咲闇の闘牌 (きりりり)
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番外編
【番外編】風闇の闘牌(前編)


・この物語は「咲闇の闘牌」本編並びに原作とは一切関係ありません。
・一部のキャラクターの性格、設定が本編とは微妙に異なる場合があります。
・また、いk……一部のキャラクターの扱いが良くない場合もあります。
・そもそも風越って女子高だって?細かいことは気にしてはいけません。・


以上の注意書きを読んだ上で納得できた方のみ下へ進みください



7月の初旬となると、先日までのじめじめとした空気は突然嘘のように消え去り

代わりに現れた太陽は眠る者全てに寝苦しさを与えていた。

 

「起きなさい、しげる。朝ご飯ができたわよ」

 

そんな苦しみから解放するようにそっと男を揺り起こす女性の姿があった。

 

「また来てるのか……先輩」

 

朝から美女が優しく起こしてくれるという、男なら誰もが羨むシチュエーションだが、男……私立風越高校2年生赤木しげるはうんざりしたような声を出した。

赤木のそっけない態度に対して女性は

 

「もう!昔みたいに姉さんって呼びなさいって、いつも言ってるでしょ」

 

と、頬を膨らませるのだった。

 

ここで赤木の身の上話をしておく必要があるだろう。

10年前不慮の事故によって両親を亡くした赤木は親戚の間でたらい回しにされたあげく、

施設に預けられそうになっていたところをこうして世話を焼いている女性……風越高校3年生福路美穂子の祖母が赤木を引き取ったのだった。

美穂子は赤木を、実の弟のように接し、その様子は近所でも評判の溺愛ぶりだった。

 

しかし元々他人に迷惑をかけることを嫌う赤木は、中学校卒業を機に自立を宣言。

美穂子は涙ながらに引き留めようとしたが、赤木の頑なな意思にとうとう折れ赤木を見送った。

 

両親の残してくれた遺産でアパートを借入れ赤木の1人暮らしが始まった……かに思われたが、美穂子は雨の日も、風の日も、風邪の日も毎日こうして赤木の家に通うのであった。

 

最初こそ迷惑はかけられないと追い払っていたのだが、1カ月過ぎ、3カ月過ぎた頃には今度は赤木が折れ、今では毎日こうして朝食を作りに来るついでに、低血圧な赤木を起こしてあげるのが美穂子の日課となっていた。

 

 

アカギ外伝? 「愛」

 

 

恒例の挨拶を終えた2人は向かい合って朝食をとっていた。

赤木から話かけることはめったになく張られた話題に二言三言返すだけの傍から見れば、重苦しいことこの上ない雰囲気のはずだが美穂子は自分の作った料理を黙々と口に運ぶ赤木の姿を見てニコニコと微笑んでいた。

 

時々食べる手を止めてまで、じっと見つめてくる美穂子に対して文句の1つや2つも言いたくなるが、こちらを見つめる色違いの瞳を見ると全てを見透かされているようで、いつのまにかそんな気が失せてしまうのだった。

 

(……俺も甘いな)

 

そんな自分の弱さを誤魔化すように赤木は音を立てて味噌汁をすすった。

 

「ところで、今日はちゃんと部活に来るわよね?」

 

突然の話題に赤木はばつの悪そうな表情を浮かべた。

 

「……さあな」

「だめよ!そんなんじゃ」

 

そんな赤木の態度を美穂子は何度も叱ったが赤木は興味なしとばかりに聞き流すのだった。

 

「しげるも、もう少しまじめに来ないと……」

「……ごちそうさま、それじゃあ行ってくる」

 

美穂子の説教から逃げるように一気に緑茶をあおり足早に部屋から出て行ってしまった。

 

「まったく……しょうがない子ね……」

 

昔から変わることのない弟の姿を見て美穂子はただ溜息を洩らすのだった。

 

 

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●

 

 

「もう!少しくらい待ってくれてもいいじゃない!」

「……もう一緒に登校するような年じゃないだろう……」

 

1人で先に行ってしまう赤木に遅れること5分、ようやく赤木に追いついた美穂子はすぐさま文句を言うが赤木は特段気にする様子はなかった。

すると前から何者かがこちらに向かって来た。

 

「キャプテーーンおはよーございまーす!」

 

どこか猫を思わせる風貌を裏切らず、ハツラツとした声は美穂子達だけではなく近所中に響き渡った。

 

「おはようカナ、今日も元気ね」

「えへへ……」

 

池田華菜。赤木と同じく風越高校の2年生であり、守りよりは攻めに比重を置いた打ち手であり、風越のナンバー2の打ち手でもある。

 

「朝っぱらから騒がしい奴だな……」

 

そんな池田とは色々な意味で対照的な存在である赤木は不機嫌そうな声を出した。

 

「お前には、あいさつしてないしっ!勝手に話に入ってくんなよ!」

「そいつは悪かったな、謝るからもう少し静かにしてくれ。お前の声はうるさいんだよ」

「なんだとうっ!?」

 

それが理由かどうかは定かではないが、赤木と池田はすこぶる仲が悪かった。

……もっとも池田の方が赤木を目の敵にしているだけなのだが。

 

「カナはしげると仲がいいのね……」

 

そんな二人を見て美穂子はまた溜息を吐くのだった。

 

 

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●

 

 

「赤木ぃ!お前私と勝負しろ!」

 

授業も終わり帰り支度をすましたところへ駈け込んで来たものだから普通のなら面食らう場面だろう。

 

「またか……いい加減諦めたらどうだ?」

 

しかしそんな突然の強襲も何度も繰り返せば人は慣れるもので、今となっては月に2度程度の恒例行事化している。

周りも慣れたもので今となっては誰1人として注目するものはいない。

 

「うるさいっ!今日こそはキャプテンにしつこくつきまとう赤木を成敗して、2度と近づけないようにしてやるしっ!

 

池田と赤木はある誓約のもと勝負を行っている。

それは負けた方は勝った方のいうことをなんでも聞くという単純なものだ。

 

「……何度も言うが俺がつきまとってるんじゃない、あっちから近づいてくるんだ」

 

「ウルサイッ!いーわけするなんて男らしくないしっ!」

 

何度も説明はしているが、池田が納得してくれる気配はなく、赤木の努力が報われる望みは限りなく薄かった。

 

なお、何でも言うことを聞くと言っても、そこは良識をわきまえているのか過激な要求はなく、たいていはジュースをおごらせるだけである。

(一度課題を押し付けたらでかでかと『わからないしっ』と書かれたのでそれ以降池田に期待することはなくなった)

 

「今日の私はいつもと違ってとっておきの秘策があるしっ」

 

(夏の暑さで頭でもやられたのか?いや……よく考えてみればいつもこんな感じだったな……)

 

「今までの私に足りなかったもの……それは背水の陣!」

 

(今日習ったことを積極的に使うのはいいことだとは思うが、それは秘策とは呼ばないぞ……)

 

池田のテンションについて行けず赤木は内心辟易していた。

 

「つまり私が今回負けるようなことがあれば……」

 

何やら話が変な方向に進んでいるが、部活を辞めるとか言い出されたら面倒なことになる。そろそろ止めるべきだろうか。

 

「ジュースの代わりに学食のご飯をおごってやるよ!」

 

訂正。そんな心配は無用なようだ。

得意げに鼻をならしてみせる池田を見て、赤木は渋々この勝負を受けるのであった。

 

 

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●

 

 

「ロン」

 

赤木手牌 二三三四七八九⑥⑦⑧中中中 ロン三萬

 

「中のみ逃げ切りだな……」

「くうっ……」

 

またもや微差で逃げ切られ池田は卓上に突っ伏した。

 

「なんだよっそれは!そんな悪い待ちで私の清一を……」

「……運がなかったんだろ、それじゃあな」

「え、もう帰っちゃうの?今日はランキング戦だよ?」

 

席を離れようとする赤木を池田に付き合わされ相席していた吉留末春が赤木を呼びとめた。

 

ここで風越高校には校内ランキングという制度がある。

その名のとおり部活内での強さを示す1つの指標となるランキングを決める制度のことで、大会に出場する5名もそこから選出される。

このランクこそが部活内での地位を示すと言っても過言ではなく、そこには先輩も後輩もない、まさに下剋上の世界なのだ。

 

「ああ……ちょっと野暮用があってなキャプテンには適当に言っておいてくれ」

 

それだけ言うと自分のカバンを掴み、部室から出て行ってしまった。

 

「あーもう!なんで赤木の奴はいつもいつも私の切る牌で待ってるんだよっ!」

 

ため込んでいた怒りが爆発したのか池田の叫び声が部室に木霊した。

 

「た、たまたまだってたんに相性が悪かったんだよ……」

 

見るに見かねて未春がフォローを入れるが池田の怒りが収まる様子はない。

 

「だいたいランキング78位のくせにキャプテンと仲良くしようとするし!今日も私のことを6回もうるさいって言ったし!髪白いしっ!」

 

「いや、ランキングと髪の色は関係ないんじゃ……」

 

同じ髪の色を持つ者として弁護したかは定かではないが、未春は常識的な見解を述べるがヒートアップした池田には逆効果だった。

 

「とにかくあいつムカツクしっ!」

 

もし池田が猫だったら全身毛を逆立てて怒りを表現していただろう。

そういえば昔ネコとネズミが喧嘩をするアニメがあったなと、未春は思った。

 

「その……たしかキャプテンと赤木先輩って恋人同士らしいですし仲良くするのは当然なんじゃ……」

「なにぃッ!?」

 

恐る恐る口出したのは一年の文堂だ。しかしその言葉も池田の鋭い眼光によって中断を余儀なくされた。

 

「い、いや……あくまで噂であって実際そうだとは……」

 

ちなみにこの噂は発信者は不明だが、麻雀部なら池田以外誰もが知っている情報である。

 

「キャプテンがあのバカギと付き合うなんて、そんなこと絶対にありえないしっ!」

 

感情が高ぶった時にしか出てこない耳(未春命名)も飛び出しもの凄い剣幕で文堂に迫った。

 

「あ、あの……」

「落ち着いてったら文堂さんに文句言っても仕方ないでしょ」

 

未春は慌てて興奮冷めやらぬ池田をたしなめた。いつでも池田のブレーキ役を務めるのは彼女なのだ。

 

「でも実際キャプテンと赤木君ってよく一緒にいるよね」

「本当にわからないしっ!性格も最悪だし麻雀も弱っちいし。どーしてキャプテンがかまってあげてるんだろ」

「いやいや、その赤木君にカナちゃんは負けてるんでしょーが」

「なんだとう!?」

 

赤木の校内ランキングは80位中の78位ほぼ最下位に位置いていた。

追記すれば美穂子は断トツの1位で部長を務めているし、この未春も3位とかなりの実力者なのだ。

 

「それにしてもおかしいですよね……過去の成績を見る限りで赤木先輩って守りが堅い方じゃないし、切り間違いとかのミスも多いですし……どうして赤木先輩がいつも勝ってるのか、わかりませんよ……」

 

池田のリーチ宣言牌が赤木の待ちとなっている場合が多く、ここまでくれば2人の相性が問題としか言いようがなかった。

 

「コラァッそこ!いつまでも無駄口叩いてんじゃねえ!特に池田!さっきからお前うるさいんだよ!」

 

オーバーアクションも交えて大声で話しているのをコーチである久保にばれないわけなく池田はビクッと身を震わせたのだった。

 

 

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●

 

 

「どこへ行くのしげる?部室はあっちよ?」

 

池田が震えあがっている一方で赤木は今現在最も会いたくない人物と遭遇してしまった。

美穂子は相変わらず微笑みを浮かべているもののそこには怒りの色が見て取れた。

 

「……課題が多く出たんだ」

「ウソつきなさいあなたが課題に取り組んでいるところなんて見たことないわよ」

 

苦し紛れについた嘘もたやすく見破られ2人の間に沈黙が流れた。

 

「しげる……毎日来なさいとは言わないわ。けど、もう少し……」

「嫌なんだよランキングがどうのこうので一喜一憂するのも、それを見るのも……」

 

美穂子は何度繰り返したかわからない問答を繰り返すが、いつも平行線を行くだけで、赤木は黙って美穂子の隣を通り過ぎようとした。

 

「ああ、そうだ。明日は弁当を作る必要はないから、家でゆっくり寝てていいぞ」

「……どうしてかしら?」

 

ちなみに、赤木がいつも持たされているのは美穂子の手作り弁当であったりする。

 

「いや、なんでも明日は池田の奴が昼飯をおごってくれるんだ、だから弁当はいらない」

 

それだけ言い残すと今度こそ赤木は美穂子の隣を通り過ぎて行った。

 

(カナがしげるをご飯に誘うなんて……やっぱりカナはしげるのことを……)

 

その時たまたま廊下を通り過ぎた軽音楽部の1人が、美穂子のまわりに黒いオーラが出ている幻覚を見たという。

 

ちなみに今日の池田の成績はなぜか、散々であったことをここに明記する。

 

 

 

 

 




アカギ・咲のSSは数あれど赤木のことをしげると呼んたキャラクターを登場させたSSはこれが初めてだと思います。

このSSにおける赤木は原作に比べ非常に丸くなってます、人それぞれ感じ方は異なると思いますが、これが真面目に学生生活を営む赤木の姿なのかもしれませんね。

ちなみに、今回の風闇の闘牌は実は、咲闇の闘牌の没案だったりします。どうでもいいですね。


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【番外編】風闇の闘牌(中編)





アカギ?外伝 「鼓舞」

             

 

インターハイ出場をかけた地区予選大会。

ここ風越高校では男女を問わず部員全員が応援に駆け付け、結果見事予選を勝ち抜くことができたのであった。

ここ地区予選会場控室で、本来ならばこの勝利を祝い、喜びを分かち合う場面なのだろうが、部員の空気は重く、誰一人としてはしゃぐ者はいなかった。

なぜなら……。

パァンと頬をたたく乾いた音と共に麻雀部コーチ久保の怒声が部屋全体に響き渡ったからだ。

 

「なんださっきの試合は!!キャプテンのお前が生ぬるいから下があんな打ち方をするんだ!!」

 

頬を叩かれたのは部長である福路美穂子。左頬が赤くはれ、美穂子はただ、久保の怒声に耐えるだけである。

 

「……」

 

その姿を赤木は戸惑いかはたまた怒りか……いずれにしてもその表情から読み取ることはできないが、黙ってこの様子を眺めているだけだった。

 

「池田ァァ!!テメェさっきの⑦筒はなんだ!」

 

怒りの矛先が変わり今度は池田がつるしあげられる形となった。

 

「相手がちょろかったから良かったものの、あんな腑抜けた打ち方が全国に通用するわけねーだろ!」

 

襟をつかみギリギリと締め上げられる池田は黙って久保の叱責に耐える他なかった。

 

「お前、去年もそれでシクったよなぁ?」

 

普段スパルタ気味の久保がここまで怒ることは珍しいことではなく、どの部員も一度は彼女の怒りに触れているため目線を下に落とし、早くこの時間が終わらないかと黙って見ている他なかった。

 

「お前が倍満振り込んで……うちの伝統に泥ぉ塗ったの忘れたのかよ!」

「ひっ……」

 

再び腕を振りかぶり、張り手が飛んでくると思いギュッと目を閉じる池田であったが、いつまでたっても左頬に痛みはやってこなかった。

 

「そこまでだ、先輩」

 

赤木のしたことは至極簡単なことだ。

一歩前に出て久保の腕を掴む。ただそれだけのことだ。

しかし、その簡単なことを行えるほどの勇気を持った部員は残念ながら、美穂子だけであり、他の部員は赤木のまさかの行動にただただ唖然とするばかりであった。

 

「お前……何のつもりだ」

 

掴まれていた手を振り払い、久保は忌々しげに赤木を睨みつけた。

 

「いくらなんでもやりすぎって言ってるんですよ……たった一回のミスなら訓告程度で充分……なにも手を出すことはない……」

 

現在久保の抱いている感情は確かに赤木に対する憎らしさもあるが、それ以上に占めている感情は意外さだった。

久保の記憶によれば、赤木と池田の仲は良いどころか悪いといっても過言ではない。池田が怒られる様を見て、心の中でざまあみろと悪態をついていても不思議ではないからだ。

しかし久保はその態度を表に出すことなく、いっそう強く赤木を睨みつけた。

 

「それにあの時の池田の流れからすれば下手に守るよりも、あのまま突き放しにいくほうがずっと勝算が高かった……あの⑦筒切りもあながちミスとは言い切れないんですよ」

「言わせておけば……」

 

赤木の無礼な態度に久保の堪忍袋の緒が切れ、赤木に詰め寄ろうとするが、その前に美穂子が立ちふさがった。

 

「待ってください!しげるの態度については謝ります!けど、しげるはただ自分の考えを言っただけなんです、この子に罰を与えるならかわりに私が受けますからこれ以上は……」

 

この美穂子の必死に訴えかけるような眼差しに毒気が抜かれた久保は軽く舌打ちをすると

 

「帰ったらみっちりミーティングだからな!」

 

と、言い放ち、部屋から退出していった。

同時に張りつめていた空気も和らぎ、ほっと胸をなでおろしたが、目の前で泣き崩れる池田を前にしてそれを表に出すものは誰もいなかった。

 

「まったく……ざまあないな……」

 

だというのにこんな言葉が出てくるのはよっぽど性格が悪いか、池田に恨みを持っているのか……あるいは両方なのかもしれない。

 

「ちょっと怒鳴られたくらいで泣き出して……案外涙もろいんだな、お前」

「しげる!」

 

歯に衣着せぬ言い方をする赤木を美穂子は止めようとするが、赤木はさらに追い打ちをかけた。

 

「お前のことだ、どうせ対面の寿台飛ばして勝とうとかろくでもないこと考えてたんじゃないのか?」

「……にが……たいんだよ」

「ん?」

「お前なにが言いたいんだよっ!」

 

もともと激しやすい池田が赤木の言葉に耐えられるはずもなく、いままで泣き崩れていた池田は立ち上がり、涙を浮かばせた瞳で赤木を睨みつけた。

 

「ハハハ、やっと調子が出てきたじゃないか」

「ふざけんな!そんなに無様な打ち方をした私がおもしろいのかよっ!」

「別に……そんなわけじゃないさ」

 

顔を赤くし、叫ぶように出した池田の声だというのに、赤木はひるむことなくいつも通り涼しい顔を維持している。

 

「うそつくな!お前は……」

「まったく……お前もあの先輩も、どうしてずれたことばかり言うのかね……」

 

やれやれとばかりに溜息を吐く姿は池田のみならずここにいる全員を挑発しているように見えた。

 

「そもそも……お前なんで叱られてたんだ?」

「はぁ?」

 

赤木の予想外な言葉に池田はなんとも間の抜けた声を出した。

 

「なんでって……お前本気で言ってんのかよ……」

 

もしかしたら今までの話をなにも聞いてなかったのかとも思ったが赤木ならありえるともちらりと思った。

 

「お前は結果として勝ちを収め、チーム自体も優勝できた……怒鳴られる筋合いなんかないじゃないか……」

 

もしかすると赤木は池田の怒りを煽るためにこんなことを言っているのではないか、そう考えるといっそう腹立たしく感じてきた。

 

「……私が間違った打牌をしたからだよ」

「はぁ……まったく……」

 

赤木は一つ溜息をつくと今まで薄く浮かべていた笑みを消し、真剣な面持ちで向き合った。

 

「なあ、その間違った打牌ってなんだ?」

「え……」

 

予期せぬ赤木の問いに池田も一瞬戸惑ってしまった。

 

「だから……牌効率だとか期待値だとか、そういう……」

「バカ……そこからもうずれてんだよ」

「っ……!このっ!」

 

一応の回答をしてみせたというのに最後まで聞こうとせず、あまつさえその答えさえも否定された池田はさらに怒りを激しくした。

 

「まぁ……これ以上お前に言ってもわからないさ……」

 

そう呟くと踵を返し、部屋から出て行ってしまった。

 

「なんなんだよ……何が言いたかったんだよ、あいつは……」

 

池田のやりきれない言葉だけが部屋中に広がり、どこにもぶつけようの無い怒り腹の中に溜め込むほかなかった。

 

 

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●

 

 

「池田、赤木、ちょっと来い」

 

次の日、昨日のこともあって今だ気まずい空気が流れている二人を、久保は呼びだした。

 

「まず赤木、どうして昨日はミーティングに出なかった?」

 

口調こそは荒げていないものの、言葉の中に怒りが含まれていることは明白であり、気の弱い生徒なら口ごもってしまうこと間違いないだろう。

 

「なに、ちょっと外せない用事がありましてね……部長のほうから連絡があったと思うんですけど」

 

なのにいけしゃあしゃあとこんな言葉が出てくるのだから赤木の胆力はそうとうなものだろう。

 

「ちっ、まぁそんなことはどうでもいい今回お前を呼んだのは、お前の態度のことだ」

 

赤木の不遜な態度に久保は若干憤るものの、気を取り直して本題に入った。

 

「部活はろくに来ない上にすぐ早退するし雑用はしない、挙句の果てには成績も悪い……お前からやる気が感じられないな?」

「…………」

 

隣で聞いている池田でさえ内心動揺し、気が気でないのに対し赤木はいつもの表情を保ち、久保の話を聞き流しているようにも見えた。

 

「ここまで言えばもうわかるよな?赤木、お前を麻雀部から除名する」

 

ここにいる全員が予想できた言葉だが、いざ言葉として現れると、部室全員に戦慄が走った。

 

「待ってください!たしかに最近休みがちですけど、いくらなんでも退部は急すぎます!私がきちんと言い聞かせますから、どうか……」

 

久保の言葉に真っ先に反応を示したのはやはり美穂子だ、今にも泣き出しそうな勢いで、必死に頭を下げている。

 

「落ち着け、話はまだ終わってない」

 

このまま聞く耳を持たずあっさり退部が決まると思っていただけに赤木も意外そうな表情を見せた。

 

「次に池田、昨日のミーティングでも言ったがお前は成績にムラがありすぎる」

「……はい」

 

話の矛先がいきなり自分に向いたため、ただ一言返すのがやっとだった。

 

「負けたら後のない大会だ、もしお前の強打が裏目に出れば自分だけじゃなくチーム全体に迷惑がかかる。それはわかるよな?」

「そ、それって……」

 

レギュラー落ち。

直接言わずとも、そう言いたいことは明らかだ。

 

「そこでだ、今からお前ら二人でペアになって私と打ってもらう。いい結果が出たなら今回の話は水に流そう、だがもし無様な結果だったら……」

「けっ……結果だったらどうなるんですか……?」

 

どうなるのかなど、半ばわかってはいるが、それでも池田は震える声でたずねるしかなかった。しかし事態は池田の予想を大きく上回っていた。

 

「退部だ。2人共な」

 

久保の無慈悲な一言はいまだざわつく部室を静まらせるには十分だった。

 

「もし、この話を受けないならそれでもいい。赤木は退部してもらうことになるが、お前の処分はレギュラー落ちだけですましておいてやる。

「……だ、そうだがどうするんだ?俺はどっちでも構わないぜ」

 

あくまで他人事のように話す赤木を横目でにらみつつも池田は考えた。

 

(もし、このまま麻雀部いいれたとしてもキャプテンといられるのはこの夏が最後だし、それに……)

 

昨日のミスを挽回し、またコーチに見直してくれるかもしれな。

池田の決意は固まった。

 

「やります!その勝負受けます!」

 

池田は叫ぶようにそう答えた。そうでもなければ不安に押しつぶされそうだからだ。

 

「わかった、じゃあ入ってきてくれ」

 

久保が合図し、普段非常勤の教師などが滞在している隣の部屋から何者かが部室に入ってきた。

あらかじめスタンバイしていたということは池田がこの勝負を受けてくれると信じていたのだろうが、今はどうでもいい話だ。

 

「あ、あの人はっ!?」

「知っているの、文堂さんっ?」

 

入ってきた人物に真っ先に関心を示したのは一年の文堂星夏であり、律儀に反応したのは吉留未春だ。

 

「女子プロ雀士の中でも実力派……通称まくりの女王こと藤田靖子プロです!」

「説明ご苦労。だが、その恥ずかしい肩書を口に出すのはやめてくれ」

 

半ば興奮気味の紹介に呆れた表情を見せつつも、その目は赤木たちを見すえており

その風貌からは巷にあふれるプロ達とは全く異なる気迫さえ感じられる。

 

「ククク……現役の、それも五指に入る実力をもつプロが相手なんだ。相手にとっては不足がないな池田?」

 

ただでさえプレッシャーが重くのしかかっている状況に加えて、相手は麻雀部コーチと現役プロ、これ以上ないくらいに絶望的な状況に池田は泣くのをこらえるのが精いっぱいだった。

 

 



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【番外編】風闇の闘牌(後編)(上)

途中の休憩室はいわゆる理科準備室みたいなところです。


アカギ?外伝 「激励」

 

 

今まさに退部がかかった対局が始まろうとする直前、池田、赤木両名は索戦線会議を開いている。

 

「いいかアカギ、今回こうなったのも元はと言えば私のせいでもある」

 

どこか負い目を感じているのか、その瞳にどこか元気が無いように見えた。

 

「だからお前は何もしなくていい。っていうかアカギじゃ力不足だし!」

「……そうかい」

 

とは言っても正直自分でもあの2人相手に勝つ見込みがあるはずもない。

 

(せめてキャプテンがいてくれれば……)

 

こんなに不安にならなかったかもしれない。

しかしいくら願ったところで共に打つのは憎たらしいこいつなのだ。

 

(私がなんとかするんだ……なんとか……)

 

 

○●○●○●○●○●○●○●○●○●

 

 

東 久保 25000点

南 藤田 25000点

西 池田 25000点

北 赤木 25000点

 

「勝負は半荘4回戦で互いのポイントの合計が上だった方の勝ちだ。ただし内容によっては負けたとしても恩赦を与える場合もある」

「それって……」

 

例え赤木に足を引っ張られて敗れたとしても自身がしっかりしていれば退部は免れるというわけである。

 

「ただし逆もまたあり得ることも忘れるなよ池田ァ!」

「ひっ……」

「怒鳴ることもないだろ……」

 

かくして勝負は始まった。

 

東一局 ドラ:{7} 親:久保

 

池田 手牌

{二三五3445599③④⑤ ツモ6}

 

(テンパイだし……ここは……)

 

打{五}

 

「リーチ!」

 

幸先のいい先制リーチに思わず安堵の表情が浮かぶ

 

(とにかくまずは確実に点棒を稼いでいく……そのあとは守備に徹すれば最悪ラスは回避できるし!)

 

三巡後

 

「ツモ!」

 

池田 手牌

{二三34455699③④⑤ ツモ一}

 

「メンピンツモ700-1300!……です」

 

裏こそ乗らなかったが久保の親も蹴ることができたまずますの出だしと言える。

 

(普段の池田先輩なら三色が確定する二萬切りだったはず。でも今回は和了る確率を上げるための両面待ちにして正解だった!池田先輩は落ち着いている!)

 

声こそ出さないが部内に安堵の雰囲気が漂う。大多数の部員達の考えは文堂とほぼ同じでありこれなら勝てるかもと思うものまでいた。

しかしその一方でこの和了に不穏な流れを感じたのはただ一人……。

 

(カナ……いつものあなたの打ち方じゃない……)

 

無論ここで和了れたことは紛れもなくプラスであることは疑いようもない。ただ……もしここで三色に受けていればこの後に高めの四萬を引いていたかもしれない。

点棒のかわりに別の「何か」を失ってしまった。

美穂子にはそんな気がしてならないのである。

 

(お願いしげる……カナを助けてあげて!)

 

しかし美穂子の不安とは裏腹に池田は好調。

破壊力はないものの素早い和了を繰り返していた。

 

東三局2本場 ドラ:{八} 親:池田

 

池田 手牌

{二三四4567778⑦⑦⑦}

 

(よし、テンパイここはダマにして点差を広げるし!)

 

手も好調であり、このままの勢いなら大量得点も望める展開だが、そこに待ったをかける人物がいた。

 

「リーチ」

(よりにもよってコーチのリーチだし……)

 

池田 手牌

{二三四4567778⑦⑦⑦ ツモ一}

 

(この一萬は危険……でもかまわない!)

 

そのまま流れに任せてツモ切ろうとしたが直前に池田の手が止まる。

 

(いやいや、ここで振り込んだらここまでの苦労が水の泡だし……振り込んだらコーチに何言われるかわかったもんじゃにないし!)

 

打{8}

 

切られたのはの8索……安全に行くあならば当然の一打といえるがその当然の一打を待つ者がいた。

 

「ロン」

「えっ……」

 

藤田 手牌

{二二八八①①④④⑧⑧338 ロン8}

 

「七対子ドラドラ6400は7000だな」

(やられた!明らかに池田先輩を狙い打った!コーチのリーチは囮だった!)

 

東四局 ドラ:{九} 親……赤木

 

池田 手牌

{二二二三四56789北北北 ツモ⑥}

 

(コーチからリーチがかかってるのにこんな牌引いちゃったし……)

 

久保 捨て牌

{東二白⑦四六}

{西4⑤}

 

(かなり危険だけどさっきの失点を取り返す!)

 

打{⑥}

 

先程は弱気に出て振り込んだ焦りもあったのだろう。

しかし今の池田ではそれもまた裏目に出てしまう。

 

「ロン」

 

久保 手牌

{五六七②③④④⑤45699}

 

「リーチ平和赤2裏2で12000」

「うぅ……はい……」

 

この振り込みによって池田のリズムは完全に崩壊してしまった。

その後も強打しては振り込み、引いてはツモられを繰り返しじわじわと点棒を減らしていった。

 

南四局 親:赤木 ドラ:{二} 八巡目

 

「リーチ」

 

なんとか連荘し、逆転へと望みをつなごうとしなければならないこの場面で対面の久保からリーチがかかってしまう。

 

(池田先輩の調子が悪い今、頼りは赤木先輩だけ……でも……)

 

赤木手牌

{二三四五六七②③23478 ツモ7}

 

(…………)

 

打{三}

 

(何しているんですか!タンピン三色のこの手を……しかもラス親の先輩がオリてどうするんですか!)

 

もちろん攻めることが100%正しいとは言わないが、それにしても赤木の打牌は弱気すぎると言わざるを得ない。

 

(ダメだ……このままじゃ池田先輩までこの部を去ることになってしまう!)

