

 

 何をどういわれても負け犬の遠吠えとせせら笑うくらいか。

 

 おちゃらけと言うか歪んでいると言うか、横島の言動は突飛にも程があるものの結果的にはそれなり以上の効果を二人に齎せていた。

 

 「……痺れも憧れも出来ませんけど……感謝はしますね」

 

 「同級生の話聞いた時は笑てもたけどなー」

 

 「ええ」

 

 彼によると高校の同級生には人外もいたとの事。

 エヴァンジェリンより年上だと言うハーフバンパイアは女生徒にモテモテで、真面目で委員長タイプの机の九十九神少女は教師達に人気だったらしい。元貧乏神に取り付かれていた後輩の少女は何故か校長先生に支援されていたらしい。

 何とも信じ難いが、思い出し笑いならぬ思い出し嫉妬によって件のハーフバンパイアに恨み言を零していた横島の様子から嘘だとは思えなかった。

 

 結局、人間だろうがそうじゃなかろうが、可愛い娘は可愛いし憎たらしいヤツは憎たらしい。

 

 それが解るヤツも実はこの世にたくさんいるけど、自分が黙ってさえいればと壁を作り続けるだけならそんな事にも気付けず、結果的にはそんな優しさを踏みにじって相手を傷つけてしまう。

 そーゆーのって、刹那ちゃんを可愛いと気がつかなかったドアホォのやっとる事とどー違うん?

 

 何だか知らないが、そう彼が語った言葉は信じられないほど彼女達の胸に響いていた。

 

 尤も彼は事実を述べるられるだけ述べているにすぎない。

 刹那が横島に零したときに彼が首を傾げていたのも、そんな過去があったから木乃香と出会えたのだし、その翼があったから彼女を助けられた。それで問題でも? という疑問が大きかったからだ。

 幼い時から裏に関わっていて、色んな人間や人外と相対してきた刹那ですら、会った事もない柔軟過ぎる思考の持ち主。

 最後こそ何時ものように騒ぎを起こした挙句、零にボコられて引き摺って行かれはしたが、最後の枷を引っこ抜いてくれた気がして彼に対して強い感謝の念を持っていたりする。

 

 その零に後で言われた事であるが、

 

 『あのバカはいらん芸人根性もってやがるから、

  すぐに体張ってギャグかましやがんだ。

 

  特に女が泣いてる時にな……』

 

 そう言って彼女は苦笑して見せた。

 

 苦笑といっても零が浮かべたそれはどこか嬉しげで、元が人形だと思えないほど艶っぽく、大人びていて見惚れてしまったほど。

 蓼食う虫も何とやら、割れ鍋に何とやらで、つまりはそんな欠点すらも好ましいであろう事は誰の目にも明らかだ。

 

 バカであけすけで一直線でどーしよーもないトコで真っ正直だからやたら勘違いされて傷付いて、それでも足掻いて立ち直ってまた体を張る。

 

 そこに嘘がないからこそあの四人も魅かれ、皆も信じられるのだろう。

 自分にとっての木乃香のようなものか……そう思うだけで全てがしっくりする気がしていた。

 

 「あははは……

  せやけど、せっちゃん。あぶなかったなぁ」

 

 「何がですか?」

 

 何時の間にか刹那が笑みを浮かべていた事に気付いたのだろう、木乃香が意味ありげにそう話しかけてくる。

 

 「せやかて、楓やくーふぇがくっ付いとらんかったら、

  絶対せっちゃんも好きになっとったえ~?」

 

 「ぶっ!?」

 

 イキナリの断言に流石の少女剣士も噴いてしまった。

 いや確かに、最初に会ったのが楓ではなく自分だったらそういう流れになったそうなる可能性が高い。

 どういった出会いかはまだ楓も語ってくれてはいないのであるが、それはそれは劇的な出会いだったようであるし(間違っていない)。

 

 だが、楓が接触していなければ古が関わってくるイベントも無かったであろうし、何より守備範囲から程遠い刹那が監視役として選ばれていた可能性は高い。

 となると、彼女自身もあまり認めたくなかろうがそういう展開もあったかもしれないのだ。

 

 物凄く扱いにくく、物凄く解りにくい優しさに満ちた人間であるが故に、一旦魅力に気付いてしまうと底なし沼状態になりかねない。

 

 それは刹那を諦めかかった木乃香を叱咤激励したという話や、ありえない場所からありえない速度で城から落ちかかった二人を救出しに駆けつけた事、そして木乃香を犠牲にしようとしていた千草達に対して本気で怒っていた事等から理解できる人の良さ、そして誰より自分自身が感じた彼の人間味からも解る。

 

 楓たちより接触期間が少ないというのにアッサリとそんな風に彼を評している事に、自分はこんなに軽かったのだろうかと呆れてしまうほど。

 

 しかし何時の間にそれを見て取られていたものやら。今更ながら幼馴染の木乃香に戦慄してみたり。

 

 「まー 今はネギくんがおるさかいなー せっちゃん売約済みやし」

 

 「な、ななな、何でそーゆー話になるんですかーっっっ!?」

 

 「まーまー ええやん二人で分け分けしようや」

 

 「おっ、お嬢様ぁああ――っ!!??」

 

 どこからどこまでか冗談で本気なのやら。

 

 昔のように仲良くなれたのは良いが、気苦労も増えた刹那であった。

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 学園祭準備期間というクソ忙しい時期であり、子供であるものの正式採用された教師であるネギにはやらねばならない事はいっぱいだ。

 

 何せまだラストスパートに入っていないのだから授業だってある。

 

 只でさえ元学年最下位をぶっちぎりだった生徒達を抱えているクラスだ。ちょっとの気の弛みからアッサリとワースト一位を奪回しかねない。

 流石は学園チャンピオン(笑)とか言われるのは勘弁だ。

 

 だからネギ少年も“彼なりに”必死こいて教師生活と、魔法使いとして修行の日々を送っている訳であるが……

 

 「ふーん お化け屋敷かぁ……学祭の定番やな」

 

 「は、はぁ……」

 

 ぜっ、はっ、ぜっ、はっ、と切迫した呼吸の合間に答えるネギ。

 

 ボコスカにされて大の字にぶっ倒れ、息を整えるつもりなのだが中々思うように体が言う事を聞かない。

 殴られたわけではないし、あ痛っというレベルの攻撃でしかなかったのであるが、攻撃が全てかわされた挙句にカウンターでしばかれ続けたものだから蓄積した疲労ダメージが凄まじい。

 

 単なるデコピンでもネギの踏み込む速度より速く突き込まれれば、速度のある方が勝つので地味に痛い。

 

 踏み込んだ足が地に付く前に軸足を払われると、何が起こったのか理解できなくなって頭が真っ白になり反応が出来なくなる。

 いや、仮に踏み込んでの双掌底が出せたとしても、狙った相手はほぼ同じ速度でバックステップを果たしており、あっという間に後ろに回られて膝カックンされてそっくり返ってしまう。

 

 全ての動きを読み、そんな風にカウンターを返しまくってネギをボコスカにしていたのは、誰あろう横島忠夫であった。

 

 ここのところの修行といえば、珠を使った『再』『現』による対戦で、一対多の変則団体戦ばかり行っていたのであるが、何の気まぐれか今回は一対一。それもネギと横島のガチバトルである。

 

 エヴァはめんどーなので今日は修行するつもりはないと言っていたので、横島が貸切にさせてと申し出たのだ。

 彼女は普段とは珍しい行動にふぅん……と興味深げに横島の話を聞いていたが、『あの器用貧乏のバカに駆け引きを教える』という点が気に入ったのだろう、二つ返事で使用を許してくれた。

 

 言うまでもないがガチバトルとは言っても横島は例のトラウマが抱えている為、敵でもない女子供に手を上げ切れない。

 

 よって合理性を求めたエヴァは楓が製作した横島専用修行武具であるハリセンを強化し、壊れ(破れ)難くした品を与えてネギや楓達の特訓に使わせている。

 

 何で古代魔法技術まで使ってハリセンなんぞを強化せねばならないのか。実のところエヴァはその事でアンニュイになってたりする。まぁ、今は関係ない話であるが。

 

 如何にハリセンといえど頭にスパカンスパカン喰らい続ければダメージが蓄積してゆくし、何よりネギの攻撃は全て回避されてたりする。

 

 無詠唱魔法という手段も無きにしも非ずであるが、どーも横島には魔法を使用する際の間というか呼吸を完全に読み切られているようで、呪式を組み上げる直前にはたかれて失敗させられてしまうのだ。

 こうなると心身ともに喰らうダメージは計り知れない。それが大の字にぶっ倒れている理由である。

 

 「しっかし、準備は間に合うんか?

  もう、あんま日が残ってねぇだろ?」

 

 「ハ、ハイ で、ですから、

  ホントは、やっちゃいけないん、ですけど、い、居残り、を……」

 

 「ああ~ もう。

  直に口で答えんでええから、先に息整えぇや」

 

 「ハ、ハ、ハイ……っ」

 

 体力の限界まで使わせた為か、中々回復しないネギ。

 

 対する横島は息も乱れておらず、それどころか座ってもいない。

 元の世界において半死半生レベルでこき使われ慣れた所為で体力が半端無い上、自分のペースに引き込んで戦った訳であるからそんなに疲れていなかった。

 ネギがこうまでボロボロなのは、自分のペースを完全に乱されてしまった事も大きいのである。

 

 「(なんつーか……

   死にゲーを根性だけでクリアしようとしとるよーなモンやなぁ)」

 

 『(言いえて妙だな)』

 

 死にゲー。

 所謂、死んでパターンを覚えて行くタイプのゲームを、気力だけでクリアしようとしても敵との物量差(残機やBOM数等)で何れGAME OVERだ。

 せめてパターンを覚えればよいものを、がむしゃらに向かって行くだけでは、相手からすれば迎撃すれば良いだけなのでかなり楽なのである。

 

 『(だが、ゲームと実戦は違う。何せ“こんてぃにゅー”がないのだからな)』

 

 「(そりゃそーなんだが……フツーはもっと警戒するだろ?

   何でコイツこんなにひっかけに弱ぇんだ?)」

 

 例えばショートアッパーをわざと空振って、その構えのまま固定したとする。

 するとネギは何かするとは考えるのだか、注意はその拳だけに注がれてしまって他が疎かになる。

 そこで足払いを掛ければ勝手に転び、今度は足元に集中して構えたままの拳から意識が飛び、自分からぶつかりに飛び込んでしまう。

 そんなパターンが多々あった。フェイント攻撃メインという戦法を伝えてあると言うのに引っかかる事が多いのだから重症だ。

 

 何というか……ネギは致命的に駆け引きに弱いのである。

 

 『(それは恐らく、同年代の同性の友人の少なさからだろうな。

   悪戯や遊びから覚えてゆく駆け引きの経験が無さ過ぎるのだ。

   素直で良い子と言えばそれまでだが……)』

 

 「(だな……)」

 

 だが、ネギを取り巻く環境上、それだけでは話にならないのだ。

 

 そしてこの周囲の環境は、何時の日かネギにとってマイナスとして圧し掛かってくるだろう。それもそう遠くない未来に。霊能者としての勘もそれを伝えてくる。

 ドイツもコイツもこんな子供に何を押し付けてきやがるのか、と腹立たしいやら憎たらしいやら。無意識に舌打ちも出てしまうというもの。

 

 「あ、あの……横島、さん?」

 

 ふと気がつけば、ペタンと座り込んではいるもののネギが不思議そうな顔をしてこちらを見上げていた。

 

 『(もう息が整ったのか?!)』と心眼が驚愕してはいるが、実際ネギの身体能力とか才能とかは群を抜いており、今現在の魔法の師であるエヴァすら驚くほど。英雄の血は伊達ではないという事か。

 

 が、如何に超絶優秀遺伝子を持っていようと使いこなせなければ宝の持ち腐れ。

 

 今のネギでは戦場にバズーカだけを持ち込んで白兵戦を挑むようなものだ。

 小手先の技で大火力の相手を引っ掻き回す事が常であった横島とまるで真逆である。そりゃあ相性が悪かろう。

 

 「ちょっち考え事してただけだ。気にすんな」

 

 「はぁ……」

 

 そう言って何となくネギの頭をぐりぐりと乱暴に撫でてみたり。

 横島にナデポの才能が無いのが惜しまれるが、ネギにポッされてもド迷惑なだけであるから関係ない。

 それでも幼い時からコミュニケーションが足りていないネギは嬉しいらしく、ちょっと照れてたりする。この場にハルナのような腐りきった女子が居なくて本当に良かった。恐らく彼女の頭の中では大量の掛け算が行われていた事だろう。

 

 「今回のでお前に相性の悪い戦いがあるのが解っただろ?

  実際、小竜姫様とやりあった時はもうちょっともったのに、

  オレとやりあったらボロクソだったし」

 

 「あ、ハイ。ものすごく一方的でした……」

 

 「よーするに、今のお前じゃ真っ正直な人間と一対一でしか戦えねぇんだ。

  ひっかけとか罠、

  所謂インチキとかに鈍過ぎるし、想定外の事でパニクり易いしな」

 

 「う゛……」

 

 「こーゆーのは口でどーこー教えられるモンじゃねーからな。

  数をこなして経験積んで勘を鍛えるほか無ぇ」

 

 「ハ、ハイ!」

 

 そう元気に答えるネギをじっと見る。

 やっぱりもう回復しているようだ。何とも信じ難い器ではないか。

 いやそれより、何と言うか……ネギは不思議なやる気に満ちているのだ。

 

 この間ずぅんと落ち込んでいたオコサマと同一人物とは思えないほどに。

 ちょっと目を放した隙にナニを決意したのか知らないが、男子三日会わずばと言う諺を思い出し、自分にそんな事で瞠目する日が来ようとは思わなかった横島である。

 

 そんなネギの霊波を見て横島は、これなら大丈夫だろう。多分……と思い。いや、思う事にし、

 

 「さて、ネギ」

 

 「はい?」

 

 そう彼に語りかけつつ横島は霊圧を高めていった。

 

 「これからとびっきりスゲェ相手と殺り合わせてやろうと思う。

  オレとばっかやり合ってもそれはオレのパターンを覚えるだけだしな。

  色んなレンジでの戦いを覚えんと話ンならん」

 

 「はぁ(何だか言葉のニュアンスにズレがあったような……?)」

 

 「相手に関しては問題ない。

  “悪”っちゅーランクだったらキティちゃんよか上だがオレもやっつけた事があるしな」

 

 「そ、そーなんですか?」

 

 「魔族的なランクでもこの間のヘルマンとかいうジジイよか上だが……

  まぁ、それは横に置いといて」

 

 「ハ、ハイ!? ち、ちょっと何か聞き捨てなら無い言葉が……」

 

 

 ボ~っと流して聞いていたネギであったが、流石にヘルマンより上とかいうセリフが混ざれば流石に回帰もする。

 慌てて問い掛けるが相手は横島。

 

 「気の所為だ。気にしたら負けだ」

 

 聞く耳なんぞ持っていない。

 

 「ま、そう気にするな。コイツより邪悪な存在は美k……

  もとい、オレの前の雇い主しか知らん。

  つまり人間以下だ。大した事ない」

 

 「そ、そーなんですか?」

 

 「本当だ。ウソは言っていない」

 

 そう――“嘘は”言っていない。

 ただ、異世界に居るというのに名を口にするのも憚られる件の雇い主様とやらは、魔界から名指しで仕事を頼まれたり、天界魔界の両方から指名手配されている魔族より邪悪で狡猾で悪どいと太鼓判を押されてたりするだけである。

 

 「だから、死 ぬ な よ ? 」

 

 「え゛?」  

 

 ネギが言葉の意味を問い返すより前に、横島の姿が光に包まれ空気が破裂する。

 それは気配そのものが膨れ上がったからであり、その存在感故に空気中のマナが反応して爆ぜた為。

 

 波動に思わず手で顔を庇っていたネギが、ようやく顔を戻したその先。

 つい今しがたまで横島が立っていたその場所には全く見慣れぬ女性が佇んでいた。

 

 やや紫がかった長い銀色の髪。

 

 白磁のような白い肌、そして赤い瞳。

 

 ノースリーブのように肩を出した軽鎧に、どこか拳の師である古を思わせる大陸風の衣服。そして足には沓。

 肌の白さと相まって紅色の唇がやたらと目立ち、そして頭には横島がつけているものと同じような赤いバンダナが巻かれている。

 そんな姿の美少女がネギの前にいきなり出現しているではないか。

 

 それも、圧倒的な魔氣を放ちながら――

 

 「あ、あの……?」

 

 流石にネギも腰が引けていた。つーか怖過ぎる。

 悪魔悪魔していない美少女然とした外見を持っている分、余計に魔の波動を強く感じられて恐ろしいなんて軽々しく言えるレベルじゃない。

 

 『はは もうアンタと殺り合わせるとはね……案外、面倒見が良いみたいだねぇ』

 

 「え、えと、アナタは……?」

 

 イヤんなるほど軽~く話してくるものの、やっぱり怖くてビクビクしつつそう問いかけると、彼女は一瞬キョトンとした表情を見せたが横島が名前を教えていなかった事を思い出し、いっそ不自然と言ってしまえるほど丁寧に頭を下げて名を告げた。

 

 『挨拶をし忘れてたよ。悪かったね坊や。

  アタシの名は女蜥叉。

  あのバカの願いでアンタをコテンパンに鍛えてあげる先生様さ』

 

 「いえ、あの……表現法が間違ってるような」

 

 カクカク震えが出てくるが、残念な事に彼女はちょっちサドッ気があったりする。

 言うまでもなく雨の中の子犬が如く震えているネギを目にして萌えていた。

 

 『あは、あははは あはははははははは

  その目……良いよぉ……ゾクゾクする……』

 

 「あ、あの」

 

 彼女の瞳が、縦に細くなって三日月の形を取る。

 

 『安心しなボーヤ。

  殺しゃあしないよ。生きたまま地獄に堕ちるだけ。

 

  堕ちるだけ堕ちたら……気持ち良いよ……?』

 

 「えっ!? あ、あの、えっと……」

 

 

 

 

   ア゛ア゛ァ゛ァ゛――――――……………ッッッ

 

 

 

 

 




 当時はXmasでした。
 
 思い返せば本屋ちゃん。諍いや乱暴な男の子が嫌いだからネギくんに傾いたそーでしたね。
 だけど未来の彼は真摯な態度のバトルマニア。
 彼が平和主義者だと言うのなら、麻帆良って血と暴力が支配するバイオレンスな無法地帯だったのかと首をかしげてみたり。
 あながち間違ってないw?


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後編

 

 その辺のやる気の無い学校等と違い、ここ麻帆良学園は勉強以外の社会教育にも力を入れていて教師達も朝の会議にしっかりと耳を傾けている。

 

 当然と言えば当然なのであるが、所謂“普通の学校”と違ってここの生徒達は無駄に技術や能力が高い。だから一度コトを起こすとそこいらの学校など比べ物にならないくらいの騒動に発展する事もあるのだ。

 よってテスト期間よりも他の地区からのお客まで来訪する学園祭期間の間は、教師達の連携も普段以上にしっかりととっていなければ内外にかなりの問題を残してしまうのである。

 

 幸いにしてこの学園には、調子に乗りやすい事を除けば、人格的に酷い生徒はそういない(まぁ、その調子に乗りやすい点が、やや行き過ぎている感も無い訳ではないが……)。他校なら大問題となってしまう愛の鞭である鉄拳制裁すら受け入れられるほどであるし、多くの生徒達は説教で済む程度。

 

 その説教にしても、教師のやる気の無さではなく、説教で済ませられるほどの問題というだけだ。無論、麻帆良基準ではあるが。

 

 しかし、祭り期間ともなると他校の生徒もやってくる。そしてその来訪者達の全てが善良な人間ばかりであるとは限らない。

 中には昨今で問題になっている、少女達目当ての犯罪者予備軍のような人間だっているだろう。そういった不届きな人間達から生徒達の安全を守るのも指導員達の仕事なのである。

 

 尤も、こんな騒動が初めてという訳では無いので担当地区の割り振りと、ミーティングで済むのであるが。

 それでも気を抜く訳ではないし、話し合いもかなり真面目。

 独立心を養うと言う点では日本一という自負もあるのだろう、こういった行事や催し物を生徒達の自由にさせつつ、負わせるリスクを軽減させる為にこの学園の教師達の真剣な取り組んでいる。その姿勢は他校の追従を許さない。

 

 無論、そういった“もしも”の有事に備えて警備員やら補導員(指導員)も充実している。

 元からここの指導員は恐れられているのに、この期間中はバイトも加わってかなり監視の目が厳しくなる。無論、行事を乱したり風紀的に問題が無ければ空気のようなものであるが。

 それでも怖い事は怖いが説教で済む派と、痕は残らないし何をされたのかも解らないものの容赦なくボコって下さる派の二つが監視の目を強めるのだから堪ったものではない。

 “悪さ”を企む者はあっという間に確保されて説教室送りの憂き目に遭うだろう。自業自得であるのだけど。

 

 さて――

 そんな会議の中、何時に無くボーっとして話を流して聞いていたのは、不良たちの間でも『その人』として恐れられている広域指導員の一人、高畑=T=タカミチであった。

 話を流し聞きするという事だけでも珍しいのに、折角火をつけた煙草は指に挟んだまま。

 誰が幾ら言っても止めようとしないヘビースモーカーの彼が煙草を口に咥えようともしていないし、生徒達の為の会議だというのにただボーっとして話を聞き流している。

 

 おまけに煙草の火が短くなって指の間で燻っていても気付きもしないではないか。

 指を焼くというハプニングに際し、ずっと様子を見ていたしずながようやく注意の声を上げ、やっと声を上げて驚いたのだから珍しいにも程がある。

 

 広域指導員の仕事というのは実のところ裏に表にあり、表向きは新田と同じであるのだが裏の方は本物の犯罪者相手。それも魔法やら氣やらを使ってくる一般人では対処不可能レベルの存在だ。

 

 ここは東の魔法協会の本拠地と言っても良いような場所なので、それほど不届きな人間はやって来たりしないのであるが、こういったお祭り騒ぎ時に合わせてやって来る輩はゼロとは言えない。

 だからこそ余計に気をやってはならないのであるが……

 

 「まいったねどうも……」

 

 保健室で包帯を巻かれつつ、ここまで思考を持っていかれていたのかと苦笑が浮かんだ。

 

 

 「ホントですよ。痕が残ったらどうするんですか」

 

 「え? あ、いや……そういう事じゃないだけどね」

 

 やや大げさ気味に包帯ぐるぐる巻きにしていた しずなは、高畑の零した言葉を失敗ととったのだろう。呆れた風にそう注意をした。だから高畑の苦笑も深みを増す。

 

 「? じゃあ、何なんですか?」

 

 保険医が所用で不在だったからだろう、しずなは手当てした後に器具を片付けて使用書に書き込みをしつつ、高畑にそう疑問を投げ返した。 

 大人びているのにそういった時の仕種が少女のようで彼女の魅力は増すばかりであるが、返された問いによって高畑の悩みがまた浮上している。

 

 尤も――

 

 「いやぁ……

  何だかんだ言って、僕は何も見えてなかったのかなぁって……」

 

 正確に言うと“後悔”が近い。

 

 言葉の意味が解らなかったのだろう、しずなペンを止めて高畑に目を向けた。

 彼は治療中と同じで、保健室の丸い椅子に座ったまま。

 だがその目は窓から見える外に向けられており、またも思考ごと他所を向いている。

 

 彼の脳裏には、昨日ある青年に問われた事が再生され続けていた。

 

 

 『高畑さんに聞きたいんスけど、

  あのバカはいったい誰が教育してあんなんなったんスか?

 

  本人やキティちゃんや話を聞いた限りじゃあ、

  こっちに来る前はイギリスでも精霊やらの勉強もしてたみたいなのに、

  ここ最近……

  京都での事件以降は攻撃魔法や身体強化法だけやってて、

  治療系や一般魔法とかの勉強は全然やってない。

  悪魔との戦いから見て復讐心も殆ど無い。

  それなのに向こうでは殲滅魔法に近いものまで勉強してると言う。

 

  いや、がむしゃらに強ぅなろうとしとる理由としては間違ってへんけど……』

 

 

 子供なのだから強くなりたいという思いの方が強い、というのは理解できる。

 自分に力があり、強くする方法が目の前にあるのならその手段をとるだろう。自分のように命を懸けねばならないというなら兎も角。

 だがネギの過去の話を見てしまった時、その青年は思った。

 

 何で大切なお姉ちゃんの足が石になって砕けた瞬間を見たと言うのに、それを癒す勉強を一切やっていなかったのか?

 

 先に出た精霊の勉強も授業の一環であり、競れで好成績を残せたという事は、その技術に向いている筈である。にも拘らず魔法の授業と関係ないものは優秀な成績程度で留め、後は攻撃魔法に集中している。禁呪まで知っているくらいなのだから。

 これでは父親を目指すという目的を免罪符として掲げ、何も考えように突っ走っていると指摘されても納得するしか……

 

 「……何を馬鹿な」

 

 思わず零した言葉に しずなが不思議そうな顔をして見つめている事にも気付かず、高畑は青年の言葉を振り払う。

 

 ――あの子は僕と違う。

 

 そう自分に“言い聞かせて”。

 

 己の無力さを呪いつつ、体温を失ってゆく恩師をただ見送る事しか出来ず、その最期を看取る事なく己の非力な背中を見せる事しかできなかった自分とは、

 

 幸せにする為という言い訳をもって、悲しみではあったがやっと感情を見せてくれた少女の記憶を封じ、心を再構築させるのを彼女自身の心の強さに丸投げしていた自分とは違う。

 その想いに縋るよう、彼はある本質から目を逸らす。

 

 少年と自分の境遇がよく似ている事を忘れ、

 

 ただ強くなる為、脇目も振らず元同級生の別荘内で己を虐めるように鍛え続けていた日々を置き去りにして――

 だからこそ、自分がどれだけ馬鹿だった事が思い知っている筈であろうのに。

 

 「……横島君」

 

 そんな彼の口から零れた名は一人の青年の名。

 

 耳ざとくそれを聞き遂げた しずなは何とも微妙な表情を見せていた。

 どういう思考の果てに高畑がその名を口にしたのかは不明であるが、彼女にとってヨコシマという名前は碌な思い出に繋がらないからだ。

 

 普段は兎も角、疲労の色を見せている時の彼に近寄ってはならない。これは女性教員達共通の常識だった。

 最近は妹と一緒にいる所為だろうか、完璧かつ徹底的な性犯罪者的行動は影を潜めてはいるのだが、妹分が不足し尚且つ疲労している時はケダモノとなる。影で女傑と謳われている葛葉女史ですら危機に陥る事もあるのだからシャレにならない。

 

 ただその反面、学校の教職員全員の共通意見で、女子供を本当の意味で傷つけたりする事だけは絶対に無いだろうというのもある。

 

 しずなは何だか肩を落としている高畑を見つめながら思う。

 

 悩み事は良く解らないし、聞くのも躊躇われる。

 

 しかし、何だかよく解らないのだけど、

 

 漠然とし過ぎていて何の根拠も無いのだけど、

 

 自分でも何が何だかよく解らないのだけど、

 

 

 横島君が何とかしてくれる気がする――と。

 

 

 そういう予感がずっと付いて回る。

 

 何の確証も無いのだけど、しずなは高畑も同じ考えに至っているのではないかと思っていた。

 しかし、彼に丸投げにしている自分が許せないのではないか?

 彼の性格からしてそうなのではないだろうか――と。

 

 学園祭が近寄るに連れて活気付いてゆく麻帆良の生徒達。

 高畑同様、窓から校庭に見える少女らを何とはなしに眺めながら、

 

 

 ――しずなは、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『どうしたんだい? ボーヤ。

  そらそら上手く避けないと串刺しだよ?

  そしたら焼いて食ってやろうかねぇ。

  ステーキの語源は串刺し火刑なんだってこと知ってるかい?

  アハハハハ……』

 

 「 ふ ぎ ゃ ―― っ っ ! ! 」

 

 

 

 

 大丈夫、だろう。

 

 多分。きっと……メイビー

 

 

 

 

 

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         ■二十二時間目:とっくん特訓またトックン (後)

 

 

 

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 夕日が沈んでゆく様は誰にも奇妙な寂しさを齎せる。

 

 まぁ、『明日への期待が高まってくる良い時間』と仰られる方もいらっしゃられるだろが、そういった人間は相応にしてポジティブ思考の持ち主か、大地に生きて充実した日々を送っている者くらいだ。

 黄昏時と言うくらいなのだ。多くの人間は寂しさの方に傾くだろう。

 

 人工的な時間の進みの中とはいえ、結界内でも夜は来る。

 

 後ろから夜の帳が迫って来て、陽はどんどん沈み込んでゆく。

 

 そんな黄昏た時間の中、その城からは珍妙な歌が響いていた。 

 

 「……~♪」

 

 夕暮れ時の何か挫けそうな空気の漂う中、響き渡るその歌声。

 

 それは可愛らしいボーイソプラノ。

 

 技術的なものは稚拙としか言い様が無いのであるが、声そのものはかなり上質であり、それなり以上の師をつければ美しいというレベルになるであろう事は間違いあるまい。

 

 天賦の才を感じさせる声。それがこの声の主であった。

 

 

 嗚呼しかし、

 

 だがしかし、その歌声には大きなものが欠けている。

 

 如何なる心境で紡がれているのであろう、その声に抑揚は無く、ただ平坦に繰り出されるのみ。

 

 何かに絶望しているのか、或いは何かに疲れ果てているのか、まるで生気を感じさせないぼんやりとした調子で、淡々と感情が感じられない抑揚の無い声が繰り返されていた。

 

 

 「……何時も同じとーこで死ぬー♪」

 

 

 ――何とも遣る瀬無い、イロイロとヤになってくる歌詞だった。

 

 確かに歌い手は想像通りの美少年で、普段歌われるのならその外見通りの可愛らしい歌となろうが、今の少年には精細さが全く無くて、ぶっちゃけて言うと虚ろ。

 災害に巻き込まれた子供とゆーか、手酷い性犯罪に遭った被害者がハイライトの消えた目で歌っている様は同情よりも寧ろヒきが入ってしまう。

 

 おまけにその歌も側で聞いたらやっぱり物悲しさより、ウザいという感想しか浮かばなかったりする。

 

 「……よっこしまさんを倒っせーないよー……♪」

 

 「ホラホラ ネギくん。

  歌っとらんと大人しゅうしとってや。治せへんやん」

 

 ここは何時ものエヴァの城。

 

 

 沈み行く夕日を背にして体育館座りをして何かみよ~なの歌っているネギを、介護師宜しく『みかん狩りに行こうね~』的なやんわりとした口調で諭しながら、木乃香は最近覚え始めた札術でもって治療していた。

 

 何かプライドごとズタボロにされた事が後を引いているのかもしれないが、見た目ほどは酷くないのだろう。

 現に歌なんか口ずさんでるし、まだまだ未熟な木乃香の治療魔法でちょちょいのちょいと治るのだから。

 それでも何かとんでもなくショックを受けている事は傍目にも解る。

 

 「ま、まぁ、あれだけ一方的でしたら当然では……?」

 

 「た、確かに……」

 

 「う~ あの速度は反則アル……」

 

 そんな様子をぼんやりと眺めているのは、三人の少女達。こっちはこっちでヘトヘトのご様子だ。

 呼吸も中々整わないし、へたり込んでいるのは膝が笑っているからだろう。

 時間こそ十分程度だったが、浴びせられ続けたプレッシャーが終了と共に腰にキたという事か。

 

 説明の必要は無いだろうが、順に刹那と楓と古である。

 

 実は明日菜もいるのだが、目を回して大の字にぶっ倒れていたりする。やり過ぎだと横島が木乃香に怒られていたのはご愛嬌だ。

 

 「いや、かなり手加減したぞ? 力は一回しか使うてへんし」

 

 「それはそうみたいですが……あ、あれは……」

 

 

 逆に汗も掻かずに落ち着いて茶を飲んでいるのは横島である。

 珠で『再』『現』を発動させて心身ともに酷使していた時と違って、アーティファクトの力を使っているだけなので疲労の影は薄い。

 尚且つ、拷問と区別が付かないシゴキによって霊力を空になるまで搾り出されていたので容量が増えていたりする。これはエヴァの指示の賜物と言えるだろう。

 尤も彼女には別の思惑があるのだが……それは兎も角。

 

 刹那がタラリと冷や汗を掻いているのは、先ほどまでネギ&少女らによる連携で横島と戦っていたからであるのだが……その余りの力の差を思い知らされていたのだ。

 正確に言うと、彼に召喚(?)された人外と戦った訳であるが、そのパワーとスピード、そして鋭さの三つが刹那の知る最高レベルの剣士、葛葉刀子すら凌駕していた。これは驚愕しない方がおかしい。

 それだけでも絶望的な戦力差だと言うのに、かなり手を抜いてくれていた上に力を一回しか使わなかったとの事。

 手枷足枷を付けまくってくれていた状態で完璧且つ徹底的に惨敗を喫していたのだから、愚痴の一つも言いたかろう。

 

 「瞬動かとも思ったでござるが、

  入りのようなものは感じたものの抜きが全く感じられなかったでござる……」

 

 「来る事が解てても、一撃入れられてから気付いても意味無いアルな……」

 

 ここ最近のヘタレ具合はドコへやら。

 幾ら色ボケしてようが、バトルが関われるとスイッチが切り替わるのだろうか、忽ちごく普通の二人に戻っていたりする。

 尤も、未だに横島をまともに見ていなかったりするのだが……それはまぁ、ご愛嬌という事だろう。

 

 やっとこさ彼に対する気持ちに気付いた二人であったが、恥ずかしいやら照れくさいやらで横島に近寄り難く、零に『ケツの青いコムスメが』と鼻先で笑われるし、どちらかと言うと一番後発の円やナナに負けっぱなしというヘタレ具合を曝しまくっていた。

 お陰で距離感が掴めずオロオロしっぱなしという有様を曝しまくっていた二人であったが、何と当の横島から修行の誘いが掛かると話は別。

 そして向こうから声を掛けてくれた事に感謝感激しつつ、授業が終了すると共に横島に言われていたように、ネギ達を引っ張って飛んで来てバトルをおっ始めたのであった。

 

 今日は先行していた円はバンドの練習でお休みであるし、零は零でエヴァの頼まれ事とやらの為に不在。ナナは超包子の手伝いでこれまた不在。

 

 その所為だろうか、遅れを取り戻そうという打算があったのだろう。

 気が付かないレベルの心の隙があった事も解る。それほど一方的だったのだ。

 メドーサと相対するのは二回目。そして戦ったのは初めて。

 しかしそれすらも言い訳の切れ端にもならない。

 

 彼女は、横島から聞かせてもらっていた以上に強かったのである――

 

 今まで横島本人と某修行場の管理人である龍神の女性とはやり合った事はあるのだが、それはどちらかと言うと鍛練、或いは“試合”の色が強い。

 そしてここにきてやっと実戦的なバトルとなったのであるが……結果はズタボロだった。

 

 京都で戦った式鬼達など話にならない。

 それどころかあの銀髪の少年とて、あの邪龍の女性には届かないだろう。

 

 それほどの怪物だったのである。あの邪龍は。

 

 「まぁ、あいつは特殊だしな。

  枷つけてなかったらもっと洒落ンならんかったぞ?

  ものごっつい邪悪で残忍だったし」

 

 「あ、あれ以上、性質が悪いんですか……」

 

 彼女らが戦った時は横島の意志が介在していた。だから彼女らを嬲り殺すような気質は全く含んでいない。

 元のままであれば開始数秒でとっ捕まえて、皆に絶望を与えつつ笑いながら身体を引き裂いていた事だろう。

 

 「そりゃあもぅっ!! あんなモンじゃねーぞ?!

 

  何せ噛んだ相手を石に変える眷属(ビッグイーター)も出してねーし、

  主武器の槍を出してもないし。

  結界兵器も使ってねぇし、超加速も一回だけ。霊弾すら撃ってねーしな。

  こんだけ何もかも封印して戦り合ったんだ。どんだけ楽だったか……」

 

 そう言って遠い目をする横島。

 何となく目が潤んでいるのは気の所為ではあるまい。

 彼女をアレだけ再生できるのだから、並大抵の腐れ縁ではないのだろう。

 

 一回目:次期竜王暗殺未遂事件。

 そもそも何の力も無かったので野次飛ばしただけ。それでも激怒させる事には成功している。

 

 二回目:GS試験介入事件。

 霊能力に目覚めるも後のライバルとの戦いで昏倒。しかしイラ付かせる事には成功している。

 

 三回目:風水盤事件。

 最中に霊能力の格が上がり、何だかんだで思惑を粉砕する要になっている。

 

 四回目:直接対決ではないものの、彼女の謀である人間製の造魔と戦う。

 尤も横島は壷精霊を堕としただけ。

 

 五回目:月面で戦闘。

 雇い主と共に撃破するも、霊気構造を植えられて横島の腹の中で再生させてしまう。

 しかしその後、悪質な嫌がらせ(ヨコシマキック失敗版)によって冷静さをなくして結果的に倒している。

 地球帰還中に最後の力で襲撃されるも、着陸艇の放熱板をぶっつけて撃破。

 

 六回目:CPの件の終盤に再生魔族として復活。

 襲撃を掛けられるも、恋人と共に戦って滅する事に成功。

 この戦いのみ、ある意味単独撃破。

 

 ……追憶で目を潤ませるのも当然だろう。

 某光の巨人に出てきた宇宙忍者か、国民的に有名な放射能怪獣に出て来た金星を滅ぼした三つ首怪獣並みの出演回数なのだから。

 

 本質は超邪悪で、悪魔と契約して霊力強化を促すが、暴走すると魔族となってしまう魔装術を人間に教えるが、制御法は殆ど伝えず、どちらかと言うと堕ちるのを待っていた節があるし、

 香港の事件の時など生き血が必要だと現地の風水師を殺しまくった挙句、残った死体をゾンビ兵に作り変えて私兵にしていた。

 人間など虫ぐらいにしか思っておらず、うっかり殺しても気が付かないほどの見下し具合だった。

 

 そんな彼女がネギ達を鍛える為に“優しく手加減”している。

 

 元々のS気は払拭し切れていないものの、気遣いを見せている彼女の所作を思い出しては、何かこう感慨深いものを感じずにはいられない横島(と、心眼)であった。

 

 そんなみょーに黄昏感を醸し出している横島に何ともいえない表情をしていた刹那であったが、彼の語った言葉の中にある単語が引っかかる。

 先の連携戦の終盤、僅か数分で息を乱すという失態を見せた彼女らであったが、何とか息を整えると再交戦に挑んだ。

 ネギに後方で魔法を使わせ、中距離に楓、近距離に刹那、そして古と明日菜を近接させるという布陣。

 セオリーとはいえ確実な陣形で、第一陣が接敵すればどうにかなるであろうという体勢も整えられていた。

 

 しかし、古が接触する直前にひょいと身を低くし、小柄な彼女の陰に隠れたと思った瞬間、信じられない事が起こった。

 

 『ふぎゅっ』

 

 『『『『え?』』』』

 

 何と最後尾のネギが昏倒しているのだ。

 

 三人ともそれなり以上の実力を持っているし、横島が加わったここのところの修行によって更に勘が研ぎ澄まされている。

 だから達人クラスの行う瞬動や縮地等の“入り”にも反応できるようになっているのだ。

 そんな彼女らの目にも勘にも引っかかる事無く、瞬きの間も無く後方に移動してネギをはっ倒す。そんな移動法は聞いた事も無かった。

 

 しかしいくら僅かの間とはいえ動揺はいただけない。

 

 『おやおや 余裕だねぇ』

 

 『っ!?』

 

 忽ち楓、刹那、古、明日菜の順にはっ倒されてその鍛練は終了の時を迎えたのだった。

 

 横島が口から零した<超加速>という単語。

 ひょっとしたらそれがあの移動法なのではないか? 刹那がそう考えるのは当然の事であった。

 

 「あの……」

 

 「ん? 何だい? 刹那ちゃん」

 

 「あ、はい。

  先ほど仰ってた超加速というのが、鍛練で見せていただいた移動法なのですか?」

 

 その質問を聞いて横島はちょっと眉を顰めた。

 即ち『また口に出してたか』だ。

 元々彼は頭の中で考えている事をウッカリ口にするヤな癖があった。まあ、正直者であるが故と言う事もできなくはないが、このうっかりミスで半死半生でされた件もかなりの数。懲りない男である。

 

 尤も、アレを見せる事も意味がある。

 と言うよりアレを見せる事、そしてとてつもない壁を見せる事が目的であったのだから。

 

 「ああ。

  だけど正確に言うとアレは移動法じゃねぇんだ」

 

 「移動法じゃ……ない?」

 

 「うん」

 

 楓と古も興味があるのか身を起こして耳を大きくしている。

 

 ここのところ何故だかあまり近寄ってくれなかったのにそうやってくれるだけで何か嬉しい横島だった。

 

 ひょっとしたら自分の品性下劣な本性を悟られ、エンガチョされているのでは!? と戦々恐々だったのだから。

 ……まぁ、彼が↑こーゆーアホな思考をしていた事に気付いた二人が、気が抜けて距離を置くのを止める訳であるが……そんな事情を彼が知るのは、もうちょっと後の事である。

 

 それはさて置き。

 

 「超加速っていうのは元は韋駄天の使う技でさ……

  それ以外のヤツはほとんど使えないっぽいんだ。

  他で使えるってコトを知ってるのは小竜姫様と今のメドーサくらい。

  あの二人(二柱)以外は知んねー」

 

 「い、韋駄天って……」

 

 何気なくとんでもない名前を言われて刹那の後頭部にでっかい汗がたらり。

 それでも、そういう謂れの技かもしれないと気を取り直す。それが普通。

 しかし残念ながら、横島と言う男は本人(本神?)と会った事どころかとり憑かれたコトまであるトンでも人間だったりする。流石にヨコシマンの件は言うつもりはないけども。言ったら最後、変態仮面扱い間違いないだろうし。 

 

 「まぁ、細けぇ事ぁ良いんだよ(AA省略)。

  兎も角、そいつらがつかう技なんだけど……

  簡単に言うと、霊力をう~~んと高めて時間の流れを変える技なんだ」

 

 「「「 …… は ? 」」」

 

 やっぱりと言うか、当然と言うか、三人は横島の言葉を聞いて硬直する。

 

 楓や古にしても横島の記憶を観せてもらってはいたのであるが、その能力までは流石に聞いてはいない。それどころではなかったし。

 だから普通に考えると手の打ちようがない術を口に出された訳であるから硬直するのが当然なのである。

 よって真っ先に問い返すことに成功を果たせられたのは……

 

 「ちょっ、あのっ!!

  時間って……どーいうコトなんですかーっ!!??」

 

 ネギだった。

 

 この中では一番魔法という力を理論で知っている少年なのであるのだから当然の驚愕だ。

 問わずにいられないのほどの好奇心が硬直に勝ったからこそ再起動が早かったのだろう。

 だから、びゅんっとスっ飛んで来て横島に詰め寄っていた。

 そんなネギに対して当の横島はしれっとしたもの。そう問い詰められる事が想定内……いや、まるで狙っていたかのように。

 少なくとも楓と古の二人はそう見えた。

 

 「いや、どういう事もナニも……メドーサって龍神の端くれでな?

  どーやって覚えたのか知らんが韋駄天の技の超加速が使えんだよ」

 

 「よく考えたらメドーサって名前とか、リュージンとか、

  ツッコミどこ満載なんですが、そーじゃなくてっ!!

  時間を操るって……」

 

 「? ああ、そっち?

  魔族ン中には相手の人生経験を年齢ごと吸い取ったり、

  映画の中に取り込んで食ったりするヤツもいるんだ。

  だからそんなに珍しい訳じゃ……」

 

 話を聞くだけで顔色が悪くなる厄介そうな相手であるが、横島は経験した事だと平然と答えてゆく。

 

 一応、ネギの知識にあわせてリュージンというのは西洋で言うところのドラゴンロードで竜の神様である事や、メドーサはギリシャ神話のアレではなく、似た名前の大陸(中国?)の魔族である事、

 そして韋駄天とは仏教に使えている非常に足が速い神様である事も教えた(ついでにネーミングセンスとファッションセンスが皆無である事も)。

 

 とは言えそれは単なる説明であり、何の慰めにもならないのであるが。

 

 何せネギ達が戦っていた相手は神様だと言うのだ。

 

 神、所謂GODである。それがホントの事であれば最初から勝てる要素が見当たらない、勝てる訳がない理屈を思いっきり口にされているのだから当然とも言える。

 いや、言えるのであるが……

 

 「? そうか?

  オレ、アイツと六回ヤり合って四回企みを失敗させて、

  一回追い払って、最後に倒したぞ?」

 

 「ウソっ!!??」

 

 尤も、最初の三回は雇い主と共に戦っているし、大気圏突入時のバトルは生死不明だったのであるが、最後で最後の戦い時に再生悪魔として襲撃してきていたのでやはり撃破していたのだろう。よって正確には二回倒したと言えよう。

 しかし、彼が様付けで呼んでいる某修行場の管理人の龍神は全敗しているのだから、とんでもない話である。

 

 「勝てない、と思うのは当たり前だ。

  霊力……ん~……お前らで言うなら魔力か。

  それでいうなら見た感じ、お前ぇの父ちゃん以上かどっこいどっこい。

  普通だったら今のお前らに勝てる要素なんか一つも無いしな」

 

 「それは……」

 

 当たり前だ。

 

 父こそ最強だと知らされているネギにとって、父以上か同等の存在と言われたものに勝つ等、夢物語以外の何物でもない。

 

 「それにメドーサが最強っちゅーわけでもねぇしな」

 

 「え?」

 

 楓と古は横島の記憶を“観せて”もらっているので何となく解っているのだが、ネギや刹那は耳を疑う。

 

 メドーサは地力だけでもエヴァやナギ以上か同等だというのに、あれで最強ではないと言われればそりゃあ驚いて固まりもするだろう。

 

 「ん~ せやったら他にもあのヒトみたいなんおるんえ?」

 

 しかし比較的頭が柔らかい木乃香にとっては、スゴイなぁー程度なのだろうか?

 のほほ~んと首を傾げつつ横島にそう問いかけてくる。

 場違いなほどの可愛い仕種に、横島は『ナニ? この癒し系のイキモノ』等と感心しつつ、

 

 「正確には強いっちゅーかド卑怯?

  無尽蔵に自分のクローン作って放ってくる自称“蝿の王”とか、

  本体潰さん限り無限再生する奴とか」

 

 他にも霊的にしがみ付いて癌のように成長し、相手の力の全てを吸い取って誕生するヤツや、悪魔ではないが相手の体重をほぼ無限に増やしてゆくムチャクチャなヤツまでいる。

 霊障の治療術だけはこの世界をぶっちぎっている横島のいた世界でもそれらの厄介さは半端ではない。しつっこさと執念深さで勝るメドーサほど苦労してはいないが、霊力の卑怯っぷりでは殆ど差は無かろう。

 

 尤も、彼らがその実力を発揮できていたかと問われればかなり疑問が残る。

 

 笛吹き悪魔は本体との距離が半端では無かったからド厄介だったのだが、攻撃用の小型分身が笑い上戸だったし、何よりプライドが高かった所為か挑発に異様に弱く、本体が出現させてしまうと比較的アッサリと倒されているし、

 

 無限再生する奴は、能力そのものは異様に厄介であったが、実のところ横島に翻弄されまくって調子を崩して納得できない最後を迎えているし、

 自称“蝿の王”に至っては全て偶然によって横島と元雇い主によって倒されている。

 運と相手の油断が手伝ってくれただけで、油断してくれていなければとっくに肉塊だっただろう。

 

 横島もその事は自覚しているし、理解も出来ている。

 そして“こっちの世界”には、そんな上級悪魔はほぼいないであろう事も。

 

 しかし横島の話を聞き、皆は驚きを隠せない。

 そして魔族が見た目では実力が量りし得ないという事も。

 

 「まぁ、上には上はいるし、

  オレの知らんとんでもないヤツだっているだろうな。

  ただメドーサは時間をほぼ停止状態に出来る。

  お前ぇの父ちゃんどんだけ強かろうが、

  魔法を撃ち出した瞬間に位置を置き換えられたら流石に不味いだろ?」

 

 「……」

 

 そう言われると流石に言葉に詰まるネギ。

 実際、横島の元雇い主は自分が撃ったライフルの弾が着弾する場所に移動させられ、危うく頭部を弾けさせられそうになった事がある。横島の必殺ヨコシマキック(失敗版)が炸裂しなければ間違いなく短い生涯を閉じていた。

 認識できない時間の隙間を好き勝手にされれば、例えどんな英雄豪傑であろうと手も足も出せないのだ。

 

 とは言え、横島は高畑やらエヴァから聞いた話が全て本当であれば、メドーサが初見であるならナギは勝つだろうと思ってもいる。

 

 “初見なら”と言うのは、メドーサは人間を見下し尽くしているので万に一つも自分に勝てると思っていないからで、今まで自分や自分の雇い主やらに敗退しているのは舐め切っていたからだ。

 そして最終的にメドーサが横島によって滅されたのも、何度敗走しても人間ごときに負けたと殆ど認めていなかったので反省が無く、隙が変化していなかった事が最大の敗因だった。

 

 だからナギが自分に迫るほどの人間とは思えないほどの魔力を持つ……等という話なんぞ戯言に過ぎず、想像の範疇にも無い話なので恐らくまともに攻撃を喰らって半死半生にされた挙句、実力を発揮できぬまま止めを刺されて終わりだろう。

 油断さえしていなければ万に一つも勝機を見せないと相手であれ、戦い方次第で有利に進ませられる。少なくとも勝機を見出すチャンスが訪れる可能性があるのだ。

 

 そして横島はわざと勝機がある部分を教えていない。

 どう考えても勝てない相手に勝ったと言う話を語っただけだ。

 以前の、昔の彼であればそれは単なる大言造語の自画自賛ホラ話なのであるが、今の彼は違っている。

 

 「良いか? ネギ……そして楓ちゃん達も」

 

 横島は皆に聞こえるよう、そして見守るように一度皆に視線を向けて意識を促す。

 その眼差しの温かさに楓と古ばかりか、木乃香と刹那もちょっとドキンとしてしまう。変化が無いのはぶっ倒れている明日菜くらいだ。

 

 「いいか? 世の中何が起こるか解らん。

  ぜってーに大丈夫のはずだった京都の本山だって、

  アッサリ制圧されて木乃香ちゃんが誘拐されてる。

  そりゃ確かに、相手がド外れた実力者だったっちゅー事もあっけど、

  事件起こされた後なら何の言い訳にもならん。

 

  それにそんなマジで強い奴と殺り合うハメになったら何の泣き言も言い訳もできん。

  つーかする暇が無ぇし。

  ンなコトやってて木乃香ちゃんらがエラい目に遭ったら悔んでも悔み切れんだろ?」

 

 それは……良く、解る。

 

 実際、古は城の屋根から木乃香達が落下してしまった時、届かなかった数センチに絶望していた。

 

 指か届かない、手が届かない、指が届かない、帯の強度がどうかといった理由等、二人が墜落してしまえば何の救いにもならないのだ。

 

 あの危機を救ったのは横島の奇跡であり、底力。

 

 横島は、何が何でも絶対に助けてみせるという粘りと踏ん張りがある。

 例え指先が木乃香から遠ざかろうと噛み付いてでも、空中を泳いででも救うという気合がある。

 

 そしてそれら奇跡を起こしているのは、実行できるようにしているのは、彼が持っている力の大きさ云々だけではなく、自身の霊能力を完全にコントロールできるようにしている事であった。

 

 「強い相手がどーとか、敵の実力がどーとかやない。

  自分より格上を出し抜く事。絶対的な実力差があるヤツを出し抜く。

  それを考えねぇアホさ加減。

  力には力っちゅー大艦巨砲主義で進んどったら、

  何れ実力者相手にしたらボロ負けする」

 

 言うなれば近距離でバズーカの撃ち合いをするようなもの。

 どれだけ強くなろうと、強い魔法が使えようと、その分消費される魔力もドシドシ上がってゆく。

 そうなれば今度はタンクを大きくしないと話にならないし、その間ちょっと待ってくれるほど悠長な敵ばっかが来てくれる筈が無い。

 

 それに大艦巨砲主義は常に手数に負けている。

 実際、どれだけ頑丈にして防御力を挙げても被弾率が上がれば何時かは壊れる。どうやったって弾数の多い方が有利なのだ。

 それが強い術師の放つ魔法となると、一撃イイのもらえば瞬殺だ。

 だったら弾数が少なくとも、効果的に使う方法を考え付けば良いのである。

 

 「修行で地力が上がっちまった所為か、

  お前は何時の間にかその事を忘れてんな?」

 

 そう欠点を指摘されると、ネギも自覚が出来ていたのだろう、その背中からでも見て取れるほどのショックを受けていた。

 修行によってある程度自信が付いてきたのは良いが、今度は速く決着をつけようと焦っているのか力押しが増えてしまっている。

 

 だからフェイントから踏み込みに移るコンボや、フェイントで距離をとって威力のある魔法で攻めるというパターンを多用していた。

 そして何をどう間違ったのだろうか、横島に負ければ負けるほどそのパターンを強化していったのだから始末が悪い。

 

 「明日菜ちゃんは力に振り回されてるし、

  刹那ちゃんは間合いを大きくし過ぎてる。

  そして楓ちゃんと古ちゃんは自分の間合いを伸ばそうとし過ぎてんぞ?

 

  この間までド素人だった明日菜ちゃんは兎も角、

  この三人がペース乱してどーすんの?

  戦いは状況で変幻するってコト忘れてんじゃん」

 

 「「「う……」」」

 

 見た目は今一つ頼りない横島であるが、その実は十年もの間退魔の超最前線でいた彼である。

 何せ彼は修行らしいコトは殆どやっておらず、実戦のみで自分の霊格と戦闘能力を高めていった異常者だ。

 その分、戦闘理論を無理に持ち込まない自由で柔らかい戦術,戦略が組めるし、戦損能力や帰還能力も存外に高い。

 

 もっと正確に言えば、人間なんかじゃ勝つ事が出来ない存在と十年もの間戦い続けて生き残ってきたとびっきりの戦士でもある。

 だからこそ横島の、このような若輩者の言葉であるというのに、こんなに重い――

 

 「オレも偉そうな事は言えんし、

  まだまだポンコツやけどそれでも教えれる事はある。

 

  オレの戦った相手でオレより弱いと言い切れるヤツは殆どおらんかった。

  そんなオレでも今もまだしぶとく生きとる。

 

  見苦しいても、無様でも、生き残れんかったら負けや。

 

  せやから、どんなに怪我しても、どんなに傷だらけになっても生きて帰れるようにしたる。

 

  生きて帰ってきたらオレが治せる。

  どんな怪我でも、ぜっっっっっったいに治したる。

 

  勝てなくても負けない。それくらいの方法しか教えられんが――」

 

 勝てずとも“絶対に”生きて帰れるくらいにはしたる。

 

 「「……っっ」」

 

 何時に無く真剣な眼差し。

 

 射抜かれるように真っ直ぐ自分達に向けられた言葉は、『心配している』等と言った単純な意味だけではなく、隠し様の無い切実さを含んでいた。

 直後、自分らしくない言葉を吐いた事にばつが悪そうな顔をしはしたが、言った事を否定してはいないのだから心真を口にしたことは間違いない。

 

 

 ――……あ、そうか。

 

 

 そんな横島を目にし、楓と古はいきなりすとんと理解が出来た。

 珍しく横島から修行を言い出してくれた事。

 克明且つ鮮明な記憶の所為で女に手を上げられなくなった彼が、ハリセンとはいえこちらに得物を突きつけられている事。

 そして幾ら手加減してくれてはいても、危険極まりない魔族を再現して戦わせてくれた事……

 

 それはつまり彼は、自分のトラウマの痛みすら押さえ込めてしまえるほどまで、こちらの身を案じてくれているという事なのだろう。

 

 これが他の男なら笑って済ませられるレベルであろうし、二人もそんなに気にしたりはすまい。ご苦労様程度だろう。

 だが彼女達は横島が抱え込んでいる爆弾や、それらが齎せる心身の激痛も理解できている。

 

 

 だからこそ、

 

 だからこそ彼のその想いが涙が滲むほど嬉しく、

 

 

 

 

 

                ――胸が張り裂けるほど切なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その店がこの学園都市にできてもう二年は経つだろうか。

 

 しかしその間に、この店はこの都市で欠く事のできない場へと発展していた。

 クラブ活動の一環故か値段も手ごろで味も良く、愛想が良いし接客もファミレスより上なのだから人気が出て当然だろう。

 尤も、学園都市内“のみ”という括りが設けられてはいるが、オーナーはまだ女子中学生だというのにちゃんと営業許可が取れているのはこの学園の不条理さを表しているのであるが……

 

 その学園内名物飲食店、<超包子>。

 麻帆良公園前支店に、可愛らしいミニチャイナに身を包んだ少女が一人の少女を相手に接客を行っていた。

 客は長い金髪の少女で、小学校を上がったくらいの外見。

 路面電車を改造したような店のカウンター席に腰を下ろし、足を組んで座っている。

 

 そう聞くと背伸びをしている子供のそれであるが、どういう訳か異様にそれは様になっており似合い過ぎていた。

 

 普段の店の状態を知る者は驚くほどに周囲に人の気配は無く、客はこの少女のみ。

 おまけに店に立つのも、このミニチャイナの少女のみ。

 

 しかし少女は然程も気にせず、にこやかにこの客の相手をしていた。

 

 「営業妨害という言葉を知てるカ?」

 

 「気にするな。これを飲んだら帰る」

 

 セリフにはやや棘はあるが、責めている訳ではない。

 どういう理由があるのか知らないが、彼女は本心からこの客の少女を歓迎しているのだ。

 

 「しかし……封印されていると言うのに力が使えるとはネ……

  何か良い触媒を手に入れたカ?」

 

 「いや。単に“電池”を持っているだけさ。その実験もかねている」

 

 疑問を笑みで返し、金髪の少女はグラスを傾ける。

 

 月齢が満月寄りになる頃、時折現れてカクテルを呷る彼女であるが、今日は珍しく“平日”であるし尚且つ口にしているのはエンジェルキッス。

 皮肉を感じないでもないが色々と珍しい事もあるものだ。

 

 「電池……ネ……」

 

 「まぁ、気にするな。大した事ではない」

 

 興味深げな視線を向けてくる店主に苦笑して答えた少女は、ポケットに入れている“珠”に意識を向けた。

 この都市内ではその力を完全に封じられているというのに、呆れた事に魔力はまだ半分近く残っている。

 何時も集めていた方法に比べ、減りが遅いのだ。

 

 客の少女はミニチャイナ姿の少女に“これ”を教えてやりたいという誘惑に耐えている。

 

 何というか……彼女の持つ科学や魔法学の概念を木っ端微塵に打ち砕くものであり、頭を抱える事請け合いである。或いは彼女が大変羨ましがる事だろう。

 

 その時の表情を夢想し、苦笑で持って噛み潰す。

 

 『ったく……

  私は新しい玩具を手に入れてはしゃぐガキか?』

 

 まだそんな子供っぽい部分が残っているとは……と苦く思うが、不快にまでは至らない。

 それもこれも楽しいのだ。

 様々な意味で規格外なのだから。あの男は――

 

 「なぁ、超」

 

 「何かネ?」

 

 そんな苦笑を誤魔化すように少女は口を開いた。

 

 「“決戦存在”……というモノを聞いた事はあるか?」

 

 「コレはまた……

  貴女の口からそんなファンタジーなセリフを聞けるとは思わなかたヨ」

 

 「ぬかせ。

  吸血鬼に言うセリフか? それは」

 

 くくく……と笑いながら、『尤も、私もそう思ってはいるのだがな』と小さく漏らす。もちろん聞こえないように。

 

 「無論、知てはいるガ……何時からラノベに手を伸ばしたネ?」

 

 「ああ、ちょっと“読んでしまって”な」

 

 何を――は口にしない。

 

 「それで思い出したんだが、少し気になってな……

  普通“決戦存在”とはどういった力を持つ?」

 

 急に人払いの術を掛けてやって来た挙句、何を言い出すかと思えば……と眉をひそめつつも律儀に首を捻る少女。

 

 その莫大な知識と知性をもってしても彼女が何の意味を持ってそんな質問を投げかけてきたかは不明であるが、問われれば答えるのは世の情けなのだろうか、

 

 「フム……言うなれば『無力で絶大な力』といたトコロかネ」

 

 「ほう……」

 

 結局は持っている知識を整理して説明してやるのだから。

 

 「決戦存在は英雄や勇者とは程遠い存在ネ。

  力あればそのどちらかになれるし、襲い来る害意に一人で戦いを挑めるしネ」

 

 「フム……」

 

 「勇者に従えば英雄の一角となり、英雄に着けば従者となる。

  シカシ決戦存在という名が示す通り、その存在は欠く事はできない。

  形無き力なれど勇者や英雄達も決戦存在抜きには勝利は得られないネ」

 

 「……」

 

 「つまり、無力ながら破滅への方向を傾け、何気なく勇者や英雄を立ち上がらせる者。

  その一言で何かを閃かせ、

  何気ない仕種だけで人々を立ち上がらせる起爆剤を持ち合わせている者。

  形無き影響力を持ち、尚且つ自体は何の力も無い者。

 

  逆に力と影響力を形を持って見せる者は敵やライバルとなって勇者らを鍛え、

  和解すれば己が力を無くす存在。

 

  世界が状況打開の為に用意する者、それが決戦存在ネ」

 

 『強敵保存の法則もコレに当たるヨ?』という言葉を耳に流しつつ、自分の立てた仮説にその言葉を当てはめて行く。

 今更理解してどうする? と思いつつも納得だけはしたいのだろう。

 思考の中から意識を戻し、目の前にいる天才少女に最後の質問を向けてみた。

 

 「なぁ、もし――」

 

 「ん?」

 

 「もし、その決戦存在が勇者をも超える力を急に持ち、

  邪竜すら一撃で滅する超存在にとなり、

  尚且つ絶対に敵にもライバルにもならないのならどうなる?」

 

 「はぁ?」

 

 いきなり何を言い出すかネ? このちみっ娘は。という眼差しを思わず送ってしまうが、困った事に問い掛けてきた少女の眼はかなり真剣な光がある。

 

 流石の超天才少女もサッパリ理由がわからないのだが、『超だからこそ問い掛けた』というのなら、何時ものお茶らけを潜めて真面目に考えねばなら無い。怒らせたら怖いし、何より答えられないと思われるのはちょっと悔しい。

 

 「……ラノベ風の答になるガ……良いかネ?」

 

 「あぁ……」

 

 一体何を求めているのだろうと思いつつ、一応立てた仮説を口にする。

 

 「それは……恐らく不慮の死を迎えるとかだネ。

  勇者となる器は世界が用意する。

  しかし決戦存在も力を持たとすれば巨大な影響力を持つ存在が二つとなてしまう。

  そうなると世界にとって邪魔者にしかならないヨ。

  如何にご都合主義で勇者の側に存在し続ける者であろうと、

  世界が敵となるのだから抵抗できないネ」

 

 「ふむ……」

 

 「もう良いカ?」

 

 彼女は舌が肥えているから文句が的確で痛い。そんな彼女だから客としてはイマイチだが、友人としてはかなり好意を持てる。

 しかしながらいい加減店を開けたいのだがネ……という気が増してゆくのはしょうがない事である。

 

 「……最後に一つ」

 

 「何カ?」

 

 

 「もし、その存在が必要以上にその世界の神々に愛されていて、

  尚且つ世界にも好かれている場合はどうなると思う?」

 

 「 は ぁ ? 」

 

 

 ナニソレ? というのが正直なところだ。

 勇者より影響力や力があって、勇者より良いトコ取りではないか。

 厨臭いラノベとかにでも毒されたか? と思ってしまうのもしょうがないだろう。

 それでも眼差しの真剣さには逆らえず、しっかり考えてしまうのは思考する者の定めだろうか。

 

 「……一つは、勇者が入れ替わる。決戦存在が勇者になるネ。

  それだけ好かれてたら世界が助けるように動くは当然ヨ」

 

 「ふむ」

 

 「もう一つは……

  話がカミサマが関わてくるから話が大きくなり過ぎるガ……

  “その世界”が別の世界に送るか、

  その力を勇者より下に落させる……といたトコロかネ?」

 

 ――カミサマなんてのが出てくると、話が非論理的になるからテキトーな説になるけどネ……

 と言葉を続ける。

 

 彼女の言葉を噛み締めるようにふむと頷いた金髪の少女は、意外なほどにこやかな笑みを浮かべてゆるりと席を立った。

 

 「フ……

  何となくではあるが納得できた気がする。

  礼を言うぞ」

 

 「アナタに礼を言われるのは気持ち悪いネ。

  しかしどういう風の吹き回しカ……聞いていいかネ?」

 

 まるで会計を告げるように言うのだが、顔つきは真剣。少しでも意図を探ろうとしているのに間違いは無い。

 そんな店主の思惑を鼻先で笑い、金髪の少女はパキンっと指を鳴らした。

 するとその音は広場に染み渡るように広がり、場に人々が寄り集まってくる。世界がざわめきを取り戻したのだ。

 

 「……つれないネ」

 

 「何。お遊びのようなものさ」

 

 そう言ってどこから戻ってきたのだろうか、雇われ店員からレシートを受け取ってレジに向かう。

 ミニチャイナの店主は聞いても無駄かとさっさと見切りをつけて料理の下ごしらえに戻った。

 

 だが、そんな彼女ではあるが思考に突き刺さった棘が段々と疼きを増してゆくのは防げない。

 何か言い様無い不安感が彼女を焦らせ始めたのである。

 

 そんな彼女の姿を目の端に捉えつつ、客だった少女は口元を歪ませていた。

 

 『勇者や英雄を超えるだろう、

  別の世界の決戦存在が、

  この世界の英雄のヒヨコと共にいる。

 

  それがどういった作用を起こすかは……自分で確認するのだな』

 

 

 愉快。

 

 

 愉快だ。

 

 

 ヤツがこの地に、この世界に来てからだろう連なる変化。

 十数年の退屈の日々の後に出会えた異端。

 “この世界”にとっての異物であるヤツが巻き起こす変化を味わう事もまた今の彼女にとって極上の娯楽と言えよう。

 

 それらによって起こるであろう混乱は、今までの窮屈さを払拭させる何よりの美酒なのだ。

 

 話をしていた彼女もまたスパイスとも言えよう。

 

 何より特異点と特異点は交わり易いのだから。

 

 

 

 

 それは、“この世界”に来てしまった異端と……

 

 

 

 

 

            “この時代”に来てしまった異端――

 

 

 

 

 




 ここに来るまで三年経ってたり。
 ガッコ上がる前からだから……うわっ 我ながら長っ
 この辺りから原作の新設定で悩みだしたんだっけw?

 ネギの目的って何だったんでしょーね? 後半はバトルばっかだったので忘れてますよ。ええ。

 相も変わらずgdgdなお話ですががんばります。
 続きは見てのお帰りです。ではでは~


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二十三時間目:黄昏ぞーん
前編


予約投稿失敗例その2(涙)
ご迷惑おかけします。
大修正したのに上書きミスしてますので、おいおい修正させていただきます。



 朝の登校は相も変わらず学生達が地響きを立てて爆走するのであるが、放課後……それも土曜日ともなれば他校と然程変わりはない。

 

 無論、下校する人口密度とかを横に置いての事であるが、遅刻とかの理由が関わってこないからであろうか、全力全開の疾走は見られない。単に朝が異常過ぎるだけだ。

  

 彼がここに来てもう何ヶ月も経つのでいい加減見慣れてきているはずであるが、やっぱり朝と放課後のギャップは凄いと感じる。

 

 「……まぁ、単に例の認識阻害とかいうのに掛かってないからかもしれんが」

 

 『だろうな。

  一般人ならその呪式に掛かっていなければこの街での生活は受け入れられまい。

  何しろ日常の光景からして無茶なのだから』

 

 「ま、そりゃそーなんだが……」

 

 本日は土曜日。

 

 学校も部活がなければ半ドンなので家(寮)路に着くのが普通であるが、どういうわけか生徒達の数は少ない。

 おかしいなぁ、クラブ活動に勤しむ輩じゃない限り、土曜だったらとっとと帰って遊びに行くだろうのに。それとも、駅に直行してコインロッカーで着替えるんか? それにしたって駅に行くヤツの姿くらいあるだろーのに……と人通りが少ない道を歩く一人と一匹。

 歩きやすいからか小鹿はぴょんこぴょんこ跳ねて喜んでいる。

 そんな所作に癒されつつ、横島は首を傾げていた。

 

 「あ、そうか」

 

 が、はたと今の時期との関連を思い出した。

 

 考えてみれば生徒の影が少ないのも当然。

 何せ大型イベントである学園祭が刻一刻と近寄りつつあるのだ。

 そんな時にお気楽極楽に寮に帰るヤツなどそうそういる訳がない。

 

 用意がある者は当然居残りであろうし、無いヤツは他の学年やクラスの出し物を冷やかしている筈。

 学生時の自分がそうだったのだから、ド外れたお祭り好きのここの生徒達がそれをやらない訳が無いではないか。

 

 つーか、確かに人通りこそ少なくなってはいるが、周囲はドコよこのカオス空間? と聞いて回りたいほどの仮装集団がチラホラ。

 遠くには突貫工事で作られたにしては出来が良すぎるインチキ建造物もおっ建っている。凱旋門見上げた時には、頭が痛くなったものだ。

 

 それに用務員ズの毎朝の朝礼で学園祭時の担当地区と行動範囲、およびローテーションの確認なんぞを繰り返しているのだ。だというのに気付くのがここまで遅いというのは如何なものだろうか? 

 

 ……尤も、それは彼だけが悪いのではなく、ここ最近の鍛練によって日数感覚はムチャクチャになっているというのが主な理由だったりする。

 

 “本当の十七歳”の時ならいざ知らず、今の彼は女の子達(と、ネギ)の鍛練には慎重に慎重を重ねた気の使い方で取り掛かっている。万に一つの失敗も無いようにだ、

 例え怪我する破目になっても痕を残さないよう、そしてそれを肥やしに出来るよう、心眼と共に最善の注意を払って少女達(しつこいようだが+ネギ)を鍛えているのだ。

 

 戦いとは千変万化。自分の得意フィールドだけで戦えるとは限らない。そして常に相手が自分と同等以下とも考えられない。

 

 あらゆる状況下で敵の力量を量り、さりげなく威力偵察をし、情報を集める。

 相手の誘いに乗って舞台に登る等、愚の骨頂。寧ろ相手を舞台から引き摺り下ろす事を考えさせるよう努めていた。

 

 零は良い。やや自ら闘いに走りがちであるが、経験の多さから場を読む能力は異様に高い。

 楓や古も零には劣るものの、その駆け引きが出来る。元々が武術家であるのだし。

 実はド素人の円にしても、感受性の高さから相手に呑まれることもあるが、霊的な見極めの取っ掛かりは掴めて来ている。

 

 明日菜も、ドが付く素人だったはずなのに、持ち前のド根性と常軌を逸した身体能力によってグングン成長してきている。横島並みに無駄な動きが多く、持久力が彼を下回っている為にスタミナが切れるのが早いのが難点か。

 意外にも木乃香は場の空気が変わろうと自分のペースを崩さず、落ち着いて座学やら札術やを学んでいたりする。おまけに結果も出ているし。これが天賦の才というものか。

 

 だが、更に意外なのは刹那である。

 

 実力の点ではそんなに心配する事は無い。

 本気の楓と良い勝負であろうし、何より横島が鍛えている今の古よりもまだ強い。翼を出した本気モードに入れば、二人がかりでも闘えるほどなのだから。

 剣の技術云々はまだ大振りが多く危なっかしいものが残るものの、そんなに文句は無い。鍛練の時、わざとそこを突いた攻撃をしているので、慣れてきたらどうにでもなる位になっているのだから。

 修行不足云々は人の事を言えない彼であるが、達人クラスを見た経験ならそこらの魔法使い達すらも凌駕している。そんな彼の目をもってしての感想なのだからかなり正確だ。

 

 しかし、そんな彼だからこそ言える事なのであるが……

 どういうわけかこの娘、桜崎刹那は、腕前云々は別として精神の方は木乃香にかなり依存していたのである。

 

 「なんつーか……

  こんだけ依存しとったら拙いんでないかい?

  木乃香ちゃんが行方不明とかになったら幼児退行とかしそう」

 

 『何バカな事を……』

 

 そうかな(笑)?

 

 いやまぁ、それは兎も角――

 これまた人の事言えた義理ではないが、京都の一件で木乃香の危機に対し彼女はその身を曝して庇っている。

 一時覚醒した木乃香の力と無意味に凝縮した横島の“珠”の効果もあって、結果的に皆無事で終わった一件であったが、文字通り『木乃香を守る為に命を懸けている』ので危険なこと極まりない。

 

 下手をすると後先考えず彼女を守ってしまい、結局“護り切る”に至れない可能性が高いのだ。

 

 「守ったつもりで相手の命縮めたら世話ねーしな……」

 

 『ヨコシマ……』

 

 溜息と共に呟かれた言葉が異様に重い。

 

 心眼はまだ話を詳しく聞いていないので要領を得ないのだが、このお調子者がこうまで変わっているのだから相当の事があったであろう事だけは掴んでいる。

 

 ただ、元々自分は彼をサポートする為に生まれた存在で、彼を支えたり助言をしたりする事に存在意義を見出していた。そんな自分が肝心な時に彼の側におらず、間を抜かす形で“結果”に至ってから再会を果たした。その事が無性に悔しい。

 奇しくも、心眼も横島も誰かを庇って逆に力になれなくなっている。そんなところばかり似ずとも良いものを。

 それもまた繋がりであると言えなくも無いが、時折夕日に寂しげな眼差しを向けている彼を見た時にはやはり悔みの方が大きく湧いて来るのは如何ともし難い。

 

 『(至らなさで悔むのは生きる上での業なのかもしれんが……)』

 

 そう、横島とは別の意味で溜息を吐く心眼だった。

 

 

 と――

 

 

 

 「あぁ――――っ!!! 見つけたでぇっ!!!」

 

 「ぬぉわっっ!!??」

 

 『!!??』

 

 ちょっとばっかおセンチさんになりかかっていた横島の後頭部を、関西弁の馬鹿声が殴り飛ばした。

 至近距離ではないのに耳にこの威力。押さえた耳の奥がギシギシ撓っている。

 

 「ちょ……ま……だ、誰 じ ゃ ―――― っ ! ! ? 」

 

 頭の中で独楽が回っているかのようにぐらんぐらんと首から上の座りが悪い。

 

 気の抜き過ぎだといわれればそれまでであるし、自称:大首領にバレたらただではすまない。ちょーオシオキは必至だ。なので大声で誤魔化してみたり。

 

 「オレやーっ!!」

 

 しかし相手も然る者。つーか空気読んでないだけか。

 横島の問いに対しその声の主は、ビシィッッ!! と自分の胸を親指で指して答えたではないか。

 

 「あ……お前は……」

 

 幾ら人影がまばらとはいえ往来のど真ん中。

 そのやり取りに人目は集まり、好奇に満ちた目が二人を見比べている。

 

 片や、青いツナギの用務員。

 赤いバンダナが特徴的だが、さりとてそれ以外が目立つわけでもない、そこらにいる平凡そうな青年。

 

 その当たり障りのなさ過ぎる外見から目立たない事この上もない。

 

 だからもう一方。声を掛けて来た側の方がハッキリ言って目立っていた。

 

 幼さを残す、十代前半もいいとこの少年が一人。

 黒い短ラン手前の学ラン姿。

 生意気そうなツンツン頭には何故かネコ耳ならぬ犬耳があり、それがまた妙に似合っている。

 パッと見はそこらにいるだろう、背伸びした生意気なガキであるが、実のところちょっと違う。

 

 その血の半分は人以外のものが流れているのだから。

 

 「やっと見つけたで! 兄ちゃん」

 

 そう。

 

 ヘルマン襲来からこっち全然会っておらず、西の本山からどういった沙汰が下りたのかすら殆ど知らなかった狗族ハーフで犬神使いの少年。

 

 元、西の刺客としてネギと戦ったこともある彼、

 

 

 

 

 

 

 

 「―――……誰だっけ?」

 

 

 だぁああっっ!! とおもいっきり滑りコケル少年。

 いやぁ~どーもヤローの顔は覚えにくいと後頭部を掻く横島の呑気な顔が恨めしい。

 

 「それに、やっぱこういったシーンやったら、かまさなあかんやろ? お約束は」

 

 「そ、そんなお約束はイランわ――――っ!!!」

 

 「何を言う!! 例えウケんでもお約束は続けるもの!!

  ウケずとも続ける事によって笑うてもらえる場合もあるんやぞ?!

  それを否定するというのか!!?? お笑い芸人に謝れ!!!」

 

 「 ア ホ か ―――― い っ っ ! ! ! 」

 

 

 

 ………まぁ、そういった訳で、

 横島とこの少年……犬上小太郎はやっと“素面”での対面を果たしたのであった。

 

 

 

 

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            ■二十三時間目:黄昏ぞーん (前)

 

 

 

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 「ふーん。ほな、コイツは夏美ちゃん達のトコにおんのか」

 

 「うん。なんか千鶴姉が気に入っちゃってさ」

 

 「だって、ねぇ……?」

 

 そう小太郎に微笑みかける千鶴であるが、彼からしてみれば ねぇと言われても返答に困る。

 そのやり取りに言い様のない憤り(主に嫉妬)に駆られる横島であるが、よりにもよって小学生×中学生に嫉妬を覚えるわけには行かないので口を噤んでいた。

 

 この三人。

 

 小太郎が引き取られた部屋に住んでいる夏美と千鶴が、一緒に校舎への通学路を歩いていた理由は、

 

 「ああ、出しモンの準備か」

 

 「正確に言うたら食いモンの買出しな。菓子とかが多いさかい、荷物持ちしとんや」

 

 という事らしい。

 これだけ大掛かりな学際なのに、その準備を余裕もってやり過ぎていたという気がしないでもなかったのだが案の定だ。

 

 いや、実は横島が意外なほど丁寧に鍛練をつけていたので、ネギも少女らもやたら疲労が抜け切らず日中ぐったりしてたりする。それが学祭の用意時間を押していたりするのだ。

 その件に関しては大首領様(エヴァ)に詰め込み過ぎだバカモノと叱られ(拷問)ているので、カッチリ教えつつ余裕を持つ事にしている。それが今日のような休息日である。

 時間的に言うのであれば、エヴァの城で休めば良いという説もあるのだが、あの場所は修業場でもあるので身体は休めても気が休まらないのだ。

 横島が何時でもドコでも爆眠できる体質なので起こった大失態の一つである。

 

 もう少し気がつくのが遅ければ、学生生活を捨てさせるに至っていたかもしれない。

 だから横島にとっては猛反省期間中でもある。

 

 「ん? 言うたらお前部外者やろ? 校舎入ってええんか?」

 

 「オレ、今は夏美姉ちゃんの弟って事になっとるんや。

  せやから名前も“村上”小太郎や」

 

 「ほぉ~」

 

 聞けば、反乱の関与やら本山脱走やらは、関西追放というだけでほとんどチャラだったそうだ。

 そりゃ確かに間違っても彼は悪人ではないし、麻帆良に対して悪魔が侵入してきた事を告げに来てくれたし、何よりその悪魔を退治する為に尽力しはした。

 ではあるが、本山壊滅の危機の一端を担った筈の小太郎に対し、余りに軽い刑罰のような気がしないでもない。

 

 まぁ、横島にしてもあんまり嫌いになれないタイプの少年だと感じていたので文句を言うつもりは無いが。

 

 「……ん? 夏美ちゃんの弟って事で書類が通っとるんやったら、おまえ……」

 

 全ては語らずチラリと二人に顔を向けると、二人の話の邪魔にならないよう かのこを愛でていた千鶴が小さく微笑んで頷いて見せた。

 つまり、この二人は“裏”の事を――

 

 「おぅ。

  兄ちゃんが言うたように、よう考えてから二人には言うとる。

  あぁ、あやか姉ちゃんには言うてへんで。

  即行で眠らされとったさかい、何があったか理解してへんみたいやし」

 

 「そっか……」

 

 横島はそれ以上の事は聞かず口を噤む。

 

 事件に巻き込まれたというのに何の手も打たず、生徒に丸投げしている感も強いのだが、それでも小太郎は小太郎なりに考えて決断し、尚且つなにかあった場合の責任も取るつもりでいるようだ。

 だったら自分はこれ以上何も言う事もなかろう。

 

 ふと三人から目を外せば、出し物であろう気の早い露店が営業を始めていた。

 横島はその店に立ち寄り、クレープ屋で五つ買って二つを自分と小鹿にとって残りを小太郎達に勧めた。

 なんやクレープや女の食いモンないかと文句を言いつつも、横島と小太郎の分は中身がハンバーグとチーズにしていた事を理解するとバクバク食い出す。

 もちろん かのこはラズベリージャム。手には持てないので彼が千切って分け与えているのも自然な流れか。

 

 そんな気遣いや、好物を渡された子供の様な横島の食いっぷりに千鶴達は微笑ましげな表情をしながら奢ってもらったブルーベリーカスタードを食べた。

 

 横島はまさかこのオレが男に食いモン奢る日が来るとは……等とみょーに感慨深いもの感じつつ自分の唇についていたソースを舐めとる。

 具材が良いものを使っているのだろう妙な風味もなく、街のクレープ屋よりずっと美味い。侮り難し麻帆良の出店。

 

 「ま、こっちがバラしたんやなくて、向こうから関わらせ来たんやからな。

  最悪、向こうはあのジジイの目を通して見て関係者扱いしとるかもしれん。

  それやったら逃げ方か、迂回の仕方くらい教えんと話にならんしな」

 

 そう他人事のように言いながらも、横島は小太郎にちょっと感心していたりする。

 この少年はちゃんと自分で考えて無関係な者と、関係してしまった者との対応をの仕分けを行っているのだ。

 

 “何故か気になる”という場所や、“何故か気になるモノ”にはなるべく近寄らせない。

 不安がらせるのは嫌なので、天井裏などに祓いの札をコッソリ仕掛けておく。

 あんな事があった後なのでという理由で“裏”のお守りを持たせておく、等々……

 元々が部外者である小太郎に出来る範囲は狭い。だがそれでもかなり的確ではないかと感心してたりする。

 

 いや少なくとも、関係してしまった人間に対しては上等の方法であると言えよう。

 特に“何故か気になる”場所やモノに近寄らないように言っているのはかなり点数を入れたくなる助言だ。

 それは“何か”の誘いか、認識阻害が掛かっていないに他ならないからだ。

 

 「……ま、難点は他の人間の力借りてないとこだな」

 

 「しゃーないやろ。こっちに伝なんぞないわい」

 

 「せやったら今度その天井に仕込んどるっちゅー札か、

  お守りに使うとる式、オレに見せてみい。

  足りんとこ直しちゃらぁ」

 

 「ホンマか!? ちゅーか、兄ちゃん西の術や解るんか!?

  ほれにさっきから関西弁になったり東の喋りンなったり忙しいな」

 

 「質問は別個にせぇ! 

  まぁ、正確に言うたら術や式の方は記憶しとるだけやけどな。

  少なくとも封じ札やら結界の式の図柄は100%描けるぞ。

  関西弁が出たりするんはオレが元々大阪に住んどったからや」

 

 「「「へぇ……」」」

 

 と、小太郎達が同時に感心の声を上げた。

 そのユニゾン具合は本当の姉弟のようだ。

 そう素直に感心している小太郎に、横島は心眼と二人して内心で苦笑していた。

 何せ、優等生とは程遠いこの子供の方がネギより周囲に馴染み、気遣いが出来ていたのだから。

 

 どうもネギは小利口に纏まりすぎている所為か、周囲への気遣いの判断基準が吹っ飛んでいる。

 紳士的な行動はとれているのにどこか抜けていたり、手堅く素早い方向に向いても明らかに的外れだったりするのだ。

 成績を上げる為に生徒達に魔法を使おうとした話を明日菜から聞いた事はあるが、その魔法には一ヶ月ほど頭がパーになるという副作用があったという。

 その場限り以外の何物でもないし、後の問題はほったらかしだ。修業に来たのかテロ行為を起こしに来たのか判断に困る行為である。

 

 まぁ、確かに以前の横島ならそういったおバカ行為も考えただろうが、流石にある程度(笑)の分別は付くようになっている彼だ。話を聞いた時の頭痛は相当なものだった。

 それでも楓達が止めなければMIKAMI流オシオキ術を行使してしまいそうになっていたりする。やっぱり女の子にパーにする魔法をかけようとした事は赦し難かったのだろう。

 

 まぁ、それはさて置き。

 

 「兎に角だ。

  お前一人やったらええけど、女の子が関わっとるんだったら話は別や。

  いざンなったらオレなりネギなり、それか高畑さんに言うて安全策の相談せえや。

  何だったら“飛び切りの魔法使い”に言うたるし」

 

 「マジか? それは助かるけど……ええんか?」

 

 「アホぉっ 今言うたやろがっ!!

  お前一人やったら放置やけど、未来の美女を危険に曝せるかっっ!!」

 

 「ありがたいんやけど、納得し難いなぁ……」

 

 尤も、横島の知る“飛び切りの魔法使い”なんぞエヴァくらいなもんだ。

 

 手を貸してくれるかくれないかは運次第であるし、もし貸してくれたとしてもけっこうな対価を求められるだろう。

 

 まぁ、自分の血は不味い(拙い)らしいし、小太郎のも求められないだろう。『フン。獣臭い血なぞいるか』とか言う様が目に浮かぶし。

 となるとネギが代わりに求められるかもしれない。

 でもそれだったら良いや。どーせ死ぬほどは吸わんだろうし。と横島は締めくくった(←そこらは他人事)。

 

 「ま、そー言うこったから、そん時に声掛けてくれ。

  コトがコトやから手が空いとる時にちょちょいとやったるさかい」

 

 「お、おお、スマンなぁ」

 

 「何だかよく解りませんけど、お手数かけます」

 

 礼を言い慣れていない小太郎は詰まりつつであるが、千鶴はしっかりと頭を下げて礼を言う。

 何をしてくれようとしているのか良く解らないのであるが、自分たちの為である事だけは解るので彼女も本当に感謝しているのだろう。

 

 夏美も慌てて頭を下げようとするが横島は手をヒラヒラと振って止めさせる。

 

 「ええって。

  ま、四,五年くらい後に二人を茶に誘うからそん時に誘われてくれたらええわ」

 

 「あらあら」

 

 「ええっ?! 千鶴姉なら解るけど、わ、私も?!」

 

 「ん? いや、二人とも可愛いやん。

  今でこんだけ可愛いかったら先がごっつ楽しみやし」

 

 小太郎からすれば女に色目を向けるような軟派な考えには付いて行けないのだが、言われた方の二人。可愛いと言われて戸惑っている夏美もそうだが、特に千鶴はそう言われて喜んでいた。

 大人っぽいとか、年齢詐し(ry……とかはよく言われているのだが、可愛いと言われるのは久しぶりなのだ。

 

 奇しくも横島は、自分の父と同じ言葉で(無意識に、ではあるものの)口説くという行為を行っていた。

 

 「ま。覚えとったら、でええからそう気にせんでええわ。

  そん時に覚えとってくれたらサプライズで嬉しいしな。

 

  ほな、そろそろエエ時間になってもたからオレも帰るわ」

 

 そう言われて自分の腕の時計を覗いてみると、気が付かなかったが確かにけっこう長く話をしていたようだ。

 横島は食い終わったクレープの包み紙を皆から受け取り、くしゃっと丸めてからゴミ箱に捨て、そのまま三人の歩く方向とは別の道に足を向ける。

 

 このまま冷やかしなり、作業の手伝いなりに向かっても良いのだが、流石に毎日毎日鍛練漬けだったので楓たちも自分が姿を現したら余計な気を使わせてしまうかもしれない。それでは日常が保てないだろうから、少しでも自分の姿を見せないであげよう(←余計な気遣い)。

 まぁ、こっちも連日連投だっので、既に日常とのズレが出ているのだし。

 何より栄養分(かのことかナナとか)が減るのも早い。ぶっちゃけ癒されたいのだ。

 

 そんな彼の背中を見ながら、何だかんだで気が張っていたのだろう小太郎も笑顔を見せつつ、片手をひょいと上げて見送――

 

 「おぅ。気が楽になったわ。

  ほな…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  っ て 、 待 て ぇ や っ ! ! 」

 

 「チィッ 気付かれた!!」

 

 ――れなかった。

 というか、我に返った。

 

 「思わず呑気に会話してもーたやないかっ!!

  食いモンで釣るとはズルイでっ!?」

 

 「じゃかーしわいっ!!

  釣られたヤツに言われたぁないわいっ!!

  そのままマターリとしていれば良いものを!!」

 

 「うっさいわっ!!

  こっちは兄ちゃんに散々コケにされとるし、

  あのジジイおちょくりまくっとった実力も侮れん。

  せやから白黒つけな気になってしゃないんやっ!!

  オレと勝負せぇっ!!」

 

 「だが、断るっ!!」

 

 「聞く耳持たんっ!!」

 

 「まさかの切り返し?! こいつ、ユッキーより知恵が回る?!」

 

 本人が耳にしていたら激怒狂乱しそうなセリフをかましつつも全力で逃げる。そして当然、小太郎は追う。

 

 「しもたっ!!

  確か人狼はイヌ属やから逃げるモンを追いかける習性が……」

 

 「人をイヌコロ扱いすんなっ!  待てぇーっ!!」

 

 「待てと言われて待つアホがおるかーっ!!!」

 

 逃げる青年、追う子供。

 真昼間なので目立つ事この上もない。

 美女美少女に追いかけられるのなら兎も角、こんな子供それも男に追われて嬉しいはずが無い。

 ぶっちゃけ、追いかけてくるのが地雷女でも美女美少女なら男よりマシと言い切れる人間なのだから。

 

 『別に闘り合っても良いのではないか?

  軽く揉んでやったらあの少年も納得するだろうに』

 

 「アホぬかせっ!! アレはユッキーと同類じゃっ!!

  一回でも相手したったら永遠に付き纏って来るぞ!!?」

 

 ユッキー? と首を傾げかかった心眼であったが、前に話した時にその呼び名が出ていた事を思い出す。そう、あのGS試験会場で自分を消してくれやがったあの男の事だった筈。

 何だかよく解らない流れで横島をライバルとして見続け、結局は腐れ縁が永遠と続いてしまったとの事だった。

 戦闘狂等と言われるだけあって、事ある毎に横島に勝負しようと誘いを掛け捲っていたらしいが……よくもまぁ、あの乱暴者がそんなはっちゃけたキャラになったと呆れたものだ。

 

 『アレと同類?』

 

 そう言われて心眼は背後に意識を向ける。

 

 「 待 た ん か コ ラ ァ ア っ ! !

  正 々 堂 々 と 勝 負 せ い や ぁ ―― っ っ ! ! ! 」

 

 納得出来るような出来ないような微妙なものを感じる心眼であった。

 

 

 

 

 

 

 「あらあら 小太郎君も楽しそう」

 

 「な、何だかよくわかんない人だったね」

 

 「でも私達の事を真剣に考えてくれているのは解るわ。

  どこまでがポーズで、どこからが本音か解り難いけど」

 

 「そっかぁ……」

 

 「あ、でも、私達を可愛いと言ったのは本音みたいね。

  良かったわね。夏美ちゃん」

 

 「ち、ちょっ、千鶴姉ぇっ」

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 「そー言えばさ。

  楓ってもう横島さんに抱かれた?」

 

 ぶ ふ ぅ う う ――――― っ っ っ

 

 

 和美から唐突に放たれた質問に、身構える暇も無かった楓は口に含んでいたペットボトルの茶でもって霧を噴いてしまった。

 お昼という事もあって見事な虹が披露されていたりする。

 中々の霧具合。流石はNinjaである(?)。

 

 「 カ~~ エ~~ デ~~……」

 

 「ぬぉおおっ!? も、申し訳ござらぬっっ!!!」

 

 真正面で同じように一時休憩としゃれ込んでいた古に直撃しなければ、の話であるが。

 尤も、一連の流れは傍で見ている分にはコミカルで笑いを誘う。現に騒動の着火人である和美は大爆笑だった。

 

 ここは彼女達の教室。

 

 学園祭が始まるまであまり日数が残されていない事もあり、認められていない居残りまでして急ピッチで用意が進められている。

 

 何せ教室を完全に改造までしてお化け屋敷……ホラーハウスをするというのだから、もちろん収益トップを目論んでいる。小道具にも相当手を入れねばならないのだ。

 

 その上、この麻帆良という巨大学園は“外”と違って無駄に技術が進んでいて尚且つ無駄に凝り性が集まっている。そんじょそこ等のレベルで満足する訳がない。

 よって女子中等部3-A教室は、そこらの遊園地もビックリなアミューズメントコーナーへと変貌しつつあるのだった。

 

 ……まぁ、まだ見えないゴール地点の話は獲らぬ狸なので横に置いとくとして、現実面今は単なる準備段階。

 

 運動系の部員が多い事も災いしてか製作時間がやたら限られてくるし、作業時間と小道具係が少ない少ない。

 

 お陰で文化部なんだか運動部なんだか判断の難しいさんぽ部も優先的(?)に居残りを命じられているし、普段の部活が謎である図書館島探検部も全員いるし、自分の部の出し物もあるだろうのに古もいる。尤も古の方は出し物が既に決まっているらしい。

 兎も角、それら有志達のお陰でスタートは遅くともそれなり以上のピッチで進んでいるのが現状である。それでも時間が足りない事は言うまでもないが。

 

 時間は正午。

 当然ながら運動部系は自分らのクラブがあるので出払っていて不在。

 よって彼女らがいない間に教室に残って用意をしているのは文化部と帰宅部だ。がさつという程ではないが、ちょっと細かい作業が苦手である運動部よりは文化部の方がそれなり以上に手先が器用な者が多いのも事実。

 思っていたより手早くコトが進められているので気楽さが漂っている。

 

 無論、懲り過ぎているが故に夏休み最終日が如く時間が足りないとか言って泣き悶えながら仕上げにかかる可能性が高いのであるが……あえて語るまい。

 

 とはいえ、そういった修羅場でも学生主導の行事なので嫌という訳でも無く。皆で残って何かを成したという記憶は後々良い思い出となるだろう。 

 当然ながら、休憩中のハプニング。級友達の前でブチ蒔けられたトンデモ発言もだ。ブチ蒔けられた当人にとっては碌な思い出となるまいが。

 

 さて、その当人。楓も身構える隙も無かったので慌てふためくのも当然というものだろう。

 無駄に大きい胸の力によって放たれた茶は、実に見事に古の上半身に直撃。

 一度咽て大量に吸い込み、且つおもっきり噴出したのだからけっこうな濡れ具合だった。

 何時もかまってくれる円がメンバーと共にバンドの練習に行っているので、こっちのお手伝いに来ているナナもビックリしている。

 

 顔面をびしょ濡れにした古は、慌てたナナからタオルと楓から手拭い(タオルではない)を渡され、それでもってプリプリ怒りつつ顔を拭き拭き。

 それでも彼女が使っていた超包子謹製の中華弁当は無事である。運がいいのか悪いのか。それとも反射的に庇った事を流石と称賛すべきか?

 ま、それは兎も角。

 

 「あ、あしゃくりゃ ……朝倉殿!

  いっ、いきなり何を言い出すでござる!?」

 

 折角ここ最近になって落ち着いてきたというのに、また切羽詰って近寄れなくなったらどーしてくれるでござるか!? という意味合いが在ったり無かったり。まぁ、和美にはそんな想いは丸見えであったが。

 当然、和美はじぇんじぇん進展してない事に直気付く。彼女は心の中で『龍宮、超りん乙』と拝んで冥福を祈った。

 

 「ふぇ? 私、寝る時はお兄ちゃんにだっこしてもらってるレスよ?」

 

 「あはは……そっちの“抱く”じゃないよ~?」

 

 思った通り意味を理解していないナナのお気楽発言を、ハルナが笑いながら頭を撫でてやりつつ否定する。

 頭を撫でてもらって嬉しいのか、ナナはうにゅぅと子猫が如く目を細める。

 

 ちょっと向こうで、『ああ、私は可愛らしい少年の方が……しかし、今の表情も捨て難い』と苦悩している いいんちょの姿が見えたような見えていないような……いや気の所為だろう。

 責任者として居残りを買って出ている彼女がそんなヘンタイな訳ないだろう。ウン。

 

 「違うんレスか?」

 

 コテンと首を傾げるナナに、内心『その絵イイっっ!!』とか悶えつつ、表面的には欠片も見せていない。

 無論、『ナナちゃんを男の娘として脳内変換すれば……イケルッッ!!』等とタワケた事は考えていない筈だ。健全な少女的に。

 

 「違うよ~? あのね――」

 

 「純真無垢な女の子を汚染すんなーっっ!!!」

 

 スパーンッッ!! とイイ音を立ててハリセンが横薙ぎに一閃。

 ハルナの首がコキン☆と実に良い角度にひん曲がって見えた。

 流石は明日菜である。そのパワー。恐るべし。

 しかし、そんな危険極まりないシーンをナナに見せるわけにはいかない。ヒットする直前に木乃香が目を隠しつつ掻っ攫っているのは流石。ナイスなコンビネーションである。

 

 木乃香は白目をむいた“それ”をロッカーの前に転がしてナナの視界から隠す。

 はわわ……等とのどかが慌てているが夕映は良い薬ですと無視していた。

 

 「で? 未だ横島さんからそーいったアプローチは無いの?」

 

 「しょ、しょれは……」

 

 聞くまでも無い。この様子を見れば誰だって解る。

 和美の見立て通り、横島のからの方も進展ゼロだろう。

 

 大体アプローチも何も、鍛練の時は師弟そのものであるし、終わってもまだその時のテンションが続いてしまっているので色気の無い事この上もない。

 古にしても、楓同様で間合いというか距離を測りかねていたりする。恋愛慣れしていない事がここまで躓きを続かせている。

 二人ともそういった空気にならなければ凄く自然に付き合えるのであるが……本当、世の中儘ならないものだ。

 

 「せやったら、くぎみーの方が進んどるんえ?」

 

 木乃香の何気ない言葉に、ぐぅっと悔しそうに唇を噛む二人。

 それもそのはず。

 実のところ“触れ合い”という点では二人は円に差をつけられつつあるのだから。

 

 何せこの二人はもう横島に手伝ってもらわなくともチャクラを回せるようになっている。

 意外に師としての才能を彼が有していた事もあるが、彼に対して頑張りを見せようと二人が張り切ったお陰でその成長は著しかった。

 特に修学旅行の戦いで思う所があったのだろう、帰ってきたからはエヴァの別荘を使わせてもらえて人目をあんまり気にしなくて良くなった分、そのペースは上がっていたのだ。

 

 が、彼の手を離れて個人鍛練が可能になったが故、後発の円が横島とマンツーマンで教えてもらう事になってしまったのである。

 

 当然ながら二人に割っていた霊波は円が一人で受け持つ事となり、そりゃーもーたいそう色っぽい声をあげまくっていた。

 何せ円は感受性の霊能力者。攻性霊力の才が突出している楓らより霊力を受け止めやすいのは当然だ。

 詳しく説明できないのは残念であるが、それは『え? 板変えるの?』と皆様に問われてしまいかねないほどで、御多分に漏れないセリフ『らめぇ』が入っていると言えばお分かりいただけるだろうか?

 

 ――いや、真に声をお聞かせできないのが残念である。

 

 そんな訳で、二人の修業風景は、言ってしまえば特異なプレイを楽しむ様を見せ付けられているようなもの。

 おまけに横島には苦悩且つ苦痛ではあるが、円には必要な修業とキている。文句らしい文句も言えやしない。自重しろと言いたくも、自分らとて耐えられた記憶が無いのでそれも無理。

 

 そりゃあ二人が悔しそうなのも当然であろう。

 

 「? だっこしてって言ったら楓お姉ちゃんもだっこしてもらえると思うんレスけど」

 

 「あー それは、ねぇ……」

 

 しかし、ナナにはサッパリサッパリ。

 

 彼女もここ最近、ちょっぴりそーゆーのを見た時に胸がチリチリするのだが、私もだっこーと言えばしてもらえるので問題ないのだ。彼女が気にし出すのはもーちょっと先だろう。

 よって、どうしてーどうしてーと彼女の眼差しはものごっつ無垢無垢(ピュア)

 

 そんなな目で問われると流石に明日菜も答えに窮してしまう。つーか、解ってしまう自分が穢れているよーな後ろめたさが湧いてくる。

 

 ああっ、そんな目で私を見ないでーっ!! という奴だ。

 だから無理だと言うのは簡単であるが、理由を聞かれると難しいのだ。

 

 「楓はなぁ、ナナちゃんよかちょっとお姉ちゃんやから言うん恥ずかしいんや」

 

 そんな親友のピンチに見かねた木乃香が助け舟を出す。

 

 「そーなんレスか? だったら皆に内緒で……」

 

 「いやいや、ナナちゃん。そりゃダメだよ。

  二人っきりでだっこしてーなんて言ったら即行で……へぶぅっっ!?」

 

 イキナリ復活を果たしたしたメガネ魔人が割り込んできたが、言い切る前に明日菜がハリセンをフルスイングさせて沈黙させる。無論、直前に木乃香はナナの目を庇っていることは言うまでも無い。

 

 「つまりな、二人ともだっこしてもらいたいんは山々なんやけど、

  “まだ”恥ずかしゅうて言えへんのや。

  せやからもうちょっと待っとったら、

  この二人のどっちかか両方ともが一緒に寝とうと思うえー?

 

  多分、 裸 で 」

 

 「そーなんレスか?」

 

 

 「「違う(アル)でござる!!!」」

 

 

 顔を紅葉より真っ赤に染めたた二人が同時にツッこむ。

 ちょっと想像したらしい。

 

 「えー? せやけど 絶 対 無 い って言い切れるんえ?」

 

 「「………」」

 

 これまた二人して沈黙。

 実に仲が良い事だ。顔も同じように赤いままだし。

 

 ニマニマしている木乃香と明日菜。プラス鳴滝姉妹と何時の間にか復活しているハルナ。

 流石にそーゆー事が気になるお年頃。特に対岸の火事であるのだから当然だ。

 それでもパワフルな運動部の連中がいないだけマシであろう。

 

 「だ、だいたい、しぇっしゃ……拙者らは中学生。

  そう、まだちゅーがくせーでごじゃるよ!?」

 

 「そ、そーアル!!

  ろーしはじょしちゅーがくしぇーに手を出すことなんかしにゃいありゅヨ!?」

 

 「……舌が回ってないわよ」 

 

 ちょっと前までは距離を測りかねて逃亡に近い行為をかましまくっていた二人であるが、ここ最近になってやっと触れられるほどにまで回復していた……のであるが、流石に枕事やら睦事ともなると話は別。

 何だか知らないが、服を着ていない状態で彼に抱きしめられているシーンを容易に想像できてしまう為に恥ずかしさが突出してくるのだ。

 以前ならここまで慌てなかっただろうのに……恋愛と本当に人を強くも弱くもするものだと改めて思い知らされていたりする。

 

 そんな風に慌てふためいている二人を見ているとおちょくり回したい気持ちがガシガシ膨れ上がってくる和美。

 いやそれはとても簡単な事で、一言ポツリとつぶやけば良い。それで終わるのだから。

 

 つまり――

 

 『中等部卒業まで後十ヶ月切ってんのよ?

  つまり、横島さんの枷が取れるのもよくもって十ヶ月。

  カウントダウンはもう始まってるの』

 

 という事である。

 

 ちゅーがくせーに手ぇ出せるか――っっ!! 等とのたまわっている彼であるが、十ヶ月で中等部卒業。で、高等部だ。

 そうなってくると話は変わる。頑なに自分を押さえ込んでいた彼も、じょ、じょしこーせーっスかっ!!?? も、もー辛抱、堪らんですタイ!! とか言って錯乱するに違いない。

 つーか声だけ嫌がる二人の痴態が簡単に想像できてしまうではないか。

 だからそれを口に出したら余計にややこしくなり、横島との距離は更に掴めくなるだろう。

 だから和美はその事を口にしないのだ。二人の為という事もあるが、余計な事言いやがってと怒りと恨みをぶつけてくるであろう龍宮と超の二人が怖かったのだから。

 

 まぁ、どちらにしても社会的にはロリコンの範疇である事は言うまでもないのだが。

 

 「……それでもさ、何か羨ましい、かな?」

 

 「へ?」

 

 赤くなったりもじもじしたり。そんな風にここ最近まで一番恋バナから程遠かった二人の話の中、机に腰を下ろしていた明日菜が溜息と共にそんな言葉を吐いた。

 焦りというより諦めの色が目立つのは、かなり意外。いや、こんな彼女を見るのは初めてと言ってよいだろう。

 よって聞くとは無しに話に耳をダンボにして傾けていた他の娘らも動きが止まっている。

 

 自分でもらしくはないと思っているのだが、そうあからさまに誰コイツ的な目で見られたり、こんなんアスナじゃない的に硬直されたりすると流石に明日菜の腹も立つ。

 立つのではあるが、言い返せるだけの材料もなかった。返せても溜息だけである。

 

 「もぅっ 皆して馬鹿にして……」

 

 「いやー……だってさ、アンタにしてはとんでも後ろ向き発言じゃん。

  そりゃ誰だって気になるわよ」

 

 「確かに私らしくないのは認めるけど……っていうか、

  パル。何時の間に復活してんのよ」

 

 「気にしない気にしない。ラヴの匂い嗅いだら漲るってモンよ」

 

 「イヤ過ぎるわよ。そんな特性……」

 

 ニヤニヤというより、ニソニソしているハルナに苦いものが沸いてくるが、吐露したものは飲み込めない。

 諦めの溜息と共に、吐露した残りを口から吐いた。

 

 「何て言うかさ、

  二人見てるとホントに変わったなーって思い知らされるのよ」

 

 「うーん。そりゃまぁ、ね……」

 

 ファインダーを覗く側だからこそ和美も良く解るのであるが、確かにあの二人は変わった。

 色々合ったと話を聞く大停電の後くらいから。そして特に修学旅行辺りで。

 

 男の事で悶えたり転がったり焦ったり苦しんだり。

 

 男女の話なんぞどこ吹く風。他の娘の話なら兎も角、自分にはまだまだ先の事。そんな感じだった二人があっさりとその位置に入り、先の如く色々と悩んでいる。

 しかしてそこはそこらの女子中学生の男女の悩みとは別ベクトルであり、その内容もちょっとどころではないくらい重い。

 普通なら距離を置くか逃げるほどの重さにも拘らず、それでも彼に付いて行くと覚悟を極めているのだから恐れ入る。

 それに相手の横島もそこらの男子と違って、女の子……特にこの二人や、円と零とナナを守ろうとする意志は半端ではない。いや命がけだと言って良いだろう。

 何と言うか……子供時代をスっ飛ばして、一足飛びに想い合っているのだ。それも肉体関係もなく。

 

 まぁ、ナナは妹と言う位置であるが、和美の目からすれば時間の問題だと思われる。

 

 そんな関係であり、立ち位置にいる楓達を見ていると、『高畑先生、好き好きーっっ』なオーラを放ちまくってはいるが、何一つ行動に移していない自分を省みればあまりの子供っぽさに落ち込みもするだろう。

 何を今更という気もしないでもないが……

 

 「そんな事をお気になさるのなら、告白の一つでもすればよろしいですのに……

  ホント、このおサルさんは口ばっかのヘタレですわね」

 

 「うっさいねっ!!

  できれば苦労しないわよっ!!」

 

 何時もの事なので口を挟まなかったのだが、流石に幼馴染の煮え切らない態度にイラっときただろう。あやかまでもが口をはさんできた。

 そこそこケンカをしている二人であるが、その実あやかは明日菜と気の置けない位置にいる。よって彼女の口は容赦がない。

 

 とても仲が良いケンカ友達。それがベストポジションなのだけど。

 

 「ま、アスナの事は良いとして……」

 

 「ちょ、ちょっと――っ!?」

 

 「いや、だって、告れるかどーとかって本人の問題じゃん。

  私らが必死こいてお膳立てしてあげても明後日の方向に逃走しちゃうだろーし」

 

 和美の言葉にあやかを始め、全員がウンウンと頷いてみせる。

 明日菜はガーンッ!! とショックを受けていたのだが無視されてたり。

 いや、人前で好き好きーっ!! と叫べるお馬鹿さんであるし、何より普段の勢いが勢いなのに彼本人に言えないのは如何なものだろう?

 冷静に考えたら、上手くいったらいったで大問題であるのだが。

 

 「まぁ、アスナ殿の気持ちも解るでござるよ。

  上手くいくにせよ、いかないにせよ、以前のような間には戻れない。

  自分の居場所が壊れてしまいそうで怖いのでござろう?」

 

 「楓ちゃん……」

 

 解ってくれるの!? と救世主を見るような目で楓に縋る明日菜。

 

 「無論でござるよ。

  と言うか、今だからこそ解る、といのが正しいでござるが……」

 

 だが、その明日菜に励まされたからこそ今があるのも事実。

 

 発破掛けた方が二の足踏んでいるというのもナニであるが。

 

 そんな二人はガシッと手を取り合ってお互いを慰めあっている。見ようによっては感動のシーンであるが、その実は臆病な自分らの単なる傷の舐め合いと言ってよいだろう。

 

 マスコミ的な活動でシビアな目で見られる和美からしてみれば、今から付き合い始めたとして何が悪いのか? と疑問が浮かぶ。

 何も一生添い遂げる相手をここで選べと言っている訳でもないのに、ここまで相手にハマっている感情の盛り上がりが今ひとつピンとこないのだ。

 

 楓達の方は何となく解る。

 横島に直撃インタビューしたからこそ解る事であるが、彼は事の他二人を、いや楓達四人の事を考えているのだ。

 彼が四人に手を出さない“理由の一つ”に、霊能力者であるが為に下手にそういう関係になりたくないというのがある。

 

 ただでさえ霊的な繋がりを持っているというのに、そーゆー仲になって霊的な相性を高め過ぎてしまうと肉体相性までそれに引っ張られてしまうらしい。

 

 物凄く乱暴な言い方をすると、魂レベルで自分を刻み込む……言うなれば霊的調教を施してしまうようなものらしく、そうなってしまうと彼女らは自分以外の男に興味がなくなってしまいかねないのだ。

 

 特に思春期の女の子は情緒不安定になりやすい為、陥る確率が高いとの事。

 だから彼は歯を食い縛って耐えているらしい。みょーなところでお堅い人間である。

 

 「(まぁ、楓達がその霊的耐性とやらが付いたら耐え切る自信はないとか言ってたけどね……)」

 

 その事は四人……あ、“三人”はまだ知らない。

 

 下手に伝えたらまた緊張して距離を作りかねない。恋愛オンチとゆーか、恋愛ポンチとゆーか、女子校である弊害ゆーか、経験値不足に泣けてくるし、じれったいにも程がある。

 しかし下手こいてまた彼女達が距離を置いたりなんかしたら、責任取れと超と真名に絶対コトを強いられるだろう。つーかやらされる。言われてるし。

 

 『何簡単な事だ。お前が身体を犠牲にして横島さんを受け止めればいい。

  そうなると倫理の垣根は下がって楓を抱いてくれるだろうしな。

  気にするな……天井のシミでも数えてたら終わるさ』

 

 『心配は無用ネ。いざと言うときの為に媚薬も催淫剤もたくさんたくさん用意してるヨ。

  副作用でチョイと倫理観念を無くすが気にしないでいいネ。

  たぶん横島サンが飼てくれるネ』

 

 ……追い詰められているのか、正気の色が薄いのなんの。

 

 和美は言われた時の彼女らの黒い表情を思い出しブルっと震えがキた。とっとと忘れよう。今はこの娘達の事だ。ウン。

 

 明日菜の方はどちらかと言うと親愛と憧れの方が強いと見ている。

 順応性が高過ぎるので解り難かったのだが、明日菜は麻帆良外の事に異様に疎い。まるで麻帆良以外の事は知識でしか知らないかのように。

 当然ながら、異性として接する男の数はそこらの娘よりずっと低い。何でも保証人になっている高畑以外では教師とバイト先の男性くらいだそうだ。

 

 察するに、明日菜の“それ”はファザコンに属するものであり、その想いを恋愛として誤解しているのだろう。

 で、悩み事を聞き、自覚してその想いを受け入れた楓を見て、自分の気持ちが恋愛のそれなのか自信を無くしているといったところだろうか。

 

 どちらにせよ気が急き過ぎだ。

 

 あと十ヶ月弱とはいえ、自分たちはまだ中学生なのである。

 二十代以上の女達ですら二度目三度目の恋愛を経験する方が多数だと言うのに、何が悲しゅうてこの歳で生涯の伴侶を決めようとしているのだろうか?

 

 「特に楓と古はねぇ……」

 

 「ん~? どないしたんえー?」

 

 「イヤイヤ 何でもなーい」

 

 あの二人(いや、正確に言えば四人か)はとっくに彼についていく事を決めている。それだけ気持ちが大きく重く、ひしてそれを受け入れる事を覚悟しているのだから。

 

 零は言うまでもないし、意外だが円にしてもその覚悟が見え隠れしている。

 

 だが、この女たちはそれだけではない。

 

 「……優柔不断なのになぁ……」

 

 「もー さっきからなんなん?」

 

 「いやいや 単なる独り言だから」

 

 「む~」

 

 “彼女”によると、横島は自分らの中で『ただ一人』という選択肢を持てないという。

 そして皆、それを理解しているとの事だ。

 そんな男に四人が四人とも付いていこうとしている。

 その気持ちが、和美には解らないのである。

 

 チラリとさっきから盛り上がりを見せている二人に目を戻す。

 

 「アスナ殿。気持ちが本物かどうかが問題ではないでござる。

  ここに在る確かな想いを持ち続ける強い意志が、何かを起こす。

  それを信じるでござるよ」

 

 「楓ちゃん……ウン!! 私、頑張るわ!!」

 

 ……何だか三文芝居みたいな事を言い合ってお互いを慰めあっているが……ホントに大丈夫なんだろーか?

 クラスメート達はおおーっ と感激しているのだが、よくよく考えてみると楓はただ煽っているだけではないか。自分の事が決着し切っていないとゆーのに。

 

 「(でも、意味解んないんだよねぇ……)」

 

 “彼女”は和美に言った――

 

 

 あの男は誰も切れない。

 

 誰かを選ぶ為に他を切ると行為ができない。

 

 今となっては女との絆を切る方法を持つ事が出来ない。

 

 それはとても悲しい事であり、とても優しくて残酷な事。

 

 だけどどうやってもそれを改めさせる事は出来ない。そう、魔法の力を持ってしても。

 

 その程度の奇跡では、他すらも想うあの男の心は曲げられない。

 

 それを理解し、自覚しているからこそ自分たちは異常ともいえる関係を平然と受け入れられている―― と。

 

 重要な部分を煙に撒かれているのは十分承知。

 その時の“彼女”の表情からすると、絵日記ごしに見たネギの過去に匹敵するほどの理由があるようにも思える。

 いや、事によるとそれ以上の――?

 

 「(ああ、だから楓達って……)」

 

 和美はカメラを向け、フレーム越しに楓達を見る。

 

 

 

 

 

 

 「フン。

  『拙者らはこれから恋人同士の熱い逢瀬の夜を過ごす故、お帰り願いたいでござる』?

  どの口がそんなコト言たアルか」

 

 「「「おお――っ!!??」」」

 

 「ち、ちょっ、まっ、待つでござ……」

 

 「もう何度もこの身を蹂躙された? ありとあらゆる恥辱を与えられた?」

 

 「え、あっ、が……っっ」

 

 「あの忍び装束は着物脱衣プレイ用で?

  あの風車手裏剣は彼謹製の拘束具だたアルな?

  拙者は自由を奪われてイロイロな事を……とか言てたアルな」

 

 「あ゛~~~っっ 勘弁でござる~~~~~~っっっ!!」

 

 ハルナの大爆笑は当然として、明日菜とのどか、刹那は真っ赤。

 夕映はあまり表情を変えていなかったが、意外にも木乃香はあははーと笑ってたりする。

 やっぱりこの年頃はそういった話がお好みなのだろう。

 

 三文芝居は喜劇へと移行し、また何時ものドタバタが復活している。

 

 その喧騒にあやかがキれて怒鳴り、明日菜とまたバトルをおっ始めていた。

 

 

 ああ、何時もの3-Aの光景。

 

 

 だけどそのフレーム中に見えている、真っ赤になって古を追う楓も、文句を言いながらむくれて逃げている古も、

 

 やっぱり周囲から一歩前に踏み出している、“女”の表情が見え隠れしていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ぜぇっ、ぜぇっ、ぜぇっ」

 

 「お前根性あるなぁ~ ようここまで追っかけて来れるわ」

 

 「ぜぇっ、ぜぇっ どないな体力しとんねん……

  に、兄ちゃん、ホンマに人間かぁ?」

 

 「じゃかぁしわいっっ!! 好きでこーなったんとちゃうわっっ!!

  毎日毎朝、自称弟子のボケ人狼娘のさんぽに引張り回されとったんじゃっ!!

  解るか!? 毎日フルマラソンもビックリな距離を走らされる苦痛が!!??」

 

 「し、知るかいな……ぜぇぜぇぜぇ……」

 

 嗚呼、このヘトヘト状態が昔のオレの姿なのか。そう思うとなんだか目の奥がキュンとしてみたり。

 へたり込む小太郎の横ではどーしたのー? とかのこが首を傾げていたりするので対比的にもあんな感じだった。幽霊少女と自分みたいな?

 

 あの時は…と思い出すのはもっとオコサマだった姿のアホ弟子の事。

 さんぽに付き合っただけでとっても嬉しそうに尻尾を振ってたあの頃……まぁ、五,六十キロも走ったり歩かされるとは夢にも思わなかったし、毎日付き合う破目に陥るとは……

 

 そして育つに育った大人時代は、フルマラソンでヘトヘトにした後、抵抗しきれまいとご休憩の施設に引っ張り込まれそうになった事が多々。

 無論、最後の力を振り絞って逃げているのだが。帰ったら帰ったで、狩りの上手い狐が待ち構えていたりで最悪だった。お陰で無駄に体力馬鹿になっているではないか。

 

 正に環境が鍛え、強くすると言ったところだろう。欠片も嬉しくないのだが。

 

 「ま、無駄に動きをさせたからな。

  普段使わない筋肉使ったから、余計に疲れてんだろうさ」

 

 「く、くぅ……兄ちゃんの策にハマったちゅー事か?」

 

 「まーな。逃げたのも本音だけどな」

 

 ただでさえ真面目に教えている自分に違和感持っているというのに、ネギ以外の男の教え子なんぞ取ったらおかし過ぎるではないか。

 昔の知り合いが目にすれば、『お前なんか横島じゃねぇ』とか言われそうだ。

 横島の脳裏にニセモノだと疑われて吊るされた苦い過去が浮かび、彼は頭を振ってその画像を振り払った。

 

 「く、くそ……っ」

 

 「げっ!? もう立てんのかよ。

  やっぱ獣人は体力の回復が違げーな」

 

 横島はさっさと立ち去ろうとしていたのだが、予想外に小太郎はガッツがあって思っていたより早く立ち上がってくる。

 やだなぁ、と露骨に表情を歪めるが、小太郎の顔は真剣そのもの。面と向かって彼を否定するのもちょっと気が引けた。

 

 何せこの小太郎という少年、ネギよりも強くなろうとする“理由”があったのだ。

 

 その一点が横島を拒否させ難くしているのである。

 

 「(ちゅーても、何が出来るって訳でもないしなー)」

 

 『(ネギだけでなく、楓や古、円嬢もいるしな。要は手が足りん)』

 

 「(だよなぁー)」

 

 ふむ、とカクカク足を振るわせつつも立ち上がろうとしている小太郎を眺めながら、どうしたものかと考えてみる。

 確かに許否るのは簡単だ。男っ気を増やすのはイヤぢゃーっっ!! という正当な理由(?)があるのだし、下手をすると片手間になってしまう。

 

 キサマが半人前だというのに、弟子を増やすとはいいご身分だなとか大首領様に言われそうだ。ついでに死にそうだ。

 

 しかし、実際手が足りないというのもまた事実なのだ。

 かといって、将来有望な女の子を危険に巻き込んどいて放ったらかしなのも……

 

 

 「あ……」

 

 

 その時、横島の脳裏を閃光が走った。

 あまりのナイスなアイデアに笑みすら浮かぶほど。

 

 だが、悲しいかなしかし周りから見ればニタリと笑う不審人物そのもの。

 現に通行人にはカワイイ少年を前にしてニタリと笑う変質者として映っており、しかるべき筋か国家権力に連絡を入れるべきかと悩ませていたり。

 

 そんな不穏にも程があり過ぎる空気などものともせず、つーか気付いてもおらず、横島は小太郎に歩み寄ってその肩をガシッと掴んだ。

 

 「なぁ、小太郎」

 

 「な、なんや……?」

 

 あっ やっぱり変質者だったのか?! 

