遊戯王GXへ、現実より (葦束良日)
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序話

 

 唐突だけど、いま現在の俺の状況を話そうと思う。

 

 名前は皆本遠也(みなもととおや)、年齢はもうすぐ十六になる十五歳。全寮制の高校に進学が決まっている中学生だ。

 そんな俺なんだが、今いる場所がどうにも普通じゃない。そして自分の持ち物もまた、なんだかあり得ない。

 具体的に言うと、現在地の名称は“童実野町”であり、俺の左手についているのは“デュエルディスク”だ。もちろんデッキは既にセットされている。きっと、これは俺が使っていたデッキの一つなんだろうな、と確認もせずにそう思う。

 あとは足元に置かれている少し小さめのジュラルミンケース。これもまた、なぜか俺が持っていたカードが入っているんだとわかる。

 ……さっと周囲を見渡し、そして近くのものに手を触れてみる。

 ――ひんやりとしたコンクリートの感触。これが錯覚とか偽物とは思えない。ということは、やっぱりここは現実ということでいいのだろうか。やたらリアルな夢という可能性も捨てきれないが。

 うん……いやはや。なんというか、なぁ。

 まぁ、この状況を見るに、納得せざるを得ないというか。

 妄想だとしたら俺の頭は相当に凄い。そしてありえないが、現実だとしたら……。

 いやいや、そんな馬鹿な。

 

「……夢、だったんだよな?」

 

 とりあえず、俺は茫洋とそんなことを呟いた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 さて、俺がこんな状況に置かれているのには、あるワケがある。

 とはいえ、俺自身もそのことはさっぱり理解していないのだが。

 状況整理のために振り返ってみると、まず俺は自室でくつろいでいるところ、突然心臓のあたりに激痛が走った。

 原因は不明。特に不摂生をしていたわけでもなければ、持病があったわけでもない。

 そしてその後ぷっつりと意識が途切れたのだが、突然俺は奇妙な場所で目を覚ました。といっても、本当に目を覚ましているかどうかはわからない。なにせ、その場所といったら周囲に何もない真っ白な空間だったのである。

 結局のところ、俺は死後の世界とやらにいるのか、もしくはあの激痛の時点からして夢か何かだったのだろうと俺は考えた。

 で、そんなことを考えていると、突然俺の中に響く言葉があった。……正確には言葉じゃなかったが、とりあえずはそう表現する。

 あえて言えば、他人の思考がそのまま脳に入ってきている感じであって、決して耳から言語として意味を読み取ったわけではなかったのは確かである。

 それは例えるなら、余所に書いた文章をコピー&ペーストで俺の頭の中に貼り付けている感じだろうか。とんでもない違和感だったが、それがどうやらコミュニケーション的な何かだと察することは出来た。

 そして、そのコピペを行ってきた何者かは、とりあえず俺に「何かしてほしいことはないか」的なニュアンスの意思を脳に貼り付けてきたのである。

 実に不可解な現象であったが、夢の中なのだしこんなこともあるんだろう。この前、超能力だとか凄いパワーで戦うアニメを見た影響かもしれない。

 そんな雑念を交えつつも、してほしいことと言われたので、一応は考える。

 そして真っ先に思い浮かんだのが俺が長らくハマっているカードゲーム――遊戯王。そのカードが欲しい、というものだった。

 俺はその遊戯王の5D'sと呼ばれる作品の主人公が使うデッキを基にしたファンデッキを作っていたのだが、必要なカードが1枚だけ手に入っていなかったのだ。

 いくらかはガチデッキからの流用で賄ったんだが、《調律》という魔法カードだけ1枚足りなかったのである。ガチデッキでは2枚で問題なかったが、ファンデッキは【シンクロン】寄りなので、やはりできれば3枚欲しい。

 パック買っても出ないし、単品で買うと高いしで、しばらく悩んでいたのだ。まぁ、夢の中で一足先にデッキを完成させたとしても、罰は当たるまい。

 そう考えていると、今度は「他には」というようなニュアンスが伝わってくる。まだ聞いてくるとか、太っ腹な夢だった。まぁ、夢だからこそ太っ腹なのかもしれないが。

 そういうことならと、俺はじゃあデュエルディスクが欲しいという要望を付け足した。もちろん、アニメのようにソリッド・ビジョンとしてモンスターなどが立体化する仕様のものである。

 現実では不可能だが、アニメではそうしてデュエルする姿がとてもかっこいいのだ。もし現実にそんな技術があればと思ったことは一度や二度ではない。

 すると、今度はまたしても「他には」と聞いてくる。

 それに俺は思わず何がいいかと考えるが、不意に夢の中で真剣に首をひねっている自分が馬鹿らしく思えてきてしまった。

 なので、俺はその何者かに「もういい」と心の中で思った。伝わるかは知らないが、しょせん現実じゃないんだ。よくわからない不可思議な何かできっと伝わるだろう。そう考えたからだ。

 それは果たして案の定伝わったようで、それきり何も言ってこなくなった。

 となると、もうそろそろ夢が覚めるということだろう。死んだあとの世界、という推測のほうはどうにかボツになってくれていると助かる。

 そんな取り留めもないことを考えていると、不意に意識が遠ざかっていく眠る直前のような感覚に襲われた。

 夢の中なのに寝そうだなんて、どんなジョークなんだ。

 そんなことを考えて小さく噴き出した後、俺の意識はそのまま薄れてついには消えてしまったのであった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ――で、次に目が覚めた時にはここにいた、と。

 うーん、あの時はあんなのが現実だとは思っていなかったが、目の前に広がる街並みを見ると、とても夢とは思えない気がしてくるのが怖い。

 突然街中で目が覚めるというのもなんだかおかしいが、果たして俺はどうなったのか。死んだ……というわけではなさそうだが。生きているし。

 とはいえ、見覚えのない世界……いや、聞き覚えならある町にいる時点で、どうにもとんでもない状況にいるのは間違いなさそうだが。

 しかし、俺がもし想像する通りの童実野町にいるのだとしたら。

 

「……高校、せっかく受かったのに……」

 

 勉強の末に受かった高校。そこに通えなかったという事実が、とりあえず俺の肩をがくりと下げさせた。

 家族とはすでに死別している身。お世話になっていた親戚の家でも、正直肩身は狭かった。苛められたわけではないが……雰囲気が邪魔だと言っていた、という感じだったし。

 そんな中で受かった全寮制の高校。楽しみにしていただけに、本当に残念である。

 数人しかいない友人に、なんて言えばいいのか。まぁ、別々の高校に進学することになるので、これからも縁が続くかはわからない友人関係ではあるが。

 しかし、そうなると高校では新しく遊戯王仲間を作らないといけないのか。まぁ、それはそれで楽しいかもしれないが。

 っと、ちょっと思考が変な方向に行った。そんなことよりも今はこの現状だ。

 

「うーん、とりあえず歩くか。わかりやすい目的地もあるし」

 

 口に出して言って、歩き出す。

 目的地とはもちろん、あそこ。主人公の家でもあるおもちゃ屋だ。

 とりあえず、まずはそこに行ってみよう。

 何といっても、あてが全くないのだ。一方的とはいえ、身元が確かな人物を訪ねたいと思うのは、仕方がないものと思いたい。

 それに、もしかしたらここは俺が知らないだけで日本のどこかにある遊戯王の世界の童実野町と同名の街なのかもしれないし。

 そんなわけで、とりあえず俺は気持ちを意図的に上向きに保ちながら一歩を踏み出す。

 できれば、同名の街であってほしい。そんな焦燥にも似た気持ちを胸の奥に抱えながら。

 



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1:一年生
第1話 入学


 

 ――今では”元の世界”と呼んでいる場所から、この世界に迷い込んで一年後。俺は海馬ランドの施設にいた。

 

 何故かと言うと、デュエルアカデミアの入学試験を受けるためである。俺、もうすぐ十七になるのに……。これでは、年齢的に中学でダブったことになってしまう。仕方ないとはいえ悲しいことだ。

 とはいえ、この世界のことを体験から学んできてくだサーイ、と言われては断れないわけで。しかも、海馬ボーイ(俺がそう呼ぶとキレる)に話はつけてあるとか言うので、お世話になっている身としては頷くしかなかった。

 その話をした時、遊戯さんは苦笑して頑張れと言ってくれた。あの人は本当にいい人だ。餞別に、と言ってカードを渡してくれようとしたけど、丁重に断った。

 

 好意は嬉しいのだが、俺はこの世界のカードを使うつもりが全くなかったからだ。

 

 理由は簡単。俺はこの世界に元の世界で作った二つのデッキ含め、所持していたカード全てと一緒にやって来た。そして、それが俺の持つあの世界との関わりの全てだ。未練がましいかもしれないが、それ以外のカードを使ってデッキを組む気には、どうしても俺はなれなかったのだ。

 そのことを遊戯さんも知っている、だから、遊戯さんはハッとした顔になると、わかったと頷いてくれた。うん、やっぱりいい人だ。

 そこで終われば綺麗に締められたのだが、「じゃあ私がついていきまーす」と言って精霊が一人ついてきた。解せぬ。

 けどまぁ、とんでもない美少女であったし、何よりよく話す仲で友人のように思っていたのでその申し出は嬉しかった。

 誰しも、一人は寂しいものである。

 ちなみに、そいつは今俺の二つ目のデッキのカードに宿っている。偶然、同じカードを持っていたから都合がよかったと言えばよかったのだろう。

 

「次! 受験番号13番!」

 

 おっと、気がつけば俺の番になっていたようだ。

 ちなみに俺の受験番号が13番だったのは、単純に筆記でそこそこ間違えてしまったからだ。OCG通りだったりアニメでは効果が異なっていたカードだけなら良かったんだが、アニメでは触れられていないのにOCGとは効果が違うカードとかあったんだよ。そんなんわからんて。

 それにしても13番……不吉な数字が不安をあおるぜ。

 

『がんばってね、遠也』

「おう」

 

 まぁ、こうして応援してくれる奴もいることだし、頑張るとしましょうか。

 そんなこんなで、俺はデュエルフィールドに立ち、対戦者となる試験官と向き合う。

 

「受験番号13番。皆本遠也です」

「よろしい。それでは実技試験を始める。リラックスして、普段の力を出せるようにしなさい」

「はい」

 

 あちらがデュエルディスクを構え、こちらも同じく構える。

 そして、互いに始まりの一言を叫ぶ。

 

「「デュエル!」」

 

遠也 LP:4000

試験官 LP:4000

 

 互いに手札五枚を引き、デュエルディスクを確認する。先攻は……向こうか。

 

「私の先攻、ドロー!」

 

 試験官の先生が、シュピーンと効果音がつきそうなほどに勢いよくカードをディスクから引き抜く。いいけど、カードを傷めないのかねそれ。

 

「私は《神獣王バルバロス》を妥協召喚! 更にカードを二枚伏せてターンエンドだ!」

 

《神獣王バルバロス》 ATK/3000→1900 DEF/1200

 

 おい、試験用デッキ使えよ。

 しかも、バルバロスとか。元の世界でもそれなりに高価で有名だったが、この世界ではとんでもない高値がつく激レアカードだ。よくそんなカード持ってるなこの人。

 っていうか、バルバロスとなると、あの伏せカードのどちらかが《スキルドレイン》の可能性が高いな。妥協召喚では攻撃力1900だが、スキドレの発動下では元々の3000に早変わりだ。この世界では破格の攻撃力と言えるだろう。

 まぁ、とはいえ……。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 実は俺の初期手札的に、すでに勝てるんだけど。

 現在の手札はちなみに、

 

・クイック・シンクロン

・シンクロン・エクスプローラー

・ボルト・ヘッジホッグ

・くず鉄のかかし

・レベル・スティーラー

・サンダー・ブレイク

 

 である。

 そう、勝てるんだが……さすがに、このデッキの切り札を使うわけにもいかんしなぁ。あのカード、LP4000の世界じゃ鬼畜すぎる。元々の攻撃力4000で複数攻撃可能かつ魔法・罠・効果モンスターの効果が効かないってどんだけだよ。

 まぁ、もともと召喚する気はないけど。俺の心情的に。

 というわけで、今回は別の戦術でいく。というか、切り札には基本的に今後も切り札のままでいてもらうつもりだ。あのカードを使おうと思ったら、それなりに覚悟がいるしな。

 

「俺は手札の《レベル・スティーラー》を墓地に送り、チューナーモンスター《クイック・シンクロン》を特殊召喚!」

 

 さて、まずはテキサスのガンマンのような風体をしたモンスターがフィールドに立つ。このデッキの要となるモンスターの一体である。

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

 

「クイック・シンクロン? 見慣れないモンスターだな……」

 

 でしょうね、と内心で相槌を打つ。ペガサスさんがシンクロ召喚を提唱したのはまだ一週間前のことだ。聞き覚えがなくても仕方がない。

 おっと、まぁそれは今は置いておこう。まずはデュエルに集中しないとな。

 

「更に、クイック・シンクロンのレベルを1つ下げ、レベル・スティーラーを墓地から特殊召喚する。来い、レベル・スティーラー!」

 

 墓地のカードをフィールドに置く。同時に、背中に1つ星が描かれたてんとう虫が現れる。

 

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

 

「更に俺は《ボルト・ヘッジホッグ》を守備表示で通常召喚!」

 

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 背中にボルトが刺さった、名前そのままなネズミが召喚された。召喚時にチューと鳴くのが可愛い。俺の周囲には不評だったが……こいつ、可愛いよね?

 しかし、やっぱり表側守備表示便利だな。特にこういう状況では、セットされてると意味がないし。

 しかし、周囲は俺の行動に何やら疑問顔だ。攻撃力=強さの風潮が強く、ビートダウンが大半なこの世界。低ステータスのモンスターを並べることに、あまり意味を見いだせないのだろう。

 が、試験官の先生は反応が違った。

 

「待てよ、チューナー? そういえば聞いたことが……まさか!?」

 

 その反応に、思わずニヤリと口角を上げる。さすがはデュエルアカデミアに勤める先生だ。発表されたばかりにもかかわらず、きちんと最新情報はチェックしていたようである。

 

「そのまさかですよ、先生。俺はレベル1のレベル・スティーラーにレベル4となったクイック・シンクロンをチューニング!」

 

 クイック・シンクロンが銃を抜き、現れたルーレットを打ち抜く。打ち抜かれたのは、ジャンク・シンクロンの絵だ。

 そしてクイック・シンクロンは四つの輪となり、レベル・スティーラーが一つの輝く星となってその輪をくぐる。

 

「――集いし星が、新たな力を呼び起こす。光差す道となれ!」

 

 ひときわ強い光がそれらを包み、その中から青い体躯を持った機械の戦士が現れる。

 

「シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・ウォリアー》!」

 

 飛び出したジャンク・ウォリアーが力強く拳を突き出し、フィールドに降り立った。

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300 DEF/1300

 

 うん、何度見てもかっこいい。さすがは遊星のエースモンスター。最終回でコイツがフィニッシャーになった時は感動したもんだ。

 そんな感想に浸る俺とは裏腹に、なんだかざわざわとし始める会場。案の定、大騒ぎのようだ。たぶん、初めて見るだろうからなぁ、みんな。

 

「し、シンクロ召喚!? それはまだ発表されたばかりで、実用はされていないはず……!」

 

 先生も大変驚かれているご様子。ふふふ、この周囲の反応がシンクロ召喚の楽しみの一つである。何といっても、この世界でシンクロ召喚を使うのは今のところ俺しかいないわけだし。ふっふっふ。

 

『悪い顔してるなぁ、もう。それよりほら、説明しなくていいの?』

 

 おっと、そうだった。発表されたばかりということは、知らない人のほうが多いということ。一応、仕事として説明をしないわけにはいかない。

 こほん、とひとつ咳払いをして話し出す。なぜなにシンクロ! の始まりである。

 

「シンクロ召喚とは、チューナーモンスターとそれ以外のモンスターを使って行われる召喚方法です。フィールド上に存在するチューナーとそれ以外の素材となるモンスターを墓地に送り、そのレベルの合計分と等しいレベルを持つシンクロモンスターを融合デッキから特殊召喚する。それがシンクロ召喚です」

 

 懐から取り出したマイクを使って、説明をする。なるほど、と頷いている姿を確認してから、さらに言葉を続ける。

 

「ちなみにこの新たな召喚方法は一週間ほど前にI2社のペガサス・J・クロフォード会長から発表されました。そして、私はそのテスター兼普及担当として選ばれたので、こうしてこの召喚方法を使ってデュエルしています。わからないことがあれば、ぜひI2社日本支部、KC社、あるいは最寄りのカードショップにお問い合わせください。また実装についてはもう少し先になりますので、あしからず」

 

 よし、仕事終わり。

 というわけで、さっさとマイクをしまい、改めてディスクを構える。デュエルの再開である。

 

「ジャンク・ウォリアーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、このカードの攻撃力は自分フィールド上に表側表示で存在するレベル2以下のモンスターの攻撃力の合計分アップする! 《パワー・オブ・フェローズ》!」

 

 現在の俺の場にいるレベル2以下のモンスターは、ボルト・ヘッジホッグ1体。その攻撃力がジャンク・ウォリアーに上乗せされる。

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300→3100

 

「攻撃力が3000を超えた!?」

 

 ギョッとする先生。攻撃力3000が最高水準の環境では、やはり驚きなのだろう。以前、これで青眼を殴り殺された時の海馬さんの顔ったら、こっちが殺されるかと思ったもんだ。

 さぁて、これで攻撃力は十分。いくとしますか。

 

「バトル! ジャンク・ウォリアーで神獣王バルバロスを攻撃! 《スクラップ・フィスト》!」

 

 これが決まれば、バルバロスは倒され、先生は1200のダメージを受ける。とはいえ、そう簡単にはいかないだろうけどね。

 

「罠発動! 《攻撃の無力化》! その攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる!」

 

 やっぱり。

 さすがに伏せカードが二枚もあると、そう簡単に攻撃は通らないか。

 

「メインフェイズ2に移行。俺はカードを2枚伏せて、ターンエンドです」

 

 しかし、バルバロスを倒せなかったのは痛いな。あの伏せカードが《スキルドレイン》だとしたら、ジャンク・ウォリアーの効果は意味がなくなる。発動しないってことは違う可能性もあるが……。

 いずれにせよ、一応対策はあるし、大丈夫だろう。

 俺のエンド宣言を聞き、先生にターンが移る。

 

「私のターン、ドロー! 私は伏せていた永続罠、《スキルドレイン》を発動! LPを1000払い、この効果で神獣王バルバロスの攻撃力は元に戻る! それは、君のジャンク・ウォリアーも一緒だ!」

 

試験官 LP:4000→3000

 

《神獣王バルバロス》 ATK/1900→3000

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/3100→2300

 

 あらら、やっぱりかぁ。ってか、なんで俺のターンで発動しなかったんだ。様式美だろうか。

 

「私は更に《ダーク・ヒーロー ゾンバイア》を召喚! バトル! 神獣王バルバロスでジャンク・ウォリアーに攻撃! 《トルネード・シェイパー》!」

 

 バルバロスが厳つい顔を更に険しくさせながら突進してくる。先生の思惑通り、スキルドレインのおかげでこちらの攻撃力は下がり、あちらは上昇した。このままでは破壊されるが……。

 ま、そうは問屋がおろさないってね。

 

「罠発動! 《くず鉄のかかし》! 相手モンスター1体の攻撃を無効にする!」

「くっ、防がれたか……」

 

 キャー、くず鉄センセー!

 さすがはくず鉄先生。どんな攻撃だってお茶の子さいさいである。

 

「更にくず鉄のかかしの効果、発動後このカードは墓地に行かず再び場にセットされる」

「なんだって!? それでは……」

「はい。このカードを破壊するか、2体以上のモンスターで攻撃をするしかありません」

 

 苦虫を噛んだような顔になる先生。

 この場持ちの良さが、くず鉄のかかしが先生と呼ばれる所以ですよ。なぜかアニメでは二回目が発動する前に破壊されてばかりだが、現実で実際に出すと地味に効いたりするんだよね。

 

「ゾンバイアの攻撃力は2100……僅かに及ばないか。では、私はボルト・ヘッジホッグを攻撃!」

 

 さすがにこれはどうしようもない。ボルト・ヘッジホッグは破壊されて墓地に行った。ごめんよ、俺の癒し。

 

「一枚カードを伏せて、ターンエンド!」

「俺のターン、ドロー!」

 

 ドローしたカードは《調律》。……やっぱり主人公級のチートドローは俺にはないようだ。まぁ、このままでもいけるからいいけどさ。

 

「まず伏せていた罠カード発動! 《サンダー・ブレイク》! 手札を1枚捨て、先生の場のスキルドレインを破壊する!」

「くっ……」

 

 雷がフィールドに降り注ぎ、スキルドレインのカードを破壊する。これで、準備は整った。

 

「そして、俺はジャンク・ウォリアーのレベルを一つ下げ、レベル・スティーラーを墓地から特殊召喚! 更に《シンクロン・エクスプローラー》を召喚!」

 

《シンクロン・エクスプローラー》 ATK/0 DEF/700

 

 身体の真ん中に空洞を持つモンスターが召喚される。周囲は攻撃力0のモンスターを攻撃表示で出していることに驚いている。

 低レベルモンスターの重要性は、さっきの説明だけではわからなかったようである。まぁ、それでなくてもこのモンスターの効果は強力だけどね。特にシンクロン主体のデッキにとっては。

 

「シンクロン・エクスプローラーの効果発動! 召喚成功時、墓地のシンクロンと名のつくモンスターを効果を無効にして特殊召喚する! 蘇れ、クイック・シンクロン! そしてチューナーが場にいるため、墓地からボルト・ヘッジホッグを特殊召喚!」

 

 というわけで、フィールドにはジャンク・ウォリアー、レベル・スティーラー、シンクロン・エクスプローラー、クイック・シンクロン、ボルト・ヘッジホッグの五体が並ぶ。

 これで墓地がすっからかんだ。墓地のモンスターを使いすぎである。

 

「一気にモンスターゾーンを埋めるとは……。チューナーを蘇らせた以上、またシンクロ召喚をするつもりか?」

 

 その問いに返す答えは決まっている。

 

「もちろんです! 俺はレベル1のレベル・スティーラーとレベル2のシンクロン・エクスプローラーに、レベル5のクイック・シンクロンをチューニング!」

 

 クイック・シンクロンが打ち抜いたのは、ジャンク・シンクロン。そして、光の輪となったクイック・シンクロンに続き、3つの星が輝きを放つ。

 

「集いし闘志が、怒号の魔神を呼び覚ます。光差す道となれ! シンクロ召喚! 粉砕せよ、《ジャンク・デストロイヤー》!」

 

《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600 DEF/2500

 

 光の中から現われるのは、4本の腕を持つスーパーロボットのようなモンスター。こいつもまた、ジャンク・ウォリアーとは違った意味でロマン溢れるモンスターだ。

 そして、こいつの効果は強力だ。早速いくぜ。

 

「ジャンク・デストロイヤーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、シンクロ素材としたチューナー以外のモンスターの数までフィールド上に存在するカードを選択して破壊できる! 素材としたチューナー以外のモンスターは2体! 俺は先生のフィールドの伏せカードと、神獣王バルバロスを破壊する! 《タイダル・エナジー》!」

「な、なんだって!?」

 

 ジャンク・デストロイヤーからエネルギーの奔流が解き放たれ、それはフィールドを覆うように飲みこんでいく。

 そしてその奔流が過ぎ去ったあと、先生のフィールドに残っているのはゾンバイアが1体だけだった。

 

「バトル! ジャンク・デストロイヤーでゾンバイアに攻撃! 《デストロイ・ナックル》!」

「くっ……!」

 

試験官 LP3000→2500

 

「更にボルト・ヘッジホッグとジャンク・ウォリアーでダイレクトアタック!  《スクラップ・フィスト》!」

「うわぁぁっ!」

 

試験官 LP:2500→0

 

 先生のLPが0をカウントし、決着となる。

 うん、終わってみれば開始2ターンで1ターンキルか。こっちのLPは削られていないし、まぁ上等な結果だろう。

 それに公の場で初めて行うシンクロ召喚でジャンク・ウォリアーを呼び出すという俺の夢も叶ったし。これでこっちの世界でもシンクロモンスターの代名詞になってくれるといいなぁ。

 

『あ、遠也。試験官の人がこっち見てるよ』

 

 おっと、なんだろう。何か連絡事項でもあるんだろうか。

 

「受験番号13番。合否は追って通知するから、今日はもう帰ってもよろしい。……あと、個人的にシンクロ召喚というものをこの目で見れて楽しかった。ありがとう」

「あはは、いえいえ、どうも」

 

 なんだかいい笑顔で満足げに言う先生に愛想笑いで返しつつ、俺は会場を後にする。周囲から聞こえるざわめきから、シンクロ召喚の実演としても上手くいったようだ。

 この世界でお世話になったペガサスさんに、これで少しでも恩返しができるといいんだけど。

 ちなみに俺がお世話になった人は、遊戯さん、海馬さん、ペガサスさんといったこの世界のそうそうたる顔ぶれである。

 

 遊戯さんはこの世界で初めて頼った人であり、当時改めて現実を受け入れて色々混乱していた俺に根気強く付き合ってくれた人だった。八つ当たりもしてしまったというのに、本当にいい人だ。

 そんな遊戯さんと彼の精霊も一緒に、いささか情緒不安定だった俺を支えてくれたのだ。ちなみに、精霊は何故か見えた。

 そして遊戯さんの紹介で海馬さん、ペガサスさんに会った。そして二人にも俺の境遇を話し、海馬さんには戸籍の世話を。ペガサスさんには生活の世話を受けたのだ。

 海馬さんも、普段なら俺ごとき気にもしないだろう。だが遊戯さんの紹介であることと、強制的に天涯孤独となった境遇に何か思うことがあったのか、破格の対価で手を貸してくれた。それでも対価をきっちり取るあたりは、さすがにしっかりしている。

 そしてペガサスさんには保護者として生活を支援してもらった。代わりに俺は自分の世界のシンクロという概念の提供をした。他にも実際にOCGにあったカードの説明や、様々な情報の提供を行うことを約束し、俺はこの世界での基盤を手に入れたのだ。

 

 ちなみに、シンクロ召喚がこの世界でも可能になったのは、海馬さんのおかげだ。俺の話を聞き、新たにデュエルディスクに改良を加えたのだとか。これによって、この時代のデュエルディスクでもシンクロ召喚が行えるようになったのだ。

 俺のディスクはこの世界に来た時に持っていたもので、時代的には5D’sかそれ以降のものだ。外見は遊星が使っていたものによく似ているうえ、オートシャッフル機能も付いてるし、動力はモーメントっぽいので間違いないだろう。

 だからこそ俺はシンクロ召喚ができる。しかし、通常のディスクではできない。シンクロ召喚そのものはモーメントがなくても可能なため、海馬さんは現在のデュエルディスクを改良して対応したのだった。

 そしてペガサスさんがシンクロを実用できるようにしたのがつい最近のこと。ただし相当なレアカードという位置づけになるらしく、完全に普及するには数年以上かかることになるだろう。

 とまぁ、そんなこんなで何とかやってこれた俺だが、これからはついにアカデミアで学生をやることとなるわけだ。

 さすがにあれだけやって不合格ということもないだろう。これで不合格なら泣くぞ。そして海馬さんに抗議してやる。一蹴されるだろうけど。

 

 まぁ、なにはともあれ。

 

「これで俺も高校生か。一年遅れだけど。ダブリだけど」

『まぁまぁ。その代わり、私に会えたと思って』

「それは確かに。ありがとう親友」

『親友かぁ。いいけどね、別にー』

 

 俺の横をふわふわ浮かぶいかにもな魔女っ子と話しつつ、俺はひとまず帰路につく。

 これから始まる新生活。GXという名の人生の1ページに、自分がどのように関わっていくのかを考えながら。

 

 

 

 

 



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第2話 十代

 デュエルアカデミア、ラーイエロー寮の一室。

 オベリスクブルーの寮に比べれば貧しく、オシリスレッドと比べれば上等な、そんな間を取った普通な部屋のベッドの上で寝ていた俺は、呼びかける声に意識を覚醒させていく。

 

「ほら、遠也。朝だよもう」

 

 ご丁寧に実体化までしているらしく、布団越しに身体を揺さぶられてもいるようだ。

 比較的寝起きはいいと自覚している俺だが、しかしそれがイコール早起きに繋がるわけではない。むしろ寝られるなら好きなだけ寝ていたい。それが退屈な授業を控えた学生ともなれば、なおさらだろう。

 だがしかし、授業があるからこそ起きなければならないというのも、学生の悲しい定め。いささかならず抗いがたい魅力が布団にあるのは確かだが……ここは涙を飲んで起きるとしよう。

 そんなわけでむくりと上半身を起こし、隣で「あ、起きた」なんて呟いている奴に顔を向ける。そして、毎朝恒例の朝の挨拶。

 

「おはよ、マナ」

「うん、おはよう遠也」

 

 にっこり笑って返すのは、俺についてきた遊戯さんのカードに宿っていたはずの精霊。

 

 《ブラック・マジシャン・ガール》のマナであった。

 

 

 

 

 

 

 

 俺とマナの出会いは、実に一年前にさかのぼる。当たり前だけど。

 ともあれ、その時の俺は間違いなくこの世界が現実のものと認めざるを得ない現状に、軽度の鬱っぽい感じになっていた。

 いやだってさ、現代日本に似ているとはいえ、いきなり違う世界だからね。家族、友人、親類縁者、その他十五年かけて俺が培ってきたものが全て消滅したわけですよ。

 そりゃ、いくら同居人との仲が悪かったからといって、まったくショックを受けないなんてことはないわけですよ。

 まして、この世界は常識まで俺の世界とは微妙に異なるのだ。何かあれば「おい、デュエルしろよ」の世界である。最初、上手くなじめずに気持ちが不安定になるのは仕方がないと許してほしい。

 この世界でいきなり遊戯さんを訪ね、そして俺の事情を聞いて快く俺に宿を提供してくれた武藤家の皆さんには感謝してもしきれない。まして、そんな状態の俺に優しく接し続けてくれたのだから、その感謝度たるや天井知らずである。

 そして、その時によく話しかけてきてくれたのがマナだった。一応同年代(見た目と精神年齢的に)であるし、マナが明るくとっつきやすい性格だったからだろう。遊戯さんや彼女の師匠である《ブラック・マジシャン》のマハードも、積極的に俺と関わらせようとしていたと思う。

 俺はそんなマナの性格に影響されたのか、だいぶ精神的に楽になったし、素の自分をさらけ出してこの世界を生きる気持ちを芽生えさせることができた。尤も、マナがかなりの美少女であったことが関係なかったかといえば、もちろんあったりもするのだが。

 まぁそれは置いておいて。その結果、俺にとってマナはこの世界で一番親しい存在となったのだ。友人、親友、ちょっと照れ臭いがそんな関係だろうか。

 向こうも俺の自意識過剰でなければ、俺のことをそれなりに親しく感じてくれているように思う。

 それが俺とマナの関係だった。

 言葉にこそしないが、俺はマナの存在に感謝している。俺についてきてくれると言ってくれた時も、本当は嬉しかった。そんなこと、恥ずかしくて言えやしないけどな。

 まぁ、とはいえ……。

 

「普段は口やかましいだけだけどな」

『それ、誰のこと? あ、もしかしなくても私でしょ! もう、毎朝起こしてあげてるのは誰だと思ってるの!?』

「お黙りマナガール。誰かといえばお前のことだが、毎朝きちんと感謝している。ありがとう」

『え、うん、どうしたしまして? ……あれ、ここは怒るところ?』

「笑えばいいと思うよ」

 

 そんな複雑な言い回しでもなかろうに、納得いかなそうに首をかしげるマナはなかなかに愛らしい。言うと調子に乗るかもしれないから言わないけど。

 授業も終わり、ぶらぶらと二人で歩く(片方は浮かぶ)散歩道。こうして二人きりになる時間は居心地がいい。

 俺の事情を余すところなく知っている相手であるし、気を使う必要がない相手でもある。それがこの心地よさに繋がっているのだろう。

 そう考えれば、やっぱりこうしてついてきてくれたのは良いことだった。一人だと、いろいろ考えてしまったかもしれないからな。

 と、そんなことをつらつらと考えながら、マナと話していたその最中。

 突然背後から大声が俺たちにかけられた。

 

「あー! いたーッ!」

 

 その声に二人して思わず振り返れば、そこにはこちらを指さしているオシリスレッドの制服を着た男子が一人。

 髪の色は茶色。髪型はこれといった特徴はなく。しかし爛々と輝く生気あふれるその瞳が、その男子の印象を非常に活気あるものにしている。

 ……うん、遊城十代だな。何度かアカデミアの中で見かけたことがあるから間違いないだろう。けど、なぜいきなり?

 絶句している俺を見て、マナが『遠也?』と聞いてくるが、俺はそれには答えなかった。いやね、まさかこんなにいきなり主人公に会うとは思わないじゃない。ちょっと、意識を飛ばしても仕方ないでしょ?

 ちなみにこの俺、十代が主人公のGXのことをあんまり詳しく覚えていない。

 初代は最初ということもあって印象深かったし、しっかり覚えている。5D'sやゼアルも最近のアニメだったから覚えている。

 けど、GXは中途半端な時期だったためか、俺の中で記憶がうろ覚えなのだ。それは、この一年間この世界で作品に全く触れずに過ごしたことでひどくなっていると言っていい。

 さすがに十代やメインキャラ、大きな事件や個人的に印象深かったことは多少覚えているが……。あとは最終回までの大まかな流れや主人公にまつわる話ぐらいか。まぁ、何でもかんでも物語通りに進むわけではないから、参考になる程度しか覚えていないのは変に気にしなくていい分ラッキーだとでも思っておくことにしている。

 と、そんなことを考えているうちに、十代がこちらに走り寄ってきていた。

 そして、にかっと気持ちのいい笑顔を見せる。

 

「いやー、探したぜ! お前だろ、入学試験でシンクロ召喚とかいうやつを使ってたの!」

「ああ、うん、まぁ」

「俺の名前は遊城十代! あとでその話を聞いてさ、その場にいれなかったのが残念だったぜ! だから、俺とデュエルしようぜ!」

 

 なん……だと……。

 今の会話は一体どうなっているんだ?

 

 Q:シンクロ召喚使った?

 A:はい。

 Q:デュエルしようぜ!

 A:!?

 

 こうである。まるで意味がわからんぞ!

 いやまぁ、新たな戦術であるシンクロ召喚を見たいから、というのはわかるのだが。しかし、文法的におかしかったでしょ。その場にいなかったのが残念、デュエルしようぜ! って。

 確かにアニメでもデュエル馬鹿みたいな設定はあったが、現実でも本当にこんな性格だったのか。あれはアニメだったからで、普通はもう少し抑えられてるだろと勝手に考えていたんだけど……そのままとは。

 しかし、この真っ直ぐさが人を引き寄せ、そして確か世界すら救うというのだから馬鹿にはできない。しかし、その当事者に会うというのも妙な気分だな、やっぱり。遊戯さんたちでだいぶ慣れたとはいえ。

 

「で、どうなんだ? デュエルしてくれるのか?」

 

 そして目の前で目をキラキラさせながら俺の答えを待っている十代。うぉ、その視線が眩しいぜ! 

 しかし、デュエルか。まぁ、してもいいか。俺も、やっぱりデュエルは好きだからな。断る理由も特にない。

 

「わかった。そのデュエル受ける! それと、俺の名前は皆本遠也だ」

「やったぁ! サンキュー遠也! んじゃあ早速……って、うわっ! な、なんでここにブラマジガールが!?」

『あ、どうもー』

 

 十代にひらひらと手を振ってこたえるマナ。

 おいおい、いま気付いたのかよ。てっきり見えててスルーしているのかと思った。どれだけデュエル一直線なんだよまったく。

 ……ん? そういやこの時って、十代はまだ精霊見えてないんじゃなかったか? もう詳しくは覚えてないからな……気のせいかもしれないけど……。

 まぁ、いいや。見えてるってことは見えてたんだろ。たぶん。

 

「驚くのはわかるけど、そっちは後でな。デュエルするんだろ?」

「お、おう。わかった、それじゃいくぜ!」

 

 互いにデュエルディスクを構え、デッキをセット。ある程度の距離を開けたところで、同時に宣言する。

 

「「デュエル!」」

 

 皆本遠也 LP:4000

 遊城十代 LP:4000

 

 よし、今回は先攻だな。

 

「先攻は俺だ、ドロー!」

 

 さて、手札はというと……。

 

・チューニング・サポーター

・レベル・スティーラー

・ボルト・ヘッジホッグ

・死者蘇生

・調律

・速攻のかかし

 

 の六枚。

 むぅ、チューナーが一枚もないとか。まぁ、代わりに調律があるから何とかなるか。

 

「俺はまず手札から魔法カード《調律》を発動する! 自分のデッキから「シンクロン」と名のつくチューナー1体を手札に加え、デッキをシャッフル。その後デッキトップのカードを墓地に送る。俺が選択するのは、チューナーモンスター《クイック・シンクロン》!」

「チューナー? そいつが噂のモンスターか!」

 

 十代が驚きとともに表情を喜びに変える。自分の知らないモンスター、知らない戦術。そんなデュエルが出来ることを心底楽しんでるって顔だ。

 幸せな奴だと思うと同時に、そんな純粋さが若干羨ましくもあるな。まぁ、そういうところが十代の魅力なんだろう。確かに、こんなに素直な奴はそういないだろうし。

 そんなことを考えつつ、俺は調律の効果の処理をしていく。カードを手札に加え、デッキをディスクが勝手にシャッフル。その後、デッキの一番上のカードを墓地に送った。

 

「おぉ、すげぇ! デッキが勝手にシャッフルされてる!」

 

 あ、そうか。この機能はまだこの時代のディスクにはないんだった。

 

「俺のデュエルディスクは特別製なのさ。ふっふっふ、羨ましいだろう」

「ああ! カッコイイぜ!」

 

 なんと、このディスクがカッコイイと申すか。

 さすがは十代。きちんとわかってるじゃないの。この細かな動作をも可能にしたディスクの素晴らしさが分かるとは、できる。便利だし、カッコイイ。いいとこだらけのこのディスク。一点物のためにプレゼントできないのが残念だ。

 

「サンキュー十代。さて、俺は手札から《レベル・スティーラー》を墓地に送り、クイック・シンクロンを特殊召喚! 更にレベル・スティーラーを自身の効果で蘇生、この時クイック・シンクロンのレベルは1つ下がる。更に《ボルト・ヘッジホッグ》を守備表示で通常召喚!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

「一気に三体も……! なんて展開力だ!」

 

 慄く十代。しかし、本番はこれからさ。

 

「いくぞ十代! 俺はレベル1のレベル・スティーラーにレベル4となったクイック・シンクロンをチューニング!」

 

 もちろんクイック・シンクロンが打ち抜くのは、ジャンク・シンクロンだ。

 四つの光輪の中を輝く星となったレベル・スティーラーがくぐり、光があふれる。その様を、十代は目を輝かせて見入っていた。

 

「集いし星が、新たな力を呼び起こす。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・ウォリアー》!」

 

 おなじみ、シンクロ召喚の代名詞。機械の身体を持った戦士が、その拳を高らかに掲げて飛び出した。

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300 DEF/1300

 

 出てきたジャンク・ウォリアーを見た十代は、興奮しきりのようである。身を乗り出して見つめ、そして歓声を上げた。

 

「すっげぇー! めちゃくちゃカッコイイじゃん! それがシンクロ召喚かぁ!」

 

 なんだそんなに嬉しいのか。こやつめ、ははは。

 飛び上がらんばかりに喜んでいる姿に、俺もなんだか気分が良くなる。ジャンク・ウォリアーも心なしか得意げに見えなくもない。

 

「そうだろう、そうだろう。だが十代、こいつの本領はまだこれからだぜ?」

「ん?」

「ジャンク・ウォリアーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、このカードの攻撃力は自分フィールド上にいるレベル2以下のモンスターの攻撃力分アップする! 《パワー・オブ・フェローズ》!」

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300→3100

 

「1ターン目から、いきなり3000越えのモンスターだって!?」

 

 十代が盛大に驚くが、元の世界ではこれぐらい日常茶飯事である。っていうか、これぐらいでは後攻ワンキルくらうこともザラだった環境だ。

 今思うと、やっぱ相当に高速化してんだなあの世界のデュエルは。ソリティアとか言われるデッキもあるぐらいだからなぁ。

 

「俺はこれでターンエンドだ!」

 

 高攻撃力のモンスターに、壁モンスターが1体。伏せカードはないが、それでもボードアドバンテージとしてはそれなりだろう。

 しかし、相手は十代だ。油断していたら速攻でやられそうな気がする。

 とはいえ、伏せカードがない以外は特に心配することもない。とりあえず、これに対して十代がどう対応するのか。それからだな。

 

「すげぇぜ、遠也! 最初からそんな強力なモンスターを呼び出すなんてな! こいつは俺も負けてられないぜ、ドロー!」

 

 さて、チートドローの代名詞として有名な十代のことだ。手札的には相当いいものが揃っているとみて間違いはないだろう。問題は、それがどの程度なのか、だ。

 手札を確認した十代は、自信満々にカードをディスクに置いた。

 

「俺は手札から《融合》を発動し、手札の《E・HEROエレメンタル・ヒーロー スパークマン》と《E・HERO クレイマン》を融合する! 現れろ、《E・HERO サンダー・ジャイアント》!」

 

 大きく丸い鎧に上半身を包まれた雷を操るHEROが場に現れる。バチバチと鳴る雷の音が実に力強い。

 

《E・HERO サンダー・ジャイアント》 ATK/2400 DEF/1500

 

 って、おい! いったいどうなってるんだよアイツの手札は!

 ただでさえ初期手札に融合素材と融合が揃ってんのに、出てくるカードがサンダー・ジャイアントだと!? 狙ってるんじゃないだろうな!?

 

『うわー、凄いねあの人。うちのマスターに負けず劣らずのドロー運みたい』

 

 確かに、それほどまでに十代のドローは驚異的だ。十代の代名詞ともいえるぐらい、ドローの凄さは強調されていたようにも思うし。

 

「いくぜ、遠也! サンダー・ジャイアントの効果発動! 手札を1枚捨てて、相手フィールド上のこのカードより元々の攻撃力が低いモンスター1体を破壊する! ジャンク・ウォリアーは確か攻撃力2300だったよな?」

 

 はい、その通りです。

 

「いけ、サンダー・ジャイアント! 《ヴェイパー・スパーク》!」

「くっ……!」

 

 サンダー・ジャイアントから放たれた雷撃がジャンク・ウォリアーを直撃し、ジャンク・ウォリアーは為す術なく破壊されてしまう。

 ちくしょう、これで俺の場には守備表示のボルト・ヘッジホッグが1体だけ……!

 

「更にサンダー・ジャイアントでボルト・ヘッジホッグに攻撃! 《ボルティック・サンダー》!」

 

 続いてボルト・ヘッジホッグも破壊される。守備表示だったからダメージこそないものの、これで俺のフィールドはガラ空きだ。

 

「よし! 俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ!」

 

 エンド宣言をし、十代のターンが終わる。

 これで十代の手札は残り1枚。とはいえ、それで安心できないのが遊城十代の恐ろしいところだ。

 

「ったく、よくもやってくれたな、十代。せっかく整えたフィールドがボロボロだ」

「へへっ、そいつが俺とHEROの力さ! けど、まだまだこれからだろ? デュエルは始まったばかりだぜ!」

 

 隠すことなく笑いながら、十代はそう言って俺を促す。

 まったく、その通りだ。早速してやられてしまったが、まだまだデュエルはこれからなのだ。こうして思う存分デュエルできるところは、この世界に来て本当によかったと思えるところである。

 だからこそ、デュエルでは俺も全力を尽くす!

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 引いたカードを確認し、これから行う動作を一瞬で組み立てる。

 

「俺は手札から《チューニング・サポーター》を守備表示で召喚して、ターンエンド!」

 

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

 まだ上手く手札が揃わない。ここは、何とか耐えるしかない。

 

「よっしゃあ、俺のターンだ! ドロー!」

 

 さて、どうくる?

 

「俺は《E・HERO フェザーマン》を召喚! バトルだ! フェザーマンでチューニング・サポーターに攻撃! 《フェザー・ブレイク》!」

 

《E・HERO フェザーマン》 ATK/1000 DEF/1000

 

 勢いよく飛んできた羽根がチューニング・サポーターに突き刺さり、破壊される。

 

「更にサンダー・ジャイアントでダイレクトアタック! 《ボルティック・サンダー》!」

「悪いが、そいつは通さない! 手札から《速攻のかかし》を捨て、効果発動!」

「手札からモンスター効果だって!?」

 

 そういえば、この時点では手札から効果を発動するモンスターってそんなにいないんだっけか。有名どころではクリボーぐらいしか俺も知らないもんな。

 

「相手の直接攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する!」

 

 いやー、まさかピンで挿してたコイツが初期手札に来るとは思わなかったが、いてよかったぜかかしさん。

 

「ちぇ、止められたか。俺はこれでターンエンドだ!」

「俺のターン、ドロー!」

 

 引いたカードは……。

 

「きたー! 俺は手札からチューナーモンスター《ジャンク・シンクロン》を召喚!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

 

 眼鏡をかけたお馴染みのチューナー。遊星のデッキでも過労死組に分類されるアイツである。

 

「ジャンク・シンクロンの効果! 墓地のレベル2以下のモンスターを効果を無効にして表側守備表示で特殊召喚する! 来い、レベル・スティーラー! 更に俺のフィールド上にチューナーがいるため、ボルト・ヘッジホッグを特殊召喚! 更に手札から《死者蘇生》! チューニング・サポーターを蘇生する!」

 

 4体のモンスターがフィールドに並ぶ。

 レベルの合計は8。スターダストといきたいところだが……この状況では、あいつしかいない。

 

「チューニング・サポーターの効果により、このカードはレベル2として扱う! レベル2となったチューニング・サポーターとレベル2ボルト・ヘッジホッグ、レベル1レベル・スティーラーに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!」

「レベル8……! いったいどんなモンスターが出てくるんだ!?」

 

 そして相変わらず好奇心丸出しな十代である。ホント、少年漫画の主人公みたいなやつだな。ある意味その通りなわけだが。

 まぁ、それはそれとして。

 

「集いし闘志が、怒号の魔神を呼び覚ます。光差す道となれ! シンクロ召喚! 粉砕せよ、《ジャンク・デストロイヤー》!」

 

《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600 DEF/2500

 

 またまた出ました、スーパーロボット! どこからどう見ても機械族なのに戦士族! しかし頼れる僕らのヒーロー、スーパーピン……おっと、危ない危ない。

 

「うおー、ロボットかよ! そいつもカッコイイなぁ!」

「だけど、効果は結構えげつないぜ?」

「へぇー、どんな効果なんだ?」

「今から見せてやるぜ! ジャンク・デストロイヤーの効果発動! このカードがシンクロ召喚に成功した時、素材としたチューナー以外のモンスターの数までフィールド上のカードを選択して破壊できる! その数は3体、よって3枚のカードを破壊できる!」

「げっ、マジかよ!?」

 

 残念ながらマジである。

 

「俺は十代のフィールドのサンダー・ジャイアントとフェザーマン、そして伏せカードを破壊する! 《タイダル・エナジー》!」

 

 ジャンク・デストロイヤーによって、サンダー・ジャイアントとフェザーマンが破壊され、次いで伏せカードも墓地に送られる。伏せカードは……《ヒーロー・バリア》か。まずまずの戦果だな。

 

「シンクロ素材として墓地に送られたチューニング・サポーターの効果。カードを1枚ドローする」

 

 さて、これで十代の場には何もない。なら攻撃を躊躇う理由はどこにもないな。

 

「ジャンク・デストロイヤーでダイレクトアタック! 《デストロイ・ナックル》!」

「うわぁっ!」

 

 デストロイヤーの剛腕が振りぬかれ、そのまま十代にたたきつけられる。ソリッドビジョンだから痛みも衝撃もないはずだが、あれだけリアルな映像に迫られた十代は、思わず膝をついた。

 

「ターンエンドだ」

 

十代 LP:4000→1400

 

 ふぅ、ようやくライフを削れたか。よかった、ジャンク・シンクロン引けて。

 まぁ、クイックと合わせて6枚も入ってるし、他にも何枚かチューナーは入ってるから引ける確率は高かったが……事故る時は本当に事故るからなぁ。シンクロデッキなのに、3ターンの間チューナーも調律も来なかった時はホントに泣けた。

 

「くっそー、攻撃力2600でその効果かよ」

 

 ライフを削られた十代が、なんつー効果だ、と呟きながら立ち上がった。

 

『でも十代くん、こんなの遠也のデッキでは序の口だよ? 中にはもっと恐ろしい効果のモンスターも……』

「そうなのか?」

「なぜ敵に塩を送るか、お前は」

 

 お仕置きしてやりたいが、精霊化していてはどうにもならん。ぐぎぎ。

 

『ごめんなさーい』

 

 てへ、と可愛く謝って見せるマナ。コノヤロウ、可愛いから許す!

 

「なぁ、さっきは後回しにしちゃったけどさ。お前の隣にいるの、ブラック・マジシャン・ガールの精霊だよな?」

『そうだよー。私はマナ、改めてよろしくね!』

「ん、おう、俺は十代だ。で、コイツが俺の相棒、ハネクリボーだ!」

『クリクリ~』

 

 おお、あれがハネクリボーか。遊戯さんが自ら手渡したという、以後ずっと十代のデュエルを支え続ける相棒。

 しかし、待てよ。もとが遊戯さんのだとすると、ハネクリボーとマナって顔見知りなのか? あの人のところ、精霊いっぱいいるからハネクリボーもいたかなんて覚えてないぞ。

 

『あ、久しぶりだね。元気してた?』

『クリ~!』

 

 旧知の仲であることが判明しました。まぁ、当然といえば当然か。

 

「相棒、知り合いなのか? 待てよ……ブラマジガールは遊戯さんのデッキにしか入っていないはず。あれ、ってことは……」

「十代、気になるのはわかるけど、まずはデュエルだ。話なんて、終わってからでも出来るさ」

 

 なんだか長くなりそうだったので、とりあえずデュエルしようぜ! である。

 さすがに長引くと寮での自由時間が削られるからな。デュエルは好きだが、それはそれ、これはこれだ。

 

「うーん、気になるけど……まぁ、確かに後でもいいか。よし、俺のターンだ! ドロー!」

 

 さて、十代の手札は1枚。フィールドは空っぽ。この状態で引くものといえば……。

 

「俺は《強欲な壺》を発動し、2枚ドロー! 更に《天使の施し》! 3枚ドローし、2枚捨てるぜ!」

 

 禁止カードの連続ラッシュきたー! そして同時にこれは十代の勝利フラグだ!

 なんだか雲行きが怪しくなってきたぜ。

 

「俺は《E・HERO バブルマン》を召喚! こいつは召喚に成功した時、自分のフィールド上に他のカードがない場合、デッキから2枚ドローできる! ドロー!」

 

《E・HERO バブルマン》 ATK/800 DEF/1200

 

 ここでくるのか、泡男! しかもこいつはアニメ効果のほうかよ! こいつこそまさにインチキ効果もいい加減にしろ、って言葉がふさわしい。

 

「俺は手札から魔法カード《E‐エマージェンシーコール》を発動し、《E・HERO バーストレディ》を手札に加える! 更に《O-オーバーソウル》! 墓地のフェザーマンを特殊召喚!」

 

 ここまでやって、十代の手札はまだ3枚残っている。そのうち1枚はバーストレディ、フィールドにはフェザーマンとくれば、残り2枚のうち1枚は決まっている。

 

「いくぜ遠也! 俺は融合を発動し、手札のバーストレディとフィールドのフェザーマンを融合! 現れろマイフェイバリット、《E・HERO フレイム・ウィングマン》!」

 

 右腕が赤い竜頭、左側の背中からは純白の翼を生やしたHEROが十代のフィールドに降り立つ。身体が緑色なのは融合素材となったフェザーマンの名残だろうか。

 

《E・HERO フレイム・ウィングマン》 ATK/2100 DEF/1200

 

 これで十代の手札はあと1枚。このままではジャンク・デストロイヤーに敵わない以上、手札にあるのはたぶんその補強カード。

 ふむ……。

 

「なるほどな。だが十代、ソイツじゃあジャンク・デストロイヤーの攻撃力には届かない!」

 

 なんとなくフラグを立ててみる。

 まぁ、こんなことしなくても結果は変わらないんだろうけど、なんとなくね。

 そんな俺の言葉に、十代はにやりと笑った。

 

「慌てるなよ遠也。ヒーローにはヒーローに相応しい戦いの舞台がある! 俺はフィールド魔法《摩天楼-スカイスクレイパー-》を発動!」

 

 カードがセットされると同時に、フィールドにその名の通りの摩天楼が現れる。しかし、やっぱりあったか、攻撃力強化のカード。しかも摩天楼とは……もはや感嘆するしかないな。

 

「《摩天楼-スカイスクレイパー-》が存在する限り、E・HEROの攻撃力が相手モンスターの攻撃力よりも低い場合、E・HEROの攻撃力をダメージ計算時のみ1000ポイントアップする!」

 

 摩天楼のネオンが煌めく中、静かに佇む二人のHERO。くそぅ、なんかカッコイイな。しかもこの摩天楼もアニメ効果じゃないか。

 

「フレイム・ウィングマンでジャンク・デストロイヤーに攻撃! この時スカイスクレイパーの効果で攻撃力が1000ポイントアップ!」

 

《E・HERO フレイム・ウィングマン》 ATK/2100→3100

 

「いっけぇ! 《スカイスクレイパー・シュート》!」

「うおっ」

 

 その言葉に応じ、フレイム・ウィングマンが風属性のくせに火炎放射で攻撃してくる。

 ジャンク・デストロイヤーは炎の渦にさらされ、そのまま破壊された。

 

遠也 LP:4000→3500

 

「まだまだ! フレイム・ウィングマンの効果発動! 戦闘でモンスターを破壊した時、そのモンスターの攻撃力分のダメージを与える!」

「くっ、そうだった!」

 

遠也 LP:3500→900

 

「更にバブルマンでダイレクトアタック! 《バブル・シュート》!」

「ぐあっ……!」

 

遠也 LP:900→100

 

 一気に合計3900のダメージが俺のライフから削られる。

 あ、あぶねー! ギリギリ残ったが、危うく1ターンキルされるところだったぜ、おい!

 しかも、またしても俺のフィールドは空っぽ状態。ちくしょう、主人公勢のようなチートドローが俺も欲しいぜ……。

 そんな涙がちょちょぎれそうな俺の内心とは裏腹に、十代は至極嬉しそうであった。

 

「よっしゃあ! 俺はこれでターンエンドだぜ!」

「これはヤバい……俺のターン、ドロー!」

 

 手札は3枚。しかし、その中にまだ決着をつけられる手はない。

 

「俺はモンスターをセット、カードを1枚伏せてターンエンド!」

 

 これで、耐えられればいいんだが。

 

「これで決めてみせるぜ! 俺のターン、ドロー!」

 

 ちょ、そんなフラグ立てないでくれよ。

 なんか実現しそうで嫌だぞ、そういうのは。

 

「俺は魔法カード《融合回収》を発動! 墓地の融合とバーストレディを手札に加える。そして、バーストレディを召喚!」

 

《E・HERO バーストレディ》 ATK/1200 DEF/800

 

 今度はフィールドに現れるバーストレディ。

 性格キツそうではあるが、E・HEROの紅一点だ。だが残念ながら俺はレディ・オブ・ファイアのほうがイラスト的に好きである。

 

「いくぜ、フレイム・ウィングマンでセットモンスターを攻撃! 《フレイム・シュート》!」

 

 火炎放射がセットされたモンスターに襲いかかる。

 反転され、現れたのは一人の人間の少女だ。

 

「《薄幸の美少女》の効果発動! このカードが戦闘によって墓地に送られた時、バトルフェイズを終了させる!」

 

《薄幸の美少女》 ATK/0 DEF/100

 

 いかにも幸薄そうな少女を前に、仮にもヒーローを名乗るフレイム・ウィングマンは勢い良く出していた炎を引っ込めて、小さな火の粉に切り替えた。それにあわあわ言いながら涙ぐんで逃げていく美少女。

 その姿に同情を誘われたのか、バーストレディとバブルマンは攻撃する気をなくしたようだ。

 ……こういう意味でバトルフェイズが終了するのか、これ。

 

『……なんか、私も可哀想になってきちゃった』

 

 確かに、半泣きで逃げて行った姿は、同情を誘うには十分だった。強く生きろよ、薄幸の美少女……。

 ちなみに薄幸の美少女の攻撃力は0。フレイム・ウィングマンの効果でダメージを受けることもない。

 

「くそー、もう少しなのになぁ。じゃあ、俺はバーストレディとバブルマンを融合! 《E・HERO スチーム・ヒーラー》守備表示で召喚して、ターンエンドだ!」

 

《E・HERO スチーム・ヒーラー》 ATK/1800 DEF/1000

 

 最後に紫色をしたずんぐりとしたHEROを召喚して、十代のターンが終わる。それにしても、どこにもバーストレディの要素が見えないモンスターである。

 攻めきれなかった十代は悔しそうだ。

 しかし、俺もまさかアカデミアに行く前に時期的にまずいからと抜いたダンディライオンの代わりに、とりあえず入れておいたカードが早速活躍するとは思わなかった。

 一応遊星のデッキにも入っていたことがあるカードだからこれにしたが……何でも、入れておくもんだな。

 

「さて。俺のターン、ドロー!」

 

 引いたカードは……来たか!

 

「俺は《シンクロン・エクスプローラー》を召喚し、その効果により墓地からシンクロンと名のついたモンスターを特殊召喚する! クイック・シンクロンを特殊召喚! 更に墓地の《グローアップ・バルブ》の効果発動! デッキトップのカードを墓地に送り、デュエル中1度だけフィールド上に特殊召喚する! 来い、グローアップ・バルブ!」

「そんなのいつ……まさか、最初に調律を使った時か!?」

「当たりだ。そして更にクイック・シンクロンのレベルを1つ下げ、レベル・スティーラーを特殊召喚! そしてこの瞬間、リバースカードオープン! 罠カード《エンジェル・リフト》! この効果で墓地からレベル2以下のモンスターを特殊召喚する! 俺はチューニング・サポーターを選択!」

 

 クイック・シンクロン、グローアップ・バルブ、シンクロン・エクスプローラー、レベル・スティーラー、チューニング・サポーター。5体のモンスターがフィールドに並んだ。

 

「モンスターゾーンを0から一気に埋めるなんて……へへ、やるな遠也!」

 

 興奮しきりの十代に、俺はサンキューと返す。どこまでも憎めない奴だよ、ホント。

 けど、だからこそ手加減はしない。このデュエル、ここでエンドマークだ!

 

「いくぞ十代! 俺はレベル2のシンクロン・エクスプローラーとレベル4となったクイック・シンクロンをチューニング!」

 

 レベルの合計は6。そして、クイック・シンクロンが打ち抜いたのは、ドリル・シンクロンだ。

 

「集いし力が、大地を貫く槍となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 砕け、《ドリル・ウォリアー》!」

 

《ドリル・ウォリアー》 ATK/2400 DEF/2000

 

 右手に巨大なドリルを持ち、黄色いスカーフをたなびかせた赤い戦士が姿を現す。これまた男のロマン、ドリルである。

 そして、更に!

 

「チューニング・サポーターをレベル2として扱い、レベル2となったチューニング・サポーターとレベル1レベル・スティーラーに、レベル1のグローアップ・バルブをチューニング!」

 

 レベルの合計は4。遊星に唯一シンクロ召喚のセリフを呼ばれなかった、ちょっと可哀想なアイツである。

 

「集いし勇気が、勝利を掴む力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 来い、《アームズ・エイド》!」

 

《アームズ・エイド》 ATK/1800 DEF/1200

 

 鋭い刃のような五本の指。それらを持った大きな人の手の形をした機械が、フィールドに降り立つ。

 これで俺のフィールドには攻撃力2400と攻撃力1800のモンスターが並んだ。いずれもアタッカーとしては十分な攻撃力を持つモンスターだ。モンスターが0の状態から考えれば、頼もしいことこの上ない。

 

「更に、素材となったチューニング・サポーターの効果でカードを1枚ドローする」

 

 引いたカードは《サイクロン》。いいカードだが、既にこの状況では意味がないな。

 さて、ここまでの怒涛の召喚劇を見て、十代はこの新たな召喚方法にやはり大きく興味を持ったようだ。シンクロ召喚するたびに瞳が輝くのだから、わからないはずがない。

 

「やっぱ、すっげぇぜ遠也! レベルの低いモンスターが、力を合わせて強くなる! そして、何度だって蘇って、また立ち上がるなんてな!」

 

 十代のその言葉に、何とも嬉しくなってしまう。

 そう、遊星のデッキ……そして俺のこのデッキは、まさにそれがテーマだ。

 弱小ステータス、低レベルのモンスターは、役立たずということとイコールではないということ。それを証明することができるのが、このシンクロデッキ。

 強いカードが強いんじゃない。どうその力を合わせるのか、どう活用するのかが強さに繋がる。それこそがシンクロ召喚の魅力なのだ。

 俺はそんなこのデッキが好きだ。そんなシンクロ召喚の代名詞であり、自身もまたそんな絆を大切にした男。不動遊星のテーマに則って作ったこのデッキが、俺にとってのフェイバリットなのだ。

 だからこそ、嬉しくなるってもんだ。そんな俺のデッキを褒められて、嬉しくないはずがない。

 そして、モンスターのステータスこそ強さと思いがちなこの世界で、まったくそんなことを意に介さない十代という男が、気持ちよく見えて仕方がなかった。

 

「……そうだろう、十代。俺のモンスターは凄いだろう!」

「ああ! へへ、けどな、俺のHERO達も負けちゃいないぜ! それに、そいつらの攻撃力じゃ俺には届かない。次のターンが勝負だぜ!」

 

 そう、十代の言うとおり。

 フィールド魔法《摩天楼-スカイスクレイパー-》の効果によって、元々の攻撃力が上回っていても、ダメージ計算時にはあちらの攻撃力のほうが高くなってしまう。

 ゆえに、今の俺のフィールドにいるモンスターでは戦闘ダメージを与えることができない。十代はそう思ったのだろう。

 無論、額面通りに受け取ればその通りだ。ドリル・ウォリアーはフレイム・ウィングマンに届かないし、アームズ・エイドはバーストレディにも敵わない。

 ――が、シンクロモンスターの力を舐めてもらっては困る。

 

「それはどうかな」

 

 にやり、と不敵に笑う。逆転フラグ立てさせていただきましたー。

 

「このターンが、ラストターンだ!」

「なんだって!? この状況で、一体何を……」

 

 まだ俺のメインフェイズは終了していない。そして俺のフィールドに、勝利へのピースは既に揃っている!

 

「俺はアームズ・エイドの効果発動! 1ターンに1度、自分のメインフェイズ時に装備カード扱いとしてモンスターに装備できる! そしてその場合、装備モンスターの攻撃力は1000ポイントアップする! 装着しろ、ドリル・ウォリアー!」

 

 アームズ・エイドの鋭利な指が限界まで開き、ドリル・ウォリアーのドリルを覆うように装着される。ドリルの側面に鋭い刃まで併せ持った、凶悪極まりない武装の戦士がここに現れた。

 

《ドリル・ウォリアー》 ATK2400→3400

 

「攻撃力3400……! フレイム・ウィングマンを上回った! けど、それじゃあ俺のライフは0にできないぜ!」

 

 確かに戦闘破壊したところで、摩天楼によってダメージ計算時にフレイム・ウィングマンの攻撃力は3100になる。その差分は300であり、十代のライフは1100残る計算となる。

 しかし、アームズ・エイドのもう一つの効果がその結果を覆す。

 

「いけ、ドリル・ウォリアー! フレイム・ウィングマンに攻撃! 《ドリル・シュート》!」

「くっ、迎え討て! フレイム・ウィングマン!」

 

 ドリル・ウォリアーがその巨大なドリルを高速回転させ、勢いよく振りぬく。

 対するフレイム・ウィングマンも炎によってその攻撃を阻もうとするが、それもやがてドリルの回転にかき消されて無防備な姿をさらすことになる。

 そこにドリルが撃ち込まれ、ついにフレイム・ウィングマンは破壊された。

 

「くっ、フレイム・ウィングマンが……!」

 

十代 LP:1400→1100

 

 十代が悔しげに顔をゆがめるが、まだだ。まだ俺のターンは終わっていない!

 

「この瞬間、アームズ・エイドの効果発動!」

「まだあんのか!?」

「アームズ・エイドを装備したモンスターが戦闘によってモンスターを破壊し墓地に送った時、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える!」

「ふ、フレイム・ウィングマンと同じ効果!? ってことはつまり……」

「そう、フレイム・ウィングマンの攻撃力、2100ポイントのダメージを受けてもらう!」

 

 その瞬間、アームズ・エイドによって破壊されたフレイム・ウィングマンが持つエネルギーが十代に向かって解放される。その総量はもちろん攻撃力分の2100。それは十代のライフを削り取るには十分な量だった。

 

「うわあっ!」

 

十代 LP:1100→0

 

 狙い違わず十代を直撃したエネルギーによって、十代のライフポイントが0をカウントする。

 そしてこの瞬間、俺の勝利が確定した。

 

「あー、危なかった……。マジで負けるかと思った……」

 

 フラグを立てたのは俺だが、迂闊にそんなことするもんじゃないな。残りライフ100とか、本当にギリギリだった。

 

『私も見ててハラハラしたよ。けど、十代くんって強いんだね。遠也のライフをここまで削るなんて』

「まぁ、ドロー運が俺とは天と地ほども差があるからな。しかし、強かったよ」

 

 さすがは主人公の一人、とでも言っておこうか。それでなくても、あのドロー力は驚異的だったが。遊戯さんを彷彿とさせる引きだったからな。

 もし《速攻のかかし》や《薄幸の美少女》がなかったらどうなっていたことか。運がいいのか悪いのか、今日はピン挿ししたカードに助けられたな。

 俺がそんなことを思ってこの結果に胸をなでおろしていると、離れていた十代がこちらに歩み寄ってきた。

 負けたというのに、その顔は笑顔そのものだ。そこに悔しさはあっても、それ以外のマイナスの感情が見当たらない。本当にデュエルを心から楽しんでいる十代ならではか。

 

「くそー、もうちょっとだったんだけどな。けど、ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ!」

 

 そう言って決めポーズを決める。その嫌みのない姿に、俺も笑みを浮かべた。

 

「こっちこそ。いいデュエルだったぜ」

『私も見ていて楽しかったしね。ね?』

『クリクリ~!』

 

 いつの間にかマナの腕に抱かれているハネクリボーも、マナの言葉に同意の声を上げた。しかしハネクリボー、ちょっと場所変われ。胸の前とか、全くもってけしからん。

 そんな俺の視線に気がついたのか、マナは一瞬こちらを見ると、更に強くハネクリボーを抱く手に力を込めた。それを見て何だか悔しくなる俺。くそう。

 しかし、マナは何故か嬉しそうだった。解せぬ。

 

「あ、そうだ! 遠也、なんでブラマジガールがいるのか、話してもらうぜ! このままじゃ気になってしょうがないぜ」

 

 デュエルに夢中で忘れていたのだろうが、マナを見て思い出したようだ。武藤遊戯のデッキにしか入っていないといわれている《ブラック・マジシャン・ガール》。その精霊をなぜ俺が所持しているのか、遊戯さんを尊敬している十代としては、無視できないことなのだろう。

 まぁ、特に何か不都合があるわけでもないから、話してもいいか。

 

「わかったよ。実は……」

 

 曰く、俺は遊戯さんとは顔見知りで一応友人(だと思う)。そして何故かマナに懐かれ、こうしてアカデミアについてきてくれた。マスターは変わらず遊戯さんであり、俺の精霊というわけではない。

 とまぁ、こんな感じ。俺の境遇とかは初対面で話せるようなものでもないしな。

 というわけで、大方の話を終えると、十代はそういうことか、と頷いていた。

 

「なるほどな。俺はてっきり俺みたいに遠也も遊戯さんからカードを渡されたのかと思ったぜ。《ブラック・マジシャン・ガール》なんて、遊戯さんしか持ってないしな」

「いや、精霊は宿ってなかったけど、ブラマジガールのカード自体は俺も持ってるぞ」

「ええ!? マジかよ!?」

 

 ほれ、とカードケースから現在マナが宿っている俺の《ブラック・マジシャン・ガール》のカードを見せる。

 それを手にとってしげしげと見つめた後、十代はすげぇ本物だ、と何やら感動していた。

 この世界では、やはりブラマジガールは相当に珍しいようだ。

 

「実戦で使うのが遊戯さんだけだっただけで、別にカードそのものは世界に1枚ってわけじゃないからな。レアではあるけど、世界を探せば持ってる奴は何人かいるだろ」

 

 とはいえ、だいたいはコレクションとしてで、デッキに入れる人間はいないだろうけどな。なにしろ、上手く回すためには更に《ブラック・マジシャン》、他にも《賢者の宝石》、その他ブラマジのサポートカードと併せて、この世界では何十万とかそれ以上のカードばかりが必要となる。

 とてもじゃないが、専用デッキを作るなんて普通は出来ないだろう。だからこそ、遊戯さんのデッキにしか入っていないと言われてるんだろうけど。っていうか、それらのカードを全部パックで引き当てた遊戯さんがすげぇ。

 そもそも、世界に1枚だとしたら《青眼の白龍》よりレアで、かつ単純なレアリティという意味ではかの《三幻神》と同じということになる。さすがにそれはないだろう。

 

「いやー、いいもの見せてもらったぜ。サンキュー、遠也。けど、マナだっけ? わざわざお前についてくるなんて、よっぽど気に入られたんだな」

「だな。何がそんなにいいのかはわからんけど」

 

 最初の頃なんて話しかけてくるのをウザがってしまったこともあったし。今では仲が良くなったが、当時のことを思えばよくついてきてくれたもんだ。

 と、そんな疑問顔でマナを見れば、マナは少し頬を膨らませて拗ねたような口調になった。

 

『いいの、私が好きでついてきてるんだから』

 

 だそうだ。

 なんか愛されちゃってるね、俺。ははは。

 

「なぁ遠也。寮は違うけど、これからもたまにはこうして会おうぜ。相棒も顔見知りが来てくれて嬉しそうだしさ」

『クリ~』

 

 ハネクリボーが嬉しそうにマナの周りを飛び回る。

 いくら十代がいてくれるとは言っても、それとこれとは感覚が違うのだろう。望郷の念と呼ばれるように、自分のルーツとなる場所は、どこまでいっても特別なのだ。マナの存在はそんな微かな寂しさを和らげてくれる、そうハネクリボーは感じているのかもしれなかった。

 そして、そういうことなら、俺にその気持ちを否定することができるはずもない。

 

「もちろん、オーケーだ。これからよろしくな、十代」

「おう! 今日は負けたけど、またデュエルしてくれよな!」

「まぁ、それはおいおいな」

 

 既に次のデュエルのことを考えている十代に苦笑しつつ、俺たちは握手を交わし新たな友情を通わせる。

 この世界は遊戯王の世界だが、しかし何もかもがアニメ通りというわけではない。ここにいる人たちは確かに生きていて、だからこそ未来というものは不確定だ。

 これから十代が歩んでいくのが、どんな道なのか。たとえそれがアニメのような内容であったとしてもそれは現実の出来事であり、それに立ち向かうことになるということは、様々な危険と隣り合わせということだ。

 勝利が確定しているわけではない。どうなるのかがわからない、という恐怖が現実だからこそついてまわる。

 だからこの時。十代と友達になったこの時、俺は自分にできることをしようと思った。

 十代が危険に遭うなら、出来る限り助け、困っているなら、力を合わせて乗り越える。それが友達ってもんだろうから。

 ま、そうは言っても。俺に何ができるかなんて、今のところわからないんだけどね。

 

 

 



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第3話 覗き

 

 入学以降、なんだかシンクロ召喚見たさに色んな人にデュエルを申し込まれて、ちょっと困ってる遠也です。

 

 ラーイエロー、オベリスクブルーの生徒がその大半だ。オシリスレッドの生徒は、なぜかあまり挑んでこない。

 中には三沢大地もいた。デュエルのあとにシンクロ召喚について根掘り葉掘り聞いてきたあたり、本当に勉強熱心な奴だと感心したもんだ。

 ちなみに今のところすべて勝っています。そしてデュエルしながら、元の世界から持ってきたカードを使ってデッキ調整をする日々だ。持ってきたカードはそれほど多くないからな。細かな調整を繰り返して、この時代のデュエルに対応できるようにしないといけない。

 ただ、この世界では強欲な壺や天使の施しがまだ現役なのが痛い……。俺の世界では禁止カードだったから、持ってないんだよね。まぁ、そのぶん他のドローカードやモンスター効果とかで何とかするわけだけど。

 それに、少しはデッキも応えてくれるようになってきていると思う。1年以上共にこの世界で戦い過ごしてきたんだから、そんなこともあったらいいなぁ。カードゲームに、そこまで期待しちゃいけないのかもしれないけどさ。

 ちなみに、それこそ一日に何度もデュエルを申し込まれているのだが、それを苦に思ったことはない。元の世界では遊戯王OCGはこの世界ほど一般的ではなかったからな。それに、ソリッドビジョンもなかった。だからこそ、今こうして思う存分デュエルできることが楽しくて仕方がない。

 そこら辺で十代とは気が合うのか、あのデュエル以降頻繁に行動を共にしている。やれデュエルだ、やれあのメシが美味そうだ、やれこのカードを入れるべきだ、等々。違う寮のくせにかなり親交を深めていると思う。

 翔曰く、「似た者同士っすね」だそうだ。まぁ、デュエルは好きだからな。いいじゃない、別に。

 ちなみにメインキャラでデュエルをしたことがあるのは、十代と丸藤翔、前田隼人と三沢大地だけだ。……オベリスクブルーにはねぇ、あんまりこっちから近づきたくないんだよね。あそこ、居心地が悪いし。負けた後に捨て台詞とか言うし。

 とはいえ、一応シンクロの概念の普及も頼まれている身。よほどのことがなければ挑まれたデュエルは受けるようにしている。ただ、こっちからは行かないというだけである。

 さて、そんな日々を過ごす俺は、夜の自室でマナとおしゃべりに興じていた。部屋は一人部屋であるため、マナも気兼ねなく実体化している。なんでもお菓子やジュースを飲み食いしたいからだそうだ。まぁ、精霊状態じゃ出来ないわな。

 けど、それなら格好を普通の格好にしてほしい。あの服装って露出が激しいんだよな。夜にそういう格好で実体化されるのは、困る。紳士的に。

 しかし、本人はその姿が一番過ごしやすいらしく、滅多に服を着替えることはない。せいぜいが帽子を脱ぐくらいか。……布面積減ってるじゃん。

 今日も今日とてそんな感じに過ごしていた俺たちだが、不意にマナが人の気配を感じたと言って精霊化する。ほどなく、俺の部屋のドアが突然開け放たれた。

 ……おい、ノックしろよ。

 

「遠也! 翔がさらわれたんだ、力を貸してくれ!」

 

 あー、なるほど、今日だったのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そういえば、別にかまわないけど、なんで十代はわざわざラーイエローまで来たのか。オシリスレッドの誰かを連れていけばよかっただろうに。

 疑問に思って聞いてみたところ、なんでもオシリスレッドで声をかけた生徒は全員、二の足を踏んだからだそうだ。それというのも、ただでさえ後がないオシリスレッドなのに、夜に出歩くという校則違反を犯して退学になるのを避けたいからだとか。

 まぁ、そういう理由ならある意味で仕方がない。彼らにも目的があったり、お金を出してもらって学校に通えているのだ。それがフイになるかもしれないような選択を突然突きつけられて、即座に頷ける人間は少ない。当然のことだ。

 というわけで、十代は時間が惜しいということでオシリスレッドを離れ、ラーイエローで一番仲が良く、更に実力もはっきりしている俺のところに来たというわけらしい。

 ふむ……そこまで高く買ってもらえるとはな。

 

『とーやー。顔が緩んでるよ』

 

 おっと、いかんいかん。

 マナに言われ、表情を引き締める。翔が拉致されたというのに、不謹慎だぞ俺。

 ともあれ、そうまで頼りにされては応えるのが男というもの。まして、十代の頼みである。ここはこの皆本遠也、全力で翔の救出に力を貸そうじゃないか!

 

 

「――……って、思ってたのになぁ。これはないわ翔」

「だから冤罪だよ! 僕は覗いてないー!」

 

 細かいところは覚えていなかったから、大したことじゃないんだろうと思っていたが、ある意味大したことだったな。犯罪的な意味で。

 だがしかし、その翔自身はやっていないと言っている。……容疑者本人の弁解って証拠能力あるんだろうか?

 とはいえ、実のところ俺は翔がそんなことをやったとは全く思っていない。だって、ねぇ?

 

「翔、わかっている。お前は無実だ」

「うぅ、信じてくれるんだね、遠也くん! ありが――」

「お前にそんな度胸はない」

「……う、ぐ、な、なんか複雑」

 

 否定したいが、そうなると覗きをしたと間接的に認めてしまう。かといって、男の矜持として度胸がないというのは認めがたい。

 そんな板ばさみにさらされた翔の気持ちは、推して知るべし。

 ちなみに現在の状況は、翔が手を縛られた状態でオベリスクブルーの制服に身を包んだ女生徒3人の傍にいるところだ。それに相対する形で俺と十代が立っている。

 時刻は夜、場所は湖、オベリスクブルー女子寮の小さな港。こういう状況でもなければ、それなりのロマンスが期待できるシチュエーションなのになぁ。向こうの女性は3人とも美少女なのに。残念。

 特に真ん中のリーダー格の女子。天上院明日香。さすがはメインヒロインだけあって、スタイルもよく美人だ。とりわけあの胸は同年代とは思えん。マナに匹敵するぞ。いや、全くもってけしからんな。おっぱい。

 

『と・お・や? なにを見てるのかなー?』

「痛い、痛い! 何をするだー!」

「……何やってんだよ、お前ら」

 

 相手から見えない背中で部分的に実体化するという器用な技を使って、俺の背中をつねるマナ。しかも結構力こめやがって、痛いっての。

 そして、精霊が見える十代には一部始終を見られ、呆れられてしまった。シリアスになれなくてごめんなさい。

 

「まぁ、いいや。で、なんだっけ。デュエルすればいいんだったか?」

「ええ。あなたが勝てば翔君は解放するわ。覗きの件も今回は目を瞑ってあげる」

 

 十代の問いかけに、明日香が答える。

 覗き容疑で捕えられた翔だが、どうもこれは元々明日香が十代とデュエルすることが目的みたいだな。翔はその口実にされたようだ。

 だって、明日香はもう翔のことなんか全く見ていない。十代だけを見ているからな。わかりやすいことで。

 

「俺は挑まれたデュエルからは逃げないぜ! 受けて立つ!」

「そうこなくちゃ」

 

 というわけで、わざわざボートに乗って湖の真ん中まで移動する俺たち。そして互いのボートを離して距離をあける。そして十代と明日香はデュエルディスクを構え、互いに開始の宣言をした。

 

「「デュエル!」」

 

 

 

 

 

 ……で、結果は十代の勝ち、と。

 どうやら基本的に明日香のデッキは戦士族、それも《サイバー・ブレイダー》を中心としたデッキ構築をしているようだ。しかし、サイバー・ブレイダーか。なかなかにクセがあるモンスターを使う。その分、使いこなせれば強いだろうし勝った時の喜びもひとしおだろうが。

 ただ、《ドゥーブルパッセ》のような使いどころの難しいカードを、そんなクセの強いデッキに投入するのは、ちょっとどうだろうか。《エトワール・サイバー》とのコンボだとしても、600ポイントの攻撃力上昇だけだとなぁ。LP4000の場合、それでもいい、のか?

 ともあれ、十代のサンダー・ジャイアントがフィニッシャーとなって、十代は明日香に勝利した。これで翔は解放され、めでたしめでたし、か。

 

「よかったな翔。十代と俺に感謝しろよ」

「遠也くんは何もしてないじゃないか。来てくれたのは嬉しかったけど」

 

 確かに。

 

「よっし! 遠也、翔、帰ろうぜ!」

 

 デュエルが終わり、明日香と話していた十代がこちらに振り返る。何を話していたのかは知らないが、帰っていいなら帰るか。もう夜だし。教師に見つかったら事だしな。

 

「だな。それじゃあ――」

「待って」

 

 帰るか、と二人に言おうとしたところで、俺の言葉は突然遮られた。待ったをかけたのは明日香である。なんぞ私めにご用でも?

 

「本当は十代だけを呼んだつもりだったけど、あなたもいるのは嬉しい誤算だったわ。皆本遠也、私とデュエルしてくれないかしら?」

 

 なぜ俺まで。

 というのが、俺の正直な感想だった。目的はまぁ、シンクロ召喚で間違いないだろうけど。だが、俺は挑まれればデュエルは受ける。毎日そうしているのだから、知らないはずがないだろうに。

 もっと明るく時間に余裕がある時を希望したい。今は夜だ。まだ眠くはないが、それでも外にいるよりは部屋に帰りたい気持ちが強い。

 

「明日じゃダメか? 頼まれれば受けるぞ」

「けど、あなたはオベリスクブルーの生徒とのデュエルを極力避けているでしょう? ブルー生が近付く場所にはあまり来ないし……気持ちはわかるけど」

「ブルーの生徒に負けたくないからって、情けない」

「もっと堂々となさったら?」

 

 明日香に続き、ジュンコとももえ、だったか? さっき聞いた限りだと。その二人も何か言いだした。

 けど、明日香の言う「気持ちはわかる」はそういう意味じゃないと思うぞ。事実、明日香は二人の言葉に溜め息をついてるし。

 けど、やっぱりバレてたのか、俺がブルーを避けてるの。無論、見つかって挑まれれば受けているが、やはり気持ちよく終われないデュエルはあまり乗り気になれない。だから避けているのだが、明日香はその俺の心情を察していたようだ。

 けどまぁ、そういうことなら、いいか。よくよく考えたら、明日にして明日香との勝負を他のブルー生に見られるのも面倒だしな。勝っても負けても何か言われそうだし。

 それぐらいならここで受けて、楽しいデュエルをしたほうが断然いいや。

 そうと決まれば、やることはひとつだ。

 

「悪いな十代、翔。帰るのはもう少し遅れそうだ」

「俺は構わないぜ。遠也と明日香のデュエルを見るのも楽しそうだしな!」

「遠也くん、頑張るっす!」

 

 十代と翔の応援を受けて、俺は明日香に向き直る。向こうは既に準備万端だったようで、既にディスクを構えていた。

 

「ふん、どうせ明日香さんには敵わないわ」

「ブルー生から逃げるような方ですもの。器が知れますわ」

 

 そして口先が絶好調なお二人。あ、明日香に窘められてヘコんでる。

 

『むぅ、あの二人感じ悪い。頑張ってね、遠也!』

「おう! さて……」

 

 デッキはもちろんいつものデッキ。そして、デュエルスタートボタンをぽちっとな。

 デュエルディスクにライフポイントが表示され、準備完了!

 

「「デュエル!」」

 

遠也 LP:4000

明日香 LP:4000

 

「先攻は私ね。ドロー!」

 

 ちなみに、この世界では先攻後攻はスタート時にデュエルディスクに表示されます。決して言った者勝ちなんていう不公平なルールではないので、あしからず。

 

「私は《エトワール・サイバー》を召喚するわ」

 

《エトワール・サイバー》 ATK/1200 DEF/1600

 

 来たか。さっきも出てきていたし、3積みされているのかもしれない。ちなみに日本語版では裸のような格好だが、英語版では服を着たモンスターである。

 

「更にカードを2枚伏せて、ターンエンドよ」

 

 ふむ。十代とのデュエルを見るに、伏せてあるカードには《ドゥーブルパッセ》がある可能性があるな。もしくは補助系の魔法、はたまたカウンター罠か。

 まぁ、考えてもわからん。思うままにプレイするのみだな。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 ……なるほど。いきなりいけそうだが、手札には優秀なリバースモンスターがいる。ここは様子を見るか。

 

「俺は手札から《おろかな埋葬》を発動! 自分のデッキからモンスターを1体選択して墓地に送る。俺は《ジャンク・シンクロン》を墓地に送る。更にモンスターをセット、カードを2枚伏せてターンエンドだ」

 

 ひとまず無難に終える。最初だし、こんなもんでしょ。

 

「意外と堅実なのね。私のターン、ドロー!」

 

 カードを見て、明日香は小さく笑う。何かキーカードでも引いたのか?

 

「私は手札からフィールド魔法、《フュージョン・ゲート》を発動! このカードが存在する限り、《融合》を使用せずに融合召喚が出来る! 私は場のエトワール・サイバーと手札の《ブレード・スケーター》を融合!」

 

 いま引いたカードはフュージョン・ゲートかブレード・スケーターだったのか。しかし、結構すぐにエースを出すよな、十代も明日香も。まぁ、それは俺もなわけだが、シンクロ召喚はそこらへん緩いからなぁ。融合召喚でこうもポンポン出すのは、流石としか言えん。

 

「《サイバー・ブレイダー》を融合召喚! そして融合素材となった2体はフュージョン・ゲートの効果で除外されるわ」

 

《サイバー・ブレイダー》 ATK/2100 DEF/800

 

 長い髪をなびかせ、赤いバイザーをつけた女性がフィールドを滑走するように現れる。モデルがフィギュアスケートだからこその演出だろうか。

 このモンスターは効果が厄介だからな。相手フィールドのモンスター数によって効果を変えるという特殊なモンスター。さて、どう攻略するか。

 

「更に私は永続魔法カード《地盤沈下》を発動! あなたの使用していないモンスターゾーン2ヶ所を指定し、使用不能にする!」

「いぃ!?」

 

 おいおい、まさか【トランス】デッキか? いや、【トランス】に必要なおジャマは後の万丈目にとってのキーカードだったはず。だとしたら、おジャマなしの【トランス】?  にしても珍しい。まぁ抜け道は結構あるから、そう問題ではないが。

 

「バトルフェイズに入るわ。サイバー・ブレイダーでセットモンスターを攻撃! 《グリッサード・スラッシュ》!」

 

 身体を勢いよく回転させ、そのまま近づいてくる。遠心力を利用した攻撃か。本当に、モデルになったスポーツならではの行動をするモンスターだ。

 そしてそのまま繰り出された鋭い蹴りがセットモンスターに炸裂。カードが反転され、モンスターが現れる。

 

「セットしていたのは《ライトロード・ハンター ライコウ》だ。そしてそのリバース効果が発動! フィールドに存在するカード1枚を選択して破壊できる。俺はサイバー・ブレイダーを選択する!」

 

《ライトロード・ハンター ライコウ》 ATK/200 DEF/100

 

 ライコウの効果によって、攻撃を仕掛けたサイバー・ブレイダーがライコウと共に消滅する。サイバー・ブレイダーの効果は正直面倒くさいからな。早めに除去できたのは僥倖だった。

 

「更にライコウの効果。デッキの上からカードを3枚墓地に送る」

 

 落ちたのは《ボルト・ヘッジホッグ》、《カードガンナー》、《死者蘇生》か。まぁ、ボルト・ヘッジホッグが落ちてくれたから良しだな。

 

「くっ……、メインフェイズ2に罠発動! 《リビングデッドの呼び声》! サイバー・ブレイダーを復活させ、ターンエンド!」

 

 再び明日香のフィールドに舞い戻るサイバー・ブレイダー。さすがはエース、そう簡単に墓地に行ってはくれないか。

 だとしたら地盤沈下のほうを除去すべきだったかな。まぁ、蘇生カードを早くから使わせられたと思っておけばいいか。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 おお、そうきたか。下手したらこれで決まっちまうぞ。

 

「俺は手札から《グローアップ・バルブ》を墓地に送り、チューナーモンスター《クイック・シンクロン》を特殊召喚する!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

 

 俺のデッキではおなじみ、クイック・シンクロンさんです。

 今日もよろしく頼んます、先生!

 

「チューナー……! それがシンクロ召喚の要となるモンスターね」

「その通り! そして場にチューナーがいる時、ボルト・ヘッジホッグはフィールドに蘇る。来い、ボルト・ヘッジホッグ!」

 

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 俺のフィールドに2体のモンスターが並ぶ。地盤沈下の効果で3体までしか俺はモンスターを並べられないが、それだけスペースがあれば十分だ。

 

「フィールドに2体……。でもこれでサイバー・ブレイダーの第2の効果が発動! 相手フィールドにモンスターが2体いる時、サイバー・ブレイダーの攻撃力は倍になる! 《パ・ド・トロワ》!」

 

《サイバー・ブレイダー》 ATK/2100→4200

 

 

 サイバー・ブレイダーの攻撃力が結構な高さに上がるが……問題ない。俺の手札に勝利の方程式は既に完成している……!

 と、いうわけで。

 

「俺はレベル2のボルト・ヘッジホッグにレベル5のクイック・シンクロンをチューニング!」

 

 合計のレベルは7! そして、クイック・シンクロンが代わりを務めるのは、ジャンク・シンクロンだ。

 

「集いし叫びが、木霊の矢となり空を裂く。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・アーチャー》!」

 

 光の輪より溢れた輝きから、その名の由来となる弓矢を持った細身の戦士が現れる。

 アニメで遊星もそこそこ使っていたが、なぜか大きな活躍を残したことがない不遇なモンスターである。除去には成功しても、なぜか直接攻撃をいつも防がれているんだよなぁ。

 だが、今日この状況では最も頼りになるモンスターだ。こいつが今日のキーカードだぜ。

 

《ジャンク・アーチャー》 ATK/2300 DEF/2000

 

「これがシンクロ召喚……。融合が必要ない融合召喚、というのは言いえて妙だったわけね」

「誰が言ったのかは知らないが、そうだな。ただシンクロ召喚の場合、レベルを足すという特性上、モンスターをいったん表側表示でフィールドに出す必要がある。融合が必要ないのは利点だが、そこが欠点でもあるな」

「なるほどね。さすがはペガサス会長、よく考えられた画期的な召喚方法だわ」

 

 うん、ごめん。考えたのはペガサスさんじゃない、高橋先生なんだ。

 ペガサスさんはむしろこれを話した時、「ワンダフル! そんな召喚方法まったく思いつきませんでした! アンビリーボォー!」って言ってたからな。素直に感心してる明日香には、言わないでおこう。

 

「俺の場のモンスターが1体になったことで、サイバー・ブレイダーの効果は第1の効果……戦闘破壊されない効果に変わる。けど、コイツの前では関係ないんだなこれが」

「どういうこと?」

「こういうことさ。ジャンク・アーチャーの効果発動!」

 

 その言葉と同時に、ジャンク・アーチャーが矢を番える。そして、その狙いをサイバー・ブレイダーに定めた。

 

「1ターンに1度、相手フィールドのモンスター1体をエンドフェイズまで除外する! 《ディメンジョン・シュート》!」

「なんですって!?」

 

 ジャンク・アーチャーが放った矢がサイバー・ブレイダーに突き刺さり、そのまま次元の彼方へと消し去る。再びさらば、サイバー・ブレイダー。

 そして、その効果を前にしたギャラリーからは驚きの声が上がる。

 

「何よそれ! 1対1ならほぼ確実にダイレクトアタックが出来るじゃない!」

「強力な効果ですわね……」

「俺も前にあれで直接攻撃食らったことあるぜ」

「僕もっす」

 

 以上、周囲の反応でした。

 しかーし、俺のメインフェイズはまだ終わってないんだよね。ってなわけで、次だ。念のため、サイバー・ブレイダーの復活も阻止しておく。

 

「更にリバースカードオープン! 速攻魔法《異次元からの埋葬》! 除外されているモンスターを3体まで選んで墓地に戻す。俺が選択するのは1体! いま除外したサイバー・ブレイダーを墓地に戻してもらう!」

「そういうこと……! ジャンク・アーチャーの効果はエンドフェイズまで除外する効果。ということは……」

「お察しの通り。その間に墓地に行ってしまえば、エンドフェイズに復帰することはない」

 

 アド的には微妙なコンボだが、それでも状況によってはそれが決まり手になることもある。もともと他の利用目的で入れていた魔法カードだが、こういう使い方も面白いっちゃあ面白い。

 

「そしてもう1枚の伏せカードは速攻魔法カード《サイクロン》! 天上院の伏せカードを破壊する!」

 

 伏せカードがサイクロンによって墓地に行き、明日香のフィールドには対象がいなくなり、無意味に残ったリビングデッドの呼び声と地盤沈下、そしてフュージョン・ゲートのみだ。ちなみに伏せてあったのは《攻撃の無力化》。ドゥーブルパッセじゃなかったのね。

 伏せカードを破壊し、サイバー・ブレイダーの復活も潰した。念には念を入れたんだ。これでもう怖いものは何もない。

 このままダイレクトアタック! ……する前に。まだ俺には出来ることがある。

 

「そして、俺はまだ通常召喚を行っていない」

「あ……」

 

 明日香が思わず呆けたような声を出す。それは忘れていたのか、それともこの先の展開を予想したからなのか。

 

「俺は《シンクロン・エクスプローラー》を召喚! 効果により、墓地のシンクロンと名のつくモンスターを効果を無効にして特殊召喚する! ジャンク・シンクロンを蘇生!」

 

《シンクロン・エクスプローラー》 ATK/0 DEF/700

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

 

 そしてシンクロ召喚は特殊召喚。メインフェイズになら何度でも行える。

 

「レベル2のシンクロン・エクスプローラーに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 レベルの合計は5となる。来い、このデッキの切り込み隊長!

 

「集いし星が、新たな力を呼び起こす。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・ウォリアー》!」

 

 よくよく出てくるジャンク・ウォリアーさん。デュエルをすると六割以上の確率で出てきます。だって、出しやすいんだもん。

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300 DEF/1300

 

 さぁ、これで準備は整った。今度こそ、バトルフェイズに入る!

 

「バトル! ジャンク・ウォリアーとジャンク・アーチャーでダイレクトアタック! 《スクラップ・フィスト》! 《スクラップ・アロー》!」

「きゃああっ!」

 

明日香 LP:4000→0

 

 2体の攻撃、矢と拳がそれぞれ明日香自身に襲いかかり、そのライフポイントを削り取る。そして4000あったライフが一気に0を刻んだ。

 うん、久しぶりにワンキル達成だ。いや、今日はなかなか良かった。初期手札がサイクロン、ライコウ、バルブ、おろかな埋葬、異次元埋葬だった時はどうしようかと思ったが……。そこにエクスプローラーを引き、次のターンにクイックを引いたのだ。

 その時点で墓地にはジャンク・シンクロンとボルト・ヘッジホッグがいた。相手の場にはモンスター1体、伏せ1枚、フュージョン・ゲート、地盤沈下、リビデ、である。これで負けろというのが無理だった。

 まぁ、あの伏せカードが《和睦の使者》とかだったら、まだわからなかったわけだが。けど、実際にはそうではなかった。一応サイバー・ブレイダーは墓地に送っていたが、このターンを過ぎれば何か逆転の手を引いたかもしれないからな。

 とはいえ、それはもしもの話。勝ったから、何も問題はない。

 

「そ、そんな……。明日香さんが……」

「2ターン目で、それもワンターンキルだなんて嘘ですわ……」

 

 そして何やら呆然としているジュンコとももえ。それだけこの結末は衝撃的だったのだろう。

 ビートダウンが主流のこの世界では、こうして短時間で決着がつくことは稀だろうからな。だからこそ、こうしてワンターンキルが起こると騒がれるわけだが。

 

『ふふーん。思い知ったか』

 

 そしてそんな二人を見て、なぜか得意げに胸を張っているマナ。何をやってるんだと思うものの、それだけ俺を馬鹿にされたのが気に入らなかったのだと思えば嬉しく思う気持ちも湧く。可愛い奴め。

 

「マナ」

『うん?』

「サンキュー」

『あ、うん! えへへ』

 

 感謝の気持ちを素直に表せば、マナはなんだか照れて赤くなった。

 

「おー、今日は上手く決まったな遠也!」

「まあな。運が良かったよ」

 

 十代の言葉に苦笑して返し、少しだけ上げられている手に己の手を合わせ、パチンと小さなハイタッチを交わす。

 明日香の伏せカードが鍵だったが、攻撃反応型のカウンター罠だったからな。上手いこと決まってくれたと俺も思う。同時に、そんなに上手くいくことなんか滅多にないとも思うわけだがね。

 さて、その明日香だが。不満げに見てくるジュンコとももえを手で制し、真っ直ぐにこちらに顔を向けた。それに応えるように、俺も向き直って明日香と視線を合わせる。

 

「さすがね、遠也。最強のイエローの名前は伊達じゃないわね」

「………………は?」

 

 え、なにそれ。二つ名とかついてるの、俺? 超恥ずかしいんですけど。

 

「知らなかったの? オシリスレッドの遊城十代、ラーイエローの皆本遠也。強い新入生として有名よあなたたち」

 

 おいおい、そんなことになってたのか? 知らなかった……。

 まぁ、あれだけデュエルして一敗もしなければ、強いと思われるのも無理はない、のか? 実際弱いつもりではないが、なんだかなぁ。

 

 ラーイエローでは筆記こそ三沢に負けているが、実戦では今のところ無敗だからな。それを考えれば、ラーイエローで最強というのは間違いではない。

 実のところ、十代には勝ち越してこそいるが既に三度ほど負けた。さすがは十代と言うべきだろうが、今の時点で負けることになるとは。これでネオス手に入れたらどれだけ強くなるんだ……。

 

「おー、俺もかぁ。へへ、最強のレッドってのもカッコイイな!」

 

 俺がそう呼ばれているらしい以上、セットで十代もそう呼ばれている可能性は高いな。

 十代はそう称されることに満更ではないらしく、戸惑うどころか誇らしげですらあった。その単純さが羨ましいぜ、友よ。

 明日香はそんな俺達を見つめ、ふっと小さく笑った。

 

「だから、私は興味を持ったの。そんなあなたたちとデュエルをしてみたいって。特に遠也は知らない戦術を使うしね。こんな形になってしまったのは、素直に謝らせてもらう。……けど、デュエルできて良かったわ」

 

 穏やかな顔でそう言う明日香の顔を見て、俺と十代は一度顔を見合わせる。

 そして、互いに笑って、明日香の言葉に答えを返す。

 

「ガッチャ! 俺もだ、楽しいデュエルだったぜ!」

「もちろん俺もな、天上院。いいデュエルだったぜ」

 

 それぞれそう言って健闘を称えると、明日香はその言葉に同意を示すように頷いた。そして、再び口を開く。

 

「明日香でいいわ。十代はもうそう呼んでいるけど、遠也もね」

 

 と、直々にお許しが出た。後で聞いた話だが、十代たちは明日香と初めて会った時――オベリスクブルー専用のデュエル場で万丈目に絡まれた時に名前を知り、それ以降そう呼ぶようになったらしい。

 そして今許しが出た俺も、早速名前で呼ばせてもらう。

 

「了解。よろしくな、明日香」

「ええ」

 

 そうしてデュエルを通じて友情を築くという、熱血漫画のような経緯で俺と明日香は友人となった。ま、それを言ったら十代も……いや、翔も……いや、海馬さんも……あれ、城之内さんもか? ……この世界って、やっぱ何でもデュエルだよな……。

 その後、明日香のとりなしもあってジュンコとももえも一応俺たちと挨拶を交わした。そして俺たちはそれぞれの寮に戻るために別れ、互いのボートを漕いで岸へと向かっていった。

 そして岸についた俺は十代と翔と別れ、ラーイエローの自室まで戻ってきた。教師に見つかることもなく辿り着けて良かった。もう夜中に出かけるようなことはないだろうが、こういうのは心臓に悪いからな。

 ふぅ、と知らず詰めていた息を吐き出し、俺は背中から倒れこむようにベッドに横になる。そして、その隣に実体化したマナが腰を落とした。

 

「お疲れ様、遠也」

「ホントだよ……。デュエルするのはいいけど、こんな時間に出歩く羽目になるとは思ってなかったからな」

 

 いつどこでどんなイベントがあったかなんて、細かいところは覚えていない。今日の件も、十代が来なければ気付くことはなかったぐらいだ。

 

「ま、翔のためだったしな。こういうのもたまにはいいって」

 

 十代、隼人と併せて、俺の数少ない同い年の友人なんだ。苦労は苦労だが、これぐらいなら許せる。もっとも、本当に覗いていたとしたらフルボッコだったが。

 

「やっぱり、遠也って友情に厚いよね」

「そりゃそうだろ。俺には前提がないんだから、友達が少ないんだよ。その分大事にしたいのは当然だ」

 

 この世界で生きてきた、という生きていれば当たり前の前提が俺にはない。それはつまり、この世界に来る瞬間まで俺は誰ひとりと関わりを持っていなかったということだ。

 同じ故郷、同じ学校、同じクラス、血の繋がり……。そういった前提がない俺にとって、友人というのは作りづらいものだった。まして、俺はこの世界に来て早い段階で武藤家のお世話になり、その後ペガサスさんに保護者となってもらっている。

 そして、この世界に慣れることやペガサスさんとシンクロギミックについての調整をしていたため、同い年と知り合う機会なんて全くと言っていいほどなかったのだ。

 そのため、俺はこの世界で関わりを持った人――遊戯さん、海馬さん、ペガサスさんといった人たちを始め、友人関係となった十代たちのことを殊更大事に思っている。

 ま、その気持ちがどれだけ切実なものなのかは……たぶん俺にしかわからんだろうけどな。

 

「……ね、遠也」

「ぁふあ? あ、悪い、欠伸出た。で、なんだ?」

 

 声が掛けられると同時に出てきた欠伸を噛み殺しつつ言うと、マナはなんだかやるせない顔で溜め息をついた。いきなり失礼だなおい。

 

「空気読まないなぁ、もう。慰めてあげようかと思ったのに」

 

 不満げに口をすぼめて見せる。

 なんだそりゃ。……ああ、俺が事情を思い起こして沈んでると思ったのか。俺がこの世界に来たばかりの頃を、マナは思い出したのだろう。一年前は確かにこうしてマナに話して、散々愚痴を聞いてもらったっけ。

 今思えば気恥ずかしい黒歴史だが、おかげで気持ちが整理できたのは良いことだった。そして、それはもう一年も前のことだ。今じゃ、そんなに沈みこんだりはせんよ。

 

「お生憎だな。もうお前にそんな迷惑はかけんさ」

 

 にやりと笑って言えば、マナはちょっと寂しさを覗かせたものの、すぐにその表情を明るいものに変化させる。

 

「それは残念。せっかく、とっておきの手段だったのに」

 

 そして、悪戯気に笑った。

 ほう、とっておきとな。気になった俺は、知りたいという衝動のままに尋ねる。

 

「ちなみに、何をするつもりだったんだ?」

「ふふーん、添・い・寝」

「ぬぁにぃっ!」

 

 思わず跳ね起きた。

 そして隣に座っているマナを見るが、マナは既に手を振ってじゃあねーと言いつつ精霊化していた。ご丁寧にそのまま部屋の外に出て行ってしまう。

 後に残されたのは、驚きと僅かな期待で飛び起きた俺一人。……からかわれたと悟った俺は、とりあえずベッドに横になる。そして、心の中でシャウトした。

 あ、あの野郎! ……いや、女郎? まぁ、いいか。ともかくアイツめぇ……! 男の純情を弄びやがって! 期待した自分が悔しいっ!

 ぐぎぎと唸りつつ、帰ってきたらどうしてやろうかと考える。しかし、そんなことをベッドの上で横になって行ったのが良くなかった。

 なぜなら、次第に眠くなった俺の意識はいつの間にか途絶えてしまったからである。

 ――そして、気がついた時には翌日の朝。そのまま寝たために皺だらけになった制服を視界に映し、俺は起きぬけに大きな溜め息をつくこととなるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 部屋を出たマナは、扉の前で立ち止まる。そして一つ溜め息をついた。

 きっと遠也は今頃マナの言葉を冗談として受け取り、からかわれたと憤慨しているだろう。そういう人だ。一年間、ずっと近くで見ていたマナにはよくわかっていた。

 

『……冗談ってわけでも、ないんだけどねー』

 

 そこまで言ったところで、マナは口をつぐんだ。そして、そのままふよふよと寮の中を浮いて行く。

 とりあえず、遠也が寝るまで散歩でもしよう。戻ってお仕置きされるのも嫌だし。

 そんなことを考えながら。

 

 

 

 

 ――ちなみに、翌朝。

 いつものように遠也を起こしたマナは、昨夜のことを忘れていなかった遠也によるお仕置きを受けた。

 遠也はマナの頬を八つ当たりと知りつつ引っ張り、そのためマナはその日頬の痛みが取れなかったそうだ。

 

 

 

 



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第4話 月一

 

「よ、来たぞ十代」

「お、遠也! 待ってたぜ!」

 

 放課後。オシリスレッドの寮に向かった俺は、そのまま十代たちの部屋を訪ねた。

 十代たち、というのはこの部屋を使っているのが十代一人ではないからだ。十代の他に、翔と隼人の三人で寝泊まりしているのだ。

 一人部屋のほうが気楽なのは確かだが、そういう共同生活も醍醐味と言えば醍醐味だよなぁ、と少し羨ましくも感じる俺であった。

 そしてその同居人である二人だが、今は部屋の中にいない。特に隼人がいないのは珍しい。基本部屋にいる奴なのに。

 

「十代。翔と隼人はどうしたんだ?」

「翔はなんか棚を買ってくるってさ。隼人は散歩だってよ」

 

 翔の理由はよくわからんが、隼人も進んで出かけるとは。留年を気にして出不精であることは気にかかっていたが、それも少しずつ改善されてきているってことか。

 まぁ、いつもどこでも一緒っていうわけではないのだから、こうして十代一人ということもあるだろう。

 そう納得した俺は、部屋に上がって適当に座る。レッド寮にソファなんてものはないので、ま、床だな、床。

 

『やっほー、ハネクリちゃん。おいで~』

『クリクリ~』

 

 そして横ではマナが十代のハネクリボーを招き寄せて撫でている。どう見てもペットかぬいぐるみの扱いだ。が、ハネクリボーよ、それでいいのか。……いいんだろうな、嬉しそうにしてるし。

 そしてそんな精霊たちを横目に、俺は十代と向かい合う。

 

「で、今日は何する?」

「そうだなぁ。あ、そうだ! お前のもう一つのデッキ見せてくれよ。いっつもシンクロばっかりだろ?」

「確かにそうだけど……うーん、まぁ、いいか」

 

 あいよ、とデッキケースから常に持ち歩いている二つ目のデッキを十代に渡す。

 ちなみに二つ目のデッキはマナの宿るカードが入っているデッキだ。そこまで言えば、どういうコンセプトのデッキかは言わずともわかると思う。

 十代と交流を持って以降、俺はこうしてよく十代とカードについて話し合ったりデュエルをしたりしている。十代が「遠也のカードに興味がある」と言ってきて、別段隠すようなものでもなかったので、デッキを見せ合ったりしたのが最初だ。

 シンクロというものに興味があったのか、その時には翔と隼人、どこで聞いたのか明日香もいた。とりあえずこの時点で使うにはマズいカードや、あまり知られたくないカード、危険かもしれないカードは事前に抜いてあるので問題はなかった。

 この時のメンツ、特に十代と隼人は俺のデッキを見て物凄く興奮していた。十代の場合は知らないカードを見たからで、隼人はそのデザインやギミックに注目していたようだった。

 その後、隼人の描いた絵や考えたカードの案を見せてもらったのだが、驚くことに実際にOCGで存在するようなカードの案がその中にあったりした。何でも俺のデッキを見て、こういうカードは使えそうだと閃いたらしい。

 実際にデュエルした時はプレイングミスが目立つイメージだったが、プレイをせず単体でカードの効果を吟味するのは得意らしい。

 ちなみに、ペガサスさんに連絡しようか目下考慮中。未来において存在するカードを考えたとなれば、隼人はカードの制作のほうに適性があるのだろう。それを放っておくのはもったいない。

 話が逸れたが、それを機に俺と十代たちの距離は一気に縮まった。放課後になると、十代とデュエルをし、隼人と話し、翔と遊ぶ。そんな関係を築くに至ったのである。

 四人で一緒に飯を食ったり、ひたすら駄弁ったりと、学生生活を謳歌させてもらっている。

 そんな中で、十代とは何か波長でも合ったのか、特に仲が良くなったと思う。よくデュエルするし、カードについても話し合うし、今日のように二人でつるむこともある。

 俺も十代といると気が楽だし、楽しいから文句はない。やっぱ、友達ってのはいいもんだね。

 

「うおお、すげえ! めちゃくちゃレアなカードばっかりじゃねぇか!」

 

 と、なにやら十代がデッキを見て大騒ぎしている。

 それにハネクリボーもマナの傍から十代の背後の定位置に戻る。同じようにマナも俺の隣に戻ってきた。

 

「まぁな。とりあえずコイツを組み込むからには、デッキ構成がどうしてもファンデッキになるのが欠点といえば欠点だけど」

『失礼な。私だって強いんだからね』

 

 俺が指で隣を指すと、マナがむっとした顔をして言い返した。

 確かにリアルファイトになったら俺がボコボコにされるぐらい強いのは確かだが(腐ってもレベル6の魔法使いだし)、カードとしてみたら微妙と言わざるを得ない。ステータスもレベル6にしては低いし、効果も単体では意味ないうえに300ずつしか上がらないからなぁ。

 

「でもすげぇぜ! まさかこんなデッキを持ってたなんてな……よし、遠也デュエルだ! このデッキと戦ってみたくなったぜ!」

 

 そう言って立ち上がり、デッキを俺に返す十代。

 デュエルねぇ。まぁ、俺も嫌いじゃないし、たまにはマナを使うのもいいかな。

 シンクロを使っていかないといけない立場上、公の場でこのデッキを使うことはそうないだろうし。

 

「よし、いい――」

「ただいまっす~……」

 

 と、俺も了承の返事をしようとしたところで、翔が帰って来た。

 しかし、様子がおかしい。手にはおそらく十代が言っていた棚が入っているだろう袋を持ち、背中を丸めて俯く様はあからさまに暗い。その様子に、十代と俺はひとまず翔に声をかけた。

 

「どうしたんだ、翔。今日もそういえば元気なかったけど、今ほどじゃなかったろ?」

「なんかあったか?」

 

 すると、翔はどんよりとした顔を上げ、大きな溜め息をついた。

 

「二人は余裕っすね……。明日はアレがあるのに……」

「アレ?」

「なんぞそれ」

 

 十代と二人して首をひねる。その様子に、翔が焦れたように声を荒げた。

 

「アレといったらアレっすよ! テスト! 月一試験っす~!」

 

 そして、もうおしまいだー、と言いながら翔は買ってきた棚を自分の机に置き、その上に《死者蘇生》のカードを置くと、《オシリスの天空竜》のポスターを壁に張った。

 何がしたいのかさっぱりわからんぞ……。

 

「ああ、そんなのあったな。すっかり忘れてたぜ」

 

 十代が納得顔で手を打つ。いや、そんな暢気でいいのか、受験番号110番。

 

「それで十代。お前はテスト対策は万全なのか?」

「え、いやー、まぁ、何となるんじゃねぇか?」

 

 わずかに逡巡するものの、結局あっけらかんと十代は答える。どう見ても何も対策してないな、こいつ。それでなんでこんなに気楽なんだ。ある意味すげぇ。

 しかし、そういえばそんなのあったな。そして十代たちのこの様子……。

 ふむ、どうやら今日やることは決まったようだ。

 

「よし、十代、翔。テーブルを出せ」

 

 目の前の十代、そして隅のほうで《死者蘇生》のカードを鉢巻きで額に巻こうとしていた翔に声をかける。お前は一体何をしようとしていたんだ。

 言われた通り、テーブルを部屋の真ん中に設置した二人に、俺はよしと頷いて笑顔で告げる。

 

「今日はこれからずっと勉強だ。泣いて感謝しなさい」

「げ、マジ!?」

「嫌だー!」

「うっさいわ! お前らが勉強してないからだろ! 翔も祈るぐらいならちゃんと対策しろ!」

 

 さすがに友人が揃って試験に落ちるというのは忍びない。いくら実技の実力があっても、それだけで成績は良くならないのである。

 というか、翔は今のところ実技も微妙なのに、なぜ神頼みという発想になるんだ。

 

「というわけで、勉強だ勉強。なに、安心しろ。何を隠そう俺は、勉強を教える達人だ!」

 

 そう言ってビシッとポーズを決める。このブラボーな姿に、彼らもきっとやる気を出す。

 

『かっこわるーい』

「ポーズはカッコイイけど、勉強は嫌だぜ!」

「勉強を教える達人って意味わからないっす!」

 

 マナとはあとで話をするとして、二人はやっぱりやる気を出さない。ちょっとやるだけでも大分違うというのに、なんでそうも嫌がるんだ。

 ああもう、強引に行くしかないか。

 

「黙らっしゃい! とにかく神頼みするよりもきちんと勉強したほうがマシだっての。ほら、やるぞ!」

「マジかよー」

「うぅ、仕方ないや」

 

 しぶしぶ、不満を述べつつも勉強する準備をする二人。それぞれやっぱりマズいという意識はあったらしく、一度そうと決めれば以後は素直だった。わからないところは俺が教え、互いに助け合いながら勉強をしていく。

 途中「ただいまなんだなー」と帰って来た隼人もその輪に加わり、四人での勉強会が始まる。

 更にその最中、あのデュエル以降交流を持つようになった明日香から十代のPDAにメールが入るが、十代は勉強してるからとその誘いを拒否。

 その理由に驚いてやって来た明日香が本当に勉強している十代たちを見て唖然としたなんてこともあった。この三人、授業も全然だからな。その驚きもむべなるかな。

 その後、なぜか明日香も教える側に加わって五人での勉強会となる。五人ともなればレッド寮の一室では手狭だが、それも気にならなくなるぐらいに楽しかった。

 嫌だ嫌だ言っていた十代と翔、隼人の三人も、こうしてわいわい仲間内で何かをやるのは楽しかったらしい。途中からは何も言わずともノートに向かい、勉強に取り組んでいた。

 時に雑談をし、勉強もきちんとやる。なかなかに良い時間だったと言える。

 

 そして夜になり、別れる時。

 明日香は笑顔で「楽しかったわ、試験頑張って」と言って帰って行った。

 十代たちも「初めてこんなに勉強したぜ」とか「意外と楽しかったっす」とか「今回はいける気がするんだな」とか言っていた。

 それぞれ笑っていて、勉強をしていたとは思えない明るさだった。

 それらの言葉に対して「なら良かった。試験頑張ろうぜ」と返し、互いの健闘を祈ってから寮に戻る。これで明日の試験も、少しは良くなるだろう。実技については、まぁ頑張ってもらうしかないが。

 

『――遠也も楽しそうだったね』

 

 寮に戻り休む時、ふとマナがそんなことを聞いてきた。俺はそれに、笑って答える。

 

「まあな。ここに来て良かったよ。気のいい友達が出来たからな」

 

 ベッドに寝ころんでいた俺は、よっと身体を起こして端に腰かける。目の前で浮いていたマナは実体化して俺の隣に座った。

 

「うん、遠也があんなに笑ってるの見て、私もそう思った」

 

 そう言って、マナはそのまま頭を俺の肩に預ける。

 一瞬心臓がはねると同時に、邪な気持ちも湧きおこる。が、そんな雰囲気でもないのは明らかだったので、とりあえずそのまま動かないでおく。

 

「心配、だったのかな。結局、遠也はマスターたちにはどこか遠慮していたでしょ? だから、ね」

 

 マナは小さく苦笑をこぼして言い、それに俺もまた苦笑いで返した。

 それはマナが言っていることが事実だからだった。

 俺はお世話になった遊戯さん、保護してくれたペガサスさん、そして力を貸してくれた海馬さん、他にも城之内さんを始め気を使ってくれた人たちのことを慕っているが、遠慮の気持ちは抜けなかった。

 それは彼らが全員俺より年上であり、同年代に対するような態度をとることがどうしても出来なかったためであった。

 そういう意味では、本当に素の自分で接した相手というのはマナだけだったと思う。

 しかしそこに、アカデミアに来たことで十代たちも加わった。真実俺と同年代である彼らは、俺にとっても気を使わないですむ対等な立場の人間だったからだ。

 俺の事情を知らない、というのも良かったのかもしれない。素の自分でいるという点では、今ほどそれが出来ていることもこの一年ではなかった。

 俺はそれをただ当たり前に受け入れて過ごしていたが、どうやらマナはずっとそのことを心配していたらしい。まさか、そんなに心配かけていたなんて知らなかった。

 そのことに、俺は感謝と嬉しさと申し訳なさが混じったような複雑な気持ちを抱く。そして俺は肩に乗っけられた頭に、少しだけ自ら顔を寄せた。

 

「あー……その、ごめん。あと、ありがとう」

 

 それだけを呟くような小さい声で言う。顔を寄せているから、聞こえているだろう。声を大にして言うのは気恥ずかしかった俺の精一杯の結果であった。

 それを受けたマナはと言うと、突然ぱっと顔を上げてこちらを見た。近づけていたせいで顔同士がぶつかりそうになり、俺は慌てて顔を離す。

 そして、顔をそむけている俺の耳にマナの言葉が届く。どんな顔をして言ったのかは、見ていなかったからわからないが。

 

「うん。ありがと」

 

 なんでマナがお礼を言うのかはよくわからなかったが、その後再び俺の肩に頭を乗せたマナは眠るように目を閉じた。

 俺はそんなマナを横目でちらりと盗み見て、あまりに近くにあるその姿にどきりとする。こうして見れば、やはりマナは美少女である。そんな子が近くにいて、気にならないほうがおかしい。

 俺にとって一番気を許せて仲がいいのがマナなのは間違いない。マナも似たように思ってくれているとは思うが、だからこそのこの距離感に時々戸惑うことがあるのも事実だった。

 俺は極力気にしないようにしようと努め、同じように目を閉じた。

 このまま寝てしまおう。そうすれば、この変な気持ちもテキトーに収まってくれるだろう、とそんなことを考えながら。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 翌日。

 ベッドに腰掛け、そのまま後ろに倒れた姿で寝ていた俺と、その腹の上に倒れ込むように寝ていたマナ。

 俺たちは互いに変な格好で寝たために少々痛む身体に辟易しながら、何とか教室にたどりついていた。

 マナはもちろん精霊化しているが、それでも痛みは残っているらしく『いたたた……』と寝違えた首をしきりに気にしている。

 俺も同じく身体の痛みを気にしながらの着席となったが、それと同じぐらいに気になる事実に気がついてしまい、今は視線を教室中に走らせているところだ。

 

『あれ? 十代くんがいない?』

 

 うん、つまりそういうことなんだ。

 マナが言ったように、十代の姿が教室のどこにもない。そろそろ試験が始まるというのに、どうしたというのだろうか。

 十代は良くも悪くも真っ直ぐで、サボりなんて進んでする奴じゃ……いや、サボりはするか。真っ直ぐな分、嫌なこと授業からは素直に逃げるし。

 けど、昨日あれだけ勉強したのだから、今日サボるとはさすがに考えづらい。というわけで、ボイコット説は却下。

 寝坊という説が有力だが……と、そういえば翔と隼人は普通にいるじゃないか。同室のあいつらに聞けば手っ取り早い。

 というわけで、おーい。二人に呼びかけ、話を聞く。

 

 ……結論、寝坊でした。

 

 二人曰く、起こしたけど起きなかった。間に合わなくなりそうだったので先に来た。だそうだ。それなら仕方ないね。

 

『せっかく勉強したのに……』

 

 マナも十代の失態に若干の呆れ顔だ。とはいえ、翔の話を聞くに俺達が帰った後にも少し勉強していたようだから、慣れないことをした疲れと思うと憎みきれないがね。

 やれやれと思っていると、ふいに明日香と目が合った。こちらを見ていたってことは、明日香も十代がいないことを気にかけていたのだろう。

 俺はジェスチャーで寝坊だと伝える。上手く伝わってくれたようで、明日香も呆れたような顔になり、次いで苦笑に変化する。

 ま、もう笑うしかないよな。ここまでくると。

 

「さて、それじゃあテストを始めるのにゃー」

 

 おっと、大徳寺先生が来たか。

 結局十代は間に合わないまま試験開始、と。やれやれ……。

 

 

 

 

 

 

 

 筆記試験が終わり、俺は十代、翔、隼人と一緒に購買に向かっている。

 なんでも新しいパックが入荷されているんだそうだ。他の生徒たちも実技試験前に強化できるカードがあるかも、と言って何人も買いに行っている。

 十代もどんなカードがあるのかとワクワクしているようで、まるで強敵を前にした悟空のように目を輝かせている。

 ……そう、十代だ。こいつ、遅刻はしたけど、試験は途中参加という形で受けたんだよね。

 遅れてやって来て、そのくせ翔と雑談に興じるという神経の図太さを見せはしたが……万丈目に怒られ、そして大徳寺先生からも注意を受けて、テストを受けることとなったのだ。

 とはいえ、終わり頃に席を見たら満足げに笑っていた。聞いてみると、俺と明日香のおかげでだいぶ解けたぜ、とのこと。そりゃ良かった。

 そして十代は俺に礼を言い、席が少々離れている明日香には大声でお礼を言った。いきなり大声で呼ばれた明日香は、若干恥ずかしそうだ。それでも軽く手を振って応えるあたり、実際には嬉しいのだろう。

 十代がこう言うなら、昨日の勉強会の様子を見ても落ちているということはないだろう。一安心といったところかな。

 さて、そんなこんなで俺たちは四人揃って行動している。

 で、購買に着いたんだけど……。

 

「ええっ!? 残り1個ぉ!?」

 

 購買のお姉さんに聞いてみると、どうやら新しいパックを買い占めていった生徒がいたとのこと。だから、残りのパックは一個だけ。

 道理で購買に誰もいないと思った。先に行った奴らもこの話を聞いてさっさと帰ってしまったんだろう。

 そして残るのは、当初の目的を潰されてしまった俺たち四人だけ。俺は自分のデッキを改造する気はないからいいが、それが目当てだった翔なんかは少し落ち込んでいるようだった。

 

「ぅう、筆記はいつもより出来たと思うけど、実技はやっぱり不安だよ。どうしよう、アニキ……」

 

 翔が弱々しく言うと、十代は仕方ねぇ、と言って残っていたパックを取って翔に渡した。

 

「え、アニキ?」

「いいさ、それは翔が買えよ!」

「え! で、でも……」

「俺はいいって! 俺のHEROはそう簡単にはやられないからな!」

 

 十代はそう言って笑い、次いで翔は俺に目線を移す。

 

「俺もいいよ。もともとデッキをいじる気はなかったし。隼人はどうだ?」

「俺もいいんだな。俺のデッキのテーマに入るカードは入ってないだろうし……」

 

 隼人もそれほど成績は良くないが、翔の様子に気を使ったのだろう。

 確かに隼人のテーマに合うカードは少ないが、それでも獣族のサポートカードは多いし、それ以外の魔法・罠にも有用なカードは数多い。それらが手に入る可能性もあるだろうに。

 俺たちの言葉を聞いた翔は、涙ぐんで感動していた。

 

「アニキ、遠也くん、隼人くん……ありがとうっす……」

「気にするなよ! それじゃ、早速戻ってデッキ調整だ! 行こうぜ!」

 

 ばしっと翔の肩を叩いて、十代が促す。

 

「ちょっとお待ち!」

 

 しかし、購買を出ようとしていた俺たちに声が掛けられる。奥から出てきた人は、髪を三つ編みにしたおばさんだ。その顔を見て、十代はあっと声を上げる。

 

「今朝のおばちゃん!」

 

 え、知り合い?

 話を聞くと、十代は朝寝坊した後に道で困っているこのおばさん――トメさんを助けていたとのこと。それが原因で、あそこまでの大遅刻になってしまったらしい。

 いずれにせよ遅刻は遅刻だったわけだが、それでも自分の試験がかかっている中、迷わず人助けを選択できるあたりは素直に褒められるところだ。少なくとも、俺なら少しは迷ってしまうと思う。

 

『そんな事情が……それなら仕方がないね』

 

 マナも遅刻してきたことは良くないと思っているようだが、それでもその十代の心根には文句はないのだろう。笑顔で十代のことを言外に褒めていた。

 その後、トメさんによって俺たちにはそれぞれパックが与えられた。なんでもトメさんが予めいくつかとっておいたらしい。トメさんもデュエルするのかね。

 そして俺たちはそれぞれパックを開く。

 十代の手には《進化する翼》。ハネクリボー専用のサポートカード。なるほど、ここで手に入ったのか。

 翔、隼人もそれぞれ自分のデッキに合うカードが手に入ったようだ。

 さて、俺のパックには何が入ってるのかね。デッキに加える気がないとはいえ、カードパックを開く時のこの気持ちはやっぱり楽しいもんだ。

 

「さて、なになに……《雷電娘娘》《RAI-MEI》《お注射天使リリー》《荒野の女戦士》《ハーピィ・クイーン》……なぁにこれぇ?」

 

 翔は若干羨ましげだが、これは完全に事故パックじゃないか。

 というか、単なるエラーだろコレ……。5枚全部モンスターで、しかも女性型しかないとか。どういう確率?

 

「うわぁ、すげえな遠也」

「……ああ。まぁ、こういうこともあるさ」

 

 もともとトメさんの好意でもらったものだ。文句を言うつもりもない。

 そう、これはトメさんの好意なのだ。決して、それを無駄にしてはいけない。というわけで、このカードも使ってあげなければいけないだろう。

 というわけで、少し離れて早速ディスクにセット。

 いやぁ、みんな可愛いカードばかりだからな。ソリッドビジョンで見たことないカードばかりだし、どうなるのか今から楽しみだ。特にハーピィ・クイーンとか。おっぱい。

 

『……私、ここにいるんですけどー』

 

 おっと、そういえばマナが横にいたんだった。しかも何だか相当に不機嫌そうだ。仕方なくディスクからカードを外す。

 そして俺たちはトメさんにお礼を言い、デッキの調整を行うためにその場を後にした。

 

 

 ……そしてその移動中。俺はずっと隣のマナからぐちぐちと文句を聞かされていた。

 曰く、遠也は女心がわかっていない、すぐ女の子に鼻の下をのばす、デリカシーがない、などなど。

 翔と隼人はわからないからいいが、精霊が見える十代はずっとマナに責められている俺を見て、苦笑いだった。

 

『もう聞いてるの、遠也。だいたい……』

 

 ……すみません、もう勘弁してください。

 

 

 

 

 



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第5話 試験

 

 そんなこんなで、始まりました実技試験。

 

 実技試験はどうやら基本的には同じ寮の者同士で行うものらしい。しかし十代はなんでか万丈目と対戦していたんだが……そこら辺はどうなっているんだろう。

 ひょっとして実力のある生徒は他寮の生徒をあてがう、とかそういうことなのだろうか。詳しく覚えていないからはっきりしない。

 まぁ、どうであろうと自分に出来ることをするだけ、と言えばそれだけだ。十代は万丈目にきっちり勝ってみせた。その後、寮の昇格の話が出ていたが、十代は断るつもりのようだ。

 観客席に帰って来て、いま隣にいる本人に聞いたから間違いない。ま、十代は赤色の制服のほうが似合ってるよな。そう言ってやれば、十代は「俺もそう思う」と言って笑った。

 それより、果たして俺の相手は誰となるのか。誰が相手でも負ける気はないが……はてさて。

 

『あ、遠也。次みたいだよ』

 

 と、そうこう言っている間にどうやら回って来たらしい俺の番。

 やれやれと座っていた席から腰を浮かす。そして、一緒に観戦していた面々に顔を向けた。

 

「じゃ、行ってくる」

「頑張ってっす!」

「遠也なら大丈夫なんだな」

「ええ、頑張ってね」

 

 上から順に翔、隼人、明日香である。何故かいつもの面子に明日香が加わっているのは、御愛嬌といったところか。

 

「勝てよ、遠也!」

「おうとも」

 

 その言葉と共に上げられた十代の手に自分の手を合わせ、パチンと音が鳴る。

 そして俺は観客席からデュエルフィールドへと足を向けた。

 基本同じ寮同士とはいえ、やはり実力がそれなりに拮抗しなければ試験としては成り立たない。だから、ラーイエローの中でも上位の人間が恐らく俺の対戦相手となるんだろう。

 となれば、恐らく俺の相手は……。

 そこまで考えていたところで、向かい側から誰かが歩いてくる。当然それはこの試験の対戦相手。その服装はやはりイエロー寮のものであり、その顔は俺が予想していた顔であった。

 

「やっぱお前か、三沢」

「ああ。デュエルをするのは久しぶりだな、遠也」

 

 そう言って、三沢は口角を上げて笑った。

 三沢大地。俺と同じ一年生でラーイエローの筆記トップの男だ。当然入学試験も1番。単純に頭の良さなら恐らくこの学校でも1番なのではないだろうかと思う。

 俺も頭では三沢に敵わない。だが、三沢はデュエルでは俺に敵わない。

 筆記の三沢、実技の俺。ラーイエローでは俺たち二人がトップに並んでいると言っても過言ではない。

 

「それで、三沢。こうしてここにいるということは、出来たのか?」

「ああ。まだ完璧とは言えん……せいぜい70%といったところだがな」

 

 そう言って、三沢はジャケットの裏からデッキを一つ手にとってディスクに収める。

 デッキを取る際に見えたジャケットの中。そこには何個もデッキが用意されていた。

 

「お前のシンクロ召喚を封じるためのデッキ……試させてもらおう!」

 

 三沢には一つの特徴がある。それは、相手のデッキごとに違うデッキを使うということだ。

 つまり、いわゆるメタデッキという概念に近い。三沢はその頭脳を最大限に利用し、相手を封じ込める対策を練ったうえでデッキを作る。

 そういう比較的この世界では珍しいタイプのデュエリスト。それが三沢なのだった。

 

「ああ、受けて立つぜ!」

 

 そんな三沢の挑戦に俺も応え、ディスクを構える。

 そして先生の開始の声とともに、実技試験が始まった。

 

「「デュエル!」」

 

 皆本遠也 LP:4000

 三沢大地 LP:4000

 

「先攻は俺だな、ドロー!」

「くっ」

 

 まずい、三沢が先攻か。

 対策を組み込まれたデッキ相手に先攻を取られるのは非常にまずい。悪ければそのターンでロックが完成して身動きできなくなることもあるからだ。

 隣ではマナも心配げに見ている。それだけ、メタというのは、特に俺のデッキにはマズい。

 そして、現在の俺のデッキの元となっている【シンクロン】と呼ばれるデッキに対するメタといえば……。

 

「俺は《王虎ワンフー》を召喚!」

「やっぱりソイツかー!」

 

《王虎ワンフー》 ATK/1700 DEF/1000

 

 表側表示でフィールドに存在する限り、お互いに攻撃力1400以下のモンスターを召喚できなくなるモンスター。正確には召喚・特殊召喚は出来るが、その瞬間に破壊してしまうモンスターだ。

 自分もその効果を受けるというデメリットはあるが、それ以上にこっちのダメージがやばい。なにせ、このデッキのモンスターはほとんどが低レベル、低ステータスのモンスター。ワンフー1枚で、9割以上のモンスターカードが召喚できなくなったと言っていい。

 

「お前の戦術は研究してきた。シンクロ召喚はその特性上、いったんフィールドに表側表示でモンスターを出す必要がある。そして、低レベルのモンスターを多用する。そのステータスは低いものがほとんどだ。なら、その召喚を封じてしまえばシンクロ召喚も行えない!」

 

 どや顔で言う三沢。それに成程と感心する周囲。そして、ぐうの音も出ない俺。

 悔しいけど、その通りだよこんちくしょう!

 

「更に俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

「くっ……俺のターン、ドロー!」

 

 一応、このデッキの弱点は俺自身が一番知っている。だからこそ、こういう状況を脱する手も用意してはあるが……。

 それが手札に来なければ全く意味はない。一応、現状の手札でも対処は可能、か。足掻けるだけ足掻くが……。

 

「俺はモンスターをセット、更にカードを1枚伏せてターンエンドだ!」

 

 ここは耐えるしかない。けど、なんとかワンフーを対処しないと。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 さて、三沢はここからどう来るか。

 ワンフーときたからには、その後の展開もある程度は予想できる。だが、相手はあの三沢。どんな戦術で来るのかはわからない。

 

「俺は《異次元の女戦士》を召喚し、バトル! 異次元の女戦士でセットモンスターを攻撃!」

 

《異次元の女戦士》 ATK/1500 DEF/1600

 

 金髪の女性、荒野の女戦士のその後の姿とも言われる鎧姿の戦士が、その剣を振りかぶり、裏側表示のカードに攻撃する。

 それにより、カードが反転。

 

「セットモンスターは《ライトロード・ハンター ライコウ》! ライコウの効果、フィールド上のカード1枚を選択して破壊できる! 俺が選択するのは、当然王虎ワンフー!」

 

 これも一応、対策その1ではある。墓地肥やしのほうが主目的ではあるので、対策として入れたカードというわけではないが。

 これで破壊されれば儲けもの、といったところだが……。

 

「甘いぞ遠也! 罠カード発動、《天罰》! 手札のカード1枚を墓地に送り、ライコウの効果を無効にして破壊する!」

 

 ソリッドビジョンによって、天から雷がライコウに降り注ぎ、破壊してしまう。

 くそ、やっぱそう簡単には行かないか。そのうえ異次元の女戦士も場に残っちゃってるし、墓地肥やしも出来ないし……。

 

「俺は更に王虎ワンフーで直接攻撃!」

「くっ……!」

 

遠也 LP:4000→2300

 

 フィールドにモンスターを召喚できないってのは、やっぱり辛いな。

 せっかくのライコウも不発に終わるし、散々だ。やっぱり、シンクロン主体のデッキにとってワンフーは鬼門もいいところだな。

 俺のライフをいきなり大幅に削ることに成功した三沢は、それでも注意深く俺を見ている。ダメージを与えても油断しない姿は、さすがといったところか。

 

「よし、俺は更にカードを1枚伏せてターンエンド!」

 

 

 

 

 

 

 

「マズいわね」

「遠也くんのフィールドが、がら空きになるなんて……」

 

 明日香の言葉に同意するように翔は、遠也の置かれた状況を沈んだ声で表した。

 さっきまでは伏せモンスターがいたのだが、三沢により破壊。今遠也のフィールドにあるのは伏せカードが1枚だけ。ライフポイントも削られてしまった。

 状況的に危ないのは一目瞭然だった。

 しかしここで、翔は心に浮かんだ疑問を口にする。

 

「でも、遠也くんらしくないっすね。いつもならもうシンクロ召喚してるのに……」

 

 不思議そうに言う翔に、明日香はため息をつく。

 いかにも呆れた様子に、翔は居心地が悪そうに身を揺らした。

 それを見ていた隼人が、翔に対して解説をする。

 

「翔。三沢が出してる王虎ワンフーは、攻撃力1400以下のモンスターの召喚を封じる効果があるんだな。遠也のデッキのモンスターは低攻撃力ばかりだから、モロにその影響を受けてるんだな」

「そういうことよ。あなたも前田君を見習って少しは勉強したほうがいいわよ」

「いやぁ、俺は遠也のデッキについて知ろうとしているうちに詳しくなっただけなんだな」

 

 明日香に褒められ、隼人は満更でもなさそうに謙遜する。

 実際、勉強が得意ではなかった隼人だが、カードそのものは大好きであり興味もある。それはカードデザイナーに憧れを持つ面からも確かである。

 そんな彼は、遠也が持つシンクロという新たな概念に大きな衝撃を受けていた。そして、事あるごとに遠也に尋ね、興味のままに知ろうとした。

 その結果、意図せぬうちに隼人の知識は深まっていたのだ。基本知識が身に着いた程度のものではあったが。

 

「うう、じゃあ遠也くんはマズいじゃないっすか!」

「そうね。どうにかワンフーに対処しないと、最悪このままってことも……」

「心配なんだな」

 

 3人は遠也のデッキがシンクロを主力にし、それがなければ成り立たないデッキであることをよく知っている。故に心配する思いが滲み出てきていた。

 しかし、同じく遠也のデッキをよく知りながら、十代はまったく心配する様子を見せていなかった。

 

「大丈夫だって、遠也なら」

 

 そう十代は3人に言い、にやりと笑う。

 

「あいつと一番デュエルしてるのは俺だぜ! その俺が言うんだから間違いない! 遠也なら、どんな状況からでも、絶対に勝ってみせるさ!」

 

 断言して見せる十代に、3人は強張っていた気持ちを緩める。

 確かに、遠也と最もデュエルしているのは十代だ。その十代がこう言うのだから、遠也には何か手があるに違いない。

 

「そうね、信じましょう」

「それなら、応援で元気づけるっす!」

「それはいい考えなんだな」

 

 そして翔と隼人、十代はそれぞれ遠也に向かって声援を送り始める。そんな賑やかな3人を見て、明日香は小さく笑った。

 

 男の友情ってやつなのかしら。そんなことを思いながら、彼女もまた遠也に心の中で声援を送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 うお、なんか十代たちが大声で応援してくれてるんだが。恥ずかしくないのか、あれ。周りから見られてるぞ。

 だがまぁ、応援される身としてはやはり嬉しい。なら、気合を入れていきますか。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 よし、来たか破壊系のカード。待ってました。

 

「モンスターをセット、更にカードを1枚伏せてターンエンド!」

 

 俺はエンド宣言をするが、三沢は訝しげにこちらを見ている。いや、そっちのターンですよ?

 

「遠也にしては、消極的すぎる……。本当に何も手がないのか? まぁいい。今は己を信じるのみ! 俺のターン、ドロー!」

 

 三沢は引いたカードを一瞥し、そのままディスクにカードを置く。

 

「永続魔法《強者の苦痛》を発動! 相手フィールドに表側表示で存在する全てのモンスターの攻撃力はレベル×100ポイントダウンする!」

 

 俺のフィールドに表側表示のモンスターはいない。だというのに出したということは……。

 

「保険か。用心深いこったな」

「ふっ、お前を相手に出し惜しみが出来るはずもないからな。なにせ、最強のラーイエローなのだから」

「お前まで言うのか、それ」

「そう言うな。その称号は俺がもらうつもりだったんだからな」

 

 確か、そしてゆくゆくは学年1位となってオベリスクブルーへ、だったか? 以前のデュエルでそんなことを言っていた気がする。

 1位になることに執着している、というよりは自分の力を試して鍛え上げることが重要、という感じだったな。今時珍しい勤勉な奴だと思ったのを覚えている。

 なるほどね、俺は図らずも三沢の前に立つ壁になってるってことか。

 

「だから今日、お前に勝って俺は更に強くなる! 俺はもう1枚の《王虎ワンフー》を召喚し、バトル! 異次元の女戦士でセットモンスターに攻撃!」

 

 セットされたモンスターが反転し、姿が明らかになる。

 俺が伏せたのは《ボルト・ヘッジホッグ》。当然破壊される。

 

「ボルト・ヘッジホッグ……それは確か墓地で効果を発揮するモンスター。なら、俺は異次元の女戦士の効果でこのカード自身とボルト・ヘッジホッグをゲームから除外する!」

 

 三沢の言葉により、異次元の女戦士の効果が発動。2体のモンスターは次元の裂け目に飲み込まれてフィールドから消え去っていった。

 

「これでお前のフィールドはがら空きだ。1体目のワンフーで直接攻撃!」

「なんの! 罠カード発動、《サンダー・ブレイク》! 手札を1枚捨て、攻撃してきたワンフーを破壊する!」

「くっ……! ならばもう1体のワンフーで攻撃するまでだ!」

 

 これはさすがに防げん。ワンフーの攻撃が決まり、俺のライフが更に大きく削られる。

 

 遠也 LP:2300→600

 

「メインフェイズ2に入り、俺は伏せていた《リビングデッドの呼び声》を発動! 王虎ワンフーを復活させる!」

「そいつはさせん! 速攻魔法《サイクロン》! リビングデッドの呼び声を破壊し、そのワンフーはもう一度墓地に戻ってもらう!」

「……やはり、そう簡単には行かないか」

 

 当たり前だっつの。せっかく1体ワンフー潰したのに、復活されてはたまらん。対処出来るものも出来なくなってしまう。

 

「俺はターンエンドだ!」

 

 三沢のターンが終わり、俺のターンが来る。

 だが、まだ俺の手札に逆転の一手はない。ここで引けなければ、さすがにまずい。まったく、十代のようなドロー運が俺にもあれば良かったんだがなぁ。

 そんな考えがよぎり、思わず十代がデュエルしている様子を思い出す。

 万丈目とのデュエル、苦戦しているのかモンスターを破壊される十代。だが、その表情はそんなことを思わせないほどに清々しく、心からデュエルを楽しんでいるのがこちらにも伝わってくるようだった。

 十代は遊戯さんたちのように、カードを信じ、その力に絶対の信頼を寄せるデュエリストだ。

 それは主人公だから、というわけではない。心からデュエルを楽しみ、そしてデュエルが好きだからこそ、その力となってくれるカードたちを信じている。

 それは、ただ十代がそういう人間だからだ。主人公も何も関係ない。デュエルが好きで、カードを信じているからこそ、デッキは応えてくれる。

 そのことを、俺は誰よりも楽しそうにデュエルをする十代に教えられたような気がした。

 

 ……ここに来て、ずっと十代と一緒にいたからか、俺も影響されていたみたいだ。

 デッキを信じる。口で言うには簡単だが、俺は果たして真にそれができていただろうか。

 いや、出来ていなかったんだろうな。出来ていたなら、ドロー運がどうのと言うはずがない。どこかで、たかがカードゲームだと思っていたような気がする。

 ここはもう前の世界ではないというのに。

 なら、今この瞬間から。俺は俺の作ったこのデッキを心から信じる。俺が信じて作ったデッキ。その相棒達の力を信じて、カードを引く。ただそれだけでいい。

 それが、いつも俺に力を貸してくれているこいつらへの礼ってもんだろう。

 

『遠也、頑張れ!』

 

 こうして、応援してくれる奴もいるんだ。なら、なおさら負けたくない。だから、力を貸してくれ俺のデッキ。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 引いたカードを、確認する。

 ――来たか!

 

「俺は手札から速攻魔法《月の書》を発動する!」

「《月の書》だと!?」

 

 三沢もわかっているみたいだな。これでこのターン、俺は自由になる。

 

「月の書の効果により、フィールドに表側表示で存在するモンスターを1体、裏守備表示にする。俺が選択するのはもちろん、王虎ワンフー!」

 

 月の書の効果が発動し、三沢の場に存在するワンフーが姿を消し、裏側表示のカードだけがその場に残る。

 効果モンスターの効果は基本的に表側表示でなければ発動しない。それはワンフーも同じことだ。なら、裏側守備表示にしてしまえばその効果は発動しない。

 これでこのターン、俺の行動に制限は何もなくなった。

 

「だが、お前の手札は1枚。フィールドには1枚もない。そこから、どうするというんだ?」

 

 確かに一気に決めるのは無理だ。だが、この手札にある1枚。これが、この状況を打破する一手となる。

 俺の全てはこの手札の1枚だけ……。だが、だからといって、負けると決まっているわけじゃない。

 月の書の効果はこのターンだけ。なら、その間に出来ることをやるだけだ。

 

「俺は手札の《調律》を発動! デッキからシンクロンと名のつくチューナーを1体手札に加え、その後デッキトップのカードを墓地に送る。俺が選ぶのは《ジャンク・シンクロン》! そして、そのまま召喚する!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300→1000 DEF/500

 

 そして墓地に落ちるカードを確認する。

 よし、これならまだ何とかなる。少なくとも、あと1ターンでやられるということはないだろう。

 

「ジャンク・シンクロンの効果発動! 墓地のレベル2以下のモンスターを効果を無効にして特殊召喚する! 蘇れ、ボルト・ヘッジホッグ!」

 

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800→600 DEF/800

 

「ボルト・ヘッジホッグの2枚目! コストで墓地に送られていたのか!」

 

 そういうことだ。

 さて、これでようやくチューナーと素材モンスターを並べることが出来た。やっぱりワンフーって鬱陶しいな。特にシンクロン主体のデッキにとっては。

 初手で来られると、除去するまで何も出来ないからなぁ。

 

「レベルの合計は5……。来るか、ジャンク・ウォリアー」

 

 三沢がこれまでの俺の対戦から、これから出すシンクロモンスターの予測を立てる。

 だが、ちょっと違う。レベル5というのはそうだけどね。

 

「三沢。言っておくが、俺が持っているレベル5のシンクロモンスターはジャンク・ウォリアーだけじゃないぞ」

「なに!?」

 

 確かにレベル5のシンクロではあいつしか使ってなかったから、勘違いするのもわかるが。

 これから出すのは、本来なら遊星は使っていないモンスター。だから、これは俺が選んだモンスター。シンクロ主体だったかつての環境で猛威をふるった1枚である。

 

「俺はレベル2のボルト・ヘッジホッグにレベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 既にアカデミアでは見慣れたものとなりつつあるシンクロ召喚のエフェクト。だがしかし、これから出すのは今日初めてお披露目となるモンスターだ。

 

「集いし英知が、未踏の未来を指し示す。光差す道となれ!」

 

 一際強く光が放たれ、その中からモンスターが現れる。

 

「シンクロ召喚! 導け、《TGテック・ジーナス ハイパー・ライブラリアン》!」

 

《TG ハイパー・ライブラリアン》 ATK/2400→1900 DEF/1800

 

 白と黒の学士帽とマントを身につけ、近未来的な電子ブックのような端末を手に、青いレンズの眼鏡をかけた長身の男。司書と言いつつも、どこか科学的な出で立ちのモンスターがフィールドに降り立った。

 

「TG ハイパー・ライブラリアン、新たなシンクロモンスター。一体、どんな効果が……」

「TG ハイパー・ライブラリアンで裏守備になっている王虎ワンフーに攻撃!」

 

 ライブラリアンはその両手から本に似た波動を放ち、セット状態からリバースした王虎ワンフーを破壊する。

 強者の苦痛により、レベル分、500ポイント攻撃力が下がっているが、王虎ワンフーの守備力は1000。問題なく破壊された。

 そして、三沢はライブラリアンの効果を警戒しているのか身構えている。だが、俺に出来ることは既に何もない。

 

「俺はこれで、ターンエンドだ」

「なに!? ……何か効果があるわけじゃないのか? まあいい。俺のターン、ドロー!」

 

 三沢はドローしたカードを見て、それをそのまま宣言して発動した。

 

「俺は《強欲な壺》を発動! デッキからカードを2枚ドローする!」

 

 出た! GX時代のドローコンボだ!

 デュエルモンスターズ最大のドローソースにして、OCGでは(たぶん)永久禁止カード。この時代では制限とはいえまさかの現役というトンデモ仕様。発動条件もなく手札が1枚増えるとか、俺としては羨ましすぎる効果である。

 貪欲な壺や闇の誘惑でさえ制限化されてんのになぁ。早くこの時代もこのカード禁止にしてくれよホント。

 俺のデッキには当然入ってないから、ちょっと羨ましいんだよコンチクショウ!

 

「そして俺は《魔導戦士ブレイカー》を召喚し、このカードに魔力カウンターを1つ乗せて攻撃力300ポイントアップ。更に速攻魔法《収縮》を発動! ライブラリアンの元々の攻撃力を半分にする!」

 

《魔導戦士ブレイカー》 ATK/1600→1900 DEF/1000

《TG ハイパー・ライブラリアン》 ATK/1900→700

 

 ライブラリアンの攻撃力が大幅に下がり、ブレイカーの戦闘破壊可能圏内に入る。

 魔導戦士ブレイカーは魔力カウンターが乗っている時は攻撃力1900のアタッカー。それを取り除けば魔法・罠の除去も出来るという優秀なカードだ。

 だからこそ三沢も入れているのだろう。この時代では制限だったか準制限だったか……どっちだったかな。

 

「バトル! ブレイカーでライブラリアンに攻撃!」

 

 ブレイカーがその剣を振りかぶり突進してくる。かつて遊戯さん、というより王様のほうが羽蛾相手にバーサーカーソウルしたことでも有名なカードだ。まさか俺がソイツに狙われる側になるとは想像もしていなかった。

 まぁ、それはいいとして。これを通せば大ダメージは必至だ。ここは防がせてもらう。

 

「俺は墓地の《ネクロ・ガードナー》の効果を発動! このカードを除外し、相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする!」

「そんなカードいつの間に……またあのコストの時か」

「そういうことだ」

 

 三沢は、ふぅと息をついて小さく笑った。

 

「抜け目ない奴だ、さすがだな。しかし、だからこそ超える価値がある! 俺はカードを1枚伏せてターンエンド!」

 

 よし、このターンはしのいだ。

 そして布石となりえるライブラリアンも召喚してある。

 だが、それだけだ。相変わらず手札はゼロ、フィールドにモンスターが1体という危険な状況だ。

 

「俺のターン……ドロー!」

 

 引いたカードを見て、俺はそれをすぐさまディスクの上に置いた。

 

「俺は《シンクロン・エクスプローラー》を召喚! 効果により、墓地のシンクロンと名のついたチューナーを特殊召喚する! 来い、ジャンク・シンクロン!」

 

《シンクロン・エクスプローラー》 ATK/0 DEF/700

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300→1000 DEF/500

 

「またチューナーと素材となるモンスターが揃った……! 来るか、シンクロ召喚!」

 

 もちろんである。

 三沢の期待に応え、俺は早速宣言する。

 

「俺はレベル2のシンクロン・エクスプローラーにレベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 レベルの合計は5だ。当然、呼ぶのはこのデッキの切り込み隊長。

 

「集いし星が、新たな力を呼び起こす。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・ウォリアー》!」

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300→1800 DEF/1300

 

 その拳をブレイカーのほうへと突きつけ、現れるジャンク・ウォリアー。

 今日もよろしく頼んますぜ。

 

「更にシンクロしてきたか。だが、そいつでは魔導戦士ブレイカーの攻撃力には及ばない!」

 

 その通りだ。

 だから、俺はここで更に博打に出る!

 

「まだ俺のメインフェイズは続いている! ここで、TG ハイパー・ライブラリアンの効果発動!」

「なんだって!? このタイミングで発動する効果だと!?」

 

 驚きを見せる三沢だが、それに構わず俺はライブラリアンの効果を使う。

 本来ならもっと余裕を持って使いたいんだが、上手くいかないもんだな。このデッキがもともとあのカードを出すために作られたデッキ、というのも回りづらい原因かもしれないが。

 ガチにすれば話は別だろうが、それはそれで嫌なんだよな。まぁ、それは置いておいて。

 

「ライブラリアンの効果! 自分か相手がシンクロ召喚に成功するたびにカードを1枚ドローする。ドロー!」

 

 そう、この相手がというのが問題でもあった。かつての環境はシンクロ全盛だったからな。コイツがいれば手札に困ることがなかったのだ。更に2体いれば、色々出来たしな。

 制限になってからは、その猛威もなりを潜めたが。

 

「ドロー補強の効果を持っていたのか。だがまだ……」

「俺は今引いた《サイクロン》の効果を発動! 三沢のフィールドの《強者の苦痛》を破壊する!」

「まさか! ここで除去カードを引いたのか!?」

 

 三沢があまりのことに驚くが、それを言うなら俺も驚いてる。

 俺のデッキに、こうして単体で相手の魔法・罠を破壊できるカードはサイクロン2枚と大嵐1枚の2種類3枚。1枚は既に使ったので、あと2枚あったわけだが、まさかここで引けるとは。

 これも遊星の言うところの、カードたちとの絆が為せること、だろうか。本当にそうなら嬉しいけどね。

 なにはともあれ、地味に鬱陶しかった強者の苦痛もこれで消えた。結果、俺のフィールドのモンスターは攻撃力が元に戻る。

 

《TG ハイパー・ライブラリアン》 ATK/1900→2400

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/1800→2300

 

「バトルだ! ジャンク・ウォリアーで魔導戦士ブレイカーを攻撃! 《スクラップ・フィスト》!」

 

 ジャンク・ウォリアーの拳がブレイカーを打ち砕く。その瞬間、三沢の声が上がった。

 

「永続罠カード発動! 《スピリットバリア》! 俺のフィールドにモンスターが存在する限り、俺は戦闘ダメージを受けない!」

 

 スピリットバリア? なんでそんな微妙なカードを……。アストラルバリアとのロック狙いだったのか、それとも何か別の狙いがあったのか。

 まぁ、それはわからないが、これでブレイカーとの戦闘によって発生する超過ダメージは0となったわけだ。

 

「だが、モンスターは破壊される。続けてライブラリアンで直接攻撃!」

「ぐぁっ!」

 

三沢 LP:4000→1600

 

  ライブラリアンの両手から迸る波動が、三沢のライフポイントを削る。

 しかし、ようやくこれだけライフを削れたか。これだからワンフーは嫌なんだ。あいつ、ホントなんとかして制限かからないかな。無理に決まってるけどさ。

 

「俺はこれでターンエンドだ」

 

 俺の手札はゼロ、対して三沢は1枚だがフィールドはがら空き。ここから、どう手を打ってくるか……。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 三沢はカードを引き、そしてそれをすぐさま発動する。

 

「俺は《天使の施し》を発動し、デッキから3枚ドローし2枚捨てる! くっ……《ライオウ》を召喚! そして2枚目の《強者の苦痛》を発動する!」

 

《ライオウ》 ATK/1900 DEF/800

 

 また出たGX時代のドローコンボ!

 

 しかし、一瞬三沢は表情を歪めたな。場に出されたカードを見れば、その理由は察しが付く。逆転の一手を引けなかったからだろう。俺としては助かったわけだが。

 っていうか、またお前か強者の苦痛。デッキコンセプト的に積まれてるんだろうから当然だろうが、それでもやはり邪魔なものは邪魔である。

 

《TG ハイパー・ライブラリアン》 ATK/2400→1900

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300→1800

 

「ライオウでジャンク・ウォリアーに攻撃! 《ライトニングキャノン》!」

「つっ……」

 

 ライオウの胸部にある赤い宝玉が光を放ち、そこに集った雷が砲撃となって撃ち出される。

 ジャンク・ウォリアーは何とか耐えようとするものの、耐えきれずに破壊された。

 

遠也 LP:600→500

 

「俺はこれで、ターンエンドだ!」

 

 これで、三沢のフィールドにはライオウ1体と強者の苦痛。そして俺のフィールドには攻撃力1900となっているライブラリアンがいて、手札はゼロだ。

 つまり、ここで俺が苦痛の効力下で攻撃力1600以上となるモンスターを出せれば、三沢のライフを削りきることができるわけだ。

 

「俺のターン……ドロー!」

 

 このカードで全てが決まる。

 そして、俺が引いたカードは――。

 

「――《カードガンナー》を攻撃表示で召喚する!」

 

《カードガンナー》 ATK/400→100 DEF/400

 

 子供が描いたオモチャのロボットといえば、それがぴたりと当てはまるようなモンスター。その攻撃力は元々が400という低ステータス。それを見た観客席からは、少々の落胆の声が上がる。

 だが、十代たちのほうからは「あっ」とか「そのカードは!」とか聞こえてくる。翔、隼人、十代は俺とのデュエルでこのカードのことを知っているからな。

 だが、その中で明日香だけはこのカードのことを知らなかったらしい。十代たちにカードの効果を尋ねていた。

 そしてそんな中、十代は大声で俺にエールを送る。

 

「いけー! 遠也!」

 

 その声に押され、俺は三沢に視線を戻す。三沢は召喚されたカードガンナーのステータスを見て、少し安堵しているようだった。

 

「攻撃力は強者の苦痛によって100……チューナーもいない。それならば、次のターンで逆転してみせる!」

 

 意気込む三沢だが、そうは問屋がおろさない。このデュエルはここでエンドマークだ。

 

「甘いぜ、三沢」

「なに!?」

「こいつにはある効果がある。普段は墓地肥やしに使うばっかの効果だけどな。俺はカードガンナーの効果を発動!」

 

 かつて機械複製術などとのコンボでワンキルすら可能だった優秀な効果。低ステータスであろうと、こうして一瞬で化けることもある。

 

「1ターンに1度、デッキの上からカードを3枚まで墓地に送り、エンドフェイズまでその枚数×500ポイントこのカードの攻撃力はアップする! 俺は3枚のカードを墓地に送り、攻撃力アップ!」

「なんだと!? ということは……」

 

 そう、強者の苦痛で300ポイント下がった攻撃力に、500×3の1500ポイントが上乗せされることとなる。

 よって攻撃力は……。

 

《カードガンナー》 ATK/100→1600

 

「攻撃力1600だと! 俺の負け、か……」

 

 自身の敗北を悟った三沢に、俺はただバトルフェイズに入る宣言をして応えた。

 

「バトル! ライブラリアンでライオウに攻撃!」

 

 ライブラリアンとライオウの攻撃力は互角。互いの攻撃がその間で拮抗するものの、やがてそれぞれの攻撃がともに直撃しあい、2体は相打ちとなって墓地に行った。

 当然、三沢のライフに変動はない。だが、これで三沢への攻撃を遮るものは何もない。

 

「いくぞ! カードガンナーで直接攻撃! これで終わりだ!」

「うあぁっ!」

 

 カードガンナーの両腕から砲撃が放たれ、それが三沢に直撃する。

 そしてその攻撃は三沢のライフポイントを削りきり、この瞬間に俺の勝利が確定した。

 

三沢 LP:1600→0

 

 決着がつき、審判役の先生が俺の勝利を告げる。

 ふぅ、やれやれ……。この世界に来てから、どうもデッキが上手く回っていないとはずっと思っていたんだが、それはこの世界ではカードそれぞれに精霊のような意思があるからだったのかもしれないな。

 俺は元々デュエルモンスターズをただのゲームだと思っていたわけだし。それがカードとの絆を弱めていたんじゃないだろうか。

 カードそれぞれのことを尊重し、大切にすること。単純なことだが、あるいはそれこそがこの世界で一番デュエルを楽しむ道なのかもしれない。

 ……しかし、元の世界なら妄想乙の一言で片づけられそうなことを、俺も真剣に考えるようになったもんだな。

 実際、カードの精霊が実在するこの世界だから俺も真面目にそう考えられるが、もし精霊のことを知らなかったらずっと考えも変わらなかっただろうな。

 

『ん、なに?』

 

 思わず隣に浮かぶマナを見る。

 ……そうだな。マナもカードの精霊なんだ。カードには意思があるなんて、ある意味一番納得できる実例が目の前にいた。逆にそれを認めないということは、マナのことも間接的に否定しているってことになる。

 つまり、簡単なことだったわけだ。マナのことを既に認めている俺が、今更否定するはずもない。ちょっと受け入れれば、それだけで済むことだったのだ。

 

(ま、そんなわけで。改めてこれからも頼むぞ、俺のデッキ)

 

 ディスクにセットされたデッキを外し、手に持って思う。

 そして俺はデッキをケースに収めて対戦相手である三沢のほうへと足を向けた。

 

「さすがだな、三沢。いいデュエルだったが、冷や冷やしたぜ」

 

 これは本心だ。これで70%なのだから、完成したらどうなっているんだろう。苦痛ワンフーが弾圧ワンフーになるのだろうか。……そのデッキとはなるべく戦いたくないものである。

 それに対して、三沢は悔しそうではあるものの苦笑を見せた。

 

「まだまだ対策が足りなかったみたいだ。見ていろ、次はお前に勝ち俺がトップに立ってみせる!」

 

 そう言って三沢は手を差し出してくる。それに、俺も笑って応えるとしっかり握り返した。

 

「ああ。その時を楽しみにしてるぜ!」

 

 互いの健闘を称え合い、握手を交わす俺たちに、観客席から拍手が起こる。先程の十代と万丈目に負けず劣らずといった規模のものだ。

 俺と三沢はそんな万雷の拍手の中心に立たされ、誇らしいような気恥ずかしいようなといった微妙な心地である。

 そしてその拍手の中、体育館を一望できる大きな放送室から放送が入る。鮫島校長からのものだ。

 

『皆本遠也君。シンクロ召喚という新たなシステムを使いこなす技量、そしてこのデュエルによって名実ともにラーイエローのトップとなったその実力。君もオベリスクブルーへの昇格が決定です。おめでとう』

 

 わお、俺もか。

 まぁ、元々ラーイエローの実技でトップと言われていて、こうして筆記トップの三沢に勝ったんだから、こういう処置もアリなのか?

 まさか俺まで昇格になるとは思わなかったが……。不都合は特にないし、まあいいか。ブルーというのは若干の不安ではあるが、くれると言うなら貰っておく。

 校長の放送を聞き、更に大きく拍手をしてくれる同級生諸君。なんて暖かい連中なんだ。ブルー生があんまり拍手していないのはご愛嬌だが。

 こうして俺の月一試験は終わり、俺は十代たちの元へ戻ってその場を後にした。

 そして、途中から加わって来たジュンコとももえ、三沢も加えて互いに今回のデュエルの反省をしながら過ごす時間は、なかなかに楽しかったと追記しておく。

 

 

 

 

 



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第6話 悩み

 

「「デュエル!」」

 

皆本遠也 LP:4000

丸藤翔 LP:4000

 

「僕の先攻、ドロー! 僕は《トラックロイド》を守備表示で召喚! カードを2枚伏せてターンエンドっす!」

 

《トラックロイド》 ATK/1000 DEF/2000

 

 銀色のコンテナを積んだ赤いトラック。そうとしか表現できない、乗り物そのままの姿に、アメリカンコミックのキャラクターのようなデフォルメされた目をつけたモンスターが召喚される。

 それがビークロイドの特徴だ。どこかディフォーマーに通じるような洒落っ気のあるシリーズである。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 よし、手札は良い。……というか、良すぎるんですけど。

 

「いくぞ、翔! 俺は手札の《ボルト・ヘッジホッグ》を捨て《クイック・シンクロン》を特殊召喚! 更に自身の効果でボルト・ヘッジホッグを守備表示で蘇生する! そして《チューニング・サポーター》を通常召喚!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

 一気に3体のモンスターが並ぶが、シンクロデッキではよくあることだ。

 

「チューニング・サポーターのレベルを2として扱い、クイック・シンクロンをチューニング! 集いし思いが、ここに新たな力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 燃え上がれ、《ニトロ・ウォリアー》!」

 

《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800 DEF/1800

 

 どこからどう見ても悪魔族なのに戦士族である。

 なぜかシンクロモンスターには種族について考えさせられるモンスターが多い気がするな……。

 

「げげっ! そいつっすか!?」

 

 こいつっす。翔は前にも何度かコイツに痛い目見てるからな。嫌がるのもわかる。

 

「更にチューニング・サポーターの効果で1枚ドロー! そして俺は《死者蘇生》を発動! 墓地のクイック・シンクロンを蘇生する!」

 

 再び場にクイック・シンクロンが現れる。そして、それを見た翔は冷や汗を流した。

 

「ま、まさか……」

「俺はレベル2のボルト・ヘッジホッグにレベル5のクイック・シンクロンをチューニング! 集いし叫びが、木霊の矢となり空を裂く。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・アーチャー》!」

 

《ジャンク・アーチャー》 ATK/2300 DEF/2000

 

 この時点で翔は何だか放心気味だったが、気を持ち直して力強くこちらを睨みつけてきた。

 ふむ。

 

「そして俺は手札から《大嵐》を発動! フィールド上に存在する魔法・罠カードを全て破壊する! 俺に伏せカードはないから、翔の2枚の伏せカードを破壊だ!」

「ぎゃー! 遠也くんの鬼ぃー! 僕の《魔法の筒マジック・シリンダー》と《リビングデッドの呼び声》がー!」

 

 恐らく《魔法の筒》を伏せてあったから、気力を取り戻せたんだろうな。それを破壊された翔は、叫び声を上げてこちらを非難してきた。

 

「初手に来たんだから仕方ないだろ! 俺はジャンク・アーチャーの効果発動! 1ターンに1度、エンドフェイズまで相手フィールドのモンスター1体を除外する! 対象は当然トラックロイド! 《ディメンジョン・シュート》!」

 

 ジャンク・アーチャーの放った矢がトラックロイドに突き刺さり、トラックロイドはフィールドから消え去ってしまう。

 ……さて。これでフィールドはガラ空きだな。

 

「このターンに魔法カードを使用したため、ニトロ・ウォリアーは効果によりダメージステップの間、攻撃力が1000ポイントアップする! ニトロ・ウォリアーとジャンク・アーチャーで直接攻撃! 《ダイナマイト・ナックル》! 《スクラップ・アロー》!」

 

 炎を纏った拳と一本の矢が翔に向かって放たれ、それをそのまま食らった翔のライフポイントが一気に0を刻む。

 うむ。自分でやったことながら、これはひどい。

 

翔 LP:4000→0

 

 デュエルが終わり、周囲で見ていた十代と隼人、三沢、明日香、ジュンコとももえという面々が寄ってくる。

 そして、当の負けた翔はというと……。

 

「うぅ……ひどいや。あんなの何も出来ないよ。やっぱり僕はダメな奴っす……」

 

 めちゃくちゃヘコんでいた。

 ディスクも外さずそのまま体育座りでいじけてしまった翔を、十代と隼人と三沢が必死に慰めている。「あれは仕方ないんだな」「俺だって負けちまうよ」「こういう時もあるさ」と言っているのが聞こえる。正直、すまんかった。

 そしてこちらには明日香、ジュンコ、ももえが近付いてくる。

 そんな中、明日香が開口一番、呆れた声で言い放った。

 

「……えぐいわね」

「返す言葉もございません」

 

 全力を尽くすのが礼儀だと思って臨んだのだが……さすがにあそこまで手札がいいとは思わんかった。そのうえで全力を尽くした結果がこれだよ!

 明日香だけでなく、ジュンコとももえも呆れ顔だ。この二人、最近は俺たちのグループと会うことにも抵抗がなくなってきたらしく、明日香がいない時にも会えば話ぐらいはするようになった。俺の場合、同じブルーになったというのもあるのか十代たちより話す機会は多い。

 ちなみに俺の制服は万丈目みたいなのじゃなく、カイザーのように白が主体のほうの制服だ。ちょこっと改造して他寮の制服みたく丈は短くしているが。青一色のほうはどうも着る気になれなかった。どこぞの雨に弱い大佐のコスプレみたいで。

 

「でも、あんたって最近調子いいわね」

「そうですわね。この間もブルーの生徒に無傷のうえ数ターンで勝っていましたし」

 

 一体なぜ、という言葉が透けて見えるような顔で三人が俺を見る。

 ジュンコとももえの言葉は事実で、ここのところの俺の成績は良くなっている。以前から授業のデュエルなどでは無敗だったが、その内容が良くなっていると言うべきか。

 それを自覚している俺は、頭をかいて何気なく体育座りをしている翔を見た。

 

「……なんか、引きが良くなったんだよな。ここのところ」

 

 それが俺の成績が良くなった全てだ。そう、俺のドロー力とでもいうべきものが向上したらしいのがその原因なのだった。

 これについては、既にマナに確認を取っている。

 俺としてはこんな現象を起こせる存在を精霊しか知らなかったし、このドロー力向上の切っ掛けとなるものといえば、先日の月一試験でこれまで以上にデッキに信頼を置くようになったことしか思い当たらなかったからだ。

 となれば、カードの精霊であるマナならば何かわかるかもしれないと思って、俺はこのことをマナに尋ねたのである。

 そして、マナは言った。その月一試験が切っ掛けだよ、と。

 何でもカードたちはいつも俺に応えようとしていたが、所詮ゲームと心のどこかで思っていた俺は、その意思を受け取れていなかった。だからこそ回りづらかったのだと。

 ……それでもしっかりシンクロ出来ていたのは、精霊であるマナがついていることで元々のドロー運が上がっていたのとデッキの構成が良かったからなんだとか。

 そんな裏事情があったとは。というか、精霊がいるとドロー運上がるとか全く知らなかった。加護みたいなものなのだろうか。

 この世界に来てから一度だけ、このデッキの切り札を出したことがあるが、ある意味それはデッキ頼りだったというわけだ。あの時は余裕がなかったからそんな考え浮かびもしなかったが。

 しかしあの月一試験以降、俺もカードたちに心を開き信じるようになったことで、カードたちとの間に絆とも呼ぶべきものが繋がったのだとか。

 その結果、上手く回るようになったらしい。

 なんつーファンタジー。思わずそう思った俺だが、それがこの世界の現実なのだから仕方がなかった。

 そういうわけで、俺は十代ほどではないにしても十分なドロー力を手に入れたのである。

 そして、その結果が今の翔であった。

 正直今回は特に上手くいきすぎたが、普段はこれほどでもない。なんでそれが翔とのデュエルで当たってしまったのか。出来ればもっと負けられないデュエルで当たってほしかったものである。

 と、そんなことを考えていると明日香がため息をついた。

 

「羨ましいわね。あなたといい十代といい。そのドロー運を少し分けてもらいたいぐらいだわ」

「おいおい。いくらなんでも十代と一緒にするなよ。流石にあそこまでじゃないって」

 

 あんな遊戯さんなみに引きたいカードを引く奴と一緒にされては困る。ああいうのをチートドローっていうんだ。俺のはそこまでじゃない。

 

「ま、明日香がそこまで欲しがるのもわかるけどな。黄金の卵パン全然引けないみたいだし」

「っな! な、なんで、あなたがそんなことを知ってるのよ!?」

 

 突然表情を変えて食ってかかってくる明日香。

 おお、顔が赤い赤い。そんなに恥ずかしいもんかね、そんなことが。

 

「いやー、知らなかったよ。黄金の卵パンを引けない度に落ち込むんだって? 可愛らしいトコあるじゃんか」

「か、かわっ!? そ、それより誰がそんなことを!?」

「こいつ」

「ちょ!?」

 

 俺は即座にジュンコを指さす。

 実際、以前ちょっと世間話をした時にこのことを俺に話したのはジュンコである。俺としてはそんなエピソードもあったような気がする、とどこか懐かしい気持ちでその話を聞いていたのだが。

 

「ジュンコ……! あなたねぇ!」

「ご、ごめんなさい、明日香さん!」

 

 明日香にとってはそういう問題でもなかったようだ。

 明日香はまだ僅かに赤みが頬に残るまま、表情を怒らせて怯えるジュンコを精神的に追い詰めていた。

 そしてその様子を見てにやにや笑う原因たる俺。いや、だって赤くなって怒る明日香は可愛いのよホント。普段が強気な態度を取っているだけにね。そのギャップが良いのです。

 

『………………』

 

 いてっ! 誰だ、背中をつねった奴は!

 

「やれやれですわ。それより遠也さん。あちらのほうは、ひと段落したようですわよ」

「ん?」

 

 ももえの言葉に促されて見てみれば、体育座りをしていた翔が立ち上がり、十代たちと話していた。そして連れだってこちらに近づいてくる。

 翔ももう普段の様子に戻っているらしく、その顔には笑みも見える。まぁ、ワンキルとはいえ、それ自体はこれまでにもごく僅かにやったことがある。それを翔も知っているから、回復も早かったのだろう。

 俺は手を上げて呼びかけ、四人と合流する。翔とも話をして、結局「まぁ、こういうこともあるよね」という結論に落ち着いた。実際、そうとしか言えんし。

 そして四人は俺の後ろでジュンコにプライバシーについて説教している明日香を見て、「あいつら何やってんだ?」と疑問を投げかけてくる。

 もちろん俺の答えはノーコメント。ここで事情を話したら、次は俺がジュンコの立場になる。いくらなんでも、自分が怒られるのは勘弁である。

 そんなわけで、俺たちは学生らしくカード談義に花を咲かせることにする。いつもは明日香について行くももえも、今はこちらに加わっている。さすがに今の二人と一緒にいるのは退屈だし嫌だったのだろう。

 笑顔でおしゃべりに興じる俺たち。そして、説教が終わったのか消沈しつつ俺を睨むジュンコと、澄ました顔を取り繕っている明日香。

 そんな二人も加わり、俺たちのまったりとした時間は過ぎていく。

 なんとも穏やかに過ごす、アカデミアの放課後。実に楽しい俺たちの学園生活だった。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ――……さて。

 先日ラーイエローからオベリスクブルーに昇格した俺であるが、はっきり言わせてもらおう。

 この寮、居心地悪すぎである。

 ちょっと寮の中を歩けば、

 

「ふん、成り上がりめ」

「なんだってこんな奴が新カードのテスターを……」

「ちっ、目障りな」

「さんだ!」

 

 ばかりなのだ。

 それはもう空気が悪いのなんの。お前ら心狭すぎだろ、と内心で突っ込んだのは一度や二度ではない。

 そしてそれに辟易しつつ教室に行けば、俺は十代や明日香たちと世間話。それがまた気に食わないらしい。ブルーのくせにレッドとつるむとは何事か、ということである。どないせいと。

 加えて俺が明日香と下の名前で呼び合うほど親しいのも拍車をかけている。忘れがちだが、明日香は男子生徒から抜群の人気を得ているのだ。要するに嫉妬である。

 俺が「十代だって明日香って呼んでるじゃん」と言えば、それは何故かスルーされた。解せぬ。

 仕方ないので「ひがみ乙m9(^Д^)」と指をさして半笑いで言ってやったところ、俺を見る目が更に厳しいものになった。どないせいと。

 どこに行ってもそんな目で見られ、悪口を言われるので、俺よりも隣にいるマナの堪忍袋の緒がヤバイ。俺が悪く言われる度に、ぶっすーと機嫌悪そうにしているのだ。

 俺自身は気疲れするだけだし、まあそのうち慣れるなりなんなりして何とかなるだろうと思っていたのだが、さすがにマナの精神衛生上悪いとなれば対策を考えざるを得ない。

 そういうわけで、ひとまず俺はレッド寮の十代の部屋に来ていた。翔と隼人には悪いが少し出ていってもらって、今ここにいるのは俺と十代。そしてマナとハネクリボーだけである。

 

『もう、ひどいんだから、あの人たち! 遠也のことを散々悪く言って! あの人たちに遠也の何がわかるって言うの、もー!』

「あー……うん、そうだな。……おい、遠也~。なんとかしてくれよ」

「すまん」

『クリ~』

 

 マナの愚痴に付き合わされている十代を見ながら、俺はハネクリボーを胡坐をかいた上に乗せて抱きかかえていた。

 ちなみにハネクリボーはマナの力でこの時だけ実体化している。魔法万歳だ。

 ……しかし、こいつ。めちゃくちゃ手触りいいな。もふもふしてるし、羽も綺麗だし。

 そう思って撫でまわしていると、クリクリ言いながら身をよじった。どうやらくすぐったいらしく笑い混じりである。なにこの可愛い生き物、欲しいんですけど。

 十代はマナの相手をさせられ、少々お疲れ気味である。かれこれ15分は続いているからなぁ。申し訳ないが、精霊を見ることが出来る知り合いがお前しかいなかったんだ。どうか諦めてほしい。

 そう、俺が十代の部屋に来たのはマナのストレス発散のためだ。いろいろ溜まっているものがあるだろうとわかっていたのだが、いかんせん相手が当事者の俺では愚痴も言いづらい。

 そこで、精霊が見える人間に相手をしてもらおうと思ったのだ。すると、候補が十代しかいなかった。つまり、そういうことである。

 すっかり表情に元気がなくなった十代だが、それでも嫌だと言わないあたり本当に良い奴である。

 けどまぁ、さすがにそろそろ出ますか。これ以上十代に甘えるのも悪いしな。

 

「おーい、マナ。そろそろ行くぞー」

 

 俺がそう声をかけると、十代はほっとした表情を見せる。そして、マナが今度は俺のほうに詰め寄ってきた。

 

『遠也も遠也だよ! なんにも言い返さないんだから!』

 

 ずいっと身を乗り出して強く言ってくる。いや、だって否定したところで簡単に変わるもんでもないだろ、ああいうのは。ていうか近いよ。

 しかし、まさかこっちにも飛び火するとは。やれやれ。

 

「いや、まぁ。俺はいいんだよ、別に」

『むー……なんで?』

 

 納得していない表情のマナ。頬まで膨らませて、子供か。

 まぁ、先に挙げたのも理由の一つだが、理由はもう一つある。

 

「だって、お前が代わりに怒ってくれてるだろ」

 

 そう、だから俺まで怒ったってどうしようもないだろ。二人揃って腹立てたって馬鹿らしいじゃん。

 それに、隣に怒っている奴がいるとこっちは案外冷静になれる。だから、俺はそこまで腹が立たないのである。

 

「他の奴が何を言ったって、いいんだよ。お前が怒ってくれてるから、俺はそれで」

 

 俺はそう言って目の前のマナを見る。すると、なんだかマナは照れていた。何故に。

 

『そ、そっか……。うん、それなら、まぁ』

 

 マナはどもり気味に言うと、そのままふよふよと俺の隣の定位置に戻ってくる。

 よくわからんが、戻ってきたならいいや。迷惑かけちゃったし、さっさとお邪魔するとしますかね。

 

「悪かったな、十代。でも助かった。またな」

「お、おう」

 

 ハネクリボーを手放すと、再び精霊化して十代のほうへと飛んでいく。それを見送ってから、俺は横で急に嬉しそうになったマナを連れて部屋を出た。

 ……しかし、なんでこんな急に態度変わってるんだこいつは。女心っていうのは、わからんもんである。

 

 

 ――そして、俺とマナが出ていった後。

 

「……なぁ相棒」

『クリ?』

「あいつら、やっぱ仲いいなぁ」

『クリ……』

 

 しみじみとそんな感想を述べる十代と、そんな十代をどこか呆れたような目で見るハネクリボー。

 そんな光景があったとかなかったとか。

 

 

 

 

 

 

 

 十代の部屋から出た俺は、翔と隼人にもう部屋に戻ってくれていい、とお礼とともに伝え、ぶらぶらと外を歩いていた。

 

「うーん……どうしようかなぁ」

『イエロー寮の部屋は使っちゃダメなの? そのまま空いてるんだし』

 

 マナの意見に、ふむと考えを及ばす。

 確かに、俺がブルーに昇格したことで、イエロー寮には現在一室の空きがある。そこに戻ることも恐らくは可能だろう。

 だが、それは結局問題を先送りしたに過ぎない。来年になって新入生が入ってくれば、寮に空きはなくなる。その時またこうして悩むことになる、というのは意味がない気がする。

 

「というわけで、却下」

『むー、そっかぁ。いい案だと思ったのになぁ』

 

 そしてまた二人して唸る。

 こんなことなら、気軽に昇格を受けるんじゃなかったかな。元々ブルーの生徒は避けてたわけだし。

 基本的に、もらえるものはもらっておく、というのが俺のスタンスだ。そうやって生きてきた貧乏性な俺だが……今回はその性質が祟ったわけだ。その場のノリで決めるもんじゃないな、こういうのは。

 しかし、マジでどうしようかな。

 どうにか現状を改善してみる、とマナに言ったはいいものの、何も具体案が浮かんでこない。二人して知恵を絞っているのに、なんてこった。

 これが本土だったら自宅通学という最終手段もあるのだが、アカデミアは独立した島だ。さすがにそこまで離れていては、その手も使えない。

 うーん、これは本当に難しいぞ。最悪、諦めてブルー寮で暮らしていくしかない。

 でもなぁ。マナの負担になると思うと、嫌なんだよなそれは。ホント、どうしたもんか……。

 

「あら、遠也じゃない。どうしたの?」

 

 うーん、と唸りながら歩いていると、不意に前から声がかけられた。そちらに意識を向ければ、ちょうどこちらに向かって歩いてくる明日香の姿があった。

 

「あー、明日香か」

 

 気付いた俺は、気だるげに片手を上げて挨拶をする。

 すると、明日香は少し眉を寄せて近づいてきた。

 

「なんだか元気がないわね。何かあったの?」

「んー……あったといえばあったかなぁ」

 

 突然何かが起こったわけではなく、ずっと続いていることだからなぁ。あったと言っていいものか。

 そんな曖昧な回答に、明日香はため息をついた。

 

「よくわからないけど……悩みがあるなら、私でよければ相談に乗るわよ?」

 

 俺の煮え切らない態度に、何かあったと思ったのだろう。意外と面倒見がいいと評判(アカデミア中等部女子の声より)な明日香が気を使ってそう提案してきてくれる。

 申し出はありがたいが……好意に甘えていいものかな。ブルー寮になじめないっていうのは、結局のところこっちの我儘なわけだし。それで手を煩わせるのもなぁ。

 

『遠也、遠也。明日香さんに話してみようよ』

 

 内心で逡巡していると、マナがそう促してくる。そして、その後にこう続けた。

 

『明日香さんは私たちよりアカデミアには詳しいはずだよ。もしかしたら、何かいい案を出してくれるかも……』

 

 そういえば、明日香は中等部からの繰り上がりなんだよな。オベリスクブルー所属ってことは、俺のような昇格じゃない限りは中等部の成績優秀者で構成されている……はずだ。

 実際にデュエルすると、成績優秀? となってしまう奴も多いが……。その点、明日香はそこら辺も折り紙つきである。

 っと、話が逸れた。確かにマナの言うとおりだ。アカデミアに来て日が浅い俺より、明日香のほうが色々と詳しいのは間違いない。

 となれば、相談するというのも一つの手、か。ふむ……。

 

「……すまん、明日香。ちょっと話を聞いてもらってもいいか?」

 

 おずおずと切り出す俺。それに対して、明日香は快く頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 近くのベンチに場所を移し、そこで理由を話すことしばし。

 聞き終えた明日香の反応は、謝罪から始まった。ちょ、頭上げてよ。

 

「本当にごめんなさい。同じブルー生として心から謝るわ」

 

 言って、顔を伏せる明日香。よっぽど自分と同じ寮の人間がとった態度が気に入らなかったらしい。まぁ、明日香の性格ならそうだろうが、気にしすぎだと思うんだが……。

 隣でマナも困ったように苦笑を浮かべている。こういうところ、俺は結構好きだけど、将来いろいろ苦労しそうな損な性格だとも思う。

 

「いや、明日香は何も悪くないじゃん。それに、そんなつもりで話したわけじゃないし」

「でも……」

「それに、謝るなら本人がしないと意味ないだろ?」

「それは、そうだけど」

 

 至極まっとうな返しをすれば、明日香は納得いかなさげではあったが、頭を上げてくれた。

 明日香曰く、ブルー生はイエローからの昇格だけに限らず、外から新しい者が入るたびに同じ態度をとっているのだとか。女子はそこまででもないが、男子は本当にひどいとのこと。

 うん、それは予想してた。だって結託してるんじゃないかってぐらい、こっちを貶す奴ばかりだったからな。元からそういう土壌がないと、ああはならないだろう。

 と、そんなブルーの気質はどうでもいい。それよりも現状を改善するにはどうすればいいかが重要だ。

 

「というわけでさ、明日香。何か良い案はないかね」

「そうね……たぶん、難しいと思うわ。今までにも昇格して来た人はいたけど、あなたのようなことを言いだした人っていなかったし」

「え、そうなん? じゃあ、過去の人はみんなあの空気に耐えたわけ?」

「……というより、そのうちに染まったってところね。一緒になって他寮を貶し始めたことで、仲間として受け入れられたみたいよ」

「うわぁ……」

 

 何その救いのない話。

 ここが教育機関とは信じられないな。今度、海馬さんに連絡しておこう。いくらなんでもこれはひどいだろう。

 でもあの人、変なところで常識に縛られないからなぁ。全部「己のロードは己で切り開け!(キリッ」で片づけられそうな気がする。

 ……いかん、そう考えると知っていて放置の線が濃厚になってきたぞ。いいのかそれで、海馬さん。

 まぁ、そのことについて考えるとなんか変なことになりそうだから、置いておこう。今は自分の現状をどう改善するかだ。

 

「しかし、そうなると困ったな。ああいう空気は精神的にキツいっぽいしなぁ。俺ならそこまで気にしてないのになぁ……」

「え? あなたの話ではなかったの?」

「え? あ、あー……ちょっと事情があってな」

 

 まぁ、いいかと判断して軽くその事情を話す。

 つまり、俺の部屋によく来る友人がいて、そいつがブルーでの俺の扱いに俺以上に憤慨している。このままではそいつの精神衛生上よろしくないので、何とかしたい。

 俺が今の状況をつらいと思っているわけではない、というのがさっきの説明とは違う点。ブルーでの立場しか明日香には説明しなかったからな。きっと、明日香は俺が参っていると思っていたんだろう。

 

「なるほど、そういうことだったのね。私は、てっきり遠也が気にしているのだと思っていたわ」

「やっぱり勘違いしてたか。俺は別に気にしてないよ。耳障りではあるけど、そのうち悪口言うのも面倒になって、静かになるさ」

『私は、そうなるのが嫌なの!』

 

 マナにしてみれば、なんでこっちが耐えなきゃいけないのか、ということなのだ。その言い分は確かに正当だ。だからこそ、俺もこうして出来るだけのことはしようとしている。

 耳障りだと言ったようにいい気分でないのは確かなので、なくなるにこしたことはない。

 

「遠也らしいわね。……でも、意外ね。遠也がいるとはいえ、十代がブルー寮に行くなんて」

 

 明日香が表情に少し驚きを混ぜながら言うが……明日香は何を言っているんだ?

 

「いや、俺の部屋に来るのは十代じゃないぞ?」

「え? なら翔くん、前田くん、三沢くんかしら?」

「や、全員違うから。そもそも男じゃなくて女だから」

「………………ジュンコ? ももえ?」

「親しい女子といえばその二人もそうだが、違うぞ」

 

 俺が全て否定すると、明日香は目をきょとんとさせて、再び口を開く。

 

「……あなた、私たち以外の女子にも友達がいたのね」

「……悪かったな」

 

 憮然として返すが、明日香の言うとおりである。

 アカデミアの女子で友達と言えるのは、明日香、ジュンコ、ももえの三人だけだ。明日香の言っていることは、間違いではない。だからこそ、癪なのだが。

 けっ、どうせ友達少ないですよー。いつもの面子としか話しませんよー。

 やさぐれて拗ねると、マナが精霊化したまま苦笑いと共に頭を撫でて『よしよし』と慰めてくる。嬉しいような、情けないような……なんとも微妙な気持ちになる俺なのだった。

 そして、拗ねた俺を見て明日香も言葉が過ぎたと自覚しているのだろう、慌てて言葉を重ねてくる。

 

「ご、ごめんなさい。つい、というかその、あまり私たち以外の女子と一緒にいるのを見たことがなかったから……」

「いやー、いいさ別に。実際、一緒に行動してるわけじゃないからな」

 

 言い繕うように言い訳してくる明日香に、俺は態度を改めて笑顔で返す。

 マナは常に傍にいるものの、見えるわけではない。周囲からしてみれば、俺は一人でいるようにしか見えないのだ。

 だから、明日香がわからないのは仕方がない。そのことで責めるほど、俺も常識がないわけじゃなかった。

 そういうわけで、このお話はここまでにして。真面目にどうするのかを話し合う。

 しかし、やはり生徒の身に出来ることは多くなく、大した案は出てこなかった。本来ならクロノス先生に相談するべきなんだろうが、ブルーを……というより中学からのエリート組を贔屓しまくっているあの先生がまともに取り合ってくれるかは微妙なところだ。

 とはいえ、確か一年生のいつだったかにクロノス先生の差別主義はなりをひそめていたような記憶があるので、その後になら相談しても無碍にはされないと思う。

 となると、その時まで待つのが一番かね。

 明日香に、とりあえずは様子を見る、と結論を伝える。

 大して力になれなくてごめんなさい、と言う明日香に話を聞いてくれただけでも助かったよ、と返して俺たちは寮に戻ることにした。別れ際に、俺と親しいその子の名前を教えてほしいと言われたが、それはやんわり断っておく。

 生徒として存在していないマナが探して見つかるわけがないし、もし同じ名前の人がいたらその人に迷惑がかかるからだ。俺が名前を明かさないことに、明日香は少し怪訝な顔をしたが、突っ込んでくることはなかった。

 そうして自室に入った俺たちは、広い部屋に備え付けられたこれまた大きなベッドに身を投げ出す。マナも同じように実体化して寝転んだ。こら、服を気にしなさい服を。若い女の子がはしたない。

 

「むー、振り出しに戻っちゃったね」

「あー、まぁなぁ」

 

 二人してベッドの上でだらけながら、今日の成果を端的に表す。この部屋を出て、歩き回り、結局戻ってくる。まさに振り出しに戻るだ。

 

「十代のところが三人部屋じゃなかったら、転がり込む手もあったんだけどなぁ」

「遠也が入ったら、許容量オーバーだもんね」

 

 あそこは三人で既にギリギリだ。俺が入る余地はないだろう。

 

「イエローもなぁ。また戻るのも、なんか恥ずかしいしなぁ」

「ずっといられるわけじゃないしねー」

 

 一年先に、絶対出ていかなければならないんなら、最初から入るべきじゃない。

 

「やっぱ、ここで過ごすしかないって」

「むむむ……はぁ、仕方ないかぁ」

 

 溜め息をついてマナがごろりと寝がえりを打つ。

 そして、何故か俺の腕をとりそのまま胸元に抱え込んだ。むにょん、と柔らかい感触が腕全体に広がる。うん、素晴らしいおっぱいだ。

 

「――じゃない! 何してるんだ、お前は!?」

「えー、いいじゃない別にー」

 

 言いつつ、更に身を寄せてくるマナ。

 こ、これは一体なにが起こっているんだ!? 孔明の罠か? それとも夢を見ているのか? 俺の煩悩が見せる幻だと言うのか? 何がどうなったらこうなるってんだ!?

 驚きのあまり身動きが取れない俺に、気を良くしたのかそのまま身体ごとひっついてくるマナ。男にはない心地よい感触と甘い匂いに、思わず頭がくらりとする。

 十七になろうという童貞の男に、間違っても取っていい態度ではない。色々真っ盛りな年齢である俺には、刺激が強すぎる。

 この島に来てから、いつもよりマナからのスキンシップが多いとは思っていたが、それでもここまでのものはなかった。それ以前のものでもドギマギしていた俺に、いきなりのこれはレベルが高すぎる。せめて手を繋ぐところから始めてもらわないと……!

 いや、問題はそこじゃないぞ俺。気持ちはわかるが混乱するな。そうではなく、どうしてこうなったってことだ。

 確かに俺はマナに対して大きな友情と感謝を感じているし、それとは異なる感情も持ち合わせてはいるが、しかしそんなことをおくびにも出していないはずだ。なのに何故こうなっているのか。まったく理解できない。

 いかん、慣れない事態に冷や汗が出てきた。っていうか、汗かいてるのマナにバレてないかな? ここで汗臭いとか言われたら、俺もう立ち直れないんですけど。

 

「ありがとね、遠也」

 

 と、そんなことを延々と考えていた俺の耳に、マナの声が届く。

 

「私のこと、気にしてくれてたんでしょ? ありがとう」

 

 なんだか神妙な声で言うマナ。きっと、俺がマナのためにも現状を改善したほうがいいと思って、今日行動したことを言っているのだろう。

 だけど、これぐらいのこと今日が特別なわけじゃない。俺は結構マナには甘いと自分で思っているし、実際マナのことになれば前々から色々行動していたように思う。

 マナに頼まれれば、よほどのことでなければ請け負うし、そうでなくても俺から気を使うこともある。要するに、俺に対するマナの対応と同じだ。言ってしまえば、お互い様ってやつである。それぐらい、マナもわかっていると思うんだが。

 だから、俺はいつものように返す。気にするな、と。好きでやってるんだから、と。

 

「き、気にするなって。それより、身体をくっつけられると、ちょっと……」

 

 最初にどもったうえ、最後はなんだか情けない感じになってしまったが、言いたいことは言えたと思う。

 これで離れてくれないかな。この感触は確かにもったいないが、それよりも俺の精神がそろそろヤバイ。童貞の沸点の低さを舐めないでもらいたいものだ。

 そんな俺の返答に、マナはくすりと笑った。そして、そのまま抱えていた腕に顔を寄せる。い、息がかかる! なんで離れずに更に近づくんですかちょっと!

 そんな俺の内心を知ってか知らずか、マナは寄せていた顔を僅かに上げて俺を見上げる。

 その頬は上気して赤みを帯びており、現在の体勢と相まって俺の理性をがりがりと削って余りある破壊力を秘めていた。

 やっぱり、マナって可愛いよな。ふと、そんな感想が頭をよぎった。

 そして、マナはどこかうるんだ瞳で俺を見つめ、ゆっくりと唇を動かして言葉を紡いだ。

 

「――遠也。あの、私ね……」

『すまない、丸藤亮という。部屋にいるか?』

 

 ノックの音と共に聞こえてきた声に対する俺たちの反応は、筆舌に尽くしがたいものがあった。

 互いに心臓が限界まで脈打ち、思わず上げかけた声を抑え、その拍子にマナと俺は離れ、勢い良くその場を退こうとした俺は、ベッドから飛び落ちて背中を床に強打。轟音を響かせてのたうちまわる羽目になった。

 対してマナは小さく高い声を上げ、そして照れと焦りからか顔を真っ赤にさせた。思わず離してしまった腕も気にせず、俺とは反対方向に飛びのいていた。ベッドからは落ちていないようだが、ぼーっと胡乱な目をし、そうかと思うと扉のほうを睨みつけた。

 珍しくかなり強い目つきで、相当怒っているのだとわかる。俺は痛む背中を抑えながら立ち上がると、ギロリという擬音がつきそうなほど扉を睨むマナに話しかけた。

 

「マナ! 精霊化、精霊化! このままじゃヤバイって!」

「う、ぐ、むぅぅ……うん」

 

 なんだか物凄く不満そうにマナが精霊化する。

 後が怖そうな気がビンビンするが、今は気にしないことにしておく。そして、俺は扉に近づき鍵を外すとそのまま開けた。

 そこに立っていたのは、カイザーの通り名で知られるデュエルアカデミア最強のデュエリスト。俺の友人でもある丸藤翔の兄、カイザー・丸藤亮がそこにいた。

 

「大丈夫か? 中から凄い音がしたが……」

「あー、大丈夫です。ちょっとベッドから落ちただけなんで」

 

 俺がそう返すと、カイザーは「そうか、気をつけたほうがいい」とのたまった。

 ……うん、お前が言うな。原因はあんただぞ、カイザー。

 そしてマナよ。見えないからって、手に持った杖をカイザーに向けるんじゃない。何がそんなに気に入らないんだ。あれか、話を遮られたのがそんなに嫌だったのか。

 確かに、その……なんだ。ああいう話を遮られて腹が立つのはわかるが……。俺としては、ちょっとホッとしたところもあるので何とも言えない。

 

「それで、いま大丈夫か? 急で申し訳ないんだが、時間があるなら、デュエルをしてほしい」

「俺と、ですか?」

「ああ」

 

 頷くカイザーに、驚く俺。

 なんと、カイザーから直接の指名とは。噂では、カイザーとのデュエルは予約が必要で、それもかなり先まで埋まっていると聞いたことがある。

 そのカイザーが自らこうしてやって来るなんて。カイザーもよほどシンクロのことが気になっていると見える。

 幸い今はまだ夕方にもならない時間。余裕はある。けど、マナの様子がおかしいし、そちらが気になる。そうなると、ここは断ったほうがいいかもしれない。カイザーとのデュエルは、また機会があるだろうし。

 

『遠也、受けて』

「へ?」

「どうした?」

「あ、いや何でもないです」

 

 断ろうと思ったところで、急にマナが話しかけてきたので驚いた。ちらりと横を見ると、マナがカイザーを睨みつけて頬を膨らませていた。うわぁ。

 

『遠也、この人やっつけちゃって!』

 

 そう言って、杖をカイザーに突きつけるマナ。

 これは……相当怒ってるな。俺でもそんなに見たことがないぐらいに怒ってる。よっぽど今のことが気に食わなかったようだ。

 けど、当のマナがこう言うんだ。俺に断る理由はなくなった。というより、ここで断ったらマナに何をされるかわからん。むしろ受けるしかない。

 

「わかりました。それじゃあ、行きましょう。出来るだけブルー生が行かないところを希望します」

「なるほど……わかった。デュエルを受けてくれて感謝する」

 

 こうしてカイザーとのデュエルが決まり、カイザーは俺を先導しつつ歩いて行く。

 さて、この学校最強の実力者と名高いカイザー。サイバー流、つまりサイバー・ドラゴンを中心に使うデッキだったはず。

 その実力はどれほどのものなのか。後ろにいるマナが怖いのはあるが、それでも楽しみである。

 俺はさながら十代のようにこの後のデュエルに思いを馳せながら、カイザーの後を追うのだった。

 

 

 

 

 



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第7話 帝王

 

 カイザー亮とデュエルをすることになり、人目の少ない場所に移動した俺とカイザー。

 だというのに……。

 

「……なんでいるの?」

 

 その言葉に対して、即座に答えが返される。

 

「私は偶然あなたたちを見かけたからよ。十代にはメールしたけど」

「へへ、明日香から聞いたぜ! カイザーってのはこの学園最強のデュエリストなんだろ? そのカイザーと遠也のデュエルを、見逃すわけにはいかないぜ! 教えてくれた明日香には感謝だな!」

「僕は、その時その場にいたから、一緒に」

「俺もなんだな」

「十代たちに途中で会って、誘われたから」

「同じくですわ」

 

 明日香、十代、翔、隼人、ジュンコ、ももえ。それぞれがこの場にいる理由を話す。それによれば、大半がほぼ偶発的に俺たちのデュエルを知り、この場に来たということになる。

 なるほどね。

 

「つまり、明日香が悪いのか」

「なんでそうなるのよ!?」

「お前が十代にメールしたからじゃん。まぁ、ギャラリーがいつもの面子だけだから、いいけどさ」

 

 俺が人目を避けたかった理由は、ブルーの人間に見られてまた何か言われるのを避けるためである。

 そう考えれば、今いるメンバーは特に問題ない。わざわざ吹聴して回るような人間はいないからな。よくつるむだけあって、そういう信用は抜群である。

 

「……悪かったわ。あなたの事情は知っているけど、私と十代ぐらいならいいかと思ったのよ。ちょっと、予定より多くなってしまったけど……」

「いいって、このメンツなら。それより、三沢は?」

「ん? 会わなかったから誘ってないぜ。よくわかんないけど、人は少ないほうがいいんだろ?」

「うん、まぁ……そうだな」

 

 会っていたらこの場にもいたのに、三沢だけハブられる形になってしまったのか。なんか申し訳ないが、ここは運がなかったと思って諦めてもらおう。

 ……さて。気になっていたこの場にコイツらがいる理由もわかったことだし。これで気兼ねはなくなった。

 俺はギャラリーに向けていた視線を、対戦相手となるカイザーへと移した。

 

「……もういいのか?」

 

 律儀に待ってくれていたカイザー。いい人だ。

 

「はい。待たせてすみません」

「いや、いい。元々頼んでいるのはこちらだからな。こうしてデュエルできるだけで、ありがたい」

 

 そう言って、カイザーはふっとニヒルに笑う。性格も良く、クールとは。このイケメン、かなり高性能である。

 しかし、カイザーの言葉はちと妙だ。俺はそんなに中々デュエルできないほどレアなキャラではない。頼まれれば、受けていたはずだ。入学してからこっち、だいぶ時間があったのだから、その機会はあったはず。

 そのことについて問うと、カイザーは苦笑した。

 

「俺を慕ってくれる生徒がな、なかなか時間を作らせてくれなかったんだ。無視するわけにもいかないからな」

 

 つまり、カイザーの取り巻き連中がひっつきまわり、カイザーの自由時間を侵害したため、俺に会いに行く時間を作れなかった、と。

 なるほど、学園最強というのも大変だな。カイザーも苦労しているようである。

 

「なるほど。じゃ、その分まで今回はたっぷりデュエルをしましょう!」

「ああ、そうしてもらえると助かる。新たな戦術、シンクロ召喚の力、楽しみにしている」

「では」

「ああ」

 

 互いにディスクを構え、視線を絡ませる。

 

「「デュエル!」」

 

皆本遠也 LP:4000

丸藤亮 LP:4000

 

「先攻は俺のようだな。ドロー!」

 

 カイザーの先攻でデュエルが始まる。

 ドローフェイズ、カイザーは引いたカードを確認すると、それをそのままディスクに置いた。

 

「俺は手札から《融合》を発動! 手札のサイバー・ドラゴン2体を融合! 現れろ《サイバー・ツイン・ドラゴン》!」

 

《サイバー・ツイン・ドラゴン》 ATK/2800 DEF/2100

 

 ……ふっ。十代と何度もデュエルしてきた俺は、もうこの程度では驚かないさ。初期手札に融合素材と融合が揃っているだって? あるある。よくあることさ。

 半分諦めの境地に至っている俺と違い、ギャラリーは賑やかである。

 

「そんな、いきなり融合!?」

「本気ですわね」

「それも亮のエース、サイバー・ツイン・ドラゴン……!」

「お兄さん……やっぱり凄い!」

「さすがカイザー! 俺もデュエルしてぇ!」

「遠也、頑張るんだな!」

 

 誰が何を言ったのか、すぐにわかるところはいいことだ。それにしても、応援してくれてるのが隼人だけとか。他の皆さんはカイザーに気を取られていらっしゃる。

 

 けど、気持ちはわかる。よく先攻ターンでこんな重いモンスター出せると思うもんな、ホント。十代といい、正規融合を初手から行うのが普通だからなぁ。一体どうなってるんだか、まったく。

 

『むむ……凄い。でも、遠也だって負けてないもん。頑張ってね、遠也!』

「お、おう」

 

 俺の横で、いつもより気合の入った応援をしてくれているマナ。っていうか、さっきから妙に距離感近くないですか、キミ。今も寄り添うぐらいの距離なんですけど。

 それがちょっとばかり気になるが、別段嫌なわけでもない。というわけで、気にしないことにして、カイザーの一挙手一投足に意識を向ける。

 

「俺は更にカードを2枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 カイザーがエンド宣言をし、こちらに目線を寄こす。その目が、お前の力を見せてみろ、と言っている気がした。

 ここは、それに応えるのが男というもの。幸い、手札にはその材料が揃っている。これなら、いけるだろう。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 カードを1枚引き、俺はカイザーの視線に笑みを浮かべて返す。それに、カイザーもまた小さく笑みを浮かべた。

 

「いくぞ! 俺は手札からモンスターを墓地に送り、チューナーモンスター《クイック・シンクロン》を特殊召喚! そして、《チューニング・サポーター》を召喚!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

 2体のモンスターが並び、カイザーはそのステータスに僅かに眉を寄せた。

 

「レベルの割に攻撃力が低い……それが噂のチューナーモンスターか」

 

 その言葉に、俺はにやりと笑った。

 

「ステータスが低いなら、力を合わせればいい。――俺は、チューニング・サポーターをレベル2として扱い、レベル5のクイック・シンクロンをチューニング!」

 

 シンクロ召喚おなじみのエフェクト。5つの輝く輪を、2つの星が潜り抜ける。レベルの合計は7だ。

 

「集いし思いが、ここに新たな力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 燃え上がれ、《ニトロ・ウォリアー》!」

 

 現れるのは緑の体躯に、厳つい顔をした鬼のようなモンスター。ことバトルという面では、俺の持つモンスターの中でも屈指の力を持つモンスターである。

 

《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800 DEF/1800

 

「それがシンクロ召喚か。ステータスが低くとも、強力なモンスターへと姿を変える。なるほど、これまでにない画期的な手法だ」

 

 感心したように呟くカイザーだが、こいつの効果を知ってたらそんな顔は出来ないだろうな。

 

「チューニング・サポーターがシンクロ素材になったため、効果によりカードを1枚ドロー。更に俺は《おろかな埋葬》を発動。デッキから《ボルト・ヘッジホッグ》を墓地に送る」

 

 この俺の行動に、後ろで十代と翔、隼人の三人が「おっ」「あっ」「だな」と声を上げる。俺のデュエルをよく見ている三人だからな。当然こいつの効果も把握している。

 それを受けて、こいつの効果を思い出したのか、明日香たちもあっ、と声を上げた。

 カイザーはそんな外野の反応に首をかしげているが、すぐにその理由を知ることになる。

 

「ニトロ・ウォリアーでサイバー・ツイン・ドラゴンに攻撃!」

「なに? 攻撃力は同じ……相打ち狙いか?」

 

 カイザーがそう予想して言うが、残念ながらそうではない。

 

「ニトロ・ウォリアーの効果発動! 魔法カードを使ったターン、1度だけこのカードの攻撃力はダメージ計算時のみ1000ポイントアップする!」

「なに!?」

 

《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800→3800

 

 ニトロ・ウォリアーの攻撃力がサイバー・ツイン・ドラゴンを上回り、戦闘破壊可能となる。ニトロ・ウォリアーの身体にエネルギーがみなぎり、それがそのまま力となる。

 

「いけ、ニトロ・ウォリアー! 《ダイナマイト・ナックル》!」

 

 ニトロ・ウォリアーの拳が勢いよくサイバー・ツイン・ドラゴンの銀色に輝く機械の身体に叩きつけられ、ほどなく大爆発を起こして爆散する。

 そしてその余波がカイザーを襲い、そのライフポイントを削っていった。

 

亮 LP:4000→3000

 

「くっ……やるな。いきなりサイバー・ツイン・ドラゴンがやられるとは思わなかった」

「ふっふっふ。これが、シンクロモンスターの力ですよ」

 

 そして、ニトロ・ウォリアーの攻撃力は元の2800に戻るっと。

 さて、自信満々にカイザーに言った俺だが、実はかなり不安だった。

 カイザーが伏せたあのカードがもし《リミッター解除》だった場合、やられていたのはこっちだからだ。

 エンドフェイズに破壊されるとはいえ、次のターンはカイザーだ。モンスターを召喚して速攻されて、終了となる可能性もあったのだ。

 だから、ある意味賭けだったと言える。まぁ、違ったから良かったが。

 

「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 俺がエンド宣言をすると、後ろで十代たちが声を上げ始めた。元気だな、みんな。

 

「すげぇ! 遠也がカイザーから先制したぜ!」

 

 と、十代は素直に喜んでくれているが、その他の面子は驚きのほうが大きいらしい。

 「まさかカイザーのライフを先に削るなんて」とジュンコとかももえ辺りが特に驚いている。

 そして、翔は今朝のデュエルを思い出したのか、「ワンキル怖いっす」と虚ろな目で言っていて、それを隼人が慰めていた。

 そんな中、明日香だけは厳しい顔をしている。

 

「いいえ、亮はカイザーとまで呼ばれる実力者よ。このままとはいかないはずだわ」

 

 さすがは明日香。俺もそう思う。

 学園最強のデュエリストが、この程度で揺らぐはずもない。それに、カイザーと十代の引きの強さはチートレベルだったと記憶している。

 なら、油断できるはずもない。次のターンで、恐らく何かをしてくるはず……。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 カイザーがカードを引き、そして手札に加える。

 一体何をしてくるのか。俺は固唾をのんでその動向を見つめた。

 

「俺は《強欲な壺》を発動し、デッキからカードを2枚ドローする。そして、相手フィールドにモンスターがいて、自分のフィールドにモンスターがいない時、このカードは手札から特殊召喚できる。《サイバー・ドラゴン》を特殊召喚!」

 

《サイバー・ドラゴン》 ATK/2100 DEF/1600

 

「更にリバースカードオープン! 《リビングデッドの呼び声》! 墓地の《サイバー・ドラゴン》を蘇生する! そして手札から《プロト・サイバー・ドラゴン》を召喚! このカードはフィールドに存在する場合、サイバー・ドラゴンとしても扱う!」

 

《プロト・サイバー・ドラゴン》 ATK/1100 DEF/600

 

「更に《融合》を発動! フィールドのサイバー・ドラゴン2体とサイバー・ドラゴンとして扱うプロト・サイバードラゴンで融合召喚! 来い、《サイバー・エンド・ドラゴン》!」

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK/4000 DEF/2800

 

 サイバー・ドラゴンのように機械で作られた銀色の巨体。その頭は3つあり、鋭い眼光はこちらを威圧してやまない。両翼と胸に青く輝く宝玉が、銀色の中で美しく輝いている。

 カイザー丸藤亮の切り札、サイバー・エンド・ドラゴンのおでましだった。

 ――……えぇー……。

 

「あ、あの状況から1ターンで……」

「す、すげぇ……」

 

 ギャラリーもあまりといえばあまりな展開に、思わず声を失っている。

 気持ちはわかる。俺も今まさにそんな気持ちだから。

 先攻ターンにサイバー・ツイン、2ターン目にサイバー・エンド。しかも、どちらも正規召喚。どうやったらそんな神業が出来るというんだろう。いや、今まさに見せられましたけども。

 

『う、うわぁ……』

 

 あれだけ勢いこんでいたマナも、この状況にはさすがに勢いが失せていた。無理もない。俺だって、なぁにこれぇ、って思ってる。

 

「バトル! サイバー・エンド・ドラゴンでニトロ・ウォリアーに攻撃! 《エターナル・エヴォリューション・バースト》!」

 

 その指示を受け、サイバー・エンド・ドラゴンのそれぞれの口に光が収束していく。

 そして、三つ首から同時に放たれた圧倒的なまでのエネルギーの奔流は一つに重なり、輝く光の渦となってニトロ・ウォリアーを一瞬で飲み込んだ。

 もちろんニトロ・ウォリアーに対抗できるはずもなく。ニトロ・ウォリアーは哀れ一撃で粉砕された。すまん、ニトロ・ウォリアー。

 

遠也 LP:4000→2800

 

「俺はこれでターンエンドだ」

 

 カイザーがエンド宣言をし、ターンが俺に移る。

 しかし……あれだな。カイザーのフィールドを見て、俺は思う。

 サイバー・エンド・ドラゴン。GX版青眼の究極竜とも言われただけのことはある。その威容は見る者を圧倒し、戦意を失わせるには十分な迫力を持っていた。

 正直、攻撃力4000のモンスターが出てきたところで、ある意味でそれよりひどい状況が普通だった経験を持つ俺は、それだけでは特に感想はない。まぁ、よく正規召喚でいきなりこんなの出せるなとは思うが。

 だが、攻撃力3000が最高ライン、ビートダウンが大勢を占めるこの世界の環境の人間には、きっと俺以上にコイツは恐ろしく感じるに違いない。

 なにしろ攻撃力だけを見れば神と同格だ。通常の手段で倒すのが難しいのは間違いないのだから。

 が、倒す手段がないわけではない。しかし、今の手札ではどうしようもない。全ては、これからのドロー次第ってことか……。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 最善ではないが……これなら凌げる。

 ここはどうにか食らいついて行くしかないな。

 

「俺は《ゼロ・ガードナー》を守備表示で召喚し、カードを1枚伏せてターンエンド」

 

《ゼロ・ガードナー》 ATK/0 DEF/0

 

 俺がターンエンド宣言をすると、後ろで翔が大声を上げた。

 

「ダメだ、遠也くん! それじゃあ、負けちゃうっす!」

 

 その声に、隣にいた十代が反応する。怪訝な顔で、翔に問いかけた。

 

「なんでだよ? 壁になるモンスターが出せたんだ。悪いことじゃないはずだぜ」

「ううん、アニキ。サイバー・エンド・ドラゴンには、それじゃダメなんだ」

「十代、サイバー・エンド・ドラゴンには……貫通効果があるのよ」

 

 翔に続き、明日香がそう説明する。

 すると、状況を理解した十代が驚きと共に俺を見る。

 

「遠也が出したゼロ・ガードナーの守備力は0……ってことは、ダイレクトアタックと同じってことか!?」

 

 現在の状況を理解した面々が、俺たちのフィールドに目を向ける。

 あちらには攻撃力4000で貫通持ちのモンスター。そして俺の場には守備力0のモンスター。単純な計算だ。みんなには俺が負ける未来が見えているに違いなかった。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 カイザーがドローし、そのカードを手札に加えた後。カイザーはゆっくりとその視線を俺に向けた。

 

「シンクロ召喚、素晴らしいものだった。これでデュエルはまた一つ変わるだろう。そして、このデュエルを受けてくれた君に敬意を表し、全力を尽くそう」

 

 そして、カイザーは高らかに宣言する。

 

「バトル! サイバー・エンド・ドラゴンでゼロ・ガードナーに攻撃! 《エターナル・エヴォリューション・バースト》!」

 

 再びサイバー・エンド・ドラゴンから放たれる巨大な光の波動。それがゼロ・ガードナーに届くか、という瞬間。みんなの俺の負けを確信したかのような諦めの声が聞こえた、その瞬間。

 俺はその光の奔流に向かって、真っ向から叫んだ。

 

「ゼロ・ガードナーの効果発動!」

「この状況で、何を……」

 

 カイザーの驚きの声に被せ、俺はさらに言葉を続ける。

 

「このカードを生贄に捧げ発動! このターン、自分のモンスターは戦闘で破壊されず、相手モンスターとの戦闘によって発生する自分への戦闘ダメージは0となる!」

 

 効果の発動を宣言すると、サイバー・エンド・ドラゴンの攻撃はゼロ・ガードナーが提げていた巨大な0の形をしたオブジェに防がれて、こちらには届かない。

 もちろん、俺のライフポイントには何の変動もない。

 

「誘発即時効果により、自身が攻撃対象になって生贄にした場合でも戦闘ダメージは0になる」

 

 これが生きた和睦の使者と呼ばれる所以である。召喚権を使用するというデメリットはあるものの、その効果は和睦の使者と完全な相互互換。効果そのものは非常に優秀なモンスターなのだ。

 そして俺が生き残ったことを知ると、十代たちのほうからホッと安堵のため息が漏れていた。やはり、これで終わりだと思っていたらしい。

 

「お、おどかすなよ遠也! そんなモンスターがいたなんて、聞いてないぜ!」

「悪い悪い。こいつは、昨日調整した時に試しに入れた奴なんだ。だから、お前が知らないのも当然だぞ」

 

 基本、俺が持っているカードは遊星が使ったカードが多く、OCG化されているものは殆ど持っている。

 ファンデッキ作るために、集め回ったからなぁ。こうして普段入れないカードを突っ込んで、このカードを使った時を思い出してデュエルするのが小さな楽しみだったりもするのだ。

 心臓に悪い、と十代と同じように文句を言ってくる皆に軽く謝り、俺は再びカイザーと向かい合う。

 そして、にっと笑った。

 

「カイザー。このデュエルは、まだ終わらないぜ」

 

 凌いでみせた俺に、カイザーは僅かに瞠目していたが、すぐにその表情が楽しげなものに変わる。

 さっきまでのどこか超然とした態度ではない。自信を感じさせる点は変わらないが、雰囲気が異なっていた。

 例えるなら、十代を相手にしているような感覚だろうか。……そう、デュエルを心から楽しんでいる、そう感じさせる雰囲気だった。

 

「……やるな、皆本遠也。このデュエル、やはり申し出てよかった」

「そう思ってくれたなら、光栄だよ」

 

 肩をすくめてそう言えば、カイザーは再び笑った。

 

「ふっ……俺は手札から魔法カード《タイムカプセル》を発動する。デッキからカードを1枚除外し、2ターン後のスタンバイフェイズにタイムカプセルを破壊。そのカードを手札に加える。ターンエンドだ」

「おっと、そのエンドフェイズにリバースカードをオープン。《サイクロン》を発動させてもらう。タイムカプセルを破壊する!」

「ならば俺はそれにチェーンしてリバースカードオープン! カウンター罠、《マジック・ドレイン》! サイクロンを破壊する! この時、相手は手札から魔法カード1枚を捨てることでこの効果を無効に出来るが……」

「いや、その破壊は通す」

 

 ちぇ、あの伏せカードマジック・ドレインかよ。そんなカード入れてたんだなカイザー。

 それにあの手札、モンスターじゃなかったのか。まぁ、全力を出すと言って召喚権を使わなかった時点で、そうだとは思っていたが。

 さて、あのタイムカプセルで除外したカードは何なのか。順当にいけば《パワー・ボンド》かアニメオリジナルカードの《異次元からの宝札》か。前者は既に場にサイバー・エンドがいるから優先度は下がっている。後者は、手札が少ないことから可能性は高い。

 他にも死者蘇生という可能性もあるしなぁ……ま、考えてもわからないか。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 ……来たか。こいつを使えば、このデッキの中で唯一カイザーに対して圧倒的なアドバンテージを得られるモンスターが呼び出せる。

 シンクロモンスターの中でも単純だが強力な効果を持つカード。そのくせ素材指定なしというモンスター。こいつが制限に全く引っ掛からない時点で、あっちの世界の環境の凄さがわかる気がする。

 けど、こいつを使うのは気が引ける。なぜなら、どう言ったところでこいつはメタカードみたいなもんなのだ。十代とのデュエルでだって使ったことはない。だって、戦闘が一気に単調になってしまう。

 それはカイザーにも言える。特にカイザーのデッキは属性縛りが結構あったはず。サイバー流の使い手だし。それに、このカードはこの時代に本来は存在していないカードだ。だからこそ、躊躇われるが……。

 

「どうした、皆本。長考か?」

 

 長い間黙っていたからだろう、カイザーがそう問いかけてくる。

 だが、こんなこと言うわけにはいくまい。まさか、このカードは未来のカードだからちょっと効果がアレなんだよ、なんて。

 

「いや、その……」

 

 だから、思わず口ごもる。カイザーとのデュエルは迫力があって、これまでとは違った楽しさがある。だからこそ、もっと続けたい。しかし、勝ちたいのも事実だ。そうなると、こいつを使うのが一番いい。

 無論、いきなり勝敗に結び付くほどのカードではないが、それでも優位には立てるだろう。どうしたものか……。

 うんうん唸っていると、カイザーが再び口を開いた。

 

「なにを悩んでいるのかは俺には分からない。だが、どうやら打つ手がないというわけではないようだな」

「うっ」

 

 図星をさされ、思わず呻く。

 だが、カイザーはそんな俺を気にせず更に続ける。

 

「ならば、俺たちデュエリストに出来ることは1つしかない。ただ全力を尽くすことだ。持てる力を余すことなく相手にぶつけ、勝敗を競う。相手の力を認めるからこそ、全力を尽くして戦う。それが、リスペクトするということだ」

「カイザー……」

 

 俺の後ろで全員がカイザーの言葉に感銘を受けている。

 特に翔は、深くその言葉を心に刻んだようだ。自信がイマイチ足りないあいつには、きっと殊更特別に聞こえたのだろう。

 そして、それは俺も同じだった。

 この時代にまだない筈だったシンクロモンスター。そして、未来のカード群。それらを持っているからといって、俺は我知らず驕っていたのかもしれない。

 このモンスターを出してもいいものか。必死なら、そんなことを考えない。ただ出来る限りの力を以ってぶつかっていったはずなのだ。

 カイザーの言うとおりだ。……俺はもうデュエリストとしてこの世界で生きると決めた。なら、どんな時でも全力でぶつかっていかなければ、デュエリストの名が廃る。この世界で、そう生きると決めたなら、そのために全力を注ぐべきなのだ。

 

「マナ、カイザーをボコボコにするぜ」

『う、うん。いいの?』

 

 俺がさっきまで妙に悩んでいたのを横で見ていたからだろう、マナはどこか躊躇いがちに俺の顔を見る。

 それに、俺は頷いた。

 

「なんか、ふっきれた。俺はデュエリストだ。そう生きていくと決めた以上、全力全開でやってやるさ」

 

 結局、一年経ってもまだまだ俺は未練だらけだったってわけだ。それも悪くないが、その気持ちをデュエルに持ち込むべきではなかった。

 デュエルでは常に全力で。脇目も振らずに駆け抜けていけば、それでいい。単純なことだ。気づかせてくれたカイザーには感謝だな。

 そんな意志を持った俺の表情を見て、マナは俺の心は読めないにしろ何かを察したのか嬉しそうに頷いた。

 

『うんっ。じゃあ、やっちゃって、遠也!』

「あいよ。……いくぜ、カイザー!」

「ふっ、来い!」

 

 笑みを浮かべて、カイザーは受け止めようと泰然と立つ。

 俺はそれに対して手札から1枚のカードを引き抜き、ディスクにセットした。

 

「俺はチューナーモンスター《ジャンク・シンクロン》を召喚!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

 

 へこんだオレンジの鉄帽子、丸い眼鏡に、小柄な機械仕掛けの身体。

 おなじみのチューナーモンスター、ジャンク・シンクロンが俺のフィールドに現れる。

 

「更に、ジャンク・シンクロンの効果発動! 墓地のレベル2以下のモンスターを効果を無効にして特殊召喚する! 来い、ボルト・ヘッジホッグ!」

 

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 背中からいくつものボルトを生やした、ボルト・ヘッジホッグが墓地から蘇り、フィールドに立つ。

 これで、レベルの合計は5。それを見たギャラリーが、予想を語る。そういう話が出るのは、俺が何度もシンクロ召喚をしているところを見た人間ばかりだからだろう。

 

「レベル5ってことは、《ジャンク・ウォリアー》か?」

「《TG ハイパー・ライブラリアン》という可能性もありますわよ?」

「けど、どちらにせよサイバー・エンド・ドラゴンは倒せないんだな」

 

 十代、ももえの言葉に隼人が突っ込み、二人は揃って確かに、と呻いた。そんな後方の様子に気持ちを少し和ませながら、俺はカイザーに向けて告げる。

 

「遠慮はしないぜ、カイザー! 俺はレベル2のボルト・ヘッジホッグにレベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 2体のモンスターが飛び立ち、それぞれ光の輪と星にその身を変え、シンクロ召喚が行われる。

 

「――集いし狂気が、正義の名の下動き出す。光差す道となれ!」

 

 一際強く光が溢れ、徐々にその中からモンスターの姿が現れる。

 

「シンクロ召喚! 殲滅せよ、《A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス) カタストル》!」

 

 現れたのは、その全てを科学技術で製造された四足のロボット。白銀の装甲で覆われた全身、身体を支える足の先全てで金色に輝く鋭い爪。頭部には同じく金色の装甲が、眼球代わりとなる青く丸いレンズを囲っている。

 装甲に覆われ、腹部にかけて黒と赤で彩られたその姿は、どこか不気味さを感じさせる。

 物言わぬ機動兵器。それがこのカタストルという存在であった。

 

《A・O・J カタストル》 ATK/2200 DEF/1200

 

「新しいレベル5のシンクロモンスターですって!?」

「すげぇ。こんなモンスター見たことないぜ!」

 

 明日香と十代が声を上げ、後に続いて他の面々もこの初披露のモンスターに、驚きをあらわにする。

 俺が今融合デッキに入れているレベル5のシンクロモンスターは、こいつを含めての3体だ。これでレベル5のシンクロモンスターは全て召喚されたことになる。

 

「新たなシンクロ召喚か。だが、そのモンスターではサイバー・エンド・ドラゴンの攻撃力には到底届かないぞ」

 

 新たなシンクロモンスターに興奮していたギャラリーは、カイザーの至極まっとうな言葉に「あ」と動きを止める。

 

「そういえばそうなんだな! 新しいモンスターに興奮して忘れてたけど、それじゃ負けちゃうんだな!」

 

 隼人が叫び、周囲も俺にどうするのかと視線で問いかけてくる。

 だが、その答えは決まっている。

 

「それはどうかな」

「どういうことだ?」

「答えはこうさ。バトルだ! カタストルでサイバー・エンド・ドラゴンに攻撃!」

 

 俺の攻撃宣言を受け、自爆するつもりか、とカイザーは困惑と驚愕に目を見開く。

 それに対してにやりと笑って、俺は口を開いた。

 

「この瞬間、A・O・J カタストルの効果発動! このモンスターが闇属性以外のモンスターと戦闘を行う時、ダメージ計算を行わず、そのモンスターを破壊する!」

「な、なんだと!?」

 

 カタストルが機械的な金属音を響かせながらサイバー・エンド・ドラゴンに接近し、その鋭く強固な爪を振り上げてサイバー・エンド・ドラゴンに突き刺す。

 その瞬間、カタストルの爪から黒い闇色のエネルギーが現れ、それがじわりとサイバー・エンド・ドラゴンの体内に注ぎ込まれていく。

 サイバー・エンド・ドラゴンはその攻撃に苦悶の咆哮を上げ抵抗したが、やがて消滅してしまった。

 

「サイバー・エンド・ドラゴンが……」

「たった一撃で破壊されるなんて……」

 

 明日香とジュンコの二人がその光景を呆然と見つめ、思わずというような気のない口調で呟きが漏れた。他の面子も、驚きをあらわにしている。

 その中でも特に明日香は、相当に驚いているのが見て取れる。確か明日香は兄経由でカイザーとも親交が深かったはず。そうだとすれば、カイザーの強さもよく知っているはずだ。その切り札があっさり破壊されたのだから、驚くのも無理はないのかもしれない。

 攻撃力4000、貫通効果持ちの特大モンスターにして、アカデミア最強であるカイザーの切り札。それがこんな方法で破壊されたとあれば、やはり驚愕すべきものなのだろう。

 

「闇属性以外のモンスターを問答無用で破壊かよ……。俺のデッキとは相性最悪だぜ」

 

 十代がため息交じりに呟く。まぁ、十代が持ってる闇属性のHEROは攻撃力がこいつより下だからな。

 十代の場合、サンダー・ジャイアントのような破壊効果を使って除去するしかない。まず戦闘では除去できないだろう。

 

「相性……そうだ! お兄さんのデッキは……!」

 

 翔のはっとしたような言葉に、明日香も我に返って思考を働かせる。

 

「サイバー・ドラゴンを主軸とするサイバー流のデッキ……! その属性は、殆どが光属性だわ!」

 

 明日香が叫び、その事実を認識したみんながカイザーを見る。

 そこには、サイバー・エンド・ドラゴンを破壊され、目を見張っているカイザーが立っていた。

 そう、サイバー流はサイバー・ドラゴンを主体としている。そして、サイバー・ドラゴンの派生モンスターはその全てが光属性なのだ。それを主力としているカイザーにとって、このカードは天敵となる。

 これ1枚で、上手くすればサイバー・ドラゴンデッキは止まってしまうのだ。キメラテックがあるなら話は別だが……カイザーが持っていないなら、単純に戦闘で破壊するのは相当に困難になる。除去カードを使うしかないからな。

 それを理解したのだろう、翔はうー、と小さく唸って俺を見た。

 

「ずるいっすよ遠也くん! そのモンスターの効果、強すぎるよ!」

 

 痛いところを突っ込まれ、思わず一歩下がる俺。

 いや、俺もこいつを出すのはどうかなーとは思ったんだよ? ただ、色々とカイザーの言葉で吹っ切れたっていうか、全力を出す以上コイツを使ってもいいかな、と思ったっていうか……。

 そう内心で言い訳するも、それが翔に届くはずもなく。翔は、ずるいっす! と言っている。いや、なんかゴメン。

 しかし、そんな翔に諌める声が掛けられた。

 

「……翔、それは違う」

「え?」

 

 翔はその言葉を受けて、俺に向けていた視線をその声の主――カイザーへと向ける。

 カイザーはその視線を真っ直ぐ受け止め、翔の顔を正面から見つめた。

 

「皆本は、俺の全力を出してデュエルするという意思に応えてくれただけだ。カードの効果は確かに強力だろう。だが、皆本は反則を犯したわけではない。これが、皆本の全力だというだけのことだ。ならば、そこにズルなどない。あるのは、互いの全てをかけることで相手とわかちあうリスペクトの気持ちだけだ」

「相手とリスペクトしあう気持ち……」

 

 カイザーの言葉に、翔は勢いをなくして噛みしめるように声に出す。

 

「翔、お前にはそれが足りない。弱いから卑屈になるのではない。強いから驕るのではない。たとえどうであっても、全力で相手に対すること。それが、相手を尊重するということなのだ」

「お兄さん……」

 

 翔が、なんだか決意を込めた目でカイザーを見ている。そして、それにカイザーはふっと満足げに笑った。

 ……え、どうなってるのこれ。

 

「待たせたな、皆本」

 

 そうカイザーが言う。いや、むしろまだ俺のターンなんで待たせてるのは俺なんですが……。

 

「お前のおかげで、翔に一つ教えてやることが出来た。こんな機会でもなければ、恐らく出来なかっただろう。感謝する」

「ど、どうも」

 

 なんて言えばいいのさこれ。

 

「お前の全力、受けて立つ。このデュエル、負けられん」

 

 そう言ってこちらを強く見据えるカイザーに、俺も応える。

 このゴタゴタはとりあえず置いておこう。今はただ、このデュエルに集中するのみだ。

 

「俺だって、負けるつもりはない。俺はこれでターンエンドだ!」

「俺のターン、ドロー!」

 

 さぁ、どうくるカイザー。カタストルを破壊するのは、容易じゃないぜ。

 

「俺は《サイバー・ヴァリー》を守備表示で召喚! ターンエンド!」

 

《サイバー・ヴァリー》 ATK/0 DEF/0

 

 サイバー・ヴァリーか……。また何とも厄介なモンスターを出してくれたもんだ。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 ふむ、そう来たか。これならまだ希望は繋がる。

 

「俺は魔法カード《闇の誘惑》を発動! カードを2枚ドローし、その後手札の闇属性モンスターを除外する。俺は手札から《クリッター》を除外する。そして《調律》を発動! デッキトップのカードを墓地に送り、ジャンク・シンクロンを手札に加え、召喚! 更にチューナーが場にいるため、《ボルト・ヘッジホッグ》を自身の効果により蘇生する!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 再び俺の場にモンスターが揃う。そのレベルの合計は5だ。

 

「くるか……」

 

 カイザーの呟きに応えるように、俺は口を開く。

 

「俺はレベル2のボルト・ヘッジホッグにレベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 空中に飛び立った二体のモンスターが、やがて光に包まれ一つになる。

 

「集いし英知が、未踏の未来を指し示す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 導け、《TG ハイパー・ライブラリアン》!」

 

《TG ハイパー・ライブラリアン》 ATK/2400 DEF/1800

 

 未来的な出で立ちをした司書が現れ、カタストルと共に相手のフィールドに向かい合った。

 

「バトルだ! 俺はカタストルでサイバー・ヴァリーに攻撃!」

「この瞬間、サイバー・ヴァリーの効果発動! 攻撃対象となったこのカードを除外し、カードを1枚ドロー。そして、バトルフェイズを終了させる!」

 

 やっぱり、その効果を使うか。バトルフェイズが終了し、メインフェイズ2となる。しかし、今の俺に出来ることはこれ以上何もない。

 

「ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー!」

 

 カイザーがドローし、手札に加えた後。フィールドに置かれていたタイムカプセルに罅が入る。

 

「このスタンバイフェイズ、タイムカプセルに入れられていたカードが手札に加わる。《異次元からの宝札》を手札に加え、除外されていたこのカードが手札に加わったことによりお互いに2枚ドローする!」

 

 俺の手札が2枚に。カイザーの手札が一気に4枚にまで回復する。これだけ引いた以上、何かキーカードを引いた可能性が高そうだ。

 

「俺は手札からプロト・サイバー・ドラゴンを召喚! 更に魔法カード《エヴォリューション・バースト》を発動する! このカードは、サイバー・ドラゴンが自分の場に表側表示で存在する時に発動できる。このターン、サイバー・ドラゴンの攻撃権を放棄する代わりに、相手の場のカード1枚を破壊する! プロト・サイバー・ドラゴンは場にいる限りサイバー・ドラゴンとしても扱う。俺が選ぶのは、A・O・J カタストル!」

「くっ……!」

 

 プロト・サイバー・ドラゴンから放たれる光の砲撃が、カタストルを飲みこみ消滅させる。

 やっぱり引いていたか、除去カード。カイザーほどの実力者なら、絶対に引いていると思っていた。カタストルが破壊されたのは痛いな……。

 

「更にカードを1枚伏せ、魔法カード《天よりの宝札》を発動! 互いのプレイヤーは手札が6枚になるようにドローする!」

 

 ここで原作最強のドローカードかよ! 俺の手札も6枚になるとはいえ、このカードを使うということは、勝負をかけに来たか。

 

「俺は《死者蘇生》を発動し、墓地からサイバー・エンド・ドラゴンを復活させる! 更に《二重召喚》を発動し、もう1体のプロト・サイバー・ドラゴンを召喚! そして《パワー・ボンド》を発動! サイバー・ドラゴンとして扱う場のプロト・サイバー・ドラゴン2体を融合し、再び現れろ、サイバー・ツイン・ドラゴン! この時、パワー・ボンドの効果によりサイバー・ツイン・ドラゴンの攻撃力は元々の攻撃力分アップする!」

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK/4000 DEF/2800

《サイバー・ツイン・ドラゴン》 ATK/2800→5600 DEF/2100

 

 三つ首の巨大な竜、そして双頭の一回り小さな竜。それでも、それぞれ俺なんかちっぽけに見えるほどに巨大な身体だ。そんな大きさのドラゴンにギロリと睨みつけられて、マナはさっと俺の後ろに隠れた。

 その怒涛の召喚劇、そして2体のモンスターがそれぞれワンキル圏内の攻撃力ということに、さすがに俺の顔もひきつる。

 全力を尽くすと言ったカイザーの言葉は本気だったと証明しているかのようだ。これ、普通ならトラウマになるんじゃないだろうか。

 だがしかし、カイザーは容赦しない。間違いなくこれで決めにかかる。パワー・ボンドを使ったのがその証拠だ。

 

「バトル! サイバー・ツイン・ドラゴンでハイパー・ライブラリアンに攻撃!」

 

 サイバー・ツイン・ドラゴンの二つの口からエネルギーがビームのように一直線に襲いかかる。

 これが通れば、俺のライフはゼロになる。だが、まだ終わらせん!

 

「リバースカードオープン! 速攻魔法《収縮》! サイバー・ツイン・ドラゴンの元々の攻撃力をエンドフェイズまで半分にする!」

「なに!?」

 

《サイバー・ツイン・ドラゴン》 ATK/5600→1400

 

 サイバー・ツイン・ドラゴンから放たれたビームが細くなり、ライブラリアンに直撃する。

 攻撃力は収縮によりライブラリアンより下がっている。ツイン・ドラゴンの攻撃はただの自爆特攻となり、カイザーのライフポイントを削る結果となって終わった。

 

亮 LP:3000→2000

 

「だが、まだサイバー・エンドがいる。ライブラリアンに攻撃! 《エターナル・エヴォリューション・バースト》!」

「くっ……!」

 

 ライブラリアンが破壊され、俺のライフが削られる。

 

遠也 LP:2800→1200

 

「俺はカードを2枚伏せてターンエンドだ」

 

 カイザーのライフを削ったのはいいが……こっちも食らって、結局下回ってるとか。

 まぁ、サイバー・ツイン・ドラゴンを通していたら負けていたんだ。この程度で済んだなら恩の字だろう。

 しかし、あのパワー・ボンドはアニメ効果のほうだったんだな。アニメだと、融合召喚されたモンスターがエンドフェイズまで残っている時だけダメージを受けるという効果だったはずだ。

 OCGでは例え場から離れてもダメージを受けるので、この時点でカイザーは負けている。

 まぁ、OCG効果だとしたらこの場で使ってないよな。負けちゃうんだし。アニメ効果だからこそか、今使ったのは。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 手札は7枚、選択肢は多い。

 だがだからといって油断はできない。全力で行くぜ。

 

「俺は《調律》を発動! デッキからクイック・シンクロンを手札に加え、デッキトップのカードを墓地に送る。そして、モンスターカードを1枚墓地に送り、クイック・シンクロンを特殊召喚! 更にチューニング・サポーターを通常召喚する! 更にコストとして墓地に送られたボルト・ヘッジホッグの効果発動! 場にチューナーがいる時、特殊召喚できる!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

「レベル1のチューニング・サポーターとレベル2のボルト・ヘッジホッグに、レベル5のクイック・シンクロンをチューニング! 集いし闘志が、怒号の魔神を呼び覚ます。光差す道となれ! シンクロ召喚! 粉砕せよ、《ジャンク・デストロイヤー》!」

 

《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600 DEF/2500

 

「チューニング・サポーターの効果で1枚ドロー! そしてジャンク・デストロイヤーの効果発動! チューナー以外の素材としたモンスターの数まで、フィールド上のカードを破壊できる! 素材となったのは2体、よって2枚まで破壊できる! 俺はサイバー・エンド・ドラゴンと左の伏せカードを選択する! いけ、ジャンク・デストロイヤー! 《タイダル・エナジー》!」

 

 ジャンク・デストロイヤーから轟音と共に現れた光の波動が、雷のようになって2枚のカードを直撃する。サイバー・エンド・ドラゴンはしばし咆哮を上げて抵抗していたが、やがて破壊されて消えていった。

 そして破壊した伏せカードは、《ダメージ・ポラリライザー》か。うん、微妙。

 けどまぁ、これでカイザーの場にモンスターはいない。これが決まれば、俺の勝ちだ。

 

「いくぞ、カイザー! ジャンク・デストロイヤーで直接攻撃! 《デストロイ・ナックル》!」

「甘いぞ、皆本! リバースカードオープン! 《聖なるバリア -ミラーフォース-》! ジャンク・デストロイヤーを破壊する!」

「げっ!」 

 

 カイザーが発動したミラフォは、カイザー自身を守るように薄い半透明の膜を形成する。そして、ジャンク・デストロイヤーの拳はそのバリアーに跳ね返され、自身がダメージを受けることとなって自壊してしまった。

 あちゃー。まさかそんなカード伏せてたなんてな。真ん中のカード選んどけばよかった。

 まぁ、済んだことは仕方がない。それより、場にモンスターがいないことのほうが問題だ。

 幸い、手札は豊富で《くず鉄のかかし》と《ガード・ブロック》が来ている。今はこれで耐えるしかないな。

 

「俺はカードを2枚伏せて、ターンエンド!」

 

 エンド宣言をすると、不意にカイザーは口元に笑みを浮かべた。

 

「楽しいな、皆本。やはり、デュエルはこうでなくては」

「ああ。こんなデュエルができて、俺も楽しいぜ」

 

 お互いに笑みを交わし、そして再びデュエルへと戻る。

 互いに全力を出しているのがわかる。それだけのことが、これだけ楽しいデュエルに繋がる。

 次は一体どんな手をつかってくるのか。そのことに胸を躍らせながら、俺はカイザーがドローする姿を見据えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「凄い……どっちも一進一退の攻防だ」

 

 翔が二人のデュエルを見て、思わず感嘆の声を漏らした。

 カイザーとまで呼ばれるほどに強い兄を、あと一歩まで追い込んでいる遠也。そして、遠也に対して圧倒的な力を見せつつ、決してあと一歩は譲らないカイザー。

 目を奪われるとはこのことだろうか。翔は二人の全力を賭けたデュエルから目が離せなかった。

 

「ああ。遠也もさすがだぜ。……どうも手加減されてたってのは悔しいけど、あのカタストルって奴もいつか攻略してやりてぇなぁ」

 

 カタストルを、十代は一度も見たことがない。それは、あの効果を見る限り遠也自身が十代とのデュエルで使用するのを避けていたと見るべきだろう。

 確かに、十代のデッキにあのカードに対抗する手段は少ない。だが、遠也にそんなことを思わせてしまっていることが、十代は悔しかった。

 一番よくデュエルをする仲間。親友だと思うからこそ、十代は遠也をいつか本気にさせてやりたかった。

 

「亮をあそこまで追い込むなんて、並みじゃないわ。新カードのテスターに選ばれたというのは、伊達じゃないということね」

 

 明日香が感心したように頷き、二人の姿を見つめる。互いに全力を尽くし、それぞれ真剣に、だがどこか楽しそうにデュエルしている。その姿が、一人のデュエリストとして少し羨ましくも感じる。

 

「いったい、どっちが勝つのかしら……」

「わかりませんわ、ここまでくると……」

「遠也もカイザーも、凄すぎてもうわからないんだな」

 

 ジュンコ、ももえ、隼人もそれぞれの思いでこのデュエルを見つめる。

 全員がそれぞれの気持ちで二人を見つめる中、このデュエルにもいよいよ終焉が訪れようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 カイザーはカードを引き、僅かに眉を動かすと、一度静かに目を伏せる。

 そして、手札から一枚のカードを手に取り、宣言した。

 

「《融合》を発動! そして速攻魔法《サイバネティック・フュージョン・サポート》を発動! ライフポイントを半分払い、機械族の融合モンスターを融合召喚する時に必要なモンスター全てをこのカードを生贄に捧げる事で代用できる! 現れろ、《サイバー・エンド・ドラゴン》!」

 

亮 LP:2000→1000

 

 カイザーの言葉に従い、次元の狭間をくぐり抜けて1体のドラゴンが現れる。

 せっかく倒したってのに、また出てくるのかよ。カイザーが最強ってのは、冗談でも何でもないってのがよくわかるなこりゃ。

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK/4000 DEF/2800

 

「バトル! サイバー・エンド・ドラゴンで直接攻撃! 《エターナル・エヴォリューション・バースト》!」

「なんの! 罠発動《くず鉄のかかし》! 攻撃を1度だけ無効にし、このカードは再びセットされる!」

「……これでも決められないか。俺はターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー!」

 

 引いたカードを確認する。そしてその瞬間、俺は思わず笑みを浮かべる。

 自分の勝利を確信したからだ。

 サイバー・エンドが現れようと、何も問題はない。なぜなら、俺が今引いたカードは《死者蘇生》。これでカタストルを復活させればサイバー・エンドは脅威ではなくなるからだ。

 あの伏せカードが気にならないと言えば嘘になるが、この状況で使われなかった以上、逆転の一手というわけではないのだろう。

 いずれにせよ、俺は全力を出すだけだ。でなければ、カイザーが言ったように相手にも失礼だろう。

 

「俺は《死者蘇生》を発動! 墓地の《A・O・J カタストル》を復活させる!」

 

《A・O・J カタストル》 ATK/2200 DEF/1200

 

「そしてジャンク・シンクロンを召喚! そして効果で墓地からシンクロン・エクスプローラーを復活させる!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《シンクロン・エクスプローラー》 ATK/0 DEF/700

 

 このシンクロン・エクスプローラーもまた、コストで墓地に行ったモンスターである。

 そして、2体のレベルの合計は5だ。全力を出すと言った以上、出来ることは全てやる!

 

「レベル2シンクロン・エクスプローラーに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 光を放ち、一つになっていくモンスターたち。その結集させた力が、このデュエルを制する拳となる。

 

「集いし星が、新たな力を呼び起こす。光差す道となれ!」

 

 そして現れるのは、シンクロ召喚の代名詞。

 

「シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・ウォリアー》!」

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300 DEF/1300

 

 青く輝く鉄の身体、赤く光るガラスの瞳。しかし、その姿は何よりも頼もしいジャンクで作られた戦士。

 フィールドに立ったその後ろ姿に、俺は力強さを感じて笑みを浮かべた。

 このデュエル、これで決める!

 

「今度こそ最後だ、カイザー! まずカタストルでサイバー・エンド・ドラゴンに攻撃!」

 

 カタストルにとって、光属性であるサイバー・エンドは敵にはならない。問題なく破壊されると俺が確信していると、ふっとカイザーの口元が緩んだ。

 

「皆本。一つ聞くが、その効果はダメージステップ開始時に発動するもののようだが、どうだ?」

「そうだけど……」

 

 カイザーの唐突な質問に、俺は怪訝に思いながらも答える。

 確かに、カタストルの効果はダメージステップの開始時に発動する効果だ。しかし、それが今何の関係があるというのだろうか。

 しかし、俺の答えを聞いたカイザーは不敵に笑った。

 

「俺も、ただで負けるわけにはいかないんでな。――リバースカードオープン!」

「なに!?」

 

 まさか、攻撃反応型のトラップ!? いや、カウンタートラップの何かだろうか? ここで耐えられると少々マズい。

 いや、だがまだチャンスがなくなるわけじゃない。

 まだライフのアドバンテージはあるし、モンスターも2体残っている。ミラフォは既に潰しているし、全滅するということもないだろう。

 ならば、次のターンに繋がろうとも、必ず勝ってみせる。

 カイザーの声にそう考える俺だが、しかし――現実はその斜め上を行っていた。

 

「罠カード《決戦融合-ファイナル・フュージョン》!」

「け、決戦融合!?」

 

 決戦なんてどう聞いても不穏なカードだな、おい!? いったいどういう効果……なんつーカード発動させてんだー!?

 俺はディスクで確認したそのカードの効果に、心底から驚愕の声を上げた。しかしそんな俺にかまうことなく、更にカイザーは言葉を続ける。

 

「このカードは攻撃宣言時に発動できる! この効果により、互いのプレイヤーはバトルを行うモンスターの攻撃力の合計分のダメージを受ける!」

 

 カタストルの攻撃とサイバー・エンド・ドラゴンの迎撃がぶつかりあい、それは一瞬拮抗した後エネルギーを生み出す。そしてそのエネルギーは大きな爆発を起こした。

 その爆発は収まるところを知らないほどに荒れ狂い、やがて互いのプレイヤーまでをも巻き込み、フィールド全体に大きな衝撃を撒き散らすことになった。

 その余波は容赦なく俺たちにも襲いかかる。ソリッドビジョンとは思えない迫力を持った激震が迫り、直後、俺たちの身に降りかかった。

 

「「ぐあぁああッ!」」

 

 衝撃波は一気に俺たちのライフポイントを削り、2体を合わせた攻撃力――6200のダメージをそれぞれに与えたところで、フィールドは静寂を取り戻す。

 引き分け、という結末だけを残して。

 

遠也 LP:1200→0

亮 LP:1000→0

 

 おいおい、こんなのありかよ……。

 あまりといえばあまりな結果に、俺は呆然としたまま心の中でそう呟くことしか出来なかった。

 

『うわー、引き分けなんて久しぶりに見たよ』

 

 俺の後ろにいたマナが、感嘆の声と共に顔を出す。

 確かに、デュエルモンスターズにおいて引き分けという事態はそうそうない。

 互いに強制ドローする効果でデッキ枚数が足りずドローできない時や、《自爆スイッチ》とか《破壊輪》などでライフが互いに0になった時、そして今回のように《決戦融合-ファイナル・フュージョン》や《ラストバトル!》といった効果によって引き分けとなる時。思いつく限りではそんなところか。

 しかし、《自爆スイッチ》はあまり実際のデュエルで使われることはないし、《ラストバトル!》を始めとする多くのカードは禁止カードだ。OCGにおいて、引き分けという事態は本当に珍しい。

 だからこそ、予想外だった。カイザーがあんなカードをデッキに入れていたなんて。OCG化されていないカードだから、余計にわからなかった。

 まさか、引き分けとはなぁ。

 っていうか、そんな展開的に重要そうなカードをこんなところで使わないでくれよ……。

 俺は意気込んでいただけに、この結末に思わずがっくりと項垂れるのだった。

 

「おーい、遠也ぁー!」

 

 デュエルが終わり、項垂れる俺と佇むカイザー。そこに十代を先頭にこのデュエルを見守っていた面々が走り寄って来る。

 十代は笑顔。しかし、その他の奴らは揃って驚いた表情のままであり、こんな終わり方を想像もしていなかったということが容易に読み取れる。みんな安心してくれ、俺もだから。

 だがしかし、そんなことを全く思わないのが十代クオリティ。十代はひたすら笑顔で俺に駆け寄ると、項垂れている俺の肩をバシバシと叩いた。

 

「すっげぇぜ遠也! あのカイザーに勝っちまうなんて!」

「勝ってないって。引き分け引き分け」

 

 すかさず訂正する。有利だったのは認めるが、結果は結果だ。尤も、あのあと逆転されていた可能性もあったわけだけども。

 

「あ、そうか。けど、引き分けでもすげぇよ! これで遠也はこのアカデミアで1番ってことだろ? くー、俺も負けてられないぜ!」

 

 そう言って身を震わせる十代。こいつは本当にデュエル脳だなぁ、とその様子を生温かく見守る。俺もデュエルは好きだが、こいつは輪をかけてこれだ。ま、この世界ではこれぐらいのほうが楽しめていいのかもしれない。

 いや、さすがにここまでだと困るか。一緒にしたら明日香とかに心外だとか何か言われそうな気がする。

 

「驚いたわ、まさか亮と引き分けるなんてね……」

 

 その明日香が、興奮している十代の横から声をかけてくる。その声音に信じられないという響きがこもっているのは、やはりそれだけカイザーという存在は大きな存在だったのだろう。

 まぁ、攻撃力4000とか8000とか5600の連続攻撃とかされたら、そりゃ普通は勝てない存在だと思うようになるわな。

 

「勝てたらよかったんだけど。何事も上手くいかないな」

 

 俺が姿勢を正し、ため息をつきつつそう言うと、明日香は呆れたように肩をすくめた。

 

「あのカイザーと引き分けて、そんなことを言うのはきっとあなたぐらいよ」

 

 そうかねぇ。勝つ気でデュエルしているんだからそう思うのは当たり前だと思うんだけどな。

 そう言葉を返せば、明日香は「あなたらしいわ」と笑った。それにつられて、俺も笑顔を返す。そして、マナは何故か俺の背中をつねった。おい、やめろ。

 

「皆本」

 

 と、そこに件のカイザーがやって来る。俺は話していた明日香から離れ、カイザーの前に立った。

 そして、俺は先んじて右手を差し出す。

 

「いいデュエルだったぜ、カイザー」

 

 笑ってそう言えば、カイザーもすぐにふっと相好を崩した。

 

「ああ。俺もデュエルできてよかった。ありがとう」

 

 そうしてガッチリ握手を交わす。デュエルを通じて芽生える絆。実にいいね。友達になるの、凄く簡単。名前を呼ぶよりデュエルしようぜ!

 ふむ、そう考えるとデュエルもある意味OHANASHIと言えなくもないな。魔砲少女的に考えて。

 

「あれだけ緊迫感のあるデュエルは久しぶりだった。引き分けという結末にも、満足している」

 

 どこか清々しい表情でそう言うカイザー。……ふむ、と言うと?

 

 ――カイザー曰く、学園最強という名前の大きさゆえか、せっかくデュエルしてもそれだけで満足する生徒が多いということらしい。つまり「勝つ」ことが目的ではなく「カイザーとデュエル」することを目的としている嫌いがある、と。

 それゆえ、負けても当たり前と考えている輩も多いらしく、カイザーとしてはデュエルの緊張感がなく少々困っていたらしい。たまに勝とうと意気込んで来る者もいるが、実力が及ばず健闘も難しいという始末。それでも後者のほうがずっとマシとはカイザーの談。

 そんな中で、自分をここまで追い込み、引き分けにせざるを得ないほどに迫った俺が現れた。カイザーはこのデュエルで久しく忘れていた勝負への緊張感を取り戻すことが出来た、と嬉しげに語った。

 同時に、新たなライバルが現れたことも嬉しいと言っていたが。うーん、カイザーという名前を持つことも楽じゃないってことか。

 

「皆本。君さえよければ、これからもデュエルをしてくれないか? なかなかこういう相手に恵まれなくてな……」

 

 話を聞いた後では、確かにとその言葉には同意する。そんな状況では、納得のいく対戦相手、まして実力が拮抗した者などそう見つかるものではないだろう。

 そんなカイザーに同情するわけではないが、俺としても特に断る理由はない。

 

「もちろん、オーケーだ。これからもよろしく頼むよ、カイザー」

「ああ、ありがとう」

 

 

 

 

 

 ――さて。こうしてデュエルが終わり、ひと段落がついたところで。

 俺たちはそれぞれ帰ることになった。が、ここで小さな問題が起こる。

 またあの寮に戻るのか、と考えて少し憂鬱になる俺とマナ。そんな俺の様子を見た明日香が、やっぱりまだ解決していないのね、と口にしたことが周囲の興味を促した。

 何のこと? と目で訴えてくるこの場にいる全員に、俺は仕方なく事情を説明した。

 すると、十代は呆れ、翔と隼人は、やっぱりと頷き、ジュンコとももえは以前の自分を思い出したのか、うっと胸を押さえていた。

 今のところ解決策がない、と話して全員が一緒に考えてくれるのだが……やはり良い案は出てこない。

 まぁ、明日香にも聞いたうえでのことだから、そんなに期待はしていなかった。力になれなくて悪い、という彼らに「いいって」と苦笑を返し、俺はブルー寮に足を向ける。

 ちょっと憂鬱だが、耐えられないほどじゃないし、一生続くわけでもない。ただ問題なのは、マナが我慢できるかどうかだな……。

 横で若干ご機嫌斜めになりつつある相棒の姿を認め、俺はため息をついた。

 

 と、その時。

 

「……事情はわかった」

 

 お?

 

「なら、俺に考えがある」

 

 そんな頼もしい言葉が、カイザーの口から聞こえてきたのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 数日後。

 

 俺の周囲はそれはもう平穏になっていた。

 悪口も収まり、面と向かって舌打ちする奴もいなくなり、格段に過ごしやすくなった。

 陰口なんかは今でも続いているみたいだが……まぁ、それはどうしようもないだろう。表立って言われなくなっただけマシである。

 それどころかむしろ、俺のことを畏怖の目で見る者もいるぐらいだ。マナは喜ぶどころか、その手の平の返しっぷりに呆れ顔だったが、それでも疎まれている空気はだいぶ薄らいだので文句はないらしい。

 いや、最初はどうなる事かと思ったけど、何とかなって良かった良かった。

 これも、カイザーのおかげだね。

 

「やー、ホント助かったよ。ありがと、カイザー」

「大したことをしたわけじゃない。それに、事実をそのまま話しただけだ」

 

 一流ホテルのように広々としたブルー寮の食堂、というかホール。そこで俺はカイザーと一緒に飯を食いながら雑談に興じていた。

 ちなみにこの寮の夕食はフルコースという贅沢極まりないものだが、俺は頼みこんで一般的な定食のようなものを作ってもらっている。

 フルコースはもちろん美味しかったのだが……毎日だと飽きるし重たいのだ。そのため、中には俺のように食事を変えてほしいと言ってくる者もいるらしい。

 それにきちんと対応して要望通りのものを作ってくれるあたり、フルコースではなくなっても贅沢は贅沢なのかもしれないが。

 対してカイザーは普通に出された夕食を食べている。まぁ、今日はというだけでカイザーもシェフに要望を出していることもあるから、別段何か言うほどのことでもないのだが。

 

「しかし、数日前からは信じられないな。カイザーと毎日メシを食うことになるなんてさ」

「ふっ、それは俺もだ」

 

 言って、互いに笑う。今ではブルー寮で一番仲のいい同性の友人だ。変われば変わるものである。それもこれも、数日前カイザーの提案した解決策が上手くいったおかげだ。

 

 ――そう、あのデュエルの後。カイザーがとった手段は簡単なものだった。俺とのデュエルの結末を話す。それだけだった。

 つまり、「皆本遠也とのデュエルは引き分けだった」とカイザー自身が口にしたのだ。

 カイザーはブルー寮男子全体から慕われている。それは、プライドが強いブルー生にとって、最強の名を冠するカイザーを擁していることが自慢だからである。

 つまり、カイザーはブルーの中でも特別な存在であり、そのカイザーと同じ寮にいることが、彼らにとってのステータスともなっているのだ。

 そのカイザーが、新参の俺と引き分けた。その情報は、ブルー生の間に驚愕を伴い瞬く間に広まっていった。

 カイザーはその噂を積極的に肯定し、いかに俺が強かったか、いかに自分が苦戦したかを事実に則って話して聞かせる。

 その結果、ブルー生は俺をカイザーと渡り合う強さを持つデュエリストだと認識を改めた。いくら彼らでも、自分たちより格上であるカイザーの言葉を批判することは出来なかったのだ。

 そして、その俺はその日以降よくカイザーと食事を共にしたりし、寮内ではほとんどの時間を一緒に過ごすようになった。これも、カイザーの案なのだが。

 それを見たブルー生は俺がカイザーと非常に親しくなったと考え、表立って批判することをパタリとやめたのだ。この寮最強の実力者であるカイザーを敵に回してはたまらない、ということである。

 付け加えると、女性人気も高いカイザーと敵対して、女子に嫌われるのが嫌だったという理由もあるだろう。

 とまぁ、そんなわけで。冷遇されていた俺は、一転してブルーの実力者として数えられることとなったのだった。

 今では普通に話しかけてくる奴も徐々にだが出てきている。一度受け入れる箇所を見つけてしまえば、あとはそれぞれ自分の中で適当に折り合いをつけてしまう。そうなれば、嫌い続けることは難しい、というわけだ。

 うーん、ホントに良く出来た案だよ。おかげで面倒なことに頭を悩ませなくてよくなったし、万々歳だわ。

 

『……うー、でもこの人のお世話になったのが、なんか納得いかない』

 

 だが、マナは口先を尖らせてちょっと複雑そうだ。

 もちろんカイザーには感謝しているし、その人柄が善良であることもマナはわかっている。ただ、あの時に言葉を遮られてしまったことが、なんとなく尾を引いているらしかった。

 だがまぁ、それもそのうち気にならなくなるだろう。今だって、別にカイザーのことを嫌っているわけではないのだから。

 

「ま、なんにせよ。過ごしやすくなって良かったよ」

「何よりだな」

 

 ちなみに俺がカイザーとタメ口を聞いているのは、特に理由はない。デュエル中、途中からいつの間にかタメ口になっていたらしく、それがそのままになっているだけだ。

 カイザーも別に構わないと言ってくれたから、直すこともしていない。

 

「あとで、またデュエルでもする?」

「ああ。望むところだ」

 

 俺の提案に、カイザーが嬉しそうに笑う。

 十代もそうだけど、カイザーも大概デュエル馬鹿だよなぁ。

 カイザーと友達づきあいを始めてから、まだ短い。だが、その間に俺のカイザーに対する印象は、クールになった十代、という本人にしてみれば甚だ不本意かもしれない評価となっていたりするのだった。

 

 

 

 



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第8話 廃寮

 

 夜も更けたレッド寮の食堂。

 

 決して広いとは言えず、少々汚れも目立つ薄暗いその室内に、一つの光源がゆらりと微風によって揺れ動く。

 食堂の片隅。そこに置かれたテーブルの一つ。その上に乗せられた一本の蝋燭。それだけが、今この時、唯一頼りになる光であった。

 そして、その光を囲むように座り、顔を突き合わせている四人の男。

 その一人が、ゆっくりと口を開く。

 

「――というわけで、その入江で欲しいカードを願い、水の中を覗きこんでしまった人は、水中に引き込まれてしまうってわけっすー!」

 

 最後のほうにはぐえぇ、と自分で首を絞めて苦しむような動作までつけるおまけつきだ。

 これは、俺が言わなければいけないだろう……。

 

「翔、その小芝居のせいで台無しだぞ」

「ってゆーか、俺はその入江に行ってみたいぜ!」

「二人とも、今回の趣旨ホントにわかってるんすか!?」

 

 翔の話に素面で突っ込む俺と、むしろ良い話を聞いたとばかりに目を輝かせる十代。

 そんな俺たちに翔が思わず憤るのも無理はなかった。

 

「まったく、アニキと遠也くんも隼人くんを見習ってほしいっす」

 

 そう言って翔が視線を自分の背後に向け、俺と十代も同じようにその視線をなぞる。

 そこには、壁に張り付いて身体を震わせている隼人の姿があった。

 そのあまりにわかりやすい姿に、俺は思わず嘆息する。

 

「あのなぁ、隼人。いくら怪談とはいえ、そんなに怖かったか今の?」

「こ、怖いんだな」

 

 震える声で言う隼人に、もはや何も言えなくなる俺。やれやれ、せっかく寮を抜け出してきたのに、この程度の怪談じゃあなぁ。期待とは裏腹な現状に、俺は少しだけがっかりしていた。

 

 ――そう、俺たちは今レッド寮の食堂で怪談をしていた。

 机の上には蝋燭と、一つのデッキ。そこからカードを引き、引いたモンスターカードのレベルに応じた怖さの話をする、という一種のゲームである。もちろん、デッキは全てモンスターカードだ。

 その話を聞き、面白そうだと思った俺はブルー寮を抜け出して参加することにしたのだが……。これなら、寝ていたほうが良かったかもしれない。

 とはいえ、今の翔の話はレベル4の話だ。もっと上級のモンスターを引けば、多少はマシになるのかもしれないが。

 

「よし、次は遠也の番だぜ」

「ん、そうか。よし……」

 

 十代に促され、俺もデッキからカードを引く。引いたカードは……《ハネクリボー LV10》か。

 

「お、俺のカードだな。しかもレベル10か……楽しみだぜ」

 

 笑う十代、じっとこちらを見る翔、そして怖いもの見たさなのか震えながら戻って来る隼人。

 とはいえ、期待されてもなぁ。怖い話なんてそうそうしないし、レパートリーなんて全くない。元の世界にあった怖い話はこっちにもあるし、有名どころはみんな知っているだろう。

 となると、知らないような話となるが……難しい。うーん、ここは一つ、元の世界の漫画に乗っていた話をちょこっと変えてするか。

 

「じゃあ、話すぞ。――それは、ある暑い夏の日のことだった」

 

 話し始めると、翔と隼人が唾を飲み込み、十代がわくわくとこちらに注目し始めた。

 

「その日、男は少し用事があって出かけていた。友人に呼び出されたためだ。男はこの暑さを和らげようとアイスコーヒーを作っていたのだが、結局それを飲むことはなく出かけてしまった」

 

 ここまでは普通の話。皆の顔にも変化はなかった。

 

「男は、10分ほどで帰ってきた。本当に大した用事でもなかったんだ。男はこの暑い中外に出たので、幾らかの汗をかいていた。そして、喉も乾いている。……水分が欲しい。そう思った男は、ふと台所のテーブルに目を向けた。そこには、さっき自分が作って置いて行ったアイスコーヒーがそのまま置かれていた」

 

 さて、オチはこの次だぜ。

 

「男が出たのは10分。まだ冷たさを残すそれに、男は飛びついた。結露したコップを掴み、手が濡れるのも構わず、その真っ黒なコーヒーを一気に口に含む。……しかし、男は唐突に動きを止めて目を見開く。口の中に違和感を感じたためだ。男はその異状にすぐさま大きく口を開き、口の中にある違和感をぺっと吐き出した。するとそこには――!」

 

 黒く光沢を放つゴキブリが――……。

 

 

「………………」

「………………」

「………………」

 

 沈黙。

 一瞬の後、弾かれたように翔と隼人が椅子から転げ落ちた。

 

「ぎゃああああ! こここ、怖すぎるっす! 嫌すぎるっすー!」

「も、もうアイスコーヒーを作り置き出来ないんだなー!」

 

 身体全体で恐怖心を表す二人。鳥肌が立ったのか、両腕をさすっているあたり、かなり具体的に想像してしまったのだろう。

 そして、その二人ほどではないが、十代もまた頬をひきつらせていた。

 

「そ、それはさすがに俺も嫌だぜ。よくそんな話思いつくな」

「まぁ、考えたのは俺じゃないけどな」

 

 しかし、十代も思わず引くほどとは。恐るべしだな、あの黒い奴は。

 

「なーにをしているのかにゃ~?」

 

 その時、俺と十代の後ろから声と共ににゅっと誰かが顔をのぞかせる。

 あまりに突然のことに、俺と十代は思わず飛びのいて距離をとった。

 

「だ、大徳寺先生!?」

「せ、先生か。あー、ビックリした」

 

 十代が叫んだように、そこにいたのは大徳寺先生だった。腕に大きな飼い猫ファラオを抱き、いつもの猫のように細い目で俺たちを見つめる。

 

「消灯時間は過ぎてるにゃ。それに皆本君はブルー寮のはず。抜け出すのは感心しないにゃー」

「う……すみません」

 

 完璧に悪いのはこちらなので、素直に謝る。それを受けて、大徳寺先生は少し溜め息をつくものの強くは言ってこなかった。

 見逃してくれる、ということだろうか。ありがたいが、今度からは注意することにしよう。

 

「それで、結局何をしてたのかにゃ?」

 

 大徳寺先生の質問に、翔が自分たちが行っていたことを説明する。

 それを聞き終えた先生は、おもむろにデッキからカードを引く。引いたカードはレベル12のモンスター《F・G・D》。……おいこれ誰のカードだ。結構なレアカードのはずだろコレ。

 そして、レベル12の話をし始める大徳寺先生。

 先生によると、この学校には廃寮となった元特待生寮というものが存在するらしい。そこでは過去何度も生徒が行方不明になっているとか……。

 いや、学校それ公表しろよ。なんで世間に流れてないんだよ、ホントだとしたら。海馬さん知ってんのかな、これ。

 ともあれ、そんなふうに俺たちを脅かした大徳寺先生は、早く寝るように、と言い残して去っていった。

 しかし大徳寺先生。それはちょっと、十代の好奇心を舐めすぎだぜ。

 

「よっし! その廃寮に探検しに行こうぜ!」

 

 勢い込んで立ち上がり、俺たちに提案する十代。

 やっぱりこうなったか。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで、廃寮に出向くことになった俺、十代、翔、隼人の四人。島のはずれにあるというそこに向かうため、薄暗い森の中を懐中電灯を頼りに進んでいく。

 そういえば思い出したけど、これって若本が出てくる時の話だよな。確か、タイタンだったっけ名前。声のインパクトもあって何とか覚えてるぞ。

 あれ? そういえばタイタンって最後……。

 

「お、着いたぜ!」

 

 俺が過去を思い出している間に、いつの間にやら目的地に着いていたらしい。

 木々に隠れるように見えてくる古ぼけたレンガ造りの門。その奥に目を向ければ、洋風の館が生えすぎた雑草に囲まれてそびえていた。

 壁ははがれ、窓は割れ、とにかくひどい見た目だ。廃寮、というのは確からしい。こんなボロボロの建物、人が住んでいるはずもない。早く撤去しろよ、と思ってしまう俺はきっと間違っていないと思う。

 

「うわー……いかにもだね」

「ああ、面白そうなんだな」

 

 びくつく翔と、どこか楽しそうな隼人。隼人は怖がりのくせにホラーが好きらしい。難儀な嗜好を持ってるな。

 

「ワクワクするなぁ。早速入ってみようぜ!」

 

 十代がそう促し、俺たちは「立ち入り禁止」と書かれた札が付けられた鎖を乗り越えようとする。

 と、その時。

 

「そこにいるのは誰!?」

 

 突如響く誰何の声。明らかに若い女性のものだが、突然のことに俺たちは一瞬身を強張らせた。

 しかし、十代はすぐさま反応し、懐中電灯を声がしたほうに向ける。

 

「誰だ!?」

 

 その声に反応するかのように、草むらがガサガサと音を鳴らす。そして、次第にその奥から人の姿が見え始め、十代の懐中電灯によってその姿がはっきりと俺たちの目に映しだされた。

 そして、俺たちは全員ほっと息をつく。なぜなら、そこにいたのは知っている人物だったからだ。

 

「あなたたち……どうしてここに?」

「それはこっちの台詞だぜ、明日香」

 

 驚きに目を丸くしている明日香に、俺は大きく息を吐きながら言葉を返した。

 知り合いでよかった、というのが正直な気持ち。暗い夜の森で、いきなり女性に大声で声をかけられたら、普通は飛び上がるほど驚いても仕方ないんじゃないだろうか。

 その明日香は、しかし俺の質問には答えなかった。

 

「ここは危険よ! この廃寮で過去に何人も生徒が行方不明になっているのを知らないの?」

 

 あくまで善意からだろう。明日香はそう俺たちに忠告するが。

 

「へへ、そんな迷信、信じないね」

 

 十代はその忠告を一笑に付した。ま、普通は信じないよな。もし本当なら、学校側が既に対処していると考えるのが普通だし。十代がそう考えているかはわからないが。

 しかし、十代のそんな態度は明日香の不興を買ったらしく、明日香はかなりきつい口調で俺たちに再度注意を促す。

 どうにも、妙に興奮していていつもの明日香じゃない。そのことを俺が思うのと同時に、十代が明日香に「どうしたんだよ、今日はなんか変だぜ」と問いかけていた。

 それに対する明日香の答えは、意外にも結構シリアスであった。

 なんと、明日香のお兄さんがここで行方不明になったのだそうだ。身内が消息を絶った場所。神経質になるのも無理はない。

 しかし、確か明日香のお兄さんって一年生の最後のほうで敵として出てきていたような気がするんだが。ここで敵にさらわれたのだろうか。一年生は確か……幻魔と理事長が黒幕だったような……。

 

『ねぇ、遠也。もう明日香さん行っちゃったよ?』

 

 マナの言葉に、はっと意識を戻すと、本当に明日香がいなくなっていた。俺が記憶をたどっている間に、行ってしまったらしい。

 

「ま、いいや。行ってみようぜ」

 

 軽くそう言う十代は、明日香の言葉を聞いてもこの探検をやめるつもりはないらしい。

 さっさと廃寮に入っていく十代を追って、俺と隼人、翔の三人は薄気味悪い館に足を踏み入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――で、どうしてこうなった。

 

「待っていたぞぉ、遊城十代ぃ……」

「何者だ! 明日香と遠也を離しやがれ!」

 

 うん、こういうこと。捕まっちゃったんだ、すまない。

 

 ――あの後、探索をしていると明日香の兄と思しき人物の写真を見つけた俺たち。それから少し経った後、廃寮中に明日香の悲鳴が響き渡った。

 慌てて声が聞こえてきた方向へと向かった俺たちは、随分とボロボロになったホールで明日香のカードを発見する。

 そう、そこにはエトワール・サイバーを始めとする明日香のデッキが散らばっていたのだ。そして、それらを十代たちが拾う間に、俺は先行して様子を見てくることになった。

 ダッシュで明日香がいると思われる岩壁に囲まれた部屋、というか洞穴? に入った途端……隠れていたタイタンにとっ捕まって今に至る。

 たぶん、入ってきたのが十代ではなく俺だったからだろうな。おぼろげな記憶によれば、コイツ、確か十代を狙ってたはずだし。

 ちなみに棺桶が用意してあったらしいが、既に意識のない明日香がそこに入っているため、俺は手足を縛られてその下に転がされている。扱いの差がひどくないだろうか。

 

『もう……でも、どうしたの? 助けなくてもいいなんて』

「いや、ちょっと思い出したことがあってさ」

 

 小声でマナと会話しつつ、俺たちの解放を賭けたデュエルをすることになった十代たちのほうを見る。正確には、その相手となる俺たちを捕まえた張本人――自称闇のデュエリスト・タイタンを、だが。

 俺が思い出したのは、このタイタンがやはり若本の声だったということと、服装が妖怪人間ベムに酷似していること、そしてセブンスターズという一年生最後の事件における敵キャラの一人だったということだ。

 そして、セブンスターズで闇にとらわれて姿を消してから、その後が一切わからない男。結局最終話までいっても何のフォローもなく、生死不明で終わったような……気がする。記憶があやふやだけど。

 最終話を見た後にふとこいつの存在を思い出し、そういやタイタンって死んだの? と疑問に思ったことがあった気がするのだ。そういうわけで印象に残っていたため、どうにか思い出すことが出来たわけだが。

 本当に闇に飲まれて放置だったのかは覚えていないが、少なくとも闇のデュエルで敗北して、闇に飲み込まれていったのは確かだったと思う。

 

 まぁ、俺としては思い出すことが出来た、というか思い出してしまったというか……。忘れたままなら気にならなかったのだろうが、思い出してしまってはそうもいかない。

 人が一人、生死不明になるかもしれないのだ。それも、若本の声であり、囚われたとはいっても今のところ酷い目にはあっていない。

 さすがにこのままスルーするのは後味が悪すぎる、と思わざるを得なかった。せめて生きているのが確定されてくれないと、絶対に今後気にしてしまう。

 そのため、俺はマナに言ったのだ。今は助けてくれなくていいと。このデュエルが確か闇のゲームになるのは覚えているから、その時に上手くやればタイタンもセブンスターズにはならないはず。たぶん。

 そういうわけで、俺は大人しく縛られているのだった。

 

「先手は私が貰おう……ドローぉ」

 

 タイタンが先攻でデュエルが始まる。しかし、どう聞いても日曜夕方に出てくる唇の厚いサラリーマンにしか聞こえない。

 

「私はぁ……《インフェルノクインデーモン》を攻撃表示で召喚するぅ」

 

《インフェルノクインデーモン》 ATK/900 DEF/1500

 

 クイーンというだけあって、豪華な装いに身を包んだ女性型の悪魔が現れる。悪魔といっても、顔つきはガイコツに似ていてどっちかというとアンデッドっぽい。

 そして、その召喚を見た十代がタイタンのデッキを【デーモン】デッキだと予想する。まぁ、ほぼデーモン専用と言えるカードだけに、その予想は大当たりだろう。

 代償としてライフコストを要求する代わりに、高攻撃力、対象を取る効果をダイスによって無効化する能力を有するカードたち。

 いかにも闇のデュエリストを思わせるデッキだ。

 

「つまり、お前のライフは勝手に減っていくってことだぜ!」

 

 十代が笑ってそう言うと、タイタンはにやりと口元を歪ませた。

 

「甘いなぁ、遊城十代。私は手札からフィールド魔法《万魔殿パンディモニウム -悪魔の巣窟-》を発動ぉ! この効果によって、デーモンたちはライフを払わずに済む。加えて、デーモンが破壊された時に、そのモンスターよりレベルが低い「デーモン」と名のつくモンスターを手札に加えるのだぁ。……私はカードを2枚伏せ、ターンエンドぉ」

「くっ……俺のターン、ドロー!」

 

 黒魔術のミサよろしくな悪趣味きわまりない装いになってしまった室内に立ち、どや顔で言うタイタン。十代はデーモンのデメリットを帳消しにする効果を知って呻く。

 そしてドローによってターンを開始した十代だが、それに被せるようにタイタンが口を開く。

 

「そのスタンバイフェイズ、インフェルノクインデーモンの効果発動ぉ! デーモンと名のつくモンスターの攻撃力をぉ、エンドフェイズまで1000ポイントアップさせる!」

 

《インフェルノクインデーモン》 ATK/900→1900

 

「そんな! 攻撃力が一気に1000も!?」

 

 翔がぎょっと目を見開いて叫ぶ。デーモンは高い攻撃力も特徴の一つだ。だから不思議なことではないが、やはり1000というのは大きい。

 

「俺は《E・HERO クレイマン》を守備表示で召喚!」

 

《E・HERO クレイマン》 ATK/800 DEF/2000

 

 粘土でその身体が構成された巨体のHEROが、身体を丸めて防御の体勢を取る。

 

「更にカードを2枚伏せてターンエンドだ!」

 

 十代のスタートは堅実で、まずまずだな。クレイマンの守備力は2000ある。下級モンスターではそうそう突破されない。突破されたとしても伏せカードがあるし、たぶん大丈夫だろう。

 エンドフェイズ、クインデーモンの攻撃力が元の900に戻った。

 

「私のターン……ドローぉ!」

 

 タイタンがカードを引く。

 そしてスタンバイフェイズに入ったことで、エンドフェイズに元に戻ったクインデーモンの攻撃力が再び上昇する。

 

《インフェルノクインデーモン》 ATK/900→1900

 

「私はぁ、《ジェノサイドキングデーモン》を新たに召喚! このカードは場にデーモンというモンスターがいなければ召喚できないがぁ、私の場にはクインデーモンがいるため問題はなぁい。更に装備魔法《デーモンの斧》をジェノサイドキングデーモンに装備だぁ。これにより、キングデーモンの攻撃力が1000ポイントアップするぅ!」

 

《ジェノサイドキングデーモン》 ATK/2000→3000 DEF/1500

 

 げげ!

 

「攻撃力3000だって!?」

 

 さすがにこの攻撃力には十代も焦りを見せる。

 クレイマンの守備力を容易に超える高攻撃力だ。そのため、十代から離れた場所にいる翔と隼人も目を見開いて心配そうに十代の名前を呼んだ。

 

「食らえぃ! 我がデーモンたちの怒りを! ジェノサイドキングデーモンでクレイマンに攻撃ぃ! 《炸裂! 五臓六腑》ぅ!」

 

 タイタンが勢い込んで宣言すると、ジェノサイドキングデーモンの筋繊維剥き出しの胸部が開き、そこから内臓が夥しい数の虫に変化してクレイマンに襲いかかった。

 な、なんて受けたくない攻撃なんだ。十代には悪いが、対戦しているのが俺じゃなくて良かった……。

 そして、手に持った斧を使えよ。トンファーキックじゃねぇんだから。

 

「罠発動! 《ドレインシールド》! ジェノサイドキングデーモンの攻撃を無効にして、その攻撃力分のライフを回復するぜ!」

「ほっ……危なかったっす」

 

 十代が防御と回復を兼ねた罠カードを発動したことで、翔はほっと息を吐く。

 だけど、ドレインシールドだと、まずいぞ。

 

「ふふふ……この瞬間、ジェノサイドキングデーモンの効果を発動するぅ!」

「なに!?」

 

 タイタンがそう言葉を発した途端、タイタンの横に1から6の数字が刻まれた六つの拳大の珠が浮かぶ。

 

「サイコロの目が2か5を示した時ぃ、ジェノサイドキングデーモンを対象にした魔法、罠、効果モンスターの効果を無効にし、破壊できるのだぁ」

 

 そう、これがチェスデーモンに共通する効果だ。

 自身を対象にする効果が発動した時、サイコロの目によって不確定ながらその効果を無効に出来る、という厄介な効果。

 ドレインシールドは対象を取る効果だから、こうしてその効果が適用される。

 当たる確率は3分の1。逆を言えば、当たらない確率は3分の2だ。確率的には十代が有利だが……。

 六つの珠に炎が灯り、回転していく。そしてその炎が止まった場所は……。

 

「2だぁ。よってドレインシールドの効果を無効にし、破壊するぅ!」

「ぐぁっ!」

 

 ドレインシールドの恩恵がなくなり、虫の大群がクレイマンに殺到する。そしてその虫が一斉に爆発を起こし、クレイマンは為す術なく破壊された。

 

「っく……けどこの瞬間、もう1枚の罠カードを発動するぜ! 《ヒーローシグナル》! こいつは俺のデッキからレベル4以下のHERO1体を特殊召喚させる!」

「ほおぅ……」

 

 タイタンも、場をがら空きにはしない十代の用意の良さに感心している。さすがは十代だ。初手の引きの良さもかなりのものである。

 そして、十代がちらりと俺を見た。ん、なに?

 

「遠也。お前からもらったこのカード、早速使わせてもらうぜ!」

「俺からもらった……って、あのカードか!?」

 

 俺のデッキには合わないが、お気に入りのカードとして持っていたカードたち。その中に数枚混ざっていたHEROのうち、2枚を十代にあげたのはつい最近のことだ。

 まさか、そいつを使うというのか。俺があげたからだが、変なところでコラボレーションが起こったもんだ。

 

「いくぜ! 俺はデッキから《E・HERO エアーマン》を特殊召喚!」

 

 青い体躯に青いバイザー。白い機械仕掛けの翼には、両翼ともにファンのような回転する羽がついている。

 漫画版GXで初登場し、その後OCG化して猛威を奮った唯一の制限HERO。そのあまりの活躍っぷりに“空気を読まない男”とまで言われたトンデモHEROである。

 

《E・HERO エアーマン》 ATK/1800 DEF/300

 

 ちなみに俺のお気に入りカードの中に入っていたHEROは、エアーマン、ネオス、ジ・アース、アブソの4枚だった。こいつらはデッキに使うためのカードではなく、好きだから手に入れたカードたちだ。

 しかし、使わないとはいっても、まさかネオスを渡すわけにはいかないし、ジ・アースは単体で渡しても意味がない。そのため、エアーマンとアブソを渡したというわけだ。

 ちなみに、俺も十代から1枚カードをもらっている。十代は同じように2枚を渡そうとしたんだが……欲しいカードがなかったのだ。なので、1枚だけもらった。もっとも十代は貰ったカードに対して価値が釣り合っていないと言って、不満げだったが。

 まぁ、いずれにせよデッキに入れることは俺のポリシー的にないだろうからな。どれを選んでも変わりはなかったと思うが、それでも俺なりに欲しいカードを選んだつもりだ。そのカードはもちろん大切に保管している。

 

「こいつは遠也との友情の証だ! エアーマンの効果発動!」

 

 なんか十代が恥ずかしいことを言っている。マナ、にやけてこっちを見るんじゃない。

 

「このカードが召喚・特殊召喚に成功した時、自分のデッキからHEROと名のついたモンスター1体を手札に加える! 俺は《E・HERO バブルマン》を手札に加える!」

「それがどうしたぁ。私はインフェルノクインデーモンでエアーマンに攻撃ぃ!」

 

 クインデーモンの攻撃力は1900。1800のエアーマンでは敵わない。

 エアーマンは両腕をクロスさせてガードするものの、耐えきれずに破壊された。

 

「くっ……エアーマン!」

 

十代 LP:4000→3900

 

 だが、削られたライフポイントはたったの100だ。掠り傷と言ってもいいレベル。大きな影響はないだろう。

 しかし、タイタンは不気味に笑うと懐から金色に輝く四角錐を取り出した。

 って、おい……う、ウソだろ!?

 

『そ、そんな……!?』

 

 俺たちは驚愕もあらわにその四角錐から視線を外すことが出来ない。その手にあるものが、あまりにも衝撃的すぎて。

 そう、それはどこからどう見ても千年パズ……ル?

 ……あれ?

 

「……なぁ、マナ。あれよく見たら継ぎ目なくね?」

『そういえば……。それに、どことなくデザインも違う……』

 

 二人で目を凝らして確認する。その後マナがタイタンの近くまで飛び、詳細を確認。その結果、マナは手をクロスさせて×の字を作る。

 な、なんだ、偽物かよ。

 

「……肝が冷えたぞ、おい」

『ホントだよ……あれは、エジプトの大地にファラオと一緒に消えていったんだから……』

 

 マナが少しだけ表情を陰らせて言う。

 ある意味ではマナの本当のマスターともいえる、闇遊戯。己の名を取り戻し、この現代から去っていった古代エジプトの王、アテム。その還っていった時のことを思い出しているのかもしれなかった。

 その間に、タイタンはその偽千年パズルと巧みな話術によって、十代たちに催眠術をかけていた。タイタンは高笑いして闇のデュエルだと言っているが、意識して見れば催眠術以外の何物でもなかった。

 だって、煙が出ている以外何も変わってないのに、息苦しいとか十代の身体が消えている、とか騒いでるんだぜ。催眠術以外の何だというのだろう。

 翔と隼人は消えていっているらしい十代に慄いているが、十代は少し動揺を見せたものの、すぐにデュエルに集中する。

 やるな。最強のレッドはうろたえない。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 タイタンは攻撃後は催眠術以外何もせずターンを終え、十代のターンとなった。

 

「俺は《E・HERO バブルマン》を召喚! そしてバブルマンの効果発動! 召喚に成功した時フィールド上に他のカードがない場合、デッキから2枚ドローする! ドロー!」

 

 十代の手札が6枚まで回復する。そして、十代はその中からカードを1枚手に取った。

 

「俺は《融合》を発動! 手札の《E・HERO スパークマン》と《E・HERO エッジマン》を融合! 現れろ、《E・HERO プラズマヴァイスマン》!」

 

 金色に輝く装甲を纏ったHEROがフィールドに降り立つ。

 両腕には特に大きな装甲がついており、攻撃力の高さがうかがえる。スパークマンの名残だろう、青いスーツが金色の装甲から見え、コントラスト的にも綺麗なHEROである。

 

《E・HERO プラズマヴァイスマン》 ATK/2600 DEF/2300

 

「プラズマヴァイスマンの効果発動! 手札を1枚捨て、相手フィールドの攻撃表示モンスターを1体破壊する! ジェノサイドキングデーモンを破壊するぜ!」

「ぐおぉ!? だが、この瞬間手札の《デスルークデーモン》の効果発動ぉ! このカードを手札から墓地に送りぃ、今破壊されたジェノサイドキングデーモンを復活させるぅ!」

 

 プラズマヴァイスマンから放たれた雷が、ジェノサイドキングデーモンを一瞬で破壊するが、しかしすぐさま場に復帰する。デスルークデーモンとのコンボか。単純だが、上手くはまれば恐ろしい。

 

「ちぇ、駄目だったか。なら俺は《戦士の生還》を発動するぜ! 効果で墓地からエアーマンを手札に加える」

 

 おお、回収されたかエアーマン。まぁ、もう召喚権は使ったし、また出てくるのは次のターンかな。

 

「そしてもう1枚の《融合》を発動! 場のバブルマンと手札のエアーマンを融合し、現れろ、極寒のHERO! 《E・HERO アブソルートZero》!」

 

 白銀に煌めく身体。鋭利な突起が多いのは氷をイメージしているためだろう。白いマントをたなびかせ、颯爽とフィールドに降り立ったのは、これまた俺が渡したHERO。漫画版十代のエースの1体である。

 

《E・HERO アブソルートZero》 ATK/2500 DEF/2000

 

 エアーマン……次のターンどころか早速役に立って墓地にとんぼ返りか。さすが、HEROデッキの過労死代表。制限となっても使い回されようとしているのか。相棒のオーシャンもいないのに。

 ちなみにエアーマンを持っていた理由は、さんざんネタにされまくってて面白かったからだ。

 そして、Zeroは単純に強いうえにカッコイイからというのが持っていた理由。OCG化して名実ともに最強のHEROとなったカードだ。

 漫画版はデザインがいいHEROが多いから困る。アニメ版ではネオスも好きだけどね。

 

「いくぜ! プラズマヴァイスマンでインフェルノクインデーモンに攻撃だ!」

「そう簡単に通すわけがなぁかろう。罠発動、《ヘイト・バスター》! 攻撃モンスターと攻撃対象にされたモンスターを破壊しぃ、攻撃モンスターの攻撃力分のダメージをお前に与えるぅ!」

「なにっ!? ぐああッ!」

 

 伏せられていたカードが明らかになり、その効果によってプラズマヴァイスマンと、インフェルノクインデーモンが互いに爆発。その衝撃を十代が浴びる。

 

十代 LP:3900→1300

 

 まずいな。これでライフポイントが半分を切ってしまった。

 

「けど、まだZeroが残ってるぜ! アブソルートZeroでキングデーモンに攻撃! 《瞬間氷結-Freezing at Moment-》!」

「ぐぅおおっ!」

 

タイタン LP:4000→3500

 

 アブソルートZeroの起こした吹雪がキングデーモンを凍結させ、破壊する。

 しかし、もう一枚の伏せカードが発動しなかったな。攻撃反応型ではないってことか?

 

「俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ!」

「そのエンドフェイズに、私は《リビングデッドの呼び声》を発動するぅ。ジェノサイドキングデーモンをぉ復活させる!」

 

《ジェノサイドキングデーモン》 ATK/2000 DEF/1500

 

 これで十代の手札はゼロ。しかし、場には攻撃力の高いモンスターが残り、伏せカードもある。だが、あちらはキングデーモンを復活させてきた。

 次のターン、タイタンがどう動くかが鍵だな。

 

「アニキ……頑張れ!」

「も、もう十代の左腕がほとんどないんだな!」

「え、右腕でしょ?」

「え?」

「え?」

 

 なにそれこわい。

 どうやらあの二人も、違和感に気がついたらしい。そして、その言葉を受けて十代も少し気にするそぶりを見せる。そして、横を飛んでいるハネクリボーを見た。

 そして何事かを話し、その後にやりと顔に笑みを浮かべさせた。

 

「私のターン、ドォロー!」

 

 そんな周囲の様子を気にせず、タイタンがデッキからカードを引く。

 そして、そのカードをそのままディスクに置いた。

 

「私はジェノサイドキングデーモンに2枚目の《デーモンの斧》を装備するぅ」

 

《ジェノサイドキングデーモン》 ATK/2000→3000

 

 まずい。これでキングデーモンの攻撃力がアブソルートZeroの攻撃力を超えてしまった。

 っていうか、デーモンの斧を二枚って、なんつー構成してやがる。が、それによって十代が追い詰められている以上、何も言えないわけだが。

 

「ジェノサイドキングデーモンでアブソルートZeroに攻撃ぃ! 《炸裂! 五臓六腑》ぅ!」

 

 キングデーモンが放った臓器の虫達がアブソルートZeroに直撃し、Zeroは氷の欠片を飛び散らせながら砕け散る。

 だから斧で攻撃しろと何度言えば、以下略。

 

十代 LP:1300→800

 

 十代のライフを更に削り、場をがら空きにしたことにタイタンは笑みを浮かべるが、十代もまたこの状況で笑っていた。

 ま、なんの対策もなくZeroを破壊するのは自殺行為だからな。知らないだろうから、無理もないけど。

 

「この瞬間、アブソルートZeroの効果が発動するぜ!」

「なにぃ?」

「E・HERO アブソルートZeroがフィールドを離れた時、相手フィールドのモンスターを全て破壊する!」

「な、なんだとぉ!?」

 

 フィールドに飛び散っていた氷の欠片が、タイタンのフィールドのジェノサイドキングデーモンに張り付いて凍結させる。そして、徐々に氷に罅が入り、キングデーモンは砕け散ってしまった。

 数あるHEROの中でも極めて汎用性が高く、かつ強力な効果だ。フィールドを離れた時、という緩い条件でサンダー・ボルトと同じ効果を使えるというのだから、恐ろしい。

 

「す、すごい……」

「とんでもなく強力な効果なんだな……」

 

 さすがに疑似サンダー・ボルトは衝撃的だったらしい。二人ともZeroの効果には驚いているようだった。

 

「ぐぬぅ……デーモンが戦闘以外で破壊されたことでぇ、私はデッキから《インフェルノクインデーモン》を手札に加えるぅ。ターンエンドだぁ」

 

 タイタンもまさかそんな効果を持っているとは思ってもいなかっただろうな。

 そもそもこのHEROは俺しか持っていなかったんだから、たとえ事前に十代のデッキを調べていたとしても、初めて使ったこのカードはわからなかっただろう。

 そしてエンド宣言をしたタイタンは、再び懐から偽パズルを取り出して、十代の身体が消えていっているという暗示をかけている。ご丁寧に光を放ったり煙を出したりするあたり、細かい奴である。

 翔と隼人は消えていく十代に慄いている。しかし十代には何も変化はない。さきほどまで息苦しそうにしていたというのに、それもなくなっていた。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 引いたカードを見た十代はにやりと笑う。

 そして、びしっとタイタンを指さした。

 

「タイタン! 読めたぜ、あんたのやったインチキのカラクリが!」

「……ふん、なにをぉ言っているぅ?」

 

 そして始まる名探偵十代!

 タイタンの言っていることは嘘であり、消えていっている身体や息苦しさはただの勘違いの幻であること。恐らくは千年パズルから出している光とタイタンの言葉、そして煙がその原因であること。

 タイタンは闇のデュエリストではなく、恐らくはマジシャンか催眠術師のようなものであること。それらを十代が指摘していく。

 そういえば、と翔たちもはっとしたところで、タイタンが「私は正真正銘闇のデュエリストだぁ!」と主張する。

 それに対し、十代は言った。

 

「なら、千年アイテムが何個あるか答えてみろ!」

 

 俺たちは既に館の中でそれを知っている。まぁ、俺の場合はその前から知っているが。

 そしてそれを知らないタイタンは、案の定言葉に詰まった。しかし、ゆっくりと口を開く。

 

「そ、それは……な、7……」

「あ、合ってるんだな」

 

 隼人が思わず肯定した瞬間、タイタンはにやりと笑う。どう見ても当てずっぽうが当たってホッとした顔であった。

 

「ふふ……なぁなだぁ……」

 

 その言い方はやはり面白いが、十代は苦虫をかみつぶしたような顔だ。ここでタイタンが間違うと確信していたのだろう。俺も間違えると思っていたが、まさか適当に答えて当てるとは。

 やれやれ。ここは俺がフォローするとしましょうか。

 

「なら、その千年アイテムの名前もそれぞれ知ってるよな?」

「な、なにぃ?」

 

 縛り付けられて座りこんでいる俺から発せられた言葉に、タイタンがこちらを見る。

 十代も俺に視線を寄こすが、目で任せておけと告げた。頷く十代。よくわかったな今ので。

 

「さぁ、どうなんだ?」

「ぐ、ぐ……そ、それは……千年……千年……」

「あと5秒。4、3……」

「なぁ!? ま、待てぇ!」

「1、0……はい、残念でした」

「ぐ、ぐぬぅ……!」

 

 答えられず、呻くタイタン。

 ちなみに千年アイテムは、千年パズル、千年錠、千年輪、千年杖、千年眼、千年秤、千年タウクの七つである。

 っていうか、別に全部知っている必要はないのだが。王様だって最初の頃はパズル以外のアイテムのこと知らなかったけど闇のゲームしてたし。

 つまり、ここで適当に「闇のデュエリストは自身のアイテムのことしか知らないのだ」とか強引に言ってしまえば、俺たちに確認の術はないのだから、その時点で話は終わりだったのだ。

 下手に付き合いがいいのが仇になったな、タイタン!