 

その後は久保がツモ和了り、1回戦終了。

3位池田4位赤木と両名が下位を占めた結果となった

 

そして続く二回戦も前局に続きツキもリズムもなく池田は完全に調子を崩してしまっていた。

 

(どうしてこんな時に限って……こんな……)

 

内心泣きだしたい気持ちで一杯だった。今すぐここから逃げ出したいとそんな考えすら頭にちらついてしまい、もはや麻雀に集中できる精神状態ではなかった。

そんな中で東場も終わりこれから南入といったところで美穂子は卓に近づいた。

 

「しげる…・・・」

 

いても立っても居られなかったのだろう、心配そうな表情を浮かべ赤木のそばに立った。

 

「福路、今は対局中だ。下がっていろ」

「すいませんコーチでも少しだけ許してください」

 

勝負の最中だというのに中断させる美穂子を久保は睨みつけるが、臆することなく美穂子は赤木に耳打ちで何かを伝えた。

 

「……本気で言ってるのか」

「ええ本気よ」

 

ほんの数秒程度の短い会話なのでアドバイスの類ではないだろうが赤木の顔に驚きの表情が浮かぶ。といっても傍から見ればいつも通り仏頂面にしか見えないのだが。

そんな赤木は大きなため息を1つ吐き

 

「まったく……面倒なことになったな……」

 

小さく、誰にも聞こえることのないようにそう呟いた。

 

南1局 親:赤木 ドラ:{中}

 

東 赤木 19800点

南 久保 30100点

西 池田 11700点

北 藤田 38400点

 

八巡目

 

「チー」

 

{横534}

 

ここまで動きらしい動きを見せなかった赤木だったが、藤田の切った5索に反応し喰い仕掛ける。

 

打{1}

 

池田手牌

{三三六七八九⑥⑦⑧2467 ツモ中}

 

(生牌のドラ……いくらなんでもこれは切れないし……)

 

打{2}

 

いつもの池田ならば構わず切り飛ばしていただろう。中を抱えるにしろ打九萬とし、攻める姿勢を保ったはずだった。

しかし今のは池田は他者の動きに振り回され打牌が弱気一辺倒に傾いてしまっている。

 

「ロン」

 

赤木手牌

{24[5]6666東東東 横534 ロン2}

 

「えっ……どうして……」

「東、混一、赤1。満貫トビだな」

 

予想もしなかった赤木からの直撃により2回戦は終了。

結果赤木は藤田には及ばないが2着につくが代わりに池田は箱割れのラスを引く形となりチームとしての収支はマイナスとなってしまう。

 

「さてと……」

 

凍りつく空気が漂う中赤木はおもむろに立ちあがる。

 

「どこ行くつもりだ!まだ対局は終わってないんだぞ!」

「トイレですよ。ずっと我慢してて……少しくらい許しちゃくれませんかね」

 

当然久保は怒りを露わにするが赤木は特に気にする様子もなく言い放った、

 

「池田、ついてこい」

「は……?いや、私はいいし……」

 

未だ呆然としている中で急に名前を呼ばれたことに面食らうが、かろうじて言葉を絞り出すことができた。

しかし赤木はおもむろに池田の腕を掴むと無理やり立ち上がらせる。

 

「いいからついてこいって」

「ちょ……やめろ!引っぱんなし!」

 

そのまま引きずるようにして2人は部室を後にした。

 

「ん、まぁ半荘2回でキリもいい少し休憩にしてもいいだろう」

「すいません、せっかくお越しいただいたのに……」

 

深々と頭を下げる久保だったが藤田はあまり気にした様子もなく、2人もまた部屋を後にし、隣の待機室に引き挙げていった、

 

○●○●○●○●○●○●○●○●○●

 

「…………」

「…………」

 

トイレへ向かう廊下を歩く二人だったが、会話はなく重苦しい空気が流れていた。

 

「なにか言いたいことがあるんじゃねえのか?なあ池田よ」

「ッ……!お前は!」

 

そんな空気を払うよう、赤木は茶化すように話しかけた。

 

「お前はいったい何がしたいんだよ!」

 

今まで抑えていた感情が一気に噴き出し、その瞳には怒りの色が強く出ていた。

 

「私が気づいてないと思ったのか!さっきの局のことだよ!」

 

赤木手牌

{12344[5]6666東東東}

 

「5索を鳴く前は子の形……藤田プロからの跳満を見逃して私から和了るなんて何を考えてるんだよっ!」

 

鳴かずとも1-4-7、5索待ちであり高めの5索が出たのだ。打点、待ちの広さからしてもこの鳴きはあり得なかった。

 

「へぇ気づいてたのか意外に冷静じゃないか」

「人をバカにすんのもいい加減にしろ!お前みたいに遊び半分じゃなくてこっちは本気でやってるんだ!」

 

今にも掴みかからんとする勢いで赤木に詰め寄る。その目にはわずかだが涙を浮かべていた。

 

「本気か……なぁ池田、お前の言う本気ってなんだ?」

 

いつも浮かべているような不敵な笑みではなく真剣な表情で池田と向かい合う。

 

「ふ、ふざけんな!今はそんなことどうだっていいし!」

「無関係じゃないさ、あんな腑抜けた麻雀を見せられちゃな」

 

今までと変わらず怒りの表情を浮かべているが明らかに先程とは怒りの「熱」が引いた、赤木は確かにそう感じた。

 

「お前の麻雀はあんなもんだったのかって聞いてんだよ、少し躓いたくらいで縮こまりやがって……本当に勝つ気があるのか?お前は」

「お、お前にそんなこと言われたくないし!お前だって降りてばかりで……1回戦だって私の方が上だったし!」

 

必死に反論する池田も今までの勢いはなく明らかに赤木の言葉に気圧されていた。

 

「ところでさ……さっき部長が俺になんて言ったと思う?」

「そんなこと私にわかるわけないし……」

 

たしかになんと耳打ちされたのか気にはなったが、あの時はそれどころではなかった。

 

「俺が退部させられるなら自分も麻雀部を辞めるってよ」

「は……?」

 

頭を鈍器で殴られたかのような衝撃が池田を襲う。

 

「ど、どうして……キャプテンは関係ない……」

「俺もそう思ったんだが……あいつ意外に頑固だからな一度決めたことはそうそう翻さんだろうさ」

 

自分が不甲斐ないせいでキャプテンが部を去る、それは何にも代えがたい苦痛だった。

あまりの事態に池田は言葉を発することができない。

 

「クク……大変なことになったな?もうこれは俺とお前だけの問題じゃなくった」

 

もし今の風越から抜けることがあれば全国どころか地方大会を勝ち抜くことすら不可能だろう。

当然コーチや他の部員は美穂子を説得するだろうが一度そう宣言した以上、梃子でも動かないだろう。

 

「ポイント差にして210P……残り二半荘でこいつを逆転しなくちゃならないんだ」

 

あまりにも大差、しかも相手はプロ雀士を含めた2人なのだ逆転の目はほとんど皆無に人いかった。

 

「まあ、いずれにしろ残り2半荘お前の好きなように打てばいいさ」

 

そう言い残すと踵を返し部室へと戻っていった。

 

「……どうすればいいんだ……私は……」

 

一人残された池田をそう呟くが、誰もその問いに答えるものはいなかった。

 

 

○●○●○●○●○●○●○●○●○●

 

 

ところ変わって休憩室。藤田久保の両名は椅子に腰かけお茶でのどを潤している。

 

「で、どうするんだ?このままじゃあの娘つぶれてしまうぞ」

 

思わず煙管に火をつけようとするが禁煙の張り紙を見て渋々懐にしまう。

 

「……この程度で潰れたらそれまでの存在だった。それだけです」

(素直じゃないなぁこいつも)

 

毅然とした態度を装ってはいるがその言葉はどこか苦々しさを彫らんでいる。

 

(そもそも……どうでもいい部員にわざわざ自分で報酬出してまでプロを呼ぶ奴はいないか……)

 

煙を吸えない口元を少しでも紛らわせようと、緑茶を口に運んだ。

そもそも今回こうなったのは久保が池田の精神的弱さを危惧したために行われた荒療治である。

 

「そういえば、もう片方名前なんだったかな……」

「赤木ですか?」

 

右手のペットボトルを机に置き、再び久保と向き合う。

 

「さっきは面白いことをしてくれたじゃないか、学生相手にあんな真似されたのは初めてだ」

「あいつは半分幽霊部員みたいなものなんで……テンパイしていたことに気付かなかっただけかと……」

 

元々赤木は数合わせであり。美穂子や未春では池田を過剰にアシストしてしまい池田が追い込まれる状況にならない可能性もあったために入れたのであり、赤木の打牌によって気分を害してしまうなら交代させることも視野に入れなければならない

 

(気付かなかった?いや、違うなあいつは故意に見逃した)

 

そんな中藤田は先ほどの対局を思い出す。

 

(さっきから何度もあいつを狙ってみたが……一度としてあいつは私に振り込まなかった)

 

1回戦目の南四局

 

藤田手牌

{一二三七八九⑦⑧⑨79西西}

 

(あの時あいつの手中の8索を狙ったが……あいつはあっさり回避した……)

 

偶然ではない、完全に藤田のテンパイを察知した上での打牌だったのだ。

 

(あいつ……もしかしたら天江衣と同等……もしくは……)

 

それ以上の化け物かもしれない。

そのことに気づいている人物は久保を含め誰もいなかった。

 




なんだか咲闇本編よりこちらの続きを望む声が多くて驚きました。
大人気だぞ池田ァ!
風越の中継ぎトリオは基本敬語なので差別化が難しいというか無理です
深掘さんなんて出してすらいません()内の文章は全部文堂さんです。


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【番外編】風闇の闘牌(後編)(下)

衣はガンダムDXなイメージ
キャップはストライクフリーダム
咲さん?バンシィ

※本編とは一切関係ありません


             

2人の運命を決める対局の3回戦が始まろうとしていた。

 

(今池田先輩組のポイント差は214……逆転するためにはこれ以上負けられない……)

 

この局で2人の合計獲得ポイントがマイナスとなれば残り1回を消化するまでもなくその時点で事実上の敗北が決定してしまう。

 

(つまりあと2局先輩達が1・2を独占すること……それ以外に勝つ道はない)

 

214ポイントと言うと大差に聞こえるかもしれないが例えば4人の点棒状況が以下の場合

 

池田40000点

赤木30000点

藤田20000点

久保10000点

 

これにウマやオカ(10-20)を加えた場合赤木達が獲得するポイントは+60対して 久保チームは-60となるため差引き120ポイント差を詰めることができる。

もちろん点棒状況によっては増減するが1・2フィニッシュを2回達成すれば逆転は充分に可能である。

 

(でも相手は久保コーチにまくりの女王こと藤田プロ……そう簡単に1位に……ましてやラスにするなんてできっこない……!)

 

無論久保とてプロではないが強豪風越の中心選手だった雀士でありその腕前は折り紙つきである。

 

(おまけに味方はランキングほぼ最下位の赤木先輩……)

 

久保捨て牌

{②2白發⑨一六横4北}

 

打{五}

 

(またリーチに対してあんな危険牌を……)

 

池田手牌

{四五五②③④⑥⑧234567} ツモ{三}

 

(ラスを引けば……いや、それどころか3位を引けば終わりなんだぞ!わかってんのかこいつは!)

 

打{五}

 

内心悪態をつく池田だったが先打してくれたおかげで安全に五萬を切ることができる。

池田手牌

 

{三四五②③④⑥⑧34567 ツモ6}

 

(テンパイ……でも待ちが悪いし)

 

ここでテンパイをとるべきか取らざるべきか普段なら存分に頭を悩ませる場面だろう。だが

 

打{7}

 

「リーチ」

 

危険を顧みることなく立直宣言……しかし

 

「ロン、2600だ」

 

一度もツモることなく放銃してしまう

 

(またこのパターン……勝負しては振り込んでしまう……!)

 

一時休憩を入れたことによって流れが変わったことに期待したが前局の流れを引きずる……むしろ悪化しているようにさえ感じられた。

 

東二局 11巡目

 

池田手牌

{2233445678北北③ ツモ北}

 

(張った……けど)

 

藤田捨て牌

{9北五三白64二五①2}

 

(②筒と中も鳴いてて明らかな混一狙い……高確率でこの③筒は当たり牌)だし

 

安全にいくならば北を落としていき③筒のくっつきに期待していくのがセオリーである。

 

「リーチ」

 

しかし池田の選択は打③筒。半ば身投げとも言える打③筒である

 

「リー棒はいらん、そいつだ」

 

藤田手牌

{④[⑤]⑦⑧⑧⑧⑨} ロン{③} {横②②②}、{中横中中}

 

「中、混一赤1つで8000」

 

またしても裏目しかも今度は手も高く大きく点棒が削られてしまった。

 

(ダメだ……やっぱり今の池田先輩に流れはない……典型的な下り坂)

 

その後も池田は久保、藤田両名へ振り込みを繰り返しなんと開局から5連続で振り込んでいる有様だった。

 

南一局 ドラ:{⑧} 親:赤木

 

東家 赤木25000点

南家 池田 4500点

西家 藤田36200点

北家 久保27300点

 

池田手牌

{一二四七①③④④69東北白}

 

(ここまで振り込めば手も落ちる……か)

 

溜息が出そうになるほどの劣悪な配牌……さらに苦難は続く。

 

「リーチ」

 

藤田 捨て牌

{九西南③中②横三}

 

先手を取ったのは藤田プロそしてその直後。

 

「リーチ」

 

久保捨て牌

{中1北西一2横⑧}

 

久保からもリーチの声が挙がる。 

 

(まずい!先輩がここで振り込んでしまったらほぼ確実に飛んでしまう!)

 

常識で考えればここはオリ一択。ツモられることによってのトビはまず考えにくく、次の親番に望みをかけるのが正しい判断であろう。

 

打 {五}

 

しかし、池田一歩も引かない。

一発目から危険牌の強打。

 

(自棄になったか……終わったな)

 

その様子を藤田は冷静に分析する。

当然ロン牌が出れば躊躇いなく和了つもりあり、ここで飛べばいかに次局で取り返そうとも久保が勝負前にああ宣言した以上は断固とした措置を下さねばなるまい。

 

(まあ、悪く思わないでくれよ)

 

だが……この局も散々な内容の池田だが今までとは大きく事情が異なっている。

この局1度として池田は逃げたりはしなかった。たとえこのまま敗れるにしろ自分の麻雀を貫いた。

 

打{⑥}

打{7}

 

次々に切られる危険牌の数々……そしてついに

 

「リーチ」

 

辿り着く……テンパイへ

 

(まずいな……ここまで押してくるということは満貫……いや、それ以上か)

 

そして直後、池田の執念に呼応したように掴んでしまう。

 

打{③}

 

「ロン!」

 

(一発は避けれたものの……こいつ一体どんな手で……)

 

池田手牌

{二三四①③④④345678}

 

「リーチ……裏はなし1300です」

 

(こんな手でこいつは突っ張ってきたのか……)

 

待ちが悪くおまけに点数も低いまさに無謀としか言えない暴挙である。

しかし、池田はここまで徹底して攻めた……攻め続けた。

(遅くなったが……ようやく導火線に火がついたってところか)

 

例えツモに恵まれなくても我武者羅に和了へと突き進み、安かろうとも不格好でもようやく手にしたこの和了。

 

(ツキはいわば砂時計と同じ……不ヅキという砂がすべて落ちた後に覆せば……)

 

南二局 親:池田 ドラ:{3}

 

池田手牌

{二二三三四四23456778}

 

(落ちてくる……今度は幸運という名の砂がな……)

 

配牌で既にテンパイしかも三面張という絶好の好配牌。

 

「リーチだし!」

 

親のダブリリーチその一発目……この手を引き和了る。

 

池田手牌

{二二三三四四2345677} ツモ{4}

 

「ツモッ!ダブリー、一発ツモ、断么九、平和、一盃口ドラ1……8000オール」

 

(そうよカナ。あなたのいいところは決して諦めないこと……傷つくことを恐れず前に進み続けることのできるその強さ……)

 

「コーチ……」

 

池田は改めて久保と向き合った。思えばあの一件以来久保の目を見て話すのはこれが初めてかもしれない。

 

「私はキャプテンみたいにうまく打てないし、みはるんや文堂みたいに守備はうまくありません……」

 

一言一言絞り出すように言葉を紡ぎだしていくその間久保は神妙な顔で静かに聞いている。

 

「だけどっ……正しくなくても……恰好悪くても……これが私の麻雀なんです」

 

今までとは違い瞳には力強さが宿っている、体の震えもいつしか止まりいつもの池田華菜を取り戻した。

 

「池田……」

 

そんな教え子の成長に久保は目を細め……

 

「対局中に無駄口叩くなって何度言えばわかるんだ池田ァッ!」

「ひいぃっ」

「台無しだな……」

(やれやれ……)

 

……ることはなく久保の怒声が部屋中に響き渡った。

なにはともあれこれを機に池田は復活。次局は久保から満貫を直撃しまさに独走状態であった。

 

南四局 親:久保 ドラ:{6}

 

東家 久保 8700点

南家 赤木 14700点

西家 池田 53300点

北家 藤田 21800点

 

(いよいよオーラス池田先輩のトップはほぼ確定……残りは赤木先輩が2着に浮上できるかどうか……)

 

2位の藤田との差は7100点……3900点以上の直撃もしくは満貫以上を和了が条件となる。

 

久保、打{一}

 

「チー」

 

赤木、早々に両面の{一}を鳴く。

 

(混一か清一か……いずれにしろあんな早くに両面を叩いてるんだまず染め手とみて問題ないだろう)

 

これにより連荘に望みをかけたいところだが萬子を鳴かせるわけにはいかない以上親とはいえ久保の捨て牌は制限されることになる。

 

6巡目

 

久保打{②}

 

「チー」

 

赤木 鳴き:{横一二三}{横②①③}

 

(なに……②筒をチーだと……?)

 

これにより染め手の線はなくなり赤木の手は限定化されてしまう。

 

藤田手牌

{五[五]五⑤[⑤]⑥⑥344666}

 

(こちらも手は入ってるが……さてどうするかな……)

 

まくりの女王の異名は伊達ではなく、池田を撃つ逆転の手が入っていた。

ドラの6索を暗刻で抱え赤ドラも2枚手中に収めたまさに怪物手である。

 

(あの坊やが私をまくるには最低でも3900が必要……赤ドラが絡めばもう少し複雑だったんだが幸いほぼ全て私の手の中)

 

こうなると赤木の手はおのずと絞られる

 

赤木手牌予想図1

{12379⑨⑨} {横一二三}{横②①③}

 

(まずはこの形……純チャン三色そして)

 

赤木手牌予想図2

{13中中中⑨⑨} {横一二三}{横②①③}

 

赤木手牌予想図3

{中中中白白白⑨} {横一二三}{横②①③}

 

(チャンタ三色役牌かチャンタ役牌2つの形のいずれか……後は)

 

赤木手牌予想図4

{789南南南⑨} {横一二三}{横②①③}

 

赤木手牌予想図5

{123[5]6⑤[⑤]} {横一二三}{横②①③}

 

(ダブ南と赤ドラが絡んだこれらの形も一応あるが……)

 

赤木捨て牌

{5西⑦南東南[⑤]八}

 

(ダブ南も赤⑤筒も切っているからそれもない)

 

藤田クラスならばこれくらいは一瞬で看破するそして

 

藤田手牌

{五[五]五⑤[⑤]⑥⑥344666} ツモ{4}

 

(張ったか……ツモれば四暗刻、リーチで出和了でも三倍満だが……)

 

その時溢れる3索は赤木の危険牌、到底切れる牌ではない。

 

(まあ仕方ないか)

 

打{⑥}

 

ここで打⑥筒とし、一但回す。

藤田からすれば赤木からの振り込みさえ気をつければいいのだ。

ここで勝負して振り込もうものならば勢いづく公算が大……そうなればこの局だけではなく次局にも影響が出てしまう。それだけは避けなければならない。

 

「ロン」

 

しかし赤木もまた、そんな藤田の心理を見透かしていた。

この勝負の中赤木は自分の情報を徹底して隠蔽した、息を潜め手の内を隠し続けた。

そのえも知れぬ薄気味悪さが藤田を半歩下がらせた。

半歩下がらせ、撃ち取った。

 

赤木手牌

{123④⑤5[5]} ロン{⑥} :{横一二三}{横②①③}

 

「三色同順赤1つ2000」

「なんだと……?」

 

赤木の手は2000点止まりこれでは逆転は不可能。

 

(何を考えてるんだこいつは……いや、何も考えてないのか……)

「まだ気がつかないのか」

「なに……?」

 

怪訝な表情を浮かべる藤田だったがすぐ視線を横に向けると。

 

池田手牌

{六六七七八八⑦⑧23477}

 

「ろ、ロン……3900点……です」

 

まさかの伏兵……池田のダブロン。

これにより差は合計で7900点詰まり逆転、池田赤木両名の1・2フィニッシュが確定した。

 

「なるほどな……あの鳴きは全て囮……ハナっからこれを狙ってたってわけか……」

「……ただの偶然ですよ」

 

悔しがるわけでもなく、どこか感心したような口調で藤田は続けた。

 

(偶然か……なら7順目の赤⑤筒はどういうことか説明してもらいたいもんだ)

 

言わずもがな狙いは明白である。赤⑤筒を切った理由は藤田から⑥筒を吊りだすための言わば撒き餌……⑤筒が切られていたからこそ藤田は安心して⑥筒を切ることができたのである。

 

「池田って言ったな?お前はこいつが⑥筒で待っていることが分かってたのか?」

 

池田も先ほどは赤木の援護のためにリーチをかけようかと一瞬は頭をよぎった。

リーチをかければ7700……藤田が打てば労せずとも赤木は2着浮上となるからである。

 

「ええと……その……はい」

「やっぱりな……どうしてわかったんだ?」

「それは……なんとなく……です。はい」

 

どこか歯切れの悪い回答に首をかしげるが、はっきりとした返答を聞くことができない。

 

(そりゃ言えるわけないよね……)

 

赤木手牌

{三四五345678④⑤⑧⑧}

 

『そいつだ……タンピン三色で逆転だな』

『ニャーッ!なんでお前赤⑤筒切ってんのにーー③-⑥筒待ちなんだよ!』

 

(私も同じ手に引っ掛かりましたなんて……)

 

ただ一人真相を知る美春はこっそりと笑みを漏らした。

何にせよこれで3回戦は終了。最終的なスコアは池田チームが+64久保チーム-64となり、次局次第で逆転が可能な点差となった。   

 

「さてと」

「あれ?キャプテンどこ行くんですか?」

 

勝負の最中だというのに部室から出ようとする美穂子に美春は尋ねた。

 

「ガムテープが切れてたの思い出したから少し買い出しにね」

「そんな……華菜ちゃん達が心配じゃないんですか?」

 

あまりにも突然な行動に驚きを隠せない美春。

 

「あの2人なら大丈夫よだって……」

 

美穂子は頬笑みを浮かべながら振り返り。

 

「あの2人が本気になれば誰も適いっこないんだから」

 

信頼……否、そう確信し、力強く言いきると部室から姿を消した。

 

 

○●○●○●○●○●○●○●○●

 

 

池田43600点

赤木22200点

久保13200点

藤田21000点

 

全ての勝負が終わった。

美穂子の言う通りこの局も二人が上位を占め、最終的には池田チームが勝利を収める形になった。

 

「約束は約束だ2人はこれまで通り部活に取り組むことを許可する」

「はいっ!」

 

憮然とした表情を浮かべる久保だがそこに悔しさはなく、なんとなくだが嬉しそうにも感じられた。

 

「だが、もしまたあんなヌルい麻雀してみろ……その時は容赦なく退部だからな!わかったな池田ァ!」

「は、はい!」

(どうして私だけ……)

 

理不尽さに苛まれるが今の池田には反論する気力も体力も残されていなかった

 

「今日の部活はこれで終わりだ、一年は掃除して帰れ解散!」

 

かくして激動の一日が終わりを告げた。

緊張した空気は四散し、池田の周りに人だかりができる。その喧噪の隅で藤田と赤木の両名が向かい合う。

 

「おい、お前」

「なんですかね……できれば手短にお願いしますよ」

 

どこまでも不遜な態度をとる赤木だったが意に介した様子もなく藤田は言葉を続けた。

 

「次のプロアマ親善試合、お前出てこい」

「……何言ってるんです。俺みたいなのが出られる訳ないでしょう」

 

突然の言葉だったが慌てる様子は微塵もなく藤田の言葉を受け流す。

 

「とぼけるなよ、さっきの勝負あのネコ娘の活躍で勝ったように見えるがその実場を支配していたのは確実にお前だ」

 

じろりと赤木の顔を睨みつける。

 

「買い被りすぎですよ。忙しいんでここいらで失礼します」

「今度の親善試合出るのは私みたいな格下だけじゃない」

 

話に付き合ってられないとばかりに踵を返す。

 

「三尋木、戒能、安永、我鷹……どいつもこいつも名だたるプロばかりだが……」

 

藤田の言葉に耳を貸すそぶりさえも見せずドアに手をかけた。

 

「小鍛冶健夜」

 

その名前が出た瞬間開きかけた手を止め、藤田に背を向けたまま立ち止まる。

 

「実力は前の参加者の比じゃない、掛け値なしの化け物どもだらけだ、考えておけ」

「…………」

 

その言葉に答えることなく赤木は部室を後にした。

 

「来いよ化け物……お前なら」

 

その先の言葉を口にすることなく藤田は懐の煙管に火をつけた。

苦みを含んだ煙は辺りに漂うばかりであった。

 

 

○●○●○●○●○●○●○●○●

 

 

「お疲れ様しげる。カナを助けてくれて」

「…………あぁ」

 

家へと途中美穂子が労いの言葉をかけてくるが相変わらずの仏頂面を浮かべていた。

 

「でもねしげる、今後はこんなことが無いようにもう少し部に……」

「そんなことより、俺が負けたら麻雀部を辞めるって話本気だったのか?」

 

話の流れを遮るように疑問を口にする。

美穂子の麻雀にかける情熱は知っていたつもりだったが麻雀と自分とを天秤にかけるとは予想外だったからだ。

 

「あら、私は本気で辞めるつもりだったわよ?でもね」

「でも……なんだよ?」

「ああでも言わなきゃしげるは本気を出さなかったでしょ?」

 

悪戯が成功した子供のような屈託のない笑顔を向ける。

内心頭にきたがまんまと美穂子に乗せられただけに赤木は何も言い返せなかった。

 

「なんで俺なんかのためにそこまでするかね……先輩も」

 

呆れたように溜息を吐く赤木だったがその言葉を聞いた美穂子は突如として歩みを止める。

いつもとの大きな違いはいつも閉じている右目は開かれまっすぐ赤木の背中を見つめている。

 

(覚えてる……?しげる昔あなたはいつも喧嘩ばかりしてたわよね)

 

家庭環境の変化からくるストレスからだろうというのが大人達の見解だったが美穂子だけが事実を知っていた。

 

(喧嘩になったのはいつも私の目をからかったりしていた私の同級生ばかり……私のことをいつも守っててくれたのよね)

 

年上の、さらには多人数相手に暴力をふるっていたが当時は理由もなく殴ったと言い続けていた。

もちろんこれは美穂子の推測でしかないし、赤木自身が話したわけでもない。

だが、美穂子には不思議とそうだという確信があった。

 

「しげる……」

「……なんだ」

 

そして赤木へ抱いた家族愛が、男女のそれへと変化するのにそう時間はかからなかった。

 

「私ね、あなたに伝えたいことがるの……」

 

このまま心臓が張り裂けてしまうのではないかというほど胸の鼓動が高まる。

 

「私ね……あなたのことが」

 

もう少し、もう少しで自分の気持ちを口にすることができる。

 

「好k「キャプテーーーーーーーーーン!!!」

 

しかし張りつめた静寂をかき消しながらこちらに走ってくる影がこの空気を全てぶち壊した。

 

「キャプテン!お疲れ様です!」

 

一世一代の告白を台無しにしたとは微塵も気がつかずにいつものように眩しい笑顔を見せた。

 

「まったく……騒がしい奴だな……」

「何を……いや……」

 

いつもならばここから口論が始まるところだがばつの悪そうな表情を浮かべる。

 

「あ、ありがとな……今日は……一応礼は言っておくし……」

 

面と向かって言うのが恥ずかしいのかいつもの池田らしくもなく顔は赤くなっており、消え入りそうなほどの小さな声であった。

 

「へぇ……お前も感謝の言葉くらいは知ってたんだな」

「なにをー!やっぱりさっきのはなし!お前に感謝したのが間違いだったし」

 

そう言うや否や赤木に鉄槌を下すべく赤木に向かって走り出した。

当然赤木も殴られるわけにはいかないので一目散に逃げ出し後には取り残された美穂子だけが残った。

 

「池田ァ……!」

「!?」

 

その時池田には自分を呼ぶ声がした気がした。

それも久保のような怒声ではなく地の底から響き渡るような恐ろしい声だったが振り返ってもそこには敬愛する美穂子しかおらず気のせいかと結論付けて再び赤木を追いかけたのであった。

 




新年明けましておめでとうございます。
今年のお願いは咲の新刊が3カ月に一度発行されることを祈っておきました。
多分叶いません。

長かった風闇もとりあえずはこれで完結です。
ですがアカギには気が向いたらこうして各地を転々とさせたいですね。
とはいえ本編あっての番外編なので息抜き程度にがんばりたいと思います。


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本編
第一話


1999年9月27日ある1人の男がこの世を去った。

男は歴史に名を残す功績を残したわけでもなく、道徳的な善行をしたわけでもなかった。

……むしろ、他人から見れば男はいわゆる「人生の負け組」の部類にはいるだろう。進学や出世の道からは完全に外れ、日々ギャンブルに明け暮れるヤクザまがいの行動。しかし男は自分の人生を悔いることはなく、むしろ誇ってさえいた。

ただ……唯一心残りがあるとすれば……。もう少し……もう少しだけ長生きをしていたかっただけだった。

 

 

第一話「再動」

 

 

「ロン、タンピンドラ2……終了だな」

「あうぅ……」

 

冥界……世間一般で言うところの死後の世界で男は何の因果か閻魔(なぜか女)と麻雀を打っていた。男からすれば自分を地獄送りなり、なんなり好きにして欲しかったのだが、閻魔曰く『たまにいる、善でも悪でもない人間』らしい、ここで指す「善悪」とは、生前無益な殺生をしたか、しないかという一点であり、日々努力に励み生きていようが、自堕落に生きようが関係ないらしい。

この観点から、自分の人生を振り返ると、確かに男は人を殺したことも、誰かを貶め謀殺したこともない。かといって自分が間接的な原因となって死んだ人間も数多くいることも確かだ。

そこで行われた天国行きか地獄行きかの審判がこの麻雀勝負というわけだ。

麻雀なんかで、人の逝き先を決めてしまって良いのかという疑問は残るが、男からすればどちらだろうと興味は無かったから適当に決めるよう求めたのだが、閻魔があまりにしつこかったので、渋々勝負を受けることにしたのだ。

 

「半荘5回勝負で、先に3勝した方が勝ち。文字通り勝てば天国負ければ地獄というわけです。ああ、面子のことなら安心してください、それなりに打てる死神を2人ほど呼びますから」

 

との取り決めで行われた勝負だったが、男は早くも3連勝を決め冒頭にいたる。

 

「……それじゃ、約束通り俺は天国へ行って良いんだな?」

 

男はやれやれとばかりに溜息を1つ吐き卓を離れようとした。……がそれに待ったを掛けた人物がいた。

 

「ま、まだです!勝負はまだ終わっていません!」

 

閻魔は顔を真っ赤にしながら声をあげた。

 

「……先に3勝すれば勝ち……そう決めたはずだ」

 

男は聞く耳も持たないとばかりに『天国行きコチラ』と書かれた、扉を開けようとしたが、扉はぴくりとも動かなかった。

 

「……なんのつもりだ?」

「あと3回だけ!あと3回だけ私と勝負しなさい!そうでないと天国に行かせませんよ!」

 

閻魔をやって20000年経つがここまでコケにされたのはこの男が初めてだった。このままでは名だたる雀士達に何かと理由を付けて対局し、勝利を収めてきた彼女が、何も出来なかったまま3連敗を喫したとなれば彼女のプライドに関わる重大な事件となってしまう。

……もっとも取り決めを反故にした時点でプライドもなにもないのだが……。

 

「……俺が勝ったとしても何の得もない。まさか閻魔様ともあろう者が一方的に約束を反故にした上に、不理を押しつける気か?」

 

いくらか皮肉を込めた台詞ではあったが、彼の主張は譲れなかった。

自分が身の破滅を賭けるのに対して、相手はノーリスクである。これでは勝負……ギャンブルでとして成り立たない。彼は例え地獄行きになろうともこのままでは勝負する気は一切無かった……が。

 

「……わかりました、もし私が負けたならば、その時は私も覚悟を決めましょう」

「「閻魔様っ!?」」

 

閻魔の言葉に他の死神達(やはり女)が驚きの声をあげるが、閻魔をそれを手で制した。

 

「大丈夫です、仮にも雀狂閻魔と陰口を叩かれている身……。もう油断はしません!」

 

覚悟を決めた閻魔の顔を見た男は薄く笑い。

 

「……わかった。受けよう、そのギャンブル。ただしあと3回なんて面倒なことは無しにして半荘1回の勝負だ……その条件以外で受ける気はない」

「いいでしょう。元々無茶を押しつけたのはこちらですから、その条件でいきましょう」

かくして男と閻魔の最終決戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

              局は進み南4局のオーラス。 ドラ 4

 

東家 閻魔  38400点

南家 死神A 15100点

西家 男    30100点

北家 死神B 16400点

 

ツモに恵まれた閻魔は男より若干リードしていた。

 

(さあ、この局さえしのげば私のトップ……来い好配牌!)