 ウホッ!? いいベーコンレタス。

 あ、ゆーかいはんだー しっ、見ちゃいけないわっ でも、ひょっとして男の子好き? ドキドキ

 

 等といった言葉すら聞こえず、周囲の期待(?)もガン無視し、横島は小太郎に向かってこう言った。

 

 「お前、強くなる為に修業してみねぇか? 」

 

 「……え?」

 

 先ほどとまるで逆である思考の申し出を口にした横島に、小太郎は目を丸くする事でしか答えられなかった。

 

 




 これが掲載された時はSt.VDでした。
 そーいえば皆で大量のクッキー焼いて配ったっけと懐かしがってみたり。


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中編

 ――計画通り。ニヤソ

 

 等と余裕ぶっこいて歩くバカ一人。

 

 いや、確かにこの麻帆良という都市にはこんなみょーな奴は多い。

 例えるなら女子中等部の3-Aとか。妄想で暴走して爆走する女の子にあるまじき行動をかます女子中学生がやたらいる。

 しかし、顔のタッチまで変えて歩くバカは彼くらいだろう(主に自称:新世界の神っぽく)。

 

 ――言うまでもない。横島忠夫である。

 

 『おい。何か知らぬが負けフラグ臭がするからその顔を止めい』

 

 「……すまん。オレもそんな気がした」

 

 しゅるるると何時もの間抜け顔……もとい、平凡顔に戻った彼は凝った顔をほぐしつつそう言葉を返す。

 はっきり言って、計画通りに進んでいると余裕こいたり、相手を格下だとナメて掛かっている時点で策士としては失格だと横島もそう思っているのだ。

 何せ件の神とやらは女をナメめていた。この時点で策士失格と言わざるを得ない。

 横島は実体験から須らく計画を崩壊させるモノは女であると身に沁みているのだから。

 

 ――閑話休題(それはともかく)

 

 横島は珍しくそんな余裕こいていたのは、先ほどまでのやり取りを終えていたからだ。

 あの少年、小太郎はホントにどっかの魔装術使い宜しく勝負事と強さに対する飢えをもっており、横島がどれくらい強いか闘いたいと必死になって噛み付いてきていた。

 コイツのよーな輩をよ~~~~~~く身に沁みている横島は、どこをどう引かせても絶対に付きまとわれるであろう事を理解してしまっているので、勝負を受けるなり修業させるなりしなければ退かない事が解っているのだ。

 

 とは言え、ムリヤリとはいえ自分はまだ大首領様の弟子(下僕?)であるし、自分の弟子ポジションにも楓に古に円がいる。その上、何故かここ最近はネギや刹那にまで戦い方を教えている(教えさせられている?)のだ。彼にこれ以上の余裕はないのである。

 だが、そうはいっても彼を突っぱねられる理由には程遠い。そんなタイプなのだ。こーゆーヤツは……

 

 その時、苦悩する彼に天啓がひらめいた。

 

 チートな才能を持っているとはいえ経験が圧倒的に足りないネギであるが、修業と言う名目で小太郎を引っ張ってきて競わせれば彼から身体で学ばせる事が出来る。

 それにネギも同年代の同性と一緒にいればじゃれ合いの中から“競い合う”という事を覚えるだろう。

 何せ遊び心も持てないという事は、余裕がないという事でもあるのだ。

 

 ネギは悩めば立ち止まるが、小太郎のようなタイプはガーッと走り出す。それに付き合っていれば彼も悩む暇も無く素を見せられるだろうから、溜め込む事によるストレスも押さえられるだろう。

 尚且つお互いをライバル視させることによって向上心を養わせ、術と経験でギリギリ伯仲している実力でもって相手の裏をかくという経験を積ませられるのだ。

 更に更に、これによって二人で闘い合ったりしてくれるだろうから横島の手も空き易くなるだろうし、少しでも余裕が持てればあの固いを通り越して“硬い”と称したくなるネギのド頭もちったぁ柔らかくなるだろう。

 

 遊びとかでも、ルールを作って楽しむと言うのがあるが、ネギの場合は自分でルールを作ってそれに縛られて雁字搦めになる感が強い。

 はっきり言って、この歳でそこまで頭が固いのは異常と言える。

 その事でついウッカリ高畑に愚痴を零し、彼に苦い思いをさせてしまった訳であるが……

 

 「何となく問題を先送りにしただけっつー感もあるが……気にしないっ

  兎に角、コレでオレも楽になるだろうしネギの為にもなる。

  そして小太郎も納得できる環境が手に入る訳なんだし。

  正に一石三鳥!! オレスゲ――っ!!」

 珍しく(はかりごと)が上手くいった(よーな気がする)ので、横島は上機嫌だったのだ。

 これがさっきまでのヘタクソなモノマネの理由である。

 

 『そう上手くいけばよいがな……』

 

 「何だよ。テンション下がるなぁ」

 

 『大体、オマエがそうやって調子に乗った時には何時も碌な結果に終わっていまい?

  オマエはそういう星の元に生まれているのだ』

 

 「 ン な 宿 命 星 や イ ラ ン わ ―― っ っ ! ! 」

 

 先ほどのやり取りにしてもしっかりとオチがあり、小太郎から逃げ回った挙句に一応の解決を見た件であったものの、それは“一緒に買出しに出ていた女の子達”をほったらかしにしていたという難点が残されていた。

 お陰で小太郎と二人して千鶴らに土下座を披露する破目になり散々だったのだ。

 

 千鶴は笑顔を見せていたのだが、背後に見える擬音は┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨……

 何故にこの学園には幽波紋使いがこんなにも多いのだろうか?

 その剣幕に尻尾撒いた二人が少女に対してDO☆GE☆ZAを行ってしまうのも仕方のない話だろう。

 特に神ですら罪悪感に駆られる横島のDO☆GE☆ZA。夏美も『ふ、ふつくしい』という感想を持ったものだ。

 

 隣で横島を真似て土下座ポーズをする小鹿がいなければもっと怖い目に遭っていた事だろう。

 かのこさまさまである

 『喚くな。(かまびす)しいわ』

 

 「うう……心眼が冷たい」

 

 「ぴぃ~」

 

 まぁ、心眼がそう責めるのも仕方あるまい。

 

 時間は夕暮れとなってはいるが人通りが絶えた訳ではないのだ。

 そんな往来を小鹿を連れてブツブツ独り言を零しつつ歩いている若い男なんぞにイタイ以外の感想を持てる訳がない。いや通報くらいはされるかもしれないが。

 

 兎も角、只でさえベーコンレタス(言いがかり)やら、ロリコン(否定し難い)やらと陰で言われ続けている男である。流石にこれ以上の汚名は勘弁だ。

 

 どれだけ頑張っても言いがかりだけ増えてゆく謎の循環。

 あんまりな環境に自然流れ出ていた涙を横島はグイっと拭い、再び家路に着いた。

 

 何か予想以上に時間が遅くなってしまった(含む、一人ボケ時間)から、ちょっと急ぎ足。

 幸いにしてナナは今日もお手伝いで遅くなるので一人ぼっちになっている事はないが、念の為というヤツだ。

 無駄な時間はエロに走る為にあるとしていた以前の彼とは大違いである。

 

 『尤もその所為で理性が追い詰められているのだから世話はないな』

 

 「ほっといてくれっ!!」

 

 ジャスティスが去り、切羽詰った横島は理性の蓋として守護騎士を創造(笑)していたりする。

 

 ただ、その頼みの守護騎士ですらジャスティス同様に横島を別方向に導いてゆく。

 

 「「姦っ 初っ姦ぁん!!」」「ローリころりーんっ!!」

 「ツルっぺったーんっ!!」「Tぃーバックーん」「Teacherっちゃーっ!!」

 

 ……一体ナニを守護しているというのだろう? やはりNGなKnightという事か。

 

 「オレにゃあ味方はおらんのかっっ!! もーええわいっっ!!」

 

 いいもんっ オレにゃあ愛妹と愛鹿がいるもんっっ と、涙を拭った筈の目から新たに悲しい汁を零しつつトボトボと戻ってゆく。

 ヤレヤレと溜息を吐く心眼の下ではやるせなさUPさせたままのアホと、それわんな彼を心配して頭をすり寄せる白小鹿。

 何ともシュールな光景である。いやこの場合、使い魔()甘やかし過ぎていると言った方が正しいのか?

 どちらにせよ難儀な話である。

 

 「お兄ちゃぁーん」

 

 「むっ!? 呼んでいる」

 

 『何を言っているんだ? お前は』

 

 小太郎の様な犬耳(狗耳?)があればピンっと立っていたであろう、動物的超反応。

 つーか、心眼ですら聞き遂げられていない小さな声に反応したと言うのか?

 

 「お兄ちゃーんっ!!」

 

 「ぴぃ?」

 

 「ナナがオレを呼んでいるっ!!」

 

 『大丈夫かオマエ?

  ……いや? これは……』

 

 

 よく感覚を伸ばしてみれば、こっちに向かって駆けて来る見知った霊波があるではないか。

 何とびっくり使い魔のかのこよか一歩早く気付いているのだ。

 全くもって呆れたシス魂である。

 

 まぁ、女の子の助けを呼ぶ声に反応しないというのならそれはそれで横島らしくないとも思うのだが。

 

 

 ――ん? 助けを呼ぶ声?

 

 

 「お兄ちゃん、お兄ちゃーんっ!!」

 

 その噂に上がっていたナナ当人が半泣きで走ってくるではないか。

 何があったか知らないが、怯えているような顔をしている。

 

 「なっっ!? 何があった!? ナナっっ!!」

 

 余りに可愛いからヘンタイな大きいお友達に言い寄られたか!? それともニタニタ笑うロンゲの道楽公務員をハッケソしてしまったのか!?

 おのれさいじょーっ 天が許そうと神が見逃そうとこのオレが許さんっっ 人誅を加えてくれるわっ!!

 七回生まれ変わっても失禁しながら泣き喚き、拝み伏して許しを請うほどのぢごくを味あわせてくれようぞ!!!!!!!

 

 『モチツケ……もとい、落ち着け』

 

 大体、その道楽公務員とやらはこの世界にいないだろう? まぁ、テンパっている横島には意味の無い説明であるが。

 兎に角、女を泣かす=さいじょーという図式が出来上がっていると言うのだろうか? 人の事は言えないのに。

 

 「お兄ちゃあああーんっっ』

 

 「どうしたーっ ナ…… う べ ぼ ー っ っ っ 」

 

 横島を見つけたナナは、勢いそのままに彼に飛び掛った。

 いやナナは足は遅いし非力なのであるが、いくら50メートル14秒の足で走って来たとは言っても状態が状態なら話は別。

 というのも、何を焦っているか今のナナは本体の特性丸出し。つまり半流体になっていたのだ。

 忽ち横島は銀色のジェルに包まれて陸地で溺れる破目に陥っていた。

 

 『あ゛ーんっ 怖゛か゛っ゛た゛レ゛ス゛~~っっ』

 

 「ゴボゴボゴボ……」

 

 『お、おいっ 落ち着け!! 落ち着かぬとヨコシマが……』

 

 「ぴぴぃっ ぴぃ!!」

 

 『お兄ちぁあーゃんっっ』

 

 

 「…………ガクッ」

 

 『ヨ、ヨコシマーッッ!!??』

 「ぴぃいーっっ!!??」

 

 

 その時の心眼の叫びは、彼にはどっかの川の向こう岸から遠くに聞こえていたという。

 

 

 一難去ってまた一難。

 

 その言葉の非常に解りやすい喩であった。

 

 

 

 

 

 

 

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            二十三時間目:黄昏ぞーん (中)

 

 

 

 

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 「は? お化け?」

 

 『えっぐえっぐ……はいレスぅ……』

 

 妹で溺死という特殊にも程がある最期を迎えるところであったが、何だか仲良くなっている脱衣婆の孫娘の懇意で奇跡の復活を遂げた横島は、ずっと泣いているナナを抱えて(掬い取って?)家に戻り話を聞いた。

 よく解らないのだが、夕暮れまで小道具の準備を手伝っていた時、何の前触れもなく寒気を覚えて背後に怪しげな気配を感じたとの事。

 

 皆して恐る恐る振り返ってそこに見たものは、ぼんやりとした黒い影。

 だけどただの影ではなく先程感じた怪しい気配を持ち、意思らしきものを感じさせる動きを見せていたとか。

 大抵の事には動じない3-Aの面々も流石に驚き、慌てて逃げ帰ってしまったという。

 

 『怖かったレスぅ……』

 

 「う、う~ん……」

 

 話を聞き、ナナの頭を撫でつつ横島は悩んだ。

 いや、本体能力から言えばそこらのお化けとかよりずっとナナが上だ。ぶっちゃけよっぽどの使い手とか悪魔とかじゃない限り逃げる必要もないのだから。

 

 それにここ麻帆良には結界があるのだ。

 尚且つ前にナナと出会う事になった事件、ヘルマン襲来の一件からその結界も式が見直されて強化されていた。

 だからナナが怯えるような相手が出てくるとは考え難いのである。

 

 それに横島は用務員という立場上、校舎の中を歩いたりしているのだが、その彼の感覚が悪意らしきものを全く感じ取っていない。

 特に最近は心眼が着いているのでより強力に感じ取れるようになっているはず。その感覚を使っても学校妖怪の気配の“け”の字もなかったのだから、首を傾げるのも当然だろう。

 

 尤も、時たま黒い影みたいなのが街中で見かける事もあるが悪意が全然ないので放置している。

 

 『察知できないほど希薄なのではないのか?』

 

 「それはねーな。だったらナナどころか他の娘が見れる訳がねぇよ」

 

 『確かにな』

 

 言うまでもないが浮遊霊の可能性も低い。件の結界がある為に入れる訳がないのだ。

 後は中等部の少女達に“懸想”した性少年の妄念が、その想いの強さ故に実体化したか、だろう。昔、美女で有名な小町が男達の妄念に襲われたという記述もあるのだし。無論、そうであれば滅殺するが。

 

 「兎も角、ここだったら大丈夫だから。な?

  どーんなヤツが来たってお兄ちゃんがぺぺぺのぺーいとやっつけてやるから。

  な? な?」

 

 『スンスン…… うん……」

 

 横島の膝の上に乗り、ぎゅっと抱っこしてもらう。そして小鹿もすり寄ってくれているのでヒーリング効果抜群だ。

 そんなコミュニケーションを続けつつ頭を撫で撫でしてもらえば、そりゃあ怯えきったナナも落ち着きを取り戻してゆくというもの。

 覚醒しつつあるブラコンパワー。侮り難しだ。

 

 尚且つ横島の方も癒し分×2なので萌え分を補給できて一石二鳥。良きかな良きかな。

 

 「ま、どっちにしても明日やな。

  皆がそんだけ騒いどったら警戒されて校舎に入れんだろうし、そいつも出てこんだろう。

  今日のトコは飯にしようや。それとも風呂に入るんがええか?」

 

 「……(ふるふる)」

 

 顔を横島の胸に押し付けたまま頭を横にふるふる。その仕種に横島は萌え死にそうだ。

 

 「もうちょっと抱っこ……」

 

 「おおぅ……」

 

 危うく鼻血噴いて悶絶しかかったが何とか踏み止まり、彼女が完全に落ち着くまでずっと抱っこし続ける横島であった。

 

 

 因みに、楓と古は校舎に残ってずっと怪しい影を追い続けていたらしい。

 お陰で次の日、横島は二人に大いに責められる事となるのだが……過分に妹分を補給している彼には余り効かなかったという――

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 「そ、そんな事あったんだ……」 

 

 「ホントにびっくりしたんだよー?」

 

 「こ、怖かったですー!」

 

 朝になり、廊下の掲示板に張られていたのは麻帆良スポーツなる名前を聞くだにアヤシゲな新聞の号外。

 そこに書かれている見出しトップは『3-A教室に霊再び』であった。

 

 これを見て初めて知った者も多いのだろう、昨晩の事件である。

 当然のように怯える女生徒も多かったのだが、それ以上に面白がっている生徒の方が多い。

 事実、誰かの悪戯であると広域生徒指導員のコメントも書かれているし。

 

 当然ながらオカルトに触れているメンバーは事実っぽいと感じており、間近で見た明日菜と木乃香はちょっと興奮していたりする。

 

 「ああいうのが幽霊なのね。いやぁ、初めて見たわ」

 

 「せやな。自分の目で見られるやそうないわ。スゴイなぁ」

 

 「 人 事 み た い に ー っ っ ! ! 」

 

 実は怖がりな鳴滝姉妹は呑気過ぎる二人の言葉に文句を言うが、実際この二人は然程怖がっていなかったりする。

 

 いや、確かに訳の解らない存在は怖いっちゃあ怖いのであるが、某邪龍様の魔氣なんぞ知ってしまった今の彼女らからすればナニコレ? てなモンだ。

 そこら辺は経験というか体験なのでしょうがないだろう。

 

 「夕べは楓姉も帰って来なかったしさー」

 

 「二人だけだったから怖かったんだよーっ!?」

 

 「も、申し訳ござらん」

 

 何せ楓、昨晩はずっと探し続けて戻っていないのだ。確かに彼女が強いという事は解っているのだが、オバケ(幽霊?)が相手では解ったものではない。

 尤も、実際には低級霊程度であれば楓も古も一蹴できるようになっている。単に霊能力の事を秘密にしているだけだ。

 しかし、その所為で心配かけているのだから言えない以上、平身低頭で謝る他無い。

 

 「何だ騒ぎにかこつけてお泊りに行ったんじゃなかったのか。

  折角、針で穴を開けたスキン持たせてあったのに。このヘタレめ」

 

 「 よ け ー な お 世 話 で ご ざ る っ っ ! ! 」

 

 真名としてはそれにかこつけて横島のトコにしけ込んでることを期待していたのであるが、実際には霊を追い続けていただけ。勝手な期待で文句を言われれば楓でなくとも怒るだろう。

 楓はペシッとビニールに包まれたゴム製品を叩き返して怒っていたのであるが、級友達には『え゛っ?! 何だかんだ言って受け取ってんのっ?!』という驚愕が巻き起こっていたりする。楓乙ということか。

 

 無論、ヘタレ同志(同士w)の古も向こうで超に責められており、ものごっつ顔を赤くしてナニやら言い合いを続けている。

 ただしこちらはもっと直接的な事を言われているのでここでは表記でないのであしからず。

 皇帝がハッスルしていた時代の後宮には、口に出すのも恥ずかしいブツが多種多様にあったという。それをアイテムとして使う事を勧める超。18禁どころか21禁のブツなので倫理以前の問題である。

 

 「そ、そんなコトしたら壊れてしまうアルっっ!!」

 

 「大丈夫ネ!! 仮にそーなたら横島サンに責任とらせられるヨ!!」

 

 ……とまぁ、このようにナニがどうとか具体的な事は語れない。

 

 「あらあら みんなお盛んなのね」

 

 「ち、千鶴姉……」

 

 3-Aの倫理観や如何に?

 

 それはさて置き。

 

 「でも、どうする? こんな事があったら準備が……」

 

 「そうよねぇ ただでさえウチのクラス遅れてるんだし」

 

 「運動部が多いからしょうがないんだけどさぁ」

 

 一般人である彼女らが怯えるのもしょうがない。何せナニがナニやら解らない相手なのだから。

 例えば変質者や不審者であれば学園側に訴えればそれなり以上の手を打ってくれるだろうし、学園内でもその人と知られているデスメガネ等が出陣してくれるだろう。

 言うまでも無いがそれが裏の関係者とも限らないわけであるから、それなり以上の手というのも“そういったもの”を含んでいる。

 だから実のところ学園都市の中央に近い女子中等部は中枢に近い事もあって警備ランクが高かったりするのだ。

 よって、本気で困っているのなら学園側に訴えた方が素早い対応が取られるのである。

 

 

 

 「あれは本物だと思うですよ」

 

 ずずずと黒酢トマトなる謎飲料を啜りながらそう言うのは夕映。

 トマトと酢はけっこう相性が良かったりするが黒酢はどうだろう? 等といった事はさて置いて、一度一啜りしてからストローから口を離し、

 

 「何というかリアリティがありました。

  ……てっきり またネギ先生がらみの事件かと思ったのですが……」

 

 自分の考えを述べる。尤も、自信が無い事も織り交ぜているのだが。

 その横でのどかが泣きながらコクコク頷いている。よっほど怖かったのだろう。

 

 「私もそう思ったけどね……」

 

 何だかよく解らないのであるが、明日菜は夕べのアレは魔法とちょっと違うような気がしていた。

 違和感というか、ズレのようなものを感じているのだ。自分でもそう感じる理由は解らないのであるが。 

 

 「ウチの教室にはでるっていう噂が昔からあったんよ。

  ここ数年は全然出ぇへんかったんやけど……」

  

 「ちょっと、どうするネギ?」

 

 「うーん……」

 

 だが悲しいかなネギサイドはこの麻帆良の魔法規模がよく解っていない。

 女子たちもオバケが相手だというのに、何故か自分で手を打とうとするし。

 

 「だけど、ホントにいるのかなぁ? 私、全然感じないんだけど」

 

 と零したのは、昨晩はバンド練習で準備に関わっていない円だ。

 ハッキリというには程遠い、かなりピンボケな写真である為に何が何だか解らない。○スポとかのインチキ記事にしか見えないのは和美のお陰か?

 

 「そーゆーのは霊感がないと解んないんだよ」

 

 「え゛? あ、そ、そーだよね。あははは……」

 

 そんな円の呟きを耳にしたのか、横にいた桜子がそう突っ込んだ。

 円は笑って誤魔化したが、どうやら上手く騙されてくれたようで、桜子はまた話に加わって行った。

 その背を見て円はホッと胸を撫で下ろす。

 

 何故なら、円はその霊感を持つ能力者なのだから。

 

 彼女の零した全然感じないというのは、霊感に引っかからない。つまり、害意のあるそれがいるという感触が無いという事なのだ。

 今も首に巻かれている黒いチョーカー(以前の騒ぎの果てに手を入れたエヴァ謹製の方の霊波を抑える道具)を外しても“そういったもの”の感触が伝わってこない。

 確かに浮遊霊や動物霊らしきものの気配ならあちらこちらにあるのだが、ただいるだけの害の無い気配だけしか感じないのだ。

 だからそんなに怖いものいるかなぁ……? という感想しか彼女には無かった。

 

 凄過ぎるモノに接しまくっていた弊害とも言える。

 

 「あ、そういえば朝倉の近くで時々気配感じてたけど……あれがそうなのかなぁ?」

 

 ふと目を向けるとそこは空席。

 和美の隣、窓際の席は何故かずっと空になっているのだ。

 

 「? そう言えばなんで空席のまんまなんだろ?」

 

 噂ではその席に座ると寒気がするという事らしい。

 だから確か皆が気味悪がってそのまんまだったっけ、という事を思い出した。

 しかし寒気がするという事は、何かがいるという事で、今まで気付かなかったが学園側もそこをあえて空席にしているという事だ。

 

 「わぁ……改めて考えてみたら、ここっ不思議でいっぱいなんだ……」

 

 まぁ、東日本の魔法協会の中心的な位置らしいし、考えてみたら世界樹と呼んでいるあの木にしても常識的に考えてみれば大き過ぎる。

 それに都市内の技術レベルも外の方より明らかに優っている。というより、学園内が進み過ぎている。これらを不思議と思わずに受け入れられている事こそが異常なのだ。

 不思議な事を不思議だと感じなくなる認識阻害の魔法。それが曖昧にさせているのだろうか?

 

 いや悪魔だとか吸血鬼だとかゴーレムとかが実在するのだから幽霊の一人や二人がいたとしてもおかしくはないのであるが……

 

 「どうして急に出て来たのか、って事だよね……」

 

 今までずっと大人しくしていたようであるのに、何故唐突に出て来るようになったのか、その理由が解らなかった。

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 妹に溺死しかかるという、字面だけ見たら何だかインモラルっぽい夜が明けた次の日。つまり今日である。

 今日の用務員としての仕事の割り当ては夜の部だった。

 

 横島はこりゃ幸いと昼休みに楓達を呼び出して騒ぎになってる幽霊とやらの話を聞こうとしたのであるが……

 

 「聞いてるでござるか?」

 

 「ハイ、モチロンデゴザイマス」

 

 ナニか聞くよりも前に、ナナと かのこを膝に抱っこしたまま正座という、考えようによっては拷問である状態で楓と古から説教ぶちかまされていた。

 場所は裏庭。楓が明日菜に悩みを打ち明けたあの場所だ。

 そんなトコで三人の女子中学生に正座させられているという光景は、シュールというか哀れを誘う。何か不良女子にカツアゲされているようにも見えるが。

 

 いやまぁ、彼女らからすれば自分達が必死こいて謎の存在を追いかけまわしていたというのに、その時間帯は妹と使い魔とイチャイチャしてました――等と聞かされれば八つ当たりの一つもしたくなるだろう。

 何せこの妹、飛んで帰ってからずっと抱っこ状態でくっ付いたままで、トイレ以外はずっとこの有様だったという(心眼によると、必死こいて許しを得てなければトイレの中にも付いて来たり付いて行かされたりされていたらしい)。

 今も赤ちゃん返りを起こした幼児が如くペッタリとくっ付いて甘えている。

 二人に付いて来ている円もちょっと面白くなさそうだが、流石に三人ともナナに当たるほど落ちぶれてはいないので結局は横島が一人に被害が集まるのだ。

 

 無論、決してその想いの中にナナが羨ましいとかいうものは混ざっていない。ないったらない。

 尤もそのヤキモチ+嫉妬のお陰で普通に接しているのだから、結果オーライであろう。

 

 「ア、アノ、ヒルヤスミガオワッチャウカラ、ハヤクオハナシシタインデスケド……」

 

 「む? そうでござるな」

 

 「仕方ないアル。今日のトコはこれくらいで勘弁するアル」

 

 「オアリガトウゴザイマス」

 

 だが、そんなアホぉなやり取りの所為で昼休みは十分ほどしか残っていなかった。

 一体ナニをやっているのやら。

 

 「ソ、ソレデ……イ、イや、それでどんなヤツだったんだ?

  ナナの話だけじゃあ要領を得んし」

 

 何か片言が戻り切ってなかったが、それでも何とか自分を取り戻して質問に入る横島。

 何だかんだ言ってこういった件のエキスパートは横島である。事が事だけに完全に仕事モードの真面目な顔になっていた。まだナナもかのこも膝にちょこんと乗せたままであるが。

 

 ようやく話が進むと溜息を吐いてから、円は小脇に抱えていたまほら新聞の見開きの部分を横島に差し出した。

 まだちょっと怯えがあるのか写真すら見たがらないナナの頭を撫でてあやしつつ、それを受け取って彼は一番目立つ写真をまず目に入れる。

 

 と……?

 

 「ん、ん~~?」

 

 「? どうかしたの?」

 

 横島はいきなり眉を顰めて妙な唸り声を発した。

 驚いている、という感じもあるがどちらかというと呆れているが近い。首を傾げつつ写真を見つめ、書いてある文章から状況を鑑みる。

 そしてまた写真に目を戻し、また首を傾げていた。

 

 「何か問題でも?」

 

 余りに特異なリアクションに、流石の楓も問いかけてしまう。

 ナナもそんなお兄ちゃんの様子に膝の上から顔を見上げる。

 

 「あー……いや、さ」

 

 「?」

 

 「なんつーか、この娘……

 

  えらい写真写り悪りぃなぁと」

 

 「「「はぁ?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 「え゛? じ、じゃあ、この子悪い霊じゃないの?」

 

 「いや、霊=悪いって考えはやめよーや」

 

 横島は自分の見立てを述べると、ナナも少しだけ落ち着いたのか恐る恐ると写真を覗き込んだりしている。

 尤も、彼の言うように写真写りが悪過ぎて怖いので直に引っ込むのだが、先ほどまでよりかはマシになってきているようだ。

 「まず、前から3-Aにいたというのに今の(、、)円ちゃんが感じてない。

  それに見回りやら掃除やら用事で教室に行った事あるけど、そういった感触がなかった。

  おまけにかのこが全く反応してないんだぞ?」

 

 「ぴぃ?」

 

 天然自然の精霊集合体であるこの小鹿が、緊張どころか何の反応も見せていない。

 という事は敵意以前に害意がない証拠と言える。

 

 「うーん……言われてみたら納得できるかな」

 

 流石に感応型の霊能力者として覚醒しつつある円は即座に理解した。

 それに自分も席に違和感を感じはしても怖気はなかったのだ。

 この感覚そのものが、相手に悪意が全然無い証なのだと思う。

 

 現に小鹿も件の写真をぴすぴす鼻を鳴らして見てるだけだし。

 

 「なら私達から逃げてたのは何故アルか?」

 

 「楓ちゃんにしても古ちゃんにしても今は攻性の霊能力持ってんじゃん。

  幽霊だったら怖くて逃げるぞ」

 

 「怖いって……」

 

 幽霊が怖がって逃げたと言われて円は冷や汗を垂らした。

 とっくに死んでるものがナニを怖がるというのか。

 

 「いや、死んじゃってても肉体がないだけで感情とか性格は残ってるんだ。

  痛い思いして死んじゃった場合は、その場所の痛みを感じ続けるけどな」

 

 そう言いつつ写真に目を戻す横島。

 

 「だけどこの写真、痛がってるっつーよりビックリしてるって感じだしな。

  多分みんなが気付いたんでビックリしたんだろーさ」

 

 とんでもない手ぶれとピンボケで解り辛ぇけどな。と後を続ける。

 幽霊にすらオートでピント合わせてくれるカメラなんぞ持ってたら、それはそれはでビックリだが。

 

 「気付いてもらったんでビックリしたレスか?」

 

 「ああ。

  だけどお前だったらその娘の気持ち解ると思うぞ?」

 

 「私レスか?」

 

 未だちょっと怯えているナナであるが、ようやく恐れが遠のいて来たのか横島の膝から下りてその兄の顔をじっと見た。

 彼はそんな妹にどこか寂しげな微笑みを向けながら頭を撫でる。

 

 「気付いてもらえない。

  自分がいるって事、言ってる事を解ってもらえない。

  だけどやっぱり女の子としての興味が無くならない。

  だから同年代の女の子の輪の中の話に耳を傾けに来た……ってトコだろうな」

 

 「……」

 

 ナナは黙って写真を見直す。

 今度は目を背けずじっと見ている。

 彼女の目ではまだ表情は読めないのであるが、それでも何かを理解してあげようとしているのだろう事は、少女達に伝わって来ていた。

 

 「それと、悪意があったり、妬みや怨みとか残したやつはそういった表情しねぇよ。

  かと言って、苦しみや悲しさから逃れようと他人を引きずり込もうって感じも無い。

  制服からしてけっこう前からいる娘みたいだけど……

  そんな長い間幽霊やっててこれだけ歪んでねぇっつーのは……こりゃ奇跡だな」

 

 ふと自分の元同僚の女の子を思い出す。

 あの娘も300年ほど自縛霊をしていたが、そんなに歪んでいなかった。

 尤も、身代わりにしようと横島を落石で殺そうとしているのだからギリギリだったのもしれない。彼でなかったら死んでいただろうし。

 

 横島はしびれかかった足の筋を治しつつ、よっと背伸びをしつつ立ち上がった。

 

 「ま、兎も角だ」

 

 その顔には何だか懐かしげな表情が浮かんでいた事を三人は見逃していない。

 

 

 「オレがこの娘の事調べて何とか考えてみっから安心しな」

 

 望んでたら成仏させてあげなきゃなんねぇしな。

 

 そう言って微笑む彼の顔は優しさに満ちたそれ。

 それはどこか寂しさを含んではいるが必要十分以上に彼女らの目を惹き付け、何だか幽霊の少女に羨ましさを感じてしまうほどだった。

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 草木も眠る丑三つ時。

 どこで鳴るのか夜陰の鐘が……ではないが、陽もとっぷりと暮れた夜の麻帆良。

 夜回りをしている教師に見付かったら拙いだろーのに、花も恥らう女子中学生が夜中に校舎に入って何をしようというのか。

 

 3-A出席番号1番 幽霊『相坂さよ』除霊討伐隊

 

 これが、彼女達が自称している集団の名前である。

 その主要メンバーは、椎名桜子 朝倉和美 佐々木まき絵 明石裕奈 早乙女ハルナという訳の解らないメンバー。

 どういう判定基準で選んだのかサッパリサッパリ不明であり、どうして誰も文句を言わないのかも不明である。

 そして見物なんだか応援なんだかこれまた不明であるが、止めなきゃいけないはずの担任であるネギと、その従者である少女達。

 +亜子とアキラ、何故かいる あやか。皆の為に夜食を差し入れに持ってきている五月と古。桜子がいるから保護者的にくっ付いてきている円という錚錚足る(?)メンバーだ。

 因みに楓も来る予定だったのだが、昨夜の件で鳴滝姉妹に咎められて不参加。やはり昨晩二人をほっぽり出していたのが響いているようである。

 

 そしてその選ばれし五人の戦士(笑)らの背中には怪しげなユニット。そしてそのユニットとパイプで繋がっているアヤシゲな武器っぽい何か。

 両手持ちの銃っポイそれの側面に《封神》とか書かれている分、インチキ臭さに拍車が掛かっている。

 

 だが、これでも超が開発した退魔武器なんだそうだ。

 何時作ったのよ? とか、いいのか? イッパソ人にこんなの持たせて。というツッコミはスルーされている。

 

 「さ――て やっつけちゃうよ――」

 

 「3-Aの科学班 超一味が開発してくれたこの除霊銃でね♪」

 

 等と、当の少女達はお気楽全開。

 ハルナに至っては、不敵に口元を歪めてふふふとか笑ってるし。

 

 普段 理知的なあやかですら、

 

 「た、頼みますわよ 桜子さん」

 

 「OKOK」

 

 等とトラブルメーカーの一人に本気で頼っているし。

 案外、いいんちょ様も怖がりさんのようだ。

 

 だが仕方のない話でもある。

 と言うのも、裏に接している魔法使い達ですらも霊の事を掴み切れていないのだ。

 彼らが言うには魔法は理論と科学がキチンとあって、科学とベクトル違えど同等的な学問なのである。

 対して霊といったものはオカルトの位置にあるものなので、どちらかと言うと関西呪術協会の方の管轄だ。

 その西の方にしたって霊と相対する時は敵が普通。

 

 だから、

 

 「大概はこの世への未練や恨みで残った人たちなんですけど……

  人に迷惑を掛ける悪霊もたまにはいるみたいで」

 

 勉強家のネギですらこの認識なのである。

 

 『まぁ、なんだ。何の未練か知らねぇが成仏させてやるのが人情ってもんだ。

  なぁ 兄貴』

 

 一瞬、誰の声だ? と首を傾げられるのだが、そり声の主はネギの頭の上。

 誰あろう久しぶりに登場のカモミール? 事カモだった。

 

 『ちょっ!?

  名前に疑問符付きの上、略称と名前が逆じゃねーかっっ!!』

 

 気にしない気にしない。

 大体、逃げていた理由も脅迫されていたとはいえ自業自得。

 そんなに気にされずに済んでいたものを、疑心暗鬼に駆られて藪の中を逃げ回った挙句、大学の畜産部が仕掛けた害獣用トラップに引っ掛かって捕らわれてしまっていた。

 表向きとはいえ、ネギの使い魔としての登録していなければ見つけてもらえず、学園に紛れ込んだ野生動物として観察飼育されていた事だろう。

 

 それもまた人生(オコジョ生?)だろうけど。

 

 『ヒデェっ!!』

 

 「どうしたのよ? イキナリ声荒げて。

  フィラリアにでも感染したの?」

 

 幻聴に近い地の文程度に心をかき乱されていたカモのあまりと言えばあんまりな奇行に明日菜が冷や汗を掻きつつそう問いかけた。

 彼女達にはンなモンは聞こえていないのだから当然であろう。

 

 『久しぶりの登場だってのに、姐さんもあんまりだぜ……

  つーか、まさか姐さんがそんな予防接種が必要な病気を知ってたってのは意外だな』

 

 「なに? 私がバカだって遠まわしに言ってるわけ?

  何だったら遠まわしに打ち首にするわよ?」

 

 『全然遠まわしじゃねーっっ!? 勘弁してくだせーっっ!!』

 

 カモが久しぶりなのも先の理由によって夕べまで発見されなかったからだ。

 

 逃げ回っていた理由は大体ご承知であろうが、昨晩の追跡騒動の際にネギが引き取りに行ってどうにか定位置(ネギの肩)に戻れたという事である。

 

 尤も、けっこうな長さサバイバル生活をしていた為に新聞紙の様なくすんだ鼠色に染まっていて、帰宅して早々は害獣として追い回され、挙句 大学部で飼育されるわしてやたら獣臭くなっていた。

 めでたく戻れた時、風呂嫌いのネギと共に明日菜によって浴場に叩き込まれタワシでゴリガリ洗われてたりするのだが……まぁ、それはどうでもいい話だろう。

 

 兎も角、クラスの動揺を心配したネギと、そんなカモの進言。そして何時ものノリによってこーゆーオポンチな行動になってしまったというわけである。

 見回りの教職員等に見付かったらどう言い訳するつもりなのだろうか?

 

 「相坂さよ 没年1940年。

  確かにこの学校に通ってたみたい」

 

 と、手帳を広げてメモった情報を口にする和美。

 

 とはいってもどういった経緯でこうなったか、そして死因も不明。

 

 しかし学校に自縛されているのだから校内で亡くなったのだろうし、校内での死亡事故等ならばけっこう情報が残っているはずなのであるが……60年も前だから残っていないとでもいうのだろうか?

 だが、一般情報が殆ど残っておらず、糸を手繰ろうしても途中でぷつんと途切れてしまう以上、魔法がらみである可能性が高い。

 和美は自分の判断であるが、そういった感触があった事は胸にしまっておく事にした。

 特にこのネギという頭が固すぎる少年には言い難いと感じたからだ。

 

 「でも、幽霊なんてホンマにおってんやねー」

 

 「いや木乃香、アンタ占いやってるのにオカルトなコト半信半疑って……」

 

 あははーと能天気に笑う木乃香にこれ以上ツッコム気は明日菜には無い。

 そんなやり取りを笑ってみていたネキであったが、ふと何か思い出したのだろう持っていた生徒名簿を開いて中の写真に目を落とす。

 

 自分の受け持ちクラスの出席番号1番の所。

 そこには今少女達が着ている制服とデザインの違う、昔の麻帆良の制服であろうものを着用している相坂さよの写真が貼られている。

 名簿の写真なので探偵は出来ないのだが、大人しげな雰囲気が感じられる。死ぬとあのように性格が変わるのだろうか?

 それとも久しぶりに現れた事に何か意味が?

 

 しかしネギの考え……というよりただの勘であるが、

 

 「そんなに悪い事をするような人には見えない気もするんだけど……」

 

 と感じていた。

 

 『兄貴。名簿の写真に騙されるなよ?』

 

 「う、うん」

 

 無論、勘でしかないので自信がある訳ではない。

 カモの言葉でその考えを横に置いておく事にした。

 木乃香は、そんなネギの自信なさげな様子に首を傾げ、そう言えばと疑問に思っていた事を口にした。

 

 「せやけど、何でネギ君 横島さんに聞かへんかったん?」

 

 「へ?」

 

 『よ、横島の兄さんっスか?』

 

 ネギは聞かれた意味がよく解っていなかったのであるが、カモは思いっきり不信な慌て方をしている。その意味は押して知るべし。

 

 で、木乃香の方はネギがよく解っていない様子であることにまた首を傾げている。

 

 「?? あれ~ ひょっとして知らへんのえ?

  ウチのお父様も言うてたけど、横島さんて超一級の退魔師なんやて」

 

 「『え゛?』」

 

 ネギとカモ、超☆初耳だった。

 

 「マジに知らなかったの? 私ですら知ってたのに」

 

 「……し、知りませんでした」

 

 正確に言えば、円から木乃香に漏れ、木乃香から明日菜に伝わっているだけで横島や楓達が直接言った訳ではない。

 この世界の人間ではない事は秘密なので、一級の退魔師ある事もまた秘密なのだ。何せ戸籍だって偽造なのであるしこの世界の(、、、、、)術士名鑑にもない名前なのだから。

 円は後でその事を知って慌てたのであるが、木乃香はそういった事を触れ回る娘ではないのでちょっと釘をさしただけでそのまだったのだ。

 

 決して、『くぎみーに釘さされてもたー』と茶化されたから怒って話半分に放置してしまった訳でない。だろう。決して。

 まぁそれは横に置いといて、

 

 木乃香にその事を言われたネギはかなり複雑だった。

 何だかんだいってやたら世話焼きである彼からだったら、かなり詳しい話を聞けたかもしれないし、何よりクラスの半分近くを巻き込んだこんな騒ぎにならなかったかもしれない。

 つーか、深夜に女子中学生を校舎に入れたりしている時点で倫理をブッチしている事に早く気付けと言いたい。

 そんな風に頭を抱えているネギ(カモは何故か更に白くなってる)を他所に、木乃香は夜食を配り終えたらしい古に声を掛けた。

 

 「くーふぇ~」

 

 「ん~? 何アルか?」

 

 木乃香に呼ばれ、トコトコやって来た古は、薄水色のツーピースに緑色の野球帽を被って髪型もツインに別けていた。

 おまけに緑色のリュックなんか背負っていてなんとも胡散臭い格好だった。

 そのリュックからはみ出しているのは彼女の持ち物だろう、様々な武具。衣服の雰囲気と違ってなんとも物騒である。

 しかしその格好……馬鹿馬鹿しいので来ていないが、同じクラスの長谷川千雨とかが目にしていたら思いっきり毒づいていた事だろう。

 

 『河童か!? 体当たりが得意な河童なのか?!』

 

 と。

 

 まぁ、理由は詳しく語るまい。幻想界の話なんかはここでは関係ないのだ。

 

 「あー くーふぇは部分装甲薄いさかい中国のカッコは無理やしなー」

 

 「何アルか? 私に対する挑戦カ? 売られた喧嘩は買うアルよ?」

 

 呼んでおいてそれは流石に失礼だと思われ。

 まぁまぁと明日菜が執り成し、木乃香もあははーごめんなーと謝った(←悪気ナシ)ので古もしぶしぶではあるが矛を収めた。

 

 「で? 何の用アルか?」

 

 「え、あ、うん。

  ホラ、横島さんの事なんだけどさ」

 

 「老師の?」

 

 そ、と明日菜は古の顔色を伺いつつ頷く。

 何せこの間まで件の男性の所為で楓と古、円も零も様子がヘンだったのだ。昨日もどたばたしてたのだから気にするのも当然だろう。

 

 尤も、当の本人は極自然に頷いており、その心配は杞憂で終わっているが。

 

 「えっとね、横島さんってすごい退魔師なんでしょ?」

 

 「ん~……退魔師とゆうか、ゴーストスゥイーパーて言てたアルよ?

  何でもオカルト事件専門家らしいアル」

 

 「ごーすとすいーぱー?」

 

 「スィーパー。掃除人って意味とちゃう?」

 

 ちょっとアホの子であるのを曝した明日菜をフォローする木乃香。

 尤もそのフォローも、え? そうなの? という明日菜の反応で台無しだ。

 まぁ、皆が皆して力のバカレッドと認識しているので取り立てて拙い事もないが。

 

 「へ~ だったら横島さんだったら直に解決するんじゃないの?」

 

 「それはそーだと思うアルよ。

  現に昼から調査してたアルし」

 

 「「「は?」」」

 

 全く何と言う事でしょう。

 アレだけウンウン唸っていた楓と古は、円と共に昼休みに会っていたと言うのです。

 

 どこでどういった流れがあったのかは不明であるが、何とも腹立たしい話ではないか。こっちの心配していた時間を返せと言いたい。

 

 「い、いや、私達も四時限目の終わりくらいにメール受けて……」

 

 「呼び出されてのこのこ出向いていったと……」

 

 「あ、いや、その」

 

 「イヤだったんえ?」

 

 「それは~~……」

 

 答を聞くまでもない。

 恐らくウキウキ&ドキドキで向かったのだろう。楓と共にギクシャクしつつ机に足引っ掛けたりして出て行ったのを目にしていたし。

 チクショウめと言いたい。つーか恨めしい。じぇんじぇん進展もクソもしていない明日菜は特にだ。

 

 「え、えっと、師匠。

  それで横島さんは何と……?」

 

 兎も角、落ち込んでいる明日菜を木乃香がおーよしよしと慰めているだけでは話は進まない。和美など焦れていたりするのだから。

 その和美が問いかける前に、ネギが口を開いた。

 

 「えーと……

  老師は、随分前の生徒の自縛霊に違いはない、

  けど物凄く穢れを持ていない娘だと言てたアル」

 

 「穢れを持ってない?」

 

 「もし悪霊化してたらくぎみーが気付いてたし、何よりこの学園サイドが何か処置をしてたと」

 

 「鈴宮さんが?」

 

 「くぎみーは老師との鍛練で感度、もとい感知力が凄く上がてるアルよ」

 

 ……何故か話してる途中から、古を中心に気温が下がった気がする。

 つーか、冷や汗が止まんないではないか。

 特に噂の円は桜子の横でコキンっと縮み上がってたりするし。

 

 「と、兎に角、その相坂さんって子はあぶなくないって事ね?」

 

 あからさまに話を逸らしているのだが、古はそれにすぐ乗ってくれて室温も何とか戻ってくれた。

 尤もその被害は少なくはないようで、

 

 「わーっ い、今、ぞわっっとキターっっ」

 

 「さ、さぶイボがーっっ!!」

 

 「これって心霊現象ぉーっっ!?」

 

 等と、ナゾの殺気をピンポイントで放たれたであろう、円の周囲では怪奇現象として騒ぎになってたりする。さもありなん。

 

 「こないに写真は怖いのに、無害なん?」

 

 「あー……それも言てたアル。

  何でもこの子……すごく写真写りが悪いんだそうネ」

 

 「 は ? 」

 

 横島の言うには、元々心霊写真というものは映るはずの無いものが映ってしまうし、何より霊的なものにモノにピントが合うカメラなんぞがその辺にある訳ぁないので、よっぽど波長が合わない限りきれいに撮る事も映す事も難しいんだそうだ。

 だから顔だけはっきり映るとか、手だけが映るとかいう不気味な写真ばっか撮られていき、妙なうわさが独り歩きして行ってしまうとのこと。

 おまけに彼の目(心眼)で見た彼女はかなり引っ込み思案っポイので、写真に撮られた時は見られた事に驚いていて表情もブレてしまっているらしい。

 

 「そ、そんな事まで解るんですか……」

 

 「他ならぬ老師の目だからこそ解たことアルね」

 

 その眼力に感心しきりのネギに、古は胸を張って彼をそう讃えた。

 ノロケ? ノロケやな。ヤレヤレだぜ……と、明日菜達も呆れてたり。どれが誰のセリフかはお分かりであろう。

 

 「あ、それと幽霊だから本屋ちゃんのアレでは読めないかもしれないとか言てたアルな」

 

 「は? それってどういう事?」

 

 横島の話を我が事のように自慢していた古は、調子に乗っていた所為か彼が呟いていた事まで思い出して口に出しした。

 読心能力を持つ のどかのアーティファクトでは幽霊の心が読めないとは一体どういう事なのか? 疑問に思うのも当然だ。

 明日菜がそれを問うと、古はちょっと頭を捻って記憶を取り戻し、彼女らの方を向いて問いに答えた。

 

 「ん~~~

  何でも幽霊は肉体を持ていないから、心がそのままあるんだそうアル」

 

 「えっと……? 意味が……」

 

 まぁ、あすなには意味フだと思てたアル。私も最初聞いた時そうだたけど、と古は自分を棚に上げて小さく呟く。

 

 「えと、幽霊は肉体が無いから本性とか本音とかがを押し込める器がないそうアル。

  相手が強い欲望とか持てるのなら兎も角、これだけ存在を掴み難いて事は、心も認識し難いという事。

  だから、浅いトコしか読めない本屋ちゃんの道具だたら、細切れにしか読みとれないそうアルよ?」

 

 「ナルホド……

  悪霊とかも強い未練とかが人の形とったりしてるみたいですからね。

  彼女が無害な霊だとすると、そんなマイナス意識が強くないからカタコトでしか見えないと」

 

 流石にネギは頭がよく回る。

 明日菜なんかは頭からプスプス煙吹いてたし、説明していた古でさえショートし掛かっていたのによく解ったものだ。

 つまり、六十年もの間ふよふよと悪意も持たず、ただ何となく漂っていたっポイこの少女は、そういった意識を強く持った事がないのでどこからどこまでが表層意識なのか解り辛いので読み難いのだそうだ。

 楓と古の攻の氣に気圧されて逃げ回るだけでなく、感受性が強くなって感じ易くなっている円にすら、悪意どころか嫌な気すら感じさせていないのだから筋金入りなのだろう。

 

 

 「ん? という事は……」

 

 

 となると、和美らが立てていた策。

 のどかのアーティファクトを使って相手の気持ちを代弁しようとしていた『不思議少女のどかのチャネリング(?)で聞いてみよー作戦』は意味がないんじゃ……

 

 と、ネギ達が思い至った瞬間、

 

 

 「 悪 霊 で す っ

   や っ ぱ り こ の 人 悪 霊 で す ぅ ー っ っ ! ! 」

 

 

 絹を裂くようなのどかの悲鳴。

 ウッカリ話し込んでいたネギ達を他所に、夕映達はどんどん話を進ませていたようである。

 

 「ああーっ!? 遅かった!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ちょ、まっ、

  皆、ちょっと待ってってばっっ!!!」

 

 円が何とか声を上げるのだが、皆、聞く耳を持ってくれない。と言うかその余裕がなかった。

 

 さもありなん。

 何せあの娘は円が想像していたよりコミュニケーションがヘタクソだったのだ。

 

 横島が想像していたように、のどかが読み出そうとした意識は片言で、絵日記風な絵も相俟って呪われた言葉にしか見えなかったし、霊圧を挙げて言葉を伝えようとしてポルターガイストを起こすわ、字で説明しようとして血文字っぽくしてしまうわ、裕奈の口を借りようとして意識を飛ばしすぎて半憑依してしまうわで、どう見ても悪霊にしか見えまい。

 

 だが、自分から積極的に話しかけようと力を出しているお陰か、横島によって開発された円の目にはさよの姿がはっきりと見えていた。

 

 自分らと同年齢の気の弱そうな長い髪の少女。

 話しかけようとして失敗し続け、パニくって慌てふためいてアタフタしている姿がはっきりと。

 

 「ゆ、幽霊ってあんなんだったの?」

 

 と、流石にそんな様を見せられれば怖がるのもアホらしいと悟る事が出来ていた。

 しかし当然ながら冷静になれたのは円一人。のどかはパニくっているし、ハルナも慌てて引き金引いて謎光線を乱射している。

 夕映に至っては念の為にと雇っていた刹那と真名を呼び出し、その二人による追撃戦を始めてしまっていた。

 

 「ねえってばっっ!!」

 

 ハルナ達から光線が放たれ、刹那の剣気が飛び、真名が何かを投げて廊下を駆けて追いまくっている。

 そしてそれを追う残りの生徒達。

 当然、円も追うがそれは霊を追うのではなく攻撃を止めさせる為だ。

 あんな顔を見た後では、相坂さよという女の子の表情を見てしまった後では攻撃どころか敵意を持つ事すらできないのである。

 

 さっきから彼女が言っていた事は『友達になってください』という心からの言葉。

 

 これだけ存在を認識できない霊であれば、孤独感も半端ではないはずだ。

 触れ合いどころか話すら出来ない。気持ちに気付いてももらえないし、いる事すら認識されない。

 六十年間もそんな孤独の中にいて悪霊化していないというのは、横島の経験をもってしても奇跡と言うより、信じ難い事なのだ。

 

 それが彼女の持つ特性……穏やかさや優しさと言うのなら、何とかしてやらねばならない。

 

 自分はプロのGS。

 彷徨う霊を何とかしてやる事は仕事であるし、何よりこんな娘が寂しいままでいるのは間違っている。

 

 そういった彼の気持ちが何だか解ってしまうほど。

 だが悲しいかな彼女の足が運動部の猛者達や、プロである刹那や真名の着いて行ける訳が無い。

 声を出しても喧騒にかき消されるし、何より息せき切っているので何時ものボリュームにすら程遠い。

 

 何とかして助けなきゃ……

 

 気持ちだけは先頭を走れているのに、着いていかない足がもどかしい。

 思わず涙が滲んできたそんな時、

 

 

 

 

 

 ――円の携帯が、鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「く、くーちゃん!!」

 

 遅れて走るのとかと夕映に付いた形で走っていた古の元に円が必死の声を上げて駆けて来る。

 

 「……ん?

  おおうっ!? どうしたアル!?」

 

 古が驚くのも当然で、駆けて来た彼女の姿はあの宝具を纏った姿。

 彼女は幾ら夜でも人目に付きかねない自分の宝具を出して衣装を纏っていたのだ。

 僅かとはいえ霊的感受性が高い円は、宝具を纏うと身体能力が上がるのだ。今の時期ならあまり違和感がないとはいえ大胆な娘である。

 

 「話は後!! 横島さんから連絡!!

  この子持って桜咲さんのそばに行って!! 早く!!」

 

 円が差し出したのはウシガエル程の大きさのデフォルメされたカエル。

 そう、円の宝具の一つだ。

 

 「お願いっ!! 早くしないと相坂さん助けられない!!」

 

 「……っ!! 了解アル!!」

 

 そんな必死な声を聞くと、古はカエルを受け取って帽子の中に入れ、今度は全力で、氣と霊力を足した加速で、前方を走る全員の驚きの声を置き去りにして駆けて行った。

 

 取り残された夕映とのどかはというと、円の宝具を初めて見た訳であるから彼女が何をするのか解らない。

 だが、それがさよという幽霊を救う為という事だけは解るので口を挟まずただ見守っていた。

 

 その前で円はストラップの柳の葉を一枚引き毟る。するとその長い葉は一瞬で三角のピックになった。

 びぃんと琵琶ギターの弦を爪弾けばやっぱり自分にあった音色。何時もながらチューニングできっぱなしだ。

 便利すぎて自分のギターのやり方を忘れてしまうかもと奇妙な危機感を持ってしまう程に。

 

 だが、今こそこの宝具が役に立つ時。

 

 

 「《蛙の唄》、ダウナー!!」

 

 

 ボッッ

 

 

 足元に残っていたカエル……背中に『弐』という紋様がある……が、ギターではあり得ないほどの重低音を放つ。

 

 

 瞬間、

 カエルから放たれた音により、場の空気は円によって支配された――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「目標の姿が殆ど見えないぞ」

 

 「私達が今まで気付かなかったんだ恐ろしく隠密性の高い霊体だよ」

 

 最前線を駆けて行く二人は当然、前方を逃げ惑う影が見えている。

 刹那も退魔業を行っている事もあって感覚が優れているのだが、真名は更にその上を行く。

 

 それは彼女の持つ目。

 魔眼と呼ばれる能力がある。

 それは物の本質を見抜いたり、見えないものを認識できる能力の一つであるが、普段は使用していない真名の力を使うと如何なる存在でも闇の中で姿を捉えられるのである。

 

 そして目標を射抜くべくその目に更に力を――

 

 

 「……しかし、我々は高があの程度の霊に気付けなかったんだな……」

 

 「……ああ、いくら隠密性が高いとはいえ、同じクラスにいて数か月も全く気付けていなかった」

 

 

 使う前に、唐突に気力が失せた。

 

 

 「……情けないな……

  お嬢様を守るといっていた私が、

  あんなにすぐ側にいた霊に今まで気付けていなかったとは……

  ああ、あの霊が暗殺者だったら今頃私はお嬢様の骸の前で割腹して果てていただろうな……」

 

 「ふ……自分の事をプロだと言っておいてこの体たらく……

  靴磨きの少年に爆殺された傭兵より無様だ……

  何時か私はギランバレー症候群を発症して身動きが取れなくなるだろうな。

  そこを狙われて射殺されるんだ……ふふふ お似合いなのかもしれないな」

 

 その歩みも肩を落とした力ないものへと落ちて行き、ついには立ち止まって体育館座りをしてゆくではないか。

 

 「ああ、どーせ私には才能なんか無かったんだ……

  草葉の陰から見守ってくれていただろうお嬢様に申し訳が……」

 

 「ふふ……

  こんな無様な私なんぞミラノでコールガールでもやってた方がお似合いさ……」

 

 何かウザくブツブツ言ってる上、内容はムチャクチャである。

 床に『の』の字を書きつつ、思考はどんどん鬱に一直線。

 その上、まるでそれが移ったかのように後を追って来ていた面々も次々と体育館座りになってゆく。

 

 「……どーせ私みたいなガキなんか高畑先生にふさわしくないわよ……

  バカだしさ、呆れてるわよね……」

 

 「お父さんの足元にも及ばない……何て非力なんだろう……

  やっぱり僕に才能なんて無いんだ。努力したって無駄なんだ」

 

 「は、はは……

  こんな子供好きの変態なんかネギ先生が気に掛けてくれる訳もありませんわね……」

 

 「美砂も円もとっとと売れちゃってさ、私だけ売れ残りなのよね……

  きっと運が良いっていうのは売れ残れるって運なんだ」

 

 「……いっつも〆切に間に合わなくてヒーヒー言っててさ、バカだよね……

  別にプロでもないのにさ……」

 

 

 

 ――すごく、ウザいです……

 

 

 

 「お、恐ろしい力アル……」

 

 頭の上に歌い続けるカエルを乗せたまま、古は呆然とその光景を見詰めていた。

 台風の目のように中心位置にいたから彼女には被害らしい被害は無いのかもしれないが、直撃を受けている刹那と真名とズタボロである。

 エヘ、エヘヘヘ……と危ないにも程がある笑みさえ浮かべているのだ。

 

 円の宝具、《蛙の唄》は思考速度どころか感情まで操る事が出来る。

 その為、ダウナー系音楽を力いっぱい奏でられればこのような悲惨な状態に陥ってしまうのだ。

 

 「集団戦では最強最悪アルな……」

 

 何せこの力具合なら、やろうと思えば(円はやらないだろうが)狙った任意の集団だけを鬱状態にして自殺させる事も可能だろう。

 これで音楽が止まるだけで元のテンションに戻せるというのだから、逆に大したものだと感心できてしまう。

 

 「でも老師は、ここで時間稼ぎしてどうやてあの娘を助けるつもりアルか?」

 

 今できる事は単なる足止めであるし、かと言ってこれ以上力を加えればホントに自殺ソングになりかねない。

 だが、幽霊とはいえ女の子が掛かっている件で横島がほったらかしにする訳が無い。

 

 

 ちょうど古がそう思いあたったその刹那、

 

 

 「「っ!?」」

 

 

 突如、力強く真名と刹那が立ち上がった。

 今までの鬱状態が嘘だったかの様に生気に満ちた眼をして、だ。

 

 

 「正気に返た?」

 

 

 その二人に釣られように明日菜達もテンションが回復して立ち上がってゆく。

 ふと古も頭が軽くなっている事に気が付いた。という事はカエルも『還った』という事だろう。

 という事は時間を稼げたという事か――?

 

 

 「え?」

 

 「何?」

 

 「この音って……」

 

 

 その時、風の音にも似た何かが少女らの耳内に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――彼女はもう何十年も存在し続け、孤独に苛まされて続けていた。

 

 

 楽しそうな同年代の少女達の話を尻目に、孤独を癒す術を求めて彷徨い続け、人に声を掛けては気付いて貰えないという失望を再認しながら……

 

 

 己が死した身でありながらも他の死者を恐れ、

 

 夜の闇に馴染んではいるが陰を怖がり、

 

 長らく孤独を味わいつつも生者を妬む事も無く。

 

 

 もし彼女が生者を妬めるモノであればもっと早く楽にしてもらえたかもしれない。

 

 常闇に心を堕とせていたならもっと早く祓ってもらえていたかもしれない。

 

 ほとんど穢れに向いていなかった事は、ある意味彼女にとっては不幸だったのかもしれない。

 

 それでも彼女はそれすらも気にする事も無く、何時も見てももらえぬ授業に律儀にも出席していた。

 

 

 そんなある日。

 新任の子供教師が手を上げていた自分に気付いてくれた。

 

 いや正確に言えば無意識に認識できただけなのだが、それでも彼女には衝撃だった。

 

 何せどんな霊能力者や祓い師にも、彼女をどうこうする以前に認識する事すら出来なかったのだから。

 

 そして夜の学校が好きではない彼女が何時ものようにコンビニの灯りの元に彷徨い出ていた時、その子供教師と少女らの一団と鉢合わせた。

 無論、誰一人彼女が立っている事に気付いていなかったのだが、それでも勇気を振り絞って彼女は夜の挨拶を行った。

 しかし微かな希望も虚しくその行為は空振り。

 やはり誰一人として声にも姿にも気付けてもらえなかった。そう肩を落としてその場を去ろうした時、件の子供教師が立ち止まり、自分がいた場に振り返って首を捻っていたのである。

 

 彼女の心にまた希望の光が灯った。

 

 次の日、彼女はその希望を糧に積極的にコミュニケーションをとろうと奮闘。

 声を掛けたり、姿を見せようと気合を入れたりしたのであるが結果は大失敗。

 携帯のカメラだった為か、撮った少女の腕が悪かったのか、それとも彼女の写真写りが悪すぎる為か、或いはその全てが原因なのか知らないが、張り出された新聞の写真は怨霊か悪霊。最悪である。

 

 夜中、その写真の余りの写りの悪さに落ち込んでいると、クラスの同級生達が集まって何かしようとしているのが見えた。

 何だかよく解らないが、自分の名前が出ていたようなので近寄っていけば……

 

 『 悪 霊 で す っ

   や っ ぱ り こ の 人 悪 霊 で す ぅ ー っ っ ! ! 』

 

 と、何故か誤解を受けてしまっていた。

 慌てた彼女は、何とか誤解を解こうと努力するのだが、これがまた大失敗。

 ポルターガイストになったり、下手な字の所為で呪い文字だと誤解されたり。女の子の身体を借りて誤解を解こうとして取り憑いて殺そうとしていると誤解を深めたり、と碌な結果になっていない。

 

 要らぬ誤解を更に積み重ねた結果、彼女は退魔されようとしていた。

 追うは同じクラスの少女二人。

 

 今まで知らなかったが、この二人は今まで会った事がある“そういう仕事”をしている人以上の常人離れした力を持っており、どこにどう逃げてもどんどん追いかけてくるのだ。

 確かに、自分を認識してくれるのは驚きであり、願っていた事であるのだが、退魔される為に認識されるとなると話は別。

 級友に追われ、攻撃され、力尽くで祓われようとされるのは想像も出来ないほどの恐怖を彼女に齎せていた。

 

 実際、彼女は死にたくて死んだわけではないし、なりたくて幽霊になった訳ではない。

 いたくて孤独でいた訳でもないし、気付いてもらえない今を受け入れている訳でもない。

 ただ幽霊だから、というそれだけで追われるのだからその辛さも半端ではないのだ。

 

 逃げてどうなるものでもなく、例えここで助かったとしてもずっと孤独が続くのも受け入れ難い。

 だけどただ一人でいるのが嫌で悲しくて、友達が欲しくて出てきただけなのにそれがいけないというのだろうか?

 だから彼女は泣きながら廊下を飛び、自分と追う者だけの夜の校舎をただ逃げ纏っていた。

 

 息切れも無い幽体であるけど気力が尽きれば肉体に負担がかかるのと同様に動けなくなる。

 もうだめかな、消されちゃうのかな、とその力が尽きようとしたそんな時、

 

 

 ふいに追撃の手がぴたりと止んだ。

 

 

 え? と後ろを振り返ると追っ手の少女らは何故か座り込んでいて追う気を失っている様に見える。

 後続の少女らもどんどん座り込んでゆき、立っている一人を除けば誰も彼も彼女を追うという意志を残していなかった。

 

 訳が解らずただ立ち竦んでいた彼女の耳に、

 

 

 その音が響き渡った。

 

 

 『え?』

 

 

 それは笛の音のようだった。

 

 何時か聞いた日本の横笛の音に似ているが、その音色よりも角が無く、

 

 子守唄のようにいとおしげで、童謡のように優しげだと彼女には感じられた。

 

 

 ――こっちよ。

 

 

 『え?』

 

 

 声がする。

 

 その音色に混ざって声が聞こえるような気がする。

 

 

 ――こっちよ、さよちゃん。

 

 

 『っ!?』

 

 

 もう間違いない。

 この声……ううん、この笛の音は自分を呼んでいる。

 

 自分を呼んでくれる。

 正確に自分に向けられているという声。それに抗う術を彼女は持ち合わせていなかった。

 

 その音色に、言葉に、彼女は誘われ、導かれ、

 

 廊下を駆けて階段を上り、一番上の階の更に上、

 

 屋上に出るドアを、開けた。

 

 

 

 そこには、

 

 

 

 『いらっしゃい』

 

 

 

 風にたなびく長い髪を月の明かりで輝かせ、

 

 

 『はじめまして、さよちゃん』

 

 

 間違いなく自分を見、尚且つ優しい笑顔で挨拶をしてくれる巫女装束の少女。

 

 

 『私は氷室キヌ。よろしくね』

 

 

 そう言って優しく微笑んでくれたそのキヌと名乗った少女の眼差しを受け、

 

 

 

 彼女――さよの目元で、今までと違う涙が光った。

 

 

 

 




 我ながらキーが遅い……正確には修正が遅い。
 さよちゃん登場&おキヌちゃん初登場&とあるフラグ発生+……なんて詰め込み過ぎな感もあり、駆け足気味なのが否めませんし。

 また楓出遅れw
 これもまたディスティニー。


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後編

 屋上のドアが開き、その少女が駆け込んで来たのが見えると、輝く笛をようやく下ろした。

 

 この笛どころかこの身すら模造品であるが、本物以上に本物といえるレベルで、深く深く自分の事を覚えてくれている事が嬉しくて、笛を吹く時に必要以上に力を使ってしまったのは秘密だ。

 尤も、笛の力は100%再現されてはいたけど外見はえらくあやふや。

 形を思い出せない為、形を取り損ねて光る笛になっている。

 反対に“自分”の再現率は頭に巻いたバンダナ以外パーフェクト。まぁ、そんなところも実に彼らしいと苦笑が浮かぶ。

 

 高校生時分の外見年齢である事と何時もの巫女服姿なのもご愛嬌だ。

 

 “それこそ”が彼らしいと言えるし、ここまで覚えてくれているのはやっぱり純粋に嬉しかった。

 

 『あ、あ……』

 

 そんな彼女を、外見だけならほぼ同年齢の少女の幽霊が呆然と見つめている。

 真っ直ぐ自分を見てくれている女性に出会い、

 真っ直ぐ自分に声をかけてくれている事による感情のうねりに戸惑っているだろう、この幽霊の気持ちは……彼女には実によく解った。

 

 ――ああ、昔の私もあんな顔をしていたのかもしれないなぁ、と。

 

 三百年という長き自縛霊生活の果て、浮遊霊として“あの事務所”でアルバイトを始め、様々な経験を経て人間に戻った自分であるが、そこに至るまでに全く問題が無かった訳ではない。

 はっきり言って彼との出会いも『殺す』という物騒な理由であったし、自縛から解放される事が目的だった訳であるのだけど、後になって考えてみたらとんでもない話。

 それでも怖がるでもなく受け入れてくれたあの人達には、“この身”でも感謝の念が尽きない。

 

 因みに、ずっと後になって『雪山で追いかけられた時に何で抵抗したのか』と後悔してたりなんかするのだが……今は関係のない話である。

 

 『はじめまして、さよちゃん』

 

 あの時の事を懐かしく思い、そして深く気持ちが解ってしまうからこそ、

 彼女がハッキリと見えているという意味も込めて、自分の名を告げてあげる。

 

 『私は氷室キヌ。よろしくね』

 

 あの時、居場所をくれた皆の様に――

 

 『……あ、あああ………

  わ、わぁああああああああああん!!』

 

 幽霊の少女――相坂さよは、泣きながらその氷室キヌと名乗った女性に飛びついていった。

 

 それは無理もないと言えるだろう。数十年もの間、孤独の中にいたのだから。

 

 見えないのに彼女というものを認識できていないのに祓おうとする自称退魔師や、霊を慰めると妄言を騙る霊能力者はそれなりにいたのだが、その全てがさよの居場所どころか存在にすら掠りも出来ていなかった。

 見てくれない、気付いてくれないならいっそ……と捨て鉢になってそれを受ける気にすらなった彼女であるが、その全てが空振りばかり。

 中には本物っぽい人間もいたようであるが、目の前に立っても位置の認識すらしてもらえない有様だった。

 かと言って、仲間というか同じような存在はいるようだが、そこに行く事は躊躇われる。

 

 行ってはいけない、気持ちが悪い、嫌悪感が強い、という感触があってそこには一歩も進めないのだ。

 それに下手に“そこ”に入ると同級生を害するほどの事をしなければならなくなる。

 それは……それだけは勘弁して欲しかった。

 

 成仏させてもらえる訳でもなく、鎮守してもらえる訳でもない。それでも闇に入る事も堕ちる事もできない。

 ただぼんやりと無気力に日々を送り、楽しそうな学生達を見ながら、その眩しさに顔を背けるくらいの事しか出来ないでいた。

 

 奇跡的に他の生者を妬んだり怨んだりする事もせず、文字通りの幽霊生徒として通い続ける さよ。

 友達がほしいというささやかな願いを胸に秘めたまま、気がつけば六十年の月日を送っていた。

 

 そんなある日、気の所為かもしれないがクラスの出し物について子供担任が多数決を取っていた時に、手を上げた自分の名もカウントしてくれたようなのだ。

 これには驚いた。何せ数十年も誰にも認識されずい続けていたのだから、こんな子供に感じ取れた事は驚愕以外の何物でもない。

 だから彼女は、微かな希望を持って自分のクラスの子供教師に挨拶してみようと勇気を振り絞ってみた。

 結果的に挨拶そのものは失敗したのだが、僅かとはいえ自分を感じ取れているという事はほぼ間違いない事が解ったのである。

 

 この事は彼女を奮起させた。

 数十年目にしてやっとさよは、お友達を作るという想いを強く再燃させ、まずは挨拶からと教室で学園祭の小道具を作っていた少女らに近寄って行ったのだ。

 

 しかしここで思わぬアクシデントが起こる。

 

 何と頑張ったのは良いが波長が上手く合わない者ばかりで、彼女の姿がエライぼんやりとしか見えなかったらしく、悲鳴を上げて逃げて行ってしまったのだ。

 直後、物凄く怖い二人に追いまわされて大変な思いをしたのだが、次の日に張り出された麻帆良スポーツを見て納得がいってしまった。

 あんなに風に見えたのだとしたら、そりゃあ悲鳴も上げるだろうと。

 夜中にテレビ画面からずるりと出てくるものと同じだと見なされても不思議ではないくらい不気味に映っていたのだから。

 

 そんな彼女の手をとり、真っ直ぐ見て温かく慰めてくれているのだから感激しない方がおかしい。

 

 見た目より更に幼い童女のように泣きじゃくる さよを、キヌはやんわりと優しく抱きしめ、母親のような眼差しであやし続けた。

 キヌの様は堂に入ったもので、その手つきはどこまでも優しい。

 頭を撫でつつ彼女の髪を梳いてやり、余計な口を一切出さず、ただ優しく抱きしめ続けてやっている。

 子猫のように目を細めていた さよが涙目のままふと見上げると、やはりそこには優しげなキヌの笑顔。

 その心地よさが嬉しいのか、照れたのか、さよは涙を拭うようにまたキヌの巫女服に顔を埋めた。

 さよの所作が微笑ましいのだろう、キヌが笑みを深めていったのだが、ふと何かに気付いたかハッと顔を屋上の入り口の方に向ける。

 

 と――?

 

 ダンッッ!!

 

 そんな空気を読まない音が、唐突にドアの方から響き渡った。

 霊視をしたか波動を追ったかは定かではないが、ここだと見当を付けた追っ手が、ついに到着したのである。

 気が弛みきっていた さよは『ひゃあっ!?』と驚き、思わずキヌに抱きついてしまう。

 

 追撃者は当然、刹那と真名。

 

 “何故か”一時的な鬱状態になっていた二人であったが、“何故か”唐突に立ち直り真名の眼を頼りにここまで追って来たのだ。

 自分らが行動不能に陥っていた理由は不明であるが、それを調べるのは後。

 今は依頼された仕事を片付けるのが先である。

 

 ドアを蹴破って屋上に躍り出た二人。

 

 眼前にはターゲットと見知らぬ女性(少女?)。こんな時間にこんな場所にいる理由は不明であるが、兎に角押さえてからだ。

 二人は屋上に出た瞬間にそう判断し、左右に分かれて同時に攻撃。

 真名が牽制し、刹那が突っ込むという役割分担は普段のまま。

 場を見て素早く判断するのは流石。

 何時もと調子は違えどタイミングは完全であり、時々一緒に仕事をしていると言う事だから本当に見事な連携と言えよう。

 

 さよも怯えてキヌにしがみ付いたまま何も出来なかったのであるし。

 当然、そんな風にしがみ付かれたら動きが取れない。さよを守る為に抱きしめるという行為がそのまま不利に繋がってしまうのは皮肉なものだ。

 さよが反射的にとった行動が折角出会えた人の妨げとなり、彼女はさよを守るチャンスを失い、彼女と共に屠られてしまったかもしれない。

 

 

 無論――

 

 

 『女の子に暴力振るっちゃダメでしょ?』

 

 

 何の防御手段も講じていなければ――の話であるが。

 

 

     が き ん っ っ ! !

 

 

 と、まるで鉄塊をバットでぶん殴るような重い音がして弾丸は弾かれ、刹那の刃は見えない手で握り締められたかのように空中に停止してしまった。

 当然ながら刹那も真名も驚愕する。

 弾丸だけが弾かれ、刃はそれ以上進められないという二種の現象を起こしたのだから当然であろう。

 何せそんな術の見当がつかないのだから。

 

 「くっ ならばっっ!!」

 

 しかし障壁の系統であろう事だけは解る。

 そしてこんな時間にこんな場所で……それも見慣れぬ女性が見知らぬ術を使って幽霊を庇えば警戒レベルも上がろうと言うもの。

 真名は弾丸を変え、刹那は本気のモードに切り替える。

 

 氣の練り具合を上げ研ぎ澄まし、剣先にまですべらかに流すと振り抜きながらそれを解放。

 同時に真名は引き金を引き、三点バーストでその女性を狙った。

 

 「斬岩剣!!」

 

 正に岩を切断する斬撃――それも今の流れを断つと云われる<弐の太刀>と、結界を貫く特殊弾頭が同時にキヌとさよに襲い掛かる。

 のだが、

 

     が ぎ ん っ っ ! !

 

 結果は変わらず。

 と言うより、無駄だ。彼女ら程度(、、、、、)の力量、技では“これ”を貫けまい。

 

 魔界でもそれと名を知られる悪魔でも一回で貫く事が敵わず、東京全土の怨霊による同時攻撃にすら三十秒以上持つというふざけた強度の大障壁。

 敵意ある者の侵入と攻撃のみ防ぐというふざけるにも程があるそれが二人を守っているのだから。

 

 キヌの足元には『護』という文字が浮かぶ珠が置かれている。

 

 その珠こそ、このドふざけた障壁を生み出しているものであり、キヌが刹那らを全く危険視していない理由。絶対に大丈夫だと確信できている理由だ。

 それに以前より更に霊波収束度が上がっているのだからその余裕も当然の事だろう。

 

 だが、そんな想像を絶するアイテムがここに無造作に転がっている等と誰が想像できるだろうか?

 

 尚且つキヌは“彼”に対して全幅の信頼を置いている。

 特に女の子を護るという時の踏ん張りに勝てる存在は地球上に存在しないと断言できるほど。 

 そんな彼女の信頼に応えるかのように、その強度は果てしない。

 

 か弱き幽霊の美少女と思い出の少女を守る為に起動したのだ。

 山を動かす勢いでもない限り、この珠の力は超えられまい。

 

 そして――

 何時の間にかキヌ達の前に小鹿が立ち塞がっていた。

 

 真っ直ぐ無垢で、

 それでいて恐ろしく深い黒の眼が襲撃者達を見つめている。

 

 天然自然の精霊集合体。

 白小鹿の姿をしている天狗が、

 

 幻想の天狗という本物(、、)の存在が刹那に対し眼差しで訴えている。

 真を見抜く眼を持つ真名に眼で訴え返している。

 

 自 分 が し て い る 事 を 理 解 し て の か ――と。

 

 さよも当然驚く現象であったが、それは襲撃者の攻撃を防ぐ事が出来たからであって今の状況ではない。

 何せ彼女には小鹿の背面しか見えていないのだから。

 

 真名も刹那も忘れていた。

 この小鹿の主の普段を見、この使い魔の愛くるしさにより失念していたのだ。

 

 この小鹿は精霊。

 超一級の霊能力者と契約を結び、実体化した精霊なのだ。

 それなり以上の技や(すべ)をもって当たらねばならない存在なのだから。

 

 尤も、これは怪我の功名を生んでいる。

 何せ刹那は奥義である<弐の太刀>が効いていないし、真名は“その眼”で障壁をまともに見てしまった。

 その想像の限界を超えたあり得ない強度に呆然とする事しか出来なかったのだが、この小鹿の放つ意外な圧力により かのこが防いだと思ってしまったのだから。

 

 白小鹿は天然自然の精霊集合体。

 このくらいの奇跡を起こしても不思議では……と思ってくれた(、、、、、、)のである。

 

 まぁ、力はあっても普段のボンクラが目立ち過ぎてるお陰ともいえる。

 どちらにせよ不名誉な助かり方であるが。

 

 で、当のさよは助かった理由が理解できず強張ったままだったりする。まぁ、当然の事だろうけど。

 そんな さよの頭を撫でて落ち着かせてやりつつキヌは、

 

 『こんなに怯える娘に乱暴したりして……二人ともダメでしょ!?

  霊体が見えてないから素人みたいだけど、素人の生兵法は事故の元よ?』 

 

 二人に思いっきりダメだしを喰らわせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やや遅れて駆けつけたネギと明日菜が見たものは、

 

 

 「「素人って……」」

 

 

 見た目おもっきりド素人のハチマキ巫女娘にダメだしを喰らい、orz状態になっていた二人だったという。

 

 

 

 

 

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            ■二十三時間目:黄昏ぞーん (後)

 

 

 

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 「……これは一体何事アル?」

 

 流石にこれ以上オカルトに関わらせる訳にはいかないので、他の級友達をのどかや夕映らと共に撒いてからやって来た古が見たものは……

 

 『大体、感じる事はできても見えてないんでしょ?

  相手の善悪も確かめず追いかけ回すなんて素人もいいところよ?』

 

 「ぴぃぴぃ」

 

 見慣れぬ巫女少女に説教され続けている刹那と真名、そして杖に乗って飛んでいたので自分よりも先に到着していたはずであるが、何故か知らないが一緒に正座させられて説教を受けているネギと明日菜の姿だった。

 かのこも混ざって説教しているのが何だか微笑ましい。ナニ言ってるのかはサッパリであるが。

 

 大体の見当は付くのであるが、間のイベントを抜かしているので細かい所はサッパリサッパリ。

 仕方なく四人を怒っている巫女少女をぼ~っとアホの子宜しく眺めていたり。

 

 しかし、その少女の頭に赤いバンダナが巻かれている事にふと気付く。

 だったら説教を受けている理由も解るというもの。古はやっぱり人心地付くまで待つ事にした。

 

 「だが、幽霊の善悪を判断するのは」

 

 そんな古の呑気な気持ちを知らない真名は、何とか言い返そうと言葉を紡ぐ。

 何せ彼女はプロ。できる事とできない事はきっちり区分し、命すら懸けて仕事を完遂してきたのだ。

 さよという霊体はそんな彼女の魔眼をもってしても捉え切れない難しい相手だったのである。

 

 しかし……

 

 『え゛!? 見て判断できないの?

  ホントに素人じゃない。生兵法はいけないんですよ』

 

 キヌにはその理屈は通じない。

 

 横島同様、周囲が天才ばかりで“出来る事が普通”の環境だったので、出来ない=ド素人という図式が完成してしまっているのだ。

 

 何せ彼女が通っていた学校の中で一番落ちこぼれの娘でも浮遊霊を見て善悪の判断が出来るのだし、ぶん殴る事も出来ていた。

 キヌからすれば霊視や見鬼は基本中の基本。

 彼女の通っていた学園の心霊科は、新入生だって授業で霊撃戦を行うし、船幽霊らと戦う研修だってあったのだ。

 だから霊視すらできないなんて論外中の論外なのである。

 

 尤も、キヌ本人も霊力の大きさや身体能力は兎も角として、その霊力のコントロールに関しては世界有数の霊能力者である上司が太鼓判を押すほどであり、元幽霊だった事も手伝ってか世界に数人しかいない本物のネクロマンサーだったりする。

 そんな彼女と比較されては堪らないだろう。

 流石は元祖ド天然。無意識攻撃がエゲツない。

 

 因みにド素人とダメ出し連呼されている二人は返せる言葉が見当たらないし、見えも判断も出来なかったし、生徒らの暴走を止められなかったネギは二人に代わってorzしていたり。

 で、そんな級友&担任のナニ過ぎる様に哀れみを感じてたりする古であったが、このまま見物し続けるのも頂けない。

 それにあの巫女ミコには時間が無いに違いない。考えてみたら初対面なので挨拶かもしていないと、古も仕方なく歩み寄って行く。

 すると古に気付いたキヌは説教をしていた顔をもの凄く嬉しげな笑顔に変え、

 

 『あ、貴女が古ちゃんね? 初めまして』

 

 と頭をぺこりと下げる丁寧な挨拶をしてきた。

 

 「え? あ、う……は、初めまして」

 

 彼女が“何”であるかは見当も付いていたのであるが、先制を取られた事もあって緊張が表立ってしまう。

 

 何せこの巫女ミコ。漂わせている雰囲気が尋常ではない。

 怖さというか、武の強さではなく、何ともいえない穏やかでピンっと芯の通った心の強さを感じるのだ。

 同級生でも大人っぽい少女や、落ち着いた少女らはいるが、こういうベクトルで大人の落ち着きを持った人間と相対するのは初めてなのだからしょうがないとも言えるのだが。

 

 正直に言うと、“その魂の強さに圧されている”というところだろう。

 

 ……つーか、何で彼の知り合いは全員美女美少女なのかと問い詰めたい。そっちの方を是非に。

 

 長く美しい黒髪。

 童顔ではあるが優しげで見惚れるような笑顔。

 太過ぎず痩せ過ぎずバランスの取れたプロポーション。白い肌。巫女装束が異様に似合う、どこに出しても恥ずかしくない日本的美少女である。

 

 ぶっちゃけると、こんな可愛らしい女性と“お知り合い”なんだ、あのヤロウ。何も無かったとは思えねーぞ、ゴラァ!!なのだ。

 今の古にとってはイラッピキッとするのも当然の事であろう。

 

 で、キヌはというとそんな彼女の複雑そーな顔を見、ピンっとキた。

 そりゃあ気付きもするだろう。何せ経験者なのだから。

 このおキヌ、あの世界でンな顔させられまくっていたのは伊達ではない(涙)のだ。誰にと問われても、どこのバカなのかは言えないが。チクショーめ。

 

 だからだろう、キヌは古の耳元に顔を寄せ、

 

 『安心して。

  今の横島さんの近くにいるのは、間違いなく古ちゃん達だから』

 

 悪戯っぽい笑みを浮かべてそう呟きを残してやったのは。

 

 ボッッ!! と古の顔が一瞬で朱に染まる。

 “彼”の記憶を共有している為、キヌの口から出た言葉は事実であろう。いや、間違いなかろう。

 大体、その事はよ~~~く解っている のだし。

 だからこそ、ちょこっと突かれただけでこんなになってしまうのだ。

 

 何時の間にやら女の子女の子するようになった古に、クスクス笑いながらキヌは顔を離した。

 無意識に誰も彼もを引きつけるところは変わりませんねねと、頭の奥に言葉を刻みながら。

 尤も、『全く……全っ然っ、変わってないんだから……っっ』という言葉を思い浮かべるキヌに黒い瘴気を感じないでもなかったのだが。

 

 で、当の さよはというと、昨夜追い回された事もあって、霊波に攻氣を持つ古に怯えているのかキヌの陰に隠れたまま。

 無理もない。横島との霊能修行によって古達の霊格は上がりつつあるのだから。

 

 しかし さよが怯える理由を件の男の記憶から知っているキヌは慌てたりしない。

 この程度で慌てていたら、あの職場では一日と過ごせないのだ。

 

 先にも述べた通り、キヌは霊力のコントロールには定評がある。

 そして色んな意味で彼女は古の先輩なのだ。

 

 だから、

 

 『ねぇ、古ちゃん。あなたはお友達にもそんな気持ちを向けるのかしら?』

 

 「ふぇ?」

 

 と、優しくヒントを与えた。

 

 『さよちゃんは見えなかったといっても、あなたのクラスメイトなのよ?

  クラスメイトにもそんな硬い気持ちを向けるの?』

 

 「……っっ」

 

 そう言われて古もはたと気付く。

 

 考えてみれば古は拳法家。その防御は柔道や合気道等と同様に“柔”が基本。

 修学旅行の時の事件や、この間の悪魔襲来等からこっち、周囲の危機に際して身構え続けていた。

 乱暴に言えば『攻撃こそ最大の防御』的思考になっていたのだ。

 

 その事が攻の氣として周囲を刺激し、引いてはさよを怯えさせ、余計に遠ざけさせていたのだろう。

 

 「……」

 

 古達の目には見えない出席番号1番の同級生さよ。

 空を掻き抱くキヌの格好から、今も抱きしめられて慰められているであろう事が理解できる。

 

 「(……トモダチを怯えさせるなんて……)」

 

 つまり乱暴に言えば、古はさよをクラスメイトとして見ていなかった事になるだ。

 

 古の拳が白くなるほど硬く握られ、その問題の攻の氣が内側に向かった。 

 己の愚かさに気付いた彼女の攻撃対象が自分に移った――いや、要は自分を責めているのだろう。単純というか素直というか……それはパッ見でも解るほど。

 

 尤も、キヌからしてみれば“彼”に似てるなぁ、とちょっと微笑ましいのだが。

 

 しかし、放って置いても自分で答を見つけ出せるだろうが残念ながら時間がない。

 

 『あれ?

  お友達ほったらかしにしてまで自照するのが大事かしら?』

 

 自照――つまり、自分自身を省みて深く観察することであるが、確かに今はそれよりも大切な事があった。

 本当は自分で気付いた方がはるかに実になるのだけど。そう、ちょっと惜しい思いはしたが、仕方なくキヌはまた口を出した。余計なお世話だと解ってはいたのだけど。

 だが、当の古は単純というか素直というか気にもせず、『私また、何してるアルか……』と反省時間を終了し、今度こそはと顔を上げて静かに瞼を閉じた。

 

 眼を閉じて我を鑑み、第三者的見て初めて解る自分の攻の氣。

 

 ああ、自分は“これ”に気付かなかったのか。

 これは完全に相手を探り、隙を窺っている時の構えではないか。本気で私は馬鹿アルなぁと思い知らされる。

 

 やっぱり似てる。と苦笑しているキヌの目の前で、古の霊気が恰もチャンネルを切り替えるように別物になった。

 

 薄っぺらい反省なら全く懲りないけど、本気の本気で反省した時の切り替えの速さは神がかっていた彼。

 そんな彼と同じように切り替えと共に空気すら変える事が出来ているのはキヌにとって微笑ましく嬉しい事なのだ。

 

 彼女の見立て通り、その古が放っていた攻の氣はみるみる変化してゆく。

 

 氣が萎んでゆく、のではない。

 なだらかに、すべらかなものに変わってゆくのだ。

 鳴滝姉妹らとふざけ合っている時や、のどかや木乃香とのんびり話をする時、そしてナナと遊ぶ時。

 そんな時に自分は皆をどう捉えているのか。皆にどう接しているのか。それを具体的に説明する事は出来ないだろうが、その時の心境にはなる事はできる。

 

 自分の意識の改革を終え、改めて眼を開けてキヌの方に目を向けると、その腕の中に何だかぼんやりとしたものが見えてきていた。

 ハッキリとは見えないものの、ここに来てついに姿らしきものを捉えられるようになったのである。

 

 それが解ったのだろう、キヌは古の手をとり、もう片手でさよの手を取った。 

 ここまでしてやる必要はないかもしれないが、言葉を伝えただけで直にさよを友達だと受け入れられた古がよっぽど気に入ったらしい。

 

 『横島さんに霊気の動かし方習ってるでしょ?

  あなたのその手じゃなくて、この娘が見える“その手”でこの娘に触れてみて』

 

 古は言われるままゆっくりと手を伸ばす。

 いや、鍛え上げた手ではなく、鍛え始めた手を(、、、、、、、)

 

 “それ”が見えたのだろう、さよはビクっとして手を引っ込めようとするが、キヌがそれを許さない。いや、怯えさせない。

 引き止めるのではなく、やんわりと留めさせる。

 

 『大丈夫よ。

  それにね、相手とお話したいのなら挨拶から始めなきゃ。ね?』

 

 さよはそう諭されると、まだビクビクしてはいたが手を引っ込める事は止めた。

 

 『古ちゃん。心の手を伸ばして練り上げた霊波をここに送るの。

  流し込むイメージはダメよ?

  スープをお皿に注ぐような優しいイメージでゆっくり……ね?』

 

 「……明白了」

 

 それは経験がある。

 

 以前、霧魔と戦った際にゆっくり霊気で扇いで遠ざけさせた経験がある。

 

 速度と流れはそれ。

 だけど霊波を伝えるのは遠ざけさせるの様にではなく、キヌに言われたように皿に注ぐように静かに優しく……

 

 目の前にいる。と認識ができれば後はそんなに難しくは無い。

 恰も幼子に湯をかけるよう、“そこにいる彼女”に静かにそれを行うと、器に当たるものをぼんやりと感じ取る事が出来た。

 そして更にそれに手を伸ば……すような性急な事はせず、それの形が解るよう、なぞる様にゆっくりと同じ事を続けてゆく。

 

 すると器の形が感触として解り始める。

 

 なぁんだ、こんなに小さかったんだと苦笑すると共に、害意を向けた自分を思いっきり恥じた。

 と同時に霊波の優しさが増す。

 こうなってくると、もう伝える事は何もない。キヌは安心してさよの手と古の手を触れさせる。

 

 同時に、その行為を静かに見つめていた小鹿が、夜空を見上げて月に向かって小さく鳴いた。

 

 ぴぃいいい……

 

 先ほどのキヌの笛の音にも似たそれ。

 それでいて邂逅の邪魔にならない程度の抑えられた静かな鹿の音が月の光を震わせる。

 

 パァ……

 

 (にわ)か霊能者ではあるが、命の波動である氣には慣れている古。

 その練りに練った霊波を月の波動が後押しし、さよに強くゆっくりと伝わってゆく。

 鹿の音によって静かに震える月光が二人の霊波を優しく同調させ、希薄だった幽霊少女の形がハッキリと姿を現していった。

 

 そして鹿の音が止んだ時、そこには手を結んでいる少女が二人。

 

 え? え? と状況を理解できていない さよは兎も角、古は事が成功した事に満足して彼女に向かって笑みを――

 親しい友達に向けるそれを向けた。

 

 「晩上好♪

  クラスメイトに自己紹介するのも今更アルが……私、古菲よろしくアルね」

 

 『あ、ああ……』

 

 場違いな冬の制服を着たその少女、相坂さよは級友に受け入れてもらった事に感激し、ポロポロと涙を零した。

 

 古の知る誰よりも豊かな感受性を持っている少女。

 零やナナ、エヴァや茶々丸と同様に人間族と違うという“だけ”。おまけに級友だ。

 それが相坂さよという“女の子”だと、古は完全に理解したのである。

 

 

 嬉し泣きをするさよの頭を撫でて労わる古の姿は、往年の友人を支える友達同士のそれであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ~ やっと見つけた……って、ナニやってんのアンタら」

 

 一人階段を上ってきた和美が目にしたものは、異様な光景。

 月明かりの下で抱き合って見慣れぬ……セーラー服の冬服を来た女の子を抱きしめて慰めている、薄水色のツーピースという珍しい服を着た古という構図。

 その足元にいる可愛い白小鹿も相まって中々絵になるではないか。一応、このシーンをパチリともらっておく。

 携帯で撮った亜子のもののようなピンボケではないだろう。現にさっき逃げ惑っている さよが撮れたのだし。

 

 そして目立つのが、そんな二人を温かく見守っている赤いハチマキ(バンダナ?)を着けた巫女装束の少女。

 少なくとも和美の持つこの学園のデータには、木乃香風のこんな黒髪美少女はない。そりゃあ、探せば見付かるかもしれないが。

 

 ――とも思ったが、やっぱりいないと思う。こんなに大人っぽく落ち着いた美少女なら否が応でも目立つはずだから。

 

 そんな和美に気付いたか、キヌはニッコリと微笑みで挨拶をしてきた。

 その親しげな笑顔に釣られて和美も頭を下げたが、やっぱり記憶にはない。首を捻るばかりだ。

 

 さてこんな状況の中、正座連中はナニをしていたのかというと、やっぱり正座したまんまだった。

 いや、確かにもういいとは言ってもらってはいないが、そこまで付き合う必要はない。だから止めてもいいのだろうが、四人は今だに正座をし続けていた。

 

 流石にここまでくれば刹那達にもさよの姿は見えている。

 ネギがこんな女の子を怯えさせてしまったのかと更に落ち込んでいた事は当然として、刹那も大いに落ち込んでいた。

 というのも、こういった手合いに対する対処法は自分が断然前にいたはずであるのに、見た目ド素人のハチマキ巫女に窘められた上、解決に際し古が一押しをして視認できるようにしている。

 戦闘技術云々ならともかく、ついこの間まで裏の存在すら知らなかった古にこういった搦め手な手段まで上手く使われたら、そりゃあ落ち込みもするだろう。

 

 ネギと二人して明日菜に慰められてたりするものだから落ち込みも一層だ。

 

 和美としてはあの女性も気になるが、そんな刹那達の様もナニ過ぎてかなり気になっていたり。

 双方とも放っておく事も出来ず、どうしようかと悩んでいた。

 だがその思考の時間が命取り(?)となってしまう。

 

 

 『流石にそろそろ時間だから私も戻るわね』

 

 

 そう、時間切れであった。

 

 折角のコミュニケーションである。あんまり邪魔はしたくなかったのだが、流石に十分という括りはまだ超えられない。

 カラータイマーはないが、限界は解るらしくキヌは古とさよの二人にそう切り出した。

 

 『え? 行っちゃうんですか?』

 

 その別れの言葉に、まだ目元を濡らしたままの顔で さよは面を上げる。

 これだけお世話になったのに、ずっと求めていたものをくれたのに何もお礼が出来ていないのに。言葉にはなっていないが、そう訴えている事は目で解る。

 キヌはクスっと小さく微笑み、

 

 『大丈夫よ。時間さえ置いたら何時でも会えるわ。

  それに私がいなくなっても、もっともっとあなたの事を考えてくれる人が出てくるから』

 

 『え?』

 

 さよの不思議そうな顔を受け、本当に嬉しげで優しげな微笑を浮かべて見せた。

 月の光の元、その表情は現実離れした神秘性を醸し出し、さよと古にはまるで女神のようにも見えている。

 

 『そ♪ 可愛い女の子の為なら身体張ってどんな無茶もして、

  それでいて限界を超えて何でも出来ちゃうスゴイ人。

  どう見られても気にしないでとことん底なしに優しくて、どこまでもまっすぐで楽しい人よ』

 

 柔らかく、本当に幸せそうにそう語り さよの頭を撫でて安心させてやった。

 そのキヌが語る時に纏っていた空気も表情があまりに幸せそうだったので、さよは何も言えなかった。

 

 そうこうしている間にキヌの身体は仄かな光に包まれてゆく。

 

 『……もう時間ね』

 

 『あ、あの……』

 

 思わず手を伸ばす さよ。

 キヌはその手を優しく取り再会を約束するように両の手で握手した。

 

 『じゃあ、またね』

 

 『あのっ あのっっ

  あ、あり、ありがとうございました!!』

 

 その言葉を満面の笑顔で返すキヌ。

 

 彼女は笑顔のまま、光の粒子に還って行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 いや、流石に横島が姿を戻した時には真名とさよは驚いた。

 

 今までいた見知らぬ少女が突然知り合いになったのだからそりゃあ驚いただろう。

 古は当然として、刹那とネギ、そして明日菜は何時も召喚魔法(偽)で別人になっていた彼を見ていたので『ああ、そうだったのか』という納得があったのだが、初見の真名とさよの驚きは大きい。

 

 尤も さよの方は、

 

 「あ、あの、私、お兄ちゃんの妹でナナというレス。よろしくおねがいします」

 

 『えと、えっと、ハ、ハイ、宜しくお願いしますっっ』

 

 「でこっちが かのこちゃんレス。

  私のお姉ちゃん分レス」

 

 「ぴぃぴぃ」

 

 『え、えと、ハイ。お世話になりました』

 

 横島の姿に戻ったと同時に、給水タンクの陰から唐突に幼女が……ナナが出てきて、挨拶なんかしてきたのだから、そっちの驚きにとって代わられていたりする。

 その所為(お陰?)で、キヌが横島に変わったという珍現象の驚きも引っ込んでいたりするけれど。

 

 何せさよはこの幼女に見覚えがあった。

 このナナという幼女は、さよが昨晩出て来たときに皆と同じく3-Aの教室にいたし、他の面々と共にさよに驚いて悲鳴を上げて逃げていった子なのだ。

 その彼女が夕べの恐怖心も何のそので挨拶をしてきたのだから、それは驚き半分嬉しさ四分の一戸惑い四分の一だろう。

 

 で、横島はというと二人のぎこちないやり取りが微笑ましいのだろうか、口を挟まず距離を置いて見守っていた。

 無論キヌを戻す際、ちょっとさよが可哀想かな? とも思ったのだが、やっぱり十分間という時間制限の壁は分厚かったし、蟠りを取っ払うのも大事だと神妙な心掛けで折り合いをつけようとしたのであるが……

 

 「ちょ、ちょっと横島さん!! さっきまでの女の人ナニ!?

  古ちゃんや楓や零ちゃんや円だけじゃなく、あんなヒトにもコナかけてたわけ!?」

 

 「人聞き悪いこと言うなーっ!! おキヌちゃんは元同僚じゃわいっ!!」

 

 「おキヌちゃん!? 何かニュアンスに甘いもの感じるんですけど!?」

 

 「そんなロマンスいっぺんも無かったわいっ!!

  ……って悪かったなぁっっっ!!! ドチクショーッッ!!」

 

 「涙目で逆ギレ!?」

 

 ……こんなおバカな言い合いをしてたら神妙な気持ちもヘッタクレも続く訳がない。

 流石に怒声が響き過ぎただろうけど、それでも空気から暗さは吹っ飛んでいる。お陰でやや緊張の解けた さよは周囲を見回す余裕を取り戻していた。

 

 言い合いをしている知らないお兄さんと同級生、朝倉和美。

 目の前にはボブカットの可愛らしい女の子、よこしまなな(←口頭なのでまだ使っている字が解らない)。

 そんな二人を生温かい目で見ているのはさっき紹介を終えた……とは言っても前から知ってはいるが……クラスメイトの古菲だ。

 この目の前の女の子と古の二人であるが、自分が幽霊だと解っても別に気にもしていない。

 実はさよ、あまりに自然に接して来たのでどう驚いていいのか解らなくなっていたりする。

 

 『え、えと、あの~~』

 

 「何アル?」

 

 「何レスか?」

 

 その問い掛けも普通に返す二人。

 

 『私、その、幽霊ですよ?』

 

 「? 知てるアルよ?」

 

 「お兄ちゃんに聞いてるレスよ?」

 

 ナニを今更。

 二人は暗にそう言っていた。

 それがまた、さよを混乱させる。

 

 「それに、既に私のクラスにはロボと生人形と吸血鬼なんているアル」

 

 「私のお姉ちゃん、

  スライムとお人形(茶々姉ズ、零)とロボット(茶々丸)と吸血鬼(エヴァ)レスよ?

  お兄ちゃんはちょーのーりょくしゃレスし。

  使い魔の かのこちゃんはせーれーレスよ」

 

 『え、え~~と……』

 

 「確か老師の後輩は貧乏神憑きで、

  同級生がバンパイアハーフと机の学校妖怪で、

  バイト先の居候が妖怪で、弟子一号が人狼だと言てたアル」

 

 「ちょーのーりょくをくれた先生が、龍の神様だって言ってたレスよ?」

 

 「「今更幽霊の娘(お姉ちゃん)が出てきてもナニに驚いたらいいのか……」」

 

 ――そう。よくよーく落ち着いて考えてみたら、驚いたり慌てたりするポイントが無かったのだ。

 それに件の老師様(おにーちゃん)も古達の修行中にポンポン人外に姿を変えるので、本当はいい加減彼女達も慣れていた筈なのである。

 

 「言い忘れてますけど、私も人間じゃ無くてゴーレムなんレス』

 

 ホラ、と言いながら肌の色を銀色に変えて見せた。

 その際、古はあっと驚いて前に出ようとするがナナが真剣な眼差しでその動きを止めさせる。

 彼女のその眼を見て大事な意味があるのだろう悟り、古は動きを止めた。

 流石にメンタルは普通の女の子である さよは『ひゃあっ!?』と驚くが、直後に見せたナナの無表情な笑顔にギリギリで踏み止まる事に成功する。

 

 何故かは知らないが――その不自然に崩れない笑顔が自分の泣き顔に似ているような気がした事も大きい。

 

 ナナが“自分”を見せた理由は、謝罪も含んでいる。

 背を見せられるその痛みや、歩み寄ろうとしても取り残される寂しさを知っているはずの自分が、

 わけの解らないものとして恐れられ、追われていた自分が、よりにもよって他の人に同じ事を行ってしまっていた。

 その上、今朝諭されるまで怯え続けてその事に全く気付いていなかったのだ。こんなに恥ずかしく悔しい事は無い。

 

 だからこそ、ナナも自分を曝したのである。

 

 どう逃げられようとも、どういう目で見られようともだ。

 

 だが、そんな彼女の心情が解る訳もないのに、さよは何か感じるものがあったのだろう、

 

 『あ、あの、だったら……』

 

 さよは逃げたりせずそのナナの銀色の手を取り、幽霊なりに…非力な彼女なりに強く握った。

 

 『ふえ?』

 

 当然、ナナはちょっと戸惑う。

 しかしその銀色の表情に怯む事無く、さよは、

 

 『そ、その、握手です』

 

 『握手……レスか?』  

 

 『その…………………………お、お友達の挨拶です』

 

 小さくはあるが、ハッキリとそう想いを言葉とした。

 一瞬、ポカンとしたナナであったが、直に満面の――僅かに涙を滲ませつつ本物の笑みを見せ、

 

 『は いレス!」

 

 人の肌に戻して繋いだ手に自分手を重ねて、力強くぶんぶか振り握手をし続ける。

 

 小鹿は、そんな二人を見つめながら また静かにぴぃと鳴いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……横島さん、嬉しそうだねー」

 

 「さて、何の事やら」

 

 古と小鹿が見守る前で元気にシェイクハンドする妹と少女が、例えようも無く微笑ましい。

 若干、その勢いに さよが振り回されているよーな気もするがご愛嬌だろう。

 

 そんな激愛妹の良い子ちゃんなシーンなんか見れば、そりゃあ目尻も垂れ下がって縦にもなろうというものだ。

 

 「いや、そんな嬉しさ満々々々々々溢れる顔してナニ言ってんのさ」

 

 「ハッ そっちこそ何言ってるんだい?

  ナナがイイ子なのは宇宙の真理だヨ?

  宇宙創生からアカシックレコードに記載されてるじゃないか」

 

 「……その壮大過ぎるシス魂に頭が下がるよ」

 

 とっくに言い合いを終えて仲良くなった三人(+1)を温かい目で見守っている二人。

 他の生徒は、しっかりと和美が夕映達と組んで情報操作で別方向に誘導しているので、まだまだこちらには気付くまい。桜子がいるから油断は禁物であるが。

 それでもあの騒がしい集団が近付けば流石に気付くのでかなり気は楽だ。

 だからこそ、ゆっくり見せてってね! と言わんばかりに彼女たちのやり取りを堪能している訳であるが……

 

 横島の壮大スグル説は兎も角、何だかんだ言って彼女らに向けられているその眼差しはひたすら優しい。

 

 色男に対して怨念を持ち、霊力が下がれば理性をコントロールできなくなるという欠点持ちであるが、それでも女子供に優しいところは変化が無いのだ。

 例えば、和美はコソーリと彼にさよの真横にずっと座っている為に霊的な繋がりを持ち易いという事を告げられている。

 

 だから少し霊圧を上げたからもっと接点が上がるだろうとも。

 

 「どうする? 気持ち悪いんだったらどうにかするけど?」

 

 等と言われた時、舐めんなーっっ!! と言い返してしまっている。まぁ、彼もそんな感じの言葉を返してくれる事を期待して問うたのだろうけど。

 実際、言葉の中にあった“気持ち悪い”という単語にやや怒って見せたのであるが、それが横島にはツボだったらしく、

 

 「いや、試してゴメンな。

  そう言ってくれたらオレも嬉しいよ」

 

 と、微笑で返してくれた。

 

 困った事や問題が起こったら何でも言ってくれ。そういった厄介ごとならドンドン任せろ。

 無駄に自信たっぷりにそう言った彼の笑顔は、次の言葉を思いつかなくなるほどのモノだった。

 

 苦言といってしまうのもナニであるが、さよは既に死んでいる存在なので生半可な気持ちで付き合う事は止めさせたい。だけどそれを踏まえた上で付き合えるのなら、と先に牽制したという訳だ。全くもって頭が下がる。

 だが相談を受けてくれるというのならそれは途轍もなく有り難い。何せ霊と付き合う上での注意点を全て理解している彼が相談相手なのだ。これほど心強い事は無いだろう。

 さよの危険度の低さは他ならぬ横島も自信を持って言えるレベルであるのだが、それでもちゃんと理解させようとあえて悪口を吐いた。つまりはそれくらい皆の事を考えてくれているのだ。

 今の横島の笑顔からそれも解る。元々、どう泥を被っても彼女を十分満足させてから成仏させる気なんだろうなぁ……と解ってしまうほど。

 

 まぁ、受け入れてもらえるのは解ってたけどね。

 古ちゃんもソッコーでおキヌちゃんに気に入られてたし。

 ……結局、みんな素直でいい子なんだよな」

 

 思考が言葉で漏れてるよ? 横島さん。

 そう苦笑する和美であったが、不快さはゼロ。というか彼と話して慣れれば慣れるほど不快さは減り、好感度はゆっくりと上がってゆく。流石に惚の字には程遠いけど。

 

 ……こんな状況でこんな笑顔見せまくってたら、そりゃくーちゃんや楓もオチるか……無意識だから余計に性質悪いわ……

 そう口から言葉を零しそうになるほどに。

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 ――目で見える事だけが全てではない。

   その事を理解しているはずだったのにな……

 

 森羅万象の中において“今”を、流れを斬る。それこそが奥義、の筈だったのであるが……

 目の前のやり取りを見ていると、流れ云々以前に、森羅万象の中にいる事すら理解できていなかったという後悔が湧き上がってくる。

 

 成る程、確かに迷える霊魂を祓う事や退ける事は大事であり、やらねばならない仕事だろう。

 この学園は強力な結界があるので然程腕を振るう事も無いが、退魔にしても敵を見据えて認識し、然る後あるべき場所へと送り還す事が神鳴流の剣士である自分の仕事である。

 それに退魔以外で霊を送る方法を知らない以上、剣を振るう以外の術は無いのだ。

 

 ――だからと言って、何の罪も無い霊を追い回していいという理由にはならない。

 

 そう刹那は己が浅慮を深く悔いていた。

 

 何せナナもそうであろうが、追い回されたり迫害されたりする痛みは自分とてよく知っている筈なのだ。

 そしてナナが横島と出会えて安らぎを得たように、自分も木乃香との仲を取り戻し、真の意味でネギや明日菜に受け入れてもらえ、安らぎと喜びを得た。

 だからこそ、依頼されたとはいえあっさりと仕事を請けた自分が腹立たしいのである。

 

 それに受けたのなら事前調査も必要であるし、因果捜査すら行っていない。

 何事も餅は餅屋とは言え、和美に丸投げ状態でただ闇雲に武器を振るうなど無頼の輩とどう違うというのか。

 

 自分が剣を振っていたのは自分以外を弾く為ではなく、木乃香やこの学園の生徒を危険から守る為だ。

 決して、クラスメイトに手を上げる為ではない訳で――

 

 びすッッ!!

 

 「あ痛っ!?」

 

 と、思考の海に沈みこんでいた刹那を、けっこーイイ音と額の痛みが現実に引っ張り戻した。

 ハッとして涙目で見上げた刹那が目にしたものは、自分の額からゆっくり離れてゆく中指。何時の間にここまで接近していたのだろうか、横島忠夫その人の指である。

 その離れてゆく指からデコピンをかまされた事は明白だ。

 

 「何時まで反省してんの?」

 

 「へ?」

 

 横島の目に責めは無い。

 気遣いは感じられるが、マイナスの意識は全く感じられない。

 

 「ブッちゃ……もとい、お偉い方も言ってんよ?

  怪我した時は原因究明よりまず手当てだって」

 

 ホラ、と手を刹那に差し伸べる横島。

 戸惑いつつもその手をとり、彼女は立たせてもらうに任せた。

 

 「足は、痛くねぇみてぇだな」

 

 「え? あ、はい」

 

 流石に剣を続けている所為か、正座慣れしている刹那に足の痺れはなさそうだ。

 横島は『ん』と納得するように軽く頷き、だったらと刹那をさよの方に促す。

 

 「謝るタイミングってさ、逃したら言えなくなっちまうんだ」

 

 「あ……」

 

 そう言われてやっと何をすべきか気付く。

 失敗したと落ち込んだり反省したりするよりも前にやるべき事、必要な事はまず立って向かう事だ。

 

 そんな刹那の背を横島が軽く押す。

 

 後悔すんのはもう嫌だろ? 

 

 横島はそう言って小さく親指である方向を示した。

 そこには皆を撒いて遅れて上って来た木乃香の姿。

 

 刹那はハッとして横島に顔を戻すが、彼は今度はネギの方に向いていた。

 彼女よりももっとややこしい落ち込みをする、才能があるのに方向を見失いやすい世話の焼ける担任の元に……

 

 本当に、古達が言うよう世話焼きなんだな、と刹那の口元に小さく苦笑が浮かんだ。

 

 「はぁはぁ……

  ? せっちゃん?」

 

 そんな刹那の心情を知らぬ木乃香が、息を切らせたまま小走りにやって来たのだが、刹那は彼女を労わるより優先しなければならない事があった。

 

 「お嬢様、申し訳ありません」

 

 と頭を下げ、刹那はさよの元に賭けて行く。

 

 残された木乃香は一瞬、避けられていた以前を思い出して寂しそうな顔をしたのであるが、見慣れぬ女の子……生徒名簿の写真と、和美の撮ったとデジカメに写っていた姿に似ているので彼女が幽霊なんだろう……の元に行き、何やらペコペコ頭を下げていたので、ああ成る程と納得する。

 まだ後ろで皆が来ないよう時間稼ぎをしているだろう円から少しだけ話を聞いているが、恐らく追い回した事を詫びている事は明白だ。

 だったらちょっと距離をとって見守るのが親友というもの。

 うんうんと何度も頷き、神妙に謝り過ぎて逆にその娘に恐縮され謝り返されたり、ナナに慰められたり、何故か小鹿にまで謝ったりしている刹那(しんゆう)を微笑ましく眺めていたり。

 

 「あは

  せやけどやっぱり餅は餅屋やなぁ。横島さん、ほんまに解決してくれたわぁ」

 

 わーわーと騒ぎつつ、明日菜と共に沈み込んだネギを何とか引き上げようと奮闘している横島を見てまた笑みが浮かぶ。

 父が太鼓判を押し、古や楓、零に円があれだけ慕い、信用している“ちょーのーりょくしゃ”。

 実際、自分達も救われているし、京都では危機の際に文字通り飛んで来るという偉業を果たしている。

 

 今回も、幽霊を“退治”するのではなく、霊的事件を“解決”しているようだ。

 それに関してはエキスパートだと古と円から聞いていたのだが、本当にそうだった。

 それに、妖怪であれ幽霊であれ、泣く女の子を助ける為にはどんな奇跡だって起こせるというのも本当っポイ。

 楓ちゃんもよう見とったなぁ……と今更ながら感心してみたり。よくあの美点に早くから気が付いたものだ。

 

 「ん~……

  女の子に優しいから気を揉まされるトコもあるけど」

 

 その件の男を見ながら可愛らしく首をコテンと倒し、木乃香は、

 

 「やっぱりせっちゃんにはエエかもしれへんなぁ……」

 

 等と真っ白で黒い言葉をポロリと漏らすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あ、こんな事を楓のサポーターの前で言うたらあかんかなー と気付いた木乃香は、未だ正座し続けている真名に目を向けたのであるが……

 

 「? どないしたんえー?」

 

 彼女は正座の格好をしたまま、呆然と横島を見つめていた。

 

 相変わらず派手に落ち込んでいるネギを、明日菜と共に半ば怒りを見せつつも騒いで慰めている横島。

 やっぱり最後には二人とも堪忍袋が切れ、強烈なハリセン攻撃を喰らわせて強引に喝を入れ、無理やり立たせてまず謝らんかいっと蹴倒していた。

 明日菜の素人ながらも見事なハリセン捌きに感銘を受けたか握手なんかしてるバカタレ男。

 そして、長く裏にいる自分と同等の戦闘能力を持つライバルである友人である楓の想い人。“霊能力”とやらの師でもあるらしい。

 ある日突然この地にやって来、学園長の後押しで表に裏に働き始めた謎だらけの男。

 その学園長自身からその力量を測ってほしいという依頼の折、停電の夜の戦いにおいてその実力の一端を甘っちょろさと共に見せてもらっている。

 “あの”修学旅行の事件の際には、奥に潜む刃ごと彼を更に知る事が出来た。

 

 ――と、自分はそう思い込んでいたらしい。

 

 小鹿が張ったのであろうあの障壁。

 自分らの攻撃を完全に防ぎ切った謎の壁。

 魔眼を持つ真名は見た。いや、見えてしまった。

 

 あらゆる障壁、如何なる防壁にも欠点や穴はある。

 エヴァの生み出す魔法障壁や、ネギが防御する際の障壁でもそうだ。

 この学園都市を守る壁ですらそれがあるのだが……

 

 あの障壁には欠点が全く見えなかった。

 

 尚且つ自分が撃ち込んだ弾。

 結界貫通用の特殊弾頭が全く効いていない。いや、効いていないどころの話ではない。

 

 真名の手の中でじくじくと熱を伝えて肌を焼くそれ――

 さっき見つけてしまい、恐る恐る拾ってしまったそれ。

 そんな事ある訳がないのに、と信じられなかったのに、熱と形状で直前に使用したそれだと理解してしまった、目の前に転がっていたもの。

 それが何であるのか理解してしまった時の彼女の驚愕は如何なるものだっただろう。

 それ(、、)は、結界貫通の呪式を組み込んだ特注品。真名の撃った特殊弾頭だった。

 

 その弾丸に仕込まれて呪式が起動すらせず、放った直後のまま転がっていたのだ。驚愕しない方がどうかしている。

 

 そして魔眼によって見てしまった瞬間強度に至っては計測不能レベル。

 下手をするとこの学園の結界強度より上なのだ。

 

 いくら超一級の霊能力者であるとはいえ、そんな障壁を張れる使い魔を事も無げに使役しているのだ。彼は。

 

 「見誤っていた……? 私が?」

 

 甘すぎるほど女子供に甘く、それによって我を失ってしまう弱さを持ち、それでいてその弱さそのものを恐るべき強さに変えるちぐはぐな能力者。

 氣……本人曰く霊力……を集束して剣にするほどの能力を持ち、それと突飛な行動を武器に場を翻弄して自由自在に戦う者。

 それ以上の何かを持ち合わせているというのか?

 

 「横島、忠夫……」

 

 自分の眼を持ってしても計り知れない何かを秘めている謎だらけの男。

 真名は、今更ながら横島のその得体の知れなさを思い知り、思いもよらなかった障害だと気付き始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……い、今のは……?」

 

 「……」

 

 秘密の施設の一角。

 モニターに映し出されていた画像を前に、二人の少女が呆気に取られていた。

 

 これを行っていたのは気まぐれと言って良い。

 貸し出した退魔武器が件の幽霊に効果があるのかモニタリングするだけ。そのつもりだったのであるが……

 

 「……障壁強度はどうだたカ?」

 

 「ちょっと考えられないんですが……上限強度も不明です。

  龍宮さんの使用した貫通弾が効果が無く、

  桜咲さんの剣にも拮抗どころか微動すらしない結界なんて記録にありません。

  瞬間強度だって、この学園の防壁に匹敵しますし……」

 

 「あの女性は何者か解るかネ?」

 

 「本人が言っていた名前で検索をかけてみましたが、同姓同名以外で該当する方は……」

 

 「いない……カ?」

 

 「……はい」

 

 葉加瀬の答えに超は沈黙する。

 あの少女が嘘を言っている風にも見えなかったし、何より二人の攻撃を完全に防いでいる事からそれ相応以上の実力を持っている事に間違いは無かろう。

 そして不可視と思われていた幽霊少女を視認できるレベルにまでに上げ、古と抱き合う事すら出来ているではないか。

 古にアドバイスをしている事から、その対応力の強さが窺い知れる。

 

 「それに……」

 

 カタ、とキーを叩くと今モニターに映っている横島の横に別のウインドゥが開き、なにやらグラフで波長が表示された。

 その横にさっきから表示されているウインドゥは横島の生体波長で、今表示されたものは先ほどの少女のものである。

 それを見つめる超の目は鋭い。

 

 「バイオリズムが全く違う……キルリアンの波長からして完全な別人ネ……」

 

 頭に巻いているバンダナが同一のものであった事を伝えている。という事はやはり、召喚術等ではないのだろう。

 仮に召喚だとすると自分に降ろした事となる。彼女の波長は人間であるし、見た目からして精霊ではないのでその可能性も低い。

 つまり、何らかの力を使って別人になっていた、という事となるが……

 

 「アーティファクトなのカ?