 

「へっ、これでハッキリしたぜ! お前は闇のデュエリストなんかじゃないってことがな!」

 

 そう十代に改めて指摘されると、タイタンが表情を苦いものにして、やがて今まで以上の煙を放出し始めた。

 

「ふん……バレたからにはぁ、もう用はない……。貴様とデュエルするなど、無意味なことぉ!」

 

 言ってタイタンは偽パスルを地面に叩きつける。すると、パスルが爆発して噴煙を撒き散らす。おい、なんつー危ないもん懐に仕込んでんだ。

 

「やっぱ偽物か! 待て!」

 

 背を向け、立ち去ろうとするタイタンに向かって、十代が走り寄ろうとする。

 

 ――が、その瞬間、突然部屋の床中央部分に巨大な一つ目が現れる。

 

 それはある意味で非常に見覚えがあるものだ。かつて、漫画の中で何度も登場した印象深いマーク。

 各千年アイテムにも共通して描かれているウジャト眼。それが光を放ってそこにあった。

 そして、室内だというのに強い風が起こり始め、振動と土埃が部屋の中を覆い始める。十代とタイタンはその中心地にいるため、さらされる強風に腕で顔を隠してこらえていた。

 

『そんな……まさか本当に……?』

「ちっ、マナ!」

『遠也! これは本物の闇のデュエル……危険すぎるよ!』

 

 当初に話してあった通り、マナの協力によって乱入するつもりが、マナがここで否を唱えてきた。

 マナはデュエルモンスターズの精霊であり、遊戯さんとずっとデュエルをしてきた仲間の一人だ。闇のデュエルも、何度も経験している。だからこそ、本物の闇のデュエルがどれほど危ないものなのかも理解しているのだ。

 だからだろう。俺を止めようと言い募ってくれている。さっきまでは恐らく、本当にこうなるとは思っていなかったのだろう。千年パズルも偽物だったし。

 

「マナ、言い合ってる余裕はないんだ。今すぐ行かないと」

『でも、闇のデュエルは命のやり取りなんだよ? そんなことを……』

 

 マナはやはりしぶる。俺としても、タイタンのその後が気になるから始めたことだったが、自分の命がかかるとなれば、さすがに躊躇する。

 けど、今この瞬間。無視できない理由が出来たのだ。やっぱり、目の前で見ちゃうとダメだ。わかっていても不安になる。

 

「マナ、十代は俺の友達なんだ。なら、放っておけないだろ!」

 

 自分の前で、友達が危険にさらされようとしているんだ。いくらたぶん大丈夫だろうと思っていても、ここは物語の世界じゃない。先がどうなるかなんてわからないし、何かあってからじゃ遅いんだ。

 俺がそう言うと、マナはぐっと押し黙る。そして、一瞬の逡巡。その後、俺を縛っていた縄を解いてくれた。

 

「サンキュー、マナ!」

『もう! 私の傍から離れちゃだめだよ!』

 

 それに、勿論! と答え、マナと共にすぐさま十代の下に駆け寄る。そして風が巻き起こすその場所に足を踏み入れた途端。

 

 周囲の景色が一変した。

 

 岩壁はなくなり、床と呼べるものも存在しない。だというのに、足が地面についている感触はある不思議な感覚。

 上下四方全てを闇色で覆われた空間、と表現するしかない。そんな場所に、俺と十代、タイタンは隔離されていた。

 

「な、なんだ一体?」

「こ、これは……何が起こったのだぁ?」

 

 十代とタイタンが辺りを見回しているが、どこにも何も変化はない。

 そのうち、十代がインチキではあったがタイタンが闇のデュエリストを名乗っていたこともあり、この原因をタイタンだと判断したようだった。

 

「お前、また性懲りもなく!」

「ち、違う! 私は何もしていない!」

「ま、だろうな」

 

 そんな二人の会話に割って入る俺。よかった、何とか間に合って。

 

「貴様は……」

「遠也! いや、それよりどういうことだ?」

 

 突然の俺の登場に、二人はそれぞれ視線を俺に向ける。

 そして十代は明らかに事情知ってます的な発言をした俺に対して、質問を投げかけてきた。

 それに俺も真面目に答える。さすがにこの状況でふざけられるほど俺も馬鹿じゃない。

 

「どうもこうも、こいつは本物の闇のゲームだ。闇のデュエリストじゃないタイタンには、こんなこと出来はしないさ」

 

 俺がそう言うと、十代は少しだけ呆れたような顔をした。

 

「お前までそんなこと言うのかぁ? 闇のゲームなんてあるわけないだろ?」

「いや、あるんだよ。闇のゲームは実際にな」

 

 俺が十代の認識を改めさせようと更に言葉を続けようとしたところで、上から何かが降ってきた。

 

「ん?」

「なんだ?」

 

 見ると、悪魔のような鋭い目と牙を持ったクリボーほどの大きさの黒い軟体動物がいた。ハッキリ言って、めちゃくちゃ気持ち悪い。

 すると、次第にそれは一気に降り注いでくる。それを察したのか、十代のデッキからハネクリボーが現れて、俺たちのほうに寄って来ようとしていたソイツらをハネクリボーが追い払ってくれた。

 ほっと息を吐く俺たち。そして、タイタンのほうに顔を向ける。

 

「な、なんだ一体ぃ! く、来るなぁ!」

 

 精霊のカードなど持っていないタイタンに防ぐ術はなく、悪魔たちは次々に服に取りついていた。それを見て、俺は慌ててマナに指示を出す。

 

「やばい! 頼む、マナ!」

『うん!』

 

 俺の声を受け、マナがタイタンの元まで飛んでいき、そのコミカルな杖を構える。

 

『せーのっ!』

 

 そんな掛け声とともに杖先から光が迸る。その光はタイタンの全身を覆うように降り注ぎ、やがてその身体に群がっていた小さな悪魔たちを残さず消滅させた。

 よし、これですぐさまタイタンがどうこうはならないだろう。

 そして、それをされたタイタンはというと、物凄く驚いているようだった。

 

「ぶ、ブラック・マジシャン・ガールだとぉ!? どうなっているのだぁ!?」

 

 あれ、タイタンなんで見えてるの?

 ひょっとして闇のゲームの空間って精霊も見えるようになるんだろうか。

 まあいい。そんな考察は後回しだ。

 

「おい、タイタン! 死にたくないなら、早くこっちに来い!」

 

 俺が呼びかけると、タイタンがこっちに目を向ける。そして、俺たちの周囲には悪魔たちが寄ってきていないことに気がついたのだろう。一目散に走ってきた。

 だが、その途中にも悪魔たちは執拗にタイタンを狙う。そのたびマナが落としているが、諦める気配がない。

 どうにも、奴らはタイタンの胸から顔辺りを目指しているようだ。デッキと、顔を狙っているのか?

 なら、顔はどうにも出来ないがデッキならどうにか……。

 

「タイタン! そのコートを捨てるんだ! そいつらはカードに執着してるらしい!」

 

 俺の言葉に、タイタンはぎょっとした。

 

「なんだとぉ!? 私にぃ、デッキを捨てろというのかぁ!?」

「気持ちはわかる! だけど、それ以外にないんだ!」

 

 続けて言うと、タイタンは強く歯をかみしめて唸る。

 そして、悪魔たちを振り払うようにコートを脱ぐと、デッキが入ったコート型デュエルディスクを遠くに放り投げた。

 

「すまん!」

 

 その言葉を最後に、タイタンはコートを脱いだスーツ姿になって、こちらに走って来る。相変わらず悪魔たちはタイタンを目指していたが、幾分かはデッキのほうに流れている。

 そのことと、マナの協力もあって、どうにかタイタンは無事に俺たちの元に辿り着くことが出来た。

 

「はぁ、はぁ……一体、何が起こっているというのだぁ……」

 

 息も荒く呼吸を整えているタイタンには答えず、俺はひとまずマナをねぎらった。

 

「サンキュー、マナ」

『どういたしまして。でも、気をつけて。これからだよ』

「ああ」

 

 マナの言葉に、俺は頷く。そう、問題はこれからなのだ。

 

「なぁ、遠也。いい加減どういう状況なのか教えてくれよ。これ、本当に闇のゲームなのか?」

 

 十代が訳のわからない状況に焦れてきたのか、再び問いかけてくる。ハネクリボーが十代の隣にいるが……まぁ、ハネクリボーは言葉がしゃべれないからなぁ。話せるなら、ハネクリボーが説明しているんだろうが……。

 そして十代の横では、タイタンもまた俺のほうをじっと見ていた。何かしらの説明を求めているのは確かだ。さっきも指示をしていたのは俺だったしな。何か情報を持ってると思ったんだろう。

 時間はあまりないだろうが……簡単に説明しておこう。

 

「簡単に言うとだ。まず闇のゲームは実在する。これは精霊であるマナが証人だから、間違いないぜ」

「マナが? そうか、精霊ならそういうことも知ってる……のか?」

「さあな。けど、こいつは遊戯さんと多くのデュエルをしてきてるんだ。その中には闇のゲームもあったらしい」

「げ、マジか。じゃあ、ホントにあったってことかよ」

『そう。闇のゲームはあるんだよ。お互いの命を賭けた危険なゲーム。その中ではね、ライフポイントが0になることは、死を意味するんだよ』

「な……」

 

 さすがにはっきり死ぬと言われて、さすがの十代も言葉を失う。

 十代にしてみれば、デュエルとは楽しいもので、楽しむためにやるものだ。だからこそ十代はデュエルが好きだし、カードのことも大切にしている。

 そんなデュエルで、人が死ぬ。それは、十代にとってはかなり衝撃的な事実らしかった。

 

「まさか、実在したとはぁ……っお、おい! あれを見ろぉ!」

 

 さすがにこんな状況に陥っていては信じざるを得ないのか、頷くタイタン。しかし、すぐさまその声は焦りのものに置き換わる。

 そしてタイタンが指で示す先を俺たちは見る。そこは、さっきタイタンがデッキを投げた場所だ。

 そこで、黒いスライムのような悪魔たちがタイタンのデッキに群がっている。すると、やがてそいつらはくっついて一つになっていき、タイタンの背格好と全く同じ姿へと変貌していく。

 そしてその上からデュエルコートを羽織り、佇む。明らかにデュエルをしようとしているその姿に、タイタンは唸り声を洩らした。

 

「私のデッキをぉ……おのれぇ……」

 

 その言葉が合図だったというわけでもないだろうが、その瞬間。タイタンの姿を模した黒いスライムは手札を1枚手に取り、十代の場には伏せカードが1枚現れる。

 そう、デュエルの続きが始まったのだ。

 

「な、どういうことだ!?」

 

 いきなりソリッドビジョンが復帰したことに、十代は困惑する。しかし、ハネクリボーが十代の目の前を飛び、落ち着かせようとすると、十代は徐々に落ち着きを取り戻す。

 

「そうか……デュエルの続きってことか」

 

 十代は俯いてそう言う。

 たった今これは闇のデュエルだと知ったばかりで、この勝負に命がかかっているというのは、十代には重荷なのかもしれない。楽しいデュエル、というのを信条にデュエルをしてきた十代には。

 だから、俺は十代に声をかけていた。

 

「十代。お前がデュエルしたくないなら、俺が引き継ぐ。本当なら闇のデュエルは始まったら決着がつくまで終われないが、デュエルの続きとはいえ闇のデュエルそのものはまだ始まってない。今なら俺に代わることも出来る筈だ」

『遠也……』

 

 マナが心配そうな声を出すが、この場合は仕方ないだろう。

 このデュエルには命がかかっているのだ。それを、十代が嫌がるならやらせるわけにはいかない。

 そして、十代がやりたくないなら俺がその代わりを務める。それは俺が十代の友人だからでもあるし、この場で十代以外にデッキを持っている唯一の人間だからでもある。

 闇のデュエル自体は俺も初めてだが、話自体は聞いているし、その存在はずっと信じていた。事前知識もあることだし、十代よりは俺のほうが適任なはずだ。

 だから、いざという時は俺が代わりになる。

 俺がそう決断して十代に問うと、十代は伏せていた顔を上げた。

 その表情は、恐怖ではない。不敵という言葉がふさわしい笑みだった。

 

「……へへ、遠也。気持ちは嬉しいけど、こいつは俺のデュエルだぜ! 譲るわけにはいかないって!」

「けど、お前……こいつは本当に命を賭けるんだ。楽しいデュエルにはならないぞ」

 

 俺が改めてその事実を突き付けるが、十代は表情を変えなかった。

 

「それでも、このデュエルにはお前やタイタンの命もかかってるんだろ? だったら、俺は逃げないぜ! それに……あっちも逃がすつもりはないみたいだしな」

 

 十代が黒い人型をとったスライムに目を向ける。

 そいつは明らかに十代しか見ていない。……俺が代われるかもと思ったが、やはり闇のデュエルということだろうか。どうにも交代は許してくれなさそうな雰囲気だった。

 再び十代を見る。そこには、強い目線で俺を見る友達の姿があった。

 俺も、まだ短い期間かもしれないが十代のことは把握している。溜め息をつくと、十代の前に拳を突き出した。

 

「わかった。負けるなよ」

「おう! 当然だぜ!」

 

 十代もそれに拳を合わせ、あの偽タイタンに向き直る。

 それを見届け、俺は後ろに下がった。必然、タイタンの横に立つことになる。

 

「いいのかぁ、あれでぇ。このデュエルには、我々の命がかかっているのだろぉ」

 

 タイタンがそう問うてくるが、俺は肩をすくめて応える。

 

「仕方ないだろ、十代がやるしかないんだから。それに、心配はいらないさ」

「んん?」

「十代は強い。見ていればわかるさ」

 

 本当は心配だが、あえてそう言う。そう、十代は引きの強さはもちろんだが、単純にデュエルに強い。なら、ここは信頼して任せるのが俺の役目だ。

 いざという時には、マナにも協力してもらって何とかするさ。

 

「その時は、よろしくなマナ」

『十代くんが勝ってくれるのが一番なんだけどね』

 

 マナは苦笑して言うと、浮かんでいた身体を地面に下ろし、俺の隣に立った。どうやらそのまま観戦するつもりらしい。

 タイタン、俺、マナの三人がそれぞれ十代を後ろから見つめる。

 このデュエル、どうか勝ってくれと思いながら。

 

「デュエルは俺のメインフェイズからだぜ! 俺は《ホープ・オブ・フィフス》を発動! 墓地の「E・HERO」5体をデッキに加え、その後2枚ドローする! 俺はアブソルートZero、プラズマ・ヴァイスマン、エッジマン、スパークマン、バブルマンをデッキに戻し、2枚ドロー!」

 

 ちなみにこのカード、十代は持っていたらしいが何故かデッキに入れていなかったカードである。しかし、俺の進言によりデッキに投入されたカードだ。

 というのも、かつては死者蘇生などでの特殊召喚にも対応していた融合HEROが、シンクロ召喚の登場に合わせて段階的に行われることになったエラッタによって融合でしか特殊召喚できない、と変更されたのが投入を勧めた大きな理由だ。

 それによって一度使った融合HEROを蘇生あるいは融合デッキに戻すなどして再利用するには、これまでとは別の方法を使うしかなくなった。その方法の一つとして、俺が十代の持っていたカードの中からこのカードを勧めたのだ。

 戻した上にドローできるこのカードは十代には相性がいい。それに、そもそもE・HERO専用カードだし。

 しかし、十代は何で入れていなかったんだろう。ミラクル・フュージョンと相性が悪いからだろうか。それとも、これよりも入れたいカードがあったのかもしれない。

 まぁ、それについては今はいい。しかし、この局面でドロー補強カードを引くとは、やっぱり凄いな十代は。

 

「俺はバブルマンを召喚! 俺の場に他のカードが存在しないため、バブルマンの効果で2枚ドロー!」

 

 おいおい、戻したカードを今引いたのか? 凄いな、さすが十代。そして、さすが強欲なバブルマン。ここにきて、十代の手札が潤っていく。

 

「よし、俺は《融合回収フュージョン・リカバリー》を発動! 墓地の融合とエアーマンを手札に加え、そのままフィールドのバブルマンと融合! 再び現れろ、E・HERO アブソルートZero!」

 

 バブルマンとエアーマンが飛び立ち、徐々に一つの姿へとその姿を変えていく。

 それはやがて氷の粒子を伴ってアブソルートZeroの形をとる。白銀に輝く極寒のHEROが再度十代のフィールドに降り立った。

 

《E・HERO アブソルートZero》 ATK/2500 DEF/2000

 

「いくぜ! アブソルートZeroで直接攻撃! 《瞬間氷結-Freezing at moment-》!」

「………………」

 

偽タイタン LP:3500→1000

 

「俺はこれでターンエンドだ!」

 

 ライフポイントが大きく削られるが、偽タイタンに反応はない。それが一層不気味だが、デュエルをする気はあるようで、自分のターンになった瞬間、デッキからカードをドローした。

 そして偽タイタンは手札から、インフェルノクインデーモンを召喚する。アブソルートZeroに敵わないのはわかっているのだろう。守備表示だった。

 

《インフェルノクインデーモン》 ATK/900 DEF/1200

 

 そして更にカードを1枚伏せたところで、ターンを終了したようだ。言葉を発さないから、俺たちにはわからない。だが、デュエルディスクにはしっかりターンの移行などが表示されているらしく、十代は問題なくデュエルを行える。

 

「ドロー! 俺は《強欲な壺》を発動するぜ! 2枚ドロー!」

 

 ここで更にドローか。さっきからどれだけドローしてるんだ、いったい。

 そして、十代はすぐに次の行動に移らず逡巡を見せる。恐らく、偽タイタンの場に伏せてあるカードが気になっているのだろう。ドローしたカードの中に、除去カードがなかったようだ。

 悩んだ十代は、手札から3枚のカードを手に取った。

 

「俺はカードを2枚伏せ、《E・HERO フェザーマン》を守備表示で召喚。更に伏せていた永続魔法《悪夢の蜃気楼》を発動するぜ! ターンエンドだ!」

 

《E・HERO フェザーマン》 ATK/1000 DEF/1000

 

 攻撃はしない、か。ここは慎重になってもすぎるということはない。その選択も、悪くはない。

 しかも伏せてたのは悪夢の蜃気楼かよ。となれば、もう一枚の伏せカードも予想できるな。

 

「………………」

 

 偽タイタンがカードを引く。

 そしてその瞬間、十代が声を上げた。

 

「ちょっと待った! そのスタンバイフェイズに悪夢の蜃気楼の効果で俺は4枚ドローするぜ! 更にもう1枚の伏せカードは、速攻魔法《非常食》だ! 悪夢の蜃気楼を墓地に送り、ライフを1000回復する!」

 

十代 LP:800→1800

 

 きたな、凶悪コンボ。このコンボが発覚してから、速攻で制限、禁止となった永続魔法だ。ドローには緩いこの世界では、まだ現役なのか。

 おそらく、十代はこのカードを伏せていたからあえて無理に攻撃しなかったのだろう。確かに、ここで除去カードを引ければ、それが最善だ。本当に引けるかは別にして。

 しかし、それを受けても偽タイタンには何の変化もない。そして偽タイタンは手札から《強欲な壺》を発動して2枚のドロー。その後、インフェルノクインデーモンを生贄に捧げ、《迅雷の魔王-スカル・デーモン》を召喚した。

 

《迅雷の魔王-スカル・デーモン》 ATK/2500 DEF/1200

 

 そして、そのままターンを終了する。

 手札にいいカードが来なかったのだろうか。あるいは単純に人間のようなタクティクスを行うだけの脳みそがないのか……。

 いずれにせよ、そのほうが十代にとって有利であることは間違いない。そうであるとするなら、十代の勝機が広がるのだから願ったり叶ったりだ。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 そしてカードを引いた瞬間、十代は笑みを浮かべた。

 

「いくぜ! 俺はまず速攻魔法、《サイクロン》を発動! その伏せカードを破壊する!」

 

 お、きたのか除去カードが。

 サイクロンによって伏せられていたカードが明らかになり、次いで墓地に送られる。伏せていたのはミラフォか。危ないもん伏せてるな。攻撃していなくて良かった。

 

「更に《死者転生》を発動! 手札を1枚墓地に送り、俺は墓地のバブルマンを手札に加え、そのまま召喚する!」

 

《E・HERO バブルマン》 ATK/800 DEF/1200

 

「そしてアブソルートZeroの効果発動! 自分フィールド上に存在する自分以外の水属性モンスターの数×500ポイントこのカードの攻撃力はアップする!」

 

《E・HERO アブソルートZero》 ATK/2500→3000

 

 バブルマンの発する水がアブソルートZeroに降りかかり、それはアブソルートZeroの氷の身体を更に鋭利なものへと変化させていく。

 そして十代は勢いよく宣言した。

 

「バトル! アブソルートZeroでスカル・デーモンに攻撃! 《瞬間氷結-Freezing at moment-》!」

 

 Zeroの絶対零度の攻撃によって、デーモンの召喚は一瞬で凍りついて砕け散る。

 そしてその差分のライフが偽タイタンから引かれた。

 

偽タイタン LP:1000→500

 

「これで最後だ! バブルマンで直接攻撃! 《バブル・シュート》!」

 

 バブルマンが腕に着いた銃を構え、そこから放たれた泡を含んだ水流が偽タイタンに直撃する。

 そして、その攻撃で偽タイタンはライフポイントがゼロになり、このデュエルは十代の勝利で決着となった。

 

「………………」

 

偽タイタン LP:500→0

 

 ライフがゼロになったのだが、偽タイタンに動きはない。ただ流動する黒い身体をタイタンの形のまま保っているだけだ。

 俺たちはその様子を勝利に喜ぶことなく、注意して見ていたが……変化がない。

 どういうことだ? 闇のデュエルで十代が勝った以上、あちらは何か罰ゲームというか、ペナルティを受けるはず。いくらなんでも、何も起こらないのはおかしい。

 俺がそう考えていた、その瞬間。

 突然偽タイタンの身体がはじけ飛び、黒い細かな弾丸となって周囲に散らばる。さながら散弾銃のようなそれは、こちらにまで飛んで来ていた。

 

「マナ!」

『うん!』

 

 俺が呼びかけ、しかしそれよりも早く行動に移していたマナは、その魔力で俺たちを包むバリアーを張る。飛んできた黒い欠片は、その全てが障壁に阻まれて俺たちには届かなかった。

 そうして、残ったのはタイタンのコート型デュエルディスクとデッキだけ。

 さっきまで十代とデュエルをしていた黒い異形の姿は既にどこにも存在していなかった。

 

「……ぬぅ、終わった……のかぁ?」

 

 タイタンが警戒したまま声に出す。

 俺はマナに確認をとるが、マナはもう先程までのような力は感じられなくなったと言う。ということはつまり、終わったということでいいのだろう。

 それを悟り、俺もようやく肩から力を抜いた。

 

「……みたいだな。サンキュー、十代。いいデュエルだったぜ」

「へへ、まあな。でも、遠也がいてくれて助かったぜ」

 

 俺たちはハイタッチを交わし、互いに笑みを浮かべる。

 闇のデュエルを乗り切れて、本当に良かった。十代もタイタンも無事なんだ。誰かが怪我を負うこともなかったのだから、上出来だろう。

 

『クリ~』

 

 その時、不意にハネクリボーが俺たちの後ろを指さした。

 俺たちがその示された先を見ると、そこには光があった。闇色の空間に走った一筋の亀裂、そこから差し込む外の光だ。

 人間一人が通れるほどの大きさのそれは、よくよく見ればさっきまでいた洞窟のような室内を映し出している。

 つまり、あれは出口ということだろう。俺と同じ結論に至ったのか、十代とタイタンもホッとした顔をしていた。

 

「さっさと帰るに限るな。こんなとこ、もう二度と来たくないね」

「だな。行こうぜ!」

 

 俺と十代が走り出し、タイタンは残されていたコートとデッキを素早く回収すると、俺たちの後をついてくる。

 ここから亀裂までの距離はそう遠くない。俺たちはすぐにその亀裂の元までたどり着き、それぞれ順番に勢いよく飛びこんでいった。

 

「おっ?」

「うぇ?」

「ぬあっ」

『あー……』

 

 上から順に、俺、十代、タイタン、マナである。

 説明をするとするならば、出てきたところが空中であったため、となるだろうか。

 まさかいきなり空中に放り出されるとは思っていなかった俺たちは揃って変な声を出し、そんな俺たちを見たマナはこの後に起こる事態を想定して、あんな声を出したのだろう。

 そしてその想定に沿うように、俺たちは重力の働くまま地面に落下した。

 

「いってぇ!」

「おっと」

「ぐぬあぁっ!」

 

 背中から落ちた俺。上手く体勢を整えて立った十代。頭からいったタイタン。

 大した高さじゃなかったから良かったものの、これがもう少し高かったら危なかったかもしれない。

 特にタイタンが。頭からいくとか、死因が変わるだけになるところだった。原作で死んだかどうかは知らないけど。

 俺は自分たちが今までいたソレを見る。外から見たら、闇色なのは同じだが球形になっていたのか。こんな気味の悪いところ、出来ればもう来たくないものだ。

 

「アニキ! 遠也くん!」

「二人とも、大丈夫なんだな!」

 

 そして、出てきた俺たちを見つけた翔と隼人がこちらに走り寄って来る。

 それに俺たちが手を上げて応えたところで、全員があることに気がついた。

 というのも、この闇色の球体。いきなりバチバチと紫電を纏って危なげな雰囲気を醸し始めたのだ。

 今にも爆発でもしそうなソイツに対し、俺たちの行動は早かった。

 隼人が「伏せるんだな!」の言葉と共に翔をひっつかんで床に伏せ、十代も同じく地面に伏せ、俺も伏せると同時に片膝をついていたタイタンを無理やり下に押しつけてやり過ごしを図る。

 そして、次の瞬間。

 球体は凄い勢いで収縮を始め、それに併せてダイソンもびっくりな吸引力を発揮して俺たちを吸いこもうとしてきたのだ。

 爆発ではなかったが、床に伏せていたのが幸いした。あらかじめ備えていたため、どうにか耐えることが出来たのだ。

 途中、明日香の入った棺桶が動くというヒヤリとした場面もあったが、そこは一番近くにいた十代がしっかり押さえてくれた。

 その後、球体は点のような小ささになるまで収縮した後に消滅する。そして、その場には静寂だけが残されることになった。

 俺たちは脅威がなくなったことを注意深く確認する。そして何もないと確信したところで、ゆっくりと立ち上がって合流を果たした。

 そして、翔と隼人は俺たちと共にいるタイタンを見て、叫び声を上げるのだった。

 

「あー! インチキ闇のデュエリスト!」

「なんで、お前も一緒にいるんだな!?」

「ぬぅ……」

 

 二人の当然の指摘に、タイタンは唸るしかなかった。

 中で何があったかを知らない二人には、いきなり十代と一緒にいるタイタンは不思議でしょうがないだろう。

 それでなくとも、さっきまで散々脅しをかけてきた相手なのだ。印象も当然良くない二人は、タイタンを警戒して睨みつける。

 しかし、そんな二人に対して十代の態度はあっけらかんとしたものだった。

 

「いいじゃねーか、別に。このおっちゃん、そう悪い奴でもないと思うぜ」

「ええ!? 何言ってるの、アニキ!?」

「どうしちゃったんだな、十代!?」

 

 さっきまで敵意むき出しで相対していた十代のまさかの発言に、翔と隼人は動揺を隠せないようだった。

 まぁ、いきなり明日香と俺を拘束した揚句、どう見ても悪役なことばかりしているのだ。っていうか、拘束は普通に犯罪です。

 二人には、十代がそう言う根拠が全く分からなかったのだろう。

 しかし、十代はそんな二人から目線をタイタンに移して、問いかける。

 

「明日香に危害は加えてないんだろ?」

「あ、ああ。眠らせただけだぁ」

 

 そして俺は手足を縛られただけ、と言えばそれだけである。十代は続けて俺に視線を向けたので、気にしていないという意味を込めて苦笑する。

 それを見てから、十代は再度二人に向き直った。

 

「明日香には悪いけどさ、俺はこのおっちゃんのこと嫌いになれないぜ。だって、カードを大切にするデュエリストに、悪い奴はいないもんな」

「な……」

 

 十代の言葉に、この中で最も驚いたのは他でもないタイタンだった。

 言葉をなくし、明るく笑う十代を見ている。

 

 きっと翔と隼人には何の事だかわからないだろう。しかし、俺たちはあの闇の中で見ていたのだ。命が危ないという時にも関わらず、タイタンが己のカードを犠牲にすることに躊躇し、投げる時も「すまん」と謝っていたのを。

 そして自らのデッキを勝手に使われることに怒り、あの場から出る際にはまずデッキを回収してから出口に向かった。一刻も早く出たかったに違いないのに、だ。

 その姿を俺たちは知っている。そのせいか、十代と俺はどうにもタイタンを憎みきることが出来なくなっていたのだった。

 だから、俺はそう言った十代の肩を叩き、同じように笑みを浮かべた。

 

「俺も同じだ。ただ縛られただけだし、目くじら立てるほどでもないさ!」

「普通は立てるよ!」

 

 翔が鋭く突っ込みを入れる。

 まぁ、普通は怒るだろうね。俺だってそう思う。

 けど、まぁいいじゃない。当事者の俺や、狙われてた十代が許すって言ってるんだから。明日香には……なんとか誤魔化そう。ダメだった時は説得する方向で。

 俺と十代は二人がかりで納得いっていない二人をなだめ、そして改めてタイタンに向き直った。

 

「つーわけで、タイタン。アンタにも事情があるんだろうし、何も聞かないから、このまま帰ってくれない? この場は目を瞑るからさ」

「……貴様はぁ、それでいいのかぁ」

 

 とっ捕まって縛られた件だろうか。それについては気にしていないので何も問題はありませんよ。暴力振るわれてたら、さすがに許さなかったと思うけど。

 

「いいよ別に、それぐらいなら。気にしなくていいって」

 

 それに、マナの手を借りればいつでも抜け出せたし、そもそも捕まることもなかっただろうし。仮に危害を加えようとしたなら、マナにボコってもらう予定だったしね。他力本願万歳!

 俺が内心でそんなことを考えている間、タイタンは押し黙ってその場に立ったままだった。何か他に用でもあるんだろうか。出来るなら、このまま帰ってほしいんだけど。

 訝しんでいると、突然タイタンが口を開いた。

 

「……名はぁ、なんという?」

「……俺?」

 

 突然の質問に、一応自らを指さして問うと、タイタンは頷いた。

 

「皆本遠也だけど」

 

 名前ぐらい隠すこともないので、普通に話す。

 すると、タイタンは「そうか」と頷いた。なんなんだ。

 

「遊城十代、皆本遠也ぁ」

「なんだ?」

 

 俺たち二人の名前を呼び、タイタンは更に言葉を続けた。

 

「お前たちにはぁ、借りが出来たぁ。私は闇のデュエルから足を洗い、ただのデュエリストに戻ることにしよう」

 

 そこまで言うと、タイタンは手に持っていたコートを再び羽織り、俺たちに背を向けた。

 

「……助けてもらったことに、感謝するぅ。そして、その少女にも謝っておいてくれぇ。この借りはぁ、いずれ必ずお前たちに返すと誓おう……さらばだぁ」

 

 言いたいことを言いきったのか、そのままタイタンはこちらを振り返ることなく立ち去っていく。

 その黒い背中を見つめ、十代と俺は同じ危機を体験したせいだろうか、タイタンに奇妙な連帯感を感じていた。隣の十代と顔を合わせ、互いに同じく小さく笑う。

 あばよ、タイタン。次に会う時のお前とのデュエル、楽しみにしているぜ。

 そんな思いを胸に抱き、俺たちは去っていくタイタンの背中を、ただ見つめ続けるのだった……。

 

「……訳がわからないよ」

「……まるで意味がわからないんだな」

 

 そして、そんな俺たちを翔と隼人は胡乱気な目で見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、俺たちも廃寮を出たが、そのまま寮には帰らず、いったん森の中で腰を落ち着ける。

 理由は簡単。明日香がまだ目を覚ましていないからだ。

 明日香を十代と俺の二人がかりで運んできたはいいが、どうにも目を覚まさないので帰るに帰れないのだ。

 このまま寮に届けでもしたら、俺たちにあらぬ疑いが掛けられること必至である。それは勘弁願いたかった。

 ちなみに二人がかりで運んだのは、単純に重かったからだ。起きているならともかく、意識のない同年代の人間を一人で抱えるのは、相当にキツい。

 いくら体重の軽い女性といえど、これは人間共通のことなので関係ない。意識のない人間の身体は、驚くほどに重いのである。おかげで、少し腕が痛かった。

 そんなわけで、俺たちは明日香が目覚めるのを待っているところなのである。

 幸い四人もいるので、話していれば時間なんてそう気にならない。

 とりあえず駄弁って時間を潰していた俺たちだったが……流石にそろそろ帰りたいとも思えてくる。

 と、そんな時。ようやくというべきか、明日香の目がゆっくりと開いた。お目覚めのようである。

 

「――……ここは……」

 

 呟きをこぼす明日香。その顔を覗き込むように、十代が近付く。

 

「おっ、起きたか。お前を襲った奴なら、追っ払っておいたぜ」

 

 正確には自発的に帰っていったのだが、明日香はずっと意識を失っており諸々の事情を知らない。

 下手に説明して話をこじらせるより、単純に解決したということだけ伝えてしまおう。それが俺たちで出した結論だった。

 明日香はさして疑問に思うこともなく、その答えを受け入れる。

 そして十代は懐にしまってあった例のブツを明日香の前に差し出した。

 

「っこれ! 間違いない、兄さんの写真!」

 

 目を見開き、それを手に取った明日香は、驚きの表情で十代を見る。その視線を受け、十代はあの廃寮の中で見つけたんだと説明をした。

 やはり明日香のお兄さんはあの廃寮でいなくなったのかもしれない。こんな写真があること自体怪しいことではあるが、それでもこの写真が少しでも慰めになればいいとは思う。

 それにしても……。

 

「随分、変わったお兄さんだったんだな。サインが特徴的すぎるぞ」

 

 俺が思わずそう突っ込むと、明日香は笑顔を見せた。

 

「兄さんのクセだったのよ。天上院をふざけて10JOINって書くのはね」

 

 写真に書かれた「FUBUKI 10JOIN」の文字。これがクセとは、本当に変わった人だったようだ。

 けど、明日香の笑顔や一人でこんな所まで来る姿を見れば、お兄さんを大切に思っていることは十分に伝わってくる。

 敵なんかやってないで、早く戻ってきてほしいもんだ。慕ってくれる妹を、安心させてやってほしいね。せっかくの家族なんだから。

 

「げ、もう夜が明けるぜ」

 

 ふと、十代が空を見上げて声を上げる。

 つられるように見てみれば、確かに太陽の光が夜空の闇を侵食しているのが見えた。

 ……これは、さすがに寮に戻らないとマズイよな。

 

「早く帰るぞ、翔、隼人! おっと、遠也、明日香! またなー!」

 

 言うが早いか既に駆け出していた十代に、翔と隼人が遅れまいと慌てて走り出す。

 待ってよー、という翔の声を最後に三人の姿はすぐに木々に隠れて見えなくなった。

 そんな姿を見送り、明日香がふいに呟く。

 

「……お節介な奴」

 

 それに、俺は肩をすくめて口を開いた。

 

「でも、悪くないだろ?」

 

 すると、明日香は既に浮かべていた笑みを一層深くした。

 

「……ええ」

 

 そのまま十代たちが去った方向を見つめる明日香に苦笑しつつ、俺は明日香に再び声をかける。

 俺たちも帰らないと怒られるぞ、と笑いながら。

 

 

 

 



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第9話 怒り

 

「は? 退学?」

「ええ」

 

 廃寮から帰り、幾許かの睡眠をとった数時間後の朝。

 わざわざ俺を訪ねて男子寮にまで来た明日香の口から放たれた衝撃的な言葉に、俺は目を丸くするしかなかった。

 思わず問い返してしまったが、明日香は頷くだけである。

 それはつまり、今の言葉が真実だということだ。

 

「廃寮に入ったのって、そんなにマズいことだったのか?」

「そうよ。だから言ったでしょう、やめておきなさいって」

 

 明日香は、それなのに話を聞かないんだから、と続けるが……その表情はいかにも納得いっていないものであり、十代たちを心配しているものだった。

 さすが素直になれない明日香。本当はこの決定に異を唱えたいと丸わかりだ。

 そして、俺も当然ながら納得いかない。そもそも同じく廃寮に入った俺と明日香、そして隼人には何もないというのが、あまりにも公平性を欠いていると思う。

 よって、これからやることは決まっている。俺は表情を正すと、明日香に言った。

 

「じゃ、行こうか」

「行くって……どこに?」

 

 突然のことに、明日香が驚きを声に含ませながら聞いてくる。

 どこに、ってこの状況じゃひとつでしょ。

 

「とーぜん、校長室だ」

 

 もともと、明日香もそのつもりだったんだろうに。

 そう返せば、明日香はそっぽを向いて僅かに頬を赤くした。

 やっぱりな。俺が思い至ったのと同じく、校長に直訴しに行くつもりだったのだろう。明日香は真面目だし、こういうことに妥協できないだろうことは短い付き合いでもよくわかる。

 制裁タッグデュエル……だったか。迷宮兄弟が相手だった、という記憶がある。それについては大丈夫だろうとは思うが、それとこれとは話は別。何故俺たちには何もないのかが納得できない。

 その気持ちは俺も同じだ。

 そういうわけで、俺たちは一緒に校長室に向かう。アカデミアの本校舎。そこにある校長室の前に立つと、なにか話し声が聞こえてくる。外まで届くとは、それなりに大きな声を出しているとわかる。

 この声は……隼人か。その内容を僅かながらも拾った俺たちは、頷き合って校長室に入った。

 

「校長、その時廃寮にいたのは十代に翔、隼人だけじゃないんです」

「私たちも現場にいました」

 

 俺たちがそれぞれ口にしながら入室すると、隼人と鮫島校長が話をやめてこちらを見る。

 その間に隼人の隣まで行き、校長の正面に立つ。そして、俺がまず口を開く。

 

「なのに、俺たちだけ何もないっていうのが納得いきません。公平にするなら、俺たちにも制裁タッグデュエルというものを課すべきじゃないですか?」

「私も、同じ考えです。十代たちだけというのは、あまりにも不公平です」

 

 俺たちがそう訴えると、校長は難しそうに唸る。

 そして、そこに隼人の声も加わる。

 

「……俺、今まで自分が駄目な奴だって思ってました。でも、十代に会って、翔に会って、遠也に会って……。色んな人と会って、みんなのデュエルを見て、思ったんです。もっと、デュエルにしっかり取り組みたいって!」

 

 その言葉に、明日香が微かに表情を崩した。

 

「私も、彼らと交流してもっとデュエルを楽しみたいと思いました。十代、それに遠也。あなたたちといると、みんな変わっていくみたい。こういうふうにね」

「……俺も?」

 

 十代なら俺も同意見だが、なぜ俺まで。

 

「あなたは、思っている以上に影響しているわ。十代、前田君、翔君、ジュンコ、ももえ、亮も。あなたに影響されたところは少なくないはずよ」

「そうなんだな。俺は、遠也のおかげで自分の夢が持てそうなんだな」

 

 そう、なのだろうか。確かに、ジュンコやももえはブルー特有の嫌みったらしいところはなくなっているが、それは俺たち全員と友達になったからだろう。

 カイザーについては……何かあっただろうか。確かに寮内でつるむことは多くなったけど……。

 疑問ではあるが、今はその答えを出すのは後にしよう。

 

「……二人はこう言ってくれますが、俺も十代に影響を受けた一人です。あいつのデュエルは人を明るくさせる。それに、一緒にいると楽しい奴です。それは翔も一緒です。だから、俺たちにも何か罰を。もしくは、あいつらの罰を軽くしてやれないでしょうか」

 

 俺は言いたいことを言った。二人も追随するように頷いて校長を見据える。

 俺たち三人の眼差しを受けた校長は、少しだけ笑みを見せるが、すぐに表情を厳しくさせる。

 

「……君たちの気持ちは、よくわかった。私としても、そうまで言ってくれる友人を持つ彼らを助けたい気持ちはある。……だが、これは倫理委員会で決まったことなのだ。私では、もうどうにも出来んのだよ」

 

 そう言うと、校長は机に肘をつき両手を顔の前で組んで押し黙った。

 校長がそう言うということは、そうなのだろう。もうこの時点で、俺たちは無罪放免。十代と翔は制裁デュエルというのは決まりということだ。

 俺たちが納得いかないかどうかは関係ない。そういうものだと割り切るしかないのだ。

 俺たちは黙ってしまった校長に頭を下げ、校長室を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 そして、その後俺たちはレッド寮に出向く。

 これから制裁デュエルを受けるとなった十代と翔はどうしているのか。それが気になったからだ。

 隼人が自室の扉を開き、俺と明日香が続いて顔を出す。

 打たれ弱い翔が落ち込んでいないかと気を揉みつつ中を覗くと、そこには十代と翔が二人でカードを大量に床に広げて、あーでもないこーでもないと言い合っている姿があった。

 

「やっぱりアニキとは種族じゃシナジーしないから、無理に合わせられないね」

「だな。それより、お互いにガッと攻めていったほうがよさそうだぜ」

「合わせられるところだけ合わせるってことっすか?」

「そう、それだ! 無理して合わせて、お互いのいいトコ潰したら意味ないもんな!」

 

 じゃあ、そういう方向で……、と翔と十代は順調にタッグデュエルに向けて準備を整えているようだった。

 俺たちが心配していた翔も、前向きに十代とデッキの調整について話し合っている。どう見ても落ち込んでなんかいない。

 もちろんそれはいいことなんだが、こういう時は大抵テンションが下がっていたイメージがあるから、不思議に感じてしまう。

 だからだろうか。俺たち三人は少々呆けてしまっていたらしい。その間に、翔が俺たちの存在に気がつき、こちらに顔を向けた。

 

「あ、隼人くんに遠也くん、明日香さんも。どうしたんすか、そんなところに突っ立って」

「ん? なんだ、ドアも閉めないで。入って来いよ」

 

 翔の声で十代も俺たちに気づいたのだろう。ひょいひょいと手招きをしてくる。

 俺たちも好きで玄関先に立っているわけではないので、そのお誘いに乗って部屋に上がり込む。

 そうして床に広げられていたカードを見ると、そこには十代のHEROのカードと、翔のビークロイドカードがある。他にも魔法カードや罠カード……どうやら、持っているカードをひっくり返して検討しているようだった。

 

「早速やってるな。タッグデュエル用の調整か?」

「おう! けど、結局俺たちのデッキのままでいこうって決まったけどな」

「僕とアニキのデッキじゃ、色々違いすぎるからね」

 

 翔が苦笑して十代の言葉に続ける。

 確かに、十代のHEROと翔のビークロイドでは、種族も属性もかぶらないことが多い。

 共に融合を主体にしているところは共通しているが、そもそもお互いに専用サポートカードを多用するデッキ構成だ。共存は難しいだろう。

 そう考えると、二人が出した結論は間違っていない。

 無理に合わせてダメになる、というのはタッグデュエルでは本当によくあることだからだ。

 俺が二人の言葉に頷いていると、明日香が笑みを浮かべて翔を見た。

 

「ごめんなさい、翔君。私、てっきりあなたが落ち込んでいるんじゃないかと思っていたわ。こうして立ち向かおうとしているのにね」

「俺もなんだな。翔がやる気なのに、余計な事をしちゃったんだな」

 

 二人の言葉に、翔はキョトンとする。そして、俺に「どういうこと?」と聞いてきた。

 俺は翔にさっきまでのいきさつを説明する。

 俺たちが校長に直談判に行ったこと。それは俺たちだけ無罪なのに納得いかないというのも理由だったが、こういう場面に弱い翔が心配だったから、というのもあったこと。

 俺たちは最初から翔がプレッシャーで落ち込んでるんじゃないかと思っていた。そのことを、謝っているのだと。

 それを聞き終えた翔は、あはは、と笑いをこぼした。

 

「それは仕方ないっすよ、僕はいつもそうだったから。……それに、今も怖くないわけじゃないんだ。僕がアニキの足を引っ張らないか、不安でしょうがないよ」

 

 翔は顔を伏せる。しかし、すぐにその顔を上げる。

 その表情には、どこか力強さを感じさせるものがあった。

 

「けど、遠也くんとお兄さんのデュエルで知ったんだ。僕は、ずっと怯えて逃げていただけだったんだって。自分の身を守ることだけ考えて、何も考えずに逃げてたんだって。……だから、今回のデュエルはそんな自分と決別するチャンスだって思ったんだ」

 

 翔はぐっと拳を握る。

 その姿を、十代が頼もしそうに見ていた。

 

「だから、僕は自分の持てる力を全部使って、挑戦するって決めたんだ! お兄さんの言葉に応えるためにも、頑張ってみせる。アニキと一緒に、逃げずに戦うよ!」

「よっしゃ! よく言ったぜ、それでこそ俺の弟分。俺のパートナーだ!」

 

 十代がバシッと膝を叩いて、立ち上がる。広げていたデッキを揃え、それをデュエルディスクにセットすると、翔の肩を掴む。

 

「お互いのカードはこれで把握したぜ。次はデュエルだ! 実際に戦って、戦術なんかも確かめないとな!」

 

 ついてこい、翔! そう言いながら、十代はさっさと部屋を出ていく。

 それを目で追って、しばし。翔も急いで散らばっていたカードをまとめてデッキを手に取ると、デュエルディスクをひっつかんで部屋を出ていった。

 待ってよ、アニキー! という叫びを響かせながらの騒がしい外出である。

 

 ――そして部屋に残ったのは、俺、明日香、隼人の三人だけだ。

 俺たちは出ていった二人を見送り、次いで互いに顔を見合わせると、誰からともなくふっと笑みを漏らした。

 

「……やれやれ。いらない心配だったか」

「ふふ、そうみたいね」

「翔も、成長してるんだな」

 

 三人それぞれ、翔の決意を聞いて自分たちの心配が的外れだったと思い知る。

 翔は確かに、気弱で何かあればすぐに落ち込む奴だった。けど、ふとした切っ掛けで今のように頼りになる姿を見せるほどになった。

 もっと、俺たちは翔の強さを信じてやるべきだったのかもしれないな。

 

「これも、あなたの影響かもね」

「ん?」

 

 明日香が、笑いながら俺に言う。

 

「だって、あなたが亮と戦ったから今の翔君があるわけでしょ? ほら、しっかり影響しているじゃない」

「確かにそうなんだな」

「む……」

 

 言われてみれば、そうかもしれない。

 あの時俺がカイザーとデュエルしていなければ、翔は変わらないままだったかもしれないのだ。だとすれば、俺がいたから、というのもあながち間違いじゃないのだろうか。

 もし俺が翔のいい変化に対して力になっていたなら、俺としても嬉しいことだ。

 

「そうだと、いいな。……それより二人とも。あの二人のデュエル、もちろん見に行くだろ?」

「もちろん」

「だな」

 

 頷く二人に、俺も頷きを返す。

 そして、俺たちは部屋を出ていった二人の後を追って外に出ていく。

 どうやら、タッグデュエルは心配しなくてもよさそうだ。二人の様子を見るに、そう思う。そんな信頼にも似た安堵感を感じながら、俺たちは二人のデュエルを見届けに向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 さて。

 十代と翔が制裁デュエルを受けることが決まり、数日が過ぎた。

 なんでもクロノス先生がわざわざ二人の相手をするデュエリストを用意すると言っているらしく、その相手の到着を待つために数日の時間がかかるということらしかった。

 そして今日、いよいよその当日である。

 この数日の間、隼人のお父さんが突然訪ねてきたりといったことはあったが、十代と翔のコンディションに問題はないと言えるだろう。

 まさに万全の態勢という奴だ。確か相手は迷宮兄弟だったと思うから、向こうはゲート・ガーディアンを使うデッキだろう。

 確かに高攻撃力のモンスターだが、あの二人なら絶対に勝つ。あとはそれを信じて俺たちは見守るだけである。

 ちなみに、隼人のお父さんはどうも留年している隼人を連れ戻しに来たらしいのだが、隼人の「大事な話があるんだな」の言葉と共に二人で話し合った結果、何もせずに帰っていった。

 理由は簡単。隼人の言葉に思うことがあり、その言葉を尊重することにしたからだそうだ。

 隼人はただひたすら真剣に、自分には「カードデザイナーになるという夢ができた」とお父さんに話しただけだった。

 ずっと、何を言われても、ただ一心にそのことを訴えた。俺のカードを見て、自分もこんなカードを作ってみたいと思ったこと。ああいうカードがあったら楽しそうだ、と考えるのが何より好きであること。

 俺たちに出会って、自分が何を得たのか。どんなに睨まれようと、隼人は決して後ろには退かなかったのだ。

 その姿に、お父さんもついに隼人の決意を認めたらしく。ただ、やり遂げて見せろ、とだけ言い残して帰っていったのである。

 俺たちは隼人の言葉に感動していた。俺たちの存在を、そんなに大切に思ってくれていたとは……。

 これにより、俺たちの仲は一層深まった。そして、十代と翔は何が何でも退学にはならないと決意を新たにしたのだ。

 ここまで隼人が意思を固めてこの学園に残ってくれたのだ。それに応えなきゃ男が廃る、というのが十代の主張だ。

 ここにきて、モチベーションは最高潮にあるといえるだろう。

 だからこそ、俺は大丈夫だと確信しているのだ。そして、その確信を現実にするためにも、今日は精いっぱい応援しよう。

 俺はそんなことを考えながら、校舎の廊下を歩く。

 すると、不意に前方から大きな声が聞こえてきた。

 

「クロノス教諭! 十代たちの相手を俺にやらせてください!」

 

 この声は……万丈目か?

 そして相対しているのはクロノス先生だろう。俺は万丈目の後ろに何歩か下がった距離から、壁に隠れるようにして様子を窺う。

 

『うわぁ、相変わらず凄い化粧』

 

 こら、マナ。言ってやるんじゃない。あれきっと本人はオシャレだと思ってるから。

 

「今度こそ、この手で奴を叩き潰してみせます!」

 

 そういや、万丈目は十代に執着しているんだったな。その後は仲間になっていたはずだが、なんで最初は嫌ってたんだっけ。確かに月一試験では負けてたけどさ。

 

「その必要はありませンーノ! 既に強力な相手を用意してあるノーネ」

 

 しかしクロノス先生はその要求をきっぱり断る。まぁ、わざわざ呼んだんだし、言っちゃあなんだがたかが生徒一人の意見を通すわけもないよな、普通。

 

「それヨーリ、君は自分の心配をしたほうがいいでスーノ。このままだと、ラーイエローに降格することもあり得まスーノ」

 

 最後にそう言うと、クロノス先生は去っていった。

 きっつい一言を残していくなぁ。ブルーの生徒にとって降格ってのは、相当に屈辱的だろう。事実、万丈目は後ろから見てもわかるほどに肩を震わせている。

 まぁ、なんとか頑張って成績を上げるしかないんだから、俺に出来ることは何もないわけだが。そもそも、あんまり話したこともないし。

 それより、俺もあっちに用があるんだからさっさと行こう。

 俺は物陰から何食わぬ顔で歩き出し、万丈目の横を通る。

 その時、俺はちらりと万丈目を見た。なんとなく気になったからで特に意味はなかった。

 すると、偶然なのか何なのか。万丈目もちょうど顔を上げたところで、目が合ってしまった。

 しかも睨んでくるし。感じ悪いぞ、それ。

 

「お前は……皆本遠也かっ」

「いかにも。何か用か、万丈目」

 

 無駄に胸を張って言うが、万丈目がそれについて突っ込むことはなかった。

 

「さん、だ! 俺のほうがブルーの先輩なんだ、きちんとさんをつけろ!」

「いや、同級生だろ」

 

 なぜにさん付け強要。名字を呼び捨てるぐらいいじゃん、同性なんだし。

 しかし、そんな俺の答えはお気に召さなかったらしい。万丈目はちっと舌打ちした。明らかにカルシウムが足りてないな。典型的なブルー生徒だ。

 

『なんか、嫌な人だね』

 

 マナの印象もだいぶ悪くなったようだ。まぁ、初対面でいきなりこれだからな。良く思うわけもない。

 

「ふん、そういえばお前は、たしか遊城十代やレッド生とよくつるんでいるんだったな」

「……まぁ、そうだけど」

 

 肯定を返せば、万丈目は明らかに嘲りを込めて鼻で笑う。

 こいつ、何が言いたいんだ?

 

「ふん、誇り高きブルーがレッドのクズなんかとつるむとは……所詮成り上がりか。なぜ貴様のような奴に新カードを渡したのか、ペガサス会長の気が知れないな」

「………………」

『うわ……』

「ふん、まあいい。どうせ遊城十代は今日でこの学園を去るんだ。貴様も大人しくテスターを辞退してついて行ったらどうだ。クズはクズらしく――」

「おい」

 

 万丈目が、俺が突然上げた声に言葉を止めた。

 

「デュエルしろよ」

「なに?」

 

 疑問の声が聞こえるが、俺はそんな答えは聞いていなかった。

 

「聞こえなかったか? デュエルしろって言ってんだ。大人しく聞いてりゃピーチクパーチクうるせぇな。囀るしか能がないんなら、お前こそさっさと降格でも退学でもすればいいだろうに」

「貴様っ……!」

 

 万丈目が怒りを込めて睨んでくるが、全くもって足りていない。

 俺は、それよりもっと怒っている。

 

「……俺はな、自分の友達や恩人を馬鹿にされて黙ってられるほど人間出来てないんだよ。来いよ、三下。格の違いってのを教えてやる」

 

 既に、言われている万丈目の顔は怒りで赤くなっている。噛みしめた歯は、その怒りのほどをよく表していると言えた。

 

「皆本、遠也ぁ……!」

「さんをつけろよ、デコ助野郎。俺はお前の年上、人生の先輩だぞ。先輩には、さんをつけるもんなんだろ?」

 

 きっと言われたら頭に来るだろう言葉を選んで言い、今度は俺が鼻で笑ってやる。

 すると、一気に怒りのゲージが振りきれたのか、万丈目は叫ぶように言い返してきた。

 

「貴様、そこまで言ってただで帰れると思うなよ……!」

 

 はん、何を言ってんだかこの野郎は。

 

「余計な心配ありがとう。安心しろ、お前は、俺に勝てない」

「ッ……もう許さん! デュエルだッ!」

 

 互いにデュエルディスクを装着、デッキをセットし、準備は整った。

 廊下というのは味気がないが、そもそも今回のデュエルにそんな情緒は必要ない。

 距離をとり、ただ淡々とデュエルディスクの開始ボタンを同時に押した。

 

「「デュエルッ!」」

 

皆本遠也 LP:4000

万丈目準 LP:4000

 

「先攻は俺みたいだな。ドロー!」

 

 カードを一枚引き、手札に加える。

 しかし、まさか「おい、デュエルしろよ」なんて実際に言うことになるとはな。本当に口をついて出てくるとは、それだけ俺もこの世界に染まったってことなのかもしれない。

 さて、と……デッキも俺の感情に応えてくれているのだろうか。手札はなかなかにいい。

 だが、先攻は最初のターンに攻撃をすることが出来ない。なら、準備をしっかり整えてから、万丈目にターンを渡そう。

 十代たちどころか、ペガサスさんまで馬鹿にしやがったんだ。本気でやってやる。

 ペガサスさんは、身寄りのない俺の保護者になってくれた人だ。生活の世話をしてくれ、明るく笑顔で接してくれた。戸籍上でそうなだけじゃない、俺のこの世界の家族なんだ。その人を馬鹿にされて、怒らないでいられるわけがない。

 

「俺はカードを3枚伏せてターンエンドだ」

「くっ、はははっ! 威勢の割には大したことないなぁ! 貴様は、所詮その程度ってことだ! 俺のターン!」

 

 万丈目が嘲笑を響かせながらカードを引く。

 そして、にやりとその口が弧を描いた。どうやら、いいカードを引いたようだ。

 

「くくっ……いやいや、これはいい。いい手札だ。これは、俺の勝ちかな。まぁ、当然と言えば当然の――」

「囀るな、と言っただろ。デュエリストなら、カードで語れよ」

「くっ……! その減らず口を、すぐに叩けなくしてやる! 俺は永続魔法《異次元格納庫》を発動! デッキからレベル4以下のユニオンモンスター3体を選択しゲームから除外する! そして自分フィールド上にモンスターが召喚・特殊召喚された時、そのモンスターがこのカードの効果で除外したユニオンモンスターカードに記されているという条件を満たした場合、そのユニオンモンスターを特殊召喚する! 俺は《W-ウィング・カタパルト》、《Y-ドラゴン・ヘッド》、《Z-メタル・キャタピラー》を選択して除外する!」

「なら、俺はこの瞬間手札から《増殖するG》を捨てて効果を発動する」

 

 俺がカードを墓地に移すと、フィールドに黒い靄が現れ両目を光らせた何かが無数に蠢く。しかしそれは一瞬で消え、フィールドは元の静寂に戻った。

 

「なに? なんだ、そのカードは」

「増殖するGの効果により、このターンお前が特殊召喚に成功するたびに、俺はデッキからカードを1枚ドローする」

「ちっ、面倒なカードを……! だが、無駄なことだ! 俺は《X-ヘッド・キャノン》を召喚! 異次元格納庫の効果により、Y-ドラゴン・ヘッド、Z-メタル・キャタピラーを特殊召喚!」

 

《X-ヘッド・キャノン》 ATK/1800 DEF/1500

《Y-ドラゴン・ヘッド》 ATK/1500 DEF/1600

《Z-メタル・キャタピラー》 ATK/1500 DEF/1300

 

「増殖するGの効果。1枚ドローする」

「ふん! 更に《おろかな埋葬》を発動! デッキから《V-タイガー・ジェット》を墓地に送る。そして《死者蘇生》を発動! V-タイガー・ジェットを特殊召喚! 異次元格納庫の効果により、W-ウィング・カタパルトを特殊召喚!」

 

《V-タイガー・ジェット》 ATK/1600 DEF/1800

《W-ウィング・カタパルト》 ATK/1300 DEF/1500

 

「2枚ドロー」

「そして融合デッキの《XYZ-ドラゴン・キャノン》と《VW-タイガー・カタパルト》の効果により、フィールド上のそれぞれ指定されたカードを除外することで、特殊召喚できる! VWを除外してタイガー・カタパルトを! XYZを除外してドラゴン・キャノンを特殊召喚!」

 

《VW-タイガー・カタパルト》 ATK/2000 DEF/2100

《XYZ-ドラゴン・キャノン》 ATK/2800 DEF/2600

 

「2枚ドロー」

「まだだ! そしてこの2体を除外し、融合デッキから《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》を特殊召喚する!」

 

《VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノン》 ATK/3000 DEF/2800

 

 怒涛の召喚。

 そして、その末に万丈目のフィールドに現れたのは巨大な合体ロボットであった。召喚するためにはかなりの手間とアドバンテージを失う非常に重いモンスター。

 それを1ターンで出すとは、万丈目もさすがにブルーというわけか。

 

「1枚ドロー……それで終わりか?」

 

 一応、確認のために尋ねる。

 それに、万丈目はにやりと笑うことで応えた。

 

「更にVWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノンの効果発動! 1ターンに1度、相手フィールド上のカード1枚を除外する! 3枚のうち、真ん中のカードを除外しろ!」

 

 万丈目の声を受け、ドラゴン・カタパルトキャノンがその胸部に取り付けられている長い二本の砲身を動かし、照準を真ん中の伏せカードに合わせる。

 そして弾丸が噴煙と共に発射され、それは過たず伏せカードを直撃する。そして伏せられていたカードがオープンになり、その後現れた時空の渦に吸い込まれるようにして消えていった。

 

「ふん、《聖なるバリア -ミラーフォース-》か。くくっ、残念だったな。運も俺に味方しているようだ」

「御託はいい。さっさとしろよ」

「……だったら、お望み通り食らうがいい! VWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノンで直接攻撃! 《VWXYZ-アルティメット・デストラクション》!」

 

 ついさっきカードを破壊した砲身が、今度は直接俺に狙いを定める。

 そして、再び弾丸が発射される。万丈目はそれを愉快そうに見ているが、その油断が命取りだということを、身をもって教えてやる。

 

「手札から《速攻のかかし》を捨て、効果発動! 相手の直接攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる!」

「ちっ! しぶとい奴め! カードを1枚伏せてターンエンドだ!」

「俺のターン、ドロー!」

 

 既に手札に必要なカードは全て揃っている。

 このターンがラストターンだ。

 

「俺は《ボルト・ヘッジホッグ》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! そして場にチューナーがいる時、ボルト・ヘッジホッグは蘇る! 更に《チューニング・サポーター》を墓地に送り、もう1枚のクイック・シンクロンを特殊召喚! 更にリバースカードオープン、罠カード《エンジェル・リフト》! チューニング・サポーターを復活させる!」

 

《クイック・シンクロン1》 ATK/700 DEF/1400

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

《クイック・シンクロン2》 ATK/700 DEF/1400

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

「レベル2ボルト・ヘッジホッグに、レベル5クイック・シンクロンをチューニング! 集いし叫びが、木霊の矢となり空を裂く。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・アーチャー》!」

 

《ジャンク・アーチャー》 ATK/2300 DEF/2000

 

「更に、チューニング・サポーターをレベル2として扱い、レベル5のクイック・シンクロンとチューニング! 集いし思いが、ここに新たな力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 燃え上がれ、《ニトロ・ウォリアー》!」

 

《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800 DEF/1800

 

 2体のシンクロモンスターが並び、うち1体はジャンク・アーチャー。そして、相手の場にはモンスターが1体で伏せカードも同じく1枚。

 この時点で、既に勝負はほぼ決まっている。あの伏せカードがミラフォなどの攻撃反応型や和睦の使者のようなカードだったり、あるいは万丈目の手にバトルフェーダーがあれば話は別だが、持っているわけもない。

 

「ふっ、なんだ! どちらも攻撃力が届いていないぞ! 計算も出来ないのか?」

 

 そうとは知らず、偉ぶっている万丈目。

 これで決めることは出来るが……この際だ。とことんまでやらせてもらおうか。

 

「誰がメインフェイズの終了を宣言した?」

「なに?」

「まだ、俺のメインフェイズは続いている。チューニング・サポーターの効果で1枚ドロー! 更に俺は《調律》を発動! デッキからクイック・シンクロンを手札に加え、デッキトップのカードを墓地に送る。そして《レベル・スティーラー》を墓地に送り、クイック・シンクロンを特殊召喚! 更にニトロ・ウォリアーのレベルを1つ下げ、レベル・スティーラーを特殊召喚する! チューニング・サポーターを通常召喚! レベル1レベル・スティーラーとレベル2となったチューニング・サポーターに、レベル5クイック・シンクロンをチューニング!」

 

 レベルの合計は8。クイック・シンクロンの眼前に現れる各シンクロンのパネル、抜かれた銃はその中からロード・シンクロンを撃ち抜いた。

 

「集いし希望が、新たな地平へ誘う。光差す道となれ! シンクロ召喚! 駆け抜けろ、《ロード・ウォリアー》!」

 

 全身に薄く金色がかった鎧を着こんだ姿は、戦士でありながら高貴な印象を見る者に与える。

 さながら統治者であるかのようにフィールドに現れ、2体のウォリアーを従えるように先陣に立つと、その鋭い目で真っ直ぐに敵を見据えた。

 

《ロード・ウォリアー》 ATK/3000 DEF/1500

 

「攻撃力3000だと……!?」

 

 慄く万丈目だが、まだ俺のターンは終わっていない。

 

「チューニング・サポーターの効果で1枚ドロー! そしてロード・ウォリアーの効果発動! 1ターンに1度、デッキからレベル2以下の戦士族または機械族モンスター1体を特殊召喚できる! 俺は機械族の《チューニング・サポーター》を特殊召喚!」

 

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

「更に《死者蘇生》を発動! コストで墓地に送ったジャンク・シンクロンを蘇生させ、レベル2として扱うチューニング・サポーターにチューニング! 集いし星が、新たな力を呼び起こす。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・ウォリアー》!」

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300 DEF/1300

 

 これで、俺の場にはジャンク・アーチャー、ニトロ・ウォリアー、ロード・ウォリアー、ジャンク・ウォリアーの四体が並んでいる。壮観と言っていい光景だろう。

 そしてその四体は、それぞれ鋭い目つきで万丈目を睨み、俺の命令を待っているように見えた。

 だが、まだ準備は整っていないからな。もう少し我慢してもらおう。

 

「チューニング・サポーターの効果で1枚ドロー。そして、手札から《サイクロン》を発動し、お前の伏せカードを破壊する!」

「くっ……」

 

 伏せられていたカードがサイクロンの風によってめくれ上がり、その後破壊されて墓地に行く。

 伏せてあったのは《攻撃の無力化》。なるほど、ここで破壊しておけてよかった。

 これで、何の憂いもなく攻撃することが出来る。

 

「ジャンク・アーチャーの効果発動! 1ターンに1度、相手モンスター1体をエンドフェイズまで除外する! 《ディメンジョン・シュート》!」

 

 ジャンク・アーチャーの放った矢が、ドラゴン・カタパルトキャノンに突き刺さり、次元の彼方へと吹き飛ばす。

 これで、本当に万丈目を守るものは何もない。ただ、身一つでそこに立っているだけだ。

 

「いくぞ、万丈目。覚悟はいいか」

「ば、馬鹿な……そんな馬鹿な! こ、この俺が、十代だけでなく、お前などにまでッ!?」

「そんなことを言ってるから、お前は勝てないんだ! ジャンク・アーチャー、ニトロ・ウォリアー、ロード・ウォリアー、ジャンク・ウォリアーで直接攻撃! 《カルテット・フォース・ブレイク》!」

「う……嘘だ、嘘だあああぁぁッ!」

 

万丈目 LP:4000→0

 

 総計11400ポイントものダメージが万丈目を襲い、そのライフポイントを瞬く間に0にする。

 万丈目はライフがなくなると同時に膝から崩れ落ち、四つん這いとなって下を向いている。よほどショックだったのだろう、身体が小刻みに震えていた。

 俺としては、今の一撃でだいぶ怒りも収まった。そのため、熱くなっていた気持ちもいくらか落ち着きを取り戻している。

 むしろ、今の俺の中にあるのは万丈目に対する哀れみにも似た思いだ。

 1ターンでVWXYZ-ドラゴン・カタパルトキャノンを出すほどの運と技量と知識。それらを持っているのに、なぜ他人を貶すことでしか自分を保てないのか。

 それが、なんだか残念で仕方なかった。

 

「……お前が吐いた暴言は、これで無しにしてやる。今度は、もっと楽しいデュエルをさせてくれよ、万丈目」

「遠也、貴様……! 俺が弱いと言いたいのかッ! 相手にならないとでもぉッ!」

 

 睨みつけてくる万丈目の表情は、恐ろしく歪んでいる。

 きっと、今のこいつには俺が言った言葉の意味は伝わっていないだろう。楽しいデュエルをしたいと言ったのは、万丈目とでは実力差があってつまらない、という意味ではない。

 それがわからない以上、もう何を言っても今は無駄だろう。

 だから、俺は首を横に振り、最低限のことだけを言う。

 

「違う。それがわからないなら、今のお前はきっと十代や俺どころか翔にも三沢にも勝てないだろうぜ」

「この俺が、あんなザコに劣るだと! 貴様、どこまで俺を馬鹿にすれば……ッ!」

 

 俺は、もう何も言わず背を向けた。

 横にいるマナも怒ることなく、それどころか悲しげな顔で万丈目を見ている。そして、振り向くことない俺に、後ろから万丈目の声が投げかけられる。

 

「遠也ッ! この屈辱、忘れんぞ! いずれ必ずこの屈辱の礼をしてくれる! 必ずだッ!」

 

 俺は努めてなんの反応も返さないようにし、廊下の角を曲がっていく。

 しばらく歩いたあと、マナがぽつりと呟いた。

 

『あの人にとって、デュエルってなんなのかな……』

 

 それはきっと、万丈目にしか分からないことだろう。

 故にその質問に答える術を俺は持っていない。

 だから、俺はマナの言葉に「さあな」とだけ答えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ――十代と翔のタッグデュエルは、二人の勝利で終わった。

 相手はやはり迷宮兄弟。ゲート・ガーディアンを召喚される前、翔は緊張していたのかプレイングミスもあったが、やがて調子を取り戻したのか、ぎこちなさがなくなっていく。

 ゲート・ガーディアンの出現にも怯まず、十代のサポートを行い、時には自分で攻めてチャンスを探っていく。

 そして十代がゲート・ガーディアンを守備表示にしたチャンスをきっちりものにし、翔がドリルロイドでゲート・ガーディアンを攻略したのだ。

 その後、ダーク・ガーディアンという更に高い攻撃力に加え戦闘破壊耐性を持つモンスターが召喚されるも、十代と翔のモンスターを翔が《パワー・ボンド》で融合。

 攻撃力8000の《ユーフォロイド・ファイター》を召喚し、そのままそいつがフィニッシャーとなった。

 だが、このデュエル。見るべきは翔の成長だったと思う。

 翔はプレイングミスをしたし、そのせいでピンチになる時もあった。しかし、一度も挫けることなく、前を見ていたのだ。

 諦めない、やってやる、という意思がこちらにも伝わってくるようだった。

 その姿を見れただけで、このデュエルには価値があったと思えたほどだ。尤も、会場の上のほうで立ち見していたお兄さんは、俺以上にそう思っていただろうけども。

 ちらっと見れば、クールにふっと笑っていたのが見えたので間違いない。素直じゃないお兄さんだこと。

 その後、俺たちは十代たちの勝利を祝って、身内で簡単な食事会のようなものを開いた。

 またこのメンツでつるむことが出来る。

 その喜びをかみしめながら、笑い合う。ふと、万丈目にもこんな仲間がいたら、今とは違っていたんじゃないか。そんな考えが頭をよぎる。

 その時表情が暗いものになっていたのか、十代が「どうした?」と声をかけてくる。

 俺はそれに「なんでもない」と答えて、再び喧騒に戻っていく。

 今更IFの話をしたって仕方がない。同じブルーなんだ。気になるなら会いに行けばいいだけなんだし、今はそれよりもこの瞬間を楽しむべきだろう。

 そして友達と喜びを分かち合うこの宴は夜遅くまで続き、結局大徳寺先生に怒られることになるのだった。

 くそ、俺も明日香たちにならって途中で帰ればよかった……。

 

「遠也くーん、本当に反省しているのかにゃー?」

「は、はい! してますしてます!」

 

 疑わしげに見てくる大徳寺先生の視線を交わし、説教に四人で耐えること20分。

 ようやく解放された俺は、ふらふらとブルー寮の自室に戻る。

 そして、そこで気持ちよさそうにベッドで寝ているマナを見て、俺はなんだかやるせなくなって溜め息をつくのだった。

 

 

 

 



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第10話 平穏

 

「あー……平和だなぁ」

『そうだねー』

 

 制裁デュエルが終わり、いつもの日常に戻ってきた俺たち。

 なんだか入学からずっと忙しかったせいか、こういう平穏が何とも貴重に感じられる。

 既にシンクロ召喚もこの学園に限り珍しいものではなくなり、俺に挑んでくる生徒もかなり減っている。まぁ、カイザーと同格だと思われているというのもあるんだろうけど。

 あ、ちなみにこの学園で珍しくないっていうのは、単純に俺がいるからだ。シンクロモンスターが実用化されたわけではないので、あしからず。

 そんなわけで、今日は久しぶりにマナと二人であっちをうろうろ。こっちをうろうろ。ただひたすらに適当に過ごす時間となっている。

 実に平和な一時だ。闇のデュエルがあったとか嘘みたい。

 

『ねー、遠也』

「んー?」

 

 マナが話しかけてきたので、適当に相槌を打つ。

 

『見て見て』

 

 次いで、そんなことを言ってくるので、俺は隣のマナのほうに顔を向けた。

 そして、

 

「ぶはぁっ!?」

 

 噴いた。

 

「どう? 似合う?」

 

 そう言って、実体化したマナがその場でくるりと一回転。

 ミニスカートがふわりと浮かび、あわや見えそうだった。惜しい。

 

「って、そうじゃない! なんでお前が制服を持ってんだぁ!?」

 

 そう、そうなのだ。

 今のマナの格好はアカデミア、ブルー女子生徒用の制服なのである。もちろん入手するにはアカデミアに入り、専用の業者から購入しなければならない一品だ。

 精霊であるマナに入学できるわけもなし、そもそも持っているはずがない代物なのだ。持ち運びは魔法で何とかしていたんだとして、どこでこんなものを手に入れたのか。

 はっ! ま、まさかどこかから盗んできたというんじゃ……。

 

「これ? 売店で売ってたから買ったんだよ」

「ごっそり財布の中身が減ってたのはそれかよ!」

 

 使った覚えがないからおかしいと思ってたんだ。でも俺が覚えてないだけだろうと思って気にしてなかったのに、お前が勝手に使ったんかい!

 まさか売店にそんなものがあったとは。確かに制服が駄目になることがないわけじゃないし、その際にいちいち業者まで問い合わせるのも効率が悪い。

 だから売店に常備するというのもわかるが……おかげで俺の財布が大打撃だよコンチクショウ!

 内心で涙を流す俺。それに対して、マナは手を合わせて謝りながら近づいてくる。

 

「ごめんね、遠也。でも……こうでもしないと、遠也とこうして会えないし、ね?」

 

 言いつつ、俺の腕に自らの腕をからませてくる。

 そして、どう、可愛い? と何かを期待するような顔で聞いてくるマナ。

 文句を言おうと思っていたのに、ぐっと言葉に詰まってしまう俺。怒りたい気持ちはあるが、それよりも腕に当たる気持ちいい感触にばかり意識が行ってしまう、悲しき男の性。

 そして、俺の口から出てくるのは、文句とは程遠い言葉だった。

 

「うん、可愛い」

「えへへ、やったぁ!」

 

 それに、嬉しそうに笑うマナ。

 くそっ! 文句なんか言えるわけないだろう! だって制服を着たマナは予想以上に可愛いんだよ! 可愛いんだから、何も言えるわけがないじゃないか!

 そう心の中で誰に対してというわけでもな言い訳を繰り返す俺。財布から消えていった諭吉さんを惜しむ気持ちはあるが、それもこの姿を見るためだと思えば許せそうになってしまうから不思議だ。

 やはり、男ってのはどこまでいっても男なんだなぁ。

 達観したように俺は遠くを見つめる。ああ、腕の感触サイコー。

 

「さ、いこ! 遠也」

「へ? 行くって、どこに」

 

 俺の腕をとり、引っ張るように前に出たマナに、俺は素朴な疑問を投げかける。

 それに、マナは何を当たり前のことを、と前置きをしてから、こう言った。

 

「決まってるじゃない。デートしようよ!」

「デートねぇ……デートぉ!?」

 

 明るく言い放たれた言葉に、俺は思わず素っ頓狂な声を上げた。

 しかし、そんな俺にはお構いなし。マナは俺の腕をとったままどんどん歩を進めていく。

 つられるように歩く俺だが、楽しそうにしているマナの顔を見ているうちに、なんかだんだんどうでもよくなってきた。

 これだけ楽しそうにしてくれているんだ。それに付き合うぐらい、わけないこと。

 それに、別段俺だって嫌なわけじゃない。

 俺は一つ息を吐くと、引きずられるような形だった状態から自分の足で一歩進み、マナの隣に並んで歩く。

 横に来た俺の顔を見上げるマナに苦笑を返し、俺たちは並んでぶらぶらと歩き始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 さて。今日は一日マナとのデートと決まったわけだが、特に何か目的があるわけではない。

 そのため、俺たちは気の向くままに歩くということを腕を組んだまま続けている。

 アカデミアの中にショッピングモールがあるわけでもないので、仕方ないと言えば仕方ないが……。つまらなくはないのだろうか、と俺でも思ってしまう。

 しかし、そんな俺の心配に、マナはきょとんとした顔を見せるだけだった。

 

「うーん、私は遠也と一緒にいれば、それだけで結構楽しいよ?」

 

 そうだったのか。

 まぁ、俺もマナと一緒なら特につまらなく感じるということもないので、案外そんなものなのかもしれない。

 ならいいか、と結論付けて、俺たちは敷地内をゆっくり歩いて回る。

 そうして歩いていたところ、なんだか小さな港に出た。

 そこにはあまり大きくないながらも灯台が建っており、絵に描いたような港の風景である。雰囲気も悪くなく、情緒のある場所と言えるだろう。

 こんな場所あったんだな、と思いながら見ていると、灯台の下に誰かがいるのが見えた。数は二人……一人は男、一人は女。

 っていうか、よくよく見れば、カイザーと明日香だった。何してるんだ、あんなところで。

 見つからないように通り過ぎようとしても、既にかなり近づいてしまっている。

 どうしたものか、と思っているうちに、あちらも俺たちに気がついたらしい。なんだか二人とも凄く目を見張っているんだが、なんだというのだろうか。

 ここまできて、無視するというわけにもいくまい。

 俺はカイザーを見てちょっとだけ拗ねた様子を見せるマナを連れて、二人の元に向かった。

 

「よっす、カイザー。明日香も。どうしたんだこんなところで」

「……やはり遠也、か」

「見間違いじゃなかったのね」

 

 相変わらず二人が俺を見て驚いているんだが。挨拶まで無視して、どういうことなの。

 疑問に思って二人の視線をたどってみれば、その先には俺の腕にひっついているマナの姿。

 ……ああ、それでか。

 

「マナ、ちょっと離れよう。ブレイクブレイク」

「はーい」

 

 素直に頷き、マナが俺の腕を解放する。

 久しぶりに帰って来る、腕に触れる空気の感触。それを確かめながら、俺は二人に向き直る。

 

「よっす、二人とも。こんなところでどうしたんだ?」

 

 テイク2である。

 

「ああ……」

「ちょっと、ね」

 

 しかし、それよりも二人は俺の隣にいるマナが気になるようで、俺よりもマナのほうばかり見ている。

 その視線にマナがにっこり笑顔を返すと、二人はその視線を俺のほうへと戻した。

 

「遠也、あの……紹介してもらえないかしら?」

 

 明日香が困惑した表情で俺に聞いてくる。

 まぁ、俺も挨拶ぐらいは先に、と思っていただけだからな。それも済んだ今、さっさとマナのことを紹介しておいたほうがいいだろう。

 

「ああ。こいつはマナ。俺の……相棒、かな」

「兼、恋人もね」

 

 さらりとマナがとんでもないことを付け足した。

 俺はすかさず笑顔でのたまったマナの頬を引っ張る。

 

「ははは、何をおっしゃるウサギさん。まだそんな関係じゃないでしょーに」

「いひゃい、いひゃい! ぼうろくひゃんたーい!」

 

 ばしばしと引っ張る俺の手を叩いてくるマナ。

 ふふん、やめてよね。本気じゃないマナが、俺に敵うわけないじゃないか。

 にやにやしていると、さすがに痛かったのか、にわかにマナの手が魔力らしき輝きを纏い始めた。

 ちょ、やめてよ。マナが本気出したら、俺が敵うわけないじゃないか。

 俺はぱっと手を離し、マナは頬をさすりながら口先を尖らせる。そんなマナに悪かったと謝り、俺は二人の顔を見る。

 

「まぁ、そういう関係だ」

「……そ、そう」

 

 そうか細く返答をする明日香の表情は、なんだか何とも言えないものであった。気になるが、今は気にしないことにしよう。

 それよりも、俺の最初の質問に答えてもらっていない。仕方ないので、もう一度問いかけてみることにする。

 

「それより、こんなところでどうしたんだよ」

 

 しかし、その問いに二人は揃って苦笑いを浮かべた。表情に少しの悲哀を混ぜたそれは、何も言われずとも訳ありなのだと察することが出来るものだった。

 

「ちょっと、な」

 

 あのカイザーでさえ、口ごもり判然としない反応を示す。

 さすがに、この問題が好奇心で突っ込んでいい問題ではないと俺も悟る。

 そのため、俺はこの話題に関して打ち切ることを決めた。

 

「そうか。……それよりカイザー、今度から負けたからって文句言うのはやめろよ」

「なっ……!?」

 

 俺の突然の言葉に、カイザーが寝耳に水だとばかりに驚きをあらわにする。

 いきなり何の話だ、とその顔にありありと書いてあった。この重い空気をどうにかしようという、俺の気遣いじゃないか。

 そして、俺の言葉を聞いた明日香は、僅かに呆れを含んでカイザーを見た。

 

「亮……あなた、そんな子供みたいな……」

「違う! 遠也、一体何を言っているんだ!」

 

 明日香の中でのカイザーのイメージが危うい。

 それを察してなのかは知らないが、カイザーは普段の泰然とした姿とは違う年相応の姿を見せる。俺たちしかいないからだろうが、普段から普通にしていればいいのに。

 

「間違ってはいないだろ? 俺に負ける度に、もう一度だ! って突っかかって来るくせに」

 

 にやにや笑って言えば、カイザーは図星だけに押し黙った。

 そう、このカイザー。意外と負けず嫌いなのである。何度そのまま押し切られて連戦したことか。

 

「くっ……それは、お前も同じことだろう。お前も俺に負ける度に、あの時のアレがどうだったと文句を……」

「俺はいいんだよ、次ではきっちり勝ってるし」

「だが、戦績はほぼイーブンだろう」

「俺の勝ち越しだ」

「ふっ、たった2勝だがな」

「………………」

「………………」

「「デュエルッ!」」

「平和ね……」

「そうですねー」

 

 結局、その場を離れたのは三十分後でした。

 

 

 

 

 

 

 

 カイザーとのデュエルは俺の敗北で終わり、勝ち越しを1勝に減らした俺と、明日香と三十分間談笑していたマナ。そんな俺たちは、再び当てのない散歩へと戻った。

 今度は腕を組まず、代わりに手を繋いでいる。一応マナ曰くデートらしいので、俺のほうからマナの手を取ったのだ。

 しかし、何故かマナはいきなり顔を赤くしていた。さっきは自分から腕を組んできたくせに、よくわからん奴だ。

 だが、そんなものは最初だけ。次第に慣れてきたのか、今では繋いだ手を歩く振動に合わせて振るぐらいには、慣れたらしかった。

 上機嫌なようなので、俺も何も言わずされるがままにしている。そうしてなんだか周囲の男子生徒から恨みがましい視線を受けながら進むことしばし。

 ふと、とあるベンチに座り一枚の紙を見つめている人影を発見した。こんなところで見かけるとは珍しい、と思わずそちらに目を向ける。目立つ人だというのも原因かもしれないが。

 あ、こっち見た。

 そして目が合った。

 ……無視するわけには……いかないよな、やっぱり。曲がりなりにも、目上の人間なんだ。

 仕方なく、俺はマナを連れて、その人の元へと足を進めた。

 

「……こんにちは、クロノス先生」

「これーは、シニョール皆本。んー、そっちの生徒は、見覚えのない子なノーネ」

「あ、あはは、さすがにクロノス先生も全生徒は覚えていないでしょう? 仕方ないですよ」

「んー、それもそうでスーノ」

 

 大仰に肩をすくめてみせる、クロノス先生。その出で立ちと相まって、なかなかに芝居がかった仕草だった。

 そう、そこにいたのはクロノス先生だった。オシリスレッドに厳しいことで有名なこの先生が、俺はあまり得意ではなくそれほど話すことはない。

 が、向こうはどうも違うらしく、会うと話しかけてくることがたまにある。

 恐らく、俺のバックにいるペガサスさんなどのことがそういう態度をとらせているのだろうが……、その積極性をもっとオシリスレッドにも向けてほしいものだ。

 

「ところで、クロノス先生。一体何を見ていたんですか?」

 

 会ってしまった以上、すぐにさよならとはいかない。俺は会話の糸口とする意味も込めて、クロノス先生が手に持っている一枚の紙について尋ねた。

 すると、クロノス先生は途端に嬉しそうな顔に変化した。……いささか、キモかったが。

 

「これでスーノ? ぬふふふ、聞きたいノーネ? 知りたいノーネ?」

「……ええ、まぁ」

 

 ちょっとうざい。

 

「あなたもなノーネ?」

「あははー、私も知りたいですー」

 

 えらく棒読みになっていたマナだったが、さすがクロノス先生は気にしない。

 妙に根性だけはある人なのだ。

 

「そこまで言うなら、教えてあげーるノネ! これは、プロのデュエリストになった私の元教え子からーの手紙なノーネ!」

 

 ベンチから立ち上がり、胸を張って自慢げに言うクロノス先生。

 だが、言っていることは確かに凄い。この世界はデュエルが生活に根付いているだけあって、プロデュエリストは花形の職業だ。アカデミア卒業生とはいえ、プロになるのは容易なことではない。

 それを成し遂げたというのだから、教えたクロノス先生が胸を張りたくなる気持ちもわかる。

 

「へぇ……」

「すごいですねぇ」

 

 俺もマナも、それについては素直に感心した。

 それだけ、プロになるということは難しく。そして、まだ残っているというのは更に難しい。

 クロノス先生は、俺たちの反応に対して満足そうに大きく頷く。

 

「そうでショーウ! この生徒は私の自慢なノーネ! 在籍当時から努力を欠かさない優等生でしターノ。あまり強くなかった頃から、私がみっちり指導し、そしてここまで成長してくれた、素晴らしい生徒だったノーネ!」

 

 そう言いつつ、にやりと不気味な笑みを浮かべる。あれ、きっと心底笑っているんだろうな。不気味なのは化粧のせいだろう、きっと。

 しかし、クロノス先生にこんな一面があったとは。

 俺の中ではブルーの生徒を贔屓し、レッドを貶める嫌な先生というイメージしかなかったから、意外と言えば意外だ。

 しかし、こういう一面があるなら、なんでレッドにあんな風に当たるんだか。

 

「先生、レッドのみんなには、そうして指導してあげないんですか?」

 

 はい、とマナがわざわざ手を挙げてクロノス先生に問いかける。

 今まさに俺が思ったことを聞いてくれるとは、さすがマナ。以心伝心だぜ。

 そのマナの質問に、クロノス先生はいきなり顔をしかめた。そして、ぐぬぬ、と怒りのうめき声を上げ始める。

 

「ドロップアウトボーイたちは論外なノーネ! せっかくアカデミアに留まらせてあげているノーニ、一向に努力しようという気配が見られないノーネ! どいつもこいつも、どいつもこいつも、オシリスレッドは全く成長しないでスーノ! そんな生徒にかける情けなんて、持ち合わせていないノーネ!」

 

 ハンカチを取り出し、キーっとそれを噛んで怒りを発散させるクロノス先生。

 それを見つつ、俺はその言葉を聞いてふと思考を巡らせた。

 オシリスレッドは、卒業のための単位が他寮に比べてかなり緩い。そのため、レッドの生徒はあまりやる気がなく、なあなあで、ひとまずこの学園を卒業さえ出来ればいいと考えている生徒も多いのだ。

 かつての隼人がそうだったと本人から聞いている。

 なぜオシリスレッドがそれだけ緩いかというと、端的に言って最後のチャンスだからだ。デュエリストになりたいという若者の夢を出来る限り尊重したいという考えのもと、ある程度成績が悪くてもチャンスを与えようという理由で作られた制度らしい。

 ここを背水の陣として踏みとどまり、デュエリストを目指す機会を残すために作られたと海馬さん、の弟のモクバから聞いたことがある。

 それ以後も続くクロノス先生の愚痴曰く、もう何年間もずーっと、オシリスレッドの気風は変わっていないようだ。

 そういう目的で作られたというのに、肝心の生徒は入学以後、必要単位が超少ないという気楽な環境にだらけきっている。

 寮や修学旅行をグレードの低いものにしたりして、この環境を抜け出そうという気概を持つ生徒が現れるようにもしたらしいが、逆に順応し始める始末。

 それを見続けて、ほとほと嫌気がさしたどころかむしろムカついてきたノーネ、というのがクロノス先生の気持ちらしい。

 そこでムカついちゃったのが、現状に繋がるわけか。

 そうしてレッドを嫌っていくうちに、やがて嫌がらせが趣味みたいになったのだろうかね。いやー、途中までは成程って感じだったけど、最後で普通に意地悪な先生になってしまった。

 けどまぁ、レッド生にも反省点はあるってことかな。やる気出してない生徒が多いのは、本当に事実だしなぁ。

 

「……おっと、生徒に愚痴るなんて、いけないノーネ、ミネストローネ。シニョール皆本、ここでの話は内密にしてほしイーノ」

「はぁ、まあ。それは構いませんが」

「シニョールもドロップアウトボーイと仲良くするーのは止めるノーネ! あなたのためになりませンーノ! そしてこのクロノス・デ・メディチのことをペガサス会長にぜひよろしく。それでは、失礼すルーノ」

 

 最後にちゃっかり自分の宣伝を忘れなかったクロノス先生が、手紙を懐にしまいつつ去っていく。

 あの人の場合、ドロップアウトボーイって十代を呼んでも何故か憎めない。あんな話を聞いた後だと余計に。十代も全然気にしてないし、これについては俺がどうこう言うことではないだろう。

 うーん、しかし何て言うか……。

 

「人に歴史ありってことかな」

「そういうことかもねー」

 

 マナと二人、そんなことを呟くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、俺たちはデートを再開する。

 とはいえ、この閉鎖された島の中で出来ることなどたかが知れている。というか。することがない。

 学園である以上遊ぶための施設はなく、簡単な買い物が出来る程度の設備しかないのだ。

 それこそデュエルぐらいしかすることがないのである。

 しかし、デートでデュエルというのも違うだろう。さすがにこんな時にまでデュエルをしようとするほど、空気を読めないわけではないつもりだ。

 そういうわけで、俺たちは散歩を終えて自室に戻って来た。本当にすることがなかったのだから仕方がない。

 戻ってきてすぐ、マナは実体化したままベッドに飛び込んでいった。もちろん制服のままで。

 ばふっと音を立てて布団が揺れ、スプリングの反発によってマナの身体も上下にふわりと揺れる。

 そしてそんなことをミニスカートでやるとどうなるかなど自明の理。大変いいものを見させていただきました。

 

「うーん、よく歩いたねー」

 

 寝転がったまま伸びをしつつ、マナが楽しそうにそんなことを言う。

 その様子に気持ちを和ませつつ、俺もベッドに近づくと、その端に腰を落とした。

 

「まぁ、普段行かないコースを意図的に選んでたからな。余計にそう感じるだろうさ」

 

 いつも歩いている道を歩いてもつまらない。そう思って、行ったことのない場所を目指したのだから、知らない道を歩いたことで気疲れも多少はあっただろう。

 そう考えれば、例え距離的にはそう多くなくともよく歩いたとも感じられるだろう。実際、寮には比較的早く帰ってこれた。そう遠くまで行ってなかった証拠だ。

 とはいえ、この島で遠くとなると森のほうになってしまうので、近くで妥協せざるを得ないというのも確かだが。

 俺がそんなことを考えていると、マナがふいに俺の腕をとった。

 そして、

 

「えい」

「うおっ!」

 

 身体を支えていたその腕をいきなり引かれ、支えを失った俺の身体がそのままベッドに落ちていく。

 重力に従い、俺はベッドの上に寝転ぶ形となった。そして、それを横で見て笑っているマナ。なんだってんだ、いったい。

 そして、マナはそのままベッドの上を移動し、俺の顔を上からのぞき込む形をとる。ちょうど俺の左側頭部にあたる位置だ。そこで、マナが膝を揃えて正座をした。

 

「ん」

 

 そして、ぽんぽんと自分の膝を叩く。

 ……これは、まさか。

 思わずマナの顔を見ると、にこにこと笑っているだけだった。しかし、その態度が俺の予想が間違っていないだろうことをより強く感じさせる。

 

「ん、ってば。ほら」

 

 そう言って、殊更に揃えられた白い太ももをアピールしてくるマナ。

 間違いなく、膝枕をしようとしているのだろう。っていうか、それ以外にこの状況をどう取ればいいというのか。

 だがしかし、どうしても素直に太ももに頭を乗せる気にはなれない俺。

 すると、一向に動こうとしない俺に、マナは小さくため息をついた。

 

「もう、いいじゃない。初めてじゃないんだし」

「それを言うなぁぁあ!」

 

 マナの言葉に、俺は両手で顔を覆う。ちくしょう、嫌なこと思い出させやがって……!

 マナの言うとおり、確かに俺はかつてマナに膝枕をしてもらったことがある。

 そして何故そうなったかというと、めちゃくちゃ恥ずかしいことに俺が大泣きしてしまったからだ。

 まだこの世界に来たばかりの頃。そして、ここがどれだけ似ていようとも俺が過ごした世界とは全く違う場所だと理解した時のことだ。

 違うんだな、とふとした拍子にそう思った時があったのだ。何故か、ストンといきなり心の中に入って来た、その実感。それを自覚した瞬間、俺が感じたのは狂おしいほどの望郷の念だった。

 いいことよりも、悪いことのほうが多い世界だった。決して過ごしやすい環境にいたわけではなかったし、日常なんて退屈でしかたがなかった。

 それでも、あそこは俺の世界だった。俺が生まれ、両親が俺を愛し、その両親が生まれ、連綿と続く時間の中、俺という存在を形作ったものを生み出した世界だったのだ。

 それら全てを一気にごっそり奪われた感覚。手足の先が一気に冷えて、異常なまでに心細くなったのを覚えている。

 そして、思い起こしたのはかつての世界での暮らし。既に亡き両親、好きではなかった親戚、友人たち。

 それら全てが無くなったという実感に、俺は自分でも理解できないうちに涙を流していたのだ。

 ……今思い出しても恥ずかしい。十五にもなって、大泣きとか。穴があったら入りたい。

 そしてその時、真っ先にそんな俺に気づいてやって来たのがマナだった。

 泣いている俺を抱きしめ、そのままずっと付き合ってくれた。そして、泣き疲れた俺に膝枕をし、その膝の上で俺は寝てしまったのだ。

 ……おわかりいただけるだろうか。正気に戻り、目を覚ました時の衝撃を。

 大泣きした揚句、女の子にすがり、さんざん迷惑をかけたうえで、その膝を拝借していたのだ。

 ……死にたくなっても仕方ないだろう?

 俺はそれはもう赤面し、床を転がりまわり、悶絶というものを十分間は延々と繰り返した。

 マナが笑って許してくれたから良かったが……。それ以降、その時の記憶は俺の中の黒歴史の一つとして封印されたのであった。

 そして、それをいま掘り返されたのだ。ああもう、恥ずかしいったらない。

 

「あの時とは違うでしょ? 今は私がやりたいから、だよ」

 

 ね、と笑うマナに、俺は覆っていた手をどけてその顔を見上げる。

 そして、その視線を太ももに移す。偶然、その奥も見えた。その瞬間、頭上に降って来る拳骨。いてぇ。

 殴られた頭を押さえながら、俺はのそりと起き上がってベッドの上を動く。そして、ひとつ息を吐くと本格的に寝そべった。

 頭の位置は、マナの膝の上へ。柔らかい太ももが枕代わりとなって俺の頭を支える。

 

「……重くない?」

「ちょっとはね。でも、それがいいの」

 

 言って、マナは俺の髪の毛に手をやり、ゆっくりと撫でるように梳いていく。

 何が楽しいのか、ふふーん、と調子っぱずれな鼻歌までする始末だ。

 いったい今どんな顔をしているのか。盛り上がる二つの丘に阻まれて正確にはわからないが、たぶん笑っているのだろうとは思う。

 俺は、ふぅ、と溜め息をこぼす。

 

「よくわからん」

「あはは、そうかもね」

 

 マナはただ笑って、俺の髪をなでる。

 俺には分からないが、マナにとってはきっとこうすることが楽しいのだろう。

 そのためなら、過去の恥ずかしい記憶や今の照れ臭さも我慢しようじゃないか。それに、膝枕をするほうの楽しさはよくわからないが、されるほうは確かにちょっと楽しい。

 女の子の太ももが頭の下にあるのだ。そうそうあるシチュエーションではない。

 俺だって年頃の男なのだ。これだけ女の子と接近して、嬉しくないわけがない。まして、好意を持っている相手なのだからなおさらだ。

 そのため、今この時に俺がとる行動など一つしかない。ああ、そうだとも。

 ……ゆっくり、ゆっくり頭を動かして回転させていく。気づかれぬように、そーっとだ。上を向いていた頭が、徐々に横向きに変わっていく。

 そして、ついに顔が太ももの付け根のほうへと……!

 

「はい、そこまで」

「ぐぎっ!?」

 

 強引に首を回して戻された。

 そのとき首に走った激痛に、思わず首に手を持っていって無事を確かめてしまったのは仕方がないことだったろう。

 

「お、おまっ、無茶するなよ!」

「もう、遠也が変なことするからでしょ?」

 

 呆れたように言われ、黙るしかない俺。

 男なんだもん、仕方ないじゃん。

 俺があまりに憮然としていたからだろうか。マナは小さく笑みをこぼすと、その手の平を俺の目の上に置いた。

 

「……寝ていいよ。たまには、こういうのもいいでしょ?」

 

 手の平で覆い隠された暗闇の中。俺は、優しげに言われたその声を思う。

 この一年、ずっと傍で聞いてきた声。きっと、この世界の誰よりも俺の心に響く不思議な声だ。

 マナは俺にとって、色々と迷惑をかけてきてしまった相手だ。同時に、それでもこんな孤島にまでついて来てくれた大切な相棒だ。

 そして、俺としても憎からず思う女の子でもある。

 ……まったく。男ってのは本当に現金なものだと、心の底から実感する。

 だって、マナの声を聞くだけで、こんなにも心が緩んで安心してしまうのだから。

 

「……そうだな」

 

 こういうのも……たまには悪くないや。

 俺は弛緩していく感情と身体に抗うことなく、その安堵を受け入れていく。

 そして目を閉じると、そのまま緩やかに眠りの世界へと意識を旅立たせていくのだった。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 翌日。

 制服ではなくいつもの格好で精霊化しているマナと共に、俺は教室に入った。

 

「はよー」

 

 十代と翔、隼人たちを見つけたので、いつものように挨拶を交わす。

 その瞬間、翔がものすごい勢いでこちらを振り向き、ギラついた目で俺を見た。

 

「……とーやくぅーん」

「な、なんだよ。どうした、翔」

 

 得も言われぬ恐怖を感じ、俺は思わず後ずさる。

 しかし、翔はその距離を埋めようと更に近づいてくる。な、なんだこの迫力は。

 俺は助けを求めて翔の後ろにいる十代と隼人を見る。しかし、二人は首を振るだけだった。助けてくれないのかよ!

 

「昨日……遠也くんがブラマジガール似の可愛い女の子と腕を組んで歩いてたって情報があるんすけど……」

「う」

 

 そういや、翔ってブラマジガールの熱狂的なファンだったな。アイドルカードって公言しているぐらいだし。

 っていうか、ブラマジガール似って、そいつはどこを見て判断したんだ。確かに本人なんだから似てはいるだろうが。

 俺が思わず冷や汗を流すと、対して翔はにっこりと笑った。

 

「僕、遠也くんを信じてるよ。きっと、嘘だよね。そんな可愛い彼女がいるなんて――」

「あら、マナの話?」

 

 そこにやって来る明日香。

 余計なことはしゃべらないでくれよ、と俺が心の中で願うも、どうやらその祈りは天に届かなかったらしい。

 

「昨日はその……驚いたわ。前に話に出た子が、あの子なんでしょう? けど、いい子だったわ。また楽しくおしゃべりしたいから、よろしく言っておいてちょうだい」

「お、おう」

 

 それじゃあ、と明日香は去っていく。おいおい、ブルーの女子寮で探したりしないだろうな。ここの生徒じゃないってバレそうで怖いんだが。

 まぁ、そこはなるようになるしかないだろう。それより……。

 残された俺と翔が問題だった。

 

「お、おい。翔……?」

 

 明日香の言葉によって顔を伏せてしまった翔に、声をかける。

 その瞬間、翔ががばっと顔をあげた。

 

「彼女が本当ってことは……やっぱり、ブラマジガールにそっくりっていう話も……本当なんすか?」

 

 嘘は許さない、と翔の目が言っていた。

 今日の翔は一味違うな。まったくもって嬉しくないが。

 

「あ、ああ。まぁ、ある程度は……」

 

 そしてその眼光にやられ、つい答えてしまう俺。

 ご本人なんですが、言ったところで信じないだろう。よって、微妙に曖昧な表現にとどめておく。

 しかし、それを聞いた翔は目をくわっと見開き、俺の腰にしがみついてきた。な、何しやがる!?

 

「遠也くーん、会わせてほしいなぁ、その子にぃ。一目でいいからぁ」

「猫撫で声を出すな、気持ち悪い! ってゆーか、離せ! 男に抱きつかれても嬉しくない!」

「友達に対してひどいよぉ。ねぇ、遠也くんってばぁ」

「十代! 隼人! 何とかしてくれ!」

 

 しかし、二人は肩をすくめてみせるだけ。この野郎どもめ!

 

「遠也くぅん」

「離せ、翔! 兄貴にチクるぞ!」

 

 しかし一歩も引かない翔。なんでこんなところで根性を見せるんだこいつは!

 迫る翔と、引き剥がそうとする俺。教室の一角で行われる奇妙な光景に皆が視線を向ける。

 そんな中、マナもまた笑って俺たちを見ているのが見えた俺は、元凶ともいえる相棒を恨めしげに睨む。

 その間も翔は俺にひっついてくるので、俺はひとまず翔を引っぺがすほうに専念することにした。

 そんな俺たちを見て、苦笑いの十代たち。そして、にこにこと楽しそうにしている元凶でもあるマナ。

 今日もまた、平穏な一日であることを告げる朝の一コマであった。

 

 

 

 

 



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第11話 離脱

 

 アカデミア校舎へと続く正門。その間を埋める滑らかに舗装された道の上を、一人の男が歩いてくる。

 

 だが、アカデミアに向かうためではない。むしろその逆、そいつはアカデミアから去るためにこの道を歩いていた。

 その歩みの先は、正門の先。肩に担いだ荷物がその変わらない事実を物語る。

 そして、そいつは自身が出てきたアカデミアの校舎を振り返る。見おさめ、ということなのかもしれなかった。

 

「さらば、デュエルアカデミア……」

「……そいつは、ちょっとカッコつけすぎじゃないか、万丈目」

 

 突然かけられた声に、男――万丈目が振り返る。

 その視線の先には当然、声をかけた俺がいる。そして、それを認めた万丈目の顔が、怒りに歪む。

 

「貴様……! 俺を笑いに来たのか、遠也!」

 

 その視線を受け、俺は少々離れていた位置から万丈目の傍へと歩み寄った。

 その間も、万丈目は俺に怒りの目を向けることをやめなかった。

 

「そうじゃない。ただ、誰の見送りもないっていうのも寂しいだろ?」

 

 俺が言うと、万丈目はしかしその顔を嘲笑に変えた。

 

「ふんっ、お前たちのような群れるしか能のない奴らと一緒にするな。俺は、一人でもやっていける。……そうだ、そんなものは弱者の考えだったのだ。俺は、強者にならなければならない。誰よりも、だ!」

 

 叫ぶようにして、吐き捨てる。

 ならなければならない、ね。こいつは、何か事情がありそうだな。

 とはいえ、それが俺にどうこうできるわけでもない。万丈目の問題である以上、コイツ自身のことだし、今の万丈目が俺の話を聞くとも到底思えなかった。

 だから、俺はその言葉に肩を竦めてみせるだけだった。

 

「そうか。今度はお前と楽しいデュエルをするって約束、守れなくなっちまうな」

 

 万丈目は、その言葉を聞いて再び表情を歪めた。

 

「その上から目線も今のうちだけだ! 俺は、強くなる! そして貴様たちに雪辱を果たしてみせる。この俺が、このままただで終わると思うなよ……!」

 

 言って強く睨んでくる万丈目に、俺も正面から視線をぶつけて頷いた。

 

「ああ。その時は、俺も全力で迎え討つ」

「ふん……」

 

 それが最後であった。

 万丈目は再び踵を返し、アカデミアの正門を抜けて港のほうへと歩いて行く。いずれ帰って来るだろうことは覚えているが、その間、どうしていたのかを俺はよく覚えていない。

 それに、俺の記憶通りに戻って来るのかも定かではない。

 俺はそんな心配を抱いていたのだが、どうやらそんな心配はなさそうだ。

 プライドの高い万丈目のことだ。自分でああ言った以上、あいつは帰って来るだろう。俺と十代に雪辱を果たすために。

 

 ――三沢との退学を賭けたデュエル。

 その時に三沢のカードを海に捨てるという、デュエリストとして許しがたい行為を行った万丈目だったが、その根っこのほうはきっと変わっていない。

 あいつは力をつけて、強さを求めている。汚い手を使うのではなく、デュエリストとして俺たちに勝とうとしているのだ。

 三沢に負け、この学園を去ることになってしまったのは、ひょっとしたら万丈目にとっていいことなのかもしれない。

 慣れ親しんだ場所ではないほうが、きっと得られるものはあるだろうからだ。

 そして、俺に出来ることは、そんな万丈目が帰って来たときに全力で勝負をすることだけなんだろう。

 俺は遠ざかっていく万丈目の背中に、そんなことを思うのだった。

 

 

 

 

 万丈目の見送りは早朝のことだったので、俺はその後再び自分の寮に戻った。

 今回は俺の我儘であるので、マナには起こしてもらっていない。そのため、部屋に戻ればマナがまだ寝ていた。しかし……。

 

「なんで実体化してるんだ……」

 

 いつもは精霊の状態のまま寝ているマナ。そりゃたまには実体化して寝ることもあるが、場所をとる心配がないため精霊化していることが多い。昨日もそうだったし、今日部屋を出ていく時もそうだった。

 だというのに、戻ってみれば何故か実体化して俺が寝ていたベッドで寝ている始末。

 なんでこうなったのか、と疑問に思う。そして、俺はじーっとマナの寝顔を見つめてみる。

 うーむ、気持ちよさそうに寝おってからに。典型的な寝言を口にしたりしないんだろうか。もしそんなことがあれば、起きた時にからかってやれるのだが。

 俺がそんなことを考えながらマナの顔を見ていると、突然部屋のドアがノックされる。

 いきなりのことに、俺は思わずその場を後ずさり、そしてガツンと身体をテーブルにぶつけた。

 比較的大きな音だったためか、マナの顔が少々歪む。そして、その音は扉の向こうにも聞こえたようだった。

 

『起きているのか? 入るぞ、遠也』

「カイザー!? ちょ、ま……」

 

 ガチャリ、とノブが回される。

 その瞬間、俺はマナを隠そうと布団をひっつかんで頭からかぶせるようにしてマナを覆う。

 そして、部屋に入って来るカイザー。なんとか誤魔化せたかと俺は胸を撫で下ろすが……それは一時の安堵でしかなかった。

 布団の中から、俺の名前を呼び、何が起こったのかと騒ぐマナ。そりゃ、いきなりこんなことをされたら動揺するよな、普通は。

 そして、扉を開けて、布団を押さえながら冷や汗を流す俺と不自然に盛り上がり動いているうえにしゃべる布団の塊を見つめるカイザー。

 沈黙が流れ、カイザーはやがて何かを悟ったようにふっと微笑んだ。

 

「……邪魔をしたな」

「待て待て帰るなカイザーせめて言い訳ぐらいはさせろぉ!?」

 

 足早に部屋を出ていくカイザーと、それに追いすがる俺。

 上から押さえていた俺がいなくなったことで、被せられた布団から、ぷはぁ、とマナが顔を出す。そして、慌てた様子で出ていく俺を見て、マナはこんなことを呟いていた。

 

「……ありゃ? 私、なんかマズった?」

 

 ……その後、どうにかカイザーに口外しない約束を取り付けたことを記しておく。

 俺が女を部屋に連れ込んだと思っているのはバレバレだったが、それはもうこの際仕方あるまい。

 ああもう、朝からドッと疲れた……。

 

 

 

 

『ねー、遠也。授業はいいの?』

「んー……」

 

 既に太陽がしっかり空に昇り、今頃教室では授業が行われているだろう時間。

 俺はなんとなく授業に出る気になれなくて外をさまよっていた。

 そんな俺にマナが本当にいいのかと聞いてくるが、俺の答えは茫洋としたままだ。

 ……まぁ、あえて理由を探すならば。朝から万丈目がこの学園を去るという事態に、少し思うところがあったともいえる。

 ああして、慣れ親しんだ場所を離れていく気持ちは俺もわからなくはないから、そりゃ考えもする。ただ、万丈目は退学となって去るわけだが、そこにきちんと自分なりの目的を見つけている。

 そこに含まれる感情がどうあれ、それ自体は立派だなと思ったりもするのだ。だからこそ、俺はああまで言われても万丈目のことを嫌いになれないわけだが。

 そして、そんな中に朝のあの騒動である。

 なんていうか、気疲れに近いものを感じて授業に出る気が起きなかったのだ。

 幸い、一度くらい授業をさぼったところで困るような成績でもない。それに、生徒の自主性を重んじるためなのかはわからないが、授業をさぼったとしても、あまり強く言われないのがこの学園の特徴だ。

 それを知っているため、なおさら教室に足が向かなかった俺は、こうして外に出ているのだった。

 ぶらぶらと歩き、なかなか行く機会がない森のほうにも行ってみたり。もちろん、以前行った廃寮とは逆の方角だ。同じ失敗をして今度は俺が制裁デュエルとなったらたまらないからな。

 無論、迷ったりしても洒落にならないので、あくまで入り口付近。森林浴をする程度の距離にとどめている。たまには自然に囲まれるのもいいもんだ。

 

「どうだ、マナ。たまにはこうやって羽をのばすことも必要だと思わないか?」

 

 俺が両腕を広げてそう言うと、マナが小さく笑う。

 

『あは、そうだね。遠也がいいなら、たまにはこういうのもいいかもね』

 

 マナの言葉に、俺は頷く。

 

「そうだろう。授業は明日も続くんだ。だからこそ、こうして静かな森の中で英気を養うことも――」

「万丈目君! デュエルに負けたぐらいで雲隠れなんて、情けないわよ――ッ!」

 

 わよーっ! わよーっ、わよー……。

 突如どこかから響きわたった大声がこだまする。驚いた鳥が一斉に木々の中から飛び立っていった。

 

『……静かな、森の中?』

「静かだった、森の中……かな」

 

 っていうか、今の声って明日香じゃないか?

 なんなんだいったい。明日香がいるってことは、十代もいるような気がするし。まーた、なんかに巻き込まれてんのか、あいつら。

 マナもまた俺と同じことを考えたのだろう。何とも言えない顔で声がした方向を見ていた。

 やれやれ。森林浴もここまでだな。

 

「じゃ、行くか」

『あはは。そう言うと思ったよ』

 

 楽しげに笑うマナに、笑うなよと言いつつ声のしたほうに走り出す。

 この時期って何があったかなぁ、と頼りにならない記憶を手繰り寄せながら。

 

 

 

 

 空を飛べるマナに先行偵察をしてもらい、誘導に従って全力疾走することしばし。

 森を抜けた崖にて、俺は十代たちに合流することに成功していた。

 

「遠也!? お前、なんでここ、に……大丈夫か?」

「ちょ、ま……っ! き、っつ……!」

 

 元々森の入口に近いところにいた俺だ。マナのおかげで最短距離だったとはいえ、走り続ければ息も上がる。

 十代が驚きの声を心配のそれに変えるほど、俺はちょっと限界だった。

 しかし、いつまでもヘタれているわけにもいかない。どうにか強引に呼吸を整えると、俺は周囲の状況を見る。

 十代、翔、明日香、ももえの四人と、黒服を着た男二人に目つきの悪い爺さんが一人。そして、崖を覗くように生えた一本の木の上に、やたらメカメカしい装いの猿と、ジュンコがいた。

 状況的に見れば、十代たちがさらわれたジュンコを助けようとしているというところだろう。あの黒服たちは……動物園の人とか?

 

「で、どういう状況?」

「ああ、実は……」

 

 十代の話を聞くと、行方不明になった万丈目を探して森の中に入ったところ、突然現れたあの猿にジュンコがさらわれ、それと同じくして現れたあの黒服たちがあの猿を追っていったとのこと。

 十代たちも放っておくことは出来ず、後を追う。そして、今ここで追いついた、というところらしい。

 どうやら闇のデュエルがどうこうとか、危険な話ではなさそうだ。しかし、どうにも要領を得ない状況になっているようだな。

 

「つまり、あの黒服が何者なのかも、あの猿がなんでデュエルディスクつけてるのかも、わからないわけか」

「あ、ホントだ!」

 

 翔がはっとしたように猿の左腕を見る。いや、アカデミアの支給品だし、あんなに目立ってるだろ。

 そして、話を聞いていた爺さんがあの猿の正体を話し始める。

 なんでもあの猿はデュエルができるように彼らが調整した、被験体の猿なのだそうだ。ということは、あのおっさんたちは動物園の人じゃなくて研究者なのか。

 そしてその猿の名前は、英語での名称の頭文字をとり、SAL。あまりにも直球すぎて、逆に何も言うことがないな、おい。

 それはさておき、今のこの事態。ジュンコの怖がり具合が洒落になってないな。

 あんなに頼りない足場で、下が崖なのだから、それも当然といえる。まして、自分の命を握っているのが言葉の通じない猿なのだ。それは恐怖を煽られもするだろう。

 そして、説明を終えた爺さんと黒服たちが、手に持った銃を構えて猿に狙いをつける。恐らくは麻酔銃なのだろうが、さすがに銃で撃たれる場面など好んで見たくはない。

 ゆえに、俺は自然と声を出していた。

 

「ちょっと待った」

「んん?」

 

 振り返る黒服たちに、俺は自らを指さして言う。

 

「俺がデュエルであいつを倒す。それで、ジュンコを助ける。だから、そんな危ないもんはしまっておいてくれ」

「君がデュエルで、だと? ……ふむ、そういえば君は見たことがある。なるほど、良いデータがとれるかもしれん。いいだろう」

 

 爺さんが顎の長い髭をさすりながら、黒服たちに待つように指示を出す。それを受けて、俺は持ってきていたデュエルディスクを腕に着け、スタンバイ状態にした。

 

「大丈夫なの? デュエルといっても、猿が相手なのよ」

 

 明日香の言葉は、猿相手にデュエルが出来るのか。あるいは意思の疎通なんて出来るのか、ということだろう。

 だが、問題ないだろう。十代曰く。

 

「デュエルをすれば、お互いの心がわかる。……だろ、十代」

「おう! 任せるぜ、遠也!」

「どうでもいいから、早く助けてよー!」

 

 っと、いい加減ジュンコも限界が近そうだ。

 俺は黒服たちの前に出て、猿に相対してディスクをつけた左腕を掲げた。

 

「聞いてたろ? デュエルしようぜ。俺が勝ったら、ジュンコを離すんだ」

「あ、アンタが負けたら?」

 

 あ、ジュンコ。わざわざ喋るなよ。猿が気付かず受けてくれれば儲けものだったのに。

 

「その時は……お、お前の望みを一つだけ叶えてやろう」

「遠也くん、ドラゴンボールじゃないんすから……」

 

 う、うっさいな、考えてなかったんだから仕方ないだろ。

 しかし、猿はその約束に了承を返すようにジュンコの傍を離れて前に出てくる。そして、同じようにディスクを構えた。

 ありがたい。なら、あとは俺が勝つだけだ。

 

「いくぞ、デュエル!」

『デュエル!』

 

遠也 LP:4000

SAL LP:4000

 

 うお、喋った。バウリンガルも目じゃないな。デュエルよりこの技術を研究すればいいのに。

 が、後ろの話を聞くとこのシステムはデュエルの言葉しか喋れないらしい。残念だが……それだけでも十分凄い気がする。

 先攻は、向こうか。

 

『私のターン、ドロー』

 

 カードを引き、猿は手札から一枚を選んでディスクに置く。

 

『私は《怒れる類人猿バーサークゴリラ》を召喚! カードを1枚伏せて、ターンエンド!』

 

《怒れる類人猿》 ATK/2000 DEF/1000

 

 

 怒れる類人猿だと……。ジェネティック・ワーウルフにすっかり存在感を持って行かれた昔のアタッカーじゃないか。

 いや、それ以前になんてお似合いのカードを使いやがる。研究者連中は、わざわざこいつのために獣族のデッキを作ったのだろうか。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 さて、手札もそんなに悪いわけじゃない。

 早速いくぜ。

 

「俺は手札から《調律》を発動! デッキから「シンクロン」と名のつくチューナーを手札に加え、その後デッキトップのカードを墓地に送る。俺は《クイック・シンクロン》を手札に加える!」

 

 そして落ちたのは《カードガンナー》。墓地肥やし要員なのに、お前が落ちるんかい。

 

「そして手札から《グローアップ・バルブ》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! 更に《レベル・スティーラー》を召喚!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

 

「レベル1のレベル・スティーラーにレベル5のクイック・シンクロンをチューニング! 集いし力が、大地を貫く槍となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 砕け、《ドリル・ウォリアー》!」

 

 そして現れる、赤を基調とした身体に右手の大きなドリルが目立つ戦士。首に巻かれた黄色いスカーフがイカす、ドリル・ウォリアーである。

 

《ドリル・ウォリアー》 ATK/2400 DEF/2000

 

 シンクロンのデッキにとって、最初のターンで高レベルモンスターが出ることなどよくあること。っていうか、出てこないほうが珍しいぐらいだ。

 上手く揃っている時はワンキルも出来るぐらいだからな。

 

「それがシンクロ召喚……実に興味深い」

 

 後ろで爺さんがなんか言っているが、何度も聞いた言葉なので無視する。

 

「バトルだ! ドリル・ウォリアーで怒れる類人猿に攻撃! 《ドリル・ランサー》!」

 

 ドリル・ウォリアーの右手のドリルがぎゅんぎゅん回転し、それを振りかぶって怒れる類人猿へと突き進んでいく。

 しかし、怒れる類人猿に直撃する前に、猿の伏せカードが起き上がる。

 

『速攻魔法《突進》! 怒れる類人猿の攻撃力をエンドフェイズまで700アップする!』

 

《怒れる類人猿》 ATK/2000→2700

 

 怒れる類人猿の攻撃力がドリル・ウォリアーを上回り、迎撃に回る。

 そして、ドリル・ウォリアーのドリルを両手でひっつかんで強引に止めると、そのままドリル・ウォリアーを持ちあげて地面に叩きつけた。

 耐えきれず破壊され、攻撃力の差分300ポイントが俺のライフから引かれる。

 

遠也 LP:4000→3700

 

 あの伏せカード、突進だったのか。確かにイラスト的にも獣族にはぴったりだ。

 

「ふっ、やるな」

「やるな、じゃないわよー! こ、怖いんだから早く助けてよー!」

 

 ジュンコが猿の後ろで木にしがみついたまま叫ぶ。

 本気で怖がっているようで、もう涙声だ。こりゃ、急がないとまずいな。

 

「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

『私のターン、ドロー!』

 

 手札を見た猿は、更にモンスターゾーンにカードを置いた。

 

『私は《アクロバット・モンキー》を召喚! そしてバトル! 怒れる類人猿でプレイヤーに直接攻撃!』

 

 怒れる類人猿が拳で胸を叩きながら、こちらに走って来る。

 突進の効果は既に切れているので、攻撃力は2000に戻っているが、これを食らうとライフが半分になってしまう。

 ここは防がせてもらうぜ。

 

「罠カード発動、《ガード・ブロック》! 俺への戦闘ダメージは0となり、俺はデッキからカードを1枚ドローする!」

 

 怒れる類人猿の攻撃は見えない障壁に阻まれ、逆に猿のフィールドまで押し戻す。そして、俺はデッキから1枚引いて手札に加えた。

 

『ならば、アクロバット・モンキーで攻撃! 《アクロバット・ウッキー》!』

 

《アクロバット・モンキー》 ATK/1000 DEF/1800

 

 機械で身体を覆われた猿が、その名の通り身軽な動きで迫り、その拳で俺を殴りつける。

 

「くっ……」

 

遠也 LP:3700→2700

 

『私はターンエンド!』

 

 うーん、意外とやられてしまった。

 ちょっと、突進が効いたかな。

 

「遠也くん、大丈夫なんすか!?」

「遠也、本気で早くして~!」

 

 翔の心配も当然だが、ジュンコからの声はかなり切迫していた。

 俺は大声で二人に聞こえるように「大丈夫だ、任せろ!」と叫んで、再び猿と向き合った。

 確かにいきなりライフを削られているが、負けるつもりは毛頭ない。ジュンコもかなり限界なようだし、どうにか一気に行くしかないだろう。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 ……よし、来てくれたか。

 これならこのターンで決められる。

 

「俺は手札から《シンクロン・エクスプローラー》を召喚し、効果発動! 墓地の「シンクロン」と名のつくチューナーを特殊召喚する。クイック・シンクロンを蘇生! レベル2のシンクロン・エクスプローラーにレベル5のクイック・シンクロンをチューニング!」

 

 クイック・シンクロンが、ニトロ・シンクロンの絵柄をピストルで撃ち抜いた。

 

「集いし思いが、ここに新たな力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 燃え上がれ、《ニトロ・ウォリアー》!」

 

《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800 DEF/1800

 

 緑色の身体に厳つい顔。戦闘面において遊星を強く支えるエースの1体が、咆哮を上げながらフィールドに現れた。

 そして、俺は更に言葉を続けていく。

 

「更に墓地の《グローアップ・バルブ》の効果発動! デュエル中1度だけ、デッキトップのカードを墓地に送ることで墓地から特殊召喚できる! そして《死者蘇生》を発動! 墓地のカードガンナーを蘇生する!」

 

 一つ目が球根の中から覗く不気味な植物族のモンスターと、次いで墓地から子供が好みそうなデザインのデフォルメされた戦車のような機械が蘇った。

 

《グローアップ・バルブ》 ATK/100 DEF/100

《カードガンナー》 ATK/400 DEF/400

 

 これで手札はゼロだが、準備は整った。

 猿には悪いが、ジュンコをあんなところに放置ってのは、こっちの心臓にも悪いからな。

 

「レベル3のカードガンナーにレベル1のグローアップ・バルブをチューニング! 集いし勇気が、勝利を掴む力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 来い、《アームズ・エイド》!」

 

 金属的な光沢を放つ、鋭い爪を持った腕。赤い爪が鈍く光を放ちながら、ニトロ・ウォリアーに並ぶ。

 

《アームズ・エイド》 ATK/1800 DEF/1200

 

「アームズ・エイドの効果発動! 1ターンに1度、このカードを装備カードとしてモンスターに装備できる! 俺はニトロ・ウォリアーを選択! 更にこの効果で装備されたモンスターの攻撃力は1000ポイントアップする!」

 

 アームズ・エイドがニトロ・ウォリアーの右腕に装着され、ニトロ・ウォリアーの姿が更に凶悪なものとなった。

 

《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800→3800

 

『うき!?』

 

 さすがにこれだけの高攻撃力には驚くみたいだな。

 さぁ、このデュエルはここまでだ!

 

「ニトロ・ウォリアーで怒れる類人猿に攻撃! 更にニトロ・ウォリアーの効果により、魔法カードを使ったターンのダメージ計算時に1度だけ、このカードの攻撃力は1000ポイントアップする!」

 

 よって、更に攻撃力が1000加わる。

 

《ニトロ・ウォリアー》 ATK/3800→4800

 

「いけ、ニトロ・ウォリアー! 《ダイナマイト・ナックル》!」

 

 アームズ・エイドの鋼鉄の装甲に、ニトロ・ウォリアーの炎が宿る。

 燃え盛る拳を振りかぶり、ニトロ・ウォリアーの攻撃は怒れる類人猿を一撃のもとに破壊した。

 

『うきぃっ!』

 

SAL LP:4000→1200

 

「更に、アームズ・エイドの効果発動!」

『うきっ!?』

 

 まだあるの!? とでも言いたそうに驚きの声を上げる猿。

 あるんだな、これが。

 

「アームズ・エイドを装備したモンスターが戦闘によってモンスターを破壊した時、その破壊されたモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える! つまり、怒れる類人猿の攻撃力2000ポイントのダメージをお前に与える! これで終わりだ!」

 

 ニトロ・ウォリアーが右手から炎の塊を作りだし、それが猿に向けて放たれる。

 それは狙い違わず直撃し、猿のライフポイントを容赦なく削り取った。

 

『うっきぃー!?』

 

SAL LP:1200→0

 

 デュエルの勝敗が決したことでソリッドビジョンも切れ、フィールドに出ていたモンスターが全て消えていく。

 そして、後には項垂れる猿とその前に立つ俺だけが残される形となった。

 

「やった! 遠也くんが勝った!」

「これでジュンコも助かりますわ!」

 

 後ろのはしゃぐ声に押されるように、俺は一歩足を進める。

 そして、負けたショックを受けているだろう猿に向き合う。こういう時に声をかけることはあまりしたくないが、こっちもジュンコの身の安全がある以上、ここは許してもらおう。

 

「約束だ。ジュンコを返してもらおうか」

 

 その言葉に、猿は顔を上げて俺を見る。

 そして、ゆっくりと立ち上がるとジュンコのほうへと走り寄り、ジュンコを抱きかかえて戻って来た。

 

『うきぃ』

 

 そして、そのままそっと地面に下ろす。意外と紳士的な猿だ。

 肝心のジュンコはというと、崖の上で放置されるという恐怖から脱したせいなのか、その場にへたり込んでいた。

 まぁ、無理もない。もしジュンコが高所恐怖症だとすれば、それこそ想像も出来ない恐ろしさを味わったに違いないだろうからだ。

 そして、ジュンコのもとに明日香や十代たちが駆け寄って来る。

 どうにも自力で動けそうにないジュンコを気遣ってのことだろう。ジュンコはみんなが傍まで来ると、慰めるために肩に手を置いた明日香にそのまま抱きついた。

 よほど怖かったのだろう。ももえもそんなジュンコを慰めるように、声をかけている。

 

「あの、助けてくれてありがとう」

「いいって、友達だろ」

 

 ジュンコにそう言って返し、俺は再び猿のほうに視線を向ける。

 これで、ジュンコのほうは解決した。

 あとは……。

 

「猿。聞きたいんだが、俺が負けた時。お前は何を望むつもりだったんだ?」

 

 この賢い猿が望むこととは何なのか。

 それが疑問だった俺が問いかけると、猿がすっと森のほうを指さす。その指の先を、俺たちは一斉に見た。

 森の終わり、その草むらにそいつらはいた。野生の猿なのだろう、少々身体が小さいが、恐らくはこの猿と同種と思われる集団が、隠れるようにしてこちらの様子をうかがっていた。

 なるほど、脱走したという話だったが、こういうことか。

 

「お前、仲間のところに帰りたかったのか」

『うき……』

 

 こくり、と首肯で答える猿。

 そのために、猿は必死の思いで脱走したのだろう。そのあまりといえばあまりな境遇に、俺たちはジュンコをさらったということを抜きにして、同情してしまう。

 実際に被害に遭ったジュンコですら、猿の境遇には思うところがあるようで、猿のことを悲しげに見ていた。

 しかし、あの爺さんたちにとってそんなことは関係ないらしい。

 こちらに歩を進め、にやりとした笑顔で口を開く。

 

「よくやってくれた。さぁ、あとは我々に任せろ」

 

 そうするのが当然、という顔で言う爺さん。

 さっきまでなら、俺も渡していいかと思っていた。が、コイツの事情を知った今では話は別だ。

 そうなると当然、俺の答えなんて決まりきっている。

 

「断る」

「なに?」

「この俺が最も好きなことの一つは、YESと言うと思っている相手にNOと言って断ってやることだ、ってな」

 

 俺がそう言って猿と彼らの間に立ち塞がると、それに続いて十代と翔も声を上げる。

 

「そうだ! 遠也は猿と約束はしたが、それはアンタ達に返すって約束じゃあなかったはずだぜ!」

「そうっす! このままじゃ、この猿が可哀想だよ!」

 

 女子はジュンコのことがあるのでその場から動かないが、それでもその視線は彼らに批判的だ。

 俺たちも猿を背にして三人で守るように彼らに相対する。

 しかし、そんな俺たちを爺さんたちは嘲笑うだけだった。

 

「子供が何を……構わん、捕まえろ。ついでに、あの仲間の猿どももだ。実験動物は、多いに越したことはない」

「お前!」

 

 そのあまりの言葉に、十代が怒りをあらわにする。

 しかし、その隙に彼らが放った捕獲用のネットが俺たちの横をすり抜けて猿の上へと広げられてしまう。

 しまった、と思う俺たちだったが、ネットは空中で突然大きく横にずれ、猿の上にかかることはなかった。

 その明らかに重力を無視した動きに、爺さんたちも「何が起こった!?」と慌てている。

 だが、俺と十代にはそうなった原因が見えていた。

 

「ナイス、マナ!」

「助かったぜ!」

『私も、このお猿ちゃんの力になりたかっただけだよ』

 

 杖を回しつつ、マナが微笑む。

 さっきはマナが杖の先から魔法を飛ばし、ネットにぶつけて軌道を変えてくれていたのだ。それのおかげで、猿は捕まることがなかった。

 その間に、俺はマナに指示を出す。

 

「閃光、頼む!」

『うんっ』

 

 俺の言葉に応え、すぐさま杖の先から光を放つ。

 それは的確に彼らの視力を奪い、その行動を大きく阻害する。

 突然襲い掛かって来る不可思議な事態の連続に、彼らは混乱しきりである。そしてもちろん、その機会を逃すはずもない。

 

「十代、翔、みんな!」

「おう!」

「うん!」

「ええ!」

 

 ジュンコを明日香とももえが担ぐように支えている。その姿を確認して、俺は頷く。

 俺たちの思いは今まさに一つだ!

 

「全力で逃げるぞ! 猿も来ぉい!」

『うき!?』

 

 言うが早いか、既に駆け出している俺たち。

 出遅れた猿は、どうにか翔が腕をひっつかんで連れて来ていた。

 仲間の猿たちも俺たちの後を追うように森の中へとついてくる。後ろから聞こえてくる「このクソガキどもがー!」なんて怒声は知ったことではない。

 ははは、あばよ、とっつぁーん! 武装した大人に挑むほど俺たちは強くないんだよ、満足同盟じゃあるまいし! さようならだ!

 そうして、俺たちは一目散に森の中へと消えていくのだった。

 

 

 

 

 途中、明日香の体力の関係からジュンコを十代が背負うことになり、森の中を行くことしばし。

 追ってこないことを確認したうえで、俺たちは腰を下ろして一息つくこととなった。

 その間に俺と十代はどうにかこうにか猿につけられた機械類を外している。幸い上から装着するタイプのものだったようで、比較的簡単に取り外すことが出来た。

 デュエルディスクは猿自身が気に入っているらしく、外していない。

 それが終わったところで、ようやく人心地を吐くことが出来た。周りを大量の猿に囲まれながら、俺たちはふぅと息を吐く。

 

「あいつら、また懲りずにやって来るかなぁ」

 

 翔がふとそんな疑問をこぼす。

 確かに、あの執着心だと探し回りそうだ。

 

「さあな。けど、こいつも仲間のところにいたほうがいいに決まってるぜ。その時は、また助けてやるさ、な!」

 

 そう十代が猿に向かって言えば、猿は嬉しそうに手を叩いた。

 

「その必要はないんだにゃー」

 

 いきなり飛び込んできた人の声に、俺たちは一瞬腰を浮かすが、その声が慣れ親しんだ人の者だとわかると、再び座りなおした。

 

「お、おどかさないでくれよ、大徳寺先生~」

「にゃはは、すまないにゃ十代くん。けど、君たちの心配は杞憂だから安心するといいにゃ」

「大徳寺先生? どういうことですか? それに、どうしてさっきのことを……」

 

 その大徳寺先生の言葉に疑問を抱いた明日香が先生に尋ねる。

 大徳寺先生は胸に抱えたファラオを撫でながら、その質問に落ち着いて答えていった。

 どうも、大徳寺先生は十代たちが万丈目を探して出かけていったことを知っていたらしく、その居所を知っている先生は十代たちを探していたらしい。

 そして森の中に入っていったという話を聞き、なんとファラオの案内で森の中を進んだところ、こうして合流できたのだそうだ。

 

「そうしたら途中で怪しい三人を見かけたんですにゃ。アカデミアの教員として事情を聞き、彼らにはアカデミアとしてきっちり処分が下されることになりましたにゃ。だから、安心するといいんだにゃ」

「そういうことだったんですか……」

「さっすが大徳寺先生だぜ! ありがとうございます、大徳寺先生!」

「ありがとうございます!」

 

 大徳寺先生がこの猿たちのためにしてくれたことを聞き、俺たちは次々に先生に対して感謝を述べていく。

 それに、大徳寺先生は照れたように頭をかき、「気にしないでほしいのにゃー」と笑っていた。

 そして、俺たちは憂いが無くなったところで猿たちと別れることにした。

 既に機械を外してあるため、デュエルディスクでしか他の猿と区別が出来ない。群れに戻った猿に、俺たちは手を振って最後の別れを惜しんだ。

 

「じゃあなー! 今度は俺とデュエルしようぜ!」

 

 十代のその言葉に、猿はデュエルディスクを掲げることで応え、仲間たちと共に森の中へと帰っていく。

 それを姿が見えなくなるまで見送り、俺たちは森から出るためにアカデミアに向かって歩き始めた。

 その途中、大徳寺先生が当初の目的だった万丈目の行方について口を開いた。

 

「そうそう、万丈目君なんですが……彼はもうこの島にはいないのにゃ」

「え!?」

 

 大徳寺先生の突然の告白に、十代たちは声を失って驚いていた。

 そして、俺は先生の言葉に続けて話し始める。

 

「万丈目が言ってたぞ。俺と十代に雪辱を果たすために、強くなって帰って来るってな」

「遠也! お前、万丈目のこと知ってたのか?」

 

 十代の質問に、俺はもちろんと答える。

 

「あいつを見送ったのは俺だからな」

「マジかよ! じゃあ、遠也に電話しておけばよかったのかぁ」

 

 森の中にまで探しに来る必要はなかったと知り、十代は溜め息を吐く。

 まぁ、森に来たおかげであの猿たちを助けられたと思えばいいじゃないか。

 

「それより、あなたって万丈目君と親しかったの?」

「いや、全然。一度デュエルしてコテンパンにしたぐらいかな」

 

 ああ、だからあなたにも雪辱を果たすって言ってるのね……。

 質問してきた明日香は、そんなことを呟いて得心がいった顔をしている。

 いや、あれは上手く手札が揃ったのもあったけど。初手で増殖Gがきて、万丈目の戦略が異次元格納庫だったからな。特殊召喚だらけだったから、こっちは取れる戦術が増えたんだ。

 まぁ、運も実力のうちと言えばそれまでだけど。

 

「けど、どうしてそれなのにお見送りに行かれたんですの?」

 

 ももえが不思議そうに聞いてくるが、俺としては気になっていたからとしか言えない。

 気になるにも色々とあるが、まぁ俺にも十代にも共通して言えることと言ったら、一つだろうな。

 

「あいつはライバルみたいなもんだからな、俺にも十代にも」

「ライバル?」

 

 あの万丈目君が? と疑わしげな明日香。

 おいおい、1ターンでVWXYZを出したのは正直凄かったぞ。万丈目は絶対に強くなる。今でさえあれだけやれるポテンシャルがあるんだから、あいつが抱える何らかの問題を乗り越えた後なら、たぶん化けるぞ。

 

「それに、アイツとは楽しいデュエルをするって約束があるからな。それもあって、行っただけだよ」

「へぇ、そいつはいいな! 俺も万丈目が帰ってきたら、またデュエルがしたいぜ!」

 

 俺がそう答えると、十代がおおいに賛同して笑う。

 万丈目も、次に会う時には強くなっているだろう。俺と十代は期待と根拠のない自信を下地に、そう告げる。

 その言葉に少々疑わしい顔になっている皆だが、積極的に否定する気もないようで、そうかもしれない、と曖昧に納得していた。

 万丈目がどうなり、どれほど強くなるのか。俺たちはそんなことを話しながら、アカデミア校舎へと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 



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第12話 本土

 

 既に季節は冬になり、窓の外にはうっすらと雪雲の姿が見られるようになっていた。犬が庭を走り回り、猫がこたつで丸くなる季節。

 

 ただし、ファラオは犬と同じように元気に走り回っている。意外と冬にアグレッシブになるタイプらしかった。

 

 そして学生にとっての冬の定番である冬休み。それもまた、アカデミアに迫って来ていたのである。

 

「そういえば、遠也は冬休みどうするんだ?」

 

 そんな少々冷える日のレッド寮の一室。十代たちの部屋で駄弁っていた折、不意に十代が俺にそう問いかけてきた。

 

「俺は本土のほうに帰るよ」

 

 俺はそう返し、アカデミアを離れることを告げる。

 島に残らないことに、十代に翔、隼人たちは残念がってくれたが、もともと決まっていたことだっただけに、今更どうしようもない。

 そんなわけで、数日後。俺は荷物をまとめてブルーの寮を出た。見送りに来てくれた十代たちに手を振って、本土へ向かうフェリーに乗り込む。

 十代たちにしばらく会えなくなるのは正直寂しい。しかし、長く会っていなかった人たちに会うことも大切である。

 俺はフェリーの中の一室で、マナと戯れながら時間を過ごす。

 久しぶりに踏む本土の土。そして、数か月ぶりに顔を見ることになる人たちに思いを馳せるのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ――俺には、この世界の戸籍がない。

 当然身寄りもなく、また生活の基盤なんてものもあるわけがなかった。

 そんなないないづくしの俺が頼ったのが、一方的とはいえ見知った存在であった武藤遊戯さん。そして遊戯さんの紹介で戸籍のお世話をしてもらった海馬瀬人さん。更に、二人の紹介で引き会わせてもらったペガサス・J・クロフォードさんである。

 一時期は遊戯さんの家でお世話になっていた俺だったが、半年を過ぎた頃にペガサスさんのもとへと場所を移すことになる。

 それは、俺が彼らに提示した自分の世界のカードたち。シンクロ、エクシーズと呼ばれるこの時代にない概念のカードの開発についての協力を求めてのことであった。

 これらのカードに非常に高い興味を示したペガサスさんは、忙しい合間を縫ってその開発に力を注いでいた。ペガサスさんとしては俺を招聘して協力してほしかったらしいが、俺はそれを断っていた。

 当時は自分の置かれた環境に対する戸惑いがひどい時期であり、マナや遊戯さんたち以外とあまり積極的に交流を持とうという気力が湧いてこなかったのだ。

 そのため、ペガサスさんは直接俺を呼ぶのを諦めてくれた。その代わり、時折りネット通信という形での協力は行っていたのだが。

 しかし、半年も過ぎると俺の状態もかなり良くなり、自発的に出かけることも多くなっていた。

 その時、ペガサスさんから協力の申し出を受けた俺は、それを了承したのだ。

 半年前に断ってしまっていたことだが、その時にはむしろ進んで協力したいという前向きな気持ちで溢れていた。

 ペガサスさんは、俺の世界のカードを再現することで、この世界でも同じように楽しく過ごしてくれることを望んでいた。俺が塞ぎこんでいるのを心配してのことだろう、と遊戯さんがこっそり教えてくれたのだ。

 そんなペガサスさんに、俺が何かお返しをしたいと思うのは当然のことだった。既に気持ちも落ち着いていたため、一層その気持ちは強かった。

 そうして、俺はその日から一ヵ月間I2社の本社へと出向くこととなった。

 カードの開発に協力する間、俺はペガサスさんのところへとお世話になり、ペガサスさんは俺に本当によくしてくれた。

 一緒に食事をし、同じ家に泊まり、ペガサスさん自身のこれまでのことや、逆に俺自身のことを話したりした。

 いったい、俺の何がそんなに気に入られたのかはわからない。ただ、ペガサスさんは本当に楽しそうに俺に笑ってくれていたのは印象深く覚えている。

 そして、俺にとってその時間がとても楽しいものであったことは確かなことだった。

 きっと、その時からペガサスさんは考えていたのだろう。

 ―― 一ヶ月後、日本に帰る時。

 ペガサスさんは、いつもの笑顔で俺に手を差し伸べてこう言った。

 

「もし遠也がいいなら、私と家族になりまショウ」と。

 

 俺はその手をすぐにとれず、一旦帰国することとなる。

 

 ……そして、その二週間後。俺はその手をとり、ペガサスさんは俺の保護者となった。

 

 

 

 

 それから、ペガサスさんは童実野町に一軒の家を建て、俺はそこに住むようになった。

 遊戯さんの家から徒歩で五分という、非常に近い場所。それはきっとペガサスさんの気遣いだったのだろう。ペガサスさんの本拠である海外ではなく、慣れた場所で俺が暮らせるように配慮してくれたのだ。

 大富豪のペガサスさんが建てたとは思えない、ごく一般的な一階建ての4LDK。白い壁が明るさを際立たせる、シンプルながらセンスのいい家だった。

 まぁ、こんな若造が豪華な家に住んでもしょうがない。そこらへんはペガサスさんも一般的な感性だったということだろう。

 ちなみに、マナが入り浸りまくっていたため、ところどころにマナの私物がある。俺の寝室にまで浸食しているそれは、もはや同棲と言っても過言ではないレベルだ。

 それに対し、遊戯さんは苦笑。マナの師匠であるマハードは苦い顔をしつつも何も言わず。そして、そのとき偶然帰国していた杏子さんが何故かマナとハイタッチをしていた。

 あ、ちなみに杏子さんとは遊戯さんの彼女のような存在(まだ付き合ってないらしい)の人だ。今は海外でプロのダンサーとして活躍しているらしく、日本にはたまに帰って来るんだとか。

 遊戯さんとはよく、杏子さんのことが話題になる。俺が遊戯さんに告白を促すと、遊戯さんも俺に告白を促してくる。

 そして結局、お互いに何も行動に移さないまま、普通に次の日を迎えるのだ。

 そのため、マハードに溜め息を吐かれることもしばしば。少々呆れたようにこっちを見るその目は主である遊戯さんにも向けられているが、俺たちはその視線に縮こまるしかなかった。すみません、ヘタレで。

 もっとも、遊戯さんも最近は積極的になってきたとは聞くが……どうなるかは神のみぞ知るといったところだろう。

 

 まぁ、それは置いておいて。

 つまり、俺には童実野町にれっきとした自宅があるのだ。そここそが、今の俺にとって帰るべき場所である。

 家族になってくれた上、こうまで俺のことを考えてくれるペガサスさんには感謝してもしきれない。

 本当に、俺は恵まれている。この世界で出会った人たちのことを思うたび、俺は心の底からそう思うのだった。

 

 

 

 

「あー……疲れた」

『やっと着いたねー』

 

 キャリーバッグをガラゴロ引きながら歩き、立ち止まった一軒家。表札に「皆本」と書かれたそこは、紛れもない俺の家だ。

 ペガサスさんに保護者になってもらった時、我儘を言って残してもらった俺の名字だ。やはり前の世界の家族のことも忘れ難かった俺は、名字を残しておきたかったのだ。幸いペガサスさんは笑って許してくれたので、俺は変わらず皆本遠也を名乗っている。

 しかし、あれだ。本土に着いてから、移動を続けていたため、流石に疲労がたまっている。

 俺はその疲れを押し出すように一度深呼吸をする。

 

「ふぅ……じゃ、入るか」

『うん、久しぶりに帰って来るよね、ここにも』

 

 正確にはマナの家ではないのだが、俺は空気を読んで「そうだな」と答える。

 歯ブラシや衣類まで完備してあるのだ。マナも殆ど住人みたいなものなのは否定しがたい事実だからなぁ。

 そんなことを考えつつ、俺は鍵を取り出して鍵穴に差し込みくるりと回す。

 がちゃん、と鍵が開いた音を聞き、玄関の扉に手をかけた。

 やれやれ、ようやく落ち着くことが出来る我が家に帰ってこれ――

 

「おかえりなサーイ! マイブラ――」

 

 バタン。

 いかん、つい閉めてしまった。

 

『ねぇ、遠也。今のって……』

「……ああ。なんでいるんだろう」

 

 この世界ではトップの企業の会長だろう。なんでこんなところで出待ちしている時間があるんだ。

 甚だ疑問だが、それについては後回しだ。

 ひとまず、素直に家に入るしかないだろう。

 俺は一度閉めた扉に再び手をかけ、同じように開け放った。

 

「ひどいデース。せっかく弟に会いに来たというのに、悲しくて涙が出てきマース」

「……仕事はいいんですか、ペガサスさん」

 

 玄関先でわざとらしく泣き崩れる銀色の長髪が特徴的な男性。どこからどう見てもI²社の会長にして俺の義理の兄でもあるペガサスさんに他ならなかった。

 あ、義理の兄っていうのは、保護者となった時に俺を文字通りに家族としてペガサスさんが迎えたためだ。養子にするのが一番やりやすかったらしいのだが、そこはペガサスさんが渋って、結局このように落ち着いた。

 なんでも、お父さんと呼ばれるのはまだ嫌だったそうだ。いや、呼ばないですよ俺は。

 

「仕事は心配いりまセーン」

 

 すっく、と立ち上がったペガサスさんは、にっこり笑って俺を見る。

 

「それよりも、積もる話もありマース。早速上がってくだサーイ」

 

 言って、俺の肩を叩きどうぞどうぞと中へ手招きしてくる。

 ここ、俺の家なんだけど。名義は確かにペガサスさんだけどさ。

 おっと、そうだ。言い忘れてた。

 

「ペガサスさん」

「ホワッツ?」

「ただいまです」

 

 俺がそう言うと、ペガサスさんはもう一度微笑み、おかえりなサーイ、とあの独特な口調で返してくれるのだった。

 

 

 

 

 その後、荷物を自分の部屋に置き、ラフな格好に着替えてからリビングへと向かう。

 ちなみにマナは違う部屋で着替え中だ。ペガサスさんは精霊を感じることは出来るものの見ることはできないため、マナはそういった人と会う際には実体化する必要があるのだ。

 そして、その時にブラマジガールの格好をしているというのもどうかというわけで、私服に着替えている。出かける時とかにも必要となるので、マナはそれなりの数の私服を持っている。そのほとんどが俺の家にあるのは、何とも不思議な話なのだが。

 リビングに入ると、ペガサスさんが手ずから紅茶を淹れて食卓で優雅にくつろいでいた。

 ティーセットを買った覚えはないんだが……わざわざ持ってきたのだろうか。イギリス人のような趣味の人だ。アメリカ出身なのに。

 ペガサスさんはリビングに入ってきた俺を見つけると、すぐにカップに紅茶を注ぎ、俺が座る席に置く。同じように、俺の後ろから顔を出したマナのものだろう、もう一杯の紅茶を注いでいる。

 ありがと、とお礼を言って俺たちはテーブルに座る。

 ちょうど俺とマナが並んで座り、対面にペガサスさんが一人で座る格好となった。

 

「マナガールはお久しぶりデース。わざわざ実体化までしてくれて、ありがとうございマース」

「いえいえ」

 

 マナが謙遜すると、ペガサスさんは微笑んだ。

 そして、どこかコミカルにぽん、と手を打った。

 

「Oh! そうデース、まずは遠也の近況を聞きたいですネ。お友達はたくさん出来ましたか?」

 

 にこにこと笑って聞いてくる姿に、俺は素直にアカデミアでの生活を話す。

 時折りマナからの補足があったり、互いに見聞きしたことを交えながら、ペガサスさんにここ数カ月で俺が得てきたものを伝えていく。

 十代や翔、隼人といった友人たち。アカデミアで起こった事件。その時に俺がどうしたのか。そしてシンクロ召喚のアカデミアにおける普及状況について、などなど。

 俺は自分でも驚くほどに饒舌に語る。ペガサスさんという頼れる家族に久しぶりに会ったことで、きっと我知らず浮かれているのだろう。そんな風に思う。

 けど、それが不快というわけではない。むしろ、俺自身もこうして自分のことを聞いてくれる人がいることを、嬉しく感じていた。

 だから、俺はいかに自分が楽しくやっているかを、ペガサスさんに思うままに伝えていく。それに、義兄はただ微笑んで相槌を打っていた。

 そうして俺はノンストップで話し続け、ようやく話も終わりに近づく。その時ふと喉の渇きに気づいた。

 ペガサスさんが淹れてくれた紅茶を口に含もうとカップを手に取り、その間隙を見計らって、ペガサスさんが口を開いた。

 

「……なるほど、やはり、遠也にアカデミアに行ってもらったのは正解だったようデース。とても大切なことを体験できているようで、私としても嬉しい限りデース」

 

 そう言って、ペガサスさんもお茶を飲む。

 そして、その表情をすっと引き締めて足元から小ぶりのジュラルミンケースをテーブルの上に置いた。

 なんだろう。俺は隣のマナと思わず顔を見合わせた。

 

「以前、遠也から聞いたカードを作りました。未来において、とても重要なカードだと言っていましたネ。ですから、これは社員に任せず、私自身が一から作り上げたカードたちなのデース」

 

 そして、ペガサスさんはケースを開く。

 中には黒い緩衝材が敷き詰められており、その緩衝材にはカードの形のくぼみがある。その数は5枚分。そして、そのくぼみには既にそれぞれカードが収められていた。

 

《レッド・デーモンズ・ドラゴン》

《ブラック・ローズ・ドラゴン》

《エンシェント・フェアリー・ドラゴン》

《ブラックフェザー・ドラゴン》

《パワー・ツール・ドラゴン》

 

 黒の中でひときわ輝く白いカードたち。

 未来において、シグナーと呼ばれる人間たちが相棒とするそれぞれのカードが、新品まっさらな状態でそこに存在していた。

 俺は思わず顔を見上げてペガサスさんを見る。ペガサスさんは、そんな俺を見て口を開いた。

 

「不思議なカードたちデース。このカードたちは、生まれながら特別でした。このカードたちは、決して破損しない。いえ、破損しても復活すると言うべきでショウ」

「そんなバカな……」

 

 いくらシグナーのカードとはいえ、所詮は紙で出来たものだ。そんなことがあるのだろうか。

 しかし、俺の否定の言葉にペガサスさんは首を振った。

 

「本当デース。一度だけ端が折れてしまったことがありましたが、次の日には真っ直ぐになっていました。まるで、自らの意思で来るべき日に備えているかのように」

 

 その言葉に、俺は思わず5枚のカードを見る。一瞬、カードが光を放つ。

 目をこすり、もう一度見るが、そんなことはなかった。見間違い……だったのだろうか。だとしても、不思議なカードたちだ。

 

「これらのカードに加え、あなたの持つ《スターダスト・ドラゴン》は特別なカードデース。私は遠也が持っていたカードのほとんどをコピーしました。しかし、スターダストとその派生のカードについては作っていません。いいえ、作れなかったのデース」

 

 作ろうと思ったことはあったが、何故か次の瞬間にはそれはダメだと感じていたのだという。

 それをペガサスさんは、赤き竜と呼ばれる存在の力なのかもしれまセーン、と言った。

 

「だから、あなたのスターダストを加えた6枚のカードは、正真正銘世界に1枚しか存在していまセーン。……そして、私はこれらのカードを世に放つことにしました。そうすれば、いずれ相応しい者の手に渡ってくれることでしょう」

 

 そう締めると、ペガサスさんは一度目を伏せた。

 原作において、シグナーのカードを誰が作ったのか、俺は知らない。不動博士が当時の海馬コーポレーションに頼んだのか、それとも以前から存在していたカードの中から選んだのか……。

 どちらにせよ、これらのカードはそうなるべくして生まれたということだろう。そして、この世界においてはデュエルモンスターズの生みの親であるペガサスさん自身が、一から作り上げたカードとなった。

 それはまさに特別なカードだろう。シグナーの竜、というだけでなくあのペガサスさん自身が手掛けたカードなのだ。

 それを、世に放つ。恐らく、善悪問わずに多くの人間の手を渡っていくことだろう。

 しかし、もしこの世に宿命とでも呼ぶべきものがあるとするならば。

 カードはきっと、過たずに正統な持ち主の手に渡るに違いない。

 このカードたちが放つ不思議な感覚。それを思うと、俺はそれが根拠のない妄想で終わるとは、何故か思えないのだった。

 

「そう、ですね。俺も、それでいいと思います」

 

 だから、俺はペガサスさんの言葉にこう返す。

 ペガサスさんは、満足そうに頷いた。

 

「遠也なら、きっとそう言うと思っていまシタ」

 

 予想通りだったと笑うペガサスさんに、なんだかわかりやすい奴みたいに思われているのを感じて、わずかにむっとする。

 そのことに、小さな悪戯心を刺激された俺は、更に言葉を付け足した。

 

「でも、スターダストは俺のですからね」

 

 いささか意地を張ったような言い方になってしまったその言葉を受けて、ペガサスさんは一時きょとんと呆気にとられる。

 しかし、次の瞬間には大きく口を開けて笑い始めた。

 ……なんか、そうまで笑われるとかなり恥ずかしいんですけど。ちょっと拗ねたような感じになってしまったのは自覚しているが、それでも大笑いはひどくないだろうか。

 俺は、気恥ずかしさも相まって一層むっとした表情を作る。

 それを見たのだろう、ペガサスさんは笑いを引っ込めて俺を見た。

 

「もちろんデース! そのカードは、遠也にしか似合いまセーン」

 

 笑みと共に心底そう思っている声音で、ペガサスさんは言う。

 俺は、それに強がって「当然です」と返すことしか出来なかった。そして、そんな俺を見てペガサスさんとマナは小さく笑うのだった。

 

 

 

 

 それから一時間ほど俺たちは歓談していたが、部下から電話を受けたペガサスさんは慌ただしく帰っていった。

 やはり仕事は忙しいままだったらしく、こちらに来るのも少々無理をしていたようだ。

 迎えの車が来ると、ペガサスさんは別れをとても惜しんでいた。が、俺が部下の人に迷惑をかけないように、と言うと大げさに手を振りながら去っていく。俺に「いずれアカデミアにも視察で行かせてもらいマース」と残して。

 ペガサスさんがいなくなり、俺たちは家の中で一服する。帰って来てからすぐにペガサスさんといたから、結局まだ休めてなかったんだよな。

 俺たちは二人してリビングのソファに身体を預け、ひたすらにリラックスした時間を過ごす。

 そんな中、俺はデッキケースから1枚のカードを取り出した。

 《スターダスト・ドラゴン》……遊星のエースであり、赤き竜の力を備えるシグナーの五竜の1体。

 ペガサスさんはそれぞれ1枚ずつ作り、しかしスターダストは俺が持っているから作らなかった。

 ということは、だ。

 

「このカード、将来遊星の手に渡ることになるのか……」

 

 そう、この世界にスターダスト・ドラゴンのカードは俺が持ち込んだこの1枚だけ。それはつまり、俺が元の世界から愛用してきたこのカードが、そのままいずれ遊星のデッキに組み込まれることを意味している。

 そう考えると、何とも感慨深いものを感じずにはいられない。本来この世界のものではないこのカードが、遊星のエースになる。そんなこと、考えもしなかった。

 俺も、いつの間にかこの世界の歯車の一つになってるんだなぁ。それはきっと当然のことなのだろうが、起源が他の人とは異なる俺としては、やはり感慨深い。

 

「ん?」

 

 今、スターダストの眼が光ったような……。いやまぁ、ウルトラレアのカードだし、光の加減か。

 俺は大して気にせずカードをデッキに戻し、ソファに寝転ぶ。

 ぼうっとそんな取り留めもないことを考えたり、冬休みの過ごし方をどうするかについても考えを巡らせる。

 ああ、そうだ。帰って来たんだし、遊戯さんのところにも顔を出さなきゃ。

 そう思い至るも、このソファの感触は実に惜しい。

 しばし悩んだ後、俺は隣のマナに聞こえるように声を出した。

 

「……遊戯さんの家に行くの、明日でもいいかぁ」

「そうだねー……」

 

 互いにだらけきった声で、そうしようと同意し、俺たちはソファに寝転がるとゆっくりと瞼を閉じるのだった。

 

 

 

 

「え、遊戯さんはいない?」

「ええ。来てもらったのに、ごめんなさいね遠也くん」

 

 翌日、遊戯さんの自宅を訪ねると、遊戯さんのお母さんが出てくれた。

 それによると、遊戯さんは今いないらしい。どうも、旅に出たそうでいつ帰って来るかもわからないとのこと。

 このご時世に旅て。遊戯さんもなかなかに自由な人である。

 それじゃあ、また来ます。そう返して、俺は遊戯さんのお母さんに頭を下げる。

 そして歩き出すが、これで今日の予定が一気にパーになってしまった。

 

『どうしようか、遠也』

「そうだなー、杏子さんのところか城之内さんのところにも顔を出してみるか?」

『あ、じゃあ私、杏子ちゃんに会いたい!』

 

 はいはい、と手を挙げて主張してくるマナは、嬉しそうに笑っている。

 よほど友達と会うのが嬉しいんだろう。

 マナと杏子さんはどこで気が合ったのか、かなり親しい関係だ。杏子さんは精霊を見ることは出来ないが、マナの場合は実体化できるので問題ない。

 お互いに同じような悩みを持っているらしく、それで気が合うのだと何故かマハードから聞いたことがある。まぁ、友達がいるのはいいことだ。なら、いま日本にいるのかは知らないが、訪ねるだけ訪ねてみますか。

 

「それなら、まず家に帰って着替えないとな」

『うん、そうしよう!』

 

 結論が出たところで、俺たちは自宅に向けて歩き出す。

 数分とせず自宅まで辿り着き、その玄関先を見た瞬間……俺はマナに声をかけていた。

 

「マナ、杏子さんに会うのは諦めなさい」

『……うん、仕方ないね』

 

 マナも俺がそう言った理由を悟ったのだろう。はぁ、と溜め息をついていた。

 そして、俺は覚悟を決めて玄関先へ向かう。

 そこに立っていた人物が、こちらを振り返った。

 

「ふぅん、この俺を待たせるとはな」

 

 約束をしていたわけでもないのに、相変わらず自分本位な人である。

 

「……お久しぶりです、海馬さん」

 

 俺の返答に、ふん、と居丈高に反応を返してくる。

 そう、KC海馬コーポレーション社の社長にして遊戯さんの宿命のライバル。海馬瀬人さんがそこにいた。

 しかし、なんだってわざわざ俺の家に? 人を呼び出すんじゃなく、自分から訪ねて来るなんて、珍しいにもほどがある。

 シンクロやオートシャッフル機能搭載のデュエルディスクの開発など、俺の持つ完成品が必要となる段階は既に過ぎているはず。何か用があるとも思えないんだが……。

 俺がそう思索していると、静かなエンジン音と共に立派な白いリムジンが家の前に停まる。フロントのライトが異様に尖っていて青く塗ってあるうえ、車体のところどころに翼のような装飾がある。

 相変わらず、海馬さんの青眼愛は留まるところを知らないようだ。

 

「本来なら、貴様ごときを迎えになど来ないがな。貴様はモクバと仲がいい。感謝するんだな」

 

 そう言って、海馬さんはさっさと車に乗り込み、次いで俺にも乗れと告げる。

 俺は逆らわずに乗り込み、扉を閉める。そして、それを確認した途端に走り出す車。向かう先は当然、海馬コーポレーションだろう。ちなみに、隣には精霊化したマナも座っている。

 しかし、一体全体なんの用なんだ。心当たりが全くないため、一層気になる。そして、その疑問に耐えきれなくなった俺は、対面に座る海馬さんに尋ねるのだった。

 

「……結局、なんの用なんですか?」

 

 それに対して、海馬さんはふん、と鼻を鳴らした。

 

「新カードのテストだ」

 

 どこか得意げに言う海馬さんに、俺は首をかしげる。

 それで、なんでわざわざ俺を呼ぶ?

 しかし、それ以上は何も言わずに海馬さんは黙る。

 結局俺もその後に何か言うことはなく、そのまま車は海馬コーポレーションへと向かっていくのだった。

 

 

 

 

 KC社に着き、社長と別れて社員の方に案内されることしばし。

 新しいソリッドビジョンのシステムなんかを確かめるための広い殺風景な部屋に案内された。

 壁は装飾というものが一切なく、下地の灰色一色。四方がそんな感じだが、ある一方の壁だけ天井付近に窓が取り付けられている。その向こうから研究者らしき人たちがこちらを見下ろしていた。

 まぁ、いかにもな感じの実験部屋だと思ってもらえばいい。とはいっても、実験台のようなものはない。あくまでデュエルの実験なのだ。

 俺は既にデュエルディスクとデッキを付けてその部屋の中に立っている。隣には精霊化したマナもいるが、それはこの際置いておこう。

 ともかく、俺が言われたのはここでデュエルをすること。それだけだ。

 相手のことも何も聞いていないが、社長の指示ですと言うだけで何も答えてくれなかった。

 そういうわけで、俺はただひたすら相手が来るのを待っている。

 そして、いい加減もう帰っていいかなと思い始めた頃。俺の対面側の扉がスライドし、そこから対戦相手が現れた。

 

「準備は出来ているようだな。では、始めよう」

「うすうす予想はしてましたけど、やっぱあなたですか海馬さん」

 

 俺が若干の呆れを込めて言うと、海馬さんはにやりと笑った。

 

「貴様ほど新カードのテスターに相応しい人物はいない。それに……」

「それに?」

 

 直後、海馬さんが俺を睨んだ。

 

「この俺に泥をつけた貴様を、この手で叩き潰さねば気が済まん!」

「まだ根に持ってるんですか!? っていうか、もう何度も叩き潰されてるでしょ俺!」

「ええい、黙れ! とりわけ貴様との最後のデュエル……貴様のジャンクごときにこの俺の青眼(ブルーアイズ)が倒されるなど、許しがたい屈辱だった。ここで、それを晴らしてくれるわ!」

 

 拳を握り込み、力説する海馬さん。

 確かに、俺と海馬さんが行った最後のデュエルは、俺のジャンク・ウォリアーが青眼を殴り殺して俺が勝った。

 あの時の海馬さんは本当に怖かったが、まさかそれを未だに気にしていたとは……。

 しかもどうやら海馬さんは本気である。これは、逃げられそうにない。

 俺は溜め息をつき、デュエルディスクを構えた。

 

「ふぅん、そうでなくてはな」

 

 対して、海馬さんもディスクを構える。

 

「手加減はしませんよ、海馬さん」

「ふん、我が最強の下僕(しもべ)が、全て打ち砕いてくれるわ!」

 

 そして、同時にスタートボタンを押した。

 

「「デュエルッ!」」

 

皆本遠也 LP:4000

海馬瀬人 LP:4000

 

「先攻は俺ですね。ドロー!」

 

 手札の6枚を早速確認。

 ……ふむ。まぁ、無難といっていい手札だ。

 まずはチューナーを呼び込むことが先決だな。

 

「俺は手札から《調律》を発動し、デッキから《ジャンク・シンクロン》を手札に加え、その後デッキトップのカードを墓地に送ります。よし、ジャンク・シンクロンを召喚し、場にチューナーがいるため墓地の《ボルト・ヘッジホッグ》を特殊召喚! レベル2のボルト・ヘッジホッグにレベル3ジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 レベルの合計は5となる。さて、出てきてもらおうかな、海馬さんにも刺さるあのカードに。

 

「集いし狂気が、正義の名の下動き出す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 殲滅せよ、《A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス) カタストル》!」

 

 白銀の装甲に、金色の爪。青く光を放つ一つ目のレンズを持つ四足の機動兵器が、フィールド上にて起動した。

 

《A・O・J カタストル》 ATK/2200 DEF/1200

 

「更にカードを1枚伏せて、ターンエンドです」

 

 俺がエンド宣言をしてターンが海馬さんに移る。

 しかし、海馬さんはまだドローせず、俺が召喚したモンスターを見て、ほう、と興味深そうな声を漏らした。

 

「ジャンク・ウォリアーでも、ライブラリアンでもない。貴様、まだそんなカードを持っていたのか」

「ええまあ。ただ、コイツは効果がアレなんで、今まで使っていなかったんですけどね」

「興味深い。その能力、俺が見定めてやろう。ドロー!」

 

 いや、効果を確かめたいならデュエルディスクに相手の場にあるカードの効果を知る機能あるでしょうに。

 しかし、この世界のデュエリストは基本的に相手のカードの効果を確かめることはしないので、俺は言わない。

 確かにいちいち「この効果はこうだから云々」と言わずに、ノリで勢いのままにデュエルしたほうが楽しいのは事実だからだ。

 単に、面倒くさがっているという意見もあるが、それについては触れないでおく。

 

「ふぅん、いいカードだ。俺はまず《手札抹殺》を発動する」

「《手札抹殺》?」

 

 互いに手札を全て捨て、その後捨てた枚数分ドローするカード。

 海馬さんがこのカードを使ったという話は聞かない。新たに投入された可能性が高いが、いったい何故?

 疑問に思いつつも、俺はカードの効果を処理していく。互いに手札を全て捨て、捨てた枚数ドローしたところ、海馬さんが口を開いた。

 

「墓地に送られた《伝説の白石(ホワイト・オブ・レジェンド)》の効果を発動。デッキから《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を手札に加える。墓地に送られた《伝説の白石》は2枚だ。よって、2枚の青眼を手札に加える」

「なっ、ほ、《伝説の白石(ホワイト・オブ・レジェンド)》!?」

 

 なんでそのカードがここに?

 俺はそんなカードこの世界に持ってきてないぞ!?

 動揺する俺。そして、その姿を見て、海馬さんが口角を上げた。

 

「驚いているようだな、遠也。これは、貴様の話に出てきたカードを俺が作らせたものだ。青眼のサポートカードは、この俺にしか扱うことの出来ない特別なカード。俺がそれを持たない道理はないからな」

 

 自信満々かつ満足げに頷く海馬さんは、実に得意げだ。

 なるほど、それで俺がテスターとして適任というわけか。伝説の白石は、俺の世界に存在したカードであり、この時代にはまだ存在していない。

 いや、この世界では青眼は3枚しか存在しない以上、未来においても作られないかもしれない。

 そういった意味では、伝説の白石は本当に新カードと言えるのかもしれなかった。

 しかも、伝説の白石はチューナーモンスターだ。ということはつまり、海馬さんはシンクロモンスターを手に入れたということだろうか。

 俺がそう海馬さんのデッキについて考察していると、海馬さんが更に言葉を続ける。

 

「だが、俺はシンクロなどという寄せ集めの結束になど頼らん。我が力は最強の代名詞たる《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》でのみ示される! 貴様の世界ではシンクロ召喚が主流だったようだが……」

 

 そこで、海馬さんは俺を見て、自信に満ちた笑みを見せた。

 

「低レベルモンスターの力など借りずとも、我が青眼(ブルーアイズ)は最強のモンスター! そのことを証明してくれるわ! フハハハハハ!」

 

 海馬さんお馴染みの高笑いが室内に響き渡る。

 なかなかにテンションが高い海馬さんだが、しかしその自信家っぷりはある意味尊敬に値すると思う。

 そもそも、ここまで特定のカードを愛し、心の底から信頼するデュエリストに俺は出会ったことがない。

 ことその点に関しては、おそらく遊戯さんでも敵わない。遊戯さんにとってはマハードが海馬さんで言う青眼に当たるかもしれないが、アテムの人格が既に存在しない以上、その信頼はアテム以上とはいかないだろう。

 だからこそ言える。海馬さんこそ、この世界で最もカード(ただし青眼(ブルーアイズ)に限る)を愛しているデュエリストだと。

 青眼だけ、という点が海馬さんの性格を如実に表していると言える。言い方は何だが、質の海馬さん、量の遊戯さん、みたいな。

 カードへの信頼に質も量もないと思うが、わかりやすく例えるならそんなところだろう。

 海馬さんはこと青眼に関してはこの世界の誰よりもカードを信頼しており、きっと並ぶ者はいないと思う。

 だからこそ、海馬さんのデュエルは気高く、見ていて爽快なのだと思う。最も信頼するカードを生かし、そのカードのために作られたデッキで勝ち続ける。

 いうなれば、海馬さんは世界最強のファンデッキ使いなのだ。

 そりゃ見ていて爽快にもなるし、海馬さんに憧れる人も出てくるわけだ。ファンデッキで最強の座に限りなく近い位置に居続けるのは、並大抵のことではないとデュエリストならば誰にでもわかる。

 そして、海馬さんが使うのは世界に3枚しかない青眼の白龍のデッキ。海馬さんを特別視する人間が出てくるのは、そう考えると当然だとも思える。

 そんな海馬さんにとって、やはり青眼は特別なのだ。

 だからこそ、この言いようもいかにもらしい・・・と感じられて、俺は感心すらしそうだった。

 が、しかし。

 

「寄せ集めの結束とは、言ってくれますね」

「ふん、事実だろう」

 

 海馬さんは自身の言葉を訂正せず、言外に覆すつもりはないと言い放つ。

 この野郎、このデッキに負けたこともあるくせに。

 さすがに俺の相棒たるカードたちのことを、そんなふうに言われて黙っていられるほど俺も温厚なつもりはない。

 俺は先程とは違い、力のこもった眼で海馬さんを見据えた。

 その視線を受け、しかし海馬さんは気にしていないかのように自身のターンを進めていく。

 

「俺は手札から《古のルール》を発動する。この効果により、手札からレベル5以上の通常モンスター――《青眼の白龍》を特殊召喚する!」

 

 逆巻く風を伴い、海馬さんのフィールドに純白の体躯が眩しく煌めく、美しいドラゴンが舞い降りる。

 その青い両眼がこちらを見据え、威嚇するように咆哮する。その姿は伝説と呼ばれるのも納得できるほどの迫力を持っており、真っ直ぐにその視線を受けるだけでも気合を入れねばならぬほどだった。

 

《青眼の白龍》 ATK/3000 DEF/2500

 

「そして更に! 《正義の味方 カイバーマン》を召喚し、効果を発動! このカードを生贄に捧げ、手札の青眼の白龍を特殊召喚する!」

 

 そして場に現れる、仮面をかぶった海馬さん。

 本人が目の前にいるという何とも言い難い状況だったが、俺は突っ込みたい気持ちをぐっとこらえて推移を見守る。

 カイバーマンはやがて光の粒子となって場を離れ、そして代わりに現れたのはまたもや最強のドラゴン、青眼の白龍。

 2体がそれぞれ海馬さんの前に立ち、鋭い眼で今か今かと攻撃の瞬間を窺っている。

 

《青眼の白龍2》 ATK/3000 DEF/2500

 

 いきなり2体の青眼の白龍……さすがは海馬さん、といったところだろう。

 なかなかに迫力のある光景に、俺もソリッドビジョンだとわかっていながら、思わず冷や汗が出そうになるほどだ。

 

「フハハハハ! どうだ、これこそ我が最強の下僕(しもべ)、青眼の白龍だ! 貴様のチンケな結束とやらも、この圧倒的な力で叩き潰してくれるわ!」

 

 ……カッチーン、ですよこの野郎。

 海馬さんめ、調子に乗りやがってぇ。

 いいぜ、そうまで言うなら、まずはその最強をぶち殺す。

 低レベルであろうと、低ステータスであろうと、力を合わせれば大きな力を生み出すことが出来る。

 それこそがシンクロ召喚だ。まさにカードたちがその絆を深めて力を得ていく、最高にカッコイイ戦術。

 まして、俺の信頼するデッキを小馬鹿にするとは、海馬さんにとってはデフォルトであろうとも許せん。

 実は毎回デュエルするたびに同じようなことを言われて、そのたびに俺はこうして反発しているのだが……それは蛇足というものだろう。

 何はともあれ、そうまで言われた以上絶対に勝ってやる。

 毎回のことだが、俺は意地のようにそう決心し、2体の青眼ブルーアイズの視線を真っ向から受け止めるのだった。

 

 

 

 



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第13話 海馬

 

 海馬さんのフィールドには2体の《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》。さすがに元の世界でも超がつくほど有名かつ人気のカードだけに、ソリッドビジョンとなった姿には、桁違いの迫力があった。

 

 対して、俺のフィールドにはモンスターが1体。恐らく、この世界の人間なら、これだけで俺の不利だと悟るに違いない。

 だが……。

 

「いくぞ、遠也! 青眼(ブルーアイズ)よ、あのガラクタを粉砕しろ! 《滅びの爆裂疾風弾(バースト・ストリーム)》!」

 

 海馬さんが召喚した1体目の青眼が、口を大きく開けてその口腔に凝縮されたエネルギーを形成し始める。

 それはやがて紫電を伴う光の玉となり、青眼は首を振るようにしてそのエネルギーを一気にカタストルに向けて解放した。

 一筋の光となって、それは狙い違わずカタストルに突き刺さる。

 海馬さんは自身に満ちた笑みを見せているが……次の瞬間、その表情は崩れ去った。

 なぜなら、海馬さんの青眼こそが消滅し、カタストルは健在だったからだ。

 

「馬鹿な……俺の青眼が……! いったい何が起こったのだ!」

 

 泡沫の幻のように消えゆく青眼を前に、さすがの海馬さんも動揺を隠せないようだ。

 俺は、海馬さんに対して口を開く。

 

「《A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス) カタストル》の効果です。このカードが闇属性以外のモンスターと戦闘を行う時、ダメージ計算を行わずにそのモンスターは破壊されるんですよ」

「な、なんだと!? それでは俺の青眼は……」

「はい。コイツの前では無力ですねー」

 

 ふふん、と得意げにしてみる。

 まぁ、あれだ。相手のカードの効果を確かめないというこの世界独特の風習が生んだ弊害って奴だな。

 そんなことを思っていると、射殺さんばかりに睨みつけてくる海馬さん。調子に乗ってすみませんでした!

 

「おのれ……! ターンエンドだ!」

 

 青眼が全く歯が立たなかったことが、よほど腹に据えかねたらしい。

 海馬さんの顔に先程までの余裕はなく、メラメラと燃える怒りがそこにはあった。それこそ、背後に炎が見えそうなほどだ。

 やっぱり、一部の人にとってこのカードは天敵だな。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 手札を見て、ざっと確認。

 よし、今のうちに出来るだけこちらも態勢を整える。相手はあの海馬さんだ。すぐに何か対策を施してくるに違いない。

 

「俺は《ボルト・ヘッジホッグ》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! 更に罠発動、《エンジェル・リフト》! 墓地のレベル・スティーラーを蘇生します」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

 

「レベル1レベル・スティーラーにレベル5クイック・シンクロンをチューニング!」

 

 レベルの合計は6。そして、クイック・シンクロンはドリル・シンクロンをその銃で撃ち抜く。

 

「集いし力が、大地を貫く槍となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 砕け、《ドリル・ウォリアー》!」

 

 黄色いスカーフをたなびかせ、颯爽と現れるのはロマンあふれる戦士。ドリルだけにね。

 

《ドリル・ウォリアー》 ATK/2400 DEF/2000

 

「ドリル・ウォリアーの効果発動! 自分のメインフェイズに1度、手札を1枚捨てることで自身をゲームから除外します!」

 

 その指示を受け、ドリル・ウォリアーがそのドリルで次元の壁に穴を掘り、そこに潜って姿を消す。

 次のターンまで、さらば、ドリル・ウォリアー。

 

「そしてバトル! カタストルで青眼の白龍に攻撃!」

 

 すると、カタストルは青いレンズがはめ込まれた一つ目をカッと輝かせ、細いレーザーが一瞬空間を走り、青眼に突き刺さった。

 本当に細いレーザーだったというのに、たちまち悶え苦しみ、やがて消滅していく青眼。

 遠距離戦ではレーザーを使うカタストル。武器は何もその鋭い爪だけではないのだ。

 さすがは機動兵器ということか。こいつもまたロマンのある攻撃方法を持っているものである。

 

「またしても俺の青眼を……!」

 

 そして海馬さんの堪忍袋の緒がヤバイ。それに伴い、俺の胃もヤバイ。ストレス的な意味で。

 

「ターンエンドで――」

「俺のターンだ! ドロー!」

 

 被せるようにしてカードを引く海馬さん。そんなに頭に来ていたのか。

 

「……モンスターをセットしてターンエンドだ!」

 

 さすがに海馬さんもカタストルを突破するのは骨、ということだろうか。海馬さんにしては珍しく、消極的なターンだったと言える。

 

「俺のターン、ドロー! そしてこのスタンバイフェイズ、除外されていたドリル・ウォリアーを特殊召喚し、墓地のモンスターカードを1枚手札に加える。俺は《クイック・シンクロン》を手札に加えます」

 

《ドリル・ウォリアー》 ATK/2400 DEF/2000

 

 さて、どうしたもんか。

 カタストルでセットモンスターを排除し、その後ドリル・ウォリアーの直接攻撃が決まれば、大ダメージが見込める。2400ポイントものライフ差があれば、それはかなりのアドバンテージとなるだろう。

 しかし、海馬さんには伏せカードがある。それを除去するカードが手札に来なかった以上、どうしてもあのカードが気になってしまう。

 それに、海馬さんがただ座して待つ人だとは思えない。不用意に攻撃するのは危険すぎるか……。よし。

 

「俺はドリル・ウォリアーのレベルを1つ下げ、墓地からレベル・スティーラーを守備表示で特殊召喚します。そしてドリル・ウォリアーの効果発動! メインフェイズに1度、攻撃力を半分にしてダイレクトアタックができる! 海馬さんに直接攻撃! 《ドリル・シュート》!」

「ぐっ! おのれぇ……!」

 

海馬 LP:4000→2800

 

「更にカタストルでセットモンスターを攻撃!」

 

 カタストルのレーザーがセットされたモンスターを襲い、カードが反転してその姿があらわになる。

 現れたのは、二足歩行をする竜。しかし、その姿は異様であり、首があるところに首がなく、その代わり両腕に当たる部分それぞれに竜の頭がついていた。

 

「セットしていたのは《ドル・ドラ》だ。よって、破壊される」

 

 ドル・ドラか。また、面倒な効果を持つカードだなぁ。

 

「メインフェイズ2に入ります。俺はドリル・ウォリアーの効果を発動し、手札を1枚捨てて自身を次のスタンバイフェイズまで除外します。更にカードを1枚伏せて、ターンエンドです」

 

 ダンディライオンがいなくとも、これぐらいのことはやってみせるドリル・ウォリアー。

 これまでは特に効果を使うこともなかったが、さすがに海馬さん相手にはそれこそ出来ること全てを出さなければ、敵わない。

 この世界のライフは4000ポイント。ドリル・ウォリアーの直接攻撃だけでも、4回で勝負が決まる値だ。

 できるなら、このまま上手くいってほしいもんだ。無理だろうけど。

 

「そのエンドフェイズ、ドル・ドラの効果が発動する! デュエル中1度だけ、破壊されたターンのエンドフェイズに攻守を1000ポイントにして特殊召喚できる! 」

 

《ドル・ドラ》 ATK/1500→1000 DEF/1200→1000

 

 墓地から蘇り、再度現れる異様な竜。壁にしてよし、生贄にしてもよし。俺の場合はシンクロ素材にしてもよし、と意外と汎用性の高いモンスターだ。

 タイムラグがあるのが少々難点だが、それでも効果自体は優秀と言えるだろう。

 

「そして俺のターンだ、ドロー! ……ふん」

 

 海馬さんは引いたカードを見つめ、僅かに笑みを見せる。

 なんだ、何を引いた?

 

「まずは、その忌々しいガラクタを消し去ってやろう。ガラクタごときに、この俺のロードを阻むことなど、出来ないと知れ! 手札から《クロス・ソウル》を発動!」

 

 海馬さんは手札から魔法カードを手にとって見せつけるようにそれを掲げる。

 

「このカードによって、俺は貴様の場のモンスターを生贄に使用できる! 貴様の場のA・O・J カタストルと俺の場のドル・ドラを生贄に捧げ……現れろ、我が最強の下僕(しもべ)青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》!」

 

《青眼の白龍》 ATK/3000 DEF/2500

 

 うおお、またきたよ海馬さんの嫁……。さっき2枚墓地に行っているから、これで3枚目、最後の1枚か。

 青眼を召喚出来た海馬さんは満足そうだ。俺の場には守備表示のレベル・スティーラーが1体。ここはクロス・ソウル自身の効果で耐えられるが、次が問題だな。

 

「クロス・ソウルを発動したターン、バトルフェイズを行うことは出来ない。メインフェイズ2に移行だ。俺は《強欲な壺》を発動し、2枚ドロー! ふぅん、カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー!」

 

 再び青眼が現れ、海馬さんのほうへと流れが向いているような気がする。

 ここらで何とか、こっちへといい流れを持ってきたいところだ。

 

「スタンバイフェイズ、ドリル・ウォリアーがフィールドに帰還。効果により、コストとして捨てた《シンクロン・エクスプローラー》を手札に加えます」

 

 よぅし、いきますか。

 

「シンクロン・エクスプローラーを召喚! 効果により、墓地からクイック・シンクロンを蘇生します!」

 

《シンクロン・エクスプローラー》 ATK/0 DEF/700

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

 

 この2体に加え、場にいるレベル・スティーラーのレベルを合計する。

 

「レベルの合計は8か」

 

 海馬さんが呟いた言葉に頷き、俺は続ける。

 

「レベル1レベル・スティーラーとレベル2シンクロン・エクスプローラーにレベル5クイック・シンクロンをチューニング!」

 

 光の輪と輝く星々が飛び上がり、やがて一つの光へと収束していく。

 

「集いし闘志が、怒号の魔神を呼び覚ます。光差す道となれ! シンクロ召喚! 粉砕せよ、《ジャンク・デストロイヤー》!」

 

 地響きと共にスーパーロボットもかくやといった鉄の巨体がフィールドに馳せ参じる。その巨大な姿は迫力満点であり、青眼にも迫る威圧感があった。

 

《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600 DEF/2500

 

「ジャンク・デストロイヤーの効果発動! このカードのシンクロ召喚に成功した時、素材となったチューナー以外のモンスターの数までフィールド上のカードを破壊できる! その数は2体、よって2枚のカードを破壊します! 俺が選ぶのは……」

 

 海馬さんのフィールドに指を突き付け、宣言する。

 

「青眼の白龍とその伏せカードです! いけ、ジャンク・デストロイヤー! 《タイダル・エナジー》!」

 

 ジャンク・デストロイヤーの胸部から光の波動が放たれる。それが海馬さんのフィールドに届こうかという、その瞬間。

 海馬さんの口元がはっきりと笑みの形をかたどった。

 

「ふんっ、貴様の手など読めているわ! リバースカードオープン! カウンター罠《天罰》を発動!」

「げっ!?」

「手札を1枚捨て、効果モンスターの効果を無効にし、破壊する! そのデカブツの効果は厄介だからな。即刻消えてもらおう!」

 

 海馬さんが発動した天罰により、ジャンク・デストロイヤーの頭上に雷が落下する。発していたエネルギー波ともどもジャンク・デストロイヤーは消滅し、結局、俺の場にはドリル・ウォリアーが残るのみとなってしまった。

 しかも、このターン既に召喚権を使っているので、これ以上通常召喚は出来ない。

 出来ることといえば、墓地のレベル・スティーラーを壁として特殊召喚するぐらい。

 そうすればドリル・ウォリアーの効果で除外しても、壁は残る。だが……海馬さんの場には青眼がいる。そして、次のターンではもう1体何がしかのモンスターが出てくると見ていいだろう。

 となると、かなりギリギリの綱渡りになる。そもそもレベル・スティーラーは守備力がゼロなので、貫通効果を付与された場合どうしようもない。

 普通ならそんな心配はしないんだが、海馬さんをはじめとするある人たちはピンポイントでこっちが嫌がるカードを引くことがよくある。

 ドローは運だ、と言い切れない何かがある以上、警戒はしなければいけないだろう。

 幸い、手札には攻撃を防ぐカードもあることだし、ここは様子を見るべきか。

 よし。

 

「俺はドリル・ウォリアーの攻撃力を半分にし、海馬さんに直接攻撃! 《ドリル・シュート》!」

「ぐぅ……臆せず向かってきたか」

 

海馬 LP:2800→1600

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンドです!」

 

 さて、俺のライフポイントは未だに削られておらず、4000ポイントだ。

 だというのに、なんだろうこの押されてる感は。やっぱり、デュエルに限らず勝負事においては、その場の流れというものが重要だということなのだろう。

 この感覚に晒されていると、なおのことそれを実感する。

 

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 海馬さんはカードを引き、そしてすぐさま次の行動に移った。

 

「俺は手札から《ブレイドナイト》を召喚する! このカードは、手札が1枚以下の時攻撃力が400ポイントアップする。俺の手札は1枚、よって攻撃力がアップ!」

 

《ブレイドナイト》 ATK/1600→2000 DEF/1000

 

 銀色の全身鎧に鋼の剣と鉄の盾。まさに完全武装という言葉がふさわしい騎士が、その持てる力を漲らせてグッと剣を握る手に力を込めた。

 そして、その切っ先をこちらに向ける。

 

「バトル! ブレイドナイトでドリル・ウォリアーに攻撃! 《ブレイド・アタック》!」

 

 ブレイドナイトがドリル・ウォリアーに接近し、その剣を上段から一気に振り下ろす。それを右手のドリルで受け止めるドリル・ウォリアーだが、力を増したブレイドナイトに押し切られ、そのまま叩き斬られてしまった。

 

「くっ……」

 

遠也 LP:4000→3200

 

 ドリル・ウォリアーの本来の攻撃力は2400。だが、直接攻撃の際にはその攻撃力が半分になる。

 そういった効果を持つモンスターは他にもいるが、大抵はエンドフェイズに攻撃力は元に戻ったりするのが普通である。

 その点、ドリル・ウォリアーは珍しく半減させたらずっとそのままというモンスターだ。例えば自身の効果で除外するなどしてしまえば元に戻るが、この状況でそうすると場ががら空きになってしまうため出来なかった。

 そのため、ブレイドナイトの2000から半減した1200を引き、800ポイントが俺のライフから引かれる。

 これは、仕方がないものだと思って諦めるしかない。

 

「ふん、これで邪魔するものはいなくなった。覚悟はいいか、遠也。ゆけ、青眼! 《滅びの爆裂疾風弾(バースト・ストリーム)》!」

 

 青眼の攻撃が放たれる。

 さっきの攻撃は甘んじて受けたが、さすがにこれは通さない!

 

「罠発動、《ガード・ブロック》! 俺への戦闘ダメージはゼロとなり、デッキから1枚ドローします!」

 

 放たれた攻撃は不可視の壁に阻まれ、俺には届かない。

 そして、俺はデッキからカードを1枚引く。

 

「ほぅ、防いだか。ならば俺はカードを1枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 ふふん、と得意げにターンを終える海馬さん。

 確かに今のところ俺のほうが不利だ。何の効果も持たない通常モンスターといえど、やはり攻撃力3000は大きい。ブレイドナイトだけならどうとでもなるが、青眼もとなると、手は限られてくるだろう。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 とはいえ、ハンドアドバンテージでは俺のほうが圧倒的に有利。海馬さんは0枚だが、俺は4枚もあるのだ。

 当然、取れる手段は多くなる。

 ここはとりあえず、青眼を除去しなければ話が始まらない。というわけで、まずは青眼に的を絞ろう。

 

「俺は《ジャンク・シンクロン》召喚し、効果により墓地のシンクロン・エクスプローラーを特殊召喚します。更に、場にチューナーがいるため、墓地からボルト・ヘッジホッグを守備表示で特殊召喚!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《シンクロン・エクスプローラー》 ATK/0 DEF/700

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

「レベル2シンクロン・エクスプローラーにレベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし星が、新たな力を呼び起こす。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・ウォリアー》!」

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300 DEF/1300

 

 お馴染み、紫がかった青い鋼鉄の身体に、赤く光る二つのレンズがイカす、ジャンク・ウォリアーである。

 拳を突き出し、フィールドに立ったそいつに、海馬さんは眉をしかめた。

 

「ふん、そいつか……」

 

 機嫌が悪そうだけど、この後の展開はそれに更なる拍車をかけそうで怖い。

 まぁ、やるしかないわけですけども。

 

「ジャンク・ウォリアーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、自分の場のレベル2以下のモンスターの攻撃力分、このカードの攻撃力をアップする! 《パワー・オブ・フェローズ》!」

 

 俺の場にいるボルト・ヘッジホッグのエネルギーがジャンク・ウォリアーに送られ、それを得たジャンク・ウォリアーの攻撃力が上昇していく。

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300→3100

 

 攻撃力が3100となり、青眼を戦闘破壊可能圏内に収めた。

 

「更に手札から《光の援軍》を発動します。デッキトップから3枚のカードを墓地に送り、デッキからレベル4以下の「ライトロード」と名のつくモンスターを1体手札に加えます。俺は《ライトロード・ハンター ライコウ》を選択」

 

 墓地に落ちたカードは、おろかな埋葬、サンダー・ブレイク、貪欲な壺……どうしてこうなった。

 けどまぁ、仕方がないと思うしかない。こればっかりは運だからなぁ。

 

「そして、バトル! ジャンク・ウォリアーで青眼の白龍に攻撃! 《スクラップ・フィスト》!」

 

 ジャンク・ウォリアーが勢いよく飛び出していき、強く握り込んだ右拳を振りかぶる。推進力をそのままに渾身の力で叩きこまれた一撃に、さしもの最強のドラゴンも耐えきれず、その身を光の粒子へと還元されてしまう。

 そして、海馬さんのライフポイントに攻撃力の差分、100ポイントがマイナスされた。

 

海馬 LP:1600→1500

 

 しかし、そんなことなど気にならないらしいのが今の海馬さん。

 わかりやすく表情を歪め、ジャンク・ウォリアーを睨みつけている。

 

「許せん……! またしてもその鉄屑の寄せ集めに、この俺の青眼(ブルーアイズ)がやられるなど……!」

 

 憤怒を表し、握った拳をワナワナと震わせる海馬さん。

 確かに以前は今と同じく、ボルト・ヘッジホッグで攻撃力が上昇したジャンク・ウォリアーに青眼を殴り殺され、それがそのままフィニッシュとなったことがあった。

 俺がアカデミアに向かう前、海馬さんとした最後のデュエルでの話だ。

 あの時の海馬さんも怖かったが、同じことを再びやられた今は、それ以上に怖い。

 俺は海馬さんの様子に冷や汗を流すことしか出来なかった。

 

『うーん、相変わらずプライドが高いなぁ、海馬くんは』

 

 そして、暢気にそんなことを言っているマナ。驚くことに、こいつ、海馬さんのことを君付けである。

 本人に聞こえていないから何も問題はないが、聞こえていたら文句を言ってきそうだ。

 きっと、遊戯さんの言い方が移ったのかもしれない。マナが直接海馬さんと接することなんてないだろうし。

 

「俺はターンエンドです」

「俺のターン、ドロー!」

 

 怒りの表情のままカードを引いた海馬さんは、手札に加わったカードを見て笑みを浮かべる。

 よほどいいカードを引いたのだろう。挑発的な笑みと共に俺を見た。

 

「俺は手札から《命削りの宝札》を発動! 手札が5枚になるようデッキからカードをドローし、5ターン後に手札を全て捨てる。ドロー!」

 

 勢いよくカードを引き抜いた海馬さんは、そのカードたちを見て肩を震わせる。

 くく、と漏れ聞く声からして、笑っているようだ。これは……やばいかもしれない。

 

「フハハハハ! どうやら、貴様の命運も尽きたようだ。その鬱陶しい鉄屑もろとも、引導を渡してくれるわ! まずはブレイドナイトを生贄に捧げ、《エメラルド・ドラゴン》を召喚する。そして、手札から魔法カード《龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)》を発動!」

 

《エメラルド・ドラゴン》 ATK/2400 DEF/1400

 

 全身がエメラルドで構成された美しいドラゴンが降り立ち、更に海馬さんのフィールドに大きな鏡が現れる。ドラゴンを象った装飾が施されたそれは、鏡面が何故か波紋のように歪んでいる。

 っていうか、龍の鏡ってことは、まずいな。これで海馬さんが出すカードなんて、限られてるじゃないか。

 内心で焦りを感じている俺とは対照的に、海馬さんはテンションも高く言葉を続けていく。

 

「俺のフィールド、墓地から融合モンスターカードによって決められたモンスターを除外し、ドラゴン族の融合モンスターを融合召喚する! 俺が選択するのは当然、墓地に眠る3体の青眼の白龍!」

 

 そう宣言すると、鏡に3体青眼が映り込み、それぞれが混ざり合って一つの姿へと変化していく。

 そして、鏡面からゆっくりと融合後の姿がフィールドに実体化していく。

 

「3体の青眼を融合し、現れろ究極の力を宿す我が魂! 《青眼の究極竜(ブルーアイズ・アルティメットドラゴン)》!」

 

 龍の鏡が砕け散る。その圧倒的な力に鏡が耐えきれなかったのだろうか。

 そう思えるほど、鏡面から姿を現したそのドラゴンは威容の一言に尽きる。

 光を照り返し美しく輝く白銀の巨体。その身体からのびる首は三つあり、それぞれの頭部でその名の通りの青眼が風格を伴って煌めいている。

 最強のモンスターである青眼の白龍。この世界に存在するわずか3枚の全てを使ってでしか召喚できない、文字通り世界で1枚しか存在しないカード。

 海馬さんにしか召喚できない最強のドラゴンが、その翼を大きく広げて威圧するように俺の目の前に降り立った。

 

《青眼の究極竜》 ATK/4500 DEF/3800

 

「バトルだ! 青眼の究極竜でジャンク・ウォリアーに攻撃ぃ! 《アルティメット・バースト》ォ!」

 

 究極竜の持つ三つの頭それぞれの口腔に光が集束していく。それらはやがて三つの大きな光玉となり、それだけではなく三つの首は寄り添ってその光を一つに纏め、より巨大なエネルギーへと変化させていく。

 そして、三つ首の中心で一層威力を増したその光玉が、一筋というにはあまりにも太く大きな光線となって、ジャンク・ウォリアーに向けて放たれる。

 その暴力といっていい圧倒的な力に、ジャンク・ウォリアーは抵抗することも出来ずに破壊されるしかなかった。

 

遠也 LP:3200→1800

 

「フハハハハ! これこそ強靭、無敵、最強、三拍子そろった究極の一撃だ! まだまだ安心するのは早いぞ! 速攻魔法、《エネミーコントローラー》を発動! その1つ目の効果を選択し、貴様の場のネズミを攻撃表示に変更する!」

「なっ!?」

 

 エネミーコントローラーの第一の効果は、相手フィールドのモンスター1体の表示形式を変更する効果。

 これで、低攻撃力のボルト・ヘッジホッグが無防備にその姿を晒すことになってしまった。

 

「ゆけ、エメラルド・ドラゴン! その貧弱なネズミを薙ぎ払え! 《エメラルド・フレイム》!」

「ぐあっ……!」

 

遠也 LP:1800→200

 

 一気にライフが持っていかれた。加えて、モンスターも全滅。

 これは、本当にやばい。

 

「更に、リバースカードオープン! 《異次元からの帰還》! ライフポイントを半分払い、除外されている自分のモンスターを可能な限り俺のフィールドに特殊召喚する! 戻って来い、3体の青眼よ!」

「くっ……! そいつはさせないぜ、海馬さん! チェーンしてリバースカードオープン! 速攻魔法《異次元からの埋葬》! 除外されているモンスターを3体まで選んで墓地に戻す! 俺は海馬さんの青眼の白龍3体を選択する!」

「ふん、上手くかわしたか。俺はカードを2枚伏せて、ターンエンドだ」

 

海馬 LP:1500→750

 

 危なかった……。最初にこのカードを伏せてなかったら、今ので完全にやられていた。

 海馬さんのライフはこれで更に減ったが、気休めでしかないな。既に俺のライフもたったの200しかない。一撃で吹き飛ぶような値だ。

 このターンで何か対策を施さなければ、次のターンで俺は負ける。

 

「俺のターン……ドロー!」

 

 手札に来たのは、《クイック・シンクロン》……その他の手札は、《チューニング・サポーター》、《ライトロード・ハンター ライコウ》、《クリッター》で、全てモンスターカードだ。

 一応、シンクロ召喚は出来る。だが、できるのは墓地を考慮してもレベル5、6、7、8のモンスター。そして、ジャンク・ウォリアー、カタストル、ドリル・ウォリアー、ジャンク・デストロイヤーが既に墓地に行っているのだ。

 アーチャーは、除外してもエンドフェイズに戻って来てしまえば次のターンでやられてしまうし、エメラルド・ドラゴンを倒せない。ニトロ・ウォリアーならエメラルド・ドラゴンを倒せるが、ライフポイントを削りきれない。ロード・ウォリアーもしかりだ。それに、伏せカードもある。迂闊に攻撃するのは危険すぎるだろう。

 俺には伏せカードも既にないのだ。せめてジャンク・デストロイヤーのような除去効果のあるカードがあれば話は別だったんだが……。

 ――ん、待てよ。チューニング・サポーターを使えば、1枚ドローできる。俺はまだ1枚も除去カードを引いていないから、デッキにはサイクロンが2枚と大嵐が1枚、残っているはずだ。

 墓地にもそれなりにカードがあり、手札はモンスターだらけ。次で引く可能性が全くないわけではない。

 それに、ジャンク・デストロイヤーで思い出したが、まだ対抗できるモンスターが俺にはいた。

 ここは、それに賭けるしかない。頼むぞ、俺のデッキ。

 

「いくぞ、海馬さん! 俺は手札から《クリッター》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! 更に《チューニング・サポーター》を通常召喚する!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

「チューニング・サポーターの効果により、このカードのレベルを2として扱います。レベル2となったチューニング・サポーターにレベル5クイック・シンクロンをチューニング!」

 

 レベルの合計が7となり、2体のモンスターが飛び上がる。

 やがてエフェクトにより光があふれ、その中から1体のモンスターが現れる。

 

「集いし怒りが、忘我の戦士に鬼神を宿す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 吼えろ、《ジャンク・バーサーカー》!」

 

 赤い鎧を纏い、自身の身の丈を超える巨大な斧を持った戦士。顔つきはほとんど鬼のようで、強面である。そのうえ、身体も大きく、それより巨大な斧を片手で担いでいる時点でその膂力の強さが窺える。

 狂戦士の名は伊達ではないということだろう。

 

《ジャンク・バーサーカー》 ATK/2700 DEF/1800

 

「ほう、初めて見るカードだ。だが、俺の《青眼の究極竜》には遠く及ばんな」

 

 ふふん、と得意げに言う海馬さん。だが、それはフラグだぜ。

 

「シンクロ素材となったチューニング・サポーターの効果でカードを1枚ドローします。……ドロー!」

 

 このドローで全てが決まる。

 引いたカードをゆっくり表に向け、その名前を確認する。

 そこに記された名前は……《サイクロン》!

 

「よしっ! 俺は手札から《サイクロン》を発動! 海馬さんの伏せカードのうち……俺から見て右側のカードを破壊します!」

 

 宣言すると同時に、サイクロンのカードから竜巻のような強風が起こり、それは俺が指定した伏せカードを表向きにしてそのまま破壊される。

 伏せてあったのは《聖なるバリア -ミラーフォース-》。いいカードを破壊出来た。

 これで、恐れるものはない。

 

「ジャンク・バーサーカーの効果発動! 墓地の「ジャンク」と名のついたモンスター1体を除外し、相手フィールドの表側表示モンスター1体の攻撃力を除外したモンスターの攻撃力分ダウンさせる! 俺は《ジャンク・デストロイヤー》を除外し、その攻撃力分2600ポイント《青眼の究極竜》の攻撃力がダウンします!」

「なに!?」

 

《青眼の究極竜》 ATK/4500→1900

 

 ジャンク・デストロイヤーの幻影がジャンク・バーサーカーに乗り移り、ジャンク・バーサーカーが悲哀の雄叫びを上げる。すると、その切迫した叫びに究極竜は僅かに怯む。

 仲間であるデストロイヤーの無念を糧にしたバーサーカーが、ゆっくりとその巨大な斧を振りかぶった。

 

「いけ、ジャンク・バーサーカー! 青眼の究極竜に攻撃! 《スクラップ・クラッシュ》!」

 

 口元から唸り声を洩らしながら、地響きと共に究極竜に迫る。そして、振りかぶった斧を容赦なく振り下ろした。

 しかし、その瞬間。ジャンク・バーサーカーと究極竜の間に時空の渦が出現し、バーサーカーの攻撃はその渦に阻まれて究極竜に届かない。

 驚いて海馬さんを見れば、ちょうど伏せてあったもう一枚のカードがゆっくりと起き上がるところだった。

 

「ふ、カウンター罠《攻撃の無力化》が発動した。お前のモンスターの攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる!」

 

 伏せられていたのは、ともに攻撃反応型の罠カードだったのか。

 バトルフェイズが終了した以上、俺に出来ることはもう何もない。

 

「……ターンエンドです」

 

 相手の場に、ジャンク・バーサーカーを超えるモンスターはいない。

 だが、相手は海馬さんだ。恐らく……。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 手札が0から1へ。そして、引いたカードは――。

 

「魔法カード《死者蘇生》! 墓地の《青眼の白龍》を復活させる!」

 

《青眼の白龍》 ATK/3000 DEF/2500

 

 手札がゼロかつこの状況で引くカードが《死者蘇生》とか。

 もう、ここまでくると感嘆するほかないな。

 再び場に現れた青眼の白龍を、俺はそんな心地で見つめる。俺のライフに引導を渡す伝説のドラゴンが、光をその身に集めていった。

 

「ゆけ、青眼の白龍! ジャンク・バーサーカーに攻撃! 《滅びの爆裂疾風弾バースト・ストリーム》!」

 

 集束した光が帯状の光線となってバーサーカーに降りかかる。狂戦士にそれに耐えきる力は残されておらず、やがて光の奔流の勢いに呑まれてその姿を消していった。

 

遠也 LP:200→0

 

 デュエルに決着がつき、ソリッドビジョンも消えていく。幻のように消え去った青眼たち。やっぱり、ソリッドビジョンって凄いわ。再び殺風景に戻った部屋を見ながら、俺はそう思うのだった。

 しかし、くっそー。あれだけ馬鹿にされたから何としても勝ちたかったが、やっぱりそう上手くはいかないか。

 いいところまではいったんだが、あと一歩が足りなかった。すまん、俺のデッキ。海馬さんも悪気はなかったと思うから許してやってくれ。

 俺が内心でそんなことを考えていると、向こうから海馬さんがこちらに向かって歩いてくる。そして、俺の目の前に立つと、腕を組んで胸を張った。

 

「ふん、よくやったと褒めてやろう。我が青眼(ブルーアイズ)に臆さぬのは、貴様や遊戯ぐらいのものだ」

「はぁ、ありがとうございます」

 

 城之内さんとかはどうなんだろうか。あの人が怯えるとも思えないんだけど。

 まぁ、名前を出して不機嫌になられても困るから言わないけども。

 しかし、やっぱり負けたのは悔しい。せめて引いたカードがサイクロンではなく《大嵐》だったなら、話は違っていたのに。そう考えれば、紙一重といえばそうだ。負けた以上、言い訳でしかないけどさ。

 

「だが、本気を出せぬようではデュエリストとしては未熟だ」

 

 続けて言われた言葉に、俺は思わず海馬さんの顔を凝視する

 

「知ってたんですか?」

「ふん、ペガサスから聞いている。この俺相手に不快極まりないが、奴にも釘を刺されているからな。貴様がどういうデッキを組もうが、俺の知ったことではない」

 

 いや、不快極まりないって言ってるじゃん。

 突っ込みは内心でするだけに留めて、俺は海馬さんに言われたことについて考える。

 実際、俺はこのデッキに制限を自ら課している。

 出すまいと決めたこのデッキ最強のドラゴンのことや、ダンディライオンを始めとするこの世界では使いづらいカードたち。

 そもそも、俺の本来のデッキは遊星デッキをベースにしたガチに近いデッキだ。それを調整しなおし、【シンクロン】ベースの遊星デッキにしたのは、この世界に来てからのことだ。

 それは強すぎるから、という理由ではない。事実、そのデッキでも遊戯さんには負けている。

 ただ、それとは異なる俺の趣味全開で作ったデッキでデュエルがしたかった。それだけだったのだ。

 だが、確かに俺が本気を出すということはそのデッキを使うことになるし、当然切り札も出すことになる。

 それをしない以上、本気じゃないと言われても反論はできない。

 だが、あくまで今の俺の本気はこのデッキだ。せっかくソリッドビジョンなんてものもあって、迫力満点のデュエルが出来るんだ。楽しまなきゃ損ってもんだろう。

 

「まぁ、そっちについては、いずれということで。それで、俺はこれからどうすれば?」

「ふん、テストが終わった以上、もう貴様に用はない。一応、今回の謝礼は出してやる。あとは好きにしろ」

 

 そう言って、海馬さんは背を向ける。フリーダムな人である。

 あ、そうだ。最後に気になったことを一つ。

 

「海馬さん」

 

 呼び止め、足を止めてくれる。その背中に声をかけた。

 

「今回のデュエルなんですが……ぶっちゃけ、新カードのテストより、俺にリベンジしたかっただけなんじゃ……」

 

 最後まで言い終わる前に、海馬さんは鼻を鳴らして颯爽と歩き去っていった。

 あれは、なんだろう。図星ととればいいんだろうか。

 

『あはは、相変わらず面白い人だね、海馬くん』

「……あの人にそんな評価が出来るのは、お前だけだと思う」

 

 可笑しそうに笑うマナに、俺はそう素直な感想を述べる。

 海馬さんもまさか裏で面白い人だなんて言われているとは思ってもいないだろうな。それを聞いたときにどんな顔をするのか見てみたい気もしないでもないが……後が怖いからやめておこう。

 俺は海馬さんが出ていったドアから外に出て、KC社の人から謝礼をもらう。バイト代みたいなものだろう。

 受け取ったそれを財布の中にしまい、俺は社員の人に見送られてビルから出る。

 行きは迎えの車が来たが、帰りはそういうものはなさそうだ。

 仕方なく、俺は近くの駅に向かうことを決めた。

 あの謝礼、交通費も込みなのかな、とそんなことを考えながら。

 

 

 

 

 



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第14話 星屑

 

 冬休みの中頃、マナと二人でグータラ過ごしていたそんな最中。

 

 突然家の電話にペガサスさんから連絡が入り、俺はその内容に驚くことになる。

 

「シンクロ召喚の実演?」

『そうデース。今度童実野町で我が社がイベントを開くのですが、遠也にはそれにシンクロ召喚を行う手本として参加してほしいのデース』

 

 どうも先日ペガサスさんが家にいたのは、そのイベント関係で仕事があったかららしい。仕事で童実野町にいたからこそ、ああして時間が作れたということだったようだ。

 ペガサスさんによると、童実野町で開かれるそのイベントで、そろそろ実装も近いシンクロ召喚についての説明を行う予定のようだ。

 ただ、やはり口頭だけよりも実演したほうが理解しやすく、お客さんの受けもいい。最初は社員が行うことも考えたのだが、場所が童実野町ということもあって、俺にも一応聞いてみたのだとか。

 暇だとすれば、いい時間つぶしになるだろう、とペガサスさんが気を利かせてくれたようだ。

 実際問題、それほどやることもないし、参加するのも面白そうである。特に何か用事があるというわけでもないことだし……よし。

 

「わかりました。引き受けますよ」

『WAO! 助かりマース! ぜひマナガールも誘って、一緒に来てくだサーイ』

「そのつもりですけど……なんで、わざわざ?」

 

 俺としては当然そうする気でいたが、ペガサスさんが指定するということはマナにも何か用があるのだろうか。

 俺がそう訝しんで聞くと、ペガサスさんは『オーノー!』とオーバーにリアクションを取った。

 

『鈍いですネー、遠也。デートで彼女にカッコイイ姿を見せるのは、基本中の基本デース! このイベントを利用して、もっとマナガールと親密』

 

 ガチャン。

 俺は無言で電話を切った。

 恩人であり家族だが、ここは言わせてもらおう。余計なお世話だバカヤロウ。

 すると、こちらの様子をうかがっていたマナが寄って来る。あまりにも俺が唐突に受話器を置いたのを、不思議に思ったのだろう。

 

「どうしたの、遠也。ペガサスさんはなんて?」

「あの人、どんどん世俗にまみれていくな」

 

 明らかに質問の答えになっていないそれに、マナは「どういうこと?」と首をかしげている。しかし、わざわざ説明するのもアホらしい。

 俺はカレンダーに近づき、冬休みも終わりが近いその日に○をつける。

 そして、イベントの日、と書き込んだ。

 

「イベント?」

「ああ。今度やるカードのイベントで、シンクロの実演やってくれってさ」

 

 俺はマナにそう答えると、さっき切ってしまった電話をもう一度手に取る。

 細かい打ち合わせなんかもあるからだ。まったく、今度は余計なことは言わないでもらいたいものだ。

 そうして電話をかけると、すぐに繋がった。

 

「もしもし」

『遠也は照れ屋さんですネー。もっと』

 

 ガチャン。

 もう少し時間を空けてからまたかけよう。そう思った。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 そして、イベント当日。

 童実野町の街中にある広場を貸し切って行われるそのイベントには、多くの人が訪れていた。

 テーブルが並べられたデュエルスペースや、食事などが出来る出店の数々。カードのパックも当然売っており、ここでしか買えない限定パックをI2社が用意したため、非常に賑わっている。

 ちなみにその限定パックには、レアカード扱いでシンクロモンスターが入っている。入っているものの中には、ペガサスさん曰く《ジャンク・ウォリアー》もあるらしい。

 シンクロ召喚の代名詞といえばこれだけに、実に嬉しいことだ。無論、それ以外の種類も入っているが、この世界でのレアカード扱いなので、かなり出づらいそうだ。

 具体的には10箱に1枚あるかどうかの確率になったらしい。それでもこの世界では出やすいレアカードに分類されるんだから恐ろしい。

 実際に公式のデュエルに使用できるのは俺が二年に上がったころ以降になるらしい。俺はテスターという立場もあって公式の大会でも使えるようだが、一般ではそれぐらいになるようだ。

 まぁ、俺が大会OKなのは、学生だから授業もあって出られないと向こうもわかっているからだろう。確かに、そんなものに出ている暇はない。

 とはいえ、チューナー含め全てそろえてデッキを組む以上、それ以上に時間はかかるだろうな。いきなり慣れないデッキで公式大会に臨む人も少ないだろうし、本格的な普及はだいぶ先になりそうだ。

 

 ……あと、ペガサスさんは膨大に用意したカードの中に一枚だけ《パワー・ツール・ドラゴン》を混ぜたらしい。

 今どこにあるのかはペガサスさんでももうわからない。同じく他のカードも、大会の賞品にするなどといった様々な方法でそれぞれ手放していくようだ。

 こうして、シグナーの龍は来る日に備えて転々としていくことになるのだろう。できるだけ、良い人の手に渡ることをカードのためにも祈っておこう。

 

 そんな話を思い出しつつ、ぐるりと広場を見まわす。そして、思わずため息が口から洩れた。

 ……さすがはカードが社会に浸透している世界。人々の関心の高さが半端ない。

 パックを買いに来る人も国籍様々だし、わざわざ来日したんだろう。テレビカメラもあるし、かなりの気合の入れようだ。

 そんなイベントをこんな小さな町でやろうというのだから、無茶である。これも決闘王(デュエルキング)である遊戯さんが暮らす街であり、KC社があり、かつI²社の支社もある、というのが影響しているんだろう。

 それでもたいして大きな混乱がないのは、頻繁に行われるカード関係のイベントに慣れたということらしい。もちろん開催する側も、客側もだ。

 童実野町って、もうこの世界の中心でいいんじゃないだろうか。そんなことを思う俺だった。

 

「えい」

 

 そして、今何故か俺はリンゴ飴を頬に突きつけられている。

 人生の中で、そんな経験をする日が来るとは露ほども思っていなかっただけに、非常に衝撃的である。

 

「……なにやってんの、マナ」

 

 リンゴ飴を頬にくっつけたまま、それを手に持ち差し出しているマナをジト目で睨む。

 それに、マナはちょっとだけ気まずそうに笑った。自分の分のリンゴ飴をなめながら。

 

「うーん、その……緊張してるんじゃないかなと思って」

 

 テレビカメラとかもあるし、と付け足して、マナはぺろりと飴をひと舐め。

 そして、まさにマナの言うとおりだった俺は「うっ」を声を漏らして言葉に詰まった。

 確かに俺は緊張していた。さすがに、テレビカメラの前で何かをする経験なんて、前の世界を通じても一回もない。緊張するなというほうが無理だと思う。

 そのため、つらつらと無意味に現状を思い起こしてみたりして誤魔化していたのだが、どうやらマナにはバレバレだったようだ。

 俺は溜め息をつき、頬にくっついたリンゴ飴を受け取る。

 

「……ありがと」

「えへへ、どういたしましてー」

 

 照れ隠しに俺はリンゴ飴を舐め、マナは頬についた飴をウェットティッシュで拭いてくれている。

 少々恥ずかしいが、別段いまさら気にしたりはしない。俺はマナにされるがままになりながら、周りに視線を巡らせる。

 こちらに恨めしげな視線を向ける男たち。そして、なんだかキャーキャー言っている女性陣。どう見ても晒し者です、本当にありがとうございました。

 やはり、人前ですることではなかった。そう思っていると、その人ごみの中で、知り合いの姿を発見する。こちらを驚愕の目で見ているそいつに、俺は声をかける。

 

「おーい、三沢ー!」

 

 すると、声をかけられた三沢は一瞬肩を震わせ、そして恐る恐るこちらに近づいてくる。

 隣のマナも俺が呼びかけたことで気がついたようで、「あ、本当だ」と呟いていた。

 近づいてきた三沢は、俺の隣を気にしつつ俺に対して口を開く。

 

「や、やぁ遠也。君なら、きっと来ていると思ってたよ」

 

 そう言って少々ぎくしゃくした態度を見せる三沢に、俺はマナに手を止めさせてから向き直る。

 

「シンクロの実演があるからか?」

「ああ。シンクロ召喚といえば君だからな。……それで、そっちの子は?」

 

 三沢が気になっていたのだろう、すぐにそう聞いてくる。

 それに対して答えたのは俺ではなく、マナだった。

 

「はじめまして、三沢くん! マナっていいます、よろしくね」

「こ、こちらこそ。よろしく」

 

 互いに小さく頭を下げ、挨拶を交わす。

 俺は三沢にマナとの関係を簡単に説明し、その後は少しだけ場所を移動する。

 そして、腰を下ろせる場所で雑談を始めた。

 

「なに!? 遠也が実演をやるのか!?」

「ああ。ペガサスさんから頼まれてさ」

 

 それぞれ適当に買ったジュースを飲みながら、俺はここにいる理由を三沢に話す。

 その理由に、三沢は大層驚いていた。やはり、こういうのは社員やプロデュエリストなどがやるものだとばかり思っていたようだ。

 

「なんだか知り合いの口から世界的有名人の名前が出てくるのは変な気分だな……しかし、遠也が実演か。まぁ、ある意味納得だな」

「どういう意味だ?」

 

 突然頷いた三沢に、俺は尋ねる。

 三沢は、それに少しだけ笑って答える。

 

「なに、だって君が一番シンクロ召喚には詳しいじゃないか。テスターとして実際に使っているんだから」

「まぁ、なぁ。けど、これだけカメラなんかもいるんだぜ。緊張するよ……」

 

 言って、目の前に広がる雑踏に目を向ける。

 絶え間ない人の声と足音に紛れて、カメラとマイクを携えた人たちが何人も見える。間違いなく、世界初公開となるシンクロ召喚の実演を撮りに来ているのだろう。

 つまり、必然的に俺が映るということ。ああ、気が重い。

 項垂れる俺に、三沢は苦笑を浮かべる。

 

「おいおい、いつもの強気な姿はどうしたんだ。アカデミアでは、既にカイザーに並ぶ実力者なんだから、もっと自信を持ってもいいだろう」

「デュエルとは違うだろー……まぁ、やるからにはしっかりやるけどさ」

 

 俺は三沢の言葉にそう返し、ジュースの残りを煽るようにして一気に口に含む。そのヤケ食いならぬヤケ飲みのような姿に、三沢はやれやれと肩をすくめた。

 

「あ、明日香さんだ」

 

 突然、マナが口を開く。

 あまりにも唐突なそれに、俺と三沢は揃ってマナを見て、次いでその視線の先を目で追う。

 すると、そこには確かに私服姿の明日香がいた。そして、なんだか男の人に絡まれている。どう見てもナンパだった。

 あ、眉を怒らせて何か言った。そして男が固まっている間に、その前から離れる。その時、こちらを見ている俺たちに気づいたらしく、驚いた表情を浮かべた。

 しかし、すぐに笑みを浮かべてこちらにやって来る。マナが大きく手を振り、それに明日香は小さく手を振って応えていた。

 

「お久しぶりね、遠也、マナ、三沢君」

「おっす」

「うんっ」

「久しぶり、天上院くん」

 

 にこやかに俺たちに合流してくる明日香。

 そして、「天上院くんも来ていたんだな」「デュエリストとして、見逃せないイベントでしょう?」と会話をし始める。

 それを見つめながら、俺はさっきのナンパ男とのやり取りが気になって仕方がなかった。

 だから、興味のままに聞いてみる。

 

「なぁ、明日香」

「なに?」

「さっき、あの男に何を言ったんだ?」

 

 俺の言葉に、明日香は「見てたの?」と聞いてきたので、俺は頷く。すると、気まずげに目を逸らして「助けてくれてもよかったじゃない」と文句を言ってくる。

 いやいや、その前に自分で解決してたじゃん、と言えば溜め息を吐かれる。更に小声で「遠也といい、十代といい、うちの男はもう……」と呟く明日香。何故だ。

 まあいいや。俺はもう一度明日香に尋ねる。あの男に何て言ったのか、と。

 すると、明日香は笑顔になった。何故だか背筋が寒くなるというオマケつきである。

 

「聞きたい?」

 

 と、その顔で言うものだから、俺は即座に首を横に振った。

 隣では三沢も思わず腕をさすっている。きっと、今の俺と同じ気分を味わったのだろう。

 そして、向こうでは何故かマナが明日香の肩をポンポンと叩いている。今までのやり取りに、そんな何か共感するものでもあったか? まあいいや。

 その後、俺、マナ、三沢、明日香という何とも珍しいメンバーで雑談に興じる。明日香にも俺の今日の役割を話すと、初めは驚いていたが、すぐに「なら、楽しみにさせてもらうわ」と言って笑う。

 他人事だと思って……。そう思うが、こうして四人で話していると、なんだか緊張もほぐれてきたような気がするから不思議だ。

 俺の気分が和らいできたのをマナも察したのか、俺の横でニコニコと笑っている。そしてその笑顔を見てまた気持ちを緩ませる俺は、きっと相当単純に違いない。

 我がことながら、わかりやすいことだ。だが、まぁそれはそれでいいのだろう。そう思い、俺は笑みを見せるマナに同じく笑顔を返すのだった。

 

 

 

 

 そんなこんなで件の時間がやってまいりました。

 偶然会った三沢と明日香に頑張れと送りだされ、マナと俺は指定されたステージのほうへと向かう。

 もちろんただの広場にステージなんてものがあるはずはないので、これはI²社の人がこの日のために用意した特設ステージだ。特設とはいっても、とてもそんな即席のものとは思えない立派なものだ。

 野外コンサートのステージにも見劣りしない大きく豪華なものとなっている。そこらへんは、やはり見た目も宣伝には大事だからだろう。その狙い通り、大型のモニターをバックに据えたステージは、会場でも一際目立っていた。

 俺はそのステージの裏に回り、ひとまず待機している。マナは精霊化して俺に寄り添うように浮いている。

 緊張はするが、だいぶ気持ちは落ち着いてきたし、マナがいるから一人じゃない。そう思えばだいぶ気は楽になる。

 ちなみに今ステージにいるのはペガサスさん。会長自ら進行を務めるとは誰も思っていなかったようで、会場の視線はしっかりステージに注がれている。

 さすが、と言うべきなのだろう。本人は果たしてこれを仕事と思っているのか分からないほどにノリノリで予定をこなしているが。

 

『あ、遠也。出番だって』

 

 と、ペガサスさんがこれからシンクロ召喚の実演を行うと宣言する。

 それを同じく聞いていたマナが俺にそう促すと、俺は頷いて腰を浮かせ、ステージのほうに向かう。

 愛用のデュエルディスクを左腕に着け、しっかりとデッキもセットする。それを確認して、俺はステージへと上がった。

 

 

 

 

 ステージから見る景色は、全く経験したことのないものだ。

 見渡す限りの人の群れ。広い会場に敷き詰められた大勢の人の姿は、それだけで気圧されるほどだと言っても過言ではない。

 しかし、よくよく考えてみれば大勢の前に立つのって初めてじゃないことを思い出した。入学試験や月一試験……あれは生徒ばかりだったがそれでも、かなりの大人数だった。

 さすがにここまで多くはなかったが、それを思えば今更必要以上に緊張を感じることもない。

 それに……最前列には明日香と三沢もいる。ペガサスさんが俺の友人だと知り、特別にその席に招待してくれたのだ。

 知った顔が傍にいることもあり、俺は幾分リラックスしてペガサスさんの隣に立った。

 

『皆サーン! 彼がシンクロ召喚を実演してくれる、皆本遠也君デース! 彼は我が社が選んだシンクロ概念のテスターでもありマース。いわば、この世界で最もシンクロ召喚に長けた人物デース』

 

 そうマイクで話しつつ、俺の肩に手を回す。

 その紹介を受け、俺はぺこりと頭を下げる。そして何故か沸き起こる拍手。なぜ今拍手なのかはわからないが、とりあえずもう一度頭を下げた。

 

『では、これからシンクロの実演を行いますが……やはり相手がいなくては皆さんもつまらないでショウ。というわけで、こちらで相手を用意していマース!』

 

 え、聞いてないんですけど。

 俺は驚いてペガサスさんを見る。しかし、ペガサスさんはウインクするだけで何も答えてはくれなかった。

 対戦する俺が知らないってどういうことなの。観客は盛り上がってくれてるけど、俺としては相手が気になってそれどころじゃないんですが。

 

『それでは、どうぞデース!』

 

 そうして、ステージの奥に向けて下からスモークが噴き上がる。もちろんその煙によって奥は全く分からない。

 しかし、そんな煙もやがて晴れていく。会場中がその向こうから現われるであろう人物が誰なのか、固唾をのんで見守った。

 そして、煙が晴れきった先には――。

 

「……誰もいない?」

 

 そこには、誰もいなかった。

 ただ煙が噴き出しただけで、その奥の景色には何の変化もない。このことに、俺はもとより会場も困惑に包まれる。

 しかし、そんな中で一人笑みをこぼす人物がいた。

 

『フフ……イッツ、ジョーク! 今のは冗談デース。そして、その対戦相手は既にこの場に来ています。そう、遠也の目の前に、ネ』

 

 両手を広げ、大げさにポーズを取った後。ペガサスさんは意味深な顔で自らを指さす。

 それが意味することがわからぬほど、俺も馬鹿ではない。

 

「相手は、ペガサスさんってことですか」

『ザッツライト! 私もこう見えてデュエリストなのデース! というわけで、会場の皆サーン! ここは一つ、私と彼のデュエルをぜひ楽しみ、そしてシンクロモンスターの力をその目に焼き付けていってくだサーイ!』

 

 そうマイク越しに呼び掛けたペガサスさんは、その直後、俺に向き直る。

 

『もちろん、社のためとはいえ勝ちを譲るつもりはありまセーン。デュエリストとして、全力でお相手させていただきまショウ!』

 

 ペガサスさんがそう宣言した途端、ワッと歓声が上がる。

 それもそのはず。今でこそペガサスさんはデュエルから離れているが、もともと最強のデュエリストとして君臨していたこともある実力者なのだ。

 その事実はあまりにも有名であり、また経営に専念するためにデュエルを止めたことも皆知っている。そして、一線から退いたからこそ、そのデュエルを見る機会は既にゼロに近い。

 それをここで見ることが出来るというのだから、興奮もしようということなのだ。

 そして、それは観客だけでなく俺も同じことだ。

 これまでの一年。接する機会が多かったペガサスさんだが、シンクロのことや俺自身のこともあって、デュエルをしたことは一度もない。

 この場でそういうことになるとは予想外だったが、デュエルモンスターズの生みの親――ペガサス・J・クロフォードとデュエルできるなんて、デュエリストとしての血が黙っていない。

 俺は我知らず浮かんでくる笑みを抑え、社員の人からデュエルディスクを受け取っているペガサスさんを見る。

 それに気づいたのか、その視線を合わせてペガサスさんは小さく笑った。

 

「フフ、こうしてデュエルするのは初めてですネ、遠也。年甲斐もなく、ワクワクしてしまいマース」

「それは、俺の台詞ですよ」

 

 既に緊張なんてどこにもない。

 こうしてデュエルをする以上、それだけに集中すればいいのだから。

 ペガサスさんはデュエルディスクをひと撫でし、俺と距離をとる。司会進行として持っていたマイクは既に社員の方に渡しており、その手は既にカードを引くためだけにあった。

 互いに向かい合い、デュエルディスクを構える。

 

「それじゃ、よろしくお願いします。ペガサスさん」

「こちらこそ。まだまだ現役でもいけることを教えてあげマース」

 

 その様子を見てとってから、マイクを受け取った社員が掛け声をかけた。

 

『それでは、開始!』

 

「「デュエル!」」

 

皆本遠也 LP:4000

ペガサス LP:4000

 

「先攻は私デース。ドロー!」

 

 カードを引いたペガサスさんは、手札を見てふっと微笑んだ。

 そして、カードたちを愛おしげに見つめる。

 

「……この感覚、久しぶりデース。こうしてまた、このカードで戦うことに、喜びを感じマース」

 

 そして、その視線を俺に向ける。

 

「私にとって、素晴らしい世界。きっと、遠也もこの愛らしいカードたちの魅力を知ることになるでショウ。……私は、手札から魔法カード《トゥーンのもくじ》を発動し、デッキから「トゥーン」と名のつくカードを手札に加えマース。《トゥーン・キングダム》を手札に加え、そのまま発動デース!」

 

 ペガサスさんが発動を宣言すると、フィールドにポンッとコミカルな音を伴って一冊の本が現れる。

 そしてそのページが勝手にめくられていき、やがて西洋の城が本の上に現れる。それはまるで、子供のころに見た“飛び出す絵本”をそのまま持ってきたかのような光景だった。

 

「デッキの上からカードを5枚除外して発動しマース! このカードはフィールドに存在する限り「トゥーン・ワールド」として扱いマス。そして更に《トゥーン・マーメイド》を守備表示で特殊召喚デース!」

 

《トゥーン・マーメイド》 ATK/1400 DEF/1500

 

 現れたのは、《弓を引くマーメイド》がトゥーンと化して、デフォルメされたモンスター。

 ペガサスさんしか使わないカードだからか、ソリッドビジョンではあるが、ゆらゆらと身体を揺らし、こちらを見て笑うなどの演出つきである。

 トゥーン・マーメイドは通常召喚できず、トゥーン・ワールドがなければ特殊召喚できないモンスター。更に、トゥーン・ワールドが破壊されれば自壊し、攻撃の際もライフを500ポイント払わなければ攻撃できない。

 その代わり、トゥーン・ワールドが存在する限り、直接攻撃が可能である。

 いわゆる“初期型トゥーン”というやつだ。同じモンスターに《ブルーアイズ・トゥーン・ドラゴン》《トゥーン・デーモン》《トゥーン・ドラゴン・エッガー》がある。

 ちなみにトゥーンには更に2種類あり、それぞれ“後期型トゥーン”“例外型トゥーン”と分けられる。

 そしてそれぞれに共通するのが、トゥーン・ワールドが破壊された時に自壊する効果。また、トゥーン・ワールドがある限り直接攻撃できるという効果だ。

 前者はデメリット効果だからいいが、後者はかなり厄介だ。どうにかして、それを防ぎつつ攻略していかなければならない。

 

「更に私はカードを1枚伏せてターンエンドデース」

 

 ペガサスさんのフィールドに1枚の伏せカードが浮かび上がり、そのターンを終える。

 そして、ペガサスさんは俺に呼びかけるように声を出した。

 

「さぁ! 私に見せてくだサーイ! シンクロモンスターの力を、その姿を!」

 

 ペガサスさんのノリノリな姿に、俺は苦笑を浮かべる。

 これもきっと、エンターテイメントの一つなのだろう。お客さんにアピールをして、その期待感を煽っているのだ。

 まぁ、本人が楽しみにしているのもあるだろうが。実際に対戦相手として見るのは初めてだろうから。

 そして、そんなペガサスさんの言葉に、俺が返す答えなんて決まっている。

 

「言われなくても! こいつらが俺のデッキの要ですからね! ドロー!」

 

 引いたカードを加え、手札を確認する。

 そして、俺はただいつものように手札からカードを選んでディスクに置いた。

 

「俺は、手札からモンスターカード《レベル・スティーラー》を墓地に送り、チューナーモンスター《クイック・シンクロン》を特殊召喚します!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

 

 テキサスのガンマンのような風体、大きめのカウボーイハットをくいっと銃で上げる動作を見せるモンスターの登場に、会場がざわめいた。

 ところどころから、「あれが例の……」「さっきペガサス会長が説明していた……」という声が聞こえてくる。

 先程俺がステージに出る前に、ペガサスさんが説明していたシンクロ召喚に必要な新たな区分のモンスター。チューナーというそれを見て、観客は興味深そうにクイック・シンクロンを見ている。

 俺はその視線を感じながらも、ペガサスさんを見つめ続ける。

 そして、俺は更に言葉を続けていく。

 

「墓地の《レベル・スティーラー》の効果発動! レベル5以上のモンスターのレベルを1つ下げ、墓地から特殊召喚できる! クイック・シンクロンのレベルを1つ下げ、蘇れ、レベル・スティーラー!」

 

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

 

 墓地から背中に1つ星を背負ったテントウ虫がフィールドに戻る。

 これで、レベルの合計は5。更に言えばシンクロ召喚発お披露目という、この状況。となれば、この場で出すモンスターなんてアイツしかいないだろう。

 

「俺はレベル1のレベル・スティーラーに、レベル4となっているクイック・シンクロンをチューニング!」

 

 クイック・シンクロンが虚空に現れたルーレットからジャンク・シンクロンを撃ち抜く。

 そして、2体のモンスターがフィールドから飛び立ち、空中でその姿を変えていく。

 クイック・シンクロンは4つの光る輪へ。レベル・スティーラーは輝く1つの星へと。

 そして、その星が4つの輪を潜り抜ける時、眩いばかりの光があふれる。会場中が、そのどこか幻想的な光景をじっと見つめていた。

 

「――集いし星が、新たな力を呼び起こす。光差す道となれ!」

 

 瞬間、一際光が強くなり、その中から1体のモンスターが飛び出してきた。

 

「シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・ウォリアー》!」

 

 光を切り裂き、紫がかった鋼の身体を持った戦士がフィールドに立つ。赤く光る二つのガラスの瞳が相手フィールドを見据え、そちらに向かってその右拳を力強く突き出した。

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300 DEF/1300

 

 そして、ジャンク・ウォリアーは一旦拳を下ろして俺のフィールド上にて静止する。

 そこまでが過ぎたところで、シンとなっていた会場から一気に歓声が上がった。

 

『きゃっ』

 

 思わずマナが驚きの声を上げてしまうほど、それは爆発的なものだった。

 その歓声は大半が「すごい」「かっこいい」というものであり、非常に好意的なものだということがわかる。

 中にはジャンク・ウォリアーの姿を見て微妙、と言っている人もいるようだが……その人とはきっとわかりあえないに違いない。こんなにカッコイイのに。

 そして、そんな人たちに対し、ペガサスさんからマイクを渡された人が、再びシンクロ召喚の説明を行っている。今の召喚がどのように行われたのか、丁寧に説明していた。

 

「フフ、シンクロ召喚。これまで見向きもされなかったカードにも手を差し伸べる戦術、ですネ?」

 

 俺はペガサスさんの言葉に頷く。

 

「ええ。低レベルだろうと、低ステータスだろうと、力を合わせれば大きな力になる。それがシンクロ召喚です。むしろ、シンクロ召喚にとって低レベルであることはメリットでしかない場合がほとんどですからね」

 

 レベルの調整がきく、という理由だけでシンクロ召喚にとっては大きな助けだ。たった1枚のレベル1モンスターの存在が、戦況をひっくり返すことだってあるのだから。

 さて、話もいいがまずはデュエルも続けなければ。せっかくのペガサスさんとのデュエル、楽しまなければ損だ。

 

「いくぞ、ペガサスさん! ジャンク・ウォリアーでトゥーン・マーメイドを攻撃! 《スクラップ・フィスト》!」

 

 ジャンク・ウォリアーが飛び上がり、勢いをつけてトゥーン・マーメイドに迫り拳を突き出す。

 しかし、その瞬間ペガサスさんがふっと笑みをこぼした。

 

「トゥーン・キングダムの効果発動デース! デッキトップのカードを1枚墓地に送り、トゥーンモンスターの破壊を無効にしマース!」

 

 ペガサスさんがデッキトップのカードを墓地に送り、それを受けたトゥーン・マーメイドは背後の貝が蠢いて両腕を形成する。そして、その腕をクロスさせ、ジャンク・ウォリアーの拳を受け止めてしまった。

 破壊できず、俺の場に戻るジャンク・ウォリアー。やはり、トゥーンは相手にすると厄介だな。だが、今はまだ序盤だ。これぐらいのことは当然と思うべきだろう。

 

「俺はこれでターンエンドです!」

 

 ターン終了を告げ、ペガサスさんにターンが移る。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 カードを引き、ペガサスさんはすぐに行動を起こした。

 

「私は《トゥーン・キャノン・ソルジャー》を守備表示で召喚しマース!」

 

《トゥーン・キャノン・ソルジャー》 ATK/1400 DEF/1300

 

 これまたデフォルメされたキャノン・ソルジャーが現れる。

 こいつは“後期型トゥーン”に分類され、通常召喚が可能かつその際に《トゥーン・ワールド》が必要ない点で初期型トゥーンと分けられる。つまり、トゥーンの専用デッキ以外にも組み込めるモンスターということである。

 っていうか、それはこの際関係ない。こいつ自身が持っている効果が厄介だ。面倒なモンスターを召喚してくれたもんである。

 

「そして《クロス・ソウル》を発動しマース! このターン私はバトルフェイズを放棄し、代わりに自分の場のモンスターの代用として相手の場のモンスター1体を生贄に利用できるのデース!」

 

 なんてカードを使ってくれやがるんですか!

 この間の海馬さんといい、このカード伝説のデュエリストの間で流行ってんのか?

 

「そしてトゥーン・キャノン・ソルジャーの効果を発動デース! 自分フィールド上のモンスター1体を生贄に捧げ、相手ライフに500ポイントのダメージを与えマース! 私はクロス・ソウルにより遠也の場のジャンク・ウォリアーを生贄に捧げ、遠也のライフに500ポイントのダメージを与えマース!」

 

 ジャンク・ウォリアーが光を放ち、ペガサスさんの場へと移動する。そして、トゥーン・キャノン・ソルジャーはそのジャンク・ウォリアーを引っつかみ、光の玉へと変換させると、それを口に含んで、背を反らした。

 そして、反らしていた背を戻す反動を利用して、口から一気にそれを撃ち放つ。

 それはみごとに俺自身に命中し、俺のライフを削っていった。

 

遠也 LP:4000→3500

 

「私はこれでターンエンドデース」

 

 ターンを終えたペガサスさんのフィールドを見る。

 あちらの場にはモンスターが2体に伏せカード1枚。対して、こちらはガラ空き。まったくもって厄介な状況である。

 周囲も俺の劣勢を見て若干拍子抜けのようだ。まぁ、これだけ最初のほうでこうなってちゃなぁ。

 だが、俺は気にしない。そもそも観客のためにデュエルをしているんじゃないんだ。もちろん、シンクロの実演のことは忘れていないが、俺がデュエルをすればそれは自然と出来ている。

 なら、俺はただデュエルに真剣に臨めばいいだけだ。

 

『頑張れ、遠也!』

 

 こうして、横で応援してくれている奴もいるんだ。

 頑張らなきゃ、男が廃るってもんだろう。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 手札を確認し、取るべき手段を頭の中で思索する。

 そして、俺はカードを一枚手に取った。

 

「手札から《おろかな埋葬》を発動し、デッキから《ボルト・ヘッジホッグ》を墓地に送ります。そして《ADチェンジャー》を墓地に送り、2枚目のクイック・シンクロンを特殊召喚! 更にチューナーが場にいるためボルト・ヘッジホッグを特殊召喚! 更に《チューニング・サポーター》を召喚!」

「その瞬間、罠カードが発動しマース! 《トゥーンのかばん》! 「トゥーン・ワールド」がある時、相手がモンスターの召喚に成功した場合、そのモンスターをデッキに戻しマース! ここでレベル1のモンスターは危ないですからネ。チューニング・サポーターにはデッキに戻ってもらいまショウ」

 

 カードから大きなカバンが飛び出し、チューニング・サポーターを飲みこんで消えてしまう。ああ、これでデストロイヤーを召喚出来ればトゥーンを破壊出来たのに。

 しかし、さすがはペガサスさん。ここでそんな罠カードとは。

 

「くっ、でもチューナーと素材モンスターは確保できた」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 2体のモンスターが俺のフィールドに並ぶ。

 このターンでトゥーンを攻略出来なくなったのは残念だが、それならそれで出来ることをやるだけだ。

 

「俺はレベル2のボルト・ヘッジホッグにレベル5のクイック・シンクロンをチューニング!」

 

 結果として伏せカードが無くなった。ある意味でそれはありがたい。これで、安心して行動できるんだからな。

 

「集いし思いが、ここに新たな力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 燃え上がれ、《ニトロ・ウォリアー》!」

 

 全身が緑色で、顔が厳つい鬼戦士。ニトロ・ウォリアーが咆哮を上げて場に現れる。

 そのいかにも強そうな姿に、会場も息を飲んで推移を見守る。

 

《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800 DEF/1800

 

「更に手札から《闇の誘惑》を発動! デッキから2枚ドローし、その後手札の闇属性モンスターを除外します。2枚ドロー! よし、俺は《ジャンク・シンクロン》を除外します」

 

 周囲は、何故このタイミングで魔法カードを? と疑問に感じる人もいる。

 だが、このモンスターにとっては、このタイミングこそ重要なのだ。

 

「更に墓地の《ADチェンジャー》の効果発動! このカードを除外し、フィールド上に存在するモンスター1体の表示形式を変更します! 俺はトゥーン・キャノン・ソルジャーを選択!」

 

 ADチェンジャーの効果により、キャノン・ソルジャーが攻撃表示になる。普段は入れないこのカードだが、今回はシンクロの実演ということで、いささか遊星のファンデッキ的なカードも投入されている。そのカードがこうして活躍してくれて、嬉しい限りだ。

 

「バトル! ニトロ・ウォリアーでトゥーン・キャノン・ソルジャーに攻撃! 《ダイナマイト・ナックル》!」

 

 ニトロ・ウォリアーの拳に炎が生まれ、それを維持したままニトロ・ウォリアーがトゥーン・キャノン・ソルジャーに向かって突進する。

 

「この瞬間、ニトロ・ウォリアーの効果発動! 魔法カードを使ったターンに1度だけ、ダメージ計算時に攻撃力が1000ポイントアップする!」

 

 よって、攻撃力は――、

 

《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800→3800

 

 周囲から、3800!? と驚きのざわめきが聞こえてくる。

 そして、それに応えるかのようにニトロ・ウォリアーの拳を覆う炎が勢いを増す。ニトロ・ウォリアーは大きく振りかぶって拳を叩きつけようとする、その瞬間。

 トゥーン・キャノン・ソルジャーの身体から二本の腕が生え、その拳をがっちり防御した。

 

「トゥーン・キングダムの効果発動デース! デッキの上からカードを1枚墓地に送り、破壊を無効にしマース!」

 

 もちろん、防ぐことは予想していた。しかし、その効果はあくまで破壊から守るだけだ。

 

「けど、ダメージは通ります!」

 

 ニトロ・ウォリアーは力任せに拳を振り抜き、それは腕の防御を打ち破ってキャノン・ソルジャーに突き刺さる。

 そして、その分のダメージがペガサスさんのライフポイントから引かれる。

 

「オーノー!」

 

ペガサス LP:4000→1600

 

 一気にペガサスさんのライフを削ったことに、どよめきが起こった。

 トゥーンじゃなかったら、ここでもう1体を攻撃表示にして追加攻撃できたんだけど……まぁ、仕方ない。

 そして、攻撃を終えたニトロ・ウォリアーの攻撃力が2800に戻る。

 

「俺はカードを1枚伏せてターンエンドです」

「私のターン、ドロー!」

 

 カードを手札に加え、ペガサスさんは口を開く。

 

「遠也のフィールドにいるニトロ・ウォリアーはとても強力なカードデース。しかし、トゥーンの特殊能力を忘れたわけではないでショウ。私は、トゥーン・マーメイドを攻撃表示に変更デース!」

 

 トゥーン・マーメイドが弓に矢を番え、つられるようにトゥーン・キャノン・ソルジャーも勢いよく拳を打つ仕草をとる。

 トゥーンの特殊能力とは、当然直接攻撃のことだ。2体のモンスターの総攻撃力は2800。そこにキャノン・ソルジャーの効果をフルに使えば3800にもなる。一気に俺の負けというわけだ。

 

「いきマス、遠也! トゥーン・キャノン・ソルジャーとトゥーン・マーメイドで直接攻撃!」

 

 ペガサスさんの宣言に則り、2体のトゥーンが笑みを浮かべながら攻撃を仕掛けてくる。

 その瞬間、俺は叫ぶように言葉を返す。

 

「罠カード発動! 《ガード・ブロック》! 戦闘によって発生するダメージを0にし、デッキからカードを1枚ドローします。ドロー!」

「しかし、それは1体との戦闘だけですネ? トゥーン・キャノン・ソルジャーの攻撃は防がれましたが、トゥーン・マーメイドの攻撃は通りマース!」

「くっ……」

 

 トゥーン・マーメイドの放った矢が刺さり、俺のライフが更に削られる。

 

遠也 LP:3500→2100

 

 だが、同時にトゥーン・マーメイドが攻撃宣言したことにより、ペガサスさんのライフからも500ポイントが引かれることになる。

 

ペガサス LP:1600→1100

 

「更にトゥーン・キャノン・ソルジャーの効果を発動しマース! トゥーン・マーメイドを生贄に捧げ、遠也に500ポイントのダメージデース!」

 

遠也 LP:2100→1600

 

「カードを2枚伏せてターンエンドデース」

 

 自分のライフも犠牲にしたとはいえ、俺のライフを一気に削り、2枚の伏せカードで守りも万全。さすがに元最強デュエリストは伊達ではないってところか。

 俺の場にはニトロ・ウォリアーがいるとはいえ、安心はできない。あの伏せカードは恐らく《トゥーン・キングダム》を守るカードか、攻撃を防ぐカードのどちらか、あるいは両方だろう。

 トゥーンの特徴とキャノン・ソルジャーが攻撃表示で残っていること、そしてこちらの場にいるニトロ・ウォリアーの効果を考えれば、その線が濃厚だ。

 もしこのまま俺が何も出来なかった場合、逆転する可能性はだいぶ下がる。キャノン・ソルジャーがトゥーンの効果で直接攻撃し、その後自身を生贄にバーン効果を使えば、それだけで俺のライフはなくなるからだ。

 加えて、ペガサスさんの場にモンスターが増えたりすればその脅威は更に増す。

 つまり、ここが一つの正念場。

 だから、ここはデッキの力を借りるしかないだろう。

 俺はデッキの一番上に指をかけ、カードを掴む。……頼むぜ、俺のカードたち。

 

「俺のッ、タ-ン!」

 

 キーカードではない。だけど、これなら。

 

「俺は《異次元からの埋葬》を発動! 除外されている《ジャンク・シンクロン》と《ADチェンジャー》を墓地に戻します。更に《貪欲な壺》を発動! 墓地の《ジャンク・ウォリアー》、《クイック・シンクロン》、《レベル・スティーラー》、《ジャンク・シンクロン》、《ADチェンジャー》をデッキに戻し、2枚ドロー!」

 

 結果的にはただの手札交換。だが、最高のカードが来てくれた。

 

「俺は手札から《サイクロン》を発動! 《トゥーン・キングダム》を破壊します!」

「そうはさせまセーン! カウンター罠、《魔宮の賄賂》! 魔法カードの発動を無効にして破壊し、相手は1枚ドローしマース!」

 

 俺がサイクロンを発動させた瞬間、ワッとあがった歓声だったが、防がれた途端、その勢いもしぼんでいく。

 まぁ、せっかく盛り上がるところだったんだからな。無理もない。

「頑張れ!」「まだよ、遠也!」と友人二人の応援が飛ぶ。それに内心で感謝しつつ、俺はカードをドローし手札のカードに手をかけた。

 確かに今のは防がれたが……まだ消沈するには早いってもんだぜ。

 

「俺は2枚目の《サイクロン》を発動!」

「なんデスって!?」

「今度こそ《トゥーン・キングダム》を破壊する!」

 

 カードから生まれた暴風がペガサスさんのフィールドに届き、トゥーン・キングダムのカードを破壊する。

 そして、その瞬間消えていく、アミューズメントパークのようだった飛び出す絵本。それに併せて、フィールドに残っていたトゥーン・キャノン・ソルジャーも悲しげにその姿を薄れさせていった。

 トゥーンモンスターは、トゥーン・ワールドが破壊された時、共に自壊する運命にある。常に直接攻撃が出来る強力な効果に対する、代償というわけだ。

 

「私のトゥーンが……」

 

 思わずペガサスさんが天を仰ぐ。

 

「バトルです! ニトロ・ウォリアーでペガサスさんに直接攻撃! 《ダイナマイト・ナックル》!」

 

 これが決まれば、俺の勝ち。

 しかし、そうは問屋がおろさないとばかりに、ペガサスさんが声を上げる。

 

「カウンター罠、《攻撃の無力化》を発動デース! その攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させマース!」

 

 やっぱり、攻撃反応型の罠カードだったか。まぁ、ミラーフォースじゃなかっただけマシと思うべきだろう。

 

「俺はカードを1枚伏せてターンエンドです」

「私のターンデース、ドロー!」

 

 さて、手札は1枚しかない状況でペガサスさんは何ができるだろうか。

 トゥーンは基本的にトゥーン・ワールドがなければ召喚すらできないものがほとんどだ。後期型なら通常召喚できるが、ニトロ・ウォリアーにやられるのが目に見えている。

 その状況で、どうするのか……。

 

「私は《強欲な壺》を発動しマース! デッキから2枚ドロー!」

 

 ここで強欲な壺か。となれば、何か対抗策が出来たことも考慮に入れなければなるまい。

 事実、ペガサスさんは小さく笑みを見せたのだから。

 

「フフ、さすがは私の愛するカード達デース。手札から更に《壺の中の魔術書》を発動! お互いのプレイヤーはデッキからカードを3枚ドローしマース!」

 

 これによって俺の手札も3枚増える。だが、ペガサスさんの手札がここに来て潤うとは。果たして、どうくるのか。

 

「私はデッキの上からカードを5枚除外し、《トゥーン・キングダム》を発動デース! 更に《トゥーン・アリゲーター》を召喚! そしてトゥーン・アリゲーターを生贄に捧げ、《トゥーン・ブラック・マジシャン・ガール》を特殊召喚しマース!」

 

《トゥーン・ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000 DEF/1700

 

 うん、小さくなったマナだ。それ以外にどう言えばいいというのだろう。

 

『わ、なんか恥ずかしいなぁ。子供になった私みたい』

 

 マナが同じようなことを言っている。すると、ふいにトゥーンのマナが俺を見てウィンクしてくる。そこらへん、小さくなっても女の子ということなのだろうか。実に楽しそうにふよふよ浮いている。

 あー、小さいマナも可愛いなぁ。そう思って、トゥーン・マナを眺めていると、横から声が聞こえてきた。

 

『……ふーん。遠也は、小さい子のほうがいいの?』

 

 今の俺に出来ることは、首を横に振ることだけだった。

 

「トゥーン・ブラック・マジシャン・ガールも、もちろん直接攻撃能力を持っていマース。そして、このカードは召喚されたターンに攻撃できないという制限を唯一持っていまセーン」

 

 そう、三つの分類があるトゥーンの最後の区分。“例外型”に分けられるのが、このトゥーン・ブラック・マジシャン・ガールだ。

 このカードだけは、トゥーンの中で唯一召喚されたターンに攻撃できないというデメリットを持たない。ゆえに、召喚されてすぐに直接攻撃を行うことが出来るのだ。

 攻撃力2000の直接攻撃は、この世界では脅威の一言だ。まして、今の俺のライフポイントでは耐えきるなんて出来ようはずもない。

 

「トゥーン・ブラック・マジシャン・ガールで、遠也に直接攻撃デース! 《トゥーン・ブラック・バーニング》!」

 

 小さなマナの杖が光り、そこから稲妻を伴った閃光が放たれる。

 周囲もこれで終わりか、と息を飲む。

 しかし、その瞬間。俺は壺の中の魔術書によって手札に加わったカードを一枚手に取っていた。

 

「手札から《速攻のかかし》を捨て、効果発動! 相手の直接攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させます!」

 

 一瞬俺のフィールドに現れたかかしが、トゥーン・ブラック・マジシャン・ガールからの攻撃をその身を以って防ぎ、やがて消えていく。

 バトルフェイズはこれで終わり、ペガサスさんの手札は1枚。ペガサスさんはそのカード手に取る。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンドデース」

「俺のターン、ドロー!」

 

 壺の中の魔術書によって、俺の手札も増えたのは大きい。

 俺は取るべき手段を頭の中で組み立て、そしてそれを実行に移す。

 

「俺は手札から《グローアップ・バルブ》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! 更に《チューニング・サポーター》を召喚!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《チューニング・サポーター》 ATK100 DEF/300

 

 再び俺の場にチューナーと素材モンスターが揃う。しかし、今回はこれで終わりじゃないぜ。

 

「そして墓地の《グローアップ・バルブ》の効果発動! デッキトップのカードを墓地に送り、デュエル中1度だけ特殊召喚できる! 守備表示で特殊召喚!」

 

《グローアップ・バルブ》 ATK/100 DEF/100

 

 一つ眼の球根がポンッとフィールドに生まれ、これで俺の場には新たなモンスターが3体。

 これで、全ての準備は整った。

 

「チューニング・サポーターの効果、シンクロ素材とする場合レベル2として扱うことが出来る。レベル2となったチューニング・サポーターにレベル5のクイック・シンクロンをチューニング! 集いし叫びが、木霊の矢となり空を裂く。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・アーチャー》!」

 

《ジャンク・アーチャー》 ATK/2300 DEF/2000

 

 オレンジ色をした細身の身体に弓を携えた戦士が、片膝をついた状態でフィールドに現れる。

 そう、今回は守備表示で召喚したのだ。

 

「チューニング・サポーターの効果で1枚ドロー! そして、ジャンク・アーチャーの効果発動! 1ターンに1度、相手フィールドのモンスター1体をエンドフェイズまで除外する! 《ディメンジョン・シュート》!」

 

 守備表示であろうと、表側表示である以上問題なく効果は使える。

 ジャンク・アーチャーは膝をついた状態から狙いを定め、番えた矢を一直線にトゥーン・ブラック・マジシャン・ガールへ向けて撃ち放つ。

 それは違わず命中し、トゥーン・ブラック・マジシャン・ガールを次元の彼方へと消し去った。

 

『ああっ、私が……』

 

 いや、お前じゃないだろ、という突っ込みは内心でするだけに留めておく。

 少々隣の発言に呆れつつ、ともあれ、これで壁となるモンスターは全て消えた。この攻撃が決まれば俺の勝ちだ。

 

「バトル! ニトロ・ウォリアーで直接攻撃! 《ダイナマイト・ナックル》!」

 

 しかし、その瞬間。ペガサスさんのフィールドの伏せカードが起き上がる。

 

「罠カード発動、《聖なるバリア -ミラーフォース-》! 攻撃表示の相手モンスター……ニトロ・ウォリアーを破壊しマース!」

 

 ペガサスさんが一瞬言葉を詰まらせるが、問題なくその効果は発動されてニトロ・ウォリアーが破壊される。

 高攻撃力のニトロ・ウォリアーがいなくなるが、しかし俺の顔に動揺はない。

 この状況で伏せられるカードということで、ミラフォは警戒していた。その危険を感じたからこそ、俺はグローアップ・バルブもジャンク・アーチャーも守備表示で出したのだ。

 ミラフォの破壊効果は相手フィールドの攻撃表示モンスターに限られる。守備表示ならば、破壊されることはないからな。

 ペガサスさんが言葉を詰まらせたのは、俺のフィールドのモンスターがニトロ・ウォリアー以外は軒並み守備表示だったからだろう。

 

「さすがデース、遠也。まさかミラーフォースを読んで、守備表示にしているとは。しかし、それではこれ以上の追撃は出来ませんネ。次のターン、私の引くカードで全てが決まりマース」

 

 ペガサスさんがそう言うが、しかしそれに返す俺の答えはその予想を覆す。

 

「いいえ、ペガサスさん。このターンで終わりです」

「ホワッツ?」

 

 ペガサスさんが疑問の声を出すが、何か忘れていないだろうか。そう、俺の場に伏せられているカードのことを。

 俺はデュエルディスクを操作する。それによって、伏せられていたカードが起き上がっていく。

 俺が伏せていたカード。それは――、

 

「罠カード発動! 《緊急同調》!」

「Oh! 《緊急同調》!?」

 

 今回、シンクロの実演ということで使うこともあるかもしれないと、特別に入れていたこのカード。それがまさかここで決め手になろうとは。

 見ているお客さんはシンクロを初めて見る以上、このカードの効果も当然知らない。俺は、きちんとその効果を説明していく。

 

「このカードはバトルフェイズ中のみ発動できる! シンクロモンスター1体をバトルフェイズ中にシンクロ召喚します!」

 

 俺の場にはレベル7のジャンク・アーチャーと、レベル1チューナーのグローアップ・バルブ。

 そのレベルの合計は8。

 そして、チューナーと素材に指定のないレベル8のシンクロモンスターを、俺は1枚しかこのデッキに入れていない。

 エクストラデッキ……いや、今はまだ融合デッキか。そこに収められている15枚のカード。そのうちの1枚に触れる。

 本当に、本当に久しぶりに召喚することになるこのカード。決してこのデッキの主力というわけではない。だが、それでも絶対に外すことが出来ないエースモンスター。

 シンクロを世に広めるこの場で召喚することになるなんて、これもまた運命だろうか。

 かつての世界においても、シンクロモンスターで随一の知名度を誇ったこのカードが、大勢の人で溢れるこの場で姿を現す。

 そのことに、奇妙な感慨すら覚える。俺自身非常に特別に思っているこのカードを、こうして召喚できることが嬉しいのかもしれない。ほぼ一年近く、まったく召喚していなかったから。

 

 それは何故かというと、俺の気持ちが問題だった。俺は、自分が向こうの世界の人間なんだ、と思っていたかった。このカードを召喚するのは、不用意にこの世界に干渉することになってマズイんじゃないか、なんて。昔は生意気なことを考えていたものだ。

 そもそも俺はこの世界で今を生きているんだから、今更そんなの関係ない。そう思えるようになったのはつい最近のことだ。

 ようやく自分の気持ちに折り合いをつけることは出来たが、しかし、そう思えるようになって以降、このカードを召喚する機会は訪れなかった。

 

 だからこそ、デュエルの場でこのカードに触れるのは本当に久しぶりだ。

 その感覚に不思議な高揚を感じつつ、俺は気合を入れて宣言していく。

 

「レベル7ジャンク・アーチャーに、レベル1グローアップ・バルブをチューニング!」

 

 2体のモンスターが飛び上がり、グローアップ・バルブが1つの光の輪へと姿を変え、ジャンク・アーチャーが7つの星となってその輪を潜り抜けていく。

 

「――集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ!」

 

 そうして、一か所に互いが集まった瞬間。

 爆発的な光がステージを覆った。

 

「シンクロ召喚! 飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 瞬間、光を切り裂き、翼を畳んだ状態で上空へと駆け上がっていく白銀の流星。

 会場中の視線が全て屋外ステージの上空へと注がれていた。屋根のないステージ、その上に広がる青い空。それを背景に、重力に反して空に昇った流星がくるりと弧を描く。

 そして畳まれていた翼を勢いよく広げ、直後、その身体から煌めく光の粒子が降り注ぐ。

 その様は、まさに名前の通りの星屑(スターダスト)。その神秘的な光景を生み出したドラゴンが虚空に向かって(いなな)き、その姿を見る者全員の目にその美しさを刻みつけた。

 

「――……綺麗……」

 

 それは、誰が呟いたものだったのか。

 定かではないその声に、誰も否を発することはしなかった。

 それはきっと、今この場にいる者全員が共に抱いている、共通した思いであったからだろう。

 それほどまでに、そのドラゴンの姿は美しいものだった。

 

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

「……私も久しぶりに見まシタ。やはり、美しいモンスターデース」

 

 ペガサスさんも例外ではなく、スターダストに見とれている。

 ソリッドビジョンとは思えない、異質な迫力すら感じさせるその姿には、精霊を感じられるだけに感じるモノもひとしおなのだろう。

 上空へと昇っていたスターダストが、ゆっくりと降りてきて俺の上に浮かぶ。

 そして、俺はスターダストに指示を出す。このデュエルを終わらせるための一言を。

 

「久しぶりだな。早速で悪いけど、頼んだぜ。――スターダスト・ドラゴンの攻撃!」

 

 再び甲高い声で鳴き、首をしならせて頭を僅かに後ろへ。

 そして、その口元に向かって集束していく大気の渦。それはやがてうっすらと白色を帯びるほどに凝縮され、ぴたりとそこに留まる。

 それを受けて、俺は最後の宣言を行う。

 

「――響け! 《シューティング・ソニック》!」

 

 その声に応えるように、スターダストは集められたエネルギーを一直線に解放する。

 それは音速すら超える、姿のない砲弾となって突き進む。

 無論それを避ける術などあるわけなく。ペガサスさんはその直撃を受けて、ついにそのライフポイントを0にするのだった。

 

ペガサス LP:1100→0

 

 デュエルに決着がつき、ソリッドビジョンも終了に伴って解除されていく。

 消えゆくスターダストに、俺は一言声をかける。ただの立体映像だとしても、やはり思い入れが強いカードだったから。

 

「サンキュー。また、よろしく頼むよ」

 

 消える瞬間、応えるように鳴いて、スターダストは宙に溶けるようにしてその姿を消していった。

 ……さて。こうしてペガサスさんとの勝負に勝ったわけだが、なぜか周囲は静まり返ってしまい、何の反応もない。

 その様子に不気味さを感じ、俺はどうしたものかと不安になる。その時、いつの間にか俺の傍へと歩み寄っていたペガサスさんに右腕を掴まれた。

 驚いてその顔を見上げれば、にっこりと笑って俺を見ていた。そして、すぐにその顔を観客席のほうへと向け、その後掴んでいた俺の腕を高く掲げた。

 そして、手に再び収められていたマイクを通して宣言する。

 

『遠也の勝利デース! 皆さん、拍手をお願いしマース!』

 

 明るく大きな声で言い放ったその言葉に、静まり返っていた会場も我を取り戻し始める。

 そして、どこからかポツポツと拍手が起こり始め、それはすぐに会場中を巻き込む大きな轟音となって響きわたる。

 俺はペガサスさんの横で、それに嬉しいやら恥ずかしいやらといった複雑な気分で手を振って応える。

 そうしてなかなか鳴りやまない拍手が、ようやく下火になって来た頃。今度は再びシンクロ召喚の説明や今のデュエルのおさらいが始まり、そうして今回の実演の時間は過ぎていったのだった。

 

 

 

 

 その後、俺は会場の子供たち相手に社員の人やペガサスさんと一緒に、来場者特典などを渡す仕事を仰せつかった。

 子供の来場者には、特典としてカードパックが一つ、それからI²社のグッズが渡されるんだとか。そのため、子供たちは群がるように俺たちのほうに寄って来る。

 特に、俺とペガサスさんにはかなりの子供がやって来ていた。ペガサスさんは当然として、俺はどうやらさっきのデュエルで興味を持たれたからのようだ。

 まぁ、子供嫌いというわけでもないから別に問題はない。時おり、デュエルの質問やシンクロの疑問などを聞かれるので、後がつかえない程度に話して順調にさばいて行く。

 中には俺のデュエルを評価してくれる子もいて、嬉しかったり。

 たとえば「デュエルかっこよかったです! 私、絶対シンクロ召喚使います!」とか、「シンクロモンスター、かっちょいー! 俺も絶対兄ちゃんみたいになるからな!」なんていう子供がいたりして。微笑ましいもんだ。

 変わったところでは、低ステータスモンスターを主力に使っているという男の子が来て、新しい可能性に感動したという感想もあった。

 その子には、低ステータス=弱い、じゃない。効果が強力かもしれないし、他のカードとの組み合わせで化けるかもしれない。もしくは、シンクロのように力を合わせる方法もある。

 要するに、低ステータスなんて気にするだけ無駄。それより、わざわざそのカードを使うってことは、そのカードが好きってことだ。なら、好きなカードで勝てるように努力したほうが建設的だし楽しいぞ、と伝えた。

 どこかで聞いたような言い方になってしまったが、本心だったので問題はないだろう。その子も、目をパッと輝かせて「ハイ!」と頷いてくれた。うーん、いい子だ。俺は帽子の上からその子の頭を撫でた。

 実際、その子はそのモンスターが好きで、だからそのためのデッキを作ったんだそうだ。いいね、デュエルモンスターズの楽しさはそこが原点と言ってもいい。ぜひ、そのまま頑張ってほしいものだ。

 興奮冷めやらぬのか顔を赤くして、大きく手を振って去っていく小さな男の子。それに手を振り返し、思う。まさか、この俺が憧れの視線を受けることになるとはね。いいことした。

 マナには何故かにやにやと鬱陶しい目で見られていたが。くそ、俺だってクサいこと言った自覚はあるんだ。あまりそこに触れてくれるんじゃない。

 そんなこんなでイベントは全て終了し、長かった一日もようやく終わる。

 

 

 

 イベント後は俺の家にペガサスさんが帰って来て、俺もせっかく会ったんだからと三沢と明日香を招待した。

 二人は生で会ったペガサスさんにガチガチに緊張していたので、思わず笑ってしまい睨まれてしまった。まぁ、伝説の人といっても過言じゃないし、カードの生みの親だもんな。

 二人がああいう態度になって、サインをねだるのもこの世界では当然の対応なんだろう。

 それからは二人も徐々に打ち解けてきたのか、食事の席では自分たちから話をすることもあり、賑やかな食事になっていく。

 俺、実体化したマナ、ペガサスさん、三沢、明日香。そんな普通は有り得ないような五人で過ごした冬休みの一時は、とても楽しめるものだったことをここに記しておこうと思う。

 もうすぐ冬休みも終わる。

 アカデミアに戻り、そこでまた十代たちに会うことを楽しみに思いながら、その夜は更けていくのだった。

 

 

 

 

 



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第15話 青春

 

「アカデミアよ、私は帰って来たーッ!」

『それ好きだよねー、遠也』

 

 本土からアカデミア島へと航行するフェリーに揺られること数時間。

 少々酔ってしまったものの、それもこの大地に降り立ったことでスッキリ解消だ。

 とりあえず、帰ってきた際には言わなければならない定番の言葉を言うことが出来て、とりあえずは満足だ。さて、早速俺の部屋に行くとしますかね。

 俺は荷物を手に持つと、逃げるようにその場を走り去る。だって、俺を見る視線が凄かったからね。諸々の理由から。

 

 

 

 

 そういうわけで真っ先に寮に向かって荷物を置いた俺は、私服から制服に着替えてレッド寮へと赴く。

 レッドの寮は古き良き木造モルタル2階建て。一度も住んだことはないのに、奇妙に親近感を感じてしまうのは、入り浸りすぎたせいだろう。

 まぁ、友人が三人もこの寮の所属だから仕方がない。おかげでブルーの生徒なのに、レッド生徒にはすこぶる評判がいい俺である。そのレッド生も、今は遠巻きに俺を見ているが。

 それは気にせず、俺は十代たちの部屋の扉を叩く。そして、返事を待つことなくドアを開ける。良い子はマネしちゃいけない行為だが、どうせ中にいるのは男三人なんだ。それほど問題でもないだろうさ。

 

「よーっす、三人とも。久しぶりー」

 

 言いつつ玄関先から中を見れば、そこには見慣れた十代と翔、隼人の姿。

 三人は突然開いたドアに驚いていたが、そこに立っているのが不審者ではなく俺だとわかると、表情を崩して駆け寄って来てくれた。

 

「おー、遠也! 帰って来てたのかよ! 随分久しぶりな気がするぜ!」

 

 そしてそのまま、バシバシと俺の肩を叩く十代。

 それに続き、翔と隼人も声をかけてくる。

 

「おかえり、遠也くん! なんだか新鮮だなぁ、遠也くんの顔を見るの」

「そうなんだな。もうかれこれ2週間は会ってなかったからなぁ」

 

 そうか、もうそんなになるのか。

 隼人の言葉に頷きながら、俺は十代の頭を軽く殴る。バシバシ叩きすぎだ。痛いっての。

 しかし、へへ、と笑ってへこたれない十代。冗談で済ませられるからこそ俺も殴ったわけだから、まぁその態度は予想通りだ。

 しかし、その次の言葉はさすがにちょっと予想外だった。というか、そうでないことを願っていたというか。

 

「お、そうだ遠也! デュエルしようぜ! あのスッゲーかっこいいドラゴンさ、あれ見せてくれよ!」

 

 ぎゃー、やっぱり見てましたか十代も。ということは、翔も隼人も見たということだろう。ああ、船の中から視線が鬱陶しかったから、ひょっとして十代たちも見てるかもとは思ってたけど……。

 そんな俺の心の中の呟きを露知らず、十代は楽しそうに笑う。

 

「まさかテレビで遠也を見るとは思わなかったぜ! しかもペガサスさんとデュエルだもんなぁ! 羨ましいぜ!」

 

 心底そう思っているとわかる顔で言う十代と、同じく隣で羨ましそうにしている翔と隼人。

 やはり、ペガサスさんは誰にとっても特別な存在なのだろう。

 

「けど、ビックリしたよ。突然大徳寺先生に呼ばれるから行ってみたら、テレビに遠也くんが映ってるんだから」

「だな。でも、シンクロ召喚はやっぱり凄かったんだな。さすが遠也だったぞ」

「いやぁ、ははは……」

 

 三人のそんな言葉に、苦しげな笑みを見せる俺。

 あの時は周りに何があるのかとかを、一切無視してデュエルに集中してたからなぁ。まさかそんなことになるとは思ってなかったんだよね。

 

 

 説明すると簡単なことだ。あのイベント会場には、テレビカメラがあった。つまり、そういうことである。

 あの時には観客の存在こそ意識にあったものの、テレビのことなどすっかり忘れていた俺である。

 つまり、俺はテレビの前でペガサスさんとデュエルし、その中でスターダスト・ドラゴンも召喚したことになるのだった。

 それもあの時のテレビ、全国放送だったらしく、それはもう広い範囲に広がってしまっている。そのせいで、アカデミアに向かうフェリーの中では俺を見る目が多いのなんの。やっぱり、あのイベントはかなり影響があったようだ。

 事実、次の日に新聞やニュースを見ると、あのイベントのことが取り上げられ、シンクロ召喚についての特集まで組まれていた。元の世界では考えられなかった事態である。

 しかもどこから情報を掴んだのか、《スターダスト・ドラゴン》が世界に1枚しかないカードということまでデカデカと表示しやがってからに。その他にも五体の竜があるらしく、それらと併せて“特別なドラゴン”である、と書かれていた。喋ったの誰だ。

 そして、そういった特集の際に使われるのは、当然スターダストを実際に召喚し、アカデミア以外の公の場で初めてシンクロ召喚を使った俺の映像となるわけで。

 結果、俺が自宅のテレビの前でお茶を噴くことになったわけである。

 気管に詰まり、マナに背中をさすられ、十分を費やして落ち着きを取り戻したことが懐かしい。

 起きてしまったことはもう仕方がないので、それからは極力気にしないようにして過ごしていたわけなのだが。やはり、デュエルの専門学校ともいえるアカデミアに近づくにつれて、視線が増えるったらなかった。

 アカデミア残留組は見ていないかも、とちょっと期待していたのだが……がっつり見ていたようで、残念である。

 

『カッコよかったから、いいじゃない。あ、言ってなかったけど、ちゃんと録画もしてあるからね!』

「なにしてくれとんじゃ、お前はぁぁああ――ッ!」

「なんで急に怒鳴られるんスか!?」

 

 偶然正面にいた翔がビックリしつつ疑問を呈す。

 正直スマンが、それよりもマナがしでかしてくれたことのほうが大問題である。

 俺は一旦三人から距離をとり、小声で会話する。

 

『いいでしょー。カッコよかったから、残しておきたかったんだもん』

「子供の学芸会を撮影する親かお前は! 恥ずかしいから帰ったら消しなさい!」

『えー……。交換条件を飲んでくれたら、考えてあげるよ』

「交換条件? そこはかとなく嫌な予感がするが……どういう条件だよ」

『本棚の奥と机の引き出しの下に隠してあるやつ処分して?』

「………………」

『………………』

「………………よし、消さなくてもいい」

『そうくるのはさすがに予想外だったよ!?』

 

 ばっか、お前。高校生男子にとってアレは何物にも代えがたい価値を持つんだぞ。

 いくらなんでも処分することなど出来るはずもない。苦労して手に入れてきたお宝達に申し訳が立たないだろうが。

 

『うわぁ。最低だよ、遠也……』

 

 ふん、何とでも言うがいい。

 男という生き物は、エロのためなら時に自身を犠牲にすることすら厭わないものなのだ。

 ふふん、と一人虚空に向かってドヤ顔をしているように見える俺に、翔は呟く。

 

「……ペガサス会長と知り合いで、テレビに出ててもさ。変わってないね、遠也くん」

「なんか、安心したんだな」

「ああ。相変わらず仲がいい二人だぜ」

 

 二人? と翔と隼人が十代の発言に首を傾げている間。

 俺とマナは変わらずそのやり取りを続けていた。

 

『まぁ、今度帰った時は家族会議だけどね』

「結局!? それに家族じゃないし、突っ込みどころ多いな!」

 

 ……そんなわけで、アカデミアに帰って来た俺たちであった。マル。

 

 

 

 

 さて、帰ってからしばらくはまた注目の的となった俺だったが、前回の経験からスルースキルを磨き上げた俺は、そんな追求をことごとくスルーしていた。

 視線の鬱陶しさはどうにもならないが、それ以上入りこんでくるなら、俺はシカトすることすら厭わないぜ。

 幸いカイザーと同等の実力と思われていることと、あのペガサスさんに勝ったということで、無理なアンティルールを迫られることもない。世界に一枚しかないカードに興味はあるようだが、俺が召喚した時に見るぐらいで我慢してほしい。

 

 そんなこんなで、そこそこ平穏を保てるようになっていた、そんなある日。

 その日は、体育の授業でテニスをしていた。どういう理由からテニスを授業内容に選んだのかは謎だが、とにかくそうなのだから仕方がない。

 ちなみにオシリスレッドとブルー女子、ブルー男子とラーイエローでスタジアムを二分する形で行っている。まぁ、生徒数がそこまで多くないからこそできる芸当だと言える。

 そんなわけで、俺は三沢とネットを挟んで向かい合い、適当にパコーン、ポコーンとラリーをしていた。やる気がないのがバレバレだが、教師の目が届いているわけでもないし、ちょっとぐらいいいだろう。

 

「へぇ、意外と運動神経もいいんじゃないか遠也」

「お前ほどじゃないよ。さっきの本気サーブ、なんだよあれ。波動球?」

「ふっ、自分の身体の全てをコントロールし、その力を無駄なく行き渡らせ、その軌道と相手の動きをデータに基づいて計算すれば、容易いことだよ」

 

 ……もうお前、なんでデュエリストやってんだよってレベルだぞソレ。

 計算であんな球を打って正確にコントロールできるとか。変汁大好き眼鏡のノッポか、ベイビーなステップの優等生じゃないんだからさ。

 そんなくだらない会話をしつつラリーを続けていく。すると、にわかにレッドとブルー女子のほうが騒がしくなってきた。

 何かあったのか、と顔を向ければ、何故かクロノス先生が倒れて悶えていた。

 何が起こったんだ一体。誰かが打った球でも当たったのか?

 しかし、クロノス先生が被害をこうむる原因となると、俺の頭には一人しか出てこないんだが。まさか、今回もそうじゃないよな?

 と思っていると、起き上がったクロノス先生が肩を怒らせて十代に詰め寄っていた。おいおい。

 

「ははは、話題に事欠かないな1番君は」

「確かに」

 

 俺は三沢の言葉に苦笑し、あとで話を聞きに行こうと考えるのだった。

 

 

 

 

「完全にとばっちりだぜ、まったく!」

 

 そう言ってトレーニング・ウェアを着てスタジアムに向かうのは、不満たらたらの十代である。

 

「まぁ、聞く限りでは確かに十代に非はないよな」

「だろ!? くっそー、クロノスめぇ」

 

 ぐぬぬ、と唸る十代に俺はまぁまぁと慰めに回る。

 話を聞いたところ、十代が打ったボールが明日香に当たりそうになったことが切っ掛けだったらしい。

 それを割り込んできた先輩が見事に打ち返し、明日香への直撃は防いでくれた。しかし、そのボールは咄嗟だったためかコントロールが甘く、結果として偶然クロノス先生に命中した、というのが真相だったようだ。

 切っ掛けは確かに十代かもしれないが、直接の原因はその先輩だ。とはいえ、それも明日香を守ろうとした行為なわけで。だからこそ、クロノス先生は目の敵にしている十代に的を絞ったのだろうが。

 しかし、十代本人にしてみればたまったものではない。まして、そのせいでこうしてテニス部にしごかれて来いと言われてはな。

 

「はぁ、もういいや。遠也、これが終わったらデュエルしてくれるって約束、忘れんなよ」

「わかってるって」

「よし! そうと決まれば、少しはやる気が出るぜ! じゃあな、待っててくれよ!」

「いってら~」

 

 ぶんぶん腕を振り回してテニスコートのほうに向かっていく十代を見送り、俺はそのコートにほど近い席に腰をおろして見学者となる。

 やる気が感じられなかった十代だが、これで少しは気持ちも楽になるだろう。嫌々やり続けるより、これが終われば……と考えたほうがまだマシになるはずだ。

 そう思って、十代には抜群に効果を発揮するエサデュエルを用意したのだ。さすがに何も無しじゃ可哀想だったからな、被害者みたいなもんだし。

 そんなことを考えていると、不意に俺の横に現れる気配。横目で見れば、またしてもブルー女子の制服を着たマナがそこに実体化していた。

 

「おいおい」

「いいでしょー、あんまり人もいないしね」

 

 悪戯気に笑って言うと、マナは俺に肩を寄せ、テニス部の部長にしごかれる十代を見る。

 俺も、まぁいいかと思って同じく視線をコートに戻した。

 なんだか嫌に暑苦しい台詞を連発しながら、十代にボールを打ちこんでいく部長さん。……なんか、元の世界にもいたな。妙に暑苦しいテニスプレイヤー。地球温暖化の原因とまで言われるほどの人が。

 どことなく、その人を彷彿とさせるなぁと、昔を思い出しながらその様子を見やる。すると、見学者が俺しかいないのが目立ったのか、こっちに目を向ける部長。

 無難に会釈を返す俺と、にっこり笑顔を見せるマナ。そして、明らかにマナを見てだらしなく表情を緩める部長。……まぁ、気持ちはわかるけどさ。

 それはさておき、十代はもうヘトヘトだというのに、手を止める気配がない部長さん。

 あの人はアレだな。指導者に向いていないタイプだ。その人にとってどんな方法が一番有効なのかを考えずに、自分が提示した方法が最高だと思い込んで突っ走るタイプ。十代も、厄介な人に当たっちまったもんだ。

 なんて思いながら見ていると、コートにほど近い入口から知り合いが入って来るのが見えた。翔とジュンコ、ももえか。珍しい取り合わせだな。

 っていうか、翔がいるしマナは精霊化してもらったほうが良さそうだ。見つかったらきっとしつこく絡まれる。冬休みに入る前の騒動を俺は忘れていないぞ。

 

「ってなわけで、時間になりました」

「はーい。ちぇー」

 

 いささか残念そうに口を尖らせ、精霊化するマナ。それを見届け、俺は観客席からコートに降りるべく、一旦スタジアム内の通路に入る。

 そして一階に降りたところで、偶然明日香とはち合わせた。

 

「あれ、明日香?」

「遠也じゃない。どうして……ああ、十代の付き添いかしら?」

 

 思い当たることがあったのか、明日香は途中まで続けてから言い直した。

 

「その通りだよ。十代に用か?」

「ええ。……そうね、遠也にも話しておいたほうがいいかも。一緒に来てくれる?」

「あいよ」

 

 明日香の横に並び、一緒にコートのほうを目指す。

 その途中、一体どんな話があるのかその触りだけ聞いてみた。なんでも大徳寺先生からの情報で、万丈目を見かけたという目撃情報が入ったのだとか。

 なるほど。それは確かに俺と十代に知らせようと思うだろうな、明日香なら。

 俺たちが特に万丈目のことを気にしていた二人だというのは、周知の事実だろうしな。

 そんな話をしつつ、スタジアムのグランドに出る。そこでは翔とジュンコ、ももえの三人がしごかれている十代を見ていた。

 

「あ、遠也くん。アニキと一緒じゃなかったの?」

「一緒に来たんだけど、俺は観客席で見学してた。で、お前らを見かけたから降りてくるところで、偶然明日香と合流したのさ」

 

 隣に立つ明日香に視線を移し、そう説明する。

 それに成程と頷く翔を一瞥し、ジュンコとももえに尋ねる。

 

「そろそろ終わりそうか?」

「まぁね。あと10球もないんじゃないかしら」

「ベストタイミングでしたわね」

 

 二人の言葉を受けて、コートに目を向ける。

 するとその言葉は正しかったようで、1分するかしないかというところで、ちょうどひと段落したようだった。

 部長も手を止め、十代がもう限界とばかりにその場に大の字で寝転んだ。

 しかし、部長としては一旦休み、というだけのつもりのようで、未だにラケットを握っている。

 これは、また再開される前に手早く用事を済ませたほうがいいかもしれない。疲れきっている十代には悪いことをしてしまうが……。

 明日香も同じ考えに至ったのだろう、俺の顔を見て、確認するかのような目を向ける。俺はそれに頷きを返し、揃って十代の元へと向かった。

 そして部長の傍を通る時。明日香に気づいた部長が、声をかけてくる。

 

「やぁ、明日香君! 嬉しいな。僕に会いに来てく――」

 

 しかしそこは安定の明日香。ガン無視である。部長哀れ。

 まぁ、そう言いつつ俺も申し訳なく思いつつもスルーさせてもらうのだが。

 そして倒れ込む十代に近づき、明日香が声をかける。

 

「ねぇ、十代。話があるんだけど……」

「んぁ? なんだよ、話って」

 

 寝ころんでいた状態から起き上がり、俺たちの顔を見る十代。

 そして、実は、と明日香が話し始めたその時。後ろから大声が上がった。

 

「君! 皆本遠也君!」

「はい?」

 

 いきなり背後から名前を呼ばれ、驚きながら振り返る。

 横にいる明日香や十代も、どうしたのかと話を中断させて部長のほうに顔を向けた。

 

「君は、一体明日香君とどんな関係なんだい!」

「どんなって……友達?」

「ええ、そうね」

 

 本人の首肯を受け、友達ですけど、と部長に再度向き直る。

 しかしこの部長、全く聞く耳持たずである。勝手に熱くなっていっているのが、手に取るようにわかる。

 

「君はさっきまで、違う女の子と一緒にいたじゃないか! そのうえ明日香君とまでとは……紳士として、許しがたい!」

 

 あー、なるほど。マナと一緒にいたところを見られた上に、明日香と隣り合って来れば、そうともとれるのか。

 俺自身が特に何とも思ってなかったから気付かなかった。確かに、二股しているように見えなくもないかもしれない。が、例えそうだとしてもいきなり関係ない第三者から責められるのは、お門違いだと思うのだが。

 あら、マナもいたの? と聞いてくる明日香には肯定を返す。隣で『いましたよー』とマナが手を挙げているが、明日香には見えてないだろうからな。

 しかし、俺に二股をしている事実はないので、何て言えばいいのか分からん。結局、俺は口を閉ざした。すると、それをどう受け取ったのか、部長がラケットを俺に突きつけてくる。

 

「デュエルだ! 僕と、明日香君を賭けたデュエルをしようじゃないか!」

「ひょ?」

「勝ったほうが明日香君とフィアンセになる! どうだい、受けるかい?」

 

 得意げに言う部長だが、どうしてそうなるの?

 受けたとしても俺に特にメリットがないし、そもそもフィアンセって勝手に決められるもんでもないし。そこらへん、わかっているんだろうかこの人。

 対して、勝手に自分の名前を出された挙句婚約までさせられそうな明日香は、抗議の声を上げた。

 

「ちょっと! 勝手に人を賞品のように扱わないでちょうだい!」

「明日香君……オベリスクブルーの妖精のような君に、二股をするような男は似つかわしくない」

 

 訳知り顔で首を振る部長。しかし、なかなか面白い単語が出てきたな。

 

「オベリスクブルーの妖精ね。へー」

「な、何よ」

「いいや、何も」

 

 やはりそんな名前をつけられるのは本人としては嫌なのだろう。俺が復唱して明日香を見れば居心地が悪そうに明日香は顔をそむけた。

 微かに顔が赤いのは、恥ずかしさゆえか。俺がそれを悟ってにやにやしていると、再び部長の声が響いた。

 

「僕の目の前でイチャつくのはやめたまえ! 遠也君! 受けるのか、受けないのか! 怖いんなら、逃げてもいいんだよ?」

「ふぅん」

 

 挑発的に言ってくる部長に、さすがに俺も黙っていられなくなってきた。

 そうまで言われて、受けないなんて選択肢はない。別段イチャついていたわけではないが、ここで嫌だと言ったら逃げたと判断するだろう。そして、なんだかこの人の性格的に喜んで吹聴して回りそうだ。

 さすがにそれは御免こうむる。そういうわけで、俺はデュエルディスクを取り出して答えた。

 

「いいぜ。そのデュエル、受ける」

「そうこなくちゃね」

 

 そして俺たちはテニスコートのネットを挟んで向かい合う。

 明日香と十代がコートから下がっていく時、明日香が俺に注意を促してきた。

 

「遠也。彼、ああ見えて亮に勝るとも劣らないデュエルの腕という噂よ。油断しないでね」

「マジか。ああ、サンキュー」

 

 明日香からのアドバイスを受け、俺は改めて部長を見る。

 危ない危ない。見た目と言動に騙されるところだった。カイザーと同等とも噂されるとするなら、それなりの腕だと見るべきだろう。少なくとも、油断はするべきじゃない。

 手を抜くつもりはなかったが、ここは気を引き締めて全力で臨まなければ足元をすくわれるかもしれない。

 カイザーを相手にする、というぐらいの気持ちで挑むべきだろう

 

「頑張れよ、遠也!」

「負けるなっすー!」

「……フィアンセってそんな簡単に決めるものなの?」

「同感ね」

 

 応援する十代と翔に、呆れ顔のジュンコ。そしてジュンコの言葉に賛同の意を示す明日香。ちなみにももえは「顔が良ければOKです、それにそれもまたロマンですわ」と二人の言葉に返していた。訳がわからないよ。

 そんなギャラリーの声を聞きながら、俺はデュエルディスクの開始ボタンを押す。向こうもまた同じくボタンを押し、勝負が始まる。

 

「「デュエル!」」

 

遠也 LP:4000

部長 LP:4000

 

「先攻は僕だよ。ドロー!」

 

 さて、どんな手で来るのか。カイザーに勝るとも劣らないというからには、初手でいきなりの展開もあり得る。もしくは様子見に徹するつもりなのか。

 注意深く見ていると、部長は手札から一枚のカードをデュエルディスクに差し込み、更にもう一枚手に取った。

 

「僕は魔法カード《サービスエース》を発動するよ! このカードは僕が手札から選んだカードを君が当てるギャンブルカード。魔法・罠・モンスターから選択し、当たれば効果は無効。だけど、外した場合は1500ポイントのダメージを受けてもらうよ」

 

 いきなり高い火力を持つバーンカードか。

 初期手札にそんな採用率が低そうなカードを引くとは、引きもそれなりにあると見たほうがいいのかもしれない。先攻ターンは攻撃できないことを考えれば、初期手札にこうしたカードがあることは、効率的ともいえるからだ。

 だが、こうしたバーンカードは特化デッキでもない限りは積まれることは少ない。カイザーに迫るというデュエリストなら、バーン特化というわけでもないだろうから、引きの強さで引いたということだろう。

 なるほど。全力で臨んだほうがいいみたいだな。

 ともあれ、まずはこのカードの処理が先か。

 

「なら、俺は罠カードを選択する」

「本当に、それでいいのかい?」

「ああ」

 

 どうせ確率は三分の一なんだ。なら、何を選んだって変わらない。俺はあっちのデッキを何も知らないんだから。

 部長は指で挟んでいたカードをひっくり返す。カードに記された名前は《神聖なる球体(ホーリーシャイン・ボール)》。

 

「残念、モンスターカードだ。君が外したことで、このカードを除外し、君には1500ポイントのダメージを受けてもらうよ!」

「くっ……」

 

 魔法カード《サービスエース》から光るボールのようなものが打ちだされて、直撃する。

 先攻ターンにいきなり1500ダメージとは。これは、本当に油断ならない相手だ。

 

遠也 LP:4000→2500

 

15-0(フィフティーン・ラブ)。僕は更にカードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 モンスターはあのカード1枚だけだったのか? それとも誘っているのか……。

 なにはともあれ、俺のターンだ。せっかくこの学園でも上位らしい人を相手にしてるんだ。ここは俺も持てる力を出しきるつもりで挑むさ。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 引いたカードを見て、俺は思わずげっ、と声を出す。

 うっかり、ペガサスさんとデュエルしたあとデッキを調整していなかったのを忘れていた。おかげで、このデッキにはシンクロにちなんだカードが様々入ったままになっている。

 くそ、ショッキングなことがあったせいだ。ガッデム。

 その中の1枚、普段のデッキに入れていないカードを引いてしまった今、そのことを思い出したのだから救いがない。

 まぁ、全くシナジーがないカードがあるわけではないから、そう大きな問題ではないだろう。気持ちを切り替えることにする。

 さて、厄介なのは相手のあの伏せカードだろうな。あれが何なのかで話はまた変わって来る。

 そして、相手の場にモンスターがいないというのも油断ならない点だ。初期手札6枚にモンスターが1枚というのもあり得ることではあるが、実力がある人の手札がそうとは考えづらい。

 つまり、攻撃を誘っている。またはあの手札には何かしら対策カード……《冥府の使者 ゴーズ》のようなカードがあるのかもしれない。あるいは、《クリボー》のようにダメージを無効にするカードか。

 そうなると、状況もいろいろ変わって来るだろう。だが、今の俺はまだ最初のターン。手札はいいんだし、その中で可能なことをやりきるだけだ。

 

「俺は手札から《おろかな埋葬》を発動! デッキから《ボルト・ヘッジホッグ》を墓地に送る。そして《レベル・スティーラー》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! 更に場にチューナーがいるため、ボルト・ヘッジホッグを墓地から蘇生! 最後に、《チューニング・サポーター》を通常召喚!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

 3体のモンスターが一気に並び、その状況に部長も表情をひきつらせる。本当ならここでレベル・スティーラーを加えることも出来るんだが、この状況では意味がないからやらない。

 ここまで高速展開するデッキは、確かにこの世界ではあまり見かけないだろうから、そんな表情になるのもわかる。

 

「相変わらず、凄い展開力だぜ」

「ええ。レベルの合計は8……何が来るのかしら」

 

 十代と明日香の声、それに応えるかのように俺は更に言葉を続けていく。

 

「いくぞ! レベル1チューニング・サポーターとレベル2ボルト・ヘッジホッグに、レベル5クイック・シンクロンをチューニング!」

 

 3体のモンスターが飛び上がり、シンクロ召喚のエフェクトが行われる。

 

「集いし闘志が、怒号の魔神を呼び覚ます。光差す道となれ! シンクロ召喚! 粉砕せよ、《ジャンク・デストロイヤー》!」

 

《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600 DEF/2500

 

 相手に伏せカードがある時には非常に頼れるナイスガイ。それがこの、デストロイヤーさんである。

 

「ジャンク・デストロイヤーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、素材となったチューナー以外のカードの数まで、フィールド上のカードを選択して破壊できる! 俺は部長の伏せカードを選択する! 《タイダル・エナジー》!」

 

 ジャンク・デストロイヤーから放たれたエネルギーが部長のフィールドに炸裂し、伏せてあったカードが起き上がって破壊される。

 伏せられていたのは、罠カード《レシーブエース》。効果は相手の直接攻撃を無効にし、更に1500ポイントのダメージを与えるカード。コストとしてデッキトップから3枚墓地に送るらしいが……なにそのカード。俺のデッキやライトロード等にとっては、メリットしかない。

 しかし、このカードがあったからモンスターを出さなかったのかもしれないな。1500のダメージはかなりの痛手だ。返しのターンで決めることすら可能になっていただろう。

 ま、こうして破壊した以上、その心配はないわけだけど。

 

「チューニング・サポーターの効果により1枚ドロー! そしてバトル! ジャンク・デストロイヤーで直接攻撃! 《デストロイ・ナックル》!」

「ぐっ……やるねぇ」

 

部長 LP:4000→1400

 

 一気にライフが減ったというのに、あまり動揺の感じられない態度をとる部長。

 何か隠し玉でもあるのだろうか? 一応警戒は忘れないようにしよう。

 

「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

「僕のターンだ、ドロー!」

 

 引いたカードを見た部長は、一枚のカードを手に取った。

 

「僕は魔法カード《スマッシュエース》を発動! デッキの一番上のカードをめくり、それがモンスターカードだった場合、相手に1000ポイントのダメージを与えるよ!」

 

 またバーンカードか。

 こりゃ、本当にバーン特化なのだろうか。だとすれば、カイザーに勝るとも劣らないってのは、デュエルタクティクスの話じゃなく、単純に勝率のことだったのかね。

 ライフ4000でバーンに専念すれば、そりゃある程度は勝率も稼げるだろうし。

 

「一番上のカードは《ゴキボール》! モンスターカードだ! このカードを墓地に送り、そして君に1000ポイントのダメージを与える!」

 

 再び魔法カードから弾丸のように飛んでくるボール。それが俺に当たり、更にライフが削られる。

 

遠也 LP:2500→1500

 

 しかし、やるな部長。まさかゴキボールなんていう、超レアカードを持っているとは。もし部長があれを破り捨てていたら、危うく俺に勝利フラグが立つところだった。

 しかし、元の世界ではゴキボールって絶版だから、本当にちょっとしたレアカード化してるという。まぁ、手に入れても使いどころがないけど、珍しいカードであることは確かだったりした。

 もちろん、この世界では何の特徴もなく手に入れやすい通常モンスターでしかないが。

 

「更に僕は《伝説のビッグサーバー》を召喚! そしてその効果を発動だ! このカードは相手プレイヤーに直接攻撃できる! いけ、伝説のビッグサーバー! 《ビッグ・サーブ》!」

 

《伝説のビッグサーバー》 ATK/300 DEF/1000

 

 ビッグサーバーが右手と一体化しているラケットを振りかぶり、取りだしたトゲつきのボールを打ちつけた。そしてそのボールは狙い違わず俺に命中する。

 それを受けて、俺のライフは再び減少した。

 

遠也 LP:1500→1200

 

「更に伝説のビッグサーバーの効果を発動するよ。このカードが相手にダメージを与えた時、デッキから魔法カード《サービス・エース》を加え、相手は1枚ドローする。さぁ、ドローしたまえ」

 

 歯を光らせながら、爽やかに促してくる部長。

 まぁ、引かせてもらえるんならありがたく引かせてもらおう。

 俺は1枚ドローし、そのカードを手札に加えた。

 

「いくよ、遠也君。僕は更に魔法カード《サービスエース》を発動する!」

「さっきの1500ダメージを与える魔法カードね……!」

「そんな……これが通ったら遠也くんの負け……」

 

 部長が発動させた魔法カードを見て、明日香と翔が思わずといった声を上げる。

 他の面々も、このままでは俺が負けるという状況にそれぞれ驚きの表情を見せている。

 負けなし、というわけではないが、俺の勝率はそれなりに高い。こうも早くにここまで追い込まれるとは思ってもいなかったのだろう。

 だが、何も問題はない。俺は動揺もなくディスクを操作して、伏せてあったカードを発動させる。

 

「その発動にチェーンして罠カード発動! 《シンクロ・バリアー》! 自分フィールド上のシンクロモンスター1体を生贄に捧げ、次のターンのエンドフェイズまで俺が受けるあらゆるダメージを0にする!」

 

 俺の場のジャンク・デストロイヤーが光の粒子となり、それが円盤状に広がって障壁を形作る。それは俺を守るように前面に展開され、俺はその庇護下に入る。

 普段は他の罠カードを優先するため入っていないカードだが、シンクロ召喚を見せるためには、それなりにヴィジュアルエフェクトもカッコイイので投入していたカードだ。

 効果も決して弱くはない。次のターンまであらゆるダメージを防ぐというのは、優秀だろう。

 ただ、シンクロモンスターをリリースしなければいけないのが少々重く、俺の普段のデッキにはあまり合わないため抜いてあったカードだ。

 それがこうして、きちんと俺を助けてくれるとは。やっぱり、無駄なカードなんてないってことだな。

 

「くっ……僕はターンエンドだ!」

 

 部長がここで決められなかったことに、悔しげな顔をしてエンド宣言をする。

 相手の場には伝説のビッグサーバー1体。手札は1枚。

 恐れるものは何もないな。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 手札にも必要なカードは全て揃っている。

 俺はカードを手に取った。

 

「《ジャンク・シンクロン》を召喚! そしてその効果を発動し、墓地のレベル2以下のモンスターを効果を無効にして特殊召喚する! チューニング・サポーターを蘇生!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

「レベル1チューニング・サポーターにレベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし勇気が、勝利を掴む力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 来い、《アームズ・エイド》!」

 

《アームズ・エイド》 ATK/1800 DEF/1200

 

 鋭く尖った赤い指を持つ機械の右手。それがフィールドに飛来する。

 装備カードとして扱う効果が優秀なため忘れがちだが、このカードもレベル4としては高い攻撃力を持っている。アタッカーとして十分に機能するだけのステータスはあるのだ。

 

「チューニング・サポーターの効果で1枚ドロー! バトル! アームズ・エイドで伝説のビッグサーバーを攻撃! 《ハンズ・オブ・ヴィクトリー》!」

 

 ハンズ・オブ・グローリーだと、アームズ・エイドがとてもグロい存在になってしまうので、自重しました。霊力のほうならカッコイイのにね。

 そして指示を受けたアームズ・エイドがふわりと浮かびあがり、そのままビッグサーバーの元へと飛んでいく。そしてその赤い指を広げ、一気に振り下ろしてビッグサーバーを引き裂いた。

 無論、攻撃力に歴然とした差があるビッグサーバーにそれを耐えきることはできず。為す術もなく破壊されると同時に爆発し、その爆風が部長を襲う。

 それによって、その差分のポイントが部長のライフに刻まれることなった。

 

「うわぁああっ!」

 

部長 LP:1400→0

 

 ライフポイントが0になったことにより、これで俺の勝ちだ。

 

「よっしゃ! 部長、いいデュエルだったぜ!」

 

 実際、追い詰められたのは確かなので、その言葉に間違いはないだろう。

 ダメージ・イーターもいない状況だったし、シンクロ・バリアーがあったのは運が良かったと言う他ない。

 そう考えれば、俺にとってはなかなかに緊迫したデュエルだったと言える。バーンであれ、それは人それぞれの戦略だ。アンチデッキでもないんだし、そこまで嫌うことでもないだろう。

 しかし、俺がそう言葉をかけた部長はというと、何故か両目から大粒の涙を垂れ流しにしていた。

 思わずぎょっとし、目を見張る。大の男が、いきなりどうしたんだ。

 

「う、うわぁぁぁあああーん! この僕が負けるなんてぇぇええーっ!」

 

 大声で叫びながら部長は走り去っていく。

 さ、さっきまで自信満々に歯を光らせていた人と同一人物とは思えん。そのいきなりの出来事に俺は何も言うことが出来ず、固まることしかできなかった。

 それは俺だけでなく周囲も同じだったようで、しかしそんな硬直もももえが放った「幻滅ですわ……」の一言をきっかけに復活を果たすこととなった。やはり、いくらももえでも、負けて大泣きして逃げるという行為には受け入れがたいものがあったようだ。

 やれやれ、と思いつつデュエルディスクを片づけて皆のところに向かう。

 そして合流すると同時に、ジュンコが思い出したようにこのデュエルで賭けていたものに言及する。すなわち、フィアンセの一件へ。完全に忘れてましたよ、それ。

 

「それで、どうするのよ遠也。フィアンセよ、フィアンセ」

「これまたロマンチックですわね!」

 

 女子二人、好奇心丸出しな顔でこっちを見るな。全く興味がなさそう……というか、理解していなさそうな十代を見習うといいよ。隣の翔に「フィアンセってなんだ?」と聞いているぐらいだぞ。

 けど、流石に十代はいきすぎか。あいつはまず常識について学ぶことから始めるべきなのかもしれない。フィアンセを知らないって……普通はありえないと思うんだが。

 なにはともあれ、そういう条件でデュエルしていたのは事実だからな。一応はそっちについても落とし前がいるってことか。

 仕方なく、俺は明日香の前に立つ。

 

「明日香」

「な、なに?」

 

 俺のほうが僅かに背が高いだけなので、ほぼ同じ目線で見つめ合う。さすがに目を合わせ続けることには慣れていないのだろう、微妙に正面を向いていない。

 後ろからキャーキャー聞こえる声は無視。どうせ、そんな色っぽい話でもないんだ。

 俺は明日香の肩に手を置いた。ぴくりと反射的に動いたその身体を気にせず、俺は手を動かして肩を叩く。

 

「気にしなくていいぞ」

「はい?」

「あんなの、あの部長が勝手に言ったことだからな。本人の了承もないのに、そんなものが成立するわけないだろ」

 

 言いつつ、もう一度気にするなと言う意味を込めて肩を叩いた。

 すると、明日香は途端に表情を変えて、大きな溜め息をついた。

 

「……そうね。気にしないことにするのが、一番よね」

「そうそう」

 

 それはそうだろうと頷きつつ言う俺に、後ろの女子二人からブーイングが飛ぶ。「期待させといてそれはない」「もう少し乗ってくれてもいいですのに」とか。ええい、うるさい。なんでお前らを楽しませにゃならんのだ。

 俺は二人の文句に耳を塞ぎ、十代と翔に声をかける。

 

「じゃ、帰ろうぜ」

「おう! 次は俺とデュエルだからな!」

「はいはい」

「ホントにデュエル好きだよね、二人とも」

 

 その翔の言葉に、俺と十代は顔を見合す。そして、互いに肩を組んで翔の前に立った。

 

「そんなの」「当然だろ!」

 

 にっ、と笑って言ってやれば、翔も二人らしいや、と笑った。

 そしてそのまま俺たちはスタジアムを後にする。後に残った明日香が俺たちの後ろ姿にもう一度溜め息をついたことには気づかずに。

 

「はぁ……ホントにもう」

 

 それが何に対してで、どういう意味なのかは明日香本人にしか分からない。

 結局その後女性陣三人もすぐにスタジアムを出て寮に戻ったらしい。

 その頃、俺は十代に捕まっていたから、詳しくは知らないけどね。

 

 

 

 

「もう一回! もう一回デュエルだ、遠也! 今度は勝つ!」

「離せ十代! 夕食に間に合わなくなるだろ! いくらデュエルが好きでも、メシ抜きは嫌だ!」

 

 そんな俺と十代の攻防を、翔と隼人、マナは生温かい目で見ていた。いや、お前ら助けろよ!