 

閻魔手牌 {三三四五⑥⑦⑧3445東北}

 

(よし!三面子の軽い手!タンヤオでさっと和了ってしまえば……)

 

……八巡後

 

閻魔手牌 {二三三四五⑥⑦⑧3445北}

 

(あれから金縛り状態でしたがなんとか一向聴……ただ、牌姿が悪い……4索が来れば理想的なのですが……)

 

鳴くに鳴けず、かといって面前で進めるには一歩遅れてしまう。

 

「リーチ」

 

そんな中途半端な流れに更に追い打ちを掛けるかのように、男からリーチが入った。

捨牌 {西八白發3東南一}

 

(あの捨て牌は全て手出し……ということは最低でも5枚不要な字牌があったにも拘らず引く牌全て有効牌でなおかつテンパイ!?どんな強運ですかっ!)

 

閻魔は心中愚痴るが、そうしたところで場は好転するわけでもなくこのリーチにどう対処するかが問題だった。……が神は閻魔を見放さなかった。

 

閻魔手牌 {二三三四五⑥⑦⑧3445北} ツモ{4}

 

(来たっ!理想的な{一四}のテンパイッ。これで後はお互いめくり合いの勝負……)

 

打 {北}

 

この時、彼女は間違った選択をしたとは夢にも思わなかった。……そう全ては男の手の平の上で踊らされていたことに気がついていなかったのである。

 

「ロンッ」

「んなっ!?」

 

男手牌 {一二三七八九⑦⑧⑨123北}ロン{北}

 

「リーチ一発チャンタ……満貫だ」

 

この時、閻魔は驚愕していた。自分が振ってしまったことではない、問題は男の手である。

 

(リーチ直前の1萬を手に留めておけば、平和純チャンの満貫手、それを敢えて蹴っての一萬切りリーチ……。下手をすればフリテンになっていたかもしれないのに、この人……)

 

無論この男とて超能力者ではないこのリーチは読みがあっての北単騎である。

 

(つまり、配牌時からずっと右端にあった牌を字牌と断定し、あとは場の捨て牌から推理し、単騎の北で待つ……確かに読み切ることは不可能とは言い切りませんが……)

 

そう、この計算には不確定要素が多すぎる上に、そもそも相手が字牌を一牌手に持っているという前提で成り立っている理……本来なら計算と呼ぶことさえ出来ないか細い理である。

 

(しかし、私はこの理によって敗北した……完敗ですね)

 

閻魔は確信した。何回やったとしてもこの人間には勝てないと。

 

「約束通り俺が勝ち天国行きが決まったわけだが……見せて貰おうか閻魔様の覚悟やらを……」

 

正直に言えば閻魔の誠意などに興味はなかったが、勝利した以上勝ち分はきちんと貰うべきであり、それが勝者の義務である……というのが男の信条である。

 

(まぁ、下らないことをしてくれないことを祈っておくか……)

 

男の心中は内心冷ややかなものだったが、閻魔の方はさっきから顔を赤らめてモジモジしていたが、やがて腹をくくったのか。

 

「……わかりました、脱ぎましょう」

と、のたまった閻魔は上着をはだけさせたが、男は溜息を一つ吐き。

 

「いや、そいつはいい」

 

と、閻魔の覚悟を一蹴した。何が悲しくて死んだ身になってから、閻魔のストリップショーを見なくてはならないのか、男はこれ以上この空間にいたくはなかった。

 

「あ、あなたという人は、私が裸になっただけでは飽きたらず、これ以上のことを求める気ですかっ!?」

 

顔を真っ赤にしながら盛大な勘違いしている閻魔にもう何を言われても無視しようと心の中で決意しながら再度天国の扉へ向かおうとした

 

「分かりました……ならば、あなたを生き返らせてみせましょう」

「……何だと?」

無視を決め込むと決意した男でもさすがにこの提案を聞き流すことは出来なかった。

 

「閻魔様っ!そんなことをすれば……」

 

他の2名驚いているところを見ると相当不味いことらしい。

 

「いいのです、私も覚悟を決めると一度言った以上、この人が私の裸で満足しないと言うのならば、もうこれしか方法はありません」

 

自分の体にどれだけ自信を持っていたのかは甚だ疑問ではあるが、男はそんなことはお構いなしに考えていた。

 

(生き返る?この俺がか?フフ……悪い冗談だ。あれだけ命を粗末にしてきたというのに、何の因果かまた生き返ることになるんだ。これほどおかしな話もそうそう無いだろうな)

 

男は声を出して笑いそうになるが、我慢した。

 

「どうしますか?生き返りますか?……そ、それともやっぱり『これ以上』を希望するというなら……そ、その……」

 

再び顔を真っ赤にした閻魔を無視して男は思考を巡らしていた

生き返ったとしても何をするのか。

この話を信用しても良いのか。

そもそも自分にそんな権利があるのか。

しばらく考えていた男だったがすぐに考えるのをやめた。

 

(まぁいいさ、どう転ぼうとも……俺は……それに)

生き返ればまた命を賭けた勝負が出来る。

 

「おい」

「あ、そんな……こんな所まで……。はっど、どうかしましたか!?」

 

未だ妄想の世界から帰還できていない閻魔を軽くスルーし、男は自分の考えを閻魔に話した。

 

「そうですか……生き返るんですか……」

 

閻魔はどこか残念そうだったが男は敢えて突っ込まないことにした。

 

「それでは、開け転生の扉よっ!」

 

閻魔の簡単なかけ声と共に、いきなり足下に扉が出現した。

 

「……この中に入れば良いんだな?」

「ええ、そうです。しかし入る前に色々と決めなくてはならないことがたくさんあります。年齢、戸籍、出現する場所自分が何者で誰の子供かなどですね、この手順を怠ると色々と不具合が生じ、最悪全ての設定がランダムに決まってしまうので絶対にまだ入らないで下さいね」

 

長々と男に背を向け説明する閻魔だったが、隣にいた死神が気まずそうに声を掛けた。

 

「あの……もうすでに中に入っちゃったんですけど……」

「なんですってっ!?」

 

確かに振り返ると男の姿は既にそこにはなかった。

 

「そんな、いつ頃中に入ったんですかっ!?」

「男の人がここに入ればいいのかという確認を取った時にはもうすでに……」

「な、なんで止めなかったんですかーーーー!!」

 

閻魔の叫び声が地獄中に響き渡る中。男……赤木しげるは再び現世に舞い戻った。

これから先、どんな運命が待ち受けるのか……。

神でも悪魔でもないアカギがそれを知る由はなかった。

 




このSSにおける時間軸は、「咲」本編開始一年前………つまり咲達がまだ中学生の頃です。
なので、清澄ファンの皆様すいません。しばらく出てきそうにないです。
あとこれから先、龍門淵が女子校と判別してもこのSSにおける龍門淵は男女共学の高校ということにしておいて下さい。ご都合主義ですいません。


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第二話

第2話 「感応」

 

 

オレの名前は井上純、どこにでもいる普通の高校生だ。

強いて違う点を挙げるとすれば、人より少し麻雀が強いだけだ……もっともそのおかげで県内でも有数の私立高校に通うことが出来たわけなんだけどな……。

まあ人の身の上話はともかく、今現在オレは県内……いや国内でも有数の金持ちである龍門渕家のご令嬢、龍門渕透華の屋敷で働いている(いつのまにかそういうことになってた)

透華のやつが夏風邪をこじらせて死にかけているという情報を聞きつけ、見舞い兼おやつたかり(2:8)に他三名と共に来たんだが……。

 

『わ、私がこの程度のゴホッ風邪なんかにゴホッ屈するわけが……ゲホッゲホッ』

 

……と本人も言っていることだし伝染されたら元も子もないので、現在衣の部屋(というより屋敷)で適当に時間を潰している。

別に仕事をサボってるわけじゃない。これも衣のおもりっていう立派な仕事だ。そうだそうに違いない。

 

 

「そういや今日は七夕だったな」

 

時刻は6時を回り、そろそろ部屋に戻ろうかと何気なく窓の外に目を向ければ、飾りづけされている笹が目に入ったので今日が七夕であることを思い出した。

 

「そういえばそうだね、衣は何かお願い事書いたの?」

「うん、勿論!」

 

この年齢になってもまだ信じているなんて純粋だなと思ったが、衣の境遇を考えるとそれも仕方無いのだろう。

 

「それで、何て書いたんだ?」

 

願い事が叶うとは欠片も思ってはいないが衣がどんな願いを持っているかは気になった。

 

「これだっ!」

 

と差し出されたのは一枚の短冊。そこには

『私より強い友を所望する』

……と書いてあるらしい(達筆すぎて少なくとも俺には読めなかった)

 

「……ごめんな、オレたちじゃ衣の相手になれなくて……」

「ち、違う。そういう意味じゃない!」

 

なあに、あまり気にしちゃいないさ。ただ、今食ってるクッキーが少ししょっぱくなったな。

 

「それより飾らなくて良いのか?せっかく書いても飾らないんじゃあ意味ないぜ?」

「わかった。折角だから純も何か書くのか?」

 

自分の願いを他人の目に晒すというのは、一種の罰ゲームだ。願いが叶うならともかくそんなことは、まっぴら御免だ。

 

「いや、オレはいい、一お前なんか書いてみろよ」

「ええっなんでボクがっ!?純が書けばいいじゃない!」

「いや、だって恥ずかしいし……」

「…………」

 

……と、ちょうど衣が短冊を飾り終えた瞬間。

 

ドンガラガッシャーン。

 

「「「「っ!?」」」」

 

驚いたね、いきなり背後からそんな音が聞こえたと思ったら部屋の隅に人が倒れているんだからな。

 

「な……何?何なの?えっ誰なの!?」

 

突然の事態にパニックになる一に対して衣は目を大きく見開いて倒れている人物を凝視している。智紀は……いつも通り無表情だが、どことなく慌てている気がする。 

そんな面々に対して純は無理矢理自分を冷静にさせ、とりあえず倒れている男を確認しようとした。頭髪から判断するに多分老人だろう。なら、最悪死んでるかもな……と、殆ど冷静になっていない頭でそう判断し、男を揺り起こそうとした。

 

「おい、じいさん大丈夫か!?生きてるなら返事してくれっ!」

 

しかしここで妙なことに気がついてしまった。老人を介抱したことは何度かあるが、筋肉はしっかりしているし、体にはしわ1つも無い。

 

「……まさか」

 

純は男を仰向けにすると改めて男の顔を確認した。そこに自分達と、そう年がはなれてないだろう若者の顔があった。全員が思考停止している間に男……赤木は眼を覚ました。

 

「……ここは?」

「うぇわっ!?」

 

思わず頓狂な声を出して思わず男から離れてしまった。

赤木は周りを見渡し。

 

「……なんだ?この状況は?」

(こっちのセリフだよっ!)

 

流石の赤木も状況がわからなかった。目を覚ましたらヤクザに囲まれていたことは数あれど、女に囲まれた経験などあまりないのだから当然といえば当然だろう。

 

「そこの者」

 

そんな誰も口を出せない妙な沈黙を破ったのは衣だった。

 

「……なんだ」

 

衣は男の姿を今一度まじまじと見つめた。

染めたわけではないであろう自然な白髪に、全身を射抜いてくるような切れ長の目、氷を思わせる冷たい雰囲気。

どう贔屓目に見ても善人には見えない……が。

 

「間違いない!、神がころもの願いを叶えてくれたんだっ!」

「……は?」

 

赤木は自分らしくもない間抜けな声を出したことも気付かず、ともかくは色々と聞いておかないといけない事が山ほどあった。

 

「嬢ちゃん、少しいいかい?」

「嬢ちゃんじゃない!ころもだ!」

 

顔を赤くして抗議しているところを見ると、彼女は子供扱いを嫌うらしい。

 

「すまないな…衣、まずは、ここがどこだが教えてくれないか?」

 

赤木は内心非常に面倒くさかったが、人を呼ばれるよりはマシと判断し下手に出ることにした。

 

「ここ?ここはころもの部屋に決まってるだろう?」

「……いや、出来ればもっと詳しく教えて欲しいんだが」

 

もう一度重ねて言っておくが、赤木は非常に面倒くさかった。

そんな状況を見かねてか混乱からようやく回復した一がおずおずと答えた。

 

「あの……ここは長野県△△市ですけど……」

「そうか……あと今日の日付を教えてくれないか?……出来れば詳しく」

 

衣よりは話が通じやすそうだと判断した赤木は質問の矛先を一に向けることにしたが、純がそれを遮った。

 

「今は2009年7月7日だ。それよりも、こっちからも聞かせてくれ、アンタはなぜそんなことを聞くんだ?どうして空から振ってきたんだ?そもそもアンタは何者なんだ!?」

 

まくし立てるかのように質問を投げかけるが、赤木は答えあぐねていた。

 

(さて、どうするかな……正直に言ったところで信じる訳がない……一体どうしたものかな?)

 

赤木は数瞬考えたが、適当に言い訳を重ねたところで自分はどう考えても自分は怪しい者でしかなく、住所もない。万が一警察の厄介になることがあれば、今よりも面倒な状況になるのは明白だ。それならば、今は彼女達の純粋さに賭けるしかない。

 

「いや……俺は10年前に死んだ身でね、ちょっとした賭けに勝ったんで再び生き返ったんだ。そしたらここに落ちてきたってわけだ」

 

「「「「………………」」」」

 

この場を痛い沈黙が包んだ。衣と一は驚愕の、純は訝しげな表情を浮かべている。智紀は……相変わらず無表情のままだ。当然の結果である。こんなバカげた話を誰が信じるだろうか?いや、信じないだろう。

 

「やっぱりね!私の思ったとおりだわ」

「そうなんですか……大変だったんですね」

「……興味深い」

「待て待て待て!お前らなに普通に信じてるんだよ!?」

 

訂正、4人中3人が信じてくれた。流石は強運赤木しげると言ったところか?

しかし敢えて無視していたが、そろそろある問題と直面することにした。

 

「嬢ちゃ……衣、さっきから願いが叶ったとかなんとか言ってるがどういう意味だ?」

 

このままでは自分が天使だとかに勘違いされそうだったので釘を刺すことにしのだ。

 

「暫し待て!」

 

衣はテラスにある笹から短冊を外し赤木の眼前に突き出した。

短冊の文字を確認した赤木は溜息まじりに聞き返した。

 

「……つまりお前の願いが叶い、その結果やってきたのが俺……という訳か?」

「そうだ!」

「……………」

 

腰に手を当て自信満々に答える衣に対して、赤木の方はげんなりしていた。50年の間、人間関係はあまり築かなかった方だが、このタイプの人物は初めてだからだ。

 

「……残念だが、俺はそんなものじゃない」

「ならば、貴方は何者?」

「いや、だからな……」

 

いつまでも埒のあかない論争が続くと思われたが、助け船を出したのは、今まで沈黙を保っていた智紀だった。

 

「……そういえば、まだあなたの名前を聞いていない……」

 

今更といえば今更だが何にせよ自分がまだ名乗ってないことに気がついた。

 

「確かにそうだな、なんにせよひとまず名前を教えてくれないか?」

 

智紀は純粋な興味からの発言だが、純の方は違った。

 

(生き返ったとか何とか言ってるけど、大方、物取りか変質者なんだろ?)

 

突然空から降ってきたことは気になるが、さしあたっての課題はどうやってこの男を警察につき出すかだった。

しかし次の赤木の発言により純は考えを大きく変えることになる。

 

「そういえばまだ名乗ってなかったな。俺は赤木……赤木しげるだ」

「赤木しげる……だと……!?」

「「「???」」」

 

明らかに動揺している純に対し他三名は聞き覚えが全くないのでキョトンとしている。

純はしばらく考え込むとある提案をした。

 

「……なあ、赤木さんよ、これ以上埒のあかない話はこっちだってしたくない……どうだ?ここは一つ勝負をしてみないか?」

「……なんだ……?」

 

その瞬間、この空間の温度が数度下がったのを確かに感じた。空調が故障したわけではない、赤木の周りの『熱』がガラリと変化したのだ。

一瞬怯むが、純は言葉を続けた。

 

「いや、簡単な話さ半荘1回の勝負でトップをとったなら、私達はアンタの話を信じようじゃないか」

「……それで、俺が負けたら?」

 

ただの内容確認だというのに純は尋問を受けているかのような気分だったが、それを無理矢理押し殺した。

 

「……アンタをただの変質者と見なして警察に突き出させて貰う」

「ククク……随分な言い様じゃないか……まぁ、当然といえば当然か」

 

警察という単語にも微塵も気に掛けない様子に純は若干恐怖した。

 

「どうだ衣?これならこいつがお前より強いのか一発で解る良い方法だろ?」

 

これを聞いた衣は目を爛々と輝かせ大きく頷いた。

 

「そうだな、もしアカギが凡百の徒ならば、それまでのこと……もし貴方が私の友となるならば、この位の試練は乗り越えてくれなくては話にならない」

 

先程赤木が否定したにも関わらず、また勘違いされかけている事はともかく、勝負自体は望むところだった……が赤木にはどうも腑に落ちないことがあった

 

(この天江って嬢ちゃんはともかく、何故この女はこんな話を持ち掛けたんだ?)

 

予測や憶測で言っている訳ではない明らかに自分のことを知っているかのような口振りだ。

 

(まぁいいさ、ひとまずここはこの場を乗り切るのが先決だ……)

 

腹は決まった。

 

「わかった……受けようじゃないか、その賭け……ギャンブルを……!」

 

ここに赤木対衣の決戦の火蓋が切って落とされた……。

 

「……と、その前に聞きたいことがあるんだが……」

「なんだ赤ドラなら4枚だぜ?」

 

赤木が何を言いたいのか解らず、純は首を傾げた。

 

「そうじゃなくて、お前達の名前を教えてくれないか?いつまでも嬢ちゃんなんて呼ばれたくないだろ?」

「………………」

 

………とにもかくにも、今度こそ赤木対衣の決戦の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 



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第三話

赤木との対局を前にする面々だったがここである一つの問題が生じた。

麻雀は4人で行う遊戯である……と、言えば、お分かりいただけるだろう。

 

「それで、一人余っちゃうけど、どうする?ボク抜けようか?」

 

一見すると、自分が犠牲になろうとしているように見えるが、実際はあの夜の恐怖が忘れられず、無意識に衣との対局を避けているのだった。

 

「いや……悪いけど、今回はオレが抜けさせてくれ。あの男の打ち筋を後ろから見てみたいんだ」

 

そんな一の心境を察してはいるが、純は自分の希望を通そうとした。時々こういう自分の性格が嫌いになる。

 

「いいけど……純って、あの人のこと知ってるみたいだよね?知り合い?」

「ん?いや、そんなんじゃないさ……」

 

一の質問を純ははぐらかすことしかできなかった。

話しても仕方のないことだし、純自身が信じられないことだからだ。

 

「智紀もそれでいいよな?」

「……かまわないけど……お願い」

 

そう言って差し出したのは、智紀がいつも携帯しているノートパソコンだ。

 

「わかったよ、いつも通り記録しておけば良いんだろ?」

 

智紀はコクリと頷いた。

 

「……相談が済んだのなら、早く始めたいんだが……」

 

すでに卓についている赤木が文句をこぼした。やはり女の子の部屋は居心地が悪いのだろう。

 

 

かくして赤木VS衣……怪物同士の戦いが始まった。

 

 

 

賽も振り終わり席順は以下のように決定した。

 

東家 沢村 25000点

南家 国広 25000点

西家 天江 25000点

北家 赤木 25000点

 

「さあ、始めようか還魂の徒よ、貴方が衣の友となるか、贄となるかの運命の一局を!」

 

卓についた途端天江の纏う気配が一変した。

歴戦の兵であり、あらゆる修羅場をくぐった赤木はそれを敏感に感じ取り、同時に確信した……苦戦の予感を……。

 

東一局 六巡目

親:智紀 ドラ {六}

 

赤木手牌 

{二三四五五③④④⑤6667}

 

(好形の一向聴だけど……果たしてどうかな?)

 

栗最中片手に考えるのは衣の力のことだ。

 

十二巡目

 

赤木手牌 

{二三四五五③④④⑤6667}

 

捨て牌 

{9西①八②一}

{⑨二東1⑧中}

 

受けは{五②③④⑤⑥56789}と手広いはずだが、純の予想通りあれからまったく変わっていない。

 

(第一……④筒、5索を引いた場合中ぶくれの悪行待ちだし、他もすでに切れてたり他家が持ってたりで引くのは絶望的だ……)

 

なまじ待ちが広いだけに赤木の手は死んだも同然だった。

 

十七巡目

 

打{四}

 

「ポンッ」

 

打 {八}

 

終局間近だというのに、衣は鳴きを入れた。………次巡

 

「ツモッ!」

 

衣手牌 

{二三五六六六七⑨⑨⑨}ツモ{一} {横四四四}

 

「海底ドラ3満貫、2000-4000」

「………………」

 

東二局 親:はじめ ドラ {六}

 

(こいつ……いや、並の打ち手が衣と勝負したところで相手になるはずがないんだ)

 

内身びいきをしている訳でもなくこれは純然たる事実だった。

しかし同時に死んだ祖父の話を思い出した。子供の頃のおぼろげな記憶……。

 

『ワシは麻雀だけは長く打っとるから強い奴なんて、ごまんと知っとるがな、その中でも、赤木って奴は別格でな、そこいらのプロじゃあ歯もたたんやろな……』

 

『へぇ、爺ちゃんよりも強かったのか?』

 

『ん?ああ……まあな……』

 

そう言ったあと祖父はいつも決まって窓の外に目を向けるが、その顔は何処か寂しげだった。

 

(人のことを滅多に褒めない爺さんがあそこまで太鼓判を押したのは赤木って奴だけだった。もしこいつが爺さんの言う赤木ならもしかしたら……)

 

「ツモ……」

 

赤木手牌 

{三三三四五六46④⑤⑥⑧⑧} ツモ{5}

 

「タンヤオ三色ドラ1で満貫だ……」

 

―――――勝てるかも知れない怪物天江衣に……。

 

(しかし……まぁ)

 

純は窓の外に目を向ける。そこには闇夜を照らす満月が輝いていた。

 

(時間切れか……)

 

純の予想通り、その後赤木になんら特別な動きはなく、このあとは衣の独壇場だった。

 

東三局 三本場 

親:衣 ドラ {七}

 

ここまで衣の4回の和了の内3回が海底ツモという異様な事態を赤木はただの偶然だとは毛ほども考えてはいなかった。

 

(東一局など良い例……鳴いた四萬を手中に留めておけば三―六―九の三面待ち。それを敢えて蹴っての一萬―四萬待ちにする必要はない……)

 

ならばイカサマか?しかし残念ながらこれも違う、ガンパイ(目印)なら何度も調べたし、卓そのものに細工をするならば他に良い方法がいくらでもある。

なにも海底ツモが続くように仕組む必要はない。

第一そこまでして勝つメリットがないのだ

 

(……となると純粋に奴には最後にツモる牌を直感的に察知する能力がある。……突拍子もない話だが、少なくとも地獄から蘇ったとか言うジジイの話よりは現実的じゃないか)

 

赤木は内心苦笑したが、そうも言ってられない状況だった。

東二局で和了ったあと、赤木は和了どころかテンパイすらしていない。

 

(ただの偶然……と言われればそれまでだが……何かあるな。……恐らく嬢ちゃんの能力を加味して考えれば、全員のテンパイ確率を下げる力もあり、自分だけが最後に海底でツモ和了ることができる……厄介だな……)

 

たまにいるのだ、かつて死闘を繰り広げた鷲巣巌のように人外の『何か』に祝福された者が……。

 

十二巡目

 

赤木手牌 {二三四23456②③③⑦⑧} ツモ {8}

 

(絶好の三色手……リーチをかけて高めをツモれば跳満の手……ここはなんとしても和了りたいところ……)

 

みたらし団子を片手に純は固唾を呑んでこの対局を眺めていた。

 

「…………」

 

打 {三}

 

(ん?なんでこんなところを切るんだ?)

 

訳が分からない純だったが、すぐにその理由を知ることになる。

 

「ロン……タンヤオドラ1。2600は3500……」

 

 

智紀手牌 {二四五六七44477⑥⑦⑧} {ロン三}

 

(そうかこの手はこれ以上伸びないことを感じ取り差し込みに回ったのか……)

(猪口才な……)

 

大局的に見れば有効だとわかっていても、わざわざ三色手を捨てられる人間がどれだけいるだろうか、こういう赤木の『見切り』のセンスはずば抜けて高く、彼が神域の男と呼ばれる所以の1つであった。

 

(だけど、それも所詮は悪あがきに過ぎないんだ……)

 

純の言葉通り天江衣の勢いは衰えることを知らなかった。

その後も衣は和了を繰り返し、赤木はフリコミを避けることに精一杯だった。

 

南三局 十巡目

親:衣 ドラ {西}

 

苺大福を口に含み純は考えていた。

 

(衣の海底ツモを封じるにはツモ順を変えてやればいい……これが単純かつ有効な方法だ……)

 

赤木とて黙って衣の連荘を許していたわけではない。ツモ順を変えようと鳴きを入れるが、結局は衣が最後に和了ってしまうのだ。

 

(……となれば)

 

赤木手牌 

{二二二二三四45567②③}

 

十七巡目(残り3枚)

 

赤木手牌 

{二二二二三四45567②③} ツモ{⑧}

 

「カンッ」

 

赤木手牌 

{三四45567②③⑧} カン {■二二■}

 

このカンによって二向聴になってしまうが、衣のツモ和了を防ぐには、やむを得なかった。

 

赤木手牌 

{三四45567②③⑧} ツモ{④} カン{■二二■}

 

(……こいつは)

 

打{⑧}

 

「流局だ……」

 

赤木のカンによりツモの回数自体が減り衣の海底ツモを回避したが、あくまでその場しのぎにすぎず、次局も赤木の差し込みによって親番を流したが残るはオーラス……赤木の親しか残っていない。

 

現在の状況は以下のとおり。

 

東家 赤木しげる12800点

南家 沢村智紀 11600点

西家 国広 一 11400点

北家 天江 衣 64200点

 

およそ5万点差……ほぼ絶望的と言っても過言ではない大差である。

 

(泣いても笑ってもこの局が最後だ……最後くらいは良いところを見せてくれよ……)

 

赤木配牌 

{三三六八148⑤[⑤]⑥⑥⑦西中}

 

(駄目だ……とてもじゃないが逆転どころか和了ることさえ出来そうにない……)

 

芋羊羹を口に放り込みながら純はそう結論づけた。

やはり麻雀に愛された衣に敵うはずが無い……純だけではなくこの場にいる全員が大旨同じことを考えていた。

……1人の男を除いて。

 

衣配牌 

{一三四五七八九246⑨⑨東}

 

配牌時すでに二向聴の好形……赤木とは雲泥の差である。

 

(結局この者も他の凡百の打ち手と同じ……衣を恐れ、避けることしかしない大衆と何も変わらない。やはり神も衣は永久に孤独だとそう言いたいんだな……)

 

言葉に込められるは絶望……そして失望。せっかく神が遣わした打ち手だというのに、結局は衣の『渇き』を癒すことが出来ないのだ……少なくとも衣はそう感じていた。

 

(気に入らないな……)

 

気に入らないとは、衣のことだ。

余裕を見せているわけでもなく、まるでこちらを失望しているかのような顔をされるのは初めての経験であり、対局開始時の引きしまった表情はすでに無く、もうこちらに興味はないとばかりに牌を切る様子は少なからずも赤木を苛立たせた。

 

(見てな……5万なんてワンチャンス……たいしたリードじゃない)

 

他の打ち手が見せるような絶望の表情を赤木は浮かべておらず、そもそも並の打ち手とこの男を比べるのは根本から間違っていることに衣は、まだ気付いていなかった……。

 

十四巡目

 

赤木手牌 {三三四[⑤][⑤]⑤⑥⑥⑥⑦⑧中中}

 

(四暗刻二向聴……あの酷い配牌からよくここまで辿り着ついたな……)

 

しかし、このままでは手詰まりだということを赤木も察知している。

……が、蘇りし天才は、まったく別のストーリーを思い描いていた。

 

十五巡目

 

「ポンッ」

 

赤木手牌 

{三三四⑤⑥⑥⑥⑦⑧中中} ポン{[⑤]⑤横⑤}

 

打 {四萬}

 

(はぁ!?せっかく三暗刻崩して何やってんだよっ!)