  しかし他人のマトリクスを完全に使いこなすのは<イノチノシヘン>ぐらいしか」

 

 とある英雄の一人が所持しているというアーティフクト。

 他者の人生を写し取り、その人物そのものになって能力を使いこなせるという反則のアイテム。

 だが、その人物は行方不明のままであるし、別の人間では使いこなせない。

 かと言って、あの青年が彼の英雄と同一人物という可能性は極めて低い。

 それにバンダナという共通点を残してしまっている為それとは違うと解る。そう思われる為の偽装ではないとも限らないが。

 

 だが自分らの計画に、他者の……それも実力者の力を使いこなせるという危険度は計り知れない。

 

 「藪を突付いて……ではないガ、とんでもないモノを知てしまたネ。

  一連の古の件で目が曇てたみたいヨ。或いは横島サンの力を侮り過ぎていたカ……」

 

 椅子をキィ……と軋ませるほど深く座り直し、溜息をついてモニターの画像を再生する。

 今般の為にと貸し出したアレは道具として大した効果は出せず、その後は真名と刹那による喜劇にしか見えない追跡劇となってしまい、見るのに飽きて接続を切って休もうとしたのであるが……最後の最後でとんでもないものを見てしまった。

 

 「あのエヴァンジェリンが不自然なほど隠していたと思たら……」

 

 彼に何かをやらせている時は、わざわざ茶々丸と距離を置かせてその間を全く見せていない。

 

 ――確かにその事を気にはしていた。

 

 さり気無く、ではあったが彼女が珍しくこちらにまで隠し事をしていたのだから何かはあるとは踏んではいた。

 無論、エヴァは好き好んでこちらに干渉するつもりはないだろうし、あの男に何かしらアクションを行えば敵と認識されかねない。この学園の魔法使い相手なら兎も角、彼女に対して敵対行動を取るのは得策からは程遠い。

 

 しかし――

 

 「考えてみれば横島サンは時折、“こちら”とか“向こう”とかの単語を零してたネ。

  あまり気にはしていなかたのだガ……」

 

 彼女の手持ちのカードで組みあがる説は危険を孕み過ぎていた。 

 

 何せ、横島には過去がない。

 

 そして現在社会のテクノロジーに疎い。

 異様に早くシステムに馴染んだとはいえ、インターネットの活用術をまともに知らなかったくらいであるし、普通サイズの携帯電話を小さいと驚いていたし、小学生だって持ってると知って驚愕していたくらいなのだから。

 そのくせ茶々丸のようなオーバーテクノロジーの人型ロボットが普通に歩いたり会話が出来ていたりしていても驚きもしていない。

 おまけに吸血鬼や魔族といった幻想種やゴーレムも普通に受け入れられるし、普通に接して会話も出来ている。

 

 本人はちょーのーりょく者だと称し、魔力も無いのにチャチャゼロを人間と紛うほどに変化させていたりする。

 尚且つの今のやりとりからして使い魔の小鹿もただの精霊集合体ではなかろう。

 

 ひょっとすると全て彼の掌の上だった……か?

 

 存在自体が胡散臭く、柔らか過ぎるほど柔軟な思考持ち、この世界ではありえない力を持つ人間。

 確かに怪しすぎると言えるだろう。

 無論、彼を知るものなら幾らなんでも……と苦く笑うだろうが、彼女の手持ちの情報では偏ってもしょうがないのだ。

 

 即ち――

 

 

 「また、魔法界が感付いてアクションを仕掛けてきた可能性が高またネ」

 

 

 こんな風に、である。

 

 

 

 

 

 

 ――そしてまた、横島にとって甚だ迷惑な話であるが、彼は余計な騒動に待ちこまれてゆくのだった。

 

 頭が切れ過ぎる(、、、、、)少女によって……

 

 

 

 




 ……遅くなりましてゴメンナサイ。Croissantです。
 さて かのこがいるので横っちの力の一部はまた洩れず、疑心暗鬼にw
 超一味に対しての一部ネタバレがメインだったはずなんですが…あれ~w?
 やっと明かせましたが、エヴァが超に対して自然に情報を封じてたりします。
 それに普段のボケが相まって超は今までそんなに彼の力を重視してなかったりするんです。

 勿論まだ勘違いしてる点や、理解できていない点もあり、疑心暗鬼も加算されて注意が余計に向いてたり。
 学園祭本編でどう響くか……ハテサテ

 さて、始まるは超の第一ターン。対横島戦の威力偵察(笑)。
 続きは見てのお帰りです。ではでは~


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二十四時間目:うおっちめん
前編


 

 楓が階段を上り切り、屋上へと続くドアを開けると、予想通りそこに彼がいた。

 いや、正確に言うと彼と彼女()

 別に敬ってはいないが師と仰ぎ、全然隠せていないが皆に内緒で男として慕っている横島忠夫。

 一種異様だが、愛くるしさと寄り添っている微笑ましさから見慣れてしまった使い魔のかのこ。

 彼の愛妹。自分達の大切な妹分。人間族じゃないというだけ(、、)の少女、ナナ。

 

 そして――

 

 「彼女がさよでござるか……」

 

 生徒名簿で写真だけは見ているのだが、実物(?)はこれが初めて。

 初めて相対した時は思わず敵として追ってしまったし、次に見たのは亜子が携帯で撮ったものだったので敵対心を持ってしまったまま。

 残念ながら解決の件には関われなかった……解決後、古にメールで散々自慢されて、ちょっとかなりムっとキている……が、自分は昨晩動けなかったのでしょうがない。

 

 と言うのも、最初の事件時に部屋に戻らなかったが為に、怯えまくった鳴滝姉妹に捉まって部屋から出してもらえなかったのだ。

 だからといって、ポンポン誘眠香を使って眠らせるのもナニである。

 幾ら無害な誘眠香とはいえ。そんなに連続で使用していれば害も出るのだ。だから姉妹の身を案じた楓は、今日は仕方ないかと大人しくしていたのであるが……結局また古にオイシイとこ持って行かれて歯噛みする事となっていたり。

 

 だったら鳴滝姉妹を当身で気絶させてりゃ良かったと、スカポンタンな後悔してたりするのだが……それは兎も角。

 

 今目の前にはその霊的事件の原因であり、ある意味被害者である相坂さよがいる。

 だがそれだけではない。

 何故だか知らないが、その さよとナナが背を見せて向こう向きに立っており、出勤前だからであろう青いツナギ姿の横島がかのこを膝にのせてどっかと座り込み、そんな二人を見つめているという珍妙な光景がそこにあった。

 

 その上、出遅れ感を残している楓を更にイラッとさせるものが……

 

 「……何故に零殿までいるでござる?」

 

 件の男のすぐ横。ぴたりとくっつくような位置に腰を下ろし、同じように二人を見つめている少女が一人いらっしゃるではありませんか。

 

 それに気付くといきなりピョンと機嫌ゲージが跳ねて悪くなってみたり。

 文字で表すならこんな感じ(--#)に。糸目を含めて意外に合うのが笑える。

 

 この女郎っ 今回の一件には拙者と同じく関わっていなかったのに、解決してから尻尾振って出てくるとは何様のつもりでござるか?

 何だか普段以上に黒い文句が浮かんでいたり。ぶっちゃけイチャモンであるのだけど。

 だから文句の一つ言ったろか?! という勢いもあったのであるが、楓は寸前でピタリと足と共にその言葉を止められてしまった。

 

 息を呑む――と言うほどではないが、今までそんなに見た事がない真剣さが彼の背から感じられたからだ。

 

 楓は昨晩の事を直に聞いておきたいと早めに登校している。

 その際、<超包子>で朝食をとるべく同じく早めに登校している明日菜達に少しだけ話を聞いているのだが、やはり彼から聞くのが一番らしい。色んな意味で。

 とりあえず朝のHRまで時間があるのでそれなりに聞けるだろうと朝食を作っておいて姉妹に早く出ると言い残して飛び出してきたのである。その際、ごゆっくり~と意味深に送り出されてたりするがそれは関係ない話だ。

 そんなこんなで何時もよりずっと早く学校に着いた彼女は、彼を探してここに辿り着いたのである。

 まぁ、正確に言うと彼にメールを送って話を聞く為に待ち合わせているだけだったりするのだが、彼女の勘も正確に位置を伝えているのが何とも興味深い。そーゆー事に関しての成長だけが著しいという事か。

 

 それは兎も角――

 

 彼の霊波を受けたからか、或いは昨晩古から霊力を注がれたからかは知らないが、今のさよの姿は楓の目にもはっきりと映っている。

 当然のように精霊であるかのこや、彼の霊波を浴びまくっているナナや零にも見えているだろう。

 尤も、古によると大首領は以前からバッチリ見えていたらしいが。

 因みにネギは横島や古がドカンと霊力を注いでないと見えないらしく、今朝もorzしたままだったりするが……今はどうでも良い話である(何気に酷い)。

 

 「一体何を……」

 

 彼女の疑問も尤もだ。

 二人の少女は背を向けたまま。

 その二人を見つめている横島と零も背を向けたまま。

 ここに着いた時には既にこんな状況であった為、そんな四つの背を見つめる楓に訳が解る訳もない。

 とにかく話を聞こうと楓が一歩踏み出そうとした瞬間、

 

 「む……?」

 

 二人少女に動きがあった。

 

 一瞬カクンと軽く膝を落とし、

 声を合わせつつ右腕を掲げ、同時にくるりと振り返ったのだ。

 

 それは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「『ら~め、らめよ♪ Ho!!』」

 

 

 同時に始まるテンポのいい曲。

 普段のぽやぽやした動きからかけ離れたアップテンポなナナの動き。そして さよはその動きに完全にシンクロしていた。

 どこで練習をしていたのか正に一糸乱れぬ動き。

 何時の間に打ち解けたか、その二人の空気も同調している。

 

 それは――

 

 それは見事なダンス&ボーカルであった。

 

 「 き ゃ あ ー っ っ っ っ

   ナ ナ ー っ っ  さ ー よ ち ゃ ー ん っ っ ! ! 」

 

 余りの事に卒倒してしまった楓の耳に、想い人の黄色い声援はかなり痛かったという。

 

 

 

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            ■二十四時間目:うおっちめん (前)

 

 

 

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 ぐったり……

 

 的確に今の楓の状態を説明すれば正にそれである。

 タレ熊猫宜しく机の上に身体を預けるように疲労の余り溶けているのだから。

 

 「ナニが悲しゅうて朝っぱらから……」

 

 アイドルにトチ狂う追っかけみたく妹分達に萌える想い人なんぞを鑑賞せにゃならんのだと神様に小一時間問い詰めたくなった。

 尤も、そんな風に物凄く自然体でさよを受け入れている彼に笑みも浮かばないでもないし、『練習頑張ったんレスよ。ねー?』と仲良く笑うナナとさよに毒気を更に抜かれたのでこれ以上とやかく言うつもりもないのだけど。

 それに一通りダンス&ボーカルを鑑賞していたのでどうこう言えない。

 

 というより、あんな泣き顔を見せていた さよがあっという間にあのような笑顔を見せている。いや、彼が笑顔を齎せたのだろうけど、それを実現できた事に文句を言うつもりはコレっぽっちも無い。

 楓とて裏に関わってはいなかったものの、それなりに霊に対する術を知ってはいたし、表の者なりに知識も持っていた。

 

 だからこそ、こんな短い期間にあれだけの表情をさせている彼にマイナスの感情を持つ事は困難を極める。

 幾らおバカなトコばかり見せつけられてはいても、女の子に笑顔を齎せているさせているという方の評価は富士の山より高かった。

 だから楓は、疲労を浮かべつつも嬉しげに苦笑する。

 

 「……全く、しょうがない御仁でござるなぁ……」

 

 と――

 

 

 「ンな事でもアイツを想えるんだから末期だな」

 

 「 の わ っ ! ? 」

 

 何時の間にか忍び寄っていた零が、心を読んだが如く入れてきたツッコミ。

 余りに良すぎるタイミングであったが為か、モノホンの忍である楓も形無しに仰け反った。それでも椅子の足を斜めに固定して転倒しなかったバランス感覚は流石であるが。

 

 ひっくり返し掛かった椅子を自分の身体ごと直しつつ、八つ当たり風味であるが零を恨めしげ睨むものの当然効く訳もなく、ニッと楽しげに笑い返されるに留まってしまう。人生経験の差がコンチクショーである。

 兎も角、ゴトゴト椅子の足を鳴らしつつ腰を掛けなおし、悔しいから零に顔を向けられない楓は明日菜達が作る輪の方に顔を向けた。

 

 「……意外と簡単に馴染んでるようでござるな」

 

 それでもばつが悪いのか、楓は零に向けることなく言葉を吐いた。

 零は肩を竦めつつ楓と同じ方向に目を向ければ、木乃香や明日菜といった魔法に関係している少女らが輪になって他愛のない話をしている光景。

 ちゃっかり輪に混ざっている古がさよに霊力を注いでいるお陰か、或いは彼女らに適正があった為か、どうやら木乃香達には見えているらしい。

 

 「ああ。何だかんだでアイツら順応性が異様に高いからな。

  それに古菲や円ってゆー緩衝材もあるから話は簡単だ」

 

 「で、ござるか……」

 

 流石の楓も少しばかりは心配してはいたのだが、あの二人の緩衝材は思ったより利くらしく、刹那と木乃香、そして明日菜と和美、のどかと夕映らが さよを囲むようにして何やら楽しげに話をしている。

 これだけ人数がいれば見えない さよが混ざっていても解り辛いだろう。良いフォーメーションだ。

 因みに円は混ざっていない。学園祭が近いからだろう、バンドの仲間と一緒である。

 

 「円はあんまり話してねぇが、

  感受能力が高ぇからか さよと念話っポイ事ができるみてぇなんだ。

  だから積極的に口で話す必要はねぇとよ。

  ま、授業中にも色々話す事になるかもしんねぇがな」

 

 そう何が楽しいのかクククと笑う零。

 攻撃能力は殆どないが、応用力はピカイチである円の霊能力。

 

 その力は昨晩のような事態にこそ活躍の陽の目を見る。

 三つの超術を使えるがランダムである自分と、防御力は凄まじいが反射と停止がメインという古のように戦闘特化よりずっと使えるではないか。

 落ち込んだりはしないが、羨ましいとは思う。

 

 ――何せその力が救えたのものがあそこで笑っているのだから。

 

 制服が違う事と、窓から入る光がそのまま透過している事を除けば、その様は極普通の少女。

 話せる事が楽しいのか、話す事が多過ぎて逆に思いつかないのだろうか、わたわた戸惑っている さよが何とも微笑ましい。

 それを目の端に入れているであろうエヴァも、無視を決め込んでいるのだが口元に笑みが浮かんでいるし。

 

 「まぁ、さよの方にもとけ込む時間があったしな。

  夕べから二,三日(、、、、、、、、)ナナや妹どもと遊んでたみてぇだし」

 

 「成る程……」

 

 その珍妙な言い方で、楓も大凡の事が掴めた。道理で零も事情に詳しい訳だ。

 要は人の輪の中に入り易い様、リハビリとしてエヴァの別荘を借りたという事だろう。

 無論、大首領様の許可が要るのだが、横島の事だからそのリスクをイヤイヤながら快諾したのだろうと容易に想像が出来る。イヤイヤながら快諾と言うところがポイントだ。

 

 「その間、ずっとナナや妹どもと話しまくって打ち解けたのさ。

  ま、あのわたわた慌てた話し方とかはヨコシマがフォローしてたんだが今一つみてぇだけどよ」

 

 「あの御仁も良くやるでござるなぁ」

 

 まぁ、そんなところも……であるが。

 そんな楓の表情を読んだか、零はニヤリと笑い、

 

 

 「だけど良いのか?

  あたしらのライバルが増えるかもしんねぇぞ?」

 

 

 等ととんでもないセリフを落として来た。

 笑顔のままピキンっと鉄塊のように固まる楓に零の笑みは深まる。

 

 ギギギと錆びた歯車のような音を立てて零に顔を向けるロボ楓。

 関節に油でも差してやろうか? と彼女は益々楽しそう。

 

 「あ? 解らねぇってか? ヨコシマだぞ?」

 

 「……」

 

 ものごっつシンプルで、解りたくもないが素晴らしく解りやすい説明だった。

 

 横島が持っている魅力は、初見ではひっじょ~に解り難い。

 何せ高確率で出会って直ぐ目にしてしまうのはセクハラ全開のとんでも暴走。オポンチでバカタレ全開のスットコドッコイなとこばかりを目にしてしまう。

 なので誤解を受けまくって評価は底辺をひた走る。本人の良いところなんぞ見る気もしないほどに。

 

 しかし楓と古のように運が悪ければ(?)話は別だ。

 

 そんなスカタンさに目を瞑り、ボケを喰らっても見放さず落ち着いた目で彼を見つめ続けていると、その奥底に潜む器の大きさやら分け隔てのなさ、底なしの優しさとそれに伴う計り知れない強さを思い知って人物評価が一気に跳ね上がるのである。場合によっては離れら難くなるほどに。

 

 その顕著な例は当の楓と古の二人で、彼女らは大停電の晩の一件で先にヘタレ具合を見せつけられてから、事の顛末を一番近い位置で見せつけられたり、修学旅行中の件で彼のおもいやりを知らされたり、彼の過去を見せつけられたりと、短期間の間に順当に段階を踏まされて上方修正させられっぱなしなのだ。

 

 しかし如何に間をすっ飛ばして好感度を上げてしまった即席のオンナではあっても解る事はある。彼に一端懐いてしまうともうオワリだと言う事が。

 現にこの間まで赤の他人だったナナも今現在はそこらの兄妹が平伏するほどお互いを想い合うベタベタの仲良しさんである。

 

 となると、零が言うように さよも拙い。

 

 何せプラス要素として彼はとびっきりの人外誑しなのだ。

 理由はさっぱり解らないのだが、何故か知らないが彼と知り合った人外は愛憎という裏表の意味も含めて彼に夢中になってしまう。

 

 だから解る。

 

 ナナもゆっくりと兄と見る目から変わってゆく事だろう。

 そしてこのまま行けば間違いなく さよも……

 

 「あ、言っとくが場合によっちゃあセツナも拙いかもしんねーから」

 

 ぶ ふ ぅ ―――― っ っ

 

 あまりと言えばあんまりな妄言であるが、強いショックを受けた楓はナニかをおもっきり噴いた。

 何があっても落ち着いた雰囲気をもっていたし、この間まで静かでクールという印象であった楓のココ最近ぶっ壊れ具合を見知っている皆も流石に驚いて視線を向けてしまう。だが彼女としては知った事ではない。

 つーか、それどころではない。

 

 「ち、ちょ、まっ、れ、零どにょ!?

  いったいじぇんたいニャニをもってそにょよーにゃ……」

 

 「オチケツ……もとい、落ち着け。言語がぶっ壊れてんぞ?」

 

 そう零に諭されスーハー深呼吸。特技上、整息は苦手ではないのだから。

 だがそれでも、どっかんどっかん心臓がうるさいのだが、今はンな事に拘っている暇は無い。

 

 「そ、それで? 一体如何なる理由があってそのような妄言を?」

 

 息を整えてもやっぱりどっかイッてるらしく、完全ではなかったり。

 尤も零は、ヲイヲイ妄言扱いかよと笑ってはいるが。

 

 「お前、あいつらの話よく聞いてなかったろ?」

 

 「それは……やはりそういった会話に聞き耳を立てるのは……」

 

 「マナー違反ってか?

  ま、それがフツーちゃあ、フツーなんだろーけどよ。

  そのお陰で肝心な事に気付いてねーだろ?」

 

 「は? 肝心な事、でござるか?」

 

 「ああ……」

 

 零はわざとらしく周囲を見回し(おもっきり視線を集めているが気付いていないかのように)、座っていた机から下りて楓の耳元に顔を寄せた。

 

 「コノカがな、セツナをさり気なく誘導してんだよ。

  横島さんのそういうトコはやっぱり大人やな~って感じに」

 

 「!?」

 

 その話を聞いた瞬間、楓はぐわっと面を上げ、頚椎がおっぺしょれる(何故か名古屋弁)勢いで木乃香に顔を向けた。

 何故か一昔前のスーパーロボットが如く眼を光らせてたりする楓に、明日菜の顔は引き攣り、のどかと夕映はあからさまに怯えている。

 刹那も当然驚いているのだが、何と当の木乃香は涼しい顔。

 極自然にさよの眼を塞いで“怖いもの”が見えないようにしつつ、テヘペロと舌を出してあははゴメンなぁと笑っているではないか。

 

 『こ、このか殿……』

 

 『あは バレてもたみたいやなー 流石は零ちゃんやわ』

 

 『な、何故に突然』

 

 『ん~……突然ゆう訳でもないんよ?

  あのネギくんの試験くらいからちょう気になっとったんよ。

  それに優しいいうんは前から知っとったし』

 

 『そ、それは確かに……』

 

 『ほれにあの人以外誰かおるん?

  せっちゃんのコト、ホンマの意味で全部受け入れられる人、

  せっちゃんが十年近く気にしとるコトをひっくるめて全部受け入れてくれる人、

  もの凄ぅ自然に、ただ一人の女の子として受け入れてくれる人……』

 

 『ぐ……っっ』

 

 『確かにネギくんは真っ直ぐでひたむきで一生懸命で優しいわぁ。

  せやけど横島さんはその上に包容力があるんよ。

  せっちゃんのあの真っ白で大きい翼ごと包んでくれるような……』

 

 

 ――気付かれたっっっ

 

 

 ついに気付く者が出てしまった。

 

 いや、木乃香は実際に危機を救われまくっているし、古によると修学旅行の時かなり親身になって相談に乗っていたそうだし、鍛練の合間もボケとツッコミの間合いがよく似ている為かよく話もしている。

 だからその可能性もゼロではなかったのであるが……迂闊だったッ

 

 今考えてみると、鍛練の合間合間に話しかけていたのは、ひょっとすると横島の人となりを観察する為だったのかもしれない。

 

 刹那は彼女にとって大事な親友。

 そんな何よりも大切な幼馴染をキッチリ幸せにしてくれるだろう人間。

 刹那の心に未だ残っているだろう傷……いや()ごと、

 心の奥で燻り続けているだろうまともな人間ではないというコンプレックスごと包み込める器を本当に持っているのか否か。彼は本当に“それ”なのか。と、彼女はにこやかな笑顔の下で鷹のように眼を光らせていたのかもしれない。

 

 その想像に応えるかのように木乃香は楓に対し、意味ありげにニッと笑みを向けた。

 楓は今更ながら木乃香の深謀遠慮に戦慄する。

 

 このか殿……おそろしい娘。

 

 

 ――断っておくが、これはみなアイコンタクトによる会話であり、念話といったものではない。

 

 おまけに超短時間の間に交わされたものなので、傍から見れば二人が見詰め合って、唐突に楓が頭を抱えて木乃香がそれを見ながら微笑んでいるようにしか見えない。

 周囲からすれば、

 

 「え、えと……お嬢様?」

 

 「こ、このか?」

 

 このようにサッパリサッパリであった。

 

 傍から見ればにぱっと笑う木乃香を見ながら恐れおののき後退する楓という訳の解らぬシーン。

 本人達からみれば塗り潰したような闇の中で稲光が走りまくって雷鳴轟くシリアスシーンだったりする。

 話の中心にいた“筈”のさよは訳が解らず???と疑問符連打状態だ。

 

 結局、一時限目が始まるまで二人はこんな按配だったと言う。

 

 

 

 

 

 「アホかあいつは」

 

 「けけけ……まぁ、そう言うなよ御主人。

  何だかんだいってあいつも未通女なんだしよ」

 

 今のキサマとて人のコト言えないだろう? と呆れながらエヴァが言えば、そりゃそーだと零は笑って返した。

 何だかんだでやはり空気が分かり合っている二人だ。

 

 と、そんな風に他愛無く話をしていた二人であったが、不意にその笑みの色を変え、エヴァは意味ありげな眼差しを零に送った。

 

 「それは良いが……お前は気付いているか?」

 

 「ったりめーだろーが」 

 

 視線は向けない。

 意識も向けない。

 だが、二人は同時に見ている。

 わざとエヴァの陰になるよう、机に腰を下ろしている零の後方。

 ここのところ色々と相談し合っていたのに、今朝はきちんと自分の席に着いて黙ったまま。

 “あの日”からずっとバカタレ具合ばかりが目立っていたのだが、今日は珍しくマトモに……

 

 ――いや?

 

 「あの様子なら……見たんだろうな」

 

 「あのアホは後先考えてなかったみてぇだしな……

  まぁ、想像していたより気付かれんのはずっと遅かったけどよ」

 

 元に戻って(、、、、、)いる――

 

 裏で続けていた計画がばれないよう、一般学生の仮面を被り続けていた時のそれ。

 穏やかで、自然で、優しげで、

 それでいて狐のように用心深く、虎の様に慎重に目標ににじり寄って行く。

 

 エヴァ達が見ずに観ている二人は、その空気を取り戻しているのだ。

 

 「バカ一とバカンフーは気付いてねぇみてぇだぜ?」

 

 「然もありなん……というか、腑抜けてるな」

 

 「無茶言うなよ。

  裏で生きてた時間の差があらぁな」

 

 「フン……

  私の元にいる以上、そんなものは言い訳にもならん」

 

 ヤレヤレだぜと肩を竦める零。

 そんな所作をしつつも零は背中に刺さりだした視線を感じている。

 今までは疑問と苛つきによる憤りばかりが募っていたのだが、それが消えて代わりに疑念が湧き上がっているのだろう。視線にその色が混ざっているのだし。

 

 「今頃になってやっと気付いたのはアイツらの不覚。

  自分のストレスに構い続けて目的を見失いかけていたからな。

  ま、あのアホが相手ならしょうがないとも言えるが……な」

 

 ギ……と腕を組んだエヴァが椅子を軋ませる。

 やや不自然……と言うより、わざとらしく茶々丸に横島が関わる修業を見せなかったのだが、それでもこれだけ時間が掛かったのだから、本当にイライラしていたのだろう。

 或いは横島のスットコドッコイがうつったか。

 

 「ま、お陰でメリットのない取引もせずに済んだしな。

  アレ(、、)も手に入れたし……」

 「アレ(、、)

  ……ああ、今削ってるアレか」

 

 そうエヴァの言葉に応えている零であるが、その零本人が“成功例”なのであるし。

 だからなのだろう、皆がどれだけ馬鹿を見せても彼女の機嫌がそう悪くならないのは。

 

 二人の方にやはり視線を向けず、エヴァは然も楽しげにフ……ッと笑みを零す。

 

 古と同じく髪をシニョンに纏めている麻帆良の天才と称される少女すら予想もしていないだろう存在。

 その年齢から考えられないほどの腕前。プロ中のプロとも言える戦闘技術を持つ魔眼持ちですら見抜けなかったアイツ。

 イラ付いて暴走なんぞしている間に計画までの時間が少なくなっており、その焦りからか余計な色をもつけて見てしまっているだろう。

 

 ――いや、別にエヴァは彼女らを嘲るつもりはない。

 

 この時代に来た彼女の意気込みや想いを知っているのだし、何より茶々丸という従者をもらっている恩がある。

 退屈で退屈で、いっそどうにかなってしまっても良かったと思うほどの十数年。

 六十年も学校に居続けた さよに比べれば、たったの十七年。今までの人生の2%に過ぎない時間であるが、それでも窮屈極まりない時間だ。

 どう転んだとしても、そんな鬱屈が少しでも解消できるのだから何をどう騒がれたとて、彼女にとっては楽しみなだけなのである。

 

 「もちろん私の邪魔をしなければ、だがな……」

 

 「悪だな。御主人」

 

 「ふ……何を今更」

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 「ん? 横島君?」

 

 「あ、高畑さん。ちースっ」

 

 何時ものように唐突に入った“出張”に、車を回していた高畑は校門の横で小鹿を連れてボーっと突っ立っていた横島を目にし、思わず声を掛けてしまった。

 ぱっと見かわいそーな頭の子であったし、何だか男子学生まんまの返事が返ってきたので苦笑してしまったが些細な事だ。

 

 高畑が運転していた車は、 クライスラーダッジバイパー SRT-10。V型10気筒OHVエンジンを搭載した最高出力510馬力の高級スポーツカーだ。

 けっこうなお車であるし、オープンカー仕様なのでウインドゥを下ろす必要がないからそのまんま声を掛けている。

 更に車を操っている高畑はダンディな男なので何だか妙に様になっていたり。

 

 普段の彼の性格ならモゲロもげろモゲロMO☆GE☆ROな状態になってもおかしくないと思われるのだが然に有らず。

 今の横島は外見兎も角中身は(一部行動を除いて)大人であるし、何より“あの世界”で横島の周囲の人間が乗っていたのは高級車ばかりだった。当時の横島が人生売っても買えないレベルの車ばかりなので、何時の間にか車関係では気にしなくなってたりするのだ。

 まぁ、高畑の隣に巨乳美女とかか乗ってたら話は別だったであろうが。

 ――閑話休題(それはさておき)

 

 「何やってんだい? こんな所で」

 

 「え? いや、今日の割り当ての範囲がココなんスよ」

 

 相も変わらず用務員を続けている横島であるが、意外なほど真面目に取り組んでいた。

 夜の警備員も仕事範囲に入っていて、普通なら裏方過ぎて文句の一つも出るのだろうが、プロ意識が強いのか意見は出しても仕事に関しての文句は一つも出ていない。

 何れはここで何かしらの仕事を始めるつもりはあるようだが、それは愛妹ナナの為だと言うのだからや恐れ入る。

 

 だが、今さっきまでの様子は真面目とは程遠い。

 箒とゴミ入れを手にぼんやりと突っ立っているだけだったのだから。

 

 「ボクにはボーっとしてるだけに見えたんだけど?」

 

 高畑がストレートにそう言うと、横島はちょっとばつが悪そうな顔をして頭を掻いていたが、不意に頭を上げてちよっと真面目な顔をして高畑に問うた。

 

 「あの、高畑さん」

 

 「何だい?」

 

 「あそこに見えてるクソでかい……世界樹……でしたっけ?

  アレなんスけど」

 

 「ん? あ、ああ」

 

 「アレ、何かヘンじゃないっスか?

  何か地脈と別ンとこから力が集まって上の方に向かってるように見えるんスけど……」

 

 

 ……鋭い

 

 その言葉に高畑は、表情には出さなかったが息を呑んだ。

 

 考えてみれば彼は一級レベルの霊能力者。力の流れ等を見て取るのはお手の物という事なのか。

 だが、だからこそ(、、、、、)知られてはいけない――

 

 「うん。魔力の樹だからね。

  二十二年に一回、学園祭の時期にああやって魔力が高まるんだよ」

 

 「へ~」

 

 この世界樹。二十二年に一度高めた魔力を放出するのであるが、どういう訳か簡単な想いには反応するようで、生徒たちの間で広がっている告白伝説『学園祭の間、世界樹の前で告白すると結ばれる』というものを本当に成就させてしまうのである。

 そんな訳で時期外れに魔力を高めた世界樹の力を無闇に使わせないよう、生徒たちの間で広がっている世界樹伝説による告白を妨害する仕事が上がっているのだが……その一件から横島が離される事が既に魔法教員会議で決定しているのだ。

 

 いや、彼の能力からすれば是非に欲しい人材であり、手が足りない今の状況から言えば外す方がおかしいと言えよう。

 魔力の流れどころか魔法使い達や氣の使い手らには難しい霊視ができ、才能がなければ視認できない濃度に霊力を絞って行動すれば裏に関しての秘匿能力はこちらより上なのだ。

 

 更に誤魔化す能力も存外に高いし、何より用務員として知られているので清掃員的に行動したとて然程目立ちもしないのである。

 

 正に打って付けの人材。

 何でそんな人間をわざわざ距離を置かせて使わせないのかというと……

 

 『(……彼にナンパ癖がなかったらなぁ……)』

 

 である。

 

 確かにこの男、霊力が満タンであれば紳士といってよい態度が取れるし、女子供に優しくその人となりは誰もが好感が持てる人物なのであるが、霊力が下がってくると段々女の子に声を掛ける癖が出始めてしまうのだ。

 そうなると木乃伊盗りが木乃伊。あちこちで謎のカッポーができまくり、どーせ成功する度にテンションが上がるだろうから、暴走して二股三股、四股に五股と増えまくる事受けあいだ。

 

 愛妹をくっつけて置けば正に紳士! であろうけど、その妹が流れで告白する可能性がやたら高いし(例:おっきくなったらお嫁さんにして等)、彼と組んでいる楓達も突然暴走したりするのでそういった件に関しては信用できない(←何気に酷い)。

 だから学園側の意志としては彼は告白妨害メンバーに入れないという事になっているのだ。

 

 「ん? じゃあ、高まった魔力ってドコに行くんスか?

  放出されただけの力って簡単に力の枠に入り易いと思うんスけど」

 

 『そうだな。

  流石に余計なモノはいまいが、意をもって形を成す可能性も無きにしも非ずだ』

 

 「……っ」

 

 いかん。流石はオカルト事件のエキスパート。

 妙なところで常識観念に囚われている自分らより“まさか”という否定思考が薄い為だろう、直に一番可能性の高い仮説を組み立ててゆくではないか。

 更にエヴァから聞いてていたが、零と従者契約を結んでアーティファクトを手に入れている。よって性質の悪い事に鑑識眼が更にこなされているのだ。

 

 これは下手に隠していれば、逆に興味を持たれて近寄って来られかねない。

 顔にこそ出さなかったものの高畑はそう戦慄していた。

 

 という事は真実をぼかしつつ情報を小出しにした方がマシか――

 

 「うん。だから期間中は僕らの中で手が空いてる人間が虱潰しに……」

 

 「わぁ……」

 

 それは面倒臭そうな話である。

 何せ話を聞くだけなら溢れ出た魔力の流れを追って札かマジックアイテム等で吸収するのだろう。そんな感じだし。

 だが、用務員ズで聞いているのだが、学園祭期間中は日本中……事によると海外からも……とんでもない人間が休日のテーマパーク宜しく来園(“学園”だから来園で良いのだろう)するらしい。

 そんな超多量の一般人の海の中で魔法の存在がばれないように行動するというのだから頭も痛む。

 

 「ああ、横島くんは大丈夫だよ。

  まだここの行事に慣れていないだろう? だから慣れてる僕らがやっておくよ」

 

 「本当っスか? いやぁ、申し訳ないっスねぇ」

 

 『フム 船頭多くしてではないが、慣れていないお前が関わっても皆の連携を崩しかねんしな。

  妥当な判断だろう』

 

 「うん、だから世界樹周辺には余り近寄って欲しくないんだ。

  君の力に反応して騒動を起こしかねないしね。

  君のいたところの都市伝説みたく発動されたら堪ったもんじゃないし」

 

 「了解っス」

 

 

 ――計画通り。

 

 内心、ニヤソとする高畑。

 ぶっちゃけ、キャラクターが違うよーな気がしないでもないが、これも麻帆良の平和の為。

 真実を告げないのは心苦しいが、魔力や氣のブーストにすら関われる横島の霊力が世界樹の魔力に反応するかもしれないと懸念しているのは本当だ。

 それが彼を元の世界に還せる力になるのなら兎も角、彼が言うには仮に戻れても世界の壁を越えた瞬間に絶命してしまうらしい。一度でも越えて生きていられた事は奇跡なんだそうだ。

 ただでさえ溢れ出た力は告白成就率120%という、洗脳に近い結果を齎せる危険なもの。

 想いは叶うだろうが、告白の勇気を後押しする程度なら兎も角、問答無用で成功させてしまう力なんぞ必要ない。

 

 「まぁ、君も仕事の合間に楽しめばいいよ。

  皆も君と回ってみたいと思ってるだろうしね」

 

 「そうっスね……

  ナナも凄く楽しみにしてるみたいですし」

 

 「そうそう……って、ナナくんの事だけ言ったつもりはないんだけどね」

 

 「アー キコエナイー」

 

 耳を手でパタパタ塞ぎながら蹲って聞こえないフリをする横島に苦笑が浮かぶ。傍で何故か真似してる小鹿の姿もあって何か微笑ましかったり。

 いやそれ以前に、女子中学生であり元担当クラスの教え子に不純異性交遊を勧めるのは如何なものかという説も無きにしも非ずなのだけど。

 

 まぁ、何だかんだ言って教師らは横島が彼女らに手を出すとは思っていなかったりする。

 彼女らが女子高生ならかなり拙かったかもしれないが、訳の解らないところでモラルが高い横島はじょしちゅーがくせーには指一本触れないだろう。いや、触れられないだろう。それが教師たち全員の共通した見立てである。

 

 尤も、手を出される側が本気のアクションに出ればどうなるかは不明であるし、教師たちは生徒がそんなハレンチな行動を起こす等とは思ってもいない。

 そこら辺は女生徒に幻想を持っているとしか言えないのであるが。

 

 「だけど当日は本当に人が多いんだよ。

  生徒達の技術力が上がってゆく分、来園者も年々増加傾向にあるしね。

  だから僕らは僕ら、横島君は横島君で割り当ての仕事をキッチリやらないといけない」

 

 『ま、来てくれて嬉しい輩ばかりではないだろうしな』

 

 心眼の言葉に、そういう事と相槌を打ち、高畑はクラッチに手を伸ばす。

 

 「じゃあ僕は行くよ」

 

 「うぃス。出張っスか」

 

 「うん。この祭り騒ぎに乗じてコトを起こそうとする輩も居るかもしれないしね」

 

 横島の眉がぴくんの反応を見せる。

 やはり彼もその事を懸念していたようだ。

 

 高畑は、それを見てみぬフリをしつつ車をスタートさせた。

 ちらりと眼を流したミラーには、軽く手を振って彼を見送り、世界樹を一瞥してから門の中に消えていく彼が見えている。

 その姿を見て、何故か知らず苦笑を浮かべつつ高畑は道路に眼を戻した。

 

 何だかんだ言って彼の優しさは皆が皆良く解っているようで、教師ら……あのガンドルフィーニですら……も然程心配もしていない。

 行動がどこか軟派だったり、美女美少女にうっかり声を掛けてしまう性質ではあるが、向き合う時の姿勢は“彼”を髣髴とさせる。

 いや怖がりで痛がりな分、それをやせ我慢で無視して前に進む様はある種の感動を呼んでしまうほどだ。

 やだなぁ、面倒くさいなぁ等とボヤキまくりはするが、生徒達に被害が出ないよう念の為にと細かく行動してくれる。

 

 だからこそ高畑もこんな時期に出張が出来るのだ。

 無論、学園祭当日には戻ってくるつもりであるが、後方が信じられる分、普段以上に張り切って調査ができるというものである。

 

 だからハンドルを握る高畑の表情は明るい。

 

 

 

 

 

 

 ――尤も、

 

 

 

 

 

 

 「……なぁ、心眼。

  当日って忙しそうだよなぁ……」

 

 『何が言いたいか解るが……まぁ、妾が霊波が漏れないよう制御すればどうにかなるだろうがな』

 

 「そっか……」

 

 『フッ あの面倒くさがりがなぁ……』

 

 「……ンだよ」

 

 『いや、感心していただけだ。気にする事はないぞ?』

 

 「チッ」

 

 『ククク……女生徒らに面倒が起きたら直動けるようにしたい。のだろう?

  やや不純だが、その考えは嫌いではないぞ?』

 

 「不純で悪かったな!!」

 

 

 その、みょーなお人好しさの所為で苦労する破目になるとは思いもよらなかっただろうが。

 

 

 





 前フリの為に短めw

 当時原作読んで苦労してたのを思い出した。
 コソーリ青山姉妹出てたり、茶々丸のAIシステムの基礎を作ったの『Ai止ま』の二人の可能性が高いように書かれてたり。
 うーむ……


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中編

 今日も良い天気。

 

 何でこんな時期に学祭何ぞやるのだろうかと思っていたのだが、体育祭→学園祭よりかは準備期間に余裕が持てるためマシになるのかも知れない。そう思い始めていた。

 尤も、その所為で仕事が増えるのだけど。

 

 お陰様で今朝はちょっと早めに家を出る羽目になった訳であるが、何れ来るだろう愛妹が登校するその日の為に早く起きる癖をつけてきているので苦にもならないのだが、急にオフの日に仕事を入れられるのは勘弁して欲しいところ。

 まぁ、件の愛妹は姉達の部屋にお泊り(今日は明日菜の部屋)していたのでちょっと妹分が足りない程度だ。

 ちょこちょこ着いて来てる小鹿がいなければ心が凍死していたかもしれない。

 

 「え~と……ココか?」

 

 ともあれ心の支えである かのこを連れて今日の仕事場へ。

 

 担当範囲から大きくズレるのだが、見えて来たのは展望台みたいなのまである大きなビル。

 超高層ビル、というほどではないものの、学校の建物としては大き過ぎるだろう建物の中が今日ヘルプとして向かう仕事場である。

 

 麻帆良学園大学部工学部。

 信じ難い事に、あのビルが丸ごとそうであるらしい。

 

 「MITかここは……」

 

 彼がそう呆れるのも仕方のない話である。

 何しろ認識阻害結界の影響かどうか知らないが、ここ(、、)()とのテックレベルには大きなズレがある。

 その証というか代表格というかが、この都市では堂々と中学校に通ってるし。

 いや、彼がいた世界では金持ち以外は買えないとはいえ、確かメイドロボなるものが販売されており、世界一というシェアを誇っていてジャパンバッシングの題材にもよく使われていた……よーな気がするけど。ンん~? 間違ったかな?

 それは兎も角としても、学園外で売られている雑誌とかに載っているものは、二本足走行程度の技術でひーひー言ってたのに、学園内を走り回っているロボットは明らかに人より速くて会話も出来ている。

 企業体なんかより学園内の方が遥かに上の技術で作られていて、間違いなく実用レベル。そのくせ技術的な機密は悲しいほどない。何だか理不尽過ぎてて泣けてくる話だ。

 

 「魔法の秘匿は守るのに、園外より確実に技術革新が起こっとるのは許されるんか?

  ちぐはぐにも程があると思うんやが……」

 

 『いや 例の結界によってここで見たものは不思議に思わず、また技術情報も漏れていないようだ』

 

 「何だそりゃ? ここの技術使ぅたら介護とか看護婦不足とかも解消されるんじゃねぇの?

  そっちの方がずっと人の為とかになる思うんやが……」

 

 『この世界では<看護士>と呼称するんだそうだぞ?

  それは兎も角、血が通っていないヒトガタに世話を焼かれるのはイヤなのではないのか?

  というか、妾もそんな愚言としかいえぬこじ付けでないと意味が解らぬのだが……』

 

 「そっかぁ~?

  ちーちゃん(茶々丸)ならそこらの看護婦が裸足で逃げるほど心が篭った世話やいてくれると思うんやけど……」

 

 『だから看護士と……もういい。あれだけ人間らしいのは茶々丸殿くらいのものだろう?』

 

 「でもダウングレードしたって、ここの技術使うとったら相当なもんと思うぞ?

  それにちーちゃんの姉さん、アメリアとかはそこらのウェイトレスさんよか甲斐甲斐しいぞ?」

 

 『知らぬわ。技術を落とせん理由でもあるのだろうよ。

  大体、アメリアのアレは相手がお前らだからだ。

  それにあいつらは別の意味で人間臭うて引くわっ』

 

 等と世界の認識のズレについて会話をしつつ、ぽてぽてと今日の仕事場へと向かう一人と一匹(+一体?)。

 仕事具セットを担いだ赤いバンダナの青ツナギ姿の男は、先に貸し出されていたIDをガードに提示してその学園外と技術差がありすぎるSFチックな門を潜るのだった。

 

 

 

 

 

 

 そんな青年の行動(奇行?)を、監視カメラで少女は見つめ続けていた。

 彼女の共犯者(、、、)は何時ならばもっと余裕があり、或いはどこか状況を楽しんでいたりもしたのであるが、もし仮に“あの地”が関わっているのなら話は別と、めったに見せないほどの真剣な光を見せている。

 別の彼の名が売れている訳ではないし、“本国”のAクラスのように特に優れた点も見えない。そしてデータ的にも他の魔法教師らをはるかに下回っているにも関わらず、だ。

 

 即席とはいえこんな舞台をでっち上げた事にしても、気にし過ぎだと思いはしたのであるが念の為だと言われ仕方ないと受けただけ。

 まぁ、する事は単純で良く言えば値踏み。悪く言うなら威力偵察である。

 データ収集は嫌いではないし、彼が障害になり得るかどうかの事前調査も必要なわけであるから意味はあるだろう。

 

 それでも取り掛かりが予定より遅かった為にやる事は多く、こんな事に時間を割くのもなぁと、須らくを論理的に考えている彼女からしてみれば時間の無駄と思ってしまうのは仕方のない話なのであるが。

 と、面倒くさそうにモニターから顔を離そうとした瞬間、

 

 「……っっ!?」

 

 弛んでいた少女の表情が強張った。

 

 

 モニターに映っている彼が、

 

 自分らが絶対的な自信を持っている光学迷彩システムを掛けた小型スパイロボを配置し、尚且つ鏡面反射という安っぽいがバレ難いトリックを、相方の念の為という言葉にまさかと半信半疑ながらも配して様子を窺っていたというのに、

 

 視線を感じていたのなら、画面の中の目はこちらを……鏡の方を向いているはずなのに――

 

 

 

 

 

 

 彼は、観察の視線が来る方向ではなく、

 

 

 

 

 

 ――そのスパイロボットが身を隠している場所だけをじっと見つめていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

-————————————————————————————————————————

 

 

 

            ■二十四時間目:うおっちめん (中)

 

 

 

————————————————————————————————————————

 

 

 

 「いやぁ、すみませんねー

  どーにもこーにも手が足りなくて」

 

 のこのこ大学部の工学研究室にやって来た横島を出迎えたのは、ゴーグルにショルダーアーマー(にしか見えない、多目的マニュピレーター)+白衣という、何が何だか解らない格好をした葉加瀬だった。

 一瞬、引いてしまいかける彼であったが、吸血鬼宜しく漆黒のマントを纏った背の高い不老不死のボケ老人に比べれば、彼女程度なぞ如何なるものか。

 それに幾らマッドでも葉加瀬は美少女の端くれなのだから、まだまだ眼に福である。ボリュームの点は……まぁ、未来に期待なのだけど。

 

 「うん、まぁ、それはいいんだけどさぁ……」

 

 「? どうかしましたか?」

 

 いや言いたい事は色々ある。

 何だか知らないが人が乗ってるカニみたいなロボットが作業してたり、マンガの中でしか見られない多脚ロボが一人(一体)でカシャカシャ歩いてたり、下半身のフレームが剥き出しの恐竜ロボが見えてたり、あれあれ? ここって未来世界だったかな? と言いたくなるターミネーターにしか見えないロボがいたり、ナニこのターミ○ーターのお手てにしかみえないの…的な腕が転がってたりするが、それはまぁ(あんま直視したくない現実だが)良いとして……

 

 「色々とツッコミ入れたい事はあるけどさ」

 

 「はい?」

 

 

 「ナニこの廃墟。

  爆弾テロでもあったんか?」

 

 遠目からは良く解らなかったが、そのビルの中は惨憺たる有様だった。

 

 壁には穴が空き、天井の一部は噴き剥がれ、窓も枠を残して砕け散っている。

 かのこも興味深げに鼻を鳴らしているようだが、壁には焼け焦げた細い溝とか、ピンポイントの陥没痕も目立ち、

 さっき言ったようにあちこちに何か機械っぽい腕とか頭部とか転がっていて、何かしらのテロ行為が行われたとしか思えない騒乱後のシュールさに拍車が掛かっていた。ぶっちゃけ、未来から状況を好転させる為にアンドロイドが送られてきて破壊活動を行ったと言われても納得しちゃうくらい。

 近未来のデトロイトか? ここ。等と横島がタワケた事を口に出してしまうのも当然だろう。

 

 いやぁ~ ははは……と誤魔化そうにも、よくよく考えてみると自分たち工学研究部の人間から言えば何時もの光景であるが、外部の者から見れば惨憺たる有様である。

 常識というものをすこーんと忘れてしまっている葉加瀬であったが、やっとこさその事に思い至り頭を掻いて笑って誤魔化した。勿論、誤魔化し切れる訳もないのであるが。

 それでもまぁ、隠すほどの事でもないか(注:あくまでも葉加瀬の主観)と思い、怪訝そうな顔をしている横島に、昨日ウッカリ暴走してしまった事を解説すると、

 

 「ナニしとん?

  プライベートって言葉知っとる?」

 

 ナニしでかすか解ったモンじゃない例の様な男に、呆れられた挙句に正論をぶつけられてしまう破目になった。

 

 簡単に言えば、葉加瀬らが生み出した茶々丸の様子がおかしい事に気付き、バグか何かと思って調べてみたらまさかの恋バナ。

 ロボットが恋ですとーっ!!?? とコーフンしてファイルを暴きまくった挙句、ついにその相手の画像ファイルを発見し、開発者権限でハイケーンとばかりに本人に承諾なしにそれを勝手に開いた為、茶々丸が暴走して暴れまくったというのである。

 茶々丸の整備に不安を感じて付き添っていたネギが強制停止スイッチを押してその場を何とか治めたものの、時既に遅しで研究部棟はメタメタになってしまったらしい。

 

 「……なんつーか……研究者とか錬金術師って暴走せなあかん職種なんか?」

 

 「いやぁ、マッドの性と申しましょうか」

 

 「ちょっとは省みようと思わん?」

 

 「後悔先に立たずですっ」

 

 「いや諺の使いどこ違うし、そんな事で(薄い)胸張られても……」

 

 何気にヒデェ事をツッコミつつ、葉加瀬の後をぽてぽて着いて行く横島。

 

 菓子の缶みたいな丸くて薄っぺらい掃除ロボやら、割れたガラスを取り替えている虫みたいなロボットの邪魔をしないように歩く彼女をこれまた器用に追う。逆にかのこは好奇心が刺激されているのか後を追って足止めされていたりする。

 無論。彼が呼んだらすぐ飛んで来るのだけど。

 

 何だか奥へ行けば行くほど被害が大きくなってきているよーな気がしないでもないが、大人しく続いて行くとそこはこの研究部棟に設けられた葉加瀬の私室。

 ここが祭り会じょ……もとい、彼女の部屋だろうか?

 予想通りと言うか、なんの捻りもなくそのまんまと言うか、マッドの城を思わせる、ごちゃっとしてメカメカしい何だか悪の組織の秘密研究室のような部屋だった。

 これで壁とかに翼を広げた鷲とか鷹のタペストリーがあれば完璧だっただろうに。いや、あったらあったで激しく嫌なのだけど。

 

 兎も角、どうやらココが今回の仕事場らしいので、横島は疑問に思った事を口にした。

 

 「えっと……んで、オレはナニをどう手伝えばいいんだ?」

 

 今回、横島が雇われたのはこの工学部の奥。葉加瀬の個人研究室の掃除&片付けのヘルプとしてであった。

 

 何でも件の暴走によって施設の重要部や学園祭での展示品等にも大きい被害が出てしまった為、工学部全員が出払ってしまって手が足りなくなってしまっているらしい。

 葉加瀬と超は確かにロボ研に席を置いてはいるが別に料理研の屋台なんかもやっているし、研究部破壊事件の当事者である(無論、原因は葉加瀬であるが)茶々丸は何せ大人数の客には欠かせない人材である。よって決定的に手が足りない状態になってしまっているのだ。

 まぁ、それ以前に超が疲労(主に心労)してたりするのも一因であるのだが。

 

 「ですので古菲さんと中々性交してくれず、

  超さんにストレスを掛けてくださった責任を取っていただこうと……」

 

 「マテや」

 

 ナニやら聞き捨てならない事をおもっくそぶちまけられ、流石のフェミニスト横っちも額に井桁マークを浮かべるのだが、葉加瀬はあははーと笑って気にもしない。

 

 彼が怒鳴ったりしないのは、ココでムキになった方が意識しているようなので耐えているだけ。

 間違っても大人になったなぁ……等と思ってはいけない。

 だからその苛立ちも心の棚の上に押し隠し、ぶちぶち不貞腐れつつ彼女に作業内容を聞くのだった。

 

 先に述べられた理由によって手が足りなくなっている彼女の研究室であるが、無論の事それだけが理由ではない。

 確かに力技や人海戦術なら足りない手はどうにでもなる。ぶっちゃければ土木研等にバイトを雇ったって良いのだから。

 

 ただ、モノがロボット工学研究なので細かい作業も混ざっている上、コッソリと魔法研究に関するものまで混ざっているらしい。

 となると必然的に裏に関わっている者であり、それらの危険さを感じ取れ、尚且つ手先の器用な人間である必要がある。

 だから彼が選ばれるのも仕方のない話であろう。

 

 「超さんと茶々丸はお店に出てもらわないといけませんし、

  幾ら麻帆良の大学部でも魔法関係者はそんなに多くいません。

  いえ、いる事はいるんですけど、工学部関係者は余りにも少ないもので……」

 

 「ま それじゃあ、しょーがねぇか。で、ナニをどうすりゃいいんだ?」

 

 「いえ、する事は簡単なんですよ。

  私が指示を出しますんでその通りに物を動かしていただくだけです」

 

 「だったらさっきの作業ロボとか使ったら良いんでね?」

 

 「ですから精密作業用の機体が足りないんですってば」

 

 「だったら新しくロボット作るとか」

 

 「開発部どころか片付けの手も足りないのにですかー? 本末転倒ですよ」

 

 「ですよねー……」

 

 尤もモノが厄介そうなメカ等にあんまり触りたくない横島だからそれはそれで良いのだけど。

 何せロボやらカラクリやらややこしい物に触れて碌な目に遭った事がない為、警戒色が強かったりする。

 まぁ、あんな想い悶える中国武人像みたいな事は二度ないだろう。つーか御免だし。

 

 「え~と……無造作に脆そうな水晶塊が転がってたりするんだけど……」

 

 入って一歩目からイキナリだ。

 足元でキラキラとしか結晶体。見た目は水晶っポイのだが、何だか意味ありげなものを感じてしまう。

 あくまでも勘であったが、横島のそれは普通人を凌駕しているのだし、何より小鹿がやたら気にしているのだから。

 

 「ああ、よく気がつきましたね。実はコレが一番気をつけていただきたいモノなんですよ」

 

 「いいっ!? やっぱし!?」

 

 「これらは魔法技術から生まれた新構想の記憶素子なんです。

  既に基本データは入力してますので、まぁ言ってしまえば茶々丸の妹みたいなものですかねー

  ただ、基本モーション等を焼き付けた程度なのでまだ硬化させてないんですよ。

  ですから構造的にまだ脆いので気をつけてくださいね」

 

 「うわっ 要はちーちゃんの妹か。そりゃ、責任重大だな」

 

 ンなセリフを聞いたら気を引き締めざるをえまい。

 横島は、腕を捲り上げつつ気合を入れ、葉加瀬に渡された専用の保護ケースに丁寧に水晶の結晶体に似た記憶素子をはめ込んでゆく。

 

 そんな彼の様子に苦笑しつつ、彼女は何やらキーを叩いて何かの端末を弄りだした。

 

 不幸中の幸いと言うか、横島は細かい作業に関してプロ級でありド器用である。

 とんでもない速度でホイホイとケースに記憶素子をはめ込んで彼女に手渡してくる。

 そして小さい結晶とかも かのこが注意を促してくれるので踏む事もない。打って付けの人材もあったものだ。

 

 だけど作業が早ければ早いで、今度はそれぞれをチェックし、小さな傷が付いていないかどうかを確認を急がねばならない。

 そうなると葉加瀬は手を止めざるを得なくなる。何というか便利すぎて不便といったところだろうか。

 

 それでも得難い作業員には代わりない。

 チェックしたものが無事であればすぐさま真空の無菌室に持って行けるし、僅かでも傷があれば残念ながらダストシュート行きなので手早いに越した事はないのだ。

 

 尤も、彼女が想定していたより傷物は少なく、再利用できるものばかりだった。

 本来の目的(、、、、、)に叶うほど傷ついていないものはないのだが、想像していたよりはずっと被害が少ないのでちょっとは機嫌も良くなるというもの。

 それは硬いリノリウムの床に直接転がっていたり、壁にぶち当たってから廊下に落ちた物ですら……

 

 

 「……ん?」

 

 

 と、そこまで作業を続けていた彼女であったが、今になってハッと思い立った。

 確かに小鹿が咥える(、、、、、、)という馬鹿な事はさせていないものの、横島はひょいひょい無造作に拾っているのだ。

 精密作業ゆえ指先の感覚を阻害する軍手を付けていない素手の作業だというのに、水晶体には指紋の“し”の字も着いていない。

 

 如何なる豪胆な人間でも、精密作業を行えば緊張し確実に指先の熱が上がり、素手であればどうやっても指紋が残ってしまう。

 何せ精密機器。僅かな埃や指紋すら致命的なものになりかねないデリケートな結晶体だというのにだ。

 考えてみれば、葉加瀬は作業に入るまでの横島の流れがあまりに自然だった為に、精密作業用のマニュピレーターやマジックハンド等を渡す事をうっかり失念していたのである。とすると彼は一体どうやって……

 

 そう首を捻って丁寧に拾っている横島に眼を向けると――

 

 「え……?」

 

 やはり横島は細かい作業専用のマジックハンド等を使っておらず、そのまま素手で拾っている。

 いや、素手は素手なのであるが、2,3cmの水晶体を<指で挟む>のではなく、掌で掴むようにして拾い上げているのだ。

 そして更に気を付けて見れば、拾っている水晶は掌の中で浮いていた。

 

 だが、それだけなら――

 

 それだけならそれほど気にしなかったかもしれない。

 魔法使い連中なら、程度こそあるだろうがそれくらいの事はできない事もないのだから。

 だが、タイミング良くと言うか、間の悪い事に言うか、葉加瀬がその技量に意識を向けていた正にその瞬間、彼は“それ”を起こしてしまった。

 

 彼女の言葉を深く受け止めてしまった横島は、慎重且つ丁寧にそれらを拾い続けていたのであるが、壁に叩きつけられた一つを拾い上げた時にその表情がやや曇りを見せた。

 

 クリスタルに何かを見て取ったのだろうか、電灯の光に翳して何かを確認した後、それを握り込むと手の中で何かが一瞬ピカっと光を放ったのだ。

 

 僅か一瞬の間ではあったのだが、直後に広げられた掌に乗っていたクリスタルはパッと目にも透明度が上がっており、それを電灯の光に翳して何かを確認すると、彼は何事もなかったようにそのクリスタルをケースにはめ込んだ。

 

 職人の流れ作業が如く、余りに自然で黙々とした所作の一環しか見えず反応し切れなかった葉加瀬であったが、流石に直にハッと正気に返ってゴーグルと端末をケーブルで繋ぎ、今まで同じものを見ていたであろうカメラの画像データを急いでチェックした。

 元々こんな事態を想定していた訳ではないものの、解析システムだけはとっくに組んでいたので数秒と待たずデータはグラフに変換され、その奇怪な現象が数値的に弾き出されてゆく。

 

 「これは……」

 

 葉加瀬は元々リアリストなので、オカルト的なものには賛同できない人間である。

 

 だから技術的なもので歩み寄れるものでなければ受け入れられなかったのだが、超に出会い、魔法という裏の世界を知り、ここで多くの人間と共に認識阻害に掛かっている事を体感し、魔法というのが科学で裏付けられた技術で歩み寄れる事を知ってから少しはマシになっていた。

 まだ氣に関しては歩み寄りを見せていない彼女であったが、魔法に関しては既に研究レベルに入っている。

 

 だから当然、魔力はもとより……まだ受け入れてはいないものの……氣というエネルギーもデータとして持っているのだ。

 

 しかし――

 

 「き、九割以上がキリルアン反応?! それも掌にのみ高度集束してる?!

  それに一般人の十倍以上の数値って……」

 

 氣でも魔法でもなく、万物が存在を訴えるオーラ。

 “表”の情報としてのオーラは、微弱な電気エネルギー、電磁場、光のエネルギー等であるとされている。つまりはその存在を信じられていないのだ。

 

 だが、それの実在を知る“裏”ともなると、扱いはまた変わってくる。

 

 とはいっても、それが実在すると確認されているのはずっと以前であるし、自力でどうこうできる物ではない事も理解されているので、ここ麻帆良でも魔法に対する科学の視点からの研究も進んではいるのだが、このオーラに対するものはほとんど手付かずの状態。使っても警戒時のセンサーくらいなものだった。

 それでも超や葉加瀬といったバケ学者はそれを利用した式神やらの強度を測定したり、術者の強さ等を割り出すのに利用してたりするのであるが……流石にそのオーラ計測数値であるキルリアン値が人間の波長そのままに、グラフの中でその限界数値を大きく飛び越えて見せてたりすれば絶句の一つもしてしまうだろう。

 

 おまけに掌が光った瞬間の数値は計測不能――いやこのゴーグルでの計測値は人間準拠なのでそれ以上というだけの話であるが、そうなると“向こう”の存在である式達がこの現世に実体化する時と同じかそれ以上のレベルとなってしまう。

 

 物凄く乱暴且つ大雑把に言うと、無から有を出現させるレベルなのだ。

 

 それは人が出せる数値ではない。いや、仮に出せたとしてもそれは何らかのアーティファクトを使用して、という前提が必要である。

 いや、仮に出せたとしても、その莫大なエネルギーを何をどうやって制御し、何に使っているというのか?

 そこまで大きければ絶対に呪式なり装置なり、或いはそれなり以上のアーティファクトを使用していない限り制御は不可能であり、維持なんて持っての他だ。

 

 では彼は一体何を――

 

 

 

 

 

 

 「……どーもおかしいと思たら、調査が目的だったんか?」

 

 「ひゃっ!?」

 

 思考の海に沈みこんでいた葉加瀬は、いきなり掛けられた声に驚いて飛び上がってしまう。

 彼女は研究者の性か、一度思考のループに入ると外界から意識が切り離されて自力での復帰が難しくなるのだ。

 その間に彼女の様子の異変に気付いた横島が不審に思って近寄り、口から駄々漏れになっていたのだろう彼女の思考を聞いてしまったようである。

 

 「あ、あの……えっと、そのですね……」

 

 わたわたと慌てる葉加瀬。

 ウソを吐く事がそんなに上手くない彼女だからこそ、こういった不意打ちに弱い。

 この彼をココに招き入れるシチュエーションにしても、皆の労力の分散やら、ロボット達の配置まで超が手配したものだし、何より彼に雇った理由を問われた時に顔を向けていない。これは勘の良い人間相手には彼女の嘘が通用しない事を知っているが為の策だったのだが……あっさりバレてしまって二の策が思い浮かばないでいた。

 

 「(どーしたものか……)」

 

 しかし、横島としてはそんなに慌てる理由が解らなかったりする。

 話として葉加瀬が裏に関わっている事を聞いていたし、マッドを自称するものだったら氣でも魔力でもない霊力という一番解り辛い物に興味を持つ事は不思議ではない。

 彼が気にしているのは、何でこんな面倒くさい方法を取ったのか? という事である。

 

 『(後ろ暗い事でも企んでいるのではないのか?)』

 

 「(にしても誤魔化しが下手過ぎんか? 咄嗟の事にテンパリ過ぎとるし)」

 

 『(ふむ、確かに……)』

 

 どーしたモノかと首を捻る横島。

 いや、ここに呼ばれた時から変だなぁとは思っていた。

 用務員ズのおばちゃんから、ここでは研究部の爆発事故等は日常的に起こっていると聞いていたし、何よりこの時期ならどんな騒動だって起きてもおかしくない。

 

 そしてその工学部らの上には超が君臨している。

 普段を良く知っている彼女ならば『そんな事もあろうかと』なんてほざきつつ、コッソリ作って隠していた修理ロボ集団を呼び出してもおかしくない。いや、こんな時期だからこそ最低でもそのくらいの備えは行っている筈だ。

 大首領として横島の上に踏ん反り返っているエヴァですら、アイツには用心しろと言っているのだから相当なものだろう。横島にしても心眼とは普通に会話をしていないくらいだし。

 

 だが、葉加瀬は手が足りないという。

 

 人の手もロボも足りないという。

 

 学園祭に向けた準備に追われて足りないという。

 

 その辺りから何だか不信感を持ってしまっていたし、何よりこの大学部に入ってから巧妙に隠された視線を感じ続けていたのも大きい。

 最初は防犯カメラの類かと思っていたのであるが、心眼に頼んで視線を追ってもらえばその視線の全てが自分だけに集中していたと言う。

 大昔の自分なら兎も角、ベルゼブルの分身体と戦いを経ている今の横島は如何なる小さな動きや潜伏にも注意を払えるようになっているのだ。無論、直に対応もできるようにしていたりするし。

 掌に浮かべている(、、、、、、)クリスタル片を玩びつつ、どう言ってやろうかと悩み続ける横島。

 本当ならピンセットなりで摘み上げるところだろうが、葉加瀬の話を聞いて“茶々丸の妹”というイメージが強く心に働きかけ、彼は気にもせずその能力であるHoG……Hand's of Glolyを使用していたのである。

 これならば直接手で触れていないので指紋も付かないし、握力ならぬ指圧でクリスタルが傷付く事もない。

 

 が、その中の一つに致命的な傷があった。

 先にも述べたが、葉加瀬からしてみれば丁寧に扱ってもらう為に何気なく言ったつもりであろう、『茶々丸の妹みたいなもの』という言葉が彼女の想像以上に横島の心に残っていたのである。

 

 ――この“儚い欠片”に何かがあれば、その命が失われてしまうかもしれない――

 

 確かに、その瞬間を見られてしまった事は拙いだろう。

 エヴァにも口すっぱく言われている事であるし、何よりその力は異質すぎるのだから。

 

 だが、横島に後悔は無い。

 

 運が悪いとかタイミングが悪かっただろうが、そう言われて何もせずに放っておく事等できる筈もないのだから。

 だから心眼も。

 

 『(まぁ、見られたのはキサマのタワケさ故だがな)』

 

 「(うおぉっ!? オレかっ!? オレだけが悪いんかっ!!??)」

 

 『(そうは言っていない。キサマのドジさと抜け作具合とスカタンさ加減を感心しているだけだ)』

 

 「(結局、オレが悪いっちゅーとるやんけーっ!!!)」

 

 おがーんっっ!!! と声を出さずに泣く横島を“その事”で責めるつもりはない。

 心眼も理解しているのだ。

 あの説明を受けた後で、あのシチュエーションで、あのまま彼が力を隠して見逃しておける等とは、欠片も思っていないのだから……

 

 

 それに――

 

 

 

 「聡美ちゃん」

 

 「ひゃっ、ひゃいっ!?」

 

 声を掛けてみれば、葉加瀬はまだテンパッたまま。

 これ以上、色々深読みされるのも拙い。

 

 「この子はどこに入れたらいいんだ?」

 

 ブツブツ言い訳を考えていたようであるが、その独り言が進むにつれて横島の力を考察するものが出始め、思考の渦は探究心の飲まれていた。

 

 -理詰めの人間は己が納得しない限りそれを諦めたりしない-

 

 横島の中にある“無意識の記憶”もそれを、その危険性を訴えていた。

 となると、双方を丸く治める方法は一つだ。

 

 「は、はい?」

 

 横島が差し出したクリスタル片に葉加瀬は意識を向けさせられた。

 その僅かな隙に、

 

 

     パ ァ ッ

 

 

 横島の左手が輝きを見せ――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……と美ちゃ……

  さ…美ちゃんっ」

 

 「……ふえ?」

 

 「聡美ちゃんてば」

 

 「は、はい?」

 

 その近くで聞こえた声に葉加瀬がハッとして見回すと、そこには作業着姿の横島。

 精密作業用のマジックハンドの先にクリスタル片を摘んだまま、こちらに声を掛けているではないか。

 

 「あれ? 横島……さん?」

 

 「横島さん、やないわいっ この子はどこに置いたらええんやっちゅーに」

 

 「……へ?」

 

 ……ああ、そう言えばと葉加瀬は呆けていた頭を振って何をやっていたのかを思い出した。

 自分は超の言いつけ通り、横島の能力を測ろうとその真意を隠したまま作業を頼んだのだ。

 だけど考えてみればそんな作業で力を見る事などできる筈もなく、作業は淡々と進んでしまい、脱力していたんだった。

 

 「あ、ハイ。

  こちらのケース……あ、あれ? 無い?」

 

 「いや、無いも何ももうこの子で最後じゃん。

  ホントに大丈夫か? 学園祭の準備で無理してるんじゃねぇのか?」

 

 「は、はぁ……そうなの……かな?」

 

 何とも釈然としないが、最近の超と真名の事で気苦労もあったのでそうなのかもと納得できてしまったり。

 兎も角、その大事そうに持っているクリスタルをクッション付きのパットに入れてもらい、精密部品なので消毒すべく他のパーツと共に別室に持って行く。

 尤も見た目は無傷でも結晶そのものに致命的な欠損が出来ているかもしれないのでチェックは必要なのであるが。

 

 「……おかしいなぁ……」

 

 ゴーグルのデータを調べても何も残ってないし、削除した形跡もない。

 彼が自分や超が施してあるセキュリティに介入できる訳ないしと首を傾げつつ、葉加瀬はわざと瓦礫を完全に撤去していなかった廊下を歩いていった。

 自分が無意識に浮かべた何も残っていない(、、、、、、、、)という奇妙なフレーズに気付く事もなく……

 

 

 

 

 

 

 『エヴァンジェリン風に言えば、「ようやく気付きおった馬鹿め」と言ったところかな?』

 

 「お気楽に言うとる場合とちゃうんやけどなぁ……」

 

 何だかんだで二時間ほどで全ての片付けは終わり、ドコとなく落胆した態の葉加瀬が見送りを背に、横島は大学部を後にしていた。

 気付かれた事にはちょっと焦りはしたが、葉加瀬一人にしか見られていないという大義名分の下、非常事態なのでと珠を使用して色々消したのである。

 

 ――そう、まだ引っ込みがつく内に記憶や記録を消去してしまえば良いのである。

 

 部屋に隠してあった記録装置は心眼と共に片っ端から見つけ出し、葉加瀬のゴーグルのデータと纏めて一緒に『消』しておいた。

 何せ横島本人すら把握しきれていないほど、珠の力は無闇矢鱈と都合よく効果を出してくれるのだ。

 だから『記録め消えてなくなれーっ!!』という想いで発動させれば、削除云々のように痕跡を残したりせず、きれいサッパリ消してくれるのである。

 

 元いた世界の雇い主のように、例え記録を消しても勘とか理不尽な理由でぶん殴って来るのなら兎も角、見ていて哀れなくらい理詰めで思考する葉加瀬なら証拠とかが残っていなければ何もすまい。

 

 しかし、これで解決かと言えばそうはいかない。

 

 「問題は……」

 

 『ああ 超 鈴音、だな……』

 

 何せ葉加瀬のバックには彼女がいる。

 <超包子>でもよく話しているし、ナナのお手伝いの一件でもよく相談しているので大体把握しているのだが、エヴァを除けば彼女は“別格”だ。

 

 「不幸中の幸いっちゅーか、科学者の側面が強くて助かったっちゅーか」

 

 『理論が実証されていなければ本格的には動かん。それだけが救いだな』

 

 「でなきゃ、とっくにバレとるわい。

  何やろ? あの娘と話しとったら美神さん……いんにゃ、隊長を相手にしとる気になるだよなー」

 

 『隊長?』

 

 「美神さんの母親だよ」

 

 心眼はGS試験までの記憶しかないので、散々話を聞いてはいるが細かいところまでは聞いていないので解らない事も多い。

 よってアシュタロスとの騒動での美智恵の立場までは聞いていたが、彼がどう呼んでいたかまでは聞いていなかったようだ。

 

 「ド汚さと腹黒さでメドーサに勝る美神さんやけど、

  策とか舞台裏の動きとか相手の思考の見切りとかは隊長の方がずっと上。

  美神さんが唯一頭の上がらん人やったしなぁ……」

 

 『……美神殿の頭が上がらない……だと?』

 

 心眼は、冗談や比喩抜きに絶句した。

 

 今この場にメドーサがゴスロリ姿で出現して横島に求愛したとしてもこれだけ驚きはすまい。それだけショックだったのだ。

 何気にヒドイ心眼である。まぁ、解らぬでもないが。

 

 「……お前、今ここに美神さんがおったら引き破られとるぞ?」

 

 『勘弁してくれ。あまりにも想像し易い』

 

 身体があれば肩を竦ませている様な声音の心眼に苦笑しつつ、横島は超の事を思い浮かべていた。 

 営業スマイルもあるだろうが、ニコニコとしていて可愛らしいのだけど掴み所がない少女で、麻帆良が誇る大天才。

 五月には劣るとはいえ同じくお料理研究会で一級レベルの料理能力を持ち、古とがライバルと見ているほど同じく中国武術研究会で高い格闘能力を見せ、葉加瀬と同じくロボット工学研究会で数多くのシステムを生み出し、東洋医術研究会、生物工学研究会、量子学研究会と様々な所に席を置き、その全てで名を残している大天才……いや、これは“超”天才と称するべきだろう。

 その上特許まで取っている発明品もあるそうなので、どこまでチートなんだと言いたい。尤も、やはり麻帆良以外では殆ど知られていないのだが。

 

 だが、その事実より何より、何故かは知らないが横島の勘が彼女に対しての用心を手放せずにいる。

 

 「隊長より厄介なのはその馬鹿げた技術と知識。隊長よりマシなのは地位がない事。

  せやけど何を考えとるのか解らんトコは隊長より上や」

 

 『そんなにか?』

 

 ああ、と首を動かさずに肯定する。

 

 何せ件の少女はネギ以外の魔法教師に近寄ろうとしない。

 単なる一般人の教師となら会話も交わすし、キチンと受け答えをするのであるが、魔法関係者とは店での接客としての接し方以外は行っていない。自分からは近寄ろうともしないのだ。不思議と魔法教師達も自分からは近寄ろうとしていないし。

 その超が、間に葉加瀬や茶々丸を挟んではいるのだが、自分に対してピンポイントで調査かまそうとしていた。

 だったら横島の持つ能力に対しての関心だと見て間違いなかろう。

 

 「何やろ……

  非常に面倒くさい事になるよーな気が……」

 

 『気がするも何も、眼を付けられているではないか』

 

 「……現実逃避くらいさせてくれい」

 

 妙に重く感じ始めた掃除用具を持ち直す。

 あんまり使わなかったので、水を吸っていないからそんなに重くはないはずなのだが、悲しい事にやたらと重く感じてしまう。妙に乾いた音を立てて かのこをきゃあと驚かせたりする。

 

 元々横島がいた世界は、オカルト情報が殆どフルオープンだった為、こんな余計な気遣いは必要なかった。

 ちょっこっとGS協会で調べるだけでクラス別の能力まで解ったし、危険極まりないオカルト道具すら看板立てて売られていたほどだ。

 無論、ある一定のレベル以上のオカルト道具ともなれば許可が要るし、とてつもない金額になるので簡単には手に入れられないのであるが。

 それでも情報を隠す必要はなかったし、学校によってはオカルト関係の授業まであったのだ。そんなところから来たのであるから、気を使うのも大変なのだ。

 

 『そんな調子で大丈夫なのか?

  この街は学園祭の当日ともなると一般人で満ちるのだろう?』

 

 「ま、何とかならーな」

 

 と言うより、そう思わんとやってられんというのが本当のトコだろう。

 

 横島はふと立ち止まり、その大きさゆえあんまり遠くに見えない世界樹に目を向ける。

 普通人の目には見えまいが、その根元から“力”が湧き上がっていっているのが二人の目には見えていた。

 それに合わせて かのこも立ち止まって同じものを見つめる。

 

 『凄いな……』

 

 「ああ。

  あんだけの力が無指向に働かれたらそりゃ困るだろうなぁ……」

 

 彼らにはその流れ(、、、、)が見えていた。

 横島と心眼の眼、そして天然自然の精霊の目だからこそ解る不自然なそれを。

 

 確かに自分のような霊能力者がウッカリ関わってしまえば、どんなオカルト事件になるか解ったものではないだろう。

 何せ自分は凶悪過ぎる記憶持ちなのだ。最悪、魔族をウッカリ発生させてしまいかねない。

 成る程、確かに高畑が近寄ってほしくないと懸念する筈だ。横島はそのじわじわと沸いて来ている力を見てそう納得する。

 

 『(そうか、な? 何だか妙な指向が見えるような気が……)』

 

 等と心眼は首を傾げたのだが、まぁ、魔法使い達がそう言ってるのだからとその見立てを振り払い、アホの子丸出しに突っ立っている横島を促した。

 

 『まぁ、それは置いといてだ。今日はもういいのだろう?

  そろそろ行かんとエヴァンジェリン殿が怖いぞ』

 

 「う゛っ そーだな」

 

 今日も今日とて鍛練だ。

 横島用に組まれた拷問だか死罪なのだか判断に苦しむ鍛練の果て、ついに彼は目処が立ってしまったのである。

 そのお陰でエヴァは歓喜に満ちた顔で彼を地獄に叩き堕し続けているのだ。

 

 彼の生態をもってしても、普通で半死半生という豪烈な鍛練。

 よく続くものだ、よく続けられたものだと感嘆する反面、それを続けていられたほどの痛みがまだ残っているだろう事が心眼や少女達に影を残している。

 

 心眼の声が沈まずに彼を勧めているのは、成功に至ったからだ。

 要は、出来る様になったという事である。

 

 「まぁ、二分ともたんけどな……」

 

 『贅沢言うな。というか普通はあんな事は出来んぞ?

  軽々と人間の壁を飛び越えよって』

 

 「……その代わり死ぬ思いしたがな」

 

 それでもまぁ、そんな戯言の交し合いでもかなり気が楽にはなった。

 横島は手足の筋を伸ばし、エヴァの家へと急ぐ。

 明日からは楓らのクラスの手伝いもあって、気合を入れざるをえないのだ。未来の美女美少女の頼みであるのだし。

 

 『今も十分美少女だと思うのだが?』

 

 「じょしちゅーがくせーじゃっつーにっっ!!」

 

 そう言いつつも、楓達の事を考えていると頬が弛む彼がいる。

 いや、色々と拙い事に違いはないのだが、普段のオポンチさを忘れるほど物凄く真面目に取り組む様子や、新たにできた友人さよを快く受け入れる様は、何だかんだロリ否定している彼ですら好ましくてたまらない。

 

 ぶっちゃければ、いと……』

 

 

 「いやいや!! 違うからっっ!!」

 

 『地の文にツッコミを入れるとはヨコシマのくせに生意気だぞ』

 

 「どこのジャイアニズム!?

  つーか愛しいっナニ!? どさくさに紛れてみょーな性癖捏造すんなーっ!!」

 

 『おや? 妾が何時“愛しい”と言うたか?』

 

 「………」

 

 棒でも一気飲みしたかのような表情で黙り込んだ横島に対して笑いを堪えつつ、心眼は今日の事を思う。

 

 彼には黙っていたのだが、さよの一件の後、明らかに横島に対して監視の目が着いていた。

 

 それは微に入り細に入りというほどではない物の、彼が何かしら力を使おうとするとその数が増し、観測用のレーザーなのだろう様々な波長の不可視の光が彼を刺している。

 もちろん横島といえどその辺で無闇に力を使うほどスカポンタンではないし、何よりエヴァに脅されているので さよの一件のような事態が起きない限り“珠”は絶対に使用しない。それでも霊気の集束能力は初期から人外レベルである彼は、些細な事でうっかり使用しかねないのだ。

 尤も、心眼は元々横島をサポートする為に生みだされた存在であるからそれは別に構わない事であるし、何よりそれこそが自分の仕事だと自負もできるしやり甲斐もあるのだから。

 

 『肩を並べて一緒に動ける、という事が楽しいと思わせる男だと自覚はないだろうがな……』

 

 心眼はそう呟き、クククと小さく笑った。

 無論、横島は『笑われた!?』とまた泣き出すのだが気にしない。以前よりかはかなり鈍感ではなくなってはいるが、自己評価がおもっきり低い事に慣れているからだ。

 

 

 だからこそ――

 

 『ホレ、とっとと行くぞ。

  それともエヴァンジェリン殿の拷問という名のオシオキがお望みか?』

 

 「う゛……いやそれはご勘弁。つーか、その例えナニ?! 普通、逆じゃね?!」

 

 『どちらにせよ拷問だろう?』

 

 「ですよねー……」

 

 とりあえず立ち上がらせて道を急がせる。

 あのまま言い合いを続けていたい気もするが、見た目が独り言なので周囲の目が痛かったのだ。

 別にこの男の本質を知らない者がどう思おうと知った事ではないのだが、それでも必要以上に低く見られることは不快である。

 何せ、どうこう言っても彼は自慢の相棒なのだから。

 

 『急がんと皆も待っているぞ?

  今日からは小太郎殿も鍛練にくわえるのだろう?』

 

 「おうっ そうだった!!

  行くぞ心眼!! キティちゃんの城でナナとさよちゃんが待っている!!

  るかるかの次はらぶあんどちょいすだっっ」

 

 『ヤレヤレ……ネギ殿らの鍛練がメインだろうが……』

 

 等と呆れた言葉を零しつつも、心眼も苦笑するだけ。

 何だかんだで放って置いても未だ歪みを持ち続けているネギの面倒を見る事に間違いは無いだろうから、クドく言うつもりがないのだ。

 現に、小太郎が鍛練に加わるというセリフで急ぎ足になっているのだから。まぁ、『無意識に』であるのだろうけど。

 

 それに、可愛い妹と新しく出来た妹分とペアを組ませてのダンスもそうなのだ。

 ヒャッハーっ!! さよちゃんは もこたんが似合うぜーっ!! 等とオポンチ大開放を曝しまくっている横島であるが、実のところ趣味丸出しのアホ汁だだ漏れだけでやっている行為ではなかったりする。

 表向きは さよとナナと一緒に遊ばせるペアダンスのように行わせているのであるが、実はさよに上手く霊波を出させるようにする特訓でもあり、横島によって霊的な底上げが起こっているナナとシンクロさせて歌って踊る事により、さよの霊的な底上げを行っているのだ。

 

 ポルターガイストが起こせるほど力が強いのに、何故か彼女の霊波は微妙にズレていて周りに殆ど干渉できない。

 だから見えて感じられるナナを通す事により周囲と波長を合わせさせ、尚且つ彼女が放てる本来の愛嬌を周囲の人間に感知させられれば学園にかかっている認識疎外の力を借りる事により、さよに対する悪感情や恐怖心は霧散する。彼女という幽霊がいても『そんな事もあるだろう』程度に認識させられるのだから。

 

 生きて――いや、“存在”している間は楽しいと思える環境を与えてやりたい。

 

 そして逝きたくなったら時に改めて成仏させてあげたい。

 

 笑顔で逝けるならそれに越した事がないのだから。

 

 そんな想いから出た計画と行動だったのだ。

 

 『(こやつは解っておらぬだろうなぁ……それがどれだけ得難い心根であるのかを)』

 

 表立って言ったりはしないが、前の世界から心眼は横島と共に在ったことを悔んではいない。

 

 おバカ男であったがその心のあり方はかなり好ましく、どちらかというと誇りにすら思ったほどだ。

 

 紆余曲折の末に彼を庇って散り、奇跡としかいえない状況でこの異世界にて再会を果たし、自分が逝ってからの話と口には出していないが未だ燻り続けている彼の心の傷を感じるに至り、心眼は前より強く横島を支えたいと、守りたいと思っていた。

 

 周囲の少女ら同様。いや彼女達より強く彼を想えるのだから。

 

 だからこそ心眼は、遠ざかってゆく建物――大学の研究棟に意識を向け、

 

 『(もし、下らない興味や、愚にも突かない思惑でこやつに近寄るというのなら……

 

 

 

 

 

 

   妾達が……いや、妾が許すと思うな……)』

 

 

 

 ――灼熱の氷塊。殺気にも似た“怒気”を滾らせていた。

 

 




 しまったっ 葉加瀬に死亡フラグ!? と自分でやってて焦ってたり。
 何が懐かしいって、この辺りのルカルカでムチウチしてダンス止めたんだっけ。

 断っておきますが、心眼の滾りは単なる勘ですんで なーんの確証もありません。あしからずww
 ナナはベタ甘えする妹の位置を固定させてますが、さよはイイ子ちゃん妹的ポジションに落ち着くでしょう。
 Love!! は異性に向けるものだけではなく、肉親の情もあるのですからお兄ちゃん大好きーっ的成分でも良いのではと。


 ……因みに、使わない話ですのでここに書きますが、ウチの横っちは魔法世界を一人で救う事が出来ます。
 とてつもない力技ですけど、キズナノセキフを使用して“娘”の知識を引っ張り出してダウングレード版の『卵』を一個作るだけ。これでOKの筈です。
 別に本物の卵のように宇宙丸ごと作る必要ありませんし、ダウングレード版一個程度なら何とかなると思ってますしね。


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後編

 

 「うう……太陽が目に痛い……」

 

 「肩と腰が……」

 

 聞くものが聞けば、『昨晩はお楽しみでしたね。ウヒヒ』等と言われそうなセリフを零しつつ、ヨロリラと歩く二人。

 行く方向違えど、出る場所は同じなのでこういう風に鉢合わせるのも珍しくはない。

 二人して仲良く疲労困憊で、ふらりとよろけて眠そうな頭をコツンと軽くぶつけても取り立てて責めたりしないし、

 

 「あ、悪りぃ」

 

 「ううん。いいよ」

 

 等とけっこう仲も良い。

 それに二人がまた見目愛らしい少年である為、中々に目にヨロシイ。ウンウン

 

 尤も、朝っぱらからそんなフォーカス懸って見えるヘブンな光景を目にし、イインチョが鼻から浪漫汁垂らしてキモかったり、メガネ魔人が「キタコレ――ッッ!!!!」等とハァハァうるさいという弊害もあるのだが……何時もの事なのか皆もスルーしていたりする。

 

 「な、何かエラい疲れてるみたいね」

 

 「夕べ戻った時もすぐ寝てもーとったしなー」

 

 「まぁ、解る気もしますが……」

 

 無論、一緒に修業してたりする少女らは、彼らの疲労の理由はよく解っているからベーコンでレタスな方向で見たりはしない。その()もないし。

 

 ついこの間、彼女らに色々教えてくれている青年が、ナニを思ったか急に一人の少年を連れてきて一緒に鍛えさせると言い出した。

 

 その少年は見た事も聞いた事もない全くの初対面…という訳ではなく、それなりの出会いを経て和解した相手であるからそんなに気にもしていなかったのであるが、件の少年が加わった所為かお陰か、鍛練が異様に苛烈さを増してしまったのである。

 

 いや、何故かアッサリとあの場の使用の許可が下りてる事や、何で夏美ちゃんや千鶴さんまでいるのーっ!? とかツッコミどころは山積みだったのだが、それより何より今までのも結構キツかったのにあれ以上とは如何なものか?

 つーかそれを強いた上で、庭で遊ぶ子猫を眺めるような眼差しで楽しげにワインを傾ける大首領様にも一言言いたい。無駄だろーけど!

 

 兎も角、何故か混ざっていた一般人である二人に対しては、危険な目に遭いそうになった場合の対処法、回避方法を自動人形姉妹ズが丁寧に教えてくれているようなのでこれは良いとして、問題は実戦鍛練組の方だ。

 

 「……強かったですね。あの人……」

 

 「美人さんやったなー」

 

 「強いっつーか、凄いっつーか……」

 

 少女連中が思い浮かべるのは昨日――実時間的には夕べだが――出会ったその女性。

 

 スーパーモデルもびっくりな凄いメイハリの利いたプロポーション。

 亜麻色の長い髪。

 美人としか形容できないその容貌。

 相変わらずアーティファクトのデメリットか赤いバンダナは残ってしまうものの、そんな野暮ったいものですら曇らせる事が出来ないほどの美貌と極上のオーラを放っていた。

 そんな二十歳くらいのものすごい美女が、昨日の師であったのである。

 ガクラン少年の方は兎も角、もう片方の少年からしてみれば相手は人間(、、)

 ぶっちゃけ人間との実戦形式の鍛錬は初めてであり、龍神やら邪龍やらに比べたらどれほどマシか。

 嗚呼、今日はイーヒッヒッヒッと愉悦の笑いを耳にしながら弄り倒されたりしないんだー ヨカッタヨカッタ……等と甘く考えられたのは最初だけ。

 

『あ、楓ちゃん達と明日菜ちゃん、刹那ちゃんは下がっててな。

 木乃香ちゃんももっと下がって。精神汚染されたら癒し系が減って泣きそうになるから』

 

等と不穏極まりないセリフを聞いてなんだか嫌な予感がし、

 

 ここんトコ見慣れた召喚(?)儀の直後現れた件の美女を見て、杞憂だったのかな? と緊張を解きかけたその瞬間、

 

 『ったく……こんなガキいたぶれっての?

  あのバカも何考えてんだか……』

 

 のセリフで警鐘が激々しく鳴りまくり、

 

 

 「なんや オバハン。

  アンタとやり合え言うんか?」

 

 

 と、ガクラン少年がぶっちゃけると――

 

 

 『ほほぅ~………』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

               -地獄を、見た-

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何とゆーか……件の女性、魔族として紹介された邪龍の女性よかかなりエゲツなかったのだ。

 

 彼曰く、

 

 『確かに力の器の大きさ云々でいえば木乃香ちゃんやネギの足元にも及ばん。

  しかし下手こいて正面から喧嘩売ったら冗談抜きに死にかねない。

  つーか、気ぃ抜かんでも死ねる。

  手加減だけはしてあげるわとかほざいて生きたまま地獄へ送ってくれるヒト。

  後にも先にもあれ以上の人は見る事ぁないだろーつー掛け値なしの天才。

  魔術書とか無くとも魔法とか覚えそうだし、自身は否定するけど金欲で霊格上げられる反則人間。

  所謂一つの<人類最強>。つーか人としてイロイロ間違ってる』

 

 ――との事。

 

 言いながら『思い出すだけでカクカク震えが出るわっ』と、マジモンで怯えていた。

 どんだけ? と問いたい。

 それほど怯えるのなら陰口なんぞ叩かにゃいいのに。

 

 地獄耳を通り越して魔界耳な本人が聞いていたらエラい事になっていただろうし――

 

 

 

 「あ、あれ? 美神さん、そんな物騒なモノ持ってどこに行くんですか?!」

 「……何だか知らないけど、ちょっと横島クンを爆殺したくなったのよ」

 「そーでござるか…って!? そ、その飯盒みたいなのは全て爆弾でござるか!?」

 「そんなに使ったら流石の横島さんでも跡形もなくなっちゃいます!!

  ちょ、に、逃 げ て ぇ ー 横 島 さ ぁ ー ん っ っ ! ! 」

 

 「おキヌちゃんそこどいて!! アイツ惨殺できない!!」

 

 

 

 ………等といったやり取りが別の世界で行われたりしてるよーな気がしないでもないが……恐らく気の所為だろう。ウン。

 

 と、兎に角、

 そんなこんなで、予め身体強化のみ使用許可という枷をつけさせ、件のその女性と二人連携で戦わされた訳であるが……その結果は言うまでもなく惨憺たるモノ。

 つーか、一言多い。これでもマシってくらいであるとしても。正に口は災いのもとって見本である。

 

 何せその女性、単純に“強い”のだ。

 

 この少年は二人して鍛錬以前に処刑されに行ったようなもの。

 パワーがあるなしとか霊力が云々ではなく、妖怪サトリの化身なんじゃね? と思ってしまうほどの勘でもって先の先を読み切って戦況をかき回され続けたのだから。

 

 相手の得物は一つ。

 何だかよく解らない警棒みたいなのを持っているから近距離戦闘だと思えば、イキナリ光る鞭になってとんでもない間合いで襲い掛かってくるし、悪魔戦の時のように一人が囮になって戦おうとしてもそれを読まれ、その一人の陰から襲い掛かったもう一方の少年を無造作にひっ掴んで盾に使われ失敗。防御と戦力を削る事を同時に行われてしまう。

 

 ならばと二方向から同時に攻めるも、彼女は軽く肩を竦めて鞭を先ほど影から攻撃してきた少年に飛ばし、彼を引き寄せると共に彼の方向に飛んで位置を入れ替え、間合いを違えられてたたらを踏む二人の後頭部をしばき上げてダウンさせていた。

 

 因みに彼女は身体強化などといったものはやっておらず、素の能力だけで戦っていたりする。

 それでも彼女に対してただの一度も優位に傾けられなかった。

 戦いに対しての才能もあるだろうが何より可により実戦経験が違い過ぎるのだ。

 

 「十分やり続けてズタボロのボッコボコで全敗。

  おまけに一文にもならへん言うて面倒くさそーにしてったから手加減バリバリや。

  それはネギ君達も凹むなー」

 

 「しかし、確かに彼女の戦いは見事でした。

  相手に実力を出し切らせず、間隙を作らせて討つ。

  緩急をつけてペースを狂わせ連携を取らせず、同調しかかれば逆に利用して崩す。

  合気道のそれに近い戦いでした」

 

 「その上、あの人も何か能力持ってんでしょ? どんな人よ全く……」

 

 「でも横島さん言うとったえ? ネギ君が全力出して戦った方が分が悪うなる可能性あるて。

  よう解らへんけど、あの美人さん雷さんの力吸収して自分の力の格上げる事できるんやて」

 

 「はぁっ!? 何ですかそれは!?」

 

 

 その力――雷吸収は、雷撃攻撃も含めてだったりする。

 

 事実、とある時代にやらかす破目になった戦いでも、無意識とはいえタコ悪魔が放った雷撃を使用して時間を巻き戻ったのである。

 その力が使用できないようにされている(、、、、、)以上、自分の格上げにしか使えない事は必至。いや、そっちの方が性質悪いのであるが。

 よって、どーせ彼女の事であるから少年を挑発するなりして雷撃系魔法を使わせ(、、、)、わざわざ当たってやって自分の霊力を一時的にブーストさせる気だったに違いない。

 

 

 

 

 「ふふ…ふふふふ……」

 

 「……どないしたんや?」

 

 そんな会話が聞こえているのかどうかは知らないが、唐突に優等生少年がまるで幻想を見失ったかのように力無く煤けた笑いを零した。

 一方のガクラン少年の方もまだ目に力を取り戻してはいないが、その笑いに引き摺られるように問い掛けてしまう。

 問い掛けられた少年は、どこか別の世界を見ているようなハイライトが消えた目のままでそれに返した。

 

 「僕さぁ……

  イギリスじゃ女の人には礼節で当たれとか、守るものだって教わってたんだよね……」

 

 「俺も今まで女には手ぇ上げたらあかん思てきたで……」

 

 「だけどさぁ……」

 

 空の青さが目に沁みるのか、少年の目からホロリと雫が零れ出る。

 

 「麻帆良に来たらさぁ、守るも何も女の人の方が皆してすごく強いんだ。

  まともに勝った例なんて無いんだよねー……」

 

 「奇遇やなー 俺もやー……HAHAHAHA」

 

 そっかー AHAHAHAHAHAHAー と笑い返す少年であるが、その纏う空気はやはり敗走中に山河に対面してしまった落ち武者のよう。

 二人で肩組んで空に向かって笑ってはいるのだが、それは胸筋と腹筋を動かしているだけで楽しさや可笑しさ等からは程遠い。力ないにも程がある。

 

 「魔力を封じられてるのにマスターには手も足も出ないしー」

 

 「古姉ちゃんにはどないやっても拳が完璧に捌かれてまうしー」

 

 「どう魔法込めてもアスナさんのハリセンで一撃で沈められちゃうしー」

 

 「楓姉ちゃんにはおもくそ手加減されてもボコられてまうしー」

 

 「セツナさんのスピードには付いて行けないしー」

 

 「円姉ちゃんには戦り合う前に負かされるしー」

 

 「「夕べのミカミ(姉ちゃん)さんにはムチャクチャされるしー」」

 

 A-HAHAHAHAHAHAHAHA-っと、肩組んで乾き切ったカラカラ笑いを上げる二人を見、明日菜としては涙を禁じえない。

 一緒に鍛練を受けさせてもらっている剣の少女も何だか同情の目で見ているし。

まぁ、彼女は人の限界を天元突破している存在に戦いを教えてもらうという幸運に出会えているので実は余り文句は無かったりするのだが。

 

 それに彼女達はまだマシだとも思っている。

 

 何せ訓練だと言われて『皆の妹』こと“銀スライム幼女”と戦わせられるという破目に陥っていないのだから……

 

 それは確かに訓練だ。命が懸かった猛特訓と言ってよいだろう。

 『相手にばれないように徹底的に手加減し、罷り間違っても泣かせない』というハードモード真っ青の難易度の。

 下手こいて尻餅を付かせる、泣かせるといったポカをかませば特定の女性陣プラス少女人形軍団がで冗談抜きの重装型で出動してくれるだろうし、妹魂兄貴が“兄鬼”に変貌して襲い掛かってくる。

 

 そうならないように「あうー 負けちゃったレス~」と言わせれば成功であるが、まかり間違ってクスンとでも涙を滲ませてしまえば死ぬ。かなりマジに。

 

 それとは別口に小鹿と森の中でバトるというものもある。

 無論、勝てない。

 これは相手は小鹿一匹に見えるがその実森そのものが相手。

 おまけに魔法少年の放つ魔法は電撃系がメインなので属性上効き辛いし、ガクラン少年に至っては精霊集合体を相手にする事となるので存在そのものが格上の相手となる。

 二人にとってものごっつ相性が悪いのだ。

 おまけにこれまた皆に可愛がられている存在なので、傷つけたらドエラい目に遇わされてしまう。

 え? 鍛錬なのに? そんなの理由に入るものか。

 

 酷い理不尽もあったもんだが、これが現実。

 どっちを選ばされてもルナティックレベルの地獄。ノーミスクリアが必須でミスったら即墓場直行ってナニ? ってなモンだ。

 

 だから少女達は思う。

 そんな鍛錬されられてる訳じゃないのだからまだ感謝した方がいいのでは? と……

 何気にこの少女達も認識が歪まされてるような気がしないでもない。

 

 だが、

 

 「せやけど横島さん言よったしなー」

 

 それに彼女が、

 幼馴染の少女が、少年二人にあんな鍛練を課している青年の想いを押している。

 

 それが止めとなって彼女も制止の言葉が浮かばないのだ。

 

 “彼”曰く――

 

 

 『今のアイツは鍛えた力で押す事しかできん。

  手元にある力を汲み変えたり直したりして優位に持っていく事が浮かばなくなっとる。

  前に悪魔ジジイと戦り合ってからこっち、その頭でっかちさに磨きがかかっとるしな。

 

  だから――』

 

 人には越せない壁がある。到達できない位置という存在がある。

 

 だけど例え相手より力が劣る人間でも、戦術や戦略の差でその壁に打ち克つ(、、、、)事もできるのだと。

 それを叩き込まんと、絶対に退けない場で強敵と出会った時に『今の自分じゃ勝てない』といきなり後ろ向きの答を出しかねん。

 

 

 オレがそうだったみたいに――

 

 

 そう呟いた時の感情を擦り減らしたような表情を彼女も見ている。

 

 だからこそ言葉が心に残り、彼女を頷かせるのだ。

 

 「……ですね」

 

 実際、彼女もまたそんな彼の考えには同意している。

 

 何せ彼女には退けない線があるのだから。

 

 自分の隣を“歩いてくれている”少女こそが正にそれで、彼女を守る為には命すら辞さない覚悟がある。

 その程度で助かれば良いが、世界は広い。その程度では届かない世界がある事は京都での一戦で思い知っているのだ。

 だから実のところ、今の鍛練……経験を積みつつ剣を学び、尚且つ地力も上げさせてくれる状況には感謝の念しか湧いていないのである。

 

 「せっちゃんも気兼ね無しに翼出せるようなったしなー」

 

 「そ、それはっ」

 

 「ウンウン。横島さん、羽が生えとる女の子程度にしか思てないしな。

  まぁ、ナナちゃんとLoveLove家族しとるくらいやから当然かもなー」

 

 気兼ね無く“人じゃない”ものを人前で出せる。

 

 そうさせられるだけでも尋常ではない。それがどれ程の進歩を促しているのか本人は全く理解していない。

 

 『人として扱う』等といったレベルではない。

 『丸ごと受け入れて女の子として接する事が普通』という突拍子も無い位置に彼はいるのだ。

 

 そう彼女らを受け入れつつも、それでいて彼女らの為にあえて厳しく鍛えるという面も見せる。

 無造作に全部を受け入れる器と、優しいが故に傷つきそれでも少女らを鍛えられる儚い強さを持つ彼。

 日が経つにつれそれを感じていた彼女は、クラスメイトであり自分を入れて四天王等と称されていた恋愛とは程遠い筈の二人がどうしてあんなにも彼の事を想っているのか、今になって解るような気がしていた。

 

 「そう、ですね……」

 

 だから彼女は、何となく微笑んでそう同意して見せ、抜けるような青い空を見上げながらもう一度『そうですね』と噛み締めるに頷いていた。

 

 

 

 

 ――計画通り。

 

 何故かデッサンを変え、幼馴染の少女に見えないアングルでニヤソと笑みを浮かべている少女が一人。

 

 怪しすぎる彼女に気付かないのだろう、その幼馴染の少女は何だか穏やかな笑みを浮かべている。

 そんな奇行を行っている彼女であるが、実のところは自分の為というよりはその幼馴染の為という意味合いが大きい。

 

 少女は烏族ハーフという秘密があり、自分は長く……つい最近までその苦しみを解ってやれなかった。

 

 麻帆良に来て再会を果たせたものの距離を置かれ、歩み寄っても避けられると言う日々が二年以上も続いていた。

 知らない内に何かしてしまっていたのか? 彼女に酷い事をして嫌われているのではと思い悩み、それでも何とか話をしようと頑張りはしたが無視され逃げられ一歩も歩み寄れもしなかった。

 

 けれど三年になって修学旅行での事件を経て和解。

 数年を経てようや仲直りをして昔のように一緒にいられるようになった。

 

 今だからこであるが、あの京都での一件は確かに怖かったものの、お互いを再認識する事が出来た良い経験だと言える。

 

 そして途中で折れそうになっていた彼女を叱咤して背を押してくれたのが他ならぬ件の“彼”なのだ。

 

 泣いていた自分のそばにやって来て、慰めつつも叱ってくれた彼。

 

 何気ないやり取りをしながら道化に徹して笑わせてくれた彼。

 

 自分達がピンチの時に常識を踏み躙ってでも駆けつけてくれた彼。

 

 そして自分達の為に、他人の為に本気で怒ったり泣いたりする事が出来る彼――

 

 本当に優しい人は傷を受ける痛みを知っている人間だという。

 自分達の悲しさや寂しさ辛さを理解してくれて、反対のベクトルに押し上げてくれた彼はどれだけの過去を持っているのだろう?

 

 そんな彼だから。

 そんな彼だからこそ大切な友達で大切な幼馴染の少女を一生涯支えて包み込んでくれるだろう。

 

 何だか散々苦労はしそうだけど、そこに苦労はあっても不幸だけは無いだろう。

 

 しかしそんな彼を癒し支えられるのも、彼女達のように彼の人柄に触れて理解している人間なのだ。

 

 だから――と彼女は思う。

 あの二人……正確には妹分含む六人だけど……にもう一人入っても良いのではなかろうか?

 言い寄られて彼は泣くかもしれないが、それは決して不幸への道ではないのだから。

 

 武道四天王と言われている二人が太鼓判を押す、彼の力の本質。

 

 ヘタレで臆病で弱虫で痛がりだけど、女の子の為なら無敵となる。

 

 それだけの想いを持ってくれる彼なのだから。

 

 「まぁ、そんなマンガの主人公っぽいトコは女の子の夢やしなー

  ……ちょっと美形とは程遠いんは残念やー」

 

 「? お嬢様?」

 

 何気に(かなり)失礼なコトを漏らしつつ小さく笑みを零す彼女に、その大切な友達が声を掛けてくる。

 そんな幼馴染の不思議そうな顔に『何でもないえー』と笑って返し、遅刻するから急ごと手を差し出す。

 少女はやや恥ずかしそうにしながらも躊躇はせず『ハイっ』と笑顔でその手を取り、肩を並べて走り始めた。

 

 その位置が、

 

 その速度が何より嬉しく、この場にいない彼に心からの感謝の念を送る。

 

 諦めさせないでいてくれて、ホンマにありがとうなぁ……と。

 

 

 

 「……まぁ、見慣れたら親しみ易い顔やしなー 愛嬌あるし」 

 

 

 

 気付けないレベルでスイッチを入れながら――

 

 

 

 

 

 

 

 「「A-HAHAHAHAHAHAHAHAHAHAHA!!」」

 

 「えっ!? ちょっ、こっちはほったらかし!?

  ちょっと このかぁ―――っっっ!!!!」

 

 

 自分の担任ともう一人の友人を置き去りに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-————————————————————————————————————————

 

 

 

            ■二十四時間目:うおっちめん (後)

 

 

 

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 学園祭の日が近寄って来るにつれ、麻帆良の活気はどんどん上がってきた。

 

 

 活気が上がる――という言い回しは日本語としてどうよ? であるのだが、テンションが上がってくるというのとはベクトルが違っていて、普段の学園ならもっと目立たない連中も何気なく超人パワーを見せ付けたりしているのだから、やはり活気が『満ちる』というより『上がる』が近いだろう。

 

 登校風景一つにしても、異次元の光景。

 

 宇宙服姿の者やら恐竜ロボやら、怪獣キグルミ軍団やら仮装集団やら。その多くは大学部の連中であるのだが、見ている側の高等部以下の学生らも感化されていずれは真似てそれ以上を目指すのだろう。

 

 そんなスパイラルでここの学園祭はエスカレートしていったと思われる。

 

 ただ、活気はあるのだがどこか落ち着いており、着々としつつも淡々と整えられてゆく様はちょっと異様。

 規模はそこらのテーマパーク以上であり、開催時の来園者(学“園”だから)数も半端ではない。

 にも拘らず、高等部以上ともなると慣れてると言わんばかりにスムーズに進められてゆくのだからやはりここはおかしいのだろう。

 

 そんな駆け回っている学生たちの人ごみの中、彼らの身体に当たる事も無く、するすると滑るように歩いてゆく者がいた。

 

 その者は女性であり、体格からすると高等部か大学部であるが中等部の制服を着ているのだから女子中学生なのだろう。時期が時期なので仮装が多い為に当てにはならないのであるが。

 

 尤も、実際に彼女は正真正銘の女子中学生であり、少女である。

 

 半眼と言ってよいほど目が細められてはいるものの、周囲の気配を完全に読みきっていて自分以外の氣に触れる事も無く流れるように進む。

 

 人の集団の中ともなると発する気配も半端ではないのだが、余りに自然その気の嵐の中を流れ進んでいるので気付ける者はいないようだ。

 

 言うまでも無いが、少女は楓である。

 

 寮では鳴滝姉妹と同室なので、よほどの事が無い限り三人で登校するのだが、今日はちょっと違う。

 この時期になるとクラスメイトである超一味が朝メニューを整えてくれるので、多くの学生達や教師ら等も<超包子>で朝食をとるのだが、ご多分に漏れず楓らもそこで朝食をとって登校に入ったのであるが……彼女は一人で通学路を歩いていた。

 

 足運びは歩行なのに、どういう訳か走る者達と間隔が変わらない。

 踏み出す一歩が普通ではないのだが、纏っている空気が余りに自然過ぎて気付けないのだ。

 

 そんな年齢度外視の突拍子も無い技を無造作に行いつつ、楓は首を捻っている。

 

 戸惑い……という程ではないものの、伝えられた言葉が胸に深く沈んでおり、それが疑問として燻り続けているのだ。

 

 

 

 

 

 

 「楓……」

 

 「う゛……真名」

 

 寮を出た瞬間、イキナリ声を掛けられれば如何な楓とて緊張もする。相手が真名なら尚更だ。

 何せここの所ずっと珍妙な脅迫を受けていたのだから。

 

 『よけーなお世話でござるっ!!』と何度も何度も(中略)何度も言い続けているのだが、どういう訳かぶっ壊れたCDが如く同じセリフを言いまくり、その余りに破廉恥な内容に周りもはやし立てるものだから酷くなるばかり。

 

 即ち――

 

 「とっとと横島さんと交尾するなり性交するなりして、妊娠するか孕むかしろっ!!

  でないと胃がもたんっっ!!」

 

 というバカ言動ほざきまくられているのだ。

 お前はナニを言ってるんだ? と思わずどこかの格闘家になってしまいそうになった。

 更に一度、某鬼の広域指導員に会話を聞かれて正座&お説教を喰らっているというのに、このトンチキガンナーときたら、

 

 「いや、こいつが男作ったというのに、

  子作りに励まん等とフザケタ事を言っているので説得をしていたんです」

 

 と真顔で言いやがったのである。

 

 このセリフの後に「先生からも何か言ってやってください」とこれまた真顔で言いやがり、流石の鬼の指導員ですらその雰囲気に呑まれて思わず楓を説得しそうになってしまった。無論、直に我に返ったくださったのであるが(当然、直後に大説教大会となった)。

 真名はストレスで胃が破裂するわっっ等とほざきやがるが、楓としてはそんな彼女にムチャクチャ言われ続けているのでストレスでマッハだった。

 

 のだが……

 

 そんな彼女が何時に無く、

 

 

 ――いや?

 

 

 以前の(、、、)静かで鋭い眼差しを向けながら話しかけてきている。

 流石に楓もその空気に直に気付き、何時ものおちゃらけた頭から切り替えた。

 

 「……何用でござる?」

 

 一瞬の間に意識を切り替え、何事~? と首をかしげている鳴滝姉妹を先に行かせて真名に相対する楓。

 

 身体をやや脱力させながらもしなやかさを失わせておらず、不自然なほどまで自然に気配を薄れさせて隙を無くした彼女に、真名は苦笑を禁じえない。

 

 以前より更に鋭くしなやかになっている――

 この事に気付けていなかったのか? 私は……と。

 

 「いや、別に。

  考えてみればここ最近は普通に会話を交わしていない思ってな」

 

 「それは自業自得でござろう?」

 

 「かもな」

 

 確かに。

 

 一番自分の近い実力を持ち、甘さは残してはいるものの表の世界で最強クラスだった。

 

 そんな彼女が男に関わって腑抜けたのが悔しかったのだろうか、とっとと仲を進展させようと、仲を進展させて吹っ切らせ、以前の鋭さを取り戻してもらおうと思っていたのかもしれない。

 

 ところがどうしてどうして。

 このくノ一は以前より力を伸ばしているではないか。

 

 「まったく……

  腑抜けていたのは私の方かもな」

 

 「?」

 

 「独り言さ。気にするな」

 

 今になって考えてみれば、こいつの想い人の人間像は全く掴めていない。

 女に甘く、騙され易く、気が弱くて弱腰で腰が引けてて甘っちょろい。観察しててもそればかりが目立つ。それが全てであり、それこそが本質といっても実のところ間違いではない。

 

 ない、だろうが……

 今述べたものは確かに全てと言っても過言ではないかろうが、極一部という狭い範囲でもあるらしいのだ。

 

 例えば彼は、超能力と言って憚らない<霊能力>とやらの達人で、西の長でもその実力を認めているらしい。

 いや、その話ならとっくに聞いている。聞いていたはずだ。

 尚且つ自分も、彼の突拍子もない部分を目にしていた。

 

 自分らの眼前で、回転ノコギリ宜しく集束させた氣を超高速で回転させ、群がる式どもを切断し、抉り、解体し続けていたのだではないか。

 

 魔力や氣を集束させて剣の様に振るう者はいる。

 

 砲弾のように発射する者もいる。

 

 呪文を唱えてベクトルをコントロールして盾として使う者、同種の力を無詠唱で撃ち出す者もいる。

 

 だが、その全てを同時に無造作に行える者など聞いた事も無い。

 

 そしてそれを目の前で行われたというのに、本人のキャラクターがあまりに奇怪過ぎてそちらに目と意識を奪われ、尚且つこの目の前のくノ一やバカンフーの奇行に苛立たせられてそっちばかりに頭が行ってしまっていた。

 

 不覚、である。

 不覚としか言い様が無い。

 

 「どうかしたでござるか?」

 

 思わず自傷的な溜息を吐いた真名を訝しげに見ていた楓がそう問い掛けるが、彼女は手を振って何でもないと伝えた。

 

 何となく納得しかねている楓の様にまた苦笑が浮かぶ。 

 

 「……なぁ、楓」

 

 「……何でござる?」

 

 だから真名は、

 

 下らないお節介だと思いつつも、

 

 

 「横島さんの事、大事だと思っているか?」

 

 

 ――軽く。

 

 助言にもならぬほどであるが、軽く口出しをしておく事にした。

 

 

 

 下手をすると“最後の助言”となってしまうやもしれぬのだから。

 

 大事なものは無くしてから、切れてから、そうだと思い知るのだから――

 

 

 

 

 「……何だったのでござろう?」

 

 意識は思考に集中しているというのに、小川を流れる木の葉のように障害に触れる事もなく歩く様は、流石は麻帆良の武道四天王と言えよう。

 尤も、思考の内容は色恋沙汰に関する事なので微妙だが。

 

 『本当に大切な男だったら、無理やりにでも手元に留めて事だな。

  お前なら身体を使うのもいいだろうさ。

  どうせあの性格だ。そうなったらお前から離れる事など考えられん』

 

 ぼーっと聞くだけなら何時もの戯言。

 言うに事欠いてナニほざくでござるかーっっ!! 等と普段ならぶち切れ金剛タイムに入るところであるが、よくよく考えてみると内容が少し……いや、何時もとかなり違う。

 今までの真名の言い草……セリフならば『とっとと関係を持ってしまえ』というニュアンスだけで綴じられているのだが、今回の戯ご――助言は意味合いが違っていたのだ。

 

 ――離れたくないのなら、肉体関係を持ってでも繋ぎとめておけ――

 

 やや暈し気味ではあるが、真名はそう言っていたのだ。

 

 だから心に引っかかっている。

 かなり気にしてしまっている。

 

 意味は解らないし、何であんなタイミングで言い出したかも不明であるのだが、あれで彼女は真面目に言っている。自分に対して助言(?)らしきものを行っているのだ。

 

 だが、だからこそ頭に引っかかるものが抜けない。

 

 『……離れてしまう可能性を前提にしている?

  それを拙者に忠告する意図が読めんでござる』

 

 普段の真名であればもっと直接的に言うはずだ。何だかんだでまだるっこしい事を好まないのだから。

 となると、口にし難い理由があって、尚且つその決意が必要な事柄が起こる可能性が高いという事なのか?

 

 「ウーム?」

 

 幾ら首を捻ったところで答えなんぞ出て来る訳がない。何せ情報が無いに等しいのだから。

 

 僅かでも“ありえる”と思える事は、真名が当事者である可能性だ。

 だがそうなるとやっぱり助言をくれる意図が解らない。

 もし煮え切らない態度に呆れ果てたのならそんな事を言う筈もないし、ここんトコはずっと直接的なアクションに及んでいたのだから。

 搦め手に変えた? という気がしないでもないが、それも違う気がするし。

 

 何せ落ち着いて考えてみれば自分も中学三年という身。

 

 尚且つ、もう学園祭すら始まろうという時期であるのだ。だから否が応でも後十ヶ月もしない内に彼のストッパーは外れるだろうから、そうそう切羽詰る話ではな…………

 

 「………」

 

 ぷるぷると頭を振って茹でかかった頭を冷やす。

 

 ほぼ確実に来てしまうその日なんか想像するモンじゃない。

 

 「う゛……」

 

 だが、そう改めて考えてみると、このままなら間違いなく“その日”が来る。

 

 何せちょっとあぶなかった修学旅行中のアレでも、自分らが中学生というカテゴリーだったが為にセーフティーが働いていたのだ。ちょっと危なかったようであるが……

 

 となると必ず訪れる“じょしちゅーがくせー”というカテゴリーが外れた日、自分は――……

 

 

   ボフン……ッッ!!