 

 ――最終的に。俺はきちんと夕食に間に合った。しかし、息を切らしての滑り込みセーフだったため、その場にいたカイザーにかなり怪訝に思われたのは言うまでもないことだった。

 

 

 

 



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第16話 盗難

 

 アカデミアの生徒は今、誰もがどこか浮ついた雰囲気を見せていた。

 

 それもそのはず、近いうちにこのアカデミアで武藤遊戯のデッキが展示されることになったのだ。

 決闘者の王国(デュエリスト・キングダム)、バトルシティ、KCグランプリ……いずれの大会でも優勝を果たした、文字通り最強の名を持つ初代決闘王(デュエルキング)・武藤遊戯。

 この世界においては、知っている有名人と聞けば真っ先に出てくるほどに名の知られた人物であり、また全デュエリストの憧れの的である。だからこそ、皆が浮かれる気持ちも理解できるというものだ。それを知ってからのアカデミア生の浮かれっぷりったら本当にすごかった。誰も彼もがそわそわしていて、遠足前日の小学生のような有様だ。

 こればかりはブルーだろうとイエローだろうと、どの寮の生徒でも変わらない。その日が来るのを心待ちにしているのは、この島にいるデュエリストならば全員と言っても過言ではないだろう。

 しかし、遊戯さん本人はそんなことにこだわらない気さくな人だし、杏子さんとの関係に微妙に悩んでいたりする普通の人だったりするんだが、カリスマってのは凄いもんだと実感する。

 きっと遊戯さんがこの状況を見たら、困ったように笑って「参ったな」とでも呟くことだろう。決闘王とはいっても、人間なのだから、そんなものだ。

 そうそう、当然ながら十代たちもまたこのイベントを楽しみにしていた。

 さっき十代と翔が来て、整理券が手に入ったことを報告していったからな。よほどその喜びを誰かに伝えたかったらしい。翔に至ってはそれを入手する際にイエロー生徒に勝ったらしいのだから、やるものである。

 ちなみに、俺は即座に手に入れてますよ。っていうか、一番最初に並んで手に入れました。シャッターの前に陣取っていた俺に、トメさんも驚いていたぐらいだからな。

 まぁ、実のところ実際にデュエルした身としては、彼らほどに熱狂できないんだが……それでもやはり遊戯さんの名前は別格だ。こういう場で改めて見てみるのもいいだろう。

 これも一種のお祭りみたいなものだ。それに乗らない手もない。

 ……それに、約一名もの凄く楽しみにしている奴もいることだしな。

 

『マスターのデッキかぁ。久しぶりにお師匠様にも会えるかなぁ』

 

 ワクワクという擬音がここまで当てはまる奴も珍しい。

 それほどまでにマナの浮かれっぷりが半端ない。恐らく、今このアカデミアで一番浮かれているのはマナで間違いないだろう。生徒でもないのに。

 これで俺が行かないとでも言おうものなら、何をされるかわかったものではない。俺がこのデッキ展示会に行こうと決めた理由の一つである。

 

『みんなも元気かなぁ。あー、楽しみ!』

 

 この間帰省した時に遊戯さんに会えなかったから、それが響いているのかもしれない。ぬか喜びしたぶん、ここでそれが爆発したのだろう。

 

「まぁ、喜んでくれたなら良かったよ」

 

 夜も遅くから並んだ甲斐があったというものだ。朝早くではないところがミソである。

 まぁ、俺としてもマナのために、確実に手に入れたかったのだ。今回のこれは普段の感謝を示すのに、いい機会だった。それが俺が並んでまで手に入れた一番の理由である。

 ま、そのためなら、それぐらいの苦労はさほど問題じゃないってね。

 

『うんっ、ありがと遠也!』

 

 笑顔で俺にそう言って、マナが近付いてくる。

 そして、実体化してがばっと後ろから抱きついてきた。

 

「うわっ!?」

 

 突然背中に重みが加わるが、幸い俺は立っていたから、咄嗟でも踏ん張って耐えることができた。

 必然、俺に背負われるような格好になっているマナ。ふふーん、と何故だか得意げに笑っているのが声からわかる。

 バランスを取ろうと身体がまだ揺れているというのに、マナは一向に離れる気配もなく肩から前に腕をまわして俺に捕まっている。

 

「こらっ、危ないから離れろって!」

 

 背中の感触、背中の感触、背中の感触……!

 しかし言葉とは裏腹に素直な俺の心の内。仕方ないね。

 きっと世の男性諸氏は俺がそうなってしまう理由もわかってくれるだろう。見た目だけでも、男はカッコよくありたい生き物なのさ……。

 

「いいでしょー。嬉しいくせにー」

 

 なぜバレた!?

 俺が思わず驚愕すると、そんなのバレバレだよー、と笑われた。なんだ、バレバレだったのか。死にたい。

 そんなことを思っていると、マナの位置が少しずつずれてきて、いつの間にやら肩から顔を出していた。

 つまり、俺の顔の横に、マナの顔が来ていた。近い近い!

 

「おまっ……! 少しは恥じらいをだなぁ……!」

「遠也が気にしすぎなんだよ。それに、私だって恥ずかしくないわけじゃないんだよ?」

 

 なんだと!? くそ、そんなことを言われると、色々と期待してしまう……!

 俺は一体この状況でどうすればいいんだ。もはや本能の赴くまま流されるしかないのか……!

 あわやそう思ったところで、扉を叩くノックの音。一瞬静止する俺たち。

 そして扉越しに聞こえる声。『すまない、入るぞ』と言う声と共にドアが開かれる。

 

「遠也。武藤遊戯のデッキ展示会だがお前も――……」

 

 瞬間、入って来たカイザーと俺たちの視線が交わる。

 俺、マナ、と顔がくっつくほど近くにいる俺たちをそれぞれ見て、カイザーは悟ったように笑った。

 

「フッ、邪魔したな……」

「待て待てカイザーせめて言い訳ぐらいっていうか前にもあったなこんなことぉっ!」

 

 素早く部屋から出ていったカイザーを、マナを振りほどいて追いかける俺。これでは女を部屋に連れ込みまくっている上にコスプレまで強要しているという誤解を与えかねない。俺が社会的に死んでしまう!

 そして、結果的に部屋に残されたマナ。

 頬を膨らませて、呟く。

 

「……うー……やっぱり、あの人嫌い……」

 

 そして枕をボフッと叩き、やり場のない怒りをぶつけるマナだった。

 

 

 

 

 そんなこんなでデッキ展示会の前日。

 いよいよ明日ということで、一層期待感を増して笑顔を見せるマナと共に、俺はブルー寮の自室にいた。

 楽しそうにベッドに寝転がっているマナを微笑ましく見ながら、俺はデッキの調整を続けていく。先日のようにデッキ調整を忘れるなんてことがないよう、毎日絶対に行うことを改めて決めた俺の日課である。

 そして、今調整しているのは、シンクロデッキと併せてこの世界に持ってきたもう一つのデッキのほうだ。

 俺が新カードのテスター兼普及担当という名目上、シンクロデッキを積極的に使っていかないのは不審である。そのため、このデッキでデュエルをしたことはこのアカデミアに来てからは一度もない。

 それでも、このカードもまた俺と一緒に来てくれた大切なデッキ。こうして欠かさず調整をしたりして、デッキに触れる時間は作るようにしている。

 カードも水ものみたいなもので、不意にいいコンボが思いついたり、デッキに触れていると気がつくことがあったりして、常に変化していくものだ。

 だからこそ、たとえ使うことがなくともこうして触れることは大事だ。特に実際にカードたちとの絆が勝敗に影響することも考えられるこの世界では。

 ま、それでなくても元の世界にいた頃からカードに触れてデッキを見るのは趣味……というかクセみたいなものだったから、苦にすることでもない。

 そんなわけで俺もマナほどではないが、鼻歌交じりに穏やかな時間を過ごしている、と。

 突然俺のPDAに電話が入る。画面に表示された文字は“十代”だった。

 

「もしもし」

 

 通話ボタンを押し、応答する。

 と、十代は前置きもなくいきなりこう言った。

 

『遠也! 一足先に見に行こうぜ!』

 

 ……なにを? と思わず思った俺は間違っていないだろう。

 ――詳しく聞けば、十代は遊戯さんのデッキが明日公開されるかと思うと居ても立ってもいられなくなったようだ。それに賛同して、翔と隼人も十代と一緒に一足早く会場のほうに出向くとのこと。

 なるほど、とその電話に頷き、俺は言葉を返す。

 

「けど、まずいんじゃないのか、それ」

『おいおい、遠也。あの遊戯さんのデッキなんだぜ! 一秒でも早く見たいと思わないのか?』

「俺はなぁ……」

 

 見たいか見たくないかと聞かれれば、そりゃ見たい。

 けど、整理券持ってるんだし、明日見れるわけで。わざわざ睡眠時間削ってまで、という気持ちもある。俺の場合、かつてデッキを実際にこの目で見ているからそう思うんだろうが。

 そう思っていると、横からマナがずいっと顔を出して、PDAに顔を寄せてきた。しかも、いつの間にか実体化までして。

 

「行く行く! 今から遠也と一緒に行くからね!」

『お、マナか? よっしゃ、じゃあ待ってるぜ!』

 

 プツッと音がして、十代が通話を切る。

 そしてPDAから顔を離したマナに、俺はジト目を向けた。

 

「……おい」

「だ、だってぇ。お師匠様に会うのとか、もう何カ月ぶりなんだよ?」

「忍び込んだって知ったら、マハードは怒りそうだけどな」

「うっ……そ、そこは美しい師弟愛で許してくれるよ! ……たぶん」

 

 力説するものの、最後は結局自信なさげに肩を落とす。

 まぁ、マハードは真面目で厳格だからな。奔放な性格のマナを叱るのはいつものことだ。きっと、今回もそうなるだろう。

 やれやれ。

 

「……さて、じゃあ行くか」

「え、いいの?」

 

 立ち上がった俺に、座り込んだ状態のマナが顔を向ける。

 何をいまさら。

 

「行きたいんだろ? なら、付き合うさ」

 

 部屋着だったから、制服に着替えなきゃいかんのは手間だけどな。

 洋服ダンスを開き、制服を取り出す俺。

 

「おわっ!?」

 

 だが、急にマナが座った状態のまま俺の腰に抱きついて来て、思わずバランスを崩しそうになった。

 

「ありがとー、遠也ー!」

「わかったから、ひとまず離れろ! 着替えられんだろ!」

 

 腰にへばりつくマナをどうにか離し、俺は素早く制服に着替える。

 そして部屋を出ると、十代たちが待つレッド寮に向かった。……が、ふと思い立ってPDAを取り出す。

 

「あ、もしもし?」

 

 俺は電話をかけながらレッド寮への道を小走りに進んでいくのだった。

 

 

 

 

 レッド寮に着くと、寮から少し離れた位置に十代たち三人が既に待機していた。

 

「待ってたぜ遠也! ん? 三沢、お前も来たのか!」

「遠也に誘われてな。俺も、決闘王(デュエルキング)のデッキを見に行こうかと思っていたから渡りに船だった。そういうわけで、ご一緒させてもらうよ」

「おう! もちろん、いいぜ!」

 

 肩をすくめて話す三沢に、十代がその同行を快諾する。

 そう、俺がさっき電話したのは三沢だった。勉強熱心かつ真面目な三沢であるが、興味があることについては時に大胆なことを行うこともある奴だ。

 寮の部屋に計算式を書きまくっていたのがいい例だ。普通、借り物の部屋にそんなことはしない。興味が自制を上回ってしまうというのは、この男にはよくあることだ。

 だから、きっと今回三沢も同じく行こうとすると思ったのだ。十代が思いついたのだ。三沢が同じことを考えつかないはずがない。

 そう思って電話をかけてみたら、ビンゴだったというわけだ。

 目的が同じなのだから、一緒に行ったほうがいいだろう。そう考えて、俺は三沢も誘ったのだった。

 

「アニキ、そろそろ行こうよ。閉められちゃったらどうしようもないよ」

「そうなんだな。まだ先生か誰かが中にいるうちに行かないといけないんだな」

「おっと、そうだったな。それじゃ、行こうぜ皆!」

 

 二人に促されて、十代が先頭切って歩きだす。

 俺と三沢、翔と隼人は、そんな十代の背を追って、逸る気持ちを表すような早歩きになって、会場となる場所へと向かうのだった。

 

 

 

 

 まだ閉め切られていない入り口から侵入し、人の目を盗むようにして道を進んでいくこと数分弱。

 遊戯さんのポスターが両脇に貼られた通路と、その奥に繋がる重厚な扉が見える場所へとやってまいりました。

 此処こそが今日の目的地。既に遊戯さんのデッキが明日のためにスタンバっている会場なのだ。

 俺たちはついにその場所へと辿り着き、十代を始め翔と隼人、三沢もその顔に抑えきれない興奮を表している。俗に表現するならば、ワクテカしているというのが最も当てはまるだろう。

 恐らくマナも、仲間たちとの邂逅を目前にしてさぞ浮かれているだろう。そう思って横を見ると、精霊化しているマナは怪訝そうに眉を寄せていた。

 

「……どうしたんだ?」

 

 あまりに予想とは違ったその表情に、俺は不思議に思って問いただす。

 すると、マナはうーん、と唸ってから口を開いた。

 

『……おかしいなぁ。あの扉の向こうから、みんなの気配がしないんだけど……』

「へ? じゃあ、ここには……あ!」

 

 そうだ、あったじゃんこのイベント!

 なんでこんな印象的な出来事を忘れてんだ俺!?

 

『マンマミーヤァ――ッ!』

 

 俺の思考がある記憶に辿り着いた瞬間。扉の向こうから叫び声が響く。

 

「あの声は……」

「ああ、クロノス教諭だ!」

 

 翔の疑問の声に三沢が答え、俺たちは走り出して扉を一気に開け放つ。

 そして視界に飛び込んできたのは、暗がりの中でライトに照らされた中央部分のガラスケース。無残に割られたその中に、本来収められているべきデッキはない。

 更に、その横には青い顔で表情を引きつらせているクロノス先生が立っているのだった。

 

「まさか、クロノス教諭……」

「ち、ちち違うノーネ! 私じゃないノーネ!」

 

 三沢が思わずつぶやいた言葉に、いっそ過剰に反応して必死に首を横に振るクロノス先生。まぁ、この状況では疑ってくれと言ってるようなもんだからな。第一印象があまりにも悪すぎる。

 だからこそ、冷静に結論を出した十代すげぇ。クロノス先生は鍵を持っているはずだから割る必要がない、って瞬時に判断するとか。その思考力をなぜ勉強に傾けないのか。

 ともかく、クロノス先生が犯人ではないと確信したところで、俺たちは次の行動に移る。すなわち、真犯人捜しだ。

 早く探し出してこの一件の落とし所を見つけなければ、クロノス先生には間違いなく何らかの処分が下るだろう。そのために、というのと、もう一つ遊戯さんのデッキを盗むとは許せん、というデュエリストならば当然の怒りで俺たちは手分けして探すことを決めたのだった。

 まぁ、それ以前に窃盗は普通に犯罪である。盗んだ……確かイエローの生徒は、警察に追われて逃げられると思っているのだろうか。まぁ、デュエルで勝ったら見逃せ、とか言うのかもしれないが。

 この世界では普通に通りそうで怖いな、その方法。未来で実証されてるし。

 

「……それで、マナ。デッキがどこにあるか分かるか?」

『うーん……気配が感じられる距離には、たぶんいないよ』

 

 皆と別れた後、俺はマナの感覚を頼りに捜索をしている。とはいえ、まだ気配を感じられないようで、なかなか結果が出ていないのが現状なのだが。

 それでも、当てずっぽうよりは全然マシだ。今はマナの感覚を信じるほかない。

 

『うー……許せないよ、みんなを盗むなんて! 見つけたら、絶対――あ!』

「見つかったか!?」

 

 マナが突然上げた声に、俺は勢いこんで問いかける。

 

『うん! あっちの崖のほう! たぶん誰かとデュエルしてる!』

 

 なるほど。デュエルによって表に出てきたことで、マナも感じ取りやすくなったのかもしれない。

 俺はマナが指し示す方角に全速力で向かっていく。

 誰がデュエルをしているのかは知らないが、遊戯さんのデッキを使っている以上、苦戦は必至だろう。本人のドロー力があってこそのデッキとはいえ、単純に強いカードも多く入っているのだ。

 途中みんなに連絡をしようかとも思ったが、正確な場所はわからないし、時間も惜しい。まずは自分の目で確認することが先決だと判断して、ただひたすらに俺は走った。

 そして、いざ海岸付近。ゴツゴツとした岩場が目立つその場所に来た時、俺の耳が叫び声をとらえた。

 

「ッ、今の!」

『うん、翔くんの声だよ!』

 

 その声はかなり近くから聞こえてきていた。

 俺はその声に向かってまっすぐ進む。

 そして、岩場の中でも大きく海側にせり出した岩の上。そこに立って地面の翔を見下ろすラーイエローの生徒の姿を見つけたのだった。

 

「翔! 大丈夫か!」

「うぅ、遠也くん……」

 

 恐らくデュエルをしていたのは翔だったのだろう。

 デュエルディスクをつけた翔は、岩場から足を滑らせたのか地面に背中をつけて倒れ込んでいた。

 駆け寄って来た俺に、翔は弱々しく表情を陰らせる。

 

「デッキを返してもらおうと思ってデュエルを挑んだんだけど……負けちゃったっす」

「ふんっ、当然だろう! このデッキは決闘王(デュエルキング)武藤遊戯のデッキだぞ! お前ごときに勝てるわけがない!」

 

 悔しげに言う翔に、岩場の上に佇む男が高飛車に言い放つ。

 俺は翔に向けていた視線をそいつに向けた。

 

「お前か、遊戯さんのデッキを盗んだ犯人は」

「お前は……ブルーの皆本遠也か! そうだ、俺が決闘王(デュエルキング)のデッキを拝借したのさ!」

「遠也くん。あいつは、ラーイエローの神楽坂君っす。三沢君によると、相手のデッキをコピーして、本人顔負けのデュエルをする優秀な生徒……らしいんだけど」

 

 翔は、この間僕が勝ったのが神楽坂君だった、と続けた。

 俺はそれに頷く。翔はあの制裁デュエルを皮切りに、めきめきとデュエルの腕を上げている。ラーイエローに勝ったことはそう不思議なことではない。

 しかし、コピーデッキか。遊戯さんのデッキを盗んだのも、そのためか?

 

「そいつの言う通り。俺はどれだけデッキを作っても、必ず誰かのデッキに似てしまう。……だから、本人になりきることで、俺はそのデッキを十全以上に使いこなすことが出来るようになったのさ!」

 

 得意げに言う神楽坂に、俺は言葉を返す。

 

「どれだけ似せたって、お前が組んだ以上それはお前のデッキだろ。本人になりきろうなんて、無茶なことを」

「……っ貴様に! 貴様に何がわかる!」

 

 だが、俺がそう言った瞬間。神楽坂は顔色を変えて怒声を上げた。

 

「わざとやっているわけではないのに、他人の猿真似と蔑まれ! それで負ければ、真似をしても勝てないクズと罵られ! そんな気持ちが、シンクロモンスターなんていう反則を使ってるお前に、わかるものか!」

『っな、なに勝手なことを! 遠也が好きでそんな――!』

 

 隣で俺の代わりに激昂しかけたマナを、俺は腕をその前に出すことで抑える。

 そして、溜め息を一つ吐いて神楽坂に向き直る。

 

「……確かに、俺の持つシンクロモンスターは反則かもしれない。けど、それはお前が盗みをしていい理由にはならないぜ」

「ぐ……」

 

 自分の意見が暴論であると神楽坂自身も理解はしていたのだろう。

 呻くだけで、反論が来ることはなかった。

 

『遠也……』

 

 心配げな声を出すマナに、俺は苦笑を返す。

 確かに、神楽坂の言う通りだ。俺の持つシンクロモンスターは、文字通りの意味で反則だ。なにせ他の世界から持ち込んだものなのだ。この世界では手に入るはずのないカードとなれば、それが反則でなければなんだというのか。

 だがしかし、俺だって別に好きでこの世界に来たわけじゃない。行かせてくれと頼んだわけでもないのに、なぜか俺はこの世界に来させられていたのだ。

 だから俺に責任がないと言えば、そうなのだろう。でも、きっと神楽坂にとってそれは関係ないことだ。俺は、シンクロモンスターという反則をしている。それがきっと、アイツにとっての真実だ。俺の事情を知らない以上、それは仕方がないことだ。

 反則、と言われることに少々心が痛んだのは事実だが、それもまぁある意味ではその通りである以上、甘んじて受け入れるべきなのだろう。

 そもそも、今の俺はこの世界で生きている。俺の代わりに、俺の気持ちを汲んで怒ってくれる奴もいることだし、今はそれだけでいいさ。

 

「神楽坂。俺とデュエルしろ」

「なに?」

 

 俺はデュエルディスクを構え、神楽坂を見る。デッキケースから取り出したのは、いつもとは違うデッキ。

 

「俺はお前が言う反則であるシンクロデッキを使わない。だから、その代わりにお前は負けたらそのデッキを大人しく返せ」

「お前……ナメているのか? 本気を出さないで、この決闘王のデッキに勝てるだと!? ……いいだろう、このデッキの力、思う存分味わわせてやる!」

 

 ナメられていると感じて、怒りをあらわにする神楽坂だったが、遊戯さんのデッキに勝てるわけがないと踏んだのだろう。強気にディスクを構える。

 まぁ、シンクロしか使ってこなかった俺が、それを使わないと言うのだ。本気じゃないと判断され、甘く見られるのも当然っちゃ当然か。

 

「そんな! 遠也くん、無茶だよ! 相手はあの武藤遊戯のデッキなんだよ! シンクロを封じて勝てるわけが……」

「なに、でも使ってるのは遊戯さんじゃないだろ」

「それはそうだけど……」

「なら、安心しろって。ついでにお前の仇討ちもしてやるからさ」

 

 そう不安げな翔に言い残し、俺は神楽坂が立つ大岩と同じ高さの岩に登る。互いに視線を合わせ、その間には適度な距離がある。

 そうして向かい合う俺たち。不意に下から「遠也くん、負けるなっす!」と応援の声が聞こえて、俺はそれに小さく片手を上げて応えた。

 

「さて、いくぞ神楽坂」

「決闘王に挑むことが、どれほど愚かなことだったか、教えてやるぜ!」

 

 ディスクのボタンを押し、ディスクの液晶に初期ライフポイントが表示される。

 これで準備は整った。

 

「「デュエルッ!」」

 

遠也 LP:4000

神楽坂 LP:4000

 

「先攻は……俺か。ドロー!」

 

 手札に一枚加え、その内訳をみる。さて、どうしたものか……。

 

「遠也!」

「遠也に……神楽坂だと!?」

「な、なんでデュエルしてるんだな!?」

 

 その時、岩場に犯人を探しに出ていた十代と三沢、隼人の三人が姿を現す。

 恐らく翔の叫び声を聞いて来たのだろう。そちらを見れば、ちょうど三人は下の翔と合流し、翔が三人に何やら話している。事情を説明しているんだろう。

 

「なっ、遠也がシンクロを使わないだって!?」

「馬鹿な、それであの武藤遊戯のデッキに挑もうというのか……!」

「無茶なんだな遠也!」

 

 三人の驚きの声を聞き、俺は我知らず苦笑する。

 特に隼人なんかは、翔と同じこと言いやがって。

 それだけ俺がシンクロを使わないというのが衝撃的なのだろう。まぁ、この学園に来てからはシンクロしか使っていないし、この間はシンクロ召喚の実演でテレビに出たぐらいだ。

 それほどまでに俺とシンクロ召喚のイメージは直列的に結びついているのだろう。それはそれで嬉しいことだが、俺がシンクロ召喚を使わなければ勝てないと思われているのはいただけない。

 心配してくれるのは嬉しいが、こりゃ負けられない理由が増えたな。

 

「三人とも、心配するなって! 相手は遊戯さん本人じゃないんだぜ!」

「それはそうだが……勝算はあるのか?」

 

 三沢がそう言うが、それこそ愚問だ。

 

「おいおい、三沢。どんなデッキだろうと、常に勝つ確率はゼロじゃないんだ。なら、俺が精魂込めて作ったデッキが、借り物のデッキに負けるわけないだろ」

「貴様……!」

 

 神楽坂が睨みつけてくるが、俺は何も間違ったことは言っていない。

 そいつは、遊戯さんのデッキだ。最低限お前自身が組んだ、コピーデッキですらない。

 なら、そいつは絶対的にお前のデッキじゃない・・・・・・・・・・・・・・。

 そんな相手には負けないし、負けられない。

 

「わかった……負けるなよ、遠也!」

「おう」

 

 三沢に答え、十代たちにも任せろと目で訴える。

 どうにか頷いてこちらを応援する声を出してくれるあいつらから視線を外し、俺は再び自分の手札に目を落とす。

 そして、その中からカードを選び手に取った。

 

「俺はモンスターをセット。更にカードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

「偉そうなことを言った割には、消極的だな。そんなんじゃこのデッキには勝てないぜ! 俺のターン、ドロー!」

 

 引いたカードを見て、神楽坂はにやりと笑みを浮かべる。

 そして、挑発的な目でこちらを見てきた。

 

「ふっ……決闘王の力を見せてやるぜ。――俺は《融合》を発動! 手札の《幻獣王ガゼル》と《バフォメット》を融合し、《有翼幻獣キマイラ》を融合召喚する!」

 

《有翼幻獣キマイラ》 ATK/2100 DEF/1800

 

 いきなり融合召喚、それも有翼幻獣キマイラか……。

 相変わらず遊戯さんのデッキはロマンに溢れている。ブラマジをエースに置いているデッキとは思えないな、ここだけ見ると。

 

「有翼幻獣キマイラ……あの武藤遊戯が、特攻隊長として起用していたエースの1体だ」

 

 そしてよくわかる三沢の解説。

 しかし、キマイラを特攻隊長に据えて、ブラマジのような魔法使い族、戦士族、更に上級モンスターも多用しているというのに、ホントによく回るよあのデッキは。

 だからこそ、こうして1ターンでキマイラを召喚した神楽坂は結構凄い。本人になりきる、というのもここまで作用するならばもはや才能だな。

 

「行くぞ、皆本遠也! 有翼幻獣キマイラでセットモンスターを攻撃! 《幻獣衝撃粉砕キマイラ・インパクト・ダッシュ》!」

 

 神楽坂の言葉に従い、こちらに突進してくる二頭を持つ幻獣種。牙の並ぶ口を大きく開き、獰猛という言葉そのままに乱暴な直進をしてくるその攻撃によって、俺のセットしたカードがめくれあがる。

 そして、それと同時にカードから青い服を着た金髪の魔術師が飛び出した。

 

「セットしていたのは《見習い魔術師》だ。このカードが戦闘で破壊されたことにより、効果発動。デッキからレベル2以下の魔法使い族モンスター1体をセットする。俺は《執念深き老魔術師》を選択する」

 

 見習い魔術師がキマイラの突進に耐えきれずに破壊され、代わりに皺だらけの顔をした老魔術師がどこからともなく現れる。

 そして、モンスターゾーンに膝をついた状態のままカードが裏返りその姿を消していく。

 一連の流れを見て、三沢が声を上げた。

 

「シンクロ召喚ではない遠也のデッキは、【魔法使い族】か!」

 

 三沢の言葉に、俺は内心で肯定を返す。

 俺のもう一つのデッキ。それは魔法使い族によるビートダウンだ。

 いつものシンクロデッキが勝つために作ったデッキをこの世界用に調整したものとすれば、こちらは完全に趣味のデッキ。俺は数ある種族の中で魔法使い族が最も好きで、一番最初に作ったデッキも魔法使い族だった。

 だから、元の世界の環境でもシンクロデッキと併せて魔法使い族デッキは常にいじって更新し続けてきた。

 それでもキーカードやお気に入りのカードは絶対に抜かなかった。一応勝てるようなギミックも突っ込んでいるものの、やはり一番は好きなカード達を使いたいという理由で作ったデッキなのだ。そこら辺は、こだわりと言っていい。

 そして、このデッキの主軸を担うのは言うまでもないあのカードだ。

 自分の隣に目を向けると、そこには精霊化したマナが俺と神楽坂のデュエルを見守っている姿がある。

 マナにとっては、このキマイラも仲間の1体だろう。それが他人の手によって動かされているのを見るのはどんな気分なんだろうか。

 俺が神楽坂にデュエルを挑んだのは、これがあったからだ。

 無論俺自身のこともあるし、神楽坂のスタイルが気に入らなかったこともある。だが、それ以上に他人のデッキ……それもマナの仲間たちを盗んで使い、得意げにしているのが、どうにも気に入らなかったのだ。

 だから、俺はこうしてこのデッキで戦うのだ。シンクロが反則だと言われたから、それだけではない。

 このデッキならば、マナは自分の力を振るうことが出来るからというのが理由の一つだった。

 

「ふん、面倒なモンスターだ。俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 手札にドローカードを加え、俺は横にいるマナに目を向ける。

 そして、その目をしっかり見つめて小声で話す。

 

「いくぞ、マナ」

『うん!』

 

 その力強い返事に頷き、俺は攻勢をかけるための口火を切る。

 

「セットモンスターを反転召喚! そして執念深き老魔術師のリバース効果発動! 相手フィールド上に存在するモンスター1体を破壊する!」

 

 神楽坂のフィールドにはキマイラしかいない。当然、対象はキマイラだ。

 老魔術師が闇色の魔力を放出し、それが杖の先へと収束していく。そして、それをキマイラのほうへと向けると、エネルギーが迸り、キマイラの身体を闇へと飲み込んでいく。

 為す術なく破壊されたキマイラはいなくなり、神楽坂のフィールドが空になる。

 

「ちっ、この瞬間、有翼幻獣キマイラの効果が発動するぜ! このカードが破壊された時、墓地の「幻獣王ガゼル」か「バフォメット」のどちらかをフィールドに特殊召喚する! 俺は《バフォメット》を守備表示で召喚するぜ!」

 

《バフォメット》 ATK/1400 DEF/1800

 

 山羊の角と白い翼を持った悪魔が、翼を折りたたみ、その中に身を潜めるようにしてフィールドに姿を現す。

 これがキマイラの厄介なところだ。倒しても、必ず壁を1体残していく。ガゼル、バフォメット、共にステータスはあまり強くないとはいえ、追撃を防ぐという面では優秀なカードだ。

 だが、俺は気にせずに続けていく。

 

「罠カード発動! 《サンダー・ブレイク》! 手札を1枚捨て、相手フィールドのカードを1枚破壊する。バフォメットを破壊!」

「なにっ!?」

 

 頭上から降り注いだ雷により、墓地より蘇ったバフォメットだったが早々に退場とあいなった。

 それに計算を狂わされたのか、忌々しげな表情を見せる神楽坂。

 その様子を一瞥し、俺は更に手札のカードに手をかける。そして次の行動に移る前に、神楽坂に向かって口を開いた。

 

「……神楽坂。俺の相棒の姿を見せてやるよ」

「なに? シンクロモンスターでもないのに、相棒だと?」

 

 神楽坂が、俺の言葉に怪訝な顔になる。

 相棒とは、すなわち最も信頼を寄せるカード。

 ならば、それは俺が最も使うシンクロデッキにあってしかるべき。そう考えたのだろうし、そう考えるのが当然だ。

 無論、俺が信頼を寄せるカードはシンクロデッキにも沢山ある。

 だが、俺が本当に心の底から信じているのは、何だかんだ言ったって……たとえ普段のデッキに入っていなくとも。やっぱり、こいつなんだよな。

 

「お前がそのデッキを使うことに、言いたいことがあるそうだ。……俺は、執念深き老魔術師を生贄に捧げ――」

 

 手に取ったカードをディスクに置く。

 そして、執念深き老魔術師の姿が消えて墓地へと行き、入れ替わるように徐々にフィールドに溢れる光の渦。

 

 

「――《ブラック・マジシャン・ガール》を召喚する!」

 

 

 渦巻く光が消え、ポンッとコミカルな音と共に現れる黒魔術師の少女。

 俺にとっては、もはや見慣れたという言葉では足りないほどに、俺の生活すべてに浸透する、身体の一部のような存在。

 俺の相棒ことブラック・マジシャン・ガールのマナが、その杖を神楽坂に真っ直ぐ向けて俺のフィールドに降り立った。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000 DEF/1700

 

 

「なっ……! ぶ、ブラック・マジシャン・ガールだと!? それは武藤遊戯の……このデッキにしか入っていないはずだ! な、なぜそれをお前が……!?」

 

 驚愕もあらわに動揺する神楽坂だが、俺はその質問には答えなかった。

 ただマナに向けてだけ声をかける。

 

「いけ、マナ」

『うん!』

 

 頷きを返すマナに無言で応え、俺は指で神楽坂のフィールドを指し示す。

 

「ブラック・マジシャン・ガールで、神楽坂に攻撃! 《黒魔導爆裂破(ブラック・バーニング)》!」

 

 俺の指示に応え、その杖の先端に紫電を纏った闇の魔力が集っていく。

 それは徐々に丸みを帯びた形となり、杖先で安定する。それをマナは一度軽く振りかぶり、そして一気に神楽坂へと向けて解き放った。

 バチッと音が鳴り、閃光が辺りを照らす。そして、その魔力砲撃は過たずに神楽坂へと突き刺さった。

 

「ぐぁああっ!」

 

神楽坂 LP:4000→2000

 

 攻撃を終えたマナが、その杖をトンと肩に担いで俺の隣に立つ。

 そして、2000ポイントの大ダメージを受けた神楽坂が思わず膝をついた。

 その姿を視界に収めた後、俺はマナと視線を合わせる。そして、神楽坂に向けて言葉を放つ。

 

「決闘王の……遊戯さんのデッキがあって、シンクロがなければ勝てると思ったか? 甘いぜ、神楽坂」

 

 その言葉に顔を上げ、睨みつけてくる神楽坂に、俺は更に続ける。

 

「俺と、俺の相棒をなめるなよ」

 

 言葉と同時に、ふふ、と隣でマナが満足げに笑って、俺を見る。

 それに俺も小さく笑みを見せながら、俺は再び神楽坂に向き合うのだった。

 

 

 

 

 



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第17話 夜闘

 

遠也 LP:4000

手札3 場・《ブラック・マジシャン・ガール》

 

神楽坂 LP:2000

手札2 場・伏せカード1枚

 

 

 マナの直接攻撃が決まり、これで神楽坂のライフポイントは一気に減って半分の2000になった。これで、俄然俺が有利になったと見ていいだろう。序盤ながら、いい始まり方だと言える。

 そう思っている俺だったが、十代たちがいる岩の下あたりからざわざわとした声が聞こえる。どうやら、ブラック・マジシャン・ガールの召喚に驚いたのは、神楽坂だけではなかったようだ。

 

「ええっ!? なんで遠也くんがブラマジガールを持ってるんスか!?」

「あのカードは決闘王(デュエルキング)である武藤遊戯のデッキにしか入っていないはず……」

「どういうことなんだな!?」

 

 翔、三沢、隼人の三人が面白いぐらいに取り乱してくれている。

 さすがに武藤遊戯ゆかりのカードを俺が持っているとなれば、相当に衝撃的なことなのだろう。この世界では。

 そして、眼下の騒ぎに気付いたマナが、常日頃からブラマジガールのファンだと公言してはばからない翔に、ウィンクをする。自分のファンだと言われて、悪い気はしていなかったらしい。

 

「ああっ! いま僕にウィンクしたよ! ……僕もう死んでもいい……」

「偶然じゃないか?」

 

 残念、三沢。偶然じゃありません。

 そんな風にブラマジガールが遊戯さんのデッキからではなく俺のデッキから現われたことに驚く面々。

 その中で、唯一十代だけがどこか得意げな様子を見せて驚いていなかった。

 

「へへ、俺は知ってたぜ! 遠也がブラマジガールを持ってるってな」

「えぇ!? そうだったんすか!?」

「じゃあ、なんで武藤遊戯しか持っていないカードを持ってるんだな?」

「それはだな! ……えっと……悪い、遠也。なんでだっけ?」

 

 隼人に問われ、答えようとした十代が答えられずに俺に放り投げてくる。

 それに思わず勢い込んでいた体勢を崩して、ずっこけそうになる翔と隼人。三沢は苦笑してそんな十代を見ていた。

 そして、放り投げられた俺も、十代が苦し紛れに浮かべている笑い顔を見ながら、肩をすくめて口を開く。

 

「確かにブラマジガールはレアカードだけど、別に世界に1枚ってわけじゃないだろ? もしそうなら、青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)よりもレアで、神のカードと同じレアリティってことになっちゃうだろ」

「そう言われれば……」

「確かにそうなんだな」

 

 十代にしたのと同じような説明をし、得心がいった様子の二人。そこに、俺は更に補足する。

 

「遊戯さんのデッキにしか、っていうのは実戦で使ったのがあの人だけだったからだろ。上手く回すためには、それこそ何十万、何百万するカードが大量にいるからな」

 

 それらを買うのも困難、パックで当てるのはなお困難。そもそも絶版になったカードもあるのだ。実戦で使うなんて普通に考えれば夢のまた夢だろう。

 

「なるほどな……。そういう理由なら納得できる。なら、遠也はなんでそんなレアカードを持ってるんだ?」

「俺の場合は昔パック買ったら出たんだよ」

 

 嘘は言っていない。元の世界でだが、パックを買って出したのは確かだ。この世界とはレアカードの封入率に天と地ほどの差があるけど。

 

「とんでもない強運だな、お前は……」

 

 どこか呆れたようにそうこぼす三沢。いや、この世界レベルの封入率なら、さすがに当てられないと思うぞ。いくらなんでも。

 さて、説明はこのあたりでいいだろう。

 俺は四人に再び背を向け、神楽坂と向かい合う。恐らく俺の話を聞いていたのだろう。その顔にはさっきまであった動揺が見られなくなっていた。

 

「ふん、たとえブラック・マジシャン・ガールを召喚しようとも、このデッキを操る俺が有利であることに変わりはない」

「さて、どうかな。俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド」

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 デッキからカードを手札に加え、自信ありげに笑みを見せる神楽坂。

 

「いくぜ、遠也。今度は俺の相棒を見せてやる」

「お前のじゃないだろ」

 

 思わず突っ込むが、神楽坂は気にしないことにしたのか無視だった。

 なりきっているからこそかね。そして、遊戯さんの……というより、王様の相棒と言えば一人しかいない。

 

「俺は《古のルール》を発動し、手札からこのモンスターを特殊召喚するぜ。出でよ、我が最強の下僕(しもべ)! 《ブラック・マジシャン》!」

 

 黒く渦巻く闇がフィールドに現れ、そこから徐々に一人の魔術師の姿があらわになる。

 最上級に数えられる魔術師の一人。もはや遊戯デッキの代名詞と言ってもいいほどの知名度を誇るモンスター。ブラック・マジシャンの登場だった。

 

《ブラック・マジシャン》 ATK/2500 DEF/2100

 

『お師匠様……』

『まさか、こんな形で再会するとは……』

 

 無論、遊戯さんのデッキである以上、あのブラック・マジシャンは紛れもないマハード本人だ。

 呼び出されたマハードは、憂いを帯びた顔で弟子であるマナと俺を見る。マナも師匠との再会がこういう形になってしまったことに、少々表情が陰っていた。

 

「久しぶりだな、マハード」

『遠也殿……。まさか、あなたにこうして杖を向ける時が来るとは思いませんでした』

「気にするなよ、お前は悪くない」

 

 申し訳なさそうなマハードに、俺は明るくそう返す。

 武藤家の客人であった俺に、真面目なマハードはいつもこうして礼儀正しく接してくれていた。そんなマハードに最初はお固い印象を持っていた俺も、一年近く経てばそれがマハードの良いところなんだと気づく。

 こういう場では、その真面目さが裏目に出てしまっているようだが、マハードは何も悪くないのだ。そんな顔をされるのは俺としても不本意である。

 

「まぁ、マナの成長を見てやるぐらいの気持ちでいいんじゃないか?」

『ちょっと、遠也!?』

『……なるほど、それはいいかもしれませんね』

 

 俺が冗談交じりにそう言えば、マナは驚愕して俺を見、マハードは一瞬目を見張るもののすぐに追従してくる。

 恐らく、今のが俺なりの気遣いなのだと判断したのだろう。まぁ、間違いではないから俺も何も言わない。その代わり、マナには犠牲になってもらおうじゃないか。師匠のためなら本望だろう。

 

『さぁ、マナ。お前が遠也殿の下で修行を怠っていなかったか、見てやろう』

『はいぃ、わかりましたぁ。うぅ……恨むよ、遠也』

 

 すまん、マナ。

 

「何をごちゃごちゃ言っているんだ? まだ俺のブラック・マジシャンの力に慄くには早いぜ!」

 

 神楽坂にとっては、俺が独り言を言っているようにしか見えなかっただろう。痺れを切らせ、口を開く。

 そして、俺のフィールドに指を向けた。

 

「いけ、ブラック・マジシャン! ブラック・マジシャン・ガールに攻撃だ! 《黒・魔・導(ブラック・マジック)》!」

 

 神楽坂の指示に従うように、マハードが杖を構えて魔力を充填させていく。

 その規模は、やはり師匠だけあってマナのものよりも幾分か大きい。

 

『いくぞ、マナ!』

『うぅ……折角の再会がなんでこんなことにぃ』

 

 マハードに応え、泣き言を言いつつ杖を構えるマナ。

 そしてマハードから放たれた魔法に対抗するようにマナも魔力を放出するが、やはり地力の差はいかんともしがたく、徐々に押され始め、マナは破壊されてしまった。

 

遠也 LP:4000→3500

 

「俺は更に《強欲な壺》を発動し、2枚ドローするぜ。カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

「そのエンドフェイズ、罠カード発動! 《奇跡の残照》! このターンに戦闘で破壊されたモンスター1体を特殊召喚する。蘇れ、ブラック・マジシャン・ガール!」

 

 天から光が差し、その道筋を辿って墓地からマナが再び現れる。

 それを見て、マハードが僅かに笑みをこぼし、対して神楽坂は口惜しそうに顔を歪めた。

 

「ちっ、さすがにやるな」

「そりゃどーも。俺のターン!」

 

 さて、どうするか。

 手札は3枚。場にはマナが一人だけ。対してあちらは、伏せカード2枚にブラック・マジシャンのマハードがいる。

 ボード・アドバンテージは完全に持っていかれてるな。しかも、手札に逆転の手はないと来た。とりあえず、今できることは一つだけだな。

 

「俺は《魔導戦士 ブレイカー》を召喚する! このカードが召喚に成功したことにより、このカードに魔力カウンターを1つ置く。そしてこのカードに乗っている魔力カウンターを取り除き、フィールドに存在する魔法・罠カード1枚を破壊する! 俺が選ぶのはお前の場の俺から見て右の伏せカードだ!」

 

《魔導戦士 ブレイカー》 ATK/1600 DEF/1000

 

 魔力カウンターが乗っていれば、攻撃力1900のアタッカーともなるこいつだが、今の状況では相手の場を少しでも崩すほうが肝要だろう。

 ブレイカーから放たれる魔力が伏せカードを直撃し、破壊に成功した。

 

「くっ……《攻撃の無力化》が……」

 

 カウンター罠、しかも攻撃の無力化か。なかなかいいカードを破壊出来た。

 

「俺は更にブラック・マジシャン・ガールを守備表示に変更。ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー! ……ふ、このデッキの力をお前に見せてやるぜ」

 

 意味ありげに口元を歪める神楽坂。

 いったい何をしてくるつもりなのか……。

 

「バトル! ブラック・マジシャンでブラック・マジシャン・ガールに攻撃! 《黒・魔・導(ブラック・マジック)》!」

「くっ……!」

 

 再びマハードの手によって墓地に送られるマナ。すまんな、二人とも。あんまりいい気分はしないだろうに。

 

「まだだ! リバースカードオープン! 速攻魔法《光と闇の洗礼》! これにより、場のブラック・マジシャンを生贄に捧げ、手札から《混沌の黒魔術師》を特殊召喚する!」

 

 マハードが闇にとらわれ、やがてその姿を消していく。

 そして、僅かばかりの間をおいてフィールドに現れた時。その姿は大きく様変わりしていた。

 全身のスタイルを強調するようなレザースーツ。それを留める無数のベルト。そして、頭にかぶった帽子は縦に長かったものが横に広がるものへと変化している。

 デュエルモンスターズ界の魔術師としては、ブラック・マジシャンを超える大魔術師。混沌の黒魔術師の登場だった。

 

《混沌の黒魔術師》 ATK/2800 DEF/2600

 

「混沌の黒魔術師……! 最強の魔法使い族にして、魔法使い族の切り札だ!」

 

 三沢が驚きを込めてそう言えば、翔と隼人も、そのステータスを見て驚愕する。2800という値は、容易に越えられる数値ではない。加えて効果も凶悪だから、洒落にならん。

 

「このカードの召喚に成功したことで、俺は墓地から魔法カードを1枚手札に加えることが出来る。俺は《強欲な壺》を手札に加えるぜ」

 

 これだ。これこそがある意味でこのカードの最も厄介な能力。

 墓地からの魔法サルベージ自体は他のカードにもあるが、しかしこのカードにはその発動に対してコストがない。更に、自身は特殊召喚方法が豊富な闇属性の魔法使い族だ。ぶっちゃけ、やろうと思えばいくらでも回収でき、使っては回収し、というのを繰り返すことすら可能となる。

 そのため、OCGでは現在禁止カードに指定されている。これが禁止を食らったことで、いったいいくつの魔法使い族デッキが涙を飲んだことか……。

 

「バトルフェイズ中の特殊召喚だから、まだこいつには攻撃権が残ってるぜ! バトル! 混沌の黒魔術師で魔導戦士 ブレイカーに攻撃! 《滅びの呪文》!」

 

 閃光のように走る闇色の光がブレイカーを直撃し、苦悶の表情で墓地へと消えていく。

 くそぅ、まさかここで混沌の黒魔術師が出てくるとは……。

 

遠也 LP:3500→2300

 

「混沌の黒魔術師に破壊されたモンスターは、墓地へは行かず除外される! 俺は更に《強欲な壺》を発動! デッキから2枚ドローし、ターンエンドだ」

 

 まずい……。ここで何かキーカードを引かなければ、このままやられることもあり得る。

 やはり担い手が違えど、王様のデッキか。回りづらささえ何とかなれば、これほど怖いものもないな。

 だが、ここで負けるわけにもいかない。特に、マナの仲間をさらったコイツには。

 

「俺のターン!」

 

 これは……きたか!

 

「俺は《見習い魔術師》を召喚! 更に手札から速攻魔法《ディメンション・マジック》を発動! このカードは自分フィールド上に魔法使い族モンスターがいる時に発動出来る! 自分フィールドのモンスター1体を生贄に、手札から魔法使い族モンスターを特殊召喚する!」

 

 人型をした棺が現れ、そこに見習い魔術師が収められていく。そして、その代わりにフィールドに出すことになるモンスターを、俺は手に取った。

 

「俺は見習い魔術師を生贄に捧げ、手札から《氷の女王》を特殊召喚する!」

 

《氷の女王》 ATK/2900 DEF/2100

 

 その名を示すように氷でできた槍のように大きな杖を持ち、白く美しいドレスに身を包んだ女性が棺からするりと降り立つ。氷結した前髪に隠れ表情は見えないが、僅かに覗く口元が小さく微笑みを浮かべた。

 

「キレイな女性っす~。それに攻撃力も高いなんて、凄いや!」

「攻撃力2900……これほどの攻撃力を持つ魔法使い族モンスターがいたとはな」

 

 翔と三沢の声が届く。

 まぁ、魔法使い族の中では《コスモ・クイーン》と並ぶ高攻撃力モンスターだ。加えて破壊された時に墓地に魔法使い族が3体いれば墓地の魔法カードを手札に加えるというその効果も優秀であり、魔法使い族の中では混沌の黒魔術師に次ぐ切り札と言えるだろう。

 

「更にディメンション・マジックの効果、フィールド上に存在するモンスター1体を破壊できる! 俺は混沌の黒魔術師を選択する!」

 

 氷の女王が出てきた棺が相手の場に移動し、混沌の黒魔術師を閉じ込める。そして、そのまま爆発して棺はその役割を終える。

 無論、中に入っていた混沌の黒魔術師の姿はどこにもない。

 神楽坂のフィールドは、全くの空っぽになっていた。

 

「くっ……!」

「いくぞ、神楽坂! バトル! 氷の女王で直接攻撃! 《コールド・ブリザード》!」

 

 氷の女王が杖を一振りし、そこから発生した猛吹雪が神楽坂に襲いかかる。

 

「よし! これで遠也の勝ちだ!」

 

 十代がそう拳を握り込み言ったその瞬間。

 神楽坂が手札のカードに手をかけた。

 

「手札から《クリボー》の効果を発動!」

「なに!?」

「このカードを手札から捨てることで、この戦闘によって発生する俺への戦闘ダメージは0になる!」

 

 神楽坂の場にクリボーが現れ、その身で吹雪を受け止める。

 小さな身体ながら、その身を削って神楽坂を守り、そしてその役目を見事に果たしたクリボーは墓地へとその姿を消した。

 まさか手札にクリボーがいたとはな。そういえば、王様のデッキの中でもブラック・マジシャンと同じぐらいに有名なカードだった。その効果も便利なものなので、俺自身たまにデッキに入れるほどである。

 

「ありがとう、クリボー。お前には何度も助けてもらったな。さすが俺が数千枚の中から選んだカードだぜ。このチャンス、無駄にはしないぜ!」

 

 ……突っ込み待ちなのだろうか?

 

「盗んだデッキで何言ってるんだろ……」

「ま、まぁ、神楽坂は武藤遊戯になりきっているということだろうな」

 

 その前に翔が呆れたように突っ込み、それに三沢が苦しい解説を加える。

 

「……そういう問題か?」

「……なんだな」

 

 更に十代と隼人からも言われ、三沢も何も言うことが出来ないのか、乾いた笑いを洩らすだけだった。

 しかし、精霊が見えるってのも面白いもんだな。墓地でクリボーが苦笑いしているのが見えるなんて。やっぱ、クリボー自身も戸惑ってんだな、今のには。

 

「やれやれ。俺はこれでターンエンドだ」

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 カードを引いた神楽坂は、手札のカードに手をかけた。

 

「俺は《光の護封剣》を発動! この効果で、お前は3ターンの間攻撃宣言をすることが出来ない!」

「面倒なカードを……」

 

 3ターンは意外に長い。まして、手札がない俺にとっては、対策もない。

 高攻撃力モンスターが俺の場にいる今、神楽坂にとっては最善に近いカードだろう。

 

「更に俺は《翻弄するエルフの剣士》を守備表示で召喚し、ターンエンドだ」

 

《翻弄するエルフの剣士》 ATK/1400 DEF/1200

 

 これまた懐かしいカードが出てきたな。効果は確か攻撃力1900以上のモンスターとの戦闘では破壊されない、だったか。

 上位デュエリストの多くがハイビートを好むこの世界では、それなりに有用な壁モンスターだ。

 

「俺のターン、ドロー」

 

 除去カードではない、か。攻撃も封じられているし、今は何も出来ないな。

 

「カードを伏せ、ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー!」

 

 引いたカードを見て、神楽坂が笑みを見せる。そして、手札からカードを指に挟むと、それを俺に見せて宣言する。

 

「俺は《天よりの宝札》を発動! 互いのプレイヤーは手札が6枚になるようにドローする!」

 

 ここで天よりの宝札だと? 俺の手札は0枚。俺にとっても、最大級の恩恵をもたらすここで使うとは……。今のドローでよほどいいカードを引いたと見える。

 

「更に《ワタポン》を特殊召喚! このカードは魔法・罠・効果モンスターの効果で手札に加わった時、特殊召喚できる! そしてワタポンを生贄に捧げ、《ブラック・マジシャン・ガール》を召喚する!」

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000→2300 DEF/1700

 

 今度は神楽坂のフィールドに現れるブラック・マジシャン・ガール。墓地に1体のブラック・マジシャンがいるため、攻撃力が300ポイントアップする。

 そして、その姿を見た翔が再び歓声を上げた。

 

「出たぁ! ブラック・マジシャン・ガールっす! ……でも、遠也くんのとはちょっと違うような……」

 

 翔が首をかしげるが、その言葉を受けて更に俺は首をかしげる。

 どちらも同じカードだし、違いはないはず。どちらかというと、本物と言っていいのはあっちのほうだから、俺のカードが何かおかしいんだろうか?

 そう思っていると、十代が翔の言葉に返答していた。

 

「その答えは簡単だぜ。遠也のブラック・マジシャン・ガールは生き生きしてたけど、神楽坂のほうは何て言うか、生気が感じられないのさ」

「言われてみれば、ずっと静止してるっすね。遠也くんのほうはよく動いてたのに……」

「ソリッドビジョンの差で、そんな風に見えるだけじゃないか?」

 

 その会話を聞き、俺は成程と内心で頷く。

 俺のカードには現在マナが宿っているが、あちらのカードに今マナはいない。精霊が宿っているかそうでないか、というのが十代の言いたい違いということだろう。

 そして、そんな外野の声には気を払うことなく、神楽坂はすべきことを続けていく。

 

「そして、俺は墓地の闇属性の《クリボー》と光属性の《ワタポン》を除外する」

 

 ……おい、その召喚条件には嫌な予感しかしないんだが。

 俺が心当たりを思い浮かべて冷や汗を流していると、神楽坂はお構いなしに手札から一枚のカードをディスクに置いた。

 

「こいつがこのデッキ最強の切り札だぜ! 出でよ、デュエルモンスターズ界最強剣士! 《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》!」

 

 神楽坂の宣言と共に現れる青い全身鎧に身を包んだ一人の剣士。

 右手には一振りの剣を携え、左手には頑強な盾を持つ。深くかぶった兜の隙間から射抜くようにこちらを見つめる視線が、否応なしにそのカードが持つ力を俺に感じさせた。

 

《カオス・ソルジャー -開闢の使者-》 ATK/3000 DEF/2500

 

「カオス・ソルジャー……! 公式大会での使用が禁止となった《混沌帝龍カオス・エンペラー・ドラゴン -終焉の使者-》と並び称される絶大な力を持ったモンスターだ!  まさかこの目で見る日が来るとは……」

 

 三沢が驚愕の表情で神楽坂のフィールドを見つめる。その説明を聞いた十代たちも同様だ。

 カオス・ソルジャー -開闢の使者-……元の世界では、実に6年間禁止カードとして扱われてきた強力カードだ。最近になって制限復帰したものの、その能力はやはり脅威の一言に尽きる。

 1ターンに1度、自身の攻撃権を放棄することで相手モンスター1体を除外する効果。相手モンスターを戦闘破壊した時、続けてもう1度攻撃できる効果。

 そのどれもが破格と言っていい強さを誇る。2つ目の効果は戦闘で破壊するという条件があるものの、このカードは召喚しやすいうえに攻撃力が3000もある。この条件は特に何もせずともクリアできる条件なのだ。

 味方であれば心強いが、それが向こうにあるとなると恐ろしい。

 俺は思わず息を飲んで神楽坂の次の行動を見守る。

 

「いくぜ! カオス・ソルジャーで氷の女王に攻撃! 《開闢双破斬》!」

 

 指示を受けたカオス・ソルジャーが剣を持った右手を引き、弓を引くような体勢をとる。

 そして、そのまま弾丸のように駆け出し、その剣を素早く氷の女王に向かって突き出した。

 

「罠発動! 《くず鉄のかかし》!」

 

 が、その瞬間。俺が発動したカードによって場に現れた1体のかかしが、その剣をかろうじて受け止める。

 カオス・ソルジャーは、攻撃を止められたため自陣へと退いていった。

 

「このカードは、相手モンスター1体の攻撃を無効にする。そして、発動後このカードは再び場にセットされる」

 

 起き上がったくず鉄のかかしのカードは、そのまま伏せられて先程と同じ状態に戻る。

 それを見て、神楽坂が舌打ちをした。

 

「ちっ……決められなかったか。他に氷の女王の攻撃力を超えるモンスターはいない。俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ!」

「俺のターン、ドロー!」

 

 神楽坂としては、今の攻撃で氷の女王をどかし、その後連続攻撃、あるいはブラマジガールの攻撃で勝負を決める腹積もりだったのだろう。だからこそ、天よりの宝札をここで使った。

 だが、俺の伏せカードによりその計算は崩壊。逆に俺の手札を潤沢にしたままターンを譲ることになってしまったわけだ。

 しかしそれも今だけのこと。恐らく次のターンでは対処してくるだろう。それぐらいは、あのデッキならばやってのける。

 なら、俺はそれをされる前にどうにかするだけだ。

 俺の手札まで回復させたのは、失策以外の何物でもない。おかげで、手札には最高のカードが揃った。

 

「いくぞ、神楽坂! 俺は《死者蘇生》を発動! このカードの効果で、俺は自分かお前のどちらかの墓地からモンスターを選んで俺の場に復活させることが出来る! 俺が選ぶのは、お前の墓地に眠る《ブラック・マジシャン》だ! 蘇れ、マハード!」

 

《ブラック・マジシャン》 ATK/2500 DEF/2100

 

 マハードが神楽坂の墓地から飛び出し、俺のフィールドに立つ。こちらに背を向け悠然と神楽坂に向き合う姿には、やはり風格のようなものが漂っていた。

 マハードは王様にとって最高の相棒。あのまま墓地で過ごさせるのはもったいないってものだろう。

 それにしても、マハードが俺の場にいるのは何とも珍しい。俺に着いて来たマナとは違い、マハードはずっと遊戯さんの傍にあり続けていたからだ。

 

『そういえば、こうして遠也殿と共に戦うのは初めてでしたね』

 

 おもむろにこちらに振り向き、そう笑みを浮かべて言うマハード。

 まさに同じことを考えていた俺は、同じく小さく笑みをこぼして頷いた。

 

「ああ。今回限りだけど、よろしく頼むぜ」

『無論!』

 

 力強く答えてくれたマハード。それに応えるためにも、俺は更に手札のカードを手に取った。

 

「更に魔法カード《黒・魔・導(ブラック・マジック)》を発動! このカードは自分の場に「ブラック・マジシャン」がいる時のみ発動できる! 相手の場の魔法・罠カードを、全て破壊する! いけ、ブラック・マジシャン!」

 

 俺の言葉を受けて、マハードが飛び出していく。そしてその杖先に膨大な魔力を込め、それは徐々に魔法となって現れた。

 強大な力を持ったそれを、マハードが杖ごと振りかぶる。そしてそのまま俺に対して視線を向け、俺は頷いて声を出す。

 

「《黒・魔・導(ブラック・マジック)》!」

 

 その宣言と同時に、マハードが杖先からその魔法を解放する。

 それは黒い雷のような閃光となって、神楽坂の場を駆け巡り、そこに伏せられていたカードと光の護封剣を破壊していった。

 伏せられていたのは、《聖なるバリア -ミラーフォース-》。逆転の一手は、既に神楽坂の場にあったことになる。危ないところだった。

 

「く、くそっ!」

 

 場の伏せカードと光の護封剣を破壊された神楽坂は、表情を歪める。

 これで、神楽坂の場にはモンスターが3体。そして手札が1枚だけとなる。クリボーが既にいない以上、攻撃を防がれるということも恐らくないだろう。

 

「やった! 光の護封剣がなくなったってことは……」

「遠也が攻撃できるんだな!」

「いっけぇ、遠也ー!」

 

 外野の四人、翔と隼人と十代が逸るように俺に声援を送る。三沢もまた、腕を組んだ状態でこちらを見ている。

 俺はそちらに一度だけ目を向け、神楽坂に向き直った。

 

「更に、《千本(サウザンド)ナイフ》を発動! 自分の場に「ブラック・マジシャン」がいる時、相手の場のモンスター1体を破壊する! 対象は……《翻弄するエルフの剣士》!」

「な、なに!?」

 

 マハードの後ろの空中に無数のナイフが浮かび上がる。

 そして杖を翻弄するエルフの剣士に向けると、ナイフはその意に沿うように真っ直ぐ飛んでいき、エルフの剣士を串刺しにして破壊させた。

 

「くっ……馬鹿な、なぜカオス・ソルジャーを破壊しなかった!?」

「そんなの簡単だ。翻弄するエルフの剣士の効果のほうが、今は厄介だからだよ」

 

 あいつは攻撃力1900以上のモンスターには破壊されないうえ、守備表示だった。もし何らかの方法で次のターンにまで残った場合、除去するのが難しい壁になるところだったからな。

 

「そんな馬鹿な……翻弄するエルフの剣士のような弱小モンスターより、最強剣士であるカオス・ソルジャーを破壊したほうがいいに決まってる!」

「神楽坂……お前、もう物真似すらできてないぜ」

「……なに?」

 

 俺が嘆息しつつ言うと、神楽坂は訝しげな眼を俺に向けた。

 俺は、言葉を続ける。

 

「遊戯さんは、絶対に自分のカードのことを“弱小”だなんて言わない。さっきお前自身も言ってただろ。数千枚の中から選んだカードだってな。そのカードを馬鹿にする真似を、決闘王(デュエルキング)がすると思うか?」

「なっ……!?」

 

 絶句する神楽坂に、俺は更に言い募る。

 

「結局、そいつはお前のデッキじゃない。だから、一緒に戦うカードに対してそんなことが言えるのさ。お前も、お前自身でデッキを組んで戦えよ。誰かのデッキに似るのなら、そのデッキ同士を合わせたりして工夫すればいい。それで負けたとしても……他人の姿を借りたままより、よっぽどいいと思うぜ」

「けど、俺は……!」

「俺は、神楽坂自身とデュエルしたいけどな」

 

 その言葉に、神楽坂がはっとした顔をして俺を見る。

 しかし、俺はもうそのことについて話すつもりはなかった。代わりに、にやりとした笑みを浮かべて見せる。

 

「さっきの話に戻るけどな。カオス・ソルジャーを破壊しなかったのは、それだけが理由じゃない。……戦闘でも、十分破壊できるからだ!」

 

 その言葉に目を見張る神楽坂と、驚きの声を上げる後ろの面々。

 それを受けながら、俺はカードを手に取った。

 

「俺は氷の女王を生贄に捧げ、手札からレベル6モンスターを召喚する! もう一度来い、相棒! 《ブラック・マジシャン・ガール》!」

 

 再び手札から現われる俺の相棒。

 2枚目のブラック・マジシャン・ガールが俺の場に降り立った。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000 DEF/1700

 

「えぇ!? 2枚目のブラック・マジシャン・ガール!?」

「まさか、あんな超レアカードを2枚も持っているというのか!?」

 

 翔と三沢が後ろで面白いぐらいに驚いている。

 そりゃこのデッキの主軸なんだから、2枚ぐらいは入っているともさ。ブラマジと併せて、こいつがいなければこのデッキはデッキとしてのテーマをなくすぐらいだからな。

 そして墓地のブラマジガールに宿っていたマナが、再び場に復活する。同じカードが現れたことで、移動して来たのだろう。

 

『あー、窮屈だったぁ。ありがと、遠也!』

 

 ぷはぁ、と息をつき、背中を丸めて疲れた様子で現れたマナに、俺は苦笑する。

 

「どういたしまして。それより、隣を見て言うことはないのか?」

『隣? ……あ! お、お久しぶりです、お師匠様!』

 

 マハードの姿を認めた途端、しゃきっと姿勢を正すマナ。それを見て、マハードは指で額を抑えると、溜め息をついた。

 

『まったく……さっきはしっかり遠也殿を守る姿勢を見せていたかと思えば……。あとでお前には言わねばならならないことがありそうだな』

『え、あ、う……そのぉ……あははは!』

 

 結局なにも言い訳を思いつくことが出来なかったマナは、笑って誤魔化す手段に出たようだった。

 が、そんなものがマハードに通用するはずはなく。むしろただ余計な怒りを買っただけのようだった。

 

「まぁまぁ。それは後にして、今はこっちのほうを頼むよ」

『む……そうですね。マナ、どうせ展示会には来るのだろう。その時にまた話をしよう』

『はぁい……ああ、憂鬱……』

 

 いきなり説教確定のマナのテンションの下がりっぷりがヤバイ。

 が、それも僅かの間のこと。すぐさま表情を真剣なものにして、マハードと隣り合って神楽坂の場に向かい合う。

 こういうところは、やはり二人の間にある絆が為せることなんだろう。

 

「……だが、攻撃力2900の氷の女王を生贄に、攻撃力2000のブラック・マジシャン・ガールを召喚するとはな。900ポイントの差は大きい。ミスをしたな」

「さて、それはどうかな」

 

 俺も、何の意味もなくマナを呼び出したわけじゃない。もちろん、氷の女王のままでも問題なかったのは事実だ。

 だが、このデュエルはマナが決めるべきだというというこだわりがあった。そして、それが出来るカードは既にここにある。

 残りの手札3枚。これが、勝利に繋がるピースたちだ。

 

「まず俺は永続魔法《一族の結束》を発動する!」

 

 そのカードをディスクに置くが、それを聞いていた三沢が首をかしげる。

 

「《一族の結束》? 聞かないカードだな……」

 

 勉強熱心な三沢が知らない以上、十代たちにもわかるはずがない。神楽坂も含め、五人の人間が初めて見るカードに、どんな効果なのかと俺に目線で問いかけてくる。

 

「このカードは、自分の墓地に眠るモンスターの種族が1種類だけの時、自分フィールド上にいる同じ種族のモンスターの攻撃力を800ポイント上昇させる。俺の墓地には魔法使い族だけだ! よって2体の攻撃力が800ポイントずつアップ!」

 

《ブラック・マジシャン》 ATK/2500→3300

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000→2800

 

「種族統一デッキにとっては、とんでもなくありがたいカードだな。一気に800ポイントもの上昇とは……」

 

 三沢が冷静にカードの効果を分析する。

 そう、種族統一デッキではこのカードがあるだけで戦闘面での心配がほぼなくなるお手軽ながら高性能なカードだ。下級モンスターの攻撃力が上級を超え、上級の攻撃力が最上級を超える。

 特に元々の攻撃力に恵まれている魔法使い族や戦士族では、非常に効果を発揮するカードである。

 

「だが……それで攻撃されても、まだ俺のライフは残る!」

 

 確かに、神楽坂の言う通りだ。カオス・ソルジャーをマハードが倒し、マナがブラマジガールを倒しても、ダメージの合計は1100ポイント。900ポイントのライフが残る計算になる。

 だが、俺の手札がまだ2枚あることを忘れていないだろうか。

 

「俺はもう1枚の《一族の結束》を発動! このカードの効果は、複数枚発動した場合重複する! よって2体の攻撃力を更に800ポイントアップ!」

 

《ブラック・マジシャン》 ATK/3300→4100

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2800→3600

 

「なに!? 効果が重複するだと!?」

 

 神楽坂が驚きの声を上げる。まぁ、相対する側にしてみれば、悪夢のような上昇率だからな、これ。

 

「1体だけではなく、味方全体の800ポイント攻撃力増加。加えて効果を重複させられるとは……。発動条件は厳しいものの、なんて強力なカードだ」

 

 三沢がわかりやすくこのカードの利点と欠点を述べる。

 このカードは元の世界でも種族を統一するならば100%投入されていたカードだ。むしろ、投入されなければ、種族を統一する意味も薄れると言っていいほどだ。

 このカードの登場により、種族統一デッキは大幅に見直されたと言ってもいい。なにしろ3枚積んで発動させた場合、一気に2400ポイントの上昇だ。下級モンスターが最上級モンスターを殴り殺せるような火力になるのだから、その恐ろしさがわかろうと言うものである。

 これで、神楽坂のライフは削りきれる。だが、最後にもう1枚。残った手札のカードを発動させる。

 

「最後に装備魔法《魔術の呪文書》を発動。このカードは「ブラック・マジシャン」か「ブラック・マジシャン・ガール」しか装備出来ない。俺はブラック・マジシャン・ガールを選択し、攻撃力を700ポイントアップさせる」

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/3600→4300

 

 マナの手元に現れた一冊の本。それを開き、マナが目を通していく。

 そして魔術書の効果なのか、本を閉じたマナは魔力を更に充実させ、その攻撃力を一層強固なものへと変化させていた。

 

「攻撃力、4300だと……!」

 

 その圧倒的な魔力の奔流に、神楽坂は息を飲んだ。

 元々の攻撃力が2000とは思えないほどに、マナから溢れる魔力は空気を揺らしてフィールドを駆け抜ける風を作り出す。

 神を超え、究極の名を冠するドラゴンにすら迫る黒魔術師の少女。その絶大な力を得たマナを残し、まず俺はマハードに指示を出す。

 

「いくぞ、神楽坂! ブラック・マジシャンでカオス・ソルジャー -開闢の使者-に攻撃! 《黒・魔・導(ブラック・マジック)》!」

 

 マハードが一つ頷き、自身の魔力を集束させていく。

 それは常のものとは比較にならない、巨大な球体をその頭上で形作る。マハードの等身ほどもあろかというところまで膨らんだそれを、マハードは杖を操ってカオス・ソルジャーへ向けて解き放った。

 それはフィールドを抉るように進み、カオス・ソルジャーの元へと到達する。盾を構えて防御態勢を取るものの、巨大すぎる魔力球に対抗するには、それはあまりに弱々しいものだった。

 一気に飲み込まれたカオス・ソルジャーは、その魔法によって消滅させられ、その余波が神楽坂を襲った。

 

「ぐぁあっ!」

 

神楽坂 LP:2000→900

 

 そして、その間に既にマナは攻撃準備を完了させている。

 バチバチと紫電を纏った魔力がマナを包むように展開される。それをマナは杖を水平に神楽坂の場に向け、杖の先へと一気に力を傾ける。

 途端に形成される闇色の魔力砲。その砲弾となるそれを、マナはゆっくりと神楽坂の場のブラック・マジシャン・ガールに向けた。

 あちらの攻撃力は元々のままの2000。対して、こちらのマナは4300にまで上昇している。

 そして神楽坂の場に伏せカードはなく、手札も1枚。更にクリボーは既に使用済みだ。つまり、神楽坂を守るものは、もう何もない。

 俺はマナに目を向け、マナもまた俺を見る。そして互いに頷きあい、俺は神楽坂に向けて口を開いた。

 

「これで終わりだ、神楽坂! ブラック・マジシャン・ガールで、神楽坂の場のブラック・マジシャン・ガールに攻撃! 《黒魔導超爆裂砲(ブラック・バーニング・バスター)》!」

 

 マナが巨大な砲弾をその場に置いたまま、一度杖を振りかぶる。

 直後その杖は一気に振り抜かれ、押し出すように目の前の砲弾に触れた。

 その瞬間、爆音と共に高速で発射される魔力砲。空間を削りながら直進するその絶望的な力の奔流に、攻撃力が圧倒的に及ばない神楽坂の場のブラック・マジシャン・ガールは、抵抗すら出来ずに飲み込まれる。

 そして、それでもその勢いは衰えることはない。そのまま突き進んだそれは、後ろにいた神楽坂に直撃して、そのライフポイントを一気に削り取っていった。

 

「うわぁぁあああッ!」

 

神楽坂 LP:900→0

 

 魔力砲が神楽坂の後方へと過ぎ去り、神楽坂が膝をつく。

 余すことなくライフポイントを食らい尽くした今の攻撃によって、神楽坂の敗北がデュエルディスクに表示される。

 これにて、このデュエルの決着はついた。

 ソリッドビジョンが解除され、マハードの姿が消えていく。マナも身体から溢れていた魔力を霧散させ、俺の隣へと戻って来た。

 そして岩の上に頽れる神楽坂と、向かい合う俺だけがそこに残るのだった。

 

「神楽坂……いいデュエルだったぜ」

 

 俺がそう声をかけると、神楽坂は顔を上げた。しかし、そこに浮かぶのは自嘲の笑みだった。

 

「はは、決闘王のデッキを使っても、このザマさ。猿真似なんて言われるのも、当然だな。俺にはやっぱり、才能がないんだ……」

「神楽坂……それは違うぜ」

 

 俺がそう言うと、神楽坂は俺を見る。

 

「遊戯さんのデッキは、重いモンスターが多く回りにくい。その中で、あれだけ上級モンスターを繰り出し、運用したお前に才能がないわけがない。お前には、一つだけ足りないものがあった、それだけだ」

「足りないもの、だと? それは一体……」

「デッキを信じる気持ちさ」

 

 俺はそう言い、自分のデッキに手を乗せる。

 それはさながら慈しむように。マナも、そんな様子を見て優しく微笑んでいる。

 

「俺たちは、試行錯誤しながらデッキを組む。そして、満足のいくデッキを作るんだ。だから、勝てたら嬉しいし負けると悔しい。お前は、心のどこかでどうせ真似になると思って、そこで諦めていたんじゃないか?」

 

 神楽坂が、思い当たる節があるようにはっとする。

 俺は、更に言葉を続ける。

 

「似たデッキになったって、いいじゃないか。そこに、使えそうなカードを自分なりに選んで加えていけばいい。似ていたって、それはお前が自分で組んだ、強いと信じたデッキだろう。なら、お前はそれをただ信じればよかったんだよ」

「俺は……」

「それに、もうお前を馬鹿にする奴なんて、誰もいないぜ」

「え?」

 

 俺は後ろを振り返る。神楽坂も、つられるように俺の背後に目を向けた。

 視線の先には岩場に隣接した崖。その上、木々の隙間から次々と姿を現すアカデミアの生徒たち。

 ブルー、イエロー、レッド。寮に関係なく多くの生徒が笑顔で崖から見下ろすように俺たちを見ていた。

 

「これは……」

 

 驚きの表情を浮かべている神楽坂。そして、そんな神楽坂に矢継ぎ早に声が降って来る。

 

「すげぇぞ、神楽坂ー!」

「決闘王のデッキを、あんなに使いこなすなんてな!」

「最高だったぞ、二人ともー!」

「今度は俺とデュエルしてくれー!」

 

 わーわー、と絶えることない好意的な声。

 マナはどうも周りで見ている生徒に気が付いていたらしく、俺はついさっきそれをマナから知らされた。その皆の表情が、一様にこのデュエルを楽しんでいるものだったことも。

 だからこそ、俺はこうして神楽坂に告げたのだ。もう、誰もお前を蔑む奴なんていない、と。

 その大量の言葉を受け、神楽坂は再び顔を伏せる。震えている肩から見て、泣いているのかもしれない。その理由を察せないほど馬鹿じゃない俺は、黙って崖の下に目を向けた。

 そこには、隅から出てきたカイザーと明日香がいる。俺は二人に手を上げて声をかけた。

 

「よ、来てたのか二人とも」

「ええ」

「俺たちも一足先にデッキを見たくてな。クロノス教諭がデッキを盗まれたと言っていたから探していたんだが……」

 

 そこまで言って、カイザーは俺と神楽坂に目を向ける。

 

「そこで、止めるにはあまりに惜しいデュエルを見かけたんでな。悪いが、観戦させてもらっていた」

 

 それに、神楽坂が顔を上げてカイザーを見る。

 カイザーは、神楽坂に向けて声をかけた。

 

「素晴らしいデュエルだった。俺も、今度はお前自身のデッキでお前が存分にその力を振るう姿を、見たいものだ」

「か、カイザー……!」

 

 学園最強の実力者であるカイザーにまでそう言われ、神楽坂は驚きと共にその言葉を受け取る。

 

「デッキを盗んだのはよくない。だが、おかげで俺たちは最高のデュエルを見ることが出来た。……お前の罪が軽くなるよう、俺たちも出来るだけ努力しよう」

 

 カイザーがそう言うと、周りの生徒がわっと盛り上がる。

 

「そうだ! 署名ぐらいならいくらでも書くぜ!」

「武藤遊戯のデッキが戦う姿を見れたんだ! 安いもんだ!」

 

 そう言う生徒の中には、ブルーの生徒までいた。

 その沢山の声を受けて一層涙腺を緩ませる神楽坂。それに背を向け、俺は岩から降りた。もう俺に言うことは何もないと思ったからだ。

 だが、そんな俺を神楽坂が呼び止める。

 

「遠也! 色々言って、すまなかった! 今度……今度俺が俺自身のデッキを作ったら、もう一度デュエルしてくれ!」

 

 涙声でそう訴える神楽坂に、俺が返す答えなんて決まっている。

 

「もちろん! 楽しみにしてるぜ!」

 

 笑顔でそう答えて、今度こそ俺は岩から降りる。

 そして十代たちのところに合流し、まずは翔に声をかけた。

 

「よ、仇は取ったぞ」

「そういえば……。すっかり忘れてたよ」

 

 あはは、と笑う翔にその場の全員が笑う。

 十代とも、お疲れの意味を込めてハイタッチを交わし、隼人や三沢からも労いの言葉をもらう。

 これで、この騒動も終わりだろう。あとはきっと、カイザーやクロノス先生辺りが上手くやってくれるに違いない。クロノス先生も事を大きくはしたくないはずだからな。

 

 と、ここで終わっておけば綺麗に纏まったのだが……。

 

「ね、遠也くん」

「ん? どうした翔」

 

 不意に呼びかけられ、俺は振り返る。

 そこには、ものっそい笑顔の翔がいた。

 

「遠也くん、ブラマジガールのカード持ってたんだネ。それも2枚……」

「な、何が言いたい……」

 

 その笑顔があまりに恐ろしく、俺は思わず後ずさる。マナも身の危険を感じたのか腕をさすっていた。

 

「やだな、簡単だよ。……僕のカードと交換してよ遠也くーんッ!」

 

 飛びかかって来た翔をすんでで避け、俺は駆け出す。

 

「嫌に決まってんだろ、何言ってんだ!」

「お願いだよ! 何枚でも出すから! だから、僕にブラマジガールプリィーズッ!」

 

 追いかけてくる翔。逃げる俺。

 俺はカイザーのほうへと逃げた。こうなったら、カイザーに全部押しつけてやる。兄貴なんだから、翔を抑えるぐらいなんでもないだろう。

 

「カイザー!」

「遠也か、どうし……ああ、なるほど」

 

 俺と翔の姿を見て、一瞬で納得するカイザー。さすがは兄貴。理解が早い。

 ならば、俺が求めていることもわかるはず。そう期待を込めてカイザーを見ると、カイザーはふっと笑みを浮かべてこう言った。

 

「すまん、逃げ切ってくれ遠也」

「おおぉーい! 友達を見捨てるのかよ、カイザー! っていうか、お前の弟だろ!」

「ああなったら、そう簡単には止められん。友として、応援はしよう。頑張れ、遠也」

「てめぇ、この役立たず帝王! あとで覚えてろよ!」

「遠也くん! 交換してくれるまで、僕は諦めないからね!」

 

 そして岩場から去っていく俺たち。

 それを、十代たちは何とも言えない表情で見送っていたそうである。

 

 

 その後、何故かブラマジガールを賭けたアンティデュエルをすることになった俺と翔。

 もちろん全力で叩き潰した。

 しかしながら、翔相手に初めてヤバイと思った場面が何度もあったことを追記しておく。

 執念ってのは、恐ろしいもんだな……。

 

 

 

 

 そして迎えた次の日、デッキ展示会の当日。

 俺は十代たちと一緒に展示会場に来ていた。既に割られたガラスケースなども新しいものと交換され、多くの生徒がそのデッキを眺めて何事かを語り合っている。

 その様子を入り口付近から見ながら、俺と十代は言葉を交わす。

 

「やれやれ、どうにか開催されてよかったな」

「だな。俺なんか、ポスターまで貰っちまったぜ! へへ、トメさんに感謝だぜ!」

 

 ポスターを抱え、歯を見せて笑う十代に、俺は肩を竦めて応えた。

 ちなみに一緒に来た翔と隼人の二人は、周りと同じようにデッキを見ている。三沢はさっきまでいたんだが、デッキを満足するまで見終わったのか、寮に戻ったようだった。

 

 ――昨夜の一件の後。神楽坂には鮫島校長から処分が下った。

 本来なら窃盗という事実だけで倫理委員会が動くには十分だったが、本人が非常に反省していること。事を大きくしたくないクロノス先生が減罪を願ったこと、そして生徒たちの署名がされた嘆願書によって、どうにか謹慎一週間で手打ちとなった。

 今頃は寮の自室でデッキ構築でもしていることだろう。次に戦う時が楽しみである。

 

「なぁ、遠也」

「ん、どうした十代」

 

 そんなことを考えていると、ふと十代に呼びかけられて返事を返す。

 顔を向ければ、十代が指でアレアレと何かを指し示している。俺は当然気が付いていたが、あえて触れずにいたそれ。

 指摘されれば仕方がない。俺はそこに顔を向けた。

 

 展示会場の片隅。そこに正座しているマナと、その前に立って何事かをずっと語りかけているマハード。マナの表情はもはや憔悴という言葉がふさわしい。

 俺たちが会場に入った時には既にああだったから、一体いつからああしているのやら。

 

「なぁ、何やってんだアレ?」

「気にしてやるな、十代」

 

 俺は、ぽん、と十代の肩を叩いてそう言う。

 ま、あえて言うとするならば。

 

「サボってたのが、バレたってだけだ」

 

 こっちに来て、最低限のことはしていたものの、本格的な修行はずっとしていなかったことが判明し、マハードの逆鱗に触れたのが事の真相である。

 注意しなかった俺も悪いが、マハード曰く「自分を律することができていないマナが未熟なだけ、お気になさらず」だそうだ。

 そう言われてしまっては俺に出来ることは何もない。こうして見守ることしか出来ない俺を許してくれ、相棒。

 

 

 

 

 その夜。

 足も痺れてほうほうの体だったマナを、今度は俺が膝枕してやった。マナからの要望だったのだが、あまりに哀れみを誘う姿だったから、素直にその願いを聞き入れたのだ。

 「うぅ~お師匠様~許して~」と苦しげに寝言を漏らす膝の上のマナ。その定番の様子に苦笑しながら、その髪を梳くように頭を撫でる。

 そうして、その日の夜は過ぎていくのだった。

 

 

 

 



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第18話 乙女

 

 ある日。俺はレッド寮に向かっていた。

 もちろん十代たちに会うためであり、いつものようにマナもついて来ている。

 あのデッキ盗難事件から大きな事件もなく、ここ数日は平和そのものだ。十代たちと駄弁り、カード議論に花を咲かせ、デュエルをして過ごしていく。

 なんて素晴らしい学生生活! やっぱり、普通はこうだよな。闇のデュエルがどうとか、そういうのって普通はないよね。

 事件が起こるというのも刺激的な生活ではあるけど、やはり何度も続くと少々飽きも来るというもので。

 たまにはのんびり過ごす日が続いてもいいと俺は思う。

 そんなこんなで、今日もまた俺は十代たちと穏やかな時間を過ごすためにレッド寮まで出向いて来た。

 既に慣れた道を通り、辿り着いた木造モルタルの2階へと上がっていく。そしていつものように、十代たちの部屋の前に立ち、その扉を開けた。

 

「よーっす、来たぞ十代」

「――……ぇ?」

 

 その瞬間、俺の目に飛び込んできたのは小さな白い背中。

 そしてその背中を隠すように広がる長い黒髪だった。

 どう見てもオシリスレッドにはいないはずの女子である。それも、上半身裸の。

 そのあり得ないはずの光景に、思わず固まる俺。そして、突然現れた俺に驚いているのか、同じく硬直しているその女の子。

 すると、マナがいきなり俺の腕をひっつかんで引っ張り出し、すぐさま扉を閉めた。

 が、いきなり身体を後ろに持っていかれた俺は、勢い余って二階の柵を乗り越えるところだった。どうにかバランスを取って踏みとどまり、そのまま座り込む。

 

「……あ、危なかった……マナ?」

「ご、ごめん遠也。咄嗟でつい。でも、あのままってわけにもいかなかったし……」

「それは……まぁ、そうか」

 

 いくらなんでも、あのまま覗き続けるような趣味は持っていない。

 それに、今の子はぱっと見でも小学生ぐらいに小さかった。なら、なおさら見ようとは思わない。

 まぁ、なんだ。もう五年……七年は育っていたら話は別だったかもしれないが……。

 

「いま不埒なこと考えたでしょ?」

「な、なにを馬鹿な!」

 

 俺が即座に否定すると、マナは溜め息をついた。なんだ、そのしょうがないなぁ的な反応は。俺がいかにも駄目な奴みたいじゃないか。

 憮然としていると、マナが精霊状態に戻って耳元で囁く。

 

『それより、外から声をかけてみたら? 女の子なんだから、きちんと謝らないとダメだよ』

「わ、わかってるよ。……んんっ」

 

 俺は何とはなしに呼吸を整え、コンコンと扉をノックする。

 一拍置き、弱々しい声で「……はい」と返って来る返事。俺は扉の外から中のいるだろうその少女に向かって声をかけた。

 

「あー……さっきは悪かった。ここは、俺の友人の部屋で、いつもの調子で入ろうとしたんだ。……それでそのー、ここに女の子はいなかったと思うんだけど、君は一体?」

 

 と、そこまで自分で口にした時。

 俺は、はたと気がついた。

 そういえば、記憶にある。そう、そうだ。この時期だったじゃん、そうだそうだ。

 これって、あれだ。早乙女レイの編入事件もとい恋する乙女事件。これがあって、途中からアカデミアの生徒として登場したんだっけ。そういえばそうだった、そういうことか。

 確かカイザーに恋心を抱いて、アカデミアまで編入してきちゃう凄い子だったはず。ということは、まさにその真っ只中。カイザーへのアプローチの最中なのだろうか。

 部屋も確か十代の部屋、だったかな? そこら辺は曖昧だが、これでようやく女子がこの部屋にいる理由がわかった。

 編入生は一度必ずレッド寮に所属することになる。だから、レイもこの部屋にいるのだろう。

 俺が内心でこの事態に得心を得て、落ち着きを取り戻していると、扉の奥から物音がする。

 そして、次の瞬間。ドアががちゃりと開いて、さっきの子が顔を出す。その長い髪は丸く大きな帽子によって隠されていたが。

 そして、ちらりと辺りを窺うと、すぐに俺の腕を掴んで中に引っ張り込んできた。

 なかなかにアグレッシブな子である。

 そんな感想を抱く俺をよそに、その子はすぐに扉を閉めると、ホッと手を胸にやって安堵の息をつく。小さな女の子がそういう仕草をすると、妙に絵になる気がするのは俺だけだろうか。

 そんな様子を微笑ましげに見てから、俺は部屋の大部分を占拠している、恐らくこの子用のベッドの端に腰をかけた。だって、座る場所がないんだもん。

 

「……まぁ、聞きたいことはあるけど、ひとまず自己紹介と行こうか。俺の名前は、皆本遠也。オベリスクブルーの生徒で、この部屋の3人とは友達だ。君は?」

「えっと、ボクは早乙女レイ……って、え? み、みなもと、とおやさん?」

 

 名前を言った次の瞬間、俺を指さして片言になるレイ。

 どうした、いったい。

 

「あ、あの……シンクロ召喚の?」

「そうだけど……」

 

 不本意ながら、テレビ放映されたことで、俺の名前はかなり知れ渡っている。それを考えれば、俺の名前を知っていることは不思議ではない。

 しかし、だからといってこうも驚くものだろうか?

 俺がそう訝しんでいると、レイは暫く俺を根気よく見つめていたが、何故だか急にがっくり項垂れた。驚いたり落ち込んだり、忙しい奴である。

 とはいえ、レイはすぐに復帰してきた。そして、そりゃそうだよね、と呟いてから事情を話し始める。

 聞いた話は、俺がさっき思い出した記憶にあるものと大差ない内容だった。

 本当は小学五年生だが、編入生として、オシリスレッドにやって来た。男装しているのは、男のほうが生徒数が多く潜り込みやすいと思ったから。そして、やって来た理由は、カイザーに会いたかったから。

 どうも、雑誌などのメディアでアカデミアが特集された際に、カイザーを見て惚れ込んだというのが、その会いたい理由らしい。

 それが単なる憧れなのか、本当の恋なのか、その判断は俺にはつかない。だが、その一心だけでこの年齢の女の子が一人で遠い島にまでやって来ることが、相当に凄いことだというのはわかる。

 

『ふわー……行動力にあふれた子だねぇ』

 

 マナもこうして驚きの声を上げるほどだ。まして、性別と年齢を偽ってまで来ているのだ。並大抵のことではなかったろうに。

 やっていることは褒められたことではない。幼いから罪には問われないだろうが、普通に駄目なことだ。そう駄目なことなのだが……その心意気は買ってもいいんじゃないだろうか。

 こういう一本気な奴は、俺は嫌いじゃない。

 俺がそうレイのことを評していると、レイはなんだか上目づかいでモジモジと言いにくそうに俺を見た。

 

「それで、その……皆本さん、にはボクのことを黙っていてほしいんです。女だってバレると、きっと追い出されちゃうし……」

 

 気まずげに言うレイに、俺はふむと腕を組んで考える仕草をとる。

 それを否定的な態度ととったのか、レイの肩が緊張で揺れる。だが、俺が口にするのは、彼女が想像したであろう言葉ではない。

 

「よし、いいだろう」

「へ? い、いいんですか?」

「なんだ、喋ってほしかったのか?」

 

 俺がからかうようにそう言うと、レイが凄い勢いで首をぶんぶんと横に振る。

 

「ま、ここまで一人で来た覚悟に免じてな。んじゃ、早速行くか」

「行くって……どこに?」

 

 よっこらせ、とベッドかた立ち上がった俺に、レイが疑問の顔を向ける。

 この場で行くと言うからには、レイの目的を果たすために決まっているだろうに。俺はきょとんとこっちを見るレイに、笑いかけた。

 

「決まってる。カイザーのところだよ」

「え……ええええ!?」

 

 その言葉に盛大に驚きの声を上げたレイの手をとり、俺は十代の部屋を後にする。

 途中、実はカイザーと俺が友人であることを告げ、俺は目を白黒させたレイを引きつれてブルーの寮に向かう。

 善は急げの言葉通り、出来ることは早いうちにやってしまったほうがいい。俺はそう考え、目的地へと歩いて行くのだった。

 

 

 

 

 さて。ブルー寮に着いた俺たちだったが、カイザーのもとにそのまま向かうことはせず、現在は俺の自室にいる。

 そして俺はデッキをいじり、レイは部屋の中でマナとお喋りに興じているようだ。俺も混ざろうとしたんだが、女の子同士のお話だから、とマナに追い出されてしまった。

 なので、俺はしぶしぶ机に向かってその上でカードを広げている。二人はテレビの前に置かれたソファにいるようで、時折り聞こえてくるきゃいきゃいと楽しそうに笑う声が、実に俺の寂寥感を刺激する。

 何故こうなったのかというと、精霊化していたマナが突然俺に苦言を呈したからだ。

 曰く、「女の子の告白には準備がいるんだから、そんな性急に事を進めちゃダメ」とのこと。

 そう言われた俺はとりあえずカイザーに会いに行くのを自重し、マナに言われたことをレイに確認してみることにしたのだ。

 すると、レイはこくこくと頷いてマナの言葉に同意。そのため、俺は即座にカイザーの元へ向かうのを取りやめた。だが既にレッド寮を出てしまっているし、そもそもあそこでは腹を割って話せないだろう。

 そう判断し、一旦ブルーの自分の部屋に招いたのだ。レイもカイザーが住む場所に興味があったのか、それを了承。そして、先に部屋に戻って制服を着て実体化したマナに出迎えられて、今に至る。

 俺の部屋から出てきたマナにレイは驚いたようだったが、すぐにレイはマナに気を許した。どうもマナの底抜けに明るい性格と、初見で実は女の子だと見破られたことが原因らしい。

 本当は俺の傍で話を聞いていたからなのだが、それがレイに分かるはずもない。レイは最初こそ戸惑ったが、俺が人様の秘密を口外する奴じゃない、と口添え。更にマナ本人の性格に触れ、気持ちを緩ませたのだ。

 やはり、男の中に女が一人、というのは意識せずとも堪えていたのだろう。バレた途端、すっかり安心しきってマナに笑顔を見せていた。

 そして、言葉を交わすうちにすっかりマナになついたレイは、二人で実に楽しそうに話しているというわけだ。

 マナも純粋に慕ってきてくれるレイに悪い気はしないようで、レイに抱きついてじゃれあいながら笑っている。満更でもなさそうなレイも、少々恥ずかしそうにしているが楽しそうだ。

 ……ふん、いいさいいさ。俺は一人寂しくデッキでもいじってるよ。そうさ、カードは友達。翼君も言ってたじゃないか。

 そんな若干拗ねた状態でカードを触っていると、不意に後ろから肩に手が置かれ重みが加わる。何事かと思うが、こんなことをしてくるのは一人しかいない。

 案の定、耳元で聞き慣れた声が耳朶を打つ。

 

「ごめんね、遠也。拗ねちゃった?」

「……いいや、べつにー」

 

 いじっていたカードを揃え、トントンと机を叩いて細かなズレを直す。綺麗に整ったデッキを持ち、俺は椅子から立ち上がった。

 嘘だー、と笑っているマナをそのまま放置し、俺はソファに座っているレイのほうに赴く。

 

「さて、レイ。カイザーに会いに行くか?」

 

 俺がそう問うと、レイは少しだけ笑顔を曇らせてぎこちなさを見せる。

 まだ緊張が抜けないのだろう。だとすれば、今は行かないほうがいいか。

 

「よし、わかった。なら、また後にしよう」

「うん、ごめんね遠也さん。せっかく機会を作ってくれてるのに……」

「いいさ、別に。まぁ、色々偽ってまでこの島に突貫して来たにしては、意外だったけど」

 

 ちなみにレイが俺を名前で呼ぶのは、俺がそう要求したから。名字で呼ぶ奴が周りに少ないから、違和感があるんだよね。

 

「う……だ、だって……」

 

 レイはそう言って、ごにょごにょと言い訳を呟きながら頬を染めて目を泳がせる。

 その様子は、後先考えずに島にやって来たとは思えないほどだ。本当に、そこらへんにいる女の子にしか見えない。事情を知る俺たちの前だからということで、帽子をとっていることもあるのだろうが。

 そんな姿に、やれやれと呟いてから、俺はレイとテーブルを挟んで座った。

 そして、テーブルの上にデッキを置く。それを見て、レイは我に返って俺を見た。

 

「せっかくだ。デュエルでもして時間を潰そう。デュエルをすることで、気持ちの整理もつくかもしれないからな」

 

 デュエルで気持ちの整理? という感じだが、そこはこの世界安定のクオリティ。デュエルすれば心が通じ合っちゃうような世界なのだ。そういうこともあるかもしれないだろう。

 俺がそう思って発言し、デッキをシャッフルする。すると、途端にレイの瞳が輝いて身を乗り出してきた。

 

「い、いいんですか!?」

 

 そのあまりの剣幕に俺は驚いた。とりあえず、鼻先まで乗り出してきたレイの頭に手を置き、後ろに押す。

 はっとして下がったレイは、気恥ずかしそうにしてもう一度俺に尋ねてきた。

 

「本当に、その、デュエルしてくれるんですか?」

「ああ、デュエルしたくない気分だったか? それなら無理強いはしないけど」

 

 俺がそう言えば、レイはぶんぶん首を横に振って否定する。さっきも同じような反応をしていたが、オーバーな子だ。

 だが、デュエルしてもいいというなら、早速やろう。俺がそう思ってデッキをテーブルに置くと、レイがおずおずと進言してくる。

 

「あの……外でデュエルしちゃダメ?」

「外で?」

 

 つまり、デュエルディスクでということだろうか。

 まぁ俺はどっちでもいい。単に机の上でやろうとしたのは、レイが正体を隠していることから外に出るのは極力避けたいんじゃないかと思ったからだし。

 レイ本人がそれでいいというなら、俺に断る要素はない。俺が頷くと、レイは表情をぱっと明るいものにして喜びをあらわにした。

 そしてマナと手を取り合って、嬉しそうにしている。なんで、そんな反応? 俺が訝しんでいると、マナが人差し指を自身の唇にあてた。

 

「女の子同士の秘密だよ、ねー」

「う、うん」

 

 照れ臭そうに頷くレイを見て、俺は聞かないほうがいいことかと判断して立ち上がる。そして、ポンと軽くレイの肩に手を置き、促した。

 

「じゃ、行くか。デュエルディスクは……そこらのを使えばいいだろ」

「うん!」

 

 レッド寮からディスクまで持ってきていなかったレイにそう告げ、嬉しそうにするレイを伴って部屋を出る。

 そしてあまり人が来ないだろう場所を脳内にピックアップしながら、俺はゆっくりと移動を始める。敬語も別に使わなくていいぞ、とレイと話しながら。

 

 

 

 

 人があまり来ない場所、ということで。俺はカイザーと初めてデュエルした場所に来ていた。

 そこはブルー寮から離れすぎているわけでもなく、森や崖のように危ないわけでもない。ただ、小さな林のようなものを間に挟むため、居住区から少々見えづらい場所にある草原のような場所だった。

 崖や森の傍でもよかったが、レイの年齢を考えてあまりそういう場所に連れて行くのも、と考えた結果だった。

 そしてそこで俺たちは距離を開けて向かい合っている。ちなみにマナは俺たちの間から少し離れるように立ち、ジャッジのような立ち位置で俺たちを応援している。

 

「よし、やるか」

 

 そう言ってデュエルディスクを腕に着けると、レイも同じようにデュエルディスクを左腕に着ける。

 ちなみに今このディスクに収められているデッキは、シンクロデッキだ。レイに二つのデッキを選ばせたところ、シンクロがいいと言われたのでそうしている。

 

「う、うん! よろしくお願いします!」

 

 肩を張り、何故か直立して九十度に身体を曲げて一礼するレイ。

 何をそんなに緊張しているのかは知らないが、俺は苦笑し意図して明るく声をかける。

 

「ほら、ちょっとデュエルするだけなんだ。楽しくやらないと損だぞ」

「は、はいっ!」

 

 駄目だこりゃ。

 俺は固さを残したままのレイに嘆息し、とりあえずディスクを掲げる。デュエルしていれば、自然と緊張もほぐれてくるだろうと期待しての行動である。

 つられてレイもそれに追従し、そして互いに開始の宣言を行った。

 

「「デュエル!」」

 

皆本遠也 LP:4000

早乙女レイ LP:4000

 

 すぐさまディスクの液晶を確認。先攻は……俺か。

 

「俺の先攻だな。ドロー!」

 

 カードを引き、手札に加える。

 いきなりいける手札ではないな。……まぁ、時間潰しだと最初から言っているわけだし、そうガチでいくこともないだろう。

 そう考えれば、こういう始まりのデュエルも楽しいものだ。俺は緊張しつつもどこか嬉しそうに見えるレイを見つつ、カードを一枚引きぬいた。

 

「俺は《カードガンナー》を召喚。このカードは1ターンに1度デッキの上からカードを3枚まで墓地に送ることで、エンドフェイズまでその枚数×500ポイント攻撃力がアップする。俺は3枚墓地に送り、攻撃力をアップ!」

 

《カードガンナー》 ATK/400→1900 DEF/400

 

 墓地肥やしに最適なカードガンナー。こいつを先攻ターンで出すと、この世界の大抵の人間は「攻撃できない先攻で、なんで?」という顔になる。

 エンドフェイズまでしか効果が持続しないので、結果的に攻撃力400のモンスターを攻撃表示で残すことになるからだ。表側守備だとしても、守備力も紙。現行環境では利点が見いだせないのだろう。

 まぁ、それも最初のほうだけで、シンクロ召喚が認知された現在ではそれほどでもない。こいつをシンクロ素材にしてしまえばいいことを皆理解したからだ。それでも、墓地肥やしについてはイマイチ納得しきれていないようだが。

 アカデミアの生徒でさえそうなのに、レイにはそういった困惑が一切見られない。つまり、こちらの意図をしっかり理解しているということだ。

 その点を見て、俺はレイの評価を上方修正した。これは、油断できないかもしれないな。

 

「俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ。そしてこのエンドフェイズ、カードガンナーの攻撃力は元に戻る」

 

 再び400という数値に攻撃力がダウンする。

 それを見届けて、レイのターンになる。

 

「ボクのターン、ドロー!」

 

 引いたカードを見て、レイの顔がほころぶ。

 有利となるカードを引いた、という顔ではない。そういう、戦いに臨む顔ではなく……そう、好きなカードを引いた、という感じの嬉しさのように思える。

 

「ボクは《恋する乙女》を攻撃表示で召喚するよ!」

 

 長い栗色の髪を波打たせ、花飾りのついたカチューシャをつけた女の子。淡い黄色のドレスという格好も相まって、非常に女の子しているキャラクターといえば伝わるだろうか。

 くりっとした大きな目をこちらに向け、睨むというよりは微笑んでくる。これまた、なんとも和むモンスターだな。

 

《恋する乙女》 ATK/400 DEF/300

 

 そして、こいつを召喚したレイは、とてもいい笑顔を見せている。俺は、笑みを浮かべてレイに話しかけた。

 

「なるほど。察するに、このモンスターがレイのフェイバリットか?」

「うん! 恋する乙女は、ボクの大好きなカードなんだ! でも遠也さん、あんまりこの子のことをモンスターって言わないでね」

 

 恋する乙女が現れたことで緊張がほぐれたのか、レイが少し悪戯気にそう言ってくる。

 少々その発言に気を抜かれる俺だったが、その可愛らしい内容に思わず口元を緩めた。

 

「ああ、了解。確かに女性に使う言葉じゃなかったか」

「えへへ、ありがとう。じゃあ、いくよ! バトル! 恋する乙女でカードガンナーに攻撃!」

「なに?」

 

 攻撃力は共に400だ。このままでは相打ちになるだけだが……。

 俺がそう思っていると、恋する乙女がトトト、と駆けてきてカードガンナーにぶつかってしまう。

 当たり所が悪かったのか、ガラガラと音を立てて崩れるカードガンナー。それに恋する乙女は申し訳なさそうにしている。

 だが、壊れたのはカードガンナーだけ。恋する乙女はピンピンしていた。

 

「恋する乙女の効果! このカードは攻撃表示でいる限り、戦闘によっては破壊されない!」

 

 レイが得意げにそう説明する。

 なるほど、それで迷わず攻撃して来たのか。俺のライフに変動はないが、素材を消されたというのは俺の不利に働く。俺がシンクロ召喚を使うということを知っていたことから、ある程度の知識はあるということか。

 さすが、その年齢で編入して来ただけのことはある。

 

「カードガンナーが破壊されたことにより、俺はデッキからカードを1枚ドローする。……やるじゃないか、レイ。シンクロ召喚は素材をフィールドに揃えなければ成立しない。それを狙ってのことか?」

 

 そう問いかけると、レイは満足げに頷いた。

 

「へへ、そうだよ。ボクのデッキの主力も低レベルカードだから、ちゃんと勉強したんだ」

 

 なるほどな。レベル2の恋する乙女をフェイバリットだと宣言してみせたんだ。その補助となりうるシンクロ召喚のことも、すでに押さえているというわけか。

 思った以上に勉強熱心なようだ。まぁ、そうでもないとアカデミアに編入なんて、出来るはずもないか。

 

「更にボクはカードを2枚伏せて、ターンエンド! さぁ、遠也さんのターンだよ!」

「おうとも。俺のターン、ドロー!」

 

 やれやれ、さっきまではあんなに緊張していたというのに。恋する乙女を召喚して、だいぶ心が楽になったらしい。

 フェイバリットカードを持つということは、こういう点で有利になることが多い。たとえ押されていても、ソイツがいるだけで気力が湧いてくる。それがフェイバリットカードであり、またそういう気持ちをカードに対して持つというのは、とても大切なことだ。

 まして、そういった気持ち、絆が奇跡を起こすこの世界ではね。

 さて、さっきは墓地になかなかいいカードが落ちてくれたし、手札も潤沢だ。これならこのターンで充分シンクロすることができる。

 あちらがフェイバリットを出した以上、こっちも相応のモンスターを出さないとな。

 

「俺は《ジャンク・シンクロン》を召喚! その効果により、墓地のレベル2以下のモンスターを特殊召喚する。《ライトロード・ハンター ライコウ》を特殊召喚! 更に場にチューナーが存在するため、《ボルト・ヘッジホッグ》を守備表示で特殊召喚する!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《ライトロード・ハンター ライコウ》 ATK/200 DEF/100

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 並ぶ3体のモンスター。それを見たレイは、警戒するどころか目を輝かせてこちらを見ている。

 シンクロ召喚はまだこの島以外の場所では珍しいシステムだ。だからこそ、興味も強いのだろう。

 いささか子供っぽいその様子に少しだけ心を和ませながら、俺は行うべきことを行っていく。

 

「レベル2ライトロード・ハンター ライコウに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 飛び立つ2体。それぞれが光る星と輪になり、シンクロ召喚独特のエフェクトがフィールド上で展開されていく。

 

「集いし星が、新たな力を呼び起こす。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・ウォリアー》!」

 

 そして、光の中から飛び出す機械の戦士。

 赤く光るレンズの瞳をレイに向け、ジャンク・ウォリアーが威嚇するように拳を突き出してフィールドに降り立った。

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300 DEF/1300

 

 俺の場に立つモンスター。それを見て、レイは興奮したように声を上げた。

 

「わぁ! こんなに近くで、シンクロ召喚を見られるなんて! やっぱり、遠くから見るより全然迫力が違うや!」

 

 どこか上気した顔を見るに、よほど嬉しかったらしい。手を胸の前で合わせてこちらを見つめる姿はとても可愛らしいが、今は帽子をかぶって一応の男装をしているので、まんま男の娘にしか見えない。

 それに苦笑しつつ、俺はさらに言葉を続けていく。

 

「ジャンク・ウォリアーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、自分フィールド上に表側表示で存在するレベル2以下のモンスターの攻撃力分、このカードの攻撃力はアップする! 《パワー・オブ・フェローズ》!」

 

 俺の場に存在するレベル2以下のモンスターはボルト・ヘッジホッグだけ。

 よって、その攻撃力800ポイントがジャンク・ウォリアーに加算される。

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300→3100

 

「攻撃力が3000を超えた!?」

 

 そして初見の人が必ず驚く攻撃力3000超え。青眼(ブルーアイズ)の影響力はやはり大きいと実感する瞬間である。

 

「バトル! ジャンク・ウォリアーで恋する乙女に攻撃! 《スクラップ・フィスト》!」

 

 攻撃表示なため、恋する乙女は戦闘で破壊できない。だが、そういった効果のモンスターの大抵に共通するのが、ダメージは通るというものだ。

 恋する乙女もご多聞に漏れず、その特性を持っている。OCG化されていないカードっぽいので、どんな効果を持っているのかいまいちわからないが、それでも大ダメージが期待できるんだしここは攻撃を行う。

 そして俺の指示通りに攻撃に移ろうと、ジャンク・ウォリアーが拳を振りかぶった瞬間。

 レイの声が上がり、それと同時に伏せられていたカードが起き上がっていく。

 

「罠カード発動! 《ホーリージャベリン》! 相手の攻撃宣言時に発動し、その攻撃モンスター1体の攻撃力分だけ自分のライフポイントを回復する!」

「なにっ!?」

 

 恋する乙女の手に似合わぬ厳つい槍が握られる。その先端付近につけられたデフォルメされた天使の翼が、唯一可愛らしいと言えるかもしれない。

 そして、ジャンク・ウォリアーの拳が槍の先端に激突する。槍はその攻撃をどんな理屈なのか全く意に介さず、それどころか穂先の反対側から回復エネルギーをプレイヤーに送る始末。

 戦闘自体は無効にならないため戦闘ダメージをすぐに受けるものの、優秀なカードである。

 

レイ LP:4000→7100→4400

 

「更に、恋する乙女がジャンク・ウォリアーに攻撃されたことで、ジャンク・ウォリアーに乙女カウンターが1つ乗るよ!」

「乙女カウンター?」

 

 聞いたことのない区分のカウンターだが……。いったいどういう効果なのか。

 ただでさえ本編の記憶も怪しいというのに、カードの効果……それもアニメオリジナルカードの効果まで覚えていないぞ。

 首をかしげるが、知らない以上考えても分かるはずもない。俺はそのことについて考えるのはひとまず置いておくことにした。

 

「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 しかし、ホーリージャベリンとはまたマイナーなカードを使うもんだ。

 俺自身、そんなカードがあったことをほとんど忘れていたぐらいだ。何故なら、同じ攻撃力分の回復を行える罠カードに、《ドレインシールド》という攻撃自体を無効にする上位互換のカードが存在するためだ。

 ホーリージャベリンを採用したのは、バトル自体を無効にせず乙女カウンターを乗せるためだと推測できる。だが、そうまでして乗せた乙女カウンターとは一体何なのか。

 俺はその疑問から、注意深くレイのターンを観察する。

 

「ボクのターン、ドロー!」

 

 カードを引いたレイが、僅かに笑んで1枚のカードを手に取る。

 

「いくよ、遠也さん! ボクは装備魔法、《キューピッド・キス》を恋する乙女に装備! そしてバトル! 恋する乙女でジャンク・ウォリアーに攻撃! 《一途な想い》!」

「なんだって?」

 

 キューピッド・キスとは、これまた聞き覚えのないカードだ。しかし、恋する乙女の攻撃力が400から変化していないところを見ると、攻撃力増加効果がない装備魔法だというのがわかる。

 だとすれば、ジャンク・ウォリアーとの間にはそれこそ絶望的なまでの攻撃力差が存在するままのはず。

 俺がそう思っていると、案の定というべきか、恋する乙女はジャンク・ウォリアーの鋼鉄の身体に弾かれて尻餅をついてしまう。

 戦闘で破壊されないから墓地にはいかないものの、ダメージは食らう。

 

レイ LP:4400→1700

 

 一気にレイのライフが減少する。そうまでして、何をしたかったのか。

 そう怪訝に思うも、しかしレイは不敵に笑っていた。

 

「ここで、キューピッド・キスの効果が発動するよ! 乙女カウンターが乗っているモンスターを装備したカードが攻撃して戦闘ダメージを受けた時、その戦闘ダメージを与えたモンスターのコントロールを得る!」

「な、なにぃ!?」

「えへへ、ジャンク・ウォリアーはもらっていくね、遠也さん!」

 

 レイがそう宣言した瞬間、フィールドに現れるお花畑。周囲の空間すらピンク色に染まり、何やらハート柄の模様まで散りばめられ始めた。

 な、何事っすか!?

 そう思っていると、不意にフィールドから声が聞こえてくる。思わずそちらを見ると、尻餅をついて座り込んだ恋する乙女が泣いているところだった。

 

『うぅ……ひどい、ひどいわ……』

『………………』

 

 そんな恋する乙女を前に、どこか困惑した様子を見せるジャンク・ウォリアー。言葉こそ話せないものの、申し訳なく思っているのだろうことは何となく伝わってくる。

 そして、ジャンク・ウォリアーはそっとその片手を差し出す。助け起こそうというのだろう。それを受けた恋する乙女は、その手をそっと取り、次いでふわりと微笑んだ。

 

『ありがとう、ジャンク・ウォリアーさま』

『………………!』

 

 何やら衝撃を受けた顔になり、頬らしき部分を赤く染めるジャンク・ウォリアー。

 ……おい、まさか。

 

『ジャンク・ウォリアーさま……よければ、私と一緒に戦ってくださいませんか?』

『………………』

 

 無言で頷き、恋する乙女と手を繋いでレイのフィールドまで軽快にスキップしていくジャンク・ウォリアー。

 おいコラ、ジャンク・ウォリアー! お前なにしとんじゃあ!

 

「いっくよ、遠也さん! ジャンク・ウォリアーでボルト・ヘッジホッグに攻撃! 《スクラップ・フィスト》!」

『お願い、ジャンク・ウォリアーさま!』

『………………!』

 

 ちょっとすまなそうにしながらも、恋する乙女の指示に従って攻撃してくるジャンク・ウォリアー。

 普段なら頼もしい限りの鉄の拳が、今ばかりは脅威となって俺のフィールドに向かってきた。

 

「くっ……!」

 

 ボルト・ヘッジホッグが破壊され、がら空きになる俺のフィールド。だが、守備表示で召喚していてよかった。攻撃表示だったら、一気に2300もライフを持って行かれるところだったぜ。

 

「ボクはこれでターンエンドだよ!」

 

 レイが意気揚々といった様子でターンの終了宣言をする。

 よし、これで俺のターン……あれ? エンドフェイズなのにジャンク・ウォリアーさん帰ってこないんですけど。

 ……ってことは、まさかあのコントロール奪取って、一度奪っちゃえば永続的に向こうにコントロールが移るのか?

 うわー、戦闘ダメージ+装備魔法が必要と、リスクとアドこそ膨大だが、結構なリターンじゃないか。

 

「俺のターン!」

 

 カードを引き、手札に加える。そして、俺はレイに向けて口を開いた。

 

「なかなか考えてるな。戦闘ダメージを受けなければいけない点を、上手くカバーしてる」

 

 俺がそう言うと、レイは嬉しそうに答える。

 

「うん! 恋する乙女は、ライフポイントを犠牲にして相手のコントロールを奪う。……けど、恋する乙女は攻撃力が低いから、受けるダメージが膨大になることが多いんだ。だから、一度コントロールを奪うと後が続かないこともあって……」

「そこで、ホーリージャベリンか」

 

 俺がそう言うと、レイはうんっと頷いた。

 

「戦闘ダメージを0にして、乙女カウンターも乗せられるこのカードは恋する乙女と相性抜群! 遠也さんに言われて、もっと恋する乙女を生かす方法を考えて……そして見つけたボクなりの答えだよ!」

「俺に言われて?」

 

 レイの言葉に違和感を感じ、俺は少々首をかしげる。

 まるで以前に会ったことがあるような言い方だが、俺にこんな小さな女の子と交流をした記憶はない。そもそもまだこの地に来て1年余りだ。知り合いはそう多くないはずなのである。

 そう頭を捻っていると、レイがちょっと不安げな顔になり、帽子を強調するようにぐいっと引っ張る。

 

「覚えてない、かな? あの、シンクロのイベントで特典をもらいに行った時なんだけど……」

「イベント……」

 

 どうにか思い出そうとするが、なかなか出てこない。

 うんうん唸っていると、痺れを切らしたマナがレイの言葉に付け足すように言葉を投げかけてくる。

 

「ほら、遠也。自分も低レベルのモンスターを主力にしてるって言ってた、帽子の男の子だよ。遠也が色々言ってたでしょ?」

 

 マナに言われ、俺は更に頭の奥の引き出しを開けていく。

 イベント後の特典を子供に渡している時……帽子の男の子……。そこまでキーワードを並べられて、俺はようやく思い出すことができた。

 思わず拳で手のひらを叩き、そういえば、と声を上げる。

 俺が、好きなカードで勝てるようにしたほうがいい、って言った子だ。そうだそうだ。ってことは、あれか。あの時のは男装の練習でもしていたってことか。そう考えれば、俺がすぐに思い出せなかったのも納得できる。男の子だと思ってたし。

 つっかえがとれたように、すっきりとした顔になった俺を見て、レイも俺が思い出したことを悟ったのだろう。

 さらに言葉を続けてくる。

 

「ボク、デュエルはそれなりに出来たけど……やっぱり恋する乙女はデメリットも強いから、馬鹿にされることもあったんだ。けど、遠也さんの言葉で吹っ切れたんだよ。ボクはこのカードが好きだから、このカードと戦うデッキを作っていくって!」

 

 ぐっと小さな握り拳を作って決意を述べるレイを見て、俺は小さく笑みをこぼす。

 自分がこうして誰かに影響を与えているというのは、照れくさいものだ。けど、同時に嬉しくもある。

 そして、影響を与えたからこそ、俺はレイにその手本を示していかなければいけないだろう。どれだけ低ステータスだろうと、要はやりようだということを示していく。

 俺のシンクロしかり、融合しかり。そして、レイにはレイのやり方がある。それはきっと、これから更にレイが自分で伸ばしていくことになるだろう。

 そのためにも、俺は俺なりのやり方で、レイに対峙しなければ示しがつかないというものだ。

 

「レイ」

 

 呼びかけ、カードに手をかける。

 こちらを見たレイに、俺は笑いかけた。

 

「カードをそこまで好きになれるなんて、それだけでお前は最高のデュエリストだ。だから、俺も本気でお前に応える!」

 

 それに対して、レイは少しだけ驚きを見せる。が、すぐにはにかんだ笑顔を見せてくれた。

 

「うん! ありがとう、遠也さん!」

 

 その答えを聞き、俺は自分の手札に視線を落とす。

 そして、その中からまず1枚を選んでディスクに置いた。

 

「相手フィールド上にモンスターが存在し、自分フィールド上にモンスターが存在しないため、手札から《TG(テック・ジーナス) ストライカー》を特殊召喚! そしてレベル4以下のモンスターの特殊召喚に成功したため、《TG ワーウルフ》を特殊召喚する! 更に《リビングデッドの呼び声》を発動し、コストで墓地に送られていた《チューニング・サポーター》を蘇生! 最後に《レベル・スティーラー》を通常召喚!」

 

《TG ストライカー》 ATK/800 DEF/0

《TG ワーウルフ》 ATK/1200 DEF/0

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

 

 フィールドに並ぶ4体のモンスター。

 一気に展開されたそれらを見て、レイは小声ですごい、と呟いていた。だが、まだまだ。凄くなるのはこれからである。

 俺はレイに好戦的な笑みを見せ、口を開いた。

 

「チューニング・サポーターはシンクロ素材とする時、レベルを2として扱うことができる! レベル2となったチューニング・サポーターとレベル3のTG ワーウルフ、レベル1のレベル・スティーラーに、レベル2のTG ストライカーをチューニング!」

 

 4体のモンスターが飛び立ち、そのレベルの合計は8になる。

 シンクロ素材を指定しないレベル8シンクロモンスターは、遊星デッキにおいてはスターダストしか俺は入れていなかった。

 しかし、今のデッキは違う。ここのところ調整していた際に、いくつかのカードを交換して、単純な遊星デッキではないデッキへと調整していたのだ。

 それはTGシリーズが僅かながら入っている点でもわかるだろう。

 そして、当然エクストラデッキも弄っており、今では素材に指定のないレベル8シンクロモンスターは、スターダストだけではなくなっている。

 つまり、今回召喚するのは、まだこの学園に来てから使っていないシンクロモンスターである。

 

「集いし意念が、瓦礫の骸に命を宿す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 猛れ、《スクラップ・ドラゴン》!」

 

 光の中から現れるのは、ガラクタがただ凝り固まっただけのような、鈍色に光を反射する巨大な身体。

 鉄板やネジ、スプリングや鉄柱が剥き出しで集まり、辛うじてドラゴンのような外見をかたどっている。無論そこにデザイン性など介入する余地はなく、ただただ無骨な印象を与えるソイツが、金属が擦れる音とともに首と思われる部分を持ち上げた。

 次いでソイツは甲高い独特の音を上げる。一拍おいてようやくそれが鳴き声だとわかり、それを発した口が、レイのほうへと向けて威嚇するように開かれた。

 

《スクラップ・ドラゴン》 ATK/2800 DEF/2000

 

「チューニング・サポーターの効果で1枚ドロー。さて、コイツは強力だぜ、レイ」

 

 俺がそう言うと、応えるようにスクラップ・ドラゴンも甲高い音を響かせる。

 その威容に一瞬ひるむも、レイは果敢に言い返してきた。

 

「け、けど、ジャンク・ウォリアーのほうが攻撃力は高い! だから、まだ……」

「それはどうかな」

 

 俺はにやりと笑い、こちらを見つめるレイに向けて声を放つ。

 

「スクラップ・ドラゴンの効果発動! 1ターンに1度、自分の場と相手の場に存在するカードを1枚ずつ選択し、選択したカードを破壊する! 俺は自分の場の《リビングデッドの呼び声》と、レイの場の伏せカードを選択する!」

 

 スクラップ・ドラゴンが俺の指示に従い、カパッと開けられた口に電気のようなエネルギーが集まっていく。

 おそらく身体を構成している鉄屑の中に、バッテリーのようなものが生きたまま存在していたのかもしれない。

 そして、その電気の塊がそれぞれのフィールドに向けて走る。その電光は、俺の場では意味もなく残っていたリビングデッドの呼び声を破壊。レイの場では伏せカードを破壊する。

 レイが伏せていたのは、《ディフェンス・メイデン》。相手が攻撃宣言した時に攻撃対象を強制的に恋する乙女にする、という永続罠カード。

 乙女カウンターを乗せるための罠カードということだろう。まぁ、破壊した以上、特に問題にすることもない。

 

「更にリバースカードオープン! 速攻魔法《イージーチューニング》! 自分の墓地に存在するチューナー1体を除外し、自分フィールド上に表側表示で存在するモンスター1体の攻撃力を、除外したチューナーの攻撃力分アップする! 俺はジャンク・シンクロンを除外し、その攻撃力1300ポイントをスクラップ・ドラゴンに加える!」

 

 よって、攻撃力は2800+1300となる。

 

《スクラップ・ドラゴン》 ATK/2800→4100

 

「えぇ!? こ、攻撃力が4000を超えた!?」

 

 ふふふ、今ならサイバーエンドも殴り殺せます。

 やはりあまり見かけない攻撃力の値だからだろう、レイは目を見開いて驚いている。

 しかし、攻撃力4000超えはこの学園では割とよく見かける値だ。まぁ、主に俺とカイザーのせいなわけだが。

 なにはともあれ。今はデュエルの続きである。

 

「いくぞ、レイ! バトル! スクラップ・ドラゴンでジャンク・ウォリアーに攻撃!」

 

 さっきは二手に分かれた電気の塊が、今度は一つに固まったままジャンク・ウォリアーに向けて放たれる。

 それに対して両腕をクロスしてガードするものの、最後には感電して爆発してしまうジャンク・ウォリアー。

 

レイ LP:1700→700

 

 すまないジャンク……。お前の恋を応援してやれない俺を許してくれ……。

 消えゆくジャンクにそう心の中で謝る俺。それに対して、ジャンク・ウォリアーは気にするなとばかりに、最後の力でサムズアップをしてくれる。

 くぅっ、ジャンク・ウォリアー……!

 

『ジャンク・ウォリアーさま……』

 

 俺が心で涙を流すと同時に、なんだかしょんぼりしてしまった恋する乙女。いや、ごめんねマジで。

 うん、まぁ、あれだ。気を取り直して次へいこう。

 

「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

「ボクのターン、ドロー!」

 

 カードを手札に加え、レイはよし、と頷いた。

 

「《強欲な壺》を発動し、2枚ドロー! ボクはカードを4枚伏せて、ターンエンド!」

「むぅ……」

 

 そうきたか。

 まぁ、恋する乙女の効果を考えれば、レイのデッキはどうしても受けにならざるをえない。

 乙女カウンターは、恋する乙女を攻撃したモンスターに乗るカウンター。能動的に乗せることができないからだ。

 だからこそ、こうしてガン伏せにならざるを得ないのだろう。

 手札に《大嵐》がない現状、攻める側としては厄介極まりないわけだが。

 

「さぁ、遠也さんのターンだよ!」

 

 自信ありげに言うレイは、気持ちが高ぶっているのか、帽子を取ってその長い黒髪を風になびかせている。

 楽しそうに笑いこちらを見つめるその視線に、俺も口角を上げて視線を絡ませ、デッキからカードを引いた。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 大嵐は来ない、か。まぁ、そう都合よく来るはずもないし、仕方がない。

 代わりになるカードも来てくれたことだし、これでどうにか出来るといいけど。

 

「俺は《サイクロン》を発動! レイの場の……俺から見て一番左のカードを破壊する!」

 

 カードから現れた暴風が、レイの伏せカードを直撃する。そして風に煽られるようにひっくり返ったのは、《ホーリージャベリン》。当然、破壊されて墓地へ行く。

 残る伏せカードは、あと3枚か。

 

「俺はスクラップ・ドラゴンのレベルを1つ下げ、レベル・スティーラーを特殊召喚! そしてスクラップ・ドラゴンの効果発動! 俺の場のレベル・スティーラーと、レイの場の俺から見て右の伏せカードを破壊する!」

「なら、ボクはそれにチェーンして速攻魔法《ご隠居の猛毒薬》を発動! ライフを1200回復するよ!」

 

 再びスクラップ・ドラゴンから放たれる電撃の波が俺の場のレベル・スティーラーを破壊する。そしてレイの伏せてあったカード……《ご隠居の猛毒薬》が発動した後に墓地へ行く。

 

レイ LP:700→1900

 

 今の伏せカードは回復用のものだったのか。バーンにも使えて回復量も多いカードだし、確かにレイのデッキにはいいカードかもしれない。

 となると、残りの2枚が気になるが……俺にはもうあれを除去する手段がない。あとはもう、野となれ山となれ、か。

 

「よし、バトルだ! スクラップ・ドラゴンで恋する乙女に攻撃!」

 

 紫電が走る電気がスクラップ・ドラゴンの口腔に集まっていく。

 その瞬間、レイが待ってましたとばかりに声を発した。

 

「リバースカードオープン! 速攻魔法《収縮》! スクラップ・ドラゴンの元々の攻撃力をエンドフェイズまで半分にするよ!」

「なに!?」

 

《スクラップ・ドラゴン》 ATK/4100→1400

 

 ああ、せっかくの高攻撃力だったのに見る影もなく……。収縮は、こういう後付けの上昇効果を打ち消すところが厄介だな。イージーチューニングの効果も消えて、たった1400になってしまうとは。

 そして、バトルはそのまま続行される。スクラップ・ドラゴンの電撃が恋する乙女を直撃し、レイのライフを削っていった。

 

レイ LP:1900→900

 

「よしっ、これでスクラップ・ドラゴンにも乙女カウンターが1個乗ったよ!」

 

 どうだとばかりに言ってくるレイ。その姿を見ると、デュエルが始まる前までガチガチに緊張していたとは思えないほどだ。

 俺はそれに苦笑しつつ、エンド宣言を行う。

 

「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 そしてエンドフェイズを迎えたことで、スクラップ・ドラゴンの攻撃力が元々の値である2800に戻る。

 

「ボクのターン、ドロー!」

 

 レイはカードを手札に加えると、すぐさま行動に移る。

 

「ボクは速攻魔法《サイクロン》を発動! 遠也さんの場の右側の伏せカードを破壊する!」

「くっ……!」

 

 破壊されたのは、《くず鉄のかかし》。ついさっき伏せたカードである。

 

「更にリバースカードオープン! 永続罠《女神の加護》! 効果でライフを3000回復!」

 

レイ LP:900→3900

 

 ライフの消費著しいレイのデッキだからこそか。

 女神の加護は回復量こそ膨大だが、フィールドを離れた際に3000のダメージを受けるデメリットがある。普通は採用しないが、恋する乙女では確かに有用な回復カードかもしれない。

 レイのことだし、当然そのデメリットを無効にするカードも用意していることだろう。手札的に見て、今は持っていないだろうが。

 

「バトルだよ! 恋する乙女でスクラップ・ドラゴンに攻撃! 《一途な想い》!」

 

 攻撃宣言により、恋する乙女がスクラップ・ドラゴンに笑顔で走り寄ってくる。

 そしてやはり攻撃力が及ばないため、恋する乙女はスクラップ・ドラゴンに弾かれて地面に倒れこんでしまう。同時に、レイのライフポイントも削られる。

 

レイ LP:3900→1500

 

『きゃぁっ!』

 

 そして、倒れこんだ恋する乙女に心配そうに擦り寄るスクラップ・ドラゴン。

 そんなスクラップ・ドラゴンに、恋する乙女はそっと微笑み、その首元に抱き着いた。

 

『心配してくださるのね。ありがとう、優しいドラゴンさま……』

 

 その後一声鳴くと、スクラップ・ドラゴンが申し訳なさそうに俺に対して頭を下げる。そして恋する乙女と一緒にレイのフィールドに向かって行った。

 まぁ、そうなるだろうとは思っていましたよ。

 

「これで、遠也さんの場はがら空きだよ! バトル! スクラップ・ドラゴンで遠也さんに直接攻撃!」

「そいつは通さないぜ、レイ。罠カード発動、《ガード・ブロック》! 戦闘ダメージを0にし、俺はカードを1枚ドローする!」

 

 スクラップ・ドラゴンの攻撃は見えない壁に阻まれて、俺に届かない。

 それを見て、レイは不満そうではあるが、どこか納得したような表情で苦笑いを浮かべている。

 

「……やっぱり、凄いや。ボクはこれで、ターンエンドだよ!」

「俺のターン、ドロー!」

 

 手札を確認し、俺は即座にとるべき選択を決定していった。

 

「俺は《死者蘇生》を発動し、墓地のジャンク・ウォリアーを復活させる! 更に《ジャンク・シンクロン》を召喚! そしてその効果を発動し、墓地のレベル・スティーラーを特殊召喚する!」

 

《ジャンク・ウォリア-》 ATK/2300 DEF/1300

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

 

「レベル1レベル・スティーラーに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 レベルの合計は4だが、これから召喚するモンスターもまた、新しく調整した時に投入したモンスターである。

 飛び立った2体が、光に包まれていく。

 

「集いし闇が、冥府の扉を開け放つ。光差す道となれ! シンクロ召喚! 現れよ、《漆黒のズムウォルト》!」

 

 光が徐々に黒く染まっていき、やがてその闇の中から現れる魔法使いのような出で立ちのモンスター。

 闇色のマントが身体をすっぽりと覆い隠し、頭から肩にかけては赤い頭巾をかぶっているため全身がどうなっているのかを知ることはできない。

 顔も切れ長の目の形だけを残した仮面に隠されており、唯一肌が見えるのはマントから出て、巨大な杖を握っている手だけである。

 

《漆黒のズムウォルト》 ATK/2000 DEF/1000

 

 攻撃力は2000であり、ジャンク・ウォリアーとともにスクラップ・ドラゴンには敵わない。

 だが、ズムウォルトの効果で、その結果は覆すことができるのだ。

 

「いくぞ、レイ! 漆黒のズムウォルトでスクラップ・ドラゴンに攻撃!」

 

 え? と驚きの表情を浮かべるレイに、にやりと笑って言葉を続ける。

 

「そしてこの瞬間、漆黒のズムウォルトの効果発動! 攻撃対象モンスターの攻撃力がこのカードの攻撃力よりも高い場合、攻撃対象モンスターの攻撃力をバトルフェイズ終了時までこのカードと同じにする! よって、スクラップ・ドラゴンの攻撃力は2000までダウン!」

「えぇ!?」

 

 ズムウォルトが杖を一振りすると、闇がスクラップ・ドラゴンに取りついていき、その攻撃力を下げていく。

 

《スクラップ・ドラゴン》 ATK/2800→2000

 

 相手が自分より攻撃力の高いモンスターで、そこにどれほどの差があろうと戦闘破壊できる優秀なモンスターだ。闇属性チューナーと昆虫族モンスター1体、とシンクロ素材に制限はあるが、シンクロンデッキでは比較的容易に召喚可能である。

 ジャンク・シンクロンとレベル・スティーラーでいいのだから、それも当然と言えるだろう。

 さて、これで攻撃力は同じだ。伏せカードもないし、安心して攻撃できる。

 

「いけ、漆黒のズムウォルト! 《ダーク・ドラッグ・ダウン》!」

 

 ズムウォルトから放たれる漆黒の波動と、スクラップ・ドラゴンの電撃の波がぶつかり合う。

 攻撃力は同じであるため、互いの攻撃は拮抗し、やがて爆発を引き起こす。そして2体はその爆発に巻き込まれるが、フィールドから消えていったのはスクラップ・ドラゴンだけである。

 

「漆黒のズムウォルトは戦闘では破壊されない! 更に漆黒のズムウォルトが相手モンスターを戦闘で破壊して墓地に送ったため、相手のデッキの上から3枚を墓地に送る」

 

 レイはその通りにデッキから3枚のカードを取って墓地に送る。これでズムウォルトの処理はすべて終わりだ。

 結果として、レイのフィールドには攻撃力400の恋する乙女だけが残った。

 

「これで最後だ! ジャンク・ウォリアーで恋する乙女に攻撃! 《スクラップ・フィスト》!」

 

 俺の言葉に頷いてジャンク・ウォリアーは拳を握りこむ。だがしかし、それを振りぬくことはしなかった。

 恋する乙女の前に立ち、その拳を恋する乙女ではなく地面に打ち付ける。それだけでも恋する乙女にとっては大きな衝撃を与えることになったようで、恋する乙女は思わず後退して倒れてしまう。

 それを見届けて、ジャンク・ウォリアーはゆっくりと俺のフィールドに戻ってきた。

 

レイ LP:1500→0

 

 恋する乙女は効果により破壊されないが、ダメージは通る。2体の攻撃力差分1900ポイントをレイのライフに与え、ついにデュエルは決着したのだった。

 デュエルが終わったことで、ソリッドビジョンも消えていく。曲がりなりにも惚れていた相手に攻撃させてしまったことをジャンク・ウォリアーに詫びつつ、俺はレイのもとへと歩いていく。

 レイは負けたはずなのに悔しそうにしてはいなかった。それよりも、どこかすっきりとした表情で、どちらかといえば嬉しそうにしていたのである。

 

「あーあ、負けちゃった。まさかライフを1ポイントも削れないなんて、ちょっとショックだよ」

 

 そう言って笑うレイに、俺は声をかける。

 

「なんだ、あんまり悔しがってないな」

「あはは、ちょっとは……その、悔しいけど。でも、それ以上に遠也さんとデュエルできたことが嬉しいんだ!」

 

 そう言って、レイは言葉通りに笑ってみせる。

 まぁ、俺もあのイベント以来知名度だけはあるからなぁ。シンクロ召喚がまだ俺しかまともに使えないこともあって、デュエルをしてみたかったのかもしれない。

 俺はそれに、そうかと答えてレイの頭をぐりぐり撫でる。

 うわっ、と驚きつつも俺の手をどかそうとしないレイ。マナと同様、俺もどうやらそれなりに受け入れてくれているらしい。イベントで会っていたという、クッションがあるからかね。

 そうでなかったら、同性であるマナはともかく、俺はこうまで親しくできなかっただろう。カイザーみたいに片思いの相手でもないんだから。

 俺はレイの頭から手を離し、見学していたマナを手招きして呼ぶ。その間、レイは乱れた髪を直していた。怒られるかと思ったが、むしろ楽しそうにしていたので、まぁいいか。

 

「とりあえず、部屋に戻るか。レイはどうする? 十代たちの部屋に戻ってもいいし、それとももう少し俺たちといるか?」

 

 隣に来たマナを伴いながら、俺がそう問いかけると、レイは僅かに迷った様子を見せる。

 やはり、元々の所属がレッドであるから、そちらのことも気になるのだろう。

 

「えっと……遠也さんたちは、ボクがいても迷惑じゃない?」

 

 探るように訊いてくるレイに、俺とマナは思わず目を見合す。

 そして、すぐに相好を崩してレイに向き直った。

 

「迷惑なわけないだろ。よし、それじゃ部屋についたらデッキ調整だな。マナも協力してくれよ」

「うん、任せて!」

 

 元気よく手を挙げて答えたマナと共に、ブルー寮に向かって歩き出す。

 そのまま後ろを振り返り、一歩遅れたレイにも手を伸ばした。

 

「ほら、レイ! いくぞ!」

「あ……う、うん!」

 

 それに首肯してレイが俺たちに走り寄る。

 マナの隣に並んだレイは、マナと手を繋いで非常に打ち解けた様子を見せてくる。二人で仲良く話しているのを隣から見て、微妙な寂しさを感じる俺の男心。

 まぁ、俺も嫌われてはいないみたいだし、別にいいけど。同性で年上のマナをレイが頼りにするのは当たり前のことだし。

 しかし、どうにも腑に落ちない俺は、ふぅと溜め息をこぼす。

 もし俺に妹がいたらこんな感じなのかもしれないな、とそんなことを考えながら。

 

 

 

 



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第19話 恋情

 

 あのデュエルのあと部屋に戻った俺たちは、レイのデッキを広げて三人によるデッキ調整会を開いた。

 レイのデッキの主力となっている恋する乙女は、OCGでは存在しないモンスターだ。もともとそのカードに興味があったことに加え、それを生かすために四苦八苦するレイに、俺は力を貸してやりたくなったのである。

 そのため、いくつか俺が持っているカードをレイに渡してデッキに組み込んだりもした。レイは恐縮してせめてトレードにしようと言っていたが、そこは年上からのプレゼントということで押し通した。

 それに俺がカードをもらっても恐らくデッキに入れないだろうし、それならレイがそのまま持っていたほうがいいだろう。最後にはレイも納得してくれたし、問題ない。

 とまぁ、そんな感じでレイのデッキは恋する乙女を更に生かすことができるようになったと思う。思う、という曖昧な表現なのは、試しにデュエルをする前にレイがレッド寮に戻る時間になったためだ。

 まぁ半日ほど俺の部屋にいたわけだから、それぐらいの時間になっていても不思議ではない。レイはよほどこの部屋が気に入ったのか渋っていたが、そこは仕方がない。

 もちろん俺はレイを送っていった。さすがに小学5年生だとわかっている女の子を一人で帰すほど、甲斐性がないわけではない。

 

 レッド寮の部屋を開けた途端、十代が「おっ、レイ! 探してたんだぜ!」と言って、レイの肩を叩く。小柄なレイはちょっと痛そうである。俺に助けを求めるように見てくるが、俺は肩をすくめて付き合ってやってくれと無言で示す。

 十代もこう見えて心配していたんだ。今は明るく笑っているが、レイの姿を見た瞬間にホッと安堵したような表情を見せたのに、俺は気づいていたからな。

 もともと人情味のある性格をした十代だ。同室かつ身体の小さいレイを、何かと気にかけてはいたんだろう。バシバシと景気よく叩いているのも、そういう気持ちの裏返しってだけだ。

 まぁ、それでも冗談とはいえ高校生男子の張り手は小学五年生のレイには、やはり重荷かもしれない。さすがに表情をしかめてきたレイを見て、俺は軽くレイの手をつかんでこちらに引いた。

 その途端、さっと俺に寄ってきて背中に隠れるレイ。

 それを見て、十代が不思議そうな顔をした。

 

「レイはどうも身体が弱いらしくてな。お前の愛が痛かったんだとさ」

 

 俺が笑ってそう言えば、十代は一度叩いた手を見つめて、それから苦笑いを浮かべた。

 

「はは、そうだったのか。悪かったな、レイ! それより遠也、お前レイと随分仲良くなったみたいじゃないか」

「まぁな。偶然会って、色々話したりしたんだが……ウマが合ったみたいだ」

 

 言って、後ろのレイの肩をポンポンと軽く叩く。

 それにびくりと反応を返す姿はまるで小動物のようで、自然と笑みがこぼれていた。

 

「じゃあな、レイ。また明日会おうぜ」

「あ……」

 

 俺がその言葉と共にレイを背中から引っ張り出して十代たちのほうに軽く押す。

 不安そうな目で見てくるが、俺は問題ないと笑い返した。

 

「3人とも、俺の友達だ。困ったときは頼ってやってくれ」

「おう! 任せとけ!」

「せっかく同室になったんだしね。仲良くしようよ」

「だな」

 

 口々に明るく口を開く3人。その毒気のない姿に多少は緊張を和らげられたのか、レイも表情を僅かに崩して頷いた。

 それを見届けて、俺は扉を開けて外に出た。

 

「じゃあな。十代、そういうわけで、あまりレイを無茶につき合わせるなよ」

「おい遠也! お前、俺をなんだと思ってんだよ」

 

 憮然とした十代に「冗談だ」と返して、俺は室内にいる他の3人にも手を振る。

 振り返される手を気持ちよく受け、俺は扉を閉めた。

 そのままレッド寮を離れ、ブルー寮へと戻る。その道すがら、横で浮いているマナがレッド寮のほうを見て呟いた。

 

『大丈夫かなぁ、レイちゃん』

「大丈夫だろ、十代たちがいい奴らだってのは、わかってるだろ?」

 

 余程のことでもない限り、問題は起きないだろう。

 俺はそう信頼を込めて返すが、マナは微妙に呆れ顔だった。

 

『もう、レイちゃんは女の子なんだよ?』

「そりゃレイが男なわけないだろ。それがどうしたんだ?」

 

 その答えは、マナには非常に不評だったようだ。マナは、これだから男の人は、と呟いてから俺に話しかけてくる。

 

『いい、遠也。レイちゃんはまだ小さくてもレディなんだよ? それなのに、男しかいない部屋なんて、気が休まらないに決まってるでしょ』

「……でも、十代たちだぞ?」

 

 あいつらなら、たとえバレたとしてもそういう方向に話がいくとは思えないんだが。

 

『そういうことじゃないよ。性別が違う、っていうこと自体が問題なの』

「……はぁ、そういうもんか?」

『そういうものだよ。女の子――特にあれぐらいの子は繊細なんだからね』

 

 俺にはよくわからないが、同じ女の子であるマナが言うんだから、そうなのかもしれない。

 ふーむ、だとすれば、明日にでも大徳寺先生に話してみるかな。あの人なら、多少の無茶ぐらいなら聞いてくれそうだ。迷惑をかけるようで少し気は引けるけど。

 マナの言葉からある対策を考えつつ、俺は自分の部屋へと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 翌日。

 さっそく昨日思いついたことを大徳寺先生に話し、渋る大徳寺先生をどうにか言いくるめた後。俺は十代の部屋を訪れた。

 扉を開けると同時に、一斉にこちらを向く4人。十代と翔は部屋の隅でデュエルをし、隼人は自分のベッドで寝転んでいた。レイはデッキの調整をしていたのか、カードがベッドに広げられている。

 そんな八つの目にさらされる中、俺はつかつかと入って行ってレイの両肩に手を置いた。

 びっくりした顔になるレイに、俺は笑顔で口を開く。

 

「レイ、引っ越しだ」

「ふぇ?」

 

 思わず気の抜けた声を出すレイだが、周りの十代たちも突然俺が告げた言葉に驚きを隠せないようで詰め寄ってくる。

 

「いきなりどうしたんだよ、遠也。レイが引っ越すだって?」

「レッドの生徒なのに、どこに行くっていうんすか?」

 

 十代と翔の言葉に、俺は自分を指差す。

 それが示すことに気が付いた隼人が、ぎょっとして声を上げた。

 

「まさか、遠也のブルー寮なのか!?」

「そのとーり」

 

 にやりと笑えば、面白いぐらいに驚きの声を上げてみせるその他の面子。

 まぁ、レッド所属なんだし、驚くのは当然だろう。

 ちなみに、昨日思いついた対策というのがこれ。男子だと偽装しているので女子寮に行くことはできないが、俺の部屋ならばマナがいる。まだマシだろうと思って大徳寺先生にお願いしに行ったのだ。

 もちろん、普通なら認められるわけもないので、ある程度の理由はつけた。

 いわく、俺とレイはレイが学園に来る前からの知り合いであり、人見知りの激しいレイはレッド寮で精神的に疲弊している。

 デュエルも俺を驚かせるほどに上手いし、レッド所属ではあるが、特例として一時期でいいので俺の部屋に住まわせてやってくれないか、と言ったのだ。

 さすがにずっと、と言えば即座に否定されていただろうから、レイが慣れるまでの一時期と限定した。

 渋っていた大徳寺先生も、俺が拝み倒したことで一週間だけなら、と許可してくれたのだ。

 そのことを十代たちに伝えると、大徳寺先生が許可したなら、と納得していた。

 レイには俺が「マナが女の子が男だけのとこでは居づらいだろうからって言ってたからさ」と伝えると、驚いて俺の顔を見てくる。

 それを見て、迷惑だったか、と俺は不安から問いかける。しかし、それに対する答えは肯定ではなく否定であり、レイは肩に置かれた俺の手を取って、笑顔になった。

 

「ありがとう、遠也さん!」

 

 そう素直に感謝されれば、俺も悪い気分にはならない。

 どういたしまして、と返して、俺はレイのために運び込まれたベッドは暫くこのままで頼む、と十代に告げる。

 それにげっ、という顔を見せる十代たちを尻目に、広げられていたレイのカードをまとめて、俺とレイは部屋の入口に立った。

 

「じゃ、そういうことで」

「あ、ま、またな」

 

 しゅたっと手を上げて言う俺と、ぎこちなさの残る男言葉で告げるレイ。

 そんな俺たち二人に、三人は揃って笑顔だった。

 

「おう、またなレイ!」

「まぁ、教室でまた会うだろうしね」

「その時にまたよろしくなんだな」

 

 それぞれそんなレイを不審に思うこともなく、普通に別れる。

 まぁ、レッド所属なんだから、授業に出るのはいつも通りなのだ。翔が言うように、部屋が変わったからといって、全く会わなくなるわけじゃない。

 だからこそ、特に思うこともなく十代の部屋を離れた俺たちは、そのままブルー寮に向かう。

 マナが待ってるぞ、と告げて、嬉しそうにするレイを、微笑ましく見つめながら。

 

 

 

 

「レイちゃん、おかえりー!」

「きゃあっ!」

 

 部屋の扉を開けた途端、レイに飛びつくマナ。そして、それに驚いて思わず悲鳴を上げるレイ。

 飛びついたマナは、身長差のあるレイを腕の中に抱えて、そのまま部屋の中に戻っていく。それについて俺も部屋に戻ると、マナがレイを抱きしめたまま楽しそうに笑っていた。ちなみに帽子は衝撃で落ちたのか、床に転がっている。

 レイはレイで、驚きは最初だけだったのか、今では苦笑いでその状態を受け入れていた。

 俺は、溜め息をついてマナに声をかける。

 

「おい、マナ」

「あはは。ごめんね、レイちゃん。でも、なんだか私に妹ができたみたいで嬉しくってね」

 

 悪びれない笑顔で言うマナの言葉に、俺は内心で思わず同意する。

 俺もまたレイのことを、妹がいたらこんな感じかもしれないと感じていた身である。マナの気持ちがわからないと言えば嘘になる。

 その言葉を受けたレイはきょとんとしていたが、しかし次第にその表情を和らげていく。

 そして、照れくさそうに笑って口を開いた。

 

「えっと……私も、一人っ子だから。お姉さんがいたら、こんな感じかなって……」

 

 頬をかいて笑うレイに、マナが更にかわいい! と叫んで抱き着く。レイもどこか嬉しそうなのは、やはり男ばかりの環境にいきなり入り込んで気を張っていたからだろうか。

 思えば、昨日マナと接している時は驚くほどリラックスしていたな。それを考えると、マナが言った通りだったわけだ。

 まぁ、言われてみれば、そうかもしれない。俺だって、いきなり女だらけの中に一人放り込まれたら、嬉しさよりも先に混乱と緊張が身体を支配するに違いない。

 幼いレイにとっては一層、というわけか。それでも、カイザーのこと――自分の望みのために一人でここまで来たってんだから、大したもんだよな。

 俺はレイに近づき、頭を撫でる。きょとんとしたレイが俺を見上げた。

 

「えっと……なに?」

「いや……すごいなぁ、と思って」

 

 マナの腕の中で一層首をかしげるレイに、俺は笑って言葉を続ける。

 

「カイザーのことだよ。一人でこの島まで来たってことがな。よくご両親も許したもんだ」

「え?」

「え?」

 

 ……おい、なんで不思議そうな顔をしてるんだ、レイさんや。

 そして、何故気まずそうに視線をそらす。

 

「マナ、そのまま確保」

「アイサー」

「ちょ、ちょっとマナさん!?」

 

 ぎゅっと抱く力を強めるマナに、レイが抗議するも時既に遅しである。

 俺はしゃがみこんでレイの目線に合わせると、にっこり笑った。対して、冷や汗を流すレイ。

 

「さて、どうやらまだ話していないことがあるようだね。……教えてくれると、お兄さん嬉しいんだけど」

「……あ、ぅ、その……ご、ごめんなさい」

 

 諦めたようにうなだれたレイを連れて、テレビの前にソファまで移動する。そして、俺たちはそこでレイが昨日話していなかった部分を聞くことになったのだった。

 

 

 

 

「よし、レイ。いくぞ」

「う、うん……」

「3、2、1……」

 

 ゴツン。

 

「痛いっ!」

 

 俺が拳を落とした頭を押さえて、思わずといった感じで声を上げるレイ。

 しかし、俺は謝るつもりはない。そもそも、レイに殴っていいか確認を取ったうえにカウントダウンまでしたのだ。むしろ甘いぐらいだと思う。

 

「我慢しろ。……まさか、親に何も言ってなかったとは……あまりに基本的すぎて確認しなかった俺も俺だけど」

 

 そう、なんとレイは親に何も言わずに昨日ここに来たらしいのだ。

 俺はてっきり両親には話して来ていると思い込んでいた。普通、この年齢の子が一人でこんなところに黙って来るとは思わないだろう。当然誰かの許可があるものだと思っていた。

 まさか、本当にここまで危ない橋を渡っていたとは。もはや呆れてものも言えんぞ。

 俺がそう思っていると、マナがレイの殴られた頭を撫でている。その光景を見つめ、俺は痛さのあまりに座り込んだレイに合わせて腰を下ろす。

 

「なぁ、レイ。とりあえず電話しろ。お前だって、お父さんとお母さんを心配させたいわけじゃないだろう?」

 

 俺がそう言うと、レイは顔を伏せてしゅんとした雰囲気になる。

 勢いでどうにか自分を誤魔化していたところに、俺が現実を突きつけたからか。自分でもあまり考えないようにしていたことに直面し、レイはレイで思うところがあるようだった。

 そして、ゆっくりとレイは立ち上がった。

 

「……うん。ごめんね、遠也さん」

「謝るのは、俺にじゃないだろ?」

 

 だが、レイはふるふると首を振った。

 

「嫌な役、やらせちゃって……」

 

 その発言に俺は驚く。頭がいいとは思っていたが、本当に聡明だな。

 誰かがいずれレイに加えるべき罰。それを俺に行わせてしまったことへの申し訳なさか。俺が昨日から色々とレイに便宜を図っているのに、それを仇で返すような気持ちを抱いたのかもしれない。

 しかし、俺は気にしていない。むしろ、この状況でも人を思いやれるその心に、俺は感心すら覚えた。

 そんなことを内心で思いつつ、かき混ぜるようにくしゃりとその頭を撫でる。

 

「気にするな。それに、俺も謝らないとな。殴って悪かった、痛かったろ?」

 

 レイはそれに、うん、と頷いた。次いで、でも、と付け足す。

 

「ありがと、遠也さん」

 

 それに俺は何も返さず、ただ電話のほうを示す。そしてレイは電話の前に立ち、番号を入力し始めた。

 数秒、そのまま電話口で硬直する時間が続き、繋がったのだろう、レイが「もしもし、あの、レイ、です」と恐る恐るといった様子で話し始めた。

 途端、離れているこちらまで聞こえるかのような大きな男性の声。そして、同じく聞こえてくる涙声になっている女性の声。

 間違いなく、両親なのだろう。心配と、無茶なことをしたことへの怒りと、そして無事でいてくれた安堵。それらがない交ぜになった、聞いたことがないほどに切迫しつつ、そして複雑な声だった。

 レイはひたすらそれに真摯に向き合い、謝ったり現状を説明したりして時間が過ぎていく。

 途中、俺とマナも電話口に出た。一応、俺たち二人はレイの事情を知って、色々と便宜を図っているから、俺たちから見たレイの様子を聞きたかったのだろう。

 本来俺一人で済むことだが、マナも出したのは、男一人に娘を任せていると思われてはご両親が不安がるだろうと思ってのことだった。

 結果として、レイは次の定期便で帰ることが決まり、これから校長にも説明に向かうことが決定された。その定期便には、両親も迎えとして乗り合わせるようだ。

 ひとまず、話がついてよかった。ご両親はこれから警察に捜索届を下げてもらいに行くらしい。まぁ、丸一日以上連絡がなかったんだ。そうなってるわな、普通。

 そのようなやり取りをすべて終え、ようやく今後のめどが立ったところで、レイは二人に電話越しで頭を下げながら受話器を置く。

 そして、ふぅ、と息をついた。疲れを含んだものであったが、どこかすっきりと肩の荷が下りたかのような軽快さがあった。

 やはり、心の中ではしこりとなって溜め込まれていたのだろう。その悩みが当面なくなり、気が楽になったといったところか。

 まぁ、単純に両親の声を聴いたということも関係しているかもしれない。まだ小学五年生の女の子なんだ。家族から離れて一人なんて、どんな状況だとしても寂しいに決まっている。

 

「お疲れさん」

「ふわっ!?」

 

 だから、俺は勇気を出して電話を掛けた労いと、ここでは俺たちが力になってやるという気持ちを込めて、レイの頭に手を置く。

 そして、思いっきり髪が乱れるように撫でた。

 それに、わっ、ちょっ、やめっ、と言いながらどうにか俺の手をどかそうと苦心するレイ。その表情がどこか笑っているのは、まぁご愛嬌ということで。

 

「次の定期便は、一週間後だっけ。なら、それまで一緒にいられるね」

 

 マナがそう言って、レイの手を握る。それに、レイも嬉しそうにうん、と頷いた。

 その様子を微笑ましく見つつ、俺は期限が定まったことで浮き上がってきたある問題について考える。

 とはいえ、考えるといっても俺に出来ることは一つだけ。あとはレイが頑張るしかないわけだが。

 

「さて、レイ」

「はい?」

 

 俺に向き直るレイに、その問題を突きつける。

 

「カイザーの件はどうする? ここまできたら、早いほうが何かといいと思うが……」

 

 ギリギリになればなるほど、思考というものは狭まっていき散り散りになるものだ。それに、帰る準備など、することも増えてくる。

 期限ができた以上、あまり悠長に構えてはいられない。レイもそれはわかっているはずだ。

 

「………………」

 

 返ってきた反応は無言。だが、それがただの放心ではないのはすぐにわかった。

 レイはマナと握り合っていた手をそっと離すと、緊張に彩られつつも真剣な表情で、俺に小さく頭を下げたのだ。

 

「遠也さん……その、お願いします!」

 

 目的語が抜けていたが、言いたいことは分かる。カイザーと会う機会を作る、という俺が最初に提案したソレ。間違いなく、そのことだろう。

 おそらく緊張のあまり、本人としてもいろいろ限界だったのだ。だから、俺はそのおかしな日本語には突っ込まず、ただレイに顔を上げさせる。

 そして、こちらを不安げに見つめる視線に対して、笑みを浮かべた。

 

「任せとけ!」

 

 当然のようにそう答えた俺に、レイは目に見えてほっとしていた。

 俺はしゃがみこみ、レイに対して拳を向ける。

 初めはその意図がわからず、レイはきょとんとするだけだ。しかし、マナに何事かを囁かれると、なんだか照れくさそうにしながら、自分の小さな拳を俺の拳にコツンと合わせる。

 それに満足げに俺は頷き、ポケットからPDAを取り出す。

 もちろん、かける先は決まっている。丸藤亮、と表示されたそれを選択し、俺は通話ボタンを押すのだった。

 

 

 

 

 少々時間が過ぎ、夕方。

 俺とマナとレイの三人は、連れだって寮を出た。

 緊張と不安のためか表情をこわばらせているレイに請われ、レイの右手は今俺と繋がれている。そして、左手は同じようにマナと繋がれていた。

 本人いわく、こうしていたほうが安心するのだということらしい。まぁ、俺自身経験はないことだが、告白というものはやはり相当な勇気を振り絞るものなのだろう。

 そうだろうと思うからこそ、俺は何も言わずに手を繋いでいる。マナも同じくその気持ちがわかるのか、ぎゅっと安心させるようにその手を握っていた。

 寮を出た俺たちが向かっているのは、以前に明日香とカイザーが立っていた崖の間にある小さな灯台である。

 俺はそこに、用事があると言ってカイザーを呼び出している。普段から何かと親しくしている俺だからだろう、カイザーは特に理由も聞かず頷いてくれた。

 だから、今から行くソコにはすでにカイザーが待っているはずである。

 目的地に近づくにつれ、繋がれた手から伝わってくる力が強いものになっているのは、レイもそのことを承知しているからだ。

 だが、今更なにも言うことはない……いや、言うべきではないと思っている俺たちは、レイに言葉をかけることはしない。

 あとは、レイがその気持ちをカイザーにぶつけるだけだからだ。それはレイとカイザーだけで行われるべきことであり、俺たちはおまけのようなものなのだ。

 だが、それでも。やはり多少ともに時間を過ごしたことで、情というものは移っていたらしい。灯台の傍までたどり着き、俺たちの姿をカイザーが捉えた、その時。

 俺はレイの頭から帽子を取ると、ぽん、と軽くレイの背を押した。

 

「わっ」

 

 軽くとはいえ、身体を緊張で固くしていたレイは、僅かにバランスを崩して前に一歩踏み出す。

 帽子がなくなったことで露わになった長い黒髪を翻してこちらを振り返ってくるレイに、俺は一言だけ投げかけた。

 

「頑張れ!」

 

 繋がれていない方の手で拳を作り、それをぐっと小さく突き出して見せる。

 それを受けたレイは、小さく噴き出す。そして、固くなっていた表情を緩めて、繋がれていた手をことさら強く握り返してきた。

 

「うんっ、いってくるね!」

 

 そう言うと、レイは俺とマナの手を離し、灯台のもとへと歩いていく。

 俺たちはそれを見届け、一拍の時間をおいてレイの後を追い、その後ろに立った。

 そして、訝しげにこちらを見るカイザーに、片手をあげて声をかける。

 

「よ、カイザー。わざわざ来てもらって、悪いね」

「それは構わないが……用事とは何だ?」

 

 俺に目を向け、カイザーは言う。

 レイを一瞥したことから、その用事が目の前の少女に関することだとカイザーも予想しているだろう。

 そして、俺はその予想に違わぬ事実を口にする。

 

「用事があるのは、俺じゃなくてこの子でね。俺は、協力しただけなんだ」

 

 俺がそう言ってレイを見ると、つられるようにカイザーもレイに視線を移す。

 憧れの人物に目を向けられたレイは、ぴしっと姿勢を正して、その目を真っ直ぐに見つめ返した。

 

「ぼ、ボク、早乙女レイっていいます! そ、その……亮サマに、伝えたいことがあって、遠也さんにお願いしたんです」

 

 上気した顔で、ガチガチになりながらも、レイはカイザーに正面から向き合い言葉を紡ぐ。

 それを受けて、カイザーの顔が驚きに染まる。どうも、レイの見た目に驚いているのだと、察せられる。

 レイは小学五年生なうえ、女の子だ。身長はお世辞にも高くなく、はっきり言ってしまえば低い。どう見ても高校生には見えないし、中学生でも厳しいだろう。

 だから俺は、カイザーに聞こえるように口添えを行った。

 

「レイは、本当は小学五年生だ。けど、どうしてもカイザーに会いたかったらしくてさ。無理してここに来てる。近いうちに、帰らないといけないんだ」

「……そうか」

 

 俺の知らせた内容に、カイザーは一つ頷いてみせる。

 そして、おもむろに一歩前に出ると、その目をしっかりとレイに合わせた。

 真正面から見つめられ、一層レイの身体がこわばる。それを見つつ、カイザーはレイに声をかけた。

 

「伝えたいことがあると言っていたな。……レイ、君の話を聞こう」

 

 そう言うと、カイザーは意外にも笑みらしきものをその表情に浮かべた。十代に負けず劣らないデュエル馬鹿と言っても過言ではないカイザーが、レイの緊張を見てとって気を利かせることができるなんて……。

 我ながら変なところで感心していると、そんなカイザーの態度に少しは身体の力を抜くことができたのか、レイが意を決したように口を開く。

 

「ボク……ずっと、亮サマに憧れていました! 亮サマのデュエルを見て、その姿を見て、本当にカッコいいと思ったんです! だから、そ、その……ボクは、亮サマのことが好きです!」

 

 最後には叫ぶようになっていたが、レイは気持ちをはっきりと口に出した。

 一度呼吸をして、更にレイは続ける。

 

「だ、だから……ボクと、付き合ってください!」

 

 言い切り、レイは真っ赤な顔でカイザーに向き合う。

 言葉はどこか足らず、余裕のなさからかどもりは隠しきれない。しっかりとした文章ではなかったことは間違いない。だが、だからこそレイの真剣さが伝わるというものだろう。

 それに、最後の肝心なところは間違いなくカイザーにも伝わったはずだ。

 だから、あとはカイザーがどう応えるのか。それだけのはず。

 それがわかっているから、俺とマナは二人を見つめる。

 大仕事を終えたレイは、一杯一杯なのだろう、僅かにその肩が震えている。緊張と、返ってくる答えに対する恐怖と、あるいは照れや羞恥もあるのかもしれない。

 そんなある種の極限状態にありながら、しかしレイは視線だけは決して逸らすことはなかった。

 自身の中で荒れ狂う様々な感情を抑え、ただ一途にカイザーからの答えを待つその姿は、レイの精一杯の姿である。

 それを見て、俺たちもまた思わず身構える。果たして、レイの告白が受け入れられるのか。固唾を呑んで見守る。

 すると、カイザーが一度目を伏せる。

 そして、数秒の後に目を開き、再びその視線をレイに合わせた。

 

「――……レイ」

 

 名前を呼ばれ、レイの肩が跳ねる。

 俯きそうになった顔を、どうにか押し留めて、レイはカイザーを見た。

 

「こんな島まで、その一つの思いを抱いて来てくれたこと。その気持ちは、本当に嬉しく思う。ありがとう」

「え?」

 

 カイザーが穏やかに述べた言葉に、レイが希望を込めた目を向ける。

 しかし、カイザーの言葉はまだ終わりではなかった。更に続けられる。

 

「……だが、すまない。俺は、君の気持ちに応えることができない」

「……っ!」

 

 さすがに言いにくいのだろう、申し訳なさそうにその言葉を告げるカイザー。その表情は、告げるカイザーも辛いのだと言わずとも伝わってくるようだった。

 そして、その言葉を聞いてゆっくりとレイは顔を伏せる。そのまま、掠れたような声でカイザーに問いを発した。

 

「……り、ゆうを……理由を、教えてくれますか?」

 

 顔を伏せたレイにはわからないだろうが、その問いを受けたカイザーは一つ頷いて口を開く。

 

「……俺は、今は誰とも付き合う気がない。俺はデュエルが好きで、そして、その道を極めていきたいと思っている。そのために、俺はデュエルに我武者羅に向かって行きたいのだ。――レイ、君の気持ちは本当に嬉しい。だが、俺はデュエルが第一になってしまっている男だ。今の俺では、きっと恋人ができても大切にすることはできまい。……だから、すまない……」

 

 そこまで言い切った後、カイザーはレイに対して頭を下げた。

 その姿を見れば、カイザーがレイに対して真剣に向き合ってくれたことがわかる。

 小学五年生の告白など、と軽んじず。自分の考えもしっかり明かし、そのうえでレイの気持ちに応えられないことを、きっちりと態度で示す。

 子供のことと思わず、頭まで下げるその姿を見れば、文句を言うことなどできなかった。

 それは、レイも同じだったのかもしれない。

 僅かに顔を上げると、レイは明らかに無理をしているとわかる声で、頭を下げるカイザーに対した。

 

「か、顔を上げてください、亮サマ! う、嬉しかったです、その、ぼ、ボクの気持ちに、きちんと応えてくれて……そ、その……っ」

 

 最後で声が掠れ、レイは思わず口を噤む。

 

「っ……あ、ありがと……ござ、ました……ッ!」

 

 涙交じりに早口で言い終え、レイはカイザーに背を向けて走り出す。

 俺とマナに目を向けることなく、レイは泣きながらこの場所から離れていった。

 

「マナ!」

「うんっ!」

 

 名前を呼び、それだけで俺が言いたいことを察したのだろう。あるいは、俺が言わずともマナはそうするつもりだったのか。

 返事に対してタイムラグなしで駆け出したマナ。レイを追って行ったその姿を見送り、俺はカイザーに一歩ずつ歩み寄っていく。

 

「ありがとな、カイザー」

「……遠也」

「アイツに、ちゃんと向き合ってくれて。カイザーってデュエルにしか興味がないと思ってたから、手酷く拒否するんじゃないか、ってちょっと不安だった」

 

 俺が本心を隠さずにそう言うと、カイザーは気が重そうに息を吐いた。

 

「……俺とて、木石ではないんだ。恋愛が全く分からないわけじゃない。告白するという行動に、どれだけの勇気が要るかも……」

「カイザーも、誰かに告白したことがあるのか?」

 

 それを聞き、俺は思わず尋ねた。

 しかし、カイザーはそれに首を振る。

 

「いや……だが、それでも想像はできる。そして、想像である以上、本当はそれ以上に勇気が要るのかもしれない。そう思ったら、適当な対応なんて出来るはずもない」

 

 そして、そんな決断を真っ向から打ち砕かざるを得ないカイザーは、本当に複雑そうな表情をしていた。

 カイザーが語った言葉は、すべて本心からのものだったのだろう。だからこそ、カイザーに出来ることはあれが全てだった。その結果、レイは涙を流した。

 それはもうどうしようもないことであり、しかしそうしなければいけないという葛藤は、あるいは告白を断られたレイとはまた違う意味で、断ったカイザーにも苦しみを与えているのかもしれなかった。

 なんというか、カイザーも真面目な奴だ。だからこそ、レイの告白も間違いではなかったと思えるわけだが。

 少なくとも、子供の言葉だと馬鹿にせず真剣に対応してくれた点だけでも、レイにとっては良かったと思う。そのことだけは、感謝しておこう。

 

「さて、と」

 

 マナ一人に任せっぱなしというわけにもいかない。

 それに、レイのことはやはり気になる。カイザーに言いたいことも言えたことだし、俺も急いでレイのもとに向かうとしよう。

 そう思って足を踏み出すと同時に、「遠也」とカイザーから呼びかけられる。

 足を一度止め、俺はカイザーに振り返る。

 カイザーは、どこか迷いのある顔で俺を見た。

 

「俺が言っていいことなのかはわからないが……遠也、あの子のことを頼む。泣かせてしまったのは俺だが、それでも……」

 

 言いづらそうに言うカイザーに、俺は「おう」と応える。

 カイザーは悪いことをしたと思っているようだが、それは本来気にしても仕方がないことだ。答えは必ず、是か否に分かれ、それは他人がどうこう言うことではないのだから。

 カイザーの答えは否だった。それは、レイが受け入れなければいけないことであり、カイザーが必要以上に罪悪感を感じる必要はない。

 むしろ、いつまでもそうでは、レイのほうが気にして気まずくなってしまう。

 俺がそうカイザーに返すと、カイザーは自嘲するようにふっと笑った。

 

「そうか。行ってくれ、遠也。後を任せるようで、すまないが」

「気にするな。俺はレイの兄貴分みたいなものだからな。むしろ望むところだ」

 

 俺はそう最後に告げて、カイザーから離れていく。

 いくらか距離が開いたところで、俺はちらりと後ろを振り返った。

 まだ灯台に一人で留まっているカイザーは遠目ではいつも通りに見えるが、それでもどこか無理をしているように感じられる。

 やはり、堪えていたのだろう。改めてそう思いつつも、それ以上は何も言わず。

 俺はただブルー寮の自室に向かって走る。レイとマナがそこに帰っているだろうことを、何となく予想しながら。

 

 

 

 

 部屋に戻った俺は、やはり自分の予想が正しかったことを知る。

 そこには、レイを抱きしめるマナの姿があったからだ。

 

「あ、遠也」

「……遠也、さん?」

 

 マナがこちらを見て上げた声に、レイもマナの胸に埋まっていた顔を上げてこちらを見る。

 その目は赤く充血しており、今の今まで泣いていたのだということが否応にも伝わって来る。

 手酷く……というわけではないが、振られたのだ。それも当然というものか。まして、一人でこの島まで突撃してくるような思いで来ていたのだから、その落差もひとしおなのかもしれない。

 俺は二人に近寄り、マナの隣に腰を下ろす。

 そして、慰めになるかはわからないが、と思いながらレイの頭を撫でた。

 

「ん……」

 

 いつものように髪を乱れさせるような撫で方ではなく、慰めるためなのだから優しさを意識して撫でた。

 その成果か、レイは泣き顔ではあるものの気持ちよさそうに目を細めた。

 

「よくやったな」

「……え?」

「告白なんて勇気が要ることに、レイは逃げずに立ち向かっただろ。それだけでも、十分凄い」

 

 そんな勇気が持てない俺だからこそ、なおさらそう思う。ヘタレな俺とは、比べるべくもない勇気である。

 

「で、でも……ボク……ふられ……っ」

「そうだな。それは、まぁ、あれだ……事実だけど」

 

 そう言った途端、レイの顔がくしゃりと歪み、マナにジト目で睨まれる。

 こ、言葉を間違えたか? いや、しかしこんな状況初めてなんだから、何から何まで正しい対応なんて出来るはずないだろ。

 そう内心で言い訳しつつ、言葉を続ける。

 

「けど、それはレイのせいじゃない。カイザーのせいさ」

「……ふぇ?」

 

 見上げてくるその視線に、俺は当然だろうと返す。

 

「だって、レイは精一杯やっただろ。それに、俺から見てもレイは十分可愛いし、魅力的な女の子だと思う。だから、それを断ったカイザーがどうかしてるって、それだけのことだろ?」

 

 実際、これほどまでに一途に誰かを思い、更にそのために一切の躊躇いもなく行動できる人間はそういない。

 良いことばかりではないが、それでもその気持ちの強さという点においては、感心するぐらい素晴らしいことだと思う。

 この世界に来ていきなり気持ちがダウンしてしまった俺には、到底無理なことだ。それに、告白とか本当に尊敬する。自分ができないだけに、俺はレイのことを高く評価しているのかもしれなかった。

 

「ぁ……う……」

 

 そして言われたレイはというと、顔を真っ赤にして照れていた。

 意外にも、そういう褒め言葉を言われたことがないらしい。その混乱する様子を見て小さく笑みを浮かべながら、俺は撫でる手に少しだけ力を込めた。

 

「今は、そうやっていっぱい泣けばいい。その間、俺とマナがずっと傍にいるからさ。けど、そのあとはまた笑って、もう一回デュエルでもしようぜ」

 

 最後に冗談交じりにそう言い、マナに視線を向ける。

 後は任せた、と訴えようとしたのだが……なぜかものすごい目で俺を見ていた。ジト目どころか半分睨みが入ってるぞ、それは。

 すると、マナが小声で「私にそんなこと言ってくれたことないのに……」と呟いていた。

 お前に言うわけないだろ、そんなこと。当たり前のことすぎるし、なにより恥ずかしいだろうが。

 そう思っていると、不意にレイが抱き着いてきた。といっても、俺だけにじゃない。マナの身体にも変わらず細い腕が回されており、レイが俺たち二人に抱き着いた、という表現のほうが正しいだろう。

 何事かと思ったが、レイは顔を俯かせて泣いていた。いっぱい泣く、という俺の言葉で、また涙があふれてきたのかもしれない。

 俺とマナは目を合わせて苦笑すると、二人してレイを慰め始める。

 俺はレイの頭を撫で、マナはレイの背中をさすり。

 三人固まってそうしている様は、周りから見たら奇妙に映ったかもしれない。けれど、今この部屋には俺たちしかいないんだから問題はない。

 十分後、緊張の糸が切れたことと泣き疲れからかレイが静かに眠るまで、俺たちはただレイに寄り添って彼女を慰め続けたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから幾らかの時間が過ぎて、夜。

 ふと目を覚ましたレイは、ベッドから起き上がった。

 それにあわせてかけられていた布団がずり落ちるが、それよりもレイは自分がベッドでで寝ていたことに小さな驚きを示す。

 おそらく、寝てしまった自分を遠也かマナがベッドに運んだのだろう。そう判断し、レイは心の中で二人に感謝する。

 その優しさと、思わず抱き着いてしまったレイに文句も言わずに付き合ってくれたことを。

 二人の前で盛大に泣いてしまったことは、今思えば恥ずかしく思う。あの時は気持ちが高ぶっていて抑えられなかったが、やはり人前で泣くという行為は幼いレイにしても羞恥を感じることであった。

 そこでふと、レイはベッドに寝ているのが自分ひとりであることに気付く。

 このベッドの持ち主は遠也であり、その本人がこの時間にベッドの中にいないとはどういうことだろうか。

 レイはベッドから降りて、部屋の中で唯一ベッドの代わりになりそうな場所……ソファのほうに向かう。

 近づいて上から覗き込めば、そこには予想した光景がある。ソファに寝ころび、目を閉じて眠る遠也の姿がそこにあった。

 こうなっているのは、ベッドを自分に譲ったためだろう、とレイは考える。その気遣いに申し訳なく思いつつ、同時になんだか嬉しさを感じるレイだった。

 自分をベッドに寝かせ、遠也自身は別の場所で寝る。それは、レイが他人だからという遠慮もあるかもしれないが、それと同じくレイを一人の女の子として見てくれているからだとレイは思った。

 まだ短い付き合いではあるが、遠也のそういった優しさをレイは知っていた。そしてそれが、とても好ましいものであることも。

 ブルー生徒の部屋に備え付けられたソファは、エリートの寮だけあってそれなりに大きい。男子一人が寝ころんで、まだ僅かに余裕があるぐらいには。

 レイは、きょろきょろと周りを見回す。部屋の中にマナの姿はない。自分の部屋に戻ったのかもしれないとレイは思う。さすがに夜に異性の部屋に泊まることを、教師が許可するとは思えなかったからだ。

 ならば、とレイはひっそりとソファの表側に回り、座り込む。ちょうど遠也の正面に顔を向けたレイは、じっとその寝顔を見つめた。

 

 ――初めは、シンクロ召喚のイベントだった。弱いモンスターを駆使し、力を合わせて大きな敵に立ち向かう姿に衝撃を受けた。それまで当然のようにはびこっていた、ステータス絶対主義とも呼べる風潮が、崩れる音を聞いたからだった。

 低ステータス、低レベルがメリットとまで言い切った姿に、驚いた人間は多かったはずだ。それはこれまでの常識に、真っ向から反する概念だったからだ。

 レイもそんな一人だった。むしろ、低ステータスのカードを主力に据えていた彼女にしてみれば、他の人間よりも衝撃的だったと言っていいかもしれない。

 その後わずかに話した時に受けた助言は、今でもレイにとって大切な言葉だ。それがあったから、レイは一層自分のデッキを信頼し、更なる努力を怠らないようになったのだから。

 だからこそ、遠也はレイの中で特別だった。カイザーのように、一目で心が燃え上がったわけじゃない。だが、じんわりと染み込んでくるかのような憧れが、レイの心に生まれたのである。

 

(まさか、その人と同居することになるとは思わなかったけど……)

 

 苦笑し、レイは思う。

 憧れの存在だった。ただそれだけだったのだが、こうして実際に触れ合い、その人柄に触れ、レイはすっかり遠也のことを好きになっていた。

 それはカイザーに対するそれのように、激しい感情を伴うものではない。だからこそ、レイはそれを恋愛感情だと思わなかった。それは……例えるなら、妹が兄に向けるような、そんな好意だとレイは感じた。

 遠也もまた、自分に対して妹分ぐらいには思ってくれているんじゃないか、とそんな期待を込めての気持ちだったが、あながち外れてはいないだろうとレイは思っていた。

 けれど……。

 

(うーん……よくわからないや)

 

 カイザーに告白して振られ、恋に破れたからだろうか。レイは、自分の気持ちがどういうものなのか自信が持てなくなっていた。

 カイザーに向けていた気持ちは、恋だったのか。それとも、熱烈な憧憬を相手が異性だったことで誤認したのか。そのあたりが、レイにはよくわからなくなっていたのだ。

 だからこそ、遠也に対する自分の気持ちもまた揺らいでいた。

 兄に向ける好意だと思っていたが、本当にそうだったのか。こうして実際に触れ、生活し、レイは遠也の生の姿を知った。

 それでも、憧れた時以上に遠也に対して穏やかな気持ちを抱くこれは、一体何なのだろう。

 恋、なのかもしれない。レイは僅かに疑問の混じる思考ながら、そう考える。

 少なくとも、レイは遠也に対してカイザーと同じかそれ以上の好意を抱いている。それは間違いがないことだ。それが兄に対するものとどう違うかと言われると自信がないが、これからも一緒にいたいという気持ちは間違いなくレイの中にある。

 触れられたら恥ずかしいながらも嬉しいし、笑いあうときは胸の中が温かくなる。その気持ちが恋というのなら、きっとこれもまたそうなのかもしれないと思える。

 カイザーの時とは違う感触を持つ感情に、レイは自身の中でそう結論づけた。カイザーに対しての感情は、今でもわずかにしこりがある。たとえそれがどんな感情だったとしても、レイは間違いなくカイザーに好意を持っていたのだから、仕方がないことだった。

 しかし、よく泣いたのがよかったのだろう。後を引くほどに残っているわけではなかった。

 そして、自覚したレイはそっとソファの背もたれを倒す。実はこのソファ、リクライニング機能つきのものだったのだ。それを、レイは遠也から聞いて知っていた。

 これで、僅かだった余裕は広がり、十分にもう一人が寝れるスペースが出来上がった。

 満足げにそれを見たレイは、眠る遠也の横に、その身体を滑り込ませる。

 

(ごめんね、マナさん)

 

 やはり遠也と同じく姉のように感じる女性に、心の中で詫びる。

 レイから見ても遠也とマナはお似合いであり、また互いに好意を持っていることをレイはしっかり察していた。むしろ最初は恋人同士だと思っていたのだ。違うと聞かされた時も、まだなんだ、と思ったほどである。

 だからこそ、レイには僅かに罪悪感がある。だが、それでも実行をやめないのは、レイが持つ生来の行動力がそうさせるのだろう。

 一人で島まで突撃してきた行動力は伊達ではない。自分の気持ちに素直になる、という一点において、レイは誰よりも突出しているのだった。

 遠也の身体に寄り添い、その心臓の鼓動を感じる。その感覚に安らぎを覚え、レイはほっと息をついた。

 撫でられた感触も、かけられた言葉も、レイはしっかり覚えている。

 だから、レイは遠也の身体に遠慮がちに抱き着き、小さく呟いた。

 

「……ありがとう、遠也さん」

 

 そして、レイはそのまま眠りに落ちる。人肌という、これ以上ない安心を得られるそれに、心と体を埋めながら。

 

 

 

 

 翌朝。レイは「あああー!」という誰かの驚きの声で目を覚ました。

 そして、レイは見た。マナに詰め寄られ、たじたじになっている遠也を。

 どうやら、遠也の隣で自分が寝ていたことに、朝やって来たマナが気が付いたらしい。だが、それはレイが勝手にやったこと。身に覚えのない遠也は、必死に言い訳をしている。

 どうもマナが見たとき、寝返りの関係か遠也はレイを抱きしめる形で寝ていたようだ。それがマナの怒りに触れた、というか嫉妬させているのだろう。

 そんなやり取りを聞きながら、その感触を寝ていたために覚えていないことをレイはちょっぴり残念に思った。

 そして、レイが起きたことに気付いた遠也が縋り付くようにレイを見る。事情を説明してくれ、と言っているのだろう。その視線を追って、マナもレイを見た。

 その二人の視線を受けて、レイは笑う。昨日振られたばかりとは思えない、眩しい笑顔で。

 

「おはよう、遠也さん! マナさん!」

 

 やけにすっきりした顔で、元気よく挨拶をするレイ。そのあまりの明るさに、遠也とマナは諍いを忘れて僅かに呆ける。

 そんな二人を見て、レイは一層その笑みを深くするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の定期便が来るまでの一週間。俺はその間を、ひたすらレイと過ごす時間に充てていた。

 十代や皆とも引き合わせ、出来るだけ楽しい思い出にしようと、時には大騒ぎをし、時には穏やかに過ごし。

 もうすぐいなくなってしまうのだから、と考えれば、いささかいつも以上に無理をするのも酷ではなかった。この場所の思い出が、恋に破れた場所、というだけになるのは忍びない。他にも楽しい思い出をこの場所に見出してほしかったのだ。

 そんな俺の努力の甲斐あってか、レイはずっと楽しそうにしてくれていた。時折、マナとレイが微妙な感じにあることもあったが……。

 いや、あれは余裕たっぷりのレイに、マナが唸ってそんなレイを見ている、というだけだった気がする。レイが腕を組んできたり、胡坐をかいた俺の上に座ったり。子供なんだから、それぐらい別にいいだろうに。

 そんな俺たちの様子を見た明日香が、俺に「あなた、いつか刺されないといいわね」と言ってきたり。それはヤンデレ的な何かなのか? ヤンデレは確か十代の方に何かあったはずなので、俺は大丈夫だと思うんだが。

 そんな俺の様子を見て、明日香はため息をつく。失礼な、と言えば、明日香は不意に俺の手を握ってきた。

 突然、柔らかな感触に包まれた手に、俺は少々驚く。しかし、その手はすぐにレイが俺を後ろに引っ張ったことで、ほどかれた。

 むっと明日香を見るレイと、それを受けて苦笑している明日香。そして、明日香は俺を見て言った。「こういうことよ」と。

 どういうこと? それでもわかっていない俺に、明日香は呆れ顔で去っていった。よくわからないが、とりあえずこの腕に組みついてきたレイをどうにかしないといけないことだけはわかった。明日香め、面倒なことを。

 

 

 ――そんなこんなで時間が過ぎ、今日はいよいよレイが帰る日。

 迎えに来た両親にひとまず怒られ、その後準備をしてあった荷物などを持って、港へと移動する。

 無論、俺やマナ、十代や明日香たちに、あとカイザーも見送りに来ている。

 レイも何か吹っ切れたのか、カイザーに対してそれなりに普通に接することができるようになっていた。後を引きずるかと思ったが、意外だった。まぁ、そのほうがこちらとしては心配がなくていいが。

 定期船はすでに港についている。

 荷物と共にレイのご両親はすでに乗り込んでおり、今はレイ一人が港に残って俺たちに向き合っているところだ。

 最後の挨拶、ということだろう。レイは笑顔だったが、やはりその中にある寂しさは隠せないようで、複雑な表情をしていた。

 そんなレイにまずは十代が声をかける。

 

「じゃあな、レイ。またいつでも来いよ、そんでもう一回デュエルしようぜ!」

 

 にかっと笑って言う十代に、レイは苦笑いだ。この短い期間ではあったが、レイも十代のデュエル馬鹿っぷりを理解したようである。

 この一週間の間に、十代とレイはデュエルをしている。結果は十代の勝ちであったが、レイが使うデッキが珍しいこともあって、十代はまたレイとデュエルがしたいようだった。

 そして十代を皮切りに、やたらマナに絡もうとしていた翔、それから隼人に三沢、ジュンコにももえ、とそれぞれがレイに声をかけていく。レイはそれぞれに笑顔で応え、別れを惜しんでいた。僅かな間だけの付き合いだったが、それでも友達であることに変わりはない。

 それゆえ、そこに年齢の差があろうと関係ない。友達との別れを惜しむのは、当たり前のことだからだ。

 そして次に明日香がレイに声をかけ、「向こうでも元気でね」と握手をしている。それに対して、レイが「うん、明日香さんにも負けないよ」と返している。

 それに明日香は驚いた顔になり、何やら必死に否定していた。会話は聞こえないが、楽しそうではあったので、きっと何か言いたいことでもあったのだろう。

 続いてカイザーが、「ありがとう、息災でな」と簡素な言葉を投げかける。それにレイは驚きの表情になり、次いで元気よく「はい!」と答えた。

 さて、こうして残るは俺とマナの二人だけ。一番長くレイと接していた俺たちを、みんなも気を使って最後に回してくれたのだろう。出発の時間いっぱいまで話せるように。

 

「うぅ、レイちゃん……元気でね。私のこと、忘れちゃヤだよ」

 

 そう言って、マナがレイに抱き着く。ぎゅっと抱きしめられたレイは苦しそうだが、それでもそれ以上に嬉しそうだった。

 

「もちろん、忘れないよマナさん」

 

 レイもマナの背に腕を回し、抱きしめ返す。

 時折、変な空気になることがある二人だったが、基本的にはやはり二人はお互いのことが好きなのだ。マナはレイのことを妹同然に見ているし、レイもまたそんなマナを姉のように思っている。

 そんな二人が、別れを悲しむのは当然のことだ。二人は抱き合って、お互いの思いに身を浸す。本当に仲の良い姉妹のように見える二人に、俺も近づいていった。

 

「レイ」

 

 呼びかけると、レイはマナの身体から身を離し、こちらに向き直る。そして、笑顔を見せた。

 

「遠也さん……。遠也さんには、本当に感謝してる。この島に来て、ずっとボクを助けてくれて、ありがとう」

 

 正面から真っ直ぐお礼を言われ、さすがに俺も照れる。

 頬をかき、誤魔化すように口を開いた。

 

「気にするなよ。俺も楽しかったから。まるで、妹ができたみたいでさ」

 

 本心からそう言えば、レイはちょっと思案するような顔になる。

 そして、曖昧に笑って時計を確認する。もう少しで、出発の時間だ。

 

「ありがとう、遠也さん。……お礼に、これを受け取ってもらえる?」

 

 レイはそう言って一枚のカードを取り出す。裏側で出されたそれは、何のカードなんだかわからない。

 俺は更にレイの傍まで寄って腰をかがめる。そして、そのカードを手に取った。

 

「……あと、これもお礼だよ」

「え?」

 

 その囁きが聞こえた瞬間、俺の頬に感じる温かい感触。

 それは一瞬のことであったが、思わず思考が停止する。対して、目の前のレイは顔を真っ赤にしているものの楽しそうに笑っている。

 

「えへへ、ボクの初めてのキスなんだから、感謝してね」

 

 黒髪を翻し、照れたように微笑むその姿は、思わず見とれるほどに可愛いものだった。

 だが、そんな感傷は数秒の間だけ。「あー!」という叫び声にかき消された。

 

「レイちゃん! な、なにを!」

「マナさん、ボクだって真剣なんだから、これぐらいはね!」

 

 マナの叫びに悪戯気にそう返し、レイは船の乗り込み口へと駆けていく。

 その途中、一度だけ振り返ると、レイは笑顔で大きく手を振った。

 

「じゃあね、みんな! 遠也さん! またボクはここに来るから! 今度は、遠也さんに会いに!」

 

 そう言い残し、レイは今度こそ振り返ることなく駆け去っていく。

 それを呆然と見届けて、俺は受け取ったカードに視線を落とした。

 表側にしてみれば、そのカードは《恋する乙女》。レイ自身何枚も持っているカードだから、それをもらうことに大きな抵抗はない。

 だが、あんなことをされた状況で、このカード……。それに、あの最後の言葉。そこから導き出される答えは、一つしかない。

 俺は思わずみんなを振り返り、曖昧に笑った。

 

「えっと……これって、そういうこと?」

 

 俺が発した言葉に、真っ先に返答をしたのは、翔だった。

 笑顔で、翔は口を開く。

 

「もげろっす」

「いきなり酷いな、お前は!」

 

 だが、そのセリフが出るということは、確定とみていいだろう。

 まぁ、俺がレイとこの島で一番長く接した異性であることに間違いはないが、まさかそういう感情を向けられる対象に思われていたとは。

 俺はてっきり、レイも俺のことを兄のように思ってくれているとばかり……。

 

「兄とはいっても、血は繋がっていないでしょ。なら、そういうこともあるわ」

 

 明日香は、俺が考えていることを察したのか、そう口にする。

 けど、まさかと思うだろう。俺はカイザーとは似ても似つかないんだし。

 俺が一人動揺していると、十代たちはそれぞれ俺に一言声をかけてこの場を去っていく。

 

「じゃあな、先に帰るぜ遠也」

「もげろ」

「果報者なんだな、遠也は」

「しっかり見送りをしておいてくれ」

「ロリコン」

「愛に年齢は関係ありませんわ」

「後は任せた」

「じゃあ、また教室で会いましょう」

 

 それぞれ誰のセリフであるかは、推して知るべし。

 そして取り残された俺は、ちらりと横を見る。

 そこには、ぶっすーとわかりやすく機嫌を損ねているマナの姿。だが、どこか無理にそのポーズをとっているように感じるのは気のせいではないだろう。

 そもそもマナはレイのことが大好きなのだ。そうそう、嫌うことができるはずもない。

 だから、文字通り今の姿はポーズというわけだ。

 

「はぁ……マナ、帰るか」

 

 徐々に港から離れていく船を見ながら、俺はそう促す。

 それに、マナはあからさまに驚いた顔になる。

 

「え、ここは遠也が私にキスしてくれるところじゃないの?」

「なんでそうなる」

 

 いったいどんな発想をすればそうなるのか。

 全く読めない思考を持つ相棒に溜め息をつき、俺はマナの手を握る。

 短い期間ではあったが、レイはいつも一緒にいる存在だった。そのレイがいなくなったことを、俺は心のどこかで寂しく思っている。

 だから、躊躇いもなくこうしてマナの手が握れたのかもしれない。その寂しさを誤魔化すために。

 それはマナにとっても同じことだったのか。マナは繋いだ手をたどり、俺の腕に自らのそれを絡ませる。

 普段なら慌てて取り乱すその仕草にも、今はむしろ安心感のようなものを感じる。やっぱり、結構寂しいのかもしれない。それを感じているのか、マナもまたその顔に寂しげな笑みを浮かべていた。

 

「……帰るか」

「うん、そうだね」

 

 俺たちはそのまま歩きだし、寮への道を進んでいく。

 そこに、昨日までは共にいたレイがいない。

 この短い間に、随分馴染んだものだ、と苦笑いを浮かべながら俺は帰って行ったレイのことを思う。

 また、いずれ会う日が来る。その時を、今から楽しみにしておくとしよう。

 そして、俺は寮へと戻っていく。隣のマナと、レイと過ごしたこの数日間の思い出を語り合いながら。

 

 

 

 



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第20話 対抗

 

 ところで。俺が通っているこのアカデミアだが、正確には“デュエルアカデミア本校”と呼ぶのが正しい呼び方だったりする。

 そして本校ということは、つまり分校が存在するわけで。いくつかある分校の中で、とりわけ本校生徒の認知度が高いのが“アカデミア・ノース校”である。

 何故かというと、アカデミア本校とノース校は、毎年“学園対抗試合”という形で、両校それぞれの代表者同士がデュエルするというイベントが開かれているからなのだ。

 普段は横の繋がりが薄いアカデミアなのだが、ことノース校に関しては、そういうわけで本校生徒にもよく知られた分校なのである。

 そしてその件の対抗戦だが、いよいよ間近に迫ってきている。昨年は学園最強と名高いカイザーが代表を務め、見事ノース校の代表に勝利を収めたそうだ。

 今年は誰が代表になるのか。それは今、学園の中で最もホットな話題と言っていいだろう。

 まぁ、大半の予想は今年もカイザーだろうというものだったが。昨年勝った実績があるし、俺もそれで決まりだと思う。わざわざ他を選ぶ理由がない。

 そう思って余裕をぶっこいていたのだが……どうも、他人事ではなくなりそうな今日この頃である。

 なんと、教師陣の会議で今年の代表者が俺に決まったらしいのである。

 突然校長室に呼ばれ、鮫島校長、クロノス先生、カイザーの三人を前にして告げられたその言葉に、俺が思わず呆けたのは仕方がないと思う。

 

「……なんで俺なんです? カイザーが出た方がいいんじゃ……」

 

 去年も勝ってるんだし。

 そんな思いを込めて俺が言えば、鮫島校長が笑顔で口を開いた。

 

「いやね、今年はノース校が代表者を一年生にするみたいなんだよ。だから、我々も一年生を代表に選ぼうとなったわけだ」

「はぁ」

「それで候補を聞いたところ、君の名前が出てね。丸藤君に勝ったこともあるというし、君は一年生だ。全教師が妥当だろうと頷いたんだよ」

「シニョールはオベリスクブルーの誇りでスーノ! ぜひとも、我がデュエルアカデミア本校の力を、見せつけてやって欲しいノーネ!」

 

 ご機嫌で言うクロノス先生は、やはりオベリスクブルーから代表者が出るのが嬉しいのだろう。

 本当なら面倒だし、好き好んで受けたくはない。

 十代あたりはこういうお祭り的なことは好きそうだし、アイツなら二つ返事で了承するに違いない。本当なら任せたいぐらいだが……。

 たぶん、無理だろうなぁ。すでにカイザーにも勝っているという俺がいる以上、わざわざオシリスレッドの十代を担ぎ出そうとする教師がいるとは思えないし。

 けど、さすがに強制ではないはずだし、今ならまだ断れるはず。さて、どうしたものか。

 

「――遠也」

「ん?」

 

 受けるか受けないかを考え、若干断ろうかなという方向に思考が傾いていた時。

 不意にカイザーが俺に声をかけてきて、俺は思考からそちらへと意識を向ける。

 すると、カイザーは真っ直ぐ俺の目に視線を合わせてきた。

 

「実は、お前の名前を出したのは俺なんだ。お前は、俺にとって後輩であると同時に友であり、良きライバルでもある。だからこそ……」

 

 そこで、カイザーはふっと小さく笑みを見せた。

 

「だからこそ、お前にもアカデミア代表としてのデュエルをして欲しくてな。俺のライバルであるお前だからこそ、俺は信じてこの役を託すことができる。受けてくれないか、遠也」

「カイザー……」

 

 まさか、カイザーがそんな気持ちで俺を推してくれたとは。

 正直、面倒くさいことに巻き込みやがってコノヤロウと思っていたんだが、そんな俺を許してくれカイザー。

 だが、そうだな。そうまで言ってくれたんだ。俺がその信頼から逃げるわけにはいかないだろう。そうだとも。

 

「わかった、カイザー。代表の話、受けるぜ! そして、俺も必ず勝ってみせる!」

「ああ、楽しみにしている、遠也」

 

 互いに笑みを浮かべ、がっちりと握手を交わす俺たち。

 そんな俺たちを、校長とクロノス先生がそれぞれうんうん、と頷いて見ているのだった。

 

 

 

 

「そんなわけで、今度の対抗戦の代表は俺になりました」

「すっげぇじゃん、遠也! くっそー、俺も出たかったのになぁ!」

 

 校長室の呼び出し後。どうやら俺の帰りを教室で待っていてくれたらしいみんな、さっきのことを報告する。

 すると、十代がくーっ、と悔しがってみせる。だが、その顔は悔しそうでありながらも楽しそうである。大方、自分が出れないのは悔しいが、そのデュエルを見るのは楽しみ、といったところか。変なところで器用な奴だ。

 

「そうか、さすがは遠也だな。元同僚として鼻が高い」

「そうね。反対意見が出なかった、というのが遠也の実力を物語っているわ」

 

 三沢と明日香も笑顔で俺の代表決定を祝ってくれている。

 また、ジュンコとももえ、隼人に翔も、驚きながらも納得したような表情だった。

 

「まぁ、確かにカイザーを除いたらアンタぐらいかもね、代表になれるのは」

「カイザーと引き分けたところなら、私たちも見ていますから、文句なしですわ」

「俺も友達として誇らしいんだな」

「お兄さんじゃないのは、ちょっと残念だけど……遠也くんなら、納得だよ」

 

 実に温かい言葉をかけてくれる友人たち。

 最初は気乗りしなかった代表という立場だが、こうして喜んでくれる人が周りにいるのなら、引き受けてよかったと思えてくる。

 まったく、俺はいい仲間を持ったよ。全員に向けて、俺は感謝を述べた。

 

「ありがとう、みんな! ――……ところで」

 

 それはそれとして、俺はじろりと彼らに感謝とは程遠い目を向ける。

 呆れと疑問に彩られたそれは、みんなの手元に向けられていた。

 

「どうして、カードを俺の方に向ける」

 

 各人それぞれ1枚。なぜか手にカードを持って、それを俺に向けてアピールするかのように見せつけてきている。

 そのことを指摘すると、全員があははと苦しい笑いを見せた。

 そんな中、不意に三沢がキリッとした顔つきになる。

 

「遠也、俺たちは仲間だ」

「……ああ、そうだな」

 

 何となく展開が読めるが、一応は付き合ってやる。

 三沢は頷き、言葉を続ける。

 

「俺は、いや俺たちは。お前のことを大切な仲間だと思っている。だからこそ、いついかなる時でも、俺たちは仲間としてお前を支えたいと思っている。そう、いついかなる時でもだ」

 

 そこで一度言葉を切り、三沢は「だから……」と勿体つけるようにして、己が手に持っていたカードを俺に差し出した。

 

「デュエル中も、お前を支えたい! というか、俺のカードが活躍する姿が見たい! というわけで、さぁ俺のカードを使え遠也!」

「最後に本音が出たな、お前!?」

 

 あれだけ建前並べて、結局それかよ。いや、さんざん褒め称えられた時点でそんな気はしてたけども。

 そして三沢がそんな行動に出れば、その後どうなるかはわかりきっているわけで。

 

「やだなぁ、三沢くん。それよりも遠也くんには僕のカードを……」

「俺のカードもおすすめなんだな」

「ど、どうしてもっていうなら、あたしも貸すわよ?」

「私のカードもぜひ使ってほしいですわ」

 

 お前らもか。

 手にカードを持ってる時点でわかってたけどさ。

 俺がため息をつくと、それと同時に別の声が上がった。

 

「まったくもう。遠也が困ってるでしょう、みんな」

 

 そう言って前に出てきたのは、明日香である。よく見れば、手にカードを持っていない。

 これは、捨てる神あれば、というやつだろうか。そう思っていると、明日香がにっこりと笑って俺を見た。

 

「遠也、私のカードをよろしくね」

「お前もかよ!」

 

 結局同じことを言い出す明日香に、呆れた俺が思わず突っ込む。

 すると、明日香はちょっとバツが悪そうに頬を染め、「いいじゃない別に。亮の時には言い出しづらかったし……」と目をそらしながらゴニョゴニョ言っている。

 カイザーが代表になった時は、やはり仲が良くても先輩であり気後れがあったのか。だが、俺の場合は友達だし気兼ねがないということかね。

 だが、デッキっていうのは枚数に制限がある関係上、かなり細かい調整がされていることは、デュエリストであるならば分かっているはずだ。

 それこそ、数枚コンセプトと異なるカードを入れるだけで、まったく動かなくなるぐらいには。

 だというのに、この場にいる全員のカードを入れるなんて冗談じゃないぞ。やる以上は俺だって勝ちたいんだ。

 

「まったく、お前らいい加減にしろよ。それより、俺は遠也と遠也のデッキを信じてるぜ。応援してるからな!」

「十代……ああ!」

 

 にかっと笑って嬉しいことを言ってくれる十代に、俺も笑顔で応えてがっちりと手を握り合う。

 そうだ、こいつらがこんなんだろうと、俺には十代がいたじゃないか。ありがとう、親友。やはりお前は一味違うぜ。

 そしてそんな俺たちの姿を見て、ちょっとした冗談だよ、と言いながらカードを仕舞っていくその他友人たち。絶対冗談じゃなかっただろ、お前ら。

 ジト目を向けていると、明日香がコホンと咳払いをする。

 

「ともあれ、私たちも応援しているわ。頑張ってね、遠也」

「ああ。……今更、真面目ぶられてもなぁ」

「う、うるさいわね」

 

 自分でも無理があったと思っているのか、明日香の顔が赤い。

 やれやれだが、応援してくれている気持は本物だ。誰の顔を見ても、俺が代表になることを喜んでくれている。

 なら、俺に出来ることはその期待に応えてみせること。カイザーにも勝つと約束してるんだ。見事期待に応えて、ノース校の代表にも勝ってみせるさ。

 俺はそう決意すると、デッキを広げて思案に耽るのだった。

 

 

 

 

 そんなこんなで夜。俺はいつも通り自分の部屋でカードを弄っていた。ちなみにマナはソファのほうで何やらぼーっとしている。

 と、その時。

 

「あ、まただ」

「ん?」

 

 突然マナが声を上げた。

 それに反応して思わずそちらを振り向くと、マナは窓に向かって何故か人差し指を向けていた。そして、「うん、これでよし」と一人で勝手に頷いてから指を下ろす。たぶん、何かをしたと思うのだが、いったい何をしたんだろう。

 疑問に思った俺はカードを弄っていた手を止め、マナのほうに寄る。

 

「どうした、魔貫光殺砲でも撃ったのか?」

「うーん、そんな感じかな」

 

 なん……だと……。

 冗談で言ったのに、まさかの肯定という事態に、俺の思考が一瞬止まる。

 そんな俺に、マナは「えっとね」と前置きをして話し始める。なんでそんな物騒なものをぶっ放したのかの説明をしてくれるらしい。

 俺としても、いきなりそんな攻撃にさらされる危険は回避したいので、しっかり聞くことにして姿勢を正した。

 

「実はね、どうも誰かがこの部屋を覗こうとしているみたいなんだよ」

「……は? どういうことだ?」

 

 予想もしていなかった言葉に、気の抜けた声が出る。しかし、いきなりそんな話を聞けば驚きもする。

 この部屋に覗き? 女子寮でもないのに、そんなことをする意味があるんだろうか。

 

「ちなみに、今ので2回目。あ、私が気付いてからね。ひょっとしたら、前にも何度かあったかもしれないけど」

「どういう意味?」

 

 問いかけると、マナがあははー、と殊更明るい顔になった。怪しい。

 いわく、マナがマハードに怒られた日。あれ以降、マナはきちんとマハードに言われた最低限行うように、という魔術の修業をしているらしい。その過程で、この部屋を見つめる魔の視線に気が付いたのだとか。ちなみに、媒体は蝙蝠(コウモリ)だったそうだ。

 それが最初の一回目で、今日が二回目。だから、その修業を始める前にも覗かれていたとしたらマナにはわからない、ということらしい。

 

「なるほど、つまりマハードがいなかったら覗かれ放題だったのか」

「ぅぐ……遠也の意地悪」

 

 俺の指摘に、マナが拗ねたように唇を尖らせる。

 それにはいはい悪かったと返し、軽くポンとマナの頭を撫でた。

 

「しかし、蝙蝠の覗きねぇ。明らかに堅気の匂いがしないな」

 

 蝙蝠で覗きとか、どう考えても精霊とか魔法とかの関係である。明らかに、一般的な覗きの手法とは一線を画している。

 

「私も、最初の1回目は軽い警告を部屋に残しておくだけにしたんだけどね。さすがに2回目となると見逃せないから、破壊したってこと」

 

 こう、指から魔力を撃って。と、さっきのように人差し指を構えてみせるマナ。

 一体ここはいつからジャンプの世界になってしまったのだろう。……あ、元からか。

 

「とりあえず、部屋に私の魔術で壁を作っておくね。外からの干渉を防ぐやつ」

「頼む。俺は門外漢だからな。任せるよ」

 

 俺が言うと、マナはにっこり笑って「任されました」と小さく敬礼をして見せる。

 そしてそのまま窓の方に向かうと、愛用のワンドを取り出して囁くような声で呪文のようなものを唱え始める。

 どれぐらいかかるのか、と俺がその様子を眺めていると、三十秒経ったかどうかというところで「はい、おしまい」と気の抜けた声が耳朶を打った。

 

「はやっ、もう終わったのか?」

「うん。これで、もう覗きなんて真似はできなくなったはず」

 

 マナは自信たっぷりだが、あまりの早業に俺はちょっと胡散臭げに見てしまう。

 それに、マナは心外だとばかりに眉を寄せた。

 

「あのね、遠也。私はこう見えても、あのお師匠様の弟子なんだよ。並みの魔法使いよりも、ずーっと力があるんだからね」

 

 ぷんすか怒っているのは、魔術師としてのプライドが傷つけられたからだろうか。

 言われてみれば、マハードは最上級魔術師とも称されるほどの存在なわけで。そんな人物から長い時間に渡って手ずから指導されているマナが、並みであるはずがない。

 その結論に至った俺は、すまんと素直に謝った。もともと、マナも本気で怒ったわけではない。俺が謝れば、わかればよろしい、と満足げに頷いていた。

 それに苦笑し、俺は口を開く。

 

「ま、何にせよ助かったよ。それでも続くようなら、また考えよう」

「うん、了解」

 

 そう今後の対応も簡単に決め、俺は放りっぱなしになっていたカードのほうに戻る。

 そしてカードを整理してケースに戻していく。すると、ちょうどしまい終わったところで不意にPDAから着信音が流れてきた。この着信音は、メールだ。一体誰からだろうと開いてみれば、そこに表示されていたのはここ最近ですっかりお馴染みになった名前だった。

 

「あ、レイちゃんからのメール?」

「ん、ああ」

 

 PDAを弄っている俺を見て、マナが何気なく訊いてくる。そして、俺はそれに頷いて答えた。

 そう、お馴染みの相手とは他ならないレイのことだ。あの日にアカデミアから去ったレイは、会えない代わりにこうして頻繁にメールを送ってきてくれているのである。

 頻繁と言っても、その頻度は一日に一回程度で、内容もその日何があったのか、今どうしているのか、なんてたわいもないことだ。

 最初は小学生とはいえキスまでされた相手からのメールに戸惑ったが、レイとしてはこうして俺と繋がりを持っていたい、ということらしい。最初のメールでそう書いてあった。

 ちなみに電話にしないのは、声を聴くと緊張してしまいそうだから、だそうだ。そういえばカイザーに告白した時はえらく緊張してたもんな。

 港でのあれは、帰り間際になって時間が切迫していたのと、気持ちが高ぶっていたのがうまいことプラスに働いた結果だったのだろう。このメールは、緊張せずにいられるよう、慣らしの意味もあるのかもしれなかった。

 また、告白に対する俺からの返事は書かないでほしいということで、俺はそういったことには一切触れていない。

 正直、いったいどんな対応をすればいいのかわからなかったので、レイのその提案にはホッとした。ヘタレとか言うな。

 まぁそういうわけで、今や俺とレイはメル友の間柄というわけだ。

 お互いの近況報告のようなものだが、それでもこうしてメールをしているのは意外と楽しい。妹だと割り切って付き合えば、それはそれで微笑ましい気持ちになるからだった。

 

「私にも見せてー」

「あ、こら」

 

 肩にのっかかってきたマナに形だけの注意をして、二人してレイのメールに頬を緩める。

 そして返事を俺とマナそれぞれの言葉で書いて、送信する。

 その後は暫く二人でダラダラしていたが、再びPDAにメール着信が入る。差出人はやはりレイ。内容は、俺がさっき伝えた学園対抗戦の代表に選ばれたということについてだった。

 それを我がことのように喜び、凄いと素直に言ってくるその言葉に、思わず相好が崩れる。そして、読み終えたところで、俺はマナに「そろそろ寝るぞー」と告げる。

 はーい、と返事を返したマナが精霊化し、同じくして俺も布団に入る。

 そして、レイのメールの末尾に添えられた言葉を思い出す。

 「頑張ってね!」と記されたそれにやる気を刺激される俺は、やはり単純な性格なのだろう。

 そんな自分自身に苦笑を浮かべながら、俺は負けられない理由が増えたな、と対抗戦に向けて気持ちを新たにするのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ――学園対抗試合当日。

 俺はギリギリまで自分の部屋でデッキを組んでいた。それというのも、やはり学園の代表としてデュエルをするのだから、情けないところは見せられないと思ったからだ。

 代表である俺の醜態は、そのまま学園の株を下げることに直結する。まだ一年も経っていないが、この学園で暮らし、愛着もある。やはり、いち生徒としてそれなりに感じるものはあった。

 この学園に住む全生徒に代わって出るということでもあるし、否応なしに気合も入ろうというものだ。

 

『遠也、そろそろじゃない?』

 

 マナに促され、時計を見る。確かに、そろそろ移動したほうがいい時間になっていた。

 俺は教えてくれたマナにサンキューとだけ告げ、デッキケースとデュエルディスクを持つ。

 そして、よし、と小さく呟いた。

 

「じゃ、行くか」

『うん、頑張ってね遠也!』

 

 それに頷きを返して、俺は部屋から会場となるデュエル場に向かう。

 現場に着いた俺は、一応用意されていた控室らしきところで待機する。ちなみにマナは傍にいない。昨日の夜にあんなことがあったし、一応まわりに怪しいものがないか見ておくつもりのようだ。

 そんなわけで、俺は一人でぼーっと座っていた。そして、ノース校の代表者ってどんな奴だろうと何とはなしに考え始める。

 その瞬間、ふとある記憶が脳裏に蘇った。

 

「あ」

「遠也! 大変だ!」

 

 俺が思わず声を上げたと同時に、十代が騒ぎながら控室に入って来る。

 俺は思考を一時中断し、そっちに顔を向けた。

 

「どうしたんだ、十代。そんなに慌てて」

「こ、これが慌てずにいられるかよ! 驚くなよ、ノース校の代表は、あの万丈目なんだ!」

「……なるほど」

 

 やっぱりか。

 さっき思い出したのは、今まさに十代が言ったことだ。そういえば、ここで万丈目がアカデミア本校に戻ってくるんだった。

 まぁ、思い出したところで俺がすることに変わりはないわけだが。

 

「……あれ? あんまり驚かないんだな」

「いや、驚いてるよ。ちょっと、驚きすぎただけだって」

 

 意外にも俺の反応が淡泊だったことに首を傾げる十代に、俺はそれらしいことを言ってどうにか誤魔化す。

 それで納得してくれたのか、十代はそのことについて触れることはなかった。

 

「けど、油断はできないぜ。万丈目は、今までの万丈目じゃない。ノース校で勝ち上がったのは、間違いなくアイツ自身の強さだ」

「十代?」

 

 こいつにしては珍しい、複雑そうな表情に、俺は疑問を抱く。

 万丈目に関する何かを、十代は知っているのだろうか。俺もあまり詳しいことは覚えていないから、何があったのかはわからない。

 確かに、ノース校という新しい環境でゼロから始めたというのに、この短期間でトップに君臨したことは、今までの万丈目では難しいことだっただろう。

 だが、十代の表情はそういうことを言っているわけではないように思える。

 そんな俺の訝しげな目に気付いたのか、はっとした十代は「いや、なんでもないさ!」と一度頭を振って、にかっと笑った。

 

「そうそう、それと今日のデュエルはテレビで放映されるらしいぜ! なんか万丈目の兄貴たちがそうしたんだってよ! すっげぇよなあ!」

「マジか、テレビで流れるのかよ」

 

 マナが再び録画しないことを祈っておこう。

 

「なぁ、遠也! やっぱり、今日のデュエル俺と代わってくれない?」

 

 と、十代がいきなり手を揉みながらそんなことを言ってくる。

 

「テレビにさ、俺も映ってみたいんだよなぁ! なぁ、頼むよ遠也!」

 

 この通り、と拝む十代。

 まぁ、好奇心も旺盛な十代なのだ。テレビ放映までされると聞けば、その持ち前の行動力も相まって興味の向く方に傾くのは自明の理か。

 代わってやりたい気持ちもなくはないが、しかし、俺の答えは決まっている。

 

「悪いけど、ダメだ。俺もカイザーに任されてる立場だし、そう無責任なことはできないからな」

「ちぇ、やっぱダメか。んじゃ、俺は精一杯応援のほうに回らせてもらうぜ!」

 

 断られるや否や、未練を見せずに即座に切り替えられるところは、羨ましいほどの十代の長所だな。

 明るく笑う十代に、俺も表情を緩める。

 

「ま、応援よろしく頼むぜ。お前の分も、頑張ってくるからさ」

「おう! 負けんなよ、遠也!」

 

 互いに拳を突き出し、コツンと合わせる。

 そして、俺は控室を出て対戦の場となるデュエルフィールドへと向かっていく。

 万丈目にどんな事情があろうと、俺は俺で俺に出来ることをやるだけだ。こっちもお遊びでデュエルをしているわけじゃない。やるからには、本気で相対するさ。

 俺は会場に入り、そしてそのままデュエルフィールドに上がる。周りにはテレビカメラを構えたクルーが何人もいるが、それも今は気にならなかった。

 既にクロノス先生は進行役としてフィールド上に立っている。そして、万丈目は俺の向かい側でノース校の生徒だろう人間と待機していた。

 俺がフィールドに上がっていることに気が付いたのか、万丈目もまた同じく上がってくる。そして、距離はあるものの俺たちは互いの視線をついに絡ませた。

 

「久しぶりだな、遠也」

「ああ、万丈目」

 

 万丈目は話しかけてくるが、それ以上は何も言わない。そして、ただ始まりを待つかのように落ち着いて目を閉じて佇むのだった。

 あの目立ちたがりで高飛車だった人間が、こうも変わるとは。今の万丈目は、確かに今までの万丈目じゃない。十代に言われたその言葉の意味が、こうして目の前にするとよくわかるぜ。

 その時、頃合いと見たのか客席にいる本校の鮫島校長とノース校の市ノ瀬校長が立ち上がった。

 

「では、ここに! デュエルアカデミア本校、ノース校対抗デュエル大会の開催を宣言する!」

 

 二人がそろってそう宣言し、進行役であるクロノス先生に主役が移る。ついでに、テレビカメラもまたフィールドの俺たちのほうにレンズを向け始めた。

 テレビの前ということで緊張しているらしいクロノス先生は、少々固くなりながらもマイクを構えた。

 

「そそ、それではこれヨーリ、デュエルアカデミア本校とノース校、対抗デュエルを始めるノーネ! まず紹介するノーハ……アカデミア本校代表、皆本遠也!」

 

 名前を呼ばれたので、一応小さく手を上げて応える。

 アカデミアからの応援の声が、多少ならずともありがたい。十代をはじめとする友人たちの声は、特に。

 そしてクロノス先生は次に万丈目を紹介しようとするが、それは万丈目自身の声で遮られた。クロノス先生をフィールド上から追いやり、万丈目はクロノス先生からではなく自分の口から自分の名を口にする。

 それはまるで、自分がこれまでの自分とは違うと、明確に周囲に知らしめる宣言であるかのようだった。

 

「――俺の名は! 一、十!」

 

 百、千! と万丈目の後にノース校生徒の掛け声が続く。

 

「万丈目さんだ!」

 

 そう高らかに万丈目が宣言すると、それに呼応してノース校のボルテージが上がっていく。

 万丈目サンダー! 万丈目サンダー! と大きな声で叫んでいるが、あれはどう考えても万丈目の「さんづけしろ」という言葉を聞き間違えただけのような気がするんだが、気のせいだろうか。

 まぁ、万丈目本人は気に入っているのか、訂正していないみたいだから、俺が何か言うことではないのだろうが。

 万丈目はそうして自身の紹介を終えると、俺に向き合ってデュエルディスクを構えた。

 

「いくぞ、遠也! あのときの屈辱、この場でお前に返してくれる! そして、必ず俺が勝つ!」

 

 その闘志あふれる真剣な言葉に、俺もまた真摯に言葉を返す。

 

「ああ、受けて立つ! だが、今回も俺が勝たせてもらうぜ!」

 

 そして俺も同じくディスクを構え、互いの準備が整ったところで同時に開始の合図を口にした。

 

「「デュエルッ!」」

 

皆本遠也 LP:4000

万丈目準 LP:4000

 

「先攻はこの俺! ドロー!」

 

 万丈目はカードを引き、そして手札からカードを選んでディスクに置く。

 

「俺は《仮面竜(マスクド・ドラゴン)》を守備表示で召喚! そしてカードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

《仮面竜》 ATK/1400 DEF/1100

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引き、手札に加える。

 しかし、仮面竜か。リクルーターとして非常に有名なモンスターだ。そしてその効果は戦闘破壊をトリガーに発動する。それを考えると、できれば効果で除去したいモンスターだが、手札的に難しいか。

 それにしても、ノース校の連中の盛り上がりがすごいな。まだ戦闘も起こっていないというのに、万丈目がモンスターを召喚しただけで歓声が上がるとは。

 それだけ、万丈目は連中に受け入れられているということなのかもしれない。かつての孤独だった万丈目とは違うということか。

 となると、前回のように簡単にはいかないだろうな。一層気を引き締めていかなければ。

 

「俺は魔法カード《おろかな埋葬》を発動! デッキから《ボルト・ヘッジホッグ》を墓地に送る」

 

 この俺の行動に、ノース校の人間は自分からモンスターを墓地に送るなんて、と小馬鹿にした野次を飛ばす。

 対して、俺の戦術に慣れ親しんだ本校の人間は、野次を飛ばす連中に対して澄まし顔だ。ようやく、墓地肥やしという概念について理解してきたらしい。

 同じく、俺と対戦したこともある万丈目は苦い顔でこちらを見ている。俺のデッキは、墓地が潤沢になってこそ真価を発揮すると言っても過言ではないからな。

 

「そして《ジャンク・シンクロン》を召喚! 更にその効果を発動! 墓地のレベル2以下のモンスターを効果を無効にして特殊召喚する! 蘇れ、ボルト・ヘッジホッグ!」

 

 お馴染み、眼鏡をかけたオレンジの戦士族チューナーが俺の場に現れ、次いで名前の通りにボルトを生やしたネズミが墓地からフィールドに移ってくる。

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 しかし、やっぱりジャンク・シンクロンって機械族な気がするんだが……。一体どこを基準に戦士族にしたんだろう。まぁ、関係ないけどさ。

 

「さぁ、いくぞ万丈目! レベル2ボルト・ヘッジホッグに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 俺のフィールドにカメラが寄ってくるのを見て、この前のイベントの苦い経験が蘇る。だが、今更どうしようもない。開き直って気にしないことにした俺は、それを意識の外に放ってデュエルに集中する。

 

「集いし英知が、未踏の未来を指し示す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 導け、《TG(テック・ジーナス) ハイパー・ライブラリアン》!」

 

 光の中からゆっくりと歩きながら現れる、学者風でありながら科学的な装備も纏った男。そいつは手に電子ブックのようなものを持ち、バイザー越しに万丈目のフィールドを見据えた。

 そして、俺のフィールド上に現れたそのモンスターの姿に、会場中――特にシンクロ召喚を見慣れていないノース校からの視線が集中する。

 やはり、世間的にはシンクロ召喚はまだ滅多に見れないシステムなのである。

 

《TG ハイパー・ライブラリアン》 ATK/2400 DEF/1500

 

 そして俺がライブラリアンを選んだ理由は簡単。このデッキに組み込まれているレベル5シンクロの中で、一番攻撃力が高いからである。

 かつての万丈目のデッキを考えると、仮面竜はシナジーのないカードだ。つまり、今のデッキは前とは異なるということ。

 相手の出方がわからない以上、ひとまず攻撃力が高いものを選んでおく、というのは然程間違った戦法でもないだろう。

 

「バトル! ライブラリアンで仮面竜に攻撃! 《マシンナイズ・リーダー》!」

 

 ライブラリアンが手に持った電子ブックを展開し、その画面を仮面竜に向ける。そして、浮かび上がる様々な情報が書かれたウインドウが、そのまま波動となって仮面竜に襲い掛かった。

 当然、仮面竜は破壊。それにしても、ライブラリアンの攻撃は、なんなんだろうか。そこに書かれた情報を読んで勉強しろ、ということだろうか。司書的に。

 

「ふん、予定通りだ。破壊された仮面竜の効果発動! このカードが破壊された時、デッキから攻撃力1500以下のドラゴン族を特殊召喚する!」

 

 リクルーターの本領発揮か。

 手札に効果破壊する手がなかったのは残念だったが、前向きに考えれば、ここで呼び出すモンスターによって万丈目のデッキの傾向はある程度読めるはず。

 そういう意味も込めて、俺は万丈目の行動に注目する。

 無論、注目しているのは俺だけでなく会場中の皆とテレビカメラもだ。そんな中、万丈目は高らかに声を上げた。

 

「来い、伝説の一角! 《アームド・ドラゴン LV3》!」

 

 カードを置くと同時に、呼びかけに応えるようにフィールドに現れる、小柄なドラゴン。

 幼生体のようでありながら、しかしどこか厳つい面持ちは、さすがにドラゴン族といったところか。

 そいつは両拳をボクサーのように構えると、そのままフィールドで静止した。

 

《アームド・ドラゴン LV3》 ATK/1200 DEF/900

 

 アームド・ドラゴンか。万丈目の奴、そんなカード手に入れてたんだな。

 俺が呑気にそう考えていると、会場からワッと大きな歓声が上がった。突然のそれに思わず驚く。い、一体なんだってんだ。

 

「レベルアップモンスター……! LVを上昇させていくことで、より強力な能力と効果を手に入れていく特殊なカード群の一種だ! 伝説ともいわれる非常に珍しいカードだが、万丈目はいったいどこで……」

 

 三沢の説明くさいセリフが聞こえてくる。が、そのおかげで俺の疑問は氷解した。

 この世界では、どうやらレベルアップモンスターというのは、非常に珍しいレアカードのようだ。どうりで、こうまで盛り上がるわけである。

 

「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 これで俺のターンは終了だ。

 さて、LV3のアームド・ドラゴンが場にいる状態で向こうにターンが移った。ということは……。

 

「俺のターンだ、ドロー! そしてこのスタンバイフェイズ、アームド・ドラゴン LV3は更なる進化を遂げる! 現れろ、《アームド・ドラゴン LV5》!」

 

 万丈目のスタンバイフェイズを迎えたことにより、アームド・ドラゴンの姿がより凶悪に変貌していく。

 身体の色は淡い紫から赤黒く染まり、至る所に円錐型のトゲが生えている。無論その相貌も強面になり、体格も比べ物にならない。

 まさに進化した、というべき姿でソイツは万丈目の下に現れた。

 

《アームド・ドラゴン LV5》 ATK/2400 DEF/1700

 

「そして俺はアームド・ドラゴン LV5の効果を使う! 手札からモンスターカードを墓地に送り、そのモンスターの攻撃力以下の相手モンスター1体を破壊する! 俺は攻撃力2400の《ヘルカイザー・ドラゴン》を墓地に送る!」

 

 ヘルカイザー・ドラゴン……デュアルモンスターか。そういえば、この時期にもうデュアルって出てるんだよな。まぁ、登場したのが一年前ということから、俺の影響という可能性大だが。

 

「ライブラリアンを効果破壊だ! 喰らえ、《デストロイド・パイル》!」

 

 宣言を受け、アームド・ドラゴンの身体中についた鋭いトゲがミサイルのように飛び出し、その全てがライブラリアンへと降り注ぐ。

 ライブラリアンの攻撃力は2400。ぎりぎり以下のラインに入るので、防ぐ術はないままライブラリアンは破壊された。

 

「くっ……!」

 

 まさか、攻撃力2400のライブラリアンを破壊できる攻撃力のカードが手札にあったとはな。さすがのドロー力か。

 

「バトルだ! アームド・ドラゴン LV5で直接攻撃! 《アームド・バスター》!」

「罠発動! 《ガード・ブロック》! 戦闘ダメージを0にし、俺はデッキからカードを1枚ドローする!」

 

 俺に向かって振り下ろされた豪腕は、見えない壁に阻まれて届かない。攻撃を止められたアームド・ドラゴンはそのまま自陣へと戻っていった。

 

「ちっ、防がれたか。ターンエンドだ!」

「俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引き、手札に加える。これで手札の合計は5枚。だが、場には何もないという極めて危険な状態だ。

 それに加え、あちらには単体除去能力に非常に優れたアームド・ドラゴンがいる。まったくもって、厄介な状況である。

 だが、一つはっきりしたことがある。

 あいつのエースがアームド・ドラゴンだというのなら、今回のデュエルで俺の切り札となるカードはあのドラゴン。

 そいつをいかに早く呼び出すかが、勝敗を分ける重要なポイントになる。そう、俺は確信した。

 

「モンスターをセット。更にカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 俺のターンが終わり、万丈目にターンが移る。

 見るからに守りを固めてきた俺に、万丈目が鼻を鳴らしてカードを引く。

 

「俺のターンだ、ドロー! そして、バトルだ! アームド・ドラゴン LV5でセットモンスターに攻撃! 《アームド・バスター》!」

 

 アームド・ドラゴンがその両腕を合わせ、両拳が上から裏側表示のカードに叩きつけられる。

 それにより、カードが反転。現れたモンスターの畳まれた翼に拳が直撃するが、そのモンスターはびくともせずにその場に存在したままだった。

 

《シールド・ウィング》 ATK/0 DEF/900

 

 その事態に、万丈目が驚いた様子で目を見開く。

 

「なに!? なぜ破壊されない!」

「シールド・ウィングの効果だ。こいつは1ターンに2度まで、戦闘では破壊されないのさ」

 

 俺の説明を聞いた万丈目は、悔しそうに唇をかむ。

 アームド・ドラゴン LV5は相手モンスターを戦闘で破壊した時にレベルが上がる。万丈目としてはそれを狙ったのだろうが、戦闘破壊耐性を持っているとは予想していなかった、ということだろう。

 そのように戦闘破壊には滅法強いシールド・ウィングだが、今回の相手はアームド・ドラゴン。本来の相性は最悪である。シールド・ウィングは効果破壊に対しては無力だからだ。

 今回は防ぐことができたが、恐らく次のターンで確実に対処してくるだろう。

 

「ちっ、忌々しい。だが、レベルモンスターがレベルアップするために必要な手段は、何も一つだけではない」

 

 万丈目はにやりと笑ってそう言い、手札から1枚のカードを手に取った。

 

「魔法カード《レベルアップ!》を発動! 「LV」を持つモンスター1体を墓地に送り、そのカードに記されたモンスターを召喚条件を無視してデッキ・手札から特殊召喚する! ……つまり、アームド・ドラゴンはモンスターを破壊することなく更なる力を得るということだ! 来い、《アームド・ドラゴン LV7》ッ!」

 

 天高くカードを掲げ、それをディスクに置く万丈目。

 そしてその瞬間、アームド・ドラゴン LV5の身体が光に包まれ、その中で徐々にその体躯がより巨大なものへと変化していく。

 成人男性を一回り上回る程度だった大きさは、十数メートルはあろうかという巨躯へ。そしてその身体には更に鋭利な刃物がさながら鱗のように存在し、その巨大さと相まって、もはや全身が武器と言っても過言ではない。

 アームド・ドラゴン。その名に相応しい凶悪なモンスターが、万丈目のフィールドで産声を上げた。

 

《アームド・ドラゴン LV7》 ATK/2800 DEF/1000

 

 威圧感たっぷりのその姿に、さすがに気圧される。

 だが、《レベルアップ!》は正規の手順で召喚されたとは見なされない。そのため、《レベルダウン!?》を使ったとしても、墓地からLV5を復活させられないというデメリットがある。

 それでもなお実行してきたということは、正規でのレベルアップを成すタイミングを逃したが、ここでどうしても召喚したかったのか。あるいは、それだけ自信があることの証左だろうか。

 そして、まるでそれを肯定するかのように、アームド・ドラゴンの足元で腕を組んでこちらを見据える万丈目の姿がそこにあった。

 

「どうだ、遠也! これが伝説のレベルモンスターだ! この圧倒的な力で、俺は……俺自身の力を証明し、貴様に勝つ!」

 

 万丈目は、自分に言い聞かせるかのように言い放つ。

 周囲は万丈目のそんな言葉に盛り上がっているが、どうにもそれを言う万丈目自身の表情が暗いのが気になる。ここは本来、自信満々に宣言する場面だ。少なくとも、俺が知る万丈目の性格ならそうするだろう。

 だが、万丈目はそうしない。絞り出すように言った今の言葉は、あくまで俺の主観でだが、万丈目らしくないと感じられるものだった。

 

「カードを1枚伏せ、ターンエンドだ!」

 

 そんな思考のさなか、万丈目がターンを終えて俺にターンが回ってくる。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 手札は4枚……だが、まだ上手く揃わないか。

 

「俺は《カードガンナー》を守備表示で召喚! そして効果を発動し、デッキトップからカードを3枚墓地に送り、エンドフェイズまでその枚数×500ポイント攻撃力をアップさせる! ターンエンドだ」

 

《カードガンナー》 ATK/400→1900→400 DEF/400

 

 アームド・ドラゴン LV7を倒せるモンスターを呼び出せない。なら、今はこうして耐えるしかない。攻撃力2800ってのは、意外と厄介だな。

 

「俺のターン、ドロー! ふん、どうした遠也。防戦一方じゃないか!」

「さてね。俺はここから逆転するから、問題ないさ」

 

 俺がそう軽口を叩くと、万丈目はちっと舌打ちをした。

 

「その強がりも、ここまでだ! 俺はアームド・ドラゴン LV7の効果を発動! 手札からモンスターカードを墓地に送り、その攻撃力以下の相手モンスター全てを破壊する! 俺は手札から攻撃力1400の《ドラゴンフライ》を墓地に送る! さぁ打ち砕け、《ジェノサイド・カッター》!」

 

 その命令に応えるように、アームド・ドラゴンの腹部についた刃状の突起が激しく上下に動き始める。そして、アームド・ドラゴンは突進し、その巨体で俺のフィールドのモンスター2体全てをその腹部に押し付けた。

 その高速振動する刃に2体は耐え切れず、共に破壊されて消えてしまう。

 そして、後に残ったのはがら空きの俺のフィールドだけである。

 

「くっ……カードガンナーが破壊されたことにより、俺はデッキからカードを1枚ドローする!」

「無駄な足掻きだ! いけぇ、アームド・ドラゴン LV7! 《アームド・ヴァニッシャー》!」

 

 アームド・ドラゴンが腕を振り上げ、その腕が凄まじい速さで回転を始める。生物にあるまじき動きだが、アームドの名の通り身体が武器と化しているからこその芸当なのだろう。

 そして、その腕を俺に向かって容赦なく振り下ろしてくる。

 

「罠発動! 《くず鉄のかかし》! 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、このカードは再びセットされる!」

「それで防いだつもりか、遠也! 罠発動、《リビングデッドの呼び声》! これにより、墓地からアームド・ドラゴン LV5を復活させる! そしてLV5の追撃! 喰らえ、《アームド・バスター》!」

「ぐぁああっ!」

 

 くず鉄のかかしが防げるのは、あくまで1回の攻撃のみ。リビングデッドの呼び声でバトルフェイズ中に蘇ったアームド・ドラゴン LV5の攻撃を防ぐ術は、どこにもなかった。

 

遠也 LP:4000→1600

 

 一気に俺のライフが削られ、ノース校側がわっと盛り上がる。

 そしてそれにあわせて大きくなる本校からの応援の声と、校長の必死な呼びかけ。

 やれやれ、なかなか厳しい状況だ。手札にチューナーがいない、というのはやはりこのデッキにとっては本当に死活問題だな。まさに今、それを実感している。

 だが、こういう状況もあるからこそデュエルは面白いのだ。予想もできない逆境。そうさせる強い相手。それがあるから、俺たちはデュエルをするのだ。

 それをどう覆すか。その相手にいかに勝つか。そのドキドキ感とワクワク感。これがあるから、やはりデュエルは面白い。

 そう考え、自然と口元に浮かぶ笑み。そしてその気持ちの赴くままに、俺はデッキに指を添える。万丈目がエンド宣言をした後、すぐに引けるように、だ。

 ……だが、万丈目はその前に何事かを小さく呟いていた。

 注意深く聞かなければ、決して聞き取れない。そんな音量。

 

「――俺は、負けられない。勝って、勝って、勝って、兄さんたちに証明するんだ。俺が無価値ではないことを。万丈目家の恥さらしではないことを。だから、この勝負……何が何でも、俺が勝つ! 俺はこれで、ターンエンドだ!」

「万丈目……」

 

 最後だけは力強く口にし、俺を強く睨みつける万丈目。それに、俺は何とも言えない視線を返す。

 きっと、万丈目は俺が今の言葉を聞いたとは思っていないだろう。それほどまでに、小さな声だった。ただ、偶然にも俺の耳に届いた、それだけのこと。

 確か、このテレビ放映を企画したのが万丈目の兄貴たち、だったか。なるほど、つまりこの場はその兄貴たちが整えた万丈目を活躍させる場。

 そして、察するに万丈目は家での地位が低いのだろう。だからこそ、こうして家族の中での居場所を守るため、兄たちの顔を汚すまいと必死になっている。

 何ともやりきれない話だ。俺のように、家族に会いたくても会えない奴がいる一方で、万丈目のように会えるのに心が通じ合っていない奴もいる。

 同情か、憐憫か。万丈目に対して、そんな気持ちが全くないと言ったら嘘になる。

 だが、当たり前のことかもしれないが、それはそれ、これはこれだ。

 デュエルにそういった事情を持ち込み、手を抜いて勝ちを譲ったとして、果たして万丈目は喜ぶだろうか。

 もし俺なら、喜ばない。そして、万丈目もまた一人のデュエリストだ。その誇りがある以上、決して喜ばないだろう。その程度には、万丈目のことをわかっているつもりだ。

 だからこそ、俺がやることは変わらない。全力でデュエルをする。ただそれだけだ。

 

「俺のターン!」

 

 ――来たか。

 さっき引いた1枚と合わせ、最高のカードが来てくれた。

 

「俺は《シンクロン・エクスプローラー》を召喚! 更に、効果により墓地の「シンクロン」と名のつくチューナー……ジャンク・シンクロンを蘇生する! そして《死者蘇生》を発動! カードガンナーを復活させる!」

 

《シンクロン・エクスプローラー》 ATK/0 DEF/700

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《カードガンナー》 ATK/400 DEF/400

 

「カードガンナーの効果で、デッキから3枚のカードを墓地に送る」

 

《カードガンナー》 ATK/400→1900

 

 ここで落ちたのは、レベル・スティーラー、クイック・シンクロン、異次元からの埋葬……。よし、悪くはない。

 だが、カードガンナーの効果はおまけだ。本来の狙いは、無論シンクロ召喚にある。

 

「くるか、シンクロ召喚……!」

「ああ、いくぞ万丈目。反撃開始だ! レベル2シンクロン・エクスプローラーとレベル3カードガンナーに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 レベルの合計は8になる。

 さあ、まずはこいつからだ。

 

「集いし闘志が、怒号の魔神を呼び覚ます。光差す道となれ! シンクロ召喚! 粉砕せよ、《ジャンク・デストロイヤー》!」

 

《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600 DEF/2500

 

 お馴染み、スーパーロボットにしか見えない外見を持つ戦士族モンスターである。最近思ったんだが、こいつはきっと、戦隊物のロボットなのだ。だから戦士族なのだろう。たぶん。

 それはさておき、早速デストロイヤーの頼れる効果を俺は使う。

 

「ジャンク・デストロイヤーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、チューナー以外の素材としたモンスターの数まで、フィールド上のカードを選択して破壊できる! 素材としたチューナー以外のモンスターは2体! よって2枚まで破壊できる! 俺は万丈目のアームド・ドラゴン LV7と伏せカードを選択する! 《タイダル・エナジー》!」

 

 デストロイヤーの胸部装甲から放たれるビームのような光。それによって万丈目の場のカードが2枚墓地へと消えていく。

 アームド・ドラゴン LV7も消滅し、伏せてあった《攻撃の無力化》もその役目を果たさぬままフィールドから去る。

 これで、万丈目の場にはアームド・ドラゴン LV5が残るだけとなったわけだ。

 

「バトル! ジャンク・デストロイヤーでアームド・ドラゴン LV5に攻撃! 《デストロイ・ナックル》!」

「ぐぅっ……!」

 

 振りぬかれた鉄の拳がアームド・ドラゴンを直撃し、破壊する。

 そしての差分が万丈目のライフから引かれた。

 

万丈目 LP:4000→3800

 

 まだまだ掠り傷といえるようなダメージ。だが、アドバンテージは完全に上回った。我が方の反撃成功せり、といったところかね。

 そして、俺のターンはまだ終わりではない。バトルフェイズが終わり、メインフェイズが再び訪れる。その瞬間、俺は1枚のカードを手に取っていた。

 

「メインフェイズ2に、魔法カード《シンクロキャンセル》を発動! フィールド上に表側表示で存在するシンクロモンスター1体を融合デッキに戻し、そのモンスターのシンクロ召喚に使用したモンスター一組が自分の墓地に揃っていれば、その一組を自分フィールド上に特殊召喚することができる! ジャンク・デストロイヤーをデッキに戻し、シンクロン・エクスプローラー、カードガンナー、ジャンク・シンクロンを特殊召喚!」

 

《シンクロン・エクスプローラー》 ATK/0 DEF/700

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《カードガンナー》 ATK/400 DEF/400

 

 再び俺の場にチューナーと素材モンスターが揃う。

 もちろん、レベルの合計は8。そしてこれから召喚するのは、アームド・ドラゴンの持つ効果にとって天敵ともなりうるモンスターである。

 

「そして再びシンクロ召喚を行う! レベル2シンクロン・エクスプローラーとレベル3カードガンナーに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 3体のモンスターが飛び上がり、ジャンク・シンクロンが形作った3つの光の輪を5つの星と化した2体が潜り抜けていく。

 

「――集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ!」

 

 瞬間、光が溢れてフィールドを白く染め上げる。

 そして、その中から1体のドラゴンが徐々にその姿を見せ始めた。

 

「シンクロ召喚! 飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 直後、光の中から輝く粒子を伴って飛び立つ白銀のドラゴン。ドラゴンとしてはスマートな体格に、青白く光を照らすその身体は、幻想的の一言に尽きる。

 シグナーの竜が1体。その美しさは、会場中が思わず注視するほどに鮮烈だった。

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 そしてスターダスト・ドラゴンはゆっくりと俺のフィールド上で静止する。滞空する様を表現しているのか、時折小刻みに動く翼が何ともリアルである。

 そして、万丈目は俺のフィールドに現れたスターダストを見て、鼻を鳴らす。だが、それは嫌味の気配がしない、純粋な感嘆からくるもののようだった。

 

「ふん……スターダスト・ドラゴン。ペガサス会長がシンクロ召喚の開発と並行して手ずから作り上げたという、世界にそれぞれ1枚しかない六竜。その1体か」

 

 万丈目が自分の知識を確認するかのように言う。すると、その言葉がきっかけになったのか、途端にそこかしこから歓声が上がった。

 そのどれもが、世界に1枚しかないカードをこの目で見られるなんて、というスターダストのレア度からくる興奮のようだった。

 やはり、あのイベントの後に放送されたテレビの特集なんかが影響しているのだろう。ホント、どこから情報が漏れたのか知らないが、厄介なことをしてくれたものだ。

 ふぅ、と一つ息をつき。俺は改めて万丈目に向き直る。

 熱のひかぬ会場の声を背に受けながら、手札からカードを手に取ってディスクに差し込んだ。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 さぁ、来い万丈目。

 俺が挑発的に目を向ければ、万丈目は鋭い視線を返してくる。その目には、何が何でも勝つ、そんな強迫観念にも似た強い意志を感じさせる迫力があった。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 万丈目がカードを引く。

 次に万丈目がどんな手を打ってくるか。それによって、このデュエルは思いもよらぬ方向へと動くかもしれない。

 スターダスト・ドラゴンを召喚したからといって、俺が勝てるというわけではない。そんな単純なデュエルを、今の万丈目がするとは思えなかった。

 だから、俺は万丈目がとる行動に目を光らせた。

 何をしてきても、必ず勝つ。万丈目の決意に負けないよう、そう強く思いながら。

 

 

 

 

 



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第21話 帰還

 

遠也 LP:1600

手札1 場・《スターダスト・ドラゴン》、伏せ2枚

 

万丈目 LP:3800

手札4 場・なし

 

 

 俺の場にはスターダストと伏せカードが2枚。対して、万丈目は手札こそ4枚あるが、場には何もない。

 間違いなく万丈目がピンチであるこの状況で、向こうにターンが移り、万丈目は引いたカードを手札に加えた。

 さて、どういう手で来るのか。俺は油断なく万丈目の動向に注意を向けた。

 

「俺は《強欲な壺》を発動し、2枚ドロー! そして墓地の風属性モンスター《ドラゴンフライ》を除外し、手札から《シルフィード》を特殊召喚する!」

 

《シルフィード》 ATK/1700 DEF/700

 

 長身で白い装束に身を包んだ男性が降り立つ。手に持った芭蕉扇は、風で連想される天狗を意識したものだろうか。

 天使族ではあるが、風属性というアームド・ドラゴンと同じ属性。そしてその効果ゆえにアームド・ドラゴンとは抜群の相性を誇る。リリース要因、またもう一つの効果である戦闘破壊された際のハンデス効果も併せて使いやすいモンスターだ。

 

「更に、俺はシルフィードを生贄に捧げ《アームド・ドラゴン LV5》を召喚!」

 

《アームド・ドラゴン LV5》 ATK/2400 DEF/1700

 

 シルフィードが光の粒となって消え、代わりに再び現れるアームド・ドラゴン LV5。その姿に、ノース校のほうから大きな声が上がり、一層の盛り上がりを見せた。

 しかし、やっぱりこの短期間でここまでノース校の人間の心を掴んでいるとは。改めて思うと、凄いな万丈目。心の中でこの状況の中心にいる万丈目に感嘆しつつ、俺は万丈目の行動を見据えた。

 

「更に《サイクロン》を発動! お前の場の《くず鉄のかかし》には消えてもらう!」

「くっ……!」

 

 攻撃を1度だけ、しかし何ターンも防いでくれる防御の要がここで破壊されるか。

 自身が信頼するモンスターを呼び出し、かつその攻撃を防ぐ術まで除去してくる。このあたりは、やはり流石と言うほかない。

 そして、アームド・ドラゴンを出して、くず鉄のかかしを除去したということは、ここで決めるつもりか万丈目。

 

「いくぞ、遠也! いかに貴様が上級モンスターを呼び出そうと、俺が何度でも破壊してくれる! アームド・ドラゴン LV5の効果発動! 手札からモンスターカードを墓地に送り、その攻撃力以下の相手モンスター1体を破壊する! 俺は手札から攻撃力2800の《可変機獣 ガンナードラゴン》を墓地に送り、スターダスト・ドラゴンを破壊する! 《デストロイド・パイル》!」

 

 アームド・ドラゴン LV5が身体中のトゲが発射させようと、ぐっと身体に力を込める。

 それを見て、ああっと思わず声を漏らす本校生徒。同じく絶望的な表情になる鮫島校長。

 これが通れば俺の場にはモンスターがいなくなり、更にくず鉄のかかしという防御カードもすでに破壊されてしまっている。

 もう1枚の伏せカードがあるとはいえ、それが攻撃を防ぐ類のものでなかった場合、ゲームセットが確実となる状況である。

 確かに、それだけ見れば絶望的といえる中にいると言っていいだろう。

 しかし、俺の場にいるのは他でもない、スターダスト・ドラゴンである。

 ゆえに。

 

「それを待っていた」

「なに!?」

「確かにアームド・ドラゴンの効果は強力だ。除去効果に加えその攻撃力。容易に勝てるものじゃない。だが――」

 

 単体制圧能力という意味では、屈指と言ってもいいだろう。こちらの世界で伝説と呼ばれるのも分かるかもしれない。

 だが、しかし。

 

「スターダスト・ドラゴンの効果はその上を行く! この瞬間、スターダスト・ドラゴンの効果発動!」

 

 俺がそう宣言すると、応えるようにスターダストが嘶いなないた。

 

「フィールド上のカードを破壊する効果を持つ魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、このカードを生贄に捧げる事でその発動を無効にし、破壊する! 《ヴィクテム・サンクチュアリ》!」

「な、なんだとぉッ!?」

 

 万丈目の驚きを余所に、スターダストが先程以上に甲高い声を響かせ、身体中が発光していく。

 そして、やがてその身体が徐々に光の粒子となって消えていくと、同じくして万丈目のフィールドのアームド・ドラゴン LV5もまたフィールド上からその姿を霞のように消していくのだった。

 

「なっ……くっ……!」

 

 これで、万丈目のフィールドには何もなく、ただ手札が1枚あるのみとなった。

 アームド・ドラゴン LV5を召喚した時点では予想もしていなかっただろうこの状況に、万丈目は悔しげに歯を噛んで、絞り出すように声を出した。

 

「……ターンエンドだッ!」

 

 そしてエンド宣言をしたその瞬間、俺が再び声を上げる。

 

「スターダスト・ドラゴンの効果発動! 自身の効果で墓地に送られたターンのエンドフェイズ、このカードを自分フィールド上に特殊召喚する! 再度飛翔せよ、スターダスト・ドラゴン!」

「なぁっ……!?」

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 墓地から光に包まれて飛び出し、再び俺のフィールド上へと舞い戻る星屑の輝き。

 その光景を前に万丈目は驚きのあまり声もないのか、ただ目を見張ってスターダスト・ドラゴンを見つめていた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ――そして、同じく驚いているのは、万丈目だけではなかった。

 会場にいる誰もが、スターダスト・ドラゴンのその効果に、程度の差はあれ驚愕を隠せないでいたのだった。

 それは遠也の友人たちも例外ではなく、観客席で一塊になっていた彼らは、初めて見るスターダストの効果に揃って声を失っていた。

 そんな中、三沢が不意に口を開く。

 

「……前にペガサス会長とのデュエルで出した時は、ただフィニッシャーとして出てきただけだった。だが、あの遠也が信頼を寄せるほどだ。当然、何かしらの効果を持っているだろうと思ってはいたが……」

 

 三沢はそう言いながらフィールドに向ける視線を外さない。遠也の姿と、その前に彼を守るようにして浮かぶスターダスト・ドラゴン。それを見て、一筋の汗が三沢の頬を伝った。

 三沢の隣に座る明日香も同じような感想を抱いたようで、彼女もまた真剣な表情で三沢の言葉に首肯した。

 

「ええ。でも、まさかあれほどの効果だったなんて……」

「破壊効果の発動そのものを無効にし、更に破壊。その上、エンドフェイズに自己蘇生する効果まで持っているとはな……」

 

 強い。

 明日香に続いて効果を確認するように述べたカイザーは、最後にそう簡潔にスターダスト・ドラゴンを表現した。

 そしてその言葉に異を唱える者はそこにおらず、誰もが無言でその言葉に頷く。

 実際、遠也が元々暮らしていた世界においても、スターダストはその優秀な効果により、エクストラデッキには必須と言われていた時代もあったほどだ。

 様々なカードの登場等により、後に必須とまでは言われなくなったが、それでも高い採用率であることに間違いはない。

 この時代よりもはるかにカードプールが豊富であり、かつ戦術も洗練されていた遠也の環境。その中でそこまで評価されていたカードが、この時代において優秀と評価されないはずがなかった。

 

「これで、万丈目のフィールドは空っぽになっちまったな」

 

 おもむろに、十代がフィールドに目を向けてそう口にする。

 それに、隣の翔が頷いた。

 

「ライフポイントにはまだ差があるっす。けど……」

「ああ。流れが変わってきたぜ」

 

 十代はそう言うと、遠也に目を向ける。

 白銀に輝く竜に守られるようにそこに立つ遠也。そして、向かいに立つ万丈目にも視線を移す。その姿に、十代は先程トイレに行った際に万丈目がその中で口にしていたことを思い出していた。

 勝たなければ。勝たなければ、自分は評価されない、認めてもらえない。そんな言葉を吐露し、悩みに人知れず押し潰されそうになっていた万丈目。

 しかしそれを悟らせず、アカデミアにいた頃から自分に絶対の自信を持って振る舞ってきた万丈目に、十代は純粋なる敬意を抱いていた。

 すげえ、と素直にそう思う。崩れ落ちるようなプレッシャーを受けながら、万丈目は逃げずに立ち向かっているのだ。だからこそ、十代は凄いとそれを思う。

 だから、十代の心境は遠也にも万丈目にも頑張ってほしいという実に欲張りなものとなっていた。

 どちらを応援すればいいかなんて、十代にはわからない。そんな小難しいことを考えるのは苦手なのだ。なら、どうすればいいのか。簡単だ、自分がやりたいようにすればいい。

 十代はたいして悩まずに即座にそんな結論を出す。すなわち。

 どっちも応援したい。なら、どっちも応援すればいいだけだ。

 そう答えを出した十代は、ごく普通にフィールドに向かって応援の声を上げた。

 

「いっけー遠也! 万丈目も、気合見せろー!」

 

 何故か万丈目まで応援する十代に、周囲の人間がぎょっとして十代を見る。

 なんで敵の応援してるんだこいつは、と言いたげなその視線に、しかし十代はまったく堪えない。

 その声が届いたのか、遠也と万丈目まで十代を見ている。それに気づいた十代は、にかっと笑ってガッチャの決めポーズを二人に見せる。

 それが十代なりの、二人のライバルに対する気持ちだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「ふん……万丈目さん、だ! 馬鹿が!」

 

 万丈目が、十代の応援の声を受けて舌打ちと共にそう吐き捨てる。

 その姿に苦笑しつつ、俺は十代の応援にやれやれと肩をすくめる。十代が万丈目の何を知っているのか俺には分からないが、きっと十代にとって万丈目は敵ではないのだろう。

 万丈目は敵視しているが、十代にとってはいいところライバル、もしくは気難しい友人、といったところか。まったく、平和かつ羨ましい性格だよ。

 

「俺のターン!」

 

 さて、万丈目込とはいえ応援された身としては頑張らないとな。

 

「バトル! スターダスト・ドラゴンで直接攻撃! 響け、《シューティング・ソニック》!」

「ぐぁあッ!」

 

万丈目 LP:3800→1300

 

 スターダストの口から放たれた真空の砲撃が、万丈目を呑みこんでそのライフポイントを大きく削り取る。

 これでライフ差はほぼなくなった。ここで追撃ができれば勝ちが決まっていたのだが、残念ながら手札は2枚しかなく、その中にこれ以上攻撃を行うことのできるカードは存在していなかった。

 ゆえに、このターン俺にこれ以上出来ることは何もない。

 

「ターンエンド!」

「俺のターン、ドロー!」

 

 万丈目はカードを手札に加えると、その中の1枚を手に取った。

 

「魔法カード《トレード・イン》を発動! 手札からレベル8モンスター《闇より出でし絶望》を墓地に送り、デッキから2枚ドロー! 更に《天使の施し》! 3枚ドローし、2枚捨てる!」

 

 単なる手札交換。だが、確かに手札がその2枚じゃあ、交換しなければ何もできないだろう。しかし、ここでトレード・イン、そのうえ天使の施しまで手札に来るとは。

 そして最終的に残った2枚のカードを見て、万丈目はその顔を獰猛な笑みで彩った。余程いいカードを引いたらしい。

 

「くく……貴様がせっかく出したエースも、これで終わりだ! 俺は《死者蘇生》を発動! 墓地のアームド・ドラゴン LV5を復活させる!」

 

《アームド・ドラゴン LV5》 ATK/2400 DEF/1700

 

 三度その姿をフィールド上に晒すアームド・ドラゴン LV5。万丈目のデッキがこいつを中核にしているのはわかるが、一度のデュエルで三度も出すとは、なかなか出来ることじゃない。

 しかし、それでもその効果はスターダストによって封じられ、攻撃力も届かない。これでは万丈目がああまで自信ありげにするには足りないだろう。

 つまり、決め手はあの残り一枚となった手札。そして、この状況でスターダストを突破する手段といえば……。

 

「更に手札から《レベルアップ!》を発動! 再び進化、アームド・ドラゴン LV7ッ!」

 

《アームド・ドラゴン LV7》 ATK/2800 DEF/1000

 

 LV5の身体が光り、その身体が更なる巨体へと変貌していく。そうして再び現れる、アームド・ドラゴンの完全体。さすがに手札も尽きたため究極体であるLV10までは出てこなかったものの、それでもこの状況でLV7まで出てくるとは思わなかった。

 そしてスターダストの攻撃力2500を上回る数値を持つLV7。こうも早くスターダストを超えてくるとは、感嘆するほかない。

 

「いけ、アームド・ドラゴン LV7! スターダスト・ドラゴンに攻撃! 《アームド・ヴァニッシャー》!」

 

 アームド・ドラゴンがその腕を回転させ、その圧倒的な膂力でもってスターダストを粉砕せんと迫ってくる。

 それを受けて、俺は攻撃が直撃する前に口を開いた。

 

「この瞬間、墓地の《ネクロ・ガードナー》を除外し、効果発動! 相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする!」

「ちっ、防がれたか。俺はこれで、ターンエンド!」

 

 最初のカードガンナーの効果で墓地に行っていたカードだが、上手く助けてくれた。破壊されなければ、まだ次に繋げることもできる。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 来たか、このデュエルを終わらせることのできるカードが。

 万丈目の場にはアームド・ドラゴン LV7が1体。そして手札は0で伏せカードもない。ならば、こちらの攻撃を防げる道理もない。

 

「いくぞ、万丈目! 俺は《ジャンク・シンクロン》を召喚! そしてその効果で墓地のレベル・スティーラーを特殊召喚する!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

 

 レベルの合計は4となり、キーカードの召喚条件は満たされた。

 

「レベル1レベル・スティーラーに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし勇気が、勝利を掴む力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 来い、《アームズ・エイド》!」

 

《アームズ・エイド》 ATK/1800 DEF/1200

 

 鋭く鋭利な爪を持った籠手のようなモンスター。その召喚に成功し、そしてすぐさま俺はその効果を発動させる。

 

「アームズ・エイドの効果、1ターンに1度、メインフェイズにこのカードを装備カード扱いとしてモンスターに装備できる! そして装備したモンスターの攻撃力が1000ポイントアップ!」

 

 アームズ・エイドが光の粒子となり、スターダスト・ドラゴンに降り注ぐ。星屑の名を冠するドラゴンが光を纏っていく様は、何とも言えない神秘性を感じさせる。

 そしてその光がスターダストの全身を包み終わった時。その攻撃力はアームド・ドラゴンを上回る値へと上昇していた。

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500→3500

 

「いけ、スターダスト・ドラゴン! アームド・ドラゴン LV7に攻撃! 《シューティング・ソニック》!」

 

 スターダスト・ドラゴンが再び口から圧縮空気の砲弾を発射させる。

 アームズ・エイドには、装備したモンスターが相手モンスターを破壊した時、その破壊されたモンスターの攻撃力分のダメージを相手ライフに与える効果がある。

 スターダストがアームド・ドラゴンを破壊しただけではライフが600残る計算になるが、その効果により、万丈目のライフは0を刻む。

 これで、俺の勝ちだ。

 俺がそうして勝利を確信していると、万丈目が大きな声を出した。それも、こちらが全く予想もしていなかった内容の。

 

「この瞬間、墓地の《ネクロ・ガードナー》の効果発動!」

「っな! なにぃ!?」

「このカードをゲームから除外し、相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする!」

 

 墓地のカードから闇が広がり、それが壁となってスターダストの攻撃を受け止める。

 攻撃を止められてしまったスターダストは、止む無く俺のフィールドに帰ってきた。……が、それよりもまさか止められるとは思っていなかった俺は、思わず一瞬呆けた。

 まさか万丈目のデッキにもネクロ・ガードナーが入っているとは。さっきは俺も使ったし、それに十代も使っているカードだ。その便利さは元の世界で制限カードにまでなっていたこともあることから折り紙つきである。

 その有用性から万丈目が使ってもおかしくはないが、なんつータイミングで発動してるんだ。これ、逆転フラグになったりしないだろうな。嫌な予感しかしないんだが。

 畜生、こんなことなら《ダブル・アップ・チャンス》でも入れておくんだった。そんなことを考えつつ、俺は仕留めきれなかった悔しさを隠しきれぬまま口を開いた。

 

「……ターンエンド!」

「俺のターンだ! ドローッ!」

 

 万丈目は場にアームド・ドラゴン LV7こそいるものの、手札が0で伏せもない状態であり、余裕はないと言っていいだろう。

 そのためか、心なしか声にも力が入ったドローであった。そして、それを行った万丈目は、手元に来たカードを見て口角を上げて笑みを見せる。

 たった1枚の手札。一体万丈目が何を引いたのか。それはすぐに明らかになった。

 

「俺は魔法カード《スタンピング・クラッシュ》を発動! このカードは自分フィールド上にドラゴン族モンスターが存在する場合のみ発動できる! 魔法、罠カード1枚を選択して破壊し、そのコントローラーに500ポイントのダメージを与える! 俺は、装備カードとなっているアームズ・エイドを選択して破壊! そして500ポイントのダメージを受けろ!」

「ぐっ……」

 

 俺の場のアームズ・エイドが破壊され、更にライフも削られる。それだけではなく、スターダストの攻撃力まで元に戻ってしまった。

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/3500→2500

 

遠也 LP:1600→1100

 

 これは、まずい。

 

「バトル! アームド・ドラゴン LV7でスターダスト・ドラゴンに攻撃! 《アームド・ヴァニッシャー》!」

「くっ……スターダスト!」

 

 攻撃力の差は300ポイント。たったそれだけとはいえ、こちらが下回っている事実は変わらず、スターダストは破壊されて墓地に行ってしまった。

 

遠也 LP:1100→800

 

「ターンエンドだ!」

 

 くそ、ついにライフポイントが1000を切ったか。

 俺が追い詰められていることに、喜びの声でもって万丈目の声援とするノース校。対して最早なりふり構っていられないのか、立ち上がって俺に檄を飛ばす鮫島校長。

 本校の生徒みんなも応援してくれているのだが、それよりも校長の熱狂っぷりがやばい。一体何がそうさせているのかわからないが、俺としてもその声には応えるつもりだ。

 何より俺の勝ちを信じている友人たちがいるのだ。その前だからこそ、勝ちたい。向けられた信頼に、応えてみせるために。

 

「俺のターン!」

 

 カードを引き、確認する。

 そして、俺はそのカードをそのままディスクに差し込んだ。

 

「魔法カード《星屑のきらめき》を発動! 自分の墓地に存在するドラゴン族のシンクロモンスター1体を選択し、そのモンスターのレベルと同じレベルになるように、選択したモンスター以外の自分の墓地に存在するモンスターをゲームから除外し、選択したモンスターを墓地から特殊召喚する!」

 

 ドラゴン族シンクロモンスターを、墓地アドの損失だけで完全蘇生させる優秀な魔法カードだ。無論蘇生制限を満たしていなければならないが、シンクロ召喚したモンスターであるならば問題はない。

 

「俺は《スターダスト・ドラゴン》を選択! 墓地のシンクロン・エクスプローラー、カードガンナー、ジャンク・シンクロンを除外し……三度みたび飛翔せよ! 《スターダスト・ドラゴン》!」

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 輝く光の雫を散らせながら、再び墓地より現れるスターダスト・ドラゴン。

 それを見て、万丈目の顔が苦々しげに歪む。

 

「更にリバースカードオープン! 罠カード《ロスト・スター・ディセント》! 自分の墓地に存在するシンクロモンスター1体を選択し、自分フィールド上に表側守備表示で特殊召喚する! ただし、この効果で特殊召喚したモンスターの効果は無効化され、レベルは1つ下がり守備力は0になる。また、表示形式を変更する事はできない。《TG ハイパー・ライブラリアン》を守備表示で特殊召喚!」

 

《TG ハイパー・ライブラリアン》 ATK/2400 DEF/1800→0

 

 片膝をつき、身を守る姿勢を取るライブラリアン。

 本来のレベルは5だが、ロスト・スター・ディセントの効果により現在のレベルは4。それは、この状況においては大きなメリットになる。

 

「そして、チューナーモンスター《エフェクト・ヴェーラー》を通常召喚!」

 

《エフェクト・ヴェーラー》 ATK/0 DEF/0

 

 まるで羽衣のような質感を持つ半透明の大きな翼。その不思議な羽を広げ、青い髪に白装束を纏った少女が降り立つ。

 手札から捨てることで相手モンスター1体の効果をエンドフェイズまで無効にする効果を持つカードだが、同時にレベル1のチューナーでもある。シンクロデッキにとって、とても有用なカードの1枚だ。

 そして、チューナーとそれ以外のモンスターが揃った以上、やることは決まっている。

 

「レベル4となっているライブラリアンに、レベル1のエフェクト・ヴェーラーをチューニング!」

 

 2体が飛び上がり、光の中へと消えていく。

 そのレベルの合計は5。そして、素材指定がないという条件かつこの状況では、呼ぶのはもちろんアイツである。

 

「集いし狂気が、正義の名の下動き出す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 殲滅せよ、《A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス) カタストル》!」

 

《A・O・J カタストル》 ATK/2200 DEF/1200

 

 白銀の体躯に、金の縁取りで囲われた一つ目のレンズ。こと戦闘においては絶大な力を持つ戦闘兵器である。

 これで俺のフィールドには、スターダストとカタストルの2体が並んでいることになる。

 俺はまず、カタストルを指定して指示を出した。

 

「バトル! カタストルでアームド・ドラゴン LV7に攻撃!」

「馬鹿な! 攻撃力はこちらのほうが上だぞ!?」

 

 万丈目の言うとおり、彼我攻撃力差は600ポイントあり、カタストルの攻撃力は及ばない。

 だが、こと戦闘においてなら、カタストルに心配はいらないのだ。

 

「この瞬間、A・O・J カタストルの効果発動! このカードが闇属性以外のモンスターと戦闘をする場合、ダメージ計算を行わず、そのモンスターを破壊する!」

「な、なんだと!?」

「いけ、A・O・J カタストル! 《デス・オブ・ジャスティス》!」

 

 俺の言葉に従い、カタストルがその身を僅かにのけぞらせる。

 そしてその一つ目のレンズに集束していくエネルギー。それは一筋のレーザーとなって解放され、一瞬でアームド・ドラゴン LV7を貫いた。

 その一撃で、消えていくアームド・ドラゴン。これで、万丈目のフィールドはがら空きになった。

 

「くっ……!」

「これで終わりだ、万丈目! スターダスト・ドラゴンで直接攻撃! 響け、《シューティング・ソニック》!」

 

 スターダストの口腔から、再び不可視の砲撃が万丈目に向けて放たれる。それを正面から見据えながら、万丈目は無念の咆哮を上げるのだった

 

「く、くっそぉぉお!」

 

万丈目 LP:1300→0

 

 万丈目のライフポイントが0になり、それと同時にフィールド上に映像化していたビジョンが消えていく。

 ショックのあまり、膝をついている万丈目と、立ってそれを見ている俺。その二人を交互に見てから、クロノス先生が対戦台の下からぴょんとフィールドに立ち、マイクを片手に俺に手を向けた。

 

「勝者! デュエルアカデミア本校代表、皆本遠也なノーネ!」

 

 クロノス先生がそう告げた瞬間、本校生徒たちから喜びの声が一気に爆発した。拍手、歓声、口笛、などなど。それぞれが思い思いの方法で俺の勝利を祝ってくれている。

 非常に嬉しいことではあるが、それが全て俺に向けられていると思うと、些かならずとも気恥ずかしい。

 だから、俺は控えめに片手を上げることで、それらの声に応えるのだった。

 そして、対するノース校だが、こちらは俺の勝ちが決まった瞬間、静まり返ってしまった。

 だが、その中の大多数は万丈目の敗北に涙しており、また崩れ落ちた万丈目に拍手を送っている者が大勢いる。

 この光景を見ると、万丈目がノース校の人間に本当に慕われているのだと実感する。全校生徒のほとんどが万丈目のために泣いてくれているのだから、本当に凄い。

 そう感心していると、不意にこのデュエルフィールドと観客席を繋ぐ入口から、見知った顔が走ってきているのが見えた。

 

「遠也!」

 

 走り寄ってくるのは、十代に翔、隼人、それから三沢か。明日香とジュンコにももえ、それからカイザーはいないようだ。

 そう思ってみんなが座っていたところを見ると、明日香がこちらに笑顔で手を振り、カイザーが相変わらずのカッコつけた笑みをしているのが見えた。

 ジュンコ、ももえも大歓声で聞き取れないものの、何か祝いの言葉を言ってくれているのが動いている口からわかる。

 だから、俺はその四人に向かってサムズアップを返すのだった。

 そうこうしている間に、十代たちは気づいたら勝手にフィールドに上がってきていた。

 テレビカメラが回っているのに、そんなことしていいのか。と思ったが、周りを見ると、カメラは既に下ろされている。理由は分からないが、どうも既に撮影は終わっていたようだ。随分急な話である。

 そんな風に周囲を見ていると、俺の視界に突然十代が顔を出す。そして、その表情は満面の笑顔であった。

 

「遠也、やったな! 最高のデュエルだったぜ!」

 

 そう言って手のひらを掲げる十代に、俺は応と答えて自分の手のひらをそこに合わせた。

 パシン、と鳴った甲高い音。それに続けて、翔たちも口を開く。

 

「うん、見ていて楽しかったよ!」

「さすが遠也なんだな」

 

 二人の言葉にも、サンキューと返す。そして、三沢も苦笑を浮かべて声をかけてきた。

 

「スターダスト・ドラゴン……まさかあれほどの効果を持っていたとはな。効果破壊も効かないとなると、ますますお前の攻略が難しくなるな」

 

 肩をすくめるように言われ、俺もまた苦笑いを返すしかない。

 スターダストの優秀さは元の世界でも認められていたほどだ。こうしてこの世界でも評価されるのは当然なのかもしれないが、それでも自分のカードのことなだけにそう言われるのは嬉しかった。

 

「でも、万丈目は強かったよ。あれだけ――」

「準! まったく、なんてザマだ!」

 

 言葉の途中、突然聞こえてきた怒鳴り声に、思わず声を詰まらせる。

 そして、半ば反射的にそちらのほうへと顔を向ける。その声を聴いた十代たちもまた気になったのだろう、共にその発生源に視線を移していた。

 俺とのデュエルに負け、膝をついた万丈目。その横に二人の成人男性が立ち、厳しい表情で万丈目を見下ろしている。その目に親しみはなく、苛立ちと怒りが万丈目に対して注がれていた。

 

「に、兄さん……」

 

 万丈目が、その目にたじろいだのか弱々しく彼らを呼ぶ。

 ……なるほど、あれが万丈目の兄たちか。家族と上手くいっていないのでは、という予想は当たっていたというわけだ。まったく嬉しいことではないが。

 そして万丈目の声に、二人の兄は舌打ちと溜め息で応えた。

 

「失望したよ、準。やはりお前は俺たち兄弟の中でも出来が悪かったようだ」

「期待し、こうして金をかけてやった結果がこれとはな。俺たちがせっかく用意してやったカードも使わず負けるとは、呆れて物も言えんぞ!」

「くっ……」

 

 その容赦ない叱責に、万丈目が目を伏せて苦しげに声を漏らす。

 あからさまに万丈目を侮蔑する言葉に、俺は自分の目つきが鋭くなっていくのがわかった。万丈目は正々堂々と戦い、そこに責められるべき点は何一つなかった。そんな万丈目が、何故こうまで言われなければならないんだ。

 文句を言ってやろうと俺は口を開きかける。が、その前に十代が一歩踏み出していた。

 

「おい、アンタら! 万丈目の兄だか何だか知らないけどな! 万丈目は精一杯戦ったんだ! アンタらのくだらないプレッシャーにも負けずにな! それを貶すなんて、俺が許さないぜ!」

 

 十代が珍しく怒りを込めた声で二人を睨む。

 その言葉から察するに、試合前に十代が万丈目のことを気にかけていたのは、こういった兄からのプレッシャーが万丈目にあることを何処かで知ったからだったのだろう。

 怒りの言葉と失望の感情を家族から受けるかもしれない恐怖、それは確かに想像を絶する。その恐怖を常に背負ったうえでこれまでデュエルに臨んできていたのだとすれば、万丈目は尊敬に値する精神の持ち主だ。

 ノース校で万丈目が慕われる理由が、少しわかったかもしれない。そういう心が根元にある人間を、本気で嫌える奴はそういないだろう。

 だが、兄たちにとってはそうではないらしい。十代の怒りを、鼻で笑って返してきた。

 

「ふん、部外者は黙っていてもらおう。これは我ら兄弟の問題だ!」

「それに、物事は結果が全てだ! 我ら万丈目家に生まれながら、その能力のない準が悪いのだ!」

 

 その高圧的かつ独善にすぎる物言いに、普段はオシリスレッドを馬鹿にするクロノス先生すら不愉快気に表情を歪ませる。

 いち教師としては、やはりそういった思考は受け入れがたいのだろう。そう感じる心を自覚して、いずれはオシリスレッドに対する嫌がらせも控えてほしいものだ。

 そして、二人が言い放った言葉に、万丈目は一層うなだれる。家族からお前は能無しだと告げられたその心情は、推し量るに余りある。

 ……しかし、この兄たちは馬鹿なのだろうか。万丈目は、滅多にない稀有な才能があることを自分で、しかもこの場で証明してみせているのに。

 俺には間違いなく無く、カイザーと十代にあるいはあるかもしれないその才能。持っていない人間の方が圧倒的に多いその才能に気付かないとは――。

 

「馬鹿じゃないの?」

「なに、貴様誰に向かって言っている!」

 

 あ、思わず口に出てた。

 兄の一人、なんか睫毛が濃いほうがそれに反応して睨んでくる。

 まあ、いいや。俺も腹が立ってたのは事実だし、こいつらに気付かせてやるのもいいだろうさ。弟の凄さをな。

 

「いや、だってアンタら、万丈目の才能に気付いてないだろ。こんなに珍しい才能持ってるのにさ」

「何を馬鹿な」

「準に才能だと? ふん、デュエルの才能がないことは、この場で証明されたわ!」

 

 俺の言葉に、兄二人は揃って否定的な態度でそれを一蹴する。

 対して俺は、そんな二人に溜め息をついた。理解していないな、と暗に示すそれに二人の表情が険しくなる。

 そして、俺のその反応に、周囲の面々も視線を向けた。いったい、俺が言う才能とは何なのか、ということだろう。むしろ、なんでわからないかな。こんなにわかりやすいのに。

 

「あるだろ、才能。万丈目はノース校に半年もいなかったんだぜ。なのに、こいつのために泣いてくれる生徒が、こんなに大勢いるんだ。これって、結構凄いことだぞ」

 

 なにしろ、一学校そのものなのだから、生徒数は三ケタに届いているのだ。そのほぼ全てから慕われるというのは、並みのことではない。

 

「言い換えようか。こいつにはカリスマっていう欲しくても得られない才能がある。この場で、万丈目のことを心から応援していたノース校の生徒たちがその証拠だ」

 

 そこまで言って、俺は二人に指を突きつけた。

 

「金と結果が全てだと思っているアンタら二人には、絶対に無い才能だぜ」

 

 最後にそう断言した瞬間、会場中からワッと声が上がった。

 本校、ノース校関係なく。全ての生徒が兄たちの横暴すぎる言葉に対して、帰れ、引っ込めと、さんざんに言い始める。だがしかし、万丈目に対しては、よくやった、いいデュエルだったぞ、カッコよかったぜ、と賞賛の声ばかりだ。

 それは、俺が今言ったことをまさに証明するかのような光景だった。

 

「くっ……!」

「不愉快だ! 帰るぞ、正司!」

「ま、待ってくれ長作兄さん!」

 

 そして、非難轟々となってその空気に耐えられなくなった二人は、忌々しげに俺たちを見てから足早に会場を去って行った。

 まったく、それに万丈目にはデュエルの才能もあるぞ。あのドロー力と今日のデュエルを見ていればわかるはずだろうに。弟だからって過小評価しすぎだ。

 そんな彼らが姿を消すのを見届けてから、俺たちは万丈目の方へと駆け寄った。

 膝をついていた万丈目も立ち上がり、その姿を認めた十代が彼らの去って行った方を見ながら不満を漏らす。

 

「ちぇ、なんだよアレ。万丈目のデュエルを馬鹿にしてるぜ。それに――」

「そこまでにしとけ、十代。万丈目にとっては兄貴なんだ、馬鹿にされていい気分はしないだろ。俺もさっきは好きに言い過ぎたよ。悪かったな万丈目」

 

 自分のことを棚に上げ、謝りつつも十代にそう忠告する俺。

 まぁ、自分で言っちゃったからこそ気を付けようと思ったわけだし、それを他人に促すのも間違いではないだろう。

 

「あ、そうか。悪い、万丈目」

「ふん……」

 

 謝られた万丈目は、その不遜な態度とは裏腹に、口元には小さな笑みを浮かべていた。

 それを見てとったのは俺だけだったようだ。こいつも、素直じゃない奴である。

 そのまま徐々に騒ぎ始める友人たちを見ながら、俺は観客席にいる明日香たち女子とカイザーのほうに視線を移す。

 そこでこちらを楽しそうに見ている連中に、一度肩をすくめてみせる。そして俺は友人たちの輪に加わるため、「次は俺とデュエルだ!」「いいだろう、お前にも雪辱を果たす!」と言い合い始めた十代と万丈目のもとに歩み寄っていくのだった。

 

 

 

 

 対抗試合が終わり、ノース校の人間はみんな帰って行った。

 その折、優勝校の校長に渡す賞品とやらも発表されたのだが……それがなぜにトメさんのキス? っていうか、そんなもののために代表生徒は必死こいて戦わなきゃいけないのかよ。

 あまりにも馬鹿らしくなった俺は、ふと俺を代表に誘い込んだ元凶であるカイザーの姿を探した。だが、その場にカイザーは既におらず、その日一日会うことはなかった。

 

(あの野郎、知ってやがったな)

 

 俺がそう確信し、面倒事を押し付けられただけだったと知り憤るのは、当然のことであった。

 以後しばらく俺はカイザーにデュエルに誘われても軒並み断り、それに地味に嫌な顔をしたカイザーを見て、俺はひとまずの溜飲を下げたのだった。

 ちなみに万丈目はアカデミア本校に残った。やはり本人としては、アカデミアに思い入れもあったようで、再び通いたいという意思を校長に示したのだ。

 校長は快くそれを受諾した。尤も、勝手に学校を離れていた関係で出席日数が足らず、出席日数が単位に関係しないオシリスレッド所属になってしまったのは笑ったが。

 それでも大して不満も言わずにいるところを見ると、本当に変わったのだと思う。ノース校、それからあの対抗試合で兄貴たちと対したことが、いい切っ掛けになったのかもしれなかった。

 

 

 そして、今。俺は十代と万丈目という三人でブルー寮の俺の自室に集まり、顔を突き合わせていた。

 ちなみに万丈目はレッド所属でありながら、ブルー生徒に嫌われていない稀有な例だ。先日の対抗試合で好印象を持たれたのが原因らしい。

 まぁそれは置いておいて。こうして集まっている理由は、俺と十代が万丈目にかけたある言葉が原因だった。

 

「なぁ万丈目。そいつってお前の精霊か?」

「お、遠也も気づいてたのか。俺も気になってたんだよなー」

「なに!? 貴様らこのザコが見えるのか!?」

 

 その後俺たちも精霊が宿るカードを持っているという話になり、互いの精霊を確認しようと万丈目が言い出して比較的にスペースのある俺の部屋に集まったわけである。

 そして、まずは言い出しっぺの万丈目が一枚のカードを手に取った。

 その瞬間、万丈目の指示を待たずに飛び出してくる黄色く小さな人型のモンスター。

 目は頭部から伸びた二つの触角の先にあり、その姿はカネゴ○を連想させなくもない。唯一の衣服であるパンツが、どことなく哀愁を感じさせる。

 まごうことなき、《おジャマ・イエロー》だった。

 

『万丈目のアニキ! この人たち、オイラのことが見えてるのぉ?』

「ええい、鬱陶しい! 大人しくしていろ!」

 

 身体をクネクネさせながら顔に近づいてきたイエローをわずらわしそうに見て怒鳴ると、イエローは素直に万丈目の横に座った。

 やっぱり、こいつが万丈目の精霊だったのか。

 

「まぁ、なんというか……個性的な精霊だな」

 

 デッキ的にもあまりシナジーはないだろうに。まぁ、おジャマシリーズが揃えば、一気に凶悪カードと化すけれども。特に万丈目のようなドロー力があれば、おジャマカントリー、おジャマジック、おジャマデルタハリケーン!!のコンボが普通にやってきそうで怖い。

 この世界におジャマカントリーは今のところ存在していないのが、唯一の救いか。万丈目にとっては痛手だろうけど。

 そんな思考をしているとは露知らず、万丈目はその言葉に「ただのザコだ!」と断言してイエローに泣かれている。まぁ、これはこれでいいコンビなのかもしれないな。

 ちなみに俺たちが精霊を見ることができると知り、イエローは兄弟の行方を尋ねてきた。恐らく、おジャマ・ブラックとおジャマ・グリーンのことだと思うが、残念ながら心当たりはない。

 十代も同じく首を横に振ると、イエローはがっくりを肩を落としていた。なんか、すまん。見つけたら知らせるよ。

 

「よし、次は俺の番か。来い、相棒!」

『クリクリ~』

 

 十代の呼びかけに応えて出てきたのは、お馴染み《ハネクリボー》だ。

 イエローより少々サイズが大きいが同じく小型モンスターであるため、ハネクリボーはイエローに興味を持って、その大きな目でイエローを見つめていた。

 

「ふん、そいつか。精霊だったとはな」

「おう! 頼りになる俺の相棒だぜ!」

 

 万丈目に対して、自慢げに十代が答える。

 実際、十代のピンチを何度も救っている相棒というのは間違いない。俺とのデュエルでも何度かハネクリボーにダメージを消されているし、それでなくともその可愛さは傍にいると癒されるだろう。羨ましい。

 しかし、俺がさっきある程度は教えたとはいえ、万丈目の口から普通に精霊なんて言葉を聞くことになるとはな。しかもこんなに和やかな雰囲気で。初めて会ったころには考えられなかったことだ。

 そう思ってしみじみしていると、万丈目が若干羨ましそうにハネクリボーを見ていた。

 万丈目いわくザコカードだが、それでも優秀な効果モンスターである分イエローよりもマシだと思っているのだろうか。その視線に気づいたイエローが、ショックで顔色を青くしているんだが。

 まぁ、捨てられることはないだろうから大丈夫だろう。ハネクリボーは十代のカードだから、諦めるしかないしな。

 さて、十代のハネクリボーも出てきたことだし、次は俺の番か。二人の目もこちらを向いていることだし、さっさと紹介するとしよう。

 あらかじめ姿を消してもらっていた相棒に呼びかける。

 

「もういいぞ、マナ」

『はいはーい! ああ、窮屈だったー』

「姿を消してただけだろ?」

『もう、気分的な問題なの』

 

 そういうもんか?