 

天江の海底ツモ潰しだろうか?しかしここで鳴いたとしても、彼女のツモを止められないくらいこれまでの対局で学んだはずである――――直後。

 

「チーッ!」

 

衣配牌 

{三四五六七八78⑨⑨⑨} チー {横⑧⑦⑨}

 

打 {⑨}

 

(だめだ……これでまた海底は衣になった……次でテンパれなかったらコイツに勝ち目はない……)

 

次巡……

 

赤木手牌 

{三三[⑤]⑥⑥⑥⑦⑧中中} ツモ {⑧}

 

……がダメッ。テンパイに至らず……。

 

打 {⑦}

 

(あと1回のツモでいずれかの対子を重ねない限りコイツの負けは決まる……いや、例え重ねることが出来ても実質残っているのは智紀とはじめのツモだけだ……)

 

ここまで2人は徹底的にオリており、和了れる可能性は0に等しかった。

 

十七巡目(残り三牌)

 

赤木手牌 

{三三[⑤]⑥⑥⑥⑧⑧中中} ツモ {⑥}

 

最後のツモもテンパイに至らず赤木は結局天江衣の前に、為す術無く敗北した……。

 

 

 

……かに思われたが……赤木動く。

 

「……カン」

 

赤木手牌 

{三三⑥⑥⑥⑥⑧⑧中中} ツモ{中} {[⑤][⑤]⑤横⑤}

カンドラ {③筒} (残り二牌)

 

なぜ十五巡目に赤木が意味不明なポンをしたのか、ようやく純は理解した。

 

(そうか……!あの時普通にカンしたとしても結局は海底が衣に戻り、海底ツモは防げない……けど、終局間際にこうやって加槓すれば海底ツモを防ぐことが出来る……全てはこの時のためだったのか……)

 

リンシャン牌によって中を引きいれた赤木は奇跡的にテンパイまで至った……がここで終わる男ではなかった。

 

「カン」

 

赤木手牌 

{三三⑧⑧中中中} ツモ{中} {■⑥⑥■}{[⑤][⑤]⑤横⑤}

カンドラ {九萬} (残り一牌)

 

この局、赤木はある推論の元立ち回っている。

南三局に引いたリンシャン牌は赤木にとっての有効牌だった……ここから読みの土台が出来上がっていく。

衣の能力によってテンパイしににくくなった。

では有効牌はどこへいったのか?

答えは1つ――――王牌である。

 

「カンッ」

 

赤木手牌 {三三⑧⑧} {■中中■}{■⑥⑥■}{[⑤][⑤]⑤横⑤}

(残り0牌)

 

(三槓子っ!?)

 

天江衣は確かに麻雀に愛されている……これに間違いはない。しかし

――――赤木は麻雀を支配する。

 

ツモ {⑧}

 

「ツモ……!」

 

赤木手牌 

{三三⑧⑧} ツモ{⑧} {■中中■}{■⑥⑥■}{[⑤][⑤]⑤横⑤}

 

「中、リンシャンカイホー、三槓子、三暗刻、対々和、赤が2つ ……倍満だ」

 

「こ、こんなことが……」

 

「おいおい、呆けてないで新ドラをめくってくれないか?」

 

「あ……ハイッ」

 

新ドラ表示牌は⑦筒……つまり。

 

「ド……ドラ3っ!?」

 

あまりの衝撃に頭がついて来れない一同に対し赤木は冷静に言葉を続けた。

 

「ククク……なら、確認するまでもないな。ドラ3追加で場ゾロのバンバン入れて15ハン……数え役満だ。嬢ちゃんとの差は5万弱だから逆転だな……」

 

この時、誰もが言葉を失っていた。……無理もない今夜彼女達は奇跡を見たのだから……。

 

 




咲キャラと赤木が勝負したらどちらが勝つのか……これは誰もが想像することであり、答えは人それぞれだと思います。赤木の勝ち筋は相手の思考を操作し、和了を勝ち取るスタイルですが、対する衣は相手のロンパイが分かって、テンパイ率が下がって、海底でアガって、高い手も張るというまさにチート能力。今まで負けたこともないだろうから振る怖さを知らない=オリないから赤木にとっては最悪の相手です。
よって今回のように決着はロンではなく、ツモだろうと思い、今回のような豪快な和了をさせました。赤木らしくないですねぇ。

なので、この次は赤木らしい勝ち方をさせるつもりです、おぜう様ごめんなさい。


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第四話





朝……それは万人が等しく迎えることの出来る時間であり、現代社会に生きる忙しい者も、そうでない者も安らぎを得ることの出来る束の間の一時である。

朝早く起きてジョギンングに精を出すもよし、二度寝して再び夢の世界へと旅立つのも良いだろう。

しかし、どのような過ごし方を選ぶにしろ「爽やかな目覚め」を求めない人間はいまい。

目覚まし時計によって無理矢理覚醒させられるのではなく、自然に起きる状況がこれに近いだろう。

自分が起床するのに最適な時間なのだから8割方爽やかな朝を迎えることができよう。

しかし残りの2割はどうだろうか?例え自然に目覚めたとしても朝一番に目に入った物……例えばまだ片づけていない書類の山や、大量に残った夏休みの宿題だったりしたら、一気に沈んだ気持ちになるのではないだろうか。

長々と話してしまったが、とどのつまり何が言いたいのかというと……。

 

「だから、この男は何者なのか教えなさいってさっきから何度も言ってるでしょっ!?」

「だーかーらー衣の願いが叶って空から落ちてきたって言ってるだろう!」

 

目が覚めて最初に見た物が女同士の口喧嘩だったら。

爽やかな朝を迎えるのは不可能だということだ。

 

 

第四話 「不屈」

 

 

話は赤木が目覚める30分前に遡る。

微熱(透華談)が治り、いつも通り侍女に衣を起こしに行かせたのだが、いつもと様子が違った。なんでも衣が部屋にいないらしい。

 

「妙ですわね……」

 

仮に目が覚めてしまったとしても衣が部屋から出るとは考えにくく、ここのセキュリティーは万全なので誘拐の可能性もない。一体どこへ行ったのかと思索していると丁度一がいたので訊ねることにした。

 

「衣?衣なら多分物置部屋にいると思うけど……今は行かない方が良いと思うよ」

「なぜですの?」

「えっと、それはその……」

 

何かを隠している様子に透華は再度聞き返したが、一は口ごもるばかりだった。

 

「まあ、いいですわ、論より証拠。実際に行けばわかることですわ」

「あっ、ちょっと!」

 

一が止めるのも聞かずに透華は衣の部屋へと歩いて行ってしまった。

 

 

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●

 

 

物置部屋前

 

「ちょっと衣!いるんでしたら返…じ…を……?」

 

そこで透華が見た物は、男女……言わずもがな衣がどこの馬の骨ともわからぬ輩と寄り添って(透華視点)寝ている姿だった!

 

「衣!起きなさい衣!」

 

すぐさま衣を揺り起こし説明を求めたのが、衣は願いが叶っただの、空から降ってきただのの一点張りだったので、代わりに一に説明を求めたが、

 

「えっと……昨日衣達とおしゃべりしてたら後からこの人が落ちてきて……」

「もういいですわっ!」

 

……と、やはり納得いく説明を得られず、衣と言い争いを繰り広げている内に話の冒頭に至るわけだ。

 

そもそも何故この二人が倉庫で寝ていたのかというと話は、昨日の夜にさかのぼる。

 

 

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●

 

 

対局終了後赤木はさっさと屋敷から出て行きたかったのだが、なんでもこの屋敷(衣の部屋)から出るにはIDカードなる物が必要であり、カードを持たずに通ろうとすれば1分もかからずにSPが駆けつけてくるらしい。

 

「それじゃ、この嬢ちゃん……」

「嬢ちゃんじゃなく!衣だと言ってる!」

「……衣だってここから出られないんじゃないか?」

 

赤木からすれば当然の疑問なのだが、他の三人は、気まずそうに互いに顔を見合わすばかりだった。

 

「……衣の力を恐れた透華の父君が、ころもをここに閉じこめたんだ……」

(そういうことか……)

 

人は自分と違うモノを決して認めようとしない。

排除されるか利用されるかその二つに一つしかないのだ。

 

「……大変だったんだな」

 

赤木は珍しく他人を同情していた。それは理解されない天才同士の一種の共鳴だったのかもしれない。

 

「そんなこと無い!だってこれからずっとアカギが一緒にいてくれるんだもの!」

「……なんだと……?」

 

いくら同情すると言っても、ものには限度というものがある。

 

「さすがにそいつは御免こうむりたいんだが……」

「……やっぱりアカギもころものことが嫌いなのか?」

「いや、だからな……」

 

ここから衣を説得するのにかなりの時間を要したのだが、ここでは割愛させていただく。

 

「……それで俺はどうすれば良いんだ」

 

さすがにSPに対して「自分は生き返りました」などと言っても頭のおかしい人間にしか思われないだろう。すでにこの4人が信じただけでも奇跡なのだ。

 

「……もう夜も遅いことだし、とりあえずここに泊まっていったらどうだ?」

 

純の提案にいち早く反応を示したのは当然衣だった。

 

「じゃ、アカギいっしょに寝よう!」

「誰も泊まるとは一言も言っていないんだが……」

 

目をぱぁっと輝かせる衣を尻目に純は話を続けた。

 

「明日になれば透華……あぁ、この館のお嬢様が復活すると思うから、たぶん透華なら、何とかしてくれると思う」

「だからって……」

 

やはり赤木が難色を示したが、純は引き下がらなかった。

 

「ここまで衣が他人に心を開いたのはアンタが初めてなんだ。頼む」

「…………」

 

 

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●

 

 

結局申し出を受けた赤木だったが、さすがに衣と一緒に寝るわけにもいかないので、毛布を一枚借りてこの物置部屋で寝ていたのだが、元来衣は寂しがりやであり、ようやく莫逆の友と言えるべき者を見つけたのだ。人肌恋しい衣は部屋を抜け出し寝静まった赤木の隣に身を寄せたというわけだ。

ちなみに、この時赤木は不覚にも気づいていなかった。

 

「なんなんだ朝から騒々しい……」

「あ、おはようアカギ!」

「ちょっとあなた!こんなとこに衣を連れ込んで一体どういうつもりですの!?」

 

そんな事情を知る由もない透華が勘違いするのも無理はなかった。

 

「そう怒鳴らないでくれ……別に怪しい者じゃない」

「嘘おっしゃい!どこをどう見ても怪しいじゃない!」

 

ひどく正論である。

 

「おーやってるやってる」

「…………」

 

そんな中、片や執事服、片やメイド服に身を包んではいるが救世主とも呼べる人物が2人現われた。いわずもがな純と智紀である。

 

「2人とも良いところに来ましたわ!この輩は何者なのか説明しなさい!」

「(朝からテンション高えな)わかったよ実はな……」

 

その後どうにか興奮する透華を落ちつかせ、事情を説明する一行だったが透華はまだ不服そうだった。

 

「信じられませんわね……人が生き返るなんて非常識もいいところですわ!」

「もっともな意見だが事実なんだ、受け入れるしかないぜ?」

 

その場にいた純でさえ未だ半信半疑なのだ。信じろという方が無理である。

 

「何よりも信じられないのは、こんな男が衣に勝ったことですわ!どうせイカサマでも使ったんでしょう!?」

「なんだと……」

 

この言葉だけは赤木も聞き捨てならなかった。

平打ちの相手に対してイカサマを使うほど赤木は落ちぶれてはいない。

 

「そんなに言うのでしたら、私と勝負しなさいな!あなたが勝てば今日のことは水に流しましょう……ただしあなたが負けた場合は衣を傷物にした報いを受けて貰いますわっ!」

 

目の前の盛大な勘違いを赤木はもう一々訂正するのも面倒だった。

 

「……拒否権は無いのか?」

「ありませんわっ!」

 

どうも死んでからこういうパターンが続いている気がしてならない。

 

「……わかったよ、受ければ良いんだろ受ければ」

「わかればよろしい」

 

かくして赤木対透華の戦いの火蓋が切って落とされた……。

 

「……ところで学校に行かなくて良いのかな?」

「なんだ、はじめ今日は休校日じゃないか、忘れてたのか?」

「あっそうだった忘れてたよ!」

「…………」

 

兎にも角にも赤木対透華の戦いの火蓋が切って落とされた。




予告通り透華さん登場です。透華さんは、本編ではのどっち覚醒やら、ステルスモモの登場やらで、一見強くない印象を受けますが、その実一枚切れの西単騎を回避するという、離れ業をさらっとやってのける凄腕の打ち手です。
デジタルな打ち方を捨てて、部長のようにオカルトに走ればきっと全国でも名だたる打ち手に大成するでしょう。
そんなお嬢様だから赤木とまったく互角の戦いを……無理ですね。


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第五話

赤木との対局が決まったが、さしあたっての問題は誰が赤木と打つかだ。

現在この場にいるのは赤木を含め6名であり、2名ほどあぶれてしまう。

 

「それじゃ、今回は俺が……」

「はじめ、ともき行きますわよ」

 

純の意見を華麗にスルーし、卓に向かう透華に対して、純はやるせない表情を浮かべるしかなかった。

 

 

第五話 「必中」

 

 

「……一応聞くがどうしてこの2人なんだ?」

 

この不当人事に異を唱えたのはもちろん純だ。

 

「あら、総合能力と安定性を考慮した上での最適の2人を選んだつもりですわよ?」

「……本当は?」

「あなたがいると鳴きまくって私の順番を飛ばすじゃないの!」

(やっぱりか……)

 

理不尽だがこの超絶わがままお嬢様に抗議したところで、無駄な結果に終わるのは火を見るより明らかだったので、これ以上何も言わなかった。

 

「衣はいいのか打たなくて?」

 

あれほど赤木のことを気に入った衣のことだから、自分も打ちたいと騒ぐと思っていたが、衣は意外にも静観に徹している。

 

「満月の時のころもが勝てなかったのに、月が出ていない今、勝てるわけがないだろう?」

「……なるほど」

 

衣は満月が出ている時に増力を最大限に引き出すことが出来るが、逆に言えば月が出ていないと衣は調子を出すことが出来ないのだ。.

 

「次にアカギと打つときは、劈頭から満月の時だからな!」

(気の毒に……)

 

こうしてミーティング(?)も終わりいよいよ対局開始である。

 

 

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○

 

 

席順は以下の通り。

 

東家 智紀  25000点

南家 赤木  25000点

西家 はじめ 25000点

北家 透華  25000点

 

東一局 三巡目 ドラ…{五}

親……智紀

 

「リーチ」

 

赤木河 {96横4}

 

(早い……たった3巡で……)

 

透華手牌 

{二三四四六123②③北北北} ツモ{七}

 

打 {北} 

 

(ベタオリか、透華らしい打ち方だが……)

 

6巡目 

 

はじめ手牌 

{五五六六六八九1222⑤⑦ ツモ⑨}

 

(安牌がない……振るわけにもいかないし、ここなら……)

 

打 1索

 

「ロンッ」

 

赤木 手牌 

{一二三1333567①②③ ロン1}

 

「リーチのみ1300だ」

「あっ……」

 

索子の三連打、筋である4索切りから1索は通ると思っていたが、そこを狙われてしまった。しかし先行されたにも関わらず透華は動じるどころか、不敵な笑みさえ浮かべている

 

「どんな手でリーチをかけたのかと思いきや……三色に固執して、待ちを悪くするなんて、……素人もいいところですわ」

「そうかい、まぁ……なんとでも言うがいいさ」

 

透華の挑発を、さらりと受け流す様子は、流石赤木と言ったところだろうか。

 

(今のは多分三色に固執した訳じゃなく、多分透華の麻雀を計るためのリーチ……頭で考えるか直感を信じるか……赤木はその反応を見たかったんじゃないか?)

 

純の予想はあながち間違いでもなかった……現に赤木は透華の麻雀をほぼつかんでいた。

 

(気をつけろ透華……こいつを舐めてると一瞬で喰われちまうぞ……)

 

東二局 ドラ{二} 親:赤木

 

透華配牌

{二四2236①②④⑤⑦⑧⑨北}

 

(一通も狙える好形の二向聴……勝負手ですわ)

 

九巡後……

 

透華配牌

{四五223①②④⑤⑥⑦⑧⑨ ツモ③}

 

(絶好のところ……)

 

「リーチですわっ」

 

透華河 {北6発⑧1白2二横3}

 

「…………」

 

赤木手牌 二二三三四③③④④⑤⑤45 ツモ五

 

(テンパイ……高め倍満の大物手だが、あいにく溢れる三萬は透華の当たり牌)という間の悪さ……これは振るか?)

 

「……………」

 

打 5索

 

(かわした!?)

(一発目からそんな牌を切るなんて……やっぱり初心者ですわね)

 

後ろで見ている純だけではなく透華もこれには眉をひそめた。

 

(いくら三萬が危ないと感じても5索なんて切れないぞ……)

 

次巡……

 

打 {4}

 

(またそんな危ないところを……)

 

他者には見えず赤木に見えているもの……それは領域(エリア))

 

(6索の出が早すぎる……後の1索2索ツモ切りを考えると索子はほぼ全滅。それよりもリーチ直前のドラ切り……最後まで何かとのくっつきを期待したがために残してはず……本命は三―六といったところか……)

 

ここまで赤木の実力なら一瞬で看破する。

 

(後ろから見てわかったがコイツの凄さは大きく分けて3つ……1つは絶対に振らないこと……)

 

衣戦を通してこのような状況は幾度とあったが、赤木はただの1回とて振ったことはない、全てかわしているのだ。

 

(次にどんな状況だろうと冷静なこと……一見誰にでも出来そうだが……親倍張ったのに平然とテンパイ崩すなんてそうそうできることじゃない……)

 

赤木手牌 

{二二三三四五五③③④④⑤⑤} ツモ{六}

 

「…………」

 

打 {③}

 

「ロン、タンヤオドラ1の2600……」

 

透華のリーチを蹴るための明かな差し込みだった。

 

「くっ……」

(すげえな……こいつ全員の当たり牌がわかってんのか?)

 

せっかくの満貫手を潰されたことに透華は苛立ちを隠そうともしなかった。

 

東三局 ドラ{四} 親:はじめ

 

九順目赤木

 

「ポンッ」

 

打 {四}

 

赤木河 {北①中一②西⑤中2四} 

{横786}{33横3}

 

透華手牌 

{一二三112789②③東東 ツモ3}

 

 

(一見染め手に見えますけど、3索ポンの前の2索切り……233の形から危険牌のドラを残しての2索切りはない……つまりの本命は多タンヤオか、三色……この1索は通るっ!)

 

「リーチですわっ!」

 

打 {1}

 

「ロン」

「なっ」

 

赤木手配 

{1145699 ロン1 横786 33横3}

 

「清一……満貫だ」

「くっ……」

 

初心者が自分の手とは関係なしにドラを最後まで残すことはよくある話だ。

今回は運悪く自分が振ってしまっただけだと透華は自分に言い聞かせた。

 

(多分透華は運が悪かったと思ってるだろうが……)

 

赤木手牌 

{1123356799四 横678}

 

(ここからの2索切るなんて多分一生出来ないだろうな……)

 

透華は徐々に点数だけではなく精神的にも赤木に押されつつあった。

 

東四局 ドラ:{發} 親:透華

 

(ここでなんとしても連荘して目にものを見せてやりますわ!)

 

透華手牌 

{三六七1478①②③西北中白}

 

(なんて悪い配牌……!)

 

打 {1}

 

(とにかく、この手でどうにかするしかありませんわね……)

(透華の奴……さては配牌が悪かったな……)

 

傍目からわかるほど透華は苛立っていた。

 

(衣と違って透華は完全に計算で勝つタイプだからな……一度でも歯車が狂うと持ち直すのはかなり厳しいぞ……)

 

透華手牌 

{一三五六七2478①②③白}

 

(六巡でまだこの形……配牌とたいして変わりませんわ……)

 

そんな悪い流れに更に追い打ちをかけるかのように赤木からリーチがかかってしまった。

 

赤木河 {西1東八南横④}

 

(しかたありませんわね……この局は諦めますわ)

 

降りることを決意した透華だったが問題は何を切るかだ。

 

透華手牌 

{一三五六七2478①②③白 ツモ9}

 

(……白はドラ表示で1枚、捨て牌にも1枚あるから、この白は通りますわね)

 

打 {白}

 

「クク……悪いな、そいつだ」

「え……!?」

 

赤木手牌

{③③③⑤⑥⑦556677白 ロン白}

 

「リーチ一発一盃口5200……」

「そんな……」

 

赤木はリーチする直前の④筒を手に留め5面張に受けることも可能だった。

しかし何故そうしなかったのか……答えは一つだ。

 

(まさか、この男……私だけを狙って……)

「ククク……意外に呆気ないな……お嬢様?」

「なっ……そんなことはありませんわっ!勝負はまだまだこれからですわ!」

 

この局透華は点棒よりも精神的なダメージの方が大きく、完全に心のバランスを崩してしまっていた。

 

南一局 ドラ:{⑥} 親:智紀 八巡目

 

透華手牌 

{六七八⑤⑥⑦⑦345678 ツモ⑧}

 

(⑦筒切りでリーチタンヤオ三色赤を含めてドラ2の高め跳満の手、でも……)

 

赤木河 {撥③北横⑧八⑤南⑨}

 

(かなり厳しいですけど、ここは……)

 

打{⑦}

 

「とおらばリーチですわっ!」

「ロンッ」

 

赤木手牌 

{六七八九九九⑤⑥22中中中} ロン{⑦}

 

「リーチ中ドラ1……6400だ」

「くっ!」

 

透華からすれば赤木との差を埋めるための勝負だったが他人から見れば暴牌以外のなんでもなかった。

 

〈透華らしくもない……いつもなら安牌の⑧筒を切っていたはずなのに……透華のブレが悪い方向に出ちまってる……〉

 

そんなバランスの崩れた思考を絡め取ることは赤木にとっては造作もないことだった。

 

南二局 ドラ…{九} 親:赤木 6巡目

 

透華手牌 

{四四四七八九45566⑤⑥ ツモ⑦}

 

(テンパイ……ですけど……)

 

赤木河 {中①北5横六⑨}

 

(残りは4400点……もう振るわけにはいきませんわ)

 

打{5}

 

(降りたか……賢明な判断だが……それが仇……!)

 

次順……

 

透華手牌 

{四四四七八九4566⑤⑥⑦ ツモ4}

 

(くっ……四萬さえ通ってれば一発でしたのに……!)

 

打{5}

 

(これが3つ目の赤木の強さ……人の思考を操作し、自分に有利な流れを作り出す……間違いない……こいつは衣以上の化け物だ……!)

 

「ツモッ!」

 

赤木手牌 

{一二三四五六七八88⑤⑥⑦ ツモ九}

 

「メンピンツモ一通ドラ1……6000オール。終わりだな……」

「そんな……!」

 

確かに飛んだ以上勝負は終了だ、そのことには間違いはない。

しかし透華には納得できない点が幾つもあった。

 

「アナタッなぜ河に六萬があるのになぜリーチ!?フリテンじゃありませんの!?」

「……いけないのか?」

「いけないのか?……じゃありませんわ!こんな非効率な……」

 

加えて言えば大量リードしている以上フリテンリーチどころかリーチすらかける必要はない……後は透華からの直撃を避けるだけでいいはずなのだ。

だというのにこの男は自分が振ることを恐れずにフリテンリーチをかけた。このような打ち方は透華の経験則からはあり得ないことだった。

 

「非効率か……確かにお前の言う効率的な打ち方をすれば六割は勝てるだろうさ」

「だったらなぜ……」

「だがな……俺はこの非効率で十割勝ってきた……」

 

普通こんなことを言ったところで誰も信じないだろうが赤木の言葉には言い知れぬ説得力があった。

 

「そ…そんなものただの偶然ですわっ」

「そうかい……まぁ、自分の考えを押し付ける気もないし、お前の考えを認める気もない……だが約束は約束だ。ここから出してもらおうか」

 

そう言うと赤木は卓から立ち上がり、この部屋から立ち去ろうとした。

 

「嫌!アカギ行っちゃやだ!」

 

しかしその赤木を止めようとしたのは衣だった。

 

「迷惑掛けたな……」

「迷惑じゃない!迷惑じゃないからずっと衣といてお願い!」

 

衣は必死だった目には涙さえ浮かべている。

 

「そんな顔をすんなよ……心配しなくてもたまに遊びに来てやるさ」

「本当か……?」

「……ああ」

 

もちろんこれは衣から逃れるための方便だったがこうでも言わないといつまでたっても話してくれそうにないので赤木はとっさに嘘をついたのだった。

 

「……わかった約束だぞ?」

「ああ、いい子だ」

 

そう言うと赤木は衣の頭をなでた。いつもなら子供扱いを嫌う衣だったが、おとなしくこの不思議な感触に身をゆだねていた。

 

「それじゃあな……ついでに案内を頼めるか?」

「あ……はいっ」

 

部屋から出ていく赤木を一同は黙って見送る他なかった……。

 

「赤木しげる……気になりますわね……

 

そんな中、透華だけが考えをめぐらしていた。

 

(……あれだけの実力を持っていながらまったく聞いたことのない打ち手ですわ……これは調べてみる価値がありますわね……)

 

そうと決まれば善は急げだ。

 

「ハギヨシッ!」

「はっ」

 

透華が指を鳴らすと共に突然執事であるハギヨシが姿を現した。

 

「いつも思うんだが……一体どっから出てきたんだあんたは……?」

「なんなりとお申し付けくださいお嬢様」

 

純の突っ込みを華麗にスルーしハギヨシは要件をうかがった。

 

「ええ、調べてほしい人物がいますの」

 

この後……衣についた嘘が本当になるとは赤木は夢にも思わなかったのだった……。

 



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第六話

7月9日 龍門渕高校

 

地獄の期末テストから解放された生徒達は目前に控える夏休みに思いを馳せ、あちこちで夏休みの予定について話し合う姿が多くみられた。

 

「……って言ってもどーせインターハイの特訓と屋敷の仕事と宿題で貴重な夏休みが消費されるんだろーなぁ……」

「アハハ、そうだね」

 

話の冒頭から溜息を吐いてくれたのは、龍門渕高校1年井上純だ。

 

「まったく……食欲も失せるっつーの」

 

食べかけの菓子パンを手に持ち純は愚痴をこぼした。

 

「そうなんだ……ところで今何個目?」

「4個目」

「…………」

 

最後の一口を口に放り込んだと同時に休憩時間終了を告げるチャイムが鳴った。

 

「みなさん席に着いてください。えー今日は突然ですが転校生を紹介します」

 

毎度聞き流しているHRの連絡だったが今日は特別だった。この半端な時期に転校生がやってくるというサプライズに教室中がざわ…ざわ…している。

 

「は―い、静かに。それじゃあ入ってきて」

 

扉を開け初めに目につくのは老人のような白い髪で、目は友好性がまったく感じられなかった。そしてそのような人物は16年生きてきた人生の中でも1人しか該当しない。

 

「……赤木しげるですどうかよろしくお願いします」

 

全身から「近づくな」オーラ全開でよろしくとはこれ如何に。

とりあえず純は口に含んだメロンパン(5個目)を吹き出さなかった自分をほめてやりたかった。

 

 

第六話 「見極め」

 

 

そして話は昨日の夜までに遡る。

 

 

●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○

 

 

龍門渕邸

 

『イケダ食品毒物混入!』『毒入りウドン3ヶ所』

 

「まったく……最近は物騒ですわね……」

 

テレビからもたらされる情報は、いずれも世の中がすさんでいることを嫌でも認識させられる物ばかりだった。

 

「透華様…例の件でお話が……」

 

音もなく透華の背後から現れたのは忠実かつ有能な執事であるハギヨシだった。

 

「ご苦労、相変わらず仕事が早いですわね。褒めて遣わしますわ」

「いえ…あくまで執事ですから……」

 

主の言葉に誇ることもなく謙遜する様子は、まさに執事の鏡と言うに相応しかった。

 

「それで……調査しましたところ透華様の証言と一致する人物は存在しませんでした」

「そう……」

 

聞く限りは調査に失敗したらしいがこの程度のことを一々報告するほどハギヨシは無能ではない。

 

「次にこちらの資料を……」

 

差し出された資料に添付された写真……そこには老いてはいるものの昨日屋敷に現われた男の姿が映っていた。

 

「これは……」

「ええ……10年ほど前日本で五指……いえ、最強と呼ばれた雀士の情報です」

 

曰く、麻雀をものの10分で完全に理解した。

曰く、7万点差を二局で逆転した。

曰く、一晩の勝負で5億稼いだ。

 

など、恐らくは脚色されているだろうが目を疑うものばかりだった。

 

「信じられませんわね……三流作家でも、もっとましな設定を思いつきますわよ」

 

話にならないとばかりに資料を机の上に投げ捨てた。

 