 

 

 一瞬で赤熱化してしまう楓の顔。

 自分の気持ちをおもっきり自覚させられ(あの時には明日菜に感謝しつつもよけーな事されたとしばらく悶えていた)、中々距離を縮められなかった数日間。

 しかしそれも色々合って乗り越え、彼との間合いに慣れ、距離に慣れ、語り合い(ナナを介したお陰)、じゃれ合い(←同理由)にやっと慣れ、どうにかこうにか最初の頃のように気安く話を出来るようになりはしたものの、考えてみれば“そういう仲”になってゆくと“そういうコト”もしてしまう訳で、

 

 色んなコトで追い詰められ、自分で付けた枷によって据え膳食わされ続けてずっとずっと我慢したりしてた訳だから、横島も手加減してくれるとは思えないわけで、

 

 しかしてそんなコトも嫌ではない訳で………

 

 「う゛う゛……

  は、はしたなくも待っている自分がいるでござるヨ……」

 

 如何に気持ち的にはYesYesYesとエコーがかった声が幽波紋宜しく頭に響き渡っていても、そんな自分にNo――っ!! と頭を抱えてしまう楓。

 大柄の少女が頭を抱えて悶え悩む様はドン引きの一言。

 

 さっきまでの真面目さはドコへやら。周囲も気の毒そうな目で距離を置いてたりするし。

 

 

 結局、このバカタレ忍者のお間抜けな脳ミソに残ったのは、『身体を使って繋ぎ留める』という責任とらせるネタだけだったらしい……

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 昼休み――

 

 3-Aの少女達は今日もわいのわいのと用意を続けている。

 

 何せ時間が無い。弁当を使いパンとか齧りつつ用意をするくらいじゃないと間に合わないのだ。

 いっそ学園祭まで授業は無いよーんと言ってくれれば良いものを、等と思ってしまうのも仕方が無い。仮にも受験生なのだから、もっと慎めと言いたい。エスカレーター式で余裕ありまくりだからこそ言える事なのだけど。

 

 「昼休み返上で学際準備なんて私達も殊勝だねぇ~♪」

 

 「せやから そーでもせんと間に合わんだけやて……」

 

 切羽詰っているのに妙に呑気に裕奈が布を縫い合わせる。

 実際に時間が無いのだから亜子のツッコミも当然だろう。

 

 それでも余裕が消えないのは、それまでに仕上げる自信がある――のではなく、単に呑気だからというだけであったりする。

 

 「それにしても……コレ、よく出来てるアルな」

 

 「ホンマに猫の耳とって来たみたいや」

 

 「こんなに大きな猫がいたら大変だと思いますが……

  豹くらいはありますよ?」

 

 彼女らが頭に乗せているのは委託して作ってもらった小道具の猫耳である。

 何と言うか……サンプルとして二,三作ってーと言ったら、『ゴメン、調子に乗って三十組作ってもた』と全員分作ってしまったのである。

 ただ、渡された時は白地のものであったのだか、着ける女の子の名簿見つつ(結局、エヴァを除く皆が付けたいーと言ったので全員分)その場で着色し、其々の女の子の頭に合った色に目の前で仕上げてしまったのだ。

 手触りというか毛触りというか、その感触は猫の耳そのもの。カチューシャの部分にも短めに毛が整えられており、それによって頭髪との境目を消している。

 

 そんなモノをリアル三日で仕上げて持ってきた“彼”のド器用さには呆れる他無い。

 

 「これにテグスつけてストラップ(ブラの)にくっ付けたら、

  腕動かす度に耳がぴこぴこ動くそうです」

 

 「その場合の位置やテグスの長さ調整も説明書に書いてるアルな……細かいアル」

 

 「ブラって言い難そうにしとったのはちょっと笑えたわー」

 

 内側が薄桃色で子猫の耳を思わせる何とも可愛らしい猫耳……いや、“ネコミミ”だ。

 茶々丸の頭にすら合うというのだから、その技術の高さもお解りになられるだろう。

 しかしその高い技術も仕事にじぇんじぇん生かせないのが物悲しい。

 

 「この鬼の角がまたリアルやわぁ……」

 

 「材料はラップやトレパの芯て言ってたわね」

 

 鳴滝姉妹とかが面白がって頭につけるのだが、その角はどう見ても本物。

 ラップやトレパの芯を斜めに切断して角度をつけてくっ付けて色塗っただけなのだが、根元の方に装着者の髪と同じ色のしてある毛をつけてあるのだから本当に作り物に見えない。何せ刹那が一瞬、二人は式だったのかと野太刀に手を伸ばしかけたほどなのだから。流石は本物を知るだけはある。

 

 何故かサンプルの中に剣もあるのだが、材料は何とバルサ材。

 表面に砥粉等を塗って凸凹を埋めて磨き、その上にアルミホイルをぴったり貼り付けたらしい。

 

 刃にあたる部分を残し、紙やすりで引っ掻いてツヤを消しているのが金属的なリアルさを増しているのがちょっと心憎い。

 

 「柄も柄頭も100円ショップのバルサなのよね……塗料も100円のって言ってたし」

 

 「デザインに派手さがない分、余計に本物みたいに見えるアル」

 

 「私なんか実際に触れるまで本物かと思ってましたよ」

 

 因みに猫耳の材料なんかボール紙である。

 そこらの安っぽい材料でこんなモン作れるのだから、才能の無駄遣いとしか言えない。

 

 『万能……は、言い過ぎアルが、普段のアホさが目立て実力が読めないアルな』

 

 彼の手書きマニュアルに従ってネコミミにテグスを繋ぎ、首の後ろで糸をクロスさせて左右逆にストラップに繋いでみる。

 クロスさせるのはテグスを見えなくする為。ただ、首の後ろを糸で擦って肌を傷めかねないから薄いシップか何かを貼っておく事とも書かれているからそれに従う。ホントに細かいところに気が付く男である。

 

 繋いでみると、少し動くだけでピコピコ動いて何とも可愛い。

 

 古のように身体にぴったりとしたスポーツブラを着用している者ならもっとダイレクトに動かせる。鳴滝姉妹やら夕映とかはキャミで事足りるので残念な事になってしまうのだが。

 

 「どうしたの? ゆえ」

 

 「……何やら言いようのない侮辱をされた気がするです」

 

 ――まぁ、それは良いとして。

 

 古がちょいと首を廻らせてみると、クラスメイト+1が騒いでいる何時もの光景。

 

 昼休み返上で学園祭の出し物の準備に勤しむ賑やかだけど穏やかな当たり前の光景だ。

 

 その+1はお手伝いに来ている件の彼の妹、ナナ。

 円に子犬のようにくっ付いてくるくる回っているので、甘えるのだか手伝っているのだか判断が難しいが。

 皆の真似だろうかネコミミつけてて何とも可愛らしいので少女達的には超OKなのだけど。

 

 彼女の兄が目にすれば鼻血は必至であろう。尤も、ナナのネコミミはコッソリ出してる自前のモノだったりするのだが気にしてはいけない。

 

 そして別のトコに目を向けると、珍しく取材に出ずに作業に加わっている和美と、そんな彼女にくっ付いてお手伝いをしている さよの姿。

 甲斐甲斐しい、というよりは楽しそうだ。“一緒に作業”というのがポイントなのだろう。

 とすると、和美は さよを『お手伝い』に加えさせる為に作業に加わっているのかもしれない。苦笑しているのが見えるのだからあながち間違っていないのかも。

 

 彼曰く――

 

 『ここに仕掛けられてる認識阻害とかの術には問題がある。

  実のトコ、危険が側に迫ってても気付けなくする事もあるみてぇだからな。

  どんな目に遭っても、怖かったり痛い目見たりしても、

  その時だけで時間が経ったら警戒心が薄らいじまうっポイし。

  まー 下手こいてPTSDとか残すよりはマシって気もするけど、

  「こんな事もあるかもしれない」で終わらせるのは危なすぎる。

 

  だけどオレは気がついた。逆に考えるんだと』

 

 つまり、魔法世界に近寄らせないように張られているある意味邪魔っけなこの結界をそのまま何かに利用できないかという事だ。

 そこで思いついたのが さよへの利用転換。結界の力を使ったさよの確立化だった。

 

 まず、触れられず気付いてもらえずとも さよを行事等に積極的に関わらせて空気に馴染ませる。

 

 そしてゆっくりと『いるような気がする』という認識を絡めさせつつ霊気を強めさせていって周囲に見えるようにさせるのだ。

 後は学園に仕掛けられている呪式が勝手に『幽霊のクラスメイトがいる』と受け入れさせてくれるだろう。

 流石に急激な変化なら異物として認識外にされかねないだろうが、ゆっくりと馴染ませた場合は『こんな事もあるかもしれない』が働いて皆に柔らかく浸透させる筈である。

 

 実のところ、ナナと共にやらせているダンス&ボーカルもその一環だったりするのだ。

 

 祝詞というものがあるように、歌と踊りは霊的な効果を持たせる事が出来る。

 リズムや動きに霊的な力を混ぜればそれなり以上の効果を及ぼすのだ。

 歌って踊る事により霊波を周囲に放てる事を覚えて認識干渉できるようになってゆけるだろうし、皆の注目を集められれば今度はその感情波によって存在力を高められる。

 更に更に、見ている側の彼は眼福であるからマイナス部分が無いとキてるのだから。

 

 理に適ってるというか、反則技と言うべきなのか、はたまた良いのかソレ? それとも素直にツッコムべきかと悩みどころてんこ盛りである。

 一体、一石何鳥を目指そうというのか? 欲張りすぎるにも程があるだろう。

 

 「……その代わり、注目集めたら集めたで、カメコやヲタが寄て来ると思うアルが……

  そしたら兄貴ならぬ兄“鬼”降臨アルな。業が深いというか何と言うか……」

 

 結局は騒動行きか。

 大っぴらに術使うのも問題なのだが、彼に言わせれば『術違うもーん。イッパソ人が勝手に認識に引っかかるだけだもーん。それに霊能力だからカテゴリーは超能力。人前でスプーン曲げたりするのと変わらないもーん』という事らしい。屁理屈にも程がある。

 

 だが古としても、そんなガキっぽい誤魔化し方をする彼に呆れはするものの、反対はしない。

 賛同こそしないものの、得心はできるのだから。

 

 「『女の子一人笑わせる事も出来ん決まりなんぞクソくらえ』か……」

 

 そんな彼のセリフを思い出した古は、我知らず口元に笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 「 ど お … ? 」

 

 「ひぃいっ!?」

 

 SFX……というほどではないが、顔にできものを貼り付けた美砂は中々に古典的な幽霊さを醸し出している。

 イキナリ見せられた風香もかなり怯えているし。まぁ、彼女はこういうものに弱いので当てにはならないのであるが。

 全部が全部彼のお手製、という訳でもなく、自分らで作った物も多々ある。この“おでき”にしてもそうだ。無論、作る上でのポイントとかは教えてもらってたりするけれど。

 

 これもまた例年の学園祭風景であるのだが、どこか違って見えるのは……ちょっとだけ成長した所為なのかしらん? 等と取り留めもない事を考えては微笑が零れる。

 

 「どーしたんレスか?」

 

 そんな円を不思議に思ったのか、お手伝いに来ているナナが下から見上げていた。

 

 「え? あ、ううん。賑やかだなーって思っただけ」

 

 「ああ、そーレスねぇ。楽しみレスー」

 

 ナニがどーそーなのかは知らないが、アッサリと納得したナナは手元の作業に戻る。

 

 所謂衣装の縫い合わせなのであるが、お地蔵さんの涎掛けやら西洋風の衣装やら種類が雑多で統一性がナッシング。それでも班別れをしてキチンと縫ったり張ったり出来ているのだから、何だかんだでまとまりが良いのだろう。

 

 因みにナナがやっているのは型紙を当てて切り取った布地を縫い合わせる作業である。

 

 モノがホラーだからか、布地の使い方がパッチワーク気味であり、きちんと縫い合わせつつもあえて荒い縫い目を作って目立たせるのだ。

 そして出来た衣装のあちこちの色を滲ませたり色抜きしたり、鑢をかけたりして穴を空けたり、ほつれさせたりしてボロさを強調させてゆくのであるが……この娘、何だか異様に縫うのが上手かった。

 

 「ナナちゃんて、お裁縫やった事あるのー?」

 

 その余りの上手さ……少なくとも自分より……に思わず史伽が問い掛けてしまうほどに。

 

 「えへへ お兄ちゃんが教えてくれてるんレス」

 

 「へぇ~」

 

 何と、誰あろう彼女にお兄ちゃん、横島忠夫直伝だというのだ。

 

 どこにどう指をを当てて針を刺すのかとか、布地の繊維に沿った切り方や縫い合わせ方、ボタンの付け方は勿論、ぬいぐるみの腕のような柔らかい布地の塊の縫い付け方までキッチリと教えているらしい。

 

 ドコまでド器用なんだあの男は!? 等と戦慄する少女ら。

 時々、ナナは少女らと一緒にお昼のお弁当を食べるのであるが、彼女が持ってくるその小さな楕円形のお弁箱にキッチリと積み込まれたおかずやらサンドイッチやらを目にしている。

 そのやや甘くした味付けやら彩やらは五月の眼を持ってしても微笑ましく映るほどで、数人の少女らに少なからず敗北感を味あわせていたりするのだ。

 その上裁縫だと? ザけんなバーローっ 似合わんぞボケーっ 等と思うのも仕方のない話である。

 

 が、お裁縫の話を聞いた円は、うっと目頭を押さえていた。

 それだけではない、パーティーカクテル効果だろうか偶然聞こえていた楓や古も涙を堪えるように顔を隠している。そしてエヴァの横に腰掛けてマンガを読みふけっていた零ですら、かなり微妙な表情をしているのだ。

 

 彼女らは同時に思い出したのだ。

 以前、何だか知らないがお菓子作りにまで腕前を見せる横島に問いかけ、返された答えを。

 

 曰く――

 

 『オレ、普通に仕事してた方が餓死しかねんかったんだ……

 

  美神さんに隠れて内職したり、

  魔鈴さんのトコでお手伝いして残り物をもらう以外生命の維持が……』

 

 要するに、生きていく以上は食わなきゃならんのだが、職場の給料がコンビニのバイト以下という信じ難い職場環境であったので、コソーリと内職したり、雇い主が心底嫌っている女性のレストランでバイトしたりして食いつないでいたというのだ。

 

 因みに、何でそんな命知らずにも雇用主が嫌悪している女の店で働くのかというと、おもっきり嫌っているので万が一にもやってくる事がないからだそうだ。

 そこまでしないと仕事を続けられないし、職場を辞めるという選択肢は頭にない以上、そうでもしないと生きていけない。

 

 その結果、生と死のギリギリのラインで続けられた命がけのアルバイト(除霊の仕事以外の方が危ないという謎)のお陰で、バカみたくスキルレベルが上がってしまったらしい。

 

 正に命がけで手に入れたスキルだといえよう。

 彼女らは、そんなアホタレな彼の生き方のバカタレさ加減に涙を禁じえないのである。

 

 しかし、だからと言って――

 

 「……呆れはできても嫌いさせないのは……やっぱ卑怯よね……」

 

 というのもまた事実だったりするし。

 

 

 

 

 

 「ほほぅ……くぎみーがオトコの話ですか」

 

 「 …… っ っ っ ! ? 」

 

 そんな円の直後ろ。

 何だか知らないが邪霊を思わせる異様な感触の霊波が出現した。

 

 横島に鍛えられてはいても円は一般人。ドビクゥッッ!! と怖気が走って反射的にナナを庇いつつ振り返る。

 

 「そこまで慌てる事ないじゃない」

 

 「ゲゲーっ ハ、ハルナ!?」

 

 何という事でしょう。

 鍛えてきた霊力に邪霊として引っかかったのは、彼女のクラスメイトである早乙女ハルナだったのです。

 

 「何時も何時も人間離れしてたと思ってたけど……

  まさか邪霊だったとは……」

 

 「あれあれ? 何だかヒドイ言い掛かり掛けられてる気がするよ?」

 

 「気の所為よ」

 

 唐突に庇われて訳が解らず、ふぇ? と驚いているナナを背に隠しつつ、円は来るなら来いと威嚇しながら身構える。

 

 その雄々しさ、正に雌虎の如し。

 

 可愛い妹分を守る為に全力を尽くそうという心根を背中から噴き上がるオーラが語っていた。

 その母性本能というか姉性本能には流石のエヴァ一味も『ほぅ?』と感心してしまう程だ。

 

 「………あの……何か私の扱い、酷くない?」

 

 無論、当のハルナは置いてけ堀に。

 

 「何言ってんのよ。正当な評価よ?

  大体、気配消して後ろからにじり寄って鼻息荒くされたら警戒もするわよ!

  何? ナナちゃんにイタズラしようっての!? 退治するわよ!?」

 

 「誰がするかっ!!

  つーか、何時私が鼻息荒くしてたって言うのよ!?」

 

 「何? 無自覚? サイテー」

 

 ちょっ、まっ、ね、ねぇっ こんなコト言われてるんですけどーっ!? とハルナが同じクラブのメンバーに眼差しで救いを求めるも、夕映は『豚カツドリンク ぬるぽ味』と表記されている謎ジュースを啜っていてガン無視しているし、のどかはあわあわと慌てていてフォローのフの字も感じられない。木乃香に至っては笑うだけだ。

 

 如実に同じ印象を持っている事を語っていた。

 

 「ホラ 皆もそー思ってるじゃない」

 

 「うおーいっ!? ちょっと酷くない!?

  私、人格を誤解されまくってる!?」

 

 「“理解”でしょ?」

 

 「うっさいっっ!!」

 

 そのKYさと傍若無人さで定評のあるハルナが、円の冷静なツッコミでタジタジである。

 

 文科系のクラブのくせに登山部並みの体力を必要とする図書館探検部。

 この学園都市の中でもかなり非常識な部類であるクラブであり、当然ながら活動を続けられるのはクセのある生徒のみだ。

 

 のどかや夕映ですら、そこらのロッククライマーより垂直壁の昇降が上手いのだからその非常識さも理解できるだろう。

 そんな一癖も二癖もある部員らの中でもノリの一発勝負を体現したかのような少女がハルナであり、機転というか悪知恵の速さでは定評があるというのに、チアリーディング部員の口撃でボロボロにされている。

 

 コレも成長なのかと楓らは妙な感心もしてみたり。

 

 しかしそこは早乙女ハルナ。言われっぱなし終わるほど軟な生き方をしていない。

 

 「大体、くぎみんが悪いんでしょーに!!」

 

 「責任転換はよしてよ」

 

 「なによーっ

  作業中にオトコのこと考えてニヘニヘしてたら誰だって気にするわよ!!」

 

 喰らったカウンターは痛かった。

 円の頬をズパンッと音を立てて見事に左ストレートを喰らってしまったのだ。

 

 「 だ ……っ ! ?

  スーハー スーハー

  誰が……横島さんのこと考えてたって……?」

 

 しかしそこは今の円。

 伊達にエヴァや零と会話し続けきた訳ではない。

 軽く小さく深呼吸をしただけで即行で冷静さを取り戻したのだから。

 

 だが、相手はメガネ魔神と謳われている(?)ハルナである。

 

 糸を見つけたら勢いは止まらない。

 

 「ほぅ横島さん(、、、、)

  横島さんでスかー

  お相手はナナちゃんのお兄さんですかー 成ーる程ー」

 

 「 …… ぐ ぅ っ ! ? 」

 

 あちゃー…と顔を覆う楓と古(と、零)。

 そこで詰まってしまうところがまだ青いと言えよう。当たり前であるが。

 

 「なーるほどー 楓ちんとくーちゃんと想い人が同じですかー

  だったら悩むよねー」

 

 詰まった瞬間、形勢は逆転。一気に攻勢に入るハルナ。

 ついでに余波を喰らってしまった二人は同時にナニかを吹き出してしまっていたが。

 

 「ちょ、まっ、ハ、ハルナ殿!?」

 

 「な、何で私たちの名前が出るアル!?」

 

 「ふふん 私が知らないと思ってんの?

  大体、横島さんの話が出た途端には乙女な顔してはにかむじゃないの。

  それで気付かなきゃ節穴よ。チョコの銀紙丸めて突っ込んでた方がマシなくらい」

 

 「お、乙女って……せ、拙者が?」

 「えと、は、はにかんでるアル……か?」

 

 怯む武道四天王の二人と円を前に、すっかり調子を取り戻したハルナはチッチッチッと指を振って見せる。

 

 もう追い詰められた状況の影すら残っていない。

 

 おまけに意外過ぎる伏兵すらいた。

 

 

 「? あれ?

  でも楓お姉ちゃんとくーお姉ちゃん、お兄ちゃんとちゅーしたんレスよね?

  円お姉ちゃんもお兄ちゃんにホレされろって言ってたレスし……

  円お姉ちゃんはまだ好きじゃないんレスか?」

 

 

 ピキーンと凍りつく空気。

 

 いっそ清々しいほどの暴発である。

 

 円なんぞのっぺらぼう宜しく表情をなくして真っ白だ。

 

 当のナナはサッパリサッパリの様で首を捻るばかり。その無垢々々さが恨めしい。

 

 

 「「 楓 姉 ー ? 」」

 

 「「「 く ー ふ ぇ ー ? 」」」

 

 

 当然、その件は聞いてなかっただろう少女らの、平べったい声が引き金だった――

 

 

 「「「「「「「 ち ょ っ と そ の 件 を 詳 し く ー っ っ ! ! 」」」」」」」

 

 「御免でござるーっ!!」

 「黙秘ーっっ!!」

 「勘弁してーっっ!!」

 

 

 

 

 

 結局、どたどた走り回るだけで終わってしまった昼休み。

 

 騒ぎを振りまいたナナは何でそうなったか解らず『?』マークを頭に浮かべたまま兄の元に駆けて行き、零は逃げ回る三人を見ながら爆笑していた。

 楓や古も修学旅行前の様に問い詰められて心労でぐったりしているし、円も当然力尽きている。

 

 恋バナがメインであったものの、何時ものクラスの騒動であり、何時ものノリだ。

 午後の授業にやって来たネギも力尽きた三人に驚いているけど。まぁ、些細な事だし。

 

 

 そんな光景を見ながら、超は静かに微笑んでいた。

 

 ここに来て二年。

 

 たった二年。僅か二年だ。

 

 その間にこんなに見慣れ、この空気がこんなにも楽しいと感じてしまうとは思わなかった。

 

 これに関しては、嬉しい誤算と言えよう。

 

 

 しかし、超は思う。

 

 だが、と仮想する事がある。

 

 ――もし(、、)、世界樹に異常がなければ。

 

 もしも、それに気付かなければ。

 

 或いは“あの晩”に彼の力を見ず、正気に返らなかったら……

 

 

 

 いや……と頭を振って、不毛なIFを否定した。

 

 何の為にここにいるのか、何を背負って何を覚悟してここにいるのか忘れてはいけないのだ。

 

 だからこそ――と、超は眼前の子供教師に眼を向ける。

 

 「この試練。越えられるカ? ご先祖様……」

 

 

 

 

 そして、

 

 

 

 

 「アナタはどう動くかネ? 横島サン……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃――

 

 

 「やっぱ、あの樹を中心にして力溜まりがあんなぁ……」

 

 『霊脈の出口に近いものがあるな。

  しかし、往来のド真ん中ではないか。それは学園側も対処に困るだろうな』

 

 「ぴぃ?」

 

 「うん。

  運悪く直撃したらその魔力に酔い潰されておかしくなんだろうなぁ」

 

 『確率的には無いに等しいが、魔力を受けて魔法使いになりかねんしな』

 

 「そんな場所が何ヶ所も……そりゃ堪ったもんじゃねぇだろーなぁ」

 

 「ぴぃ~?」

 

 「先生らには世話ンなってるしな。ま、どーにかするさ。

  美神さんに肖ってやってみっか」

 

 

 

 

 

 等と柄にもない親切心を空回りさせようとしていた。

 

 

 

 ――人、それをありがた迷惑と言う。

 

 

 

 




 毎度言ってますが、ヒロインは楓≧古≧円=零という順で、その後ろから数人が付いてきます。
 結局ハーレムかよ?! とツッコまないでください。たのんます。
 ナナやさよ“等”は妹ポジションなので別ベクトルで楓とどっこいどっこいです。未来的にどーなるかは兎も角ww

 今時間目は何のネタも無いようでいて、実はある前フリの為に必要でした。実に色々と。
 ラストのアレは一番解りやすいネタでしょうがww

 私の方の超は正気に戻った事をちょっとだけ……あくまでもほんのちょっとだけ、後悔してます。だけど計画を起こす事に躊躇はしませんし、止めるつもりもありません。本心から命がけです。
 真名は真名で、計画の成功確率云々を横に置いて、プロなのにやってみたいという自分の意志に負けて、ゼロじゃないというだけの低すぎる可能性に賭けてますし。
 そうまでしてやりたい、やろうとしているのを表現できるかどうかが難しいところですね。いやホントに……

 がんばって表現しようとしてたんですけどねー 原作のラストの方の超ちんが……いや言うまい。

 次から本格的に学園祭イベント。
 デート編とかも必要だなぁ(意味あります)。
 結局は超と関わる事になるでしょうし。

 ともあれ続き見てのお帰りです。
 ではでは~


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休み時間 <幕間>:あんだんて
本編


 

 少女は自分に絶望していた――

 

 黄昏時の夕日を浴び、身体を琥珀に染めながら肩を落として佇む。

 その表情、空気からも体感している自信を失っている程が解るというもの。

 

 否、解ってしまうほどの陰の気に溢れているのだ。

 

 こんな子供が何を大げさな…等と言う事無かれ。

 

 ある程度の年齢の少女には他者には些細な事であっても、かなりキツイ傷を残す事だってあるのだから。

 いやまぁ、確かに言い過ぎだという感も無い訳ではないが、当の本人にとっては絶望に近いものがあるのだろう、前述の通り身に纏っている空気には瘴気にも似た澱みがあった。

 たっぷりと縦線の入っている煤けた表情のまま、何故か絵の具で汚れているエプロンを力無く外しつつ溜息を吐く。

 その溜息がねばっこく地面にどろりと零れ落ちて広がってゆく様を幻視できる。それほどの重~く深~く長~い溜息であるからこそ、その落ち込み様が解るというもの。

 

 「うう……

  私ってダメ……」

 

 喋られるだけマシであろうが、それでもテンションのダウナー具合はかなりのもの。

 溜息を吐くと幸せが逃げると言うが、これだけ酷い溜息を吐いてると一回で不幸のズンドコだろう。

 夕暮れの時という事もあって黄昏感に拍車が掛かっている。

 

 そんな少女に、

 

 「ああんアスナ。

  せっかくチャンスやったのにー」

 

 「あんなに勇敢なアスナさんが……」

 

 イキナリすぐ側から呆れと驚きを含んだ二つの声が掛けられた。

 

 別に気配なんぞ隠してもいなかったのであるが、意識がすぽーんと他所に取られていた事もあって二人の気配に全く気付けず、流石の少女も『わっ』と驚いて仰け反ってしまう。

 

 声の主は、寮で自分と同室の少女とその幼馴染の少女。

 

 修学旅行の騒動からこっち、この二人は繋がりを断たれていた時間を取り戻そうとしているかのように、どこに行くにもくっ付いて行動している。その仲良さげな様は百合説を浮上させてしまうほどに。

 

 まぁ、百合云々の真偽は兎も角、二人とも部活中に様子を窺っていたのか、部の衣装(?)のままで、一方は占い部と書かれた魔女っぽい鍔の大きなトンガリ帽子を被っており、もう一方は剣道をやっているのだろう剣道着だ。

 全く違うベクトルのクラブなのに、どうやって一緒に行動しているかは謎である。

 

 それはさて置き――

 

 責める訳ではないものの、吸血鬼に対峙しても怪異に出会っても殆ど臆する事の無かった少女が、こんなにも萎縮しているとは一体何があったと言うのだろうか?

 

 「たった一言やん。どーして言えへんの?」

 

 「ダメ……どうしても緊張しちゃって……

  大体、高畑先生と一緒に学祭回ってるシーンがイメージできないし……」

 

 そう。彼女が直面している難問は、愛しの彼(元担任教師)に一緒に学園祭を回りませんかと誘う事である。

 

 600年を生きる吸血鬼と相対しても、百を超える式鬼と向かい合っても怯えはしたが前に進めた肝の太い(暴走しただけともいう)彼女であったが、事が色恋沙汰となると話は別のようで、『エライよね、本屋ちゃん……』等と大人しくて引っ込み思案のくせにキッチリ告白しているクラスメートに心底感心していたり。

 

 考えてみれば武道四天王と謳われている級友の二人も、この三人に恋愛沙汰で相談を持ちかけられているのだから、脳筋的少女というものは戦いに関する事以外の性根がヘロヘロなのかもしれない。

 

 「ここで必要な勇気に比べたら バケモノ相手に暴れる勇気なんてどーってことないよ。

  ホント……」

 

 「あ そ、それは解る気がします」

 

 こんな事に同意する娘もいるし。

 剣道着の少女も納得したらダメだろう。それ、女の子としてどうなん? 等と幼馴染が将来を危ぶんでいたり。

 

 魔女帽の少女の記憶に新しいのが、相談に乗った中華な同級生。

 実はその想い人の青年は未だ心に大き過ぎる傷を抱え込んでおり、件の中華な少女は何もかも中途半端な自分程度であの人を支えられるのだろうかと涙すら浮かべて本気で悩んでいた。

 

 この目の前にいる同室の少女のよーな勢いだけのヘタレでスカポンタンなのではなく、本気の本気で想っているからこそ相手の懐に踏み込めず悩み悶え、その悩み故にLikeをぶっちぎってとっくにLoveに踏み込んでいる事に気付けなかったほど。

 

 大きなお世話な気がしないでもなかったのだが、あえてショック療法でそれに気付かせる事によって何とか持ち直させはしたのだけど……

 まさか同様の悩みを抱えていたバカ忍者を同様のネタで背中を押して距離を修復させた当の本人が、よりにもよって告白云々以前にオコサマレベルのデートにすら誘えないというのは如何なものか?

 

 つーか、又聞きではあるがバカブルーに対して相当に叱咤激励したようなのに、自分の方はネガティブ一直線はアカンやろ。と、溜息を吐いてみたり。

 

 「……いい 私ずっと片思いで……

 

  今のままで満足……」 

 

 ずずーん、と空気が重低音の響きを立てそうになるほどの落ち込みを見せる少女。

 ルームメイトはどうしてくれようかと、ちょっとイラっとしてた。

 そうやって足踏みばっかしてても何の解決にもならないし、諦めて繋がりすら無くしたら後悔するのは明白だ。

 当たって砕けてしまえ……とまでは言わないが、それなりのけじめを付けた方がスッキリするのにと思いはするが、以前のような関係を壊すのは辛いのだろう。

 

 まぁ、その気持ちは痛いほど解る。特にこの魔女帽と剣道着の少女らには。

 

 解りはするのだけど、こーゆー場合の助言は難し過ぎる。

 何しろ自分らが恋愛沙汰に慣れているのかというと、若葉マーク以前に経験ナッシングなのでどーしよーも無いのだから。

 

 「アカン……掛ける言葉が思いつかへん」

 

 「私もちょっと……」

 

 混沌が這い寄って来そうな影を背負ってフフフ… と静かにワラう少女を痛ましい(つーかイタタな)目で見守るしかないというのか?

 何と自分らは無力なのだろう。

 

 そう二人が肩を落とした時だった――

 

 

 

 

 

 『へへへ どーやら手助けが必要みたいだな』

 

 

 

 

 

 救い(?)の声が聞こえてきたのは。

 

 

 バッと慌てて身構える三人。

 

 流石にイヤっというほど扱かれている三人は、戦闘モードに入る間隙が少ない。

 

 不必要なまでに厳しい吸血鬼なクラスメートのお陰(所為)で、怪異に相対してしまった際に一瞬でスイッチが切り替わるようになって(されて)いるのだ。

 

 「誰っ!?」

 

 アレだけダウナーだったのが嘘のように、愛用のハリセンを取り出して身構える少女。

 

 正眼に構えるのは視界を広くする事と、初見で距離を取るためだ。そこまで無理やりにも鍛えられている事が涙ぐましい。

 

 『おおっと、オレっちの事をお忘れじゃねーか?

  そういった色恋沙汰に関しちゃあ、誰よりも頼りになるオレっちの事をよ』

 

 「何?」

 

 その声に、魔女帽の少女を後ろに庇いつつ、アーティファクトの小剣から二振り取り出して構えている少女が怪訝そうな顔をした。

 

 向こうはこっちを知っている。そう言っているのだから。

 

 警戒は消さないが、いきなり投擲するような真似は自重する事にし、声と気配のする方……街路樹の陰に声を掛けた。

 

 「キサマ……何者だ?」

 

 問い掛けに応えるかのように、木の陰からフーっと煙が吐き出される。

 

 雰囲気からすると、やれやれと肩を竦めているようだ。

 

 だが、このままでは埒が明かないと踏んだのだろう、声と煙の主はよっと腰を上げて陰からその姿を現す事にした。

 

 『フ 忘れてるようなら、もう一度名乗ってやろじゃねぇか。

  その可愛い耳の穴に染み込ませ、心に刻み込むんだな。

 

  メルディアナ魔法学校を主席で卒業したネギ=スプリングフィードを兄貴と慕う一の子分、

 

  ケットシーに連なる妖精族、

  誇り高きオコジョ妖精に席を置く一匹狼…ならぬ一匹オコジョ妖精、

 

  アルベール=カモミール 通称カモ君たぁ、オレっちの事よ!!!』

 

 何と彼女らの担任の使い魔、いや使い魔として登録されている彼の相棒、

 

 久しぶりに再会した時なんぞ麻帆良中を逃げ惑った揚句、畜産科で保護されていたというボケかまして毛皮をネズミ色にくすませていたこの小動物の正体は、

 

 そう、誰あろう。

 最近とんと影が薄くなりまくったオコジョ妖精、アルベール=カモミールその人(オコジョ)であった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あー 見て見て、せっちゃん。イタチやイタチー」

 

 「でも喋ってますね。妖の一種でしょうか?」

 

 「フェレットじゃないの?」

 

 『ちょっ、まっ!! 姉さんたち、マジに忘れてる!?

  オレっだよオレっち!! 皆のアイドル、カモくんですぜー?!!

  つかずっといるじゃねーか!!』

 

 

 「なーなー せっちゃん。この子、おじいちゃんに報告した方がええかな?」

 

 「ええ 侵入者のようですしね」

 

 「捕まえとこうか?」

 

 『 ち ょ っ と ー っ ! ! ? ? 』

 

 

 何とゆーか……

 

 ここんトコの認識では使い魔は可愛い純白の小鹿だったし、一緒にいる皆の妹分の愛くるしさに目が行きまくって、マジにほとんど忘れかかってたりする。

 同じ使い魔でも目に優しいのと、目にイタタとだったらどっちに目が向くかは言うまでもない訳で……

 

 まー らしいというか何と言いますか、かな~りgdついたオコジョ妖精のシーンであった。

 

 

 

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         ■休み時間 <幕間>:あんだんて

 

 

 

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 さて、少女らが実に乙女らしい事で悩んでいた明くる日――

 

 学園祭まであと六日となった事もあって、麻帆良内の活気も尋常ではないレベルに達していた。

 

 元々の規模が尋常ではないし、大,高,中と一貫して同じクラブもあるので、必然的に出し物も大学部が介入してきて大掛かりになってゆく。

 ぶっちゃけ、学園そのものを使った祭りとなるので、そこらのテーマパークより規模が上回ってしまうのだ。

 

 何せ学園内にある龍宮神社の縁日も、所謂“テキ屋”ではないというのだから。

 確かに()より麻帆良の方が技術的にも体系的にも上回っているのだけど、何から何まで行えてしまうここの事情には頭痛がしないでもない。

 

 とはいえ、ここで生活をしている者達からすれば例年行事であるし日常茶飯事。だーれも気にしやしない。

 現にアミューズメントパークのパレードの真っ最中にしか見えない通学路の様子にも、今年も始まったでござるなーと楓らも呑気に見物してたりするのだから。

 

 休日だから彼女もタンクトップにスラックスという、ラフな格好。

 彼女を左右から挟み、一緒に見物している鳴滝姉妹も白いセーラー服(水兵の方)で目を輝かせている。

 毎年集客宣伝やら出し物がドハデにランクアップ(エスカレート?)している感がある為、彼女らも楽しみにしているのだ。

 

 「楓姉ぇ 横島さん今晩から来てくれるんだっけ?」

 

 のんびりと散歩しつつボーっと眺めていた三人であるが、ふと思い出したか史伽がシャツを引っ張ってそう問いかけた。

 

 「そうでござるよ」

 

 昨日会った時に確かにそう言ってたでござる。楓がそう言葉を締めるが、風香も史伽もオヤオヤ~とニソニソ笑いを強める。

 昨日会ったじゃなく、昨日()の間違いでしょ? という意味らしい。いや言わずとも楓には解った。だからあえて無視。藪を突いてアナコンダ3は勘弁だ。 

 

 ……尤も、一緒に作業というのが嫌という訳ではない。古もそうらしいが楓とて楽しみだったりする。

 

 無自覚だろうがそれが表情に出てたりするから、鳴滝姉妹もニソニソが止まらないのだ。

 この双子、彼女の変化とか戸惑いをこうやって第三者的に見て楽しんでいる様子。気楽なものであるが、あんまりちょっかいを掛けて来ないのはありがたい。真名も見習ってほしいものである。

 

 「……ま、夕方まで時間もござる故、うぉーきんぐまっぷの仕上げといくでござるよ」

 

 「物凄いヘタクソな話の逸らし方だけど……はーい」

 

 「あ、そっか。

  どーせ夕方に会えるから横島さんに聞いたらいいんだー」

 

 「……」

 

 黙秘剣……いや、黙秘権を行使してずんずん先を歩いてゆく楓の後ろを、おもっきり楽しげな顔で追う二人。

 実はこの三人、部活らしい部活が不明なさんぽ部であるが、折角の学園祭なんだからと学園祭巡りのガイドにロードマップを製作しているのである。

 とは言っても都市内のほほ全てを歩き回っている三人なのだから、素人でも気軽に歩けるコースを検討して再確認する程度。できあがればそれを執行委員会に提出するだけでだ。

 

 無論、来園客(しつこいようだが、学“園”だから)にとっては大助かりなので、執行委員会にとってもありがたい話。実のところさんぽ部初の出し物と言える。

 ここんトコず~っと楓は横島らと修行していたので、偶には部活らしい事でも……と思い立ったのが始まり。結果的には学園サイドの役にかなり立っているのだが。

 学生の本分たる学業は……まぁ、横に置いといて、ものごっつ素晴らしい修行もできてるし、学園生活も積極的に行っている。何気に充実している楓であった。

 

 が、

 

 『……おかしいでござるな』

 

 一歩歩く毎に何故か不安が募ってゆく。

 いや、不快感と言った方が良いだろうか?

 

 『何やらここで呑気にしていてはいけないような……』

 

 奇妙な苛立ちと、焦りのような不可思議な感触が胸に湧いてくるのだ。

 

 『よもや古が抜けが……もとい、ケシカラン行動に出ているとか……

  油断ならぬ女子でござるし……』

 

 とりあえず自分の事は棚の上らしい。

 だが、それは無いと言える。

 

 『ム? いや、古は先程見たでござるな。当日の演武の打ち合わせをやっていたでござるし……

  あの様子では、初等部との打ち合わせも行うようでござる。となると……』

 

 円はナナと共に何処かへ出かけている。

 仮にある男(、、、)と待ち合わせをしていたとしても、愛妹がいるのだからケシカラン真似はすまい。妹だけ先に一人で帰す等というスカタンな行動は、大首領がコミケ会場に出向いて魔女っ子のコスプレしてカメコの前でポーズとる事よりあり得ない。

 

 では……?

 

 『可能性としては……ナンパ、でござるか……ならば安心でござるな。

  横島殿のナンパ成功確率はゴ○ゴの失敗率より低いでござるし』  

 

 ボロクソである。

 つか、せっかく名を伏せてやったのに台無しだ。

 

 まぁ、男の正体云々は横に置くとして、そうなってくると不快感の正体が解らない。何せ彼女の勘は彼が関わっていると告げているのだから。

 

 誰かと逢引とか、それ以外が浮かばんのか? という疑問が浮かばないでもないが、偶然にも古の方も同時刻に同じような不快感を感じていたりする。不運にも、丁度組み手の相手になっていた中武研の高等部,大学部の男子がエラいとばっちりを受けていたりするし。

 

 イラつきとしか言えない不快を抱えた二人。

 

 だが正体は解らない。

 

 こんな感触を抱えたままというのも不快極まるのであるが、どうせ夕方には絶対に来るのだし、その時に問い詰め……質問すれば良いではないか。そう一応の決着をつける二人だった。

 

 無意識に歩行速度が上がっていて付いて来る姉妹がエラい疲労してたり、組み手につき合わされていた部員が半死半生になったりでタイヘンな目に逢ってたりするのだが……

 

 しかしそれが、恐るべき“乙女の勘”であったと知る由もなかった――

 

 

 

 

 

 

 「えっ ブシッ!!」

 

 往来のド真ん中で見事な○トちゃんクシャミを披露する青年が一人。

 横を歩いていた少女も、その余りに見事なクシャミ具合に瞠目していたりする。

 

 「むぅ……誰かがオレの噂をしていたか?

  あんま酷いコト言われてなかったらええなぁ……」

 

 「酷いウワサ前提なん?! ……あ、ですか?」

 

 「まぁ、昔は

  『おぅっ?! どこかで美女がオレの事ウワサしてんのか?! ヒャッハー』

  とか考えとったけどな……

  現実は無常なんや……」

 

 「……」

 

 少女はあえて言及を避けた。

 

 まぁそれは兎も角、と彼――横島も涙を拭いて何とか立ち直り、体裁が悪い為かややぎこちないが笑みを少女に向けた。

 

 「それは置いといて……

  今日は悪りぃな。付き合ってもらって」

 

 「ふぇ?

  あ い、いえ、それはええんや……

  いや、いいんです。これくらいお安い御用や……です」

 

 「いや、せやから使い慣れん丁寧語はええて。キミかて関西弁の使い手やん」

 

 「ホンマで……本当ですか? あ……」

 

 「また~」

 

 そう苦笑してみせる横島に、少女は恥ずかしいのか身を縮めてしまう。

 

 彼は、この少女を元気な子ではあるが のどかとは別ベクトルで内気で、内向的とは行かないまでも失敗をやたら気にするタイプであると見ている。

 身近に自分の失敗は人の所為にする上司とかがいた所為でかなり新鮮に見えてたりするが、このままでは彼女の為にはならない。その事を感じるからこそ“あの娘”のお願いに乗ったのであるが……

 

 「……今更やけど……難しいなぁ……」

 

 「え?」

 

 「あー いやいや。服の色とかの事。白ばっかしやとなぁ……と」

 

 「ああー……

  でも、似合うとりますよ? かのこちゃいと色がおそろいやし。

  黒髪が映えてええんちゃいます?」

 

 「せやけど、やっぱなぁ……

  ま、そこは先生のセンスに期待するっちゅー事で」

 

 「せ、責任重大や……」

 

 緊張する性質なのか、服選びを任せれただけで硬くなってしまう少女に、横島も苦笑しか出来ない。

 だが、“だからこそ”という気持ちが湧いてくるのだから不思議である。いや、横島らしいと言えるのか?

 

 兎も角、彼はやや大げさな身振りで少女に頭を下げ、

 

 「兎に角今日はお願いするわ。亜子先生」

 

 「ひゃうっ!? お、お手柔らかに」

 

 「いやそれ、使いどこ違……まぁ、ええか」

 

 そう、おどけて言うのだった。

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 切欠はやはり、最近鍛えられてきた円の“眼”であった。

 

 亜子の態度というか、行動がぎこちなさを増し、授業中もぼーっとする事が増えて説教される事もあったし、演奏の練習をしていても調子どころか音まで外す事が増えてきていた。

 

 どうかしたの? と問い掛けても何でもないと返すだけ。

 それだけならまだ良いのだが、円はその返答のニュアンスに微妙な距離と壁を感じたのである。

 

 だが、距離を詰めて問う事も憚られた。

 というのも、それを行おうとすれば微妙に身構えて壁を分厚くするのである。

 かと言って放っておけるような薄い仲でもない。これには美砂達も困ってしまった。

 

 この調子なら本番は上手くいくとも思えないし、練習中のミス程度ならまだしも、本番中にこんなウッカリをかませば練習してきた意味も無くなってしまう。

 

 いや、ステージを失敗する程度なら笑って終わらせられるのであるが、亜子はその性格上、ずっとその件を引き摺ってしまう可能性があるのだ。いや、高いのだ。

 

 何せ彼女はプレッシャーに弱い。

 お遊びに近いが、それなり以上に頑張って取り組んできたのだし、自分らも亜子も頑張ってきた。こんな訳の解らない事でパーにしてしまうのは惜しいし、何よりこのままでは亜子がまた以前のようになってしまう。 

 

 しかしどうすれば――……?

 

 

 

 

 普通買い物となると都心部に行く必要もないほど、麻帆良には何でもかんでもある。

 

 一地方にあると都市というより、独立した国家に近いものがあり、流通ルートもその地方地方のものだはなく、独自のものを使っている節もあるのだ。

 ……まぁ、その裏には関東魔法協会の中心位置だからだるという理由も隠れているのだろうけど。

 

 そんな裏の事情はさておき――

 

 何の関係もない一般人の男女問わず流行やらオシャレやらが関われば移動距離等も関係なくなるので、結局は学園都市から外に出る者は普通にいたりする。

 尤も、今現在は学園祭期間中という事もあってそんなに出てはいないだろうが、それでもゼロではないだろう。

 

 「……まぁ、いたとしても顔見知り以外は解んねぇけどな」

 

 「はい?」

 

 「いやいや 何でもない」

 

 そんなトコに出て来ているのだから、彼も何時もの青いツナギではなく、さりとてジーンズにジージャンという悲しい服でもない。

 ジャケットを軽く羽織り、身体に合ったスラックスに靴もカジュアルシューズという、以前の彼からは考えられない格好である。

 ビンボー臭くないし、意外に足も長めなのでけっこう見栄えが良くなってたりして、誰かさん達がいれば喜んだかもしれない。

 尤も、楓のプレゼント兼AFとして出しっぱなしの赤いバンダナは相変わらず着用しているし、白小鹿を連れているのも相変わらずなのでちょっとチグハグなのが物悲しいが。

 

 ともかく、その見栄えは本人が絶望してギャーギャー言うほど悪くはないし、彼も相手にはかなり気を使ってくれるのでデートとかには最適だと言えるのだが、どう言う訳か彼が声をかける相手は派手好みとか見た目重視ばかりなので一回もナンパが成功した事がない(記憶が消滅している十年間は知らないが)。

 

 まぁ、今現在やや後ろの位置を歩いてきてくれている少女には全く関係ない話であるし、そういった目的ではないとはいえ彼が身なりを整えてくれている事に文句なんぞ出よう筈もない、

 

 普段はそれなり以上に忙しい麻帆良の用務員達であるけど、学生達の頑張りが高まってゆくのと比例して片づけや掃除という行動が学生らの邪魔になってくる。

 何せ部外者から見れば立派にゴミであっても、準備をしている側からすれば備品の一つという事もあり得る。

 例え鉋屑のようなものでも飾りに使わないとも限らないのだから、使いどころは違うだろうが“足の踏み入れ場もない”のだ

 となると、学生達がゴミ置き場にまとめて置いているモノを廃棄するだけとなるのでやっぱりやる事が少なくなってきた。

 無論、祭りの後は地獄だろうけど。

 

 さてそうなってくると学生達とは逆にけっこう時間が取れるようになった横島は、街をブラついてナンパをするというチャンスが……

 

 あるはずだったんだけどなー……

 

 はぁ、と溜息を吐く横島に気付き、亜子が首を傾げていると、後ろから問い掛けた。

 

 「どうかしたんですか?」

 

 「ん? あー……いや、自分のセンスの無さにちょっと未来的な不安が……」

 

 瞬間的に方便を組み立て、実に現実味のある顔でそう返した。

 何せちょっとでも自分に対して陰の気を見て取ると、この少女はコンプレックスを発動させて落ち込みかねないのだ。

 すごく自然に言葉を返せた自分にエールを送りたいが、美少女に対してウソが上手くなる事には眼から心の汗が溢れ出てきそうである。主に良心の痛みで。

 

 とはいえ、彼女にとって悪い事をしている訳ではないので良心の呵責は(そんなには)ない。それだけが救いだろう。

 

 「服の方は一緒に渡せるし、どないでもでけるんやけど……

  それに未来的にインナーに困るやろしなぁ……

  まさか かのこに頼んで買わせる訳にもいかんし」

 

 「ぴぃ?」

 

 インナーと書かれたメモ持って買い物に行く小鹿。

 シュールと言うかなんというか……

 

 実のところこの小鹿なら訳もなくやれるだろうが、そんな方法をとるといらん誤解を呼び込みそうだ。

 主に犯罪的に。

 

 「……悪いけど今回の亜子ちゃんから渡しといてくれへん?」

 

 「あははは お兄ちゃんもタイヘンですねー」

 

 「フフフ これで気ぃ抜いて思春期に入ったら、どうなる事やら……

  デリカシー無いの!? お兄ちゃんなんて嫌いっ!!

  とか言われたら…………………鬱だ死のう」

 

 「わぁっ 言われても無い事で自殺志願せんといてーっっ」

 

 ――円が和泉 亜子の件で白羽の矢を立てたのは横島だった。

 

 何しろ初対面時は兎も角、彼の周囲に漂うその妙な安心感からか気兼ねが湧き難い。良い言い方をすると落ち着くのである。いや悪い言い方をすると異性として見られていないという気がしないでもないのだがそれは兎も角。

 それに、昔はデリカシーを母親のお腹に置き去りにしてきたとしか思えない人間であったのだが、何だかんだで成長(失敗の連続から学んだ?)しているのだろう、元々妙に勘だけは良かった事もあってか実に機微に聡い。

 

 そしてじわりじわりと無意識に歩み寄ってくるので何時の間にか悩みやら胸の内に篭るものを吐露してしまう。

 問われる、のではなく言ってしまう(、、、、、、)。これが大きい。

 

 加えて間にナナと かのこいうクッションがあった。

 つまり、良い子しているナナにご褒美にお洋服を買ってあげようと思う(これは本当にナイショで買おうと思っていた)。

 最終的に自分がどれを買うか選ぶのは筋であるが、選択肢に至るまでが凄く遠い。よってアドバイザーが必要である。

 嗚呼、だけど残念ながら当日(つまり今日)空いている娘がいない。楓も古も部活らしいし、円はチアリーディング部のミーティングが朝急に入ったらしい。

 頼られた円は困り果て、“たまたまスケジュールが空いてる”亜子を拝み倒し代役を頼み込んだ――という事である。

 

 「にしても、子供服って高いんやなー……

  ウチ、こんな値段や知らなんだわ」

 

 「まー 安いモンやったら幾らでもあるんやけどな。

  やっぱ兄貴としてはちょっとでもエエ服買うてやりたいとゆー見栄が……」

 

 「ホンマ、お兄ちゃんもタイヘンやなぁ」

 

 「あはは ま、こんな苦労やったらバッチコイやけどな」

 

 「ぴぃぴぃ」

 

 「ん? かのこちゃんもそう思うんかいな」

 

 「ぴぃ」

 

 「あは ホンマ仲ええなぁ」

 

 円の読み通り、あっという間に亜子の空気と馴染んでいた。

 

 彼は不自然なほど関西弁を多用していたのであるが、彼女も関西弁である為かそれが良い方向に向いたか、店を二,三軒回った頃には割と気軽に軽口を利けるようになってきて、ナナとの生活の話を経てお友達ランクで会話が出来るようになっていた。

 亜子の方も最初こそ緊張があったようだが かのこというワンクッションがあり、自分にも愛嬌をふりまくものだから気持ちが(ほぐ)れるのも早い。

 

 まぁ、亜子が女子高生だったらもっとみっともないトコを見せていたかもしれないが、相手は女子中学生。心の中にガッチリ理性の壁を作っている対象である。

 お陰でご近所のお兄さんレベルを貫けていた。

 

 しかし、こう美少女(ちゅーがくせー)と話をすればするほど己の女っけの無さに目頭が熱くなってくる。

 いや全く寄って来ない訳ではないのだけど、来る子来る子が女子高生未満というのはどういう事か?

 

 そりゃまぁ、見目麗しいし性格も良いし文句言う事なんかあるわきゃ無いのだけど、如何せん唯一の欠点が二の足踏ませている。つーか、その唯一の欠点が痛すぎで一歩も進めないのだ

 

 何せ如何に美少女であろうと皆して“じょしちゅーがくせー”なのである。

 

 考えてみよう。

 確かに積み上げてきた記憶は殆ど無くしたとはいえ彼の実年齢は二十七歳なのだ。

 二十七歳のれっきとした大人が、じょしちゅーがくせー萌えーっっ とかほざけば普通は引くだろう。つかバッチリ変態だ。

 いくらドスケベという自覚があるとはいえ、自分の趣味はあくまでもノーマルであり、決してロリではない(注:自称)のだ。濡れ衣(注2:自称)はゴメンである。

 

 そう違う。違うのだ。絶対に。

 

 だから楓が時たま見せるようになった可愛らしさにドキンとしたり、古のはにかむ顔を見て頬が火照ったりしないし、

 あまつさえ円が顔を照れたりしてそっぽ向いたりするのを見て照れが移ったり、零の仕種に色気を感じて鼓動が早まったりするわきゃ無い。無いったら無い。無いのだ。無いんだっっっっ

 

 チクショー オレのジャスティスが引退なんかしなければもっと耐えられた(と思う)のに……裏切り者ーっっ

 

 今、心にあるのはNGな守護騎士達。これがまたじぇんじぇん役に立ちやがらねぇ。

 こんニャロー達は彼女らの仕種にどっきどきっとする度に『ローリコロリーン!』『つるっぺったーんっ!』等と煩くて敵わない。

 理性を守ってくれる筈の騎士達が本能先導してどーすんじゃ、ボケーッッ!!

 

 等と心中では力の限り魂の叫びを上げている訳であるが、表面には全く現さず涼しい顔。

 

 「でも結局は、ワンピにしたんですね」

 

 「アイツ、スカート好きやしな。

  ジーンズは締め付けられ感があってあかんのやて」

 

 「あ、でも可愛ゆうて似合う思いますよ?」

 

 ――この通り素面顔だ。

 流石兄者と言っておこう。

 尤も、心の中は横の少女の事をそっちのけ気味なので激しく失礼なのであるが。

 

 

 

 

 「白が一番似合う分、苦労しましたね」

 

 「せやけど、まぁまぁなんは買えたからな。

  気に入ってくれたらええんやけど」

 

 思っていた以上に時間が掛かってしまったのであるが、それでもコレッ! というものを見つけられたのは幸いだった。

 ポケットが服のラインで目立ちにくくした大人しいデザインの、それでいて可愛らしい系のを一つと、飾り気のないのを一つ。こちらは自分でアクセと組み合わせで着るタイプだ。必然的にアクセも買ってやれるというお得もあったりする。

 

 二着買ったのは気分。

 三着でも良かったのだが、絶対に恐縮するだろうから妥当な数だろう。

 

 そして目的の買い物が終わった今は、お礼として亜子をお茶に誘い、適当な店を探してぶらついている所である。

 何せ小鹿(ペット)同伴なので微妙には入れる店が少ない。

 

 「絶対喜んでくれる言うとるやないですかー」

 

 「解んねんけど、不安は不安。プレゼントってそんなもんやろ?」

 

 「あ、そっか。せやなぁ……」

 

 その人となりを知ってはいても、何かプレゼントする時や、何かで喜んでもらいたい時等は不安になるもの。

 気持ちが篭れば篭るほど、それ不安はより大きくなって出てくる。

 

 「相手にある気持ちが本モンでありゃああるほど、

  独り善がりちゃうやろか思うんは当たり前や」

 

 「…………………せやなぁ」

 

 級友に不可思議ジュースを飲みまくる少女がいる事と、彼の言葉に“何か”を感じたのだろう。意外なほど深く受け止めている。

 

 そんな様子が目の端に入ってはいるのだろうが、彼はあえて何も言わない。

 

 「まぁ、オレもかな~りイタイ目みとるさかい、エラソーに言えた義理ちゃうけどな」

 

 精々、そう言って自分を落とす程度だ。

 

 「……でも、横島さんの選ぶのって無難なんが多いやないですか」

 

 「フフフフ……失敗がめっさ多かったからこそや。

  無難というモノを選べるようになった恥かしい過去を語れと申すか」

 

 「あ、あわっ、あわわわわ す、すんませんっっ!!」

 

 そう慌てる亜子であるが、直前に影が入りかかっていた空気が一瞬で掃われている事に気付いていない。

 横島の方からして無意識にやっているのだから当然と言えば当然であるが、それでも物凄いギリギリのタイミングである。

 何せ自分に泥を付ける事をこれっぽっちも厭わないのだから。

 

 “まぁ、そろそろいいか”と頃を見た横島は、そのまま目に止まった店に入る事にした。

 幸いにも時期が時期だからかオープンテラス。

 ウエイトレスらしき娘にこの(かのこ)も良い? と聞いたら笑顔でどうぞと言ってもらえたので直ぐに決めた。ウエイトレスの笑顔も可愛らしかったし。

 

 流石に亜子も遠慮を見せたが、“皆の妹分”へのプレゼントを選んでもらったお礼という大義名分もあるし、彼女のような娘に金銭で礼を渡すのも何か無粋だ。当然ながら礼をしないのは論外である。

 

 「せやからお昼とお茶くらい奢らせてもらうのは当然の権利やろ?」

 

 等と言われたら断り辛い。

 

 「え、え~とゴチになります?」

 

 「何故に疑問形?

  いや、今も言うたけどお礼するのは当然やし、そろそろ小腹もすいたやろ?

  遠慮せんと注文してや。

  オトコに払わすんは美少女の特権やで?」

 

 そう軽いリップサービスと共にメニューを渡す横島に、亜子も少し頬を染めて受け取った。

 

 こういった喫茶系の店を見る目も何時の間にか養われていたのだろうか、軽く誘った店であったが何だか選びぬいた用に感じが良い店である。

 

 店内からはコーヒーの良い香りが漂ってきているし、店の雰囲気も落ち着いていて、窓際やテラスも明るくてすごし易い。

 ウェイトレスの教育もキチンと行われているようだし、女の子向けだろうかデザートメニューも豊富。

 紅茶の葉の種類もコーヒーの豆の種類も多く、淹れ方すら選べるようだ。

 コーヒーと紅茶、そしてデザートの種類が豊富なので中々選び辛いのが難点か? いや嬉しい誤算なのだが。

 

 その中に今日のオススメとしてイチゴミルフィーユがあったので、それとミルクティーをセットで頼み、彼はマンデリンを注文。かのこ用にフルーツを頼んだ。

 

 勿論、注文したものが即行で来る事は無いのだが、今日のお礼やら自爆的な話を聞いているだけで時間はあっという間に過ぎてゆく。やはり引き込ませる会話は豊富なようだ。

 

 興味が向く話を聞いていれば時を忘れるもの。忽ちの内に時間は過ぎて行き、亜子がハッと気付いた時には目の前にふわふわクリームを挟んで積み重ねたサクサク生地のミルフィーユと、紺色の鍋掴みのようなデザインのコゼー(ポットカバー)がかぶせられているポットと小さなミルクポットとカップが、そして横島の前には感じの良いこげ茶色のコーヒーカップとやはり小さなミルクポットと白と茶色の角砂糖が置かれていた。

 二人は会話を一時中断し、この店の味とやらを楽しむ事にした。

 

 さて――

 

 こき使われていた所為で結構コーヒーにうるさくなっていた横島は、へえ…とその店の味に感心していたのであるが、話を中断して我に返った亜子は目の前のスイーツに集中し切れずそんな彼をチラリチラリと視線を送っていた。

 

 彼女からしてみれば、彼ははっきり言って非常に評価し辛い人間である。

 

 まず楓と(結構深い関係と)噂になり、次いで古まで加わって奇妙でエッチな三角関係を築いていると話が広まっていた。

 

 勿論、何だかんだで聡い3-Aの面々であるから、どちらかと言うと真実どうあれ面白がって単なるノリで囃し立てていた、というのが本当のところであるのだが……

 

 修学旅行から帰ってきた辺りからだろうか、楓と古の雰囲気が変わり始めたのだ。

 

 その後、唐突に転校してきた零と円と共にいきなり物凄く落ち込んだので思って心配していたら、次の日には復帰。それどころかまた雰囲気と纏う空気が変わっているではないか。

 彼との関係に何かがあったと思わない方がおかしい。

 

 尚且つ、よくよく話を聞けばその零と円も関係があるというではないか。

 いや、ただの噂なら囃したり茶化したりして終わるのであるが、どうも彼女らの様子を見ているとやはり本気であるようなのだ。

 

 ――何せ楓と古の変化はそれだけ如実だったのだから。

 

 彼女らとはずっと同じクラスに居て、同じ寮で生活し、同じ寮内浴場に入っている。

 当然と言うか、同性の気安さか、女として殿方に見られたらいけない姿まで見たり見られたりしている訳であるが……例の噂が深みを増したあたりで二人の雰囲気と言うか周囲の空気が一変したのだ。

 

 女らしい、というかこの二人のプロポーションはとても良い。

 楓は身長も高く、胸も大きいがウエストは反して細く、ヒップはそう大きくないという反則的な体型だ。

 古も小柄であるが無駄な部分が無いまとまった体型をしていて、スレンダーではあるが無駄な脂肪が全くなく、しなやでかなり良い。

 

 スタイルが良いとか、綺麗だという言葉は確かに浮かぶ。

 二人とも武道家であり、厳しく激しい鍛練を続けている事もあって傷だらけであり、打撲痕とてはっきりと見える事だってある。

 だけどその中には野生美とも言える綺麗さがあり、どこまでも武道頭であるけどやっぱり女の子でもあると感じはしていた。

 

 しかし、失礼ながら女らしいかと問われれば首を傾げざるを得なかった。

 

 女の目なのでどこかどうだとははっきりとは言えないのだが、少なくとも亜子には女らしいとか、色っぽいとかという言葉は浮かばなかったのである。

 無かったのであるが……よくよく考えてみると、前述の修学旅行の後の変化。その時には仕種や表情にはっとするほど“女らしさ”が見えるようになってきていた。

 

 これもまた女の目だからか、はっきりとこうだと言えないのだが、

 

 時折外を見ていたり、何かに思いを馳せていたり、小さく溜息を吐いたり、

 

 或いは寮での入浴時に鉢合わせをした時、身体を流す所作の中にも色気のようなものが確かにあった。

 

 そして噂に耳を立ててみると、何でもこの二人はほぼ同時に件のオトコを好きになり、修学旅行の間に会ったり出かけたりしている内に本気になったらしい。

 だが本気になってしまった所為か逆に告白は行えず、本気になってからしばらく経つもやはり保留状態はなのだという。

 それでもあれだけ変化していたのだ。それは驚くべき事だと言える。

 

 ――そして円だ。

 

 いや、夕映や鳴滝姉妹と体格的にどっこいどっこいなのに何故か色気がある絡操 零という少女もいたりするのだが、それは兎も角。

 学園祭に向けてバンドを組んでいるのだが、この娘もある日を境に急速に色気……のようなものを感じ始めたのである。

 甘えてくるナナを抱きしめる時や、教室で着替えをしている時、演奏の練習をしている時、そしてその合間の休憩の時にペットボトルでお茶を飲む時等の仕種や表情の中に何と言うか自分にはない大人の空気を確かに感じるのだ。

 

 背伸びをしている訳でもなく、装う訳でもなく、極自然に行えているのだからこれは内面的な成長があった事に間違いない。 

 

 彼女らをそこまで変えるものが彼にあるというのだろうか?

 

 確かに人が良いのは解るし、人見知りをする のどかや自分ですら会話が出来るほど、かなり気安い雰囲気と空気をもっている。

 妹の事をとてもとても大切にしている事も知っているし、周りの女の子に対する気遣いも出来ている……まぁ、偶に美人な通行人に眼を奪われてたりもするが。

 用務員の仕事もかなり真面目にやっているようであるし、掃除も丁寧だ。何だか時代劇の丁稚っポイ気がしないでもないが。

 ちゃんと新田先生や目上に対して礼儀をもって接しているようであるし、彼らの受けも良い。

 

 ……これできちんと“誰か”を選べているのなら……

 

 どうも亜子にはそれが引っかかっている。

 楓、古、円、零の間をフラフラしているようにしか見えず、それがとてももどかしいのだ。

 だがそれでも彼女らは喧嘩をしない。

 

 いや、抜け駆けをした時には喧嘩っポイ事になるのであるが、それ以外の仲はとても良く、恋のライバルとはとても思えない。

 零は特殊だ。後で寝取りゃいいなんて平気で言うし。しかしやはり仲は良い。特に何故か円と。

 

 円にこの間の騒動の後に話を聞いたのであるが、まだ検討期間のようなもので惚れさせてもらっていないから、その範疇じゃないとの事。

 亜子もそうであったのだが、皆して『お前はナニを言ってるんだ?』と思ったものだ。

 

 何せ円は惚れさせてくれるのを“待っている”のである。

 待ってる時点で撃墜されているようなものではないか。こんなの疎い自分だって解るし、皆だってそう思っているだろう。

 そんな彼女らを目にする度、亜子は落ち込みを深めていた。

 

 自分は“ああ”だっただろうか?

 

 先輩の事を想い、募らせ、

 

 結果としては残念で終わったのであるが、勇気を振り絞って卒業式の日に告白したわけであるが……自分はあそこまで綺麗になれていたかと問われると……

 

 あの三人(四人)が口でどうこう言おうと、誰がどう見たって本気である事が解る。

 時折、ナナに向けて母親のような表情や眼差しを送れているのは、その想いで成長してると言う事なのだろう。

 その想いが彼女らを大人にしたというのなら、全然綺麗になれていない自分が先輩に感じていた想いは本物ではなかったのでは?

 あれだけ悩んで、失恋して泣いて苦しんだのも、本物じゃないのでは?

 いや、本物の想いじゃなかったからふられたのでは?

 

 だからこそ亜子は――

 

 そんな思考の行き止まりの壁で唸っている亜子は、彼女らと平等に接する事が出来ている横島に対して完全には心を許せなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 ――さっきまでは――

 

 

 

 

 

 

 「つまり、既に彼氏がいるからか美砂ちゃんとかと相対しても解らへんかったやけど、

  徐々に……それでいて急に変化を遂げた円ちゃんや楓ちゃん達を見て、

  自分の気持ちやその自信すら揺らいでいた……と」

 

 「……ウチ、ふられた時、すっごいショックやったんです。

  何であかんの? 何でウチやないん? って、すっごい悔しかった。

  せやけど、散々泣いて、皆に慰めてもろて、新学期に入る頃には立ち直れたんです」

 

 だからこそ、本気で好きじゃなかったからこそ、こんなに早く立ち直れたのではないか?

 うっすらと涙すら浮かべてそう吐露した亜子は、そのまま俯いてしまった。

 

 僅かの時間ではあったが、彼女の前に置かれていたティーカップはすっかり温くなっている。

 

 それでも、たどたどしくはあったが言いたい事を全部言えた為か少しは楽になったのだろう、俯いてはいても纏っている空気は幾分軽くなっていた。

 

 結局、文句と言うか憤りを胸に溜めていた事が辛かっただけなのかもしれない。

 

 いや周りに対してそんな気持ちを持ったりしているのだから、ダブルで落ち込んでいるともいえるのだけど。

 

 

 ………て、

 

 

 「ウチ、何で横島さんに話とん!?

  よりにもよって自分の恋バナを人に話すやなんてーっっ!!」 

 

 

 ナニを今更である。

 

 「まぁまぁ、落ち着いて」

 

 「こんだけおもっきり恥じ掻いて落ち着けへんわぁーっっ!!」

 

 ツッコミドコが多すぎでご愁傷様であるが、コレは仕方のない話である。

 何せ彼は相対するものの調子を崩す事では上司に勝るとも劣らない。ただの一般人である亜子が抗える筈もないのだ。

 

 お茶の好みからスタートし、デザートの味のランクに入り、そんな顔してあんま美味ぅなかった? という流れに入り、どんな男がそないなオンナの顔させとんのや? という褒めの方向から切り込まれ気がつくとポツリポツリと話し始めていた。

 

 大体において男の話の聞き方で失敗するのは、聞く仕種を見せていない、顔を向けていない、手を止めないというのが挙げられるが、横島は何をどうこうする事より女の子の方が重要なので、話の継ぎ目に入らない限りコーヒーに手を伸ばしたりもしないし時計を見たりして時間を気にしたりもしない。

 

 美少女を前にして顔を向けない等持っての他。

 ふむ、と真面目な顔でずっと耳を貸したままにするのだから、女の子としても話し易いし、聞き上手相手に話し始めてしまえば止められない。

 よって亜子が気が付いた時には不必要な事までおもっきり話しまくった後だったのである。

 仕方ない事とは言え、それは亜子も恥ずかしかろう。悩み事の吐露とはそれだけ恥ずかしい事なのだから。

 

 で、そんな思春期の乙女の独白を聞いた横島はと言うと……

 

 「それにしても……まぁ、なんつーか……

  亜子ちゃんて大人やなぁ……」

 

 マジに感心してたりする。

 

 「……え?」

 

 この言葉に驚いて顔を上げた亜子だったが、何を言ってるのかと横島を見てみるとなんだか腕を組んでいて本当に感心している様子。彼女は再度驚かされた。

 

 「『え?』ったってさ……そんな事、フツー考える?

  オレは無理だったぞ?

  自分がふられた理由は自分に足りんもんがあって、それであかんかった思うとんやろ?

  自分選ばんかった相手のにーちゃん怨んだりせず、

  あまつさえ慰めてくれた円ちゃんとかに感謝して」

 

 「え? えっ?」

 

 「オレなんぞチクショーっっ やっぱイケメンがええんか!? 

  男は顔か!? ドチクショーっっ!! って、泣き喚いとったぞ」

 

 「は? え? えっと…その……」

 

 大げさな身振り手振りを交えた言葉に、亜子の空気が吹っ飛ばされてまた軽くなる。

 それを知ってか知らずか、横島は畳み掛けるのを止めない。

 

 「オレがふられ人生一直線やったからそう思うんかもしれへんけど、

  ふられた現実は受け入れとうないもんなんや。

  せやから、ふられた時には責任転換してもがく。

  もがいて足掻いて、ドチクショーっっ なんでじゃーっって喚く。

  どこがあかんのやーっっって、責任を他所に向けるんや」

 

 「えっと、それは……」

 

 「うん。ものごっつ悪い例やな? せやけど少なくともオレの高校ン時はそうやった。

  俺の周りもそんなもんやった。

  せやから、少なくともオレやオレの知り合いから言うたら亜子ちゃんはずっと大人や」

 

 「お、大人? ウチ…が?」

 

 うんっと力強く頷く横島に、亜子はどう反応すればよいやら解らず、ただわたわたと慌てる事しか出来ない。

 自分がマイナス面だと思っている部分を全肯定した挙句褒められたりすれば当然だろう。何よりお世辞にしか聞こえないのだし。

 

 だが横島の目も顔も真剣そのもの。亜子が納得しかねているのを見て取った彼は、『良いだろう。君がどう大人なのか思い知るが良い』とばかりに自分が如何にガキっぽかったか、周囲の女子たちがどうだったかと暴露を連発する。

 

 尤もその多くは自虐ネタで、言わんでもいいのにバレンタインデーに生まれて初めてチョコもらったのに誰一人として信じてくれず、挙句に自作自演として納得されてしまって校舎裏で涙に暮れたという自虐にも程がある黒歴史まで超披露。

 

 絶句と言うか呆気に取られたというか、兎も角、亜子の毒気はすぽーんと抜かれきってしまっていた。

 

 無論、それだけが理由と言う訳ではない。

 

 自分を感心の眼差しで向けている目にしても、彼のその口調からしても、ここ最近で見慣れたおちゃらけたそれではなく真剣なものである事が解るのだ。

 だからこそ亜子も本気で聞き、本当の意味で呆気に取られていたのであるが……

 

 そんな彼女を表情に気付いたのだろう、言って言葉に照れたか視線をそらす。

 ふと思い出して下に眼を落すと空気を読んでいたのか大人しくフルーツを待っている かのこの姿。

 あ、悪ぃ…と皿から切った林檎を取って渡すと、嬉しそうにシャリシャリ音を立てて齧っていた。

 それでもすぐに無くなり見上げてくるので、横島も苦笑してまたサクランボ等をつ食べさせてやる。

 何とも和むやりとりに亜子も気か緩んで吹き出し、空気はまたさっきまでの穏やかさを取り戻していった。

 

 「あ~……ゴメン。ナニ言ってるのか解んなくなっちまった。

  脇道に逸れまくって、明後日向いちまってたよ……」

 

 「あ、いえ、いいんです。話させられたいう感じやけど、その……

  上手く言えへんけど、何か胸のつっかえが取れた言うか楽になった言うか……」

 

 これは本当である。

 

 確かに亜子は自分のコンプレックスに足掻き、自己嫌悪の中で落ち込んでいたいた訳であるが、ここに横島は励ましやら慰めるといった行動を行っていない。

 

 性格や状況にもよるが、落ち込んでいる時に与えられる慰めや励ましの言葉は逆効果を齎す事がある。

 

 この場合の亜子がどうだったかは不明であるが、少なくとも横島の行為は悪い方向には向かなかったようだ。

 

 新たに運ばれて来たアイスコーヒーのグラスを持ち、やや憮然とした顔でブラックのままストローで吸う横島を見る頃には、亜子の顔には笑顔が戻っていた。

 

 彼を追うように、彼女は手をつけただけでほったらかしにしていた自分のミルフィーユにフォークを刺し、ざくざくと割って口に運んだ。

 

 「亜子ちゃん」

 

 「はい?」

 

 そのタイミングを計っていたかのように横島が口を開く。

 

 「亜子ちゃんのクラスにいる千鶴ちゃんて、

  皆が大人っぽいって言うけどオレには歳の割りに落ち着いとるというだけにしか見えへん」

 

 「え……?」

 

 「楓ちゃんも最初会った時より落ち着いてきたけど、

  やっぱり仕種の一つ一つがどこかあどけない(、、、、、)

 

 「……」

 

 「円ちゃんも落ち着いてきたように見えるけど、

  よく勢いで後先考えず行動しちまうのはやっぱ歳相応」

 

 「え、と……」

 

 一瞬の沈黙の後、何を? と亜子が問い掛けるより先に、横島は空になったグラスを置きつつ、

 

 「結局、亜子ちゃんが自分に欠点を感じてるようなのを皆も持ってる。

 

  オレみたいなコンプレックスの塊みたいなのじゃなくても、

  刹那ちゃんや木乃香ちゃん、明日菜ちゃんだって持ってる。

 

  だけどそれはしょうがないんだ。なんたって経験値が足りねぇんだから。

  二十年以上(、、、、、)生きてるオレが経験値不足なのに、亜子ちゃんが足りてたら立つ瀬がない」

 

 

 そう言って小さく微笑みかけた。

 

 横島の笑みによってか、言葉によってかは不明であるが、亜子も黙って耳を傾けて彼の顔を見つめている。

 何せ彼は本心を語っているのだ。

 芯から横島は、一歩後ろから自分を見つめていられる亜子に感心しているのだ。

 

 それは自分が出来なかった事であるから。“あの時”に出来ていればもう少しマシな結果になったのではと悔んだ事であるのだから――

 

 「……でも」

 

 「ん?」

 

 「でも、ウチなんかが――」

 

 大人だと言えるのか?

 

 一度ふられたからだろうか、挫けた自信は中々戻ってこない。

 

 上手くいくとは思っていなかったが、ふられるとも思っていなかった。かなり矛盾した考えであるが、このくらいの年齢なら思考を先送りにして行動する事も間々ある。

 今になって亜子はその事に気付いている訳であるが、その所為で自分の子供っぽさを思い知って余計に恥じているのだ。

 

 普通ならば、ここは慰めたり励ましたりして女の子を元気付けようとするだろう。

 落ち込んでいるものを元気にしようとしているのなら当然の行動であるのだし。

 

 だが、亜子の目の前にいるのは横島忠夫なのである。

 イキナリ亜子の頭に伸びてきた横島の腕。

 

 頭を撫でるのだろうか? と普通な思われるわけだが差にあらず。

 その腕の先にある掌はぐぐっと中指を親指に引っ掛けており、中々に力が込められていた。

 

  ブ ゴ ン っ っ

 

 「 ぴ ゃ あ っ ! ? 」

 

 突然放たれた中指は見事に亜子の額を殴打。

 感心しちゃうほど重い音を立てて彼女を涙目にさせる。

 

 それはそれは見事なデコピンだった。

 

 「『ウチなんか』や言うなっ

  少なくともオレは亜子ちゃんの事オレよか大人や思とるし、

  円ちゃん達かてずっと気にしとったやろ!?

  そないに見下されるよーなヤツを感心したり気にしたりするかいっ」

 

 「……」

 

 オデコを押さえつつ、横島の言葉にまた表情を沈める亜子。

 

 うわっちゃーっ やり過ぎたか? と思わなくとも無いが、それでも間違いってはいないと(横島的に)勇気を振り絞って表情を変えない。

 一応、グラスに残った氷を口に放り込んでガリガリ噛み砕きクールダウン。こんな事で熱くなり易いのも負けていると思うのに。

 

 「あんな、亜子ちゃん。

  自分なんかや思うんは、一番楽やからや。

  そう思たらそれ以上考えんで済むからや。

 

  せやけど、ふられたり失敗したりする度にそないに思いよったら下にしか行けへんやん」

 

 静か、であるが――亜子は怒られていた。

 しかし、オデコを押さえつつ上目遣いで横島を見返す彼女であったが、その眼差しに恨みがましいものは無い。単に痛みでそうなっているだけだ。

 

 「亜子ちゃん」

 

 「……ハイ?」

 

 「エエ女はな、いやエエ女ほどまずフられる。

  理由はサッパリやけど、大体は年上のヤツのええトコにいち早く気付くんやけど、

  年下やからか相手にされん事が多い。

  オレの知り合いなんぞドスゲェ美人やったけどやっぱり兄貴分にフられとるしな」

 

 「……」

 

 この男が手放しで美人と称するのならそれは凄い美人であろう。

 

 そんな人でも……? と驚かされる。

 

 「誰かとそんな時は辛い。

  経験値が一気に入るんやから辛いんは当然や。

 

  せやけどそん時はすっげー辛ぅても、後ンなってそれがすっげー腹の足しになる。

 

  現に亜子ちゃんは気付いてないかもしれへんけど大人に一歩進んどるんや。

  そりゃ周りと違う気にもなるわ」

 

 

 「ウチが……?」

 

 亜子は、オデコを押さえたままであるが、やっと頭を上げた。

 

 「楓ちゃん達の話を自分の話に入れたん聞いてやっと気付いたんやけど……

  置いてけ掘りにされたいう気がしとった。ちゃうか?」

 

 コクン、と素直に頷く。

 

 「逆や逆」

 

 「逆……?」

 

 

 「亜子ちゃんは皆より先に大人に近寄ったんよ。

  置いてけ堀にした(、、)んや」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 色々と話をしていたからか、喫茶店を出た時には結構な時間になってしまっていた。

 二人はそのまま麻帆良にとんぼ返りをし、出し物の準備作業に入らねばならない。

 横島は兎も角、亜子は寮に帰って着替えたりしなければならないので大変だ。

 

 「あの……今日はご馳走様でした!」

 

 駅で別れる際、亜子はそう言って頭を下げた。

 

 出かける前より、ずっと元気良く。

 

 「いんや世話ンなったんはこっちやしな。それに同じ関西弁の使い手やし」

 

 「そうですかー……って、意味わからへんしっ!」

 

 「おお、ノリツッコミ!

  流石に同郷や。キレがええな」

 

 そう言って笑う横島の顔を見、亜子も笑みがこぼれる。

 別に問題が解決した訳ではないし、何がどう慰められたわけではない。どちらかと言うと説教喰らっただけ。

 だが、下手な慰めをされるより、下手な同情をされるよりずっと彼女の心に力を、そして自信を与えてくれていた。

 

 悩むのは皆同じであるし、辛くなるのも皆同じ。単に経験値の貯まり方が違うだけだと理解させてもらったのだ。それが何より大きい。

 

 「あの……」

 

 「ん?」

 

 亜子は何かを言いたそうに口を開きかけるが、やはり“その一歩”だけはまだ踏ん切りがつかないのだろう、下唇を噛み締めてそれを口に出す事を諦めた。

 

 「あの、その……

  ま、まだ言えない悩みがあったり、その、するんやけど……」

 

 “まだ”言えない。

 自分を、自分の全部を受け入れてくれる人が本当にいてくれるか、という質問は。

 

 それを口にすると、何故そんな事を悩んでいるのか、

 

 そして自分の背中にある理由を言わなきゃならない。いや、“言いたいくなる”かもしれないのだから――

 

 「おうっ 何時でもオッケーや。

  美女美少女のお悩み相談やったら120時間で受付けしとるぞ」

 

 それを見越したかのように先に言う男。

 少しでも言いたくなさげな事は言わさない。乱暴で強引で細やかで優しい行動だ。

 

 今の今になって、亜子は円達がああまで信頼し、ナナがあそこまで懐いている理由が解る気がした。

 

 「120時間って……それ以上はアカンの?」

 

 「いや、電話の前で正座して待てる限界時間。

  携帯やったら何時でもOK。

  ノンレム睡眠からでも0.001秒以下で覚醒して電話に出てみせよう」

 

 「ンなアホな」

 

 亜子の口に本当の笑いが戻る。

 無論、影が100%消えた訳ではないが、それでも最初の時より断然良かった。

 この笑顔が本当の彼女なんだなと横島も嬉しくなってくる。

 

 見えない傷の痛みで泣くのも御免だが、そんな痛みで泣かれるのはもっともっと御免だ。

 そんな傷には至っていなかった。それだけでも一日潰した価値がある。

 

 横島は、それを安堵している自分を今初めて気付いた。

 

 「亜子ちゃん」

 

 「ハイ?」

 

 だから余計なお世話だと、お節介だと思ったのだが、

 

 「痛い事があったとか、

  こんなヤツ好きになったけど上手ぅいかんかった。

  そんなコト言える亜子ちゃんは、ホンマは強いねん」

 

 「……え?」

 

 「そんな事も気安ぅ言えるほどの友達もおんのやろ?

  友達をそこまで信じられるんやからホンマに凄いんや」

 

 「……」

 

 そう言いながら横島はポケットから小さな紙袋を取り出し、亜子の手に握らせる。

 

 何時の間に買ったのか、金貨をあしらったリボン飾りが付けられていて、そこそこしたかもしれないが今の亜子は気付けていない。

 

 「せやけど、強いんと疲れるんは別問題。どないにがんばっても疲れる時は疲れるしな。

  つーか、がんばっとる娘にもっとがんばれや言えんし」

 

 「横島、さん……」

 

 彼女が訳も解かっていない内に紙袋を受け取らせると、横島は手を放してニカッと子供じみた笑顔を見せた。

 

 「せやから、さっきも言うたけど、疲れたら何時でも連絡してや?

  お悩み相談から、愚痴のぶつけどこまで幅広う受け持っとるさかい」

 

 「……」

 

 亜子がどう反応してよいやら解らぬまま何か言おうとする前に、横島はぴょんと後ろに下がって片手を上げる。

 

 「ま、報酬は出世払いな。

  じょしこーせーか、じょしだいせーンなった時に本気のデートで」

 

 「え゛?」

 

 

 「じゃ、また後で~~」

 

 亜子の返事も聞かずに鹿の子と共に駆け出してゆく彼に、亜子はやはり反応し切れない。

 ようやく手を伸ばした時には横島の背はずっと遠く。

 一瞬、白い小鹿が振り向いた気がしたが、背の色は黄昏の色に混じって見えなくなっていた。

 声を出しても届くま……いや、彼だったら聞こえるだろうけど止めておいた。

 

 その小さな白い色すらも視界の向こうに消え、彼女の目には完全に見えなくなった時に、亜子に湧いてきたのは苦笑。

 

 ここ数日の間、胸の内に溜まり続けていた澱みはすっかり吐き出されてカラッポになっていた。

 

 妙な同情もされず、変な慰めもされず、一番記憶に残ったのオデコに喰らったデコピン。

 だけど叩き込まれたのは別ベクトルでの自信。そして気付かないうちに前に進めているという自覚。

 気付かない内に友達すら巻き込んでいたかもしれない悩み。それは多少は残りはしたもののすっきりと解けていた。

 

 「そっかぁ……

  釘宮や長瀬さんがあんだけ信用しとる訳や……」

 

 ぽーんと紙袋を放り投げてキャッチ。

 

 何だか疲れたけど、本当に心が軽くなってきたと実感できている。残念なのは心が弾むというほどではない事か。

 

 「ネギ君レベルのイケメンやったら言う事なかったのに~」

 

 等と言いつつも、クスクスと嬉しげな笑いが零れる。

 

 不思議な話であるが、彼ならどんな話にも耳を傾けてくれる。それどころか自分が抱えている“傷痕”ごと自分を受け入れてくれる。そんな感じがするのだから。

 

 「横島さんかぁ……ほんま不思議な人やったなぁ。

  もうちょっと色々聞きたい気もするなぁ。

  ま、何時でも会うてくれる言うてくれたし」

 

 色恋沙汰というよりは、歳の離れた従兄弟に相談する、というのが近い。

 

 それでもちょっと前より考えられないほどの安心感を亜子に齎せていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 -蛇足-

 

 

 

 

 

 「ほう? どういう事でござるか?」 

 

 「あれ?」

 

 何という事でしょう。

 ふと気がつくと亜子の後ろに背の高い級友がつっ立ってらっしゃるではありませんか。

 

 「な、長瀬、さん?」

 

 「如何にも。長瀬楓でござるよ。

  それで和泉殿が何ゆえ横島殿と?」

 

 何故かどこかの本屋ちゃん宜しく前髪で目が隠れているのだけど、糸目が開いているのか知らないが獣○槍でも所持しているかのように目が爛々と輝いていらっしゃる。

 

 いや、それより何より気になるのが彼女が引き摺っているズタ袋のような荷物二つ……に成り果てた姉妹。

 

 不幸中の幸いに生きてるっポイのだが、そんな二人を引き摺ってきている分、恐ろしさに拍車が掛かっている。

 

 さんぽ部というのはナニか? パルクールの日本語読みだとでも言うのだろうか。

 

 「えっ?!

  いや、その、ちょっとお悩み相談させてもーとっだけでっっ」

 

 「最近の相談とは、プレゼントをもらうのも範疇に入るでござるか?」

 

 「えっ゛? その、これは……」

 

 そんな良いモンと違うんやでーっ?! と疑念を晴らすべく、ガサガサと袋を開けたのであるが……

 

 「アレ?」

 

 何か知らないが、金のイヤリングが入ってた。

 

 それも18金か24金くらいのが。

 

 「……ほほう、高そうでござるな」

 

 「え、え~と……」

 

 その怨念でナニをしたのか、無言の楓から漏れ出している負のオーラ力がぐんぐん増す。

 

 ムーンムーンとヤな重低音も響いてるし。

 

 反対に亜子の顔色は血圧と共にピョロロロロ…と急降下。

 

 嗚呼、いっそ意識を失えたらと思うのも当然か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「一体、ドコでナニしてたでごさるかーっ!?」

 

 「え、冤罪やぁあーっ!!」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――こうして、訳の解らない嫉妬の八つ当たりを喰らったものの、亜子は心に刺さっていた棘の痛みは癒されていた。

 皆も成長してはいるけど、人生経験が足りないからまだまだで、当然自分もまだまだ。それを理解できたのは大きかったようだ。

 

 ただ、絶対に聞こうと思っていた『何故に相手を誰かに絞らないのか?』は聞き忘れてしまっていたのだが……それでもまぁええかと彼女は締めくくれる。

 

 チャラ男が嫌いと豪語していた円があれだけ想いを向けている理由も、血の繋がりの無いナナが本当の兄のように、いや実の兄妹より絆が深そうな理由も何となく理解できた気がするし、何より“また”聞けばよいのだ。

 

 彼の空気が、ただ会話を交わした時に伝わってくる感情の波を受けるだけで――彼女は棘の痛みが癒されている事に気付けたのだから。

 

 

 僅か半日と言う短い時間は、亜子に大きな実りを感じさせてくれていた。

 

 

 

 

 

 

 更に余談だが、

 亜子向けられていた異様に怖い波動……まぁ、八つ当たりであるが……の矛先は横島に向けられ、話を聞いた古と共に責められた彼は、円が二人の剣幕にビビって仲裁してくれなかったが為におもっきりドエラい目にあったらしい。

 

 挙句、愛妹からナイショでドコ行ってたレスかと涙目で責められ、心を半死半生にされて死に掛けたという。

 

 



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二十五時間目:イマをイきる 
前編


 

 

 ――草木も眠る丑三つ時……

 

 と言うほどではないが、それでもかなり遅い時間。校舎の外は真っ暗である。

 夏がドシドシ近寄ってきて夜の帳が中々下りなくなってはきていても、深夜は流石に闇の中。真っ暗だ。

 

 そんな中、校舎の中で蠢く影が――

 

 『ちょっと打ち辛いけど、ホントにあんまり音しないね』

 

 『せやけど流石に釘を打ち込むまではでけへんから、木を押し付けて打ち込んでや?』

 

 『『『は~い』』』

 

 金属的な釘を打つ音は響いてはいないが、ごっごっと重い音と押し殺している声は響いている。

 

 泊り込みによる深夜作業なのでかなり音を気遣って中々捗らないのであるが、金槌の音を防げばそれだけでかなり気が楽になって進みも早い。

 彼女らが持っている金槌の頭には、綿が貼り付けられいてそれが布で覆われている。それで打つとかなり音が軽減できるのだ。

 無論、日が出ている内に材木に穴だけ空けておく事も忘れてはいない。打ち込む時に穴に接着剤を注入しておく事も。

 何だか家を建てる時の作業に似てなくもないが、それだけ本格的な作業法ができるのは、図面がキチンと整っていた事と――

 

 『信じられないけど、ホントに横島さんが入っただけで作業効率がバカみたく上がったよ……』

 

 『内装に掛かれてるしね』

 

 『褒めてくれるんは嬉しいけど、とっとと作業進めよーな。

  女の子がこんな遅くまでやってんのは賛同しかねる』

 

 『『『は~い……』』』

 

 この男が関わったからである。

 

 何せ材木等を切るのが早い。尚且つ正確。何せ墨も打たずに目視のみで寸法を決めてスパスパ切りまくっている。

 接ぐのも精密。継ぎ目が解らない。木目の違和感でやっと解るほど。

 塗るのも早い。乾燥面も綺麗。ホラーハウス故に汚さなければならないのだけど、あえて汚すのがもったいないほど。

 小道具の作業も異様に早いし、ハリウッドでSFXの修業でもしたん!? と問いたくなるほど丁寧で細かい。

 例えば天井の梁の隅とかに蜘蛛の巣まで作ってる上、埃まで乗ってるし。それに陣取ったでっかい蜘蛛は針金と糸と紙で作ったものなのだが何か動いてる。

 

 『どゆことコレーっ!?』

 

 『腹の中通して中に二本糸通して滑車風に繋いでるんだ。

  で、巣の上から小型モーターで巻き上げる時に手足の根元動かしてくの』

 

 『このモーター、音しないんですけど……』

 

 『一部カバーとっぱらって中で音が響かないようにしてっからな』

 

 因みに蜘蛛を操る糸はストッキングの“縦糸”をらしい。

 手品のトリックにも使われていると、彼は彼女らの目の前で卵を浮かせる宴会芸マジックを見せた。

 

 ……ホント、無駄にド器用な男である。

 

 如何に生き抜く為に必要不可欠である為に培った(培わされた)技術とは言え、その向かうべき道をウッカリ踏み外してしまったとしか思えない。そういう意味では不器用と言えるだろうが。

 

 『でも、ホント早く進んでるアルなー

  お陰で出し物増やせるネ』

 

 『その所為で結局時間掛かってるでござるが……』

 

 『お前ら……本末転倒って言葉知っとるか?』

 

 彼が関わるまでは間に合うかなーどうしよー等と泣き言を吐いていた少女達であるが、いざ関わっくるとその進行は加速……いや、同率でそれぞれの作業が出来上がって行くという珍現象が起こってしまった。

 そうなると調子こいて悪乗りしてしまうのが3-Aの特性だ。

 アレもしたらどう? ココもこうしたら イヤイヤ こうやって コイツもやってみない? と、結局は時間の足りなさが元に戻っていた。それは助っ人の彼も呆れるのも当然だろう。

 

 尤も、だからと言って手を抜くのは主義に反する。時間ギリギリとなってからハッスルするのは昔から。

 で、結局は彼も残った材料に手を加えまくってイロイロと小道具を作ってしまうのだった。

 

 どろりと濁った水が満たされている汚れた壷。何故か唐突にあぶくが出る。

 ジェルを溶いてトロミをつけた色水の中にチューブが繋がった大きさの違うパイプが何個か仕掛けられており、空気が溜まれば水中で獅子脅し式に稼働してあぶくが出てくるらしい。

 

 教室の外に置かれていて、並ぶお客用に仕掛けられている送風機。であるが、その実は機械の音を来客に聞かれて仕掛けと気付かせないようにするブラフ。その風で熱い湯の張られた鍋を経て温風を浴びせたり、逆に氷の上を通らせて部分冷風を浴びせたりするのだ。

 後は生温かい空気と共に布や小物(作り物の手首とか)を動かしてみたり、ラップ巻いた手を氷水につけて冷風と共に触れてみたり(氷の手で触れられた気がする)と、繋げる事が出来る。

 有名な湾曲鏡のトリックで人の顔っぽいものを浮かび上がらせるのだが、超小型のスピーカーを“窓の外”に仕掛け(来客が持って入るであろう携帯電話によるハウリングの予防)て、最大ボリュームで心臓の鼓動音っぽく振動させて恐怖心を煽り、近寄ると赤外線センサーが感知して音も画像もフェードアウトで消える。

 等々……

 

 そんな小技まで披露し、派手さではなく心理的に怖いと思わせる仕掛けをどんどん増やしてゆく。

 しかし、ただ単に脅かせる仕掛けより“怖い”と感じさせる仕掛けは後々まで響いたりするのだが、良いのだろうか?

 

 まぁ単に怖くするだけなら幾らでも出来る。

 

 例えば某“みんなの妹”の提案だが、廊下の端で突っ立って人を待つ。客がやって来たら一言も喋らずニコッと笑い……そのまま白いワンピースを残して溶ける……

 或いは最近、クラスに馴染んで出現率を上げられた某幽霊少女が人型に赤く塗った壁の前で突っ立っておく。そして人が来たら悲しげに微笑み……ゆっくりと消える……

 

 当然、関係者たち全員が同時にツッコミを入れて止めさせた事は言うまでも無い。

 確かに凄いだろうが悪い噂も立ってしまいかねない。特に魔法関係者に。

 心が強くなってきているお陰が、自分らが人間じゃないんですよーと見せられるようにまでなっている事は良いとしても、見せびらかすのは如何なものか? そう説教すると流石に調子に乗っていたことを気付いてくれたのだけど。

 その代わり落ち込んだ二人を元気付ける為にまた青年が苦労したりしてたのだが……まぁ、それは横に置いておこう。何時もの事だし。

 

 因みにその“みんなの妹”は家族の小鹿とともに某ログハウスにお泊りである。

 流石にこんなに遅くまでお残りするのはおにーちゃんも許せないらしい。

 

 『来たよ!! 新田!!』

 

 そんな教室に、上履きを脱いで足音を潜ませている隣のクラスの女生徒が駆け込んで来た。

 どうも哨戒役のようだ。

 

 『サンキューッ!! みんな隠れろ!!』

 

 隣の3-B女子が告げて、恐らく別のクラスに伝令に向かったのだろう直後、裕奈の掛け声と共に女生徒らはサッと物陰に潜む。

 尤も、外観が出来ている為に物陰は多くて隠れやすい。出し物の後ろに入りゃ良いのだから。

 そしてその不気味なホラーハウス入り口のドアを開けておく事も忘れない。閉めているよりかはずっと人がいないという錯覚に陥らせ易いからだ。

 物陰に入った瞬間、皆が手にしていたペンライトの灯が一斉に消える。

 それぞれが奥やら手前やらの出し物の陰に身を潜ませ、横島の指示通り呼吸を浅くゆっくりとさせて気配も隠させた。

 

 支度を終えたと同時に近寄ってくる廊下を歩く歩みの音。

 音の主は哨戒役の少女の言葉通り、鬼の新田と呼ばれている広域指導員だ。

 こんな時間に校舎にいるという事は宿直なのだろうか。

 階段を上り、周囲を照らした後に近寄ってくる灯りと靴音。悪い事をしている自覚がある分、少女らのドキドキも一入である。

 

 しっかりと身を伏せているので彼女らからは新田が何をしているのか解らない。

 だけど教室の前でじっと立っている事だけは解る。 

 早く行け~早く行け~と彼女たちが念を送るのは当然であるが、ンなもん効くかと言わんばかりに中々教室の前から気配が遠のいてくれない。

 

 実のところここの出し物の出来具合に感心して眺めていたりする。

 助っ人まで呼んでランクアップを目指したが為の不都合なのだから、コレもまた自業自得と言えよう。

 

 少女らの念も虚しく、彼は生徒達の努力の結晶に灯りを向け数十秒間も眺めていた。

 あう~と半泣きで新田が去る時を待つ少女らの焦りと同様は如何なるものや。一秒が十倍の手間で進んでいるように感じられていたかもしれない。

 新田が何時も強いる正座説教を喰らっている時のようなやるせない緊張感に身悶えをしつつ我慢を続けていると、そんな彼女らの涙にやっと応えてくれたのか、うんうんと一人頷きつつ件の教諭はゆっくりと教室を去って行った。

 

 緊張から解き放たれた事と、特に教室内を調べたりせずそのまま去って行ってくれた事に安堵し、全員がハ~~……と肺どころか腹部の臓器の中身を吐き出すのでは? と思ってしまうほど深く深ぁ~く息を吐く。

 ちくしょー とっとと行けよなー等と声無き声での愚痴が噴出すのも致し方ないと言えよう。

 

 だけど、と“彼”は思う。

 恐らく新田教諭は彼女らが残って作業している事を解っているだろうと。

 

 何せこういった行事は恒例なのだし、彼くらい長く教師を続けているのならどこにどう隠れているのかも解り切っているだろう。

 

 だがこの学園は自主性を尊重している。

 

 そして堅物だなんだと言われている新田も生徒達のそれを尊重している。

 生徒達が無茶をしたり、危ない目に逢わないように、必要以上厳しくしているだけに過ぎず、憎まれ役に自ら買って出いるのだろうから。

 

 まぁ、それだけ生徒達が大事なのだろうが。

 

 生徒達が一生懸命努力しているからこそ、あえて見逃してくれているのだろう、と彼はそう見ていた。

 

 ――大体、幾らオレらが音を消したって他のクラスの音が廊下に響いてるんだもんな。気付かない訳ねぇし。

 

 耳が遠いのでは? 問いう説もあるが、あの教師の性格上、そうなったら辞職している気がする。生徒達の声も聞き分けられないのなら意味がないのだから。

 

 ――ま、厳しいけどあのセンセー嫌いや無いしな。さよちゃんもなんか慕うとるみたいやし。

 

 彼がチラリと近くで身を潜めているパパラッチ娘の方に目を向けると、今日は彼女に憑いているのだろう件の幽霊少女がチラチラと顔を出して様子を窺っている。

 お前は一般人には見えんやろがっとツッコミ入れてみたり。ホンマに人間臭い幽霊やなぁ……等と彼は苦笑していた。

 

 

 「……」

 

 

 ……………………ウン。そろそろ限界か?

 

 

 だよねー さよちゃんに意識向けちまったから現実逃避から復帰しかかってるヨ。

 

 

 「……ぅ、ぁ?」

 

 

 うん、拙い。なんかドキドキしてき……いや、してない。

 ドキドキなんかしてないヨ? ウン、シテナイ。ホントダヨ? 

 良イ香リナンカシテナイヨ? アッタカイナーヤーラカイナーナンテオモッテモイナイヨ? タブン…… 

 イヤイヤ、カンジテナイヨー カワイイナンテオモッテ……イヤ可愛イノハ間違イナイケド……

 

 「ぁ、ぁ……」

 

 カァイイナー コンチクショー ナンテオモッテハ……オモッテ……

 

 

 「ろ、う、し……?」

 

 

 モ、モゥ イイヨネ? ゴールシテイイヨネ?

 コタエハココニアルヨー ア゙ア゙、モ、モーダメD……ッ!?

 

 

 『 ナ ・ ニ ・ ヲ …… 』

 

 

 頭の中の安全ピンに指か掛かり、聖なるハンドグレネードを今正に投擲する寸前、ざらっとしたプレッシャーと煮え滾るようなオーラを同時に感知し、彼はぴきっと身体を引き攣らせて回転台の上に乗っかった剥製のようにくるぅりと後ろを振り返った。

 

 と……

 

 「あ゛……」

 

 ドびくぅっ!! と身が竦む。

 

 前の世界にいた時、色んな状況で浴びせられまくった殺気と怒気を発するモノがそこにいたからだ。

 あ゛あ゛、なつかしひ。

 等と現実逃避しても始まらないのだが……

 

 だが言い逃れは出来ない。つーか特定の病持ちの乙女にゃ理屈なんか通じない。

 

 運が悪かった。と言うか間が悪かった。

 

 彼は物陰に隠れる際、思わずバカンフー少女と同じ場所に潜んでしまったのだ。

 いやそれだけならまだしも、新田教諭の持つライトの光が向きかけた瞬間、武術家である彼女はそれを察知して思わずぐぐっと身を沈めてやり過ごしたのであるが、それは一緒に隠れていた彼の懐に飛び込むという結果を齎せていた。

 反射的に身を逸らそうとしたのであるが、横島はそれを無意識に止めさせ何故か抱きしめてしまい、そのまま新田が去るまでずっとそのままだったのである。

 

 その抱き心地に硬直して放すタイミングを逃していた彼。

 

 余りの抱かれ心地の良さに酔いしれ、離れる気を失してしまった彼女。

 

 そりゃまぁ、鍛えられた夜目を持つもう一方の少女、バカくノ一がそんなの目にしちゃったら……

 

 『 ナ ニ ヲ し テ る で ゴ ザ ル か ァ ―― っ っ ! ! ? ? 』

 

 『ひぃいいいーっっ!! 不可抗力やぁああっっ!!!』

 

 ――ぶち切れで叫びたくもなろう。何かカタカナなのが怖いのなんの。

 

 それでもお互い声を潜めた大絶叫であったのは見事だと外野の少女らもコソーリと感心してみたり。

 

 女子中学生たちが音を潜めて作業に勤しむ麻帆良学園中等部校舎。

 偽りの静けさの中、声にならない男の悲鳴と肉を殴打する音のみが鉄筋を震わせていた。それはさながらスプラッタホラーのようだったと少女らは語っている。

 

 

 

 

 後に、3-AのHORROR HOUSEはその出来栄えと、壁や床に広がる余りにリアルな血痕で話題を呼ぶのであるが……まぁ、本編にゃ関係のない話なので、甚だどうでも良い話である。

 

 

 

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         ■二十五時間目:イマをイきる (前)

 

 

 

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 「じゃ、部活の手伝い行ってきまーす」

 

 学園祭前日の早朝。

 教室から元気に飛び出していったのは徹夜明け(のハズ)の少女達だ。

 

 その大半は文化部の少女で、学園祭にて出し物があるので準備は必須。だからクラスの物と平行で行わなければならない。

 当然ながら運動部も出し物はあるのだが、屋台などは腕に覚えのある者のの仕事であるし、部活内容で行えるゲーム等は準備は殆ど要らない(それでもミーティングはキッチリ行われているが)。

 

 そんな普段とは逆の登校(?)風景が各クラスで起こっている。

 解ってて見逃してくれていただろう教師たちの寛大な態度に横島は頭が下がる思いがした。

 

 つーか、一部がホラーハウスじゃなくてスプラッターハウスになりかけたとゆーのに元気だね、キミタチ……等と不必要なまでに疲労(主に心労)している彼は感心してたりする。

 

 「にしても、その上に徹夜明けやいうのにホンマ元気やな。ク……これが若さか?」

 

 『お前は何を言ってるんだ?』

 

 尤も、その教師の寛大さによって横島も徹夜。

 除霊仕事での徹夜は緊張感があるからまだしも、あんな(横島的に)簡単な作業ではそうそう緊張感が保てる訳がない。

 だが不幸中の幸いというか、美少女の群れの中に狼の皮を被った淫獣を置いとく状況であったので、魔神すら屠れそうな本能を押さえ込む事に命賭けで押さえ込んでいたので眠気は訪れなかった。疲労は困憊であるが。

 

 何せ周囲は全員文句無く美少女。

 

 学園側に隠れて(いたつもりで)作業していたので汗ばんでいる。

 少女特有の香りやら、無自覚に押し付けられたりするやーらかいモノ等によってSAN値…じゃなかった理性がガリガリ音を立てて削られていたのだ。

 自称一番弟子の狼少女の時でも危なかったのに、美少女の群れだったものだからホンキで危なかった。いやホントに。

 

 素っ頓狂でトンチキな守護騎士どもは『尻圧アーッップ!!』だとか『オレは今、モーレツに充血しているっっ!!』等と煽るだけなので寧ろ邪魔だったし。

 某聖人である“目覚めた人”も、マーラによる誘惑という艱難辛苦にこれほど苦しみ打ち克ったのかと心底感嘆して遠い眼をしてみたり。

 

 『……この罰当たり者め』

 

 「いや ジークの話じゃあ、魔界と神界の最高実力者ってゴルフとかの話ばっかだって言ってたし。

  こんなもんじゃね?」

 

 『バカモノ。そんな訳があるか』

 

 ……知らない心眼は幸せである。

 

 「横島さん? どうかなさいましたの?」

 

 「へ? あ、ああ、あやかちゃんか。いや、何でもねぇよ。

  ちょっと出血多りょ……もとい、腹減っちまってさ」

 

 「ま、まぁ」

 

 思わず心眼と会話していた横島を怪訝に思ったか、あやかがそう話しかけると横島は軽く返して誤魔化した。

 その返答に彼女は呆れを見せはしたものの、直に相貌を戻して上品にクスリと微笑みを浮かべる。

 

 ……ホンマ、ここって年齢不相応に大人な娘ばっかやな……

 

 別に見下すのでもなく、呆れるのでもないその接し方に、横島は心底感心していた。

 いや元の世界での自分への扱い云々ではなく、同年代時の自分に当てはめて鑑みてしまっていたのである。

 

 『ヨコシマ……?』

 

 理由は不明であるが、後悔に似たものを感じた心眼が思わずそう声を掛けてしまうが、問い掛けに入るより前に横島はその空気を払い、全体指揮を取っていたいいんちょ……もとい、委員長のあやかに、

 

 「あ、時間空いたら朝飯買ってきてもええかな? 流石に空きっ腹では力が出んし」

 

 と、許可を願う。

 手伝いをお頼みしている立場であるし、尚且つ八面六臂の大活躍で作業してもらっているので勝手に食事に行ったとしても文句は出ないであろうが、“彼女らの手伝い”なので勝手に行くと段取りが狂って困るだろうという配慮である。

 そんな気遣いなんか見せたりするから余計に懐かれるのだが、本人が与り知らなぬ事なので横に置いておく。現にあやかも気遣いの意味を理解して感心していたりするが。

 

 「いえ、後は細かい衣装の打ち合わせや、

  内装に一部手を加えるだけですのでそこまでお気遣いなさらなくとも」

 

 「いやいや。

  『仕事はキッチリ。アフターサービスもカッチリと』ってのが前に職場で(文字通り)叩き込まれてるもんでな。

  ま、流石に衣装合わせには手を貸せねぇけどさ」

 

 「あら」

 

 彼がそう冗談めいて肩を竦めると、あやかはまた上品に小さく笑った。

 表情や仕種はまだ子供っぽいが、やはり対応は大人のそれだ。家が家だから大人との接し方に慣れているのだろうか。

 

 「ん~と……じゃ、御役御免でエエのかな?」

 

 「ハイ 本当にお世話になりました。

  今は不在の皆に代わってお礼を言わせていただきますわ」

 

 「良いって。こっちもナナが世話になってるからな」

 

 あんまり上品に対応されても、反応に困る。

 いや別に『ケ…ッ』とかされたい訳ではないのだけど、どうも知ってる“お嬢様”という存在は、おもっきり高飛車かボケボケだったりするので比較例にならないのだ。

 

 「ま、ちょっと名残惜しいけど、

  考えてみたらこれ以上手伝ったらクラスの出し物じゃなくなっちまうな」

 

 「正直、ここまで頑張ってくださるとは予想もしておりませんでしたわ」

 

 「いや面目ない」

 

 

 五割、とは言わないが確実に四割に届くほど横島が手を貸している。折角の『クラスの出し物』なのだからここが潮時なのは間違いなかろう。

 

 少女らと作り上げたそれの出来を見回して、一応自分が当たった部分を確認し、ちょっと満足そうに小さく頷いた。

 

 まぁ、これなら良いかと横島はあやかに顔を戻し、

 

 

 「んじゃ、後はがんばって。

  ま、もーし仮にあかん思うトコあったら言うてな?」

 

 「ハイ 本当にお世話になりました」

 

 

 と、挨拶を交わして教室を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「私、超包子に皆の朝食取りに行てくるアル」

 

 「拙者も手伝うでござるよ」

 

 

 “オマケ”を連れて――

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 ―世界樹伝説―

 

 ここ、麻帆良学園で知られている……所謂“都市伝説”の一つで、学園祭最終日に世界樹にお願いをするとその願いが叶う。或いは、告白をするとその想いが伝わり両想いとなれる――といったものである。

 麻帆良スポーツに、必ず結ばれるとあるののにその直横に成功率86%と書いてある矛盾した記事も載ってたりする。まぁ、これも例年の事だ。

 

 が、困った事にここは東の魔法協会の要である。

 

 つまり、その伝説にもちゃっかりと裏があるのだ。

 何と二十二年に一度ではあるのだが、ホントに願いが叶ってしまうと言うのである。

 

 この世界樹の正式名称は“神木・蟠桃”。解り易く例えれば、孫悟空が天界で食い荒らしたアレだ。

 尤も、向こうは実がなるのが九千年に一度で、食ったら不老不死というとんでもないものであるのだが、残念ながらというか幸いにというかこちらの樹にはそのようなものはない。

 ないのだが……その代わりについているのが、件の“二十二年に一度の奇跡”である。

 

 強力な魔力を秘めているこの樹は、二十二年に一度の周期で魔力が極大に高まりあふれ出させてしまう。

 その際、世界樹を中心とした六ヶ所の地点に強力な魔力黙りを形成。莫大な魔力は人の心に作用して持てる力を発揮してしまうのだという。

 

 不幸中の幸いと言うか、心に作用するだけらしいので即物的な願いは叶わないらしい。

 だが、その代わり事が告白に関するに限って成就率を120%に高めてしまうらしい。正に呪い級の威力である。

 

 

 本来なら次の年に起こる筈のこの現象。

 異常気象の影響か、或いは何かしらの知られざる理由があるのか、何故か一年早まって今年起こってしまうという。

 

 よって学園中の手の空いている魔法教師や魔法生徒らがこれにあたり、告白を阻止するという重要なのやら情けないのやら判断が難しい仕事をせねばならなくなったのである。

 

 「――それでも、心を縛り付けたりする呪い級の魔法なんて起きないに越した事はないですしね」

 

 と刹那が零すように、そんな事はあってはいけない。

 大雑把に言うと、自分が終生守り続けると誓ったお嬢様に懸想した塵芥に劣るケシカラン何者かがそのポイントで彼女に想いを伝えたら叶ってしまうやも知れないのだ。そんな鬱系MC作品のような世界は認めない。認めてはいけない。

 だから鞘袋に隠した野太刀を強く握り締め、彼女はその使命感に燃えていた。ちょっとズレてる気がしないでもないが。

 

 「ハハハ ソーデスネ。アッテハイケマセンヨネー」

 

 その一歩後ろを歩いていた魔法先生の一人で、刹那の担任であるネギは何故かどばぁどばぁと冷や汗を垂らしつつロボロボした口調で同意していた。

 

 然も有りなん。と彼の肩に乗っているカモは肩を竦める。

 というのもこの少年。麻帆良に着て早々にポカをかまし、それの汚名挽回……いや返上にとよりにもよってホレ薬なんか作ってそれを献上しようとした前科があるのである。

 

 心を縛り続ける魔法は、正しい魔法使いからすればタブー。そしてホレ薬の使用と製作は違法なのだ。

 その事を知らずウッカリ作ってしまった彼は、(一応バレてはいないが)目出度く前科持ちと相成った訳である。

 まぁ、刹那もその一件は知ってはいるのだがあえてスルーしているので同罪であるが。それは兎も角――

 

 教師であるネギはクラブの顔を出そうとする明日菜らと共に校舎を出て早々、学園長に呼び出しを受けた。

 彼と共に呼び出しを受けた刹那と一緒に、呼ばれていた場所である世界樹前に出向いていればそこにいたのは学園長と高畑、そして見慣れた数人の教師たちと数人の少女ら。

 なんと話を聞いてみると、このメンバーはここ麻帆良にいる他の魔法先生と魔法生徒だというではないか。

 麻帆良に来て数年になる刹那ですらこんなにいるのは知らなかったという(尤も、最近まで木乃香を守る事以外に興味がなかったという理由もあるのだが)。

 

 ここのとこ驚かされてばかり。

 世界樹の魔力を含め、知らないことは幾らでも有る。と、先に呼ばれていた小太郎と共に世界の広さを再認識させられるネギであった。

 

 「にしても、やっぱ横島の兄ちゃんは来ぃひんかったな」

 

 「あの人はあの人で、色々と仕事があるとの事ですし」

 

 『まぁ、あれだけ多彩なお人だしなぁ……』

 

 アレだけ目立つ人間であるから当然、この三人も『アレ? 横島さんは?』という謎に思い至った。

 性格の一部に難が無い訳ではないのだが、アレだけ多芸でド器用で尚且つ実力もある彼がいないのだからそんな疑問が出ない筈がない。

 基点となる世界樹がバカみたくでかい為、その六ヶ所のポイントとて範囲は大きいだろう。

 だったら彼の手もある方が良いのでは? と、刹那が三人の代表のようにその件を問い掛けた――のであるが……

 

 「ウ、ウム。

  確かに彼の手があった方が良い気も無きにしも非ずと思ってみたりしないとも限らぬ事もない事も無いのじゃが……」

 

 「ま、まぁ、その、彼の持つ力の関係で、何と言うか、適材適所というか。

  ある意味心強いんだけど、手段の為に目的を見失いそうな気が……」

 

 「ハッスルされたら困るというか……ハッスルし過ぎて力使い過ぎる気がするし。

  そうなったら彼の霊力が下がってスターターが暴走しそうで……」

 

 何だか要領を得ない答が返って来る。

 

 納得しかねるというか、イミフと言うか、兎も角 彼には別の仕事が割り当てられているという事だけは理解が出来た。

 

 つーか人柄はさて置き、彼の持つ力の特性ゆえに否が応でも別の仕事をさせなくては、という裏の事情があるのだが流石に未成年に性的な事は言い辛い。

 それが珍妙な空気となって漂っているのだが、当然ながら三人……と、他の未成年の魔法生徒達には良く解らない。それでも納得せねばならないという空気だけは読めていたようであるが。

 まぁ、大事な話は終了していたし、途中で謎のスパイマシンが発見された事もあって学園長もこれ幸いと……いや、丁度良い頃合だと終了を告げ、少なくともネギよりはKYではない刹那も言及を避けて二人を伴い世界樹前の広場を後にしたのである。

 

 「……なんやろ? 急に疲れが来た言うか……」

 

 「ああ、うん。僕もわかるよ。何だか気が抜けた感じに物凄く眠いんだよね……」

 

 ネギも小太郎も急な呼び出しで緊張していたのだろうか、内容を聞き終えた今は気が抜けていた。

 そんな二人を見て刹那も『無理もない』と思う。

 何せここの所、ず~~~っとエヴァの秘密基地(笑)で肉体改造モドキの特訓を受けさせられていたのだ。

 その上、特訓の〆は横島の術によって文字通り命がけの闘いである。これは疲弊しない方がおかしい。

 

 ……無論、毎日嬉々として特訓を受けている少女ら(含む刹那)は別である。

 

 「アカン……帰って寝るわ」

 

 「……僕も一度学校に戻ってから仮眠しようかな」

 

 よって二人してフラフラ。眠気に抗する能力はそこらの子供と変わらないようだ。

 尤も児童虐待と言っても良いレベルで扱かれ続けているのだから当然なのだが。思わずそんな二人を見守っている刹那が涙を拭ってたりするほどに。

 

 結局、どうしようない眠気に抗えなくなった小太郎はネギと刹那と別れ、居候をしている寮へと戻ってゆく。

 その背を見送っていた二人も、クラブと教職へと散って行った。

 

 

 

 

 

 

 

             それが――

 

 

                       分かれ目と知る由も無く――

 

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 「横島殿」

 

 「うん?」

 

 「まず、どこを調べるでござるか?」

 

 「………やっぱバレてた?」

 

 「当然アル」

 

 二人が気付いていたと知り、横島は頭を掻いた。

 彼が少女らの中から離れたがった事にも矛盾を感じなかった訳ではなかったのだが、それより何より彼の空気。それが激変した事に二人は気付いていたのである。

 

 ――事は、明け方の作業中に起こった。

 

 徹夜明けでボ~ッとしつつも意識を飛ばさないよう頑張っていた横島であるが……今から一,二時間程前だったか、急に何かの波動を感じて意識を完全覚醒させたのである。

 正確なものは不明であり、どちらかと言うと転移の“それ”に近い波であったのだか、折悪く横島は心眼を仕舞っていた。慌ててアデアットと呼び出したものの既に遅く、心眼の感知をもってしても追いきれなくなっていた。

 

 しかし、ここ麻帆良の結界と繋がりを持たされているエヴァも気付いておらず、待てど暮らせど学園側からの連絡もない。

 

 気の所為? の可能性も捨て切れなかったのであるが、ためしに円に聞いてみると“それ”を感じていた時に彼女も少しだけ何かを感じたという。

 ただやはり彼女も確かに感じはしたのだが悪い予感めいたものに引っかかりはなかったらしいのであるが、感じなかったとはいえ全く気にしない訳にはいかない。

 感応力だけなら自分に勝るとも劣らない円の感応に引っ掛かっているという事は、何かが来た事に間違いはないと思われる。

 

 それに、自分の勘がずっと引っかかりみたいなものを感じ続けている。これは意味は解らずとも調べねばなるまい。

 そう思って食事を口実に出て来た訳であるが…… 

 

 「二人にも気付かれてたとはなぁ……」

 

 「舐めてもらったら困るでござるよ」

 

 「ふふん 私達も成長してるアル」

 

 この二人に気付かれていたようで、着いて来てしまったのである。これには横島も驚いた。

 何時の間にか成長してたんだなぁ等としみじみ思ってみたり。昔、一番弟子を名乗る人狼娘が霊波刀をうまく出せるようになった時もこんな気持ちになったっけと感慨深くなっていたり。師匠冥利に尽きると言っても言い過ぎではないと思う。

 

 ――尤も、何の前触れもなくイキナリ円に突撃して行った横島の行動を警戒し、おもっきり耳をダンボにしてただけ、という説も無きにしも非ずであるが気にしてはいけない。

 

 「学園長殿からの連絡はござらぬ、と?」

 

 「んー……確認しようにも何でか電話繋がんなかったし、事件やったら連絡入るだろうし。

  一応、零にも連絡してみたんやけど……」

 

 「何も感じなかたアルか」

 

 心眼はアーティファクトなので、当然その機能で持ってマスターカードを持つ零と念話で交信する事が出来る。

 しかし今日はずっと間が悪いのか、向こうも横島からの交信が嫌という訳ではないのだが何か手が離せない事をやってたらしく、

 

 『はぁ? なんも感じなかったぜ?

  ンなツマンネー事で邪魔すんじゃねーよ。犯すぞ?』

 

 と脅される破目になってしまった。

 二重の意味でビビリまくった横島である。 

 

 『妾を引っ込めておくからだ』

 

 暗にずっと出しておけと心眼が言ってるよーな気がするが、そこはちょっとダメだったろう。横島は横島で気遣いがあったのだ。

 

 「せやかて、ず~~っと作業やど? お前暇の極みやん」

 

 『阿呆ぅ。妾はお前のサポート役だぞ? いらぬ気遣いだ。

  どうせ気遣ってくれるのならずっと出しておけ』

 

 「……うーむ」

 

 珍妙な平行線もあったものである。

 まぁ、考えようによってはカードに閉じ込められているようなものなので心眼の言ってる事にも一理ある。封印状態といっても良いのだから、出しておくのも筋という事か。

 

 「ん。今度からそうする」

 

 『解れば良い。いや、意味は理解はできておらぬだろうがな……』

 

 「どっちやねん」

 

 『自分で考えろ』

 

 おおうっと頭を抱える横島に、楓と古(と、心眼)は苦笑を浮かべる。

 ここぞ、というところの気遣いは人智を超えるというのに、肝心なトコでコレである。まぁ、横島らしいといえばそうなのであるが。

 

 一頻り横島の悩む様を堪能した三人は彼を促して移動を再開。

 キョロキョロふらふらと不審人物極まりない行動をとりつつ、そのまま出店の並ぶ区画へと歩を進めていった。

 

 「それで、ドコに向かってるでござる?」

 

 

 「解らん」

 

 キッパリと言い切る横島に、二人はズルリと足を滑らせてしまう。

 実に懐かしいコント・リアクションだ。

 

 「せやかてしゃーないやんっ!!

  もし想像通りやったらマトモに気配せぇへんのやぞ!?

  ココの守り(結界)超えられるほどやったら、目で確認するしか手ぇないんやもん!!」

 

 「う゛う゛……た、確かに」

 

 想像通り、というのは、横島ら気の所為ではないというのなら相手は学園側の網全てを掻い潜るだけの力があるという意味である。

 何せそうなると雨に紛れて侵入してきたスライム達にすら気付いていたエヴァすら出し抜いている事となるのだ。そうでなければ結界の綻びの可能性すらも浮き上がってくる。それはそれで大事であるし。

 そうなると学園もエヴァも気付いていないという事となるので、どんな魔法教師が来てもあんまり意味がない。だから僅かでも波を感じられた(ような気がする)霊能力を持つ自分が調査する必要がある。

 

 『だから妾がこうやって周囲を警戒しているというわけだ』

 

 「な、納得したアル……」

 

 見鬼に定評のある横島であるが、当然ベースは人間なのでも見えない範囲があるし、何より彼の特筆すべき見鬼能力はその“眼”にあるのだ。それでも人知を超えていたりするのだが、見えない範囲となるとそれはもう勘任せなので実に頼りない。しかし、その足りない部分を心眼がサポートすれば死角は激減するのだ。

 だったら感応力の高い円も入れば良いという気がしないでもないが、状況によったら揉め事が起こらないとも限らない。だから心眼とのペアで出て来て……

 ――横島に気付いた楓達が付いて来て、今の状況である。

 

 ま、この二人なら咄嗟に動けるからいいかと何処か呑気な事を考えている横島。

 しかし、勘に嫌なものが無かったが故の構えなのであるが……

 

 

 その感じた感触が、本来進むはずだった歴史の道から僅かづつ逸れてゆく軋みだとは思ってもいなかっただろう――

 

 

 

 

 

 

 

 今夜が前夜祭という事もあって、店の数は半端ではない。

 広げられたテントの下には所狭しと土産物やらアクセサリー、果物等が並べられて日本とは思えない光景を見せていた。

 

 籠盛りのフルーツやら衣服。日用雑貨などがテント下で釣られて並んでいる様はヨーロッパの朝市のそれ。大半が学園祭の出店であるらしいのだが、どうも納得し難い。

 感じから言えば、イタリアの朝市が印象的に近い。狙っているのだろうか?