 ともあれ、姿を現したマナに、ハネクリボーが早速とばかりに飛びつき、それを抱きとめたマナがその毛を梳くように撫でまわす。

 クリクリ言って笑うその姿を横目で見ながら、俺はデッキからカードを一枚取り出し、あんぐりと顎が落ちんばかりに口を開けている万丈目に見せた。

 

「そういうわけで、俺の精霊はこいつ。《ブラック・マジシャン・ガール》のマナだ」

『よろしくねー』

 

 ひらひらと万丈目に対してマナが手を振る。

 初対面の印象は決してよくなかったが、今の万丈目を見てマナも気持ちを切り替えたのだろう。普通に笑みを浮かべての対応だった。

 それを受けた万丈目は、落ちかけていた顎を強引に手で持ち上げると、驚きの声でもってそれに応えた。

 

「ぶ、ぶぶブラック・マジシャン・ガールだと!? 武藤遊戯しか持っていないカードを、なんでお前が持っている!?」

 

 あー、そこからか。

 俺は以前に神楽坂とデュエルした時にした説明と同じことを万丈目に話す。それを聞いて万丈目はなるほどと頷いた。考えてみれば当たり前のことだし、納得は容易だったようだ。

 しかし、今度は万丈目は真剣な眼差しをマナに向け始めた。じっと自分を見る視線に、マナは苦笑い。

 なんだ、可愛いから見惚れているのか? 確かにマナは可愛いが……やらんぞ、俺のだ。

 そう無駄に対抗心を燃やしていると、万丈目は次いで自分のおジャマ・イエローを見る。それにイエローはウインクをして返す。

 そして万丈目は十代のハネクリボーを見て、その視線は再びマナへ。最後にもう一度おジャマ・イエローを見た後、万丈目の身体がふるふる震えだした。

 そして、直後一気に爆発する。

 

「――な、納得いかぁぁあん! なんでお前らの精霊がそんなに上等なもので、俺の精霊はこのザコなんだぁッ!」

『そ、そんなぁ。アニキったら、ひどいのよ~』

 

 泣き出すイエローにイラッときたのか、万丈目が「黙れこのっ!」と言いつつイエローを掴もうとする。しかし、イエローは身の危険を感じたのか、ひょいっとかわす。

 それにまたイラッときたのか、万丈目はむきになってイエローを捕まえようとするが、イエローはそのたびに泣きながら回避する。

 そうして次第に部屋の中をドタバタと動き回り始めた二人に、俺と十代はやれやれと肩をすくめた。

 普段の万丈目は落ち着きのある奴なんだが、たまにこうしてはっちゃけることがあるようなのだ。まぁ、ずっと落ち着き払っていても気持ち悪いし、これぐらいのほうが万丈目は親しみがあっていいのかもしれない。

 

「ホント、あいつら仲がいいぜ」

『クリクリ~』

「本人は否定しそうだけどな」

『喧嘩するほど仲がいいって言うのにね』

 

 そして、俺たちはそんな万丈目をこうして生温かく見守るのだった。

 

 ――結局。二人の追いかけっこは俺が部屋で暴れるなと万丈目に注意したところで終わり、精霊発表の場もそこでお開きとなった。

 レッド寮に帰っていく二人に手を振りながら別れ、自室に戻る道の途中。俺は万丈目とこうして普通に話せるようになっていることに思考を傾ける。

 以前はあんなに険悪だったのに。そう思えば対抗デュエルに出たのも悪いことではなかったか。その点は、カイザーにも感謝しておくとしよう。

 ま、何はともあれ。友人がまた増えたことは、喜ばしいことだよな、うん。

 俺は誰ともなしに一人頷き、そんな感慨にふけるのだった。

 

 

 

 

 



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第22話 大切

 

「悪いけど、十代。俺はパスだ」

 

 部屋に訪ねてきた十代の言葉に、俺は至極簡潔にそう答えを返した。

 だが、十代は納得いかないのか唇を尖らせて更に言い募る。

 

「なんでだよ~。せっかく大徳寺先生が企画してくれたんだぜ! 遠也も一緒に行こうぜ、遺跡探検!」

 

 目をキラキラさせて言う十代は、その探検を本当に楽しみにしているのだと一目でわかる。

 突然部屋に来たと思ったら、いきなり「遠也、探検に行こうぜ!」だったからな。本当に高校生とは思えないほどに子供心にあふれたやつである。

 流石にその一言だけでは何のことだか分らなかったので、詳しく聞いてみた。

 すると、どうも大徳寺先生が自身の受け持つ錬金術の授業で、日曜に島の中のとある遺跡を見学に行こうという企画を生徒たちに告げたらしかった。

 つまるところ、ちょっと変わった社会見学……いや、もう遠足と言ってしまってもいいかもしれない。大徳寺先生は、あまり堅苦しい勉強をするつもりはないようだし。

 だからこそ、十代もこうして純粋に楽しみにしているんだろう。勉強が主だった場合、こいつはきっと意地でも参加しなかったに違いない。

 とはいえ、そんなこんなで十代と翔、隼人は参加決定だそうだ。そして、十代は俺にも声をかけに来たということらしい。

 単純に、楽しいことはみんなで共有したい、ということだろう。何とも十代らしい思考だと、俺はうんうんと頷く。

 そしてその後に出てきた言葉が、最初の言葉というわけだ。

 俺の返事を聞いて不満たらたらな顔をする十代。まぁ、俺だって興味がないわけじゃない。ただ、行けない理由があるだけで。

 

「一つ。俺は錬金術の授業を取っていない」

 

 その授業を取っていない俺が、勝手に参加していいものかということ。大徳寺先生なら許可してくれるかもしれないが、部外者であるのは事実なのだし、自重はするべきだろうというのが一つ。

 そして、もう一つ。

 

「そしてこれが最大の理由だが………………俺は見ての通り、マナの機嫌を取らないといけないから忙しい。悪いが、諦めてくれ」

「あー、気になってはいたんだけどな」

 

 そう言って、十代が部屋の隅に目を向ける。

 そこには十代と一緒に来たハネクリボーを抱き、ただ黙ってこちらをじっとりと睨むマナの姿があった。

 昨晩から全く変わっていないその態度に、俺はもう溜め息しか出てこない。

 

「なんだ、どうしてこうなったんだよ?」

「いや、それが……翔と三沢と三人でアイドルカードについて話していたんだけどな……」

 

 そう、昨日の夜に話していたそれが原因なのだ。

 俺たち三人は互いにアイドルカードについて意見を交わし、あーだこーだ言った後に、互いにどんなカードが好きかを話していた。

 翔は「当然僕はブラマジガールっす!」で、三沢は「俺は、ピケクラかな。可愛く、バランスの取れた効果がいい」と言った。

 そして俺は、その時その場にマナがいなかったこともあり、油断していたのだろう。拳を握り、声を張り、高らかにこう言ったのだ。

 

 ――「断然、大人のお姉さんであるサイマジLV8だ!」と。

 

 そして、その瞬間にタイミング悪く戻ってくるマナ。まぁ、今思えばお約束ですよね。……あとは、わかるな。

 何と言っても、その時のマナの表情が忘れられない。明るい笑顔のままだったが、どう考えても雰囲気が怒っているという、漫画のような状況だった。「へぇ……」ってなんだよ。怖すぎるだろ。

 笑顔が元々は相手を威嚇する行為だったっていうのは、本当なのかもしれない。俺はその真実の一端を昨日知ったのだ。

 とまぁそんなわけで、こうしてマナは俺に恨めしげな視線をじーっと寄越し続けているのだ。さすがに何とかしないと、居心地が悪い。いや、むしろ胃心地が悪い、という表現の方が合っているかもしれない。罪悪感的な意味で、こうキリキリと。

 とはいえ、今のところは優しく接して、どうにか機嫌を直していってもらうぐらいしか思いつかないのだが。むしろ、それ以外にどうしろと。

 と、そんな事情を十代に話す。そしてそれを聞いた十代は、そうか、とこぼした後で、よし、と声を出した。

 

「なら、俺とデュエルしようぜ!」

「わけがわからないよ」

 

 まさか素でこのセリフを言う時が来るとは。

 しかし、そんなにべもない俺の言葉にもめげず、十代は言葉を続ける。

 

「デュエルをすれば、マナもきっと怒りがほぐれてくるって! それに、俺はまだマナの入ったデッキと戦ったことなかったしな!」

「後者が主だろ、お前の場合」

 

 思わず突っ込むと、十代は否定せずに「へへっ」と笑った。

 だけどまぁ、何もしないでいるよりは行動した方がいいのも確かか。それに、そういえば十代の言うとおりシンクロ以外のデッキで十代とデュエルしたことはなかった。

 一度そうしようと言ったこともあったが、直前でおじゃんになったし、それ以後はなんかこう、ずるずるとシンクロのほうばかりだったからな。

 十代とデュエルするのは楽しいし、断るというのももったいない。マナには悪いが、こうして気分を晴らすというのも俺の精神を守るためには必要かもしれない。

 無論、マナのことを忘れたわけじゃないぞ。それに何より、挑まれたデュエルから簡単に逃げるわけにもいくまいよ。

 

「やるか、十代」

「おう!」

 

 その結論に至った俺たちは、デュエルディスクを片手に外に向かう。さすがに室内でやるわけにはいかないからだ。

 テーブルでデュエルすればよかったかもしれないが、十代が外に行こうと指で示したので、こうしている。俺としても、そのほうが気分もノるし望むところだ。

 そして外に向かうべく俺たちが部屋を出た後。部屋の中で溜め息が一つ空気を揺らした。

 

『はぁ……どーせ私は子供っぽいですよーだ』

『……クリ~』

 

 そんなことを言いつつも、結局遠也の後を追って部屋を出るマナ。ふよふよと移動していくその姿に、ハネクリボーは素直じゃないなぁとばかりに声を漏らすのだった。

 

 

 

 

 さて、そんなこんなで外に出て適度に距離を開けて立った俺と十代。

 もちろん互いにデュエルディスクは装着済みで、デッキも既にセットしてある。つまり何が言いたいかというと、準備完了ということである。

 となれば、することはもう一つしかない。

 

「いくぞ、十代!」

「おう、負けねぇぜ遠也!」

 

 にっ、と笑みを交わして、同時に開始の宣言をする。

 

「「デュエル!」」

 

皆本遠也 LP:4000

遊城十代 LP:4000

 

「先攻は俺からだぜ! ドロー!」

 

 まずは十代のターン。さて、初手はどう来るかな。

 

「俺は《E・HERO クレイマン》を守備表示で召喚! カードを1枚伏せて、ターンを終了するぜ!」

 

《E・HERO クレイマン》 ATK/800 DEF/2000

 

 十代の場に姿を現す、丸く大きな身体を持ったHERO。

 なるほど、まずは守備力2000のクレイマンか。十代が先攻だった時によく見られる配置だな。

 

「お次は俺だ、ドロー!」

 

 さて……今のところ手札にマナはいないか。しかし、本当に仲直りできるかな。微妙に不安を感じる繊細な男心である。

 それはさておき、このデッキはシンクロデッキではないため、いきなり速攻するのには向いていない。手札から見ても、ここはこっちも無難に終わらせるしかないな。

 

「俺は《魔導騎士 ディフェンダー》を守備表示で召喚。召喚に成功したことにより、このカードに魔力カウンターを1つ置く。更にカードを2枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

《魔導騎士 ディフェンダー》 ATK/1600 DEF/2000

 

 青い鎧を着込み、大きな盾を持った騎士。片膝をつき、その巨大な盾を構えて防御の態勢をとる。

 その名と姿が示す通り、防御に真価を発揮するモンスターだ。守備力2000という値もそれを裏付けている。

 

「クレイマンと同じ守備力か。固い奴を出してくるなぁ。俺のターン、ドロー!」

 

 引いたカードを見て、十代は口元に笑みを見せた。

 

「いくぜ、遠也! 俺は《E・HERO エアーマン》を召喚!」

 

《E・HERO エアーマン》 ATK/1800 DEF/300

 

 エアーマン……俺が渡した2枚のHEROの1枚か。

 

「そして俺はエアーマンの効果発動! 自分の場にいる他のHEROの数だけ相手の魔法・罠カードを破壊できる! 右の伏せカードを破壊だ、《エア・サイクロン》!」

 

 エアーマンの翼についたファンが回り、そこから吹き荒れる風が俺の伏せカードに迫る。その効果はまさに《サイクロン》そのままである。

 そしてその効果は正しく処理され、俺の場の伏せカードは墓地に送られた。

 

「くっ……」

「更に俺は《融合》を発動! 手札の《E・HERO スパークマン》とクレイマンを融合! 現れろ、《E・HERO サンダー・ジャイアント》!」

 

 クレイマンとスパークマンが光の渦に吸い込まれるように一つになり、やがてそこから巨大な黄色の鎧を付けたモンスターが現れる。

 クレイマンの名残を残す丸みを帯びた鎧で上半身を固めたその男が、ゆっくりと十代のフィールドに立つ。

 

《E・HERO サンダー・ジャイアント》 ATK/2400 DEF/1500

 

「いくぜ! サンダー・ジャイアントの効果発動! 手札のカードを1枚捨て、相手の場の元々の攻撃力がサンダー・ジャイアントより低いモンスター1体を破壊する! ディフェンダーを破壊しろ! 《ヴェイパー・スパーク》!」

「させるか! 魔導騎士 ディフェンダーの効果発動! 魔法使い族モンスターが破壊される場合、魔力カウンターを1つ取り除くことでその破壊を無効にする! 《マナ・ガード》!」

 

 ディフェンダーがその盾を掲げ、襲い来る雷を防ぎきる。

 

「ちぇ、ならサンダー・ジャイアントでディフェンダーに攻撃! 《ボルティック・サンダー》!」

「くっ……!」

 

 すでに魔力カウンターを使い切ったディフェンダーに、攻撃力2400の攻撃を防ぐ術はない。

 降り注ぐ雷撃に、今度こそディフェンダーは破壊された。

 

「よし、更にエアーマンで直接攻撃だ! いけ、エアーマン! 《エア・スラッシュ》!」

「罠発動! 《くず鉄のかかし》! 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、このカードは再び場にセットされる!」

 

 エアーマンが繰り出した鎌鼬のような風の刃を、曲がりなりにも金属で構成されたかかしは難なく防ぎきる。

 そしてかかしは再びカードの絵柄へと戻り、再び俺の場にセットされた。

 こいつがなければ大ダメージは必至だったが、何とか防げてよかった。まぁ、代わりに俺の場にはモンスターが1体もいないという、相手の場に高攻撃力モンスターが揃っている現状において、なかなか怖い状況になってしまっているが。

 ……あ。っていうか、さっきサンダー・ジャイアントの攻撃をくず鉄先生で防いでいれば、ディフェンダー残ってたじゃん。なんてこったい。

 まぁ、全くミスのないデュエルばかり出来るわけではないし、過ぎてしまったことは仕方がない。マナとのこととか気がかりがあったことなど言い訳にもならないが、ここはそう気持ちを切り替えて続けていくしかないだろう。

 とはいえ、このミスのツケは高くつきそうだ。今後ミスをしないことで何とかカバーしていくしかないだろうな。ガッデム。

 そして思惑を崩された十代は、しかし表情に何の変化もない。さっきと同じ、楽しげに笑っているだけであった。

 

「ま、遠也だしこれぐらいは防がれるよな。ターンエンドだぜ!」

「買い被りだぞ、それは。俺のターン、ドロー!」

 

 十代のこれぐらい当然という変な信頼に苦笑しつつ、俺はカードを引く。

 さて、さすがにモンスターがいないのはかなりまずい。くず鉄のかかしはあくまで1体の攻撃しか無効に出来ないのだから、守りが万全とは言えないのだ。

 そういうわけで、こちらも上級モンスターに出てきてもらおうじゃありませんか。

 

「俺は魔法カード《古のルール》を発動! 手札のレベル5以上の通常モンスターを特殊召喚する! さぁ来い、お師匠様! 最上級魔術師、《ブラック・マジシャン》!」

 

 魔法カードがソリッドビジョンとなって眼前に展開され、その後それを破るようにしてフィールドに降り立つこのデッキの要の1体。

 この世界においてはレアリティも最上級として分類されている超有名カード。遊戯さん愛用のモンスターとして一躍名を馳せた、ブラック・マジシャンの登場だった。

 

《ブラック・マジシャン》 ATK/2500 DEF/2100

 

「うおー! ブラマジきたー!」

 

 闇色の装束を身に纏い杖を構えるその姿を見て、十代が目を輝かせてそんなことを叫んだ。

 神楽坂戦の時に見ているはずだし、これは十代が憧れる遊戯さんのブラマジではないのだが、そんなことは関係ないようだ。

 やはりこの世界ではブラック・マジシャンはかなり特別な立ち位置に置かれているらしい。それだけ遊戯さんの影響が大きいということだろう。

 

「さて、いくぞ十代! ブラック・マジシャンでサンダー・ジャイアントに攻撃! 《黒・魔・導(ブラック・マジック)》!」

 

 ブラック・マジシャンがその手に持った杖をバトンのようにくるくると回し、その後力強く掴んでその先を十代の場に向ける。

 そして瞬時に形成された魔力の塊が、漆黒の稲妻と化してサンダー・ジャイアントに襲い掛かった。

 攻撃力で劣るサンダー・ジャイアントにそれを防ぐことができるはずもなく。サンダー・ジャイアントはそのまま場から姿を消した。

 

「ぐっ、さすが……!」

 

十代 LP:4000→3900

 

 掠り傷にもならないレベルだが……ま、先手は俺がもらったってことで良しとしよう。

 

「ターンエンドだ!」

「よっし、俺のターン! ドロー!」

 

 十代は手札にカードを加えるものの、現在の手札は2枚のみ。その中にいいカードがなかったのか、十代は手札のカードに触れないままだった。

 

「エアーマンを守備表示に変更! ターンエンドだ!」

「俺のターン、ドロー!」

 

 引いたカードは……おお、《ブラック・マジシャン・ガール》か。マナが来てくれたことは嬉しいが、この状況ではどうしようもないな。ブラマジをリリースして出しても無意味だし。

 となれば、このままバトルフェイズに入るしかないか。

 

「バトル! ブラック・マジシャンでエアーマンに攻撃! 《黒・魔・導(ブラック・マジック)》!」

 

 ブラック・マジシャンから放たれる黒い閃光がエアーマンを貫き、破壊する。

 ダメージこそ負わないものの、破壊されたことで十代の場はこれでがら空きである。

 しかし、十代の目はむしろ希望に輝いていた。

 

「くっ……だが、エアーマンの犠牲は無駄にしないぜ! 罠発動、《ヒーロー・シグナル》! モンスターが戦闘で破壊され墓地に送られた時、自分の手札かデッキからレベル4以下のHEROを特殊召喚する! 俺はデッキからコイツを呼ぶぜ、《E・HERO バブルマン》を守備表示で召喚!」

 

《E・HERO バブルマン》 ATK/800 DEF/1200

 

 現れるのは全身水色で小柄ながらガタイのいい、アメリカンコミックから飛び出してきたようなHEROの1体だ。

 

「げっ、そいつかよ」

 

 そしてその効果を知る俺にしてみれば、厄介極まりないモンスターだ。こいつがアニメ効果なのは反則に近いと思う。

 

「俺の場には、バブルマン以外のカードは存在しない! よってバブルマンの効果により、2枚ドロー!」

 

 一気に十代の手札が回復する。これだ、これだよ、これですよ。たった1枚で2枚のドローを行う強欲な壺と全く同じ効果。しかも今回は手札からの召喚ではないので、手札消費は0である。

 OCGの効果では、場に何もないことに加えて手札も0であることが条件なのでバランスは取れているが……アニメ版はひどい。場に何もない状況なんてデュエルではザラだろうに。

 さすが強欲なバブルマンの異名を持つだけのことはある。

 そしてバトルフェイズを終えた俺に、もう出来ることはない。伏せるカードも特にないし、この状況でターンエンドをするしかないのだ。

 

「ターンエンドだ!」

「俺のターンだぜ! カードドロー!」

 

 デッキからカードを勢いよく引き抜き、十代が手札に加える。これで十代の手札は5枚。この状況をひっくり返すには十分な選択肢があると見ていいだろう。

 事実、十代の顔はにやけているのだから。

 

「へへ、いくぜ遠也! 俺は《融合回収フュージョン・リカバリー》を発動! 墓地の《E・HERO スパークマン》と《融合》を回収するぜ! そしてそのまま《融合》! 手札のスパークマンと《E・HERO エッジマン》を融合し、現れろ《E・HERO プラズマヴァイスマン》!」

 

《E・HERO プラズマヴァイスマン》 ATK/2600 DEF/2300

 

「プラズマヴァイスマンの効果発動! 手札を1枚捨てることで、相手の攻撃表示モンスター1体を破壊する! 当然、俺が指定するのはブラック・マジシャンだ!」

 

 その言葉に追随し、プラズマヴァイスマンから雷撃が放たれ、ブラック・マジシャンに直撃する。

 さすがの最上級魔術師も効果破壊には無力である。残念ながら破壊され、俺の場にモンスターはいなくなってしまった。

 

「いっけぇ、プラズマヴァイスマン! 遠也に直接攻撃!」

「《くず鉄のかかし》を発動! その攻撃を無効にする!」

「ならバブルマンで追撃だぜ! 《バブル・シュート》!」

「ぐぁっ!」

 

遠也 LP:4000→3200

 

「よし、俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ!」

 

 どうだと言わんばかりに満足げにターン終了宣言をする十代。

 確かにライフこそまだかなり残っているものの、あちらの布陣はかなり手強い。プラズマヴァイスマンも効果が強力なうえに攻撃力が2500ラインを超えているからなぁ。

 だが、そのぶん手札が一気に消費されている。すぐに起死回生はできないだろうというのが、救いではあるか。

 

「俺のターン!」

 

 ふぅむ、なるほど。

 心の中で頷きを一つ、そして俺はカードに手をかけた。

 

「モンスターをセット。更にカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

「俺のターン、ドロー!」

 

 十代はカードを引き、1枚の魔法カードを発動させた。

 

「俺は《E‐エマージェンシー・コール》を発動! デッキから《E・HERO バーストレディ》を手札に加え、そのまま召喚!」

 

《E・HERO バーストレディ》 ATK/1200 DEF/800

 

 来たか、十代のデッキの主力の1体。E・HEROの紅一点、バーストレディの登場である。

 

「バトルだ! プラズマヴァイスマンでセットモンスターに攻撃!」

「罠発動! 《くず鉄のかかし》! プラズマヴァイスマンの攻撃は無効だ!」

「なら今度はバーストレディでセットモンスターに攻撃だ! 《バースト・ファイヤー》!」

「セットされていたのは《見習い魔術師》だ! そしてその効果が発動! このカードが戦闘で破壊された時、デッキからレベル2以下の魔法使い族モンスターをセットできる! 俺は2枚目の見習い魔術師を選択!」

「バブルマンで攻撃!」

「なんの、再び《見習い魔術師》! デッキから《水晶の占い師》をセット!」

 

 これにより、見習い魔術師は一気に2枚が墓地行きである。ありがとう、見習い魔術師。サーチ&デッキ圧縮&貪欲のコスト確保まで行える頼もしいモンスターだ。魔法使い族には欠かせないカードの1枚である。

 そして3体全ての攻撃権を使い切った十代に、これ以上出来ることは何もない。十代は呆れたような、感心したような、そんな不思議な表情で俺を見ていた。

 

「まさか全部防がれるなんてなぁ。ターンエンドだ!」

「ま、見習い魔術師が手札に来たのは僥倖だったよ。俺のターン!」

 

 カードを引き、手札に加える。

 

「まずはセットモンスターを反転召喚! 水晶の占い師の効果により、デッキの上から2枚をめくり、その中の1枚を手札に加える。うーん、俺は《魔術の呪文書》を手札に加え、《ワンダー・ワンド》をデッキの一番下に戻す」

 

 両方とも装備カードとかひどい。

 けどまぁ、これで一応は手札も揃った。そして場には見習い魔術師のおかげで水晶の占い師というリリース要員も確保してある。

 となれば、やることは一つ。出番だぜ、相棒。

 

「いくぞ、十代! 俺は水晶の占い師を生贄に捧げ、《ブラック・マジシャン・ガール》を召喚!」

 

 手札から引き抜いたカードをディスクの上に置き、そのカードを読み込んだディスクがソリッドビジョンとしてモンスターを立体映像化させる。

 現れるのは黒魔術師の少女にしてマイパートナー。ブラック・マジシャン・ガールのマナである。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000 DEF/1700

 

 そしてマナの場合は精霊であるため、ソリッドビジョン越しとは思えないリアルな反応を示す。

 そう、感情すら目に見えてわかるのだ。

 

『………………』

「……あのー、マナさん?」

 

 そんなわけで、召喚したはいいがマナの不機嫌っぷりがやばい。

 何故か敵である十代のほうに向かずにこっちを向いていることには突っ込むまい。腕を組んでこちらをじっと睨むその視線は怒っていることを明確に表しているが、それよりもマナは自分のスペックと恰好をきちんと認識するべきだと思う。

 なんといっても、マナは今腕を組んでいるのだ。つまりどういうことかというと……強調されているのだ。ただでさえ大きい胸が。あ、いや、おっぱいが。

 さすがに絶賛お怒り中のマナにそんな目を向けたら、きっと怒りの目が虫でも見るかのような冷たさに早変わりすることであろう。

 だから俺は、お怒りのマナの視線を正面から受け止めつつ、ついついソコに行きそうになる意識をぐっとこらえなければならないという苦行を強要されているのだった。

 そんな実に余裕のない状態で無言のマナと視線を合わせていると、不意にマナが口を開いた。

 

『……そういえば、マスターがサイレント・マジシャンを召喚した時、妙に嬉しそうだった』

「う」

『レベルアップした時、「サイマジきたー!」って叫んでたよね』

「いや、その……」

 

 事実だった。

 あれはある日の暇な時間に遊戯さんとデュエルした時だった。気持ちに余裕があった時であることも手伝い、つい心の声が漏れてしまったのであった。

 

『アイドルカードは私じゃないって言うし……』

「ぐ」

『レイちゃんのメール見てにやにやしてるし』

「うぉい!」

 

 ありゃ別にロリ的な意味のことではないぞ! 兄妹がいなかった俺に妹のような存在ができたんだから、そのメールぐらい喜んでもいいだろうが!

 

『それに、なんか私の扱いがぞんざいになってるしさ……』

 

 そんな突っ込みはしかし無視され、次々に唇を尖らせて不満を述べていくマナ。その大部分が俺に対するものであるのは当然なんだろうが、非常に居心地が悪いぞ。

 しかし、聞いているとその不満の大半は、俺のマナに対する対応が問題になっているようだった。要するに、自分はあまり大切にされていない、とマナは思っているらしい。

 そのことに気が付いた瞬間、俺は一瞬気が抜けた。

 だってそうだろう、俺がこの世界で一番気を許しているのはマナだ。断言してもいい。だというのに、俺がマナを大切に思っていないなんて、ありえない。

 確かにそんなことを言葉にしたことはないから、マナがそう勘違いすることもあるのかもしれない。けど、そんなこと普通は言わないだろう。だって、恥ずかしいし。そんなこと言うの。

 だがしかし、このままではマナの不満は一向に解消されず、微妙な空気を残すことになってしまうだろう。それは避けたい。

 改めて言うが、マナは俺にとって特別なのだ。なのに、そのマナとそんな空気になるなんて、御免こうむる。

 そういうわけで、俺は恥ずかしながら自分の本心をきちんとマナに言う決心を固めたのだった。

 

「マナ」

『……なに?』

 

 私怒ってます、というポーズを崩さず、しかし話は聞いてくれるらしい。

 俺はなるべく真剣な顔で、マナを正面から見つめて胸の内を素直に吐露した。

 

 

「俺にとって、この世界で一番大切なのはお前だぞ」

 

『…………………………はぇ?』

 

 

 マナがとんでもなく間抜けな声を出して固まったが、それよりも、今は自分の言葉をしっかり最後まで言い切るほうが先決だ。

 そういうわけで、とりあえず言葉を続ける。

 

「だから、俺がお前をぞんざいに扱うなんてありえない。何を言ったって、俺の中の一番はお前なんだ。信じてほしい」

 

 そうとも、色々と大変だった俺に明るさをくれたのは、他でもないこのマナだ。

 マナがいたから俺はこうしていられるし、今も笑っていられるのだ。こいつがいなかったら、俺はひょっとしたら今も暗いままだったかもしれない。

 だから、俺はマナにきっとマナが思う以上に恩と感謝と好意を抱いているのだ。これは俺の中では何物にも侵しがたい確定事項であり、変化することは絶対に無いと断言できる。

 その気持ちが、他でもないマナに通じていないというのは、やはりどうにも悲しいじゃないか。その気持ちが、今のセリフを俺に言わせたのかもしれなかった。

 ……なんだ、つまり俺が最初から素直になってればよかったってことか。

 それだけの問題だったとは、なんとも呆気ない。自分の馬鹿さ加減に思わず笑ってしまうほどだ。

 

『……な、なっ……な、なんてことをいきなり言うの!?』

 

 しかし、件のマナがこれだけ動揺しているのはいったい何事だ。

 

「いや、サイマジのあれだろ? 確かに俺はサイマジが好きだが、あくまでアイドルカードだ。カードなんだよ。俺がこの世で一番大切なのはお前だ。間違いない」

『あ……う……』

 

 顔を真っ赤にして狼狽するマナ。

 おい、そこまで動揺するなよ。言ってるこっちに羞恥心がないわけじゃないんだぞ。そんな反応されたらこっちも釣られるだろうが。せっかく気合入れて照れやら何やら抑えてるのに。

 だというのに、好き勝手に赤くなって照れやがって。ちくしょう、可愛いじゃないか。これ俺も絶対頬とか赤くなってるわ。隠しきれるわけないもん、こんな感情。

 

「だ、だからほら! 昨日のことは悪かったよ! だから、機嫌直してくれ!」

 

 自分でもう隠しきれないと悟った俺は、とりあえず照れ隠し込みでそう懇願するように言い放つ。

 いきなりの強い口調に驚いたマナは俺を見て、次第にその表情を緩めていく。きっと、俺が照れて言っていることに気が付いたのだろう。

 くっそぅ、やりづらいったらありゃしない。

 

『えへへ、もう気にしてないよ。こっちこそ、ごめんね。あんな態度とって』

「ああもう、いいよ。それよりほら、デュエルデュエル!」

 

 これ以上この話題を長続きさせては、俺の男としての沽券に関わる。こんな照れまくった男、カッコ悪いに決まってるわ。

 そう思って俺は手で十代のほうを示す。すると、マナは最後に俺の近くまで寄ってきて、頬に温かい感触を残してからフィールドに戻った。

 

「なっ……!」

『うふふー。さぁ、頑張りましょうか!』

 

 何を、と言いかけたところでマナは背を向けて杖を十代のほうに向けていた。

 わざわざこっちから聞くのも恥ずかしいし、そんな態度をとられては俺はもう何も言えない。というか、言いづらい。

 結果、俺は何とも言えない感情を胸に押し込めて、ガシガシと自分の頭をかくことになるのだった。

 

「くっそ……! ああもう、いくぞ、マナ!」

『了解、遠也!』

 

 このことはとりあえず置いておいて、今はデュエルだ。

 ある意味この仲直りのお膳立てをしてくれた十代に応えるためにも、本気で臨まなければ失礼というものだ。

 

「お、やっと仲直りしたのか」

 

 待っていてくれた十代が、気持ちのいい笑顔と共にそう言ってくる。距離もあるし、近づいた俺たちが何をしてたかなんて見えてないだろう、その顔は含むものもなく朗らかである。

 それに俺もまた笑みを返す。ちょっとまだ赤みが残る顔も、まぁこの距離なら問題ないだろう。

 

「おう。悪かったな、手間をかけさせて」

「なーに、友達のためなんだ。遠慮はなしだぜ!」

「まったく……」

 

 心の底からそう言えることが、お前の凄いところだよ。

 俺はその清々しさに、感嘆と感謝を抱く。それを口に出さないのは、まぁ野暮ってものだろう。

 

「んじゃ、ここからデュエル再開だ!」

「おう、来い遠也!」

 

 再び互いに思考をそちらに切り替える。

 ターンは俺。途中で終わってしまった俺の行動を、ここから繋げていく。

 

「ブラック・マジシャン・ガールの効果、墓地にブラック・マジシャンが1体いるため攻撃力が300ポイントアップ!」

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000→2300

 

 墓地に存在する師から魔力がマナに注がれる。

 敗れた師の魂を受け継ぎ、その攻撃力が上昇していく。

 

「更に装備魔法《魔術の呪文書》をマナに装備! これでマナの攻撃力は700ポイント上昇する!」

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2300→3000

 

「そして魔法カード《賢者の宝石》を発動! 場に「ブラック・マジシャン・ガール」が存在するとき、手札かデッキから「ブラック・マジシャン」を特殊召喚する! デッキから来い、二人目の魔術師!」

 

 その呼びかけに応えるように、俺の場にブラック・マジシャンが再び姿を現す。

 マナの隣に並び立つその姿は、マハードほどではないにしても、やはり最上級魔術師としての貫録があるように思えた。

 

《ブラック・マジシャン》 ATK/2500 DEF/2100

 

「げっ、ブラマジの2枚目!?」

「おうとも。……バトルだ! ブラック・マジシャン・ガールでプラズマヴァイスマンに攻撃! 《黒魔導爆裂破(ブラック・バーニング)》!」

「ちょっと待ったぁ! 罠発動、《ヒーロー・バリア》! その攻撃を無効にするぜ!」

「ならブラック・マジシャンでバブルマンに攻撃だ! 《黒・魔・導(ブラック・マジック)》!」

「くっ……!」

 

十代 LP:3900→2200

 

 バブルマンはこれで消えたが、プラズマヴァイスマンを残してしまったか。

 残念だが、こればかりは仕方がないことだな。そして手札も1枚しかなく、それも何かできるカードじゃない。そういうわけで、これ以上出来ることは何もない。

 

「ターンエンド!」

「俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引いた十代は、そのカードを見て悩むそぶりを見せる。

 その目は俺の伏せカード2枚に向けられているため、狙いは丸わかりだ。恐らく除去カードを引いたんだが、どちらを除去しようかといったところだろう。

 確かに俺の手札は1枚だけだし場にもそれを阻止できるカードはないが、もう少しポーカーフェイスを意識した方がいいと思う。

 

「よし、決めたぜ! 俺は《サイクロン》を発動! 遠也の場の《くず鉄のかかし》を破壊だ!」

 

 サイクロンから放たれた風がくず鉄のかかしのカードを破壊し、墓地に送る。それを見届けて、十代はよし、と頷いた。

 

「プラズマヴァイスマンの効果発動! 手札を1枚捨て、ブラック・マジシャン・ガールを破壊するぜ! いっけぇ!」

 

 放たれる雷。これが決まってしまえば、俺の場はかなり危険な状態になるだろう。だが、俺がそれを考えていないと思ったら、大間違いだ。

 マナ自身に何の耐性もない以上、こちらでそれを用意してやるのは当たり前のことだ。

 

「その効果にチェーンして、罠発動! 《ガガガシールド》!」

「ガガガシールド? なんだ、そのカード?」

 

 聞いたことない、とばかりに首を傾げる十代。まぁ、勉強があまり得意ではない十代が知らないのは今に始まったことではないが……このカードについては仕方がないだろう。

 なにせ、こちらではまだ販売されていないカードだ。

 まぁ、そうトンデモ効果というわけではないので、ペガサスさんあたりが作っているかもしれないけど。

 さて、発動宣言と共にマナの前に現れたのは一枚の盾。青を基本とし、金と赤で彩られた縦に鋭く伸びるその盾は、その中心に漢字の「我」の字が刻まれているのが特徴である。

 それを掴み、マナは雷に向けて構えた。

 

「ガガガシールドは、発動後装備カードとなり自分フィールド上の魔法使い族モンスター1体に装備される! そして装備モンスターは1ターンに2度まで戦闘およびカード効果では破壊されない!」

「なんだって!?」

 

 プラズマヴァイスマンの雷はマナに向かうが、しかしその攻撃は構えた盾によって止められてしまう。

 無論マナは無傷であり、つまり十代は手札を1枚無駄に捨てただけになるわけだ。

 

「そんなのありかよぉ……くっそー、俺は2体を守備表示に変更してターンエンド!」

 

 十代としては、あのサイクロンでもう片方のカードを破壊していれば少なくともマナは倒されていたはずだったのだ。それは悔しくもなるだろう。

 くず鉄のかかしの再利用効果を厄介だと判断したのも間違いじゃないけどな。

 

「俺のターン!」

 

 手札にカードを加え、そしてそのまま口を開く。

 

「バトルだ! ブラック・マジシャン・ガールでプラズマヴァイスマンに攻撃! 《黒魔導爆裂破(ブラック・バーニング)》!」

 

 マナの杖から迸る黒い魔力の波動。それは今度こそプラズマヴァイスマンに命中し、プラズマヴァイスマンを破壊した。

 

「更にブラック・マジシャンでバーストレディに攻撃だ! 《黒・魔・導(ブラック・マジック)》!」

「ぐぁあっ」

 

 2体が破壊された際に発生した爆風のような演出に、十代は腕で顔を覆って耐える。

 共に守備表示だったため十代にダメージこそないものの、これで十代の場はすっからかんになったわけだ。いわゆるピンチってやつである。

 

「俺はこれで、ターンエンド!」

 

 さぁ、ここからどうする十代。

 俺はそんなちょっとしたワクワク感を味わう。コイツがこんなに簡単に終わるはずがない、まだ何かしてくるに違いないという確信があるのだ。

 十代といつもつるんでいるからこそ、それぐらいはわかる。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 いま引いたカードが十代の手札の全てだ。一体何を引いたのか……。

 

「俺は《強欲な壺》を発動! デッキから2枚ドローするぜ!」

 

 やっぱ、ここで引くか。

 けどまぁ、それでこそ十代だ。そうこなくちゃ。

 

「そして《ミラクル・フュージョン》を発動! 墓地の《E・HERO バーストレディ》と《E・HERO フェザーマン》を融合し、《E・HERO フレイム・ウィングマン》を融合召喚する! 来い、フレイム・ウィングマン!」

「フェザーマン!? ……プラズマヴァイスマンのコストか!」

「へへ、正解だぜ」

 

 一度も見ていないモンスターだから思わず驚いてしまったが、そういえば墓地に送る機会は確かにあった。

 しかし手札にミラクル・フュージョンがあったわけでもないのに、よく墓地に送ったもんだ。まぁフェザーマンも1枚だけじゃないし、墓地利用のカードは十代のデッキにもあるからおかしなことではないが……そこらへんも、さすがってところか。

 そして現れるフレイム・ウィングマン。十代がマイフェイバリットと呼ぶ、最も信頼するカードの1枚である。

 

《E・HERO フレイム・ウィングマン》 ATK/2100 DEF/1200

 

「更に《摩天楼-スカイスクレイパー-》を発動! E・HEROが攻撃力が上の相手と戦闘する時、その攻撃力を1000ポイントアップさせる、HERO専用の戦いの場だぜ!」

 

 次々と地面から生えるようにして出てくるビルの群れ。その中でもひときわ高い建物の細くとがったアンテナの上。この場で最も高いそこに、フレイム・ウィングマンは静かに佇んでいた。

 こりゃあ……まずい。

 

「いくぜ遠也! フレイム・ウィングマンでブラック・マジシャンに攻撃! この時摩天楼の効果でフレイム・ウィングマンの攻撃力が1000ポイントアップする!」

 

《E・HERO フレイム・ウィングマン》 ATK/2100→3100

 

 摩天楼の効果により、攻撃力がブラック・マジシャンを上回った。

 ガガガシールドを装備しているのはマナなので、ブラック・マジシャンを守るものは何もない。

 

「いっけぇ、《スカイスクレイパー・シュート》!」

「ぐあっ!」

 

 フレイム・ウィングマンが右手の竜頭から吐き出した炎によって、ブラック・マジシャンが破壊される。

 そしてその差分が俺のライフポイントから引かれていった。

 

遠也 LP:3200→2600

 

「まだだ! フレイム・ウィングマンの効果発動! 戦闘で破壊した相手モンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える!」

 

 その言葉に従い、フレイム・ウィングマンは右手の竜頭を俺に向けて直接構える。そして、そこから吐き出される炎。ソリッドビジョンだとわかってても、結構怖いぞこれ。

 そして、今度はブラック・マジシャンの攻撃力がそのままライフから引かれた。

 

遠也 LP:2600→100

 

 そして同時にブラック・マジシャンが墓地に送られたため、マナの攻撃力がアップする。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/3000→3300

 

 それにしても、残りライフ100とか……。十代と初めてデュエルした時みたいだな、これ。

 俺がそんなことを感慨深く思っていると、十代が可笑しそうに笑っていた。

 

「なんか、初めて遠也とデュエルした時を思い出すぜ。あの時も遠也のライフを100まで追い詰めたんだったよなぁ」

 

 どうやら、俺と同じことを思い出していたらしい。

 それを理解して、俺は思わず噴き出した。

 

「はは、俺も同じこと思ってたよ。けどまぁ、今回もあの時と同じように勝たせてもらうぜ」

「そうはいくかよ! 今度は俺の勝ちだぜ! ターンエンドだ!」

 

 互いに笑い合ってから、俺のターンになる。

 はてさて、口ではああ言ったがどうしたもんかね。俺の手札は1枚しかない。この状況を打破することはできるが、決定打ではない。なかなか難しいが……すべてはこの引き次第か。

 

「俺のターン!」

 

 おっ、これは……いけるか?

 

「俺は《魔導騎士 ディフェンダー》を守備表示で召喚! 召喚に成功したことにより、このカードに魔力カウンターを1つ乗せる。そして、バトルフェイズ! ブラック・マジシャン・ガールでフレイム・ウィングマンに攻撃! 《黒魔導爆裂破(ブラック・バーニング)》!」

 

 マナの放つ魔力の波動がフレイム・ウィングマンに襲い掛かる。

 この摩天楼はアニメ効果のため、攻撃対象にされたバトルでもHEROの攻撃力は増加する。よって、マナによってフレイム・ウィングマンは破壊されたが、その差分は僅かに200ポイントに留まった。

 

十代 LP:2200→2000

 

「ターンエンドだ!」

「俺のターンだ、ドロー!」

 

 十代がカードを引き、にやりと口角を上げる。

 

「俺は魔法カード《ホープ・オブ・フィフス》を発動! 墓地のクレイマン、スパークマン、バブルマン、バーストレディ、フェザーマンをデッキに戻し、2枚ドロー!」

 

 十代の手札が2枚に回復するが、しかし俺の場にはモンスターが現在2体いる。防ぐには一手足りない、といったところだろう。

 そして、十代は引いたカードを見て少し肩を落とした。いったいなんだ?

 

「俺は《E・HERO バブルマン》を守備表示で召喚! カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

《E・HERO バブルマン》 ATK/800 DEF/1200

 

 あー……なるほど。手札に来たのがバブルマンだったのか。

 摩天楼さえなかったら追加で2枚ドローできたわけだし、肩を落とすのも無理からぬこと、かな?

 そして十代のことだ。もし更に2枚引いたとしたら、それは確実に融合だったろうに。俺としては助かったわけだが。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 よし、いくぜ十代。これで終わりだ。

 

「俺は魔導騎士 ディフェンダーを生贄に捧げ、《ブリザード・プリンセス》を召喚する!」

 

《ブリザード・プリンセス》 ATK/2800 DEF/2100

 

 水色の髪を短く切り、白と青で構成されたドレスが光を反射し輝きを放つ。頭に乗せられたティアラも相まってプリンセスに相応しい可憐な容姿を持っているカードである。

 ただ、その手に持ったあまりにも巨大すぎる氷塊と繋がる鎖付きハンマー……要するに馬鹿デカいモーニングスターが、王女様にしては物騒である。

 まぁ、ツンデレよろしく強気にフンと鼻を鳴らしている姿から、気性の強さは窺えますが。

 

「レベル8のモンスターを生贄1体で召喚だって!?」

 

 驚く十代に、俺はそれがブリザード・プリンセスの効果だと説明する。

 

「ブリザード・プリンセスは魔法使い族を生贄にする場合、生贄1体で召喚できる効果があるのさ。さて……」

 

 これで俺の場には攻撃力3300のマナと、攻撃力2800のブリザード・プリンセスが並んでいることになる。実に壮観である。目の保養的な意味で。

 とはいえ、そんなことを言っている場合でもない。これで勝利の方程式は揃った、ってところである。そういうわけで、いかせてもらおう。

 

「バトル! ブリザード・プリンセスでバブルマンに攻撃!」

「待った! その瞬間、罠発動! 聖なるバリア――……げ、なんで発動しないんだ!?」

「ブリザード・プリンセスの召喚に成功したターン、相手は魔法・罠カードを発動することはできない! ……っていうか、伏せてたのミラフォかよ! なんて危ないもん伏せてやがる!」

 

 俺の説明に、「ホントだ、凍り付いてんじゃん!」と伏せカードを見て驚いている十代。

 しかし危ない。さっきのドローでミラフォ引いてたのかよ。更に2枚引いていたらとか言ったけど、しっかり勝負を決めるカード引いてたわけだ。

 なんていうかまぁ、恐ろしいな、ホント。

 

「けどまぁ、これで怖いものなしだ! バブルマンを破壊しろ! 《コールド・ハンマー》!」

「ぐっ……!」

 

 バブルマンが巨大な氷塊に押しつぶされ、墓地に送られる。

 これで、十代までの道を塞ぐものは何もなくなった。

 

「これで最後だ、十代! ブラック・マジシャン・ガールで直接攻撃! 《黒魔導爆裂破(ブラック・バーニング)》!」

 

 俺の指示を受け、マナが杖先に魔力を溜め始める。

 そして、それを『せーの!』の掛け声とともに十代に向けて一気に放出した。

 当然ながら十代にそれを防ぐ術は最早なく。その攻撃は容赦なく十代のライフポイントを削り取っていったのだった。

 

十代 LP:2000→0

 

 デュエルに決着がついたことで、ソリッドビジョンも解除されていく。

 摩天楼の効果で現れていたビル群も消えていき、ブリザード・プリンセスもまた同じように消えていった。

 マナは……いつの間にか制服姿で実体化して隣にいた。いつの間に。

 

「くっそー! あそこまで追い込んどいてこれかよぉ!」

 

 そして十代は芝生に寝転がり、悔しさを露わにする。

 俺はそれに苦笑するしかない。実際、かなりのピンチだったのは間違いない。最後のミラフォが決まっていたら、俺の場は空っぽになっていた。そうなったら、バブルマンの攻撃でジ・エンドである。綱渡りだったのだ。

 ブリザード・プリンセスが来てくれて助かった形だ。やはりリリース1体でありながらあの攻撃力と効果は強い。頼りになるカードである。

 

「けどまぁ、サンキューな十代」

「ん?」

「お前のおかげで、マナとも仲直りできたしな」

 

 隣のマナを見て、笑みを交わす。

 十代がデュエルをしようと言わなかったら、今日一日俺はマナの機嫌を取るために四苦八苦するという、大変な一日になっていたことだろう。

 それをデュエルを通じて解決してくれたのだから、十代には感謝してもしきれない。

 

「へへ、気にするなって、友達だろ! それより、もう一回デュエルしようぜ! それに、これで明日の予定は大丈夫だろ? 一緒に探検に――」

「無理を言うものじゃないわ、十代」

 

 突然会話に入ってきた声に、俺たちは反射的に声が聞こえた方に顔を向ける。

 そこには、しょうがないなぁと言いたげな表情で十代を見る明日香の姿があった。

 

「明日香!? いつからそこに……」

「そうね、十代がヒーロー・バリアを使ったあたりからかしら」

 

 ということは、俺とマナが会話していたところは見られていない、と。

 ふぅ、危ない危ない。もし目撃されていたら、俺はソリッドビジョンに一方的に話しかける変人ということになってしまう。精霊が見えない明日香には仕方がないことだが、俺の社会的立場のピンチだったぜ。

 ん? ということは、デュエルが終わってマナが実体化したところは見られてたのか? 何も言ってこないところを見ると、摩天楼が消える演出に隠れて、明日香には見えなかったのかもしれない。

 まぁ、バレてないならいいや。それより。

 

「なんでだよ、明日香。俺はただ遠也を探検に誘ってるだけだぜ」

「そのことだけど、十代。あなた、もっと空気を読みなさい」

「だから、いったい……」

「ほら」

 

 明日香がそう言って俺たちを指さす。

 そこには当然俺と、俺の腕に引っ付くマナがいる。当社比2倍ほどに眩しい笑顔を見せているマナが。

 

「わかるでしょう?」

「ああ、相変わらず遠也とマナは仲がいいな!」

 

 明日香が確認を取るように十代に振れば、十代は笑顔でそう答えた。

 しかし、それは明日香にとって期待するものではなかったのか、返ってくるのは溜め息である。それに十代は首をかしげているが、やはり理由は分からないようだった。

 すると、このままでは埒が明かないと思ったのか、明日香は強引に十代の手を掴むとこちらに背を向けて歩き始める。

 

「お、おい。なにすんだよ、明日香!」

「遠也、マナ。明日はあなたたちは来なくても平気よ。ゆっくりしていてちょうだい」

 

 笑顔でそう言う明日香に、俺は十代と同じように困惑するしかない。「はぁ」と気の抜けた返事が出てしまったのは、まぁだから許してほしい。

 しかしマナはその意味を正しく受け取ったようで、満面の笑みで明日香に「ありがとう!」と返している。

 その後、「でも明日香さんは――」と続いたマナの言葉は何を言おうとしていたのか。それは、明日香が首を振ったことで俺がついぞ知ることはなかった。

 ただ、マナはそんな明日香に寂しげにこくんと頷き、それを見届けた明日香は十代を連れてそのまま俺たちの下から去って行った。

 微かに聞こえてくる、「私も行くから、それで我慢しなさい」とか「え、そうなの? 珍しいな」という二人の声が、なんとも平和である。

 そして残された俺たち二人は、さてどうしようかということだ。明日の遺跡探検も行かなくてよくなったようだし、そうなると何をすればいいのか。翔と隼人もいないみたいだし……万丈目のところにでも行くか?

 そんなことを考えていたその時、俺の腕に引っ付いていたマナが、俺の正面に回って下から俺の顔を覗き込んでくる。

 それに思わず面喰らってのけぞった俺に、マナはにっこりと笑ってこう言った。

 

「明日、デートしようよ!」

 

 朝の様子とは一転、すこぶるご機嫌で言われた言葉に、俺は二つ返事で頷いた。

 そうだ、十代たちがいなくなるんなら、俺たちは俺たちの時間を過ごそう。マナもこうして乗り気だし、確かにそれはいい考えかもしれない。

 

「よし、するか。デート」

「うんっ」

 

 マナは元気よく頷いて俺の腕を再び取った。俺もそれに悪い気はしない、というかむしろ高校生男子としては歓迎すべき状態に若干鼻の下を伸ばしつつ、笑顔で許容する。

 そして腕を組んだまま俺たちは自室に戻るべく歩き始める。

 さて、明日は何をして過ごそうか。そんな予定を、二人であーだこーだと話し合いながらの道のり。何とも青春くさい、気恥ずかしさすら感じる時間だ。

 しかし同時に、そうしてマナと笑顔で明日の予定を立てていく瞬間は、俺にとって実に心弾む一時であったりもしたのだった。

 

 

 

 



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第23話 先生

 

 デュエルアカデミアは、いわゆるデュエルモンスターズを指導する学校である。

 しかし決して専門学校というわけではなく、あくまで“デュエルモンスターズという科目がある学校”だということを忘れてはならない。

 つまり何が言いたいかというと、当然普通の高校と同じように五教科に始まる通常の授業も存在しているということなのだ。

 普段は錬金術など奇天烈な授業も取り扱っているが、それはあくまで選択授業なのである。五教科のように国から教育課程として指定されているものは、当たり前の話だが強制参加の必修科目となっている。

 というわけで、俺は今レッド・イエロー・ブルーの一年生全員と一緒に授業を受けている。

 今の科目は大徳寺先生の教える化学である。錬金術の講師だけあって、化学も担当しているんだとか。本人は冗談交じりに「本業は錬金術だけどにゃー」と言っていたが……さすがに担当科目がそっちで採用されてはいないだろうから、冗談だろう。……冗談だよね?

 まぁ、いいや。ともかく、そういうわけで俺たちは今化学の授業を受けている。普通は理科の中で生物とかと選択になると思うんだが、この学校、化学は必修である。なんでも、錬金術に通じるからとか。おいおい。

 そんなに錬金術大事か、現代で。大徳寺先生いわく「デュエルモンスターズでも重要な要素だにゃ」だそうだが。

 そんなよくわからない理屈で受けている授業だが、必修である以上手を抜くことはできない。

 せっせとノートを取り、内容の理解に努めていく。そうしているうちに、教室の中に響くチャイムの音。

 化学の授業の終わりを告げる音だ。同時に、今日の授業の終わりでもある。

 教科書とノートを片付けながら、俺は思考に耽る。さて、今日も十代たちのところに行くか。それともカイザーとデュエルでもするかな。この前カタストルで完全封殺してやった時以来、カタストルを目の敵にしているカイザーに付き合うのもいいかもしれない。

 

「――あと、皆本くん」

「……はい?」

 

 と、そんなことを考えていたところ、不意に大徳寺先生に名前を呼ばれる。

 何かと思って視線を動かすと、十代、三沢、明日香、万丈目の四人も呼ばれたのか立っているのが見えた。話が見えないが、とりあえず俺も立つ。

 そして五人が立ち上がったのを見て、大徳寺先生が再び口を開いた。

 

「それじゃあ、このあと五人は先生と一緒に校長室まで行くのだにゃー」

 

 ……え、俺なんかしたんだろうか。

 そこはかとなく不安をあおる校長室にお呼ばれという事態に、俺は内心で動揺する。心当たりはなくもないが、やはり校長に名指しで呼ばれるのはちょっと怖い。

 とりあえず、心の中で鮫島校長に謝る。「校長の頭が地毛ナチュラルか剃髪コーディネーターなのかで、十代たちと冗談半分で語り合ってました、ごめんなさい」と。

 本当にこの話題だったらどうしよう。そんな不安を抱きつつ、俺は大徳寺先生率いる四人と一緒に教室を後にするのだった。

 

 

 

 

 結論から言えば、俺の心配は杞憂だった。

 というかむしろ、そんなアホなこと考えていてごめんなさい、と謝ったほうがいいレベルの重たい話が校長室では待ち受けていたのだ。

 

「三幻魔……このデュエルアカデミアの地下に古より封印されし魔のカードです。このカードの封印が解かれると、天は荒れ、地は乱れ、世界を闇に包みこみ破滅に導くと云われています……」

 

 これが鮫島校長が話した言葉である。

 “三幻魔”――《神炎皇ウリア》《降雷皇ハモン》《幻魔皇ラビエル》の三体からなるレベル10モンスターカードのことだ。

 しかし、それは俺の世界での……OCGでの話だ。この世界では、三幻魔とは遊戯さんが持つ三幻神と対を成す存在として語られ、真実世界を歪める力を持った凶悪なカードなのである。

 そして、鮫島校長からその話が出たことで、俺もようやく思い出した。

 これはGXで一年生の最後に起こった事件の話だ。三幻魔の復活を阻止するため、学園から選ばれたデュエリストたちが、復活の鍵を賭けたデュエルに挑んでいくという……リアルに世界の命運がかかった出来事である。

 

(そうか……やっぱり、この世界でも起きるんだな)

 

 いくらここがアニメの通りの世界ではないとはいえ、共通点が多いのも事実。

 やはりその大事件もまた、こうして起こってしまうようだ。何もないなら、それが一番よかったんだけどな。

 GXの記憶が薄い俺でも、さすがにこれほどの大事件は忘れていない。正確な時期や内容までは、ちょっと怪しいけど……。

 けど、そんな場に俺が呼ばれているということはひょっとして……。

 俺がそんなことを考えている間に、鮫島校長の説明は既に佳境を迎えていた。

 

「セブンスターズ……そう呼ばれる者たちが、三幻魔復活を目論み、その鍵を奪わんと向かってきています」

 

 そう言うと、校長は机から小ぶりの木箱を取り出し、「これがその鍵です」と告げた。

 それほどまでに絶大な力を持った存在を解き放つ鍵が、目の前の箱の中にある。そう知らされ、誰もが息を呑んだ。

 この場にいるのは、俺、十代、万丈目、三沢、明日香、カイザー、クロノス先生、大徳寺先生の八人。……あれ、一人多くね?

 と思ったら、校長いわくこの中には保険もいるのだとか。ああ、だから一人多いのか。

 

「あなたたちは、この学園でも屈指の実力を持つデュエリストです。その力を見込んで、この鍵を託したい。そして、セブンスターズからこの鍵を守ってもらいたいのです」

 

 鮫島校長が真剣な表情で言うが、ひとまず俺は手を挙げる。

 

「質問いいですか?」

「もちろん。何でも聞いてください」

「では遠慮なく。そんな危険なものなら、さっさと処分した方が早いと思うんですが、何故そうしないんですか?」

 

 俺の当たり前と言えば当たり前の言葉に、周囲の面々はうんうんと頷き、鮫島校長も深く頷いた。

 

「皆本くんの言うとおりです。出来るならば、そうするのが一番良いのでしょう」

「……つまり、出来ない理由があると」

 

 その確認に、校長ははいと答えた。

 

「この鍵は三幻魔の封印を解き放つためのもの、と言いましたね。言い換えれば、三幻魔の力がこの鍵によって抑制されているということなのです。つまり、破壊してしまうと抑える力が弱まり、三幻魔は復活します。また、この地から遠く離れた場所に移動させた場合も同様です。三幻魔から離れるほど鍵の効力はここまで届かなくなり、復活してしまいます」

「なるほど」

 

 確かに、それじゃあ処分は無理か。

 要するに三幻魔を復活させるには、その二通りの手段と、正規の手段――鍵を揃えて三幻魔を復活させるための手順を踏む、という方法以外にないわけだ。

 しかし……。

 

「でも、なんで守る方法がデュエルなんです? 相手が力尽くで来たらどうしようもない気がするんですが。それに、それなら厳重に金庫にでも入れておけば……」

「お答えしましょう。前者の場合ですが、そちらは問題ありません。古代エジプトでは精霊を石板に宿し、必要な時に呼び出して今でいうデュエルをし、事の取り決めを行ったと云います。三幻魔はその精霊の化身ともいわれ、その身はカードという石板に閉じ込められている状態です。ゆえに、復活のためには古代と同じデュエルという方式を踏まねば、彼らは現世に召喚されないのだとか」

「……なるほど。相手は三幻魔を復活させるという目的上、デュエル以外の手を使うことはないということですか」

「ええ。それに、デュエルを通じての復活が、三幻魔の力を最も引き出す手段だと聞いています」

 

 つまり鍵を持った者がデュエルをしなきゃいけない、あるいは鍵がデュエルの場に無いといけないということらしい。なんだろうその超理論。ゆで理論といい勝負だぞ。

 だがしかし、ここはカードが全ての根幹をなす世界なのだ。まぁ、そういうこともあるのだろうと納得しておく他ない。

 とはいえ、一度デュエルという過程を経験した鍵なら、盗むだけで事足りそうな気がするけど。まぁ、これは予想でしかないし、現時点ではどうでもいいことか。

 俺が言葉の後にそんなことを考えていると、校長は頷き、更に続ける。

 

「そして後者ですが、その……理事長が倹約家なためかこの学園の金庫は新型ではあっても最新ではなく、更にセキュリティも島全体をカバーできるほどではなく、防犯が完璧とは言えません。そのうえ情報では、盗み出すことに関してのエキスパートが仲間にいるとも聞いています。なので、目を離すよりは信頼できる方に持っていてもらうほうが良いと判断しました」

 

 つまり、理事長がケチなうえに、セキュリティは不完全。かつ向こうには盗みのプロがいるので、いまいち安心できないと。っていうか、セキュリティは理事長の意図的なものだろ、間違いなく。

 理事長にとっても大切なもののはずだが、デュエルを通じての復活が一番。となると、ただ大事にしまっておくだけというわけにもいかない。なら、誰かの手に渡らせるためにセキュリティを緩めたとも考えられる。

 そもそもアカデミアは孤島なのだ。盗んですぐさま逃げられるというわけでもない。

 警備員もデュエルをふっかけるこの世界。鍵を盗んだ不埒者がついでにデュエルしてくれれば儲けもの。その後に鍵を取り戻せばいいという考えなのかもしれない。

 というか、侵入は出来ても逃がさないためのセキュリティは万全とかありえそうだ。なんか明日香が侵入してきた記者の人がいたとか言ってたし。ちなみにその人は普通に定期便で帰ったらしいが、無理矢理出ようとしたらどうなっていたことか。

 そう考えると、きたないな、さすが理事長きたない。……ただの推論だけど。

 それはともかく、校長としては目を離してその隙に盗まれるリスクを負うより、デュエルで勝てばいいという単純かつ明快な対策を以って目の届く範囲に置かれた鍵を守ろうというわけね。

 まぁ、それが出来れば確かにそれが一番なんだろう。理事長の思惑とかは別にして。

 そんなわけで、俺はひとまず納得したと校長に告げ、それを受けた校長が再び口を開く。

 

「話は以上です。無理強いはしませんが、もしその覚悟を持っていただけるなら、この七星門の鍵を受け取っていただきたい」

 

 そう言って、校長は箱を開けて中にある鍵を露出させた。

 パズルのピースのように、様々な形で分かれながらも一枚の四角い板を形作っている独特の鍵。

 その一つを、まず十代が手に取った。

 

「面白いじゃん! デュエルときたら、俺がやらないわけにはいかないぜ!」

 

 そして鍵につけられた革紐を首に回して首から下げる。ペンダント状になっているらしく、なるほどこれなら肌身離さず持っていられるというわけだ。

 そして十代が鍵を受け取ったのを見て、万丈目、三沢、カイザー、明日香、クロノス先生と続々鍵をそれぞれ箱から取り出していく。

 これで、箱の中に残る鍵は一つ。俺はちらりと大徳寺先生を見た。

 

「あ、私は遠慮するのにゃ。実力がはっきりしている皆本君のほうが確実ですし、先生は保険のほうがいいんだにゃー」

 

 顔に面倒事はごめんです、と書いてある気がするが……まぁそれなら俺が受け取るとしよう。

 っていうか、大徳寺先生ってこの件の関係者じゃなかったっけ? 敵側だったような記憶があるんだけど。

 まぁでも、その後も十代と一緒にいた気がするし……悪い人じゃないのは確かだろう。そう判断したから、俺も大徳寺先生に対して普通に接してきたわけだし。

 なら、そう深く考えることもないだろうさ。そう心の中で呟きつつ、俺は最後の鍵を手に取って首から下げた。これで、七人全員に鍵が行き渡ったわけだ。

 そして、七つの鍵を持った俺たち七人を前に、校長が一度深く頷く。

 

「生徒諸君まで巻き込んでしまい申し訳ないが、無理を承知で頼みます。御武運を祈っておりますぞ、皆さん」

 

 その鮫島校長の言葉に、俺たちは揃って「はい」と答える。

 この瞬間、俺たちはこの学園……いや、この世界の命運を担う立場に立ったのだった。

 

 

 

 

 その後自室に戻った俺は、ごろりとベッドの上に寝転ぶ。

 そして、首から下がっている七星門の鍵を掴んで目の前に持ってきた。

 

「セブンスターズか……」

 

 白い天井を背景に、鍵をじっと見ながら、考える。

 朧気なこの世界に関する記憶をたどっても、もはやほとんど答えは出てこない。さすがに細かな内容までは覚えていないからだ。

 せいぜい覚えているのは、相手はその名の通り七人で、仲間と共に十代が活躍していき、最後は三幻魔を操る理事長に勝った……という内容だったはず、という程度の情報である。

 これぐらい、最後の黒幕の正体以外はこちらの勢力の勝利を信じていればおのずと導き出される答えでしかない。

 だとすれば、やはりそんな知識に頼るべきではないだろう。いつも通り、今できることをやっていくしかない。

 俺も今では当事者なのだ。油断なく、今回の事件に臨む。この間、十代とのデュエルでプレイミスをしたが、そんなことは今回に限っては許されない。近々にそうしたことがあったからこそ、一層気を引き締めようと思う。

 なにせ、ことは俺だけに留まらず、世界にすら波及するのだから。

 そう決心し、俺は今回の事態に備えて、デッキをしっかり見ておこうと机に向かう。

 しかし、その途中。首から下げていた鍵が、風も吹いていないのに微かな振動を放ち始めた。

 

『遠也!』

 

 その不可思議な現象に驚いていると、離れていたマナが俺の傍に寄ってくる。

 かなり焦燥を覚えているのか、その表情には余裕がない。そして、その口から出てきた言葉に、俺の表情もまた余裕をなくすことになる。

 

『誰かが、闇のデュエルをしてる!』

「なに!?」

 

 その言葉に、俺は瞬時にそれが示す危うさを悟る。

 三幻魔、セブンスターズが襲ってくるかもしれない状況、それらを考えれば、闇のデュエルをしているのが何者かなど簡単に想像がつく。

 間違いなく、セブンスターズの人間と俺たちの中の誰かが戦っているのだろう。

 俺はそう確信を深めると、すぐさま部屋を飛び出した。マナもそれに続いて精霊状態のままついてくる。

 すると、ちょうどこちらに来ようとしていたのか、道中でカイザーと鉢合わせた。

 

「遠也!」

「カイザー、お前もか!」

 

 俺が簡潔に問えば、カイザーは無言で頷いて鍵を見せてきた。カイザーの鍵も同じく振動しており、カイザーもまた俺たちの中の誰かに異状があったことを察したのだろう。

 ならば、これ以上言葉を交わす余裕などない。誰が戦っているのかは知らないが、まずはその場に駆けつけなくては。

 

「行こう、カイザー!」

「ああ!」

 

 互いに最低限の言葉だけで済ませ、俺たちは一心に走る。どこに行くかなど、考える必要はない。

 まるで鍵が行き先を指し示してくれているかのように、どこに行けばいいかは何故か理解している。

 向かうはアカデミア校舎の裏側――そこにそびえる火山である。

 そこで最初に戦っているのは誰なのか、想像はついている。恐らくは、間違いないだろう。

 あいつが負けるなんて思っていない。絶対勝つとは言い切れないが、それでもあいつが持ついっそ理不尽なほどの強運と土壇場の強さは並ではない。だからこそ、勝つと信じている。

 だが……。

 それでも、胸騒ぎがするのだ。嫌な予感が拭えない。

 それを振り切るように、俺はひたすら走る。今は一秒でも早く、その場にたどり着くことが先決だと心底から理解しているから。

 

 ――無事でいてくれよ、十代……みんな!

 

 ただそれだけを願いながら、俺は火山のふもとへと近づいていくのだった。

 

 

 

 

 そうしてたどり着いた先。途中で三沢や万丈目とも合流して行き着いたその目的地では、ジャージ姿の翔と隼人と、二人に抱えられている火傷と裂傷が目立ち意識のない十代の姿があった。

 

「十代!」

 

 俺は思わず駆け寄り、他の面々も同じく駆け寄る。

 近づいて覗き込めば、その顔に細かな傷が多くつけられており、服も汚れだけではない明らかな損傷が見られる。

 なにより、ぴくりともしない姿は、どれだけ体力と気力を消耗したのかを如実に語っている。間違いなく、十代が闇のデュエルを行ったのだろう。

 

「い、生きてるのか?」

 

 その普段の十代からはとても想像できない物言わぬ姿に不安を駆られたのだろう、万丈目が恐る恐る口にする。

 それに対して、翔は声を荒げた。

 

「当たり前だよ! 兄貴が死ぬはずないじゃん!」

 

 そして隼人が言うには、脈拍も正常で命に別状はないということらしい。それを聞き、思わず俺たちの間から安堵の息が漏れる。

 

「やはり、闇のデュエルか」

「そうなんだな。けど、十代は勝ったんだな!」

 

 続けて万丈目が口にしたそれに、隼人が頷いてその結果を俺たちに伝える。

 十代が勝ち、鍵も無事。結果だけ見れば俺たちの勝ちだが、十代のこの姿を見ればとても喜ぶ気にはなれなかった。

 そして、離れたところにいる明日香にカイザーが気付く。

 明日香は一人の人物を抱きしめて、泣いていた。

 ……そうだ。十代の心配ばかりで思い出せなかったが、この時の十代の相手が操られていた天上院吹雪――行方不明になっていた明日香のお兄さんだったはずだ。

 あてもなく探し続け、恐らくは心のどこかで諦めも混ざっていただろう明日香にとって、この再会は心から望んでいた喜ばしいことのはずだ。

 明日香が兄を探していたことは、俺たちにとってよく知ることだ。ゆえに、俺を含む全員が念願かなった明日香を見て、思わず涙腺を緩ませる。

 吹雪さんのことは、本当に良かったと思う。それに、吹雪さんは操られていただけだ。責めるつもりは全くない。

 しかし、その一方で。俺はこの三幻魔事件の黒幕に対して、怒りを感じていた。

 俺の友を、こうまで痛めつけてくれたこと。それは、やはり許しがたい。

 ――必ず、叩き潰す。

 俺は崖の向こうから上ってくる朝日の光を浴びながら、改めてこの世界に生きる当事者として今回の件に立ち向かうことを誓うのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ――と、勢い込んだはいいのだが。

 

「相手が出てこない以上、どうしようもないよなぁ」

 

 アカデミア内の保健室。そこで十代が体を横たえているベッドの脇に座りながら、俺はぼやくように口にする。

 そう、セブンスターズの人間が誰で何処にいるのかわからない以上、俺たちに出来ることは出てきてから対処する、という後手にならざるを得ないのだ。

 そのため、俺は決意したもののその決意を示す機会なく、こうしてお見舞いに来ているというわけだ。

 さっきまでは翔もいたんだが、現在保健室にいるのは俺と十代、明日香と吹雪さん、そして鮎川先生だけである。

 

「仕方ないって。俺としては、俺が治るまで待ってほしいけどな、ははっ! っいつつ!」

「急に笑うからだ。やっぱり大人しく寝てたらどうだ?」

 

 何もせず寝ているほうが身体に悪いと言い張るから話に付き合っているが、これぐらいで痛みが走るとはな。やっぱり無理はさせない方がよさそうだ。

 そう思う俺とは裏腹に、十代は心配ないとばかりに笑顔を見せる。

 

「大丈夫だって。鮎川先生も、話したりする分には何も問題ないってよ。数日で普通の生活に戻れるみたいだし」

「そうか。でもまぁ、無理はするなよ。お前が倒れてるのを見たときは、心臓止まるかと思ったんだぞ」

「いやー、悪かったな遠也。でも、こうして話に付き合ってくれるのは助かるぜ」

「ま、それぐらいはな」

 

 互いに何でもない会話をしながら、時間を過ごす。

 ちなみに現在は平日の午後になったばかりの時間であり、本来なら授業中である。

 しかし校長がそこらへんは気を利かせてくれたのか、鍵を持つ俺たちは授業に出ていない時は公欠扱いになっているらしい。まぁ、そうでもないとデュエルに渾身で向かっていけるはずもなし、妥当と言えばそうなんだろう。

 そういうことになっているため、保健室にはよく人が訪れる。十代と吹雪さんの様子を見るためだ。特に明日香はこれ幸いとばかりに吹雪さんにつきっきりである。ずっと探していたお兄さんが戻ってきたのだから、その気持ちを察して明日香が入り浸っていてもみんな何も言わないでいる。

 そうして訪れる中には、クロノス先生の姿もあった。そして寝ている十代を一瞥し、「闇のデュエルなんてあるわけないノーネ!」と吐き捨てて帰っていった。相変わらずである。

 とはいえ、実際そのデュエルによって十代が傷つき、ましてそれが自分が人質に取られたせいだと気にしている翔と隼人はその態度に憤慨していた。

 あれでクロノス先生も今回の件で気が立っているのだからと二人を宥めすかしたのは、つい昨日のことである。

 

「しかし、寝てるだけだと暇だぜ。……そういや、セブンスターズの二人目はまだ来てないんだろ? 他になんか変わったことはないのか?」

 

 欠伸をかみ殺しつつ言う十代。まぁ、風邪の時とか、恐ろしいほどに暇を持て余した記憶があるからわからなくもないが……。

 しかし、変わったことねぇ。あるっちゃあるか。隣で明日香もなんか聞き耳立ててるし、保健室の住人は話題に飢えていると見える。

 なら、話すか。ひょっとしたら、俺たちにも関係がある話かもしれないしな。

 

「変わったことと言えば、今アカデミアの中は吸血鬼の話題で持ちきりだな」

「吸血鬼ぃ? このご時世にか?」

 

 いきなりファンタジーな単語が出てきて、さすがに十代も訝しむ。

 まぁ、吸血鬼なんて物語の中だけの存在。それよりも現実に危機に直面している俺たちにしてみれば、そんな娯楽に気を向けている余裕はない。

 だが、学園中に広まっているこの噂。俺たちは今回の件に無関係ではないと思っている。

 

「確かに眉唾な話だよ。けど、それは闇のデュエルも一緒だろ。実際に体験するまでは、お前もあるとは思ってなかっただろ?」

「それはまぁ……」

 

 あの廃寮探検の時。あの時まで、十代は闇のデュエルなんて存在しないと思っていたはずだ。それを引き合いに出され、十代は確かにと頷く。

 

「つまり、あなたは……いえ、みんなはその吸血鬼がセブンスターズの可能性があると考えているのね」

「そういうこと。それもあって、みんな一応警戒している」

 

 本当に吸血鬼かどうかなんて、実際のところ誰も気にしていない。

 だが、この時期にそんな噂が流れ始めるということ自体が怪しすぎる。そのため、全員がすぐに対応できるよう気を付けているのだ。

 十代と明日香は知らなかったようだが、保健室にこもっていては噂など知りようがない。十代の怪我、明日香の兄との再会という状況を考えて、俺たちも気を利かせていたところがあるからな。

 とはいえ、知らないというのも問題だろうから俺が今こうして話したわけだ。これで、何かあっても件の吸血鬼が怪しいと思えるだろう。

 そして、こうして話したのがフラグだったのかと後になって思わないでもない。直後、保健室の扉を勢いよく開けて隼人が入ってきたからだ。

 

「た、大変なんだな! クロノス先生がセブンスターズの一人と戦うことになったんだな!」

「クロノス先生が!?」

「そんな……闇のデュエルは本当に存在するのに、危険だわ!」

 

 闇のデュエルなんて存在しないと、この保健室でも言っていたクロノス先生だ。明日香がそんな先生を心配するのも分かる。

 有るものを無いと決めつけて誤認しているのは、勝負の場においては致命的な隙でしかないからだ。

 

「クロノス先生……。隼人……案内してくれ!」

「十代!? お前は寝てた方がいいんだな!」

「先生が戦うっていうのに、呑気に寝てられるか! 俺は這ってでも行くぜ!」

 

 言うが早いかベッドから降り、やはり力が入らないのか体勢を崩した十代を、近くにいた俺が慌てて支える。

 その姿に、十代が本当に這ってでも行くと悟ったのだろう。隼人と明日香は諦めの溜め息をついた。そして、せめて負担が最小限になるよう、隼人が十代を背負って現場に向かうことになった。

 闇のデュエルでの敗北は、死あるいは罰が科せられる。クロノス先生がそんな目に遭っていないよう、俺たちは先生の勝利を願いながら走っていく。

 隼人が示した湖。最短の距離をひたすらに駆け抜けた俺たちの目に飛び込んできたのは、緑色の長髪と赤いドレスに身を包んだ女性。そして、それと相対しているクロノス先生の姿だった。

 だが、そのクロノス先生は相手の攻撃によってダメージを受けたのか、地面に倒れている。それを、大徳寺先生を含むカイザーと三沢、万丈目に翔といった面々が心配そうに見ていた。

 

「ふん、このような弱小デュエリストが、この私、吸血鬼カミューラに挑もうとするからこうなるのよ」

 

 そして、カミューラと名乗った女が倒れ伏したクロノス先生を嘲る。

 それに怒りを覚えたのは俺だけではないだろう。事実、背負われてきた十代は、痛む体を押して大声でそれを否定した。

 

「それは違うぜ! 戦った俺だからわかる。クロノス先生は、強いんだ!」

 

 その声に、全員の視線が俺たちに集まる。

 

「見せてくれよ、クロノス先生! 先生のターンを!」

 

 十代が叫ぶ。

 普段あまりいい印象を持っていないはずのクロノス先生に対して、しかし十代はカミューラの嘲りを良しとはできなかった。

 十代にとって、デュエルとは楽しいものであり、そしてデュエルを通じて沢山の人と繋がっていけるものである。

 そして、クロノス先生はそんなデュエルを通じて知り合った一人だ。加えて、今はこうして一つの目的に向かって共に戦う仲間である。十代にとって、クロノス先生を応援する理由はそれだけで十分だったのだろう。

 そして、その声を受けたクロノス先生は、その声に応えるかのように立ち上がる。

 若干よろめきながらもカミューラを見据え、そして決意を込めた表情と声で力強く宣言した。

 

「このクロノス・デ・メディチ、断じて闇のデュエルなど認めるわけにはいかないノーネ! 何故なら、デュエルとは本来、青少年に希望と光を与えるもの! 恐怖と闇をもたらすものではないノーネ!」

 

 それは、デュエルアカデミアに勤める教師としてクロノス先生が持っている信念なのだろう。それを聞いたカミューラは鼻を鳴らして小馬鹿にするが、俺たちは違う。

 クロノス先生のその言葉に感じ入るものがあったのは、その場にいる全員だった。

 

「それで、闇のデュエルは存在しない、してはいけないと教諭は言い続けていたのか」

「ああ。その通りだって思うぜ、先生!」

「そうだ。先生の言う通りデュエルは光だ。だからこそ、俺たちはこうして友達になってるんだからな」

 

 三沢の得心がいったとばかりの言葉に、十代と俺が同意して声を上げる。それに続き、隼人、翔、カイザー、万丈目、明日香、大徳寺先生も、次々にクロノス先生の言葉を支持し始める。

 

「ちっ、争いとは本来闇のもの! そんなこともわからないとは、群れるしか能がない人間はこれだから!」

 

 その流れを不快に感じたのか、カミューラが吐き捨てるように言い放つ。

 何とでも言え。だが、俺たちはクロノス先生の言葉が間違っているとは思えない。たとえ本来が闇だとしても、だからといっていつまでもそうである必要はどこにもないのだから。

 そして、それらの言葉にクロノス先生が僅かにこちらを見る。そして、俺たちに対して小さく笑みを見せたのだ。オシリスレッドの人間も含まれているというのに、だ。これまでの先生の態度からは考えられないことである。

 しかし、それも一瞬のこと。クロノス先生は再びデュエルに戻っていた。

 

クロノス LP:1700

カミューラ LP:3200

 

「私のターン、ドロー! 私は《古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)》を召喚するノーネ!」

 

 クロノス先生の場にある永続魔法《古代の機械城(アンティーク・ギアキャッスル)》を生贄の代わりにし、呼び出されるクロノス先生のエースモンスター。

 

 《古代の機械城》は発動してから通常召喚されたモンスターの数まで「アンティーク・ギア」と名のつくモンスターの生贄の代わりに出来る効果を持つカード。これまでのターンで、2体以上のモンスターが通常召喚されていたということだろう。

 

古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)》 ATK/3000 DEF/3000

 

 そして相手となるカミューラの場には《ヴァンパイア・バッツ》と伏せカードが1枚。それにフィールド魔法《不死の王国-ヘルヴァニア-》か。

 ヴァンパイア・バッツは場のアンデッド族を強化する効果と、自己蘇生の効果を持ったカード。

 そしてヘルヴァニアは通常召喚権を放棄する代わりに、手札のアンデッド族モンスターを捨てることで、場のモンスターを一掃する効果がある。なかなか厄介なカードたちだ。

 

《ヴァンパイア・バッツ》 ATK/800→1000 DEF/600

 

 だが、攻撃力で圧倒的にクロノス先生が有利。そのため、クロノス先生も迷わず攻撃に移った。

 

「古代の機械巨人! ヴァンパイア・バッツに攻撃するノーネ! 《アルティメット・パウンド》!」

 

 無論その攻撃にヴァンパイア・バッツが敵うわけもなく、そのまま破壊されてカミューラのライフが削られた。

 

カミューラ LP:3200→1200

 

「くっ……! ヴァンパイア・バッツの効果で、デッキから同名カードを墓地に送りこの破壊を無効にする! そして、ヘルヴァニアとのコンボで、あなたの場のモンスターは破壊されるわ!」

「甘いノーネ! 手札より《大嵐》を発動! 場の魔法・罠カード全てを破壊しまスーノ! その伏せカードとヘルヴァニアは破壊なノーネ!」

 

 先生が発動した大嵐によって、フィールドに強風が吹き荒れる。

 そしてその風は伏せられていたカードとフィールド魔法を破壊し、カミューラの場を蝙蝠1体だけにした。だが、その状況においても、カミューラの不敵な笑みは消えない。

 

「ふふ、やはりあなたは弱いわ、クロノス先生! 破壊された《不死族の棺ヴァンパイア・ベッド》の効果発動! 墓地のアンデッド族モンスター1体を特殊召喚する! 私は《不死のワーウルフ》を特殊召喚!」

 

 フィールドに石造りの古めかしい棺が現れ、その中からカミューラが指定してモンスターが眠りから覚めるかのようにゆっくりと姿を現す。

 

《不死のワーウルフ》 ATK/1200→1400 DEF/600

 

 破壊された時に効果が発動する罠……俺の持つ《リミッター・ブレイク》と同じような効果だ。確かにそれだと、大嵐はただ相手を助けるだけのカードでしかない。

 

「ぐぬっ……! カードを1枚伏せて、ターンエンドなノーネ!」

「私のターン、ドロー! 私は《生者の書-禁断の呪術-》を発動! 墓地の《ヴァンパイア・ロード》を復活させ、あなたの墓地の《古代の機械獣(アンティーク・ギアビースト)》をゲームから除外!」

 

《ヴァンパイア・ロード》 ATK/2000→2200 DEF/1500

 

 これで相手の場には3体のモンスター。攻撃力だけならいまだクロノス先生の古代の機械巨人が上回っているが、流れが向こうにいっているような気がしてならない。

 

「更に私はヴァンパイア・ロードを除外し、《ヴァンパイアジェネシス》を召喚する!」

 

 ヴァンパイア・ロードが姿を消し、代わりにフィールドに降り立つ巨躯の魔人。紫に染まった身体と、青黒く染まった背中の蝙蝠と似た作りの翼が非常に禍々しい。

 

《ヴァンパイアジェネシス》 ATK/3000→3200 DEF/2100

 

 まずい、ジェネシスの攻撃力は古代の機械巨人より上だ。もし倒されてしまった場合、総攻撃を受けてクロノス先生は負ける!

 それがわかっているのだろう、カミューラは浮かべていた笑みを一層深くして意地悪く笑う。

 

「ふふ、これでおしまいよ、クロノス先生! ヴァンパイアジェネシスで古代の機械巨人に攻撃! 《ヘルビシャス・ブラッド》!」

 

 その身を血のような赤き旋風に変え、クロノス先生の古代の機械巨人に攻撃を仕掛けるヴァンパイアジェネシス。

 それを見て俺たちの口から、あっ、と思わず声が漏れる。しかし、クロノス先生の表情に焦りはなく、ただ笑みだけがそこにあった。

 

「この瞬間を待っていたノーネ! リバースカードオープン! 《次元幽閉》! これは攻撃してきたモンスターをゲームから除外する罠カード! ヴァンパイアジェネシスには退場してもらいまスーノ!」

「なっ!?」

 

 クロノス先生が発動した罠カードによって、古代の機械巨人の前に次元の裂け目が現れる。血の風となったジェネシスは、目標にたどり着く前にその裂け目から次元の彼方へと消えていき、クロノス先生の場には何も被害がないままフィールドは静寂を取り戻す。

 カミューラは最高攻撃力のモンスターが場からいなくなったことに唇を噛み、対照的にクロノス先生は得意げな笑みを浮かべていた。

 

「ふふん、普段はあまり投入しないカードでスーガ、生徒でもないシニョーラに遠慮は無用なノーネ。尤も、さっき入れたカードが、まさかこの場で役に立つとは思いませんでしターノ」

 

 なるほど、確かに次元幽閉はその強力な効果ゆえ投入すれば強いが、強いからこそ生徒相手の指導には向かない。元の世界でもガチカードとして有名だったうちの1枚でもあるし。

 だが、十代が怪我を負うような事態、更に自身が戦うこととなったクロノス先生は、万全を期してこの場で投入したのだろう。

 それをこの状況で引くあたり、さすがは実技指導最高責任者である。

 

「さすがです、クロノス教諭!」

「やるじゃないか、クロノス!」

「素晴らしい戦術です、教諭!」

 

 決着に希望が見えてきたこともあって、俺たちは一斉にクロノス先生に声援を送る。

 

「ほっほ、当然でスーノカプチーノ。やはり闇のデュエルなどで、このワタクシ、クロノス・デ・メディチに挑もうということが、所詮間違いだったノーネー!」

 

 そして、背をそらし、自信満々に高笑いし始めるクロノス先生。

 さっきの姿に触れてクロノス先生を見直した俺たちだったが、そのお調子者っぷりと今の姿には苦笑を浮かべるしかなかった。

 

「……調子にぃ、乗るんじゃないわよッ! この人間どもがァアア!」

 

 しかし、そんな和やかな空気がカミューラの叫びによって一変する。

 口を大きく開き、もはや口の端が切れるほどに開かれたそこからは人間にはあり得ない鋭く尖った牙が並ぶ。そして異様に長い舌を外気に触れさせながら、見開いた目でクロノス先生を睨みつけている。

 その美女然としたさっきまでの姿から大きく変わった異形の姿に、俺たちは言葉を失った。

 

「手加減してあげていればつけ上がって……! 気が変わったわ! あなたには必要ないと思っていたカードだけど、特別にこのカードで闇に葬ってくれる!」

 

 そう言って、カミューラは手札のカード1枚を手に取る。

 そして、すぐさまそれを発動させた。

 

「私は魔法カード《幻魔の扉》を発動ッ!」

 

 カードがディスクにセットされた、その瞬間。

 カミューラの背後に現れる石造りの門。そこに備え付けられた扉は固く閉ざされているが、そこから漂う雰囲気が得も言われぬ恐怖感を俺たち全員に感じさせる。

 思わず後ずさる俺たちに気を良くしたのか、カミューラの笑い声が響く。

 

「ほほほ……、それでは幻魔の扉の効果処理に移りましょうか。幻魔の扉、このカードはまず相手フィールド上のモンスターを全て破壊する!」

「なんでスト!? それでは禁止カードの《サンダー・ボルト》と同じ効果になってしまうノーネ!?」

 

 クロノス先生の驚きも尤もだ。サンダー・ボルトは、ノーコストで相手の場のみをがら空きにするという凶悪性から禁止カードとなり、今後二度と使用許可は下りないだろうといわれるほどの強力カード。

 十代が持つアブソルートZeroも同じ効果を内蔵するが、あちらは融合召喚した後に自身をフィールドから離すという必要があるため、そこまでではない。それでも強力な効果であることに変わりはないが。

 だというのに、魔法カードでその効果は最早反則だ。先生の言う通り、サンダー・ボルトそのままじゃないか。

 俺たちの驚愕をよそに、発動した幻魔の扉はその冷たく閉ざされた扉をゆっくりと開いていく。

 扉の向こう側は、黄ばんだ歯と赤く充血した肉によって囲まれ、まるで人間の口であるかのようだ。そしてそこから溢れた光に晒された古代の機械巨人は為す術なく破壊され、クロノス先生の場ががら空きになる。

 これで次のターン、クロノス先生がモンスターを場に出さなければ、そのまま負けになる。確かに厳しいが、無理というわけでもない。まだ希望は残っているといえるだろう。

 そう思っていると、カミューラが再び小さく笑った。

 

「幻魔の扉の効果は、これだけではなくってよ。更に幻魔の扉の効果、このデュエル中に使用したモンスター1体を、あらゆる条件を無視して私の場に特殊召喚する!」

 

 幻魔の扉。言うなれば、サンダー・ボルトと死者蘇生を一纏めにしたような効果を内蔵した魔法カード。ともに禁止カード級の性能を持つ2枚の効果を併せ持つなんて、もはや強いというレベルの話じゃない。

 俺たちは、その出鱈目な効果に愕然とした。

 

「……な、なんなノーネその効果は! インチキ効果も甚だしいノーネ!」

 

 クロノス先生が憤りを露わにして食って掛かる。

 当然だ。デュエルモンスターズは明確なルールの下に行われるものである。だというのに、こんなゲームバランスを一枚で崩壊させてしまうようなカード、存在してはいけない。

 そんなデュエルに悪影響しか出さないカードが禁止カードにならないはずはないのに、こうしてデュエルで使用されている事実。デュエルを愛する人間にとって、一気にそれを壊すカードの存在を、認めるわけにはいかなかったのだ。

 しかし、カミューラはそんな怒声も涼しい顔で受け流す。そして「当然代償はあるわ」と言葉を発した。

 それは当たり前だろう。あの効果で何もないとか、目も当てられない。

 

「このカードは私自身の魂を生贄にすることで発動する。このデュエルに負けたら、私の魂は幻魔に捧げる供物となってしまうのよ」

「おい、それじゃ実質ノーコストじゃないか!」

 

 予想の斜め上をぶっ飛んでいったカミューラの示す代償に、俺は思わずそう叫んだ。

 このライフポイント4000の世界において、このカードを使う状況で勝ちに持っていくことは簡単なことだ。つまり、負ける可能性の方が低いのである。なら、負けた時に魂を奪われるというコストは、ないに等しい。

 

「ふふ、威勢のいい坊や。……そうね、せっかくの闇のカードなのだから、闇のデュエルらしく使うとしましょう」

 

 そう言うと、突然カミューラの身体が分裂してもう一人のカミューラが現れる。それに驚く間もなく、そのもう一人の姿が掻き消えた。

 何をしようとしているのか。そう考えた、その時。

 

『逃げて、遠也!』

「っ!?」

「きゃ!?」

 

 マナの忠告に従い、俺はすぐさま身をよじる。しかし、隣に明日香がいたため身体がぶつかり、その行動は明日香を弾き飛ばす結果となっただけで、俺の身体はその場から動けなかった。

 その結果、俺の身体はもう一人のカミューラに拘束されて引きずられていくことになった。

 

『遠也! このぉ!』

 

 マナが戒めを解こうと分身体に魔力をぶつけているが、しかしあまり効果がない。マナの攻撃はかなりの威力があるというのに、それは何故か。その理由はすぐに分かった。

 幻魔の扉だ。その開かれた扉から溢れているエネルギーがカミューラ本体と俺を捕えている分身体を覆っているのが見える。いくらマナが上級魔術師であっても、さすがに神に匹敵する力を持つ存在には敵わない。本体ではない欠片とはいえ、同じことだ。

 マハードでも、この拘束を解くことは恐らくできないだろう。それでもあきらめずに攻撃を続けてくれているマナに何か言ってやりたいが、首をうまく絞められて話すことができない。

 今の俺は、このまま黙っていることしかできなかった。

 

「遠也!」

「遠也くん!」

「おのれ……! シニョール皆本をどうするつもりなノーネ!」

 

 俺が囚われたのを見て、全員が思わずと言ったように俺の名前を呼ぶ。そしてクロノス先生はその表情を怒りに歪ませてカミューラに怒鳴った。

 それに対して、カミューラは余裕をもって微笑むだけである。

 

「ふふ……このカードのコストは私の魂。でも、せっかくですもの。私の身代わりをこの子にお願いしようと思ってね。それにしてもこの坊や、変わった存在を連れてるわね……」

「な、なんでスト!? それでは……!」

「ええ、そういうことよ。私に勝つということはこの坊やを殺すということになるわ、クロノス先生! 私はこの子の魂を生贄に、《古代の機械巨人》を召喚!」

「ぐぅっ……!」

『遠也!』

 

 全身から徐々に力が抜かれていくような感覚。思わず膝をつきたくなるが、信じられない力で首を抑えられているため、強制的に立たされたままだ。

 人間じゃないってのは、どうやら本当らしい。そんなどうでもいい感想がなぜか脳裏によぎった。

 

《古代の機械巨人》 ATK/3000 DEF/3000

 

 そして、カミューラの場に現れるクロノス先生のエースモンスター。つい先ほどまでクロノス先生を守る力だったそいつが、今度は牙を剥いてクロノス先生に向き合っている。

 

「私はこれで、ターンエンド! さぁ、どうするのクロノス先生! 大事な生徒を助けたくないの!?」

「ぐぅう……私のターン、ドロー! ……ターンエンド、なノーネ!」

 

 引いたカードを確認することすらせず、すぐさまエンド宣言するクロノス先生。

 明らかに勝つつもりがないその姿に、俺は目を見開いてクロノス先生を見る。すると、目があったクロノス先生が、ふっと笑みを見せた。

 

「私は教師でスーノ。断じて生徒を犠牲にすることなど、出来ませンーノ! 諸君、たとえ私が負けたとしても、闇に屈することだけはしてはいけないノーネ! 闇は光を凌駕できない。そう信じて、決して心を折らぬこと! それを忘れてはいけませン!」

 

 胸を張り、そう言い切るクロノス先生の姿に、俺たちは何も言えず頷くことしかできない。

 先生はすでに覚悟を決めている。俺のために、自分が犠牲になるという覚悟を。

 

「先生……!」

「クロノス教諭……!」

 

 十代、カイザー、この場にいる他の面々からの声を受けながら、クロノス先生はカミューラの前に立つ。その姿に、何も言えない、ただの足枷である自分が情けない。俺はただその姿を見ていることしかできなかった。

 そんなクロノス先生を、嘲笑を浮かべて見るカミューラ。まるでそんな決意など取るに足らないとばかりにデュエルを再開する。

 

「私のターン、ドロー! ふふ、最後の授業も終えて、思い残すことはないでしょう。《古代の機械巨人》でクロノスに直接攻撃! 《アルティメット・パウンド》!」

 

 クロノス先生にとって頼れる味方だったカード。その繰り出される攻撃が、主人であるクロノス先生を襲い、その残りライフポイントを根こそぎ奪い取っていった。

 

「ぐぬぅぅうッ!」

 

クロノス LP:1700→0

 

 闇のデュエルのダメージは現実のものとなる。

 ライフポイントを0にされたクロノス先生は、力なくその場に倒れこむ。まるで糸の切れたマリオネットのように地面に崩れ落ちたその姿に、不安を抱かずにはいられない。

 幻魔の扉が消えていき、それと同時に俺を拘束していた分身体も消えていく。支えがなくなり膝をついた俺に、精霊状態のマナがすぐさま寄ってきて、魔法による回復をしようとしてくれている。

 そしてそんな俺たちをよそに、カミューラはクロノス先生のところに歩み寄ると、その首から下げられていた七星門の鍵を奪っていく。

 そして次に、布で作られたシンプルな人形を取り出した。

 

「それでは約束通り、負けた者の魂をもらっていくわ」

 

 そう言うや否や、人形とクロノス先生の身体が紫色の不気味なオーラに包まれていく。そしてクロノス先生の身体が消えていき、代わりに人形の方にクロノス先生の特徴が装飾のように浮き出始めていた。

 

「く、クロノス先生が人形に……!」

 

 翔が恐れを抱いた目でカミューラを見る。

 その視線を受けながら、カミューラは完成したクロノス先生の人形を一瞥する。そして「やっぱり不細工、いらないわ」と呟いてその人形をその場に捨てた。

 それを見て、瞬時に頭に血が上る。

 

「お前ッ……!」

 

 しかし、怒りとは裏腹に身体が動かない。力を吸い取られたうえ、首を絞められて酸素が足りなくなっているのだ。思い通りにならない身体に、思わずイラつく。

 

「ふふ、怖い怖い。それでは、今宵はこのあたりで。いずれ、素敵な招待状を出させていただきますわ。ふふ、ふふふ……!」

 

 その言葉と同時に背後の湖の上に現れる巨大な西洋の城。

 そこに身体を霧のようにして飛び去っていったカミューラ。

 俺たちはそれをただ黙って見送ることしかできなかった。

 ようやく少しは動くようになった身体で歩く。そして捨てられていったクロノス先生の人形を拾い上げて、人形についた土汚れをきれいに払いのけた。

 俺のために、犠牲になったクロノス先生。大きな感謝と、深い申し訳なさが同時に俺の心を締め上げる。

 

「くっ……!」

 

 人形を持っていない方の手を、力いっぱい握りこむ。

 そして、城の方を睨みつけるようにして見据えた。そこにいるであろうカミューラを貫くほどに、真っ直ぐ視線を投げつける。

 自然みんなに背を向けて立っていた俺は、そのままで後ろのみんなに声をかけた。

 

「……みんな。次は、俺が奴と戦う」

 

 短く告げたその言葉に、反論を唱える者は誰もいなかった。そのことに、少しだけ感謝を心の中で述べる。

 俺のせいで、クロノス先生はこうなってしまったんだ。なら、その尻拭いは自分でしてみせる。そして、クロノス先生を必ず元に戻してみせる。

 隣にマナが寄り添ってくる気配を感じながら、俺はそう決意するのだった。

 

 

 

 



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第24話 敵討

 

 クロノス先生とカミューラの戦い。その後、俺たちは言葉少なに帰路をたどり、それぞれの寮へと戻っていった。

 口数が少なくなるのは当然だろう。クロノス先生は最高指導責任者という立場もあり、生徒にとって比較的よく接する教師である。その近しい人間が、物言わぬ身体に変えられてしまったのだ。

 それを目の前で見ていたのだから、その辛さは一層深い。闇のデュエルは、一度始まれば誰であろうと介入できない。だから見殺しにしてしまったのは、仕方がなかった。

 そんなことを本気で思える人間は、あの場には一人もいなかった。だからこそ、誰もが多かれ少なかれ自責の念と己の無力さを感じ、口を噤むしかなかったのだ。

 そんな感情を表に出したところで、何もいいことはない。それがわかるほどにはみんな大人であり、そして、そんな感情を超えるほどに怒りを感じていたからこそ、誰も何も言えなかったのだ。

 

「………………」

 

 そうして自室に戻った俺は、早速デッキの構築に努めていた。

 カミューラのデッキは、OCGカードが比較的少ないカードで構成されたアンデット族。なかでも、主力であるヴァンパイアジェネシスをサポートすることを主眼に置いた構成でほぼ間違いないはずだ。

 いうなれば、【ヴァンパイア】デッキといったところか。そして、それだけならば対策など容易だ。それどころか、俺が通常使うデッキでも油断さえしなければ十分倒せる。

 だから、真の問題はそこではない。

 魔法カード《幻魔の扉》。これが最も警戒しなければならない問題だ。

 己ではなく他者の命を糧にしても発動させることができる、サンダー・ボルトと死者蘇生の両方の効果を持ったトンデモカード。

 これを封じられなければ、再び誰かの魂を人質にとられて終わりだ。

 ……クロノス先生のように。

 

「……これで、40枚」

 

 思わず手に力がこもる。俺のためにその身を差し出したクロノス先生、そうさせてしまった自分への憤りのためだ。

 あの人は、あの時本当に教師の鑑だった。闇ではなく光を信じ、そして子供たちを導くためにこそデュエルは存在すると説いた。

 そんな素晴らしい人の犠牲の上に、俺はこうして過ごしている。

 なら、俺はクロノス先生の示したその信念に沿って、カミューラに勝つ。それがクロノス先生の生徒として、そして助けてもらった身として俺がすべきことである。

 

「……よし」

 

 完成したデッキをケースにしまう。

 すでに夜遅い。カミューラに挑むのは明日に持ち越しである。

 明日、万全でデュエルに臨めるよう、今日はさっさと寝るに限る。寝不足でミスをしたなんてことになったら目も当てられないからな。

 というわけで、俺が身を横たえるべきベッドを視界に収める。

 そして、変わらずそこにあった相棒の姿に、俺は少しだけ嘆息した。

 背を丸め、両膝を抱えるようにしてベッドの上に座っているマナ。その顔は膝の上に伏せられており、表情を見ることはできない。

 ひとまず今はデッキの構築を優先させたため後回しになってしまったが、帰ってきてからずっとこうである。

 ……何故、と聞くほど馬鹿ではないつもりだ。十中八九、俺が捕まった時のことだろう。

 そう確信に近い予想を持った俺は、ベッドに近づき、その横に腰を下ろす。ぎし、とスプリングが沈み、マナの身体も合わせるように小さく跳ねた。

 今ので俺が横に来たことは分かっただろうに。それでも、マナは一向に顔を上げようとしない。

 

「……はぁ」

 

 溜め息を一つ。俺は膝を抱えて丸くなっているマナの身体を強引に自分側に倒し、その頭を抱えるようにして胸に押し付けた。

 さらさらの金髪が広がり、その上からあやすようにゆっくり撫でる。もう片方の手は、マナの背中に回してポンポンと軽く叩く。

 

「気にするなよ。相手は神に匹敵する力を持ってたんだ。たとえマハードでも、どうしようもなかったさ」

 

 これは恐らく事実である。マハードがいかに力のある魔術師とはいえ、さすがに神には敵わない。ゆえに、神と同格……あるいは迫る力を持つ幻魔にも、それは同じことだろう。

 だから、仕方がない。これは俺の本心である。

 しかし、マナには納得がいかないらしい。顔を胸に押し付けたまま、小さく反論する。

 

「……確かに遠也の言う通り……そうかもしれないよ。けど、私はそれでも、遠也を守りたかった――」

 

 言って、マナはその手をゆっくり俺の背中に回す。俺の無事を確かめるようにそっと触れたその手に、マナの抱いた恐怖が滲み出るようだった。

 危うく幻魔に魂ごと奪われかけた俺。きっと、その立場がマナだったら……俺は、今のマナと同じように感じるに違いない。

 だから、マナの気持ちはわかる。けど、実際に生贄にされそうだったのは俺であってマナじゃない。だから、たとえ気持ちがわかっても、俺がマナにかけられる言葉は一つしかないのだ。

 

「ありがと。諦めずに何度も攻撃してくれてたのは、わかってたから。それだけで十分だって」

 

 俺は少しの笑みと共にそうマナに返して頭を撫でる手を止め、身体ごと胸の中に抱きしめる。

 

「俺も、クロノス先生を助けられなかった。それに俺が捕まらなければ、マナがこんな思いをすることもなかったのにな。……悔しいよ、自分の無力が。だから、二人できっちりこの借りは返してやろう。ぐうの音も言わせないほどにさ」

 

 明日、俺はカミューラに挑む。

 そこで、俺を怒らせたことを後悔させてやる。マナを悲しませた怒りをぶつけてやる。俺が捕まらなければよかったという気持ちは確かにあるが、知ったことか。そもそも襲ってきたのは向こうなのだから、あいつが悪い。

 なら、この怒りは全部元凶である奴に持っていってもらう。

 

「マナが気にしてくれるのは嬉しいけど、だからといってマナに悲しんでほしいわけじゃない。俺は、ほら、その……笑ってるマナのほうが、まぁ、好きだからさ。あんまり気にしすぎるな! な」

 

 俺は若干気恥ずかしい言葉も交えつつ、抱きしめたマナの背を軽く撫でる。

 すると、一拍置いて返ってきた「……うん」という小さな返事。

 それを聞いた俺は、マナを抱きしめたままベッドに横になる。

 必然マナも一緒に倒れ、二人してベッドに寝転ぶ形となった。マナの顔は見えない。さっき胸に顔を押しつけたままだからだ。

 とはいえ、そこまで強く押さえつけているわけでもないので、すぐに腕の中からは出られるはずだが……マナのほうから離れる気はないらしい。

 そんな中ふと感じる、もぞもぞと胸のあたりで動く感触。たぶんマナが顔を上げたのだとわかったが、俺はこの状況の恥ずかしさから下を見ることをしなかった。

 顎の下からじっと見られていると感じながら、俺は極力意識しないようにして目をつぶる。そして一言だけマナに告げてから身体の力を抜いた。

 

「……おやすみ」

 

 マナの返事も聞いたことで、俺はもう寝ることに抵抗がなくなっていた。

 人肌に触れながらの就寝とは少々恥ずかしいが、こういう精神的にキツイことがあった時は何よりも安心できる手段の一つであるのも事実。

 まぁ、これは俺のわがままなので、マナが嫌なら当然拒否してオーケーだ。俺はすでに力を抜いているため、抜け出そうと思えば容易になっている。だから、あとはマナの意思に任せて完全に寝るスタンスへと移行する。

 すると、緩めた腕の中でマナが一層身体をくっつけてきたのを感じた。ドキッとするが、今日の出来事が出来事なので、気持ちがそういう欲望に向かうことはなかった。

 そして俺の顔の下、胸のあたりで呟かれた「……おやすみ、遠也」という小さな声。俺の名前を呼ぶその声が、すっと子守唄のような安心感を伴って耳に届けられるのを感じながら、俺は明日に備えて意識を落としていくのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 翌日。

 俺はカミューラがいるであろう城が浮かぶ湖の前に立っていた。昨日、クロノス先生が倒され、人形にされた場所だ。

 我知らず身体に力が入り、筋肉が強張る。もちろん、怖いわけじゃない。カミューラに対する怒りと、この一戦にクロノス先生の命がかかっているという事実によって、どうしても緊張というものは出てきてしまうのだった。

 だが、だからといって自信がないわけではない。むしろ、俺は負けるとは露ほども考えていない。奴が何をして来ようとも、完膚なきまでに叩き潰す。それだけのことはできると、確信していた。

 今行くから、首を洗い忘れてるなら早く洗っとけ。そう心の中で毒づき、一歩踏み出す。

 

 ――その時。

 

「相変わらず不気味だぜ」

「なんか霧も出てるっすよ」

「まぁ、吸血鬼らしい佇まいと言えるな」

「ふん、陰気なだけだ」

「それに趣味も悪いわ」

「同感だ」

「……な、なかなか雰囲気があるんだにゃー」

「お、俺の後ろに隠れないでほしいんだな」

 

 俺の背後から聞こえてくる声。

 それに対して、俺はいい感じに高ぶっていた気持ちに水を差され、溜め息をついた。

 

「……おいこら、ギャラリー。もうちょっと緊張感持てや」

 

 振り返ってじろりと全員に視線を向ければ、彼らは揃って気まずげな顔をした。さすがに本人たちにも自覚はあったらしい。

 クロノス先生の命かかってんだぞ、という責めも含まれたそれに晒され、しかし十代は明るく笑った。

 

「悪かったけど、でも俺にとっちゃ何も気負うことがないから、ついな。遠也が戦うんだ。負けるはずがないだろ?」

 

 それがまるで当然のことであるかのように言い放ち、「ま、俺がやっても絶対勝つけどな」と付け加える十代。

 そのあまりにあっけらかんとした物言いに、俺は一瞬言葉をなくす。

 しかし、それが俺に対しての信頼から発せられている言葉だと理解したところで、俺もまた笑みを見せて十代に返した。

 

「当たり前だろ、親友。俺を誰だと思ってるんだ」

「へへ、そうでなくちゃな。クロノス先生のことは任せたぜ、親友!」

 

 安心したように、肩の力を抜く十代。

 ひょっとして、十代なりに俺が緊張しているかもしれないと考えて気を使ってくれたのかもしれない。

 なら、俺はその信頼に応えるだけだ。

 

「ああ、任せとけ!」

 

 そう力強く言い、俺はみんなに背を向ける。

 そして向かうのはカミューラが待つ湖上の城。湖の上に敷かれた赤い絨毯の上を歩き、城内へと侵入する。

 石造りで天井が高く作られた、いかにもな中世の城。時おり照明代わりに光を放つたいまつの火に目を向けながら、その中を進むことしばし。

 俺たちは光が差し込む広い空洞に出た。

 ガラスのない窓から漏れた明かりが照らすそこは、全方位がやはり石で囲われているもののかなりの広さを持っている。二階まで吹き抜けの作りとなっており、壁に沿うようにして通路がある。

 恐らくここはダンスホールのようなもので、通路は二回から一回のパーティーを見下ろす物見席のような役割なのだろう。

 そうしてこの場の考察をしていると、不意にその通路から高い声が響いてきた。

 

「フフフ、逃げずに来たなんて偉いわね。それで、今宵はどなたがお相手になってくださるのかしら?」

 

 赤いドレスに緑色の長髪。そこに挑発的な表情を加えて、カミューラが余裕綽々の態度でこちらを見やる。

 問いかけのような言葉でありながら、その視線は俺に向けられている。昨日のあのやり取りから、俺が向かってくると予想できていたのだろう。だというのに、回りくどい演技をするものだ。

 俺はすっと前に出て、一言だけ簡潔に述べる。

 

「俺だ」

 

 そして、カミューラはわかっていたとばかりに頷いた。

 

「ええ、ではその変わった坊や。上がってきなさい。楽しいデュエルをしましょう、闇という名のね……」

 

 そう告げて、物見通路の中で僅かにスペースがせり出した部分にカミューラが立つ。その反対側に同じようなスペースがあることから、そこで向かい合って対戦しようということだろう。

 その意図を察し、俺は二階に上がるための階段に向かう。みんなも近くで見るためか一緒に上がってくる。そして俺は持っていたクロノス先生の人形がデュエルの余波に晒されないよう万丈目に渡してから、カミューラの対面へと移動する。みんなは階段を上がったところで立ち止まった。

 向かい合う俺とカミューラ。そしてそれを横合いから見ているみんな。そんな図式が出来上がったところで、カミューラはくすりと口元に笑みを浮かべた。

 

「ふふ、いいのかしら。こんなにお友達を連れてきて。また昨日のあなたみたいになるかもしれないわよ」

「………………」

 

 安い挑発だ。そんな言葉で、俺が感情を動かすとでも思ったのだろうか。だとしたら、なめられたものである。

 俺は隣に浮かぶマナに目を配り、小さく笑みを交わし合う。それだけで心が落ち着く。負ける気が全くしない。

 だから、俺は余裕たっぷりに笑ってカミューラに返す。

 

「安心しろ。お前ごときに苦戦なんかしないから」

「なっ……!」

 

 その俺の対応が癇に障ったのか。カミューラは一転して険しい表情で俺を見た。

 

「可愛げのない子……! いいわ、そこまで言うのならあなたも私のお人形にして差しあげましょう!」

「出来もしないことを言うもんじゃないぜ」

「減らず口を……!」

 

 互いにデュエルディスクを起動させ、準備は万端。

 さぁいくぞ、クロノス先生の魂は返してもらう!

 

「「デュエルッ!」」

 

皆本遠也 LP:4000

カミューラ LP:4000

 

「私の先攻、ドロー!」

 

 カミューラがデッキからカードを引き、手札に加える。

 幻魔の扉はあちらが先攻である以上、気にしなくていい。今考えるべきは、カミューラがどう場を整えてきて、それにどう対処するかだ。

 

「私は《不死のワーウルフ》を守備表示で召喚! カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

《不死のワーウルフ》 ATK/1200 DEF/600

 

 なるほど。手堅く、オーソドックスな始まり方と言える。同時に、俺のデッキの性質をよく知っているとも言えるな。

 俺が最もよく使うシンクロデッキは、最初のターンでも高攻撃力を何体も並べることができる。俺が後攻となっているうえに出せるモンスターがワーウルフしかいなかった場合、こうして守備を固めてくることは後攻ワンキルを防ぐ重要な手だ。

 シンクロデッキはそれがごく普通に可能なデッキだからこそ、警戒するのは理解できる。

 ま、今日使うデッキは違うほうだけども。

 

「俺のターン!」

 

 ターンが俺に移り、それを見た三沢が発する声が聞こえる。

 

「カミューラの幻魔の扉は強力なカード……遠也は、いったいどう対処するつもりなんだ」

 

 そしてそれは他の面々にとっても気になることだったのだろう、その言葉に頷くようにして俺の方に目を向けている。

 確かに幻魔の扉は強力だ。発動すれば一気にデュエルを決着にまで持っていくだけの出鱈目さを持っている。

 だが、どれだけ強力でも所詮は魔法カードでしかない。なら、取れる手段はいくつもある。

 俺は手札のカード1枚を手に取った。

 

「俺は《熟練の黒魔術師》を召喚! そして更に魔法カード《テラ・フォーミング》を発動! デッキからフィールド魔法を1枚手札に加える! 魔法カードを発動したことで、黒魔術師に魔力カウンターが1つ乗る」

 

《熟練の黒魔術師》 ATK/1900 DEF/1700 counter/1

 

 テラ・フォーミングの効果により、デッキを抜き取ってその中から目当てのカードを手札に加える。そしてデッキをデュエルディスクに戻し、オートシャッフル機能によってデッキが自動的にシャッフルされた。

 

「今回の遠也のデッキは魔法使い族か!」

「けど、フィールド魔法? 遠也がフィールド魔法を使うのを見るのは、初めてだわ」

「ああ、俺も見たことがない」

 

 明日香の驚きにカイザーも同調する。

 それはこの場にいる誰もがそうだった。それも当然、俺はこれまで一度もフィールド魔法をデュエルで使ったことがない。だからこそ、この戦法はこの島に来てからは初公開となる戦術だ。

 

「いくぞ! 俺はフィールド魔法《魔法族の里》を発動!」

 

 フィールド魔法ゾーンにカードを置き、それによって古めかしい古城の石壁から周囲の景色は変化していく。

 現れたのは大樹が根を張り、陽光が差す森の中。 青々と緑が茂る大自然と、その中に溶け込むようにして見える木と土で構成された住居のようなもの。

 まるでファンタジー映画に出てくるエルフの里のようなイメージがぴたりと当てはまる。そんな景色がそこにあった。

 

「魔法カードの発動により、熟練の黒魔術師に2つ目のカウンターが乗る」

 

《熟練の黒魔術師》 counter/1→2

 

「俺は更に《闇の誘惑》を発動。デッキから2枚ドローし、手札の闇属性モンスター《見習い魔術師》を除外する。魔法カードの発動により、熟練の黒魔術師に3つ目のカウンターが乗る」

 

《熟練の黒魔術師》 counter/2→3

 

 魔力カウンターが3つ溜まった。これにより、熟練の黒魔術師の効果が発動する。

 

「熟練の黒魔術師の効果発動! 魔力カウンターが3つ乗ったこのカードを生贄に捧げることで、手札・デッキ・墓地から《ブラック・マジシャン》1体を特殊召喚する! デッキから現れろ最上級魔術師! 《ブラック・マジシャン》!」

 

 熟練の黒魔術師がその身に満ちる魔力を糧に祈りを捧げ、徐々に光の粒子となってその姿が消えていく。

 そしてその光はやがて黒く染まり、人の形へと集束していく。そして完全に人間の姿をかたどった時。その黒い光は1体の魔術師の姿となって俺のフィールドに姿を現した。

 

《ブラック・マジシャン》 ATK/2500 DEF/2100

 

「1ターン目からブラック・マジシャンが……遠也は本気だ!」

 

 決闘王の相棒としても名高いモンスターの登場に、場の視線が集中する。それを受け止めながら、ブラック・マジシャンは器用にチッチッと指を立てて振った。

 

「バトルだ! ブラック・マジシャンで不死のワーウルフに攻撃! 《黒・魔・導(ブラック・マジック)》!」

 

 黒い魔力が杖の先に集まり、そこから闇色の波動が放たれてワーウルフに襲い掛かる。

 守備表示のワーウルフの守備力はわずか600ポイント。拮抗する間もなく、一瞬でワーウルフは破壊された。

 

「くっ……! けれど、不死のワーウルフは不死身のモンスター! その効果により、デッキから同名カードを攻撃力を500ポイントアップさせて特殊召喚する!」

 

《不死のワーウルフ》 ATK/1200→1700 DEF/600

 

 そんなことは言われるまでもなく理解している。だが、攻撃力1700程度なら、警戒するほどでもない。

 

「俺はカードを2枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 終わってみれば、なかなかのターンだったといえる。

 まさか3枚積みしてある里が来ずにテラフォのほうが来るとは予想外だったが、結果的には同じことなので問題はない。

 それに黒魔術師にカウンターを乗せきり、ブラック・マジシャンを召喚できた。高攻撃力のモンスターの召喚に成功したのだから、まずまずのスタートである。

 みんなも俺の優勢を見て、わっと盛り上がる。しかし同時に、俺の場を見て首をかしげてもいた。特に、カードについては先生並みかそれ以上に詳しい三沢が顕著である。

 

「魔法族の里……聞いたことがないカードだ。場の魔法使い族が強化されているわけでもないし、魔法使い族を特殊召喚する効果があるわけでもなさそうだ。一体……」

 

 そしてその疑問はカミューラも感じていたのだろう。訝しげにこちらを見ている。まぁ、あっちはそれ以上に自分の知らない手を使っていることに驚いているのかもしれないが。

 

「残念だったな、カミューラ。俺には頼もしい相棒がいるからな、偵察は無意味だったろう」

「……やっぱり、あの小娘の仕業だったのね」

「まあな。それにしても蝙蝠とヴァンパイアとは、わかりやすいもんだったよ」

「……遠也くん、何の話っすか?」

 

 俺とカミューラのかわす言葉に違和感を持った翔が、訪ねてくる。

 俺はそれに、カミューラは蝙蝠を使って俺たちの偵察をしていたと告げる。俺たちがどんなカードを使い、どんなデュエルをするのか。カミューラはそれを覗き見て、対策を練っていたのだ。

 それを知った翔たちは、姑息な手を使うカミューラに憤慨した。

 

「そんな! 卑怯だぞ、カミューラ!」

 

 そうカミューラを責めるが、カミューラは涼しい顔である。

 

「ふん、勝つために行う努力を卑怯とは言わないわ。あなたたちのそれは負け犬の遠吠えって言うのよ、おわかり?」

 

 小馬鹿にした物言いに、更に怒りを募らせる翔。

 だがまぁ、この件だけに関して言えば俺はそこまでカミューラを責める気にはならない。強い敵相手に対策を練るのは当然だし、それが勝負というものだ。

 覗きは確かに犯罪なので責められるべきだが、普段のデュエルを見ていても大体カードの使用率は分かる。それで対策を練られるのは、当たり前のことだ。

 その本人への対策を用意してくることは、カミューラが言うように勝つための努力であって、そこは特に責められる点ではないだろう。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 カードを引いたカミューラが、にやりと笑う。

 

「ふふ、せっかくブラック・マジシャンを召喚できたのに、残念だったわね。あなたの命運は、ここまでよ」

 

 その自信にあふれた言葉に、カミューラが引いたカードが何であるのか全員が察する。

 

「引いたのか、幻魔の扉を……」

 

 カイザーが忌々しげに口にする。クロノス先生があまりにも卑怯な手で敗れた姿を思い起こしたからだろうか。

 そして、カイザーの言葉にカミューラは機嫌よさそうに頷く。

 

「ええ、そう、その通り! このカードの効果でブラック・マジシャンを破壊し、私の場に特殊召喚する……するとどうなるか、わかるでしょう?」

 

 カミューラの場には攻撃力1700の不死のワーウルフ。そして俺の場のブラック・マジシャンがあちらに移れば、総攻撃力は4200となる。

 つまり……。

 

「2体のダイレクトアタックで、遠也のライフは尽きるわけか……!」

 

 万丈目がその単純すぎる計算によって導き出される未来に、歯噛みしながら答える。

 そう、いかにライフが満タンであろうと、それを上回る攻撃を受ければひとたまりもない。そしてそれを実行するためのキーカードは既にカミューラの手の中にある。

 それを悟り、他の皆も俺を心配そうに見てくる。……ただ一人、十代を除いて。

 

「そのよくわからないフィールド魔法も、意味がなかったようね。これで、あなたも私のお人形……」

 

 陶酔するように言うカミューラだが、俺はもうそんな言葉に付き合う気はさらさらなかった。

 

「御託はいい。早くターンを進めろよ」

「ふふ、最後の強がりぐらい許してあげるわ。さあ、これで終わりよ! 魔法カード《幻魔の扉》を発動!」

 

 カミューラが声高く宣言し、示したカードをディスクに差し込む。周囲の皆もあの禍々しい扉の出現を予期し、思わず身構える。

 ……しかし、予想に反して場には何も変化がない。そのことに、誰よりもカミューラが驚いていた。

 

「な、ぜ……なぜ発動しない!?」

 

 カミューラはカードを引き抜き、もう一度セットする。しかし、やはりディスクは反応せず、当然ながら幻魔の扉が現れることもない。

 その不可思議な事態に驚きの表情を見せているこの場の全員に原因を説明するため、俺は口を開いた。

 

「フィールド魔法《魔法族の里》の効果だ。俺の場にのみ魔法使い族が存在する場合、相手は魔法カードを発動できない。尤もお前が魔法使い族を召喚すればこのロックは抜けられるが……」

 

 その説明を聞き、こちらを睨みつけているカミューラに、にやりと笑みを見せる。

 

「そのデッキはアンデット族で構成されているはずだ。魔法使い族がいるとしても恐らくかなり少数……違うか?」

「くっ……このガキがぁああ!」

 

 図星、あるいは魔法使い族が全く入っていないのか、カミューラが牙を剥き出しにした恐ろしい顔で罵倒してくる。

 まぁ、俺の場に魔法使い族がいないと、俺の方が魔法カードを使えなくなるというデメリットもあるが……魔法使い族主体のこのデッキでは大きな問題じゃない。

 つまるところ、これで幻魔の扉は破られたということだ。

 

「魔法カードの発動そのものを無効にしてしまうフィールド魔法か。遠也のあのデッキが使えば、まさに鬼に金棒」

 

 三沢の言葉に、うんうんと頷く面々。デメリットもあるし、効果で除去されることも多いからそこまで強力なカードというわけでもないんだが……まぁ、効果だけ見れば強力と言えなくもない。

 効果の発動には対応していないとはいえ、こうして最初の方で発動してしまえばそれもあまり関係がなくなる。魔法使い族にとってかなりの追い風となるフィールド魔法なのだ。

 

「へへ、俺は信じてたぜ! 遠也がこれぐらいで負けるわけないってな!」

 

 十代がそう屈託なく言い、つられるように俺も笑みを浮かべる。

 その様子を憎々しげに見てくるカミューラが、己のターンを続行していく。

 

「くっ……! ならお前の場の魔法使い族を破壊すればいいだけよ! 私は不死のワーウルフを生贄に捧げ、《ヴァンパイア・ロード》を召喚!」

 

《ヴァンパイア・ロード》 ATK/2000 DEF/1500

 

 こいつが来たということは、来るかカミューラのエースが。

 

「そしてヴァンパイア・ロードを除外! ヴァンパイア一族の誇りを今ここに! 特殊召喚、《ヴァンパイアジェネシス》!」

 

《ヴァンパイアジェネシス》 ATK/3000 DEF/2100

 

 攻撃力3000の大型モンスター。これなら俺の場のブラック・マジシャンを倒すことができる。更に、俺の場に魔法使い族がいなくなるため、魔法族の里の効果で俺は魔法カードを封じられることになる。

 それを見越してか、カミューラの顔に若干の余裕が戻る。

 

「くらえ、ヴァンパイアの一撃を! ブラック・マジシャンに攻撃! 《ヘルビシャス・ブラッド》!」

「罠発動、《くず鉄のかかし》! 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、このカードは再びセットされる」

「くっ……忌々しい! 私はこれでターンエンド!」

 

 カミューラが苛立たしげにターンを終える。

 それを俺は冷めた目で見つめる。自分の思い通りにいかないことに憤りを感じているらしいカミューラだが、そんな怒りは子供の癇癪と一緒だ。何も怖くなんてない。

 クロノス先生の魂を取り上げ、命の危険にまで晒したこと。そのことに対して俺が抱くこの怒りに比べれば、そんな自分勝手な理由で苛立つカミューラ滑稽にさえ感じる。

 だからこそ改めて確信する。油断なく、容赦なく。このデュエルは俺が制すると。

 

「俺のターンッ!」

 

 ……その気持ちをカードたちも汲んでくれたのだろうか。

 手札と場に揃ったカードは、このデュエルに決着をつけるに十分なもの。応えてくれたカードたちに心の中で礼を言い、俺は勝利への道を形作っていく。

 

「俺は《召喚僧サモンプリースト》を召喚! 効果により守備表示となり、そして手札から魔法カード《賢者の宝石》を捨て、デッキからレベル4モンスター1体を特殊召喚する!」

 

《召喚僧サモンプリースト》 ATK/800 DEF/1600

 

 かつてシンクロ召喚が登場したばかりのころ。化け猫こと《レスキュー・キャット》と共に環境を大いに引っ掻き回した準制限カードだ。

 その効果はまさに驚異的で、魔法カード1枚をコストに、即座にレベル8シンクロとランク4エクシーズに繋げられるという恐ろしい性能を持つ。

 今回コストにした賢者の宝石は少々惜しいが、このターンで決着をつけるために必要なカードではないため躊躇なく墓地に送る。そして、俺はデッキから一枚のカードを手に取った。

 

「俺はチューナーモンスター《フレムベル・マジカル》を選択し、特殊召喚! そしてレベル4召喚僧サモンプリーストとレベル4フレムベル・マジカルをチューニング!」

 

《フレムベル・マジカル》 ATK/1200 DEF/800

 

 共に魔法使い族の2体。シンクロ召喚にお馴染みのエフェクトによって空中に飛び上がり、光の輪と星になった2体は眩い輝きの中に消えていく。

 呼び出すのは、シンクロデッキにおけるエースモンスター。

 

「集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 陽光に包まれた森の中で現れるスターダスト・ドラゴンの姿は、まるでファンタジーの世界に迷い込んだかのように幻想的である。

 更に言えば、ブラック・マジシャンとスターダスト・ドラゴン。この2体が並んだ姿は、この世界では俺にしかわからないだろうが、感動さえ呼び起こすものであった。

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 さて、これでカミューラは魔法族の里によって魔法カードを、スターダストによって破壊をもたらす効果モンスターの効果と罠カードまで封じられたことになる。

 これで《王宮のお触れ》でも張れば完璧なのだろうが、そこまで悠長に付き合ってやる理由もない。

 クロノス先生の魂を取り戻すため、勝てるなら確実に勝ちに行く。エンターテイメントじゃないんだ。見ているみんなもそんなデュエルを望んでいるわけじゃない。

 カミューラの場の伏せカードだけが気になるが、立ち向かって、打ち破る。そう決意し、手札のカードに手をかけた。

 

「更に魔法カード《千本(サウザンド)ナイフ》を発動! ブラック・マジシャンが場にいる時、相手モンスター1体を破壊する! ヴァンパイアジェネシスを破壊!」

 

 ブラック・マジシャンの背後に現れた無数のナイフ。それらが一斉にヴァンパイアジェネシスに向かって放たれ、その巨体を次々に抉っていく。

 さすがにそれだけの猛威に晒されて耐えきれなかったのか、ヴァンパイアジェネシスは破壊されて墓地に送られた。

 

「ば、馬鹿な……! 私のヴァンパイアジェネシスが……!」

 

 呆けるカミューラには付き合わず、俺はスターダストに視線を向ける。

 相手の場は空っぽ。ならば、することなど一つだ。

 

「バトル! スターダスト・ドラゴンでカミューラに直接攻撃!」

「くっ……罠発動、《リビングデッドの呼び声》! 墓地から《不死のワーウルフ》を特殊召喚!」

 

《不死のワーウルフ》 ATK/1200 DEF/600

 

 あの伏せカードはリビングデッドの呼び声か。ここにきて壁モンスターが出てくるとは。

 だが、リビングデッドの呼び声ぐらいならば問題ではない。

 

「なら不死のワーウルフに攻撃対象を変更する! いけ、スターダスト・ドラゴン! 《シューティング・ソニック》!」

 

 スターダストの口から放たれる音速を超えた空気の弾丸。それは当然のように不死のワーウルフに直撃し、呆気なく再び墓地へと逆戻りさせる。

 そして同時に、その攻撃力の差分1300ポイントがカミューラのライフから引かれていった。

 

カミューラ LP:4000→2700

 

「くっ……!」

 

 これで再びカミューラの場はゼロ。今度は伏せカードも何もない本当にまっさらな状態だ。

 そして俺の場にはブラック・マジシャンがいる。カミューラのライフは残り2700ポイント。計算では200ポイント残る計算になる。

 それがわかっているからだろう、こちらを睨みつけるカミューラの目には次のターンで必ず見返してやるという強い意志が見える。

 ここに来て勝負を諦めず勝ちに貪欲なあたり、ひょっとしたらカミューラにも譲れない何かがあるのかもしれない。

 だが、それは俺には何の関係もないことだ。カミューラから話を聞いたわけでもない。

 ただ、あいつはクロノス先生の命を脅かした。そして今もその命はあいつの手に握られている。そこからクロノス先生を解放する手段がこのデュエルに勝つことならば、俺はたとえどんな理由があろうとそれを実行する。それだけである。

 

「いくぞ、カミューラ! ブラック・マジシャンの攻撃!」

 

 ブラック・マジシャンが杖を構える。その瞬間、俺は再び声を上げた。

 

「そしてこの瞬間、罠発動! 《マジシャンズ・サークル》! 魔法使い族の攻撃宣言時に発動し、お互いのデッキから、攻撃力2000以下の魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する!」

「なっ……なんですってぇ!?」

 

 ここに来て、魔法使い族専用の罠カード。それも、ダメ押しの追撃を行う存在を場に呼ぶためのカードだ。

 もちろん、俺が呼ぶのは一人しかない。

 

「待たせたな、相棒! 来い、《ブラック・マジシャン・ガール》!」

 

 フィールドに描かれた六芒星の魔法陣。そこから飛び出してくるのは、どこかコミカルな服装に身を包んだ黒魔術師の少女。

 常には明るいその表情も、思うところがある相手に対してはなりを潜める。マナにしては珍しく、睨むようにカミューラを見つめて杖を構えた。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000 DEF/1700

 

 この罠カードは相手にも特殊召喚の機会を与える。そのため、カミューラのデッキに魔法使い族がいるなら、特殊召喚可能である。

 だが、一向にカミューラがカードを触る気配がない。そして、吐き捨てるようにカミューラの口から言葉が紡がれた。

 

「私のデッキに、魔法使い族はいない……ッ!」

 

 唇を噛みながらそう告げ、ぎろりと恐ろしい形相でこちらを見る。

 結果として、カミューラの場にモンスターが出てくることはなかった。つまり、カミューラへの攻撃を遮るものは、何もないままだということである。

 

「マナ」

『うん! 決めよう、遠也!』

 

 その声に俺は当然とばかりに頷き、最後の宣言をするべく口を開く。

 

「これで終わりだ、カミューラ! ブラック・マジシャンとブラック・マジシャン・ガールで直接攻撃! 《黒爆裂破魔導(ブラック・バーニング・マジック)》!」

 

 横に並んだ二人のマジシャン。互いの杖先に集った魔力を混ぜあい、それは一層大きな魔力の塊となって二人の頭上に集束する。

 そしてマナはそのまま視線をカミューラに向ける。挑むような目つきで目標を見据え、頭上の魔力を解放すべく行動する。

 

『せーのぉー!』

 

 そんな掛け声とともに杖が一気に振り下ろされる。

 二人のマジシャンが集めに集めた魔力が指向性を持ってカミューラへと殺到し、圧倒的なまでの波動の中にカミューラの身体は瞬く間に呑み込まれていった。

 

「ぎゃぁああああッ!」

 

 断末魔の叫びをあげ、カミューラが身をよじりながら崩れ落ちる。

 闇のデュエルによる副作用、現実の痛みがカミューラを襲っているのだろう。しかし、それは自業自得というもの。カミューラは、結局自分の手で自分の首を絞めることになったのだ。

 

カミューラ LP:2700→0

 

 カミューラのライフポイントが0を刻み、決着がつく。

 そして最後の攻撃のダメージで息も荒くへたり込んだカミューラに、俺は対面から大声で宣言した。

 

「俺の勝ちだ、カミューラ! クロノス先生を元に戻してもらおうか!」

 

 精霊状態になったマナが隣に戻ってきたのを感じながら、俺はカミューラの返答を待つ。しかし、一向に返事がない。

 それなりに声を張っているのだから、いかに距離があろうと屋内で聞こえないはずがない。訝しみつつ、俺は再度声をかけた。

 

「おい、カミューラ!」

 

 呼びかけると、不意にカミューラの肩が揺れる。

 小刻みに上下に揺れる肩。そして、漏れ聞こえてくる微かな声。それに気づいて俺は眉をしかめる。

 そう、カミューラは笑っていたのだ。

 

「ふ、ふふはは、戻せですって? ふふふ!」

 

 俯き座った状態のままそう呟いたカミューラは、下に向けていた顔を上げて、口の両端が切れるほどに口角を持ち上げて、にぃと笑った。

 

「イ・ヤ・よ」

 

 はっきりとした拒絶、そして何よりその人を食った態度に、怒りよりも前に感情が止まって絶句する。

 言葉を失った俺たちを見て、カミューラは更に笑った。

 

「私はね、たとえ負けたとしても問題はないのよ。なにせ、クロノスの魂を元に戻せるのは私だけなんだからねぇ」

 

 ゆらりとダメージの残った身体を持ち上げ、幽鬼のごとく立ち上がる。

 そして、更に言葉を続ける。

 

「まったく、どうして負けたら私が素直に元に戻してあげるなんて思えるのかしら。いい子ちゃん達の考えることは分からないわぁ。ふふふ!」

 

 その言い分に、思わず歯噛みする。

 そうだ、俺たちは心のどこかで「負けたらクロノス先生を戻してくれるに違いない」と考えていた。それは相手にもそれぐらいの善意はあるだろう、と無意識のうちに信用していたからだ。

 たとえば、ジャンケンをする時。俺たちは相手は最初に「グー」しか出さない、あるいは後出しはしてこないと無意識のうちに信用している。そうすれば簡単に勝てるに決まっているのにだ。

 言葉には出さずとも、それが最低限守られるべきルールだと互いに理解しているから、その暗黙の了解は通用する。

 だが、相手がそんなものなんて意にも介さない外道なら? そんなルールに欠片も価値を見出せないほどに切羽詰った人間なら?

 当然、そんなものを守るはずがない。つまり、カミューラはそのどちらかの存在であり、俺たちはクロノス先生を救う術を失ったと同義なのだ。

 

「貴様……! 貴様にはデュエルで向かい合う相手への敬意はないのか!」

 

 カイザーが怒り心頭とばかりにカミューラに噛みつく。

 互いに本気で戦い、そして勝っても負けても、共に相手への敬意を忘れないこと。それがカイザーの理想とするデュエルだ。それを真っ向から汚したカミューラが、カイザーには許せないのだろう。

 だが、きっとその理想はカミューラのような存在には理解されないものだ。案の定、カミューラは小馬鹿にしたように笑った。

 

「敬意? そんなもの、負けた奴の言い訳でしょう。そんなもの、持ち合わせているわけないわ」

 

 あまりにあっけらかんと言い放つその姿に、誰もが言葉を失う。それは本気でそう思っているに違いなかったからだ。

 

「なんてこと……これではクロノス先生は……」

「クロノスは、このままだってことか!」

 

 明日香と万丈目が悔しそうにそう口にし、みんなにも絶望感が漂う。

 そんな中、カミューラが笑顔で俺に向かって手を差し出した。

 

「……さあ、鍵を渡しなさい! そうすれば、クロノスを元に戻してあげる気になるかもしれないわよ? ふふ、ふふふははは!」

「くっ……!」

 

 笑いながらそんなことを言われても、信用できるはずがない。鍵を渡したところで、本当に元に戻してくれる保証はどこにもない。いや、これまでの言動を考えれば、そんな面倒なことをわざわざしてくれるはずがないとさえ思える。

 そしてこの考えは恐らく間違っていない。カミューラは、クロノス先生を元に戻すつもりはさらさらないのだろう。

 ……だが、しかし。それがわかっていても、俺に選択肢はない。

 人形になってしまった人間を元に戻す方法なんてものが、そこらに転がっているはずがないのだ。カミューラに頼る以外に、クロノス先生を元に戻す方法はない。

 だから、俺は鍵を渡すしかないのだ。それが、どれだけ愚かな行為だとわかっていても。

 

「……ッ!」

『遠也……』

 

 首から下げていた鍵を外す。あまりの悔しさに、油断すれば叫びだしそうだ。

 それでも、そんな激情は抑えて鍵を持った手をカミューラの方に差し出した。

 それを見て、カミューラが得意げに笑う。鼻につく笑いだった。

 

「ふっふふふ……! そう、それでいいの! お利口さんは嫌いじゃないわ! 思わず人形になった先生を元に戻してあげたくなっちゃうぐらいにねぇ!」

 

 白々しいことを!

 そう思うものの、口には出さない。そうなれば、ごくごく僅かながらにある“本当に元に戻してくれるかもしれない可能性”をなくすことになってしまう。

 それぐらいは、わかっている。俺も、みんなもだ。

 誰もが努力して口を噤み、何も言わないようにしている。機嫌を僅かにでも損ねてしまえば、そんな可能性すら無に帰すのだ。しかし、そんな努力を見て、カミューラは嘲笑う。

 それでも、俺たちに出来ることはこれだけだった。

 

「ふふ……それじゃあ、その鍵をこっちに放ってもらおうかしら。嫌とは言わないわよね?」

 

 確信を込めたその問いに、俺は無言で鍵を投げる体勢をとる。

 腸が煮えくり返る思いだが、ここで耐えなければクロノス先生を助けられないのだ。だから、俺は屈辱を感じながらも鍵をカミューラの方に放り投げようとした。

 

 その時。

 

 

「――……え?」

 

 

 それは、突然のことだった。

 カミューラの身体が徐々に闇に覆われていっているのだ。腕を伝わり、身体へ。そこから足へ、と全身に闇が広がっていく。

 

「な、なにこれは!? デュエルディスクから!?」

 

 そう、それはカミューラの左腕に取り付けられた、蝙蝠の羽を象ったような独特のデザインのデュエルディスクから発せられていたのだ。

 闇はそのデュエルディスクから溢れ出し、カミューラを食い潰そうとしている。

 

「な、何故こんな! これはアムナエルの自信作だと……! っまさか、アムナエルが!?」

 

 カミューラは突然の事態に混乱の極致にあるのだろう。

 半狂乱でこの事態を引き起こした原因であろう人物の名を呼び、呪詛を吐く。

 

「あ……アムナエルゥゥウウ! 裏切り防止のつもりか!? 私は裏切っていない! 裏切っていないのに何故、ふざけやがってぇええ! 我ら一族の悲願を、貴様なんぞに! 貴様なんぞに! アムナエルゥウウッ!! ――……!」

 

 最後は闇に口を覆われたため、言葉になっていなかった。だが、最後までカミューラが口にしていたのは、間違いなく呪いの言葉だったのだろう。

 やがて闇に全身を侵されたカミューラの身体は真っ黒に染まり、それは地面に溶けるようにして影と一体化して消えていった。

 カミューラが立っていた場所には、あいつが身に着けていた金色のチョーカーが残るだけだ。

 

「………………」

 

 その、唐突に過ぎる結末に、咄嗟に言葉が出てこない。

 だが、結果としてカミューラは消え去った。それは事実だ。何故そうなったかはわからないが、事実は事実として受け止めておくべきだろう。

 と、その時。万丈目の「のわっ!?」という声が聞こえてきて、そちらに目を向けた。

 すると、そこには万丈目の腰に抱き着くクロノス先生の姿があった。

 

「あれ? ここはどこなノーネ? なんでシニョール万丈目がいるノーネ? どうなっているノーネ?」

「ええい、いいから! 早く離れんかぁ!」

 

 クロノス先生の人形を万丈目が持っていたためだろう。元に戻ったクロノス先生は、そのまま万丈目に引っ付いてしまっているようだった。

 しかし、その姿を見て心から安堵する。そして同時に喜びが胸に満ちる。それは他の皆も同じだったようだ。

 

「クロノスせんせぇ!」

「よかったんだな!」

「ご無事で何よりです……!」

 

 それぞれ喜びの声を上げ、万丈目から離れたクロノス先生の下に集まる。

 俺も今いる場所から駆け出し、皆の下に行く。

 

「そうか、カミューラがいなくなったことで、クロノス先生にかかっていた術も効果が切れたんだ。……本当に、良かった」

 

 三沢がそう分析しつつ、安堵の息とともに心からの言葉を口にする。

 そして生徒に囲まれているクロノス先生は、戸惑った様子だったが次第に調子を取り戻しているようだった。

 

「な、なんだかわからないでスーガ、急に人気者になってしまったノーネー! オホホホ!」

 

 やれやれ、とその姿に思わず苦笑するが、そのお調子者な姿も下手したら二度と見れなかったかもしれないと思うと、許せてしまう。

 そんなふうに喜びを噛みしめながらいると、突然城を大きな揺れが襲った。

 それどころか、壁や柱から細かな破片が降り注いできている。まるで城が崩れようとしているかのようだ。

 

「まずいな……主がいなくなったことで、城が崩れているんだ!」

「あわわ……みんな、早く逃げるんだにゃー!」

 

 カイザーの言葉に大徳寺先生が続き、俺たちは即座にこの場からの離脱を試みる。

 俺たちは一目散に来た道を戻り、ひたすらに外を目指す。走り出したところでマナがカミューラのつけていたチョーカーを回収していたみたいだが、それは置いておいてまずは脱出が先決だ。

 全速力で駆け抜けた俺たちは、どうにか城が崩れる前に脱出に成功。そのまま湖の岸まで走っていき、地面の上にたどり着いたことでようやく人心地つく。

 そして、少々乱れた息を整えながら振り返る。そこには脆くも崩れていく城の姿がある。急速に姿をなくしていく古ぼけた城は、やがて数分もしないうちに全てが湖の中へと消えてしまう。

 あたりを覆っていた霧もそれに伴って晴れていき、太陽と青い空が俺たちの目に飛び込んでくる。

 さっきまでの光景が嘘のように、のどかな景色がそこにはあった。

 

「……まるで、悪夢を見ていたようね」

 

 明日香のその言葉には同感だ。まさしく、あれは悪夢のようだった。人間が人形になり、闇のデュエルによって身を削っていく。真っ当じゃない。

 

「けど、悪夢はおしまいだ。勝ったんだからな」

 

 そう、今回の悪夢は終わりだ。次はまたきっと、厄介な敵がやってくるのかもしれない。だが、それまでは英気を養っていてもいいだろう。

 そういうわけで、俺は肩から力を抜いて全員の顔を見た。

 

「それじゃあ、帰るとしますか!」

 

 明るく言い放った俺に、全員が小さく笑って頷いてくれる。

 そして俺たちは湖を後にし、それぞれの寮へと戻っていった。さっきこの城に向かった時とは違い、誰の顔にも安堵と笑みがある。そして、クロノス先生の姿もあることに確かな喜びを感じていた。

 

『よかったね、遠也』

「ああ」

 

 答えつつ、俺はちらりと大徳寺先生を見る。そこには、隼人や翔と楽しそうに話している先生の姿がある。

 それを見はしたものの、俺は何も言わずに歩を進めた。

 

『ほら、えらいえらい』

「やめろバカ。頭を撫でようとするんじゃない」

『え、じゃあ、チューがいい?』

「……そ、それもやめろ」

『間があったけどな~』

 

 言いつつ、触れもしない癖に俺に引っ付いてくるマナ。殊更に明るく振舞ってくれているのは、カミューラが最後にああなってしまったことを気に病む俺の内心を察しているからなのかもしれない。

 そのことに、声には出さずとも感謝する。そして、このやり取りをちょっと鬱陶しく思いつつも楽しみながら、俺は皆と共に湖から立ち去って行った。

 こうして、俺にとって初のセブンスターズ戦。カミューラとの戦いは幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 



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第25話 魔物

 

 ――さて。

 こう見えて俺は普通の人間である。トリップなんてものを経験しているし、精霊という存在を見ることは出来るものの、それでも俺自身は一つも異常な点はない一般人だ。

 超能力があるわけでも、素手で岩を割れるわけでもない。たとえこの世界の人間ではないとしても、そんな能力なんて一つも持たない俺は普通という括りに入れて問題ないと思う。

 そしてそんな普通である俺は、ごくごく当たり前にその日に出会った出来事を受け入れて生きている。予知なんて出来ぬ身である以上、襲い掛かってくる出来事はいつだって唐突に決まっているのだ。そして突然である以上、避ける術がないのは必然である。

 そんなことはそれこそ当然のことで、意識にすら上らない無意識の中で誰もが、俺自身も認めていることにすぎない。

 だがしかし、同時にこうも思うのだ。

 いくら避けられない出来事と言っても限度があるだろう、と。

 

 

 目の前に立つ一人の男を見ながら、俺は冷や汗と共にそう思う。

 俺の前に立っているのは、色黒の肌に古めかしい金色の装飾を着飾った男。その身に纏う服は白いローブのようなものだけという薄着であり、その姿はデュエルモンスターズの《墓守の長》そのものでもあった。

 いや、サラの口から聞いた話では、実際にそうなのだろう。精霊の世界に実在する墓守の一族の住まう場所。彼はそこを治めるリーダー、墓守の長自身なのだ。

 つまり、いたって普通の精霊でしかない。問題は、彼の身体の中に入っているモノなのである。

 

「……十代。ひとまず現実世界の問題(セブンスターズ)は任せたぞ」

 

 瞳と白目の色が反転したおぞましい目でデュエルディスクを構える長を前に、俺は心配そうにこちらを見るマナとサラの視線を背中に受けながら、カードに手をかける。

 それを見るソイツも口元を歪め、同時に開始の言葉を宣言する。

 

「『デュエルッ!!』」

 

 

 

 

 * *

 

 

 

 

 事の始まりは、カミューラを退けた翌日であった。

 マナが回収してきたカミューラのチョーカー。金色に輝く金属で作られたそれを、マナは非常に気にしていた。それというのも、そのチョーカーには若干デフォルメされているものの、間違いなく“ウジャト眼”が刻まれていたからだ。

 そう、闇のアイテムの代表格……千年アイテムに共通して象られているデザイン。そして、カミューラは闇のデュエルを行っていた。そこに、マナは嫌なものを感じて回収したのだ。

 そしてその感覚は正解だったらしく、実際にマナはそのチョーカーから闇の力を感じたらしい。ゆえに、マナは即座に自身の力で以ってその力を封印。闇の力は抑え込まれ、それはただのチョーカーと化した……はずだった。

 しかし、後から思えばチョーカーを俺の部屋に持ち込んだことがいけなかったのだろう。封印される前のチョーカーから僅かに漏れ出た闇の力。それに、俺の持つあるカードが反応してしまったらしいのだから。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 どうやら精霊界に行きカイバーマンと戦ったらしい十代たち。

 更に、万丈目の兄たちによるアカデミア乗っ取り計画を万丈目自身が撃退。ちなみにその時、万丈目の精霊であるおジャマ・イエローの兄弟が見つかったりもした。実にいいことだ。

 そんな事件が起こりながらも日々を過ごし、そしてついに現れた三人目の刺客。

 セブンスターズの一人、タニヤ。

 最初は三沢が挑み、負けた上にどうやらタニヤに惚れてしまったらしいのだが、次のデュエル相手は十代となった。

 闇に属しながらも正々堂々と戦う相手。そんな話を聞かされて、デュエル大好き十代が黙っていられるはずもなかったのだ。

 次の対戦相手に名乗りを上げたのは必然だったといえる。すっかりタニヤに骨抜きにされた三沢は、それを羨ましそうに見ていたが。三沢っち、タニヤっちなんて呼び合うぐらいだったらしいから、よほど惚れ込んだんだろう。

 そして十代は戦いを挑み、タニヤは喜びともとれる獰猛な笑みと共にそれを受けた。

 

「いい面構えだ。いいだろう、お前が相手だ」

「ああ、俺は遊城十代! 遊城っちって呼んでくれ!」

「……最低」

 

 十代としてはニックネームと同じ感覚だったのかもしれないが、三沢っちの前例があるため、タニヤに気があるように取れなくもない。

 だからかどうかは知らないが、明日香がぽつりとそんなことを呟いていたりした。

 そんな感じでセブンスターズ戦でありながら、幾分平和に始まったデュエルは、予想通りというか十代の勝利で終わった。相も変わらずライフを大幅に削られての勝利だが、それでも安心して見れるあたり十代ならではのデュエルだったといえる。

 十代とセブンスターズの一人タニヤとの勝負が終わり、タニヤが身に着けていたグローブが回収される。こちらもウジャト眼がついていたことから、闇のアイテムだろう。その力で、虎のタニヤが人間に化けていたと考えられる。

 こちらも俺が一時預かり、マナに見せてみた。

 そして先日のチョーカーと併せてマナが調べた結果、やはりというか予想通りの結論に行きついたのだった。

 

「間違いないよ、これは闇のアイテム。でも、千年アイテムとは別系統だね」

「やっぱり。どう見ても怪しいと思ったんだよ、デザイン的な意味で」

 

 9割がた闇のアイテムだろうと思っていたが、こうしてマナが断言することで確信を得ることが出来た。自身も闇の魔力を扱えるマナは、こういうことにうってつけなのだ。

 

「けど、千年アイテムとは別系統?」

「うん。たぶん、ファラオの時代より後、千年アイテムの話を聞いた誰かが作ったものなんじゃないかな。千年アイテムほど現実を歪める力はないみたいだし……」

「千年アイテムは手に入れられないから、代わりのものを作っちまおうってことか。欲深い奴がいたもんだな」

 

 千年アイテムは、所有者と認められた者には莫大な恩恵を与える。未来を見通す力や、他者を操る力……。加えて、強運すらも与えられるという。

 使いようによっては、巨万の富を築くことすら可能な伝説のアイテム。その魅力に取りつかれる人間は、それこそ星の数ほどいるだろう。

 だから、あるいはこういったモノが出てくるのは必然だったのかもしれないな。

 

「でも、凄いよこれ。私やお師匠様でも、ここまで力を持ったアイテムを作り出すことは出来ない。とてつもない才能と、技術と、時間がかかってるはず」

「つまり、これを作ったのはマジモンの天才だってことか」

 

 世の中には凄い奴がいたもんだ。製作者については興味をそそられなくもないが、まぁ、それはこの際置いておくとしよう。

 

「それじゃ、このグローブも封印だな」

「うん。闇の力は私の方で抑えておくね」

 

 言うと、マナはグローブに向けて杖を構え、ぶつぶつと小声で何語かわからない呪文を唱え始める。

 そうすること一分ほど。それだけで、グローブから僅かに漂っていた嫌な気配が、ふっと消えてなくなった。

 それを確認し、マナがふぅっと息を吐く。

 

「終わったよー」

「おお、おつか――」

 

 ――ドクン。

 

「……れ?」

 

 ふと奇妙な言い表せない何かを感じ、俺は不自然に言葉を切る。

 なんだ、今の嫌な感じは。わりと近くから感じたように思うけど……。

 

「遠也?」

 

 俺は立ち上がり、部屋の中を見回してからクローゼットの方へと向かう。突然立ち上がった俺にマナは疑問を含んだ声をかけるが、それよりも俺は今の感覚が気になって仕方がなかった。

 俺はクローゼットを開き、その奥の壁……その上にわざわざ作った棚を見つめる。そして棚の引き出しを開き、そこからケースを取り出すとその鍵を開けて、中に入れられた幾つかのカードを取り出した。

 さっき感じた気配はよくわからないが、可能性を考えるならここが一番あり得る。そう曖昧に感じた故の、選択だった。

 一枚一枚、カードを検めていく。しかし、異常を感じられるようなカードは何もなかった。もう一度最初からカードをじっくり見ていくが、やはり先程のような感覚を感じることはない。

 ……気のせいだったのだろうか? ここのところ気を張るデュエルばかりしていたから、少々気が立っていたのかもしれない。それに、闇のアイテムなんてものを見ていたばかりだし。

 ともあれ、俺の勘違いであったのなら何も問題はない。

 俺は自分が思うよりもどうやら余裕のない自分に溜め息をつきながらカードを戻し、クローゼットを閉める。そして再びマナの下へと戻った。

 

「どうしたの遠也。あれって、確か遠也が“危険かもしれないカード”って言ってたやつだよね?」

「ああ、まあな。この世界のカードなら危険確定だけど……俺の世界では単なる沢山あるうちの一枚にすぎないから、確定じゃないカードたちだ」

「何かあった?」

「いや……気のせいだったみたいだ」

 

 マナの言葉に俺はそう返し、それからしばらくこのことを忘れていた。

 闇に閉ざされた棚の中、一枚のカードがぼんやりと黒い靄に包まれたことには気が付かずに。

 

 

 

 

 ――そのとき同時に、学園の地下に安置されたある石板が小さな振動を起こして崩れ落ちた。しかし、そのことに気付く者は誰もいなかった。

 その石板をそこに置いた人物以外には……。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 貿易商のアナシスとかいう男に何故か十代が海のデュエルとやらに引っ張っていかれ、彼の潜水艦に乗ったまま姿を消した翌日。

 翔が、めちゃくちゃわかりやすく落ち込んでいた。

 どうやら翔は十代とケンカしていたようで、仲直りをしたいのに肝心の十代がいなくなったことにひどく落ち込んでいたのだ。

 きっかけは十代にエビフライを食べられたから腹が立った、という程度のものらしいが、喧嘩どころかそもそも話す機会がなくなったとなれば、心穏やかではいられないだろう。

 怒っているとは言っても、十代のことを嫌いになったわけじゃない。翔としては、早く仲直りしたいのだ。だというのに、十代がいなければどうしようもない。仲直りをする対象もおらず、翔の気持ちは沈んでいくばかりのようだった。

 さっき話をしたときは「僕がエビフライなんて小さなことにこだわるから、アニキはいなくなっちゃったんだ……」とか言っていた。どれだけ卑屈になってるんだと言いたいが、裏を返せばそれだけ翔にとって十代は大きな存在なのだろう。

 俺と隼人、万丈目で声をかけていはいるのだが、やはり本調子に戻すことは出来ていない。十代当人が来てくれないことには、翔の復帰は難しそうだった。

 

「まったく、十代もどこに行ったのやら」

『明日香さんの話では、海の中……らしいけど』

「海の中ねぇ……まぁ、あいつのことだ。自力で帰ってくるまで待つしかないな」

 

 場所がわかれば迎えにも行けるが、さすがに潜水艦なんてもので移動されてはこの広い海のどこにいるかなんて見当もつかない。

 セブンスターズ絡みではないようだし、十代ならそのうち自分で帰ってくるだろう。

 だとすればいま俺に出来ることは、その時に翔と十代がすぐ仲直りできるように翔の気持ちを整えてやることだろう。

 たった今レッド寮で見てきた沈んだ翔の顔を思い浮かべながら、俺はそう考える。

 ブルーの自室へと向かう途中、さてどうやって気持ちを上向かせてやるかと思考を巡らせていた――その時。

 

『遠也、あれ!』

 

 マナの鋭い声が俺の耳に届き、すぐさま意識をそちらに向ける。

 マナは険しい顔でブルー寮の外から寮の一室を指さしている。示す先は……。

 

「俺の部屋?」

 

 何故、わざわざそこを? と疑問に思った、次の瞬間。

 その閉め切られた窓ガラスを通り抜けて、一枚のカードが飛び出してきた。

 

「なに!?」

 

 驚く俺をよそに、外に出てきたカードは黒い靄に包まれていずこかへ飛び立っていく。

 靄に包まれる直前、僅かにカードの絵柄が見えた。そしてその絵柄を持つカードが何なのか脳内で理解した、その瞬間――俺の顔から一気に血の気が引いた。

 

「まさか……嘘だろ? この世界にもいるのかよ!?」

『ど、どうしたの遠也?』

 

 いきなり大声を出した俺に、マナが戸惑い気味に声をかけてくる。

 しかし、今の俺にそれに応える余裕はなかった。

 

「くっ……! マナ、追うぞ!」

 

 そう言いつつ、俺は返事を聞く前に走り出す。後ろからマナがついて来ていることを感覚として察しながら、俺は黒い靄に包まれたカードをひたすら追いかける。

 危険かもしれないと判断はしたが、まさか本当に危険だとは思っていなかった。この世界にも存在しているとは、思っていなかった。とんだ勘違いだ。この前、部屋で感じた違和感はきっと間違いじゃなかったのだ。

 あの時気が付いていれば、と忸怩たる思いが胸によぎる。しかし、今はそれを抑え込んでひたすら走る。

 あのカードを好きにさせてはいけない。三幻魔の復活を待つより早く、世界が危ない。

 俺は運動による汗とは明らかに違う汗を冷たく感じながら、ただ危惧し続ける。そして俺の予想が正しければ、あのカードが行きつく先には……。

 俺はある可能性を考えながら、我武者羅に足を動かすのだった。

 

 

 

 

 ………………。

 ……。

 

 ――たどり着いたのは、山の中にある遺跡だった。

 十代いわく、墓守の一族とデュエルをした場所。精霊界に繋がっているとされる、ここ現実世界との境界線である。

 俺たちが追っていたカードは、この中に入っていった。古ぼけ、崩れ落ちた石造りの建造物から覗く奥は、暗く深い。アーチ状に組まれた石の門の先に入れば、きっとあのカードの正体とぶつかり合うことになるのだろう。

 なにしろ、あのカードが遺跡に入っていった直後から、この周辺はどうも空気がおかしくなってしまっているようだから。

 

「……マナ」

『うん。まだ門の前だけど、ここはもう向こうに通じているよ。ただ一歩進むだけで、向こうに行けるはず』

 

 じんわりと感じる異質な気配。俺ですら肌で感じるその奇妙な感覚に、精霊であるマナが気付いていないはずがない。

 そう思って声をかけてみれば案の定というわけだ。既にここはどちらかといえば精霊界に近くなっているらしい。一歩進めば、ということは相当だろう。

 しかし逆に言えば、一歩戻れば現実世界に戻れるということ。カードが飛んでいったとはいっても、所詮は一枚。なくともデッキを構築することは可能である。

 そういう意味では重要度は高くない。なにせ、デュエルをする分には何の影響もないのだから。

 だが……。

 

「よし、いくぞマナ」

 

 俺は進む方を選ぶ。

 確かにカード単体としてみれば、そんなに重要視はしていない。だが、実際にカードによって現実さえ浸食されるこの世界では、話が別だ。

 飛んでいったカードは、とびっきりの闇に属するもの。そんなものをこのまま放置した結果、まかり間違って事件が起きでもしたら目も当てられない。

 俺はあのカードの持ち主なのだ。なら、そういった人様に迷惑をかける可能性を摘むのは、俺の役目である。

 俺がそう決意して前進を告げた言葉に、マナは一つ小さな息をついた。

 

『……そう言うと思ったよ。もう、あんまり心配させないでね』

「悪いな」

 

 そう複雑な顔で言うマナに、俺は謝罪と感謝を込めて簡潔な言葉を口にする。

 それに開き直ったように笑みを見せて頷いてくれるマナに、俺も首肯で応えて遺跡の方を見据える。

 そして、一歩……その場から足を踏み出した。

 

 瞬間――目に映る景色が一変する。

 

 ただの朽ち果てた岩場とでも表現した方が的確だった遺跡は、見上げねば全貌を見渡せぬほどに巨大なピラミッドとなり、人の身長を超える巨大な岩がそれを形作っている。

 それだけ巨大でありながら四角く綺麗にカッティングされており、そのうえそれがビルよりも高い高さまで規則的に積み上げられているのだから驚きだ。工業機械もなしにどう作ったのか疑問が尽きない。

 そんな不思議な光景だが、こうもいきなり現在地の印象が変わってしまえば、もはや疑いをはさむことはない。

 いま俺は間違いなく、精霊界に足を踏み入れたのだ。

 

「よっと……。やっぱり、こっちだと身体が楽だね」

 

 そんなことを言いつつ、マナが浮いていた状態から地面に降り立つ。

 精霊化していたマナだったが、どうやら精霊界ではその状態こそが実体になるらしかった。

 

「それで、どうするの遠也?」

「そうだな……とりあえず、情報かな。カードがここにあるのは間違いないだろうけど、転移するときに見失っちゃったし」

 

 そうマナに答えつつ、人を探す。すると、門からそう離れていないところに一人の女性がいるのが見えた。

 

「ちょうどいいや。おーい!」

 

 相手に聞こえる程度には声を大きくして近づいていく。

 すると、声に反応して振り向いたその女性の顔が驚愕に染まる。そして、すぐさま尋常ならざるスピードでこちらに接近してきた。

 

「なっ!?」

 

 いきなりのことに、俺は何も反応できない。

 そしてそのスピードを保ったまま彼女は俺の身体めがけてその手を伸ばし――、

 次の瞬間、その手はマナの杖を掴んでいた。

 

「いきなり何するの!?」

 

 俺を狙うその手を見て、マナが咄嗟に杖を挟んでくれたらしい。そのことに感謝しつつ、俺はマナの声を受けた相手の反応を見る。

 相手は、マナの剣幕に驚きつつ、慌てたようにその手を引いてくれた。

 

「ち、違う。今ここは危険だから――ッ来い!」

「おわっ!?」

「ち、ちょっと!?」

 

 言うが早いか、その女性は俺とマナの手を取って素早く移動し、俺たちはピラミッド側からは影となる柱の陰に連れ込まれる。

 その時、巡回なのだろうか兵士らしき装いの男が二人槍を持ちながら歩いてくる。彼女は、あの衛兵たちに見つかるのを防いでくれたようだ。こうして庇ってくれたところを見ると、悪い人ではないらしい。

 ちらりとマナを見ると同意見なのか、緊張していた表情を緩めて小さく頷いた。

 

「ッ近づいてくる……!」

「うぷッ!?」

「ッ!」

 

 衛兵がこちらの傍を通るのを見たのか、より身を縮めて柱の陰に隠れようと女性が俺の身体を自分に押し付ける。

 その時、俺の顔は偶然にもその女性の胸へと埋まってしまっていた。マナにも負けず劣らず大きな柔らかい感触に、状況を忘れて思わず意識を傾けてしまう俺。

 彼女自身は気にしていないようだが……思春期の男子高校生にこれはかなり……キツイ。いや、それは呼吸的な意味であって心情的にはめちゃくちゃ嬉しいですけどね!

 

「~~ッ!」

 

 しかしそんな俺を貫かんとばかりに鋭い視線を投げかけている我が相棒。

 その表情はこの現状から声を出せないためなんとも難い顔で、言いたいことをかなり我慢しているのがすぐにわかる。

 俺としてもそんな顔をマナにさせるのは忍びないが……俺が望んでこうなっているわけじゃない。あくまで不可抗力、不可抗力なのだ。仕方ないね。

 と、そんなことをしていると、どうやら衛兵が去っていったのか押し付けるように俺の身体を押さえていた彼女の腕から力が抜かれる。

 それを見計らい、即座に俺の腕を引くマナ。そしてその腕を抱き、その女性のほうへと敵意を込めた目を向ける。向けられた女性は、助けたのにそんな態度を取られることに困惑しているようだった。

 

「あー……こっちは気にしないでいいよ。それより、助けてもらったみたいで、ありがとう」

 

 最初にマナに指を向けてからそう言って軽く頭を下げると、向こうも気にしないことにしてくれたのか快い笑みを見せてくれた。

 

「いや、気にしなくていい。それより、こうも短期間に続けて人間が来るとは。尤も、そちらの子は精霊みたいだが……」

 

 そちらの子のほうへと女性が目を移す。相変わらず威嚇しているマナの肩を小突き、機嫌を直してくれと言外に伝える。

 とりあえず今がそんな余裕のある状況でもないことはわかってくれているようで、マナは表情を険しいものから和らがせていく。それでも、微妙に半眼だったが。主に俺に対して。

 帰ってからがなんか怖い。

 

「それで、いったい何の用があるのだ?」

「えっと……実はあるカードを探してるんだ。ぶっちゃけ禍々しいカードなんで、すぐにわかると思うんだけど……」

「ッお前、まさかあのカードを知っているのか!?」

 

 俺がそう答えた途端、身を乗り出してくれる女の人。

 予想外の食いつきように、俺だけでなくマナも思わず驚きを露わにする。

 すると、そんな俺たちの様子から我を失った様を思い返したのか、いささか気まずそうにしながら彼女は一歩身を引いた。

 

「……すまない。まさか、人間の口からアレについて聞けるとは思わなかったものだから。長を一夜で豹変させたあのカードのことを……」

「一夜で?」

 

 唇を噛みながら言う女性だが、俺はその中の言葉に疑問を抱く。

 一夜でとは言うが、俺はカードが遺跡に入ったほぼ直後にこちらに来たはずだ。だというのに、既に一日以上経過しているというのだろうか。

 まさか、時間の流れが違うというのだろうか。あるいは……あのカードの影響で、微妙に何かがズレている可能性も否定できない。

 気にはなるが、その考察はあとでもいいだろう。今は彼女の話を聞こう。その情報は、俺にとっても大事だ。

 

「ああ。ある日、長は拾ったと言って一枚のカードを手に入れられた。しかし、その日以降長は人が変わったように他人との接触を拒み、このピラミッドの中の一室に籠るようになられた。その変化に、我々は今も戸惑っている……」

 

 その変化に気付いたのは、近くに侍っていた彼女だったという。それ以後、徐々に皆が気付いていき、今では長のことを誰もが心配し、同時に恐れているらしい。

 

「長が拾ったというあのカード……恐らくは、あれが原因。だから、何かを知っているのなら教えてもらいたい。この通りだ」

 

 そう言って、頭を下げる。

 俺はそんな彼女に慌てて声をかけた。

 

「そ、そんな頭を下げなくても。言われなくても、協力する。俺たちの目的は、そのカードを取っ捕まえてしっかり管理することなんだから」

 

 まったくもって、あんなカードがどこかにいったなんて心臓に悪すぎる。人様に迷惑をかけるそんなカードは、早々に手元に戻しておきたいのだ。

 俺の返事を聞き、顔を上げた彼女はほっと安心したように息をつく。

 そして、彼女は笑顔で右手を差し出してきた。

 

「協力を感謝する。私はサラだ」

「こちらこそ。俺は遠也、こっちはマナ」

「よろしく!」

 

 いつの間にか普通の態度に戻っているマナと共に、その手を握り返す。これにより、俺たちは一時の協定を結んだ。

 彼女――サラは長を元に戻すため。俺とマナは傍迷惑なカードを回収するため。

 現実世界では今頃セブンスターズの件で大変だと思うと申し訳ないが、俺たちもある意味差し迫った脅威を挫くためだ。こちらも手を抜けない以上、どうにか許してもらいたいところだ。

 そんなことを思いつつ、俺はその元凶が居座っているであろうピラミッドを仰ぎ見るのだった。

 

 

 

 

 さて、俺は墓守の一族の住処でもある建造物をピラミッドと表現したが、どちらかといえばエジプト方面よりはマヤのそれに近い印象がある建物である。

 四角錘といえるほど天頂が尖っておらず、どちらかといえば台形といったほうが正しい辺りがその理由だ。

 また、どうやらここは一族をはじめとした人々の墓らしいのだが、建物の中央部分はその墓があるであろう地下へと続く大穴が空いており、いわゆる吹き抜けのような非常に凝った造りになっている。

 もし落ちれば奈落の底まで真っ逆さま。文字通りお墓に一直線とは、なんとも洒落がきいているものである。

 そしてそんな墓がある穴の底に向かって、俺たちは今歩いている。

 サラの先導によって兵士たちの目をかいくぐりながら進む。目的地は長が籠っている、地下にあるという儀式部屋だ。

 そこは魔術の儀式に関することを行う部屋らしく、それなりに大きな部屋らしい。そして、魔術関連の部屋であるため地下深くに造られたという。

 何故わざわざ地下に造ったかというと、墓守の一族はアヌビスなどに代表されるエジプトの神々――今で言うエジプト神話を信仰しており、魔の術を神の目が届く太陽の下で行うことが躊躇われたからなのだとか。

 大っぴらに神と魔の術を同時に使っていることを喧伝するような真似は、謹んでいるというわけだ。一応神を信仰している彼らであるが、神に隠れてやるなら問題ないらしい。あくまで彼らの考えではだが。

 まぁ、そこらへんは日本人の俺にはよくわからない概念だ。正直「ふーん」の一言で終わらせられる。説明してくれたサラには悪いけどさ。

 ともあれ、俺たちはそんな話を間に挟みつつ下へ下へと向かっていく。内部を知り尽くしているサラによって、今のところ兵士たちには見つかっていない。

 時々兵士を見かけるが、その誰もが表情に精彩を欠いているのがわかる。リーダーである長の豹変が、彼らに不安や不信などの影響を与えているためだろう。

 ここに住む者たちにとって、長がこのままでいるというのは相当な悪影響なのは間違いない。

 何故カードがいきなり飛び去ったのかはわからないが、ここの人たちのためにも早く回収しなければいけない。その気持ちを、俺は改めて強く持つのだった。

 

「……ここだ」

 

 カツン、と石畳を靴が叩く音が響き、同時にサラが足を止める。

 俺たちも続いて足を止め、サラがここだと言ったこの周囲を見回す。しかし、何の変哲もない壁が続くばかりで、部屋らしきものはどこにもない。

 

「……何もないけど?」

 

 仕方ないので素直にそう尋ねると、サラは苦笑して彼女の横にある壁をコンコンと叩いてみせた。

 

「さっき言っただろう。儀式の部屋は、隠すために地下に造られたのだ。当然、その部屋も普通に探しては見つからない。我ら一族の者でなければな」

 

 そう言って、サラは何か呪文らしきものを唱え始める。

 日本語しかできない俺には到底理解できない語句が出来の悪いラップのように紡がれ、間断なく長い文章を形作っていく。

 そしてそれが不意に止まり、サラが口を閉じた時。

 石と石が擦れる独特の音を出しながら、壁の一部が下に降りていき、人が二人並んでギリギリ通れる程度の大きさの入口が姿を現した。

 

「なるほどね」

 

 その凝った仕掛けに素直に感心を示した俺に、サラは少しだけ笑みを向ける。しかし、その表情をすぐに引き締まったものへと変わった。この先に長がいるというのだから、そうなるのも当然だ。

 俺とマナも同じく気持ちを引き締め、こちらを見ているサラに頷きを返す。

 それを見てとってから、サラは指で中を示した。

 

「……いくぞ」

 

 それに無言で首肯し、俺たちは三人でゆっくり部屋の中に侵入していく。

 中は真っ暗かと思いきや、松明が焚かれているのかオレンジ色に部屋の中は染め上げられている。そのため明るさは十分すぎるほどに確保されており、しっかりと中の様子を見ることが出来た。

 中は意外と広く、小学校の体育館ぐらいの大きさは優にある。その中で部屋の中央部分には階段が設えられており、数十段あるそこを登った先には、比較的大きめの踊り場らしきものが見えた。

 恐らくあれは祭壇に属するものになるのだろう。

 そして、松明の明かりに照らされた人の影が天井に揺れていた。それはつまり、誰か――この場合は間違いなく長がその祭壇の上にいると見ていいはずだ。

 サラもマナも同じ結論に至ったのか、祭壇の方に目を向けている。

 そして一度三人で顔を合わせて頷き合うと、一気に階段を駆け上っていった。

 階段を踏みつけるたびに鳴り響く石を叩く音を耳に入れながら、俺たちはそのまま階段を登り切って祭壇へとたどり着いた。

 そして、俺たちが視線を向ける先。そこには、目に見えるほどの黒い瘴気を身に纏い、こちらに背を向ける男の姿があった。

 まともに相対してもいないというのに、まるで身体ごと押し出されそうなプレッシャー。しかもどことなく息苦しささえ伴うそれに、俺は我知らず冷たい汗を肌に浮かべていた。

 

「お……長……」

 

 サラにも、その空気は感じられたのだろう。いや、精霊であることを考えれば、俺よりもそれは影響が強いかもしれない。

 しかし、それでもサラは己が敬愛する長に声をかける。だが、それに長が何か反応を返すことはなかった。

 

「マナ、お前は大丈夫か?」

「うん、私は自分の力でどうにか……。けど、遠也。アレは、本当に危険だよ。遠也は一体なんのカードを……」

 

 マナの心配げな声に、俺は視線を長に向けたまま答えた。

 

「それは、すぐわかるさ」

 

 額に浮かんだ嫌な汗を袖で拭い、俺は二人より一歩前に出て気圧されないように声を大きくして呼びかけた。

 

「おい、家出カード! 迎えに来てやったぞ!」

 

 すると、サラの声には反応しなかった長がゆっくりとこちらに振り返る。

 日に焼けた肌に、髭を蓄えた精悍な顔つき。黒いフードをかぶり、金細工の首飾りをかけた白いローブの男。俺が知るカードの絵柄ともある程度一致する。間違いなく、墓守の長本人だろう。

 だが、目の前の男は明らかに正気を保っていない。

 なにせ、瞳と白目の部分が反転し、本来白いはずの目が黒く染まり、瞳の方が白に染まっているのだ。真っ当な状態でないのは一目瞭然だった。

 その奇妙な目を持った長にたじろぐと、長は口の両端を持ち上げ、にやりと粘っこさを感じさせる嫌な笑みを浮かべてみせた。

 

『ほう……誰かと思えばオレの身体の提供者殿ではないか。ククク……』

 

 その口から漏れた、老いを連想させる掠れた言葉に、俺は疑問を返す。

 

「身体の提供者だと? なんのことだ」

『おや、覚えていないか? 貴様がオレの身体の失われた心臓を埋めてくれたのではないか。ほら、コイツのことだよ』

 

 長はそう言うと、懐から一枚のカードを取り出す。

 それは紛れもなく俺のカード。危険かもしれないと判断して人の目に触れないように仕舞い込み、そして何故か今日部屋からひとりでに飛び出していったカード。

 しかし、どうしてそれが心臓がどうこうという話になるのかがわからない。

 納得がいっていない俺を見て、長は更にクツクツと笑う。

 

『クク……オレは心臓をある精霊・・・・に取り込まれていてな。その精霊カーがこの近くにいることは分かっていたが、石板に封じられていたオレは身動きが取れずもどかしい日々だった』

 

 もどかしいと言いつつ、その声には隠し切れない喜悦が混じる。不気味に思うが、せっかく自分から喋ってくれているのだ。それを邪魔する理由ないとして、俺たちは黙ってその続きに耳を傾ける。

 

『だが、そんなある日。突然オレの身体そのものが外の世界に現れたのだ。わかるか? 貴様が持っていたオレのカードだ。あれは欠損もなく完璧に1枚のカードとして成り立っていた。身体の代わりとしては十分なものだった』

 

 そこで、一度言葉を切り、しかしまたすぐに続ける。

 

『とはいえ、身体の代わりはあれど魂はいまだ石板の中。どうすることもできなかったが、これまた偶然の産物によって魂と身体カードの間に道が通じたのだ!』

 

 長に取り憑いたソイツは、長の身体を操りその両腕を広げてその際の喜びをアピールする。

 

『ククク……オレの身体の代わりとなる、貴様のカード! そして闇の魔力ヘカを備えたアイテム! それらが同一の場所に集ったことにより、闇の魔力は一筋の道となって闇の世界から貴様のカードへと干渉する機会をオレに与えたのだ!』

「まさか……あのアイテムか……!」

 

 カミューラのチョーカー、タニヤのグローブ。あれら闇のアイテムを俺の部屋に置き、封印されるまでの間は闇の魔力を垂れ流しにしていたのがよくなかったらしい。

 その魔力に、近くにあったカードが反応をしたということだろう。

 

『加えてオレの石板がアカデミアにあったことも要因だ。比較的近くにそれらが全て揃ったからこそ、俺は今こうしていられる。ククク、感謝するぞ小僧』

「くっ……!」

 

 なんてこった、完全に俺のせいじゃないか。

 そんなことになるとは想像もできなかったとはいえ、切っ掛けが俺だったことに変わりはない。そう自覚し唇をかむ俺を、ソイツは愉快気に見ている。

 

『そういえば、貴様らは今面白い遊びをしているな。クク、なかなかに良い趣向だ。ここは貴様の鍵を奪い、三幻魔とやらを手に入れてみるか。オレをこの島に持ち込んだ輩はオレをその立場に仕立てあげるつもりだったようだからな。尤も、手に入れたとて虫にくれてやるはずもないが』

「虫?」

『わからんか? 貴様ら人間どものことよ。脆弱かつ矮小、それでいて数だけはおり、鬱陶しい。まさしく虫だとは思わんか?』

 

 にやにやと笑みを浮かべて言ってくるが、思うわけないだろうに。

 人間は人間、虫は虫だ。ちょっとばっか元の図体がでかいからって、調子に乗るんじゃないぞコノヤロウ。

 そう言いたいが、口は全く動かない。真正面から受けるプレッシャーが身体に絡みつき、抵抗の意思を奪い取っているかのようだ。それだけ、目の前のコイツという存在はデカいということだろう。

 既に顔には何筋もの汗の跡が残り、いかに俺が精神を消耗させているかがよくわかる。

 マナが手を握ってくれていなければ、プレッシャーに押されて倒れていたかもしれなかった。

 俺は、マナの手を握り返す。これで少しは勇気も出た……気がする。

 だが、今は気がするだけでも大いに結構。俺は精一杯胸を張ると、持ってきていたデュエルディスクを左腕に装着した。

 

『ほう……?』

「そんなの、素直にやらせるわけないだろう。俺とデュエルしろ! お前を倒してカードに戻してやる!」

『威勢のいい小僧だ! よかろう、死に急ぐというのなら引導を渡してやる! それが身体を提供してくれた恩返しよ! ハハハハ!』

 

 傲慢にすぎる自信を見せながら、ソイツは長の身体に入ったままデュエルディスクを装着する。

 長の身体を操り、デュエルを行うのだろう。そして状況的にこれは闇のデュエル。だが、闇のデュエルだとするなら、勝てば少なくとも長の身体からは出ていかざるをえなくなるはず。ダメージを負った状態で他人に取り憑く余裕はなくなるからだ。

 そこから更にカードに封印できるかは……分の悪い賭けかもしれないけどな。

 

「すまない……長のことを……どうか、どうか助けてやって欲しい……」

 

 サラが不意にそう言って頭を下げてくる。

 自分が言葉をかけても何の反応もなかったが、しかし俺ならということだろうか。どのみち、このデュエルで勝てば長は解放される。そして、俺に負ける気はない。

 だから、俺はサラの顔を上げさせて笑顔を向けた。

 

「任せろ!」

 

 それに「ありがとう」と言って小さく笑みを見せたサラを下がらせ、そして次にマナと向き合う。

 魔術師として力があり、そして遊戯さんの下で戦ってきたマナには、相手の恐ろしさがわかるのだろう。その表情は苦しげなほどに俺を案じているのがわかる。

 そのことに、俺の心にも申し訳なさが募った。

 

「遠也……無茶するんだから、もう」

「ははは、まぁな。でも仕方ないだろ? あいつを放っといたら大変なことになる。なら、俺は持ち主としての責任を果たすさ」

 

 努めて明るく言う。そしてそんな俺の気持ちを汲んでくれたのか、マナはそのことには何も突っ込まなかった。

 そして、表情にこそ俺への心配が透けて見えるものの、それでもマナは俺に忠告をしてくれる。決して、戦うなとは言わない。それがまるで気持ちが通じているようで、少し嬉しかった。

 

「アイツは凄い力を持ってるよ。神ほどじゃないにしても、十分化け物モンスターとしての力がある。ホントは、危ないことをしてほしくはないし……心配だけど……でも……!」

 

 マナは俺に抱き着き、頬に唇を寄せる。

 一瞬の後に離れたマナは、最後にこう俺を励ました。

 

「勝って、遠也!」

 

 無論、それに俺が返す答えは決まっている。

 好きな女の子にこんなことされて、そのお願い事を破る男なんているものか。

 

「おう!」

 

 少々虚勢交じりではあったが、それでも絶対に勝つという気持ちを乗せて応えると、マナは少しだけ微笑んで僅かに下がる。

 それを見届けてから、俺は改めて元凶なるソイツに向き直った。

 

『クク、お別れは済んだのか?』

「待っててくれたのか。律儀な奴だな」

 

 挑発的な笑みを浮かべ、精一杯の意思を込める。

 相手は古代エジプトで憎悪から実体となった恐るべきモンスター。一つの村そのものの怨嗟、無念、妄執、悪意、それら負の感情全てが形を持ったとも取れるほどに禍々しい存在である。

 たかだか十七年しか生きていない俺など、それこそ取るに足らない存在にすぎず、対して俺にしてみれば巨大すぎる敵であった。

 だがしかし、それでも退くわけにはいかない。こいつを野に放つ危険を、俺はこの世界のだれよりも知っているから。ゆえに、俺は虚勢でもなんでも張って、向かっていくだけだ。

 相手は”悲劇”の名を持つ魔物。その威容に呑まれぬよう、ぐっと身体に力を入れて俺はソイツと対峙する。

 

「いくぞ――《トラゴエディア》! せいぜい吠え面かきやがれ!」

『ハハハ! やってみろ! では、闇のデュエルだ!』

 

 互いにデュエルをするには十分なスペースがある祭壇の上で距離を取って向かい合う。

 そして開始する前に、俺は小さく呟いた。

 

「……十代。ひとまず、現実世界の問題(セブンスターズ)は任せたぞ」

 

 俺がこの世界に来るときには行方不明状態だったが、時間のずれを考えると戻ってきている可能性もある。

 そしてその場合、恐らくは現実世界でセブンスターズを相手取っているだろう友に対してそう呼びかけ、俺はディスクのボタンに指を添える。

 現実世界にいるであろうセブンスターズは、とりあえず十代に任せる。その代わり俺はコイツを絶対に倒してみせる。それから、十代や皆と共にセブンスターズ戦に戻ってやる。

 そして、最終的には楽しい学園生活を過ごしてやるのだ。

 

 そのためにもこのデュエル、負けるわけにはいかない!

 

 その決意と共に開始ボタンを押し、カードに手をかける。

 息を吸い込み、そして声を張り上げて叫ぶように宣言した。

 

「『デュエルッ!!』」

 

 

 

 

 



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第26話 終劇

 

 ――皆本遠也が行方不明。

 この情報は、セブンスターズと戦う者たちを大きく動揺させた。

 十代もまた行方知れずだったが、あちらはアナシスに連れて行かれたということがわかっている。セブンスターズ関連でもないし、少なくとも身命に関わる事態にはならないと考えることが出来る分心配せずにすんだ。

 だが、遠也は違う。誰にも知られぬままの失踪。そこにセブンスターズの影を見出すのは、彼ら――万丈目、明日香、三沢、カイザー、クロノス、大徳寺といった実際に事を構えている面々と、事情を知る翔や隼人にとっては自然なことであった。

 幸いと言っていいのか、まだ鍵は奪われていないようだが、しかしだからといって遠也の身が無事であるという保証にはならない。安心できる要素はどこにもなかった。

 そして、遠也は彼らの中でもトップクラスの実力者だ。カイザーに対して勝ち越すことが出来るデュエリストである遠也がいなくなったという事実は、あるいは遠也を破る程の者が敵にいるとも考えられる。

 そういった意味でも、彼らにとって遠也の失踪は動揺を大きく誘うものであったのだ。

 捜し続けている十代の行方。そこに遠也の捜索も加わり、また安否の保証もない遠也の捜索は十代よりも優先して行われた。

 彼ら仲間たちも遠也の捜索に全力で臨んだ。しかしそれでも、遠也の姿を見つけることは出来なかったのだった。

 それでも捜索を続け、遠也がいなくなってから四日後。この島に帰ってきた男がいた。

 そう、行方不明になっていた十代である。

 アナシスに連れられて行った先で、どうにか船を借りて……というか分捕ってアカデミアまで帰ってきたのだ。

 翔や隼人、明日香といった面々に迎えられて若干の疲労を見せながらも笑顔になる十代だったが、それも万丈目から聞かされた情報によってその表情は驚愕へと一変した。

 

「なんだって!? 遠也が行方不明!?」

「ああ。貴様がいなくなった次の日だ。その日以降、遠也を見た奴はいない」

 

 十代の帰還を聞き、集まった鍵を守るデュエリストたち。

 その場で遠也の行方が分からないと聞いた十代は、驚いた後に遠也の身を案じて心配そうな顔になる。

 十代の場合とは明らかに違う失踪。そこに不安を覚えないほど、十代は楽観的ではなかった。

 しかし、鍵はいまだ奪われていないらしい。それというのも、門の封印が弱まってはいないからだそうだ。つまり、少なくとも鍵は健在であるということ。

 そこまで聞いて、十代は決心する。

 鍵は必ず遠也が守っているはず。なら、俺たちは遠也の分までセブンスターズを倒し、島を……世界を守らなければいけないと。

 遠也が帰ってきた時に、何も心配がないように。俺たちが遠也の分まで頑張り、そして遠也を迎えてやろうと。そう決めたのだ。

 だから十代はこう提案する。「遠也の捜索を続けつつ、セブンスターズを倒す」と。

 はじめは遠也をないがしろにしてしまうのはどうかという意見も出たが、それも続く十代の言葉によって立ち失せていく。

 

「遠也は強い。あいつがそんな簡単にやられるわけがないぜ! だから、俺たちは遠也を信じて、俺たちが出来ることをやるんだ!」

 

 十代は遠也がいたら、自分のことよりセブンスターズとの戦いのことを気にするだろうと思っていた。そしてそれは、十代は知らぬことだが遠也が精霊界で十代に対して呟いた内容と全く同じだった。

 遠也は十代にしばらく共に戦えないことを詫び、後を託した。そして十代は、それを知らずとも自然とその言う通りに動こうとしている。

 それは二人の間にある友情の為せる意思の繋がりだったのかもしれない。

 こうして、彼らは遠也の行方を捜しつつも、自分たちの目前に迫った脅威を叩くことに決めたのだった。それに、そうすればいずれ遠也の所在に行き着くという考えもあった。そういう意味でも、セブンスターズを倒すことは悪いことではなかったのだ。

 彼らは決意も新たにこの事件に立ち向かう。遠也の無事を祈りながら、そうしていくことで遠也を助けることができると信じて……。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

皆本遠也 LP:4000

トラゴエディア LP:4000

 

『ターンはオレからだ。ドロー!』

 

 互いの命を懸けた闇のデュエルが始まり、先攻であるトラゴエディアがカードを引く。

 飛び立つカードの絵柄を見た時から、こうして闇のデュエルになる可能性は考えていた。まして、トラゴエディアという漫画版遊戯王GXではラスボスだった相手だ。そうならないと考える方がどうかしている。

 だから、俺はカードを追いかける際、マナにカードの行方を確認してもらいながらデッキを弄っていた。

 弄るといっても、数枚のカードを抜いて新たに入れただけだ。一応、セブンスターズとの戦いが始まった時から持ち歩いている、俺本来のデッキのカードたち。そのいくつかを入れたのだ。

 果たしてそれが吉と出るか凶と出るか……。俺は知らず額から流れる汗を拭いながら、向こうのターン経過を見守る。

 

『ほう……いいカードが来た』

 

 笑みを浮かべながら、トラゴエディアはカードを手に取った。

 いったい、どんなカードが手札に来たんだ。息を呑んで、そのカードを見つめる。

 

『オレは手札から《墓守の司令官》を墓地に捨て、効果発動! デッキから《王家の眠る谷-ネクロバレー》を手札に加える!』

「なッ――!?」

 

 いきなり手札にソイツだと!?

 憑依している相手が墓守の長であることから予想してはいたが、やはり相手のデッキは【墓守】デッキか! 本音を言えば当たってほしくない予想だったが、見事に当たっちまった……。

 フィールド魔法《王家の眠る谷-ネクロバレー》は、墓地のカードに効果が及ぶ魔法・罠・効果モンスターの効果を無効にし、更に墓地のカードを除外する事を禁止する効果を持つ。墓地を多用する俺のデッキにとって、スキルドレインなみに厄介と言っていい。

 加えて、「墓守の」と名のつくモンスターの攻守を500ポイント強化する効果まで併せ持つ、元の世界の環境においても非常に強力なカードだ。

 だというのに、そのキーカードを先攻ターンで手札に加えられるとは……。

 正直に言って、かなりマズイ。

 

『ククク……俺は手札に加えたフィールド魔法《王家の眠る谷-ネクロバレー》を発動!』

 

 トラゴエディアがデッキから手に取ったカードをそのまま発動させる。

 それにより、薄暗く仄かな明かりに頼るだけだった周囲の風景は一変。ピラミッドを望む荒野の中、せり立つ岩壁の間に夕陽が差しこむ情趣に富んだ景色へと場を変貌させた。

 ピラミッド傍に存在する岩壁に挟まれるように俺たちは立つ。両側に立つ壁は天辺が見えず、十代が使う摩天楼よりもはるかに高い。

 例えるなら大きな渓谷――グランドキャニオンのような渓谷の谷間にいるかのような錯覚を抱きながら、俺はトラゴエディアの行動を見据えた。

 

『更にモンスターをセット! カードを1枚伏せてターンエンドだ!』

 

 裏側表示のカードが場に2枚。そこで奴のターンが終わる。

 なんてこった……。【墓守】にとって理想的ともいえる始まり方じゃないか。

 恐らくあの伏せカードは、セットモンスターやネクロバレーを守るカード。ただでさえ墓地を指定する効果は封印されているんだ。わかっていたことだが……これは一筋縄ではいきそうにないな。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 最初のターン。大きく動くことが出来る手札ではない、か。

 だが、手札にはライコウがいる。上手くいけば、これでネクロバレーを破壊することも可能だろう。

 

「俺はモンスターをセット!」

『その瞬間、罠発動! 《誘惑のシャドウ》!』

「なッ……!?」

 

 誘惑のシャドウ!? なんでそんな限定的なカードを入れてるんだ!

 確かにリバース効果モンスターは低攻撃力であることが多いし、そこにネクロバレーで強化された墓守をぶつければ大ダメージが期待できる。だが、そうそう入れるカードでもない。

 この世界でも採用率の高い《メタモルポッド》へのメタか? 墓守の長のデッキがどうなっているのかは知らないが、いずれにせよこの状況では最悪のカードだ。

 

『これにより、貴様のセットモンスターは表側攻撃表示になり、リバース効果も発動しない。クク、さぁその姿を晒してもらおうか』

「くっ……」

 

《ライトロード・ハンター ライコウ》 ATK/200 DEF/100

 

 当然、セットモンスターはライコウだ。リバースした時、相手の場のカード1枚を破壊する優秀なリバース効果モンスターだが、それもリバースさせなければ意味がない。

 

「……カードを2枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 もはや、俺はターンを終えるしかない。

 次のターンで受けるダメージを覚悟しながら、俺は闇のオーラに包まれた墓守の長トラゴエディアの姿を見つめた。

 

『オレのターン、ドロー!』

 

 カードを引いたトラゴエディアは、にやりと笑みを見せる。

 

『まずはセットモンスターを反転召喚! 《墓守の偵察者》のリバース効果により、オレはデッキから攻撃力1500以下の「墓守の」と名のつくモンスター1体を特殊召喚する! 出でよ、《墓守の長槍兵》!』

 

《墓守の偵察者》 ATK/1200→1700 DEF/2000→2500

《墓守の長槍兵》 ATK/1500→2000 DEF/1000→1500

 

 共に墓守に属するモンスター。当然、ネクロバレーの効果により攻撃力・守備力ともに500ポイントアップする。

 

『バトル! 墓守の長槍兵で《ライトロード・ハンター ライコウ》を攻撃! 喰らえ、《長槍速撃突》!』

「罠発動、《ガード・ブロック》! 戦闘ダメージを無効にし、カードを1枚ドローする。ドロー!」

 

 鋭い槍の一突きが、ライコウの身体に突き刺さり破壊される。だが、ガード・ブロックの効果によりその穂先は俺に届くことはなかった。

 だが、攻撃はこれで終わりではない。

 

『まだ墓守の偵察者が残っているぞ、ククク。墓守の偵察者で直接攻撃!』

 

 墓守の偵察者が瞬時の俺の目の前に移動し、不気味な笑みを浮かべたまま手に持ったナイフを振るう。

 それは俺の肩口からざっくりと身を切り裂き、肉を抉る。それがあくまで幻なのだとしても、その時に生じる痛みは間違いなく本物だった。

 

「ッぐ……ぁぁああッ!!」

 

遠也 LP:4000→2300

 

「遠也ッ!」

 

 あまりの痛みに、俺はたまらず膝を折ってナイフが走った右肩に手をやる。右肩は……繋がっている。だが、本当に肉ごと消し飛ばされたかのような激痛だった。

 息を切らせながら、立ち上がる。そして、叫ぶように俺の名前を呼んだマナに小さく手を振って見せた。隣のサラも心配げに見ている。

 女の子二人の前で、格好悪い姿は見せられないだろ、男として。

 そんなふうに自分をどうにか納得させ、トラゴエディアに向き直る。しかしその間も、痛みに表情が引きつるのを懸命にこらえなければならなかった。

 

『ククク……どうした、随分と痛がっているみたいじゃないか。オレはカードを1枚伏せて、ターンエンドだ』

 

 しかし、奴にはそんな痩せ我慢もお見通しらしい。当然か、あれだけ痛がっちまったんだから。

 舌打ちを一つし、俺はカードを引いた。

 

「ぐっ……俺のターン!」

 

 その僅かな動作で、痛みが走る。だが、そんなことを気にしていられる状況でもない。

 この状況を抜け出したいのなら、奴に勝つことが最短の道。ならば多少の無理を押してでも、そのために全力を尽くすことが最善だ。

 

「俺は手札から《レベル・スティーラー》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! 更にレベル・スティーラー自身の効果で、クイック・シンクロンのレベルを1つ下げて特殊召喚!」

 

 レベル・スティーラーの効果は墓地で発動する効果だ。よって、「墓地を対象にした効果を無効にする」という効果を持つネクロバレーには引っかからない。

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

 

 さて、ようやく場にチューナーとそれ以外のモンスターが揃った。

 

「レベル1レベル・スティーラーに、レベル4となっているクイック・シンクロンをチューニング!」

 

 レベルの合計は5だ。

 一発お返ししてやるぜ、この野郎!

 

「集いし星が、新たな力を呼び起こす。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・ウォリアー》!」

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300 DEF/1300

 

 俺の場に現れる、青い鋼鉄の身体に包まれた拳闘士。その姿を、というよりはそこに至るまでの過程を見て、トラゴエディアは眉をひそめた。

 

『シンクロ召喚だと? なんだ、それは』

 

 ここ数か月でようやく認知度も上がってきた新しい召喚方法。それゆえ、長の知識の中にもなかったのだろう。

 このまま進めて不都合が生じても面倒くさい。そう思った俺は、素直に説明を施す。

 

「シンクロ召喚とは、場のモンスターのレベルを合計し、それに等しいレベルを持つシンクロモンスターを融合デッキから特殊召喚することだ。お前が眠っている封印されている間に、時代は変わったってことだよ」

 

 尤も、多少の皮肉をアクセントに添えることは忘れないが。

 だが、そんな俺の皮肉にも、トラゴエディアは不遜な態度で返す。

 

『フン、それがどうした。それでも、虫ケラに負けることなど有り得ぬ』

「なら、負ければお前は虫ケラ以下だ! バトル! ジャンク・ウォリアーで墓守の長槍兵に攻撃! 《スクラップ・フィスト》ォ!」

 

 ジャンク・ウォリアーが跳び上がり、勢いをつけて上から長槍兵を殴りつける。

 鋼鉄の拳に、ただの人間が対抗できるわけもなし。長槍兵はそのまま破壊されて、その分のダメージがトラゴエディアに与えられる。

 

『ぐっ……』

 

トラゴエディア LP:4000→3700

 

 ジャンク・ウォリアーが粉砕した岩の欠片が長の身体を打つ。だが、今は黒い靄にしか見えないトラゴエディアにも痛みはあるようで、苦悶の声が聞こえた。

 

「更にカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

『こうでなくてはな。オレのターンだ、ドロー!』

 

 カードを引いたトラゴエディアは、手札から1枚のカードを取ってディスクに置く。

 

『オレは墓守の偵察者を生贄に捧げ、《墓守の長》を召喚する! そしてこのカードの召喚に成功したため、墓地の墓守の長槍兵を特殊召喚する!』

 

《墓守の長》 ATK/1900→2400 DEF/1200→1700

《墓守の長槍兵》 ATK/1500→2000 DEF/1000→1500

 

 現在俺が相対している相手にそっくりな男がフィールドに現れた。その精霊に憑依しているのだから、当たり前か。

 そして、さっきも出てきた長槍兵が再びフィールドに戻ってくる。貫通効果持ちかつ攻撃力2000は地味に厄介だ。

 墓守はネクロバレーがあると、途端にどのモンスターも面倒くさくなるから本当に困る。

 

『バトル! 墓守の長でジャンク・ウォリアーに攻撃だ! 《王家の怒り》!』

「喰らうかよ! 罠発動、《攻撃の無力化》! その攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる!」

 

 ジャンク・ウォリアーの前に現れた次元の渦に飲み込まれ、長の攻撃はこちらに届かない。

 攻撃は完璧に防がれたというのに、それを見てトラゴエディアが特に表情を変えることはなかった。

 

『防いだか。ならば、俺はこれでターンエンドだ』

「俺のターン!」

 

 トラゴエディアはあまり積極的に動く気がないのだろうか。

 そう思えるほどに、行動と態度が淡々としている。もしくは、何かを狙っているのか。だとすれば、キーカードはやはり……。

 だとすれば、その前に出来ればネクロバレーを破壊し、こちらのペースに持っていきたい。ネクロバレーの影響下であちらの望む状況になるのは、さすがにマズイ。

 

「俺は《ジャンク・シンクロン》を召喚!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

 

 これで、再び場にシンクロ素材が全て揃った。今回のレベルの合計値は8である。

 

「レベル5ジャンク・ウォリアーに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし闘志が、怒号の魔神を呼び覚ます。光差す道となれ! シンクロ召喚! 粉砕せよ、《ジャンク・デストロイヤー》!」

 

《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600 DEF/2500

 

 光の中から現れる、全身が鋼で構成された巨大なロボット。その外見に見合い、攻撃力・守備力共に高いモンスターだ。

 そして何より、その効果が強力である。

 

「ジャンク・デストロイヤーの効果発動! シンクロ素材としたチューナー以外のモンスターの数まで場のカードを破壊できる! 素材は1体、よって1枚のカード――ネクロバレーを破壊する! 《タイダル・エナジー》!」

 

 ジャンク・デストロイヤーより放たれるエネルギー波がフィールドを襲い、俺が指定したカードを押し流す。

 それによってそのカードは破壊され墓地に行き、あの鬱陶しかったフィールド魔法はこれで消え去った。

 

『ぬぅ……』

 

 そしてフィールド魔法がなくなったことにより、場の墓守の攻守から補正値である500ポイントがそれぞれ引かれる。

 

《墓守の長》 ATK/2400→1900 DEF/1700→1200

《墓守の長槍兵》 ATK/2000→1500 DEF/1500→1000

 

 よし、充分にダメージが期待できる値に戻った。なら、俺が出す指示は一つ。

 

「バトルだ! ジャンク・デストロイヤーで墓守の長槍兵に攻撃! 《デストロイ・ナックル》!」

 

 デストロイヤーの巨大な拳が、さながら岩塊を落とすかのように叩きつけられる。

 長槍兵は、さっきよりもなお一瞬でフィールドから姿を消した。

 

『ぐうッ』

 

トラゴエディア LP:3700→2600

 

 そしてその攻撃の余波がトラゴエディアを襲い、やはり依り代である墓守の長の身体が傷つけられる。

 闇のデュエルである以上仕方ないが、それでも利用されているだけの人物を傷つけていることに心が痛んだ。トラゴエディアを倒した後に誠心誠意謝るから、今はどうか許してほしい。

 そう心の中で長に引け目を感じつつ、メインフェイズ2に移行する。

 

「魔法カード《戦士の生還》を発動。墓地のジャンク・シンクロンを手札に戻す。これでターンエンドだ!」

『オレのターン、ドロー!』

 

 奴がカードを引く。そして、意地悪く口角を上げて笑った。

 

『オレはモンスターをセット。そして再び《王家の眠る谷-ネクロバレー》を発動!』

「なッ!?」

『クク、なにも手札に無いとは誰も言っていないだろう? なにせデッキには3枚入っているのだからな』

 

 その言いように、俺は臍を噛む。

 その通りだ。デッキに同名カードは3枚まで投入できるのだから、もう1枚がすでに手札に来ていたとしても何の不思議もない。

 そこまで考えていなかった俺の浅はかさが、再び奴に有利な場を作らせることになってしまった。

 

《墓守の長》 ATK/1900→2400 DEF/1200→1700

 

『最後に《天よりの宝札》! 互いに手札が6枚になるようにドローする。ドロー!』

 

 ここで原作最強のドローカードだと?

 奴の手札はこれで6枚。もちろん俺の手札も6枚に回復した。大量ドローは確かに自身のターンである以上有利に働くが……すでに召喚権は使っているはず。ここからどうする気だ……。

 

『そして罠カード《降霊の儀式》を発動する。自分の墓地の「墓守の」と名のつくモンスター1体を特殊召喚する。このカードはネクロバレーの影響を受けないカードだ……《墓守の司令官》を蘇生!』

 

《墓守の司令官》 ATK/1600→2100 DEF/1500→2000

 

『更に《強欲な壺》を発動。2枚ドローする』

 

 これでトラゴエディアの手札は7枚。基準である6枚を超えるまでに手札が増えている。

 そして、トラゴエデエィアは俺の場のジャンク・デストロイヤーを指さした。

 

『バトル! 墓守の長でジャンク・デストロイヤーに攻撃!』

「なに!?」

 

 墓守の長の攻撃力は2400、デストロイヤーは2600だ。つまり、自爆特攻になる。

 俺をはじめマナとサラもその暴挙に驚いている。そして驚く間に、墓守の長はジャンク・デストロイヤーに攻撃を仕掛け、その鋼の身体に攻撃を弾かれて自身が消滅した。

 手札増強、そして自爆特攻……。考えられる可能性は、一つだ。それに思い至った瞬間、俺は無意識に喉の渇きから唾を飲み込んだ。

 

トラゴエディア LP:2600→2400

 

 そう、奴は持っている。元々は俺のカードである、あのカードを。戦闘ダメージを受けることが特殊召喚条件として記載された、レベル10の最上級モンスター……!

 

『ククク……オレが戦闘ダメージを受けたこの瞬間、特殊召喚条件は満たされた……』

 

 そう言いつつ、トラゴエディアは手札から1枚のカードを抜き取って掲げてみせた。

 その特殊な召喚条件、更に手札を増強してからの召喚となれば、該当するモンスターなど、1体しか存在しなかった。

 そう、いま俺と向かい合っている敵……ソイツ自身である。

 

『我が憎悪と絶望の中に沈め、小僧……。《トラゴエディア》を特殊召喚!』

 

 そう奴が宣言し、1枚のカードをディスクに置く。そして、ディスクがそれを読み取った瞬間――長の体を覆っていた闇が、爆発的にその密度を増した。

 ズズ、とそんな擬音が聞こえてきそうなほどにゆったりと、しかし確実に闇は長の身体から噴き出し、それはやがて重力に逆らって立ち上がり、奇妙な形を象っていく。

 それは天井に届くほどの巨体。下半身は昆虫の下腹部のような膨らみを持ち、そこから身体を支える六本の足が生えている。さながら節足動物のようだ。

 上半身は人間的であり筋肉質、しかし両腕は歪で、右腕は鋭い鋏、左腕は五本指……と、節操がない有様だ。

 顔つきは鬼のように恐ろしく、その身体はところどころに棘のような突起が見えており、一層その不気味さを際立たせている。

 ――古代エジプト、千年アイテム作成の犠牲となった村を出身地に持ち、アイテムを有する王と神官に復讐を誓った男の成れの果て。

 悲劇――トラゴエディアの顕現であった。

 

《トラゴエディア》 ATK/? DEF/?

 

「攻撃力と守備力が、決まっていない……?」

 

 その圧倒的な迫力と闇の魔力は禍々しくも実体の重さを伴う重圧となって周囲を覆い尽くす。それに当てられたのか、サラが意識を失って崩れ落ちるが、それを隣からマナが支えた。

 だが、トラゴエディアから発せられる威圧感は上級魔術師であるマナにもキツイ。そのプレッシャーに耐えながら、クエスチョンで示されるカード表記を見てマナが首をかしげた。

 

『フフ、トラゴエディアの攻守は、手札の枚数によって決定される。その値は手札の枚数×600ポイント! そしてオレの手札は6枚! つまり――』

 

《トラゴエディア》 ATK/?→3600 DEF/?→3600

 

「こ、攻撃力と守備力が3600のモンスター――!」

 

 攻撃力3000が最高基準値であるこの世界において、基本攻撃力がそれというのは破格と言ってもいい数値である。

 俺もそれほどの初期攻撃力はなかなか出せない。だからこそのマナの驚きの声に、トラゴエディアは気を良くしたのかにやりと笑った。

 

『クク、そしてバトルフェイズ中の特殊召喚のため、追撃が可能だ……』

 

 はっとした顔で、俺を見るマナ。

 俺はそれに少しばかりの笑みを返し、再度奴に向き直る。そして、ぐっと腹に力を入れた。

 

『ゆけ、我が憎しみの化身よ! あの鉄細工の木偶を薙ぎ払え!』

 

 トラゴエディアの口が開き、そこにどろりとした魔力が集束していく。

 くる……ッ! 

 

『――《絶望の殺息(ディスペア・ブレス)》!』

 

 瞬間、俺の視界は魔力によって塞がれ、そして身体は得も言われぬ激痛によって蝕まれる。

 耐えがたい苦痛が全身に走る。まさに、地獄の時間と化した。

 

「――ッが……ぐぁぁぁあああぁッ!!」

「遠也っ!」

 

遠也 LP:2300→1300

 

 魔の奔流が過ぎ去ったのち、俺は地面に崩れ落ちる。

 これは……かつて経験したカミューラなどとの闇のデュエルの比じゃない。曲がりなりにも、ラスボスを張るモンスター……神の一撃と間違うかのような威力だった。

 冗談じゃ、ない……こんなの、まともに喰らったらマジで死ぬ……!

 俺は余裕など全くなく、そう思う。だが、奴はそんな俺を見て、心底可笑しそうに笑っていた。

 

『ハハハハッ! 更に墓守の司令官で攻撃だ! 死ねッ!』

「ぐ……! て、手札から、《速攻のかかし》! ッ……こ、この効果により、バトルフェイズを、終了するッ……!」

 

 痛みにより声が上手く出ない。だが、それでも震える手でカードを墓地に送る。

 そして場に現れた1体のかかしが、墓守の司令官の攻撃を受け止めてダメージを殺してくれた。

 

『ほう……。ならばオレはこれでターンを終了する』

 

 トラゴエディアがエンド宣言をし、ターンが俺に移る。

 だが……。

 

「くッ、は……ッ……!」

 

 全身に走る痛みに、やはりまだ調子が整わない。

 それでもどうにか身体を気力で支え、一度深呼吸をして呼吸も元に戻していく。

 

「俺の……ターンッ!」

 

 後ろで見ているマナに心配させないためにも、せめて普段通りの姿に見えるようにデュエルを続けてみせる。

 

「俺は、《チューニング・サポーター》を召喚! 更に《グローアップ・バルブ》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚!」

 

《チューニング・サポーター》 ATK/300 DEF/200

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

 

 トラゴエディアの攻撃力3600は強力な値だ。だが、これから召喚するモンスターならば、その効果により戦闘破壊が可能になる。

 

「チューニング・サポーターはシンクロ素材とする時レベルを2として扱える! レベル2となったチューニング・サポーターに、レベル5クイック・シンクロンをチューニング! 集いし思いが、ここに新たな力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 燃え上がれ、《ニトロ・ウォリアー》!」

 

《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800 DEF/1800

 

 攻撃力は2800。一般的なレベル7モンスターとしては最大値に近い攻撃力である。そして何より、こと戦闘においてこれほど頼りになるモンスターもいない。

 

「チューニング・サポーターの効果で1枚ドロー! 更に魔法カード《闇の誘惑》を発動。デッキから2枚ドローし、手札の闇属性モンスター《ジャンク・シンクロン》を除外する!」

 

 奴の場のトラゴエディアを倒す算段はこれでついた。ならば、あとは実行するのみ!

 

「バトル! ニトロ・ウォリアーでトラゴエディアに攻撃!」

『攻撃力が劣るモンスターで攻撃だと……?』

 

 訝しるトラゴエディアに、俺は噛みつくように言葉を返す。

 

「侮ると痛い目を見るぜ! ニトロ・ウォリアーには魔法カードを使ったターンのダメージ計算時に、攻撃力を1000ポイントアップさせる効果がある!」

 

 こちらから行う戦闘において、無類の強さを発揮するニトロ・ウォリアー。その源泉がこの能力だ。

 そしてその効果を使用したニトロ・ウォリアーの現在の攻撃力は――。

 

《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800→3800

 

『3800か……!』

「これで、トラゴエディアは倒される! いけ、《ダイナマイト・ナックル》!」

 

 ニトロ・ウォリアーの拳に炎が宿り、身体の後部からジェットエンジンのように煙と噴き出しながら、相手に迫る。

 瞬時に近づいたニトロ・ウォリアーは、その燃える拳を振りかぶり、一気にトラゴエディアに叩きつけた。

 

『ぬぅ……!』

 

 それにより、攻撃力で200ポイント劣るトラゴエディアは破壊。奴のライフポイントは更に下がる。

 

トラゴエディア LP:2400→2200

 

 よし、と内心でガッツポーズをとった。しかしその瞬間、一瞬だけ身体がふらつく。

 攻撃が上手く決まり、相手の切り札級モンスターを倒したからか。気が緩んだところを、我慢している痛みに持っていかれたらしい。

 

「ッぐ……! 俺はカードを1枚伏せ、ターンエンドだ!」

 

 だが、まだそれに屈するわけにはいかない。何が何でも立っていてやる。そう決めた俺は足に力を込めて大地を踏み、ただ強く相手を見据えた。

 

『なかなかやる……。オレのターン、ドロー!』

 

 変わらず余裕を滲ませた不敵な笑みを浮かべたまま、トラゴエディアは手札に目を向ける。

 

『オレは永続魔法《生還の宝札》を発動! 墓地からの特殊召喚に成功するたびに、デッキからカードをドローする! クク、オレは墓守の司令官を生贄に、《墓守の長》を召喚! 更に効果により、墓地から《墓守の長槍兵》を特殊召喚する!』

 

《墓守の長》 ATK/1900→2400 DEF/1200→1700

《墓守の長槍兵》 ATK/1500→2000 DEF/1000→1500

 

 再び場に現れる墓守の2体。ネクロバレーが存在するため、その効果によりともに強化されている。

 既に下級モンスターでは相手にならないステータス。加えて生還の宝札もあることで、ドロー補助も行われている。すぐに手を講じてくると見ていいだろう。

 

『生還の宝札の効果でドロー! そして墓守の長の永続効果により、オレの墓地はネクロバレーの効果を受けない。よってオレは《死者蘇生》を発動! 蘇れ、我が半身! 更に生還の宝札の効果によりドロー!』

 

《トラゴエディア》 ATK/?→3600 DEF/?→3600

 

「くっ……」

 

 やはり、手札に状況打破のカードがあったか。

 再び出現したトラゴエディアに、俺の頬を一筋の汗が伝う。

 

『バトル! トラゴエディアでニトロ・ウォリアーに攻撃! 《絶望の殺息ディスペア・ブレス》!』

「罠カード発動、《くず鉄のかかし》! 相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にし、このカードを再びセットする!」

 

 起き上がった罠カードからガラクタで作られたかかしが現れ、トラゴエディアのブレス攻撃を防ぐ。これでどうにか凌げたか……。

 

『ならば墓守の長で攻撃! そしてこの時、手札から速攻魔法《収縮》を発動! ニトロ・ウォリアーの攻撃力をエンドフェイズまで半分にする!』

 

「なッ……!?」

 

《トラゴエディア》 ATK/3600→3000 DEF/3600→3000

《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800→1400

 

 ここで収縮だと!? まずい、墓守の長の攻撃力は2400。攻撃力が半減したニトロ・ウォリアーでは対抗できない!

 

『クク、さぁこれで戦闘破壊が可能になったぞ。喰らえ、《王家の怒り》!』

「がぁああぁあッ!!」

 

遠也 LP:1300→300

 

 再度俺の身を襲う激痛。残りライフ300まで追い込むその攻撃は、確実に俺の身体にダメージを残し、俺はその痛みに耐えきれずに両膝をついて座り込む。

 

『更に墓守の長槍兵で直接攻撃! これで貴様は終わりだ! ハハハハ!』

「づッ……! 手札から《クリボー》を捨て、効果発動ッ! ……この戦闘によるダメージを、0にする……ッ!」

 

 膝をついた状態から、手札を1枚墓地に送る。緩慢な動きで行ったそれは、しかし問題なくその効果を発揮して俺を助けてくれた。

 サイドデッキに稀に忍ばせていた、初代遊戯王の代表的なカード。その効果は現在でも優秀なカードとして評価されていて、俺はそのカード自身が好きなこともあって持っていたのだ。

 ダメージをなくすカードは闇のデュエルでは重要になる。そう思って入れてみたカードに、助けられるとは……ありがとう、クリボー。

 

『ほう、まだ凌ぐか。ターンエンド』

 

 だが、クリボーのおかげで助かったとはいえ俺のライフはこれで300ポイント。

 もはや風前の灯と言ってよかった。

 

「ぐ……」

 

 立ち上がろうと身体を起こす。だが、上手く足に力が入らず、逆に尻餅をついてしまう始末。その衝撃だけで痛みが走り、表情が歪んだ。

 

「遠也……っ!」

『おっと、そこの小娘……近づくなよ。これは闇のデュエル。勝敗が定まるまで、誰にも邪魔することは出来んのだからな、ククク……』

 

 サラに肩を貸しながら、マナがいきり込んで俺のもとに向かおうとする。しかし、トラゴエディアはそれを許さず、近づくことが出来ず悔しげに唇をかむマナを愉快そうに見ていた。

 

「遠也にひどいことするのは、もうやめて! やるなら私が相手になる! 私だって元々は古代エジプトの神官の精霊カー! 相手に不足はないはずだよ!」

『……なに? 神官だと?』

 

 トラゴエディアがマナの言葉に片眉を上げ、その表情を徐々に憎々しげなものに変えていく。

 まずい。トラゴエディアはかつて古代エジプトの王と神官によって出身の村を滅ぼされ、その憎しみと怨みによって魔物となった存在。

 当時の神官の関係者を匂わせるマナの発言は、トラゴエディアの興味の対象を俺からマナに移すには十分すぎる!

 

「ま……待て、トラゴエディア! どっち、向いてるんだよ……!」

『む……』

「遠也!?」

 

 震える身体に鞭を打ち、どうにか立ち上がってトラゴエディアに呼びかける。

 そして、俺はデュエルディスクを構えた。

 

「デュエルの途中だ……逃げ出すなら、止めはしないけどな……」

『ふん、そんな身体でよく言う。だが、まあいい。あの神官の娘には、あとでこの憎悪の捌け口となってもらおう』

「誰が……ッ、そんなことさせるか……!」

 

 俺はやはりマナに憎しみの感情を見出したトラゴエディアを、精一杯の意思を込めて睨む。

 そして再び相対する俺たちに、マナが心配そうな視線を送っていた。

 

「遠也……」

「心配、するなって。大丈夫……勝つさ」

 

 マナに顔を向けて、にっと笑う。そして、すぐに背を向けた。さすがに、痛みに歪む顔を見せるわけにもいかないだろう。

 目の前の相手を見る。トラゴエディアはマナにも手を出すと言った。これで、負けられない理由が増えた。なら、負けてやるわけにはいかない!

 

「俺のターン!」

 

 だが、今の俺の手札に状況を脱する手はない……。天よりの宝札の時に引いた《死者蘇生》さえ使えれば、まだ手はあるのだが、ネクロバレーの効果がそれを邪魔している。

 もしくはジャンク・シンクロンの効果で墓地のモンスターを蘇生できれば、それだけでだいぶ楽になるのだが……。

 まぁ、うだうだ出来ないことを言っていても仕方がない。ひとまず手札にきたカードで凌いでいくしかないだろう。

 

「いくぞ……! 俺は《ダーク・アームド・ドラゴン》を特殊召喚! このカードは墓地に闇属性モンスターが3体のみ存在する場合、特殊召喚できる! 俺の墓地の闇属性モンスターは《ジャンク・ウォリアー》、《レベル・スティーラー》、《クリボー》の3体のみだ!」

 

《ダーク・アームド・ドラゴン》 ATK/2800 DEF/1000

 

 万丈目が好んで使うアームド・ドラゴン。そのLV7の状態で闇に染まった姿が、このダーク・アームド・ドラゴンである。

 その身体は黒く、滲み出る闇の力はかつてのアームド・ドラゴン LV7の時よりもその効果を強力なものにしている。

 

『面白い、そんなカードがあったとはな』

 

 トラゴエディアもその特殊な召喚条件によって現れたモンスターに、興味を持ったようだった。このカードの効果を見れば、そうも言ってられないだろうが。

 しかし、ネクロバレーのせいでダーク・アームド・ドラゴン最大の利点であるその効果、破壊効果が使えない。

 こいつは「墓地の闇属性モンスター1体を除外し、フィールド上のカード1枚を破壊する」という効果を持っている。3体のみ闇属性モンスターが存在することが召喚条件なのだから、その時点で3枚の破壊が確定しているという極めて強力な効果なのだ。

 だが、それも墓地に干渉する効果であるため、現状では使えない。それさえ出来ればここで勝つことも可能なのだが……どこまでもついて回るフィールド魔法である。

 とはいえ、攻撃をする分には問題ない。いや、正確にはそれしか出来ないのだが……それでも、何もしないよりはマシだ。

 

「バトル! ダーク・アームド・ドラゴンで墓守の長槍兵に攻撃! 《ダーク・アームド・ヴァニッシャー》!」

 

 ダーク・アームド・ドラゴンが腕を振り上げ、その腕ごと回転させながら、長槍兵に突進する。

 そしてその拳は圧倒的な膂力と巨体から繰り出され、長槍兵を一瞬で叩き潰した。

 

『クク、いい一撃だ』

 

トラゴエディア LP:2200→1400

 

 ライフは更に減少した。

 だが、己の有利を悟っているトラゴエディアは表情を変えない。逆に、これでも劣勢のままでいる俺の方が厳しい顔つきになっていた。

 

「……ターンエンド!」

『どうした、最初の威勢がなくなったな? オレのターン、ドロー!』

 

《トラゴエディア》 ATK/3000→3600 DEF/3000→3600

 

 これで再びトラゴエディアのステータスが上昇。

 どうにかして、トラゴエディアやネクロバレーへの対抗手段を見つけなければ、このままじゃジリ貧だ。

 

『ふむ……手札から《サイクロン》を発動し、《くず鉄のかかし》を破壊する。そのカードは厄介そうなのでな』

 

《トラゴエディア》 ATK/3600→3000 DEF/3600→3000

 

 確実に1度の攻撃を防いでくれる防御の要が俺の場から消えていく。

 

「くっ……」

 

 まずい、場のモンスターはダーク・アームド・ドラゴンが1体だけだ。

 

『さて、今度こそ終わりだな小僧。――バトル!』

「ぐっ……待て! バトルフェイズに入る前、お前のメインフェイズに俺は手札の《エフェクト・ヴェーラー》の効果を使う! 手札から墓地に送ることで、エンドフェイズまでトラゴエディアの効果を無効にする!」

 

 青い髪をなびかせ、翼を広げた少女が降り立つと、その手から光を放ってトラゴエディアにぶつける。その後、その子はゆっくりとフィールドから消えていった。

 

《トラゴエディア》 ATK/3000→0 DEF/3000→0

 

 トラゴエディアの攻守は効果に依存している。なら、それを無効にしてしまえば攻守ともに0のモンスターでしかない。

 コントロール奪取効果も厄介だが、そっちの効果は墓守デッキと俺のシンクロデッキではレベルが合うモンスターなんてそうそう居ないから、問題はない。

 

『みっともなく足掻く様もまるで虫だな。墓守の長を守備表示に変更、更にカードを1枚伏せて、《壺の中の魔術書》を発動! 互いのプレイヤーはデッキから3枚ドローする。これでターンエンドだ』

 

《トラゴエディア》 ATK/0→3600 DEF/0→3600

 

 これで俺の手札も補充された。だがそれでも、まだ欲しいカードは来ない。

 

「俺のターン!」

 

 ッ! ようやくきたか、これでネクロバレーを潰せる!

 

「俺は手札から速攻魔法、《サイクロン》を発動! お前の場のネクロバレーを破壊する!」

『甘いな、カウンター罠《魔宮の賄賂》。その魔法カードの発動を無効にして破壊し、お前はカードを1枚ドローする。クク、残念だったな。さぁ、遠慮せずカードを引け』

「ぐっ……!」

 

 俺は歯噛みしつつカードをドローする。

 

「なら、ダーク・アームド・ドラゴンで墓守の長に攻撃! 《ダーク・アームド・ヴァニッシャー》!」

『クク、痛くも痒くもない』

 

 長は守備表示であったため、トラゴエディアにダメージはない。それでも、相手の場をトラゴエディア1体にしたのには意味があるはずだ。

 

「《シンクロン・エクスプローラー》を守備表示で召喚。カードを2枚伏せて、ターンエンドだ……!」

 

《シンクロン・エクスプローラー》 ATK/0 DEF/700

 

『オレのターン、ドロー!』

 

《トラゴエディア》 ATK/3600→4200 DEF/3600→4200

 

 今だ、そう思考すると同時に素早く伏せカードの使用を行う。

 

「この瞬間、罠発動! 《威嚇する咆哮》! 相手はこのターン、攻撃宣言をすることが出来ない!」

『くっ……いい加減に煩わしさが勝ってきたな。手札から《墓守の長》を墓地に送り、手札を6枚に戻す。ターンエンドだ!』

 

《トラゴエディア》 ATK/4200→3600 DEF/4200→3600

 

 思い通りにいかない現状にイラつきを感じ始めたのか、トラゴエディアの表情に余裕の笑みがなくなる。

 こうまで俺が攻撃に耐えるとは思わなかったんだろう。だが、俺にだって負けられない理由があるんだ。そう簡単にやられてたまるか!

 

「――俺のッ!」

 

 

 逆転の一手は、まだない。しかし、何より厄介なあのネクロバレー……あれさえなければ、まだ凌ぐことはできる。そうなれば、逆転に必要なカードを引く機会も出てくるだろう。

 だから、何よりもあのカードを破壊することが、俺の勝利につながる。

 後ろで俺の心配をして、泣きそうになってる奴のためにも、俺は負けられない……。十代、翔、隼人、明日香、三沢、カイザー、万丈目、レイ、ジュンコ、ももえ、クロノス先生、大徳寺先生……。

 あの学園には俺を待ってくれている奴らが、こんなにいるんだ。ペガサスさんも、海馬さんたちだって、俺のことを気にかけてくれている。一年前は、誰一人として知り合いすらいなかったこの俺に、今ではこんなに友達が出来たんだ。

 俺のことを友達だと呼んでくれる皆、俺のことを大切だと思ってくれる皆が、俺にはいる。

 だから、絶対に負けられない。

 頼む俺のデッキ! 俺に、どうか応えてくれ!

 

「――タァアアアーンッ!!」

 

 ドローしたカード。それを見て、俺は取るべき手を瞬時に判断して行動に移す。

 

「モンスターをセット! 更にダーク・アームド・ドラゴンを守備表示に変更して、ターンエンドだ!」

『オレのターン、ドロー! ……ほう』

 

《トラゴエディア》 ATK/3600→4200 DEF/3600→4200

 

 一瞬引いたカードに意外そうな表情を見せ、その後トラゴエディアは喜悦の混じる声で話し出した。

 

『やれやれ、呆気ない幕切れで申し訳ないな。オレは《墓守の呪術師》を召喚! このカードが召喚に成功した時、相手に500ポイントのダメージを与える。少々面白みに欠けるが、虫にはこの程度の末路がお似合いだろう、ハハハハ!』

 

《墓守の呪術師》 ATK/800→1300 DEF/800→1300

《トラゴエディア》 ATK/4200→3600 DEF/4200→3600

 

 得意げに笑うトラゴエディア。

 確かに、俺の残りライフは僅か300ポイントだ。普段ならば500ポイントのバーンなど何ともないが、今の状況ではそれだけでも決め手になってしまう。

 だが、しかし。

 

「まだだ! カウンター罠《神の宣告》! ライフの半分を支払い、その召喚を無効にし、破壊する!」

 

遠也 LP:300→150

 

 伏せカードが起き上がり、同時に天から降り注いだ雷が墓守の呪術師に直撃。

 天から与えられた神の一撃に耐えられる者など存在しない。当然ながら呪術師は破壊され、墓地に送られた。

 何度も何度もあと一歩で防がれる。その事実に、さすがにトラゴエディアも我慢の限界が来たようだ。あからさまに表情を歪ませ、怒りを滲ませた。

 

『ちっ、虫ごときが煩わせおって! ならばバトルだ! トラゴエディアでダーク・アームド・ドラゴンに攻撃! 《絶望の殺息(ディスペア・ブレス)》!』

「ぐぅうッ!」

 

 ダーク・アームド・ドラゴンの守備力は1000ポイントと低い。抵抗すら意味をなさず、トラゴエディアの一撃によりダーク・アームド・ドラゴンは破壊された。

 その攻撃の余波だけで、身体が揺らぐ。だが、それでも倒れることはないよう足に力を込めた。

 ……これで、俺の場にはセットモンスターが1体と守備表示モンスターが1体、そして伏せカードが1枚。対してあちらの場には攻撃力3600のトラゴエディアがいる。

 

『オレはこれでターンエンドだ!』

 

 状況は変わらず絶望的。

 ここでキーカードを引けなければ、俺は恐らく負ける。

 ……いや、負けるなんて考えてはダメだ。……俺は勝つ! 必ず勝って、マナの、皆のところに帰るんだ!

 そのために、ここで必ず引く。このドローで必ず引いてみせる! 祈るように、それでいて確定事項を宣言するかのように俺は強く強くそう心の中で言い続ける。

 その決意を全て指先に込め、俺はデッキトップのカードに手をかけた。その瞬間、背中にこれまでの痛みとは異なる熱い感覚が生まれる……だが、それすら感じられなくなるほどに、俺はただただ集中した。

 願うことは一つ。あのカードを必ず引き当てて、アイツに勝つ!

 

「――俺の、タァアアアーンッ!」

 

 引いたカードは……! よしッ!

 

「セットモンスターを反転召喚! セットしていたのは2枚目の《ライトロード・ハンター ライコウ》だ! そしてそのリバース効果が発動! フィールド上のカード1枚を破壊する! 俺が選択するのは当然《王家の眠る谷-ネクロバレー》!」

『くっ……!』

 

 ライコウの目が光り、遠吠えのような鳴き声によってフィールドが脆くも崩れ去っていく。

 俺を長く苦しめたネクロバレーも、ついに終わりだ。

 

「これで墓地への干渉を制限するものは何もない!」

『だが、オレの手札には3枚目の《王家の眠る谷-ネクロバレー》が存在している。残念だが、その自由は僅か1ターンだけのことだ。ハハハハ!』

「――なら、このターンで決めればいいだけだ! 俺は手札から《死者蘇生》を発動! 墓地の《ニトロ・ウォリアー》を特殊召喚!」

 

《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800 DEF/1800

 

「更に墓地の《グローアップ・バルブ》の効果発動! デッキトップのカードを墓地に送ることで、デュエル中1度だけ特殊召喚できる! 来い、《グローアップ・バルブ》!」

 

《グローアップ・バルブ》 ATK/100 DEF/100

 

 チューナーと、それ以外のモンスターが俺の場に揃う。

 ならばもちろん、することなど1つしかない!

 

「俺はレベル7ニトロ・ウォリアーにレベル1グローアップ・バルブをチューニング!」

 

 2体が飛び上がり、グローアップ・バルブが作る光の輪の中を7つの星となったニトロ・ウォリアーが潜り抜けていく。

 

「集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》ッ!」

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 現れる星屑の竜。このデッキで、俺が最も信頼するカードの1枚。

 だが、まだこれだけじゃない!

 

「更にリバースカードオープン! 罠カード《エンジェル・リフト》! 効果により墓地のレベル1モンスター《速攻のかかし》を蘇生する!」

 

《速攻のかかし》 ATK/0 DEF/0

 

『最初から伏せられていたカードが何かと思えば……。攻守0の雑魚モンスターをわざわざ蘇生とはな。どうやら貴様の命運も尽きたようだ、クク』

「なんとでも言えよ。けど、これからお前は俺に……お前が虫ケラと呼んだ存在に、負けることになるんだ!」

 

 叫ぶように奴に言い返し、俺は1枚のカードに手をかける。

 このターンのドローで引いた、このデュエルに終止符を打つ決め手となるカード。

 それを指で掴み、勢いよくデュエルディスクに叩きつけた。

 

「俺は手札からチューナーモンスター《救世竜 セイヴァー・ドラゴン》を通常召喚!」

 

《救世竜 セイヴァー・ドラゴン》 ATK/0 DEF/0

 

 淡く桜色に輝く小さなドラゴン。しかし、その身体からはまるで恒星のような眩い光が溢れ、トラゴエディアはその光を浴びて思わず腕で顔を覆っていた。

 

『ぐっ……なんだ、この光は! 忌々しい!』

「こいつが……俺の希望の形だ! レベル8スターダスト・ドラゴンとレベル1速攻のかかしに、レベル1救世竜 セイヴァー・ドラゴンをチューニング!」

 

 スターダスト・ドラゴン、速攻のかかしが宙に浮かび、その2体を巨大化したセイヴァー・ドラゴンが包み込む。

 

「――集いし星の輝きが、新たな奇跡を照らし出す! 光差す道となれ!」

 

 そして、その3体から爆発的な光が放たれ、その瞬間、俺のフィールドに新たに現れるのはこのデュエルにエンドマークをつける最強の竜の1体!

 

「シンクロ召喚ッ! 光来せよ、《セイヴァー・スター・ドラゴン》ッ!!」

 

《セイヴァー・スター・ドラゴン》 ATK/3800 DEF/3000

 

 神々しい輝きを放つ、2対4枚の翼を持った純白のドラゴン。スターダスト・ドラゴンの姿を色濃く残す姿だが、その体躯はスターダストよりも一回り以上大きい。

 

 翼を僅かに折りたたみ、そして広げる。その動作だけで辺り一面が一気に照らし出され、その輝きは確かな力強さと大きな信頼を俺の心に強く感じさせた。

 

『な、なんだそのモンスターは……! これは、マァトの羽よりも輝きが強い……!?』

 

 闇のデュエルで受けたダメージで身体が痛み、思わずよろける。余裕はない……一思いに決めてやる。

 動揺を見せるトラゴエディアを睨みつける。その視線を感じ取ったのか、奴もまた俺に向き合った。しかし、その表情には先ほどの動揺が見え隠れしている。

 

『くっ……だが攻撃力が上回ろうとも、我が憎悪の化身の攻撃力は3600! オレの残りライフ1400ポイントは削り切れまい。そしてオレの手札は6枚ある。態勢を整えるには充分な枚数だ!』

 

 その声には、どこか自らに言い聞かせるような響きがあった。ならば、その認識を改めてもらおう。

 

「今度は……俺が言ってやろうか。甘いぜ、トラゴエディア」

『なんだと!?』

「こいつを舐めるなよ。いずれ神さえ打倒するこのドラゴンをな……!」

 

 いつかの未来、地縛神と呼ばれる神の系譜に連なる者をも倒してみせる存在なのだ。

 なら、今ここで奴に負ける理由など、どこにもない!

 

「セイヴァー・スター・ドラゴンの効果発動! 1ターンに1度、エンドフェイズまで相手モンスター1体の効果を無効にする! 《サブリメイション・ドレイン》!」

『な、なにッ!?』

 

 セイヴァー・スター・ドラゴンの身体から光が溢れる。

 本当なら更にそのモンスターの効果をこのカードの効果として1度だけ使用できるが、この場合は使うことはないので説明を省く。

 この状況で役立つトラゴエディアの効果といえば、手札枚数による攻守増加効果だが、あれは永続効果なのでセイヴァー・スター・ドラゴンの効果として使用することが出来ないのだ。

 故に、必要なのは相手の効果を無効にするという能力だ。これにより、トラゴエディアの持つ全ての効果はエンドフェイズまで無効になる。

 それはもちろん、攻守増加効果にも影響する。

 

《トラゴエディア》 ATK/3600→0 DEF/3600→0

 

 さっきのエフェクト・ヴェーラーの時と一緒だ。効果に頼りきりの攻守を持つトラゴエディアは、効果を無効にされれば0ポイントの低ステータスをそのまま晒すことになる。

 

『ば、馬鹿な……!』

 

 そして、奴の場には現在攻守0のトラゴエディアが1体だけ。伏せカードもない。

 あのトラゴエディアは奴自身が半身と呼び、身体そのものと言い切ったカードだ。ならば、それを完膚なきまでに破壊すれば、確実に奴自身にもその影響は及ぶ。

 

「――セイヴァー・スター・ドラゴン!」

 

 俺の呼びかけに、セイヴァー・スター・ドラゴンは高く嘶いて応えてくれる。

 そして今度は俺がその声に応えるように、トラゴエディアに鋭い視線を向けた。

 

『ぐッ! まさか……貴様のような小僧に、このオレがッ……!?』

「そう、俺みたいな小僧に、お前は負けるんだ! いくぞ……! セイヴァー・スター・ドラゴンでトラゴエディアに攻撃!」

 

 俺の指示を受け、セイヴァー・スター・ドラゴンはその身体をトラゴエディアへと向ける。

 

『こ、コゾウォォッ!』

「光の中に消え去れ、トラゴエディア! 《シューティング・ブラスター・ソニック》ッ!!」

 

 光がセイヴァー・スター・ドラゴンへと集束していく。

 そしてその光を束ねた純白の輝きがセイヴァー・スター・ドラゴンを包み込み、莫大な輝きを伴ってトラゴエディアに直進する。

 セイヴァー・スター・ドラゴンの姿が奴の背後に現れた時。その時、トラゴエディアは既に光に包まれて消滅を始めていた。

 

『………………ッ!!』

 

 奴の断末魔の声ですら、もはやその光の中に包まれる。

 最後に何を言ったのか、それすら誰にも知られないまま、ついにトラゴエディアは倒されたのだ。

 

トラゴエディア LP:1400→0

 

 光が過ぎ去ったあと、そこには墓守の長が倒れていた。また、トラゴエディアが倒されたことで闇の魔力による重圧もなくなったのか、マナの傍でサラも目を覚ましたようだ。

 サラは目を凝らして周囲の状況を確認すると、倒れこむ長を見つけてすぐに走り寄る。

 

「長!」

 

 抱きかかえ、長の肩が僅かに揺れているのを見ると、どうやら息はあるようだ。そのことにサラも、俺自身もほっとして、俺はどさりとその場に腰を下ろした。

 ――が、その瞬間。

 

『ぐ……グ……貴様、許さんぞ……こ……オレを、よくも……』

 

 まだ完全に消滅させるには至っていなかったのか、トラゴエディアのものであろう黒い靄が俺に近づいてくる。

 今、度重なるダメージで俺は動くことが出来ない。それを狙い、今度は俺の身体を奪うつもりなのか。

 だが、俺に恐怖はない。奴が徐々に近づいて来ても、それより早く駆けつけてきてくれる相棒が、俺にはいるのだから。

 

「これ以上、遠也は傷つけさせない! このぉっ!」

『ぐ、が……神官の、娘ェエッ!』

 

 マナが放った魔法が、黒い靄に取り憑いて動きを止める。

 しかし、同じ闇の魔力を扱うものとしてそれ以上のことは出来ないのか、それともそれだけ奴の抱える憎悪が凄まじいのか、マナの攻撃は奴の動きを止めただけだった。

 なら、あとはこの場にいるもう1体の相棒に任せるとしよう。

 

「……ッセイヴァー・スター・ドラゴン!」

 

 俺が声を振り絞って呼びかけると、セイヴァー・スター・ドラゴンはその意を汲んで目も眩むような強い輝きを解き放つ。

 それはしかし温かさすら感じさせる優しいもので、俺は気分が和らぐ感覚さえ覚えていた。

 だが、憎悪と闇そのものであるトラゴエディアには毒でしかない。その光に当てられた靄は、徐々にその姿を薄めていく。

 

『こ、んな……馬鹿な……オ、レ……が……』

 

 その直後、靄は完全に消え去り、もはや何の声も聞こえなくなった。

 光が収まり、トラゴエディアの靄が存在していた場所には、1枚のカードが落ちている。這うように身体を動かし、それを拾って手に取った。

 《トラゴエディア》のカード……。既にトラゴエディアの本体が消滅した以上、本当にただのカードとなった1枚だ。

 俺はそれをデッキケースの中にしまい、一息つく。これで、本当に終わったんだ。そう思うと力が抜けて、俺はあおむけに地面に倒れこんだ。

 

「遠也!?」

 

 慌てたように俺の身体を抱き起こすマナ。その表情には確かな焦りが見えて、俺は実に不謹慎ながら笑ってしまった。

 いやはや……やっぱり、心配してくれる人がいるってのは幸せなことなんだな。

 

「な、なに笑ってるの! 本当に心配したんだからね!」

「わ、るぃ……」

 

 気づけばマナの目には光るものがあった。

 泣きながら怒るなんて、器用なことをするもんだ。そんなことを思いながら、やはり心配をかけてしまったことに、申し訳なさが募る。

 そのことを謝ろうと思うが、しかし、どうやら俺の身体はもう限界らしかった。

 あの憎悪と害意にまみれた攻撃に耐え、最終的には残りライフ150まで追い詰められたのだ。こうして意識を繋ぎとめておくだけでも、実を言うとかなり辛い。

 その証拠に、徐々に脳が考えることを拒否し始めているのか思考が鈍ってきた。

 それを感じて、俺は完全に思考がシャットダウンされる前にどうにか口を開き、マナに声をかけた。

 

「す、まん……限界だ……。あと、頼む……」

「あっ、と、遠也!?」

 

 更に焦りを強くさせたマナに、もう一言何か。

 そう思いつつも、俺の身体はその意思に反して一気に自由を失っていく。

 その感覚に逆らうことを諦め、俺はマナの腕の中にいる安心感に包まれながら身体から力を抜いた。そしてついに意識は途切れ、俺は安堵と共に眠りの中へと落ちていくのだった。

 

 

 

 

 



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第27話 学祭

 

 今、アカデミアの学生たちは誰もが浮かれて楽しげな空気に包まれている。

 

 俺が今いるここ、ブルー寮の傍では何人もの生徒が忙しそうに行ったり来たりだ。レッド、イエロー、ブルー……どの生徒もそれぞれ笑顔であり、中にはブルー生がイエロー生と行動を共にしている姿さえ見ることが出来た。

 普段なら、絶対にお目にかかれないだろう光景である。そう、普段なら。

 つまるところ、今日はその普段には当てはまらない。なんといっても、今日は一年に一度しかない特別な日――学園祭なのだから。

 仲のいい友達とワイワイやったり、ちょっと気になるあの子とラブコメしたりと、思春期の少年少女には欠かせないビッグイベント。無論、俺も意気揚々とその場に繰り出す。

 

「――はず、だったのになぁ」

「もう、文句言わないの。本当なら、安静にしていてほしいんだからね」

 

 車椅子に座る俺と、それを押す制服姿のマナ。

 後ろから聞こえてくる声に俺は嘆息と共に「はいはい、わかってるよ」と返す。

 それに「むぅ、ちっとも反省してない……」と不満そうに呟く声を聴きながら、俺は自分の腕を見る。服の隙間から覗くそこに俺自身の肌は見えず、代わりに真っ白い包帯が痛々しく巻かれていた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 トラゴエディアを倒した後、積み重なった闇のデュエルによるダメージのため、俺はそのまま気を失ってしまった。

 その後何があったのかはマナや周囲の皆に聞いた話になるのだが、どうも《セイヴァー・スター・ドラゴン》が俺を精霊界から現実世界に戻してくれたらしい。

 本来、太陽が重なる時とかそういう限定された時間にしか精霊界からの脱出は出来ないらしいのだが……俺は闇のデュエルにより怪我を負ってそもそも動けない状態。更に、いくらマナでも世界を越えるほどの力はない。さて、どうしようかと思っていたところに、突然セイヴァー・スター・ドラゴンが俺とマナを翼に乗せて飛び立ったのだとか。

 まさかセイヴァー・スターも精霊だったのだろうか。そういえばトラゴエディアとのデュエルの中、一度だけ背中に熱を感じた時があった。まさかとは思うが……赤き竜が何かしたのか?

 しかし俺はシグナーではないはず。なら、何故力を貸してくれたのか。理由としては、スターダスト・ドラゴンを後世に残すために助けた、とかだろうか。あるいは単純に俺の勘違いだったか。

 いずれにせよ、セイヴァー・スター・ドラゴンはそうして俺とマナを精霊界から連れ出し、いきなり十代たちの前に出現したらしい。

 

 その時、十代たちはデュエルの神と称された古代エジプトのファラオの一人と戦った後だったようだ。もちろん、セブンスターズである。……なんか、古代エジプト関連多いな。

 それはさておき、金ピカに輝く船に乗ったそのファラオが船ごと天に向かって旅立ったのを、十代たちは見送っていたそうだ。

 そしてその船も姿が見えなくなって夜の闇が戻ってきた時。さぁ帰るかと踵を返そうとした段に、再び闇を照らす光が現れたのだとか。

 それがセイヴァー・スター・ドラゴンだったというわけだ。

 突然空に現れた光る巨大なドラゴンに皆は見惚れつつも警戒し、注意を向けていた。すると、突然そのドラゴンが嘶き、そしてゆっくりと姿を消していったのだとか。

 それに呆然としていると、そのドラゴンから光に守られた人間が二人ゆっくりと地面に降りていくのが見えたらしい。

 駆け寄ってみれば、そこには傷だらけで意識のない俺と、それに寄り添い回復魔法をかけ続けているマナの姿。

 ブラック・マジシャン・ガールの格好そのままのマナだったが、それに翔が反応することはなかった。なぜなら、それよりも俺の身体が見るからにボロボロだったからだそうだ。

 一瞬言葉を忘れて立ち尽くした皆を、元に戻したのはマナだった。「早くお医者さんのところに! 遠也を助けて!」と叫んだのだとか。……嬉しいけど、恥ずかしい。

 しかし、それによって皆は我に返り、そこからの行動は早かった。以前、十代もセブンスターズ戦で怪我を負っていたのが、言い方は悪いが為になったのだろう。

 俺はすぐさま保健室に担ぎ込まれ、鮎川先生たちによって治療を受けて、即刻ベッドに送られて、あとはそのまま絶対安静となったわけだ。

 なんといっても、裂傷、擦過傷、打撲、火傷と怪我のオンパレード。中でも打撲は相当ひどいものがあったらしく、しばらく無理に動かないようにと言いくるめられてしまった。

 足にも実は火傷があり、できれば車椅子でいてくれと言われている。たぶん、トラゴエディアのブレスを受けた時だろう。あれ、身体全体が包まれてたし。頭はどうにか守ってたけどさ。

 そんなわけで、一人では上手く生活できなくなってしまったわけで。そのため、俺は保健室に訪れた校長先生から直々の謝罪と、今後のセブンスターズとの戦いには参加せずしっかり休んでほしいという旨の言葉をもらった。

 首から下げていた鍵はとりあえず十代に渡し、後は頼むと告げてある。それを受けた十代は少し心苦しそうではあったが、最後にはしっかり「おう!」と笑ってくれたから良しとする。

 

 そして俺が十代に続いて保健室の住人となったことで、来るわ来るわお見舞いの奴らが。

 明日香や翔、隼人をはじめ、セブンスターズの件の関係者は皆来てくれた。カイザーの言葉が「良くなるまでデュエルはお預けだな」だったのには思わず笑った。どこまでデュエル第一なんだよ、ってさ。

 本人は無意識に出た言葉なのか、笑い出した俺を不思議がっていたのがまた面白かった。

 クロノス先生もお見舞いに来て、心底俺の身を心配し、「あとのことは我々に任せるノーネ」と言って帰っていった。なにあの先生、カッコいいんですけど。

 だが、大徳寺先生は来ていなかった。十代たちいわく、俺に続いて大徳寺先生も行方不明になったらしいのだ。

 それを聞いて、しかし俺は納得していた。大徳寺先生がセブンスターズ側の人間だというのは覚えていたからだ。

 俺たちが倒したセブンスターズは、ダークネス、カミューラ、タニヤ、俺がいない間の黒蠍盗賊団、デュエルの神ことアドビス3世。そして、俺が倒したトラゴエディア。あれも一応、セブンスターズの要員にするつもりでアカデミアに石板を持ってきたみたいだし。

 つまり、計6人。既にあと1人だけとなっているのだ。

 ここまで追い込まれているのを鑑みて、大徳寺先生は向こうに戻ったと考えるのが妥当だろう。

 親しくしていただけに寂しいものがあるが、今はそれも気にしないようにする。みんなに何処か元気がないのも、それが原因だったみたいだし、ここで俺まで暗くなっても仕方がないからな。

 と俺個人が思っていても、状況に大きな変化があるわけはなく。いや、そもそも俺は自由に動けないのだから行動も起こせなかった。

 しかし、皆の空気は微妙に暗いまま。どうしたものかと考えている時にやって来たのが、そう――学園祭だったのだ。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 腕に巻かれた包帯からこの状態に至るまでの経緯を思い起こしつつ、俺は腕を下ろして車椅子の背もたれに身を預けた。

 キュルキュルと車輪の音を鳴らしながら、土の上を進む。押しているマナと共に向かうのは、オシリスレッドの寮だ。

 本当ならブルーの喫茶店を手伝わなければいけないのだろうが、車椅子に乗っている俺にそんなことを強要してくる奴は誰もいなかった。よって、俺はブルー生公認で自由に過ごして良しとなったのである。

 そんなわけで、俺は皆が集まっているというレッド寮に向かっているのだ。ちなみに集まっているというのは翔からの情報である。さっきPDAにメールが来たのだ。

 舗装されていないため揺れる道を、専用の車輪(オフロード仕様)に付け替えた車椅子で俺たちは行く。

 そうして見えてきた木造モルタル二階建て。その階段部分に、何故かみんなが集まっているのが見える。俺はマナに振り向き、そこに指を向ける。マナは頷くと、すぐに階段の下まで車椅子を運んでくれた。

 

「おーい、なにやってんだそんなところで!」

 

 俺が声をかけると、全員の視線が俺に向く。そして一番手前で階段に座り込んでいた十代が、驚いた顔をして立ち上がった。

 

「遠也!? お前、寝てなくていいのかよ!」

「大丈夫大丈夫。鮎川先生に許可はもらってるからさ」

 

 俺が軽く笑いながら言うと、後ろで車椅子を押していたマナが俺の前に顔を出して心配げな表情を見せる。

 

「でも、無理はしないでね。遠也はすぐに無茶するんだから」

「了解、わかってるって。悪かったよ、ホントに」

 

 その無茶をした結果が今の状態なので、俺はもう謝るしかない。平謝りの俺に、マナは少しだけ笑みを見せて俺の後ろに戻った。

 マナとそんなやり取りをしていると、階段の上にいた十代、三沢、カイザー、明日香、吹雪さんの五人が下に降りてくる。

 そして俺とマナの前に集まって、じっと車椅子に視線を向けていた。

 そうそう日常で見かけないものに乗っていることに、驚いているのかもしれない。とはいえ、自力で歩かせてくれないのだから仕方がない。

 ま、実際はそんなに大ごとでもないよ。そう皆に言おうとした時、ドドドドと地鳴りのように何かが近づいてくる音が耳に届いた。

 そちらに目を向けると、そこにはこっちに向かって全力疾走してくる翔の姿が。

 必死の形相で走ってきた翔は、土煙を引き連れたまま俺たちの前で立ち止まる。

 そしてマナに目を向けると、途端に顔を赤らめて腰砕けのようにその場に崩れ落ちた。

 

「ああ……何度見ても夢じゃない。本物のブラマジガールが今僕の目の前に……。ああ、制服のコスプレも天使のように可愛い……」

 

 夢見心地で言う翔。

 しかし制服がコスプレとか言うな、こら。ある意味その通りではあるが、なんか卑猥に聞こえるだろ、それじゃあ。

 そんな態度の翔に、さすがのマナも苦笑を浮かべる。ブラマジガールをアイドルカードと言う男性は多いが、ここまで熱烈なのも珍しいだろうからなぁ。

 トリップしている翔に少々呆れながら、俺は車椅子の上から地面に座り込んでいる翔に声をかけた。

 

「で、翔。お前の頼みだけど、OKだってさ」

「え、ホントに!?」

 

 俺がかけた言葉に、一気にテンションを上げて立ち上がる翔。

 翔がマナに目を向ければ、笑顔で頷きが返される。それを見て、翔は感動の涙を流していた。

 

「うわー! まさかOKもらえるなんて! 最高だよ、これなら盛り上がること間違いなしだよ!」

 

 言いつつ翔は、バンザーイバンザーイと一人で喜びを露わにしている。

 そんな実の弟の奇怪な行動に、兄であるカイザーが困惑した表情で俺に寄ってくる。

 

「遠也。翔の頼みとはいったいなんだ?」

 

 その質問に、周囲の十代たちも俺に注目する。やっぱり皆にも翔の喜び具合は異常に映ったのだろう。

 俺はマナと顔を見合わせ、小さく笑う。そして、カイザーの問いに答えた。

 

「レッド寮のイベントだよ。マナにゲストとして出てくれってさ」

「イベント? そんなのあったのか?」

 

 レッド寮所属の十代が首を傾げて口にする。

 ……自分の寮の出し物なんだし、十代も把握してると思ってた。普段の十代ならこういうお祭り騒ぎは自分から進んで参加しそうなものだから、余計に。

 よっぽど、大徳寺先生のことで余裕がないんだろう。翔たちが心配して色々と企画するわけだ。確かにこれは、一度リフレッシュさせた方がいいかもしれない。

 

「あるんだってさ。隼人いわくレッド寮の伝統的なイベントで、その名も『コスプレデュエル』だ」

「『コスプレデュエル』?」

「そ。なんでも自分の好きなデュエルモンスターズに扮して、デュエルを楽しむイベントらしい。いくつかの衣装はもう用意してあるって話だ」

「なるほどな。それでマナさんに依頼したというわけか。確かに、本物ともなれば盛り上がるのは間違いない」

 

 三沢が得心がいったとばかりに頷く。それに、俺もまた言葉を返した。

 

「ま、他の皆はマナが本物のブラマジガールだとは知らないわけだけどな」

 

 その言葉に、この場の全員がうんうんと頷く。みんな、マナがブラマジガールの精霊だと知った時は一様にありえないって否定してきたからなぁ。同様にいくら似ていても精霊という考えには誰も至らない、と考えて頷いているんだろう。

 

 

 ――この時点で気が付いていると思うが、セブンスターズに関わる者(鮫島校長、クロノス先生を除く)は、既にマナが精霊であるということを知っている。

 というのも、俺がセイヴァー・スター・ドラゴンによって現実世界に戻された時。マナがすぐ横にいて、俺に回復魔法をかけつつ彼らに助けを求めたからだ。

 当然実体化しており、その姿はブラック・マジシャン・ガールそのもの。その後すぐに制服姿に衣装替えし、保健室に同行してきたマナだったが、それで誤魔化しきれるわけもなく。

 あそこまで似ていて、かつ不思議な力を俺にかけていた姿を皆は見ているのだ。もはやただの一般人で通じるわけもなかった。

 そういうわけで、目を覚ました俺によってマナが何者なのかが説明されたわけだ。最初は精霊という存在に懐疑的だった皆だが、十代と万丈目が精霊は実在すると断言。

 更に追い打ちとしてマナがハネクリボーとおジャマ兄弟を魔力で実体化させてみせると、さすがに皆も納得していた。その納得には、多分に驚きが含まれていたのは言わずもがなである。

 そして、マナがブラマジガール本人であると知った皆の中で、翔の行動は早かった。どこに持っていたのかサインペンと色紙を取り出し、「サインしてください!」と言い出したのだ。

 その順応力に、その場の誰もが思わず言葉を失ったのは当然と言えるだろう。

 マナもまた呆けていたが、とりあえずペンを受け取って自分の名前を書いてあげていた。サインなどしたことがないらしく、それはごく普通の楷書体に近い文字だったが、それでも翔にとっては何物にも勝る価値があるようだった。

 色紙を抱きしめ、「これうちの家宝にしよう……」と陶然と呟いたぐらいだ。無論、勝手に我が家の家宝にされそうなカイザーの顔は「なん……だと……」を体現していたが。

 とまぁ、そんなわけで。実はマナについては周知のことなのである。だからこそ、これだけ馴染めているわけだ。お見舞いとして来た保健室で、皆もう何度も会ってるからな。

 まぁ、それはさておき。俺はマナに翔が話を持ってきた時のことを思い出す。

 保健室のベッドで上半身を起こしている俺に、翔はこう言ったのだ。「最近、みんな元気がないから学園祭にかこつけて何かやりたい」と。

 その結果がこのイベントであり、マナの勧誘については俺が本人に聞いておく、としておいた。その時、マナはタイミング悪く保健室を出ていたためだ。

 尤も、マナも話を聞いて即賛成だったが。翔の何とも友達思いなその提案を、マナが断るわけがなかったのだ。

 それがつい先日のこと。そして今日、本番を迎えているというわけである。

 

「ホント、翔も上手いこと考えるよ。本物とは思わなくても、そっくりさんが出てくるだけで盛り上がりも違うだろうしな」

「そうね。それだけ、十代のことが心配なんでしょう」

 

 俺の言葉に明日香が反応を返し、十代と隼人と笑い合う翔に目を向ける。

 この学園に入学して、既に十か月ほどになる。その間いろいろなことがあったが、その中で最も変わった……いや、成長したのは、あるいは翔なのかもしれないな。

 

「いい弟を持ったじゃないか、カイザー」

「………………」

「あれ、照れてるのかい亮?」

「うるさいぞ吹雪」

 

 むすっとした顔のカイザーに、吹雪さんが意地悪く笑って詰め寄る。

 そんな二人の姿に、俺とマナ、明日香と三沢は揃って苦笑を浮かべるのだった。

 

「あ。ところで……万丈目くんは?」

 

 そんな和やかな空気が広がる中。ふと何事かに気が付いたマナが声を上げる。

 そしてその言葉に、俺たちは一様に顔を合わせて首を傾げるのだった。そういえば、万丈目の姿が見えないぞ、と。

 いや、俺たちは来たばかりだからいいが、ずっとここにたむろってたお前らが知らないのはどうなんだ。考え込む三沢やカイザーたちに心の中で突っ込む。

 影が薄いわけでもないのに、この扱い。明日香にまで「そういえば、どこにいったのかしら?」なんて言われていると知ったら……。……万丈目、強く生きろよ。

 と、そんな風に噂をしていたからか。

 遠くから大声が近づいてくるのがわかった。それは間違いなく聞き慣れた万丈目のものであり、いったいどこに行っていたのやらと俺たちはその発信源に目を向ける。

 

「――まったく探したぞ、遠也! 貴様、保健室を抜け出してこんな所にいたのか!」

「あ、遠也さん、マナさん! おひさし――って、えぇぇえええッ!?」

 

 万丈目が神経質に尖った表情で言った言葉のあと、かぶせるように俺たちに花咲く笑顔を見せたその子は、その笑顔を一瞬で驚愕のそれに変えると、こちらに向かって駆け出してきた。

 その際、前に立っていた万丈目を置き去りに走り出したため、万丈目が「貴様! 誰がここまで案内してやったと――!」と憤っている。

 だが、それよりも俺たちはその子がここにいることに何より驚いていた。

 唯一驚いていないのは吹雪さんだけで、揃って固まった俺たちに、「え、誰あの子。知り合い?」と誰ともなしに問いかけている。

 驚愕が抜けぬため心の中での返答になるが、吹雪さんの問いに返すならば、知り合いも知り合い。かつては共に授業を受けた仲であり、一時期とはいえカイザー含めて色々とあった関係だ。

 だが彼女は本土の方に戻ったはずであり、また来るにしてもここに入学を果たしてからだろう。そう思っていただけに、俺たちはこの突然の再会にフリーズしてしまったのだ。

 

「遠也さん!? いったいどうしたの、これ! 包帯だらけで車椅子なんて聞いてないよ!?」

 

 駆け寄ってきたその子が、あわあわと動揺しながら俺の頭や腕に巻かれた包帯に恐る恐る触れてくる。

 心配げにこっちを見るその大きな瞳に、俺はようやく驚愕を抑えてこの事態を飲み込んだ。

 俺の怪我を見て自分のことのように慌てている姿に、逆に落ち着かされたとでも言おうか。ともあれ、心配させたままというのは居心地が悪い、とそんな感情の方が先立ったのだ。

 というわけで、俺は近距離で見つめてくるその子の頭に手を置いて、軽く撫でる。

 わぷ、と言いながらその手を受け入れるそいつを、俺は笑みを添えて迎え入れた。

 

「久しぶり。元気そうだな、レイ」

「えへへ。うん、遠也さん! ――って、それよりこの怪我だよ! 本当に大丈夫なの!?」

 

 一瞬相好を崩したものの、すぐさま元のテンションに戻ったレイの姿を見て、俺は一層笑みを深める。

 そして俺の怪我が既にだいぶ落ち着いていることを知っている面々も、やがて驚愕から抜け出して、懐かしい顔に表情を和らげていった。

 だというのに、一人変わらず慌てているレイ。その温度差というかギャップによる奇妙な空間は、置いて行かれた万丈目が「結局誰なんだ、コイツは!」とイライラしながら介入してくるまで続いたのだった。

 

 

 

 

 さて。

 まず万丈目と吹雪さんにレイの説明を行ったわけだが、万丈目は「ならレッド寮の場所は知ってたんじゃないか!」と叫んだ。どうも、レイは万丈目に俺のところに連れて行ってほしい、と案内を頼んだらしかった。

 なんで万丈目? と思ったが、どうも学園対抗試合をテレビで見ていたため、俺と万丈目が知り合いなんだと思ったかららしい。まぁ、実際そうだけど。

 そして意外に面倒見のいい万丈目は、それを断れずに保健室へ案内。しかしそこに俺はおらず、ブルーに行くもまた空振り。最後にレッド寮に向かったところで、ああなったようだ。

 いきり立つ万丈目に、レイは手を合わせて「ごめんなさい! でも、助かりました!」と謝罪アンド笑顔。万丈目は舌打ちしつつ、しかしそれ以上文句を言うことはなかった。やはり可愛いは正義なのか。

 対して吹雪さんのほうは、以前にレイが来た経緯を聞いて即座にカイザーのところへ。そして何事か話しかけるが、カイザーの顔がすごく不機嫌そうになっている。さすがは吹雪さん。人をからかうのが大好きな人だ。

 そんな中、レイに問答無用で飛びかかった奴が一人。

 

「レイちゃーん! 久しぶりー!」

「わっ! マナさん!?」

 

 笑顔でレイを抱え込むように飛びついたマナは、腕の中にレイを押し込めてご満悦そうである。

 レイもレイで初めは驚いたようだが、抱き着いているのがマナだとわかると安心したように力を抜いて、されるがままだった。

 そしてそのままガールズトークに移行する二人。当然そこに割り込む度胸はなく、俺は置き去りである。

 

「でも、驚いたわね。レイちゃんが来てるなんて……」

 

 そんな二人を見つつ、明日香が話しかけてくる。

 

「まぁな。でも、学園祭は一応一般人の往来もOKだし、可能性はあったんだよな」

「そういえばそうね。ここが孤島で、学園祭といってもあまり外来の人は来ないのが通例だったから、忘れてたわ」

 

 まぁ、ちょっと行ってみるか程度の気持ちで来るには辺鄙すぎるしな、ここは。

 

「でも、メールとかはなかったの?」

「なかった。驚かせるつもりだったんだろ。だとしたら大成功だな」

 

 実際、俺たちはかなり驚いた。尤も、レイも俺の状態に驚いたみたいだから、意図せずトントンになっているけども。

 二人でそんな話をしていると、不意に翔たちが準備しているデュエルステージが目に入る。

 地面に白線を引いただけの簡素なものだが、デュエルをするには充分なものだ。隼人が描いていた宣伝&目印用の看板も完成したようだし、いよいよレッド寮の出し物も始まるわけか。

 ブルーの喫茶店とイエローの出店は既に始まっていたが……ここらへんの緩いところは、レッド寮ならではかね。

 おっと、それよりも。もうデュエルステージの準備も終わったというのなら、ゆっくりしているわけにもいかない。いや、俺ではなく、マナがね。

 

「マナ!」

 

 レイと二人でキャイキャイ話しているマナを呼びつつ、自分で車椅子を動かして近寄っていく。

 それに気づいて話をやめた二人の傍に寄り、どうしたの、と少し屈んで俺に視線を合わせるマナに告げた。

 

「コスプレデュエル。もうステージは完成したみたいだし、準備した方がいいんじゃないか?」

「え? あ、ホントだ。じゃあ、すぐに行ってくる。ごめんねレイちゃん、また後でね!」

「う、うん」

 

 俺の言葉にデュエルステージに目を向けたマナは、それが既に完成していることに目を剥いてレッド寮の方へと走っていった。

 中で十代たちも着替えているはずだし、そっちの別部屋で制服を脱いで元の格好に戻るつもりなんだろう。

 その後ろ姿を見送る俺に、レイがどういうことなのかと困惑した目を向けてくる。

 俺はレッド寮名物というコスプレデュエルと、それにマナが参加することを伝える。それでレイは納得したようで、うんうんと頷いていた。

 そして、そのあとなぜか俺の後ろに回り、何をするのかと思えば車椅子を押すための取っ手を掴んだ。

 いったいなんだと後ろを向くと、そこには満面の笑みを見せるレイがいた。

 

「えへへ、それじゃあ暫くはボクが遠也さんのお世話をするね」

 

 俺の世話、といっても車椅子を押すだけだろうに。

 それのどこにそれほど喜びを感じられるのかはわからないが、久しぶりに会った妹分のせっかくのご機嫌に水を差すこともない。

 そう判断した俺は、小さな笑みとともに「じゃあ頼んだ」とそれに返した。

 そしてニコニコとそれに頷いて俺の後ろにいるレイから僅かに視線をずらし、周囲を見る。

 さっきまでいた万丈目の姿がどこにもない。気になり、三沢に尋ねてみる。

 

「万丈目は?」

「ああ、なんでも着替えてくるそうだ」

 

 ということは、万丈目も参加するのかコスプレデュエル。まぁ、もともとお祭り騒ぎはなんだかんだで好きそうな性格してるからな。それもありか。

 

「明日香は? 参加しないのか?」

「私は……いいわよ。ああいうの、ガラじゃないしね」

 

 そう言う明日香の視線の先には、気が早いのか既にコスプレをして騒いでいるレッド生の姿がある。

 確かに、ああやって騒ぐような性格ではないだろうな、明日香は。だがしかし、お祭りの中において常識的な視点は無粋というものだ。

 

「いいじゃないか。せっかくのお祭りなんだし、何かやってみたらどうだ? 翔なんかは踊り狂って喜ぶと思うぞ」

「で、でも……」

「何か衣装がないか聞いてみて、気に入ったのがあればやってみたらいいって。マナみたいにデュエルしなくても、気分は味わえるだろうしさ」

「……そうね。マナの様子を見がてら、行ってみることにするわ。どうせ、他にすることもないしね」

 

 俺の勧めに、明日香はマナに続いてレッド寮へと向かっていく。もともと、明日香も祭りの空気に当てられていたのかもしれない。普段なら頑として拒んだだろうに、こうして妥協したのがその証拠である。

 本人的にもそう悪い気はしていないのだろう。心なしか表情も柔らかいものになっていたみたいだし。

 

「……やれやれ。気づいたら残っているのは、俺たちだけか。遠也、俺もしばらく時間を潰しに行くよ。デュエルが始まるまでには戻ってくる」

「了解。じゃあな、三沢」

 

 ひらひらと手を振りながら去っていく背中を見送り、これでこの場に残ったのは俺とレイだけか。

 コスプレデュエルが始まるまで、看板の開始時間を見るとおよそ30分。みんなの着替えの時間も含めてのことだから、まぁそれぐらいはかかるだろう。

 俺も他の誰かのところに行って時間を潰してもいいが……。

 

「レイ」

「なに、遠也さん」

 

 せっかくこんな辺鄙な島にまで来てくれた妹分がいるんだ。時間があるのなら、その子のために使ってやりたい。

 というわけで。

 

「どっか適当に場所借りて、時間つぶすか。積もる話もあるだろうし、デュエルしたっていいしな」

 

 俺がそう提案すると、レイは目を輝かせる。

 

「いいの!?」

「当然。俺にだってそれぐらいの甲斐性はあるさ。あ、でも悪い。出店とかは無理。今から行ったんじゃ、デュエルまでに余裕を持って戻ってこれないかもしれないからさ」

「そんなの気にしてないよ。だって、ボクは遠也さんがボクのために時間を使ってくれるだけで、すっごく嬉しいから!」

 

 心の底からそう思っていると一目でわかる、そんな顔。

 ここまで好意を真っ直ぐに示されると、俺としてもなんだか照れてしまう。しかしそんな感情を妹分に知られては、兄の面目丸つぶれ。そんなチャチなプライドから、俺はレイから視線を外す。

 そして、まったく動揺していない体を装って口を開いた。

 

「わ、わかったから。そ、それじゃあっちの方にでも行くぞ!」

 

 指さした先を示しつつ、自分の頬が熱いことを自覚する。全然動揺を隠せていないのは、もう仕方がないと諦めた。

 こう見えて、俺はこういうストレートな言葉に慣れていないのだった。マナとは……もう恋とかそういうの超越したような感じがあるしなぁ。好きなことに変わりはないけど。

 そしてレイは、そんな俺に気づいているのか、小さく笑ったのが聞こえた。

 

「うん! じゃあ、動かすねー」

 

 言いつつ、レイは車椅子を押す。デュエルステージを囲うように張られたロープ。その外側に敷かれたゴザを目指して。そこならレイも座れるし、レッド寮からあまり離れなくても済む。

 レイに押され、そこにたどり着いた俺たちは、そこで互いの近況について話し出す。ゴザの上に座ったレイと、車いすに座ったままの俺。視線は少々レイが見上げる形になるものの、それも気にならないのかレイは楽しそうに話す。

 時折、立ち上がって俺の手を取ったり、身体を寄せてきたりと甘えてくることはあったが、俺は苦笑してそれを受け入れていた。

 そもそも車椅子状態の俺にはされるがままの選択肢しかないわけだが、それでなくともレイのそういった行為を俺が拒むことはなかっただろう。

 なにせ、俺だってレイと会って話せることは嬉しいことなのだから。

 だから、俺たちはそんな風にスキンシップを取りながら笑顔で会話を続ける。

 周囲の男連中がそんな俺たちをどう見ていたかは……まぁ、考えないようにしながら。

 

 

 

 

 そして迎えたコスプレデュエルの時間。

 既に着替えを終えて外で話したりしている生徒もいたが、そのまま中で過ごして時間になったら出ていく、という道を選択した生徒もいる。ぶっちゃけ、俺の仲間たちなわけですが。

 そういうわけで、開始時間が近づき、レッド寮の中からぞくぞくとキャラクターに扮した知り合いたちが出てくる。

 ……なぜかレッド寮とは異なる方向から無駄に精巧な造りをした《XYZ-ドラゴン・キャノン》を着た万丈目がやってきていたが、それはこの際スルーしよう。

 というわけで、出てきたのはまず十代。《魔導戦士ブレイカー》や《切り込み隊長》などの衣装がごっちゃになったよくわからん扮装だが、まぁお祭りだし。そういうノリもなくはないだろう。

 そして明日香扮する《ハーピィ・レディ》。これはなかなかにエロい。普通に胸元から肩にかけて露出してるし。しかも耳が長いというのがポイント高いぞ、エルフみたいで。実に素晴らしい萌え要素といえるだろう。

 と、そんな邪な心で見ていると、後ろからレイが腕を首に回して俺にもたれかかるような姿勢を取ってきた。

 

「どうした、レイ?」

「……なんでもない」

 

 言いつつ、不機嫌そうな様子は隠していない。……ああ、そうか。さすがに好意を示した相手が他の女の子に目を向けていればそうもなるか。

 何故かマナが相手だと気にならないらしいが、よくわからん。まぁ、自意識過剰かもしれないが、そうだとしたら気恥ずかしいが同時に何だか嬉しくもある。

 俺はとりあえず体勢の関係上俺の顔の横に来ているレイの頭に手をやり、撫でる。それだけで機嫌は多少上向いたようで、俺はほっと一息ついた。

 と、急に「おぉぉおおおーッ!」という大歓声が鼓膜を打つ。それは例外なく男子の声ばかりであったが、何があったのかと気になって十代たちの後に目を向けた。

 

「ああ、なるほど……」

「うわー、マナさんそっくり!」

 

 そして、瞬時に納得した。

 そこには俺にとって非常に見慣れた姿――《ブラック・マジシャン・ガール》の衣装に身を包んだマナが立っていたのだから。

 

「ね、ね、遠也さん! マナさん、すっごく可愛いよ!」

「ああ、まあなぁ。っていうか、あれ衣装じゃないだろ」

「え?」

「いや、なんでもない」

 

 間違いなく自前のはずである。用意されていたものではなく、単に元の格好に戻っただけなのだろう。まぁ、そのほうが確かにリアルではある。

 俺はそんな内情を知る者特有の生温かい目で。そしてレイは興奮しきりにマナを可愛い可愛いと連呼していると、ふとマナの視線がこちらを向いた。

 そして、なんだか眉をきりりと上げて、ズンズンとこちらに歩いてくる。

 その途中、何人もの男子生徒がマナに声をかけているが、故意なのか聞こえていないのか、完全にスルーである。尤も、それを可哀想とは思わない。俺のマナに粉かけようっていうのだから、そんな輩は無視でいいのである。心狭いとか言うな。

 そんなことを思っていると、男子生徒の肉の壁を一直線に突破したマナが、俺の前に立つ。そして、レイと俺を見比べて、うー、と唸り始めた。

 

「……ずるい。ずるいよ、レイちゃん! 私がいない間に仲良くするのはいいけど、抱き着くのはさすがにダメでしょ!」

 

 なんだかよくわからない理論を振りかざして抗議するマナ。それに、レイはきょとんとするものの、すぐににやりとした笑みを浮かべた。

 

「でも、遠也さんも許してくれたもん。ねー?」

「うん、まぁな」

「遠也!」

 

 レイの言葉に肯定を返せば、今度はマナの矛先が俺に向いた。

 

「なぜ俺。いいじゃん、レイに会うのだって久しぶりなんだし、甘えさせても」

「う……それは……」

 

 俺の言葉に、口をとがらせてマナは俯く。それを苦笑しながら見つつ、俺は更に言葉を続けた。

 

「とはいえ、せっかくのお祭りにマナの機嫌を悪くする理由もない。レイ、悪いけど……」

「はーい」

 

 俺が何か言う前に、レイは俺の首に腕を回し、もたれかかっていた身体を起こすと、普通に俺の後ろに立った。

 それを見て、マナは顔を上げた。

 

「えへへ。私はマナさんだって大好きなんだからね。そんな顔をしてほしいわけじゃないんだ。ごめんね、マナさん」

「レイちゃん……! 私こそ、ごめんね! あとでいっぱいお話しようね!」

「うん!」

 

 そう言って、今度は笑い合う二人。勢い余ってマナは間に俺がいるにもかかわらずレイを抱きしめる始末。仕方なく、俺は上体を僅かに下に潜らせてマナの体当たりを避けた。

 しかし、そのために少々困った事態に。というのも、位置関係上マナの胸が俺の顔の前に来ていて非常に眼福なのである。さすがにこの場でどうこうするつもりはないが、これは生殺しに近いぞ。わざとか? わざとなのか?

 そして、そんな俺の気持ちも知らず、俺の頭上で抱き合い、楽しそうにしている女子二人。その笑い声を聞き、俺は溜め息をついた。まぁ、本人たちが楽しいならそれでいいけどさ。俺は俺でガン見するだけだし。

 と、そんなことをしていると。俺たち(というか俺だけ)に射殺さんばかりの視線を飛ばす男子生徒諸君。そこに、レッドもイエローもブルーも関係ない。完全なる協調がそこにはあった。

 十代、隼人など俺の友人たちを除く全員の視線が集中しているため、さすがに俺も冷や汗が出てくる。翔が「ゲストが出るよー」と宣伝して回ったためか、意外と人がいるのである。

 その中でこの視線は、なかなかキツイ。逆に女子は女子でキャーキャー言いながらこっち見てるし……。なんだこの空間は。

 今現在の俺を取り巻く状況に慄いていると、不意にマイクを通じた機械音声が周囲に響いてきた。

 

『あー、あー、テステス。こんにちは、僕は丸藤翔です。今日はレッド寮主催、コスプレデュエルに来てくださって、誠にありがとうございます』

 

 声の方を見れば、そこにはレッドの制服の上に、大きな蝶ネクタイをつけた翔が、マイクをもって話していた。あいつ、上がり症なんじゃなかったっけ?

 

『間もなく、コスプレデュエルを始めます。なので、そこの爆発した方がいいリア充が気に入らない気持ちはよくわかりますが、まずは皆さん落ち着いて座席のほうへどうぞ』

「おい」

 

 翔のあんまりな言い方に思わず声を上げるが、奴は完全にスルーした。

 

『それでは、ただいまを持ちまして、レッド寮主催コスプレデュエルを開催いたします! 進行は司会の僕、丸藤翔と、解説の万丈目――』

『フン、俺はXYZ-ドラゴン・キャノンだ』

『と言っている万丈目準くんでお送りします』

『おい、貴様! 俺の言葉を無視するな!』

 

 翔……あいつ、なんか図太くなってきたな。これは成長とみていいんだろうか?

 俺が内心でそんなことを思っていると、時間を潰してくると言っていた三沢が会場に戻ってきたのが見えた。その後ろにはカイザーと吹雪さんもいる。三人とも、何とか間に合ったみたいだな。

 

『それでは、まずは前哨戦。皆さんにコスプレデュエルを楽しんでもらう前に、こちらで用意したプレデュエルを行います! ぜひ楽しんでいってください!』

 

 なるほど、マナがゲスト扱いというのはこういうことか。コスプレデュエル大会は、当然希望者に体験してもらうイベントだ。ゆえに、そこにゲストとして置かれるなら、不特定多数と多くのデュエルをすることになる。

 さすがにずっとそれでは疲れるし、大変だ。それでも付き合わせるというのなら、折を見て抜け出そうと思っていたが、そうする必要はなさそうだ。

 翔も、そこまで拘束するつもりは最初からなかったってことだろう。

 

『それでは、選手紹介です! まずはレッド寮代表、遊城十代ぃー!』

 

 よくわからん格好の十代が、やる気に満ちた表情でデュエルステージに現れる。

 それなりに気合の入った表情なのだが、いかんせん服装があまりにも意味不明すぎて、まったく凛々しさが感じられなかった。

 

「ねぇ、遠也さん。十代さんのあれは、何の格好?」

「さあな。十代オリジナルのモンスターなんだろ」

 

 とはいえ、さすがに両腕の籠手はやりすぎだろ。それじゃあデュエルディスクの装着もできないじゃないか。

 しかし、十代はそれに気づいていないのか 観客に手を振ったりなんてしている。

 はぁ、仕方ない。

 

「十代!」

「お、遠也か。レイも、久しぶりだな!」

 

 朗らかに言う十代に、レイも小さく笑って会釈を返す。それを見ながら、俺は再び声をかけた。

 

「それより十代。お前、それじゃあデュエルディスクも着けられないだろ! せめて籠手は外しておけ!」

「ん……? げっ、ホントだ。サンキュー、遠也!」

 

 俺の助言を受けて、十代は装備していた籠手を外していく。そして、実は邪魔に思っていたのかマントなどの必要ないパーツまで外し始めてしまった。

 これでは、本当に何のモンスターなのかさっぱりわからない。あいつ、これがコスプレデュエルだってこと忘れてるんじゃないだろうな。

 

「ねぇ、遠也さん」

「言いたいことは分かるが、気にするな。ああいう自由なところが、十代のいいところだからな」

「……そういう問題?」

 

 俺の友に対する認識に疑問符を浮かべるレイだが、それを置き去りに状況はさらに進んでいく。

 十代の紹介を終えた翔が、大きく息を吸い込んでマイクに向かってそれを吐き出した。

 

『そしてぇ! 対するはこの日のために参加をお願いした特別ゲストォッ! ブラック・マジシャン・ガールの登場だぁぁああッ!』

「いってくるね、遠也」

「おー」

 

 呼ばれたマナが、軽い足取りでデュエルステージに入っていき、十代と相対する形でその場に立つ。

 ニッコリ笑顔で手を振れば、それだけで湧き上がる感動の声(男子のみ)。そして始まる「あの手は俺に振ったんだ!」「いや、俺だ!」「違う、僕だ!」「いや、自分だ!」という醜い争い。

 そこに、レッドもイエローもブルーも関係ない。完全なる協調が、以下略。

 それに対して、女子の反応はというと。「あの子そっくりー」「すごいよねー」「可愛いー」というごく一般的な反応でした。男子との温度差が凄い。

 そしてその原因にして中心であるマナはというと、ボルテージの上がる男子勢に苦笑しつつ、更に笑みを深めて手を振った。

 

「みんな、今日は来てくれてありがとう!」

 

 翔主催、コスプレデュエル。別名、最近元気がない兄貴たちを励まそうの会。それが成功するためには、観客が来てくれなければ意味がない。

 だからこそ、マナはこうしてこの場に来てくれたことに感謝するのだ。翔の実に気持ちいいその企みが、成功に近づいているのは彼らのおかげでもあるのだから。

 だが、そんなことは何も知らない彼らは、ただブラック・マジシャン・ガールそのものにしか見えない女の子に、笑顔で声をかけてもらえたというその一点で大歓喜なのであった。

 

「うぉおおー! あんな可愛い子に笑顔で手を振ってもらえるなんてー!」

「可愛いだけじゃなくて、いい子だとぉ!」

「あんな子、ブルーにいたか!?」

「俺は知らないぞ! もし知ってたら、速攻コクってるのに!」

「俺もだ!」

「俺も俺も!」

 

 その連鎖反応的な男連中の言葉に、思わず片眉が上がる俺。心が狭いと言うなかれ。男なんて、大抵の場合は独占欲が強いものなのである。

 

「あはは、遠也さん落ち着いて」

 

 そんな俺の気配を察してか、後ろから俺の肩をポンポンと叩くレイ。

 その妹分の気遣いに、俺も大人げなかったかと思い直して気持ちを落ち着かせる。

 ふぅ、やれやれ。ここはひとつ男としての格を見せつけるためにも、どっしりと構えているべきだったか。そう考えを改めて姿勢を正したところで。

 

 

「みんな、ありがとう! でもごめんなさい! 私はもう遠也のものだから、告白されても付き合えないのー!」

 

 

 と、はっきり宣言する声が聞こえてきた。

 ……おい、待て。俺も確かにマナのことを誰かに渡す気なんてものはさらさらないわけだが、そういうことは密かに囁く類のものであって、こうもあからさまに主張するようなものでもないだろう。

 俺が一瞬でそう思考すると同時に、周囲の男から突き刺さる視線、視線。それは最早睨みつけるとか、そんなレベルではない。むしろ睨み抉るとでも表現した方が的確なほどに、物理的な威力を持った視線だった。

 もちろん比喩表現であるが、それほどまでに視線が強い。そんな中ふと、紙に何かを書いている一人の男子生徒が目に入った。いったい何をしているのか。思わず目を向けると、書き終わったのかその紙を俺に向けてソイツは広げた。

 

 『呪ってやる』

 

 ……なんとも感情が籠った、入魂の一筆であった。

 思わず汗が一筋頬を流れ、後ろのレイがごく自然にハンカチでそれを拭う。その瞬間、更に重圧を増した周囲からの目力に、一層汗が噴き出した。

 それに対してはさすがの俺も、ただ身を固くして極力意識の外にそれらを放り投げることしか、出来なかった。

 

『……えー遠也くん爆発しろ。それでは、早速デュエルの方に移りたいと思います!』

「お前、さらっと最初に何言った!?」

 

 しかし、翔はこれまた完璧にスルー。おのれ、あんちくしょう……!

 歯ぎしりする俺だが、それに構わず、デュエルステージでは着々とデュエルに臨む姿勢が出来上がっているようだった。

 

「ようやくデュエルか。そういえば、マナとデュエルするのは初めてだな!」

「あはは、まぁそれはそうかも。私は遠也と十代くんがデュエルしているのをいつも遠也の後ろで見ているだけだったし」

 

 ……おい、男連中。言葉の端々に反応していちいち俺を見るんじゃない。

 

「へへ、いったいどんなデュエルになるのか、今から楽しみだぜ!」

「私もだよ。このデッキを遠也から託されたからには、情けないところは見せられないしね!」

 

 二人はデュエルディスクを構えて、向かい合う。

 そして、マナが言ったようにあのデッキは俺の魔法使い族デッキである。尤も、マナが使いやすいように自分のカードも加えて調整してくれていいと言ってあるから、俺のものとは異なっているだろうが……。

 それでも、基本は俺のデッキ。何度かそれと対戦している十代が、どう対応してくるかが鍵だな。

 

「よし、いくぜマナ! やるからには俺が勝つぜ!」

「私だって! 勝って遠也に何かご褒美を要求するんだから!」

「なにぃ!? おい、マナ! それ初耳だぞ!?」

 

 聞き捨てならない台詞を吐いたマナに、俺は思わず声を上げて突っ込む。

 すると、マナはこちらにくるっと振り返り、「てへっ☆」と可愛く笑って誤魔化そうとした。

 おい、こら。俺がそんなことで誤魔化されると思ってるのか!

 

『ブラマジガール可愛いっす……。――遠也くん! ここで女の子のお願いを断るなんて、男のすることじゃないっすよ!』

「そうだそうだ!」

「断れるやつは男じゃない!」

「まったく、男の風上にも置けん!」

「鬼! 悪魔!」

「なんでそこまで言われないといけないんだぁぁああ!」

 

 俺はあっさりマナの味方となって理不尽なことを言いまくる連中に異を唱えるが、結託した男どもにそんな正論が通じるはずもなく。

 むしろ一層ぶーぶー言い続けてくるので、俺はもうやけになって叫んだ。

 

「わかった、わかったよ! マナ! お前が勝ったら、なんでも言うことを聞いてやる!」

「ホント!?」

「ただし、俺が出来る範囲のことだぞ! そうじゃなかったら聞かないからな!」

「うん、全然それでいいよ! ありがとう、遠也!」

 

 笑顔で頷いたマナは、よーし! と気合の乗った声と共に再び十代に向かい合った。

 

「いくよ! 勝たせてもらうからね、十代くん!」

「させるかよ! 勝つのは俺だぜ!」

 

 互いに不敵に笑い合う姿を視界に収めつつ、俺は車椅子の背もたれに体重を預ける。

 なんかもう、どっと疲れた……。

 

「た、大変だったね、遠也さん」

「まったくだ。……まぁ、だからって嫌なわけじゃないんだけどな」

 

 レイの言葉に苦笑し、俺は周りを見る。俺をあれだけ責め立てた連中も、今ではデュエルステージに目を向けて、声を上げ、手を振り、応援に余念がない。

 そしてその表情に悪意はなく、ただ純粋にこの時間を楽しもうという気持ちだけが溢れていた。

 今の俺に対するあれこれも、このお祭り騒ぎ特有の空気に当てられた小さなイベントみたいなものだったのだ。彼らにとっても、俺にとっても。

 だから、俺はそんなに気にしていないし、彼らも後に残さない。ま、こういうその場のノリっていうのも学園祭の醍醐味ってことだな。

 

「「デュエル!」」

 

 十代とマナの掛け声が重なる。

 背もたれに預けていた身体を僅かに戻し、俺も二人の戦いを観戦する態勢をとった。

 デュエルが始まり、一層盛り上がる周囲の声を耳にしながら、俺はとりあえず心の中でマナに向けて声援を送る。

 せっかくなんだし、楽しんでデュエルしてくれよ、と。

 しかし、それは相手が十代だという時点で、いらない心配なのかもしれない。あの誰よりもデュエルを楽しんでいる十代が相手なら、誰だって楽しくなるに違いないんだから。

 そう考えると、この場は本当に凄い空間だ。デュエルをする二人が楽しみ、それを見る皆が楽しみ……この場にいる誰もが他人なのに、ただ楽しさだけは同じく共有している。

 これも、学園祭ってやつの魔力だろうか。そんなことを考えながら、俺はこの心地よい空気に身を任せ、始まった二人のデュエルに意識を傾けていくのだった。

 

 

 

 

 



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第28話 特別

 

遊城十代 LP:4000

マナ LP:4000

 

「先攻は俺だぜ、ドロー!」

 

 十代がカードを引き、手札に加える。

 それをニコニコと見ているマナと、負けろ負けろと念を送っている男子ども。ホント、学園祭を心の底から楽しんでいる連中である。

 

「俺は《E・HERO エアーマン》を召喚するぜ! そしてその第2の効果発動! デッキから《E・HERO バーストレディ》を加え、手札の《E・HERO フェザーマン》と融合! 来い、《E・HERO フレイム・ウィングマン》!」

 

《E・HERO エアーマン》 ATK/1800 DEF/300

《E・HERO フレイム・ウィングマン》 ATK/2100 DEF/1200

 

 2体のHEROのご登場か。それぞれ攻撃力がそれなりに高いうえ、1体は戦闘破壊した相手モンスターの攻撃力と同等のダメージを相手に与えるという強力な効果を持つ。

 特にフレイム・ウィングマンは十代がフェイバリットと呼ぶモンスター。初手融合はもう十八番と言ってもいいが、その中でも今日の十代は調子がよさそうだ。

 十代自身、満足げな顔で自分のフィールドを見ている。実況たる翔と万丈目も今のプレイにそれぞれコメントを寄せている。

 まぁ、デュエルに集中するためにそっちはあまり気にしないことにしよう。

 だが、十代。いきなりのガチ攻勢はちょっとまずいぞ……。なぜなら、この場にはブラマジガールに現を抜かす男子生徒が多数いるんだからな。

 

「こら、遊城ー!」

「女の子相手に何本気出してんだー!」

「男らしくないぞー!」

 

 案の定、そんな十代の全力姿勢は周囲の男子から非難轟々であった。

 なにせ、十代が調子がいいほどマナの負ける確率は高くなり、そのぶんマナを見ていられる時間も減る。そう考える彼らにとって、十代の好調は歓迎されるものではないのだ。

 というか、男と可愛い女の子なら、可愛い女の子を応援したいのが男の性である。誰だってそうする、俺だってそうする。

 そして、こうも露骨に責められれば十代も自分がアウェイに立っていることを悟る。心なしか、その表情は困惑気であった。

 

「な、なんか調子狂うなぁ。俺はこれでターンエンドだ!」

 

 男子の睨みに引き気味ながらエンド宣言をする十代。

 それにより、ターンはマナへと移った。

 

「さすが、十代くん! 私も負けてられない……私のターン、ドロー!」

 

 そしてマナがカードを引いた瞬間に上がる歓声。そこに翔の声も交じっているのはお約束だが……しかし、単にカード引いただけだろうに。

 周囲の熱狂ぶりにさすがに呆れつつ、マナを見る。

 今回俺はマナにデッキ……正確には俺の持つカードを貸したが、それらでどんなデッキを組んだのか俺は知らない。

 マナいわく、当日のお楽しみだそうだ。俺が持つ5D’s以降に販売された魔法使い族のカードを中心に見ていたようだが……いったいどんなデッキに仕上げていることやら。

 どんな展開になるのかわからない期待感を抱きつつ、俺はマナのプレイングに注目した。

 

「うーん……私はモンスターをセット。そしてフィールド魔法《魔法都市エンディミオン》を発動し、更に魔法カード《闇の誘惑》を発動。デッキから2枚ドローし、その後手札の闇属性《執念深き老魔術師》を除外するね。魔法カードの発動により、魔法都市エンディミオンに魔力カウンターを1つ置くよ」

 

《魔法都市エンディミオン》 counter/0→1

 

 ほう……エンディミオンか。ということは、マナが今回組んだデッキは魔力カウンター軸か?

 

「魔法都市エンディミオン? 初めて聞くカードだ」

「そうかもねー。これは遠也のカードだけど、遠也はあんまり使わないし」

 

 だから男連中。マナの口から俺の名前が出るたびに舌打ちするのをやめろ。

 

「それでエンディミオンの効果だけど……相当長いけど、聞く?」

 

 確かに、エンディミオンの効果は長い。

 具体的には、「自分または相手が魔法カードを発動する度に、このカードに魔力カウンターを1つ置く。魔力カウンターが乗っているカードが破壊された場合、破壊されたカードに乗っていた魔力カウンターと同じ数の魔力カウンターをこのカードに置く。1ターンに1度、自分フィールド上に存在する魔力カウンターを取り除いて自分のカードの効果を発動する場合、代わりにこのカードに乗っている魔力カウンターを取り除く事ができる。このカードが破壊される場合、代わりにこのカードに乗っている魔力カウンターを1つ取り除く事ができる」である。

 正直に言って俺も一度聞いただけで覚えられる自信はなかった。

 なんといっても、効果が長すぎるのである。

 そして、勉強苦手な十代がそんな説明を悠長に聞くはずもなく。予想通り、

 

「んー、まぁいいや。とりあえず魔力カウンターのカードなんだろ? それよりもデュエルの続きをやろうぜ!」

 

 こうである。

 まぁ、最悪デュエルディスクの機能で確かめられなくもないけどさ。けど、たぶんそうはしないんだろうなぁ。

 マナも同じことを思ったのだろう、苦笑しつつ説明は避けるようだった。

 

「じゃあ、続きからね。私はカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

「よっしゃ! 俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引いた十代は、そのまま手札に加えてメインフェイズを素通りした。

 

「バトルだ! フレイム・ウィングマンでセットモンスターに攻撃! 《フレイム・シュート》!」

 

 フレイム・ウィングマンが右腕の竜の咢から炎を吐き、マナの場の裏側守備表示のカードに襲い掛かる。

 そしてその瞬間、カードが翻って金髪の男性魔術師が飛び出した。

 

「セットしていたのは《見習い魔術師》! そしてその効果が発動! デッキからレベル2以下の魔法使い族をセットできる! 私は《水晶の占い師》を選択するよ!」

 

 そして戦闘によって破壊された見習い魔術師は墓地に送られた。

 

「まだまだ! フレイム・ウィングマンには戦闘で破壊したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手に与える効果がある! いけ、フレイム・ウィングマン!」

 

 見習い魔術師を葬ったフレイム・ウィングマンは、再び右腕を構えてマナに直接焔を浴びせる。

 

「きゃあっ!」

 

マナ LP:4000→3600

 

 それにより、マナのライフが400ポイントダウン。それを見て、後ろのレイが「うーん、十代さんの先制かぁ」と呟いていた。

 

「更にエアーマンで攻撃! 《エア・スラッシュ》!」

 

 エアーマンが風の刃を放ち、セットされていた水晶の占い師が破壊される。

 

「あたた。けど、水晶の占い師のリバース効果が発動だよ。デッキの上から2枚をめくり、その中の1枚を手札に加える。――やった! 私は《マジカル・コンダクター》を手札に加え、《一族の結束》をデッキの一番下に戻すよ!」

 

 喜びの声を上げるマナ。そしてその原因はマジカル・コンダクターか。これは、結構いい感じに回ってきたんじゃないか?