「お気持ちはわかりますがお嬢様……普通こんな噂を流したところで誰も相手にしません。しかし、今なお語り継がれていることを考えますと恐らくは……」

 

言われて昨日の対局を思い出す……確かにあの悪魔じみた闘牌を見せられては信じるしか無かった。

 

「なにより衣様に勝ったと聞きますし……」

 

あとで智紀から牌譜をもらわなければ…と思いつつ考えてみた。

もしあの男が我が龍門渕に来ればふがいない男子麻雀部が一気に全国トップクラスのチームになるのではないか。そうなれば……

 

『龍門渕高校男女共々優勝!』

『打ち手も一流!スカウトも一流|龍門渕透華!!』

 

そこには惜しみない賞賛を向けられる自分……これ以上目立つことはない。

……少々オーバーすぎる気がしないでもないが……。

 

「これですわっ!」

 

善は急げ、透華はさっそくハギヨシに指示を飛ばした

 

 

●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○

 

 

所変わって深夜の公園。

 

昼間はにぎやかだった公園も深夜とあって居るのは不良かホームレスぐらいだが今日は人の姿は見られなかった……自分達の他には。

 

「あーキミ?学生がこんな遅くまで、うろついちゃダメじゃないか」

 

厄介なことに赤木は警察に絡まれていた。

 

(まったく、昔は何も言われなかったんだが……窮屈なったもんだなこの世は)

 

愚痴ってどうなるものではないが愚痴らずにはいられなかった。

 

「とにかく……君、名前と住所は?」

「…………………」

 

名前はともかく10年前死んだ自分に住む家などあるわけなく、答えられずに黙っていたが、警官からすれば今時の若者が反発しているようにしか見えなかったらしい。

 

「なんだその態度は!」

(仕方ない……あまり事を荒立てたくはなかったが)

 

このままでは補導されかねず、赤木が拳に力を入れたその時だった。

 

「こんなところにいましたの?捜しましたわよ!」

 

今まさに連行されそうな状況に突然待ったをかける人物が現れたのだ。

 

(あいつは今朝勝負を吹っかけてきた……たしか透華とか言ったな)

「お知り合いの方ですか?」

「ええ…先日不慮の事故で両親を亡くした従弟をこちらで預かることになったんですけど……どうやら道に迷ったようでして、そうですわよね?」

 

もちろんそんな話があるわけもなく口から出たでまかせだったことは明白だった。

 

「ええ…なにぶん土地勘がないもので……住所もわからないから困っていたところなんですよ」

 

なぜ自分を庇い立てするのかはわからないが、この場を乗り切るには口裏を合わせる他なかった。

 

「さ、行きますわよ」

(選択権はない……か)

 

警察の手前振りきるわけにもいかず赤木は黙って透華の後をついて行った。

 

 

●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○

 

 

「……さっきは助かった礼を言おう」

「……これくらい礼を言われるほどではありませんわ」

 

屋敷へと向かう車中に赤木は礼を述べるが、どう聞いても感謝している風には見えなかった。

 

「それで……俺なんかを拉致してどうするつもりだ?」

 

社交辞令も何もない赤木の問いによって、車内を包む息苦しさが一気に増した。

 

「拉致なんて人聞きが悪い言い方をしないでほしいですわね」

「サツに絡まれているところを見計らって、選択肢のない俺を無理やり車に乗せる……これを拉致と言わずしてなんと言うんだ」

 

赤木からすれば当然の反応だったが、透華は心外とばかりに眉をひそめた。

 

「そ、そんな卑怯な真似しませんわ!本当にあなたを見つけた時なにやら厄介なことになっているから、助けただけですわっ!」

 

本気で否定しているところを見る限り嘘はついていないのだろう。

演技という可能性もあったがこんな腹芸ができるようには見えなかった。

 

「……疑って悪かったな。それで要件はなんだ?」

「単刀直入に言いますわ。あなたをスカウトしに来ましたの!」

「…………なんだと?」

 

予想もしなかった要求にさすがの赤木も我が耳を疑ってしまった。

 

「だからあなたの雀力を見込んで我が龍門渕 高校に入っていただきたいんですわ」

「断る」

 

微塵も考えることなく光の速さで赤木は答えを提示した。

 

「あら、悪い話じゃないと思いますわよ?」

「もともと勉学とかそういう物には縁が無くてな……悪いが断らせてもらおう」

 

学校での勉強など生きていく上ではなんの役にも立たないことを知っており、赤木のような一匹狼であればなおさらだった。

 

「私の誘いを蹴って何処かへと消える……それも結構ですわ。けど、いろいろ問題があるんではなくて?」

「……どういう意味だ」

 

透華の含みのある言い方に今度は赤木眉をひそめる番だった。

 

「あなたの事は調べさせてもらいましたわ。衣の言う空から降ってきた云々はともかくあなたには戸籍がない。そうですわね?」

「………………」

 

黙って話を聞く赤木を尻目に透華は話を続けた。

 

「借家を借りようにも契約できませんし今日みたいに警察の御厄介になってしまったら色々と不便ですわよね?」

「……なかなか痛いところを突いてくるじゃないか」

 

以前は幾許かの金を握らせてそう言った不都合を握りつぶしたが、今現在自分は無一文なのだ。住む家はおろか今日の夕食さえありつけないのが現状だった。

 

「……それで、結局お前は何が言いたいんだ」

 

回りくどい言い回しに業を煮やし一気に話の核心に迫った。

 

「ズバリあなたが龍門渕高校麻雀部において成果を上げたのならあなた名義の戸籍を用意しますわ!」

 

透華のとんでもない発言は意外にも赤木の心を動かした。

 

(この女の言う通りこの体……加えてこの状況は厄介だな……)

 

昼間何軒かの雀荘を回ってみたがどこも未成年というだけで門前払いされたのだ。

裏を訪ねれば話は別だが、タネ銭も持たない餓鬼を打たせるほど甘い連中でもなかった。

 

(……しかしこの女ただの世間知らずのお嬢様かと思いきや、中々強かじゃないか)

 

初めは要求を包み隠さず提示し、相手が難色を示したらさらにもう一つの手札を明かす……単純ながらこれ以上有効な交渉術はない。

 

「……ひとついいか」

「なんですの?」

「何故わざわざ自分から赴いたんだ?誰か別の人間を使いに寄越すことも出来ただろう」

 

もっとも……そんなことをすれば交渉のテーブルにすらつかなかっただろうが。

 

「あら、用がある方から出向くのは人として当然ですわ」

 

さも当然かのように答える透華を見て赤木はフッと笑った。

 

「ああ、まったくそのとおりだ、だが往々にしてこういう当たり前がわからない人間の方が多くてな……その点じゃあお前は合格さ」

 

思えば……自分をスカウトしにきたいずれの組も組長自らやってきたことなど一度もなかった。

 

(まあ、このままじゃ近いうちに不法入国者に間違われて逮捕されるのがオチだ……しばらくは世話になっておくとするか……)

 

こうして透華は赤木をスカウトするという人類未踏の偉業を成し遂げたのであった。

 

 

●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○

 

 

「というわけだ……」

 

一通りの経緯を昨日の3人に話したが、みな驚いたような、呆れたような表情を浮かべている。

 

「透華らしいというかなんというか……」

「つーか普通戸籍を作ってやるなんて誰も言わねーよ」

 

一は透華の性格を……純は龍門渕家の無茶苦茶さに苦笑いを浮かべていた。

すると黙って話を聞いていた智紀だったが、時計を確認すると口を開いた。

 

「そろそろ時間……早く部室に行った方がいい」

「そういえば今日だったな。赤木のせいですっかり忘れてたぜ」

「何かあるのか?」

 

首を傾げる赤木だったが、ここへやって来たばかりなので当然と言えば当然だった。

 

「ああ、今日は麻雀部の練習にプロが来るらしいんだ」

「……すごいじゃないかお前らのお嬢様は」

「ああ、凄すぎてため息しか出ないぜ」

 

普通一部活にプロ雀士がコーチにつくことは、まずあり得ない、何らかの「援助」があったことは明白だった。

そんな透華の振る舞いに赤木は呆れる他なかった。

 

 

●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○

 

 

「遅いですわよ!」

「アカギ!」

 

部室に入って一番に聞こえてきた透華のどなり声は予想できたが、衣がこの場にいることは予想外だった。

 

「悪い悪いこいつを引っ張ってくるのにちょっと手間取ってな」

 

純の言う「こいつ」は現在衣に抱きつかれ迷惑そうにしている。

 

「まったく……今日はせっかくのゲストがやってくるというのに……」

「……興味無いな」

 

憧れのプロが来訪するとあって興奮を隠しきれない透華に対し赤木の反応は冷ややかなものだった。

 

「まあ、いいですわちょうど全員集まったことですしそろそろ入ってもらいましょう」

 

透華が合図を送ると誰かが部室に入ってきた。

 

「改めて紹介しますわね、3割7分2厘という驚異の勝率。日本を代表するプロ雀士―――――井川ひろゆき八段ですわ!」

 

本日招かれたゲスト、それは東西決戦を共に戦ったあのひろゆきだった。

 

 




ククク……前回、たしかにプロが登場すると言ったが具体的に誰を出すかまでは指定していない……つまり我々がその気になれば、ひろゆきをプロにして登場ということも可能……!

……というわけでひろゆき登場です。彼がプロになった経緯は次回ということで……。
さて、作中ではあまり言及しませんでしたが「あの赤木がおとなしく入学するわけねーじゃん」と、思う方もたくさんいると思います。
しかし原作を見る限り真意は不明ですが、赤木は沼田玩具店で一カ月働いていたりするので「生きるためには仕方ないか」くらいの認識でおぜうさまの申し出を受けたんだと思います。
まあ、それでも多少無理やりだった気もしないでもないです。要反省ですね。


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第七話

「まったく……なんだってオフの日に高校生の指導なんかやらなくちゃならないんだ」

 

団体からじきじきの頼みとあって断ろうにも断れず、指定された高校へと向かうタクシーの車内でひろゆきは一人ごちた。

 

ある男の死去から7年。近所のおじいちゃんおばあちゃん達の麻雀の講師などをして生計を立てていたが、ある日無性に麻雀を打ちたくなった。

それも近所の雀ゴロレベルではなく、本物の強者との真剣勝負を望んでいた。

しかし裏の道にはもう関わらないと天と固く約束したし、ひろゆきもそんな気はさらさらない。

そこでひろゆきは半ば興味本位で表のプロになろうと決意したのが人生の大きな転機となった。

 

結論から言えばひろゆきは強かった。B・Cランク程度ではほとんど相手にならず、デビューからわずか2年余りでSランクまで昇りつめたのだった。

 

そしてただプロ雀士になっただけではここまでひろゆきの人生も変わらなかっただろうが、ここ10年の麻雀競技人口の爆発的増加によって、今では野球中継の代わりに麻雀の対局が放送される時代にまで世界は大きく変化したのであった。

 

これにより今ではプロ雀士であることが一種のステイタスでありAランク以上のプロなら世間の注目の的である。

当然ひろゆきも月刊誌で特集を組まれるほど人気があった。

 

「昔はプロって言っても誰も見向きもしなかったくせに今じゃあちょっとしたスター並だもんな……」

 

今日何度目かわからない溜息は誰にもみとられることなく空へと昇っていった。

 

 

第七話 「期待」

 

 

車に乗り込んで十数分程度で目的地にたどり着いた。

 

「ここが龍門渕高校か……」

 

目の前に広がる広大な敷地は一般の学校と比べても3倍は大きい。

 

「不況不況って言っても、あるところにはあるんだな……」

 

正直言えばこういう金に物を言わせたものは好きでなく、今回の仕事が乗り気ではない理由の一つだった。

ひろゆきがふと横を見やると誰かがこちらへ近づいてきた。

 

「ようこそお待ちしてましたわ」

「君は?」

「申し遅れましたわ龍門渕高校1年生麻雀部代表の龍門渕透華ですわ。以後お見知りおきを」

 

口調といい格好といい、まるで漫画から飛び出てきたような「お嬢様」だった。

 

「はぁ……君が今回の依頼人の……」

「ええ、井川プロのご活躍いつもテレビで拝見させていただいてますわ」

「……どうも」

 

プロになって何年もたつが、未だにこういう対応は慣れなかった。

 

「では、さっそく部室へ案内しますわ」

 

部室へ向かってどんどん進んでいく透華のあとをひろゆきは黙ってついて行った。

 

 

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●

 

 

つれてこられた部屋は部室と言うよりも理科室などの隣にあるような準備室だった。

 

「ここでしばらくお待ちくださいな」

 

そう言い残すと透華はどこかへ行ってしまった。

おそらくは準備か何かだろうが適当なイスに腰掛けるとひろゆきはここへ来てようやく落ち着いた気分になった。

 

「そういや今年で十回忌だったな」

 

ふと頭によぎったのはかつての恩師ともいえる男のことだった。

日々鬱屈していた毎日を過ごしていた自分を導いてくれた存在であり、彼がいなかったら今の自分はないと言っても過言ではない。

忙しいスケジュールの中どう時間を抽出するか頭をひねっていると自分を呼ぶ声が聞こえてきたので、ひろゆきは気だるげに立ち上がった。

 

 

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●

 

 

「改めて紹介しますわね、3割7分2厘という驚異の勝率。日本を代表するプロ雀士井川ひろゆき八段ですわ!」

 

どう聞いてもおおげさな紹介に気恥ずかしさを覚えつつもひろゆきは一歩前に出た。

 

「井川ひろゆきです。今日は皆さんよろしくお願い……えっ?」

 

ある人物が――――決して見つかるはずのない人物が目に入った瞬間あまりの衝撃に言葉を失ってしまった。

 

(バカなっ……ありえない……!)

 

自分を見つめる視線の中にかつての恩師――――――赤木の姿があったのだ。ひろゆきが驚くのも無理からぬ話だった。

 

(赤木さんの子供か?……いや、あの人に子供はいなかったはずだ……)

 

ならば他人の空似だろうか?しかしこれもない。

他人の空似ならば草食動物の中に肉食動物が紛れているような雰囲気の説明がつかない。

 

「どうかしたんですの?」

 

様子がおかしいひろゆきを不審に思った透華の声でひろゆきは我に返った。

 

「あ…ああ、すまないとにかく今日1日よろしくお願いします」

 

戸惑うひろゆきを部員全員が拍手で迎えた。

その様子を赤木はただ黙って見ていた。

 

 

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●

 

 

「とにかく、まずは話をしないと……」

 

部屋を見渡してすぐに部屋の隅で男子生徒と話をしている赤木を見つけ、ひろゆきはさっそく話しかけた。

 

「ちょっといいかい?」

「……なんですか?」

 

近づいて見れば見るほどに顔のシワこそないがこの人物がひろゆきの知る赤木なのだということがよくわかる。

 

(やっぱり……間違いないっ……!)

 

ひろゆきは意を持って赤木に話しかけた。

 

「赤木さん……ですよね……?」

 

ひろゆきの問いに赤木は一瞬間をおくと口を開いた。

 

「ええ、そうです嬉しいな井川プロに声をかけられるなんて、ファンなんですよ俺」

(白々しい……さっき興味ないって言ってたじゃねーか)

 

いけしゃあしゃあと嘘を述べる赤木を純は呆れ、ひろゆきは赤木の他人行儀な物言いに動揺を隠せなかった。

 

(どういうことだ!?やっぱり他人の空似なのか……?)

 

しかし、ひろゆきは目の前の少年が他人の空似だとは到底思えなかった。

 

(一体どうすれば……どうすればこの人が赤木さんだと確められる……)

 

考えて数瞬の後に気がついた。一つだけあるこの男が自分の知る赤木しげるなのかを確かめられる唯一無二の手段が。

 

「……俺と一局打ってくれませんか?」

 

そう麻雀だ。なぜこのような態度をとっているのかは不明だが、麻雀を打つ以上赤木は手を抜くような人物ではないし、なにより赤木の打ちまわしができる者など本人以外いる筈がないのだ

 

ハワイで赤木と打った時以来実に20年ぶりの対局だった

 

 

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●

 

 

「おい、聞いたか井川プロが対局するらしいぜ」

「あれ?絶対に打たないからっていう条件付きでここに来たんだろ?どうして急に打つことになったんだよ?」

 

急遽生でプロの対局が見れるとあって部員達も興味津津のようだ。

 

「なんでもプロの方から勝負を挑んできたらしいぜ」

「嘘?誰だよ?」

「また例のお嬢様が連れてきた新入りだよ、ちなみに男子らしいぜ」

「マジかよ-ただでさえレギュラー争い厳しいのにこれ以上ライバルが増えるのかよ」

「そういうなって、どうやら始まるみたいだぜ

 

席順は以下の通り。

 

東家 赤木  25000点

南家 国広  25000点

西家 井川  25000点

北家 透華  25000点

 

「それにしても憧れの井川プロと打てるなんて……夢のようですわ、でかしましたわ赤木!」

「透華ったら本当に井川プロのことが好きだよね」

 

実は、毎月麻雀雑誌を購読し、ひろゆきの記事が乗っていようものなら穴が開くほど読みつくし、過去全ての対局をチェックするほど透華はひろゆきの大ファンだった

 

「当然ですわ!計算し尽くされた無駄のない打牌。時節見せる思い切った大胆な強打……私の理想の雀士ですわっ!」

 

プロ雀士がいるということで、皆いつもよりはテンションが高いが透華はその中でも群を抜いてテンションが高かった。

 

「……別にそんな大層なもんじゃないさ、それこそ俺より強い打ち手なんかこの世にごまんといるさ」

 

別にひろゆきは謙遜して、こう言っているわけではない。

裏の世界に一時期とはいえ身を置いたことのあるひろゆきである。並みいる裏プロ達に比べ、雀力で劣っていることを東西決戦で嫌というほど思い知らされただけに、その言葉には説得力があった。

……尤も、現在のひろゆきは裏プロ達と互角以上に打ち合えるほどの実力がついてたりするのだが……。

 

「話はこれくらいにしてそろそろ始めましょうか……勝負を……」

 

こうして赤木対ひろゆきの勝負の幕が上がった

 

 



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第八話

第八話 「閃き」

 

 

東一局 親…赤木 ドラ {三}

 

(あのひろがプロとはな……まぁ、らしいと言えばらしいが……

 

知らないフリしたときの、ひろゆきの表情を思い出し赤木は薄く笑った。

別に赤木は、ひろゆきのことを忘れたわけではない、言うならばちょっとした悪戯のようなものだった。

 

(見せてもらおうじゃないか、ひろ……お前の出した人生の答えを……)

 

四巡目

 

打 {六}

 

ひろ手牌 

{二三三四五七④⑤⑥3477}

 

(鳴けばテンパイ……だが、この手をここで終わらせるのは惜しすぎる……ここは見逃す!)

 

―――――――――七巡目

 

「リーチ」

 

先制リーチは赤木そして次巡……。

 

ひろ手牌 

{二三三四五七④⑤⑥3477 ツモ2}

 

(来たっ!……七萬さえ切れれば聴牌だが……)

 

赤木捨て牌 

{2④五69一横西}

 

(七対子臭い捨て牌だな……なら、これは通るか……)

 

打 {七}

 

しかしひろゆきの考えはあくまで通常の対局の範囲でありこの男にはそういう理屈がきかないことを、失念していた。

 

「クク……そいつだ……」

 

赤木手牌 

{六六七①①②②1122中中 ロン七}

 

「裏は乗らないが……リーチ一発七対子……9600」

 

ディフェンスに定評のある井川プロが一発で振り込んだとあって、部室中小さなざわめきが起こった。

 

「井川プロも不運だったよな」

「ああ、丁度溢れた七萬がロン牌だったんだ。あれは仕方ねえよ」

 

傍観していた男子部委員の的外れな意見に純は内心毒づいた。

 

(バカヤロー今のが偶然なわけあるかっ……!赤木はリーチ前の一萬や西で待つこともできたんだ……誰が七萬なんて不自由なところで待つかよ……!)

 

ならばなぜ七萬待ちなのか……答えは一つ七萬が溢れることを察知していたからに他ならない。

 

(たしか四巡目にはじめが六萬を切った時プロは一瞬考え込んでいたな……直後の九萬ツモ切りから七八と持っていたとは考えにくい。後は聴牌した時に溢れるであろう七萬で狙い撃つ……こんなところか)

 

純の推理は概ね正しい。しかしそれは後ろから見ていたからわかることで赤木から見れば対局中無視できるほどの違和感でしかない

ここにいる部員の大半と、ひろゆきが振り込んだことで本人以上に動揺している透華はこの異様さに気付いていないだろう。

 

(つくづく恐ろしい奴だな……こいつは)

 

東一局一本場 親…赤木 ドラ {④}

 

(こいつは室田のやつが得意としていた戦法だが……なるほど、結構面白いじないか)

 

室田……かつて裏の道へ進みかけていたひろゆきを叩きのめした、ひろゆきにとっては因縁深い人物の1人である。

 

溢れ牌狙いの七対子を得意とし、かつてのひろゆきは様々な策を講じたがどれもこれも見破られ、結局一矢を報いることも出来ずに惨敗を喫したのであった。

 

―――――――――六巡目

 

打 {④}

 

「……………」

 

ツモろうと手を伸ばした腕がほんの一瞬だけ止まるが、何事もなかったかのようにそのままツモった①筒をツモ切った。

 

ひろ捨て牌 

{西1三⑧6①}

 

(あの④筒の鳴き気配から考えると⑥筒は俺の手牌に二枚……場にも二枚見えてるから⑤⑥はなく結果ひろの手には③⑤とあるということか……)

 

赤木手牌

{二二七七八八③⑥⑥449北 ツモ9}

 

(なら……その③筒を狙うまでさ……)

 

打 {北}

 

他人から見ればほんの些細な動作さえ、赤木にとっては値千金の情報となるのだ。

しかし今回は赤木に食らいつこうとするひろゆきの執念が勝った。

 

「ロンッ」

 

ひろ手牌 

{一二三②③④445566北 ロン北}

 

「一盃口ドラ1……2600です」

 

2600……たかが2600の安手だが、この和了が意味するものは大きかった。

 

(井川プロは七巡目に①筒をツモ切りしているのだから少なくとも六巡目には張っていたわけだ。そして6索を手に抱えた多面張に受けず七対子を匂わせるため抱えた字牌を逆に狙い撃ったのか……!)

 

ひろゆきはこれがかつて自分を苦しめた七対子戦法であることは一瞬で看破していた。

 

(あの時……俺はどうすれば勝てたのか。悔しくて眠れない日が続いたんだが……まさかこんな所でリベンジ出来るなんて思いもしなかったな……)

 

そしてこの局最大の要所は何と言っても七巡目に見せた④筒の鳴き気配だろう。

 

(あざと過ぎず実に絶妙な演技だった。やられたよ……)

 

以前のひろゆきならばそれが有効だとわかっていても100%こんな打ちまわしはしなかっただろう。ひろゆきの成長をしみじみと感じ取った赤木だったが今は勝負の真っ最中だ言葉を交わすのは後でいい。

 

東家 井川  34300点

南家 透華  14200点

西家 赤木  33200点

北家 国広  18300点

 

その後は特段派手な打ちまわしこそなかったが赤木、ひろゆき両名が並ぶ切迫した状況だった。

 

南三局 親…ひろ ドラ…{東}

 

(点差は微差……なんとしてもこの親でつき放さなくちゃ……)

 

ひろ配牌 

{11244568③⑨東東西中}

 

(来た!好配牌。最低でも跳満うまく育てれば三倍満まである……)

 

この手さえ和了れれば勝ちに相当近づくことができる。間違いなくこの勝負の行方を占う一局だった。

 

―――――――――七巡目

 

ひろ手牌 

{1123445689東東中 ツモ③}

 

ひろゆきの願いが天に通じたのかひろゆきは好調に手を伸ばし早一向聴までたどり着いていた。

 

(しかし……)

 

赤木捨て牌 

{⑥53八八二}

 

(気味の悪い捨て牌だな……この辺はさっさと切っておいた方がいいな)

 

打 {中}

 

国士無双を警戒しての么中牌の先打だが、ひろゆきの懸念が的中したように直後もっとも聞きたくなかった声が上がってしまった。

 

打 {九}

 

「リーチ」

 

国士無双聴牌。

皆声に出さずともその気配を感じ取り部室内に緊迫した空気が漂った。

 

はじめ手牌 

{三三三四六七④⑤⑥⑧⑧23 ツモ西}

 

(うっ……)

 

打 {⑥}

 

(ベタオリか……まあ当然だな役満相手に誰が勝負したがるものか……)

 

しかしこの局ひろゆきには降りる気などさらさらなくある程度のリスクは覚悟していた。

しかしその直後のツモ……そこには思わず目を覆いたくなる現実があった。

 

ひろ手牌 

{1123445689東東③ ツモ北}

 

(なんてこった……北はすでに二枚切れていてドラ表示牌にも一枚……つまりこれが最後の北……!)

 

そして相手の手がほぼ国士に決まっている以上、今引いた北が事実上赤木の最後のロン牌であることは間違いない。

ある程度は通すと決めていたがさすがにこれを通すことはできない。

 

(この大一番でこいつをつかまされるのか……)

 

たった一つの危険牌で今まで積み上げてきた手を放棄しなくてはならないのが麻雀であると理解はしているが、これにはひろゆきも消沈してしまう。

 

(逆に考えれば、このツモで赤木さんの和了牌握りつぶしたとも言える……勝負は次局……!)

 

5索に手をかけ切ろうとしたその時――――ひろゆきに電流走る。

 

(待てよ!?)

 

切ろうとした5索を再び手に収め再び長考する。

 

(どうしてリーチなんだ……確かに他家を抑え込み足止めすることも可能だ……けど今回は違う。なんせ北がすでに3枚見えてるんだ自分から北待ちだと公言しているようなもんじゃないか……)

 

ならばなぜリーチなのか……その時フラッシュバックするある記憶が1つの答えを導き出した。

 

(そうか……わかった!赤木さんの待ちが……)

 

ひろゆきは今度こそ北に指をかけた。

 

(この北通るっ!)

 

打 {北}

 

(バカなッ赤木の待ちは十割方北なんだ……!何考えてんだよっ!?)

 

驚愕する純……振ってしまったと目を覆うが……。

 

「…………………」

 

赤木微動だにせず……。

 

「引いて……いいんですわよね?」

 

透華は戸惑いつつも引いた二萬をツモ切った。

 

(よし!通ったっ……!)

 

この時ひろゆきは99%の待ちを読み切っていた。そして残り1%……「もしかしたら」「万が一」をすべて捨て去った。

以前のひろゆきならばこれが賢明と自分を誤魔化し不安に負けてオリていただろう。

 

赤木手牌 

{一八九49①①⑥南南白中發}

 

赤木のノーテン立直に……!

 

(こんな終盤でリスクの伴うノーテン立直なんて普通かけられる訳がない……でも、その普通から最も遠くの位置に存在するのが赤木さんなんだ……)

 

ひろゆきがここまで読み切れるはある理由があった。

東西決戦参加をかけた天との八巡勝負……赤木が知る由もないがこの状況は当時の対局と非常に酷似していたのである。この経験がなければひろゆきもここまで大胆になることはできなかっただろう。

 

そんなひろゆきの強打に呼応するように場の流れもひろゆきを後押しするかのように変化したのだった。

 

ひろ手牌 

{1123445689東東③ ツモ7}

 

(来たっ!)

 

打 {③}

 

「リーチッ!」

「……………」

 

元々悪い流れを感じてとった苦肉の策だっただけに赤木は和了牌を掴み、放銃した。

 

打 東

 

「ロンッ!」

 

ひろ手牌 

{11234456789東東 ロン東}

 

「立直、一発、メンホン、東、ドラ3……倍満っ!」

 

親倍の直撃……これによりトップ目だった赤木は一気に最下位へと転落してしまった。

さらに赤木の危機は続く。

 

(ここで裏ドラが2丁乗ればそれで決着……)

 

裏ドラ {2} 

 

(くっ!乗るには乗ったが……さすがは赤木さん……首の皮1枚生き残ったか……)

 

裏ドラが2丁乗れば三倍満まで手が伸び赤木は死んでいた……そういう意味ではこの局ひろゆきは赤木を殺し損ねたともいえる。

 

(落ち着け……それでも4万点リードしたことには変わりがないんだ……このまま一気に突き放す!)

 

ひろゆきの倍満からツキが向いたのかその後も親マンをツモ和了り完全に流れを引き寄せた。

 

東家 井川  70600点

南家 透華  10100点

西家 赤木  5100点

北家 国広  14200点

 

南三局二本場 親…ひろ ドラ…{7}

 

「ロンッ」

「えっ!?」

 

ひろゆき手牌 

{二二三三四四6789白白白 ロン 9}

 

「一盃口、白、ドラ1……7700は8300」

「なにやってますのはじめ!」

 

この和了によって差は7万を超え役満直撃でも逆転不可能な点差まで広がってしまった。

 

「決まったな……」

「ああ……2位と6万点差だろ、もう勝負はついたも同然じゃん」

 

ひろゆきの圧倒的リードによって部室に張りつめていた緊張感もいつしか消え去り、無駄話をする者さえ現れた。

 

「ちょっとあなた達!まだ勝負は終わってませんわよ!無駄話をするくらいなら帰ってもらっても結構ですわっ!言っておきますけど私はまだ自分が負けるなんて、これっぽっちも思ってませんわっ!」

 

そんな弛緩した空気を一掃するように透華の鋭い声が部室中に響き渡る。

透華はラス親が残っていることもあるが、まだ勝負を諦めてはいなかった。

仮に負けてしまうとしても100点でも多く終わってみせるという透華なりの意思表示でありプライドだったからだ。

 

「……なかなかいいこと言うじゃないか」

 

そしてここにも未だ勝負を諦めていない、獲物を狙う飢えた獣のような目で睨み続ける者が1人……。

 

「ちょっと赤木!感心してる暇があったら一矢報いてやるくらいの気概を見せてみなさいっ!」

 

相手がプロとはいえあまりにも不甲斐ない状況に透華は八つ当たり気味の檄を飛ばした

 

「言われなくてもハナからそのつもりさ……だが一矢は一矢でも狙うは致命傷……俺もまだ自分が負けるなんて微塵も思っちゃいないんでな」

 

点差にして73800……あまりにも大差にまだこの時点では赤木の言葉はただの強がりにしか聞こえず、中には嘲笑する者さえいた。

 

しかしそんな中ひろゆきだけはこの言葉を虚勢と捉えてはいなかった。

 

 




咲闇本編においてHEROの歴史は基本的にないものとして扱って下さい。
ひろゆきは少しヘタレなくらいが丁度いいんです。


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第九話

第九話 「直撃」

 

 

南三局四本場 親…ひろゆき ドラ…1索

 

 

東家 井川  78900点

南家 透華  10100点

西家 赤木  5100点

北家 国広  5900点

 

点差はご覧のとおり。ひろゆきだけが頭一つ抜き出た状態で逆転はおろかこの局で終了してしまう可能性すらあった。

 

(せっかく実現した井川プロとの夢の一戦……それをこんなブザマな結果じゃ終われませんわ!)