 こんな無茶のある風景さえも例年通りだと気にしないのも、やはり認識阻害の力なのだろう。

 

 「何でこんな人気の多いトコいくアル?」

 

 そんな人通りの中を直進してゆく横島に、並んで歩いていた古が思わず問いかけた。

 何気なく気配を探りつつ歩いているのは当然であるが、こうまで人の気配が多いところを歩く意味は解らないからだ。

 因みに彼女が手に持っているのは、今さっき横島が店で買ったシシケバブ。因みに楓はリンゴである。

 

 私どれだけハラペコ思われてるアル!? と思わないでもなかったが、正直食べたかった事もあって黙って齧っていた。けっこう美味いし。

 

 「例の波動感じた方向こっちなんだよ」

 

 二人と違って何も食べていないのだが、慣れてきたのか見鬼を行っているさり気なさは二人より上。その所作は完全に周囲の賑わいと同化していた。

 

 彼女達に食べ物を与えたのは、サービスと人遁の術の小道具。

 流石に楓の技術は古よりか遥かに上なのだがそれでも横島に至っていない。恐るべきは彼の技量であろう。

 

 ――無論、覗きやらナニやらで鍛えられ尽くした技なので全く自慢できないのであるが……それは兎も角。

 

 「ったく厄介な……かといって遠回りしたら逃がしちまうかもしれんし。

  人ごみの中で違和感探すしか手が無ぇとは……」

 

 『気の所為である事を願うしかないな』

 

 「骨折り損になるけどそっちがマシや」

 

 そう面倒臭さそう肩を落とす彼であるが、やはり気を配り続けているのは流石だ。

 古はそんな彼に改めて感心しつつ、彼を促して捜査を続けるのだった。

 

 さて――

 

 そんな風に周囲に気を配り続けている三人(四人)であったが、横島を挟んで古と反対側を歩いている楓は見た目は兎も角としてやや硬い表情を見せていた。

 ちゃんと彼の横顔を目の端に捉えているのは良いとして、意識の方はどこか上の空。いや、心ここに有らずと言ったとこだろうか。

 とは言っても、かかる現状において深刻なものではない。それどころかこの捜査には何の関係もなかったりする。

 

 ぶっちゃけ超個人的な問題であり、それもシリアスな意味合いはほんの僅かしかなく、コンチクショーといったレベルなのだ。しかし実は古もその内には同じような憤りを今現在持っていた。

 

 その楓が持っているしこり……それは、自分にナイショで彼と亜子が会っていた事に対する八つ当たりをあちこちにばら撒いてしまった事だった。

 しつこいと言われればそれまでであるが、何と彼女、その事も一因として尾を引かせているのである。

 

 さんぽ部の活動途中に気配を察知し、さんぽというよりパルクールなアクションで鳴滝姉妹をウッカリ馬引きの刑にしてしまったり、デート(楓主観)した挙句に高げなイヤリングをプレゼントしてもらってる亜子にキれてしまったり、よくもやり手婆ぁ宜しく二人の逢引に手ェ貸しやがったでござるなと円にキれたり、拙者とゆーものがありながらと横島に当ったりとスカポンタンしまくりだった。

 幾ら強くなりたいとはいえ、こんな無双は楓自身も勘弁である(後で古にも“拙者の”とは何様のつもりアルかとツッコミうけたし)。

 それでもまぁ、学園祭中に一緒に回るという確約させた自分は褒めてたりするが……それは横に置いといて。

 

 本命といっても良いしこり……それもこれも、あのオンナ(少女)がいけないのだ。

 

 どうやら同じタイミングで彼女の事を思い出したのだろう、楓と古両方の奥歯がギリリと鳴った。

 漏れた闘気というかオーラはかなり重く、横島などそのオーラに中てられたかドビクンっと身を竦ませてたりするほど。まぁ、対象が彼とその少女のみなので害はなかろう。良いのか悪いのかは別として。

 

 二人がそんなにまで誰を気にしているのかというと……彼女らの同級生、近衛 木乃香である。

 

 最初は気に掛けるほどでもなかった。

 先の修学旅行の一件で、ずっと刹那との仲を心配してたり助言を与えてたり、如何なる非常識な行動を取っても助け出すという無茶振りに強い感謝の念を持っていた程度だったのであるが、明日菜が楓の悩みを聞いてくれたのと同様に古の悩みを聞いてくれた辺りからどうも怪しくなってきてしまったのである。

 

 何せ普段の彼は男前とかイケメンとかいう言葉からは程遠い人物であり、どちらかと言うと平々凡々で一山幾らの風貌である。

 頭捻ってこじ付けに近い褒め言葉を駆使したとしてもマスコットがいいトコで、一番適切な形容詞を使えばお笑い芸人。

 DNAレベルで刷り込まれているお笑い気質で行動してウケを狙ったり、大首領様にボコられたり、副作用で半死半生になったりするのが平時なので碌な面が見られない。

 

 表の仕事にしても用務員でお世辞にも高給取りとは言えないし、カッチリとした経歴も資格どころか免許証すら持ってない上に扶養家族まで抱えていおり、ナイナイ尽くしのおっぺけぺーなのだ。

 こんな男がナンパしたとしても成功率は良くても一桁。仮に成功したとしても良くて財布代わり。悪くて借金の保証人のような裏のある扱いだろう。ぶっちゃけモテる要素が余りにも微々なのである。

 クラスメイトからも時折、どこが良いのー? 的な質問が飛んで来る程に。

 その度に楓らの額にはぶっとい血管が浮かび上がりかかるのだが、気付いてないのだからコレ幸いと高を括っていた。まぁ、ぱっと見だけなら確かに頷く点もあるのだし。

 

 

 だがこれが内面の美醜となると話が変わってくる。

 

 少なくとも楓は……いや、古や円。長く生き過ぎてる零から言ってもここまで良い男を見た事がないのだ。

 

 

 つい先日も、すっかりと修業場と化しているレーベンスシュルト城でこんな事があった。

 何時もの拷問……もとい、鍛練を行っていた合間……エヴァ+零でのほぼ全力攻撃を凌ぎ、イイ感じに力を減らして『次はぼうやどもだぁっ アーハッハッー』と意気揚々と大首領様が去った後の休憩時間。

 横島が楓ら(時々+ネギ&小太郎)の鍛練時間まで疲労困憊ぷっぷくぷーにヘタレ込むのは何時もの事。

 無論、手加減率はネギ以下なので心身共にズタボロになる事も少なくないので、木乃香も修業になるからと大忙しなのであるが……

 

 そろそろ時間でござるかなー♪ と足取り軽く横島が休んでいるテラスに向かう楓……と古。

 疲労しまくる彼に申し訳ないという気持ちも間違いなく持っているのであるが、それと並んで楽しくて仕方のない自分もはっきりと感じているのだ。

 いや、武術の師や相手としても最強最高峰の相手、明らかに人類では到達不可能の対戦相手を出してくれる事も確かに楽しいのであるが、それより何より横島と一緒に鍛練を行うのというのがそれよりも更に楽しくて仕方がないのであったのだが……

 

 彼が休んでいるであろう、テラスに向かうとそこに先客がいたのである。

 

 先客――とは言ってもナナとさよの二人とかのこだが。

 普段のかのこは愛玩動物だし、さよとナナは彼の妹ポジションにすっかり落ち着いている。

 無論、楓らと同様の鍛錬等と言った用件で駆けつけていたのではなく、単に彼と一緒に居たかったというのが目的であろうけど。

 

 心労やらナニやらでぐったりさんだった横島は、テラスにどーんと生えている木の影で昼寝中。

 

 それもまぁ仕方のない話であるし、エヴァにしてもそこまでガミガミ文句を言うつもりもない(あったとしても、その憂さはネギと小太郎で晴らしてるし)。

 普段がイロイロと疲れているのだから、休める時はおもっきり休むというのもまた正しい事なのだ。

 

 そんな彼、横島の顔の横には鹿の子が丸まって寝息をたてていて、

 投げ出されていた彼の両の腕には――右と左の腕には先の妹分二人が頭を預け、心地よさげに微睡んでいたのである。

 

 ナナは兎も角、幽霊のさよが眠るのか? という疑問も無きにしも非ずであったのだが、横島と付き合っていたらナニを今更となる。現に彼女は彼の右腕を枕にすやすやと安らかに眠っているのだし。

 誰にも見えていなかったとは言え、ついこの間まで寂しげに佇んでいた少女と同一人物なのかと首を捻ってしまうほど、彼女の顔は安らかだった。下手するとこのまま成仏してしまいかねないほどに。

 

 若干、嫉妬の氣が噴出しそうになりかかるも、これもまた彼の作用なのかと思うと微笑ましさの方が勝って苦笑の度合いが強くなる。

 

 それほど身内というポジションに落ち着いていたのだから。

 

 そして、彼の右腕を枕にしているナナ。

 こちらは安らかというよりは、幸せさ全開。

 時々、もそもそと頭を動かすのも彼にもっとくっ付こうとする想いの表れだろうが、恐らくくっ付いている部分(密着面)は物理的にも隙間無くくっ付いている事だろう。それでも頭を収まり良くしようとしているのは、残っている人の部分の本能なのかもしれない。

 

 親猫の腹を枕にして眠る子猫を連想させるほど、かのこは元よりナナとさよの二人も安堵し切っていたのであるが……

 この時――二人が微笑ましげに見守っている前で、枕にされていた横島の腕が僅かに動いた。

 その瞬間、楓らは息が詰まったかのように動きがぴたりと止まり、音でも聞こえてきそうな勢いでその顔が真っ赤に染まっていったのである。

 

 身じろきをする、寝返りをする、二人の重さが気になりだした、等ではない。

 

 そんな事なら楓と古の二人も“こんな表情”はすまい。幾らなんでも赤色に逆上せ上がり過ぎであるし、妄想込みにしても色ボケにも程がある。

 

 そんなものではない。“それ”を目の当たりしただけなのだから。

 

 別に妙な事をした訳ではない。

 

 無論、悪い事をした訳でもない。

 

 後々考えてみたら、彼なら然もありなんと納得できない訳でもないものなのだから。

 

 だからこそ反応に困った。戸惑った。動けなくなった。かと言って眼を逸らせない。否が応でも目を引く。いや、眼が惹かれる。だからこそ余計に困っていた。

 余りに些細な事なのに、それは大きくなだらかで穏やかな津波となって二人を包み込んでしまったのだ。

 

 

 横島の見せた些細な所作――

 

 眠っているナナの背に回されていた彼の手が、時折優しく彼女の背中を叩いていたのである。

 

 

 ぽん、ぽん、ぽん、と感覚を空けてのんびりとしたテンポ。

 

 起こすほどの強さはなく、どちらかと言うと弱々しいと言った方が正しく、音すら聞こえないほどの強さでもって無意識にであろう続けられるそれ。

 それでいて確かに伝わる振動を幼い妹……良く見るとさよにも時々やっている……を守る様に、あやす様に、安心させる様に、ずっとずっと続けられているのである。

 

 そして楓らはそれを目の当たりにしてしまった。

 

 眠っているのに、

 古は兎も角、楓の目をもってしても眠っているはずなのに、

 

 その彼の手は愛おしいモノの安らぎを守るよう、身体が勝手に動いていたのである。

 

 愛し児の眠りを守る親のそれ、大切な守るべき家族に向けられるそれを、血の繋がりの無い兄であるはずの横島は、眠りながらも行い続けていたのだ。

 

 何気なく、そしてこれだけ強烈に愛情を感じさせるものが他にあろうか?

 楓と古は顔を真っ赤にしたまま、呆けたようにそんな家族(、、)をただ見つめ続けていた。

 

 

 嘘だらけのこの世の中で、こんなにバカ正直で真っ直ぐで、自分を隠さずあけすけに生き、

 誰かの為という時には考えるより先に身体が動き、誰かの為という時に限り限界を突破し、痛がりの癖に誰かが痛がるよりマシだとという感性を持ち、

 誰かを泣かせまいと命がけで踏ん張り続け、常識なんぞ踏み躙って駆けつけてくれる。

 その器の大きさも果てし無く、幽霊であるさよは元よりゴーレムであるナナですら完全に家族として中に入れている。尚且つ“人として”ではなく、ゴーレムや幽霊の妹とそのまま受け入れているのだから恐れ入る。

 

 そんな彼を、そんな内の美醜を感じられない見えないのならそれで良い。

 気付けもできないのならそれはそれで良し。こちらとしては知られぬに越した事はないのだし。知って嘲るのならただでは済まさないが。

 

 そして二人は……いや、円と零もそうであろうが……内心、彼の良さに気付けている事を自負している。

 

 特に楓と古はこの麻帆良で最初に気付けてたといっても過言ではなく、それが彼との距離の近さを感じさせていた。 

 この一件は駄目押しだったと言って良い。

 ただでさえ転んでいた彼女らであったののに、トドメとばかりに焼印を押されてしまったのだから。

 尤もそれを自負している節もないわけではないだが。

 

 ――なれど……

 

 と二人は下唇を噛む。

 

 不覚。不覚。正に不覚。

 見とれ…もとい、見惚れ…いやいや、み…み、み、見守って? しまっていた折、あんまり集中してしまっていた為だろう、他者の気配に気付けなかったのだ。

 

 武闘家のくせに大概であると思われるが追求はナシの方向を願いたい。

 何せ二人して顔を上気させ、傍で見てたら『病気?』と思わずにはいられないほど、ドキドキうるさい胸を押さえてたり己を抱きしめたりと大忙しだったのだ。

 極々身近であり、よく見知っている“一家族”の優しげで穏やかで幸せそうな場に居合わせてしまったのだから無理はないのである。

 

 そんなおっきな心の隙が出来てあまつさえクネクネしてる場を見たりしたら、そりゃ『何事や~?』と好奇心に引っ張られてやって来たりもするだろう。そのやってきた人間、少女こそが――誰あろう近衛 木乃香だったのだ。

 

 彼女もまた、横島の良い部分の深いところを気付きかけていたツワモノの一人であったのだが、それは単に大事な幼馴染をその身はおろか心すらも支えてくれるだろうという――言ってしまえば打算めいたものがあったのであるが、これを見てしまったのだからその評価点も上に突き抜けてしまう。

 

 確かに一応はマスターであるネギが持つ優しさや素直さ、責任感の強さを持っているし、頑張りも良く知っているのだか、それはあの年齢にしては、という枠で止まってしまう理解である。

 だが僅かながらベクトルがズレるものの、横島は同様かそれ以上に同じもの持ち合わせている上、更にそこに底知れぬ大きい器を持つ包容力と愛情を持ち合わせているのだ。

 

 些か安っぽく聞こえるかもしれないが、やって来た木乃香が目にしてしまった“そこ”には確かな愛があった。

 これに眼と心を奪われないと女ではない。

 

 楓らがハッと気付いた時にはとき既に遅し。

 木乃香は………頬を赤く染め上げ、自分らと同じ“眼”でまどろむ彼をぼーっと見つめ続けていた。

 

 

 ―― G o d d a m n ! !

 

 

 何故に英語? つーか何で唐突にスラング? という疑問はさて置き、二人は同時に天に向いて心の中でそう叫んだ。

 イキナリ文句言われた天も反応に戸惑っている事だろう。

 何だか知らないがドスゲェ怖い。その噴出した闘氣をマトモに受けて負け犬宜しく尻尾丸めている男が脇にいるし。

 はぁ……と溜息を吐く心眼の疲労たるや如何なものか。

 

 まぁ、そんな当人達にとってのみ深刻な状況なのだけど……

 

 

 

 

 『――ム?』

 

 「? どうかしたか?」

 

 そんなこんなでイタリアの朝市を思わせる出店を軽く冷やかしつつ目的地に歩いていた三人であったのだが、不意に心眼が意識を空中に向けて声をもらした。

 幾ら周囲の県から隔離状態とはいえ、売っている品物を含めてヨーロッパそのままの光景にはかなり違和感があるのだが、慣れ切っているのか誰も異を唱えない。それが認識阻害の力なのかどうかは別として、唐突にこんな事が起こっても気付き難いのはやはりいただけない。

 

 『唐突に空中に気配が出現した……?』

 

 「「「は?」」」

 

 何をイキナリ。いや、何故に疑問形? 等と思いつつも心眼が示した方向に横島が顔を向け、二人がその向きを追って顔を向けると――

 

 「ナヌ!?」

 

 彼が素っ頓狂な声を上げてしまうのも当然。

 こっちに向かって吹っ飛んでくる白い影があったのだから。

 

 普通の人間なら呆けるなり呆然とするなりする所だが、どっこいこの三人は普通ではない。

 

 「YOKOSHIMA-EYE起動っ!! 

  推定身長 160cm!!

  推定サイズ、B77 W56 H78!!

  推定年齢十代半ば!! 惜しいッ!! だが予想容貌ランク美少女!!

  これは……楓ちゃん、頼む!!」

 

 「…っ承知っ!! なれど後でOHANASHIでござる」

 

 横島EYEによって少女(美少女)であると確認した彼がすぐさま両の掌を差し出すと、示し合わせていたかのように楓がその掌を踏み台にジャンプし、すっ飛んできた少女(仮定)を危なげなく受け止める。

 途中、彼が悲鳴のような声で『何故に!?』と叫んでいたような気もするが空耳だろう。

 

 三人は元より、周囲の人間は何が起こったのか解りはしない。

 だが、この時期は過激なデモストレーションも行われる事も多く、今のアクションもその一環と思われているのか若干の拍手とおひねりが飛んできた。

 え゛? と一瞬戸惑う楓らを他所に、横島といえばドーモドーモとその拍手に手を振って返し、おひねりを懐に入れて二人の手を取ってそそくさとその場を立ち去った。このあたりは流石の心臓である。

 

 『……ヨコシマ、気を抜くな。

  何かが追ってくるぞ』

 

 「わーっとる!!」

 

 人の隙間を縫うように歩き、徐々に速度を上げて今は駆けている。

 急に駆け出すより目立たないダッシュであり、当然ながら超体育会系の二人は息を乱す事無く付いて来るのだが、追ってくるナニかも結構早い上に正確に追って来ているようだ。

 

 不幸中の幸いなのは、珍奇な格好で走り回っているのが自分らだけではないのであんまり目立たない事か。

 でなければコート包みの女の子抱えて走ってたら人目につきまくって大変だっただろう。

 

 「はて? 人のような影のような……式神でござるか?」

 

 『解らん。感覚的には使い魔かもしれぬ』

 

 「少なくとも十体以上いるアルな」

 

 ひょっとしてさっき感じたアレはコイツらか? と首を傾げつつ、ソーサーを集束する横島。

 何時ものように直に投擲しない。楓もクナイを出して何時でも投げられるようにしてはいるがそのままだ。何せ相手の正体が不明なのだから当然だろう。

 

 だったら向こうのターゲットらしい追われていたるであろう少女に聞いた方が早いか。そう思って抱いている白いコートに身を包んでいる少女に顔を向けると――

 

 「アイヤ 皆足が速いネ」

 

 「は?」

 

 意外に呑気な声が返ってきた。

 

 「あ? ひょとして超アルか?」

 

 「おお、古。デートの邪魔してしまたカ?」

 

 

 

 

 

 楓達のクラスメイトであり、横島を探っていた人物。

 

 学園の問題児であるがあらゆるジャンルで名を残す麻帆良の超天才。

 

 

 超 鈴音がそこにいた――

 

 

 

 

 



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中編

 

 

 ――おはようございます

   麻帆良祭当日まで あと16時間です

 

   各イベントサークルの責任者は当日10時に学祭実行委員会本部へ……

 

 

 移動用プロペラの音なのだろうか、くぐもった低いエンジン音を立ててゆっくりと麻帆良の空を移動する、実行委員会の飛行船。

 麻帆良学園所有の飛行船というところに、この学園の無茶さ加減が見えて来るわけだが、“慣れ”なのか例の認識阻害なのか或いはその両方か、然程気にする者はいないようだ。

 外と中にテックレベルの認識に物凄い差が出来る訳であるから、考え様によっては拙い事この上もない仕組みであるのだけど、この地から離れれば曖昧になるようであるし正しく遊園地のノリでやって来る訳だからそれに救われているようだ。

 

 無論、問題が起こらない訳ではない。

 認識が曖昧になる結界なのだから、時と場合によっては裏に直結している危ない場所に近寄ってしまう可能性だってあるのだ。

 だからこそ見回り組も大幅に仕事が増えるのであるが、幾ら結界に守られているとはいえ一般人どころか学園にとっての“常識との水際”に誰とも知らぬ者達まで招き入れるのは如何なものだろう?

 こんなノリの土地を半世紀以上も続けている関東魔術協会には、別の意味で頭が下がる。よくもまぁ、大きな事故が起こらなかったものだ。

 

 さて――

 

 そんな世界との常識格差の話は横に置き、ンな事知りませーんと学生達は前夜祭に向けてラストスパートを駆けていた。

 学園祭当日の出し物のチケットから、前夜祭特別イベントのチケット、果ては後夜祭のチケットも既に販売されてたりする。

 

 其々の学年別、そしてクラス別やクラブ、或いは学部の出し物は兎も角として、個人やサークル等のものを入れればそこらのテーマパークより出し物が多い。

 当然ながら場所が取り辛くなる訳だが、結局は短期間での販売or演出となるのである意味書入れ時と言えるだろう。

 その為、街は乱痴気騒ぎ寸前の喧騒に覆われる訳で――

 

  ゴ ッ

 

 このような鈍い音が響いたとしても“異常”だと気付きにくい。

 

 どう見てもヨーロッパの街並そのまんまであるのだが、実のところ学園内の施設の只中であるので、必需品の搬入時等以外は車の立ち入りは禁止されている。

 だから無骨なガードレールは無く、歩道と自転車道とを隔てるポールやら手すりやらがあるのだが……その一つが、何の前触れも無く今の鈍い音と共にいきなりひん曲がった。

 

 それでも往来の人々は、一瞬立ち止まりはしたものの、気の所為かと首を傾げる者が数名いた程度で、そのまま歩き去ってゆく。

 別に調子に乗った訳ではないだろうが、そのまま壁やら街灯やらも同じように凹んだり折れたりする。

 いやそれどころか花火の音に紛れてはいるが、何もない空間からも打撃音だとか衝突音も発生しているのだが、やはり誰も気付かない。

 

 この街に敷かれている認識阻害の魔法……何かしらの理不尽な事象すら誤魔化されてしまうという危険も孕んでいるそれもあって意識に残り難いのだろう。

 

 人々は祭り騒ぎの平和な光景に混じり、激しい打ち合いなどを感じても認識できず歩き去ってゆくだろう。

 理不尽な速度で、何かと何かが戦闘を行っている――等と理解する事も無く。

 

 

 

 

 「うぉおっ!? しつこいっっ!!」

 

 「蹴り足に勢いを感じ無いアル。そのくせ踏み込みが早いのは……」

 

 「式鬼……いや、使い魔の類でござろうな」

 

 立ち並ぶ建物や人ごみの隙間を縫い、三つの影が走る走る。

 壁を蹴り、屋根を蹴り、目に見える足場を蹴り、時に何も無い空すら蹴って駆けている。

 

 一の影は風のように軽やかに。

 二の影は鋭くしなやかに。

 三の影は……何というか、垂直の壁や屋根を滑る様に掛けているのだが……飲食関係者は耳にしたくないカサカサという音と共に。

 

 ぶっちゃけ最後の一人は人類判定したくないのであるが、兎も角その三人は一人の少女を守るべく、ハウンドドック並にしつこい追っ手から絶賛逃亡中なのだ。

 だが敵も然る者。件の追跡者は速度は兎も角として、前述のようにひたすらしつこく、ずっとずっと付いて来る。恰も、こちらにビーコンでも付いているかのように。

 

 『恐らく超殿の霊波……いや、魔法的なものでターゲットロックでも仕掛けているのだろう。

  術者の知覚範囲を超えないと無理だろうな』

 

 「つっても、こうも蝿みたくしつこいと難しいぞ」

 

 相手を探ってくれている額の相棒の言葉にやや安心させられるのだが、そのしつこさに定評がある彼ですら呆れるその付きまといには溜息が出る。

 尤も、相手を蠅扱いしている当の本人は疾走するゴキブリの様。彼が会得している唯一の魔法。命がけで覚え(させられ)た身体強化魔法の詠唱そのものがそーなんだからしょうがないのだけれど。

 

 とは言っても、彼の引き出しはそれだけではない。手荒な事になるのだが退散させる手がだって持っているのだ。

 

 しかし――

 

 「鈴ちゃん、あいつら何なんや!?」

 

 殺……もとい、ヤって良いのか悪いのか判断に困るので、念の為に被害者(?)に問う事にした。いや、実のところ術者と繋がりを持っている式神寄りの使い魔等、倒すのは難しくないのである。

 すると彼の直側を並んで駆けている背の高い少女の腕の中、当の被害者(?)は、自分の周囲にフォーカスを掛けて眼を潤ませつつキラキラと輝かせるという胡散臭さ爆裂な雰囲気で、

 

 「実は私……悪い魔法使いに追われてるネ。皆に助けて欲しいヨ」 

 

 等と言いやがった。

 

 前述の通り胡散臭さ爆裂で、ナニこの美人局と言いたくなるほど わざとらしさ満々でムンムンである。

 ちったぁ気の利く人間なら即行で、『ウソだっ!!』と鉈でも持って叫ぶだろうし、それ以前にその辺の人間でもジト目を見てしまうだろう程のざーとらしいレベルだった。

 要はバレても良いと思っているだろう程度の演技レベルでのウソなのだろうが……

 

 

 「何とそうだったでござるか!?」

 

 「確かに、超はスゴイ天災……いや天才アルよ!!」

 

 「成る程っ 相手は所謂一つの悪の魔法使いか!!」

 

 

 コイツらは揃いも揃ってバカだった。

 

 信じてくれるのはありがたいのであるが、どーにもこーにも単純すぎて後頭部にでっかい汗が浮かぶ。 

 特に小麦色の中華な娘は親友であるだけに、そのチョ○Qのゼンマイ並な単純思考には涙が出そうであった。主に未来的な心配で。

 

 兎も角、一大イベント麻帆良学園学園祭の前夜祭は、朝からこんな問題だらけで始まりを迎えるのだった――

 

 

 

 

 

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         ■二十五時間目:イマをイきる (中)

 

 

 

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 毎年の事であるが、この時期になると麻帆良の中はテーマパークと区別がつかなくなる。

 

 元々ノリが良過ぎる人間が集まっている事と、『こんな事もありえる』と思わせられてしまう魔法結界による認識阻害による相乗効果か、毎年どんどんエスカレートしてゆくらしい。

 今も大通りの向こうには(木製とはいえ)凱旋門がどどーんと突っ建っており、道化師モドキやらキグルミ,ぬいぐるみが練り歩き、ロボットは駆け、仮装行列が突き進む。

 建物の間は旗で繋がり、色とりどりの垂れ幕や暖簾なんかが街の色彩を変え、空には大学部の飛行機が飛び、何でこんなものが…と慣れぬ者は呆れ返ってしまうほど巨大な飛行船も浮かび、開幕(?)の余興か色とりどりの風船も舞う。

 

 ココって日本? と首を傾げてしまう光景。

 写真を一枚パチリと撮って校区外で見せれば、誰一人として学園の町並みだと信じてくれまい。それほどの異文化な光景と賑わいなのだ。

 

 そのように街は浮かれ返っており、文字通り浮き足立っている。

 追跡者達はその人間達の喧騒を見下ろすかのように建物の上を駆けていた。

 

 「半分は片付けたアルが……まだ十体はいるアル」

 

 「本命は後ろの……三人? に分かれてるようでござるよ。

  一人は……屋根の上から来てるでござるな」

 

 「あの影法師、屋根の方の動きには合ってねーな。

  つー事は残りの奴らか」

 

 流石に二人は氣を追えるからだろう、そう状況を告げると、心眼ごしに様子を窺っていた横島はゲンナリしながらそう補足した。

 彼女らは頼もしいのであるが、それ故に付いて来れる奴らが嫌過ぎるのだ。

 

 「影は散開してないみたいアルが……」

 

 「後ろの三つが二手……いや、ギリギリ三方に散りつつあるでござる。

  実に解り易い包囲戦でござるな」

 

 イタリアの朝市なんだか下町の商店街なんだか判断が難しい光景の陰に身を潜めていた三人と一人。

 やり過ごそうとはしているのだが相手は追尾型の使い魔らしく、中々その眼を誤魔化し切れない。

 尚且つ念話か何かで連携を取っているようで、どう距離を置いても微妙に位置をズラしつつ迫ってくる。

 とはいえ、追われる側も只者ではないので追う込もうとしているのは直にピンと来ていた。

 

 しかし大半が本体ではなく使い魔だというのも問題である。

 どれだけ退散させてもそのつど召喚されれば、戦っている分こちらの疲労が大きいだろう。

 

 いや連戦ができないという訳ではない。単にそうなるとかなり派手な戦いとなってしまうのだ。前日という事もあって外部の人間も多いので目立つのは拙いのである。

 

 「まぁ、実のところ倒すだけなら簡単なんだが……」

 

 「真でござるか?

  してそれは如何なる……」

 

 「いや、あの銀髪のガキ用に考えてた方法でな。

  言っちまえば呪いとか<返りの風>の応用で、

  式神やら使い魔を介してこちらの攻撃を本体に届かせるって方法なんだ」

 

 「ほほう」

 

 『尤も、まだ思いついて直なのでそんなに鍛練できておらん。

  というより、方法が方法なのでそう鍛練する訳にもいかんのだ。だから加減が難しうてな。

 

  何せヨコシマは霊力集束が特化し過ぎておる。

  こんなバカげた高出力霊波で使い魔を依り代に霊撃を与えると大変な事になる。

  最低でも相手の霊気中枢が完全にイカれてしまうだろうよ』

 

 「つまりぶっちゃければ、最悪呪殺しちまうんだなー これが」

 

 「そ、それは……」

 

 それはちょっと……と楓と古は眉を顰め、超は冷や汗を垂らしていた。

 

 さっきからずっと感じていた事であるが、この三人は彼女が知る人間たちよりずっと戦いなれし過ぎている。

 特に横島は自分より強い者との戦いに慣れているのか、軽口は叩いても用心は怠っておらず、楓達にも相手を直接見たりなるたけ姿を見せたりしないようにと指示をしているのだ。

 だから手加減なんぞは殆ど考えていないようで、無理だと判断すれば彼女らが危ないと判断すれば躊躇なく先ほど口にした手を使うかもしれない。

 

 確かに超からすれば追っ手の“女性”は邪魔者の一人。そんな障害が消えてくれる事そのものはありがたいと言えるのであるが、流石にこんな事で“彼女”を犠牲にするのは哀れ過ぎる。

 そうなると不必要に用心を深くされ、自分らの行動の重い足枷となるだろう。覗き魔の逃走レベルの事件が、謎の勢力によるテロ攻撃という大事件になればそれも当然か。

 可愛い女の子が関わっている事と、戯言をそのまんま受け取ってしまうアホ三人がいるのだから当然の事態だったのかもしれない。

 

 そんなに簡単に<呪殺>ができるという横島にも戦慄していた事もあるが、内心、超は頭を痛めていたりする。

 

 「いや殺っちまっても霊波攻撃だから何がなんだか解んねーだろーし、

  知らぬ存ぜぬを貫くって手も……」

 

 「その代わり立派な前科持ちでござるな」

 

 「バレなきゃ犯罪じゃないもんっ」

 

 何だか話が予想通りどんどんヤバイ方向に向かってゆくよーに思うのだが……おそらく気の所為ではあるまい。

 横島的に言うと、後々の禍根を断つだけなのでアッサリしたものであるし、尚且つ美少女と謎の敵を天秤にかければ、揺れる事もなく美少女の方が地に付くだろう。謎の敵なんて曖昧なものは羽毛より軽いのだ。

 確かに今の彼は前以上に女子供に甘く、未だトラウマを癒せられないので手を上げられない。

 だから術者が女性だった場合、胸の一つも痛むかもしれないのだが――それが彼の知人を傷付ける<敵>なら話は別だ。

 

 楓達と一緒に居る上、横島としてもこれだけしつこく追われているのでイラつきも増している。

 これ以上時間をかけて追っ手を増やされるのも面倒であるし、向こうが手段を選ぶ事をやめてしまった場合は碌な事になるまい。

 そうなって周囲の少女らに危害が及ぶのは是が非でも避けたい。

 だったら自分が泥を被った方が手っ取り早いと、短絡思考に傾きかかっているのもまた事実。

 

 しかしそんな横島らは兎も角、超は追っ手が何者か解っているのだ。

 だからここで軽い怪我をさせるだけでも事は大きくなり、動き難くなってしまう事も当然理解している。

 

 「あー……私としてはここを逃げ遂せるだけでOKヨ?

  下手に死傷者が出た方が厄介な事態を押しつけられるかもしれない訳だしネ」

 

 だからだろう。そう被害者(?)である当の超からそう言ってきたのは。

 その言葉に、あぁそれもそうかと思い立つ三人。

 成る程。確かに死傷者が出れば学園サイドも揉み消すのは大変であるし、裏で大事にされかねない。

 『そんな人は来なかった』とする方法も無いではないが、学園内に入ったという証拠が残されていた場合、それを逆手に取られて何故隠す? と詰め寄られたらもっと拙くなる。

 

 いや、どさくさに彼女の研究データを持ち出されかねないではないか。

 そう考えてみると、余り事を起こすのも拙いと感じられた。

 

 三人が手を考え始めてくれた事を見、内心ホッと安堵の溜息を吐く超。

 自分の事を本気で按じてくれている事はとても嬉しいのであるが、無駄に頭が回る三人であるからこそカッ飛んだ思考をしてくれている訳で、単純バカであり思慮深いという訳の解らない特性持ちの三人の扱い辛さを痛感し、超は疲労の溜息を吐いた。

 

 しかし、そんな超の心情を知る由もない三人は、追撃もダメだとするとどうすれば良いというのか? という事に策を練らなければならなくなっていた。

 このまま駆け続けるのは心労が堪るし、こちらは念話が使えないので助けも呼べない。結界でも張られているのか携帯は何故か圏外になっているし。

 

 ――とすると?

 

 「なるほど……

  ならばオレの真骨頂。後ろに向かって全力前進を行うとしよう」

 

 フッ 等とわざとらしく前髪をかき上げて格好をつけるのだが似合わないにも程がる。それにぶっちゃければ大逃亡であるし。

 それにしても即座にこの一択を自信満々に口にするところにはやはり横島である。尤も、事を大きくしないようにするにはそれ以外手がないのだが。

 

 『ま、妥当な選択だな。

  コヤツのみっともないが感嘆する逃げ足に敵う生物など地球上に存在せん。

  何者かは知らんが向こうもそんなに大事にはしたくはないだろうし、見失えば諦めるだろう』

 

 「では拙者らが撹乱に出た方が良いでござろうな。

  拙者とて遁走が出来ない訳ではないでござるが、

  横島殿の害虫もひれ伏す逃げ足は次元が違うでござるし」

 

 「……何だろう?

  信じてくれているし褒めてくれているのも解るんだけど、

  物悲しさばかりが湧き上がってくるのは?」

 

 極自然に交わされるあんまりな言い様に、しゃがみ込んで涙という墨で鼠を描き始める横島。

 それでも彼女らは全く気付かぬように手筈を整えている。つーかガン無視だ。

 哀れさを増した彼の煤けたその背中は、それて見た超が思わず肩に手を置いて慰めたくなったほど。

 

 「で、私も足止めアルか?」

 

 「古は防御専門となれるでござろう?」

 

 「ああ成る程」

 

 撹乱ならば横島の右に出る者はいない。世界最強と言って良いだろう。

 だが、それより何より逃げ足は更にその上を行き、楓の言うように敵う者はいない。何せ神魔とタメ張れるレベルなのだ。

 

 それでも足止め役に楓が古を選んだのは、彼女の身体能力も裏に届くほど人外じみているし、何より土地勘は横島よりずっと上だからだ。

 無論、横島が変態的な超感覚を持っている事も知っているし、いざとなったらどんなド反則だってこなすだろうも理解している。

 

 だが相手は超を、三人共通の知人を追っている。

 

 追跡者が何者かは不明であるが、横島が件の者達を<敵>だと判断してしまうと手加減は消え、始末に回ってしまう可能性が高い。

 口には出さずとも解る。楓も古もそれを危惧しているのだ。

 

 相手を気遣っている訳でも、学園側や超の迷惑を危惧しているのではない。

 横島に掛かる迷惑――いや、彼が後に一人で後悔し、傷つくかもしれない。その事“だけ”を心配しているのだ。

 

 二人のそんな心遣いを知ってか知らずか、横島は意外なほどあっさりと分担を受け入れると、楓から超を受け取って抱き上げている。

 その際、『むぅ…っ』等と何やら羨ましげな唸りが聞こえたよーな気がしないでもないし、直後に超がニヤリとして横島の首に腕を回した事も興味深いが、それはさて置こう。今は気にしている暇はないのであるし。

 

 「ん~と……鈴ちゃんのコレ、何か仕掛けあんの?」

 

 抱き上げた際、コートに触れた彼はそう問うた。

 こんなに目立つ姿で逃げまくっていた事もあるが、直に手に触れた横島の勘に何となく引っかかっている。いや何よりこの娘なら仕掛けの一つや二つくらい施してしていそうなのだ。

 

 尤も、携帯が繋がらないのも彼女の装備品であるジャマーの所為だったりするのだが、テクノロジーなのでそれには気付けていない。

 

 「アイヤ よく解たネ。このコート、私特製の魔力迷彩付きヨ。

  まぁ、アイツらの抗生魔法喰らて故障中だけどネ」

 

 「魔力迷彩って……どこまで非常識なモン発明してんだ」

 

 非常識さで人の事言えんの? と三人(+額から)の視線がプスプス刺さるが気の所為だろう。

 

 「んじゃ、ちょっと暑っ苦しいだろーけど我慢してくれ」

 

 「お?」

 

 横島は超のコートの襟に垂らしているフードを立て、彼女の顔を包むように隠す。

 そして大き目の白いコート……間近で見るとローブと表現した方が正しいようだ……でくるりと完全に包み込み、所謂お姫様だっこのままタイミングを待つ。

 その際、『アイヤ 私お持ち帰りされるカ?』等と保護対象にからかわれたり、何か二人分くらいの妬ましげな視線がじりじりと焦げ付くように熱さを増した気がしないでもないがそれはやっぱりスルーである。

 

 ――しかし、彼女の視界を覆ったのは敵(?)からの認識を誤魔化すだけの理由ではない。

 

 横島は身を隠す為に立膝の体勢で様子を窺っている様であるがその実、超を抱き支えるのにあまり使わなくなっている左手に霊気を集束していたのである。

 

  「――あ」

 

 と二人が気付くより前に、彼は生み出した奇跡の珠に『直』と一文字入れ、超のコートの背中側に押し付けた。

 

 バシュ!!

 

 「?」

 

 押し付けたのが腰の側だった為かフードに遮られて超には解らない。それでも異様な波は感じられたようだ。ピクンと彼女が反応している。

 しかし如何な天才であろうとその珠の持つ不条理で不可思議な力は理解は出来まい。まさか機能が停止していた魔力迷彩が復活している等と。

 彼が心眼に確認するように意識を向けると、額から『ウム』と肯定が帰ってくる。心眼が見えるような霊気まで遮られるわけではないものの、奇妙な“ぼやけ”が発生していたのが解ったのだろう。

 

 その所為かどうかは不明であるが、今までしつこく追い続けてきた使い魔(?)が戸惑うように足を止めている。

 横島はそれを確認すると、新たに二つの珠を生み出し、素早く文字を入れて無言で楓と古に渡した。

 

 「例え撒けても九分くらいしたら使って。それと目標は“家ン中”な?」

 

 「承知」

 「了解アル」  

 

 そこに込められた文字を見、二人は即座に納得。彼の策の大よそを一瞬で理解していた。

 ならば拙者から、と楓はクナイではなくその辺の石を拾って氣を込め、礫として立ち竦む影に放つ。

 

 ぱぁんっと風船が弾けるような音がし、やはり風船のように弾ける影。

 放つと同時に楓は地を蹴り、古もそれに続く。

 

 気配を消し、人ごみを縫いつつ素早く駆ける影二つ。

 おまけに礫を放ちつつ移動を始めた事により、別の意味で目立った動きを見せた“囮”に、使い魔(式神?)の意識はそちらに集中していた。

 

 そして横島はそんな隙を見逃すような男ではない。

 

 「ふ……」

 

 ズシャァアッ!! と音が聞こえてきそうなほどの自信を満々々々溢れさせ立ち上がるこの男。

 

 術師と使い魔の意識が逸れた一瞬の隙。その隙のその無音の旋風は巻き起こった。

 そして彼が立っていた場所に残るものは何も無い。

 居たという形跡は塵も残さず消えさり、潜んでいたかもしれないという可能性も残さず、通行人達の疑念や何かが通ったという認識すらも置き去りにし、只でさえ家具の隙間を駆け巡るゴキブリすら平伏する すばしっこさを持っているというのに『隠』という珠すら用いて彼は大遁走を行っていたのである。

 

 もはや裏だろうがなんだろうが、人間の技や術程度では彼を追うなどという事は出来まい。まさしく次元が違うのだ。

 

 尤も――

 

 「ふははははは……

  このオレを追うなどと笑わせてくれる。何者かは知らんが舐められたものよ。

  魔族らをも感嘆せしめたこの逃げ足、とくと味わうが良いわ!」

 

 悲しいかなその神域に手が届きそうな自信は余りにスカタンで物悲しいものだった……

 

 

 

 

 

 (魔族“ら”を感嘆……?

  こちらの世界にはそんなに悪魔達が出ていたという記録は……となると……)

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 ―二手に分かれた……? やはり複数犯か―

 

 ―どうなさいます?―

 

 認識阻害の魔法を絡め、一般人の意識から逸れて人ごみを縫って駆ける影三つ。

 一つはスーツ姿のスリムな黒人。

 ここ、麻帆良学園の魔法教師ガンドルフィーニ。

 人々の目には認識されにくい状態になっているが、それ以上に彼の動きは風のように素早く獣のようにしなやかだ。

 

 二つ目は女性……それもまだ年若い少女だ。

 その着ている制服は麻帆良学園の高校生、聖ウルスラ女子高等部のもの。

 実際、彼女はウルスラの二年生であり、この学園の“裏”に関わる魔法生徒だ。

 

 最後の一つもやはり魔法関係者。

 着ている物から解る女子中等部のそれ。手にしっかと握り締めている箒がやや周囲から浮いているが、認識阻害のお陰か然程でもないようだ。

 

 朝の会合中、その箒を手に持っている少女が空から様子を窺っていた“機械”に気付き、上役であるガンドルフィーニらと共に仕掛けた不審者であろう人物を追っていたのである。

 その距離は徐々に詰められていき、応援に連絡を入れられた事とウルスラの女生徒が影使いである事もあって、余裕を持って対象を確保出来る間合いをずっと計っていた。

 確かに最初の方こそ相手も認識阻害(のようなもの)を使用していたようで意識を向け辛かったのであるが、何とか抗生魔法を使用してターゲットロックに成功。後はずっと位置を特定できていたので詰め寄って確保、という段階になっていたのであるが……何と唐突に対象の逃走速度が上がり、尚且つ反撃まで行ってきたのである。

 

 これには流石にガンドルフィーニも驚き増援を急がせ、自分らは足止めをしようと追撃パターンを変えたのであるが、何と相手は追い込もうとする方向とは真逆の方向に逃げる。

 

 打ち上げられる花火の音に合わせて威嚇攻撃も行うのだが、あろう事か相手はその攻撃を読んでいたかのようにその方向に飛び、尚且つ攻撃を完全に捌いてこちらが怯んだ間隙を潜って真反対側に駆け抜けて行く。

 

 無論、三人とてド素人ではない。ならば…とガンドルフィーニは女生徒の操る影と連携してわざと間隔をあけて呼び込むように動くのだが、どういう訳かそういったものには全く反応せず、全力で駆け抜けて行くのだ。恰も迎撃をかけてやろうと待ち構えている時に限って隙間に逃げてゆくゴキブリが如く。

 

 『『『な、何て嫌らしい逃亡者……』』』

 

 等と三人でそうぼやいてしまうほどに。

 

 だが困惑はそれだけではない。

 何とターゲットの位置認識がぼやけたと思った瞬間、イキナリ二手に分かれたのだ。

 ギョッとする三人。だが理由に感けて愚図愚図している暇はない。

 ガンドルフィーニは慌てて指示を飛ばし、自分と少女らとを二手に分けて追撃を再開した。罠臭いのであるが他に方法がないのだ。

 

 だがしかし、彼の苦労は悲しいかな空振り。肝心の捕獲対象はとっくの昔に認識外だったりする。

 読みが甘いっちゃあ甘いのだが、彼らの想像より更に斜め上の存在なのだからしょうがない。

 

 しかしそんな事を知る由もない彼らからしてみれば、このままではジリ貧という苛立ちの最中。

 二手に分かれたという事もあり、しっかりとした足止めをかけねばならない。

 

 ガンドルフィーニは気持ちを切り替え、懐から銃を取り出して相手の軸足が向かうであろう所に向かって引き金を引いた。

 周囲の喧騒と術によって消音が程よく効いている。タタタンと軽いノックのような三点バーストの音が響くが誰に気にならない。

 足払いにも似た射撃によって体勢を崩させ、その隙に距離を詰める。まぁ、普通の戦法であるが、魔法による強化も相俟ってかなり効率が良く手堅い戦法なのであるが……

 

 「なっ!?」

 

 刹那、強化された彼の感覚が、自分に向かって飛んでくる何かを察知し、思い切り身を捻って“それ”をかわした。

 命中こそしてはいないが、風を切った音と手にしている銃を掠めた時の衝撃によって何かは解る。何より風切り音で理解できる。

 

 「撃ってきた?! 銃を持っているのか?!」

 

 飛んできたのは銃弾。それも三点バーストで撃ち返してきた。

 これは勘であるが、恐らく相手の得物は自分と同じくもの(M93R)だろう。

 おまけに魔法でもって狙いをつけているのか恐ろしく精密な射撃であった。

 

 「これは……思ったより厄介な相手だったかもしれんな」

 

 彼は懐からナイフを取り出し、未だ影しか追えぬ相手に対して本気で戦うという決意を固める。

 その心構えすらも空振ってしまう等と知る由もなく――

 

 

 

 

 

 「くっ 犯罪者の分際で……っ」

 

 ガンドルフィーニと共に、不審者を追っていた魔法生徒、高音=D=グッドマンもまた詰めに入れず苛立ちを隠せなかった。

 

 彼女と妹分ともいえるパートナーの佐倉愛衣が受け持った方は、ムカつくほど回避能力が高く、また性格も悪いのかやたらと挑発めいた行動で翻弄してくる。

 それがまた彼女らのストレスとなり、使い魔と連携攻撃の大半が間をズラされて空振り。当たらないのではなく、“上手くいかない”ようにされているのだから性質が悪い。

 いや確かに自分の攻撃は当たるし、愛衣の武装解除の魔法も命中するのであるが、当たったと! と喜んだその瞬間、対象はミョーに大げさなジェスチャーと共に弾け、空気に溶けるように消えてしまうのだ。

 

 「分身……? いや、幻影?

  でも、質量を持つ幻影なんて……」

 

 向かい合うは十を越す白マント。

 最初姿を見せた時は確かに一人だったのであるが、あっと驚く間も無くいきなり分裂したかのようにその数が増え、使い魔と戦いを始めたのである。

 

 その背丈は自分ほどかそれ以上。だが、正確な体格は不明。

 姿を見せるのは空を跳んでいる瞬間くらいで、マント……どうもどこかの屋台のテント部分っポイ……の長い裾が足先を覆い隠しているのでサイズを曇らせているのだ。

 

 顔……も、この学園祭の乱痴気カーニバルで使われているのだろう、烏の羽っポイもので作られたデザインのマスクで隠されていてサッパリである。

 そのデザインも狙っているのか偶然なのか、こちらの使い魔のそれに似ていて腹立たしい。

 そいつらがこちらの攻撃が当ったら当ったで、大げさにやられたーと演技をしてポンっと間抜けな音を残して弾けるのだ。

 

 手ごたえはある。あるのだがニセモノ。そして弾けた後に『やぁ、残念』とばかりに別のが出て来た肩をすくめるのだ。それがまた腹立たしい事この上もない。

 

 「バ、バカにしてぇ……っっ」

 

 いや苛立ちからする言いがかりなのだが、実のところ全然間違っていない。

 逃亡者側は相手の攻撃からやや実直過ぎる事を見抜いており、『真似た』り『わざと姿を見せた』りして挑発しているのだ。

 

 ……この辺、師事している者の人となりが解るというもの。

 

 ―お姉様っっ!!―

 

 「!?」

 

 悲鳴のような愛衣の念話を聞き、自分が一瞬ではあるが思考に気をとられてしまっていた事に気付きハッとして頭を上げる。

 

 だが少し遅い。相手の仕込みは終了してしまった。

 白マントが空中で体勢を崩した……ように見える。

 それを機と見たのだろう、高音が集中し切れていなかった為かオートで動いていた使い魔達が殺到すた。

 

 その瞬間、

 

  ダ ラ ラ ラ ラ ラ ッ ッ ! ! !

 

 ドラムのを叩くような音と共に、使い魔たちが蜂の巣になったのである。

 呆気にとられる高音と愛衣の目の先で、存在構成が分解して消えてゆく使い魔。それを確認したのだろう、屋根の上で白マント達がイエーイとハイタッチをしている。実におちょくりが堂に入ってて腹立たしい。

 

 ―お、お姉様……―

 

 「く……」

 

 愛衣からの念話にも動揺が伝わってくるのだが、高音もそれを隠せない。

 別に相手をそんなに侮っていた訳ではないし、手を抜いているつもりも無かった。

 だが、相手が殆ど実力を見せていない上、逃げるばかりで戦い方も見せていなかったので技量を測りかねていたのだ。

 

 「今のは……単純な物理射撃ではありませんわね。

  かと言って、魔法の矢でもないようですし……?」

 

 ――弾丸に氣を込めていたような?

 

 と思いはしたのだが、氣を使う戦闘で知られる神鳴流は飛び道具を使わない。というよりあの流派は剣氣を放つ事が飛び道具と言えよう。

 或いは魔力で修正する魔弾を放つ者がいるというが、それに近い……様な気がするし。

 

 「どちらにせよ……」

 

 ああいった攻撃が加えられるという事は、本体も近くにいるという事である。

 それが確認できただけでも上等だ。そう高音が気持ちを切り替えると同時に、足元の影がゆらりと立ち上がり彼女の身体を包み込んでゆく。

 

 その姿は裾の短いドレスの様。

 

 生真面目な彼女の性格と異なり、どこか色気すら感じるビスチェのようなデザインの影のドレス。

 使い魔を鎧の様にして身を包み、攻防一体で戦う。それこそが彼女の本気の戦闘スタイルだった。

 

 「ただのネズミではなかった、という事ですね……」

 

 そして背後で立ち上がるヒトガタ。これもまた影。

 

 影の衣を身に纏い、影の従者を連れて強い眼差しを向けるその姿は、彼女の品も相俟って影の王女を思わせる。

 彼女の本気具合を見て愛衣はごくりと唾を飲み、白マントは――

 

 ふ~……ヤレヤレと言わんばかりに肩を竦めてアメリカンなジェスチャーでそれに応えた。

 

 ビキリっと音を立てて高音の額に浮かぶ血管。

 

 「……良いでしょう。

  私の力、思い知らせて差し上げます!!!」

 

 

 哀れ高音。

 

 いきなりペースをおもっきり崩されるのだった。

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 「そ、それにしても結構な腕アル」

 

 時折跳んでくるナイフに合わせ、銃弾が振ってくるのは流石に怖いものがある。

 

 そこらの女子中学生が銃雨を浴び慣れている訳がない(真名は例外)ので、掠めるだけで萎縮したっておかしくない……筈だ。

 だがそれは、“そこらの女子中学生”というカテゴリー内の話であって、元からそこらの女子中学生というカテゴリーから外れている上、ここのとこの鍛練でさらにド外れている。

 

 よって『どのような弾であろう当らなければどうと言う事はない』という認識を、実戦形式で叩き込まれているのだ。

 そんな鍛練を喜んで続けているのは正気を疑えばよいのか、流石と言うべきか。

 

 だが、そんな彼女でも相手の技量に舌を巻いていた。

 

 最初に<月見>で跳ね返した時に気付かされたのであるが、相手は迫ってくる弾丸に反応して避けた。

 彼女が“発射に気付いて防御する”のに対し、向こうは“迫ってくる弾丸に反応して対応する”のだ。これに感心しないのはおかしい。

 

 例に何度か反射したのであるが、その内の何度かは撃ち落されている。

 

 「……シャレにならないアル。

  老師に匹敵する反射神経アルか」

 

 そこで彼が出てくるところにイカれ具合が解るという物。尤も、比較法としては間違ってはいないが、どちらにしても横島が人外だと言ってる事に変わりはない。

 今まで横島と色々組み手を行ってきた彼女であったが、実のところまともに当たった例はない。となると必然的にこの手ごわい追手にも当たらないという事になってしまう。

 

 とはいえ、今回は戦う事がメインではなく撹乱が主。

 

 戦いたくないと言えば大嘘になるのだが、そんな欲より大切な事……老師と親友の逃亡の手助けという仕事を忘れる訳にはいかない。

 これが普通の相手なら接近戦を挑んで時間を稼ぐのも手であるのだが、相手は使い魔を操っているからして魔法使いだろう。

 となると、下手な接近は命取り。心を読まれてしまう可能性だってゼロではないのだ。

 

 友人に<いどのえにっき>なんてアーティファクト持ちがいるからか、ちょっと用心し過ぎの感もあるのだが、顔を覚えられると後々の問題に繋がりかねないのもまた事実。このくらいの用心はやって損がないと言えなくも無いのである。

 

 古は近くを歩いていた通行人が被っていたお面を、

 

 「ちょと借りるアルよ」

 

 「え? あ、あれ?!」

 

 ひょいと掠め取って被って顔を隠し、物陰で素早く髪をほどいてポニーにまとめハンカチで縛る。これだけでかなりイメージが変わるのだ。

 そして鉄扇トンファーの特製を<月見><花見>と巧みに切り替えて服の柄を変え、歩行速度も通行人の合わせたりして緩急を加える。

 相手の戸惑いを感じたら人気の無い場所に移動し、服の柄を元の派手なものに戻して発見させたりして追っ手を引き付け続けていた。

 

 「まー こういうのも修業アルな」

 

 射撃によって追い込まれかかっている事は感じている。

 何だかんだ言って行かせようと仕向けている方向は変わっていないからだ。

 一見、無駄弾に感じる射撃すらそれの牽制なのだろう。

 

 尤もそれが解るのは彼女の見立てではなく、鍛えられている霊感なのであるが。それが解っていても今の彼女には誘いに乗ってゆくしか道がない。

 何せ彼女は防御以外のスタイルは接近が主体。中距離戦には向かないのだ。

 だから距離を離されると非常に厄介。高度差をつけられるのも痛い。

 

 「さてさて……カエデの方は上手くいてるアルか?」

 

 しかしそれでも彼女にはまだ余裕が残されている。

 

 彼からアイテムを渡されており、これを使うだけでどうにでもなってしまうのが強みなのだ。

 だから古は向かわされる方向から感じているプレッシャーにも負けず、そろそろ詰めに入っているだろう事を感じてただひたすら時間稼ぎに従事するのだった。

 

 「どちらにしても、あんな怖い教官ほどではないアル」

 

 等と鍛練を思い出してゲンナリしながら……

 

 

 

 

 

 

 『Only when spoken to,and the first and last words out of

  your filthy sewers will be "ma'am"!!』

 

 『『ma'am,Yes,ma'am!!!』』

 

 『I can't hear you.Sound off like you got a pair!!』

 

 『『M、ma'am,No,ma'am!!!』』

 

 

  *** 諸般の事情で未訳にいたしております ***

 

 

 「……何で唐突にあのシゴキを思い出してしまうでござるか……」

 

 空を跳ぶ白マント……まぁ、楓の分身なのであるが……は、使い魔達の攻撃を捌きつつ、本体の楓は肩を落として顔色を悪くしていた。

 

 実のところ、彼女が相手をしている魔法使いの女性(少女?)は、まだまだ戦術が拙く、使い魔の能力に任せた戦い方を行っている。パートナーなのだろう、時折少女魔法使いから魔法の矢が放たれるのだがそれもまた弱く、軽く腕を振ったら弾く事が出来てしまうのだ。

 その所為だろうか、ウッカリと気を抜いた時に突如として“あの日々”が思い浮かびこうなってしまったのである。

 

 何でも彼が『再』『現』してくれた相手はモノホンの軍人。魔界軍の特殊部隊員で大尉だそうだ。

 ハッキリ言って、真正面からやり合ってくれたのはありがたいのであるが、途轍もなく強い上に手加減が(横島の意志が介在しているにも拘らず)全く無く、射撃やらナイフ戦術やらでガシガシ攻撃してくるし、戦術やらの座学にしても鬼のように厳しかったのである。

 

 いや確かに勉強にはなったものの、ベレー帽がトラウマになりそうな猛特訓だった。

 だからこそ、拙い戦術を見ると妙にホッとしてしまうのも仕方がないと言えなくもないのだ。

 

 無論、そうは言っても相手は魔法使いなのだから油断は禁物であるが。

 

 現に件の使い魔の主――どうやら彼女は影使いのようで、自分の影を身に纏って身体を強化させて向かってくる。

 その少女が被っていた帽子がややベレー帽っポかったので戦慄してしまう楓であったが、十字架のマークが付いていたので『違うでござる違うでござるよ』と直ぐに気を取り直し、冷静に攻撃を捌いていた。

 何せ彼女らは既に魔法によって強化しているらしいのであるが、その身のこなしも楓らほどでもはないそこそこの程度で、それを影による防御能力強化で底上げを行っているのだ。技術的にはそれは見事だと言えよう。普通の人間では手も足も出ないだろうから。

 

 そう――普通の人間なら、だ。

 

 古もそうであるが、楓はエヴァや横島の修業にずっと付き合っている。

 今さっき述べたような魔界の軍人から邪龍、神剣の使い手、根性ババ色の銭ゲバ女。地獄の呪術女やら、泣き虫暴走超新幹線女とか色々だ。

 

 対して影使いらは単純なパワーだけでも横島が再現している神々はおろか、全力が出せない状態のエヴァにも劣る。戦術や策に至っては言わずもがなだ。

 横島に比べてフェイントは単純だし、大首領とキリングドールズに比べて連携もイマイチ。

 

 軽い挑発におもいっきり乗ってくるし、ちょっいと使い魔を片付けただけで戸惑いを見せる。

 様々な戦術や戦略で戦わされ、鍛錬を続けていた楓らからすれば、失礼な言い方であるが『チョロい』と感じてしまうのも仕方のない話であろう。使い魔にしても暴走した十二匹のアレに比べたら怖くも何ともないし。

 

 まぁ、横島やエヴァみたいな規格外の二人と比べる事自体が間違っているのだろうけど、それにしても実戦経験の差を強く感じられ……

 

 「――って、

  考えてみたら横島殿は十年選手でござるし、大首領は600年の経験があったでござるな」

 

 こりゃだめだーと肩を竦める分身達。全員一致の仕種で中々よろしい。

 

 「ば、馬鹿にしてぇーっっ」

 

 「お、お姉様、落ち着いて……」

 

 「おろ?」

 

 何かタイミングが悪かったのか、怒った声が聞こえた。

 まぁ、本気で向かって来ているだろうのに、遊び半分っぽい仕種を見せられればキレもするだろう。

 楓は失念していた事に気付き、いかんいかんと自分の頭をコンコンと叩いた。

 

 「むきーっっ」

 

 「お姉様ぁーっ」

 

 「あ……」

 

 悪いタイミングもあったものである。

 

 

 挑発が効き過ぎている感もあるが、結果的におびき出しに成功しているので由としよう。ウン。

 

 

 相手に失礼極まりないのだが、はっきり言って楓の方の陽動は物凄い楽であった。

 

 何せ、天狗舞を使用していたのであるが、鉄葉団扇には『念』が出ていたのでそれを使用。ぶっちゃけ飛び回っているのは修業によって霊力強化できるようになった分身であり、それらを『念』を使用して質量を増加させているだけ。偶に放つ飛礫も『念』でコントロールできるのだから相手は堪ったものではないだろう。

 

 その上で横島と付き合っている内に更に鍛え上げられてしまった穏行を行い、本体だけが身を隠して安全地帯にしゃがんでたりするのだ。

 ここら辺の小狡さに横島との関わりの深さを感じさせられる。尤も本人はそれが何か誇らしかったりするのだけど。

 

 そして念の為に分身らの姿を見せているのも大きい。

 

 だから楓のやる事と言えば、冷静に時を待つ事と古が追い詰められるのを待つだけ。そう言っても良いのだ。何せもう一つの力でもって、ずっと古の行方を追えているのだし。

 

 

 その間、ずっとこの二人を引き付けりゃいいのだ。横島やエヴァ、或いは刹那や真名を相手にしている訳ではないので楽なんてモンじゃない。

 

 じりじりと距離を離し、目的地から引き離す。それが出来ればよいのだ。

 

 古の方の難易度が高いっポイが、少なくともこの間の京都よりかはずっと気楽である。

 

 「しまったでござるな……古と相手を代わってたら良かったでござるか」

 

 無論、今となっては後の祭りなのであるが。

 

 

 

 

 ――尤ももしそれを行っていれば、

 

 もし楓を追っていた人間が、古が引き付けている方だったとしら……おそらく未来は変わっていたであろうけど。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 ―すみません! お待たせしました!!―

 

 ―瀬流彦君か?! 待っていたぞ!!―

 

 援軍到着の念話が届くと、正直ガンドルフィーニはホッとしていた。

 幾らなんでもこれだけ追いかけていて、そして見失いかける毎にチョロリと気配を現されていたら流石に囮だと気付く。

 いや気付きはするのだが、手が足りない以上どうする事も出来なかったのである。

 学園側としても舐めていた感はあるのだが、想像以上に手強く初手で戸惑ったのが流石に痛かった。

 

 だが、逆に考れば囮の人間はまだ彼らの感覚内にいるのだ。

 

 きちんと杖を装備している瀬流彦、ふと眼を凝らせば刀子の姿もあるではないか。これは頼もしい。

 これならば如何なる飛び道具を使おうとも何とかできるだろう。

 囮とはいえ、その人物さえ押さえられればまだどうにかなるかもしれないのだし。

 

 それに高音達の方にも手の空いた者が向かっているとの事。

 

 まだ今の内なら……

 

 逸る気持ちを無理やり押さえ込み、発動具の杖を携えて詠唱を始めた瀬流彦に合わせ、わざと大きく間合いをとって追い込んでいた場所――学園祭広場へと歩を進めた。

 

 

 

 

 ―高音君!―

 

 ―えっ!? た、高畑先生!?―

 

 流石に彼までが出てくるとは思ってもいなかった高音は、驚きを隠せなかった。

 

 ガンドルフィーニ同様、確かに相手を見くびっていたのは間違いない。

 いや、間違いは無いのであるが、そんな実力者であるのならどうやってこの学園に入る事が出来たのか?

 

 それなり以上の実力者であるのなら面は割れているし、この学園のセキュリティに引っかかる。仮に変装やらしていても無駄であるし、変身魔法などを使用しているのなら尚更だ。

 これだけエゲツナイ攻撃が出来、尚且つ名が知られていない実力者となるとお手上げである。

 

 逆に、初めから居たとすると何者なのか? この学園の魔法生徒に裏切り者が居るというのか? という疑惑が浮かんでくるのだ。

 だからこそ高畑という大物が来てくれたのだろう。

 

 覗き魔の確保だと軽く考えていたのであるが……思っていた以上に大事になりそうである。

 高音は唇を噛み締め、相手を見誤っていた事を悔んだ。

 

 ――と?

 

 念話を使って高畑らと作戦を組み、一斉に……とタイミングを計っていた矢先、

 

 「え?」

 

 「は?」

 

 「ム?」

 

 それまで逃げの一手だった白マント達が一斉に動きを止めた。

 

 いや、正確に言うと電柱や街灯、屋根の上等にちょこんと腰を下ろしたのだ。

 立って止まったのではなく、長い裾を下ろしての着座。これはやはり体格を不明にする為だろう。

 だがそうだとしても、動きを止めた意味が解らない。

 

 ―……何を狙っているのか解らないけど、動きを止めたのならこちらから攻める。いいかい?―

 

 ―はいっ!!―

 

 まずは高音。

 彼女は動きを止めているが影だけは動く。

 地面を滑らせて一気に間合いを詰め、その間近で影を立ち上がらせて一気に襲い掛からせる。

 

 『これなら……っっ!!』

 

 座っている以上、真下と周囲からの波状攻撃を回避するには上に逃げるしかない。

 空に浮いたら後は高畑達が仕留めればいい。飛行系の魔法は使っていないようであるし、急に使用したところで彼はそんな隙を逃がすほど愚鈍な男ではないのである。

 

 ――捕った!!

 

 と、誰もが思う。

 

 当然だろう圧倒的な隙であり、チャンスなのだから。

 ただ一人、高畑だけは妙な違和感を感じてはいたのであるが、兎に角一戦交えてからだと思考を切り替え、相手の死角に回って影の攻撃合わせてポケットから拳を振り出しに掛かった。

 

 のであったが……

 

 「「え……?」」

 

 白マントは大仰に右手をくるりと回し、まるで舞台から下がる道化師のように座ったまま一礼をする。

 

 と、次の瞬間――

 

  ぽ ん っ っ

 

 間抜けな音と共に、全ての白マント達の身体がそのマントごと弾けて消滅したのである。

 

 「そ、そんな」

 

 慌てながらも愛衣は意識を集中し、魔法を使って探知するのだが影も形も無い。

 いや周囲に術者やら使い魔やら気配は、自分ら以外に全く無かったのである。

 

 「……やられたな」

 

 呆然とする高音の横に、煙草を咥えた男、高畑が降り立つ。

 まだ事態を信じられないような表情であったが、彼女は彼の言葉に引かれる様に高畑に顔を向けた。

 

 「恐らく、君達が追っている最中に術者はとっくに逃走を終えていたんだろう」

 

 「……え?」

 

 彼の言葉が、ずしんと重く胸に響いた。

 それだけショックが大きかったのだ。

 

 しかしそれは真実の様である。

 

 「逃走の途中でやたら姿を見せていたのも、

  間に攻撃を仕掛けてきていたのも本体がいると思わせる罠。

  それと姿を見せていたのは魔法探知されないようにする為だろうね。

  探知されたら本体が近くにいないとバレてしまう事を危惧してたんだろう」

 

 「そ、それなら……私達は……」

 

 高畑はその言葉に言葉を返さない。

 やはり彼も憤りを感じているのだろう、言葉の代わりに珍しくマナーを無視して煙草を吐き捨ててからそれを踏み躙った。

 

 

 ――彼女らは、

 

 最初から終わりまでずっとからかわれ続けた、と見るのが妥当なのである。

 

 「く……っっっっ」

 

 高音は歯を噛み締めて言葉を飲み込み、俯いてそれを耐えた。

 だが、長い髪に隠された顔の辺りからポタポタと雫が落ちていたのであるが……高畑は見えていない風に新しい煙草を取り出し、再度火をつけて煙で肺を満たす。尤も、フィルター部は噛み千切るように噛み締められていたが。

 

 『……この分ならガンドルフィーニ先生の方も怪しいな……』

 

 単純な覗き魔。

 

 ――彼の勘では元担当クラスの生徒、超一味くらいだろうと思っていたのであるが……

 

 「……思っていた以上に根が深いかもしれないな……」

 

 その言葉を煙と共に吐き出した。

 だが、その言葉にも反応を見せず、高音は俯いて肩を震わせたまま。

 

 高畑は彼女の妹分がやって来るまでずっと高音の横に立ち、苦く煙を味わい続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「馬鹿な……」

 

 「そんなどうやって……」

 

 ついに広場に追い込み、全員で捕縛しようと間合いを量り身構えたのであったが、角を曲がった瞬間、その対象はいきなり姿を消したのである。

 

 無論、彼らとて素人ではない。死角から飛び掛らんと柄に手を添えていた刀子さえも見失ったのだ。居合いの達人の感覚からすら逃れたのだからただ事ではない。

 何せあらゆる魔法感覚、剣士の感覚から文字通り消えたのだこれには驚か無い方がおかしい。

 全員でサーチを掛けたのであるが、やはり結果はゼロ。完全に見失っているのである。

 

 「……高畑先生の方は全てダミーだったそうです」

 

 「最悪、こちらの方もダミーだった可能性がありますね。

  しかし二手に分かれて両方ともがダミーというのも……」

 

 流石の瀬流彦も肩を落とし、刀子はずっと気配を探っていたようだったが、諦めて得物を鞘に戻した。

 場所が場所だったので、関係者が寄って来て調べるのだがやはり魔法使用の形跡すらない。触媒が無い以上、そうそう転移といく訳にもいかないし、行えば流石にガンドルフィーニらも気付いている。

 

 となると、やはりダミーだった可能性が高い事に……

 

 「すると最初から逃亡者などいなかったという事に?」

 

 「ひっかけられたという事か? しかし……」

 

 となると、メカヘリコプターを操っていたのは何者か、という事になる。

 彼らの大半は前科がある少女をそれだと思っていたのであるが、幾ら彼女でも……いや彼女ならば、このような大げさなひっかけを行うとは考えにくい。

 尤も、疑惑が完全に消えた訳ではないのであるが。

 

 「……どちらにせよ……我々の負けだな」

 

 「……」

 

 神多羅木がポツリと零した言葉が、教師達の腹にズシンと響き渡った。

 

 確かに、相手にしてやられたという感は拭えない。実際、完全に取り逃がしているのだから。

 彼らも知らない方法があったとしても、その手を“使われた”時点で負けは確定なのだ。

 

 誰とはなしに溢す溜息。

 それは伝染したかのように皆もそれを絞る様に吐き出してゆく。

 

 やるせない気持ちで石畳を見つめている瀬流彦には、吐き出された重い息で足元が沈んでゆくような気がしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 さて――

 

 そう魔法関係者たちに溜息を吐かせ、失意に肩を落とさせた加害者達。

 ほぼ同じ時に、高畑をシリアスに悩ませ、高音に悔し涙を流させ、ガンドルフィーニらに長く溜息を吐かせている犯人達はというと……そんなシリアス無状況を知る由もなく、ついでに緊張感も無く男の部屋の中にいたりする。

 

 「にして、あの分身の使い方は大反則アルな」

 

 「まぁ、其々を勝手に動かせられるでごさるし」

 

 便利は便利であるが、別にそれらが見た事を知る術はないし、刹那の式のようにテレパシー会話もできないのはちょっと痛い。まぁ、これだけできるのだから贅沢は言えないのだけれど。

 その所為で余り追っ手を見る事が出来ず、相手を確認し切れていないのはちょっと痛い。

 高音には悪いが、当然ながら彼女があれだけ悔しがっている事すらも気付いていなかったりする。

 

 その“タネ”は簡単だ。

 

 二手に別れた直後、どーせ珠も含めて十分未満しか持たないでござるな、と楓は宝貝を召喚。

 出た文字は『霊』『念』『透』で、さっきも述べたように『念』と自分の穏行を使用して様子見。落ち着いて時計を見たりして、そろそろでござるな~という時に分身を解除して千里眼の力を持つ『霊』で追い続けていた古の元に駆けつけて『透(要は天狗の隠れ蓑)』で二人を包んで透明になってコソコソと移動し、二人が其々持たせてもらっていた珠の『転』と『移』でもって横島の部屋に飛んだ――という事なのである。

 

 『転』『移』とは言っても魔法による転移ではなく、言ってしまえば超能力のテレポートである。そして何より電車で移動するほどの距離を一気に飛んだのでそりゃ知覚外にもほどがあろう。

 そして更に、彼の部屋には愛妹ナナを危険から守るべく内緒で仕掛けられている、心眼監修,横島手書きによる家内安全の札が貼られていて、それが結界みたく作用していたりするのだ。そりゃ学園側も解るまい。

 後は、二人とも横島から合鍵を預かっているので、部屋を出て鍵を掛けるだけである。

 

 無論、ナナと かのこは不在。

 夜が寂しかろうと昨晩は茶々丸の家(正確にはエヴァの家)で二人(?)してお泊りだったりする。この時間なら、朝から茶々丸と共に超包子の手伝い行っている筈だ。

 

 「後は超包子に行って朝ごはんの弁当を受け取れば良いでござるな」

 

 「何の解決にもなてない気がしないでもないアルが」

 

 「横島殿の方は心配するだけ無駄でござろう。ド卑怯さでは拙者など足元にも及ばんでござるし」

 

 「エラい言い方アルな。否定出来ないアルが……」

 

 等と言いつつ部屋を出る二人。

 念には念を入れて気配を探るがそれらしきものはゼロ。もう良いかと二人はやっと肩の力を抜き、鼻歌交じりにドアを閉めて鍵をかけようとした、のだが……

 

 「ハッ!?

  ひょっとして人に見られたら男の部屋から朝帰りする女子中学生に見られてしまうでござるか!?」

 

 かなりしょーもない事に気付いた楓が、いきなりそんな事をって照れていた。

 

 「私は兎も角、少なくともカエデは女子中学生には見られないと思うアルよ?

  普通に見たらプレイの一環アルな」

 

 「……喧嘩は買うござるよ?」

 

 「……実は不完全燃焼アルから、大安売り中アル」

 

 「ほほう」

 

 魔法学園側が苦悩している事も知らず、何とも呑気な空気をブチ撒ける二人。

 今の二人をやりとりを目にしたら、高音やガンドルフィーニのように真剣に取り組んだ者たちは、憤りと絶望の両方で悶え死にしかねない。

 

 

 だがもし――

 

 楓の相手がガンドルフィーニだったなら、

 既に魔法教師だと知っている彼女が彼を引き付けていたのなら、こんな事にならなかったかもしれない。

 彼女から話を聞けば古とて事がデリケートな事件であると気付き、二人で色々と考えて行動したであろうが、彼女が相手をしたのは見た事も会った事も無い高音である。

 

 横島というファクターがあり、女子高生との接触がマズイと学園側が気遣っていた。

 その事が今になってこんなにも響いていた。

 

 

 一つの事柄がごろりと行く筈の道からズレ、その僅かな変化がドミノ倒しのように連なって正誤のルートすらも不明瞭にさせる。

 

 

 そして彼女らの陽動が――後の流れを別方向に発展させる訳であるが……

 

 

 

 「いくでござるよ!!」

 

 「応ッ!!!」

 

 

 

 誰一人として気付く訳もなかった。

 

 

 

 

 予断であるが――

 その時刻に横島の住まいの前でバトルなんぞおっ始めたお陰で、この二人はアリバイが証明されて容疑が掛からなかったという。

 

 

 



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後編

 

 

 ここは戦場だった――

 

 

 倒しても倒しても敵は現れ、

 

 援軍はなく孤立無援。

 

 隊長は未だ帰還を見せず、

 

 送り出される兵は瞬く間に返されてくる。

 

 何故自分はここにいるのか?

 自分が悪いと言うのか、お節介だったと言うのか?

 それとも運が悪かったのか?

 

 ……今更、嘆いても遅い。

 状況は抜き差しならぬのだから。

 

 ならば――後悔、しているのか?

 

 いや、それこそ何を今更だ。理由に対する文句は最早浮かばない。

 それにそんな間はない。そんな間すらない。

 

 だが、現実は非常なもので、度重なる運動によって積もり積もった疲労も相俟って、状況は彼を責め苛んでいた。

 

 

 

 

 「はい、18番テーブルのお皿お下げしましたレス~」

 

 ―五目炒飯セットとミニ点心、上がりました。

 

 「-10番テーブルの食器をお下げしました。洗浄をお願いいたします」

 

 今年の客の入りを見たオーナーが、念の為にと食器洗浄器という一大戦力を投入してくれたのはありがたいのであるが、朝っぱらからこうまで客の入りが多のは予想外。こうなってくるとまだ戦力不足と言わざるをえない。

 愛妹が苦労しているのを兄貴センサーで素早く察知した彼は、これはいかぬと洗浄係を買って出たのである。

 

 だがしかし、客の出入りはそんな彼の気遣いを上回っていた。

 

 何せ洗浄&乾燥は確かにオートなのであるが、洗い上がって乾燥がかかって熱い食器をそのまま厨房で頑張っている少女に素早く手渡さなければならない。

 尚且つ今年は例年以上に人の入りが多いらしく食器のローテーションの早さも半端ではない。

 彼はその下半身を固定したままの格好で、上半身のみを汚れた食器の受け取り、洗浄器に投入、乾いたのを厨房に……という旋回運動ともいえる流れをマシーンが如く続けさせられる羽目に陥っていた。

 

 「ぬぉおお……

  少女臭の中で徹夜した挙句、

  朝っぱらから美少女救援の大立ち回りかまして猛ダッシュした果てはコレかぁああっっ」

 

 『ホレ、手が止まっているぞ。

  どんな団体か知らぬが、朝から点心セットを大量注文しておるの。

  蒸篭も10は足りてないぞ』

 

 「くぉおおおっっ 蒸篭は手洗いだから大変やっちゅーのにっっ!!」

 

 夜通しの作業と早朝大運動によって疲労困憊ルな彼であるが、それでも作業速度はそこらのバイトくんよかはるかに早い。

 よって結局皆はその手際に頼って仕事をドシドシ回してくる訳で……まぁ、言ってしまえば自業自得である。

 

 「-18番11番14番15番8番3番テーブルの食器、お下げしました」

 

 「大学部の団体さん入りましたレス。それと高等部のサッカー部の人たちが……」

 「ぴぴぃ」

 

 ―ご注文をお願いしますね。

 

 怒涛。正に怒涛。

 次から次へとやって来ては出てゆく食器の波に、彼は茫然と呟いてしまった。

 

 「My god! It's full of tableware(スゴイ 降るような食器だ)…… 」

 

 

 

 

 

 

 

 で、結局は今日という期限ギリギリまで準備を続けていた生徒達や、本番での出し物の早朝練習を終えた者たちが訪れる波が途切れるまで、彼の戦いは続くのであった。

 

 

 嗚呼、次もまた“洗浄”だ――

 

 

 

————————————————————————————————————————

 

 

 

         ■二十五時間目:イマをイきる (後)

 

 

 

————————————————————————————————————————

 

 

 

 「ハイ、お兄ちゃん。お疲れ様レス。お茶をどうぞレス」

 

 「おう サンキュー。

  ……しっかし、ナナはスゲェなぁ。あんな数捌けるんだから大したもんだよ」

 

 「-ハイ。ナナさんとかのこ様にはかなり助けられています」

 

 「エヘヘ……」

 「ぴぃ~」

 

 と、二人の褒め言葉に照れてはにかむナナと喜んでいるっポイかのこを見、その微笑ましさに頬を緩めるバカ兄とバカ姉になりかかっている茶々丸。奥の厨房では五月も同様の笑みを浮かべていたり。

 

 実の所、今さっきまでの騒動と言うか食事という名の戦闘は、時間にして30分程度だったりする。

 単純に入れ代わり立ち代わりで大忙しだっただけなのだが、それにしてもアホほど多い。どれだけこの店が知られていると言うのか。まぁ、確かにスゲェ美味いけど。

 

 何か、どっかの爺さんが『美味いぞー』と叫びつつ口からビーム放ったりして煩いので放り出されたるハプニングもあったが、それ以外は単に忙しかっただけ。

 洗浄器があったとはいえあの忙しさ。自分が来るまでは愛妹と茶々丸、そして厨房の五月だけでやっていたと言うのだから、どれだけ有能なんだこの娘達はと改めて感心してみたり。

 がしょんがしょんと機械のレールに沿って下から上がって来た皿(これがまた熱い)の様を眺めながら、ナナが淹れてくれた茶を啜りつつ横島は、テーブルの間をすり抜けて頑張っている愛妹という癒しがいなければぶっ倒れてしまっていたかもしれない。等と疲労の蓄積もあってかなりリアルな自分の姿を幻視して眉を顰めていた。

 

 

 「おや? 横島君」

 

 「え? あ、高畑さん。チース」

 

 ピークを終えたからだろう、グッタリさんなままである横島は、お客だというのにぞんざいだ。

 その事でナナに叱られているのが何とも微笑ましい。

 

 「高畑せんせー いらっしゃいレス。

  カウンター席でいいレスか?」

 

 「ああいいよ。キミもがんばってね」

 

 「えへへ はいレス!!」

 

 そう元気に返事を返しつつ、メニューを手渡すナナ。何気に慣れているようでそれからも頑張り具合が見て取れて何とも微笑ましい。

 

 高畑が珍しくメニューを見つめつつ「ふむ」と顎に手をやって悩んでいたが、ナナは特に気にする事も無く、「では、お決まりでしたらお申し付けくださいレス」とペコリと頭を下げて他のテーブルへと駆けて行った。

 元気に働く様を見送り、高畑も柔らかい笑みを浮かべ、横島に至っては目尻を下げ過ぎて縦になってる。

 

 「ところでエラくお疲れのようだけど……超君はいないのかい?」

 

 実のところ悩んでいたのもポーズに過ぎず、理由はナナを下げさせる事にあった。あんまり彼女に聞かせたくない話になるかもしれないからだ。

 

 「へ? 鈴ちゃん? まだっスよ」

 

 「ふぅん……」

 

 何気なくそう返した横島であったが、高畑は何気ない風を装ってその言葉を心に刻む。

 “それ”が確認したかったのだろう。

 

 だが、横島の次の言葉に彼に下は珍しく眼を剥いてしまう破目になる。

 

 「いやだって……あれ? 連絡行ってないんスか?

  鈴ちゃんトコの工作室にドロボーが入ったって……」 

 

 「……は?」

 

 「え? いやだから、鈴ちゃんと聡美ちゃんトコの……

  ええと、大学部の研究棟? にドロボーが入ったって……

  その現場検証が中々終わんないって連絡があったんスよ。

  んで、二人ともそれが終わるまで付き合ってるって……

  ありゃ? “そっち”に連絡が入ってないんだったら大したモン盗られてないのかな?」

 

 「ちょ、ちょっと待って」

 

 ハテ? と首を傾げている横島を他所に、高畑は驚き腰を浮かべてしまう。

 慌てて携帯を取り出し、学園に直で連絡。“表”の警備所の方に連絡を入れ、その捜査状況を聞き出したのであるが……

 

 さっきの一件で一番容疑が掛けられていた超 鈴音である。

 

 アレだけのものを作る事が出来、尚且つこちらをからかう余裕をもって逃亡を果たせる者となるとかなり限られてくるのだ。彼女一味が挙げられるのも当然だろう。

 だがしかし、何と彼女と葉加瀬は何時の間に侵入されたのだろうか盗難に遭っており、事情聴取と現場検証を“今さっき”終えたところだというのである。

 

 普段であれば過分にも程があるセキュリティやら、ひしめくガードロボたちに阻まれてドコのスパイ(本当に来るらしい)だろうと過剰防衛ともいえる目に遭わせられるのであるが、何せこの前の茶々丸大暴走の一件で研究棟も未だ修繕中で、ガードロボも全滅。セキュリティも完全復旧には至っていないらしい。

 勿論、最重要部はとっくにセキュリティの修繕も完了してはいるのだが、モノを組み上げるだけに近い工作室の方は不完全らしく、鍵の方もおざなりで大したものは付けられていなかったようだ。

 何しろ超 鈴音は大天才として知られている。だから工作室に置いてある程度の物は持って行かれても痛くも痒くもないのだ。

 

 しかしそれは“彼女にとって”の話であり、一般のテックレベルからすればかけ離れたモノだって多量にある。

 

 現実面、人間サイズのロボット用超小型オートバランサーのシステム一式、超強力超小型サーボモーター、超小型推進器等も無造作に転がっているのだが、どれ一つをとっても学園外からすれば五歩も十歩も先を行っている。

 それに彼女は良いかもしれないが、大学部や学園側からしてみれば何を盗られたのか報告しなければならないモノまで混じっているらしい。

 だから何が盗られたのか調べねばならないし、確認もあるので彼女は警備部の聴取に付きっ切り。色々と聞かれてウンザリしているようだが、それでも警備部には裏の者も混ざっていた為、手洗い以外で席を外していないという証言が取られてしまっていた。

 

 そして盗られた物もそれなり以上にあり、その中に……

 

 「多目的ラジコンヘリ、か……」

 

 小型の無音ローターで移動し、マニュピレーターも装備されているので簡単な作業も可能。そして遠隔作業に使う為にカメラもついているらしい。

 そんなヘリも盗難品に混ざっているというのだ。

 

 彼女自身の方も、警備部が到着してから『そこ触ったら危ないヨ』『それ、爆発する可能性があるネ』等と検証している者にちょっかいを入れられながらも調書を取り始めたのがニ時間近く前。

 つまり、彼女には完全なアリバイがあったのである。

 

 「ヤレヤレ……」

 

 「?」

 

 完全に嫌疑が晴れたわけではないが、少なくとも間接的以上の関わりはあるまい。

 

 疑う者はまだいるだろうが、彼女が関わっていたとしたら盗撮に使えそうな多目的ラジコンヘリが盗られた情報なんぞを伝えたりはすまい。それは担任をしていた高畑だからこそ解る事である。

 いくら結界を過信している者がいようと、そんなものが奪われた等という情報が出ればスパイ活動に使われかねないと警戒する筈。そうなると使う意味が薄くなるのだ。

 逆に、如何なる警戒をされようと件のラジコンヘリとやらなら大丈夫等と性能に自信を持っているのなら、もっと粗が出る筈。その事が彼の頭を痛めていた。

 

 その逃走に関与していた謎の人物にも当然ながら感心は高く、実のところ横島にすら容疑が掛かっていたのであるが……3-Aの手伝いを終えてこちらに来てからずっと手伝っていたらしく、徹夜明けと店の手伝いによる疲労でボロボロだったし、何より射撃魔法らしきものを使用していたという報告があったので除外。横島が接近戦特化だと知っているからだ。

 氣を使える達人であり分身の術まで使える元担当していたクラスの少女もかなり怪しいと思ったのであるが、騒動のあった時間は横島の住居前でクラスメイトと死闘を演じていたという報告が入っていた。

 流石の彼女も魔法か使えないのでやはり除外。一緒に居たバカイエローも同様だ。

 

 男の部屋の前で何をやっているんだと、倫理的な意味合いで頭が痛むが、事件とは関わっていないようなので一安心である。

 だが、そうなると……一体何者がちょっかいをかけていたというのか? という大問題が残ってしまう。

 

 「(あの少年の調査も遅々として進まないし……何か関係があるのか?)」

 

 彼が何を悩んでいるのか解らないので首を捻っていた茶々丸に頼んでお冷をもらって一気飲みし、頭をクールダウンさせた。どうも脳が煮詰まっているような気がしたからだ。

 そんな彼の脳裏に浮かんだのは帰国する直前に聞いた噂だった。

 ついこの間、“向こう”から戻った高畑であったが、どうにもこうにも影すら掴めずに終わってしまったのである。

 

 『完全なる世界』の関係者だと思われる容疑者、フェイト=アーウェルンクス。

 “本国”にいるのか? と疑いもいたのだが、その特異な外見をしているにも拘らずどのゲートでもその姿を確認されたという話がない。無論、手段が全く無いという訳ではないのだが、それでも僅かな噂くらい立つ筈だ。

 せめて似た外見の少年のネタでも出ていれば良いのだが皆無。

 

 まぁ、下手にニセ情報が出れば“裏で動いている”という証拠となるので動かないのも当然だと言えるのだが。

 しかしそれは、逆に影に潜んだまま行動し続けている可能性も孕んでいた。

 だからこそこの件も無関係だと言い切る事が出来ないのである。

 

 疑心暗鬼―――正にそうなりかかっている事も自覚しているのであるが、繋がりが全くないと言い切れないのもまた恐ろしかった。

 

 『完全なる世界』 奴らの恐ろしさを知っているが故に―――

 

 「えと、その……た、高畑センセイ?」

 

 「……え? あ、ゴメンゴメン」

 

 ナナの戸惑いを隠せない問い掛けに、やっと思考の海から復帰する高畑。

 飲み干して空になったコップを持ったまま、凍りついたかのように動かなくなっていたのだから、ナナでなくとも戸惑うだろう。

 

 「え~と、この冷麺を頼もうかな」 

 

 「は、はいレス!

  お姉ちゃん、イー・リャンメン」

 

 「-ハイ。冷麺、1。お願いします」

 

 たどたどしい中華な口調で茶々丸に注文を述べ、彼に聞いている間にはいった客がいるのだろう、コップを二つとって冷水を注ぎ、お盆に乗せてテーブルに駆けて行く。

 そんな一生懸命さを見せる小さな背に笑みが浮かぶが、見送った後に高畑はまた深い溜息を吐いてしまった。

 

 何せ問題の山は少しも崩れてもいないのだから。

 

 悩み事をした時の癖になったのか、つい懐をあさって煙草の箱を取り出すも、良く考えたらここは禁煙。あんな子供がいる事もあって苦笑しながら懐に戻す。

 となると本格的に手持ち無沙汰となってしまい居心地が悪い。

 

 話し相手になってくれそうな横島というと、洗物との死闘を繰り広げた直後だからかヘバっていて話しかけるのも何か気の毒なする。

 

 さて、どうしようかと思ったところに茶々丸がお冷の御代わりを入れに来てくれたのだろう、ステンレスの水差しを片手にやって来てくれた。

 

 「-失礼いたします」 

 

 「ありがとう」

 

 クラッシュアイスが入っていて若干入れにくいのであるがそこは茶々丸。水一滴氷一片も零さず綺麗に注ぎ入れてゆく。

 流石はエヴァに鍛え上げられているだけはあると妙な感心してみたり。

 

 「あー 茶々丸君」

 

 「-ハイ。何でしょうか?」

 

 まぁ、一応。念の為だ。

 そう頭の中で言い訳しつつ高畑は嘘の吐けない茶々丸に問い掛けた。

 

 「横島君は今日ずっとここを手伝っているのかい?」

 

 「-正確には、3-Aの手伝い後となりますが。そういった意味合いではずっとそうです。

   それ以前に、ナナさんがここでお手伝いをしてくれている以上、直行しないとは考えられません」

 

 キッパリとそう言い切った茶々丸。

 

 当然、疲労の為だろうか高畑の質問の仕方も悪い。その質問に具体的なものが欠けているのだ。

 だから嘘の吐けない茶々丸は、自分の持つ事実だけ(、、、、、、、、)を率直に述べた。

 

 「だろう、ね……」

 

 高畑にしても横島の妹魂っプリは良く目にしているし、同僚達から散々聞かされている。

 あの厳しい新田教諭ですら、妹の為に一生懸命働き、勉強や躾までキッチリ行っている彼を褒めているのだから相当だろう。

 となると、手が空いて直にここに飛んできた事に間違いあるまい。

 

 「やれやれ……僕も大概だな……」

 

 「-はぁ」

 

 「いや、妙な事を聞いて悪かった。すまない」

 

 「-? いえ、どういたしまして」

 

 “元”とはいえ自分の生徒だった少女を疑い、一々確認できても拭い切れない。

 更には“嘘を吐く事が出来ない”のを利用したのだ。それは自己嫌悪にもなろう。

 

 「-冷麺セットでお持ちしました」

 

 「あれ? 単品で注文したんだけど……」

 

 「-お疲れのご様子ですから、サービスですと」

 

 ふと奥を覗くと五月が笑顔で軽く頭を下げていた。

 傍目にも高畑が疲れているのが解ったからこその気遣いだろう。その細やかさは相変わらずである。

 

 「……ああ、ありがとう。

  立場的には何だけど、その心遣いありがたく受け取るよ」

 

 「-いえ。喜んでいただき幸いです」

 

 そう小さく微笑み、音も立てずに食器を並べてゆく茶々丸。

 置き箸すら取ってもらった高畑は、僅かとはいえ疑ってしまっていた相手に気を使われている事に苦笑が浮かべた。

 

 冷たい器に綺麗に盛られた麺と野菜。

 受け取ったそれは込められた気持ちすら感じられる五月の一品である。

 

 しかし高畑はそれにすら申し訳無さを感じているのか、味わっているのか流し込んでいるのか判断がつかないような急かされる様な食べ方をし、ナナや茶々丸の不思議そうな眼差しを背に受けつつ早々に店を後にするのだった。

 

 払拭しきれぬ自己嫌悪を抱えたまま――

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 「あいや 皆、すまなかたネ。

  思たより時間掛かてしまたヨ」

 

 「あ、お帰りなさいレス」

 

 「-お疲れ様です」

 

 超が戻ってきたのは高畑が去って直後の事であった。

 

 タイミングを計っていたかのようだが、実際に何もやっておらず単純にそうなっただけである。

 超はナナに笑顔を向けたまま彼女の頭を一撫でし、屋台である電車の一角、カーテンの向こうに姿を消す。すると早変わりといえる速度で店の衣装に着替えを終え、エプロンを着けながら厨房に入っていった。

 

 「遅くなたネ。申し訳ない」

 

 -いえいえ 横島さんも手伝ってくれていたのでそんなには。

 

 それはそれはと食器洗浄器の方に顔を向けると、どっかのボクサー宜しく何か真っ白に燃え尽きてリング前で椅子に座り込んでいるヘンな奴。

 はて? と首を傾げつつ茶々丸に聞いてみると、横島がやって来て直に去年の二倍から四倍の客がやって来たとの事。

 

 それだけではなく、朝のスタッフが来られない事態がブッキングし、接客が茶々丸とナナの二人になって調理は五月一人という譲許となって、他の全ての負担が横島一人に掛かってしまったらしい。

 

 「あー……それは悪かたネ」

 

 「別に~~……」

 

 謝罪の答えもヘロヘロである。

 

 超はその有様に苦笑し、何かやたらと世話になっている横島にせめて美味い料理を作ってあげようと自ら包丁を取り、野菜を刻み始めた。

 普段、料理に合わせてペティナイフも和包丁も使うが、今回は中華だからか中華包丁を使って食材を刻んでゆく超。

 危なげない包丁使いはやはり手馴れた料理人のそれ。麻帆良が誇る大天才は伊達ではないという事か。正しく何でも来いの少女である。

 

 そんな彼女の様子をぼーっと見つめながら、

 

 「なぁ、何で学校の連中に追いかけられてたんだ?」

 

 横島はそうポツリと切り出した。

 

 超の方はそう問われる事を解っていたのか、包丁のリズムも狂わない。

 精々、微笑を浮かべた程度だ。

 

 「それは魔法使い達の朝会を覗き見したからヨ。

  何か拙い事聞かれたと思われたみたいネ」

 

 以前から超は魔法サイドに関わってしまい、その異様なほどの能力の高さから危険視されているらしい。

 エヴァンジェリン等という魔法界で“なまはげ”扱いされている賞金首と関わっており、茶々丸という鉄の従者を作っているのだから尚更だろう。

 そこに来て朝会の覗き見。そりゃあ、誰だって何をたくらんでいるのかと疑いもする。

 

 まぁ、確かにその話を聞くだけなら筋は通っていた。

 

 軽くそんな話を語った超はというと、学園祭の時にこんな問題が起きるとネギ先生に伝える程度の話だたのにネ、と笑っている。その間も調理の手は止めない。

 横島は『ふぅん』と納得したのかしないのか判断つかないような反応を見せ、ナナが持ってきてくれたお茶のお代わりを笑顔で受け取り、そのまま笑顔で見送る。

 

 だが、彼女が完全に離れると顔つきが変わる。

 

 「鈴ちゃんがアリバイ作ってる間、オレがここに来て手伝いをする。

  確かに学園側にスパイがいるというのなら、その手も良いと思う。

  ちょっと誑かされたのは気持ちいい話じゃねーけどな」

 

 「すまなかたネ。説明する暇が無かたヨ」

 

 そう笑って誤魔化す超であったが、

 

 「そりゃ良いんだ。

 

  だけど――

 

 

 

 

 

 

 

  何やったんだ? 時空震起こすような事して」

 

 

 

 

 

 

 

 ――この言葉には、流石の超も包丁を止めてしまった。

 

 

 

 

 

 「……何の、事かネ?」

 

 僅かな作業停止を挟み、再びトントンと包丁の音を立てる。

 しかしその微かな間隙に彼女らしからぬ焦りが感じられた。

 

 まさかこうもピンポイントに至近攻撃されるとは思ってもいなかった事が大きい。

 

 そして、逆にその彼女らしからぬ態度が肯定であると語っている。

 

 「3-Aの手伝いしてる時、みょーな波動感じたんだよ。

  あの騒動で有耶無耶になっちまったけど、やたらと引っかかってさ。

  朝はそれを追って移動してたんだ。

  んで、さっき超ちゃんと別れた後、こないだ行った研究棟の方で同じ波感じてな。

  それも早朝教室で感じた時よりハッキリと」

 

 超は手を止めず横島の話にずっと耳を傾けていた。

 それでも確実に切る速度は遅くなっている。どれだけ聞く事に集中しているか解るというもの。

 彼はそれを確認するようにチラリと見、コップの水で唇を湿らせてからもう一歩押すべくもう一度問う。

 

 「それで、朝っぱらから何やってたんだ?

  更にアリバイ作りっつって、あんな危険な状況でもう一回(、、、、)何かをやった。

  そりゃ何でだ?」

 

 核心に最も近く、それでいてギリギリ位置の質問。そんな位置から薄皮を剥ぐように相手の手を読むのは常套と言える。

 

 が、彼はここで大きく切るカードを間違えてしまっていた。

 

 ― もう一回 ―

 

 その言葉を耳にした瞬間、超は表情にこそ出さなかったが安堵した。

 

 恐ろしいほど答に近いのだが、ややズレているのだ。

 しかしそれは彼女の所作にも出ており、包丁は元のリズムを取り戻していた。

 

 尤も、そのお陰で横島はカードを切り間違えたかと片眉を跳ねているのだが。

 

 「まぁ、言うなれば世界平和の実験ネ。危険はないヨ?

  ただ見慣れぬ技術だから実証されるまで受け入れられるとは思てないガ」

 

 「ヲイヲイ 勘弁してくれ。

  マッドサイエンティストの危険はないってのは信用できねぇんだぞ?」

 

 中華鍋に具材をいれ、宙を舞わせながら叩き合う軽口。

 親しい友人知人のそれに間違いはないし、本人らも会話を楽しんでいる事に違いはないのであるが、お互いが情報の欠片を得ようと応酬していた。それが何気ない会話で出来ているのが曲者である。

 

 超の方は兎も角、横島はその壁の硬さに舌を巻いていた。明らかにこの年齢の少女のそれではない。

 「ホイ 青椒肉絲(チンジャオロース)ヨ。

  私の愛がゾブリと詰まてるネ」

 

 「ンな愛の込め方はいらんっ 何か病み気味で怖いわっ!!」

 

 やや大き目の皿にでーんと盛られたそれと、物相飯一歩手前の山盛りご飯。縁起悪いわっ!! という横島の訴えを笑って流し、文句を言いつつも手を合わせていただきますをしてからモリモリ掻き込んで食べてゆく彼の近くに椅子を持ってきて腰を下ろした。

 見ていて惚れ惚れするほど美味しそうに食べる様は、料理をする側からすれば嬉しいもの。

 

 超は珍しく裏のない笑顔でそれを眺めていた。

 

 「……横島サン」

 

 「ンあ?」

 

 問い掛けに食事への集中を解き、顔を上げる横島。

 その頬にお弁当が付いているのを見、超は子供みたいネと苦笑してそれを取って自分の口に入れた。

 

 余りの何気なさに思わず照れて赤くなる横島。やはり根っ子の方はまだ純なのだろう。

 

 

 「横島サンは……やり直したいと思たほど辛い思い出あるカ?」

 

 

 ……一瞬、何を聞かれたのか解らなかった。

 

 いや、正確には思考が完全に停止していた。

 

 横島自身は認識できなかったのだが、その“辛い思い出”は完全に脳に浮かんでいる。

 人智を超えた完全さで十七年分の記憶を脳と魂に焼き付けている彼だからこその弊害。

 辛い思い出だからこそ、意識が引っ張られてしまっていたのだ。

 

 そう、ある。辛い思い出が。

 辛さと幸せが表裏一体だからこそ、忘れたいが忘れる気も起きない記憶が。

 

 そんな意外なほどの反応を見せる横島に、超は素直に頭を下げた。

 

 「……すまなかたネ」

 

 そう、意外。恐らく彼女の級友も目にした事はあるまい。

 それほど真摯な態度だった。

 

 「え? あ、ああ、そんなんじゃねぇよ。

  辛い事あっても嬉しい記憶の方がずっとでかいからな。

  急にンな事言われたからポカンとしちまっただけだ」

 

 「そう、カ……」

 

 嘘、でもないが本当でもない。

 本音ではあるが真実ではない。

 そんな風に取れる横島の返答だったが、超にはそれで十分な気がした。

 

 やがて不恰好な会話のキャッチボールはそのまま終了し、横島も居心地が悪そうに食事を再開する。

 今度は超も口を挟まずずっとそれを見つめ続けていた。

 

 だがそんな彼を見ながら『何だろう?』と内心首を傾げる自分もいる。

 生き方や思考が似ている訳もないし、意志や感情を丸見えに出来る素直さは自分にはないものだ。

 

 にも拘らず、

 

 「(鏡を見ている気になるのは……何故なのかネ?)」

 

 

 

 

 

 一度カードを切り間違えると中々自分の利を取り返せない。

 相手にそれを悟られているのなら尚更だ。

 だったら相手の捨て札だけで勝ちを取る以外に道がない。

 

 とは言えヒントだけは山盛りある。そう粗を見せる必要はなかろう。

 

 横島はあえて指摘する事はなくざくざくと超特製のチンジャオロースに舌鼓を打ち続ける事にした。彼の精神衛生上もそれが最良である気がするし。

 それに楓らはまだ来れまい。

 彼の住居は中等部の女子寮よりは駅に近いのだが、やはり学園からは離れている為にそこからこっちに向かってくるとなるとそこそこ時間が掛かってしまうのである。

 

 幸いというか何というか、ピーク時を越えているし、準備中の立て看板が出されているので手伝う必要もなく、皮肉にもその一山が越えたところで洗浄担当の人がやって来ている事もあって彼も余裕たっぷりだ。

 だから今度は見物くらいしか時間をつぶす手段がない。何と言うか……極端な話である。

 そして超はというと、遅れた分を取り戻そうとしているのか、素晴らしい速度で包丁を操って次のピークに備えた下ごしらえをしまくっていた。

 

 こうやって見ているだけなら、学園行事を心底楽しんでいる女学生そのものである。

 何事も一生懸命であるし、あどけない表情は年齢相応の可愛らしさを見せていて、とても麻帆良最高の頭脳と謳われている大天才には見えないほど。

 

 しかし、彼女の生み出すものは時代を先取りし過ぎているし、何よりその開発の概念は先を行き過ぎていた。

 

 そんな超研究者、超技術者である彼女が学園サイドにばれないよう裏で何かを行っている。

 今の今まで発見した概念、発明した技術を発表するという目立つ行動を取り巻くっているにも拘らず、だ。

 横島はそこが今一つよく解らないのである。

 

 「(裏で何かやるのなら全てを目立たないように動く筈なんだけどなー……)」

 

 無論、秘密の一端を掴まれた場合の逃げ道にする為、懐の中をチラリと見せている可能性だってある。あるのだが……

 

 「(どーも納得し切れねぇんだよなー)」

 

 のである。

 

 超のやっている事がちぐはぐなのだ。

 確かに超天才と謳われている彼女の事、簡単に尻尾を掴ませ…いや、その尻尾の先すら見せるとは考え難い。それが彼女の若さ故の粗と言えなくもないのだが……

 

 「……考え難いんだよなー」

 

 「ん? 何カ?」

 

 「いんや。オレの女っ気の無さについてちょっと」

 

 「古とかに聞かれたら処刑されかねない言葉ネ」

 

 「勘弁してくれい。それでなくともドつかれとるんやから」

 

 「解てるなら手を出すなり抱くなり押し倒すなりすれば良いのにネ。

  何なら無理やりでもOKヨ? どーせ和姦扱いされるに決まてるヨ」

 

 「オレを犯罪者にする気かーっっ!?」

 

 半泣きで怒鳴る横島をスルーして笑いながら下ごしらえ五月を手伝って下ごしらえをしに行く超。

 

 そのズ太い神経にはお手上げである。彼も二の句が告げられず、上げかけた腰を沈むように椅子に戻し深く溜息を吐く事しか出来なかった。

 尤も、横島が知らぬ事であるが、超はついこの間まで余裕が全くなくて完全に暴走してたりする。調子を戻したのはそれこそつい最近なのだ。その調子を崩していたのが他ならぬ横島忠夫その人。ひょっとしたら意趣返しが含まれているのかもしれない。

 

 仕方なくボへ~っとアホの子そのままに超を眺めながら楓達を待つ行為を再開する。

 古が親友であり拳法のライバルだと言っていたのだが、成る程動きに無駄が無い。改造電車の屋台の中をするする動き回って作業を続ける様はまるで舞踏のようだ。

 彼女自身が美少女である事も相俟って見飽きる事もなく、調理の様子を眺めているだけでもあんまり退屈はしないのは幸いである。

 

 「ふーむ……」

 

 そんな彼女が企んでいる事とは一体何だというのか?

 

 学園側は元より、周囲の人間には毛の先ほども匂わせず、中学に通い、大学部に顔を出し、この<超包子>を切り回しつつその裏で何かを進めている。

 

 一体どこにそんな隙があるというのか?

 

 いや、その“表向き”の全てが大切なものとして見ているようにしか――

 

 「ン? ナニ私を視姦してるのカ?」

 

 「人聞き悪いコト言うなっっっ!!

  オレはただ、えーと……そ、そう、古ちゃんの方がプロポーションええなぁと……」

 

 「OK その喧嘩、格安で買たヨ。

  横島サンと古達二人を監禁して媚薬飲ませて閉じ込めるネ」

 

 「正直スマンかった――っっ!!!」

 

 思わずこの間までの暴走具合を取り戻しかけた超であったが、余りに見事過ぎ、ふつくしい土下座をさらされて毒気が抜かれた。

 あの小さな腰掛に座ったまま、瞬時にキチンとした土下座かできるスキルには感心するしかあるまい。

 

 しかし、何時ものよーに米搗きバッタが如く頭を下げる横島の動きは、超の言葉で止められる事となる。

 

 「いい加減、もと考えて喋る事を覚えないといけないネ」

 

 「お、仰るとおりで……」

 

 「口では何とも言えるヨ? 女の扱いはもと丁寧にするネ」

 

 そんな彼の無様過ぎる様を眺めながら、まったくもうと溜息を吐きつつ、彼女は自然に。極自然に――

 

 「それとも、“その相棒”にストッパー役でも任せる――カ?」

 

 こう言い放った。

 

 

 『…………何時から気付いていた?』

 

 

 僅かの間を置き、先に言葉を発したのは心眼である。

 その間は時間にして僅か数秒。一分どころか三十秒にも至っていなかったのだが、体感時間は異様に長く重く、横島にはズシンと何かか圧し掛かってくる音が聞こえた気がしていた。

 

 しかし超は“それだけ”の女ではない。

 

 「おお、“そこ”だったのカ。確証無かたから良かたヨ」

 

 その言葉に、心眼は強く舌を打った。引っ掛けられたのである。

 

 「いや、逃走中にも会話をしてたからネ。いるのは解てたヨ。

  ただ場所は解らなかたから助かたヨ」

 

 「完全にお前のペケだな」

 

 『………返す言葉も無い……』

 

 まぁ、解るのも当然だろう。

 超を守りつつ逃走をしている間、隙を見たり様子を窺ったりする霊視をずっと任せて指示をしてもらっていたのだ。

 これでバレなきゃどうかしている。

 

 尤も、実際には横島もその事を失念していたりするのだが、心眼に擦り付けていたりする。相変わらずコスい男だ。

 

 しかし――

 

 

 「……となると、横島サンのデータ消したのはそのAFさんカ?

  成る程、そう考えると納得いくネ」

 

 

 まだ超のターンは終わっていないのだ。

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 カウンターの周囲の空気は、先ほどまではまだ呑気なものが混じっていたのだが、今はそれから一変し、重い空気に満たされていた。

 

 ナナはというとそれを敏感に察知してオロオロとしていたのであるが、茶々丸が素早くフォローに入り、視界に入らない木陰へと連れて行っている。

 かのこの方は落ち着いている。普段は愛玩動物てせあるが、これでも横島の使い魔なのだから。

 話は良く解るまいが、空気の機微は感じ取れるので話の邪魔をしないようナナに着いて行き距離を置く。

 

 丁度人気が絶えた事もあって気を利かせてくれたのだろうか、五月は素早く準備中の立て看板を置いて洗い場担当者には買い物を頼んで店から出し、カウンターの周囲は超と横島の二人だけにしてくれていた。

 

 『……何の事だ?』

 

 そんな中、重く、低い声で心眼が先に切り出す。

 

 脅しを含んでいるのだろうか、文字通りの『切り出し』。刃物でも突き立てられているかのようだ。

 

 だが怒気というより殺気に近いそれも超には効いていないのか、飄々とした笑顔でそれを流し、その問い掛けに答える。

 

 「センサーと能力は一級だガ、こういた交渉事には向いてないようだネ。

  脅しから入たら、認めてるのと同じヨ?」

 

 『……ッ』

 

 横島の“額の目”が言葉に詰まり、押し黙ったのを見て小さく頷く超。

 そのままカウンターに肘を着き、コケテッシュと言ってよいほどの可愛らしい顔のまま、横島に笑顔を向ける。

 

 「私ネ、わりと自分に自信持てるヨ?

  勿論、できる範囲、手が届く範囲だけどネ。

  だから手が届く範囲、私の領分内では失敗はしないつもりヨ」

 「……ああ、やっぱな。消した事で(、、、、、)気付かれたか」

 

 「流石に横島サンは気付いてたカ」

 

 「ちーと遅かったけどな。研究棟を出た後さ」

 

 そう言って肩を竦める横島。

 頭に手をやって椅子をぐるぅりと回す様は諦めというより、先手を取られたーと拗ねてる様で彼女の笑いを誘う。

 そんな子供っぽい彼であるが、超の言っている事が理解しているのだ。心眼は気になったのだろう横島に問い掛けた。

 

 『どういう事だ?』

 

 「いや簡単な話だけどさ、あん時お前スゲぇ葉加瀬ちゃん警戒してたろ?」

 

 『それが?』

 

 「だからだよ。それがいけなかったんだ」

 

 しかし残念ながら横島の話は要領を得ない。

 

 眼だけなので解り辛いが、超からはよく見えているその眼の形は歪んでいるのだから戸惑っているのかもしれない。

 しかしまだそのヒントだけでは解り辛いのだろう、それはどういう事かと問い直そうとする彼が口を開く前に超が答えた。

 

 「ハカセの記憶を改ざんしたまだ良いネ」

 

 彼女は、その手口が魔法使いっぽいのは減点だがネ、と語尾に続ける。

 記憶の改ざん……いや“何かやった”と気付かれないよう、きちんと珠を使って危険な情報を消したというのに、何が悪かったというのか。心眼は超の言いたい事を掴みかね、訝しげな眼差しを向けたのだが……

 

 「同じ事が続いても偶然とは言えるネ。一回二回程度ならまだ、ネ。

  だけど全ての事柄が連動すればそれは作為という事ヨ……」

 

 彼女の答に目を向く事となる。

 

 「ハカセと私、その二人が仕掛けたカメラとレコーダー、データロガーの一式。

  その全てのデータが消えるなんて偶然あるわけないネ。

  電源を入れた。データをとた。録音した。

  データをとたという形跡はあるのに何も残てない。

  コレはどういう事だろうネ?」

 

 『……ッッ!!』

 

 そう。心眼はやり過ぎたのである。

 

 正確には横島に“やらせ過ぎた”であるが、それでも病的とも言って良いほど警戒したのは心眼のミスだ。

 もし本当の意味で警戒しているのなら、録画,録音は終了しているにも拘らず“何も残っていない”という不自然な現象を残すまい。

 

 それだけではなく、葉加瀬の記憶を改ざんしているのが痛恨のミスである。

 つまり、電子的なデータやアナログデータ、そして人の記憶というデータにも介入できる程の能力があるという事を証明してしまっているのだ。

 

 「どーせ鈴ちゃんの事だから、オレ以外の出入りをチェックしてから確信したんだろ?」

 

 「当然ネ。横島サン以外の出入りはないし、魔法的な移動の痕跡もない。

  にも拘らずああいった怪奇現象が起きてる……消去法をするまでもないヨ」

 

 そう言われると心眼はぐうの音も出なかった。

 確かに思い出してみるとあの時は冷静とは言えなかっただろう。

 

 理由の一つはこの世界そのものにある。

 

 心眼が確立化してずっと横島とエヴァは元の世界とこの世界の差を説明していた。

 例えば、この世界では魔族の存在は(魔法使い等、裏の世界では)認められてはいるが、神族は未確認だ。

 どちらかと言うと精霊扱いではあるが小神等は魔法界でも知られているのだが、元の世界にいた生活神,龍神,邪神,古代神らは正しく神話の世界。つまりフィクション扱いである。

 よって元々龍神の神通力で生まれた心眼はそのままオーパーツみたいなものであるし、その龍神の後押しで力に目覚め、挙句に斉天大聖に(無理やり)修業を付けられて奇跡の力に目覚めた横島なんぞ存在自体が大反則だ。

 

 特にエヴァが心眼に注意していたのは文珠である。

 確かに以前より集束率は上がっていて、初期は数日も掛かっていた生成も僅か十秒弱にまで短縮されて入るが、その代わり安定率はおもいっきり下がっており十分しか持たず爆発してしまうし、多少なりとも霊力がなければ使えないという欠点はある。

 いや、逆に言えばその程度の欠点しかなく、元の世界にいた時よりパワーが上がっているので範囲や効果が高まっているので余計に使い勝手が上がっていると言って良いだろう。

 

 だからこそ、絶対にそんな彼の力,情報を洩らす訳にはいかないのだ。

 

 空間の概念に干渉する事が出来、それなり以上の魔力を使わねばならない天候操作すら一瞬で行え、何の触媒も無しに物質変換や霊体復元までやってのる万能のアイテム<文珠>。

 横島はそれを生み出す事が出来る唯一無二の存在なのである。

 

 それも、無駄に集束能力が上がってしまっていて、ホイホイ作り出せるようになっているのだから性質が悪い。

 これでもっと使い勝手が悪ければ、もっと生成が難しければ良かったのかもしれないが、余りに容易に生み出せ、尚且つ万能過ぎる為に問題のタネが幾らでも発生するのである。

 この力、正しい魔法使いならば危険だと見なし、性質の悪い術師ならば余りに魅力的過ぎる代物。つまり――

 

 ……後の説明は不要だろう。

 

 そして心眼は、エヴァに言われた事だけではなく横島の変化も気にしている。

 

 元々、彼のおバカで救いようがなく、臆病で痛がりで自分を卑下し過ぎる人間だった。

 しかし、要所要所での踏ん張りと怖さで足を震わせてても立とうとする姿勢、何だかんだで真っ直ぐなところはかなり気に入っており、資格試験の一件で横島を庇って散る際にも後悔はなかった程だ。

 そんな彼と異世界で再会するとは思いもよらなかったが、まさか伝説でしか聞いた事がない文珠を生み出す能力者になっていたり、アシュタロスという神話クラスの魔神と戦う最前線にいたとか聞いた時には、あれから一体何があったんだと呆れ返ったものである。

 

 ただ、それより何より心眼が驚いたのは、横島が積極的に修行を行っている事だ。

 ハッキリ言って拷問と代わらない。いやリンチと言って良いレベルの酷いもので、エヴァが僅かでも匙加減を間違えると一瞬で骸になりかねないほど。

 

 それでも彼は、そんな地獄のシゴキを毎日のように受けに行っているのだ。

 頭で打ってマゾに目覚めてしまったのか? 等と思わなかった訳ではないが、意外にも横島は文珠に頼らずサイキックソーサーと霊波刀(栄光の手という名があるらしいが、何故かネギの前ではその名は口にしない)だけを強化しつつ、真面目に特訓を受け続けている。

 

 自分と共に生み出した捨て身の技だったサイキックソーサーも限界まで集束してほぼ物質化できるようになっているし、彼が得意とする変幻自在でトリッキーな戦法も相まって異様に使い勝手が良い霊波刀。

 その二つの技術と、この世界で覚えた身体強化魔法(逃げ足のみ)だけで戦い方を学んでゆく横島。

 

 彼は心眼に言った――

 

 万能過ぎる珠があり、それを当てにしていたから自身は強くなれておらず、一番力が必要な時に何も出来なかった。

 自分が出したものだから、その力が自分の強さだと勘違いしていた。

 どんなに万能であろうと所詮は道具であり、道具だからこそどれだけ使いこなせられるかが強さだと気付いていなかった。

 

 だから――思い知っているからこそ、自分を踏み躙っても戦い方を覚えなきゃいけない。

 

 せめて自分を慕ってくれる、支えてくれると言ってくれた女の子達だけでも守り切れるだけの強さが欲しい。

 “あの時”持てなかったそんな強さに、今の自分は飢え狂っている――

 

 

 心眼は彼の心境がそうなるまでに至った過程を聞き、納得すると共に何とも言えない痛みを感じていた。

 詳しくは聞いていないし、それ以上傷を穿るつもりもなかったので問いはしなかったが、想像を超える痛みを横島は持っているのだろう。何時まで経ってもその傷痕は醜く残り、痛みを与え続けているのだろう。

 

 そしてそのシーンを彼は体感し続けているという。

 事ある毎にその瞬間が克明にして鮮明に浮かび上がり、再現され続けているという。

 そんな生き地獄の中、彼は少女らに向けて笑顔を向けて生きている――

 

 だからこそ心眼は、彼の事を探ろうとするモノに対し、必要以上にまで警戒しているのだ。

 

 彼の今を壊させないように……と。

 

 

 しかしそんな心眼の気遣いが逆に超に確信させる種を撒く事になるとは……何とも皮肉な話である。

 

 

 「ま、済んじまった事は仕方ねぇ。コイツの事はあんまり知られたくなかったんだけどなー」

 

 そんな心眼のショックを知ってか知らずか、横島はあっけらかんと超と会話を続けていた。

 探っているのか確認しているのか解らないが、超の方はというとそのやり取りすら楽しんでいる風にも見える。

 

 しかしその顔には営業スマイルではない微笑で彼の言葉を素直に受けていた。

 

 「秘密は何時かバレるものヨ?

  存在以外は語られない秘密は<乙女の秘密>だけネ」

 

 「いやいや それを明かしてもらうのは良い男の特権だぞ?

  無論、秘密ごと相手をもらうのも」

 

 「ハ? 良い男? そこまで言える殿方を知ているのかネ?

  だたら紹介して欲しいものだヨ」

 

 「ハハ、ハハハハハ………スルーかい。キッツイなぁ、もぉ~………」

 

 「い、いや、このくらいの事でマジ泣きしなくとも……」

 

 お互いが踏み込もうとせず、そして間合いを置く事もせずに他愛のない話を続ける二人。

 不思議なもので、お互いのぶつけどころが解っているかのようなやり取りが続いている。

 

 確かに超は、横島がこの世界に来てからずっとお世話になっているとも言える少女であるのだが、ここまで自然な空気を保てる事はこの二人も不思議に思っていた。

 それは心眼が喋って失敗をしているからか口にしなかったものの訝しく思ってしまうほど。

 

 そんな二人のじゃれ合いのようなやり取りは何時しか二人の雰囲気の淀みを洗い流し、やがて場の空気を読んだのだろう茶々丸がナナを連れて戻って来た事もあってその話はそこで完全終了。

 後は他愛無い話を超と交わしたり、ナナは今日も可愛いなー等と愛妹をひやかしたりしながら楓らを待つ事となった。

 

 

 話が終わった事に二人して安堵していたような気がする。

 

 

 心眼は後にそう横島に語った。

 

 

 

 

 

 

 

 「お、遅くなてしまたアル」

 

 「面目ない」

 

 最初、何となく汚れて煤けているよーな気がしないでもない二人に、横島はそんなに手強い相手だったのかと眼を剥いた。

 

 焦って腰を浮かしかけた彼を止めたのは当然ながらその煤けた二人。

 コレは何でもなく、単に、その、えーと、自主鍛練を行った所為でござるよ。はっはっはっ という言葉に、やっと落ち着いてはくれたのだけど。

 

 実戦経験が少ない古にしても、確かに相手にした奴は手強かったのであるが鬼軍曹ならぬ鬼大尉に比べたら左程でもなかったし、巧みに撃ち込まれてくる弾丸も件の鬼大尉の猛烈シゴキ道場中にぶちこまれる精霊弾に比べたらそんなに怖くはなかった。

 撃たれるという事は慣れるものなのかと首を傾げたくなる話であるが、実際に彼女はそう心労もなさそうなのでそうなのかもしれない。彼女が特殊なのかもしれないが。

 

 楓の方は相手が未熟だった事もあって、おちょくるようにあしらえば簡単に引っかかってくれたのでもっと楽だったらしい。

 影を使った使い魔というのは確かに特異ではあるのだか、攻撃の意識の向け方もやはり今一歩だったし、心情を見切って戦う事が出来る楓が相手では運が無いにも程がある。攻撃する気がなかっただけ感謝して欲しい。

 

 最後の方に来た援軍らしき者達にはかなりやり手の気配を感じてはいたのだけど、その興味だけで戦うと後にどんな禍根を残すか解ったものじゃないので、もったいないのだけど相手の確認もせずに逃走している。

 はっきり言ってしまえば相手の確認していないのはマイナス行為以外の何物でもないのだが、意識を向けると相手に気取られかねなかった。それほどの相手だと解ったからこその遁走であるので二人も横島も仕方ないやととっとと諦めていた。

 

 「それにしても、この時代に機械や薬に頼らずあそこまで戦えるとは凄いヨ。

  私も感心したネ」

 

 「何言てるアル。超は何でも超人だし、武術でも私のライバルやてるアルよ?