 

「俺は、カードを1枚伏せてターンエンドだ!」

「私のターン、ドロー!」

 

 カードを手札に加え、その中の一枚を手に取った。

 

「私は《マジカル・コンダクター》を召喚! 更に《魔力掌握》を発動! マジカル・コンダクターに魔力カウンターを乗せて、デッキから魔力掌握を手札に加える。魔法カードの発動により、マジカル・コンダクターに魔力カウンターを合計で3つ置くよ」

 

《マジカル・コンダクター》 ATK/1700 DEF/1000 counter/0→3

《魔法都市エンディミオン》 counter/1→2

 

 一気に溜まった魔力カウンター。そして3つ目のカウンターがマジカル・コンダクターに乗った瞬間、マナが再び口を開いた。

 

「マジカル・コンダクターの効果発動! 自身に乗っている魔力カウンターを任意の個数取り除き、同じ数値のレベルを持つモンスターを手札から特殊召喚できる! 私は3つ全て取り除き、レベル3のチューナー《氷結界の風水師》を特殊召喚!」

 

《マジカル・コンダクター》 counter/3→0

《氷結界の風水師》 ATK/800 DEF/1200

 

 現れるのは、陰陽師を連想させる和装に、顔を隠すほどの大きさを持つ鏡をお面のようにつけたツインテールの少女。

 ソリッドビジョンでは初めて見るが、その鏡の隙間から見える顔は可愛らしいものだった。カードにも顔が描かれていれば、それだけで高値カードの仲間入りだったに違いない。

 と、そんなズレた感想を抱く俺とは裏腹に。戦っている十代は、マナが口にしたモンスターの区分にぎょっとした顔を見せた。

 

「チューナー!? ってことは、マナも遠也みたいに!?」

「えへへ、実は私もやってみたかったんだよね。じゃあ、いくよ! レベル4マジカル・コンダクターに、レベル3氷結界の風水師をチューニング!」

 

 飛び立つ2体。風水師の身体が薄くなっていき3つの輪を形作ると、その中を4つの星と化したマジカル・コンダクターが潜り抜けていく。

 

「集いし神秘が、今新たなる魔導の力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 輝いて、《アーカナイト・マジシャン》!」

 

 強い光が一瞬で場を満たす。

 そしてその中から現れるのは、白い布地に青いデザインが施されたローブを纏う一人の魔術師。ゆったりとしたローブから覗く手にはぼんやりと光る宝玉を乗せた杖を握っている。

 

《アーカナイト・マジシャン》 ATK/400 DEF/1800

 

 レベル7シンクロモンスター、アーカナイト・マジシャン。シンクロ召喚に場が盛り上がるが、そのステータスには誰もが驚いていた。

 

「って、攻撃力400!? レベル7にしては低すぎじゃないか?」

 

 十代もまた素直に突っ込みを入れてくる。

 しかし、それに対してマナは笑みを崩さない。当然だ、アーカナイト・マジシャンの真骨頂はそこではないのだから。

 

「大丈夫だよ、十代くん。アーカナイト・マジシャンの効果、シンクロ召喚に成功した時、このカードに魔力カウンターを2つ置く。そしてそのカウンターの数×1000ポイントこのカードの攻撃力はアップする!」

 

 アーカナイト・マジシャンの周囲に漂っていた光の残滓が、やがて杖先の宝玉へと集まる。それは身体全体を覆う光となってアーカナイト・マジシャンの魔力を強化していった。

 

《アーカナイト・マジシャン》 ATK/400→2400 counter/2

 

「げ、一気に2400!?」

 

 2000ポイントもの攻撃力上昇。更に、マナは言葉を続ける。

 

「まだだよ、アーカナイト・マジシャンの効果発動! 自分フィールドの魔力カウンター1つにつき1枚、相手の場のカードを破壊できる! 私はエンディミオンの魔力カウンターを1つ消費し、十代くんの伏せカードを破壊するよ!」

 

《魔法都市エンディミオン》 counter/2→1

 

「うわっ!」

 

 エンディミオンから魔力供給を受けたアーカナイト・マジシャンが、杖から一筋の光を紡いで伏せカードを破壊する。

 破壊されたのは、《ヒーローシグナル》か。

 

「じゃあ、いくよ! アーカナイト・マジシャンでフレイム・ウィングマンに攻撃!」

 

 その宣言と同時に、マナはの場の伏せカードが起き上がる。

 

「そしてこの瞬間に罠発動! 《マジシャンズ・サークル》! デッキから攻撃力2000以下の魔法使い族をお互いに特殊召喚する! 私が特殊召喚するのはもちろん私自身――《ブラック・マジシャン・ガール》だよ!」

 

 ポン、と音を立てて飛び出すマナとうり二つの姿をした少女。

 当然と言えば当然だが、寸分違わぬ人物が並んで立っているのは、なんだかひどく違和感のある図でもあった。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000 DEF/1700

 

 だが、そう思ったのは俺だけだったようである。

 

「う、うおぉ――ッ! ブラマジガールだぁ!」

「皆本の気が向いたときじゃないと見れなかった幻のカード……!」

「それだけでも珍しいのに、ブラマジガール自身がブラマジガールを召喚……」

「イイ! すっごくイイ!」

「ブラマジガール最高ぉおお!」

 

 そんな男子勢の叫びに、マナは機嫌よく手を振って応える。それによって、更にボルテージの上がる男ども。

 そしてそんな男子を冷めた目で見ている女子たち。

 ……早くその視線に気づけ、お前ら。今後の学校生活に支障をきたすことになるぞ、恋愛的な意味で。

 そんな周囲のあれこれがありつつ、しかし意に介しないままデュエルを続行していくマナと十代の二人であった。

 

「ちぇ、俺のデッキに魔法使い族はいないんだよなぁ」

「なら、攻撃を続行! アーカナイト・マジシャンでフレイム・ウィングマンを攻撃! 《秘奥魔導波(アーカナイト・マジック)》!」

 

 アーカナイト・マジシャンの杖からひときわ強い輝きが閃光のように鋭く飛び出して、フレイム・ウィングマンを貫いた。

 

「くっ……フレイム・ウィングマン!」

 

十代 LP:4000→3700

 

 破壊され、ダメージを受ける十代。だが、攻撃はそれだけでは終わらなかった。

 

「更にブラック・マジシャン・ガールでエアーマンに攻撃! 《黒魔導爆裂破(ブラック・バーニング)》!」

 

 エアーマンもまた破壊され、これにより十代のライフはさらに削られる。

 

十代 LP:3700→3500

 

「私はこれでターンエンド!」

「俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引いた十代は、「おっ」と声を出した後に笑みを見せた。

 

「俺は《ハネクリボー》を守備表示で召喚! ターンエンドだ!」

『クリクリー!』

 

 俺や万丈目、十代のように精霊を見ることが出来る人間にしかわからないだろうが、ハネクリボーが力強い鳴き声と共にフィールドに召喚される。

 

《ハネクリボー》 ATK/300 DEF/200

 

 マナもまた、旧知の間柄のモンスターの登場に頬を僅かに緩ませる。しかし、すぐに引き締めて自身のターンへと移っていった。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 カードを引き、マナはそのままバトルフェイズへとフェイズを進行させる。

 

「バトル! アーカナイト・マジシャンでハネクリボーに攻撃! 《秘奥魔導波(アーカナイト・マジック)》!」

「くっ……」

 

 先程と同じ閃光がハネクリボーを貫き、破壊する。

 これで十代の場はがら空きとなった。だが……。

 

「ハネクリボーが墓地に送られたターン、俺に対する戦闘ダメージは全て0になるぜ!」

 

 これこそ、ハネクリボーの本領である。これにより、例えまだ攻撃可能なモンスターがいたとしても、このターンで十代にダメージを負わせることは出来なくなったのである。

 

「うーん……さすがハネクリちゃんは強いなぁ。私はこれでターンエンド」

「相棒が繋いでくれたこのターン、無駄にはしないぜ。ドロー!」

 

 手札に引いたカードを見て、すぐさま十代はそのカードを公開した。

 

「よっしゃあ! 俺は《融合》を発動し、手札の《E・HERO クレイマン》と《E・HERO スパークマン》を融合! 現れろ、《E・HERO サンダー・ジャイアント》!」

 

《E・HERO サンダー・ジャイアント》 ATK/2400 DEF/1500

《魔法都市エンディミオン》 counter/1→2

 

 現れたのはでかい図体を持つ雷のHEROである。ごつい体を揺らしながら登場し、その手に雷を発生させて集束させていく。

 

「サンダー・ジャイアントの効果発動! 手札1枚を墓地に送り、相手の場に存在する元々の攻撃力がこのカードよりも低いモンスター1体を破壊する! 俺が選ぶのは、アーカナイト・マジシャンだ! 《ヴェイパー・スパーク》!」

「……魔法都市エンディミオンの効果により、魔力カウンターが乗っているカードが破壊された場合、それと同じ数のカウンターをこのカードに乗せる。アーカナイト・マジシャンの2つのカウンターが乗るよ」

 

《魔法都市エンディミオン》 counter/2→4

 

「更にサンダー・ジャイアントでブラック・マジシャン・ガールに攻撃! 《ボルティック・サンダー》!」

 

 そして今度はさっきよりも大きな雷をその手に作り出し、サンダー・ジャイアントはおもむろに振りかぶるとそれをブラック・マジシャン・ガールに向けて投擲した。

 雷は過たずブラマジガールに直撃し、破壊する。そしてその超過ダメージがマナのライフから引かれることとなった。

 

「きゃあっ!」

 

マナ LP:3600→3200

 

 そしてマナの場のブラック・マジシャン・ガールが破壊された瞬間、周囲からこぼれる絶望の声。

 それはそのまま怨嗟の声となって十代に向けられた。

 

「遊城ぃ! なにやってんだ、おまえぇええ!」

「ブラマジガールをどうして倒した!」

「むしろなんで攻撃した!」

「っていうか、負けろ!」

「無茶言うなよ、お前ら!」

 

 さすがの十代も思わず言い返してしまうほどに、なんとも理不尽な周囲の声であった。いくらなんでも、負けろは直接的過ぎるだろ。

 そしてそんな彼らの応援の対象であるマナはというと、苦笑いと共にそれを見ていた。

 

「ったく、俺はこれでターンエンドだ!」

 

 仏頂面の十代がエンド宣言をする。

 

「なんかごめんね、十代くん。私のターン、ドロー!」

 

 さて、十代の攻撃によってマナの場は空っぽである。ここからどうするのか……。

 既にあのデッキは俺の知らないデッキとなっているだけに、俺は楽しみを込めてそのプレイングに注目していった。

 

「私は《王立魔法図書館》を守備表示で召喚! そして《魔力掌握》を発動し、王立魔法図書館にカウンターを1個、また魔法カードの発動により、エンディミオンと王立魔法図書館それぞれ更に1個ずつカウンターが乗るよ」

 

《魔法都市エンディミオン》 counter/4→5

《王立魔法図書館》 ATK/0 DEF/2000 counter/0→2

 

「王立魔法図書館の効果発動! このカードに乗っている魔力カウンター3つを取り除き、デッキから1枚ドローできる。私はエンディミオンの効果で使用するカウンターをエンディミオンから取り除いて、1枚ドロー!」

 

《魔法都市エンディミオン》 counter/5→2

 

 マナがデッキからカードを引く。

 そして、その表情を一気に明るいものへと変化させた。

 

「きたっ! 十代くん、このデッキの切り札を見せてあげるよ!」

 

 意気込んで言うマナ。それに、十代はにかっと笑って応えた。

 

「おもしれぇ! 見せてくれよ、マナ!」

 

 マナはそれに頷き、たった今ドローしたカードをそのままディスクにセットした。

 

「いくよ! 私は手札から《ミラクルシンクロフュージョン》を発動!」

「ミラクルシンクロフュージョン? 《ミラクル・フュージョン》とは違うのか?」

 

 十代が己の持つカードと似た名前のカードに、疑問符を浮かべる。

 十代の言う《ミラクル・フュージョン》は墓地の「E・HERO」を除外し、それを融合素材とする融合モンスターを特殊召喚するカードだ。

 ミラクルシンクロフュージョンも、似たようなカードだ。ただ、シンクロとつくだけあって明確な違いもある。マナは疑問顔の十代に対して口を開いた。

 

「ちょっと違うかな。《ミラクルシンクロフュージョン》の効果、自分のフィールド上・墓地から、融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターをゲームから除外し、シンクロモンスターを融合素材とするその融合モンスター1体を融合デッキから特殊召喚する!」

 

 そう、ミラクル・フュージョンとほぼ同じ。ただ、「シンクロモンスターを融合素材とする」という部分が明確に異なっているのだ。

 そしてその文言に、十代が驚きを露わにする。

 

「シンクロモンスターを融合素材にした融合モンスター!? そんなのいるのかよ!?」

 

 十代の言葉は尤もだ。なにせ、シンクロモンスター自体特殊な融合モンスターと言えなくもない存在なのだから。

 だが、シンクロモンスターを融合素材とする融合モンスターは存在する。とはいえ、OCGでさえその数は少ないのだが。

 そのうえ、アーカナイト・マジシャンとくれば出すモンスターなど分かり切っている。

 

「私は墓地の《アーカナイト・マジシャン》と魔法使い族の《水晶の占い師》をゲームから除外して融合! 魔導を極めたその叡智をここに示せ! 《覇魔導士アーカナイト・マジシャン》!」

 

 墓地からアーカナイト・マジシャンの姿が場に現れ、その身が莫大な魔力に包まれていく。

 それにより、徐々に白かったローブが深い青に染まっていき、そのデザインもローブよりも鎧のような重厚感が見て取れる作りへと変化していく。

 そして杖先の宝玉から放たれる緑色の光は、蜃気楼のようにゆらゆらと揺らめいている。それはさながら、有り余る魔力がその解放する場所を探し求めているかのようであった。

 

《覇魔導士アーカナイト・マジシャン》 ATK/1400 DEF/2800

《魔法都市エンディミオン》 counter/2→3

《王立魔法図書館》 counter/2→3

 

「召喚に成功したため、このカードに魔力カウンターを2つ乗せる。そして、その数×1000ポイント攻撃力がアップ!」

 

《覇魔導士アーカナイト・マジシャン》 ATK/1400→3400 counter/2

 

「攻撃力3400か……!」

 

 元々の攻撃力が先程より1000ポイント多い分、上昇後の数値もそれに合わせて高くなっている。

 攻撃力3000を超える大型モンスターの出現に、観客もわっと盛り上がりを見せた。

 

「私は王立魔法図書館のカウンターを全て取り除き、1枚ドロー! そして、覇魔導士アーカナイト・マジシャンの効果発動! 1ターンに1度、自分フィールド上の魔力カウンターを1つ取り除き、相手の場のカード1枚を破壊できる! 私はエンディミオンのカウンターを1つ取り除き、十代くんの場のサンダー・ジャイアントを破壊!」

 

 アーカナイト・マジシャンの杖から先程よりも巨大な魔法が解放され、それはサンダー・ジャイアントを丸々覆いこんで、そのまま破壊した。

 

「く……!」

 

《王立魔法図書館》 counter/3→0

《魔法都市エンディミオン》 counter/3→2

 

 見通しの良くなった十代の場を見て、マナが得意げな笑みを見せた。

 

「これで今度はそっちが空っぽだね。いって、覇魔導士アーカナイト・マジシャン! 十代くんに直接攻撃! 《真秘奥魔導撃(ジ・アーカナイト・マジック)》!」

 

 サンダー・ジャイアントに向かって撃ち出されたそれよりも更に大きな魔力の塊が作り出され、まるで隕石のように十代の頭上に降りかかる。

 

「ぐぅうッ……!」

 

 そんな攻撃に晒された十代はたまったものではない。そのライフポイントは、一気に危険域まで削られてしまうこととなった。

 

十代 LP:3500→100

 

「私はカードを2枚伏せて、ターンエンドだよ!」

 

 今ので一気に100まで十代のライフは減少した。

 学園でも実力者として名を上げている十代の追い込まれた姿に、男子はこれまでの流れ的に当然として、女子勢からも歓声が上がる。

 それは十代がやられているのが面白いのではなく、単純に実力者をマナが……というより、女子が圧倒しているのが新鮮だからだろう。

 そして俺のすぐ後ろにも、マナの活躍に喜んでいる子がいる。

 

「うわぁ! マナさん、強い! ね、遠也さん!」

「そうだなぁ。魔力カウンターとブラマジガールの併用とか、よくやるよマナも」

 

 普通ならブラマジガールは抜くところだろうに。そこらへんはこだわりなんだろうな。気持ちはわかるけど。

 

「このまま十代さんに勝ったら、いったい何をお願いするつもりなんだろう、マナさん」

「さぁな。無茶なものでもない限りは、聞いてやるつもりだけど……」

 

 日頃お世話になっているのは事実だし、それでなくてもマナがわざわざ口にするほどのお願いなんだ。あえてそれを断る理由もない。

 俺の言葉に、そっかぁと頷くレイ。しかし、レイよ。それはいわゆる皮算用ってもんだぞ。

 

「レイ、お前は十代が負けると思っているみたいだけど……まだわからないぞ」

「え? でも十代さんの場は空っぽだし、手札も0枚だよ」

 

 レイはきょとんとした顔で言うが、それは十代に対する認識が甘いと言わざるを得ない。

 

「あいつは、たとえ手札が0でも逆転する時はしてみせるさ。そういう奴だからな」

 

 俺はそう笑い交じりに答えて、再び視線を二人に向ける。レイはそんな俺の言葉に首を傾げるが、俺が視線をデュエルステージに戻したのを見て、自らもそうする。

 ちょうどマナがターンの終了を宣言したところだ。つまり、次はフィールドと手札が0で迎える十代のターンである。

 そしてそんな劣勢でありながら、十代は笑っていた。そこに諦めも絶望も存在していない。ただでデュエルを楽しむ姿がそこにあった。

 それでこそ、十代である。

 

「へへ……まだまだ! いくぜ、俺のターン! ドロー!」

 

 手札は今引いたカードだけ。ゆえに、十代はそのカードをすぐさま使用する。

 

「魔法カード《ホープ・オブ・フィフス》を発動! 墓地の《E・HERO サンダー・ジャイアント》《E・HERO フレイム・ウィングマン》《E・HERO スパークマン》《E・HERO クレイマン》《E・HERO フェザーマン》をデッキに戻し、場と手札が0のため3枚ドロー!」

 

 これで、手札は3枚。

 

「更に《強欲な壺》で2枚ドロー! そして《E・HERO バブルマン》を召喚! 場にバブルマン以外カードが存在しないため、2枚ドローするぜ!」

 

《E・HERO バブルマン》 ATK/800 DEF/1200

 

 更に1枚と1枚がプラスされ、十代の手札が0から一気に5枚まで回復する。ハンドレスから手札の規定枚数に迫るところまでドローするとは、よくやるよ。

 そしてそれを見たレイの反応はというと……。

 

「………………」

 

 見事なまでにぽかーんである。宝札シリーズも使わずに、ここまで一気に手札を回復する光景はなかなか見れるものじゃない。しかも、残りライフ100という土壇場だ。それはこんな顔にもなろうというものである。

 そして相対しているマナは苦笑い。十代の持つ驚異のドロー能力は、誰もが認める出鱈目さなのである。

 

「更に《融合回収フュージョン・リカバリー》を発動! 墓地の《融合》と《E・HEROバーストレディ》を手札に加えるぜ! そして《E-エマージェンシーコール》を発動し、デッキから《E・HERO フェザーマン》を手札に加える! そしてバーストレディとフェザーマンを融合! もう一度来い、《E・HERO フレイム・ウィングマン》!」

 

《E・HERO フレイム・ウィングマン》 ATK/2100 DEF/1200

 

「更に《融合賢者》を発動! デッキから《融合》を手札に加える! そして《死者蘇生》を発動し、墓地の《E・HERO エアーマン》を特殊召喚!」

 

《E・HERO エアーマン》 ATK/1800 DEF/300

 

「エアーマンの第1の効果発動! 自分の場のエアーマン以外のHEROの数だけ場の魔法・罠カードを破壊できる! 俺の場のHEROはバブルマンとフレイム・ウィングマンの2体! よって2枚の伏せカードを破壊するぜ!」

「うぅ……ここにきてエアーマンなんて……」

 

 破壊されたのは《マジシャンズ・サークル》と《ガガガシールド》か。共に魔法使い族を相手取る時には厄介なカードだ。十代にとっては僥倖。マナにとっては痛手だな。

 

「そして《融合》を発動し、エアーマンと水属性のバブルマンを融合! 現れろ極寒のHERO! 《E・HERO アブソルートZero》!」

 

《E・HERO アブソルートZero》 ATK/2500 DEF/2000

 

「更に速攻魔法《融合解除》! アブソルートZeroを融合デッキに戻し、バブルマンとエアーマンを特殊召喚! この時エアーマンの第2の効果発動! デッキから《E・HERO スパークマン》を手札に加える!」

 

《E・HERO バブルマン》 ATK/800 DEF/1200

《E・HERO エアーマン》 ATK/1800 DEF/300

 

 この十代のプレイングに、周囲の観客は揃って「は?」といったご様子。つまるところ、何故わざわざ融合召喚したモンスターを即座に融合解除? ということだろう。

 その疑問はレイも同じようで、困惑した目で十代のプレイングを見ていた。

 対して、俺は純粋に驚きの顔。ホント、よくやるよ十代の奴は。

 そして実際に相対しているマナはというと、もう諦めきってどこか達観した顔だった。……まぁ、ほんの1ターンでこうきたらねぇ。思わずしみじみと頷く俺だった。

 そんな周囲をよそに、十代は言葉を続けていく。

 

「アブソルートZeroの効果発動! このカードがフィールド上から離れた時、相手フィールドのモンスターを全て破壊する! 《絶対零度-Absolute Zero-》!」

 

 十代の言葉通り、マナの場の覇魔導士アーカナイト・マジシャン、王立魔法図書館の2体が凍り付いて氷像と化したのち粉々に砕け散る。

 そのアブソルートZeroの効果が炸裂した瞬間、周囲の観客は揃って「はぁ!?」となった。それはもちろん、レイも例外ではない。「えぇ!? なにその効果!?」と驚きまくりである。

 まぁ、フィールド上から離れた時、なんていう緩い条件でサンダー・ボルトが飛んでくるって言うんだから、普通は驚きだろう。俺なんかは元いた環境が環境だったし、他の十代に近い皆はもう慣れたから気にしていないが。

 

「バトルだ! フレイム・ウィングマン、バブルマン、エアーマンでマナに直接攻撃! いっけぇ!」

 

 フレイム・ウィングマンが右腕についた竜の咢から炎を、バブルマンが水の放射を、そしてエアーマンが風の刃をそれぞれ同時に繰り出す。

 伏せカード、およびモンスターなし。場には魔法都市エンディミオンしかないマナにそれを防ぐ術はなく、それらの攻撃全てをマナは無防備に喰らうこととなった。

 

「きゃぁああっ!」

 

マナ LP:3200→0

 

 攻撃力2100、800、1800の合計4700ポイント。それはマナのライフポイントを一気に削り切って余りある威力であった。

 っていうか、ホント凄いな十代。あの状況から僅か1ターンで大逆転とか。あいつのことだから、このまま簡単に終わるはずはないと思ってはいたが……。ここまでやるか。

 ドローだけ見れば、十代って世界最強なんじゃないか? そんな気さえするほどだったぞ。

 

「う、うそ……あそこからマナさん負けちゃった……?」

 

 そして土壇場からの大逆転劇に、自分の目を疑っているレイ。

 その気持ちはよくわかる。まさかあの状況から1ターンのうちに勝利にまで持って行けるとは誰も思っていなかったに違いない。

 これが十代の恐ろしさよ……。エアーマンとZeroだけでこれなんだ、漫画版HERO全部持ってたらどうなっていたことか……考えたくないな。

 エアーマンなんて1枚しか入ってないのに3回も召喚されてるんだぞ。順調に過労死組に近づいているなアイツ……。

 

『じ、十代選手の勝利です! うぅ、兄貴が勝ったのは嬉しいけど、ブラマジガールが、ブラマジガールがぁ……』

『ええい、うるさいぞ貴様! 鬱陶しいから泣くな!』

 

 放送席に座る翔と万丈目がマイク越しに漫才を始めている。

 それを横目で見つつ、俺はフィールドの二人に視線を戻した。

 

「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ!」

「もう、最後のはやられちゃったなぁ。勝ちたかったのに……」

 

 言って、マナの目がこちらを向いて視線が交わる。だが、マナはすぐにその視線を俺から外して十代の方へと戻した。

 

「でも、私も楽しかったよ十代くん。また機会があったらデュエルしてね!」

「おう! いつでも大歓迎だぜ!」

 

 マナは十代の言葉に満足げに頷き、次いで観客席の方に笑顔を見せて手を振った。

 

「みんなも応援ありがとう! すごく嬉しかったよ! この後はみんながコスプレデュエルを楽しんでね!」

 

 ニッコリ笑ってそう言えば、単純な男子連中は興奮しきりで「うぉおおー!」と叫び声をあげて応えている。

 興奮のあまり言語になっていないが、まぁそれだけブラマジガールというのはこの世界においては特別な立ち位置にいるということなのだろう。下手なアイドルよりも人気があるというのだから、凄まじい。

 マナはそんな彼らの反応にもう一度大きく手を振ると、その後はそのまま俺たちの方に一直線にやって来た。向こうでは、翔が『これにてプレデュエルは終了です! 皆さんもコスプレデュエルを楽しんでください!』とアナウンスを行っている。

 マナはそのまま俺の前まで来て、正面から俺にもたれかかるように抱き着いてきた。

 

「うー……負けたよ、遠也。最後のあれは正直ないよ、勝ったと思ったのにー」

「はいはい。確かにあれは予想できなくても仕方ないよ」

 

 泣きつく真似を見せるマナの頭を抱えるようにして撫でつつ、俺はとりあえずはそう慰める。

 そしてそんな俺たちに向けられる視線、視線、視線。

 そりゃさっきまで注目のど真ん中にいたマナがこうして抱き着いていれば、耳目を集めますわな。

 俺は少々居心地の悪い思いをしながら、とりあえず撫でていた手を離して立つように促す。

 それに従って俺から離れたマナに、俺はやんわりとこう提案する。

 

「それじゃ、イエローの出店でも見て回るか?」

 

 言いつつ、要するにこの衆人環視の中を早く脱したかっただけである。男子どもの鋭い眼光が俺の背中に嫌な汗を量産しているのだ。

 

「うん! でも、鮎川先生が言っていた時間になったら保健室に戻るんだからね」

「わかってるって」

 

 俺の言葉に賛同しつつ、しかし釘を刺すことも忘れないマナ。そのまるきり保護者のような役回りに、俺は思わず苦笑した。

 マナは一度寮の中へと戻り、制服姿に戻って再び俺たちの元に駆けてくる。そして俺の後ろにいたレイが場所を譲り、そこにマナが収まった。マナは車椅子の取っ手を持つと、くるりとその場で180度方向転換を行う。

 向かう方向はイエロー寮。レッドのほうは十代や翔たちが何とかするだろう、たぶん。俺も手伝えたらよかったが、何分この身体では満足に動くこともできない。

 セブンスターズのこともあって本心から気を抜くことが出来ない皆には悪いが、今日ぐらいは羽目を外して楽しませてもらおう。せっかくのお祭りなんだし、それにレイも来てくれているんだしな。

 俺はマナが帰ってきたことで少し距離が開いたレイに顔を向ける。

 

「なぁ、レイ」

「遠也さん?」

「腹も減ったし、とりあえず焼きそばあたりを買いに行くか?」

「あ……う、うん!」

 

 俺がそう声をかけると、レイは嬉しそうに頷いて俺の隣に並ぶ。

 

「じゃあ、いくよー」

 

 マナが車椅子を押して、俺の身体がそのまま前進していく。

 レイは俺の横に立ち、自分の近況やこれからどうするのかといったことを、楽しそうに俺たちに話してくれる。

 俺とマナはそれに頷きを返し、時に突っ込み、時に逸れていく会話を楽しみながら三人でイエロー寮までの道を歩いていく。

 既にレッド寮で感じていた男子の視線(爆発しろ光線)は感じられない。まるで重荷から解放されたかのような感覚を安堵と共に感じながら、俺たちは祭りの定番――出店へと向かっていくのだった。

 

 

 

 

 その後、俺たちはさんざん買い食いやらデュエルやらを楽しんだところで保健室へと戻っていった。

 ベッドに戻った俺と、ベッド脇に座るマナとレイ。既に今日だけでかなり話しているが、不思議と話が尽きることはなく、俺たちは三人でずっと何でもない話に夢中だった。

 それはレイが帰らなければならない夕方になるまで続き、ベッドから動けない俺は保健室での見送りとなった。

 最後にぎゅっと抱き着いてきたレイの背中を撫でてやり、俺はレイを解放する。マナにも同じく抱き着いて別れを惜しんでいたレイだったが、最後には笑顔で俺たちに手を振っていた。

 

「それじゃあ、遠也さん、マナさん! またね!」

 

 そう言って明るく去っていくレイに、俺たちの方こそ寂しくなってしまったほどである。

 三人で話していた時は、あれほど狭く感じた保健室だが、一人いなくなるだけで受ける印象はだいぶ違う。

 夕陽の赤色も寂寥感を増幅させているのか、なんだか物寂しい気分に浸る俺だった。

 そうして、今現在保健室にいるのは俺とマナの二人きりである。鮎川先生はレイを含めた俺たちに気を使って、席を外してくれているからだ。

 マナはベッド脇の丸椅子に腰を下ろして、レイが出ていった扉の方を見ている。その姿を何とはなしに見ていて、俺は今日のコスプレデュエルを思い出していた。

 ――そうしていると、ふと俺はあることが気になりだした。こういうことは一度気になってしまうと、どうしても心の中からそれが拭いきれない。

 まるで小骨が引っかかったかのような違和感。それに押される形で、気づけば俺は口を開いていた。

 

「そういえば、お前が十代に勝ってたら、何を俺に頼むつもりだったんだ?」

 

 それは結局十代に負けたため、その後もずっと触れないでいたことだった。

 レイと三人で楽しんでいる間は特に気にもならなかったことだったが、こうして落ち着いて今日のことを振り返ってみると、そのことがどうも気になってしまった。

 俺にお願いするつもりだった“ご褒美”とは何なのか。

 俺はそれをマナに尋ねる。

 

「うーん、何って言っても……」

 

 俺の言葉を受けたマナは、そう曖昧に言葉を濁して困った顔になった。

 何をそんなに困ることがあるのか。俺はそんな疑問を抱くが、しかし、それもその次にマナが取った行動で霧散する。

 ベッドで上半身を起こしている俺に、立ち上がったマナが覆いかぶさるように顔を近づけてきたのだ。

 近い距離に見える綺麗な顔に、思わず思考が止まる。そしてその一瞬の空隙の間に、俺とマナの唇は確かに重なったのだった。

 数秒。時間にしたら、たったそれだけの短い時間。

 しかし俺にとっては数分にも数十分にも感じられた長い時間は、マナがゆっくりと唇を離して身を引くその時まで、俺の身体を硬直させたままだった。

 たぶん、呆気にとられているだろう俺と、赤い頬で照れ笑いを浮かべているマナ。ちょっとアンバランスな顔で黙ってしまった二人だったが、先に口を開いたのはマナだった。

 

「あ、あはは。本当は勝ってないけど……とりあえずご褒美ありがとうね、遠也」

 

 照れ隠しなのかわざとらしい笑いを混ぜながら、マナがそう言って自分の唇を指さす。

 その仕草に、お互いにさっきまで触れ合っていた箇所を意識してしまい、俺は今更ながら顔が熱くなってくるのを感じた。

 そして、俺はその本調子とは程遠い揺れ動く心のまま、何かマナの言葉に返さなければと気持ちを焦らせる。そしてその状態のまま口を開いた。

 

「……ど、どういたしまして?」

 

 結果、俺の口から出たのはそんな言葉。焦るあまり、何か言葉のチョイスをミスった気がしてならない。

 俺の額から一筋の汗が伝わり、そして言われたマナのほうも黙ってしまう。

 これは……やらかしたか?

 俺が自分の中でその結論に達し、一層焦燥感を募らせようとした、矢先。

 

「……ぷっ、あはははっ」

 

 不意に、マナの口から笑い声が漏れた。

 こらえきれないとばかりに響くその笑い声に、俺は再び呆気にとられる。馬鹿にしたようなものではなく、単純におかしいとばかりに笑うマナは、目尻に浮かんだ涙を光らせながら、俺の横、ベッドにぽすんと腰を下ろした。

 

「ふふ……変なの、どういたしましてなんて。たまにちょっとズレてるよね、遠也は」

「う、うるさいな」

 

 からかうような物言いに、俺は照れもあって憮然となる。

 しかし、そんな俺の態度もマナの笑みを一層深くさせるだけだった。

 そして、マナはそのまま身体を傾けさせ、頭を俺の胸辺りに預けてくる。

 たったそれだけの動作、これまでよくあった触れ合いと変わらないのに、さっきの出来事が脳内に再生される。それだけで、俺の心臓がひときわ強く跳ねた。

 

「……なぁ、マナ」

「なに? 遠也」

 

 俺は身体を寄せているマナの肩を掴み、そのまま抱き込むようにして更に俺の方へと引き寄せた。

 ごく自然に、そうしていた。

 

「やっぱり俺、お前が好きだ」

「うん、私も好きだよ遠也」

 

 気が付けば、当たり前のようにその言葉を口にしていた。

 そしてマナも、当然のように受け止めて同じ言葉を返してくれる。

 この「好き」は友愛としてのそれではない。多分に男女の色を含んだ、もっと別のものである。

 俺はその意味を込めて言ったし、マナもそう受け取ってくれただろう。そうだという根拠のない確信が俺の中にはあった。

 それでも、俺たちの態度に恋が叶ったという達成感はなかった。いや、それどころかむしろ、この「好き」を俺たちは既に持っていたという再確認でしかなかったのだ。

 マナに「好き」と告げ、そして「好き」と返された瞬間。俺たちは、確かにお互いを恋人としての意味で好き合うことになった。しかし、それはこの時が始まりではなかったのである。

 きっと、マナと出会ってからの一年……いや、もうすぐ二年か。その間に、マナの存在は俺にとって大切なものになりすぎたのだろう。

 俺はマナをこの世界で一番大切に思っている。その気持ちの中に、マナを異性として好く気持ちも含まれており……結局俺は、恋も、友情も、家族愛も、それら全部ひっくるめてマナが「大切」なのである。

 だからこそ、俺にとってこの気持ちは既に自身の内で通り過ぎていたものだった。ただ、明確に区切りをつけていなかったから、こうして今日その区切りをつけただけにすぎないことだったのだ。

 この「好き」でさえも通過点でしかないほどに、俺にとってマナの存在は大きなものになっていた、というわけなのである。

 俺と同じ気持なのかはわからない。けれど、マナにとっても、この「好き」は恋の終着というような意味合いのものではなかったのだろう。既に抱いていた気持ちを、マナもまた再確認したにすぎなかったのだ。

 だからこその、ごく自然に紡がれた言葉だった。俺たちはきっと、俺たちが思うよりもずっとお互いのことをこの二年弱で大切な存在として認識しているのだ。

 気づいてみれば、それだけのこと。

 俺は確かにマナを相棒だと思っているし、家族だと思っている。それが、これまでのこと。そして今日、俺はマナを恋人として思う。これが、今回の「好き」という気持ちだ。

 更に、それらの気持ち全てをひっくるめて俺はマナが「大切」で、俺にとって唯一無二の「特別な存在」なのだと思う。

 それが、俺のマナに対する気持ちの全てだった。

 

「あー、なんか恥ずかしい」

「あはは、それは私も同じだよ。だって、私なんか自分からキスしたんだよ?」

 

 ま、既に持っている「大切」という大きな気持ちの中に含まれていた気持ちを自覚しただけとはいえ、一般常識が俺たちに無いわけではないのだ。

 つまり、世間的に言う「告白」をした俺たちは、互いに今更ながら恥ずかしさがこみあげてきていた。

 それを、俺たちは軽口を交わすようにすることで誤魔化す。

 ははは、と笑い合い、下から覗きこむマナの顔を見る。

 その時、マナもまた俺を見ており、ふと俺たちの目線が絡まった。

 ホント、何の気もなしに目が合っただけ。だというのに、俺の顔はどういうわけか勝手にマナに接近していた。

 ……夕陽の差し込む保健室。そのベッドの上で、二つの影が重なり合う。その時感じた唇、その感想としては、とても気持ち良かったとだけ言っておく。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 後日。

 俺たちはそれまでとほとんど変わりない関係のまま生活していた。今まで通りに一緒に過ごし、俺はベッドで、マナはその横で俺を手伝ってくれたり話をしたりしている。

 つまり、本当にそれまでと同じ生活であった。表面的には何も変わっていない。

 だが、あの日以来少し変わったことがある。

 それは……。

 

「あー……こうしてると落ち着く」

「お前なぁ、一応怪我人なんだぞ、俺」

 

 俺の腕を抱え、ぎゅっと抱き着いているマナ。それに、呆れ気味で返す俺。

 そう、あの日以来少し変わったこと。それは、触れ合い……というか、ボディタッチ型のスキンシップがとても増えたことである。

 ちなみに、キスなんかもその一つだ。

 それ自体は喜ばしい。こんな可愛い女の子とイチャイチャできて、喜ばない奴はいない。

 だから、問題はただ一つ。

 

 ――俺の理性、いつまで持つかなぁ。

 

 俺の腕を取り、リラックスしているマナの顔を見て、思う。

 マナの豊満な胸に挟まれた自分の腕、そこから伝わる感触などに、俺はかなりの神経を使って対処していた。

 目下、俺の敵は自分の本能ということになりそうだ。

 俺は自由の利かない腕を一瞥し、心の中で溜め息をつくのだった。

 

 

 

 



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第29話 幻魔

 

 ――さて。全身に負った怪我のため、俺はすっかり保健室の住人である。

 安静にしているようにとの言いつけを守りずっと寝ているのだが、正直に言ってかなり暇だった。

 マナが隣で色々と話してくれるし、皆も来てくれるからそういう時はいいんだが……基本的に暇だと感じる時間が多いのは事実である。

 そして、今はちょうどそんな時間だ。付きっきりでいたマナは、ウマが合ったらしい明日香にちょっと会いに行くと行って出かけており、鮎川先生も保健室を離れている。

 つまりこの部屋に俺は一人で寝ているわけで、そうなるとどうしても出来ることは限られる。いつもはデッキ調整なんかもしているのだが、そう日に何度もやることでもない。

 そのため、俺はただ寝転んでじっと天井を見つめていた。その脳裏に、俺が怪我を負った原因をぼんやり思い浮かべながら。

 

「……トラゴエディア、か」

 

 俺は枕元に置かれたデッキケースを手に取り、その中から《トラゴエディア》のカードを取り出す。本体たる魂が消滅した以上このカードは今やただのカードであるため、こうして持ち歩いている。

 今度ペガサスさんに見せて量産してもらうのもいいかもしれない。今なら、危険はもうないだろう。

 そんな思考が浮かぶが、それよりも俺が今考えているのは別のことだ。

 俺が持ち込んだカードが、現実に影響したという事実。俺の怪我はそれを証明するものであるため、どうしても考えてしまう。

 俺が持ち込んだカードたちの、これからの扱いを。

 これまでは特に気にせずにデュエルしてきていたが、これからはしっかり考えていかないといけないのかもしれない。

 たとえばセイヴァー・スター・ドラゴン。あれもまた俺のカードだが、十代たちの目に触れた、ということはあのカードもまた現実に影響を与える存在だということだ。

 ならば、他の原作において重要な位置を占めていたカードもそういったことが出来ると見た方がいいだろう。尤もセイヴァー・スターに関しては赤き竜が関わった疑惑があるので確実にそうとは言えないわけだが。

 少なくとも、原作で悪役側だったカードには細心の注意が必要だということは間違いない。

 

「……やれやれ。この世界に来たばかりの時とは、全然違うな俺は」

 

 最初、まだ夢うつつで童実野町に立っていた俺。

 その後、ふらりと遊戯さんの実家、おもちゃ屋「亀」に向かい、遊戯さんと出会った。――そして、その時。俺が今いるこの世界が元の世界ではなく、紛れもない現実の別世界であると知ったのだ。

 もう生まれ育った世界には戻れない。既にいないが両親が生まれ、俺が生まれ、そして友人たちと過ごした世界。どうあっても戻れないと知った時は、いるかどうかわからない神や運命を恨んだりもした。

 とはいえ、それがみっともない癇癪であり、勝手な自己憐憫にすぎないと俺はわかっていた。だから、結局八つ当たりも出来ないまま俺は無気力に目的もなく過ごすことになったのだった。

 それでも俺を住まわせてくれた武藤家の皆さんには感謝してもし切れない。あのころの俺は、ホントに酷かったからなぁ、我ながら。

 そんな中、見かねた遊戯さんに発破をかけられ、カッとなって感情のままにデュエルをした時もあったっけ。まぁ、そこで遊戯さんに諭されたから、こうして今の俺がいるわけだけども。

 

 俺はおもむろに一枚のカードを取り出す。枠が白く彩られたシンクロモンスターのカード。そこに映るのは、美しい純白のドラゴンである。煌めくその姿は、しかし、どこか翳っているように見えた。

 これはそのデュエルの時に一度だけ召喚したモンスター。子供のように勝手な感情に支配されて召喚し、そしてそれ以降召喚する機会がないカード。

 ……いや、違うか。俺が召喚しないようにしているんだ。出せる機会は何度もあった。だが、俺は決してこいつを出さなかった。

 この世界では効果やステータスが強力だから、というのもある。だがそれ以上に、相手の言葉を妄想と決めつけた俺の無思慮からこの世界に来たことを忘れ、遊戯さんに勝手な不満をぶつけようとした情けない自分を戒めるために、そうしたくないのだ。

 

 ――だから、こいつを出す時は、きっと大切な何かを守るために必要な時だ。そしてそれは、情けない俺から成長したと自分で自分に誇りを持って言える時となるだろう。

 

「……その時まで、待っていてくれ。いつか、また力を借りるからさ」

 

 その時こそ、俺は全幅の信頼と共にお前を召喚する。

 そう心に誓い、俺はカードをケースに戻して枕元へ置いた。

 と同時に、デッキケースの隣に置いてあったPDAにメールの着信を告げるライトが点灯する。

 俺はケースを置いた手でそのままPDAを取り、メール画面を開いた。送り主は十代。何の用だろうと本文を開き、そこに書かれた文章を読んだ。

 

『大徳寺先生を捜しに行ってくる』

 

 簡潔に書かれたそれに目を通し、俺は起こしていた半身をどさりとベッドに戻した。

 

「これが、最後のセブンスターズ戦か……」

 

 十代が大徳寺先生の元に向かうということは、つまりそういうことだろう。俺も何か力になりたかったが、まさか身動きすら取れないとはな。

 その場にいない俺に出来ることは何もない。だから俺は、拳を握って虚空に掲げた。

 

「頑張れ、十代」

「……ほう、元気そうだな」

 

 俺しかいないはずの保健室に、突如響いた低い男性の声。

 俺は驚きつつ身を起こすと、すぐさまその発生源に目を移す。そこは保健室の入口。そこに、目深にフードをかぶったうえに仮面までつけた見るからに怪しい男が立っていた。

 埃をかぶっていた記憶と一致する。間違いなく、アムナエル……大徳寺先生だ。

 俺はいつでも動けるように身体に力を入れる。少々痛みが走って顔が歪むが、問題はなさそうだった。

 

「……アンタ、誰だ」

 

 尋ねるも、その質問にアムナエルは答えなかった。

 

「そういえば、貴様の鍵は遊城十代に渡していたのだったな。無駄足を踏んだ……」

 

 まるで言い聞かせるかのようにそう残し、こちらに背を向ける。

 そしてそのまま去ろうとするその背中に、俺は思わず声をかけていた。

 

「待て!」

 

 それで止まってくれるかは賭けだったが、アムナエルは足を止めてくれた。それを見て、俺は素早く声を続けた。

 

「その声、アンタ……大徳寺先生なんじゃないのか?」

「………………」

 

 答えない、か。だが、それでもいい。とりあえず言いたいことだけ言わせてもらおう。

 

「先生。十代、心配してましたよ。十代だけじゃない、翔も隼人も万丈目も……俺だってそうです」

 

 それに、三沢、明日香、カイザーも。クロノス先生だって、同僚が行方不明なら心配しているだろう。大徳寺先生の失踪は、それだけ俺たちにも影響を与えていたのだ。

 

「………………」

 

 しかし、そんな言葉も大徳寺先生には届かなかった。止まっていた足は、再び動き出す。

 それを見て、俺は慌てて一番言いたかったことを口にした。

 

「――あの時は、ありがとうございました!」

 

 目の前の男の身体が固まる。

 

「カミューラが叫んでいたアムナエルとは、あなたのことですよね。これまでのセブンスターズに、そんな名前の奴はいなかった。……あの時、先生がカミューラのデュエルディスクを暴走させてくれなかったら、俺もクロノス先生も皆も、無事じゃなかったかもしれない」

 

 だから、と繋げて俺は頭を下げた。

 

「助けてくれてありがとうございました、大徳寺先生!」

 

 一番俺が言いたかったこと。それはお礼だった。

 大徳寺先生が教師として行動していた時は、そんなことを言うわけにはいかなかった。先生がアムナエルだと知っているはずがないのだから。

 だから、お礼を言う機会はここしかない。アムナエルとして大徳寺先生が現れたここしか。

 俺の言葉に最後まで耳を傾けてくれたものの、しかし先生は無言で保健室から出ていく。それでもいい。お礼は言えたし、あとはきっと十代が上手くやってくれる。そう願って、俺は力を抜いた。

 その時。

 

「……元気なら、それでいいんだにゃ」

 

 ふと、そんな声が聞こえてきた。

 はっとして保健室の入口を見るも、そこには既に誰もいない。

 なら幻聴だったのか。だが、俺にはそうは思えなかった。あれは紛れもなく大徳寺先生の声。なら、どうしてあんなことを言ったのか。先生は鍵を探しに来たみたいだけど……。

 いや、待てよ。

 

「……ひょっとして、ただのお見舞いだったのか?」

 

 鍵を十代に渡したなんて、簡単に知れることだ。そして知ったなら、そんな重要なことを忘れるはずがない。だというのに、忘れたふりをしてまでここに来たその理由。

 それはきっと、あの最後の言葉の通りだったのだろう。

 トラゴエディアとの戦いで怪我を負った俺を、大徳寺先生は心配してくれていたのだ。

 

「はは、相変わらずだなぁ、大徳寺先生は」

 

 相変わらず、生徒思いのいい先生だ。

 俺がそう実感して笑っていると、慌てた様子のマナが息せき切って走りこんできた。

 

「遠也! 明日香さんがどこにもいなくなって……! 遠也は大丈夫!?」

 

 切羽詰った顔で俺の身体に飛びつくマナ。心配からくるものだろうが、その衝撃は身体の痛みを再び起こさせるに十分なものだった。

 

「いたたた! 大丈夫、大丈夫だって! なんともないから!」

「本当? なんだか変な気配がしたから……」

 

 それはきっと、たった今去っていた大徳寺先生のものだろう。心配そうに俺の顔を覗き込んでくるマナの頭を撫でながら、十代と大徳寺先生のことを思う。

 この後すぐ、二人は戦うはずだ。先生と生徒、セブンスターズとその企みを阻止する者として。

 今は敵同士の二人だが、それでも互いに先生と生徒として大事に思っていることは間違いない。大徳寺先生はこうして俺のことを心配してくれていたのだから。

 だから、二人にとっていい結果になることを祈る。そのためにも、俺は心の中で十代にもう一度声援を送った。

 頑張れ、先生を頼む、と。

 その声援が届くように、俺はマナの頭を撫でつつ保健室の窓から外を見つめる。暗く闇に覆われた島の空。セブンスターズ最後の戦いに臨む友の助けになることを願いながら。

 

 

 

 

 ……その後。数時間後になって十代が保健室を訪ねてきた。

 それだけで、俺は悟る。大徳寺先生は敗れ、消えてしまったのだと。

 感傷を感じつつ迎え入れた俺だったが、十代は入り口に立ったままじっと俺を見つめていた。

 

「なんだよ?」

「ん、いや……」

 

 ベッドの上から投げかけた声に、十代は歯切れが悪そうに頭をかきながら入ってくる。そしてベッド横にいるマナの横に立ち、神妙な顔で俺に目を合わせてくる。

 

「……俺たちさ、仲間だよな?」

「は?」

 

 いきなり妙なことを言い出した十代に、思わず間抜けな声が出る。横ではマナも驚いた顔で十代を見ていた。

 そんな俺たちの反応を見ても、しかし表情を崩さない十代に、俺はやれやれと首を振ってまっすぐ正面から十代を見る。

 

「当たり前だろ。俺とお前は仲間で、ライバルで、でもって、大切な友達だ。一年前に会った時からな」

 

 アカデミアに入学してすぐ。初めてデュエルした時から、俺たちは友達だったはずだ。

 今更言うまでもなく、わかってると思ってたけどな。

 

「そんなこと、翔とか皆には聞くなよ。俺たちは誰が何と言おうと友達なんだからな」

 

 基本ネガティブなところがある翔なんかは、十代が改めてそんなことを聞いたら何か妙な方向に勘違いをしそうだ。そんな珍騒動にまた付き合うことになるのはごめんである。

 そんな思いからそう忠告すると、十代はうんうんと頷いて破顔した。

 

「だよな! へへ、やっぱ俺、最高の友達を持ったぜ!」

 

 笑顔でそう言うと、十代は似合わない顔ではなくいつもの快活な笑顔に戻った。

 まったく今のやり取りは何だったのか。そう思いつつ、いつもの十代の姿に俺は安心感を覚える。

 すると、十代は突然こんなことを言い出した。

 

「大徳寺先生が言ってたんだ。俺は一年前と何が違うのかって。今の俺には、たくさんの仲間がいる。そうしてみんなで作っていく未来が、きっと大徳寺先生が俺たちに教えたかったことなんだ」

 

 一人一人の個性が仲間という輪の中で溶け合い、新たな未来を作り出す。それこそが大徳寺先生が錬金術に込めた思いだったのだ、と十代は言う。

 物質と物質を混ぜ合わせ、新たな物質を作り出す錬金術。それと非常に似た十代を取り巻く環境。それに、大徳寺先生は希望を見出したらしい。

 先生は最後に、自分の後に現れる脅威に気を付けてくれと言い残して消えていったらしい。

 その未来を知っていた先生は、そんな脅威に立ち向かえる存在として十代を導こうとしていたのだろう。

 

「……そうか、大徳寺先生がそんなことを」

 

 最後に交わした仮面越しの会話を思い出す。

 あの人はやはり、生徒思いのいい先生だった。違う寮の人間だが、それでも大徳寺先生にお世話になったことは多い。軽く目を閉じ黙祷していると、十代が再び口を開く。

 

「あと、遠也のことも言ってたぜ」

「俺?」

「ああ。俺の融合と同じく、遠也のシンクロも未来を照らす大きな可能性。仲間と力を合わせて更なる希望を作り出す、その極意を忘れるな……ってさ」

「そうか……」

 

 あの人が見た未来には、果たして俺もいたのだろうか。

 その言葉がどんな未来を暗示しているのかはわからないが、それでも俺にとっても恩師である人の言葉だ。忘れないようにしよう。

 

「まぁ、そういうわけでさ。俺にとって仲間ってのは大事な存在なんだって気づかされたわけだ。……それで、聞いてみたくなったんだよ。皆にとっての俺は、どうなのかってさ」

 

 その表情に僅かに覗くのは、不安だろうか。

 十代自身は俺たちのことを信頼している。だが、相手が同じように思っているかは聞いてみなければわからない。そこに不安を感じるのは、人として当然のことだ。いくら明るい性格であろうと、それは同じ。

 それを知っている俺は、ふっと笑みを浮かべて十代に答えた。

 

「もう一度言ってやろうか? 俺にとってお前は大事な親友だよ。何があっても、それは変わらないさ」

 

 この一年で互いに築いた関係が、それ以外の何物でもあるはずがない。その確固たる思いから紡いだ言葉に、十代は照れ臭そうに笑った。

 

「へへ、俺も同じだぜ遠也! ま、これからもよろしくな親友!」

「ああ。こっちこそ」

 

 互いに笑い、拳と拳をコツンとぶつけ合う。

 この瞬間、長く続いたセブンスターズとの戦いはついに終わりを告げたのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 手を開き、握る。足を上げ、下ろす。肩を回し、腰を回す。

 それらの動作に何の痛みも走らないことを確認した後、俺はぐっと拳を突き上げた。

 

「俺、ふっかーつ!」

「気持ちはわかるけど皆本君、君まだ治ったばかりなんだから無理は禁物よ?」

「あ、はい。鮎川先生」

 

 若干テンション高くベッド脇で声を上げた俺を、鮎川先生が肩をすくめながら窘める。

 だがしかし、ようやくベッド生活&車椅子生活から脱却できた俺にとって、久しぶりの地に足をつけた感覚というのは感情を高ぶらせるには十分なものだった。

 鮎川先生に言われて収まらせてはいるが、それでもやはり嬉しいことに変わりはない。

 思わず顔に喜色がにじむ俺だが、そんな様子を鮎川先生は嘆息して見た後に俺の横に視線を移した。

 

「やれやれ……マナさん? 皆本君のことはしっかり見ていてちょうだいね」

「はーい、任せてください!」

 

 そしてその視線の先で、鮎川先生の頼みを快諾するマナ。

 俺が不自由している間その生活をずっとサポートしてきたマナは、鮎川先生とも親しげである。

 先生はマナが精霊であるとか本当は生徒でもないということを知らないが、俺と親しい女の子だとは理解しているようで、すっかり俺とセットで考えているようだった。

 

「信用ないなぁ、俺」

「別にそういうわけじゃないわよ? ただ、遊城君や天上院君に続いてでしょう。私としては生徒に危険なことはしてほしくないんだけど……どうしようもない以上せめて怪我だけはしてほしくないのよ」

 

 だからちょっと過保護気味になるのは見逃してちょうだい、と鮎川先生は笑った。

 ……そう言われては、何も言えるはずがない。そして同時に、俺たちのことをそこまで思ってくれている先生に感謝の念が浮かんだ。

 大徳寺先生といいクロノス先生といい、この学園は教師に恵まれているとつくづく思う。

 

「ありがとう、先生。……たぶんもうすぐ終わるから、安心してください」

 

 俺は鮎川先生にそう答えて、手を振りつつマナと共に保健室を後にする。

 そう、既にセブンスターズの撃退は完了している。なら、残るは本命ともいえる三幻魔……黒幕たる理事長だけだ。

 その決戦がいつになるかまでは覚えていないが、こうして俺が自由になった以上早くみんなと合流して備えるべきだろう。

 俺はそう判断すると、PDAを取り出して十代にメールをする。内容は、『俺、完治! 皆はどこにいる?』である。

 送信。そしてその一分後。十代から返信があった。なになに……。

 

『よかった、安心したぜ! んで、俺たちは今、浜辺でラブデュエルを見てるところだ!』

 

 ……どういう、ことだ。

 俺はあの十代がラブなんていう言葉を使ったことに戦慄しながら、とりあえず詳しい場所と経緯を尋ねるのだった。

 

 

 

 

 さて、わかった限りのことをまとめると、ラブデュエルというのは吹雪さんと万丈目の仕組んだことだったらしい。

 明日香と付き合いたい万丈目、その気持ちに気付いた吹雪さんが手を貸そうと名乗り出る。そこでデュエルを通じて気持ちを伝える(どうしてそうなった)ことになり、万丈目は俺たちが守った7つの鍵を盗み(解せぬ)、それを餌にしてやってきた明日香にデュエルを挑んだのだとか。

 まるで意味が分からんぞ!

 告白するだけなら、デュエルする必要はないだろうに。そしてそれにしても、「俺とデュエルしてくれ」と明日香に頼めば済むことだ。デュエルを挑まれれば、気心知れた仲間内だし明日香も断ることはないだろう。鍵を盗む必要はどこにもない。

 と、そんなわけで浜辺では俺と同様の考えに至ったのだろう、十代たち含め全員が万丈目とそのセコンドについている吹雪さんを呆れた目で見ていた。

 そして当然、合流した俺も同じ目で二人を見る。俺たちでもそうなのだから、実際にデュエルを吹っ掛けられた明日香はいったいどんな顔をしていることやら。背後からでも怒りのオーラが出ているのは分かるんだが。

 

「お、遠也来たのか。マナも」

「おう。……しかし、ホントにやってるんだな、ラブデュエル。冗談かと思ってたんだけど」

「それが冗談じゃないんすよ」

「まったく……吹雪にも困ったものだ」

 

 翔とカイザーが溜め息交じりに俺の願望交じりの言葉を否定する。

 隼人と三沢もうんうんと頷いて二人に賛同していた。やっぱり、本気でやってたのか、ラブデュエル。万丈目の奴も、普通に告白すればいいのに。

 と思っていると、既にデュエルは佳境に入る。俺が合流する前からデュエルしていたのだから、それも当然か。

 

「――私は手札から《機械天使の儀式》を発動! 場の《おジャマ・トークン》3体を墓地に送り、手札から《サイバー・エンジェル-弁天-》を儀式召喚!」

 

《サイバー・エンジェル-弁天-》 ATK/1800 DEF/1500

 

 両手に扇子……恐らくは鉄扇か。それを武器にした長い黒髪の女性が明日香のフィールドに現れる。明日香の持つサイバー・エンジェルのうちの1体か。

 対して万丈目の場には、攻撃力300、守備力3000の《おジャマ・キング》が1体である。弁天の効果を考えれば、これでデュエルは終わりだな。

 

「バトル! サイバー・エンジェル-弁天-でおジャマ・キングに攻撃! 《エンジェリック・ターン》!」

 

 弁天が飛び上がり、巨体のおジャマ・キングに鉄扇で鋭い往復ビンタを食らわせる。精神的ダメージとしても、なかなかキツイ攻撃方法だな。

 

「ぐッ……!」

 

万丈目 LP:2900→1400

 

「更にサイバー・エンジェル-弁天-の効果発動! このカードが戦闘で破壊し墓地に送ったモンスターの元々の守備力分のダメージを相手プレイヤーに与えるわ!」

「そ、そんな……おジャマ・キングの守備力は3000……!」

 

万丈目 LP:1400→0

 

 効果ダメージにより万丈目のライフポイントが0を刻む。そしてそれと同時に万丈目が膝から崩れ落ちた。

 こうしてここに、万丈目いわくのラブデュエルは終わりを告げたのだった。

 

「デュエルにも……恋にも、俺は破れた……うぅ……」

 

 地面に手をつき、うなだれる万丈目。

 俺たちにとってはよくわからない趣旨のデュエルだったが、万丈目にとってはそれだけ本気だったのかもしれない。膝を折り、肩を震わせる万丈目を見ると、その方向性はどうあれ明日香を好きな気持ちは本物だったのだろうと思うことが出来た。

 セコンドたる吹雪さんが、万丈目に駆けより、そして同時に自らを奮い立たせて万丈目が顔を上げる。やはりその顔にはショックが色濃く残っていたが。

 定番の万丈目サンダーの叫びと共に立ち上がる万丈目。それを見て、「こんなにカッコいい万丈目くんに、何故惚れない明日香!」と恋破れた男の姿に涙しながら言う吹雪さん。

 いや、そこは個人の好みの問題でしょうが。

 とはいえ、そこまで想ってもらっていたことに対しては、明日香としても素直に嬉しく感じていたようだった。デュエル中とは異なり、肩の力を抜いた温和な雰囲気を見せ、万丈目へと歩み寄る。

 

「万丈目くん、あなたの気持ちは嬉しいけど――」

 

 明日香が和らいだ声で言葉を紡いだ、その時。

 

「な、なんだ!?」

 

 突如島を大きな地震が襲う。

 そればかりか、光の柱が空に向かって放たれ、しかしそれは一瞬で消え去った。

 

「い、今のは……?」

 

 誰かが発した疑問の声。だが、それに答えが返ってくる前に、もう一度大きな揺れが俺たちの身に降りかかる。

 全員が身体に力を入れ、浜辺から徐々に距離を取っていく。波にさらわれでもしたら洒落にならないからだ。

 そうして少しずつ全員の身を寄せ合い始めたところで、揺れがぴたりと止む。それと同時に、異変に気付いた翔が声を上げた。

 

「ああっ! みんな、森の奥に……!」

 

 翔が指差すその先には、森の上から僅かに飛び出した石柱が見えた。先しか見えないが、その形は四角錘に近い特徴的なもの。

 

「あれは……オベリスク、か?」

「ああ。エジプトの代表的なモニュメントだ」

 

 俺の呟きに、カイザーが答える。

 しかし、なぜそんなものが……。見る限りは複数あるみたいだし、ここから先だけとはいえ見えるということは、かなり巨大なもののはずだぞ。

 疑問に思っていると、今度はマナが「万丈目くん!?」と驚きの声を上げた。今度はなんだ、と思いながら全員の視線が万丈目へと向けられる。

 そこには、首から下げた7つの鍵が光り、浮かび上がっている姿があった。

 

「な、なんだこれ、はぁッ!?」

 

 万丈目自身が驚くと同時に、鍵は万丈目の首にかかったまま森の方へと移動し始める。首にそれがかかっている万丈目は、突然のことに首から外す暇もなく引っ張られていく。

 

「ま、万丈目! どこ行くんだ!?」

「お、俺が知るかぁ! あと、さんだぁー……!」

 

 十代の問いに、首を引っ張られて走りながらも律儀に返答する万丈目。その姿が森へと消えていくのを見て、俺たちはすぐに足を動かしていた。

 

「ったく、追うぞみんな!」

 

 俺の声に頷き、全員が万丈目を追って走り出す。

 森の中を、俺、十代、マナ、翔、隼人、三沢、カイザー、明日香、吹雪さんの順番で走り抜ける。基本的に真っ直ぐ最短距離を進んでいるのか、曲がることが一切ない。この先にはさき見えたオベリスクがあるはず。

 この異常な事態……あそこが三幻魔の封印場所か?

 

「ぁがッ!?」

 

 追いつつも考えていると、前方で万丈目の悲鳴が聞こえてくる。

 何事かと思えば、横につきだした木の枝に正面から顔をぶつけたらしい。だが、その衝撃のおかげで鍵をかけていた紐が切れて、万丈目は解放されたようだ。代償は、顔に横一文字で走った打撲の跡だな。

 そして同時に鍵が飛んでいった目的地……石柱の場にも出たようだ。改めて見てみれば、ビルの10階ほどに相当する巨大なオベリスクが7本、地面から斜めに突き出している。

 それはちょうど円を描くように配置されており、その中心地は木々が存在せず円形の窪みが赤茶色の土を見せて形作られていた。

 

「み、見ろ! 七星門の鍵が……!」

 

 三沢の言葉に、俺たちは光を放つ鍵を見る。

 宙に浮かぶ7つの鍵はやがてゆっくりと移動を始め、7つの柱それぞれに吸収されていった。

 そして、それと同時に再び振動を起こす大地。まず間違いなく、門が開く。この場の誰もがそのことを確信していた。

 

「みなさーん!」

「何事なノーネ!?」

 

 同じくして、学園の校舎の方から走ってくる鮫島校長とクロノス先生。セブンスターズに深く関わる二人はこの異常事態をすぐにそれと結び付け、駆けつけてきたようだった。

 

「いやぁ、それが……」

「サンダーのせいで……」

 

 と、みんなが先生の質問に対して納得の回答を返していたところで、今度は先程よりも小さな揺れが起こる。

 そして現れたのは、土がめくれ上がった窪みの中でも更に中心。その地面に鉄製の扉が掘り起こされ、そこから鉄柱がせり上がってきたのだ。

 尤も、その柱の大きさは周囲のオベリスクほどではない。せいぜい両腕で囲める程度の太さに、胸まで届くかといった高さしかない小さなものだ。

 だが、その柱の上部が開き、中から光と共に現れたものに、俺たちは目を見開いた。

 

「な……3枚のカード!?」

「まさか、あれが三幻魔のカードなのか!?」

 

 浮かび上がる3枚のカード。七星門の鍵によって開き、そこから現れた3枚のカードから、三幻魔を想像するのは当然のことだった。

 俺たちはそれを確保しようと、その場から動く。中心地に向かって俺と十代、万丈目が素早く円の外周部から窪みに降りたところで、空から声が降ってきた。

 

『そのカードを、貴様らにやるわけにはいかんな……』

 

 しかも、かなりの大音量で。

 どこの馬鹿だと思って空を見上げれば、そこにはこちらに飛来する輸送機が一機。まだそれなりに距離がある。あそこから届かせようとすれば、そりゃ音も大きくなるわな。

 そして俺たちの真上に来た輸送機が、突然何かをパラシュート付きで降ろす。目を凝らしてみれば、それは俺の身長の二倍はありそうな機械の塊だった。

 途中でパラシュートを切り離したそれは、ズン、と大きな音を立てて接地する。それによって立ち上る土煙が晴れた時、そこに現れたのは培養漕の中に一人の老人を擁した機械仕掛けの四足ロボットであった。

 

「なんだ、あのロボットは……」

 

 鮫島校長の言葉は俺たちの気持ちの代弁だった。

 そしてそれに、そのロボットはスピーカー越しの声で返答する。

 

『鮫島校長……私の声を忘れたのかね』

「ッ……この声、まさか……影丸理事長!?」

 

 校長の口から出た理事長という言葉に、俺を除く全員が動揺する。

 理事長となればつまりは学園の総責任者。そのような立場の人間が何故この学園を危機に陥れるようなことを? ということだろう。

 そしてそれにそのロボット……影丸理事長は、不気味な含み笑いを浮かべる。

 

『フフフ……時は満ちた。これより三幻魔復活の儀式を行う』

「馬鹿な!? この学園を守るべき方が、何故そんなことをする!?」

 

 カイザーが信じられないとばかりに詰問し、それに理事長は鼻を鳴らして答えた。

 

『最初から、私が計画したことだったのだよ。この三幻魔の儀式はな……』

 

 どういうことだ! と問い詰める皆。それを受けて、理事長は上手くいった悪戯を誇る子供のようにタネ明かしを始める。

 

 ――いわく、元々理事長は三幻魔のカードを手に入れてその力を己が為……永遠の命と世界の覇権の入手に利用しようとしていた。だが、三幻魔の力はデュエリストの闘志に満ちた空間でないと蘇らないとわかったらしい。

 そのため数年前に理事長はこの学園を設立。表向きの理由は学園が謳うように次世代を担うデュエリストの育成だろうが、本当は三幻魔の復活に見合う実力と意志を持ったデュエリストを生み出すため、というのがその真相だったようだ。

 そして現在。この場にいるデュエリストを見て機は熟したと見た理事長は、七星門の鍵を鮫島校長に託し計画の実行に移った、ということのようだ。

 

 その告白を受けて、全員が怒りをあらわにする。

 

「ふざけないで! 私たちはあなたの言いなりになるオモチャじゃないのよ!」

「そうだ! 勝手なことを言うな!」

「俺たちは自分たちの夢のためにこの学校に来たんだな! その気持ちを利用するなんて、許せないんだな!」

 

 明日香、翔、隼人がそれぞれ自身の思いを吐露し、理事長の言葉に真っ向から立ち向かう。

 それを受けて、クロノス先生も口を開いた。

 

「そうでスーノ! 我々教育者の仕事は、生徒の夢を叶えるために必要な力を彼らに教え、その夢へ導くことなノーネ! あなたはこの学園の理事長……教育者として失格でスーノ!」

 

 クロノス先生の言葉に、鮫島校長が大きく頷く。そして、その言葉に続いて今度はカイザーたちが声を上げる。

 

「そうだ、そんな横暴を許すわけにはいかない! その野望、この俺……カイザーと呼ばれるこの丸藤亮が打ち砕いてみせる!」

「いや! このデュエルは俺……一、十、百、千、万丈目サンダーが受けて立つ!」

「待てサンダー! ここはラーイエローのトップ、三沢大地が!」

「いいや、ここはアカデミアのブリザードプリンスと称されるこの僕、天上院吹雪がお相手しようじゃないか!」

「誰もそんな風に呼んでないじゃない……」

 

 最後の吹雪さんのセリフにだけ、明日香が呆れて突っ込みを入れる。

 とはいえ、皆も理事長の言葉に怒りを覚えているのは同じことのようだ。数ある学校の中からわざわざここを選んできた以上、誰であっても少なからず目的がある。夢であったり、進路であったり。

 しかし、理事長の発言はこの学園の責任者でありながらその全てを否定するもの。憤慨して当然だった。

 だが、そんな怒りを理事長は気にも留めない。いま声を上げた全員からの果たし状を退け、ただ二人……俺と十代にだけ目を向ける。

 

『貴様らでは駄目だ。私の相手は、皆本遠也、遊城十代。精霊の力を色濃く宿す、この二人でなければ意味がない』

「なに?」

「俺と遠也だって?」

『そうだ。遊城十代……貴様は精霊の宿るカードを持ち、その声を聴く力を幼い頃から持っていたという。そして、皆本遠也』

 

 俺に視線を向けた理事長は、その隣に立つマナにも目を向ける。

 

『貴様の持つ精霊のカード……《ブラック・マジシャン・ガール》。貴様はその存在を実体化させることが出来るほどの力を持つ。フフフ、ゆえに貴様らでなければならぬ』

「なんですと!?」

「シニョーラマナが、ブラック・マジシャン・ガールの精霊でスッテ!? どういうことなノーネ!?」

 

 理事長の発言に、その事実を知らなかった校長とクロノス先生が動揺を隠さずマナを見る。

 そしてマナは二人の視線を受けて、一つ息を吐いた。そして次の瞬間、その身は魔法を使い光に包まれる。その眩い光が晴れた後、そこにはブラマジガールと寸分違わぬ格好をしたマナが立っていた。

 この場にいる全員が知っているなら問題ないと判断したのだろう。本人としても、本来の格好が一番楽だと言っていたことだし。

 そしてそれを見た校長とクロノス先生は、あんぐりと口を開けて驚いていた。

 

『フフフ、さすがだ。それ程の力、実に高ぶる……』

 

 そして嬉しそうに笑う理事長。

 ……だけど理事長さん、言いにくいけどそれって勘違いです。だって、マナが実体化してるのって本人の力だし。俺まったく関係ないから。

 まぁ、精霊が見えるし声も聞こえるから、俺に何の力もないってわけでもないんだろうけど。だが、それなら俺と万丈目はほとんど変わらないはずだ。

 しかし、それを知らない理事長はノリノリである。さぁデュエルだ、とでも言いたげに三幻魔のカードをロボットアームで回収すると、それを機械の中から取り出したデュエルディスク、それに収められたデッキに組み込んだ。

 あちらさんは、完璧にやる気のようだ。まったく、やれやれ。

 

「遠也……さっき鮎川先生に言われたこと、覚えてる?」

 

 隣に来たマナが、じとりと俺の顔を見つめてくる。あちらさんに触発されて、ちゃっかり俺もデュエルディスクを装着したからだろう。

 ちなみにデュエルディスクは、ラブデュエルと聞いて一応持ってきた。その後普通に皆でデュエルする事態になったら、俺も混ざろうと思って。結局こんなことになったけど。

 そしてそんなジト目で見てくるマナに、俺は嘆息して答える。

 

「仕方ないだろ。あっちは俺たちをご指名なんだ。世界の命運がかかっている以上、下手に断るわけにもいかないだろ」

『その通りだ……見ろ』

 

 理事長が言うと同時に、7本のオベリスクの間に電磁波のようなものが走り、それぞれがその電磁波によって繋がる。完全に円を描いたそれによって、俺たちは閉じ込められた。

 

『私の挑戦を受けなければ、貴様らはこの中から出られず、島と共に海に沈むしかない。それが嫌なら、私と戦うのだ!』

 

 ほらな、とマナに目を向ける。逃げられるようにしているはずがないのだ。この学園を作って以来、待ちに待った三幻魔復活のためのエサなのだから、俺たちは。

 マナは理事長の所業に表情を険しくさせる。そんな中俺は、それに、と言葉を足して十代を見た。

 視線の先では、隼人が投げたリュックから取り出したデュエルディスクを腕に着け、デッキを弄っている友達の姿がある。

 

「十代一人に背負わせるわけにもいかないしな」

 

 ただでさえ、俺の分の鍵まで託したことがあるのに。そう心の中で付け足しながら言うと、聞いていた十代がにっと笑う。

 

「へへ、それは俺のセリフだぜ。遠也一人に任せっぱなしってのは性に合わないからな!」

 

 それに俺も笑みを浮かべて返し、それを見たマナは溜め息をついた。

 

「もう……前に翔くんが言ってたけど、二人ともやっぱり似た者同士だよ……」

「悪いな、マナ。けど、これが最後だからさ」

「うん。私の力が必要なら、いつでも使ってね?」

「おう」

 

 マナはその答えを聞いて、すっと一歩下がる。万丈目もまた、自身がいては邪魔になるだけだと判断したのか後方で皆と合流している。

 俺と十代はそれぞれその場に残り、窪みの方へと更に歩を進めた。

 それを見て、理事長がくぐもった笑いを響かせる。

 

『フフフ、待ちに待った一時だ。三幻魔の力をとくと見るがいい』

「へっ、俺たちはそう簡単にはやられないぜ!」

「ああ。お前こそ、俺たちの絆の力を存分に見るといい」

『フフ、威勢のいい……これが若さか。では、ルールを説明する。このデュエルは変則タッグデュエルだ。ライフは私が8000、貴様らは8000のライフを共有する。場と墓地も共有とし、タッグパートナーの伏せカードはもう一方も使える。ハンデとして、私は手札10枚スタートとする。そして1ターン目は互いにバトルフェイズを行えない。……異存があるなら聞いてやろう』

「異存はないぜ!」

「同じくだ」

『よかろう。では――』

 

 その言葉を合図に、互いにデュエルディスクを展開した。

 そして同時に開始を宣言する。

 

「「『デュエルッ!!』」」

 

遠也・十代 LP:8000

影丸 LP:8000

 

「俺の先攻……ドロー!」

 

 まずは十代のターン。この後が理事長のターンとなり、その後が俺。これが1ターンの順番だ。その後再び理事長のターンとなり、その次が最初に戻って十代……と続いていく。そして2回目の理事長のターン、その時からバトルフェイズを行えるようになる。

 

「俺は《E・HERO バーストレディ》を守備表示で召喚! カードを1枚伏せてターンエンドだ!」

 

《E・HERO バーストレディ》 ATK/1200 DEF/800

 

 手堅い始まり方だ。相手の出方がわからない以上、守備を固めるのは正しい。バトルフェイズを行えない以上、様子見といったところだろう。

 

『私のターン……ドロー!』

 

 ハンデにより、この時点で理事長の手札は11枚。そこから取れる戦術の幅は想像もできないほどだ。

 あれだけ手札が充実している以上、場を整えることは容易なはず。果たしてどう出てくるか……。

 

『クク、私は手札から罠カードを3枚セット』

 

 理事長の場に3枚の伏せカードが現れる。

 だが、それを見た面々は揃ってそのプレイングに驚きを隠せない。

 

「あの男……本当にデュエルをしたことがあるのか?」

「ああ。伏せカードをセットするのに、わざわざ罠か魔法かを宣言する必要はない」

「確かにそうっすよね」

 

 万丈目と三沢の言葉に、翔が頷く。

 二人の言うことは正しい。だが、三幻魔の中にはそれでしか召喚できないものも存在する。OCGにおいては永続罠でしか特殊召喚できないモンスターだったが……。

 俺がOCGの効果を思い返しているところ、万丈目たちの声を聴いていた理事長は不敵な笑みを浮かべる。

 

『だがこれこそが、幻魔を呼び出すのに必要な条件なのだ……』

「3枚の罠カードが、三幻魔の召喚条件だって?」

『そうだ、十代。まずは第一の幻魔を貴様らに見せてやろう』

 

 言うと、理事長のロボットアームが手札の一枚を掴み取る。

 

『3枚の罠カードを生贄に、現れろ! 《神炎皇ウリア》!』

 

 理事長の宣言と共に3枚のカードが光となって消え去り、同時に島の火山傍から巨大な火柱が天に向かって立ち昇る。

 マグマが混じる膨大な熱気、その業火の中から姿を現したのは、三幻神オシリスの天空竜に酷似した赤いドラゴン……三幻魔の1体、神炎皇ウリアである。

 

《神炎皇ウリア》 ATK/0 DEF/0

 

『ウリアの攻守は墓地に存在する罠カードの枚数×1000ポイントとなる。私の墓地に罠カードは3枚。よってウリアのステータスはそれぞれ3000となる!』

 

《神炎皇ウリア》 ATK/0→3000 DEF/0→3000

 

「いきなり攻撃力3000のモンスター!?」

 

 十代が驚きを露わにするが、理事長は不敵に笑うだけだ。

 

『フフ……1ターン目は互いにバトルフェイズを行えない。私はこれでターンエンドだ』

「次は俺のターンだ、ドロー!」

 

 加えたカードと共に手札を確認し、するべきことを決めていく。

 

「俺は《おろかな埋葬》を発動し、デッキから《ボルト・ヘッジホッグ》を墓地に送る! そして、《ジャンク・シンクロン》を召喚! その効果により墓地のレベル2以下のモンスター……ボルト・ヘッジホッグを蘇生する!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 これは世界の命運もかかった一戦。なら、最初から全力でいく!

 

「レベル2ボルト・ヘッジホッグにレベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし狂気が、正義の名の下動き出す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 殲滅せよ、《A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス) カタストル》!」

 

《A・O・J カタストル》 ATK/2200 DEF/1200

 

 現れる白銀の装甲を持つ機動兵器。冷たく光る金色の爪で身体を支え、青い一つ目のレンズが相手フィールドを見据える。

 闇属性モンスター以外との戦闘では絶大なアドバンテージを誇るモンスターだ。壁としてもアタッカーとしても、頼もしい存在と言える。

 

「更にカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 俺も伏せカードをセットしてターンを終える。これでウリアの効果を使ってきたとしても、どちらかのカードを残すことが出来るだろう。

 

『私のターン、ドロー!』

 

 理事長が手札にカードを加える。

 

『フフ、まずは神炎皇ウリアの効果発動! 喰らえ、遠也! 《トラップ・ディストラクション》!』

 

 その指示を受け、ウリアが甲高い鳴き声を上げる。そしてそれは超音波となって空間を渡り、やがてそれは俺が伏せたカードを破壊することとなった。

 

『幻魔に罠カードは通用しない。通用するのは発動ターンの魔法のみ! 私は更に魔法カードを3枚セット。そして出でよ、第二の幻魔……《降雷皇ハモン》!』

 

 今度は魔法カード3枚が光と化して消え去り、そして地面から現れた氷山より、全身を黄色で染め上げられたラーの翼神竜をモチーフにしたと思われるモンスター……降雷皇ハモンが現れた。

 

《降雷皇ハモン》 ATK/4000 DEF/4000

 

 そしてその攻撃力を目撃し、十代の頬に一筋の汗が伝う。

 

「攻撃力4000……!」

『フフフ、バトルフェイズに入る! 降雷皇ハモンでバーストレディに攻撃! 《失楽の霹靂》!』

 

 ハモンの口から放たれた雷が天に昇り、いつの間にか黒い雲で覆われた空が帯電する。そしてそこから幾筋もの雷が降り注ぎ、バーストレディを一瞬で破壊してしまった。

 

「くっ、バーストレディが……!」

 

 ダメージこそないが、これもやはり闇のデュエル。近くで炸裂した雷の熱が肌を焼くようだった。

 

『更にハモンの効果発動! 戦闘で相手モンスターを破壊した時、1000ポイントのダメージを与える!』

「な、なに!?」

「くっ……!」

 

 上空に留まっていた雷雲。そこから再び雷が落ち、俺たちの身体に直撃した。

 

「「ぐぁぁああッ!」」

 

遠也・十代 LP:8000→7000

 

『更にウリアでカタストルに攻撃……と言いたいが、そのモンスターの効果は知っている。バトルフェイズはこれで終わりだ』

 

 ぐっ、さすがに知ってたか。そのまま無防備に攻撃してくれていれば、逆にウリアを倒せていたんだけどな。

 だが、効果を知っているということは警戒して暫くは持たせられるかもしれない。そう考える俺だったが、それは甘い考えだったとすぐに悟ることになる。

 

『だから私はこうしよう。魔法カード《地割れ》を発動! 相手フィールド上の最も攻撃力が低いモンスターを破壊する! 貴様らの場のモンスターはカタストルのみ。カタストルを破壊だ!』

「なっ……!」

 

 地響きとともにカタストルが立つ大地にひびが入る。それは見る間に巨大な亀裂へと成長し、その上にいたカタストルを飲み込んだ。

 いくら戦闘で無類の効果を持つカタストルといえど、効果破壊には無力だ。これで俺たちの場は綺麗に空っぽになってしまった。

 

『フフフ、私はこれでターンエンドだ』

 

 悠々とターンを終えた理事長に対して、俺たちは苦い顔だ。

 まだまだこれからとはいえ、相手の場には攻撃力3000と4000のモンスター。そのうえ罠カードは効かないときたもんだ。面倒なことこの上ない。

 

「遠也……」

「ああ。一筋縄じゃいかなそうだな」

 

 まがりなりにも神に匹敵すると言われたカードか。OCGでは存在していない耐性が厄介だな。

 そんな思考をしつつ俺たちは互いに顔を見合わせる。そして、お互いの表情に諦めの感情が存在しないことを確認した。

 

「だけど……だからこそだろ、十代」

「ああ! だからこそ、倒しがいがあるぜ!」

 

 こんな時でもらしさを忘れない十代に、俺の口元も緩む。

 こいつといると、本当に諦めるなんて感情とは縁遠くなっていくな。

 

『随分と余裕だな。その意気は買ってやろう』

「言ってろ、金魚鉢」

 

 まさしく金魚鉢のような水槽の中にいる老人に向かって、挑発するかのように言い放つ。

 別にこれは余裕ってわけじゃない。ただ、デュエルはたとえどんな状況でもパートナーを、己のデッキを信じなければ勝つことは出来ないってだけの話だ。

 なら、三幻魔のカードを手に入れて独り浮かれている御老人に負ける道理はない。

 

「いくぞ、十代!」

「ああ、今度は俺のターンだ。いくぜ、影丸!」

 

 言って、十代がデッキのカードに指をかける。

 セブンスターズから始まった三幻魔をめぐる物語。それに終止符を打つデュエルはまだ始まったばかりである。

 だが、俺たちは決して負けない。その思いを互いに感じながら、俺は十代がカードを引く横で、理事長の場の三幻魔2体を強く見据えるのだった。

 

 

 

 



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第30話 終結

 

遠也・十代 LP:7000

手札:遠也3、十代4 場:なし、伏せ1枚

影丸 LP:8000

手札:3 場:《神炎皇ウリア》《降雷皇ハモン》、伏せなし

 

 

「俺のターン、ドロー! 《強欲な壺》を発動、2枚ドロー!」

 

 今度は十代のターン。そしてこの時から、俺たちもバトルフェイズが行えるようになる。

 

「ここは臆さず攻めるぜ! 手札から《融合》を発動! 手札の《E・HERO スパークマン》と《E・HERO エッジマン》を融合! 現れろ、《E・HERO プラズマヴァイスマン》!」

 

《E・HERO プラズマヴァイスマン》 ATK/2600 DEF/2300

 

 現れる黄金の装甲を纏ったHERO。E・HEROの中でも高いステータスを持つモンスターだが、幻魔を相手にするには攻撃力が足りていない。

 だが、その効果は強力である。

 

「更にフィールド魔法《摩天楼-スカイスクレイパー》を発動! HEROが自身より攻撃力の高いモンスターと戦闘する時、攻撃力を1000ポイントアップさせる!」

 

 十代がデュエルディスクのフィールド魔法ゾーンにカードをセットする。それによって、森を望むオベリスクの円の中から、ビル群が立ち並ぶ摩天楼へと周囲の風景が変わっていく。

 その中に立つウリアとプラズマヴァイスマンの姿は、悪の怪獣と戦うヒーローそのものだった。

 

「これでプラズマヴァイスマンの攻撃力はウリアを超えたぜ! いけ、プラズマヴァイスマン! 《プラズマ・スパーク》!」

 

《E・HERO プラズマヴァイスマン》 ATK/2600→3600

 

 十代の指示を受けてプラズマヴァイスマンが飛び上がり、巨体のウリアめがけて激しい雷を放つ。

 身を包んで余りある電撃を受けたウリアは、苦痛の叫びを上げながら爆発、破壊された。

 

『ぬぅ……!』

 

影丸 LP:8000→7400

 

「更にプラズマヴァイスマンの効果発動! 手札を1枚捨てることで、相手の場の攻撃表示モンスター1体を破壊する! 《降雷皇ハモン》を破壊だ! 《エレクトリック・ボルト》!」

 

 ウリアを倒し、手頃なビルの屋上に降り立ったプラズマヴァイスマンは、今度はハモンに向けて雷を放つ。そして、その直撃を受けたハモンもまた絶叫と共に倒された。

 あの状況から1ターンで2体の幻魔を一掃するとは。さすがは十代である。

 

「やった! さすが兄貴!」

「1ターンで2体の幻魔を倒すとはな……」

「ふん、これぐらいはやってもらわなければな!」

 

 後方からの声援に、十代はにっと笑みを見せて応える。

 俺もまた隣に立つ十代の肩を、労いの意味も込めて軽く叩いた。それにへへ、と笑いつつ十代は手札のカードに手をかける。

 

「俺はカードを1枚伏せてターンエンド!」

 

 十代がターンを終え、理事長にターンが移る。

 俺たちが理事長に目を向けると、幻魔が2体とも倒されたにもかかわらず、その顔には余裕の笑みが浮かんでいた。

 

『フフフ……幻魔を甘く見てもらっては困るな』

「なに!」

『すぐに再び幻魔の姿を見せてやろう。私のターン、ドロー!』

 

 手札にカードを加えた理事長は、素早く行動に移る。

 

『墓地のウリアの効果発動! 手札の罠カード1枚を墓地に送り、ウリアを墓地から特殊召喚する! 再び現れよ、神炎皇ウリア!』

 

 地面から勢いよく炎が噴き出し、その中から再びウリアが姿を現した。

 

《神炎皇ウリア》 ATK/0→4000 DEF/0→4000

 

 しかも今ので罠カードが墓地に送られ、攻撃力がさっきより1000ポイントアップしている。デメリットないじゃないか、その蘇生能力。OCGでもその効果があったら脅威だったな。

 

『ウリアの効果で十代の場に伏せられた罠カード1枚を破壊! 私は更にフィールド魔法《失楽園》を発動! 三幻魔のいずれかが場に存在する時、私は1ターンに1度デッキから2枚ドローできる。ドロー!』

「くそ、スカイスクレイパーが……」

 

 新たなフィールド魔法《失楽園》。それによって、高層ビルが立ち並ぶ摩天楼は消え去り、暗く尖った岩肌が目立つ不気味な荒野へと、風景が一変した。

 幻魔が自分の場にいる必要があるとはいえ、毎ターン3枚ドローを可能にする恐ろしい効果を持つ。禁止級のトンデモカードである。

 

『魔法カード《死者蘇生》を発動! 蘇れ、降雷皇ハモン!』

 

 理事長は更に手札からカードを発動させ、ウリアに並んでハモンまでをもこのターンで復活させてきた。

 

《降雷皇ハモン》 ATK/4000 DEF/4000

 

「まさか……もう復活するというのか!?」

 

 三沢がレベル10モンスターが2体ともこうも簡単に蘇ったことに対して、驚きの声を上げる。

 十代が場を一掃する前の状態にまで戻した理事長は、得意げな声でメインフェイズを終えた。

 

『さて、ではバトルだ! ハモンでプラズマヴァイスマンに攻撃! 喰らえ、《失楽の霹靂》!』

 

 ハモンの口から放たれた雷により、濁った空から落雷が俺たちを襲う。プラズマヴァイスマンはより上位の雷によって破壊されてしまった。

 

「ぐっ……!」

 

遠也・十代 LP:7000→5600

 

『更に1000ポイントのダメージを受けろ!』

「ぐぁッ!」

「つぅッ……!」

 

遠也・十代 LP:5600→4600

 

 ハモンの効果により、俺たちのライフが更に削られる。既に初期値の半分近い。だいぶやられてしまった。

 俺たちは衝撃によって膝をつく。だが、まだまだ勝負はこれから。その思いと共にそれから立ち上がろうとした……その時。

 後方から皆の動揺した声が耳に届く。なんだと思い、十代と同時に後ろを振り返った。

 

「なんだこれは! デッキのモンスターが……弱っている!?」

「僕のスチームロイドも……」

「俺のデス・コアラもなんだな」

「どういうことなノーネ!?」

 

 各々が自身のデッキを取り出し、カードを見て驚いている。いったいどういうことなのか、何か異変があったということか。

 狼狽する皆。その様子を見て、理事長が鼻を鳴らした。

 

『フン、ようやく気づいたか。その通り、この場で闇のデュエルをしているこの二人以外の者のモンスターから、幻魔は生気を吸収しているのだ!』

 

 理事長の発言に、誰もが目を見開いて驚きを表した。

 

「なんだと! 幻魔とは、モンスターから生気を吸い取り、力にするカードだというのか……!」

「危険とされ、封印されるわけだ」

 

 理事長の言葉に、カイザーと三沢が苦々しげに口にする。

 俺は理事長の言葉に、後方に下がっていたはずのマナを見る。すると、そこにマナはおらず、いつの間にか精霊化して俺の傍まで寄ってきていた。

 見た感じいつも通りだが、念のためマナに尋ねる。

 

「大丈夫なのか?」

『うん。戦っている遠也と十代くんに影響はないみたいだから』

 

 マナが指で十代を示す。そこでは十代の後ろに寄り添うハネクリボーの姿が見える。確かに大丈夫みたいだとわかり、俺はほっと胸を撫で下ろした。

 そんな俺をよそに、理事長は言葉を続ける。

 

『だが、三幻魔を操る力はまだ完全ではない。この結界がなければ、私には操れぬのだ。……だからこそ、十代、遠也。貴様らの持つ類稀な精霊を操る力が必要なのだ!』

 

 叫ぶように断言し、そして、と語気を強めて理事長は言う。

 

『三幻魔の掌握に成功した時! 三幻魔はこの結界を飛び出し世界中のデュエルモンスターズから生気を奪い始める! それによって私は永遠の命と絶大な力を手にし、この地上で神となるのだ!』

 

 高揚した声で自身の目的を語る理事長。

 だが、それを聞いている俺たちは高揚とは程遠い感情でそれを聞いていた。

 

「妄想は大概にしとけよ爺さん」

「そうだ、そんなことはさせないぜ!」

 

 思わずぼやくように言った言葉に、隣の十代がまったくだと頷いて追随する。

 何が神になるだ。どこぞの死神ノートを拾った高校生じゃあるまいし、そんな妄想は夢の中だけにしてくれ。まして、そのために他人を犠牲にするなどもってのほかだ。この世界に生きる一人として、許せるものじゃない。

 俺と十代はそう改めて決意し、衝撃を受けて崩した身体をしっかりと持ち直す。

 そしてその間に、理事長の身体にはある変化が起きていた。

 幻魔が吸収した生気と思しき光る靄。それが水槽の中の理事長の身体を包み込み、その姿を痩身であったそれから屈強な若々しいものへと変化させていったのだ。

 

『フフフ、みなぎる……みなぎるぞ!』

 

 盛り上がる筋肉。色を取り戻す髪。皺が消えていく肌。それらが示す事実は理事長の身体が若返っているということだった。そう俺たちが認識したその瞬間、理事長は中から水槽を叩き割って外に出てきた。

 生命維持を担っていただろうそれを壊しての登場だ。そして、その肉体はボディビルダーも顔負けな立派なもの。先程までの弱々しい老人の姿はどこにもなく、どうやら本当に若返ったようだと認めざるを得ない。

 

「――フフフ、晴れやかな気分だ。さて、まずは……」

 

 スピーカー越しではない生の声にも張りがある。理事長は自身が入っていた水槽が取り付けられたロボットからデュエルディスクだけ外して本体を太い両腕でがっしりと掴む。

 

「邪魔なこいつは、もう必要ない!」

 

 そして力任せにそれを持ち上げると、一気に遠くにぶん投げた。

 ガシャーン、ドーン、と離れた位置で爆発を起こすロボット。

 おいおい、どう見たって100キロは余裕であっただろ、あのロボット。どんだけパワフルだったんだよ若かりし頃の理事長は。

 若干呆れていると、理事長はデュエルディスクを腕に装着して俺たちに向き直った。

 

「待たせたな、十代、遠也。デュエルの再開といこうか」

「言われるまでもないぜ!」

「ああ、待っていてやった礼ぐらい欲しいところだな」

「クク、そうか。ではバトルフェイズの続きからだ。まだウリアが攻撃していないが、ウリアは自身の効果で蘇生したターン自分の場に他のモンスターがいる時、攻撃できない。俺はこれでターンエンドだ」

 

 理事長がエンド宣言を行う。これにより、ターンは俺に移った。

 

「俺のターン!」

 

 手札にチューナーはいない。だが、それなら呼び込めばいいだけの話だ。

 

「俺は魔法カード《調律》を発動! デッキから《ジャンク・シンクロン》を手札に加え、その後デッキをシャッフルし、デッキトップのカードを墓地に送る。そして今手札に加えた《ジャンク・シンクロン》を召喚!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

 

 お馴染みオレンジの体躯が目立つ眼鏡をかけたチューナー。それを見て、理事長が呆れた声を漏らす。

 

「ふん、またそいつか」

「生憎、こいつが俺のデッキの要なもんでね。ジャンク・シンクロンの効果発動! 墓地のレベル2以下のモンスター《ボルト・ヘッジホッグ》を蘇生する!」

 

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

「そしてレベル4以下のモンスターの特殊召喚に成功したことにより、手札から《TG(テック・ジーナス) ワーウルフ》を特殊召喚する!」

 

《TG ワーウルフ》 ATK/1200 DEF/0

 

 これでレベルの合計は8となる。お高くとまっているあの男に、目に物見せてやる。

 

「レベル2ボルト・ヘッジホッグとレベル3のTG ワーウルフに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし闘志が、怒号の魔神を呼び覚ます。光差す道となれ! シンクロ召喚! 粉砕せよ、《ジャンク・デストロイヤー》!」

 

 シンクロ召喚の光の中から現れたのは、幻魔に負けず劣らず大きな身体を持つ人型ロボット。そいつはズン、と音を立てて地面に降り立った。

 

《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600 DEF/2500

 

「ジャンク・デストロイヤーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、素材となったチューナー以外のモンスターの数まで場のカードを選択して破壊できる! その数は2体! よって2枚のカード……神炎皇ウリアと降雷皇ハモンを破壊する! 《タイダル・エナジー》!」

 

 デストロイヤーの胸部装甲が開かれ、そこから溢れるエネルギーが莫大な奔流となって理事長の場を押し流す。それによって、ウリアとハモンは抵抗するまもなく破壊されて墓地に行った。

 そのことに、理事長が驚愕の声を出す。

 

「ぐぅッ……! なんだとッ!」

「バトルだ! ジャンク・デストロイヤーで直接攻撃! 《デストロイ・ナックル》!」

 

 巨腕が振りぬかれ、鋼鉄の拳が理事長の身体を打つ。そのままの威力ではないが、闇のデュエルによってダメージが現実化する以上、それなりの痛みを伴ってそれは理事長に突き刺さった。

 

「がぁああッ!」

 

影丸 LP:7400→4800

 

 ライフポイントはこれでほぼ同じ。今はこれが精いっぱいだ。

 

「カードを2枚伏せ、ターンエンドだ!」

「ぐぐ……一度ならず二度までも幻魔を虚仮に……! 許さんぞ! ドロー!」

 

 理事長のターン、手札のカードを手に取った理事長は再びウリアの効果を使う。

 

「罠カード1枚を墓地に送り、蘇れ《神炎皇ウリア》! 更に蘇ったウリアの効果、遠也の場の罠カード1枚を破壊しろ! 《トラップ・ディストラクション》!」

 

《神炎皇ウリア》 ATK/0→5000 DEF/0→5000

 

「くっ!」

 

 ウリアの鳴き声が響き渡り、伏せられていた罠カードが1枚その音波によって破壊される。

 

「更に装備魔法《早すぎた埋葬》を発動! ライフを800支払い、墓地のモンスターを選択して攻撃表示で特殊召喚し、このカードを装備する! 来い、《降雷皇ハモン》!」

 

影丸 LP:4800→4000

 

 理事長のライフが更に減る。そしてそのコストが払われた直後、墓地から氷柱が現れ、その名から再びハモンが悠然とフィールドに舞い戻った。

 

《降雷皇ハモン》 ATK/4000 DEF/4000

 

「更に《天よりの宝札》! 互いに手札が6枚になるようにドロー! そして《失楽園》の効果により2枚ドローする! 《強欲な壺》を発動! 2枚ドロー!」

 

 おいおい、マジかよ。

 怒涛のドローラッシュに、思わず頬が引きつる。あれだけ引けば、キーカードなんてすぐさま手札に呼び込めるはず。

 そしてその予想は正しいものだったようで、手札を見た理事長の顔が歓喜に歪んだ。

 

「フハハハ! きた、きたぞ! 俺は手札から魔法カード《幻魔の殉教者》を発動! 自分の場に《神炎皇ウリア》《降雷皇ハモン》が存在する時、手札2枚を墓地へ送り、《幻魔の殉教者トークン》3体を自分フィールド上に特殊召喚する!」

 

《幻魔の殉教者トークン1》 ATK/0 DEF/0

《幻魔の殉教者トークン2》 ATK/0 DEF/0

《幻魔の殉教者トークン3》 ATK/0 DEF/0

 

「更に《幻魔の殉教者トークン》3体を生贄に捧げる! 出でよ、最後の幻魔! 最強の力、《幻魔皇ラビエル》!」

 

 理事長がそう声高く宣言すると同時、暗い空から青い光が一直線に地面を抉り、太い一本の光柱となってその場を照らす。

 やがてそれは大地を砕き、その中から青い身体を持つ最後の幻魔、オベリスクの巨神兵をモチーフにしたであろう《幻魔皇ラビエル》が咆哮と共に理事長の場に姿を現した。

 

《幻魔皇ラビエル》 ATK/4000 DEF/4000

 

 そして3体の幻魔が揃ったことで、更にデュエルモンスターズの生気を奪う力が加速したらしい。30代ほどに見えた理事長の身体は、20代前半ほどまでに若返っていた。

 

「ハハハハ! バトルだ! まずは降雷皇ハモンでジャンク・デストロイヤーに攻撃! 《失楽の霹靂》!」

 

 ハモンにより、上空から落雷が迫る。その瞬間、俺はディスクを操作していた。

 

「罠カード発動! 《ダメージ・ダイエット》!」

「無駄だ! 幻魔の前に罠カードは意味を為さんぞ!」

「このカードはお前の場を対象にする効果ではなく、俺に影響するカードだ! よって「罠の効果を受けない」という幻魔の効果に関係なく発動する! その効果により、このターン俺が受ける全てのダメージは半分となる!」

 

 ハモンとデストロイヤーの攻撃力の差分は1400ポイント。その半分、700ポイントが俺たちのライフから引かれることになる。

 

遠也・十代 LP:4600→3900

 

「ちっ、だがモンスターを破壊したことでハモンの効果発動だ! 1000の半分、500ポイントのダメージを受けろ!」

「つぅッ!」

 

遠也・十代 LP:3900→3400

 

「更にラビエルで直接攻撃! 《天界蹂躙拳》!」

 

 ラビエルがその鋭い爪を毒々しく光らせ、そのままこちらに振り下ろす。その直撃を受けた俺は、痛みを感じると同時に思わず声を上げた。

 

「ぐぁあッ!」

『遠也!』

 

遠也・十代 LP:3400→1400

 

 ダメージ・ダイエットによってラビエルの攻撃力の半分、2000ダメージを受ける。だが、どうにか耐え切った。

 心配そうに見ているマナに、大丈夫だと手を振って応える。

 

「ハモンとラビエルがいるため特殊召喚されたウリアは攻撃できない。カードを1枚伏せ、ターンエンドだ! クク、どうした。幻魔の圧倒的な力の前に為す術もないようだな、ハハハハ!」

 

 高笑いしやがって、あの野郎。

 幻魔の力を自分の力と勘違いしている奴なんかに負けたくない。世界のためということもあるが、デュエリストとして本来はデュエリストでもなんでもない理事長に、負けられるかということである。

 

「まだ俺たちのライフは残っている。得意になるには早いんじゃないか?」

 

 俺が挑発的にそう言えば、理事長はふんと小気味よさそうに笑った。

 

「面白い。ならばやってみろ!」

 

 そして、その言葉に答えを返したのは、俺ではなく十代だった。

 

「やってやるさ! 遠也の言う通り、まだデュエルはこれからだ! 俺のターン、ドロー!」

 

 十代が俺の言葉を引き継いで、ターンを開始する。

 理事長の発動した天よりの宝札によって、俺たちの手札は潤沢である。十代なら、この状況をひっくり返す手を持ってくるには充分なはずだ。

 俺の視線の先で、十代は1枚のカードに指をかけた。

 

「いくぜ! 俺は手札から《O-オーバーソウル》を発動! 墓地の《E・HERO バーストレディ》を特殊召喚する!」

「この時、幻魔皇ラビエルの効果発動! 相手が特殊召喚に成功した時、自分の場に《幻魔トークン》を特殊召喚する」

 

《幻魔トークン》 ATK/1000 DEF/1000

 

 理事長の場に現れるラビエルを小さくまとめたような姿のトークン。十代はそれを一瞥すると、構わず己の行動に戻っていった。

 

「そして手札の《E・HERO フェザーマン》と場の《E・HERO バーストレディ》を融合! 現れろ、《E・HERO フレイム・ウィングマン》!」

 

《E・HERO フレイム・ウィングマン》 ATK/2100 DEF/1200

 

 現れる十代のフェイバリットカード。そして特殊召喚に成功したことにより、理事長の場が変動する。

 

「再び幻魔トークンを特殊召喚する」

 

《幻魔トークン》 ATK/1000 DEF/1000

 

 これで理事長のモンスターゾーンは全て埋まったことになる。

 

「更に魔法カード《融合回収フュージョン・リカバリー》を発動! 墓地から《融合》とスパークマンを手札に加える! そして融合! 来い、《E・HERO シャイニング・フレア・ウィングマン》!」

 

《E・HERO シャイニング・フレア・ウィングマン》 ATK/2500 DEF/2100

 

 フレイム・ウィングマンが純白の兜と鎧をまとい、その翼もまた硬質な白いそれへと変じる。右手の竜頭も白い装甲で覆われ、その姿は光を纏った正義のヒーローそのものであった。

 

「シャイニング・フレア・ウィングマンの効果発動! 墓地のHEROの数だけ攻撃力が300ポイントアップする! 俺の墓地にいるHEROは6体! よって1800ポイントアップ!」

 

《E・HERO シャイニング・フレア・ウィングマン》 ATK/2500→4300

 

 シャイニング・フレア・ウィングマンの輝きが強くなる。これで攻撃力は4000を超え、ラビエルとハモンを戦闘破壊可能圏内に収めた。

 だが、そこから更に十代は伏せカードを起き上がらせる。

 

「更に罠カードオープン! 《ヒーローズ・ルール1 ファイブ・フリーダムス》! これはお互いの墓地から合計5枚のカードを指定してゲームから取り除くカードだ! 俺はお前の墓地の罠カード5枚を選択して除外! それによってウリアの攻撃力は5000から0になるぜ!」

「ちぃ、小賢しい真似を……!」

 

《神炎皇ウリア》 ATK/5000→0 DEF/5000→0

 

 ウリアの攻撃力は墓地の罠カードの枚数によって決定される。理事長の墓地にあった罠カードは5枚。その全てが取り除かれた今、ウリアは攻撃力0の低ステータスをそのまま晒すだけである。

 そしてこの攻撃が通れば、俺たちの勝ちだ。それを悟り、皆の声援にも力が入っている。

 その声を受けながら、十代が口を開いた。

 

「バトルだ! シャイニング・フレア・ウィングマンでウリアに攻撃! いっけぇ、《シャイニング・シュート》!」

 

 シャイニング・フレア・ウィングマンから光が放たれてウリアに襲い掛かる。そしてその攻撃が決まると思った瞬間、理事長が叫んだ。

 

「……この俺がそう簡単にやられると思ったか! 速攻魔法《収縮》を発動! シャイニング・フレア・ウィングマンの元々の攻撃力を半分にする!」

 

《E・HERO シャイニング・フレア・ウィングマン》 ATK/4300→3050

 

 ここで収縮だと! シャイニング・フレア・ウィングマンの元々の攻撃力は2500。その半分、1250に上昇値である1800を足したところで3050。

 

影丸 LP:4000→950

 

 ウリアの攻撃力は0だったので、シャイニング・フレア・ウィングマンが持つ破壊したモンスターの攻撃力分ダメージを与える効果も意味がない。

 結果、影丸のライフは削りきれずに残ることとなった。

 それさえなければこれで決まっていただけに、十代の顔も悔しそうだった。

 

「……悪い、遠也。俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

《E・HERO シャイニング・フレア・ウィングマン》 ATK/3050→4300

 

 十代の謝罪に、俺は気にしていないという意味を込めて首を振った。

 

「気にするな十代。今のは仕方ないさ」

 

 誰も相手の伏せカードが何なのかなんてわからないのだから。ここは、理事長が一枚上手だったと思っておく他ない。

 

「俺のターン、ドロー! 失楽園の効果で更に2枚ドロー!」

 

 そして理事長のターン。一気に3枚も手札に加えるその驚異のドローは、やはり厄介だ。手札アドバンテージがいかに強力なのかは、OCGでのドロー規制を考えれば簡単にわかること。

 そしてそのアドバンテージから、理事長はどんどん行動を起こしていく。

 

「俺は手札から《強欲な瓶》を捨て、ウリアを守備表示で蘇生! 更に手札から《デビルズ・サンクチュアリ》を捨て、《ライトニング・ボルテックス》を発動! 相手の場の表側表示モンスターを破壊する!」

 

《神炎皇ウリア》 ATK/0→1000 DEF/0→1000

 

「ッ、シャイニング・フレア・ウィングマン!」

 

 カードから解き放たれた雷撃がシャイニング・フレア・ウィングマンの身体を打つ。いくら高攻撃力でもカード効果での破壊は免れない。

 シャイニング・フレア・ウィングマンはその身を散らせ、これで俺たちの場にモンスターはいなくなった。

 

「ククク、更にラビエルの効果発動! 場のモンスター2体を生贄に捧げることで、エンドフェイズまでその攻撃力をラビエルに加えることが出来る! 俺は幻魔トークン2体を生贄に捧げる!」

 

《幻魔皇ラビエル》 ATK/4000→6000

 

「攻撃力6000……!」

 

 そんなことをしなくても俺たちのライフは削り切れるだろうに。圧倒的な力でねじ伏せたい、理事長の顕示欲の表れか。

 

「さぁ、バトルだ! ラビエルで貴様らに直接攻撃! 《天界蹂躙拳》!」

 

 だが、こっちだってそう簡単にやられてたまるか!

 

「まだだ! 手札から《速攻のかかし》を捨て、効果発動! 相手の直接攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する!」

 

 瞬時に場に現れる1体のかかし。だが、それによってラビエルの攻撃はかかしに移り、俺たちにダメージはやってこない。

 理事長は俺たちを仕留めることが出来なかった。だが、自分の有利を確信しているためか、その顔には余裕が見えていた。

 

「ふん、よく耐えるわ。だが、俺の場には依然として三幻魔が揃っている。もはや貴様らに勝ち目はないぞ! ターンエンドだ! ハハハハ!」

 

《幻魔皇ラビエル》 ATK/6000→4000

 

 勝利を前に理事長が笑う。

 それを見て、思う。やはり理事長は根っからのデュエリストというわけではないのだと。

 デュエリストなら、どんな状況でも諦めない。だからこそ、こうして勝利を確信して高笑いなんてことはしない。たとえそう振る舞っていても、どこかできちんと警戒しているものなのだ。

 それが感じられない理事長は、本分がデュエリストではないのだろう。なら、それを本分にしている俺たちが負けるわけにはいかない。

 

「俺のターン!」

 

 手札は6枚。それと同時に、十代が伏せたカードを確認する。

 ……よし。

 

「相手の場にモンスターがいてこちらの場にモンスターがいないため、手札から《TG ストライカー》を特殊召喚! 更に十代が伏せた《エネミーコントローラー》を発動! TG ストライカーを生贄に捧げ、お前の場の《降雷皇ハモン》のコントロールを得る!」

「幻魔トークンを1体特殊召喚する。……ふん、エンドフェイズまでしか意味がない効果で足掻くか。相打ちでも狙うつもりか?」

 

 理事長の言葉に、俺は首を振る。

 

「いいや。俺はフィールド魔法《失楽園》の効果を使う! 俺の場に《降雷皇ハモン》が存在するため、デッキから2枚ドローする!」

 

 《失楽園》はフィールド魔法。よって、その恩恵は俺たちも受けることが出来る。

 通常なら不可能なそれだが、こうして幻魔のコントロールを奪えば、コントロール奪取カードは実質ドローカードと化すのである。

 

「なるほど、悪知恵が働く……」

 

 この俺のプレイングに、理事長は余裕をもって頷きを見せる。

 奪ったハモンはエンドフェイズに相手の場に戻る。それゆえの余裕かもしれないが、せっかく奪ったモンスターをわざわざ返してやる必要はない。

 俺は手札のカード1枚を手に取る。

 

「そして俺はハモンを生贄に捧げる! 来い、相棒! 《ブラック・マジシャン・ガール》!」

 

 ハモンが光の粒となって消え失せ、代わりに現れるのは青とピンクの衣装に身を包んだ黒魔術師の少女。精霊にして俺の最高の相棒、マナが俺の場にゆっくりと立った。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000 DEF/1700

 

『このデッキで私が呼ばれるのは初めてだね』

 

 マナが少しだけ振り返ってそう口を開く。

 その言葉の通り、シンクロデッキでマナを召喚するのはこれが初めてのことだ。なんといってもマナのレベルは6。シンクロデッキではなかなかそのレベルの高さが噛み合わないのである。

 だが、それもやり方次第だ。少なくとも高レベルシンクロに繋げることは出来るし、邪魔になるというわけではない。

 

「この状況じゃ、活躍はさせられないかもだけどな。一緒に戦おう、マナ」

『うん!』

 

 マナの頷きに俺も首肯を返し、幻魔を生贄に利用されて表情を歪めている理事長を前に更なる行動を起こしていく。

 

「魔法カード《光の援軍》を発動! デッキの上から3枚を墓地に送り、デッキから《ライトロード・ハンター ライコウ》を手札に加える! 《サイクロン》を発動! フィールド魔法《失楽園》を破壊する!」

 

 これで理事長のドローは通常通りのものだけになる。とはいえ、既に状況がここまで進んでいるので、これは一種の保険に近い。理事長も痛痒を感じてはいないようだ。

 

「ふん、既に幻魔は召喚し終えている。痛手ではない」

「カードを2枚伏せて、ターンエンド!」

 

 ウリアの効果がある以上、どうしても罠カードが使いたい場合は2枚伏せて目標を逸らすしかない。

 さて、どちらの伏せカードが破壊されるか。これは賭けだな。

 俺の思考と同時、理事長がデッキからカードを引く。

 

「俺のターン、ドロー! そしてウリアの効果発動! 遠也、貴様の場の罠カード1枚を破壊だ! 《トラップ・ディストラクション》!」

 

 理事長が指差したのは俺から見て左のカード。破壊され、墓地に送られる。

 

「く……破壊されたのは《ガード・ブロック》だ」

「ふん、戦闘ダメージを0にしてドローするカードか。では最後のバトルだ! ラビエルでブラック・マジシャン・ガールに攻撃! 《天界蹂躙拳》!」

「墓地の《ネクロ・ガードナー》の効果発動! このカードを除外し、その攻撃を無効にする!」

 

 さっきの光の援軍で落ちていたカードだ。あの時落ちた3枚はその全てが墓地で効果を発揮するカード。墓地を多用する俺のデッキにそういった効果のカードは多いが、運が良かった。

 

「防いだか。ウリアは守備表示なうえ攻撃力ではあの精霊の娘に敵わん……墓地の罠が除外されてなければな。ふん、俺はカードを2枚伏せてターンエンドだ!」

 

 理事長がターンを終える。

 ここで何らかの行動を起こせなければ、かなり危ない。俺は隣に視線を向ける。

 

「……十代!」

「おう! 俺のターン、ドロー!」

「威勢がいいのは結構だが、止めさせてもらおう。罠カード《威嚇する咆哮》! このターン、貴様は攻撃宣言できない!」

 

《神炎皇ウリア》 ATK/1000→2000 DEF/1000→2000

 

 響き渡る三幻魔の雄叫び。これにより、十代はこのターン攻撃する権利を失ってしまった。

 

「くっ……! だけど、このカード……大徳寺先生の思いが込められたこのカードなら! ――俺は手札から《賢者の石-サバティエル》を発動! ライフを半分払い、デッキから《死者蘇生》を手札に加えて発動! 墓地の《E・HERO バブルマン》を特殊召喚!」

 

遠也・十代 LP:1400→700

 

《E・HERO バブルマン》 ATK/800 DEF/1200

 

「手札に加えたカードを使用した後このカードは手札に戻り、合計3回同じ効果を使用できる! もう1度《賢者の石-サバティエル》の効果発動! ライフを半分払い、墓地から《融合》を回収し、手札の《E・HERO クレイマン》と融合! 現れろ極寒のHERO! 《E・HERO アブソルートZero》!」

 

遠也・十代 LP:700→350

 

《E・HERO アブソルートZero》 ATK/2500 DEF/2000

 

 だがバブルマンとアブソルートZeroの特殊召喚に成功したことにより、幻魔トークンが計2体理事長のフィールドに現れる。これで理事長のモンスターゾーンは全て埋まった。

 

「そして《賢者の石-サバティエル》は手札に戻る! 最後の発動! 更にライフを半分にし、俺はデッキから《クリボーを呼ぶ笛》を手札に加えて発動! デッキから《ハネクリボー》を特殊召喚する! 来い、相棒!」

 

遠也・十代 LP:350→175

 

 デッキから小柄な光がフィールドに降ってくる。そして光の中から、十代が持つ精霊のカード、ハネクリボーが現れた。

 

『クリクリー!』

 

《ハネクリボー》 ATK/300 DEF/200

 

 ハネクリボーもやる気なのか、マナの横で声を上げて幻魔を睨みつけている。

 そして同時に《賢者の石-サバティエル》は3回の効果を使い切った。

 これで俺たちの場にモンスターは、ブラック・マジシャン・ガール、ハネクリボー、アブソルートZeroの3体。

 そして、攻撃力はそもそも足りていないが、このターン十代は攻撃を封じられている。

 

「《賢者の石-サバティエル》は手札に戻る! ……カードを2枚伏せて、ターンエンドだ! あとは頼んだぜ、遠也!」

 

 それゆえ、十代は2枚の伏せカードを残して俺にそう言葉をかける。

 その声に俺を疑う様子は微塵もない。俺なら大丈夫だとそう信じてくれているその言葉が、どれだけ俺に力を与えてくれているか。それはきっと、俺にしかわからないだろう。

 その期待に、信頼に応えるため、俺は力強く頷いた。

 

「ああ、任せろ!」

 

 十代の視線にしっかり答えを返し、俺は理事長に向き直る。

 あっちは三幻魔を用いての予想外の苦戦に少々苛立ちが出てきたのか、目が吊り上がっていた。

 

「なにをコソコソとやっている! そんな見え透いた希望など、この幻魔の力で焼き尽くしてくれる! 俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引き、理事長はまず伏せられていたカードを発動させた。

 

「永続罠《不滅階級》を発動! 場のモンスター2体を生贄に捧げ、墓地のレベル7以上のモンスターを復活させる! 幻魔トークン2体を生贄に捧げ、降雷皇ハモンを特殊召喚! 再び揃え、三幻魔よ!」

 

《降雷皇ハモン》 ATK/4000 DEF/4000

 

 俺が生贄に利用したことで欠けていたハモンが現れ、理事長の場に三幻魔が並ぶ。これにより場に満ちる三幻魔による威圧感。それを受けながら、しかし俺たちは強く幻魔を睨みつけた。

 

「ウリアの効果発動! 貴様の場の罠カードを破壊できる!」

「待て! 手札から《エフェクト・ヴェーラー》の効果発動! ウリアの効果をエンドフェイズまで無効にする!」

 

 柔らかな翼を持った青い髪の少女。その放つ光によってウリアの身が包まれ、このターンに限ってウリアは無力なただのモンスターと化す。

 

《神炎皇ウリア》 ATK/2000→0 DEF/2000→0

 

「ちっ、だがそれも僅か1ターンだけのことだろう。それよりも見ろ、常に場に君臨するこの圧倒的な姿を! 1ターンの拘束など無きに等しい! ……さて、ではバトルだ! ラビエルでブラック・マジシャン・ガールに攻撃! 《天界蹂躙拳》!」

「やらせるかよ! 永続罠《強制終了》! 十代が伏せたカードの1枚《H-ヒートハート》を墓地に送り、このバトルフェイズを終了する!」

「しぶとい奴だ。だが、所詮は攻撃力の及ばぬモンスターが並ぶだけ。脅威ではない! 俺はこれでターンエンドだ!」

 

《神炎皇ウリア》 ATK/0→2000 DEF/0→2000

 

 理事長がエンド宣言を行う。

 それによって、ターンは俺に移った。

 そこで俺は一度呼吸を整え、一拍置いた。十代、皆、大徳寺先生……その気持ちを背負って俺たちはここにいる。だからこそ、必ず勝つ。このターンで、終わりにしてみせる!

 その決意を新たにし、俺は一気にデッキトップのカードを引き抜いた。

 

「俺のターンッ!」

 

 俺は十代の顔を見る。そして、伏せられているカードに目をやった。

 十代はそれを受けて頷くと、言った。

 

「このカードは俺だけに託されたカードじゃない。俺が……俺たちが、未来を創るためのカードなんだ! 先生も、そうなることを望んでいるはずだぜ」

 

 その言葉を聞き、俺は目を閉じる。

 脳裏に思い描くのは、今は亡き俺たちの先生の姿。その姿を、そしてその先生を囲む俺たちの姿をしっかりと思い起こし、俺は手札のカードに手をかけた。

 十代の伏せたカード……それがあれば、このままでもこのデュエルには勝てる。だが、理事長の野望を完膚なきまでに打ち砕くためには、三幻魔をも圧倒する光の力で勝負を決する!

 これはクロノス先生に教えられたことだ。闇は光を凌駕できない。それを理事長にもわかってもらいたい。

 大徳寺先生の残したカードと、クロノス先生の教え……俺たち生徒がこの学園で学んだことを、先生たちの思いを、この学園の創設者である理事長に届かせる! この学園が三幻魔復活のためだけにあったなんて言わせないために!

 

「俺は墓地の植物族モンスター《グローアップ・バルブ》を除外し、《スポーア》を墓地から特殊召喚! この時グローアップ・バルブのレベルが加わり、スポーアのレベルは2となる!」

 

《スポーア》 ATK/100 DEF/100

 

 ともに光の援軍や調律のコストで墓地に落ちたカードだ。これで俺たちの場にはレベル2のチューナーが加わった。

 ならば、やることは一つしかない。俺はマナに視線を投げ、マナはそれに頷いて答えた。

 

「いくぞ! レベル6ブラック・マジシャン・ガールに、レベル2のスポーアをチューニング!」

 

 スポーアが2つの光輪となり、その中を6つの星を宿したマナが駆け抜ける。

 その姿はやがて光に包まれて見えなくなっていった。

 

「集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 高い鳴き声と共に白銀のドラゴンが飛び立ち、俺のフィールド上にて滞空する。シグナーが竜の1体スターダスト・ドラゴンは、翼を広げてハネクリボーの横に並ぶ。

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

「更に手札から魔法カード《ワン・フォー・ワン》を発動! 手札のモンスターカード《ライトロード・ハンター ライコウ》を墓地に送り、デッキからレベル1モンスター1体を特殊召喚する! 来い、チューナーモンスター《救世竜 セイヴァー・ドラゴン》!」

 

《救世竜 セイヴァー・ドラゴン》 ATK/0 DEF/0

 

 淡く輝く桜色の小さなドラゴン。その召喚により、ぼんやりと背中が温かくなる。

 やはり、赤き竜の力が……? だが、それほど強く感じるというわけでもない。一体どうなっているのか……。

 少なくとも、このセイヴァー・ドラゴンは俺が元々持っていたカード。遊星たちのようにデッキに突然現れたわけではない。更にさっきも言ったように力は強く感じない。そういった恩恵がない以上、やはり俺はシグナーではないのだろう。

 まぁ、いい。今はそれよりも目の前の三幻魔を倒すことだけを考える。俺は十代に視線だけで許可を請い、返ってきた笑みによってその受諾を悟る。

 悪いな、ハネクリボーの力を借りるぞ。そう内心で言いつつ息を吸い込み、高らかに宣言する。

 

「レベル8スターダスト・ドラゴンとレベル1ハネクリボーに、レベル1救世竜 セイヴァー・ドラゴンをチューニング!」

「な、なに!? スターダスト・ドラゴンをシンクロ素材にするだと!?」

 

 理事長が俺の行動に驚愕する。

 そういえば、俺がこいつを召喚したのは精霊世界でのこと。いくら理事長が大徳寺先生の技術などを含めて所持していても、精霊界に大っぴらに干渉できるほどではない。

 ゆえに、理事長はこのモンスターの存在を知らないのだ。そしてそれは、俺の仲間たちにも言えることだが。

 理事長と同じく、驚きに満ちた表情を浮かべる面々を背に、俺は更に言葉を続ける。

 

「集いし星の輝きが、新たな未来を照らし出す! 光差す道となれ!」

 

 巨大化したセイヴァー・ドラゴンが、スターダストとハネクリボーを包み込む。そしてその羽を広げると、その身体から一瞬で膨大な光を解き放つ。

 

「シンクロ召喚! 光来せよ、《セイヴァー・スター・ドラゴン》ッ!」

 

 爆発的に視界を覆った光の中。その光を切り裂くように飛び立ったのは、幻魔よりも一回り大きな身体を持った純白のドラゴン。

 2対4枚の翼を鋭く広げて上空へと駆け昇っていき、フィールド全体を照らし出すように圧倒的な光が降り注ぐ。

 誰もが思わず空を見上げ、その美しく敢然たる佇まいに吐息を漏らす。感嘆に彩られた幾多の視線を受けつつ、セイヴァー・スター・ドラゴンは大きく嘶いた。

 

《セイヴァー・スター・ドラゴン》 ATK/3800 DEF/3000

 

「くッ……だが、攻撃力は幻魔の方が上だ! たとえウリアが倒されたとしても、ウリアは守備表示! 俺のライフに影響はない!」

 

 予想外のモンスターの登場に、理事長が焦りも露わに抗弁する。

 しかし、それは希望的観測以外の何物でもなかった。

 

「それはどうかな」

「なに!?」

「十代が伏せたカードを忘れてないか? 十代が俺に託し、そして大徳寺先生の思いが詰まったこのカード……これでこのデュエルに終止符を打つ!」

 

 十代の場に伏せられたカード。それをデュエルディスクの操作によって、反転させる。

 

「リバースカードオープン! 《賢者の石-サバティエル》! このカードが持つ3度のカード交換効果。十代は既にそれを全て使用している。それによって、このカードの真の効果が使用可能になった!」

 

 サバティエルのカードが光を放ち、その光が滞空するセイヴァー・スター・ドラゴンへと吸収されていく。

 

「《賢者の石-サバティエル》の効果発動! このカードの効果で3度交換した後、自分の場のモンスター1体を選択して発動する! そのモンスターの攻撃力はこのターン、相手の場のモンスターの数だけ倍加する!」

「なんだと!? 俺の場のモンスターは三幻魔とトークンが1体の計4体……!」

「俺はセイヴァー・スター・ドラゴンを選択! そして《賢者の石-サバティエル》の効果により、攻撃力が4倍になる!」

 

 サバティエルから供給される光を受け切ったセイヴァー・スター・ドラゴンが、威容を込めて虚空に向かって鳴き声を上げた。

 

《セイヴァー・スター・ドラゴン》 ATK/3800→15200

 

「こ、攻撃力15200だとぉ!?」

「これで終わりだ、影丸理事長! 俺と十代、皆の絆! そして先生の思いを込めた一撃を受けろ!」

 

 これが、俺たちがこの学園で培ってきた力。理事長が三幻魔のための駒として作った学園には、これだけの大きな意味があったのだと、ここで証明してみせる!

 

「いけ、セイヴァー・スター・ドラゴン! 幻魔皇ラビエルに攻撃! 《シューティング・ブラスター・ソニック》ッ!!」

 

 この場の皆の思いが光となって突き進む。理事長でありながら、この学園を蔑ろにした男。その男に、俺たちが先生たちから学び、仲間との絆の中で身に着けた力を全てぶつける。

 その思いの総算ゆえに、この攻撃は強大で絶対だった。

 ラビエルは抵抗すらすることが出来ず光に押し負ける。そして、理事長のライフポイントを一瞬で削り切り、このデュエルに決着をつけたのだった。

 

「ぐぁぁあああッ!!」

 

影丸 LP:950→0

 

 光に包まれ、ラビエル、ハモン、ウリアを含めた理事長の場が一瞬で消え去っていく。

 闇に覆われていたフィールドもデュエルに決着がついたことにより晴れ、辺りの景色は元の森の中のそれへと戻っていった。

 俺たちの場にいたモンスターもそれぞれゆっくりと消えていく。セイヴァー・スター・ドラゴンもまた、最後に一度鳴き声を上げてからその姿を消していった。

 そんな中、敗れた理事長は両膝をついて蹲っている。その身体は、この事実を受け入れられないかのように打ち震えていた。

 

「ば、馬鹿な……三幻魔が、敗れた、だと……!?」

 

 信じられないとばかりに一人ごちる理事長に、俺は一歩近づいて声をかけた。

 

「所詮、三幻魔なんて3体のモンスターの力にすぎないだろ。それに対してこっちは、その百倍以上の力があったんだぜ」

「百倍……? どういうことだ……」

 

 顔を上げ、訝しげに俺を見る理事長に、俺は笑みを浮かべて返した。

 

「この学園の皆の力さ。ここで俺たちが負けたら、アンタが言ったこの学園が三幻魔復活のためだけに存在するって事実を肯定しちまうことになるだろ。俺たちの夢や、先生たちの教え。そして此処だから繋げることのできた皆との絆――」

 

 隣に来た十代に顔を向ける。十代はにかっと笑い、俺に拳を差し出す。俺はそれに笑って拳を合わせた。

 

「それは、三幻魔そんなこととは関係なく大事なものだ。そのことを証明するために俺たちは戦った。だから、俺たちには俺たちだけじゃない……この学園の皆の力が加わっていたのさ」

「この学園の生徒や教師たちの、思いか……」

 

 理事長にとっては、三幻魔復活のためだけに作った思い入れのない場所かもしれない。

 だが、俺たちにとってここは本当に大事な場所なのだ。仲間と笑い、泣き、怒り、先生の教えを受けながら、楽しく日々を過ごす場所。

 この学園に来てよかった、と。そう思う俺たちにとって、理事長のさもどうでもいいという態度は馬鹿にしているにも程があった。

 だが、そんな大切に思える場所を作ってくれたのは、この影丸理事長である。だからこそ、その本人の言葉が許せなかったのかもしれない。

 出来るなら、理事長にも同じようにここを好きになってほしい。そして、ここを作ったのは自分だと誇りに思ってくれ、と皆と出会わせてくれたこの学園を愛する俺は思うのだった。

 そんなことを考えていた、その時。

 

「ぬ……ぐ、ぉぉああああッ!」

「理事長!?」

「ど、どうした!?」

 

 俺の言葉に何事かを考え込んでいた理事長が、突然叫び声を上げる。

 俺と十代が驚きつつも心配すると、目の前で理事長の身体から奪われていたデュエルモンスターズの生気が光となって飛び散っていく。

 それと同時に、理事長の身体は急速に衰えていった。筋肉は失われ、髪は白くなり、肌も張りを失って皺だらけになっていく。

 そこに、野望に燃えていた男の姿はない。ただ弱々しく座り込む老人の姿だけがそこにあった。

 

「ふ、ふふ……これが、私の本当の姿じゃあ」

 

 眉を垂れさせて笑うその顔に英気がない。

 そのあまりの変貌ぶりに、俺と十代は言葉を失った。

 

「儂は、若い生徒たちを見ていると羨ましくて仕方がなかった……。儂も、もう一度青春を取り戻したくなったのじゃ……」

 

 そこまで言うと、理事長は力なく笑い声を上げた。

 

「ふふ……この学園を作った頃は、生徒たちの笑顔に喜びを感じていた。目的を忘れるほどに……。じゃが、それはやがて若さへの嫉妬へと変化し、儂は当初の目的通りに三幻魔の力に手を出してしまったのじゃ……」

「爺さん……」

「三幻魔の力があれば、儂は自分の力で立つことも歩くこともできた。その誘惑に、儂は勝てんかったのじゃ……そして、愚かにもそれ以上を望んでしまった……」

 

 理事長が自らの罪深さを嘆くように身を丸める。

 

「なんと、愚かな……悔いても悔やみきれん。……じゃが、遠也よ。お主の言葉が儂に気付かせてくれた……」

「俺が?」

 

 理事長は、ゆっくりと頷いた。

 

「そう……この学園にはこの学園を大事に思ってくれている者がいることを……。儂が作った、この学園を……」

 

 理事長は目を伏せて、言葉を詰まらせる。

 自身が作り上げたこの学園。ここで生活する生徒たちの笑顔と教師たちの充実した声。かつては大切に思っていたそれらをいつの間にか忘れ、自身の欲望を優先させていたその事実に、理事長が何を思うのか。俺には想像も及ばないことだった。

 

「忘れておった……。儂は若さを失った代わりに、子供たちの笑顔を生み出す力を手にしておったというのに……。――十代、遠也……迷惑をかけてしまい、すまなかった……」

 

 頭を下げる理事長の姿は、心底からの申し訳なさが伝わってくるかのようだった。

 理事長の本心を聞き、そしてその悔恨の言葉を聞いた俺たちは、その謝罪に明るい声で答えを返した。

 

「気にしてないぜ! 三幻魔に頼らなくても、理事長なら自分の力で立ち上がれるさ!」

「そうだな。今のあなたなら心から理事長と呼べます。これからは気を付けてくださいよ、理事長」

 

 俺たち二人の言葉に、理事長は目を伏せて一筋の涙をこぼした。

 

「……こんなことをしでかした儂を、それでも理事長と呼んでくれるか……。ありがとう、二人とも……」

「うわっ!?」

「お、おい!」

 

 そこまで言って、理事長が崩れ落ちる。

 俺と十代は慌ててその身体を支え、後方に控えていた皆を呼ぶ。俺たちの様子を見て走り寄ってきた皆に囲まれながら、倒れた理事長の顔を見る。

 穏やかな笑みを浮かべたその顔を見れば、再び三幻魔を利用しようとするとは到底思えない。

 そう思った瞬間に、強く実感がわいてくる。セブンスターズから続く一連の事件。三幻魔を巡るそれは、今まさに終わりを告げたのである。

 

 

 

 

 理事長はどうもデュエルを行った精神疲労と、あの生命維持装置がない状態で喋っていた負担によって倒れてしまったらしい。

 鮫島校長が手配した輸送機……理事長を運んできたあれを呼び戻したらしいが、それによって病院に運ばれた理事長だが命に別状はないようだった。

 一度だけ意識を取り戻した時、理事長は「これからは償いに生き、若い世代の力になる」とだけ話したそうだ。憑き物が落ちたようにすっきりとした顔での、老人ながら精悍な表情での言葉だったらしい。

 そして三幻魔のカードだが、これは鮫島校長の手によって再び封印されることとなった。それによりこの事件は本当に終結したと言える。

 先生方は理事長が残した三幻魔に関する学園の秘密などをいろいろ整理するために奔走しなければならないようだが、俺たち生徒は自由の身となったわけだ。

 今回は闇のデュエルとはいっても十代とのタッグデュエルだったし、身体へのダメージもそれほどでもない。

 よって俺は怪我も何もない健康体であり、保健室のお世話になることもないわけである。よかった、よかった。

 

「全然よくないよ、遠也!」

「はい、よくないですね。すみません」

 

 部屋に戻った俺は、マナから叱られている。

 ブルーの自室に入った途端、マナが「正座」とおっしゃったのだ。何故、という問いかけは無視されました。重ねて「正座」と言われたので素直に正座している。

 そしてマナが言ったことは、要約すれば「心配させないでくれ」というものである。トラゴエディア戦での大怪我に始まり、やっと治ったと思ったら今日の三幻魔だ。

 正直マナとしてはいつ何があるかと冷や冷やだったらしい。俺に召喚された時はすでに終盤に近かったし、俺の身があまり傷ついてもいなかったので、あの頃には平静に戻っていたらしいが。

 とはいえ、心配させてしまったのは間違いないわけで。

 負い目を感じる俺は、ぷんすか怒るマナに素直に従っているというわけである。

 

「うー……もう、ホントに反省してるの?」

「してるしてる。俺だって進んで怪我したくはないよ」

 

 これは事実だ。誰が好き好んで怪我をしたいものか。

 

「ってわけで、もういい? 正座って意外と疲れるしさ」

「もう……」

 

 呆れ気味に溜め息をつかれつつ、俺は正座をやめて立ち上がる。

 そして、ふと俺の目の前に立っていたマナを見る。身長の関係で見下ろす形になるため、マナは俺を見上げてきていた。

 マナの背は俺の顎ほどまでであり、並んで立つとちょうど顔は俺の肩付近に来る。俺からしてみれば小さく映るその姿を見て、俺は何故かマナの頭を撫でていた。

 

「ん……どうしたの、突然」

「いや、なんとなく」

 

 ぽんぽんとその撫でやすい頭を、髪を梳きながら触りつつ、思う。

 心配、させたんだよな。いくら仕方がなかったとはいえ、こうして全然俺よりも小さな女の子に負担をかけてしまったことは心苦しい。

 まして、それが俺にとって大切な女の子ともなれば尚更だ。だがそれ以上に、心配してくれることが嬉しかった。

 

「んー」

「きゃ!? ちょっと、遠也?」

 

 俺はマナを抱きすくめる。腕の中に収められたマナが驚きの声を上げつつ、抗議の目を向けてきた。

 いや、一応恋人なんだし、いいんでない? なに、突然すぎるって? それはすみませんでした。

 そんなやり取りをしつつ、マナも俺の背に腕を回してくれる。そのまましばらく同じ格好で固まったままで過ごす。

 そして、マナの手が不意に俺の背中を優しく叩いた。何かあるのかと思って、腕の中のマナに顔を向ければ、そこには躊躇いの顔を見せて俺を見上げる恋人の姿がある。

 あまり見かけないマナの表情に、俺は訝しむ。そして、マナは表情通りに躊躇しつつ口を開いた。

 

「……ね、この世界に来てよかった?」

 

 ――それはきっと、聞きたくてもずっと聞けなかった言葉だったのだろう。

 何が何だかわからない状態で正直望まずにこの世界にやってきて、強制的にここで生きていくしかなくなった俺。

 無気力になり、自棄になり、この世界との折り合いが上手くつかなかった頃。それをマナは知っている。だからこそ、その言葉は俺にとって禁句のはずだった。

 だが、この世界に来てほぼ二年。

 多くの人と出会い、たくさんの繋がりを持ち、そしてこの学園に来て出会った友人たち。

 十代に俺は言った。親友だと。そして十代もまた、俺に親友だと言ってくれた。

 今では、俺にとってこの世界はかけがえのないものだ。俺の好きな人たちが生き、そしてその人たちと共に俺が生きていく世界。

 思えば、この世界に生きる一人として負けられない、なんて気持ちで幻魔との戦いに挑んでもいた。その時点で、既に答えは出ている。

 腕の中にいるマナを強く抱きしめる。この世界で俺が新しい絆を紡いできたのだとすれば、きっと最も強い絆を紡いだ少女を。

 そして、俺はにっと笑って見上げてくるマナに答えた。

 

「もちろん!」

 

 その答えに、マナは僅かに瞠目した後に笑みを浮かべる。

 最初のころから俺を知っている少女は、俺の身体を抱きしめて俺の胸に顔を押し付けた。

 

「ん……それなら、よかった」

 

 ほっとしたようにこぼれたその言葉に、俺は無言で頷いてマナの頭を撫でた。

 随分と、俺は心配をかけていたようだった。

 今回の三幻魔に限らず、俺についてこの学園に来てくれた一年前からずっと……。

 ずっと、俺がこの世界のことをどう思っているかが気になっていたのかもしれない。本当に、俺はマナに心配をかけ通しである。

 だが、俺はこの一年学園で過ごしたことで気持ちが固まった。

 俺は、この世界の人間だ。この世界で、そうあるように生きていく。それがこの一年俺が学園で過ごして得た結論、学んだことだった。

 俺が最終的に思ったことはただ一つ。この世界も悪くない、ってだけだ。存外、答えなんてそんな簡単なものなのかもしれなかった。

 

 

 ……さて、そんな風に心の中に凝り固まっていた悩みが解決したところで。この状況をどうしよう。

 心配してくれる姿が妙にツボに入って俺から抱きしめてしまい、そのうえマナも抱きしめ返してくれているわけだが……。これは、いいのだろうか。

 いや、何がというか……ナニが? そういうことをしてもOKなのだろうか? こういう経験がない俺としては、どうすれば正解なのかがわからない。教えて、エロい人!

 っていうか、そもそも単なる男子高校生である俺に、この状況は色々とマズ過ぎるわけで。だがしかし、興味があるのも事実。

 そういうわけで、俺は抱きしめていたマナの肩をつかむと、がばっと引き剥がしてその顔を真っ直ぐに見つめた。

 きょとんとしているマナに構わず、俺は真剣な顔でこう告げる。

 

「こういう時って、OKなの?」

 

 素直に言いつつベッドを指差すと、マナは俺が指差した方向に顔を向けて、瞬時に顔を真っ赤にした。

 そして、今度は赤い顔のまま呆れたように息をつき、俺の頭をべしっと叩いて離れていく。

 わけもわからず叩かれた俺は、玄関扉の前にまで行ったマナの姿を目で追う。

 そこで立ち止まったマナは、こちらに振り返ると口を開いた。まだ赤みが残る呆れ混じりの顔で。

 

「……もっと気の利いた言葉が言えたらね!」

 

 そう言って、マナは部屋を出ていった。

 ……気の利いた言葉、ね。それはそれで経験値のない俺には難しい課題である。

 ともあれ、どうやら言葉のチョイスを失敗してしまったことが原因であるのは間違いなさそうだ。

 逃した魚は大きかった気がしてならない俺はがっくりと肩を落とし、マナが残した課題に頭を捻らせ続けるのだった。

 

 

 

 



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第31話 門出

 

「シニョール皆本、ちょっと時間をもらってもいいノーネ?」

「はい?」

「どうしたんですか、クロノス先生?」

 

 授業が終わり教室を出た後、俺とマナはクロノス先生に呼び止められる。正確には俺だけだったのだが、一緒にいたマナも同じく立ち止まった。

 そして俺の隣に立つマナを見て、クロノス先生が一瞬何とも言えない顔になる。

 

「シニョーラマナ……。あなたは本校の生徒ではないノーネ。制服を着て授業を受けるなんて本当はダメでスーノ」

「あはは。私、学校生活ってやったことないから、つい好奇心で……」

 

 笑いながら、マナが頭をかく。そしてその態度に、クロノス先生は溜め息をついた。

 

 

 ――三幻魔の事件。

 あれによってマナが本当は精霊であるということが、仲間たちと共に校長とクロノス先生にもバレてしまった。

 しかもブラック・マジシャン・ガールの精霊という事実に、校長と先生の二人は大層驚いていた。……が、三幻魔というそれ以上にインパクトのある怪物を見たばかりだったためか、わりと抵抗なく受け入れてくれたようである。

 まぁ、普通にしていればマナは人間にしか見えないし、精霊とはいえ扱いを変える必要はないと思ったのだろう。精霊だからと拒絶するような反応ではなかったことに、俺は随分とほっとしたものだった。

 やはり、共に戦った一人である先生にそういう態度を取られると悲しいものがあるからな。

 ともあれ、そうして校長と実技指導最高責任者という学園でも上位の人間にその存在を認められたマナは、ある程度これまでよりも表に出るようになった。

 制服を纏い、たびたび俺と同じ授業に顔を出すなどといった行動をとっているのである。

 それに対して校長はニコニコと何も言わず。クロノス先生は本来なら部外者であるマナを追い出さなければならない立場でありながら、そうすることに抵抗があるようだった。

 それは何故か。

 

「学びたいと言う若者がいて、授業に出たいと言うナーラ、私にはそれを助け導く義務があるノーネ。教師として、学業に励む気持ちを蔑ろにするわけにはいきませンーノ」

 

 だそうだ。

 たとえアカデミアの生徒でなくとも、学びたいと言うなら受け入れる。

 さすがに何人もいたら違う対応になっただろうが、マナ一人ぐらいなら目を瞑ってもいいとクロノス先生は判断したらしい。ありがたいことである。

 尤も、それが本来であればルール違反であることは明白なので、クロノス先生は時折そういった理由から何とも言えない表情になったりするのだった。

 ちなみに実体化したマナが大っぴらに俺と一緒にいることになったため、俺を見る男子勢の視線が凄いものになっていることが稀にある。

 まぁ、そこらへんは甘んじて受け入れるべきなのだろうが……たまにブラマジガールの熱狂的ファンがコロス目で見ている時がある。学園祭でのコスプレのせいだろう。

 受け入れたいところだが……そういった視線は本当に怖いため、むしろなるべく気にしないようにしている俺だった。

 と、そんなことを思い返してみたわけだが、そもそもクロノス先生はどうして俺を呼びとめたのか?

 その本題に思考が帰ってきたところで、クロノス先生は俺たちを背にして歩き始めた。

 

「クロノス先生?」

「いいから、来てほしいノーネ」

 

 そのまま歩いていくクロノス先生。それにマナと共に首を傾げながら、俺たちはクロノス先生の後に続くのだった。

 

 

 

 

 たどり着いた先は、校長室。

 ということは、用があるのは校長先生なのか? そう考えていると、クロノス先生が扉を開き、中に入っていく。俺たちも遅れて校長室に足を踏み入れた。

 

「シニョール皆本を連れてきましたノーネ」

「ありがとう、クロノス先生。……おや、マナ君も一緒だったのかね」

「あはは、お邪魔しまーす」

 

 マナが明るく返事をし、それに校長は眦を下げて頷いた。

 既にマナも校長にとっては自身が受け持つ生徒の一人という扱いになっているらしい。

 

「それで、校長先生。俺に一体どんな用が?」

 

 俺が突然連れてこられた戸惑いを隠さずに問うと、校長は頷いて口を開く。

 実は、という前置きと共に話された俺が呼ばれた理由は全く予想もしていなかったものであり、俺とマナは揃って驚き一色に顔を染めた。

 

「――隼人がどういう奴か?」

「うむ。君から見た隼人君はどんな子なのか、教えてほしい」

 

 そう、校長が俺を呼んだ理由はそれだけだ。「隼人とはいったい普段はどんな生徒で、どういう性格をしているのか」それを教えてほしいというものだったのだ。

 何故隼人のことで俺を呼んだのかというと、隼人に近しい人間の客観的な意見が欲しかったからだそうだ。

 十代は主観が多くなりそうだから駄目、翔は言葉不足と早とちりが多いため正確性に欠けるから駄目、ということらしい。

 そうなると隼人と一番親しいのは俺であり、俺ならバランスよく第三者の目線から見た隼人を話してくれそうだからということで、俺に白羽の矢が立ったらしい。

 そこまで聞いて、俺が呼ばれた理由は一応納得した。だが、肝心なことをまだ聞いていない。

 

「そもそも、なんで隼人のことをそんなに知りたいんですか? 進級テストはもう少し先ですし、いくらアイツが一度留年してるからって……」

「ああいえ、そういうことではないのです」

 

 俺が隼人の留年を持ち出すと、校長は慌てたように首を振った。

 どうやら進級に関わる話かと思いきや、それは俺の早合点だったようだ。

 じゃあ、一体何なのか。

 一層疑問符を浮かべる俺に、校長は「これはオフレコで頼みますよ」と前置きしてからその理由を語り始めた。

 その理由を聞き、俺とマナは再度驚きに目を見張った。

 

「隼人をI2社に推薦!?」

「ええ。実は、先日行われたカードイラストのコンテストで彼が優勝しましてね。ペガサス会長がその作品をいたく気に入り、正式にカードデザイナーとして迎え入れたいとおっしゃっているのです」

「ペガサスさんが……」

 

 確かに、隼人のイラストは驚くほどに上手い。

 あれほどの腕なら、なるほどデザイナーとして評価されるというのも納得できるか。しかしまさか、デュエルモンスターズが世界の中心と言えるほどに盛んなこの世界で、それに携わる仕事に就けるとは。これ以上ない就職先だ。

 

「しかし、我が校としてはI2社に推薦する以上、その人格含め精査する必要があります。そこで、我々が目にすることのない隼人君の普段の様子を教えてもらいたく、君を呼んだのです」

「なるほど……そういうことですか」

 

 ようやく話がつながった。そういうことなら、確かに俺が適任かもしれない。十代や翔は私情を挟みまくってべた褒めしそうだからな。

 ま、だがしかしそういうことなら心配ない。隼人は今時珍しいほどにいい奴だ。昔は諦め癖があったようだが、今では逆に根性なら俺たちの中で一番かもしれないほどに気張れる奴である。

 だから、俺はいつもの隼人をそのまま伝えればいい。それがきっと、隼人のためになるはずだ。

 そういうわけで、俺は二人に普段の隼人の様子を語っていく。さすがに全く私情を含まない意見とは言えないかもしれないが、それでも第三者には徹したつもりだ。

 時にマナから見た意見も加えつつ、俺たちは俺たちなりに隼人の応援をするため懸命に隼人のことを話していく。普通なら気にしていない細かいところも含めてしっかり伝える。あいつがどれだけ普段から頑張っている奴なのかを理解してもらうために。

 そうして俺たちの意見を聞き終えた校長は、鷹揚に頷いて「わかりました」と告げた。

 そして俺たちに礼を述べる。同じくクロノス先生も協力への感謝を俺たちに告げ、役目を終えた俺たちは校長室を辞したのだった。

 廊下に出て、ふぅと息をつく。喋り通しだったので少しのどが渇いた。だがそれよりも、僅かな寂しさが胸に去来する。

 

「そっか……隼人の奴、いなくなるのか」

 

 まだ確定ではないが、隼人だってやる時はやる奴だ。既にペガサスさんに認められている以上、学園としても推薦してくれることだろう。

 一年間、友達として一緒だった相手だ。この学園を去ると聞けば、やはり思うところはある。

 

「寂しいね、遠也」

「ああ」

 

 マナもまた、俺の隣で隼人を見てきた。俺たちが一年の間に形作った輪から一人が抜けてしまうことへの寂しさを俺と同じく感じているようだった。

 

「けど、隼人の夢だもんな」

「うん」

 

 三幻魔の時、理事長にあいつは言っていた。「自分たちの夢のためにこの学校に来たんだ」と。その隼人の夢を叶えるチャンスなのだ。

 確かに寂しい。寂しいが……ここで応援しなければ友達じゃない。

 

「ま、その時は笑って送り出さないとな」

「うん。友達の門出だもんね」

 

 マナの言葉に頷きを返し、俺は手を差し出し、マナはそれを握る。

 そして俺たち二人は寮へ帰るべく歩き始めた。

 俺たちを見た男子から突き刺さる視線も、今は気にならない。

 新たな旅立ちを迎えることになり、俺たちの前から去ろうとしている隼人。その事実がもたらす寂しさ。それを紛らわせるかのように握られた互いの手は、そんな周囲の視線などものともしない温かさがあった。

 誰かと別れるのはやはり、辛い。ひと肌恋しさに繋がれた手はそのままに、俺たちはその辛さと寂しさに心持ち話し声のトーンを落としながら、寮の自室へと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 さて、そんなわけで隼人の進退について俺たちは一足早く知ったわけだが、どうもそう簡単にI²社に推薦するわけにはいかなかったようだ。

 それというのも、今度の進級試験に併せてクロノス先生が隼人の相手をすることになったからである。

 隼人がどういう人物で、成績で、どんなデュエルをするのか。短い付き合いのため知らないクロノス先生が、簡単に我が校を代表する立場である被推薦者に隼人を据えるわけにはいかないと言い出したのである。そのため、自分が認めるに値する実力を示せ、ということらしい。

 かつてのレッドいびりではなく、実に納得できる言い分であったため、校長もこれを了承。また、隼人自身も承諾したため、クロノス先生VS隼人というデュエルが行われることになったのである。

 進級試験前日、俺は隼人に尋ねた。大丈夫か、と。

 それに対して隼人は、

 

「クロノス先生は、強いんだな。けど……俺だって自分の夢がかかってるから、絶対に諦めないんだな」

 

 そう決意を込めた目で言ったのである。

 初めは留年という負い目もあって自堕落気味だった隼人だが、この一年で夢のためなら困難にも負けずに挑んでいく姿勢を身に着けていた。

 それは、たとえ負けたとしても隼人の中からなくならない大きな財産である。

 そして、そんな隼人は今、学園のデュエルフィールドでクロノス先生と相対している。

 顔つきを見れば、気合の入りようは一目でわかる。クロノス先生も、そんな隼人を見て真剣な表情だ。

 客席では、俺、マナ、十代、翔、万丈目、三沢、明日香といった特に親しい面々と校長が隼人を応援している。

 そんな中、二人はデュエルディスクを展開し、開始の宣言を行った。

 

「「デュエル!」」

 

前田隼人 LP:4000

クロノス LP:4000

 

「先攻は俺なんだな、ドロー!」

 

 隼人は手札を見回し、その中から一枚を選択する。

 

「俺はモンスターをセット! ターンエンドなんだな!」

「私のターン、ドロー!」

 

 対するクロノス先生は、即座に手札からカードを繰り出した。

 

「私は手札より《磁力の召喚円(マグネット・サークル) LV2》を発動! 手札からレベル2以下の機械族、《古代の歯車(アンティーク・ギア)》を特殊召喚するノーネ! 更に古代の歯車がフィールドに存在する時、手札から古代の歯車を攻撃表示で特殊召喚!」

 

《古代の歯車1》 ATK/100 DEF/800

《古代の歯車2》 ATK/100 DEF/800

 

「そしてこの2体を生贄に、《古代の機械巨人(アンティーク・ギアゴーレム)》を召喚なノーネ!」

 

《古代の機械巨人》 ATK/3000 DEF/3000

 

 流れるようにスムーズな戦術で、クロノス先生の場にエースである古代の機械巨人が召喚される。

 クロノス先生は変わらず真剣な顔つき。隼人はいきなりのエース登場に動揺しているようだった。

 だが動揺を感じたのは隼人だけじゃない。まさかの1ターン目から古代の機械巨人の登場という事実に、俺たちの間からどよめきが起きていた。

 

「クロノスのやつ、本気だぜ」

「ああ。まさか……教諭は本気で隼人を推薦しないつもりなのか」

 

 万丈目の言葉に同意した三沢が、自らの懸念を躊躇いがちに口にする。

 この一戦が隼人の夢をかけたものであることは、クロノス先生も百も承知のはず。それであるのに手加減なしのこのデュエルは、その夢を積極的に潰そうとしているも同義。

 三沢はそう考えたのだろう。

 だが……。

 

「俺は、そうじゃないと思う」

「どういうことだ、遠也?」

 

 三沢から上がる疑問の声。それに、俺は自分の考えを言葉にしていく。

 

「今だから言うけど、実はクロノス先生ってかなり生徒思いなんだよ。昔受け持った生徒からの手紙を大切そうに読んだり、誇らしげに話したりしてさ」

 

 ちなみに、半年以上前の話な。

 そう付け加えると、皆が驚いた顔になる。三幻魔以降のクロノス先生が良い先生だとは誰もが認めるところだが、それ以前の先生にいい印象はあまり持っていなかったからだろう。

 そんな面々を前に、俺は、だからと言葉を続ける。

 

「クロノス先生は、隼人を推薦したくないわけじゃないんだよ。三幻魔の時にも、教師の仕事は生徒の夢を叶える手助けをして導くことだって言ってただろ? その先生が、隼人の夢を無理やりねじ伏せるような真似をするとは思えない」

 

 進むクロノス先生と隼人のデュエル。

 劣勢の隼人だが、しかしそれでもクロノス先生は情けをかけない。侮ることなく、本気で戦うクロノス先生の姿がそこにはあった。

 

「でも……それならどうして、クロノス先生は手加減をしないのかしら?」

 

 生徒の夢を叶えるためなら、推薦してあげればいいのに。そんな考えのもと明日香が言う。

 俺はそれに、あくまで俺の考えだけどと前置きをしながら話す。

 

「たぶん、クロノス先生は隼人の本気と覚悟の度合いを見たいんじゃないかな」

「どういうことだよ?」

 

 十代が投げかけてきた問いに、俺はあくまで予想だからなと断ってから話し出す。

 

「この時点でI2社に行くってことは、一足飛びに社会人になるってことだろ。学生という守られるべき立場じゃない、自分で全て決めていかないといけない立場だ。そこに飛び込んでいく隼人に、艱難辛苦が待っているのは想像できる。だからこそ、それに負けない人間かどうかをクロノス先生は見たいんだと思う」

 

 クロノス先生の中の隼人のイメージは「留年したドロップアウトボーイだが、最近は努力を続ける勤勉な生徒」というものらしい。

 それだけならわりと高い評価なのだが、しかし隼人との付き合いが短いクロノス先生は、隼人がどれだけ本気で夢を叶えたいのかをいまいち理解しきれていないのだ。

 だからこそ、こうして自ら判断を下す場を設けたのだと予想できる。

 夢の前に立ち塞がった自分を、隼人がどんな姿勢で乗り越えるか。それこそが、クロノス先生が見たいものなのだろうと思う。

 そういったことを告げると、皆の表情が納得したものに変わっていた。

 皆も、クロノス先生がいきなり強硬に隼人の推薦に異を唱えたことに疑問があったのだろう。腑に落ちない点が解消されて、すっきりした顔である。

 そして隼人の応援へと戻る皆だが、それとは別に俺は校長先生に声をかけられた。わざわざ皆には聞こえないところでだ。

 

「はっはっは。やはり君は観察眼に長けているようだね。私も、君と同じ意見だよ」

「校長。ということはやはり……」

「うむ。クロノス先生は、あれでかなり隼人君のことを心配していてね。自分ごときを認めさせられないようでは、これから進む夢の先で成功するなど夢のまた夢。それならこの学園で学び直し別の道を探した方が安定した職に就ける。ここで私が引導を渡した方が本人のため……。そんな素直じゃないことを言っていたよ」

「なるほど。要するに、クロノス先生は……」

「そう、隼人君が自分を認めさせるならそれで良し。もしそれが出来ないなら、彼に夢を諦めさせる役は引き受ける。そう考えたのでしょう。何とも不器用なことです」

 

 確かに、カードデザイナーという仕事は成功する確率が非常に少ない仕事だ。それが生徒の夢とはいっても、それが明らかに茨の道であり生徒自身をいずれ苦しめるようなものであるなら、諦めさせるのも教師の仕事ということなのかもしれない。

 カードがあらゆる意味で重要な立場にあるこの世界において、その業界で結果を残すことがどれだけ難しいことか。それが出来なかった時に隼人が受ける苦しみや辛さは、想像を絶するだろう。

 だからクロノス先生の気持ちはわかる。――だが同時に、違和感も覚えた。

 確かにその道は険しい。だが、挑戦すらさせずにそれを諦めさせるようなことをするものだろうか。

 確かに隼人のためを思うなら、それもまた一つの道だ。だが、隼人の意思がそこに無い以上、余計なお世話と言われればそれまでなのである。

 ゆえに、微妙に得心がいかない。

 そんなふうに考えていると、俺の様子を見た校長が苦笑した。

 

「君は本当に聡いですね。君の考えは正しい。最初に君が言ったことが正解です」

「なら、やっぱりクロノス先生は……」

「ええ。隼人君を推薦する気持ちは初めからあるのでしょう。ただ、果たして夢に対する姿勢がどれほどのものなのか。それを見たいだけなのだと思います。……さっきの話はクロノス先生を認めさせられなければ、というだけの話。クロノス先生は、隼人君なら自分を認めさせてくれると信じているのでしょう」

 

 なるほどね。ようやく理解できた。

 クロノス先生は、最初から隼人に夢を諦めさせようとは考えていないのだ。

 自分を認めさせなければ推薦しない、というそれにしたって、先生は隼人ならその程度の課題は達成してくれると信じているのだ。だからこそ、後に続く出来なかった時の話は、ただの仮定にすぎない。

 信じているからこそ、クロノス先生は本気で相対しているのだ。隼人なら大丈夫だと、乗り越えてくれるとそう考えて。

 視線の先でデュエルを続ける二人に目を向ける。

 既にデュエルは終盤。この一年の成長のためかクロノス先生にしっかり喰らいつき、ライフを削っていくその姿に、皆の応援にも熱が入る。

 クロノス先生の顔にも、どこか喜びのようなものが感じられた。

 そしてついに、隼人が動いた。

 

「魔法カード《エアーズロック・サンライズ》を発動! その効果により、墓地にいる獣族モンスター1体を特殊召喚する! 俺は《ビッグ・コアラ》を特殊召喚するんだな!」

 

《ビッグ・コアラ》 ATK/2700 DEF/2000

 

 墓地から現れた巨大なコアラが、場にソリッドビジョンとして存在するエアーズ・ロックの上に立ち、力強く大地を踏み鳴らした。

 

「更に自分の墓地の獣族、植物族、鳥獣族1体につき相手の場のモンスター1体の攻撃力を200ポイント下げる! 俺の墓地に該当するモンスターは2体! よって古代の機械巨人の攻撃力を400ポイント下げるんだな!」

 

《古代の機械巨人》 ATK/3000→2600

 

 クロノス先生の場に存在する2体目の古代の機械巨人。その攻撃力が見る見る下がり、ビッグ・コアラの戦闘破壊可能圏内に入った。

 だが、隼人の行動はまだ終わらない。

 

「更に《融合》を発動! 手札の《デス・カンガルー》と場のビッグ・コアラを融合し、《マスター・オブ・OZ》を融合召喚するんだな!」

 

《マスター・オブ・OZ》 ATK/4200 DEF/3700

 

 十代から譲り受けたという、隼人のデッキ最強のモンスター。

 肩から下げたチャンピオンベルトがその能力の高さを示している。たとえ最上級モンスターであろうと殴り倒せるほどに、攻守ともに最高クラスのモンスターだ。

 

「これが、俺の一年間の集大成! いくんだな、マスター・オブ・OZ! 《エアーズ・ロッキー》ィッ!」

 

 マスター・オブ・OZの拳がクロノス先生の場の古代の機械巨人に迫る。

 この攻撃が通れば隼人の勝ち。その未来を想像して湧き立つ十代たちだったが、しかしクロノス先生の表情を見ていた俺は、そうあってほしいと思いながらも確信することが出来なかった。

 マスター・オブ・OZを召喚した隼人を、誇らしげな笑みと共に見ていたクロノス先生。しかし隼人の攻撃宣言を受けた瞬間、その表情は真剣な教師としてのものへと変わっていたのである。

 その表情のまま、クロノス先生は一度目を閉じる。そしてマスター・オブ・OZの攻撃が届く前に、すっと目を開いて伏せカードを起き上がらせた。

 

「――速攻魔法発動、《リミッター解除》! このカードは自分フィールド上の機械族モンスター全ての攻撃力をエンドフェイズまで2倍にするノーネ!」

 

 クロノス先生の場には古代の機械巨人が1体だけ。そして古代の機械巨人の種族は、機械族である。

 

《古代の機械巨人》 ATK/2600→5200

 

 マスター・オブ・OZの攻撃を、古代の機械巨人が迎え撃つ。だが、マスター・オブ・OZの攻撃力4200に対し、古代の機械巨人の攻撃力はリミッター解除によって5200。

 そして、現在の隼人のライフポイントは800である。

 攻撃力の差分は1000ポイント。……隼人のライフを0にするには、十分すぎる数値であった。

 

前田隼人 LP:800→0

 

 隼人は、負けた。

 これにより、I2社への推薦は受けられない。それを理解した隼人の目から大粒の涙が零れ落ちる。

 だがしかし、実技においてアカデミアでも屈指の実力を持つクロノス先生相手に健闘した事実は、讃えられるべきものだ。俺たちは席から立ち上がると、隼人に拍手を送る。

 それに気づいた隼人が俺たちを見上げ、そして泣き笑いの表情のまま手を振った。

 

「隼人! ガッチャ! 最高のデュエルだったぜ!」

「カッコよかったよ、隼人くん!」

 

 特に付き合いの長い同室の二人からの賞賛に、隼人は涙を拭って無理やり笑顔を浮かべた。

 

「俺……、俺、こんなに面白いデュエルは初めてだったんだな!」

 

 強がりだとわかるそれに、しかし誰もそれを指摘することはない。

 夢破れて一番ショックを受けている隼人が、必死に笑っているのだ。それを茶化す真似がどうしてできるだろうか。

 そして、そんな隼人に対戦者であったクロノス先生が歩み寄っていく。

 

「シニョール前田。進級試験の結果は……あなたの負けなノーネ」

「は、はい……ありがとう、ございました」

 

 その言葉を改めて告げられ、再び声を震わせる隼人。

 それを前にしてクロノス先生は一度目を閉じる。そして笑みと共にその瞼を開いた。

 

「――しかし、デュエルの内容はスプレンディード。素晴らしいものだったノーネ」

「……え? で、でも俺は……」

 

 予想に反する言葉をかけられ狼狽する隼人に、クロノス先生は小さく首を振った。

 

「確かに、あなたは負けたノーネ。しかし、あなたのデュエルから、あなたの思い、覚悟、成長を私は感じることが出来たノーネ。そんなあなたなら、これから先どんな困難にも負けず、自分の道を歩いていってくれると私は信じられるノーネ」

「クロノス、先生……」

「実技担当最高責任者として、進級試験に私情を挟むことは出来なかったノーネ。しかし、あなたの姿は私にあなたの推薦を認めさせるには十分なものだったノーネ」

「そ、それじゃあ……」

 

 隼人の恐る恐るといった声に、クロノス先生は微笑んで手を差し出した。

 

「シニョール前田……あなたは、私の誇りなノーネ。自信を持って、あなたをI2社に推薦するノーネ」

「クロノス先生……!」

 

 その言葉を受け、その目から再び涙を流す隼人。しかしそれはさっきの悲しみからくるものではない。喜びからくるものであった。

 差し出された手を、隼人はゆっくりと掴んで握手を交わす。

 そして、涙に濡れた顔のまま隼人は頭を下げた。

 

「ありがとう、ございます……!」

 

 そしてそれを受けたクロノス先生は、ただ微笑んで隼人の手を強く握るのだった。

 

 

 

 

 後日、隼人がI2社が用意した小型飛行機によって学園から旅立つ日。

 俺たちは隼人を見送るためにアカデミアに備え付けられた発着場に集まっていた。

 

「みんな、見送りにまで来てくれて、ありがとうなんだな」

「なんだよ、水臭いぜ隼人。一年間一緒に過ごした仲じゃないか!」

 

 飛行機に乗る前に俺たちの前に立った隼人に、十代が笑って言う。そこに僅かながらに無理が感じられるのは仕方がないことだろう。

 話したいことは山ほどあるし、出来るなら隼人と一緒に卒業したかったとも思う。だが、それは隼人の夢の妨げになるし、ここでそれを口にすることは隼人に気を使わせることになってしまう。

 だから、俺たちは誰もそんなことは言わない。ただ、隼人のこれからのことを思い、各々がその前途が良いものであることを願うだけである。

 

「隼人くん……向こうでも、頑張ってね」

「ふん、せっかくI2社の目に留まったんだ。やれるだけやってこい」

「まったく、凄い奴だよ君は。応援しているからな」

 

 翔、万丈目、三沢の言葉それぞれに隼人は頷いて応える。

 そして、明日香と吹雪さん、カイザーもまた隼人に声をかけた。

 

「頑張ってね、隼人くん。でも無理はしないようにね」

「僕はあまり付き合いが長くないけど、それでもあのI²社に就職するなんて自慢できる後輩だ。君の活躍を祈っているよ」

「俺も、あまり親しくは出来なかったな。だが、翔と友人でいてくれてありがとう。君が作るカードを使う日が来ることを、楽しみにしている」

 

 そして最後に、マナ、俺、十代の三人である。

 

「向こうでも元気でね、隼人くん!」

「一年間、楽しかったよ。向こうに行っても俺たちは友達だ。それを忘れないで頑張ってな、隼人。応援してるぜ」

「へへ、思えば俺たちも色々あったよな。けど、隼人は一足早く卒業だ! また一緒にデュエルできる日を楽しみにしてるぜ!」

 

 思い思いに隼人の門出を祝う言葉を送ると、隼人は涙を浮かべて大きく頷いた。

 もうすぐ飛行機が飛び立つ予定の時間だ。それを悟った隼人が、荷物を抱えて飛行機の方を見る。

 そして歩き出す前に俺たちに大きく手を振った。

 

「みんな! ありがとうなんだな! 俺……俺、向こうに行っても皆のこと忘れない! 精一杯、頑張ってくるんだな!」

 

 その言葉に俺たちも大きく手を振って応え、その間に飛行機のエンジンをつけたのか辺りに激しい音が響き始める。

 隼人が徐々に飛行機に近づき、そしてついにその中へと乗り込む。完全に姿が見えなくなる前にもう一度だけ俺たちに手を振り、隼人は飛行機の中へと姿を消していった。

 そして、それを待っていたかのようにゆっくりと動き出す飛行機。緩やかに滑走していった小型の機体はやがて高速で走っていき、ふわりと浮きあがるとそのまま空へと飛び立っていく。

 十代が言うように、一足早くアカデミアを卒業していった隼人。自らの夢を叶えるためにここを旅立っていった友達の姿を目に焼き付けながら、俺たちは飛行機が飛び立った先をしばらくの間無言で見つめ続けるのだった――。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 隼人がこの学園を去って、しかし俺たちの日常に大きな変化があったわけではない。

 授業に出て、デュエルをし、時に友人たちと交流して日々を過ごす。

 その輪の中に隼人がいないことを寂しく感じる時もあったが、いつまでもそんなことではいけないと奮い立ち、十代や翔も今ではそれを感じさせないほどいつも通りに過ごしている。

 遠くに行こうと、隼人が俺たちの仲間であることに変わりはない。そう思えるからこそ、俺たちは比較的早く普段の日常に戻ることが出来たのだった。

 

 

 そうして時が過ぎた、ある日。

 ついにこのアカデミアにも卒業シーズンというものがやって来た。

 今学園は今年卒業するカイザーが誰を卒業模範デュエルの相手に指名するかで湧き立っている。カイザーはこの学園を代表するデュエリスト。そのご指名を賜ることを名誉なことだと考えているからだろう。

 ちなみに卒業模範デュエルとは、卒業生の中で最も成績の良かった生徒が在校生の中から一人を指名し、全校生徒の前でデュエルをすることである。

 成績第一位のデュエルを最後に在校生に披露し、在校生にこういうデュエリストになれという模範を示すという意味で行われるイベントなのだ。

 今年の卒業生一位は当然のようにカイザー。ただでさえ高い人気を誇るカイザーだけに、その指名を受ける相手にも注目が集まっているのである。

 

「ま、俺には関係ないけどな」

「あれ? カイザーくんなら、遠也を指名することもあるんじゃない? 仲いいんだし」

 

 周囲の対戦相手予想に騒がしい声を聴きながら学園内のベンチでくつろぎ口にした言葉に、隣に座るマナが意外とばかりに突っ込んできた。

 ちなみにマナはカイザーのことをカイザーくんと呼ぶ。俺がカイザーと呼ぶので、移ってしまったらしい。

 最初にそう呼んだ時の周囲の反応は面白かった……。吹雪さんが大笑いし、明日香が口元を抑えて肩を震わせ、カイザーは憮然とした顔で腕を組んでいた。

 直後カイザーはやめてくれと言ったが、マナは「でも遠也がカイザーって呼んでるし……」と取り合わず。そのためカイザーは俺に名前で呼んでくれと言ってきたが、俺も面白がって断ってしまった。

 以降ずっと、カイザーはマナの中でカイザーくんである。俺がカイザーのことを名前で呼ぶようになれば変わるのかもしれないが……まぁそれについてはどうでもいいか。

 それより、マナが聞きたいのはどうして俺が指名されないと思っているのか、だったな。

 まぁ、特に難しい話ではない。至極簡単な理由により、俺は相手ではないのである。

 

「俺は指名されないよ。だって、カイザーが十代に話を持ちかけたことを十代から聞いて知ってるからな」

「あ、なんだ。そういうこと」

 

 単純と言えば単純に過ぎる理由を知り、マナが納得とばかりに頷く。

 対して俺の発言に耳をダンボのようにしていた周囲の生徒が反応した。

 

「なにぃ、カイザーの相手はオシリスレッドの遊城十代だと!」

「レッドからの指名は前代未聞だぜ」

「亮様のお友達である遠也さんなら、情報に間違いはなさそうね」

「ええ。……それにしても遠也さんの隣にいる子は誰?」

「知らないの? 確かマナさんといって遠也さんの彼女だったはずよ」

 

 ざわざわする生徒たちの声。

 そして、いつの間にやらマナの存在が生徒間で普通に認知されている事実に驚きを隠せない。まぁ、確かに授業に顔を出すし女子生徒と話すこともあるようだったけども。

 ともかく俺の口からカイザーの対戦相手の情報を得た彼らは、早速とばかりにそれを噂に乗せた。ソースが俺ということもあって、一日も経てばそれは疑いようのない事実として全員に認識されたのである。

 意図せず俺が発信源となってしまったが、まぁすぐにわかることだ。特に問題はないだろう。

 後でカイザーに聞いた話だが、この模範デュエルに俺を指名しなかった理由は、単に俺とは対戦数が多く、対して十代とはほとんど戦ったことがなかったかららしい。

 セブンスターズや三幻魔、それらの事件を通して十代のデュエルに興味を持っていたカイザーは、何度も戦ったことのある俺ではなく、カイザーにとって未知数の十代を指名したというわけらしかった。

 まぁ、それは余談である。

 何はともあれそんなわけで、アカデミア本校において抜群の知名度と実力を誇るカイザーVSオシリスレッドでありながら頭角を現し実力者として数えられるようになった十代。

 アカデミアの生徒は皆、この対戦カードを心待ちにするようになったのである。

 

 

 

 

 そして迎えた、卒業模範デュエル当日。

 ほぼ全生徒が詰めかけたデュエルアリーナの中、ステージに上がったカイザーと十代が不敵な笑みと共に視線を交わしている。

 そしてその二人に、これから起こるデュエルへの期待を込めた視線を送る生徒や教師たち。

 俺は客席の最上段から、その様子を見つめていた。

 隣にいるのはマナだけであり、翔や明日香たちは普通に観客席で見ていると思う。俺だけ別行動をしているのだ。

 

『それでーは、ただいまより卒業模範デュエルを始めるノーネ!』

 

 クロノス先生のマイクを通した声が響き渡る。

 それにより、カイザーと十代は互いにデュエルディスクを展開して、その開始を宣言した。

 

「「デュエル!」」

 

 その顔は二人ともこれから始まる戦いへの期待感にあふれている。カイザーはともかく、十代は珍しくナイーブになっていたから心配していたんだが、これなら大丈夫そうだ。

 

 

 

 ――十代の部屋に赴いて、カイザーとデュエルすることになったと聞かされた時。十代は続けて俺にこう言葉をかけてきていた。

 

「なぁ、遠也。なんでカイザーは俺を選んだんだろうな」

 

 その声には、どうして俺なんかを、という十代にしては珍しい弱気が含まれていた。それを聞き、俺は思わず驚きを示す。

 

「珍しいな。お前がそんなことを言うなんて」

「はは、やっぱり? けどさぁ、思うんだよ。俺より強い奴は、遠也がいるだろ。カイザーだってパーフェクトと呼ばれるぐらいに強い。なのに、なんでわざわざ俺なのかなぁ」

 

 それはこの部屋にいま翔がいないからこそ言える本音だったのだろうか。天井を仰ぎながら言った十代に、俺はふぅと息をつく。

 

「そりゃ、カイザーにとってお前を選ぶ理由があったってことだろ」

「……そっか、そうだよな。なら、俺も勝てるように……カイザーのような完璧なデュエルをしてみせて、卒業生を安心させてやらないとな」

 

 そう言って仰ぎ見ていた天上から視線を戻した十代は、それでいいとばかりに自分の言葉に頷いている。

 だが、俺はその様子を見てどうしても一言言わなければ気が済まなかった。十代の様子が、やはりどうにもらしくなかったからだ。

 

「……俺には、カイザーの気持ちはわからないけど」

「ん?」

「カイザーはきっと、お前と楽しいデュエルがしたいんじゃないか? お前となら、そんなデュエルが出来ると思ったから、お前を指名したんじゃないかと俺は思う」

「楽しいデュエル……」

「ま、あくまで俺の考えだ。もし俺が卒業生で対戦相手に十代を指名したとしたら……その理由はきっと、最後に最高に楽しいデュエルをして学園を去りたいからだと思っただけだ」

 

 俺がそれだけ言って口を噤むと、十代は何やら真剣に考え事をしているようだった。

 そのまま数分。ずっと黙っていた十代は、ようやく顔を上げて口を開く。

 その顔は、さっきまでの思い詰めたようなものではなく、いつも通りの笑顔だった。

 

「――やっぱ、遠也は凄いぜ」

「は?」

「へへ、何でもないぜ。そうだな、俺はいつも通り最高に楽しいデュエルをするだけだな!」

 

 憑き物が落ちたように晴れやかな表情になった十代に、先程までとの落差を感じた俺はただただ首を傾げるのだった――。

 

 

 

 そんなことがあったからどうなるかと思っていたが、なかなかどうして十代に緊張はないようで善戦している。時に押し、時に押され、それでも楽しそうに笑う姿はまさしく俺の知る十代の姿だ。

 カイザーのパワーデッキ相手に、サイバー・エンドが出て来ようとも、変わらずにその姿勢を貫く十代の姿は、見ているこちらまで楽しい気分にさせてくれる。

 カイザーも、そんな十代を相手にして心底楽しそうだ。そんな二人の伯仲した戦闘を見せられたら、俄然周囲の応援にも熱が入る。

 アリーナの中は最高潮の盛り上がりを見せていた。

 

「――いくぞ、十代! バトル! 《サイバー・エンド・ドラゴン》でシャイニング・フレア・ウィングマンに攻撃! 《エターナル・エヴォリューション・バースト》!」

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK/16000 DEF/2800

 

 《パワー・ボンド》と《リミッター解除》によって最大限に強化されたサイバー・エンド・ドラゴン。

 その攻撃が十代の場のシャイニング・フレア・ウィングマンへと迫る。

 自身に向かってくる勝負を決する光の吐息。しかし、十代はそれに真っ向から立ち向かった。

 

「リバースカードオープン! 速攻魔法《決闘融合-バトル・フュージョン-》! 戦闘する相手モンスターの攻撃力分だけ、シャイニング・フレア・ウィングマンの攻撃力をアップする!」

 

《E・HERO シャイニング・フレア・ウィングマン》 ATK/4900→20900

 

 シャイニング・フレア・ウィングマンの纏う光が強まり、神々しいまでの輝きを帯び始める。

 そしてこれにより、サイバー・エンド・ドラゴンの攻撃力を完全に上回った。

 だが、カイザーはそれに対して驚きつつもすぐに平静へと戻っていた。

 

「なるほどな、考えることは同じか。だが、タイミングを見誤ったな十代! 手札から速攻魔法《決闘融合-バトル・フュージョン-》!」

「なに!」

「効果は説明するまでもないな。これにより、サイバー・エンド・ドラゴンの攻撃力が更にアップ!」

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK/16000→36900

 

 同じカードが手札にあったのか。確かに、これだと後に発動したカイザーが攻撃力が上昇した後のシャイニング・フレア・ウィングマンの攻撃力分有利になる。

 これで一気に、場の流れはカイザーに戻った。

 圧倒的な逆境。しかし、それでも十代の顔に悲壮感はない。ただただカイザーのプレイングに畏敬を示し、それと同時に今このデュエルへの満足感を喜びとして表情に表していた。

 

「やっぱ、すげぇよカイザー。このデュエル、最高に楽しかったぜ!」

「俺もだ。やはり、このデュエルの相手にお前を選んでよかった」

 

 二人がそれぞれ、デュエルの決着を前に笑い合う。

 互いに互いを認め、その実力を通して更なる理解を深めたのだろう。デュエルで心が通じるなんて、と思っていたが……本気で向かい合えば、その間に介するものが何であれ、俺たちは一層分かり合えるのかもしれない。二人を見ていて、ふとそんなことを思った。

 そしてカイザーの賞賛を受けた十代は、しかし不敵な表情を浮かべてみせた。

 

「サンキュー、カイザー……だけど、俺は諦めたわけじゃないぜ! 在校生代表から卒業の記念だ、受け取れカイザー! リバースカードオープン! 罠カード《決戦融合-ファイナル・フュージョン-》!」

「それは……! 俺が以前に遠也とのデュエルで使った……。負けず嫌いめ」

 

 俺とカイザーが初めて戦った時。その時のデュエルに決着をつけたカード。

 それが巡り巡ってカイザーと十代の決着のカードにもなるとは……なんとも不思議な縁で繋がっているもんだな。

 カイザーが口元に微かな笑みを見せる。そして、俺もまた当時のことを思い出して思わず笑みを浮かべるのだった。

 

「このカードの効果により、俺たちは互いの攻撃モンスターの攻撃力の合計分のダメージを受ける! さぁ、いくぜカイザー!」

「ああ、来い!」

 

 二人の声に従うように、シャイニング・フレア・ウィングマンとサイバー・エンド・ドラゴンの攻撃がぶつかり合う。

 それは拮抗しつつ爆発を生み、その爆風波フィールド全体を覆うようにしてその衝撃を万遍なく振りまいた。

 当然、その中にいた十代とカイザーが無事であるはずもなく。

 ソリッドビジョンの生み出す煙が晴れた時。そこには座り込むカイザーと、仰向けに倒れる十代の姿があった。

 

丸藤亮 LP:0

遊城十代 LP:0

 

 互いに死力を尽くしたことを物語る、二人の姿。

 それを見たアリーナの生徒、教師、全ての人たちがとる行動は一つだった。

 誰かが何かを言ったわけではない。だが、自然と誰もが立ち上がってその両手を強く叩いていた。

 十代の元へと歩み寄るカイザーと、それを受けて寝転んでいた状態から身を起こす十代。その二人が生み出した最高のデュエルに、誰もが拍手を送らずにはいられなかったのである。

 無論、俺も、隣のマナも手を叩いている。どこかにいる翔、明日香、万丈目、三沢、吹雪さんもきっと俺たちと同じ行動をとっていることだろう。

 この瞬間、確かに俺たちが感じていたものは同じだったのだ。

 そしてそんな万雷の拍手を受けながら、十代とカイザーはそれぞれ座り込んだままで互いの手を握り合わせた。

 

「後は頼んだぞ、在校生!」

「ああ、任せろ卒業生! ――卒業おめでとう、カイザー!」

 

 澄み切った晴れ空のような顔で互いにそう言葉をかけあった二人は、そのまま満足げに大きな笑い声を上げ始める。

 感情をむき出しにしたカイザーと、いつも以上に快活に笑う十代。その二人を讃える拍手の音は、彼らのデュエルを忘れまいとするかのように、いつまでもアリーナの中に響き続けるのだった。

 

 

 

 

 ――そんな卒業模範デュエルが終わって、まだ一時間経つかどうか。

 まだまだ卒業デュエルの興奮冷めやらぬ生徒たちの間を、俺とマナはゆっくりと進む。

 たった今PDAに入ったメール、それによって指定された場所に向かうためだ。

 そこは、かつて俺とカイザーが初めてデュエルをした場所。人目につかず、しかし十分な広さを確保できるそこは、多くの生徒たちが知らない穴場である。

 そしてその指定した場所にたどり着いた時。

 そこには既に、俺を呼び出した奴らが待っていた。

 

「……来たか」

「待ってたぜ、遠也!」

 

 カイザーと十代が、にっと笑う。

 そんな二人の態度に、俺はやれやれとばかりに肩をすくめた。

 

「まったく、二人してどうしたんだよ。こんなところに呼び出してさ」

 

 と言いつつ、その内容におおよその察しはついている俺だった。ちゃっかり右手に持ってきているものがその証拠だ。

 それを見て十代もカイザーも俺が了解済みだと承知したのか、返答は二人が構えたデュエルディスクだった。

 

「やはり、お前に負け越している分を取り返さなければ、気持ちよく卒業できないからな」

「俺は、この三人でデュエルしたら絶対に楽しいだろうと思ってな!」

 

 さぁやろう、と語っているその目に、俺は溜め息をつく。

 まったくこのデュエル馬鹿どもめ。ほんのついさっき死力を尽くしたデュエルをしたばかりだろうに。

 それでまたデュエルとは、骨の髄までデュエル馬鹿である。

 

「だけど、その馬鹿……嫌いじゃないぜ」

 

 最初からそんな気はしていた俺は、持ってきていたデュエルディスクを腕に着ける。

 デュエルディスクが展開。デッキをセットし、それと同時に隣にいたマナが実体から精霊へと姿を変じさせた。

 

『ホント、遠也も人のこと言えないよね』

 

 微笑ましいものを見るようなその声に、しかし俺は自信を持って答える。

 

「当然! 俺はこの世界に生きるデュエリストだからな!」

 

 オートシャッフル機能によってデッキが自動的にシャッフルされる。

 そして俺はデッキトップから5枚のカードを引き、それを手に持った。

 向かい合う二人は既にそれぞれが5枚のカードを手札として持ち、今か今かとその時を待ちわびている。

 そしてそれは俺も同じ気持ちである。

 観客は誰もいない俺たち三人だけのデュエルフィールド。

 その中で、俺たちは自然と浮かぶ笑みを交わしながらその言葉を宣言した。

 

「「「デュエルッ!!」」」

 

 

 

 

 

 一年生 了

 

 

 



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1.5:間章
間話 休み-日常-


 

 アカデミアで過ごす一年が過ぎ、新学期まで少々長い休み期間となった。

 海外の学校のようなスケジュールを採用するアカデミアは、10月からが新学期となる。そのため、アカデミアにおける夏休みは、そのまま来学年への準備期間でもあるのだった。

 要するに、この期間にしっかり予習と復習に励み、来学年では去年以上に勉学にいそしみなさい、ということだ。

 だがしかし。夏休み、夏休みである(大切なことなので二回言いました)。

 せっかくの超大型連休に真面目に来学年の準備などしている生徒は少数……いや、もしかしたらいないかもしれない。

 何が悲しくて花の高校生が休みの間まで勉強せにゃならんのだ。そんなことより遊びに行こうぜ! となるのは至極自然な流れである。

 そして、そんな全国の学生諸君の例に漏れず。

 本土に戻って来た俺もまた、自宅でダラダラと過ごしているのだった。

 

 

 

 

「はーい、お待たせ遠也! 冷やし中華の完成だよー!」

「おー。サンキュー、マナ」

 

 リビングでテレビをつけたままソファに背を預けて両足を伸ばしている俺は、まさしく脱力という言葉を体現したかのような存在だ。

 そんな俺の前に立ったマナが、両手に持った二枚のお皿をコトリとテーブルに置く。食卓ではなくここに持ってきたあたり、マナも俺のことがよくわかっている。

 だがしかし、それでも今の俺の状態は目に余るのか。マナはつけていたエプロンを外しながら俺に苦言を呈した。

 

「覇気のない返事だなぁ、もう。クーラーも効いているんだし、そんなにダラけなくてもいいんじゃない?」

「あー……まぁ確かに。ちょっと気分に浸っているところはあったかも」

 

 こう、夏なんだからダラけたほうがらしいじゃん? そんなことを言いつつ身を起こして座りなおすと、エプロンをソファに置いたマナが俺の横に座って苦笑する。

 

「なにそれ、変なのー」

 

 それに「うっさい」と返しつつ、同時に手をパシンと合わせて、いただきます。

 マナお手製の冷やし中華を口に運び、俺たちはしばし無言で食事に専念した。

 

「……そういえば、遠也」

「んー?」

 

 チュルチュルと麺をすすりながら、呼びかけに相槌を打つ。

 そのまま口の中で麺を咀嚼している俺に、マナが言葉を続けてきた。

 

「昨日、杏子ちゃんから聞いたんだけどね。この近くに新しい個人経営のカードショップが出来たらしいよ」

「へぇ……この童実野町で新規オープンなんて、豪気だな」

 

 口の中の麺を飲み込んでから、素直な感想を述べる。

 ここ童実野町が決闘王デュエルキング武藤遊戯の出身地であり、海馬さん率いる世界に名だたる大企業KC社の本拠でもあることは一般常識と言ってもいい。

 この二人に縁深い土地なためか、当然のようにI2社の影響も強い。まして、俺が今住むここ……俺の自宅兼ペガサスさんの別宅まであるのだから、その繋がりはより一層強くなっている。

 世界の経済の根幹を為す2社に加え、その両社ともが文化の根幹を為すカード関連企業の最大手である。

 ゆえに、この町のカード関係のものは全て彼らの傘下にあると言っても過言ではなく、個人経営店にとっては絶対に敵わない競合店がいるも同然なのである。

 そんな中、降って湧いたように出てきた新規カードショップには驚きを隠せない。

 別にこの町でカードの供給が滞っていたというわけでもないので、本当に個人店か何かなのだろう。そういった個人も店を出すのは自由だが、前述したこの町のある意味での特別性から、わざわざ個人で出店しようという人間は少ない。

 そのため、俺は驚きつつも店を構える決断に感心したのである。

 

「よし、じゃあ後で行ってみるか。デートがてら」

 

 元からこの町にあるカードショップなら行く気もなかったが、そういった経緯であれば話は別だ。ぜひとも行ってみたいじゃないか。

 そして俺の言葉に、マナも笑顔で頷いた。

 

「うん! 楽しみだね、どんなカードがあるんだろう」

 

 やはり精霊だけあってカードのことは気になるのか。マナはどことなく嬉しそうに麺をすする。

 そして俺もまた再び食事に戻った。

 何はともあれ、その話はまず昼食を食べ終わってからだな。チュルチュル。

 

 

 

 

 さて。

 冷やし中華を食べ終えた俺たちはそれぞれ着替えると家を出て、そのカードショップへと歩を進めた。

 扉を開けた瞬間に身体を襲った耐え難い熱気に心が折れそうになるというトラブルはあったものの、マナの「せっかくのデートなんだから」という言葉に気持ちを奮い立たせて再起。

 まぁ、デートとは言っても近所のカード屋に行くだけなんだから、そんなに大層なものでもないわけだが。

 それでもそう言われれば家の中に戻るわけにもいかなくなり、俺は腹をくくって日差しが肌を刺す外へと足を踏み出したのである。

 

「あー……暑い。涼しくなる魔法とかなかったっけ?」

「残念だけど、そんな便利な魔法はないねー」

「さいですか……」

 

 一縷の希望もあっさり砕かれ、俺は溜め息を一つつくと諦めて丸くなりがちだった背中を伸ばした。

 こうなったら一刻も早くそのカードショップに行って涼もう。

 そうと決まれば、ということでそれ以降は意欲的に熱風を切り裂きながら進み、そうしてたどり着いたの件のカードショップである。

 外観はこじんまりとしているが、奥行きはあるらしく店内はそれなりに騒がしい。夏休みということもあって、多くの人が訪れているようだった。

 

「へぇ、ここか」

「出来たばっかりだから、結構綺麗だね」

 

 塗装もまだまだ汚れがない真っ新だ。

 俺はマナの言葉に頷き、そして中に入った。

 

「おお……」

 

 そして、俺は思わず声を漏らす。

 この世界のカードショップはOCGの感覚で慣れ親しんだ俺には、いつ見ても新鮮な風景だった。

 入口の壁、ショーウィンドウ、ガチャガチャ、ポップや内装に至るまで。その全てがデュエルモンスターズで彩られている。

 それ以外のカードや商品は存在しない。せいぜいレジに置いてあるデュエルディスクやカードケースぐらいのものである。

 元の世界では考えられない光景だ。確かに遊戯王OCGは有名だったが、それでもカードショップでは店内の一画に配される程度の存在だった。

 それがこの世界のカードショップはどうだろうか。むしろそれ以外の関連商品なんて存在していないという専門店っぷりである。

 言うなれば、元の世界に存在する世界中のカードショップの9割が遊戯王専門店だと思ってくれればいい。そう考えれば、凄いと感じても仕方がないだろう。

 互いの世界の差を知っているだけに、俺にとってこの世界のカードショップは見るだけでも楽しい所だった。

 そんなふうに俺が突っ立っていると、マナにくいっと腕を引かれる。

 何事かと横を見れば、マナが苦笑して店の奥を指さしていた。

 

「遠也にとって楽しいのは分かるけど、それよりカードを見に行こうよ」

「おっと、そうだな」

 

 事情を知るマナだけに、俺が何故呆けていたのかは既に理解しているらしい。

 腕を引くマナに従って、俺は足を進めて店の奥へと入っていった。無論、この店の品揃えを吟味するためである。

 

 以下、ダイジェスト。

 

「お、レアカードコーナーか。……げ!? 《コスモクイーン》 10万円!?」

「え、普通じゃないの?」

「いやいやいやいや。いくらウルトラレアだからって……うお、ウルトラレアの《ディメンション・マジック》が3000円とか。デッキ作りづら……」

「あ、このお店凄いよ遠也。お師匠様のカードが1枚だけだけど置いてある!」

「マジかよ、滅多に見れないのに……ん? 一、十、百……ぜ、ゼロが6つだと……」

「あ、こっちはバラ売りのカードだね」

「ほほう、どれどれ1枚10円か。……《ものマネ幻想師》《黄泉ガエル》《終末の騎士》《魔導雑貨商人》《ワイト》……毎度カードショップに入ると思うんだが、どうなってるんだこの世界は。ステータスで価値決めすぎだろ……」

「だいぶ遠也のところとは違うみたいだもんねー。あ、シンクロコーナーが出来てるよ」

「マジでか。……なになに、《ジャンク・ウォリアー》が5万円!? 《蘇りし魔王 ハ・デス》でも1万円、《大地の騎士ガイアナイト》さんも3万……。……チューナーは《ジャンク・シンクロン》が100円、《プチトマボー》が50円……どういうことなの」

「さ、さあ」

「しかし、いくら出たばかりでレア度が高いからって、ジャンク・ウォリアーさん5万かよ。これ、デストロイヤーとかどうなるんだ……」

 

 とりあえず、この世界のカード市場の滅茶苦茶っぷりに毎度のことながら戦慄を隠せない俺だった。

 

 

 

 

 さて、そんなこんなでカードを一通り見て回った俺たちは、更にショップの奥へと向かった。

 奥行きがある店内の奥は小さな広場に繋がっているらしい。外に出てみれば、デュエルディスクを構えてデュエルしている人がまばらながらいる。

 買ってすぐに遊べるというわけか。なかなかいい立地じゃないかこの店。

 ギャラリーもいて、それぞれ好きな相手に声援を送っている。デュエルが日常に溶け込むこの世界では、こうして気軽に応援したりされたりというのは当たり前の光景だ。

 デュエルはそういう意味でコミュニケーションツールの一つでもあるのだろう。全く知らない他人も巻き込んで、共に笑い合い、喜び合う。実に素晴らしい光景がそこにはあった。

 俺は一つ頷くと、同じくその光景を見ていたマナに促す。

 

「うん、いいものを見た。じゃあ、暑いし中に戻ろうか」

 

 そんな俺に、マナはしょうがないなぁとばかりに笑った。

 

「そうだね、戻ろ――」

 

「――な、なにするんだよ!?」

 

 マナの返事にかぶさるように、広場の方から大声が聞こえてくる。

 なんだ、と俺とマナは戻ろうとしていた足を止めてそちらに顔を向けた。

 そこには、髪は金髪だが成人は既にしているだろう目つきの悪い男が一組のデッキを頭上に掲げている姿があった。そして、小学校高学年ほどの少年がそれに向けって爪先立ちで必死に背伸びをしている。

 そしてその金髪の男は、そんな少年の姿を鼻で笑いながら口を開いた。

 

「はっ! 言わなかったか? こいつはアンティデュエルだとな! お前のデッキから好きなカードをいただいていくぜ!」

「そ、そんな……! そんなこと一言も……」

 

 男の言い分にその子は反論するが、それを無視してそいつはデッキをぱらぱらと見始める。

 

「ちっ! ろくなカードがねぇな。……お、こいつはいい! こいつをもらっていくぜ」

「ぼ、僕の《ホワイト・ホーンズ・ドラゴン》が……」

 

 男が手に持ったカードを見て、少年の顔がショックを受けて歪む。

 ホワイト・ホーンズ・ドラゴン。召喚・特殊召喚に成功した時、相手の墓地に存在する魔法カードを5枚まで除外し、攻撃力をそのカードの数×300ポイントアップさせる効果を持つ、優秀なカードだ。

 ステータスも平均は超えており、この世界では結構なレアカードになっていると想像できる。

 だからこそ男もそのカードを選んだのだろう。そして、手に持っていた他のカードを無造作に地面にばらまいた。

 

「あ、ああ……! ひどい……!」

「ふん、お前が弱いから悪いのさ! ヒャハハ!」

 

 その上、その中の1枚を踏みつけた。

 その姿に誰もが思わず身を動かしかけたが、しかしその男は体格もいいため文句までは出てこなかった。

 そんな周囲を睥睨し、男はそこから足をどけた。

 

「じゃあな! 今度はもっといいカードでデュエルしようぜ! ククク!」

 

 そのまま去ろうとする男と、地面に膝をついて自分のカードをかき集めている少年。

 こんな光景を見て、男を立ち去らせていいものか?

 ……言うまでもない。そんなこと、いいはずがないだろう。

 

「おい」

「あん?」

 

 俺はその男の前に立ちはだかっていた。

 そして、訝しげな顔をするソイツに向かって、俺は店に置かれていたデュエル用の貸し出しディスクを着けた腕を突き出す。

 

「デュエルしろよ」

「なんだとぉ?」

 

 威嚇するように睨みつけてくる男だが、そんなものトラゴエディアなんかと比べたら怖くもなんともない。

 俺は逆に挑発的な言葉を投げかけた。

 

「どうした? ビビッてるなら、別に無理は言わないけどな」

「ってめぇ!」

 

 一気に沸点に達したらしいこの男。

 釣られやすすぎだろ、常識的に考えて。まぁ、この場合はそのおかげで助かったわけだが。余計な手間をかけなくて済むし。

 さて、ではルールの確認といくか。

 

「アンティルールだったな。お前は人から巻き上げたカードを全て賭けろ」

「なに偉そうに指図してやがる! この名蜘蛛様によ!」

「代わりに俺が負けたらこれをやるよ」

 

 言って、俺はデッキから1枚のカードを抜き出した。

 そのカードに、名蜘蛛と名乗った男も、そして様子を見ていた周囲の人間も驚きを露わにした。

 

「そいつは……最近出てきたばかりのシンクロモンスター! 《ジャンク・ウォリアー》じゃねぇか!」

「少なくとも5万の価値はあるカードだ。ネットオークションにかければ、その倍は行くかもしれないな。よければもう1枚つけるが、どうする?」

 

 俺が付け足したその言葉に、名蜘蛛が唾を飲み込む。

 本当にわかりやすい反応をする奴だ。どこかの漫画でやられ役Aをやらせたら大活躍するに違いない。

 そんなことを俺が考えているとは露知らず、名蜘蛛は同じくデュエルディスクを起動させて、下卑た笑みを向けてきた。

 

「へへ……乗ったぜその勝負! 負けても文句を言うんじゃねぇぞ!」

「その言葉、そっくりそのままお返ししてやるよ」

 

 互いに手札5枚を手に取る。

 ……カードを踏みつけるという、デュエリストにあるまじき行為は、さすがに許しがたい。単なる喧嘩なら本人同士の問題で済ませようと思っていたが、あれはさすがに駄目だ。

 カードとは仲間であり、絆の証。それを足蹴にするなど言語道断。まして、無理やり人からカードを奪い取るとか普通に犯罪である。

 これを許すのはもう人として駄目だろう。

 そういうわけで、ここはデュエリストとしても人としても負けられない。絶対にコイツを倒す!

 

「やっちゃって、遠也!」

「おう、後は頼んだぞ」

 

 マナの応援もあれば百人力だ。さて、やるとしますか。

 

「「デュエル!」」

 

皆本遠也 LP:4000

名蜘蛛 LP:4000

 

「へっ、先攻は俺だ! ドロー!」

 

 デュエルが始まると、次第にギャラリーが増えてきた。

 どうも店の中に話を持って行った奴がいたらしい。まぁ、あんまり気にしないようにしよう。

 

「クク、いい手札だ。一気に行くぜ! まずは《強欲な壺》を発動し、2枚ドロー! そして俺は手札からフィールド魔法《死皇帝の陵墓》を発動ぉ! これにより、召喚に必要な生贄の数×1000ポイントのライフを払うことで生贄なしでモンスターが召喚できる! 俺はライフポイントを2000支払い!」

 

名蜘蛛 LP:4000→2000

 

「超レアカード《タイラント・ドラゴン》を召喚だぁあ!」

 

《タイラント・ドラゴン》 ATK/2900 DEF/2500

 

 名蜘蛛の場に現れる巨大なドラゴン。その巨体はまさに暴君(タイラント)の名に相応しく、鋭い目つきでこちらを睨んでいる。

 

「更に装備魔法《巨大化》をタイラント・ドラゴンに装備! 俺のライフポイントは当然お前より少ない。よって、タイラント・ドラゴンの攻撃力は2倍になる!」

 

《タイラント・ドラゴン》 ATK/2900→5800

 

 攻撃力5800か。ライフ4000制であることを考えれば、1ターンキル級の高攻撃力だ。

 そして、それを見た周囲の面々から諦めの吐息が漏れる。どうも名蜘蛛はこのカードショップでは名の知れた存在らしく、周りには名蜘蛛を憎々しげに睨む子供たちが多くいた。

 恐らく、たびたび今日のようなことを繰り返していたのだろう。だとすると、あのタイラント・ドラゴンも名蜘蛛が本来の持ち主ではないのかもしれない。

 だとすれば、まったくもって許しがたい小悪党だ。そんな怒りを抱く俺の内心とは裏腹に、名蜘蛛は愉快気に笑い声をあげる。

 

「ヒャハハハ! これで決まったようなもんだぜ! 今のうちに俺に渡すカードを出しておけよ、もう無駄だからなぁ! カードを3枚伏せてターンエンドだ!」

 

 これで名蜘蛛の手札は僅か1枚。だが、伏せカード3枚で警戒を忘れないあたり、全くの素人でもないらしい。

 しかし、デュエルを通じて尚こんなことを続けているのだとすれば、一層度し難い。

 

「俺のターン!」

 

 カードを引き、手札に加える。

 周囲は俺のターンとなっても、どこか諦念が滲み出ている。だが、そんなことは関係ない。そもそも、こんな奴に負ける理由はどこにも存在しないのだから俺は気にせず行動するだけである。

 

「魔法カード《光の援軍》を発動! デッキトップから3枚墓地に送り、《ライトロード・ハンター ライコウ》を手札に加える。そして《おろかな埋葬》を発動し、デッキから《チューニング・サポーター》を墓地に送る」

 

 落ちたのは《ドッペル・ウォリアー》《死者蘇生》《グローアップ・バルブ》か。死者蘇生は痛いが、時間をかけるつもりはないから問題視するほどでもない。

 

「そして《ジャンク・シンクロン》を召喚! その効果により墓地のレベル2以下のモンスター《チューニング・サポーター》を特殊召喚! 更に墓地からの特殊召喚に成功したことにより、手札から《ドッペル・ウォリアー》を特殊召喚する!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

《ドッペル・ウォリアー》 ATK/800 DEF/800

 

「へへ! なんだ、その弱っちいモンスター共はよー! どいつもこいつも雑魚ばっかりじゃねぇか!」

 

 俺の場に並ぶ3体のモンスターを指さし、名蜘蛛が笑い声をあげる。

 俺のカードたちを馬鹿にする発言は癇に障るが、こいつらを信頼している俺にしてみれば、名蜘蛛の嘲りは全く見当はずれなものでしかない。

 自然、俺の口元には笑みが浮かんでいた。

 

「テメェ……なにが可笑しい!」

「別に、可笑しいわけじゃない。ただ、どんなカードだって力を合わせれば、大きな力となることを知っているだけだよ」

 

 さぁいくぜ、俺のカードたち。

 

「レベル1チューニング・サポーターとレベル2ドッペル・ウォリアーに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし鼓動が、大地を駆ける槍となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 貫け、《大地の騎士ガイアナイト》!」

 

《大地の騎士ガイアナイト》 ATK/2600 DEF/800

 

 現れるのは、騎馬にまたがって両手に巨槍を携えた一人の騎士。

 その瞬間、ギャラリーからざわめきが起こる。「シンクロ召喚!?」「生で初めて見た……」という声が聞こえるあたり、やはりまだシンクロ召喚は一般的ではないのだろう。

 名蜘蛛も俺がシンクロ召喚を使ったことに目を見開いていた。

 だが、そんな周囲を置き去りに、俺は自身の取るべき行動を続けていく。

 

「チューニング・サポーターの効果で1枚ドロー! 更にドッペル・ウォリアーがシンクロ素材となって墓地に行ったため、場にドッペル・トークン2体を特殊召喚する。更にデッキトップのカードを墓地に送り、墓地から《グローアップ・バルブ》を特殊召喚!」

 

《ドッペル・トークン1》 ATK/400 DEF/400

《ドッペル・トークン2》 ATK/400 DEF/400

《グローアップ・バルブ》 ATK/100 DEF/100

 

「そして俺の墓地の闇属性モンスターは現在、《ジャンク・シンクロン》と《ドッペル・ウォリアー》2体の計3体。召喚条件を満たしたため、手札から《ダーク・アームド・ドラゴン》を特殊召喚する!」

 

《ダーク・アームド・ドラゴン》 ATK/2800 DEF/1000

 

 本来ならタイラント・ドラゴンに迫る程の巨体と攻撃力を持つドラゴン。今は巨大化のため敵うべくもないが、しかしこのモンスターの真価は攻撃力ではない。

 これで俺のモンスターゾーンは全て埋まった。僅か1ターンでここまで展開させたことには驚かざるを得ないのか、俺を見る視線には驚愕が多く含まれている。

 名蜘蛛もその一人だが、しかしそれでもその攻撃力を確認して、元の軽薄な笑みに戻った。

 

「へっ、1ターンでそこまでいくとはやるじゃねぇか。だが、俺のタイラント・ドラゴンの攻撃力は5800! 圧倒的なまでに桁違いだ! そんなモンスターが束になったって敵わねぇんだよ! ヒャハハハ!」

 

 その言葉に現状を思い出したのか、このデュエルを見ている彼の被害者と思われる子供たちの顔に諦めが戻る。

 その様子を一瞥しつつ、俺は挑発するように言葉を返した。

 

「浅はかだな」

「んだと!?」

「攻撃力だけがモンスターの全てじゃない! ダーク・アームド・ドラゴンの効果発動! 墓地の闇属性モンスター1体を除外し、フィールド上のカード1枚を破壊できる! 俺はまずジャンク・シンクロンを除外し、タイラント・ドラゴンを破壊する! いけ、《ダーク・ジェノサイド・カッター》!」

 

 ダーク・アームド・ドラゴンが咆哮し、その腹部から生えた刃が切り離されて縦横無尽に飛び回る。

 そしてそれは俺が指定したカードを破壊しようと名蜘蛛の場に襲い掛かった。

 

「な、なんだと!? くっ……罠発動、《サンダー・ブレイク》! 手札1枚をコストに、ダーク・アームド・ドラゴンを破壊する!」

 

 ダムドさん。本来なら召喚に成功した時点で3枚破壊がほぼ確定されているというね。ホンマ鬼畜やでぇ……。

 まぁ、今回は1回目の効果に対してサンブレを食らったわけだが。まぁ、タイラント・ドラゴンは潰したし、伏せカードも1枚減ったので良しとしよう。

 サンブレがあるなら優先権で召喚直後に撃てば良かったのに、とは思うものの、それもダムドの効果を知らなければ意味がない。っていうか、そもそもこの時代って召喚直後の優先権放棄ってないんじゃないか? あっちの世界でも最近のことだったし。

 まぁ、ルールについてはペガサスさんに話してあるし、いいと思えばそのうち変わるんだろう、たぶん。

 さて……これで相手の場にはダムドの効果対象に指定できなかった伏せカードが2枚残るだけだ。

 俺の場にはガイアナイトとドッペル・トークン2体にグローアップ・バルブ。直接攻撃が決まれば勝てるが、相手の伏せカードが唯一の懸念だ。

 まぁ、ここはひとつ、念には念を入れるとしようか。

 

「俺はレベル6大地の騎士ガイアナイトとレベル1ドッペル・トークンにレベル1グローアップ・バルブをチューニング! 集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 そして現れる星屑の竜。

 その輝く白銀の威容に誰もが声を失い、思わず見惚れる。そして、次第にその表情は大きな驚愕へと変わっていき、この場に広がっていった。

 

「馬鹿な……! スターダスト・ドラゴンだと!? そいつは世界に1枚しか存在しない超激レアカードのはず!」

 

 声を荒げる名蜘蛛が、俺の顔を見る。

 俺はそれに、こっち見んな、という鬱陶しげな顔で返した。

 

「――ッ、お、お前……! あの時、イベントでペガサスに勝った野郎……!」

 

 ペガサスさんを呼び捨てとは何様だコラ、と思うものの口には出さず。

 ただ俺はターンを進行していく。

 

「バトル! スターダスト・ドラゴンで相手プレイヤーに直接攻撃!」

「……! い、いくら激レアカードでも、甘いぜ! 罠カード《炸裂装甲リアクティブアーマー》を発動! これで、攻撃してきたモンスターを破壊だ!」

 

 ああっ、と周りから声が漏れる。だがチンピラ野郎、その対応は悪手だ。

 

「甘いのはそっちだ! スターダスト・ドラゴンの効果発動! フィールド上のカードを破壊する効果が発動した時、自身を生贄に捧げることでその発動を無効にし、破壊する! 《ヴィクテム・サンクチュアリ》!」

「なっ!? ぐぁッ!」

 

 スターダスト・ドラゴンの身体が輝き、それによって名蜘蛛の発動した炸裂装甲が爆発と共に破壊される。

 同時に効果が正常に処理されたスターダストはその身を光の粒子と化して俺の墓地へと送られていった。

 

「へ、へへ! だが結局ソイツは墓地に行ってるじゃねぇか! ざまぁねぇぜ!」

 

 得意げにする名蜘蛛に、俺は何言ってんだとばかりに眉を上げる。

 こいつ、学園対抗試合はテレビで見ていなかったのか? まぁ、それならそれで別にいいんだが。

 

「俺はカードを1枚伏せてターンエンドだ。そしてこの瞬間、自身の効果で墓地に送られたスターダスト・ドラゴンはフィールドに戻る。再度飛翔せよ、スターダスト・ドラゴン!」

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

「なぁッ……!?」

 

 再び俺の場に現れたスターダストに、名蜘蛛は間抜けな声を出して固まった。

 学園対抗試合を見ていれば……いや、それでなくても情報としてスターダストの効果ぐらい知っていてもよさそうだが、名蜘蛛は全く知らなかったらしい。

 やれやれと思いつつ、俺は自失している名蜘蛛に声をかける。

 

「お前のターンだぞ」

「……ちっ! 俺のターン、ドロー!」

 

 我に戻った名蜘蛛が苛立たしげにカードを引く。

 この時点で名蜘蛛は全ての手札を使い切っている。

 ゆえに、ここで引くカードが命運を分けると言っていい。そしてその運を掴む可能性は捨てきれない。デッキを信じ、そしてデッキが応えてくれるなら、奇跡だって起きるかもしれないのだから。

 だがしかし、勝利の女神は名蜘蛛に味方しなかったようだ。引いたカードを見た名蜘蛛は怒りと焦りがない交ぜになった顔になり、その上あろうことか引いたカードを握り潰した。

 

「くッ……このクソデッキがぁあ!」

「……とことん、救いがたい奴だな。信じるべき自分のカードを、そんな風に扱うなんて。おい、何もしないならエンド宣言をしろ」

「ぐ、ぐッ……! ターン、エンドだッ!」

「俺のターン!」

 

 さて、相手の場にはあと伏せカードが1枚のみ。あいにく手札に除去カードはないが……確認できるカードはあるんだよね。

 

「俺は《久遠の魔術師ミラ》を召喚! 召喚に成功したため、相手のセットカードを確認できる。そしてこの効果に対して、相手は魔法・罠カードを発動できない」

 

《久遠の魔術師ミラ》 ATK/1800 DEF/1000

 

 光霊使いライナによく似た白銀に輝く髪が美しい少女は、豪奢な金色の杖を構えて呪文を唱える。

 すると相手の伏せたカードが起き上がり、その正体を白日の下にさらした。

 

「ちッ……!」

 

 舌打ちをする名蜘蛛だが、奴にこの効果を止める術はない。さて、伏せられていたのは……《リビングデッドの呼び声》か。そして、相手の墓地にあるモンスターはタイラント・ドラゴンのみ。

 タイラント・ドラゴンは、蘇生する時に自分の場のドラゴン族モンスター1体をリリースしなければならない。……つまり、リビングデッドの呼び声は現状使用できないカードというわけだ。

 そうとわかれば、他に死皇帝の陵墓しか存在しないフィールド相手に、臆する理由は何もない。

 

「いくぞ、バトルだ! スターダスト・ドラゴンでプレイヤーに直接攻撃! 響け、《シューティング・ソニック》!」

 

 スターダストが口を開き、そこから不可視の衝撃が音の壁を破って放たれる。

 名前の通り音速で目標に着弾したそれによって、名蜘蛛は全てのライフを削り取られたのだった。

 

「ぐ、がぁああッ!」

 

名蜘蛛 LP:2000→0

 

 デュエルに決着がつき、敗北した名蜘蛛は片膝をついて地面に拳を打ちつける。

 それを見つつ、俺は一歩名蜘蛛に近寄った。

 

「さぁ、俺の勝ちだ。約束通り、今まで人から奪い取ったカードを返してもらおうか」

 

 そして、勝者として事前に交わした約束を突きつける。

 しかし、名蜘蛛は不気味な笑い声を漏らしながら立ち上がると、嘲るような目で俺に視線を寄越してきた。

 

「ヒャハハ! 約束ぅ? 知らねぇなぁ、そんなもんは!」

 

 どうやら、目の前の男はとぼけることにしたようだ。

 やはりな、と思う俺だったが、周囲はそうではなかったらしい。名蜘蛛のそんな行動に、非難と罵声が浴びせられる。彼らも奪われたカードが返ってくると思ったところにこの対応は許せなかったようだ。

 

「うるせぇぞッ!」

 

 しかしそんな彼らを名蜘蛛が怒りと共に一喝する。

 その怒声にシンとなったギャラリーを満足そうに眺め、名蜘蛛は再び俺に向き合った。

 

「クク……デュエルで負けようと、どうでもいいんだよ。俺はデュエリストじゃねぇ、リアリストだからなぁ。現実で勝てば問題ねぇんだよ! てめぇのスターダスト・ドラゴンのカード、俺様がもらってやるぜぇッ! ヒャハハッ!」

 

 言いつつ、名蜘蛛が拳を振り上げて向かってくる。

 明らかに暴力に訴えたその行動に、俺は慌てず身体を横にずらして初撃をかわす。

 身体ごと俺の後方に流れていった名蜘蛛は、体勢を整えて再び俺に殴り掛かってこようとするが、その前にその腕が大きな手に掴まれていた。

 

「ぎッ、誰だこらぁッ!」

 

 名蜘蛛がその手の持ち主に振り返りつつ怒りをぶつける。

 そして、名蜘蛛の腕を掴んだ人物は、呆れたように名蜘蛛を見ていた。

 

「……名蜘蛛よぉ。お前、まぁだこんなことやってんのか。コイツが俺の同級生だと思うと泣けてくるぜ」

「う、牛尾ッ!? てめぇッ!」

 

 警官の制服に身を包んだ大柄な男、名蜘蛛いわく牛尾さん。……たぶん、あの牛尾さんで間違いないんだろう、その人に威勢よく名蜘蛛が噛みつく。

 それを、牛尾さんはやれやれとばかりに肩をすくめると、掴んでいた腕を捻りあげて名蜘蛛を黙らせた。

 

「がッ、いて、いてててェッ!?」

 

 訂正、黙ってはいなかった。

 だが、その力量差は見ているこっちにもわかるほど圧倒的で、すっかり名蜘蛛を制した牛尾さんが俺の方に顔を向ける。

 

「お前がコイツを抑えてくれていたみたいだな。協力に感謝するぜ。コイツはこの辺でカードを奪う常習犯でな。だが、意外とすばしっこくてなかなか捕まんなかったんだよ」

「はぁ、そうなんですか」

 

 それよりも俺としてはあの牛尾さんに会えたことが嬉しいんですが。

 アニメで唯一の皆勤賞キャラだけに、牛尾さんのことはよく覚えているのだ。っていうか、この人最初はお巡りさんだったんだ。刑事から始めたわけじゃなかったのね。

 

「お疲れ様、遠也」

 

 牛尾さんと話していると、マナが俺の傍に寄ってくる。

 それに対して、俺はおうと返事をした。

 

「マナも、通報ご苦労さん」

「うん、遠也に後を頼まれていたしね」

 

 ニッコリ笑うマナに、俺も笑みを返す。

 さすがは相棒、俺の後を頼むという言葉の意味を正確に読み取ってくれたようだ。

 まったくもって、頼りになる奴である。

 

「なんだぁ、随分仲がいいな。ひょっとして、そのお嬢ちゃんとはイイ仲なのか?」

「あ、わかります? そうなんですよ」

 

 牛尾さんのからかうような言葉に、俺は照れるでもなく普通に返す。マナもそれに乗っかって、俺の腕を抱えてみせた。

 それを見た牛尾さんは呆れたように溜め息をこぼす。

 

「あからさまにイチャつくんじゃねぇよ。……はぁ、俺も彼女が欲しいぜ。なんかこのまま十年以上経っても彼女が出来ないんじゃねぇかって、時々不安になるんだよなぁ」

 

 ……うん、牛尾さん。残念ながら、たぶんそれ正解です。

 途中に彼女がいたのかは知らないけど、少なくとも5D’sの時代に狭霧さんを追っかけてた時点で、結婚はしていなかったはずだ。それで彼女に恵まれていたとは考えづらいわけで……。

 となると、十年単位で彼女が出来ないのか。それは、なんていうか、その……。

 

「おい、何で俺をそんな目で見るんだ」

「いえ、なんでもないですよ?」

 

 そうか? そうですよ、と言葉を交わしつつ、さっきから締め上げたままの名蜘蛛を見る。

 腕の痛みが本当にきついのか、既に声もない。弱々しく牛尾さんの腕を叩いている姿に、さっきまでの威勢はどこにもなかった。

 

「あ、そうだ。えっと、牛尾さん?」

「ん? ああ、俺は牛尾哲っていう。牛尾でいい。で、どうした?」

「じゃ、牛尾さん。この人と、負けたら今までに奪ったカードを持ち主に返すって約束をしてたんですけど、返してくれませんか?」

 

 その俺の言葉に、周りにいた被害者たちから期待の視線が牛尾さんに向けられる。

 それに気づいた牛尾さんは、そういうことか、と呟いて頭をかいた。

 

「もちろん、最終的にはそうする。だが、まずはコイツの身柄を署に移す方が先でなぁ。この場でいきなり渡すわけにはいかねぇんだわ。どのカードが誰のなのかも判然としねぇんだろ?」

 

 申し訳なさそうなその言葉は、しかし反論のしようもない正論だった。

 この場でいきなり名蜘蛛の持つカードをばらして、周囲の面々に確認し始めてもらうわけにもいかない。否応なしに時間がかかるからだ。そもそも名蜘蛛の家にもカードはあるだろうし、そうなると効率的な意味でもよろしくない。

 だから、まずは名蜘蛛を逃げられない場所に移してから、というのは当然だ。そのあと、元の持ち主を確認したうえで順次カードを返却する、というのが妥当な手段だろう。

 

「なら、牛尾さん。名蜘蛛が今持っているカードから《ホワイト・ホーンズ・ドラゴン》だけ返してもらえませんか?」

「ホワイト・ホーンズ・ドラゴン? ちょっと待ってろ……よし、こいつか?」

 

 まずは名蜘蛛を手錠で拘束した後、懐を探り俺が言ったカードをそのまま俺に渡してくれる牛尾さん。

 お礼を言いつつ受け取った俺は、そのカードを持ってこの本来の持ち主の下へと歩いていった。

 さっき名蜘蛛に絡まれていた男子。その子の前に立って、俺はそのカードを差し出す。

 

「ほら。大事なカードなんだろ?」

「あ……あ、ありがとうございます!」

 

 一瞬呆けた少年だったが、しかしすぐに笑顔になるとお礼と共に俺の手からカードを受け取った。

 何度も頭を下げてくる少年に手を振り、俺は牛尾さんの前へと戻る。

 そこにはにやけた顔で俺を見る牛尾さんの姿があった。

 

「へぇ、お前いい奴じゃないか。気に入ったぜ」

「よしてください。俺はカードを無碍に扱う名蜘蛛が気に入らなかっただけですよ」

 

 俺はそう言うが、しかし牛尾さんはそれを謙遜と受け取ったようだ。

 照れるな照れるな、と俺の肩をバシバシ叩いてくる。そのあと俺に名前を尋ねてきたので名前を教えると、えらく笑顔で牛尾さんは名蜘蛛を引き連れて去っていった。

 また何かあったらすぐに言えよ、と兄貴肌な言葉と共に帰っていった牛尾さんは普通にいい人である。とてもじゃないが、かつて人から金を巻き上げていたとは思えん。

 ともあれ、名蜘蛛も連れて行かれたようだし、他の奪われたカードについては警察が上手く対応してくれることだろう。つまり何が言いたいかというと、事件解決ということである。

 ひと段落した事態に俺は息をつく。そして、隣のマナに声をかけた。

 

「なんかいきなりケチがついたけど、心機一転デートの再開といこうか」

 

 それに、マナは嬉しそうな笑みを浮かべた。

 

「うん! じゃあ、今度は買い物に行こうよ」

 

 言って俺の腕を取ってくるマナを連れ、俺もまたその場から立ち去る。

 周囲からの視線はあったが、この後俺がこの場に残っていてもできることは何もない。なら、このままデートにもつれこんだほうが楽しいに違いないと思ってのことである。

 事実、このあとのデートは非常に楽しいものだった。

 その後は普通に家に帰って、リラックスタイムである。そしてマナの作る夕食に舌鼓を打ち、二人でダラダラと過ごしたあとに入浴、就寝となる。自宅に戻ってきて以降、定番となっている生活スタイルであった。

 ……ちなみに、まだ一線は越えていない俺たちである。であるが、俺たちは一緒に住んでいるので、時間の問題と思われる。っていうか、俺の理性がそろそろやばい。

 風呂上がりとか、以前なら気にしないようにしていたが、関係が少々変化した今では色々と意識してしまって困る。夏というのも問題だ。寝る時のスタイルがキャミソールとショートパンツとかふざけんな。

 一応それはマナが自分の部屋だけでしている格好で、俺の前に出る時はパジャマを着ているのだが、たまにそのまま出てくることがあって困る。

 そんなわけで、色々と我慢しつつではあるが、それなりに楽しく過ごしている俺たちなのであった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 その後。

 どうも名蜘蛛は本当にこの近辺のカードショップで迷惑がられていたらしく、俺が名蜘蛛をやっつけたという話はそれなりに広まっていた。

 こう見えて二度もテレビに顔を出し、そのうえカードの生みの親にしてI2社の会長でもあるペガサスさんにも勝った身だ。更に世界に1枚しかないスターダスト・ドラゴンの持ち主でもある。

 名蜘蛛とのデュエルでスターダストを召喚したこともあって、俺の名前があっという間に確定情報として流れたらしい。テレビに出た動画もあるので、顔の特定も早い早い。

 おかげで、俺がカードショップに行くとちびっ子たちが駆け寄ってくるようになった。愛称は「シンクロの兄ちゃん」である。

 シンクロ召喚が一般的になったら、どういう名前になるんだろう。そんなどうでもいいことを考えながら、寄ってくる子供たちと遊んだりすることもしばしばだ。

 ちなみにマナも人気者である。既にこの近所のカードショップでは中高生男子からちょっとしたアイドルのように扱われていたりするのだ。ちなみに子供たちにとっても優しいお姉さんということで、人気がある。

 そんなこんなで、何故か一気に童実野町のカードショップで名前を知られる存在となった俺である。だが、寄ってくるのは純粋な子供たちであるため、悪い気はしていなかったりした。

 そういうわけで、俺は懐かれた子供たちの相手をするために時々カードショップに顔を出す。その事件以降、そんな習慣が俺の日常に加わったのであった。

 

 

 

 



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間話 休み-刷新-

 

 その日、朝からテレビはあるニュースで独占されていた。

 テレビ局、新聞社、それぞれにそれぞれの見出しが躍り、そのニュースを報道する。様々な言い方をされてはいるが、要約すればそのニュースとはこういうことである。

 

 曰く、「I2社 デュエルモンスターズのルール改訂を発表!」と。

 

 

 ――後に、今年はデュエルモンスターズの革命期と言われるようになる。

 理由は二つあり、そのうちの一つにして最も大きな理由が、シンクロモンスターの登場である。

 融合カードを必要とせず、融合デッキからモンスターを特殊召喚する。そういった効果を持つ融合モンスターはこれまでにも少なからず存在していた。だが、それはあくまで融合モンスターであり、その枠を出ることはなかったのである。

 しかし、ここで新たに登場したシンクロモンスターは違う。融合デッキから召喚されることは一緒だが、チューナーと呼ばれるモンスターが必須であり、また素材は全てフィールドに表側表示で存在しなければならない。

 またレベルの合計分と等しいレベルのモンスターを特殊召喚するという性質上、レベルの低いモンスターは必然的に重要度が増す。これまでのステータス至上主義に一石を投じるそのシステムは、素人目にも画期的だったのだ。

 融合モンスターとは全く異なる手法で召喚されるモンスターのため、新たに「シンクロ召喚」と「シンクロモンスター」として分類されたそれらは、そういった意味もあり従来のデュエルモンスターズとは一線を画す存在だと評されたのである。

 それが革命期と呼ばれるようになる最も大きな理由である。

 

 

 そして第二の理由こそがニュースとなって世界中を駆け巡ったI2社による発表。

 俺が行ったシンクロ召喚のテスト、そしてそれを一般に少数ながら流通させてみる第二段階。それらの検証を終えたために発表された――「ルール変更」である。

 これは元の世界で言うマスタールールにかなり近いものだ。

 これにより把握しておかなければならない重要な要素は、まず名称の変更である。

 「融合デッキ」は「エクストラデッキ」に変更。これは融合モンスターだけでなく、シンクロモンスターもそのデッキに加えるためである。

 そして「生け贄召喚」は「アドバンス召喚」に変更。これは単に名称があまりに直接的だったからだと思う。同じく「生け贄」も「リリース」となった。

 次に枚数制限の変更も重要だ。

 メインデッキは40枚以上から40~60枚へ。エクストラデッキは0枚以上から15枚以下、と。それぞれに上限が定められた形だ。

 ちなみにサイドデッキについてはノータッチである。マッチ戦が大会の主流ではないこちらの世界では必要がないからだろう。

 

 

 とまぁ、これがつい先日にI2社から発表されたルール変更の概要である。

 俺がシンクロ召喚を持ち込んだ時点で、5D’s時代に当たり前だった名称やルールへの変更が早まることは予想していたが、思ったよりも早かったという印象である。

 これにより、アカデミアで教えられる内容にもかなり修正が加えられることになるだろう。また、旧カードのエラッタも大変なことになる。しばらくはカード界も騒がしくなりそうだ。

 俺にしてみれば元に戻っただけだが、この世界の人にしてみればずっと慣れ親しんできた常識が打ち砕かれたようなものだ。馴染むには暫しの時間を必要とするだろう。

 この間ペガサスさんと電話で話した時も、「ルールの変更を発表した後、もし困っている子が周りにいたら助けてあげてくだサーイ」と頼まれた。無論、俺は快く頷いたので、新ルールが定着するまでは俺なりに手伝っていこうと思っている。

 ペガサスさんも今はカードのエラッタなどで大変だそうだ。隼人のような新人の手も借りて急ピッチで行っているらしく、隼人は「カードデザインも並行してやるのは大変なんだな」と苦笑交じりにぼやいていた。

 その時はその話を中心に、俺がアカデミアでやっていたこと、ペガサスさんが既にシグナーの竜は全て手放したこと、その他諸々互いの近況などを話した。

 トラゴエディアの話になって、ペガサスさんの声が険しくなったのは言うまでもない。千年アイテムに関わる話だけに、他人事とは思えなかったのだろう。

 尤も、既にトラゴエディアは消滅しているし、三幻魔も再封印されてるので心配はない。それらの話を聞いたペガサスさんは相槌を打ちつつ、そのうち視察に行く、と言っていた。

 まぁ、忙しい人なのでだいぶ先のことになりそうな話ではあったが。

 ちなみに。俺とマナがそういう関係になったことを話すと、一気にテンションが上がったのはこれまた言うまでもないことだった。

 

 

 

 

 そんなわけで、朝からテレビはデュエルモンスターズのルール改訂の一報で大賑わいだ。

 恐らく全国のカードショップの話題もそれだろうし、カード関係者全員が驚愕と共にニュースを見ていたに違いない。

 まぁ、アカデミアのように事前にそういったことを知っていないと支障が出る関係各所には通達が先に行っているかもしれないが……。基本的に一般人は今日初めて知ったわけだから、かなり混乱していると思われる。

 まだまだ従来のデッキのまま戦うデュエリストが多いとはいえ、シンクロモンスターの使用が可能になっている以上ルールの変更は必要不可欠だ。

 何故なら、エクストラデッキの上限がない場合、シンクロモンスターの独壇場になる可能性が高い。レベルさえ合えば、素材指定がない場合どんなモンスターでも召喚できるという特性上、エクストラデッキに片っ端から詰め込めばそのぶん戦術の幅が広がるのがシンクロモンスターだ。ここで変更しておかないと、後で大変なことになるのは目に見えている。

 とはいえ、融合デッキに上限が設けられるなんて考えもしなかった面々にしてみれば、大きな戦術の変更を迫られたことになる。

 要するに、これからは融合デッキでもカードの取捨選択が必要になるということなのだから。

 きっと今頃、十代なんかは頭を抱えているに違いない。融合こそが本領である十代にとって、融合モンスターの枚数制限はかなり切実な問題だからな。

 融合が現在の主流である現環境では、このルール変更は大きな意味を持つと言っていいだろう。

 ……とはいえ、俺は特に問題はない。OCGの意識が根強く残っている俺は、最初からエクストラデッキのモンスターは15枚までしか投入していないからな。気楽なもんだ。

 そんなことを思いながら、ソファに預けていた背中をずるずると下げていき、ごろりと寝転がる。

 

「あ、遠也! 見た? 新ルールだって!」

「ん、ああ」

 

 と、そこにマナがパタパタとスリッパを鳴らしながら駆け寄ってくる。

 どうも俺より先に朝のニュースを見ていたらしく、ルールの改訂にかなり驚いたのだろう。少々興奮気味に話すマナだが、それに対して俺は寝転がったままで頷くだけだ。

 それを不思議に思ったのか、仰向けに寝ている俺の頭上に来たマナが上から見下ろしながら首を傾げる。

 

「あれ? あんまり驚いてないんだね」

「まぁ、元々俺の世界では一般的だったルールだからな」

 

 ちなみにシンクロやエクシーズを伝えた時に、一緒にペガサスさんに伝えていたものである。

 そう俺が返すと、マナは「なーんだ」と言って残念そうに笑う。

 

「遠也もルールの変更なんて大事には、驚くと思ったのになぁ」

「それは悪かったな」

 

 どうも驚きを誰かと共有してほしかったようだが、それを俺に求めてしまったのがマナの間違いだったな。俺としても一緒に驚いてやりたいが、さすがに既知のことである以上驚きようがない。

 俺はマナの顔を見上げつつ苦笑した。

 そんな中、マナは突然名案を思い付いたとばかりに手をポンと打った。

 

「そうだ! ねぇ、遠也」

「なんだ?」

「デュエルしようよ!」

「おう、いいぞ」

 

 問われ、あっさりと返答する。

 あまりにも即答過ぎたためか、マナがちょっときょとんとしていた。

 

「なんだか凄く即答だね?」

「まぁ、特に何か用事があったわけでもないしな。それに、女性からの誘いを断るような真似はしませんことよ、俺は」

「私以外の女の人からのも?」

「えーっと、訂正。お前からのものだけ」

 

 

 言葉のあやというか、口が滑った。俺が即座に訂正を付け加えると、マナは小さく噴き出して「冗談だよ」と笑った。ほっと胸を撫で下ろした俺である。

 さてと。デュエルするとなるといつまでも寝転んでいるわけにもいかないな。

 そういうわけで身を起こそうとするが、その前に俺の頭上に立って見下ろしているマナに言うことがある。

 

「ところでマナ」

「ん、なに?」

「今日は水色なんだな」

「へ?」

 

 寝転んでいる俺の頭上にマナが立ち、見下ろしている。ということはつまり、仰向けになっている俺の視界はそのまま下からマナを見上げた格好になっているわけで。

 つまるところ、丸見えなのだった。

 

「~~~っ!?」

 

 そして今のマナの格好は夏らしい部屋着である身体のラインを強調するぴったりとしたTシャツに、ミニのフレアスカートという出で立ちだ。

 自身がミニスカートで、かつ俺が下から覗いているという事態に気付いたマナが瞬時にその場から後ずさる。

 それを見終えてから、俺はゆったりと身を起こして立ち上がった。そして、若干頬を染めてこっちを見ているマナに、ぐっと親指を突き上げてサムズアップと満面の笑みを見せる。

 

「ごちそうさまでした!」

 

 ――1分後、俺の両頬は思いっきり伸ばされて赤くなっていた。痛い。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 そんなこんなで、新ルールに則ってデュエルすることにした俺たち。

 さっそく室内でデュエルディスクを用いないテーブルデュエルを行った。

 最初の方こそマナは新しい名称に戸惑っていたようだが、終盤になれば普通にリリースと言っていた。慣れてくれたようで何よりである。

 ちなみにデュエルの結果は俺の負け。最後の最後で一族の結束を受けたブリザード・プリンセスさんにやられました。ちくしょう。

 というわけで、デュエルも終わりひと段落ついた頃。今度はマナが新たな提案をしてきた。どうせなら、新ルールをよくわかっていない子たちの前でもやろうと言い出したのだ。

 再び出された突然の提案に俺は驚くが……しかし。なるほど、それは確かにいいかもしれないと考える。

 幸いここのところよくカードショップに顔を出して、子供たちに顔と名前を覚えられるぐらいには親しんでいる俺たちである。

 新しい言い回しなんかも慣れるまではやりにくいだろうし、そういう皆の前でデュエルするのもルールを浸透させる意味ではいいかもしれないな。

 こういう草の根的な活動は、まさに俺なりの普及活動だ。全体への普及はペガサスさんたちに任せるとして、俺はこういう身近なところで協力していけばいい。

 そう考えた俺はマナの提案に肯定を返し、俺たちは先日のカードショップに向かうことになったのだった。

 

 

 

 

「あ、シンクロの兄ちゃんだ!」

「ホントだぁ! マナおねえちゃんもいる!」

 

 カードショップに到着した途端。

 表で遊んでいた子達が俺たちに気付いてわっと近寄ってくる。

 俺には男の子が、マナには女の子が寄ってきたので、それぞれ適当に相手をしつつ店内へと進む。

 

「店長、デュエルスペース借りる。あとマナにデュエルディスク貸して」

「はいはい。それにしても、君たち二人がデュエルとは、珍しいね」

「まぁね。新ルールに合わせたデュエルをしようと思ってさ」

「あの皆本遠也がわざわざ、か。それは勉強になりそうだ」

 

 店長の物言いに、俺は苦笑いで応える。

 “あの”というのは俺がシンクロのテスターであり、ペガサスさんに勝ったからだろう。また、俺の家にペガサスさんが出入りするのを見た人もいるらしく、俺がペガサスさんの関係者ということはかなり知られているようだ。

 そして新ルールを発表したのはI2社。だからこそ、店長は俺が新ルールに詳しいと思ってそう言ったのだと思われる。

 俺が新ルールに詳しいのは正解だが、その理由は間違っている。だが、俺は特に訂正はせずにそのまま笑って店の奥、そこから繋がる小さな広場に歩を進めるのだった。

 

 

 

 

 広場の中ほど。そこまで子供たちを張り付けたまま辿り着いた俺たちは、それぞれ左腕にデュエルディスクを装着した。

 その様子を、子供たち、それからデュエルを見に来た中高生含めたこの店の常連さんたちがじっと見ている。

 そんな中、俺はディスクにデッキをセット。マナのデッキは俺の魔法使い族デッキを軸に自分が調整したものとなっているので俺が持っている。そのため、俺は自分のもう一方のデッキをケースから取り出すと、マナに差し出した。

 ちなみにさっき家でデュエルした時のデッキのままである。

 

「ほら」

「うん、ありがと。借りるね」

 

 受け取ったデッキをディスクに収めたのを確認後、俺たちは周りの子供たちに離れるように言い聞かす。

 

「ほらほら。またあとで相手してやるから」

「ちぇー。でも兄ちゃん、マナ姉ちゃんとデュエルなんて、喧嘩でもしたの?」

「ちゃうわ。新ルール対応のデュエルをするだけだよ」

 

 言って、俺たちは互いに距離を開ける。

 これでデュエルの準備は整った。そしてここで、俺は周囲にも聞こえるように声を上げた。

 

「ルールは最新のものを採用! デッキは40~60枚、旧融合デッキ――エクストラデッキは15枚まで! OKだな!」

「うん! 大丈夫だよ!」

 

 その答えを聞き、俺はデュエルディスクを着けた左腕を僅かに上げる。

 マナもまた同じく構え、そして開始の宣言を行った。

 

「「デュエル!」」

 

皆本遠也 LP:4000

マナ LP:4000

 

「先攻は俺か。ドロー!」

 

 手札はなかなか……。けど、マナが相手の時って何気に負ける率が上がるから油断ならない。たぶん、精霊の加護という名のドロー力補助がなくなっているからだと思われるが。

 そりゃ加護をくれる精霊自身と敵対しているんだから、そうなりますよね。

 

「俺は《カードガンナー》を召喚! 効果によりデッキの上から3枚まで墓地に送り、枚数×500ポイント攻撃力をアップさせる。ただし攻撃力はエンドフェイズに元に戻る。俺は3枚墓地に送り、攻撃力アップ!」

 

《カード・ガンナー》 ATK/400→1900 DEF/400

 

 さて墓地に送られたのは、なーにっかな、なーにかなっと。

 ……なになに、《ジャンク・シンクロン》《ジャンク・シンクロン》《ジャンク・シンクロン》。

 ………………ひょ?

 待て待て。なんでジャンクロンが全部落ちてんだよ。

 どんだけ事故ってたんだ、この野郎。

 

「……俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド」

「な、なんか急にテンション下がった? えっと、私のターンだね。ドロー!」

 

 そして上がるギャラリーからの……主に男子中高生からの声援。

 さすがはこの近辺のカードショップで若い男たちからアイドル視されているマナ。その人気はやはり凄まじい。

 尤も、隣に俺がいるためそういう意図で寄ってくる輩はいないのだが。本当にアイドルとして見ているだけのようなのだ。

 そしてそんなマナは、声援に笑みを見せつつ手札からカードを手に取ってディスクに置いた。

 

「私は《マジシャンズ・ヴァルキリア》を召喚! そしてバトル! カードガンナーに攻撃! 《マジック・イリュージョン》!」

 

《マジシャンズ・ヴァルキリア》 ATK/1600 DEF/1800

 

 マナによく似た魔術師の少女。違いはその服装の装飾と、それから属性が真逆であることだろうか。

 その宝玉がついた大きな杖から迸る光の波動が、カードガンナーに迫る。しかし俺は慌てず騒がず、伏せカードを使用する選択をした。

 

「罠発動、《くず鉄のかかし》! 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、このカードは再びセットされる」

「うーん、やっぱり防がれるよね。私はこれでターンエンド!」

「俺のターン!」

 

 お、手札が厳しい時には嬉しいカードが来てくれた。

 

「手札から《強欲で謙虚な壺》を発動! デッキの上から3枚めくり、その中の1枚を選択して手札に加える。ただし、このターン俺は特殊召喚が出来なくなる」

 

 他にも強欲で謙虚な壺は1ターンに1枚しか発動できないという制限があるが、そもそも手札に1枚しかないので問題はない。

 

「めくったカードは《ボルト・ヘッジホッグ》《増援》《サルベージ・ウォリアー》の3枚。俺は《サルベージ・ウォリアー》を手札に加え、あとの2枚はデッキに戻してシャッフルする」

 

 よし、ここでサルベージさんはありがたい。まさかのジャンクロン全滅という事故が発生したからな。

 とはいえ、このターン俺は特殊召喚が出来ない。シンクロ召喚もその分類である以上、このターンでサルベージさんを出すのは得策じゃないな。

 

「カードガンナーの効果発動! 3枚墓地に送り、攻撃力を1500ポイントアップさせる!」

 

《カードガンナー》 ATK/400→1900

 

 今度は《クイック・シンクロン》《調律》《エンジェル・リフト》。まぁ、マナが味方になっていない時だとこんなもんか。ぐすん。

 

「バトル! カードガンナーでマジシャンズ・ヴァルキリアに攻撃! 《トリック・バレット》!」

「きゃっ……」

 

 カードガンナーの腕から放たれた銃撃がマジシャンズ・ヴァルキリアを直撃する。

 それによってヴァルキリアは墓地に送られ、マナのライフを削った。

 

マナ LP:4000→3700

 

「ターンエンドだ」

 

 微々たるものだが、先手はもらった。さっき家でやったデュエルでは負けただけに、ここではさすがに勝ちたいところだ。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 カードを加えたマナは手札を見ると、一つ頷いてカードに手をかけた。

 

「《召喚僧サモンプリースト》を召喚! 効果により守備表示となり、手札から魔法カード《魔術の呪文書》を捨ててデッキからレベル4モンスター《ライトロード・マジシャン ライラ 》を特殊召喚!」

 

《ライトロード・マジシャン ライラ 》ATK/1700 DEF/200

 

「ライトロード・マジシャン ライラの効果発動! このカードを守備表示に変更し、遠也の場の魔法・罠カード1枚を破壊する! 私は《くず鉄のかかし》を破壊!」

「まぁ、そうくるよな」

 

 ライラが放った魔力がセット状態になっているくず鉄先生を破壊し、墓地に送る。

 

「私はカードを1枚伏せてターンエンド! そしてこの時、ライラの効果でデッキの上から3枚を墓地に送るよ」

「俺のターン!」

 

 さて、場にモンスターを残すことには成功している。とくれば、どうにかこのターンでシンクロ出来そうだ。

 

「俺はカードガンナーの効果を使い、デッキから3枚墓地に送り攻撃力をアップ! そしてカードガンナーをリリースして、《サルベージ・ウォリアー》をアドバンス召喚!」

 

《サルベージ・ウォリアー》 ATK/1900 DEF/1600

 

 落ちたのは《死者蘇生》《スポーア》《リビングデッドの呼び声》。なぜ死者蘇生が落ちてしまったのか。

 そして出てくる、青い肌の厳つい大男。身に纏った黄色いダウンベストと、鎖、そして水属性であることから、その名の通りに海で救助を行う姿をイメージしたモンスターなのだろう。

 それは、その効果にも見ることが出来る。

 

「サルベージ・ウォリアーの効果発動! このカードがアドバンス召喚に成功した時、手札か墓地のチューナーを1体特殊召喚できる! 墓地から《ジャンク・シンクロン》を特殊召喚!」

 

 墓地に通じるのだろうかフィールドに空いた黒い穴にサルベージ・ウォリアーが鎖を投げ入れ、一気にそれを引き上げる。

 その鎖を掴んで穴から出てきたのは、オレンジ色を基調にした機械の身体に眼鏡をかけたチューナー。ジャンク・シンクロンである。

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

 

 サルベージの名前通りの効果を持つモンスターだ。

 サルベージ・ウォリアーのレベルは5。昔はこれでクイック・シンクロンを蘇生してエクシーズ。ヴォルカさんを呼んで、マグマックスゥゥゥ! とかやったもんだ。

 まぁ、今は残念ながらできないが。

 そしてリリース、アドバンス召喚という新たな単語の登場に、周囲もざわざわとしている。なるほどああいう言い方をするのか、と頷いている姿もあり、皆なんとも勉強熱心である。

 元の世界では名称変更が発表された途端、リリース(笑)とか言われてたからな。それに比べれば、真面目に受け取ってくれてこちらもやりやすいってものだ。

 さて、これで今回のデュエルの目的の一つは果たしたと言っていいだろう。あとは勝ちに行くだけである。

 

「俺はレベル5サルベージ・ウォリアーにレベル3ジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 場に素材が揃った以上、やることは一つだ。

 俺の指示と共に、場の2体が飛び上がりシンクロ召喚のエフェクトが始まる。

 

「集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

「バトルだ! スターダスト・ドラゴンでライトロード・マジシャン ライラに攻撃! 《シューティング・ソニック》!」

「待ってました! リバースカードオープン! 罠カード《次元幽閉》! これで攻撃してきたスターダストを除外するよ!」

「げっ!? ならそれにチェーンして《サイクロン》! 更にチェーンしてスターダスト・ドラゴンの効果発動! このカードをリリースし、俺のサイクロンによる破壊を無効にして破壊する! 《ヴィクテム・サンクチュアリ》!」

「ああっ!?」

 

 チェーンの逆順処理により、まずはスターダストの効果によって俺のサイクロンの破壊が無効となり、破壊される。そして効果を発動したスターダストは墓地へ。

 対象を失った次元幽閉は不発に終わり、効果を正常に処理することが出来たスターダストは、エンドフェイズに戻ってくることになる。

 

「むぅ……さすがにそう何度も上手くはいかないかぁ」

「当ったり前だ。さっき俺が負けたパターンじゃないか、今の」

 

 そう、さっきは今と同じ状況でスターダストを除外され、返しのターンでマナがブリザード・プリンセスを召喚。そこに2枚の結束を使って、俺のライフを0にしたのだ。

 さすがに同じ手を日に2回も喰らうわけにはいかない。

 

「俺はこれでターンエンド。そしてこのエンドフェイズに、自身の効果でリリースされたスターダストがフィールドに戻る」

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 さて、この次でマナがどう動くかだな。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 カードを引き、マナがにやりと笑う。

 

「ふふーん、いくよ遠也! 私はライトロード・マジシャン ライラをリリースして、《ブリザード・プリンセス》をアドバンス召喚!」

 

《ブリザード・プリンセス》 ATK/2800 DEF/2100

 

「おいおい……」

 

 まんまさっきと同じ展開じゃないか。

 一族の結束がないしスターダストが場に残ってる分マシだけどさ。

 

「ブリザード・プリンセスの召喚に成功したターン、相手は魔法・罠カードを発動できない! いって、ブリザード・プリンセス! スターダスト・ドラゴンに攻撃! 《コールド・ハンマー》!」

「ぐぁっ!」

 

遠也 LP:4000→3700

 

「私は1枚カードを伏せて、ターンエンド!」

 

 ちくしょう、結局スターダストは破壊されたか。

 だが、厄介な破壊効果を持つライラがいなくなったのは大きい。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 引いたカードを確認し、更に行動を続ける。

 

「俺は《貪欲な壺》を発動! 墓地から《ジャンク・シンクロン》2枚と《カードガンナー》《サルベージ・ウォリアー》《クイック・シンクロン》をデッキに戻し、2枚ドロー!」

 

 ……よし、いいカードが来た。これなら上手くいきそうだ。

 

「相手の場にモンスターがいて、俺の場にモンスターがいないため、手札から《アンノウン・シンクロン》を特殊召喚! 更に《精神操作》を発動し、《召喚僧サモンプリースト》のコントロールを得る! そして手札から《増援》を捨て、サモンプリーストの効果発動! 《ライトロード・マジシャン ライラ》を特殊召喚する!」

 

《アンノウン・シンクロン》 ATK/0 DEF/0

《召喚僧サモンプリースト》 ATK/800 DEF/1600

《ライトロード・マジシャン ライラ》 ATK/1700 DEF/200

 

「ライラの効果発動! 守備表示に変更し、相手の場の魔法・罠カードを破壊できる! その伏せカードを破壊だ!」

「ああっ、《魔法の筒(マジック・シリンダー)》が……!」

 

 おいおい、なんて危ないものを。

 知らずに攻撃してたらこっちがダメージを受けるところだった。

 だがまぁ、これで相手の伏せカードは0だ。懸念がなくなった以上、安心して行動できるってものである。

 

「いくぞ! レベル4召喚僧サモンプリーストとレベル4ライトロード・マジシャン ライラにレベル1アンノウン・シンクロンをチューニング!」

「合計レベルが9……ま、まさか……」

 

 マナがレベル計算後に、たらりと冷や汗を流す。まぁ、レベル9のシンクロモンスターなんて限られるからな。予想は容易い。

 そして恐らくその予想は大正解である。

 

「集いし求めが、暴虐の化身となって牙を剥く。光差す道となれ! シンクロ召喚! 滅ぼせ、《氷結界の龍 トリシューラ》!」

 

《氷結界の龍 トリシューラ》 ATK/2700 DEF/2000

 

 全身を角ばった白銀の鱗で覆った、三つ首のドラゴン。氷の結晶の形をした胸部の鱗と合わせて特徴的なその巨体は、氷結界において古来より封印されてきた伝説の龍である。

 そしてその性質は凶悪にして強靭。封印解放後は暴走を繰り返し、一度は世界を滅ぼしてしまったほどの破壊の権化でもある。

 

「や、やっぱりトリシューラ……」

 

 そしてその恐ろしさはカードの効果にも表れている。それを知るマナの顔は、やはりちょっと引き気味だった。

 

「氷結界の龍 トリシューラの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、相手の手札、フィールド、墓地からそれぞれ1枚ずつ選択して除外できる! 俺はマナの手札から右のカード、場からブリザード・プリンセス、墓地からライトロード・マジシャン ライラを除外する! いけ、《氷結の咆哮》!」

 

 トリシューラの三つ首、それぞれが大きく口を上げて雄叫びを上げる。

 それによって発生した物理的な衝撃まで伴う冷気の波動に、手札が1枚、墓地から1枚、そして耐えていたブリザード・プリンセスも除外されて場から消えていく。

 ブリザード・プリンセスが耐えていたのは、やはり同じ氷に関係する存在だったからなのか。まぁ、今となっては関係ないが。

 

「バトルだ! トリシューラでプレイヤーに直接攻撃! 凍てつけ、《氷結のフリージング・バースト》!」

 

 咆哮を上げたトリシューラの三つの頭。その口腔に目に見えるほどの冷気が圧縮されて集まっていく。

 その集束が終わりを迎えた時、一瞬の間隙の後、三つ首から一気にそれが解き放たれる。

 それは発射直後に混じり合って一つになり、巨大な冷気の砲撃となってマナへと襲い掛かった。

 

「きゃあっ!」

 

マナ LP:3900→1200

 

 よし、大ダメージだ。

 だがまだ油断はできない。俺のライフはだいぶ残っているとはいえ、それが一気になくなる危険性を秘めているのが、デュエルというものだ。

 それに、トリシューラも召喚以降はバニラ同然なんだ。過信は禁物だろう。

 よって、俺は1枚のカードを手に取った。

 元の世界で制限に指定されるほどに有用なカードだ。ここはひとつ、万全を期してこのカードを伏せておくことにしよう。

 

「俺はカードを1枚伏せてターンエンド!」

「むむ……私のターン、ドロー!」

 

 カードを引き、それを見たマナが一つ頷く。

 

「私は墓地の光属性モンスター《マジシャンズ・ヴァルキリア》と闇属性《召喚僧サモンプリースト》を除外して、《カオス・ソーサラー》を特殊召喚!」

 

 カオス・ソーサラーか。攻撃権を放棄することで相手の場のモンスター1体を除外するという、強力な効果を持つ。

 特殊召喚扱いになるため通常召喚権が残るというのも地味ながら嬉しいところであり、優秀なモンスターだ。

 だが。

 

「悪いな、マナ。リバースカードオープン! 《神の宣告》! ライフポイントの半分を支払い、その特殊召喚を無効にして破壊する!」

 

遠也 LP:3700→1850

 

「え、えええ!? ここでそんなカード!?」

「伏せておいて良かったよ。それを許すと面倒なことになるかもしれないからな」

「うっ」

 

 言葉を詰まらせたマナが残り1枚の手札に目を移す。はてさて、それがどんなカードかはわからないが、マナとしてはこれで予定が狂わされたといったところか。

 たとえばソーサラーの効果で除外、その後ソーサラーをリリースして上級モンスター、あるいはチューナーを召喚してシンクロ召喚、もしくは単純に死者蘇生による蘇生で追撃、という可能性もあるからな。

 このターン内で俺が負ける可能性は高くはないが、それでもここで無効にしておかないと一気に流れを持っていかれる可能性もある。となれば、やはりここで打っておいて正解だろう。

 さすがは神の宣告。制限カードは伊達じゃないな。この世界では違うけど。

 

「むむ……ターンエンド」

「俺のターン、ドロー!」

 

 さて、これでマナの場には何もカードはなし。対して俺の場にはトリシューラがいる。

 そして、そんなトリシューラを見てマナが肩を落としていた。

 

「はぁ……せめて除外じゃなくて破壊ならなぁ。蘇生だって出来るのに……」

 

 そうぼやくマナに、苦笑い。

 そこがトリシューラの恐ろしい所だ。さすがは元の世界での制限カード、そして5D’sの時代でも最強のカードとして数えられているだけのことはある。

 ともあれ、そのトリシューラのおかげもあって相手の場は空っぽ。これで安心して攻撃できるというものだ。

 

「バトル! トリシューラでプレイヤーに直接攻撃! 《氷結のフリージング・バースト》!」

「きゃぁあっ!」

 

マナ LP:1200→0

 

 三つ首から放たれた冷気の砲撃がマナを直撃し、そのライフを削り切る。

 これによりこのデュエルは俺の勝利で終わり、決着がついたことによってソリッドビジョンもゆっくりと消えていった。

 デュエルを終え、それを見ていた観客一同が拍手をしてくれる。それにどーもどーもと手を振りながら、俺はマナの方へと近づき、話しかけた。

 

「よし、さっきの雪辱は果たしたぜ」

 

 にやりと笑って言ったそれに、マナは膨れ面でこちらを見た。

 

「負けず嫌いだなぁ、もう。トリシューラはひどくない?」

「だってなぁ、あそこでトリシューラを出したから勝てたんだし」

 

 無論他のカードでも手はあったかもしれないが、トリシューラが一番確実だった。それを除くとレベルの合計が5のモンスターだけになるし、ここはトリシュに頼ってもいいじゃないか。

 と、そんな風にマナと会話しつつ、俺たちは店の方へと移動する。

 すると、さっき離れてもらっていた子供たちが早速とばかりに寄ってきた。

 

「すっげぇ、兄ちゃんあんなドラゴンも持ってたのかよ!」

「リリースって言い方もカッコいいね!」

「マナ姉ちゃん、ドンマイ!」

 

 わーわーと俺たちに纏わりつく子供連中に、俺たちはそれぞれ笑みを浮かべる。

 これだけいい反応をしてくれれば、暑い中デュエルした甲斐があったというものだ。

 

「よーし、それじゃあ新しい言い方はわかったよな? 今度はみんなでデュエルといこう」

 

 俺がそう言うと、子供たちは「はーい」と頷いて店内へと戻っていく。恐らくデュエルディスクを貸してもらうためだろう。小学生である彼らは自分のデュエルディスクを持っていないのだ。

 5D’sで龍可や龍亜は自分のディスクを持っていたが、あれは二人の家がお金持ちだったからこそだ。一般的にデュエルディスクはやはり高価であり、小学生なら持っていない率の方が遥かに高い。

 だからこそ、カードショップには貸し出し用のディスクが置いてあり、それゆえに子供たちはカードショップに入り浸るのだ。ソリッドビジョンでのデュエルの方が盛り上がるのは間違いないからな。

 案の定ディスクを持って戻ってきた子供たち。それを見て、俺は早速口を開いた。

 

「それじゃあ、せっかくだし新ルールに則ったデュエルといこう!」

 

 その言葉に子供たちが「おー!」と腕を突き上げて応え、それぞれがデュエルを始める。

 そしてその光景を見ていた中高生もそれぞれデュエルを始め、いつの間にか広場一杯、そこかしこでデュエルが行われていた。

 やはりみんな新しいルールというのは気になっていたのだろう。それにあわせてデッキを作り直し、あるいはカードをこの場で買い加えて、皆がデュエルを楽しんでいる。

 夏であろうとお構いなしに外でデュエルとは。中のテーブルでデュエルをしている人もいるが、それは外がいっぱいだからという理由である。やはりソリッドビジョンの力は偉大だということか。

 そんなこんなで、結局俺たちもその場に付き合って夕方までカードショップに滞在した。

 その日の帰り際、出来れば明日も来てほしいなぁといつもよりカードが売れてホクホク顔の店長に言われたのは完全な余談である。

 

 

 

 



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2:二年生
第32話 進級


 

『遠也。貴様に用がある。本社に来い』

「は? ちょっと海馬さ――」

 

 ガチャン。ツーツー。

 ……マジかよ。言いたいことだけ言って切ったよあの人。まぁ、らしいっちゃらしいが。

 っていうか、それより。

 

「どうしたの、遠也?」

 

 夏らしい薄着の私服を纏い、大きめのバッグを足元に置いたマナが電話機の前で立ち尽くす俺に近寄ってくる。

 そのマナの顔を見て、その後俺は視線を足元のバッグに移す。

 そして溜め息をこぼして、今の電話の内容を口にした。

 

「……海馬さんから。用があるから、本社に来いってさ」

「え……今から?」

「今からだろ、海馬さんだし」

 

 俺が諦めたような声で言うと、マナは驚きに染めた表情のまま更に言葉を続ける。

 

「でも……新学期はもうすぐだよ?」

「ああ、そうだな」

 

 それはつまり、出来るだけ早く定期便に乗らなければ始業式ギリギリになってしまうことを示す。いや、悪ければ間に合わないかもしれない。

 そうならないために、少し早めに寮に戻ろうとバッグに荷物を詰めて準備をしたというのに、それが無駄になる宣告を受けたのだ。

 海馬さんからの要請とあっては、断ることもできない。恩があるというだけでなく、そもそもアカデミアで最も偉い人はオーナーである海馬さんだ。その人からの勅命に、一生徒である俺が逆らえるはずもない。

 もう一度溜め息をつき、俺は自分に言い聞かせるように言う。

 

「……もし間に合わなかったら、公欠扱いにしてもらえるように直訴しよう」

 

 それぐらいなら、オーナー権限でやってくれてもいいはずだ。

 そんな願望を抱きつつ、俺たちはせっかく纏めた荷物を家に置いたまま、家を出る羽目になるのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 海馬さんの用事とは、極秘に開発しているエクシーズ召喚に関してのものだった。

 ペガサスさん率いるI2社は先日、いずれという前置きがあるもののエクシーズ召喚を導入するとKC社にのみ明かしたため、デュエルディスクを取り扱うKC社は連動してエクシーズ召喚用のソリッドビジョンとそのシステムを作り出さなければならなくなった。

 それを受けて、海馬さんは実際にエクシーズ召喚を唯一知っている俺から、どんなエフェクトで召喚を表現するのがいいのか意見を聞きたかったようだ。

 また、それにあわせてネットワークから外された1個のデュエルディスクで試験的にそれを再現。CG自体はそれほど時間をかけずに作れたため、そのデータをデュエルディスクに引っ張るのも簡単だったようだ。

 これがネットワークを通じて全世界のデュエルディスクを対象に、となると色々とややこしいのだろうが、今回は独立したデュエルディスクだけであるため、手軽に試験導入が出来るらしい。

 そのため、データが出来たらそのディスクにインストール。試験プレイ。細かい点を修正。再度インストール。試験プレイ。修正。インストール……ということをひたすら繰り返し続けた。

 新学期まで時間がないため、俺も一生懸命手伝った。その甲斐あって、α版が完成。更に数日後にβ版も形になり、海馬さんの口からOKが出たのだった。

 新しい召喚法でありながらここまで時間を短縮できたのは、シンクロ召喚のエフェクトを仕込む際に他の新召喚法が出来た時のため用に簡単なプログラムを組んでいたかららしい。

 それに則ってシステムを弄り、あとはグラフィックなどが問題だっただけのようだ。それでも相当に時間はかかるだろうに……。さすがはKC社、仕事も一流である。

 あ、そうそう。余談だが、新学期は既に始まっている。がっくし。

 

「……ふぅん、とりあえずはこんなものか。ご苦労だったな」

 

 いつの間に来ていたのか、海馬さんはそう言ってその場にいたスタッフたちを労う。俺もようやく終わったと安堵の息と共に思わず身体から力が抜けた。

 ここのところ、ずっとKC社にいたからなぁ。

 

「遠也」

「……はい?」

 

 しみじみとここ数日の生活を思い返していると、海馬さんが目の前に立っていた。

 そしてぽいっと俺に向けて何かを放った。

 

「うわっ、とと」

 

 慌てて落とさないように抱えると、それはこの時代の標準的なディスクとは異なる形状のデュエルディスク。要するに、俺のデュエルディスクだった。

 

「一応、今完成したβ版のエクシーズ召喚のデータは入れておいた。報酬だと思っておけ」

「あはは、どうも……」

 

 先んじて新システムのデータが搭載されていることが報酬ですか。まぁ、これは企業機密的にかなり凄いことなのだろうが、俺としてはどうにもありがたさを感じづらかった。

 

「それと、貴様の口座にここ数日分の給与は振り込んである。ついでだ、これも渡しておこう」

 

 言うと、海馬さんは一枚の紙を俺に寄越した。

 見ると、それは俺の欠席が仕方のないものであったことを証明するKC社お墨付きの証明書だった。海馬さんがアカデミアのオーナーだからこそ可能な裏技である。

 新学期が始まってまだ数日とはいえ、それが公欠扱いになってくれるのは助かる。思わず胸を撫で下ろす俺だった。

 

「ありがとうございます。それじゃ海馬さん、お世話になりました」

「ふん、使えるからといって外部でエクシーズ召喚を使うことは許さんぞ」

「あはは、わかってますよ」

 

 まだシンクロ召喚が登場したばかりのご時世だ。ここで更にエクシーズ召喚まで人目についたら、大混乱になる。それぐらいは俺にもわかることだった。

 このβ版はあくまで、数年以上先に導入する際に不具合がないようにあらかじめテストをする為のものだ。ま、海馬さんの言うように報酬――いわゆる記念品と思っておけばいいだろう。

 

「わかっているならいい。――磯野」

「はい、ここに」

 

 海馬さんの呼びかけに、後ろに控えていた海馬さんお付きの人……磯野さんが恭しく頭を下げて一歩前に出た。

 

「ヘリを手配してやれ」

「かしこまりました」

「はい?」

 

 俺の疑問の声など気にもせず、すぐさま磯野さんは部屋から出ていく。その姿を唖然として見送る俺に、海馬さんが声をかけてきた。

 

「遠也」

 

 その声に、俺は海馬さんの顔を見る。そして、海馬さんは鼻を鳴らした後にくるりと踵を返した。

 

「……ふん、少しはマシなデュエリストの顔つきをするようになったか」

「へ?」

 

 それだけを言うと、海馬さんはそのまま振り返らずに部屋を出ていった。

 その後ろ姿をじっと見つめてから、俺は自分の腕に抱えられたデュエルディスクに目を落とす。

 

「マシなデュエリストの顔になった、か……」

 

 この世界ほどデュエルモンスターズが一般的ではない世界から来た俺。ゆえに根強く残っていたカードに対する“所詮は単なる遊び”という意識。

 それと同時にこの世界にまだ馴染み切れていない……あるいは受け入れ切れていなかった俺自身の心。

 それらに自分なりの答えを出したのは、ごく最近のことだった。それを海馬さんが知っているはずもないのに、しかし海馬さんは俺をデュエリストの顔になったと言った。

 ここ最近の俺の事情を知らないうえでのそれはつまり、海馬さんが素直に抱いた感想に他ならない。あの海馬さんから見て、俺は一人のデュエリストとして認めてもらえたのだ。

 

「やばい、嬉しい……」

 

 思わず、俺は頬が緩む。

 厳しく、デュエルに関しては一切の妥協を許さない海馬さんが、デュエリストとして俺を数えたのだ。それが、嬉しくないはずがなかった。

 

『ふふ、相変わらず、海馬くんは素直じゃないなぁ』

 

 そして、そんなふうに俺が感動する横で、マナが海馬さんの去った方を微笑ましげに見ていた。

 

 ――その後、俺はKC社が用意してくれたヘリに乗り込み、童実野町を出発した。家にあった荷物は、こちらから持ってきてほしいものを指定して運び込んでもらってある。恐縮だが、とても助かる。

 そういうわけで、俺は昨年のような海路ではなく空路によって、一路デュエルアカデミアを目指すのだった。

 

 

 

 

 そしてヘリに揺られること幾許か。

 特に問題も起こらずアカデミアに到着したので、ヘリは俺と荷物を下ろして再び飛び立っていった。

 きちんとお礼を言い、それに対してパイロットの人はぐっと親指を立てて応えてくれた。カッコいい。

 ……ともあれ、久しぶりのアカデミアだ。ここはこれを言わねばなるまいて。

 

「アカデミアよ! 私は――」

『それはもういいから。遠也、早速寮に荷物を置きに行こうよ』

「むぅ……まぁ、それもそうか」

 

 お約束のセリフを去年に続き景気よく叫ぼうとしたのだが、あえなくマナに止められる。

 少々不満だが、マナが言うことも尤もであるのは確かなので、俺は荷物を担いでヘリポートがある港からブルー寮の方へと向かう。

 ちなみにマナも実体化して自分の分の荷物は持っている。ある程度は既に送ってあるが、やはり持っていきたい物はいくらでもあるからな。

 そんなこんなで二人して寮までの道を歩いているわけだが……何かおかしい。

 違和感を感じつつブルー寮にたどり着く。そして中に入るが……やっぱりおかしかった。

 

「……あれ? 誰もいないね?」

「だな」

 

 授業中だからかとも思うが、それでも寮に一人もいないというのはおかしい。成績優秀であれば、ある程度単位にも融通が利くのがこの学園だ。自主休講で寮の中にいる生徒は必ず存在しているのだ。

 それが一人もいないというのは明らかにおかしい。

 

「……まぁ、いいや。それより荷物だけでも置いておかないと。原因はその後に探してみよう」

「そうだね」

 

 というわけで俺達はさっさと自室に向かい、そこに持ってきた荷物をどさりと下ろす。中身をある程度出して一息ついたところで、外から賑やかな声が聞こえてきた。

 なんだろうと思って窓から見下ろすと、そこにはブルー生が団体で寮に帰ってくる姿が見えた。単に仲良しグループというわけではないな。数十人が一斉に移動など、何かあったのは間違いなさそうだ。

 俺は窓を開けてベランダに出る。そしてそこから下を歩く面々に向かって声をかけた。

 

「おーい! 皆してどうしたんだ、何かあったのか?」

 

 すると、その声に気付いた数人が俺を見上げてきた。

 

「皆本、寮に戻ってたのか! 何かも何も、万丈目と中等部成績1位の奴とのデュエルがあったんだよ。なんでも万丈目のブルー復帰を賭けた勝負だったらしいぜ」

「そんなことがあったのか。それで、万丈目はブルーに戻ることになったのか?」

「いや。勝ったけど、辞退したみたいだぞ。レッドが余程気に入ったみたいだな」

「……へぇ、あの万丈目がね」

 

 まさかわざわざブルー昇格の話を蹴ってまでレッドに留まるとは。何か心境の変化でもあったのだろうか。

 万丈目も昔に比べれば、随分と丸くなったものだ。俺がそう思っていると、横からひょこっとマナが顔を出した。

 

「なになに? 万丈目くん?」

 

 知り合いの名前を聞いて、気になったのだろう。マナは顔を出すと階下に目を向けて万丈目の姿を捜しているようだった。

 

 無論、万丈目は話題になっただけでこの場にはいない。ゆえに、いくら下を見たってそこには驚愕の表情を浮かべるブルー生徒がいるだけだ。

 ……驚愕?

 

「なっ、ま、マナさん!? そこは皆本の自室……! いや待て、デュエルを見に来ていなかった……部屋にこもりきり……二人きりで……恋人同士……――まさか!?」

 

 はっとしたその男子生徒は、驚愕から一転、今度はだくだくと涙を流し始めた。思わず俺もマナもぎょっとする。

 

「わかっていても、わかっていても……! 二人がそういう関係だと再認識するのは、辛すぎる! うわぁぁああん!」

 

 そしてそのまま寮の中へと駆けこんでいく。それを呆然と見ていた俺たちだったが、階下の生徒たちはまた違った反応だった。

 

「ああっ、そういえばあいつは学園祭以降マナさんのファンだった……!」

「なのに二人の爛れた現場を見ることになるなんて残酷すぎる……!」

「っていうか、俺たちも普通に羨ましい!」

「それより早く慰めてやらないと!」

「ああ。こんな時こそ、俺秘蔵の品々が火を噴くぜ!」

 

 言って、ドタドタと寮の中へと駆けていく男子勢。

 それを見送った俺たちはと言えば、何とも言えない表情で顔を見合わせていた。

 そして、まずは俺が一言。

 

「……ここって、エリートの寮なんだよな?」

「そのはず、だけど……」

 

 問いに対し、自信なさげに答えるマナだった。

 ブルーは偉ぶってるだの、下を見下すだの他寮から色々言われるが……レッドとかイエローが絡まないあいつらって、本当に普通の高校生男子丸出しだ。

 ブルーに暮らし始め、最初こそ偉ぶった態度や嘲りが目に付いた俺だったが、一度受け入れられればこんなものである。

 とりあえず、今日はマナとそんな行為はしていないぞ。と、そんなことを心のうちで弁明しつつ、俺とマナは部屋の中に戻って開きっぱなしだった窓を閉めるのだった。

 

 

 

 

 

 翌日。

 部屋の整頓などに時間を費やした俺たちは、今日になってようやく授業に復帰と相成った。

 海馬さんからもらった証明書は驚くことにこちらで日にちを書き込むことが出来たため、昨日はまるまるサボった形だ。元々中途半端な時間に島に来ていたこともあったので、そこはまぁ気にしないようにしている。

 とにかく俺は証明書に日付を記入し、先生に提出しようと校内を歩く。KC社直々の証明書なので、一応校長に渡しておこうと校長室に向かった。

 ……だが、いざ校長室について入室すると、その中にいた人物に驚いた。

 

「クロノス先生?」

「にょ? ……あ、シニョーラ皆本! あなた! 遅刻も遅刻、大遅刻なノーネ! 新学期はとっくに始まっているノーネ!」

「す、すみません。今日はそのことを校長に話しに来たんですけど……」

 

 俺が頭を下げてからそう言うと、途端にクロノス先生は機嫌を直した。

 

「ふふふのふーん。なら早速そのお話とヤーラを、この私、クロノス・デ・メディチ校長にお話しするといいノーネ!」

「……はい?」

 

 自慢げに胸を張ってクロノス先生が言った言葉に、俺は疑問符を浮かべるしかなかった。

 クロノス先生は実技指導の最高責任者ではあるが、別に校長じゃないはずだけど。

 そんな風に今の発言について考えていると、クロノス先生の横……の下のほうから聞き慣れない声が耳に入ってきた。

 

「り・ん・じ・校長なのでアール。忘れてはダメなのでアール、クロノス臨時」

「ぐぐぐ、細かいことを気にしちゃいけないノーネ、ナポレオン教頭」

 

 クロノス先生がその指摘を受けて歯ぎしりをする。

 そして指摘した人物を見て、俺は内心で「ちっさ!」と叫んだ。頬肉が見事にたるんだぽっちゃりした男。妙に派手な貴族風の礼服に身を包んだナポレオン教頭の背は、俺の腹ほどまでしかなかったためだ。

 そんなナポレオン教頭は、クロノス先生に向けていた顔を今度はこちらに向け、威圧するようにじろりと睨んできた。……前述した背の関係で、あまり怖くはなかったが。

 

「まったく、オベリスクブルーの生徒ともあろう者が、遅刻とは……嘆かわしいのでアール。勉学に対する意欲に欠けていては、高貴なブルーの制服が泣くのでアール」

 

 やれやれ、とあからさまにこちらを見下す態度に、思わずムッとする。

 それは悪うござんしたね。

 

「ナポレオン教頭。シニョール皆本は真面目な生徒でスーノ。それに、デュエルでも実質この学園で一番の実力者なノーネ。あのカイザー丸藤亮に勝ち越しているほどなノーネ」

「なんと! それは凄いのでアール!」

 

 だが、クロノス先生の話を聞いて一転。見下す態度はこちらにおもねる態度に様変わりした。ニコニコと笑って手まですり合わせている。

 な、なんてわかりやすい人だ。ここまであからさまだと、怒るより先に呆れが来る。まぁ、あれだ。ここは、一昔前のクロノス先生を相手にしていると思うことにしよう、うん。

 それよりもとりあえず、用事を済ませてしまいたい。そう判断した俺は、懐から取り出した紙をクロノス先生に手渡した。

 

「先生、これで一応公欠扱いにしてもらえるはずですけど……」

「どれどーれ? ……な、なな、KC社が発行した遅延証明書でスッテ!? しかも海馬社長直々のサインまであるノーネ!」

「ほ、ホントでアールか!?」

 

 クロノス先生の手元を、椅子によじ登って覗き込むナポレオン教頭。そしてその文面を確認し、クロノス先生同様に驚きの声を上げた。

 さすが海馬さん。海馬さんの名前一つでここまで大きな反応が返ってくると、改めてその存在の凄さが確認できるな。

 俺はそんなことを思いつつ、言葉を続けた。

 

「ちょっと、KC社の方でお手伝いをしていまして。今日から授業には参加しますので、勘弁してください」

「むむ……証明書は本物なノーネ。オーナーの許可があるならこちらに否はないノーネ。ここ数日の欠席は公欠としまスーノ。シニョーラマナと一緒に、授業に戻りなサーイ」

「ありがとうございます、クロノス先生。……えーっと、あー、ナポレオン教頭も。それじゃ、失礼します」

 

 俺は頭を下げて踵を返す。

 その後、背後から小声で。

 

「……いま明らかに我輩の名前を忘れていたのでアール」

「やはーり、校長と教頭の差なノーネ」

「臨時、を忘れちゃダメなのでアール」

「細かいことを気にしているとハゲるノーネ。あ、もう遅かったノーネ」

「うるさいのでアール!」

 

 と、そんな言い合いがされていたが、俺はこの時点で校長室を出たため、その後にどんな会話が続いたのかは知らない。

 ともあれ、どうやら鮫島校長はいま学園にいないらしいな。じゃなければ、臨時なんてものを置いておくはずがない。どこに何をしに行っているかは知らないが、あの二人を見ていると、早く戻ってきてほしいものだ。

 校長室からの帰り、思考しつつ歩いていると、突然俺の腕に重みが加わった。

 何かを思って見てみれば、そこには俺の腕を取って歩くマナの姿がある。無論制服姿で。

 一瞬で実体化し、そのうえ魔法か何かでパッと服装を取り換えたのだろう。もちろんアニメの変身シーンのように途中の裸が披露されるなんて単純ミスは存在しない。便利だな、魔法。

 

「で、急にどうした」

「んー、特に理由はないかな。……って、それより遠也」

「ん?」

 

 疑問を返した俺に、マナが小首を傾げて問いかける。

 

「十代くんたちには会わないの? 昨日も会ってないけど」

「あ」

 

 足を止め、思わず立ちすくむ。

 そういえば、昨日は片付けに時間を取られていたこともあって、すっかり忘れていたな。どうせいつでも会えるし、と思って結局今日もまだ顔を見せていない。

 少し考えた俺は、教室に向かおうとしていた足をレッド寮の方へと向けた。

 俺がこれから受けようとしていたのは選択科目であり、十代たちは取っていない講義だ。なら、みんなレッド寮にいるはず。

 というわけで、クロノス先生に言った言葉とは裏腹に早速サボることになった俺だった。ごめん、先生。

 

 

 

 

 さて。そういうわけでオシリスレッドの寮に向かった俺とマナだが、そこで驚くべき光景を見ることになった。

 レッド寮の前、そこで話し込んでいるのは馴染み深い仲間たち。十代、翔、明日香、万丈目、三沢、吹雪さん。

 

 そして……そこに混じって談笑している一人の小さな女の子。

 

 オベリスクブルーの青い制服に身を包んだその少女の姿を見た瞬間、俺とマナは顔を見合わせた後にダッシュ。

 そのまま皆の前まで疾走し、そして俺たちに気付いた皆が何かを言う前に口を開いた。

 

「レイ!? お前、なんでここにいるんだ!?」

「レイちゃん! 久しぶり!」

 

 おい、マナ。何を普通に挨拶しているよ。

 内心で突っ込む俺。そして、そんな二つの声に対して、レイはにこやかに笑った。

 

「えへへ、来ちゃった! 久しぶり、遠也さんとマナさん!」

「あ、ああ。いや、それより、なんでここに? 確かお前まだ11歳だったはずだろ?」

 

 少なくとも、今は小学6年生のはずだ。なのに、なぜこの場にいるのか。

 それに対して、レイは得意げな顔を見せる。

 

「大丈夫だよ、遠也さん。ちゃんと試験を受けて正式に入学したからね!」

「飛び級したそうよ。中等部にね」

 

 レイの言葉に明日香が付け足し、それを受けてレイが満面の笑みでブイサインを決める。

 

「もちろん、お父さんとお母さんも了承済みだよ! ……遠也さんの言葉をしっかり守って頑張った甲斐があったよ」

「俺の言葉?」

 

 どういうことだろうか。

 不思議に思って聞いてみると、曰くあのシンクロのイベント会場で俺が言った「好きなカードで勝てるように努力した方が楽しい」という言葉を実践し続け、ずっと自分のデッキが上手く戦うにはどうすればいいか試行錯誤しつつ勉強してきたらしい。

 その過程で様々なカードの効果などにも詳しくなり、結果としてデュエルアカデミアに入学するレベルの知識を得るに至ったということのようだ。

 ……まさか、あの一言がこんなところにまで影響を及ぼすとは。これがいわゆるバタフライ効果という奴か。

 予想外の再会とその原因に戦慄する俺。そんな棒立ちとなった俺に、レイは近づくといきなりお腹辺りに抱き着いてきた。

 おわっ、と声を上げる俺を、レイは笑みと共に見上げてくる。

 

「これで遠也さんと一緒にいられるよね! これからよろしくね、遠也さん!」

「お、おう」

「レイちゃん、レイちゃん。私は?」

 

 抱き着いているレイに、マナが自分を指さして尋ねる。

 レイはそんなマナに振り返ると、当然とばかりにこう答えた。

 

「もちろん、マナさんも一緒だよ! よろしくね、マナさん!」

 

 そして、今度はマナに抱き着くレイ。そしてそれを受け止めたマナは「こちらこそ!」と言って抱きしめ返している。

 ひしっと抱き合う二人は、容姿こそ似ていないが本当の姉妹のように仲良しである。

 それを横から見ていると、ぽんと肩に手を置かれた。その手の先をたどっていくと、そこにはにこやかに笑う吹雪さん。

 

「やれやれ、恋人を取られてしまったね遠也くん。どうだい、代わりに明日香なんてオススメだよ?」

「はい?」

「兄さんッ!」

 

 思わず上げた俺の声がかき消されるほどの大声で、明日香が吹雪さんを怒鳴りつける。

 そしてズンズンと近づいてきたかと思うと、そのまま吹雪さんの腕を取って俺の傍から引きはがしていく。

 その表情は明らかに怒りが見えているのだが、それでも吹雪さんの軽口は止まらない。

 

「なんだい、明日香。僕は恋の伝道師としての使命をだね……あ、それとも十代くんのほうが良かったかな?」

「~~~ッ! もう黙りなさい、兄さんッ!」

「了解、妹よ」

 

 さすがに今の明日香をさらに刺激するのはまずいと思ったのだろう。吹雪さんはそこでようやく軽口をやめた。

 明日香の奴、吹雪さんが行方不明だった時、それはそれで精神的にかなり負担になっていたんだろうけど……見つかったら見つかったで精神がダメージを受けることに変わりはなさそうだった。

 苦労しているなぁ、明日香。不機嫌そうに腕を組んで押し黙った明日香に、俺はついつい同情的な視線を送ってしまうのだった。

 と。

 

「えいっ」

「とりゃっ」

「のわっ!?」

 

 俺は唐突に後ろから両腕に加わった体重に、驚いて変な声を漏らす。

 見れば、そこには右腕にレイ。左腕にマナが掴まっていて、そのどちらもが作戦成功とばかりに意地の悪い笑みを浮かべていた。

 どううやら二人で協力して俺を驚かせようと言う魂胆だったらしい。だとしたら、大成功である。

 

「お前らなぁ……」

「ごめんね、遠也さん。会うの久しぶりだったから、つい」

 

 えへへ、と笑うレイは可愛い。確かに久しぶりに会ったのだ。兄貴分として、妹分のお茶目ぐらい広い心を持って許そうじゃないか。

 

「ごめんね、遠也。ちょっとレイちゃんに付き合って、つい」

 

 てへ、と笑うマナ。もちろん、俺が返す言葉など決まっている。

 

「許さん」

「なんで私だけ!?」

 

 驚愕に目を見開くマナだったが、俺はひとまずそれをスルーする。

 そして二人を腕に引っ付けたまま、十代と翔、万丈目と三沢の前へと移動した。

 

「よ、久しぶりだな皆」

 

 そんなふうに話しかけた俺に対する、皆の返答は以下の通りである。

 

「夏休みに遊びに来て以来だな、遠也! 待ってたぜ!

「ぐぎぎ……妬ましいっす……」

「ふん、てっきりもう来ないと思ったぞ」

「やれやれ。相変わらずだな、遠也。数日の遅刻には驚いたが」

 

 それぞれしっかり対応してくれたが、一人明らかにおかしい奴がいた。まぁ、気にしないようにしよう。恨めしげにハンカチを噛んで小さな眼鏡越しに覗く視線から目を逸らす。

 

「どうにか、これぐらいの誤差で済んで良かったよ。ちょっと用事があってな」

 

 ホント、これぐらいで済んで良かった。頑張ってくれたKC社の研究者の皆さん、ありがとう。

 

「そういえば、万丈目」

「なんだ」

「昨日、デュエルしたんだってな中等部あがりの奴と。ブルーに上がれたのにレッドに残るなんて、よほど気に入ったんだなここが」

 

 口ではなんだかんだ言いつつ、オシリスレッドに愛着を持っていたんじゃないか。

 そう微笑ましげに万丈目を見ると、万丈目は焦ったように迫ってきた。

 

「ち、違う! 俺はこんなボロ寮からおさらばしてブルーに上がりたかったんだ!」

「またまたぁ。わかってるぜ、万丈目。お前の気持ちは!」

「兄貴の言う通りっす。素直じゃないね、万丈目くん」

「人の話を聞け、貴様らー!」

 

 万丈目ががーっと叫ぶが、それに十代と翔は生温かい目を向けるだけだった。わかってるぜ、気恥ずかしくって本音を言えないだけなんだろ? 

 そう言外に語るその視線に、もはや何を言っても無駄だと悟ったのか、万丈目はがっくりと膝をつくのだった。

 そしてその様子を、俺と三沢が苦笑して見る。

 

「ところで、遠也。知っているか、十代があのエド・フェニックスと対戦したというのを」

「エド・フェニックス? ……ああ、確かプロデュエリストだっけ」

 

 カイザーの試合をチェックしている時に、そんな名前を見かけた気がする。それと、確かメインキャラクターの一人……だったような。

 俺が記憶を思い返していると、先の言葉に三沢が頷いていた。

 

「そうだ。そして十代は勝ったんだが……」

 

 歯切れが悪そうに三沢が口ごもる。

 何かあったのかと思うが、その先の言葉を三沢の口から聞くことはなかった。なぜなら、三沢の肩に手を置き、代わりに十代が俺の前に出てきたからだ。

 

「そっからは俺が言うぜ。まったく、まいっちまったよ」

 

 そんなふうに溜め息交じりの言葉から始まり、十代はその時の様子を俺に話して聞かせてくれるのだった。

 

 

 

 

「適当に買った8パックで作ったデッキ?」

「そうなんだよ。それで40枚のデッキ作って俺と戦ったんだぜ。なのに俺結構ピンチになっちゃってさぁ。ホント自信なくしそうだったぜ」

 

 その時のことを思い出しているのか、十代は悔しそうな顔をする。

 十代から聞いたエドの話はとんでもないものだった。確かにカードのパックは1パックに5枚入っているから、8パック買えばデッキの規定枚数には届く。

 だが、それは40枚になるというだけであって、決してデッキが完成したわけではない。

 デッキとは持ち主が試行錯誤を繰り返し、そのデッキのテーマに沿ったカードを膨大なカードの中から選びぬいて作り上げていくものだ。

 その行程を経ていないそれは、デッキではなくただの“40枚のカード”にすぎない。だというのに十代に喰らいつくとか……どんなテクニックしているんだ。いや、もしくはものすごいドロー力で必要なカードばかり入ったパックを当てた、とか?

 どっちにせよ、現実的じゃない出来事だってのは確かだ。なら、それを為したエド・フェニックスは、かなり凄い奴ということになる。

 そんな超絶技を披露されたのだ。十代が悔しそうにするのも分かる。自分が心血注いで組み上げたデッキが、そんな手抜きもいい所のデッキ相手に苦戦したら、そりゃ自信もなくなるってものだ。

 だが……。

 

「なるほどね。けど、お前のことだ。それよりもエド本来のデッキが気になって仕方ないってところだろ」

「あ、わかる? そうなんだよな、あれだけスゲぇことが出来るんだから、本来のデッキならもっとスゲぇに違いないぜ! 次はそのデッキとデュエルしたいよなぁ」

 

 若干興奮気味に、しかししみじみと話す十代に、隣の翔ががくっと肩を落とした。

 

「もう、兄貴。そこは普通、馬鹿にされたことに怒るところっすよ」

「まぁ、そうしないところが十代らしいじゃないか」

 

 不満げな翔を、三沢が苦笑して宥める。

 まぁ、三沢の言う通りだ。こういう奴だからこそ、これだけ皆が慕って集まってくるのだろう。裏がない真っ直ぐな性格は、間違いなく十代の長所だ。

 

「しかし、エド・フェニックスか。これまたクセの強い奴が入ってきたもんだな」

「ああ。けど、ライバルが増えるのは大歓迎だぜ!」

 

 俺の言葉に、十代が好戦的な笑みを浮かべて言う。

 だが、それには同意である。強い相手が身近に増えるというのは、デュエリストとしては歓迎すべき事柄だ。うんうんと頷きを返していると、隣にいたレイがこっそりとマナの下へと移動していた。

 そして「遠也さんと十代さんって……」と煮え切らない問いを発し、マナが「うん、二人ともかなりのデュエル馬鹿かな。いい意味でね」と答えていた。

 いい意味での馬鹿ってなんだ。マナには後で話をしなければなるまい。

 

「ふん、エド・フェニックスなどおそるるに足らん! 貴様らを倒すのはこの万丈目サンダーだということを忘れるな!」

 

 その時、耐えかねたとばかりに突然ぐっと拳を握りこみ、胸を張って宣言する万丈目。

 その自信に満ちた姿に、十代と俺は当然とばかりに口の端を上げて笑う。

 

「それはこっちの台詞だぜ万丈目! そうだな、エドの前にお前がいるぜ!」

「カイザーがいなくなった以上、この学園で一番のライバルは十代とお前だからな。そう簡単には倒させてやらないぞ」

「ふん! この俺を舐めるなよ、十代、遠也!」

『兄貴、カッコいい~ん』

 

 万丈目の肩でおジャマ・イエローが煽っている。

 堂々とライバル宣言を行った万丈目の姿は、確かにカッコいいものだった。だからこそ、俺たちもそれに応えなければなるまい。万丈目のライバルとして、全力でこいつの前に立ち塞がってやる。

 それでこそ、ライバルというものだろう。

 

「よっしゃあ、燃えてきたぜ! 万丈目、早速デュエルだ! 白黒はっきりつけようぜ!」

「望むところだ、十代! 吠え面をかく準備をするがいい!」

 

 二人はそんなことを最後に言い合うと、ドタドタと自室にデュエルディスクを取りに行った。流れ的に俺も参加したかったが……いかんせんブルー寮は遠く、俺のディスクを取りに行く時間がない。

 三人同時のデュエルとなると色々と複雑化するし……今回は観戦側に回るとしますかね。

 そんな風に俺だけその場に留まっていると、三沢が怪訝な顔をして近づいてきた。

 

「遠也。お前はデュエルしないのか?」

「ディスクはブルー寮に置きっぱなしだし、三人だとルールとか面倒になるだろ。今回は大人しく見ているさ」

 

 そう言うと、三沢は納得したように頷いた。

 

「なるほど。だが、遠也。お前と十代をライバルと思っているのは俺も同じだ。あの二人にばかり目を向けて、足をすくわれても知らないぞ」

 

 冷静な三沢にしては珍しく挑発するようなその言葉に、俺は少々驚きつつも小さく笑う。

 

「返り討ちにしてやるさ」

「僕も忘れてもらっちゃ困るっす、遠也くん!」

「おうとも。なら、あとでデュエルするか」

 

 そんな俺の言葉に、三沢と翔はにっと笑って「望むところだ」と返してくる。十代、万丈目、三沢、翔。全員同学年であり、だからこそ互いを意識し合っている俺たちは、まさに好敵手と呼ぶにふさわしい間柄だ。

 こうして友人と思う存分デュエルできるというところが、アカデミアのいいところである。本土での生活もよかったが、やはり友人とこういうやり取りをすると、帰ってきたんだなぁと実感する。

 すっかりアカデミアでの生活が骨身に染みついていることに苦笑しつつ、俺は二人とのデュエルに思いを馳せる。とはいえ、まずはディスクを持って戻ってきた二人に注目か。

 互いにそれを左腕に装着し、構えあう姿。果たしてどんなデュエルになるのか、心を躍らせつつ俺はそんな二人を見据えるのだった。

 

 

 

 

 そして、そんな遠也たちを少し離れて見ているのは、レイ、マナ、明日香、吹雪の四人である。

 

「えっと……熱いんだね皆」

「デュエルが好きなだけじゃなくて、対抗意識もあるんだろうねー」

「男同士だからってことかしら?」

 

 明日香の言葉に、マナがそうそうと頷く。

 それを受けて、レイが再び口を開いた。

 

「はー、男の友情ってやつですかぁ」

 

 なんかいいなぁ、そういうの。更にそう続けられるが、マナと明日香は曖昧に笑うだけで同意はしなかった。

 そしてそれらを受けて、吹雪がうんうんと頷いて満足げに笑った。

 

「青春、青春だねぇ。恋のみならず友情もまた青春の醍醐味だよ」

「兄さんだって、たまには青春を満喫したら?」

「僕はいいんだよ。それより妹の恋愛の行く末がどうなるのかの方が気になるからね。ところで明日香、本命は遠也くんと十代くんのどっちなんだい?」

「ええ!? 明日香さん、それってどういうことですか!?」

 

 吹雪の言葉に盛大に驚きの声を上げたレイ。そんな二人に、明日香は焦ったように言葉を返す。

 

「ど、どっちでもないわよ! 兄さんも適当なことを言わないで!」

「ふむ……顔が赤いよ、明日香」

「兄さんッ!!」

 

 怒りの形相になった明日香が吹雪に近づき、さすがにまずいと判断したのか吹雪はすぐさま走り出して逃亡を図る。

 無論それを明日香が許すはずもなく、逃げ出した吹雪を追いかけて明日香もまた駆け出して行った。

 そんな二人を見送り、急展開に呆然としていたレイは、困惑した様子で隣に立つマナに話しかける。

 

「その……いつもこんな感じなの?」

「うん、まあね。でも、楽しそうでいいでしょ?」

 

 騒がしくも、しかし笑顔になれる、そんなバカ騒ぎ。

 確かに、この輪の中に入っていくとすれば、退屈することだけはなさそうだ。

 そんなことを思い、レイは困惑していた表情を徐々に笑顔へと変じさせる。

 そして、それを見るマナも笑みを浮かべてレイの手を取った。

 

「それじゃ、私たちも二人のデュエルを見に行こうか」

「あ、うん!」

 

 レイはその言葉に頷き、二人は遠也の下へと向かう。二人とも表情は笑顔であり、それはこの新学期の開始を彩るにはふさわしいものと言えた。

 新しい仲間、新しい未来。そこに何があるのかはわからないが、それでもこうして笑い合う仲間がいれば、きっと何があっても乗り越えられる。

 去年に巻き込まれた数々の騒動を思い起こしながら、今年も色々ありそうだと考えるマナは苦笑い。

 けれど、それも遠也と一緒に、そして皆と一緒にいれば大丈夫だと思える。

 レイの手を引きながら、マナは遠也の隣へと合流する。「お、二人とも見に来たのか」と軽く返してくるその声に、心地よいものを感じながら、マナはその腕に自らの腕をからめた。

 そのことに対して、今更遠也も何も言わない。そのまま、マナは遠也の視線の先へと目を移した。

 そこにいるのは、向かい合う十代と万丈目。互いに浮かべた不敵な笑みには、隠しきれない喜びもまた見え隠れしている。

 アカデミアの新学期。それが始まったことを実感しながら、マナは二人が楽しそうに向かい合う姿を見る。そして、自分の隣には遠也がいて、レイもいる。更に、三沢や翔といった仲間たちも。

 こういう楽しい生活が送れますように、とマナは心の中で祈りつつ、遠也の腕をぎゅっと抱く。

 それに対して、微かに遠也が身を寄せてくることに喜びを感じる。

 そして、「デュエル!」という掛け声が辺りに響き渡ったのだった。

 

 

 

 



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第33話 恐竜

 

 新学期が始まり、俺達は問題なく二年生になった。

 後輩が出来る、という状況にも徐々に慣れ、これまでは自分第一だったいけ好かない奴が途端に世話好きな一面を披露したりするのもこの時期である。

 主に部活に所属しているくせに一匹狼を気取る奴に多く見られる傾向だ。そんな時には決まって周囲は生温かい視線を送ることになっている。

 尤も部活をしておらず、一匹狼を気取っていない俺には何の関係もない話だ。今そんなエピソードを語ってみたのは、単に昨日ブルーの寮内でそんな生徒がいたと話題になったからに過ぎない。

 そんなわけで、俺は特に後輩を可愛がるということもなくいつもの日々を過ごしている。

 ……と思ったが、そういえば可愛がっている後輩、俺にもいたわ。レイだけど。

 まぁ、あいつは中等部なので授業時間に会うことはないし、こうして選択講義の合間に会うなんてことはありえない。そこが義務教育である中等部との違いよ。

 そんなわけで、俺はマナと二人でレッド寮に向かっている。そういえば、一年生の頃のセブンスターズ戦以来、俺たちは何かあればレッド寮に集まるのが暗黙の了解みたいになっているな。

 そこから転じて、何もなくても「とりあえずレッド寮に行くか」みたいな軽さでたびたび訪れる。明日香でさえそうなのだから、すっかりレッド寮は俺たちのたまり場になっていた。

 恐らくはいつも中心となる十代、更に翔と万丈目も所属しているなど、仲間内にレッドのメンバーが多いからだろう。三沢がいなければアウトなイエローなどとは違い、レッドには一人いなくても誰かがいるだろうという安心感があるのだった。

 そんなわけでレッド寮にたどり着き、俺は階段を使って二階に上がる。そして十代の部屋の前まで来ると、勝手知ったる何とやらでそのままドアを開けた。

 

「よっす、十代、翔。いるか?」

「ん? アンタ誰ザウルス」

「失礼しました」

 

 バタン。

 扉を閉め、ドアの脇にかかった表札を確認する。そこには間違いなく『遊城十代・丸藤翔』の文字。

 ……おかしいな。いま十代の部屋の中に筋骨隆々で浅黒い肌にドレッドヘアーのイエロー生がいた気がするんだが……。疲れてるのかな。

 そんな奇抜な風体をした男と十代が知り合いだなんて聞いたことがない。

 

「どうしたの、遠也?」

「いや……なんでもない」

 

 まぁ、いい。いや、よくないけど。

 とりあえず真相を確かめるにはこの扉を今一度開けなければならないようだ。

 俺は意を決して再びドアノブを掴んで一気に回した。

 

「………………」

「またザウルス? いったい何の用なんだドン」

 

 そして部屋の中を確認するも、そこにはやはりマッチョなイエロー生がいるだけだった。呆れ気味のその顔から発せられたその言葉は、俺の方こそ聞きたいものだ。

 

「いや……十代たちに用があったんだけど。おたく、誰?」

 

 恐る恐る聞くと、ソイツはふふんと大仰に胸を張った。盛り上がった胸筋が実に男らしい。横から顔だけ出したマナも「うわ、凄い筋肉」と感心している。

 そんな俺たちをよそに、ソイツは誇らしげに語り始めた。

 

「よくぞ聞いてくれたドン! 俺こそは十代の兄貴の真の弟分、ティラノ剣山だドン!」

 

 親指を立てて自身を指さしたソイツ……本人いわく剣山は、言ってやったとばかりにドヤ顔である。

 しかし、十代の弟分? それって翔のポジションじゃなかったっけ? って、そういえばそんな奴もいた気がするなぁ。

 俺がそんな風に思っていると、剣山は表情を訝しげなものに変えて俺に問いかけてくる。

 

「で、そっちは誰なんだドン。俺はきっちり名乗ったんだから、そっちも名乗るのが礼儀ってもんザウルス」

「ああ、まぁ、それはそうか。俺は皆本遠也。見ての通りオベリスクブルーの生徒で、十代の友達」

 

 で、こっちは同じく十代とは友達のマナ。

 そう言って後ろにいたマナを示すと、マナはよろしくとばかりに小さく頭を下げた。

 だが、そんなマナのことは剣山には見えていなかったようで。俺の名前を聞いたソイツは、ただひたすら驚愕に目を見開いていた。

 

 

「なに! それじゃアンタが、この学園最強と噂されるエンペラー遠也ザウルス!?」

 

「…………………………はい?」

 

「そうとわかればデュエルだドン! 最強は十代の兄貴ただお一人! 弟分であるこの俺が、それを証明してみせるドン!」

「待て待て待て! 十代の弟分とか色々聞きたいことはあるが、それより今ものすごく気になる言葉を聞いたぞ、おい!?」

 

 エンペラーってなんだそれ!? 初耳だぞ、そんな恥ずかしい呼ばれ方!

 後ろで笑いをこらえているマナが実にムカつくが、それよりも何よりもまずなんでそんな呼ばれ方をされたのかを問い質さなければ気が済まない。

 俺の鬼気迫る様に剣山は驚いたようだが、しかし素直に教えてくれた。

 

「噂に詳しい子分が教えてくれたザウルス。高等部には、帝王(カイザー)亮に勝ち、(キング)吹雪にも勝るデュエリストがいる。それが皆本遠也、皇帝(エンペラー)遠也だという話が、中等部にあるらしいドン」

 

 なんだそれ!

 

 くそ、これだから中学生は……! すぐに二つ名とか何だかをつけやがってからに。っていうか、吹雪さんはキングなんて呼ばれ方されてたのか。そっちも初めて知ったぞ。

 

「高等部には、カリスマと呼ばれる遊城十代。エンペラーと呼ばれる皆本遠也。最強の双璧がいると聞いたドン! 十代の兄貴には負けたが、その男気には惚れたザウルス! だから、兄貴の最強を証明するために、弟分の俺がアンタにデュエルを申し込むドン!」

「ぷっ……え、エンペラー……」

「うるさいぞ、マナ!」

 

 ついにこらえきれずに噴き出したマナに俺が怒鳴る。

 しかしマナはどうにも収まらないのか、口元を抑えてプルプル震えている。

 この野郎……今度絶対に仕返ししてやるからな。どこでとかいつにとは言わないけど。

 だが、今はそれよりも何よりも。そのくそ恥ずかしい二つ名をどうにかしなければなるまい。俺は剣山に真正面から向かい合い、びしっと指を突きつけた。

 

「いいだろう、そのデュエル受けた! だが、その申し出を受けるにあたって条件がある!」

「条件……? いったい何ザウルス!」

「俺が勝ったら、お前はどうにかしてそのエンペラーとかいう二つ名を消滅させろ! もちろん俺も手伝うが、どうにかして確実に抹消するんだ!」

 

 俺が提示したその条件に、剣山は怪訝な顔になる。

 

「なぜだドン? エンペラーなんてカッコいいザウルス!」

「知るかぁああ! とにかく俺の感性には合わないんだ! それが飲まれないなら、このデュエルは辞退させてもらう!」

「そ、それは困るドン! わかった、その条件を受けるザウルス!」

 

 こうして俺と剣山はデュエルすることになり、さすがに室内で行うわけにはいかないので俺たちは十代の部屋から表に出た。

 レッド寮から少し距離を開けて、俺たちは対峙する。観客はマナ一人だけ。さすがにデュエルともなれば真面目に見てくれるのか、さっきまでの笑い交じりの態度ではなくなっている。

 俺と剣山は互いにデュエルディスクを展開。そして、デッキから5枚のカードを手札として引き抜いた。

 

「いくドン、エンペラー! 俺の恐竜さんの力を思い知るザウルス!」

「エンペラー言うな! ああもう、とりあえずさっさと始めるぞ!」

 

 また笑いがぶり返して口を押さえている相棒の姿を視界に収めつつ、俺は剣山に叫ぶ。

 そして同時に開始の宣言をした。

 

「「デュエル!」」

 

皆本遠也 LP:4000

ティラノ剣山 LP:4000

 

「先攻は俺だドン! ドロー!」

 

 さて、デュエル前にこぼした言葉から、剣山のデッキは恐竜族とみて間違いないだろう。

 ……まぁ、ドンとかザウルスという独特すぎる語尾である程度想像は出来ていたけど。

 

「俺は手札から魔法カード《化石調査》を発ドン! これによりデッキからレベル6以下の恐竜族モンスターを手札に加えるザウルス! 《暗黒ダークドリケラトプス》を手札に加えるドン!」

 

 びしっとデッキからカードを1枚抜き取り、俺に見せる剣山。

 ……発ドンには突っ込まないからな俺は。

 

「そして《俊足のギラザウルス》を召喚! このモンスターはその召喚を特殊召喚扱いに出来るドン! 俺はこの召喚を特殊召喚とし、ギラザウルスをリリース! 手札から《暗黒ドリケラトプス》を召喚ザウルス!」

 

《暗黒ドリケラトプス》 ATK/2400 DEF/1500

 

 大きな嘴を持ち、首回りに鳥のような羽毛を生やした恐竜が剣山の場に現れる。全体像を見ればトリケラトプスなのだが、顔付近が鳥のような姿をしており、特徴的なモンスターである。

 しかし、ギラザウルスからの速攻か。更に言えば暗黒ドリケラトプスは貫通効果を持つ。パワーとスピードが合わさった定番ながらいいコンボだ。これは甘く見ていたらまずいか?