 

そんな自棄を起こしてしまいそうな状況でもまだ諦めない少女が一人。

 

(とはいえこの手……面前で進めるには一手遅れ、かといって逆転するには2000や3900じゃちょっと……)

 

いくらラス親が残っているとしてもさすがにこの点差は厳しすぎる。どうしても満貫以上は欲しかった。

 

(仕方ありませんわね……少し無理がありますけど……)

 

打 {一}

 

「チー」

 

打 {中}

 

「ポンッ」

 

透華河 

{⑨55②⑤四}

{西六}

 

(あの鳴きと捨て牌を見る限りテンパイはほぼ確実……ただ一萬を鳴いたくせに手出の四萬が気になるな……)

 

打 {⑨}

 

ひろゆきは訝しみながらも一旦は回す。その直後……

 

(くっ!)

 

打 {五}

 

(……さっきの表情からするとどうやら裏目を引いたみたいだな)

 

わかりやすいなと若干呆れつつも、この情報を生かさない手はない。

 

(まず四巡目のチーこれは捨て牌に四萬があることから本来は鳴く必要はないはず、それでも敢えて鳴いていったということは……一通をつけたかったのか?ということは八巡目は……)

 

透華 予想図 

{四五六六七九東東 中横中中 横一二三}

 

(この形……!ここから打六萬でカン八萬に受けた。だから五萬が裏目になったんだ)

 

ひろゆき手牌 

{三三五七八九①①②2468 ツモ八}

 

(今回は手が悪いし、仮に下家に振っても8600……赤木さんとの65200差はダブル役満はなしのルールだから役満を振っても逆転しない……なら!)

 

打 {八}

 

ここでひろゆきは方針を変え透華への差し込みによって局を流そうとした。

 

「ロンですわっ!」

 

透華手牌 

{四五六六七九東東 中横中中 横一二三}

 

(よし!ぴたり7700だ)

 

この時ひろゆきは最善の選択肢を選んだつもりだった。しかしわざわざ差し込んでまで親を流す必要はなくおとなしく透華のツモ和了を待つべきだったのだ。

勝負を焦りすぎたひろゆきのミスを赤木は逃さない。

 

「たしか……ダブロンはありだったな」

 

赤木手牌 

{六六八②②③③6699發發 ロン八}

 

「七対子のみ1600は2500……」

 

(しまった!今回は溢れ牌狙いじゃなく、俺が差し込むことを見切って八萬に照準を合わせてきた……!)

 

これによりひろゆきとの差はさらに5千点詰まり、とりあえずは敗北確定の状況からは脱出した。

 

(それでも、点差はまだ5万以上あるんだ……三倍満の直撃でも役満をツモっても逆転はしない……。はっきり言って勝ち目はないに等しい……1000m先の的を狙撃するようなもんだ……!)

 

純の言う通りひろゆきからすればあとはただ透華の追撃をかわし、赤木からの役満さえ振らなければ勝ちという非常に楽な麻雀だろう。

しかし当の本人からすればそんなことは微塵も感じてはおらず、1000mどころか眼前に銃口を突き付けられているかのような心境だった。

 

「アカギ……」

 

赤木が負けてしまうかもしれないという状況からか、さしもの衣も不安そうな態度を隠せないようだ。

 

「なさけない声をだすなよ。まだ勝負は終わったわけじゃないんだ」

「でも……」

「言ったはずだ……俺は負けるつもりは毛頭ない」

 

この期に及んでも未だ闘志が衰えることのない赤木の姿は、衣にとってはとても頼もしいものとして映ったようだ。

 

「わかった!もしアカギが勝ったら今夜ころもが一緒に寝てやろう!」

「条件変更だ。もし負けたら一緒に寝てやるよ」

「むー!」

 

このやりとりによりばの空気が少しばかり和みもしたが、オーラス南四局が始まった。

 

 

南四局 親:透華 ドラ:{9}

 

 

ひろゆき配牌 

{四四128999②④⑦⑧⑧}

 

(少なくとも早い手ではないな……配牌からドラ3だけど、こんなのくその役にも立ちやしない……!)

 

さっと早和了したい場面であるがために、ひろゆきの苛立ちもわからなくもないが、大量リードしているだけに、周りから見れば神経質な反応だっただろう。

 

四巡目

 

打 {西}

 

「ポンッ」

 

(西が切れた……これで四喜和、国士が消滅……)

 

八巡目

 

打 {發}

 

「ポンですわっ!」

 

透華捨て牌 

{九二一5412⑦}

 

(大三元、緑一色も消えた……そして下家は混一気配か……)

 

残る可能性はごく薄い確率で九蓮宝燈と清老頭だが、これらは待ちが限定され振り込みをかわすことは比較的に容易である。

 

(すると残りは……)

 

四暗刻単騎……待ちも偶発的で読みにくく、ひろゆきからすれば厄介なことこの上ない。

 

(四暗刻単騎なんて千局に1回出ればいい方……普通張れるわけがない……しかし……)

 

―――――――やりかねない赤木しげるだけは……!

 

十一巡目

 

透華手牌 

{①①③③北北北 ツモ北 ポン 西横西西 發横發發} 

 

(四枚目の北ここは……)

 

「カンッ」

 

これでいっそう警戒が強くなるが元々混一を目指していることはバレバレなのだ。

確率は低いとはいえ、ドラが乗ることに期待したが、透華の執念が呼び込んだのか、透華の手はあらぬ方向へと成長する。

 

新ドラ表示 {白}

 

透華の手にドラ3が追加され一気に親倍確定そしてリンシャンツモ。

 

(さあ、いらっしゃいまし!)

 

透華手牌 

{①①③③ ツモ發 ポン 西横西西 發横發發 ■北北■}

 

(これはっ……!)

 

透華はもう躊躇わなかった。

 

「カンですわ!」

 

ここでツモれば差はさらに3万2千点詰まり差は3万を切るが、それでははじめをとばしてしまうため和了ことはできない。

だがその時は一旦テンパイを崩し適当に引いてきた牌で待てばよいのだ。

いくらひろゆきの読みが優れていてもこればかりは読み切ることはできない。

 

透華手牌 

{①①③③ ツモ一 ポン 西横西西 發横發發發 ■北北■}

 

(ちぃっ……!)

 

打 {一}

 

「はじめなにをしてますの、早く新ドラをめくりなさい」

「あ……うん」

 

しかし、それでも前回の和了が流れを引き込んだのか、この場の流れは全力で透華を支援した。

 

ドラ表示 {白}

 

新ドラ表示牌は白。つまりドラ4っ……!

 

(なんてことだ……ドラ8ってことは親倍確定……これで下家も無視できなくなった……)

 

この事態に部室全体に緊張した空気がまた漂い始めた。

これで勝利には三倍満直撃が逆転の条件だった透華はツモっても逆転可能となった。

 

(これで私がツモれば超超逆転勝利……これ以上劇的なシチュエーションはありませんわ……!)

 

様々な想像を繰り広げる透華だったが、彼女の盛運もここまで。

 

はじめ手牌 

{一一七八九九777①①③③}

 

(透華も逆転の手をテンパイしたみたいだし……邪魔しないようにしないと……)

 

この時①③共にはじめの手牌にありツモることは不可能。

つまりは逆転不可能だっだ。

 

しばらくは皆ツモ切りが続く状況だったが、沈黙を保っていたこの男がついに声を上げた。

 

「リーチ……」

 

(ついに来たか……あと五巡しのげば勝ちなのに……くそっ!安牌はゼロ……)

 

ひろゆき手牌 

{四四四七八八999④④⑥⑧⑧ ツモ 西}

 

(これは下家が3枚が使っているからとりあえずは安牌……)

 

打 {西}

 

(この巡目はしのいだが、次も安牌とは限らない……一体どうすれば……)

 

ひろゆきには自分の手が全て危険牌にみえていた、そんなひろゆきについに試練の時が訪れた。

 

ひろゆき手牌 

{四四四七八八999④④⑥⑧⑧ ツモ 四}

 

(4枚目の四萬か……井川プロもついてるな……)

 

重ねて言うが赤木が勝つためには役満直撃しかない。

 

逆にいえばひろゆきはそれだけを避けながら打てばよく、仮にこの四萬が和了牌だとしても四暗刻単騎であることはありえない。逃げ切りは確定したも同然なのだ。

 

(…………)

 

だというのにひろゆきは、まるで危険牌をつかんだかのような表情を浮かべ、そのまま固まってしまった

 

(どうしたんだ?まさか、気づいていないわけでもないだろうし……何考えてんだ?

 

常識で考えればこの四萬は現物以外でもっとも安全に近い牌なのである。純は何故ひろゆきが躊躇うのか理解できなかった。

 

ひろゆきが迷う理由……それはひとえに今回のような極端な対子場があの時……およそ20年前、赤木と初めて出会ったころの対局と酷似していたからだ。

 

(あの時……天さんは絶対安全だったはずの四萬を切り振り込んだ……)

 

結果として天が勝利を収めたものの、実際はどちらが勝っていたとしてもおかしくはなかった。この四萬は安牌などではない、超一級の危険牌だ。

 

(しかし……だからといって今回もこの牌で待つだろうか……赤木さんだって前回の対局を覚えているだろうし……そうやって回した牌を狙い撃つためのリーチという可能性も十分にある……)

 

ひろゆきは理に聡い性分がある、その理によって現在の地位を築いたと言っても過言ではない。

そんな聡明なひろゆきだからこそ抜け出すことのできない思考の袋小路に陥ってしまったのだ。

 

(だめだ……!いくら考えたところで答えなんか出る訳がない……どうせどちらも危険なら……!)

 

打 {四}

 

熟考の末、ひろゆきの決断は四萬切りだった。

 

回したところで次に安牌を引くとは限らないこと。回した牌で下家に振り込んでは元もないことなど、理由は他にもある。

 

しかしひろゆきの思考はこの四萬が通るか否かではなく、四萬が切れる理由を無理やり付け足したにすぎない。

 

つまり……これさえ通せれば最後までしのげるという欲を、捨て去ることができなかったのだ。

 

「ロン……!」

 

赤木手牌 

{三三三五五五五111中中中 ロン 四}

 

「……赤木、和了った役を言ってみなさい」

 

透華は冷静に、努めて冷静に問いかけた。しかし眉はピクピクと引きつっており怒りを押し殺していることは明白だった。

 

「リーチ、三暗刻、中……だがどうかしたのか

 

そんな透華の怒りを知ってか知らずか赤木はあっけらかんと答えた。

そんな赤木の態度は元々気の短い透華の怒りを爆発させるのに十分な火種となったようだ。

 

「ふ・ざ・る・ん・じゃ・ありませんわ!そんな逆転もしないわけのわからない手で私の役…役満を……」

 

よほど悔しかったのか、もの凄い剣幕で赤木に迫った。その折に他の髪の毛から飛び出た毛(通称アホ毛)が高速回転していた気はするがここ最近の仕事による疲れから来る幻覚なのだろう。

 

「落ち着けまだ逆転しないなんて決まってないだろ?」

「なんですって!?」

 

回転していたアホ毛も止まりやっと冷静になった透華はずっとこちらを見ているひろゆきの視線にようやく気付いた。

 

「あ、あら私としたことが……そ、それで結局何が言いたいんですの!?」

 

慌てて取り繕う透華だったが、残念ながらもう遅かった。

 

「まあ、見てな……俺の暗刻はここにある……」

 

赤木はただ一言つぶやくと、静かに裏ドラに手を伸ばした。

 

ドラ表示 {二}

 

「ドラ3、これで跳満だ」

「えっ……?」

 

ドラ表示 {二}

 

「ドラ6……これで倍満だ」

 

この時点ですでに10翻、次にドラが暗刻で乗れば13翻文句なく数え役満となる。

 

「そ、そんなにうまくいくわけありませんわ冗談も休み休み言いなさい!」

 

透華の言う通り次に裏ドラが乗る可能性は非常に低い。

中は透華が撥を4枚使っているため種切れ、1索もひろゆきの手に3枚、場に1枚あるため、残るは二萬を1枚残すのみである。

 

(おいおい、常識で考えれば都合よくドラが9つ乗るなんて心配する方が馬鹿げてる……6つ乗っただけでも奇跡だろうが……)

 

20年前と唯一違うこと……それは、目の前にいるのが20年前の運気の衰えた赤木ではなく、雀力も運気も間違いなく全盛期の赤木であることだ。

 

「じゃあめくるぜ……」

 

もはや言葉を発する者は一人もおらず皆、固唾を飲んで勝負の行く末を見守っている。

 

そして静かにめくられた牌はひとつの勝敗を告げた。

 

ドラ表示――――――――――{二}

 

「くっ……」

「そ、そんな……ありえない……ありえないですわ……」

 

透華だけではないはじめも純も智紀も……この場にいる全員がこの光景を信じることができなかった。

 

時を経てここに具現―――――赤木四暗刻地獄待ち……。

 

 

 




赤木の四暗刻地獄待ちは麻雀漫画に残る名シーンだと思います。


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第十話

第十話 「応援」

 

 

赤木の劇的な大逆転により、部室内は騒然としていた。

 

この先どんな対局を見ることにしても、ここまで華麗な逆転劇見ることはおそらくないだろうから、無理もないのだが。

 

(……どうしても満貫が必要な時に裏ドラ頼みでリーチすることはたしかにある……あるが……それも1つ。多くても2つまでだ。なのに四暗刻蹴ってまでドラ9乗せようとするなんて、無茶とかそういうレベルじゃねえ……)

 

透華戦で見せた理詰めの打ち方、そしてその築いた理さえもあっさり捨て去るその感性。

たった三回の対局しか見てはいないが、純は赤木の強さをおぼろげながらも理解したのだった。

 

そんな部員たちの声を気にすることなく赤木は静かに席を立った。

 

「どこへ行く気ですの?」

「なに、ちょっと休憩を入れるだけさ……」

 

呼び止める透華に対し赤木はしれっと答えた。

 

「今度は乗ったな、ひろ……」

「!」

 

それは聞こえるか聞こえないかの小さな声だったが、ひろゆきを戦慄させるには十分だった。

 

「あっ赤木さん!」

 

そう叫ぶや否や、ひろゆきは赤木を追いかけるように部屋から飛び出していった。

 

「ちょ、ちょっとどこに行くんですのーーーー!?」

思わず呆然とする透華だったがすぐ我に返り、ヒステリックな声だけが部室に残ったのだった。

 

 

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●

 

 

「赤木さんっ!」

 

部室から少し離れた空き教室の中にゆったりとイスに腰掛ける赤木の姿を見つけたひろゆきはすぐに近くに詰めよった。

 

「よお、ひろ元気そうだな」

 

まるで毎日顔を合わせている友人に投げかけるような軽い挨拶にひろゆきは全身から力が抜けていくのがはっきりとわかった。

 

「よお、じゃありませんよ……どうして赤木さんがこんなところにいるんですか!?そもそもその体……明らかに若返ってるじゃないですか!?」

 

まくしたてるかのようなひろゆきの質問攻撃に赤木は困った顔を浮かべながらも事のあらましをかいつまんでひろゆきに説明した。

 

「……というわけさ、どうだ?なかなか面白い話だろ?」

「……正直信じられませんね」

 

この手の話を信じるタイプではないひろゆきは話の最中目が点になっていた。

 

「ハハ……もっともな意見だが……俺だって半信半疑なんだ。まあ、事実は小説より奇なりってことで納得してくれ」

 

まるで他人事のように笑う赤木をひろゆきは釈然としない表情で赤木の顔を眺めた。

昔の写真などは見たことはないが、しわ一つない若者そのものの顔は確かに赤木の若い頃と言われれば確かに納得はできる。

 

「しかし……ひろ……お前変わったな。死んだ魚みてえな顔をしていた時とは大違いだ」

「そ、そうですか……」

 

そういえば面と向かって褒められたのは初めてだなと頭の隅で考えつつも素直に赤木の言葉を受け止めた。

 

「ああ……命が輝いてる。それもほどよい輝きだ」

「ほどよい……ですか?」

「ああ、蝋燭みたいに儚くもなく、太陽みたいに輝きすぎもしない……ホタルの光さ」

 

赤木の妙な言い回しに首をかしげるも、ひろゆきは真剣な面持ちで話を聞いている。

 

「ホタルは自ら輝き、自由に飛び回れるからこそ美しい。だが太陽じゃだめだ、光が強すぎて誰も太陽そのものを見ようとはしない……結果人が見るのは地位とか名誉とかそういう本人とは関係ないものばかりだ」

 

原田みたいにな、と赤木は付け加えた。

 

「それに、お前と打ってすぐにわかった、ぬるま湯なんかじゃない熱い人生を送ってるんだな……ってな」

 

「あ、ありがとうございます」

 

くすぶっていた自分の人生をここまで変えてくれた赤木からの言葉だ。嬉しくないわけがない。

 

「……だってのになんだ、さっきの局は?あんなにサービスしてやったのに勝てないなんて……情けないったらありゃしない」

「あれは……その……」

 

無理を言ってくれるとひろゆきは思った。あんな暴挙ともとれる打ち方をしておいて、なおかつそれを成立させてしまうのだ。どうすれば勝てるのか知っているならだれか教えてほしいものだ。

 

「……まあそんなことよりも、ひろがいてくれて助かった。すまないがしばらくお前んちに厄介になっていいか?」

「ああ、それくらいなら……」

 

しかしその時ひろゆきの言葉をさえぎるようにポケットの携帯電話が鳴りだした。

 

「すいません、ちょっと……」

 

心の中で悪態をつきながら着信画面を見るとひろゆきは露骨に顔をゆがませた。

 

「……もしもし?」

 

『あーひろゆきか?電話は3回なるまでに取れといつも言ってるだろ。私は待たされるのが嫌いなんだ』

 

「……それで何の用ですか?」

 

相手の言葉に答えようともせず、ひろゆきは話を進めようとした。

 

『なに、たいしたことじゃない、ちょっと仕事でこっち(東京)に来てるんでな一晩泊めてくれ』

 

相手の爆弾発言にひろゆきは軽いめまいにおそわれた。

 

「いやいやいや、十分たいしたことがあるじゃないですか!ホテルなり馬杉さんに頼るなり方法なんていくらでもあるじゃないですか!?」

 

『馬杉は福岡に出張中、加えて今月は何かと出費がかさんでな金がないんだよ』

 

「だからって……」

 

『なるほど……お前はこのくそ暑い中私に野宿をしろと言うんだな?なんてやつだそれでも人間か』

 

「い、いや、そこまでは言ってないじゃないですか!」

 

通常、人生経験が豊富な人間なら相手の言葉を軽く聞き流し電話を切るのだろうが、 あいにくそんな行動を瞬時に思いつけるほどひろゆきの人生経験は豊富ではなかった。

 

『なら問題ないな。で、お前は今どこにいるんだ?』

 

「長野ですよ。なんですいません今日は泊めてあげられそうにないです」

 

仕事を理由に断ろうとするが、これが裏目に出てしまった

 

『ああ、それなら問題ない、合鍵なら私が持ってる』

 

「は……?」

 

ひろゆきは相手の言ってることがしばらく理解できなかった。

 

「な、なんでうちの鍵をあなたが持ってるんですか!?」

 

『ほら、この前、丘葉とかとお前んちに飲みに行っただろ?その時に落ちてたんでちょっとな』

 

「落ちてたからって持ってっていいわけじゃないでしょうが!」

 

とくに悪びれる様子もなく言い放つ態度にひろゆきは憤慨したが、そんなひろゆきの怒りさえ電話の相手はさらりと受け流してしまう。

 

『そう怒るな、今度うまいかつ丼屋につれて行ってやるから』

 

「……おごってくれるんですか?」

 

『ばか言うなお前のおごりに決まってるだろ、こんな美人といっしょに飯が食えるんだ、男冥利に尽きるじゃないか』

 

「えっ?もしもし?くそっ……」

 

そう言って一方的に電話を切ってしまった。これでは反論もくそもない泊めることを否定せずに電話を切ったのだからこれはかんぜんなひろゆきの負けである。

もう一度電話をかけようとも相手が出る可能性は0に近い。

また、家に帰ったら貯蔵している酒が残っている可能性も同様だ。

 

「どうかしたのか?」

 

赤木が意地の悪い笑みを浮かべながらひろゆきに尋ねる。会話を聞いていたはずなのにわざわざ聞くあたり赤木生来の性格の悪さがうかがえる。

 

「えっと……その、友人が急に家に来ちゃって……その……」

 

「なるほど……女か」

 

赤木の鋭すぎる直感はどうやら麻雀以外でも健在のようだ。

 

「い、いやそんなんじゃなくて……」

「隠すな隠すな、まあお前だってもうガキじゃないんだ。恥かしがる事もないだろ」

 

口ごもるひろゆき、どうやら上達したのは麻雀の腕だけでその他はなにも変わっていないようだ。

 

「いや、彼女はただの同僚で別に、そういう関係じゃ……」

 

慌てふためくひろゆきだったが幸運にも助け舟が現れた。

 

「ちょっと!いくら井川プロといえどいきなり出て行っては困りますわ!」

 

透華だった。大方いくら待っても帰ってこないので透華自ら探しに来たのだろう。

 

「あ、すいません赤木さん。オレ仕事なんで戻りますっ!」

 

そう言うと逃げるようにして部屋から出て行ってしまった。

 

「やれやれ……やっぱなんも変わってねえのかな、あいつは……」

 

そう呟くと赤木はフッと笑みをこぼした。

 

 

 



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第十一話

第十一話 「献身」

 

しばらくした後部室に入ってみるとひろゆきは本来の目的である麻雀指導に戻っていた。

 

「この場合、一見すると二萬切りが手広く見えるけど実際には……」

 

一卓一卓回りながらだったが内容自体は論理的で大変わかりやすく部員達は皆真剣な面持ちで講義を受けている。

 

(たいしたもんだな……)

 

その様子を少し離れて赤木はその様子を伺っていた。

本人は否定するだろうが……その様子は巣立った雛を見守る親鳥の心境に似た、何とも言えない感覚を感じていたことだろう。

 

「アカギッ!」

 

トコトコとした足取りで近寄る小さい影があった。

言うまでもなく天江衣である。

 

「衣と打とう!今すぐに!」

 

天真爛漫と形容する他ない屈託のない笑顔であった。この笑顔を見せられて堕ちない人間など存在するのだろうかそれ程までに彼女の笑顔は眩しかった。

 

「いや……今日はもう打たねえ」

 

否、ここに存在した。見る見るうちに瞳に涙を浮かべ、癇癪を起した幼子のように顔を赤くした。

 

「何故だ!アカギや透華ばかり打って狡いぞ!」

「泣いてもダメだ、昨日から打ちっぱなしで疲れんたんだよ」

 

もちろんこれは詭弁であるその気になれば飲まず食わずで3日間打ち続けるだけの気力や集中力を持ち合わせており、若返って今の自分ならば体力的な面から考えると100時間打ち続けても問題ないだろう。

それでもなお、衣との勝負を避ける理由は面倒だということもあったが、今は先ほどの勝負の余熱が残っており衣と打つ気にはなれなかった。

 

「そんなに打ちたいならいくらでも相手がいるだろ」

「……アカギやトーカ達以外は薄弱だから誰も衣と打ってくれない」

 

いじけたように視線を落とす。周りを見てみれば卓も他の部員も数が余っているというのに、誰も衣とは打とうとはしない。

むしろ目線をそらし、腫れものを扱うように関わろうともしない。

 

(肝心の本人がこんな態度じゃ無理もないか……)

 

何もいじめられているわけでもない、単に衣自身が人と人との歩み寄り方がわからずに壁を作り他人を寄せつけようとしないのだ。

赤木のような無頼者ならばそれでよかったかもしれないが衣自身他人の愛情に飢えていることも薄々だが赤木は感じておりそんなジレンマが衣自身を苦しめていることも承知だった。

 

 (まあオレがとやかく言うことじゃないか……)

 

そもそも……こういった他者との触れ合いは赤木自身得意というわけでもないしそんなことに首を突っ込むほど下世話な性格でもない。

 

「他の奴らは弱いから打ちたくない……そう言いたいんだな?」

「……そうだ、プロと言っても皆口先だけの烏合共ばかりだ」

 

その言葉を聞くと同時に衣を何とかするための唯一無二の策を思いつと赤木は不敵に笑った。

 

 

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●

 

 

「それで、一見ここは二萬切りが手広く見えるけど期待値的には……」

 

と、ここで何者かがスーツを引っ張った。

 

「ん?」

 

しかし振り向いても誰もいない、気のせいかと一瞬思ったが。

 

「衣は卿との対局を所望する!」

「えーと……」

 

少し視線を落とすとそこには兎のようなカチューシャを身に付けた子供(?)がいた。

 

「ひろゆきを倒せばアカギは当夜ずっと衣の相手をすると約束した!故に衣と打ってもらおう!」

「いや、だからね……お譲ちゃん」

「お譲ちゃんではなく!」

 

なんとも一方的な要求だったが目の前の子供をどうしたものかと思案していると。

 

「いいじゃねぇか、受けてやれ」

 

そこへ現れたのはいわずもがな赤木である。

 

「俺にこの子を押しつけましたね……赤木さん」

「さあ?なんのことやら」

 

その表情を見て元凶は赤木だとひろゆきは確信した。

 

「今回は仕事で来たんで……そのこういうのはちょっと……」

 

本来なら赤木との一局だって連盟にバレたら後でとやかく言われるのに

二回もアマチュアを相手したとあっては何を言われるかわかったものではない。

 

「固いこと言うなって……一回くらい打ってやれ」

「でも……」

 

あくまで渋るひろゆきだったが、透華を含め部員たちは遠巻きに見ているだけだった。

 

(あわよくばもう一度井川プロと打てるかもしれないですわ……衣、赤木ファイトですわよ!)

 

本来なら窘める役のはずである透華がこれでは他からの援護は望めなかった。

 

「それに……こいつ、こんなナリだが……かなり打てる」

 

赤木にここまで言わせるのも珍しい……というよりも赤木の眼鏡に適う雀士がこの世にどれだけいるのかという話だが。

ひろゆきは溜息を一つ吐くと

 

「わかりました……打ちますよ、構いませんね?龍門渕さん?」

「もちろんですわ!それに、連盟への口止めはお任せくださいな!」

 

急遽決まった二回戦ではあるがひろゆきのうんざりとした心境とは裏腹に透華はよくやったと赤木と衣に笑顔を振りまいていた。

 

 

○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●

 

 

席順は以下の通り

 

東家 衣  25000

南家 透華 25000

西家 井川 25000

北家 智紀 25000

 

東一局 十順目

 

「ツモ!」

 

ひろゆき手牌

四四四六七八⑥⑦⑧⑧456 ツモ⑧

 

「タンヤオツモ赤1、2,000―4,000」

「むー」

 

先手を取ったのはひろゆき、前局の流れをそのまま受け継いだように立直からわずか3巡でのツモ和了りでまず一歩リードと言ったところか。

 

「純、もしかしてあいつの能力はかなりバラつきがあったりするのか?」

 

以前打ったころは聴牌すらままならなかったというのに今はそんな気配すら見えなかった。

 

「ああ、衣は夜……というより満月じゃないと全力が出せない多分今の衣はアンタと打った時の6割くらいだろうよ」

 

理由はわからないがなと、純は付け加えた。

 

「ふぅん……やっぱりか」

「っていうかなんでお前はわかるんだよ!?」

 

この一局ひろゆきが和了ったからといって、衣の力が弱まっていることと結び付けるのは早すぎる。

事実赤木と打った時だって全く聴牌できなかったわけではなかったからだ。

 

「わかるさ……空気が違う」

「空気?」

 

空調の話かと一瞬思ったがそんな抜けた話ではないだろうと首を振った。

 

「気配……といってもいいなあの夜に打った時に満ちていた気配が微弱……こりゃひろは楽勝かもしれねえな」

 

デジタルな思考を持つ人間からすればオカルトじみた感覚と切って捨てるだろうが純にはその感覚がよく理解できた。

 

「確かにお前の言う通り衣は本調子じゃない。でもな……」

 

そう言うと卓上の衣に目を見やる。親を蹴られた衣はむくれた表情でひろゆきを睨みつけている。

 

「衣は子供より親をやるのが好きなのに!」

 

その様子からではとてもではないが赤木が認めた理由がさっぱり掴めなかった。

 

(だというのに何だ……この胸に掬う嫌な予感は……)

 

東二局 親…透華 三巡目 ドラ三萬

 

ひろゆき手牌

①⑥⑥⑧⑧155669中北 ツモ9

 

依然として好調な流れを受けた東二局。

早々と七対子の一向聴という様相でこの局もひろゆきの和了る流れと誰もがそう思っていた。

 

打 中

 

「ポン」

 

動いたのは衣。その次順

 

ひろゆき手牌

①⑥⑥⑧⑧1556699北 ツモ⑤

 

赤⑤筒引き。少しの小考の末。

 

打 ①筒

 

「ポン」

 

またしても動いたのは衣。これで2副露

 

衣河 二一57

 

(捨て牌からすると混一か?対々か?あるいは両方……?)

 

ひろゆき手牌

⑤⑥⑥⑧⑧1556699北 ツモ②

 

(なら……切るべきはこっちか)

 

打 1索

 

対面をケアした打ち回し、守備に寄った思考だったが……。

 

「ロン」

(なにっ!?)