  どの口がそれ言うアルか」

 

 以前チラっと聞いただけの横島であったが、超は古と同じく中国武術研究部にも所属しているという。

 そして同じ部内で南派の古とは逆の北派で武術を通してライバル関係であるらしい。

 勉強や学力は絶対的且つ確定的にどうしようもない古であるが、武術“だけ”でも超と並べるのだから大したものである。神のド情けかもしれない。

 

 「? どうかしたでござるか?」

 

 「……何か知らないアルが、ボロクソ言われてる気がするアル」

 

 それは兎も角っ

 朝っぱらから茶々丸と二人だけで頑張ってくれたナナはここで交代。幾ら戦力になろうと設定年齢的にこれ以上連続で手伝って(労働)もらう訳にはいかないのだ。

 

 今日の日当……は、ナナが未成年(設定上)過ぎる為に渡せないので、この店のデザートのレシピを家庭用にしたものをもらって笑顔でお礼を言う愛妹。何かそれ見れたからどーでもいいやーという横島に心眼は無い頭を痛めていたり。

 そのナナも着替えに向かった。お兄ちゃんと一緒に帰るレス~とご機嫌である事もあって文句も言えないし。

 

 「んじゃ、古ちゃん。また後で」

 

 「アイアイ♪」

 

 横島はそのまま家に帰って後夜祭まで一休み。

 何か知らないが日が暮れてきたら円や さよ、零達と学園内を見て回る事にされているし。

 

 「何時の間にか行動計画が組まれている事について」

 

 「はっはっはっ」

 

 「笑っても誤魔化せんぞ」

 

 等と口先だけで文句を言ってはいるが、横島的に不満は殆ど無い。

 愛妹がこの学園祭を楽しみにしてるのだから期間内に学園外に行く事などありえないし、何より妹含めた五人とも美少女なのである。

 この五人と歩こうものなら、周囲からチクチクと嫉妬の眼差しが突き刺さって何とも心地良い。今まで味わえなかった勝者の美酒を味わえるというもの。これで文句なんぞ出よう筈も無い。

 

 ただ、学園内であるからしてナンパはちょっと無理っポイ。それが前述の“殆ど”の部分である。

 この麻帆良という地は何かしらの加護があるのか、横島はココに来て以来、美女美少女以外を見た事が無い。性格も良い子ばかりで、コレで声を掛けないのは男として間違っているか終わっているだろう。

 

 しかーし楓達といる以上、ハンティングを行う事は不可能。いやそれどころか声を掛けてフラれるという無様なところを妹に見せてしまうと兄貴ポイントが急落しかねないではないか。

 だから彼は己の血の涙を飲み啜り、苦汁の決断(ナンパしない)を決断せざるをえなかったのである。

 

 ……何気にフラれる事が前提であるし、フラれない事によって兄貴ポイントとやらが上がるとは思えないのであるがそこは横島であるから気にしてはいけない。

 

 尤も、こんな綺麗どころと回る訳であるのだから、やはり文句は無い。単に拗ねてるだけだ。

 大体こんな美少女らと歩く訳であるから実際にはそんな事をする気も無かったりする。

 それに楓達の話によると、HRで注意の用紙が配られたらしいのだが、今年の学園祭期間は異性交遊が異様に厳しくなるらしいし。

 

 「まぁ、大人しく拙者らと回るでござるよ」

 

 「わーってるって。

  近くに綺麗どこがおんのに、わざわざいるかどーかも解らん獲物探しに行ったりせんわ」

 

 「き、綺麗どころでござるか……ま、まぁ、拙者と二人で回りたいというのなら吝かでもござらぬが……」

 

 楓らしくない言動ともぢもぢとした所作であったが、最後の方が小声過ぎて伝わりきっていないのが残念である。

 それにその絶妙なタイミングでナナが彼を呼びながら駆けて来たのだから聞こえちゃいねぇ。その間の悪さに楓はコソーリとハンカチを噛んでいたりする。こっち見てチェシャ猫宜しくニヒヒと笑っていた古が腹立たしい。

 

 「さて、と……んじゃあ、行くか」

 

 「はいレスっ!」

 「ぴぃぴぃ♪」

 

 「拙者も一度部屋に戻るでござる」

 

 横島が手を振ると超も無言で笑ってそれを返した。

 

 間に漂う空気は自然なもので、超のその笑顔からもさっきまで心眼を挑発していたとは思えない。

 ナナと手を繋ぎ、小鹿を連れて歩き出した彼の背を見送っている眼差しからもだ。

 

 だが――

 

 「ん? 超、どうかしたアルか?」

 

 「……イヤ、何でも無いヨ。あの兄妹、仲が好くてちょと羨ましいと思ただけネ」

 

 「あー……何か解る気がするアル」

 

 古の問い掛けをそう“誤魔化した”超であったが、彼らを見送った後の眼差しはどこか寂しげであり、悲しげでもあった。

 彼女自身、こんなセンチメンタリズムを持っていたとは思いもよらなかったのであるが、ゴーレム人間と完全な兄妹関係を築いている横島には一種の尊敬をも持っているのだ。

 

 遅れた分を取り戻そうとしているのか、古はいそいそとエプロンを着けつつテーブルを拭き始めている。

 以前からこの臨時バイトすらも楽しげに行ってくれているのだが、彼と行動をとるようになってから更に充実した日々を送っているようだ。

 

 楓にしても、飄々と学園生活を送っていた以前よりずっと充実していて、笑顔が深みを増して魅力を上げている。

 円や、横島の所為(?)で何故か偽体を持ったチャチャゼロ――零にしてもそうだ。いやずっと後ろにいるエヴァも何だか楽しげであるし。

 

 『楽しそう』こう変化させた事が大きい。

 そうしようとしているのではなく、影響によってそれが広がってそうなってゆくのだ。

 

 それもこれも、彼がやろうとしての事ではない為、その器の大きさが垣間見えて頭が下がるような気持ちにすらなる。

 

 

 だが――

 

 自分の行動の結果、それが壊れるかもしれない。

 

 何せ彼の立ち位置が余りに不明瞭である為、いざという時に真っ先に止めねばならず、尚且つあれだけの力を持つのだから学園側に寄ればその動きを完全に封じなければならない。

 

 彼女らにとって大切なファクターである彼を、だ――

 

 さっき、咄嗟の思い付きで行った策、

 どうせならと使ってしまった事により実験は成功した。してしまった。

 

 という事は、理論は同じであるあの武装もそのまま使える訳であるから計画は楽に進むだろう。

 お陰というか“所為”というか、二時間にも及ぶアリバイも作りだす事が出来た。完全に嫌疑は晴れたりすまいが、それでも外部の臭いを漂わせれば、内部の眼は薄くなる。怪我の光明と言っても良いかもしれない。

 

 今の問題は、彼や彼女らを巻き込む可能性が高まってゆく事。その事だけだった。

 それが超に複雑な感情を齎せているのである。

 

 

 だけど止めるという案は浮かばない。

 

 掛け替えのない犠牲を払って今この地を踏みしめて生きている限り、自分は計画を止める訳にはいかない。

 

 

 

 

 

    今存在するはずの無い自分が生きているからこそ、

 

                 これから先に生まれるだろう自分のようなモノを生まない為にも――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 丁度彼らが去った後、入れ代わるように五月らも戻って来た。

 

 準備中の立て看板も除けられ、待っていたらしい客たちも入って行く。

 朝食より昼食に近くなってはいるが、まだ時間外だというのにこの有様。本当に繁盛しているようだ。

 

 客達にどこかわざとらしい営業愛想を振りまく古の声に苦笑しつつ、そんな店から遠のいてゆく三人。

 傍で見ているだけなら、ナナの手を二人で左右で繋いでいる為、何だか若夫婦のように見えていたりする。何気に満足そうな楓が何とも興味深い。

 

 だが角を曲がって店が隠れて見えなくなる頃、待っていたかのように楓がポツリと呟いた。

 

 「……何か、あったでござるか?」

 

 あ やっぱり気付かれていたかと思ったが、その勘の良さに横島は苦笑する。

 こういうところが女には勝てないと思い知らされるのだから。

 

 「んー……ちょっと、な」

 

 「……」

 

 ナナを手を繋ぎ、お昼何を食べるか等と他愛の無い話をしつつも、器用に思考を切り替えて楓と会話をする。

 それは楓に、その度に思考を切り替えてまで自分と会話をする程のものかという疑念にぶち当たらせる事となった。

 それ故か小鹿もじっと横島を見つめている。

 

 「いや、心眼の存在を気付かれちまってさ……」 

 

 「は? いや、それは……今更では?」

 

 何だかんだで魔法関係者に知り合いが多いのだからバレても別に……と楓は思う。

 しかし横島はエヴァにあんまりバレたりしないようにしろと言われているのだ。

 

 特に超には――とも。

 

 「一応、便利なAFと思わせといたけどな」

 

 「? それは……どこか違いがあるのでござる?」

 

 「ある。大っきく」

 

 「は?」

 

 「心眼の、ってのが大きい」

 

 「……………あっ!?」

 

 横島は、逃走を助けた力は自分のものではなく、心眼の力(、、、、)だとさり気無く匂わせたのである。

 

 その事に気付いた時は、流石に楓も横島のブラフの張り方に感心してしまった。

 

 何せ間違いは言ってはいないが、真実は全く語っていない。

 どうせ横島のAFと言う事は茶々丸とナナを通して知られているだろうが、詳しくその力を知っている者は契約を結んでいる楓ら四人とエヴァだけで、理解力がスカスカなバカレッドがいる為にネギ達には以前関わった人間の再生程度しか説明していない。

 某メドーサに怯えていた事もあって、ナナも修行中は近寄ってこないし。

 

 会話でのひっかけのコツは、あんまりその話に触れない事。

 特に相手がある程度以上頭の良い人間であるのなら、一度匂わせてから直ぐに話を逸らしたりするだけで勝手に深読みをしてくれる。

 相手の理解力を逆手に取る、実にイヤらしい会話術と言えよう。

 

 とは言っても、今ここでその事を口にする訳にはいかない。

 何せ横には愛妹がいるのだ。彼女を通じて超に伝わらないとも限らない。そうなったら意味がないのだ。

 

 よって……

 

 「ま、兎も角。話は後でな……あ、それともウチ来る?」

 

 という形を取らざるを得なかったりする。

 楓は反射的に『無論っ!』と返事を返してしまったのだが、横島がナナの様子をチラリと窺っている事に気がついた。

 

 どうやらナナには……いや、古と距離が空いてから空気が変わったのだから、彼女にも聞かせたくない話なのかもしれない。事は慎重を期さねばならないものだと気付いた楓は、真剣な表情で再度頷きを返した。

 

 「あれ? お姉ちゃんも一緒レスか?」

 

 「あはは 折角でござるし、一緒にお昼寝なぞ如何かな?」

 

 「わーいっ♪」

 

 無邪気に笑うナナの頭を撫で、楓は横島の横顔を覗き見る。

 

 そこにあるのは確かに位置もの彼。

 意外なほど優しかったり、妙なところで厳しい顔をするので気になってしまい、彼と過ごしている間ずっとそれを追っていたからこそ見慣れていったそれ。

 

 彼は妹とじゃれ合っているこの優しい顔。

 

 自分らに曝けてくれる本音の顔。

 

 オオボケぶちかました時のスカタンな顔。

 

 誰か、何かを心配している時の真剣な顔。

 

 本気で怒った時の怖い顔、そしてその向こうにある何モノも寄せ付けない冷た過ぎる顔――

 

 あけすけに生きているからだろうか、その表情は実に多くコロコロ変わる。

 そして側にいるからこそ、その全てを見る事ができるのであるが……今の彼の表情はそのどれでもなかった。

 

 初めて見る――ものではないのだが、何と言うか深みのようなものが違う。

 それで思い立つのが自分以外の件。

 

 何だかんだでお人好しの彼は、他者を非常に気にするのである。

 だが、彼のその表情には……微かであるが、憐憫に近いものがそこに混じっているような気がしてならなかった。

 

 円が加わった件でチラリと見せてもらった彼の過去の断片。

 その中で泣き叫ぶ過去の彼。その自分を見つめていた時のそれ。それに似たものを楓は感じていた。

 

 なれど……――

 と楓は首を傾げる。

 

 もし僅かでもあの時と似たような感傷があるというのであれば、“何”にそれを感じたというのだろう?

 彼が意識を向けていたのは後方の屋台、超包子。となると今回の事件で関わったのなら古と超となる。

 

 ならば超か? 彼女に何かを、共感めいた何かを感じているというのか?

 

 彼の部屋に行き、超を追っていたのがこの学校の魔法先生らしい話を聞いた後も、その件の事の方がずっと気になり続けていた。

 

 「何だかいやな予感がするでござるな……

  学園祭で何かが起こるとでもいうのでござるか?」

 

 紙吹雪が舞い、色んな音楽が鳴り響く麻帆良学園。

 

 周囲の盛り上がりとは裏腹に、楓の心には奇妙な雲が湧き上がっていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後――

 

 「お二人とも……それで私たちに言うべき事は解っていまして?」

 

 「「本っ当に申し訳ない(アル)でござる」」

 

 クラスで頑張る級友たちに朝食を持ってゆく事をすぽーんと忘れていた二人は、腹を減らしていた皆の前で横島直伝の“ふつくしい土下座”で持って謝罪した事は言うまでも無い。

 

 

 

 




 またまた修正に超手間取ったCroissantです。自業自得ですが。

 超と横っちのセリフバドルにするつもりが、何故か乱戦ぽく……アっルぇ~?
 いやウチの基本設定上では間違ってない……か? 多分。
 
 現在までの情報では横っちは超を敵だと見なしません。
 つか、最後まで横っちは“敵には”回させるつもりはありませんし。超を止めようとはするかもしれませんが。

 二人とも別の世界(或いは時間)からこの世界に来て、今を生きている。
 そんな似すぎた立ち位置の二人を書きたかったわけです。ちょっと力足りてません。ちくしょーめ。
 
 兎も角、そろそろ騒動の始まり。
 微妙にズレた時系列がどうなるか。

 そんな続きは見てのお帰りです。
 ではでは~


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二十六時間目:エンチャンテッド
前編


 麻帆良学園学園祭。

 通称、麻帆良祭――

 

 今年で七十八回目を迎えるそれは、僅か三日間とはいえ学園都市全てを使った馬鹿騒ぎであり、観客動員数のべ四十万人にも及ぶ学園一大イベントだ。

 ただでさえ世界規模でも有数の規模を誇るイベントなのであるのだが、期間中の麻帆良学園は学生達の悪ノリもあって巨大なテーマパークの様相を呈してしまう事となる。

 

 何せモノが超巨大学園都市であり、意味不明な建物も多々ある為に施設の確保には事欠かない。

 

 宿泊の施設等にしても中等部以上の空き教室に仕切りを入れて整えればあっという間に出来上がる(それも下手なホテルより質がいい)し、足りない設備等も設備もちゃっかり大学部やらがリースしてくれる。

 その大学部のテックレベルも何か間違ってね? と言うほど世界に誇れてしまうものなので何かあった場合の医療関係や設備に至ってはそこらの大病院より上だ。

 更に裏ではこっそりと魔法関係者が広域指導員に混ざって眼を光らせているので治安も良い。

 

 こんなところなのだから観光客だって安心して回れる穴場として訪れるのは当然だろう。

 

 その噂を聞きつけ、関東圏から観光に訪れる者が増加して行き、口コミや家族連れ等によって年々その数を増加させていき、ここ十数年で商業化が過激さを増している各クラブの奮闘(悪ノリ含む)もあって、一説には一日で二億六千万モノ金が動くと言われるにまで至っている。

 ホントか嘘かは定かではないが、この三日間で数千万を稼ぐサークルや学祭長者といわれる生徒もいるという。

 

 そんな噂が出るものだから、後に続けとばかりに生徒達も更に力を入れるというスパイラルが起こり、この三日間は乱痴気騒ぎ馬鹿騒ぎが続き、後夜祭ともなると筆舌にし難い騒動となるらしい。

 

 元々は国際化に対応した自立心育成の為の営利活動許可だったそうだが……見ようによっては広大な敷地を使った企業設立シュミレーションに見えなくもない。

 ある意味、その基本理念も間違ってはないだろうが、やっぱり何か違う気がする。

 

 まぁ、そんな事情はさて置き――

 

 

 「わぁ……

  わぁっ、わぁ~……」

 

 「な、何ちゅーたらええか……」

 

 「ぴぃ~?」

 

 その地に住んでいるとはいえ新参者の兄妹と小鹿は、学祭当日を目の当たりにして呆気にとられていた。

 

 特に妹の方は、元々が田舎(というか森の中)の出であり、この学園都市の広さだけでも戸惑っていたのだ。

 そこに来てこの超巨大なイベントである。

 確かに妹魂持ちの兄によってあちこちを連れて回ってもらっているし、前夜祭までの騒ぎも目にしている。

 屋台の手伝いなんかもやっているので人ごみにも慣れてきていた。いや、慣れたかなぁ…というレベルに何とか達していた。

 

 が、流石に当日の乱痴気規模は格が違った。

 

 昨日の前夜祭もそりゃあ凄い騒ぎで、3-Aの女の子(主に鳴滝姉妹)に引っ張られて行ったこの男も『こ、これがじょしちゅーがくせーパゥワァーか!?』と再驚愕させられたわけであるのだが、今日になって見比べると昨晩の大騒ぎですら火をつけた爆竹程度に過ぎず、本番のそれは絨毯爆撃のようにこの街一帯を弾け狂わせているのだ。

 

 そのお陰というかその所為というかで、件の妹者は熱でも出てるんじゃ?! と心配してしまうほど顔を赤くして目をナルトにしているではないか。

 

 所謂、気中りというやつであるが、未だ呆然としてフラついてるし、横で手を繋いでいる兄貴様がいなければ尻餅をついていたかもしれない。

 

 この街に来るまで行動範囲が狭かったのも原因だろう。まさか街そのものがテーマパークになる等、常識の外であるし彼女にとっては更に想像の外の話であるのだから。

 

 で、そんな少女の兄者はというと、非常識が服着て歩いている彼からしてもやっぱり大きいにも程がある規模に対面し、軽く意識を飛ばしていたりする。

 

 ヒンデンブルグも驚くような麻帆良祭実行委員の飛行船がアナウンスしながら宙に浮かび、別の空では麻帆良大学航空部の複葉機連隊が曲芸飛行をしている。

 

 その下を練り歩くオープニングパレードは、ATモドキやら恐竜ロボやらパワードスーツ、騎士やら武士やら妖怪やら元ネタ不明な何かやら雑多にも程がある仮装集団が練り歩いている。象(本物っポイ)までいるし。

 

 そんな集団を開催の合図と共に放たれた鳩と風船、花吹雪、熱気球が低空で浮かんで華を添え、見物人の歓声がそれらを彩る。

 

 湖の方では鳥人間コンテストが行われ、都市内のケーブルテレビ専用番組の野外イベントや、クラブや学年別イベント、そしてクラス別の出し物等の呼び込みで活気に満ちているにも程があった。

 

 いやそれどころか仮装やトリックではない本物の人外(除く、吸血鬼,幽霊)までさり気無く混じっているではないか。

 どさくさに紛れて遊びに出ているのだろうが、この学園の者は誰も気付いていないようでちょっと頭が痛かったり。まぁ、無害っポイから良いのだけど。

 

 かと言って、そう何時までも呆けている訳には行かない。

 

 「何もこんなクソ騒がしい日にコトや起きんでも……

  オレってどんだけ神に嫌われとんねんっ!!」

 

 『知らぬわ。

  我々も感じただけであるし、文句があるのなら超に言え』

 

 昨晩の前夜祭イベントで夜更かしして結構辛かったりするのであるが、そうも言ってられないのだ。

 

 朝っぱらから出店のお手伝いに起きて出ていたという自慢の妹を待ち、家族三人(二人と一匹)でその辺でダラダラして過ごして昼から本格的に見て回ろうと悠長に考えていたのであるが、この妹の手伝いが終わって着替えに行った直後の十時頃、いきなり横島と心眼の霊感に引っかかるものを感じてしまったのである。

 

 それは正に昨日、朝から起こってしまった騒動の切欠となった波動。時空震――いや、よくよく考えてみれば感じたのは<震動>ではなく<振動>程度。ならば時空“振”が正しいだろう――だったのである。

 

 「そーは言うてもなぁ……

  昨日のは鈴ちゃんがやったっポイんだけど、今回のは違うやろ?

  なんせ目の前におったんやし」

 

 『まぁ、確かに研究棟の方ではなかったしな。

  仮にも時空()なんぞを起こすにはそれなり以上の施設も必要だろうし。

  忌々しいが今回のは超ではなく、

  別の者たちが何かやったと見るのが正しいのではないのか?

  場所も学校の方のようだしな』

 

 「うーむ……」

 

 なんかビミョ~に件の少女に毒を混ぜている心眼はさて置き、

 昨日との関連が掴めず首を捻っている彼であるが、もしその場に行く事が出来ていたとしても無駄だっただろうと思っている。

 

 もしそれが例の娘だとすれば(意図的でない限り)現場に何か残している可能性は低いし、仮に彼女ではないとすれば昨日引き上げられた警戒レベルをすり抜けられた訳であるから尚更だ。

 

 彼女の性格上、そういった相手を舐めるような裏のかき方をしないとは言えないのであるが、中等部校舎には関東魔法協会の施設、特に理事室まであったりするので昨日の今日ではリスクが大き過ぎる。

 

 いくら何でも警戒されている中で事を起こすのは賭けにも程がある訳であるし、あの連中の拠点の直中でそんな事をすれば流石の少女とて気付かれてしまうだろう。

 

 無論、今さっき感じた波動は単に学校の魔法関係者が何かやっていただけという可能性も無い訳ではないのであるが…… 

 

 「んだけど……な~んか引っかかんだよなぁ~」

 

 「ぴぃ~」 

 

 彼は本物の霊能力者であり、その使い魔のかのこは天然自然の精霊だ。

 

 だから彼は理論より何よりその霊感や勘が何かしら訴えかけてくるし、かのこもその不自然さに戸惑いを見せている。だからこそ彼らも、否応にも気を張っている訳だ。

 悲しいかなその霊感や勘はめったに(悪い予感は特に)外れた事がないのだから。

 

 学園側に聞いてみるよりも前に、念の為にと調査というしたくもない時間外活動を自分から行っていたのもそれが理由だ。

 

 『ただ、妾にはあの波動は世界樹とやらと同調していたように感じられた。

  例の樹から漏れる魔力とやらを制御する学園側の仕掛けの可能性もある』

 

 「そうかも、な……

  せやけど、何か鈴ちゃんが関係しとる気がしてならんやけどなー……」

 

 『どっちなのだお前は?』

 

 額の相棒と会話を交わし、うーむと首を傾げていた彼であったが、可愛い妹の事をハッと思い出して慌てて彼女を支えて自分に掴まらせた。

 

 しばらくボ~としてた彼女も支えを得た事と、その喧騒に馴染んだからだろう、どうにか気を取り直して『スゴいレス、スゴいレスっ!!』とはしゃぎ始めている。

 

 こうなってくると妹魂としては彼女をパーヘクト(注:“パーフェクト”にアラズ)にエスコートせねばなるまい。まぁ、文句は無いのだが。

 兎も角、出店等をひやかしつつ調査っポイ事もやっておこうかねと、小鹿を促して愛妹の手を握り直し、この楽しげなパレードの一部にとしてその流れの一部へと身を委ねるのだった。

 

 

 

 花火の音が響き、花吹雪が舞い跳ぶ巨大テーマパークと化した麻帆良学園。

 

 この都市の長い長い……激動の三日間はこうして開けたのである。

 

 

 

 

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        ■二十六時間目:エンチャンテッド (前)

 

 

 

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 さて、そんな血が繋がっていない(、、、、、、、、、)実の兄妹(、、、、)が街を散策し始めた頃、

 先のバカ兄貴が気になっていた波動を出していた原因はといえば……これはまた傍目にも浮かれ切っていると解るほど浮かれまくっており、足が地に着かないままくるくる回って大通りを歩いていた。

 

 普段なら通行人が『何だコイツ?』と呆れてしまうほどのはしゃぎっぷりなのであるが、周囲の目に冷ややかさは無く温かい。

 それも当然で、外見年齢は実に若――いや幼く、どこをどう見ても十歳程度のオコサマなのである。

 だが、そんな力の波動を出せたのだからそこらの子供ではない。この少年には秘密があるのだ。

 

 ……まぁ、ぶっちゃけて言えば子供魔法先生のネギなのであるが。

 

 彼は件のバカ兄貴の困惑なんぞ知る由もなく、隠し様の無い喜びをぶち撒きつつ呑気スグル顔で麻帆良の街を歩いていた。

 いや、やはり地に足が着いていないと言い直した方が良いだろう。それだけ浮かれていたのだから。

 

 そんな様子の彼に、オコジョを肩に乗せて後を歩いていた少女は半ば呆れつつも声を掛けた。

 

 「しかし、怪しくはないですか?

  それがそう(、、)だとしても、

  使い方次第で大変な事になるものを簡単に貸してくれるとは……」

 

 『確かにな……

  如何に超 鈴音が天才だろうとこんなもの作れるなんて考え難い。

  いや、実際にあるんだからしょーがねぇんだが』

 

 彼女の問い掛けに合いの手を入れたのは、その肩に乗っているオコジョ……いやエロオコジョ妖精カモである。

 自分の相棒の少年は浮かれまくってクルクル回っているし、何よりその特性上少女の肩の方が良いのだろうか。

 

 いやそれは兎も角、その子供先生の参謀を自称しているくらいだから、よく考えるのは当然であり当たり前。

 少女――刹那と共にそんなネギ少年を眺めつつも色々と考えていた。のであるが……

 

 「もう、何言ってるの二人とも。

  クラスメイトを疑っちゃダメだよ。

  それにこれがあれば問題は全て解決だし!」

 

 ホントに良かったーと、くるくる回ってはしゃぐネギに二人(一人と一匹)して溜息を吐くか苦笑するしかない。

 

 「しかし……」

 

 『ああ、天才とかゆー枠を越えた異常な発明だぜ?

  そんな貴重なものを簡単に貸すとは……』

 

 だがそういった疑問の声も今の少年の耳には馬耳東風。いや失意からの復帰が今だ効き続けているだけか。にしてもはしゃぎ過ぎだ。

 

 『まぁ、無理もないか……』

 

 「ネギ先生だって魔法使いなんていうファンタジーな存在なんですけどね……」

 

 説得疲れたか、肩を落として溜息を吐く。

 しかしその視線の先にはネギの手の中に注がれたまま。

 彼の手の中にはカチカチと動いている星図計にも似たデザインの懐中時計があった。

 

 『しっかし信じらりねぇぜ……』

 

 「ええ……まさか」

 

 

 「『タイムマシンなんて……』」

 

 

 ネギがこれを手に入れたのは昨晩の事だった。

 

 色々と拷も……もとい、鍛練を行い続けて疲労困憊なネギは今日くらいは横になって休んでも罰は当らないよね? と当日まで休もうかなと思っていたのであるが、タイミング悪く受け持つクラスの女の子達に誘われてしまい、紛いなりにもイギリス紳士(見習い)である彼は断りきれず結局は皆と前夜祭を見て回る羽目になってしまっていた。

 

 疲れた身体に鞭打ってベッドから下り、根性で少女らの待ち合わせに向かおうとしたネギであったが、そこは子供。如何に魔法で持って身体強化しようと基本体力は子供のままなので体力は尽き掛け。足元もヨロリラとかなり心細い。

 かと言ってエヴァの城なんかに行ったら高確率でシゴキをおっ始められる事は目に見えているので本末転倒。

 そういった訳で、彼は通常時間で体力を回復&維持するしかなかったのだ。

 

 だがやっばり気力も尽きそうなネギは、最後の頼みとしてこの前お世話になった超包子でスタミナ食を摂って明日からに備えようとしたのである。

 

 そんな彼の様を見て驚いたのは意外にも超だった。

 

 側に葉加瀬もいたのであるが元々彼女は些細な事は気にしないし、古や茶々丸はそのシゴキの場にいたりするのだが、悪魔的も裸足で逃げ出す回復力を持つ非常識スグル男(某Y島さん)がいるので常識具合が狂っているのか、寝てりゃいいのでは? とあんまり気にしてくれないのだ。

 この場にいる常識人気味なのが超だったりするのはナニであるがそれは横に置いといて、余りに気の毒だと思ったのか彼女はお守りだとネギに件の懐中時計を貸し与えたのである。

 

 その時点では何が何なのか解らず、ただカッコイイ時計を貸してもらったというだけであったのだが、コトは今日の晩に起こった。

 

 ……文体的におかしな事を言っているように思われるだろうが、何時もの誤字ではない。

 本当に今日の晩起こった(、、、、、、、、)のである。

 

 超の心遣いの食事のお陰で何とか元気を取り戻したネギであったが、流石に子供の体力で徹夜明けはキツかったのだろうやはり疲労が強く残っていた。

 

 丁度、クラスの出し物の宣伝に出ていた のどからと合流し、麻帆良祭のパンフレットをもらって説明を受けていたのであるが、明日菜らの前でふらついた為にアッサリ見抜かれ、一休みしなさいと出し物の無い刹那に付き添われて保健室に向かわされてたのであったが……

 

 疲れがたまっていたネギはベッドに入って直に熟睡。それを見て安堵したのか何と刹那とカモまでも爆睡してしまったのである。

 

 しかし、次にそんな呑気な二人と一匹が目覚めた時は何と夜の八時。

 何とこの二人と一匹は周囲の喧騒も何のそのに、色々とスケジュールが詰まっていたにも拘らず全てすっぽかして眠り呆けてしまっていたのだ。

 

 流石に全てをすっぽかすというミスは痛過ぎる。

 担任としての責任もあるのだが、約束を破ったという罪悪感がズシンと圧し掛かってくるのだから。

 

 特にネギが のどかと待ち合わせしていたのが痛い。

 

 午後四時から一緒に回る約束をしていたのにもかかわらず、今は八時。

 彼女の事だ。四時間ず~~~~~~~~~っと待っている可能性が高い。いやほぼ間違いない。

 

 どーしよーっっ!! と慌てふためきつつも兎に角行ってみようと、自分の非を謝り倒す刹那と共に保健室を出ようとしたその瞬間。

 

 

 ――世界はぐるりと一転した。

 

 

 眼が覚めた時にはとっぷりと日が暮れていて、外の喧騒が灯りとなって室内を照らすほどであったと言うのに、奇妙な感覚を感じたと思った一瞬後、真昼間のように明るくなったのである。

 

 いや、それどころではない。彼ら以外の時間は午前十時に戻っていたのだ。

 

 狐に摘まれた様な気分のまま外に出てみるとやっぱり真昼間。さっきまでの夜の帳は欠片も無い。

 全員が寝ぼけていたのかと首を傾げつつ、ふとネギが携帯で時間を確認してみると……何と午後八時六分を表示しているではないか!

 そのタイミングで空を複葉機の編隊が飛び、『只今より 第七十八回 麻帆良を開催いたします』という執行部からのアナウンスが――?

 さっき聞いた筈のアナウンス。そしてのどかと共にいる“自分ら”まで目にしてしまった。

 

 事ここに至り、カモと刹那は信じ難い事であったが超から借り受けた“それ”が想像するモノであると思わざるをえなくなったのである。

 

 即ち――タイムマシン。

 

 古典SFの定番。映画ゆドラマ、アニメにまで使われまくった夢のマシン。 

 

 時を越え、未来や過去に跳んで時間にちょっかいをかけられるという、箱の中の半死半生のネコもビックリの反則の道具である。

 

 そんなドリーム(笑)過ぎるマシンが今、ネギの手の中にある――

 

 ネギだって男の子。そりゃあこんな道具が手に入れば浮かれもするだろう。

 その上、コレさえあれば問題が一挙に解決するのだ。

 時間が無くなればコレを使って戻れば良いのだから、スケジュールの過密さもなんのその。疲れても時間を戻って寝れば良い訳であるし。

 

 そう余裕が持てたのだから尚更だろう。

 

 よって刹那やカモの危惧なんか耳を素通りし、彼はしゃぎにはしゃいでいるのである。

 ……まぁ、ココんトコず~~っとストレスがマッハになるような鍛練がぶっ続けで行われていたのであるから無理も無い。緊張の糸がぷっつんしてるよーだし。

 

 「う~ん……そうかなぁ~

  クラスメイトを疑うのもいけない事だと思うんだけど」

 

 よってこれだけ彼女側に気持ちが寄ってしまうのも仕方が無いだろう。緊張感の無い事この上もないのであるが。

 

 「と、兎に角、一度話を聞いてみませんか?

  こんな超発明をアッサリ貸してくれた理由も知りたいですし」

 

 『ま、まぁ確かにそーだな。

  あの姉ちゃんの性格だったら『面白そうだから』、

  なんていう理由だとしてもおかしくはねぇんだが……

  やっぱ説明書も無しにこんなの使い続けられねぇしな』

 

 ネギのその脳天気にも程がある腑抜けっぷりに呆れつつもそう説得すると、流石のハイテンションな彼もようやく、

 

 「うーん 確かにそうだね」

 

 と納得の構えを見せてくれた。

 

 どうにか考え直して『よし、超さんを探そう』と意志を固めたネギを見て、ホッと安堵する二人。

 このまま何かあったら堪ったものではないし、天才ではあるけれど悪戯好きとしても知られている超の事だから何かの罠が潜んでいないとも限らない。

 

 大体、使える条件が不明なので何かの拍子に妙な人間の手に渡ったらどんな事故や事件が起きるか解ったものじゃないのだ。

 

 それを危惧している二人は、ネギが意志を固めてくれている今の内に向かわせようと二人してネギを引っ張って歩き出した。

 余裕が出来たので一刻を争う、という程ではないにせよ早い方が良いのだから。

 しかしこのままという訳にも行かない。何せ“この時間の自分達”が居るのだ。

 

 それより何より、マスターエヴァに知られるとどんな事態になるか解ったもんじゃ……

 そこに思考が至り、思わずブルってしまう二人と一匹。

 

 『お ちょうど貸衣装屋があるじゃねぇーか!』

 

 「成る程。変装して探すわけですね。それなら……」

 

 と、そんな時に目に止まったのは、何かエラい繁盛している貸衣装屋。

 

 成る程、皆はこんなところで衣装を借りて常識から離れて楽しんでいるのかと今更気付く。

 考えて見れば周囲は仮装だらけで、単に普段と違う衣装の者もいれば、あからさまに人外ッポイのまでいる。

 これならばどんな格好をしていたとしても今よりは目立たないだろうし、彼らだとは気付くまい。

 

 それを理解したネギと刹那は、カモの提案を飲んで変装して超を探す事にしたのであった。何故か二人してウサギさんであったけど、それは兎も角。

 

 

 しかし――

 

 

 「あそこが怪しくないですか?!」

 

 -ライドアクション GALAXY WAR-

 

 「え?」

 

 

 「次はあそこが怪しいです!!」

 

 -DINO HAZARD-

 

 「オイコラ兄貴」

 

 

 

 「いやー いませんねー 超さん!!

  あ、次はあそこが怪しい気が――っ!!」

 

 「ネギ先生ぇ!!」

 

 『最初っから探す気ねーだろ兄貴!!』

 

 

 ……どーも一人と一匹の前途は多難のようである。

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 「ひっくひっく……」

 

 「おー よしよし。

  でーじょうぶ。でーじょーぶだからなー」

 

 怖かったのだろう、しくしく泣いている幼女を抱っこし、あやしながら階段を下りてゆく青年が一人。

 幼女を心配してるのだろう、その足元にはまとわりつく白小鹿が一匹。鼻をぴすぴす鳴らしているのがそれを物語っている。

 

 それが逆にその催し物の凄さを物語っており、長蛇の列を作って中に入ろうとしている客達の期待は嫌が応にも高まってゆく。

 結果、口コミで広がってその集客数がすごい事になるのであるが……それは後の話だ。

 

 今更言うまでも無いだろうが、そのしくしく泣いている幼女はナナであり、抱っこしている青年は横島である。

 調査はどうなった? という話も無きにしも非ずあるが、何故か彼は向かおうとした場所を相棒に聞くとイキナリ立ち止まり調査を中止。心眼の戸惑いにもそ知らぬ顔でクルぅリと向きを変えて3-Aに直行したのだ。

 

 彼がやろうとしていた事を詳しく聞いていないからか、愛妹もお姉ちゃん(3-Aの皆)の様子が気になっていたのだろうから異を唱える事も無く嬉しそうに付いて来てるし。

 

 まぁ、自分らが手伝ったものがどういう評価をされているのかという事も気になっているのだろうし、元から見に行く予定はあったのだけど。

 

 兎も角、ナナがはしゃいでいるからかイマイチ意思の疎通がズレている兄妹は、他のクラスの出し物にも眼を奪われつつも、真っ先に3-Aに訪れたのであったが……

 

 このクラスの出し物である『HORROR HOUSE』はメインの入り口を潜るとコースは三つに分かれており、それぞれ違った恐怖度を味わう事が出来るオバケ屋敷である。

 案内やらコンパニオン(え゛?)、そして呼び込みまでが美少女揃いであるし、中等部の出し物という事もあってか一見気楽に回れる子供だまし的なオバケ屋敷だと思われそうであるが……差に在らず。

 

 何せ監修しているのがマジモンのプロのオカルト関係者。

 そして果てし無く無駄な方向に凝り性とキている。そんなのが関わってるのだから“普通”では決して終わらないのだ。

 

 何だかんだ言って現場でみっちり鍛え込んでいる彼である。

 どこにどう陰気が溜まったりするのか身体で覚えているのだ。

 

 その経験を生かして陰気が溜まりそうな角等に仕掛けを施すようにしているのだから、不安がピークになったところで脅かされたする客は堪ったものではない。

 

 無論、店員の少女らには内緒にしてはいるだろうが、本気でちびり掛けた客(男含め)結構いそうだ。

 その分、出口を抜けた時の開放感がハンパではないらしく、結構クセになっているようでリピーターもかなり見られている。

 

 ――結果、前述の通りに横島はおろか少女らの予想さえ超えた大人気スポットとなるのだ。

 

 それは良かった事であるし、3-Aの少女ら横島に感謝しているのだが、弊害が全く無いわけでは無い。

 陰気が溜まるところにスポットなんぞ仕掛けたものだから、本当に怪奇現象が起こりかねない。まぁ、それはコッソリ貼り付けてある“本物のお札”があるから良いのだけど……問題はもっと根本的なところにあった。

 

 ぶっちゃけ、本当に怖い(、、、、、)のである。

 

 実際、おこちゃまとかはマジに大泣きして出て来る(恐怖度3の<学校の怖い話コース>には失神者も出たらしい)し、気が弱い人間など、座り込んで動けなくなったりしているらしい。

 いや、仕掛け的には大成功なのだから良いのは良いのだけど。

 

 「えぐえぐ 怖かったレスぅ……」

 

 「お前、作る時におったやん。

  つーか、そんなんでよくオバケとして出演するや言うたな」

 

 「らってぇ~……」

 

 「わーった。わーったから」

 

 その涙目は凄く可愛いのだが、怖がっている愛妹に目尻を下げるわけにも行かず、横島は彼女が落ち着くまでだっこして慰めるしかなかった。

 だが、ナナのスペックならそこらのオバケどころか魔族を相手にしてもそれなり以上に健闘できるのであるが、こうまで怯えるのは如何なものか?

 

 しかし横島は思う。『可愛いからいっか』と。

 

 結局、こんな奴である。

 

 『じゃれるのは良いが……

  本当にあの波動をそのままにしておいて良いのか?』

 

 そんな横島に、呆れたような声で心眼がツッコミを入れる。

 

 大体、この校舎に入ったのだって元は調査の為だった筈。いや、確かに玄関に設けられた学園祭用のゲートを潜るまではそのつもりだった。

 

 しかし、何と言う事でしょう。どういう訳か出し物のひやかしがメインに変わっているではありませんか。

 それは心眼でなくとも呆れもするだろう。

 

 しかし横島とてただ遊んでいる訳ではない。

 

 「……お前。

  オレが好き好んで……いや、ナナと一緒におるんは好き好んでやけど……

  好き好んで現場に向かわんと思うとんのか?」

 

 『ム?』

 

 そんな心眼に対し、横島はナナの背中をぽんぽん優しく叩いてあやしながら、かなり真剣な声で言葉を返した。

 その真剣さは鹿の子もピタリと足を止めて見上げるほど。

 「さっきのアレ(、、、、、、)は学園内で起こっとったし、世界樹と連動してたんだろ?

  だったら前に高畑さんが言ってた、世界樹に溜まった魔力が関係してるかもしんねーだろ?

  例えば溜まり過ぎた魔力を発散するこの学園のシステムか何かとか」

 

 『う、うーむ……』

 

 「だったらそんな仕掛けがありそーな重要そうなトコや入れへんやろーが」

 

 何だかニュアンスが言い訳じみているが、一応は正論っポイ。言っているのが彼だからそんな気がするのかもしれないのだけど。

 

 『それは……そうなのだが……放ってもおけまい?』

 

 しかし心眼も簡単には引かない。

 横島のAFとは思えないほど真面目なのだ。

 

 それに予感めいたものがあったのかもしれない。この件には否が応でも横島が関わってしまうような気するのだと……

 

 だが――

 

 「そうは言うても、『念の為』以上の調査やでけへんがな。

  それに……」

 

 『? それに?』

 

 「このオレやぞ?

  このオレがンなトコ行ってヘタに突付いたら逆に事件を起こしそうやん……」

 

 『……』

 

 

 何だか知らないが物凄い説得力があった。

 

 

 己を知る者といえば良いのか。兎も角、彼も自分を良く解っている。

 何だかんだで事件の発端に関わってしまうトラブルメイカーなのは周知の事実。そんな彼の口から出ているのだから説得力もあるというもの。

 流石の心眼も黙る他無いほどに。

 

 「更に……」

 

 『?』

 

 「お前、校舎に入って直、位置的には保健室の方と言うたな?」

 

 『あ、ああ……』

 

 横島の表の仕事は用務員。

 

 よって、清掃等を行っているので彼の仕事にくっ付いてきている心眼は中等部校舎の造りをほぼ完全に把握しているのだ。

 だからこそどこに異常があったかも解るのであるが……

 

 「現場と思われる場所が保健室。

  そこを調べるという事は………

 

 

 

 

 

  煩悩の坩堝(保健室)を這い蹲って匂いを嗅いででも調査せぇと言うんか?

  お前までオレを堕落させよーっちゅーんか!?」

 

 『 ア ホ か 貴 様 わ っ っ ! ! 』

 

 ナナを抱きしめてつつ眼の幅の涙を流してそう心眼を責める横島。

 悲しいかな、真剣極まりないのだが言いがかり以外の何物でもない。

 

 尤も、そんな有様の彼にビックリしたナナが落ち着けたりしているので結果オーライだりするのだが。

 

 それは兎も角、横島は何だか知らないが必死になって行動否定してた。

 愚痴に自己批判が混ざっているのが物悲しいし詳細は省くが、自分を良く解っている事がその物悲しさに拍車をかける。

 

 ――実のところ普段の彼ならばそんなに焦る必要も無い。

 

 何だかんだで真面目に仕事している彼だから、保健室の清掃にも当然関わっている。

 同僚とする事もあるが、部屋が狭い事もあって一人の方が多い。

 その度にこんな風に悶えている訳ではないし、流石に(今の)横島もそこまで変態ではない。

 

 だが、今は学園祭の真っ最中。

 

 麻帆良学園中のテンションが上がりまくり、開放感に満ち満ちているのだ。

 よってその空気に感化されて横島の枷がかなり弛んでしまっているのである。

 

 教室で一緒に居て作業していた時はまだ鼻が慣れて気にならなかったのであるが、一度汗を流してサッパリしてから戻ってみるとやはり女子の花園。“少女らのかほり”に満ちていた事に今更ながら気が付いてしまった。

 

 何せ彼は十年の経験があっても生かす事のできない男。

 霊力が下がると煩悩スターターが回復するという謎のシステムを改良する事すら出来ないでいた。

 

 日々の鍛練で心労は溜まっているし、一緒に鍛練しているのが双方向に好意がある楓達なので悶々としたものも溜まる。

 その所為というかお陰で霊力は落ちないし相手が未成年という事もあって“今のところ”飛び掛ったりしないで済んでいる訳であるが、悶々としたものは中にしっかり堪り続けてしまう。

 

 その危険度は女子高生を見たら無意識に足を向けかかってしまうほど。いや、今までとどう違うのかと問われたら返答に困るのだが。

 

 刀子やシャークティ等といった訳を知ってくれている女性たちは初対面時の霊力スッカラカンで暴走状態のナニな行動を見られているので、今をもってしてもまだ警戒を解いてくれず近寄ってもくれないし、楓達も色々と解っているのだろう、やたらと警戒して特に一般の女性には近寄らせてくれない。

 

 更に今はナナという愛妹と同居しており、生臭い話であるが“発散”する事も叶わない有様である。

 

 そんな状況下で保健室という魅惑の名を持つ部屋に向かうという事は、横島忠夫という()にとっては致命的な事態を起こすという危険を孕んでいた。

 いや、かなり高確率で起こすだろうと言い直そう。

 流石に鳴滝姉妹ではどーにもなるまいが、古とかが寝てたら手を伸ばしかねないほどに。

 

 つまりは横島の紳士は限界であり、それほどピンチなのである。

 

 『お主……そこまで追い詰められておったのか』

 

 「ああっ 相棒の白い眼差しがイタイ!!」

 

 シリアスな横島は役に立たない、等と言われていた彼であるが、ギャグ状態だと手に負えない。

 

 元々がドスケベな家系の人間であるし、前世に至っては夜這いをして死罪を言い渡されたという経歴持ちだ(陰謀説も無い訳ではないが)。だから煩悩がそのまま霊力のスターターに直結していると言われても納得ができる。

 そこに来て霊能力発動時に心眼によって決定付けられてしまった訳であるが、その大きな弊害は未だ根深く続いているのだ。

 

 スケベぃな思考状態の集中力は神がかっており、尚且つ霊力の高まりも怪奇現象といってよいほど。何しろ神族に迫れるのだから。

 反面、高まった霊力はそのまんま煩悩直結なので危険極まれないのだとけど。

 

 幸いにして以前のような『盛り付いた狂犬』とゆーか『猪突“妄”進』とゆーか、そういったケダモノからはかなりマシにはなっているので、一応は平静を保てない事もない事も無い? のであったが……流石にそんな理性のタンクにも限界はある。

 

 只でさえ周囲の少女達は魅力的であるというのに、お互いの好意を感じちゃった現在は隙が見えるだけで枷が外れちゃいそうで困りまくっているのだ。

 何せ十代の時は<自重>という防壁がなかった男であったのだし。

 

 そして時は学園祭。

 少年少女が破目を外すにはもってこいのイベントだ。

 よって妄想の大家である横島は、その妄想上でのイベントも相俟って余計に気を使わねばならなくなっていた。

 

 まぁ、要するにこの男は、こんな大事な時に我慢の限界に達していたのである。

 

 『……どーりでここのところ霊圧が高まっていたはずだ。

  煩悩スターターがフル回転していたのだからそうもなろう』

 

 「仕方ないんやーっっ!!

  オレかてここまで追い詰められるや思てもみんかったんやーっっ!!」

 

 ……かなり切実のよーだ。

 

 オーイオイオイと泣く姿は滑稽より何より哀れさだけがひたすら目立って見てられないほど。

 付近を通り過ぎてゆく通行人らも『ナニ? コイツ』という目で見ていたりするのであるが、時折ウンウンと頷きつつ男泣きしている者もいたり。理由は解らずとも漢として感じ取れるものがあったのかもしれない。

 

 抱っこされているナナが心配して自然に兄の頭をナデナデし、かのこが彼の頬をペロペロ舐めて慰めてしまうほどに追い詰められていた。

 

 そんな彼の様子を眼の端に入れつつ、心眼は深く溜息をついてイロイロ諦めた。

 

 彼の言う事にも一理あるし、心眼自身もそんなに危険は感じられないでいる。

 何せ感じられたものは時空振。転移術を使用した際にも感じない事もないものだ。

 件の少女が何かやったとしたら、世界樹の魔力を使った転移実験かもしれないし、ひょっとしたら学園側がそれを使って人員運搬を行っているのかもしれない。

 単なる仮説ではあるが、心眼としてはこれ以上横島を追い詰めるつもりもなかったので――

 

 『……仕方あるまい。

  適当に時間つぶしでもしてから例の仕事を片付ける事にするか?

  あれを行えば一応は懸念が晴れるやも知れんしな』

 

 という所で妥協する事にしたのである。

 

 「えっぐえっぐ……ウン」

 

 『……ヤレヤレ』

 

 さっきまでナナをあやして慰めていた彼が、今度は逆にナナに慰められているのだから世話が無い。

 兎も角ナナと心眼に慰められて、ようやく腰を上げる事が出来た横島。

 かなり異様な光景であったが、それも彼らしいのだから仕方がない。

 自分のAF、そして愛妹と使い魔に慰めらるとゆーのも情けないが、だからこそともいえるのだから。 

 

 

 しかし、珍しい横島の気遣いと彼への心眼の気遣いが騒ぎを呼ぶ事になろうとは……

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 横島達が感心した3-Aであるが、実際人手が足りなくなってしまうほど大盛況を迎えていた。

 

 さっきも述べたのであるが、3-Aの出し物『HORROR HOUSE』は学園祭の定番であるオバケ屋敷であり、当初の来客の多くは女子中学生の子供だまし的な出し物に対するひやかしに来た者たちだ。

 

 しかし、そんな客もゲートを潜り、思っていたより雰囲気たっぷりだなぁ等と軽く笑いつつ怖さ★三つの『学校の怖い話』に入って直、彼らは軽く見ていた事を後悔する破目になる。

 

 ナゾの超の仕掛け(原理不明)によって異様に広く感じる教室内をフルに使いまくったそれは、彼らの想像のはるか斜め上の出来であり、この世界唯一である本物の霊能力者が無駄に頑張って手伝って作り上げられたものだ。

 

 何せ関西呪術協会でも珍しいくらいのレベルでのオカルト事件に、極普通に関わっていた彼だ。オバケや幽霊は本物を知っているし、どこでどう怖さのピークを迎えるかまで知り尽くしている。

 

 そんな男が美少女や愛妹の前だからだろう無駄に頑張ったお陰(所為)で、“仕掛けを理解していない限り”原因不明な事態が起こりまくる。

 

 当然ながら脅かすサイドは仕掛けが解っている為、全然怖くないのであるが、客は違う。何が何だかわからないのだ。

 

 こうなってくると想像力も手伝って、どんな物音すら恐怖に変換されてしまう。

 あっという間に最初の客は恐怖に駆られて飛び出し、無事で済んだ事を喜ぶという抜群の宣伝をやってしまう破目になった。

 

 更にはコースの案内には あやか、まき絵、アキラの三人が受け持っており、其々が内容に沿った衣装で迎えてくれる。

 出し物のグレードの高さ、そして案内は上級の美少女。これで人気が出ないなら何か間違っているだろう。

 

 しかし――問題が全く無い、という訳でもなかった。

 

 それを実感しているのが、ゴシックホラーコースの案内を担当しているあやかである。

 入れ代わり立ち代わりで訪れる客に対し、余り感情を感じさせない程度の笑顔で出迎え(学校の怖い話コースのアキラも同様に無感情だが、日本のコースであるまき絵は逆に子供っぽく表情を出せとの横島の指示)ている彼女であったが、内心は色々と鬱憤が溜まってきているようで、下心さえ見せる男性客を口汚く罵っていたりする。

 

 だがそれも仕方あるまい。何せ想像の右斜め45°上をトカチェフ跳びで越えているほどの盛況ぶり。噂の学園祭長者とやらには及ぶまいが、間違いなく中等部でトップクラスの入り様なのだ。

 

 しかし、だからこその弊害があった。

 

 「(い……)」

 

 社交界を知る者である所以か、見事な鉄面皮で応対を続けている あやか。

 それでも顔に出てはいないだけで溜まりまくった心労は限界の時を迎えつつある。

 

 つまり――

 

 「(忙し過ぎますわ――っっ!!!)」

 

 ――なのだ。

 

 携帯からの情報なのだろう、噂が噂を呼び、人が人を呼び、次から次へと人がやってくるのだから交代する暇も無い。

 

 尤も、他のコースなら兎も角としてあやかが担当しているゴシックホラーコースは、拘りもあってか案内人にも上品さが必要とされている。

 確かに3-Aの少女らは美少女揃いであるし、元気さだけならどこにも負けないと言い切れるだろう。その点は確かに万人が認めざるをえまい。

 だがその反面、お上品さをも持ち合わせているかとなると首を傾げざるをえないのだ。

 

 木乃香もお上品さはかなりのものであるが純和風なのでゴシックホラーには適さない為除外。となると残るメンバーは僅かに三人。

 今、ポーカーフェイスで頑張っている あやかを筆頭に、ほぼ同率で茶々丸と千鶴と続くのだが、そこで終了してしまうのである。

 

 その内、茶々丸は超一味なのでそっちに係りきりとなるので実質二人。

 あやかと千鶴だけのローテーションとなってしまうのだ。

 

 無邪気だったらOKな日本の妖怪コースや、表情さえ硬ければ大丈夫な学校の怖い話コースが羨ましい限り。

 

 「(ああ、でも……)」

 

 唯一の救いは一服の清涼剤……まぁ、ネギなのであるが。彼が朝から様子を見に来てくれた事がそのまま あやかの栄養になっていたりする。

 それで半日も持ったところは流石あやかと言えよう。

 

 おまけに昼頃手伝いに来てくれた事もあって、彼女はかな~り癒されていたりする。ここに戻った時は何かツヤツヤしてたし。

 疲労のためか、その至福の時間を思い出したのだろう あやかは何かトリップしてプルプル震えている。

 それもまたゴシックホラーっぽくて良いのであるが、客はドン引きだ。

 

 彼女の頭の中では一割増しに凛々しく、ニ割り増しに可愛らしい(何故か女装)ネギが自分を完璧エスコートしているシーンが展開していた。

 その心遣いやティーセレモニーでのマナーも完璧で、正にイギリス紳士、という態である(女装させているが)。

 時折優しく紅茶の御代わりを勧め、ウィットが効いたジョークで和ませ、こちらに暖かな眼差しを送ってくれる様は正に王子(王女?)。

 

 嗚呼、何と心遣いの細やかな事で優しくて(中略)…素敵な方なのでしょうか。

 

 さ・す・が、ネギせんせぇ~~っ!! 

 

 「ちょ、ちょっと いんちょ!」

 

 「流石ですわぁ……って、あら?」

 

 くいっくいっと風香に裾を引っ張られて、ハッと現世復帰する あやか。どーやらアッチの世界にイきまくっていたようである。何気にどこかの芸人と化していたし。

 

 兎も角、正気に返った彼女はハッとして時間を気にし始める。どれだけトリップしていたものやら不安になったのだ。

 

 だが幸いに、ゲートの上に掛けられた おどろおどろしい時計(100円ショップで買った機械を塗装で汚した板にくっつけてひん曲がった針を付けたもの)を見るとまだ交代の時間ではない。僅かの時間のトリップで済んでいた。

 

 「ああ、申し訳ありませんわ。

  それでどうかなさいましたの?」

 

 「どーかしたのかって……もういいよ。

  それより、クギミーのシフトが入るから早上がりするよー」

 

 「あぁ、そうでしたの。

  解りましたわ。まき絵さん、脅かし役に回っていただけますか?」

 

 「オッケー。

  ンじゃ、私はくーふぇにチェンジすんねー」

 

 念の為にと組んでいたシフト表に従い、案内役、脅かし役、そして休憩とローテーションが進む。

 

 こうすれば休憩に入れる女の子も若干長めの休み時間がとれるし、バランス良くシフトすれば満遍なく役を回せる。

 何せクラスの纏まりにかけては定評のある3-Aなのだから、疲れてサボったりする人間もめったに出ない。

 それらを含めて皆の我慢の程や行動力まで入れて考えぬかれた順番であった。

 

 「申し訳ありませんが、

  大河内さんは桜咲さんが戻ってらしてからでお願いします」

 

 「……ん。解ってる。

  彼女もクラブの方があるらしいしね」

 

 尤も件の刹那は今現在、ウサギさんな姿に仮装してネギとデート(+オマケ)の真っ最中だったりする。

 アキラは兎も角、あやかに知られるとエラい事になりそうだ。

 知らぬが華と言う事か。

 

 「あ、シフト入りまーす」

 

 「ハイ、解りま……って、何かニュアンスが違いません?」

 

 そうこうしてる間に円が『学校の怖い話』のドアから出てきた。

 何だか変なバイトっぽくなってしまったのはスルーの方向で。

 

 兎も角、ん゛ん゛っと背を伸ばして教室から出てきた円であったのだが、シフトとは言っても担当時間はこれで終わりだったりするので、実際には早上がりだ。

 

 何せ時間はもう四時ちょっと前。あまりの人気に時間延長も考えられたのであるが、実行委員会の出した答はNOで、最初に決められた時間を守りなさいとの事。ここら辺が女子中等部の限界らしい。

 これでチアリーディングの他のメンバーもシフトに入っていたなら良かったのであるが、残念ながら、

 

 「桜子や美砂もまだシフト入らないし。

  早く終われたのは良いけど、うーん……」

 

 この通り。一人で回る、というのは案外退屈だったりする。

 

 明日には自分らチアリーディング部の三人+亜子で組んだバンドの演奏があるのだが、その練習をしようにも他のメンバーがいないのだから何もできない。

 

 それは当然、クラスの出し物が忙し過ぎる所以なのであるが……クラス的には大成功だというのに、世の中儘ならないものである。

 

 まぁ、折角早く上がれたのだから高等部のとかの出し物を冷やかそうかなと、円は高等部の校舎の方へと足を向けた。

 

 

 

 

 

 「どこか行こかなぁ……

  せやけど一人はつまらんしなぁ……」

 

 学園祭中で仮装集団が走り回っているから全く違和感を感じない、魔女ルックで歩いていた少女がそうポツリと呟いた。

 

 つばの広い帽子にローブ姿。麻帆良学園は魔法使いの拠点の一つでもある為、ある意味正しい格好と言えるだろう。

 何せ彼女も殻を被ったひよっこ程度の見習いとはいえ、魔法使いモドキ…なのであるし。

 表向きは占い部の部長であり図書探検部に所属している少女であるが、関西呪術協会の血と関東魔法協会の血が混ざったハイブッドで、未来的には世界屈指の治療術師になれる可能性を秘めた極東最強の魔力を持つ少女である。

 

 そんな少女――近衛 木乃香は、暇を持て余してぽてりぽてりと道を歩いていた。

 

 本来ならこんなイベントの真っ最中であるから暇になる訳もなく、来園客相手に相性占いとか生来運とかを行って稼ぎを得ている訳であるが、今回は数少ない部員に追い出されている。

 

 いや別に彼女の能力に問題があった訳ではない。

 

 前述のように馬鹿げた魔力持ちである所為か、彼女の占いは結構当るとして知られている。

 その上彼女はこの学園でも指折りの美少女で京美人の卵。尚且つ本物のお嬢様だ。

 そこに来て本人が持つ癒しオーラは黙っていても周囲に魅力を振りまきまくる存在である。

 当然ながら普通に活動を行っていたとすれば否が応でも男どもの目と興味を引き、筆頭稼ぎ頭となっているはずだ。

 

 そんな彼女がなんで部員から追い出されたのかというと……

 

 「せっちゃんトコ行こかなぁ。

  でも部活の邪魔すんのもアカンしなぁ……」

 

 ――いや、幼馴染の桜咲 刹那の所為ぢゃない。

 

 木乃香は何時ものぽややとした表情を、更にぽ~っとさせ何とはなしに空を見上げた。

 色とりどりの風船が青い空に吸い上げられるように上って行き、その下を風に舞う紙吹雪が彩っている。

 あちこちから零れた出し物の音楽と客の喧騒が入り混じり、奇妙なリズムを奏でている。

 

 そんな中、ポツンと佇んでいるとこの世にたった一人ぼっちされた気になってきて本当に心細くなってゆく。

 にも拘らず、彼女はせっかく仲を取り戻せた大切な幼馴染である刹那の元に行く気が起きていなかった。

 

 いや、正確に言うと今の心境は刹那では解決にならなかったのが主な理由だろう。

 

 木乃香は顔を、若干ではあるが気持ち下向きにしてまた歩き出した。

 何時までも空を見上げていても何にもならないし、気も晴れない。

 結局、感情が手持ち無沙汰のままなのだから。

 

 幾ら極東最強の魔力持ちとはいえ単なる女子中学生。

 自衛手段として魔法を齧ってはいるが、『偉大な魔法使い』の道に進むかどうかも考えていない。

 何せ魔法の世界を知っただけの少女に過ぎないのだから。

 

 だからこそ彼女は、いずれやって来るであろう表裏の世界を含めた自分の進む道に不安を感じて――

 

 

 「……横島さん。かぁ……」

 

 

 ――いた訳ではなく、

 

 何とゆうか実にこの年頃の少女っポイもやもやを抱えていた。

 

 まぁ、実際、楓と古が危惧していた通りに木乃香も横島がナナと昼寝していたシーンに眼を奪われていたのであるが……実のところはあの二人が想像していたよりずっと深刻だったりする。

 

 木乃香と横島の接点は意外に少なかったのであるが、接触の方は意外に早く、修学旅行の二日目には一緒に回っていたりするのだ。

 

 その時は秘密で警護していたのでタダキチ少年となっていた彼であったが、彼女が刹那との仲が上手く戻せず肩を落としていた時には身体を張って笑いをとったり、諦めかかった時には叱咤激励もしていた。

 魔法のアイテムによって子供の姿をしていたとはいえ、その時の彼の真剣さは木乃香や古ですらも言葉を失うほどで、逆を言えば失う悲しさを知っているからこその言葉だと感じられた程。

 正体を知った後ではずっとその事が気になっていたのも当然であろう。

 

 しかし、どれだけ気になっていたとは言え何があったのか等と聞ける筈も無く、仕方なく彼女は彼の様子を観察して少しでも知ろうと勤めていた。

 

 まぁ、最初の頃はその分け隔ての無さに、幼馴染(せっちゃん)のお婿さんにいいかなー等という打算的な考えが無かった訳でもないのだけど……

 

 それでも彼女自身が彼の事を本気で知りたくなっていたのは事実である。

 だからずっと彼を眼で追い、その行動を観察し続けていた。

 普段の兄バカ丸出しのおバカな行動から、意外なほど真面目に楓と古達と鍛錬をしている姿。

 自分と二人で名付けた使い魔と戯れている時の優しい顔。

 エヴァに科せられる拷も――いや、修業を泣き言を零しつつも止めるとは一言も言わずに続ける様。

 そして彼がネギと小太郎に地力“だけ”の戦い方を強いているところも。

 

 元より近衛 木乃香という少女は天然に見られがちであるが、その実かなり頭の回転が速い人間であり、尚且つ人を見る能力も高く聡明である。

 

 そんな彼女が(結果的に)子供のふりをして騙していたという事を知った後も何の嫌悪や嫌疑も持たずにいた。

 

 それどころか、すとんと腑に落ちて彼に接する事が出来ている。

 これは彼の本質を即座に掴んでいる証明といえよう。

 

 そして、『刹那の為』という大義名分の元に観察を続けていた事により、余計に彼に対する興味を――いや、好意を強めていった。

 

 それが今の落ち着きのなさの原因である。 

 

 「あ~……ウチ、何か変やわぁ……

  どないしたんやろ?」

 

 尤も、本人がまるで理解していないのでどうにもならないのであるが。

 

 

 この辺りは楓らと同じらしい。

 親やらジジイやらの心配もあってか、異性との接触が極端に少なかったのが原因だと思われる。人の色恋(主に明日菜)にはやたらと茶々を入れるとゆーのに。

 

 ――人、これを二の轍と言う。

 

 兎も角。

 そんな事ばかりがぐるぐると頭の中を回っている所為か、クラスの皆……特に刹那と顔を合わせ辛い。

 だから仕方なく木乃香は、ぽてりぽてりと行く当てもなく街をぶらついていたのである。

 

 「「はぁ……」」

 

 思わず、木乃香は別に悲観している訳でもないのに溜息を吐いた。

 腹の底から絞り出すようなそれは、その年齢から言って意外なほど重い。

 まるでそれは、体内に溜めてしまったもやもやを吐き出したかのようだ。

 

 と――?

 

 「「ん?」」

 

 ふと溜息が“二つ”であった事に気付いた少女らは、同時に聞こえた方向に顔を向けた。

 同じ場所で同じタイミングで同時に吐いたのだからそれは気になったであろう。

 

 更に意外な事に、お互いが顔見知りだったりする。

 

 

 「あれ? このか?」

 

 「あ、くぎみん」

 

 何時の間にか、偶然にもお互い同じような考え事をしていて気付かず並んで歩いていた二人。

 その偶然は同じ道を歩いているだけではなく、溜めているものまでが似ていた。

 

 木乃香の隣で溜息を吐いたのは彼女のクラスメイトであり、自分と同様に魔法事件を介して裏の世界に接してしまった少女。釘宮 円だったのである。

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 「くぎみん どないしたん?

  お化け屋敷の方はええの?」

 

 「引っこ抜かれて食べられそうだからそういう呼び方しないでよ!!

  ……もう四時過ぎよ? 私の出番は終わったわよ」

 

 「……え? あー ホンマやー」

 

 「全く……」

 

 と、そこまで言い合って静かになる。

 急に口を噤むのもナニであるが、ネタがない上になんとなく居心地が悪いのだ。

 無論、お互いに苦手意識を持っているという訳ではない。

 

 単に何だかお互いが“話し掛け辛い”と感じているだけである。

 流石は聡い少女と感受性が強い少女だとも言える。

 

 兎も角、何か言いたげながらも切り出せないまま、ぽてぽて歩く魔女とセーラー服(見た目冬仕様)。

 取り立てていく当ても無いので一緒に歩いているのであるが、やっぱりちょっと気不味い。

 

 実はこの二人、テンパってしまうと中々混乱から復帰できないというしょうもない点が似ていたりする。

 二人ともお互いに聞きたい事があるのだが、それを口にするのも憚れてしまう為、どうにもこうにもならないのだ。

 

 これで切羽詰った状態であれば逆に緊張の耐え切れなくなったりして聞けたり出来るのであるが、運が悪いのか時間もたっぷりあった。

 

 今夜の中夜祭はSTARBOOKSに皆で集まって初日の打ち上げをする事と決まっているのだが、何せ夕暮れ時すらほど遠いくらいなので時間が余りまくっているのだ。

 

 しかし偶然も連続すれば必然と言うが、この二人、実は聞こうとしている事も同じような内容だったりする。

 

 今更言うまでもない事であるが、内容は某男性の事について――であり、未だ切り出せていないがニュアンスこそ違うものの、同じような事を二人して聞きたくてしょうがなかったのだ。

 

 木乃香の方はチラリと円を見ながら思う。

 

 くぎみん はどうしてそこまであの人のコト好きになったんやろか? と。

 彼女が持つもやもやの答えはそこにあるような気がしてならないのだから。

 

 例えば刹那は木乃香にとって大切な幼馴染であり親友である。無論、大好きである事は言うまでも無い。

 だがそれは同室の明日菜や、クラスメイト達に対する大好きがグレードアップしているに過ぎず、その差は“絶対に越えられない壁”ではない。

 しかし、これが“彼”の事となるとちょっと返答が難しくなってくる。

 

 それは確かに彼の事も決して嫌いではないし、学校内で仕事をしているところを見つけたりすると眼で追ってしまう。

 

 こちらの視線に気付いて手を振ってくれたりすると、本当に嬉しくなって自然と笑顔になってくる。

 

 妹と遊んでるところを見ると本当に楽しそうで混ざりたくなるし、一緒にお昼寝なんかしてるところを眼にしたら、その妹を挟んで彼の腕を枕にして眠ってみたいという欲が出てくる。

 

 だが、彼の事が大好きなのかと問われると、答えに窮してしまうのだ。

 

 絶対に嫌いではないし、好きだと言えるだろう。

 だけど、どういうベクトルの好きかと問われると……どうとも答えられなくなってしまうのである。

 カタチをもっていない気持ちがうねっているのは解るのだけど、決して定まってはくれない。その不定形の気持ちが何なのか知りたくてしょうがないと言う事もあった。

 

 ではなぜ円に横島に対する気持ちを問いたいのかというと……それは彼女自身が解っていない。

 彼女の彼に対する気持ちを知る事が出来れば、自分の中にあるそれも解る。ただそんな気がしただけだ。

 

 それがただ、自分の持つ気持ちと同じ形だから気付いたのだと理解する事もなく――

 

 

 逆に円の方は単純だった。

 木乃香が横島に対してどの程度好意を高めているのか知りたかっただけである。

 

 無論、そんな事を気にしている円の気持ちはどうなのか? という説もあるが、そんなものは聞かずとも誰だって解る。

 誰の眼にも好意が高い事は明白なのだから。

 というより、自分の気持ちがどんどん高まってしまっている事を理解してしまっていると言ってよいだろう。

 単に円本人が必死こいて認めていないだけである。

 

 何せ当の想われ人はデリカシーに欠ける。

 気にしてる事をずけずけと聞いてくるのだから。

 

 ……尤も、聞いて欲しい時に聞いてくるというタイミングの良さは持っているようであるが……

 

 尚且つ女性に接する際のマナーがない。

 自分といる時にでも、他の(主に大人の)女性に眼が行くのだから。

 

 ……尤も、そんな時にでもこちらの機微をちゃんと気に掛けてくれているのだけど……

 

 更にイケメンには程遠く、当たり障りのなさ過ぎるほど平凡な外見をしている。

 担任が美ショタである事もあって、人に自慢できるご面相だとは感じられない。

 

 ……ただ、時折見せる優しげな顔や所作に見惚れさせられる事もあるのだけど……

 

 ――こんな風に考えているのに気持ちに対して見て見ぬふりを続けられる円に乾杯したくなるのだが、実は結構切実だったりする。

 何せ彼女自身、この気持ちを完全に受け入れられない理由がどうしても解らないのだから。

 

 そんな二人だからこそ黙っていられる時間は短い。

 恰も剣士が如く互いの隙を窺うかのようにチラリチラリと様子を見、タイミングを計り続けていた。

 しかし、互いにテンパリ易い事もあるし、何せ内容が内容だ。そんなに心の準備を整える事も出来ない。

 

 ついに緊張の糸が切れたのか、躓き気味だがついに切り出ししてしまう。

 

 「あのさ」

 「あんなぁ」

 

 だけど踏み込み失敗。二人同時にウッと言葉が詰まった。顔を見合わせたまま固まってしまう。

 それでも何とか、ん゛ん゛っとわざとらしい咳払いで誤魔化し(きれてはいないが)、再進攻の間を計りだす。

 

 しかし二人同時にやっているのだから焦りは取れていない模様。

 その上で相手のタイミングの悪さを心の中で責めてたりするのだからどうしようもない。まぁ、責任転換というか八つ当たりなのだけど。

 

 だがこうなってくると間合いを掴み辛くなって元の木阿弥。いや居心地の悪さが上がるので気不味さもアップだ。

 それでも状況を打開しようと頑張るのだが、

 

 「「あの……」」

 

 またも失敗。

 

 流石に二度目だから、おちゃあ~と気不味さを隠しようがない。

 

 しかしそれでも何とか先に勧めようとお互いで話を譲り合うのだが、その所為で先に進めなくなるというスパイラルも発生。泥沼である。

 

 口を開いたタイミングが同じなのだが、遠慮の言葉を入れるタイミングまでも重なってどうにもこうにも平行線。ちっとも先に進めやしない。

 だったら距離や時間を置けばよいものなのだが、それすらできない。というか慌てている為か思い付いていない。

 

 時間だけは腐るほどあるのだが、最悪その間中こんな感じのままになりかねない。それは御免である。それ以前に二人して同じとこで修業している間柄なのだから状況維持は不可能だった。

 

 まぁ、思春期の少女なのだから経験が不足していて話の逸らせ方が思い付かない事もあるのだけど、それでも焦り過ぎがあるという感は否めない。

 

 色々と煮詰まっている事もあり、気だけが焦る。

 焦りは出口を求め、視線が救いを求めて猛スピードであちこちを彷徨う。

 それが正解か否かといえばかなり微妙なところであるが、やはり二人同時に現状での答と思わしきにモノに視線がたどり着き、

 

 ――思わず言葉にして口から出してしまった。

 

 

 「「あ、横島さん(や)!!」」

 

 

 言ってから気付くこの大ミス。

 二人とも言い放ってから、それが自分らが抱えている問題のドストライクであった事に気付き同時に噴いた。

 何で見つけちゃうかなー 私(ウチッ)っ!! 等と愚痴る事すらできやしない。

 それとも彼のタイミングの悪さを呪えとでもいうのか? いや、ある意味間が良いと言えなくもないのだが。

 

 このまま彼にネタを振って逃げる事も可能であるし、相手を彼に押し付ける事も出来なくもない。

 そうするだけで知りたい事が第三者的にみられるのだから一石二鳥とも言える。

 

 ――のだが、何故かこの状況下で二人はそれ以上の動きが出来なかった。

 

 「横島……さん?」

 

 「どないしたんやろ……?」

 

 何と言うか……彼は傍目にも異様に疲労しており、がっくりと肩を落として歩いていたのである。

 その横でナナと かのこが気遣っているのだから、本当に心底疲れているのだろう。

 それでも行く当てなく彷徨っている風もなく、愛妹に支えられつつもまっすぐどこかへ向かっている様子だった。

 

 「……」

 

 そのままその病人のような歩行を見つめていた二人であったが、不意に視線を合わせて軽く、そして強く頷き、

 

 「「横島さーん!!」」

 

 と、彼の名を呼びながら駆けて行った――

 

 実際のところは彼女らが心配するような理由ではなく、単に女子学生らのパワーに力負けしてたり、魅力に落とされかかったり、自分のアイデンティティと戦って負け掛かったりしただけであるのだが、そんな事二人が知る由もない。

 

 結局、スカタンであっても話術は上手くて結構楽しい彼との会話によって二人の問題は有耶無耶にされてしまうのであるが……

 

 

 

 

 

 

 彼を見つけ、行動を共にしてしまった事が自分らの大きな分岐点だったは――思いもよらなかっただろう。

 

 

 




 相変わらずgdgdの上、修正に半端なく時間掛けてしまいました。スミマセン。


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中編

 学園祭の喧騒を遠くに聞きつつ、彼女達――少女三人、男一人――の四人は茂みを割ってその場に到着した。

 

 茂み、とは言っても草ぼうぼうという程ではなく、生垣程度で単に人の出入りを感じないというだけで、一,二度だけちょいと跨ぎもすればその場にたどり着く事が出来る。

 青年が手を引いている(何となく青年が手を引かれている感もあるが)幼い少女ですら労せず跨げる程度であるし。

 更には小鹿が茂みに道を開けさせている(、、、、、、、、、)のだから苦労なんかする訳がない。

 

 尤もこの場所は街外れであるし尚且つ廃墟の教会。

 普段とて好き好んで来るような場所ではないし、折角の祭りの日に好き好んでこんなところに来たりする酔狂な者がいるとは思えない。

 無論、人気がないのだからカッポーとかが“しけこむ”為に訪れないとも限らないのだが、幸いと言うかなんと言うかそういった手合いがいる気配はないようだ。

 

 全く自慢にならないが、覗きで鍛え上げられた青年のセンサーに引っかかっていないのだから間違いはないだろう(本当に自慢にならない)。

 

 しかし、普通廃墟に女連れで来るという理由はやたらと限られてくる。

 何せ内一人は十歳にも満たない年齢ではあるが三人とも必要十分以上の美少女。それ以外の理由が思いつかないほど。

 とするとこの青年の方がしけこむ側という事か。

 その相手は未成年の少女二人と一人の幼女(しかも義妹)……それもペット同伴で、という鬼畜の所業。この外道!! オニっっ!! もげてまえっ!!

 

 「? どないしはったん?」

 

 「………何かしらんがボロクソに言われとる気が……」

 

 

 ――まぁ、冗談は横に置いといて。

 

 確かに、廃墟の教会なんぞに女連れてひょこひょこやって来る理由なんぞおもっきり限られる訳であるが、ここは普通の街ではない。

 

 魔法使い――それも関東魔法教会の拠点があったりする、魔法使い達の街でもあるのだ。

 

 だからこそ“普通の人間”からすれば不条理極まりない理由やら仕掛けがその辺に隠れていたりする。

 

 「何だろ……?

  ここ、やたら空気が澄んでるような気が……」

 

 「あ~ ホンマやぁ。まだ効いとるんやろか」

 

 「? このか何か知ってるの?」

 

 「前は横島さん、楓とくーふぇとここで修業しとったんやて。

  それで……え~と……は、ハンペンやったっけ?

  横島さんがそれでここ清めてから使うた言うとったえ」

 

 「ハンペン?」

 

 「反閇(へんばい)な」

 

 この青年。生来の霊能力者という訳ではなく、十代の後半になってからやっとオカルト世界に接し始めた浅い経歴持ちだったりするのだが、接し始めた時期こそ遅かったのだが質そのものは異様に濃く、半年も経たない内にそこらの霊能力者では影すら踏めない神魔らの世界におもっきり近寄ってしまっていた。

 

 尤も、何故かこの青年は人外に好かれ易いというナゾ体質持ちで、別世界の方が彼に向かって全力で駆けて来きただけという感もあったりなかったりするのだが……まぁ、それはさて置こう。

 

 その為というだけでもないのだが、オカルト世界にどっぷり浸かり(漬かり?)込む速度も深度も異様としか言えない経験ばかりで、気が付けば知識こそペーペーとどっこいどっこいであるのだが、実体験や霊的な器用さだけなら一級レベルのGS(“こちらの世界”で言う退魔師のようなもの)にすら『あれ? そんな事もしらねぇの?』と言えるほどになってしまっていた。

 

 しかも彼の雇い主であった女性は外見だけなら超一級の美女ではあったのだが、その中身は銭ゲバの化身のような人間で、

結果的に彼の事をどうこう言えないほどトラブルを引き込んで来るものだから必然的に周囲は濃くなり続ける。

 よってそんな雇い主やその周囲のトンデモ人間、自分の友人らもひっくるめた存在自体がオカルトにも程がある連中が巻き起こす、涙と笑いの命がけのトラブルに塗れていた。

 そんな状況下で命を守る為には、ビンボーで金がなく、自業自得もあったが四六時中金欠でピーピー言っていた彼自身が是が非でも高い防御法を学ぶ必要が……せめて寝る場の安息だけでも……あったのである。

 ぶっちゃけ、冗談抜きにいつ何時しょーもない理由でポックリ逝くか解ったモンじゃなかったのだし。

 

 そんな彼が覚えたのがひたすら金の掛からない清め技 反閇(へんばい)

 

 反閇とは道教の兎歩(うほ)を起源に持つと言われている歩行法で、主に陰陽道で用いられている呪術的歩行である。

 足を三回運んで一歩とし、合計九回の足捌きでもって“九星”を踏んで行くとされており、その独特な力強い足捌きで足踏みをして、それで悪星を踏み破って吉意を呼び込むというお清め儀式歩行法だ。

 彼のいた世界でも、札を貼れば結界ができてしまう為にあまり使われていない技であったが、実力は世界レベルであるがドビンボーであった彼はこれを覚えてかなり重宝していたりする。

 

 しかし、何だかんだで世界最高レベルの霊能力者であり、尚且つ“ここの世界”で唯一と言っても良いだろう神々の存在を知っている彼だ。

 元いた世界なら兎も角、神秘とて空想で片付けられてしまいかねないこの世界では、彼が持つ『神の実在という確信』は元々の効果以上の力を発揮させる。

 結果、聖域の如く清め上げられた広場が廃墟の中に出来上がってしまったという訳だ。

 

 「ほれで、ここで何するんえ?」

 

 だから当然こんな疑問が湧く。

 

 今も彼は、ひったらひったらとミョ~なリズムで反閇を行って場を清め直しているのだから、よっぽど重要な事をするに違いない。

 ……そんな彼の後を足運びを必死に真似て、横を付いて行ってる妹が微笑まし過ぎるにも程があるのだがそれは兎も角。

 

 『円殿は気付いているあろうが、昨日の朝と同様の波動を今日は朝から何度も感じてな。

  どうも世界樹が関係しているようなのだ』

 

 彼女らの問いに答えたのは、彼ではなくその彼の額――正確には額のバンダナだ。

 青年でも説明できない事もないのだが、どうもニュアンスが変になるのでお任せ状態なのである。

 

 「そうなん?」

 

 その説明を受け、隣にいる級友に確認を取る。

 バンダナの言葉を疑っている訳ではなく、単に問うただけでそれ以上の意図はない。

 

 「え? あ、うん……

  それは確かに今日も朝から何か感じたような気はしてたけど……」

 

 『学園祭の開始から昼過ぎまでに三回。

  中等部校舎と、世界樹近辺でそれはあった。

  前に高畑殿から学園祭の期間中は世界樹に溜まった魔力が事件を起こすと聞いた事があってな。

  だからそれが関係していると踏んだのだ』

 

 言うまでもないが、情報不足による勘違いである。

 

 モノがモノだけに、どんな事態になるか想像も出来なかった学園側……特に魔法教師達の余計な気の使い方がヘンな方向に向いてしまっているのだ。

 普通、溢れ出た魔力が恋愛関係にのみ働くなどと誰が想像できようか。生まれ出でてそう日が経っていないAFなら尚更だろう。

 

 まぁ確かに、以前の彼であればそんな事を知ったらどんな暴走をして『わはははは… ハーレムじゃあっっ』等といった大バカタレな事件を起こさないとも限らなかったのであるが、何だかんだいっても“今の彼”の精神は大人であり、十代のパトスはバーゲンセールに出してもタンカー一杯分は余るほど持ち合わせてもいるが分別はキチンと持ってたりする。

 それにホレ薬関係で碌な眼にあった事ないのだ。自分を知り過ぎている彼はオチまで妄想で築き上げるだろう。

 

 『解ってんで~

  どーせ刀子さんとかの美女見っけて告ろうとしたって、

  その瞬間に鳴滝姉妹とかがドーンと割り込んで来たりするんや。

  或いは古ちゃんとかに殴り飛ばされた野郎が間に入るとかなぁ~

 

  よりにもよってロリ姉妹や男なんぞと相思相愛に……

  尚且つMCって……

  イヤじゃぁああ~っっ!! ワイは騙されへんぞーっっ!!!』

 

 てな感じに。

 

 しかしそんな風に罠に掛かって堪るかとヘンに用心深くなっている彼であったのだが、初っ端に霊力回復モード(暴走セクハラ)を魔法女教師にぶちかましており、それを目の当たりにしている学園側に誤解というか深読みされている。

 

 その所為で彼に説明をして警備させるという行為は運任せになると思われていた。

 よって詳しい説明はせず、近寄らせないという手段に出た訳であるが……

 

 これが失敗その一となる。

 

 「あー

  そう言うたら、せっちゃんがその事件の取り締まりの仕事するって」

 

 「え゛? そんなのあるの?」

 

 「ウチも世界樹が魔力持っとるや初耳やったわ」

 

 そう苦笑する少女であったが、彼女も詳しい話は聞いていない。

 単に昨日、件の幼馴染の少女から『お嬢様は危ないから近寄らないようにしてください』と念押しされただけである。

 

 何でも高まり過ぎて噴出してしまった世界樹の魔力が何故か呪式形態をとり、偶然ポイントにいた人間の心に作用してしまうらしい。 

 この少女の事を気遣って遠ざけたのは良かったのだが、モノが恋愛問題という事もあってか言葉が上手く紡げず、その件に関して詳しい説明を抜かしてしまっていたのである。

 

 これが失敗その二だ。

 

 そうこう話している内に妹と共に広場を三周して場を清め終わった青年は、その辺に落ちてた木の枝を拾って場の中央だと思われる位置歩き、そこにしゃがんで地面に何か描き始めた。

 

 何をしているのか興味を持った二人も近寄り、彼の妹と共にそれを見学する。

 

 「何を描いているんレスか?」

 

 「ん? ああ、魔法陣……みたいなモン。

  一応は描けん事も無いと思うやけど、

  記憶が歯抜け状態やから正確には描けねぇからテキトーだけどな」

 

 確かに適当だ。

 大き目の丸を一つ描いて、その周りに均等に六つ丸を描いてるだけなのだから。

 ドコが魔法陣だと問いたい。幼児用のケンケンパの輪っかと言った方が説得力がある。

 

 「そんなんでええの?」

 

 『良くは無いが、あまり正確に描き過ぎると力を吸い上げ過ぎてこの場所が持たん。

  だから適度に力を吸い上げるにはこのくらいか良い。正しく“適当”なのだ』

 

 「ふぅん?」

 

 納得したのしていないのか甚だ疑問であるが、とりあえずの相槌を打つ少女。

 まぁ、考え様によってはラクガキっポイ魔法陣の方が彼らしいと言えなくもないので、それはそれで納得できる気もする。

 

 本来の“陣”というものはきちんとした公式の上で成り立ったもので、方位を合わせる事、其々の位置に書かれる文字や円の大きさ等の全てに意味があった。

 

 イマイチ信用できないオコジョ妖精ですら契約の魔法陣を描いてから仮契約をさせるのだが、この青年と少女とを繋ぐ仮契約の魔法陣は彼が特異な星の元にある所為か上手くいかなかった。つまれはそれだけパーソナルデータの正確さも必要とされている訳で、それなり以上の魔法や儀式をきちんと執り行うのなら年月を越えた正確さで陣を描くのも必要と言えるだろう。

 

 しかし、悲しいかな彼は偶然描かれた魔法陣でも成功してしまう事を知っている。

 いや、思い知らされている。

 

 元いた世界において、“奇抜なライトアップを目指したら影が魔法陣の形になっちゃってマネキンに悪魔が宿っちゃった☆”という事件に関わった経験があるのだ。

 

 その際、悪魔に不意打ちを喰らった挙句、あっさりと他の被害者と同様にマネキンにされた上、服を奪われて女性用下着を着せられ、しかもそれを令子とキヌに見られて変態扱いされるという恥辱を味わっていた。

 不幸にも常軌を逸した記憶持ちとなっている彼はその時の事を思い出してしまったりのだろう、脳裏に浮かぶ克明な屈辱のシーンにその身を震わせていたり。

 

 考えてみれば、雇い主が昔持っていた着せ替え人形には奴隷にされかかり、自業自得とは言え中国石像(男性武人)には求愛され、チョコゴーレムには襲われて何リットルもチョコを飲まされ、呪いの雛人形にはツルッパゲにされている。どーにもこーにも彼は動く人形とは相性が悪いようだ。

 

 今も元キリングドール、現人形妖怪の女子中学生にも何か口で負けまくって性的なネタでいからかわれまくっているし。

 

 

 『描けたようだな』

 

 「あ、ああ……」

 

 兎も角、そんなトラウマ(笑)に苦しみつつも“なんちゃって魔法陣”を描き上げていた彼は相棒の言葉によって我に返り、懐からハンカチに包んだ串と釘を取り出して中央の丸の方に串を刺した。そして周囲六つの丸には釘を刺してゆく。

 

 実のところこの串と釘がミソで、これもまた重要な仕掛けの一つである。

 

 「それ何なん?」

 

 「これ? 世界樹の若枝から削りだした串」

 

 「世界樹の、枝?」

 

 「うん」

 

 彼らのマスター……というか、彼にとっては“大首領様”の吸血鬼少女であるが、その少女は自分の下僕の新しい身体を削りだした後ぐらいから、妙に木を削ることが多くなってきていた。

 

 今も何かチョコチョコ作っているようだが、そのお陰か別荘にいくと世界樹の木屑が簡単に手に入る。

 この木屑を更に細く削り出し、二十センチほどの串状にしたものを中心の円に突き刺したのだ。

 

 「じゃあ始めるとすっか。

  悪りぃけど、二人ともナナ連れてちょっと下がってて。

  後で説明すっから」

 

 「はいな」

 

 「う、うん」

 

 二人とも、彼との会話がちょっと硬かった事に不満はあったのだが、後で説明すると言われて大人しくナナの手を引いて後ろに下がる。

 

 そこだったらと言われたところに来たら魔法陣モドキから十メートル近く下がらされていて、崩れた石塀……いや、石塀の跡のところまで来ていた。

 丁度瓦礫があるので上に乗ってるであろう砂埃等を息で吹き飛ばし、ちょこんと座って自分達の妹分を膝に乗せて三人で彼の様子を見守る。

 

 

 ――そしてこれが三つ目の失敗。

 

 

 イロイロあって追い詰められていた彼は、溜まりまくっているモノを霊力によって使い切ってしまおうと躍起になっていた。

 

 そんなモノが残っていたら女子中学生の魅力にコロンと転んでしまう率があまりに高く、そして追い詰められている事もあってか焦っていたのだ。

 だから早く使い切ってしまおうとしていた……筈であった。

 

 その筈なのになんでこの場に女の子連れてくるかなぁ~? という説もあるのだが、困った事にこの男、女の子の悩みとかの機微にやたらと敏感なのだ。

 だから何か悩みがあるっポイ女の子二人をほったらかしにしておく事が出来ず、見学したいという願いをウッカリ了承してしまったのである。

 尤も、幾らそうだとしてもこんな人目の付かない場所に連れて来てしまい、内心ドキマギしているのだから世話がない。人それを本末転倒と言う。

 

 こんな人目の付かない場所を選んでいる理由は、一般人に見られると不味いからであり他意はない。

 だが周辺に人気がないということは、何かあっても救援が来難いという事でもある。

 

 つまりは最初から失敗の種と要素が積み上がっていたのだ。

 

 「んじゃ、やるぞ……

  心眼はコントロールな。かのこも霊流の見鬼頼むぞ」

 

 『ああ』

 

 「ぴぃ」

 

 そんな中でコトを始めてしまった訳である。

 

 後の騒動は最早必然だったかもしれない。

 

 

 

 

      そして騒動の種は、

 

 

 

 

                 芽吹く―――

 

 

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        ■二十六時間目:エンチャンテッド (中)

 

 

 

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 横島の同僚に、氷室キヌという少女がいる。

 まぁ、今となっては異世界の話となるので、正確にはそういう少女が“いた”となるのだが、それは横に置いといて――

 

 出会った当初の彼女は幽霊であり、成仏したいが為に横島の命を狙った自縛霊モドキな凶行に及ぶ困った天然さんであった。

 しかしその実、彼女は記憶を失っていたが実はとある妖怪の封印の要となるよう霊体と肉体を切り離した存在であり、山神というか管理人のようなものであったらしい。

 

 尤も、当時の横島とその雇い主はそんな事などとは露知らず、

 成仏も出来ないオチコボレ幽霊として見ており、よりにもよって霊脈からその少女を切り離し、依頼を受けていた除霊対象の元山岳部の幽霊をその位置に縛り付け、彼女を連れて山を下りてしまっていた。

 その結果、大妖怪が復活して日本中の神社仏閣や教会が破壊されたり、東京が襲われたりと大災害が発生したりするのだが……それもさて置く。

 

 結局何が言いたいのかというと、その時に彼の雇い主は山の地下を流れる霊脈を別のモノに繋ぐという離れ業を、神通棍という道具を介しはしたもののそれだけで成し得たという事だ。

 

 つまり……

 

 「ほな、横島さんは世界樹の力の流れをここと結ぶ言うん?」

 

 「えとえと、そう言ってたレス」

 

 ナナのたどたどしい説明であったが、何とかかんとかその事を理解出来た……と思われる二人。円と木乃香は、改めて力を集中させている横島に眼を戻して感心していた。

 

 直見していた訳ではないので解らなかった事であるが、周囲六ヶ所の丸に刺している釘には番号が書かれており、更に“縦”に割られている。

 

 そしてその切断面は世界樹の方に向けられており、実は既に打ち込んでいる向こう側のポイントの釘と同じ番号の釘の切断面がお互いを向いている形にして突き刺していた。

 

 尚且つ中心の串は世界樹と同じもの。

 これはつまり、この場と世界樹周辺とを呪的に繋ぎ、同じような場として作り上げているという事であった。

 

 世界樹からあふれ出た力が六ヶ所のポイントに噴出すというのなら、仮初の世界樹から間接的に吸い上げてしまえば良い。

 

 幸いにも集中力は怪奇現象レベルであるし、力を集束する能力も世界一と言って良い彼だ。

 人間に作用してしまう魔力のトリガーとなってしまう分だけを彼の力で持って“適当”に吸い上げ、それを押し固めて別の事に使ってしまえばよい。彼はそう考えたのである。

 

 まぁ、それもこれも彼ならばこそ思い付き、そして彼だからこそできる事なのであるが、それだと扱いに困り果てるほど飛び切りでかい力を持った珠が出来てしまうような気がしないでもない。

 だがあの珠は力のベクトルをほぼ100%コントロールできるという、魔法使いらが聞いたら顎が墜落してしまうほど超絶なまでの使い勝手の良さがある。

 

 だから珠を小刻みに作って片っ端からしょーもない事に使ってしまうという手すらあるのだ。

 

 その使用法の例として、鳥人間コンテストをやってる湖をスゲェ綺麗にするとか、この廃墟の雑草の花を咲かせるとか。もっと考えて使えやっ!! と言ってしまいたくなるほどつまんない使い方である。

 

 しょーもない事に使用する理由は、スーパーアイテムだと気付かれ難いようにする為であるが、もったいない事この上もない。

 

 無論、後先考えないのなら幾らでも良い使い方はある。

 

 例えば出来上がってゆく珠を使って後に出来た珠を更に『集』『束』させるか、『安』『定』させて以前の珠のように発動するまで持ち歩けるようにして『護』の字を入れて女の子達に渡すとか、『豊』とか入れて砂漠に『転』『移』させて全く似合わないが平和貢献っポイ事をしてみるとか。

 

 何せアスファルトにスポンジ以上の弾力を持たせられるほどの理不尽でド反則な力である。

 その使い勝手の良さは悪の魔法使いはおろか、正しい魔法使いに知られる事すら危険な程。

 だからこそ安易に他者に知られるなと大首領様も口をすっぱくして言い含めているのである。

 

 しかし、仮に件の儀式をやるとしても『え゛? でもそれをおっ始めるにはドスゲェ霊力がいるでね?』という疑問が出てくる。

 依代を使うにしても、バイパスを繋ぐにしても、余波とはいえあの超巨大な樹の魔力を吸い上げるのだから、生半可な事ではないはずなのだ。

 まぁ、だからこそ学園側もこういった手を使うとは毛先ほども考えていないのであるが……残念ながらというか不幸中の幸いというか、その問題“だけ”はどうにかなっていた。

 

 前に心眼が、悶々としたものが溜まり過ぎて苦しんでいる横島に言った、これを行えばどうにかなるかもしれんという言葉の意味がそれだ。

 

 つまり、溜まりまくっているモノを横島の霊能力によって霊力に変換。この一連の作業を行うことによって全て搾り出して使い切ってしまおう、というのが心眼の考えだった訳である。

 

 人に自慢できないし、魔法使い達から言っても非常識極まりないのであるが、煩悩スターターという厄介極まりない能力を持った横島ならではと言えるだろう。

 

 霊気の流れを見る事ができる心眼がいるし、神通棍はないがそれに匹敵――或いは凌駕する霊能具である珠がある。そして無駄に高まっている霊力。

 この三本柱がこの作戦の要であり全てである。

 しかしそれでも彼にとっては必要十分以上の揃えであり、“普通であれば”今の悶々パワー持ちなら心配は無用であった。

 

 横島がぱんっと音を立てて勢いよく手を合わせ、呪式に意識を集中させる。

 

 と同時に、六ヶ所の釘がキィン…と甲高い音叉にも似た音を発して呪的にポイントと共鳴している事を伝えてきた。

 それに合わせて掌の中にある『束』の文字が浮かんでいる珠を発動させると、釘の丸から集った力がそ中央の円に集ってくる。

 やがて中央の円にポゥ…と静かに光が灯り、空中に力が集って凝り固まってゆく。

 串が立てられている円の左右には其々『安』『定』の文字が付いており、その力が妙な余波を出さずに無理なく力を集めてゆく。

 

 彼一人なら不可能だったであろうが、心眼とかのこのサポートがあるからこそできてしまう偉業。

 

 其々から集まって来る力のバランスを心眼が取り、小鹿は六か所から集まって来る力の圧力加減を地脈に整えさせる。

 この絶妙なトリオだからみそできてしまった(、、、、、、、)事態であった。

 

 

 ……余談になるが、ナナは兎も角として木乃香は彼の奥の手である“珠”どころか霊能力すらまとも見た事なかったりする。

 大丈夫なのか? という疑問も無いではないが、当の彼女が凄いなぁと感心してるだけであんまり気になってないようだし、何より横島はおろか心眼すら気付いていないようなので気にしない方向で。

 

 「わぁ……」

 

 「ふあぁ……」

 

 「ひゃあ……」

 

 色々と問題のある彼であるけど、こういった時の彼の集中力は人智を超えていて、普段のおちゃらけさは欠片も見えない。

 いや、言ってしまえば真剣に呪式に向かい合っている様はキリリと引き締まっていて妙にカッコ良く見えてたりする。

 そのお陰か所為か、横で見守っている三人から三者三様の溜息が漏れた。

 

 やっている事が詳しく解る訳ではないのだが、それがどれくらいとてつもなく、そして“裏”の常識からもド外れているかだけは理解できる。

 

 しかも命令された訳でもなく、頼まれてやっている訳でもなく、単に皆が困っているだろうからやっている事で、端的に言うとお節介であるのだが、お節介の一言で済ませるレベルの技術ではない。

 だからそんな技術を惜しげもなく、皆が困らないように無料奉仕で行っている事と、好意を持っているという下駄が働きかけて普段の彼より三割り増しでカッコ良く見えていたりするのである。

 

 そんな彼女達の熱い視線を受けている彼であるが、そのバケモノじみた集中の裏では激しい葛藤とは悶えとかが鬩ぎ合って大変な事になっていた。

 

 具体的には

 

 『ちゃうんやーっっ!!

  ワイはそんな眼で見てもらえる男とちゃうんやーっっ!!

  そんな眼で見んといてぇーっっ!!』

 

 『くうぅううっっ!!

  あんな風に無防備に腰掛けたら見えるっちゅーにっっ!!

  紺のセーラー服の円ちゃん!! キタコレーッ!!』

 

 『違うんやぁーっっ!! ワイはロリコンやないんやーっっ!!』

 

 『ああっっ!! 膝にナナを乗せとる木乃香ちゃん!!

  二人の可愛さが相俟って1000万パワー!! ドンブリ三杯はイケるっ!!』

 

 でな感じだ。

 

 何やら彼にとって取り返しがつかない思考が混ざっている気がしないでもないがそれは兎も角。

 まぁ、ポロリと考えている事をもらしてしまう何時ものアレは起こっていないのが幸いか。

 

 一般人はこんな雑念てんこ盛り状態で集中もヘッタクレもないのであるが、彼は横島忠夫である。一般人などではなく、言うなれば逸パソ人。

 雑念やら煩悩こそ彼にとってはスターターでありターボエンジン。その無駄な思考こそが彼の集中力を怪奇現象のレベルにまで引き上げてゆく材料なのである。

 霊力のラインを見守っている心眼も呆れ返る人外さであるが、これでもまだ煩悩全開ではないのだからどれだけドふざけた存在であろうか。

 

 元々の計画では、溜まりまくった煩悩を追い出すように霊力に込めて搾り出し、その無駄にドでかい霊力でもって世界樹から溢れた魔力を押し固めて悶々を使い切るつもりであった。

 

 しかし、円達が付いてきてしまった事、そして最近横島を見つめる視線に熱が篭り始めている木乃香が付いてきてしまい、思惑はいきなりズレを見せてしまっている。

 

 初っ端から躓きを感じていた心眼であったが、それでもこのまま悶々を抱えさせるよりはマシかと思い、不安を拭えぬまま彼女らが見守っている前で呪式を執り行う事にしたのだった。

 

 キャパシティが半端ない木乃香や、円ほどの感受性があれば今の横島から立ち昇る煩悩のトドメ色オーラが感じられない筈もないのであるが、眼前の珠にそれすら集束していっているので彼も一安心。

 

 まぁ、そんなろくでもないものが集束している珠は大丈夫なのかという不安もない訳ではないのだけど。

 

 ともあれ、そんな風に何だか色々と問題事が山積みのまま、横島らが考えたろくでもないお節介は始まったのであった。

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 異常気象の所為と言われてはいるが定かではないが、確かに世界樹に溜まった魔力はその幹に、枝に、葉に漂っている。

 

 無論、一般人には何も見えないし感じられないレベルであるが、それでも勘の良い人間は光っているような気がするという程度には感じられているだろう。逆に言えば、そこまで魔力が高まっているのであるが。

 そのままならただあるだけ(、、、、、、)の魔力であるが、何故か学園祭の期間中になるとその魔力は一定の方向性を持って動き出してしまう。

 

 世界樹がうっすらと光る夜。

 その樹の下で意中の相手に告白をすると相手がその気持ちに答えてくれる。

 

 よくありそうな都市伝説――いや、都市は都市でも“学園”の都市なのだから学校伝説でもあるだろうが、『卒業の日にあの木の下で』とか、『あの鐘の鳴る音の元で』等といったものと同じような、どこでも聞きそうな伝説である。

 

 が、ここ麻帆良のそれはモノが違う。

 何せ本当に叶ってしまう(、、、、、、、、、)のだから。

 もっと正確に言うと『相手の気持ちもヘッタクレもなく叶えさせてしまう』だろう。

 

 これこそ先に述べた世界樹の魔力の効果であり、学園が警備している理由だ。

 何故かは知らないがこの世界樹の魔力、22年に一度の間隔で大解放の日を迎えて周囲六ヶ所のポイントがそれに接続してしまい、そのポイント近くで告白するとその願いを問答無用で叶えてしまうのだ。

 

 理由はサッパリ解らないが、『金が欲しい』やら『ギャルのパンティおくれ』といった即物的なものはこれに掛からないくせに、どういう訳かモノが告白となると達成率120%という無茶なレベルで成功させてしまうのである。

 

 ただ、どういう訳か発動のキーは恋心だという事だけは判明しており、傍迷惑にも程があるのだが学園側はその危険期間の間はポイント近くで告白行動に出ようとする者を力尽くででも排除していた。

 

 ナニこの乱暴者ドモ? と憤慨する者もいらっしゃるかもしれないが、学園側……魔法使い達にもこんな無茶をする理由は一応あるのだ。

 

 何せ『告白が成功する魔法』といえば聞こえは良いのだが、その実は相手の本心を無視して気持ちを作り上げる厄介なもので、いわば洗脳に値するものである。

 魔法使い達にとって洗脳系の魔法はタブーであるし犯罪だ。

 

 ……まぁ確かに、方法の無茶さは認めざるをえないのであるが。

 

 何せ告白しようとすれば強制撤収やら特殊弾による狙撃で意識を奪ったりしてるのだから。二十二年に一度っちゅーくらい間があるとゆーのに手を考えとかんかったんか?! と問いたい。

 兎も角、そんな学園側の緊張とは裏腹にお気楽ご気楽な学生らや噂を聞きつけた圏外の人間らが大量に物見遊山やらでやって来ていた。

 

 当然ながら我らが子供先生もそれに借り出されている訳であるのだが……何故か真名に同行して強制撤去を手伝う破目に陥っていたりする。

 

 「た、龍宮隊長~っ!!」

 

 「誰が隊長だ」 

 

 「これじゃあ銃撃戦(それも乱戦)じゃないですかぁーっ!!」

 

 彼が半泣きで喚くのも当然だろう。

 

 真名は見た目の落ち着きが中学生という範疇を飛び越えているし、長い黒髪をたたえたクールな美人。その人気は彼女が所属しているバイアスロン部だけでなく、高等部や大学部等の外部にも及んでいる。

 そんな彼女であるからだろうか、当然のようにモーションは多い。尤もその全てを断り続けているのであるが。

 

 だがドしぶとい事で知られている麻帆良の学生らはこの程度ではへこたれない。

 

 真名がこの世界樹エリアの警備についている為、この場から離れられないのであるが、そんな情報をドコで得たものか“諦めの悪い男ども”かせ大挙して訪れ、一縷の望みを世界樹伝説に賭けて彼女に対して連続アタック仕掛けてきているのだ。

 その上、タイミング悪く告白体勢に入っているカッポーも激増して告白者センサー(原理不明)が煩くなっていた。何と間の悪い話であろうか。

 

 だから真名は、周囲にガンタカを披露しまくって手っ取り早く告白者達を一掃していたのである。

 

 「ネギ先生 ここは戦場なんだ。

  安っぽいセンチメンタルは敵も味方も危険に巻き込むぞ。自重しろ」

 

 「自重も課長もないですよーっ!!

  ってゆーか、ここは学園内です!!」

 

 本日、三回目(、、、)となる一日目の午後。

 一回目は失敗(実は超の謀だったらしい)で終わり、二回目は超探しとのどかとのデート。

 

 その後、流石にサボり続ける訳にはいかないので、彼女らともに午後の時間に戻ってきた四人(+一匹)は、二手に分かれてやっと警備役に就いたのである。

 

 が――

 

 「そうは言うがな……

  感情反応がセンサーに引っかかるのはギリギリだし、

  樹が反応してからでは遅すぎるんだ。

  問題が起こる前に排除した方が安全というものさ。

  疑わしきは罰せよと言うだろう?」

 

 「そ、そうなの……かな?」

 

 『姐さん パネェっス……』

 

 しかし、ガンカタ使いの美女と妙に可愛いショタ坊やが一緒にいるものだから目立ちまくって逆効果という気がしないでもない。

 

 何かの撮影と思えるほど顔立ちの非常にヨロシイツーショットであるし。

 当の真名はそんな注目なぞ知った事かと言わんばかりに、ハンドガンからマガジンを引き抜き、新しい弾を装填してゆく。

 アレ? モデルガンって聞いたよーな気がするんだけど……とネギとカモが慌てるが当然無視。

 スカートなのに片膝立てて突撃銃の弾倉交換をするという、周囲の男どもに対するサービスまでかまして見せていた(無論、カモは大興奮)。まぁ、視線など気にしていないし無意識にであろうが。

 

 何だか知らないが異様な説得力があるし、何より問答無用。

 つーか、こっちが一の行動で止めようとしても十の速度で射殺(?)しまくるので追い付きゃしない。

 そんなこんなでネギができる事は、これ以上カッポーの被害が出ないよう、コッソリと魔法を使って危険エリアである広場か引き離す事しか出来なかった。

 

 地獄の特訓の果てに絶望の猛特訓を受けさせられている彼であるが、こういうコントロールの絶妙さにその成果が窺える。

 

 まぁ、平和活用できているのだから本望とであろう。

 

 「本末転倒のよーな気がしないでもないんだけどね……」

 

 『兄貴?』

 

 しかし若い男女を上手く真名の凶弾から逸らせられればられるほど、肩が落ちて行くのは何故だろう?

 

 戦争で得た技術を平和利用しているようなものだから気になるのだろうか?

 だとしたら、もっと平和活動する為には地獄の戦場を味合わねばならぬと言うのだろうか?

 何でもないよカモくん…と溜息にも似た暗い笑いが出てしまうのも……まぁ、仕方がないと思って上げよう。彼の為に。

 

 それでも一通り溜息を出し尽くしてしまうとネギも何とか気を取り直して仕事を再開。センサーが反応しかかっている男女を広場のエリアから引き離し続けた。

 

 無論、真名は相も変わらずスナイプしまくっているのだが。

 

 時に物陰から撃ち抜き、時に相手に接触するような死角から撃ち、集団のド真ん中でガンカタを披露しつつ乱射、と情け無用の問答無用。

 にべも無いというかクールというか……いやそれよか無茶にも程があるのだが、ネギにはある意味学ぶべき点は多いとも思えた。

 

 やってる事は自分以上にハチャメチャであるのだけど、世界樹の魔力は想像していたより広い範囲に作用してしまうようで、何だか知らないけど昨日より圧倒的に魔法関係者の少なくなっているように感じられる。

 

 だからこうでもしないと魔法というものの秘密も、魔法からの被害からも守れない。

 

 確かに引き受けた仕事であるとは言え、彼女の責任感の強さは尋常ではないらしく、その為には想い人に似た人間にすら引き金を引いたほどだ。

 ネギの生徒であり中学三年。無論、担任よりは年上であるのだけど、それでもそうまで出来るほどの覚悟を彼女は持ち合わせていると言うのか。

 

 ……まぁ、彼女の経歴を聞いたら年齢詐称疑惑も深まったりしてるのだけどそれは兎も角。

 

 『必要な割り切りってヤツかもな』

 

 「僕にはまだできないけど……

  それでも何時かは選ばなきゃならない日が来るのかな……」

 

 カモですら感心を見せているのだから、相当なのかもしれない。

 周囲の女生徒のインチキ臭い強さもあって自分の強化が遅々として進まない気がしているネギには、気が重くなる現実であった。

 

 「……尤も、

  バ楓が横島さんとかを連れて来て世界樹の力で告ろうと言うのなら話は別だが」

 

 「『は?』」

 

 「無論、古がノコノコやって来て混ざるのも可。

  いやいっそ二人一緒にゲットさせるというのも良いな」

 

 しかし、突如キリッとした顔でそんな事を当の真名に言い放たれたりしたら反応に困る。

 カモなんかは『おおっっ?!』とナゾの興奮を見せたりしているのだが、やはりナゾはナゾだ。

 

 「いやいや、今なら零と釘宮もつけるぞ。

  そしてこの期間中特別企画として近衛もサービスだ。

  メインの二人にこの三人をセットで付けてこれが何と……」

 

 「いや、いやいやいやいや、テレビショッピングじゃないんですから!!

  どーしたんですか!? 龍宮隊長、しっかりしてくださいよっっ!!」

 

 『パネェッ!! やっぱパネェっスよ姐さん!!』

 

 何だか知らないが楓の事が頭に浮かんだ途端、いきなり暴走してしまった真名。

 

 修学旅行からこっち、ずっと彼女らにストレスを与えられ続けられている為かクセになってしまっているのかもしれない。

 

 よく考えてみると、この時期のこの広場の危険性や警備の件は真名は予め解っていたのだ。

 にも拘らず、いやこれだけのアドヴァンテージを握っていたというのに、何でこれを思いつかなかったのか?

 ネギの表情を読んでいる内に、真名の思考はついにそこに突き当たり、その悔やみから感情の制御がヘンになってしまっているのである。

 

 それに――

 

 「……万が一の為、安心させて欲しかったんだがな」

 

 真名にはネギに洩らせない別の思惑があったのだ。

 

 余計なお節介ともいえるし、彼女らに対して失礼だとも言える。

 だが、それでも気持ちに区切りを付けていてくれれば、もし自分がいなくなる事態になったとしても別の土地で安心できていただろう。

 

 彼女らのごちゃごちゃした想いのほつれ。それが気掛かりなのだから。

 

 だから自分がいる内にどうにかなって欲しいと背を押し続けてきて、イラ立ちからおかしくなってしまっていたのであるし。

 可能性としてゼロではない、例の一件の後の逃走。ここ麻帆良を去らざるをえないかもしれない未来。

 加担した者としては無駄な行動ともいえるのだが……思っていたより真名は、

 

 「意外と気に入っていたんだな。ここが……」

 

 そう苦笑しつつトリガーを引いてまた告白未遂者を撃ち抜いてゆく。

 ころころと反応が変化しまくる真名に戸惑ってムンクと化したネギを他所に、彼女は気を取り直してターゲットを撃ち続ける。

 

 「やはり男女の仲は思う様にはいかんな。

  あいつ等の誰かがアクションを起こしてくれてたら少しは安心できたのだが……」

 

 と、思わず洩らしてしまったその言葉は誰の耳にも届かなかった。

 

 

 ポゥ………

 

 

 「……おや?」

 

 「え゛?!」

 

 『な、んだぁ? 樹が……』

 

 ――訂正。

 

 その“樹”を除いて、だ。

 

 

 

 

         ******      ******      ******

 

 

 

 

 あちこちで起こっているシリアス気味な空気何ぞ知る由もなく、横島は心の奥から湧いてくる煩悩を吐き出しまくっていた。

 

 ……何だか文章だけなら別の意味に取られ深読みされそうであるがそれは兎も角。

 

 今まで溜めに溜めたストレス(煩悩)を霊力スターターとして変換。その莫大な霊力と集中力でもって魔法陣モドキの力場をコントロール。依代を介して集まってくる魔力を更に変換して凝縮、珠の『安』『定』でもって一個の力へと凝縮してゆく。

 

 はっきり言って、超人的というよりは信じ難い神業である。

 しかし、こんな離れ業を行っている、“行えている”原動力が女子中学生達に篭絡されかかっている理性の反動だと知ったなら世の魔法使い達は涙目であろう。っざけんなっ!! てなもんだ。

 

 だが無常にもその儀式は滞りなく進み、尚且つ成功に向って爆走中であった。

 

 何せ彼も、このままでは人格が問われる事をやっちゃいそうなのだから文字通り必死なのだ。

 女の子達を大切に思えば思うほど、ギリギリと踏み止まっている理性が青息吐息になって即行で『もういいよね? パト○ッシュ』と挫けようとするし、モラルを守るはずの守護騎士達は信用が出来ない。

 今は幼いナナがいるからマシであるのだか、エヴァの別荘にいる茶々姉達が裏で何かやっててスゲェ怖い。<お兄ちゃんのお嫁さん計画>とか言ってたのがマジだったらどうしよう?

 『ふふふ……あのお嬢様達の何方がナナの“本当のお姉ちゃん”になってくれるのでしょうね?』

 等と脅してもくるし。

 そんなペースで進めば、夏休みには手を出してしまう事は必死。いや、必至!

 

 流石にそれは不味い。最後の砦であるロリ否定だけは死守したい。手遅れ感が異様に強いけど、気の所為だ! 気の所為にしといてっ!

 てな訳で彼は、本気の本気の全力全開でもって事に及んでいるのである。

 

 こんなアホタレな気合でやっている儀式ではあるが、脇で見ている側からすれば彼の表情は真剣そのものでシリアス状態。

 それは歴戦の退魔師が命を懸けて魔獣を封印している様にしか見えぬほど。

 

 シリアスな彼は役に立たないというが、内容がシリアスでないのなら別ベクトルで働きを見せるのかもしれない。

 現に見守っている少女らも、めったに見られぬ彼のシリアスな表情にボーッとしていたりする。

 本人のやる気と“ヤる気”のベクトルが全く繋がらないのであるから難儀な話もあったものだ。

 

 そんな訳だけでもないだろうが、霊気の流れに意識を傾けつつ心眼は内心で感心していた。

 確かに話の突端だけを聞くのなら、力の原動力は抑圧された理性の解放だし、スターターは煩悩だしと、常識人からすれば『ふざけんなっ!』てなものである。

 だが、よくよく考えてみるとこの男は煩悩というマイナスの力でもって空間を浄化したり、怨霊悪霊を浄化したり、迷える浮遊霊達を成仏させたりできるのだ。

 

 根本がドふざけたものであるので、多くの者が話半分にしか聞こうとしないのだが、ただ一人“それ”に気付いた者がいる。

 それは、“表”の真面目な魔法使い達ではなく、多くの魔法使い達から忌み嫌われている吸血鬼であり、所謂“悪の魔法使い”であるエヴァンジェリンその人であった。

 

 確かに根本は自分を繋ぎとめている呪いからの解放かもしれないが、それでも彼の為になっているのだから心眼も彼も感謝の念は失わない。

 

 彼の根本の力は狭い範囲の“概念”の書き換え。

 

 珠はその力そのものが具現したに過ぎず、初期の力であるサイキックソーサーですら物理法則を無視した防御を望めるのは、向ってくる攻撃の“拒否”だという。

 

 そう言われてみると当時はバンダナと呼ばれていた心眼の記憶にある力も、対戦相手の霊弾を翳したソーサーの前で裂いていた。霊弾の衝撃も破壊力も肉体に届かせずだ。こんな事は物理的にありえない。

 

 あの栄光の手という霊波の小手も、精霊から借りた霊波すら効かないゾンビ兵を一蹴しているらしい。

 

 精霊の力+本人の力よりも、一人の霊能力が勝れる。或いは浄化できてしまう等、霊動力学から考えてもおかしいにもかかわらずだ。

 

 『(あれから……こんな遠くにまで来てしまったのだな……)』

 

 魔法陣の魔力と霊力を共鳴させるという離れ業を行っている横島の波動を感じつつ、奇妙な感慨を感じて心眼は心の中でそう呟くのだった。

 

 

 木乃香はその儀式に取り組んでいる横島の顔をボ~っと見つめながら、何でこんなに気になってしまうのかと首を傾げていた。

 

 イケメンかといえばそうではないし、三高なんぞ夢また夢で程遠い。

 

 幾ら裏の仕事をしているとはいえ、表の職業は用務員なので年収だけで考えたら普通の女性なら足も向かないだろう。

 

 普段の行動もバカっぽくお間抜けであり、色仕掛け等にビックリするほど弱く、楓が腕にしがみ付くだけで理性が悲鳴を上げているのを目にする事も多々。

 これでどうして好意を向けられると言うのだろうか?

 以前、エヴァの別荘で零に、

 

 『アレの長所は側にくっ付いてないと解りゃしねぇぜ?