 

「更にカードを1枚伏せてターンエンドだドン! さぁ、先輩のターンザウルス!」

「おう! 俺のターン!」

 

 手札は悪くない。

 ここはこちらも速攻で行かせてもらおうか。

 

「俺は手札の《スポーア》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! 更に《ドッペル・ウォリアー》を召喚し、魔法カード《ワン・フォー・ワン》を発動! 手札のもう1枚の《クイック・シンクロン》を墓地に送り、デッキからレベル1の《チューニング・サポーター》を特殊召喚する!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《ドッペル・ウォリアー》 ATK/800 DEF/800

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

「い、一気に3体も!? け、けど攻撃力は全然及ばないドン!」

 

 動揺しつつも俺のモンスターのステータスを見てそう言う剣山だが……チューナーが存在している状況で、その認識は誤りだ。

 ステータス至上主義も、シンクロ自体が浸透していない現状、そこまで薄れているわけでもないってことか。

 まぁ、それはいいや。ともかく、今はターンを進める。

 

「レベル2ドッペル・ウォリアーとレベル1チューニング・サポーターに、レベル5クイック・シンクロンをチューニング!」

 

 お馴染みのエフェクトによって、飛び立ったそれぞれが光の輪と輝く星となってその姿を重ね合わせていく。

 

「集いし闘志が、怒号の魔神を呼び覚ます。光差す道となれ! シンクロ召喚! 粉砕せよ、《ジャンク・デストロイヤー》!」

 

《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600 DEF/2500

 

 まずは鋼鉄の巨人ことジャンク・デストロイヤー。

 攻守のバランスに優れ、またその効果が非常に強力なモンスターだ。

 もちろん、俺はその効果をいかんなく発揮させる。

 

「ジャンク・デストロイヤーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、シンクロ素材としたチューナー以外のモンスターの数まで場のカードを破壊できる! その数は2体! よって俺はお前の場の《暗黒ドリケラトプス》と伏せカードを破壊する! 《タイダル・エナジー》!」

 

 ジャンク・デストロイヤーの胸部装甲が開き、そこから溢れるエネルギーの奔流が、剣山の場の全てのカードを押し流す。

 一気に場をゼロに戻された剣山が、呻き声を上げた。

 

「くっ……俺の恐竜さんが! なんてことをするドン!」

「そういう効果なんだから仕方ないだろ。俺はチューニング・サポーターの効果で1枚ドロー。更にシンクロ素材となったドッペル・ウォリアーの効果により、場にドッペル・トークン2体を特殊召喚する!」

 

《ドッペル・トークン1》 ATK/400 DEF/400

《ドッペル・トークン2》 ATK/400 DEF/400

 

 本来ドッペル・トークンは即座にシンクロ素材とするのが最良なのだが、手札にこの状況で召喚できるチューナーはいない。

 手札も2枚しかないし、これ以上の展開は諦めてここらで納得しておくとしよう。

 

「いくぞ剣山! バトル! ジャンク・デストロイヤーで直接攻撃! 《デストロイ・ナックル》!」

 

 ジャンク・デストロイヤーが、その巨体から鋼鉄の拳を振り下ろし、剣山を上から殴りつける。ソリッドビジョンとはいえ、かなりの迫力である。

 

「ぐぁあッ!」

 

剣山 LP:4000→1400

 

「更にドッペル・トークン2体の追撃!」

「くっ……!」

 

剣山 LP:1400→600

 

 合計3400もの大ダメージを受け、思わず剣山は膝をつく。

 しかも開始僅か2ターン目、俺のターンに限定すれば最初のターンの出来事である。このデッキにとっては比較的よく発生する状況だが……本来はここで更にシンクロをする。今回は上手くチューナーが来なかったけど。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンド」

 

 ともあれ、ライフアドバンテージも稼げたことだしと俺がエンド宣言するのと同時。

 剣山は膝をついた状態から、立ち上がる。そして、犬歯が覗くほどに口角を上げた。

 

「へ、へへ……先輩も強いザウルス! さすがは十代の兄貴と並び称されるだけのことはあるドン! けど、俺もこのまま負けるわけにはいかないザウルス! ドロー!」

 

 カードを引いた剣山は、にやりと笑った。

 

「俺はもう1枚のギラザウルスを特殊召喚扱いで召喚! この時先輩は墓地のモンスター1体を特殊召喚できるドン」

 

《俊足のギラザウルス》 ATK/1400 DEF/400

 

「なら俺は《スポーア》を墓地から守備表示で特殊召喚する」

 

《スポーア》 ATK/400 DEF/800

 

 さすがに特殊召喚扱いに出来るという便利効果で、かつレベル3の攻撃力1400とくれば、それぐらいのデメリットは持ち合わせているか。

 考察している俺だったが、その余裕はすぐに崩れ去る。

 剣山は更に手札のカードに手をかけた。

 

「いくドン、先輩! 俺は場の恐竜族モンスター、ギラザウルス1体をリリースして《大進化薬》を発ドン! このカードは相手ターンで3ターンの間フィールドに残り、そしてこのカードがフィールド上に存在する限り、俺はレベル5以上の恐竜族モンスターをリリースなしで召喚できるドン!」

 

 恐竜族のサポートカードか。

 ディノインフィニティを除き最上級モンスターこそが肝な恐竜族にとっては、1体のリリースを発動に要するとはいえ、それをしても大きなリターンを見込める強力なカードだ。

 

「俺は手札からレベル8の《究極恐獣(アルティメットティラノ)》を召喚ザウルス!」

 

 鎧のように固く黒い外骨格。それは先が尖っており、非常に見るものに攻撃的な印象を与える。

 その巨体もジャンク・デストロイヤーに並ぶほどであり、その鋭い爪と牙、更にはその眼光が、見た目以上の迫力となって視界に飛び込んできた。

 

《究極恐獣》 ATK/3000 DEF/2200

 

「うわ、マジか」

 

 ここで究極恐獣とか。

 デッキに低ステータスモンスターが多く、それらを場に揃えることが多い俺にとって、かなり相性が悪いモンスターの1体だぞ、こいつは。

 慄く俺を前に、剣山は威勢よく声を上げる。

 

「バトルだドン! そして究極恐獣の効果発ドン! 相手フィールド上に存在するモンスター全てに攻撃を行う! まずはジャンク・デストロイヤーに攻撃だドン! 《アブソリュート・バイト》!」

「くっ……!」

 

遠也 LP:4000→3600

 

「続いてドッペル・トークンの1体目!」

「罠発動、《ガード・ブロック》! この戦闘ダメージを無効にし、カードを1枚ドローする!」

 

 これで、ワンターンキルを防ぐことには成功した。

 剣山も思わず悔しそうな顔を見せたが、しかしすぐさま追撃を行ってきた。

 

「まだまだだドン! ドッペル・トークンの2体目に攻撃ザウルス!」

「ぐっ……!」

 

遠也 LP:3600→1000

 

「最後にスポーアを攻撃して破壊し、終了ザウルス! カードを1枚伏せて、ターンエンドン! どうだドン!」

 

 自信たっぷりに胸を張る剣山の姿に妙な微笑ましさを感じつつ、俺は素直な賞賛を送る。

 

「やるな、剣山。まさかここまでやるとは思わなかったよ」

「こう見えて、俺はイエローの1年でナンバーワンの実力者ザウルス! それに、兄貴の弟分としても負けるわけにはいかないドン!」

 

 なるほど、つまり外部からの新入生では1番の実力を持っているわけか。

 わずか1ターンで俺の場をゼロに戻し、かつライフも大幅に削った今の大胆な戦術は、確かにその言葉に信憑性を持たせていた。

 俺が感心していると、俺たちの方に走り寄ってくる姿が目に入った。

 そちらに目を向ければ、そこには十代と翔が驚いた表情で近づいて来ていた。

 遠くから俺と剣山がデュエルしていたのが見えたのだろう。急いで来たのか、十代と翔の息は少し乱れていた。

 

「と、遠也と剣山!? なんでお前らがデュエルしてるんだ!?」

 

 十代が心底驚いたとばかりに声を上げる。

 まぁ、俺は十代に剣山をまだ紹介してもらっていないし、知り合いだとも思っていなかっただろう。そうである以上、俺たちがこうしてデュエルしているのは不思議でたまらないはずだった。

 そんな十代の怪訝な声を受けて、剣山は十代にバッと手の平を突きつけた。

 

「止めてくれるなドン、兄貴! これは兄貴こそがこの学園最強であることを弟分の俺が証明してみせる、大事なデュエルザウルス! たとえ兄貴でも、この俺の心を止めることは出来ないドン!」

「だ・か・ら! 兄貴の弟は僕だけだって言ってるだろ!」

「丸藤先輩は黙っているザウルス!」

「剣山くんこそ!」

 

 言うが早いか、歯を剥き出しにしてぎぎぎ、と唸りあう二人。あそこまで対抗意識を丸出しにした翔は初めて見るな、と若干驚いた。

 そんな二人にやれやれと肩をすくめて、十代は俺に話しかけてくる。

 

「……で、なんでこうなったんだよ?」

「いや、お前の部屋に入ったらコイツがいてさ。で、俺が名乗ったら、こうなった」

「なんだそりゃ」

 

 十代、それは俺の台詞だ。

 まぁ、そのおかげで俺は恐ろしい二つ名の存在を知ることが出来たわけだから、いきなり喧嘩腰でデュエルを吹っ掛けられたことは気にしないことにしている。

 あのまま気づかず、そんな名前で呼ばれていたらと思うと寒気がする。カイザーみたいに慣れるまで放っておけば気にならなくなるんだろうが、そこに至るまでに俺の精神が削られ過ぎるのが目に見えているので却下である。

 あいつは十代が一番強いと証明するため。俺はエンペラーとかいうふざけた二つ名をなくすため。互いに賭けるものは違うが、それでも気持ちは真剣そのものだ。切実に。

 

「まぁ、いっか。この際だ、せっかくだから二人のデュエルを見学させてもらうぜ!」

「ああ、好きにしろよ」

「おう! おい、翔! お前もそんなにいがみ合ってないで、こっちに来てデュエルを見ようぜ! あ、悪いマナ。隣失礼するぜ」

「うん、どうぞどうぞ」

 

 そうして、十代と翔の二人がマナの隣に並び、観客が増えた。

 そして敬愛する兄貴に見られている剣山は、俄然やる気になったようで十代を見て闘志を漲らせていた。

 

「兄貴が見ている前で、無様な姿は見せられないザウルス! 先輩、勝たせてもらうドン!」

 

 勢い込んで言う剣山に、俺は苦笑する。相変わらず、十代の周りには面白い奴が集まるもんだ。剣山の、この一本気な調子も嫌いじゃない。

 だが。

 

「どうかな。俺だって伊達で2年生やってるわけじゃないんだぜ」

 

 俺だってそう簡単に負けるわけにはいかない。俺がこのデュエルを受けた理由は剣山のように誰かのためというわけではないが……。それは置いておいても、単純に先輩として、やっぱり後輩にカッコ悪い所は見せたくないじゃないか。

 だから、ここは俺としても引けない。勝たなきゃ、格好がつかないからな。

 

「俺のターン!」

 

 カードを引き、手札に加える。そして、その中から1枚を手に取った。

 

「相手の場にモンスターが存在し、俺の場にモンスターがいないため、手札から《TG(テック・ジーナス) ストライカー》を特殊召喚! 更に《カードガンナー》を召喚し、効果により3枚をデッキから墓地に送って、エンドフェイズまで攻撃力を1500ポイントアップ!」

 

《TG ストライカー》 ATK/800 DEF/0

《カードガンナー》 ATK/400→1900 DEF/400

 

 落ちたカードは……《ダーク・アームド・ドラゴン》と《レベル・スティーラー》と……ふむ。とりあえず、最後の2枚は実にいいカードが落ちてくれた。

 

「レベル3カードガンナーにレベル2のTG ストライカーをチューニング! 集いし狂気が、正義の名の下動き出す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 殲滅せよ、《A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス) カタストル》!」

 

《A・O・J カタストル》 ATK/2200 DEF/1200

 

 そして現れる白銀の殲滅機動兵器。

 金色に輝く爪を大地に突き立て、青いレンズの一つ目が剣山の場を睥睨する。

 

「更に《貪欲な壺》を発動! 墓地の《クイック・シンクロン》《ドッペル・ウォリアー》《TG ストライカー》《カードガンナー》《ダーク・アームド・ドラゴン》をデッキに戻し、2枚ドロー!」

 

 引いたカードも……悪くない。

 よし。

 

「バトルだ! カタストルで究極恐獣に攻撃!」

「なっ、攻撃力は究極恐獣のほうがずっと上ザウルス! 自滅するつもりかドン!?」

 

 ところがどっこい、そうはならないんだなこれが。

 

「A・O・J カタストルの効果発動! このカードが闇属性以外のモンスターと戦闘する時、ダメージ計算を行わずにそのモンスターを破壊する! 《デス・オブ・ジャスティス》!」

「な……なんだドン、そのインチキ効果は!?」

 

 叫ぶ剣山をよそに、カタストルの青いレンズから放たれた一条の光線が究極恐獣の身を貫く。それは見事に急所に突き刺さったのか、究極恐獣はその巨体を倒れさせ、そのまま破壊された。

 究極恐獣は地属性。というか、ジュラック登場以前の恐竜族は大体そうだ。というわけで、カタスさんに美味しくいただかれてしまうわけである。

 

「……出たな、遠也のトラウマモンスターその1」

「……あのモンスターには嫌な思い出しかないっす」

 

 十代と翔がひそひそと言い合う。聞こえてるからな、そこ。

 

「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

「俺のターンザウルス、ドロー!」

 

 カードを引いた剣山は、キッとこちらを睨みつける。

 

「恐竜さんは不死身だドン! 伏せていた《リビングデッドの呼び声》を発ドン! 墓地から《究極恐獣》を特殊召喚するザウルス!」

 

《究極恐獣》 ATK/3000 DEF/2200

 

 再び場に戻る恐竜族屈指のパワーモンスター。

 このままではカタストルに倒されるだけだが、わざわざ蘇生した以上、そこは手を用意してあると見ていいだろうな。

 

「更に《強欲な壺》を発動して2枚ドロー! そして魔法カード《テールスイング》を発ドン!」

 

 剣山が発動したテールスイングのカードが場に現れ、それはやがて光となって究極恐獣の尻尾に吸収されていく。

 

「テールスイングは、俺の場に存在するレベル5以上の恐竜族モンスター1体を選択し、そのレベル以下のレベルを持つフィールドのモンスターを合計2体まで選択して手札に戻せるザウルス! 俺は1体を選択し、その対象は当然先輩の場のカタストルだドン!」

 

 剣山の宣言を受け、蘇った究極恐獣が尻尾をぶるんぶるん振り回しながら接近してくる。そしてカタストルの前まで来ると身体を一回転させ、回し蹴りの要領で尻尾をカタストルに叩きつけた。

 それにより、場のカタストルは消滅。俺のエクストラデッキに戻ることとなった。

 基本的にシンクロモンスターはバウンスに弱い。なぜなら、その召喚方法故にバウンスされると大きなアドバンテージの損失に繋がるからだ。実に厄介なカードを持ってきてくれたものである。

 結果、俺の場は空っぽ。攻撃力3000のモンスターを前にしてそれとは厄介である。

 

「これで終わりだドン、先輩! 究極恐獣で直接攻撃! 《アルティメット・バイト》!」

 

 だが、伏せてあったのがリビデだったなら大きな問題ではない。俺は慌てず騒がず、手札にある1枚のカードに指をかけた。

 

「手札から《速攻のかかし》を捨て、効果発動!」

「なに!?」

「相手の直接攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる!」

 

 場に一瞬だけ現れたかかしが、究極恐獣の噛みつきを受け止めた後、墓地へと消えていく。

 究極恐獣を前にして焦らずにいられたのは、手札にかかしがいたからこそである。相変わらず、ここぞというところで助けてくれるかかしさんには頭が上がらない。

 俺は胸を撫で下ろすが、しかしここで決められなかった剣山は悔しそうに歯ぎしりをしていた。

 

「ぐぐぐ……カードを1枚伏せて、ターンエンドン!」

「俺のターン、ドロー!」

 

 ……よし。手札に何が来るかが勝負だったが、どうやら賭けには勝ったようだ。

 レベル1のチューナーはそれなりに入っているから引く確率は低くはないが、それでもここで引けるかは賭けだったからなぁ。

 そしてそのギャンブルに勝った以上、あとはゴールまで一直線だ。

 

「相手の場にモンスターがいて、俺の場にモンスターがいないため、手札から《アンノウン・シンクロン》を特殊召喚! 更にリバースカードオープン! 《リビングデッドの呼び声》! 効果により墓地から《ジャンク・デストロイヤー》を特殊召喚する!」

 

《アンノウン・シンクロン》 ATK/0 DEF/0

《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600 DEF/2500

 

「更に墓地の《レベル・スティーラー》の効果、ジャンク・デストロイヤーのレベルを1つ下げ、墓地から特殊召喚する!」

 

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

 

 さぁ、準備は整った。

 これから呼び出すモンスターが、このデュエルを制するモンスターだ。

 

「レベル7となったジャンク・デストロイヤーに、レベル1のアンノウン・シンクロンをチューニング! 集いし意念が、瓦礫の骸に命を宿す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 猛れ、《スクラップ・ドラゴン》!」

 

《スクラップ・ドラゴン》 ATK/2800 DEF/2000

 

 廃材と鉄屑によって形作られた、命無き身体に宿った竜の魂。

 その金切り声に近い咆哮がフィールドに轟き、スクラップ・ドラゴンは俺のフィールド上にて滞空する。

 

「攻撃力2800? おどかすなドン、それじゃあ究極恐獣には敵わないザウルス!」

 

 ほっと息をつく剣山。それには取り合わず、ひとまず俺はスクラップ・ドラゴンの効果を使用する。

 

「スクラップ・ドラゴンの効果発動! 1ターンに1度、自分と相手の場に存在するカードを1枚ずつ選択し、そのカードを破壊する! 俺の場に残っているリビングデッドの呼び声とお前の伏せカードを選択し、破壊だ! いけ、《デュアル・ディストラクション》!」

 

 スクラップ・ドラゴンがカパッと口を開け、そこから紫電を纏ったエネルギーを解放する。

 そしてそれは空中で二筋の電光に分かれ、俺の場に残るリビングデッドの呼び声と剣山の場の伏せカードを狙い打って問題なく破壊した。

 

「ぐぅッ、《琥珀の落とし穴》が……!」

 

 琥珀の落とし穴……初めて聞くカードだ。効果を確かめてみると、「相手モンスターの攻撃時に発動可能。攻撃モンスター1体の攻撃を無効にし、守備表示にする。このカードがフィールド上に存在する限り、対象となったモンスター1体は表示形式を変更できない」となっていた。

 なるほどね。ミラフォなんかを警戒しての破壊だったが、そんなカードだったなら破壊して正解だったと言えるだろう。

 加えて、これで相手の場には究極恐獣しかいなくなったのだから。

 

「けど……伏せカードがなくなっても、怖くはないドン! 究極恐獣の攻撃力は3000! 次のターンで決めてやるザウルス!」

「いいや、このターンで終わりだ」

「どういうことザウルス!?」

 

 俺の勝利宣言とも取れる言葉に、剣山が目を見開く。

 また、そんな剣山とは対照的に十代と翔は俺の方をワクワクした様子で見ていた。

 十代は俺がどんな手を使うのか。翔は、剣山がやられるところが見たい。といったところかね。

 ま、ここはその期待に応えてみせるとしましょうか。俺はデュエルディスクを操作し、カードガンナーの効果で墓地に送られている、あるカードを選択した。

 

「こういうことだ、剣山! ――俺は墓地の罠カード《スキル・サクセサー》の効果発動!」

「なっ、墓地から(トラップ)!?」

「墓地から罠だって!?」

「ええ!? 墓地から罠!?」

 

 ぎょっとする三人。お前ら、墓地から罠に反応しすぎだから。

 確かに、墓地から効果を発動する罠カードの数は少ないけどさ。

 まぁいいや。

 

「墓地のこのカードをゲームから除外することで、自分フィールド上に存在するモンスター1体の攻撃力はエンドフェイズまで800ポイントアップする!」

 

《スクラップ・ドラゴン》 ATK/2800→3600

 

 これで究極恐獣の攻撃力を上回った。そして、究極恐獣の攻撃力は3000。剣山の残りライフは600ポイント。

 2体の攻撃力の差分は、ちょうど剣山の残りライフと同じ値となる。

 俺は、剣山の場の究極恐獣を指さした。

 

「いけ、スクラップ・ドラゴン! 究極恐獣に攻撃! 《オーバーライド・バースト》!」

 

 スクラップ・ドラゴンの口腔に電気を纏ったエネルギーが充満する。

 先程はフィールドのカードを破壊するために二筋に分かれたそれが、今度は分かれることなく一筋のビームのようになって究極恐獣を貫き、究極恐獣はやがてその身を爆発させた。

 

「うぁぁあッ!」

 

剣山 LP:600→0

 

 その余波を受け、剣山のライフがついに0を刻む。

 がくりとその膝が地面に着くと同時に、勝敗が決したためソリッドビジョンも解除されて消えていく。

 そしてデュエルの終わりを見届けた十代と翔、マナの三人は揃ってこちらに駆け寄ってきた。

 

「すげーな、遠也! 墓地から発動できる罠カードがあったなんて驚いたぜ!」

「僕も初めて見たっす!」

 

 興奮気味に言う十代と翔に、俺はまぁなと答えてディスクの中からそのカード……《スキル・サクセサー》を出して渡した。

 それを受け取った十代は、翔と共に興味深そうに絵柄やテキストを見ている。その姿を視界の端に収めつつ、俺は膝をつく剣山の傍へと歩み寄った。

 

「勝負は俺の勝ちだな、剣山」

「エンペラー先輩……」

「ぷっ」

 

 噴き出したマナを睨みつける。マナは大人しくなった。

 

「その呼び方はやめてくれ。俺にも名前があるんだから、そっちで呼んでくれよ」

「じゃあ、遠也先輩と呼ぶドン」

「ああ、それでいい」

 

 こうして俺の呼び方が普通のものに固定され、俺はひとまず安堵の息をつく。

 だが、本題はこれからなのだ。俺は改めて剣山に尋ねた。

 

「それで、俺が勝った時の条件。それについても了承とみていいのか?」

「もちろんだドン! このティラノ剣山、デュエルで負けた以上約束はきっちり守るザウルス!」

 

 すっくと立ち上がった剣山は、力強くそう断言する。

 その真っ直ぐな言葉に、嘘偽りがあるとは思えない。俺はその言葉にほっと胸を撫で下ろし、これからどうやってあの名前を抹消するかを思索する。

 と、俺の前に突然ごつい手が差し出された。その手から視線をさかのぼっていけば、そこには案の定剣山の顔がある。

 どうしたのかと思えば、剣山はにかっと笑った。

 

「先輩は十代の兄貴と同じぐらい強いドン! 俺にはもう兄貴がいるから弟分にはなれないザウルス。……けど、ここは十代の兄貴と並ぶ男として敬意を払わせてもらうドン!」

 

 いやに真面目くさった台詞だが、要するに俺のことも先輩として認めてくれたという解釈でいいんだろう。

 そこまで理解した俺は、苦笑いを浮かべてその手を取った。

 

「まぁ、あれだ。よろしくな剣山」

「こっちこそ、よろしく頼むドン!」

 

 握手を交わし、笑い合う。

 デュエルを通じて芽生える友情……まぁ、先輩後輩だけど。それでも、こうして新しい関係が生まれていくんだから、デュエルはやっぱり面白い。

 俺は新たな仲間となる剣山を見ながら、そう実感するのだった。

 

 

 

 

 さて、その直後。

 

「あ、そうそう」

「なんだドン?」

 

 俺が上げた声に、剣山が訝しげな顔をする。

 それに対して、俺はいや……と間を挟んだ後に言葉を続けた。

 

「そういや、マナとはまだ挨拶してなかったよな? 一応さっき紹介はしたけど、見えてなかったみたいだし。改めて、ほらマナ」

 

 俺の後ろにいたマナの手を引き、前に出す。

 マナは素直にぴょこんと俺の横に立ち、剣山と向かい合った。

 

「うん! 初めまして、剣山くん。これから遠也ともどもよろしくね! あ、私のことはマナでいいよ」

 

 明るくにこにこと笑いながらマナが挨拶をするが……しかし剣山の反応がない。

 どうしたのかと思ってその顔を見て、思わず引いた。

 見れば、剣山は浅黒い肌をほんのりピンクに染めていたのだ。

 

「……か、可憐ザウルス」

 

 そしてなんか呟いた。

 と思いきや、いきなり剣山は何を思ったのかマナの前に立ち、片膝をついてマナを見上げる。

 その目は真剣そのものであり、ついでに言えばやっぱり頬もほんのりピンクに染まっていた。

 

「ま、マナさん! お、俺とお付き合いしてほしいドン!」

「はぇ?」

 

 い、言ったァァ――ッ!?

 

 その様子からしてそうなんじゃないかとは思ったけど、まさか初対面でいきなり告白するだと!?

 お、おそるべしティラノ剣山。ヘタレの気がある俺には到底真似のできない芸当だ。やはり恐竜を使う関係上、神経も強靭になっていたりするからだろうか。

 俺が戦慄しつつも感心していると、剣山の突然の告白に驚いていたマナが自失から戻ってくる。

 そして、即座にぺこりと頭を下げた。

 

「えーっと……ごめんなさい!」

 

 ぴし、と剣山が固まった。

 

「が……そ、そんな! 理由を、理由を聞かせてほしいザウルス!」

 

 ひどくショックを受けた顔になって硬直した剣山だったが、どうにか復活して振られた理由をマナに尋ねる。

 それに対して、マナは俺をちらりと見ると、つつつと俺の横に寄ってきて腕を絡めてきた。

 

「その……私、遠也と付き合っているので」

「ガーン、ザウルスーッ!」

 

 俺とマナのツーショットを目に映した剣山は、自分で擬音を叫びながら、がっくりを項垂れてその場に両手をついた。

 そして、先程までの快活さが嘘のように暗い空気を纏って何事かを呟いていた。

 俺はそっと耳を寄せてみる。

 

「ふ、ふふ……さすがは十代の兄貴に並ぶ男ドン……。デュエルでも、恋でも、遠也先輩はずっとデカい男だったザウルス……」

 

 ……いまいち要領を得ない内容だったが、落ち込んでいるのは分かった。だが、当人たる俺が言葉をかけるわけにもいかないので、何も言えない。

 マナもさすがに気まずいのか、居心地が悪そうだ。

 さてどうしたものか。そう考えていると、両手両膝をついて俯いていた剣山が、がばっと顔を上げて一気に立ち上がった。

 その急な動きに驚きつつ剣山の顔を見れば、そこにはきりっと凛々しい顔をした男の顔がある。瞳は少し濡れていたが。

 

「遠也先輩は、敬意に値する男ドン! そんな先輩のお相手なら、諦めきれるザウルス! ――遠也先輩!」

「お、おう」

 

 いきなり呼び掛けられ、思わず狼狽する俺。

 しかし、それに構わず剣山は俺を見つめ……ぶわっと涙をこぼした。

 

「マナさんと、お幸せにザウルス……!」

 

 がっしりと俺の手を掴み、そう懇願するように涙声で話す。

 それに対して困惑しつつも、俺はとりあえず俺が言うべき言葉を剣山に返すのだった。

 

「ま、任せとけ!」

 

 それは些かどもり気味であったが、まあそこは許してほしいと思う所存だったりした。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 その数日後。

 剣山と共にどうにか草の根的にあの恥ずかしい二つ名を否定して回っていた、ある日。

 ふと中等部に近づくと、レイが俺を見つけて寄ってきた。

 

「あ、遠也さん!」

「お、レイか」

 

 笑顔で俺に懐いてきてくれる妹分に、自然と俺の頬も緩む。

 そして、俺の前まで来たレイは、その笑顔のまま口を開いた。

 

「ボク知らなかったよ。遠也さんってアカデミアではエンペラーって呼ばれてるんだね!」

「――ぐはぁッ!」

「あ、あれ? と、遠也さん!?」

 

 いきなり崩れ落ちて膝をついた俺に、レイが慌てたように俺の名前を呼ぶ。

 まさか、レイの耳にも入ってしまったというのか。中等部に所属しているんだから、ありえる事態だった。これは、急がねばなるまい……!

 俯く俺にレイがかけてくる声を聴きながら、俺はそう強く決意するのだった。

 

 

 

 後日。

 どうにかこうにか中等部でも俺のことは普通に名前で呼んでくれるように出来たのだが……連中(中等部男子、主に二年生)はそれに代わる二つ名をつけようとしているという噂を聞いた。

 まったく、ホントに勘弁してもらいたいものだ。

 俺は溜め息をつきつつ、心からそう思うのだった。

 

 

 

 

 



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第34話 エド

 

 一面が白で覆われた一室。

 その中心に据えられた、これも白いテーブルクロスによって彩られた丸テーブル。その前に座り、厳しい表情をした斎王はテーブルの上に置かれたタロットの山札から一枚のカードを引いた。

 そして、それを静かにテーブルへと配置する。

 

「――『審判』の正位置。その意味は、運命による導き。時は今、望む通りに進もうとしているということか」

 

 それはつまり、斎王にとっては都合のいい結果と言える。

 しかし、それでも斎王の顔から憂いは消えない。

 その目線が、テーブルの端に置かれたカードへと注がれる。そこに置かれたカードは、『塔』の正位置。それはつまり、遠也を表すカードだった。

 

「このイレギュラーがどう働くか。恐らく、当初には見られなかった変化も起こるだろう。……だが」

 

 斎王はカードを一纏めにし、シャッフルする。

 そして、山札としてそれらをまとめると、定められた位置へとカードを上から引いて配置していった。

 その後、並べ終えたカードの中から1枚に指をかける。

 

「フフ、根幹にある運命は、変わらない。……変えられない」

 

 斎王の手に取られたカードがテーブルの上で反転され、その絵柄を光に晒す。

 そこにあるのは、正位置の『審判』。

 その結果を斎王は満足そうに笑んで見ていたが、最後に何事かを小さく呟いた時の表情はどこか悲しげでもあった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 そういや俺は今学期、途中からアカデミアにやって来たわけなのだが……その間にも色々と学内では動きがあったらしい。

 たとえば、万丈目は先日ブルー寮昇格を蹴ってレッド寮に残ったし、ブルーにはアイドル育成コースなるものが新設された。

 そして、俺が来て以降の話題としては、クロノス先生とナポレオン教頭がレッド寮を潰そうと画策しているという話に、翔に持ち上がったイエロー昇格の話がある。

 ちなみに、翔はしっかりイエローに昇格した。

 昇格を賭けたブルーの女子生徒とのデュエルは終始危なげないプレイであり、翔の悪い癖である調子に乗るということもなかった。

 翔曰く、「お兄さんのデュエルから何も学ばない、そんな弟じゃ申し訳ないからね」とのこと。ちょっと照れくさそうに言った翔の姿は、一年前とは違ってどこか頼もしくも見えるものだった。

 そして翔はイエロー寮に行ったが……十代の弟分であることは変わりないらしい。今でも普通に泊まりに来るし、というかむしろイエローのほうこそたまに帰る程度である。

 それでいいのかと思わなくもないが……レッド寮に行けば十代と翔がいるという状況に慣れきっている俺からすれば、それでこそらしいとも感じる。だから、まあいいかとも思うのだった。

 

 

 

 

 さて、そんなこともあった俺たちは今レッド寮内を改築した大きな一室に集まっていた。

 十代、翔、万丈目、剣山、明日香、吹雪さん、三沢、レイ、俺、マナ。10人もの人間が余裕を持って一室に収まるなんて、少し前のレッド寮なら考えられなかった快適さである。

 ちなみにこれ、万丈目のおかげである。

 所属がレッドに固定された万丈目は、レッド寮を盛大に改築したのだ。外観は変わらない癖に、二階部分までぶち抜きかつ地下まで少し掘って手を加えられたその部屋は、レッド寮の一室の三、四倍はありそうなほどに広く立派な部屋である。

 ソファにプラズマテレビ、ロフト付きのベッドまで備え付けられたそこは、はっきり言ってブルー寮の部屋よりも豪華だった。というか、これで外観一緒ってもはや詐欺じゃなかろうか。

 そしてこの部屋、万丈目の部屋なのだが住人は明日香である。もちろん、万丈目はわざわざ違う部屋に移った。

 というのも、明日香はブルーに新設されたアイドル育成コースに入れられそうだったから、逃げてきたとのこと。万丈目は惚れた弱みからか、せっかくの部屋を明日香のために差し出したのだ。

 というわけで、俺たちは現在明日香の部屋に集合していることになるのである。

 まぁ、その広さから明日香も自分の部屋というよりは皆の集合場所と認識しているようだが。

 

 

 ……で、今の俺たちが何故集まっているのかというと、カイザーとエドのデュエルが今日だからなのである。

 本当はアカデミアの教室一室を使い、中等部と高等部それぞれで視聴会が開かれているのだが……俺たちはレイも含めて仲間たち全員で見たいということで、こちらに集まっているのだった。

 さて、そんなわけで二人の熱いデュエルがこれからついに始まる……と言いたいが、ぶっちゃけ、そのデュエルは既に先程終了しました。

 

 ――カイザーの負け、という形で。

 

 まさかカイザーが負けるとは誰も思っていなかったのだろう。

 翔は当然として、誰もがその事実に打ちひしがれ、デュエルが始まる前までは明るい空気で満たされていたこの部屋は、今やどんよりと重たいものが沈殿する暗い雰囲気によって覆われていた。

 

 

 ということはなく。

 

 

「あっちゃー! カイザーもついに負けちまったかぁ」

「お兄さんにも勝つなんて、あのエドって奴やっぱりかなりの実力っす」

「カイザーの名は俺でも知ってるドン。それに勝つなんて、ただ者じゃないザウルス」

「そうね。亮に勝つのは、並大抵のことではないわ。それは、これまでの連勝が証明している」

「そうだね。その亮に勝ったんだ、これは十代くんが負けたとしても不思議じゃなかったか」

「ちっ、これであの一年にまた更に箔がついたわけか。この俺を差し置いて」

「ひがむなよ、万丈目。まぁ、俺としても今回のデュエルは参考になった。十代と同じHERO使いということもわかったし、今後の糧にさせてもらうさ」

「カイザーくんは残念だったけどねー」

「うん、まさか亮先輩が負けるとは思わなかったけど……」

「まあな」

 

 以上、十代、翔、剣山、明日香、吹雪さん、万丈目、三沢、マナ、レイ、俺の言葉でした。

 その言葉にはどれもカイザーの負けを惜しむ響きがあるが、しかし落胆したりすることはなかった。

 ……まぁ、剣山とレイを除くみんなは俺がカイザーに勝つところを何度も見てるからな。カイザーが負ける姿も、ある意味見慣れているんだろう。

 ちなみに同じ理由からカイザーもそれほどショックではなかったのか、終わった後にエドに歩み寄って笑顔で握手を求めていた。

 マイクが拾ったその時の会話は以下の通り。

 

『ありがとう、エド。見事にやり込められたのは悔しいが……だからこそ俺に足りない部分がわかる、いいデュエルだった。だが、俺はアカデミア時代から負けた分は必ず取り返す主義でな。次は、俺が勝たせてもらう』

『あ、ああ……』

『おーっと、カイザー亮! たとえ負けても相手への敬意を忘れない! そして次回の勝利宣言まで飛び出したぞぉ! クールに見えてなんて熱い男なんだぁ!』

 

 と、そんなわけで会場はさらに盛り上がってカイザーコール。実に盛況であり、その場に行きたかったほどだった。

 ちなみに、握手を求められたエドはそんなカイザーの態度に何故か戸惑いを隠せないようだったが。

 そういえば、原作では確かカイザーって勝てば官軍みたいな性格に変わっていたはず。その切っ掛けが何時だったのかまでは覚えていないが……このカイザーもいつかそんなふうになるんだろうか?

 もしなるとしたら、どんな大事件だったんだろう、原作のイベントって。うろ覚えの記憶しかなくてその切っ掛けが思い出せないのが悔しいぜ。

 ちなみにその後、エドは勝利者インタビューの中でこう告げた。『真のHERO使いを決めるデュエルを、アカデミアのHERO使いに申し込む』と。

 これは、完全に十代への挑戦状だ。

 それを聞いた俺たちは一斉に十代を見る。そして十代は画面に向けて、お決まりのガッチャのポーズを決めると立ち上がった。

 

「よっしゃあ! 俺の知らないHEROと戦えるなんて最高だぜ! 早く来い、エド! きちんと決着をつけようぜ!」

 

 以前の手を抜かれたデュエルのことを言っているんだろう。納得のいかないデュエルだったことは十代自身も言っていた。

 その決着をようやくつけられる、それも互いにHEROを使って。

 それに心躍らせないようでは十代ではない。更に今、相手はカイザーにも勝ったのだ。そのモチベーションは最高潮に達していると言っても間違いではなかった。

 

「そうと決まれば早速デッキの調整だ! いくぜ、翔、剣山!」

「ま、待ってよ兄貴!」

「丸藤先輩はここにいるザウルス! 俺が兄貴に必要とされているドン!」

「名前を呼ばれたのは僕が先だったでしょうが!」

「うっさいザウルス!」

 

 二人は言い争いながら十代の後を追って行った。相変わらずの二人だな、あの弟分コンビは。

 

「えーっと、十代さんたち行っちゃったけど……どうするの?」

 

 三人が勢いよく飛び出していったのを見送ったレイが、俺に振り返って尋ねてくる。

 どうするったってなぁ……。

 

「とりあえず、カイザーのデュエルも終わったことだし、ここらで解散にするか?」

 

 俺が全員の顔を見回しながら言うと、それに対してそれぞれから答えが返ってくる。

 

「だな。十代たちもいなくなったし、俺もひとまずイエロー寮に戻ることにするよ」

「なら、俺は散歩にでも行くか。どうせ部屋に行っても十代たちがいるだけだしな」

 

 三沢と万丈目がそう口にしてソファから立ち上がる。

 

「うーん、僕は明日香とちょっと話がしたいなぁ。いいかい?」

「いいけど……アイドル育成コースには入らないわよ」

「それもいいけどね。たまには兄妹の絆を深め合おうじゃないか、妹よ!」

「はぁ……」

 

 ばっと両腕を広げて言う吹雪さんに、明日香の返答は溜め息である。これはひどい。

 まぁ、なにはともあれこれでひとまずは解散ということでいいか。

 

「んじゃ、俺は部屋に戻ってデッキでも触ってるかな。マナとレイはどうする?」

「私は当然、遠也に付き合うよ」

「ボクも! あ、それとボクのデッキにアドバイスをもらってもいいかな? こういうカードがいいとか……」

「それぐらいお安い御用だ。ふふ……《死者蘇生》なんてどうだ?」

「あの、そのカードもう入ってる……」

 

 俺の台詞にたらりと汗を流して苦笑するレイだった。

 そんなわけで、この日はこれでお別れと相成った。まぁ、どうせまた明日には同じメンバーで集まるんだろうけどね。雑談しに。

 そんな取り留めもない日常の中、俺たちはのんびりとそれぞれの時間を過ごしていくのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ――翌日の、早朝。

 俺達は全員が早起きをしてアリーナに向かい、その中に備えつけられたデュエルステージへと目を向けていた。

 そこに立っているのは、十代とエド。

 先日に行われたカイザーとのデュエル後に十代に対して挑戦状を叩きつけたエドは、その夜に既にアカデミアにやって来たらしい。そして、その場で十代に翌日の早朝にデュエルを行う旨を告げたようだった。

 観客は十代と親しい人間、そしてクロノス先生とナポレオン教頭のみ。そんな実に物寂しいアリーナの中で、二人は向かい合っていた。

 

「きゃー! エド様ー!」

「本当に素敵ですわー!」

 

 そんな静謐な空気を読まず、エド側の席で歓声を飛ばすジュンコとももえ。

 か、完璧に裏切ってやがる。まぁ、必ずしも十代の応援をしなければいけないわけじゃないけどさ。

 ともあれ、俺、マナ、レイ、明日香、吹雪さん、万丈目、三沢、翔、剣山といった面々は十代の側の席から静かにそんな二人を見ていた。

 

『それではこれより、遊城十代とエド・フェニックスのデュエルを行うのでアール』

 

 マイク越しにナポレオン教頭の開始の宣言が行われる。

 それを受けて、ステージ上に立つ十代とエドは各々のデッキをディスクにセットした。

 

「エド! 同じHERO使いとして最高のデュエルにしようぜ!」

「どちらが真のHERO使いか、決着をつける!」

 

 互いの意気込みを込めたそんな言葉の後、二人は口を揃えて宣言する。

 

「「デュエルッ!」」

 

遊城十代 LP:4000

エド・フェニックス LP:4000

 

「僕の先攻だ、ドロー! 《E・HERO クレイマン》を守備表示で召喚! ターンエンドだ!」

 

《E・HERO クレイマン》 ATK/800 DEF/2000

 

 エドの場に現れる、俺たちにとっては見慣れたモンスター。

 カイザーとのデュエルで知ってはいたが、やはりこうして十代と相対している人間の場にHEROが召喚されていると、若干の違和感を覚えてしまう。

 それは皆も同じようで、どこか神妙な顔をしていた。

 

「俺のターン、ドロー! 俺は《融合》を発動! 手札のフェザーマンとバーストレディを融合し、現れろ《E・HERO フレイム・ウィングマン》!」

 

《E・HERO フレイム・ウィングマン》 ATK/2100 DEF/1200

 

 そして十代にとってはお馴染み、初手融合である。

 召喚されたのは十代も頼りとするモンスターの1体。その攻撃力はクレイマンの守備力を超えている。

 

「いけ、フレイム・ウィングマン! クレイマンに攻撃! 《フレイム・シュート》!」

 

 フレイム・ウィングマンによって、エドの場のクレイマンが破壊される。そして、更にフレイム・ウィングマンの効果が発動。破壊した相手の攻撃力分のダメージを与える効果により、エドのライフポイントが削られた。

 

エド LP:4000→3200

 

「俺はこれでターンエンドだ!」

 

 十代が威勢良くターンの終了を宣言する。

 初手は十代が握ったか。だが……なんだ、この嫌な予感は。エドから感じる、この妙な雰囲気は。

 

「……マナ」

「なに?」

「いや、なんでもない」

 

 何か闇の力が関わっているのかもしれない。そんな予感からマナに呼びかけてみるが、しかしマナは何も感じ取ってはいないようである。

 俺より遥かにそういったことに敏感なマナが察していないということは、俺の気にしすぎなのだろうか。どこか釈然としないものを感じつつも、俺はそのまま二人のデュエルを見守った。

 その後、エドも融合を使いフェニックス・ガイを召喚。フレイム・ウィングマンを戦闘破壊する。その後十代はバブルマンの効果によってドローし、更に戦士の生還によってテンペスターを召喚してエドにダメージを与えた。

 対してエドはシャイニング・フェニックスガイを召喚し、テンペスターを破壊。と思いきや、今度は十代がミラクル・フュージョンによってシャイニング・フレア・ウィングマンを召喚し、ライトイレイザーとスカイスクレイパーのコンボでシャイニング・フェニックスガイを倒してダメージを与え……。

 まさに一進一退の攻防を繰り広げた。

 それにより、現在は十代の場にはライトイレイザーを装備したシャイニング・フレア・ウィングマンが。エドの場には伏せカードが一枚あるだけである。

 

《E・HERO シャイニング・フレア・ウィングマン》 ATK/2500→3700 DEF/2100

 

十代 LP:2800

エド LP:1800

 

 HERO同士がしのぎを削る。その状況に十代はワクワクした表情で、エドに声をかけた。

 

「楽しいな、エド! HERO同士が全力でぶつかりあう、こんなに楽しいことはないぜ!」

 

 だが、その返答は十代とは真逆のものだった。

 

「楽しい、だと……。笑わせるな、十代!」

 

 エドは怒りさえ滲ませた表情で、十代の考えを一蹴した。

 HEROとは戦いに使命を、理由を背負う者。その理由さえ解さず、ただ憧れだけでHEROを使うお前は、真のHERO使いではない、とエドは叫んだ。

 

「罠発動! 《D-タイム》! このカードは、自分の場のE・HEROがフィールドを離れた時、デッキからそのモンスターのレベルと同じレベル以下の「D-HERO」を手札に加えることが出来る! 僕は《D-HERO デビルガイ》と《D-HERO ダイヤモンドガイ》を選択!」

「D-HERO……だって?」

 

 十代の問いは、この場にいた全員が共通して抱いた問いだっただろう。なぜなら、HEROと名のつくカードはこの世界においてはE・HEROただ一つ。D-HEROやV・HERO、M・HEROといった様々なHEROが存在していた俺の世界とは違うのだから。

 そして、そんな問いに対して、エドは自信を込めて言い放った。

 

「そうだ! HERO、Dシリーズ! D(デステニー)によって導かれる、最強のHEROだ!」

 

 D-HERO(デステニー・ヒーロー)、俺の世界では別名「贅沢なHERO」と呼ばれるほどに必須カードが軒並みレアリティが高くて値段も高い、というなんともデッキを作りづらいカード群だった覚えがある。

 また、ディスクガイというバブルマン以上に強欲なドローソースもあったので、回れば非常に強力なデッキでもあった。

 ディスクガイはその汎用性(墓地から蘇生した時2枚ドロー。とんでもない壊れ)から、速攻で禁止カードになったためその猛威はなりを潜めているが、こちらの世界では当然ディスクガイは禁止ではないし、OCG化されてないカードも多いはず。その脅威は元の世界以上と考えていいだろう。

 その俺の考えを証明するかのように、その後の展開は一方的だった。時折り十代もエドにダメージを与えるが、しかし場の優位は誰がどう見てもエドにあったのだ。

 デビルガイでシャイニング・フレア・ウィングマンを2ターン後のスタンバイフェイズまで除外。ダイヤモンドガイの効果で、デッキトップの魔法カードを次のターンに発動。たとえD-HEROがやられても、ダイハードガイの効果で蘇生……。

 その布陣に一切のミスはなく、まさにエドのプレイングの優秀さを強調させるHEROたちであった。

 十代もバブルマンからのドローによって起点を作り、クレイマンを召喚し、と喰らいついていくが……それでも、やはり不利は否めない。

 エドが発動したフィールド魔法《幽獄の時計塔》も既に5ターン目。十代はネクロイド・シャーマンによってエドにトドメを刺そうとするが、それは幽獄の時計塔の戦闘ダメージを受けない効果により思惑を外されてしまう。

 仕方なく、十代はカードを2枚伏せてターンを終了した。

 

「残念だったな、十代。僕のターン、ドロー!」

 

 そしてスタンバイフェイズとなり、デビルガイで除外されていたシャイニング・フレア・ウィングマンが十代の場に戻る。

 カードを引いたエドは、自信の優位を確信した笑みと共に行動を起こしていった。

 

「《強欲な壺》を発動し、2枚ドロー! そしてダイヤモンドガイによってデッキから墓地セメタリーに送られた《魔法石の採掘》の効果エフェクト発動! 僕は墓地から《ミスフォーチュン》を手札に加え、そのまま発動! 相手の場のモンスターの攻撃力の半分のダメージを相手に与える! 十代を攻撃しろ、シャイニング・フレア・ウィングマン!」

 

 先程も十代が喰らったコンボだ。

 その時大幅にライフを削られた十代の現在のライフは僅か150しかない。

 

十代 LP:150

 

「まずい! このままだと十代の負けだ!」

 

 三沢が思わず腰を浮かせて叫ぶ。

 俺たちも焦燥と共に場を見守るが、しかし十代はにやりと笑っていた。

 

「それは読めてたぜ、エド! リバースカードオープン! 《融合解除》と《異次元からの埋葬》! 異次元からの埋葬で除外されたモンスターを墓地に戻す。そして、シャイニング・フレア・ウィングマンを融合解除! これにより、対象を失ったミスフォーチュンは不発だ!」

「ふん……カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 そして、同時に十代の場にはスパークマンとフレイム・ウィングマンが召喚された。本来フレイム・ウィングマンは融合召喚でしか特殊召喚されないが、アニメ効果ならではか。

 ペガサスさんはルール改訂に並行して他のカードのエラッタも随時行うと言っていたから、やがてこの使い方もできなくなるんだろうが、今は問題ない。

 これで十代の場には現在、クレイマン、スパークマン、フレイム・ウィングマン、ネクロイド・シャーマンの4体がいることになる。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 十代の手札はこれ1枚。そして強欲な壺は既に使用している。この状況で一体、何を引いたのか……。

 

「俺は《ホープ・オブ・フィフス》を発動! 墓地のHERO5体をデッキに戻し、2枚ドロー!」

 

 そして手札を見た十代は、よしと呟いた。

 

「速攻魔法、《サイクロン》を発動! これにより、フィールド魔法《幽獄の時計塔》を破壊する!」

 

 十代が勢い込んでそう言った瞬間、エドは大きく口元を歪めて笑った。

 

「それを待っていたよ、十代! この瞬間、幽獄の時計塔の効果発動! 5ターン経過したこのカードが破壊された時、デッキからこの牢獄に囚われていたHEROを召喚する。――カモン、《D-HERO ドレッドガイ》!」

 

《D-HERO ドレッドガイ》 ATK/? DEF/?

 

 身の丈4メートルはある巨漢。その顔は鉄格子のような仮面に隠され窺えないが、その鋼のような筋肉、ぼさぼさの長髪、そして首や手足につけられた拘束用の枷が、その雰囲気を非常に威圧的なものにしている。

 ドレッドガイは、エドの後ろで唸りながら十代のほうを見ていた。

 

「この効果で特殊召喚されたドレッドガイの効果発動! 自分の場のD-HERO以外のモンスターを破壊し、墓地のD-HEROを2体まで特殊召喚する! 現れろ、デビルガイ! ダイハードガイ!」

 

 せっかく倒したというのに、再び復活するエドのD-HEROたち。それらに囲まれたエドは、勝利を確信してか笑みを絶やさない。

 

「そしてドレッドガイの攻撃力は自分の場のD-HEROの攻撃力の合計となる! デビルガイの600、ダイハードガイの800、ダイヤモンドガイの1400で、ドレッドガイの攻撃力は2800だ!」

 

《D-HERO ドレッドガイ》 ATK/?→2800 DEF/?→2800

 

 ここにきて大型のモンスターの登場か。だが、十代に全く手がないわけじゃないはず。頑張れ、十代。俺は心の中で声援を送る。

 

「更に、ドレッドガイのもう一つの効果。それは、このカードが特殊召喚されたターン、僕の場のD-HEROは破壊されなくなる」

 

 それを聞き、俺たちの間に驚きの声が上がる。

 さすが5ターンも費やして召喚されたモンスター。それなりの効果は備えているってことだ。何より、戦闘に限らず全ての破壊に耐性を持つというのが、意外と厄介だ。

 ここから逆転なんて可能なのか。そう思って十代を見ると、十代はいつものように楽しそうに笑っていた。

 だが、そんな十代を見て、それまで余裕の笑みを浮かべていたエドの表情が一変する。

 

「何を……何をヘラヘラと笑っている、遊城十代! そんな能天気にHEROを使う貴様を、僕はHERO使いとは認めない! 僕のような戦う理由すら持たずしてHEROを使うなど、おこがましいにも程がある!」

「な、なんだよそれ。どういうことだよ」

 

 そのあまりの剣幕、そして一方的に責められた十代は、気圧されながらもその理由をエドに問う。

 それに対して、エドは語り始めた。エドがHEROを使って戦う理由を。

 

 ――エドの父親は、I2社に勤める優れたカードデザイナーだった。幼いエドは、そんな父を誇りに思っていたという。

 だが、そんなエドの父親のカードを狙って何者かが襲撃。それによりエドの父は命を落とし、エドにD-HEROだけを遺した。

 その後、エドは正義を信じ、犯人が捕まるのを待った。だが、いつまで経っても捕まるどころか特定すらされない。

 ゆえに、エドは捕まえられないなら自分が捕まえ、父の仇を取ってみせると誓い、プロの道へと進んだらしい。

 

「奴はこの世界に1枚しかないカードを持っている。プロになれば、普通なら手に入らない情報も手に入る、特にカード関連なら……。だからこそ、僕は負けられない! ただ憧れだけで、ヘラヘラとHEROを使う十代! 特に貴様のような奴にはな!」

 

 憎しみすら感じさせる目で十代を睨み、エドは十代のスタイルをすべて否定する。

 その言い分は、なるほどエドなりの理由があるからこそのものなのかもしれない。そして、その過去は凄惨であるし、俺たち部外者から見てもそんな使命を抱いてデュエルに臨むエドは凄いとも思う。

 だが、それがどうしたのだ。だからといって、他人のプレイに口を出すのは違うと思う。それは結局、ただの八つ当たりにすぎないだろうからだ。

 俺なんかはそんなことを言われたらそう考えてしまうのだが……十代の場合はたぶん違うんだろうなぁ。あいつ、底抜けにいい奴だし。

 そう思って俺が十代を見ると、そこにはエドの過去を聞いて神妙な顔をしている十代の姿があった。

 

「そんなことがあったのか……。けど、だからって俺が間違っているとは思わない! 俺についてきてくれるHEROが、こうして居るんだ! だから、こいつらのためにも、そいつを認めるわけにはいかないぜ!」

「黙れ! カードを言い訳に逃げるなど、愚かしいだけだぞ!」

「言い訳なんかじゃない! 俺達には、確かに切っても切れない絆が存在しているんだ! 俺はカードを1枚伏せ、ターンエンド!」

「僕のターン、ドロー! なら、そんな絆など粉々に打ち砕く! 《ライトニング・ボルテックス》を発動! 手札1枚をコストに、お前の場のモンスター全てを破壊する!」

「な、なんだって!? ぐぁああッ!」

 

 エドが提示したカードから放たれた雷撃が、十代のフィールドを駆け抜ける。その雷光は十代の場に存在していた4体のHEROを全て破壊し、十代の場はこれでがら空きとなってしまった。

 

「これで終わりだ! いけ、ドレッドガイ! 十代に直接攻撃ダイレクトアタック! 《プレデター・オブ・ドレッドノート》!」

「させるか! 罠発動、《攻撃の無力化》! その攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる!」

「ちっ、無駄な足掻きを……! ターンエンドだ!」

 

 めまぐるしく動く状況。

 だが、どうにか十代は耐えたか。しかし、ここでどうにかしなければ負けは必至だ。どうする、十代。

 

「俺のターン、ドロー! ドレッドガイが特殊召喚されたターンは既に終わった! これでお前の場のモンスターを破壊することが可能になったぜ!」

「それがどうした! フィールドにモンスターも存在していないお前に、ドレッドガイを倒すことが出来ると思っているのか!」

 

 そんな挑発とも取れる言葉に、しかし十代は真っ向から向かい合った。

 

「さあな。でも、やってみなきゃわからないだろ! 俺は手札から《E・HERO バブルマン》を召喚! 場に何もないため、デッキから2枚ドロー! 更に《融合回収(フュージョン・リカバリー)》を発動! 墓地から《融合》と《E・HERO スパークマン》を手札に加える!」

 

 これで十代の手札は3枚。そのうち2枚が融合とスパークマンだとすれば、あとの1枚は一体何を引いたのか。

 固唾を呑んで見守る。そんな視線の中、十代は一気に2枚の手札を掴み取った。

 

「俺は《融合》を発動! 場のバブルマンと手札のスパークマンを融合する!」

 

 その言葉を聞き、エドが驚愕に目を見開く。

 

「馬鹿な!? バブルマンとスパークマンで召喚される融合HEROなんて存在しないはず! どういうことだ!?」

 

 それはエドの言う通りだ。だが現在この世界においてただ一人、十代にだけはその常識が当てはまらない。

 属性と、「HERO」と名のつくモンスターであれば素材を指定しない融合E・HEROを、十代は1枚だけ所有しているのだから。

 

「現れろ、極寒のHERO! 《E・HERO アブソルートZero》!」

 

 十代がカードを置き、それによって現れる全身を鋭い氷によって覆われた細身のHERO。身体の表面が光を反射し、氷のHEROでありながら光に溢れたHEROである。

 

《E・HERO アブソルートZero》 ATK/2500 DEF/2000

 

 そして、その姿を見てエドが一層驚きを露わにする。その姿に、HERO使いである自分が見覚えがないからであろう。

 

「ぼ、僕の知らないE・HEROだと……!? こんなことが!?」

「へへ、こいつは俺の大事な友達から譲り受けたカードだぜ!」

 

 エドの表情に、してやったりとばかりに十代が笑いながらそう告げる。

 そして、その言葉を聞いたエドは、一瞬間を置くものの何かに思い当たったようだった。

 

「大事な友達……? そうか! 斎王が気にしていたあの男……!」

 

 その間に、十代は続けて行動を起こしていく。

 

「更に、俺は手札から2枚目の《融合解除》を発動! アブソルートZeroをエクストラデッキに戻し、バブルマンとスパークマンを特殊召喚する!」

 

《E・HERO バブルマン》 ATK/800 DEF/1200

《E・HEROスパークマン》 ATK/1600 DEF/1400

 

「なに!? 召喚したばかりのモンスターを何故……!」

「こういうことさ! アブソルートZeroの効果発動! このカードがフィールドを離れた時、相手フィールドのモンスターを全て破壊する!」

「な、なんだとッ!?」

 

 まさかのサンダー・ボルトに、狼狽するエド。それに対して、十代は場に漂う冷気を前に声を上げた。

 

「これが氷のHEROが持つ最強の能力だ! 《絶対零度-Absolute Zero-》!」

 

 アブソルートZeroがフィールドに残した冷気により、エドの場のモンスターが全て氷像と化す。そしてそれはやがて甲高い音と共に罅割れ、崩れ落ちていった。

 

「よっしゃあ! これでお前の場はがら空きだぜ!」

「ぐッ……! まさか、これほどまでに強力な効果を持つHEROがいたとは……! だが――だが僕は、負けるわけにはいかないんだッ!」

 

 劣勢になりながらも、エドが叫ぶ。

 十代の勝利を確信していた俺達だったが、しかしそれは次にエドが起こした行動によって現実とはならなくなるのだった。

 

「罠発動! 《デステニー・ミラージュ》!」

 

 エドの場に起き上がった罠カード。その効果が発動され、何も存在していなかったエドの場に変動がみられた。

 

「このカードの効果により、D-HEROが相手のカードの効果で破壊されたこの時、その墓地に送られたD-HEROを全てフィールドに呼び戻す! 運命に従い、我が呼びかけに応えよ! D-HERO!」

 

《D-HERO ダイヤモンドガイ》 ATK/1400 DEF/1600

《D-HERO デビルガイ》 ATK/600 DEF/800

《D-HERO ダイハードガイ》 ATK/800 DEF/800

《D-HERO ドレッドガイ》 ATK/?→2800 DEF/?→2800

 

 再びエドの場に揃うHEROたちを見て、思う。ここでそんなカードかよ、と。

 まったく、呆れたドローと運を持つ男だ。あの十代に、まさかあの状況から勝ってみせるとは。

 ここまでくると、もはや感心してしまう。たとえ復讐を胸に誓おうとも、こうして最後まで自分のモンスターを信じてデュエルする姿は、間違いなくデュエリストだ。

 俺は、素直にエドのことをデュエリストとして凄いと思った。

 

「あーあ、俺の負けかぁ。でもまぁ、ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ、エド!」

「お前は……どこまでも……!」

「それが、俺のポリシーだ! 俺は最後まで自分のHEROたちを信じて、全力を尽くしたんだ! 悔いはないぜ! それはお前も一緒なんじゃないのか、エド!」

 

 十代が、怒りに顔を歪ませるエドを前に、真摯な声で問いかける。

 それを受けて、エドははっとしたように押し黙った。

 

「僕は……いや……僕も……そうだ。――僕も、自分の、父さんの遺してくれたD-HEROたちを心から信頼している! だから、HERO使いとして絶対にお前に勝つ! 十代!」

 

 キッと、先程までの怒りに満ちたものではない瞳で、エドは十代を見据える。

 それを受け止める十代は、にっと笑みを浮かべた。

 

「ああ! 来い、エド!」

「ドレッドガイ! スパークマンに攻撃だ! 《プレデター・オブ・ドレッドノート》!」

 

 ドレッドガイの巨体から振り下ろされる拳が、スパークマンに直撃する。

 それをかわす術も、対抗する術も持たないスパークマンはそのまま破壊され、そしてそれはそのまま十代のライフポイントを容赦なく削り取っていった。

 

「ぐぁぁああッ!」

 

十代 LP:150→0

 

 この瞬間、十代の敗北が決定した。

 残念だとは思うものの、しかしそこに暗い気持ちは存在しない。何故なら、この戦いは本当にいいデュエルだったと自信を持って言えるからだ。これなら、負けた十代も満足いっていることだろう。

 俺たちは立ち上がり、二人の姿を視界に収める。そしてステージに降りて十代と合流しようと考えるが……どうも、ステージ上の様子がおかしい。

 ライフがゼロになり、同時にふらっと十代が後ろに倒れたのだが……十代がその後まったく身じろぎもしないのだ。

 よくオーバーなアクションをする奴でもあるから、そういう類かと思ったが……。

 対戦したエドもおかしいと気づいたのだろう。しばらく十代と相対したままを維持していただけに、倒れてからの異常にすぐに気付いたらしい。

 エドはすぐさま十代に駆け寄り、脈や瞳孔をチェックしている。これは、本格的に何かマズいことが十代の身に起こったのかもしれない。

 俺たちは一瞬顔を見合わせると、それぞれの焦燥を表すかのように、慌ただしく階下へと降りて行った。

 

 

 

 

 その後、十代は保健室へと運ばれ、鮎川先生の診察を受けることとなった。

 だが、肝心の十代が気を失ってまだ寝ているため、簡単な検査だけをして異常がないことを確かめただけである。あとは、十代が目を覚ましてからもう一度検査をするらしい。

 一応エドも保健室まで付き合ってくれたのだが、十代にとりあえずの異常がないことを知ると、そのまま保健室から出ていった。尤も保健室から出る間際、メモ用紙に電話番号を書いて俺に渡してきたのだが。

 十代が起きて、何か異常があったときは連絡しろ、だそうだ。あれで、エドも十代のことを少しは認めたのかもしれない。

 そんなことをメモを見ながら思い、俺は素直じゃない後輩に苦笑を浮かべるのだった。

 

 

 

 *

 

 

 

 そしてその翌日。十代は目を覚ました。

 ……カードの絵も、テキストも、全てが真っ白にしか見えない。そんな後遺症を残して。

 

 

 

 



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第35話 予兆

 

 カードの表側のみが真っ白に見える。そんな症状に陥った十代から次第に元気がなくなっていくのは、ごく自然なことだった。

 十代にとって、デュエルとは人生の楽しみといっても過言ではなかったはずだ。それほどまでに十代はデュエルモンスターズを好きだったし、それによって生まれる楽しみや絆といったものを心から大切にしていた。

 なのに、そのデュエルモンスターズがもう出来ない。カードが見えなくなるということは、そういうことだ。特に、精霊が見えていた十代にとって、それはどれほどの衝撃だったのか。

 何度呼びかけても、どれだけ姿を見せてくれと願っても、十代のHEROやハネクリボーが十代の前に姿を現すことはない。少なくとも、十代にとってはそう見えている。そのショックは俺達には計り知れないものがある。

 元気がない十代、それを見ている俺たちも正直つらい。しかし、カードが見えなくなるなんて症例はこれまでになく、俺達にはどうすれば現状を解決できるのか皆目見当がつかない。

 ゆえに、俺たちは十代のために何かしてやりたくても何をすればいいのかわからない。そんなジレンマに陥っているのだった。

 

 

 

 

「十代くん……つらそうだったね」

「ああ。ハネクリボーも、もう見えないらしい」

 

 明日香と吹雪さんのアイドル養成コースに入るかどうかを賭けたデュエルを見届けた翌日。俺達はレッド寮に向かう途中で、十代の様子を思い返していた。

 最初に目を覚ました時、ずっと十代の隣にいたハネクリボーを十代は認識できていなかった。どれだけハネクリボーが声を上げても、反応するのは俺やマナに万丈目だけ。肝心の十代にハネクリボーは見えていなかったのだ。

 さすがにショックだったのか、ハネクリボーも同じく元気がない。それでも十代の傍を離れないのは、やはりハネクリボーにとって十代が唯一無二の存在だからなのだろう。

 

「ただデュエルしただけなのに、なんでこうなったんだろうな」

「エドくんも、知らないって言ってたんでしょ?」

「ああ」

 

 十代が目を覚まし、この異状が発覚したことを受け、俺はすぐにエドに連絡を入れた。

 十代が目を覚ましたと聞いた時には、僅かに安堵の息を漏らしたエドだったが、その後に続く話を聞くと、電話口でもわかるほど声に動揺が見えていた。

 心底心当たりがないという感じだったエドは、やがてしばらく沈黙する。そして、こちらでも原因を探ってみるが期待はするな、とだけ告げて電話を切った。

 以後、連絡はない。それはつまり、エドのほうでも原因は分かっていないということなのだろう。

 ただデュエルをしただけで、どうしてこうなるのか。こういったトラブルが過去も未来も本当に絶えないあたり、この世界のカード関連の事象は本当に謎である。

 なにせ、まだ2年と少ししかこの世界にいない俺が何度もカードの不思議に遭遇しているほどだ。明らかに頻度がおかしい。カードに関する不思議に関して、本当にこの世界では枚挙に暇がないのだ。

 三幻魔しかり、トラゴエディアしかり、闇のデュエルしかり……。

 ……そういえば、遊戯さんと初めてデュエルした時。感情のままに召喚した俺の切り札が、そのまま突如フィールドから消滅したなんてこともあった。

 あのカードに、エンドフェイズに自壊する効果なんてない。だというのに、なぜ1ターンで消えてしまったのか。

 そのカードを召喚しようとすらしていない今では、その理由は分からない。そもそも俺はこの世界でアクセルシンクロをしておらず、それ以上のこともその一度のみだ。その検証のためだけに召喚する気もないため、俺の中では今でもトップクラスに謎な出来事のままうやむやになっている。

 ちなみにそのデュエル、それによって空になった俺のフィールドを攻撃され、俺は負けました。ま、今思えば負けてよかったと思えるデュエルだけどな、あれは。

 ……っと、それは今関係ないことだった。

 とにかく、十代をどうにかして元気づけてやりたい。

 俺とマナはそんな理由からレッド寮の方へと足を運んでいた。

 だが、何か案があるわけではない。俺もマナも、ただじっとしてはいられないからこうして動いているだけだ。

 どうすれば落ち込む十代を励ますことが出来るのか。全く糸口すら見えてこないその問いに、俺達はずっと悩まされていた。

 

「……あれ?」

 

 その時、ふとマナが疑問符つきの声を上げた。

 俺は思索にふけっていた頭を覚醒させ、隣を歩くマナに問いかける。

 

「どうした?」

「なんだか、レッド寮の近くから声が……」

 

 マナはレッド寮ではなく、その傍にある崖の方に耳を向けているようだった。俺もそれにならって耳を澄ます。

 ……と、確かに声が聞こえてくる。これは怒声、か?

 しかも、この声には聞き覚えがある。これは――。

 

「万丈目の声?」

「……なんだか、かなり怒ってるみたいだけど……」

 

 万丈目が、何に対して怒っているのか。

 俺とマナは顔を見合わせると、疑問もそこそこに走り出した。万丈目が本気で怒りをあらわにするなんて、そうあることじゃない。

 なら、何か起こっていると考えてしかるべきだ。

 俺たちはそんな考えのもとに崖傍まで駆けつけ、そこで目にした光景に、思わず目を見開く。

 そこには、十代の胸ぐらをつかむ万丈目の姿があった。

 

「――貴様! その目はなんだ! その覇気のない目は! 俺をナメているのか!?」

 

 激昂している万丈目に対して、しかし十代に大きな反応はない。そのことがまた万丈目をイラつかせているようで、一層万丈目の顔が険しくなるのがわかった。

 俺たちは慌てて二人の近くに駆けより、割って入る。

 

「おいよせ、万丈目! いったいどうしたんだ!」

「とりあえず、二人とも離れて!」

 

 俺が万丈目の身体を掴んで引き剥がし、マナが十代の身を後ろに下がらせる。

 それでも大した反応を示さない十代に、やはり万丈目は怒りを隠さない。

 

「ふざけるなよ、十代! 俺は、俺は……そんな貴様に勝ちたいわけじゃない! この万丈目サンダーが、こんな腑抜けに負けたなど認められるか!」

「万丈目……」

 

 拳を震わせ、思いの丈をぶつける万丈目の言葉には真摯な響きがあった。

 怒りを纏いながらも、そのじつ十代のことを対等なライバルと見るからこその熱い心が感じられた。

 ライバルと認めているからこそ、万丈目のような感情家にとって今の十代は許せないのだろう。その気持ちは、俺にも少なからずわかる気がした。

 しかし、そんな言葉を受けても、十代はただ一言「悪い……」と小さく答えるだけだ。

 それがまた、万丈目の神経を逆撫でする。

 

「貴様……ッ!」

「悪い、万丈目……。今は、一人になりたいんだ」

 

 ふらり、と十代が身体を揺らしたかと思うと、そのまま踵を返して俺たちに背を向ける。

 

「おいッ! まだ話は――ッ!」

 

 万丈目が呼び止めるが、しかし十代は足を止めることなくそのままアカデミアの校舎がある方へと歩いていってしまった。

 それを見送った俺は、抑えていた万丈目の身体を離す。

 途端に、万丈目は勢いよく地面を蹴った。

 

「くそッ! あの馬鹿が……! 貴様から能天気さを取ったら、何が残るというんだ!」

 

 憤懣やるかたない様子の万丈目の言葉。隣のマナは「それはちょっとひどいかも……」とあまりといえばあまりな言い様に、小さな苦笑と共にちょっぴり反論していた。

 そしてその言葉の後、万丈目はぐっと拳を握りこんだ。

 

「この俺を……この万丈目サンダーを! あんな根性なしに負けた間抜けだと思わせてくれるな……あの、馬鹿がッ!」

 

 ぎりぎりと歯を噛みしめて言うその言葉には、隠しきれない落胆と失望。そして、対抗心からくる十代の強さへの信頼が見て取れた。

 万丈目は、十代のことを口では何と言っていても認めているのだ。だからこそ、今の十代の姿を見るのが、万丈目にとっても苦痛なのだろう。

 それを察し、俺は万丈目の肩を小さく叩いた。

 

「遠也か……。貴様なら、俺の気持ちがわかるだろう」

「ああ、まぁな。けど、俺もお前も、あいつとはライバルで仲間だろ。だったら、こんなところで終わる奴じゃないって信じられるだろ?」

 

 俺がそう言うと、万丈目はフンと鼻を鳴らした。

 

「あんな馬鹿、仲間ではない! そう、アイツは……この万丈目サンダーにみっともなく倒されるやられ役でしかないのだ!」

「素直じゃないねぇ、万丈目くん」

「うるさい! 俺は素直に本当のことを言っているだけだ!」

「本当は十代のことが心配で仕方ないクセにな」

「貴様ら……! ええい、黙れ! よしんばそうだったとしても、それはあいつを慮ってのことじゃない! あくまで、この俺を倒したクセに醜態をさらすのが見るに堪えんからだ!」

 

 半ば言い訳じみた発言を繰り返す万丈目に、俺とマナは苦笑する。

 その姿はどこからどう見ても友人を心配する男にしか見えないというのに、知らぬは本人ばかりなり、かな。

 そんなことを思いながら、俺は肩に置いていた手を離し、万丈目の横に並んで十代が去っていった方を見つめる。

 既に十代の姿はないが、俺の視線は十代の寂しげな背中を追っていた。

 

「……だけど、本当に早く立ち直ってもらいたいな。俺達に何ができるかは、わからないけどさ」

「達をつけるな、達を。……フン。あの馬鹿め、這い上がってこなければ許さんぞ」

 

 万丈目もまた、十代が去っていった方を見つめながら毒づいた。

 しかし、その呟きには、やはりライバルの苦難を思う心配の響きが籠っているのが俺とマナにもよくわかった。

 その言葉に俺達も頷きを返し、ただただいつもの十代に戻ってくれるよう、祈るばかりだった。

 

 

 

 

 その後万丈目と別れた俺たちは、ブルーの自室に戻ろうとしていた。十代が万丈目の激昂にもあまり反応を示さなかったことから、今はこれ以上何かを言っても右から左に素通りするだけだと思ったからだ。

 もう少し落ち着いたら、一度しっかり話をしよう。そう決めて歩く道すがら、ふと俺のPDAにメールが入った。

 

「メール?」

「ああ。いったい誰から……」

 

 俺はPDAを取り出し、送信者の名前を確認する。そして、俺は驚きと共に急いでメールを開いた。

 無感情に表示されるごく短い文章。そこには、こう書かれていた。

 

『ちょっと、あのデュエルの場所に来れないか?』

 

 送信者の名前は、十代だった。

 

 

 

 

 十代からのメールを受けた俺は、マナに部屋に戻るように言ってから一人で目的地に向かった。

 あのデュエルの場所、というのはさすがに特定が難しい。俺達は色々な場所で何度もデュエルをしているからだ。

 だが、とりわけ俺と十代に共通して残っている思い出の場所。そう考えれば、ある程度の憶測は出来る。

 そういうわけで、俺は真っ先に思い付いた場所に足を運んでいた。

 それは、あのカイザーの卒業デュエルの日……その後、俺たち三人でデュエルをした、最初で最後の場所。

 ブルー寮から程よく離れ、人目につかない平原。そこに足を踏み入れると、案の定というべきか、その中で十代は空を見上げてぼうっと佇んでいた。

 

「よう」

 

 俺が声をかけると、十代もこちらに気付く。

 そして、申し訳なさそうな顔を見せる。

 

「わりぃな。わざわざ呼び出して」

「いや、いいさ。……話があるんだろ?」

「ああ……」

 

 俺が促すと、十代は躊躇いがちに頷いた。

 そして口を開こうとするが……そこから言葉が出てこない。

 いまだに何を言えばいいのか定まらないまま、俺を呼んだのだろうか。だとしたら、本当に十代に心の余裕はないということになる。とはいえ、その状態で真っ先に俺に声をかけたことは……この状況で不謹慎とは思うがちょっと嬉しかったりもした。

 そして十代は口を開こうとしては閉じ、考えを整理するかのように頭をかき、そしてまた何か言おうとしてやめる、ということを繰り返している。

 やはり、今の状況は十代にとってもかなりキツイものがあるんだろうと、実感してしまう。

 だが、こちらから先を促すことはしない。それで焦った末に出てきた言葉が十代の本心とは思えないからだ。

 ゆえに、俺はただじっとこの場で待つ。

 十代が言いたい言葉を、絶対に聞き逃さないように。それに対して、しっかり答えを返せるように。俺は、じっと待ち続けた。

 そうして過ごすこと、一分、二分。そして、五分が過ぎたところで、十代はいきなり大口を開けた。

 

「――あーっ、もう! やっぱり、難しいこと言おうとするのはダメだ! 言葉が全然出てこねぇ!」

 

 がしがしと頭をかき、十代が苦し紛れにそんな叫びをあげた。

 突然の大声、しかもその内容が内容だけに、俺は俺でなんだか可笑しくなって小さく笑う。

 そして、次に十代が言う言葉を待った。それこそが、きっと十代が俺に言いたいこと、聞いてほしい言葉だろうから。

 

「よし……なぁ、遠也」

「ああ」

「俺さ、どうしたらいいと思う?」

 

 十代の口から出てきた問いは、ひどく抽象的なものだった。

 それに対する俺の答えは、一応すぐに浮かんできた。だが、果たしてそれは十代にとって良いものとなるのか。そう考えると、躊躇する気持ちが生まれてくる。

 これは、ひょっとしたら十代が今後もデュエルモンスターズに関わるうえでの、大きな転機になってしまうかもしれないのだから。

 じっとこちらを見てくる十代。その瞳は困惑と不安が見え隠れしており、今の自分の状態に十代自身かなり不安定になっていることが見て取れる。

 そんな十代に、俺が思ったことをそのまま言っていいものか。

 言いよどみ、悩んでいると、不意に十代の肩の上に浮かぶものが見えた。

 

『クリー……』

 

 それは、悲しげな瞳で十代を見るハネクリボーの姿。

 相棒であり、友であり、常に一緒にいる十代に、姿を認識すらしてもらえない今のハネクリボーの悲哀が、その大きな瞳に表れていた。

 それを見て、俺は躊躇っていた気持ちに活を入れた。

 そうだ、たとえ俺の言葉がいい影響にならなくても、いい。それでもきっと、今よりは良くなるはずだ。こうして十代とハネクリボーが苦しむままでいるより、可能性があるなら、言った方がいいに決まってるじゃないか。

 俺はそう決心すると、口を開いた。

 

「そうだな……俺はお前じゃないから、どうすれば一番いいかなんてわからない」

「ッ……そ、そうだよな」

「けど」

 

 一瞬、期待とは違った答えに十代の表情に陰りが差したが、俺は間を置かずに言葉を続ける。

 

「俺には、ハネクリボーが泣きそうな顔でお前を見ていることは、わかる」

「……え?」

「だから、そこからはお前が考えて、お前がやりたいようにすればいいんじゃないか。俺は、そう思う」

 

 できれば、ハネクリボーを笑顔にしてやって欲しいとは思う。だが、それは俺の気持ちであって十代の気持ちじゃない。

 十代がそうはっきりと自分で思うまで、判断材料として俺の願望を織り交ぜちゃいけない。だから、俺はそれ以上何も言わずに一歩下がった。

 すると、十代はゆっくりと顔を上げ、さっきまで俺が見ていた肩の上あたりの空間に、視線をさまよわせた。

 

「……そこにいるのか、相棒?」

 

 十代の目にはまだハネクリボーが見えていないのだろう。その視線は定まらず、そのあたりの空間を行ったり来たりしている。

 だが、俺から見えるハネクリボーはそうして自分を認識し、名前を呼んでもらえるだけでも満足だったのか、その顔には僅かな笑みが戻っていた。

 それが十代には見えていない。だからわかるはずはないのだが、十代は少しだけ表情を和らげると、「そうか、そこにいるんだな……」と呟いたのだった。

 そして、そのまま何事かを考え込み始め、十代は押し黙った。

 それを見た俺は、そっとその場を後にする。

 あとはきっと、十代が自分で答えを出してくれることだろう。さっきまではなかった強い意志が、その表情から感じ取ることが出来た。

 だから、あと俺に出来ることといえば、十代が出す答えが良いものであると信じて待つことだけだ。

 俺はその平原から抜け出し、そして最後に一度振り返る。

 そこには真剣な顔で悩む十代と、それに寄り添い心配そうに十代を見ているハネクリボーの姿がある。

 あのコンビなら、大丈夫。そう信じて、俺はブルー寮へと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 で、その二時間後。

 十代が行方をくらませたという一報が俺たちに入ってくる。

 翔が大騒ぎで俺たちに知らせてくれ、一同一斉にレッド寮へと赴き、十代の部屋に集まる。少々手狭だが、文句を言っている場合ではない。

 そして十代の机、その上にある置手紙を手にとって読んだ。

 

『じっとしてても始まらねぇや! 相棒ともう一回話せるように頑張ってくるぜ!』

 

 と、そんなことが気合の入った走り書きで書かれていた。

 まったくもって意味不明で、一体どこで何をしているのか皆目見当もつかない書き置きだ。だがしかし、それでも俺たちの顔に浮かぶのは一様に笑顔だった。

 

「……よかった。十代、いつもの調子に戻ったみたいね」

「うん。ちょっと向こう見ずだけど、それでこそ兄貴だ!」

「だドン!」

 

 明日香と翔、剣山の喜びを滲ませた言葉を皮切りに、俺たちは安堵の息をついてそれぞれ口々に十代の調子が戻ったことに対して、笑みと共に声を上げる。

 そんなにわかに騒がしくなった十代の部屋の中で、万丈目もまた誰にも聞こえないような小さな声でその復調を喜んでいた。

 

「フン、這い上がってきたか。あの馬鹿が……」

 

 それを偶然にも聞いてしまった俺だったが、聞かなかった振りをすることにした。

 さて、十代がどこに行ったかは知らないが、この書き置きを見るに調子を取り戻したと見て間違いないだろう。

 なら、大っぴらに心配せずとも、きっちり自分で答えを見つけて意気揚々と帰ってきてくれるに違いない。

 元気のいい走り書きがされたメモ用紙に目を落とし、俺はふっと笑みをこぼすのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 その夜、万丈目はここ数日の鬱屈した気分が嘘のように、上機嫌でレッド寮傍の崖の上に立っていた。

 

「フン、あの馬鹿め。さんざん振り回しやがって。ま、馬鹿が難しく考えたって、所詮いつもと違う答えが出てくるわけもないってことだ」

『そんなこと言っちゃって~』

『表情が緩んでるよー』

『素直じゃないなー』

 

 誰が見ても機嫌がよさそうな万丈目を、おジャマ三体の精霊がそれぞれからかう。

 そして、素直じゃない万丈目がそんな言葉を受け入れるはずもなかった。

 

「うるさい、貴様らッ! 俺が十代の復調を喜ぶわけがなかろう! 余計なことを言うんじゃない!」

『あーん、兄貴のイケズ~』

 

 怒鳴られ、わっと散る三体だが、しかしまたすぐに万丈目に寄ってくる。

 それに対して舌打ちしつつも避けない万丈目。それが、彼の彼らに対する気持ちを表していると言えた。

 万丈目はなおもワイワイと騒ぐ三体を無視し、心の中に自らのライバルの姿を思い描く。

 遊城十代。皆本遠也。

 ともになかなか勝ちを拾うことのできない手強い相手。勝ったことがないわけではない。遠也に勝ったことはまだないが、十代から勝ちをもぎ取ったことはある。

 だが、しかし勝率はよくない。万丈目の負け越しだ。だからこそ、十代や遠也とのデュエルには常にプレッシャーが付き纏う。勝ちたい、という気持ちが強く出すぎるためだ。

 それを万丈目は自覚していたが、しかし直そうとは思っていない。

 気負い過ぎ結構。それはつまり、自分の中にある彼らへの対抗心や敵対心が鈍っていない証拠だからだ。

 ……百歩譲り、いや千歩譲って、自分が彼らと仲間だとしよう。だとしても、あの二人と心底馴れ合うつもりはない。

 あくまで、ライバルでいたい。それこそが本心である万丈目にとって、二人への敵対心とは絶対に無くしてはならないものだった。

 またそれと同時に、ライバルであるからには、強く在ってもらわねばならない。万丈目が十代の腑抜けた態度に苛立ちを覚えたのは、そう考えるからだ。十代の不調は、万丈目としても決して歓迎できない事態だったのだ。

 だが、そのライバルはついに調子を取り戻しつつある。

 歯ごたえのない相手程、つまらないものはない。倒すならば、強い相手だ。

 そう思うからこそ、万丈目は不敵に笑う。それでこそ、俺が認めた相手だと。

 そして、今度こそそいつに勝ってみせる。そう意志を新たにし、万丈目は十代の帰還を口に出さずとも待ちわびるのだった。

 

「――……おや」

「ん?」

 

 ふと、そんな気分に浸っていた万丈目の耳に第三者の声が届く。

 反射的にそちらに振り返れば、そこには白に青のラインが入ったブルー寮の制服を着た男……いや。

 そこまで考えたところで、万丈目は否定する。制服のディティールが微妙に異なっていることに気付いたからだ。更に言えば、万丈目はその男に見覚えがなかった。

 夜闇で漆黒にも見える紺色の長髪は特徴的であり、額の上部分に入った白いメッシュは一度見れば強く印象に残るに違いない。

 だというのに、全く記憶の中に合致する姿がない。それゆえ、万丈目は自然と警戒を強めた。

 

「……貴様、誰だ」

 

 威嚇するような声。しかし長髪の男は全く意に介した様子もなく、慇懃に腰を折った。

 

「これは失礼。どうも話し声がすると思って来てみたら、お一人でしたので驚きました」

「誰だ、と俺は訊いているんだが?」

「おっと、そうでしたね。私は斎王琢磨。エド・フェニックスのマネージメントをしている者です」

「エド・フェニックスのマネージャーだと? 何故そんな男がここにいる」

 

 万丈目の当然と言えば当然な問いに、斎王は温和な態度で答えた。

 

「いえ、エドはここに籍を置くことになりますから。下見、と思ってもらえればいいですよ。それより……」

 

 斎王は言葉を区切ると、万丈目の方を見る。まるで探るような目だと、万丈目を訝しむ。

 

「やはり、あなたはお一人。とすると、カードの精霊の声を聴いていたのでしょうか?」

「貴様、見えるのか?」

 

 万丈目は自分の横に浮かぶおジャマを一瞥しながら問うと、斎王が口の端を持ち上げて笑った。

 

「いえ……残念ながら。――そうだ、ひとつ私とデュエルをしませんか?」

「デュエルだと?」

 

 突然の申し出、加えてその胡散臭さに、万丈目が鼻白む。

 しかし、そんな態度をとられても、斎王は温和な表情を違えず、ゆっくりとした口調で諭すように語りかけた。

 

「ええ、そうです。ここで私に勝てば、あなたをプロに推薦してもいい」

「プロに……」

 

 本来、プロのデュエリストとは狭き門。才能に加え、試験を突破する実力、知識、更に多くのライバルたちを蹴落としてその席を掴むだけの幸運も必要となってくる。

 そんな憧れと言っても過言ではない場所に、目の前の男はプロデュースしてくれるという。それも、この一戦に勝てば、それだけで。

 これほど美味しい話はない。誰だってそう思うだろう話に、万丈目もまた同じくそう思った。

 だが……。

 

「フン、興味ないな」

「ほう……」

「プロになりたくなったら、己の力のみでなってみせる。貴様の手など借りずともな」

 

 自信を持ち、万丈目はそう断言する。しかしその後に、「だが、それとは別にだ」と続けてデュエルディスクを腕に着けた。

 

「餌をチラつかせれば俺が食いつくと思われたのは、不愉快だ! この万丈目準を軽く見たその報い、受けてもらおうか!」

『よっ、兄貴カッコいい~ん』

『色男ー』

『惚れちゃう~』

「黙っていろ、貴様らッ!」

 

 万丈目の一喝に、騒いでいたおジャマ三兄弟は『わーっ、サンダーが怒ったー!』と叫びながら逃げ惑う。

 その姿は見えていないだろうが、斎王は隠しきれない笑みをその顔に貼り付かせ、万丈目の前にテーブルを取り出した。そして、その上にデッキを置く。

 それに万丈目は怪訝な目を向けるが、デュエルディスクがないならテーブルデュエルでも仕方がないと思ったのか、何を言うこともなかった。

 

「「デュエル!」」

 

万丈目準 LP:4000

斎王琢磨 LP:4000

 

 始まった途端、斎王はカードを見ずに5枚の手札をテーブルに裏側で並べる。

 これには、万丈目も思わず意見した。

 

「貴様! カードを見ないのか!?」

「フフ、見なくとも、私には見通せるのですよ。運命が……そしてこのデュエルの未来がね」

 

 その確信に満ちた言葉に、万丈目は僅かなりとも不気味なものを感じる。しかし、それを振り払うかのように舌打ちし、デッキのカードに手をかけた。

 

「俺の先攻! ドロー! ……俺は《V-タイガー・ジェット》を召喚! 更に永続魔法《前線基地》を発動! メインフェイズに1度、手札からレベル4以下のユニオンモンスターを特殊召喚できる! 《W-ウィング・カタパルト》を特殊召喚! そして、2体を合体! エクストラデッキから《VW-タイガー・カタパルト》を融合召喚する!」

 

《VW-タイガー・カタパルト》 ATK/2000 DEF/2100

 

 ウィング・カタパルトの上にタイガー・ジェットがそのままくっついたような姿のモンスター。

 攻撃力は2000であり、初手としては十分だと万丈目は一つ頷いた。

 

「ターンエンドだ!」

「私のターン、ドロー」

 

 デッキからカードを引いた斎王は、それをテーブルに並べる。

 無論手札は全てが裏側になっているのだが、斎王は迷う様子もなくその中から1枚を選択して手に取った。

 

「私は魔法カード《幻視》を発動。この効果により私はデッキのカードを1枚めくる。そしてそのカードがプレイされた時、相手は1000ポイントのダメージを受ける」

 

 宣言したカードと、手札から選んだカードが同じ。その事実に、万丈目は目を見開いた。

 

「貴様、なぜカードがわかる!?」

「言ったでしょう。見通しているのですよ、私は」

 

 微笑み交じりに斎王が言う。

 それを聞き、万丈目は「不気味な奴め……」と小さくこぼした。

 

「続けましょう。私がめくったカードは《アルカナフォースXII(トゥエルブ)THE HANGED MAN(ザ・ハングドマン)》です。そしてこのカードをデッキに戻し、シャッフルする。さぁ、万丈目さん。テーブルにいらしてください」

「なに?」

「あなたの手でシャッフルするのです。あなた自身の運命を……」

「……ちっ」

 

 シャッフルは基本的に自分ですれば事足りるが、公平を期す場合は不正が無いように対戦者も行う場合がある。

 ゆえに斎王の言葉はより公平を期すためだとも取れるため、万丈目は正々堂々と戦うという意味も込めて斎王の下に行き、そのデッキをシャッフルした。そして、それをテーブルに戻すと即座に踵を返す。

 

「フフ……続いて私は《スート・オブ・ソード X(テン)》を発動。正位置なら相手のモンスターを全て破壊し、逆位置なら自分のモンスターを破壊する。さぁ、ストップと宣言してください」

 

 カードが時計回りに回転を始める。それを暫し見つめていた万丈目は、半回転ほどしたところで口を開いた。

 

「ストップだ!」

 

 万丈目の宣告により、カードの回転が弱まっていく。そして最終的にカードは、カード名欄が上を向いた状態で止まった。

 

「正位置……では、万丈目さん。あなたの場のVW-タイガー・カタパルトを破壊します」

 

 斎王がそう言った瞬間《スート・オブ・ソード X》のカードが輝き、VW-タイガー・カタパルトが爆発と共に万丈目のフィールドから消える。

 万丈目が小さく呻いた。

 

「そして私は《ナイト・オブ・ペンタクルス》を守備表示で召喚。このカードは、正位置なら戦闘で破壊されない。逆位置なら、攻撃対象に選択された時、破壊される。さぁ、ストップを」

 

《ナイト・オブ・ペンタクルス》 ATK/1000 DEF/1000

 

 小柄で機械的な虫を、無理やり二足歩行にしたかのようなモンスター。

 その頭上で、カードが回転を始める。

 

「……ストップ!」

 

 万丈目の宣言。そして、ナイト・オブ・ペンタクルスのカードが止まった位置は、逆位置だった。

 つまりそれは、デメリット効果が選択されたということである。

 

「ふっ、どうやら俺にとって有利な効果になったようだな」

「フフ、私はこれでターンエンド」

 

 デメリット効果だったというのに、斎王に動揺はない。

 訝しみながらも、万丈目は己がするべきことをこなしていく。

 

「俺のターン、ドロー! ……魔法カード《天使の施し》を発動! デッキから3枚ドローし、2枚捨てる! 更に《強欲な壺》を発動! デッキから2枚ドロー!」

 

 これで手札は5枚。

 それらを端から端まで見渡して、万丈目は口角を上げた。

 

「貴様、このデュエルの未来を見通したと言ったな」

「ええ、確かにそう言いましたよ」

「どうやら、その未来とは貴様の負けで幕が閉じる未来のようだな!」

 

 万丈目はにやりと笑うと、手札からまず1枚のカードをディスクに差し込んだ。

 

「俺は手札から《死者転生》を発動! 手札から《おジャマ・グリーン》を捨て、墓地から《アームド・ドラゴン LV5》を手札に加える! 更に《おろかな埋葬》! デッキから《おジャマ・イエロー》を墓地に送る! 《死者蘇生》を発動! 墓地から《VW-タイガー・カタパルト》を特殊召喚し、タイガー・カタパルトをリリース! 現れろ、《アームド・ドラゴン LV5》!」

 

《アームド・ドラゴン LV5》 ATK/2400 DEF/1700

 

 少々体格が丸いが、厳つい顔と強力な拳が武器のレベルアップモンスター。通常召喚が可能なうえに攻撃力と効果も及第点なため、万丈目のデッキにおいても中核を担うモンスターの1体である。

 これで万丈目の手札は2枚。だが、墓地を一度見て万丈目は己の勝利を一層確信する。

 天使の施しで墓地に送られた2枚のカード。1枚は《アームド・ドラゴン LV5》、もう1枚は……《おジャマ・ブラック》だった。

 

「更に魔法カード《おジャマンダラ》! ライフポイントを1000払い、墓地の「おジャマ・イエロー」「おジャマ・グリーン」「おジャマ・ブラック」を特殊召喚する! 来い、クズども!」

 

万丈目 LP:4000→3000

 

 1000のライフを犠牲に、万丈目の場に現れる3体の小柄なモンスター。

 おジャマ・イエロー、おジャマ・グリーン、おジャマ・ブラックからなる、おジャマ三兄弟である。

 

『いや~ん』

『ばか~ん』

『うふ~ん』

 

 なぜかしなを作ったポーズを決めながら現れた3体に、万丈目のこめかみに青筋が浮かんだ。

 

「お前たち! 真面目にやらんか!」

『ちょっとした冗談じゃないの、兄貴~』

 

 賑やかに騒ぐ万丈目だが、それは斎王の目から見れば一人での奇行にしか見えない。ここで万丈目が不自然な行動をとる理由は一つ。

 斎王は、あのおジャマ3体こそが万丈目が心を通わせる精霊なのだと確信する。

 そんな斎王の心内を知る由もない万丈目は、ようやくおジャマたちとの騒ぎを収めると、改めて手札から1枚のカードを手に取った。

 

「そして俺は《おジャマ・デルタサンダー!!》を発動! 俺の場に「おジャマ・イエロー」「おジャマ・グリーン」「おジャマ・ブラック」が存在する時、相手フィールド上と手札のカードの枚数×500ポイントのダメージを相手に与える!」

 

 斎王の場にはモンスターが1体。そして手札は3枚。つまり、合計して2000ポイントのダメージが与えられることになる。

 

『くらえぃ!』

『俺たちの!』

『秘奥義!』

 

 バッと空中に飛び上がったおジャマたちが、逆三角形の形となって滞空すると同時にその身体に紫電を纏い始める。

 そしてそれが最大級に高まった時。強烈な閃光が3体から放たれた。

 

『『『おジャマ・デルタサンダー!!』』』

 

 迸った雷光が斎王のフィールドを蹂躙する。また、それだけにとどまらずその被害は手札にまで飛び火し、斎王のライフを大幅に削り取っていった。

 

「ぐぅ……!」

 

斎王 LP:4000→2000

 

「《おジャマ・デルタサンダー!!》の効果はまだ続く! デッキから《おジャマ・デルタハリケーン!!》を墓地に送り、お前の場のカードを全て破壊する!」

 

 これにより、ナイト・オブ・ペンタクルスが破壊。結果、斎王の場はがら空きとなった。ナイト・オブ・ペンタクルスは攻撃対象に選択した時点で自壊していたが、このターンで決着をつけるつもりなら、どちらでも同じことだ。

 斎王のライフポイントは残り2000。そして万丈目の場には攻撃力2400のアームド・ドラゴン LV5がいる。

 

「フン、これで貴様は丸裸だ。この万丈目サンダーを舐めてかかったことを後悔するんだな」

「く、ククク……」

 

 自信を込めて言った言葉に、返ってきたのは微かな含み笑い。自然、万丈目の眉が寄る。

 

「……貴様、なにを笑っている」

「ああ、これは失礼。ついつい嬉しくなってしまってね……」

「嬉しいだと?」

 

 場違いな台詞に、万丈目が片眉を上げる。それに対して、斎王は頷いた。

 

「私が見通した未来では、今とは異なる方法であなたは私を追い詰めるはずでした。しかし、あなたは運命に沿わない方法で以って私に迫った。それが、嬉しいのですよ」

「フン、わけのわからないことを。どのみち、貴様はこれで終わりだ。そんな胡散臭い占いに揺らぐ万丈目さんではない! いけ、アームド・ドラゴン LV5! 《アームド・バスター》!」

 

 万丈目の攻撃宣言により、アームド・ドラゴン LV5が拳を振り上げながら突進していく。

 

「……万丈目さん。確かにあなたは私の見通した未来を僅かなりとはいえ覆した。ですが――」

 

 自身に迫る暴力の拳。己のライフポイントにとどめを刺すそれを前にして、斎王は不敵に笑い口の端を持ち上げた。

 

「変えようがないからこそ、運命というのです! 私は手札から《アルカナフォースXIV(フォーティーン)TEMPERANCE(テンパランス)》の効果発動! このカードを墓地に送ることで、自分が受ける戦闘ダメージを一度だけ0にする!」

 

 カードが墓地に送られ、効果が処理される。

 アームド・ドラゴン LV5の攻撃は止められ、当然ながら斎王にダメージを与えることもなかった。

 

「な、なんだと!?」

「フフ、惜しかったですね万丈目さん。だが、運命はあなたに味方しなかったようだ」

 

 これが運命だと言わんばかりの上からの物言いに、万丈目の中に苛立ちが募っていく。

 

「運命運命と、いい加減耳障りだ! ターンエンド!」

「私のターン、ドロー」

 

 カードを引き、やはりまたテーブルに裏側で並べる。そして、その中から1枚を表側に向けた。

 

「魔法カード発動、《運命の選択》。私の手札からあなたはカードを1枚ランダムに選ぶ。そしてそのカードがモンスターカードだった場合、私のフィールドに特殊召喚する。……さぁ、私のテーブルに……」

「またか、懲りない奴だ」

 

 若干呆れ混じりにそう言って、万丈目が斎王のテーブルに近づいていく。

 と、その途中で万丈目の目の前に1体の精霊が姿を現した。心配そうに表情を歪めたその正体は、万丈目の精霊であるおジャマ・イエローだ。

 

『兄貴、行っちゃダメよ~! なんだか、嫌な予感が……』

 

 たどたどしく万丈目を止めようとするイエローだが、さっきからの斎王による度重なる不快な言い草にイラついていた万丈目は、それを軽くあしらった。

 

「うるさい! 俺はいつだって、自分の選択は自分の意思で決めてきた。いいことも、悪いことも、楽しいことも、苦しいこともだ! それを運命なんて一言で片づけられて、黙っていられるか!」

 

 おジャマ・イエローの声に、万丈目は苛立たしげにそう叫ぶと、追い払うように宙に浮かぶイエローに向かってデュエルディスクを振るった。

 それによってイエローの姿が消えたことを確認すると、改めて万丈目は斎王のテーブルの前に立つ。

 

「さぁ……」

「……こいつだ」

 

 万丈目はさして悩まずに1枚のカードを指さす。

 それを受けた斎王は、万丈目が指定したカードを手に取ると、それをゆっくりと持ち上げていき、一気にその表側を万丈目に見えるようにひっくり返す。

 そこに書かれていたカード名は――《アルカナフォースXII-THE HANGED MAN》。

 

「なっ……!」

「やはり、あなたも大きな運命に逆らうことは出来なかった……。このカードは私が《幻視》によって選んだカード。このカードがプレイされたことにより、あなたは1000ポイントのダメージを受ける」

 

 斎王は片目からだけ涙を流しながら笑う、という奇妙な表情で淡々と告げた。

 同時に、HANGED MANが斎王のフィールドに現れた。

 

《アルカナフォースXII-THE HANGED MAN》 ATK/2200 DEF/2200

 

 まるで形のない液体がろっ骨のような形に固定され、刃状になったかのような風体のモンスター。その不気味な姿がフィールドに根を下ろし、それによって万丈目は1000ポイントのダメージを受ける。

 

「ぐッ……!」

 

万丈目 LP:3000→2000

 

「更に《アルカナフォースXII-THE HANGED MAN》の効果。正位置なら、私の場のモンスター1体を破壊してその攻撃力分のダメージを受ける。逆位置なら、相手の場のモンスター1体を破壊してその攻撃力分のダメージを与える。……さぁ、ストップを」

 

 召喚されたHANGED MANが、万丈目の身体を包むようにその鋭利な刃のような腕を広げる。

 ソリッドビジョンとわかっていても、その迫力にはやはり感じるものがある。万丈目の頬を、一筋の汗が伝った。

 

「ストップだ!」

 

 HANGED MANの頭上に掲げられたカードの回転が、徐々に収まっていく。

 カチリ、カチリ、と時計の秒針のように刻まれていく時の中、ついにその回転がある位置で止まる。

 カードは上下が反転した状態……すなわち、逆位置。

 

「くッ、馬鹿な!」

「この瞬間、HANGED MANの効果により、万丈目さん、あなたの場のモンスターを破壊! そしてその攻撃力分のダメージを与えます!」

 

 万丈目の場にいるモンスターは攻撃力2400のアームド・ドラゴン LV5が1体のみ。

 しかしそれでも、万丈目の残りライフを削り切るには十分すぎた。

 アームド・ドラゴン LV5が効果によって破壊され、フィールドから墓地へ送られる。そして、破壊の際に発生した爆発の余波が万丈目に襲い掛かってライフを容赦なく奪い取っていった。

 

「ぐぁああッ!」

 

万丈目 LP:2000→0

 

 それによってライフポイントがゼロになり、万丈目の負けが確定する。

 しかし、斎王は勝敗には興味がないかのように愉悦を覗かせた顔で万丈目を見ていた。

 

「――『吊るされた男』、このカードで読み取れるあなたの運命は……そう、“停滞”です」

「くっ……なにが言いたい!?」

「あなたには乗り越えたいと思っているライバルがいる。だが同時に、心のどこかで諦めてしまってもいる」

 

 人の心に土足で踏み込むその言葉と、それに対して罪悪感すら感じられない態度に、万丈目は思わずカッとなる。

 

「貴様ッ! 俺を馬鹿にするのもいい加減にしろよ……!」

 

 射殺さんばかりに睨みつけるが、しかし斎王に意に介した様子はなく、黙々と言葉を続けていく。

 

「それどころか、友好的な態度で媚を売る。勝てないゆえの停滞……ですが、あなたが引いたのは逆位置の『吊るされた男』。これは停滞から前に進む兆し。そう、あなたは今までの自分を脱却し、新たな運命を選べるのです!」

「………………」

 

 黙り込む万丈目を前に、斎王はテーブルに置かれていた自身のデッキを持つと、それをゆっくりとシャッフルし始めた。

 

「このデッキは、これまでのあなただ。だが、こうして私が手を入れることで、デッキは……運命は、生まれ変わることが出来る」

 

 反応を示さない万丈目。しかし気にせず、斎王はシャッフルを続ける。

 

「力をあげるよ、私が。あなたの新たな運命に見合う、新しいデッキを構築してあげよう。勝ちたいんじゃないのかい? 自分の心に正直に。さぁ……さぁ……」

 

 まるでメトロノームのように機械的かつ小刻みにシャッフルを続けながら、斎王は穏やかな笑顔と口調で万丈目に迫る。

 その言葉を受け、万丈目は顔を上げる。そして、斎王を正面から見据えた。

 その瞳に浮かぶのは、憤怒。

 

「ほう……」

「大概にしろよ、貴様……! 確かに、俺は十代や遠也に負け続きだ。勝率も一割あるかどうかだろう。――だからこそ、確かに俺は勝ちたい。しかし、それが他人の力によるものであって、いいはずがない!」

 

 拳を握り、万丈目は斎王に強い言葉を叩きつけた。

 

「これは、万丈目準が一人で達成してこそ意味がある! そして、そんな俺だからこそ奴らは俺をライバルと呼び、俺もそう言えるんだ!」

 

 脳裏によぎる二人の男。そうだ、俺とて奴らのことを認めている。だからこそ、俺たちはライバルなのだ。そして、ライバルとは対等であり、競い合うもの。

 それは正々堂々、後腐れなしの勝負である。1対1の真剣なバトル。ならば、そこに他人の手を挟んでいい道理がどこにある。

 それだけじゃない。万丈目は、かつて遠也と初めて対戦した時を思い出す。まだエリート意識に凝り固まって、デュエルの本質が見えていなかったあの頃を。

 

「それに、遠也とは楽しいデュエルをするという約束もある! 他人に頼ったデッキでデュエルして、楽しいはずがあるか! 俺は……ライバルとの約束を反故にするような、そんな男には断じてならん!」

 

 そうだ。楽しいデュエルをしようと遠也は言った。最初こそ馬鹿にしていたが、その言葉の意味を理解した今では、少なくとも自分で満足できるデュエルをしようと心がけている。

 そんなデュエルを楽しいと思い、受け入れた万丈目にとって、斎王の言葉は我慢ならないものだった。

 万丈目の心の叫びを聞き、笑みを浮かべていた斎王の顔から表情が消える。

 そして、万丈目が声に出した名前を口の中で呟いた。

 

「遠也……皆本遠也か。私が見通せぬ運命を持つ男……やはり、影響はあったか……」

 

 その表情はどこか苛立たしげでもあったが、しかし次の瞬間には元の笑みが再び斎王の顔に戻っていた。

 視線の先には、大きな啖呵を切った万丈目の姿。自身を睨むその瞳を前にして、斎王はやはり笑んだままだ。

 どうやら、万丈目の心を折ることは不可能なようだと斎王は早々に見切りをつける。心まで折り、完全なる下僕と化すのが最も都合よくはあったが……この際、贅沢は言うまい。

 そう判断した斎王は、指をパチンと鳴らす。

 すると、HANGED MANの細く鋭い身体の部位がそれぞれ蠢き合い、それはまるで鞭のようにしなって万丈目の両足を拘束した。

 

「な、なに!? ぐぁあッ!?」

 

 不意を突かれた万丈目は大した抵抗も出来ず、そのまま足を掲げられ、倒立したような状態で空中に吊るされてしまう。

 その様は、まさにタロットカードの『吊るされた男』と瓜二つであった。

 

『兄貴~!』

 

 おジャマたちが万丈目の窮地に、精霊状態で飛び出す。そしてそのまま万丈目の足を縛るHANGED MANの下へ向かおうとするが、気配でそれを察した斎王が俄かに瞳に怪しげな光を宿すと、それを浴びたおジャマたちは何もできずに消し去られてしまった。

 それを終えると、斎王は吊るされている万丈目に目を向ける。

 

「あなたの答えは、どちらでもよかったんですよ。あなたは私に負けた。その時点で、全ては運命の通りだったのですから……」

 

 言いつつ、斎王は手を掲げて万丈目の頭へと近づけていく。

 それに若干の恐怖を感じながらも、万丈目は最後まで斎王を睨み続ける。

 

「……くッ……」

 

 ぐっと噛みしめた唇から呻き声が漏れる。

 直後、それは声にならない悲鳴へと変わり、やがてその場は完全なる静寂に包まれていったのだった……。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ……さて。昨日はようやく十代に復調の様子が見え、俺たちは僅かながらに肩の荷が下りた心持ちだった。

 まぁ、入れ替わりに行方不明にもなっているので心配は心配だが。まぁ、いつもの調子に戻っているんなら、そのうちひょっこり帰ってきそうではある。もちろん、ハネクリボーと一緒に。

 そんなわけで、俺とマナは些かの安堵と共にいつものようにレッド寮へと足を運んだ。

 そして、今や集会場と化している明日香が使うレッド寮最大の部屋を訪ねるが、誰もいない。

 

「んー、おかしいね?」

「ああ。食堂にでもいるのか?」

 

 俺とマナは顔を見合わせ、今度は食堂の方へと足を向ける。

 すると、そちらから聞き覚えのある声が聞こえてくる。翔と剣山、それに三沢……明日香もいるか? ともあれ、どうやらみんなこっちにいたようだ。俺達は安心して近づいていく。

 そして食堂の扉を開くと、ガラガラという立てつけの悪い音と共に真ん前にいた馴染みの面々に声をかけた。

 

「よ、みんな。どうしたんだよ、入り口で固まって」

「あ、ああ。遠也か。いや、実は……」

 

 俺の声に一番に反応した三沢だが、すぐに言いづらそうに口ごもった。

 どうしたのかと訝しみながら、俺とマナは三沢たちの背中ら奥を覗き込んでみた。

 

「ハーハッハ! やはり時代は白! やはり俺は、何色を着ても似合うな……フッフッフ」

 

 そこには、上から下まで真っ白の制服に身を包んだ万丈目が、得意げに笑っていた。

 なんだあれ。そう思うと同時に、頭で何かが引っかかっている気持ちの悪い感触を覚える。

 何かを忘れているような……。

 

「斎王の染める白い世界、光の結社か。フフフ、まぁ俺が協力するのだ。その野望もすぐに達成されるだろう、ハッハッハ!」

 

 高笑いする万丈目から聞こえてきた人名。斎王。

 それが、エド・フェニックスのマネージャーの名前だと気が付いた時、ようやく全てが一つに繋がった。

 

 ――そうか! 十代のあれは斎王の企みで、取り込もうとした策。でも無理だったから、代わりに万丈目を引き入れた……とかだったはず! 全部終わってから思い出しても意味ねー!

 

 俺は思わずがっくり肩を落として頭を抱えた。もはやほとんど記憶にない知識が恨めしい。本来、こういう作品への転移って原作知識を武器にするものじゃなかったっけ? と自分の在り方に疑問を覚えてしまうほどだ。

 まぁ、同時に現在の十代がいる場所も思い出したからよかったと言えばよかった。たぶん今頃木星の衛星……だったかな? とにかく、そこらへんにいるんだろう。

 

 

 そう、これは十代が新たな力を手に入れる時であると同時に、黒幕が動きを見せ始めた時期。

 つまるところ。

 また今年も、騒動の種が芽を出し始めたということなのだろう。

 去年に続く事件の予兆を噛みしめる。そして、俺はこれから起こっていくだろう様々な出来事を前に、気持ちを引き締めるのだった。

 万丈目の高笑いが響く、食堂の中で。

 

 

 

 



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第36話 動静

 

 十代がいなくなり、万丈目が白くなってからは、細々とした出来事はあったものの基本的には穏やかな日々だった。

 具体的には、レッドに入り浸る翔や剣山や三沢を連れ戻しに来たイエロー寮の寮長である樺山先生と剣山のデュエルとか。

 他にも相変わらず十代の弟分として対抗心剥き出しの二人がついに本気でデュエルをして翔が勝ったりとか。カイザーが順調にプロで勝ち進んでいたりとか。

 ここ数日は、そんなことがあったぐらいで穏やかなものだ。

 そういえば、万丈目も白くなったものの、斎王の操り人形というわけではなさそうだ。

 万丈目いわく「俺は斎王の掲げる目的に共感はしたが、下僕になったつもりはない。あくまでこの万丈目さんが協力してやっているにすぎないのだ」とのこと。

 でも原作を思い出してみると、二期の万丈目って斎王の忠実な部下だったようなイメージがあるんだけど……とてもそうは見えない。

 まぁ、このほうが万丈目らしいといえばらしいので文句はないけど。早く元に戻ってほしいとは思うが。

 十代も、恐らくはもうすぐ帰ってきてくれるはず。そうなれば、事態は徐々に加速していくことになるはずだ。

 だから、このゆったりとした日々はその準備期間。嵐の前の静けさみたいなものなのだろう。

 そう考えると落ち着かないが、事態が動くまでの休憩時間とでも思っておけばいいだろう。気を引き締めるのは、その時になってからでも遅くはないはずだ。

 そういうわけで、俺は今ブルーの寮でゆっくり朝食をとっている。ここのところ、色々あったからな。こういう時間は意外に貴重だ。

 そんなわけで落ち着いて食事をしたいのだが……どうも、状況はそれを許してくれないらしい。

 

「はい遠也さん、あーんして」

「ああ、ちょっとレイちゃん!」

 

 俺の左側に座り、今日の朝食のメインでもあるブルー寮特製オムレツを切り分け、それを箸で掴んで俺の口元へと差し出すレイ。

 それを見て、マナが声を上げた。

 

「一緒に食べようとは言ったけど、それはいきすぎだよ!」

「だって、ボクは普段一緒にいられないんだもん。それに、遠也さんだって嬉しいよねー?」

 

 ねー、なんて同意を求めてこられても、俺は困るぞレイ。

 

「むー……それなら私も。はい遠也、あーん」

「おいおい」

 

 なんで対抗してきてるんだよ。そこは年上のお姉さんらしく、レイを丁寧に諌めてくれるもんじゃないのか。まぁ、マナがそんなお行儀のいいキャラじゃないのはわかってるけど。

 だが、何だこの状況。この前、レイに「今度一緒にメシでも食べよう」と言っただけなのに、どうしてこうなった。

 まさかあの恋人の定番中の定番である「あーん」が両側から迫ってくるなんて、誰が予想できただろう。いや、誰もできまい。

 そんなことを考える俺だが、ふと思った。なにも馬鹿正直に付き合う必要もないんだよな、と。

 というわけで、俺は意識して表情を平素なものとし、至極当たり前のことを口にするかのように言葉を発した。

 

「いや、俺は自分で――」

「「あーん」」

「………………あーん」

 

 ずいっと一層迫ってきたため、俺は素直に口を開いた。

 だって、ここで折れなきゃいつまでも粘ってきそうだったんだもの。仕方ないね。

 ブルー寮の食堂という大勢の耳目があるこの場所でそんな小っ恥ずかしい真似をする覚悟を決めた俺は、まずマナが差し出したそれを口に含み、その後レイが差し出した方へと口をつける。

 何も一人に限定する必要もないんだし、これなら二人の要望を通したことになるはず。

 俺が口の中のものをもぐもぐと咀嚼していると、マナとレイは「やった!」「よかったー」と笑顔で互いの手をパチンと合わせて喜んでいた。

 仲睦まじいその様子。対抗してたんじゃないのか、と突っ込みたい。

 ホントに女子の感性は分からん。そんな世の不思議を実感しながら、俺は口の中のものを飲み込む。

 そして、目の前の二人から視線を外し、周りの様子を観察する。

 ……そこには、9割ほどの男子諸君が俺のことを親の仇でも見るような目で睨んでいた。

 あとの1割は彼女持ちなのだろう。そちらの視線は仲間を見つけたような目だった。この寮の男子はエリートなんじゃないのか、と思うほどに感情に素直な連中である。

 ちなみに、この中に女子はいない。そもそもここは男子寮の食堂であって、本来マナとレイの姿があってはいけない場所なのだ。

 まぁ、マナは正式な生徒じゃない上に寮長が事情を知るクロノス先生なので、ここにいるのはいつものことである。ブルーの男子もマナがここで食事をすることに反対どころか大賛成していたので、何も問題はない。

 だが、レイに至っては女子寮に正式に所属しているし、それだって中等部の寮であるので、もう色々とおかしい。

 そもそも俺は「一緒にメシを食おう」とは言ったが、寮の朝食時に突撃してくるとは思っていなかった。さすが一人でこの島まで来たことがあるだけはある。行動力が半端ない。

 ともあれ、そういうわけで今日の朝食には男子寮でありながらマナとレイという、男やもめの中、見た目にも癒される清涼剤のごとき存在がいるわけだ。

 だが、その二人ともが俺の傍から離れない。よって、男どもは女の子二人がいるのは俺のおかげと思いつつも、気に入らないという複雑な心境になっているようなのだった。

 

「はい、次だよ遠也さん。あーん」

「あ、私も私も。はい、あーん」

「すみません、もう勘弁してください」

 

 そんな心境の男子たちからの視線が、険しいものであるのは至極当然。

 だというのに、全く気にせずに再度同じことを行おうとしている二人に、俺は居心地の悪さに耐えかねて頭を下げた。

 マナは容姿的にも目立つし、昨年の学園祭でのブラマジガールの件があって何気にファンもいるようなのだ。そんなマナに普段から甲斐甲斐しく付き添われる俺に対しての視線は、しっと団もかくやというほどである。

 これ以上男子との間に無用な壁を作りたくはない俺にとって、この判断は当然と言うものだった。

 それに対して、しょうがないなぁとばかりに苦笑して大人しく両隣で座りなおす二人。

 俺はあからさまにほっとして、今度は自分で朝食に取りかかっていくのだった。

 

「うーん、遠也くんはすぐ胸キュンポイントが溜まっていくねぇ」

 

 後ろからそんな声が聞こえてきたが、俺はひたすら無視した。

 

 

 

 

 そんな朝食が終わり、レイは授業を受けるために中等部の教室へと戻っていった。選択授業が多い高等部と違って、中等部は義務教育であるため基本的に時間を作れないのがネックである。

 俺たちと別れる時に少々名残惜しそうにしていたのは、それだけ俺たちのことを慕ってくれているからだろう。そう考えると、素直に嬉しく感じる。

 

「まぁ、また放課後にな」

「うん」

 

 それでも俺の手を握ってくるレイに、俺は苦笑する。

 

「俺達ばっかりレイを独占してちゃ、中等部の友達にも悪いだろ? 友達は大切にしなきゃな」

「そうだよ、レイちゃん。仲のいい友達がいるって言ってたよね」

 

 俺の言葉に続いてマナがそう言うと、レイは嬉しそうに笑って頷いた。

 

「うん。えっと、一番仲がいいのは恵ちゃんかな。ちょっと寡黙な子だけど、猫が大好きだったりして、すっごく可愛い子なんだ!」

 

 レイによると、その子との付き合いは入学してすぐに行われたデュエルで対戦したのがきっかけだったらしい。そのデュエルは負けたのだが、その後レイはその子が必要以上に喋らないためか敬遠されているのを知ったのだ。

 一度デュエルをした仲だし放っておけない、ということで構っていくうちに仲良くなったんだとか。

 時折ふらっといなくなることがあるらしく、タイミングが合わずにまだ紹介されていないが、レイは自分の友達を俺たちに紹介したいようで、その時を楽しみにしているようだ。

 なにはともあれ、そういう話を聞くと安心する。やはり飛び級しているだけあって、周囲となじまないところもあるだろうからな。兄貴分としては、やはり心配してしまうのだ。

 その友達のことを嬉しそうに語るレイの頭に手を置き、くしゃりと軽く撫でる。

 

「わわっ、髪が乱れちゃうよ遠也さん」

「あ、悪い」

 

 ぱっと手を離すと、レイはさっと頭に手をやって簡単に髪を整える。

 思わずやってしまったが、その表情を見ると嫌がられてはいなかったようで、ちょっと安心した。

 直後、よし、と呟いたレイは俺たちから一歩下がり、小さく手を振った。

 

「それじゃあね、遠也さん、マナさん! 放課後になったらレッド寮に行くからねー!」

「おう、待ってるぞ」

「またあとでねー」

 

 それに俺達も手を振り返すと、レイは満足そうににっこり笑って足取り軽く中等部の方へと小走りに駆けていった。

 その後ろ姿を見送り、俺たちは顔を見合わせる。

 

「じゃ、俺たちも行くか」

「うんっ」

 

 今日最初の授業を受ける教室へと身体を向け、するりとマナが自分の腕を俺の腕に絡めてくる。

 マナの顔は楽しそうな笑みで彩られている。

 学生生活というものを送ったことがないマナにとっては、必須授業だろうと選択授業だろうと、どんな授業も楽しいものらしい。

 気づけば俺が取っていない授業に顔を出していることもあるぐらいだ。俺たちにとってはごく普通にすぎる学校の授業も、マナにとってはとても新鮮なことなのである。

 

「ほらほら、遠也! レッツゴー!」

「はいはい」

 

 笑うマナは、本当に可愛い。

 だからこそ俺も、結局はこうして付き合ってしまうのだ。この顔を見れば、サボろうかなんて言えないってものだ。

 まぁ、こうしてマナが喜んでくれるなら、サボらずに授業も真面目に受けてやるとも。

 俺は腕を引かれながら、これから始まる授業に心躍らせているマナの顔を微笑ましく見つめるのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 そんなこんなで特に事件もなくその日の授業を消化した俺たちは、レイとの約束のあるレッド寮に向かう。

 恐らくは既にレイはいるはずだ。何故なら、中等部の授業は基本的に高等部よりも早く終わるからである。

 高等部には選択授業があるため絶対というわけではないが、普通は中等部の方が早い。まして俺たちは今日最後まで授業を取っていたので、ほぼ間違いなくレイの方が早い。

 マナとぶらぶらお手てつないで歩き、辿り着いたレッド寮のいつもの部屋の扉を開く。

 途端に広がる視界。中を見渡せば、そこにいたのは明日香と吹雪さん。それから翔と剣山に万丈目……万丈目、普通にいるけど俺たちと一緒にいていいのだろうか。

 まぁいいや。そして最後に、ソファに体育座りで座ってテレビを見ているレイがいた。

 入って来た俺たちに、全員の視線が注がれる。その中でレイは俺たちの姿を認めると、ぱっと顔を晴れやかなものにしてソファからぴょんと飛び降りて駆け寄ってくる。

 

「お疲れさま! 遠也さん、マナさん!」

 

 こちらの疲れを吹き飛ばすような笑みに、自然と俺も頬が緩む。「ん、サンキュ」と返しつつレイの頭にぽんと手を置いた。

 マナもレイの傍に寄っていき、「ありがと、レイちゃん」と言っているのを聞きつつ、俺はこの場にいない一人について尋ねる。

 

「三沢は?」

「ああ、三沢くんならイエロー寮の用事っすよ」

「イエロー寮の?」

 

 俺が訝しげに首を傾げると、翔は続けて説明してくれた。

 

「三沢くんって僕たちイエロー二年生の代表みたいな立場だから。三年生よりもしっかりしてるって、結構樺山先生に頼まれごとをされてるんだ」

「俺たち一年生にも結構気を使ってくれる、頼れる先輩ザウルス。よく相談を受けたりもしているらしいドン」

「へぇ、さすが三沢」

 

 秀才であり、優等生でもあるアイツらしい。

 それでいて堅すぎるというわけでもなく接しやすいし、確かに後輩から慕われそうだよな、三沢って。

 とりあえず、そういうわけで三沢はいない、と。

 じゃ、次は。

 

「万丈目。お前、光の結社がどうとか言ってなかったか?」

「フン。斎王はまだ何も言ってこんからな。今はそれより天上院君と接する時間の方が大切だ」

 

 何を言っているんだ、という顔で返されてしまった。

 ……俺がおかしいのだろうか?

 まぁいい。万丈目については今すぐどうこうできるわけではないし、こうして目の届くところにいてくれた方が安心といえば安心だ。

 そういうわけで、俺はレイとマナに視線を戻す。そして、二人がいそいそと腕にデュエルディスクを着けているのを見た。

 

「なにやってるの?」

「え、いやぁレイちゃんと話しててね」

「そういえば、マナさんとデュエルしたことないなぁって」

 

 二人は俺の問いにそう答え、ガチャンとデュエルディスクをしっかり装備する。

 よし、と頷く二人。そしてマナは俺に手の平を出してきた。

 

「ごめんね、またデッキ借りていい?」

 

 申し訳なさが覗く顔で言われ、俺は小さく溜め息をこぼす。

 意識してやっているわけじゃないだろうが、そんな顔されたら断れるわけないっての。

 それに、俺の魔法使い族デッキを基にしているから俺が変わらず持ち歩いているが、すでにマナのカードも加えてマナが使いやすいように調整されている以上、半分以上はマナのデッキと言っても過言ではない。

 そんなデッキを取り出して差し出された手のひらに乗せたあと、俺は何の気はなしに言葉を付け足す。

 

「……はいよ。もうこのデッキ、お前が持ってた方がいいかもな」

 

 毎度毎度こうして貸していると、マナも好きな時にデュエルできないだろう。

 そういう考えから口に出すと、マナは驚いたように目を見張った。

 

「え、でも……このデッキは遠也が元の場所から……」

「いいよ。もう俺はアッチにそこまで未練はないし。それに……大切なデッキだからこそマナに使ってもらいたい」

「遠也……」

 

 じーんとした目で見つめてくるマナに、俺もその瞳を正面から覗きこむ。必然、見つめ合う形になった俺たち。

 マナの綺麗な碧の瞳に自分の顔が映りこんでいる、そんな些細なことに何故か意識を割きながら、俺たちはこのいい雰囲気の中でゆっくり――、

 

「コホンッ!」

「っ!」

「はわっ!?」

 

 といったところで、唐突に響く大きな咳払い。

 反射的に身をのけぞらせた俺とマナは、そのままその音の発生源へと顔を向ける。

 そこには、笑顔ながらも迫力を込めた表情でこちらを見る明日香の姿があった。

 

「……私の部屋で、そういうことはよしてもらえるかしら?」

「「す、すみませんでした」」

 

 素直に俺とマナは頭を下げた。どうも少しばかり調子に乗りすぎたらしい。雰囲気に流されるというのも考え物だな。

 そんな俺たちの姿に、吹雪さんはニコニコと笑顔で。万丈目は我関せず。剣山は暗いオーラを纏い、翔は血の涙を流さんばかりに表情が凄いことになっていた。歯ぎしりの音がここまで聞こえるってどんだけだよ。

 

「ぎぎぎ……妬ましいっす……!」

 

 言葉通り心底から嫉妬している顔をしているだけに説得力がある。俺は翔の態度に思わず一歩後ろに引いていた。

 すると、下がった俺の袖が誰かに掴まれる感触。

 視線を落とし、その手の先をたどってみれば、そこにはこちらを少々不機嫌そうに見るレイの姿があった。

 

「あーっと、レイ?」

「………………」

 

 ここ最近では珍しく、むすっとした顔のレイに、どう反応したものかと俺は頭を悩ませる。

 しかしレイも俺がマナとそういう関係であることは既に知っているはずだし、俺の口からは何も言うことはないんだよなぁ。

 どうしようか、と思っていると、レイはぱっと俺から手を離して、今度はマナの腕を掴んで扉の方へと引っ張る。

 わっ、と急なことに驚いた声を出すマナに、レイは不機嫌そうではあるが心の底からそう思いこめていないような、ひどく複雑そうな顔で溜め息をついた。

 

「はぁ……亮先輩の時といい、ボクの恋って前途多難だなぁ」

「へ?」

 

 ぼそぼそと小声で呟かれた声にマナが疑問の声を上げるが、それは気にせずにレイは先程とは違うすっきりした顔を見せた。

 

「でも、今度はそう簡単に諦めたりしないんだから! というわけでマナさん、早速デュエルしましょう!」

「えぇ!? どういうわけなの、レイちゃん!?」

 

 ごもっともな発言をするマナだったが、レイはさっさとマナの腕を取って外に出て行ってしまう。

 自然、マナも引きずられるようにして外に出ていくことになる。

 それを唖然と見送った俺は、いつの間にか隣に来ていた明日香に、軽く背中をポンと押された。

 振り向けば、そこには呆れ顔で笑う明日香の姿。

 

「……ほら、あなたが行かないと始まらないでしょ」

「いや、俺がいなくてもデュエルは出来る――」

「いいから、早く行きなさい」

「は、はい」

 

 有無を言わさない口調でぴしゃりと言われ、俺は早足で外に向かう。

 その後ろで、明日香が溜め息をついたのがわかったが、それが何故かまではわからない俺なのだった。

 

「……ホント、レイも大変ね……」

 

 明日香がこぼしたその言葉を、俺は正確に聞き取れなかった。

 だが、その口調がどこか寂しげであったことだけが、俺の耳に残ったのである。

 

 

 

 

 外に出ると、既にマナとレイは距離を開けて向かい合っていた。

 俺の後にぞろぞろと出てきた面々も出そろい、二人は俺たちが見つめる前でそれぞれデッキから5枚のカードを引く。

 その様を見ながら、万丈目がフンと鼻を鳴らす。

 

「ただのデュエルではつまらん。ここはひとつ、敗者には罰ゲームを課してはどうだ?」

「いきなりどうした、万丈目」

 

 万丈目の唐突な提案に、マナとレイ含めてその場の全員の視線が集まる。代表して俺が問い返すと、万丈目は肩をすくめてもっともらしい口調で話し出す。

 

「なに、いつも普通にデュエルしてばかりだと飽きるだろう。だから、ここはひとつ趣向を変えてみるべきだ。たとえばこのデュエルの敗者は光の結社に強制加入という罰ゲーム。勝者はこの俺直々に推薦してやるというご褒美をべッ!?」

 

 俺はとりあえず万丈目の口を黙らせるべく拳骨を落とした。

 上から殴りつけられ、舌を噛んだ万丈目は痛そうである。

 

「き、きひゃまッ! なにをひゅるッ!?」

「お前がアホなことを言うからだ!」

 

 怒鳴りつけると、万丈目はなおも「部下になれとは言っていないぞ! あくまで同志として俺と斎王に協力をだな……」と言っている。

 結局光の結社寄りの考えになったものの、根本は元の万丈目と変わっていないんだと実感する。この自分本位で自信満々なところとか。

 それが万丈目のいいところだが、それも時と場合によりけりだ。さすがに光の結社がどうこうというのを認めるわけにはいかないため、俺含め全員が万丈目の提案にNOを突きつけた。

 のだが……。

 

「その提案、受けた!」

「ええええ!?」

 

 一人、レイだけが乗り気だった。

 軽々しくOKしたレイに、俺は泡を食って止めに入る。

 

「ま、待てレイ! 光の結社ってのは一種のカルト集団というか、危ない所でだな! 決して軽々しく入るとか言っちゃダメなところだぞ!」

 

 しかし、慌てる俺に対して、レイは小さく笑って首を横に振る。どういうことだ?

 

「そうじゃなくて、罰ゲームがOKってことだよ。内容はボクたちで決めればいいでしょ?」

「ああ、そういうこと……」

 

 レイの言葉に、俺はほっと胸を撫で下ろす。

 あれで光の結社に入ってもいいなんてことになったら、無理やり介入してこのデュエルをやめさせるところだった。さすがにそうなったら傍観は出来ん。

 マナもそれならいいと思ったのか、了承の意を込めて首肯した。

 

「じゃあ、マナ。レイが負けたらどうするよ?」

「うーん……そうだなぁ。それじゃ、その時は一日私に付き合ってもらおうかな」

 

 俺がマナに尋ねると、到底罰ゲームとは思えないような内容の提案をレイに示した。

 まぁ、そこらへんはマナらしいといえばマナらしいか。レイもそんな提案に苦笑しているが、それでも否はないのかこくりと頷いた。

 

「じゃあ、ボクだね。マナさんが負けたら……うーん……」

 

 言って、レイはうんうん唸る。

 自分で罰ゲームはOKと言ったのに、肝心の中身については考えていなかったらしい。単に面白そうだからという理由で罰ゲームを採用したな、これは。

 しばらく唸ったレイは、結局思いつかなかったのかちらりと俺を見る。なんだ。

 

「そうだ! ボクの代わりに遠也さんが決めてよ。マナさんのことなら、ボクよりよく知ってるでしょ?」

「俺が?」

 

 思わず自分を指さすと、レイはにっこり笑って頷いた。

 確かに俺はレイよりマナに詳しく、その点罰ゲームになり得そうなものも思いつくが……。いいのか、それで。

 マナなんかは、なんか見るからに焦りが顔に見えるんだが。おいおい、まさか俺が本気でマナが嫌がることを強要するとでも思っているのか。だとしたら心外だ。もっと自分の恋人を信用してほしいものである。

 そんなことを考えつつ、自分の中で考えをまとめた俺は、コホンと一つ咳払い。

 そして、マナにそう無茶な提案はしないから安心しろという意味を込めて、微笑んだ。

 その笑みに安堵の息を吐くマナ。そんな恋人に、俺は指を突きつけた。

 

「負けたら、メイド服で俺にご奉仕な」

 

 瞬間、周囲の空気が凍った気がした。

 そしてそんな宣告を受けたマナはというと、口元をひくつかせた笑みで、固まっている。

 

「……あれ?」

 

 俺としてはそれほど実現不可能というわけでもないことを言ったつもりだったのだが、言葉をなくすほどのことだろうか? 確かにメイド服がなければ不可能な罰ではあるが……。

 困ったな。これ以外となるとあとはもう裸エプロンしかない。だが、それをすると後輩からのあだ名が「裸エプロン先輩」で固定されてしまうので、そっちは勘弁してもらいたいところである。

 と、そんなことを考えていると、後頭部に走る衝撃。振り返ればヤツ……じゃなくて、顔を赤くした明日香が拳を握っていた。

 

「あ、あなたね! 何を考えてるの!?」

 

 明日香はふるふると震えて怒りのオーラを発している。

 いや、待て明日香。俺も確かに常識か非常識かで考えれば、非常識な提案だったと自覚はしている。だが、それでも俺はこの提案をしなければならなかったんだ。

 そんなふうに言い訳すると、明日香は黙って「……その理由は?」と先を促してきた。

 よくぞ聞いてくれました。

 

「それが……男の夢だからだ」

「馬鹿でしょ、あなた」

 

 なんで私はこんなのに……、となんだか落ち込み始めた明日香。そして、対照的に俄然調子を上げてきたのが吹雪さんである。

 

「んー、いいね遠也くん! 君は男心の何たるかをよくわかっている! 実に素晴らしいよ!」

 

 テンション高くのたまう吹雪さんに、明日香は一層疲れた顔をした。

 そして翔と剣山は、マナのメイド服姿を想像したのか、頬を赤らめて「……いい」と呟いていた。一応言っとくが、俺のだからな。

 更に万丈目は、こちらも頬を赤らめて「天上院君のメイド服姿……いい」と呟いていた。直後、明日香から「万丈目くん?」と怖い目で迫られていたのはお約束である。

 と、そんな風に俺たちがぐだぐだに騒いでいると、レイがいつの間にかやる気でディスクを着けた腕を掲げていた。

 

「それじゃ、いくよマナさん!」

「ええ!? ホントにあの条件で!? うぅ、なんだか私だけ割を食ってるよぅ……」

 

 しぶしぶ同じくディスクを構えるマナ。

 おいおい、ホントにあの条件でやるのか? 半ば冗談交じりだったとは今更言えなくなってきてしまったんだが……どうしよう。

 と、内心ちょっと冷や汗を流す。が、そうこうしている間に、二人は同時に声高く宣言していた。

 

「「デュエル!」」

 

マナ LP:4000

早乙女レイ LP:4000

 

 その宣言の声を聴き、周囲の面々は、「あれ、始まってる!?」とようやく現実へ帰還なされた。

 それはそれとして、どうやらまずはレイのターンのようである。

 

「ボクのターン、ドロー!」

 

 カードを引いたレイは、引いたカードをそのままディスクに差し込んだ。

 

「ボクは《天使の施し》を発動! 3枚ドローし、2枚捨てる! そして《恋する乙女》を召喚!」

 

《恋する乙女》 ATK/400 DEF/300

 

 出たか、レイのフェイバリットにして、象徴的なカード。

 これまでこのカードのサポート含めて、いくつか俺もアドバイスしてきたし、カードも何枚か譲っている。それに自分のカードを加え、どう調整したかが見ものだ。

 実は、調整後のデッキを見るのは俺もこれが初めてだったりする。デッキが完成すると、レイはかたくなに見せるのを拒んだのだ。

 なんでも、デュエルで見て驚いてほしいとのこと。確かに俺は訊かれたことに答えはしたが、デッキそのものに手を加えたわけではない。

 あくまでレイが必要としたカードを提示したり、といったアドバイスだけである。

 ゆえに、果たしてどんなデッキになったのかは楽しみではある。特に、全く触れなかったエクストラデッキのほうに興味がある。

 再会して初めてデッキを見た時、レイはエクストラデッキもいつの間にか作っていたのだ。果たしてそこに組み込まれたモンスターは何なのか。上手くいけば、それはこのデュエルで明らかになるだろう。

 

「更にカードを3枚伏せ、ターンエンド!」

 

 カードはガン伏せ。レイにとってはお決まりのスタートである。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 レイのターンが終わり、カードを引いたマナは即座に行動に移った。

 

「私は《ジェスター・コンフィ》を特殊召喚! このカードは特殊召喚扱いで召喚できるカードだよ! 更にジェスター・コンフィをリリース! 《ブリザード・プリンセス》をアドバンス召喚!」

 

《ブリザード・プリンセス》 ATK/2800 DEF/2100

 

 おいおい、マジかよ。マナのやつ、1ターン目から飛ばしてるなぁ。

 まぁ、あれだ。俺があんな罰ゲームを提案したからかもしれない。目がかなり真剣だし。

 若干焦っているようにも見えるし、それが響かなければいいんだけど……原因である俺が言えたことじゃないが。

 

「ブリザード・プリンセスの召喚に成功したターン、相手は魔法・罠カードを発動できない! いって、ブリザード・プリンセス! 恋する乙女に攻撃! 《コールド・ハンマー》!」

「うぅっ……!」

 

レイ LP:4000→1600

 

 デカい氷塊が恋する乙女を思いっきり吹っ飛ばす。見た目にもすごく痛そうである。

 さすがに攻撃力2800と400では、受けるダメージも膨大だ。一気に半分以上のライフを持っていかれた。

 

「けど、この瞬間恋する乙女の効果発動! 恋する乙女は攻撃表示でいる限り戦闘で破壊されず、このカードを攻撃したモンスターに乙女カウンターを1つ乗せる!」

 

《ブリザード・プリンセス》 counter/0→1

 

 レイにとって、しかし攻撃を受けることこそが最大の狙い。これで、ブリザード・プリンセスを奪う下準備は整ったといったところか。

 マナもそれがわかるだけに、厳しい表情だ。

 

「私はカードを1枚伏せて、ターンエンドだよ!」

「ボクのターン、ドロー! ……ボクはカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 む、伏せただけ? 手札にキューピッド・キスがないのか? せっかく乙女カウンターを乗せても、あのカードがなければ意味がない。これはひょっとして、レイにはキツイ展開になるか?

 

「私のターン、ドロー!」

 

 マナがカードを引き、手札の中から選択してカードをディスクに差し込む。

 

「私は《死者転生》を発動! 手札から《ブラック・マジシャン》を墓地に送り、墓地から《ジェスター・コンフィ》を手札に加えるよ。更に伏せていた《リビングデッドの呼び声》を発動! 墓地から《ブラック・マジシャン》を特殊召喚!」

 

《ブラック・マジシャン》 ATK/2500 DEF/2100

 

 現れるお師匠様。これで、マナの場には2体の最上級モンスターが並んだ。壮観である。

 

「更に《ジェスター・コンフィ》を特殊召喚! そしてリリース! 来て、《ブラック・マジシャン・ガール》!」

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000 DEF/1700

 

 更にブラック・マジシャン・ガールまでか。かなり攻めの姿勢だな、今日は。

 だが、対するレイの場には伏せカードが4枚もある。攻撃しなければ始まらないとはいえ、果たしてどうするのか……。

 悩むそぶりを見せるマナ。しかし、意を決して口を開いた。

 

「バトルだよ! まずはブラック・マジシャン・ガールで恋する乙女に攻撃! 《黒魔導爆裂破(ブラック・バーニング)》!」

「罠発動! 《ガード・ブロック》! この戦闘ダメージを0にして、ボクはデッキから1枚ドロー!」

 

 あれは俺が渡したカードか。戦闘自体は行い、ダメージをなくすあのカードは、乙女カウンターを乗せる時には最高のカードだ。上手く使ったなぁ、レイ。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 counter/0→1

 

「むむ……じゃあブラック・マジシャンで恋する乙女に攻撃! 《黒・魔・導(ブラック・マジック)》!」

「まだまだ! 罠発動、《体力増強剤スーパーZ》! 2000ポイント以上の戦闘ダメージを受ける時、その戦闘ダメージがライフから引かれる前に、ボクのライフを4000ポイント回復する!」

 

レイ LP:1600→5600→3500

 

《ブラック・マジシャン》 counter/0→1

 

 これでマナのモンスター全てに乙女カウンターが乗った。更に、レイのライフまでかなり回復してきている。

 マナもちょっとまずいかなという顔をしているが、ブリザード・プリンセスにも攻撃させるようだった。

 

「最後! ブリザード・プリンセスで恋する乙女に攻撃! 《コールド・ハンマー》!」

「もう1枚、罠カード《体力増強剤スーパーZ》! ダメージの前にライフポイントを4000回復するよ!」

 

レイ LP:3500→7500→5100

 

 もう1枚伏せられてたのかよ。呆れる俺だったが、対戦しているマナはそれ以上だ。見るからにがっくりと肩を落としていた。

 

「まさか全部防がれちゃうなんて……ターンエンドだよ」

 

 それどころかライフが初期値より増えているという。

 このターンの始めは一撃で削れるような残りライフだったのになぁ。普通スーパーZを2枚とか入れないんだが、レイはそれでこうして上手くいってるんだから大したものだ。

 上手く回れば、これだけライフポイントを稼げるんだからホントに凄い。さすがに飛び級は伊達じゃないな。カードに関する運もかなり持っているのは間違いない。それに、恋する乙女を使い続ける、カードへの愛情も。

 レイのデッキ構成の場合、他の人が使えば恐らく高確率で上手く回せずに負ける。

 これだけ恋する乙女を守る布陣を最初から築けるレイの運と、それを可能にする純粋な想いこそが、あるいはレイをこの学園に入る実力者へと成長させたのかもしれなかった。

 

「ボクのターン、ドロー!」

 

 カードを引き、レイがその表情に笑みを見せる。

 その笑みはマナだけでなく俺にも向けられており、俺もつられるようにしてレイの顔を注視した。

 そんな視線を受けて、レイは一層笑みを深める。

 

「いくよ、マナさん、遠也さん! ボクのデッキの新しいパートナーの姿を見せてあげる! ボクは手札から魔法カード《調律》を発動!」

 

「なッ!?」

「えぇ!?」

 

 レイが手札から示したカードに、俺とマナは揃って驚きの声を上げた。後ろの面々の反応も似たり寄ったりで、あのカードの登場に驚いているのがわかる。

 あれは俺がよく使うカードであり、またまだまだ世間的には知名度の低いカードでもある。俺のデッキをよく見ており、デュエルを通じて使い方を知っていたからこそだろうか、レイがデッキに入れたのは。

 しかし、調律はチューナーを……それも「シンクロン」を限定で呼び込むカードだ。それで、レイはいったい何をシンクロ召喚するつもりなんだ?

 まったく予想できないだけに、俺はただレイの場を見つめるしかなかった。

 

「ボクはその効果でデッキから「シンクロン」と名のつくチューナー、《ジャンク・シンクロン》を手札に加え、デッキをシャッフル! その後、デッキトップのカードを墓地に送る!」

 

 一連の効果処理を終え、レイは今まさに手札に加えたカードをそのままディスクに置く。

 

「そして、《ジャンク・シンクロン》を召喚!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

 

 お馴染みの眼鏡をかけたオレンジの鉄板を主に形作られたチューナーが、レイの場に現れる。

 そして、ジャンクロンが出てきた以上、その効果が発揮される。

 

「ジャンク・シンクロンの効果発動! 墓地のレベル2以下のモンスターを効果を無効にして特殊召喚する! ボクは天使の施しで墓地に送られた《恋する乙女》を特殊召喚!」

 

《恋する乙女2》 ATK/400 DEF/300

 

「更に場にチューナーがいるため、墓地から《ボルト・ヘッジホッグ》を特殊召喚するよ!」

 

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 これも天使の施しで墓地に送られていたモンスターか。だが、ものの見事に俺がよく使うモンスターばかりである。

 俺はそんなことを思いながらレイを見る。すると、俺からの視線にレイが気づく。この状況から俺が言いたいことがわかったのだろう、レイは照れくさそうに笑った。

 

「その……好きな人と同じカードを使うって、なんかいいなぁって思って、つい……」

 

 頬をかきながら、おどけたようにあははと笑う。

 そのレイの姿は、不覚にもドキッとするほど可愛く見えた。

 

「けどね、遠也さん。ただ真似しただけじゃないんだよ。――見ていて、これがボクの新しいパートナー! レベル2恋する乙女とレベル2ボルト・ヘッジホッグに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 恋する乙女、ボルト・ヘッジホッグが合計4つの星となり、3つの光の輪となったジャンク・シンクロンの中を通り抜けていく。

 レベルの合計は、7だ。

 

「――みんなの想いを守るため、機械の心が燃え上がる! シンクロ召喚! 愛と希望の使者、《パワー・ツール・ドラゴン》!」

 

 レイの宣言と共に、光の中から現れたのは機械仕掛けのドラゴンである。

 スクラップ・ドラゴンとは違い、真新しく色づけられたカラフルな装甲は、どこか子供の玩具を連想させるシンプルなデザインで構成されている。

 黄色を主体にした装甲に、青いショベルカーの先端にある掘削部分を右腕に着け、左腕には緑の取っ手がついたドライバーが装着されている。

 赤いレンズがはめ込まれた両目はそのまま丸く、どこか愛嬌のある顔立ちでもある。

 ……そして何と言っても、このカードは5D’sにおいて龍亞が使うエースモンスター。とどのつまり、これまたこの世界では1枚しか存在しない六竜のうちの1体であったりした。

 

《パワー・ツール・ドラゴン》 ATK/2300 DEF/2500

 

「え、ええぇぇえええッ!?」

 

 無論、俺の驚きはかなりのものである。

 だって、パワー・ツール・ドラゴンですよ? シグナーの竜になる可能性を秘めた特別な竜(機械族だけど)の1体、ペガサスさんが手放したこの世界に1枚しかないカードだ!

 確かにあのシンクロ召喚実演のイベントの中に紛れ込ませたとは聞いていたが、もうだいぶ前のことだ。なのに、なんでそれをレイが持ってるんだ!?

 動揺を隠せない俺。そして、周囲からも「遠也くん以外のデッキでシンクロ召喚してるの、初めて見たっす」「私もよ」といった驚きの声が上がっている。

 皆が知るこれまでシンクロ召喚には常に俺のデッキが使われていたからな。学園祭でマナもシンクロ召喚を使ったが、あれも俺のデッキだったし。

 それだけ、シンクロ召喚=俺関係というのが皆の中では定着していたんだろう。今回はそれとは関係ないところで行われたシンクロ召喚だからこそ、驚きもあるということか。

 まぁそれはさておき、そんなことを考えている間にもレイの行動は進行していった。

 

「パワー・ツール・ドラゴンの効果発動! 1ターンに1度、メインフェイズに自分のデッキから装備魔法カード3枚を選択し、相手はそこからランダムに1枚選び、選択したカードをボクの手札に加えて残りはデッキに戻してシャッフルする! ボクが選ぶのは、この3枚!」

 

《キューピッド・キス》

《キューピッド・キス》

《キューピッド・キス》

 

 そしてレイはその3枚を裏側にしてシャッフルすると、マナに向けてさぁ選べとばかりに突き出した。

 選択肢ねぇじゃん! 動揺しつつも、心の中で突っ込みを入れる俺だった。見れば、マナの顔も若干ひきつっているようである。

 

「じ、じゃあ真ん中で……」

「はーい。それじゃ、ボクは早速手札に加えた《キューピッド・キス》をパワー・ツール・ドラゴンに装備!」

 

 パワー・ツール・ドラゴンの身体が、うっすらと桃色がかった靄のようなもので包まれる。これが、キューピッド・キスを装備した状態なのだろう。

 キューピッド・キスは、装備モンスターが乙女カウンターの乗ったモンスターを攻撃してダメージを受けた時、そのモンスターのコントロールを得ることが出来る装備魔法。

 一見恋する乙女しか装備できないと思いがちだが、このカードは他のモンスターでも装備可能なカードだ。そのため、それなりに攻撃力が高いモンスターに装備させれば、受けるダメージを軽減させることが可能になる。

 ただ、そのためには攻撃力が一般的な上級モンスターよりも低く、かつ下級アタッカークラスよりは高い値でないと、あまり意味はない。攻撃力が高すぎると戦闘破壊してしまうし、逆に低すぎると受けるダメージが大きくなるためだ。

 その点、パワー・ツール・ドラゴンの攻撃力はちょうどいい。2300は最上級の基準ともいえる2500にわずかに届かない程度であり、2000や2100といったアタッカーの値をギリギリ上回っているからだ。

 そのうえ恋する乙女に必須の装備魔法である《キューピッド・キス》のサーチまでこなすのだから、確かにレイにとってはそれなりに相性のいいカードなのかもしれなかった。

 

「いって、パワー・ツール・ドラゴン! ブリザード・プリンセスに攻撃! 《クラフティ・ブレイク》!」

「きゃっ……」

 

 右手のショベルに左腕のドライバー、そんな凶器を持って突進してくる機械の竜に、マナが僅かに声を漏らす。

 だが、ダメージを受けるのは攻撃力が低いパワー・ツール……つまり、レイのほうである。

 

レイ LP:5100→4600

 

「この瞬間、キューピッド・キスの効果発動! 乙女カウンターが乗っているモンスターを攻撃しダメージを受けたため、ブリザード・プリンセスのコントロールを得るよ!」

 

 パワー・ツール・ドラゴンが纏っていた淡いピンク色の靄が、ブリザード・プリンセスにもまとわりつく。

 そして、それに身体中を包まれたブリザード・プリンセスは、マナの場からゆっくりとレイの場へと移動してくるのだった。

 

「更にパワー・ツール・ドラゴンの効果! このカードに装備された装備魔法カード1枚を墓地に送ることで、このカードの破壊を免れる! ボクはキューピッド・キスを墓地に送る。よってパワー・ツール・ドラゴンは破壊されないよ!」

 

 パワー・ツール・ドラゴンに秘められた第2の効果。これがあるため、パワー・ツールはステータスにあまり恵まれていないながら、それなりに場もちがいい。

 また、破壊されずにコントロールを奪えることから、キューピッド・キスの装備先としても実に有用である。

 恋する乙女のように戦闘破壊に耐性があるモンスターは、やっぱりレイのデッキコンセプトだと相性がいい。っていうか、ホントにパワー・ツールと相性がいいなレイのデッキは。

 

「そしてブリザード・プリンセスでブラック・マジシャンに攻撃! 《コールド・ハンマー》!」

「きゃあッ」

 

マナ LP:4000→3700

 

「ボクはカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

「むぅ……私のターン、ドロー!」

 

 この時点で、マナの場にはブラック・マジシャン・ガールだけ、手札は2枚。

 

「私は《死者蘇生》を発動! 墓地からブラック・マジシャンを特殊召喚! そしてバトル! ブラック・マジシャンでパワー・ツール・ドラゴンに攻撃! 《黒・魔・導ブラック・マジック》!」

「くぅ……!」

 

レイ LP:4600→4400

 

 これで、パワー・ツール・ドラゴンは退場か。まぁ、仕方ないな。

 

「更にブラック・マジシャン・ガールで恋する乙女に攻撃! 《黒魔導爆裂破ブラック・バーニング》!」

「むむ……」

 

レイ LP:4400→2800

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンドだよ」

「ボクのターン、ドロー! ボクは《早すぎた埋葬》を発動! ライフを800支払い、墓地のパワー・ツール・ドラゴンを復活させてこのカードを装備させる! 更にボクは伏せていた永続罠《女神の加護》を発動! ボクのライフを3000ポイント回復する!」

 

レイ LP:2800→2000→5000

 

《パワー・ツール・ドラゴン》 ATK/2300 DEF/2500

 

 と思ったら、すぐに復活してきたか。

 パワー・ツールがいる以上、やはり早すぎた埋葬は入ってるよな。ある意味、死者蘇生よりも便利なカードだし。特にパワー・ツールにとっては。

 

「更にパワー・ツール・ドラゴンの効果発動! デッキから3枚の装備魔法を選び、相手がランダムにそこから選択したカードを手札に加える。今度は……この3枚!」

 

《団結の力》

《ハッピー・マリッジ》

《魔導師の力》

 

 これはひどい。

 

「じゃあ……右のカード!」

 

 マナにとっては苦渋の選択だったな。どれをとってもいい結果にはならんし。

 

「右のカードは……うん! ボクは手札から《ハッピー・マリッジ》をパワー・ツール・ドラゴンに装備! このカードは相手のモンスターが自分フィールド上に表側表示で存在する時、装備モンスターの攻撃力をそのモンスターの攻撃力分アップさせる! よって、ブリザード・プリンセスの攻撃力分、パワー・ツール・ドラゴンの攻撃力がアップ!」

 

《パワー・ツール・ドラゴン》 ATK/2300→5100

 

「攻撃力5100!?」

 

 ついにサイバー・エンドを正面から叩き潰せるほどになったか。これを見たら、さすがにカイザーも驚きそうである。

 

「バトルだよ! パワー・ツール・ドラゴンでブラック・マジシャンに攻撃! 《クラフティ・ブレイク》!」

「と、罠発動! 《くず鉄のかかし》! 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、このカードを再びセットする!」

「なら、ブリザード・プリンセスでブラック・マジシャンに攻撃! 《コールド・ハンマー》!」

「うっ……!」

 

マナ LP:3700→3400

 

 マナのライフが削られるが、同時にブラック・マジシャンが墓地に行ったことにより、ブラック・マジシャン・ガールの攻撃力が上昇する。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000→2300

 

「ボクはこれで、ターンエンド!」

「私のターン、ドロー!」

 

 なんとか凌いだが、しかしこれでマナの手札は1枚だけ。しかもあれは元が俺のデッキだから、強欲な壺のように便利なカードは入っていない。

 手札1枚で逆転するには、アドバンス召喚軸の魔法使い族では爆発力が足りないだろう。

 

「……バトル! ブラック・マジシャン・ガールで恋する乙女に攻撃! 《黒魔導爆裂破ブラック・バーニング》!」

「くぅ……っ!」

 

レイ LP:5000→3100

 

 ブラック・マジシャン・ガールの攻撃が綺麗に決まる。

 だが、恋する乙女は戦闘で破壊されないカードだ。レイのライフを削りはしたが、場に変動はない。しかも、この劣勢の中だ。ここで決定打を打てなかったのは正直に言って痛いだろう。

 事実、マナは何とも言えない顔で、残り1枚の手札をディスクに差し込んだ。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンド」

「ボクのターン、ドロー! ボクは再びパワー・ツール・ドラゴンの効果を発動! デッキから3枚の装備魔法を選ぶよ!」

 

《団結の力》

《魔導師の力》

《魔導師の力》

 

 またさっき並みにアレなカードばかりだな……。

 すっかり装備魔法もメインになっているらしいレイのデッキにとって、魔導師の力ほど怖いものはないぞ。今の場を考えれば、攻撃力の上昇値は2500ポイントにもなり得る。

 

「……左のカードで」

「じゃあ、左のカードを手札に加えて、残りのカードはデッキに戻してシャッフルするね。そして、ボクは《魔導師の力》をブリザード・プリンセスに装備! 魔導師の力はボクの場の魔法・罠カードにつき500ポイント攻撃力がアップする! ボクの場に魔法・罠カードは伏せカード1枚に《女神の加護》《早すぎた埋葬》《ハッピー・マリッジ》《魔導師の力》の4枚で、合計5枚! よって攻撃力が2500ポイントアップ!」

 

《ブリザード・プリンセス》 ATK/2800→5300

 

 おいおい……。

 攻撃力5100と5300が並ぶとか。レイのデッキはコントロール奪取が元だが、上手く回ればここまで純粋なパワーでも勝負できるようになっちまったのか。

 戦慄する俺。そして同じくマナも冷や汗を浮かべてレイの場を見ていた。

 だが、これでバトルフェイズに入ったとしても、マナの場にはくず鉄のかかしがある。防ぐ攻撃を間違えなければ、マナのライフは残るはずだ。

 マナもそれをわかっているのか、次のターンに全てを賭ける、そんな面持ちへと表情を変えていく。

 だが、レイはそこから更に行動を起こした。

 

「そしてボクは手札から3枚目の《恋する乙女》を召喚!」

 

《恋する乙女2》 ATK/400 DEF/300

 

 こ、ここでそれかぁ。

 あまりといえばあまりな展開に、俺はちらりとマナを見る。マナはもはや希望は絶たれたと言わんばかりに虚ろな表情になっていた。

 そんな中、レイは元気よくバトルフェイズに入る宣言を行う。

 

「バトル! ブリザード・プリンセスでブラック・マジシャン・ガールに攻撃! 《コールド・ハンマー》!」

「く、《くず鉄のかかし》を発動! その攻撃を無効にするよ!」

「なら、パワー・ツール・ドラゴンで攻撃! 《クラフティ・ブレイク》!」

「……うぅ」

 

マナ LP:3400→600

 

「これで最後だよ! 恋する乙女2体でマナさんに直接攻撃! 《一途な想い》!」

「ぅ……うわーん、負けたー!」

 

マナ LP:600→0

 

 最後の攻撃が決まると、マナはヤケになったかのように叫んでその場に膝をついた。

 ソリッドビジョンが消えていく中、俺はマナに近づいてその腕に着けられたデュエルディスクに触れる。そして最後にセットされたカードを確認した。

 マナの場に伏せられていたのは……速攻魔法《ディメンション・マジック》。なるほど、手札がこれしかない状況じゃこれは無理だわ。

 初手も見る限り上級モンスターが大半だったらしいし、今回はマナに運がなかったな。

 ちなみにレイの場に伏せられていた残り1枚のカードは、《レインボーライフ》だったらしい。女神の加護のデメリット、フィールドから離れた時に3000ダメージの回避手段もあったということだ。

 つまり、どうやっても今回はマナの負けだった。それを確認すると、俺は膝をつくマナの肩をポンポンと叩いた。

 それに顔を上げてこちらを見てくるマナ。

 縋るようなその視線に心の琴線を刺激されつつ、俺は安心させるように笑いかけた。

 

「ま、メイド服はそこまで露出も多くないから」

「うぅ……やっぱり本気だったんだ」

「もち」

 

 最初は本当に冗談半分だったが、ここまで本気にされると俺もその気になってくる。

 今ではすっかり楽しみにしている俺だった。

 けどまぁ、それは置いておいて。

 俺としては今この瞬間においてはそれ以上に気になっていることがあるのだ。

 マナと対戦していたレイが、デュエルが終わったことで俺とマナのところに寄ってくる。また観客と化していた皆も集まってきて、俺たちはマナを中心に円を作るように集まった。

 そんな中、俺はレイに問いかける。

 

「レイ。お前、《パワー・ツール・ドラゴン》のカードをどこで手に入れたんだ?」

 

 俺が訊くと、レイはきょとんとした顔になった。

 

「え? 普通にパックから出てきたけど……」

「は? ……いや、でもあれ……あのシンクロのイベント時に発売されたパックに紛れてたんだぞ? それがなんで今になって……」

 

 俺が疑問たっぷりにそう言うと、レイはそういうことかと納得した顔になった。

 そして、なんだか少し恥ずかしそうにして種明かしをしてくれた。

 

「えっと、その……あの時、遠也さんとペガサスさんのデュエルの後、遠也さんってグッズを配ってたでしょ?」

「ああ、確か……パックも1つつけて一緒に配ってたな」

 

 そこで俺はレイと知らずにレイと出会い、俺がその時に言った言葉にレイは影響を受けてデッキの改良などを始めたらしい。

 そういったことを確認すると、レイはこくりと頷いた。

 

「うん。それでね、自分で買ったパックはすぐに全部開けたんだけど、遠也さんから手渡しでもらったパックはお守りみたいな感じで、開けずに仕舞ってたんだ」

 

 さすがにそんなことまで明かすのは恥ずかしいのか、レイは照れ臭そうである。

 

「でも、遠也さんとマナさんに会うためにアカデミアを目指すことを決めて、それで絶対に試験に落ちられないと思ったの。その時、もしかしたらもっとデッキに合うカードが入っているかもしれないと思って、そのパックを開けて。そしたら……」

「パワー・ツール・ドラゴンが入ってたのか」

 

 レイは頷く。

 その後、デッキを新しく調整しなおしたレイは試験に合格。パワー・ツールが世界に1枚しかないカードだということは世に出ていないため、レイは知らなかった。そのため、普通に躊躇いなく使って勝ったらしい。

 

 ――そう、世界に1枚しかない六竜といえばかなり有名だが、その実態はまだ全て知られていないのが現実である。

 俺のスターダストが大々的に現れ、さる情報筋から「スターダストは全部で6枚ある世界にそれぞれ1枚しかないドラゴンの1体」とバラされたものの、それはあくまでスターダストの存在が明るみになっただけで、まだ他のカードについては知られていなかったのである。

 現在、一般的にも判明しているのは《スターダスト・ドラゴン》と《レッド・デーモンズ・ドラゴン》の2枚のみだ。後者は世界大会の賞品として贈呈されたため知られたらしい。今もその人の手にあるのかは知らないが、それによってこの2枚の存在は明るみになっている。

 だが、あとの4枚については、依然として不明のままだ。だからこそ、そのカードが何なのか知りたがる人は多い。

 

 話が逸れたが、その試験に勝ったことでレイの実力は認められ、無事にレイは飛び級で入学。その後は俺達も知る通りだが、パワー・ツールについては以前のデッキしか知らない俺達を驚かせようと思って秘密にしてきたらしい。

 まったく、だとしたらその作戦は成功である。

 

「ホントに驚いたよ、まったく」

「わわっ」

 

 俺はしてやられた悔しさも手伝い、レイの頭をくしゃくしゃと撫でる。

 すぐにパッと手を離して顔を覗き込むと、レイは髪をめちゃくちゃにされて怒っていますというポーズをとっていたが、それも次第に険がとれていつもの明るい笑顔に戻っていく。

 そして、レイが持つパワー・ツールもまた俺のスターダストと同じ世界に1枚しかないカードだと知り、翔や剣山、明日香たちがこぞって見せてくれとレイに殺到した。

 レイは驚きつつもそれを受け入れ、パワー・ツールのカードを皆に見せる。

 皆はそれぞれ「へぇ、竜なのにドラゴン族じゃないんすね」「どうせなら恐竜族がよかったドン」「でも、そのぶん機械族のサポートを受けられるわ」「リミッター解除とかが怖いかもねぇ」「フン」といった反応でした。

 そして、その流れを汲んだ俺たちはその後レイを中心にカード談義を始めた。なかなか普段見ないプレイをするレイのデッキについて話し合い、時に他の4体のドラゴンについて教えろと迫られつつ、楽しくおしゃべりの時間を過ごす。

 そんなわけで、今日も今日とて俺たちの時間は過ぎていった。

 その後、みんなと別れた帰り道。楽しい時間だったが、しかしやっぱり物足りなさも感じてしまった俺は、ふぅとひとつ息を吐いた。

 ……早く帰ってこいよ、十代。みんな待ってるぞ。

 ここにいない親友のことを思いながら、俺はマナと連れだってブルーの自室へと戻っていくのだった。互いに、手を握り合いながら。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ――で、部屋に入って暫し。

 

「はい、マナ」

「え? ……な、なんで既にあるの!?」

 

 俺がマナに手渡したのはメイド服。このありえないほどの準備の良さに、マナはかなり動揺していた。

 ここで「こんなこともあろうかと!」と言えれば個人的にカッコいいと思うのだが……生憎、真実は違う。

 

「いや、実はこれは万丈目のおかげでだな」

「ま、万丈目くんにそんな趣味が!?」

 

 なにやら衝撃を受けているマナ。とりあえず、俺は万丈目の名誉のためにも「違う」と否定しておいた。

 詳しく話すと、このメイド服はレッド寮に保管されていた「コスプレデュエル」のための衣装なのである。普通なら保管されたままでいるのだろうが、先日万丈目はレッド寮の大幅な改築を行った。

 その時、一階にあった物置部屋をぶち抜いて現在の広い部屋に仕立てたのである。

 それによって、その中にしまってあった衣装が行き場をなくしてしまった。そのため、来年使うかどうかもわからないからということで、欲しい人は持って行っていいと生徒たちに解放されたのである。

 その時その場に偶然いた俺は、いつか役に立つ時が来るかもしれない、とこのメイド服を持ち帰った。

 

「――というわけだ」

「なんで持ってきちゃうかなぁ……」

 

 がっくりと項垂れるマナだった。

 ちなみに、デュエルモンスターズのコスプレなのに、なぜ普通のメイド服があったのかは知らない。十中八九、過去にそういう趣味の先輩がいたからだと思うが。

 まぁ、それはさておき。

 

「ほらほら、罰ゲームなんだから。着替えて着替えて」

「わ、わかったから。ちょっと待っててね」

 

 言って、マナは部屋の中にあるバスルームに衣装ごと消えていった。

 そして数分待つと、バスルームの方からドアを開ける音が耳に届き、その音源へと振り向く。

 そこには、完璧なるメイドがいた。

 

「おお……ブラボー……」

 

 白と黒のコントラストが素晴らしい。マナの髪が金色で目が碧なのも、服に映えていて実に綺麗である。

 そのうえ何故か一緒にセットでついていたニーソも可愛かった。ミニスカメイドであることに意見がある人も多いだろうが……絶対領域の素晴らしさを考えると、これもあり、かな。

 ひとしきり心の中での批評を終えた俺は、一つ頷いて満面の笑みを見せる。

 

「最高。かわいい。大好き」

「そ、そういうのはいいから」

 

 ストレートな言葉に、顔を赤くするマナである。

 そして恥ずかしそうに「もういいでしょ?」とそそくさバスルームに戻ろうとするマナだったが、その肩を俺はがしっと掴んだためその計画は頓挫した。

 肩を掴まれ、行動を止められたマナは、恐る恐るといった様子で俺に振り返った。

 

「な、なに?」

 

 それに、俺はやはり笑顔で答える。

 

「いや、そういえばこの間、さんざんエンペラーの件で笑われた仕返しをしていなかったな、と」

 

 俺の言葉に、マナの口元がひくりと痙攣したように動いた。

 

「あ、あれはその……ごめんね、遠也。つい……」

「いや、いいさ。あれぐらいのことだし、そこまで根に持ってるわけじゃないから」

 

 そう言うと、マナはあからさまにほっとした顔を見せた。

 そこに、俺は「だから」と言葉を続ける。

 

「まぁ、明日まではまだ時間があるし」

「………………ぅ」

「夜は長いからなぁ」

「………………ぅぅ」

 

 がくり、とメイド服のまま両膝と両腕をついて身体全体で落ち込みを表すマナ。

 何に対してかはわからないが、そこはかとなく勝った気分になりながら、俺は手を差し伸べてマナを立たせる。そして、ゆっくりベッドまで連れて行って、そのまま隣り合って座った。

 腰を落ち着け、マナは今の格好にも慣れてきたのか、はぁと溜め息をついた。

 

「ああ、恥ずかしい。うぅ、後悔先に立たず……」

「まぁ、そうかもな」

 

 俺は苦笑して、マナの言葉に応える。

 そして、そのままマナの首筋にかかる金糸のような髪を指ですくい、耳元を隠していたそれを後ろへと撫でつけた。

 

「ま、でも本当に可愛いよ、マナのメイド服」

 

 俺が素直に思ったことを言うと、マナはその白い肌を少しだけ朱色に染めた。

 

「……ありがとう」

 

 照れくさそうにぽつりと言ったマナに、俺は思わず噴き出す。

 マナもまた自分で可笑しく思ったのか、はたまた照れくささを誤魔化すためか。小さく笑みを浮かべ、俺たちは暫く笑い合う。

 これからまた何か色々ありそうだが、とりあえず今このときは幸せなので、せめて今はこの幸せを満喫したいものだ。

 俺はそんなことを思いながら、マナと二人でその夜を過ごしていったのだった。

 

 

 

 



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第37話 諸々

 十代がいなくなり、既に一週間をゆうに越えた。

 さすがにこうも行方が分からないと、いい加減に不安になってくる。あの書き置きからして、十代の調子は以前とほとんど変わらないほどにはなっているはずだから元気ではいるんだろうが……。

 さすがに木星付近から連絡しろと言っても無理だろうからなぁ。俺たちは待つしかない。

 自室のベッドに寝転がりながら、俺は溜め息をつく。まったく、いつになったら帰ってくるのやら。

 そんなことを考えていたからだろうか。唐突に俺のPDAからメールの着信を知らせる音が鳴る。

 枕元に置かれていたそれを手に取り、俺は片手で操作してメール画面を開く。そして、届いたメッセージを送った送信者欄。そこを確認した瞬間、俺はがばっと半身を起こしていた。

 

「十代……! 帰ってきたのか!?」

「え、十代くん!?」

 

 俺が思わず発した言葉に、部屋の中でテレビを見ていたマナが反応して駆け寄ってくる。

 

「ああ! ほら、十代からのメールだ」

「ホントだ! 無事でよかった……」

 

 ほっと息を吐くマナに、俺もまた頷く。

 そして久しぶりとなる友からの便りに思わず緩む頬を隠さず、俺は届いたメールを開く。

 そこにはこう書かれていた。

 

『よ、遠也。迷っちまった。何日か粘ったんだけど、道わかんねぇ。ここどこだ?』

 

「………………俺が知るか」

「あはは……十代くんらしい、のかな?」

 

 喜びと安堵とで一杯だった心が、一気に冷めていくのを感じる。

 まったく、気を揉んだこっちのことも考えてくれよ。ここまでいつも通りの反応をされると、せっかくの感動も台無しだ。

 そんな何とも言えない空しさを感じつつ、とりあえず俺は十代に返信を送る。まったく、世話が焼ける。

 

『おかえり。とりあえず現在地の特徴を教えてくれ。話はそれからだ』

 

 まぁ、こんなもんだろう。

 それを送信し、一息つく。まったく、相変わらず人騒がせな奴め。

 だが、本当にいつもの十代のようで安心もした。呆れながらも、やはり喜びの感情の大きさは誤魔化せなかったのか、俺が知らず浮かべていた笑みに、マナはにっこりと微笑む。

 

「よかったね、遠也」

「……ああ。心配させやがって」

 

 心の中にずっと居座っていた悩みが消え去り、肩にかかっていたように感じた重みがすっとなくなったのは事実だ。

 そのあたりを、マナは的確に把握していたのだろう。まったくもって、敵わない。俺は小さく苦笑を浮かべた。

 と、再びPDAがバイブレーションによって振動する。

 十代からの返事が来たか、とメール画面を開くと、それは十代からの返信ではなかった。

 送信者は天上院明日香。内容は、『明日の朝、レッド寮の存続を賭けたデュエルを学園の代表者と行うことになった。レッド寮側の代表として出てもらえないか』といったものだ。

 どういうことだ、と訝しむ俺だが、レッド寮の存続となると恐らくナポレオン教頭の悪巧みだろう。

 それならば無視するわけにはいかない。幸い、俺以上にレッドの代表に相応しい人物がたった今戻ってきたことでもあるし。

 俺はひとまずメール画面を閉じる。そして、明日香の番号を電話帳から引きだし、早速コールするのだった。

 

 

 

 

 翌朝。

 レッド寮の前に集まった俺たちは、連れだって会場となるいつものデュエルステージに向かおうとしていた。

 俺、マナ、明日香、翔、剣山、三沢、レイ、そして一応万丈目もいる。

 だが、肝心のレッド寮の代表が来ていないようである。時間はあるが、しかしだからといってギリギリになっても困る。

 未だ姿を現さない真打に、明日香は疑問顔で俺の方を見た。

 

「……ねぇ、遠也。本当に帰ってきているの? 十代は」

「ああ。昨日メールもらったしな。島にいるのは間違いない」

 

 俺は明日香の問いかけに頷いて応える。

 しかし、確かに遅いな。一応、昨晩に明日香から連絡をもらった後、十代が帰ってきていることを教えて、十代に代表になってもらうことで話はついているんだが。

 もちろん、十代のPDAにその旨メールは送った。そして返信もあった。なんでも、『いま島中に散らばったネオスペーシアンを集めてるんだ。それが終わったらすぐに向かうぜ!』だそうだ。

 俺が相手だったからいいが、他の人だったら意味不明だっただろうなきっと。

 ともあれ、そういうわけで十代は自分がレッド寮の代表だとわかっているはずなのだ。いくら十代でも、無理な約束はしない。約束をした以上、十代はこちらに来れる目算があったということなのだが……。

 

「……来ないなぁ」

 

 現実はこれである。

 いったいどうしたというのか。

 

「兄貴、道に迷ってるんじゃないんすか?」

「まさか。聞けば十代は昨日も迷っていたんだろう。いくらなんでももう……」

 

 翔の予想に、三沢がさすがにそれはないだろうと否定の言葉を返す。

 その時。俺のPDAが震えた。メールの着信である。

 俺はすぐさま取り出して画面を確認する。……そして、溜め息をついた。

 

「……翔、お前が正解だ」

 

 俺は自分のPDAを皆に見えるように手に持って突き出した。

 そして、その場の全員が画面に顔を寄せてくる。

 

『わりぃ、迷った。どこだろう、ここ』

 

 ちなみにこの文の後には現在地と思しき特徴が申し訳程度に書かれている。

 無論、全員の口からため息が漏れたのは言うまでもない。

 

「……仕方ない。マナ!」

「はいはーい」

 

 隣に立っていたマナが、俺の呼びかけに応えて一歩前に出る。

 そして、俺は呆れ混じりながらも急いで指示を出した。

 

「十代がいるだろう場所を、上から探してくれ。そして会場まで案内よろしく」

「了解! あ、でもまだ精霊が見えなかったら……」

「む……」

 

 ネオスペーシアンがどうこうと言っていたからそれはないと思うが……。でも、その可能性もないわけではないか。たんにカードが散らばっただけ、とも取れる内容のメールだったし。

 なら、一応俺も向かうか。幸い、まだ時間には若干だが余裕もある。

 

「じゃあ、俺も十代のほうに向かうか。上から見つかったら知らせてくれ」

「うん、じゃあ行くね!」

 

 言って、マナが精霊化して浮かび上がる。そして、そのまま十代が大雑把に書いたメールの特徴を頼りに、マナは森の方へと飛んでいった。

 さて、じゃあ俺も行くか。

 マナの後ろ姿を見送り、足を踏み出した瞬間――、

 

「ど、どどどどういうことザウルス!?」

「ま、マナさんが消えちゃった!?」

 

 後ろで、剣山とレイが大いに狼狽していることに気付く。

 まるでマナが精霊であることを知らなかったかのようなその反応。

 ……ふと、この場にいるメンバーを思い返す。ここにいるのは、俺、明日香、翔、三沢、万丈目、レイ、剣山。……あ、後ろの二人は三幻魔の時にいなかったじゃないか。そりゃ知ってるはずないわな。俺も三幻魔の後にマナのことを誰かに説明した覚えないし。

 思わず、冷や汗が一筋俺の頬を伝う。はたから見れば、今の俺の顔には大きく「しまった!」と書かれているように見えることだろう。

 一歩踏み出した状態で、衝撃のあまり立ち止まってしまった俺。

 そんな俺に、剣山とレイはずいっと身を乗り出して迫ってきた。

 

「遠也先輩、どういうことザウルス!?」

「遠也さん、どういうことなの!?」

 

 二人が凄い剣幕で俺を見る。

 俺がマナと最も親しいため俺に訊いてくるのは分かるが……さすがに今は時間がない。十代を早く迎えに行ってやらねばならないのだから。

 そして何より、驚きのあまり勢いつけて迫ってくる二人に対応するのは、ちょっとご遠慮願いたかった。

 というわけで。

 

「明日香、手」

「はい?」

 

 俺はすーっと明日香に近寄ると、その手に軽く触れる。

 

「タッチ」

「……は?」

 

 わけがわからないといった面持ちの明日香から離れ、俺はとびきりの笑みを浮かべてシュタッと手を挙げる。

 

「じゃ、説明は任せた! 俺は十代の方に行くから!」

「え、ち、ちょっと!?」

「じゃあ、また後でなー!」

 

 困惑しきりの声を振り切り、俺は一目散に駆け出してマナの後を追う。既にその後ろ姿は見えないが、魔術によって俺に声を届けてくれているので、ここからでも正確にマナのいる方へと向かうことが出来る。魔術って便利。

 そして後ろでは、対象を明日香に変更して説明を要求している剣山とレイの二人。

 直後、「遠也ーッ!」と怒りの声が聞こえてきた気がしたが、今はひとまず聞こえないふりをしておこう。

 さて、後が怖いがまずは何より十代だ。約束の時間よりもある程度の余裕を持って集合しておいてよかった。そのおかげでこうして不測の事態にも対応できているのだから。

 だが、そこまで絶対的な猶予があるというわけでもない。早く十代を見つけるに越したことはないのだ。

 俺はマナの案内を聞きながら、同時に十代発見の報も来ないかと逸る心を抑えて走り続ける。

 

 と、その時。

 

『いたよ、遠也! そのまま真っ直ぐ走って!』

「っ、了解!」

 

 ついに待ち侘びた知らせが耳に届く。

 俺はマナの指示通りにそのまま直進していき、草木をかき分けながら獣道を踏破していく。

 そうして三分ほど進んだ先にて、精霊の姿で浮かぶマナとその隣に立つ見慣れた赤い制服が、ようやく目に飛び込んできた。

 

「十代!」

「遠也! マナと探してくれたんだろ、助かったぜ!」

 

 十代の前に姿を現し、俺は膝に両手を置いて項垂れる。

 さすがに、走りっぱなしはキツイ。弾む息と上下する肩を、俺は必死に回復させるのだった。

 何度か深呼吸を繰り返して落ち着いたところで、改めて十代に向き合った。

 

「ふぅ……なんか凄い久しぶりに感じるな。もう大丈夫なのか、十代」

「へへ、心配かけたな。けど、大丈夫だ! 相棒も見えるようになったし、それに新しいHEROとも出会ったんだぜ!」

『クリクリー!』

 

 エドと戦う以前と同じ底抜けに明るい笑顔で、十代は自身の肩の上に身を置くハネクリボーに笑いかける。

 ハネクリボーも少し前に見せていた悲しげな顔ではなく、楽しそうに笑っている。そんな二人の姿を見て、俺も、そしてマナも、自然と頬が緩んでいた。

 

「でさ、遠也! その新しいHEROってのがなんと昔俺がKC社に――」

「その話は俺も詳しく聞いてみたいけど、その前に今は急いでアカデミアに向かうぞ!」

 

 嬉しそうに話す十代の話を遮って悪いが、しかしまずはレッド寮の存続のほうが差し迫った問題として片づけなければならないことだ。

 昨晩PDAですでに伝えてあったため、十代もまた今の状況を思い出したようである。

 

「っと、そうだったな。んじゃ、この話はまた後でだな!」

「ああ、その時はたっぷり聞かせてくれ」

 

 にっと笑う十代に、俺もまた小さく笑みで応える。

 そして、俺たちは示し合わせたかのように一緒に走り出した。

 

「マナ! アカデミアの方まで案内頼んだ!」

『うん、任せて!』

「へへ、やっぱ遠也とマナがいるとなんか安心するぜ。なぁ、相棒!」

『クリー!』

 

 俺と十代と、マナとハネクリボーと。人と精霊の混合による奇妙なマラソンが始まる。

 とはいえ、ゴールはそれほど距離もないアカデミア校舎だ。先程までの疲れはあるが、それぐらいの距離なら体力も問題なさそうだ。

 走りながら、腕時計を確認する。このスピードで走り続ければ、約束の時間の五分前……悪くても三分前には確実に着けるはず。デュエルそのものには間に合わせられるだろう。

 俺はそう確信すると内心でほっと一息つき、両足を急かして森の中を駆け抜けていくのだった。

 

 ……が、現実というものはそういう時にこそ問題を持ってくるものらしく。

 視界の端にちらりと映ったものに気が付いた俺は、即座にその場で急停止をした。

 

「っとっと、どうしたんだよ遠也!」

 

 隣を走っていた十代もまた、俺が止まったことにより少し遅れて足を止める。

 だが俺はそれに答えず、草むらの中に見えた青色……もっと言うなら、オベリスクブルー女子の制服が見えたそこに近づいていく。

 そして、そこには案の定というか、ブルーの女子がいた。しかも、何故か寝ている。木に背を預けて、熟睡である。しかも、足元には数匹の猫が寄ってきている。どういう状況なんだ、これは。

 

「うわ、なんでこんなトコに女の子が? しかも体格からして、中等部なんじゃないか?」

 

 後ろから顔を出した十代の言葉に、俺は首肯を返す。

 背格好からして、たぶんその通り。この子は中等部の子なんだろう。だとしたら、尚更不思議だ。なんでこんな朝早くからこんな森の中に? いくら校舎から数分の場所とはいえ、一人で来るような場所じゃないだろうに。

 一応ここは学園が管理する島だから、崖や川ならまだしも、既に校舎が見えてきた距離にあるこの場所程度なら大きな危険はない。

 ないのだが……。

 

「放っておくわけにも、いかないよなぁ」

「だな。さすがに後輩の女子を森に置き去りは、後味悪いぜ」

 

 呟いた言葉に、十代もまた同意する。

 そうと決まれば、俺たちがとる行動は一つだ。

 

「十代。もう校舎は見えるし、ここからなら一人でも大丈夫だよな?」

「ああ。じゃあ、遠也はその子を送ってくのか?」

「さすがに中等部校舎まで行くのはな……ひとまず保健室にでも連れて行くさ」

 

 まだ朝も早いが、鮎川先生は急な事故にも対応できるように出勤する時間が早い時もあると聞いたことがある。運が良ければ、先生に任せることもできるだろう。

 そう伝えると、十代は大きく頷いた。

 

「わかった! じゃあ、先に行ってるぜ! 遠也、マナ! 案内ホントに助かったぜ!」

「ああ! 勝ってこいよ!」

「当然!」

 

 最後に自信ありげに笑って、十代とハネクリボーは校舎に向かって全速力で走っていった。

 それを見送り、俺はその少女に近づいて、軽く揺すってみる。

 

「ほら、起きろ。こんなところで寝てると風邪ひくぞー」

「………………」

 

 ……反応なし、か。

 

「おい、起きろ!」

 

 今度は大声を出してみる。

 だが、それでも何も反応がない。

 っていうかこれ、本当に寝てるだけなのか? ここまで無反応なんてありえないと思うんだが。

 となると、考えられるのは何かの病気、とか? 血色はよさそうだが、専門家じゃない俺にはこれが正常かどうかなんて詳しくは分からない。

 

『どうするの、遠也?』

 

 全く起きる気配がないこの子の様子を見て、マナが俺に対応を問うてくる。

 どうするも何も、ここまで反応がないのはやはり異常だと思わざるを得ない。それなら、一刻も早く保健室に連れて行って鮎川先生の判断を仰ぐべきだろう。

 幸いなことに、ここから保健室なら、デュエルステージに向かうよりも早い。

 

「やれやれ……」

 

 俺はその子に背を向ける形でしゃがみこむと、強引にその腕を取って首に回させる。そしてそのまま自分の背中をその子に押し付けるようにしつつ後ろ手で体を支え、そのまま一気に持ち上げた。

 いわゆる、おんぶの格好である。こうまでしても全く反応がない。なんだか本当に心配になってきた。

 

「じゃ、いくぞマナ!」

『うん! あ、そうだPDA貸して。鮎川先生に連絡取ってみるから』

 

 マナに言われ、俺はPDAを実体化したマナに渡す。

 そして、俺はすぐさま走り出した。なるべく揺らさないように注意しつつ、しかし急いで保健室を目指すのだった。

 

 

 

 

 保健室に到着し、俺はおぶっていた子を下ろしてベッドに寝かせた。

 鮎川先生はまだ来ておらず、マナの話だといま急いで向かってくれているらしい。本当に、頭が下がる思いである。

 そうして待つことしばし。保健室のドアが勢いよく開けられた。

 

「ごめんなさい、遅くなって。それで、倒れた子っていうのは?」

 

 開口一番そう聞いてきた先生に、俺とマナはベッドに眠るその子を鮎川先生に見せた。

 すると、その顔を確認した先生は一度きょとんとした顔になる。そして、徐々に肩の力を抜いていったのである。

 この事態の中突然リラックスした先生に、俺たちは思わず首を傾げる。

 そんな俺たちの様子を見てとったのだろう、先生は苦笑して口を開いた。

 

「この子は大丈夫よ。私も知っている子だから」

 

 鮎川先生いわく、この子は異常なまでの低血圧っぷりで、凄まじいまでに朝が弱い子らしい。そのくせ野良猫の世話などで朝早く無理やり起きたりするため、授業前にそのままどこかしらで寝てしまうことがあるらしい。

 しかも本当に起きないので、先生も何らかの病気なのではと疑って調べたのだが結果は異状なし。そのため、どうしようもないなら出来るだけ保健室に来て休みなさいと言いつけたのだとか。

 以降たびたび訪れるため、鮎川先生も見知っている、というわけらしい。

 ……病気とかじゃなかったのか。まぁ、それなら良かった。

 

「じゃあ、後はお任せしていいですか? 実は用事がありまして……」

「ええ、いいわよ。私も慣れたものだし、このままここで始業まで時間を潰すわ」

 

 苦笑して言った鮎川先生に俺たちも小さく笑みをこぼし、軽く頭を下げる。

 そしてそのまま保健室の扉を開けると、「失礼しました」の言葉と共に俺とマナは急ぎ足で廊下を移動していく。

 十代のデュエルがどうなったのか。というか、まだやっているのか。とりあえず出来るだけ急いで俺たちはデュエルステージへと向かうのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 遠也たちが去った、直後。

 ベッドに寝かせられた少女の目がすっと微かに開き、その瞳は保健室を出ていった遠也の後ろ姿を確かに追いかけていた。

 

「――……あれが、皆本遠也……」

 

 誰にも届かぬ小さな声で呟かれた言葉は、保健室の静寂の中に消えていく。

 次の瞬間には、その瞳は再び閉ざされ、彼女は眠りに落ちていた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 マナと並んで駆け込んだデュエルステージ。そこではちょうど、エドの大嵐剣を装備したドグマガイが十代のフレアネオスに斬りかかり、十代の場に2枚の伏せカードが現れたところだった。

 

「――これで《フレアネオス》の攻撃力は3700! 《D-HERO ドグマガイ》の攻撃力3400を上回ったぜ! 迎え撃て、フレアネオス!」

 

 フレアネオスの身体から炎が巻き上がり、それはドグマガイが装備している大嵐剣を破壊し、そしてドグマガイ自身をも焼き尽くす。

 それによりドグマガイは破壊。その攻撃力の差分、300ポイントがエドのライフから引かれる。

 そして、現在のエドのライフは200ポイント。これで、十代の勝ちが決まったことになる。

 

エド LP:200→0

 

 負けたエドが、フィールドに膝をつく。

 よく見れば十代の残りライフも150しかない。本当に接戦だったようだ。

 ……っていうか。

 

「間に、合わなかった……」

 

 俺は肩を落とす。

 仕方がないとはいえ、やはり鮎川先生が来るのを待っていた時間が大きかった。ブルー寮から女性が身支度を整えてここまで来たんだ。それなりに時間もかかっていたのである。

 かといって、あの子をそのまま放り出しておくわけにもいかなかったし……。

 でもやっぱり、残念は残念である。俺は溜め息をついた。

 

「まぁまぁ、遠也。十代くんは勝ったんだから」

「はぁ、そうだな。これでレッド寮が潰れることもなくなったんだし」

 

 マナの言葉に、俺は伏せがちだった目を開いて階下の二人を見る。

 十代とエドは、互いの健闘をたたえ合うかのように笑っていた。

 この間は十代のことを蛇蝎のごとく嫌っていたというのに、エドも十代を認めてくれたのかもしれない。やはり、自分のせいで十代がいらぬ不利益を被ったことも負い目として感じているのかもしれないが。

 そんな時、ふとエドと目が合う。だが、エドはすぐに視線を逸らしてステージから降りて行ってしまった。

 それを見送り、客席で見ていたであろう皆に視線を移す。そこには、さっきまで一緒だった仲間たち全員の姿が……あれ?

 

「万丈目がいない?」

「え? あ、ホントだね」

 

 明日香、翔、剣山、レイ、三沢はいるのに、なぜかさっきまでいた万丈目の姿がなかった。

 それを疑問に思っていると、ふいに横から声がかかる。

 

「ふん、俺ならここだ」

 

 視線をずらす。すると、そこには白い制服に身を包んだ万丈目が不敵に笑って立っていた。

 

「万丈目、お前なんであっちにいないんだ?」

「俺はエド・フェニックスに用があっただけでな。だが、どうも奴は斎王から何も聞いていないらしい。おかげで斎王に確認を取る羽目になった。まったく手間を取らせやがって」

 

 言いつつ、万丈目の視線は階下の十代に向けられる。「もっとも、収穫はあったが」とこぼれたその言葉は、十代の新たなHERO……恐らくはネオスのことだろう。

 十代の新たな力を確認できたことは大きいということか。考える俺に、万丈目は再び視線を戻す。

 

「遠也、お前も光の結社に入らんか? 貴様ほどの力なら、必ず俺たちの目的のためになる」

 

 万丈目は突然そう言って俺を誘ってくる。そのことに僅かに驚くが、しかし俺が返す答えは決まっていた。

 

「悪いな、万丈目。俺は光の結社には入らないよ。……デュエルを挑まれれば、逃げるわけにはいかないけどな」

 

 腰のデッキケースに触れる。もし本当にデュエルを挑まれた場合、万丈目とは本気でやりあうことになる。

 その覚悟も持っての言葉だったが、しかし万丈目は鼻を鳴らして「ふん、ならいい」と言うと踵を返した。

 あまりにあっさりとした反応に、俺の方が威勢をそがれたような形になる。自然、呆けた俺に、万丈目は背中を向けたまま言葉をかけた。

 

「貴様とのデュエルは、俺もお前も自分のために行う最高のものでなければならん。光の結社が介入するデュエルなど、つまらんことこの上ない。この俺は約束を破るような、程度の低い男ではないからな。ハーッハッハッハ!」

 

 最後に高笑いを残し、万丈目は去っていった。

 それを唖然として見送り、だが徐々に万丈目が残した言葉の意味を思い返して、俺はその表情を苦笑の形に変えていった。

 

「約束、ね」

 

 万丈目との間に交わしたソレなど、一つしか思い当たらない。

 かつて万丈目がアカデミアを去る前に行ったデュエル。その時に俺から一方的に告げた「楽しいデュエルをしよう」という、たったそれだけのもの。

 万丈目はそれを馬鹿にされたと思って一蹴していたが、それを万丈目は覚えていたのか。それも、互いに交わした約束とまで思ってくれていたとは。

 万丈目とは既に学園対抗デュエルで対戦しているが、あれは俺たちの意思というよりは学園の代表という立場が主だった。

 それ以後に時間の合間に行った数度の対戦でも、そういえば万丈目は他者の介在をあまり快く思っていなかった。

 俺もやはり集中して万丈目とのデュエルを楽しみたかったので気持ちは同じだったが、俺は万丈目がそこまでこだわる理由に思い至らなかった。あの時に一蹴されたため、その言葉をまさか万丈目が覚えているとは思っていなかったのだ。

 白くなっても、決して変わらない万丈目の在り方。それに、俺は友人としての喜びを感じた。

 

「……あの男、やはり斎王に繋がりがあるのか」

「おわっ、エド!?」

 

 気づけば隣でエドが同じく万丈目の後ろ姿を見つめていた。

 思わず驚いて飛び退くと、エドは真剣な顔で俺に向き合った。

 

「遠也。お前に言われて僕なりに斎王に探りを入れてみたが、上手くはぐらかされてしまった。その後、斎王とは連絡がつかない。どうやら、僕の前から姿を消さねばマズい何かをやろうとしているようだ」

 

 それだけを告げると、万丈目が去っていった方向とは逆の方に足を向けて、エドもまた俺に背を向ける。

 

「十代に起こった事態に関しては、僕の落ち度だ。迷惑をかけた。……これから僕はこのアカデミアを拠点に、斎王の目的を探る。ここにいれば、斎王は必ずやって来るはずだからな……」

 

 言い終えると、エドもまたこのアリーナを後にした。

 やれやれ。二年生になってそう多くの時間が過ぎたわけでもないというのに、次から次へとまぁ。

 残された俺は、やはり起こり始めた新たな事件に嘆息するしかなかった。

 

「えっと……無理はしないでね? 遠也」

「ああ。けど、それも向こうさんの出方次第だな」

 

 また闇のデュエルとかを持ち出されるのは勘弁してほしいが、やはり最悪は想定しておかなければならないだろう。

 だがそんな俺の答えに、もしどうしようもなくなれば闇のデュエルだろうと迎え撃つということを読み取ったのか、マナの表情が曇る。恐らく、去年のセブンスターズの時のことを思い出しているのだろう。俺が車椅子生活を強いられた、あの時のことを。

 それがわかるから、俺は無言でマナの頭に手をやってぐりぐりと撫でまわし、そしてデュエルステージの方を指さした。

 そこには、十代の元へと集まった仲間たちの姿がある。

 

「ほら、俺たちも行こう」

「……うん。うん、そうだね!」

 

 自分の中で折り合いをつけたのか、マナは間を置いてからいつもの笑顔になる。

 それを確認してから、俺たちは階下に向かう。笑い合う友人たち。その輪の中に、俺もまた加わっていくために。

 ……余談だが。下についた途端、マナはレイと剣山に「マナさんが精霊でもボクは大好きだよ!」「なんだろうとマナ先輩は俺たちの仲間だドン!」と駆け寄られ、レイにはそのうえ抱き着かれて、困惑気味だった。

 それでも嬉しそうだったのは、やはり隠しきれていないようだったが。

 で、俺はというと。

 

「よくもやってくれたわね、遠也。大変だったのよ、一からあの二人に説明するのは……」

「す、すまん。でも助かったよ、明日香」

 

 明日香にぐちぐちと文句を言われていた。まぁ、押し付けた俺が悪いので、これは仕方がないことだろう。

 そして、そんな俺たちを見て十代は楽しそうに笑っている。

 

「へへ、やっぱいいな。帰ってきたって感じがするぜ」

「……やっぱり、普段の俺たちは騒がしいのか?」

「……万丈目くんと吹雪さんがいないぶん、マシだと思うっす」

 

 その横では、三沢と翔がこそこそと話している。

 十代が戻ってきて、俺たちも少しテンションが上がっているのだろう。いつもなら誰かがそろそろ締めてくれるのだが、今日はそんな気配がない。

 そのため、俺たちはそのあと十代を囲んで、心行くまで暫くのあいだ雑談に興じていったのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 さて、その数日後。

 レッド寮の存続を巡る問題は、ついにナポレオン教頭が無理やり破壊するという暴挙にまで行きついてしまう。

 とはいえ、それはクロノス先生の強硬な反対。そして、クロノス先生とナポレオン教頭とのデュエルでクロノス先生が勝ったことにより、白紙に戻された。

 これで暫くはレッド寮に関する問題は安泰なはず。まったくもって、本当に人騒がせな人だ、教頭は。きっと鮫島校長も苦労していたことだろう。

 そういうわけで当面の問題はこれで解決。ようやく落ち着けるかと思っていたのだが……。

 

「皆本遠也! 俺とデュエルだ! 貴様も白く染まれ!」

「光の結社に貴様も来い! デュエルだ!」

「さぁ、デュエルだ!」

「デュエルだ!」

 

 俺は何故かこうしてブルーの寮内でひっきりなしにデュエルを申し込まれている。

 いささか騒がしいなとは思っていたが、まさか僅か一日でブルー男子のほぼ全員が白く染まっているとは。万丈目は学園でも指折りの実力者だけに、ブルーの男子の実力では食い止められなかったのだろうか。

 ともあれ仕方なく俺は片っ端からデュエルで倒しつつ、寮の玄関に向かっている。最初から万丈目の狙いがこうだと気づいていれば対処も出来たんだが……。

 どうも途中で倒した生徒からの情報によると、万丈目は俺がブルー寮にいるためか、細々とブルーの生徒を寮以外の場所で倒して仲間に引き入れていっていたらしい。

 そしてブルーの制服のまま寮に戻らせ、彼らにまた同じようなことをさせることでどんどんと数を増やしていったそうだ。

 そして今日。ある程度の数が白く染まったことで、寮ごと一気にものにしようと動き出したのだとか。

 頭を使ったものだ。表面上はいつも通りだったから、俺も吹雪さんも気づけなかった。

 そして数に任せて生徒たちは俺に襲い掛かってきているというわけだ。この前の万丈目の言葉から察するに、これは万丈目の指示ではないだろう。彼らの独断で俺も仲間にしようと挑んできているのだ。

 しかも、倒したとしても洗脳が解ける様子がない。やはり、精霊の力なりなんなりで特別なデュエルをしないといけないのだろうか。だが、それをやるにはひっきりなしに来すぎである。

 結局俺は、まず自分の脱出を優先させるしかなかった。

 

「――《ジャンク・ウォリアー》でプレイヤーに直接攻撃! 《スクラップ・フィスト》!」

「ぐぁああッ!」

 

 寮の玄関手前。そこで挑まれたデュエルに勝利し、俺は急いで外に出る。

 そして玄関から離れたところで、吹雪さんがへたり込んでいるのが見えた。制服の色は青い。だとすれば、まだ洗脳はされていないはず。俺は慌てて駆け寄った。

 

「吹雪さん!」

「と、遠也君か。さすがに、あれだけの連戦は疲れたよ……」

 

 項垂れていた吹雪さんが顔を上げ、力なく笑う。

 俺も少なくとも十回はデュエルをして抜け出してきたのだ。吹雪さんも同じぐらいに挑まれたに違いない。そのうえ、吹雪さんのデッキはレッドアイズを軸にしたビートダウン。俺のシンクロデッキのように速攻が簡単にできるわけではないので、苦労したのだろう。

 黒炎弾さえ手札に来ればそれも可能だろうが、この様子だとその幸運にはあまり恵まれなかったらしい。本当に疲れが見えていた。

 

「大丈夫ですか、吹雪さん」

 

 すると、俺の隣でマナが実体化して吹雪さんに回復の魔術をかけ始める。攻撃一辺倒の魔術のほうが本人は得意らしいが、一応申し訳程度には使えるらしいのだ。セブンスターズの時も、俺に使っていたしな。

 それを受け、吹雪さんは少し元気を取り戻したようだ。足に力を入れて、立ち上がる。

 

「ありがとう、マナ君。助かったよ」

「いえいえ」

「――兄さん! 遠也、マナ!」

 

 俺たちが寮の前で立ち止まっていた、その時。明日香の俺たちを呼ぶ声が響いて来て、そちらに目を向ける。

 そこには明日香を先頭に走ってくる、ジュンコ、ももえ、十代、翔、剣山、三沢の姿があった。

 皆もブルー寮の異変には気付いたらしい。なんでも、授業にブルー寮の生徒が一人も出ておらず、それに異状を感じた皆は揃ってこちらに向かってきたのだとか。

 

「遠也、いったい何があったんだよ? ブルー寮も……こんなだし」

 

 十代が視線で示した“こんな”を見る。

 そこにはかつて青で彩られていた屋根やところどころの装飾、それら全てを白く塗りなおされたブルー寮の姿があった。

 本当に、こんなである。僅か一日でこれとは、万丈目の力がどれだけ凄いのかよくわかるな。まぁ、この場合の力とは万丈目家の力と言った方がいいかもしれないが。

 そうしてブルー寮……いや、もうこの場合はホワイト寮とでも言った方がいいかもしれないな。既に住人は全員白い制服だし、俺も吹雪さんもここに戻ろうとは思わないし。

 そのホワイト寮を見ていると、その正面の扉が開き、そこから白い制服を着た団体が姿を現す。そして最後に、その団体が真ん中で分かれて整列し、その真ん中に出来た道を通って、奥から万丈目が出てきた。

 

「万丈目くん! これは一体どういうことなの!?」

 

 その姿を認め、明日香がこのブルー寮やブルー生徒の変貌について問い質す。この白い制服を真っ先に着始めた万丈目だけに、原因が万丈目だと特定するのは簡単だったのだろう。

 それに対し、万丈目は不敵に笑った。

 

「フフフ、天上院君。どういうこととは、ご挨拶だね。これはなるべくして起こったことでもあるのさ」

「どういうことだい、万丈目君」

 

 明日香に続いた吹雪さんの問いに、万丈目はやはり笑みを崩さない。

 

「なに、師匠。もともと光とは世界を照らすもの。それに身を預け、やがて光の素晴らしさに囚われるのは人として当然でしょう。これが運命だったということです」

「運命? 何言ってんだ、サンダー」

「フン、十代。貴様に説明しても理解できんか。まぁいい。ともかく、斎王が生徒を白く染めておけと言った以上、協力者である俺はそれを実行するだけだ。特に不都合もないしな」

 

 だが、と万丈目は俺を見る。

 

「勝手に貴様が白く染められそうだった時は、少々焦ったがな。貴様は俺の思惑もそうだが、斎王からも勝手に手を出すなと言われている。俺としては、面倒なことにならずに済んでいいがな」

「斎王が、俺に?」

 

 一度も会ったことがないのに、斎王が俺を気にかけている? 何故かは分からないが、とにかくそのことは覚えておいた方がよさそうだな。

 と、そんなやり取りをしていると、明日香が痺れを切らしたのか再び声を上げた。

 

「そんなことはどうでもいいわ! それより、すぐに皆を元に戻して、こんな馬鹿なことはやめなさい!」

「馬鹿なこととはひどいな、天上院君。なら、こうすればどうだろう。俺とデュエルして、勝ったらその言うことを聞くというのは」

「……いいわ。そのデュエル、受けて立ちましょう」

「大丈夫なのかよ、明日香」

 

 デュエルを受けた明日香に、十代が声をかける。

 今の万丈目はかつてアカデミアにいた頃とは違う。本当に実力で現在のアカデミアのトップクラスに位置しているのだ。それを間近で見ていて知っているだけに、十代は明日香を心配したのだろう。

 

「そうです、明日香さん。それなら私が彼のお相手を……」

「いえ、私が代わりにデュエルしますよ!」

 

 ももえとジュンコも明日香を止めようとするが、しかしそれらの声に対して、明日香は真剣な顔で向き合った。

 

「ありがとう、十代、ももえ、ジュンコ。けど、デュエルを挑まれたのは私よ。デュエリストとして、挑まれたデュエルから逃げることは出来ないわ」

「気をつけるんだ、明日香。あの生徒たちは、元は万丈目君が倒していったことで白くなった子ばかりなんだ。負けた時は、もしかしたら……」

「ありがとう、兄さん。……大丈夫、負けないわ」

 

 既に意志を固めた明日香に吹雪さんがせめてとばかりに忠告を送る。

 明日香もまたそれを受け止め、しかしその上で勝つと宣言してみせた。

 このデュエルの結果、どうなるのか。俺はもうそれを覚えていない。だからこそ、俺は無理やり止めることはせず、明日香の意思を優先させた。デュエリストとして挑まれたデュエルには応える。その決意を、無碍にはできない。

 

「大丈夫っすかね、明日香さん」

「心配だドン」

「天上院君の実力は知っているが……今の万丈目は、強敵だ」

 

 翔と剣山に三沢も、やはり不安は消しきれないようでその顔には心配の色が濃く出ている。

 俺は三人の言葉に頷いた。

 

「ああ。けど、明日香がやるっていうんだ。なら、俺たちはそれを見守るしかない」

「そう、だな。勝ってくれればいいが……」

 

 三沢が同意しつつ、苦い顔で頷く。

 

 

 ――だが、俺たちの悪い予感は最悪な形で当たってしまう。

 万丈目と明日香のデュエル。それに明日香は負け、明日香もまた万丈目に影響を受けてか光の結社に加入してしまったのだ。

 俺たちはやはり無理やりでも止めておけばよかったと後悔するものの、しかし時間を巻き戻すことは出来ない。俺たちは明日香を取り込んだことでブルー女子寮にも勢力を伸ばし始めた光の結社を、苦々しく見ていることしかできなかったのである。

 しかも、明日香は万丈目とは異なり、斎王に従う忠実な部下となっているようだ。なぜ二人にそんな変化が生まれたのかはわからないが、いずれにせよ今の状態が歓迎できる事態でないことは確かだった。

 そんなふうに、徐々に俺たちの日常が崩れていく中、十代が万丈目に呼び出された。やけに精度の高い地図まで送りつけてきたうえで、だ。

 十代と翔、剣山はその地図に従って万丈目の呼び出しに応えるつもりのようだ。翔と剣山は乗り気ではなかったが、十代はやはり万丈目のことが気にかかるらしい。

 そういうわけでレッド寮から出て行った三人を見送り、俺は現在住んでいるレッド寮の一室で人を待っていた。ちなみにその部屋とは、万丈目が改装したあの広い部屋のことである。

 明日香が光の結社の影響を受けて出て行ってしまったため、今のブルー寮に戻る気にならない俺とマナが現在使用しているのだ。

 今でも他の面子の集合場所として使われているこの部屋だが、不意にその部屋のドアがノックされる。どうやら来たようである。

 俺とマナは座っていたソファから立ち上がると来客を迎えるためにドアを開いた。

 

「来たか、レイ」

「待ってたよ、レイちゃん」

「えへへ、お邪魔するね遠也さん、マナさん」

 

 小さく頭を下げたレイを迎え入れる。

 しかし、俺が待っていたのはレイだけではない。今日はレイが自分の友達を連れてきてくれるという約束だったのだ。最近は色々あったから、こういう何でもない出来事は心癒される。

 それゆえ、レイのそんな提案に、俺は快く了承したのだ。

 そして、今日レイが連れてきてくれるのは以前話にも出ていた恵ちゃんという子だそうだ。恐らくレイの後ろにいる子がそうなのだろう。

 レイが少し身体をずらしてその子を俺たちの正面に立たせる。

 そして、俺とマナは目を見開いて驚いた。

 

「ほら、恵ちゃん。この人たちが、ボクがいつも話してる遠也さんとマナさん!」

「……はじめまして」

 

 小さな声で、一言だけ呟く。そんな様子に、レイは不満そうにその肩にそっと手を乗せる。

 

「もう、恵ちゃん。名前ぐらい、ちゃんと言わないと」

「……レイン恵」

 

 またしても囁くような声で、自分の名前を口にするその子。それでもレイにとっては良かったようで、仕方ないなぁという顔をしてその子の手を取って笑う。

 それに対しても表情にほぼ変化は見られないが、若干目元が下がったことを考えると喜んでいるのかもしれない。

 だが、それよりも俺が驚いたのは、彼女が十代とエドのデュエルの前に俺が森の中で見つけた女の子だったからである。

 オベリスクブルー女子の制服に、銀色の髪をツインテールにした特徴的な容姿。改めて見れば、その容姿を見て間違えるはずもなかった。

 

「えっと……レインちゃん、だったか?」

「………………」

 

 いきなり名前呼びもないだろうと思って、たぶん名字……だと思われる方で呼びかける。

 すると、こくり、と首肯だけで返事が返ってきた。本当に無口な子なんだな。

 

「前に、森で寝ているところを保健室に連れて行ったことがあるんだけど……覚えてる?」

「え!? 恵ちゃん、そんなところで寝てたの!?」

 

 聞いてないよ、とレイが驚く。

 それに対し、レインの答えは簡単だ。「……聞かれなかった」の一言。まぁ、普通はそんなことを訊いたりはしないだろうけど。

 レイはそれに何とも言えない表情になるが、レイにはこうして普通に言葉を返すところを見ると、やはり仲がいいのだろう。俺とは初対面だから仕方がないか。

 この様子だと、どうもあの時のことは覚えていないようだ。まぁ、寝てたしな。

 俺はそう自分の中で結論を出すと、こうして玄関前にいつまでもいるものじゃないと思い至る。

 そして、俺もまたドアの正面から身体をずらして、二人が入れるようにスペースを作った。

 

「まぁ、今言ったことは気にしないでくれ。それより、遊びに来てくれたんだろ? せっかくだし、中でカード談義でもしよう。もしくはデュエルをしてもいいしな」

「遠慮しないで、レインちゃんもくつろいでね」

 

 俺とマナが口々にそう告げ、レインはやはり頷きだけを返す。

 それについては既に納得しているので今更俺たちは何も言わず、ただ二人を歓迎するのだった。

 

「それじゃ、行こう恵ちゃん! 遠也さんはシンクロモンスターも一杯持ってるから、きっと楽しいよ!」

「……シンクロ」

 

 レイに手をひかれ、レインもつられるように俺たちの部屋へと入ってくる。

 二人が入ったのを確認してから、扉を閉める。そして、それからはずっとカードについての話や、テーブルデュエル。

 途中ちらっと机から覗いていたエクシーズに気付き、俺が慌ててしまいなおすということもあった。それをレインに見られたときはちょっと焦ったが、何も言ってこなかったのでよかった。

 もしくは、その時はたまたま視線がそこを向いただけで気づかなかっただけなのかもしれない。そんなカードが存在するという発想自体がないはずだしな。

 そんなことがありつつ、他には世間話やレイが所属する中等部での話に花を咲かせた。

 ここ数日は特にいろいろあっただけに、こういう穏やかな日々は久しぶりだ。俺もマナも、様々な考えなければならないことから解放されて、純粋に楽しむことが出来た時間だった。

 レインは最後までほとんどしゃべらなかったが、レイとのやり取りでは短いながらもしっかり受け答えをしていた。やはりまだ付き合いがない俺たちのことを警戒しているのだろう。

 それでも、レイの友達としてレインはここまで来てくれた。レイの誘いを断ろうと思えばできたはずなのに、そうしないその優しさを思い、俺たちはレインを友達思いの子として受け入れたのだった。

 そして、徐々に慣れてきてくれたのかレインは俺たちにも受け答えをしてくれるようになった。そのことに俺とマナは妙な達成感と嬉しさを感じ、互いに顔を見合わせて笑い合うのだった。

 だが、そんな楽しい時間もすぐに過ぎる。

 二人が寮に戻らなければならない時間になり、俺たちは二人を部屋の扉前まで送る。

 少し名残惜しそうなレイと、その隣でじっと眠たそうな半眼で俺たちを見ているレイン。共通点が特に見当たらない二人だが、しかし仲がいいのは今日の時間の中で見てとることが出来た。

 レイにもしっかり友達が出来ているようで、安心である。

 

「じゃあな、レイ。レインちゃんも。気を付けてな」

 

 俺がそう言って別れを告げると、不意にレインが小さく呟く。

 

「……レイン」

「え?」

「……ちゃん、いらない」

 

 それに、俺は……というかレイとマナも少し驚いていた。

 確かに受け答えはしてくれるようになったが、しかしそれはこちらから話を振った時だ。まさかこうして自分から話しかけてきてくれるとは。

 驚いている間も、レインは答えを待っているのかじっと俺を見ている。はっとして、俺は急いで答えを返した。

 

「わ、わかった。じゃあ、レイン、でいいのか?」

「……ん」

 

 頷き、レインは再び静かになる。

 そんなことが最後にありつつ、レイとレインはそれぞれ俺たちの部屋を離れ、レッド寮から帰っていった。

 それを見送り、俺とマナはなんとも心安らぐ時間だったことに表情を緩ませる。

 

「いい友達が出来たみたいで、よかった」

「うん。飛び級で入って浮いていないか、心配だったもんね」

 

 友達が出来たとは聞いていたが、やはりこうして実際にその目で見ると安心感が違う。

 俺とマナはレインと会うことで一層の安堵を得ることが出来たのだった。

 

「……さーて。それじゃ、こっちの問題について考えないとな」

「うん。万丈目くん、明日香さん、それに……斎王って人のこと、だね」

 

 ホワイト寮とかいう存在と光の結社、それに実はまだレッド寮の廃止を諦めていないらしいナポレオン教頭と。

 まったくもって、なんでこうも毎年毎年厄介ごとが起こるのかね。悲劇や事件は人生のスパイス、とは誰の言葉だったか。とはいえ、こうも連続されるとスパイスですらない気がする。

 そんなことを思いながら、俺とマナは自分たちを取り巻くトラブルに頭を悩ませるのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 レイン恵はレイと別れ、寮の自室に戻っていた。

 夕方の赤に染まる室内。その中でレインは、今日訪れた皆本遠也の自室の様子を思い出す。

 

「……シンクロ……あと、黒いカード……」

 

 シンクロについては事前に聞いていたから、そこまで気にしなかった。だが、カードの端が見えただけだったが、あの黒いカードは何なのか。

 ただの誤植……エラーカード? いや、それとも……。だとしたら、そんなカードは彼女の知識にはない。これはどういうことなのか。

 レイン恵は見る者に眠気を呼び起こさせるような半眼で、じっと身じろぎもせずに思考する。

 それは、やがて彼女自身に眠気が訪れるまで、彼女の脳内で続いたのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ……あのあとマナと二人でいろいろ考えてみたが、結局万丈目や明日香を元に戻す打開策や上手い対応策は思いつかなかった。

 精霊の力でデュエルを通して何とかできないかと思ったが、それが可能だとしても今のあの二人には多くの取り巻きがいる。デュエルを挑めば、ボディーガードよろしくそっちばかりが相手になってくるだろう。

 こちらの考え通り素直に受けてくれるとは思えない。

 万丈目とはそれでなくてもこんなふうにやりたくはないし。と考え始めると、どうにもならなかったのである。

 そんなわけで、俺はマナと溜め息交じりにアカデミアの校舎の中を歩いている。授業中にも暇があれば考えていたんだが、やはり上手い案が出てこなかったため、気分転換の散歩のようなものである。

 そうして歩いていると、ふと前方に電話をしている万丈目の姿が見えた。

 俺とマナは思わず身を隠してその様子をうかがう。

 万丈目はそれに気づかず、電話で話している。

 

「なに、お前もアカデミアに来るのか?」

 

 ……相手は誰だ? 少なくとも今アカデミアにいない万丈目の知り合いらしいが……。

 

「ほう、なるほど。……ふん、まぁ指示を受けやすくなるのはありがたい。では、待っているぞ斎王」

 

 斎王!?

 思わず声に出そうになったのを我慢し、俺はマナに目で合図を送ってその場を離れる。

 ある程度の距離を稼いだところで、俺はマナと顔を見合わせた。

 

「聞いたか?」

「うん。斎王って人……万丈目くんが言ってる、光の結社の中心人物だよね」

 

 そしてエドのマネージャーでもある男。

 その男が、あの口ぶりだと近いうちにアカデミアに来るらしい。

 

 ……そうだ、なら。

 

 ふと、ある考えが頭に思い浮かぶ。中心人物である斎王を倒せば、光の結社の起こす全ての騒動は片が付くのではないだろうか、と。

 無論確定ではないし、たとえ倒しても元には戻らない可能性もある。……だが、万丈目や明日香が元に戻る可能性がないわけじゃない。

 友達を洗脳して自由意思を無視されているんだ。出来るだけ早く皆を元に戻してやりたい。だが、斎王は今の万丈目すら倒したのかもしれないのだ。油断できない相手なのは間違いないだろう。

 ゆえに、決めなければならない。斎王が近くに訪れるという情報。これをどう使うのかを。

 俺はじっと自分の心内に潜り込み、有効にその情報を使うための思考を続けるのだった。

 

 

 

 



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第38話 誤算

 

 斎王がこのアカデミアに来る。

 その情報を得たのはいいんだが……いかんせん知るのが遅すぎたらしい。

 なにせ、その翌日には既に斎王がこの島に来ていたのだから。

 

「――ではバトルです。私のコントロール下に置かれた《ダイナ・タンク》であなたの場の《アルカナフォースVIII(エイト)STRENGTH(ストレングス)》に攻撃!」

「ぐぁああッ!」

 

剣山 LP:500→0

 

 その斎王はいきなりレッド寮の十代の部屋を訪れ、剣山を誘い出すと表でデュエルを始めた。

 外が騒がしくなり、部屋から出て二人のデュエルを見ることで俺はようやく斎王が島に来ていることに気づき、昨日から考えていた斎王への対応をどうするかという悩みが無駄であったことを悟ったのである。

 来るの早すぎだ、盟主様。結局俺はこれといった有効策を思い付く間もなく、十代、翔、エドと共に剣山と斎王のデュエルを見学するしかなかったのである。

 ちなみにマナはというと、今は精霊化している。斎王がいるとわかった時点で、念には念を入れて普通は姿が見えない精霊の状態でいてもらうことにしたのだ。これなら、何かあってもすぐに対応できるだろう。

 そして二人のデュエルは、斎王の発動した罠カード《逆転する運命》によって勝敗が決した。

 逆転する運命は、フィールド上に存在する全ての「アルカナフォース」の正位置と逆位置を入れ替えるカード。それによって、剣山の場に存在していた《ダイナ・タンク》《アルカナフォースVII(セブン)THE CHARIOT(ザ・チャリオット)》《アルカナフォースVIII(エイト)STRENGTH(ストレングス)》、そのうち後者2体の効果が入れ替わったのだ。

 STRENGTHの逆位置、このカード以外の自分フィールド上のモンスターのコントロールを相手に移す。それによって、ダイナ・タンクとCHARIOTは斎王の場へ。

 そして攻撃力1800のSTRENGTHを攻撃力3000のダイナ・タンクで攻撃し、剣山のライフは0を刻んだのである。

 なるほど、凄いタクティクスだ。あの扱いづらい【アルカナフォース】をこうも見事に使いこなすとは。

 だが……。

 

「……素直に感心できないな。普通、あそこまで都合よくアルカナフォースが回せるか?」

 

 あれはかなりギャンブル性が高い……というか、ギャンブル性しかないカード群だ。その扱いにはかなりの技術……それ以上に運が要求される。

 だが、斎王はそういったギャンブルに必須と言っていい《セカンド・チャンス》のようなサポートカードを使わず、自身のライフが削られることさえ計算尽くであるかのような振る舞いだった。

 そして結果、かなりスマートに斎王は勝利を収めたといえる。斎王の残りライフは200しかないというのに、なぜこうもこのデュエルに違和感を覚えるのだろう。

 まるで、詰め将棋を見ているかのような……。

 

「それが、斎王のデュエルだ。斎王には、自分が辿るべき未来が見えている」

「エド」

 

 斎王と剣山が何事か話しているのを見ながら、エドが俺の言葉に答えを示す。

 

「僕は斎王とは長い付き合いだ。だがその中で、斎王が予言した運命を外したことは、一度もなかった」

「なんだよそれ。本当か?」

 

 俺が思わず疑いの声を出すと、エドは頷き……かけて、止まった。

 

「いや……必ずしもそうとは言い切れない、か」

 

 そうまるで自分を納得させるかのように言ったエドは、十代を見て、次に俺をじっと見つめてきた。

 

「なんだ?」

「……斎王が示した運命を覆した者と、斎王が運命を見通せなかった者。もしかすると、斎王は恐れているのか? だが……」

「おーい。なにブツブツ言ってるんだよ」

 

 顎に手を当て、少し俯きがちに何か自分の世界に入っていったエド。俺は声をかけてみるが反応は芳しくない。

 まぁいい、そのうち帰ってくるだろう。そう判断して剣山たちの方へと目を向け、

 

「へ?」

 

 驚く。

 そこには、真っ直ぐこちらを見ている斎王の姿があった。

 十代と翔が、隣で警戒しているのがわかる。だが、斎王は俺と目が合うとすぐに視線を逸らして背を向ける。

 そして、そのまま振り返ることなく去って行った。

 ……なんだったんだ?

 斎王がいなくなり、十代と翔が剣山に駆け寄っていくのを見送りながら、俺は心に浮かんだ疑問に首を傾げてしまうのだった。

 すると、そんな俺の隣にエドが立ち、斎王の後ろ姿を見つめながら口を開く。

 

「……斎王は、お前を気にしていた。自分にも運命を見通せない男だと」

「斎王が?」

 

 そういえば、万丈目も言っていた。「斎王は俺に対して勝手に手を出すなと指示している」と。その理由がたぶん、その運命を見通せないということなのだろう。

 それは、俺が元はこの世界の人間じゃないから……というのが一番有力な理由っぽいなぁ、やっぱり。

 俺が思い当たる理由に嘆息すると、エドはそれを苦悩のものと勘違いしたらしい。

 

「気を付けることだな」

 

 珍しくそんなこちらを気遣う言葉で締めくくると、エドはゆっくりとレッド寮から離れて行った。

 やれやれ、あんな厄介そうな人間に目をつけられるとは。まぁ、アカデミアでもそれなりに名前が知られているし、外部でもそこそこ名が売れてしまっているんだ。こうなることは早いか遅いかの違いだったのかもしれないな。

 

『エドくんの言う通りだよ、気を付けてね遠也』

「ああ。アイツからは、なんか嫌な感じがするしな……」

 

 それはやはり、斎王が確か今回の事件の黒幕だったはずだと記憶しているからだろうか。うろ覚えの記憶が当てになるかはわからないが、少なくとも光の結社の中心人物という時点でその可能性は高いだろう。

 だから、気を付ける、それは確かに大切なことだろう。

 しかし……。

 

「……けど、いずれどこかで倒さないといけなくなるんだよな」

『遠也?』

 

 訝しげなマナの声に、いや、と俺は頭を振る。

 それは今考えなければいけないことじゃない、か。また斎王に関しては後で考えればいい。

 そう結論付けると、俺は剣山を囲んで騒ぐ十代と翔の下に近づいていく。

 今は、こうして仲間同士楽しくやってるのが一番だ。何事も、ストレスばかりでは上手くいかないからな。

 俺は三人と合流すると、剣山の健闘を称えて笑い合うのだった。

 

 

 

 

 その夜。

 レッド寮の部屋の中でデッキを弄りつつ休んでいると、コンコンと扉を叩く音が聞こえてきた。

 今の時刻は夜の11時。既に大部分の生徒が寝る準備を始めるか、夢の中にいるような時間である。

 こんな深夜と呼んでも差し支えないような時間に、一体誰だ?

 疑問に思いつつ俺は扉に近づき、開け放った。

 そこに立っていたのは、明日香だった。

 

「明日香? どうしたんだ、突然」

「私自身に用はないわ。斎王様に頼まれたのよ。これをあなたに渡してきてくれってね」

「斎王に?」

 

 言って、明日香は一通の封筒を俺に差し出す。

 どこにも装飾のないシンプルな白封筒。それの口部分を手で切り取り、中に収められていた手紙を取り出す。

 

「確かに渡したわよ。それじゃ」

「あ、お、おい!」

 

 取り出した手紙に意識を割いている間に、明日香はさっさと立ち去ってしまう。呼び止めるも全く反応を返さない明日香に少し複雑な気分になるものの、俺は仕方なくその手紙を読み始めた。

 といっても、内容そのものは非常に短い。読む、というほどでもない文章がそこに書かれていた。

 

『指定された場所まで一人で来られたし。 斎王』

 

 そしてその文の下には地図が描かれている。

 示された場所は、ブルー男子寮の近くにある崖だ。月がよく見える、森と平原双方に繋がる見晴らしのいい場所だった記憶がある。

 その文には、他に何も書いていない。来なかった場合に何かあるというわけでもなさそうだ。

 だが――。

 

「……いいさ、行ってやる」

 

 俺は手紙を握り、部屋の中に戻る。出かける準備をするためだ。

 部屋の中にいたマナに事情を話すと、罠かもしれないからやめたほうがいいと心配されたが、俺はそれでも行く気だった。

 万丈目、そして今の明日香。それを見ていて、やはり思ったのだ。

 ……俺の友達をいいように顎で使っている斎王は、やはり気に入らないと。

 しかも明日香に至ってはかなり斎王に対して忠実であり、そこに万丈目のような自意識は全くないように思える。

 それを明日香を使いにすることで恐らくは意図して見せたうえ、こうして誘いまで来たのだ。ここまでされたら、行くしかない。挑発とわかっていたとしても、あいつらの友達を自認するからには無視するというわけにもいかなかった。

 

「はぁ……。まぁ、そこが遠也のいいところでもあるのかな。……わかった。けど、私もついていくからね」

 

 言うが早いか、マナは精霊化してしまう。

 俺はそれに苦笑と共にありがとうと告げ、デュエルディスクを持って部屋を出たのだった。

 

 

 

 

 斎王が指定した場所。

 ブルー寮に本来の自室がある俺にとってはそれなりに馴染みもあり、迷いなくその場所にたどり着く。

 そこでは、デュエルディスクを腕に着けた斎王が一人で佇んでいた。

 月光の中目を閉じて沈黙している姿はどこか不気味なものを感じさせる。そして、俺がそんな斎王に近づいていくと、その気配に気づいたのかその目を開けて俺を見た。

 

「……お待ちしていました。まずは突然のお誘いに応えていただき感謝します、皆本遠也さん。私は斎王琢磨と申します」

 

 うっすらと笑みを浮かべて恭しく頭を下げた斎王に、俺も小さく頭を下げて応える。

 

「知ってるみたいだから、自己紹介はいいか。……それで、なんで俺を呼び出したんだ?」

 

 エドから根本の理由を聞いていはいるが、なぜ気に留める俺をこの場に一人で呼んだのかがわからない。

 それゆえに問うと、斎王はやはり口元を笑みに象ったまま言葉を吐く。

 

「なに、簡単なことですよ。私とデュエルをしてほしいのです」

「デュエルを?」

「ええ、そうです。ああ、このような時間になってしまったことは謝罪しましょう。あなたほどの有名なデュエリストとのデュエルですから、どうしても二人きりで集中して行いたかったものでね……」

 

 しらじらしいな、と思いつつ俺はここに来るまでに予想していた通りの展開に頷く。

 デュエルだと思ったから、俺もディスクを持ってきているんだ。そうじゃなかったら、むしろ無駄な手荷物を持ってきただけになってしまう。

 

「ふふ……昼にデュエルをした方との対戦も楽しいものでしたが、あなたはかなりの実力者です。そんな方とデュエルする機会などそうそうないですから。ぜひ、あなたの力を見せてもらいたい……」

 

 斎王が言うのは剣山のことだろう。剣山は過去に骨折した際に埋め込んだ恐竜の骨、それに宿った恐竜パワー(?)で斎王の洗脳をはねのけていたから、まぁある意味面白くはあったな。

 しかし、俺にそんな特殊な要素は存在しない。なら、負ければやはり俺もホワイト化してしまうのだろうか。

 十中八九、斎王の一番の目的はそれだろうな。あるいは未来が見通せないという俺の力を見るためのものか。

 恐らくはそれらの理由で間違いはないはず。目的がわかっている以上、このデュエルを受けないのが賢い選択なんだろうが……。

 

「斎王、俺はデュエリストだ」

「はい」

 

 俺は腰のデッキホルダーからデッキを取り出す。そして、斎王の目をしっかりと見返した。

 

「挑まれたからには、受ける!」

「ふふ、さすがです。改めて感謝しますよ」

 

 にやり、と変わりのなかった笑みに愉悦のような色が混じる。

 よほど俺とデュエルがしたかったらしい。

 ――だが、それは俺も同じことでもある。

 

「ただし、条件がある」

「ほう……聞きましょう」

「俺が勝ったら、万丈目と明日香。光の結社の一員となった人間全員を元に戻せ」

 

 デュエルしてくれ、という望みを叶えてやろうというのだ。しかも、負ければ俺も恐らくは光の結社の一員となる。それなら、その対価を要求したって罰は当たるまい。

 そう思って言えば、斎王は心外だとばかりに表情を悲しげに歪ませた。

 

「それはあなたの勘違いというものです。お昼の彼にも言いましたが、彼らは彼ら自身の意思で私を敬ってくれているのですよ」

「なら、その意思を無視してでも自分を敬うのを止めさせろ」

「む……」

 

 俺が即座にそう返すと、斎王は思わず黙り込んだ。

 もともと、今の万丈目や明日香たちは、自分の意思を無視して従わされている状態である。万丈目だけは自分の意思も残っているようだが、大部分はそうだ。

 なら、その植えつけられた意思を無視して止めさせれば、それはつまり元の彼らに戻ることを意味する。

 これなら、斎王は洗脳を解くしかないはずだ。約束に応じ、守るなら、だが。

 

「……私に、そんな人心を操るかのような術があるとでも?」

「だが、あいつらはお前の言うことはよく聞くみたいじゃないか。そのお前が頼めば、みんなきっと聞いてくれる。だろ?」

「……いいでしょう。応じます」

 

 渋みの残った顔で言った斎王に、約束したぞ、と念置きする。もっとも、斎王に洗脳を解く気がなければ結局意味のないことである可能性は高いが……。まぁ、それでもダメでもともとというやつである。

 ともあれ、こうして条件を付けられた。あとはデュエルで勝つだけだ。

 俺と斎王はいくらかの距離をあけて向かい合うように立つ。

 そして俺たちはデュエルディスクを構えた。

 

「「デュエル!」」

 

皆本遠也 LP:4000

斎王琢磨 LP:4000

 

「俺の先攻、ドロー!」

 

 手札を確認し、カード2枚を手に取る。

 

「モンスターをセット。カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 まずは手堅く。

 斎王がどんな手で来るのかは知らないが、このデュエルに万丈目と明日香の奪還がかかった以上、負けるわけにはいかない。

 

「私のターン、ドロー」

 

 斎王もまたデッキからカードを引き、手札に加える。そして、1枚のカードをディスクに置いた。

 

「私は《アルカナフォースIV(フォー)THE EMPEROR(ジ・エンペラー)》を召喚。このカードの召喚成功時、あなたはカードの回転を止めてこのカードの効果を決定させる。正位置なら、私の場のアルカナフォースと名のつくモンスターの攻撃力は500ポイントアップする。逆位置なら、500ポイントダウンする。さぁ」

 

《アルカナフォースIV-THE EMPEROR》 ATK/1400 DEF/1400

 

 黒く巨大な鎧をまとった有翼の騎士。その上半身のみ、といった風体のモンスターがTHE EMPERORだ。そして、その頭上で回転するカードを見る。

 アルカナフォースは本来、召喚成功時のコイントスによって二つの効果のうちどちらかの効果を得ることが出来るモンスター群だ。

 しかし、この世界ではコイントスではなく、カードの回転によってその選択が行われるようだ。それに、表と裏という表現も正位置と逆位置に変化している。一層タロットカードらしくなっているわけだ。

 そして、アルカナフォースの大半は正位置こそがメリット効果であり、逆位置がデメリット効果だ。そして、そのギャンブル性ゆえに正位置の効果を得た時はかなり厄介な力を持つモンスターと化す。

 そんな思考をしつつ、回転するカードを俺はじっと見つめた。

 

「……ストップ!」

 

 掛け声を受けてカードの回転が徐々に緩まり、そしてついに停止する。

 

「止まったのは正位置。よって、THE EMPERORの攻撃力が上昇します」

 

《アルカナフォースIV-THE EMPEROR》 ATK/1400→1900

 

 正位置か。

 だが、いま斎王の場にいるアルカナフォースは1体だけ。被害は最小限ですんだので、良しとしよう。

 

「バトルです。THE EMPERORでセットモンスターを攻撃」

 

 THE EMPERORが黒い豪腕を振りかぶり、俺の場に伏せられたモンスターを叩き潰す。

 その間際、カードが反転して現れたのは、三つの目を持つ小さな毛玉のような姿。

 

「セットモンスターは《クリッター》だ! そしてクリッターの効果発動! このカードがフィールド上から墓地に送られた時、自分のデッキから攻撃力1500以下のモンスターを手札に加える。俺は《ジャンク・シンクロン》を選択!」

「なるほど……では、私はカードを1枚伏せて、ターンエンドです」

 

 斎王が意味ありげに微笑み、ターンを終了する。

 不気味だが、なんにせよ俺は俺にできることをするだけだ。

 

「俺のターン!」

 

 手札を確認し、一つ頷く。

 

「魔法カード《ワン・フォー・ワン》を発動! 手札の《ボルト・ヘッジホッグ》を墓地に送り、デッキからレベル1モンスターを特殊召喚する! 来い、《チューニング・サポーター》!」

 

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

「更に《ジャンク・シンクロン》を召喚! その効果で墓地のレベル2以下のモンスター《ボルト・ヘッジホッグ》を効果を無効にして特殊召喚する!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 これで俺の場にはチューナーとそれ以外のモンスターが2体となった。

 まずは、斎王に先制のダメージを与えてやる。

 

「チューニング・サポーターはシンクロ素材とする時レベルを2として扱える! 俺はレベル2となったチューニング・サポーターとレベル2のボルト・ヘッジホッグに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 レベルの合計は7となる。

 ここは一気にダメージを与えられるモンスターを召喚する!

 

「集いし怒りが、忘我の戦士に鬼神を宿す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 吼えろ、《ジャンク・バーサーカー》!」

 

《ジャンク・バーサーカー》 ATK/2700 DEF/1800

 

 赤い鎧を纏い、自身の身の丈を超える巨大な斧を持った戦士。

 まさしく鬼のように厳ついその顔が、ゆっくりと獲物となる斎王の場のモンスターに向けられた。

 

「チューニング・サポーターの効果で1枚ドロー! そしてジャンク・バーサーカーの効果発動! 墓地の「ジャンク」と名のついたモンスター1体を除外することで、相手モンスター1体の攻撃力はそのモンスターの攻撃力分ダウンする! 俺は墓地のジャンク・シンクロンを除外し、その攻撃力1300ポイント分、THE EMPERORの攻撃力を下げる! 《レイジング・ダウン》!」

 

 仲間を倒されたジャンク・バーサーカーの憤怒の叫びがフィールドに響き渡る。

 それによってTHE EMPERORは身をすくませてその攻撃力を大幅に下げた。

 

《アルカナフォースIV-THE EMPEROR》 ATK/1900→600

 

「バトル! ジャンク・バーサーカーでTHE EMPERORに攻撃! 《スクラップ・クラッシュ》!」

 

 相手の場に突進し、ジャンク・バーサーカーは大きく振りかぶった巨斧を一気に叩きつける。

 圧倒的な攻撃力差に、THE EMPERORは何もできずにそのまま破壊された。

 

「………………」

 

斎王 LP:4000→1900

 

 しかし、斎王の顔にあるのは涼しい笑みのみ。

 訝しみつつも、俺は1枚のカードを手に取ってディスクに差し込む。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

「私のターン、ドロー」

 

 斎王がカードを引き、これで奴の手札は5枚となった。

 

「私は《死者転生》を発動。手札1枚を墓地に送り、墓地からTHE EMPERORを手札に戻します。更に《ナイト・オブ・ペンタクルス》を守備表示で召喚」

 

《ナイト・オブ・ペンタクルス》 ATK/1000 DEF/1000

 

 鉄製の昆虫のような形をしたモンスター。そしてそのナイト・オブ・ペンタクルスの頭上にもまた回転するカードが現れる。

 俺はそれに対して再びストップと声をかけ、その回転はまたしても正位置の状態で止まった。

 

「正位置の効果、このカードは戦闘では破壊されない。カードを1枚伏せて、ターンエンドです」

「戦闘破壊耐性か。俺のターン!」

 

 破壊耐性かつ守備表示というのは、本来ならかなり厄介だ。とはいえ、俺の場にいるジャンク・バーサーカーは守備表示モンスターを破壊する効果も持っている。ゆえに、問題ないと言えば問題はない。

 

「俺は《ライトロード・マジシャン ライラ》を召喚! そしてその効果により、このカードを守備表示に変更して相手の場の魔法・罠カード1枚を破壊できる! 右の伏せカードを破壊!」

 

《ライトロード・マジシャン ライラ》 ATK/1700 DEF/200

 

 ライラがイラストに描かれているように両手を上げて祈りを捧げると、一筋の光が天から降り注ぎ、斎王の場の伏せカードを狙い撃つ。

 

「では、その前に私はこの伏せカード《威嚇する咆哮》を発動します。このターン、あなたは攻撃宣言できない」

 

 威嚇する咆哮か。フリーチェーンのカードだから、効果さえ発動すれば破壊されたとしても確実に攻撃を防ぐことができるカードだ。

 もう1枚の伏せカードが気になるが、そちらは今はどうしようもない。

 ナイト・オブ・ペンタクルスは戦闘耐性を持つものの、バーサーカーの効果により破壊することができる。……が、攻撃を封じられてしまっているため、それも出来ない。

 

「俺はこれでターンエンドだ。この時、ライラの効果でデッキの上から3枚を墓地に送る」

 

 落ちたのは《アンノウン・シンクロン》《レベル・スティーラー》《おろかな埋葬》か。制限カードが落ちるのはやめてほしいものである。

 とはいえ、こればかりは運だから仕方がない。俺は気持ちを切り替えて斎王の行動を見据える。

 

「私のターン、ドロー」

 

 斎王の場には戦闘で破壊されない壁モンスターに、伏せカードが1枚。

 準備は整っていると見ていいだろう。つまり、恐らくはそろそろ攻勢に出てもおかしくはないはず。

 俺が警戒していると、斎王はその手札から1枚のカードを手に取った。

 

「手札から再び《アルカナフォースIV-THE EMPEROR》を召喚」

 

 そして召喚成功時の効果選択。俺が掛け声をかけると、今度は逆位置で止まった。逆転する運命もない今、アルカナフォースの攻撃力が500ポイント下がることで確定される。

 

《アルカナフォースIV-THE EMPEROR》 ATK/1400→900 DEF/1400

 

 攻撃力が下がったTHE EMPERORを見て、斎王は変わらない涼しい顔で目を伏せた。

 

「それではバトル。THE EMPERORでライトロード・マジシャン ライラに攻撃」

「くっ……」

 

 ライラの守備力は僅か200。攻撃力が下がったとはいえ、充分に破壊可能圏内だった。ライラの効果を考えれば、ここで除去は当然だろうな。

 

「私はこれでターンエンドです」

「俺のターン、ドロー!」

 

 引いたカードは……よし。

 

「俺は《ジャンク・バーサーカー》のレベルを1つ下げ、墓地から《レベル・スティーラー》を特殊召喚! 更にレベル4以下のモンスターの特殊召喚に成功したため、手札から《TG ワーウルフ》を特殊召喚する!」

 

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

《TG ワーウルフ》 ATK/1200 DEF/0

 

「更に《グローアップ・バルブ》を通常召喚!」

 

《グローアップ・バルブ》 ATK/100 DEF/100

 

 再び俺の場にチューナーと素材が揃う。合計のレベルは5、これでアルカナフォースという光属性で占められたデッキに対して強力な影響を持つモンスターの召喚条件は整った。

 

「レベル1レベル・スティーラーとレベル3のTG ワーウルフに、レベル1グローアップ・バルブをチューニング! 集いし狂気が、正義の名の下動き出す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 殲滅せよ、《A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス) カタストル》!」

 

《A・O・J カタストル》 ATK/2200 DEF/1200

 

 出てくるのは白銀の装甲を持つ機動兵器。侵略者を殲滅するために生まれた、知恵ある種族の連合による科学技術の結晶である。

 そしてその効果は「闇属性以外のモンスターと戦闘を行う時、ダメージ計算を行う前に相手モンスターを破壊する」という凶悪なものだ。

 更にここにジャンク・バーサーカーも加えれば、斎王の場を一掃することが可能になる。

 

「バトル! A・O・J カタストルでナイト・オブ・ペンタクルスに攻撃! 《デス・オブ・ジャスティス》!」

「おっと、ではその前にカウンター罠《攻撃の無力化》を発動しましょう。カタストルの攻撃宣言に対して発動し、その攻撃を無効。バトルフェイズを終了させます」

 

 カタストルの顔部分の中心にある青いレンズ。そこから放たれた一条の光線は、斎王のモンスターの前に現れた次元の渦に呑まれて届かない。

 バトルフェイズが終了しては、これ以上の追撃も不可能だ。

 

「……ターンエンド」

「では、私のターン。ドロー」

 

 カードを引いた斎王は、その顔に笑みを浮かべた。

 

「《強欲な壺》を発動します。2枚ドロー。更に《カップ・オブ・エース》を発動。正位置なら私はデッキから2枚ドローする。逆位置なら、あなたが2枚ドローする」

 

 回転を始めるカード。それに対して、俺は再び声をかけた。

 

「……ストップ」

「止まったのは、正位置です。よって、私は更に2枚ドロー」

 

 これで斎王の手札は再び5枚。

 そして、斎王はその中から1枚をゆっくり選び取る。

 

「《アルカナフォースVI(シックス)THE LOVERS(ラヴァーズ)》を召喚」

 

《アルカナフォースVI-THE LOVERS》 ATK/1600 DEF/1600

 

 恋人たち、というには不気味なモンスターが召喚されたものである。

 黒いドレスを纏った異様に手がでかい人型モンスター。顔がどこかフクロウに似ているのも、その不気味な印象に拍車をかけている。

 そして、アルカナフォース恒例の効果選択。俺のストップの声によってTHE LOVERSが得た効果は、正位置。つまり、「アルカナフォースをアドバンス召喚する場合、このモンスターで2体分のリリースとすることが出来る」という、ダブルコストモンスターとなった。

 

「私はカードを1枚伏せて、ターンエンド」

 

 更に斎王はカードを伏せて、エンド宣言を行う。

 ……だが、どうも違和感を感じる。

 ここまでターンが進んでいるのに、斎王は一度も上級モンスターを出していない。

 単に手札に来ていないのだろうか。それとも、最上級だから出せなかった? いや、既に斎王の場には2体のモンスターがいた。だというのに、こうしてダブルコストモンスターまで出してきている。

 いったい何を狙っているのか。俺はうっすらと笑みを張り付けた斎王に、不気味さを感じずにはいられなかった。

 

「っ、俺のターン!」

 

 俺はそれを振り切るようにカードを引く。

 何にせよ、狙っている何かが行われる前に決着をつければいいだけの話。こちらにはカタストルとバーサーカーがいる。戦闘面での心配はそうしなくてもいい布陣である。

 なら、自信を持って進めばいい。このデュエルには万丈目と明日香がかかっている。それに、俺だって斎王に洗脳されるなんてゴメンだ。

 

「バトル! カタストルでTHE LOVERSに攻撃! そしてカタストルの効果により、ダメージ計算前にTHE LOVERSは破壊される! 《デス・オブ・ジャスティス》!」

「むぅ……」

「更にジャンク・バーサーカーでTHE EMPERORに攻撃! 《スクラップ・クラッシュ》!」

「ぐぅッ……!」

 

斎王 LP:1900→100

 

 THE EMPERORは自身のデメリット効果によって攻撃力が900になっていた。ジャンク・バーサーカーの攻撃力は2700。その差1800ポイントは大きく、斎王のライフはもはや風前の灯である。

 だが、それでも斎王の表情は変わらない。

 ここまでくると、不気味とかそういう問題じゃない。俺は劣勢となっても、全く動じない斎王に薄ら寒さすら感じる。まるで、俺の方が追い詰められているかのような……。

 いや、そんなバカな。

 考え過ぎだ。現に、俺のライフは4000なのに対し、斎王のライフは既に残り100しかない。

 順調にいっているからこそ、疑心暗鬼にとらわれるのだ。そうに違いない。

 ――だが、どうしても不安はぬぐえなかった。これに負けると、俺は自分という存在を一切合財無視した斎王の操り人形となってしまうのだ。その恐怖は、やはり俺の中にある。

 しかし、そんな恐怖を認めるわけにはいかない。俺は意図して笑みを浮かべると、口を開く。

 

「……いやに余裕だな」

「余裕? ……なるほど、そう見ることもできますか。残念ながら、違いますよ」

 

 俺がついそう声をかけると、斎王は一瞬何を言われたのか分からないという顔をした後に、苦笑気味に否定してきた。

 

「これは、余裕ではありません。ただ、私には私の取るべき選択が見えているにすぎないのです。……尤も、あなたの未来が見えない以上、私としても自分が最善と思う選択をし続けるしかないのですが」

 

 そこまで言い、斎王は小さく笑う。

 

「ふふ、確信の得られないデュエルは久しぶりですよ。実に楽しい。しかしながら、ここまで来ても私に見える私の未来は変わらない。ゆえに、何も問題はありません」

「……何を言っているのか、よくわからないな。俺はこれでターンエンドだ」

 

 もはや斎王の言葉すら言葉による罠のように思えてくる。そのため早々に打ち切るが、しかし斎王はそれにも動じない。

 

「では私のターン、ドロー。魔法カード《運命の宝札》を発動、サイコロを振り、出た目の数だけドローする。その後デッキの上から同じ数のカードをゲームから除外します」

「なっ……」

 

 ここでドローカードだと!

 しかも原作において登場したOCG化していない壊れカード。ここにきて相手に取るべき手段が増えるのは、正直に言ってかなり危ない。

 

「サイコロの目は……4。よって私はデッキから4枚ドローし、同じ数だけデッキトップからカードを除外します。そして《コーリング・ノヴァ》を召喚」

 

《コーリング・ノヴァ》 ATK/1400 DEF/800

 

 コーリング・ノヴァ、天使族専用のリクルーターか。だが、その効果の発動は戦闘破壊が条件のはず。受け身であるうえにコーリング・ノヴァは攻撃表示。次のターンに俺が攻撃すれば、それだけでゲームエンドである。

 俺がそう分析していると、斎王は口角を吊り上げた笑みを見せた後に、大きく息を吐いた。

 

「やはり、運命は私の見たとおりだった。たとえあなたの運命が見えずとも、私が私自身の最善の運命に従っていれば、結果はおのずと見えてくる」

「何を……」

 

 言っているのか。そう問おうとした俺は、斎王が片目から涙を流しているのを見て、言葉を詰まらせた。

 

「……やはり、運命とは変えられないものなのか。――ふふ、見せてあげましょう。最強のアルカナフォース、その姿を。私は《二重召喚(デュアルサモン)》を発動。これで私はこのターンもう一度通常召喚を行えます」

 

 斎王の場にはコーリング・ノヴァとナイト・オブ・ペンタクルス。

 2体のモンスターということは……まさか、最上級モンスターか!?

 

「コーリング・ノヴァとナイト・オブ・ペンタクルスをリリース! 手札から《アルカナフォースXXI(トゥエンティーワン)THE WORLD(ザ・ワールド)》を召喚!」

 

 そして斎王の場に現れるのは、黒く巨大な円盤のような姿。円盤にしては厚みがありすぎ、その身体は円柱といったほうが近いかもしれない。 

 そこから鋭く伸びる鉤爪のような手足は、いかにも禍々しいものであり、その姿は巨大さも相まって得も言われぬ圧迫感を俺に与えてくる。

 

《アルカナフォースXXI-THE WORLD》 ATK/3100 DEF/3100

 

「な、に……」

 

 その巨体、そしてアルカナフォースの切り札と呼ぶにふさわしい姿に、思わず言葉を失う。

 そんな俺を前に、斎王はさっきまでの冷静さが嘘のように楽しげな笑みをこぼし始めた。

 

「これこそ最強のアルカナフォース! 召喚に成功したため、効果の選択です! THE WORLDは逆位置なら、あなたのドローフェイズにあなたは墓地の1番上のカードを手札に加えるというドロー加速を約束する。ですが、正位置の場合、私は自分のエンドフェイズ時に自分の場のモンスター2体を墓地に送ることで、次のあなたのターンをスキップさせることができる!」

「俺のターンをスキップするだって!?」

 

 くそ、そういえばそんな効果だったか。ターンをまるごとスキップするなんて、俺にとって圧倒的に不利となる効果だ。もはや反則と言ってもいい。

 なぜなら、単純に相手は「カードを2枚ドロー」「モンスター2体を通常召喚」「セットした罠カードを発動できる」「同じモンスターでもう一度攻撃できる」「回数制限のある効果を更に使える」ということになるのだ。そのアドバンテージは計り知れない。

 ……負ける、のか? 冷や汗が俺の頬を伝う。

 

「さぁ、ストップの声を!」

「くっ……ストップだ!」

 

 悩まず、即決で宣言する。

 正位置にはなるな。

 そう祈るが、しかし回転するカードが止まった位置は、そんな俺を嘲笑うかのように――正位置だった。

 

「カードの位置は、正位置! よって、2体のモンスターを墓地に送った次のあなたのターンをスキップします!」

 

 ……だが、まだ大丈夫だ。斎王の場にはほかのモンスターは存在しない。

 なら、THE WORLDの効果は発動できないはず。

 俺はそう希望を繋げるが、それに対する対策を用意していないはずもない。斎王は手札のカード1枚を手に取った。

 

「私は更に《おろかな埋葬》を発動! デッキから《レベル・スティーラー》を墓地に送ります!」

「なっ……レベル・スティーラー!?」

 

 それは俺のデッキで幾度となく活躍している、必須カード。

 そしてもともとこの時代には存在していないはずのカード。それゆえ俺は驚くが、斎王は愉快気に口元を歪めるだけだった。

 

「フフ、別に不思議ではないでしょう。このカードを確かにあなたはよく使いますが、専用というわけでもない」

 

 ……確かに、シンクロの登場によって新たに作られたパックにレベル・スティーラーは入っている。だが、THE WORLDにその効果を利用されるとなると、かなり厄介だ。簡単に発動に必要な2体のモンスターが確保されてしまう。

 とはいえ、俺の場にはカタストルがいる。光属性であるTHE WORLDが相手ならば、問答無用で破壊できる。

 そう考えるが、それはしかし次に斎王がとった手によって覆されることとなる。

 

「更に手札から《地割れ》を発動! 相手の場の最も攻撃力が低いモンスターを破壊します! カタストルを破壊!」

「なっ……!」

 

 ここで単体除去カードだって!? まずい、光属性のアルカナフォースにとってのメタとなり得るカタストルがいなくなった。

 これで、俺の場にはジャンク・バーサーカーのみ。これでは一方的にこちらが戦闘破壊されてしまう。

 

「そして私はTHE WORLDのレベルを2つ下げて、墓地から《レベル・スティーラー》2体を特殊召喚します」

「2体!? ……そうか、死者転生のコスト……!」

 

 俺の言葉に、斎王は口の端を持ち上げる。正解だと言わんばかりに。

 

「さぁ、バトルです! THE WORLDでジャンク・バーサーカーに攻撃! 《オーバー・カタストロフ》!」

「ぐぁッ!」

 

遠也 LP:4000→3600

 

「更にレベル・スティーラー2体でプレイヤーに直接攻撃!」

「くっ……手札から《バトル・フェーダー》の効果発動! このカードを特殊召喚し、バトルフェイズを終了させる! 守備表示で特殊召喚!」

 

《バトル・フェーダー》 ATK/0 DEF/0

 

 俺の場に現れる振り子を象ったモンスター。

 手札に来ていてくれて助かった。これで少なくとも次のターンまではもたせることが出来るだろう。

 

「なるほど。では、エンドフェイズ。私は2体のレベル・スティーラーを墓地に送ります。これによってTHE WORLDの効果を発動し、次のあなたのターンをスキップします」

「くっ……」

 

 わかっていたが、やはりドローすら行えないというのは辛い。

 

『遠也……!』

 

 マナも心配そうに俺に声をかけてくる。

 だが、まだ場には壁となるバトル・フェーダーがいる。それに、今のレベル・スティーラーの蘇生によってTHE WORLDの現在のレベルは6。つまり、同じコンボはあと1度までしかできない。

 それを耐えきれれば、まだ手はある。セットされたカードが、頼みの綱だ……!

 

「再び私のターン、ドロー! 私は《アルカナフォースI(ワン)THE MAGICIAN(ザ・マジシャン)》を召喚! カードの回転を止めてください、さぁ!」

 

《アルカナフォースI-THE MAGICIAN》 ATK/1100 DEF/1100

 

 細身の身体に、ピエロの服装を纏った男。それが軟体動物のように奇妙な動きで場に現れ、その頭上にてカードが回転を始める。

 

「ストップ!」

 

 声をかけ、緩やかになっていくカードの回転。

 それはやがて、ぴたりとその動きを止めた。

 

「止まったのは正位置! それによって魔法カードが発動された時、エンドフェイズまでこのカードの攻撃力は倍になります。そして私は手札から《メテオ・ストライク》をTHE MAGICIANに装備! これによってTHE MAGICIANは貫通効果を得ます。更に魔法カードの発動により、攻撃力は倍となる!」

 

《アルカナフォースI-THE MAGICIAN》 ATK/1100→2200

 

 貫通効果をここで持ってくるとは思わなかった。

 バトル・フェーダーの守備力は0。つまり、貫通効果の付与は直接攻撃と等しい効果を与えることに他ならない。

 

「バトルです! THE MAGICIANでバトル・フェーダーに攻撃!」

「くっ……!」

 

遠也 LP:3600→1400

 

「更にTHE WORLDで直接攻撃!」

「それは通さない! 罠発動、《ガード・ブロック》! この戦闘ダメージを0にし、俺はデッキからカードを1枚ドローする!」

 

 ……なんとか致命傷だけは止めることが出来たか。

 だが、もしこのままもう一度斎王のターンになった場合、俺の手札に攻撃を止める手段はなく、場にもう1枚伏せてあるカードも攻撃を止めるようなカードではない。

 つまり、これで終わりということだ。

 だから、ここで引く1枚のカードで全てが決まる。

 今の俺の手札に対抗できるカードはない。ここでその対策となるカードをひかなければ、俺は斎王の下に下ることになる。

 頼む、俺のデッキ……! ここは負けられない。自分の意思を無視されて洗脳を受けるなんて、ある意味ではただ騙すよりもよほどたちが悪い。自分の自己性を否定される、そんな横暴を認めるわけにはいかない。

 

「ドローッ!」

 

 引いたカードを、確認する。

 ――っ、きたか!

 

「私はTHE WORLDのレベルを1つ下げ、レベル・スティーラー1体を守備表示で特殊召喚。そして、エンドフェイズに――」

「させるか! その前のメインフェイズに手札から《エフェクト・ヴェーラー》の効果発動! このカードは相手のメインフェイズにのみ発動可能! 相手モンスター1体の効果をエンドフェイズまで無効にする! これで次は俺のターンが来る!」

 

 これで相手の場には攻撃表示のTHE WORLDとTHE MAGICIAN、そして守備表示のレベル・スティーラーとなった。

 次の俺のターンでTHE MAGICIANの攻撃力1100を超える1200以上のモンスターを出せれば、あの伏せカード如何にもよるが、俺の勝ちがぐっと近づく。

 

「ほう。ですが、それも1ターンだけのこと。その次のターンには再び私のターンがやってきます」

 

 斎王はそこまで言うと、手札に最後に残ったカードに手をかけた。

 

「ですが、THE MAGICIANを攻撃されれば私はひとたまりもない。まだ私のメインフェイズです。手札から《ワームホール》を発動し、THE MAGICIANを次の私のターンのスタンバイフェイズまで除外します」

 

 そして斎王は、「ターンエンドです」とエンド宣言をする。

 《ワームホール》は恐らく、デメリット効果が出たアルカナフォースの効果をリセットするために投入されているのだろう。まさかそんなカードが入っているとは。

 これで斎王の場には攻撃力3100の大型モンスターと、守備表示のレベル・スティーラーが1体。問題はTHE WORLDのほうだ。これを除去しなければ、俺に逆転の目はない。

 THE MAGICIANがいればそちらを攻撃してライフを0に出来たのだが、ワームホールによりそれも出来なくなった。

 レベル・スティーラーは守備表示なため、ダメージは与えられない。更に言えば、斎王の墓地にはあと1体のレベル・スティーラーが存在しており、スタンバイフェイズにはTHE MAGICIANが帰ってくる。

 そして現在のTHE WORLDのレベルは5。つまり、斎王のターンになった時、たとえ俺がレベル・スティーラーを破壊したとしても、THE WORLDのコスト……2体のモンスターはどうやっても揃う。レベル・スティーラーを1体蘇生し、THE MAGICIANをコストにすれば、次の俺のターンは再びスキップされるだろう。

 そのうえ、伏せカードまで存在している。あれが攻撃を防ぐ罠カード……あるいは攻撃モンスターを破壊するカードだった場合、やはり俺は厳しくなる。

 要するに、俺はTHE WORLDと伏せカード、その両方に対処しなければならないわけだ。

 攻撃力3100以上のモンスターを場に召喚し、かつ相手の伏せカードも除去しなければ、俺に勝ちはない。

 次に斎王のターンが来たら、恐らく負ける。THE WORLDの効果を使用されれば、1ターン凌いだところで、もう1ターンを越えられる手は俺にはない。

 だから、ここで俺は逆転の手を引かなければならない。

 出来なければ、万丈目と明日香は元に戻らず、……俺は斎王に洗脳されてしまうだろう。

 

「俺の――」

 

 だが、そんな未来はごめんだ。

 ゆえに、ここで必ずカードを引く。

 横で見守るマナに目を合わせる。そしてマナが力強く頷きを返してくれたことに頼もしさを感じながら、俺はデッキトップにかけた指を勢いよく振りぬいた。

 

「――ターンッ!」

 

 ……ッ、きた!

 これで、俺はあのモンスターを召喚できる。

 攻撃力3100を超え斎王のライフ100を削り切る攻撃力3300、そのうえ破壊する効果を無効にすることが出来る効果を持つ切り札級のドラゴンを!

 これで負けることはない。そんな安堵を感じながら、俺は行動に移った。

 

「俺はカードを1枚伏せ、魔法カード《大嵐》を発動! そしてそれにチェーンして伏せてあった罠カード《スターライト・ロード》を発動! フィールド上のカードを2枚以上破壊する効果が発動した時に発動可能! その効果を無効にして破壊し、エクストラデッキから《スターダスト・ドラゴン》を特殊召喚する!」

 

 《スターライト・ロード》は最初から伏せていたカードだ。だが、その発動条件故に単体除去では使えなかった。

 大嵐を引き、かつその使用前にカードを伏せて伏せカードを2枚にしたからこそ発動できたわけである。

 これにより、俺はエクストラデッキからもう一人の相棒とでも呼ぶべき、最大級の信頼を寄せるモンスターを特殊召喚できる。

 

「――飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 俺の場に舞い降りる、光り輝く白銀のドラゴン。

 星屑のように眩い粒子を降らせながら現れたその姿を、斎王は身じろぎもせずにじっと見つめる。

 

「更に墓地の《グローアップ・バルブ》の効果発動! デッキトップのカードを墓地に送り、デュエル中1度だけ特殊召喚できる!」

 

《グローアップ・バルブ》 ATK/100 DEF/100

 

「そして手札から《チューニング・サポーター》を通常召喚!」

 

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

 これで、俺の場にはスターダスト・ドラゴン1体と、レベル1のチューナーと非チューナーが揃った。

 

「スターダスト・ドラゴン。あなたの代名詞的なカードですか。しかし、それでは攻撃力がTHE WORLDに届かない。そして、トリシューラというモンスターの召喚にはレベルが合わない。それでどうするというのです」

 

 トリシューラだと?

 確かに俺はそれを持っているし使ったこともあるが、この学園ではまだ使ったことがない。それを何故知っているのか。

 油断ならない情報網を持っているようだと斎王に対する警戒を新たにしながら、しかしその言葉に俺は笑みをこぼす。

 レベル・スティーラーを使えば、この状態からでもトリシューラは実は出せる。だが、それではたとえTHE WORLDを除去できたとしても伏せカード如何によっては決着までは至らず、斎王にターンが渡ってしまう可能性がある。

 だから、ここではトリシューラは使わない。あの伏せカードが破壊系のカードだったとしても、それを乗り越えてこのターンで決める。そんな意味を込めた笑みだった。

 

「それはどうかな」

「ほう?」

「俺はこれで勝つ! お前の操り人形になるなんて、願い下げだ!」

 

 真っ向からそう言い放ち、俺はフィールドに並ぶモンスターの姿を見る。

 スターダストの姿を頼もしく感じながら、俺はこのデュエルにエンドマークをつけるべく、あの最強クラスのドラゴンを呼び出そうと、勢い込んで口を開いた。

 

「レベル1チューニング・サポーターに、レベル1グローアップ・バルブをチューニング!」

「なに、レベル2のシンクロモンスター! そんなカードが……!?」

 

 わずかレベル2のモンスター。しかし、その秘める力は大きな可能性を内包した絶大なもの。

 そのモンスターこそが、俺を勝利に導く。

 

「――集いし願いが、新たな速度の地平へ誘う。光差す道となれ! シンクロ召喚! 希望の力、シンクロチューナー《フォーミュラ・シンクロン》!」

 

 グローアップ・バルブとチューニング・サポーター。

 2体のモンスターがそれぞれ光輪と星となって爆発的な光を放つ。

 そして、その中から現れるのはF1カーそのものといった姿をしたモンスター。強く鋭い目を持ち、車体から生えた腕を力強く振るうと、そのタイヤが激しく回転して、火花を散らした。

 

《フォーミュラ・シンクロン》 ATK/200 DEF/1500

 

「チューニング・サポーターの効果で1枚ドロー! 更にフォーミュラ・シンクロンはシンクロ召喚に成功した時、カードを1枚ドローできる! ドロー!」

 

 さぁ、準備は整った。

 スターダスト・ドラゴンが持つ可能性、その更なる先にある姿。その力で、俺はこのデュエルを制する!

 

「これで終わりだ、斎王! レベル8シンクロモンスター《スターダスト・ドラゴン》に、レベル2シンクロチューナー《フォーミュラ・シンクロン》をチューニング!」

 

 力を込めて、俺は2体のモンスターに指示を出す。

 それによって、スターダストとフォーミュラ・シンクロンは光を纏い、空へと向かって上昇していく。螺旋を描き、徐々に互いの距離を縮めつつ天へと向かう様は、さながら空に昇っていく箒星のようであった。

 そしていよいよ2体はその身を急接近させ、光と光がぶつかり、一体となる。

 

 その瞬間。

 

 2体はまるで磁石の反発のようにその身を互いに弾き飛ばした。

 そして纏っていた光も霧散。

 その時に浮力すらも失ったのか、徐々に地上へとその身を落下させ始めた。

 

「なッ……!? スターダスト! フォーミュラ・シンクロン!?」

 

 驚愕の声と共に2体の名前を呼べば、彼らは俺のフィールド上にてどうにか滞空して踏みとどまる。しかし、その動きは目に見えるほどに堅かった。

 そのうえ、やはり互いに触れようとすると弾いてしまう。通常では起こりえない異常な事態である。

 ……だが、俺はそんな2体の姿を見てふと思い出すことがあった。

 そう、俺が初めて遊戯さんと行ったデュエル。そこで1度だけ召喚した、あのドラゴン。

 あの時、あのモンスターは召喚後のわずか1ターンですらフィールドに存在できず消滅してしまった。それと同じことが、起こっているとしたら? あの時一瞬とはいえ召喚できたことこそが奇跡であり、本来は今の状態こそが正しいのだとしたら?

 

 ――それが指し示す答えは、一つしかない。

 

「アクセルシンクロが……出来ない?」

 

 それはつまり、そういうことなのだと、認めざるを得ないのではないだろうか。

 愕然とする俺だが、それ以上に俺は驚く光景を見ることになる。

 なんと、ソリッドビジョンでしかないはずのスターダストとフォーミュラ・シンクロンが俺の出した指示に応えようと、共に再び空に飛び上がろうとしていたのだ。

 原因は分からないが、少なくとも今はアクセルシンクロが出来ない。だというのに、この2体は俺に精一杯応えてくれようとしているのだ。

 その姿に、俺は思わず胸が熱くなる。アクセルシンクロが出来ないのは、彼らのせいではない。それに、デュエルディスクにはその情報もしっかり存在しているはずなのだ。

 だというのに成功しないのは、恐らくは俺のせい。何が原因かまでは定かではないが、きっとそれで間違いはないだろう。

 それなのに、2体はそんな俺のために頑張ってくれているのだ。その姿に、何も感じないわけがなかった。

 

 ……だがしかし、2体のその行動が実ることはなかった。

 その強引なシンクロにより、俺のデュエルディスクはバチッと強い静電気のような衝撃を放ち始めたのだ。

 そして、俺がマズいと思った次の瞬間。フリーズを起こしたかのように突然俺のデュエルディスクの電源は落ち、スターダストとフォーミュラ・シンクロンの姿も、まるで幻のように消えて行ってしまった。

 

「な、なにッ!? ――スターダスト! フォーミュラ・シンクロン!」

 

 既に姿がない2体だが、それでも俺は気づけばその名前を呼んでいた。

 しかし、当然ながら答えが返ってくることはない。

 俺は消えてしまったスターダストとフォーミュラ・シンクロンに心の中で謝る。俺の何かがこうさせてしまったのは、間違いない。不甲斐なさが胸の中に溢れていた。

 

「……いったい何が……これは、デュエルディスクの故障、か?」

 

 だがしかし、斎王にはそんなことはわからないだろう。

 それゆえ、あちらはデュエルディスクの故障が原因だと考えたようだった。

 そして、その言葉に俺は何も返さない。そんな俺に対して、斎王はやれやれと首を振ると、デュエルディスクの電源を切る。

 それによって、斎王の場に存在していたTHE WORLDとレベル・スティーラーもまたゆっくりとその姿を周囲に溶け込ませて消えて行った。

 

「……どうやら、残念なことにこれ以上のデュエルは出来ないようですね。名残惜しいですが、今日はここまでということにしておきましょう」

「お、おい!」

 

 くるりと踵を返した斎王に、俺は思わず声をかけていた。

 それに、斎王は顔だけを振り向かせて答える。

 

「ああ、そうです。このデュエルは実質ドローですので、あなたに頼まれていたことは請け負えません。どうかご了承を……それでは、またの機会に」

 

 もうこれ以上言うことはない、ということなのか。

 斎王は最後にうっすらと見せた笑みだけを残して、夜の空の下光の結社のものと化しているブルー寮へと戻っていく。

 俺はそれを黙って見送ることしかできなかった。

 

『……遠也、スターダスト・ドラゴンとフォーミュラ・シンクロンのカードは?』

「……大丈夫だ。どこにも破損はない」

 

 デュエルディスクに走った紫電。それを見てすぐさまカードを抜き取っていた俺は、マナに2枚のカードを見せる。

 

 《スターダスト・ドラゴン》と《フォーミュラ・シンクロン》。

 

 ――そして、召喚できなかったカード……《シューティング・スター・ドラゴン》。

 

 カードそのものは、普通に見える。だが、どうして……?

 俺が不思議に思っていると、マナが『あ!』と声を上げた。

 

『遠也! 《シューティング・スター・ドラゴン》のカードが……!』

「ッ、な、これは……!?」

 

 カードに描かれていた絵から、徐々に色が抜けていく。

 白黒……いや、全体が灰色に染まっていき、絵柄部分は完全に灰色に染まってしまった。うっすらとそのドラゴンの全体像こそ見えるものの、もはやその姿は見る影もない。

 

 ――まさか。

 

 俺はある可能性に気付くと、急いでデッキケースからカードを取り出す。取り出したのは、俺が持つ最大の切り札。

 

「こっちもか……!」

 

 そして、そちらのカードもまた絵柄部分だけが見えなくなってしまっていた。他のカードは普通に見えている。だが、この2枚だけに異変が起こっていた。

 

『遠也、いったい……』

「………………」

 

 マナの問いに、俺は答えられない。

 思い当たる答えはある。だが、それを認めたくはなかったのだ。

 

 今のデュエルの直後にこうなったということはつまり。

 

 ――俺には自分たちを扱う資格はない、そう言いたいのではないのか。

 

 今のデュエルを見て、カードたちが俺に失望したのではないか。そんなことを考えてしまう。

 無論、それは俺が勝手に抱いたものでしかないし、あくまでも俺の主観だ。カードが実際にそう言ったわけじゃない。

 だが、デュエルディスクにも、スターダストにも、フォーミュラ・シンクロンにも落ち度はなかった。それがわかるからこそ、原因は俺にあったのだと考えてしまう。そしてそれが正しいと思えるから、自虐的な考えも浮かんでしまう。

 正確なことはわからない。しかし、一つハッキリしていることがある。

 俺に足りないものは何だったのか。その答えを出さなければ、きっとこのカードは応えてくれないということ。わけもわからず、しかしそんな確信だけが俺の心の中に渦巻いていた。

 

「……帰るか、マナ」

『う、うん』

 

 俺はここで悩んでいても仕方がないと自分に言い聞かせ、マナに声をかける。

 しかし、その声は自分でも若干沈んでいるのがわかる程だった。

 マナもそれを察したのか、歯切れの悪い返事が返ってくる。

 夜、月明かりに照らされた剥き出しの土の道。

 その上を、俺とマナはゆっくりと歩いてレッド寮へと向かう。

 万丈目と明日香は助けられず、俺もまた斎王に勝つことができなかった。

 だが、斎王の手にかからなかったこと自体は喜ばしいことのはずだ。なのに、全く喜びを感じることが出来ない。

 色を失ってしまった2枚のカードのことを、俺は脳裏に描く。

 

 ――何も上手くいかなかった。

 

 それは人間である以上そういう時もあるだろう。その理屈は理解できる。

 だが、このデュエルには万丈目と明日香のこともあったのだ。出来るなら、こういう時こそ上手くいってほしかった。

 そんな複雑な気持ちを抱えたまま、俺はゆっくりと帰り道を辿っていくのだった。

 

 

 

 



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第39話 復帰

 

 間近に迫ったデュエルアカデミアの修学旅行。その行き先を賭けたデュエルに勝った十代は、急いでレッド寮まで戻ると、その一階部分――万丈目が改造した一室の扉を開けた。

 

「よっしゃあ! 勝ったぜ遠也! これで行き先は童実野町に決定だぜ!」

 

 十代が飛び込むような勢いで部屋に転がり込み、満面の笑みでそう結果を伝える。

 それに対して、部屋の中にいる遠也の反応は淡泊なものだった。

 

「……お、そうか。んじゃ、その時は案内してやるよ」

 

 起伏のない語調でそう言うと、遠也はテーブルの上に置かれた己のデッキに目を落とす。

 自分が入ってきた時も、遠也はそうしていた。十代はどうにも調子がおかしい友人の姿に、自分までなんだかおかしくなったような気分に陥っていた。

 そんな遠也を、後ろで心配そうに見ているマナが十代には見えた。というのも現在のマナは精霊状態であり、余人にはきっとマナは見えていないことだろう。

 といっても、この場には精霊を見ることが出来る十代と遠也しかいない。あとから恐らく自分を追って皆も来るだろうが、その前に十代はマナに手招きをした。

 それを視界の端で確認したのか、マナの目が十代に向けられる。そして自分を呼んでいるのだと悟ると、変わらずデッキを見つめる遠也を気にしながらも、マナは十代の元へと移動してきた。

 

『どうしたの、十代くん』 

「ああ、いや……あいつ、ホントにどうしたんだよ?」

 

 十代は遠也に目線を投げる。

 思えば、この前の晩に帰ってきてから遠也はずっとあの調子だ。おかしいとは思っていたが、受け答えは出来ていたし、そういうこともあるかと思って深くは考えていなかった。

 というのも、遠也と付き合いが長いと自負している十代は、何があっても遠也なら立ち上がってくるだろうという信頼もあったのだ。

 だが、結果はご覧のとおりというべきか。遠也はやはり元気がなく、何かをずっと考えているかのような態度を崩していない。

 遠也がああなって二日。全く変わっていないがゆえに出てきた問いかけに、マナは少し表情に影を落とした。

 そして遠也を一瞥すると、十代に外に出るように促す。十代はそれに頷くと、マナと一緒に部屋から出て行く。

 その間も、遠也はじっとテーブルの前に座り、何事かを考え続けているのだった。

 

 

 

 

「――遠也が、斎王と戦っただって!?」

 

 レッド寮の脇、遠也の部屋からは離れたところで、十代はマナから事情を聴いて驚きの声を上げた。

 まさか自分が知らない間に斎王と一戦交えているとは思っていなかったのだろう。十代は遠也が斎王に洗脳されなくてよかったという思いと、俺も戦いたかったという思いで複雑な気分だった。

 そして、マナは更に詳しい事情を話し始める。

 

『うん。それで、負けはしなかったんだけど……』

「まさか、遠也相手に引き分けたのか? 斎王って、やっぱ強ぇんだな」

 

 シンクロ召喚。それを自在に使う遠也の強さは、頻繁にデュエルする十代が一番よく知っている。

 その遠也相手に斎王は引き分けたというのだ。十代としては、その強さに自分も挑んでみたいという気がしてならない。どれだけ強いのか、デュエルで確かめてみたいのだ。

 内心でそう燻る気持ちを自覚する十代だったが、しかしマナの表情は晴れない。それを見て、さすがの十代もデュエルがしたいと口に出すことは出来なかった。

 だから、気になっていることを訊く。

 

「……斎王と、何かあったのか?」

 

 負けなかった、ということは光の結社の一員になったというわけではないだろう。勝てなかったのは残念だが、だからといって遠也があそこまで落ち込むとは考えづらい。

 何か他に原因があるはず。そう考えての発言は、やはり的を射ていたらしい。

 十代は、表情を一層曇らせたマナを見てそう確信した。

 

『……遠也にはね、何枚かの特別なカードがあるの』

「特別? スターダストのことか?」

 

 十代が問うと、マナは首を振る。

 

『スターダストも確かに特別で、遠也にとっても大事なカードだよ。けど、それとは違うベクトルで特別なカードなの』

「べクトル? ……よくわかんねぇけど、そのカードがどうしたんだ?」

『あの人とのデュエルで、遠也はその中の1体を召喚しようとしたの。けど……出来なかった』

「出来なかった?」

 

 それはおかしい。

 デュエルディスクは、あらゆるカードに対応してソリッドビジョンを作り出し、即座にデュエルに反映させる。

 だというのに、召喚できない。それは故障やトラブルといった理由以外にありえない。

 一般的な考えからそう思う十代だが、しかし事はそう単純なことではなさそうだと二人の様子は物語っていた。

 そして、更にマナは言葉を続ける。

 

『……その後、遠也はその2枚のカードを見た。そうしたら、そのカードの絵柄がゆっくりと灰色に染まっていって、見えなくなっちゃったんだよ』

「カードが見えなくなった!?」

 

 十代は驚く。

 それはまるで、この間までの自分みたいではないか?

 ということは、まさか遠也も斎王の力にやられて……。

 そう考える十代だったが、顔色を変えた十代に十代が考えていることを察したのか、マナは小さく首を振った。

 

『斎王の力、ってわけじゃないみたい。遠也は、原因に心当たりがあるみたいだったから』

「遠也が? そうか……」

 

 十代は斎王の力によるものではないと聞き、ひとまずは安堵する。また、遠也自身がその原因を把握しているというのも、大きな不安に繋がらなかった。

 遠也なら、きっとその原因をなんとかするだろう。そう思えるぐらいには、十代は遠也の強さを信頼していた。

 だが、カードが見えなくなる辛さを、誰よりも十代は知っている。

 あの時は、初めてデュエルモンスターズというものに悲しみを抱いた。大好きなデュエルモンスターズがもう出来ないかもしれない。そう考えただけで、悲しくて悲しくて仕方がなかったことを、よく覚えている。

 そしてその辛さに挫けそうになった時、思わず十代は友に寄りかかった。そして、その友は自分に一つの答えを示してくれた。

 遠也自身は、ただ思ったことを言っただけだったかもしれない。しかし、それは十代にとって確かに希望の光になったのだ。

 なら、今度は自分が返す番だ。

 十代は、心の中でそう決意する。

 

「――っよし! じゃあ、俺は俺に出来ることをするぜ!」

 

 遠也のために。

 言葉にせずとも伝わるその意志に、マナは最初こその発言に驚いたが、次第に表情を綻ばせる。

 

『うん、ありがとう十代くん』

「へへ、友達のためだからな! これでも、俺はあの時のこと本当に感謝してるんだぜ」

 

 少し照れくさそうにする十代に、マナはやはり嬉しそうに笑う。

 その微笑ましいものを見るような目に、なんとなく十代は居たたまれなくなる。話を逸らすつもりで、十代は焦り気味に口を開いた。

 

「そ、そういやマナって遠也とホントに仲いいよな! 入学した時からいつも一緒だったし、あの時まだ出会って一年しか経ってなかったなんて信じられないぜ!」

 

 その照れ隠しにしか見えない十代の言葉に、マナは一層笑みを深くする。そして、一年前にこの学園に遠也と一緒に来た時のことを思い出す。

 入学した時、遠也とマナはまだ出会って一年であった。

 十代はそれを遠也から聞いており、たった一年であそこまで仲が良くいられるのかと感心したこともあったほどである。

 十代が遠也からその話を聞いた時に傍にいたマナは、当然その時のことも覚えている。

 確かに、自分と遠也は当時一年の付き合いしかなかった。

 だが、その年数以上に遠也と付き合ってきた時間は密度の高いものだったと自負している。それは、遠也が突然この世界に来て不安定だったゆえに、色々とあったからこそそう思うのかもしれない。

 しかしそれによって、普通に出会うよりもずっと濃い時間を過ごしてきたことは事実だ。そして、それがたった一年で遠也がマナをこれほど受け入れる要因となっているのは確かだろう。

 それはマナにとっても同じこと。しかし、マナには遠也と違う点が一つだけあった。

 

『うん、そうだね。でも……私やお師匠様、マスターは、遠也に会う前から名前だけは知ってたからね』

「へ、そうなのか?」

『うん。人づてにね。だから、どんな人なのかなっていう興味は、会う前からあったんだ』

 

 ふーん、と十代はマナの言葉に相槌を打つ。

 ……遠也の事情を知らない十代には、その言葉に含まれる真の意味は理解できなかった。

 遊戯、マハード、マナ。この三人が、当時まだこの世界にいないはずの遠也のことを、名前だけとはいえ既に知っていたという、その説明しがたい矛盾。その意味を。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ……俺はテーブルの上に置いたデッキをじっと見つめる。そして、その横に自分のデュエルディスクを置いた。

 俺のデュエルディスクは特別なものだ。この時代にはあり得ない、オートシャッフル機能がついており、そして何よりその動力はモーメントによって賄われている。

 俺がこの世界で目を覚ました時、気づけば腕に着いていたデュエルディスク。どうしてこの時代のものではなく未来の代物が俺の手にあるのかはわからないが、いま肝心なのは動力がモーメントであるという点である。

 シンクロ召喚そのものは、モーメントがなくともデータさえデュエルディスクに打ち込めばこの時代でも使用可能になる。シンクロ召喚にはモーメントの回転を加速させる効果があるが、それはあくまで副次的なものにすぎない。

 モーメントの加速にシンクロ召喚は不可欠であっても、シンクロ召喚にモーメントは不可欠ではないのである。

 だが、アクセルシンクロとなると話は変わる。

 あれは未来においてモーメントが普及し、エネルギーやデュエルが爆発的に進化したことによって可能となった新たなデュエル方式――ライディングデュエルが大きな意味を持っているのだ。

 スピードに乗り、光さえも超えたその先にある新たなシンクロ召喚。それこそがアクセルシンクロである。

 だが、それも突き詰めればモーメントの動力を加速度的に増加させ、その尋常ではないエネルギーによって行われるシンクロ召喚、と言い換えることは出来るのだ。

 ゆえに、D・ホイールは絶対条件ではない。無論、D・ホイールでの加速なしで爆発的にモーメントからエネルギーを取り出す方法が他にあれば、という条件付きではあるが。

 結局そんなエネルギーをこのデュエルディスクのモーメント一つで補えるわけはないのだから、不可能は不可能のままである。

 だがしかし、絶対条件ではない以上、俺がアクセルシンクロできなかった要因は、それだけではなく他にもある。

 それは恐らく俺自身の問題……“揺るがなき境地”、クリアマインドに至っていないことがその原因だったのではないだろうか。

 その境地に立ち、人の感情を読み取るモーメントに余分な感情を一切伝えずに、ただエネルギーだけを取り出す。その純粋無垢なエネルギーこそが、アクセルシンクロには必要なのではないだろうか。

 余計なものが一切ないそれは、高純度のエネルギーに違いない。それほどのエネルギーを用いて行う、特別なシンクロ召喚。

 それが、アクセルシンクロというものなのではないだろうか。

 そしてそれを行うことが出来ないということはつまり、俺はその境地に至っていないということ。それこそが、あの時失敗した要因の一つに他ならない。

 一つは、モーメントから得られるエネルギーの不足。一つは、俺自身の未熟。結論としては、その二つこそがアクセルシンクロを失敗した理由と言えるだろう。

 

「………………はぁ」

 

 思わず、嘆息する。

 結局、俺の至らなさ故にスターダストとフォーミュラ・シンクロンには負担をかけてしまったわけだ。

 そして俺がまだその境地にたどり着いていないからこそ、あの2枚のカードは時至らずということで、姿を隠したのではないだろうか。

 もちろんD・ホイールによるライディングデュエルではない、という点もかなりのマイナス要素ではあるだろう。だから仕方がないといえば仕方がない。

 しかし、そうであってもやはりカードの絵柄が消えるというのはかなり落ち込む。

 自分の弱さを目の前に突き付けられたかのように感じられるのだ。

 

「……十代も、こんな気持ちだったのか」

 

 尤も、十代の場合は全てのカードが見えなくなっていたので、俺よりもよほど深刻だったはずだ。

 比べるのは失礼かな、と苦笑と共に考え直す。

 とはいえ、クリアマインドに至る方法なんて、俺は知らない。揺るがなき境地、という言い方からぼんやりと想像することは出来るが、それだけである。更に言えば、モーメントなみのエネルギーにも心当たりはない。

 要するに、俺には今の状況を改善する手立てがないということだ。

 

「……どうしようかなぁ」

 

 テーブルに向けていた顔を天井に向け、ぼーっとそんなことを呟く。

 別にアクセルシンクロが出来なくったってデュエルは出来る。だが、俺のデッキに……大切な仲間に自分の未熟を突きつけられたことが、俺はショックなのだった。

 俺が最初からしっかりしていれば、こんなことにもならなかった。そんなことを考えてしまう。

 はぁ、と俺の口から再びため息が漏れた。

 と、その時。

 バン、と勢いよく扉が開かれる。

 どうしたのかとそっちを見れば、そこにはさっき部屋に来た十代……それと、その後ろにはマナに翔、剣山に三沢に吹雪さん、更にはレイとレインまでいて、現在のフルメンバーが揃っていた。

 

「……どうしたんだよ、みんな」

 

 俺がさっきまでの脱力感が抜けないままにそう言うと、十代が一歩前に出て左腕を掲げた。

 そこには、アカデミア仕様のお馴染みのデュエルディスク。

 

「デュエルしようぜ、遠也!」

「……はい?」

 

 にかっと笑う十代。その口から出た突然の申し出に、俺は間の抜けた声しか出せなかった。

 

 

 

 

 そして俺は今、レッド寮の外で十代と向き合っている。

 俺が呆気にとられた間に、部屋に入ってきた皆によって俺は強制的に連れ出されたのだ。デッキも気づけばデュエルディスクにセットされた状態で俺の腕に着けられていた。

 なんだこの連帯感は……。

 あの無口であまり他人に興味がなさそうなレインまで、レイと一緒になって俺の腕にディスク着けてたし。なんでこんなことに?

 

「よっしゃ! さぁ、デュエルだ遠也!」

「十代……今はそういう気分じゃ……」

 

 俺が断りを入れようとすると、十代はその言葉を聞いて「だからこそデュエルだ!」と返してきた。会話になってないぞ。

 

「デュエルは、最高に楽しいもんだぜ! デュエルしている間、ワクワクしてくるだろ! お前だってそうじゃないのかよ、遠也!」

「それは……」

「気持ちが落ち込んでるからこそ、デュエルで盛り上げるんだ! 落ち込みっぱなしなんて、らしくないぜ!」

 

 十代がそう言い放ち、俺はハッとする。

 そして十代と、こっちを横合いから見ている皆へと視線を向けた。

 そこには、俺の方をどこか心配そうに見ている仲間の姿がある。

 ……そうか。これは、元気がなかった俺を励まそうとしてくれているのかもしれない。そのために、俺にこうしてデュエルをさせようとしてくれているのか。

 今デュエルしたい気持ちではないというのは本当のことだ。まだ悩みが解決したわけでもないのだから、当然だろう。

 だが、こうして俺のことを思ってくれる心遣いを無碍にすることなんて、俺にはできなかった。

 俺はデュエルディスクを着けた左腕に力を込める。

 そして十代を真っ直ぐ見ると、その視線を受けて十代は笑った。

 

「へへ、そうこなくちゃな! さぁ、やろうぜ遠也! 俺の新しいデッキの力を見せてやるぜ!」

「こうまでお膳立てされちゃ、やらないわけにもいかないだろ。それじゃ、その新しいデッキの力を見せてもらおうか」

 

 互いにカードを5枚引き、そしてディスクのスタートボタンに指を置く。

 

「「デュエル!」」

 

皆本遠也 LP:4000

遊城十代 LP:4000

 

「先攻は俺だぜ! ドロー!」

 

 先攻は十代。カードを引いた十代は、すぐさま手札から1枚のカードを場に出した。

 

「いくぜ! 俺は《E・HERO スパークマン》を召喚!」

 

《E・HERO スパークマン》 ATK/1600 DEF/1400

 

 スパークマン……十代のHEROデッキにおける切り込み隊長の登場か。

 

「更にカードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 無難といえば無難な布陣。てっきりNネオスペーシアンがくると思っていたが、手札にいなかったのだろうか。

 いや、そうでなくてもネオスペーシアンはステータスがかなり低かったはずだから、先陣向けではないか。

 

「俺のターン!」

 

 カードを引き、そしてその中から必要なカードを選び取る。

 

「俺は《レベル・スティーラー》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! 更にクイック・シンクロンのレベルを1つ下げて、レベル・スティーラーを守備表示で特殊召喚する! そして《チューニング・サポーター》を通常召喚!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

「その組み合わせは……くるか?」

 

 十代のその言葉に、俺は頷いて応えた。

 あっちが切り込み隊長で来るなら、こっちもこのデッキの切り込み隊長で行く。

 

「レベル1チューニング・サポーターにレベル4となったクイック・シンクロンをチューニング! 集いし星が、新たな力を呼び起こす。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・ウォリアー》!」

 

 シンクロ召喚のエフェクト、その光を拳で切り裂いて現れる青い体躯を持つ機械の戦士。このデッキの切り込み隊長といえば、やっぱりこいつしかいない。

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300 DEF/1300

 

「ジャンク・ウォリアーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、自分の場に存在するレベル2以下のモンスターの攻撃力分このカードの攻撃力はアップする! 《パワー・オブ・フェローズ》!」

 

 俺の場にいるレベル2以下のモンスターは、守備表示のレベル・スティーラーのみ。その攻撃力が、ジャンク・ウォリアーに加算される。

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300→2900

 

「チューニング・サポーターの効果で1枚ドロー! バトルだ! ジャンク・ウォリアーでスパークマンに攻撃! 《スクラップ・フィスト》!」

「させないぜ! 罠発動、《ヒーローバリア》! 俺の場に「E・HERO」と名のつくモンスターがいる時、相手モンスターの攻撃を1度だけ無効にする!」

 

 スパークマンの前に現れたバリアが、火花を散らせつつジャンク・ウォリアーの拳を防ぎきる。

 やっぱり、そう簡単に先制はさせないか。

 

「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド」

 

 エンド宣言をすると、十代が楽しそうに笑いながらデッキの上に指をかけた。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 手札を確認した十代は、そこからモンスターゾーンにカードを置く。

 

「いくぜ遠也! 俺は《N(ネオスペーシアン)・アクア・ドルフィン》を召喚!」

 

《N・アクア・ドルフィン》 ATK/600 DEF/800

 

 イルカと同じ顔と色つきをしながら、身体だけがマッチョというどことなくミスマッチなモンスターが現れる。一瞬目が合ったかと思うと、片手を上げて爽やかに手を振ってきた。

 表情がにこやかに笑っているのは、仕様なのだろうか。

 

「アクア・ドルフィンの効果発動! 相手の手札を確認し、その中のモンスターカードを選択! そのモンスターの攻撃力以上のモンスターが俺のフィールドに存在する場合、選択したモンスターを破壊して500ポイントのダメージを与える! 外したら、俺が500ポイントのダメージ受けるけどな」

 

 また随分と博打な効果である。まぁ、外しても受けるダメージは500程度だからこそ、だな。そう考えれば、ピーピングにハンデス、小規模ながらバーンも行えるという結構優秀な効果といえる。

 

「いけ、アクア・ドルフィン! 《エコー・ロケーション》!」

 

 アクア・ドルフィンが口を開き、そこからリング状の超音波が放たれる。そしてそれは俺の手札の中の1枚に当たり、そのカードがフィールド上に表示された。

 

「よし、選んだモンスターは《カードガンナー》! その攻撃力は400! 俺の場のスパークマンより下だぜ! よってカードガンナーを破壊し、500ポイントのダメージだ! 《パルス・バースト》!」

「くっ……!」

 

遠也 LP:4000→3500

 

 アクア・ドルフィンの超音波によってカードが破壊され、その際の衝撃がこっちにも伝わってくる。

 

「……やってくれたな、十代!」

 

 いきなりのダメージ、それも戦闘ではなく予想外のところからのものだ。

 初めて対戦するネオスペーシアンの力。それを目の当たりにして、俺は思わず自分の口元が緩むのを感じた。

 

「へへ! 更に俺は《融合》を発動! フィールドのスパークマンとアクア・ドルフィンを融合し、現れろ極寒のHERO! 《E・HERO アブソルートZero》!」

 

《E・HERO アブソルートZero》 ATK/2500 DEF/2000

 

 ここでアブソルートZeroだって!?

 随分と最初から飛ばすじゃないか、十代。

 

「バトル! アブソルートZeroでレベル・スティーラーに攻撃! 《瞬間氷結-Freezing at moment-》!」

「くっ……!」

 

 レベル・スティーラーは守備表示。戦闘ダメージこそないが、それよりも相手の場にアブソルートZeroが現れたことのほうが厄介である。

 

「よっしゃ! カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

「いきなりアブソルートZeroとはな。俺のターン!」

 

 ……十代の場にはアブソルートZero。フィールドから離れた時、相手の場のモンスターを一掃する、まさしく最強のHEROの名に相応しいカード。

 ジャンク・ウォリアーならば戦闘破壊できるが、その効果によって結局こちらの場も空っぽになってしまう。

 手札には攻撃力を増加させるカードもあるが……それでもこの1ターンで勝負を決められるほどではない。

 ならば、やはりここは攻撃力を下げてでも自分の場にモンスターを残したいところだ。相手はあの十代、次のターンで一気に決められてしまう可能性も否定できないのだから。

 となると、一番の候補は……《スターダスト・ドラゴン》か。

 だが、この間俺はアイツに負担をかけたばかりだ。俺の未熟ゆえに……。だからこそ、後ろめたい部分がないと言えば嘘になる。

 だが、この状況ではスターダストの力を頼りたいのも事実。……ここは、腹をくくるしかないか。

 

「俺は魔法カード《調律》を発動! デッキから「シンクロン」と名のつくチューナー1体を手札に加えてデッキをシャッフル、その後デッキトップのカードを墓地に送る! 俺は《ジャンク・シンクロン》を手札に加える! ――そして《ジャンク・シンクロン》を召喚!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

 

 これで、素材は全て俺のフィールドに揃った。ジャンク・ウォリアーとジャンク・シンクロン。その姿を見ながら、俺はエクストラデッキから1枚のカードを取り出す。

 ……頼む、スターダスト。俺に力を貸してくれ。

 

「――レベル5ジャンク・ウォリアーにレベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 光を切り裂き、その中から雄々しく飛び立つ白銀の竜。

 常と変わらぬその美しい姿。それを前に、俺は気後れさえ感じてしまうほどだった。

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

「スターダスト……この間はお前の力を引き出してやれなくて、ごめんな。こんな俺だけど、一緒に戦ってくれるか?」

 

 俺はソリッドビジョンだとわかっていても、そう問わずにはいられなかった。この相棒が持つ可能性を俺自身が潰してしまったことが申し訳なく、そして悔しかったのだ。

 そんな思いから口にしたそれに、スターダストは大きく嘶いて応えた。

 ……それは、単にタイミングよくソリッドビジョンの効果で音声が流れただけなのかもしれない。

 しかし、俺にはスターダストが気にするなと言っているように聞こえた、勘違いと思われるかもしれない。だが、確かにそう聞こえたのだ。

 そして、そう感じたことが間違いだとは、何故か思えなかったのである。スターダストは、俺のことを信じてくれている。そう不思議と確信し、俺は一度目を閉じる。

 ……そしてもう一度その目を開いた時、俺の心は既に決まっていた。

 

「――そうだよな。失敗したら、取り返せばいい。一度駄目でも、諦めずに挑戦し続ければいい。……じゃないと、お前の相棒として胸を張れないもんな」

 

 肯定するかのように、翼を大きく広げるスターダスト。その姿を前に、俺は表情に笑みを取り戻した。

 

「情けない奴で悪いな、スターダスト。これからも、よろしく頼むぞ!」

 

 甲高い声で鳴くスターダスト。力強さを感じるその咆哮を心地よく思いながら、俺は手札のカードに手をかけた。

 

「――いくぜ、十代! 手札から速攻魔法発動! 《イージーチューニング》! 墓地のチューナーを除外し、その攻撃力分俺の場のモンスター1体の攻撃力をアップさせる! 墓地のジャンク・シンクロンを除外し、スターダストの攻撃力をアップ!」

 

 墓地から立ち昇る光がスターダストに吸収されていく。ジャンク・シンクロンの攻撃力は1300。それが加算されたことによって、スターダストの攻撃力は、アブソルートZeroを大きく上回った。

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500→3800

 

「バトル! スターダスト・ドラゴンでアブソルートZeroに攻撃! 響け、《シューティング・ソニック》!」

 

 スターダストの口から放たれた音速の弾丸が、大気ごとアブソルートZeroを押し潰して破壊する。

 アブソルートZeroは細かな氷の粒子となって散っていき、十代のライフもまたその余波によって削られた。

 

「ぐぅうっ!」

 

十代 LP:4000→2700

 

「くっ……けどこの瞬間、罠発動! 《ヒーロー・シグナル》! 俺の場のモンスターが破壊された時、手札かデッキからレベル4以下の「E・HERO」を特殊召喚できる! 来い、《E・HERO バブルマン》!」

 

《E・HERO バブルマン》 ATK/800 DEF/1200

 

「バブルマンの効果発動! 自分の場に他のカードが存在しない時、デッキからカードを2枚ドローする! ドロー!」

 

 バブルマンはデッキから特殊召喚された。手札の消費はなく、これで十代の手札は4枚となる。相変わらず、便利なカードである。

 

「更に破壊されたアブソルートZeroの効果発動! このカードがフィールドを離れた時、相手の場のモンスターを全て破壊する! 《絶対零度-Absolute Zero-》!」

 

 アブソルートZeroがフィールドに残した冷気。それが、一気に俺の場のモンスターに襲い掛かる。

 氷のHEROが仲間のために残した最後の力。だが、その脅威の前にスターダストが立ち塞がった。

 

「させるか! スターダスト・ドラゴンの効果発動! フィールド上のカードを破壊する効果が発動した時、スターダスト自身をリリースすることでその発動を無効にし、破壊する! 《ヴィクテム・サンクチュアリ》!」

 

 その身を輝きに変え、フィールドに迫る極寒の脅威を払うスターダスト。その身は墓地へと行ってしまったが、その役目は存分に果たしてくれた。

 とはいえ、スターダストがいる時点で十代も予測していたのだろう。その表情にはやはりという得心だけがあった。

 

「ちぇ、やっぱそうくるよな」

「まぁ、そのために攻撃力が下がってもスターダストを呼んだんだしな。俺はこれでターンエンド! そしてこの瞬間、スターダストはフィールドに戻る!」

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/3800→2500

 

 当然、一度フィールドを離れた以上、イージーチューニングの効果は切れている。攻撃力は元の値に戻っていた。

 それでも、フィールドに戻ったスターダストを、俺は信頼を込めた目で見つめる。これほど頼もしい姿はない。そう真剣に思っていた。

 そして、そんな俺の姿を見て十代は満足そうに笑う。

 

「はは、どうやらいつもの調子に戻ったみたいだな、遠也!」

「十代……悪かったな、迷惑かけて。それに、みんなも」

 

 ギャラリーとなっていた皆に目を向ければ、揃って笑顔で手を振ってきた。その全く気取ることのない態度に、俺は固まっていた心がほぐされていくように感じた。

 そして、向かい合っている十代もまたいつも通りの笑顔で俺に答える。

 

「気にすんなよ! それより、お前が斎王と戦ったって聞いた時は肝が冷えたぜ。仲間が洗脳されるのを見るのは、やっぱり気分がいいものじゃないからな」

「洗脳……、そうか」

 

 今、わかった気がする。俺がアクセルシンクロを行えなかった一番の原因が。

 モーメントの出力不足、そしてクリアマインドに至っていないこと。それもあるが、何よりも俺は、怖がっていたのだ。斎王に負ける未来を。デュエルの結末を。

 万丈目と明日香を助けるためと言いつつ、心の奥ではその恐怖に突き動かされ、負けてたまるかと必死だった。そして、シューティング・スター・ドラゴンを召喚する準備が整った時、俺はなんて思った?

 そう、「これで負けることはない」と安心したんだ。

 そんな負けた時のことばかりを考えていた奴に、カードが応えてくれるわけがない。俺はどんな理由よりもまず、心が既に負けていたのだ。

 姿を消した2枚のカードは、俺にそのことを教えてくれようとしていたのではないだろうか。あの時の俺では、例えそのカードを使って勝ったとしても、今のような考えに至ることはなかっただろうから。

 

 ――もっと強く在れ。そう腰にあるデッキホルダーから、2枚のカードの励ましの声が聞こえる。そんな気がした。

 

「ありがとうな、十代。こうしてデュエルをしなければ、もっと気づくのが遅れていたかもしれない」

「俺だって、落ち込んでた時に励ましてもらったんだ。その借りを返しただけだぜ」

 

 照れくさそうに頬をかいた十代に、俺は小さく笑う。そして心の中で改めて感謝するのだった。

 ……さて、それじゃデュエルの再開だ。

 互いに何も言わずともその雰囲気を感じ、それぞれ笑みを見せながら俺たちは仕切り直して向かい合う。

 ターンは俺のエンド宣言によって十代に移っている。

 十代は気兼ねするものがなくなったかのように、すっきりとした顔つきでカードを引いた。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 5枚ある手札。その中から、十代は1枚を手に取った。

 

「俺は《死者転生》を発動! 手札1枚を墓地に送り、墓地のアブソルートZeroをエクストラデッキに戻す。更に《O-オーバーソウル》を発動! 墓地の「E・HERO」と名のついた通常モンスターを特殊召喚する! 来い、《E・HERO ネオス》!」

 

 十代の宣言と共に、光り輝く1体のモンスターがフィールドに姿を現す。

 どことなく元の世界では有名だった宇宙人のヒーローに似た姿。これまでのアメリカンコミック的な容姿だったHEROたちとは一線を画す姿である。

 銀色の体躯は余すところなく盛り上がった筋肉によって覆われており、その力強さはこちらにまで迫力として伝わってくるほどだった。

 

《E・HERO ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

 これが、十代の新しい相棒――E・HERO ネオスか!

 

「ついに来たか、ネオス! 今の死者転生で墓地に送っていたってわけだ」

「大正解だ! 更に俺は手札から《N(ネオスペーシアン)・フレア・スカラベ》を召喚!」

 

《N・フレア・スカラベ》 ATK/500 DEF/500

 

「フレア・スカラベの攻撃力は相手の場の魔法・罠カード1枚につき400ポイントアップする!」

 

《N・フレア・スカラベ》 ATK/500→900

 

 俺の場には伏せカードが1枚。これでフレア・スカラベの攻撃力は400上昇する。

 そして、これでネオスとネオスペーシアンがフィールドに揃った。となれば、やることは一つしかない。

 

「いくぜ、遠也! これが俺の新しい力だ! 俺はE・HERO ネオスとN・フレア・スカラベをコンタクト融合! 2体をデッキに戻し、現れろ《E・HERO フレア・ネオス》!」

 

 フレア・スカラベの黒く昆虫的だった容姿を受け継ぎ、更に力強くなったネオスの姿。

 ところどころに見られるオレンジと赤のコントラストが、まさに炎のような威圧感を感じさせる。

 

《E・HERO フレア・ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

「コンタクト融合体にはエンドフェイズにデッキに戻るデメリットがある。だが、それを回避する手段も、ちゃんと用意してあるぜ! 俺はフィールド魔法、《ネオスペース》を発動!」

 

 フィールド魔法ゾーンに十代がカードをセットする。

 すると、周囲の景色は一変。上も下もない、ただマーブル状の極彩色だけが広がる広大な空間へと変貌していた。

 これが、宇宙。その中でもネオスたちにとっては特別な意味を持つ、ネオスペース。

 

「フレア・ネオスの攻撃力はフィールドに存在する魔法・罠カード1枚につき400ポイントアップする! 更にネオスペースの中では、ネオスとネオスを融合素材としたモンスターの攻撃力が500ポイントアップ! そしてエンドフェイズにデッキに戻る効果を発動しなくてもよくなるぜ!」

 

《E・HERO フレア・ネオス》 ATK/2500→3300→3800

 

 俺の伏せカードに加えてフィールド魔法が発動したことにより、フレア・ネオスの攻撃力は自身の効果で合計800アップ。更にネオスペースの効果で500アップ。一気に高攻撃力のモンスターに早変わりとは、これがコンタクト融合の力か。

 

「最後にバブルマンを攻撃表示に変更し、バトルだ! フレア・ネオスでスターダスト・ドラゴンに攻撃! 《バーン・ツー・アッシュ》!」

「くっ……罠発動、《ガード・ブロック》! この戦闘ダメージを0にし、俺はデッキからカードを1枚ドローする!」

 

 だが、スターダストの破壊まではどうしようもない。俺自身は守られたが、スターダストは倒されて墓地へといってしまう。

 すまない、スターダスト……!

 

「更にバブルマンで直接攻撃! 《バブル・シュート》!」

「ぐぁっ!」

 

遠也 LP:3500→2700

 

「俺はこれでターンエンドだぜ!」

 

 十代がターンの終了を宣言する。

 ネオスペースの効果により、エンドフェイズにデッキに戻るはずのフレア・ネオスは場に残っているし、バブルマンもいる。

 十代の手札はなくなってしまったが、態勢は十分に整えてあるといったところだろう。

 

「俺のターン!」

 

 引いたカードを確認し、俺は頷く。

 せっかくのコンタクト融合だったけど、悪いな十代。ネオスにはこのターンで退場してもらう!