 

衣 手牌

1③③③白白白 ポン中、①

 

「対々和白、中。8,000」

 

わずか6巡の電光石火の和了……

 

「昏鐘鳴の音が聞こえるか?」

 

今までのあどけない様子は既になく、そこにいるのは邪か鬼か。

 

「――――世が暮れ塞がると共に」

 

或いはもっと恐ろしい何か……。

 

「貴様の命脈、断ち切って見せよう!」

 

幕を上げたひろゆき対天江衣の闘い。

ひろゆきはこの先待ち受けるであろう苦戦の予感を確かに嗅ぎ取ったのであった。

 

 



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第十二話

第十二話 「鉄壁」

 

東三局 親…ひろゆき ドラ {1}

 

東家 ひろ 25000点

南家 智紀 23000点

西家 衣  29000点

北家 透華 23000点

 

    十四巡目

 

ひろゆき 手牌

{一一二二三八九九①②③⑦⑨79 ツモ北}

河 

{白⑨④東八②}

{西中二南五5}

{④1}

 

(一向聴になってからずつとこの形……今一ツモが効いてこない、金縛りだ……)

 

いくらチャンタ志向で受けが悪いとは言え鳴けず、引けずというのは異常だった。

 

打 {北}

 

普段ならばこれほどまで焦燥感に駆られることもなかっただろうが、目の前の少女の得体のしれない気配がひろゆきに纏わりつき離れようとしない。

 

智紀打 {三}

 

「チー」

 

流局間際の鳴き、これ自体そう珍しいことではないが智紀のしまったという表情がこの状況のまずさを暗に示していた。

 

ひろゆき手牌

{一一二二三八九九①②③⑦⑨79 ツモ南}

 

(最後の最後まで結局張れなかったか……)

 

打 {南}

 

これで山に残ったのは残り二牌、智紀と衣のツモを残すのみとなった。

 

(ここで引かなければ衣が和了ってしまう……お願い!)

 

打 {九}

 

ここで引くは幸運にもひろゆきが鳴くことのできる九萬。

鳴けばハイテイがずれ衣のツモ和了りを防ぐことができる。

そのはずだったが……

 

(…………)

 

衣の能力を知らないひろゆきは動かない。

しかし無理からぬ話で、ここで鳴いたところで聴牌に至るわけでもなく、むしろ振り込みによる失点のリスクが増すだけ……鳴く道理が無いのだ。

しかし、その道理がひろゆきの足を止め、目の前の魔物の正体を見誤ってしまう。

衣はさも当然というように流れる動作で引いた牌を倒す。

 

「ツモッ!」

 

衣 手牌

{②③四五六11234567 横五三四 ツモ①}

 

「海底掬月、ドラ2」

(この和了……まさか)

 

プロだから気づく……否、そうなくとも際立つこの異様さ。

ハイテイツモ以外和了目のない役なしの形テン。

 

(偶然……って言ってしまえばそれまでだけど……違う!)

 

確たる根拠はない、しかし偶然ではないと奇妙な確信があった。

 

(おそらく……いや、十中八九アガれると確信していた……だからこそのあの鳴き。なるほど、赤木さんが太鼓判を押すわけだ)

 

ひろゆきとてプロの世界に身を置く以上このような不思議な感覚の持ち主と打つことは稀なれど、ここまで露骨に力を押し出してくる打ち手は記憶にはない。

 

(ククク……こりゃいい、ようやくひろのケツに火がついたってところか)

 

いつもの不敵な笑みを浮かべ面白そうに勝負の行方を見守っている。

既に日の光も落ち、空には上弦の月が浮かび、闇夜を照らしていた。

 

(だが、ひろよ……ここからの衣に打ち勝つにゃ一寸ばかり骨が折れるぜ?)

 

場には衣の支配が及び、まるで海の底へと引きずり込まれるような錯覚さえ覚える程の息苦しさが満ちていた。しかし。

 

(…………)

 

ひろゆきに動揺の様子はない。

 

(忘れるな……俺の型……泳ぎを……)

 

水中に突如投げ出されたものが無暗に手足をバタつかせたところでドンドン沈んでしまうようにまずは心を落ち着かせ平常心を保つ。

 

南一局 親…衣 ドラ {8}

 

ひろゆき 手牌

{三四五七八九⑦⑧67999 ツモ 五}

 

衣 捨て牌 

{②一發8⑦北}

{1⑤4七①}

 

一見するとただの無駄ツモであり五萬を残すメリットはない。

しかし衣の河を一瞥し。

 

打 {三}

(降りた!?普通衣のあんなアガリを見せられたらムキになって無茶しちゃうところだけど)

 

衣 手牌

{三四五六七④⑤⑥34588}

 

(もしもあの五萬を切っていたら12000点の失点だったけどきっちりと止めた……さすがはイージスの井川プロだね)

 

「イージス」ひろゆきの打ち筋から名づけられた異名であり代名詞である。

守備からリズムを作っていくとは彼の口癖で放銃率の低さはトッププロでも屈指の数字を誇っており特筆すべきは放銃率に対する和了率の高さにある。

 

『ただ振り込まないというだけなら二流の雀士でもできますわ!井川プロは相手の待ちを一点で読み切り尚且つ和了るまさに私の理想の姿ですわ!』

 

……とは透華の弁であり、当の井川プロはその単語が出るたびに眉を顰めているのは余談である。

 

「ツモ!4000オール!」

 

衣 手牌 

{三四五六七④⑤⑥34588 ツモ二}

 

(井川プロが止めたところで衣には関係ない……悠々と和了っちゃう……)

 

この和了で差はさらに広がり、このままでは惨敗は免れない状況である。

 

(ここは仕方がない……今は我慢の時……捨て鉢になって貴重な点棒を減らすなんてそんな愚を犯すべきじゃない……)

 

ひろゆきも必死に歯を食いしばり来るべき勝負の刻まで息を殺し懸命に打開策を見出そうとしていた。

その後も衣はハイテイでツモ上がり着々と点数を蓄えていく。

 

南一局 一本場 親…衣 ドラ {二}

(東場を終えてわかったけどこの子……)

 

衣 手牌

{二二三三四四②②④⑤⑥⑦⑧ ツモ5} 

 

(5ソーはいーらない)

 

打 {5}

 

衣の手からすると確かに不要となる5索。しかし

 

「ロン…」

「むー!」

 

智紀手牌 

{1134455667白白白 ロン5}

 

「白、混一ドラ……8000は8600」

 

(脇がかなり甘い……ちょっと河を見れば染め手ということは明白なのに止まらない……いや、止めようともしない)

 

全力状態の衣であればこの放銃を防げただろうが今の状態では全局縛りつけることは不可能であり、手牌を見透かすことさえ出来ていない。

 

(他家を舐めてる……っていうのは少し違うな多分あれはこの能力の副作用……)

 

翼を持つ水鳥が路上の石で転んだことが無いように、そもそも他家がテンパイすら困難なのだ、テンパイしていない以上和了られることもない。

ならば一々警戒するよりは袈裟にかかって攻めるほうがずっと効率がいい

 

(多分この子は頭じゃなく感覚でそれを理解している……オレには備わっていない才能……か)

 

南二局 親…透華 ドラ {白}

 

透華 手牌

{五六七②③③④⑥99東東東 ツモ⑤}

 

(ここまで私だけがノー和了、焼き鳥だなんて……)

 

打 {③}

 

(井川プロの前でそんな無様をさらすわけにはいきませんわ!)

「リーチですわ!」

 

デジタル打ちの透華ならば和了を優先し、ダマテンに受けたであろうしかし、憧れの人物の前でいいところを見せたいという見栄が牌を曲げさせた。曲げてしまった。

 

「ポン」

(しまっ……)

 

この鳴きにより、ハイテイは衣へと移り立直をかけたころにより様々な制約が課せられる。

第一に捨て牌選択の権利を放棄した以上鳴くことのできる頭数が減ってしまう点。

第二にハイテイをずらすために鳴かそうとしてもなんでも切るわけにはいかなくなる。

点棒が潤沢ならば透華に差し込むという手もあったがその余裕はなくその上親リー相手に差し込むリスクも大きい。 

 

ひろゆき 手牌

{一二三四④[⑤]⑥23356 ツモ⑦}

 

つまりひろゆきは透華と衣の追撃をかわしつつ、下家の必要な牌を送り込む必要があるのだ。

 

智紀 捨て牌

{九2西7八⑨}

{発六9三白8}

{①一南}

 

(智紀の捨て牌を見る限り危険なのは筒子ってところか、しかし……)

 

衣 手牌

{⑥⑥111四四} {③横③③横中中中}

 

(④筒から⑦筒の内、④⑦筒は透華の、⑥筒は衣の当たり牌。残った⑤筒も赤ドラで切りづらい……さて、井川プロはどうする)

 

しかし、ひろゆきは全員の河を一瞥すると躊躇うことなく。

 

打{⑤}

 

「……チー!」

 

智紀 手牌

{②④⑥⑧六七七八123北北北}

 

(てっきり降りちまうかと思ったが……)

 

この赤⑤筒は透華だけではなく衣にもキツイ牌である。

しかしひろゆきからすればデジタル指向の透華、智紀の捨て牌から当たり牌を割り出すことはそう難しいことではない、むしろ衣に通るかが心配だった程だ。

 

(赤木の奴といい井川プロといい、こいつらに牌が透けて見えるのかよ……)

 

その後は衣もハイテイをずらすことはできずそのまま流局。勝負の流れは依然として衣に傾いたままである。

しかし、ひろゆきとて百選練磨の兵……このままでは終わるわけにはいかない。

 

(正直厳しい状況だ……しかし)

 

負けるわけにはいかないのだ。

プロ雀士として何より赤木の前でこのまま惨めな敗北をさらすわけにはいかなかった。




ひろゆきが勝つか衣が勝つか、実際に打ったらどうなんるんでしょうね。
さて、弱体化状態の衣の制限ですがここでは
・テンパイ率上昇(ただし平均してもやはりテンパイしにくい、また手を崩せば鳴かせることも可能)
・他家のテンパイを察知しにくくなる。
として書いてます。あくまでこのSSのみの定義ですのでそこはご了承ください


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第十三話

第十三話 「分析」

 

南三局 親…ひろゆき ドラ…南

 

ひろゆき 手牌

{二三四五②④⑥2345東東 ツモ②}

 

(何度目かわからない一向聴での金縛り、このままいけば衣の奴のハイテイだが……)

 

智紀捨て牌

{西9一②7白}

{九⑨南①85}

{東一發}

 

打{三}

 

「チー」

 

衣のハイテイツモを阻止するための打、三萬。これでひとまずは衣にハイテイが回る心配はない。

 

智紀手牌

{四五六八九③⑤⑦⑧123北北}

 

打{八}

 

次巡

ひろゆき 手牌

{二四五②②④⑥2345東東 ツモ6}

 

引いいたのは6索、有効牌ではあるが、テンパイに近づくことはなく実質無駄ツモに近い。

しかし、ひろゆき場を一瞥し。

 

打{④}

 

(ん?変だな。もう衣のハイテイは、ずらしたから鳴かせる必要はないはず……ここは安全牌の東じゃない……のか?)

 

「……チー」

 

不可解な④筒切りに純は眉をひそめたが、その事実を知らない智紀は鳴けば形だけとはいえ流局間際であることもあってテンパイに受ける。

 

結局誰も和了ることもなくそのまま流局となり、貴重な親番が流れたひろゆきは絶望的とは言わないまでもかなり苦しい状況に立たされていしまう。

 

東家 智紀  18400点

南家 衣   44800点

西家 透華  15400点

北家 井川  21400点

 

南三局 親:智紀 ドラ:{四}

 

(いよいよオーラス……井川プロが勝つためには三倍満以上を和了るか、衣から跳満の直撃をとるしかない……)

 

ひろゆき 配牌

{一一二三七九①②⑧139南}

 

(来た……!純チャン三色が狙える配牌……あとは平和か立直を絡めればギリギリ跳満に届く我慢してきた井川プロが最後に持ってきた逆転の手……)

 

ひろゆき 配牌

{一一二三七九①②⑧139南 ツモ中}

 

(中……か)

 

一見するとなんということもない中引きだが、ひろゆきの手が止まる。

 

(何を迷ってるんだろ?中より南を残した方がいいとかそういうことかな?)

 

長らく手の止まっていたひろゆきだったが意を決したように1つの牌を摘みあげる。

 

打 {三}

 

(な、なんで……?意味わかんないよ!)

 

混乱する一とは対照的に純はこの三萬切り、まったく理解不能というわけではない。

 

(井川プロの狙いはおそらく七対子……ドラを2枚引き入れた上での裏ドラ……もしくは赤ドラで)

 

ひろゆき 手牌想像図

{一一四四五[五]88⑤[⑤]⑨⑨北}

 

(この形……!うまくドラを持ってくればリーチの必要もなく跳満のテンパイに届くってわけだ。そのためにドラ表示の三萬は不必要ってわけだ)

 

一は失念していたが逆転のためには跳満の手を張り、かつ衣に打ってもらわねばならないのだ。そうなると待ちが限定されるチャンタ系は最悪、下手に他家から出ようものなら手牌も倒せずそのまま流局ということだってあり得るのだ。

 

しかし配牌こそ恵まれたもののひろゆきは未だ聴牌に辿り着いていなかった。

 

(残るツモはあと2回……ここで張れなければ敗北は必至……)

 

次のツモで張れなければ残りは衣のハイテイツモが待っている以上これが事実上のラスヅモであった。

無論ここでテンパイ出来なくとも親が連荘すればまだ希望が繋がるしあわよくば衣との差が縮まることだってある。しかしここで生き永らえたところで結果は同じ……ようやくたぐり寄せた流れという名のか細い糸はたやすく切れてしまう。

その確信がひろゆきにはあった。

 

(頼む……ここだけでいい!繋がってくれ!)

 

この勝負に負けたところ大金をかけているわけでもなくひろゆきにデメリットはない。せいぜいアマに負けたことで恥をかくぐらいだろう。しかし麻雀プロとしての矜持、何よりも……赤木の前で無様な姿を晒すわけにいかない

 

(…………)

 

ひろゆきは盲牌したその感触を確かめるように牌を手に収め

 

打 {四}

 

リーチの声は挙がらない、それどころか切られたのはドラ……衣の安牌であるドラの四萬。

 

衣手牌

{二三四②③④⑤⑥23488 ツモ1索}

 

(海底は④筒……次で衣の勝ちか)

 

打 {1}

 

(アカギが衣より強いというから期待したが……期待外れも甚だしい)

 

勝利を目前にした衣の集中力に欠けた一打。

 

(ふ・ざ・け・る・ん・じゃありませんことよ!まだ勝負は終わってませんことよ!)

 

透華手牌

{六六六七七七777④④⑧⑧}

 

(このツモで引ければ大大大逆転勝利!屈辱の焼き鳥から一転して栄光の勝利へと一気に駆け上がって見せますわ!)

 

ツモろうとする手が震える。胸の鼓動が高まる。

 

(感じる……感じますわよこのツモで四暗刻のツモ和了り!さあいらっしゃいまし!)

 

透華が山へと手を伸ばそうとするが何者かが制した。

 

「……迂闊だ」

「なにを烏滸言をぬかして……」

 

怪訝な表情を浮かべる衣を尻目に静かに手を倒した

 

ひろゆき手牌

{一一九9①⑨東南西北白發中 ロン1}

 

「ロン……国士無双32000!」

 

役満の直撃。これにより両者の差は一撃でひっくり返り計算するまでもなくひろゆきの勝利である。呆然とする衣を前にひろゆきは言葉を続ける。

 

ひろゆき 捨て牌

{三⑥3②⑥五}

{2四7北二七}

{⑧4四東四}

 

「河を見れば自分は国士に向かってることは一目了然のはず。しかもその1索が最後の和了牌であることも……」

 

口調こそ穏やかだが、その言葉には確かに怒りの感情を感じ取れた。

今回のこの和了は衣の注意不足……というよりあの局面、勝利を確信した衣は他家の捨て牌など一瞥もしなかったのだ。

勝負の「礼」を逸したこの行為はひろゆきに怒りの感情を覚えさせるのには十分だった・

 

「……少しいいですか」

 

静まりかえる空気の中その空気を変えるように純は一歩前に出る。

 

「教えてくれませんか、あの手から国士を目指した理由を」

 

あの時点でひろゆきの手牌は7種7牌。確かにいけなくもないだろうが今回逆転のための手造りはいくらでも可能でありそれらを放棄してまで狙う理由は皆無といっていい。

 

「参ったな……特に理由はないというか……説明しづらいけど強いて言うなら」

 

迷っているような、言葉を選んでいるような表情を浮かべ。

 

「まともに進めたんじゃ、あの手は肝心なところでダメになる。そういう勘……みたいなものが働いたんだ」

 

バリバリの理論派である井川プロの言葉とは思えないオカルトじみた言動に一同は目を丸くせざるを得ない。

 

「予感ってやつですか?なんていうか第六感みたいな……」

「いや、からっきし直感というわけじゃない、こんな暴挙をしでかすにはそれなりの根拠・……データがあったから」

「データ?」

 

データといっても衣は大会の出場経験もなければネット麻雀もしていない。赤木が衣のことを話したのなら別だが赤木の性格上その可能性は低い。

 

「例えば東三局のこの手牌」

 

{一一二二三八九九①②③⑦⑨79}

捨て牌 

{白⑨④東八②}

{西中二南五5}

{④1北南}

 

「これ、和了れはしなかったけど……何か気がつかないかな?」

「これは……国士無双がテンパイしている……」

 

いち早く気がついた一が驚いた表情を浮かべる。

 

「そう、そして南三局の沢村さんの手牌と河もこう」

 

{四五六八九③⑤⑦⑧123北北}

捨て牌

{西9一②7白}

{九⑨南①85}

{東一發}

 

やはり、テンパイしている他の場合も一向聴……そうでなくとも么九牌を引く確率が通常の枠をはるかに越えて高くなっている

 

「天江さんの能力と言っていいのかわからないけど少なくともこの対局に限って言えばこの傾向が顕著に出ていた……」

 

(そうか、あの時智紀の手を不要に進めたのはこのため……衣のツモを止めたのではなく、智紀の手を確認するため……少しでも判断材料を増やしたかったわけか)

 

「そんな……」

 

今まで沈黙していた衣が絞り出すように声を出す。

 

「そのような賢事で衣の支配から逃れたというのか!」

 

悔しさ、怒り、戸惑いそれらが合わさったような複雑な表情を浮かべる。・

 

「逃れたわけじゃない……俺のような凡人は天江さんや赤木……君のような翼を持っていない」

 

ちらりと横目で赤木を見やる。赤木は何も言わずそこに立たずむだけであった。

 

「だからこそ考えるし足掻くんだ。与えられた中で少しでもその領域に近づくために……」

 

その言葉はいったい誰に向けられたものだろうか。衣か?ここにいる全員か?あるいは……自分自身にか。

 

(凡人なんて言ってるがこの人……)

 

先ほど 手牌と河を再現して見せたが純達はそれが正しいことがわかる。

智紀に渡されたパソコンに今回の牌譜が記録されているためである。しかしひろゆきは違う。

 

(井川プロはそんなものを見るまでもなく淀みなく完全に再現して見せた……)

 

無論この一局だけを記憶するつもりならそれも可能かもしれないしかしひろゆきは続けて智紀の捨て牌まで再現して見せたのだ。

 

(南場の……いや、ひょっとするとすべての局の全員の捨て牌を記憶したってのか……)

 

それがどれだけの才であるか、鳥が飛べることを誇ることが無いようにまるで当たり前のようにやってのけている。

 

(もしかしたら……この人はもう辿り着いているのかもしれない……衣や赤木の領域に……)

 

紡がれた理は刃をとなり、月を穿った。

ひろゆき、天衣無縫国士無双。

 




あくまでも個人的な意見ですが満月状態の衣ならひろゆきは破れていたと思います。
今回勝てたのは幸運に幸運が重なった結果で冷静に分析すれば3:7くらいの勝ち目じゃないでしょうか。
今回の衣対策である国士無双ですが原作でも妙に国士テンパイもしくはおしいとこまでいってたのが多かったんですよね。


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第十四話

木曾が出ると嬉しいキソよ


対局が終わり皆ひろゆきや衣に視線を向ける中で純と一だけが透華に視線を向けていた。

 

(2局続けていいところがなかったからなぁ……)

(透華は目立ちたがりだからね……)

 

今まさに肩を震わせその怒りを爆発させようと。

 

「さすがは井川プロですわ!」

 

しているわけではなく、羨望の眼差しを向けていたのだった。

 

「怒ってないのか?」

「怒る?なぜ私が怒る必要がありますの?」

 

虚勢や意地になっているわけではくその表情は晴れやかそのものである。

 

「たしかに今回はあと一歩及びませんでしたわ。で・す・が!2回も井川プロと同卓でき、そればかりかこの世に2つとない奇跡の牌譜を手に入る程の大収穫ですわ!」

(透華のあと一歩でけーな)

(なんていうか……透華らしいや)

 

2回戦など焼き鳥であったのだが、それを指摘するとどうなるかは火を見るよりも明らかなので純はそっとこの言を胸にしまいこんだ。

 

「そういえば……私のラスヅモは一体なんだったのでしょう」

 

ちらりと残った牌を見やる。

ひろゆきが和了ったため引くことのできなかったラスヅモである。

 

{⑧}

 

透華手牌

{六六六七七七777④④⑧⑧}

 

⑧筒、透華の和了牌であり、しかも逆転の四暗刻の和了牌であった。

 

「…………………」

 

何を引いたかは牌を持ったまま牌を持ったまま固まる姿を見れば一目瞭然でありこの後透華の反応も大体予想できた。

 

(見たってなんにもならないってのに……)

(ああいうのって大抵和了牌なんだよね)

 

本人に聞こえないようひそひそと話す2人だったが透華の地獄耳はそれを聞きつけ八つ当たりという名の憂さ晴らしを開始するのであった。

 

 

第十四話「理想」

 

 

「こんなところに来て、一人で何やってんだ」

「アカギ……  」

 

ひろゆきの勝利の喜びに湧く最中ひっそりと抜け出した衣を追って来てみれば、そこは学校の屋上であり、そこに膝を抱えながら衣が鎮座していた。

 

「アカギ……衣は……・衣はおかしくなってしまった……」

「ほう……」

 

まるで要領の得ない言葉だったが、衣の反応を予想していたかのか赤木の顔に驚きの色はなかった。

 

「衣は今まで自分の感覚で打って敗れたことは1度もなかった……」

 

良く見れば瞳にうっすらと涙を溜めており泣いていたことが窺えた。

 

「それ故に衣が異質で……他の者と違っているから孤独なのだとそう思っていた」

 

ぽつりぽつりと明かされる衣の心中を赤木は黙って聞いている。

 

「だがアカギ、お前がそんな“特別”から衣を解放してくれた。だからこそあの日敗れても衣はむしろ喜びに震えていた」

 

長い間求めていた同類にようやく会えた……衣にとって何にも得難い希望の光だった。

 

「今回も感覚に従ったのに衣は敗衄した。なのに全く心が晴れぬ……」

 

不完全とはいえ衣と対等に打てる人間が増えたというのに喜ぶどころか落ち込んでいた。

 

「衣……」

 

そんな心情を汲んだのか衣の近くに歩み寄り……。

 

パシーン

 

中指を親指にひっかけ額には弾き出すいわゆるデコピンを放った。

 

「~~~~っ!いきなり何をする!」 

 

かなり痛むのか、おでこをさすりながら赤木を睨みつける。

肝心の赤木はその様子をおかしそうに眺めていた。

 

「衣よそいつはな……お前さんが一歩成長した証さ」

「何を言ってるんだ?衣は負けたのだぞ」

 

勝って成長を褒められるなら理解できるが、敗れてなお赤木はそう言い切った。

 

「いやそれが重要……お前が抱いてる物の正体教えてやろうか?」

 

正体と言われても衣にはピンとこないため首をかしげるだけであった。

 

「今お前な、初めて悔しいって思ってるんだよ」

 

赤木は衣の隣に腰を下ろす。

 

「悔しさは成長のためのいわば肥料……悔しい思いをしたくないから人は勝とうとしたり、目標に向かって進むことができる……」

 

ふと空を見上げるといつの間にか月に雲がかっておりその様子を窺うことができなかった。

 

「だがこの悔しさってやつが曲者でな……お前今まで本気で悔しがったことなんか一度もないだろ?」

「そ、そんなことはない、衣だっていっぱい……」

 

見透かしたような赤木の洞察に否定の意思を示したものの、その言葉に力はなかった。

 

「悔しさってのは物事に真剣に取り組んで……それでもうまくいかねえ時に初めて悔しいって気持ちが芽生えるんだ……あんな麻雀をしてるようじゃ芽生えなくて当然さ」

「イガワとの対局は衣も全力だった!本当だぞ!」

 

手を抜いたと思われたのが侵害だったのか今度は慌てて否定する。

 

「そういうことじゃない、お前は自分の頭で麻雀を打ってるわけじゃねぇんだ。感覚のみの……言ってみれば他人に教えられながら打ってるようなもの……悔しさなんて湧いてこなくて当然さ」

「感覚……だけ……」

「そう、だから一歩前進なんだ少なくとも……自分のポカで負けて悔しいと思える程度にはな……」

 

衣手牌

二三四②③④⑤⑥23488 ツモ1索

 

「あの時お前が面倒くさがらずに打4索として入ればあんな見え見えの国士に振り込むこともなかった……ひろのことを見下して勝手に自滅……典型的自業自得」

 

衣にとっては酷な内容だったが衣は真剣に赤木の話に耳を傾けていた。

 

「いいか、お前の能力は他の誰にも持っていない強力な武器だ。だがその武器に振り回されてるようじゃダメだ……感覚はあくまで選択肢の一つ……自分の頭で考えなきゃ操り人形となんら変わりはしない……」

 

今まで感覚にしか頼ってこなかった衣の心に赤木の言葉が突き刺さる。

 

「アカギ……」

 

どこか遠慮がちに問いかけようとする。しかし

 

「いや……なんでもない……」

「……そうか」

 

浮かんだ疑問を言葉にするその直前で聴くべきではないと感じ口にすることができなかった。

 

(アカギ……お前も……)

 

“悔しいと思ったことがあるのか”

 

しかし何故かそれだけは聞いてはいけないと直感した。

例え聞いたとしても赤木は答えてくれなかっただろうそんな確信があった。

 

「そろそろ戻るかあんまり遅いとお嬢様に何言われるかわからないからな」

 

ズボンについた埃を払いつつ赤木は立ちあがり帰り口のドアに向かう。

その背中は近くにあるようでそれでいてとても遠くにあるように衣は感じた。

 

 

○●○●○●○●○●○●○●○●

 

 

2度も予定にない対局があったこともあり予定終了時刻よりはるかに遅れてしまったが、

本日のひろゆきの役目も終了し部員達の目の前で別れの挨拶を行っている。

 

「本日はお招き頂いてありがとうございました。今日学んだことを今後活用できるように基礎をおろそかにすることなく練習に励んでください」

 

挨拶を締めくくると一斉に拍手が巻き起こる。

部屋の隅では赤木までもが拍手しており、ひろゆきはとても気恥ずかしく思えた。

 

本日の部活はこれで終了となり、帰り仕度を整える者、携帯電話を取り出しいじるもの、談笑にふけるものと部員達の行動は様々だった。

 

「しかし天江もいい気味だわ」

「ほんとほんといつも偉そうにしてさ、本当にあの子調子乗ってるよね」

 

その中のおそらく上級生だろうか、本人の聞こえないところならまだしもわざと聞えよがしに陰口をたたいていた。

 

(はぁ……どこにもあるんだなこういうの……)

 

透華がついているために直接言えない不満もあったのだろうが直接的でない分陰湿さが際立ってでおり本人達の底意地の悪さが窺いしれた

 

「井川プロ、本日は遠路はるばるお越しいただいてありがとうございました。一同を代表して改めて御礼申し上げますわ」

「え?ああ、こちらこそ……」

 

そうこうしているうちに透華がひろゆきの前に出て賛辞の言葉を送る。

透華にもその声は聞こえていたがひろゆきのいる手前表面上は冷静に勤めた。

 

「えっと……赤木……君はどこに……」

「あら、さっきまではそこにいたのにどこかへ行ってしまったようですわね……」

 

最後に赤木と会話をかわそうと赤木を探すが、すでにその姿はそこになかった。

 

(そうか天江さんを助けるために……)

 

先輩部員の蔭口から遠ざけるために衣を連れ出したのかと納得する。

実際どんなつもりだったのはわからないが、少なくともひろゆきはそう思いたかった。

 

(またいつか会えますよね……赤木さん)

 

このまま麻雀を続けていればいつか必ずまた会えるだろう、その時こそ……。

 

「井川様、僭越ながらお車を用意しております。どうぞこちらへ」

「うわっ?あ、ありがとうございます」

 

突如として現れた執事風の男に驚きを隠せなかったものの、その丁寧な佇まいに思わず萎縮してしまう。

 

「ではハギヨシ、後は任せましたわ」

「かしこまりましたお嬢様」

 

そう言い残すと透華は衣のところへと向かった。透華も衣のことが心配になったのだろう。

しかしよく見ればその様子は今朝会った時とはどこか違うように見えた。

 

(やっぱり、今いるロートルのみなさんには消えてもらう必要がありますわね)

 

衣のため、自分の思い描く麻雀部のためにも今いる部員達は全員不必要である。

それが透華の下した結論であった。

 

(透華……)

 

そんな様子をはじめは心配そうに見ているだけしかできなかった。

 

 




ひとまずはひろゆきの出番はここで終了です。
ですがこれからもひろゆきはプロの面々と絡ませるには
便利な存在なのでちょくちょくと出番はあるはずです。

少し短めですが今回はこんな感じで


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第十五話

ギャグ回です(血を流さないとは言ってない)


  

本日は日曜日であり学生は束の間の休みを謳歌できる貴重な休日だが住み込みで龍門渕家のメイドを務めている3人に休む暇などなく漸く広間の掃除が一段落したころには日も暮れ3人は休憩がてら談笑に耽るのであった。

 

「ところでさ、赤木君って休みの日は何して過ごしてるんだろうね?」

「いきなりなんだよって言いたいとこだが……智紀お前何か知ってるか?」

 

純は智紀に尋ねるが彼女は静かに首を横に振るだけであった。

 

「あれだけ強いんだし休みの日も麻雀を打ってるのかな?ネット麻雀とかさ」

「あいつがパソコンの前に座ってるところが想像できねーな」

 

一日中パソコンの前でマウスを操作する姿を想像するが、どうも赤木のイメージとはかけ離れているように感じた。

 