  選ぶとしたらそーとーマニアックな奴だろうよ。

  性質の悪りぃ事に気付いちまったら離れられねぇとキてる』

 

 と、褒めてるのやら貶しているのやら判断が難しい説明をされていた。

 この場合の側にくっ付く、というのはじっと様子を見てるという事も含まれているらしく、実際に彼を観察している内に木乃香も目が離せなくなってしまってる。

 円もその口らしく、最初は自分の身を守る為にその方法を学ぶ為だけの関係だった筈なのに、何時の間にやら口説いてもらう時を待つ体勢になっているし。

 

 楓と古はもうちょっとややこしい理由があるらしいのだけど、それでも似たり寄ったりの過程で今に至っているらしい。まぁ、取り返しがつかないとも言うのだけど。

 

 この流れのままであれば、木乃香は最初の目的のように刹那の相手としてチェックを入れていただけで終わったかもしれない。

 自分の幼馴染が受けていたという謂れの無い差別なんかする人間では決してないし、それこそ彼女の心を全力全開で守ってくれるだろう。

 彼の事だから、もし仮にまたそんな眼で見るような輩が現れたとしても、以前教えてくれたように相手を鼻先で笑って見下して哀れみ、散々コケにした挙句に有耶無耶にしてくれるだろう。そうやって怨み辛みが彼女に向わないようにしてくれるだろう。

 何しろ横島は美少女を差別する存在を心の奥底から本気の本音で哀れみ見下してくれるだから心強い。

 

 独特の空気を持っている彼がいてくれれば、苦労はあっても不幸にはなるまい。

 

 怒声はあっても悲哀はないだろう。笑いは出ても悲しみは訪れまい。

 

 喧嘩をしても仲は崩れまい。それほど相手の気持ちに合わせる事が巧みなのだ。

 

 そんな彼だからこそ木乃香が眼をつけるのも当然であるし、刹那の相手にと観察し続けていたのも必然であった。

 

 その彼女の想いが形をかえたのは……

 別の想いへとスライドしてしまった決定的な事件は、彼とその愛妹であるナナとの距離を感じ取ってしまった時からだ。

 知らない者が見たって想像も出来ないだろうが、この二人は血の繋がりはない。いやそれどころかナナは人間ですらない。

 血の繋がりのない女の子。それもゴーレムを引き取って家族として暮らし、妹として接している。

 それだけならまだしも、『人間の女の子』として接しているのではなく、『ゴーレムで妹』として接しているのだ。それも心底。

 

 “裏”の世界を知る刹那やエヴァからそれなりに話を聞いているのだが、ここまであっさりと熔け込ませられる人間なんぞ聞いた事がないらしい。

 

 相手の気持ちごとあるがままを受け入れ、ゴーレムの女の子として、

 可愛いゴーレムの妹(、、、、、、、、、)として真っ直ぐぶれず接している。

 

 自分が“お嬢様”である為だろう、麻帆良に来るまでどこか一枚壁を感じさせられていた彼女からすれば、そのまま丸ごと受け入れて接している彼の所作は好意を上げる事にしかならず、そして眩しくて仕方がなかった。

 そしてこの間見てしまった、二人(正確には、三人+一匹であるが)のお昼寝。

 大切な家族を愛しむお兄ちゃんと、そんな彼が大好きな妹の姿以外の何物でもない、あまりに眩しい光景がそこにあった。

 聞けばナナは時折スライム状態で抱っこして添い寝してもらっているらしいし、何よりスライム状態で肩に乗せて一緒に散歩している姿も目にしている。その事からも彼が姿形なんぞ全く拘っていない事が解る。

 

 口に出すのは恥ずかしいのだけど、ナナがちゃんと愛されている事がはっきりと解るのだ。

 それを感じ取れているからこそ、愛妹の笑顔が本物で、尚且つあれだけ幸せに輝いているのだろう。

 彼女の頭の中で決定的な変化を自覚してしまったのはあの瞬間だった。

 

 ――ナナちゃんがあれだけ幸せそうにしとんやったら……

 

    横島さんに想うてもろたら、どんな気持ちになるんやろ……?

 

 本当に何時からだろう。

 木乃香がそんな事を気にするようになっていたのは。

 

 

 円からしてみれば横島はややこしい想い人である。

 腹立たしい事に、この男は想えば想うほど気持ちを返してくれやがるから始末が悪い。

 大抵の男どもは、相手に想われているのが解ると調子に乗って色々求めだしやがるし、何より自分の都合に合わせた行動をとり始める。

 簡単に言うと、好きだったらこれくらいいいだろう? というヤツだ。

 

 だが、横島は中身が大人だからか、或いは素なのか解らないが、相手に好意を持たれると妙に初心くなりやがる。

 もうちょっとデンと構えて欲しい気がしないでもないのだが、好意を向けるとテレが大きいのかコチコチに緊張してくるのだ。

 その上、良い意味でこちらに思いっきり隙を見せまくるのだから始末が悪い。

 またそれがヤンチャ坊主のそれを思わせられて、円にクリティカルなのだ。

 

 「……」

 

 我知らず洩らしてしまう吐息。

 

 そんな彼がめったに見せない真剣な顔をして呪式に挑んでいるのだ。

 普段の彼とのギャップが大きく、また彼のシリアス顔は意外な程かっこ良く見えちゃうものだから仕方がないと言える。

 

 どうしてこうなった、という疑問が湧かないでもない。

 だけどそんな疑問もナニを今更という感がすぐさま塗り潰す。

 

 これは皆にも言われている事であるけど、彼は決してイケメンではない。

 

 行動も自他共に認められてしまうほどのトリックスターであり、行動言動共におバカな道化師のそれだ。

 

 本人の能力や才能、“裏”の顔を横に置いた表向きの職業は用務員でお世辞にも高給取りとは言い難い。少なくとも『彼です』と紹介して自慢できるランクには程遠いだろう。

 

 では嫌か? と問われると『ううん、全然気にならない』と答える自分を幻視できる。

  兎に角、この男は中身が濃い。

 いや“濃厚”、或いは“得濃”と言った方が良いだろう。

 人間的な厚みも凄いし何より経験が半端ではない。彼は異世界(異宇宙)人なのだから当然であろうが、それを差し引いても濃い。

 その濃過ぎる人生経験は当然ながらそこらの男なんぞ足元にも寄せない厚みと深みを持たせているし、何よりちょっと意外なくらい今風のチャラチャラしたものがない事も円のポイントを高めている。

 

 確かに彼は、複数の女の子に慕われていて誰かを選べない優柔不断な男にしか見えないのであるが、その理由を知っているのなら文句は言えない。というか、知っている上で皆が慕っているのだからしょうがない。

 誰も選べないと言うより、“誰かを切る”といった『選択』ができなくなっているのだから。

 そして何より皆が皆してそれすら受け入れている。

 腹立たしい事に自分もその受け入れている一人なのだ。

 

 出来れば選んでほしいなぁ……という気持ちが全く無い訳でもないのだけど、皆で取り囲んで寄ってたかって慕うという今の状況も嫌いではない。というよりかなり気に入っている。

 何せ濃いというのは、経験だけではないのだ。

 ――そう。皆に振り撒く好意すらも厚みがあるのだから。

 

 

 

 無自覚な内に横島のアプローチを待つ円と、彼に対する気持ちを膨らませ続けた木乃香。

 その二人がたまたま今日寄ってしまった事は偶然かもしれない。

 

 だが、彼が続ける作業を見守っている間、二人して同じ事を考えるという偶然がそれに続いている。

 

 横島の儀式は進み、やがて集束した魔力の高まりと共に簡易魔法陣の光も大きくなってゆく。

 溢れ出た力が物理的な波動を生み、風が纏い上がる。

 そのエネルギーのベクトル誘導と流れを固定させているコントロール能力は正に神業。幾らAFと使い魔のフォローがあるにせよ人智を超える凄まじさだ。

 

 そしてそれを脇で見てる二人の脳裏に浮かんだのは、彼の突拍子もない技術ではない。

 

 魔法陣の中、足元から立ち上がっている魔力。

 そして中から溢れ出ている余波は、彼の霊力と相俟って奇妙な安らぎすら感じられる。 

 

 円はそれ見、仮契約の一件を思い出しており、

 木乃香は話だけは聞いているその契約方法を思い出していた。

 

 特に木乃香は、未来的に誰かと行わざるを得なくなる可能性が強い家柄だ。

 関西呪術協会には仮契約という儀式はほとんど無いらしいのだが彼女は知らない。

 よって何時か行うであろうそれを、魔法陣の前に立つ彼の背中から幻視してしまっていた。

 

 彼とそれ行っている円と、彼からそれを思い浮かべてしまった木乃香。

 ベクトル違えど偶然にも同じ事を思い浮かべる少女が同じ場所に揃っている。

 

 しかし偶然が続けば必然と言う。

 ならばこう(、、)なってしまうのは必然だったのかもしれない。

 

 横島らは失念していたのであるが、この呪式は確かに安全性を高めるという理由だけなら文句の付けようのないものなのだが、その樹の魔力がどう作用してしまうのかという情報が抜けたままなので片手落ちどころか、綱渡り以外の何物でもないものだ。

 

 そして危険な状況は高まり続けている。

 

 何せこの呪式は天然自然のたいべんしゃ代弁者である かのこによって完全な流れを掴まれているのだから。

 つまり、魔の根源たる世界樹周辺とこことの霊的な繋がりを強く持ってしまっているのだから。

 

 奇しくも真名はこのタイミングで、誰かが横島に対して告白のアクションを起こして欲しいと願い、この場にはその願いの中に含まれている者がいる。

 

 そしてやはり必然だったのだろうか、それと同じタイミングで横島の儀式を見守っていた二人は同じタイミングで、ある同様の念を思い浮かべてしまった。

 

 

 『……ム?』

 

 「どうした?」

 

 『何か解らぬが急に魔力の方から流れが変わって来て……』

 

 「は?」

 

 心眼が気付いた時にはもう遅い。

 

 

      カ ッ ! !

 

 

 「ど、どないしたん!?」

 

 唐突に簡易魔法陣とは思えないほどまでに輝きが強まり、強過ぎる波動に横島が怯んだ。

 流石の状況にただ事ではないと驚いて少女達も腰を上げてしまう。

 

 『わ、解らんッ!!

  何かに共鳴したと感じた瞬間、樹の魔力の全てがヨコシマに集中……ッッ!!』

 

 心眼は横島だけでは手に負えぬと判断し、途中で言葉を切って彼を手伝う。

 だがそれでも押し寄せてくる力の本流が大き過ぎて手に負えないようだ。

 

 小鹿も慌ててその流れを変えようとするも、先ほどまでの緩やかさは消え、その魔力の流れは鉄砲水が如く押し寄せてきている。

 そのくせバイパスは全くの無事でいるのだから性質が悪い。

 何かしらの強い指向を持った魔力は怒涛の勢いでここに集まり続けていた。

 

 突然の事態に円達も呆然としていたのであるが、ここからでも見える世界樹が何だか光って見えている事にハッと気付いて二人してある事に思い立つ。

 

 「世界樹が共鳴して……」

 

 「魔力が横島さんに……って」

 

 刹那が木乃香に、広場に基点に魔力が溢れてて危険だから近寄ってはいけないと言っていた。

 

 学園の魔法使い達が、世界樹の魔力が心に作用してしまうから広場に近寄ってはいけないと言っていた。

 

 そして、麻帆スポに乗ってたネタである世界樹伝説。

 世界樹が光っている時に意中の人に告白すると願いが叶う。

 皆で笑って言ってたその話題が二人の頭をよぎり、情報テーブルの其々の席にカチリと収まった。

 

 「「ま、まさか……」」

 

 そして二人は思い至る。

 

 その頬をピンクに染め、自分らが何を考えてしまったかを、

 仮契約を思い出し、何を考えてしまったかを。

 

 『だめだ! もう持たん!!』

 

 「ぴぴぃーっっ!?」

 

 「う、うぉおおおっっ!!??」

 

 珠を使用してまで安定させ、心眼とかのこに手伝わせてバイパスを強化していた事がが仇となり、完全に固定されてしまっている魔力は完全なるベクトルを持って横島に雪崩れ込む。

 

 幾ら人智を超えた能力者であろうと、この都市の魔力の要である世界樹の魔力に敵う筈もなく、蹲って耐えようと焼け石に一雫の水以下。

 僅か一瞬の間にその強過ぎるその力の流れによって彼の意識は飲み込まれてしまう。

 

 直後、その意識と感情は本意を無視したものへと固定され、感情の根源を引きずり出され無理やり貼り付けられる。

 

 学園長がネギ達に呪い級の魔力と説明していた力がこれだ。

 

 「横島さん!!」

 

 「お兄ちゃんっ!!」

 

 我に返った少女らが声を掛けた時には既に遅く、彼は意識はすっかり塗り潰されていた。

 

 つまり――

 

 「……円、ちゃん……?」

 

 「は、はい?」

 

 片膝を付いてしまっていた横島は、何だがゼンマイ仕掛けのようにキリキリと軋むような固い動きで立ち上がる。

 

 その近くでは小鹿が目を回しているし、、

 彼本人からもムーン…ムーン… と、マシンを思わせる奇妙な低い唸りが響いていた。

 

 どこからみても異常がありまくる様だ。

 

 そして魔人を思わせるような輝きを眼に湛えた彼は少女らに顔を向けた。

 

 

 

 

 「さぁ、キス……しようか」

 

 「「え゛?」」

 

 

 

 ここに、突拍子もないパワーで乙女に迫るモンスター……

 

 否——少女らに ちゅーする気持に満々ち溢れた傍迷惑な怪物。

 

 

          キ ス 大 魔 王 が爆誕したのだった。

 

 

 

 

 




 又しても文体が硬くてごめんなさい。

 木乃香は一度情が湧くと、とても熱い女の子だと思ってる私。いや、京女は情が深いですしw
 そんな訳で、かかる状況で無自覚なスターターとして発動してしまった、と……
 呪式で繋がっている為、間接的に力が働いたというのは言うまでもなく私説です。
 理屈合わせと言われればそれまでですがw


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後編

 走る。

 

 人気の少ない道を走りに走る。

 

 風を切り、障害の上を飛んで越え、壁を蹴って軌道を修正し、ただひたすら遠くへと駆けて行く。

 

 ハァッ ハァッ ハァ……ッ

 

 息が切れているのは単に身体と心の釣り合いが取れていないからだ。

 その細い腕に少女を抱えて全力で駆けているというのに、足は縺れたりしていないし疲れもしていない。

 

 「く、くぎみん、平気なん?」

 

 「だい、じょうぶ……っっ」

 

 友の気遣いにもそう答えたのだが、やはり疲労は大きいのだろう。何時もの呼び方の修正すら思いつかないほどに。

 その身を纏わらせている妹分も、接触しているので動悸の乱れが直接伝わってくるので当然それに気が付いている。だから懇願するように彼女に注意を促して休憩を勧めていた。

 

 やがてどこぞの店であろう建物をが眼に入り、彼女はくノ一な同級生壁宜しく壁と街路樹を蹴って跳躍し、その二階のオープンテラスに着地。ようやく一息吐けそうな場所に辿り着く事が出来たようだ。

 

 幸いにも表通りの方に出店でもしているのだろう、店はこんな時間にもかかわらず閉店状態だ。尤もそのお陰で身を隠せるのだけど。

 

 少女――円は念の為に花壇の陰へと回り、抱えていた木乃香と未だ眼を回している かのこを降ろして、溜息と言うには荒過ぎる息を吐きつつずり落ちるように座り込んだ。

 

 「はぁっ、はぁっ、はぁ……っ」

 

 『お、お姉ちゃん……』

 

 するりと円の身体から離れスライム状になったナナも心配そうにプルプル震えている。

 

 この妹分をエグゾ・スキンとして纏った場合、外部からの圧力はほぼゼロとなり、代わりに内からの力は外側に100%伝わる。

 だから纏っている間は僅かの力を何の抵抗もなく使える為、パワードスーツを着ているようなものとなるのだが……流石に心労だけはどうしようもない。

 だからやはり気に掛かるのだろう、木乃香も円の背を撫でて労わっていた。

 

 「な、何で……」

 

 「……くぎみん」

 

 「何で、こんな、事に……」

 

 スタッカート気味に途切れ途切れであるが、言いたい事はナナにも木乃香にも解る。というより同じ気持ちだった。

 

 だから三人が三人とも沈痛な顔をして俯いてしまう。尤も、何故かその頬は切迫呼吸とは違う意味でやや赤かったりするのであるが――

 

 と言うのも、三人が何から逃げているのかというと、

 

 『えと、その……

  そんなにお兄ちゃんとちゅーするの、嫌レスか?」

 

 ナナが人間形態をとりつつそう問うと、二人は俯いたまま頬を更に染める。

 木乃香が懐から取り出したワンピースと下着を受け取り、コソコソ着てゆくのだけどその間も返事は返って来ない。

 

 やがてナナが服を着終えた頃になって、ようやく円が、

 

 

 「……嫌よ」

 

 

 と、言葉を吐いた。

 意外だと感じたのだろうか、木乃香は『へぇ?』と妙な声を洩らす。

 

 いや――?

 

 「え!? いや、その、えっと……

  い、嫌じゃないけど、嫌なのよ」

 

 というのが正直なところらしい。所謂一つの乙女心というやつである。

 意味が解り切れなかったのか、ナナは首を傾げているのだが、木乃香には理解できたのだろう心の中でポンっと手を打っていた。

 

 彼女らが何から全力逃走しているのかというと、話に出たお兄ちゃん事、横島からである。 

 

 好意を持っている男からのアプローチなのになんで? という説も無きにしも非ずであるし、尚且つ円は彼のアクションを(内心では)心待ちにしていたのだ。

 だったら逃げる必要はないのでは? 減るもんじゃなし。と思られるのが普通であろう。

 しかしそれは男性的な見解である。

 

 確かに好意を持っている相手がアプローチしてくれるのはとても嬉しいし、熱烈だったら尚更だ。

 それに彼は他の円の同類達(バ楓&バカンフー)に先んじて“彼女に”仕掛けている。これを嬉しいと思わないのはおかしいと言えなくもない。

 だがそれは素面(シラフ)なら、の話だ。

 

 ――そう、彼の熱烈アプローチは全部世界樹の魔力による後押しであり、円()の念が魔力をブースターにして働きかけたに過ぎない。つまり彼の本意ではないのである。

 感覚で言えば、彼に凄く似た別人に口説かれているようなもの。これは流石に受け入れ難い。

 

 「だ、だって、横島さんじゃない横島さんなのよ?!

  気持ちも何もあったもんじゃない、そ、その……キ、キスなんて……」

 

 ちょっと意味が解りにくかったナナであるが、よくよく考えてみれば自分のお兄ちゃんによく似た別人に抱きしめられたって嬉しくもなんともない事に気付き、何となく円の言っている事が理解できるような気がしてきた。

 

 とは言っても、相手はお兄ちゃんに違いはない。それだったら別に良いのでは? そう思ってしまうところが恋愛関係に関してまだまだ子供なのかもしれない。木乃香はそんなナナの頭を苦笑しつつ撫でた。

 

 「ハハハ どこまで逃げるのかな?」

 

 「「「ぴゃあっ!?」」」

 

 いきなり響く低い声。

 それがまたホラーじみてて少女らは『た、大佐!?』と謎のセリフを吐きつつ、小鹿も拾って身を竦め抱き合った。

 ナナなんかは3-AのHORROR HOUSEに泣かされた訳だから尚更怖いかもしれない。

 

 横島の真骨頂は神業とも言える逃げ足と回避能力であるが、実はその回避能力すら逃げ足の延長線上だった。何しろ某邪竜すら本気でキレさせた逃げ足は正に神域なのだ。

 

 それで追跡能力はどうかと言うと、しつこさは兎も角として速度はあんま無かったりする。

 でなければとっくに円らは確保され、操なんぞ水に濡れたトイレットペーパーほどの強度しかなかったであろう。

 

 「ん゛ん゛~? 間違ったかな?」

 

 『『『ヒィ~』』』

 

 しかし流石は横島。

 

 如何にどうこう否定していようと本音ではしっかり少女らの魅力に参りまくっているのだろう、彼女らの潜んでいる位置をバッチリ捉えていて着実に迫ってきている。ネタ満載なのはナニであるが。

 

 い、いやまぁ……このトチ狂った行動が自分に魅力を感じてくれているのならば嬉し……いや、吝かではないのだけど。

 どうせならそれは素面でのアプローチでお願いしたい。正気じゃない偽りの告白なんぞノーサンキューなのであって――

 

 「……って、違うっ!!」

 

 『ちょっ くぎみん!?』

 

 隠れ潜んで気を紛らわせていたのだが、思考がヘンなトコに流れてしまい思わず虚空にツッコミを入れてしまう円。

 ここら辺に相手の男の影響が出ていると言えるだろうが……

 

 「ん゛~~?」

 

 「「あ゛……」」

 

 ちょっと今のタイミングでは拙かった。

 僅かの間の後、ヒュッと風を切る音がしたと思ったらテラスの端に何かうっすらと光るものが出現。

 それを目敏く見つけられた木乃香と円は、ナナと小鹿を抱きしめたまま慌てて物陰の奥に飛び込むように隠れる。

 

 正に間一髪。

 二人が隠れた次の瞬間、その光るものを伝って件の横島がテラスに飛び込んできた。

 

 意識がスっ飛んでいる状態の今が普段よりずっとキビキビした動きとなっているのは物悲しいが、見た目からは絶対に解らないだろう彼の運動能力は流石としか言えない。

 

 「(え、栄光の手……?)」

 

 以前に彼の記憶を見せてもらっていたお陰か、それが見えた円はすぐさま霊波刀の応用だと理解出来ていた。

 あまりネギには全容を見せていないのだが実は栄光の手は伸縮自在。彼は自在に形を変えるそれをテラスの手摺りまで伸ばし、鍵爪のように縁を掴んで縮ませる力と脚力とで瞬間に上りきったのだ。

 

 円と木乃香の後頭部をタラリとでっかい冷や汗が流れる。

 

 エヴァが時々、『アイツを敵に回した場合、相手に同情する』等と零す事があったのだが……変幻自在の栄光の手と無限の可能性を持つ珠までを使う彼であるのに、その本人も悪魔的に応用が利く男なので悪が深すぎて次の手が読みきれない事が大きいだろう。

 正直、このまま出て行ってぶちゅーとやって終わらせた方がマシな気もしないでもない。何せそれが一番手っ取り早いのであるし。

 

 だけど効率と気持ちは別問題。

 

 早いのは解っている。解っているのだけど……

 

 

 「(やっぱり、ちょっと)」

 

 

 嫌だな――

 

 

 

 

 「どこにいるのかね?」

 

 いきなりスゲェ近くで声がし、びくんと身を竦ませる三人。

 自己点数は知らないが、他称からして絶対的に美少女である少女らなのだから横島が察知できない訳がない。

 感度抜群のヨコシマセンサーに引っ張られ、フラフラと生垣にやってくる彼。

 

 その気配を感じてしまうからか、別に嫌悪感が湧いている訳でもないののに三人は思わず身を竦ませてしまう。

 

 嫌悪はない、なんて言い方をすると嫌じゃないと捉えられかねないのであるが、そんなに間違っていないのでそれは横に置いとくとしても、今の彼は暴走状態であるから歯止めが利かない可能性が大きい。

 よく考えてみるとそんな状態の彼の前に出て行ったら……もうお嫁さんになれないくらいのちゅーをされかねない。いや、バッチリされるだろう。

 

 そんな自分を幻視し、円は我が身を抱きしめて身震いをしていた。顔を赤くしつつであるが。

 

 しかし時間の問題と言えるだろう。

 何せ今の彼はケダモノと化しているのだ。その本能が伝えているのか、ジリジリと三人が潜む物陰に近寄ってきているではないか。

 嗚呼、このまま少女は毒牙に掛かってしまうのであろうか?

 

 

 「お待ちなさい!!」

 

 「む~?」

 

 

 そんな少女らに救いの手!?

 

 

 少女らは唐突のその声にビックリさせられてたりするが、助けに来てくれた? とは思えなかった。というか感じなかった。

 セリフだけなら解り辛いだろうが、近場で聞いていた円らはその声音に自分らを助けに来たというニュアンスを感じられなかったからだ。

 

 で、その声を投げつけられた人間――横島はというと、正気をなくしてはいるがクルクルパーにまでは至っていないので、やや警戒をしつつその声が発せられた方向にゆっくりと顔を向けた。

 

 円達も気になっているのだろうか、恐る恐る木枝の隙間を広げて何者かと確認してみると……

 

 「………ナニあれ?」

 

 「さ、さ~?」

 

 片手を腰に手をやり、堂々とした態度でビシッと彼を指差す黒い少女。

 

 いや、“ヘンな女”?

 

 何と言うか……ぱっと見だけなら向こうの大通りのパレードを歩いている仮装行列の一人。

 ただ、何か放っている空気が剣呑極まりないし、何より円の“眼”があるからこそ解るのであるが霊波が一般人と全く違っていた。

 ネギや木乃香、大首領にはかなり劣りはするが、それでも一般人よりかはずっと大きく強い力……“魔力”を放っているのだから、恐らくは魔法使いの一人。噂に聞く魔法生徒だろう。

 

 だろう、けど……その姿を見ると首を傾げざるを得ない。

 

 縦長の黒い布をまとめた様なシックなデザインスカート。フロント部の丈がミニスカート並に短いのはいただけないが。

 

 胸元も大きく開いていて、ベルト状の何かが左右からクロスして広げすぎないよう守っている……と思う。多分。ビザールなベルトだから自信は無いけど。

 

 手と足は長い手袋とストッキングで守られているのだけど、クラッシュジーンズ宜しくあちこちがほつれている。

 

 全体的なデザインにしても、ウエスト辺りはみょ~にビスチェっぽいし、あちこちを細いベルトで締め上げているので通常のセンスではないだろう。その上メインのカラーが黒なのでビザール感が否めない。

 

 履物もやっぱり黒いしヒールも高く、知らない者が見ればブラックレザーと黒染めのシルクで作られたヘンの意味でのおしゃれをしているようにしか見えないではないか。

 

 ……まぁ、全体を通して見ると、ぶっちゃけ童顔の風俗お姉さんに見えるのである。

 

 円らノリが良すぎる女子中学生の眼から見ても、その露出具合はオンナを意識させまくるものであるので、その態度のでかさも相俟って、やっぱりその手の人にしか見えない。

 その後ろでもぢもぢしている、自分らと同じか年下くらいであろう少女との取り合わせは不明であったが、

 

 「お、お姉様、気をつけて」

 

 という心配そうな彼女のセリフを聞き、『ああ、成る程。そういう……』と納得してみたり。

 

 兎も角、その風俗のおねーさんとネコ役(だろう)少女は彼を追ってここまでやって来たらしい。

 見てはいないので彼女の怒り具合からして、とんでもない事を仕出かした感が強いのであるが、彼が手を上げるとはちょっと考え難い。彼を知る円は尚更だ。

 となると、あの女性の格好からして別の意味での“スゴイ事”をされた可能性が湧き出してくる。女同士なんて不健全だーっとか言って……

 

 「(う゛っ な、なんか説得力が……)」

 

 いくら意識が飛んでいたとしても、あんな露出度の高い格好をしていれば煩悩超人である彼の事だ。飛び掛ってもおかしくはない。

 それで怒り来るってここまで追って来たとか? あ゛あ゛、やっぱり納得できてしまう!!

 

 『おお、さっきの少女か?! 魔法関係者だと見受けるが如何に?』

 

 円が色々と妄想に悶えて答に窮している間に、先に心眼の問い掛けが響いた。

 

 「な……っ!?

  まさか魔法関係者……って、どこにいるのです?」

 

 声はすれども姿は見えず。魔法風俗嬢(仮)は心眼の居場所が解らず、ネコ少女と共に周囲を窺うのだが、当然ながら見付かるわけがない。

 

 『ここだ。おぬし等が追っていたこやつの額だ。

  妾は此奴のアーティファクトだ』

 

 「!?」

 

 何だかよく解らないが、あのお姉さまとやらは心眼がAFだと聞いて驚愕していた。

 

 そんなに心眼は珍しいAFなのだろうか? まぁ、確かにドが付くほどの反則な能力を見せてくれるAFであるのだけど……と、首を傾げる円と木乃香であるのだが、当然ながらAFそのものが珍しいものである事は知らない。何せ回りは珍しいAFだらけなのだから。

 

 大首領は吸血鬼であるし、同級生にはその従者と下僕がいて、魔法を無効化させるハリセン持ちと、心を読み取る絵日記持ち、天狗の力が使えるAFモドキを持つバカ忍者と、あらゆる攻撃を防ぐ鉄扇トンファーを持つバカンフー、そして自分は時間感覚と感情を支配できるとキている。

 そりゃ確かに、一つや二つAFを見つけたって驚かないだろう。二人が抱きしめているナナとて、そこらのAF以上の能力を持っているのだし。

 

 言うまでもなく、魔法知識が中途半端な元一般人であるから認識に差が出来ているに過ぎないのであるが、つい最近になって関わったホヤホヤの魔法関係者である二人が気付く訳がない。

 

 『理由は解らんが急に世界樹の魔力が此奴に流れ込んでおかしくなってしまったんだ』

 

 「世界樹、の?

  だとしたら誰かが告白しようとした?」

 

 その言葉を聞き、やはりと仮説が正しかったのだと確信させられ、ボッと顔を赤くする円……と木乃香。

 まぁ、スターターがいた事に気付いてはいないだろうが。ついでにナナもなんかほのかに赤いが気の所為だろう。

 

 しかし悠長に考察している場合ではない。リアルタイムで彼女らの貞操がピンチなのである。

 

 『詳しい話は後だ!! 兎も角、此奴を止めてくれ!!

  それとナガ……』

 「Abeat」

 

 割り込むように横島がワードを唱えると、心眼は微かなきらめきを残してカードに戻ってしまう。

 しかし、当然ながら魔法風俗嬢(仮)は何を言いたかったのた不明である為、次の行動に入れない。

 

 心眼としては横島鎮圧用のマジックアイテムの使用権を持っている楓に連絡をとってもらいたかったのであるが、面識がないだろうからフルネームで言おうとしたのが災いして魔法風俗嬢(仮)だけでなく、円らにも伝わりきれなかった。

 

 いや、実のところ円らにしても楓がそんなマジックアイテムを所持しているという事を知らなかったりするのであるが。

 

 少女らの疑問を他所に、横島は仮契約カードを大事そうに懐に入れて、また円らの方に身体を向けた。

 円らはその動きではっと我に返り、身を硬くする。

 尤も本職(?)の女性に背を向けて、こっちに集中してくれているのは嬉しくない訳でもなかったり。イヤイヤ。

 

 しかし、実はまだ少女であったりする魔法風俗嬢(誤解)が放っておく訳がない。

 

 衣装そのものは倫理に疑問を感じるものであるが、その中身はかなり真面目なのである。俄かに信じられまいが。

 

 「お待ちなさい!!

  理由どうあれ、魔法関係者であるにも拘らず、

  世界樹の魔力に犯されるなど許されざる愚行です!!」

 

 仕切り直しでも図ったのだろうか、ビシィ!! ともう一度見得を切り、正に犯罪者に向ける大迫力を叩きつける件の魔法関係者。

 

 胸元がバッチリ開いてる上、ベルトだらけでボンテージにしか見えないデザインでポーズを極めているので今一つナニではあるが、迫力は本物だ。

 

 「少女達よ 出ておいで」

 

 だが当の横島は円の方が大事らしくガン無視。

 普段の彼からすれば信じ難い行動である。

 

 しかしおもっきり無視された側からすれば眼中にないという行動は侮蔑以外の何物でもなく、ある一件もあって沸点がやたら低くなっている事も手伝ってその堪忍の袋の緒は簡単に切れた。

 

 「……よ、よろしいでしょう……

  彼方がそう出るのでしたらこちらも強硬手段をとらせていただきます」 

 

 冷静に考えてみれば元から正気ではない者相手に無理な話。

 

 意識をなくして暴走している者なのだから、直に取り押さえた方が良いだろうのに何を説得しているのか? という話もあるのだが、彼女にはそんな事すら思い浮かんでいないのだろうか、一人で盛り上がって一人でキれていた。

 

 「む?」

 

 その魔力の増大を感じだか、ゆっくりと横島は振り返る。

 

 同時に物陰から少女らもそろ~りと顔を出す。

 

 「「……っっ!?」」

 

 そんな彼らが目にしたものは、件の魔法風俗嬢(誤解)の後に、その背を覆うように影が幽波紋宜しく立ち上がるという光景だった。

 

 -操影術-という術がある。

 分身にして同一という魔術的法則をなぞり、最も自分に近い存在であり己が一部である影を媒体として生み出す使い魔のようなものだ。

 

 彼女のメイン戦法は使い魔によるものであるが、接近戦法はその影を身に纏い、その使い魔のスピードパワーで戦う攻防一体の技を用いる。

 何せ彼女は操影術を使いこなす魔法生徒で、その実力から前線に立つ者として信頼を置かれているのだ。

 

 今更言うまでもない事であるが――決して魔法風俗嬢ではない。

 

 「さぁ、いきますわよ!!」

 

 彼女は影を従えて地を蹴り、後輩の少女にサポートを任せて戦いに身を投じるのだった。

 

 

 相手が悪過ぎる等と知る由もなく――

 

 

 

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        ■二十六時間目:エンチャンテッド (後)

 

 

 

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 魔法生徒、高音・D・グッドマンが“彼”を見つけたのは偶然である。

 

 不審者を捕り逃した事によるショックをまだ引き摺ってはいたが、この大事な時期に何時までも落ち込んではいられない。あんな失態はもう起こさぬと自分を無理矢理奮起させて気丈にも立ち上がり、本来の任務であるパトロールを行っていたのであるが……

 

 そんな彼女の視界の端を、物凄い速度で通り抜けた影が掠めていった。

 

 一瞬頭に浮かんだのは、昨日の人をおちょくりまくった謎仮面。思っていたより心に傷を残していたのだろう、そればかりが先に立っている。

 

 だが、慌てて追った彼女が見たものは、その腕に髪の長い魔法使いっぽい衣装の少女を抱いて走るセーラー服姿の少女の背中。

 

 周りが仮装行列だらけなので、魔法関係者であると言い切れはしないが、もしそうであればこんな人目の少ない場所を走る可能性は低いし、何よりその速度は陸上でもトップクラスで人を抱えているにしては速過ぎる。これは氣か魔法で強化している可能性が高い。

 

 そしてその後ろを、

 

 「何故逃げるのかね。私は悪い魔王じゃないよ?」

 

 もう、(セリフ込みで)どうしようもないくらい不審人物が!

 

 足取りも妙にフラついており、眼は血走ってはいないが理性の光は無く、少女らとの間にある障害物を破壊しつつ足を動かさず突き進んでゆく。

 

 決定的なのは、あまりにも真っ直ぐ少女らの背を追いかけている為、行く手を遮る形となった街灯を叩き斬った事だ。

 一見、素手で叩き斬ったように見えなくもないが、高音の眼はその手に魔力……或いは氣の力を使っている事を捉えていた。

 

 ……不審者を否定する材料があまりに少ないのでフォローしようもないが、言うまでもなく世界樹の魔力に犯された横島である。

 

 世界樹から溢れ出た魔力を集めて安定を図ったのが裏目に出、呪式によって距離をまたいで繋がれていた魔力ポイントで込められた願いの力と、魔力を変換している途中だった為に同調していた横島に直撃。

 彼から意識を完全に奪って少女の願いを叶えるべく、霊力ブーストが掛かった状態で追い続けているのである。

 

 以前から述べている弊害というのがこれである。

 

 何せこの世界樹。横島が思っていたより規模が大きい。

 世界中にある魔力ポイントの一つであるし、尚且つ魔法界とも何らかの繋がりまである。

 条件さえ整えられれば他のポイントと同調させて全世界に同時魔法を行えるほどのシロモノ。それがこの世界樹なのだ。

 

 彼がやろうとした事は、川の脇に溝を掘って溜め池に水を集めて無駄に使い、冠水になっても堤防が決壊しないようにする行為だったのであるが、それが川ではなく大河だった事を知らなかったのがそもそもの勘違い。

 

 更に上流には特定の条件(告白などの願い)で開く水門まであるのだ。

 

 全く持って偶然の連鎖であるが、全てが整った状況下でその魔力の水門は開かれ、押し寄せてきた魔力の濁流が溝に雪崩れ込み溜め池は崩壊。そのすぐ側にいた横島はその魔力に飲み込まれた、という訳である。

 

 如何な文珠とはいえ、流石にこの世界樹の魔力を相手に真っ向勝負するのは無茶な話だ。

 

 それが出来るくらいなら『制』『御』の二文字で事足りているし、大首領とてとっくの昔に呪いを解かれているのだから。

 

 横島も真っ向勝負は無茶だと解っているからこそ、ちょっとづつ魔力を削って珠に変換するという非効率故に効果的な手間を踏んでいた訳であるが、それがおもいっきり裏目に出ていたのである。 

 

 まぁ、超大げさな事態が超小規模に働いただけであるし、元々はポロリと洩らされた少女らの本能だけなのでまだマシとも言えるのだけど。

 

 先にも述べているが、逃亡能力は神がかっているものの、幸いにも追跡能力は一応は人間の範疇。

 そしてナナによる身体能力のお陰でもって円も何とか今まで無事で済んでいた。

 逃げ切れたとして彼が元に戻れるのか? という懸念もあるが、横島とて本心は無理矢理はしたくはないだろうから心の中では逃亡を応援しているだろう。

 

 とはいえ、少女らの自業自得やら彼の本心やらはどうあれ、現在の横島が不審者である事に変わりはない。

 

 昨日の失態に対する憤りを引き摺り続けている高音にとっては仇敵に等しい。

 

 だから昨日の挽回という想いもあるのだろう、行動を共にしているに佐倉愛衣に指示を送り、目立たないレベルの魔法で足止めをして捉えようとしたのであるが……

 

 「嘘っっ!?」

 

 死角から襲い掛かった筈なのに、足払いをかけようとした影の手がスパッと切り払われてしまったのだ。

 

 いや、単純に斬られただけではなく、その確立まで不可能にされてバラけて消滅したのである。

 

 確かに素早く足止めをかけようと、魔法の構築もややおざなりであったのたのが、それでも影の手を掃っただけで使い魔そのものが分解する筈がない。

 だが、その青年はそれほどの事を起こしたというのに、草を踏んだほども気にしたりせず、いやその存在すら気付かなかったかのように追跡を続けているではないか。

 

 高音は一瞬呆然としてしまったが、昨日おちょくられた事と、不審者横島の眼中にないといった態度に頭に血が上り切り、ついに影を纏って戦闘補助を行う本気のスタイルを解放。横島を取り押さえるべく魔法まで使って追いかけて来たのである。

 

 彼女にとって不幸だったのは、彼が追跡モードだったので逃げ足ほどの速度が出ていなかった事。そしてその所為で援軍がいらないと判断してしまったことであろう。

 冷静さ欠いていた事も一因であろうが、あってはならない失態である。無理も無いのであるが。

 

 そして今、またまた無視された彼女は完全に頭に血が上り切り、使い魔までも呼び出して本気で本気の戦闘モードをとったのだった。

 昨日のようなミスを繰り返してたまるものですか! 

 

 ――そう奮起させながら。

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 高音の背後の影の腕が鞭のようにしなって空気を切り裂きつつ横島に襲い掛ってゆく。

 テラスの床に突き刺さり、コンクリートの中を突き進み床下から彼に向って伸びる。

 器物破損!? 等と間の抜けた事を考える木乃香らの前で、テラスの床を突き破って雨季の筍が如く出現した影の槍。

 

 しかし、当然ながら手加減くらいはしているだろうが、不審者相手が相手だとしてもやり過ぎである。

 

 「お、お姉様……」

 

 それが解るのだろう、愛衣は今一つ乗り気になれず自分のAFである箒を握り締めてただ見守るだけに留まっていた。

 

 愛衣にしても昨日の失態は心に深く影を残している。

 

 高音をサポートしなければならない立場であり、彼女の攻撃の間隙を埋めたり行動の隙を無くすのが愛衣の仕事だといってよい。

 何せ彼女のAFは使用する魔法の範囲を拡大させる事が出来るので、高音が攻撃している間に呪文を唱えて放つ事もできる為に戦術は広いのだ。

 

 しかし話を聞く限り向こうは魔法によって意識を失っているようであるし、高音は冷静さを失って本気で攻撃を仕掛けている。言ってしまえば両方が悪いのだ。

 そうなると援護をするという事にも躊躇してしまうのである。

 

 一対一という戦いではあるが、高音のその戦闘スタイルは呼び出した使い魔との連携による数の暴力。

 

 テレビ特撮なら兎も角、この戦い方が正々堂々であるとは言えない。

 実戦ではそんな事を言ってられないのであるが、まだ愛衣にはそこまで踏ん切りが付けられないのだ。

 

 しかし、忘れてはいけないのは相手は横島だという事である。

 腐っても鯛とは言うが、頭がイってても横島は横島。理不尽な事に変わりはない。

 一対多の状況でさほど焦った風もなく腕を組んでそれを全て受け、巻きついてくる影は何故か見えない刃でもあるかのようにスパッと切り取られて下に落ちる。

 

 そして余裕綽々でゆっくりと間合いを詰めて来るのだから理不尽極まりない。

 

 無論。普段の彼であればみっともなく泣き喚いたり、眼の幅涙やら垂らしまくって見苦しい事この上もないオプションを付けまくってくれていた事だろう。

 だが、今の彼の意識はスっ飛んでいる。

 

 女の子にちゅーする為にあらゆる障害を乗り越えてゆく魔王と化している。

 ……のだが、何故か彼はウザいほど余裕を見せまくって高音に迫りはするのだが、どういう訳かオートガードしている影“だけ”に攻撃し続けていた。

 

 「(な、なぁ くぎみん。横島さんのアレって……)」

 

 「(……う、うん。多分)」

 

 高音の攻撃が当る瞬間、微かに赤い光が見えているのだからおそらくはサイキックソーサー。それもエヴァ主催の拷問大会によって培われてしまったピンポイント版だ。

 

 知らぬ者からすれば高度な無敵防御であるが、解ってしまえば崖っぷちの防御法だ。何せそこ以外は地力耐久力のみなのだから。どうやって攻撃しているのかは不明であるが、やはり特訓で得た力を使っているに違いない。

 

 それにしても…と二人が改めて思うのは、やはり無意識に女性への攻撃を避けている事。その全ての攻撃は使い魔に対してのみである。

 

 高音本人に向けては手も上げていない。

 

 今更くどくど言い続けるのもナニであるが、横島の反射神経は良くも悪くも人智を超えている。

 霊能力がなかった時代ですら、手加減されていたとはいえ龍神が放った剣を回避しているのだ。

 そして今の霊感によって底上げされている勘は人間の上限を突破している。よって彼女程度の術師では難しいだろう。

 

 未だ拳を交えてはいないが、この学園最強クラスである高畑の“見えない拳”すら初見でもかわしまくるだろうと大首領が言っているくらいなのだから。

 

 しかし意識が飛んでいる今は回避は行わず防御のみ。それが逆にそんな攻撃なんぞ効くものかと挑発しているようなものなので当然ながら相手もキれそうになる。

 どのような状態でも相手のリズムを狂わせて見失わせる戦法は変わらないという事か。

 

 「ば、馬鹿にしてぇっっ!!」

 

 現に、その人をおちょくった態度には高音も堪え切れない。

 

 当然そうなると隙も多くなり、横島にとっては絶好の的であろう。今までだってそういう戦い方をしてきたのであるし、鍛錬の時もそれを行い、そういう戦い方だと解っている筈の楓らですら翻弄しているのを円も木乃香もずっと目にしている。

 

 しかしそんな隙だらけで的に過ぎない今の高音に対し、やはり横島は一度も手を上げていない。

 

 結局、我を失ってはいるが横島は横島という事なのだろう。

 

 そう改めて感じ入いると、こんな状況だというのに二人の口元に小さな笑みが浮かんでいた。ナナも何だかうんうん頷いているし。

 生垣から顔をにゅっと突き出して嬉しげな顔をしている様は、エラいシュールな光景ではあったが。

 

 一方、そんな少女らの気持ちなど知る由もない高音は、感情に流されたまま喜劇の舞台で真剣な戦いを演じ続けていた。

 

 魔力を練り上げ、影を用いて生み出した使い魔達。

 そんな使い間の攻撃は尽く弾かれ、いなされ、或いはバラバラにされてゆく。

 高度な確立が成されており、実体感があるのは成る程大したものだ。この年齢にして中々の技術だといえよう。

 学生の身分ではあるが陰で警備活動を任されていたのは伊達ではないのだと解る。

 

 だがしかし、横島のパートナーである楓も並ではない。

 

 彼女は使い魔こそ使用できないのであるが、その代わりに異様に密度の高い分身を使ってくるのだ。

 尚且つ連携やらタイミング、フェイントまで織り交ぜた多種多様なパターンの組み上げは高音よりずっと上なのである。

 

 今学期の初めに楓と出会ってからこっち、古まで交えた三人でずっと組み手やら鍛練やらを続けさせられていた彼であるし、尚且つ大首領の元で地獄の猛特訓を受けさせられているので、一対多といった戦いには物悲しいほど慣れていた。

 身も蓋もない言い方になるが、高音の戦い方は楓らよりずっと劣っているのである。

 

 床の上を滑らせて間合いを詰める影。その数は四つ。

 テーブルや生垣の影を経由しているので気付き難い事この上もなく、通常であれば間違いなく不意打ち可能である。

 更に影はその手を鞭のように撓らせて伸ばしてくる。言うまでもないが鞭の初速は普通人の眼に捉えられないほどなので避ける事は難しいのであるが、

 

 「あ、危……っ!?」

 

 「……っ!!」

 

 背後から横島への攻撃。思わず円と木乃香が声を洩らし、ナナが眼を塞ぐ。

 本気で打ち倒す気になっているのだから手加減をあんまり感じられないのも手伝っているだろう、かなり怖い攻撃だ。

 

 だがサイキックソーサーという霊気の盾は並ではない。

 

 高音が『捕った!!』と確信したほどの攻撃であったのだが、(意識が飛んでいる事もあるが)怯ませる事も出来ず、逆に押し負けている。

 タイミングが合ったと思っているのは高音だけで、実際には攻撃の到達時間が早い順に防がれていたのである。しかしぱっと見には無敵防御された風にしか見えないのが恐ろしい。その分、彼女のショックも大きいし。

 

 彼女が絶妙だと思ったであろう間の取り方も先に述べたように楓らよりずっと鈍いのだ。

 

 何せ底意地の悪さで定評のある大首領と、トリッキー且つ多彩な戦いを旨とする楓であれば、わざと避け易い攻撃をして回避させて追い込むくらいの事はする。避けられたと安堵した瞬間に覆されるショックで追い込むのだ。

 

 そんな性質の悪い攻撃を完全に往なすには、己の運と奇跡を信じつつ呼吸する間も惜しんで隙間隙間を縫いまくって回避し続け、あるのか無いのかはっきりしない儚いチャンスを勘で見極めるしかない。何せようやく得られた息継ぎの間すらも、呼吸を乱させる罠の可能性が高いのだから。

 

 悲しいかなその鍛練はキチンと身体に染み込んでいた。だからこその超対応である。

 

 それに確かに高い実力を持っているであろう高音であったが、それは飽く迄も“上手い”という範疇であって“強い”訳ではない。

 言い過ぎでも何でもなく、彼女の攻め方は多岐に見えて単純な力押しで稚拙なのだ。 

 尤も、そんな高々度の戦いを実際に身に受けた事のない者にとっては眼を見張る攻防である。

 

 特に高音に攻撃にビクともしないそのド非常識な守りの堅さには、目を塞いでいたナナ以外の皆も一瞬呆気にとられていたりするのだから。

 

 だが、魔法戦素人の円やナナは兎も角、普段前線に出ている者が戦いの最中で“呆気にとられてしまう”のは頂けない。

 

 そんな微かな隙を、戦いというものを知る人間が見逃してくれるはずがない。

 

 氷面を滑るような有り得ない速度で詰め寄り、やおら手を伸ばして影の鞭腕を掴み取って力任せに引っ張り、何とド器用にも結び上げてしまった。

 ご丁寧にも結び目は綺麗なプレゼント結びである。

 

 「こ、この……っ!!」

 

 相手をおちょくって自分のペースに引きずり落とすのが横島の真骨頂。やはり人を喰った戦い方は魂レベルで染み込んでいるようだ。

 

 当然ながら根が真面目な高音にとって相性は最悪だ。

 視界が真っ赤になってしまうほど冷静さが削られ、相手を侮って隙も大きくなる。結果、すり抜けて来た横島への迎撃も間に合わない。

 無論、彼女にはガード兼攻撃補助用の使い魔が張り付いている。それらに対する信頼がカウンターを叩き込んでやるという判断を持たせてしまう。

 

 「え?」

 

 しかし、その腕が動く事はなかった。

 いや腕どころか身体そのものの動きが何かに縛られたかのように鈍くなってしまう。

 

 「お、お姉様……っっ え? 私も!?」

 

 高音の動きがピタリと止められているのを見て駆けつけようとした愛衣であったが、その彼女まで動きが封じられていた。

 いや、相手が悪いというのにもほどがある。

 

 例え結ばれているとはいえ、マンガじゃないのだから解けば良いのだ。

 それが“出来ない”という事に気付けなかった時点で全てが出遅れている。

 ――いや、例え気付けたとしても理由が解らなければどうしようもないだろう。

 

 「……い、糸?」

 

 「え?」

 

 この円のような霊視能力が無ければ、細い糸のようなものが巻きついているなど解る筈もないのだし。

 そしてそれらの糸が素早く巻きついて影をバラしていた等と思いつくはずも無かった。

 何せ彼女にしても、修学旅行での横島の一件を詳しくは聞いていないのでどういった能力やら知る由もない。

 

 「邪魔をしないでくれたまえ」

 

 そう静かに言って、両手をゆっくりと伸ばす横島。

 

 手が仄かに光って見えているのは霊気が集まっているからだろう。当然のように次に何をしようとしているのか解らない二人は身構えてしまう。

 横島は肩に力を入れ、僅かに竦ませるように一歩踏み出す。

 高音も愛衣も、動きを封じられてはいたがぐっと身を硬くしてそれに対応しようとした。

 

 迎撃は出来ずとも自分の抗魔力を上げれば一撃くらいは耐えられるだろう。と、相手の能力の質も解っていないというのに随分と気が大きい話であるが、解っていないからこそとも言える。

 どちらにせよ、耐えてチャンスを待つ以外手が無いのだからしょうがないとも言えるのだが……

 

 その予想は裏切られる事となる。

 

 パンッ!! と勢いよく打ち合わされる拍掌。

 

 それと共に貫くような閃光が高音らを襲う。

 猫騙し宜しく軽く手を打ち合わただけなのであるが、その光は二人の身体に圧力すら与えていた。

 音こそしなかったものの、それは横島お特異のサイキック猫だまし(弱)である。

 右と左の掌に集められていた霊気はスパークを起こし、フラッシュのように光を放ったのだ。

 

 「きゃっ!?」

 

 「眩しっ!?」

 

 その眩しさに視界を奪われ、反射的に光から眼を庇ってしまう二人。

 

 二人とも、それが絶大な隙である事は解っている。

 戦いの最中に視界を塞がれることは死を意味するのだ。解ってはいても、唐突にフラッシュをたかれれば肉体は反射的に眼を庇って動いてしまう。

 頭では拙いと解ってはいたのであるが、そう思考が立ったのは眼を庇った瞬間。全ては遅きに遅し。

 間合いを詰められる!? と、二人に緊張が走る。

 しかし、その想像もまた裏切られる事となった。

 

 何と視力が戻った二人が見たものは横島の背中。

 

 彼は二人に対してくるりと背を向け、動きが取れない彼女らを無視するかのように、本来の目的である円達が潜む場所に向かって歩き出しているのだ。

 二人とも何がなんだか解らないのだがどうにも身体が動かない。しゃべる事と呼吸以外の行動が取れなくなってしまっているのだ。

 こうなったらと学園に念話を試みた高音であったが……

 

 「あ、あれ?」

 

 何と念話が全く届かないではないか。

 

 驚いて首を無理矢理動かして愛衣の方に顔を向け、眼でもって問うのだが彼女も同様に驚き返っているので念話はやはり無理なようだ。

 

 単に身体が動かせない状態にされていたのならここまで驚かなかったであろう。

 気が付けば使い魔の構成すらも解けており、ぼろぼろと崩れて影に戻ってゆく。

 何と一瞬の間に身体の自由はおろか魔法の力すら、何もかも封じられた状態にされているのである。

 それは驚かない方がおかしい。あまりの事態に呆然としているので解り辛いのであるが……

 

 まぁ、なんて事はない。

 彼お得意のペテンに引っかかっただけなのだ。

 

 先ほどの絶対的なチャンスでのプレゼント結び。その際、霊糸を放って高音らにくっ付けていたのだ。

 その後の手をわざわざ光らせて見せたのは、何かしらの技を使うというフェイント。

 そして足を一歩踏み出したのは、近寄ろうとした風に見せる為。

 彼は踏み出したのではない。足先に落としていた“珠”を高音らの間に蹴転がしただけなのだ。

 

 転がされた珠は横島の霊波に反応して『縛』文字を浮かべで二人に巻きつけていた霊糸とともに動きを封じる。

 そしてサイキック猫だまし(弱)で視力を奪ってから、珠でもって魔法を『封』じたのである。

 

 珠の事を知らなければ……いや、知っていたとしてもこうまで巧妙に使われれば気付けという方が無茶である。

 それに“普通の魔法知識”しかない彼女達は、まさか自分らの真上に霊力を押し固めて作った珠が浮いていて、それが魔法を完全に封じている等とは思うまい。

 

 ただ、横島は珠を多用する事は自分を弱くする事だと理解しており、使わずとも何とかなるよう地力をエヴァに扱いてもらっている。

 だというのにこうまで簡単に使っているのはやはり自意識を無くしているからだろう。

 

 「……な、何をしたんですの?!」

 

 理解不能な状況だからだろう、高音の声は誰の耳にも上擦っていると解る。

 だが横島は何も答えずゆっくりと円達に近寄ってゆく。

 彼らの戦いを観戦する為、ウッカリと生垣から顔を出してしまっていたのだから解って当然だ。

 

 ここに来てやっと、高音は円らが潜んでいた事に気が付いた訳であるが、それは余りに遅い。

 

 幾ら冷静さを失っていたとはいえ、仮にも警備の仕事に着いている者が周囲の状況を調べる事を怠っているのだから。

 既に二人の手は顔の直前で動かなくなり、足は地面から離れない。いやそれどころか石化でもしたかのように足掻く事すらできない。

 

 高音は血が出るほど下唇を噛み、己の不甲斐無さを悔んだ。

 

 「おっ、おね、おねっ、お姉しゃま!?」

 

 そんな彼女に対し、愛衣は留める様な声を掛ける。

 彼女は優しい娘だ。後輩であり、パートナーでもある少女はだからこそ不甲斐無い自分を気遣って声を掛けてくれるのだろう。

 そうだ悔しがっている暇は無い。何だか知らないがあそこにいる三人が狙われているのだ。自分が動かなくてどうするのだ!!

 

 優しい後輩の声に後押しされ、そう自分を奮起させる高音。

 挫けかけた心に力をくれたのは後ろで固まっている愛衣のお陰。

 魔法は何故か封じられてはいるが、諦めてはいけないと思い出させてくれたのだ。

 

 高音はその思いに応えるべく、さめて眼差しでだけでも礼を伝えようと首をギリギリと向けたのであるが……

 

 「? 愛衣?」

 

 何かその可愛い後輩は様子がヘンだった。

 

 顔は異様に赤いし、目線は泳いでいる。感謝の眼差しに照れて眼を逸らしているのかと思いもしたのであるが、どうやらそうでもないようだ。

 よく考えてみると、さっきの声もなんか上擦っていたよーな気もする。

 そう首を傾げつつもふとその泳ぎまくりつつもチラチラと向けられる視線を追ってみると……

 

 「え゛?」

 

 彼女は知る由もないが、横島の珠はイマジネーションを込めて解放するようなものである。

 想像力さえ強ければ、その力は魔神すら騙せるほどだ。

 

 で、彼が珠に込めた字は“封”。確かに字だけならこれは封印の“封”なのではあるが、込めた意味合いは魔法が使えなくなるという“封”。

 

 最も身近でその状態でいる者を…エヴァのそれを知っているからこそできた。

 例え変身魔法を使用していようと、魔法効果の真っ最中だろうと学園結界によってキャンセルされてしまうという、謎の封印呪いのアレを見知っているからこそ。

 

 だから使い魔も構成が崩れて影に戻っていった訳であるが、そうなってくると当然ながら纏っていた影も解けるという事で――

 

 「き、きゃああああっっ!?」

 

 幸いにも服を影で強化していただけので全裸には至っていない。

 

 だが焦っていたからであろう単に衣服を影で強化していた為、元が普通の生地だというのに無茶な動きを強いた繊維は辛うじて影で繋がっているだけになっていたらしい。

 

 そんな服から影が崩れ落ちたのであるから、残ったのはズタボロの布切れ状態の元制服。

 それも要所要所“のみ”がさらされるという、恥辱プレイモドキである。

 おまけに眼を庇っていた時に固められているので、眼の辺りだけ隠した成年誌の素人写真状態。

 伊達に魔法風俗嬢だと誤解された訳ではないという事か。

 

 身体を隠そうにもピクリとも動けず、声を張り上げて人を呼んだらモロ見られてしまう。

 狙ってやった事ではないのだが、無意識でも性犯罪を起こしてしまうトコは流石横島という事だろうか。

 

 ともあれ、魔法風俗じ……じゃなかった魔法女生徒の奮闘も虚しく、戦いはこうやって終わらされたのだった。

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 普通なら絶対に見逃さないような光景に背を向け、ゆっくりと円のいる場に歩み寄ってゆく。

 

 何故だか彼の頭部の髪が後方にビンビン引っ張られているのだが、その歩みは止まらない。

 引っ張られている所為でスピード遅い可能性も感じられるのだけど。

 

 円はもう逃げられない事を悟っていた。

 

 いや、人ごみの直中を掻き分けつつ突き進んで魔法関係者を探し、助けを求めるという手もある。

 

 例えば前の担任である高畑。

 大首領から聞いているのだが、彼はこの学園都市で学園長に継ぐ実力者だとの事。

 他にも高等部やら大学部やらに実力者が揃っているというので、関係者に出会えさえすればどうにかなるのは間違いないだろう。

 しかしそれだと事が大きくなり過ぎるのだ。

 

 何せ円らを追跡する途中の障害物を全て“霊能力で”持って破壊し、魔法関係者を(狙ってはいないのだろうけど)セクハラで取り押さえ、今もまた女子中学生に対してナニかしようとしているのだ。

 

 流石に魔法使い達が罰として受けるオコジョ化まではされないと思うのだが、それでもかなり重い事になりそうである。

 

 最悪、もう会えなくなるかもしれない――

 

 そこまで酷くなる可能性は結構低いのだが、円にはその低い可能性すら恐ろしかった。

 既にナナにとっても大切で大事なお兄ちゃんであるし、円にとって……

 いや円()にとっても大切な男になっている彼。

 そかな彼が遠くに行ってしまうかねない可能性はゼロではない限り恐ろしいものなのである。

 

 「円君」

 

 優しく、それていて余所余所しい声をかけられ、ビクンっと身を竦ませる円。

 

 普段の彼なら兎も角、横島を感じられない声音は心に響かない。

 

 ス……と、差し出される手も彼の手なのに別人のよう。

 

 とてもじゃないがその手をとる気にはならない。

 

 「お、お姉ちゃん……」

 

 木乃香が抱えているナナも、何だか怯えている。

 横島が女の子に酷い事をしないのは、今までの戦いと彼女も本能から理解しているのでそちらは良い。良いのだが、今円が懸念しているような事を恐れているのだろう。

 スライムの姉達や、横島に会うまで寂しさに震えていたナナは、孤独になる事を異様に恐れている。

 

 無論、庇護者がいなくなるというだけではなく、あれだけ慕っている家族がいなくなってしまわないのかという恐れもかなり大きいだろう。

 

 だからこそ毛の先ほども助けを呼ぶような事も見せないし、可能性としてはゼロであろうが、横島に身体を求められたしても一緒にいられるならばと応じてしまいかねない。

 

 そんな二人の心など知らず、偽りの横島は嘘臭い笑みを浮かべてこちらに手を差し出している。

 その手を取れば自分がどうされてどうなる等、考えるまでもない事だ。

 

 ん? と軽く首を傾げる横島。

 

 その仕種を眼にし、円はかなりイラっときた。

 

 やっぱり今のアンタなんか横島さんじゃないっっ

 少なくともそんな胡散臭く微笑んだりしないっっ

 

 それに……

 それに、あれだけ大切にしている妹を怖がらせたり絶対にしないっっ!!

 “これ”が自分の念が生み出したと思うと、目にする事も憚られる吐き気が湧く。

 そしてそれ以上に嫌悪が浮かぶ。

 

 自分の馬鹿馬鹿しい想いがカタチになったものなのだから、欲の具現化したものである。

 自分にとって都合がいい人間な湾曲解釈された紛い物だ。それを突きつけられて喜んだりできるはずがないのだ。

 仮にも惚れさせて欲しいと口にしている相手。そんな彼がニセモノの想いを向けてくるのだから受け入れる気は全く湧いたりしない。

 

 いや、さっきまでなら微かにあったのであるが、涙すら浮かべているナナをみてはっきりと円はその気持ちを消し去っていた。

 

 本物の想いなら兎も角、こんな出来損ないの気持ちなんかいらないっっっ!!

 

 円は心でそう叫び、現実の横島を求めて相手の眼を見てそう完全否定した。

 

 

 

 

 ――いや、しようとした。

 

 

 

 

 「マ ド カ、チャン」

 

 

 「……え?」

 

 

 ギチギチと軋む音が聞こえそうなほど、差し出された手が硬い震えを見せている。 

 よく見るとその身体もガクガクと細かく震えているではないか。

 

 そのに何故か身体のあちこちで不思議な色の光が摩滅し、油の切れたゼンマイのように動きが鈍くなってきている。

 

 「ま、まさか……魔力に抵抗している?」

 

 ただ様子を見ることしかできなくなっている愛衣が、驚いてそう洩らした。

 羞恥に身悶えしていた高音も何を馬鹿な事をと思いはしたのであるが、横島を見てみると目を見張ってしまった。 

 

 身体から出ている光は世界樹の魔力の光。

 摩滅しているのは、身体から弾き出された魔力が世界樹の魔法によって戻っている様子。

 軋みつつ動きを止めているのは抵抗している証である。

 この男、僅かとはいえ世界樹から雪崩れ込んだ魔力を地力だけで抵抗しているのだ。

 

 「よ、横島さん……」

 

 日本の最大クラスの魔力を持ち、血筋もサラブレッドである木乃香は、何となくそれに気付けていた。

 

 確かに意識を完全に乗っ取られてはいたのであるが、自分らやナナの本気で悲しそうな顔を眼にした辺りでその眼に僅かに光が戻っていた事に。

 

 無論、世界に名だたる聖地の一つである麻帆良の世界樹に抗い切れるはずもないのであるが、彼の力は魔力や氣ではなく魂の力を元とする霊能力者だ。

 

 魂が乗っ取られでもしいない限り、動きを鈍くする事位はできなくもないのかもしれない。

 

 「そ、そんな非常識な……

  どれだけの抗魔力が高かろうと、

  二十年にも及ぶ魔力に抗える筈がありませんわっ!!」

 

 「で、でも実際にあの人は……」

 

 魔法の常識内しか知らない二人からすればこれは理解外の話。

 しかし横島に関わってから非常識にどっぷりと浸かってしまっている円達にとっては、ちょっと驚いただけで想定内という気すらしてくる。

 

 そっかぁ……何だかんだでやっぱずっと頑張ってたんだ……

 

 そう気付いた途端、円のイラ立ちはゆるやかさを見せ始めた。

 動きを鈍くさせているのは、その隙に逃げてという意思表示だろうが、それでも結局は解決に向うまい。

 話が大げさになって騒動が大騒動に発展し、横島が罰せられるだけになってしまいかねないのだ。

 

 「まったく……も~」

 

 考えてみれば自分が願ってしまった、という事実を羞恥があったとはいえ認めなかった自分が悪いのだから。

 

 踏ん切りが着いたのか、円は安心させるようにナナの頭を一撫でし、彼女にかのこを任せてすっと立ち上がり、一歩前に出た。

 

 「ちょっと貴女!!」

 

 実にあぶなっかしい格好のまま高音がそう咎める。

 

 魔力が充填されているから危険だと言いたいのだろうが、ある意味彼女の方がアブなかったり。

 そんな彼女に対し、うっさいっ 黙れっ という眼差しを送り、直に横島に眼を戻す。

 

 未だ彼の眼の光は鈍い。

 微かに意識はあるようだがそれでも、だ。

 何時もの彼じゃない事に、そしてそうしてしまった事に円の胸がちくりと痛む。

 その痛みが弾みとなり、円をまた一歩前に進み出させた。

 

 だが彼女の顔に悲しみの色は無い。

 涙が浮かんではいるが自己嫌悪交じりの苦笑のみで、後悔も恐れも感じられない。

 

 「あのね……もう忘れてるわけ?

  私は待ってる側(、、、、、)なのよ?」

 

 円はその手を取り、自分の胸に押し当てる。

 

 ドエロい男ではあるのだが、みょーなトコで純情なので彼女のその大胆な行動にぶぴっとナニか噴いて慌ててしまう横島。

 意識がスっ飛んであれだけ態度がでかかったにも拘らず、だ。やはり本質はそのままなのだろう。

 

 ここに至り、円の気持ちは完全に固まった。

 

 如何に告白に対しての夢を持っていようと、腹が決まれば現実的になる。こういう時にはどうしても女の方が強いのだ。

 「こう(、、)なっちゃったのが私の所為だとしたら、それは私が望んだって事だしね。

  逃げた私が悪いのっ だから全然気にしなくていいんだから」

 

 傍から見てるだけなら擁護のようにも聞こえるのだが、稚拙ではあるけどこれは“誘い”である。

 

 彼女の胸に押し立てさせられている掌からも鼓動でそれが伝わってくるのだろう、横島の意外と硬い理性にビギビキと音を立てて深くヒビが入ってゆく。

 

 そんな彼に対して今更照れが出てきてしまい顔を赤くしつつ俯き加減になる円。

 

 しかしその目は彼を見つめたままだ。

 

 狙ってやった訳でもないのだが、横島に……いや男に対してかなり深刻なダメージを与える上目遣いである。

 

 「あのさ……初めての時って私からだったじゃない。

  だから今度はさ、横島さんから……」

 

 自分の胸に押し当てたまま、微かに身体を振るわせつつ円はその瞼を閉じ、小さく唇を動かした。

 

 恥ずかしさが勝っているのだろう、最後の方は声になっていなかったのであるが、それでも何故だか横で見ている木乃香や、後ろから見ている高音らにも彼女が何と口にしたのか解ってしまう。

 

 即ち……

 

 

 

 して――と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ン……っ!?」

 

 一瞬、何が起こったのか少女らも、いや当の円も解らなかった。

 

 逸早く気付いたのは木乃香だったのだが、彼女とて正気に返ったとしてもナニをどうとできる訳もなく、せいぜいナナの眼を塞げただけ。

 

 あーん 見えないレス~という幼女の訴えに反応する余裕もなかった。

 

 愛衣と高音は目の前に手を翳した状態で固まっている為よく見えはしていないのであるが、それでも気になるお年頃なのだろうチラチラと隙間から様子を窺っていたり。

 

 その円も自分から切り出したのであったが、やはり余裕なんか欠片もない。

 二度目とはいえ、今度は誘ってしてもらった事も大きかろう。

 

 前の時は勢いだけが先走りしており、尚且つ契約という儀式の意味があった。

 

 しかし今回は魔法といういらん力が後押ししてはいるが、

 彼が能動的に抱きしめて唇を塞いでくれた(、、、、、、)のであるから、以前のあれとは途轍もない隔たりがあるのだ。

 

 いやそれだけではない。全員……いや円ですら予想だにしなかった事もあった。

 

 傍目には自分の唇がやや乾いた彼の唇にふさがれただけ、であろうが実のところとんでもない状況下に円は陥らされているのだから。

 

 最初は、やはり強く抱きしめられた事に驚いて思わず眼を開けてしまった円であったが、その視界いっぱいを防いでいたのはアップになった彼の顔。

 

 彼女の視界にはそれ以外がなかった。

 

 自分が一人の女の子として抱きしめられてキスされているという事で頭が沸騰し、それでいて彼の本気の本音ではないという一抹の虚しさが湧き出す。

 

 それでも受け入れたのは自分だと開き直りで瞼を閉じたのだが……その瞬間、感触と感覚が一変した。

 

 確かに今の横島は意識を奪われてはいる。

 

 世界樹から雪崩れ込んだ強大な魔力によって、恋人のする情熱的なキスをする為だけのキス大魔王とされてしまってはいる。

 だが、魂まで汚染できている訳ではなく、行動が乗っ取られているに過ぎないのだ。

 

 霊的行為の一つに『口寄せ』というものがあるのだが、何故かマンガによって広げられている“それ”と違ってオカルト的な口寄せというものは、空の中に言霊が散ってしまわぬよう口から口に呪言を渡す事という一面もあるのだ。

 

 覚醒したてとはいえ円は受動的な霊能力保持者である。

 

 そして霧魔の一件で解るように、横島は霊波伝達力もずば抜けている。

 

 よって、世界樹の魔力に抗う為の超強力な霊波は、恰も衝撃波のように円に直撃。横島同様に意識を完全に奪われてしまっていた。

 

 ――いや?

 

 横島が抗っていた事からも解るように、霊的には意識があるともいえる。

 

 「はぁ……ん、ちゅ、ちゅ、あ……」

 

 「あわ、あわわわ……」

 「な、なな……」

 

 クラッシュゼリーを混ぜる様な湿りきった音と、荒く艶のある吐息が異様に響いて感じられてしまう。

 

 隙間も無くぴったりと合わされた唇の隙間から顎を先まで滑って滴り落ちる雫。嫌が応にも激しく舌が絡み合っているかが解る。

 

 若葉マークの少女らが、こんな本格的な大人のキスを見れたのだからそれは言葉も失うだろう。

 

 やがて今までで一番隙間……二センチくらい……が出来るのであるが、舌だけはその距離を認めないのだろう、お互いを求め合って絡まろうとする。

 

 しかし気が合い過ぎているのかお互いが同じ方向にぐるぐる回るだけで、吐息は絡み合っても舌は上手く絡まってくれない。

 

 埒が明かないと思ったのか、苛立ったのか、示し合わせたようにまた唇が重なってくぐもった艶声が漏れてくる。

 

 それでも肉体的に刺激が強すぎるのであろう、円は既に酩酊状態。その顔は熱病に浮かされたかのように真っ赤になっていて、彼の身体に回された腕もぐにゃぐにゃだ。

 

 横島の手が頭を支えていなければ水母のように身体が垂れ下がりそうである。

 

 いや、実際に力なんか残っていない。

 まるで身も心も捧げていると言わんばかりに、全てを彼に預け切っているのだ。

 やがて何となく円がしなだれかかるように身を倒すのだが、それでも唇を離さず撓るように彼女を抱き締め続ける。

 時折角度を変え、あらゆる角度から円を味わい尽くそうとでもしているかのようだ。

 

 その時――

 

 

 ゴクリ、と横島の咽喉が動いた。

 

 

 「「「の、飲んだ……」」」

 

 観客と化していた高音らと木乃香がそう呟き、同時に咽喉を鳴らす。

 

 本で見たり話に聞いたりしているものなんかより遥かに上。いや想像の範疇を超えている生のキスシーンは余りに刺激が強過ぎた。

 ついに三人は頭が真っ白になって考える事をやめてしまっているくらいなのだから。尤も眼を塞がれ続けているナナだけは、見えないレス~! 等ともがいてるのだが。

 

 まるで見せ付けるかのように何度も咽喉を鳴らしていた横島であったが、ついに身を起こし今度は円が身体を反らせてゆく。

 だらん、と円の腕が力無く垂れ下がるが、地面には当らない絶妙な角度。右手で深い腕枕のように頭と背中を支え、空いた左手で垂れた彼女の腕をとり、また強く抱き締める。

 

 クラスで中ぐらいのサイズの胸がまた彼の胸板でつぶされ形を変えるが誰も気にならない。

 そんな事よりも気になっているのは……

 

 

 ゴクリ――

 

 

 「「「の、んだ……」」」

 

 

 円の咽喉が動いた事だ。

 

 それを見届けされられてしまった瞬間、血圧が上がり過ぎて限界を迎えたのだろう愛衣は頭からぴゅーと煙を噴いて立ったまま失神。高音はというと支えようにもその事すら気付けない有様。

 愛衣は既に仮契約を行っているし、木乃香にしても知識でなら仮契約の儀式でどういう事をするかは聞いていたので、何をどうこう行うのか全く知らない訳ではない。

 

 だがここまで、契約という儀式的なそれではない、

 想いを通じ合わせる接吻(くちづけ)という行為がこんなにも生々しく、こんなにも凄いとは思ってもいなかった。

 それに彼女らが知る由もない事であるが、円は単にキスをしてい(されて)る訳ではない。

 

 肉体は横島に抱かれているし、霊体は彼から雪崩れ込んでくる霊波動に翻弄され続けているので、心身同時に抱かれているようなもの。

 

 更に肉体と違って霊体には快感限界値がない。

 

 横島が楓達に持っている感情は、如何に否定しようとも好意というレベルをとっくに飛び越えている。

 だから半役立たずと化している理性に必死こいて鞭打って何とか押し止めているだけで、実際には強過ぎるほどの愛情をずっと湧かせ続けているのだ。

 

 当然ながら円に対しての想いも、そこらの人間なんか足元にも及ばないほど強い。

 剥き出しになっている霊体にその真っ正直な想いがどっぷり詰まった霊波が雪崩れ込んでいる訳であるから、愛撫と化している口付けによるものと『想われる快楽』のダブルパンチによるダメージは半端ではないのだ。

 

 「んっ、んっ、んっんっっ!!」

 

 口をふさがれたままの乱れていた息はやがて切迫となった。

 

 荒いとかどうとかいうレベルを越え、痙攣すら起こしている。

 

 足はピンと伸ばされ、身体も強く反りかえる。抱き締められていなければ、折れよとばかりに反っていたことだろう。

 

 「ン、んンンンっっ!!」

 

 だけど唇を離さない。いや、離せない。

 

 霊力を使われたかのようにピタリとくっ付けられたまま。

 

 肉体霊体の双方同時に流し込まれてくる彼の霊波がとてつもない心地良さを齎していてそれを手放せないのだ。

 

 それでも形容不明の未知の快楽には恐ろしさを感じさせるのだろう、身体を小さく振るわせてしまう。

 だがそれが解ってしまうと、無駄に気遣う精神から彼女の怯えを取り去ろうと抱き締める力と霊波がもう一ランク上げてしまう。

 

 「ン゛~~~~~~~ッッッッッ!!!!」

 

 それが止めとなり、意識を繋ぎとめていた糸がプツリと切れた。

 

 一番下のチャクラから何かか突き上がり、脊髄を遡って頭頂から噴出した、そう感じられたのが円の最後の意識。

 頭の奥にツンと来るほどの刺激で弾ける星を幻視し、直後眼がぐるりとひっくり返り、串刺しにされたかのように手足が伸びきり痙攣。

 

 自分を見失わないよう何とか崖っぷちで踏み止まっていた円であったが流石に限界。

 

 あたたかい蜂蜜の泉に沈んでゆくような、甘ったるい脱力感に身を任せるのだった――

 

 

 高音と木乃香の二人は余りの光景に声も出なかった。

 

 いや、言ってしまえば単にキスを見せ付けられていただけなのであるけど、その内容が余りに濃過ぎたのである。

 

 事を終わらせた(?)横島は、円を床に直に寝させはしたもののそれでも優しげその頬を撫で、自分のハンカチで彼女の口元を拭いて自分のジージャンを掛けてやっていた。

 その所作からも、彼女ら対する想いが見て取れるほど。

 

 図書館島で部活を行うくらい本に接している木乃香であるから、当然ながら本をよく読む。

 

 関西呪術教会というバックボーンは知らなかったが、お嬢様というポジションは昔からで、ここ麻帆良に来るまではまともに友達との付き合いはなく、女学校という事もあって恋愛関係もリアルな話はほとんど無かった。

 ルームメイトの明日菜が元担任に向けていたそれは似ているようで何となく違うような気がしていたし、本屋ちゃん事のどかがモギに向けているそれも本気ではあるだろうがどこか子供っぽい。この間の古の相談に乗ったそれが一番身近でのリアルなそれであろう。

 

 「……」

 

 どきんどきんと胸の鼓動は高まり続けている。

 “皆の妹分”を目隠ししていた手を外して胸に手をやるとハッキリと手に伝わってくるほど。

 

 酔っ払ったような顔で寝っ転がっている円にびっくりしてナナが立ち上がるが、それにすら気付けないほど。

 慌てて円に駆け寄ってゆく幼子の背中に目もくれず、木乃香の眼差しはずっと横島に注がれ続けていた。

 

 彼は相変わらずの眼をしてはいたが、妹を溺愛しているのは変わらないようで、走ってきた彼女の頭を優しく撫でている。

 ナナも円が気になるものの、その手の感触に抗えないのか心配げな顔になったりふにゃっとデレたりと忙しい。

 

 今なら解る。あの手には抗えまい。

 

 手から伝えているのは激烈な親愛だ。

 愛情に飢える子供が抵抗できる訳がないのだ。

 そして恐らく、円は同レベルのパワーでベクトルの違うものを注がれたのだろう。でなければあんな表情で失神すまい。

 

 注がれたであろうものの見当は付く。

 

 今だからこそ、それが理解できる。

 

 「……」

 

 木乃香は、ナナを手放した事で空になった腕でもって自分をきゅっと抱きしめた。

 

 今更否定する気は更々無いのだけど、それでもまさかという気もあった。一番縁遠いものだったのだから。

 でも、あの妹との触れ合いや円との行為を見てはっきりと思い知ってしまった。

 

 

 自分は、羨ましいのだと……

 

 

 それを自覚した正にその瞬間、彼がこちらを向いた。

 息が止まる思いとはこの事だ。

 それを想像していた直後なのだから当然だといえよう。

 

 顔が熱い。胸が高鳴る。解っている。自分が“期待”しているのだと。

 

 高音の制止と退避の声を遠くに聞き、あえて耳を素通りさせて木乃香はゆっくりと立ち上がった。

 

 彼は、それを確認したかのようなタイミングで円をナナに任せて一歩踏み出す。

 

 

 そう、魔力はまだ切れていない。

 願った者がまだいるのだから(、、、、、、、、)

 

 恐れからではない自分の身体の震えに奇妙な心地良さを感じつつ、木乃香は差し伸べられた彼の手を取り――

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 「お嬢様!!」

 

 「あ、せっちゃん」

 

 街路樹を蹴って飛び、テラスに飛び込んで来たのは刹那である。

 

 人通りが少ない場所ではあるが実に大胆な行動である。まぁ、麻帆良であるからスゲーっという感想で終わってしまうだろうけど。

 

 「これは……

  一体、何があったのですか?」

 

 見知らぬアドレスからの電話が携帯に掛かり、首を傾げつつも通話ボタンを押してみれば何と相手は木乃香。

 驚く刹那であったが木乃香は軽く流しつつこの場所に来て欲しいと頼み込んで来た。

 

 訳は解らずとも急いできてくれと言われたのだから行かねばなるまい。

 だからネギとのどかのデートをストーキングするのを止め、文字通り押っ取り刀で駆けつけてきたのであるが……

 

 まず眼に入ったのは何だか荒れているテラスの床に座り込んでいる制服姿の木乃香。

 

 分かれた時はクラブで使っているローブを着ていたのと疑問に思うのは当然であるが、そのローブは何故か昨日初めて見た魔法生徒の少女が身に纏っていた。

 

 それだけでも訳が解らないのに、その少女は何だかぷんぷん怒って説教をしている相手は鍛練でお世話になっている横島である。

 彼は見事としか言えないふつくしい土下座(、、、、、、、、)でもってひたすら彼女に謝り倒していた。

 土下座をしている事が似合いすぎている為か、或いは何故か一緒に土下座している小鹿がいるからか定かではないが、シュールとかどうとか疑問も浮かばないのが物悲しい。

 

 そしてこれまた謎であるが円が泥酔しているかのような真っ赤な顔で木乃香の左膝を枕にしている。

 反対の膝にはまたまた謎であるが真っ赤な顔の少女……やっぱり昨日見た自分らより年下っぽい魔法女生徒が。

 ナナもいたりするのだか、彼女は木乃香の側で銀色グミの形態でちょこんと座って(?)いる。なんか湯気が出てる気がするのはなぜだろう?

 

 カオスとまでは行かないが、何が何だか解らない光景がそこにあった。

 

 「え~と……何ちゅーたらええかなぁ……」

 

 そう楽しげに首を傾げる木乃香。

 言いたい事はあるのだけど、説明が難しい。だけどそれを考えるのが楽しいといった風。

 

 刹那はそれを見ながら内心首を傾げていた。

 何だろう? ちょっとの間に何だか雰囲気が変わったような……と。

 

 「まぁ 正直に言うたら横島さんが世界樹の魔法にかかってもぅてな」

 

 「は?」

 

 それは刹那も驚いた。

 

 彼はポイントに近寄らないように言われているとの事であるし、そうだとしても一番関わりそうな色ボケくノ一やバカンフーがいないのだから。

 

 だったら誰が告白しようとしたというのか。かかった、と言うのだから掛けた相手がいるのだろうし。

 

 一番可能性があるのは寝っ転がっている円か? 顔も真っ赤っかであるし。しかしだとしたらこの魔法女生徒は一体……

 

 

 謎が謎を呼んで首を傾げまくる刹那を木乃香が呼んだのは、腰に力が入らないだろう円を寮に連れて帰ってもらう人手だ。

 横島に頼んでも良いのだけど、何か不味い事態なる気がするし。

 

 ……尤も、自分も立てるかどうか怪しかったりするのだが。

 

 「あ、ちゃうか。

  ウチらがかかってんな、魔法に」

 

 「え゛?」

 

 顔がハニワのようになって驚く刹那を見てクスクス笑う。彼女の表情と自分が思い至ったものが面白かったのだろう。

 

 木乃香は無意識に指で自分の唇を軽く撫で、それに気が付いてまた小さく微笑んだ。

 

 まるで何かの感触を味わうかのようなその所作は、刹那もドキンとしてしまう色気が漂っていた。

 

 それが、その木乃香が漂わせている“それ”が、一端のオンナのそれであると気付けるには――

 

 

 もうしばらく掛かるようである。

 

 

 




 削り削って直しに直して逆にgdgd化が増した気が……なんてこったい。
 危うく18禁に向けかけてました。いや~面目ない。

 Enchanted……邦題:魔法にかけられて、の原題日本語読みですw
 テーブルトークとかの所為か強化魔法っぽいイメージが強いようですが、“魔法にかけられた”という意味の他に、魅了されて、誘惑されてという意味もあります。

 で、今回のメインは木乃香と円でしたw

 円が待っているから待ち望んでいるにランクを上げた事に自覚し、木乃香のLikeがLoveに傾くイベントですね。
 茶々が入ってませんから、本屋ちゃんとネギはほのぼのデートです。
 え? ハルナが覗いている筈なのに大人しい? いや一人じゃ盛り上がらないからでしょうww

 基本、ネギの行動は原作準拠です。単にエッチイベントがやたら削られるだけで。
 その分、横っちの方のエロパワーが大変な事に……ww

 だけど、これにも意味があります。終わるまで待ってみてください。スミマセン。
 今回で木乃香フラグが立ったのは後の後で意味が……遠いぞーっっ(涙)

 次もやはり学園イベントです。
 ヒロインは、“ある意味”楓。ハテサテ?
 学園祭編で吹っ切らせる為、裏のヒロインとの絡みが大変なんですわ。ヤーレヤレ

 それでは、続きは見てのお帰りです。
 ではでは~



                                     

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休み時間 <幕間>:WALL外
本編


 

 

 ――あの晩、彼が見たものを表現するなら峰打ちが近いだろう。

 

 それも刃を鞘に納めた上で尚且つ峰で打つという徹底した不殺の戦い方で、更には衝撃の方が強く激痛によって悶えさせるような事も行っていない。

 相手を打ち倒しはするがそれ以上のダメージはない為、当然ながらその相手は直に立ち上がってきたのであるが、今度は攻撃もせずに沈黙させていた。

 だが、その得物は刃に非ず。かと言って無手……所謂、手刀でもない。

 

 それは――闘氣。

 

 戦い続けた者が放つそれは千百の兵に匹敵するという。

 単なる学生の身である相手がそんな強者の氣に抗える筈も無く、萎びた草花の様に腰を抜かして己の愚かさを悔いていた。

 

 しかし、そんな氣を放っていた方はというと、そんな輩など眼に入らないのか妹と思わしき少女の相手に大忙し。

 やはり怖かったのだろう、兄に甘えてぐずぐずとえずいていたのだか…ら?

 

 ――とその時、彼の頭を電気が走った。

 

 ぐずぐずと泣いて甘えている(、、、、、)

 あれだけの氣を発している者を相手に……だと?

 

 あんな幼子が闘氣に怯えぬはずがない。どれだけ慣れていると言えども――だ。

 物理的な圧力すら感じさせるあの氣を間近で受けて平気でいられようか。

 

 とすると……少女には塵ほどの怒気も闘氣も掛っていないという事となる。

 

 何という事であろう。

 自分はこれほどの男を知らなかったというのか?

 

 ショック。

 うむ確かにショックだ。

 短い人生ではあるが、武の道に入ってそれなりの経験を積んでいたというのに、これだけの男に出会えず、そして知らずにいたという事が。

 あれだけの技量を持つ者の存在の噂も知らず、その力を欠片ほども感じられず井の中の蛙でいたという浅はかな自分が。

 

 それを思い知らせてくれた者は……そう、当のあの男だ。

 弱者を労わる優しさと、雑魚とはいえ格闘をやっている者達の前で怯みもせず平然と背を向けられる器を持つ男。

 

 否、“漢”。

 

 

 当然のように彼への興味は膨らんで行く。

 いや、それはそれは“必然”であったのかもしれない。

 

 ――等と、あの晩の一件に思いを馳せていた男の視界の隅を、

 パレードの人ごみを何となく避けて歩いていた男の目の端をあるものが掠めてゆく。

 

 普段ならこの地ではそんなに珍しい事ではない為、殆ど気にもならなかったであろう。体術に優れた者に事欠かないし、最強と謳われている人物なんぞ女子中学生であるこの地なのだから。

 しかし視界の隅を駆け抜けていった者は例の漢。そうあの漢だったのだ。

 

 何を急いでいるのかは不明であるが、アスファルトの道路を恰も氷上を滑るように突き進む。

 初めて見にするが、恐らくは話に聞く古代中国武術にあったという歩法という奴であろう。

 成る程。納得した。この間ザコをすっ飛ばした技もその筋ならば、八極拳……貼山靠というやつだったのかもしれない。

 

 やはり只者ではなかったか……否! 思っていた以上の強者!

 それが解った事が、確信できた事がよほど嬉しかったのだろう、彼は野獣を思わせる笑みを浮かべその背を追った。

 

 結論から言えば追跡は失敗し、彼は漢を見失ってしまうのであるが失意は無い。

 何せ僅かとはいえ漢の戦いをその眼で見る事ができたのだから。

 

 影のように地を這って襲い掛かるのは恐らく話に聞く布槍術というやつであろう。或いは暗器。

 それを使っているのは自分と然程年齢差の無い少女のようであったが、中等部に麻帆良最強の武術家がいるのでそんなおかしくは無い。暗器使いというのなら普段の行動も潜められているだろうし。

 執拗に漢を攻撃している理由は不明であるが、そんな目に逢っているというのに件の者は妨げとなる布槍or暗器以外は歯牙にもかけず突き進む。

 愚直なほどただひたすら真っ直ぐ歩き続けているのだ。

 

 やはり……

 やはり自分が見込んだ漢だ。と彼は一人ほくそ笑む。

 

 あの晩、少女を守る事以外に手を上げていなかったくらいだ。相手が女ならば尚更だろう。

 

 だが恐らく彼女はライバル。

 

 漢の移動術が古代武術であり、少女の技も古代中国の戦闘武術を基にしているのだからそうに違いない。

 この平和で長閑な麻帆良の裏でこのような戦いが起こっているとは……なんとも興趣の尽きない話である。

 

 しかし、女とはいえ敵だというのに何と甘い事か。

 これだけの攻撃。まともに受ければ命の危険もあるだろう。だがしかし漢は微かな笑みすら浮かべてそれら全てを捌き、彼女の制止を振り切って突き進んでゆく。

 やはり甘い。反撃すら行っていないのだから。

 

 ――だが、彼はそんな馬鹿は嫌いではなかった。

 

 その時、男の頭を又も電気が走る。

 そうだよく考えてみると、二人が向っているその方向には龍宮神社があるではないか。

 

 毎年恒例のイベントに、『まほら武道祭』というものがある。

 名前からして説明の必要のないイベントで、それなりに腕に自信のある者が出場して戦うというものだ。

 

 しかしその優勝賞金はというと十万円。

 

 確かに学生の身分であれば結構な額であるが、巨大な催し物がひしめく麻帆良祭の中ではかなりショボイ賞金額で、当然ながら出場者も小遣い稼ぎ程度か暇つぶし程度のものとなっていた。

 無論、腕に確かな自信を持っている者で、強者との戦いを望む者ならば見世物じみ過ぎていて見向きもしないだろう。

 男も真の戦いが出来るとは考えられなかったので、暇つぶしに冷やかしに行く程度にしか思っていなかった。

 

 だが、今年は違う。

 

 ある人物が色んなイベントをM&Aし、一つのイベント『まほら武道大会』として纏め上げ、賞金金額もどーんと一千万に跳ね上がったと聞く。

 賞金の釣られて噂が広がり、噂によって人が集まり、その集まる人数によって強者が集まってくる。

 雑魚もかなり多くなるだろうが、強い者が残るのは世の習い。そしてそんな者達と戦いたいと思うのは……漢として当然の話であろう。

 

 まぁ、会場が龍宮神社所摂斎庭というのが罰当たりっぽくてナニであるが、伝統行事であった麻帆良の武術祭の復活なのだから武道の神がとりなしてくれるに違いない。ウム。

 

 そして彼らにしても、恰も誘蛾灯に誘われるかのように戦いの気配に惹かれているのだろう。

 当然だ。武の血が流れる者はその胸の高鳴りを抑え切れるはずが無い。

 しかしあのライバルの女は戦いの刻まで待ちきれず、かまってもらおうと攻撃した……という事だろう。そしてあのような逃走バトルとなったと見た。

 

 フ…… 流石はオレが認めた漢。やはり無駄に戦いはしないという事か。

 正に鞘に収めた刃だと感心する。

 

 しかし、そうなってくるとその鞘の中身が見たくなるのは当然の流れ。

 仮にその刃に打ち倒されようとも、その斬れ味を我が身で受けたくなってしまう。

 自分の拳から放つ漢の氣と、件の漢の刃との討ち合い。何とも心が動かされる語かされるじゃないか。

 

 だから……

 

 

 だから、だから!!

 

 

 「例えぼーずのような子供が相手でも、手を抜く訳にはいかねぇんだ!!」

 

 「な、何が何だか解りません!!」

 

 氣を下腹にギュっと落として練り上げ、構えた拳に集中。

 旋回させながら引っ張り出すイメージで、腕という銃身を通らせて前方に放つ!!

 

 「漢魂! 漢魂!! 漢魂!!!

  も一つおまけに超必殺・漢弾!!!」

 

 「う、うっひゃあーっ!!??」

 

 だが少年も然る者。

 その遠当ての雨を掻い潜って避けに避けまくっていた。

 

 流石は戦いの場に上がってきた者。

 なりは子供であるが、中身はどうして武人ではないか。

 彼はニヤリと笑って更に更に気合を入れた。

 

 「やるなっ!! だがここからが本番だ!!!」

 

 「ですから訳解りません!!!」

 

 「最早 問答無用!!」

 

 「ち、ちょ、まっ……ア゛――――ッッ!!」

 

 

 

 

 (ネギ)達の戦いは始まったばかりだ――

 

 

 

 

————————————————————————————————————————

 

 

 

         ■休み時間 <幕間>:WALL外

 

 

 

————————————————————————————————————————

 

 

 

 「うう……

  ひ、酷い目に逢いました……」

 

 テーブルに突っ伏し、どれだけ苦労&疲労したのか回りに知らしめているのはネギである。

 

 微笑ましく初々しい のどかとのデートも無事終わり、真名との見回り……というかガンバトルで疲弊した彼であったが、途中でばったりと夕映に出会い二人で色々見て周り、夕食をとった辺りで何とか回復に成功していた。

 気が合う――という程ではないが、思考に没頭すると周囲が見えなくなるという同じ欠点を持っているし、何より二人して知的なのだから話は合うのだ。そのお陰なのかもしれない。

 

 その後、夕映との口喧嘩にボロ負けて逃走していた小太郎と合流したまでは良かったのたのが……

 

 「楓さんや古老師が参加してるのは兎も角、龍宮隊長や零さんまで……」

 

 「けけけ こんな面白そうな事やってんのに無視できっかよ。

  まぁ、腕の一本や二本は貰うかもしんねーがな」

 

 「一本でも一大事ですよ!?」

 

 「なっさけねーなぁ ヲイ。

  斬り飛ばされても、ニュッ ニョッキリッと生やすくらいの気骨見せやがれ」

 

 「む、無理ですぅーっっ!!

  僕は虎男でも狼男でもありませーんっっ!!」

 

 ケチの付き始めは武道大会の開催変更からであった。

 

 夕映の説明によると、麻帆良のイベントは大なり小なりあれど基本的には普通の学校の出し物等よりはるかに大きく、クイズ大会とかでもフツーに100万円クラスの賞金が付くという。

 にも拘らず件の『まほら武道大会』の賞金は10万。これは相当ショボイであろう匂いがプンプン漂っているではないか。

 小太郎の落ち込みたるや如何なものであっただろう。

 

 しかし、幸い(?)にもこの年の大会は何時に無く巨大になっていた。

 

 何だか知らないがネギのクラスの超が複数の大会イベントを併合させ、賞金額1000万円。予選大会で人数を振り分け、麻帆良祭二日目に本戦を開くという大掛かりなものへと変わっていたではないか。

 当然、しょぼい内容ではと言われて落ち込んでいた小太郎は元気を取り戻して大喜び。嬉々として自分が戦う事になったグループへと駆けて行った。

 

 と、そこで終わっていれば微笑ましくて良かったのであるが、先のメンバーが加わると言われた上、

 

 「フフフ なかなか面白いコトになっているようだな」

 

 さっきまで自分を疲弊させてくださっていた龍宮真名隊長殿のお姿が。

 くくく 鬱憤を晴らせるし金も入って一石二鳥……という聞きたくないセリフはスルーである。

 

 それだけだったらまだしも、冗談事じゃないくらい剣呑且つウレシソーな笑みを浮かべている零まで見えちゃってるじゃないの。

 命の危機を察知して身体が勝手に動いて全力で眼を逸らしたのであるが次に高畑なんかハッケソしちゃったりなんかしてしまった。

 そして賞金に眼が眩んだかのか、色欲(タカミチ)に負けたのかは知らないが明日菜までも出るというし、何故かは不明だが刹那も出るという。

 

 気が付けば、ネギが勝った例の無いメンツばかりが寄り集まっているではないか。

 

 ネギは小太郎と顔を見合わせ、別荘の二の舞が起こる…というか再現されるだけだと悟り、君子危うきに近寄らずという諺を思い出して棄権しようとした。

 

 しかし運命は実に非情。

 梟から身を隠す鼠が如くその場を後にしようとした正にその瞬間――

 

 「この大会が形骸化する前。

  事実上、最後の大会となった25年前の優勝者は……

 

  学園にふらりとやってきた異国の子供

  ナギ・スプリングフィールドと名乗る当時十歳の子供だった」

 

 等と超が爆弾発言をぶちかましやがり、それを耳にしてしまったネギは反射的に参加を表明。

 え゛ ー っ ! ? と嫌がる小太郎を引き摺って参加登録をして予選出場を果たしたのである。

 

 運良く、という運悪く勝ち上がりはしたものの正気に戻ってみれば問題山積。

 自分と小太郎を除いてトーナメントに残ったのは十人であるが、その内の六人は知りあいもイイトコであるし、何より勝てると思えないメンバーだ。

 その他の三人の一人にしても、予選会場で氣と魔法の撃ち合いで拮抗して、結局最後まで生き残ったのだ。

 あの豪徳寺とかいう人にしてもあれだけ尋常ならざる相手だったのだからただ事ではないだろう。

 

 「……怨むで ホンマ……」

 

 「ごめん。僕も今大後悔時代を思い知ってる……」

 

 無論、黙って負けるつもりは更々無いのであるが、その苦労具合は計り知れない。

 ネギに至っては初っ端から高畑とのバトルなのだ。そりゃあ勘弁してと泣きも入るだろう。

 インチキかまして“四度目”の初日に戻って3-Aの生徒らを手伝ってリフレッシュしていなければ、今も積もり積もった心労で喋る気力も無かったに違いない。

 

 しかし――

 このオコサマ教師は兎も角として、バトルジャンキー一歩手前の小太郎まで自信無さげなのには疑問を感じてしまう方もいらっしゃるだろう。

 立ち塞がる障害を見てはニヤソと不敵に笑い、相手の強さを確認するより先に飛び掛って行くような彼に何があったというのか?

 

 ……と言っても、そんなに深い理由は無い。

 単に鍛練の場でボコボコにされているだけである。

 ぶっちゃけて言ってしまえば、当の昔に鼻っ柱をポッキリパッキリへし折られてしまっているのだ。

 

 鍛練の場として使用を許可されているエヴァンジェリンの城。

 そこの修業場で彼らを鍛えてくれているメンバーはというと……

 

 城主であり“最強の悪の魔法使い”エヴァンジェリン。

 その下僕である“殺害人形”零。

 エヴァの従者である現代の奇跡、魔法と科学の傑作ヒトガタ茶々丸。

 ネギの従者で魔法無効化能力を持つ明日菜。

 第二の従者であり、烏族ハーフの退魔剣士である刹那。

 只でさえ地力がド反則なのにAFの力による底上げで手が着けられなくなっている公然の秘密くノ一、楓。

 ネギの格闘術の師匠であり、元から表の世界で一級レベルの接近戦闘能力を持っていて、小太郎の直線的な格闘術では相性が悪すぎる上、攻撃反射能力のあるAF武具まで持っている古。

 

 そしてその二人の契約者でありド反則の化身。

 或いはインチキの生き神と謳われる横島である。神は一体どないせーと仰っているのだろーか?

 

 その他にも のどか、円、ナナ、番外に使い魔のかのこ。

 魔法という存在を知って(知らされて)自分から進んで勉強しに来ている夕映、せめて護身術くらい身につけたいと魔法を学んでいる木乃香。更に悪魔にちょっかい掛けられて裏を知ってしまったが故に、同じく護身方法を学んでいる千鶴と夏美といった面々もいるが、彼女らは非戦闘員なのでスルー。

 尤も、のどかと円が組んで戦えば大抵の敵は自滅するし、夕映は理論で攻めるタイプで戦術戦略面で相手を煙に巻けるのだが。

 

 因みにナナの相手は超☆論外だ。

 下手なちょっかいをかけたら保護者ズによる防衛行動によって即効で素敵な死亡フラグが乱立し、冗談抜きに命の危機である。泣かせたりでもしたら死んだ方がマシな目に遭わされるだろうし、最悪 死んでも辛い目に遭いそうだ。

 使い魔のかのこも似たような意味で闘うのは無謀。ついでにこの鹿の子は天然自然が味方なのでネギと小太郎が戦う相手としては相性が悪過ぎる。

 天狗の下っ端程度の小太郎も論外であるし、ネギの魔法属性は全部かのこと被っているので、最悪その精霊の力を封じられかねないのだ。

 

 ……まぁ、色々言いはしたが理由は端的である。

 つまるところ、ネギも小太郎も一勝も出来ていない相手ばっかという事なのだ。

 そりゃあ自信もおっぺしょれる(へし折れる)というものであろう。

 

 

 テラスに置かれた上品な白いテーブルに突っ伏し、垂れ滴る涙で鼠の絵を描くネギ。

 

 哀れを誘うよりも前にウザさが目立つのが物悲しい。

 それでも心優しい茶々姉ズが甲斐甲斐しく食事の用意をしてくれているのだから恵まれていると言える。

 

 「-同情はしませんが、メシくらいはご用意してさしあげます」

 

 何かつっけんどんにも程があるが気にしてはいけない。

 兎も角、お腹が膨らめば少しは落ち着いてマシになるかなーと後ろ向き全力な気持ちで用意された食事に意識を向け、手前の食器を……

 

 「……あの?」

 

 「-ハイ 何か?」

 

 「僕のコレは……」

 

 そんなネギの前に置かれた食事はかなり凝っていた。

 ぶっちゃけ匠の技と言って良いほどの凝りまくった盛り付けで、色合いにも下品さは無く上品さと遊び心を感じられる一品である。

 文句なんぞつけたら罰が当るというものだ。

 

 「-問題でも?」

 

 口では丁寧っぽく言ってはいるが、文句あんのか? というニュアンスがバッチリ感じられ、傷付いてるネギノハートにプスプス刺さって痛い。

 いや、文句というかなんと言うか……

 

 「いや、だって……」

 

 「-栄養のバランスも完璧です。

   貴方の体調にもあわせておりますし、

   明日に備えて量も加減させていただいておりますが……何か?」

 

 「何かって……その……このライスは?」

 

 ネギが指差したのは器に盛り付けられている味をつけたご飯である。

 飾りなのだろう、刻みパセリが軽く振られていた。

 

 「-鶏肉と一緒に炊き込み、

   鶏肉から出る肉汁とレモンで味付けしたインドネシアのチキンライスですが」

 

 「じゃあ、これは?」

 

 「-無論、ハンバーグです」

 

 見て解りませんか? と生温かい視線がやはり痛い。

 

 「-系列の良い牛の赤み肉を細切りにし、

   叩いて粘り気を出してから煉って形を整えてオリーブオイルで焼いたものです。

   ソースは一見ケチャップの様ですが、

   トマトピューレを肉汁とフォンドヴォーで味を調えたもの。

   付け合せのパスタも手打ちです」

 

 人参のソテーは焦げ目も無い見事な火加減で作られており、緑や黄色の色は温野菜で彩を整えている。

 ついでに鶉の卵が半熟で半分に切られてチョコンと置かれている。上に掛けられているソースはトリュフソース。其々が一品として楽しめるものの集合体だ。

 確かにコレで文句を言ったら罰も当ろう。

 

 「うん、だけど……」

 

 「-だけど、何でしょうか?」 

 

 料理も盛り付けも文句を言ったらいけないというレベル。

 綺麗だし、小奇麗に纏まっているし、量もほどほど。満足の料理である。

 

 だけど、問題が無いわけではない。

 贅沢にも、問題が無い訳ではなかったのだ。

 

 それらは一つの器に乗っている。

 綺麗にまとめられ、其々が自分のスペースを主張しつつもでしゃばらない見事な配分で。

 しかし、その技術やらは横に置いておく。味やら盛り付けやらが問題ではないのだから。

 

 その食器。

 器の深さ加減や、見た目のユニークさがなんともマッチした茶々姉秀逸の作品なのだ。

 全体が原色の緑で、“窓”や“タイヤ”の部分も下品にならないくらいのレベルにデフォルメが出来ていてなんとも可愛らしい。解りやすく言うと、ハマーが如くぺったんこになったジープの形を想像してくれれば良いだろう。

 

 先に述べたチキンライス、その横には自家製パン粉を粗引きにしたさくさくパン粉のエビフライ。オーロラソースにピクルスや卵を細かく切って混ぜたものが掛かっていてなんとも美味そうだ。

 そして件のハンバーグとパスタ、少な目の温野菜サラダ。これにカワイイ器に入ったコンソメスープとグレープフルーツのフレッシュジュースが付く。

 ご丁寧にも先割れスプーンが置かれているし、チキンライスには『きゅ~ん…』と尻尾垂らして絆創膏貼ってる犬の絵が描かれた旗が立っていた。

 

 「これってひょっとして……」

 

 「-所謂、日本洋食の至高 お 子 様 ラ ン チ です」

 

 彼方にピッタリの負け犬旗付の自信作ですよ?

 そうエッヘンと胸を張って言葉が続けられ、ネギはおちょくられている事にやっと気が付いた。

 

 「あ゛あ゛~~~っっっ 僕は、僕はぁっ!!」

 

 「ああ、ネギせんせーしっかりーっ」

 

 先割れスプーンを握り締めたまま、泣いて転がるネギ。

 

 そんな彼をわたわた慌てつつも労わるのは、のどか一人。その甲斐甲斐しさはダメ夫を支える幼妻のようで微笑ましい。

 小太郎は関わったら飛び火するので見て見ぬふりして我関せずであるし、他の少女ら……特に明日菜はネギの初戦の相手が高畑という事もあってネギを応援し辛くて悶えているし、夕映は呆れて謎ジュースを啜りつつ静観。いや傍観。

 結局、この場には一人しかネギの味方はいなかったりする。

 

 「あ゛~~~っっ どーしよーっっ!!!」

 

 「 せ ん せ ー っ 」

 

 休養の場として貸し与えてもらったハズの城のテラス。

 身体を休めるつもりが、問題の再確認によって心労が更に堪っただけであったのは真に遺憾と言わざるを得ないだろう。

 

 

 

 そして残る少女らはというと……

 

 

 

 「う゛う゛う゛……何でオレが……」

 

 「お兄ちゃん……」

 

 ちょっと離れたテーブルにて、今さっきのネギのように突っ伏している男が一人。

 こちらもまた、溢れ出た涙で鼠(アニメの悪戯ネズミっぽい)を描いていて うっとおしい事この上も無い。

 ただ、ネギと違って膝の上にちょこんと妹と使い魔が乗っかっていて大丈夫? 大丈夫? と労わり続けてくれているのでかなり恵まれてたりするのだけど。

 心の汗がダパダパ溢れ出ても、愛妹と小鹿が優しく拭ってくれるているので癒しの効果はバツグンだ。

 

 「-嗚呼 お義兄様。お労しい」

 

 「-できるなら代わってさしあげたい」

 

 尚且つ、茶々姉ズもそのヘタレ具合を馬鹿にしたり呆れたりせず労わってくれているのでネギよりかなりマシかもしれない。

 というか明らかな贔屓である。

 

 「-もうこうなったら身体を使ってお慰めするしか……」

 

 「-幸い、この城には大きな浴場も大きなベッドも」

 

 「-成る程。確かにお義兄様ならいやらしい事をするだけで元気爆発頑張る牙」

 

 「-大丈夫ですお義兄様。

   茶々丸に頼んでアンダーグラウンドの資料は集めておきました。SMから調教プレイまで幅広く出来ます」

 

 「広 く ね ー よ ! ?

  つか、狭いにも程があるわっ!!

  ナニ!? キミ達の中でのオレのイメージっそれだけなの!?

  エロスに走らないと生きていけない怪奇な変態生物とでも!?」

 

 「「「-??? 違うのですか?」」」

 

 「 あ が ー っ っ ! ! そ の 無 垢 過 ぎ る 視 線 が 痛 い ー っ っ ! ! 」

 

 ――訂正。

 本気で労わってコレなのだから、ネギの方より性質が悪い。

 

 言うまでもなく、このお義兄様とやらは横島である。

 この落ち込みの意味もやはり言うまでもなかろうが、さっきまでの騒動が一因だ。

 

 世界樹の魔力を散らして負担を減らしてあげようという、珍しく余計なお節介を起こしたまでは良かったのであるが結果は最悪。

 圧縮した魔力によって意識を乗っ取られ、よりにもよって“じょしちゅーがくせー”に接吻を迫る変質者へと変貌してしまったのである。

 

 何でもこの世界樹は世界に108ヶ所ある魔力ポイントの一つで、横島知識から言うと冥界のゲートに近いものらしい。

 言うなれば、妙神山から発せられている力をたった一人でコントロールしようとしたようなもの。出来る筈が無いのだ。寧ろ片手間程度の備えであそこまで成功していたという事の方が奇跡。信じ難い事なのである。

 

 「まぁ、惜しかったな。

  だけど成功した方が問題だったぜ?

  そんな離れ業が出来る人間を組織が放って置く訳ゃねぇんだし」

 

 ネギいじりに飽いたか、そんな彼の真向かいの席に腰を下ろす零。

 少年にはからかい一色だったというのに、彼にはこの態度。その扱いの差は如何なるものか?

 ……まぁ、強いて言うなら彼女もオンナだと言う事だ。

 

 それは兎も角として、珍しい事に(彼女にしては)見事なフォローであった。

 ただ、先ほどと同様にテーブルに並べたみょーに使い込んでそうなナイフを研ぎながら、というのがナニであるのだけど。

 

 「うっうっ まぁ、そう考えたら気が楽だけど……」

 

 無論、横島はその程度は気にしない。

 何せじょしちゅーがくせーにキスを迫って追い回していたというイタさ全力全開の記憶の方が圧倒しているのだ。

 

 円が気付いたように、あの時の横島は霊波で持って必死に抵抗を続けていた。

 その所為というかお陰というか、彼にはその時の記憶が残っていたりするのだ。その為にずっと自己嫌悪で悶えている訳であるが。

 

 「まぁまぁ そう気にせんでもええやん。

  おじいちゃんも自分のミス認めてくれたんやろ?」

 

 「うん。まぁ……」

 

 横島の右隣に座っている木乃香が言うように、幸い学園側も自分らのミスをしっかり認めていた。

 彼らが余計な気を回し過ぎず、しっかりと世界樹の魔力について説明していれば横島とてもっと別の方法をとっていただろう。

 

 例えば楓と組ませたら暴走しそうになってもテンションを下げて止められた訳であるし、

 古と組ませてると、やや激しすぎる感もあるがツッコミで止められていたに違いない。

 攻撃は避けられてもツッコミは避けなれないという関西の血がそうさせるのだ。

 

 初見での印象は確かにアレにも程があったのであるが、彼らも考え過ぎていた。

 冷静に考えてみると、最近の彼は妹のお手本になるべくそれこそ命がけと言って良いほど真面目に生活している。

 それを見て自分も感心していた筈なのに……と、厳しいガンドルフィーニですら彼を責め切れなかった。

 

 まぁ、そんなこんなで彼の非はそんなに重くはならず、学園祭の期間中の仕事を増やすだけでのペナルティーで終わる事になったのである。

 そして彼が今ヘタレている理由のもう一つは、騒動直後にその仕事(、、、、)に就かされたからだ。

 

 実のところかなり面倒な仕事だったりする。

 ある意味彼の真骨頂(、、、、、、、、、)ともいえるし、あんな一件の後なので身体を動かしていた方がマシであろうが、心の回復は出来ず仕舞いなのだから学園長もけっこう業が深い。

 

 「私もお手伝いするんレスよ?」

 

 「へぇ…お兄ちゃんのお手伝いかぁ」

 

 「えへへ……」

 

 「ぴぃぴぃ」

 

 「わかっとるよ。かのこちゃんも頑張んねんな?」

 

 「ぴぃ♪」

 

 それでもナナとかのこ がいるだけちょーマシであろう。

 愛妹と小鹿からしても彼のお手伝いが出来、その役に立てるのが嬉しくて堪らないらしいし。

 大体、自分の為に一所懸命になってくれている大好きな兄のお手伝いが出来て文句があろうはずがないのだ。

 

 そして――

 

 「……え、えっと、その……

  ま、前に言った二日目のアレは……」

 

 「え? え~と ま、前に言ったアレって、ま、円ちゃんのバンドのだろ?

  勿論行くよ?」

 

 「そ、そうですか……よ、良かった」

 

 円は円で、彼を挟んだ木乃香の反対側の席で小さくなったり何か頬を染めてたりして初々しく、これまた彼にとっても甘酸っぱく拙い癒しとなっていた。

 それにしても……左右に華を供え、更には膝の上に華の蕾と愛玩動物とは良い御身分である。

 こんな状況&状態にいてこれ以上文句言ったら天罰が下る事間違いなしだ。

 無論、彼自身もそのくらいの事は理解しているのだけど。

 

 で、この城の主であるエヴァはというと、そんなやり取りを耳に素通しさせつつ、またしても木を削り続けていた。

 普通に考えれば、世界樹の魔力が高まるこの時期は、結界の魔力が高まるのだから呪いも強くなって余計に弱体化するはずなのであるが、どういう訳か今年の彼女はそれなりの活動が可能となっている。

 

 流石に全盛期の力は不可能であるが、外界で低級魔法が使える程度までは回復をしているのだから、彼女に掛けられている呪いがどれだけ不条理か解るだろう。

 だがエヴァは、そんな貴重な期間だと言うのに部活の出し物以外は別荘(城)に引きこもったまま、彼女にしては丁寧さを欠く“何となくヒトガタ”という程度に木を削り続けていたのである。

 

 「まぁ、いいさ。

  私の被害が及ばぬのなら軽犯罪法違反をしようと児童買春しようと知った事ではない。

  好きにしろ」

 

 「人 の 話 聞 い て る ? !

  オレを性犯罪者前提で話聞いてない!?」

 

 話半分だった所為か、ポツリと返した言葉も実に適当。ある意味正鵠を射ている為、今の彼には痛いかったりするが。

 半泣きで否定してみても聞く気が更々無いので鼻先で笑われるだけだし、尚且つ邪魔するなと起こられる始末。踏んだり蹴ったりだ。

 

 とは言え、エヴァがそんな作業に集中している原因も横島が生み出したもの。

 魔力による暴走もそうであるが、彼という世界の異物と関わり、零という半成功半失敗の存在を見せてしまった事が招いた結果と言えるのだから。

 何せその過程を経て“とある計画”を思いつかせてしまったのだから。エヴァはそれにかかり切りで忙しく、一々泣き言を聞いていられないのである。

 エヴァからしてみれば千載一遇のチャンス。邪魔する方が無礼といえよう。

 

 何様だという説もあるにはあるのだが……まぁ、それは兎も角。

 

 そんなこんなで心身共に疲労してしまった横島とネギは、エヴァの許しを得てここレーベンスシュルト城でタレていたという訳である。

 特に異様に高いテンションの初日の人ごみを四回(、、)も味わっているネギはヘトヘトのぷーだ。

 尤も、ラストの四回目は朝の四時までクラスの女子達とバカ騒ぎをしていたのだから自業自得である。

 

 ――しかし、だからと言って、

 

 「ほほぅ 拙者らを見てみぬふりでござるか……」

 

 横島の方が気が楽という訳ではない。

 

 地の底から響いてくるような声音に、横島の身体がビクンと震えた。

 

 いや確かに彼は落ち込んでいたし、強いショックを受けて悶えてもいた。だが、少女らに魅かれている自覚もちょっとばっかしあったりするので、実のところ普段よりは苦しんではいなかったりする。

 

 何より可により彼を苦しませていたのは、こんな殺気をおもくそ向けてくださっている楓と古の二人だった。

 

 ぶっちゃけると、児童っぽい逃げ方。都合が悪くなった時の『ああっ お腹が痛いっ』というアレに近い。

 それで何とか誤魔化しきれると思ってたりするところがこの男らしいと言えなくも無いのだが。

 無論、ンなコトで誤魔化せる訳が無いのだけど。

 

 女の子形態やグミ形態で膝に乗って甘えるナナは何時もの事なので誰も気にしたりしない。小鹿も今更感満々だ。

 何となく羨ましそーに指を咥えてみてる見てる者(一部の茶々姉含む)もいるが、まぁそれは横に置いといて。

 エヴァに弄られ、線が四,五本切れたよーな言動をかます茶々姉ズに追い詰められるのも、納得し難いだろーが何時もの事だ。

 

 こんなごっつい目で見られている理由。

 ぎんぎろりんと睨まれている理由。

 それは彼を挟んで左右に座っている少女二人の件。右に木乃香、左に円が座っている事だ。

 

 いや、単に座っているだけなら(悔しげではあるが)そんなに気にはしない。何せ自分(ら)は従者契約をしているパートナーなのだから。ウン。悔しくない。絶対に。

 だが、その二人が横島との間に隙間無くぴったりくっ付いて座っているのは如何なものか?

 

 おまけに円とかにしても昨日までそれなりの距離を置いていたにも拘らず、件の騒動後にはなんつーか……初々しい恋人同士? そんな彼女っポイ空気を纏っているのである。

 そりゃ文句や怒気や暗黒闘氣も湧き出すというもの。

 瘴気、とまでは行かないがそれに近い怒気に恐れ戦いていた横島は、必死こいて眼を背けていたのであるが……そんな行為かましたところで解決に向ってくれる訳がないのである。

 

 「まぁまぁ 猫田さんも落ち着かなあかんえ?」

 

 「誰が猫又疑惑の女子高生でござる?!

  いやまぁ、確かに拙者もちょっと思わなくもなかったりしてるでござるが……」

 

 しかし、そんな攻撃を事もなく往なす猛者が一人。

 先の騒動でイロイロと吹っ切れてしまった木乃香だ。

 

 「大体、何でコノカがそんな側にいるアル……」

 

 実際、古もこの有様だというにその怒気をそのまま受け止めてケロリとしているし。

 

 『お嬢様…… 何とお強く……』と等と幼馴染がその成長に涙を拭っていたりするがそれ横に置いておく。

 いやまぁ、これでも横島の元雇い主の女性が放っていたソレに比べたら生温いのだけど、この年齢でこのレベルの怒気を放てるのなら同じ年齢にまで育ったら超えてしまいかねない。そんなのを受け流しているのだから、彼女の才気恐るべしだ。

 

 「ああ、これな?

  くぎみんが霊力いうアレを鍛えよるやろ?

  ウチも使えるかもしれへんさかい練習しよんよ」

 

 アッサリとその怒気も流しているし。やはりコレは瞠目して流石と褒め称えるべきであろうか? 単に図太いだけかもしれないが。

 本当アルか~? とかなり疑わしい古の問い掛けも、『ホンマやで? せやけどウチも始めたばっかやから、くっついとらな力感じられへんのよ』と返している。

 鋭い攻撃をカキーンと跳ね返す即答である。真偽は兎も角、そう言われれば黙る他ない。

 

 「……では、何故にいきなりそんな修業始めたでござる?」

 

 「んー……」

 

 楓のツッコミも軽く受け、テーブルに置いてあるお茶のお菓子……本日はパルミエ……を取り、ぱくっと噛んでから答える。

 

 「ほら、今さっき横島さんが言うとったやろ?

  魔力に乗っ取られて暴走して暴れてもたーって」

 

 暴走して、のセリフ辺りで円がびくんっと反応し、その頬が余計に赤く染まったのだが幸いにも怖い二人は木乃香の話に集中していて気付いていなかった。

 傍で見ていた刹那は偶然気付いて、ハテ? と首を傾げていたがそれだけである。

 因みに横島もちょっと赤かったりするのだが、こちらは顔を伏せていた為にやっぱり気付かれずに済んでいた。耳は赤いけど。

 

 「せやから、霊能力のヒーリングいうやつも覚えられたら、

  その暴走も止められたんとちゃうかなー思ぅたんよ。

  横島さんも、才能あるさかい いけるかもしれへん言うてくれたし」

 

 「「……」」

 

 ……まぁ、筋は通ってる……か?