 

「俺は《シンクロン・エクスプローラー》を召喚! 効果により墓地から《クイック・シンクロン》を蘇生する! 更に《ワン・フォー・ワン》を発動! 手札の《スポーア》を墓地に送り、デッキからレベル1の《チューニング・サポーター》を特殊召喚!」

 

《シンクロン・エクスプローラー》 ATK/0 DEF/700

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

 これで合計のレベルは8となる。そして、クイック・シンクロンが代わりを務めるのは、ジャンク・シンクロンだ。

 

「レベル2シンクロン・エクスプローラーとレベル1チューニング・サポーターに、レベル5クイック・シンクロンをチューニング! 集いし闘志が、怒号の魔神を呼び覚ます。光差す道となれ! シンクロ召喚! 粉砕せよ、《ジャンク・デストロイヤー》!」

 

《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600 DEF/2500

 

 出てきたのは、フレア・ネオスの倍以上もある背丈の巨大な鋼鉄製ロボット。そして、その巨体の胸部装甲がゆっくりと開いていく。

 

「ジャンク・デストロイヤーの効果発動! シンクロ素材としたチューナー以外のモンスターの数まで、相手の場のカードを破壊する! その数は2体! よって、十代の場のネオスペースとフレア・ネオスを破壊する! 《タイダル・エナジー》!」

「げげっ!?」

 

 デストロイヤーの胸から溢れたエネルギー波が、十代の場を押し流す。

 バブルマンだけは残ったものの、これによってフレア・ネオスとネオスペースは破壊。周囲の風景は見慣れたレッド寮傍のものに戻った。

 

「チューニング・サポーターの効果で1枚ドロー! そしてバトル! ジャンク・デストロイヤーでバブルマンに攻撃! 《デストロイ・ナックル》!」

「うわぁっ!」

 

十代 LP:2700→900

 

 バブルマンとの攻撃力の差は1800にもなる。問題なく戦闘破壊し、これで十代の残りライフは1000を切った。

 ……だが、十代の場合はここからが一番気の抜けない時間だ。俺は気を引き締める。

 

「カードを1枚伏せてターンエンド! 有利な状況をそのまま残してやるほど、俺は優しくないぞ十代」

 

 俺が笑い交じりに言えば、十代は分かりやすく悔しそうな表情を見せた。

 

「くっそー、まさかこんなに早くやられるなんてな。ドロー!」

 

 カードを引いた十代の表情に明るいものが戻る。

 

「よし、俺は《強欲な壺》を発動! デッキから2枚ドロー! 更に《天使の施し》を発動し、3枚ドローして2枚捨てる!」

 

 落ちたカード、手札に残ったカードを確認した十代は更に言葉を続ける。

 

「墓地の《E・HERO ネクロダークマン》の効果、このカードが墓地に存在する時、1度だけリリースなしでレベル5以上の「E・HERO」を召喚できる! もう一度来い、ネオス!」

 

《E・HERO ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

 再び現れるネオス。確かにネオスはデッキに戻っていたが、天使の施しの効果でもう一度引いたのか。しかもその時にネクロダークマンまで墓地に落ちている。

 やっぱり、十代はとんでもないな。

 

「更に《ネオス・フォース》をネオスに装備! これによりネオスの攻撃力が800ポイントアップする!」

 

《E・HERO ネオス》 ATK/2500→3300

 

「そして《ネオス・フォース》は破壊した相手の攻撃力分のダメージを与える効果がある! これで終わりだ、遠也! いっけぇ、ネオス! ジャンク・デストロイヤーに攻撃! 《フォース・オブ・ネオスペース》!」

 

 光を纏い、よりその攻撃力を上昇させたネオスの攻撃が迫る。

 ネオス・フォースを装備したネオスの攻撃によって、俺はデストロイヤーの攻撃力との差分、700ポイントのダメージを受ける。そしてその後、デストロイヤー自身の攻撃力2600ポイントの効果ダメージだ。

 その合計の値は3300。俺の残りライフ3200を上回っている。つまり、これを通すと俺の負けということだ。

 だが……。

 

「まだだ! 罠発動、《ダメージ・ダイエット》! このターンに俺が受ける全てのダメージを半分にする!」

 

遠也 LP:2700→2350

 

「うぇ、そんなカード伏せてたのかよ!? けど、ネオス・フォースの効果も受けてもらうぜ! 破壊した相手モンスターの攻撃力分のダメージを与える!」

「ぐっ……!」

 

遠也 LP:2350→1050

 

 あ、危なかった。ダメージ・ダイエットがなかったら、戦闘ダメージと効果ダメージで俺のライフは0になっていたところだ。

 それを狙っていた十代は、思惑を外されて少し拗ね気味だ。とはいえ、すぐにこの方が面白くなると思ったのか快活な顔つきに戻っていたが。

 

「へへ、さすがだな! 俺はこれでターンエンドだぜ! この時、ネオス・フォースは自身の効果でデッキに戻る」

 

《E・HERO ネオス》 ATK/3300→2500

 

「俺のターン!」

 

 カードを引き、これで手札は2枚。

 その中に逆転を狙うカードはないが、しかしネオスという厄介なモンスターを倒す手段なら残っていた。

 

「俺は《ジャンク・シンクロン》を召喚! その効果により墓地のレベル2モンスター《シンクロン・エクスプローラー》を効果を無効にして特殊召喚する! レベル2シンクロン・エクスプローラーにレベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし狂気が、正義の名の下動き出す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 殲滅せよ、《A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス) カタストル》!」

 

《A・O・J カタストル》 ATK/2200 DEF/1200

 

 既にお馴染みとなりつつある、闇属性以外の属性に対する強力なメタモンスターである。

 何故かこの世界では召喚されるとすぐに除去される傾向にある気がするが、それでも強力なモンスターであることに変わりはない。

 

「更にカタストルのレベルを1つ下げ、レベル・スティーラーを守備表示で特殊召喚!」

 

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

 

 万が一の時の壁、もしくは攻勢に出る時のためのリリース、シンクロ素材要員を残しておき、これで今できることは全てやった。

 

「いくぞ、十代! カタストルでネオスに攻撃! この時カタストルの効果が発動し、闇属性ではないネオスはダメージ計算を行わずに破壊される! 《デス・オブ・ジャスティス》!」

 

 カタストルが放った一条のレーザーがネオスを貫き、ネオスはぐぉおお、と苦悶の声を上げながら姿を消した。

 ……あれ、精霊だったのか?

 

「ああっ、ネオス!」

 

 いや、そうか。精霊が見える十代の相棒だし、そもそもネオスは宇宙の危機を守るヒーローのような位置にいたはず。意思があるのは当然といえば当然か。

 だとすると、なんか悪いことした気になるな。あとで謝っておこう。

 

「ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー!」

 

 十代の手にある唯一の手札。こういう状況で十代が引くカードといえば……。

 

「俺は《貪欲な壺》を発動! 墓地のスパークマン、バブルマン、ネクロダークマン、アクア・ドルフィン、フレア・ネオスをデッキに戻し、2枚ドロー!」

 

 やはり手札増強カード。これで、十代の手札は2枚となった。

 そして増えた手札の中から、十代は1体のモンスターを場に出した。

 

「いくぜ! 俺は《N(ネオスペーシアン)・グラン・モール》を召喚!」

 

《N・グラン・モール》 ATK/900 DEF/300

 

 肩にドリルの形をした肩当てを着けた、小柄なモグラをそのまま立たせたようなネオスペーシアン。

 見た目はかなり可愛いのだが、その効果は正直に言ってかなり厄介だ。俺は、自分の場と相手の場のモンスターを見比べて、これはまずいと危機感を抱く。

 

「グラン・モールでカタストルに攻撃! そしてこの瞬間、グラン・モールの効果発動! このカードが攻撃する時、ダメージ計算を行わずにこのカードと相手モンスターを手札に戻すことができる!」

「くっ……カタストルの効果は強制効果だ。同時に複数のカードが発動した場合のルールによって、任意効果のグラン・モールの効果が後にチェーンを組まれる」

 

 逆順処理により、カタストルの効果が発動する前にグラン・モールの効果によってカタストルは手札に戻る。シンクロモンスターである以上、この場合はエクストラデッキだが。

 カタストルに限らず、シンクロモンスターはその特性から、デッキに戻されると洒落にならないアドバンテージの損失となる。グラン・モールは何よりもシンクロモンスターによく刺さるカードなのだ。

 元の世界で制限カードに指定されているのも納得な、本当に厄介なモンスターである。

 だが、それだけならこれで十代の手は打ち止めのはず。俺が次にモンスターを召喚すれば、それで終わりだ。

 そう考えていると、十代はグラン・モールではないもう1枚の手札をディスクに差し込んだ。

 

「そして手札から魔法カード発動! 《コンバート・コンタクト》! このカードは自分のフィールドにモンスターが存在しない時のみ発動できる! 手札、デッキから「Nネオスペーシアン」と名のつくカードを墓地に送り、カードを2枚ドローする! 俺は手札のグラン・モールとデッキのアクア・ドルフィンを墓地に送り、2枚ドロー!」

 

 更に2枚のドロー。だが、グラン・モールによって既に通常召喚権は失われている。手札次第といえばそうだが、果たしてこの状況を一気に動かす手なんてあるものなのか。

 そう考える俺の前で、十代は引いたカードをそれぞれ確認する。と、その表情は見る見るうちに興奮を抑えきれないとばかりの笑みへと移ろいでいった。

 ……これは、ひょっとしてかなりやばい?

 

「きたー! 手札から《ミラクル・コンタクト》を発動!」

「ミラクル・コンタクト!?」

 

 なんだその嫌な予感しかしない名前のカードは!

 

「俺のフィールド上または墓地から「E・HERO ネオス」を融合素材とする融合モンスターカードによって決められたモンスターをデッキに戻し、その融合モンスター1体をエクストラデッキから特殊召喚する! 俺は墓地のグラン・モールとネオスをデッキに戻し、コンタクト融合! 現れろ、《E・HERO グラン・ネオス》!」

 

《E・HERO グラン・ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

 ドリル・ウォリアーに負けず劣らずに巨大なドリルを右腕に着けた新たな姿となったネオスがフィールドに現れる。墓地に行っても利用され、これで融合体も含めて本日3回目のネオスである。さすがネオス。

 と、そんなこと考えている場合じゃなかった。それより、グラン・ネオスの効果が問題である。

 ネオスのコンタクト融合体の効果は、基本的に素材となったネオスペーシアンに準ずる、または発展させた形となる。グラン・ネオスの素材は当然グラン・モール。ということは……。

 

「グラン・ネオスの効果発動! 1ターンに1度、相手の場のモンスター1体を手札に戻すことができる! レベル・スティーラーには手札に戻ってもらうぜ! 《ネビュラスホール》!」

「やっぱりそういう効果か!」

 

 グラン・ネオスが右腕のドリルで地面を掘ると、レベル・スティーラーの真下に穴が出来る。その穴の先は手札へとつながるワームホールのようになっているのか、レベル・スティーラーは俺の手札に帰ってきてしまった。

 これで俺の場は空っぽである。既にメインフェイズ2だが、あの効果で攻撃力2500と考えると、かなりピンチである。

 

「俺は《インスタント・ネオスペース》をグラン・ネオスに装備! これでグラン・ネオスはエンドフェイズにデッキに戻らなくてもよくなる! ターンエンドだ!」

「俺のターン!」

 

 ここでグラン・ネオスをどうにか超える攻撃力、あるいは除去しなければ俺に勝ち目はない。

 だが、手札にはレベル・スティーラーと異次元からの埋葬。そして、今引いたのは……。

 

「――俺は《星屑のきらめき》を発動! 自分の墓地のドラゴン族シンクロモンスターと同じレベルになるように墓地のモンスターを除外し、そのシンクロモンスターを特殊召喚する! 墓地のクイック・シンクロンとカードガンナーを除外し、再び飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 スターダストで攻撃しても、相打ちにしかならない。だが、ここは厄介なバウンス能力を持つグラン・ネオスを除去することを最優先に考える。

 

「モンスターをセットし、バトル! スターダスト・ドラゴンでグラン・ネオスに攻撃! 《シューティング・ソニック》!」

「迎え撃て、グラン・ネオス!」

 

 スターダストとグラン・ネオスの攻撃がぶつかり合い、拮抗する。

 それを見ながら、俺は考える。これで相打ちには持ち込める。なら、後はどうにか十代の次のターンをレベル・スティーラーで耐え、次のドローにかけるしかない。

 そう考える俺の前で、スターダストとグラン・ネオスは互いに破壊されて墓地に行く。

 そしてその時、十代はにやりと笑った。

 

「この時、インスタント・ネオスペースの効果発動! 装備モンスターがフィールドからいなくなった時、デッキ・手札・墓地から「E・HERO ネオス」を特殊召喚する! 来い、ネオス!」

 

《E・HERO ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

「な、なにぃ!? ……ぐぐ、ターンエンドだ!」

 

 まずい、これで次のターンに十代が攻撃力1100以上のモンスターで直接攻撃。あるいは攻撃力100以上のモンスターでレベル・スティーラーを倒した後にネオスで攻撃されたら俺の負けだ。

 ここは、魔法カードか罠カードを引いてくれることを祈るしかない。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 引いたカードを見た十代は、にやりと笑う。

 ……何を引いた?

 

「手札から《H-ヒートハート》を発動! ネオスの攻撃力は500ポイントアップし、貫通効果を得るぜ!」

 

《E・HERO ネオス》 ATK/2500→3000

 

「いぃ!?」

 

 魔法カード引いてくれとは思ったけど、なんでよりにもよってソイツなんだ!?

 俺の場には守備表示のレベル・スティーラーのみ。一応それ以外のモンスターかもしれないと思わせるために異次元からの埋葬は伏せていないが、このまま攻撃されたら、俺の負けだ。

 

「ネオスなら大抵の守備力は突破できる! いけ、ネオス! セットモンスターに攻撃! 《ラス・オブ・ネオス》!」

 

 ネオスは勢いよく飛び上がると、その右手に力を込める。するとその右手は光り輝き、ネオスはそのまま右腕を振りかぶって下降してきた。そして、セットモンスターへと一直線に向かい、伏せられていたモンスターが反転されて露わになる。

 もちろん、そのモンスターは守備力0のレベル・スティーラーだ。ネオスの輝く手刀によって当然破壊され、貫通効果によってその衝撃は余すことなく俺の身に襲い掛かり、あっという間に俺の残りライフを全て削り取っていってしまったのだった。

 

「ぐぁあッ!」

 

遠也 LP:1050→0

 

 俺のライフが0になったことでデュエルに決着がつき、ソリッドビジョンも緩やかに消えていく。

 そしてそんな消えゆくモンスターの向こう側で、十代はいつもの決めポーズと共に俺を見ていた。

 

「ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ、遠也!」

「はぁ……負けたか。久しぶりだな、十代に負けるのも」

「へへ、まあな。でも、これからはそう簡単には勝たせないぜ。今みたいにな!」

「何言ってんだ。次は返り討ちだよ」

 

 デュエルのために開いていた互いの距離を詰めるように近づきながら、俺たちはそんな軽口を交わし合う。

 そして手が届く範囲まで互いに近寄ると、俺は十代の手を掴んだ。

 

「改めてありがとな、十代。お前がデュエルに誘ってくれたおかげで、どうにか吹っ切れたよ」

「さっきも言ったけど、気にすんなよ! デュエルに誘ったのだって、いつも俺たちはデュエルで繋がってきたからっていう、それだけのことだしな!」

「デュエルで繋がってきた、か……」

 

 確かに、言われてみればその通りだ。

 俺と十代の関係も、ここにいる皆との関係も、デュエルがなければ生まれなかった。デュエルがあったからこそ、俺たちは友達になれたのだ。

 そう考えると、十代の言葉は存外に的を射ていることのように思えた。

 

「そうだな、俺たちはいつもデュエルと一緒だった。こういう時は、デュエルが一番か」

「そういうこと! そんじゃ、皆のところに行こうぜ。いやー、これで修学旅行に行ったら何をするのか、遠也に相談することが出来るぜ!」

 

 なんてったって、遠也は童実野町に住んでるんだからな。

 そう笑って言う十代に、俺はジト目を向けた。

 

「おい、まさかそのために俺を立ち直らせたかったんじゃないだろうな」

「あ、バレたか?」

「おい!」

 

 俺が思わず勢い込むと、十代は「冗談だって!」と言ってカラカラと笑う。

 俺も冗談交じりに怒ってみせただけなので、すぐに表情を崩して笑い合った。

 そして俺たちはデュエルを観戦していた皆のところに戻り、俺は皆から元気になってよかったと言って歓迎を受けた。

 それに少々照れくさくなりながらもお礼を返し、話題は徐々に今のデュエルについてへと移っていく。

 そこに俺たち修学旅行組は童実野町で何をするのかなどといったものも加わっていき、そのうちにいつまでも外で話し合うことでもないかと誰かが言い出した。

 ごもっともだと誰もが賛同して、俺たちはレッド寮1階にあるいつもの場所へと移動していく。

 そんな中、俺はいつの間にか隣に立っていたマナに、声をかけていた。

 

「……悪かったな、心配かけて」

 

 マナが十代と出て行ったことは、うっすらと覚えている。

 あの後いくらかしてから十代が突貫してきたので、十代に詳しい事情を話したのはマナなのだろう。

 だが、そのおかげで俺は今こうしている。それゆえ、感謝している。とはいえ、それを真っ直ぐに言うのも気恥ずかしいので、少々素っ気ない言い方にはなってしまったが。

 しかし、それでもマナには俺の気持ちが伝わったのか、マナは小さく笑うと俺の手を取った。

 

「ううん。よかった、遠也が元気になって」

 

 嬉しそうに笑うマナに、俺は何も言えなくなる。

 だから、ただ前を向いて俺は思考に耽った。

 ……アクセルシンクロのことを、忘れたわけじゃない。変わらず2枚のカードは見えないままなのだから、それは当然だ。

 だが、無理をしても状況が良くなるわけじゃない。なにより、原因と思われる理由には、現代ではどうあっても不可能なものも含まれているのだ。

 ならば、ひとまずそのことは置いておく。急がば回れともいうし、ここは俺に出来ることをコツコツとやっていくしかない。

 ただそれだけのこと。つまり、今まで通りに俺はやっていけばいいのである。

 だが、いずれ。いずれその領域に至り、全ての問題が解決したその時は。

 

 ――きっと、力を貸してくれ。

 

 そうデッキケースの中に眠る2体に投げかけ、俺は皆と一緒にレッド寮へと続く道を歩いていった。

 

 

 

 

 



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第40話 修学

 

 船に乗り、波に揺られ、孤島デュエルアカデミアから離れること数時間。

 ついに、俺たちは此度の目的地へとたどり着いた。

 船から降りて、波が寄せる音響く港の大地を踏みしめる。地に足を着けているという安心感に浸っていると、俺の隣に立った十代が、がばっと両腕を突き上げて大口を開けた。

 

「――ついに来たぜ! 童実野町!」

 

 そう叫んだその顔は喜びと期待に満ちていて、十代がこの時をどれだけ楽しみにしていたのかが窺える。

 それというのもやはり、この町がデュエリストにとって憧れである人物たちの出身地であり、そしてバトルシティという初代デュエルキングを決める一大大会が行われた場所でもあるからだろう。

 その初代決闘王(デュエルキン)である武藤遊戯さんに始まり、その宿命のライバルにしてKC社社長であり世界唯一の青眼使い海馬瀬人さん。遊戯さんの親友にして真紅眼レッドアイズと戦士族を操り、また強運の持ち主でもある城之内克也さん。

 そしてここ最近ではペガサスさんがこの町に家を買ったということでも知られ、まさにデュエリストならば知らぬ者はいない人物が、それぞれこの町に関係しているのだ。

 だからこそのデュエリストの聖地。この町が特別であるということは、未来においてこの町が世界の中心となっていったことからも想像に難くないことである。

 ましてそのそうそうたる面子の中で、遊戯さんは十代にとって憧れの人物だ。その遊戯さんの出身地にして栄光を掴んだ地。その場所にいることに、十代が何も感じないはずがないのである。

 だが、しかし。

 俺は十代の肩にポンと手を置いた。

 

「ん、どうした遠也」

「気持ちはわかるけどさ、十代。少しはあっちも心配してやろう」

 

 言って俺が視線を船のほうに向けると、十代もそれに続く。

 そして、俺たちの視線にさらされながら甲板から降りてくるのは、剣山と翔に肩を貸してもらって歩く三沢その人である。

 

「大丈夫かドン、先輩」

「ずっと気持ち悪そうだったもんね、三沢くん」

「……す、すまん翔、剣山。や、やっと地上か……」

 

 船から降りると、三沢は二人に礼を言って離れる。若干よろけはしたが、大地の上ということで気持ちも落ち着いてきたのだろう。顔色は船の中にいた時よりは良くなっているようだ。

 

「っと、そうだった。大丈夫か、三沢」

 

 十代が三沢の青い顔を見て声をかける。すっかり三沢のことは忘れて楽しもうとしてたしな。ちょっとバツが悪そうである。

 

「ああ。すまんな十代……心配をかけて」

「無理はすんなよ。別に明日だってあるんだからさ!」

「……そうだな。けど、せっかく来たんだ。出来るだけ楽しむさ」

「おう!」

 

 笑い合う十代と三沢。その姿を収めていた視線を俺はずらし、三沢の後ろに続くように出てきた二人を見る。

 そこには、マナが船から降りてくる姿と、そのマナに手を引かれて出てくる一人の女子の姿があった。

 

「そっちは酔わなかったか? レイン」

「……大丈夫」

「顔色一つ変えないんだもん。レインちゃんって乗り物に強いんだねー」

 

 表情を常と変えずに俺の心配にそう返すレイン。マナいわく船の中でもいつも通りだったようだから、だいぶ強いのだろう。

 レッド生が乗ってきたこの船はかなり旧式で年数もいってるっぽいだけに、正直そこまで乗り心地はよくなかったのになぁ。

 さっきまで船の中で感じていた振動を思い起こしていると、俺の隣までマナが来て、その横にレインも立つ。

 オベリスクブルー女子の中等部制服に身を包んだレインは、その銀色の髪を束ねたツインテールを潮風に揺らしながら、俺の視線に不思議そうに小首をかしげた。

 

「……しかし、なんでレインが来てるんだ?」

 

 剣山は高等部だし、単位と体裁さえ気にしなければ強引に乗り込んでついてくることもできなくはない。ちなみに吹雪さんも来ている。まぁ、吹雪さんは行方不明だった以上、当然修学旅行未参加ということで今回の修学旅行について来ているのかもしれないが。

 そういうわけで、あの二人が来るのはまぁわかるんだが……。

 レインは中等部生であり、中等部ということは義務教育だ。基本的に授業は必須科目で埋められており、よほどのことでない限り特別措置は受けられない。

 となると、レインにはその余程なことがあるということになるが……高等部の修学旅行に参加する余程のことって、何だ?

 船の中でも疑問だったが、三沢がそれどころではなかったのでスルーしていた。しかし改めて不思議に思って聞いてみると、レインはいつも通りの表情で小さく口を動かした。

 

「……教えられない……それは、禁則事項だから……」

「そ、そうか」

 

 レイン、お前が何を言っているのかわからないよ。

 だがしかし、言いたくないことは何となくわかったので、これ以上は訊かないことにした。

 と、レインから急にメロディが流れてくる。これは、電話か? 俺とマナが黙っていると、レインはポケットからPDAを取り出して画面にタッチした。

 

「……もしもし」

『ああ、やっと繋がった! 先生に聞いたよ! なんで恵ちゃんが遠也さんたちと修学旅行に行ってるの!? ボクも行きたかったのに!』

 

 電話口から聞こえてくるのはレイの声だ。どうも船に乗っている間レインは電源を切っていたらしく、その間もレイはコールし続けていたらしい。

 そしてようやく繋がった今、その溜め込んでいた疑問がレインにぶつけられているようだった。

 レイの言葉を受けて、レインの眉尻が下がる。困っているような、悲しんでいるような、そんな顔だった。やっぱり、レイを相手にすると表情が豊かになるなこの子は。それだけ大事な友達ということなのだろう。

 

「ごめん……レイ……」

『うー……恵ちゃんにも事情があるんでしょ? でも、すっごく羨ましいんだから、簡単には許さないからね!』

「……どうすれば、いいの?」

『まずそっちでの遠也さんの様子とかのレポートお願いね! あ、あと帰ってきたらボクに付き合ってよ。恵ちゃん強いから、デュエルしてると楽しいしね!』

 

 それらの要求を聴き、レインもレイが本気で怒っているわけではないと悟ったのだろう。表情に僅かな微笑みを浮かべ、固くなっていた身体からも力が抜ける。

 

「……うん、わかった」

『うん、お願いね恵ちゃん』

 

 レイの姿こそ見えないが、二人で笑い合う美しい光景だ。

 だが、俺はあえてそこに踏み込んだ。いや、踏み込まざるを得なかった。

 

「おい、レイ。俺のレポートってなんだそれ」

『うっきゃあ!? とと、遠也さん!? 聞いてたの!?』

「聞いてたよ」

『えーっと、それはその……写真とか色々――って、わぁっ先生!? もう授業ですか!?』

 

 いきなり声が遠くなったかと思うと、小さく「早乙女、早く席に戻りなさい!」という声が聞こえてくる。どうやら授業が始まる時間らしかった。

 

『えっと、じ、じゃあ恵ちゃん! よろしくね! また夜にでもお話ししようね! それじゃあ!』

「うん……じゃあね、レイ」

「あ、おい、レイ――」

 

 プツン。

 俺が言葉を言い切る前に、電話が切られる。そしてレインはPDAをしまうと、じっと俺の顔を見つめてきた。それに思わずたじろぐと、レインは一度仕舞ったPDAをもう一度取り出して俺に向ける。

 何をするのか。そう思っていると、レインはカメラ機能を使ってパシャリ。どういうことなの。

 

「……写真、頼まれたから……」

「ああ、そうすか……」

 

 淡々と言われ、俺は何だかどうでもよくなって肩を落とした。

 すると、マナが「レインちゃん、私も撮ってー!」とレインにアピールしてレインがそれをPDAで撮影している。マナもレイと親しいから撮っておこうということだろう。

 それを見つつ、はぁ、と溜め息をつくと、そこに十代たちが寄ってきた。

 

「おい、遠也! なんかホワイトの連中がみんな斎王についていっちまったから、俺たちも自由行動だってよ!」

「クロノス先生が言ってたっす」

「え?」

 

 見れば、確かに俺たちが乗ってきたものとは比べ物にならないほどの豪華客船の前にたむろっていた白い制服が一つも見当たらない。

 港の出口の方を見れば、そこに一塊になって歩く白服がいたので、既に勝手に行動し始めているようだ。……しかし、仮にも修学旅行という名目なのにそれでいいのだろうか?

 というわけで、俺はクロノス先生の下へ行き、尋ねる。

 

「いいんですか? ホワイトもそうですけど、俺たちも自由行動って」

「別にいいノーネ。ただ、一応定期的に連絡は入れなサーイ。これが先生の番号なノーネ」

「あ、はい。わかりました」

 

 クロノス先生の持つPDAの番号が書かれたそれを受け取ると、先生は「シニョールも楽しみなサーイ」と言って、教頭と一緒に町の方へと歩いていってしまう。

 自分が観光したかったってのもあるんじゃ、とも思ったが、気持ちはわかるしそこは触れないでおこう。

 そんなわけで十代たちの元に戻った俺は、そこにまた一人メンバーが加わっていることに気が付いた。

 

「エド? お前も来てたのか」

「ああ。アカデミアから自然に外に出るこの機会、斎王が無駄にするとも思えないからな」

 

 なるほど。エドの言うことも尤もだ。こういう時でもないと、島の外に出るのは目立つからな。何かするなら、ぴったりというわけだ。

 

「お、じゃあエド! お前も一緒に観光しようぜ! デュエルの聖地だ! お前だって興味あるだろ?」

「悪いが、僕はプロとしての仕事で何度も訪れている。今更目新しいものなど何もない」

 

 十代の誘いをそう一蹴すると、エドはさっさと港から市街地へと去って行ってしまう。

 その後ろ姿を見つめて、面白くなさそうな顔をするのは翔と剣山の二人である。

 

「ちぇ、せっかく兄貴が誘ったのに」

「可愛げのない奴ザウルス」

 

 ぶすっとした表情になる二人を、三沢が苦笑してまぁまぁと宥める。

 そんな二人に対して実際にエドに言われた十代の方は特に気にしていないようで、実にあっけらかんとした顔で俺たちに向き直った。

 

「んじゃ、俺たちだけで行くか! 行きたいところがあったんだよ、俺!」

 

 そう言って俺に目を向ける十代に、俺は肩をすくめた。

 

「もちろん、知ってる所なら案内するって」

「やったぜ! サンキュー、遠也! それじゃ、行こうぜ皆!」

 

 そういうわけで、十代を先頭に俺たちは歩き出す。

 メンバーは、十代、俺、翔、剣山、三沢、マナ、レイン。要するに、いつも通りの面子からレイが抜けてレインを加えた形となる。

 そのため、ここにレインと特別親しい友達はおらず、周りは年上ばかりだ。表情が乏しいためわかりづらいが、レインが居辛くないようにと、俺とマナは極力気を配りながら童実野町へと繰り出していくのだった。

 

 

 

 

 まず俺たちがやって来たのは、町の中心地からは少し外れた位置にある小さな店舗だ。いかにも下町のおもちゃ屋といった様相なのだが、しかしこの世界では知らぬ者がいない個人経営店としては恐らく世界一有名なおもちゃ屋である。

 店主本人監修の童実野町ガイドにも載っている、決闘王武藤遊戯の生家。そう、遊戯さんのお爺さんである武藤双六さんの構える店、おもちゃ屋『亀のゲーム屋』である。

 

「へー、ここがそうかぁ!」

 

 店の前に立ち、十代が興奮した声でその外観を見上げる。

 

「決闘王武藤遊戯の出発点。そう考えると、俺たちアカミデアの生徒にとって聖地というのも頷けるな」

「うんうん、三沢くんの言う通りっすね!」

「やっぱりこの町は俺たちデュエリストにとって特別な町だドン!」

 

 十代に続き、三沢、翔、剣山もまた目を輝かせておもちゃ屋『亀』を見つめていた。遊戯さんが持つカリスマ性は、本当にこの世界では特別なものなんだと実感する瞬間だ。

 本人はいまだに杏子さんに告白できていなかったりする、奥手な人だったりするんだけど。未だにその言葉を待っている杏子さんのことを考えると、こっちがやきもきするほどだ。

 今度、俺とマナのことを伝えて発破をかけようかと密かに画策している俺である。とはいえ、しばらく会っていないし、今もそうだとは限らないわけだけども。

 

「――遊戯? 帰ったのか?」

 

 と、店の中から背の低いお爺さんがドアベルの音と共に出てくる。

 黒地に双の字が入ったバンダナ。二年前、俺も随分とお世話になった双六お爺さんに間違いなかった。

 

「む……気のせいだったかの? 遊戯のような気がしたんじゃが……ほ?」

 

 きょろきょろと辺りを見ていた双六さんの目が、俺たちのほうに向いて固定される。

 それを見て翔と剣山が双六さん監修のガイド本を持って一歩踏み出すが、それより先に双六さんは俺たちの方に駆け寄ってきていた。

 より正確に言うならば、俺のところに。

 

「おおー、遠也くん! 久しぶりじゃの、元気にしとったか!?」

「お久しぶりです、双六さん。元気にやってますよ」

「マナちゃんも! 相変わらずいい胸しとるのー!」

「あはは、お爺さんも相変わらずですねー」

 

 俺の手を握り、俺とマナの顔を交互に見ながら双六さんは顔を綻ばせる。俺たちは旧知とあって一気に打ち解けた空気となるが、他の面々は置いてけぼりを食らったようにポカンとなっていた。

 もっとも、レインだけは表情に変化がなかったのは言うまでもない。

 

「……遠也くんって、あの武藤遊戯のお爺さん……武藤双六さんと知り合いなんすか?」

 

 翔がぽつりとつぶやくと、それを聴き拾った双六さんが俺の手を離して翔を見た。

 

「知り合いなんて他人行儀な! ワシと遠也くんは家族のようなもんじゃ!」

 

 にっこり笑って断言する双六さんに、俺は気恥ずかしく思いながらもやはり嬉しさを感じる。

 だがその隣で、レインを除く皆が驚いていたのは、これまた言うまでもなかった。

 

 

 ……その後、皆に俺がかつてこの家で遊戯さんと暮らしていたということを話して驚かれたりしつつ、俺たちは店内へと入っていった。

 おもちゃ屋というだけあってそこには多種多様な商品が並んでいるが、やはり大部分を占めているのはカードである。特に双六さんは物を大事にする人なので、カードは全て綺麗に整頓され、ショーケースの中に整然と並べられていた。

 そこにはレアカードもかなり多く揃っており、いかに店主である双六さんが敏腕であるかが窺える。この規模の店でこのカードの品揃えはスゴいの一言なのである。

 十代や翔に剣山は当然として、三沢なんかもかなり興味深そうにカードを見ている。もともと知識から入るクチなだけに、テキストを片っ端から眺めているようだ。ステータスよりまずそっちを重視するあたり、この世界では珍しい部類かもしれない。

 レインは微妙に興味なさげだったので、マナと何やらおしゃべりしている。といっても、マナが一方的にしゃべって、レインが相槌を打つ程度だが。……この子と親友になったレイって凄い。そう思った。

 そんな俺たちの姿を双六さんは楽しそうに見ていたが、突然「そういえば」と何かを思い返すように上を仰いだ。

 

「この前、カードの絵柄が消えてしまう不思議な現象が起こっての。あれには驚いたわい。すぐに元に戻ったんじゃがな」

 

 双六さんとしては、単に話のネタとして口にしただけだったのだろう。だが、ここにいるのはその事件の原因を知る当事者たちであるため、その言葉に反応を示したのはごく自然なことだった。

 特に翔と剣山が大きく反応する。

 

「お爺さん、それは僕の兄貴が解決したんすよ!」

「俺の兄貴だドン!」

 

 そしていつも通り張り合う二人。っていうか剣山、お前はその時いなかっただろ。

 

「正確には、十代と遠也によって解決したんです。な、十代、遠也」

「へへ。まぁ、俺たちだけの力ってわけじゃなかったけどな」

「だな」

 

 三沢にもそう言われるが、十代と俺は互いに顔を見合って小さく笑う。

 確かに実際に理事長に対峙したのは俺たちだったが、その前のセブンスターズでは皆がそれぞれ頑張っていたし、最後の戦いだって皆の応援があったからこそだ。

 とてもじゃないが、俺たちだけが活躍したとは言えないのである。

 そしてその話を聞いた双六さんは、ほぉ、と感心した声を出して俺と十代を見た。そして、俺を見て微笑むと、静かに口を開いたのだった。

 

「どうやら、良い経験をしたようじゃの。昔に比べて、どこか芯が通った印象がある。見違えるようじゃ」

「……はい。その節は、ご迷惑をおかけしました」

「なに、気にすることはないぞい。お前さんもワシにとっちゃ、新しくできた孫みたいなもんじゃからの」

 

 そう言ってカラカラと笑う双六さんに、俺は何も言えなくなる。

 当時……この世界に来た直後の俺を知る双六さんは、俺が無気力に過ごした日々をよく知っている。だからこそ、今の俺との違いもよくわかるのだろう。

 しかし、孫のように思ってくれていたなんて。……迷惑をかけていた自覚があるからこそ意外であり、そしてそれ以上に嬉しくもあった。

 そんな俺たちの会話は、事情を知らない人間には理解できないものだ。不思議そうに聞いている皆に気付いた双六さんは、今度は十代の方に顔を向けた。

 

「しかし、それなら遠也くんと十代くんはこの店にとっても恩人となるの。よし、それならワシがご褒美をあげよう」

 

 その言葉に、すわレアカードをくれるのかとショーケースを見ていた翔が色めき立つ。

 だが、双六さんの口から出てきたのは、それとはまったく別の提案だった。

 

「ワシ自ら、遊戯ゆかりの地を案内してやろう!」

 

 双六さんはニッコリ笑ってそう言ったのである。

 もちろん俺たちはその提案を二つ返事で受け入れたのだった。

 

 

 

 

 というわけで、双六さんによる楽しい童実野町観光はじまるよー。

 と、思っていたんだが……。

 

「――なぜ俺たちはここにいるのか」

「海馬くんに呼び出されたからじゃない?」

「……KC社前」

 

 数十分後。俺、マナ、レインの三人は、皆とは別行動となってレインが言うようにKC社本社ビルの前に立っていた。

 何故そうなったかというと、双六さんによる案内で童実野町を回ろうと店を一歩出たその瞬間、俺にかかってきた一本の電話が発端だったのだ。

 PDAを取り出して画面を見てみれば、そこには『海馬瀬人』の文字。思わず固まってしまったのは仕方あるまい。

 そんな俺を訝しんで、「誰からっすか?」と横から覗きこんだ翔が「か、海馬瀬人ぉぉおおー!?」と叫んでしまったのも仕方がないことだったに違いない。

 そんな翔の叫びによって一気に全員の視線が俺に注がれる。そんな中、俺はPDAの通話ボタンを押し、ゆっくりとそれを耳に近づけたのだった。

 

「も、もしもし?」

『ふぅん。久しぶりだな、遠也』

 

 電話越しでも伝わってくる、自信に満ちた断定口調。紛うことなき海馬さんの声に、俺は修学旅行のさなかに電話してこんでも、と思わずにはいられなかった。

 だがしかし、大恩ある海馬さんが相手である。そんな、友人たちとの一時を邪魔しやがってという気持ちは微塵も出さず、俺はその電話に向かい合った。

 

「どうしたんですか、一体」

『貴様は今、デュエルアカデミアの修学旅行で童実野町に来ているはずだな?』

「ええ、まあ」

『では、すぐに本社に来い』

「はぁ……――はぁ!?」

『ふん、待っているぞ』

「あ、ちょ、か、海馬さん!? ……早ぇ、もう切りやがった!」

 

 ツーツーとしか言わなくなったPDAを握りしめて、俺はあまりに一方的過ぎる会話……というか単なる通達、でもない、命令に、思わず大恩ある人に暴言を吐いてしまった。っていうか、新学期はじめとまんま一緒である。

 そんな中はっとした俺は、いかんいかんと気持ちを落ち着かせるが……、しかしやっぱり納得いかん。なんといっても人生に一度しかない高校の修学旅行だ。いくら海馬さんでもせめて修学旅行中ぐらいは遠慮してほしかった……!

 あの人の性格的にそんな配慮はありえないけども! そんな風に結局自分の中で結論付けつつ、俺は溜め息と共にPDAをしまう。それを見て、今の電話を見守っていた面々の中から十代が代表して口を開いた。

 

「今のって、マジにあの遊戯さんの永遠のライバル、海馬瀬人か!? すげーな、遠也! んで、なんて電話だったんだよ?」

 

 海馬さんのネームバリューはやはり凄い。十代や三沢、剣山に翔も、それぞれ目を輝かせて俺を見ているのだから。

 ただ、海馬さんを知っている双六さんとマナは苦笑いだ。既に、おおよそ内容には察しがついているのだろう。レインは……うん、表情に変化なしだ。

 ともあれ、これはこの後の行動にもかかわることだし、言わないわけにもいかない。仕方なく、俺は十代の問いに答える形で口を開いた。

 

「……今すぐ本社に来いってさ」

「へぇ、そうなのか! ……ん、今すぐ?」

「そう。つまり、俺はお前らと一緒に行けないってことだ」

「げ、マジかよ!?」

 

 十代は俺の言葉を聞き、「遠也と一緒の方がぜってぇ楽しいのに」と残念がっている。その言葉だけで救われるぜ、友よ。

 マナと双六さんは、やっぱりといった表情で、まぁ無理難題であることについては何も言わない。勝手知ったる海馬さんである。

 そしてそんな二人を見て、この後俺が別行動になることは決定事項だと悟ったのだろう。三沢と翔、剣山も十代同様に残念そうな顔を見せてくれた。

 そして、その表情の通りに「一緒に回りたかった」と言ってくれたのだから、友達がいのある奴らである。

 そんなわけで、俺とマナは双六さんの観光案内から外れることが決定したのだ。マナについては、言うまでもなくついてくるつもりだったらしい。周囲もそれが当然と思っているのか、誰も何も言わなかった。剣山は少し残念そうだったが。

 そしてレインはというと、どっちと一緒に行くか聞いた時に俺たちを見て「……行く」と言ったために同行することになったのだ。

 そういうわけで、俺たちは集合場所とその時間だけ決めると、それぞれ亀のゲーム屋を出たところで別れた。

 そして、海馬さんに呼ばれた俺とそれについてくる形となるマナとレイン。この三人はこうしてKC社に来ているというわけなのだった。

 

「とりあえず、行くか」

「そうだね」

「……ん」

 

 ちなみに、レイと親しいということで俺たちには幾分気を許してくれているのか、レインは簡単な受け答えならしてくれる。これが翔とか剣山が相手だとほとんどしゃべらない。

 もっと打ち解けてくれるといいんだが。そんなことを考えつつ、本社ビルの自動ドアを潜る俺なのだった。

 

 

 

 

 受付で名前を告げると、すぐに社員の方……というか、面識もある磯野さんが迎えに来てくれた。そしてそのままエレベーターに乗って社長室に向かうことしばし。

 たどり着いたその部屋を前に、磯野さんが軽くノックをする。それに対して「入れ」という声がかかったことで、磯野さんは失礼しますと声をかけてから扉を開き、俺たちも中に招き入れた。

 そこにはこちらに背を向けて壁一面のガラス窓から町を見下ろす白コートの男が一人。

 海馬コーポレーション社長、海馬瀬人その人である。

 その海馬さんは、くるりと振り返ると俺たちに目を向けた。その目がレインで訝しげに止まったが、視線はすぐに俺へと真っ直ぐに向けられる。

 

「遅かったな、遠也」

「……これでも、修学旅行の合間を縫ってきたんですけど」

 

 友人たちとの青春の一ページを潰されたのだ。これぐらいの嫌味は許されるだろうと、俺はじとりとした目線で海馬さんを見る。

 しかし、そんな俺の目力ごときで怯む海馬さんではない。ふん、と鼻を鳴らされて終わりだった。

 

「だが、貴様らはともかく後ろのソイツは何故ここにいる。俺は招いていないぞ」

「あー……いや、レインは俺達と一緒に行きたいって言ったので、その……」

 

 俺がしどろもどろに言い訳をし始めると、海馬さんはすぐに表情を引き締めた。

 

「……なるほどな。磯野」

「はっ」

「その二人を表に出させていろ」

 

 控えていた磯野さんにそう指示を出すと、驚いている俺たちをよそに磯野さんは海馬さんの指示通りにマナに外に出るように促してくる。

 困ったようにこっちを見てきたので、俺は首肯を返した。いつもはマナを帰せなんてことは言わないのだが、わざわざ言う以上何かあるのだろう。そう考えたからだ。

 そして俺の頷きを見てとったマナは、レインの手を引いて磯野さんと一緒に社長室を出て行った。

 ……これで、今この部屋には俺たち二人しかいないということになる。

 

「それで、どうしたんですか海馬さん。わざわざマナまで外に出すなんて」

「ふん、あの小娘まで連れてきた貴様が悪い」

 

 レインのことか? だとすれば、それは一体どういう意味の言葉なんだろう。

 俺が不思議に思っていると、海馬さんは徐に俺に背を向けると、再びガラスの下に広がる童実野町へと目を移した。

 そしてそのまま、後ろにいる俺に言葉をかけてくる。

 

「レイン恵……奴には気を付けていろ。隙を見せるなよ」

「……どういうことです?」

 

 いきなり妹分の親友を、いや、俺たちにとってもすでに友達といえるレインのことを悪し様に言われ、思わずカチンとくる。

 その言い方ではまるで、レインが悪い奴みたいじゃないか。確かに表情が乏しく、話すのだって苦手かもしれない。けど、レイには本当によく感情を見せるいい子だ。よく知らない海馬さんに言われる筋合いではない。

 そんな俺の様子を感じたのだろう。海馬さんは、厳しい表情のまま無言の時間を作る。その威圧感に、俺はぐっと反論を飲み込んだ。

 

「奴が何故、この修学旅行に参加できているのか、わかるか?」

「それは……、……わからないですけど……」

 

 レインは教えてくれなかったし、電話で聞こえてきたレイの話によると、レインがこちらに来たのは急なことだったようだ。レイでさえ話を聞いていなかったというのだから。

 それに、そもそも中学生であるレインがどうして高等部の修学旅行に参加しているのか。疑問ではあったが特に問題視していなかったそれに、何か理由があるというのだろうか。

 押し黙る俺に、海馬さんはただ淡々と語る。

 

「――イリアステル。この社会の裏で暗躍する、宗教もどきのイカれた秘密結社の名前だ。この俺でさえ組織の全容は判らんが、ただ確かに世界全体に大きな影響力を持っている。忌々しいことにな」

「……ッ!?」

 

 瞬間、俺は咄嗟に声を洩らさなかった自分を褒め讃えた。

 それは、普通ならば一般には知られていない名前なのだろう。説明するかのような海馬さんの台詞がそれを裏付けている。

 だが、俺はその組織を知っている。この時代よりもずっと先。そこで未来を変えるべく活動していた秘密組織。……そう、5D’sの時代に本格的に登場する組織の名であり、その時代を語るうえで外せない鍵となる存在。

 それこそが、イリアステルという組織なのである。

 確かに、イリアステルは古来から活動し、社会が正しい方向へと向かうよう導いていたという話だから、この時代にも存在しているのは納得できる。

 ……だけど、まさか海馬さんの口から、今ここで聞くことになるなんて。

 驚きで内心が満ちている俺だったが、しかし海馬さんは構わず更に言葉を続けていく。

 

「レイン恵の修学旅行随行、たかが中学の小娘一人を指定した特別措置。普段ならどうとも思わんが、どうにも違和感を覚えた俺は調べさせた。そしてその指示を出した人物、その背後……順に辿っていくと、行き着いたのだ。そのイリアステルにな」

 

 再び告げられた事実に、俺は何も言えないままだ。

 あのレインが……イリアステルの一員だというのか? イリアステル……ひいては、ゾーンの。

 

「ふん、どうも奴らはお前に興味があるらしい。レイン恵の背後にいた者は、お前の周囲のことも調べていたようだった。無論、そいつは我が社の人間が縛り上げたがな」

 

 つまり、イリアステルの息がかかった人間がいて、更にその部下のような人間がいて、その人物のその先にレインがいる、ということか。

 そして出発点であるイリアステルではなく、到着点であるレインに比較的近い誰かが俺のことを調べていた、と。

 ゆえに、レイン恵にはイリアステルとの関わりがある。海馬さんはそう考えて俺を呼び出したわけか。

 

「イリアステル……この俺にもどうにもならん組織など、極めて腹立たしい。が、その力が本物なのも事実。各界各国の上層部全てに影響力を持つ奴らに抗する術は今のところは無い」

 

 イリアステルとは、それほどまでに巨大かつ強大な組織なのだ。

 海馬さんはそう締めくくると、俺に向けていた背中を翻して正面から俺を見据えてきた。

 

「イリアステルなどという大物が出てこなければ、何も言う気はなかったがな。せいぜい気を付けておけ。それと、たまにはモクバのところにも顔を出してやれ。この前会いたがっていたからな」

「……はい」

 

 話は終わりだ、と海馬さんは再び俺に背を向ける。

 これ以上海馬さんは何も言うつもりがないという意思表示だろう。そう考えた俺は、一度頭を下げて、「ありがとうございました。失礼します」と、それだけを言って部屋を辞した。

 部屋を出てすぐにマナとレインがいたが、俺はレインの顔をまともに見ることが出来なかった。怪訝に思われたかもしれないが、海馬さんから聞いた話について考えていて、余裕があまりなかったのだ。

 磯野さんに再び先導されて、俺たちはKC社のエントランスまで送り届けられる。そこからは普通に三人で外に出たが、やはり俺の心の中を占めているのはイリアステルとレインの関係のことだった。

 イリアステルとは、ゾーンという破滅した未来の世界に生きた男を頂点に活動する組織のことだ。その目的は破滅の未来を救うこと。それゆえ、歴史が滅びの道に逸れないように社会を操作して正しい道を示し続けるのがその役目である。

 そして、未来が破滅した原因は、モーメントと呼ばれる半永久機関が原因だ。このエネルギー機関は、シンクロ召喚によってその回転を速めることが出来、それによってより多くのエネルギーが生まれるという特性がある。

 シンクロ召喚の爆発的普及、またモーメントの増加とそれに頼りきった生活、そして技術の進歩によって肥大した人間の欲望。それらが急速に増していった時、モーメントに隠されたもう一つの特性が、一気に破裂したのだ。

 ”ヒトの感情を読み取る”というその特性。モーメントは肥大化した欲望を読み取り、嘆き、このままでは世界が滅びると判断して、元凶である人類を滅ぼしたのだ。

 その世界に生き残った者こそZ-ONE最後の一人、ゾーンである。彼はその仲間たちと共に未来を変えるべく、過去に干渉してイリアステルという組織を作った。

 その成り立ちを知るからこそ、俺に興味を示すというのは理解できる。モーメントが存在しない今、シンクロ召喚はただのデュエルモンスターズにおけるいち召喚法にすぎない。だが、未来のことを考えると、やはり無視はできないということなのだろう。

 イリアステルがそう考えているとして、だとすればレインは俺を監視する役目を持った存在、とも考えられる。というか、イリアステルの関係者で俺の比較的近くにいる時点でその可能性が一番高いだろう。

 たとえそうでなくても、海馬さんの口から聞いた情報だ。レインにイリアステルとの関わりがあるのは間違いない。そして仮に俺の監視を担っているのだとしたら……。

 そこで、考えたくない予想が俺の頭に浮かぶ。

 

 ……もしかして、レイの友達になったのもそのためなんじゃないのか? と。

 

 レイがレインに笑顔でコミュニケーションをとっている姿が思い起こされる。その情景を脳裏に描いていたその時。

 俺の眼前に、マナのどアップが迫っていた。

 

「うわッ!?」

「もう、やっと気づいた」

 

 呆れたように覗き込んでいた顔をひっこめ、マナが腰に手を当てて嘆息する。そしてその横では、レインもまた俺の方を不思議そうに見ていた。

 相変わらず動きのない顔つきだ。だが、しかしそれでもレイと一緒にいる時には笑顔を見せることもある。俺たちにだって、今では普通に会話をしてくれるようにもなっている。

 まがりなりにも、俺たちはレインと一緒に過ごしてきた。短い時間だったかもしれない。けど、それでも確かに俺はレインのことを仲間だと思っているのだ。

 ……一度受け入れた仲間に、今更疑いなんて向けられるかよ。

 海馬さんから受けた忠告がよぎる。無論、それには感謝している。きっと、イリアステルという組織の大きさ、恐ろしさを知るからこそ、海馬さんは珍しく純粋に忠告をしてくれたのだろう。

 だが、それでも。それでも俺は、レインのことを信じていたいのである。

 

「――なぁ、レイン」

「……なに?」

 

 俺は何でもないことのように口を開き、レインに声をかける。

 そして、レインもまた常と同じく抑揚のない口調でそれに答えた。

 その声を聴きつつ、俺はたった一つのことを問う。それに対する答えで、俺はレインに対する態度を固めようと、そう決めた。

 

「お前、レイのことをどう思ってる?」

「………………」

 

 レインは、呆気にとられたように口を閉ざす。そして、それに対してマナが「いきなり何を……」と割って入ってこようとしたが、俺はそれを手で制した。

 

「頼むレイン、答えてくれ」

 

 答えが返ってこないことに我知らず焦っていたのか、俺はもう一度念を押すように声を出した。

 そして、頼むという言葉が効いたのか、レインはどこか恥ずかしそうにうっすらと頬を染めると、小さく一言だけ口にする。

 

「………………とも、だち……」

 

 たった一言。字数にしても四文字という、それだけの言葉。

 だが、その答えは俺に何よりも勝る安心感を与えてくれた。

 

「そうか……」

 

 心の隅から隅まで安心している自分に、小さく笑みをこぼす。

 レインがレイに近づいたのは、俺を監視するために必要だったからではないのか。もしその疑いが事実だったとしたら。レイの気持ちをあまりに軽く見たその行為に、怒りを抱いていたかもしれない。

 だが、レインはレイのことを友達だと言った。その言葉に、嘘はないと思う。

 もし俺が思う理由でレイに近づいたのだとしても、そうじゃなかったとしても、今レインがレイのことを友達だと思う気持ちに嘘はないはずだ。

 それだけで、俺がレインに対する態度を変える必要はなくなったと言える。

 だから俺は強張っていた表情を崩すと、レインの顔を真っ直ぐ見つめた。

 

「なら、俺はもう気にしないことに決めたよ。妹分の友達なんだからな」

 

 イリアステルのことを忘れたわけじゃない。けど、レインのことを信じようと思う。

 今俺の目の前にいるこの子は、イリアステルの関係者じゃない。レイの一番の友達。だたそれだけなんだから。

 

「………………」

 

 レインはそんな俺の言葉に、小さく首を傾げる。

 その姿がなんだか可笑しく感じられて、俺は小さく噴き出すのだった。

 

 

 

 

 さて、そんな俺の様子を不審に思ったマナに言い訳を繰り返して誤魔化しつつ、俺たちは三人での観光を開始する。まぁといっても、俺とマナにとっては地元もいいトコなので、もっぱらレインの観光にしかなっていないが。

 十代たちと合流することも考えたが、下手に遠い所にいると合流するまでに貴重な自由時間を費やしてしまうからな。集合場所と時間は決めてあるので、ひとまず適当にぶらぶらすることを選んだわけだ。

 三人でファーストフード店に入って小腹を満たし、ゲームセンターで遊び(ちなみにバイクレースゲーム。レインは超上手かった)、カードゲーム屋に入ってカードを見たり(店長に二股はいかんと諭された。ちげえよ)、とにかくそれなりに楽しめたと思う。

 大型ショッピングセンターもあったのでそこに入ると、多くの店があったので時間も上手く潰すことが出来た。

 本屋に立ち寄った時に、レインがある本をじっと見ていたり。後ろから覗けば、それは化石を特集した雑誌であり、表紙はアンモナイトの化石だった。「……似てる」って、何と似てるんですか、レインさん。

 他にはペットショップにて猫のケースにかじりついて、ひたすら無言で眺めていたりもした。レイが言っていたように、本当に猫が好きらしい。そういえば、俺が初めて見つけた時も、寝てるレインに猫が集まっていたなそう言えば。

 楽しいのか、と聞けば「……ん」と小さく返答だけがあった。それでも視線を猫から離さない姿に、俺とマナは苦笑いだった。

 そんなこんながありつつ、時間は過ぎる。

 十代たちは今頃遊戯さんゆかりの地を回っているのだろう。とはいえ、バトルシティの会場はこの町全土に及んだんだ。移動だけでもかなり時間がかかっているのは間違いないので、まだ数か所ぐらいしか行けていないんじゃないだろうか。

 まぁ、まだ日は高いしそう焦ることもないよな。そう考えて俺たちはショッピングセンターを後にし、次はどこに行こうか。そろそろ合流しようか、と考えた。

 

 その時である。

 

「なっ……!」

「えっ……!?」

 

 突如、俺とマナは感覚を刺激する奇妙な感触に声を上げた。

 反射的にその原因を察したのか、俺の視線は気づけば空に向かっていた。そこには、町の四方を囲むように立つ巨大なモンスターの姿がある。

 《氷帝メビウス》《雷帝ザボルグ》《炎帝テスタロス》《地帝グランマーグ》。その四体によってこの町は何かしらの干渉を受けているようだった。

 

「遠也、これ結界だよ。デュエルモンスターズの精霊が通れないようにするための」

「なんだって!?」

 

 マナもまた厳しく空を見上げ、すぐにそう結論付けて告げてくる。

 精霊を通さない結界だと? なんでそんなものを……って、答えは一つか。今この町には斎王がいる。そして、十代や俺が精霊持ちのデュエリストであることは既知であるだろう。

 つまりこれは、俺と十代、というよりは十代を主に逃がさないための結界。そう考えるのが妥当だろう。

 

「……どうしたの?」

 

 そんな俺たちに、レインは不思議そうな顔をしている。

 そうか、レインには精霊が見えていないんだ。だから、なぜ俺たちが突然慌て始めたのかわからないのだろう。

 説明したいところだが、それはひとまず後にさせてもらう。それよりも、これが十代を狙ったものだとしたら、あっちのことが心配だ。

 俺はすぐさま電話をかけようとPDAを取り出す。

 だが、

 

「づっ!?」

「遠也!?」

 

 突如飛来した何かに取り出したPDAは弾かれて地面に転がる。思わずそこを見れば、PDAに重なるようにしてカードが一枚落ちていた。

 ……なるほど、これが噂のカード手裏剣か。実物は初めて見たわ。

 内心でそんなことを我ながら呑気にも思いつつ、俺はそのカードが投げられてきた方向へと顔を向けた。

 そこには、徐々にこちらに歩み寄ってくる一人の男の姿。白い制服に身を包んだそいつは、一目で光の結社の関係者だとわかった。

 とはいえ、名前までは出てこなかったわけだが。

 

「誰だ、お前は!」

 

 そのため俺が誰何すると、歩いて来ていたその男子生徒はがくりと肩を落として、一気に走り寄ってきた。こわっ。

 

「お前、皆本! 俺とお前は同寮だろ! なんで覚えてないんだ!」

「いや……いくらなんでも全員は覚えてないだろ普通」

 

 一学年何人いると思ってるんだ。一年という時間があったのは事実だが、去年は色々と忙しかったからそこまでコミュニケーション取れてないんだよ俺は。

 そんな理由から出た言葉だったのだが、それがそいつには不服だったらしい。

 ぐぬぬ、となんともわかりやすい呻き声を漏らした後、そいつは俺の腕に触れた後いくらか距離を置いて、自らの腕に着いたデュエルディスクをかざした。

 気づけば、ソイツとの間には紐がつながっている。しかも、ご丁寧にディスクと接続されたワイヤーのようなもの。これは、俺が逃げないようにするためか?

 

「デュエルだ! そのワイヤーはデュエルに勝たなければ外れない! お前を遊城十代のもとには行かせるなとのご命令だからな!」

「そうか、斎王が俺の足止めのために……」

 

 よほど、邪魔されたくない何かをしていると見える。

 ならば、俺は一刻も早くコイツを倒して十代と合流するのみ。それに、あの日十代に負けてから、デッキをずっと調整しているのだ。ここで一つ、試運転もさせてもらおうか。

 

「頑張って、遠也! ほら、レインちゃんも!」

「……がんばって」

「おう!」

 

 背後からの応援を受けつつ、俺は目の前の男に視線を戻す。

 いくぞ、俺のカードたち!

 

「「デュエル!」」

 

皆本遠也 LP:4000

白生徒 LP:4000

 

「先攻は俺がもらったぞ! ドロー!」

 

 なんだか勢いづいてドローする。デュエルディスクの表示も向こうが先攻だから、わざわざ言わなくてもいいんだが。

 

「俺は《切り込み隊長》を召喚! 召喚に成功したため、手札のレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚する! 来い、《切り込み隊長》!」

 

《切り込み隊長1》 ATK/1200 DEF/400

《切り込み隊長2》 ATK/1200 DEF/400

 

 切り込み隊長には、特殊召喚の誘発効果以外にもう一つの効果がある。それは、このカードが表側表示で存在する限り、他の戦士族モンスターを攻撃対象に出来ない、というものだ。

 切り込み隊長は戦士族。つまり、2体並ぶと互いの効果によってどちらにも攻撃できないという状況が生まれる。これがいわゆる、切り込みロックである。

 しかも今の状況だと切り込み隊長2体しか場にいないため、実質攻撃宣言を封じられたに等しい。さすがは一時期準制限にまで指定されていたカードだ。何があっても生還する隊長はさすがである。

 

「どうだ! これでお前はもう攻撃が出来ない! カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

「それはフラグだぞ。俺のターン!」

 

 こちらも急いでいる身だ。時間を稼ぐためのロックだろうが……悠長に付き合ってやる道理もない!

 

「俺は《ヴェルズ・マンドラゴ》を特殊召喚! このカードは、自分の場のモンスターの数が相手の場のモンスターの数より少ない場合、手札から特殊召喚できる!」

 

 俺の場に現れる小柄な植物族のレベル4モンスター。

 ヴェルズという闇側のモンスターだが、その見た目はどこか妖精じみていて愛くるしさすら感じられる。棘がついた大きな葉と、白い髪から覗く濃い隈に縁どられた大きな目。

 マスコットキャラクターのようなデザインのモンスターである。

 

《ヴェルズ・マンドラゴ》 ATK/1550 DEF/1450

 

 相手の場には切り込み隊長が2体。よって俺の場のモンスターよりも数が多く、問題なく特殊召喚できる。

 

「更にもう1枚の《ヴェルズ・マンドラゴ》を特殊召喚!」

 

《ヴェルズ・マンドラゴ2》 ATK/1550 DEF/1450

 

「そして《調律》を発動! デッキから「シンクロン」と名のつくチューナーを手札に加え、その後デッキトップのカードを墓地に送る! 《アンノウン・シンクロン》を手札に加え、召喚!」

 

《アンノウン・シンクロン》 ATK/0 DEF/0

 

 これで素材は全て揃った。ならば、やることはただ一つ!

 

「レベル4ヴェルズ・マンドラゴ2体に、レベル1アンノウン・シンクロンをチューニング! 集いし嵐が、全てを隠す霞となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 吹き荒べ、《ミスト・ウォーム》!」

 

 星と光輪と化して行われたシンクロ召喚の光。その中から這い出すように出てきた巨大な蛇のような竜。しかし目や手足がなく這いずるその様は蛇よりも更に昆虫のそれに近い印象がある。

 翼を持たないドラゴンであるともいわれるが、真相は不明だ。だが、その背中についた突起から絶えず溢れる霧状の噴煙は、実体ならこの場を一瞬で覆い尽くすほどの量であった。

 

《ミスト・ウォーム》 ATK/2500 DEF/1500

 

 俺の場に現れるサンドワームにも似た巨体。その巨体を見上げつつ、しかし相手はふふんと余裕の表情を見せた。

 

「いくらシンクロ召喚でデカいモンスターを呼び出そうと無駄だ! お前はそもそも攻撃できないんだからな!」

 

 自信ありげに言うのは、伏せカードもあるためだろうか。だとしても、俺が返す言葉は決まっている。

 

「それはどうかな」

「なに!?」

「――ミスト・ウォームの効果発動!」

 

 俺がそう宣言すると、ミスト・ウォームは一層背中の突起から霧を噴き出し、それはやがて相手のフィールドのまで及び、場のカードを覆い隠していく。

 

「このカードのシンクロ召喚に成功した時、相手フィールド上に存在するカードを3枚まで持ち主の手札に戻す! 俺は当然、切り込み隊長2体と伏せカードを選択する!」

「な、なんだとぉぉおお!?」

 

 驚愕するそいつを余所に、ミスト・ウォームから溢れ出した霧は勢いを増していく。そして相手の場のカードを地面から巻き上げると、それらは手札へと戻っていくのだった。

 ちなみに確認できた伏せカードの正体は、《デストラクション・ジャマー》。手札1枚をコストにフィールド上のモンスターを破壊する効果を持つカードの発動を無効にし、破壊するカードだ。

 切り込みロックと共にモンスターの破壊を防ぐ手段まで揃えていたとは。だが、今回は俺に運があったようだ。

 

「ぐ、ぐ……だが、それでもまだライフは残る!」

「まだ俺はメインフェイズの終了を宣言していない! 更に手札から魔法カード《死者蘇生》を発動! 墓地の《ヴェルズ・マンドラゴ》を特殊召喚する!」

 

《ヴェルズ・マンドラゴ》 ATK/1550 DEf/1450

 

 何気に実戦での使用はかなり久しぶりとなる死者蘇生だ。やはり遊戯王を象徴するカードの1枚だけあって、本当にここぞという時に活躍してくれるカードである。

 そして俺の場にヴェルズ・マンドラゴが復活したことに、向こうは冷や汗を流していた。

 

「な、な、が……」

「こっちも十代たちのことが心配なんでな、許してくれ。ヴェルズ・マンドラゴでプレイヤーに攻撃!」

「くっ……!」

 

白生徒 LP:4000→2450

 

 ヴェルズ・マンドラゴの体当たりが決まり、その攻撃力分向こうのライフが減少する。

 残りは2450。ミスト・ウォームの攻撃力で確実に削り取れる値である。

 

「これで終わりだ! ミスト・ウォームで直接攻撃! 《ヴェイルド・ミスト》!」

「うわぁああッ!」

 

 勢いよく噴き出された霧が、その勢いのまま向こうにぶつかっていく。いくら実体としては薄い霧といえど、勢いが強ければそれだけで脅威だ。

 実際、その霧による暴風を受けた相手は、ソリッドビジョンでありながら迫力に押されて倒れこんでしまった。

 

白生徒 LP:2450→0

 

 これで、デュエルは俺の勝ちだ。

 初手が良かったのもあったが、何より早く十代たちのところに駆けつけたいという気持ちが俺のデッキに伝わったのだろう。応えてくれたカードたちには感謝である。

 そして勝ったことで、繋がっていたワイヤーもほどけた。倒れている彼には悪いが、このまま行かせてもらおう。落ちたままだったPDAを拾い上げ、後ろの二人に声をかける。

 

「マナ、レイン! 行くぞ!」

「うん!」

「……うん」

 

 頷きを確認して走り出す。

 ……が、再び俺の左手がワイヤーのようなもので絡み取られた。

 

「なに!?」

 

 今対戦した奴はまだ腰をついたままだ。なら、とワイヤーを辿っていけば、そこには今の相手とは別のホワイト生がワイヤーの端を握りしめて立っていた。

 

「おっと、まだ行かせられないな」

 

 そう言って笑う男を先頭に、数人の生徒がぞろぞろと出てくる。それを見て、俺は思わず歯ぎしりをした。

 斎王め……数で攻めてきたか。これなら確かに、嫌でも時間は取られてしまうだろう。

 仕方ない。俺はマナに振り返った。

 

「先に行っててくれ! 何かわかったらPDAに連絡をくれればいい!」

 

 もし何かあったとしても、マナの力があればどうにかなる場面もあるだろう。そう思ってマナを先行させることに決めた俺の提案に、マナは苦渋の決断と言わんばかりにぐっと力を込めて頷いた。

 

「……わかった。でも無理はダメだよ、遠也! いくよ、レインちゃん!」

「……がんばって」

 

 そう残して、二人は町の中心部へと走っていく。俺を足止めできるなら二人はどうでもいいのか、彼らは止めようともしなかった。

 しかし……誰も強制していないのに、レイン自身が俺に応援を送ってくれるとはな。それだけ心を許してくれているのかと思うと、存外嬉しいものだ。

 イリアステルだなんだというのは抜きにして、やっぱりレインも既に俺たちの仲間。いつものメンバーの一員なのだと改めてそのことを感じる俺なのだった。

 そして、応援された以上は応えてみせなければ男ではない。俺は気合を入れてデュエルディスクを構え、相手もまたディスクをそれぞれ構えるのだった。

 まずはこの目の前の男から。そして、残りの数人も、すぐに倒して先に進む。

 

「「デュエル!」」

 

 

 

 

 ――結局5連戦を行った後、俺は急いでその場を離れる。そして町の中心に向かおうとした、その矢先。

 俺のPDAに連絡が入る。そこにはこう書かれていた。

 

『翔と剣山がさらわれた』

 

 どうやら俺は間に合わず、足止めは見事に成功と、そういうことらしかった。

 

「くっ……」

 

 楽しい修学旅行は、ここまでか。

 俺は足に力を込めて走り出す。向かうのは当然十代たちのところだ。今は早く合流しなくては。

 翔と剣山の無事を祈りつつ、俺はひたすら足を動かすのだった。

 

 

 

 



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第41話 解放

 

 ホワイト生たちの足止めを退けたあと俺は、十代、双六さん、三沢、そして先行していたマナとレイン。この五人と合流した。そして全員で元凶である斎王を訪ねてホワイトが泊まっているホテルに向かったのだが……見事に門前払いを食らう。

 その場に帰ってきた万丈目によって、明日海馬ランドに来いと十代への伝言を受け、同時に近くの草むらで同じく門前払いされたらしい吹雪さんを発見。相談の結果、俺たちは素直に明日を待つことに決めた。

 ちなみに吹雪さんが門前払いを食らったのは、明日香に会いに行こうとしたかららしい。兄が自由に妹に会いに行くこともできないとは、世知辛い世の中になったものである。

 そんなわけで、俺たちはいったんホワイトのホテルを離れ、レッド生が一夜を過ごす予定となっている川辺のキャンプ地にて俺たちは腰を下ろす。

 時刻は既に夕方を過ぎて夜に入っている。いくつかの大きなテントの群れの中で動く生徒たちの影をぼんやりと眺めながら、俺たちは大きな溜め息をこぼした。

 

「くっそー、翔と剣山は無事なのかよ」

「僕は明日香に会いたかっただけなのにねぇ」

 

 十代と吹雪さんがほぼ同時に呟く。その中で、十代の問いに三沢が答えた。

 

「あの二人は大事な人質だ。恐らくは無事でいるはず……」

 

 確かに、そう考えれば翔と剣山の安全は保障されている。安全じゃなくなるのは、人質としての価値がなくなった時……つまり、目的を達した時だ。

 そしてわざわざ明日と日時を指定してきた以上、目的達成はその時ということになる。逆に考えれば、明日のその時までは確実に無事でいるはず。

 そう俺たちは結論づけると、暗くなってきたために火をつけた焚火を囲んでひとまずの休息を取る。

 双六さんが持ってきてくれた差し入れのハンバーガーに舌鼓を打ちつつ、とりあえず明日までの時間ぐらいは楽しもうと明るく振る舞った。

 

「そういや遠也。海馬社長の用事ってなんだったんだ?」

「いや……大した用事でもなかったよ。顔を出してきただけさ」

 

 そんな中、十代から出てきた問いに、俺はそう答えを返して誤魔化す。

 さすがに、イリアステル云々と言っても仕方がないからな。ふーん、と十代はそれで納得してくれたようだから、助かった。

 そんな中、三沢もハンバーガーをかじりつつ会話に加わってくる。

 

「しかし、学園も一応考えてはいるんだな。遊戯さんが初めて三幻神――オシリスの天空竜と戦ったこの場所を、オシリスレッドの宿泊場所に選ぶとは……」

「あれ、三沢。なんでそのことを知ってるんだ?」

「ああ、遠也はいなかったな。双六さんの案内で、ここも紹介してもらっていたのさ」

「他にもレアハンターのエクゾディアと対戦した場所も案内したぞい」

「へー」

 

 当時遊戯さんが対戦した場所って、そんなに知られてるのか。なまじ本人を知っていてこの町に住んでると、意識しないものだな。

 

「うーん、懐かしいなぁ。あの時はまだマスターも一人じゃなかったっけ」

 

 俺たちの話を聞いていたマナが、思い出に浸るかのように目を細める。

 マナは当時から遊戯さんのデッキ、正確にはアテムという名の古代ファラオの魂と同様の人格が作ったデッキにおいての主力だった。バトルシティにおいても何度も召喚されており、誰よりも闇遊戯さんのデュエルを知る数少ない人物なのだ。

 なにより、マナにとって王様こと闇遊戯さんは切っても切れない縁を持っていた人だ。その思いもひとしおなのだろう。マハード含め、その数百年に及ぶ繋がりを否定することは誰にもできない。

 その絆の強さには、若干の嫉妬すら覚える。まぁ、気にしても仕方がないことではあるし、俺自身話に聞く闇遊戯さんは元々好きだ。どちらかというと、尊敬する気持ちの方が大きいから気にしないことにしている。

 

「そういやマナは遊戯さんの精霊だったんだっけ」

「おや、そうだったのかいマナ君」

「うん。正確には今もだけどね。正式な私のカードの所有者は変わらず遊戯くん……マスターだから」

 

 もともと俺がデュエルアカデミアに向かう時に、マナがついてきただけだからな。

 付き合いだした今ならいざ知らず、あの時の関係ではそこまで遊戯さんは考えていなかっただろう。……今度会った時に相談してみようかな、マナのこと。

 遊戯さんとマハードにはさすがに言わないといけないだろうし。やっぱり、いずれは俺が正式にマナのカードの持ち主となりたいからな。

 気恥ずかしいが、いずれは通る道だ。その時になったら覚悟を決めないとな。

 

「レインはどうだった? なんか色々回ったんだろ?」

 

 十代が今度はレインに話を振る。

 すると、マナの隣で顔を上げたレインが十代を一瞥する。

 

「……楽しかった」

「お、そうか! っていうかお前、遠也とかマナとかレイだけじゃなくて、俺たちにももっと心開いてくれよ。なんか寂しいからさ」

「……努力する」

「たはは……まぁすぐにとは言わないけどな」

 

 提案するものの、変わらず平坦に返ってきた答えに、十代は苦笑して頭をかいた。

 レインのこれは性格的なものだろうから、無理やり矯正するよりはもっと多くの人と触れ合ったほうがいいのかもしれない。レイも、だからこそ俺たちと会わせようとしていたのかもしれないな。

 そんなことを考えていると、突然三沢が小さく噴き出した。どうしたのかとそっちを見ると、三沢は笑みを浮かべたまま、口を開いた。

 

「いや、なんだな。翔と剣山がいないのが悔やまれるが、こうしていると修学旅行って感じがするじゃないか」

 

 ……言われてみれば、確かに。夜、普段は寮が違う仲間たちでこうしてメシを片手に談笑なんて、修学旅行ならではじゃないか。

 十代も同じことを思ったのか、より一層笑みを深くする。

 

「だな! んじゃあ、せっかくだ。エドも呼んで来ようぜ!」

 

 言って、その視線をこの河川敷横の堤防に向ける十代。その堤防の上には、エドが個人で所有しているものなのだろう、キャンピングカーが置かれている。

 この修学旅行についてきたエドだったが、慣れ合うつもりはないとかで個人行動していたのだが……どうやらその姿勢も今日までのようだ。

 喜び勇んで駆け出した十代の背中を見つつ、俺はバイタリティ満タンの十代に強制連行されるエドの姿を想像して合掌した。

 

「ははは、十代にかかればあのエドも可愛い後輩の一人ってことか」

「三沢、なんか実感こもってるな」

 俺がなんだかしみじみと笑う三沢にそう尋ねると、三沢は頷いた。

 

「ああ、言っていなかったか? 実はイエロー寮の代表というか、纏め役として樺山先生に抜擢されてな。後輩の世話や相談役……そういうものを最近よくしているんだ」

「そういえば、翔や剣山がそんなことを言ってたな」

 

 イエロー二年生の代表のような存在であり、よく先生から頼まれごとをされていると。つまりは、それが昇格して纏め役に任命されたということか。

 俺が頷くと、三沢は再び首肯する。

 

「今は光の結社のこともあって、新一年生には不安が広がっている。ここは俺がしっかりして、後輩を支えていかなければいけない。そう思ってやっていると、徐々に後輩にも頼りにされるようになってきてな。ああして後輩をかまう気持ちはよくわかるんだ」

「なるほどな」

 

 素直に三沢のその行動には感心させられた。

 俺と十代は斎王をどうにかしよう、光の結社を何とかしようとしか考えていなかったが、三沢はその影響を受ける下級生たちのことを最優先に考えていたのだ。

 三沢は俺たちとは違う方法で光の結社に対抗している。俺たちが気付けなかったことに気付いている、その事実に感謝と賞賛を感じるのは至極当然のことだった。

 俺はそう思って三沢にありがとうと告げるが、それに対して三沢は一度口を噤む。そして、ゆっくりともう一度口を開いた。

 

「……実をいうと、これもお前と十代のおかげだ」

「俺と十代?」

 

 いきなり神妙な顔になってそう言った三沢に、俺は怪訝に思う。

 俺たちに出来なかったことが、俺たちのおかげとはどういうことだろうか。

 

「そうだ、お前や十代は、今やアカデミアを代表するデュエリストだろう? だが、そのライバルを自称する俺は、正直に言って悔しかった。お前たちが前に進んでいるように、俺ももっと前に進みたかったが……離される一方というのが現実だった」

「三沢……俺も十代も、そんなことは思ってない。お前は今でも俺たちにとってライバルだぜ」

 

 ぐっと拳を握りこんでそう言葉を吐き出した三沢に、俺は正直な心の内を打ち明ける。

 俺たちにとって、三沢はずっと仲間であり、友達であり、ライバルである。たとえ周囲に何を言われようと、それは変わらない。

 そのことを伝えるが、しかし三沢は小さく笑って首を振った。

 

「わかってる。けど、悪いことばかりじゃなかったのさ。逆にそう思えたからこそ今の俺がある。お前たち二人の活躍に、俺は焦っていた。そんな俺に声をかけてくれたのが、樺山先生だった」

「樺山先生が?」

 

 イエロー寮の寮長であり、普段はあまり見かけることのない先生だ。ちょび髭が特徴的だった先生の顔を思い出している内に、三沢は更に言葉を続けていく。

 

「ああ。行き詰まっていた俺に、後輩の面倒を見てほしいと言ってきたんだ。……最初は、慣れずに戸惑うこともあった。だが、次第に自分が誰かのためになっているということに喜びを感じるようになってきたんだ」

 

 もともと三沢にはリーダーシップがあった。俺たちで話している時も、話題を変えたり、話に補足するのはいつも三沢で、そのたびに俺たちのことをよく見ている奴だと思ったもんだ。

 理詰めのデュエルをするからこそ、そういった観察眼に長けるようになったのだろう。そしてそれが、その人にとってベストな対応を導き出す力に繋がり、三沢はイエローの纏め役としての地位を築いたのか。

 

「そうして少しずつ俺は立ち直っていった。その時だ、光の結社が現れたのは。不安がる一年生たちを前に、俺は決意した。俺こそがイエロー寮を守るのだとな。お前たちに追いつきたいという気持ちは今もあるが、それよりも俺は後輩たちのことを考えてやりたいのさ」

「三沢……」

 

 俺が思わず感動した声音で名前を呼ぶと、三沢は照れ臭そうに頬をかいた。

 

「……なんだかすまないな、急に語ってしまって。ただ、俺の決意というか……そういうものを誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない」

「いや、聞けてよかった。……やっぱり、お前は俺たちのライバルだぜ、三沢」

 

 俺も十代も、やりたいことをやってひたすら走っているだけだ。立ち塞がるものが現れたなら、それを倒して前に進む。ただひたすら先を見て。……もっとも、その道に楽しさを感じ、充実を得ているから俺たちに不満はないが。

 しかし、俺たちのそれは言い換えれば自分勝手であり、後輩を育成することには向いていない。俺も十代も後輩という存在を可愛いとは思っているが、しかし結局「ついてこい」としか言えないのである。

 それは、十代と剣山辺りを見ればわかると思う。結局、どこまでいっても俺と十代は単純なデュエル馬鹿でしかないのかもしれない。

 しかし、その点三沢は違う。きっちりと冷静に考え、相手の身になってその力を引き出そうとしている。その不安を解消するために親身になり、彼らの支えであろうとしている。

 俺たちには、決してできないことだ。十代もまた俺と似ているところがある以上、この話を聞いたらそう思うだろう。

 俺たちに出来ないことを、やってのける。その分野では、俺たちこそ三沢を追う側だ。そう考えれば、三沢はやはり俺たちにとってのライバルと呼ぶに相応しい男だった。

 

「ほっほ。男じゃのう、三沢君。気に入ったぞい」

「うんうん、カッコいいよ三沢くん!」

「エクセレント! 君も明日香のお婿さん候補に入れてあげよう、三沢君!」

「よ、よしてくださいよ。俺はそんなに立派な奴じゃあ……」

 

 周囲からの賞賛の声に、三沢は謙遜して手を振るが、しかしそんな三沢の肩に俺は軽く手を置いた。

 

「遠也……」

「お前の受けるべき正しい評価だろ。それを受け取らない方が失礼なんじゃないか?」

 

 少しからかうような笑みを付け足してそう言ってやる。すると、三沢は少し驚いたように目を見張ったが、徐々にその顔を苦笑の形に変えて皆に向き合った。

 

「ありがとう」

 

 それだけを言い、三沢は照れ笑いを浮かべる。

 何も言わなかったレインだったが、しかしその視線は三沢を捉えており、レインはレインなりに三沢の良いところを見ていてくれることを俺は願った。

 まったくもって、俺は友達に恵まれている。そんなことを、嬉しそうに笑う三沢を見ながら俺は思うのだった。

 ……と、そこに「連れてきたぜ!」と声が聞こえてくる。十代が恐らくはかなり渋ったであろうエドを引っ張ってきたのだろう。

 そう思って全員がそちらに目を向けると、そこには十代と手を引かれているエド。そしてその後ろに続く、赤い髪の男とガタイのいい男がいた。

 ……どちら様で? そんなことを思う俺だったが、ひとまず彼らを加えて俺たちは再び焚火を囲み始めるのだった。

 その二人こそが、翔と剣山をさらった犯人の一味であることを知るのは、その数分後のことである。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ……時間は少々遡る。

 斎王の指示により彼の妹――美寿知(みずち)に会いに行っていた万丈目は、光の結社の面々が泊まる宿へと帰ってきた。

 そしてちょうど十代たちがホテルに押し入ろうとしているのを見かけ、ちょうど美寿知から伝言を頼まれていた万丈目は、探す手間が省けたと思いその場で彼らに伝えると、さっさとホテルの中へと戻っていったのである。

 後の対応は他のホワイトの人間に任せることにした万丈目は、エントランスにて明日香が立っているのを見つけた。

 

「天上院君……出迎えに来てくれたのか?」

「違うわ。あれ以上騒がしくなるようなら、私が直接手を下そうと思っていただけよ」

 

 ばっさりと切られ、万丈目は「あ、そう……」と若干の寂しさが籠った呟きを漏らす。が、当然そんなことに構う明日香ではなかった。

 部屋に戻ろうとする万丈目の横に並ぶと、明日香は「そういえば」と前置きをしてから万丈目に話しかける。

 

「あなたのデッキ……以前と変わっていないようだけど、それは何故?」

「俺のデッキ? 何を言うんだい、天上院君。わざわざデッキを変える必要はないだろう」

 

 エレベーターに乗り込みつつ、万丈目はふっと気障に笑って答える。

 一緒に乗り込んできた明日香は、ただそのことに怪訝な顔を見せるだけだった。

 

「斎王様からデッキの下賜があったはずではなかったの?」

「ああ、そういえば斎王が言ってきたこともあったが……俺には必要ないことだよ」

「あの《おジャマ》という雑魚モンスターも、必要だというの?」

「……天上院君、奴らは俺のデッキのエースだ。このデッキから抜くなど、ありえないよ」

 

 一瞬真剣な顔になった万丈目は、そう断言する。

 しかし、次の瞬間にはいつもの自信にあふれた笑みをその顔に浮かべていた。

 

「なに、俺は元々強い。心配せずとも、俺は負けないよ天上院君。はーっはっは!」

「……そう」

 

 明日香の言葉を自身への心配ゆえと受け取った万丈目は、調子に乗って胸を張る。

 そんな万丈目の高笑いが響くと同時に、エレベーターは目的の階についたことを示すベルを鳴らした。開くドアを潜り、万丈目はエレベーター内に残ったままの明日香を振り返る。

 

「まぁ、見ていてくれ。この俺の雄姿を! そして、できればその後俺とデー――」

 

 ガシャン。

 万丈目の言葉を待たず、再び閉まった扉。

 そして動き出したエレベーターの中で、明日香は万丈目の言葉を吟味する。そして、おもむろにPDAを取り出すと、外部に電話を繋いだ。

 

「……もしもし。天上院明日香です」

『これはこれは。何かありましたか?』

「いえ、ただ万丈目君の様子を見ていろというご指示についての報告を、と思いまして」

『ほう……』

 

 興味を示した電話口の相手――斎王に、明日香はつらつらと今万丈目が語った内容について先方へと報告をする。

 そしてそれを聴いた斎王は、ほう、とやはり同じ声を漏らした。

 

「いかがいたしましょう。彼には、斎王様への忠誠心が足りていないと愚考いたしますが」

『ふむ。よろしい、私が今夜にでも万丈目君を訪ねてみましょう』

「はっ」

 

 電話でありながら、明日香は恭しく首を垂れる。それこそが、斎王への忠誠心の表れと言わんばかりに。

 そんな明日香のことを知る由もない電話先にて、彼は口元を歪めて笑っていた。

 

『ふふ……万丈目君。いくら精霊の加護があり、強固な意志があろうと、君の運命は私の手の中にあるのだよ』

 

 電話の向こうで、斎王は己の手のひらを見る。そこから怪しく立ち昇る紫紺の靄がゆらりと揺れると、空間に溶けるように消えていった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 翌日。

 昨夜に十代が連れてきた二人が斎王の妹である斎王美寿知の配下であると知り、その二人――炎丸と岩丸のうち岩丸と十代は対戦した。

 炎丸は美寿知の不思議な力によって鏡に吸い込まれ、カードにされてしまったためだ。

 消去法で岩丸と対戦した十代だったが、岩丸操る《地帝グランマーグ》の力と巧みなコンボ。そして《氷帝メビウス》《雷帝ザボルグ》《炎帝テスタロス》を合わせた四帝達の最終形態とも呼べるモンスター、《デミウルゴス EMA》の登場に苦戦を強いられた。

 岩丸は、才能がない自分たちは美寿知から帝の力をもらって強くなったと言う。十代はそれを本当の力じゃないと否定するが、岩丸はそれは才能があるやつの理屈だとして十代の言葉を受け入れなかった。

 だが、十代は岩丸にデュエルを通じて示す。デュエルとは楽しいもの。負ける時もあるが、それでも前に進むことが大切なんだと。

 結果、十代は《デミウルゴス EMA》を見事打ち倒し、彼を下すことに成功する。

 岩丸は十代のそんな明るく前向きな姿勢に感じ入るところがあったようだ。自分も諦めずに立ち向かうと宣言し、十代と笑い合う。

 だがその時。デュエルを見ていた美寿知は負けた岩丸を用済みと判断したのか、炎丸と同じようにカードに封じて消してしまう。

 そして十代とエド、その二人を指名して海馬ランドにて待つと、万丈目から聞いたものと同じ伝言を受けた俺たちは、美寿知への怒りと翔たちの無事を祈りつつ、今日という日を迎えたのである。

 そして、いよいよ俺たちは美寿知が指定してきた海馬ランドに辿り着く。十代とエド、そして俺とマナにレインに三沢、双六さんまでついてきたそれなりの大所帯だ。吹雪さんは、明日香のことも気にかかると言ってそちらを優先させたようだったが、それは仕方がないというものだろう。

 まぁ、数いればいいというものでもないが、それでも何かあった時に取れる手が増えることは悪いことではない。そう考えて、俺たちは一纏めになって行動していた。

 だが、そんなことは相手もお見通しだったらしい。

 海馬ランド到着後、ヴァーチャルリアリティ施設の入口が勝手に開く。そして同時に、昨夜に聴いた美寿知の声でアナウンスが流れた。

 

『遊城十代、エド・フェニックスの二人だけ中に入って来るがよい。他の者が侵入することはまかりならぬ』

 

 さすがに、数で来られるのは避けに来たか。強行すれば、翔と剣山がどうなるか分かったものじゃない。ここはこっちが折れるしかない。

 十代もそれがわかっているのか、こっちに振り返って申し訳なさそうな顔をした。

 

「悪い、そういうことみたいだ」

「仕方ないさ。だが、勝てよ十代、エド」

 

 俺がそう言うと、十代が笑い、エドが鼻を鳴らす。

 

「へへ、もちろん!」

「ふん、当然だ」

 

 対照的な答えを返した二人は、俺たちに背を向けると互いに一度顔を見合わせる。

 

「いくぜ、エド!」

「ああ」

 

 頷き合い、二人はヴァーチャルリアリティの施設へ入っていく。そして同時に扉は閉められ、後から入っていくのは不可能となった。

 ……つまり、あとはあの二人に任せるしかなくなったわけだ。

 それを見届け、俺たちは施設の前にある階段部分に腰を下ろす。俺たちに出来るのは、十代とエドが勝って翔や剣山たちと一緒に帰ってきてくれることを祈るだけ。他に今できることは何もないからだ。

 

「十代くん、エドくん……大丈夫かな」

「大丈夫だろ、あの二人なら」

 

 共に自身のHEROに絶対の自信を持つ、恐らくこの世界のHERO使いの中ではトップに位置しているHERO使いだ。

 そして両者ともに土壇場の経験は豊富であり、下手を打たなければ負けることはないはず。マナの言葉に大丈夫だと返しつつ、俺はそう心の中で言い聞かせた。

 ……存外、ただ待つだけってのも不安を煽られて辛いもんだな。たとえ十代たちのことを信頼していても、色々と考えてしまうのが人間というものなのだ。

 それは俺以外も同じだったのか、三沢もまた少し居心地が悪そうにしている。

 

「もどかしいな。外から協力できることがあればいいんだが……」

「中のことがわからないと、援護しようがないからなぁ」

 

 下手なことをして不利にさせてしまっては目も当てられない。

 やはり、ここは大人しく二人を待っているの正解なのだろう。

 そう思って押し黙ると、双六さんが不意に声を上げた。

 

「……む、どうしたんじゃレインちゃん」

 

 レイン?

 不思議に思って顔を上げると、レインが何やら右腕を水平に持ち上げ、指先で何かを示している。

 

「……あれ」

 

 そう示す先を辿っていく。すると、そこには俺たちもよく知る人物がこちらに向かって歩いてきているのが見えた。

 

「万丈目?」

 

 白い制服に身を包み、左腕にはデュエルディスク。髪質が固いのかとんがった黒い髪と合わせ、万丈目本人に間違いはない。

 だが、なぜこんなところに来た? これは斎王美寿知に任せる場面ではなかったのだろうか。

 徐々に近づいてくる万丈目。そして、一定の距離を開けたところまで来ると、万丈目は斜に構えると居丈高にこちらを見下してきた。

 ……なんだ? 万丈目はこんなあからさまにこちらを蔑視するような奴じゃないはず。

 それは斎王に下っても決して変わらなかった、万丈目らしさだったはずだ。

 訝しんでいる俺に、万丈目は指を突きつけてきた。

 

「遠也、俺とデュエルだ」

「なに?」

 

 その突然の言葉に、俺は驚く。

 何故なら。

 

「俺とデュエルだって? 約束はどうしたんだ、万丈目」

 

 そう、そのことだ。

 楽しいデュエルをしよう、という俺と交わした言葉。それを万丈目は心に留めており、以降はずっと楽しいと思えるデュエルをしようと心がけていたはずだ。

 そして、だからこそ俺とのデュエルもそう思えるものでなければならない。そう言って、俺をデュエルで引き込むことに嫌悪を示していたはずだ。なのに、なぜこんな急に?

 それゆえに抱いた疑問。しかし、そんな問いを、万丈目は一蹴する。

 

「ふん、なんだそれは。それより、斎王様を信じ、仰ぎ、導いていただくことこそが至上であると、何故わからん」

「なっ……!?」

 

 その言葉に、俺たちは驚愕する。

 たとえ光の結社に入ろうとも、決して元の自分らしさまでは失っていなかったのが、万丈目という男だった。斎王のことも協力者とは呼んでも、決して自分より上だとは認めていなかった。

 それがどうして、いきなり言いなりのような信者になっているんだ。

 

「まさか、斎王の奴……」

「三沢、なにかわかるのか?」

 

 俺が横の三沢を見れば、「仮説にすぎないが……」と前置きをした後で、苦い顔をしたまま口を開く。

 

「洗脳、マインドコントロールとは、たとえ効きづらい相手でも重ね掛けすれば効果が顕著に表れると聞いたことがある。無論一概にそうとは言えないが、恐らく斎王は……」

「まさか、更に万丈目にそれを施したのか!?」

 

 恐らくは、と三沢は非常に険しい顔になり、厳しい目で万丈目を見る。

 それも当然だろう。人の人格というものを根本的に否定する、人道に反したやり方だ。もともとそうじゃないかとは思っていたが、こうまで一方的に人格が変わっているのを目撃すると、とてもじゃないがまともな人間がやることとは思えない。

 

「さぁ、どうした! 俺とデュエルしろ!」

「くっ……!」

 

 どうする。

 ここで万丈目とのデュエルを受けることは出来る。だが、果たして新たに洗脳を施された万丈目が、このデュエルで正気に戻ってくれるかどうか。それなら、恐らく俺よりも強い精霊の力を持つ十代の方が確実なのではないか。

 そんな考えがよぎり思わず躊躇するが、しかし万丈目はさぁと促してくる。

 どうするべきか。

 考えていると、不意に万丈目のデッキから声が聞こえてきた。

 

『遠也の旦那ぁ~、どうか兄貴を元に戻してやっておくれよ~』

 

 この声、おジャマ・イエローか?

 

『兄貴、斎王って奴が手をかざしたかと思うと一層変になっちゃって……。オイラたち、もう見てられないんだよ~』

『ここは旦那の力で』

『兄貴を解放してやってくれぃ!』

 

 おジャマ・グリーン、おジャマ・ブラック……。

 万丈目のデッキから聞こえてくる精霊たちの声。

 たとえ万丈目の自由意思がなくなろうと、しかしそれでもアイツのデッキの中に組み込まれている万丈目の相棒たち。

 その言葉を受けて、俺は決心した。

 たとえ意志がなくなろうと、自身の魂といえるカードたちを決してデッキから抜いていないその心。その心を俺は信じて、万丈目を倒す。

 万丈目なら、きっと自分の意志をその強い心で取り戻してくれると信じて。

 俺はデュエルディスクを左腕に着ける。

 そしてそこにデッキを差し込み、同時にオートシャッフルにより自動的に臨戦態勢へと移行された。

 

「いくのか、遠也」

「ああ、勝ってアイツの目を覚まさせてやる! そうだろ、おジャマたち!」

『お願いするよぉ、遠也の旦那~!』

『俺たちの兄貴を!』

『頼んます~!』

 

 彼らの答えに俺は任せろとばかりに頷き、デッキからカードを5枚引く。

 そして、三沢、双六さん、マナ、レインの顔を見回し、そして最後に万丈目へと向き合った。

 そこには、既に5枚のカードを持ち、万全の体勢で構える友の姿がある。

 

「万丈目! このデュエル、お前とお前の相棒のためにも負けられない!」

「ふん、何をわけがわからんことを! 斎王様の偉大さを思い知るがいい!」

 

 一片の疑いもなく断言する万丈目に、俺は最早なにも言わずただデュエルディスクの開始ボタンを押して答えた。

 

「「デュエルッ!」」

 

皆本遠也 LP:4000

万丈目準 LP:4000

 

 先攻は、俺からか。

 

「俺のターン!」

 

 カードを引き、手札に来てくれたカードを見る。俺は、その中の1枚を選び手に取った。

 

「モンスターをセット! 更にカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 始まり方としてはオーソドックスといえる。万丈目の様子を見るためにも、ここはこうすることが最善。

 だが、そんな俺に万丈目は挑発的な笑みを見せてきた。

 

「ふん、そんなことで俺に勝てると思っているのか! 俺のターン、ドロー!」

 

 万丈目は引いたカードを手札に加えると、素早くその中からカードを選びディスクに叩きつけた。

 

「《ドラゴンフライ》を召喚! バトルだ! セットモンスターに攻撃!」

 

《ドラゴンフライ》 ATK/1400 DEF/900

 

 巨大化したトンボという言葉以上に相応しい表現方法がない。そんなモンスターが現れ、その肥大化した腕に着いた鋭い鉤爪が、セットカードを襲う。

 反転して現れたのは、小さなネズミのモンスター。

 

「くっ……セットしていたのは《ボルト・ヘッジホッグ》だ。よって墓地に送られる」

 

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 俺の場から砕け散って姿を消していくボルト・ヘッジホッグ。攻撃を止めてくれたことに感謝しながら、俺は万丈目を見据える。

 

「この程度か遠也! 俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 くそ、好き放題に言ってくれる。

 

「俺のターン!」

 

 きた。これなら、先手はこちらが取れる。

 

「魔法カード《調律》を発動! デッキから《クイック・シンクロン》を手札に加え、その後デッキトップのカードを墓地に送る! 手札のモンスターを墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚!」

 

 墓地に落ちたのは《ダメージ・イーター》。そしてその代わりに、俺の場にはお馴染みのチューナーモンスターが降り立った。

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

 

 テキサスのガンマンのような風体のモンスター。そしてチューナーが現れた以上、次に俺がすることは決まっている。

 

「更に、場にチューナーがいる時、ボルト・ヘッジホッグは蘇る! 来い、ボルト・ヘッジホッグ!」

 

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 これで、場には素材となるモンスターが全て揃った。

 そして、クイック・シンクロンは現れたルーレットを銃で撃ち抜く。撃ち抜かれたのは……ニトロ・シンクロン。

 

「レベル2ボルト・ヘッジホッグにレベル5クイック・シンクロンをチューニング! 集いし思いが、ここに新たな力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 燃え上がれ、《ニトロ・ウォリアー》!」

 

 光を切り裂き、現れるのは厳つい顔をした緑色の体躯の戦士族。

 噴煙を纏いながら拳を握りこむその姿は、その筋骨隆々とした外見と相まって非常に頼もしく感じられるものだった。

 

《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800 DEF/1800

 

「バトル! ニトロ・ウォリアーでドラゴンフライに攻撃! 《ダイナマイト・ナックル》!」

 

 ニトロ・ウォリアーが飛び上がり、両拳を突き出す。そしてその手首から噴き出した炎が、さながらジェットエンジンのような勢いを加算させてニトロ・ウォリアーの身体を押し進める。

 加速する両拳。その直撃を受けたドラゴンフライは、抵抗すらできずに破壊された。

 

「くっ……!」

 

万丈目 LP:4000→2600

 

「だがこの瞬間、ドラゴンフライの効果発動! このカードが戦闘によって破壊された時、デッキから攻撃力1500以下の風属性モンスター1体を特殊召喚できる! 来い、《アームド・ドラゴン LV3》!」

 

 ドラゴンフライがいなくなった代わりに現れる、アームド・ドラゴン。

 きたか、万丈目のデッキのエースの1体が。

 

《アームド・ドラゴン LV3》 ATK/1200 DEF/900

 

「ターンエンドだ!」

 

 俺はエンド宣言をし、万丈目にターンが移る。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 そして、万丈目の場にはアームド・ドラゴン LV3がいる。ということは。

 

「俺のスタンバイフェイズを迎えたことにより、アームド・ドラゴンは進化する! 現れろ、《アームド・ドラゴン LV5》!」

 

《アームド・ドラゴン LV5》 ATK/2400 DEF/1700

 

 アームド・ドラゴン LV3がの身体が浅黒く染まり、体格も一線を画す巨大さを手に入れる。そしてその身体には刃物にも似た鋭利な突起が生まれ、外見は比べ物にならないほど凶悪になっている。

 そして凶悪なのは外見だけではない。その効果もまた強力なのである。

 万丈目は高らかとその起動効果発動を宣言する。

 

「LV5の効果発動! 手札からモンスターカードを捨てることで、その攻撃力以下の攻撃力を持つ相手モンスター1体を破壊する! 手札の《可変機獣 ガンナー・ドラゴン》の攻撃力は2800! よってこのカードを墓地に送り、ニトロ・ウォリアーを破壊だ! 《デストロイド・パイル》!」

 

 ガンナードラゴンとニトロ・ウォリアーの攻撃力は同じく2800。攻撃力以下という条件を満たしているため、アームド・ドラゴン LV5から放たれた無数の棘は、容赦なくニトロ・ウォリアーを貫いていった。

 

「ニトロ・ウォリアー……!」

「これで貴様の場はがら空きだ! いけ、アームド・ドラゴン LV5! 《アームド・バスター》!」

 

 はっとすると、目前にアームド・ドラゴン LV5が迫っている。

 そしてその拳を振り上げると、俺に向かって一気に振り下ろした。

 

「ぐぁああッ!」

 

遠也 LP:4000→1600

 

「これで終わりじゃないぞ、遠也! リバースカードオープン! 《リビングデッドの呼び声》! 墓地の《ドラゴンフライ》を特殊召喚し、追撃だ! 喰らえッ!」

「ぐぅうッ!」

 

遠也 LP:1600→200

 

 ドラゴンフライの鉤爪による攻撃も直撃を受け、俺は思わず膝をついた。

 まだ序盤だというのに、残りライフは200ポイント……。万丈目は、本気で俺を倒そうとしている。

 

「ターンエンドだ! くくく……! 斎王様の崇高な目的を理解しないから、こうなるのだ! 遠也、お前もこの白い制服に袖を通してみろ! 生まれ変わった気分を味わえるぞ! はーっはっは!」

「はっ、冗談……!」

 

 俺はゆっくりと起き上がり、万丈目と向き合う。

 万丈目は己の演説を無碍にされたためか、その眉を潜めて不機嫌を露わにしていた。だが、そんなことは俺の知ったことではない。

 

『と、遠也の旦那~。無理はしちゃダメなのよ~』

『そうそう、兄貴が元に戻ったらきっと気に病むからさー』

『ああ見えて、兄貴って繊細だからなぁ』

 

 イエロー、グリーン、ブラックの言葉に、俺は苦笑を返した。万丈目のデッキから僅かに顔をのぞかせている精霊たちに、俺は心配するなと告げる。

 

「俺は勝つ。大丈夫だ」

「ふん、何を世迷言を! あと一息で倒れるのは貴様の方だろう! 何やらこのクズどもが何か言っていたようだが……」

 

 じろり、と万丈目の目がデッキに向けられる。その苛立った視線に、おジャマたちはさっとデッキの中へとひきこもった。

 

「そんな小細工など、光の力の前には無駄な足掻き! 貴様は斎王様の下、この世界の浄化を担う一人となるのだ! くくく、はーっはっはっは!」

 

 万丈目の高笑いを受けつつ、俺はデッキトップのカードに指をかける。万丈目は、確かに光の結社に取り込まれてしまった。

 だが、おジャマたちをデッキに入れ、そのままにしているその心を信じて俺はデュエルをするしかない。そうすることで、きっと万丈目は元に戻ってくれる。

 そう信じて、戦う。それこそが、俺が友のために出来る唯一の手段だ。

 

「負けるな、遠也!」

「踏ん張るんじゃ、遠也くん!」

 

 三沢、双六さん。二人の応援の声に、俺の指に力が入る。

 

「遠也、頑張れ!」

「……勝って」

 

 マナ、レイン。皆も、俺が勝ち、万丈目が元に戻ってくれることを願っている。

 万丈目、お前にはこうしてお前のことを思ってくれている仲間がいる。今は中で戦っているだろう十代だって、お前のことをライバルだと思っているんだ。

 皆の気持ちに応えるためにも、俺はお前に負けられない。

 

「俺の、ターン!」

 

 カードを引き、その中から素早く選んだカードをディスクに置く。

 

「モンスターをセット! カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

「ふん、結局はその程度だ。俺のターン、ドロー!」

 

 万丈目は手札に来たカードをそのままディスクに差し込んだ。

 

「……《天使の施し》を発動! デッキから3枚ドローし、その後2枚を捨てる」

 

 3枚引き、その顔が実に不機嫌そうに歪む。

 

「ちっ、忌々しい。《おジャマ・イエロー》を守備表示で召喚!」

 

《おジャマ・イエロー》 ATK/0 DEF/1000

 

 そして墓地からは『いきなり捨てるなんてぇ』というグリーンとブラックの声が聞こえてくる。まさか、おジャマたちを一気に引いていたのか? それとも、1枚はすでにおジャマがあったのか……。

 それでも、各1枚ずつしか入っていないカードを一気に手札に揃えるというのは尋常じゃない。白くなっても、そのドロー力は健在ということか。

 そして場に現れたイエローは、万丈目に必死に呼びかけていた。だが、それを万丈目は一蹴する。

 

「ええい、うるさいぞザコが! 貴様らは俺がお情けで入れてやっていることを忘れるな! いつ捨てたってかまわんのだぞ!」

『そ、そんな……いつも通りだけど、ひどいわ兄貴~』

 

 ……いつも通りなのか。いや、まあ確かに普段から万丈目のおジャマたちに対する扱いはあんな感じだったかもしれないが。

 だが、それでもあそこまで冷酷な目で見てはいなかった気がする。なんだかんだ言って、いつも万丈目はおジャマたちに信頼を寄せていたようだったし。

 まして、捨てるなんてことを間違っても口にすることはなかった。

 

「手札から《レベルアップ!》を発動! これにより、アームド・ドラゴンは更なる力を得る! 現れろ、《アームド・ドラゴン LV7》!」

 

《アームド・ドラゴン LV7》 ATK/2800 DEF/1000

 

「裏側守備表示のモンスターに、アームド・ドラゴンの効果は使えない。だが、こちらには2体のモンスターがいることを忘れるな!」

 

 おジャマ・イエローもいるぞ万丈目。確かに攻撃力0だからこの状況じゃ使ってやれないのは確かだが、無視はひどくないだろうか。

 

「いけ、アームド・ドラゴン LV7! セットモンスターを攻撃! 《アームド・ヴァニッシャー》!」

 

 アームド・ドラゴンが腕ごと回転させながら、その巨体を揺らして接近してくる。この攻撃でモンスターを破壊され、そしてがら空きになったところをドラゴンフライで攻撃されれば俺は負ける。

 だが、そう簡単に負けてやるわけがない。このデュエル、必ず俺が勝つ。

 アームド・ドラゴンの攻撃が当たる瞬間、カードが反転。そしてそのモンスターは破壊されて墓地へ行く。

 俺がセットしていたのは――、

 

「《ダンディライオン》の効果発動! このカードが墓地に送られた時、自分フィールド上にレベル1で攻守0の「綿毛トークン」2体を守備表示で特殊召喚する!」

 

《綿毛トークン1》 ATK/0 DEF/0

《綿毛トークン2》 ATK/0 DEF/0

 

 タンポポの綿毛1本を巨大化させ、その綿部分にデフォルメされた顔がついたトークンが2体、現れる。

 《ダンディライオン》はレベル3で攻守300というステータスとしては弱いモンスターだ。だが、その効果は非常に強力。トークン生成は強制効果であるため、墓地に送られた時ならばいかなる場合でもタイミングを逃さずにトークンが召喚される。

 このトークンは特殊召喚されたターンにアドバンス召喚のためにリリースできないという制約があるが、次のターンまで持たせればそのデメリットも関係なくなる。

 そして、トークンは共にレベル1だ。シンクロ召喚においてこれほどのメリットはない。そのため、ダンディライオンは元の世界において制限カードに指定されていた。その強力さが窺えるというものだろう。

 この世界では十代が幼い頃にデザインしたカードの1枚であるが、そのデザイン募集を企画したのは海馬コーポレーションである。

 俺はその関係でこのカードを持っている、ということになっているのだ。

 十代にカードガンナーなどと併せて「お揃いだな!」と嬉しそうに言われて、苦笑いを返したのは記憶に新しい。

 

「ちっ、生きながらえたか。ドラゴンフライで綿毛トークンに攻撃!」

「くっ……」

 

 綿毛トークンの1体が破壊されるが、これで俺の場にはトークンが1体残った。

 メインフェイズ2にアームド・ドラゴンの効果で除去される可能性もあるが……。

 

「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 残り2枚の手札……いや、今1枚伏せたから、残り1枚か。その1枚がモンスターである可能性はなくはない。しかし、それを攻守0のモンスターにわざわざ使うかと言われると、首を傾げるだろう。

 俺のシンクロ召喚という戦術を考えれば低レベルトークンの除去には悩むところだろうが、万丈目は破壊効果を使わなかった。残り手札が1枚しかない以上、それも一つの正解だ。だが、その代わり、俺にはチャンスが来たことになる。

 

「俺のターン!」

 

 ……よし! きたか、このカードが。

 

「俺はチューナーモンスター《デブリ・ドラゴン》を召喚!」

 

《デブリ・ドラゴン》 ATK/1000 DEF/2000

 

 スターダスト・ドラゴンを小さくしたようなドラゴン族モンスター。こいつもまた、元の世界では制限カードに指定されているモンスターだ。

 数々の制約を持つ効果モンスターだが、それでもその効果が非常に優秀だったためだ。

 

「デブリ・ドラゴンの効果発動! このカードの召喚に成功した時、墓地に存在する攻撃力500以下のモンスター1体を特殊召喚することが出来る! ただし、そのモンスターの効果は無効化される! 蘇れ、《ダンディライオン》!」

 

《ダンディライオン》 ATK/300 DEF/300

 

 ポン、と俺の場に現れるのは、タンポポをライオンに見立ててぬいぐるみ化したような可愛らしいモンスター。顔つきがちょっと生意気な感じだが、頼りになるモンスターだ。

 

「いくぞ、万丈目! レベル1綿毛トークンとレベル3ダンディライオンに、レベル4デブリ・ドラゴンをチューニング!」

 

 デブリドラゴンが4つの星となって飛び立ち、それは輪を描いてリングを作る。そして、その中をくぐるのはダンディライオンと綿毛トークンの2体。それぞれ3つと1つ、計4つの星となって輝きを放つ。

 デブリ・ドラゴンは、シンクロ召喚の素材とする場合にドラゴン族のシンクロにしか使えない。また、他の素材はレベル4以外のモンスターでなければならないと、多くの制約がある。

 だが、その条件もすべてクリアしているこの状況ならば、問題なくシンクロ召喚を行える。

 合計のレベルは8。呼ぶのは当然、このデッキのエースモンスター。

 

「集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 光の粒子を身に纏い、それをさながら降雨のようにフィールドに舞い散らせながら、白銀のドラゴンは現れた。

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 更に、これで終わりではない。シンクロ素材とはいえ墓地に送られた以上、ダンディライオンの効果が発生する。

 

「そして墓地に送られたダンディライオンの効果発動! 俺の場に綿毛トークン2体を守備表示で特殊召喚する!」

 

《綿毛トークン1》 ATK/0 DEF/0

《綿毛トークン2》 ATK/0 DEF/0

 

「ターンエンドだ」

 

 場にはスターダストにトークン2体、そして伏せカードが2枚。

 さぁ、来るなら来い万丈目。このデュエル、必ず勝ってお前を正気に戻してみせる。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引き、手札に加え、万丈目は俺の場を睥睨した。

 

「ふん、スターダストの効果は知っている! ならば破壊効果を使わずに戦闘破壊すればいいだけのことだ! いけ、アームド・ドラゴン LV7! スターダスト・ドラゴンに攻撃! 《アームド・ヴァニッシャー》!」

 

 スターダストをわずかに上回る巨躯。その黒い山のような身体を揺らしながら、アームド・ドラゴンが迫ってくる。

 向こうの攻撃力は2800とスターダストより300ポイント高い。これが通れば俺が負けるのは必至。だが、そうくることこそが俺の狙いだった。

 

「それを待ってたぜ、万丈目!」

「なに!?」

 

 驚きの声を上げる万丈目を前に、俺は伏せカードの1枚を発動させる。

 

「罠発動、《シンクロン・リフレクト》! このカードは、俺の場のシンクロモンスターが攻撃対象になった時に発動できる! その攻撃を無効にし、相手のモンスター1体を破壊する!」

「な、なんだとぉッ!?」

「俺が選択するのは当然、アームド・ドラゴン LV7だ!」

 

 指を差し、こちらに向かってきていたアームド・ドラゴンに狙いを定める。

 スターダストの前に現れた薄いバリアのような膜を見て、後ろの三沢から思わずといった様子で俺の回生の切っ掛けを喜ぶ声が聞こえてくる。

 

「よし! これであの厄介なアームド・ドラゴンはいなくなる! 遠也が有利になったぞ!」

 

 だが、それも束の間。驚きの表情を浮かべていた万丈目の顔は、次第に余裕を持った笑みへと変化していっていたのだ。

 

「くくく……甘い、甘いぞ遠也! カウンター罠《盗賊の七つ道具》を発動! ライフポイントを1000払い、罠カードの発動を無効にし、破壊する!」

 

万丈目 LP:2600→1600

 

 万丈目の場に立体化された十徳ナイフのようなそれが飛び出し、スターダストの前に張られていた膜を切り裂いてしまう。

 バリアは消え去り、スターダストは再び剥き出しの生身を晒すこととなってしまった。

 

「そんな! これじゃせっかく出したスターダスト・ドラゴンが……!」

 

 マナの声に含まれた諦観を感じ取ったのか、万丈目は得意げに笑って俺を見た。

 

「カウンター罠はスペルスピード最速のカード! これで貴様にはもう何も出来まい!」

 

 カウンター罠のスペルスピードは3。つまり、同じカウンター罠でしか対処できない最速のカードだ。

 俺の場に伏せてあるもう1枚のカードはカウンター罠ではない。……だが、なにもカウンター罠そのものに対抗する必要はない。

 だから、俺は不敵に笑って万丈目に応えた。

 

「それはどうかな」

「なに!?」

「確かにカウンター罠に対しては何もできない。だが、ダメージステップに入る前に、俺にはクイックエフェクトを発動する機会がある。そして、俺がこのデュエルで最初に伏せたこのカードは、フリーチェーンのカードだ」

 

 ゆえに、この瞬間に1度だけ俺はこのカードを発動する機会を得ている。俺はデュエルディスクを操作し、その伏せカードが起き上がらせる。

 その瞬間、俺は高らかに宣言した。

 

「罠発動! 《バスター・モード》!」

「バスター・モード!? なんだ、それは!?」

「このカードは、自分フィールド上に存在するシンクロモンスター1体をリリースして発動する! リリースしたシンクロモンスターの名前が含まれる「(スラッシュ)バスター」と名のついたモンスター1体をデッキから特殊召喚する!」

 

 俺のディスクのオートシャッフル機能が働き、デッキから1枚のカードがせり出される。それを手に取り、俺は勢いよくディスクにカードを叩きつけた。

 

「更なる進化を遂げて飛翔せよ! 《スターダスト・ドラゴン(スラッシュ)バスター》!」

 

 スターダスト・ドラゴンが光に包まれる。

 そしてその光は、やがてスターダストの身体の随所にて青い輝きとなって集束し、徐々に形を成していった。

 手甲、鎧、脛当て、それらの青い光を放つ装備を纏ったスターダストは、大きく鳴き声を上げると空に飛び上がり、その雄々しい姿を俺たちに見せつけた。

 

《スターダスト・ドラゴン/バスター》 ATK/3000 DEF/2500

 

「攻撃力3000だと!? ちっ、攻撃は中止! ドラゴンフライを守備表示に変更し、ターンエンドだ!」

 

 モンスターの数に変動はないが、モンスターの種類が変わったことで巻き戻しが発生する。攻撃力で敵わないアームド・ドラゴンでそのまま攻撃してくるはずもなく、万丈目は守備を固めてターンを終えた。

 

「俺のターン!」

 

 引いたカードを見る。そして、俺は手札から1枚のカードを場に出した。

 

「俺はチューナーモンスター《音響戦士(サウンドウォリアー)ベーシス》を召喚! そしてその効果発動! 場の「音響戦士」と名のつくモンスター1体のレベルを手札のカードの枚数分アップする! 俺の手札は2枚! よってベーシスのレベルが1から3にアップ!」

 

音響戦士(サウンドウォリアー)ベーシス》 ATK/600 DEF/400

 

 なかなか便利なレベル変動効果を持つレベル1チューナーだ。個人的にはウォリアーの名が入っていることも、好みの問題ではあるがプラスポイントである。

 

「レベル1綿毛トークン2体にレベル3となった音響戦士ベーシスをチューニング! 集いし英知が、未踏の未来を指し示す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 導け、《TG(テック・ジーナス) ハイパー・ライブラリアン》!」

 

《TG ハイパー・ライブラリアン》 ATK/2400 DEF/1800

 

 これで俺の場には2体のモンスターが並ぶ。ここから反撃開始だ。

 

「バトル! スターダスト・ドラゴン/バスターでアームド・ドラゴン LV7に攻撃! 《アサルト・ソニック・バーン》!」

 

 スターダストと同じく、口に集められた真空が砲弾となって放たれる。そこに青色が混ざっていることが違いと言えばそうだろうか。

 そしてそれはアームド・ドラゴンに直撃し、爆発と共にその姿を消し去った。

 

「ぐぅうッ!」

 

万丈目 LP:1600→1400

 

「更にライブラリアンでドラゴンフライを攻撃! 《マシンナイズ・リーダー》!」

 

 ライブラリアンの攻撃も問題なく通り、ドラゴンフライは破壊される。

 

「ドラゴンフライの効果発動! このカードが戦闘で破壊された時、デッキから攻撃力1500以下の風属性モンスター1体を特殊召喚できる! 俺はデッキから――」

「無駄だ! 後続は出させない! スターダスト・ドラゴン/バスターの効果発動! 魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、このカードをリリースすることでその発動を無効にし、破壊する!」

「なんだとッ!? 破壊効果以外にも対応するというのか!?」

 

 しかも墓地発動のリクルーターであっても潰すことが出来る。このカードはフィールド制圧能力という意味ではトップクラスに位置するカードなのだ。

 そのぶん出しづらく、事故要素が増えるために採用する時にはかなり気を使わなければならなくなるが……。

 

「カードを2枚伏せて、ターンエンド! そしてこの瞬間、自身の効果で墓地に送られたスターダストはフィールドに戻る。再び飛翔せよ、スターダスト・ドラゴン/バスター!」

 

《スターダスト・ドラゴン/バスター》 ATK/3000 DEF/2500

 

 再度俺の場に現れたスターダスト/バスターを見て、万丈目は忌々しげに唇を噛んだ。

 そして、それを見ていた三沢も驚きに目を見張り声を上げた。

 

「なんて強力な効果だ! これが進化したスターダスト・ドラゴンの力……!」

 

 その率直な評価を聴きつつ、万丈目は苛立たしげに勢いよくデッキからカードを引く。

 

「……俺のターンだ! ドロー!」

 

 その余裕のない万丈目を見て、場のおジャマ・イエローが思わずといった様子で万丈目を振り返る。

 

『あ、兄貴~、大丈夫なの~?』

 

 その声に激情したのか、万丈目は声を荒げた。

 

「黙っていろ、貴様ッ! ……くそっ、どうにか奴に勝つ! 勝たなければ、斎王様の顔に泥を塗ることに……! 貴様ら雑魚の手など借りずとも、俺の力で勝ってみせるッ!」

 

 そんな声を上げつつ、手札のカードを血走った眼で見ている。本当に余裕がない、その姿。かつてお兄さんたちのプレッシャーを受けていた時ですら見たことのない、万丈目らしくない姿である。

 そんな姿を見せられ、俺はどうしても言わなければらないような気がして、気が付けば口を開いていた。

 

「……なぁ、万丈目」

「なんだ! 待っていろ、貴様の有利などただの幻想であったと今からこの俺が証明して――」

「お前、今デュエルしていて楽しいのか?」

 

 瞬間、万丈目の身体が硬直した。

 

「――な、に……?」

「どうなんだ。楽しいのか?」

 

 もう一度、同じ問いを発する。

 それに万丈目は一瞬呆けていたようだが、すぐに表情を取り繕って、精一杯こちらを小馬鹿にしたような笑みを見せてきた。

 

「何を、馬鹿なことを。このデュエルは斎王様に任せられた名誉ある任務だ。それを誇りに思わないわけが――」

 

 やはり、か。ここでも万丈目は斎王、斎王と。かつてはたとえ斎王の下にいっても、万丈目は自分らしさを持っていた。それでこそ万丈目だと、敵対する立場になりながらも俺は自信を持ってそう言えていた。

 それが、今はどうだ。斎王に縋り、阿り、まるで万丈目らしさが感じられない。こうまで自分を見失ってしまっている万丈目が悲しく思えて、思わず詰問する声にも熱が入る。

 

「そんなことを訊いてるんじゃない! 俺はおまえ自身が楽しいと思えているのか訊いてるんだ!」

 

 それがどうしてわからない。

 そんな気持ちを乗せて吐き出した言葉に、面食らったような顔を見せる。しかしすぐに再び嘲るかのような笑みを見せようとする。が、突然万丈目はその顔を苦痛に歪ませ始めた。

 

「……な、なにを……ッ、なんだ、頭が痛い……!」

『あ、兄貴!?』

 

 万丈目は手で頭を押さえて膝をつく。その姿におジャマ・イエローは心配そうに寄り添う。

 それを、万丈目は振り払うこともしない。それほどまでに頭痛がひどいのか。心配になるが、しかしこれは洗脳を解くチャンスなのかもしれないと思うと、言葉をかけることを止めることは出来なかった。

 

「思い出せよ! お前は、斎王なんかに操られるほど弱い奴じゃなかっただろ! いつも自信満々で、自分を誇りに思ってて……今みたいに全部他人任せにする奴じゃなかったはずだ!」

「グッ……黙れ、黙れぇ!」

 

 痛みに顔を歪めながら、万丈目は冷や汗を飛ばして頭を振る。

 その痛々しい姿に気持ちも揺らぐが、しかし俺の背後から更なる声が万丈目に届けられる。

 

「そうだ、万丈目! お前のその常に自分を信じる姿勢に、俺は憧れすら抱いていた!」

「万丈目くん! 十代くんや遠也とデュエルしてた時を思い出して!」

 

 三沢とマナ。万丈目をよく知る二人もまた、今の万丈目の姿には耐えかねるものがあったのだろう。

 たとえ苦しくても、きっとこれを乗り越えれば元の万丈目に戻ってくれる。

 そう信じて、二人は万丈目に声をかけたのだ。

 そして、そう信じているのは俺や三沢やマナだけじゃない。

 

『そうよ、兄貴! みんな、元の兄貴が大好きなのよ~!』

『そうだそうだ!』

『俺たちもそっちの方がいい!』

 

 おジャマ・イエロー。そして、墓地に行っているはずのおジャマ・グリーン、おジャマ・ブラック。その3体も万丈目の下へと集まって必死に言葉をかけていた。

 その姿を視界に収め、万丈目は喰いしばった歯の奥から声を漏らす。

 

「ぐぅ……、お、お前たち……!」

「万丈目! 俺とお前のデュエルがこんなものであっていいはずがない! だから……だから、もっと楽しいデュエルをしようぜ!」

 

 俺は精一杯の気持ちを込めて、そう大きな声で万丈目に呼びかける。

 俺たちがかつて行ったデュエル。その後に交わした言葉。それを、いつまでも覚えていてくれた万丈目なら、きっと応えてくれる。

 そう信じて。

 

 そして、そんな皆の声を受けた万丈目は、一気に目を見開いて立ち上がった。

 

「と、遠也――……ッ! ――そう、そうだ。……俺は、何故斎王なんかに。この服も……何故好き好んでこんな白一色なんて悪趣味な服を! ええい、着替えがないのが忌々しい!」

 

 立ち上がった万丈目は、自分が来ている服をつまんで引っ張ると、気色悪そうに身をよじった。

 その姿に、俺は湧き上がる期待を隠せない。

 

「万丈目! お前……!」

「ん? なぜ俺とお前がデュエルをしているんだ!? しかもここは海馬ランドじゃないか! 俺はホワイトのホテルにいたはずだぞ! くっ、斎王に操られていた時のことを思うと腹が立って仕方がない……!」

「お前、今までのこと覚えてないのか?」

「俺が奴の操り人形にされそうだったことは覚えている! まったく、何が協力者だ。昨日までの自分を殴り倒してやりたい気分だ!」

 

 いや、今のデュエルのことを訊いたんだが……。

 しかし、ともあれ万丈目はどうやら正気を取り戻したようだった。

 思わず、俺は喜びのままに万丈目の名前を呼んだ。

 

「……万丈目!」

『うわ~ん、兄貴が元に戻った~!』

『よかった~!』

『それでこそ兄貴だ~!』

 

 俺の声に続き、おジャマたちも涙を流して万丈目の復帰を喜ぶ。

 だが、万丈目はそんなおジャマたちを一瞥すると、溜め息をついて右腕を天に掲げた。

 

「泣くな貴様ら、鬱陶しい! この俺を誰だと思っている! 俺の名は! 一、十!」

 

 掲げた右手の指が1本、2本と立てられる。

 その調子のいいお決まりの台詞に、万丈目の復帰を喜ぶ三沢とマナが笑顔で乗っかった。

 

「百!」

「千!」

 

 そんな二人の声を受けて、万丈目は満足げに笑うと決めポーズをとった。

 

「万丈目サンダー!」

『うおーい、おぃおぃ! サンダーぁ~!』

『やったー! 兄貴が帰ってきた~!』

『サンダー! サンダー!』

 

 結局泣いているイエローと、はしゃぎ回るグリーンとブラック。

 その姿を見つつ、万丈目はポーズを解くと俺と向かい合った。

 

「ふん。手間をかけさせたようだな、遠也」

「気にするなよ。友達のためだ」

「ちっ……相変わらず恥ずかしい奴め。まぁいい。それより、デュエルの続きだ」

 

 そう言って、万丈目はディスクを構えてさっきの騒動で落としてしまったカードを拾うと手札として持つ。

 その姿に、おジャマたちが騒ぎ出した。

 

『えぇ!? 兄貴、もう遠也の旦那と戦う理由はないんじゃ!?』

『そうだよぉ、兄貴~。旦那は兄貴のことを助けるために力を貸してくれたんだよ~?』

『兄貴も休んだほうが、ねぇ』

 

 おジャマたちがそう言うと、万丈目はくわっと目を開いて怒鳴りつけた。

 

「うるさーい! 特にお前ら2体は墓地から来たな! さっさと戻らんか!」

『うわーん、いつもの兄貴だ~!』

『恐怖政治はんたーい!』

 

 グリーンとブラックはそんな言葉を残しつつ、墓地へと戻っていく。これで、万丈目の場には守備表示のおジャマ・イエローが残るだけとなったわけだ。

 おジャマ・イエローは唯一万丈目のフィールドに残ったことに不安を覚えるのか、恐る恐る万丈目を振り返った。

 

『あ、兄貴ぃ~……』

「情けない顔をするな、みっともない。お前たちは俺のデッキのエースなんだ。それに恥じない働きをしろ」

『え、エース……!? お、オイラたちのことを、兄貴がそんな風に思ってくれていたなんて……』

 

 イエローは感動に打ち震え、涙を目に溜める。恐らくは、常に弱小、雑魚、と評価されてきたであろうおジャマたち。暗い井戸に捨てられていたことからも、そのことが窺い知れる。

 だが、ここにきておジャマたちはついに自分たちの真価を引き出してくれる男に出会えたのだ。さんざん馬鹿にされ、誰からも評価されなかった自分たちを、エースとまで呼んでくれる。

 そのことに、喜びを覚えないはずがなかったのだ。

 

「いくぞ、遠也! たとえ切っ掛けがどうであれ、一度始めたデュエルを途中で投げ出すなど、俺のデュエリストとしてのプライドが許さん!」

「ああ! 受けて立つぜ、万丈目!」

「ディスクを見るに、ターンは俺のメインフェイズからだな。よし、俺は手札から《生還の宝札》を発動! 墓地からの特殊召喚に成功するたびに俺はデッキからカードを1枚ドローする!」

 

 手札補充か。ここで逆転の一手を引かれると痛い。ならば、ここで確実にそれを潰す。俺もまた全力を尽くして万丈目と相対するために。

 

「この瞬間、スターダスト・ドラゴン/バスターの効果発動! 魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、このカードをリリースすることでその発動を無効にし、破壊する! 輝け、スターダスト!」

「なに……! 破壊効果以外にも発動できるだと!?」

 

 そうか、万丈目はさっきまでの記憶がないんだ。スターダスト・ドラゴン/バスターの効果を覚えていなかったのか。

 さぁ、どうする万丈目。

 

「くっ……ならば《死者蘇生》を発動! 墓地の《おジャマ・グリーン》を特殊召喚!」

『いえーい!』

 

《おジャマ・グリーン》 ATK/0 DEF/1000

 

「更に《流転の宝札》を発動! デッキからカードを2枚ドローし、俺はターンの終了時に手札1枚を捨てるかライフ3000を払わなければならない」

 

 今度はOCG化していない宝札シリーズの1枚だと!? 生還の宝札を使った以上、残りの2枚は全て蘇生カードだと張っていたのだが……判断をミスったか? スターダストの効果を早く使いすぎたかもしれない。

 

「ドロー! よし、《早すぎた埋葬》を発動! ライフを800ポイント支払い、墓地のモンスターを特殊召喚してこのカードを装備する! 来い、《おジャマ・ブラック》!」

『どうもどうも~』

 

万丈目 LP:1400→600

 

《おジャマ・ブラック》 ATK/0 DEF/1000

 

「更に《強欲な壺》を発動! デッキからカードを2枚ドローする!」

 

 ここで蘇生カードと強欲な壺だと!? 一体どういう引きをしてやがる!

 

「くっ……ならここでリバースカードオープン! 《リビングデッドの呼び声》! 墓地の《スターダスト・ドラゴン》を特殊召喚する! 飛翔せよ、スターダスト・ドラゴン!」

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 この土壇場で信じられないドロー加速だ。まるで十代を思わせるプレイング。ならば、ここで必ず万丈目はあのおジャマたちにとってのキーカードを引いてくるはず。それを見越してのスターダストである。

 

「――ドローッ!」

 

 2枚のカードを万丈目が引く。

 その手札を確認し、万丈目は笑みと共にその中の1枚をディスクに差し込んだ。

 

「魔法カード《おジャマ・デルタハリケーン!!》を発動! 俺のフィールドに「おジャマ・イエロー」「おジャマ・グリーン」「おジャマ・ブラック」が存在する場合、相手フィールド上のカードを全て破壊する!」

 

 やはり、引いてきたか。

 ここまでくると感心する。これこそ精霊との結びつきが可能にした、万丈目とおジャマとの絆の証なのかもしれない。

 万丈目たちの間に存在する確かな信頼を感じていると、万丈目は腕を振り上げ、自身の場の相棒たちに指示を出した。

 

「いけ、おジャマたちよ!」

『これが!』

『オイラたちの!』

『必殺技!』

 

 3体が飛び上がり、空中で互いの尻を密着させ、やがてぐるぐると回りだす。

 その回転はもはや3体をそれぞれ確認できないほどの高速となり、もはや巨大な輪っかとなっていた。そして、輪っかが俺のフィールド上空に移動してくると……一気に襲い掛かった。

 

『『『おジャマ・デルタハリケーン!!』』』

 

 その輪っかは俺のフィールド上全てを囲むかのように広がっていく。これを受けると、俺の場はがら空きとなってしまう。

 そして万丈目の手に残った1枚のカード。あれが例えばモンスターの攻守を逆転させるような効果の魔法カードだった場合、俺の負けが確定する。

 負けるわけにはいかない。その意地ゆえに、俺は叫んだ。

 

「それを通すわけにはいかない! スターダスト・ドラゴンの効果発動! このカードをリリースすることで、フィールド上のカードを破壊する魔法・罠・効果モンスターの効果の発動を無効にし、破壊する! 《ヴィクテム・サンクチュアリ》!」

 

 甲高い鳴き声を上げながら、スターダストはその身を光と同化させて消えていく。そして同じく、万丈目の場に現れていた《おジャマ・デルタハリケーン!!》のカードもまたゆっくりと消えていくのだった。

 スターダストを事前に召喚しておいてよかった。これで万丈目の思惑を崩すことが出来たはず。そう思って万丈目を見ると、その顔には笑みが浮かんでいた。

 

「かかったな、遠也! お前がスターダストを復活させてくることは読んでいた! 俺は《おジャマ・イエロー》を攻撃表示に変更! 更に《強制転移》を発動! 俺の場のおジャマ・イエローとお前の場のライブラリアンを入れ替える!」

「な、なんだと!?」

 

 手札最後の1枚はそれか! もし俺の場が空になっても、万丈目に決め手はなかったわけだ。完全にしてやられた!

 俺の場のモンスターは攻撃力2400のライブラリアンのみ。攻撃力0のおジャマと入れ替わったら……!

 

『痛いのは嫌だけど……兄貴のためなら、オイラはたとえ火の中水の中!』

 

 いじらしいことを言いつつ、おジャマ・イエローが俺の場に向かって来た。

 そして俺の場には攻撃表示のおジャマ・イエローが。そして万丈目の場にはライブラリアンが立つことになった。

 互いの攻撃力差は2400にも及ぶ。俺の残りライフは僅か200、このまま攻撃を受ければ俺の負けだ。

 

「これで終わりだ、遠也! ライブラリアンでおジャマ・イエローに攻撃! 《マシンナイズ・リーダー》!」

 

 ライブラリアンがおジャマ・イエローに迫る。おジャマ・イエローはその小さな腕を交差させ、来る衝撃に備えようと目を閉じていた。

 万丈目のために身を削り、勝利に貢献しようというその姿勢には胸を打たれる。

 その気持ちを汲んでやりたいとも思う。――だが、俺とてわざと負けるわけにもいかない。何故なら、デュエリストの誇りを万丈目は語ったのだ。ならば、こちらも全力を尽くすのが相手への礼儀に他ならない。

 俺の場に1枚だけ残った伏せカード。それを俺は発動させた。

 

「――罠発動、《くず鉄のかかし》! 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、このカードは再びセットされる!」

 

 伏せカードが起き上がり、そこから現れるのは寄せ集めの鉄材で組まれたかかし。そのかかしはおジャマ・イエローの前に立ち塞がり、ライブラリアンの攻撃からイエローを守る。その後、ゆっくりとカードに戻ると再び場にセットされた。

 カードに戻ったかかしを見送ったイエローが驚いた顔でこちらを見る。そして、万丈目はイエローが無傷でいる姿に、どこか安堵を覚えたようなそんな顔をしていた。

 万丈目の場にはまだ2体のモンスターがいる。だが、それは共に攻撃力0のおジャマたちだ。そして伏せカードもなく、手札は0。

 万丈目に出来ることは、もう何もない。

 自分でもそれがわかっているのだろう。万丈目は一度目を閉じ、口を開いた。

 

「……ターンエンド。そしてこの瞬間、俺は流転の宝札の効果を選択する。手札のカード1枚を捨てるか、ライフ3000を支払うか。……だが、俺に手札はない。よって、俺は3000のライフを支払う」

 

 万丈目の残りライフは600ポイント。

 つまりそれは、万丈目の敗北が決定した瞬間でもあった。

 

万丈目 LP:600→0

 

 同時に俺の場にはライブラリアンが戻ってくる。だが、デュエルは既に決した。ライブラリアンはやがて空気に紛れるかのようにその身を薄めていき、消えて行った。

 ソリッドビジョンが解除され、残るのは精霊となっているおジャマたちだけだ。結局最後まで場に残り続けたおジャマたち。それは、万丈目の彼らに対する思いがそうさせたのかもしれなかった。

 

『兄貴……』

 

 俺の場にいたイエローが万丈目の下へと帰っていく。それを迎え入れた万丈目は、おジャマたちのカードを大切そうにデッキに戻すと、立ち上がって俺と向かい合った。

 俺もまた万丈目に歩み寄り、近くからその目を見据える。

 

「危なかった。あの時使ったカードが《流転の宝札》じゃなかったら、やられていたのは俺だったかもしれない」

 

 これは本心だった。もしそれ以外のカードで手札を補充されていた場合、防ぎきれた自信はない。今日ほど万丈目とデュエルして負けを覚悟した時はなかった。

 俺の言葉が世辞ではなく本心からのものだとわかったのだろう、万丈目は満更でもなさそうに鼻を鳴らした。

 

「ふん、次こそは勝つ。首を洗って待っているんだな、遠也」

『兄貴、一応旦那は兄貴を助けてくれた恩人なんだからさぁ~』

「ええい、うるさい!」

 

 万丈目がおジャマ・イエローの言葉に拳を振り上げて迫る。しかし、それも冗談交じりのものだったようで、すぐにその拳を下ろすと、再び万丈目は俺と向き合った。

 

「……迷惑をかけたな」

「気にすんなって」

 

 そう言って俺が手の平を掲げると、一瞬瞠目したあとに万丈目は自身のそれを俺の手に合わせる。

 パンと高い音を鳴らしたソレを合図に、三沢やマナ、双六さんにレインも俺たちの元に集まってくる。

 そして同時にヴァーチャル・リアリティ施設の扉も開き、そこから十代とエド、翔と剣山も姿を現す。出てきた十代たちは俺たちを見つけ、そしてその中に万丈目も加わっていることを確認すると、大きく目を見開いた。

 

「あれ、万丈目!? 何でお前がここにいるんだ!?」

「さんだ! 何度言ったらわかる!」

 

 そんな懐かしいやり取りを交わしつつ、「なんだよ、お前元に戻ってるじゃん!」と十代に絡まれる万丈目。

 鬱陶しそうにしながらも、自分のことで心底喜んでいる十代を無碍にしづらいのか、万丈目は文句を言うだけに留まっていた。

 だが、十代の様子が必要以上に明るいのが気になる。俺はエドに近づいて顔を寄せた。

 

「……何かあったのか?」

「斎王の妹、美寿知がヴァーチャルリアリティの世界に閉じ込められたまま、出てこないんだ。僕も、さすがに気が重い」

 

 その言葉に施設を振り返ると、中から四人の男たちが出てくるのが見えた。うち二人は岩丸と炎丸で間違いない。ということは、あとの二人が氷丸と雷丸。ともに美寿知の配下だった四人か。

 だが、その中に美寿知の姿はない。本当にこの施設の中にいるというのか。

 

「ただ、死んだわけじゃない。この施設のどこかで眠り続けているはずだ」

 

 エドの沈痛そうな顔を見て、俺は十代がはしゃいでいる理由を知る。ああして、少しでも暗い気持ちを紛らわせようとしているのだろう。気持ちはわかるような気がした。

 だから、俺は全員に聞こえるように声を出す。

 

「話は聞いた。美寿知のことは俺から海馬さんに働きかけてみる」

 

 それに、十代や翔たちが反応する。俺が昨日、海馬さんと電話していたのを知っているからだろう。

 

「ああ、悪いな遠也。……頼む」

 

 真剣な顔になって言った十代に、俺も真剣に応えた。

 

「任せろ」

 

 俺たちがそうして頷き合うと、双六さんがパンパンと手を叩いて自身に注目を集めた。

 

「さぁ! これで事件はひと段落じゃ! 落ち込んでばかりいても始まらん。一度きりの修学旅行なんじゃ、残りの時間を目一杯楽しみなさい」

 

 そうして、双六さんは俺に目を向けてきた。

 

「遠也くんも。海馬くんへの連絡はワシに任せておきなさい。友達との時間も大切じゃぞ」

「双六さん……。わかりました、お願いします」

 

 俺が頭を下げると、皆もならって頭を下げる。

 人一人の命がかかっていることだ。皆も翔や剣山から話を聞いたようで、事の重さを感じてのことだろう。たとえひどいことをした美寿知であっても、命の重さは変わらない。

 俺たち揃っての嘆願を受けて、双六さんも大きく頷く。任せておきなさい、と静かに返された答えに俺たちは安堵し、これからの時間は修学旅行を楽しむために使おうと決めるのだった。

 万丈目も元に戻ったことだし、悪いことばかりじゃない。十代たちと共に海馬ランドを離れつつ、俺はこれからの時間をどう使おうかと、心を躍らせる。

 今だけは、余計なことを考えずに修学旅行を楽しもう。難しそうな顔をしている十代の肩を叩き、そう告げる。自分に言い聞かせていることでもあったが、効果はあったようで、十代は「ああ」と笑顔を見せて頷いた。

 トラブル続きの修学旅行になってしまったが、もうまったく時間がないというわけでもない。せめて残りの時間ぐらいは楽しんだって罰は当たらないはずだ。

 俺は努めて明るくそう考えると、皆を誘い、どこに行こうかと相談を始める。

 人生で一度の高校での修学旅行だ。万丈目も加わったことだし、楽しめるだけ楽しまないと損ってものだ。

 双六さんを送るために亀のゲーム屋へと戻った俺たちは、その奥の一室を借りて何をしようかと相談をする。残りの時間は少ないが、その中で出来ることを皆でテーブルを囲んで話す時間は、なかなかに楽しかった。

 今回の修学旅行はこうして時間が切迫してしまったが、いずれ違う形で皆と旅行に行くというのもいいかもしれないな。

 笑い合って意見を言い合う皆の姿を見る。色々あったけど、こういうのも俺たちらしくていいのかもしれないな。

 そう思って小さく噴き出しつつ、俺もまた彼らの会話に加わるべく口を開くのだった。

 

 

 

 



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第42話 開催

 

 光の結社の総本山ともいうべき、デュエルアカデミア・オベリスクブルー寮。

 今はホワイト寮と化したその中の一室で、斎王は常のようにクリスタル製のテーブルとチェアーに身を任せて、タロットカードで運命を占っていた。

 テーブルの上に並べられたカードをめくる。めくられたのは、『塔』のカードだった。

 

「……やはり、あの男の影響は無視できない、か」

 

 斎王は苦虫をかみつぶしたかのように、厳しい顔をして呟く。

 皆本遠也。最近では洗脳を重ね掛けした万丈目を元に戻し、その前に至っては自身とのデュエルで洗脳を免れている。更に言えばエドや十代、自分に関係する多くの人物とコネクションを持っている男。

 今はまだそれほどでもないが、このまま放置していれば、運命を外れた事態が引き起こされる可能性もある。そうなると、斎王としては困る。

 だが、彼の運命が見えないだけで、実は自身の運命に深く関わっている可能性もある。となると、下手に手を出すわけにもいかない。こちらに取り込んでしまえばそんな心配もなかったのだが、今となっては難しいだろう。

 運命を見通せない存在というものが、こうも忌々しいものとは。斎王はそんな忸怩たる思いを表すかのような厳しい表情を崩さずに、タロットカードを一纏めにしてシャッフルし始めた。

 彼の存在がどのように働くのか。それがわからない以上、斎王にできることは限られてくる。

 こちら側に取り込み、目の届く範囲に置く。これは既に失敗している。となると、せめて決定的な場面で邪魔にならないようにしておかなければならない。

 

「――保険を打っておくのも手か」

 

 山札から、斎王は1枚のカードを引く。そしてそこに記されたものを見て、口角を持ち上げて笑うのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 さて、修学旅行も終わりアカデミアに帰ってきて既に数日。

 俺は部屋でデッキの調整を行いながら、この数日のことを思い返していた。

 まず、修学旅行最終日のこと。その間に十代とエドから聞いたのだが、どうも斎王が現在のような凶行を行っているのにはワケがあるらしい。

 妹である美寿知によると、斎王がある占い客から1枚のカードを受け取ったことが全ての始まりだったのだとか。それ以降、斎王は豹変。元の斎王は優しく、自身の運命を見通す力を憂いながらも人を思いやることが出来る、そんな人物だったらしい。

 美寿知は兄の豹変を嘆き悲しみ、表では従う振りを続けた。美寿知にはまだ希望があった。時折、優しいかつての斎王の心も姿を現していたらしいのだ。そして、あまりにも無慈悲な行いは、その斎王本来の人格が邪魔をして実行できないというのが今の斎王であるらしい。

 そのため、破滅の光に侵された斎王は部下を求めた。己が為せぬ外道を行える忠実な部下を。それが光の結社に繋がったのだとか。

 そんな斎王を見ながら、美寿知は兄を元に戻してくれる可能性を持つ者が現れるのを待っていた。

 そして、そこに現れたのが十代とエドだ。二人は斎王が気にかけ、十代に至ってはその運命を覆した男。美寿知は二人が斎王にとってキーパーソンとなると当たりをつけ、それを見極めるためにあのようなことを仕組んだ、というのが修学旅行での事件だったらしい。

 ちなみに俺についても言っていたようで、俺の場合はあまりにも不確定なイレギュラーすぎるため候補から外れたのだとか。まぁ、運命を見通せないらしいからな、俺は。

 そしてその結果、美寿知は二人を認め、兄のことを二人に託した。そして自身は自らをデータ化しコンピュータと同化。影に潜むことになった、というわけのようだ。

 実際、岩丸たちもその後帰還しているし、本気でどうこうするつもりはなかったんだろうな。

 そしてアカデミアに着いた後にも、人形に宿った怨念が意志を持ってデュエルで襲い掛かってきたり、クイズ大好き明日香大好きホワイト生が十代にデュエルを挑んできたりもしたが、概ねは平和だった。

 しかし斎王のことだが、美寿知の話を聞くと黒幕はそのカード……あるいはそのカードを手渡した占い客ということになる。

 カード自体を候補に入れたのは、この世界には意志を持つカードが稀に存在するからだ。精霊が宿るカードがそうだし、ダークネスを封じ込めたカードもその一つである。

 確か破滅の光に斎王が乗っ取られた件が美寿知の話だろう。客が誰だったかは覚えていないが、どうも斎王を倒せばハッピーエンドというわけではなさそうだ。

 俺はエクストラデッキに手を伸ばし、いくつかのカードを交換しつつ溜め息をついた。

 

「……よし、これでいいか」

 

 現在はルール改定によってエクストラデッキの上限は15枚と定められている。

 俺もそれに則り、OCGと同じくエクストラデッキは15枚だ。毎回その内容は変えているが、その上限はずっと守っているため改定は全く影響していない。

 ちなみに、今日調整したエクストラデッキの内容はというと、

 

《ミスト・ウォーム》

《スターダスト・ドラゴン》

《スクラップ・ドラゴン》

《ジャンク・デストロイヤー》

《ジャンク・バーサーカー》

《ニトロ・ウォリアー》

《ターボ・ウォリアー》

《ジャンク・ウォリアー》

《TG ハイパー・ライブラリアン》

《A・O・J カタストル》

《アームズ・エイド》

《フォーミュラ・シンクロン》

 

 この12枚に、いまだ絵柄が曇ったままの《シューティング・スター・ドラゴン》と、もう1枚こちらも絵柄が見えなくなったカード。

 そして最後にもう1枚、あるカードを加えての15枚となる。

 いつもはこの中の1枚がアーチャーだったり、ドリルだったり、ガイアナイトだったり、とそんな感じに変更をしている。まぁ、更に他のシンクロモンスターにする時もあるけども。

 

「よし、今日も頼むぞみんな」

 

 調整を終えた俺は、デッキに一声かけると、ケースにしまって立ち上がる。

 マナは今この場におらず、十代たちのところに行っているはずだ。俺も調整が終わったら向かうと言ってあるから、皆も待っているはず。

 デッキケースを腰のベルトに通し、準備完了。さて行くか、と踏み出したところでPDAが着信音を鳴らし始めた。

 何だ一体、と思いつつもそれを取り出す。そして電話をかけてきた相手を確認し、俺は驚きに目を見張る。

 そして慌てて電話に出るのだった。

 

「もしもし?」

『遠也、久しぶりだな。卒業以来か?』

 

 本当に久しぶりだ。懐かしさすら覚えるその声に、俺は知らず身体の力を抜いて笑みを浮かべていた。

 

「ああ、そうなるな。久しぶり、カイザー」

 

 カイザーこと、丸藤亮。

 翔の実の兄なのだが、一年前まではアカデミアの三年生として俺たちと一緒にいた先輩である。

 デュエルが滅法強く、カイザーとはその強さにつけられたあだ名だ。とはいえ、カイザーのことをカイザーと呼ばないのは俺が知る限り古くから付き合いがある天上院兄妹と弟の翔ぐらいなもので、ほとんど本名みたいなものである。

 卒業後はプロとして活躍しており、エドに負けた以外では連戦連勝。着実にプロのランクを上げていっている、というアカデミア生徒の憧れの的である。

 とはいえ、俺にとっては一年前の付き合いやセブンスターズでの仲間意識からか友人という意識が強い。向こうもそれは同じようで、俺のことは後輩でありながら一人の友人と見てくれているようだ。

 そのため、先輩後輩でありながら、俺たちの関係はかなりフランクなものである。

 

「それで、どうしたんだよカイザー。急に」

『ああ。それなんだが……実は今度アカデミアに行くことになってな』

「アカデミアに? なんでまた」

 

 プロとして忙しいだろうに、こんな孤島にまでやって来る時間があるのだろうか。そんなことを思って言うと、カイザーはふっと笑みをこぼした。

 

『この間、鮫島校長から話を聞いてな。何でも、今度デュエルアカデミアで世界大会を催すらしい。それに参加するためにな』

「世界大会!?」

『ああ。ジェネックス、という次世代のデュエリスト最強を決める大会なんだそうだ。プロにも招待を受けた者が何人もいる』

「なるほど、それでずっと校長はいなかったのかぁ」

 

 世界大会というからには、それこそ世界中を飛びまわったのだろう。学園に顔を出す余裕などなかったというのは理解できる話だ。まぁ、そのせいで今の学園は光の結社などで大変なことになっているわけだが。

 校長がいたら状況が変わっていたとは言わないが、それでも最高責任者の不在は光の結社進出を助けたことは事実。なんてタイミングの悪い人なんだ。

 そんなことを考えている俺だったが、カイザーの言葉は構わずに続いていた。

 

『招待を受けたからには、俺も参加させてもらう。吹雪にも伝えたんだが、ここはお前にも伝えておこうと思ってな』

 

 そこまで言うと、カイザーは一度言葉を切る。そして、どこか懐かしむような声で再び話し出した。

 

『……一年前、アカデミアでお前とデュエルをし続け、俺は自分の弱さを知った。そして、自分には更なる可能性があるともな。プロの中で鍛えた力で、今度こそお前から勝ち越してみせる』

 

 その決意を込めた言葉に、俺も思わず熱くなる。

 こちとら十代に負けず劣らずデュエルが好きなんだ。そんなことを言われて黙っていられるはずもない。

 

「負けず嫌いめ。だが、受けたぜ。ジェネックスでまた戦おう!」

 

 俺がそう言うと、カイザーはそれでこそと言うかのように笑みを漏らす。

 

『ふふ、初戦というのも味気ない。勝負の場は互いに勝ち進んでからとしよう。そのためにも、簡単に負けるなよ遠也』

「それはこっちの台詞だ、カイザー」

 

 互いに挑発的な言葉を交わし、俺たちはそこで電話を切った。

 久しぶりに話したが、変わっていないようで何よりだ。カイザーと呼ばれ、強さの頂点にいたカイザー。それを俺が下し、そしてカイザーもまた俺を倒す。それを繰り返し、互いに切磋琢磨していた一年前。

 剣山もレイもいなかったが、あの頃はあの頃で楽しかった。セブンスターズという脅威はあったものの、それでもみんなで力を合わせて立ち向かったのは、今ではいい思い出だ。

 その戦友と久しぶりに会い、そのうえ再び戦えるというのだ。

 光の結社の件で最近は色々と忙しかったし、気分も暗くなりがちだったからな。久しぶりにいいニュースだ。

 ジェネックス……次世代のデュエリスト最強を決める世界大会か。

 吹雪さんも知っているということだが、ここは俺からも皆にぜひ話したい。これほどの情報を共有しないのはさすがにもったいないからな。

 俺は勢い込んで部屋を飛び出し、皆のところへと向かうのだった。

 

 

 

 

 そんなカイザーの電話によって世界大会ジェネックスの開催を俺たちが知って数日後。

 件の鮫島校長がアカデミアに帰還。そして全校生徒を大講堂に集めると、その前で1つのメダルを取り出した。GXと書かれた銀色のメダル。リボンがついたそれを手に持ち、鮫島校長は厳かに語った。

 

「これは『Generation neXt』を表す文字。それすなわち次世代。諸君らはその次世代を担う若者たちです。そんな君たちの力が更なる輝きを放つように、私は一つの提案を各地で行ってきました」

 

 手に持ったメダルを、校長は皆に見えるように高く掲げる。

 

「このメダルを賭け、世界中の若きデュエリストたちがしのぎを削る。次世代を担う諸君らが切磋琢磨する環境を作り出してはどうだろうか、と。各国、各地で多くの人間が賛同してくれました。その中には既にプロとして活躍しているデュエリストも多くいます」

 

 プロも参加しているという一言に、ざわりと生徒たちがどよめいた。既にテレビの中でデュエルを行い、憧れていたプロ。そのプロまでもが参加する大会。

 それだけでこの大会の規模が非常に大きいものであると理解したのだろう。アカデミア本校に限らずノース校などからも参加者が出ると言うが、それよりもプロの名はそれほどまでにデカい。

 どよめくこの場を静かにさせることを、校長はしなかった。そのまま驚きから抜けきらない生徒たちを前に、校長はそのどよめきに負けないほどの大きな声を張り上げた。

 

「プロ・アマの括りに意味はない。ただ次世代を担う若者の中で、その最強を決める世界大会を行う。――すなわち、世界大会“ジェネックス”の開催を、ここに宣言する!」

 

 高らかと宣言された、ジェネックスの開催。

 それを聴いた生徒たちは、一拍置いたのちに爆発的な歓声を上げる。それを満足げに眺める校長と、横で驚いた顔をしているクロノス先生とナポレオン教頭。

 俺たち、ジェネックスのことを知っていた生徒も、やはりこの熱気には感じるところがあるようで、十代なんかは一緒になって大きく叫んでいた。

 世界大会“ジェネックス”。これでまたこの学園も賑やかなことになりそうだ。

 熱気に当てられて握り込んだ拳を見る。俺も十代のことは言えないな。すっかり自分だって影響されているじゃないか。

 そして校長の話を詳しく聴けば、ジェネックスのルールは簡単なもの。

 

・参加者はそれぞれに配られたメダルを賭け、デュエルする。負けた方は所持しているメダル全てを勝者に渡す。

・1日1度、必ずデュエルする。その日まだデュエルをしていない者は、挑まれたデュエルを断れない。

・最終的に残ったメダル所有者1名を優勝者とする。

・この期間中、アカデミアの授業やテストは全て延期とする。

 

 ……校長も思い切ったことをしたものだ。特に最後の授業とテストの延期は、通常では考えられない事態だ。まさにデュエルを教えるアカデミアならではと言えるだろう。

 なにはともあれ、学園公認でデュエル三昧できる機会なんだ。ここはしっかり楽しませてもらうとしよう。

 俺はデッキケースに手を添えると、にやりと笑う。

 

「……遠也と最初に当たる子が、気の毒かも」

 

 俺の横でマナが何か呟いた気がしたが、やる気一杯の俺の耳には届かなかった。

 それよりも、と俺はマナとは逆側の横で騒ぐ十代に声をかける。

 

「十代!」

「おう、遠也!」

 

 俺たちは互いにがっしりと拳をぶつけ合うと、肩を組んで腕を突き上げた。

 

「目指せ、優勝だ!」

「当然! 優勝は俺がもらうぜ!」

 

 大会ではライバルとなるが、ともに優勝を目指してこそ仲間である。

 その時になれば容赦はないが、それまではこうしてジェネックスをお互い存分に楽しみたいものである。

 そうして十代と騒ぐ俺は、後ろで交わされていた声には気付いていなかった。

 

「……万丈目くん、あの二人のライバルなんでしょ。一緒にやらなくていいんすか」

「……馬鹿者、声をかけるな。知り合いだと思われる」

「……あの二人、周りが引いてるのに気付いてないドン?」

「……この学園でも最強と名高い二人だ。デュエルする相手がいるのかすら疑問だが……」

 

 翔、万丈目、剣山、三沢は、俺たちを見てそんなこと言っていたらしい。

 なにはともあれ、こうして世界大会ジェネックスはスタートした。

 その始まりを告げた校長の話が終わり、大講堂を出た生徒たちは思い思いの場所へと散っていった。

 まだプロが島に来ていない以上、今のうちに実力の知れた学園生徒と戦いたいということだろう。そのせいか、気弱で知られる翔がターゲットにされて生徒に追い回されていた。実際に戦ったら返り討ちにされると思うから、そっちの心配はいいだろう。

 エドは「しばらく様子を見る」と言って去って行き、万丈目は胸を張って「はっはっは! 俺に挑む無謀な愚か者はどいつだ!」と叫びながら歩いていった。相変わらず自信家な奴である。

 三沢はとりあえずはイエロー寮に戻るらしく既にここにおらず、剣山は逃げた翔を追いかけていったので当然いない。よって、いま大講堂の前にいるのは俺と十代、そしてマナの三人だけだ。

 そんな中、十代がマナに目を向けた。

 

「えっと、マナは参加者じゃないからメダルもらえないんだっけ」

「うん。私はアカデミアの生徒じゃないからね」

 

 制服を着てはいるが、正式な生徒というわけではない。である以上、当然といえば当然の話である。

 その返答を聴いた十代は、頭の後ろで腕を組むと、軽い口調で予定を組み始めた。

 

「んじゃ、俺は港の方にでも行くかな」

「おい、十代。俺とはやらないのか?」

 

 一応隣にいるのにさらりと無視された俺は、声をかける。

 だが、十代は俺を見ると首を横に振った。

 

「それもいいけど、やっぱ最初は知らない奴とやりたいじゃん! 港のほうに行けば、来たばっかのプロと真っ先にやれるだろうしさ!」

「まぁ、手の内を知らない相手とやるほうがワクワクするのは道理だな」

 

 俺たちは互いに互いのデュエルを何度も見ている。そして細かい調整はしてもデッキそのものを変えていない以上、アッと驚くような要素はどうしても少なくなりがちだ。

 それを考えれば、外部の人間がたくさん来るこの機会に、そんな全く知らない相手とデュエルしたいという気持ちはわかる。

 

「わかった。それじゃ、俺も適当にブラブラしてみるかな」

「おう! じゃあな、遠也! また後でな!」

 

 そう言って駆け出した十代を見送り、俺は隣のマナに目を移す。

 既に周りには誰もおらず、俺もジェネックスのルールに則り、今日戦う相手を捜しに行かなければいけない。

 

「行くか、マナ」

「うん。頑張ってね、遠也」

「おう」

 

 そしてマナは精霊状態となって姿を消す。デュエルの時にマナのカードが使われるかもしれないためだろう。しかし実際のところ、精霊がいなくてもデュエルそのものに影響はない。だから、これは恐らく違う意味だ。

 応援だけではなく、俺と一緒に戦ってくれる。そういう意味での行動だろう。

 ――サンキュー、相棒。そう心の中で呟き、俺は対戦者を捜すために大講堂から離れていくのだった。

 

 

 

 

 ――で、外に出たのはいいが、誰も対戦してくれないという。

 俺が近づくと逃げるとか、マジでどうなってんだよコンチクショウ。

 どうにかまだデュエルしていない同級生を見つけてデュエルできたからよかったものの、そうじゃなかったら拒否られ続けてたってことじゃないか。

 まぁ、問題なく勝つことは出来たから良しとしよう。

 しかし、十代じゃないがプロの到着が待ち望まれるな。やはり知らない相手と、想像もできないようなデッキで戦う楽しさには心躍る。

 果たしてどんな相手が、どんな手を使ってくるのか。プロ以外に他校の生徒の代表者も来るって言うし、今から楽しみで仕方がない。

 そう思って表情を綻ばせながら帰路についていると、精霊状態のマナが『確かに十代くんと遠也が好きそうなイベントだよね』と言って苦笑する。確かにその通りだが、基本この学校の奴らはデュエルが好きだと思うし、俺たちにとってだけご褒美というわけでもないはずだ。

 事実、この大会の開催を喜んで楽しんでいる生徒もたくさんいたからな。彼らにとってもプロの到着は待ち遠しいに違いない。

 そんなこんなでレッド寮に戻ると、そこには十代と剣山、翔、レイにレイン、といった面々が揃っていた。

 俺は早足になると、皆に合流する。

 

「よ、みんな勝ったか?」

「遠也くん。僕はレッドの一年坊にね」

「俺はイエローの二年ザウルス」

 

 そう言って、二人はメダルを見せてくる。そして十代に視線を向けると、十代もポケットからメダルを取り出した。

 

「へへ、俺も勝ったぜ! プロと出来なかったのは残念だったけどな」

「やっぱりまだ外部からは来てないのか」

 

 学園でも知らされたのが今日だからな。さすがに初日にこの学園にプロがいないのは仕方がない。

 そう思っての発言だったが、十代は「いや、来るには来たんだけど」と俺の考えを否定する。

 外部からの参加者が来た? ならどうして十代はそいつと対戦していないのか。発表直後に港に向かっていたのだから、真っ先にデュエルを申し込めていたはずだ。

 疑問を口にすれば、十代はそれに対してなぜか笑って答えてきた。

 

「それがさぁ、斎王がそいつとデュエルしたんだよ! 驚いたぜ、斎王って強いんだな! 遠也と引き分けたって言うから想像はしてたけど、かなりの強さだったぜ!」

 

 なるほど、斎王の強さを目の当たりにしたからちょっと嬉しそうなのか。強いと聞けばワクワクする十代のことだし、納得。

 しかし……。

 

「斎王がデュエルか。相手は誰だったんだ?」

 

 あんまり自分が前に出てくるタイプだとは思っていなかったから、この大会に積極的なのは意外と言えば意外である。

 なので興味を持って聞いてみれば、十代は目を泳がせて指をくるくると空中で回し始めた。

 

「あれだ、ほら……えっと……なんとかって国の、なんとかって王子だよ」

「兄貴、ミズガルズ王国のオージーン王子っす。レーザー衛星ソーラで有名な国って言ったじゃないっすか」

「おお、それそれ!」

 

 翔の補足を受けて、十代がパチンと指を鳴らす。そんな十代に、若干翔は呆れ気味である。

 しかし、そうか。オージーン王子ね。俺もニュースで聞いたことがある国だ。レーザー衛星ソーラ……世界を滅ぼせるかもしれない兵器を勝手に開発した上に打ち上げ、各国から非難が集中しているとか。

 なるほど、斎王はとんでもないVIPと戦ったらしいな。レーザー衛星ソーラを持つ国の王子様とは。

 

 ………………ん? レーザー衛星ソーラ?

 

 ………………あ。

 

「あぁぁああああッ!?」

「うわっ、どうしたんだよ遠也」

 

 俺の絶叫に飛び退く十代だが、いま俺の頭の中では元の世界で得た知識が蘇っており、それどころではなかった。

 ソーラってあれじゃん! 斎王が世界を破滅に導くために利用した大量破壊兵器!

 それの鍵を巡る攻防なんかも確かあった、斎王が進めている計画の恐らくは重大なキーアイテム!

 なんつーことを忘れ去ってたんだよ俺は! よりにもよって、下手したら世界の破滅に一直線な情報じゃないか、これ!

 くそ、当時はアニメのことだからと鮮明に覚えていなかった自分が憎い。人間の記憶なんて時間が経てば風化するものとはいえ、当時から深刻に捉えて真面目に記憶していればこんなことにはならなかったのに……!

 俺は思わず膝を折って両手を地面につく。そんな俺を心配してか、レイが「どうしたの遠也さん?」と近づいてくるが、今の俺にそれに応える余裕はなかった。

 くそ、こうなったら何としても斎王の計画を邪魔するしかない。最終的に十代とエドの活躍によってソーラは何とかなっていたはずだから、どうにか最低でもソーラだけはどうにかなるように俺も気をつけていよう。

 世界の破滅とはいっても、ソーラさえなければ今日明日に世界がどうこうなることはないはずだからな。

 それに、美寿知が言っていたという言葉が事実とすれば、斎王の中にはまだ破滅の光に対抗する本来の斎王の人格が残っているはず。美寿知曰く、あまりに無慈悲な行いは斎王本来の人格がストッパーとなって実行に移せない。

 今回のソーラはとびっきりの無慈悲な行いだ。となれば、斎王は実行に移せないはず。ソーラを他人に任せるとは考えづらい。斎王本来の意思を屈服させたとしても、これほどの大事だ。時期を見る意味も込めて、暫くは大丈夫だろう。

 こちらが下手に焦って強硬策に出たために、破滅の光を刺激してヤケになられても本末転倒だ。ここは無理をせず、斎王の良心に期待することにしておこう。

 そう心の中で結論を出すと、俺はすっくと立ち上がる。

 そしてこっちを見ていた全員に、安心させるように笑顔を見せた。

 

「いや、悪い悪い。さっきのデュエルで自分のミスを思い出してな。あんなケアレスミスをしていたなんて、って反省してたんだ」

「なんだ、そうか。あんま気にすんなよ、ミスなんて俺もしょっちゅうあるぜ!」

 

 十代が笑って俺の背中をバシバシと叩く。本当はそんなことはなかったんだが、ここは仕方あるまい。甘んじてその衝撃を受け入れる俺だった。

 マナがミスなんてあったっけ、と首をひねっているが、気にしない。そして十代に続いてレイとレインも俺に声をかけてくる。

 

「もう、急に倒れこまないでよ、遠也さん」

「……傍迷惑」

 

 レイがほっと胸に手を当てつつ言い、レインは表情を少しだけしかめて口を開いた。

 そんな二人の様子から察せられる彼女らの内心を思い、俺は嬉しさを覗かせているであろう笑みをこぼした。

 

「悪い悪い。心配させたか?」

「あはは、少しね」

「……少しね」

 

 レイが人差し指と親指でこれぐらい、と示して笑うと、レインもそれを真似て同じく指で少しの度合いを表してくる。

 その仲のいい様子に、俺は一層表情を綻ばせた。

 そして、そんな俺たちを見ていた翔がふと思いついたように声を上げた。

 

「そういえば、中等部生はジェネックスの参加資格はないんすよね」

 

 それに、レイとレインが振り返って翔を見る。レインの顔はいつも通りだが、レイには明らかに不満げな感情が見えていた。

 

「翔先輩の言う通り! なんで中等部生に参加資格がないのかなぁ。ボクも実力で劣っているつもりはないのに……」

「……ドンマイ」

 

 ぽん、と憤るレイの肩をレインが叩く。

 俺もレイのデュエルを思い返しながら言葉を返した。

 

「確かに、レイの実力なら高等部生と比べても遜色ないよな」

「だドン。それに、レインちゃんはそのレイちゃんに勝ってるザウルス。二人とも十分上位を狙えるドン」

「あはは、ありがと剣山先輩」

「……ありがとう」

 

 二人の返しの言葉に、剣山は当然とばかりに鷹揚に頷いた。

 

「当たり前のことを言っただけザウルス。けど、中等部にはこの二人みたいな実力者もいるのに、なんで参加資格がないドン?」

「だよねぇ。僕、場合によってはこの二人に勝てないし」

 

 翔が剣山の隣であはははと笑いながら同意して頷く。しかし、翔。それを大っぴらに認めるのはどうなんだ、先輩として。

 そして剣山と翔の言葉に、レイが「そーだ、そーだ」と不満をあらわにする。レインは大会そのものに興味がそれほどないのか、いつも通りにぼーっとしている。

 首を傾げる面々。それを前にして、十代が口を開く。

 

「ん? 中等部は義務教育だからじゃないのか?」

 

 一瞬、全員の動きが止まる。

 ……何故なら、十代が言ったそれが、あまりにも的を射た意見だったからであった。

 確かにそう考えれば当たり前である。言われてみればという奴であるが、まさかそれをあの十代の口から聞くことになるとは。

 そんな予想外の事態に晒され、俺たちはしばし言葉をなくした。

 だが、十代にとって自分が言い当てたことに対する俺たちの反応は、ひどく気に入らないものらしかった。

 

「……おい、なんでそこで驚くんだよ! 失礼だぞ、お前ら!」

「いやー、まさか正解を十代さんの口から聞くことになるなんて」

「兄貴はこういうのには答えられない人だと思ってたドン」

「僕もっす」

「同じく」

 

 順に、レイ、剣山、翔、俺である。

 一斉に同じような反応を返され、十代はふるふると拳を震わせた。

 

「……お前らなー!」

 

 がーっと怒りを爆発させた十代がデュエルディスクを構えて襲い掛かってくる。

 「デュエルだぁ! デュエルしろぉ!」と叫びながら迫ってくる十代に捕まれば、俺や翔、剣山といった大会参加組はメダルを奪われること必至である。今の十代からは、なんかそんな気迫を感じる。

 特に十代の強さを知り、そのために十代との対戦を避けていた剣山と翔の逃げっぷりが本気すぎる。レッド寮の周りをぐるぐると回りながら駆けっこをする様は、さながら猫とネズミの関係を見るようだ。

 俺? 俺はゆっくりフェードアウトしてレインの横に避難してますよ。そしてそもそも大会参加者でもないレイは、同じように俺の隣に避難してきていた。

 

「……すごく、平和」

 

 そして、今の状況を見てレインが放つ一言。

 駆けずり回って逃げている二人にしてみればそんなことはないのだろうが、一度輪から離れて見れば、確かに悪ふざけの範疇を出ない三人の様子はそうとしか表現できないものだった。

 そして、そんなレインの一言を聞いたレイがくすりと笑みを漏らす。

 

「だね。遠也さんは混ざらなくていいの?」

「何言ってんだ、レイ。面倒くさいだろ」

『ひどい話だねー』

 

 笑い交じりに相棒から非難されるが、俺は堪えない。

 元気が有り余っている十代を相手に走り回るなんて冗談じゃない。確かに俺も煽ったのは事実だが、そんな疲れることはごめんなのである。

 そして俺のそんな返答にマナと同じく苦笑をしたレイ。その横で、レインが再び口を開いた。

 

「……本当に、平和な光景」

 

 何だかその言葉に奇妙な響きを感じて、俺は横目でレインを見る。

 そこには、常とは違う瞳で十代たちを見る彼女の姿があった。どこか憧憬を込めた眩しいものを見つめる、そんな視線。

 望みながらもついぞ得られなかった何かを映しているようなそんな目に、俺はレインの背後にあるであろう何かを幻視せずにはいられなかった。

 かつてあった未来、そんな俺たちには本来知り得ないものを知る目を見て、俺は思わずレインの頭に手を置いた。それは、この世界が辿った未来を知る者に対する憐みだったのかもしれないし、そうではなかったのかもしれない。

 自分自身にもわからないことだが、少なくともレインのそんな瞳がこの情景に似合わない寂しいものであったことに、やりきれなさを感じたのは確かなことだった。

 若干の力が込められたそれを受け、レインが俺を見上げてくる。

 その視線を感じながら、俺は走り回る十代たちから視線を逸らさないままに口を開いた。

 

「平和だろ。お前もその一員なんだぜ、レイン」

「………………」

 

 何も言わず、下から俺を見上げるレイン。

 しばらく無言が続くが、それも十代の目が俺たちを捉えた時点で終わりを迎えた。

 

「おーい、遠也! レイ! レイン! お前ら何やってんだよ! こっち来て一緒に遊ぼうぜ!」

「……あ、兄貴は、ぜぇ、元気すぎっす……」

「い、いつの間にか、遊ぶことが、はぁ、目的になってるドン……」

 

 元気いっぱいに笑う十代の横で、背中を合わせながら座り込んで肩で息をしている二人。

 そのあまりにも無計画で無鉄砲な様子に、俺はこみ上げる笑みを隠さずに手を挙げた。

 

「おう、今行く!」

 

 応え、俺はレインの頭に置いていた手をおろし、その手を取る。そして隣にいたレイもまたレインの手を取って引っ張った。

 

「いこ、恵ちゃん!」

「たまには童心に帰るのも悪くないってな」

 

 二人で笑って言えば、レインは十代たちに目を向ける。

 そこには俺たちが来るのを待っている十代と、助けを求めてこちらを見ている翔と剣山。

 彼らの瞳の中には当然、俺とレイ、そしてレインも入っている。

 中等部生だろうとなんだろうと、レイもレインも既に俺たちの中では友達認定されているのだ。それは今の十代たちの視線が物語っている。

 それをレインも感じたのだろうか。無表情だった顔にうっすらを笑みを浮かべて、レインは小さく頷いて地面を蹴った。

 

「……うん」

 

 そして、俺たちは揃って十代たちに合流する。笑ってそれを迎えた十代と、走り疲れた身体にムチ打って立ち上がる翔と剣山。

 十代はともかくそんな二人の姿に俺とレイは苦笑しつつ、レインも交えて俺たちは久しぶりにごく単純な遊びに興じていく。既に既定の1日1デュエルを済ませているので、気兼ねなんてものもない。

 結局、そのまま十代ともども肩で息をするようになるまで遊び続けることになったのはご愛嬌だ。その後レッド寮に帰ってきた万丈目に「……バカか」と呆れた目で見られることになったが、しかし俺たちはただ一心にこの一時を楽しみ、満足げに笑うのであった。

 

 

 

 

 ――が、やはり普段やり慣れないことをするのは負担がかかったようで。

 

「いててて!」

「ほら、動かないで遠也。回復させるのだって楽じゃないんだからね」

 

 翌朝、俺は筋肉痛に襲われていた。

 ベッドにうつ伏せになり、マナの回復魔術を受ける俺。朝から何とも情けないが、こうでもしないと微妙にきつかったのである。

 おかしいな、子供のころはあれぐらい走り回ったって何ともなかったのに。これは俺も歳を取ったってことなのか……まだ高二だけど。

 だが、マナがいてくれて助かった。さすがに一日中これと付き合うことになるのは拷問以外の何物でもなかったわ。

 ゆえに、俺は最大級の感謝を込めて、回復魔術をかけてくれたマナを見る。

 

「ありがとう、マナ」

 

 返ってきたのは溜め息と苦笑だった。

 

 

 

 

 ちなみに、十代と剣山とレイとレインは俺とは違ってピンピンしていた。筋肉痛になったのは俺を除けば翔だけである。翔には回復魔術をかけてくれる相手もいないので、実に痛そうだった。

 だが、堪えたのが翔と俺だけというのは由々しい事態だ。

 ……運動、するかな。

 そんなことを心の中で密かに誓う、ジェネックス二日目の朝だった。

 

 

 

 



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第43話 ラー

 

 ジェネックスが始まり、既に三日。

 徐々に外部からの参加者も顔を出し始め、大会は一層の盛り上がりを見せている。

 そんな中、今日も今日とて俺は大会規定のノルマでもあるデュエルに精を出していた。ちなみに相手はやたら濃い顔に黒いスーツで決めたプロデュエリストである。

 

「――俺は《シールド・ウィング》をリリース! 現れろ、《ブラック・マジシャン・ガール》!」

『はいはーい!』

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000 DEF/1700

 

 緑色の羽をたたみ、守備態勢を取っていた巨鳥が光の粒子となって消え去る。そして、その中からポンッとコミカルな音を響かせて黒魔術師の少女が現れた。

 

「な、なに! ブラック・マジシャン・ガールだとぉ!?」

「更に手札の《アンノウン・シンクロン》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! そしてチューナーが場に存在する時、ボルト・ヘッジホッグは墓地から蘇る! 来い、《ボルト・ヘッジホッグ》!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 相手の驚きには特に触れず、俺は現れたモンスターたちに手を向けた。

 

「レベル2ボルト・ヘッジホッグにレベル5クイック・シンクロンをチューニング! 集いし叫びが、木霊の矢となり空を裂く。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・アーチャー》!」

 

《ジャンク・アーチャー》 ATK/2300 DEF/2000

 

「ジャンク・アーチャーの効果発動! 1ターンに1度、相手の場のモンスター1体をエンドフェイズまで除外する! 《ディメンジョン・シュート》!」

 

 細身な機械の身体を持つ戦士。その背に携えた矢筒から一本の矢を取ると、ジャンク・アーチャーは手に持った弓にそれを番え、相手の場のモンスターに向けて放つ。

 それはもちろん命中し、そのモンスターは次元の彼方へと飛ばされた。

 

「くっ……私の《マシュマロン》が……!」

「これで終わりだ! 2体のモンスターでプレイヤーに直接攻撃! 《黒魔導爆裂破(ブラック・バーニング)》! 《スクラップ・アロー》!」

「ぐわぁああッ!」

 

ゲルゴ LP:3200→0

 

 ライフを削り切り、俺の勝利が決まる。

 がくりと膝を落とした相手に近づき、メダルを受け取ると、俺は一礼してからその場を離れてレッド寮の方へと進路を向けた。

 もしかしたらみんながいるかもしれない。十代たちは早速森の中に対戦相手を捜しに行ったようだから、暫くは戻ってこないだろうが……。

 誰かいたら儲けもの。いなくても、歩いていればデュエルする相手にも出会えるだろう。生徒には避けられる傾向にあるので、基本的に外来狙いとなるが、それはそれで良しだ。

 そう思って歩いていると、ふと俺の五感を刺激する奇妙な感触を感じ取った。

 

「ん?」

『これ……?』

 

 マナも同じだったのか、二人してその奇妙な何かを感じた方向に目を向ける。

 そこには、森の中でありながら一瞬だけ見えた大きな火柱。ソリッドビジョンであるのはわかるが、それにしてもあれほどの映像エフェクトを使うモンスターとは一体?

 そんなふうに疑問に思ったその時、校舎のほうから外部に向けた放送が聞こえてきた。

 

『オベリスクブルーの皆本遠也君。校長先生がお呼びです、校長室に来てください。オベリスクブルーの……』

「俺?」

 

 放送から聞こえてきたのは、間違いなく俺の名前だった。なんでいきなり呼び出されてるんだ、俺は。

 

『何かやったの、遠也?』

「いや、心当たりはないけど……」

 

 マナの問いかけに首を傾げながら答えつつ、俺はレッド寮に向けていた足を方向転換させて校舎のほうに向ける。

 心当たりは確かにないが、だからといって校長からの呼び出しを無視するわけにもいかない。何が待っているのかはわからないが、とりあえず行くしかないだろう。

 俺は横でふよふよと浮かぶマナを引き連れ、歩いていく。

 校舎に入り、途中で会う生徒たちにデュエルを挑みたい気持ちを抑えつつ進むことしばし。ようやく校長室の前までたどり着く。

 そしていざ中に入ろうしたところで、背後からドタドタと騒々しく近づいていく足音に気が付いた。

 思わず振り向けば、そこにはこちらに向かってくる友の姿。十代が、なぜか全力疾走で向かってきていた。

 

「十代?」

「おっ、遠也じゃんか! お前も隼人に会いに来たのか?」

「隼人? 一体何の……」

「何言ってんだ! 隼人を見たって話をお前も聞いて来たんだろ? ほら、早く入ろうぜ!」

「うぉっ、お、押すな十代!」

『あはは……』

 

 ぐいぐいと俺の背中を押しまくる十代に、マナの笑い声もどこか乾いている。

 そして押される形で俺は校長室の自動ドアを潜り、やたら騒がしく入室する運びとなってしまったのであった。

 

「来たかね、遠也君。おや、十代君も一緒か」

 

 入って来た俺を見て鮫島校長が笑みを見せるが、後ろにいる十代を認めると意外そうな顔になった。だが、その表情もすぐに消えて元の笑顔に戻る。

 しかし、俺はそれよりも校長の目の前にいる人物に驚いていた。驚きに思わず固まった俺の横から十代が顔を出す。

 

「校長先生! 隼人が帰ってきてるって聞いたんだけどさ!」

 

 前のめりに声を発した十代に校長が苦笑し、視線を少し横にずらす。

 そこには、スーツを着込んだ懐かしい顔があった。

 

「――久しぶりなんだな! 十代、遠也!」

 

 どこかコアラを思い起こさせるような特徴的な髪形に、恰幅のいい体格。去年ずっとつるんでいた友達の一人、前田隼人がそこにいた。

 隼人はダッシュで駆け寄ってくると、俺と十代をいっぺんに抱き寄せて抱きしめる。かなり苦しいが、甘んじて受け入れた。俺たちとは違い、隼人はI2社に就職した身だ。慣れない環境で色々あったことだろう。それを思えば、旧友と会えた喜びの表現ぐらい、受け入れようじゃないか。

 十代も同じ気持ちなのか、苦しそうにしながらも文句は言わない。そんな俺たちを見て笑う校長先生。そして、その前に立つ俺がこの場にいることに思わず驚いた人物が口を開く。

 

「Oh! ユーが十代ボーイですか! 話は隼人ボーイと遠也からよく聞いていマース!」

 

 大げさに腕を広げ、隼人の抱擁から解放された十代の手を握る。

 そう、俺が驚いたのはペガサスさんがここにいたからだったのだ。なにしろペガサスさんは世界に名だたる企業、I2社の会長……まぁ正確には名誉会長だが、その肩書に見合った多忙な身なのだ。

 そのペガサスさんがわざわざ時間を割いて学園に来ているとなれば、驚いても仕方がないというものである。

 さてそのペガサスさんだが、十代との挨拶が済むと隣に立つ俺に目を合わせてにっこりと微笑んだ。

 

「遠也も、元気そうで何よりデース」

「ペガサスさんも」

 

 ペガサスさんの言葉にそう返せば、ペガサスさんの視線は俺の横を滑り、「マナガールもいるのでしょう?」と虚空に声を出す。

 凄いな、見えてないはずなのに、場所はドンピシャだ。

 それを受けて、マナが精霊状態を解いて実体化する。格好はアカデミアの制服だ。

 

「お久しぶりです、ペガサスさん」

「マナガールも元気そうで何よりデース。遠也とは仲良くやっていますか?」

「もちろんですよー」

 

 屈託のない表情で言われ、ペガサスさんは満足そうに頷いた。そしてペガサスさんとの挨拶を終えたマナは、隼人にも声をかける。隼人も十代と俺に次ぐ知った顔との再会を喜んでいるようだった。

 俺とマナにとっては二人とも良く見知った顔であり、同時にそう頻繁に会えない二人でもある。それだけに喜びもひとしおである。

 思わず笑顔になる俺たち。校長はそんな俺たちを見て、相好を崩していた。

 

「折角ペガサス氏が来ているのだからと思い遠也君を呼んだのだが……その様子だと要らぬお節介とはならなかったようで、安心したよ」

「校長……ありがとうございます」

 

 俺は素直に校長にお礼を言うと頭を下げた。これは俺にとって本当に嬉しいサプライズだったからだ。

 校長はそれに笑顔で頷いて応えると、その視線を笑い合う十代と隼人に向けるのだった。

 そしてその視線を受けた十代は、ふと何かを思いついたかのように一瞬表情を素面に戻すと、口を開いた。

 

「そういや、隼人やペガサス会長はなんでアカデミアに?」

 

 浮かんだ疑問をそのまま口に出したような、実にストレートな問いかけ。

 ここにいる理由を問うだけの何でもないような質問であるが、それを受けたペガサスさんと隼人、そして校長は揃って渋面を作ると口を噤んだ。

 その先程までとは打って変わった三人の様子に、俺たちの表情も怪訝なものに変わっていく。

 そんな俺たちの様子を見てとったのか。はたまた十代の問いに元から答えるつもりだったのか。

 わからないが、ともかく一拍置いたタイミングで、ペガサスさんが神妙な声で話し出した。

 

「……私と隼人ボーイがアカデミアに来た理由。それは、我が社のメインカードデザイナーに盗まれた1枚のカードが原因なのデース」

「I2社から盗まれたカードだって!?」

 

 十代がペガサスさんの言葉に驚きを露わにする。

 デュエルモンスターズの製作を一手に引き受けるI2社。そこに置いてあるカードには、それこそ莫大な価値を持つものもある。それは少し考えればわかることであり、十代も俺と同じくすぐにその事の大きさに気付いたようだった。

 

「その通りなんだな。その盗んだ人が、この大会に紛れ込んでるという情報を掴んだから、俺たちが来たんだな」

「隼人君は元生徒ということもあってこの島の地理に詳しい。それもあっての随行というわけだよ」

 

 隼人と校長の補足が続き、俺たちは一気に与えられた情報をただ受け取ることしかできない。

 I2社からカードが盗まれた? ものによっては本当に大事だ。なにせ未発売のカードや、プレミアものなんて当然のようにあるだろう。……それに、I2社とKC社でも極々一部しか知らないエクシーズカードも幾つか置いてあるはずだ。

 それが世に出てしまうのは非常にマズイ。そう俺は考えていたが、どうやら事態は俺が考えるよりもさらに悪いものであるらしかった。

 

「……一体何のカードを?」

 

 自然、十代の声も潜めるように小さくなる。

 そしてその問いに対して、隼人の横に立つペガサスさんが、ゆっくりと口を開いた。

 

「――神のカード《ラー》。そのコピーデース」

 

 ペガサスさんが告げたその名前に、俺と十代、マナは揃って目を見開く。

 コピーとはいえ、神のカードが盗まれた。想像の上を行くその事態に、俺たちはただただ言葉をなくすのだった。

 

 

 

 

 《ラーの翼神竜》。三幻神と呼ばれる《オシリスの天空竜》《オベリスクの巨神兵》と並ぶ“神のカード”の1枚だ。

 かつての所有者はエジプトにて古代ファラオの墓守をしていた一族を出身に持つ、マリク。バトルシティにおいて遊戯さんと死闘を繰り広げた、千年アイテムを巡る因縁を持つ一人である。

 マリクが操ったラーの効果は強力無比の一言に尽きる。自身を対象にするモンスター効果や罠の効果は全て無効となり、魔法カードでさえ発動ターンしか受け付けない。

 またその攻守は生贄として捧げた3体のモンスターの合計となり、更にはプレイヤーのライフポイントと自身の場のモンスターの攻撃力をラーに加算することもできる。この時プレイヤーとラーは融合モンスター扱いとなるという特徴も珍しい。

 加えて1000のライフを支払えば、相手の場のモンスター全てをステータスや効果に関係なく破壊するという効果まで持つ。

 その強力さはまさに神。三幻神の中でも最上位に位置する神と言われるだけのことはある、圧倒的な能力を持っているのだ。

 ……まぁ、元の世界ではかなり弱体化してOCG化したけども。後に登場するホルアクティのために特殊召喚を封じる必要があったとはいえ、あの弱体化はひどかった。

 そのためか陰で「これは《ラーの翼神竜》じゃない、《ヲーの翼神竜》だ」とか「これがもし《ラーの翼神竜》じゃなくて《ライフちゅっちゅギガント》って名前なら面白い効果として受け入れられたかもしれないのに……」なんて言われる始末。神の威厳は欠片もなかった。

 だが、この世界では違う。選ばれた人間にしか扱うことは出来ず、コピーカードでさえ使った人間に死を与える恐ろしいカードだ。

 それゆえにペガサスさんも慌てて自らがこの島に来たのだろう。ペガサスさんはラーをカード化した当人であり、自身もかつては千年アイテムの所有者だった身だ。気が気ではなかったに違いない。

 

 ――俺たちに事情を話し終えたペガサスさんは、まずジェネックスの一時的な中止と外出禁止を校長に申し入れる。更に自分が島の中を自由に行動することを一時的にだが許してほしいと願い出た。

 前者はラーのカードによる被害者をこれ以上増やさないため。後者は自身でラーのカードを盗んだというデザイナーを捕まえるためだろう。

 校長はその要請に即座に頷き、これよりその犯人が捕まりラーのカードを確保するまでジェネックスは一時中断と相成った。

 ペガサスさんはそれを見届けると部屋を出て早速捜索に出て行く。隼人には俺たちと共に友人たちに会いに行ってきていいと許可を出して。……この島の地理に詳しい、というのはどうやら建前で、隼人と俺たちの再会こそがペガサスさんが隼人を連れてきた理由らしかった。相変わらず気の利く人である。

 ……だが、その気遣いは嬉しく思うが俺がそれに従う必要はないわけで。一応もう隼人とは話せたし、それよりも俺は千年アイテムが既にないペガサスさんが神に一人で立ち向かうことの方が気がかりだ。

 校長室からレッド寮へと向かう道すがら、俺は意を決すと踵を返した。

 

「……悪い、十代、隼人! 俺はペガサスさんのほうに行ってくる!」

「あ、おい、遠也!?」

「待つんだな、危ないんだな、遠也!」

 

 二人の声を背中に感じながらも答えは返さず、俺はペガサスさんが向かったであろう森の方へと一目散に駆ける。

 まだペガサスさんが出て行ってそう時間は経っていない。見つけるのは容易いはずだ。

 そう思って足を動かしていると、不意に横に感じる人の気配。

 視線をずらせば、そこには精霊状態のまま宙に浮いて俺と並走するブラマジガール本来の格好となったマナの姿があった。

 

「マナ」

 

 呼びかければ、マナはこちらを向いて小さく笑う。

 

『遠也のことだから、そうするだろうと思ってたよ』

 

 まるで何でもお見通しだとでも言いたげな顔に、自分がペガサスさんを心配していたことがバレバレだったことを悟る。

 何となく気恥ずかしくなって小さく舌打つと、俺は気を紛らわせるかのように声を上げた。

 

「頼りにしてるからな、マナ!」

『うん! 私に任せなさい!』

 

 かくして俺たちは森に入ったであろうペガサスさんを追って、森の中へと足を踏み入れるのだった。

 

 

 

 

 森に入り、ペガサスさんの姿を捜す。あっちへ行ったりこっちへ行ったり、徐々に奥へと進みながら走り続けることしばし。

 俺たちはようやく人の話し声らしきものを耳に拾った。

 今はジェネックスが中断され、外出も禁止されている。つまりそこにいるのは生徒ではない人物。そして話し声といいうことは、相対しているということだ。

 今外に出ている人物は、俺たちを除けばペガサスさんと件のデザイナーしかいないはず。となれば、急がなければ。

 俺は足に力を込めて地を蹴る。そして目の前の草むらを飛び越えると、視界に広がった小さな広場にて、ペガサスさんはコートを着た眼鏡の男と向かい合っているところだった。

 二人は突然乱入してきた俺に揃って目を向ける。眼鏡の男は訝しげだが、ペガサスさんはその片目を大きく見開いた。

 

「遠也!? なぜ来たのデスか!?」

 

 驚きに染まったその声に、俺はペガサスさんの前に立って当然とばかりに言い返す。

 

「なぜって、ペガサスさんに危ないことはさせられないからですよ。こう見えて俺は、家族思いでして!」

「遠也……」

 

 言いつつ、俺は腕に着けていたデュエルディスクを展開。デッキを差し込み、臨戦態勢を取る。

 そして眼鏡の男の方を強く見据えれば、相手は口の端を持ち上げて勿体つけた笑みを見せる。

 

「ほう……君が噂に聞くペガサス会長が保護したという子供か。君の名は知っているぞ、皆本遠也君。私のような、しがないカードデザイナーとは違って有名だからな、君は」

「なんだよ、俺の人気に嫉妬か? おっさん」

「おっさ……! まぁいい。しかし、その様子だと君は私とデュエルするつもりかね? このカードを持つ私と……」

 

 そう言うと、奴は懐から1枚のカードを取り出して俺に見せる。どこか古ぼけたカードの装丁に、古代神官文字によって書かれた解読不能の効果文。間違いない……ラーの翼神竜のカードだ。

 そのカードを前にして、俺の後ろにいるペガサスさんが身を乗り出す。

 

「Mr.フランツ! それを返すのデース! そのカードの恐ろしさは、あなたもよく知っているはずデース!」

『ラーの翼神竜……』

 

 ペガサスさんと表情を険しくすると、マナもまたどこか寂しげな感情を覗かせながら顔色を変えた。

 マナは実際にラーと戦ったことがある数少ないラーとの対戦経験者だ。それどころかバトルシティ決勝、対マリク戦ではマハードと共にラーを倒したこともあるマナだが、そこに至るまでの遊戯さんの苦しみもまたマナはよく知っている。

 だが、その後はマナと共にラーは遊戯さんのデッキに入っていた。寂しげな表情は、仲間としてのラーに向けられたものなのかもしれなかった。

 無論、フランツにマナを見ることは出来ない。ゆえに、ペガサスさんの言葉にのみ、フランツは答えた。

 

「ええ、知っていますよ。このカードは、この世で最も美しく、そして最強のカードであるということを」

 

 どこか得意げにそう言うと、フランツはラーのカードをデッキに入れてシャッフルし始める。そして、そのデッキをデュエルディスクに収めた。

 

「……取り戻したくば、このカードが入ったデッキを、破ってごらんなさい」

 

 挑発的なその言葉に、俺はデュエルディスクを着けた左腕を掲げることで応えた。

 そして、後ろのペガサスさんに振り返る。

 

「見せ場を奪っちゃって、悪いですね」

 

 俺が悪戯気に笑うと、ペガサスさんは少し驚いた後にふっと笑みを漏らした。

 

「遠也なら、私も安心して任せることができマース。……ですが、相手は神。マナガール、どうか遠也のことを守ってあげてくだサーイ」

『任せてください!』

 

 ペガサスさんには見ることが出来ない今のマナに、それでもペガサスさんはそう言伝る。

 それに対してマナがしっかりと頷きを返したところで、フランツはデュエルディスクを展開し終えて構えていた。

 ――神のカード。その中でも最強のカード、ラー。OCGとは比べ物にならないその効果と、現実にまで力を及ぼす圧倒的な存在感。

 それに対する恐怖がないと言えば嘘になる。だが、だからといってペガサスさんを危険にさらすなど許せるわけがない。ここは俺が、何としてでも神を倒す!

 

「「デュエルッ!」」

 

皆本遠也 LP:4000

フランツ LP:4000

 

「先攻は俺だ! ドロー!」

 

 相手は間違いなくラーの召喚を狙ってくるはず。だが、ラーはリリースを3体要求する重いモンスターだ。1ターンでの展開は非常に難しい。

 となれば、その間に俺は自分の場を盤石にしなければならない。

 

「俺は魔法カード《光の援軍》を発動! デッキの上からカードを3枚墓地に送り、「ライトロード」と名のつくモンスターカード1枚を手札に加える! 俺は《ライトロード・ハンター ライコウ》を手札に加える!」

 

 デッキの上3枚を手に取り墓地に送る。落ちたのは、《ボルト・ヘッジホッグ》《ヴェルズ・マンドラゴ》《増援》の3枚だった。これなら、手札と合わせてシンクロが可能である。

 

「《ジャンク・シンクロン》を召喚! そしてその効果により墓地のレベル2以下のモンスターを効果を無効にして特殊召喚する! 来い、《ボルト・ヘッジホッグ》!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 俺のデッキに欠かせない定番のモンスターたち。その頼もしい姿を前に、俺は手を前にかざして指示を出す。

 

「レベル2ボルト・ヘッジホッグにレベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし英知が、未踏の未来を指し示す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 導け、《TG(テック・ジーナス) ハイパー・ライブラリアン》!」

 

《TG ハイパー・ライブラリアン》 ATK/2400 DEF/1800

 

 攻撃力2400のハイパー・ライブラリアン。初手としては悪くない。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 ここで、向こうがどう出てくるか。

 俺が窺うような視線を飛ばすと、対戦者であるフランツは不気味に笑っていた。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 カードを引いたフランツは、すぐに手札のカードをディスクに置く。

 

「私は手札から《ラーの使徒》を召喚!」

 

《ラーの使徒》 ATK/1100 DEF/1100

 

 ラーの翼神竜を象った金色の兜。それをかぶった古代エジプトの戦士のような装いをしたモンスターがフィールドに立つ。

 

「ラーの使徒の効果発動! このカードが召喚に成功した時、デッキから2枚までラーの使徒を手札に加えることが出来る! 更に速攻魔法、《トラップ・ブースター》! 手札を1枚捨て、手札の罠カードを発動できる! 私は永続罠《血の代償》を発動! ライフを500ポイント払うことで、手札のモンスターを通常召喚できる! 私は1000のライフを払い、《ラーの使徒》2体を召喚!」

 

《ラーの使徒2》 ATK/1100 DEF/1100

《ラーの使徒3》 ATK/1100 DEF/1100

 

フランツ LP:4000→3000

 

 まさか《トラップ・ブースター》とは……。手札から罠カードの発動を可能にする、アニメオリジナルのカードだ。手札1枚をコストにするとはいえ、汎用性が高い驚くほどに便利なカードである。

 その便利さゆえの、怒涛の展開。ライフ1000を犠牲にしているとはいえ、これでフランツの場には3体のリリース要員が揃ったことになる。

 来るか、と思わず身構える俺を見て、フランツがにやりと笑みを浮かべる。

 

「見せてやろう、神の姿を……! 私はラーの使徒3体をリリース!」

 

 3体が光となって消え失せ、代わりに暗雲が立ち込めてくる。昼のさなかに起こった不可思議な現象。これもまた、神の力によるものだというのか。

 

『くるよ、遠也!』

 

 マナに注意を喚起され、俺は一層気を引き締める。

 そんな中、フランツは感極まったように両腕を天に突き上げ、その名を呼んだ。

 

「目覚めるがいい、神よ! この者に我に歯向かう愚かさを刻み込め! ――出でよ、《ラーの翼神竜》!」

 

フランツ LP:3000→2500

 

 暗雲の中、鳴り響く雷を切り裂きながらゆっくりと降りてくる黄金の巨躯。

 広げた翼は視界を覆うほどに大きく、雷光を反射する金色の輝きは神の名に相応しい神々しさを感じさせるほどに美しかった。

 鋭くラーの瞳に光が宿ると、暗い空の中でひときわ輝く巨大な身体に力が込められて一気に躍動する。

 同時に空間を揺らす咆哮が俺の鼓膜に響き、その圧倒的な存在感を俺は全身で実感することとなった。

 これが本来のラーの翼神竜……本物の神か!

 

《ラーの翼神竜》 ATK/? DEF/?

 

「ラーの攻守はリリースに使用されたモンスターの攻守それぞれの合計となる!」

 

《ラーの翼神竜》 ATK/?→3300 DEF/?→3300

 

 ラーの使徒の攻守はそれぞれ1100。よってラーの攻守はその3倍である3300となる。

 いきなり神が召喚されるという事態に、俺とマナは表情を硬くする。そして同じく後ろのペガサスさんも、ラーの登場に声を荒げてフランツさんに呼びかけた。

 

「やめるのデース、Mr.フランツ! 神のカードを操ることが出来るのは、選ばれし決闘者(デュエリスト)だけ……ユーでは神の怒りを買ってしまいマース!」

 

 ペガサスさんはフランツの身を案じてのこともあってか、必死にそう説得する。だが、向こうはそれを本気にはしなかったようで、薄ら笑いを浮かべるだけだった。

 

「ふふ、ペガサス会長。生憎ですが、私はラーを従えることが出来るのですよ。そのカードを、私はついに完成させたのだから!」

「まさか……神を強制的に従わせようというのデスカ!?」

 

 驚愕の声を上げるペガサスさんに、フランツは得意げな顔になって残った1枚の手札を見せつけるように突き出した。

 

「フィールド魔法《神縛りの塚》を発動! このカードがある限り、場のレベル10以上のモンスターに対するあらゆる効果破壊を無効にし、更にレベル10以上のモンスターが戦闘でモンスターを破壊した時、相手に400ポイントのダメージを与える!」

 

 その宣言と同時に、ソリッドビジョンによって地面から無数の鎖が現れてラーの身体に巻きついていく。鎖によって雁字搦めになったラーは、自由に身動きが取れずにもがくが、鎖が外れる気配はない。

 なるほど、これこそが神縛りの塚に隠された本来の効果。神を鎖で縛りつけ、問答無用で支配下に置くカードか。

 恐らく、オリジナルであればこうはいかなかったはず。コピーカードであるがゆえに可能な所業だといえるだろう。

 

「ハハハハ! くらえ、神の一撃を! ラーの翼神竜でライブラリアンに攻撃! 《ゴッド・ブレイズ・キャノン》!」

 

 その指示が下ると同時に、ラーの頭上に火球が形成される。それはやがてラーの顔を包む込むようにして口腔へと伝導していき、莫大なエネルギーを秘めた炎の砲弾となる。

 傍目にもその膨大な熱が伝わるかのような、大火球。それを、ラーはこともなげに一息で放つと、火球は過たずにライブラリアンへと命中し、その身体を飲み込んだ。

 そしてその熱波は、プレイヤーである俺にも過剰ダメージとなって襲い掛かる。

 

「ぐぁああッ!」

『遠也!』

 

遠也 LP:4000→3100

 

 まがりなりにも神による攻撃だ。マナが心配そうに声を上げたが、俺は手で大丈夫だと伝える。

 やはりフランツはただのデュエリストでしかないということなのだろう。千年アイテムもなければ精霊だって見えていない。更に使っている神のカードはコピーで、しかも無理やり従わせているものだ。

 そのためかソリッドビジョンを越えてダメージを現実化させるほどの力はないらしく、肉体的なダメージというものは感じられなかった。

 

「これこそが神の力! そしてそれを扱う私の力だ! 更に神縛りの塚の効果により、400ポイントのダメージを受けろ!」

「くっ……」

 

遠也 LP:3100→2700

 

「ククク、ターンエンドだ」

 

 自信にあふれた笑みをこぼし、エンド宣言を行うフランツ。

 その様子は自身の勝利を微塵も疑っていないものである。しかし、それがラーの力を自分の力と勘違いした張子の虎であることは明白だ。だからこそ、たとえラーを前にしていたとしても、俺がそれに恐怖を感じることはなかった。

 だが、しかし。

 

「ラー……」

 

 見上げた先に映る、鎖によって絡め捕られた最強の神。その瞳がどこか悲しげに揺れているのは、きっと俺の勘違いではないであろう。

 ラーにとっても、この状態は不本意に違いない。なにせ一人の人間の欲望の言いなりになっているのだから。

 ラーの翼神竜。かつて遊戯さんを苦しめ、そしてその後は遊戯さんを支えた神の一柱。

 マナにとっては敵対した苦い思い出があると同時に、共にデッキに組み込まれていた仲間でもあるという間柄になる。そう考えれば、ラーを単純な敵とはどうしても思えない。

 なんといっても、マナの仲間だったのだ。そんな相手を、俺が心底敵だと思えるわけがない。

 

「マナ」

『遠也?』

「ラーをあいつの手から救い出すぞ。遊戯さんと共に戦い、お前の仲間でもある、ラーの翼神竜を」

『遠也……うんっ!』

 

 マナの力強い頷きを受け取り、俺は一層このデュエルにかける意志を強く持ってデッキトップのカードを引き抜いた。

 

「俺のターン!」

 

 そして引いたカードを手札に加える。その時、森の中で草が擦れる音を聞いた俺は後ろを振り返る。

 すると、そこには茂みを抜けてこちらに駆け寄ってくる数人の姿。十代、隼人、翔、剣山、そしてレイとレイン、その6人の姿がそこにあった。

 

「みんな!?」

 

 俺が驚きの声を出すと、十代たちはペガサスさんの横に並んで気のいい笑顔を浮かべて見せた。

 

「へへ、遠也に任せるだけってのも何だしな」

「応援ぐらいなら俺たちにも出来るんだな」

「隼人くんの言う通り。というわけで」

「遠也先輩、負けるなザウルスー!」

「遠也さん、ファイトー!」

「……頑張れ」

 

 やんややんやと一気に騒がしくなった背後の風景。

 一応今は校長直々に外出が禁止されているはずなんだが……特にレイとレイン。中等部のくせに何故ここにいる。レインが何かしたのだろうか?

 まぁ、どうでもいいか。それよりも、こうして応援に駆け付けてくれただけで十分だ。

 皆の声を受けて自然とテンションが上がっている自分を自覚し、我ながら単純だと呆れる。だが、決してそれが悪いとは思わない。呆れはするものの、同時に嬉しくもあり、照れくさくもあり、そして誇らしくもあるのだから。

 俺に声をかけてくれる皆に手を挙げて「おう!」と返す。そんな俺たちを見て表情を和らげたペガサスさんと目が合い、ペガサスさんもまた行けとでも言うかのように首肯する。

 俺はそれに頷き、皆の声を背中に受けながら、再びフランツと向かい合うのだった。

 こちらを不愉快そうに見ているそんな男を前に、俺は手札と相談して取るべき行動を選択していく。

 今引いたカードを使えば、キーカードを呼び込める確率は上がる。……鎖で御された神の姿は、あまりにも痛々しい。

 1ターンでも早く、その戒めから解放する!

 

「俺は手札から《アンノウン・シンクロン》を特殊召喚! このカードは、相手の場にモンスターがいて、自分の場にモンスターがいない時、特殊召喚できる! 更に魔法カード《ワン・フォー・ワン》を発動! 手札の《ライトロード・ハンター・ライコウ》を墓地に送り、デッキからレベル1の《チューニング・サポーター》を特殊召喚!」

 

《アンノウン・シンクロン》 ATK/0 DEF/0

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

 まずはレベル1のチューナーと非チューナーが俺の場に揃う。となれば、ここで召喚するモンスターは1体しかいないが、その前に。

 

「罠発動! 《リビングデッドの呼び声》! 墓地のモンスター1体を特殊召喚する! 来い、ライブラリアン!」

 

《TG ハイパー・ライブラリアン》 ATK/2400 DEF/1800

 

 蘇るライブラリアン。これで、シンクロ召喚を行う場は全て整った。

 

「レベル1チューニング・サポーターにレベル1アンノウン・シンクロンをチューニング! 集いし願いが、新たな速度の地平へ誘う。光差す道となれ! シンクロ召喚! 希望の力、《フォーミュラ・シンクロン》!」

 

《フォーミュラ・シンクロン》 ATK/200 DEF/1500

 

 フォーミュラ・シンクロン。かつてはライブラリアンとのコンボによって猛威を振るい、制限カードにまでなったシンクロチューナー。

 今回は残念ながらアクセルシンクロのために呼んだわけではないが、それでなくても効果は非常に優秀なモンスターだ。

 ライブラリアンと合わせたドロー加速は、驚異の一言に尽きる。

 

「フォーミュラ・シンクロンはシンクロ召喚に成功した時デッキからカードを1枚ドローする! 更にライブラリアンの効果、自分か相手がシンクロ召喚に成功した時カードを1枚ドローする! シンクロ素材となったチューニング・サポーターの効果と合わせて3枚ドロー!」

 

 この時点でこのターンの手札消費分は既に回復している。だが、これで終わりではない。

 

「更に魔法カード《シンクロキャンセル》! フォーミュラ・シンクロンをエクストラデッキに戻し、アンノウン・シンクロンとチューニング・サポーターを特殊召喚! そして再びフォーミュラ・シンクロンを守備表示でシンクロ召喚し、3枚ドロー!」

「すげえ……手札が一気に5枚も増えたぜ」

 

 強欲な壺などがいまだに制限に留まっているこの時代においても、滅多に見られないほどのドロー加速。さすがの十代も驚きの声を上げるが……強欲な壺に限らずバブルマン、悪夢の蜃気楼まで使う十代に言われてもなぁという気もする。

 さて、これで俺の手札は7枚。そしてその中にキーカードはほぼ出揃っている。ならば、あとは相手の行動にしっかり対処し、勝利を手繰り寄せてみせるだけだ。

 

「カードを2枚伏せ、ターンエンド!」

「私のターン、ドロー!」

 

 フランツがカードを引き、そのカードをそのままディスクに叩きつけた。

 

「私は《有翼賢者ファルコス》を召喚!」

 

《有翼賢者ファルコス》 ATK/1700 DEF/1200

 

 鳥の頭にヒトの身体。首元から下は全て白いローブで隠された大きく広げた翼が特徴的なモンスターだ。確か戦闘で破壊したモンスターをデッキの一番上に戻す効果を持つモンスター。

 エジプト関連のモンスターという点で見れば、ラーのデッキに入っていても不思議じゃない。バクラが使ったモンスターでもあることだし。

 

「クク……いくらモンスターを並べようとも無駄なことだ! 私はライフを1000払い、ラーの特殊効果発動! 相手の場のモンスター全てを破壊する! 行け、ラーよ! お前以外の雑魚など焼き尽くせ! 《ゴッド・フェニックス》!」

 

フランツ LP:2500→1500

 

 ラーの身体が炎に包まれ、その名の通りの不死鳥のような姿となる。そして炎の化身となったラーは羽ばたきながら俺の場に舞い降りると、一気にモンスター全てを焼き払った。

 

「くッ……」

 

 すまん、みんな。思わず犠牲になったモンスターたちに内心で謝る俺だったが、対してフランツは自身の有利を深めたことに愉悦を感じるのか口が裂けそうなほどに口角を上げて笑っていた。

 

「ハハハハ! これこそ、最強の力! ペガサス会長! どうです、これこそが私が作ったカードの力! これこそが私の才能! 私のカードの強さを、あなたも認めざるを得まい!」

 

 フランツの極まった声にペガサスさんは沈痛な面持ちになる。

 どういうことかと思えば、フランツは得意顔で語った。

 新作のカードに隼人のデザインが採用され、フランツのものは採用されなかったこと。そして何故だとペガサスさんに詰め寄った時に言われた言葉「ユーのカードは力に頼りすぎている」。それは、強いカードこそ求められている、と考えるフランツからすれば到底理解できない言葉だった。

 ゆえに、フランツは実行に移した。強いカードこそが強いと示すために。強さの代名詞ともいえる神のカードを使い、強さこそがカードには必要なのだとペガサスさんに説き、己の才能を認めさせるために。

 それゆえ、興奮したようにペガサスさんに語りかけるフランツには喜びの色があった。これでペガサス会長も自分の才能を認める。そう確信していたからだろう。

 だが、現実はそんな予想を裏切る。ペガサスさんは、フランツの言葉に首を振ったのだ。

 

「グッ……! あくまでも、私のカードを認めないつもりか!」

「……あの時の私の言葉が足りていなかったことは謝りマース。あなたのカードは力に頼りすぎていると思ったのは事実ですが、それだけではありまセーン。あなたのカードには、決定的に足りないものがあるのデース」

「私のカードに足りないものだと……!」

 

 あからさまに力不足だと言われ、フランツの顔が歪む。

 しかし、ペガサスさんはそんなフランツを諭すように口を開いた。

 

「あなたのカードに足りないもの、それはカードに対する愛情デース! それこそが、あなたに最も必要なものなのデース!」

 

 今さっきも俺のモンスターたちを雑魚と呼び、ラーを無理やり従わせるフランツには、確かにカードへの思いやりといったものが感じられない。

 ペガサスさんの言葉に俺は納得するが、しかしフランツは全く理解できないとばかりに不快気に表情を変えるだけだった。

 

「くだらない……! ペガサス会長、力こそがカードの全てだ! それを私が今から証明してみせる!」

 

 フランツはそう叫ぶと、ラーの巨体を見上げた。

 

「ラーの特殊効果発動! ラーよ……お前の主たるこの私の声を聴け! そして我々が持つ力を知らしめるのだ! 私はライフを1ポイントだけ残し、残り全てをラーの攻撃力に変換する!」

 

フランツ LP:1500→1

 

 フランツの身体が靄に包まれ、その靄はやがてラーの巨体へと吸い込まれていく。

 そしてラーの頭上にて、まるで一体化したかのように生えているフランツの上半身。これこそがラーの特殊能力。プレイヤーと融合することで、そのライフを攻撃力に変換する脅威の能力である。

 

《ラーの翼神竜》 ATK/3300→4799

 

 そしてラーと一体となったフランツが、血管を浮かび上がらせながら血走った眼で叫ぶ。

 

「これこそが神の力! そしてそれを従える私の力だ! 神となったこの私の攻撃を受けるがいい! くらえ、《ゴッド・ブレイズ・キャノン》!」

 

 ラーの口から放たれる大火炎球。

 既にラーの効果に寄って俺の場にモンスターはおらず、このまま喰らえば負けが確定する。

 

「遠也!」

「頑張れ、遠也くん!」

「遠也さん、負けるな!」

「気張るんだな、遠也!」

 

 それぞれの声で聞こえてくる応援に、我知らず笑顔になる。その声を受けながら、俺は手札を確認した。

 さっきの大量ドローは伊達ではない。この状況を切り抜けるカードも引いていたのだ。俺は手札から1枚のカードを手に取ると、そのカードを見せつけるように掲げた。

 

「手札から《クリボー》を捨て、効果発動! ラーからの戦闘ダメージを0にする!」

 

 墓地に送り、半透明のクリボーがふわりと俺の場に現れる。

 そしてラーからの攻撃をその身で受け止めると、ゆっくりと消えていった。

 さすがは遊戯さんのデッキで何度も活躍したモンスターだ。頼りになる効果である。皆も俺が凌いだことに、ワッと声を上げる。

 しかし、仕留めることが出来なかったフランツは恐ろしい形相になっていた。まして、力こそが全てと考えているフランツである。クリボーという低級モンスターに神の攻撃を防がれたことは我慢ならない屈辱だっただろう。

 

「おのれ……! ならば有翼賢者ファルコスでプレイヤーに攻撃!」

「つぅッ……!」

 

遠也 LP:2700→1000

 

 これを防ぐ術はない。俺は1700ポイントのダメージを受けた。これで俺のライフは残り1000ポイント。フランツの浮かべる笑みを見るに、ラーならばすぐにでも削り切れる値だと思っていることだろう。

 だが、今の状況こそが俺の最大の狙いである。戦闘ダメージを受けた、この時こそが。

 俺は手札のカード1枚に指をかけた。

 

「俺が戦闘ダメージを受けたこの瞬間、手札のモンスターの召喚条件が満たされた! このカードは、戦闘ダメージを受けた時に特殊召喚することが出来る!」

「なんだと!? そんなカードを持っていたのか!」

 

 驚きを露わにするフランツだったが、俺はそれに反応を返さない。

 去年にさんざん痛い目を見させられたこのカードを、こうして使う日が来るとは。元から俺のカードであるといえばそうだが、複雑である。

 だが、その効果が頼りになるものであることも事実。既にこのカードに巣くっていた存在は消滅しているので、その点では安心できるのだが……心情的な問題ということだ。

 そんなことを考える自分自身に苦笑しながら、俺はそのカードをディスクに置いた。

 

「来い! 古の悲劇によって生み出された怪物――《トラゴエディア》!」

 

 そして俺の場に現れる1体のモンスター。

 鬼のような顔、人の手と鋏を持つ手と両腕がそれぞれ異なる奇形、更に下半身は昆虫を思わせる節足であり、実に奇妙な姿をした漆黒のモンスター。

 身体の大きさではラーに勝るとも劣らない存在感を放つ、悲劇の名を冠する魔物。そしてレベル10のモンスターであるためか、神縛りの塚から鎖が向けられる。

 だが、神縛りの塚の鎖もこの世界におけるトラゴエディアのオリジナルともいえるこのカードには敵わないのか、腕の一振りで払われていた。

 

《トラゴエディア》 ATK/? DEF/?

 

「トラゴエディアの攻守は手札の枚数×600となる。俺の今の手札の枚数は4枚、よってその攻守は2400だ!」

 

《トラゴエディア》 ATK/2400 DEF/2400

 

 攻守ともに上昇するトラゴエディア。

 その姿を十代たちは驚きと感心でもって見ているようだったが、俺から話を聞いていたペガサスさんや実際に俺が戦うところを見ているマナは違う。険しい目でトラゴエディアを見つめていた。

 

『このカードは……遠也!』

 

 どことなく焦りを感じさせる声で俺に振り向いたマナに、俺は安心させるように笑顔を見せる。

 

「大丈夫だ、もうこのカードは何の力もないただのカードだよ」

『でも……』

 

 俺がそう言っても、マナは変わらず不安そうだ。

 去年のセブンスターズの時、精霊世界で俺はこのトラゴエディアと相対し、勝ったもののしばらくは車椅子での生活を余儀なくされるほどの怪我を負わされた。それほどまでに危険な存在だったために、安心しきれないのだろう。

 だが、セイヴァー・スターによってトラゴエディアは消滅しているのだ。ならば、恐れることはない。こいつも俺の仲間の一人なのだから。

 そう自信を持って言えば、マナもようやく頷いてくれる。そして、俺はフランツの方へと向き直った。

 

「ふん、それがどうした! 同じレベル10であっても、神である私には全く及ばぬ攻撃力ではないか! ターンエンドだ!」

 

 フランツはやはり自分の優位を疑わぬ態度で、エンド宣言をする。

 そして、ターンが俺に移った。

 

「俺のターン!」

 

《トラゴエディア》 ATK/2400→3000 DEF/2400→3000

 

 手札が増えたことでトラゴエディアの攻守も変わる。そんな中、俺はデュエルディスクのボタンを押した。

 

「リバースカードオープン! 《ロスト・スター・ディセント》と《リミット・リバース》! 俺は前者の効果でライブラリアンを、後者の効果でフォーミュラ・シンクロンを蘇生する!」

 

《TG ハイパー・ライブラリアン》 ATK/2400 DEF/1800→0

《フォーミュラ・シンクロン》 ATK/200 DEF/1500

 

 ロスト・スター・ディセントは墓地のシンクロモンスターを守備力0かつ効果を無効にして表側守備で特殊召喚するカード。リミット・リバースは墓地の攻撃力1000以下のモンスター1体を攻撃表示で特殊召喚するカードだ。

 どちらも蘇生カード。これで、場には必要なモンスターが全て揃った。

 

「俺はフォーミュラ・シンクロンをリリース! 出番だぜ、相棒! 《ブラック・マジシャン・ガール》!」

 

『うんっ!』

 

 フォーミュラ・シンクロンが光となって消えていき、その中からブラック・マジシャン・ガールことマナが飛び出してくる。

 くるりと杖を回してそれをラーに向けるが、その視線はどこか懐かしみを帯びたもののように感じられた。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000 DEF/1700

 

 また、手札の増減によってトラゴエディアの攻守も変化する。

 

《トラゴエディア》 ATK/3000→2400 DEF/3000→2400

 

「ブラック・マジシャン・ガールだと!? ……ふん、だが神には到底及ばぬ! この神たる私を侵すなど、何人たりとも不可能なのだ!」

 

 攻撃力がまるで足りていない俺の場の布陣を見て、得意げにフランツは叫ぶ。

 しかし、攻撃力だけを見て判断するのはいただけない。それはこのカードたちが持つ真価の一面でしかないのだから。

 

「それはどうかな」

「なに!?」

 

 ゆえに、俺は自信を持ってその考えを否定する。

 そしてまずは手札のカード1枚を手に取って、それをディスクに差し込んだ。

 

「速攻魔法《禁じられた聖杯》を発動! このカードは、フィールド上のモンスター1体を選択し、エンドフェイズ時までそのモンスターの攻撃力を400ポイントアップし、効果を無効にする! 俺はラーの翼神竜を選択!」

「なんだと!?」

 

《ラーの翼神竜》 ATK/4799→400

 

 これでラーの持つ効果はこのターンのみだが無効になった。神に魔法カードが効くのはわずか1ターンのみ。しかし、元々このカードの効果はエンドフェイズまでしか持たないので、そういう点では無駄がなくていい。

 そしてラーの攻撃力は効果に依存したもの。効果を無効にした以上、攻撃力は400まで下がることとなった。

 更に手札が減ったことで、トラゴエディアの攻守も下がる。

 

《トラゴエディア》 ATK/2400→1800 DEF/2400→1800

 

「やった! ラーの強力な効果を無効にしたっす!」

「それに、ラーの攻撃力も大幅に下がったドン!」

 

 翔と剣山の喜びの声が上がるが、レイやレインは固唾を呑んでこっちを見ている。

 とはいえ、マナでラーを攻撃すれば、それで相手のライフはゼロになって終わりだ。勝つだけならば、そうするのが一番いい。

 だが、俺が望むのは勝つことだけじゃない。ラーをあいつの手から離れさせることにあるのだ。ゆえに聖杯によって俺が本当にやりたかったことは、ラーが持つ「効果モンスターの効果を受けない」という点の消去である。

 そしてその効果が消えた以上、ラーをモンスター効果の対象に選択することが出来る。

 

「《トラゴエディア》の効果発動! 1ターンに1度、手札のモンスター1体を墓地に送ることで、そのモンスターと同じレベルの相手モンスター1体のコントロールを得る! 俺はラーの翼神竜のコントロールを得る!」

「このために神の耐性を無効にしたのか……! だが、神のレベルは10だぞ! まさか、貴様の場のトラゴエディア以外にレベル10のモンスターが手札にいるというのか!?」

 

 確かに通常で考えればレベル10なんて重いモンスターを複数デッキに入れるのは難しいかもしれない。だが、トラゴエディアは特殊召喚条件を持つモンスターだし、そう言った括りからは外して考えるべきモンスターだ。

 ならば俺の手札に更なるレベル10モンスターがいることは、なんらおかしいことではない。

 

「そのまさかさ! 俺は手札からレベル10の《スターダスト・ドラゴン/バスター》を墓地に送り、ラーのコントロールを得る! 何物にも縛られない、神の威信を取り戻せ! ラーの翼神竜!」

「な、なんだとっ!?」

 

 トラゴエディアが咆哮し、赤黒い魔力がその手に宿る。そしてその手を虚空に突き出すと、その手はラーの背後から現れてラーの腕を掴み取った。

 そしてそのままトラゴエディアが腕を引くと、ラーは相手フィールドから姿を消し、俺のフィールド上にて翼を広げるのだった。

 

「ぐっ……!」

 

 そしてコントロールが移ったためなのか、融合していた肉体が切り離され、ラーの頭上から生えていたフランツの身体が地上に落ちる。

 身体を打ちつけたフランツのライフは変わらず残り1ポイント。ラーを欲望のままに従えようとした報いというべきか、融合が解けたというのにライフを捧げたままでラーは俺のフィールドへとやって来たのだ。

 そして俺の場に現れたラーに再び拘束しようと神縛りの塚から鎖が伸びる。だがしかし、それは全てマナによって破壊され、鎖はラーを捕えられない。これは精霊として自由に動けるマナだからこそ出来ることだ。

 そして繰り返し伸びてきた鎖。マナがそちらに目を向けるが、その鎖はトラゴエディアが腕を振るうことによって防がれていた。

 

『え?』

 

 そのマナを支援するような仕草に、驚いたマナがトラゴエディアを見る。

 だが、トラゴエディアの本来の意思というべきものは既にこの世にない。マナの疑問の視線にトラゴエディアが答えることはなかった。

 そして手札が減ったことで、更にトラゴエディアの攻守が下がる。

 

《トラゴエディア》 ATK/1800→1200 DEF/1800→1200

 

 もはや下級アタッカーにも及ばないトラゴエディアの攻撃力だが、しかしそれはこの際関係がない。

 俺は俺のフィールドのモンスター全てに対して手を向けると、指示を出した。

 

「頼んだぞ、ラー! 皆! 俺は手札から《団結の力》をラーに装備! これにより、装備モンスターの攻撃力と守備力を自分の場に存在する表側表示のモンスターの数×800ポイントアップする! 俺の場にはラーを含めて全部で4体のモンスターがいる! ライブラリアン、トラゴエディア、ブラック・マジシャン・ガール……3体との団結により、ラーの攻撃力がアップ!」

『うん! いくよ、みんな!』

 

 マナの呼びかけに応えるように、ライブラリアンとトラゴエディアは頷いてその身体かを光を放ってラーに送り出していく。そしてそれはラーの身体を包み込むようにして溶け合っていき、ラーの攻撃力を上げていくのだった。

 そしてマナはラーの頭の横に立ってその手をラーに添えていた。かつては敵であり、その後は同じデッキの中で共に戦った仲間同士。

 コピーとはいえその記憶が残っているのか、ラーはマナが横に立つことに咆哮を上げて肯定の意思を返すのだった。

 

《ラーの翼神竜》 ATK/400→3600 DEF/0→3200

 

「馬鹿な……神縛りの塚の効果があるとはいえ、私以外がラーを従えるだと……!」

 

 慄くフランツの言葉に、俺は正面からそれを否定する。

 

「まだわからないのか! 神縛りの塚の鎖は、もはやラーを縛ってはいない! コピーとはいえ、絆の力を手にしたラーを縛ることは誰にも出来ない!」

 

 ライブラリアン、トラゴエディア、そして隣に立つマナ。その力を受けたラーは孤独な神ではない。仲間と力を合わせた神に、敵う者などいないのだ。

 

「どんなモンスターでも、力を合わせれば強くなる。そして真摯にカードに向き合えば、カードは応えてくれる! そこに強いも弱いも関係ない! カードとの絆があれば、従える必要なんてどこにもないんだ!」

 

 従えずとも、互いに信頼し合っていれば必ずカードは応えてくれる。それこそが、この世界で俺が学んだ真実だ。

 そんな言葉にフランツは目を見開き、ラーを見上げる。今フランツが何を考えているのかはわからない。だが、俺はデュエリストとして、このデュエルに決着をつけるだけである。

 

「バトル! 《ラーの翼神竜》で《有翼賢者ファルコス》を攻撃! 《ゴッド・ブレイズ・キャノン》!」

 

 俺がそう言えば、ラーは甲高い雄叫びと共に口を開き、その中に膨大な熱量が集まっていく。

 それはやがて信じられないほどに大きな炎の塊と化し、ラーはそれを一気解き放ってフランツの場を攻撃する。

 それはもはやモンスター1体への攻撃とは思えないほどに強力であり、フランツのフィールド全てを包み込むような攻撃であった。

 そんな神の一撃に耐えられるはずもなく、フランツの場のモンスターは破壊され、その余剰分は全てフランツ自身へと向かうのだった。

 

「うぁぁあああッ!」

 

フランツ LP:1→0

 

 炎に包まれ、フランツのライフポイントが0を刻む。

 これによってデュエルは俺の勝利となって幕を下ろすこととなった。

 

「よっしゃあ! やったな遠也! ハハハ!」

「……離れて」

 

 十代が俺より先に喜びを露わにし、横にいたレインの肩を叩く。

 さすがに加減はしているためか痛くはなさそうだが、レインは微妙に嫌そうな顔を十代に向けて小さく抗議していた。

 それをレイが止めに入り、翔と剣山が笑って見ている。そんな光景の中、隼人は自分たちを見ている俺の姿に気付くと、ぐっと親指を立てて笑みを見せてきた。

 俺はそれに同じく親指を立てて応え、次いでソリッドビジョンとして現れているラーの翼神竜に目を向けるのだった。

 

「ラー……」

 

 呼びかけに、ラーは小さく鳴き声を上げて応える。そしてそのままゆっくりとその姿を薄れさせていくのだった。

 完全に消え去り、その姿が見えなくなったラーの幻影を追うように、俺は暗雲が消え去った青空を見上げるのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 その後、ラーのカードと共にペガサスさんと隼人は帰っていった。もちろん、フランツと呼ばれたあのカードデザイナーも一緒である。

 

 ――敗れたフランツは地面に膝をつき、項垂れていた。そこにペガサスさんが歩み寄ると、フランツもさすがに顔を上げる。そして、ペガサスさんはおもむろに自分の左目を覆い隠す髪をフランツにだけ見えるようにかき上げた。

 自分が見たペガサスさんの顔に驚くフランツ。その顔を前に、ペガサスさんはしゃがみこむと、その肩に手を置いてこう諭した。

 

「大きな力は、やがて大きな悲劇を生む。そしてその後悔を一生抱えて生きていかなければならないのデース」

「まさか、ペガサス会長も……?」

 

 フランツのその問いに、ペガサスさんは悲しげな笑顔になる。

 

「Mr.フランツ……私は大切な部下に、自分と同じ運命を歩ませたくはない。ただそれだけなのデース」

「か、会長……すみません、私は……」

 

 懺悔するフランツに、ペガサス会長は首を横に振ると明るい声を出して、彼の肩を叩いた。

 

「ユーは新しいカードの研究のため、神のコピーカードを我が社から借り出しまシタ。それに見合う、素晴らしいカードが新たに生まれてくることを、願っていマース」

「か、会長……!」

 

 社が貸しただけで盗んだわけではない。そう言って言外に罪を許すといったペガサスさんに、フランツは大粒の涙を流して、ただただ謝罪と感謝の言葉を繰り返すのだった。

 

 ――そして、フランツはペガサスさんと隼人と同じ小型ジェットで島を離れて行ったわけだ。あの人も、これからはこの経験を活かして、いいカードを作り出していってくれることだろう。そのカードを見る日が来るのを、俺も楽しみにしておこう。

 また、去り際にペガサスさんは「今回の来訪は急な事態でした。色々とMr.鮫島とは話したいこともありますし、また今度正式に訪ねさせてもらいマース」と言っていた。今度はいつ来ることやら。

 俺には「遠也も気軽に連絡をくだサーイ。ついでにマナガールとの進展についての報告も私は待っていマース」とか。大きなお世話と言わざるを得ない。

 あとはマナにも何か言っていたし、十代たちにも声をかけていたようだった。翔や剣山にレイなんかは、デュエルモンスターズの生みの親ということもあって、かなり嬉しそうにしていた。

 十代もそれは同じだったが、一度校長室で会っているためか、彼らほどの熱狂ぶりはなかった。

 ちなみにレインはペガサスさんにあまり興味がないのか、いつもと変わらないクールな様子であった。とはいえ全く興味がないわけではないのか、じっとペガサスさんを見つめてもいたのだが。

 そんなこんながあったものの、フランツを倒したことで彼が集めていたメダルも俺のものになり、ジェネックス大会自体もそれなりに順調である。

 ラーの翼神竜という大きなトラブルが起こりもしたが、その翌日にはジェネックスも再開される運びとなった。これは大会参加者には嬉しい知らせだろう。

 

 

 

 

 

 そしてジェネックスが再開されることとなった、翌日の昼ごろ。

 俺は港で人を待っていた。

 とはいえ、この場にいるのは俺だけじゃない。マナに、十代、翔、剣山、三沢、万丈目、吹雪さん、レイ、レイン。要するにいつものメンバー全員がここに集合しているのだった。

 とはいえ、何も外来のデュエリストを囲ってボコにしようというわけじゃない。全員が集まっているのは、それに足る理由があるからである。

 そして、その理由である船が港に到着した。

 そこから降りてくる人間。その中に一人混ざった知り合いの姿を見つけ、俺たちの表情が思わず緩む。

 そして、まずは翔が大きな声で呼びかけるのだった。

 

「お兄さん!」

 

 翔の大声に、港にいた数人の視線がこちらを向く。だが、それらの視線よりも早くその人物の視線は翔と俺たちの姿を捉えていた。

 そして同じく表情を綻ばせると、泰然とした様子でこちらに歩み寄ってくるのだった。

 

「……久しぶりだな、皆」

「ああ。卒業以来だな、カイザー」

 

 話しかけてきたそいつに、俺は軽快な声で返す。それに、カイザーはふっと笑みを浮かべるのだった。

 そう、俺たちはカイザーが来るのを待っていたのだ。今日アカデミアに着くという話を聞き、それを迎えるために。

 中にはカイザーと直接の面識がない者もいるが、剣山は翔の兄でありプロとして名が売れてきているカイザーに興味があり、レインはレイにつれられてこの場に来ていた。

 明日香がいないのが残念だが……それは近いうちにどうにかするしかないだろうな。

 

「再会を喜び合いたいところだが……すまんな、鮫島校長に挨拶がしたい。話は後でもいいか?」

「ああ。ならレッド寮に集合ってことにしよう。今のブルー寮には行かせられないからな」

 

 俺がそう言うと、カイザーは納得したような顔になる。恐らくは校長などから話は聞いているのだろう。この大会に誘われた時とかに会っているはずだし、校長が今の事態を全く把握していなかったわけがないのだから。

 カイザーは俺の提案に「ああ」と言って頷く。それを受けて俺達は一足先にレッド寮に向かおうと振り返った。

 その時。

 

「……ほう。エドに会いに来てみれば、まさか皆さんとお会いすることになるとは……」

 

 振り返ったその先。港の出入り口から歩いてくる男に、俺たちの警戒心は一気に跳ね上がった。

 白い制服に身を包んだ長身で髪の長い男。まぎれもない光の結社の盟主、斎王琢磨がそこにいた。

 戦慄する俺たちだったが、しかし斎王は気にせず笑顔で近づいてくる。そしてカイザーを見ると、少し驚いた顔を見せた。

 

「これはこれは、プロリーグで破竹の勢いを見せているカイザーではないですか。まさかエドのライバルと目していたあなたにここで会えるとは……」

「エドだと?」

「申し遅れました。私はエドのマネージャーをしております、斎王琢磨という者です」

 

 斎王は懐から名刺を取り出し、カイザーに渡すとにこやかに握手を交わした。

 いかにも外行きの態度に、剣山がけっと気に入らなそうな態度を見せる。

 

「話は聞いている。光の結社という組織のリーダーだそうだな」

「ええ、まあ。とはいえ、彼らが私を慕ってくれているだけで、私自身が彼らに何か言っているわけではないのですけどね」

 

 なんちゅー寒い言葉だ。

 それがこの場にいる全員一致の意見だったが、そんな冷たい視線などどこ吹く風。全く堪えた様子がない斎王の心臓の強さには感嘆するしかなかった。

 だが、そんな俺たちの中で唯一、十代だけは我先にと斎王に近づいていった。

 

「なぁなぁ! 斎王、俺とデュエルしようぜ!」

「あ、兄貴!?」

 

 翔が脈絡もなくデュエルを挑んだ十代に、目を白黒させる。

 負ければ洗脳が待っているだけに、普通なら翔の反応が正しいはずなのだが、十代にそれは通用しないらしい。

 だが、十代からの挑戦を、斎王は首を横に振って断った。

 

「私は既に今日デュエルしています。よって、断ることもできる。残念ですが、今日は遠慮させてもらいましょう」

「なんだよ、ちぇっ。しょうがねーなー」

 

 不満げに唇を尖らせた十代を斎王は一瞥し、目線をエドが暮らすクルーザーへと移す。そういえばさっきもエドに用事があると言っていたが、一体何の用事なのだろうか。

 

「では、これで失礼しますよ」

 

 斎王はそう言って俺たちの前を通ると、エドの乗る船に向かう。

 その姿を見送った俺たちは、エドの身を思わず心配する。斎王本来の意識が残っているのだとすれば、親友であるエドに手を出すようなことはないと思うが……。

 そんなことを考えていると、カイザーが斎王から受け取った名刺をしまいつつ呟いた。

 

「斎王琢磨……不気味な男だ」

 

 カイザーのその言葉に、全員が思わず頷く。

 ジェネックスに参加している光の結社の生徒は数多い。何かやらかさなければいいが……。

 ジェネックスに盛り上がるのもいいが、こっちも忘れるわけにはいかない。カイザーを出迎える場だったこの時は、そんなことを思い出させてくれる一時へと変わるのだった。

 

 

 

 



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第44話 安穏

 

 ――夜、デュエルアカデミア中等部寮。

 高等部のオベリスクブルー寮とは違い、中等部は基本的に二人から三人で一室が与えられている。これは高等部にある三種類の寮による区分けが中等部には存在しないためであり、またアカデミアは高等部に多くの敷地を割いているため、中等部が比較的手狭であることがその理由である。

 更に言えば一か所に生徒を集めて管理をしやすくすること、そしてルームメイトと暮らすことで多感な時期である中等部生に一層の社交性を身に着けることを期待して、ということも含まれていた。

 そんな中等部寮。その中でも女子寮には、一室だけ特別な部屋があった。複数人で一室を使うという原則があるにもかかわらず、その一室は一人の生徒が個室扱いで使用しているのだ。

 

 ――レイン恵。学園から何故か特別な待遇を受けている銀髪の少女。

 

 彼女が中等部において周囲から煙たがられているのは、なにも無愛想であることだけが原因ではない。それに加え、一人部屋を与えられたこと。時おり授業に出席していないにもかかわらず特にお咎めがないこと。そしてデュエルが強いこと。

 それらの要素が入り混じり、レインを取り巻く現在の環境が出来上がったといえる。

 そういった一般生徒とは異なる扱いに加え、レインには愛想がない。クラスメイトは「話しかけづらい人」として近寄りづらく、それ以外の生徒は「特別待遇を鼻にかけてこちらを見下している」とレインの態度を受け取った。

 そのため、レインは基本的に中等部で受け入れられていなかった。

 しかし、そんなレインにも友達がいる。彼女自身そうそう口にはしないが、親友とすら思っている、早乙女レイという存在が。

 かつてデュエルし、そしてレインは彼女に勝った。それ以降、レイはレインに興味を持つようになる。そのなかでレインが腫物のような扱いであると知り、根が善良なレイはそれを放っておけずレインと交流を始める。

 初めは一方的だったそれも、徐々にレインの心の氷を溶かしていった。そして最終的にレイの好意をレインは受け入れ、二人は友人と呼べる関係になったのだった。

 レインが暮らす部屋は彼女だけしか住人がいない。そのため、レイは気を使ってかよくレインの部屋に遊びに来ていた。レインもそれを受け入れ、二人で楽しく過ごすのが放課後の主な使い道である。

 そしてその際、レイはたまにレインの部屋の片隅に目を向けることがある。

 しかしそれは当然というもので、レインの部屋の片隅には大きな白い箱がデデンと鎮座しているのである。

 一度レイはレインに聞いたことがある。あの箱は何なのか、と。しかしレインの答えは決まって「……禁則事項。ごめん」だった。

 その時のレインの顔が本当に申し訳なさそうで、レイはそれ以降その質問をしていない。しかしときどき思い出したようにレイがそれを気にしているのも事実なのだった。

 

 そんなことを思い出しながら、レインは既に夜半にもなる時間に暗い部屋の中をゆっくりと動く。そして部屋に置かれたその箱まで近づくと、そっとそれに触れた。

 すると、途端にその箱は徐々に形を変えて、非常に機械的な姿へと様変わりしていく。それはさながら蕾が花弁を開いていくかのような、そんな変化によく似ていた。

 展開されきったソレの姿は、まるで飛行機のコクピットを小型化したような姿だった。小さなボタンやレバーはまさにそう。モニターにあたる部分がなく、コードや細かい部品が剥き出しになっている点はいささか無骨に過ぎるが、その緻密さには目を見張るものがあった。

 しかし、そんな造りになっているためかデザイン性は非常に乏しい。箱の状態が綺麗な白一色だっただけに、その対比で無骨さが目立つのだ。とはいえ、そんな中でも唯一美しいと表現してもよい個所があった。

 機械の下部にて虹色の輝きを放つ部位である。この装置の動力源であろうそこだけは、闇の中にあっても幻想的な美しさを持って暗い部屋の中を淡く七色に染め上げていた。

 そして、レインはおもむろにそこに顔を近づけると、入念にその様子を調べ始める。

 毎度レインはこうして機械に異常がないかのチェックをしている。不具合などが出てはたまらないからだ。尤もよほどのことがない限りそれはありえないので、念の為の域を出ることはない。

 部屋に置かれたコレのため、そして自身の存在ゆえに機械に対して理解が深いレインならではのこだわりといえるかもしれない。

 そしてそれらのチェックを終えて問題がないことを確認したレインは、その前に座って小さく呟いた。

 

「……マスター」

 

 その微かな呼びかけに反応し、機械がブーンと小さな駆動音を響かせる。それ以外には何も音を出さない恐ろしく静音性に優れたそれは、やがて空間上に半透明のウィンドウを浮かび上がらせた。

 レインはしばしそのウィンドウを前に頷いたり、小さく口を動かしたりとしていたが、数分後にはそれも終わる。同時にウィンドウも消えてその機械も元の箱の形へと戻っていった。

 そして先程までの異様な光景から普段の寮の姿へと戻った一室の中で、レインはベッドに腰掛けた。

 そして、先程ウィンドウの向こうにいる相手に言われたことを思い出す。

 皆本遠也……。レイと親しく、レイが思いを寄せ、そして自身を仲間として受け入れてくれた人。

 レイと遠也、そしてマナ。彼女たちがいたおかげで、レインには十代たちをはじめとする多くの仲間が出来た。今なら、彼らも自分の友達だとレインは言い切ることが出来る。

 それは全て、レイのおかげであり、そして遠也のおかげでもあった。

 レイ、遠也、マナ……多くの顔がよぎり、レインはそっと目を伏せた。彼らに隠し事をしている自分が、急に申し訳なく思えてきたのだ。なにせ、自分はもしかしたら彼らと敵対するかもしれないのだから。

 

「……けど、マスターは絶対」

 

 そう言い聞かせ、レインは閉じていた目を開ける。

 まだ彼らと敵対すると決まったわけでもない。今は様子見。今の指示にしても、現状を逸脱しない範囲でいいと言われたのだから。

 願わくば、彼らを害することがずっと無いように。

 レインは無機質な心の中で、そっとそんなささやかな願いを抱くのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ――カイザー丸藤亮がアカデミアに帰ってきた。

 この一報はすぐさま島中を駆け巡り、多くの生徒がカイザーの来訪を喜びと興奮をもって受け入れていた。

 それというのも、カイザーはかつてこのアカデミアで最強と言われ続け、更にそのルックスと相手を思いやる優しさから男女問わずにとても慕われていたのだ。そして卒業後はプロとして順調にランキングを駆けあがっている。まさに自慢の先輩というわけなのだ。

 今年の一年生にもカイザーに憧れてアカデミアの門を叩いた生徒は数多い。そんなカイザーが現れたというのだから、それに対する生徒たちの反応など想像に容易い。

 カイザーにならメダルを奪われてもいい、またはデュエルすること自体が記念になると言って早速カイザーはモテモテのようだった。

 ことごとく対戦相手に避けられる俺や十代とはえらい違いである。強さ的には負けてないと思うんだが……やっぱりあれか。男はしょせん顔と社会的地位だというのか。

 おのれカイザー。イケメンはこれだから……。

 真っ先にカイザーとデュエルして負けた吹雪さん曰く「いやー、強くなってるね亮は」だそうだ。おどけたような言い方だったが、吹雪さんの表情は真剣だった。カイザーの親友である吹雪さんが直に戦ってそう言うのだから、カイザーは本当に強くなっているのだろう。

 伊達にプロとして生活しているわけではない、ということか。まぁ、それはそれで面白い。実際に戦う時が楽しみである。

 俺はかつて電話で約束した再戦の時を思い、心を躍らせるのだった。

 

 

 

 

 そんな中、俺は道行くデュエリストに「おい、デュエルしろよ」と喧嘩(デュエル)をふっかけてメダルを稼ぐ日々を過ごしていた。

 俺と同じく生徒たちから避けられている十代はというと、外から来たデュエリスト……つまりプロや他校の生徒を中心に順調に勝ち残っているようだ。

 いいなぁ十代は。変わり種とたくさんデュエルできて。俺なんか無理やり近くの生徒をとっ捕まえて大魔王のごとく逃げられない状態にしてデュエルをするしかないというのに……。

 ときおりマナのファンが突っかかってきてくれる時は、手間がなくていいんだがなぁ。

「貴様を倒して、俺は……マナさんに握手をしてもらうんだ!」とか「マナさんの前で少しでもいいところを見せられれば本望! 来い、《モリンフェン》!」とかな。

 握手ぐらいなら、頼めばマナも断らないだろ。そんなことを考えつつ、もちろん全員倒した。

 そういう輩がいない時は、相手を探すことに手間取ってしまうこともあるので、厄介なものである。

 だが、いつもそんな風に飢えた狼のごとく対戦相手を探しているわけではない。適度な息抜きもまた必要不可欠な要素である。

 よって、俺は今レッド寮にある自室……あの万丈目による改造部屋にて三沢とくっちゃべっている。今日はイエロー寮で差し迫った用事があるわけでもないらしく訪ねてきたのでそれを迎え入れたのだ。

 そして話は色々と変遷していき、ある話題となったところで俺は部屋の隅からあるものを取り出すとそれを三沢に手渡した。

 黒い袋に包まれたそれを、三沢は神妙な面持ちで受け取った。

 

「……これが例の物か、遠也」

「ああ。俺が修学旅行のさなか、マナの目を盗んで買いに行ったまさに逸品だ。お前も満足できるはずだぜ……」

 

 コソコソと男二人肩を寄せ合って囁き合う。

 いま俺の傍にマナはいないのでもう少し声を大きくしてもいいのだが、そこはやはり気分という奴だった。

 

「ここのところ、マナだけじゃなくレイやレインもいて渡す機会がなかったからな。上手くお互いに時間が空いて良かったよ」

「ああ。感謝するぞ、遠也」

「いいってことよ、兄弟」

「ふっ、そうだな」

 

 俺たちはがっしりと手を握り合う。

 この気持ちは同じ男にしかわかるまい。この瞬間の……エロに対した時の、男同士の連帯感というものは。

 俺が十八歳だからこそできたこの芸当に三沢は感心しきりだが、しかし俺は表情を真面目なものにして懸念を示す。

 

「だが三沢。そいつを見る時は細心の注意を払えよ。いくらお前でも、見つかれば処罰は免れないぜ……」

「愚問だな、遠也。俺はデュエルの全てを計算で確立する男。安全に視聴するべきルートは、もう見えている」

「……! そうか、確かに愚問だったようだな……」

 

 俺の心配を杞憂だとはっきり断じた三沢の姿に俺も安堵の笑みを見せる。

 そして三沢はこの部屋を辞するべく立ち上がった。俺が渡したコイツを早速見ようということだろう。その逸る気持ちはわからないでもない。俺も三沢を見送るために立ち上がる。

 そして、俺たちは自然と浮かぶ笑みを交わすのだった。

 

「じゃあな、三沢。俺のサービス、心行くまで楽しんでくれ」

「ああ! 恩に着るぞ、とお――」

「へぇ、私も興味あるな」

 

 突如俺と三沢の間から聞こえてきた声に、俺たちは硬直する。

 そしてその隙をついて、その声の主は三沢の手から件のブツを奪い取っていた。

 声を上げる間もなく奪われ、それを黒い袋から取り出している声の主。オベリスクブルー女子の制服に身を包んだマナは、能面のような無表情で袋の中を探っていた。

 こ、こいつ……。外に出て行ったはずなのに、いつの間にか精霊状態で帰ってきてやがったな。話に夢中で気づかなかった。

 そしていよいよマナの手が袋の中のソレを掴み、外に引っ張り出す。

 マナの手の中で白日の下に晒されたそれは、DVDケースに入った映像ソフト。パッケージの写真はやたら肌色が目立ち、無論その肌色の持ち主は女性であった。

 それをじっと見つめるマナ。そして、何も言えない俺と三沢。

 数秒その無言の時が過ぎたかと思うと、マナはそのDVDを袋の中に戻す。そしてそれを三沢に渡すことなくその手に持ったまま、笑顔となって三沢に手を振った。

 

「ごめんね、三沢くん。今日はこれで帰ってもらえるかな?」

「え? でもソレは俺が……」

「ん?」

「いえ、何でもないです……」

 

 未練がましくマナの手にある袋を見た三沢だったが、再度マナに促されあえなく撃沈。

 すたこらさっさと部屋を出て行った三沢を見送りつつ、俺はデッキケースを腰につけてデュエルディスクを腕に着けた。

 

「じゃ、俺はデュエルに勤しむとしますかね」

「うん。私とのお話の後でね」

「……ですよね」

 

 ともすればナチュラルに出て行けるのではないかと期待していたんだが、そうは問屋がおろさなかったようだ。

 マナにがっしり腕を掴まれた俺は、すごすごとその無言の威圧に頭を垂れて従うのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 翌日。

 昨日は色々あって結局あの後デュエルは出来なかったため、今日は真面目にジェネックスに取り組もうと思う。

 勝ち残ってカイザーと恥ずかしくない戦いをするためにも、少しでも自分の力を磨いておかないとな。

 そう考えて一日一回のデュエルが終わった後も相手を探して歩いていると、前から見覚えのある男が歩いてくる。俺も精霊となっているマナもそれに気づき、俺たちはそいつに走り寄っていった。

 

「おーい、エド!」

 

 声をかけると、エドもこちらに気が付いたようだ。

 エドは徐々に近づく俺の姿を視界に収めると、眉を寄せてぽつりと呟く。

 

「なんだ、お前か」

 

「先輩に相変わらず失礼だな、お前は!」

 

 あまりな言い様に思わず突っ込む。

 とはいえ通常時であっても俺たちのことを普通に呼び捨てにするエドだけに、そこまで怒りは湧いてこなかった。慣れというものは恐ろしいな。

 そして俺のそんな言葉を当然のようにスルーしたエドは、腕を組んで訝しげな目で俺を見た。

 

「それで、一体何の用だ?」

「え?」

「……話があるから僕を呼び止めたんじゃないのか?」

「いや、そういうわけでもないけど。友達見かけたら声ぐらいかけるだろ普通」

 

 俺が素直にそう言えば、エドは呆れたように溜め息をついた。もう一度言うが、本当に失礼だなお前。プロとして大人の中で生きてきたなら、もう少し礼儀があってもよさそうなものだが。

 っと、そういえば。

 

「エドはメダル集まったか?」

「仮にも僕はプロだぞ。この程度なら、何も問題はない」

 

 そう言って、エドは懐から手の平いっぱいのメダルを取り出す。ぱっと見ただけでも二十はあるうえ、見た感じまだ持っていそうだ。俺もかなり手にした気でいたが、さすがはプロだ。この短期間でこれとは。

 

『エドくんが自信たっぷりなのも納得だねー』

 

 うんうんと頷くマナに、俺も内心で頷く。伊達にこれで生活してるわけじゃないってことか。

 ……プロといえば、一つ思い出したことがある。カイザーがこの島に来た時、エドのマネージャーでもある斎王はエドに用事があって港に来たと言っていた。あれは一体何の用だったのだろうか。

 

「どうした?」

 

 問いたげにしていた雰囲気が伝わったのか、エドのほうから俺に疑問の声がかけられる。

 聞いていいものか迷ったが、答えたくないことならエドが答えるとは思えない。訊くだけならタダであるという結論に達し、俺はエドにその問いをぶつけてみた。

 すなわち、斎王の用事とは何だったのか、と。

 この質問に対し、エドの表情は目に見えて困惑したものへと変わる。

 

「いや、言いにくいことならいいんだ。ちょっと気になっただけだったし」

 

 その変化を見て取った俺は何かまずいことを聞いたかと思い、思わず早口でお茶を濁す言葉を吐き出す。

 しかし、エドはそれに首を振って応える。……どういう意味だろうか?

 

「別に言いにくいことじゃない。ただ、僕にもよくわからないんだ」

「……どういうことだ?」

 

 俺が重ねて問うと、エドはゆっくりとその時のことを話し始めた。

 俺たちやカイザーと会った後、エドのクルーザーを訪れた斎王は、そのままエドと話を始めたのだという。そこでエドは斎王に何を考えているのかを問い質したそうだが、斎王の答えは光による救済だの運命による導きだのと要領を得ない。

 運命によって導かれる。そのことに、エドは違和感を覚え始めていた。俺と戦い自分を取り戻した万丈目が、そのきっかけだったそうだ。

 斎王が言う運命によって斎王に下った男が、自らの意思で斎王の元を離れた。これは運命に抗ったということではないのか。それもまた運命だったと言うには、斎王の元にいる側近が明日香ひとりという現状はあまりに不自然だと思ったのだ。

 そこにきて斎王の訪問を受けたエドは、かつて自分たちは運命に抗うと決めたのではなかったか、と斎王に詰め寄ったのだという。

 

「かつて斎王はこう言った。自分の運命は破滅に向かっていると」

「破滅に?」

「ああ。それを自分ではどうにも出来ないと嘆いていた。だからこそ、僕は斎王の友となり、斎王を助けると誓った。その運命から。その誓いのもと、僕は斎王の傍にいたんだ。……もっとも、僕も自分のことで一杯一杯でいつの間にかそれを忘れていたのは事実だがな」

「親父さんの復讐のことか」

「………………」

 

 エドはそれを忘れていたことを後悔しているのだろう。無言で目を伏せたその表情は、沈痛という言葉がぴたりと当てはまる痛々しいものであった。

 そんな中、エドの話は続く。

 そうして詰め寄られた斎王は、不気味な笑顔を浮かべてエドの肩に手を置いた。しかし、一瞬でその手は離れ、斎王は突如苦しみだしたという。

 友の姿に心配になったエドは、斎王に駆け寄る。そして「大丈夫か」と声をかけると、予想外の言葉が返ってきたのだという。

 

「予想外の言葉?」

「ああ。……『エド、君は……君だけは何としてもこいつの犠牲にはさせない。必ず私はこの世界を破滅から救ってみせる。決して今は私に手を出すな』と。それだけ言って、斎王は帰っていったよ」

 

 そして、帰る時には舌打ちを一つ打って、元の不敵な斎王に戻っていたらしい。頭が痛むのか手で額を抑えながら帰った斎王に、エドは言葉をかけられなかった。それよりも斎王に言われた言葉がエドの頭の中を占めていたからだ。

 俺はそこまでの話を聞いて、かちりと頭の中で一つに繋がる情報に思い当たった。そう、斎王の妹である美寿知が言っていた言葉である。

 

「……ひょっとして、美寿知が言っていた斎王本来の人格が――」

「ああ。僕に言葉を残したのが、きっと本来の斎王なんだ。僕にはわかる。斎王は自分を飲み込もうとする何者かと戦っているんだ」

 

 言って、エドはぐっと拳を握りこむ。

 友が窮地に立たされていることを知りながら、何も力になれていないからだろう。その気持ちは、かつて十代がカードが見えなくなった時のことを思えば、少しは分かる気がした。

 

「斎王が何故手を出すなと言ったのかはわからない。だが、僕の友がそう言ったんだ。今は……僕はそれを信じて、待つだけだ」

 

 エドはじっと目を閉じる。

 それはまるで、今にも斎王の元へ向かって救い出したい欲求を無理やり押さえ込んでいるかのようであった。

 ……俺は斎王がそう言った理由に見当がついている。今の斎王の手元には世界を滅ぼすことが出来るレーザー衛星ソーラを起動させる鍵がある。強行におよび、それを発動させられてはたまらないということだろう。

 斎王本来の人格が抑えているだけなら、破滅の光もいずれ斎王の人格など消え去ると思って無理はしない。だが、そこに外部要因が加われば話は変わる。そうなってしまわないために、エドに釘を刺したのだと予想できる。

 そう思い至るから、俺は何も言えない。斎王の気持ちを慮れば、不安要素をわざわざ作り出す真似など到底できなかったからだ。それに、事は世界の存亡に冗談抜きに関わってくる。下手に話して混乱をきたしても困る。

 一応ペガサスさんには内密でどうにかできないかと相談したのだが、首を横に振られてしまっている。やはりI2社といっても所詮は一企業。国を相手に無理は出来ない。

 それに、レーザー衛星は宇宙にあるのだ。国に手を出せば、それを勘付かれて斎王に起動させられジエンドだ。宇宙にある本体をどうにかする手段はないのだから。

 今は斎王の本来の人格に賭けるしかない。俺もまた歯がゆさに眉をしかめるのだった。

 

「……余計なことまで話してしまったな。僕はもう行く」

 

 バツの悪そうな顔をしてエドは踵を返す。

 俺ははっとしてエドに声をかけた。

 

「エド! 斎王のことはわかったけど、お前はどうするんだよ」

「……何のことだ」

 

 振り返らずにエドは言う。だが、その声が強張っていることから、俺が言いたいことは伝わっているのだろう。

 だがあえて、俺は言葉にした。

 

「復讐のことだ。……斎王のこともあるのに、大丈夫なのか?」

 

 やめろ、とは口が裂けても言えない。復讐と口にし、それを実行しようとしているエドに悲しみを覚えないと言えば嘘になる。しかし、それはエドにとって全てと言ってもいい悲願なのだ。

 当事者でない俺が強く言えるはずもなかった。

 ……そう、悲願のはずなのだ。エドには。しかし、俺のそんな問いかけに、エドは即答することが出来なかった。

 一拍置き、エドは叩きつけるように言葉を紡ぐ。

 

「……僕は、父を殺した男を許さない。父さんが遺した究極のDも、必ず僕が見つけ出す。必ず……!」

 

 唇を噛みながら、自分に言い聞かせるようにエドは言う。

 そして、そのままエドはゆっくりと歩を進めていき、俺の前から姿を消すのだった。

 ……しばしその場に立ちすくみ、俺は深い息を吐いた。

 

「なんていうかさ」

『うん?』

「……ままならないよなぁ、色々」

『……うん。エドくん、無理をしないといいけど』

 

 エドが去って行ったほうを心配げに見てマナがそう懸念を口にする。

 復讐、そして友の危機、か。一人の肩にかけるには随分と重たい荷物だ。俺や十代たちが、少しでも助けになれればいいんだけどな。

 マナと共に既に見えないエドの背中を見つめながら、俺はそんなことを思うのだった。

 

 

 

 

 エドと別れた俺は、しばらくそのままブラブラと歩く。

 歩きつつ頭の中はさっきエドと交わした会話が占めていたのだが、結局いま俺にできることはそうないと気付き、その思考は一時中断している。

 そして気分転換……というより本来の目的に戻って、誰かデュエルしてくれる人がいないかなーと思いながら歩いているわけだ。

 だがしかし、本校生徒は露骨に避けるからデュエル出来ない。外部の人間も、こういう時に限って全く会わない。俺の口から溜め息が漏れた。

 もう諦めてレッド寮に帰ろうかな。そう思い始めた俺だったが、どうやら神は俺を見捨てていなかったようだ。

 

「皆本遠也! 俺とデュエルしろ!」

 

 こう言ってデュエルディスクを突きつけてくるイエローの生徒に出会えたのだから。

 

「ああ、もちろんいいぜ!」

 

 その言葉に当然のごとく二つ返事で了承し、俺は喜々としてデュエルディスクを構える。

 さっきのエドのこともあって、気分が落ち込み気味だからな。ここは気持ちを切り替える意味でも、デュエルを持ちかけてきてくれたこの生徒には感謝だ。

 そういうわけで俺は笑顔を相手に向けるのだが、あっちは俺を睨むばかりである。

 思わず首を傾げると、そいつが歯ぎしりをしながら声を出す。

 

「お前を倒して、俺は彼女をお前から奪ってみせる」

「ほう……」

 

 またその類の輩か。しかし、正面切って俺に挑戦してきたその心意気は認められる。

 だが、マナは俺のものだ。誰が奪わせるものか。

 そういった手合いと分かれば話は別だ。マナに関することな以上、全力でこのデュエルを制してみせる。そう俺が意気込みも新たにすると、向こうもカッと目を見開いて決意の叫びを上げた。

 

「俺の天使――レイちゃんを!」

 

「って、おい!?」

 

 レイのほうかよ!? 確かにレイは俺に懐いていてよく一緒にいるから誤解するのも分かるが……。彼女じゃないぞ、あいつは。あくまで妹分だ。

 っていうか、それ以前にだな。

 

「ちょっと待て! レイは中等部とはいっても小学六年生と同年だぞ!? 普通に犯罪だろ!」

「問題ない! 愛があれば!」

『いや、問題でしょ』

 

 マナの冷や汗交じりの突込みはごもっともである。しかもその愛は一方通行のものであって、その時点でもう駄目である。

 だというのに、やたらテンション高いこいつは何なんだ。

 ……仕方ない。ここはレイのためにも俺がこいつを倒そう。妹を守るのは兄貴の役目。レイと付き合いたいなら、俺を乗り越えてからにしてもらわなければ絶対に許さん。

 

「「デュエル!」」

 

皆本遠也 LP:4000

イエロー生 LP:4000

 

 デュエルディスクを確認すれば、先攻は俺となっている。俺はデッキトップに指を置いた。

 

「俺のターン!」

 

 カードを引き、手札に加える。そして、1枚をディスクに乗せる。

 

「俺はモンスターをセット。カードを1枚伏せてターンエンドだ!」

 

 叩き潰すとは言ったが、先攻は攻撃できない。

 ならばここは相手がどういった手で来るのか、しっかりと見極めることが肝要だ。そのために俺はフィールドに守備表示モンスターと伏せカードを残した。これでこのターンを過ごせば、次のターンでは相手の戦術に合わせた対応をとれるはず。

 それもこれも、次の向こうの出方次第だ。俺はじっとあちらの動きを観察した。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引いた奴はその中の1枚に手をかける。一体どんな手で来るのか……。

 

「俺は魔法カード《デス・メテオ》を発動! このカードは相手のライフが3000以上の時のみ発動でき、相手ライフに1000のダメージを与える!」

 

 いきなりバーンカードだと!? さすがにそれは予想外だった。

 直後、俺のフィールド上空に現れる隕石。それはモンスターではなく、直接俺へと落下してきた。

 

「うぉおッ!?」

 

遠也 LP:4000→3000

 

 一気にライフが1000削られる。そして相手は次の行動に移っていた。

 

「更に《火炎地獄》を発動! 相手ライフに1000ポイントのダメージを与え、俺は500ポイントのダメージを受ける!」

「またかよッ!? うわぁッ!」

 

遠也 LP:3000→2000

イエロー生 LP:4000→3500

 

 フィールド全体を覆うように炎が走り、互いのプレイヤーへと火炎が迫る。若干俺の方に勢いがあるそれを受け、ライフが更に減少する。

 

「更に《ファイヤー・トルーパー》を召喚! このカードが召喚・反転召喚・特殊召喚に成功した時、このカードを墓地に送ることで相手ライフに1000ポイントのダメージを与える!」

 

 モンスターを召喚したと思ったら、またしてもバーンか。……俺が伏せたカードは《くず鉄のかかし》。攻撃宣言がなければ、意味がないカードである。

 召喚されたファイヤー・トルーパーは即座に墓地に送られ、身体の一部であった炎を俺に放射して姿を消す。ソリッドビジョンとはいえ、思わず俺は目を閉じた。

 

「ぐッ……! お前、まさか……」

 

遠也 LP:2000→1000

 

 ここまでくれば疑う余地はない。相手のデッキコンセプトは、直接ダメージを与える魔法カードや効果モンスターを駆使して相手ライフを0にすること。

 つまり。

 

「そうだ! これはバーンデッキ! これなら俺だってお前に勝てる! そして俺はレイちゃんに……レイちゃんに話しかけるんだぁぁあ!」

「話しかけるぐらい、普通にしろよ!」

 

 気合を入れて叫んだ願望があまりに簡単に達成できそうなものだったため、思わず突っ込む。レイなら無視することはないと思うから、それぐらい容易いだろうに。

 だが、そんな俺の言葉は奴にとって火に油を注ぐようなものだったらしく、一層こちらを睨んできた。

 

「黙れ! 話しかけるなんて恥ずかしいだろ! お前みたいなリア充にこの気持ちがわかってたまるか! ――まだいくぞ! 魔法カード《火あぶりの刑》を発動! 600のダメージを受けろ!」

「くっ、さすがにマズイ……!」

 

遠也 LP:1000→400

 

 再び俺に直接降りかかった炎によって、こちらの残りライフはあと400しかない。もしまた次にバーンカードが来たら、たぶん負けることになる。

 思わず冷や汗が頬を伝い、俺は奴の残り2枚の手札にバーンカードがないように祈る。

 だが、奴はそんな俺を嘲笑うかのように手札に手をかけた。そして1枚をゆっくりとディスクに差し込み、発動させる。

 

「魔法カード《火の粉》を発動! 200ポイントのダメージだぁ!」

「火の粉だと!? っとっと!」

 

 パチパチと足元で跳ねる小さな火の粉に思わず数歩後ずさるが、さっきまでの火炎尽くしを思えば、それほど怖くもなかった。

 

遠也 LP:400→200

 

「最後にカードを1枚伏せ、ターンエンド!」

 

 向こうのターンが終わり、俺へとターンが移る。

 しかし、まさか相手がバーンデッキとは。しかも、もしあれが火の粉以外のバーンカードならほぼ間違いなく既に勝敗はついていた。

 バーン相手に残りライフ200はかなり致命的だ。このターンで決着をつけなければ、恐らく返しのターンで俺は負ける。

 相手の手札は0だが、バーンデッキの特徴からして次に引くカードがそういったダメージカードである確率はかなり高いからである。

 まさかこういった形でメダルを奪われる危機に陥るとはな。――だが、だからこそデュエルは面白い。こうして想像もしていなかった事態に出会えただけでも、あのイエロー生には感謝だな。

 向こうは向こうで必死であり、本気なのだろう。それはわかる。だが、俺だって負ける気はない。

 自然と口元に浮かぶ笑みを自覚しながら、俺はデッキからカードを引いた。

 

「俺のターン!」

 

 よし、いい答えだぜ俺のカードたち。これならば、上手くすればこのターンでケリをつけられる。

 

「いくぞ! 俺は手札から《レベル・スティーラー》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! 更にクイック・シンクロンのレベルを1つ下げ、墓地からレベル・スティーラーを特殊召喚する!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

 

 ちなみに今引いたのがレベル・スティーラーである。手札コストとしては最適であり、来てくれて本当に助かった。

 

「そしてセットモンスターを反転召喚! セットしていたのは《ダンディライオン》だ!」

 

《ダンディライオン》 ATK/300 DEF/300

 

 十代が持つものと同じ、タンポポをライオンに似せてぬいぐるみ化させたような、愛くるしいモンスターが葉っぱのような足で立ち上がる。

 さて、これで準備は整った。

 

「レベル1レベル・スティーラーとレベル3ダンディライオンに、レベル4となっているクイック・シンクロンをチューニング! 集いし闘志が、怒号の魔神を呼び覚ます。光差す道となれ! シンクロ召喚! 粉砕せよ、《ジャンク・デストロイヤー》!」

 

《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600 DEF/2500

 

 現れる鋼鉄の巨大ロボット。そしてこの召喚に対して相手に動きはなし、と。

 それを確認すると一息つき、俺は言葉を続けた。

 

「ジャンク・デストロイヤーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、素材としたチューナー以外のモンスターの数まで相手の場のカードを破壊できる! 素材としたのは2体! よってその伏せカードを破壊する! 《タイダル・エナジー》!」

「くっ……」

 

 ジャンク・デストロイヤーによって放たれた光によって、伏せカードが破壊される。伏せられていたのは、《魔法の筒(マジック・シリンダー)》。激流葬や神の宣告だったらアウトだっただけに、シンクロ召喚する時は正直冷や冷やだった。

 破壊したカードも、やはりバーンではお馴染みともいえる魔法の筒。相手モンスター1体の攻撃を無効にし、その攻撃力分のダメージを相手に与えるという、単純ながらも強力なカードだ。そのまま攻撃していたら、本当にゲームエンドだった。

 だが、これで安心して攻撃できるようになったわけである。

 

「そして墓地に送られたダンディライオンの効果により、綿毛トークンが2体守備表示で特殊召喚される」

 

《綿毛トークン1》 ATK/0 DEF/0

《綿毛トークン2》 ATK/0 DEF/0

 

 ダンディライオンと同じぐらいの大きさを持つ綿毛に顔をつけた、これまたメルヘンなトークンが場に現れる。

 そして俺は手札のカードを手に取ってデュエルディスクに差し込んだ。

 

「更に手札から魔法カード《シンクロキャンセル》を発動! ジャンク・デストロイヤーをエクストラデッキに戻し、素材となったモンスター一組を墓地から復活!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

《ダンディライオン》 ATK/300 DEF/300

 

 ちなみに墓地から特殊召喚されたので、クイック・シンクロンのレベルは元の値である5に戻っている。

 これで綿毛トークンとあわせて俺のモンスターゾーンは全て埋まった。そしてチューナーがいる以上、やることは1つ。

 

「そして再びシンクロ召喚を行う! レベル1の綿毛トークン2体とレベル・スティーラーに、レベル5クイック・シンクロンをチューニング! 集いし希望が、新たな地平へ誘う。光差す道となれ! シンクロ召喚! 駆け抜けろ、《ロード・ウォリアー》!」

 

 3つの星が5重のリングを潜り抜け、溢れ出す光の中から煌びやかな鎧に身を包んだ高貴な戦士が姿を現す。

 薄い金色に彩られた君主にして戦士。威風堂々と地面を滑りながらロード・ウォリアーが拳を突き上げた。

 

《ロード・ウォリアー》 ATK/3000 DEF/1500

 

「ロード・ウォリアーの効果発動! 1ターンに1度、デッキからレベル2以下の戦士族または機械族のモンスター1体を特殊召喚できる! 俺は機械族の《アンノウン・シンクロン》を特殊召喚!」

 

《アンノウン・シンクロン》 ATK/0 DEF/0

 

「レベル3ダンディライオンにレベル1アンノウン・シンクロンをチューニング! 集いし勇気が、勝利を掴む力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 来い、《アームズ・エイド》!」

 

 鋭く赤い五本の指。巨大なガントレットのような姿をしたモンスターであるが、その効果はまさに勝利を掴むためにあると言って過言ではない。

 まぁ、今回は効果を使わないだろうが。

 

《アームズ・エイド》 ATK/1800 DEF/1200

 

「更に墓地に送られたダンディライオンの効果で、綿毛トークンを特殊召喚する」

 

《綿毛トークン1》 ATK/0 DEF/0

《綿毛トークン2》 ATK/0 DEF/0

 

 ダンディライオンのトークン生成効果は強制効果だ。モンスターゾーンに空きが2つ以上ある場合は必ず特殊召喚される。

 しかし、トークンの出番は残念ながらもうない。俺の場には既に相手のライフを削り切るモンスターたちが揃ったのだから。

 それは向こうも理解している。その証拠に、俺の場を見つめる相手の表情は苦渋に満ちたものになっていた。

 

「攻撃力3000と1800……! くっ……俺のレイちゃんへの想いは届かないというのか……」

 

 そう言って、そいつはがくりと片膝をつく。

 ……兄貴分としてはレイにちょっかいを出されるのは、気に入らない。だがしかし、男として好きな女の子に対して一生懸命になる気持ちは理解できる。

 その相手がレイであるということに若干のモヤモヤを覚えなくはないが、それでも俺は本当に落ち込んでいる目の前の男を見捨てることが出来ず、気が付けば口を開いていた。

 

「何言ってんだ。本当に好きなら、もっと積極的になればいいだろ」

「え……?」

 

 俺の言葉に、そいつは反射的に顔を上げる。そしてその目を真っ直ぐ見つめて、俺は更に言い募った。

 

「レイは優しい奴だって、わかるだろ? あいつは話しかけられて無視するような奴じゃない。だから、勇気を出してきちんと話しかけてみろよ! まずはそれからだろ!」

「勇気を出して、積極的に……」

 

 復唱した男に、俺は頷く。

 

「そうだ。それぐらいの勢いを持っていけば、きっとお前の想いは伝わるさ!」

『誰かさんにもそんな勇気があったら良かったんですけどねー』

 

 横でマナがジト目で俺を見てくる。

 くっ……痛いところを。確かに俺は女の子の方から告白させたヘタレですよ。行動に移されるまで勇気が出なかった意気地なしですとも。

 だが、それとこれとはこの際話は別。今はこの目の前のこいつのために、俺が出来ることをしてやるべきだろう、そうに違いない。

 じっとりと見てくるマナの目から意図的に意識を逸らし、俺は手をフィールドに向けて2体のモンスターに決着を促す指示を出した。

 

「……バトル! ロード・ウォリアーとアームズ・エイドでプレイヤーに直接攻撃! 《ライトニング・クロー》! 《ハンズ・オブ・ヴィクトリー》!」

「うわぁああッ!」

 

イエロー生  LP:3500→0

 

 ロード・ウォリアーとアームズ・エイドの2体による攻撃が直撃し、そいつのライフは一瞬で0を刻み込む。

 両腕を交差させて襲い来る2体に攻撃を受けたそいつは、負けたというのにどこか晴れやかな顔をしていた。

 そして懐からメダルを数個取り出すと、一目散に俺に駆けてきてそれをこちらの手に握らせてきた。

 

「そうだな! 俺、勇気出してみるよ! この思いを、あの子に伝えてくる!」

「お、おう」

「よっしゃー! 待っててくれ、俺の天使よー!」

 

 言うが早いかすぐに踵を返して走り出す。陸上部もかくやというほどのスピードで去って行ったそいつの背中は、すぐに見えなくなってしまった。

 呆然とそれを見送るしかなかった俺だったが、しかしその胸中は何とも複雑なものであった。

 だがまぁ、しかし。言ってしまった手前、俺がどうこう言うことでは既にない。俺は気分を切り替えるように息を吐き出すと、俺もまたその場から踵を返すのだった。

 

 

 

 

 ――余談だが、レイはいきなり現れた高等部のイエロー生に告白され、驚きつつもごめんなさいしたらしい。レイ自身が困惑気味に伝えてきた。

 彼を俺が焚き付けた形になってしまったので、恋敗れたという報告には心苦しいものがある。しかし、兄貴分としてその報告にほっとした自分に気づき、俺は思わず苦笑いを浮かべるのだった。

 

 

 

 



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第45話 微速

 

 世界大会ジェネックス、そのさなか。

 俺はこの日も対戦相手を探して島の中をブラついていた。レッド寮を出発し、デュエルを求めて島中をさすらう。中には何人かの生徒とも出会うのだが、俺の顔を見た途端「皆本が来たぞ!」「散開だ、諸君!」と言ってこちらが話しかける前に蜘蛛の子を散らすように視界から消えていってしまう。

 聞けば、十代の方も似たようなものだとか。お前ら、本当は俺と十代のこと嫌いだろ。そんなことを若干拗ね気味に心の中で思う。

 まぁ、嫌い云々はさすがに冗談だが。その証拠に一日一回のデュエルを終えた生徒は、普通に接してくるのである。単に強制的にデュエルをしなければならない最初の一戦でメダルを失う確率が高い人間に会いたくないだけなのだろう。

 実際、万丈目も俺たちのように若干避けられているとか。だから外来のデュエリストを中心に相手をしているらしい。

 しかし、この状況は十代や俺には結構堪える。俺たちはもっとデュエルしたいのである。

 はぁ、と溜め息をつきつつ精霊となっているマナを連れて校舎から離れた海辺の方に向かう。あまり俺が行かないところに行けば、相手もいるかなと期待してのことである。

 しかし実際に来てみると、生活圏と言っていい校舎から離れているせいか人自体がいない。考えてみれば当然の話だった。

 だがしかし、そんな場所にもかかわらず俺は浜辺の隅にて知り合いの姿を見つける。なんでこんなところにと疑問に思いながらも、俺は背中を向けているそいつにゆっくり近づいていく。

 そして、ぽんと肩を叩いてそいつに声をかけた。

 

「よ、レイ。何してるんだ?」

「え? ――わぁっ!? と、遠也さん!?」

 

 振り向いた知り合い――レイは、相手が俺だとわかった途端にかなり大げさに驚いてぱっと距離を取る。

 びっくりさせようという意図が全くなかったわけではないが、ここまで驚かれるとむしろ俺の方がびっくりする。確かに突然肩に触れるのは驚くかもしれないが、飛び退くほどか?

 

「どうしたんだ、レイ。ん? それは、帽子に……バンダナか?」

「え? えっと、あははは……」

 

 レイは手に持っているそれを俺に指摘されると、さっと背中に隠す。今更隠しても意味がないと思うが。

 それによく見れば、今のレイの格好は制服ではない。どことなく男性的なパンツスタイルであった。

 

「なんだ、珍しい格好してるな」

「よいしょっと。何かあったの?」

 

 精霊となっていたマナも疑問に思ったのか、実体化して俺の隣に立つとレイに問いかける。もし何か力添えがいるようなら協力してあげたいということだろう。

 それは、それだけレイのことを気にかけているからでもある。無論、その気持ちは俺も同じだ。レイが何かやっているとするなら、それに力を貸すぐらいの甲斐性はあるつもりである。

 そんなふうに純粋なるレイへの気持ちから問う俺たちを前に、レイはうっと言葉に詰まったように呻いた。

 余程言いづらいことなのか視線をあちこちに泳がせる今のレイには、挙動不審という言葉がぴたりと当てはまる。

 その態度を不審に思う俺たち。そんな中、レイは曖昧に笑って俺たちから一歩後ずさる。

 

「あははは……その、な、なんでもないからー!」

 

 言って、背中を向けると逃げるようにしてレイは浜辺から走り去っていった。

 突然のことに、俺もマナも呆然とそれを見送るしかない。

 

「……なんだったんだ?」

「さぁ……?」

 

 二人して首を傾げ、レイが走り去った方を見る。

 一体なぜレイがあんなに動揺していたのかはわからないが、あの様子を見るに別段厄介ごとに巻き込まれているというわけでもなさそうだ。まぁ、そうなっていたら傍にいるレインのほうから何か連絡があるだろうけど。

 ともあれ、それならレイ自身のことに俺がとやかく口を出すことでもないか。大丈夫なら、それでいいし。

 そういうわけで、俺は再び対戦相手を探して歩き始める。再び精霊となったマナを連れ、今度はどこに行こうかとふらふら歩きながら考え始めた。

 ……うーん、浜辺には来たし、あとは森の方を通って山の方にでも行くかな。火山の物珍しさもあって外部の人がそっちにいるかもしれない。

 頭の中でそう結論を出すと、俺は進路を火山の方へと向ける。今度はいったい誰とデュエルできるのか。でも火山だからってまた火炎系バーンは勘弁な。

 そんなことを考えつつ足を進める俺だったが、不意にポケットから振動が伝わってくる。

 着信を知らせるPDAのバイブレーション機能である。何かあったのかと俺はPDAを取り出すと、電話をかけてきている相手を確認する。液晶には『遊城十代』の文字。

 どうしたんだろうかと訝しみながら、俺は通話ボタンを押した。

 

「もしもし?」

『お、繋がったか! 遠也、今すぐ校舎の入口に来てくれ! なるべく急いでくれよ!』

 

 興奮したように話す十代に、俺は困惑する。

 

「どうしたんだよ、一体」

『とにかく、来てくれって! 絶対驚くからさ! 待ってるぜ!』

「あ、おい!」

 

 言いたいことだけ言って、通話が切られる。

 ツー、ツー、と機械的な電子音が聞こえてくるだけになったPDAを前に、通話を切ってポケットに突っ込む。

 そして進行方向を火山から校舎へと変更するのだった。

 

『十代くん、なんだって?』

「なんか急いで校舎の入口まで来てくれってさ」

『え? 急にどうしたんだろう』

「わからん。でも急げって言うんだから、まぁ急ぐとするか」

 

 ひょっとしたら何かあったのかもしれないからな。それが大会に関することか、光の結社に関係することかはわからないけど。

 いずれにせよ、今この島は色々あって何があってもおかしくない状態にある。そんな中で十代からの呼び出しがあった以上、無視するわけにもいかなかった。

 それに、俺だって対戦相手を探していただけで忙しいわけじゃない。十代の呼び出しを断る理由もなく、俺は小走りに校舎へと駆けていくのだった。

 

 

 

 

 辿り着いた校舎前の道は、人が集まっていて随分と盛り上がっているようだった。

 港から一直線に続く石畳のそこは、両脇にモンスターのイラストが彫られた石板がモニュメントとして置かれており、中にはそのモニュメントの上に立っている生徒もいるほどだ。

 いったい何が行われているのか。そう疑問に思って見ていると、人の輪の中からひょこっと知った顔が飛び出してきた。

 

「お、来たか遠也! こっちだ、こっち! 急がないともう終わっちゃうぜ!」

 

 十代は焦ったように言って俺を手招きする。

 よほど皆が見ているものを俺に見せたいらしいと悟り、俺は集まる生徒をかき分けて進んでいく。どう考えても空気読めてない奴だったが、十代がああまで言うほどのことだ。俺も結構興味をそそられているのである。

 そうしてどうにか人の輪を抜け、十代の元に辿り着く。そして、その横にいる翔と剣山、そしてレインにも気が付くのだった。

 

「レイン? お前も来てたのか」

「……十代先輩のせい」

 

 なんでも校舎から出てくると既にこの騒ぎが始まっており、レインは騒々しい彼らを避けて寮に帰ろうとしたらしい。だが、ちょうどそこにいた十代に見つかり、「お前も見ていこうぜ!」とそのままとっ捕まって現在に至るとか。

 見るからに物静かなレインにとって、こうして大勢が集って騒ぐ場は好みではないようだ。

 ぶすっとした顔で十代を睨んでいた。

 

「た、大変だったな」

「……ん」

 

 俺が心底同情したように言ったためか、レインは少し機嫌を持ち直したようだ。

 翔も剣山もどちらかというと十代のように騒ぐのが好きだし、きっとレインに同調することはなかったんだろうな。

 偶然居合わせたレインを不憫に思っていると、ぐいっと十代が俺の腕を引いた。

 

「おい、遠也! それよりほら、見ろよ! 万丈目と戦ってる相手!」

「わかった、わかったって!」

 

 興奮気味の十代に引っ張られ、俺はレインの相手をするのを切り上げてこの騒動の中心を見る。

 人がリング状に広がったこの場の真ん中。ぽっかりと空いた空間には二人の男がデュエルディスクを構えて対峙していた。

 一人は万丈目。いつも通りの黒い衣装で不敵に笑ってデュエルをしている。場には《アームド・ドラゴン LV7》と《おジャマ・イエロー》がいて伏せカードが1枚。

 対してもう片方はかなり大柄で長身の男。黒いトレンチコートを身に纏い、これまた黒い中折帽子をかぶっている。場には《デーモンの召喚》が存在しており、男の顔は黒い独特の仮面で隠されている……――って。

 黒いトレンチコートに長身、中折帽子に仮面だと? ……そこまでどこぞの人間になりたい妖怪であるベムさんに酷似した人物といえば、心当たりは一人しかいない。

 

「まさか、廃寮の……タイタンか!?」

「おっ、気づいたか遠也! 驚いたろ!?」

 

 驚きの声を上げた俺に、十代が我が意を得たりとばかりに笑う。

 そんな十代に頷きを返しつつ、俺は更に観察するが……どこからどう見てもタイタンだ。

 かつて廃寮において明日香と俺を捕えて十代とデュエルをした男。途中、恐らくは理事長の手による闇のアイテムの影響によって闇のデュエルに巻き込まれたものの、どうにか闇に呑まれずに済み、そして島を去っていったデュエリストだ。

 そのタイタンを、こうして再びデュエルアカデミアで見ることになるとは。恐らくは外来のデュエリストとして大会に参加しているのだろう。

 

『あの時の人かぁ。ビックリだね』

 

 マナも思い出したのだろう、目を見張ってタイタンを見ている。もう一年も前のことだ。まさかまたその姿を見ることになるとは俺と同じで思ってもいなかったんだろう。

 マナの言葉に頷きを返しつつ、俺は同じく当時タイタンを見たことがある翔に声をかけた。

 

「それで、デュエルの方はどうなんだ?」

「万丈目くんの残りライフが2200で、タイタンが1000っす。でも、ホントに驚いたっすよ見つけた時は」

「だよなぁ」

「ぐぐ……丸藤先輩は知っているのに俺だけ知らないのは、なんか悔しいザウルス」

「……私も、知らない」

 

 しみじみと頷く俺と翔に対して、剣山が良くわからない対抗意識を出して悔しがり、レインはそんな剣山の肩をポンと慰めるように叩いた。

 この二人は今年からこの島に来て俺たちと親しくなったからな。去年のことを知らないのも無理はない。

 と、そんな時。デュエルに動きがあったようで、ワッと声が上がった。

 

「ほら、お前ら! 今はあいつらのデュエルを見ようぜ!」

 

 楽しそうに言う十代。その言うことも尤もだったので、俺たちは揃って万丈目とタイタンに目を向けた。

 

万丈目 LP:2200

タイタン LP:1000

 

「私のターン、ドローぅ!」

 

 相変わらず独特のバリトンボイスに、伸ばし気味の語尾。うん、間違いなくタイタンだ。

 

「私は《天使の施し》を発動ぉ! デッキから3枚ドローし、2枚捨てる。更に、《ジェネラルデーモン》を手札から捨てることによって、デッキからフィールド魔法《万魔殿(パンディモニウム)-悪魔の巣窟-》を手札に加え、そのまま発動ぉ!」

「ちっ、またそいつか!」

 

 万丈目が周囲を覆うように現れた禍々しい地獄のような光景に、舌打ちをする。どうやら、タイタンは一度このカードを使ったらしい。そしてそれを万丈目は破壊したみたいだな。

 

「更に《デーモン・ソルジャー》を召喚! そして速攻魔法《収縮》を発動ぉ! アームド・ドラゴン LV7の攻撃力を半分にするぅ!」

「なにッ!?」

 

《デーモン・ソルジャー》 ATK/1900 DEF/1500

 

 青い身体に鋭い目つき。そして身に纏う闇色のマントと手に持った剣は、戦士というよりは悪魔の騎士と言った風体である。

 攻撃力1900と、下級モンスターとしては高めのステータスの通常モンスター。そこに収縮が加われば、大抵の上級モンスターが獲物になる。

 それはアームド・ドラゴンであっても例外ではない。

 

《アームド・ドラゴン LV7》 ATK/2800→1400

 

「バトォル! デーモンの召喚でぇ、アームド・ドラゴン LV7に攻撃ぃ! 《魔降雷》!」

「ぐぁああッ!」

 

万丈目 LP:2200→1100

 

 デーモンの召喚の攻撃に、攻撃力が下がったアームド・ドラゴンは為す術がない。

 そしてこれで万丈目の場に残るモンスターは守備表示のおジャマ・イエローだけになってしまった。

 

「更にデーモン・ソルジャーで《おジャマ・イエロー》を攻撃だぁ! 《両断魔剣》!」

『ち、ちょっと剣は怖いのよって、あーれーッ!?』

 

 迫る剣に怯えるイエローが、剣が触れた瞬間破壊されて墓地に行く。場のモンスターを一掃され、万丈目は苦い顔である。

 

「ターンエンドだぁ」

 

 己の優勢を確信したからか、タイタンは自信に溢れた声でエンド宣言をする。

 万魔殿も発動済みであるし、タイタンのデッキコンセプトから言って次のターンには更に動いてくることだろう。

 だが、それは対戦している万丈目にもわかっているはず。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 万丈目に視線を移し、その様子を見守る。ライフはほぼ互角だが、しかしボードアドバンテージは圧倒的にタイタンが上。ここから万丈目はどうするのか。

 

「《強欲な壺》を発動し、2枚ドロー! そしてライフポイントを1000払い、手札から《おジャマンダラ》を発動! 墓地からおジャマ三兄弟を特殊召喚する!」

 

万丈目 LP:1100→100

 

 ついに万丈目のライフが残り100となる。だが、その代わりおジャマたちがフィールドに揃うことになる。万丈目のデッキにとって、それは見た目以上に大きなアドバンテージである。

 

『あいたた、オイラ刃物はやっぱり慣れないわぁん』

『大丈夫か、弟よ』

『サンダーは精霊使いが荒いからなぁ』

 

 ……たとえおジャマたちの様子に緊張感が足りなかったとしてもだ。

 フィールドに出た途端に世間話よろしく話し出した3体に、万丈目が思いっきり目を吊り上げた。

 

「口の減らない雑魚どもめ……! まぁいい、リバースカードオープン! 罠カード《おジャマトリオ》! 相手フィールド上に「おジャマ・トークン」3体を守備表示で特殊召喚する! このトークンはアドバンス召喚のリリースに使うことは出来ない!」

 

《おジャマ・トークン1》 ATK/0 DEF/1000

《おジャマ・トークン2》 ATK/0 DEF/1000

《おジャマ・トークン3》 ATK/0 DEF/1000

 

「ふん、それがどうしたぁ」

「まだだ! 手札から《融合》を発動! クズどもが力を合わせ、クズの王へと昇華する! 来い、《おジャマ・キング》!」

 

 万丈目の発動した融合によって、おジャマたちが飛び上がって一つになっていく。

 

『いくわよぉ! おジャマ!』

『究極!』

『合体ー!』

 

 3体が渦に巻き込まれるように溶け合い、そしてその中から現れるのは白く巨大な身体に顔をそのままつけた、胴体そのものが頭となっているモンスター。それでもその身体から生える足の間にあるパンツはおジャマのアイデンティティーなのだろうか。

 唐草模様の風呂敷をマントのように羽織り、小さな王冠を乗せたおジャマたちの王が、存在感たっぷりに万丈目のフィールドに降り立った。……それにしても、顔でかいな。

 

《おジャマ・キング》 ATK/0 DEF/3000

 

「更に《おジャマッスル》を発動! おジャマ・キング以外の「おジャマ」と名のついたモンスター全てを破壊する! そしておジャマ・トークンには破壊された時、そのコントローラーに300ポイントのダメージを与える効果がある!」

「な、なんだとぉ!? 私の場には、おジャマ・トークンが3体ぃ……」

「そうだ! おジャマ・トークンの効果により、合計900のダメージを受けろ!」

 

 タイタンの場に存在していたおジャマ・トークンが一斉に爆発を起こしてフィールドから消える。

 無論、至近距離で起こった爆発はタイタンまでをも巻き込んだ。

 

「ぬぉぁああああッ!」

 

タイタン LP:1000→100

 

「おジャマッスルの効果はまだ続く! 破壊したモンスター1体につき、おジャマ・キングの攻撃力が1000ポイントアップ! よって、おジャマ・キングの攻撃力は3000だ!」

 

《おジャマ・キング》 ATK/0→3000

 

 おジャマ・キングに割れた腹筋が現れ、膨れ上がった筋肉を見せつけるように両腕を上げる。

 0から一気に3000へ。そのコンボに、見ていた周囲の人間も驚いていた。そしてもちろん、タイタンも。

 

「攻撃力3000だとぉ!?」

 

 驚きの声を上げるタイタンを前に、万丈目はにやりと自信に溢れた笑みを浮かべる。

 

「この俺相手によくやったが、ここまでだ! バトル! おジャマ・キングでデーモンの召喚に攻撃! 《おジャマッスル・フライング・ボディアタック》!」

「ぐ……ぬぅぁああッ!」

 

 筋肉質な白い顔のお化けが上から降ってきてデーモンの召喚をプチッと潰す。そんな何ともシュールな絵面を最後に、このデュエルは決着を迎えるのだった。

 

タイタン LP:100→0

 

 デュエルが終わったことで、万魔殿をはじめとしたソリッドビジョンが解除されて元の風景へと戻っていく。

 勝者である万丈目は膝をついたタイタンに近づき、手のひらを出した。言葉はなくとも、タイタンとてそれが意味するところは了解している。懐から十はありそうな数のメダルを取り出すと、それを万丈目の手のひらに乗せるのだった。

 それを見届けたところで、俺と十代は顔を見合わせて頷き合う。互いの考えが同じであると悟った俺たちは、すぐさま二人に駆け寄るのだった。

 

「おーい! えっと……あん時のおっちゃん!」

「タイタンだろ、十代。おーい、タイタン!」

 

 一年前に一度しか会っていない人間の名前をはっきり憶えてはいなかったのか、十代が非常にあやふやな呼び方をしたので俺が横から訂正する。さっき俺はタイタンの名前を言ったのに、十代は聞いていなかったようである。

 そんなこんなで近づいていくと、タイタンは俺たちの姿を認めて声を上げた。

 

「おぉ! お前たちはぁ、十代に遠也ではないかぁ!」

 

 膝をついた状態から立ち上がり、タイタンは口元に笑みを見せる。

 どことなく嬉しそうですらあるその雰囲気に、あの廃寮での姿しか知らない俺たちは少しだけ驚いたが、こちらもにっと相好を崩して応えるのだった。

 

「……なんだ、お前ら。知り合いなのか?」

 

 親しげにタイタンに声をかけた俺と十代に、万丈目が怪訝な顔になって問いかけてくる。

 それに俺はちょっと前にな、と濁して答えを返した。明日香にホの字の万丈目のことだ。こいつが去年に明日香をさらってさぁ、なんて言ったら、面倒くさいことになりそうだからな。

 そんなこんなで万丈目には悪いが事実は誤魔化しながら簡単な説明をし、俺は改めてタイタンに向かい合った。

 

「……それにしても、久しぶりだなタイタン。あれからどうしてたんだ?」

「それに、まさかこの大会に出てるなんて思いもしなかったぜ!」

 

 俺に続いて十代もこの場で会ったことへの驚きを口にする。

 あの時の去り際にタイタンは闇のデュエルからは足を洗うと言っていたから、今はインチキに任せたあくどいことはやっていないと思いたい。

 しかし、一般的な仕事をしていればジェネックスに出るなんてことにはならないはずだ。いったい何がどうなってジェネックスに参加することになっているのか。気にならないはずがなかった。

 俺たちの言葉に、タイタンはコート型デュエルディスクの中心部分に手を置く。ちょうどそれは胸のあたり。デッキが収められている場所だ。

 

「あれからぁ、私は本土に戻りデュエルの腕を磨いていたのだぁ。あの出来事以降、私はこのデッキを悪事に使うことに抵抗を覚えるようになったからなぁ」

「へへ。タイタン、アンタやっぱ悪い奴じゃなかったな!」

 

 カードを大切にする奴に悪い奴はいない。十代の持論だ。

 かつて自身の命の危機にデッキを捨てねばならなくなった時カードたちに謝罪し、そして早々に逃げねばならない時にデッキを見捨てられず取りに戻っていたタイタン。

 それはやはりタイタン本来の気質がさせたことだったのだろう。快活に笑う十代につられ、俺も口の端を上げる。それにタイタンはゴホンと咳ばらいをした。

 

「……そして修行の末、腕に覚えが出来た私はぁプロの門を叩いた。そして現在、私はここにいるというわけだぁ」

「……おい、ちょっと待った。ってことは、タイタン」

「あんた、プロデュエリストになったのかよ!?」

 

 俺と十代の驚愕に、タイタンは「あぁ」と何でもないことのように頷いて答えた。

 いや、あぁって簡単に言うけど、それって凄いことだぞ。ただでさえプロデュエリストは狭き門と言われているのに、そこを僅か一年前に目指し始めて、しかも受かったとか。

 しかもジェネックスに参加しているということは、校長の眼鏡にもかなった期待の新鋭ということになる。この一年の間でプロになれるまでに自分を高めたとなれば、素直に感心するほかない。

 そんな風に驚きに包まれる俺たちの背後から、徐々に足音が近づいてくる。

 

「なるほど……あなたがデーモン使いのタイタンか。俺もいずれ戦いたいと思っていた」

「カイザー! お前も見てたのか」

 

 後ろから歩いて来ていたのは、カイザーこと丸藤亮。カイザーもさっきまでの騒ぎを聞きつけて観戦していたのだろう。俺が思わず声を上げると、俺を見てふっと笑う。

 

「ほぉ、カイザー丸藤亮ぉ。下位ランクの私に対してそう言ってもらえるのは光栄だぁ。だが、私は今この坊主に負けたのだぁ。残念だが、その申し出は受けられん」

「おいこら。誰が坊主だ、誰が!」

 

 坊主扱いされた万丈目が憤るが、タイタンの目にはカイザーしか見えていない。超えるべき壁として、プロで既に上位にいるカイザーに思うところがあるのかもしれない。

 緩やかに張りつめていく空気。もはや互いのことしか見えていないタイタンとカイザーには、万丈目のことが意識の外になっているらしかった。

 さすがに不憫なので、万丈目の相手は俺と十代でしておくことにする。

 

「気持ちはわかるけど、落ち着けって坊主サンダー」

「そうだぜ。俺たちが話を聞くからさ、坊主サンダー」

「き、貴様ら……ッ!」

 

 ぐぎぎ、と怒りに震える万丈目だが、一応はカイザーの前ということもあってか抑えているようだ。ついからかってしまったが、まさか十代も乗ってくるとは。

 とはいえ、言ったように万丈目の気持ちもわかるので、からかったことを謝ってから「まぁまぁ」と取り成す。

 そんなどことなく和やかムードな俺たちを余所に、タイタンとカイザーの会話は続いていた。

 

「ふっ、何も今とは言っていない。またいずれ、プロとしてデュエルをしたい」

「ふん、いいだろう。我がデーモンの力、その時こそとくと貴様に見せてやろぉ」

「ああ。俺も全力を尽くさせてもらう」

 

 互いに口角を上げ、好戦的な笑みを見せあう。その気迫はかつて三幻魔などと対峙した俺であっても感じたことがない、独特の重みがあった。

 あるいはこれが、プロとしての姿。プロが身を置く世界の空気ということなのかもしれない。

 こんな連中とこの張りつめた空気の中で、思う存分デュエルが出来る……。そう考えると、プロというのも悪くはないのかもしれない。知らず笑みを浮かべてそんなことを思っていると、十代も影響されたのかデュエルしたそうにうずうずしていた。十代らしいことである。

 そんな中、どうやらカイザーとタイタンの話一区切りついたようだ。それを見計らい、俺は再び口を開いた。

 

「なぁタイタン、負けてメダルがなくなっただろ。これからどうするんだ?」

「……暫くは校舎にある宿泊施設で過ごすつもりだぁ。すぐに帰るのも、勿体ないのでなぁ」

 

 ちなみに外来の参加者を受け入れる施設はアカデミア校舎内にある宿直室や仮眠室、教室を貸し出して賄われている。

 寮は基本的に生徒で一杯一杯で余裕がないため、外部の人間が泊まる場所は校舎の中に作らざるを得なかったためだ。授業などが軒並み禁止になっているのは、一部の教室が使えないからというのも関係している。

 外からの参加者であるタイタンも当然ながらそこを利用しているということだろう。タイタンが言うように、折角来たのに負けたからといってすぐに帰るのも確かに勿体ない気がしなくもない。そのため滞在するというのも分かる気がした。

 タイタンの言葉に成程と頷いていると、隣の十代が目を輝かせてタイタンに詰め寄った。

 

「よっしゃ! じゃあタイタン! この島にいる間にさ、また俺とデュエルしようぜ!」

「……十代ぃ。私は既にメダルを失っているが、いいのかぁ?」

 

 たとえ自分に勝ってもメダルは増えないと告げるが、十代はそんなの気にしないぜ、と言って笑った。

 

「メダルより、デュエルするほうが大事だぜ!」

 

 きっぱり断言した姿に、俺をはじめ翔や剣山にレイン、万丈目とカイザーといったこの場にいる面子が揃って苦笑する。

 

「まったく、兄貴らしいや」

「だドン」

 

 二人が言うように、こうまで清々しく言い切る姿はさすが十代と言えるものだった。

 そしてタイタンもまたそんな率直な態度を見せる十代に、笑みを浮かべた。

 

「ではぁ、またいずれデュエルするとしよう」

「おう! 楽しみにしてるぜ!」

 

 その時が本当に楽しみだと言わんばかりの表情。

 かつて敵として向かい合った相手と今こうして笑い合っているとは、なんとなく不思議なものである。

 そういえば、前に十代は言っていたな。俺たちはデュエルで繋がっていると。

 去年に廃寮で対峙したタイタンと和やかに話している今この時は、十代のその言葉を体現しているかのようだ。十代の言うように、俺たちはデュエルを通じて、色々な繋がりを作っていっている。

 歳が離れていても、かつて対峙した仲でも、いがみ合っていた間柄でも。

 俺たちはきっと、これからもデュエルで繋がっていくんだろう。

 何となくそんなことを十代の横顔を見ながら思う。だが、首を振って俺は自分の思考を振り払った。なんでこんなセンチメンタルなことを考えてるんだ俺は、恥ずかしい。

 いきなりかぶりを振った俺を見て、どうしたのかとレインが小首をかしげる。それに愛想笑いを返し、俺もまたタイタンや十代との会話に加わろうと足を踏み出す。

 

 ――だが、その時。

 俺は袖を掴まれて進むことを断念させられた。

 翔、剣山、万丈目、カイザーはタイタンと十代の傍にいる。そこから少し離れているここには、俺とレインしかしない。案の定俺の袖を引いたのはレインであり、振り返ればレインは相変わらず感情が読み取りにくい表情で俺を見つめていた。

 

「どうした、レイン?」

 

 俺が尋ねると、レインは少し困ったように眉を寄せた。

 しかしそれだけであり、俺としては反応に困る。これがレイなら、レインが何を考えているのかも読み取れるのかもしれないが……。まだ俺はそこまでのレベルには至っていないようだった。

 そうして、互いに動かぬまま佇むことしばし。

 レインは、ゆっくりとその小さな口を開いて言葉を紡いだ。

 

「……あとで、部屋に行っていい?」

「なんだ、そんなことか。もちろん、別にいいぞ」

 

 溜めに溜めた末での発言なだけに、どんな無茶振りがくるかと内心ビクビクだった俺は、その何とも可愛らしい一言を聞いてほっと胸を撫で下ろす。

 部屋ぐらい、それこそ無断で来たって大して構わない。見られるとマズいもの……カードなどは隠してあるし、そもそもこれまでだって何度も気にせず来ているはずだ。

 今更拒むのもおかしな話というものだ。

 しかし、そんないつものことであるというのに、レインの肩からあからさまに力が抜ける。……緊張か? なんで今更。

 

「……ん。……あとで」

「あ、ああ」

 

 くるりと踵を返し、レインは足早にこの場を去る。

 それを見送るしかない俺は、胸の内にこみ上げてくる焦燥を抑えることが出来なかった。

 常と違う態度のレイン、どこか緊張した様子、そしてわざわざ俺の部屋に来ることに許可を請うという、これまでになかった行動。

 はっ、これはつまり……。

 

「……レインって、俺に気があったのか!?」

『そ、そんなわけないでしょ!』

 

 思わず口に出た安直すぎる解答に、マナから即座に突っ込みが入る。

 ですよね。いや、だがしかしだな。

 

「けど、あんなに緊張して「部屋に行っていい?」だぞ? 可能性は――」

『ないない、ないよ! レインちゃんに限ってそんな……!』

 

 何故か必死に否定してくるマナ。俺だってレインと付き合うとかそんなつもりは毛頭ないが、それでも女子に好意を向けられていると考えれば嬉しくなるのが男心だ。

 それを全否定は悲しいものがある。それに、それって俺に魅力がないとも受け取れるんだぞ、マナさん。泣けるぜ。

 ……ん、ちょっと待てよ? マナの今の態度って、もしかして。

 ピンときた俺は、思いついたこの態度の理由をそのまま口に出す。

 

「ひょっとしてお前、嫉妬してる?」

『なっ……!』

 

 マナが言葉に詰まり、頬がうっすら赤くなる。

 やっぱり。確信して思わず顔がにやける。

 俺だってマナのファンだと言って、マナに近づく男には少なからずむっとしていたのだ。彼ら相手にマナがどうこうするということはないと信頼していても、感情というものを容易に納得させることは出来なかった。

 だからこそ、俺に対してもマナがそう感じてくれているのだと思えば、嬉しい。

 俺はにやけた表情そのままに、口を開いた。

 

「なんだ、そうか。いや、結構嬉しいもんだなこういうのも。今まで経験なかったからわからなかったけど、うん、照れくさいけどこれは嬉しい」

『ち、ちょっと……!』

 

 どことなく焦ったようなマナの声。しかし、俺は気づかずに言葉を続ける。

 

「けど安心しろ。俺はもちろんお前だけあいてててぇッ! いきなりなにすんだ!?」

「……馬鹿っ!」

 

 突然姿を現して俺の耳を引っ張り出したマナに、俺は精一杯抗議の声を上げる。しかし返ってきたのは罵声であった。なぜに。

 そんなマナは俺の抗議に対して全く譲る気は無いようで、若干赤い頬のまま俺の耳を引っ張り続けている。さっきの状況からいって、俺がカッコよく決めるところだろ今のは。なんでこうなるんだ?