「あいつのことだから……ずっと寝てるんじゃないか」

「あーそれっぽいかも」

 

赤木と触れ合ってわかったことだがああ見えて赤木は結構な面倒くさがりであり止めなければいつまでも寝ていそうだ。

 

「……道行く人を襲ってストレスを発散させてる」

「いやいやいや……いくらなんでも……」

「それはないんじゃないかな」

 

いくら赤木でも突然理由もなしに襲い掛かるほど狂ってもないだろう。

そうこう話しているうちに件の人物が広間に現れる。

 

「おお赤木、お前今日どこで……」

 

どこで何をしていたのかと尋ねる前に純の言葉が途切れてしまう。

何故なら

 

「ああ、これか……?気にすんな」

 

赤木の衣服は返り血で汚れており何か物騒なことがあったことは容易に想像できたからだ。

 

(一体……)

(何を……)

(してたんだ……こいつは……)

 

 

第十五話 「補給」

 

 

神域の男、雀鬼、無敗の不沈艦など様々な異名を持つ男赤木しげる。

彼には知られざるもう一つの顔があった、

 

「煙草が吸えねえとなると……そろそろ我慢の限界だ……」

 

そう赤木は極度のヘビースモーカーだったのだ。

 

いつ頃から吸い始めたのかは覚えてないが少なくとも物心がつくころには常に懐には煙草を忍ばせており。

対局中はもちろん移動中や食後の一服をかかせないほどの煙草好きがここ最近喫煙できないでいたのだ。元々低い我慢の限界に達するのにそう時間はかからなかった。

 

「しかし、実際どうしたもんかね……」

 

だが今の赤木には煙草を手にすることができない障害がいくつもある。

 

1つ目今赤木の所持金は0……つまり煙草を購入する金を所持していない。

何か物が欲しい時は基本的に現物支給……唯一の救いはあの執事がすぐに持ってきてくれることだった。

 

(まるでガキだな……菓子1つ満足に買えない子供そのもの……)

 

ではなぜ赤木に現金を持たせないかというとこれまた単純で下手に纏まった金額を渡した場合この男はあっさりと何倍にも増やしてしまうからだ。

もちろん未成年は雀荘の出入りは禁じられているが万全ではない。

そして金を掴んだ場合龍門渕家から出ていく危険性がある以上極力現金を持たせるべきではないというのが透華の下した判断であった。

 

「仕方ない気が進まねえが行くか……」

 

ようやく重い腰を上げ交渉のために透華の元へ向かうのであった

 

 

○●○●○●○●○●○●○●○●○●

 

 

『平田隆鳳氏殺人容疑者逮捕!犯人は未成年の少年!』

 

「まったく……最近は物騒ですわね……」

 

テレビからもたらされる情報は、いずれも世の中が荒んでいることを嫌でも認識させられる物ばかりだった。

 

「ちょっといいか?」

「あら、一体なんですの?」

 

赤木が透華の前に顔を出すのは珍しく、何事かと身構える。

 

「いや、タバコが欲しいんだが……」

「ダメですわ」

 

煙草という単語が出るや否や開口一番に要求を切って捨てた。

 

「おいおい……いいじゃねえか何も拳銃寄越せって言ってるんじゃねえんだぞ」

「ダメと言ったらダメですわ!」

 

取り付く島がないとはこのことで後ろに控えていた歩はオロオロするばかりだった。

 

「まず1つ貴方はあくまでも龍門渕の高校生万が一にも喫煙しているところをマスコミに知られでもしたら私の立場が危うくなりますわ」

 

未成年が喫煙していたとなれば最悪廃部。良くて公式戦出場停止処分になることは疑いようもない。

 

「2つ目、あなたの健康が損なわれるのはまだしも私や衣の健康に悪影響が出るのは困りますわ」

(お前は衣の母親か……)

 

たいした親バカ……もとい従姉妹バカぶりと思ったが透華の機嫌を損ねないため此処は自重する。

 

「最後に最も重要なことですわ」

「なんだ……その重要なことって」

 

勿体つけた言い方に眉を顰めるが透華はわなわなと肩を震わせ。

 

「私は煙草のあの臭いが大っっっっっっキライですの!」

(そいつが本音か)

 

なぜそこまで嫌っているのかは不明だがとにもかくにもこの後透華が首を縦に振ることはなく無駄な労力を消費しただけであった。

 

 

○●○●○●○●○●○●○●○●○●

 

 

「さて、どうするかな……」

 

透華との交渉を切り上げた赤木は目的もなく街に繰り出したものの土地勘はなくどこに何があるのかすらわからない状態だった。

 

「まあとりあえずこの辺りをブラブラして帰るか……」

 

少なくとも気晴らし程度にはなるだろうと歩みを進めようとした矢先に足もとで何かがきらめいた。

 

「こいつは……」

 

その正体は500円玉、いじましい金額だが今の赤木にとっては天の恵みであった。

赤木はそれを拾い上げると早速コンビニへと足を向けた。

 

「いらっしゃいませー」

「ハイライト1つ……それとライター」

 

ポケットから500玉を取り出しカウンターに置く特に煙草の銘柄についてこだわりはないが今回は一番吸い慣れたハイライトを選択する。

 

「では年齢確認お願いしますね」

 

ここで立ちふさがる第二の問題世間的、肉体的に赤木は未成年であり煙草を購入することができないのである。

 

「ああ、父が買って来いって言うんでねこれは自分が吸うんじゃないんですよ」

 

しかし赤木もこれは予想の範囲内であり前もって考えておいた言い訳を淀みなく言い放つ。

だが。

 

「すいません、未成年の方にお売りすることはできないんですよ~」

 

赤木が知る由もないが、赤木が生きていた頃とは異なり未成年に対する煙草の販売は法律で厳しく禁じられているのだ。

ルーズな店員ならばそのまま売っていたのかもしれないがこの日は運悪くきちんと対応するタイプの店員であった。

 

(仕方ない……ここは退いておくか)

 

ここで店員に食い下がって下手に警察に呼ばれでもしたら厄介なことになるためコンビニを後にする。この後店を変え何度か購入を試みたものの結局は断られ続け煙草を手にすることは叶わなかった。

 

(となると次は……)

 

赤木、次は自動販売機を探す。機械ならば年齢確認されることはないだろうという読みは間違っていない

 

「ようやく見つけた」

 

気づけば薄暗い裏路地にまで来ていたが気にすることなく自販機に硬貨を入れようとした。

 

『御購入にはtaspoカードが必要です』

 

taspo。未成年が煙草を購入できないように対策されたシステムであり、当然未成年には手に入れることができない代物だった。

 

「まったく……窮屈な世の中になったもんだな……」

 

まさかこんな形で時の流れを感じるとは思いもしなかったが兎にも角にもお手上げ。

諦めて帰ろうとしたその時だった。

 

「へっへっへ……ちょっと面貸してくんねぇかなぁ」

「面貸せねえってんなら、財布だけでもいいからさぁ」

「早く金だせってんだよ!痛い目みねーとわかんねえのか!」

 

まさに絵にかいたような不良が3人背後から声をかけられる。

大方 弱者相手に金を巻き上げようという魂胆だろう。

 

「失せろ、目障りだ」

 

当然赤木がそんな脅しに屈するわけもなく要求を跳ねのける。その態度は3人の怒りに火をつけるのに十分だった。

 

「あぁ?テメェ調子乗ってんじゃねーぞ!」

「謝ったってもう遅いからな!」

「3人に勝てるわけないだろ!」

 

数は3対1。

誰もいない路地裏に悲鳴が響き渡るのにそう時間はかからなかった

 

過去には鉄パイプを持った5人相手に傷一つ負うことなく勝利した赤木に素手のましてやたった3人で挑めば。

 

「こ、こいつ強え……」

 

こうなることは火を見るより明らかだった。

ものの3分もしないうちに3人をねじ伏せてみせ他の2人は気絶しているのかピクリとも動かなかった。

 

「群れなきゃ何もできないガキ共が……」

(いや、お前の方が年下じゃ……)

 

心の中でそう呟くが口には出さなかった不良といえど命は惜しいのだ。

線も細く力があるようにも見えないが完膚無きまでに打ちのめされた以上逆らう気力は湧かなかった。

 

「おい、お前」

「な、なんだよ……」

「煙草、持ってんだろそいつで勘弁してやる」

 

不良=煙草というなんとも安直な考えだったが横たわる不良に話しかける。

 

「い、いや持ってねえ俺らは吸わねえ」

「あ?持ってねえってことはないだろ」

「け、健康にも悪いし……ぐべっ」

 

煙草を吸えないストレスも相まって言葉も言い終わらないうちに不良の顔面に拳を放った。

 

「ちっ……まぁいいか」

 

振り向けば3人の仲間だろうか、数は十を超え赤木を取り囲んでいた。

 

(この中の一人くらいは持ってるだろ)

 

こうして赤木による不良狩りが始まったのであった、

 

 

○●○●○●○●○●○●○●○●○●

 

 

「手間かけさせやがって……」

 

最後の一人をぶちのめしたところで漸く目的の物にありつくことができた。

目立った傷はなくついた汚れのほとんどは不良達の返り血というまさに虐殺という言葉がよく似合っていた。

 

「キャスターか……この際贅沢は言えないな」

 

死屍累々といった惨状だったが同時に奪い取ったライターで煙草に火をつける。

たちまち紫煙がたちこめ1日の苦労が報われるほどの一服になるはず……。

 

「ん?」

 

しかし咥えるその直前で手元から煙草が消えてしまう。

 

「申し訳ありません、赤木様……」

「お前は……」

 

そこにいたのは龍門渕家の執事ハギヨシでありその手には煙草の箱が握られていた。

 

「赤木様が煙草を手にしたら取り上げろという透華お嬢様の言いつけでして申し訳ありません、」

 

そう一礼するや否や音もなく目の前から消えていった。

取り返そうとも思ったがどこへ行ったのかすらわからない以上追いかけることすらできない。

 

「アホらしい……帰るか」

 

骨折り損のくたびれ儲けとはこのことで後に残ったのは理不尽に打ちのめされた不良達の死体の山だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 




赤木って煙草そんなに好きか?と疑問に思った人もいるかも知れませんが
本当にこの人隙あらばかなりの頻度で吸ってます。
好みの銘柄がハイライトからマルボロ(マルバロ)に代わってるのは豆知識。



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第十六話

オリキャラ紹介!
新垣渚:現麻雀部部長。コントロールは低い。
小松聖:現麻雀部副部長。犬が好き。

覚える必要は一切ありません。
面倒な人はモブ1号2号くらいの認識で十分です。


普段ならば部活動に精を出す部員達で賑わうはずの部室だが今は不穏な空気に包まれていた。

 

「もう一度言ってみなさい私達がなんだって……?」

「何度でも言って差し上げますわ!あなた達ロートルの皆さんにはこの麻雀部から去ってもらいますわ!」

 

売り言葉に買い言葉で現在部室では龍門渕高校の麻雀部員対透華一派の間で激しく火花を散らしていた。

 

「前々から思ってましてよ?団体戦のメンバーは3年生から選ばれ、しかも芽が出そうな下級生には姑息な嫌がらせを行う老害はいない方がマシですわ」

「言わせておけば……」

 

今にも掴みかからんとする雰囲気だったが透華は臆することなく言葉を続ける。

 

「何より許せないのはその意識の低さ。風越の存在があるものだから全国なんて最初から無理と決めつけ碌に努力もせず……しかも麻雀の腕も今一」

「私達があなた達よりも下だって言いたいの!?」

「あら?そう言ったつもりですけど、分かりにくかったかしら?」

 

挑発するように焚きつける透華。

元々何かと口出ししてくる透華を良く思っていなかっただけに不満が怒りに変わるのも一瞬だった。

 

「そこまで言うなら勝負しようじゃない」

「勝負?」

「あなた達がここにいる部員全員に勝ったらそっちの言う通り退部してやろうじゃない!もちろんそっちが負けたら……わかるわよね?」

 

いきなりの展開に部室全体が今まで以上にざわつき始める。

 

「ルールはそっちが1人に対してこっちは3人……アンタ達6人に対してこちらは14人で卓ごとに1位を取った人数が多い方が勝ち……私達より強いんだからいいわよねぇ?」

 

口では強気だがつまりはハンデ戦。透華達の実力を考えれば2対2で卓を囲んだ場合勝ちの目は薄い悔しいがそれは認めざるを得ない。

だが、1対3ならば別、こうなってしまえば勝利することは厳しいはずだ。

 

「そうですわね……2つほどよろしいかしら」

「なに?今更怖気づいたの?」

 

小馬鹿にしたような口調だが透華は気にしていない……というよりは元々勝負する気満々だっただけにこの展開は願ってもない状況だった。

 

「1つ目、対局するメンバーはくじ引きで決めること」

 

くじ引きで決めることによるメリットは通しの防止。

つまり3人でサインを決めて打ち回されたとなればいくら透華といえども勝つことは難しい。

そこでくじによってランダムに決められたとなれば事前に打ち合わせもしてない部員らが通しを行うことは不可能……とまでは行かないがかなり抑止できるはずだ。

 

「2つ目……私たちの敗北条件ですけど……これじゃヌルすぎますわ」

「なに言ってるの……あなた……」

 

思いがけない条件に怪訝な表情を浮かべる。

 

「私達の誰か一人でもトップを逃すことがあれば私達6人とも全員この麻雀部から去りますわ!」

(おいおい……本気かよ……)

 

絶対に負けないという自信かはたまた別の思惑があるのか。

勝負になるというだけでも厄介だと思っていたのに相変わらずの透華のテンションに純は心の中で溜息を吐くしかなかった。

 

「その言葉……後悔させてやるからね」

 

忌々しげにそう吐き捨てる。こうして透華達対麻雀部員の進退を賭けた勝負の幕は上がった。

 

第十六話 「幸運」

 

 

「では、皆いきますわよ」

「では。じゃないよ!どうすんのさ負けたりしたら!」

 

赤木や衣なら不利な状況といえど問題なく勝てるだろうがはじめは100%勝ちを収める自信を透華ほど持つことはできず、不安を隠すことができなかった。

 

「確かに将棋やチェスと違って麻雀は運が大きく絡むゲーム……絶対に勝つとは限りませんわ」

「なら……!」

「それでも……私は貴方達を信じていますわ。こんなハンデをものともしないって……それに……」

 

勿体つけた言い回しで語りつつ改めて全員の顔を見渡す。

 

「これくらいで躓くようじゃ全国なんて夢のまた夢……そうでしょう?」

 

透華の目つきがいっとう真剣なものへと変わった。

 

「ふふん有象無象の三下達が衣に勝てる道理なし!大船に乗ったつもりでいろとーか!」

 

透華に負けず劣らず自信満々の衣が。

 

「仕方ねーなそれじゃやりますか」

 

やれやれといった態度で純が。

 

「ボクはボクなりに精一杯がんばるよ!」

 

どこか不安げにはじめが。

 

「……がんばる」

 

いつも通りに智紀が。

衣の言葉を河切りに全員が透華を後押しする。

 

「あなた達……」

 

透華は目頭が熱くなるのを確かに感じ思わず涙が出そうになる。

それは主従関係を超越した、まさしく友情と言えるものだった

 

「それじゃ……後は頑張れよ、お前ら」

 

そして赤木が踵を返し帰ろうとした。

 

「ちょっと」

「待てい!」

 

純とはじめは赤木の肩を慌てて掴み赤木の帰宅を(物理的に)止めた。

 

「なんでだよ!お前には空気ってのが読めねーのよ!」

「そうだよ!今みんなで頑張ろうっていう流れだったじゃん!」

「お前らが辞めようがなんだろうが、俺には関係ないだろ……そっちでなんとかしろよ」

 

あくまで打つ気がない赤木だが本人からすれば何かを賭けているわけでもない温い勝負などやる気が起こらなくて当然だった。

 

「仕方がないですわね……ハギヨシ!」

「赤木様……こちらを……」

 

このままでは本気で帰られかねないために早急に手を打つ。

ハギヨシから手渡されたもの……それは紛れもなく昨日取り上げられた煙草であった。

 

「どういうつもりだ……」

「どうもこうも……手を貸していただいたら、それをお返ししますわ」

「安い報酬だな……」

 

かつて煙草1つでこき使われたことなど当然なく怒りの感情どころか苦笑すら出てきた。

 

「もちろんこれからも取り上げたりはしませんわ。た・だ・し!私や衣の前や屋敷の外では絶対に吸わないことが条件ですわ!」

 

透華にとっては苦渋とも言える決断だが赤木は思案する。

これに味をしめて自分をコントロールできると思われるのは癪だが、かといってこのまま帰って何かをする予定もない

ならば大手を振って喫煙できるように少しくらいの労働を行う方が得索であるとそろばんを弾き、赤木は渋々参戦を決めたのであった。

 

 

○●○●○●○

 

 

「みなさん、クジは引きましたわね?では揃ったところから始めてくださいな」

 

透華サイドは6人その他の麻雀部は14人なので一卓だけ2対2の勝負になるが、残りは1対3の対局が始まった。

 

「あなたと一緒とはツイてるわね」

「私もです、部長と一緒とは心強いです」

 

龍門渕麻雀部現部長新垣渚&副部長小松聖のペアが唯一2対2のハンデなしの戦いに挑む。

透華を除けば部内でも指折りの実力を持つ2人で組めたことは何より幸運だった。

 

「理事長の娘だからって調子に乗って……絶対勝つよ聖!」

「はい!部長と一緒ならだれが相手でも負けはしません!」

 

相手は誰かと既に席についている2人を確認する。

智紀、はじめペアならば互角のもしくはそれ以上の戦いが繰り広げられただろう。

しかしこの2人で組めた幸運程度では

 

「アカギ!今日は負けないからな!」

(面倒くさいな……)

 

龍門渕の2匹の魔物と当たる不幸は到底相殺できなかった

 

 




というわけで今回は勝負前の導入回です。
なので今回は短めです。申し訳ない。
闘牌パートと1つにまとめると長過ぎて区切ると中途半端になるという困った文量なのです。


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第十七話

海に映る月 
   天江衣   危険度☆☆☆☆☆
神域の男
   赤木しげる 危険度☆☆☆☆☆☆☆☆

台パンもやむなし。


「ロン!純チャン三色ドラ3で24000点でトビだな」

「ああ……」

 

始まって早々決着がついてしまった純は他の卓の様子を見るために席を立つ。

 

「赤木の奴はっと……あーこりゃお気の毒」

 

よりにもよって衣と同卓する2人に内心同情しながら勝負の行方を窺うことにした。

 

第十七話「てかげん」

 

東家 赤木 25000点

南家 天江 25000点

西家 新垣 25000点

北家 小松 25000点

 

(相手は井川プロに勝ったっていううけどあんなのただのバカヅキ……大した腕じゃない)

 

プロ相手に勝利した赤木だったが勝ち方が勝ち方だっただけに赤木の評価は低い少なくとも他の5人よりも格下というのが渚の見立てだった。

 

(問題はこの娘……)

 

打{北}

 

「ポン」

 

(天江衣……このハイテイ女が厄介……本来なら勝ち目は薄いかもしれないけど今回は違う……見てなさい……)

 

17巡目……

 

残り牌はわずかでありこのままいけば衣のハイテイツモは確実だろうしかし

 

新垣 手牌

{一二三三四六七③④⑤6679}

 

打{④}

 

「チー!」

 

面子を崩してまでの露骨なハイテイずらし。

衣のハイテイツモを対策するには手っ取り早い常套手段とも言える策だが実際に行うには2通りの方法がある。

1つは赤木やひろゆきが行ったように自身の読みをもって的確に鳴かせること。

鳴かせるもしくは差し込むには相当な分析力が必要であり並の打ち手では到底できる芸当ではなくもちろんこの2人にそんな力があるはずもない。

 

(部長次は三萬をお願いします)

 

打{6}

 

「ポンッ!」

 

そして最も簡単な方法は鳴きたい牌をそのまま相方に伝える方法……つまりは通しと呼ばれる単純なイカサマであった。

 

(クジで決めるって言われた時は正直焦ったけど聖と組めた以上問題ない……こういう時のために打ち合わせておいて本当に助かったわ)

 

元々目の上のたんこぶであった透華を排除するための仕込みがこんな形で発揮されるとは思いもしなかったが打ち合わせ通りに意思疎通できる以上有利に動くことは間違いない。

 

打{三}

 

「ロン!」

 

小松手牌

{四五④⑤⑥34588 横④③⑤ ロン三}

 

「タンヤオ三色で2000点です」

 

(よし完璧!これで天江のハイテイは攻略したも同然!)

 

  東2局  ドラ:{2} 親:衣

 

「リーチ」

 

流局間際、残り一回のツモしかないというのに衣からリーチの声が挙がる。

普通なら非効率な打牌だがハイテイツモが約束されている衣はその限りではない。

 

(どれだけ頑張ったって無駄無駄)

 

打{7}

 

「チー」

 

しかしいとも容易くツモ順をずらされる。

全力を出せる状態の衣なら鳴かせることすら困難だっただろうが、さすがに今の時間帯では他者を完璧に縛りつけることはできない。

 

(私がラスヅモか……安牌は……)

 

衣 捨て牌

{北九9東5六}

{西3西1③一}

{2一三⑤横5}

 

(③筒……これでいいか)

 

打{③}

 

安牌の③筒しかし

 

「ロン」

 

赤木手牌

{三四五七八九①②⑦⑧⑨99 ロン③}

 

「ホウテイのみ1300だ」

 

(ありゃツイてない……いやむしろツイてるか)

 

このまま流局だったら少なくとも1500点の支払いだったことを考えればむしろ1300点の支払いで衣の親を流せることを考えれば安いものだった。

 

  東3局  ドラ:{三} 親:新垣 17巡目

 

新垣 手牌

{一二二五六⑥⑦⑧11345 ツモ八}

 

(ここまで3局連続で聴牌できず……なんなのよこれは)

 

しかもこのままではまたも衣の海底コースであり衣が聴牌しているかは不明だが衣に回すのは危険と判断しまたも鳴かせてツモ順をずらす

 

打{4}

 

「チーです」

「むー」

 

さすがに何回もツモ和了りを阻止されたからか衣は頬を膨らませる。

 

新垣 手牌

{一二二五六八⑥⑦⑧1135 ツモ②}

 

(安牌は……)

 

衣捨て牌

{四中七368}

{二91一2北}

{八⑨①南}

 

打{八}

 

「そいつだ」

「え?」

 

赤木手牌

{三三八八②③③④④⑤中中中 ロン八}

 

「ホウテイ中ドラ2丁で満貫だな」

(くっ……また?ついてないわね……)

 

不運な振り込み……天江衣の安牌を切ったらたまたま他家に和了られるというのはよくある話だが2局続けてというのも珍しい。

この時新垣にはある違和感を感じていたがリードされているという事実に飲みこまれ違和感の正体を把握することができなかった。

 

  東4局  ドラ:{1} 親:小松 

 

新垣手牌

{⑤⑥⑦1346東東東白白白 ツモ2}

 

(来たっ!絶好のツモ打点も充分!)

 

打{6}

 

「リーチッ!」

 

ようやく辿り着いた聴牌。

まずは小松が振り込まないようにサインを送る。

 

(高めをツモれば跳満……裏次第で倍満にもなる手ここでビシっと決めてやるわ!)

 

意気揚々と放ったリーチだったが一向に引くことができないまま残りは一回のツモしか残っていなかった。そして……。

 

「リーチ」

 

ついに衣に追いかけられる。

 

(ちっ……こうなったら仕方ない)

 

このままなら間違いなく衣が引いてしまうだろう。

そうなる前に小松に差し込ませようとするが。

 

(すいません……1-4索はありません……)

(なんですって……これじゃ……)

「ツモ」

 

衣手牌

{二三四六七八①①11144 ツモ4}

 

「立直一発ツモ海底摸月ドラ3……3000-6000」

(私の和了牌が握りつぶされている……)

 

偶然かはたまた止められたのかは知る由もないがこの勝負手を物できなかった……。

つまり巡ってきた数少ない好機を逃した代償は大きった。

 

  南1局  ドラ:{一} 親:赤木 17順目

 

新垣 手牌

{三三三③④⑥⑦456678 ツモ7}

 

(またも聴牌ならずしかも)

 

衣捨て牌

{一⑨九北⑨六}

{⑤西⑥82白}

{2⑦8横⑤1}

 

(また天江がリーチして……もう!なんのよこいつは!)

 

打{三}

 

「チ、チー!」

 

衣の勢いは衰えることなく小松との連係プレーによってツモ順をずらすことが精一杯だった。

 

新垣 手牌

{三三③④⑥⑦4566778 ツモ二萬}

 

(安牌……)

 

打{8}

 

「ああそれだロン」

「えっ……」

 

赤木手牌

{①②③3457999南南南 ロン8}

 

「ホウテイ南で3900」

(またか……いい加減にしてよね……え……?)

 

また最後に振り込んでしまったと思った瞬間、今までの和了が脳裏によぎる。

 

(最初の三色以外こいつらの和了は河底、河底、海底、河底……こんな偶然あり得るの……?)

 

このまま気付かなければどれだけ幸せだったろうか。

しかし彼女は不幸にも気付いてしまった……目の前の男こそ本当の怪物であることに……。

 

(ずらしても河底……ずらさなければ海底……一体どうすりゃいいってのよ……)

 

  南1局1本場  ドラ:{4} 親:赤木

 

「リーチ」

 

赤木捨て牌

{北⑧八中二5}

{1横4}

 

(普通のリーチ……今回はホウテイ狙いじゃない……?)

 

そうは言っても親のリーチ残りの点棒も少ない新垣は振るわけにもいかず降りる。

そのまま赤木もツモらずこのまま流局かと思われたが。

 

赤木打 {⑨}

 

「チー」

 

流局間際衣が赤木の切った⑨筒を鳴いたことによりラスヅモは新垣へと移った。

 

新垣 手牌

{四四六六七2333①②④⑦ ツモ2}

 

(また私がラスヅモ……しかも安牌もない……)

 

赤木 捨て牌

{北⑧八中二5}

{1横4白二一南}

{1東8一}

 

(しかも天江のあの鳴きと捨て牌を見ればほぼピンズの混一……ピンズは切れない)

 

筒子が切れないとなると残るは萬子と索子のどちらかを切るしかないが一体何が通りそうか必死に考えを巡らせる。

 

(萬子もダメ……場にほとんど切れていない以上そこが待ちになっている可能性大)

 

萬子も除外され最後に残るは索子……。

 

(3索は暗刻で私が持っているから壁を信じての2索……これしかないか……)

 

仮に残り1牌の3索を赤木が持っていて前リーチ宣言牌の4索がある以上2索で当たる確率は相当低い。

なぜなら134と手牌にある場合1索を切っての両面待ちを選択するのが当然である。

 

(通るはず……いや絶対に通る!)

 

打{2}

 

しかも今回4索はドラでありどう考えてもカンチャンで待つ理由などない。

それがセオリーだ

 

「ロン」

 

赤木 手牌

{一二三①②③⑦⑧⑨1399 ロン2}

 

もっともそんなセオリーを絡め取ることこそ赤木の十八番なのだが。

 

「裏は見るまでもないな、親ッパネでお前さんのトビだ」

「あ……ああ……」

 

超人的とも言える程の洞察力……どんなに必死にもがいても結局は赤木の手のひらの上で踊らされていただけであり、敗北するその直前まで気付くことができなかったのである。

 

(なによりも悪魔的なのがこいつ……)

 

6巡目 赤木手牌

{一二三①②③⑦⑧⑨1134 ツモ5}

 

(あの時こいつは平和ツモドラ1を和了っていたのに平然と見送った……そして)

 

7巡目

{一二三①②③⑦⑧⑨1134 ツモ9 打1}

8巡目

{一二三①②③⑦⑧⑨1349 ツモ9 打4}

 

(そして最後はこの形……常人には到底真似できない……純チャンに決め打つにしろ7巡目の1索切りがまず理解不能だ……)

 

通常純チャンを狙うなら1索対子はまだ活用可能であり最後まで残るだろう。

しかしそうなった場合の赤木の捨て牌が

 

仮想赤木捨て牌

{北⑧八中二5}

{4横1}

 

こうなるとむしろ目につくのはリーチ宣言牌の1索であり、待ちは1索周辺と嗅ぎつけられかねない。

 

(そしてなにより……ここまでホウテイを狙うためにこいつは衣を丸々利用しやがった……!)

 

衣の異常なハイテイツモを隠れ蓑に当の赤木は最後まで気配を隠し狙い打つ……理屈や常識では決して計ることのできない赤木の戦術につくづく赤木が敵ではなくて良かったと純は冷や汗を流した。

 

「こっちは終わったぞ、他の奴らはどうだ?」

「え?あ、ああ……他はまだ終わってないけど、全員優勢だ問題ないだろうよ」

 

思案しているところにいきなり声をかけられ一瞬戸惑うが改めて赤木をまじまじと見つめる。

その後ろではなぜか衣が憮然とした表情を浮かべていた。

 

「にしても……気付いてたよな?お前」

 

純も後ろから見ていたので2人の通しに気付いてはいたが赤木はその裏をかく素振りを見せなかったので念のため確認を取る。

 

「ん?あぁ……全部衣に任せようとしたらこれだからな。あいつらにゃいい薬だろ」

 

藪をつついて蛇を出すとはこのことで素直に勝負していれば万に一つの勝機があったかもしれないというのに結局は蛇以上の魔物に丸呑みにされてしまったのであった

 

「むー……またもアカギを撃催できなかった……」

「だから……相手は俺じゃないだろうが」

 

そして当の魔物は愚図る衣に絡まれ迷惑そうにしていた。

 

(そして何よりも不可解なのは最後のリーチ……なんで最後の最後までもつれることが分かったんだ……)

 

赤木自身が和了牌を引かず。

他家が最後まで振り込まず。

尚且つ対面にまで回ってそれを討ち取る。

 

(何故そんなことができたのか……オレじゃ予想すらつかない)

 

そもそも4回連続河底撈魚というだけで奇跡という他ない。

確率や直感では決して説明がつかない領域の話だった。

 




まあ、こうなりますよね……。

衣を対策すれば赤木に撃たれ。
赤木に気を取られれば衣にツモられ。
やられたらトラウマもんですね。

次は新・番外編の予定です
次に赤木はここへ行ってくれっていう希望があれば
メッセージにてお願いします。
あらすじなんかあるとディ・モールトペネ。


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