 あの時、皆して困っとったのに、ウチは足引っ張っとっただけやったしな。と、悲しい笑みを浮かべて俯いたりしてるし。

 流石のしっとマスクレディな二人も、そんな無力さを悔いている木乃香をみれば矛を下げざるをえない。

 納得は仕切れないが、自分らがその場にいてそうなっていれば同様の悔いを持つだろう。

 

 

 だから――

 

 

 だから円は、『……う、上手い』と戦慄していた。

 

 横で座っているから丸見えなのであるが、俯いている木乃香の顔は悔いているそれではなく、下をペロっとだした悪戯っ子それだ。

 何せ嘘は言っていない。現実面、本当にあの時は無力さを悔いたのには違いないのだから。

 

 しかし、仮にそうだとしても別に今からくっ付いている理由にはならない。

 

 円も解っているから言わない。というか“言えない”のであるが、くっ付いているのは『後遺症』だったりする。それも乙女的な意味での。

 言う方も聞いている方も若輩なので穴も見つけ辛いし突き難い。

 そして頭の回転という点では木乃香の方が上だったりする。

 

 横島の恥であるし、暴走して公共物を壊してしまったので説明がし難い。尚且つ、どう考えても無理ではあるのだが、止められずにただ見てる事しか出来なかったので、その無力感から頑張ろうと発起したと言われれば成る程なーと納得するしかない。

 要は実に拙いトコだけ省いた都合の良い話を述べただけであるのだが、そんな理由をスムーズなやり取りの中で行えるのだから木乃香の実力恐るべし。

 

 「だ、だたら、何でクギミーはそんな顔してく付いてるアルか?」

 

 しかし、上手く行ったと思われた次の瞬間、古にちょっと痛いとこ突かれてしまう。

 チッ やっぱり誤魔化し切れんかったかと内心舌打ちをする木乃香。

 

 何せ件の少女は初夜明けの幼妻のような照れ具合で彼にくっ付いてもぢもぢしているのだ。

 昨日までの様子から一転してるのだし、嫉妬は女を名探偵に変えるというくらいだ。気付いて当然だろう。

 尚且つ、そう名指しをされた時に彼女らの視線から赤くなった顔を隠すように横島にくっ付いたのだから更に更に疑念が高まってしまう。

 

 「……どういう事でござる?」

 

 ああ……また剣呑な空気に……と、後頭部にでっかい汗を掻く木乃香。

 かといって円を咎める事も出来ない。何せ自分だってさっきまでそうだったのだから。

 別に色恋沙汰に慣れている訳ではない。こういう時にポーカーフェイスをやり慣れているわけでもない。

 単に早く腹を括れただけなのだ。

 知らぬ間に騒動の渦中にいたり、贄にされ(?)かかったり、と円より揉め事経験が多い為に立ち直りが早くなっているだけなのである。

 

 それでも掛かる状況の説明には二の句が浮かばない。

 幾らなんでも彼女の雰囲気が変わり過ぎているのだ。ぶっちゃけ誰の眼にも“事後”にしか見えないくらいなのだし。

 

 さて、困った。

 流石に『一緒にチューしまくったら、目覚めてもたんやー』とは言えん。

 横島は九割九部九厘殺し……は何時もの事だが、そうするようにウッカリ願ってしまったのは自分らだし、言うとこっちに向うだろう飛び火が痛すぎる。飛び火どころか火山弾になりかねない。

 

 「このか殿……?」

 

 あー あかん。また疑われてきよるわー 等と呑気に構えている場合ではない。

 こういうところが似ても嬉しくもないだろうが、横島と同様に表面上は取り繕えてもはその内面は大焦りで大慌ての全泣き。小さな妖精達がダイコン振りたくっていた。

 まるでマルチタスク思考を行っているかの如く、焦る自分と逃げ道を思考している自分と現実逃避している自分とがキッチリ別れて会議中だ。尤も、思考三分割は見事だが全部が後ろ向きなのはいただけない。

 

 だけど世の無常。

 

 頭の中の思考速度が現実の時間進行に追い抜かれ、ついに楓らが問い詰めようと唇を動かした。

 と、その時――

 

 「けけけけけ まぁ、言い辛いだろうさ」

 

 あ゛ーっ どないしょーっっ と木乃香の中で三分割したはずの思考が同時同様の悲鳴を上げた正にその瞬間、彼女にっとて正に救いの神が訪れた。

 世にも珍しい救世の殺戮女神人形であったが。

 

 「……どういう意味でござる?」

 

 未だじわりとした怒気が放たれてはいるのだが、口を挟んできたのは零である。その程度なら楽しませるだけだ。

 現に今もナイフのエッジを研ぎながら笑顔でそれを受けている。

 嫉妬の波動が逸れてくれたので、木乃香はばふーっと大きく息を吐いて安堵した。

 おのれくぎみん。一人だけ楽しやがってと憤ってもいたが。

 

 そんな彼女の心情が解るのだろうか、零はクククの笑いながら妹から受け取ったグラスを煽る。中はスコッチ、肴は木乃香らのド苦労らしい。

 今までのやり取りが面白かったのだろう、楽しげにアルコールで口を湿らしつつけけけと笑う。

 そのおちょくるような所作に楓らのイラ付きも上がるが、やはり気にもしていない。

 まぁ、そのまま何も言わないでいるのも義理悪いかと、零はもう一度アルコールで咽喉を湿らせてから言葉を続けてやった。

 

 「お前らみてぇな氣の使い手の言うチャクラの位置には、霊能でいう霊的中枢が“実在”する。

  それはもう知ってんだろ?」

 

 「それがどう……」

 

 「お前らも覚えがあんだろ?

  “そこ”に霊波が注がれたら、ドえらい気持ちイイんだよ」

 

 そう言われ、怒りの顔色を一瞬で別の意味合いの赤に変えて火照る二人。

 当時はそんなに気にしていなかった事であるが、霊能力の訓練を受け始めた頃は下腹の奥から頭頂から抜けてゆく霊波等は、今なら深読みしてしまうと口にも出来ない感覚であった。

 特に古は、霧魔の一件で身体の自由を奪っていた件のモノを追い出す為に一気に霊力を注がれた事がある。その時の感覚は後から響いてきており、部屋に戻った時には腰が抜けて座り込んでいたりする。

 今ならそれが何か解る。

 手段は違えど段階は房中術のそれなのだ。何せ力が直接伝わってくるのはチャクラなので、男ではなく女の身体ではちょっと拙い。

 

 男で言う丹田の位置は臍の奥に当たるのであるが、女の体の場合は名前も位置もちょっとズレてしまい、臍から指一本下の奥になる。

 些か乱暴に言い切ってしまうと子宮の位置がそれに相当するのだ。

 な訳で、カラダに感じてさせられてしまったものは……ちょっと言い澱まざるを得ないモノだったりする。

 

 因みに楓ら武闘派の二人がこれだけマシだったのは、昔から氣を溜める為にチャクラを意識して使っていたからで、そうでなければ中々ユカイな事になっていたかもしれない。

 もう、ここで言葉に表すのが躊躇われちゃうほどに。

 

 「コイツがこうなっちまったのは簡単だ。

  今まで霊的中枢としてチャクラを鍛えてもらってカラダが横島の霊力に慣れちまってる。

  そんなトコに、魔力で暴走したバカ霊力が入っちまった。

  ま、言っちまったら優し~くされ慣れたカラダが、強引にされて何時もより感じちまったってトコだな」

 

 「え……と? そ、それはつまり……」

 

 流石の楓も顔が赤くなり、古もチラチラと円を見てしまう。

 当の彼女は恥ずかしいからだろう、顔を隠したまま。横島と共に真っ赤な耳を曝してはいるが。

 そんな二人を辱められて楽しいのだろう、零はニタリと笑い止めを刺した。

 

 

 「解りやすく言っちまえば、イっちまったって事さ」

 

 「 わ ぁ ー ん っ ! ! 」

 

 

 おもっきりハッキリ言われ、耳を塞いで声を上げる円。

 それでも隣から離れない事が興味深い。

 

 あーあー 聞ーこーえーなーいー と塞いだ手をぱたぱたさせて聞かないようにしている事から、どれだけ恥ずかしがっているのか解ると言うもの。

 零が言ったように円が霊的に齎されたのは快楽であり、尚且つ意識を飛ばされた理由はその向こう側まで押しやられたという事となる。だから身も蓋もないが霊的にも性的にもイッてしまったのは本当である。

 そりゃあ言い難いだろう。色んな意味で。

 ンな事を皆の前でぶっちゃけられてしまった円の心情たるや如何なものか?

 木乃香も南無…と冥福を祈ったのも当然といえよう。自分が槍玉に挙げられなかったという感謝の意味もあったりするが。

 

 「だから今くっ付いてる理由も解んだろ?

  いきなりぶっとい霊力注がれたもんだから、コイツのチャクラにダメージが入ってるっポイんだ。

  だからカラダくっ付けてヒーリングしてんだよ」

 

 その後ろに『お前らみたく頑丈じゃねぇからな』と言葉を続けてケケケと笑う零。

 だがこうまで説明されると『な、成る程それなら仕方ないでござる……か』『納得し難いアルが……』と渋々納得の色を見せるしかない。

 表面兎も角、内的なダメージは計り知れないし何しろ自分らではどうしようもない。この世界でもエキスパートは横島だけなのだ。

 まだブツブツ呟いてるのはナニであるが、どうにかこうにか矛を収める二人であった。

 

 そして――そんな二人を見、安堵するよりも戦慄している少女が一人。

 

 『う……巧い……流石や』

 

 楓らの視界に入らない顔の位置で、自分にウインクをした零を見て木乃香は内心ぐるんぐるんと舌を巻きまくっていた。

 何しろ彼女の言ってる事に嘘は全くないのだ。

 彼女らの経験でもって茶化しつつも説得力のある事実を述べ、一番肝心である横島がどうやって霊力を注ぎ込んでしまったのかは暈しているのだ。

 

 先に経験を思い出させたのは、自分を例にとって方法を想像させる為。二人が顔を赤くしてから告げたのは、思い出せる事に成功したと確信したから。

 そうすれば自分の経験から勝手に過程を想像する事だろう。それを読んだ上での説明だったのである。

 

 『恐るべし零ちゃん……

  ウチはただただ感心するのみや』

 

 木乃香は、これは見習わなアカンなー 等と身内が知ればその先行きに不安に感じてしまうであろう事を考えていた。

 横島はというと物凄い安堵の溜息を吐いてたりする。具体的には、ぶっはぁぁああああああぁあ~………っっ

 無論、コレで終わった訳ではない。この所為で始まる訳であるが、精神衛生上、今は見て見ぬふりに限るのだ。

 

 これで貸し一つな。

 という零の眼差しも全力で見ないフリしつつ。

 

 

 

 

 「そ、それで、ナナちゃんは何をするの?」

 

 「え~と……

  学園内のお掃除レス。使った釘も抜かなきゃいけないんレスから」

 

 「釘?」

 

 何とか場が落ち着いてきたので、空気を換えようと気を使ったのかナナに問い掛けた明日菜。

 そんな彼女に帰ってきた釘を抜く、と言うやはり意味が解らない。

 

 『……世界樹のポイントと、教会跡とを霊的に繋げていた依代だ。

  それを使って魔力ポイントから魔力を吸い上げようとしていたのだ……』

 

 そんな彼女の疑問に、今まで沈黙していた心眼がそう説明してやる。

 しかし、つらつらと語る調子はどこか不機嫌で硬い。

 

 「そ、そうなの? よく解んないけど、そんな事できるの?」

 

 『できる、筈だった。実際、途中までは成功していたよ。

  ……妾が世界樹の力のベクトルを読み切れてさえいれば、な……』

 

 そう言ってからまた押し黙る心眼。

 心眼はその生まれからして横島のフォローを第一としている。

 だからして、横島を失敗に導くような愚行は許し難いのだ。

 

 先の失敗は心眼がしなければならぬ事を怠ったが故の結果。防げた筈の事件であり、事態の筈だ。

 注ぎ込まれかかった魔力を逸らせる事も、万が一の事態に対する備えも出来ていなかったという迂闊さ。それを恥じ入り、なかなか気落ちから戻れないのである。

 まぁ、言ってしまえば拗ねてしまっているのだ。

 

 「気にすんなって。

  横島のコト気にし過ぎたジジイどものミスでもあんだからよ」

 

 またまた意外だが、零がそう慰めた。

 この娘、口から出てくる言葉は物騒で剣呑極まりないのであるが、何だかんだで身内にだけは柔らかい。

 茶々姉ズの態度からも解るが、ネギ等は微妙な線引きの中であるけど、横島らはバッチリ自分らの方に組み込んでいるようだ。

 

 『だがな……』

 

 「いや、当事者のオレが言うのもなんだが、零の言い分が正しいぞ?

  世界樹の魔力が告白関係にのみ働くや、フツー気付かんって」

 

 流石に横島も口を出したのだが、零と横島の言い分は確かに正しいだろう。

 世界に12ヶ所ある魔力拠点の一つである麻帆良の世界樹。

 二十二年に一度、世界樹から放出される魔力はある一定の行動,思考にのみ反応し、魔法として発動するのだと言うが……まさか告白等の恋愛行動にのみ反応する等と誰が思いつくというのか?

 

 更に更に、本来なら来年に起こる筈のそれが一年早まって今年発動。

 原因はおそらく異常気象が原因であろうと思われているという。

 

 即物的な願いには反応しないくせに、告白等の恋愛関係には発動し、告白成功率はなんと120%。

 ホンマに魔力の重要拠点なんか? オカルトなめとんか!? と横島がツッコミ入れるのも当然である。

 

 とは言え、説明してないのはお互い様。

 学園側――特に女性職員らは横島の最初の印象から不要な警戒を持ってしまっていたし、横島は横島で件の呪式をお節介だから言う必要はないと判断してしまっていた。

 もうちょっと歩み寄っていれば……と悔むも、後の祭りの良い見本である。

 

 ――或いは……

 

 「まだ壁作ったままなんかなぁ……」

 

 軽い溜息と共に思わず零した言葉。

 呟いた程度だったので、耳に入ったのは周囲の少女らのみ。

 誰が、誰に、という意味合いまでは読み取れなかったのであるが、それだけに彼女らの耳内に重く響き、その心に強く残った。

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 初日の打ち上げを終え、次の日に備えて仮眠(睡眠ではない事がスゴイ)をしようとベットに入った和美であったが、気持ちが高ぶっているからかそんなに睡眠欲が出てきてくれないでいた。

 クラスの出し物を冷やかしたり、報道部で使う記録写真を撮りに回ったり、果てはクラスメイトに頼まれて出し物の司会を務めたりと大忙し。

 

 何だかんだで走り回っていたようなものなのだが、疲労が溜まって当然なのにテンションに体力が引っ張られているのか元気が有り余っていた。

 それは打ち上げの間も続き、今部屋に戻って仮眠をとろうとしていたというのに眠気が近寄ってくれないとキてる。寝不足はお肌に悪いというのに。

 

 『眠れないんですか?』

 

 「んー まぁ、ね。やっぱ高ぶっちゃってるのかねー」

 

 闇の中、急に虚空から声を掛けられたというのに彼女は驚きもせず返事を返す。

 何の事はない。単に慣れただけだ。

 

 『そーですかー

  私もドキドキします。クラスのお友達とご一緒できるなんて初めての事ですし』

 

 「あはは……

  ま、ヨロシクね」

 

 六十年も浮遊&自縛やってて、尚且つ人に気付かれずにいたというのに負に傾いていない貴重な幽霊。

 それが今虚空にいる幽霊部員ならぬ幽霊級友、相沢さよである。

 

 元々はもっと暗かった彼女であるが、横島に見つけてもらい尚且つ言葉を聞いてもらって夜の居場所すらもらえている今の彼女には以前の暗さは余り見られない。

 夜は暗くて怖いという変り種の幽霊であるし、横島に関わってからは少女らも他称はオカルトに耐性が付いてきているし、彼の読み通り学園の認識阻害結界によって『さよという幽霊なクラスメイトもいるじゃね?』と受け入れられていた事も大きい。今では交代で泊めてくれる娘まで出てきており、死後の人生(?)をそれなりに堪能しているようだ。

 和美もその泊めている者の一人で、それだけではなく彼女は さよの姿がクラスメイト以外の人間には認識し難いのを良い事に報道部の調査部員としてクラブに引き込んでいたりするのだ。正しく幽霊部員。

 だが、要はそれだけ友達として受け入れられていると言う事である。

 

 そして今晩、さよは和美の部屋にお邪魔していた。

 

 楽しげに飛び回っている情景が眼を閉じてても解る。

 人との付き合いが出来るようになった日々が楽しくてたまらないのだろう、日中もよくそう飛び回っているのを目にしているし。

 和美は眠ろうと努力をしながらも、さよの笑顔を想像して笑ってしまう。

 

 だが……そうそう笑っている訳にも行かない。

 いや、あんまり笑ってられない事を思い出した。

 

 『……やっぱり、気になってるんですか?』 

 

 「ん? んー……

  まぁ、ねぇー……」

 

 顔に出ていたのだろう、直さよに突っ込まれた。

 そー言えばこの娘って暗いのが苦手なだけで、目は見えるんだっけ? と、苦笑しつつゴロリとベットの中で寝返りを打ち、枕に顔を押し付ける。

 別にさよに寝顔を見られようと恥ずかしくはないが、どんな表情をしてしまうのか今の和美は他者に悟られたくなかった。

 

 彼女が気になっているのは、今日引き受けたバイトの事である。

 別に危険なものでもいかがわしい物でもない……と思うのだが、後になってから話が美味過ぎる事が気になってきていた。

 

 その仕事というのは、クラスメイトの超に頼まれたアルバイトで、二十年ぶりに復活させたまほら武道祭の司会を一手に行うと言うものである。

 何せ全地区お祭り状態。学園都市全域がアミューズメントパークと化しており、皆が皆してハイになっていて判断力が鈍っている。

 記事になりそうな事に事欠かず、当然ながら和美もどこか舞い上がっていて判断が鈍っていたのであろう、超の申し出を二つ返事で引き受けてしまった。

 イベントそのものも大成功で、ネットで調べてもその注目度は半端ではなく、賞金額の高さもあって和美が想像していた以上の集客数とネット記事Hit数を得ていて、注目度はナンバーワンだといって良い。

 

 それだけならまだ良い。

 流石は麻帆良が誇る何でも天才の超。こんな大掛かりなM&Aを何時の間にか取りまとめ、イベント権まで買収して龍宮神社という場所まで借りてそれは始まった。

 超スゲーっ さっすがーっ そこが痺れる憧れるぅーっ!! と言えるのであるが……

 

 

 何故だろう?

 バックに超がいると言うだけで不安が拭い切れなくなるのは。

 

 

 超の側に付くと決めたからか、彼女は意外なほどあっさりとその目的を語ってくれている。 

 “それ”が彼女の言うとおりならば、成る程確かに一理あるし、何より彼女の言うような事をした方が良いだろう。

 面白そうであり、裏に更に何かあると感じたのでわりと簡単に引き受けた和美であったが、先にも述べたようにジャーナリストとしての勘が今になって不安を膨らませてきたのである。

 

 あえてネギを大会に引き入れた理由は大体解る。

 彼のウッカリさに期待をしているのだろう。

 実力は高いらしいのだが、誤魔化しとかそういった事が苦手…というか下手クソで、気が付けば魔法を使ってる。

 そんな彼だからこそ、その背景も相俟って映えるし目立ってくれる事だろう。

 

 まぁ、策としては間違ってはおるまい。親しい子供を“利用”しようとしているのはちょっとナニであるが……

 

 しかし何だろう? 時が経てば経つほど不安感が増してゆく。

 

 何か大事な事、大切な事を忘れている。気付いていないと勘が訴えている。

 それは自分では気付かない。いや、気付けないもので、だからこそ不安を拭い切れないのだと。

 

 だが誰にどう聞けと言うのか?

 超に聞く事は出来ない。

 やると決めてしまっているし、言葉で表現できない不安があるだけなので、他に彼女を説得するだけの材料がない。

 

 学園側は論外。

 今は反学園側に入ってしまっているし、これまた何がどう不安なのか解らない為、単なる内部告発者として終了する事だろう。

 無論、“あの”超だから告発したところで抜かりがあるとは思えないし。

 いや仮に告発したとしても不安という胸のしこりは残ったままだろう。

 

 『朝倉さん……』

 

 そんな和美を心配しているのだろう。さよの力ない言葉が小さく響く。

 励ましでも慰めでもなかったのだが、それでも彼女のその声で少し腹が括れた。

 

 ジャーナリストの定めとはいえ、面倒な事に首突っ込んじゃったなーと軽い後悔がない訳でもないが、それでも虎穴に入らずんば虎児を得ずというヤツで、入り口でうだうだしてても真実は得られない。

 そう気を引き締める事だけはできたらしい。 

 和美は再度ごろんと寝返りを打ち、さよがいるであろう方に顔を向け、

 

 「ま、しょーがないじゃん。

  ジャーナリストは真実を追うものよ?

  その報道関係者の端くれの内にビビってたらこの先やってられないわ」

 

 と、少しでも彼女が気にしないよう、そして自分にも言い聞かせるよう強気さをアピールした。

 暗闇の中とはいっても、何だか暗いトコは苦手なさよがいる為に灯りはある。だから余り不安の色を見せていない和美の表情が見え、少しではあるが安堵する。

 とは言っても、浮遊霊歴60年程度ではまだ内心を読み取る力は無いのか、或いはメンタル面がローティーンのままだからか、和美が空元気を出していると言う事にまでは気付いていない。

 精々、『ぢゃーなりすとって大変なんですね……』と若干怯えつつも感心してみせるくらいだろう。

 だから和美が内心で自分と同じような不安を抱えている事には気付いていない。

 

 別に横島との付き合いが増えたからではないだろうが、何というか…“勘”がどんどん研がれて来ている気がするのだ。

 その勘が超から勧誘された時から、そして返事を求められた時からずっと警鐘を鳴らし続けているのである。

 

 だったら普通は拒否するのでは? と思うかもしれない。

 というかジャーナリストの卵であるので危険だという勘が働いて進むのは愚行としか思えないのだから。

 では何故、超の申し出を受けたのかと言うと……

 

 「……それにね、危険があるっていう予感は感じないのよ。

  危ないって感じたら幾ら私だって受けないわ」

 

 『そう……なんですか?』

 

 「当ったり前じゃない。戦場カメラマンじゃあるまいし」

 

 危ない予感はしないし、いやな予感も無い。だから受けたのだと苦笑する和美。

 自称とはいえジャーナリスと端くれ。それなりに鼻が利くから危ない橋は渡らないと、アピールして見せる。

 

 そんな彼女を見てようやく安心したのだろう、さよは見て解るほどホッとして胸を撫で下ろしていた。

 

 そんな仕種や暗闇を怖がるところを見ると、やはり幽霊とは思えない。

 おまけに最近は横島と共に昼寝までし、霊波やら霊力やらを浴びまくっているからか、彼女自身も眠くなったら普通に寝るという存在になっていたりする。

 だから友人宅(部屋)を泊まり歩いている訳である。

 

 そんな さよを布団に誘うと、彼女は嬉しげに飛び込んできて和美にくっ付く。

 ナナと共にずっと横島に妹扱いされているからだろうか、何時からか妹ポジションが似合うようになっており、実際に さよが見えるクラスメイトらも妹のように扱っていた。

 和美も、子猫のように甘えてくる皆の妹分に悪い気はしないのだろう、枕のスペースを半分貸してやって一緒に布団を被る。

 

 「じゃあ、明日は早いから寝よっか」

 

 『ハイっ』

 

 

 

 

 

 

 

 寝間着ではなくセーラー服なのはナニであるが、自分という存在の概念が落ち着いたら服装も自分で変えられるようになると横島も言っていたので、今は気にしないようにしている。

 まだ“寝る”という行動を思い出しきれていないからかコントロールが難しく、異様に眠りに付く速度が早いのだがそれもご愛嬌だ。

 

 普通に考えれば幽霊と一緒に寝る事など考えられない。

 ネット等で得た知識によると、幽霊とくっ付き過ぎると魂が蝕まれて心身を壊してしまうとあった。

 だがオカルトのプロフェッショナルを自称する横島によれば、力の源は学校にいる限り生徒達の念から幾らでも湧いてくるし、自己を認識する力が足りなくなりそうだったら自分が与えられるので全然大丈夫なのだそうだ。

 ただ、やたら煤けた表情で、『スターターが異様にハッスルしてるから幾らでも霊力湧いてくるしさー……』と言っていたのが気になったが。

 

 和美はさよが零す『うーん…ムニャムニャ もー食べられないですー……』という、ベタ過ぎるにも程がある寝言に苦笑しつつ、肩からズレた布団を掛け直してやっていると――

 

 「あ、そうか」

 

 何の前触れもなく、何が気になっていたのか思いついた。

 

 超に感じていたのは距離感だ。

 

 それは横島に感じる距離にていて別物。

 彼が距離を置く理由はこちらの身を案じての事であるが、超が距離を置くのはこれとはちょっと違うと気付いたのである。

 

 信用していない、というのではない。

 

 心配していない、というのでもない。

 

 危険を知り、そのくせ入って来ようとするのなら仕方がない。そんな感じに放置されている気がするのである。

 

 無論。それは自業自得であるし、危険に首を突っ込んでゆくのも自己責任だ。

 横島にしても同様であるし、ある程度知られたら仕方がないと割り切って引っ張り込むようにしている。

 

 同じように引き込むのであるが、二人は同じようでいて決定的に違う。

 横島は少女らを危ない目にあわせないよう、過剰なほど危険を教えるのに反し、超は面白おかしく曝すのである。

 こんな事が出来、こんな真似も出来、こんなものもあって、こういう人物がいて、とやたら興味を引かせて世界を広さを匂わせる。あえて隠された道がある事を気付けさせて進ませようとするのだ。

 

 計画の為に壁を取り払おうとする超であるが、彼女は壁を取り払う為に皆との間に壁を作っている。

 

 布団が掛けられるよう、乱れた髪を一般人の自分が直せるようになった さよを見て改めて思う。

 壁を取り払う為に壁を作るという事は、自分達をも『友達』として見れなくなっている。

 こんなに側に寄れるという心地良さをも捨てて。

 

 

 超が見据えている先にあるのはどんな未来か。それは自分では解らない。

 ううん。恐らく言われても理解できないと思う。

 

 だけど……

 

 ぽすんっと枕に頭を沈め、ようやくやって来た睡魔に身を任せつつ和美は今度こそ眠る為に眼を閉じた。 

 不安は途切れないし、予感も続く。

 しかしどうにかなってしまうようなも気もずっとしているのだ。

 だからこそ明日からの大仕事に気持ちを向け直し、和美は夢の世界に意識を沈めていった。

 

 

 

 ――だけどそんな自分達を、

 彼女を、超を救ってくれるのは、

 やっぱり自分達や日常との間に壁を作り、その壁の外から手を差し伸べてくれる人。

 

 

 皆の日常の為に垣根がおもっきり低くし、それでいて強固で堅牢極まりない壁を作ってくれている横島の手だけなのだろうと――

 

 

 




 初荷ならぬ初投稿でございますww
 お待たせいたしました……って、待っててくれる方ってそんなにいらっしゃるのかしらん?

 元投稿の二十六時間目時点で東方proを遊んで(←実はシューター)いたのに、東方二次のシューティングですよ。メインはスイカバーの氷精霊。

 さて、今回のお話も実は価値観の違いをばら撒いてます。
 時間の違いと世界の違いによる価値観の差は如何ともし難い訳で、特に横っちから言えば超のアレは受け入れられません。ウチの横っちは逆行認めない派です。
 理由もきちんとありますのでまた後日。
 理由と理屈が後から押し寄せてくるので大変ですけどw

 そんなこんなで、本戦開始。やっとネタを広げられます。長かった~~~
 ネギ×高畑…は置いといてw 楓が、古が、そして○○が戦います。何てこったい。
 目立つぞ、○○。オリキャラですが(※重要な意味あり)。

 という訳で続きは見てのお帰りです。
 ではでは~


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二十七時間目:始めの一歩
-壱-


 遅くなりました。ゴメンナサイ。

 寒くて寒くて手が悴んでますが、兎も角スタートです。
 ストーブ着けて室温二度って……


 軽く拳を握る。

 

 力は入れない。

 指を曲げてるだけという程度。

 

 肩にも力を入れない。

 だけど力を抜いている訳じゃない。

 肘を持ち上げてるくらいの感覚。

 

 重心は下に。それでいて腰に身体を乗せるほど軽く。

 思考で持って打とうと思わず、何となく拳を前に出すような感じに。

 それでいて軸足をきちんと守り、捻じり、腰を巻き込んで(、、、、、)、肩、肘を通す。

 風を切る音もなく、それでいて正確に。

 殴るというよりは撓らせる様に。

 

 緩慢でいてしなやかに、

 なだらかに激しく。

 

 ぴたりと動きを止め、伸ばした己が手先を見ると何かを挟んでいる。

 

 静かに引き戻すと指に挟まれた蝶。

 その儚い翅を傷つける事もなく、蝶も何が起こったのか解っていない。

 指を開くと一度高度を落とし、我に返ったかのように慌てて翅をはためかせて離れてゆく。

 

 ―― ああ、こんな事も他愛無く出来るようになっている。

 

 その事を自覚し、思わず笑みを浮かべてしまう。

 

 「調子良いようでござるな」

 

 そんな自分に背後掛けられた声。

 然程のようにも見えないが、本音としてはかなり驚きつつ振り返る。

 何しろその声は背後一メートル以内から掛けられたのだから。

 

 声の主はやはり見知った顔。

 クラスメイトであり、ある意味姉弟子。

 そして同胞(ライバル)

 全く忍んでいない忍びだ。

 

 「氣が十二分に満たされてるアル。

  正直、戸惑てるネ」

 

 何しろ学園内は勝負事には事欠かない。

 幾らでも戦えるし挑戦者も幾らでもいる。

 

 それに師…というか彼の手伝いもあって、日々の充実感は半端じゃない。

 目標はあまりに遠いが、歩みは遅くとも着実に前に進めている事が実感できているのだから。

 

 世界をどう探してもこれ以上の環境はない。

 お世辞や比喩抜きに恵まれ過ぎているのだ。

 

 「カエデの方も……

  ん~……」

 

 そう言いながら、相方(ライバル)を見つめる少女。

 相手の調子を推し量っている…ようでいて違う何かを見つめているよう。

 

 が、その少女はふいに何気ない仕種で懐から錘のようなものを取り出し、

 

 指弾でもって真後ろに放った――

 

 

 「また勘が鋭さを増したようでごさるな」

 

 

 返された応えがこの言葉。

 驚いた風もなく振り返ると、前にいたはずの少女の姿。

 先ほどまで立っていた場所にはその痕跡すら残っていない。

 

 驚くべき分け身の術。

 行った方も行った方だが、見破った方も見破った方だ。

 とてもではないが十代半ばの技量ではない。

 

 「カエデも氣の練り具合が上がてるアル。

  気配を消し過ぎてなかたらもと時間かかてたネ」

 

 「消し過ぎて不自然さを増してしまった…と。

  はは 不覚でござった」

 

 互いに浮かべている笑みは年齢相応のあどけないものであるが、それだけに末恐ろしいものがある。

 何しろ二人とも何でもない事のようにやって見せているのだから。

 

 「おぅ 調子良さそうじゃねぇか。

  んじゃ、そろそろ出るとすっか」

 

 そんな二人に声をかける別の少女の声。

 

 二人の一方はやや小柄ではあるが、声をかけた少女は更に小柄。

 小学生といっても納得してしまいそうなほど。

 

 しかし、一見か弱く見えるが侮るなかれ。

 

 「了解でござる。

  しかし零は大丈夫でござるか?

  大会で使用できる得物は限られているでござるよ」

 

 「ハ 余計な気遣いだぜ」

 

 この三人の中では一番厄介で剣呑なのが彼女なのだから。

 

 

 「忘れてねぇか?

 

  手刀も立派に武器だろうがよ」

 

 

 その言葉に『違いない』と笑う二人。

 内容は物騒極まりないというのに、他愛無いじゃれ合いを交わしつつ――だ。

 スポーツの応援にでも行くかのような気軽さで。

 

 しかし彼女らにとって実戦的な試合は日常茶飯事。

 何時もの事なのでそんなに緊張するはずもない。

 

 さて今日も(、、、)やるか。

 その程度の事柄なのだ。

 

 

 ともあれ。

 波乱尽くしの麻帆良学園武闘大会の本戦はこうして始まるのだった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、あんなんと戦り合うかもしれへんのか……」

 

 「仮にタカミチに勝てたとしても、下手すると零さんと……」

 

 「お前はええやんか。

  オレなんぞ楓ねえちゃんか古ねえちゃんやぞ?

  何ぞこの無理ゲー」

 

 

 

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        ■二十七時間目:始めの一歩 <壱>

 

 

 

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 昨日の予選を抜けて残ったのは十六人。

 その内、ネギが勝てねーっ!! と言い切っているのは六人もいる。

 その不幸具合は笑えてしまうほどで、例えばネギが戦う破目に陥ったAブロックの組み合わせであるが……

 

  零vs大豪院

 

  明日菜vs刹那

 

  ネギvs高畑

 

  田中vs高音

 

 という何とも酷い組み合わせもあったものだ。

 

 ネギの初戦からして高畑であるし、トーナメントで次に当るのは高音という人か田中という人……まぁ、これは良いとして――

 だが、次に当るのは明日菜か刹那か零なのである(←山下という人が勝てるとはコレっぽっちも思っていない)。

 

 明日菜に当れば反射神経によるハリセン乱舞でボコられるだろうし、刹那に当れば技とスピードでボロ負け。零に当ると冗談抜きに死ねる。

 

 正に……――地獄。

 

 

 

 因みに小太郎のいるBブロックはというと、

 

  小太郎vsクウネル

 

  楓vs豪徳寺

 

  龍宮vs古

 

  中村vs広野

 

 という組み合わせだ。やはり知り合いの名前が目立つ。

 何せ半数が知り合いの上、楓と古の実力は小太郎も思い知っている(、、、、、、、)

 只でさえ地力が飛びぬけているというのに、修業によって鍛え上げられている戦闘能力は実戦レベル。特に楓はド反則だ。

 

 本人は否定するが忍びの技が半端でないレベルで使える上、AFを出されたら本当に手も足も出なくなる。

 完全分身やら怪力やら念力やら使われたら瞬殺だ。ぐうの音も出せない。

 

 楓よりかはマシとはいえ、格闘術の枠内であれば古もド反則レベルで強い。つーか一方的に攻撃を受ける破目になる。

 

 接近戦に持ち込めばやっぱり手も足も出ない。更に更に、AFを出されたら全ての攻撃を止められるか反射されてしまう。狗神を反射された時なんか泣きそうになった。

 

 初戦を勝ち抜いたとしても、最悪、この二人と戦わされる事になりかねない。幾らなんでもそれは簡便である。

 他を完全にOUT OF 眼中なのはナニであるが、小太郎的にはこの二人でいっぱいいっぱいなのだ。

 その古が戦う龍宮という女の事も、おもっきりネギが怯えていたから話を聞いて恐ろしさを思い知っている。

 

 なるほど、プロの傭兵という事か。

 この歳にして知人だろうが想い人だろうが仕事ならば情け容赦なく撃ち抜くとは何と恐ろしい。情け容赦なんかなかろう。鍛えるという名目で自分らを甚振り回してくださるあの金髪吸血幼女のようなものだろうなー等と けっこー酷い事考えてたり。

 

 だがそれでも――

 

 

 「「それでも、あの人達よりはマシなん(やろう)だろうなー」」

 

 

 と、大きく溜息を吐いて心を落ち着かせられていた。

 

 思い出すのは修業場で向き合った……向き合わされた相手達。

 赤い髪の少女のような人や、山吹色のナインテールの少女、

 楓みたいな口調の銀髪メッシュの少女やら、エゲツない亜麻色の髪の女性等々……

 

 正直言って、魔法の師である吸血少女の方が(人格的にも)ずっとマシというのが泣けてくる。

 

 世界は広い。 

 どれだけ強くなってもそれ以上の強さを持つ者など掃いて捨てるほどいる。

 それを実地で教えるというのがある青年の狙いであったのだが。それは良い意味でも悪い意味でも大当たりであった。

 

 何しろ今言った少女らの大半が人間外であり、地力からして半端ない。つか断崖絶壁と言って良いほど力の隔たりがある。

 力だけであんなの(、、、、)と戦っても無駄だという事を骨の髄に叩き込まれてしまったのだ。

 

 おまけに亜麻色の髪の女性に至っては地力は人間なのに戦い方の巧みさが半端ではない。

 召喚者(、、、)同様に、相手に実力を出させず、自分の舞台に引きずり上げて己の優位を保たせたまま潰してくださるのだ。

 

 そんなんばかり実戦形式に鍛錬させられまくったら、そりゃ達観もするだろう。

 気持ちは後ろ向きだという気がしないでもないのだけど。

 

 

 閑話休題(それはさて置き)

 

 昨日の選抜戦バトルロイヤルからしてその賞金金額と強者の匂いという二つの餌によって嗅ぎ付けたバトル好きどもが集まり、まほら武道祭は例年以上の盛り上がりを見せていた。

 

 選抜戦でコレなのだから、口コミから更に噂を広げたであろう本戦はもっと大きな人間が集まってくるだろう事は容易に想像できる。

 よって学園都市内の放送局、動画サイト等がこぞって画を撮りに来るのは必然と言えた。

 

 大会の目玉と言えるのは、デスメガネの二つ名で知られる広域指導員 高畑。

 そして中国武術研究部部長、古である。

 この二人は様々な意味で名を知られているし、高畑の試合という場での戦い方を見てみたいという者、古部長の凛々しいお姿を見たいというタワケ者なども注目していた。

 

 だが、そんな猛者の集う出場者の中、飛びぬけて注目を誘う二人が出てきたのだ。

 

 場馴れしていないからか緒戦こそ緊張の余り梃子摺っていたのであるが、中盤以降は相手と自分の実力差……少なくとも鍛練場の女性人よりかは弱い……という事が解ったのですいすい戦う事が出来るようになり、身体の大きな選手達をポンポン弾いて倒していた子供先生。

 途中でなんだか軍艦の舳先のような髪形をした学生におもいっきり突っ掛かられてエライ目に遭いはしたものの、どばどば放たれた氣弾を最後まで避けまくって勝ち残った時なんぞ、その注目度の上がり方は半端ではなかった。

 

 そしてもう一人。

 犬耳ガクラン姿という、一部のお姉さん達に垂涎の姿をした少年。

 彼も先の子供先生同様にとあるモーレツ扱き道場によって以前より回避能力等が驚異的に上がっている為、ニンニンな少女と分身ごっこをして遊んでいる内に他選手の攻撃を掠らせもせずに勝ちをとって注目を集めていた。

 

 他の出場選手の中で注目されていたのは、サイドテールとツインテール少女二人。

 何せセーラー服姿であるし、片一方はハリセンを振り回していたのだからそりゃ目立つだろう。

 尤も、イロモノ具合の方が目立っていたのであっさりと殲滅して勝ち残っているという事実には殆ど気付かれていなかったりする。

 ……しかし、片方の少女がスコート等のサポートアンダーを着用していない事に対してGJと無言で親指を立てていた者が続出していた事は興味深い。いや、勝因の一つだとは言わないが。

 

 件の古は言わずもがな。

 その実力は中等部はおろか大学部でも知られている。

 何せ一緒に居た、会場である龍宮神社の巫女少女が任せっぱなしの良いご身分でいられた程なのだから。

 

 最後の方で剣道部部長が木刀を持ち出すという行為に出はしたのだが、そんなもの鯨に水鉄砲or焼け石に水にしかならず数秒と持たず昏倒させられている。達人相手に上手い程度の使い手ではお話にならない良い例である。

 大体彼女はモノホンの武神と相対してたし、何よりその龍神の振るう竹刀の方が万倍は殺傷力があるので、そこらの学校の部活動程度の腕前にナニを怖がれと言うのだろうか?

 

 高畑の方は微妙だった。

 

 「オレにも殺らせろよなー」

 

 「馬鹿を言わないでくれ」

 

 両手をぶんぶんさせて文句を言う、頭部にバイザーのようなものをつけた黄緑色の髪の少女は、不覚にも高畑ですらちょっと可愛いと思ってしまうものであったのだが、その内容は物騒にも程がある。 

 試合のルールには刃物を使ったり呪文の使用は禁止されているので死亡率は低いと思われるだろうが、この少女の中身は殺人人形。素手でも必要十分条件を満たしつくしていて物騒極まりない。

 というか、手刀で戦う(ヤル)気満々だった。

 

 某煩悩能力者との鍛練によって不必要なまでに攻撃の命中率を上げているし、鍛練後には霊気を注ぎ込んでもらっているので霊格までジリジリ上がってきており、本当に人間と区別がつき辛くなっている。

 よってその間接のも人の“それ”というレベルに達しており、数百年の経験を伴った攻撃は以前よりしなやかさ(、、、、、)を増していて手が着けられない。

 腕部間接の力を完全に抜き切った液状の金属のイメージで振るわれてくる手刀なんぞ高畑だってゴメンなのである。

 

 そんなものを一般人に使われてはたまらない。

 

 結局高畑は必死こいて他の参加者を昏倒させるという労働を強いられる事になっていた。

 

 ぶっちゃけ、ほぼ本気。

 何せ意識を保って立ち上がろうとするものが出た途端、『ウホッ いい獲物♪』等と少女が眼を輝かせるのだから。

 知人の子供の成長具合を見てみたいという興味も参加理由の一つであったのであるが……何か普段よか疲労する破目に陥る高畑であった。

 

 そんなこんなであくる日の本戦の第一試合。

 

 Aブロック:零vs大豪院

 

 Bブロック:中村vs広野

 

 ものごっつ無名の組み合わせ。ハッキリ言って前座扱いである。

 その所為なのかどうかは不明であるが零の周囲の空気はかなり悪い。同じ控え室にいるネギ達は怯えるほど。

 彼らが悪い訳ではないし、それは他ならぬ彼女自身が理解している事だ。それでも勝手に広がる微妙な空気は如何ともし難いのであるが。

 

 無論。彼女の虫の居所が悪い訳ではない。むしろ逆だ。絶好調と言っても良い。

 単純に彼女を知っているからこそ怯えているのである。

 

 「あ、あの、零ちゃん……穏便に 穏便にね?」

 

 だから明日菜がそう口を挟んでしまうのも仕方のない話であろう。

 

 その注意に対して彼女の返答も、『気が向いたらな……』とかなり物騒。明日菜に一瞥もくれずにそう呟くのだから怖くってしょうがない。

 ススス…と彼女も後ずさりして去ってしまったほど。

 闘気が充満する武道大会の控え室で、明らかに戦いとは違う波動でもって周囲を怯えさせている零は色んな意味で目立ちまくっていた事は言うまでもない。

 

 尤も当人は周囲の心配もどこ吹く風。

 何処から持ってきたのかソフトボール大のガラス玉でジャグリングしたりして暇を潰している。

 

 手の甲を転がせたり、腕の上から肩伝わらせて反対の手まで転がせてみたりと余裕を見せているかのよう。

 

 ―― だが、当然ながら高畑等の実力者はそんな彼女を見て呆れたりはしない。

 

 一流マジシャンの手練もかくやといった滑らかさ。

 芯のぶれもない独楽のように身を軽くひねって玉を移動させている。

 

 しかし全く力みのない玉運びは決して遊びで行っているのではない。

 

 言わばこれはストレッチ。

 滑らかに、しなやかに身体を動かせるようにほぐしているのだ。

 

 だからこそ、嫌っと言うほどそれを解ってしまう(、、、、、、)少女らとネギ達は戦慄し、

 高畑のような上の実力者は起こってしまいかねない惨事に戦々恐々としているのである。

 

 「……ホントに大丈夫なのかい?」

 

 等と問うてしまうのもまた仕方のない事だろう。

 

 「さーてな」

 

 そんな大人の胃の痛さも心配もどこ吹く風。

 ガン無視してどう楽しもうかなと言わんばかりのお気楽な言葉が投げ返されてきた。

 

 どないしょう…等と言葉を訛らせて困惑する元担任。

 正直なところ責任を丸投げして天に祈ってる方が建設的な気がする高畑であった。

 

 

 

      「 お は よ う ご ざ い ま す 選 手 の 皆 さ ん ! 」

 

 

 

 スピーカーを通った知っている娘の声が、無残にも彼を現実に引きずり戻す。

 

 声の主はこれまた元自分の担当クラスだった娘で、パパラッチ部とまで言われている報道部の朝倉 和美だ。

 

 その和美が大人っぽく見えるように軽くメイクをし、この大会の仕掛け人である麻帆良の頭脳こと超 鈴音と共に何時の間にか選手達の前に立っていたのである。

 

 

 「 よ う こ そ お 集 ま り 頂 き ま し た ! !

   30 分 後 よ り 第 一 試 合 を 始 め さ せ て い た だ き ま す が――

 

   こ こ で ル ー ル の 説 明 を し て お き ま し ょ う 」

 

 

 コレはご丁寧に、と返答を口の中で軽口を呟きつつチラリと零達に視線を向けると、やはりあんまり興味なさげに和美らに顔を向けていた。

 それでもワクワクとその始まりの時を心待ちにしている事だけは伝わって来る。

 こう(、、)まで人間臭くなった事を喜んであげればよいのやら、はたまた何もしないでくれよと懇願すれば良いのやら複雑だ。

 

 何が悲しゅーてこんややこしくて危険でな面倒くさい事をしなければならないのか。

 

 何時もの事とはいえ、あのジジ…もとい、学園長の奇行にはホント肩が落ちてしまう。

 それでも受けざるを得なかったのであるが。

 

 というのも、彼がこんな大会に関わった大半の理由が調査の為だからだ。

 以前から問題視していた超がいきなりこの大会をM&Aしたというので調査がてら訪れたのだが、開会を告げに訪れた超の言葉を聞いた時は流石に驚いた。

 

 禁止ルールは二点。

 

 飛び道具と刃物の使用禁止。

 まぁ、それは良い。当たり前というか安全面では必要な注意だ。言って然るべきものと言えよう。

 しかし、次に出た言葉が大問題だった。

 

 幾らなんでも 魔 法 の 詠 唱 禁 止 というセリフは頂けない。

 そんな裏の事を一般人の前でぶち撒ける等、論外の話なのだから。

 

 だが彼女は堂々と述べた。  

 それも、会場である龍宮神社は電子的措置で携帯カメラを含む一切の記録機器が使用できなくなるという、一応のセーフティーを裏の関係者に対する牽制にして。

 

 牽制……というのは、彼女の視線が明らかにネギと自分に向いていたから。

 つまりこれは学園側に向けて放たれた挑発行為である。そう高畑が感じた。

 

 彼女、超 鈴音は何かを企んでいる。そして何かをこの試合で行おうとしている。

 自分が担任していたから解るのだが、彼女は思い付きでは行動しない。仮にやったとしてもそれは冗談の部類だ。

 だからこれだけ堂々と言い放ったという事は、既に何かしらの工作を終えた()である可能性が高い。

 

 しかし困った事に先日の謎の侵入者によって関係者の数が裂かれ、かなり手が足りなくなっている。

 呼べなくもないが、証拠も無しにこちらに呼ぶ訳には行かない。

 

 何せ裏に触れると言う前科を持つ彼女だ。

 高畑が裏の関係者である事も知っている。そんな彼女であるからこっちを見て言ったのは『高畑とネギがいたからからかっただけネ。大会を開催できるからテンション上がてたヨ。申し訳ないネ』等といった理由で終わらせられかねない。

 そうなると厳重注意で終わるだけであるし、更に尻尾を隠されて何も掴めずに終わるという結果になるだろう。

 

 だから高畑は内から調査をするべく、選手として参加したのである。

 

 「しかしまいったな……」

 

 この場にいる関係者はネギと明日菜、刹那を除けば後一人。

 一応、真名もいるのだが、どちらかというと彼女のポジションは傭兵なので依頼しない限り動いてはくれないだろう。ポケットマネーで賄うのもキツイし。

 それにはっきりとした確証も無いまま彼女に依頼をするのも何か違う気がするし、狙撃手であるからやはり潜入,侵入捜査は畑が違うようにも思う。

 

 こういう時にやたらと頼りになる人間がいたりするのだが、困った事に昨日騒動を起こして学園長から罰をくらっている真っ最中で連絡が取れない。

 兎に角、目立つ事と言ったら彼の右に出るものはいない。

 囮も良し、攻めて良し、撹乱良し、と何でもこいの便利マンだ。その手が無いのは痛すぎる。

 かといって、罰を喰らっている真っ最中だというのに確証も無いまま呼ぶ訳にも……

 

 「(来てくれてたら、彼女らのセーフティーも任せられるのに)」

 

 という打算があった事は言うまでもない。

 無論、その言葉は口には出さず飲み込む。今はンな事を嘆く暇もないのだ。

 

 と言ってもその楓達も新参者とはいえ裏の関係者。

 流石に危ないとなったら手を貸してもらおうとも考えてはいる。

 高畑も長く裏に関わっている者であるからして使う(、、)となったらすぐ割り切って命令を飛ばす事も出来るのだ。

 

 それでも“いざ”となるまでは頼んだりする気はないのであるが。

 

 確かに彼女らは実力者だ。

 零にしても殺人人形としての長い経験を持っているし、楓にしても表と裏の中間位置でほぼ最高レベルであり、古にしたって表の武道界では最高レベルの腕を持ってはいる。

 しかし実戦では技術や能力以外の要因が関わってくる事も多々あるのだ。

 だからこそ危険な仕事にわざわざ引っ張り込みたくないのである。

 

 尤もここは麻帆良学園。

 どんなトンでも人間がやって来るか解ったものでもない(現に予選でも氣を飛ばす人間がいた)のだから気にし過ぎという感も無きにしも非ずなのだが。

 

 「(ひょっとしてそういった人間を戦わせる意味が……?

   或いは何かの陽動? いやしかし……)」

 

 彼女らのコンディションとテンションのお陰で引っ掛かりを覚えはしたものの、やはりまだ真意の端にすら届いていない。

 少女らの事で心遣いを見せている高畑であったが、彼が関わる事自体が既に策の一片である事などまだ想定の範囲外なのだ。

 

 

 

 尤も、そんな風にほほ完全に計画を隠せて万事計画通りに進ませているように見える超であったが、実のところ想定外な事態が続いておりかなり困惑していたりする。

 高畑が気遣っている楓達三人の調子が今一つである事にしても、彼女らの張り切りがそのまま計画の成功に直結しているので、目玉となる五人の内の三人がコレでは話にならない。

 

 そして一番困った事が一つ。

 

 実のところ超の計画に必要なものの一つであり要であるもの……世界樹の魔力であるのだが、どういう訳か昨日の内に計算外の消費がなされて計画に使う分に足りなくなる寸前まで行っていたのである。

 幸いにして何とかギリギリで助かってはいるのであるが、あの時は本当に慌てふためいたものだった。

 

 この学園祭の期間中。特に今年は二十二年に一度の樹の魔力が増大する現象が一年ずれ、この珍事に関係者は魔力ポイントの警戒に力を入れていたのだ。

 彼女の協力者であるスナイパーの少女が積極的に魔力ポイントで排除行動を行っていたのは、この魔力の消費を抑える為であったのだがそれでも危なかった。

 幸いにして一昨日自分が確保されていない為 学園は外部から第三者が侵入して来たと思ったらしく警戒を強めてくれたのであの時以外の消費はない。

 

 だが、その過剰消費は一体何だったのかというと……

 

 「(おのれ横島サン……一体どれだけ私を苦しめれば気が済むネ)」

 

 うっかりといらんコトを思い出してしまい、参加選手達に笑顔を向けつつ、その内心でギリギリと歯を食いしばる超。

 それでもその笑顔の額には青筋が浮かんでおり、そんな彼女に皆もやや引き気味だったりする。

 

 何せ上手く行っていれば計画発動まで消費ゼロ。悪くとも一人程度で済むはずだったのに、一度に六ヶ所分の魔力が消費されてしまい頓挫の可能性すら見えてしまった。あの時は本気で恐怖したものである。

 何が一体どうなったのかと慌てて調べてみるのだが要領を得ず、葉加瀬と共に頭を抱え知恵熱が出そうになっていた二人の下に、ひょっこりと茶々丸が現れ、

 

 「-横島さんが学園の皆さんの御苦労を見て、世界樹の魔力を儀式で消費していたそうです。

   幸いにも(、、、、)儀式の途中で釘宮さん達の意思が働いて失敗してしまったそうですが」

 

 等とほざいてくれやがった。

 

 流石の超と葉加瀬も呆気に取られ、しばし呆然としていたのであるが、やがて正気を取り戻すと大暴れしたらしい。

 

 あのヤロウっ 氣は使えねぇし魔法は基本的な身体強化しか使えねぇクセに、何で儀式はチョー簡単に出来やがんだコンチクショー!! ってな感じに。

 

 無理もない。魔法の世界にいる者が聞けば誰だってそう思うだろう。現に横島の非常識さにやや慣れ気味のエヴァとて最初は呆れ返っていたくらいなのだから。

 因みに、『どーせオーラルに異性交遊かますんだったら古か楓にせんかーいっっ!!』等と女子中学生としてはアウトなセリフを真名と共に叫んだのはナイショである。

 

 おまけにその当人はあれだけトンデモ人間だというのに、馬鹿正直に学園長に報告に行ったものだから罰を言い渡されて大会に参加せずに今日はずっと外回りだと言うのだ。

 引っ掻き回すだけ引っ掻き回し、尚且つ大事な場面でサヨナラである。超と真名はおろか葉加瀬までもが声を合わせて っザケンなっっ!! と叫んだのも仕方のない話である。

 

 しかし――

 

 『逆に考えるヨ 超鈴音。

  確かにビックリショーにはならないだろうガ、

  彼を監視さえしていれば邪魔に入られない率が上がるネ。

  だたら楽になたとも言えるヨ?!』

 

 という事に気付き、彼が敵という位置にならない方がお得だと気付き、何とか心を落ち着かせていた(それでも青筋は消えていないが)。

 兎も角、今は計画の進行が大事と頭から雑念(横島関係)を追い出し、大会のルールをもう一度解説。これは念の為であるが裏の関係者に向けた安全面の再確認という意味がある。細かい事だがとても大事なネタフリだ。

 

 今ここで彼女を止めていない。止めるような動きがない。この時点で計画は成功の兆しを見せている。

 かと言ってそれで気を抜くのは愚を曝すようなもの。最後の最後まで気を抜かないように集中せねばならない。

 僅かでも気を抜けば、レジストに(、、、、、)失敗してしまう(、、、、、、、)のだから。

 

 この学園が、魔法という不思議なモノを隠す為に広げている認識阻害等の結界。

 

 魔法使いですら慣れきってしまっているこの守り。

 

 この麻帆良に住み、慣れてしまっている為に解り辛いのであるが、気を抜けば魔法使い達ですら掛かってしまう可能性があるそれは――

 

 

 魔法の秘匿性を高めてくれているそれは――

 

 この学園都市ならこん(、、、、、、、、、、)な騒動もあり得(、、、、、、、)るのでは(、、、、)と、超の計画の秘匿性すら上げてしまっていたのだ。

 

 

  

 

 

 

 

 「ん~……

  今一 ノリが良くならねぇなぁ」

 

 と、零はつま先で床をトントンと蹴って靴を直していた。

 別に合っていないとか、ズレている訳ではない。手持ち無沙汰だから無意識にやってしまっただけだ。

 

 何というか……彼女自身も似合わないとは思っている。

 柄ではないし、何より悪の魔法使いの下僕人形だったという誇りすら横に置いてしまう無駄感情なのだから。

 

 だがその苛立ちや憤りすら大事に思えてしまっている自分も確かにいる。

 

 剣呑な殺し合いが楽しい、というのは殺人人形というカテゴリーから来ていたもので、本当の意味での感情ではない。

 笑い顔の人形が実際に笑っている訳ではない…という事だ。

 それは数百年前から変わらなかったもので、主がこの地に縛り付けられてからたった十余年(、、、、、、)で変わるものではない。

 

 いや、変わらないはずであった。

 

 霊力という曖昧な力であったものを使いこなす達人。

 本物の霊能力者(、、、、、、、)によって注がれた神秘によって個が確立化。

 個性どころか確固たる感情まで生まれ、チャチャゼロという動く人形から、チャチャゼロという一体の生き人形へ、

 そして今や九十九神モドキだ。

 どんな数奇な……いや、珍奇な(、、、)運命だと問いたい。

 

 尤も、文句はない。出ようもないというのが正しいだろう。

 自由は増え、陽光の下を走り回っているし、『空腹』という余計なものもあるがフェイクだった飲み食いも『美味い』から行える。

 

 主にしても枷を外す手立てを見つけられて毎日御機嫌だ。

 時折、件の霊能力者の突飛な行動に頭を痛める事もあるが…それはさて置き。

 

 何だか今学期に入ってから退屈から遠退きっぱなしというのが正直なところだ。

 

 

 掌を何度か握ったり広げたりし、再度握りしめて右拳にカリっと軽く歯を立ててみる。

 ちゃんと感触がある事(、、、、、、、、、、)に笑みがこぼれる。まるで生き物だ。

 

 ―― ったく。あの馬鹿は余計な事ばっかやりやがるぜ。

 

 等とぼやきも添えて。

 それが本音かどうかは知らないが。

 

 

 「では、そろそろ第一試合を始めたいと思います。

  選手の皆様はご入場ください。

  他の方々はスタンバッておいてください」

 

 その声に答えるように、ニィ…っと別の笑みを浮かべ、零はさも気だるげにゲートに足を向けた。

 背後に同じ穴の狢(カエデと古)の視線を受けつつ、歩みを速めて進む。

 

 

 『 で は 只 今 よ り ま ほ ら 武 道 会 第 一 試 合 に 入 ら せ て頂 き ま す ! 』

 

 

 ポンポンと軽い音を花火が立てる中、アナウンスに導かれて舞台に上る零と対戦者。

 

 15m×15mという、然程広くもないが戦いの場としては狭く感じるだろうその舞台。

 

 神社に設けられている人工池の上にある能舞台を改造した戦い場の周囲は多くの見物客で犇き、殆ど前座試合だというのに大きな歓声が上がっていた。

 

 『まずは大豪院ポチ選手!

  何と言ったらよいのでしょう チグハグな名前の選手ですが実力は本物。

  予選のあの乱戦を無傷で切り抜けた事からも解るというもの!

  中国武術の切れを私達に披露してくれるのか!?』

 

 「……チグハグな名前で悪かったな」

 

 

 高等部か大学部くらいの若い青年の紹介が上がると、彼はそれに応じるように手を押し合わせて小さく頭を下げた。

 

 無骨――という程ではないが武を積み重ねている男の顔である事は容貌も見るだけで解る。

 真面目そうであるし、何より中等部の少女が中武研のトップにいる為、せめて一矢報いて欲しいという願いもあってか男性からの応援も結構あるようだ。男ばかりなので嬉しいかどうかは微妙であるが……

 

 『片や中等部三年、絡繰 零選手!

  殺人人形の呼び名を持つ、物騒さと人形の可愛らしさを併せ持つ謎の少女だー!』

 

 こちらは殆ど無反応。

 というより、ぱっと見は迷子の女の子を連れてきたかのような印象が強い。

 当然ながらその頼りなさは伝わり、えーっ!? という驚きの声や、何かの間違いじゃないのか? という疑問の声も上がっている。

 

 無論それは知らぬ者の目だからこそ。

 ステージの脇で見ている高畑らには、悠然と進む零の姿は虎にしか見えていない。

 正しく猫かぶりだ。子猫を被る猛虎何ぞ性質が悪いにもほどがあるが。

 

 

 『それでは第一試合…… F I G H T ! ! 』

 

 

 しかし世は無情。

 

 そうこうしている間に声が上がり、戦いは始まりを迎えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 色んな想いを巻き込みつつ、その策はついに起動する。

 紆余曲折を経ている分、根深く底深く気付き難くそして気付き難い。

 いや恐らく疑いを持っているものも少ないだろう。

 

 だからこそ始まってしまうのは予想外の悲劇であり、喜劇。

 正しく起こるはずだった時系列は似て異なり、思惑は成功しつつもズレ、大失敗を曝しつつも正しく進む。

 それがこの武道会を仕組んだからだと気付くまでは……まだ遠い。

 

 

 キーマンとなる人物は姿を見せず動かず、

 

 それでも騒乱の破壊はゆっくりと着実に――進む。

 

 

 

 




 超☆時間かかってしまいました。Croissantでございます。

 実のところこのバトルの話は結構始めの頃から練ってましたし、大本の話で超がヒロインだった時から練ってた話なので、ホントはわりと早く打ててました。単に異様なほど誤字脱字があっただけで……
 まぁ、ヒロインと立ち位置変えてるだけなんですけどね。
 知識との大きなズレが生み出す悲喜劇をやるつもり…って、あたしゃ何様かと。

 さて、
 実は元の文章はかなり暗め。
 ぶっちゃけ鬱話でした。理由? 私が知りたいですよ。
 時々、すっげー鬱話書きたくなるんですが、唐突過ぎるので全ボツ。
 すっげー零が苦しむ話を全改修しました。

 さて、重要な位置にいるのに殆どで出番のない横っちとナナ。
 何がどうしてどうなるかは今後に続きます。
 出番はあるのかw? いやありますが。 

 兎も角 続きは次時間目に。
 ではでは~


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-弐-

 またしても超☆遅くなりました。スミマセン。

 


 多くの観客が行き交い、歓声を上げ、非日常的な祭りを楽しんでいる中、

 黒く色を塗られてどこか可愛らしくデザインされた小さなチリトリに、これまた小さな箒でゴミを集めている少女がいた。

 白いひらひらのワンピースに赤い靴を履き、これまた白い帽子をかぶっており、斜めに下げているポシェットがなんとも愛らしい少女だ。

 やや時期的に早い気もするコーディネイトであるが、それでも十二分にその少女の魅力を引き出している。

 それだけではなく、子羊なのか小鹿なのか判別し難い白く可愛らしい動物を連れているものだから余計に目立つ。

 事実、観客の中にも足を止めて眺めている者もいるくらいだ。

 しかし少女は黙々と、それでいて楽しそうにそのお仕事(おてつだい)を続けていた。

 

 そんな少女であったが、ふいに何かが気になったのか身を起してある方角に顔を向ける。

 こんな喧噪の中で何に気付いたというのか。

 だが彼女には…彼女()には実際に聞こえているのか。そのそばにいた白い動物も同時に顔を上げて同じ方向を向いている。

 

 と言っても、この二人(?)だけが聞こえている可能性も無くはない。

 何しろそこ(、、)は、ここ――世界樹前広場からはかなり距離があるのだ

 実際には『聞こえた気がする』程度なのかもしれない。使い魔である動物が同時に反応しているから空耳とは言い難いし。

 

 そこでは武道の大会とやらが行われており、少女の大切な人たちが出場しているので見に行きたいし応援にしたいという思いも持ってはいる。

 そう願えば誰も反対しないだろうし、兄も快諾してくれるだろう。

 それどころかVIP席とか用意してくれる可能性が高い。とても。

 

 が、今の少女は“お兄ちゃん”のお手伝いをしたい気持ちの方が大きい。

 

 この娘が、

 この娘らが(、、、、、)ここで仕事をしている(、、、、、、、、、、)

 

 罰当番というか、罰則というか、事前説明をしてくれなかったか学校側に非があるとはいえ、世界樹の魔力を使った騒動を起こしてしまった事実に変わりはない。

 当事者つーか被害者である少女らに至っては、『被害? いや御褒美やわぁ』等とエラいボケかます娘もいたりいなかったりするがそれは兎も角。

 

 やっちゃった、やらかしちゃった罰はやっぱ受けねばならぬのだ。体面的にも。

 てな訳で、会場からほどほど(、、、、)遠い所で一生懸命頑張っているのである。

 

 まぁ、この娘にしても好き好んで怖いお兄さん達のバトルなんぞ見たくないし、お手伝いとかしている方は好きだ。

 学園祭時期に入ってからずっと出店でウエイトレスをしているのは伊達ではない。

 もちろん皆の応援に行きたい気持ちはあるのだけど、やっぱりお仕事(、、、)を優先する気持ちの方が大きかった。

 

 何しろお兄ちゃんのお役にたてるのだから……

 

 「……」

 

 自分を呼ぶ声が耳に入り、はっと我に返る。

 振り返るとゴミを入れるカートを押す用務員の服を着た青年の姿。

 この辺りのゴミを集め終わったのだろう、移動する為に声をかけたのだ。

 

 少女は声を出して応え、その頭に赤いバンダナを巻いた青年の元へ駆けて行く。

 無論、この娘にとっての最速で。

 

 どこか危なっかしい走り方をする少女に付いて、小鹿も駆ける。

 一瞬、少女が気にしていた会場に目を向けたのだが、すぐに目を青年に戻して少女に気を使いながら付いて行く。

 

 まだ彼女らの仕事(、、、、、、)も、試合も始まったばかり――

 

 

 

 

 

 

 

 

————————————————————————————————————————

 

 

 

        ■二十七時間目:始めの一歩 <弐>

 

 

 

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 踏み込みながら繰り出される掌底。

 かと思えば跳躍してからの足刀。

 小刻みに、そして素早いラッシュ。

 ステージから離れて見ていても、風を切る音すら手数に劣って感じられる。

 

 それほど素早い連撃。

 

 「フッ!! シ…ッ!!」

 

 小刻みに吐かれる呼気の強さからも一撃がどれほどのものか解るというもの。

 

 

 「はは…っ」

 

 

 この少女が相手でなければ、の話であるが。

 

 先ほどからラッシュを繰り出す功夫服の青年も確かに只者ではない。

 その体躯の大きさからは考えられないほどの軽快さとしなやかさでもって攻め続けている。

 成程確かに相当の修練を積んでいるのだろう事が解るというもの。

 「()ぇなぁ。もっと力抜けよ」

 

 それでもまだ彼女には足りない。

 

 「く…っ」

 

 その声がはっきり聞こえたか、青年は歯噛みをして速度を上げた。

 隙は増えるが速度は上がる。

 手数で防ぐつもりなのか。

 

 「そーじゃねぇったら」

 速度が増したはず(、、)の拳をかいくぐり、スカートがめくれて下着が見える事も構わず思い切り身を沈ませる。

 いや身を沈めつつ青年の足を軽く蹴った。

 

 「うおっ!?」

 

 震脚気味に踏み込んで来たその足が地に触れる直前、蹴り払われたのだ。それは堪らないだろう。

 当然ながら体重を掛けてきた脚なのだからそんなに軽く払える訳がない。

 その事を彼も理解できたのだろう、その背中が汗でびっしょりと濡れた。

 

 だが当の少女はやや眉をひそめた程度で実に事も無げ。

 この程度でおたつくなといった具合。

 

 「おめー拳法やってんだろーが。

  なんでピストンみてぇなラッシュしやがんだよ」

 

 等と説教する始末。

 だが態度は大きいのだが、それに見合う実力を持っているのは明らか。

 何しろ息も絶え絶えの青年に対し、少女の呼吸は些かの乱れもないのだから。

 

 悔しいが相当の実力差がある事を身をもって知った青年。それでも勝負を捨てず構えを小さくしつつ隙を窺っているのは大したものだ。

 だがその小さい構え方に少女は小さく舌を打つ。

 

 「アホが。

  柔軟殺してどーすんだよ」

 

 瞬間、

 

 「!?」

 

 青年の視界から少女の姿が消えた。

 

 無論、消えたのではない。

 小さく構えてしまった所為で(、、、、、、、、、、)、その己が腕によってできてしまった死角に入られたのだ。

 そして戦いの最中での一瞬の隙は余りに大き過ぎる。

 

 「うわっ!?」

 

 パンっと先ほどの同じように足が払われる。

 だが今度は逆に…右回転で。

 

 一応は払いも考慮していたとはいえ、逆方向に攻められると虚を突かれてしまう。僅かとはいえ体勢を崩してしまう青年。

 だが次の瞬間、そんな彼の脇腹に衝撃が走った。

 少女は足払いをしたまま身を捻って拳を入れたのだ。

 隙を貫かれ、一瞬息が止まる。

 しかしてそれで終わってはくれない。

 

 「か゛!?」

 

 ぱんっと乾いた音が場に響く。

 回る軸を腕に変え、膝から突き上げて鞭のように弾き出した足の甲で頬を打ったのだ。

 

 一呼吸の動作で三連。

 途切れぬ円の動きだけで少女は彼を圧倒した。

 

 人が起こした旋風。

 その一連の動きの後に風が舞い、少女のスカートも再度ふわり持ち上げる。

 

 体格的には小学生にも見えてしまうほどの小柄な少女であるが、何故か年齢不相応な色気があり、先ほどから曝している薄紫色のインナーも異様に似合う。

 その不思議な雰囲気と相まってここが舞いの舞台であるかのように錯覚してしまうほどに。

 

 「ったく……

  童貞じゃあるまいし前後運動だけクるじゃねぇよ。

  緩急くらいつけてみな」

 

 だが口から零れる毒舌はとんでもなく品がない。

 何だか似合っている分性質が悪いし。

 

 尤もその理由は相手との実力差から来たものであるからどうしようもない。

 実践(戦)者(プロ)選手(アマチュア)との差はあまりに大きいのだ。

 

 何しろ――

 

 

 『き、決まったー!! これは予想外!!

 

  Aブロック第一戦は意外にも大穴、

 

  絡操 零の勝利だーっっ!!!』

 

 

 顎への一撃によって青年を意識を飛ばされていたのだから。

 

 

  ウ オ ォ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ ッ ッ ! ! !

 

 

 たちまち湧き上がる歓声。

 野郎どもが上げる悲鳴に近い歓声はかなりアレであるが、その実力やいでたち(主にパンツ)は観客の目を大いに引き付けられていた。

 よく聞けば名前を連呼する男どももいたりする。

 

 「ありゃ?

  手加減間違えたか」

 

 まぁ、当の本人は我関せず。

 つまんねーとばかりに肩を竦め、観客に向かって笑顔で中指を立ててからステージを後にした。

 

 

  ウ ォ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ ッ ッ ! !

 

        れ゛ー い゛ ち゛ ゃ゛ ー ん゛ ! ! !

 

 

 ……何だかみょーにアレな声援を受けつつ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……僕、何かの間違いが起こって奇跡のバーゲンでタカミチに勝てたとしても、

  あの人と戦うかもしれないだよね……」

 

 「大丈夫や。

  お前に唱える念仏くらい覚えたるさかい」

 

 『フォローする言葉も思い付かねぇ……』

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 

 「案の定というか思った通りというか……」

 

 「やぱりレイが勝たアルな」

 

 舞台の脇でそう苦笑する楓と古。

 言っては悪いが零の対戦相手、大豪院ポチの動きを見てすぐに敗北を確信してしまっている。

 

 いや彼が弱い方かというとそんな事はない。

 先にも述べたが、あの年齢にしてはかなり鍛錬しているようだし、試合経験も多そうだ。そうでなければ予選落ちしていた筈だ。

 

 ただ、相手が悪い。

 

 古のように本格的な拳法の修行を行ってる訳ではないし、誰かに武術を習っている訳ではない。

 そういった意味では古どころか大豪院にすら劣っていると言えるかもしれない。

 

 が、零の実戦経験の豊富さに敵う訳がないのだ。

 

 それも単に豊富なのではなく、戦って勝ってきた経験が豊富なのである。

 

 主であるエヴァンジェリンは600年を戦って生き延びてきた吸血鬼で、零のベースはその最初の下僕だ。

 あらゆる戦闘を、あらゆる命のやりとりを共にし、様々な強者を間近で見、その対策もとってきたのである。

 如何に中国拳法が優れていようと、その途方もない経験に対抗するには器が足りていないのだ。

 

 「武の基本ができてなかたら当然ネ。

  円の動きできなかたら必ず止まてしまうアル」

 

 「まぁ、零相手では大き過ぎる隙でござるし」

 

 ―― この少女らは別として、だが。

 

 時代が生んだ逸材、というよりは異常者と言って良いだろう。

 酷い言い様に聞こえるのだが、これが本当に言い過ぎにならないのだから性質が悪い。

 例えば楓は中学三年生という若輩で実力が(、、、)中忍に達している。

 そして古もこの齢で氣を自在に練れ、踏み込み無しに浸透剄が()える。

 刹那にしてもこの年齢にして神鳴流の奥儀が使えるという非常識の範囲なのだが、何と明日菜はそんな刹那の動きに反応できつつある。この間まで完全に素人であったはずの彼女が、だ。

 

 他にもかなり年齢度外視の実力者は多いのだが、よりにもよって同じ時代の同じ場所に寄り集まっている。

 意図的な何かを感じなくもないのであるが……

 

 閑話休題(それはさておき)

 

 「老師みたいに無駄の無い無駄な動きができる方がおかしいアル」

 

 「ううむ…言い得て妙とはこの事でござるな」

 

 そんな馬鹿げた実力者の内の二人、楓と古。

 そして零も含めた三人がかりでも某人物には攻撃を当てられないのだから世の中は不思議で満ちている。

 あんなドふざけた回避能力を持っているバカタレを相手にする事に比べれば、大豪院の動きはハエが止まる程度だ。

 

 まぁ、三人ともあらゆる手を尽くして当てようと躍起になっていて、相手も命がけでそれを避けるてゆくものだから双方のレベルが上がってたりするのだが実感はなかろう。

 

 「こう言っては何でござるが相手に同情するでござるよ。

  中心が全くぶれず軸を変える独楽……ぞっとするでござる」 

 

 零が回転して攻撃した際に、頭頂から腰、重心の中心線は縫いつけたように真っ直ぐだった。

 初撃、二撃目も同じ中心線であったが、最後の蹴りの際には回転に全く負荷をかけず軸を腕に変えている。

 単に変えるだけならばできなくもないが、回転モーメントに負荷をかけずに滑らかに移動させるのは人間業ではない。

 いや実際に人間ではないのだけど、それでも一朝一夕にできる筈もない達人業だ。

 尚且つそれでも本気ではないのだからシャレにならない。

 シャレにならないのだが……

 

 「そんな本気な私たちが束になてかかてるのに、

  それでも相手取てる老師は何なのかと」

 

 「それを言ってはおしまいでござるよ……」

 

 実戦に勝る修行無しという言葉はあるが、

 馬鹿らしいほどの妖怪や魔族と戦い続け、どれだけ手加減されていたとしても本物の神から修行の手ほどきを受けているその某人物はどんなレベルに値するのやら。

 或いは単に規格外れという事か?

 

 兎も角、何れ彼の全てを感じ取ろうという意気込みがあったリなかったりする二人は同時に苦笑し、舞台から降りてくる零の元に向かって行った。

 

 

 

 戦い…というか、零にとってほぼ暇つぶし程度に過ぎなかったじゃれ合いを終え、二人と合流して他愛無い会話を交わしつつ控室に下がって行く。

 その間に舞台の調整などを行い、次の試合に備えられたのであるが……

 

 『では続きましてBブロック第一戦!

 

  3D柔術の使い手、山下慶一選手!!

  けっこう美形だがそのゲームキャラが如き服装センスは如何なものかー!!??』

 

 「余計な御世話だ!」

 

 成程、司会の言うように細面だがかなり整った顔をしており、中々の美青年である。

 しかし何故かノースリーブに黒いスラックスにブーツというゲームキャラのようないでたちであるがコスプレではないようだ。

 スリーディメンション柔術というのは耳慣れない武術であるが、隙の無い構えからもその実力がうかがい知れる。

 

 『対しますは謎の男、広野 真!!

  飛び入り参加で何もかも謎!!

  けっこう渋い男だが実力はどうだー!!??』

 

 対するのはオールバックの青年。

 美形とまではいかないが割と精悍な顔立ちをしており、目元は大きめのミラーシェードで隠されている為に表情が読み難い。

 これまた黒いシャツと黒いスラックスを着ており、その上から小豆色のコートを纏っていて、これでコートの背に紋様でもあればやはりゲームキャラの様だ。

 首にかけている銀のアンク(エジプト)がワンポイントだろうか。

 棒立ち…と言って良いほど足に余裕を持たせず伸ばしきっており、胴をがら空きにする不思議な構えをとっていた。

 

 山下と違って余りに素人じみた構えである。

 

 「……」

 

 終始無言。きつく結ばれた口元に変化はない。

 だが構えに反して何故か隙はなく、尚且つ奇妙なプレッシャーが放たれている。

 

 山下はその事がどうしても気にかかって仕方がなかった。

 

 「(何だ? 素人の様で玄人の様で……)」

 

 しかしその内心の疑問を押し殺し、中央に向かってゆく。

 どちらにせよ試合は始まるのだから。

 

 だが、僅かな距離の移動で、彼は気を取られる事となる。

 

 「なっ!?」

 

 何と広野の足捌きが全く見えなかったのだ。

 氷の上を滑るが如く、足音どころか足の動きも認識させず移動して来たのである。

 

 

 『ではBブロック第一戦!!

   F I G H T ! ! ! 』

 

 

 その動揺の隙に放たれる開始の合図。

 ハッと我に返って身構えた山下だったが……

 

 「!?」

 

 彼の目に飛び込んできたのは対戦相手の側頭部。

 広野が横を向いた――のではない。

 

 「が…っっ!!??」

 

 広野が尋常ではない速度で、

 まるで靠れかかる様に身を捻じり込ませながら(、、、、、、、、、)踏み込んできたのだ。

 そして移動と捻じり込みという体移動によっての体当たりが山下に叩き込まれたのである。

 見た目こそ地味であるが、カウンター気味に入ったその衝撃は凄まじい。

 何しろそんなに体格差の無い山下の身体が吹っ飛んだのだから。

 それは……中国武術の鉄山靠(てつざんこう)(正確には貼山靠)に似ていた。

 

 シン と静まり返る会場。

 無理もない。何しろあまりにも呆気無さ過ぎたのだから。

 

 司会をしていた和美も言葉を失い、ポカンとしていたのであるが自分に向けられた広野の視線に気付くと何とか再起動を果たし、

 

 『き、決まったー!!

 

  始まってしまえば何とも呆気ない。

  Bブロック第一戦は広野 真の勝利だー!!』

 

 大きな声で広野の勝利を宣言した。

 

 オ ォ オ オ オ オ ー ! ! 

 

 流石に先ほどの戦いのような華も何も無かったからか、そんなに歓声も上がらなかったが、それでも広野の実力が理解できたであろう武道関係の生徒らからは感嘆の声が上がっている。

 

 「今のは鉄山靠!?」

 「やっべ…実戦で使える奴初めて見たぜ!!」

 「マジか!? ゲームみてぇ!!」

 「渋く決めたな!! 惚れそうだぜ!!」

 

 等と真に汗臭い。

 いやある意味大人気と言えなくもないが。

 

 しかし当の広野はそんな歓声に興味が無いのか、くるりと背を向けてさっさと舞台を後にする。

 やや足を引きずり気味なのが妙に印象的な歩き方だ。

 

 司会も相手がけんもほろろなので、『では、舞台調整を行いますので次の試合までしばらくお待ちくさい』等と取り繕う事しかできない。

 

 そんな彼女をやはり無視し 去ってゆく彼であったが、ふと自分に向けられている眼差しに気付いて足を止めた。

 顔を向けると一人の少女。

 高等部の女生徒だろう、制服に身を包みきちんと帽子もかぶっている真面目そうな少女だ。

 

 だが、その眼差しには怒りが混ざっている。

 

 

 「あの男……」

 

 広野を睨みつけていたのは高音だ。

 いや単に怪しいというだけで彼女はこんな不遜な行為はしない。幾ら教師らにすら堅物だと言われているとしても。

 

 この試合の開催者である超は、予選会での言動や、前科(、、)もあってかなり注目を集めていた。

 当然ながら魔法生徒や魔法教師らも用心はしているのだが、高畑といった実力者も参加して調べているようだが、それでも万全とは言い難い。

 だから彼女も調査を買って出たのであるが、何と彼女のパートナーの少女が予選でいきなり敗北してしまったのだ。

 

 高音の従者(パートナー)、佐倉 愛衣。

 まだ中等部二年であるが、大人しそうな外見に反してアメリカのジョンソン魔法学校でオールAをとった優等生で、この歳にして無詠唱呪文もこなすという実力者だった。

 しかし予選の最中、多くの選手らに混じって(見た目は単なる女子高生&女子中学生だったので周囲はかなり戸惑い気味だった)乱戦となっていた僅かな隙に、

 

 「愛衣!?」

 

 何と振り返れば彼女が気を失い、件の広野に抱きかかえられていたのである。

 

 その状況に焦り、そして怒り、人目を忘れ魔法すら展開しようとしていた彼女だったが、そんな高音に広野手を上げて無言で制した。

 ふと見渡すと舞台の上に立っているのは自分の彼のみ。

 つまり予選はこれで終わっているのである。

 

 流石にこれ以上何かしらの行動を起こす訳にもいかず唇を噛む高音に、広野はぐったりとした愛衣をあずけてきた。

 当たり前と言えば当たり前の事で、他ならぬ高音以外の誰にあずけるというのか。

 

 頭に血が上ってそんな事すら失念していた彼女は慌てて愛衣を受け取り容体を診る。

 外傷は無い。

 しかし魔法的なダメージも見られない。

 だが意識は完全に飛んでいる。

 かと言って気絶とも違う気がする。

 強いて挙げるのなら、何かしらの術を使われているとしか……

 

 ハッとして広野を探す高音。

 しかし時すでに遅し。既に舞台を降りた後だ。

 それでもあちこち目を向けて必死に探すが、やはり近くにはいない。

 

 高音は、ギリ…と歯を食いしばった。

 先日の失態に続き、今度は自分のパートナーがしてやられたのだ。

 それも衆人観衆の中、堂々と術を使われて。

 

 「あの男……」

 

 先日の謎の術者との関連は解らないし、下手をすると完全な別件かもしれない。

 だが失態が続けばどうしても挽回せねばならないという焦りも出てくるし、何より悔しさは増大してゆく。

 

 それに前回の一件と無関係であろうと怪しい術者に変わりはないのだ。

 

 そしてこの本戦で見つけ出した時も接触する隙も見つけ出せず開始時間となってしまっていた。

 だから感情を高ぶりもあって彼を睨む眼差しはかなりキツイものとなってしまっている。

 

 「……」

 

 しかし、そんな高音の感情を知って知らずか、当の広野は彼女を一瞥しただけであっさりと視線を外してさっさと奥に引っ込んでしまった。

 路傍の石に気が向いただけと言わんばかりに。

 

 「広野…真……」

 

 ギュッと握りしめた拳を白くし、高音は誓う。

 必ず彼の元に辿り着き、その化けの皮を剥がす…と。

 そして草葉の陰で見守っているだろう、パートナーの愛衣の為にも絶対に勝ってみせる。

 

 正しい魔法使いを目指すものとして、必ず……っっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あの…お姉さま……私、死んでませんけど」

 

 「それ以前に 高音クン。調査に来てる事忘れてないかい?」

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 「……」

 

 派手な試合が行われていなかったからか、舞台調整とはいっても幅の広いダスターモップで拭く程度で終わる。まぁ、床の歪み等のチェックもするが。

 そこら辺りはプロではないとはいえ、高等部や大学部の専門の生徒ら有志によって行われているのでそつがない。

 テープの剥がれやささくれ(、、、、)等かないかキチンとチェックしている。

 手早く作業が進められてゆく間も、観客は次の試合への期待を高めてゆく。

 

 A,B共に第一試合はあっさりと終了してしまった訳だが、それは参加選手に実力者が混じった故の事。

 つまり本物の強者の戦いを目にする機会に恵まれたという事だ。文句の出ようがないのだ。

 

 ここ麻帆良という土地はその異質さからか妙な人間が集まって来る。

 そしてそれは何かしらのイベントに比例して数を増やす。

 このような学園都市を挙げてのイベントでは園内はおろか外からも似たり寄ったり(、、、、、、、)が集まってくる。

 

 当然、武闘大会も妙な輩が結集していた。

 

 どう見ても年齢詐称な自称学生どもやら、住所不定 職業:格闘家等、訳の解らぬ者たち。

 

 ぱっと見、小学生にしか見えないが不思議な色香を持っていた零もそうであるし、ミラーシェードをかけたコートの男 広野もそう。

 本物を見に訪れた者たちは、前座としか思っていなかった第一戦目からいきなり良い意味で期待を裏切られている。

 仮にショーだとしても、思ってた以上に楽しそうなのだ。

 

 次の試合は何が起こる? 

 次の試合を何を見せてくれる?

 どんな戦い方、どんな武術を見られるのか、彼らは皆ワクワクしながらその時を待っていた。

 当然ながら参加している選手の方はそこまでお気楽極楽になれる訳もなく、ただ自分の戦いが起こる時に備えるしかない。

 

 先ほどから無言で会場を見つめているネギもその一人だ。

 

 「大丈夫なの? ネギ」

 

 「ぴゃっ!?

  って、アスナさん……」

 

 緊張からか、後ろから近寄って来た彼女の気配に気付けなかった彼は、かなり大げさに驚いてしまった。無論、すぐに気を取り直せはしたが。

 

 まぁ、無理もない。彼が戦う相手はあの高畑なのだ。

 数年前にちょっとだけとはいえ戦い方等を教えてもらった相手であり、魔法界でも有名な英雄。学園最強クラスで知られるタカミチ=T=高畑である。

 魔法使い見習いであるネギにどーせいと言うのか。

 

 未だその実力を目にした事はないが、話だけは以前からエヴァや零に聞いているので想像はつく。

 イマジネーションがアレなので『とにかく凄く強い』という程度であるが。

 

 『つっても、小隆起だっけ?

  あのオンナよかマシだ。

  本気だされたら御主人でも一秒ともたん』

 

 等と酷い言い間違え込みでフォローも入れてはくれている。何の慰めにもならないのだけど。

 

 「やっぱ緊張してるわね?」

 

 「緊張…ハイ。まぁ 緊張は緊張してますが……」

 

 そう言ってから溜息一つ。

 明日菜には、ネギの口から落っこちた幸せがクラウチングスタートからのダッシュで逃亡してゆくのが見えた気がした。

 

 「どうしたのよ辛気臭いわね」

 

 「どうしたもこうしたも……

  タカミチに全力出された負けるのは良いとして、負けたらマスターらによって全殺し。

  仮に何かの間違いで勝てたとしても、刹那さんとか零さんと戦う羽目になるんですよ?」

 

 「あー……」

 

 そりゃ気も重かろう。

 高畑はそれなりに手を抜いてくれるだろうからこの試合は良く解らないが、次からが地獄。

 負けたらエヴァが嬉々として虐めてくれるに違いないし、零と当たるとしたら戒名を考えた方が手っ取り早い気がする。

 マシな進み方もないでもないが、奇跡が起こらないと無理だ。

 

 そして死神が酒にでも酔ってネギの名前を記載忘れをして、ウッカリ決勝に進めたとしても待ってるのはやっぱり死闘。

 優勝できたら遠慮なく修行メニューを増やされるだろうし、負けたら負けたで不甲斐無いと言い掛かりをつけられる事だろう。何という理不尽。

 

 「でも、ここで怯えてる方が不味くない?

  うっかり零ちゃんに見つかったらエラい目に遭わされると思うんだけど」

 

 「う゛…そ、それは……」

 

 「ホラ、こんなとこでウジウジしない!」

 

 「うぷっ」

 

 元より元気娘の明日菜は、自分が落ち込む時は止めどもなく落ち込む癖に、他人が落ち込むのはかなり気になってしまう性質だ。

 二人の出会いは最悪であったものの、打ち解けた今ではこのようにヘッドロックをかけたりして励ます事も少なくない。

 やや乱暴気味に見えなくもないが、仲の良い姉弟という間柄がしっくりくる。

 

 「高畑先生に勝てる訳ないんだから、おもっきりやりゃあ良いじゃない。

  メドーサさんとかタマモちゃんと戦う時よかマシでしょ?」

 

 「そ、それは…ハイ……」

 

 前者には物理的にエラ目に遇わされ、後者には精神的にエラ目に遇わされている二人だからこそ説得力があった。

 特に後者はシャレにならないくらいダメージが心に残る。

 何しろ負けた幻覚を味わった幻覚を喰らった幻覚…という、夢だか現実だか何も信じられなくなる攻撃をされた事があるのだから。

 

 「やるだけやって後悔しないよう頑張るしかないじゃない。

  絶対に勝てない存在(、、、、、、、、、)がいるって解ってるんだし、そんなの相手にするよりマシでしょ?

  どれだけ強くなってるか知る為に高畑先生の胸借りればいいのよ」

 

 「ですね……

  そうですね」

 

 彼女の励ましが聞いたか、少しづつ顔色を戻してゆくネギ。

 無論、自信ができたとは言い難いが、それでもさっきよりかはずっとマシである。

 

 贔屓目もあっても明日菜は高畑にネギが勝てるとは思ってもいない。

 だがそれでも、足掻く事もしない少年を見るのは嫌だった。

 

 空元気でも、僅かにでも前を向いてほしい。

 英雄になってほしいとは微塵も思わないけど、自分の行いに後悔をするような人間にだけはならないでほしい。

 一人前の魔法使いとやらになれずとも、まっすぐ前に進んでほしい。

 そんな良く解らない期待の様なものを彼女はネギに持っているだから。

 

 「アスナさん、ありがとうございます!

  僕、がんばります!」

 

 「ふんっ 高畑先生に恥かかさないでよ?」 

 

 「ハイ!!」

 

 ようやく笑顔を見せたネギの顔を見、明日菜は我知らず微笑みを浮かべた。

 何だかんだ言って心配なのだ。この半人前の弟分が。

 

 「じゃ、私は控えの席から見てるからしっかりね」

 

 「ハイ!!」

 

 もう大丈夫かな、と少年に手を振ってその場を後にする。

 柄にもなく激励してしまったとやや照れたりもしているが、今に始まった事ではないという自覚はないようだ。

 やや足取りも軽くなっているがそれも御愛嬌というもの。

 兎も角、愛しの先生(ネギではない)の応援をする為に控えの場所に移動を始めた彼女であったが――

 

 「?!」

 

 その時、奇妙な視線を感じて振り返った。

 

 「何なの?

  私…? ネギを見ていた……?」

 

 視界内に視線の主らしき人物の姿はない。

 そして感じた方向は後方。今まで話をしていたネギの更に向こうだ。

 

 位置的に考えられるのはBブロックの選手席辺りか。

 

 次の試合を見る為だろう楓らしき姿も見えなくもないが、彼女のものではない気がした。

 単なる直観だが、楓であればもっと柔らかい視線だっただろう。

 

 はっきり言ってしまえば、好意的とは言い難い視線だったのだ。

 

 「私でもネギでもない……?

  ううん 何か違う。

 

  ひょっとして――」

 

 

  私たち(、、)を見ていた?

 

 

 

 

 

 

 

 視線に気付き、様子を窺っている明日菜の死角。

 彼女が感じた通り、Bブロックの選手席……の控室に入る入口の陰。

 明日菜の様子に首を傾げている楓からも死角になっているその場に男が一人。

 彼女が未だ視線の主を探しているのを壁越しに感じ、背をあずけていた壁から身を離して静かにそこを後にする。

 やや足を引きずっている感もある奇妙な足運びで、それでいて足音を立てず気配も出さずに控室に進んでゆく。

 

 ずれたミラーシェードを指でついと押しつつ、無言のまま男はその場を後にした。

 

 まるで人目を避けるが如く。

 誰の目にも留まらないよう、恰も影の如く……

 

 

 

 まだ試合は、始まったばかり――

 

 

  




 またしてもごっつ遅くなってしまい申し訳ありません。Croissantです。
 研修…とまではいきませんが、お仕事の説明とか受けてるだけで日が進みました。ゴメンナサイ。

 さて、ちょっち短めの話ですが戦いが始まりました。
 学園祭編は元々地雷だらけでツッコミどころ満載でしたから見直しが大変だったり。
 風呂敷の一端が出し易いメリットもありましたが。

 てな訳で次はアレです。




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-参-

遅くなってしまいました。音信不通でゴメンナサイ。

そして主人公(横島)、超☆出番なし……


 

 

 第一戦目から盛り上がりを見せている武闘大会。

 こういう大会だからして主催が女子中学生だとかそういう話はどうでも良い。どれだけ盛り上がり、どれほど楽しめるかが大事なのであるが、その点は合格だろう。

 会場集客数は既に限界を超えているし、学園中でLive中継されていてHit数もうなぎ上り。会場近くの出店も場内をうろつく売り子も大繁盛。その収益は想像もできない。

 間違いなく学園史上残る大成功のイベントである。

 

 しかし、如何に面白いバトルとはいえシロウトには解り辛い所も多々ある。

 実際、漢魂を始めとした遠当なんぞ現実にあるとは思ってもいなかったのだから。

 

 だからと言ってその辺の武術系部員をとっ捕まえて質問したとしても教えてくれるとは限らない。

 見た目だけ一端(、、、、、、、)という部員も少なくないのだから。

 

 よって――

 

 『-さぁ盛り上がってまいりました麻帆良学園武闘大会本戦。

   司会は私、女子中等部三年 絡繰 茶々丸が務めさせていただいております』

 

 こういうポジションも必要となってくる。

 

 

 『-解説は、先ほど姉さ…もとい、絡繰 零選を相手に奮闘いたしましたが、

   敢え無く一蹴されました大豪院ポチ選手です』

 

 「……一言余計だがよろしく」

 

 なんとなく身内贔屓が目立ってきた茶々丸は、初対面相手でもこんな具合。

 まぁ、こんな口調の方が親しみ易いだろうし、大豪院は大人の余裕で流してくれているので結果オーライか。

 

 『-それにしても大豪院選手は見事なラッシュでしたが、上級者相手には無謀の一言でした。

   予想だにしなかった強者と当たってしまった訳ですが、如何でしたが?』

 

 「しかし何気に酷いな……

  だが基本を忘れ、()のある攻撃をしてしまったのは事実。

  その隙を無駄のない円の動きに突かれたのだから負けて当然だ」

 

 『-ははぁ…つまり戦う前から敗北していたと』

 

 「何かやたらディスられてないか?」

 

 何故に茶々丸が司会をしているのかは知らないが、大豪院が解説に大抜擢された理由も謎だ。

 とっとと負けてくれたのをこれ幸いにと仕事押し付けたという感も無きにしも非ず。

 それでも根が真面目なのか、ちょっとわざとらしく疑問を投げかけてくる茶々丸にもしっかり対応していた。

 

 『-Bブロックの中村選手と広野選手の試合も一瞬で終わってしまいましたが、

   あの技は一見体当たりのようにも見えましたが……?』

 

 「ふむ…あれは中国武術の鉄山靠に見えますね」

 

 「テツザンコウ? 一体それは?」

 

 こんな感じに。

 何だかんだで上手くハマってると言えなくもない。

 大豪院も何か口調が丁寧になってるし。

 

 そうこう私見を混じえた解説を交わしている間に舞台清掃も終了し、次の選手が姿を現す。

 

 

 

 兎も角、様々な裏を覆い隠したまま、大会は進んでゆく

 

 

 

 『-片や学園で知らぬ者のない広域指導員。

   死の眼鏡(デスメガネ)の高畑とまで言われている大人の男性です。

   トトカルチョでは圧倒的に不利となっていネギ先生ですが……

   解説の大豪院さんは如何思われますか?』

 

 「ええ、確かに昨日の予選でも手を触れずに他の選手を倒すという技を見せていました。

  自分も以前に高畑が鎮圧…

  もとい、生徒を沈静する場を目にした事がありますが相手が勝手に意識を失ったようにしか見えませんでした」

 

 『-ほう、勝手に?』

 

 「未熟な自分では視認できなかっただけの話でしょうが、

  どちらにせよ我々とは一線を隔した強さを持っている事に違いないでしょう」

 

 『-ほほう

   ネ ギ 先 生 で は 分 が 悪 い と お っ し ゃ る ? 』

 

 「彼の強さのほどを見ていないから断言はできませんが……

  って、何か妙に機嫌悪くないか?」

 

 『-………気の所為です』

 

 等と若干の贔屓を漂わせつつ解説が進行されてゆく中、二人の選手が舞台に上がっていった。

 

 一方は悠然と、もう一方はどこかに希望を落としてしまったかのようにトボトボと。

 何しろ大人vs子供。ウッカリすると虐めに見えなくもないのが物悲しい。

 どこをどう見たって子供先生の勝利はあり得ない。裏も表の人間もそう思う者が大多数であった。

 ネギを応援す者ものいないではないが、それは健闘を願っているだけで勝機なんかこれっぽっちも感じていない。

 

 そんな中、僅かながら勝機を信じて声援を送る者もいた。

 彼の頑張りを知る のどかと夕映だ。

 自分らの部活、図書館探検部のイベント中にやってきているのでハルナ(よけいなやつ)もいる為に素振りは見せていないが、魔法世界の情報が中途半端にしか持っていない為、まだ勝機を信じる事ができている。

 ついでに木乃香もいるが、彼女はエヴァに接する時間がのどか達より多い為に早くも諦めムード。怪我せぇへんようになー と遠まわしに負けると決め込んでいた。

 

 後は選手控え席には明日菜。

 尤も明日菜は建前上は高畑の応援をしてはいるが、は元より刹那や零、楓と古の姿もあった。

 明日菜は建前こそ高畑の応援だが、その実口から出るのはネギの心配事ばかりで、刹那も苦笑しつつ彼女同様に自分の今の担任(、、、、)を応援していた。

 ネギの健闘っぷりにも期待しているが、実際には高畑の実力が見たいだけだったりする楓と古はまぁ良いとするが、零は論外。

 この元殺人人形は高畑の実力を知っているものだから、ネギの潰され方を期待して見物に来ているだけなのだから。

 

 

 

 僅か数メートル向こうの舞台に立っているのは対戦相手。

 

 はっきり言って場違い。

 スーツにメガネ。その手もポケットに入れられていて、ぼーっと突っ立っている男性の姿。

 

 しかし侮ることなかれ。

 裏の世界、魔法界でも彼こそはと知られている実力者。

 様々な悪の組織(、、、、)をたった一人で壊滅してきたという現代の生きる伝説。

 魔法を唱えられない(、、、、、、、、、)Aランクの魔法使い(、、、、、、、、、)、タカミチ=T=高畑その人である。

 

 この余裕を見せているスタイルも、相手が子供だから侮っているのではない。

 これこそが彼が戦う時のスタイルなのだ。

 相手の隙を窺っている訳でもなく、油断をしている訳でもない。自分の調子を保っているだけなのである。

 

 この麻帆良の武闘大会。

 “表”の試合であるものの、一癖も二癖も…どころか、現実を疑って頭イカレた心配しちゃうほど飛び抜けた強さを持つ者たちが出揃っていたりする試合の中でも突出している人間の一人だ。

 

 他にも魔法を使える女子高生だとか、神鳴流という剣術の奥儀が使える女子中学生とか、何でか魔法を無効化しちゃう女子中学生とか、

 元殺人人形で、気を抜いたらウッカリ対戦相手を切り刻んでしまいかねない女子中学生とかいたりするがあくまで例外なので無視するとして--

 まぁ、そんな奴らがムサイ男どもに混じって出場している訳だ。

 

 そしてそんなトンチキな強者の中で、ぱっと見でやたら目立つ人間がいた。

 

 「タカミチ……」

 

 「やぁ、ネギくん」

 

 今大会最年少。イギリスからやってきた理不尽。

 誰が見たって小学生だが、実は女子中等部の教師。ネギ=スプリングフィールドである。

 

 表向きの職業からしてコドモ教師なのだから おもっきりフィクションじみているとゆーのに、裏に『正しい魔法使い』見習いという何ぞコレ? な正体を持っている理不尽の塊。

 魔法界で有名な英雄の血が流れていて、尚且つイギリスの魔法学校卒業の際には主席。

 当人自覚はないが顔も整っていて美形であり、好意を抱く少女らも多いという恵まれ過ぎにも程があるだろうjkな少年だ。

 

 そんな彼であるが、流石に現役バリバリの英雄である高畑を前にしては緊張を隠せないでいた。

 

 「あれからどれだけ強くなってるか楽しみだよ」

 

 高畑はそう微笑んでネギを迎える。

 実際、この少年は恩人であり憧れである英雄の息子。それにほんの数日手ほどきをしただけではあるが教え子に変わりはない。

 独学で魔法学校主席となり、今もかの有名な魔法使いエヴァンジェリンに鍛えられているこの少年が、あれからどれだけ強くなっているか楽しみにしているのだ。

 勿論まだまだ拙いであろう事は解っているのだが、楽しみである事に変わりはない。

 自分にとっても弟のようなものなのだから……

 

 「うん。

  まだまだ修行不足で世間知らずで頼りなくてか弱い僕だけど、

  タカミチの胸を借りるつもりで全力で戦うね」

 

 「いやそこまで卑下しなくても……」

 

 「だから

 

 

 

 

 

 

  だから、僕が死んだらお墓は海が見えるところがいいなぁ

  それとウェールズのお姉ちゃんとアーニャにありがとう大好きだったよって伝えてね……」

 

 「え、えと……?」

 

 ナニこの遺言みたいな台詞。

 まるで死地に赴く決死兵のようではないか

 

 ふと思い浮かんだのはエヴァンジェリンのヴィジョン。

 稲光が見える黒い雲の中で蝙蝠の羽を広げ、ふはははは…と邪悪に笑っている彼女の姿。

 

 一体はネギくんに何をした?

 もんのすごい冤罪な気がしないでもないが、彼女の性格が性格だからそんな言いがかり浮かぶのもしょうがない話だ。

 

 ――いや?

 

 その暗雲の更に闇の向こう。

 しっと渦巻くドドメ色の雲の中で 節くれだった角を頭に生やした青年がぐははは…と笑うヴィジョンが更に浮かぶ。

 邪悪に笑いながらも、唐突に涙を流して憎々しげ悔しげな顔で、美形は敵じゃあーっと雄叫びをあげたりするその男……

 何故だろう。彼が記憶する悪の魔法使いよかその男の邪悪な様が浮かんでしまうのは。

 

 ま、まさかね。

 いやいや ははは……

 

 そう必死こいて妄想を振り切り、意識を目の前に少年に戻す。

 再度力量を図る意味で相手の目をじっと見た。

 ……やっぱり肉屋に置かれた豚の頭のように悲壮感漂う悲しい目をしている。

 

 エヴァ…横島君……一体君たちはこの子に何をしたんだ?

 

 完全な当てずっぽうではあるが、彼の勘がそう訴えてたり。

 そんな憤りというか呆れというか、言いようのない感情が湧いてくるのもまた仕方のない話。ネギが美少女だったらンな想像も起きなかったのだけど。

 

 

 そして悲しいかなその想像は当たってたりする。

 何しろどう上手く戦ってもお先真っ暗なのだから。

 

 ここで負ける⇒再修業⇒地獄の特訓⇒地獄の猛特訓⇒オワタ

 ここで勝ってしまう⇒試合という名の死闘⇒オワタ

 或いは、よく戦った⇒褒美に修行のグレードを上げてやろう⇒特訓がもう特訓に⇒オワタ

 

 何とバッドエンド√のみではないか。ひどいクソゲーもあったものだ。

 だからといって、ウッカリ手加減を期待したり気を抜いたりしたトコを見られでもしたら更に地獄。

 過酷…あまりにそれは過酷……っっ

 神、所謂ゴッドは幼い少年に何をどうしろと仰られておいでなのか?

 

 ……まぁ、何だかんだ言って今まで耐えてこられたもんだからそーゆー目に逢ってるのだけど、それは言わぬが華か。

 

 

 『 そ れ で は A ブ ロ ッ ク 第 二 戦 を 行 い ま す ー っ っ ! ! 』

 

 

 そのアナウンスに場内の歓声が上がった。

 

 何せコドモ先生は兎も角、タカミチ=T=高畑といえば裏の世界はもとより、表の世界でも広域指導員のデスメガネという二つ名で知られ、不良達はおろか武術系のクラブの間でも畏怖され、或いは尊敬されているほどなのだ。

 そんな彼が試合で戦うというだけで驚きと期待が集まるというもの。

 

 『まずは言わずと知れたタカミチ=T=高畑選手!!

  我が麻帆良で知らぬ者はない、広域指導員だーっ!!

  溢れるダンディズム。

  しかし年齢の割に老けて見えてしまう彼の実力は如何なるものかーっ!!?』

 

 「おいおい」

 

 流石に大人の余裕で紹介の台詞を流す高畑だが、やや眉を顰めていたりいなかったり。実は気にしているのかもしれない。

 エラい目に逢ったりお世話(、、、)になったりした生徒たちからブーイングが上がるが、概ね応援の声なのは隠れ人気があるからか。

 実際、選手の控え席から『なんてコトいうのよーっっ』等と怒声も上がってるし。誰が叫んでいるかは推して知るべし。

 

 『対しますのは…な、何と年端もいかない少年だーっ!!

  しかーし見た目に誤魔化されてはいけません!!

  その実力は中武研のお墨付きっ!!

  イギリスからやって来た紳士な子供っ!

  噂の女子中等部教師、ネギ=スプリングフィールドだぁ!!』  

 

 流石に最初ネギを見て期待する者はいなかったが、その紹介を聞きイメージは一変。

 園内でその強さを知られている中武研のお墨付きだというからにはそれなり以上の実力者という事ではないか。

 それによく見ると、予選において放たれまくる氣弾を悉く回避していた少年ではないか。

 これは思っていたより面白いカードなのかもしれない。

 

 その新たに湧いた期待感と、可愛らしい外見による女性の声も混じって大きな歓声でもって迎えらた。

 

 「あばばば……」

 

 まぁ、当人は意外な応援にわたわた慌てるだけなのだが。

 

 「ははは…すごい人気じゃないか」

 

 高畑は、そんな少年の人気に懐かしいものを感じていた。

 

 彼の父親もそうだった。

 どこに行っても人気で、誰彼からも慕われていた彼。

 最強の魔法使い。魔法世界の英雄。

 千の魔法を使うとまでいわれた(実際にはちょっと違うが)彼……

 

 そんな憧れの人の血が流れる少年の実力は如何なるものか。

 高畑は、大きな声を上げている観客達より大きな期待をネギに掛けていた。

 

 少年にとってありがた迷惑以外の何物でもないのだけど。

 

 

 『それではAブロック第二戦-』

 

 

 実際、その過酷な状況下で育てられている華は実を結んでいるのだから世の中理不尽である。

 

 

 『 F I G H T ! ! 』

 

 

 

 

 

 

 

————————————————————————————————————————

 

 

        ■二十七時間目:始めの一歩 <参>

 

 

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 口にしてはいないが———

 

 

 高畑は両の手をポケットに手を入れたまま。

 相手に対する侮りか、或いはただ余裕の表れなのかは不明であるが、掛け声が放たれた今も変わらない。

 

 しかし相手は格上の実力者。その体勢から何をされるか解ったもんじゃない。

 その事をネギは思い知っていた(、、、、、、、)。 

 

 「…っ!?」

 

 その瞬間、ぞくりと怖気が立ち、体をひねって左斜め前に踏み込むネギ。

 別に避けようと思った訳ではない。

 体が勝手に動いたのだ。

 

 ネギの足が着いた音と、ゴっという鈍い音が響いたのは同時。今の今まで少年が立っていた場所に目に見えない衝撃がぶち当てられた。

 

 「へぇ…?」

 

 高畑は思わず感心する。

 牽制…というかものの試し程度の攻撃であったが、少年は反射して回避して見せた。

 

 観客の方は何が起こったか解ってる者はいないと言ってよいだろう。

 尤も、気付けた少数の者にしても如何なる攻撃が行われたかまでは解っておるまいが。

 

 「い、今のひょっとしてパンチ?」

 

 「おや? ひょっとして気付けたのかい?」

 

 「気付けたというか、微かに見えただけで……」

 

 自信無さげな少年の言葉であったが、高畑は目を見張った。

 

 普通人どころかそこらの魔法使いの目を持ってしても見えないであろう素早い一撃。

 その一撃———拳圧は予備動作すら感じさせぬもので、尚且つ不可視のレーザーのように正確に顎を狙っていた。

 如何に身体を鍛えていたネギであっても、いやさ一端(いっぱし)の武術家であろうと『入り』に反応できねば昏倒していた事だろう。

 だからこそ見えた(、、、)と言った少年に、高畑は本気で感心していたのである。

 

 ……まぁ実のところ高畑の速度は神速とはいっても本当の意味で神の領域に入っている訳ではない。

 

 斬ると口にされた時には既に斬られた後でした-とか、一発殴ると言われた時には霊氣弾で連打されてました-等というふざけた過ぎる相手に虐め…もとい、鍛えられまくったお蔭であろう。

 怪我の巧妙と言えなくもない。ちょっと違うか?

 

 

 「おぉ よく反応できたでござるな」

 

 「氣か魔法かまでは解らなかたが、抜きが見えたら大丈夫アル」

 

 「アレが見えとんかい……」

 

 『姐さん達パネェぜ……』

 

 そして当然ながら超高速攻撃に慣れている楓と古にはハッキリ見えていた。

 何しろネギより長い時間あの存在(、、、、)に鍛えてもらっているのだ。調子(リズム)に着いて行けなければ単なるサンドバックである。

 勝率こそゼロのままではあるが、今や反応だけは見せられるようになっていた。

 

 「だが、高畑先生は一体何を行っているんだ?

  氣弾…いや拳圧だという事は解るのだが」

 

 刹那ほどの腕があるならあの舞台上で立ち合っているのなら気付けたかもしれないが、残念な画に今は舞台脇。

 高畑とネギの間の空がときおりブレたりするのを視認できる程度だ。

 しかし今も攻撃は続いており、ネギは必死に回避しまくっている。何しろ時折 舞台の一部が弾け飛んだり抉れたりしているのだから。

 

 だがぱっと見の高畑は両の手はポケットに入れられたままで隙だらけ。ノーガードにしか見えない。足運びも硬さが見られない自然体。

 そんな体勢から殴り込んでいるとは思えないのだが。

 

 楓は舞台から目を外さないまま、戦っている二人に気を遣った小さな声でポツリと洩らした。

 

 「居合…

  そう、居合拳でござろうな」

 

 

 

 

 

 

 

 『い、居合拳ですか?

  それは一体……?』

 

 大豪院が呟いたその技に、茶々丸はやはりわざとらしく問いかける。

 解説側にはこういったものも必要なのだ。

 

 「ええ居合拳。

  ポケットを鞘とし、振り抜く事で加速させるという技だ…です。

  真田流居合拳という流派も文献では確認した事はありますが……

  いやこの目で見る事ができるとは思わなかった」

 

 『-と言いますと、相当珍しい技なのでしょうか?』

 

 「都市伝説レベルですね」

 

 『-ははぁ テケテケとかカシマレイコのようなものですか』

 

 「いや全然違うぞ」

 

 実際、その名を耳にした事もないではないが、ポケットは手前に引いて抜くものなので方法が全く解っていない。

 居合刀術は鞘というレール(、、、)を走らせる事により初めてできる技(業)。

 よってポケットから振り抜く(、、、、)という不可思議な方法でどうやって居合を成すのかはサッパリ不明のままなのである。

 

 「わっ!

   わわっ!!

    わっわぁっ!!」

 

 しかし放つ方も放つ方であるが、避ける方も避ける方。

 機関銃が如く放たれる拳の悉くを回避しまくっている。

 

 流石にこれだけ連打されると煙やら砂塵やらが舞い上がり、それらが一部が掻き消されたりするのでビジュアル的に連打されている事が一般にも見て取れるようになる。

 未だ立っていられるのもそれらを遮蔽利用して回避しているからこそだが、その変態的な回避力を見るだけで誰に鍛えられたか解るというもの。

 勿論、観衆には気付かれないように身体強化の魔法『戦いの歌(カントゥスベラークス)』をコソーリと掛けているからこそだが、それでも初期からいえば大した進歩である。

 

 「ウム。

  老師に劣るが中々の回避術アル」

 

 「そもそも横島殿は身体強化なしに、

  あれよりもっとエゲツなく回避するでござるしなぁ」

 

 「何時も思うんやけど、あの兄ちゃんホンマ人間なんやろか……」

 

 「いや、間は結構解り易いでござるよ?」

 

 何せ物凄く僅かながら、この居合拳なる技には居合より劣っている点があるのだから。

 

 「居合用の刀なら兎も角、どれほど丈夫であろうと、どれほどの速度を持とうと、

  鞘がポケットではどうしようもないでござるな」

 「一瞬止まる(、、、、、)から何とかなるアル」

 

 鞘なら兎も角、ポケットだ。前方に抜くポケットは普通ない。

 前後逆に穿いているのなら話は別だろうが、見た目がアレ過ぎるし。

 そのお蔭で、抜いてホップさせるその一瞬に体を反応させる事ができるのである。

 

 言うまでもないが、小太郎にせよネギにせよ、それに反応せざるを得ない目に遭っている訳だが……追求しないでおくのが優しさだろう。

 特に邪龍の高笑いなどトラウマなのだし。

 

 

 

 「(反応速度がすごいなぁ……それにフェイントに引っかからない)」

 

 尊敬する人の息子さんがそんな悲惨な目に遭っているとはつゆ知らず、高畑は本気で感心していた。

 何しろ自分の見えないジャブが紙一重でかわされているのだ。

 いくら手加減しているとはいえ、緩急をつけた居合拳のジャブをギリギリで回避される事などここ最近なかったのだから。

 その上。回避しつつ距離を詰めてくる。

 偶に瞬動らしき動きを見せているから使えるのだろうが、乱撃を食らって焦り一気に距離を詰める…という行為に入っていない。

 

 「(瞬動は早いけど直線的過ぎるのがネックなんだけど……

   この分じゃ気付いてそうだなぁ。凄いなぁ……)」

 

 高畑レベル…とまでは行かずとも刹那や古のレベルになると『入り』に移った瞬間に迎撃する事できる。

 何せ軌道は直線。足を出すだけで転ばせられるのだ。

 この齢の魔法使いは移動速度に偏りがちだというのに、よくぞ機動回避に気付けたものである。

 

 しかし現実は、『凄い』という関心のベクトルがちょっと違う。

 というより、嫌っ!! というほど痛い目見て思い知っている(、、、、、、、)ネギがする訳がない。

 小太郎と二人して楓と古、そして横島が呼び出した(と、思っている)何かしらの存在によってエラい目に遭っているのだし。

 お蔭で二人とも瞬動はバッチリ使えるものの、小刻みにしか使わなくなっていたりする。

 

 「う゛~っっ

  避ける事ができてもギリギリだよーっ」

 

 等と泣き言も出ているが、武術系クラブは涙目になる機動回避能力。

 当然のようにそういったクラブ関係者からは感心と声援が飛んでる。

 

 だが、何より目立つのはジリジリと前に進んでいるところ。

 これだけの猛攻を受けつつも引かずに進んでいるのだから。

 

 「(予想と少し違うけど、ホントに強くなったなぁ)」

 

 高畑の感慨も一入である。

 

 こんなに楽しい事があろうか。

 

 彼の血を引く者が、憧れの彼の子供が、昔から知るこの子がこんなに強くなっていただなんて、

 

 

 「だけど……」

 

 

 彼が知る人物は、

 

 このネギの父親は こ ん な も の で は な い 。

 

 

 「この程度じゃ君のお父さんに笑われちゃうからね。

  少し、本気を見せてあげるよ」

 

 

 その事だけでも伝えねばならない。

 

 「左手に『魔力』……」

 

 高畑の広げた左手に力が集まる。

 魔法を唱えられない(、、、、、、)彼であるが、使えない訳ではないのだ。

 しかし、それだけに留まらない。

 

 「右手に『氣』……」

 

 

 「な、に……?」

 『あれは……』

 

 流石に氣を使う小太郎はすぐに気付いたが、何を行おうとしているかまでは理解が及ばない。

 当然カモも解らない。

 

 何せ魔力と氣は相反する力。

 気を使う者が魔力を持てば阻害され、逆もまた然りだ。

 

 だが高等技術故知られていないのであるが、相反し合う力だからこそ使えるようになると

 

 

 「 合 成 」

 

 

 ゴォッッと音を立てて高畑を中心に圧力(プレッシャー)が発生。

 彼の行おうとしていた事に見入っていたネギも後方に後退させられてしまう。

 舞台中継の和美も魔法関係であることは理解しているので、それをぼかして風圧扱い。それでも苦しい言い訳なのだけど。

 

 「こ、これは一体……?」

 

 『-おおっと、解説の大豪院さんも予想していなかった御様子。

   一般武術家も知らないこの技は何なのでしょうか?!』

 

 データ的には理解できていようと、解説者より知っているのはアレなのでやはりわざとらしく疑問形。

 しかし一般武術家も知らない…と遠まわしにしっかり述べている。

 

 それも仕方のない話。何故なら裏の世界(、、、、)で知られる奥儀なのだから。

 

 

 合成され、反発し合う故に大きく膨らんだそれ、

 

 空気をミシミシ軋ませる膨れ上がった(チカラ)

 

 

 「一撃目はサービスだ」

 

 

 その力を込めた拳を 

 

 「 避 け ろ ネ ギ 君 」

 

 「!?」

 

 居合拳で振り抜いた。

 

 

 ドォンッッと轟音が響き渡る。

 恰もそれは大砲の砲撃のよう。

 

 舞台の一部はその轟音の大きさ通りに大きく陥没し、中心地点は砕け散っていた。

 

 その威力に一瞬静まり返る会場。

 今までの連撃も相当であったというのに、明らかに桁が違う攻撃を見たのだから。

 

 無論、ネギとて初めて高畑の本気を見た訳であるから慌てるのも———

 

 

 「ああーっ 隙を見つけ出せないまま本気になられたーっ

  ただでさえ間隙が掴みにくいのにーっっ」

 

 

 当然なのだけど。

 何かちょっと違っていた。

 

 「……怯んでないんだね」  

 

 「怯んでるよ?!

  僕、すごく怯んでるよ?!」

 

 「いや、そういう事じゃなくて……」

 

 自分との実力差を見せられたらもっと心が折れかかるものであるが……ネギは慌ててはいるのだけど心は折れてはいない。

 全然折れていないという訳ではなかろうが、高畑が想像していたより遥かに軽症なのである。

 

 「何時もの死ぬか昏睡するかの修行よりかマシだけど、

  やっぱり負けるのはイヤだよーっっ!!」

 

 何か切実だ。

 負けるのは悔しくて嫌だ…というのではなくて、負けたらドエラい目に遭うからというのが物悲しい。

 

 「うん…何だか可哀そうになってきた」

 

 高畑は、勝っても負けても悲惨な目に遇うだろうこの少年の未来を憂いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うぉおおおっ!! スッゲェーっっ!!」

 

 「見に来て良かったーっ!!」

 

 「流石デスメガネだぜーっっ!!」

 

 湧き上がる歓声。

 当人の気苦労なんか知る由もなく、見物人は暢気なものである。

 

 だが無理もないだろう。

 素人でも氣を飛ばせる者はいるのだが、そういった技が出来ない者達からすればアトラクション以外の何物でもないのだ。

 

 しかし全員が全員、そんなにお気楽極楽でいてくれる訳ではない。

 

 「何でもかんでもノリで納得するんじゃねぇっ」

 

 恰も酔っ払い集団の中の素面が如く、一度ノリ切れないで置いてけ堀の少女が一人。

 いや、ちょっと違うか。

 何しろ以前からこの少女はこの都市のノリに着いて行きかねていたのだから。

 

 しかしそれだけではない。

 

 「(どういう事だ?

   前々からおかしいおかしいと思ってたが、今日は特におかしい。おかし過ぎる。

   明らかに人間外の離れ業出しまくってんのに何で納得できてんだよ)」

 

 何故か学園祭に入ってから違和感が膨らみ続けている。

 今まで不思議とも思わなかった事や、合わないと思っていた連中との距離感、そして学園外と学園内とのテクノロジー格差。

 非常識だという括りで受け止め、放置していたそれが如何にどれだけ異様な事であったのかと。

 

 そして元担任と現担任とのバトル。

 

 これは違う(、、)

 トリックと思い込もうとしてはいたが、トリックなんかじゃない。恐らく現実(マジ)だ。

 その上、理屈は解らないがこんな不自然な事実を皆が皆してするりと流して生活している。

 

 ラノベじゃあるまいし…と一笑に伏したかったがそうはいかない。

 何故なら

 

 

 『-おおっと 高畑選手ものすごいラッシュです。

   ああ、ネギ先生っ』

 

 「私情が漏れてるぞ」

 

 少女の真横で飛び切りの不条理(クラスメイト)が何故か解説係をしているのだ。

 この娘、四肢の間接に球体パーツが使われており、頭にはメカメカしいバイザーがついている。

 尚且つ髪の色は黄緑色。

 どこに出しても恥ずかしくない、おもっきりロボ娘である。

 

 何でロボ娘がクラスにいるんだとは思いはしたが……よく考えてみればギャルゲーがあるまいし、美少女アンドロイドなんかいる訳ない。

 

 「(何で気が付かなかったんだ……?

   考えみりゃあ、外に比べておかしな事が多すぎる。

   そういえば担任にしてもガキじゃねぇか……)」

 

 綻びは気付かないところにできて広がってゆくもの。

 

 数は少ないものの、違和感という綻びを持った人間は少しづつ現れだし、学園サイドが気付かぬ内に数を増やしてゆく。

 

 件のロボ少女はそんなギャップに戸惑う一人である少女の様子にチラリと目を向け、何事もなったかのようにまた解説に戻った。

 

 

 『-ネギ先生、がんばってください』

 

 「おいっ 完全に贔屓してるだろ!?」

 

 

 計画(、、)の一部が成功している事を確信して。

 

 




 遅くなりましたスミマセン。
 アホみたく卒業制作なるものに時間取られ、あまつさえ寒暖差で身体ぶっ壊してました。
 真に持って申し訳ありません。う゛ぃーたちゃんのPSO2もできなかったヨ……せっかく買ったのに~
 オタ学生からもうすぐ社会人。時間が減りそうですが頑張ります。
 ……その前に黄砂と花粉との戦いががが

 横っちの出番はずっと先ww
 意味はあります。わざと引っ張って書いてますし。
 ではまた……


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