 心底からの疑問を抱きながら、痛い痛いとマナに訴えると、マナはようやく耳から指を離してくれた。

 心持ち熱くなった耳たぶをさすりつつ、俺はぶすっと頬を膨らませたマナを前に、どうしようかと頭をかく。やはりストレートに嫉妬しているなんて指摘したのが良くなかったか。冷静になって考えてみれば、普通は恥ずかしいよなそれ。

 つい嬉しさもあってはしゃいでしまったが、いささか調子に乗りすぎたようだ。

 俺は自分の迂闊さに内心で溜め息をつきつつ、既にここにはいないレインに謝る。

 すまん、部屋に戻るのは遅れそうだ、と。

 そして、俺はマナに機嫌を直してもらうべく、おっかなびっくり話しかけるのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 どうにかこうにかマナに許しを得ることが出来た俺は、そのままレッド寮の自室へと戻る。

 十代は早速タイタンとデュエルをしようと言い出していたので、暫く帰ってこないだろう。ついていった翔と剣山も同じだ。

 万丈目は再び相手を探してどこかに行き、カイザーは吹雪さんに会いに行くそうで、それぞれが別々に散っていった。

 そして俺は先程のレインとの約束を果たすべく、こうして帰路についているわけだ。少々時間を取られてしまったので、早歩きでレッド寮に向かう。そして徐々に寮が見えてきたところで、俺は一気に走り出した。

 それというのも、遠くから見える俺の部屋の前に既にレインが立っていたからだ。だというのにそのまま歩いていくなんて真似が出来るほど、俺の神経は図太くないのである。

 レインも走る俺に気が付いたようで、ぼうっと虚空を見ていた視線が俺へと固定される。

 それを受けて俺はスパートをかけると、一気にレインの前まで辿り着いた。

 

「はぁっ、悪いレイン。待たせた」

「……いい。言い出したのは、こっち」

 

 無表情で言うレインに気にした様子はない。それでも女の子を待たせたのは事実なので、俺はもう一度頭を下げて、さっと顔を上げた。

 

「んじゃ、まずは部屋の中にでも入るか?」

「……ん」

 

 いつまでも外で立ち話というのも何である。そういうわけで話は部屋の中でということとなり、俺は部屋の鍵を開けるとレインを中に招き入れた。

 もちろん精霊となっているマナもふよふよと浮いて部屋の中に入ってきている。

 二人が入ったのを確認すると扉を閉め、それと同時にマナが精霊状態から実体となる。そして、んーと伸びをした。

 続いて、よしと呟く。

 

「それじゃ遠也。私はお茶でも入れてくるね」

「ん、サンキュ。頼むわ」

 

 はーい、と返事を返してぱたぱたとキッチンの方に向かって言ったマナの背中を見送り、俺はレインをテレビの前に置かれたソファに案内する。

 気楽に座ってくれと告げて、俺はそのソファの端から九十度直角に設置された別のソファに腰を下ろす。さすがに女の子のすぐ隣にそのまま腰かけるほど無神経ではない。

 そして、俺は真っ直ぐレインの顔を見て口を開いた。

 

「それで、話ってなんだ?」

 

 わざわざこの場を整えるほどだ。何か特別な話であることは想像がつく。

 さすがに告白だとは思わないが、しかし恐らくは世間話程度で出す内容のものではないのだろう。だからこそ、俺はこうして真面目に聞いているわけだが。

 そして問われたレインは、やはりいつものように表情を変えない。

 しかし、今日は比較的すぐに答えが返ってきた。

 

「……カード」

「ん?」

「……カードを、見せてほしいの」

「俺のカードを?」

 

 こくん、とレインが頷く。

 カードが見たいだけ? それぐらいなら、正直いくらでもどうぞといったちょころである。

 とはいえ、全てのカードを見せられるわけではない。一部にはやはり見せられないものもある。そのため、一応は確認を取る。

 

「ちなみに、なんのカードを?」

「……《フォーミュラ・シンクロン》」

 

 レインが何でも無いように答えたその1枚の名前に、俺は自分の心臓の鼓動が一瞬跳ねたのを感じた。

 《フォーミュラ・シンクロン》。シンクロチューナーという、数少ない括りに分類されるモンスターだ。名前の通り、シンクロモンスターでありながらチューナーでもあるという特殊なカードで、これと同じシンクロチューナーと呼ばれるモンスターは他に数体しか存在しておらず、非常に珍しいカードだと言える。

 だが、その希少度はシンクロチューナーにとって全く本質ではない。シンクロチューナーの本質とは――アクセルシンクロモンスターに必須のチューナーであるという一点。それに尽きると言っていい。

 アクセルシンクロモンスターは、「シンクロモンスターのチューナー」を専用チューナーとして指定している。つまり、フォーミュラ・シンクロンあるいは他2枚のシンクロチューナーを使わなければ、アクセルシンクロは行えないのである。

 そして、アクセルシンクロを行った者は、すべてこの時代には存在していない。後にこの世界に現れる、不動遊星、アンチノミー、そしてゾーン。彼らしかアクセルシンクロを行った者はおらず、この時代では決して見ることが出来ないはずの召喚方法なのである。

 シンクロチューナーとは未来にのみ存在するカードであり、本来ありえないカード。そしてなにより、フォーミュラ・シンクロンは遊星とゾーンが使用したカードであり、最初に使用した遊星にとっては特別なカードの1枚でもある。

 そしてもう一人の使用者であるゾーンは、レインが所属していると思われるイリアステルのトップだ。レインがアクセルシンクロについて知っていることは不思議ではない。

 そういった意味を持つカードだけに、イリアステルが俺のフォーミュラ・シンクロンに興味を示すのは当然と言えば当然なのかもしれなかった。

 この前、I2社から盗まれたラーの翼神竜とデュエルをした時。あの時、俺はレインの前でフォーミュラ・シンクロンを召喚した。あれがきっとレインを通して伝わったのだろう。

 つまり、今更隠していても意味がないということだ。もうばっちりバレているのだから。

 俺はデッキケースを開き、その中のエクストラデッキから1枚のカードを取り出す。当然だが、《フォーミュラ・シンクロン》のカードである。

 

「ほら、これだろ?」

 

 カードを指で挟み、レインの方に突き出した。

 今の俺にこいつを使いこなすことは出来ないが、それでもデッキに入れてある。効果は優秀だし、フォーミュラ・シンクロンは通常のシンクロ召喚でもチューナーとして使うことは出来るからだ。

 こいつの真の力を引き出してやれない自分に忸怩たる思いはあるが……っと、それは今考えることじゃなかったか。

 ともあれ、俺はバレている以上は仕方がないとカードをレインに見せた。このカードがこの時代にあること自体は不思議に思うだろうが、大丈夫だろう。現在このカードがこの場にあることに対して、言い訳が出来ないわけでもないし。

 シンクロ召喚が正史より早く登場した以上、それ以降の変遷が異なるのは必然である。シンクロチューナーという発想が生まれ、このカードが一足早く生まれていたとしても不思議はない。

 それに、いざとなれば「このカードが特別なカードとは思わなかった」とすっとぼけることも出来るのだ。

 何故なら、アクセルシンクロという概念を知らなければ、シンクロチューナーとはなんのことはない「チューナーとしても使えるシンクロモンスター」としか誰も受け取らないからだ。

 「アクセルシンクロに必須のモンスター」とは、あくまでアクセルシンクロを知っていなければ意味がない。何か聞かれても、「フォーミュラ・シンクロン? チューナーとしても使える便利なシンクロモンスターでしょ?」という言い分が通じるのである。

 ゆえに、俺は必要以上に気負うことなくレインに見せる。

 本当ならレインの前ではずっと使わないようにするのが一番だったのだろうが……本物の神を相手にそんな余裕を持った気持ちではいられなかった、俺のミスだった。

 そういうわけで差し出したカードを、レインは受け取る。

 そして、ただひたすらにじっとカードを凝視し始めた。

 

「お待たせ! お茶入ったよー」

「………………」

 

 ちょうどマナがお盆にお茶が注がれたコップを乗せて現れるが、レインさんガン無視である。よほど集中して見ているようだ。

 マナもそんなレインに気付いたのだろう、コップをソファの前に置かれたテーブルに置くと、残り二つのコップを俺の前とその少し横に置く。

 そしてお盆を持ったまま俺の横に腰を下ろした。

 

「ありがと、マナ」

「うん。……レインちゃん、どうしたの?」

「さぁな。どうも、あのカードが気になるみたいだ」

 

 俺とマナは黙ってカードを見つめるレインを見る。

 今のレインが一体何を考えているのかはわからないが、やはりシンクロチューナーの存在にはかなり考えさせられたはずだ。実際に見せられて、果たしてどう思うのか。そしてレインの背後がどう判断するのか。

 できれば、俺が先程挙げたように誤差として判断してほしいものである。まかり間違って喧嘩っ早い人が強硬策に出てこないことを祈るばかりだ。

 そんなふうに祈りを捧げていると、カードを凝視していたレインがカードから顔を上げた。

 そして、フォーミュラ・シンクロンのカードを俺の方に返してくる。

 

「……ありがとう」

「ああ。話ってのは、これだけか?」

 

 受け取ったカードをデッキの中に戻しつつ問いかける。カードを俺に返したレインは、マナが置いたコップに口をつけてお茶を飲んでいた。

 俺の言葉を受けたレインはコップをテーブルに戻すと、今度はすっと目を閉じる。しかし、それはわずか数秒のこと。その後ゆっくり目を開いたレインは、俺の目を真っ直ぐに見つめて、こう言った。

 

「……遠也先輩。……私と、デュエルを」

「デュエル?」

 

 いきなりの提言に驚きつつ問い返すと、レインはこくりと頷いた。

 デュエルの申し出を受けて、俺はしかしすぐには返事をせず逡巡する。

 フォーミュラ・シンクロンを見せた直後にデュエルを申し込んでくる以上、レインとしては俺がこいつを使ってデュエルする姿を改めて見たいということだろう。

 それでなくとも、俺はフォーミュラ・シンクロンだけでなくスターダスト・ドラゴンの所有者だ。アクセルシンクロに必要なモンスター一組を所有している俺のデュエルを見ることに向こうは何らかの意味を見出しているのかもしれない。

 それに何の意味があるのかはわからないが、まぁいい。どうせ相手の考えていることが読み取れるわけでもないんだ。それなら俺は、レインからの言葉を単純に受け止めればいい。

 デュエルがしたいから、挑んできた。ならばデュエリストとして、挑まれたデュエルを受けないわけにはいかない。

 たとえ裏で何があってそれを俺が把握していたとしても、きっと俺はデュエルを受けていただろう。レインと初めてデュエルするこの機会を、俺が逃すとは思えないからだ。

 だから、俺はにっと笑ってレインに答える。

 

「よし……――やるか! レイン!」

「……うん」

 

 俺はデュエルディスクを左腕に装着。レインもまた最初からそのつもりだったのか、デュエルディスクを左腕に取り付けていた。

 しかしさすがに部屋の中では狭すぎる。そういうわけで俺たちはソファから立ち上がり、レッド寮の外に出る。

 この時点で始めることも出来たが、ここはレインとのデュエルに集中したいということもあって、更に場所を移すことになった。なるべく人の目に触れない場所……レッド寮傍の森に入り、少し進んだ先にある広場へと向かう。

 木々の間にぽっかり空いた天然のフィールドにたどり着いた俺たちは、互いに距離を開けてデュエルディスクを展開する。

 向かい合う俺とレイン。そして再び精霊となって俺の傍に浮かぶマナ。

 俺とレインはデッキからそれぞれカードを5枚引き、それを手札として持つ。そこまでの準備が整ったところで、俺たちは一度目を合わせる。

 どんな思惑があれ、これがレインとの初デュエルだ。レイからもレインからもデッキについて何も聞いたことがない俺は、果たしてどんなカードを使ってくるのか楽しみだった。

 そんな気持ちを抱きつつ、デュエルディスクの開始ボタンを押した。

 

「デュエル!」

「……デュエル」

 

皆本遠也 LP:4000

 

レイン恵 LP:4000

 

「……先攻は私。ドロー」

 

 オーバーな動作もない無駄のない動きでカードを引くと、レインは手札から2枚のカードを手に取って、それぞれを場に伏せた。

 

「……モンスターをセット。カードを1枚伏せる。……ターンエンド」

 

 ともに裏側。これではまだレインのデッキがどんなものなのかはわからないな。

 

「俺のターン!」

 

 カードをドローし、手札に加える。

 未だ姿を見せないレインのカードたち。ならば、無理にでも姿を見せてもらうだけである。

 

「俺は《レベル・スティーラー》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! 更にクイック・シンクロンのレベルを1つ下げ、墓地からレベル・スティーラーを特殊召喚する!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

 

 よくよく手札に来てくれる2体。いつも助けられているその姿に頼もしさを感じつつ、俺はフィールドに手を向けた。

 

「レベル1レベル・スティーラーにレベル4となっているクイック・シンクロンをチューニング! 集いし星が、新たな力を呼び起こす。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・ウォリアー》!」

 

 光のリングの中を星が潜り抜け、溢れ出た輝きを拳で切り裂き登場するのはこのデッキの切り込み隊長。

 青紫に輝く機械の身体を持つ戦士、ジャンク・ウォリアーである。

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300 DEF/1300

 

「ジャンク・ウォリアーのレベルを1つ下げ、墓地からレベル・スティーラーを守備表示で特殊召喚! いくぞレイン、バトルだ! ジャンク・ウォリアーでセットモンスターに攻撃! 《スクラップ・フィスト》!」

 

 ジャンク・ウォリアーが背中のブースターを吹かし、鉄の拳を振りかぶる。そしてセットされたカードに攻撃が命中する瞬間、カードは表側へと移行し伏せられていたモンスターが明らかになる。

 それは、エジプトに存在する王の墓……ピラミッドを背負った一頭の亀だった。

 

《ピラミッド・タートル》 ATK/1200 DEF/1400

 

「《ピラミッド・タートル》……! 戦闘で破壊された時、デッキから守備力2000以下のアンデット族1体を自分フィールド上に特殊召喚するリクルートモンスター! ってことは……」

 

 間違いない。レインのデッキは【アンデット族】か!

 

「……ピラミッド・タートル、効果。《ゾンビ・マスター》を特殊召喚」

 

《ゾンビ・マスター》 ATK/1800 DEF/0

 

 ぼろきれのような衣服をまとい、口元に笑みを浮かべた長髪の男が汚れた外套を翻らせてレインのフィールドに立つ。

 ゾンビ・マスターとは、これまた厄介なモンスターだ。

 

「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド」

 

 アンデット族の厄介なところは、豊富な墓地からのサルベージ手段とそれを利用した大量展開にある。だが、反面除去などが少なく戦闘に長けたデッキ相手には分が悪いという一面がある。

 無論すべてのアンデットデッキがそうではないが、弱点とはそう簡単になくなるものではない。どうにかそういった面でアドバンテージを取っていきたいところだ。

 そう考えていると、レインがデッキに指をかけた。

 

「……私、ドロー」

 

 さて、どうくるか。

 ゾンビ・マスターの効果は「手札のモンスター1体を墓地に送ることで、自分か相手の墓地に存在するレベル4以下のアンデット族1体を特殊召喚する」というものだ。1ターンに1度の制限があるものの、非常に強力な効果である。

 恐らくはこの効果を使ってくるはず。果たしてそこからどんな手で来るのか、俺はじっとレインの行動を見守る。

 そして、レインは案の定手札のカード1枚を手に取った。

 

「……ゾンビ・マスター、効果発動。墓地に《ゾンビキャリア》、特殊召喚」

 

《ゾンビキャリア》 ATK/400 DEF/200

 

「なっ……!」

 

 レインがゾンビ・マスターの効果で手札から墓地に送り、そのまま特殊召喚されたモンスターに俺は目を丸くした。

 ゾンビキャリア……レベル2チューナーにして、アンデット族唯一のチューナーモンスターである。手札1枚をデッキトップに戻すことで墓地から自己再生する効果を持つ、優れたチューナーの1体だ。その証拠に、元の世界では制限カードに指定されていた。

 丸々と太った身体に異様なまでに太い腕。ゾンビらしく爛れた肌は毒々しい紫色であり、小刻みに体をゆらゆらと揺らしている。

 ……これで、レインの場にはレベル2チューナーとレベル4のゾンビ・マスターが揃ったわけだ。

 となると、来るのはレベル6シンクロ。アンデット族ということは、ハ・デスかデスカイザーあたりだろうか?

 そう考えこむ俺を前に、レインは手をフィールドにかざした。

 

「こうすれば……シンクロ召喚。……《氷結界の龍 ブリューナク》」

「はぁ!?」

 

 レインが口にした名前に、俺は思いっきり声を上げた。よりにもよって、ブリューナクだと!?

 しかし、そんな驚きも露わに動揺する俺など露知らず。デュエルディスクはきちんとシンクロ召喚の処理を行っていく。

 ゾンビキャリアが2つの光輪となり、4つの星となったゾンビ・マスターがその間を潜り抜けていく。

 そして溢れる光。その中から、青く光を反射する鱗に身を包んだ巨大なドラゴンが姿を現す。

 氷の結晶を連想させる六角形に近い特徴的な頭部、背中に生えた1対の翼、蛇のように長い胴体をうねらせて、ブリューナクは虚空に向かって咆哮を上げた。

 

《氷結界の龍 ブリューナク》 ATK/2300 DEF/1400

 

 その姿を正面から見て、俺はつばを飲み込む。……間違いなく、ブリューナクだ。元の世界でも禁止制限の話題が出るたびに議論が起こる、登場以後色々と猛威を振るったモンスターである。

 確かによくよく考えれば、5D’sの時代にはトリシューラが存在しているんだった。トリシューラが存在する以上、このカードも未来では存在していた可能性が高い。

 となると、未来に関係する組織であるイリアステルに縁を持つレインが、それを持っているのも不思議なことではないわけだ。

 実に厄介なことではあるが。

 

「……モンスター効果。手札を2枚捨て、ジャンク・ウォリアーとレベル・スティーラーを、戻す」

「ぐぐ……これだからブリューナクはー!」

 

 ジャンク・ウォリアーがエクストラデッキにとんぼ返りし、レベル・スティーラーが俺の手札に戻ってくる。

 氷結界の龍 ブリューナク。その効果は「手札を任意の枚数捨てることで、フィールド上のカードを捨てた枚数分だけ持ち主の手札に戻す」である。

 ブリューナクは、そんなとんでもなく強力なバウンス効果を持っているのだ。手札さえあれば、1ターンでの回数制限がない辺り本当にどうしようもない。

 これで、俺の場にはモンスターが0で伏せカードが1枚のみ。だが、伏せてあるのは《くず鉄のかかし》だ。これでなんとか……。

 

「……モンスター効果。墓地の《馬頭鬼(めずき)》除外、ゾンビ・マスター特殊召喚」

「いぃ!?」

 

《ゾンビ・マスター》 ATK/1800 DEF/0

 

 《馬頭鬼》だと!? そうか、さっきのブリューナクの効果の時に墓地に捨てたカードの1枚か。

 馬頭鬼は、自身を墓地から除外することで墓地からアンデット族1体を特殊召喚するモンスターだ。なんとこの特殊召喚するモンスターのレベルもステータスも問わない上に、蘇生させれば完全蘇生となる。

 制限カードとなっているのも納得のカードだが、まさかあそこで墓地に行っていたとは。

 

「……ブリューナク、攻撃。……大きいの」

「くっ、罠発動! 《くず鉄のかかし》! 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、このカードは再びセットされる!」

 

 これで、1体は防いだ。だが、もう1体はさすがにどうしようもない。

 レインもわかっているのか、表情を変えないまま俺の場を指さした。

 

「……ゾンビ・マスター、直接攻撃」

「ぐぁッ!」

 

 ゾンビ・マスターが両手から放った糸を模したような数本の光が俺の身体に巻きつき、ダメージを与えてくる。

 くそ……なんとかワンターンキルされることは防いだが、いきなり大きいのをもらっちまった。

 

遠也 LP:4000→2200

 

「……ターンエンド」

「俺のターン!」

 

 レインのエンド宣言を受けて、俺はすぐさまカードを引く。

 視線を向ければレインは相変わらず表情を変えずに佇んでいるが、やられているこっちは冗談じゃないぞ。

 俺は勘違いしていた。レインのデッキは【アンデット族】じゃない。【シンクロアンデ】だったんだ。それも、ブリューナクまで入っているとは。

 試験などでもブリューナクを使ったのかまでは知らないが、確かにこれならレインがレイに勝ったというのも頷ける。高度なプレイングが要求されるとはいえ、シンクロアンデは一時期環境を支配したほどの強デッキだからである。

 それを使いこなすレインも凄いのだが、それよりもまさかこの世界でシンクロアンデと戦うことになるとは、という驚きが強い。

 可愛い顔してえげつないデッキを使うものである。じっとこっちを見てくるレインを見つめ返しながら、俺は手札を見る。

 確かにシンクロアンデは強い。だが、だからこそやりがいがあるということでもある。普通に考えれば俺が圧倒的に不利だが、デュエルに絶対はない。ゆえに、俺は自分が取るべき手を考える。

 考えるのだが……結局まずはあのブリューナクを何とかしなければ始まらない。毎ターンのバウンスなんて悪夢以外の何物でもないからな。潰すべきは、まずあそこだ。

 手札のカードと相談しながら、俺は思考を続けていく。先輩として後輩に負けてたまるか、とそんな半ば意地のようなものを抱きながら、俺は手札から1枚のカードを手に取るのだった。

 

 

 

 

 



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第46話 加速

 

遠也 LP:2200

手札4 場・伏せ1枚

 

レイン LP:4000

手札2 場・《氷結界の龍 ブリューナク》《ゾンビ・マスター》 伏せ1枚

 

 

 まだ開始2ターン目だというのに、ライフ・フィールドともにアドバンテージは大きく持っていかれてしまった。そのうえ、レインの場にいるのは《氷結界の龍 ブリューナク》……。非常に強力なバウンス効果を持つ大敵である。

 しかもレインのデッキはどうも展開力に優れた【シンクロアンデット】。一時期には元の世界の環境がこれ一色に染まったこともある、ガチに分類される強力なデッキだ。

 状況は圧倒的に不利。だが、それでもデュエルには何があるのかわからない。俺はただ己の力とカードたちを信じてプレイするだけである。

 ――カードをドローした俺は、メインフェイズを迎えて手札と取るべき手段を模索する。僅かな間の後、俺はカードを手に取ってディスクに置いた。

 

「カードガンナーを守備表示で召喚。その効果によりデッキトップからカードを3枚墓地に送り、エンドフェイズまで1500ポイント攻撃力をアップする。更にカードを2枚伏せて、ターンエンドだ」

 

《カードガンナー》 ATK/400→1900→400 DEF/400

 

 墓地に落ちたのは《異次元からの帰還》《ライトロード・ハンター ライコウ》《ドッペル・ウォリアー》か。

 墓地で効果を発動するカードが一つもない。そのことが少々残念だが、こればっかりは仕方がないことだった。

 

「……私、ドロー」

 

 レインが静かにカードを引き、手札のカードを1枚手に取った。

 

「……《おろかな埋葬》。デッキから《グローアップ・バルブ》を墓地に。……ブリューナク、効果。手札1枚を捨て、くず鉄のかかしを戻す」

「くっ」

 

 ブリューナクの効果が発動。その口から映像とは思えないほどリアルな冷気が吐き出されると、その冷気に当たった伏せカードが手札に戻ってくる。

 これで、レインの攻撃を止めるカードはなくなったわけだ。

 

「……戦闘。ゾンビ・マスター、カードガンナーを攻撃」

 

 ゾンビ・マスターの攻撃により、カードガンナーは為す術なく破壊された。

 

「だが、カードガンナーは破壊された時デッキからカードを1枚ドローできる! ドロー!」

 

 カードを手札に加える。それを見た後、レインは俺を指さした。

 

「……ブリューナク、直接攻撃。大きいの」

「罠発動、《奇跡の残照》! このターンに戦闘破壊されたモンスター1体を特殊召喚する! カードガンナーを守備表示で特殊召喚!」

 

《カードガンナー》 ATK/400 DEF/400

 

 再び俺の場に現れるカードガンナー。そして俺の場のモンスターの数が変動したことにより、バトルフェイズが巻き戻る。

 レインは再度攻撃を宣言した。

 

「……ブリューナク、攻撃」

「カードガンナーは破壊される。そして、その効果により俺はデッキからカードを1枚ドローする!」

「……エンド」

 

 どうにか凌いだ。さすがにここであっさりやられては先輩としての面目丸潰れである。どうにか守り切れて、正直ほっとした気分である。

 

「俺のターン!」

 

 だが、問題はここからだ。相手はシンクロアンデット。それに、俺とは毛色こそ違うが、同じくこの時代には存在しないカードを使う相手だ。

 更に、背後にいるのはあのゾーンなのだ……油断はできない。

 

「手札から《闇の誘惑》を発動! デッキから2枚ドローし、手札の闇属性モンスター《レベル・スティーラー》を除外する!」

 

 手札に来たのは……よし。これならこの状況も逆転できるはずだ。

 俺は手札から1枚のカードを手に取ってディスクに攻撃表示で配置した。

 

「《アンノウン・シンクロン》を特殊召喚! このカードは、相手の場にモンスターがいて自分の場にモンスターがいない時、手札から特殊召喚できる! 更に《チューニング・サポーター》を通常召喚!」

 

《アンノウン・シンクロン》 ATK/0 DEF/0

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

 レベル1のチューナーと非チューナー。ならば、召喚するモンスターは決まっている。

 

「レベル1チューニング・サポーターにレベル1アンノウン・シンクロンをチューニング! 集いし願いが、新たな速度の地平へ誘う。光差す道となれ! シンクロ召喚! 希望の力、《フォーミュラ・シンクロン》!」

 

《フォーミュラ・シンクロン》 ATK/200 DEF/1500

 

「……フォーミュラ・シンクロン」

 

 俺に場に現れた、F1カーが手足を持つロボットに変形したかのような機械族モンスター。その姿を見て、レインはぽつりと呟きを漏らす。

 既にあちらにも存在がバレているカードだ。今更使うことを躊躇うことはない。それよりも、このデュエルに負けた時に何があるのかわからないのが怖い。イリアステルが介入しているなら、警戒しておいて損はないからな。

 レインは信頼しているが、イリアステルはそうではない。負けないに越したことはない以上、ここは全力で勝ちに行くしかないのである。ならば、デュエルに躊躇いなんてものが入り込む余地はない。

 俺は手を場のフォーミュラ・シンクロンに向け、言葉を続ける。

 

「フォーミュラ・シンクロンの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、デッキから1枚ドローできる! 更にチューニング・サポーターはシンクロ素材となった時に1枚ドローできる! ドロー!」

 

 そして、すかさず手札からカードを発動させる。

 

「《シンクロキャンセル》を発動! フォーミュラ・シンクロンをエクストラデッキに戻し、その素材となったモンスター一組を特殊召喚する! そして再びフォーミュラ・シンクロンを守備表示でシンクロ召喚し、2枚ドロー!」

 

《フォーミュラ・シンクロン》 ATK/200 DEF/1500

 

「更に《ボルト・ヘッジホッグ》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! そして場にチューナーがいる時、ボルト・ヘッジホッグは墓地から蘇る! 来い、ボルト・ヘッジホッグ!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 再び揃うチューナーと非チューナー。レベルの合計は7となり、クイック・シンクロンが構えた銃は、現れたルーレットの中からニトロ・シンクロンの絵を撃ち抜いた。

 

「レベル2ボルト・ヘッジホッグにレベル5クイック・シンクロンをチューニング! 集いし思いが、ここに新たな力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 燃え上がれ、《ニトロ・ウォリアー》!」

 

《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800 DEF/1800

 

「更に墓地の闇属性モンスター《ジャンク・ウォリアー》と光属性の《ライトロード・ハンター ライコウ》を除外し、《カオス・ソーサラー》を特殊召喚!」

 

《カオス・ソーサラー》 ATK/2300 DEF/2000

 

 鬼のような強面に鍛え上げられた緑色の体躯を持つ戦士、ニトロ・ウォリアー。それに続いて召喚されたのは、黒い法衣を纏い顔を同色の頭巾で隠した魔法使い族モンスター。

 その手には明るい魔力と暗い魔力がゆらりと陽炎のように揺れていた。

 

「カオス・ソーサラーの効果発動! 1ターンに1度、このカードの攻撃権を放棄することで場のモンスター1体を除外できる! 俺はこの効果で氷結界の龍 ブリューナクを除外する!」

 

 俺の指示を受け、カオス・ソーサラーは光と闇の魔力を宿したそれぞれの手を重ね合わせ、混ざり合って生まれたエネルギーを一気にブリューナクへと解放する。

 その波動を受けたブリューナクは、徐々にその姿が薄れていき、やがて蜃気楼のようにフィールドから消えてしまうのだった。

 これで、恐れるべきブリューナクはいなくなった。除外した以上、そう簡単には帰ってこれないだろう。

 これで安心して、攻勢に出られる。俺は内心でそう思うと同時に、口を開いた。

 

「レベル6カオス・ソーサラーにレベル2フォーミュラ・シンクロンをチューニング! 集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 フォーミュラ・シンクロンが作り出した2つのリング。その中を6つの星が潜り抜ける瞬間、爆発的に溢れた光の中から1体のドラゴンが飛び立った。

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 俺の場に現れたエースモンスター。だが、まだこれで終わりではない。俺はデュエルディスクを操作し、伏せていたカードを起き上がらせる。

 

「罠発動! 《ギブ&テイク》! 自分の墓地に存在するモンスター1体を相手フィールド上に守備表示で特殊召喚し、そのレベルの数だけ自分の場のモンスター1体のレベルをアップさせる! 俺は《カードガンナー》を守備表示でレインの場に特殊召喚! そしてカードガンナーのレベル分、ニトロ・ウォリアーのレベルを上昇させる」

 

 攻守ともに400ポイントのカードガンナーがゾンビ・マスターの横に現れる。またニトロ・ウォリアーのレベルが7から10に上がるが、こちらはあまり関係がない。

 重要なのは、表側守備表示のモンスターを相手の場に出すことなのだから。

 これでメインフェイズは終了。長くなったが、いよいよバトルフェイズだ。上手くいけば、このターンで決着がつくんだが。

 

「バトル! ニトロ・ウォリアーでゾンビ・マスターに攻撃! 《ダイナマイト・ナックル》!」

「……ぅ」

 

レイン LP:4000→3000

 

 ニトロ・ウォリアーの拳がゾンビ・マスターに直撃し、一撃でゾンビ・マスターを葬り去る。そしてこの瞬間、ニトロ・ウォリアーが持つ効果が発動する。

 

「ニトロ・ウォリアーの効果発動! このカードが戦闘で相手モンスターを破壊した時、相手の場に存在する表側守備表示のモンスター1体を攻撃表示に変更させ、そのモンスターに続けて攻撃することが出来る! カードガンナーを攻撃表示に変更する! 《ダイナマイト・インパクト》!」

 

《カードガンナー》 ATK/400 DEF/400

 

 ニトロ・ウォリアーが地面を強く殴りつけると、地面を強烈な振動が襲う。それに驚いたのか、カードガンナーは守備表示から攻撃表示に変更された。

 ニトロ・ウォリアーは、魔法カードを使ったターンのダメージ計算時に攻撃力を1000アップさせる効果と、いま使った効果の2つの効果を持っている。ともに相手に大ダメージが見込める強力な効果であり、こと戦闘においてニトロ・ウォリアーは他のウォリアーの中でも特に秀でているのだ。

 

「カードガンナーに攻撃! 《ダイナマイト・ナックル》!」

「……ん……っ!」

 

レイン LP:3000→600

 

 ニトロ・ウォリアーの拳がカードガンナーを砕く。そして砕かれたカードガンナーは俺の墓地に戻ってきた。

 カードガンナーのドロー効果は自分の場で破壊された時にしか適用されないため、残念ながらドローは出来ない。それでも、大ダメージを与えることに貢献してくれただけでカードガンナーには感謝である。

 

「更にスターダスト・ドラゴンでレインに直接攻撃! 響け、《シューティング・ソニック》!」

「……これ、罠発動。《炸裂装甲(リアクティブ・アーマー)》」

 

 炸裂装甲……攻撃宣言に対して発動し、攻撃してきたモンスターを破壊する罠カード。

 この攻撃が決まっていれば、勝っていたんだが……。

 

「やっぱ、そう上手くはいかないか。ならこの瞬間、スターダスト・ドラゴンの効果発動! フィールド上のカードを破壊する魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、自身をリリースすることでその発動を無効にし、破壊する! 《ヴィクテム・サンクチュアリ》!」

 

 攻撃を防がれたうえに破壊されてはたまらない。ここは素直にスターダストの効果を使い、炸裂装甲を空撃ちさせる。

 スターダストは光の粒子となってフィールドから消えていった。

 

「俺はカードを2枚伏せて、ターンエンド! そしてこの時、自身の効果で墓地に存在するスターダストはフィールドに戻る」

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 再び俺の場に降り立つスターダスト。そして今伏せたうちの1枚は、もちろん手札に戻ってきた《くず鉄のかかし》である。

 既にブリューナクはいない。破壊に強いスターダストもいることだし、これでよほどのことがなければ大丈夫なはずだ。

 

「……私、ドロー。……魔法カード《闇の誘惑》。2枚ドロー、《龍骨鬼》を除外」

 

 ドローの後、手札交換。更にレインは手札に加わったカードの1枚をこちらに見せる。

 

「……これ、《強欲な壺》。2枚ドロー」

 

 見せたカードをディスクに差し込み、カードを2枚引く。これで手札は3枚。その中からレインはカードをディスクにセットする。

 

「……《生還の宝札》発動。次、《生者の書-禁断の呪術-》発動。……先輩の墓地の《フォーミュラ・シンクロン》を除外。《ゾンビ・マスター》特殊召喚」

「くっ……!」

『フォーミュラ・シンクロンが……』

 

 破壊ではなく除外されるのは、正直痛い。墓地にいてくれるならすぐに蘇生することも出来るのだが、除外となると再利用が途端に難しくなるからだ。

 だからこそ除外してきたのだろうが、される方としては厄介極まりなかった。

 そして墓地からの特殊召喚に成功したため、当然レインは生還の宝札の効果によりデッキからドローできる。

 

「……ドロー。ゾンビ・マスターをリリース。《砂塵の悪霊》をアドバンス召喚」

「砂塵の悪霊!?」

 

《砂塵の悪霊》 ATK/2200 DEF/1800

 

 白い長髪と小さく飛び出た角。そんな鬼に似た容姿と、そして赤く染まった薄手の着物が印象的なアンデット族のスピリットモンスター。特殊召喚できないモンスターなのでアンデット族との相性はあまり良くないが、そのぶん効果は強力である。

 

「……砂塵の悪霊、効果。このカード以外のフィールド上のモンスターを全て破壊」

 

 成功すれば、ほぼ確実に直接攻撃が決まる強力な効果。だが破壊効果である以上、素直に喰らってやる道理はどこにもない。

 

「スターダスト・ドラゴンの効果発動! その破壊効果を無効にして砂塵の悪霊を破壊する! 《ヴィクテム・サンクチュアリ》!」

 

 砂塵の悪霊は破壊され、スターダストは墓地に行く。しかしレインはごく冷静に手札から1枚のカードを手に取った。

 

「……速攻魔法《異次元からの埋葬》。《馬頭鬼》《龍骨鬼》《氷結界の龍 ブリューナク》を墓地に。馬頭鬼除外、《ゾンビキャリア》特殊召喚」

 

《ゾンビキャリア》 ATK/400 DEF/200

 

「……ドロー。……墓地の《グローアップ・バルブ》の効果。デッキの上のカードを墓地に送り、特殊召喚。守備表示」

 

《グローアップ・バルブ》 ATK/100 DEF/100

 

 おろかな埋葬で墓地に送ったカードか。生還の宝札を発動した状態だと、墓地肥やしとドローを兼ねるカードになる。この瞬間に効果を使ったのは、手札にいいカードが来なかったためだろうか。

 

「……ドロー。……《思い出のブランコ》。墓地から《地獄の門番イル・ブラッド》を特殊召喚」

 

《地獄の門番イル・ブラッド》 ATK/2100 DEF/800

 

 丸く大きな身体と、それを覆う囚人服。その腹を裂いて外を覗く何者かの顔が非常にグロテスクなレベル6のアンデット族デュアルモンスター。こいつは、再度召喚することで墓地からアンデット族を特殊召喚できる効果を持つ。

 デュアルモンスターは墓地とフィールドでは通常モンスターとして扱うため、通常モンスター専用の蘇生カードである《思い出のブランコ》で特殊召喚できるというわけだ。

 そして、このモンスターもフィールドには出ていない。今のグローアップ・バルブかブリューナクのコストで墓地に落ちたものなのだろう。

 

「……ドロー。……地獄の門番イル・ブラッドにゾンビキャリアをチューニング」

 

 レインが宣言すると、それぞれが飛び上がり、光のリングと星を形成する。

 それを見つめながら、レインはどこか信頼感を滲ませる声で呼び出されるモンスターの名前を告げる。

 

「……深き闇から現れよ……シンクロ召喚、《ダークエンド・ドラゴン》」

 

 ゾンビキャリアとイル・ブラッド。2体のモンスターによって作り出された光の中から、漆黒の翼が光を切り裂いて羽ばたいた。

 中から現れたのは、翼と同じく全身が黒に染まった漆黒のドラゴン。側頭部から平行に伸びる巨大な角、そして胸部には鋭い目と禍々しい牙が生え揃った悪魔のような顔が鎮座しており、ダークという名の通り闇を連想させるドラゴンであった。

 

《ダークエンド・ドラゴン》 ATK/2600 DEF/2100

 

「……ダークエンド・ドラゴンの効果。攻守を500下げ、相手モンスター1体を墓地へ送る。……《ダーク・イヴァポレイション》」

 

《ダークエンド・ドラゴン》 ATK/2600→2100 DEF/2100→1600

 

 ダークエンド・ドラゴンの胸部にある顔。その口が開かれ、牙の隙間から闇が漏れる。それはやがて闇の濁流となってフィールドに溢れ、ニトロ・ウォリアーをいとも簡単に呑み込んだ。

 

「ぐっ……ニトロ・ウォリアー!」

 

 まずい、これで俺の場はがら空き。対してあちらの場にはダークエンド・ドラゴンがいる。

 効果を使用したためその攻守は下がっているが、俺の残りライフは2200。そのまま受ければ残りライフはわずか100になってしまう。

 だが、俺の場にはくず鉄のかかしがある。これがあれば、どうにか。

 そう思う俺を余所に、レインは更に行動を起こしていく。

 

「……《埋葬呪文の宝札》。墓地の《異次元からの埋葬》《思い出のブランコ》《闇の誘惑》を除外、2枚ドロー。……《サイクロン》、右の伏せカードを破壊」

「くっ」

 

 右のカードはくず鉄のかかしだ。これで攻撃を止める手段はなくなった。

 そして、レインは俺の場に指を向けた。

 

「……戦闘。ダークエンド・ドラゴンで直接攻撃。《ダーク・フォッグ》」

 

 ダークエンド・ドラゴンの頭部。本来の口から放たれた闇の奔流が俺に襲い掛かる。これを食らえば、今後の展開が一層厳しくなるのは必至だ。

 俺はすかさず伏せカードを発動する。

 

「罠発動、《リミット・リバース》! 墓地の攻撃力1000以下のモンスター1体を攻撃表示で特殊召喚する! 《ドッペル・ウォリアー》を特殊召喚!」

 

《ドッペル・ウォリアー》 ATK/800 DEF/800

 

 しかし、ドッペル・ウォリアーの攻撃力はわずか800。攻撃を止める道理はなく、レインは攻撃を続行。ドッペル・ウォリアーは闇の奔流に呑みこまれて消えていき、俺もまた闇を浴びることとなった。

 

「ぐぅうッ!」

 

遠也 LP:2200→900

 

 残りライフ900。そこまで俺のライフを削ったレインは、手札全てを手に取ってディスクに差し込む。

 

「……2枚伏せる。エンド」

「この瞬間、墓地に送られたスターダストはフィールドに戻る。――俺のターン!」

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 引いたカードを見ると……よし、きてくれたか。

 小さく笑みを浮かべると、俺はカードをディスクに置いた。

 

「《ジャンク・シンクロン》を召喚! そしてその効果により、墓地のレベル2以下のモンスターを効果を無効にして特殊召喚する! 《チューニング・サポーター》を特殊召喚!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

「レベル1チューニング・サポーターにレベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし勇気が、勝利を掴む力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 来い、《アームズ・エイド》!」

 

 このカードをスターダストに装備させれば、スターダストの攻撃力は一気に3500になる。倒したモンスターの攻撃力分のダメージがたとえなくとも、充分に勝負を決められるはずだ。

 そう考えるが、しかし。俺がシンクロ召喚を行ったその瞬間。レインの場の伏せカードが起き上がっていた。

 

「……カウンター罠、《昇天の黒角笛(ブラックホーン)》。特殊召喚を無効にして、破壊」

「と、特殊召喚メタ!? なんだってそんなカードを……」

 

 まさに俺を狙い撃ったとしか思えないカード。それに思わず驚きの声を上げると、レインはちらりとぼそっと呟いた。

 

「……特殊召喚を使う人、周りに多いから」

「……な、なるほど」

 

 レインの言葉に、思わず納得してしまう。

 確かに特殊召喚を使用しないデッキのほうが珍しいといえば珍しい。昇天の黒角笛はそれら特殊召喚に対して発動し、大きなアドバンテージを得られる可能性を秘めたカードだ。入れているのは不思議じゃない、か。

 それはそれとして、これは正直マズい。特に素材が失われたのは痛いな。しかもシンクロ召喚そのものを無効にされたため、チューニング・サポーターのドロー効果も発動しないという。

 更に言えば召喚権も既に使ってしまったため、これ以上モンスターを展開することも出来ない。となれば。

 

「なら、バトルだ! スターダスト・ドラゴンでダークエンド・ドラゴンに攻撃! 《シューティング・ソニック》!」

 

 攻撃力の差は400ポイント。この一撃でレインに勝てるというほどではないが、それでもダークエンド・ドラゴンを倒し、ライフを削れるなら実行するべきだ。

 だが、そんな俺の思惑は再び打ち砕かれる。

 

「……罠発動、《あまのじゃくの呪い》。このターン、攻守増減効果が逆転」

 

 それも、予想外のカードによって。

 

「あ、あまのじゃくの呪いぃ!?」

『うわぁ、懐かしい』

 

《ダークエンド・ドラゴン》 ATK/2100→3100 DEF/1600→2600

 

 マナの言う通り、なんとも懐かしいカードを使ってくれたものだ。確かに効果発動後に戦闘で破壊されやすいダークエンド・ドラゴンにとっては優秀なサポートカードだろう。

 効果を使えば使うほど強力になるし、相手の攻守アップをダウンにさせることも出来る。更に罠カードなので相手の思惑を崩すことに一役買うため、ダークエンドがいるなら投入しているのも納得のカードだ。

 そして、そんなカードに見事にしてやられたのが俺である。

 

「……迎え撃って。……《ダーク・フォッグ》」

「ぐぁっ……!」

 

遠也 LP:900→300

 

 ダークエンドが吐き出した闇にスターダストが呑み込まれる。

 これで俺の場にはモンスターも伏せカードもなし。しかも、手札には伏せられるカードはない。

 

「く……ターンエンド」

 

 この瞬間、攻守増減効果が逆転していたダークエンドのステータスは元の値に戻る。

 

《ダークエンド・ドラゴン》 ATK/3100→2100 DEF/2600→1600

 

「……私、ドロー」

 

 カードを引き、レインはすぐにダークエンドに指示を出した。

 

「……戦闘。ダークエンド・ドラゴンで直接攻撃。《ダーク・フォッグ》」

 

 ダークエンド・ドラゴンから放たれた闇が俺の身に迫る。

 だが、俺はその瞬間手札のカードを手に取っていた。

 

「手札から《速攻のかかし》を捨て、効果発動! 直接攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる!」

 

《速攻のかかし》 ATK/0 DEF/0

 

 場に一瞬現れたかかしが、ダークエンド・ドラゴンの攻撃を受け止めた後に消えていく。

 これで俺の場は空っぽだが、速攻のかかしの効果はバトルフェイズそのものを強制的に終了させてしまう。

 よって、たとえ攻撃していないモンスターがいたとしても、レインは攻撃をすることが出来ない。まぁ、今レインの場にはダークエンドを除くと守備表示のグローアップ・バルブしかいないのだが。

 

「……エンド」

 

 レインはそのままエンド宣言をした。

 状況は圧倒的に俺に不利。どうにか逆転できる手を引かなければ。

 

「俺のターン!」

 

 カードをデッキから引く。手札は今引いたこれ1枚だけ……そしてそれは、やはりこの状況を逆転できるカードはなかった。

 だが……。

 

「カードを1枚伏せ、ターンエンド!」

 

 今の俺に出来ることはこれだけだ。

 俺の斜め後ろでマナが心配げに見ているのがわかるが、しかしこれしか取れる手がないのだから仕方がない。

 

「……私、ドロー」

 

 カードを手札に加え、レインはディスクを操作して墓地のカードを回収する。

 

「……墓地の《ボルト・ヘッジホッグ》の効果。チューナーがいる時、特殊召喚。生還の宝札でドロー。更に《ファラオの化身》を召喚」

 

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

《ファラオの化身》 ATK/400 DEF/600

 

「ボルト・ヘッジホッグ!? そんなのいつ……」

「……グローアップ・バルブのコスト」

 

 俺がつい発した疑問に、レインは小声でそう答えた。

 ということは、さっきのイル・ブラッドはブリューナクのコストで送られたカードだったのか。そして今回のボルト・ヘッジホッグがバルブのコスト。

 ボルト・ヘッジホッグはアンデット族ではないが、シンクロ召喚を肝にするなら投入して損はない。俺自身が使うからこそ、その便利さはよくわかっている。

 そして、これでレインの場にはレベル2のボルト・ヘッジホッグ、レベル3のファラオの化身、レベル1チューナーのグローアップ・バルブが揃った。

 ということは、だ。

 

「……ボルト・ヘッジホッグとファラオの化身に、グローアップ・バルブをチューニング。……シンクロ召喚、《大地の騎士ガイアナイト》」

 

《大地の騎士ガイアナイト》 ATK/2600 DEF/800

 

 きたか、シンクロ召喚。レベル6で素材指定なしとなれば、やはりガイアナイトが最有力。加えて、ファラオの化身がシンクロ素材である以上、ここから更にコンボは繋がる。

 

「……《ファラオの化身》の効果、墓地から《ゾンビ・マスター》を特殊召喚。……ドロー」

 

《ゾンビ・マスター》 ATK/1800 DEF/0

 

 ファラオの化身はシンクロ素材となった時、墓地のレベル4以下のアンデット族を特殊召喚できる効果を持ったモンスター。シンクロ召喚を主にしたレインのデッキでは、確かに有用なカードだ。

 

「……《シンクロキャンセル》を発動。ダークエンド・ドラゴンを戻し、素材一組……《地獄の門番イル・ブラッド》と《ゾンビキャリア》を特殊召喚。……ドロー、もう一度シンクロ召喚。……《ダークエンド・ドラゴン》」

 

《ダークエンド・ドラゴン》 ATK/2600 DEF/2100

 

 再度シンクロ召喚されたことで、攻守ともに本来の値に戻っている。たぶん、それを狙ってのシンクロキャンセルだったのだろう。しかも生還の宝札の効果でドローのおまけつきだ。

 こうして見ていると、生還の宝札は本当に便利すぎる。禁止カードになったのも納得だ。相手にした時、これほど恐ろしいカードもない。

 そして、レインの行動はまだ続く。

 

「……手札から《生者の書-禁断の呪術-》、先輩の墓地の《スターダスト・ドラゴン》を除外。《ゾンビキャリア》を特殊召喚、ドロー」

 

《ゾンビキャリア》 ATK/400 DEF/200

 

「くッ、スターダストまで……」

 

 フォーミュラ・シンクロンに続き、スターダスト・ドラゴンまで除外されるとは。

 そうして意識をそちらに向けている間も、レインの場では目まぐるしい変化が起きていた。

 

「……ゾンビ・マスターにゾンビキャリアをチューニング。……シンクロ召喚、《蘇りし魔王 ハ・デス》」

 

 2つのリングを4つの星が潜り抜け、光の中から現れるのは濃紺のローブに身体全体を隠した、かつて冥界の頂点に君臨した魔王。

 悪魔族からアンデット族となり、角は欠け、煌びやかだった装飾品が腐食していても、やはりその風格はどこか高貴なものが感じられた。

 

《蘇りし魔王 ハ・デス》 ATK/2450 DEF/0

 

「……《死者蘇生》。墓地の《氷結界の龍 ブリューナク》を特殊召喚。ドロー」

 

《氷結界の龍 ブリューナク》 ATK/2300 DEF/1400

 

 おいおい、またブリューナクかよ。せっかく除外したのに戻ってきたことに、俺は少々げんなりした顔になる。

 しかも生還の宝札の効果によって、レインの手札は今3枚ある。つまり……。

 

「……ブリューナク、効果発動。手札1枚を捨て、伏せカードを戻す」

 

 やっぱりそうきたか。

 だが、俺が伏せたカードはフリーチェーンの罠カード。俺はすぐにディスクを操作して伏せカードを発動させた。

 

「その効果にチェーンして罠カード《威嚇する咆哮》を発動! このターン相手は攻撃宣言できない!」

 

 これで、レインはこのターン攻撃を行うことが出来なくなった。俺の場には1体もモンスターが存在していないのに対して、あちらの場には攻撃力2000を超えるモンスターが3体も存在している。しかし、攻撃を封じてしまえば問題はない。

 攻撃を封じられたため、レインはバトルフェイズに移行することはないようだ。手札のカード2枚を手に取ると、それをディスクにセットした。

 

「……カードを2枚伏せる。……エンド」

 

 どうにか、首の皮一枚繋がった。さっきから不甲斐なくも一方的なわけだが、我ながらよく防ぎ切れていると思う。ダメージは受けても、最低限で抑えているしな。

 だが、さすがにこれ以上耐えることは出来ない。次のターンでどうにかできなければ、終わりだろう。

 つまり、ここで引くカードが明暗を分ける。俺はデッキトップのカードに指を置き、一拍そのまま静止した後、一気に引きぬいた。

 

「俺の、ターンッ!」

 

 引いたカードは……よし。

 

「……《貪欲な壺》を発動! 墓地の《ニトロ・ウォリアー》《アームズ・エイド》《クイック・シンクロン》《ジャンク・シンクロン》《ドッペル・ウォリアー》をデッキに戻し、2枚ドロー!」

 

 デッキから引いたカードをゆっくり表側にし、その絵柄とカード名を確認する。

 ――……きたか!

 瞬間、俺は心の中でガッツポーズをとる。そして、まさに待ち望んでいたカードを手に取って、ディスクに差し込んだ。

 

「《調律》を発動! デッキから《ジャンク・シンクロン》を手札に加え、デッキトップのカードを墓地に送る! 《ジャンク・シンクロン》を召喚! そしてその効果により、墓地から《チューニング・サポーター》を効果を無効にして特殊召喚する!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

 墓地に落ちたカードは《ジャンク・コレクター》。そして、ここまではさっきのアームズ・エイドの時の焼き直しである。

 だが、ここで俺は手札からもう1枚のカードを発動させる。

 

「速攻魔法《地獄の暴走召喚》! 相手フィールド上に表側表示でモンスターが存在し、自分の場に攻撃力1500以下のモンスターを特殊召喚した時、その特殊召喚したモンスターの同名カードをデッキ・手札・墓地から全て攻撃表示で特殊召喚する!」

 

《チューニング・サポーター2》 ATK/100 DEF/300

《チューニング・サポーター3》 ATK/100 DEF/300

 

「この時、相手は自分の場のモンスター1体を選択し、その同名カードを相手自身の手札・デッキ・墓地から特殊召喚できる。が……」

「……私の場は、シンクロモンスターだけ。特殊召喚は出来ない」

 

 暴走召喚はあくまでデッキ、手札、墓地の同名モンスターが対象だ。エクストラデッキには対応していない。

 そのため、恩恵を受けるのは俺だけだ。そしてその効果によって、俺の場には必要なシンクロ素材は全て揃った。

 

「チューニング・サポーターはシンクロ素材とする時、レベルを2として扱える! 2体のチューニング・サポーターのレベルを2として扱い、レベル2となったチューニング・サポーター2体とレベル1のチューニング・サポーターに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 レベルの合計は2+2+1+3で8となる。となれば、ここで出すモンスターは決まっている。

 

「集いし闘志が、怒号の魔神を呼び覚ます。光差す道となれ! シンクロ召喚! 粉砕せよ、《ジャンク・デストロイヤー》!」

 

《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600 DEF/2500

 

 攻守ともに高く、そして非常に強力な効果を持った鋼鉄の巨人。俺は早速フィールドのジャンク・デストロイヤーに手を向けて、指示を出す。

 

「ジャンク・デストロイヤーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、シンクロ素材としたチューナー以外のモンスターの数まで相手の場のカードを破壊できる! 素材となったモンスターは3体! よって、伏せカード2枚と氷結界の龍 ブリューナクを破壊する! 《タイダル・エナジー》!」

「……っチェーン。速攻魔法、《収縮》。……ジャンク・デストロイヤーの攻撃力を半分に」

 

《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600→1300

 

 寸でのところで収縮を発動されてしまったが、デストロイヤーから放たれたエネルギーの波が、それ以外のカード2枚を押し流す。

 破壊された伏せカードは《聖なるバリア-ミラーフォース-》。つまり、ミラフォと収縮の2枚が伏せてあったわけだ。

 前者は攻撃反応型であり、この状況では破壊されるしか道はない。後者は速攻魔法であることを生かして効果を使われてしまったが……これは仕方がないことだろう。

 伏せカードはそれでいいとして、ブリューナクとダーク・エンド……破壊するモンスターには悩んだが、結局はブリューナクにした。

 何故なら、このあと俺はチューニング・サポーターの効果でドローするが、もし逆転の手が引けなかった時。つまりレインにターンが渡った時に、モンスターだけでなく伏せカードまでバウンスできるブリューナクのほうが厄介だと判断したからである。

 そして、このデュエルの明暗を分けるドローを俺は行う。

 

「チューニング・サポーターの効果発動! シンクロ素材となった時、デッキからカードをドローする! 素材となったチューニング・サポーターは3体! よって俺は合計で3枚ドロー出来る!」

 

 相手の場のカードを3枚まで破壊し、こちらは3枚ドローする。チューニング・サポーターと暴走召喚は、組み合わせれば莫大なカードアドバンテージをプレイヤーにもたらす。

 もっとも、それを狙って常にチューニング・サポーターを3枚フル投入というのも事故の元だ。俺もそんな構成にするのは時々であり、それがたまたま今回だったのは運が良かったからに他ならない。

 

「――ドローッ!」

 

 これが正真正銘ラストドロー。このドローしたカードによって、このデュエルの行く末が決まる。

 引いたカードは……《死者蘇生》、《異次元の精霊》、《禁じられた聖杯》の3枚。手札のそれらを見た後、俺は墓地に置かれたカードたちを確認する。

 ――それらが終わった途端、俺の頭の中にはこれから辿るべきルートが映し出される。俺はそれに則り、まずは《死者蘇生》のカードを手に取った。

 

「いくぞ、レイン! 俺は《死者蘇生》を発動し、墓地から《ジャンク・コレクター》を特殊召喚!」

 

 人形の素体のように関節の継ぎ目が晒された身体に深緑の外套を羽織り、ひょろりとした細い体格の人型モンスターだ。

 手には人の頭より大きいハンマーを持ち、背中にはいくつかのくず鉄が背負われている。

 名前の通り、ジャンクのコレクターということなのだろう。

 

《ジャンク・コレクター》 ATK/1000 DEF/2200

 

「ジャンク・コレクターの効果発動! このカードと自分の墓地に存在する通常罠カードを除外することで、このカードの効果はこの効果を発動するために除外した罠カードの効果と同じになる! 俺は墓地の《異次元からの帰還》とこのカードを除外する!」

 

 ジャンク・コレクターが次元の渦に呑まれて消え去り、また墓地からも異次元からの帰還が除外される。これは最初にカードガンナーの効果で墓地に送られた3枚のカードのうちの1枚である。

 そしてこれにより、セットする必要もなくこの瞬間に俺は《異次元からの帰還》の効果を使うことが出来るようになった。

 

「異次元からの帰還は、除外されている自分のモンスターを可能な限り場に特殊召喚する罠カード。――《スターダスト・ドラゴン》《フォーミュラ・シンクロン》《レベル・スティーラー》《ジャンク・コレクター》の4体を特殊召喚!」

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

《フォーミュラ・シンクロン》 ATK/200 DEF/1500

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

《ジャンク・コレクター》 ATK/1000 DEF/2200

 

 一気に俺のフィールドが埋まる。

 そして、その中に存在するある2体をレインはじっと見つめていた。

 

「……スターダスト・ドラゴンと、フォーミュラ・シンクロン……」

 

 場に揃った2体のモンスター。この2体が揃うことが何を意味するのか俺も分かっているが、しかし今はそれより先にすべきことがある。

 

「俺はレベル・スティーラーを除外し、手札からチューナーモンスター《異次元の精霊》を特殊召喚! このカードは自分の場の表側表示モンスター1体を除外することで、手札から特殊召喚できる!」

 

《異次元の精霊》 ATK/0 DEF/100

 

 昆虫の触角のようなものを頭から生やした、妖精のごとき小さな天使。光に包まれてふわりと浮かび上がった異次元の精霊は、ジャンク・コレクターの傍をくるりと回る。

 これで、準備は整った。

 

「レベル5ジャンク・コレクターにレベル1異次元の精霊をチューニング! 集いし嘆きが、事象の地平に木霊する。光差す道となれ! シンクロ召喚! 推参せよ、《グラヴィティ・ウォリアー》!」

 

 2体のモンスターによって作られたリングと星の中、溢れ出す光を突き破って現れたのは重力の名を冠した戦士である。

 その姿は生身の部分が存在しない機械の身体。人型でありながらその風体は獣じみており、顔つきは狼のそれに近い。頭部を中心に全身の随所にみられる動力パイプと青に輝く装甲。そして鋭く伸びた両手の鋼鉄製の爪は、まさに凶器という言葉が相応しかった。

 

《グラヴィティ・ウォリアー》 ATK/2100 DEF/1000

 

 召喚されたグラヴィティ・ウォリアーがフィールドに立ち、その効果が発動される。

 

「グラヴィティ・ウォリアーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、相手の場に存在するモンスターの数×300ポイント攻撃力がアップする! そっちの場にいるモンスターはハ・デスとガイアナイト、それにダークエンド・ドラゴンの3体! よって900ポイント上昇する! 《蛮勇引力(パワー・グラヴィテーション)》!」

 

 相手の場の3体から立ち昇るエネルギーが仁王立ちするグラヴィティ・ウォリアーに引き寄せられていく。

 そしてそれを吸収したグラヴィティ・ウォリアーは、鉄の爪を更に伸ばして雄叫びを上げた。

 

《グラヴィティ・ウォリアー》 ATK/2100→3000

 

「更に――」

 

 俺が言葉を続けると、レインの肩がピクリと動く。

 その視線が俺の場のスターダストとフォーミュラ・シンクロンに向かっていることから、レインが何を考えたのか想像するのは容易い。恐らくは、俺がアクセルシンクロをするものと思ったのだろう。

 だが、俺はいまだそれを行うことが出来ない。心の問題についてはいずれ克服してみせると言い切れるが……モーメントについてはどうしようもないのだから。

 ゆえに、俺が取る行動はレインが想像するものではない。

 手札のカードをディスクに差し込んだ。

 

「――速攻魔法《禁じられた聖杯》を発動! このカードはフィールド上のモンスター1体を選択し、エンドフェイズまでそのモンスターの攻撃力を400ポイントアップさせ、効果を無効化する! 俺はスターダスト・ドラゴンを選択!」

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500→2900

 

 攻撃力が上昇する代わりに効果は無効になったが、相手の場に伏せカードはなく、破壊効果を持つダークエンドも相手のターンにそれを使うことは出来ない。

 ゆえに、効果が無効になったことは全く問題ではない。スターダストの攻撃力が相手の攻撃力より50ポイント以上上回ったという事実こそが重要なのである。

 これにより、勝利への道は全て辿りきった。俺は勢いよくフィールドに向けた手を握りこみ、高らかにフェイズ移行の宣言を行う。

 

「バトル! グラヴィティ・ウォリアーで蘇りし魔王 ハ・デスに攻撃! 《超重力十字爪(グランド・クロス)》!」

 

 途端、グラヴィティ・ウォリアーは獣のごとき咆哮と共に相手フィールドに駆けると、その鋭い爪を一気に縦横に振り抜いた。

 鋼鉄の爪は難なくハ・デスの身体を十文字に切り裂き、蘇ったハ・デスを再び闇の世界へと送り返していった。

 

「……ぅ……っ」

 

レイン LP:600→50

 

 これで、レインの場にいるモンスターは共に攻撃力2600のガイアナイトとダークエンド・ドラゴンの2体。

 そして、俺の場には攻撃力2900となったスターダスト・ドラゴンがいる。

 その差は300。そして、レインの残りライフは僅か50。

 俺は最後の指示をスターダスト・ドラゴンに出した。

 

「いけ、スターダスト・ドラゴン! ダークエンド・ドラゴンに攻撃! 響け、《シューティング・ソニック》!」

 

 スターダスト・ドラゴンの口腔に集束していく星屑のようにきらめく空気の粒。それらが凝縮されて真空の砲弾を形成したところで、そのままスターダストが首をしならせる。

 そして遠心力を利用して顔を正面に戻してくると、その勢いのまま真空の砲撃が発射される。それは音の壁を破り、一直線にダークエンド・ドラゴンへと向かっていき、狙い違わず直撃した。

 そして、その威力にダークエンド・ドラゴンは耐え切れない。一時踏みとどまるものの、やがて断末魔の叫びを上げながらダークエンド・ドラゴンは姿を消したのだった。

 

「っ、ぁああッ!」

 

レイン LP:50→0

 

 同時に超過ダメージがレインの身体を襲い、ライフポイントが0を刻む。

 この瞬間、俺の勝利という形でこのデュエルは決着がつくことになったのであった。

 デュエルが終わったことで、ソリッドビジョンが解除されてモンスターたちも消えていく。どうにか勝てたことに安堵して胸を撫で下ろした俺は消えていくモンスターたちに目でお礼を言いつつ、大きく息を吐いた。

 

「ふぅ……」

『お疲れ様。それにしても、メインフェイズが長いデュエルだったね』

「あー、確かに」

 

 俺もレインもシンクロ召喚が主のデッキだったからな。メインフェイズに大量展開、そしてシンクロに繋げるという戦術が共通していたため、メインフェイズの長さはかなりのものだった。

 それでもソリティアといわれるようなデッキほどではないが、この世界のデュエルとしては随分長い部類だったとは思う。

 それもあってか、確かに少し疲れたような気もするな。終わって気が付いたが、気を張っていたこともあって随分と身体に力が入っていたようだ。

 俺は軽く首を回して小気味の良い音を鳴らしつつ、レインのもとへと歩いていった。

 

「よ、デュエルはしたぜ。これで良かったのか?」

 

 片手を上げて声をかけると、レインはこちらを見て頷いた。

 

「……うん。……でも」

「ん?」

 

 でも。そう続けたレインは、デッキをセットしたままになっている俺のデュエルディスクを見る。

 そして、視線を俺に戻して問いかけてきた。

 

「……最後のターン。フォーミュラ・シンクロンでシンクロをしなかった。……どうして?」

「どうしてって……そりゃあ、ほら。フォーミュラ・シンクロンじゃグラヴィティ・ウォリアーのレベルに合わないだろ?」

 

 フォーミュラ・シンクロンのレベルは2。ジャンク・コレクターのレベルは5。そしてグラヴィティ・ウォリアーのレベルは6だ。

 レベルの合計値が合わない以上、あそこでは異次元の精霊を特殊召喚するのが最善だった。

 俺はそうレインに話す。

 

「……そうじゃなくて」

 

 何か言いたげにするレインの肩を、ぽんぽんと軽く叩く。

 ……レインが言いたいことがそうではないことは分かっている。確かに他にも手はあったのだから。

 恐らくレインはこう言いたかったのだろう。フォーミュラ・シンクロンとスターダスト・ドラゴンをアクセルシンクロしていれば、それで済んだはずだと。

 ――シューティング・スター・ドラゴン。いまだ俺には扱えない、スターダスト・ドラゴンの進化系。攻撃力3300を誇るアイツを出せていれば、確かにわざわざ異次元の精霊を特殊召喚する必要はなかった。

 だが、クリアマインドにも至っておらず、Dホイールから発生するモーメントの出力にも全く及ばないこのデュエルディスクでは、到底それは為し得ない。

 それに、別段シューティング・スター・ドラゴンの力を借りなければならないほど切羽詰った理由があるわけじゃない。なら、今は召喚しないに越したことはないのだ。イリアステルに俺がシューティング・スター・ドラゴンのカードを持っているとバレるのはさすがにマズイからな。

 シンクロチューナーだけなら正史よりシンクロ召喚が早く出てきたズレを理由に誤魔化せるが、アクセルシンクロは特別なシンクロ召喚。出来る者は限られるため、同じように誤魔化すことは出来ないからだ。

 そのため俺は半ば強引にレインの話を打ち切った。

 

「それより、そろそろ腹が減ったな。そうだ、皆を呼んでメシを食おう。な、マナ」

 

 呼びかけると、精霊化していたマナが制服姿で実体化して俺の隣に立つ。

 

「うん、いいね! ……明日香さんもいればなぁ」

 

 口に出して言い、少し目を伏せるマナ。

 それについては俺も同じ思いだ。いつまでも明日香を斎王の元にいさせるわけにはいかない。これは十代をはじめ、皆が思っていることでもある。

 明日香についても、早いうちにどうにかしなきゃな。そのことについても、皆と話した方がいいかもしれない。

 明日香のことについてとりあえずそう考えをまとめると、俺はレインに話しかけた。

 

「それじゃ、そういうことだから。レイを誘うのは任せたぞ」

 

 何気なくそう言うと、レインはふるふると首を振った。

 

「……私より、先輩が誘った方がいい。……レイも、好きな人からの方が喜ぶと思うから」

「す、好きな人……ってゆーかやっぱバレバレなんだな、それ。けど、うーん、こういうのは俺より友達からのほうがいいと思うんだけどなぁ」

「……どうして?」

「どうしてって……それを俺に訊くのか?」

 

 俺は思わず問い返すが、レインは意味が分からないようできょとんとしている。

 これは、本当に他意なく純粋に疑問に思っているだけか。……そうなるとさすがにスルーしづらい。だとしても、その理由を当事者である俺が言うとかどんな拷問だよ。

 しかし、レインは俺の答えを待っているのかじーっと俺を見つめる視線を外さない。それを受けて、俺は心の中で盛大に葛藤したあと、「すまん、レイ」と勝手にこんなところで話題に出すことへの謝罪を口にする。

 そして、諦めの溜め息と共にぼそぼそと口を開いた。

 

「……そ、それはだな……えっと……れ、レイはなんでか俺に好意を持ってるだろ? けど、そういう相手からの誘いって少なからず緊張するもんだしさ。俺も経験あるし。その点、友達からの誘いなら変にそういうのがなくていいかな、ってああもう! なんで俺は自分でこんなこと言わないといけないんだよ! 恥ずかしいわ!」

「遠也、顔が赤いよ」

 

 マナに指摘され、思わず「う、うるさい!」とどもりつつ叫び返す。

 自分で自分が女子から好かれてる宣言なんてどれだけ自意識過剰で自信家な奴かと。たとえレイがそういう気持ちを俺に向けているのが公然の事実だとしても、それを自分で主張するなんて恥知らずにもほどがあるわ。

 いくらなんでもそこまで面の皮が厚くなく、いたって普通の感性を持っていると自負している俺である。さすがにこんな羞恥プレイには耐えることは出来ず、自分でもわかるほどに顔が熱くなっていた。

 すまん、レイ。勝手になんかこんなところでお前の気持ちを話題に出して。もう一度心の中でレイに謝り、俺は溜め息をもう一つ。

 なんでこんなことを後輩……それもレイの友達の前で言ってるんだ俺は、死にたい。

 そんなふうに悶えつつ落ち込んでいる俺を尻目に、俺の言葉を聞いたレインはポケットからPDAを取り出す。

 そして短縮で即座に電話を繋げると、そのまま話し出した。

 

『はーい。どうしたの、恵ちゃん?』

「……ご飯、皆で食べようって。……レイも、一緒に行こう」

『わ、ホントに!? もっちろん行くよ! ありがとう、恵ちゃん!』

「……うん」

『えへへ、よく考えたら恵ちゃんからボクを誘ってくれたのって、初めてかも。なんか嬉しいなぁ、こういうの』

「……そう?」

『そうだよ! だから、嬉しいよ恵ちゃんが誘ってくれて。それじゃ、またあとでね! レッド寮でいいんでしょ?』

 

 レイとレインの会話が、そこで途切れる。レインは確認を求めるように目を俺に向けてきた。

 

「……先輩」

「ん、ああ。そうだなレッド寮でいいぞ。……ところで、レイ。ちょっといいか」

『あれ、遠也さん? どうしたの?』

 

 レインとついでにレイにも聞こえるように答え、更にPDA越しにレイに話しかける。

 突然会話に加わってきた俺にレイは驚いたようだったが、俺はそんなレイにひとまずこう告げるのだった。

 

「……あとでお前は俺に怒ってもいいからな」

『へ? いきなりどういうこと?』

「わけは後で話す。何を言われても甘んじて受けるぞ、俺は」

 

 実はもう皆に知られているらしいこととはいえ、人の気持ちを勝手に口に出したのは俺だからな。やはりこういうのはケジメをつけないと。

 だが、当然さっきの会話を聞いていないレイにそれがわかるはずもなく、レイ『何の話なの?』と混乱していた。

 

『……うーん、まぁいいや。それじゃ恵ちゃん、遠也さん。またあとでね!』

「……うん、待ってる」

「ああ」

 

 通話が切られ、レインはPDAを再びポケットにしまう。

 そして顔を上げたレインに、俺は笑いかけた。

 

「な、嬉しそうだったろ?」

 

 そう問えば、レインは小さく頷く。

 普段あまり変化がない表情が徐々に和らぎ、それは微笑みへと移ろいでいく。

 まるで花が咲くような、レインには珍しい満面の笑顔。「……うん」と噛みしめるようにもう一度レインは頷き、俺とマナはそんな後輩の姿に一層笑みを深める。

 

「さ、レッド寮に戻ろうぜレイン」

「そうだね、いこうレインちゃん」

 

 俺たち二人が揃って促すと、レインはこくりと頷いて歩き出す。表情は既に常のものに戻っているが、それでもどことなく嬉しそうに見えるのは気のせいではないだろう。

 そんなレインを微笑ましく見ていると、歩き出したレインが不意にぴたりと足を止めた。

 

「……先輩」

「ん、どうした?」

 

 足を止めたレインにつられ、俺とマナも立ち止まる。

 そしてレインに振り返ると、レインは表情を変えずにマナを見つめてこう言った。

 

「……さっきと、今。……マナさんが突然現れたのは、何故?」

 

 素朴な疑問に、一瞬時が止まる。

 

「あ」

 

 一拍置いた後。俺の口から出たのは、そんなひどく間抜けな一音であった。

 

 

 

 

 実はレインに一度もマナが精霊であることを説明していなかったことに気づいた俺は、レッド寮への道すがらマナと共にレインにそのあたりのことを説明することとなった。

 俺の部屋に入りマナがお茶を入れに行った時も疑問に思ったらしいが、あの時はカードを見せてもらったり、デュエルをしたりといった用事が控えていたため口に出さなかっただけらしい。

 レインがマナのことを理解してくれたかはわからないが、口外はしないと約束してくれたので俺としてはほっと一安心である。

 背後の方に伝わってしまうかもしれないが……既に後の祭りだ。なにもアクションがないことを祈るしかない。

 

 ――さて、その後俺たちはレッド寮にて皆でご飯を食べたわけだが。

 その食事の席で、俺はレイにあの時電話越しに言った言葉の意味とそれに繋がる経緯を説明した。初めは驚いていたレイだったが、すぐに俺の言葉を聞いて笑い出す。

 呆気にとられる俺。しかしレイ曰く「周りに知られているなんて承知済みだし、遠也さんがボクがいないところで言っても気にしないよ」とのこと。

 その後は「むしろそこまでボクの気持ちを大切にしてくれていたことが嬉しい」と言って、お礼まで言われてしまった。怒られるつもりだったのに、どうしてこうなった。

 そんな俺たちのやり取りを、十代や翔、剣山、万丈目に三沢といった面々は可笑しそうに笑って見ていた。まぁ、万丈目だけは相変わらずの仏頂面だったが。

 更にカイザーと吹雪さんも途中で加わり、十代がそれならとエドを引っ張ってくる。こうしてかなりの大所帯となった食事会は楽しい空気の中終わり、俺たちは明日への英気を存分に養ったのだった。

 

 

 

 

 食事会が終わり、それぞれが部屋に戻った夜更けのこと。

 レッド寮に一人の男が訪れる。男は十代にあるものを託し、エドにもまた十代と同じものを託したのである。決してこれを奪われてはならないと二人に言い聞かせて、男は幻のごとく消えたという。

 夢か霞か……二人は一瞬疑うものの、しかし、その手には確かに受け取ったものが存在していたのである。

 この時から、状況は変化を始める。男の行動は今の緩やかに進む状況に一石を投じたのだ。

 これにより、この島に起こっている事態を動かす歯車は、徐々に加速していくことになるのだった。

 

 

 

 



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第47話 雪解

 

「斎王が訪ねてきた!?」

「ああ」

 

 皆でメシを食った日の翌日。

 十代は翔と剣山を連れて、今は俺が住むレッド寮1階のリフォーム部屋に来ていた。

 話があるということだったので俺たちはソファに腰を下ろして、一体何の話なのかと気構えていたのだが……まさかいきなり「斎王が来たんだけどさ」なんて言い出すとは思わなかった。

 翔と剣山も話の内容までは聞いていなかったようで、俺やマナと同じく横で驚いていた。

 

「んで、俺にこの鍵を渡してきたんだよ」

 

 言って、十代は懐から鎖がつけられてペンダント状になった小さな金属の棒を取り出した。

 

「……何の鍵っすか、それ?」

「小っちゃくて、マッチ棒みたいドン。それ、ホントに鍵ザウルス?」

 

 翔と剣山がどう見ても一般的な形状をしていないその鍵に、首を傾げる。

 確かに、ただの先が尖った金属の棒みたいだからなあれ。マッチ棒を金属で作りましたと言われたら納得してしまいそうだ。

 と、そんな翔と剣山に向けて部屋の入口から声が聞こえてきた。

 

「世の中には、こういうスティック状のキーもある。覚えておくんだな」

 

 声に全員が扉の方を見れば、そこには十代が持つものと同じものを手に持ったエドがこちらを見ている姿があった。

 

「エド。お前も同じ物をもらってたのか」

「ああ。……心しろよ、十代。この鍵は、恐らく世界の命運を握る鍵だ」

「世界の命運を握る鍵、か」

 

 十代は手に持った鍵をじっと見る。

 それを見ながら、思う。世界の命運を握る。まさしくその通りだと。

 十代とエドが持つ鍵は、この世界を滅亡させる可能性を持つレーザー衛星――ソーラの始動キーだ。あんなものが地表に放たれれば、そこに暮らす生物がどうなるかなんて自明の理。それだけは何としても阻止しなければならない。

 

「僕たちは、この鍵を……斎王から託された希望を、守らなければならないんだ」

「――ああ、そうだな」

 

 なんにせよ、斎王自らが行動に出たことに変わりはない。

 いよいよ動き出した斎王に対して気持ちを新たにする二人を見て、俺もまた一層気を引き締めるのだった。

 

 

 

 

 そんな朝の一幕を終え、俺は皆と別れてレッド寮を後にした。

 十代たちは校舎の方に用があるらしくそちらに向かい、エドは今日もいつも通りに島にいるデュエリストを相手取りに行ったようだ。それに関しては俺も同じなんだが、やはり父親の仇を捜すという強固な意志がそうさせるのか、寮を出た時のエドには何というか気迫のようなものが感じられた。

 先日、斎王を救うという約束を思い出したことで目的が更に加わったエドだ。無理をしないといいんだが……。

 そんな僅かな懸念を抱きつつ歩いていると、俺のPDAに着信が入る。一体誰からなのかと画面を見ると、そこに表示された名前に俺は驚きを隠せなかった。精霊状態のまま俺の肩越しに画面を見たマナも、目を丸くする。

 

『ペガサスさんから?』

「……ああ。どうしたんだろう」

 

 いきなりの連絡に首を傾げるが、考えたところで答えは出ない。俺はひとまずPDAを操作してコールに応える。

 

「もしもし?」

『Oh! 先日振りデース、遠也。ジェネックスを楽しんでいますか?』

 

 PDAから聞こえてきた陽気な声に、知らず俺の表情がほころぶ。

 

「はい。どうにか順調にきていますよ」

『それは何よりデース。Mr.鮫島と共同でジェネックスを開催した甲斐がありマース』

 

 俺の報告に、ペガサスさんは満足げに受け答える。

 これほどの規模の大会、I2社かKC社の援助がなければ成り立たないと思ってはいたが、やっぱり支援していたのか。

 世界中からデュエリストを集めての大会なんてものを、カード業界でシェアを独占しているI2、KCの2社に一切関係なく催すなんて事実上不可能だ。そもそもデュエルモンスターズの大本はI2社なのだから、鮫島校長が協力を仰ぐのは当然の話でもあった。

 それから、ペガサスさんとこちらの現況をはじめとした世間話を交わす。ラーの件で比較的最近に会ってはいるが、それでもこうして話が出来るとやはり楽しかった。

 そうしている内にやがて話がひと段落すると、ペガサスさんが突然声を途切れさせる。どうしたのかと訝しむと、ペガサスさんは先程までに快活な声とは打って変わり、どこか重い口調で話し出したのだった。

 

『――……遠也。実は聞いてほしいことがあるのデース』

「聞いてほしいこと?」

 

 基本的に物事に対してスパッとした態度をとるペガサスさんにしては珍しく、もったいぶったような態度。それに少し疑問符を浮かべながらオウム返しに尋ねると、ペガサスさんは『イエス』と言って頷いた。

 

『遠也はジェネックス大会の中で、《究極のD》という言葉を聞いたことはありませんでしたカ?』

「《究極のD》!? それって……」

 

 突然出てきた名前に、俺は声を上げて驚く。

 それは、エドが探し求めているカードの名前だ。エドの父親を殺した男が持っているはずだと、エド自身が言っているのを聞いたことがある。そのカードの名前がどうしてここで……。

 

『まさか、聞き覚えがあるのデスか?』

 

 驚きの声を上げた俺の反応に、ペガサスさんが勢い込んで聞いてくる。どこか期待を込めたような声からは、よもや俺がその存在を知っているとは思っていなかったのだと窺える。

 俺は頷き、エドから聞いたことがある、とペガサスさんに返す。

 すると、ペガサスさんはどこか落胆した声で『そうデスか……』と呟いた。

 いきなりの質問に、それによって一喜一憂するペガサスさんの態度。さすがに不審に思った俺は、一体度言うことなのかとペガサスさんに疑問を投げかけた。

 すると、暫し逡巡した後でペガサスさんが徐に口を開いた。

 

『……実は、このジェネックス大会にはある目的があったのデース。それが、《究極のD》のカードを捜しだし、我が社で回収することなのデース』

 

 その言葉に驚く。この大会は次世代のデュエリストを育てるためのものではなかったのだろうか?

 そう尋ねると、ペガサスさんいわく、それも目的の一つではあるという。しかし真の目的は《究極のD》回収にあるのだとか。なぜそこまでこだわるのか。そう問うと、ペガサスさんは一層重々しく語りだした。

 

『かつて宇宙の彼方で起こったホワイトホールの爆発。それによって地球に降り注いだ光の波動は、人の心を大きくゆがませる力を持つのデース。良くも悪くも人を変えるそれは、あまりに危険。それゆえ、私はその光の波動を宿したカードである《究極のD》を捜し続けているのデース』

「それで、なぜジェネックスを?」

『《究極のD》を持つ可能性があるデュエリストを一か所に集めると同時に、大会期間中この島に拘束して調査するためデース。特にプロはこうでもしないと集中的な調査が出来ないのデース。しかし、その中に《究極のD》を持つ者はいなかった。中でも今期プロになったMr.タイタンは可能性が高いと踏んでいたのデスが……』

「た、タイタン!?」

 

 さらりと出てきた知り合いの名前。

 思わずその名前を復唱すると、ペガサスさんは『そうデース』と頷いた。

 

『調査の結果、彼は過去にデュエルモンスターズを使ってインチキ商売を行っていたことがわかっていマース。光の波動を受けた者が取りそうな行動なだけに、有力候補だったのデース』

「な、なるほど……」

 

 確かに、過去の悪行を見るとそうとられても仕方がないのかもしれない。とはいえ、今は改心して真面目にカードに向き合っているんだ。過去は消せないから仕方がないと言えば仕方がないが。

 とはいえさすがに見て見ぬ振りもアレなので、タイタンとは顔見知りで、過去の事情はどうあれ今はそんなことをする人間じゃないことをペガサスさんに伝える。

 知り合いであったことに少しペガサスさんは驚いたようだったが、俺の言葉でタイタンへの疑いは綺麗に晴れたようだった。

 そして再び、ペガサスさんは話し始める。

 

『遠也には、もし《究極のD》のカードを見つけた時、私かMr.鮫島に知らせてほしいのデース。本来大会参加者かつ生徒である遠也にこんなことを頼みたくはないのデスが……今は余裕がありまセーン。片手間でもいいので、もし見聞きしたら教えてくだサーイ』

「わかりました。その時はお伝えします」

『Mr.鮫島も教え子であるMr.丸藤……遠也の言うカイザー亮デース。彼に今頃同じ話をしていることでショウ。我々だけで片付けるつもりでしたが、ここまで時間をかけて見つからないとは……面目ないデース』

「気にしないでくださいよ。これぐらい何ともないですって」

 

 元々いろいろとお世話になっている身だ。むしろペガサスさんの助けになるなら、こっちから頼みたいぐらいだった。

 そして、ペガサスさんは俺の答えに『感謝しマース』と返すのだった。

 ペガサスさんは島に来られなかったデュエリストのほうも調査するらしく、島の中については完全に校長と俺たちに任せるつもりらしい。そのために俺やカイザーに声をかけたみたいだ。

 そこまで話して、ペガサスさんとの通話を切る。……光の波動。斎王をおかしくしたという占い客から渡されたカード。それが十中八九それなのだろう。

 今は既に誰が持っているかはわからない。この話はペガサスさんにも伝わっているらしく、光の結社には十分注意するようにとの忠告も受けている。

 とはいえ、既にどっぷり関係してしまった身だ。今更知らんぷりは出来ない。それに、エドや十代がその渦中にいるんだ。尚更気にしないわけにはいかない。

 そういうわけで、これから忙しくなりそうだと思っていると、再びPDAに着信が入る。

 今度の発信者は十代。一体なにが、と思いつつ通話をオンにする。

 

「もしもし、どうした十代?」

 

 問いかけ、いつものように元気な声が返ってくる……そう思ったが、予想に反して十代の声は神妙なものだった。

 

『遠也……今夜、明日香とデュエルすることになったぜ』

「明日香と?」

『ああ。斎王から俺の鍵を奪い返すように言われたんだとよ』

「斎王が……」

 

 聞けば、校舎の中を歩いていたところに明日香と出会い、そのままデュエルを申し込まれたらしい。

 鍵を賭けてのデュエル。斎王に命じられたと言ったその時の明日香の瞳は、以前にも増して自我を感じられない濁った光を放っていたという。

 その場に居合わせた吹雪さん曰く、恐らくは斎王により強力な洗脳を施されたのだろうとのこと。つまり、以前修学旅行で俺に挑んできた時の万丈目みたいなものということだろう。

 そんな俺たちの知る明日香とは全く違う姿に、十代も斎王に対して怒りを隠せなかったようだ。こうして話している十代の声にも、そんな憤りが滲み出ている。

 

『――このデュエルで、俺は明日香を絶対に元に戻す! お前も応援してくれ、遠也!』

「十代……ああ、当然だ!」

 

 力強く決意を口にした十代に、俺もまた頷いて答える。

 今夜、十代と明日香のデュエルか。恐らく斎王は鍵を奪うために明日香のデッキを強化させているはずだ。それぐらいの対策をしてくると見ていいだろう。

 だが、十代なら必ず明日香を元に戻してくれる。俺は心の底からそう信じ、ひとまず皆と合流するために校舎の方へと向かうのだった。

 

 

 

 

 十代と合流すると、そこには剣山や翔に三沢、万丈目に吹雪さんといった面々もいた。話を聞くと、どうも吹雪さんと万丈目から明日香に気持ちが届くようにと願いを込めたカードを受け取り、十代が自分のデッキにそれを加えたところだったのだとか。

 俺も何かあればどうだと勧められたが、俺は遠慮しておいた。吹雪さんのように明日香との思い出のカードがあるわけでもないし、万丈目のように自身を象徴するカードを渡すには俺と十代のデッキは違いすぎたからだ。

 俺のデッキの象徴といえば、やはりチューナーやスターダストといったシンクロモンスター。それを入れるとなると、下手をすればいざデュエルとなった時に十代の手札を事故らせる要因になりかねない。

 そのため、俺はカードを渡すことはしなかった。その代わり、十代にあらん限りの気持ちを込めて激励を贈る。十代はそれに、真面目な顔で頷いた。

「あんな明日香、見たくない。絶対に、俺は勝つ」そうはっきりと断言する十代の姿は、とても頼もしいものだった。

 

 そして、時間は過ぎて夜になり。約束のデュエルの時が訪れる。

 デュエルをするいつもの会場に入ると、既にフィールドには明日香が立っており、その背後側にある観客席は白一色で染められていた。あちらは準備万端といった感じである。

 俺はステージに立つ明日香を見る。遠目でもわかる、どこか焦点が定まらない茫洋とした目。正気でいるとは思わせないその表情は、やはり修学旅行で対峙した時の万丈目と似ている気がした。

 

『明日香さん……前は、あんな風じゃなかったのに』

「ああ。これも、斎王がより強い洗脳をした結果なんだろうな」

 

 マナに答えながら、俺は厳しい表情を崩さない。

 これまでの光の結社は、斎王がいない時において万丈目を代わりのリーダーとすることでその統率を保ってきた。斎王が合流してからは万丈目が斎王に次ぐ者として、斎王にかかる負担を一手に担い、斎王を補助していたと言っていい。

 万丈目がいなくなった今、その役割は明日香に受け継がれているという。そのため、明日香が表だって出てくることはほとんどなく、結果として俺たちと接触する機会もほとんどなかった。

 光の結社に乗り込もうにも、あそこには斎王がいる。下手に飛び込んでいっては、返り討ちになる危険もあったため、実行に移すことは出来なかった。

 ゆえに明日香の状態を正確に把握できなかったのは歯がゆく思っていたが……こんなことになっているとはな。

 

「十代の言う通りだ。あんな明日香は、見たくない」

「俺も、お前に同感だ」

 

 予期せず返ってきた答えに、俺は横に立った男を見た。

 

「カイザー。お前も来たのか」

「ああ。俺も、明日香とは付き合いが長いからな。……今回の件には、思うところもある」

 

 思うところもある、ね。

 眉を寄せ、睨みつけるようにステージを見るカイザーの顔を見れば、何を思っているかなど一目瞭然。相当頭に来ていると見て間違いはなさそうだった。

 親友の妹というだけでなく、二人とも付き合い浅からぬ友人同士だ。そう思うのもむべなるかな、ということなのだろう。

 俺はカイザーに首肯を返し、明日香に対する側の観客席に目を向ける。そこには、既に席についている翔、剣山、三沢、万丈目、吹雪さんの姿があった。

 

「カイザー、俺たちの気持ちは十代が代弁してくれる。だから、俺たちも十代を精一杯応援しようぜ」

「……ああ、そうだな」

 

 十代のことを、カイザーなりに信じているのだろう。俺の言葉に小さく笑みを浮かべたカイザーは、俺と共に皆の元へと移動する。

 

「遅かったな、遠也。カイザーも一緒か」

「ああ、悪いな三沢。少し遅れた」

「あれ? 先輩、レイちゃんとレインちゃんはどうしたザウルス?」

 

 剣山が二人の姿がないことに気づき、俺に尋ねてくる。それに、俺は肩をすくめて答えた。

 

「なんかレイが補習を受けさせられてるみたいで、来られないってさ。レインはその付き添い」

「レイちゃんが補習? 珍しいこともあるドン」

「なんか時々授業サボってたんだってさ。あっちは義務教育だからな」

 

 へぇー、と剣山が得心がいったという声を出す。

 しかし、ホントにレイはなんで授業をサボるなんてしたんだろう。よほどのことがないとそんなことはしない真面目な子なのに。

 そういえば前に浜辺の方で挙動不審なレイに会ったことがあるが……よくよく考えればあの時間に出歩いてるのはおかしいよな。ジェネックスに参加資格のない中等部生には授業があるんだから。

 レインが出歩いていたのは特例としても、レイは普通に考えて授業を受けている時間だ。なのに出歩いていた以上、こうして補習になっても仕方がなかったのかもしれない。

 とはいえ、この一番に来れないことについてレイは本当に悔しそうにしていたが。レインが慰めていたから大丈夫だと思うが、あとで顔を見せに行こう。その時は明日香も一緒にな。

 

「……十代君、頼んだよ」

 

 祈るように紡がれた吹雪さんの一言。

 その一言に応えるかのように、ステージに十代が姿を現す。そして、俺たちは一斉にそちらに目を向け、ステージに向かい合って立った二人を見るのだった。

 

「――鍵は持っているわね」

「ああ、ここにある」

 

 誰も声を発さないフィールドに、お互いの声はよく響いて観客席にまで届く。明日香の問いかけに、十代は手に持って鍵を掲げて明日香に見せた。

 鍵を見た明日香は、一層表情を引き締めてやる気を漲らせる。その気迫は、並の男なら思わず気後れしそうなほどに強いものだった。

 だが、十代はそれを受けても動じない。むしろ僅かに笑みすら見せると、常のように明日香に話しかけたのだった。

 

「明日香、待ってろよ。必ず、お前を元に戻してみせるからな!」

「私を元に? 今の姿こそ私の本当の姿。元に戻るも何もない!」

 

 嘲笑を浮かべてそう言うと、明日香はデュエルディスクを展開する。それを受けて、十代もまたデュエルディスクを展開し、手に持っていた鍵をひとまずポケットにしまいこんだ。

 

「いくわよ! これに勝って、私は斎王様を支える守護者となる!」

「来い! お前の目を覚まさせてやる!」

 

 互いに手札に5枚を持つ。そしてついに、戦いの火蓋は切って落とされた。

 

「「デュエルッ!」」

 

遊城十代 LP:4000

天上院明日香 LP:4000

 

「先攻は私、ドロー!」

 

 カードを引いた明日香は、手札から1枚を取ってディスクに置いた。

 

「私は《雪の妖精》を召喚! このカードの効果により、あなたは手札から魔法を発動できず、セットした魔法カードをそのターンに発動させることは出来ない!」

 

《雪の妖精》 ATK/1100 DEF/700

 

 青い身体に氷でできた装飾。見ているだけで冷たさを思い起こさせるような、少女型のモンスターが攻撃表示で現れる。

 

「げっ、マジかよ」

 

 十代はその効果を聞いて呻き声を上げた。まぁ、ネオスがいるとはいえ融合も併用する十代にとって手札から魔法を使えなくなるのは痛いよな。それでなくても大抵のデッキ相手に刺さるだろうけど。

 

「更にカードを1枚伏せて、ターンエンド」

 

 ここで明日香のターンが終了し、十代にターンが移る。

 しかし、最初からいきなり魔法カードを封じてくるとは……。これはかなり対策されていると見ていいだろうな。それだけ斎王も本気だってことか。

 俺がそう考えていると、隣でカイザーがステージに向ける視線はそのままにぽつりと呟く。

 

「……サイバー・ブレイダーのデッキではないな」

 

 その言葉に、この場にいる全員が頷いた。

 

「恐らく、あれは斎王が天上院君に渡したものだろう」

「ああ。そう考えるのが自然だろうな」

 

 続く万丈目と三沢の意見もまた、この場の全員が思ったことであった。

 吹雪さんは彼女本来のものではないデッキと、それを使うことに全く抵抗を感じていない明日香の様子に、少しだけ表情を悲しげに歪めた。

 それを見てとったからだろうか、翔が強い口調で口を開いた。

 

「大丈夫っす! 兄貴は万丈目くんや吹雪さんの想いを背負って戦ってるんだ! だから、きっと明日香さんの目を覚まさせてくれるはずっす!」

 

 万丈目と吹雪さんが、明日香のためを思って十代に託したカード。吹雪さんは明日香との思い出が込められているという魔法カード《思い出のブランコ》を。万丈目が何を渡したかは知らないが、それでもそのカードには吹雪さんのそれと同じく気持ちが込められていることだろう。

 そんな思いを受けた十代が、負けるはずがない。そんな気持ちを抱きながら、俺たちはデッキからカードを引いた十代を見守るのだった。

 

「いくぜ、明日香! まずは万丈目の思いが込められたこのカード!」

 

 そう力強く宣言する姿に、いったい万丈目は明日香を元に戻すためにどんなカードを渡したのかと俺たちは前のめりになって待ち構える。

 そして、いよいよ十代は手札のカードを勢いよくディスクに叩きつけた。

 

「守備表示で召喚! 来い、《おジャマ・ブラック》!」

 

《おジャマ・ブラック》 ATK/0 DEF/1000

 

 その瞬間、前のめりになっていた俺たちは揃ってつんのめった。しかし、万丈目だけは自信満々の顔で立ち上がる。

 

「よし、いいぞ十代! それこそがこの俺の魂のカード! そう、人間は誰しも純粋な白ではない。誰もがこびりついた汚れのような黒さを持っているんだ! 天上院君! 君も気づいてくれ! 汚れのような黒さがあるからこそ人は強く在れるということに! そして、君もまたそんな汚れのような強さを持った強い人間であるということに!」

 

 びしっと万丈目は人差し指を突きつけるが、それを見る俺たちは何とも言えない顔である。万丈目の横にいる吹雪さんは、どこかノリがよく拍手をしているが……あんたの妹さんが当事者なんですよ、これ。

 剣山や翔も若干呆れているし、三沢もすっきりしない顔をしている。そんな面々を見つつ、俺は隣に座るカイザーにこっそり顔を近づけた。

 

「明日香、目を覚ますと思う? あれで」

「……そうなってくれるのが、望ましいだろう」

「うん。遠まわしな否定、ありがとう」

 

 果たしてそんな俺たちの考えは正しかったようで、フィールドでデュエルする明日香の様子に変わった様子は見受けられない。

 十代が伏せカードを伏せるが、それも涼しい顔で見つめるだけだ。

 

「……あれ? おかしいな」

「いや、おかしくないだろ……」

 

 本気で首を傾げる万丈目に、俺は思わず突っ込んだ。更に三沢も続く。

 

「そもそも万丈目。なぜ《おジャマ・ブラック》を単体で渡したんだ。あれはコンボで実力を発揮するカードであって、単体ではただの通常モンスターでしかないんだぞ」

「何を言う、三沢。他のおジャマのカードまで渡したら、十代のデッキのバランスが崩れるだろう。それではデュエルに勝てなくなってしまう」

 

 ……この瞬間、俺たちの心に浮かんだ言葉はきっと同じだっただろう。すなわち、ならそもそもおジャマ・ブラックを渡すんじゃねーよ、と。

 

「胸キュンポイント、マイナス10かな」

「ええ!? そんな、お兄さん!」

「君にお兄さんと呼ばれる筋合いはないね」

 

 ショックを受けた万丈目が追いすがるが、しかし吹雪さんは取り合わない。

 そんなコントをしている二人だったが、その間も十代と明日香のデュエルは続いている。

 

「私は手札から永続魔法《白夜城-ホワイト・ナイツ・フォート》を発動! これでお互いのプレイヤーは相手ターンに罠カードを発動できない」

「なんだって!?」

 

 明日香の言葉を受けて、十代が思わず自分の伏せカードを見る。恐らくはおジャマ・ブラックを守るためのカードを伏せていたのだろうが、これでそれも意味を為さなくなってしまった。

 

「更に《幻想の氷像》を召喚! このカードが場にある限り、相手はこのカードしか攻撃対象に選択できない! そして幻想の氷像は自分フィールド上のモンスター1体を選択し、そのモンスターと同じ能力を得る! 雪の妖精を象りなさい!」

 

《幻想の氷像》 ATK/0→1100 DEF/0→700

 

 氷でできた巨大なゴーレムが蜃気楼のように体を揺らめかせると、次の瞬間には雪の妖精と同じ姿になっていた。

 そして、明日香は口元に笑みを見せると十代に指を向けた。

 

「バトル! 雪の妖精でおジャマ・ブラックを攻撃!」

 

 雪の妖精が浮き上がり、その指から放たれた冷気がおジャマ・ブラックを直撃し、破壊する。伏せカードが白夜城の効果で発動できない今、十代にそれを防ぐ術はなかった。

 

「更に幻想の氷像で十代に直接攻撃!」

 

 雪の妖精と同じく飛び上がって、指から放つ冷気の風。それを受けた十代は、ソリッドビジョンなのだが反射的にか「さっびぃー!」と震えた声を上げていた。

 

十代 LP:4000→2900

 

 そんな十代を見て、明日香は愉快そうに肩を揺らす。

 

「ふふ、凍てつきなさい。身も、心もね。ターンエンド」

「くそ……。やっぱり、らしくないぜ明日香! 俺のターン、ドロー!」

 

 カードを手札に加えた十代は、手札を確認してその中から一枚を選び取る。

 

「お前はそんな風に人を小馬鹿にした笑い方をする奴じゃなかったぜ! 来い、《E・HERO スパークマン》!」

 

《E・HERO スパークマン》 ATK/1600 DEF/1400

 

「いけ、スパークマン! 幻想の氷像を攻撃! 《スパーク・フラッシュ》!」

「ふん……」

 

明日香 LP:4000→3500

 

「……くっ、カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 一瞬、十代は手札のカードを持って吹雪さんを見る。そしてそのカードを使う素振りを見せたが、それはそのままセットされた。雪の妖精によって、1ターン待たなければ魔法カードは発動できなくなっているためだろう。

 それがわかっているのか、明日香もそんな十代を見て得意そうに小さく笑う。

 そんな明日香の態度を見かねたのか、吹雪さんが勢いよく立ち上がった。

 

「明日香! そんな冷たいデュエルをするようになってしまったなんて、兄は悲しいぞ! だがしかし、次のターン! 君はこの兄を慕う自分をきっと思い出すことになるだろう!」

 

 拳を握り力説するも、しかし明日香は目こそ向けたものの完全にスルーだった。

 何か聞こえたかしら、とでも言わんばかりの態度に、吹雪さんもさすがにショックだったのか崩れ落ちるようにして席に着いた。

 

「うぅ……明日香……この兄にあんな目を向けるなんて……」

「………………」

 

 この兄だからこそじゃ、とは恐らくみんなが思ったが、賢明にもそれを口に出す者はいなかった。

 

「私のターン、ドロー」

 

 そうこうしている間に、明日香のターンになる。

 明日香は魔法カード《生け贄の氷柱》を発動し、自分のモンスターゾーン1つを使用不能にする代わりに《氷柱トークン》を特殊召喚した。氷柱トークンはダブルコスト効果を内蔵したトークン。案の定、明日香はその効果を活用した。

 

「来なさい! 《白夜の女王(ホワイト・ナイツ・クィーン)》!」

 

《白夜の女王》 ATK/2100 DEF/800

 

 氷でできてはいるが、均整のとれた身体は非常に女性的だ。濃紺の髪と白い外套をたなびかせながら、白夜の女王は十代の場を見据える。

 

「ふふ……白夜の女王は1ターンに1度、フィールド上にセットされたカードを破壊できる。私は、十代が最後に伏せたカードを破壊する!」

「なに!?」

 

 白夜の女王が手を伸ばすと、そこから生じた吹雪がカードを表側にして破壊した。破壊されたカードは通常魔法カード《思い出のブランコ》。吹雪さんが十代に渡した明日香との思い出のカードだが……破壊されてしまうとは。

 

「明日香……僕たち兄妹の思い出を躊躇いもなく……。もはや君には僕との思い出なんてどうでもいいというのか……」

 

 可哀想なほどに肩を落とした吹雪さんに、カイザーが気遣わしげな目を向ける。俺達もさすがに不憫で簡単に声をかけられなかった。

 しかし、フィールドから吹雪さんに届く声があった。

 

「そんなことはない! 明日香は吹雪さんのことを大切に思っているはずだ! 去年だって、吹雪さんのことをずっと捜して心配してたんだ! 今の明日香はちょっと寝惚けてるだけだ! 明日香は、本気でそんなことを言う奴じゃない!」

「十代君……」

 

 そう言い切る十代だったが、しかしそれでも明日香の態度は変わらなかった。

 

「何を言うかと思えば。今の私こそが本当の私。斎王様のお言葉のみが、私にとっての全て。斎王様によって目覚めた私の力を味わうがいい。――白夜の女王よ! スパークマンをねじ伏せなさい!」

 

 白夜の女王より放たれる吹雪は、スパークマンを容赦なく飲み込む。スパークマンは一瞬で凍り付き破壊されてしまった。

 

「まだよ! 雪の妖精で十代に直接攻撃!」

「ぐぁああッ!」

 

十代 LP:2900→2400→1300

 

 一気にライフを持っていかれたか。

 まだなんとか1000を超えた値で踏ん張っているが、それを下回るとさすがに余裕もなくなってしまう。それに加え、ただでさえ魔法の即時発動を封じられ、罠カードも相手ターンでの発動が出来なくなっているのだ。

 加えて、せっかく伏せたカードも白夜の女王によって破壊されてしまう。更に、今の攻撃で十打に場にモンスターはいなくなってしまった。十代が劣勢にあるのは誰の目から見ても明らかだった。

 しかし、それでも十代の目から闘志の炎が消えることはない。しかし、それも当然のことだ。ただでさえデュエルには真剣な十代が、明日香という大事な友達の身がかかったこの勝負を諦めるはずがないのだから。

 

「頑張れ、十代!」

「兄貴、負けるな!」

「頼むドン、兄貴ー!」

 

 明日香と対峙する十代に、俺たちは声援を送る。実際にデュエルしていない俺たちに出来るのはこれぐらいだ。歯がゆいが、ここは十代に任せるしかないのである。

 俺たちに続き、三沢、万丈目、吹雪さんも声を出す。カイザーは声こそ出さないが、しかし力強い視線で十代を励ましていた。

 それらを受けて十代は一度こちらを振り返る。そしてにっと笑うと再び明日香と向き合った。

 

「明日香! 俺はこれだけの気持ちを背負ってるんだ! 負けるわけにはいかないぜ!」

「暑苦しい……。この神聖な白き夜に、そんなものは似合わない。十代、大人しく凍えて散りなさい」

「嫌だね! それより、俺たちの絆の力でその凍えきった心を溶かしてやるぜ!」

「この白く染まった心は、斎王様の忠実なる下僕の証。この忠誠心が溶かされることなど、ありえない」

「んなもん、知るか! 俺は元のお前に戻ってほしいだけなんだよ! ドロー!」

 

 カードを引いた十代は、《カードガンナー》を召喚。効果によりデッキから3枚を墓地に送り、攻撃力1900となったところで雪の妖精を破壊した。これで明日香の残りライフは2700になった。

 更に雪の妖精がいなくなったことで魔法カードが使えるようになった十代は、まず《強欲な壺》で2枚ドロー。次に《O-オーバーソウル》を使い、スパークマンを守備表示で蘇生。更に《スパークガン》を使い、カードガンナーを守備表示にした。

 対して明日香は《リビングデッドの呼び声》で雪の妖精を蘇生。再び魔法カードを封印したところで、白夜の女王で十代の伏せカードを破壊し、スパークマンとカードガンナーを戦闘破壊する。

 と、そんな感じで一進一退の攻防を続けているのだが……。

 

「いい加減目を覚ませ、明日香! お前には皆の声が聞こえないのかよ! 俺は《ダンディライオン》を守備表示で召喚し、ターンエンド!」

「私のターン、ドロー! ――言ったでしょう、私には斎王様の声しか聞こえない! 《コールドスリーパー》を召喚! ダンディライオンに攻撃!」

「ダンディライオンの効果発動! 《綿毛トークン》2体を守備表示で特殊召喚する! 言ったでしょうって、聞こえてるじゃんか!」

「うるさい! 雪の妖精と白夜の女王で2体の綿毛トークンを攻撃し、破壊する! ターンエンド!」

「へっ、ちょっとはいつもの熱さが戻ってきたんじゃないか、明日香! 俺のターン、ドロー! 墓地のネクロダークマンの効果で、手札からE・HERO1体をリリースなしで召喚するぜ! 来い、《E・HERO ネオス》!」

「いつの間に……カードガンナーのコストね!?」

「大正解だ!」

 

《E・HERO ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

 言い合いをしながらデュエルという、なんとも器用なことをしていたところで、ついに動きが出てきたな。

 フレイム・ウィングマンに次ぐ十代のエース、ネオスの登場だ。俺たちの期待も否が応にも高まる。

 

「……あれが十代の新たなエースか」

「そういえばカイザーはまだ見たことなかったっけ」

「ああ」

 

 カイザーが卒業した後で十代はネオスペーシアンたちと出会ったのだから、当然と言えば当然だった。

 興味深そうに十代の場を見つめるカイザー。それにつられるように、俺たちもまたフィールドに視線を戻した。

 

「いくぜ、明日香! ネオスで雪の妖精を攻撃! 《ラス・オブ・ネオス》!」

「くっ……!」

 

明日香 LP:2700→1300

 

 ネオスの手刀が雪の妖精を倒し、同時にリビングデッドの呼び声もフィールドから墓地に行く。

 これで十代と明日香のライフポイントが並んだわけだ。

 だがしかし、このままバトルフェイズを終了させると《コールドスリーパー》の効果が発動してしまう。

 コールドスリーパーは攻撃力1100の決して強いとは言えないモンスターだが、自分のモンスターが破壊されたバトルフェイズ終了時にそのモンスターを蘇生させる効果を持っている。モンスターゾーン1つを犠牲にするとはいえ、非常に厄介な効果である。

 十代もそれは判っているのだろう、手札からカードを手に取る。このタイミングで手札から発動できるということは、間違いなく速攻魔法だ。

 

「速攻魔法、《速攻召喚》を発動! 手札のモンスター1体を通常召喚する! 《カードブロッカー》を守備表示で召喚!」

 

《カードブロッカー》 ATK/400 DEF/400

 

「ふん……バトルフェイズ終了時、コールドスリーパーの効果発動! モンスターゾーン1つを使用不能にし、雪の妖精を墓地から守備表示で特殊召喚! ただしこの効果で特殊召喚したモンスターは表示形式を変更できないわ」

 

《雪の妖精》 ATK/1100 DEF/700

 

「ターンエンドだ」

 

 これで十代の場にはネオスと、おもちゃの兵士のような出で立ちのモンスター、カードブロッカーのみ。対して明日香は再び雪の妖精で魔法の発動遅延を施してきた。

 だが、十代の場には攻撃力2500のネオスがいる。明日香の場のどのモンスターよりも高い攻撃力だ。これで少しは動きが抑制されればいいんだが……。

 

「私のターン、ドロー! 十代、あなたのネオスなんて恐るるに足らないことを思い知らせてあげるわ。私は白夜の女王とコールドスリーパーをリリースし、《青氷の白夜龍(ブルーアイス・ホワイトナイツ・ドラゴン)》をアドバンス召喚!」

 

青氷の白夜龍(ブルーアイス・ホワイトナイツ・ドラゴン)》 ATK/3000 DEF/2500

 

 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)の氷像を作り、かつ細身にすればこのような姿になるだろうというモンスター。名の通り青く輝く氷で出来た身体、そこから生える翼もまた氷で出来ているにもかかわらず、青氷の白夜龍は翼をはばたかせて明日香のフィールド上にて滞空した。

 

「更に永続魔法、《ホワイト・ブリザード》を発動! 相手モンスターを破壊するごとに600ポイントのダメージを与える! そして装備魔法《白のヴェール》を青氷の白夜龍に装備! 装備モンスターが攻撃する時、相手の場の魔法・罠を全て無効にして破壊できる!」

 

 白のヴェール……なんて面倒くさい効果を持った装備魔法なんだ。あまり相対したくない魔法カードである。

 

「まずいな……」

 

 そんなことを考えていると、そんな三沢の呟きが耳に届く。それを聴きとったのは俺だけじゃなかったようで、翔もまた三沢を見ていた。

 

「どういうことっすか、三沢くん」

 

「青氷の白夜龍には、自分を対象にした魔法・罠カードの効果を無効にして破壊する効果があるんだ。白のヴェールと合わせると……」

 

 その言葉の先を、今度はカイザーが引き継ぐ。

 

「十代は、魔法・罠を伏せる意味がほぼなくなる」

「ううむ。我が妹ながら、なんてえげつない……」

 

 俺たちがそんな会話をしている間も、デュエルは進行している。

 明日香は十代を指さすと、青氷の白夜龍に指示を出した。

 

「白き光の前には、何人も跪かずにはいられない。――バトル! 青氷の白夜龍でネオスに攻撃!」

「そうはいかないぜ! カードブロッカーは自分の場のモンスターが攻撃対象になった時、その対象を自分に変更できる! 青氷の白夜龍の相手はカードブロッカーだ!」

 

 青氷の白夜龍の口から迸る凍える吐息。それを受けたカードブロッカーはそのまま破壊され、墓地に送られた。

 これで戦闘ダメージは受けないが、明日香の場には《ホワイト・ブリザード》がある。カードブロッカーが破壊されたため、その効果により十代は600ポイントのダメージを受けた。

 

十代 LP:1300→700

 

「ふふ、もうライフも残り僅か。更に青氷の白夜龍は、自分の場のモンスターが攻撃対象になった時、自分の場のカード1枚を破壊することで攻撃対象を自分に変更する能力を持っている」

 

 つまり、ネオスで雪の妖精を攻撃しようとしても無駄ってわけだ。そして明日香は手札のカードを1枚手に取って、ディスクに差し込む。これで、その効果のコストも用意できた、と。

 

「もう諦めたらどう? カードを1枚伏せて、ターンエンド」

「……明日香、お前そんな簡単なことも忘れちまったのかよ」

「なにを言っているの?」

「デュエルは、最後の最後までわからない! デュエリストなら、誰でも知っていることだぜ! 俺のターン、ドロー!」

 

 笑みすら浮かべて断言する十代。その言葉に、俺たちは心の底から同意する。

 十代が言うように、デュエルをする者なら誰もが知っていることだ。1ターン先に何があるかなんて、誰にもわからない。だからこそ、どんなピンチだろうと逆転の目はある。ゆえに、諦めるなんて選択をするはずがないのだ。

 十代のそんな言葉に明日香は苛立たしげな表情を浮かべる。デュエル開始時のような感情のない顔つきはどこにもない。徐々にではあるが、明日香の心は十代によって解放されていっているのかもしれなかった。

 

「いくぜ吹雪さん! 墓地の魔法カード《思い出のブランコ》を除外し、《マジック・ストライカー》を特殊召喚! このカードは墓地の魔法カードを除外することで特殊召喚できる! 更に《アーマー・ブレイカー》を召喚!」

 

《マジック・ストライカー》 ATK/600 DEF/200

《アーマー・ブレイカー》 ATK/800 DEF/800

 

 ともにカードブロッカーとよく似た、おもちゃの兵士のような出で立ちをしている。マジック・ストライカーはカラフルな軽鎧に杖を持ち、アーマー・ブレイカーは大きなハンマーが取り付けられた兜をかぶっているのが特徴的である。

 

「アーマー・ブレイカーは装備カードとして戦士族モンスターに装備できる。そして装備したモンスターが戦闘ダメージを与えた時、相手の場の装備魔法1枚を破壊する! マジック・ストライカーに装備! そして、マジック・ストライカーは直接攻撃可能なモンスターだぜ!」

「なんですって!」

「いけ、マジック・ストライカー! 明日香に直接攻撃だ! 《ダイレクト・ストライク》!」

「きゃぁあッ!」

 

明日香 LP:1300→700

 

「アーマー・ブレイカーの効果発動! 装備魔法の《白のヴェール》を破壊する! 斎王の張ったヴェールなんて、引っぺがしてやるぜ!」

 

 マジック・ストライカーが装備カードとなっているアーマー・ブレイカーを勢いよく振りおろし、地面に叩きつける。その衝撃は地を伝い、明日香の場にあった白のヴェールのカードを破壊してしまう。

 

「よっしゃあ! ネオスを守備表示に変更して、ターンエンドだ!」

 

 喜びの声を上げる十代だったが、それに対して明日香は俯いて肩を震わせていた。

 なんだなんだ。

 

「神聖なる白のヴェールを……! 十代、よくもやったわね!」

「ひいッ」

 

 ギロリ、という擬音がまさしく似合いそうな勢いで十代を睨むその剣幕に、思わず外野にいるはずの俺たちも若干腰が引けてしまう。

 吹雪さんなんかいつの間にか後列の席に移動してるし。どれだけ明日香がトラウマになってるんだよ、吹雪さん。

 

『あ、あはは。でも、なんだか調子が戻ってきたね明日香さん』

「そういえば、ああなってからここまで感情を爆発させたのは初めてだよな」

 

 さっきからちょいちょい感情を露わにしてはいたが、激情に近いほどのものはこれが初だ。

 そんなことを思っていると、我らが分析家三沢が及び腰のまま顎に手を当てて考えを述べた。

 

「ひょっとすると、白のヴェールが破壊されたことで斎王の呪縛が弱まっているのかもしれないぞ」

「なるほど! ならこのままいけば天上院君は……!」

「よーし、頑張るんだ十代君!」

「吹雪……」

 

 後列の席から隠れるように顔を出して応援する吹雪さんに、さすがにカイザーも微妙な顔である。

 

「なんか、あまり尊敬したくない先輩ザウルス」

「剣山くん。とりあえず今は兄貴のデュエルを見ようよ」

 

 さらりとスルーすることを覚えた翔が、一番賢いのかもしれない。

 そんなことを頭の片隅で思いつつ、俺もまた佳境に入りつつある二人のデュエルに注目するのだった。

 

「十代、覚悟なさい! 私のターン、ドロー! 速攻魔法、《サイクロン》を発動! 装備カードとなっているアーマー・ブレイカーを破壊する! そして青氷の白夜龍でマジック・ストライカーを攻撃!」

「だが、マジック・ストライカーは戦闘で破壊されても戦闘ダメージを受けないぜ!」

「けど、ホワイト・ブリザードの効果があるわ! 600ダメージを食らいなさい、十代!」

「ぐッ……!」

 

十代 LP:700→100

 

「ターンエンドよ」

 

 これで十代に後はなくなった。しかし、それでも十代の表情に諦めの要素はまるで感じられない。むしろ、今の明日香の様子を見て喜んでいるようだった。

 

「よう、明日香! 随分と熱くなってきてるじゃないか!」

「そんなことはないわ。どうせあなたは次のターンで青氷の白夜龍の前に敗れる。いい加減に抵抗を止めたらどうなの?」

「何言ってんだ。お前とこうして本気のデュエルが出来てるんだぜ! 最後の最後まで俺はこのデュエルを楽しませてもらうぜ! お前と一緒にな!」

「なにを……」

「俺のターン、ドロー!」

 

 困惑する明日香だったが、それには取り合わずに十代はデッキからカードを引く。

 そして引いたカードを見た十代の表情が目に見えて晴れやかなものに変わっていった。

 

「来たぜ! 俺は《N(ネオスペーシアン)・フレア・スカラベ》を召喚!」

 

《N・フレア・スカラベ》 ATK/500 DEF/500

 

 ネオスと共に並び立つ、黒い甲虫が人型になった炎のネオスペーシアン。しかしその攻守は共に低く、自身の効果で補ったとして上昇値はたかが知れている。

 ゆえに明日香は一度肩の力を抜くが、すぐにはっとなって十代の場を見た。そう、フレア・スカラベの隣に守備表示で存在するネオスを。

 

「まさか――!」

「そうさ、明日香! 俺はネオスとフレア・スカラベをコンタクト融合! 来い、《E・HERO フレア・ネオス》!」

 

《E・HERO フレア・ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

「フレア・ネオスの効果発動! フレア・ネオスの攻撃力はフィールド上の魔法・罠カード1枚につき400ポイントアップする! よって攻撃力は――」

 

 フィールド上にある魔法・罠カードは明日香の場にある3枚のみ。しかし、それだけで十分だ。あわせて1200ポイント、フレア・ネオスの攻撃力はアップする。

 

《E・HERO フレア・ネオス》 ATK/2500→3700

 

 力を漲らせるフレア・ネオスを見て、カイザーが呟く。

 

「……明日香の残りライフは700ポイント。そして青氷の白夜龍の攻撃力は3000……。決まったな」

「ああ。けど……」

 

 カイザーの言葉には同意する。これでほぼ十代の勝ちは決まりとみていいだろう。だが、このデュエルは単に勝てばいいわけじゃない。

 ここは明日香に揺さぶりをかけて、きちんと元に戻れるように促さなければならない。それがわかっているからこそ、俺たちは固唾を呑んで二人の様子を見守った。

 

「へっ、どうだ明日香! これがネオスとネオスペーシアンの力! そして俺とカードたちの絆がなせる業だぜ!」

「何を馬鹿なことを。そんなの、ただ運が良かっただけに過ぎないじゃない」

「いいや、違うね! デッキの皆と俺には切っても切れない絆がある! だから俺にカードは応えてくれるんだ! それは、俺たちとお前にも言えることだぜ!」

「なにを言って……」

「明日香! お前は自分を斎王の忠実な下僕だって言うけどな! お前は今だってずっと俺たちの仲間だ! 斎王のところに行こうが何しようが、それは絶対に変わらない! その築き上げた絆の力が、きっと斎王の力を上回ってお前を元に戻す!」

 

 拳を握りこみ、十代が断言する。すると、明日香は僅かに表情を翳らせた。

 

「くっ……わ、私は、今の私こそが本当の――!」

「俺の知る明日香は、そんなんじゃなかった! もっとキリッとしてて、誇り高くて、負けず嫌いで、言いたいことはズケズケ言って、怒りっぽくて、たまにおっかない! それが俺の知る明日香だ!」

 

 おい。

 俺が思わず心の中で突っ込んでいると、一瞬呆気にとられた顔をした明日香は、すぐにその表情を般若のごとき形相に変えて怒鳴り声を上げた。

 

「な……なんですって! 十代ッ!」

 

 それを正面から受けた十代は、自分で言ったことながら腰が引けていた。

 

「こ、こえぇ! ――け、けど、そうやって自分の感情に素直な方が、ずっと明日香らしいぜ! それに、お前が本当は優しい奴だってことはきちんと知ってるさ!」

 

 最後に笑ってそう言うと、十代は手をフィールドのフレア・ネオスに向け、高らかに宣言した。

 この一撃で、お前を元に戻してみせる。そんな決意が見えるような強い声だった。

 

「バトル! フレア・ネオスで青氷の白夜龍を攻撃! 皆の熱い思いを乗せた一撃だ! 元のお前に戻ってくれ、明日香! いっけぇ! 《バーン・ツー・ラッシュ》!」

 

 十代に応えるようにフレア・ネオスが飛び上がり、その身を紅蓮の炎で包むと青氷の白夜龍に向けて突貫していく。

 燃え上がるその姿は、十代の言うように俺たちの気持ちを体現したかのようである。元の明日香に戻ってほしい。そんな俺たちの願いを込めた最後の一撃が青氷の白夜龍に炸裂する。

 炎は直後に青氷の白夜龍の身体を覆い、氷で出来たその身を溶かすようにしてフレア・ネオスに打倒された。

 そして同時に攻撃力差の700ポイントが余波となって明日香を襲った。

 

「きゃぁああッ!」

 

明日香 LP:700→0

 

 余波の炎が今度は明日香の身を包む。ソリッドビジョンではあるが、それはまさに明日香の凍った心を溶かしているようにも思えるものだった。

 勝敗がついたことで、徐々にソリッドビジョンも解除されていく。明日香の身を包んでいた炎も消え、ライフポイントが0となった明日香はふらりと身体を揺らすと、ゆっくりと地面にその身を横たえた。

 背後に陣取っていた光の結社の面々が会場を去って行く中、俺たちは倒れた明日香を見て腰を浮かす。だがその前に十代が明日香の方へと駆けより、そして呼びかけていた。

 

「白夜は終わりだ。朝だぜ、明日香! 早く起きろよ、寝坊なんてらしくないぜ!」

「十代……私が寝坊なんて、するわけないでしょう……」

 

 横たわった状態から上体を起こし、明日香は半眼で十代を見る。操られていたさっきまでの様子とは明らかに違う表情に、十代は嬉しそうに笑う。

 しかし、それも次の瞬間までのことだった。

 

「――って、十代! あなたよくも好き勝手言ってくれたわね! 誰がおっかないですって!?」

「げ!? いやー、ははは。お、覚えてたのか?」

「当たり前でしょう! 悪かったわね、怒りっぽくて!」

「勘弁してくれよ、明日香。あれは演技、演技だったんだって!」

 

 すっかり元の調子に戻ったらしい明日香相手に、ひたすら困り顔で苦笑いをする十代。

 そんな二人を見つつ、俺たちはどうやら上手くことが収まったらしいことを悟り安堵の息を吐くのだった。

 

「けど、万丈目くんは操られてる時のこと覚えてなかったのにね」

「それだけ兄貴の言葉が明日香先輩を怒らせたってことザウルス」

 

 翔と剣山がうんうんと頷いているのを見て、万丈目や三沢もそれに首肯する。

 しかし、吹雪さんとカイザーは彼らとは違う感じ方をしているようである。吹雪さんは前列の椅子の背もたれに肘をつきながら、カイザーは腕を組みながら言い合う二人を微笑ましそうに見ていた。

 

「そうかな? どちらかというと明日香が十代君に甘えているように見えるけどね、僕には」

「ふっ……十代の言葉が、それだけ明日香の心に届いたということでもある」

 

 そんな二人の言葉を受けて、俺はちらりと横で浮かぶマナを見た。

 

「そんなもんか?」

『十代くんの明日香さんを心配する気持ちが、しっかり伝わったってことだよ。きっと』

 

 こちらも明日香が元に戻ったことが嬉しいのかニコニコしているマナが、そんなことを言う。

 いずれにせよ、これで明日香は元に戻ったということなのだから、めでたしめでたしだ。俺たちは二人と合流するべく観客席からステージへと向かう。

 下に降りるために通路に入っていくその直前。もう一度振り返ってステージを見ると、風の悪戯か二人が小さく交わした会話が偶然にもここまで届いた。

 

「……十代」

「なんだ?」

「……ありがとう」

「へへ。ガッチャ! 楽しいデュエルだったぜ、明日香!」

 

 笑い合う二人。その平和かついつも通りの姿を見て、俺もまた頬を緩める。そして先に通路に入っていった皆を追い、十代と明日香が立つステージを目指すのだった。

 

 

 

 

 翌日、レッド寮を訪れたレイは元に戻った明日香を見るやいなや抱き着き、喜びを表した。

 明日香もそんなレイの頭を優しく撫で、心配をかけたことを詫びる。実に心温まる情景であり、光の結社が出てくる前は当たり前であった光景でもある。

 これでようやく全員が揃ったわけで、そのことは素直に喜ばしい。

 だが……まだ斎王の脅威がなくなったわけではない。明日香が抜けたことで、斎王の直属の部下と呼べる生徒はいなくなった。あと斎王が直接洗脳を施した人といえば、あのオージーン王子ぐらいか。

 いよいよ斎王の手駒も少なくなってきているわけだ。

 それに、ペガサスさんが言っていた《究極のD》のこともある。今は誰が持っているのかは知らないが、見つけた時にはペガサスさんだけでなくエドにも知らせなければならないだろう。エドの気持ちを知っているだけに、それを無視することは出来ない。

 そこらへんは、あとで同じく話を校長から聞いているらしいカイザーとも話しておかなければならないだろうな。

 ともあれ、徐々にではあるが事態は着実に終局に向かってきている。

 なればこそ、ここで気を抜かずに俺たちはしっかりと備えておかなければならないだろう。そう改めて思う。

 だが、その前に。俺には直面している問題があった。

 それは、明日香が復活したことで明らかになった問題である。すなわち。

 

「……これから住むところ、どうしよう」

 

 ということである。

 俺が今住んでいるレッド寮の一室は、万丈目が改造した後にもともと明日香が使っていた部屋だ。ブルー女子のアイドル育成コースが嫌で逃げてきて以降、ずっとそうだった。

 明日香がいなくなってからは、白くなった寮に戻りたくない俺が使っていたが……明日香が戻ってきた以上、やっぱり出て行かないといけないのだろうか。

 と、そんなことを割と真剣に悩んでいたのだが、明日香はそれに対して一言。「それなら、私はジュンコやももえのところに泊めてもらうから、そのままでいいわよ」と言ってくれた。

 もちろん俺はその厚意に甘えることにした。どうにか住処を追われずに済んで一安心である。

 そういうわけで、今日も今日とて自室にてデッキを弄る。

 メインデッキ、エクストラデッキ……。順々に目を通していき、あーでもないこーでもないと頭を悩ませていく。デュエルするのも楽しいが、この時間もまたカードゲームの醍醐味である。

 部屋の広さもあいまって、俺以外の人間もいる時もあるが、そういう時はテストプレイもできるのでむしろ助かっている。

 とはいえ今は俺一人だけなので、気兼ねせずにカードを広げてデッキを組む。そうして完成したデッキを持ち、俺は出かける。

 外では、十代たちに加えて明日香もいる。レイ、レイン、それにカイザーといった面々も加わったその様子に、俺は自分でもわかる程の笑顔を浮かべてデッキを片手にその輪に飛び込んでいくのだった。

 

 

 

 



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第48話 露見

 

 レイン恵の一日は、一人の少女の声から始まる。

 

 

「――恵ちゃん、朝! 朝だよ!」

 

 本来一人部屋であるはずのレインの居室に響く、高い声。毎日聞いている馴染みの声に鼓膜を揺すられ、レインはベッドの中でうっすらと目を開けた。

 そしてぼんやりと曇った視界の中で、自身を覗き込んでいる少女の顔を見る。朝日に照らされてくっきりと見えるその顔は、実に見慣れたもの。レインにとって親友と言える少女――早乙女レイがそこにいた。

 そしてそのレイはというと、ようやく目を開けたレインに溜め息を吐いたところであった。

 

「もう、やっと起きた。ほら、早く着替えて朝ご飯食べに行こうよ」

「……ん」

 

 気だるげな返事を返し、レインはのっそりとした動きでベッドから這い出る。そして頭を左右に揺らしながら、左右にふらふらと揺れながら洗面台を目指すのだった。

 その後ろ姿を見送って、レイはやれやれと肩をすくめた。親友が朝に弱いのは知っているが、いくらなんでもあれはないと言いたげな呆れ顔である。

 レイはいつもこうして低血圧な親友を起こしに来ているが、そうしてあの起き抜けの姿を見るたびに残念でたまらなくなる。なにせレインは同性から見ても羨むほどの美少女なのだ。その羨むほどの美少女の朝が、あんなに胡乱な様子では百年の恋も冷めるというものである。

 レインの容姿はそれほどまでに特徴的かつ魅力的だった。腰まで伸びる銀色の髪はさらさらと流れるように揺れ、白い肌は吸い付くような触り心地。であるのに特に何のケアもしていないと聞いた時は、思わず固まったほどである。

 顔だちもアイドルなんて目ではないほどに整っているというのに、朝に弱いせいか寝起きの顔は実に気の抜けた様子であり実にもったいない。

 神は二物を与えずとは、こういうことなのかもしれないな。毎朝、レイはそんなことを思っていた。

 そして今日もまた同じことを考えていると、洗面台の方から響くゴン、という鈍い音。

 その聞き慣れた音に、レイは再度溜め息をついた。

 一分ほど後、レインが頭を押さえながら戻ってくる。

 

「……またぶつけた」

「気を付けてっていつも言ってるのに」

 

 寝惚けて頭をぶつけてきたレインに、レイはやはり呆れた調子を崩さない。最初こそ心配したものだが、何度も繰り返されれば呆れの方が勝ってくる。

 レイはレインの髪をかき分けてこぶが出来ていないかだけチェックする。しかし特に問題なかったのかすぐに離れて玄関のほうへと向かった。

 

「ほら、恵ちゃんも早く着替えて。朝ご飯食べる時間なくなっちゃうよ?」

「……ん、待ってて」

 

 顔を洗って目も覚めたのか、先程とは違ってきびきびとした動きでレインは制服に着替えていく。

 肌のケアも軽い化粧も何もしないレインにとって、着替えとは本当に服を変えるだけの作業だ。それゆえ、女子にしては非常に速いスピードでその準備を終えると、すぐにレイの元に行く。

 

「……お待たせ」

「……なんで軽くとかしただけの髪が、そんなにさらさらなのかなぁ。ボクは毎朝きちんと整えてるのに……」

「……?」

 

 走ってきた時にシルクのカーテンのように揺れた髪を見て不満を述べるレイだが、しかしレインは首を傾げるだけである。レイが何を言っているのかわからないと言ったその様子に、レイは張り合うだけ無駄だと悟ったのか気持ちを切り替えてレインの手を取った。

 

「それじゃ、行こうか恵ちゃん」

「……うん」

 

 そして二人は朝食をとるべく部屋を出る。これが、二人にとっていつも通りの朝の光景であった。

 

 

 

 

 アカデミア中等部生の教室に着くと、レイとレインはそれぞれの席に分かれて座る。レイは教室の前から六列目の真ん中付近。レインは最後列の扉寄りの席である。

 二人は今日こそ教室に入ってすぐに別れたか、先生が来るまでに時間がある時はおしゃべりすることもある。つまり今日は余裕がないためすぐに席に着いたのだった。

 ここらへんは二人が基本的に優等生であるからこその行動なのかもしれない。事実、まだ席を立って会話に花を咲かせている生徒も多くいるのだから。

 そのすぐ後に先生がやってきて、授業が始まる。

 レインは黒板の前に立って熱心に話している教師の姿を見ながら、ぼうっとノートを開いたまま何も書かずに教室の風景を眺めていた。

 対してレイは教師の声を聴きつつ、黒板の内容をしっかりノートに書き留めている。大多数の生徒は同じく視線をノートと黒板の間で行ったり来たりさせていた。

 とはいえ全員がそうというわけでもなく、中には私語をしている者や他事にかまけている者もいる。千差万別。レインはそれらの様子を半分ほど閉じた目でただじっと眺めていた。

 そして、ふと心の中で思う。この光景を今、マスターは見ているだろうか、と。

 レインは己と一部の感覚を共有しているマスターに思いを馳せた。繋がっていれば感覚としてレインにもわかるので、今現在視界を共有していないことは分かっている。それでもそう考えてしまったのは、やはりそれだけ今の光景がレインのマスターにとっては得難いものであるからだ。

 既に平和とは縁遠く、生命を感じられない機械と瓦礫だけが存在する世界。レインにとっては映像と又聞きによって得られた知識が大半となるその世界を、マスターは体験してきているのだ。

 だからこそ、この光景がその心の慰みになればいいのにとそう思う。

 いつもと変わり映えのない授業風景の中。レインは敬愛する己の主に向かい、そんな気持ちを向けるのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 二時限ほどを教室で過ごしたレインは、教室を出てアカデミアの島の中を散策していた。

 教室を後にする際に、一緒に行きたい、遠也さんたちに会いたいとレイが目で訴えかけてきていたが、それを振り切ってレインはこうして歩いている。

 何故授業を抜け出しているかというと、レインにとって授業内容は既に頭に入っていることであるために暇であったことが一つの理由だ。人物観察などをして暇を潰していても、毎日の中でそう大きな変化があるはずもなく二時限が終わる頃には飽きてしまうのである。

 他には出来るだけ皆本遠也の傍にいて注意を向けているように、という指示を受けているからというのが理由である。特にここ最近は、マスターも遠也のことを気にかけているようにレインには感じられた。

 それはやはり、《フォーミュラ・シンクロン》を所持していたことが大きな理由なのだろう。《スターダスト・ドラゴン》だけだったならば、未来において世界を救ったという英雄――不動遊星、その父の手に渡る前の物と判断して終わっていたはずだ。

 事実、レインが高等部でなく中等部に入ったのは、そこまで厳重に監視する必要はないと当時レインのマスターが判断したためである。

 確かにイリアステルはシンクロ召喚を危険視しているが、同時に広まることは避けられないとも思っている。それだけこの世界にデュエルモンスターズは浸透しており、また人はそれを進化させ続けているからだ。

 やがてシンクロ召喚に行き着くのは自明の理。だからこそ、シンクロ召喚の祖といえる遠也であるが、その価値はそれほどではなかった。いずれ他の人間が提唱したであろう概念である以上、誰が最初にシンクロを使おうとも大きな差異はないためである。

 だが、本来の歴史においてシンクロを最初に使ったのが皆本遠也という人間ではなかったこと。そしてスターダスト・ドラゴンの現所有者であること。これら二点から、遠也は一応監視の下に置かれることとなり、レインは距離を置いて監視できる中等部に入れられたのである。

 尤も、レイの存在によって今ではかなり近しい存在になってしまったが……それも監視しやすくなったと言えばその通りであったので、特に不都合はなかった。

 そのままなら、きっと普通に仲のいい先輩後輩として過ごし、遠也が卒業するとともにレインも監視の任を解かれてマスターの元へと帰っていたことだろう。

 だが、あるカードの存在が遠也への認識を大いに改めさせることとなった。

 

 ――《フォーミュラ・シンクロン》。シンクロモンスターのチューナーであり、アクセルシンクロを行うために必須となるモンスター。

 

 そして、アクセルシンクロとは未来において僅か三人のみが使用した特別なシンクロ召喚であり、それを生み出したのはこの時代ではまだ概念すら存在しないライディングデュエルなのである。

 そして、モーメントがなければ実際に行うことは出来ないシンクロ召喚。そう、世界を破滅に追い込んだモーメントが必要不可欠なのである。

 ゆえに、遠也の危険度は一気に跳ね上がった。レインは一度入った都合上今でも中等部に所属しているが、それでも出来るだけ遠也を傍で見ているようにと指示が来るほどである。

 アクセルシンクロを行えるかもしれない男。Dホイールもライディングデュエルもない時代でありながら、それを可能にするべきパーツは既に持っている男。

 遠也が警戒されるのは必然であったと言える。

 付け加えれば、フォーミュラ・シンクロンの存在とともに、遠也の持つデュエルディスクにはモーメントが使われているらしいことをレインたちは既に知っている。デュエルディスクの本体部分はカバーで覆われているが、うっすらと漏れる光がモーメントのそれであると遠也のデュエルシーンの映像を解析した結果わかったためだ。

 そういうわけで、現在レインの背後……とりわけ直属の上司ともいえる彼女が言うマスターは、遠也に対してかなりの危機感を抱いている。

 本来の歴史における持ち主である不動遊星でもないのにスターダスト・ドラゴンとフォーミュラ・シンクロンを持つ遠也は、実はかなり危険な立ち位置にいるのが現状なのだった。

 だからこそ、レインはこうして頻繁に出歩いて遠也の元を訪ねている。指示に従い、遠也のことを厳重に見張るために。何か動きがあれば、すぐに知ることが出来るようにレインは彼らの傍に控えているのだった。

 とはいえ、レインとて心のない人形ではない。単純に彼らの傍が心地よいため、彼らと一緒にいたいという気持ちもあった。

 視界こそ共有しているレインだが、心の中まではたとえ彼女のマスターであろうと知ることは出来ない。レインが実はかなり遠也やマナ、十代たちと過ごす時間を楽しみにしていることなど知らないまま、彼女のマスターはレインに指示を出しているのだった。

 そして、教室を出て島の中を歩きつつ、レインは遠也の姿を捜す。

 探すとはいっても、レインもあのグループと一緒にいるようになってだいぶ経つ。それに、その中でも遠也とは色々な関係も手伝って一緒にいる時間は特に長い。

 そのため、どこら辺にいるかということは大体見当がついていた。

 最悪は機械的な力を借りて居場所をサーチすればいいか、とそんなことを内心で考えつつレインが歩いていくと、思った通りというべきかレインが半分閉じたような眠たげな目を向けた先に遠也がデュエルディスクを着けて立っていた。

 ちょうど誰かとデュエルしようとしているようだ。白い制服を着た男子の姿を遠也の先に認めると、レインは邪魔にならない位置からそのデュエルを見守ることにした。

 

皆本遠也 LP:4000

ホワイト生徒 LP:4000

 

 先攻はホワイト生徒のほうからのようで、彼はデッキからカードを引いた。

 

「俺のターン、ドロー! 俺は速攻魔法、《終焉の焔》を発動! 俺の場に《黒焔トークン》2体を守備表示で特殊召喚する! ただしこのカードを発動したターン、俺は召喚、反転召喚、特殊召喚が出来ない。カードを2枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

《黒焔トークン1》 ATK/0 DEF/0

《黒焔トークン2》 ATK/0 DEF/0

 

 ホワイトの生徒の前に現れる、ゆらりと風に揺れる黒い炎の塊。それを遠也は訝しげな目で見ていた。

 

「先攻でいきなり終焉の焔か……俺のターン!」

 

 カードを引いた遠也は、すぐさま手札からカードを選択してディスクに置く。既にこの後の行動を決めている、そんな素早い動きであった。

 

「俺は《ヴェルズ・マンドラゴ》を特殊召喚! こいつは相手の場のモンスターの数より自分の場のモンスターの数が少ない時、特殊召喚できる! 更に《ジャンク・シンクロン》を通常召喚!」

 

《ヴェルズ・マンドラゴ》 ATK/1550 DEF/1450

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

 

 レベル4のモンスターと、レベル3のチューナーが並ぶ。1ターン目から高レベルのシンクロ召喚を行う遠也を見て、流れは遠也に向かおうとしているとレインには感じられた。

 

「レベル4ヴェルズ・マンドラゴにレベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし怒りが、忘我の戦士に鬼神を宿す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 吼えろ、《ジャンク・バーサーカー》!」

 

 現れる赤い鎧に身を包んだ大柄の頑強な戦士。鬼のごとき顔で相手を睨みつける姿は、見る者によっては恐怖すら抱くかもしれない。

 しかし、相対するホワイト生徒は口の端を持ち上げて笑っていた。

 

「それを待っていた! カウンター罠、《昇天の黒角笛(ブラックホーン)》を発動! そのシンクロ召喚は無効だ!」

 

 伏せられていたカードが起き上がると、そこから現れた黒い角笛がけたたましい音色を響かせる。それによって鬼神は身をよじって苦しみ、やがてその身を四散させてフィールドから消えてしまった。

 

「っ! ……そうきたか。なら、カードを2枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 多くの手札を消費するシンクロ召喚。それを無効にされるのがどれほど痛いことなのかは、同じシンクロ召喚を使う者としてレインにもよくわかる。

 どうやら一筋縄ではいかない相手のようだと、レインは認識を改めた。

 

「俺のターン、ドロー! 俺は黒焔トークン1体をリリースし、《虚無魔人(ヴァニティー・デビル)》をアドバンス召喚!」

 

《虚無魔人》 ATK/2400 DEF/1200

 

「おいおい、マジかよ……」

 

 赤く肩までかかる長髪に、黒い外套で体を覆った優男風のモンスターが相手の場に現れ、遠也の顔が微妙に引き攣った。

 レインも、若干眉をひそめて相手を見る。何故なら、虚無魔人には非常に厄介な効果が備わっていることをレインもまた知っているからだ。

 

「虚無魔人が場に存在する限り、お互いに特殊召喚は出来ない! これでお前のシンクロは封じたぞ!」

「くっ……」

 

 思わず呻く遠也の気持ちにレインも共感する。特殊召喚に分類されるシンクロ召喚は、当然のように行うことが出来ない。

 それゆえに、遠也やレインのようなデッキ相手には本当に刺さるのである。

 

「バトル! 虚無魔人で直接攻撃だ!」

「それは通せないな! 罠発動、《くず鉄のかかし》! 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、このカードは再びセットされる!」

「ちっ……防がれたか。だが、シンクロを封じられたお前なんて怖くはない。ターンエンド」

 

 ホワイトの生徒は、嘲るように笑うと余裕を感じさせる声でエンド宣言をした。

 癪だが、彼の言うことにも一理あるとレインは思う。シンクロ召喚を軸にしている以上、今の状況は大幅な戦力減だ。そのうえ、封じられているのは特殊召喚全般である。

 果たして、どう遠也が対抗するのか。レインはじっとデッキに指をかけた遠也の姿を見守った。

 

「俺のターン! ……ふむ。魔法カード《光の援軍》を発動。デッキの上から3枚を墓地に送り、デッキから《ライトロード・ハンター ライコウ》を手札に加える」

 

 墓地に送られたカードを遠也が確認し、更に手札の1枚を手に取る。

 

「更に《闇の誘惑》を発動。デッキから2枚ドローし、手札の《ドッペル・ウォリアー》を除外する」

 

 2枚のカードを引いた時、一瞬その口元に浮かんだ笑みをレインは捉えていた。しかしその表情が一瞬で消え去り、平静となった遠也はカードをディスクに置いた。

 

「……モンスターをセットし、ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー! 《強欲な壺》を発動し、2枚ドロー! よし、俺は手札から《サイクロン》を発動! くず鉄のかかしを破壊する!」

「……ッ」

 

 サイクロンによってくず鉄のかかしのカードが吹き飛ばされる。

 正体がわからない伏せカードよりも優先した理由はレインにはわからないが、彼にとってはくず鉄のかかしの除去の方が優先するべき事柄だったということなのだろう。

 もしくは、伏せカードはくず鉄のかかしよりも厄介なカードではないだろうという勘か。その答えは、すぐに出ることになる。

 

「まだまだ! 更に《シールドクラッシュ》を発動! その裏側守備表示のモンスターを破壊する!」

 

 シールドクラッシュのカードによって放たれた衝撃が、遠也の場に伏せられたモンスターを一撃で粉砕する。破壊されたのは、さっき手札に加えたばかりのライコウだった。

 ライコウはリバースした時に相手の場のカード1枚を破壊する効果を持つ、優秀なリバース効果モンスター。しかし、裏側守備表示のまま破壊されてしまっては意味がなかった。

 

「ふん、そいつで虚無魔人を突破するつもりだったんだろうが、当てが外れたな! 最後に俺は《サファイア・ドラゴン》を召喚!」

 

《サファイア・ドラゴン》 ATK/1900 DEF/1600

 

 高い攻撃力を持つ、レベル4の通常モンスター。これで、相手の場には2体のモンスターが並んだ。くず鉄のかかしがない今、遠也に伏せカードがあってもほぼ確実にダメージを見込めるはずである。

 ホワイト生徒もそう思っているのだろう。にやりと笑って遠也の場を指差した。

 

「バトルだ! まずはサファイア・ドラゴンで攻撃!」

「く……!」

 

遠也 LP:4000→2100

 

「更に虚無魔人で攻撃だ!」

「それは通さない! 罠発動、《ガードブロック》! この戦闘ダメージを0にして俺はデッキから1枚ドローする!」

「くず鉄のかかしを破壊しておいたのは正解だったな。ガードブロックは1回だけのカード。これでお前は次のターンの攻撃を防ぐ術はない。俺はこれでターンエンド! ふふ……勝てる、勝てるぞ! あの皆本遠也に! 斎王様が与えてくださったデッキは完璧だ!」

「斎王?」

 

 相手の口から出てきた名前に反応し、遠也が思わず問い返す。すると、彼は誰かに言いたくてたまらなかったのか上機嫌で語りだした。

 

「そうだ! お前のデッキはシンクロ召喚頼みだからこそ、特殊召喚メタには弱い! 特にこの虚無魔人にはな! 俺はもともとこのカードを使っていた。そこに斎王様がいくつかのカードを与えてくださり、俺に使命を授けたのだ! そう、俺を見込んでお前を倒すという使命をな! その期待に、俺は応えてみせる。そして俺こそが斎王様の側近となるのだ!」

 

 そしてこみ上げる気持ちが抑えられないとばかりに、くぐもった笑いを彼は漏らす。

 しかし、それを聴いても遠也の顔に変化はない。その変わらない横顔をレインが見る先で、遠也はデッキからカードを引いた。

 

「俺のターン! ……確かに、俺のデッキは特殊召喚封じに弱い。特殊召喚は本当に生命線だからな」

 

 その言葉を聞き、ホワイトの生徒は笑う。遠也自らが自分の弱点を認めるその発言を、諦めの意思表示だと思ったのだろう。

 しかし、レインはそうは思わなかった。自分の知る遠也なら、ここで諦めるはずがないと確信していたからである。

 そして、その確信が違うことはなかった。遠也は静かに、けどな、と言葉を続けたのである。

 

「弱点を何とかする方法を用意していないとでも思ったのか?」

 

 そう言って、にやりと笑うと遠也は1枚のカードを指に挟んで裏側を見せるように立てると、そのカードをディスクに差し込んだ。

 

「手札から速攻魔法、《月の書》を発動! このカードは相手の場のモンスター1体を裏側守備表示にする。虚無魔人を裏側守備表示に!」

 

 月の書が開かれると、そこから溢れた光が虚無魔人を照らす。そしてその光を受けた虚無魔人はまるで浄化されるかのようにその姿を薄れさせ、やがて裏側表示のカードとなってフィールドに残った。

 

「くっ……! 効果モンスターの効果は裏側にされると発動しない……!」

「そういうこと。昔、同じようにシンクロを封じに来た奴にこれと同じ手で勝ったことがあってな」

 

 そう言って、どこか懐かしむような顔をして遠也は笑う。その顔を離れたところから見ながら、誰のことだろうかと首をひねるレインだった。

 ともあれ、これで遠也の行動を制限するものはなくなった。そして遠也の手札は3枚。ここからどうするつもりなのだろうか。

 レインは静かにその動向を見守る。

 

「更に、俺の墓地には《ヴェルズ・マンドラゴ》《ジャンク・シンクロン》《ドッペル・ウォリアー》の3体がいる。そして、俺の墓地に闇属性のモンスターはこれだけだ」

「ドッペル・ウォリアー!? そいつは除外されたはず……!」

「光の援軍のコストで、1枚墓地に送られていたのさ」

 

 あの時のカードの1枚か、とレインも遠也の言葉からその時のことを思い出す。

 そして、遠也は更に言葉を続ける。

 

「墓地に闇属性のモンスターが3体のみ存在する場合、このカードは特殊召喚できる。来い、《ダーク・アームド・ドラゴン》!」

 

 カードをディスクに置いた瞬間、ソリッドビジョンによって立体化する大きな影。

 万丈目がよく使う《アームド・ドラゴン LV7》の身体を黒く塗りつぶしたかのような黒いドラゴン。遥か頭上から対戦相手であるホワイトの生徒を見下ろし、ダーク・アームド・ドラゴンは低く唸り声を上げた。

 

《ダーク・アームド・ドラゴン》 ATK/2800 DEF/1000

 

「ダーク・アームド・ドラゴンの効果発動! 墓地の闇属性モンスター1体を除外することで、フィールド上のカード1枚を選択して破壊する! 俺は《ドッペル・ウォリアー》を除外して、虚無魔人を破壊する! 《ダーク・ジェノサイド・カッター》!」

「くっ……!」

 

 ダーク・アームド・ドラゴンの身体から生える鋭利な刃の一つが切り離されて宙を舞う。それは狙い違わず裏側表示となっている虚無魔人を直撃し、その姿を再度現させることを許さず、そのまま破壊した。

 

「この効果は1ターンでの回数制限がない! よって俺は更に《ヴェルズ・マンドラゴ》を除外して伏せカードを、《ジャンク・シンクロン》を除外して《サファイア・ドラゴン》を破壊する!」

 

 続いて2つの刃が空を飛び、指定した2枚のカードを破壊する。その様を、相手は信じられないとばかりに目を見開いて見つめていた。

 

「《次元幽閉》……! 《サファイア・ドラゴン》まで……!? そんな、1ターンでこんなことが……!」

「更に、《おろかな埋葬》を発動! デッキから《レベル・スティーラー》を墓地に送る! そしてダーク・アームド・ドラゴンのレベルを1つ下げ、墓地からレベル・スティーラーを特殊召喚!」

 

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

 

 墓地から場に現れるどこか愛嬌のあるテントウムシ。新たなモンスターの登場に相手はびくりと身体を震わせたが、その攻撃力を見てほっと息をついていた。

 

「攻撃力600か……。それなら、たとえ黒焔トークンを破壊されて、ダーク・アームド・ドラゴンの直接攻撃を食らってもライフは残る……!」

 

 しかし、そんな相手の希望を遠也が次に口にした言葉が打ち砕く。

 

「そして、俺にはまだ通常召喚の権利が残っている」

「なッ……なんだと!?」

 

 驚愕の声を上げる相手の前で、遠也は手札最後のカードを高く掲げた。

 

「さぁ出番だぜ、相棒! レベル・スティーラーをリリース! 現れろ、《ブラック・マジシャン・ガール》!」

 

 ディスクにカードが置かれると同時に、光が溢れてその中からポップな衣装に身を包んだ魔術師の少女が現れる。

 先が丸まった独特の形状の杖をくるりと一回転させると、それをトンと肩に担ぐようにしてダーク・アームド・ドラゴンの隣に降り立った。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000 DEF/1700

 

「あ、ああ……!」

 

 ダーク・アームド・ドラゴンの攻撃力は2800。ブラック・マジシャン・ガールの攻撃力は2000。そしてホワイトの生徒の場には黒焔トークンが1体のみ。

 普通に考えればこのターンは凌げる。しかし、ホワイト生徒は先ほどのダーク・アームド・ドラゴンの能力を忘れてはいなかった。

 

「更にダーク・アームド・ドラゴンの効果だ。墓地のレベル・スティーラーを除外し、黒焔トークンを破壊する」

 

 ダーク・アームド・ドラゴンの身体から再び刃が切り離され、相手の場に残っていた最後の壁を破壊した。

 これで本当に相手の場に攻撃を遮るものは一つもない。絶望が彩る相手の表情を前に、遠也は最後のバトルフェイズ移行宣言を行った。

 

「バトル! ダーク・アームド・ドラゴンで直接攻撃! 《ダーク・アームド・ヴァニッシャー》!」

「ぐッ!」

 

ホワイト生徒 LP:4000→1200

 

「そしてブラック・マジシャン・ガールの追撃! 《黒魔導爆裂破(ブラック・バーニング)》!」

「わぁぁああッ!」

 

ホワイト生徒 LP:1200→0

 

 2体の直接攻撃が決まり、ホワイト生徒のライフポイントを一気に削り切る。0を刻んだそのライフにより、このデュエルは遠也の勝利という形で幕を下ろしたのだった。

 負けたことがショックだったのか、対戦相手であるホワイトの生徒は膝をついて俯いている。そして「くそっ」と毒づくと懐から出した幾つかのメダルを力任せに地面に叩きつけた。

 それを見ながら、レインは思う。序盤こそ押されているかと思ったが、やはり皆本遠也という男は強いと。

 遊城十代のデュエルを初めて見た時にも思ったことを、レインはもう一度この時感じていた。二人に共通する、圧倒的なドロー力。今回のデュエルでも最後の引きはやはりかなりのものであった。

 十代もまた遠也と同等かそれ以上のドローを見せつけ、その類稀な力によって幾つもの危機を乗り越えているという。

 ふと、レインは一度十代と遠也それぞれに尋ねたことがあるのを思い出した。どうしてそんなにドローする力が強いのかと。

 そして、返ってきた答えは二人とも同じだった。曰く、「デッキを信じていれば、カードは応えてくれる」。なんとなくわかるようで、それでいて要領を得ない。そんな返答だった。

 だが、遠也の場合は更に言葉が続いていた。「精霊の加護っていうのか、カードの精霊には俺たちの力を底上げしてくれる不思議な力がある」。遠也はそう言ったのだ。

 普通ならただの偶然か妄想だと切り捨てるのだろうが、それを言った二人ともが精霊と心を通わすことのできる人物だ。一概に妄想とは言えないだけに、レインはその時おおいに困惑したものだった。

 あるいは、そんな言葉を当たり前のように言える二人だからこそ、精霊は彼らに力を貸しているのかもしれない。非科学的ながら、レインはそれが正しいことであるかのように思えるのだった。

 と、そんなことを考えていると、レインは遠也が膝をつく対戦者からいつしか視線を外していることに気が付いた。

 そして、その視線はその背後の森に向かっているようであった。そこに鋭い視線を投げかけたまま、遠也は口を開く。

 

「そこにいるんだろ? 出てきたらどうだ」

「……ほう、気付いていましたか」

 

 突然にすぎる遠也の声に、しかし返ってくる声があった。

 特徴的な低めの声。その声にはっとしたのは、膝をついたホワイトの生徒だった。勢いよく振り返ると、森から出てきたその人物に向かって畏れを込めてその名を呼んだ。

 

「さ、斎王様……」

 

 その声を聴くと、斎王はその生徒に目をやり、ひどく平坦な口調で言葉を返した。

 

「ああ、あなたの役目はもう終わりました。寮の方へ戻っていなさい」

「は? い、いえ、ですが……」

「――聞こえなかったのか?」

「っ! い、いえ、はい!」

 

 どこか苛立ちを込めたような声を返され、件の生徒は弾かれるように立ち上がるとホワイトの寮へと向かって走り去っていった。

 その後ろ姿を、遠也は見送る。そしてその姿が完全に見えなくなると、斎王に向き直った。

 

「労いの言葉ぐらいかけてやってもよかったんじゃないか?」

「何故? ああ、確かにあなたの足止めをするという役目は果たしてくれましたか」

 

 足止めとはどういうことだろう。二人から見えない位置にいるレインは、その言葉に疑問を抱く。

 そしてそれは遠也も同じであったようで、眉をひそめて問い返していた。

 

「足止め?」

「ええ。少々、遊城十代に用がありましたのでね」

「……あの鍵か」

「知っていましたか。そう、その奪還を外部のある高名な方に依頼しましたのでね。その方は遊城十代には有効でも、あなた相手にはそうでない可能性が高い。それで、少々こちらに付き合ってもらったわけです」

「そういうことね。さっきのアイツがお前からカードをもらったって言ってたから、何かあるとは思ったんだよ」

 

 はぁ、と溜め息をついて遠也は言う。

 そういえば、あの時の遠也はひどく怪訝な顔をしていたなとレインは思い返す。それはきっと斎王が何かしようとしていることを感じたためだったのだろう。今更ながらにそう思うレインだった。

 そして、肺の中の空気を吐き出した遠也は顔を上げて斎王を見る。その目は、ひどく真剣なものだった。

 

「それで? ここで前の決着でもつけるか?」

 

 鋭く、どこか挑発するような響きを持って発せられたその言葉に、斎王はしかし笑みを浮かべた表情を崩さない。

 そんな二人を見ながら、そういえば遠也と出会ったばかりの頃。落ち込んでいた遠也を十代がデュエルを通して励ました時があったな、とレインは思い出す。

 後から聞いた話だが、確か遠也がああなった切っ掛けが斎王とのデュエルだったはずだ。遠也が言っているのはその時のことなのだろう。

 そして遠也の口調からはそのデュエルに決着はつかなかったようだ。なら、ここでデュエルが成立すればそれが真の決着ということになる。

 果たしてどうなるのか。レインは注目して斎王の口が開くのを待った。

 そうして待つこと数秒、斎王は肩をすくめて力を抜いた。

 

「……やめておきましょう。こう見えて、私も忙しいのでね」

 

 どうやら、二人の決着は先延ばしになったらしい。斎王の言葉からそれを感じ、レインは二人のデュエルが見れず少々残念に思う自分を自覚していた。

 レインは遠也が負けるとは思っていない。残念に思ったのは、ここで勝てばこの島で起こっている一連の騒動が終わるのではと考えたからこそである。

 実際にはレーザー衛星ソーラや究極のDの件などもあるのでその限りではないが、詳細を知らないレインがそう考えるのも仕方がないことだった。

 そうして二人のデュエルはないとはっきりし、気を抜いていたところに斎王のある言葉がレインの耳に飛び込んできた。

 

「それに、あなたにはまだ隠し玉があるようでしたからね。ふふ……“シンクロモンスター同士のシンクロ”とは。それも、あなたのエースであるスターダスト・ドラゴンがその素材となっている。興味はありますが、私がそれを受ける立場になりたいとは思わない」

 

 ――え?

 

 思わずそんな声が漏れそうになり、レインは思い切り自分の口を押さえた。

 今、斎王は何と言った? たった今聞いた言葉をレインが思い返している間にも、二人の会話は続いていく。

 

「……なんだ、ここでお前を倒せばそれで終わりだと思ったのに」

「ふふ……あの時はディスクの不調のせいか失敗していましたが、次は判らない。あなたの運命が読めない上に奥の手の存在まで加わった以上、危ない橋を渡ろうとは思いません」

「………………」

「さて、そろそろいいでしょう。ではまたいずれお会いしましょう、皆本遠也……」

「あ、おい!」

 

 時間稼ぎはもう十分だと判断したのか、斎王はあっさりと踵を返して遠也に背を向ける。

 それに対して遠也は手を伸ばそうとするが、引き留めたところでデュエルが出来るわけではないうえ、どう対応すればいいか決めかねていたためだろう。どこか中途半端に伸ばしたところで手は止まり、結局それが斎王に届くことはなかった。

 結果的に何もせずに斎王を見送る形になり、遠也はがしがしと頭をかく。そしていつまでもこの場所にいても意味はないと考えたのか、遠也は地面に投げ捨てられたメダルを回収すると校舎の方に向かった。

 PDAを取り出し、短縮に登録してある番号を呼び出す。「もしもし、十代か?」そう電話口で話しながら遠也が森の向こうへと消えていく。

 それを確認してから、レインはよろめきながら隠れていた場所から出てくる。

 その表情はどこか青白くなっており、誰が見ても常のものではないとわかる程であった。

 

「……シンクロモンスター同士の、シンクロ……」

 

 それも、スターダスト・ドラゴンをシンクロ素材としていると斎王は言った。

 となれば、該当する召喚法は一つしかない。

 そして、遠也にはそれを行うべきパーツが全て揃っている。

 カードも、モーメントも、そして……恐らくはアクセルシンクロという召喚に対する知識さえも。

 更に言えば、それを実際に行うことすら遠也はしているようだ。それが、今の会話で明らかになってしまった。

 

「………………指示、を。仰がないと……」

 

 ぽつりと言葉が漏れる。そしてそれに従うように、レインは自分の部屋へと足を向けた。そこに置いてある通信装置へと。

 レインとマスターは一部の感覚を共有している。それが五感のうちの二つ。視覚と聴覚。レインのマスターはレインのプライバシーも考慮してくれたのか、一応オンオフ機能はある。マスターからの一方的なものではあるが。

 そして、さっきからこれまで、その機能はオンになっていた。

 つまり、今の一部始終をマスターは見ていたし聞いていたのだ。ならば、レインに対して新たな指示が来るのは明白。それゆえ、レインは早く通信装置の元へと戻らなければならなかった。

 

「………………」

 

 しかし、レインの足は覚束なかった。まるで、そこに行くことを身体が拒否しているかのように。

 それは、レインの胸中を巡る一つの考えがその足を鈍らせていたのかもしれない。

 レインの言うマスターは、遠也のことを危険視していた。アクセルシンクロのパーツを持っている男。モーメントを所持している男。だが、アクセルシンクロという概念は知らないだろうと判断したから、厳重な監視で留まっていたのだ。

 だが、これで遠也はアクセルシンクロを知っていることが分かった。シンクロよりも更に先にあるシンクロ召喚。モーメントをより加速させる、そんなシンクロ召喚を。

 これまでは、厳重な監視だった。だが……更に危険度が上がったであろう今は? 果たしてマスターは遠也に対して、どんな対処を行う?

 

「……――ッ」

 

 考えうる最悪の可能性が脳裏に浮かび、レインは口をきゅっと堅く結んだ。

 そうでもしないと、不安が口から飛び出して動けなくなりそうだった。

 しかし、やはりレインが一番優先しなければならないのはマスターだ。それは当然のことである。なにせ、それこそがレインの存在理由なのだから。

 ふらりと危なげな足取りでレインは歩く。

 その脳裏に浮かんでは消える親友や仲間たちの顔を、ずっと反芻させながら。

 

 

 

 



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第49話 苦悩

 

 上も下も、左も右も、そして奥行きさえも見通せない真っ白な空間。

 地平線の彼方さえあるのかどうか疑わしい。そんな現実にはあり得ない異常な空間の中に、ぽつりと染みのように存在するものがあった。

 

 さながらアンモナイトを模したかのような、奇妙な物体。大の大人がすっぽりと収まって余りあるような巨大なそれは、よくよく見れば機械によって形作られた装置であった。

 静かに響く駆動音は、その装置が正常に動いている証なのか。その装置はふわりと宙に浮かびその白い空間の中にたたずむ。

 

『――……皆本遠也、ですか』

 

 突然、その装置の中から異質な声が発せられた。声でありながらそれは人のものではなく、機械を通した電子音声のように違和感を覚えるものだ。

 装置の中にいると思われる人間は、声帯に異状を抱えているのだろう。機械処理された声はくぐもっており、些か聞き取りづらい。

 しかしこの空間に彼以外の存在はおらず、そのため彼もそんなことを気にすることはない。しかし、ならば何故誰もいないとわかっているのに声に出しているのか。

 それはひとえに、自身の考えをまとめるためであった。そのために、彼は虚空に無意味と知りながらも言葉を吐き出しているのである。

 そして、彼にとって今考えるべき事柄はただ一つ。つい先ほど、自身の部下であるレイン恵を通して知った皆本遠也の情報。その内容についてしか有り得なかった。

 《スターダスト・ドラゴン》を使ったシンクロモンスター同士のシンクロ。それが示すものはアクセルシンクロしかない。元々、遠也の手元にスターダスト、フォーミュラ・シンクロン、モーメントといった必要なパーツが揃っていることは把握していたが、まさかその概念すら知っているとは夢にも思っていなかった。

 なぜなら、それはライディングデュエルがあって初めて発見された召喚方法だったのだから。

 だというのに、いまだライディングデュエルが存在しない時代にそれを知り、かつ不動博士が研究中のモーメントの実物すら持っている男。

 今までは少々の前倒しにすぎないと見過ごしてきたが、ここまでくるともはや捨て置くことは出来ない。何らかの対策を取らねばならないだろう。

 

『………………』

 

 しかし、ならばどう対処をすればいいのか。彼はそのことについて頭を悩ませた。

 彼の目的は“破滅の未来にさせないこと”。そして、そのために必要なのがモーメントとシンクロ召喚への対応である。

 モーメントについては、どうにかする計画を既に考え付いている。まだ不動博士によるモーメントの実験が行われていない今、それは実行すべき時ではないが。

 そしてシンクロ召喚。こちらについて、彼はその登場を防ぐということはしなかった。いずれシンクロは出てくる。どれだけ止めようとも、誰かが思いついて作り出すことは想像できたからだ。

 モーメントと違いその開発はアイデア一つで可能なのだから、わりと簡単にシンクロ召喚の実装は出来る。いちいち対処しても仕方がない、というのが彼の考えである。

 もっとも、彼の仲間にはシンクロ召喚そのものを忌み嫌い排除しようとする者もいる。彼は別段そちらを否定するつもりもない。それでシンクロ召喚がなくなるなら、それはそれで破滅の未来に進む可能性が減るので、願ってもないことだからだ。

 彼がそこまでシンクロ召喚の撲滅に積極的ではないのは、単にそれ以上に優先すべきことがあるからに過ぎない。その結果として、彼は遠也のことも見逃してきていた。

 だが、彼がシンクロ撲滅に乗り出さないのには、もう一つの理由があった。

 

『シンクロ召喚は、かつて世界を救った希望の力。そうでしたね……』

 

 かつて古に封印された地縛神といった勢力から世界を救った男、不動遊星。彼がその手に携えたのが、シンクロ召喚という力だった。

 そして彼はそんな不動遊星に憧れた。いや、固執していたと言ってもいいかもしれない。破滅の未来を生きた男は、世界を救ったという不動遊星に対して並々ならぬ思いを抱いていたのだ。

 そして、彼自身も遊星のようにシンクロ召喚を……また、その先にあるアクセルシンクロを手に人々に救いをもたらしてきた。

 アクセルシンクロによって至る境地、クリアマインド。悪しき心に負けぬ強い境地に立つことで、モーメントの暴走は止まり世界は救われると信じたからだ。

 だが、それは叶わなかった。いや、確かに彼の考えは正しかったのだ。しかし、世界にはあまりにも多くの人がいて、その考えを一つの方向に向けるには圧倒的に時間がなかった。それだけであった。

 遠也がアクセルシンクロを行うということは、すなわちクリアマインドをこの時期に発現させたということ。かつて時間の不足から失敗した彼にとって、今の状況は僥倖であるように思える。今から時間をかけて世界中に広めていけば、あるいは世界は救われるかもしれないのだから。

 これは、彼自身真っ先に思い付いた対処法であった。一瞬、わずかな希望が心に宿る程に、それは甘く魅力的な未来だった。

 しかし。

 その選択をするには、彼が体験してきた未来と歴史は、過酷すぎたのである。

 

『本当に、魅力的な選択だ。……叶うならば、ですが』

 

 彼は知っている。人間が持つ欲望の限りなさを。そして、土壇場にならねば学習せず、その中でもなお学ばない者がいることを。

 クリアマインドを広める。それ自体は可能だろう。だが、結局はシンクロの持つ力にヒトは引き寄せられる。限りない進化の可能性を秘めたそれの魅力に、抗えないのが人間だからだ。

 ならば、全てを明かして彼らにも危機感を持ってもらうという手もある。だが、それが未来を救うと言って誰が信じる? 我々自身が身を明かし、これまでのことを全て語ればいいのか?

 彼は、それが上手くいくとは到底思えなかった。たとえ映像とともに人々に未来の姿を見せても、彼らはそれを映画の延長としてしか受け取らないだろう。よしんば本気にとってくれたとしても、それは真に切羽詰ったものではない。

 “ひょっとしたら、大変なことになるかもしれない”という実感の伴わない曖昧な気持ちでは、未来を救うために行動できるはずなどないのである。

 かつて彼自身が救った人たちは、実際に破滅の未来の中に生きていたからこそ世界にはびこる絶望に対して心から真剣に向き合い、決意することが出来たのだ。

 そうでない、豊かで平和なこの時代に暮らす人が、それを為せるとは思えない。彼の膨大な人生経験が、人間とはそういうものだと告げていた。

 ゆえに、彼は考える。果たしてどうするのがベストなのだろうかと。

 このまま野放しにする……。いや、いずれモーメントが出てくれば、アクセルシンクロと合わせてかつての未来以上に急速に発展する危険がある。そうなれば、ヒトの心と技術の進化は本来の歴史以上に歪な関係となってしまうだろう。それは許容できない。

 モーメントは破壊するつもりだが、何事も最悪を考えておかなければならない。モーメント破壊後に何らかの要因で二つが揃った時、その圧倒的な魅力に人は抗えないだろう。

 むしろ、一度失っている分固執する可能性もある。それは人の感情を読み取るモーメントのことを考えると好ましくない。

 ならば、こちら側に引き込むのはどうだろう。幸い遠也はレイン恵と仲がいい。その繋がりを使って接触することは出来るはずだ。

 こちらで管理していれば問題はない。そう彼は考えるが、この案にはある問題点があった。

 それは、彼らが行っていることや行おうとしていることに、遠也が拒否感を示す可能性である。

 そもそもが破滅の未来などという今を生きる人間にしてみれば理解しがたいことを言っているのだ。前述したように、心からそれを信じることは難しいだろう。そこに数百では済まない何万といった人間の犠牲すら視野に入れた計画まであるのだ。

 真っ当な考えを持つ人間なら、そんな計画に賛同はしない。それだけならいいが、内部事情を知られて敵対されると厄介だ。そして、その可能性はこれまで観察してきて得た遠也自身の性格データを見ればそれなりに高い。それなら初めから引き入れない方がマシである。

 洗脳といった手もあるが、遠也には精霊の加護がついている。精霊については詳しくない彼だが、少なくとも実体化して物理的な干渉が出来ることは知っている。なら、そんな真似をすれば遠也と共にいる精霊が黙っていまい。

 精霊の力が計り知れない以上、下手に手を出してこちらに被害が出てはたまらない。そういった不利となる可能性を内包する以上、引き入れることには消極的にならざるを得なかった。

 となると、もっとも確実かつ安全に事を済ますならば、方法は一つ。

 遠也自身が持つ可能性を、全て奪ってしまえばいいのだ。そうすれば、アクセルシンクロも出来ない。敵対されることもない。アクセルシンクロは正史の通りに不動遊星がしかるべき時に発見してくれることだろう。

 幸いと言うべきではないのだろうが、彼はシグナーではない。そして当然不動遊星でもない以上、スターダスト・ドラゴンのカードさえ残っていれば歴史に大きな影響はないはずなのだ。

 つまり――。

 

『……皆本遠也。あなたに恨みはありません。ですが、不確実な可能性にすがるには、あの未来は悲惨すぎるのです……』

 

 誰もいない空間に機械処理を施された声が響く。

 それはまるで懺悔のようであり、決意を表明するかのようでもあった。

 

『――謝ることはしません。許しを得ようなどとは思わない。……ですが代わりに、私は必ず未来を救ってみせる』

 

 その後であれば、きっと死後の世界で私が犠牲とした人々に裁かれましょう。

 彼は最後にそう呟くと、暫くの間押し黙る。

 それが数分続いたのち、彼の収容された機体からピッと電子音が鳴った。そして、彼の目前に一つの空中ディスプレイが現れる。

 そこに映っているのは、どこか不安そうな顔で彼を見ているレイン恵であった。

 

『……レイン恵。あなたに指示を与えます』

 

 レインの眉がピクリと動く。しかし彼はそれを些細な筋肉の動きでしかないと気にせず、淡々と決定された対処を告げる。

 

『――皆本遠也を抹消する。その役目を、任せたい』

 

 その言葉を受けたレインは、即座に一礼すると通信を切った。

 いやに速い対応であったが、彼はそれを特に咎めなかった。一応付き合いがあった人間を相手にするのだ。レインとて覚悟はあっただろうが、それでも感じるものはあったに違いない。

 たとえレイン恵の心が人間本来が持つ心とは異なるモノであったとしても、そういった機微は解しているはずだから。

 もしレインが失敗したならば、新たにこちらからその役目を持った存在を向かわせるだけだ。アクセルシンクロに皆本遠也は失敗したらしいので、次があるとすれば三皇帝の誰かに指示を出してもいい。

 いずれにせよ、これで遠也に対する対処は成ったと彼は考えた。

 ゆえに、その心にはその命の重さがのしかかる。犠牲すら容認して世界を救うと誓った身であっても、それに心が痛まないわけではないのだ。人間だからこそ、そこまで割り切ることは出来ない。

 しかし、やらねばならないことなのだ。だからこそ、そんな痛みすら受け入れて彼は進む。未来に希望を残すために。その禍根となるものは全て、粉砕しながら。

 それこそが、彼の信じる道だった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 斎王が去った後、十代に電話をかけた俺は、そのまま校舎に向かってある教室で十代と合流を果たした。

 そこで斎王の刺客であったデュエル物理学者であるツバインシュタイン博士とデュエルし、十代が勝ったことを知るのであった。

 なるほど、斎王が十代には有効というわけだ。今でもたまに勉強を見ることはあるが、本当に物理とか数学とかは苦手だからなぁ十代は。そういう話をされれば、十代が怯むのは間違いない。そういう意味での選択だったのだろう。

 勝ったことで嬉しそうに笑っている十代に、事情を知った俺は頷きを返す。そして、すぐさま「で」と言葉を続けた。

 

「……あれは、どうしたんだ?」

 

 俺がくいっと親指を向けた先を見て、十代も苦笑いを浮かべる。

 そこにはツバインシュタイン博士に対して熱心に話しかける三沢の姿があった。

 

「ははは、三沢はあの爺ちゃんのファンなんだってよ」

「ファン?」

「そうだとも!」

 

 十代の言葉に俺が首を傾げて返せば、聞こえていたらしい三沢が勢い込んでこちらに振り返った。

 そして拳を握りこむと、ひどく真剣な顔で語りだすのだった。

 

「俺のデュエルは理詰めのデュエル! 効果的な戦術と、計算されつくした隙のないデュエルこそが求めるものだ! 運すら自らの計算のうちに捉え、全てを解明しようとする博士こそ、まさに俺の理想の人物! あ、そうだ、サインください!」

「ほっほ、いいじゃろう」

 

 携帯しているのか懐から取り出した色紙にツバインシュタイン博士はさらさらとサインを書く。

 それを受け取った三沢は、おお、と感動の声を漏らしてそれを大切そうに掲げていた。

 

「博士! ぜひ俺にあなたの知識を分けていただきたい! こんな機会、そうそうあるものじゃない。ぜひとも己の糧にさせていただきたいのです!」

「ふむ……儂の知識を糧にするとな。何とも率直な男よの。よかろう、それでは特別講義といこうかの。お主には見どころがありそうじゃ」

「あ、ありがとうございます! それでは早速行きましょう!」

「ひ、引っ張るでない! わしゃ年寄りじゃぞ!」

 

 憧れの人物に師事してもらえることが相当嬉しいのか、三沢が珍しく興奮した様子でツバインシュタイン博士の腕を取って教室を出て行く。

 ツバインシュタイン博士が大股で歩く三沢についていくのに苦労しているが、それを気にする余裕もないようだ。それほどまでに、三沢にとっては憧れの人物だったわけだ。

 その姿を見送り、俺と十代は顔を見合わせて苦笑した。

 

「はは、普段冷静な三沢があんなに取り乱すなんてな」

「まぁ、それだけ博士に会えたのが嬉しかったんだろうさ」

 

 俺たちの中でも割と大人びた雰囲気を持つ三沢の意外な姿に、俺たちはどこか微笑ましいものを見るような気持ちになっていた。

 そしてそんな三沢の後を追うように俺たちも教室を出ると、そこには剣山とクロノス先生が立っていた。

 十代はクロノス先生を見ると、笑顔になってブイサインを向ける。しかし、それを向けられたクロノス先生は困惑した顔をしていた。

 

「へへ、物理の追試終了! これで俺は自由の身だぜ!」

「なに言ってるノーネ? 追試はジェネックス後にまとめてやることになっていルーノ」

「へ? だってクロノス先生が放送で……」

「私は今日一度も放送室には行っていないノーネ」

 

 あっさりとした返答を受け、十代がええっ、と声を上げて驚く。今のデュエルで追試がなくなったと思っていたらしいから、まぁその気持ちはわかる。

 しかし、どうやら斎王はクロノス先生の声を使った放送で十代を呼び出したらしいな。斎王が取った手法を察した俺はショックを受けている十代に近づき、その事実を耳元でこっそり教える。

 すると、それを聴いた十代は歯を食いしばって拳を握った。

 

「ぐぬぬ……斎王の奴! この借りは、絶対にデュエルで返してやるからなぁ!」

 

 見事に騙されてぬか喜びさせられたことに十代は大層ご立腹である。

 とはいえコイツのことだから、いざデュエルとなったらそんなことは忘れ去ってデュエルを楽しむんだろうけど。

 それがわかっているから、俺も適当に「まぁ頑張れ」と声をかけておく。

 何はともあれ、これで本日の斎王の企みも一応の終息を見たわけだ。とはいっても、ジェネックスも徐々に終わりに近づいている現在、また斎王が動きを見せるのは明白だ。

 油断するのは禁物だが、しかし気ばかり張っていても仕方がない。そういうわけで、俺は十代と別れるとジェネックスの本分であるメダル集めに戻ることにした。校舎を離れ、島の中を歩いていくつかのデュエルをして回る。

 終盤になっても残っているデュエリストにはやはり実力があるため、デュエルに緊迫感があって最高に楽しい。何とか勝ち続けているが、やはりそういうデュエルの方が燃えるというものだ。

 

「――《大地の騎士ガイアナイト》で直接攻撃! 《ハリケーン・シェイバー》!」

「ぐあぁあああッ!」

 

 そういうわけで今日何度目かのデュエルに、再び勝利を得る。

 デュエルを終えた相手からメダルを受け取ると、俺はその相手と握手を交わして互いの健闘をたたえ合う。

 デュエル中は敵同士でも、終わってしまえばデュエルを通して友人となれる。何とも不思議かつ強引な理屈だが、しかしそんな理屈も俺は嫌いではなかった。

 そういうわけでデュエルを終えた俺たちは、今のデュエルを思い返して互いに反省会を始める。自分のここが駄目だった、相手のここが良かった。そういったことを言い合うことによって、更に自分を高めていくのだ。

 メダルをもらって、はいさようならでは寂しすぎるからな。それに相手の意見を聞くことで自分では気づけないことに気付くこともある。たまに行うこの時間は、そういう意味で実に有意義な時間でもあった。

 そうして話していると、ふと視界の端に銀色が映った気がして一瞬俺はそちらに気を逸らす。

 風に乗って揺らぐのは、銀色に輝く二房の髪。

 

「……レイン?」

『え、レインちゃん?』

 

 俺の言葉に反応してマナも同じ方向に目を向ける。しかし、その時には既にレインの姿は見えなくなっていた。もしくは、あれはレインではなかったのか。しっかり見たわけじゃないから、本当にそうだったか自信がない。

 首をひねっていると、どうした、と対戦した相手が尋ねてくる。その呼びかけで会話の最中だったことを思い出すと、俺は慌てて何でもないと返して再び会話に戻るのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 一方、レインは遠也の近くを通り過ぎたことなど気が付かないまま、ぼうっとした面持ちで足を進めていた。

 とはいっても、別段目的地があるわけでもなかった。ただじっとしていると思考に埋没していってしまって身動きが取れなくなりそうになるのが怖かったのだ。そのため、無理やりにでもレインは外に出て歩くことにしたのだった。

 しかし、それが解決になっているわけではない。たとえ外に出て動いていても、レインの頭の中から告げられた言葉が消えてなくなるわけではない。

 彼女のマスターから言われた言葉……皆本遠也を抹消する。それが指し示すものを考えると、レインはどうしようもなく自分の心が軋みを上げるのを感じるのだった。

 レインにとって、遠也とはある意味で特別な存在だった。先輩であり、友であり、仲間であり、親友の思い人。また自分に対して初対面から気軽に接してきた数少ない人物の一人でもある。

 あちらは知らないだろうが、監視対象として彼を見ていることにレインが気後れを感じるほど、遠也は純粋に自分のことを見てくれていたとレインは思う。

 だからこそ、レインも遠也には気を許していた。その後遠也やレイを通じて仲を深めていった十代たちとの時間も、今ではレインにとって大切なものだ。そのきっかけはレイであり、そして遠也でもあったのだ。

 その遠也を自分が消さなければならない。その事実を認識した時、レインの心に真っ先に浮かんだのは「嫌だ」という否定の意思だった。

 しかし、それを表に出すことはしなかった。彼女のマスターは、レインがそこまでの親しみを彼らに感じていることを知らない。だからこそ、彼はレインにその指示を与えたのだ。もし知っていれば、マスターはレインに慮って実行役を他の誰かにしていたかもしれない。

 その場合は恐らくイリアステルの三皇帝……その誰かに話が行くことになっていたに違いない。正式にはイリアステルの所属ではなく、その更に上位に位置する男の直属であるレインにとって顔も知らない三皇帝であるが、彼らにそういう役がいく可能性は高い。

 しかし、それであっても遠也が消されるという結果に変わりはない。そもそも遠也の抹消という結果にこそレインは反発しているのであって、実行役が変わったところでレインにとっては意味がない変化であった。

 遠也の抹消。それをどうにかすることこそ、レインの本当の望みだ。それは単純に遠也を慕っているからだけではない。それに加えて、彼女は遠也の存在に一縷の希望を見ているからという理由もあるのだった。

 本来ありえないこの時期にシンクロ召喚を使い、そしてアクセルシンクロすら実行に移そうとしている存在。確かに奇異であり、それゆえに理解できず不確定要素であることに間違いはない。

 

 だがしかし、定められた破滅に向かう世界において、不確定要素とは取りようによっては希望にもなり得るのではないか。ふとレインはそう考えたからである。

 不確定要素だからこそ、計画遂行には障害となる。たとえ希望になり得るとしても、なり得るなどという不確実な要素に頼って失敗するわけにはいかない。

 そう考えるマスターの気持ちもわかる。しかし、レインはその理屈で心底納得することは出来なかった。

 遠也が持つ、可能性。そして、自身の仲間を思う気持ち。それらがレインに遠也の排除を躊躇わせた。

 それは、機械によって命を繋いでいる者との違いによるものだったのかもしれない。いつ命の期限が訪れてもおかしくないマスターとレインでは、ものの感じ方が違うのは当然と言えた。

 そして、そう思っているレインは歩きながら考えるのだ。一体自分はどうすればいいのだろう、と。

 もやもやと胸の内に溜まっていく、正体の見えない何か。それを払うのは自分の決断だと理解はしている。

 しかし、どんな決断を下せばいいのか。レインは決断が必要だと理解しつつも、それをどうしても決めかねているのだった。

 思考がどんどんと複雑に絡まり、自分が取るべき行動が見えなくなっていく。それでも、レインは悩むことを止められない。安易に結果を出すことは、背負いきれない罪と後悔を招くと感覚で理解しているからだ。

 だが、いつまでもこうしているわけにはいかなかった。指示を受けたにもかかわらずレインが何の行動をもとらなければ、不審に思ったマスターは新たな行動を起こすだろう。

 だからこそ、迅速に決めなければならない。そんな時間的な焦りも加わり、レインの思考は更に複雑化していく。

 一体、どうすればいいのか。悩みに悩むレイン。その耳に、ふと聞き慣れた声が飛び込んできた。

 

「――これで最後だぜ! 《E・HERO フレイム・ウィングマン》は、倒したモンスターの攻撃力分のダメージを与える効果を持っているんだ! いっけぇ!」

「な、なに!? うわぁああッ!」

 

 俯きがちだった顔を上げて、その声がした方向に目を向ける。

 すると、そこには対戦者が膝をつき、その前に立ってお決まりの決めポーズをしている十代の姿があった。

 しかしその横にはいつも一緒にいる剣山と翔の姿がない。珍しいな、と思いながらレインは十代を見ていた。

 その視線の先でメダルを相手から受け取っていた十代は、突然虚空に向かって「どうしたんだ相棒?」と呟くと、直後にレインの方へと目を向けた。

 今さっきまで全く気付いてなかった様子を見るに、恐らくは十代の精霊がレインが見ていることを教えたのだろう。こっちに笑顔で近づいてくる十代を見ながら、レインはそんな考察を思い浮かべるのだった。

 

「よ、レイン! 今日はレイと一緒じゃないのか?」

「……先輩こそ。剣山先輩と丸藤先輩が、いない……」

 

 レインがそう返せば、十代は「あの二人もジェネックスを頑張ってんのさ」と言って笑う。

 つまり、二人もそれぞれジェネックスで成績を残すためにデュエルに精を出しているということなのだろう。

 確かに十代と一緒にいるだけでは、自分は大会で実績を残すことは出来ない。二人もそれを承知で、今は離れているということか。

 レインがそう納得していると、再び十代が虚空に目を向けた。精霊が見えないレインには、十代に見えているものが理解できない。遠也の場合は、精霊であるマナが実体化できるためマナと会話している姿を想像できるのだが……。

 そう考えたところで、遠也のことを思い出したからだろうか。レインは再び顔を少し下に向ける。とてもではないが、十代と明るく話すような気分ではなかったのである。

 ここは断りを入れてすぐに去ることにしよう。そう決めたレインだが、それを告げるより早く十代が口を開いていた。

 

「確かに、相棒の言う通りかもな。元気がないぜ、レイン。何かあったのか?」

「……それは……」

 

 驚いて顔を上げれば、そこにはどこか心配そうにレインを見る十代の顔があった。

 

「相棒がさ、なんかお前を凄く心配してるんだよ。俺は気づかなかったけど、今ならわかるぜ。お前の顔、どう見ても楽しくなさそうだもんな」

「……っ」

 

 当たり前だ、楽しいはずがあるものか。

 反射的に胸の内でそう言葉を返し、レインはぎゅっと唇をかみしめた。

 それではただの八つ当たりだ。十代は自分のことを心配して言ってくれているだけ。だからこそ、そんなみっともない真似をするわけにはいかなかった。

 そして、口を閉ざしたレインを見て十代はどうしたものかを頭を捻る。

 もともと小難しいことに関しては致命的に向かないと自分でも思っている十代である。しかし、だからといって思い悩む後輩を見捨てるなんて行動が出来るはずがなかった。

 まして、レインとはそれなりに付き合いもある仲間だと思っているのだ。悩みがあるのなら、先輩としてどうにかしてやりたい。十代はそう思っていた。

 

「お、あそこにベンチがあるじゃん。ちょっと座ろうぜ、レイン!」

「……え、あ……」

 

 だから、十代はレインの手を取ると無理やり近くにあったベンチに引っ張っていった。

 自分が的確な答えを返せるとは思っていない。しかし、友達に悩みを話すことで気持ちが楽になることを十代は知っていた。自分もかつて、遠也に悩みを吐露したことがあるのだから。

 そして今、友達がこうして目の前で悩みを抱えている。なら、その話を聞くのは仲間である自分の役目だ。何より、後輩が困っていて手を貸さないなんてことを、先輩としてするわけにはいかなかった。

 そういうわけで、半ば強引にレインを手近なベンチに座らせると、十代はその隣に腰を下ろした。

 やはり顔を俯かせたレインを横目で見つつ、十代はいよいよレインから話を聞こうと思ったが……そこで重大な問題に気付くのだった。

 すなわち、どうやって聞いたらいいんだ? である。

 遠也の時は、無理やりデュエルに誘って何とかなった。それは互いにデュエルが絆を紡ぐものと信じていたからであり、また気兼ねすることがない同性かつ同年であったからだ。

 しかし、レインの場合は違う。同性でもなければ、同年でもない。十代としては、話題が合うかどうかすら自信がない存在であり、どんな風に話しかければいいのかすらわからなかった。

 これがレイならまだ十代としても手があったのだろうが、基本的に自分のことを語らないレインに対して、どういう対応が正解なのかを十代は導き出すことが出来なかったのである。

 頭を抱える十代。そして、そんな土壇場になって十代が取るべき手段といえば、もちろん一つしかなかった。

 

「――よっし! デュエルだ、レイン!」

「……え?」

 

 いきなりの発言に、レインが驚きを込めた目で十代を見る。

 その目は一体どういうことだという疑問に満ちていたが、しかしもうデュエルをすると決めた十代にそんなことは関係なかったのか、ベンチから立ち上がった十代は「ちょっと待ってろ!」と言って走り出してしまった。

 それを見送り、レインが呆気にとられたままベンチに座っていることしばし。校舎の方からデュエルディスクを持って帰ってきた十代は、それをレインに渡すとベンチの前の広場に立ってデッキを自分のデュエルディスクに収めた。

 そして、デュエルディスクを受け取ったまま呆然としているレインに手招きをする。

 

「ほら、デュエルしようぜレイン!」

「……どうして……?」

 

 当然と言えば当然なレインの疑問に、十代は自信満々に答えた。

 

「デュエルをすれば、相手が何を考えているのか理解できる! 少なくとも、知ろうとする切っ掛けになる! 俺はお前がどうして悩んでいるのか知りたい。けど、話しにくいことだってんなら、デュエルで聞くだけだ!」

「……意味が、わからない……」

 

 あまりといえばあまりな理屈に、思わずレインも率直に理解不能と言ってしまう。

 だが、レインは不思議とその理解不能な理屈に抗おうとは思わなかった。

 それは十代の飾り気なく自分を心配する心がそうさせたのか、それともレイン自身が単にストレスを発散させたかったのかはわからない。しかし、確かにレインはデュエルディスクを腕に着けて十代の前に立ったのである。

 

「よし、いくぜレイン! お前の悩みを解決してやるなんて言えねぇけど、このデュエルでお前の助けになってみせるぜ!」

「……デュエル」

「はやっ!? まぁいいや、デュエル!」

 

レイン恵 LP:4000

遊城十代 LP:4000

 

「いくぜ、まずは俺のターン、ドロー! 遠也を追い詰めたっていう力、見せてもらうぜ!」

 

 そう言ってデッキからカードを引いた十代は、手札からカードを選び取って場に出した。

 

「俺は《カードガンナー》を守備表示で召喚! その効果でデッキの上から3枚を墓地に送り、攻撃力をエンドフェイズまで1500ポイントアップ! カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

《カードガンナー》 ATK/400→1900→400 DEF/400

 

 まずは態勢を整えようというところか。十代はカードガンナーを召喚し、その効果によって墓地肥やしまで行う。実にいい出だしだといえた。

 

「……私、ドロー。……《おろかな埋葬》、デッキから《馬頭鬼》を墓地に。……《ゾンビ・マスター》を召喚。モンスター効果、手札から《ゾンビキャリア》を捨てて、ゾンビキャリアを特殊召喚」

 

《ゾンビ・マスター》 ATK/1800 DEF/0

《ゾンビキャリア》 ATK/400 DEF/200

 

 レインにとって定番と言っていい筋書き。場に何もない状態から1ターンでレベル6のシンクロを行うという、彼女にとって信頼を置く先制のコンボであった。

 

「……レベル4ゾンビ・マスターに、レベル2ゾンビキャリアをチューニング。……シンクロ召喚、《氷結界の龍 ブリューナク》」

 

《氷結界の龍 ブリューナク》 ATK/2300 DEF/1400

 

 そして現れるのは、美しく光を反射する氷の龍ブリューナク。けたたましい咆哮を上げるドラゴンを前に、十代が表情を引き締めた。

 

「シンクロ召喚か……遠也と同じだな」

 

 シンクロと聞いて真っ先に思い浮かぶ親友の姿を思い起こしつつ十代が呟く間に、レインは手札のカード2枚を手に取って次の行動に移っていた。

 

「……ブリューナク、効果。手札を捨てて、その枚数分相手のカードを手札に戻す。……2枚捨てて、先輩の場のカード全てを手札に戻す」

「げっ、何だよその効果!? けど、甘いぜ! 速攻魔法発動、《エフェクト・シャット》! 効果モンスターの効果の発動を無効にし、そのモンスターを破壊する!」

 

 さすがにいきなりそんな真似をされてはたまったものじゃないと思ったのか、十代は即座に伏せカードを発動させて難を逃れる。

 対してコストだけ払って効果を使えず、そのままブリューナクを破壊されたレインは、思わずといった様子で眉を寄せた。

 

「……ッ! ……カードを1枚伏せて、ターンエンド」

「俺のターン、ドロー!」

 

 手札を引き、更に墓地のカードを確認した十代は、一つ頷いて行動に移った。

 

「よし! 俺は墓地の《E・HERO ネクロダークマン》の効果を使う! このカードが墓地にある時、E・HEROを1体リリースなしで召喚できる! 来い、《E・HERO エッジマン》!」

 

《E・HERO エッジマン》 ATK/2600 DEF/1800

 

 全身が黄金に輝く金属で構成された、雄々しいHERO。エッジマン本来のレベルは7であるためリリース2体を要求するが、ネクロダークマンが墓地にある時はその限りではない。

 カードガンナーの効果でネクロダークマンが墓地に行っていたことを悟り、レインはその強運に驚かずにはいられなかった。

 

「更にカードを1枚伏せ、カードガンナーを攻撃表示に変更する! そしてその効果で1500ポイント攻撃力がアップ!」

 

《カードガンナー》 ATK/400→1900

 

「バトルだ! カードガンナーで直接攻撃! 《トリック・バレット》!」

「……ぅッ……」

 

レイン LP:4000→2100

 

 カードガンナーから放たれた銃撃がレインを狙い撃つ。見事に命中したそれによって、レインのライフポイントは大きく削られることとなった。

 しかし、それだけでは終わらない。十代の場には更にそれ以上の攻撃力を持つエッジマンがいた。

 

「更にエッジマンで攻撃だ! 《エッジ・ハンマー》!」

 

 エッジマンが両腕を突き出しながら突進してくる。これを受ければレインのライフは残らない。

 レインはすぐさま伏せてあったカードを発動させた。

 

「……ッ罠発動、《次元幽閉》。……攻撃してきたモンスターを、除外する」

 

 エッジマンは突如空間に走った亀裂に吸い寄せられるようにして引き込まれていき、次元の彼方へとその身を投げ出してしまう。

 破壊でもなく除外されるという事態に、十代も計算が狂ったのか苦い顔である。

 

「くっ……なら俺は魔法カード《黙する使者》を発動し、墓地から通常モンスター《E・HERO スパークマン》を守備表示で特殊召喚する。そして装備魔法、《スパークガン》をスパークマンに装備! その効果でカードガンナーを守備表示に変更し、ターンエンドだ!」

 

《E・HERO スパークマン》 ATK/1600 DEF/1400

 

 これもまたカードガンナーの効果で墓地に送られていたモンスターなのだろう。スパークマンは専用装備魔法であるスパークガンをカードガンナーに向けると、その表示形式を守備表示に変更させる。

 合計3度まで表示形式変更を可能にする効果を持つスパークガンは、十代としても非常に扱いやすく重宝しているカードであった。

 

「……私、ドロー」

 

 レインがデッキからカードを引く。

 手札を見るが、その1枚はこの状況を動かせるカードではなかった。

 爆発力と展開力に優れた自身のデッキで、思うように動けない。自分のデッキで戦っているはずなのに、どこか空回りしている感覚をレインは味わっていた。

 しかしそれでも、今自分に出来ることをするしかない。なんとか喰らいついていって、機を窺うしかないのだ。

 そう考えを絞ると、レインは墓地に目を向けた。

 

「……《馬頭鬼》の効果。墓地のこのカードを除外して、《ゾンビ・マスター》を特殊召喚。……そしてバトル。カードガンナーに攻撃」

 

《ゾンビ・マスター》 ATK/1800 DEF/0

 

 召喚、直後に攻撃。

 ゾンビ・マスターの速攻はカードガンナーを即座に破壊し、十代の場から退却させる。

 しかし、ただではやられないのがカードガンナーの厄介なところだった。

 

「カードガンナーの効果発動! 破壊された時、デッキからカードを1枚ドローするぜ!」

 

 その効果により、十代の手札が1枚増える。それに、レインは顔には出さずとも渋い気持ちになる。十代や遠也といった手合いにドローさせる危険性を、彼女は十分に理解していたからである。

 だがしかし、今更そんなことを言っても仕方がない。気持ちを切り替え、レインはカードをディスクに差し込んだ。

 

「……カードを1枚伏せる……ターンエンド」

「俺のターン、ドロー!」

 

 手札に加わったカードを、十代が確認する。そしてその表情が笑みに変わったと思った瞬間、既に十代はそのカードをディスクに置いていた。

 

「《E・HERO エアーマン》を召喚! エアーマンは召喚に成功した時、デッキからHEROを1体手札に加えることが出来る! 俺は《E・HERO ネオス》を手札に加えるぜ!」

「……ネオス……」

 

 十代のデッキのエースモンスター。それがついに手札に加わった。

 そのことに危機感を覚えつつも、しかしそれをどうこうする手段は今レインにはない。大人しく見過ごすほかなかった。

 

「そしてバトル! ……といきたいけど、エアーマンとゾンビ・マスターの攻撃力は同じか。ここはこのままターンエンドだ!」

「……そのエンドフェイズ、リバースカードオープン。……速攻魔法、《終焉の焔》。私の場に《黒焔トークン》2体を特殊召喚」

 

《黒焔トークン1》 ATK/0 DEF/0

《黒焔トークン2》 ATK/0 DEF/0

 

 出来るだけのことはする。たとえデッキと噛み合っていなくても、レインにだってプライドがあった。

 このデッキとずっとやってきたのだ。なら、たとえ今の自分に応えてくれなくても最大限に自分の力を出すだけだ。

 

「……私、ドロー。……墓地のゾンビキャリアの効果。手札1枚をデッキトップに戻し、墓地から特殊召喚」

 

《ゾンビキャリア》 ATK/400 DEF/200

 

 再びレインの場に現れる、丸い身体に太い腕を持った体格のいいゾンビ型モンスター。

 手札1枚をデッキトップに戻すだけという手軽な蘇生こそ、このカードの真骨頂である。

 

「チューナー……ってことは、またシンクロ召喚か!」

 

 十代がレインの場に蘇ったゾンビキャリアを見て、警戒する。

 それを見ながら、レインは自分の場にいるモンスターを見渡した。必要なレベルは揃っている。ならば、あとは召喚するだけだ。

 自らが信頼を寄せる、1体のドラゴンを。

 

「……レベル4ゾンビ・マスターとレベル1黒焔トークン2体に、レベル2ゾンビキャリアをチューニング。……深き闇から現れよ……シンクロ召喚、《ダークエンド・ドラゴン》」

 

 4+1+1+2……その合計値8のレベルを持つ闇属性ドラゴン。チューナー以外の素材は全て闇属性でなければならないという条件を満たして現れたのは、その名の通り全身を闇色で覆う漆黒のドラゴンだった。

 頭部と胸部の両方に禍々しい造形の顔を持つ、まるで冥府の道から現れたような出で立ち。

 しかし、その効果・ステータス共に強力であり、レインが己のデッキのエースとして配置しているモンスターであった。

 

《ダークエンド・ドラゴン》 ATK/2600 DEF/2100

 

 その信頼すべきエースを従え、レインは十代の場に指を向けて指示を出す。

 

「……ダークエンド・ドラゴンでエアーマンに攻撃……《ダーク・フォッグ》」

「ぐぁっ!」

 

 ダークエンド・ドラゴンが首をしならせ、その上にある口から闇色の吐息が吐き出されると、それはエアーマンを一瞬で飲み込んで消えていく。

 

十代 LP:4000→3200

 

 だが、ダークエンド・ドラゴンの真価はそこではなく、その効果にこそあった。

 

「……ダークエンド・ドラゴン、効果。1ターンに1度、攻守を500下げて相手のモンスター1体を墓地に送る。……対象はスパークマン……《ダーク・イヴァポレイション》」

「くっ……!」

 

《ダークエンド・ドラゴン》 ATK/2600→2100 DEF/2100→1600

 

 ダークエンド・ドラゴンが咆哮を上げると、その胸部の口が開き、そこから闇が溢れてスパークマンを包み込む。

 まるで地面に溶けるかのようにスパークマンを飲み込んだ闇が沈み込んでいく。すると、それが見えなくなる頃にはスパークマンも闇と共にフィールドから消え去っていた。

 

「……ターンエンド」

 

 レインがエンド宣言をすると、ダークエンド・ドラゴンもまたそれに従ってその横に滞空する。

 ダークエンド・ドラゴンの効果は、カードアドバンテージを一切失うことなく相手モンスターを除去するという、非常に強力なものだ。

 だからこそのエース。レインの横に並ぶその姿には、その貫禄すら感じられた。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 そんなエースの姿を前に、十代は勢いよくカードを引く。そして手札を確認した後でレインを見ると、その表情を確認して僅かに相好を崩すのだった。

 

「やっぱりな、思った通りだぜ」

「……え?」

 

 不意に十代が口にした理解できない言葉に、レインは思わずといった様子で問い返す。

 それに対して、十代はにっと笑って応えた。

 

「デュエルをしている間は、俯いていられない! きちんと顔を上げるしかないだろ? 今のお前は正面を真っ直ぐ見てる! お前が何に悩んでいるのかは知らないし、どうすりゃいいのかなんて判らないけどさ。……けど、そうやって前を見てる方が絶対にいいぜ!」

「……十代、先輩」

 

 ただ素直にそう思っているとわかる十代の言葉に、レインも一瞬言葉を見失う。

 

「下を向いていると、解決できるものも解決できなくなるぜ! 頼りにならない先輩で悪いけど……俺に出来ることなんてデュエルしかないからな!」

 

 最後は照れ臭そうに、それでいて少し自嘲するように十代は言う。

 しかし、十代から言われたことにレインははっとしていた。目の前にかかっていた靄が晴れたかのように、視界が広がる。

 下を向いて悩んでいた時には見えなかったものが見えた気がした。……そう、自分はきっと悩むことなどなかったのだ。本当に望んでいるものさえ定まっていれば、あとはそこに向かって進めばよかったのだから。

 ただ、その自分が目指したい場所があまりにも困難なゴールであったから、他にもっと簡単な道はないかと逃げ道を捜していただけだったのだ。下を向いていたって、そんなものが見つかるはずはなかったというのに。

 既に自分の中に目指すべきゴールは存在している。それを自覚したレインは、はっきりと表情を改めて十代を見た。いま対戦者として向き合っている、十代を。

 その視線を受け止め、十代もまたレインを見返す。その目はようやく悩みを超えて自分とのデュエルに向き合ってくれたことを喜んでいるかのような、輝きを宿していた。

 

「いくぜ、レイン! 俺は《N(ネオスペーシアン)・グラン・モール》を召喚! 更に魔法カード発動! 《フェイク・ヒーロー》! 手札の「E・HERO」1体を特殊召喚する! 来い、《E・HERO ネオス》!」

 

《N・グラン・モール》 ATK/900 DEF/300

《E・HERO ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

 ドリルを縦に割ったような肩当を両肩にそれぞれつけたモグラに、鍛え上げられた肉体を銀色の不思議な色合いで染め上げた宇宙のヒーロー。

 その2体が十代のフィールドに姿を現す。ともに十代にとっての頼れる仲間。その姿を前に、十代は言葉を続ける。

 

「《フェイク・ヒーロー》で呼び出したモンスターは攻撃できず、エンドフェイズに手札に戻る。けど、そのデメリットを回避する手段がある!」

 

 無論、その手段が何であるかは言われずともレインだってわかっている。

 

「……コンタクト融合……」

 

 呟かれたそれに、十代は嬉しそうに笑った。

 

「その通りだぜ! ネオスとグラン・モール、2体をデッキに戻し、コンタクト融合! 現れろ、《E・HERO グラン・ネオス》!」

 

《E・HERO グラン・ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

 土色の鎧をまとい右腕に巨大なドリルを装備した、ネオスとネオスペーシアンが力を合わせた真の姿。

 そしてグラン・ネオスはその巨大なドリルを一気に地面に振り下ろした。

 

「グラン・ネオスの効果発動! 1ターンに1度、相手の場のモンスター1体を手札に戻すことが出来る! 俺が選ぶのはもちろん、ダークエンド・ドラゴンだ!」

 

 振り下ろされたドリルは地面に穴をあけることはなく、その直前にて時空間にこそ穴を開けていた。

 それはダークエンド・ドラゴンの足元に出口となって現れ、そこから放たれる引力がダークエンド・ドラゴンの身体を一気に次元の渦へと巻きこんでいく。

 

「……ぁ……」

 

 レインが思わず声を漏らした時には、既にダークエンド・ドラゴンの姿はなく、次元の彼方へと消え去っていた。

 そして、グラン・ネオスは態勢を整えるとそのドリルを一直線にレインに向かって構えていた。

 

「これで、お前の場はがら空きだぜ。――バトル! グラン・ネオスでレインに直接攻撃! 《グランド・スラスト》!」

「……っ、ぅッ……!」

 

レイン LP:2100→0

 

 グラン・ネオスの巨大ドリルによる一突きがレインに直撃し、そのライフポイント全てを奪い取っていく。目前に凶器が迫った恐怖ゆえか、レインは思わず地面に腰を下ろしてしまっていた。

 そうして二人のデュエルに決着がつき、十代の場に戻ったグラン・ネオスがゆっくりと消えていく。

 ソリッドビジョンが解除されたことにより通常の風景へと戻った景色の中、十代は座り込んでしまったレインに心配そうに駆け寄った。

 

「お、おい。大丈夫かよ?」

 

 座り込んだままでいるレインに、十代が気遣わしげな声をかける。しかし、それを受けてもレインはやはりぼうっと座ったままであった。

 しかしやがてその目が十代の方を向くと、レインは呟くように小さな声を漏らす。

 

「……負けた……」

「ん? んー、そりゃなあ。どう見たってお前は本調子じゃなかったし、それじゃあそのデッキだって最高の力は出せないだろ?」

 

 レインが負けた理由を十代が当たり前のようにそう言えば、レインはふっと笑みをこぼす。

 デッキはデッキでただのカードにすぎず、そんな自分の調子が影響するなんてありえない。レインは科学的に考えてその可能性はないと言うことも出来た。しかし、レインはこの時、そんな考えがあってもいいと素直に思えたのだった。

 

「……ありがとう、十代先輩」

「はは、お礼を言われてもなぁ……。結局、俺はデュエルしただけで何の解決にもなってないわけだし」

 

 気まずそうに十代が頭を掻きつつ言えば、それにレインは首を振って立ち上がった。

 

「……でも、俯いていたら気付けなかったことに、気付けた……」

「そうか? へへ、なら俺も先輩の面目は保てたかな」

「……うん。……じゃあね、十代先輩」

「おう! よくわかんねぇけど、頑張れよ!」

 

 にかっと笑って手を振る十代に、レインも小さく笑みを浮かべて手を振り返す。

 普段から感情を表に出さないレインがそんな行動をとることは珍しく、それは彼女が十代にそれほど感謝していることの表れでもあった。

 十代と別れたレインは、今度は俯くことなくひたすら歩く。

 あのデュエルで、十代は言っていた。下を向いていたら、解決できるものも解決できないと。その言葉は、まさに今のレインの状態を的確に言い当てていたと言ってよかった。

 レインにとっての最高の答え。それは、マスターに遠也を抹消することを躊躇うような遠也自身の価値を突きつけ、今回の指示を取り消してもらうこと。そして、遠也にはマスターの望む未来への協力をしてもらうこと。

 これが実現すれば、きっと全てが救われる。マスターが遠也を消すことはなく、そして遠也の協力のもとマスターの計画はより進行する。

 これがレインが望む最高の形だ。それが己の中ではっきりしている以上、あとはそこに向かって進めばいい。

 しかし、それには遠也の力を認めさせなくてはいけない。だが、いくらスターダスト・ドラゴンを持つ者とはいえ、遠也は不動遊星ではない。その名前にマスターが価値を見出すことはないだろう。

 ならば、それ相応の力を示す他ない。そしてそのための力として今最も効果的なのは、アクセルシンクロを行うことである。

 あの時の会話から察するに、現在遠也はアクセルシンクロに失敗している。これでは、マスターとてその力に信を置くことは出来ないだろう。

 だから、遠也にはアクセルシンクロを習得してもらう。そして、アクセルシンクロをこの時代で実行するほどの存在ならば、マスターとて利用方法を考えるはずだ。

 かつて三人しか使用したことがないシンクロ召喚。その貴重な四人目が現れるのだ。その希少性と有用性は、マスターもわかっているはず。ならば、きっと遠也に歩み寄ってくれるはずだ。

 本来の歴史にはなかった新しい可能性。その可能性という名の希望に、きっとマスターだって応えてくれるはず。

 レインは、そうなってほしいと必死に心の中で強く願う。……それが自分にとって都合のいい願いだとは分かっていても。

 彼女のマスターがそこまで考えずに指示を出したとは考えにくい。そして、マスターが何より重視するのは確実性であり、未来を救うことに関して一切妥協しない性格であることも理解している。

 レインが願う、遠也との協力。それすら熟考したうえで遠也の抹消という結論を出したであろうことは、レインにだって理解できる。彼女のマスターは、それほどまでに慎重に慎重を重ねて万全を期す人だから。

 しかし、そうだとわかっていてもレインはどうしても遠也を抹消するという選択肢を選ぶことが出来なかった。ほんの僅かな可能性に縋らざるを得ないほど、レインにとって両者ともが大切な存在だったのだ。

 彼女のマスターは言わずもがな。そして遠也は、自分にとって友達であり、先輩であり、仲間であり……何より、親友の思い人であった。

 レイが悲しむことを、レインは絶対にしたくなかった。何故なら、淡々と監視の任務に従事していた機械人形であった自分に、ヒトとして接してくれたのはレイが最初だったのだから。

 その時は煩わしさしか感じなかった。しかし、今では根気よく自分に話しかけてきてくれたことに、心の底から感謝の念を抱いている。レイは、レインにとって誰よりも特別な存在であり、何人にも切れないと断言できる友情を抱く親友なのだ。

 しかし、今回の指示に従った場合、レイが悲しむ。なら、レインはそれを選択するわけにはいかなかった。

 だから、それがどれだけ有り得ない道でも、レインは可能性を信じてそれを実行するしかなかった。しかし、それではマスターの指示に逆らうことになる。そのため、決断に迷っていたのは事実だった。が、それも今のデュエルで吹っ切れた。

 自分に真正面からぶつかってきてくれた十代のように、自分も真正面から向かってみよう。下を向いてばかりいたら、きっと向かうべき場所すら定まらなかったに違いないのだから。

 前を向き、向かうべきゴールを見据えた今だからこそ、進むべきなのだ。たとえ、その先に待っている結果が99パーセント見えているとしても。

 それでも、可能性は決してゼロではないのだから。そうレインは決意し、目的地に向けて歩き続けるのだった。

 

 

 

 

 ほどなくしてレッド寮の遠也が住む部屋の前に着いたレインは、部屋に入ることなく彼が帰ってくるのを待っていた。その胸の内にはいまだにこれで良いのかと問いかける自分がいて、その声は常に自分の心を蝕んでいる。

 しかし、遠也を生かす手段をレインは他に思い付けなかった。もっと考える時間があれば違ったのかもしれないが、今日何も行動を起こさなかった場合、きっと不審に思ったマスターは違う手を打ってくる。

 そうなっては、レインに打つ手はなくなってしまう。だから、その前に……レインに一任されている間に、遠也の手にそれを渡さなければならなかった。

 希望であると同時に絶望へと向かう可能性も秘めた、そんな力を。

 ギュッと拳を握る。それと同時に、こちらに向かってくる遠也の姿をレインは見つけていた。

 

「――っと、どうしたんだ、レイン。今日って約束とかしてたっけ?」

「………………」

 

 自分の姿を見つけ、急ぎ足で向かって来た遠也の声に、しかしレインは何も答えなかった。

 そんなレインを遠也は少し不思議に思ったようだが、若干首を傾げただけで問い質すこともせずにレインの横に立つとドアノブに手をかけた。

 

「まぁ、いいや。それより中に入ろう。飲み物ぐらいなら出すし――」

「……遠也先輩」

「ん?」

 

 言葉を無理やり遮って、レインは遠也の名前を呼ぶ。

 それに振り返った遠也のいつも通りの表情を見て、なんだかレインは自分の心が安らぐのを感じていた。

 そうだ。こんないつも通りを続けてもらうために、自分は頑張るのだ。何の変哲もないやり取りを介して、勇気をもらったような気さえする。

 それがただの勘違いでも構わない。そんな気持ちに後押しされ、レインは口を開いた。

 

「……遠也先輩の、デュエルディスク。……貸してもらっても、いい?」

「俺のデュエルディスクを? ……なんでまた……」

 

 不思議そうに首を傾げる遠也。それを前に、レインは出来るだけ警戒させないよう、いつもの自分を意識して言葉を続けた。

 

「……そのままじゃ、アクセルシンクロが出来ない。……だから……」

「ッ! レイン、お前……!」

 

 驚愕に見開かれる遠也の目。

 その眼差しを受けつつ、レインは言葉を探す。

 遠也に余計な心配をかけないためにも、己のマスターが遠也の排除に出たことを知らせるわけにはいかない。知らせるにしても、今はその時期ではない。

 まずは遠也が力を得ること。それを最優先に考える。

 

「……わけは、後で話すから。……だから、お願い……」

 

 どうか信じてほしい。そんな祈りを込めつつレインは訝しげな顔になっている遠也に、頭を下げる。

 フォーミュラ・シンクロンの件に加え、今度はデュエルディスクを貸せと言っている自分は、どれだけ遠也にとって怪しく映っていることだろう。

 遠也とて自分のデュエルディスクに未知の動力が使われていることは承知のはず。ならば、それを余所に持ち出す危険性も認識しているはずなのだ。

 普通であれば、他人にそれを任せることはしない。それが普通であり、そうなるであろうことは頭で理解している。

 しかし、それでも。それでもレインは遠也からデュエルディスクを借り受けなければならなかった。遠也が新たな力を得て、希望となり得る可能性を拓くには、そうする他にないのだから。

 そんな必死の思いを込めた懇願に、返ってきたのは遠也の大きな手だった。

 肩を叩かれて顔を上げれば、今度はレインの手を取った。そして、その手の上に置かれるのは遠也が腕に着けていたデュエルディスクだ。

 それを受け取ったことをようやく悟ったレインは、はっとして遠也の顔を見る。

 そこには、何でもないことのように笑っている見慣れた顔があった。

 

「ほら。お前が必要だって言うんだから、必要なんだろ。あ、でも扱いには気をつけろよ。よくわからん動力使ってるからな」

「……どうして……」

 

 なぜ、モーメントを搭載したこれを、そうも簡単に渡すことが出来るのか。

 そんな意味を込めた問いに、「なんでって言われても……」と前置きをしてから遠也は言った。

 

「お前が悪いことに使うわけないだろ?」

 

 至極当然とばかりに言い放たれたその言葉に、一瞬レインは返す言葉を見失う。

 遠也は、自分のことを心底信じているから、こうも簡単に自分にこれを託したのだ。それを実感し、仲間として認められているという確信がレインの心に温かく広がっていく。

 

「でも、扱いには気を付けるんだぞ。そのエネルギー、色々と謎だからな」

 

 自身を心配する声を聴き、レインは大きく頷く。

 そして、渡されたデュエルディスクをぎゅっと胸に抱え込むと、遠也を見つめる。そして、真摯な気持ちを込めてその言葉を口にした。

 

「……ありがとう……」

 

 おう、と笑って応える遠也の顔を見ながら、レインの脳裏にはこうして遠也と知り合うようになった切っ掛けにして、今の行動の根幹に根差すものが映し出されていた。

 レインがマスターの指示に逆らってまで行動する原泉……親友――早乙女レイ。彼女との出会いが、きっとレインにこの行動をとらせたのだ。

 その出会いからこれまでを思い返し、レインは改めてその決意を強固なものにするのだった。

 

 

 

 



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第50話 意志

 

「――ねぇ、レインさん。お昼一緒に食べない?」

 

 レインの記憶が確かなら、それが最初にかけられた言葉であったと思う。

 お昼休みに入った教室。誰もが仲のいい誰かと共に机を囲む中、一人で教室を出て行くのがレイン恵の日課だった。

 そしてその後購買で適当なパンを買い、どこか座れる場所を見繕って昼食をとり、休み時間が終われば教室に戻ってきて授業を受ける。そうして学校が終われば、寮の自室に戻って今日の報告。それで一日は終わり。

 疑問すら抱く必要もなく、ただそうであることが当たり前として過ごしてきた日常。

 そんな日常に一石を投じたのが、早乙女レイという少女だった。

 声をかけられたレインは、席に着く自分を覗き込んでいる少女を見る。……確か先日行われたデュエルで自分が負かした少女だったと記憶を掘り返す。名前は確か……。

 

「……早乙女レイ……」

「わ、ボクの名前覚えててくれたんだ?」

 

 一度対戦しただけの自分を覚えているとは思わなかったのか、レイは少し大げさに驚いてみせる。

 レインとしても通常であればいちいち覚えてなどいない。しかし、レイはそのデュエルで珍しくシンクロ召喚を使っていたので記憶に残っていたのだった。

 そしてそんなレインの回答に気を良くしたのか、レイは笑みを深めて言い募った。

 

「それで、どうかな? ボクと一緒にご飯食べようよ」

「……遠慮する……」

 

 がた、と椅子を揺らしてレインは立ち上がる。ほぼ即答に近い形で断りを入れると、そのまま振り返ることなくレインは教室を出て行った。

 あの少女と仲良くすることが、自分の任務にとって重要であるとはレインには思えなかった。それならば、無理に接触を持たずとも問題はない。そんな思考の下、今日も今日とてレインは一人で過ごすのであった。

 変わりのない日常。アカデミアに送り込まれてから、そう過ごすべきだと判断して続けているレインにとって当然の生活。学生生活を謳歌することに目的がないのであるから、それを重要視しないのは彼女にとって必然であった。

 ……しかし。

 

「ね、レインさん。今日は一緒に食べようよ」

「………………」

 

 その日以降、レイは幾度となくレインに声をかけるようになっていた。彼女だって、レインがいつも一人で過ごしていることを知っているだろうに、なぜその生活に入り込んでくるのかレインには本気で理解できなかった。

 この頃には、レインも監視対象である遠也とこの少女が親しい関係であることを認識していた。二人がレッド寮傍で何人かの上級生たちに混ざって話しているのを目撃しているからである。

 しかし、だからといってこの少女と親しくなる必要性をレインは感じなかった。監視こそが本分である以上、過度にその対象と接触することにはデメリットがあると考えたからだ。

 無論、近づくことによるメリットもある。しかし、わざわざデメリット要素を生み出すこともないだろうと慎重なレインは考えたからである。ここらへんは、彼女のマスターの気質も関係しているといえよう。

 ともあれ、そういうわけでレインはその後もレイのことを少し避けていた。しかし、それが二日続き、三日続くと、レイとしても我慢の限界が来たらしかった。

 次の日、レイは教室を出て行くレインに駆け寄ってきたのだ。

 

「レインさん! ちょっと待って!」

「………………」

 

 しかしレインは足を止めない。すたすたと歩いていくレインに、レイはしかし追いすがって隣に並んだ。

 

「へへーん、ボクは諦めが悪いんだ。今日こそは一緒にご飯を食べるからね!」

「………………」

 

 もう好きにしたらいい。

 何度無視しても変わらず自分に構ってくるこの少女に、レインも面倒くさくなったのかわざわざ言葉を返すこともなくただ歩く。

 否定の言葉がなかったのを承諾ととり、レイは嬉しそうにレインと一緒に歩いていった。

 それからしばらく、レインが勝手に教室を出て行き、それにレイがついていくという構図が恒例のものと化した。

 購買でパンを買い、適当なベンチに腰を下ろして食事をとる。黙々と食べるレインの横にレイが座り、昨日は何があった、自分の知り合いの先輩がこうだった、とレインの答えがないことを知っていながら色々と話しかけるのだ。

 それに対して、レインは何も答えない。せいぜいが皆本遠也の監視だけでは得られない情報を予期せぬところから得られてラッキーぐらいなもので、それにしたって別に必要な情報というわけでもなかった。

 結局レインにとって、レイはそれほど関心を向けるような存在ではなかったのだ。

 けれど、一つだけそんなレインが疑問に思うことがあった。それは、誰もが話しかけてこなかった中で、なぜ彼女だけが自分に話しかけてきたのか、という点だ。

 レインは監視やその他諸々のために、よく授業をさぼる。そのことに周囲が興味を持ちつつも話しかけては来ない、という雰囲気をわざと作り上げていただけにそれを無視して話しかけてきたレイのことは僅かばかりとはいえ気にかかったのだ。

 彼女と周囲の差異は一体なんだったのか。それだけが唯一、レイに対してレインが興味を持った事柄だった。

 その日も、レイは懲りずにレインに話しかけていた。しかしその日はいつもと違い、レインは食べる手を止めて視線をレイに移したのである。

 

「どうしたの?」

 

 いつもとは違う反応に、レイは小首を傾げて不思議そうな顔になる。

 その表情を正面から見つめて、レインは静かにかねてから抱いていた疑問を尋ねた。

 

「……どうして、私に声をかけたの……」

 

 レインにしてみれば、気になっていた疑問だった。何も自分は変わっていないはずなのに、この少女だけが周囲と違って自分に興味を持った原因は何なのか。その原因を究明することで、一層自分は違和感なく行動を行うことが出来るようになり、仕事もよりスムーズになるだろう。

 そういう考えによる質問であり、レインとしてはしごく真面目な問いだった。

 しかし、レイはその問いに対して小さく笑う。そして、「そんなことかー」とあっけらかんと言い放ったのである。

 これには、さすがにレインも少々むっとした。自分の真剣な問いかけにその態度は何事か、とそう思ったのだ。

 後になって思えば、この時初めてレインはレイという少女に明確な感情を抱いたのかもしれなかった。

 そして、その時レイは笑顔のままレインにこう答えた。

 

「簡単だよ! ボクがレインさんとお友達になりたかっただけ!」

「……ともだち……」

「うん、そう! レインさんってデュエルも強いし、可愛いし、誰だって友達になりたくなると思うよ」

「………………」

「あ、でもクラスの子たちは違うのか。うーん……きっと皆レインさんが高嶺の花みたいで、話しかけづらいんだね。遠也さんたちなら、気にしないんだろうけど」

「……皆本、遠也……」

「あ、知ってるんだ遠也さんのこと。……でも、ダメだからね! いくらレインさんでも、遠也さんは渡さないよ!」

 

 誰も欲しいとは言っていない。それに、そもそも遠也には彼女がいるのではなかったか。そんなことをレインは思ったが、しかしそれを口に出すことはなかった。

 

「ね、それよりレインさん」

「……なに……」

「えーっと、その、返事はもらえないのかなって……」

 

 もごもごと口ごもって言うレイに、レインは訝しげな顔になる。返事を求めて質問したのは自分のはずだ。その自分が、なぜ今度は返事を求められているのか。

 レイは自分が言った言葉を全く理解していないらしいレインを見て、少し照れくさそうに頬を染める。そして、もう一度レイはその言葉を口にした。

 

「だから、ボクがレインさんと友達になりたいって話! ボクと友達になってくれる?」

 

 改めて言われ、あれは自分に対する問いかけだったのかとレインはようやく理解した。

 そして、今言われた彼女からの要請を脳内でどうしたものかと思案する。

 ここでレイからの要請を断ったところで、恐らく現状に支障はない。また元の一人の状態に戻るだけであろう。デメリットもなければ、メリットもない。

 対して受け入れた場合。彼女は監視対象である遠也と親しく、より詳しい情報が得られるだろう。しかし、その反面対象と直接接触を持つ可能性があるため、それがデメリットになりうる危険がある。

 果たして、どちらの選択をするべきか。悩むレインは、答えを待ってこちらを見ているレイに目を移した。

 

「………………」

 

 じっと自分を見つめ、口を一文字に引き結んでいる少女。

 レインからしてみれば、なぜこんなことに必死になれるのだろうかと不思議に思わずにはいられない。けれど、彼女にとってはきっととても大切なことなのだろう。

 でも、一体なぜ大切なのか、それがレインにはわからない。……だから、だろうか。それはレインにとって新たな興味となって、ある感情を心に生み出した。

 それは、知りたいという気持ち。この少女がこうまでこだわる、友達とは一体何なのか。それを、知的好奇心からレインは知ってみたくなったのだ。

 ゆえに、レインはこう答えを返す。

 

「……いい……」

「え?」

「……友達……」

「――ほ、本当!?」

 

 レイの確認に、こくりと頷いてレインは応える。

 それを受けて、レイは両手を上げてやったぁ、と喜びを露わにして歓声を上げた。

 やはり、彼女がどうしてそこまで喜ぶのかレインにはわからない。しかし、そこまで素直に感情を表に出せるというレインには出来ないことに、僅かながらの羨望を抱いたのは事実だった。

 やっぱり、興味深い。レイを見て、レインは自分の心に新たな何かが生まれつつあるのを感じていた。

 

「ね、ね、レインさん。じゃあ、これからは恵ちゃんって呼んでいい?」

「……構わない……」

「ありがとう、恵ちゃん! ボクのことはレイでいいからね!」

「……レイ……」

「うん!」

 

 たったそれだけのことで、レイは嬉しそうに笑う。

 それを今はまだ関心の薄い眼差しで見つめながら、レインは少しだけ変化が起こった自分の生活に、心がくすぐられるような奇妙な感覚を覚えるのだった。

 

 

 

 

 * *

 

 

 

 

 ――あれから、まだ一年も経っていない。

 その間、レインが朝に弱いと知ったレイが毎朝起こしに来るようになったり、昼食は常に二人でとるようになったり、と色々な変化がレインには起こった。

 そして、それらの時間を通じてレインにとってもレイという存在は大切な友達という位置づけになったのである。

 そしてやがて、遠也やマナ、十代に翔に剣山、万丈目に三沢、明日香に吹雪といった面々と知り合っていき、彼らもまたレインにとってかけがえのない仲間となっていった。

 それもすべて、レイがあそこで自分に話しかけてくれたからこそだ。

 レイと出会っていなければ、きっと今の自分はなかった。こうして人との繋がりに温もりを覚えることなく、淡々と機械のように仕事をこなしていただけの人形になっていたに違いない。

 だからこそ、レインにとってレイは特別だった。誰よりも大切に思う、たった一人の親友であった。

 その親友の思い人を、消すわけにはいかない。レイが悲しむなんて、真っ平御免だった。

 しかし、だからといって破滅の未来を良しとするわけにもいかない。マスターもまた彼女にとっては比べることも出来ない存在だからだ。

 だから、彼女はこれまでの付き合いの中で知った遠也の可能性を信じた。いまだライディングデュエルの原型すら存在しない世界で、アクセルシンクロを見出した男。

 その可能性に、レインは賭けることにしたのだ。

 その可能性は、きっと希望となって未来を変えてくれる。そう、レインは信じたのだ。

 

『――レイン恵。これは、どういうことですか』

 

 レインの自室。通信を漏らさないために防音などの設備も整えられたそこで遠也のデュエルディスクに改良を加えていると、突然ディスプレイがオンになってマスターの姿を映し出す。

 レインは作業を一時中断すると、ディスプレイに正面から向き合った。背中には嫌な汗が伝っている。しかし、それを表には出さず、レインはマスターの詰問に答えた。

 

「……ごめんなさい。……でも、私は皆本遠也の可能性を、信じたい……」

『可能性。そんな曖昧なものに頼っていて未来が救えると、あなたは本当に思うのですか』

 

 普段は温厚な彼女のマスターには似合わぬ、厳しい口調。

 そこから読み取れる彼の本気さに気圧されつつも、しかしレインははっきりと自分の考えを口にする。

 

「……わかりません。……でも、信じなければ、きっと可能性はゼロだから……」

 

 何を言えばいいのかなんて、レインにはわからない。もとより可能性などというものとは無縁の存在であるレインにとって、それは真に理解できるものではないのだから。

 だがしかし、ここで言っておかなければいけないのだ。自分の言葉でマスターを説得できるとは思っていない。けれど、僅かでも遠也に可能性を見出してほしかった。

 それは、かつて絶望に沈んだマスターだからこそ。

 

「……正史ではなかった、可能性。……それはきっと、希望になると、思うから……」

『………………』

「……それに、私は親友の気持ちを、裏切りたくない……」

 

 たどたどしく口にしたレインの気持ち。

 それを受け取ったマスターが何を思うのか、レインにはわからない。しかし、これで言いたいことは言えた。ならば、あとは自分に出来ることをするだけである。

 再び作業に戻ろうとするレインに、ディスプレイからの声が降りかかる。

 

『それが、あなたの答えですか。レイン恵』

「………………」

『あなたは私が作り出した生体アンドロイドにすぎない。その活動の権利は、私の手に握られている。それを忘れたわけではないでしょう』

「………………」

 

 そんなこと、レインは重々承知していた。

 自身は彼女のマスターであるゾーンによって生み出された人間に近い、しかし全く違うもの。ゾーンの驚異的な技術によって単体での半永久的な活動を約束されているとはいえ、創造主がその命を握っているのは事実なのだ。

 よって、彼がひとたびその手に握られたトリガーを引けば、レインは生物で言うところの死を得ることになる。

 一応不測の事態に備えて、活動を停止させられたとしても一日程度の活動ならば可能になっているが、それも本来は自身の処理による証拠隠滅や自力での帰還のための機能だ。

 それ以上の存命を可能にする機能ではない。よって、一日経った後は確実にレインの活動は停止する。つまり、もう何があってもレインにとってそれは避けられない未来なのだ。

 そんなことは本人であるレインは一番よく知っている。

 しかしそれでも、レインは遠也から預かったデュエルディスクを手放そうとはしなかった。

 その姿から彼女の考えを悟ったのだろう。ディスプレイの向こうで、ゾーンは一度目を伏せた。

 

『……そうですか。残念です、レイン恵』

 

 その言葉と同時。なにか鈍い音がレインの耳に届いた。

 自分の体内から響いたその音は、まぎれもなく主要エネルギー機関の動作がストップした音だった。

 瞬時にサブの非常用エネルギー生成ドライブが動き出す。が、これはマスター曰く持って約一日ほどの使い捨て機関だ。これで本当にレインに猶予はなくなった。

 

『……嫌な感触だ。自らの部下に手を下すなど、もう二度と経験したくはないものです』

「……マスター……ごめんなさい……」

『謝罪は結構。あなたは私にとって部下でしたが、やはり私が作り出したロボットにすぎなかったようだ』

「……はい」

 

 レインは短くそう答えると、急いで作業に戻る。既に賽は投げられた。ならば、時間を無駄にするわけにはいかない。

 

『あなたのすることはわかっています。この通信装置に積まれたモーメントをそのデュエルディスクに組み込むつもりなのでしょう。D・ホイールの代わりに2個のモーメントで必要なエネルギーを補おうとしている』

「………………」

『しかし、ただ2個積み込むだけではエネルギーは足りない。それを知ってのことですか?』

「………………」

 

 それは、レインにだってわかっていたことだ。

 元々D・ホイールにはモーメントが積まれている。更にデュエルディスクにも1つ。つまり、既に通常のライディングデュエルの時には2個積まれているのが普通なのだ。

 そのうえで、加速してエネルギーを増やしていくことで可能になるのがアクセルシンクロだ。その加速するという最後の一押しがスタンディングデュエルでは出来ない以上、アクセルシンクロはこのままでは出来ないだろう。

 押し黙るレインに、ゾーンは淡々とした口調で言葉を続けた。

 

『あなたが活動停止したことを確認した後、回収する者を派遣します。尤も、それは三皇帝以外の者になりますが。――それでは、さようならです、レイン恵……』

 

 そこで、通信は途切れた。

 最後にゾーンから告げられた問題点が、レインに重くのしかかる。確かに、このままでは意味がない。アクセルシンクロを可能にするには、2個合わせたうえで、それ以上の出力を生み出さなければならないのだから。

 ならば、一体どんな手があるというのか。彼が言ったように、ただ2個積み込むだけでは無理ならば、一体どうすれば……。

 しかし、上手い解決策が出てこない。急がなければ、改良が終わる前に自分の期限が来てしまう。それより前、更に回収を任された者が来るより早くこれを手渡さなければならないというのに……。

 即座に遠也を殺しにかかりそうな三皇帝が来ないというのは朗報だが、安心するわけにはいかない。アクセルシンクロさえできるようになれば、シンクロの天敵たる機皇帝をマスターから下賜される予定の三皇帝を相手にしても戦えるのだが。

 だが、そのためにはやはりモーメントの出力の問題をどうにかしなければならない。ただ2個積むだけではない、その他の方法……。

 

「……あ……」

 

 三皇帝。そうだ、あの方法ならば。

 一つ方法を思いついたレインは、即座に作業に没頭していく。確実に可能になるとは言い切れない。しかし、可能性があるならばそれに賭ける。

 その一心で、レインは改造作業を行っていく。脳裏によぎる仲間たちの、そして友の顔。それを決して忘れないようにと自分に言い聞かせながら、彼女の手は休まることなくデュエルディスクへと向かっていくのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ジェネックスも残すところ二日となった日のお昼頃。俺は中等部女子寮のほうへと足を向けていた。

 十代たちは何でもプロリーグ世界タイトルマッチを見るために校長室の巨大テレビを借りるつもりらしく、早足で校舎に向かっていった。それを見送った俺は精霊状態となったマナとともに、単独行動を行っているのだ。

 俺は昨日、大会規定の一日一度のデュエルしか行っていない。いつもは何度か戦うのにそうしなかったのは、俺が常に使っているデュエルディスクを今は持っていないからだ。

 まるまる一日を間に置いた夕方付近。レッド寮の前で待っていたレインに、俺はデュエルディスクを手渡している。そのため、支給品のデュエルディスクを借りるしかなく、それで何度もデュエルする気になれなかった。

 もともとメダルは比較的集めていたほうだったし、問題はない。そのため、休みの日ということにして身体の調子を整える日に当てていたのだ。

 そうして日をまたいで今日。つい先ほどレインからデュエルディスクを取りに来てほしいと連絡があったため、俺はこうしてレインのもとへ向かっている。

 結局レインが何故いきなり俺のデュエルディスクを貸してほしいと言って来たのか、俺にはわからない。恐らくはモーメントを調べるためだとは思うのだが。

 まぁ、レインもその背後にいるであろうゾーンもモーメントに関しては慎重だろうから、俺はそういう意味でも信頼して普通に手渡した。

 もしモーメントを抜き取られるとアクセルシンクロできる可能性が減るので困るところではあるが……。それよりレインが上からの指示を無視した時に、どうなるかのほうが不安だった。それなら、元々できていないアクセルシンクロの可能性を減らすほうがマシだと判断して渡したのだ。

 果たして俺のデュエルディスクはどうなっているのだろうか。ディスクの安否に少々心配になりながら、俺は女子寮へ向かう道を歩いていた。

 その間、俺はレイから聞いた話を思い返していた。レイ曰く、いつも通りに朝起こしに行ったら、レインは既に起きていて「今日は用事があるから」と言って登校を拒否したらしい。

 ここのところ日中はレイも用事があるらしく、昨日のお昼から夜にかけてレインはずっと部屋にいたとしかレイも知らないようだ。一昨日の夜になる前あたりに俺が会ってからずっと、つまり昨日はずっとレインは部屋に籠っていたことになる。

 一応食事などはとっているとレイン自身は言っているようなのだが、寝ずに何かをやっているのは間違いなさそうだ。そしてそれがデュエルディスクを渡した直後である以上、それが原因としか思えなかった。

 そういったことをレイから聞いた俺たちは、いくらか歩幅を広くとって目的地を目指していた。

 

『大丈夫かなぁ、レインちゃん』

「無理してないといいんだけどな……」

 

 さすがに徹夜はそう褒められた行為でもないだろう。一日中部屋の中にいたというのも滅多にないことであるし、いったい何をしているのかは知らないが、レインの身体が心配である。

 そうして歩いていると、徐々に中等部の寮が見えてくる。そしてその中でも女子寮はどこなのかと思い探そうとしたところで、マナがあっと声を上げた。

 

『遠也、あそこ。レインちゃんが立ってるよ』

「ん? あ、ホントだ」

 

 中等部の寮が立ち並ぶ入口にて、レインは立ってこちらを見ていた。今は既に授業時間であるため、周囲に人影はない。だからこそというべきか、一人立っているレインの姿は結構目立っていた。

 すぐに俺とマナはレインに駆けより、挨拶をかわそうと片手を上げる。しかし、俺が何かを言う前に、レインは手に持っていたデュエルディスクを俺の胸に押し付けてきた。

 

「これ、俺のデュエルディスク? レイン、お前……」

「……もう、限界。……部屋に戻る……」

 

 ふらふらとした足取りのレイン。その目も、どこか普段より眠気を強く帯びているようで、もはやいつ閉じてもおかしくないほどに瞼が重そうだった。

 どうやら予想通り、徹夜していたらしい。

 俺は苦笑して、レインの頭に手を置いた。

 

「あんまり無理はするなよ。レイも心配するからな。もちろん俺もだが」

「あ、もちろん私もね!」

 

 一瞬で実体化したマナが続くと、レインはふっと笑みをこぼした。そして消え入りそうな声で「うん」と呟く。どうやら本格的に眠気が押し寄せてきているようだった。

 どことなく形状が変化したデュエルディスク。動力部分が若干横長になっている気がするそれを持ち上げ、レインの前で掲げてみせる。

 どうやらなにがしかの改造を施していたらしい。それがどんなものなのかはわからないが、レインがすることだ。俺にとっても悪くない何らかの処置を行ったのだと思う。

 だから、何をレインがしたのか知らずとも、俺はただこう言うだけである。

 

「ありがとな、レイン」

「――……うん。……それじゃ……」

 

 どこか満足そうな笑みを見せ、レインがふらりと俺たちに背を向ける。

 足元がおぼつかない姿に危険を感じた俺は、咄嗟に心配する声を出した。

 

「お、おい。送って行こうか?」

「……平気。……遠也先輩、マナさん。……バイバイ……」

 

 背を向けたままそう言ったレインは、寮の中へと去って行く。さすがに男である俺がこれ以上ついていくわけにもいかず、しかし心配だった俺はマナに精霊状態になってきちんと部屋に戻ったかだけ確認してもらった。

 一分ほど後、マナは俺の隣に戻ってくる。

 

『大丈夫。部屋でベッドに入ってたよ』

「そうか……じゃあ、行くか」

『うん』

 

 途中で倒れたりはせずちゃんと部屋で寝ていることを確認した俺は、安心してその場を去る。既にジェネックスは大詰め。微かに残る記憶を頼りにするならば、動くのは恐らく今日だ。ならば、気を抜くわけにもいかない。

 まるで新品のように磨かれたデュエルディスクを左腕に着ける。レインの細かな気遣いが感じられるそれに自然と浮かんだ笑みをこぼしつつ、俺は高等部のほうへと向かうのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 部屋に戻ったレインは、ベッドに入り横になる。

 もはや身体が動く時間の限界を迎えていることは明白であり、次に瞼が落ちてくれば再び開くことはないだろうと感じさせるほどに、意識が朦朧となっているのが現状であった。

 しかし、それでも最後の力を振り絞ってレインは自身のPDAを手に取ると、一通のメールを打ち始めた。

 それは、レイに当てたもの。このジェネックスの期間中、レイがたびたび授業をさぼっているわけをレインはよく知っている。

 もしここで何も説明せずに自分が動けなくなったら、最終日である明日の朝にレイが自分を起こしに来た際に自分の異状に気付くだろう。そうなったら、せっかくの最終日であるというのにレイは集中できないに違いない。

 それだけならいいが、最悪の場合いまレイが取り組んでいることを投げ出してしまうかもしれなかった。レイの願いを知っているレインが、それを許容することなどできるはずもない。だからこそ、レインは最後にこのメールを送るのだ。

 徹夜したから自分は寝る。明日の朝は起こしに来てくれなくていいから、ジェネックスの結果だけを伝えてほしい、と。もちろん、体調に心配はいらないとの文も添えた。

 いい知らせを楽しみにしている。そう最後に付け足すと、レインはPDAをベッド脇のチェストにゆっくりと置いた。

 これで大丈夫。もし万が一にレイがこの部屋に来たとしても、こうしてベッドで寝ていれば、自分は寝ているのだと判断してくれることだろう。

 それに、もしレインを回収に来た者とレイが鉢合わせても困る。ならば、こうして自分の部屋に近づく可能性を減らすことがレイのためになる。

 その考えの下、自分がすべきことは全て終わったとレインは長く息を吐く。

 時刻は既に日も高い昼過ぎ。マスターが言った一日程度しか持たないという期限から、既に半日以上。よくぞここまで持ってくれたとレインは自分の身体を褒めてやりたい気分だった。

 本格的に活動が止まれば、マスターの手による回収担当者がやって来ることだろう。それがいつになるのかはわからないが、どうか誰にも見つからないようにやってほしいと思う。

 それで仲間の誰かが傷つくようなことがあれば、レインとしては後悔してもしきれないからだ。尤も、あのマスターのことだからそのあたりは完璧だと思っているが。

 もはや自力で支えることすら困難になっていた瞼が、ゆっくりと落ちてくる。

 そんな中、レインは自分が知り合った皆の顔をぼんやりと思い浮かべていた。

 光の結社という存在との戦いはまだ終わっていない。遠也や十代をはじめとした皆が、きっとそれに立ち向かっていることだろう。

 その脅威は時おり遠也が見せた焦りのような表情から察することが出来る。だがしかし、彼らなら何とかしてくれるに違いない。そんな根拠のない思いをレインは抱いていた。

 自分を受け入れてくれた仲間たち。そして、自分のことを親友だと言ってくれたレイ。

 彼らを思う気持ちを最後まで抱き続け、その瞼はついにレインの瞳を覆い隠したのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

『――活動停止を確認。……眠りましたか、レイン恵』

 

 地平の果てが見えない、異質な純白の空間。そこに大きな機会に包まれて浮かぶ男が一人、機械音声が混じる声で静かに呟いた。

 そこに僅かな驚きと安堵が含まれていたことには、この場に誰もいない以上、気付く者もいなかった。

 活動の限界値である一日を大幅に超えても動いていたのは、彼にとっても予想外の出来事だったのだ。本来ならば今日を迎える前にレインの動きは止まっていたはずなのだから。

 恐ろしきは思いの力、か。自身が科学技術によって生み出した存在が、人知の及ばぬ現象を引き起こした事実に、彼は驚いていた。

 ごく小さいことではあるが、彼の予想を覆した事実は大きい。レイン恵は彼にとって被創造物の域を出なかったが、しかしこの瞬間彼はレインの存在を一個の存在として初めて認めたのかもしれなかった。

 そのことを賞賛するも、同時に厄介なことをしてくれたものだとも彼は感じていた。

 

『アクセルシンクロの種を残すとは。……そうなると、イリアステルを動かすのは厳しいですね』

 

 イリアステルのトップである三皇帝。彼らに与える予定である《機皇帝》は、シンクロキラーとでも呼ぶべき能力を有したカードたちだ。

 そのためシンクロ使いである遠也の相手を任せるには最適だと思っていたのだが、その遠也がアクセルシンクロを手に入れているとなると話は変わる。

 今はまだ完全にものにはしていないようだが、こちらとしても今すぐ機皇帝を渡して現地に送り込めるわけではない。そのうえ、今アカデミアの地で起きている騒乱の中心近くに遠也がいる以上、その中で彼がアクセルシンクロを目覚めさせる可能性もあるのだ。

 必要に迫られた場面で、その時に適した能力を開花させる。稀にそういう人間が存在していることをゾーンは知っている。そして、これまでのデュエルを見てきて、遠也もそういった才を持つ者である可能性は高いとゾーンは踏んでいた。

 土壇場での奇跡のドロー。いずれ名を馳せるであろう遊城十代にも備わっていると思われるそれが、遠也にも恐らくはあるはずだ。

 ならば、ここは確実に対処することのできる者を送り込む。獅子は兎を狩ることにも全力を尽くす。手近だが僅かな不安を残す案を取るぐらいならば、難しくとも信頼を確実に置くことのできるものを選ぶ。

 そう考えたゾーンは遠也という存在を確実に抹消するための手段をこれと決め、そのための準備を始める。

 ゾーンが次に打った手。それは一体何なのか。

 それが遠也に迫るのは、もう少し先のこととなるのだった。

 

 

 

 

 



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第51話 佳境

 

 今日と明日でジェネックスもついに終わり。

 つまり斎王が動くのは確か今日だったはず。そんなうろ覚えの知識を頼りに今日は朝から気を張っていたのだが……気が付いたら夜も深くなっていた。

 

「おかしい……どうしてこうなった……」

 

 すっかり俺の部屋と化したレッド寮の万丈目改造部屋にて俺は頭を抱えて唸る。

 ジェネックス期間中に事件が終わったのは恐らく間違いない。なので、動くとしたら今日だと当たりをつけていたのだが、違ったのだろうか。

 ひょっとして明日、最後の一日で全ての出来事は起こっていたのだろうか? あやふやな記憶が妬ましい。

 それでもどうにか思い出そうと必死に記憶を掘り返していると、不意に俺の頬に温かい何かが押し付けられる。

 反射的に目を横に向ければ、それは俺が愛用しているマグカップだった。甘い香りから察するに、ココアだろうか。

 

「――はい、遠也。さっきからどうしたの? デュエルディスクの前でうんうん唸って」

「ん……ちょっとな」

 

 押し付けられたそれを受け取り、中身を確認する。予想した通り、ココアだった。そして自分もマグカップを持ったマナが、俺の横に来てココアをすする。

 そういえば、俺はテーブルの前に座って悩んでいたが、そのテーブルにはお昼頃にレインから返してもらったデュエルディスクが置かれているのだった。

 その位置関係から、マナは俺がデュエルディスクについて頭を抱えていると勘違いしたみたいだ。

 とはいえ、マナが言っていることもあながち間違いというわけじゃない。何故なら、それも気になる事柄であるのは事実だったからだ。

 俺はカップを傾けつつ、片手でテーブルの上に置かれたデュエルディスクを手に取る。そして下から覗きこむように見れば、やはりその動力部分は横に長くなっているように見える。ここまではっきり違っていれば、勘違いではないだろう。

 十中八九、これが俺のデュエルディスクを借りていった一番の理由に違いない。俺は手に持っていたカップを置き、考察に入った。

 

「うーん……動力ってことは、モーメントだよな。一体何をしたんだ……?」

 

 じろじろとディスクを見つつ、怪訝な声が漏れる。

 レインのところからこの寮に戻ってくるまでに、俺は運よくまだ脱落していない参加者を見つけてこのデュエルディスクを使ってデュエルをすることができた。

 だが、その時は特に変わったことはなかった。じゃあなんでレインは持っていったんだ? ということになるが、こうして見てみても違いは動力部分だけ。デュエルも普通に出来たし、見た目が変わっただけなのだろうか。

 いや、わざわざレインが持って行ったうえ、返す時には寝不足にまでなっていたんだ。間違いなく何か意味があるはずだが……むぅ、思いつかない。

 デュエルディスクを受け取ってからずっと考えているのに答えが出ないというのももどかしい。しかしいくら考えても答えが出ないので、やはり俺は唸り声を上げるしかないのだった。

 仕方ない。そう心の中で溜め息をついた俺は、結局この件にについては後回しにすることにした。実際に手を施したレインがいるのだから、後で聞けばいいと思ったのだ。

 さすがに疲れて眠っているだろう今は聞けないだろうが、起きた後なら問題はないはずだ。そういうわけで、デュエルディスクについては、おいおいということでいい。

 となれば、やはり俺がいま考えるべきは斎王について、か。既に日も落ちてだいぶ経つというのに、どうしてこうも動きがないのか本当に疑問である。

 明日にはジェネックスが終わってしまう以上、絶対今日動くと思うんだがなぁ。

 結局マナが来る前の思考にまた戻ってしまう。そして何か見落としたことでもあるのかと首を傾げていると、コンコンと扉をノックする音が聞こえた。

 

「誰だろ? こんな時間に」

「さぁ……。とりあえず精霊化しといてくれ」

 

 わざわざノックするってことは、仲間内の誰かというわけではなさそうだ。

 一応この部屋には俺しか住んでいないことになっているのだから、ここで事情を知らない人間にマナを見咎められても面倒である。

 そんな俺の考えがわかったのだろう、マナは頷いて実体から精霊状態へと移行する。それを確認して、俺は扉を開けた。

 

「はいはい、誰ですか……っと?」

「夜分遅くに申し訳ありません。こちらは皆本遠也さんの居室でしょうか?」

「あ、ああ。皆本遠也は俺だけど……」

 

 俺の姿を確認するや一礼してみせた目の前の人物。パリッとした淡いピンクのスーツを着こなす美人さんだが、まったくもって見覚えのない人だった。そのため、俺の返事は歯切れの悪いものになる。

 覚えがない以上人違いかとも一瞬思ったが、しかし、どうやら俺に用があるのは間違いないみたいだ。なんといっても、名指しで訪ねてきているのだから。

 とはいえ、相手が誰なのかわからなければ、俺としても対応しづらい。ゆえに、真っ先に俺は誰何するのであった。

 

「……おたく、誰?」

「申し遅れました。私、ミズガルズ王国の王子であるオージーン王子の秘書、リンドと申します」

「はぁ……」

 

 オージーン王子の側近の人か。現在においてはかなり重要な人物であるが、その人の側近が何で俺のところに? 俺はオージーン王子を遠目で見たことすらないんだけど。

 訝しむ俺に、リンドさんはもう一度頭を下げる。そして「実は折り入ってお願いが」と言葉を続けた。

 

「お願い?」

「はい。実は……」

 

 困り顔のリンドさんから告げられたお願い事。それを聴いた俺は一つ溜め息をつくと、お安い御用だとその頼みごとを引き受けるのだった。

 

 

 

 

 暗く、明かりの落とされた一室。常であれば光によって照らしだされている内部も夜に染め上げられ、シンとした静寂の中月明かりだけが内装を闇に浮かび上がらせていた。

 そんな部屋の中を、俺は音をたてないように気をつけながら進む。人の吐息が耳に入る。近くに人がいる証拠である。俺が一歩進むごとに近づいてくるそれに幾許かの緊張を抱きつつ、俺はしかし歩みを止めることはしない。

 一歩、また一歩と俺は部屋の中を進んでいく。そして、ついに俺は目的の場所へとたどり着いたのだった。

 

「………………」

 

 先程から聞こえてくる呼吸音はもはや目と鼻の先。ここで気を緩めれば、ここまで無音出来た努力が水泡に帰すと考えて間違いない。

 そんな思考が心を乱す。しかし俺は心を落ち着かせ、すっと息を吸い込んだ。

 リンドさんからの頼まれごと、それを今こそ叶える。

 そう心の中で自身に誓い、俺は口を開いた。

 

「――起きろぉッ! 十代ッ!」

「うわぁッ! な、なんだぁッ!?」

 

 俺が大声を出すと、驚いた十代が飛び起きる。寝惚け眼で暗い部屋の中を見渡し、すぐ横に立つ俺に気付くと、一拍置いた後にはぁっと大きく息をこぼした。

 

「……なんだ、遠也か。心臓に悪いぜ、まったく……」

「悪いな。寝てる姿を見たらこう、悪戯心が刺激されて」

「お前ってたまにそういう突拍子もないことするよな。マナも止めてくれよ」

『ごめんね、十代くん』

 

 ほんの少しの笑みを混ぜつつマナが謝れば、ちぇ、と十代は唇を尖らせた。

 

「悪かったよ。……でも、起こしたのは悪戯目的じゃないぞ」

「は?」

 

 俺の言葉に、十代がどういう意味だと言わんばかりに怪訝な顔になる。そして、それと同時に三段ベッドの中段と上段からも聞き慣れた寝惚け声がぼそぼそと二つ聞こえてきた。

 翔と剣山、今日はここに泊まってたのか。まぁ、それはいいや。それよりも外に待たせている人のことを話しておかないと。

 

「お客さんだ、お前に」

 

 俺は指を扉の方に向け、十代にそう告げる。要するにリンドさんは十代が寝ていたため、十代と仲がいい俺を訪ねてきた、とそういうわけだったのだ。

 そして十代は、やはりよくわからないという顔で首を傾げていた。

 その後部屋の電気をつけると、目を覚ました十代、翔、剣山の三人が着替えを行う。それが終わったところでリンドさんを部屋の中に呼ぶと、やはりリンドさんはまず礼儀正しく頭を下げるのだった。

 それを受けた後、俺たちは部屋の真ん中に置かれたちゃぶ台を囲む。そうして一応の話を聞く態勢が整ったところで、早速十代が切り出した。

 

「……俺に用があったみたいだけど、なんでだ? 別に俺はオージーン王子と知り合いってわけでもないぜ」

 

 心底わからないといった顔で、十代が問いかける。俺が十代にリンドさんの立場を話した時も、十代は不思議そうだった。十代は確かにオージーン王子のデュエルを見たらしいが、一言も言葉を交わしてはいないという。

 それなのに何故。その疑問は俺たち全員が抱いているものだ。繋がりが全く見えない今回の訪問は、あまりに不自然である。

 じっと俺たちが見つめると、リンドさんはどこか気後れ気味であったが、やがてはっきりと顔を上げて俺たちを……そして十代を見る。

 そして、大きく頭を下げるのだった。

 

「お願いします! 王子を……そして世界を、救ってください!」

「……はぁ?」

 

 思わずといった感じで十代の口から飛び出る素っ頓狂な声。しかしそれも仕方がないだろう。いきなり世界を救ってくれなんて言われたら、大抵の人間の反応なんてそんなものだろうさ。

 どういうこっちゃという顔をしている十代の肩を、俺は横からポンと叩く。

 

「まぁ、とりあえず詳しい話を聞いてみよう」

「お、おう。そうだな」

 

 俺の提案に十代が頷き、同じく疑問顔だった翔と剣山も首肯する。

 そして再び顔を上げたリンドさんに目を合わせると、リンドさんは一度目を伏せてゆっくりと今の発言に至った経緯を話し始めるのだった。

 

 

 

 

 リンドさんの話を聞き終わった俺たちは、難しい顔をして押し黙る。特に十代は自分が渡されたものの重さをひしひしと感じるらしく、その表情はさすがに強張っていた。

 斎王によって操られているオージーン王子。それによって斎王の手に渡ってしまったレーザー衛星ソーラの鍵。まさしく世界を滅ぼすことすら夢ではない兵器を動かす最後の欠片が自分の手にあると知った十代の気持ちは察するに余りある。

 斎王がこれを十代に渡したのは、斎王本来の心の最後の抵抗だったのだろう。自身が破滅の光の意思に呑まれようとする中、そうはさせまいとこうして希望を繋げた斎王本来の人格。その心の強さは見事と言う他ない。

 そして、オージーン王子のこともある。リンドさんいわく、本当は人を思いやりそれゆえに自身に我慢を強いる優しく立派な人なのだそうだ。しかし、それも今は斎王の言う通りに動く操り人形のような有様。

 それを見続けることしかできなかったリンドさんの悲痛な声は、俺たちの心を打った。そして、リンドさんがもたらしてくれた情報。オージーン王子が鍵を取り戻すため十代に挑もうとしているというのだ。

 それを知ったからこそ、リンドさんはオージーン王子と相対するであろう十代に助けを求めに来たのだという。斎王が危険視し、同時にソーラの鍵を託すほどに期待を寄せる。そんな十代に、リンドさんも希望を見出したというわけだ。

 王子とのデュエルに勝利し、どうか王子を救ってほしい。そう最後にもう一度言って頭を下げたリンドさんに、十代はポケットから鍵を取り出してじっとそれを見つめる。

 

「世界を救うとか、そういうのは正直よくわからない。けど……」

 

 俯きがちにそう言った後、十代は顔を上げて鍵を強く握りこんだ。

 

「アンタの大事なオージーン王子のことは、絶対に元に戻してみせる! 約束するぜ!」

 

 根拠も具体性も何もない。しかしそう断言する十代には、不思議と説得力を感じられた。同じものをリンドさんも感じたのか、その答えを聞いて強張っていた表情がほころんでいく。

 

「十代さん……! ありがとうございます……」

 

 今度は感謝を込めて頭を下げるリンドさんに、十代は一層決意を固めたのかその表情を真剣なものにして一つ頷くのだった。

 

 

 

 

 そして俺たちは準備を整えると、王子が来るのを待つのではなくこちらから出向いて戦うべく、立ち上がった。

 そして、さぁ行こうというところで翔が何かに気付いたのか、あ、と声を出した。

 

「そういえば、デュエルはどこでするんすか?」

「決まってるだろ。いつものステージだよ。こんな暗い中でデュエルとはいかないだろ」

 

 当然とばかりに十代が返せば、翔は難しい顔になった。

 

「でも、僕あのステージどうやって使うのかよく知らないんすけど……」

「そんなの、適当に電気つければ何とかなるドン」

「いや、あれって確か照明とは別だったと思うよ」

 

 剣山の意見に、翔がそれじゃ駄目だと首を振る。

 確かに、あのステージの使い方は俺もよく知らない。十代、翔、剣山も知らないようだし……ふむ。

 

「よし、十代」

「ん、なんだ?」

「困った時の明日香だ。明日香なら知ってるかもしれないし、ダメでも何かいい案をくれるに違いない」

「そうか! えーっと……」

 

 まぁ、お休み中の明日香には申し訳ないが。俺のアドバイスにPDAを取り出して明日香に連絡を取り始めた十代を確認し、俺は一つ頷くと彼らから離れて部屋を出ようとする。

 

「遠也先輩、どこ行くザウルス?」

 

 そんな俺に気付いた剣山が声をかければ、この場にいる全員の視線が俺に向けられる。作業をしていた十代も手を止めていた。

 俺は靴を履いて外に出る準備を整え、こちらを見ている皆に振り向いた。

 

「ちょっとな。そういえば、もう一つの鍵はどうなってるのかと思ってさ」

「もう一つの鍵……エドか!」

「ああ」

 

 斎王が鍵を渡したのは十代だけではない。もう一人、エドにも同じものを渡しているのだ。

 ならば、エドの方にも何らかのアプローチがあってしかるべき。そう考えた俺は、一度港の方に行ってみようと思ったのである。

 そう考えを伝えると、誰もが納得したのかなるほどと頷く。そしてその中で十代が一歩前に出て俺の顔を見た。

 

「わかった。王子の方は俺たちが何とかするぜ。遠也もエドの方で何かわかったら教えてくれよ!」

「ああ、そっちは任せた。んじゃ、行ってくる」

 

 皆に手を振り、外に出る。

 そして、宣言したとおりに俺は港の方に足を向けた。オシリスレッドの寮から真っ直ぐ校舎に向かい、石畳の道に出る。そこまでくれば、あとは港まで坂道を下って行けば一直線だ。

 本当はオシリスレッド寮の裏手にある崖を降りて崖沿いに歩いていった方が早いのだが、道がない以上はこちらで行くしかない。詮無い考えにきりをつけ、この島の玄関口でもある港まで途切れずに続く石畳の上を歩いていくこと、しばし。

 たどりついた港は、夜の闇に包まれてどこか不気味な印象を受ける。波止場に打ち寄せる波の音だけが響くそこに足を踏み入れ、注意深く辺りを見回した俺は、そこにあるべきものがないことに気が付いた。

 

「エドのクルーザーがない」

『そういえば……』

 

 マナもきょろきょろと港の隅々まで見渡すが、やはりその船の姿を見ることはなかった。

 エドは間違いなく何処かに出かけていっている。うろ覚えの知識では、確かにこんなことがあったような気もするが、なぜエドはこの時期に島を離れたのだったか思い出せない。

 まるで喉に小骨が引っかかったかのような、気持ち悪さ。それを払拭すべく自身の記憶を掘り起こしていると、不意に後ろから声をかけられた。

 

「こんな時間に何をしているんだ、遠也」

 

 突然背中にかかった呼び声に、俺ははっとなって振り返る。そして、そこにいた人物に目を見開いて驚いた。

 

「お前……カイザー! なんでここに!?」

「明日がジェネックス最後の日だと思うとなかなか寝付けなくてな……。散歩をしていたら、お前を見つけたんだ」

「それで後をつけたってか。趣味悪いぞ」

「ふっ、すまんな。……それより、俺の質問に答えてもらっていない。こんな時間に港に来るとは、何かあったのか?」

 

 一度は笑みを見せた顔から一転、真面目な表情になったカイザーに、俺も真剣な態度をとる。そして、エドの姿が見えないことをカイザーに話すのだった。

 俺の話を聞き、カイザーも港を見渡す。そして、ここにいつも停泊してるエド所有のクルーザーがないことを確認し、眉を寄せた。

 

「確かに、エドの船がない。こんな時間に何処かに出かけたのか……?」

 

 カイザーと二人、頭を悩ます。

 こんな夜中に出かけるとは普通なら考えづらいが、エドの船がない以上はその普通ではないことが起こっていると考えるのが自然だろう。問題はエドが何故出かけたのか、だ。俺が覚えていればよかったんだが、生憎と既に記憶から抜け落ちているため、見当がつかない。

 それは心当たりのないカイザーも同じだったのだろう。じっと思考に耽っていたカイザーは、ゆっくり顔を上げると口を開いた。

 

「……こうして悩んでいても仕方がない。それよりも、俺はこのことを鮫島校長に話に行って来ようと思う」

「校長に?」

「ああ。俺が校長から《究極のD》の捜索への協力を依頼されていることは、似た立場であるお前なら知っているだろう」

「まぁ」

 

 俺もペガサスさんから協力を請われている身だ。エドの仇である父親を殺した犯人、そいつが持っているはずの《究極のD》。その行方を、ペガサスさんと鮫島校長は探しているのだ。

 何故なら、その究極のDのカードは破滅の光に汚染されていて危険だからだ。尤も、二人はその持ち主がエドの父親を殺した犯人だとは知らないようだが。

 ……って、あ。

 

「エドはそのDの関係者ということで、校長も特別気にかけている。こんな時間に一人出かけたことを知れば、何かしらの手を打ってくれるはず……どうした?」

「い、いや、なんでもない」

 

 カイザーからの訝しげな問いに、俺は平静を装って返答する。

 しかし、その実俺の内心はようやく思い出したエドが出かけた理由で一杯一杯になっていた。

 そう、そうだ。エドは自身の保護者でもあるプロデュエリストDDのもとに行っているはずだ。確かDDこそがエドの父親を殺した犯人で、究極のDのカードを持つ現所有者。その彼からの呼びかけで、出かけたエドはそこでDDと相対し、過去に決着をつける。

 そうだ。そうだった。ということはつまり、今エドはDDのところで戦っているということになる。

 出来れば俺も力を貸したかったが、この時点まで来てしまっては俺に出来ることはもう何もないだろう。あとは、エドが勝つことを祈って俺は俺に出来ることをするしかない。

 そう内心で蘇った知識と現在の状況に折り合いをつけると、俺は校長に知らせてくるといったカイザーに向き合った。

 

「じゃあ、校長に知らせるのはお願いしてもいいか? カイザー」

「ああ。お前はどうするつもりだ?」

「とりあえず、十代のところに合流するよ。今頃十代は鍵を賭けてデュエルしているはずだし」

「なに? どういうことだ」

 

 寝耳に水といった様子のカイザーに、そういえばそのことについては何も説明していなかったことを思い出す。

 なので、俺は十代の部屋での出来事を短くまとめてカイザーに聞かせる。それを聴き終えて成程と頷いたカイザーは、それなら十代のところに行く方がいいだろうと俺に十代との合流を促してきた。

 もとよりそのつもりであった俺は、それに首肯する。実際にデュエルをしているのは十代だが、しかしだからといって何もできないわけではないはずだ。特に、俺の場合は俺の存在そのものが意味を持つこともあり得る。

 

「どうも俺の運命って奴は斎王に見えないらしいからな。俺がいれば、向こうの予定を崩すことが出来るかもしれない。それだけでも行く価値はある」

 

 奴自身からも聞いた、俺のこと。

 運命が見えないということは、俺は相手にとって不確定要素ということだ。予定調和の中にそういった要素が入り込むことは、向こうの計算を崩す可能性が大いにある。あちらの最終目的が地球の破滅である以上、どんな理由であれその予定を崩せるのならば万々歳だ。

 そんな俺の言い分にカイザーも頷くと、俺たちは揃って校舎の方に戻り始める。校長のいる場所を俺は知らないが、カイザーならば連絡先も知っているだろうし安心だ。

 校舎に辿り着いた俺たちは、それぞれの目的のために別れる。廊下を進むカイザーの後ろ姿を見送り、俺は俺で十代がデュエルをしているであろういつものステージへと足を速める。

 通い慣れた通路を進み、ステージを目指す。脇目も振らず進んでいくが、ふと道の途中にある教室のドアが僅かに開いて光が漏れているのが見えた。

 今は夜も遅い時間だ。俺たちのような事情がない限り、こんな時間に人はいないはず。となれば、電気の消し忘れだろうか。それとも、ここは外部の大会参加者用の宿泊用として開放された教室とか。それでもこんな時間に煌々と明かりをつけるのは非常識だが。

 確認しようと俺は僅かに開いたドアに手を挟み、ゆっくり開く。中を見渡すが、誰もいない。ということは、電気の消し忘れで間違いないようだ。

 面倒な、と思いつつも電気を消すぐらい大した手間でもない。俺は電気を消すべくスイッチのある場所を思い返しながら教室に入る。

 その瞬間、背後で扉が勢いよく閉まる音が響き、慌てて振り返った時には扉は完全に閉じられていた。

 

「なっ!?」

 

 すぐに入口にとって返し、俺は扉に手をかける。しかし、うんともすんとも言わない。思いっきり力を込めるが、それでも開かない。

 自然にこうなったとは考えにくい。十中八九、俺は閉じ込められたとみていいだろう。そして、こんなことをしてくる相手はただ一人。

 

「斎王……地味な手を使ってきやがって……」

 

 しかし有効であるのは事実だった。見るからに怪しいというのに、まんまと引っかかった俺は自分を責める他ない。思わず歯ぎしりをする俺を、マナが苦笑いで見ていた。

 

『でも、どうするの遠也。私が魔法使えば一発だけど』

「いきなり物騒だなおい。さすがに壊すのはまずいし、とりあえず何とか出られないか試してみよう」

 

 幸いと言うべきか、エドの件に関して俺に出来ることは既になく。十代と王子の件に関しては、十代に任せておいて大丈夫だろう。

 ただ、ジェネックスの残り時間が明日……というより、もうとっくに今日か。この一日だけであることを考えると、この後に斎王との決戦が待っていると考えられる。なので、それには絶対に間に合うようにしなければならない。

 最悪の場合は、マナが言うように扉を破壊して行くしかない。とはいえ、それは最後の手段だ。せめて十代が王子とのデュエルに決着をつけるまでの間は、脱出する手がないか探そう。

 そういうわけで、俺はマナの手も借りつつどうにかして出られないかと検証を開始する。とはいえ、案の定ドアは全てロックされており、元から窓は存在しないため論外。結局出入り口が全て閉まっている時点でどうしようもなかった。

 それでもさすがに壊すのはどうかということで検証し続けたが、結局脱出する手段は見つからなかった。

 そうこう奮闘している間に俺のPDAに連絡が来る。当然と言うべきか発信者は十代。内容は『王子に勝ち、これから斎王のところに向かう』と簡単に言えばこんな所か。

 いよいよここまできたか、と俺は気を引き締める。『わかった、すぐ行く』と返信を返し、PDAを仕舞う。そして、横にいるマナに目を向けた。

 

「マナ、頼む」

『わかった。――せーのおっ!』

 

 バチバチと火花を散らした魔力の塊がポップな杖の先端に現れ、それを上段に構えたマナが一気に振り下ろす。

 杖から離れた魔力塊は一気に扉に向かっていき、接触した瞬間に大きな爆発音を響かせる。もちろん俺はそれを机の下に隠れて見ていた。近くでいたら巻き添えを食らうのは必至だからである。

 そして、さすがは上級魔術師と言うべきか。マナの放った魔力攻撃は扉をあっさり破壊して通路への道を開いてくれた。黒く焦げてひしゃげた扉の残骸については、ひとまず触れないようにしておこう。この弁償額とか考えて憂鬱になるのは後でいい。

 とにかく、この教室から出られるようになった。それこそが重要なのだから。

 

「よし、いくぞマナ!」

『うん!』

 

 俺たちは教室を飛び出し、更にそのまま外に向かう。十代は既に斎王の元へ向かっているはずだ。ならば、俺も真っ直ぐそこに向かう。

 斎王がいるであろう場所……光の結社の本拠、ホワイト寮へ。

 

 

 

 

 ホワイト寮に向かう途中、墜落したヘリコプターと、それに乗っていたのだろう怪我をした鮫島校長とパイロットの男性を、明日香が介抱している姿があった。

 何があったのかと尋ねれば、校長いわくエドを迎えに行った帰りにそのままホワイト寮に向かい、エドが単身飛び込んだところでヘリが落雷に遭って墜落したとか。

 どうやらカイザーは言っていた通りにしっかり校長に話を通してくれたらしい。帰ってくる際に落雷に遭ったのは運がなかったが……。

 事情を聴いた俺は、次いで、明日香を手伝った方がいいのだろうかという衝動が鎌首をもたげてくる。しかし、それを察した明日香が俺を手で制した。よほど顔に出ていたらしい。

 明日香は言った。十代たちのほうに行ってくれ、と。更にこう苦笑と共に言葉を添えた。

 

「……残念だけど、私に出来ることは少ないわ。けど、遠也ならきっと十代の助けにもなれる。だから、お願い」

 

 己自身を力不足だと断じるその言葉に、明日香が何を思っていたのかはわからない。しかし、その寂しげな表情からその内心を思い量ることは出来る。

 だからこそ、俺はただ頷いて明日香たちに背を向けた。

 今は十代たちと共に斎王と……破滅の光と戦う時。そう明日香の言葉で決意を固めた俺は、ただ森の中をひたすらに走る。

 藪を抜け、木をかわし、森を抜けた先にある湖を挟んで建つホワイト寮。その全容を視界に収めた俺は、一気に内部にまで入ろうとして……一度踏みとどまって茂みに身を隠した。

 

「くそ、人が出てきた」

『ホワイトの生徒たち……そうか、ジェネックスのためだね』

 

 うっすらと空に明かりが見え始めたこの時間。ジェネックスに参加するために生徒たちが起き出したということだろう。ホワイトの寮からは多くの生徒がデュエルディスクを着けて出てきていた。

 厄介だ。強行突破してもいいが、そうなるとどうしてもデュエルになってしまう。修学旅行ではアンカーまでつけられて強制的に戦わされたぐらいだ。俺が乗り込むとなれば、あの時と同じく全力で阻止してくるだろう。

 だが、かといってこのままでいるわけにもいかない。こちらは出来るだけ早く十代たちの元に向かいたいのである。エドも先に乗り込んでいるというし、どうなったか心配なのだ。

 それゆえ、気持ちが徐々に焦り始める。こうなったら無理やり押し入るしかないか、と思い始めたところで、俺は後ろから聞こえてくる足音に気付いたのだった。

 はっとなって振り返れば、そこには共に支え合いながらも急ぎ足で歩く男女二人組がいた。

 

「遠也さん……何故ここに?」

「そなたは確か、遊城十代の友人、だったか」

「リンドさん! それに、オージーン王子!」

 

 斎王に操られ、十代とデュエルした時に体力を消耗したのか、王子はリンドさんに肩を借りて歩いている。

 怪訝な顔をして近づいてくる二人を見て、俺は妙案を閃いた。これならデュエルせずとも寮の中に今すぐ入ることが出来る。俺は二人に駆け寄ると、即座に頭を下げた。

 

「王子! 王子に頼みがあるんです!」

「余に?」

 

 突然の言葉に疑問符を浮かべる王子に、俺は作戦を説明する。

 そして、それを聴いた王子は快く引き受けてくれたのだった。

 

 

 

 

 寮の前に陣取る多くのホワイト生徒。彼らはジェネックス最後の日を光の結社の優勝という形で幕を引くため、打ち合わせをしているようだ。

 数人で固まり、がやがやと話し込んでいるホワイト生徒。そこに向かって、オージーン王子が貫録たっぷりに歩いていく。

 

「何をやっている?」

「誰だ? ……こ、これは王子! 斎王様のところにいらっしゃったのでは?」

 

 最初は鬱陶しそうな顔を見せたホワイトの生徒の一人だったが、相手が王子だとわかると途端に下手に出てへりくだる。それは王子が来たことに気付いた他の生徒も同様だ。

 何故なら、万丈目に続いて明日香もいなくなった今の光の結社において、王子は斎王に次ぐ発言力を持つ言わば幹部だからである。ホワイトの生徒がそれを知らないはずはなく、斎王がバックに控えている王子に強く出られるわけがなかった。

 

「その斎王様からの伝言だ! 各人奮起し、ジェネックスを通して世界を白く染め上げろとな! ぼさっとするな、行け!」

「ッ! は、はい!」

 

 王子が強く言い放つと、生徒たちは驚きつつもどこか喜びを顔に見せて、背筋を正す。

 そして一塊になったまま大勢で勢いよく走りだすと、森の中へと向かっていった。他の参加者を見つけ出し、数で食い物にしてやろうという魂胆なのだろう。

 そんな彼らを威厳を持った姿勢のまま王子が見送る。そして完全に彼らの姿が見えなくなったところで王子は肩の力を抜き、それを見た俺とリンドさんは隠れていた茂みから王子の元へと向かった。

 再びリンドさんに肩を借りた王子が、俺のほうに顔を向ける。

 

「……これで良かったのか?」

「はい。ありがとうございます、王子」

「よい。斎王に一泡吹かせられるなら、この程度苦労にも入らぬ」

 

 にやりと笑った王子に、俺も笑みを返す。そして、そんな俺たちをリンドさんが苦笑して見ていた。

 俺が取った作戦は至ってシンプルだ。王子に斎王からの伝言だと嘘をつき、彼らをやる気にさせてここから離れさせる、それだけのもの。

 王子が十代に負けて斎王の呪縛から解き放たれているからこその作戦だ。王子が解放されていることを知る術は彼らにはないのだから、見破られる心配もない。

 唯一それを知る斎王は、自身の喉元にエドと十代が乗り込んでいる現状、そんなことをわざわざ彼らに教える余裕はないはずだった。

 そういうわけで、こうして無事作戦成功とあいなったわけである。

 おかげで、ホワイト寮の入口を遮っていた生徒たちは一人もいなくなった。これで問題なく斎王の元に行けるというわけだ。

 

「それじゃ、行きましょう。王子、リンドさん」

「うむ」

「ええ」

 

 二人の返事を受け、俺たちは一緒にホワイト寮へと乗り込んでいく。かつては俺も住んでいたオベリスクブルー寮。そのため内部がどうなっているかは把握しているが、斎王がどこにいるかまでは判らない。

 そのため王子に顔を向けると、王子は真っ直ぐに上を指さした。

 

「最上階の一室。そこに斎王の部屋がある。そこから地下に繋がる秘密の階段を奴は持っていたはずだ」

「そんなのいつの間に……まぁいいか」

 

 いくらなんでもそこまで大規模な工事なら気付いたはずだが、好き好んでホワイト寮に近づく奴はいなかったので実際のところは判らない。

 ともかく、そこに斎王がいるとわかればそれでいい。

 俺たちは一目散に階段を駆け上がり、斎王の部屋に向かう。王子の案内を受けつつ辿り着いた部屋の扉を蹴り破り、中に押し入る。するとリビングの壁に人一人が通れる入口が出来ているのが見て取れた。

 中を覗き込めば、そこには電灯によって照られた下へと延々に続く階段がある。王子の言う通り、ここで間違いなさそうだ。

 俺は王子とリンドさんを見る。すると、二人は頷きを返してくれた。

 そして、俺は二人には見えていないだろう相棒に目を移した。

 

『うん、気を付けてね遠也』

「ああ。……行くぞ!」

 

 そして、俺たちは一気に階段を駆け下りて下を目指す。ここに来るまでに幾分回復してきたのか、王子もリンドさんの手を借りずに一緒に走ってきている。

 長く続く階段。それをひたすら下って行った俺たちは、やがて終着と思われる通路に出た。平坦な地面に降り立ち、前を見る。そこには、大きな広場に繋がる入口が見え、翔と剣山の背中も見ることが出来た。

 ようやく追いつくことが出来たようだ。二人の背中からそれを確信し、俺たちはその広場に向かって駆け出した。

 

「翔! 剣山!」

「ッ、遠也くん!」

「遠也先輩! 無事だったドン!」

 

 俺が姿を見せると、翔と剣山が揃って振り返って安堵の表情を見せる。

 そして、こちらに気付いたのは二人だけじゃない。広場の中央、巨大な女神像の前で対立する十代と斎王もまた、俺やともに来た王子とリンドさんに気付いたのである。

 

「遠也! あれっきり連絡がつかなくて、心配したぜ!」

「悪いな、十代。こっちも教室に閉じ込められたり、色々あったんでな」

 

 十代にそう返しつつ、俺はじろりと斎王を見る。あんな地味な手を使ってきやがったおかげで十代と王子のデュエルは見れなかったし、こんなに遅れてくることになるし、散々だ。

 そんな恨みを込めた視線だったが、斎王はふんと鼻を鳴らしただけだった。

 

「何のことだ。しかし、なかなかいいタイミングで来たようだ」

 

 何のことかわからないだと? 自分でやったくせに何言ってやがる。

 そう思わず反発しそうになった俺だったが、しかし斎王がその視線を俺たちから女神像に移したことで、俺の口の中から反論が出てくることはなかった。

 女神像に目を移した斎王に続き、俺もまたそちらを見る。そして、その左手の上に乗せられたものに大きく目を見開いた。

 

「あれは……エド!」

 

 左手の上に乗せられているのは、間違いなくエドだった。しかし、気を失っているのかピクリとも動かない。

 恐らくは斎王と戦い、エドは敗れたのだろう。しかし、なぜあんな場所にいるのかはわからない。どういうことだと問いかければ、斎王は心底可笑しいとばかりに笑い声をあげた。

 

「ククク……! あの女神像の右手にはソーラの起動キーが1つ置かれている。しかし、本来はキーが2つ揃ってあの両腕は釣り合うのだ。私がストッパーを外せば天秤となっている女神の両腕は傾き、エドは下に真っ逆さまだ。見ろ!」

 

 斎王は女神像の足元を示す。その指先を追って俺たちもそこを見れば、女神像の足元には溶岩が顔を出しているのが見て取れた。もしエドが落ちるなんてことになれば、間違いなくエドの命はないだろう。

 

「まさか……あんなのソリッドビジョンだドン!」

「いや……斎王はやるといったらやる。あれは本物の溶岩のはずだ」

 

 剣山が思わずといった様子で否定したのを、横から王子が苦々しい顔で訂正する。

 いわく、今の斎王に人間らしい倫理は存在しない。あそこにエドを落とすことに躊躇いなんてものはないだろう、と。

 それを聴いた剣山は押し黙る。そして、同じくそれを聴いていた十代も切羽詰った顔になって懐から鍵を取り出すと、それをじっと見つめた。

 

「クク、エドの命は貴様の手に握られているわけだ! 貴様が鍵を乗せれば、エドは助かるがね……そら、ストッパーを外すぞ!」

「お、おい! やめろ!」

 

 斎王に十代は焦った声で制止を呼びかける。しかし、斎王は笑みを浮かべると全く躊躇することなく指を鳴らし、それを合図に女神の腕は徐々に傾き始めてしまった。

 釣り合っていない天秤は、エドが乗った腕を溶岩に近づけていく。それを見た俺は舌打ちをして、隣のマナに小声で呼びかけた。

 

「マナ!」

『うん!』

 

 まずは人命優先。俺の意思を正確に汲み取ったマナは、すぐにエドの方に向かう。

 精霊状態のままなら斎王には見えないはず。そう考えたのだが、しかしそうは問屋がおろさなかったようだ。

 

「甘いわぁ!」

「なっ!?」

 

 突然斎王が叫んだかと思うと、奴はその手から白い光を放ってマナの進行方向を遮る。

 あいつ、精霊が見えないはずじゃなかったのか? いや、それはあくまで斎王が言ったことだ。もしかして、破滅の光の意思には精霊が見えているのだろうか。そしてそれが表に出てきている現在、精霊は目視できると。なんて厄介な。

 だが、マナを舐めてもらっては困る。最上級魔術師の弟子は伊達じゃない。それに、去年にマハードに叱られて以降、しっかり修行もしていたんだ。それは着実にマナの実力を上げているのである。

 

『このぉッ!』

「ぬぅ……!」

 

 マナが杖から放った黒い魔力の砲撃が斎王の光の波動を押し返す。そして、その時間があれば十分。マナはすぐさまエドに近寄ると実体化し、エドを抱えたまま滑るように女神の手の上から脱出する。

 急いだためか上手く着地できず二人とも倒れ込んでしまったが、これでエドを助け出すことには成功した。

 

「よっしゃあ! さすがマナだぜ!」

 

 それを見ていた十代がマナに向けてガッツポーズを見せる。しかし、それを受けたマナは険しい表情で十代を見た。

 

「十代くん! 油断しちゃダメ!」

「もう遅いわぁッ!」

 

 マナの忠告が十代に届くと同時に、十代の手に向かって斎王が放った光の波動が命中する。

 その衝撃にたまらず十代はよろめき、それと同時に手に握っていたソーラの鍵が宙に放り上げられてしまう。

 そして、それを見越していた斎王は光によってその鍵を回収する。俺たちはエドを助けることが出来た。しかし、結果として鍵の一つを斎王の手に渡すことになってしまったわけだ。

 

「くっ、しまった!」

 

 自身の油断によって鍵を奪われた十代が悔しそうに斎王を見る。それに口が裂けんほどの凶悪な笑みを見せた斎王は、続いて女神像の右手に乗っていた鍵に波動を向ける。

 マナがそれを防ごうと再び攻撃を放つが、態勢が整っていないマナのそれは斎王によけられてしまう。結局、斎王は二つの鍵を回収してしまった。

 

「ククク、ついに世界を破滅させるピースが我が手に揃った! ――オージーンッ!」

 

 鍵を握った斎王は、突如こちらを振り向いてオージーン王子を見据える。王子を見る斎王の目は怪しく輝いている。何かまずいことになると思い王子の前に立とうとするが、身体がマヒしたかのように動かない。

 俺はせいぜい斎王を睨むぐらいしかできなかった。

 

「オージーンよ! 今こそ目覚め、ソーラを起動させるのだ! そして、この世界を破滅させろッ!」

「……はい、仰せのままに」

「王子!?」

 

 平坦な声で斎王に同調した王子に、リンドさんが驚きの声を上げる。そして王子に近づこうとするが、やはり体が動かないのかリンドさんはもどかしそうに王子を見るしかない。

 そして、そんな俺たちの前で斎王は手に持っていた鍵を王子へと勢いよく投げる。それをしっかりと受け取った王子は、脇目も振らずに今来た道を引き返していった。

 

「くっ……!」

 

 なんてこった。まさか王子の洗脳は完全に解けたわけじゃなかったのか。それだけならまだしも、ソーラの鍵が向こうの手に渡ってしまうとは……。

 しかし、まだ王子は本調子じゃないはず。今追いかければ確実に追いつける。だが、身体が動かない。身体さえ動けば……って、あれ?

 

「動く? さっきは動かなかったのに……」

「ぐぐぐ、俺は動かないザウルス」

「ぼ、僕も……」

 

 剣山と翔はやはり身体が動かないようだ。リンドさんも同じく、動かない身体に苦しそうにしている。

 なら、なんで俺だけが?

 不思議に思っていると、斎王がちっと舌打ちをした。

 

「精霊の加護か。忌々しい!」

 

 吐き捨てるように紡がれた台詞に、俺は一つの納得を見る。確かに、この中で精霊と心を通わせることが出来るのは十代と俺だけ。十代を除けば俺だけだ。剣山と翔が動けないのは、それが理由なのだろう。

 そして、動けるようになったなら俺がすることは決まっている。俺は即座に十代たちに背を向けた。

 

「十代! こっちは任せろ! お前は斎王を倒しちまえ!」

「ああ、任せとけ! 頼んだぜ、遠也!」

「おう!」

 

 俺は片手を突き上げて十代の声に応える。そして、全力で走り出して王子の後を追った。エドを翔たちに任せたマナも俺に続き、俺は長い階段を上り始める。

 その後、広場から聞こえた「デュエル!」の言葉。ついに始まった十代と斎王の最終決戦に心の中で応援しつつ、俺は俺が今するべきこと。人工衛星ソーラ発射の阻止に向けて、ひたすら足を動かす。

 階段を登り終えた俺は部屋の中に王子がいないことを確認すると、すぐさま斎王の部屋を飛び出して外に向かう。

 部屋を出てしばらく走り、エントランスホールに辿り着く。そこにはちょうど外に出ようとしている王子の姿があった。その手には小さなジュラルミンケースが握られている。あれが起動装置ということだろうか。

 互いの距離はもう50メートルもない。確実に追いつける。そう確信した俺は走るスピードを上げ、王子が外に出るのから数秒遅れて外に出た。

 日差しの中、森の方へと逃げる王子の背中を見る。すると王子は前方から来る誰かとぶつかり、一瞬体勢を崩したようだったが、そのまま森の中へと入って行ってしまった。

 ………………。俺は、その王子とぶつかった男に声をかけた。

 

「カイザー」

「遠也か。何かあったのか?」

 

 そう、王子がぶつかった男とはカイザーだったのだ。オベリスクブルーの制服を模した白いジャケット。そして少々大きめのジュラルミンケースを手に持ち、不思議そうな顔をしている。

 俺は問いかけてきたカイザーに答えを返した。

 

「ああ。人工衛星ソーラの鍵を持った王子を追っていたんだ」

「人工衛星ソーラというと、あの……」

「そう、世界を滅ぼすことが出来る兵器だよ。斎王がそれを起動させるように王子に指示を出したんだ」

 

 俺は状況がわかっていない様子のカイザーにそう説明する。しかし、それを聴いているマナはじれったそうに声を上げた。

 

「もう、遠也! 早く行かないとソーラを使われちゃうよ!」

「そうだ。俺のことはいいから、早く奴を――」

 

 マナのことに追随してきたカイザー。そんな二人からの声を受け、しかし俺は首を横に振る。

 

「その必要はないさ」

「え?」

「なに?」

 

 怪訝な顔になる二人だったが、それを無視して俺はカイザーに手を差し出す。手のひらを上に向け、まるで何かを要求するように。

 それを向けられたカイザーは、不審そうに俺を見た。

 

「……どういうつもりだ?」

「それは、こっちの台詞だ」

 

 俺はじろりとカイザーを睨みつける。そんな俺の剣幕にマナは困惑していたが、しかし何も言ってこない。俺が真剣であることを察したからだろう。

 そう、俺はこれ以上ないほどに真剣だった。王子を追わず、こうしてカイザーに向きあっているのも、冗談なんかじゃない。

 今は王子よりもこのカイザーのほうが圧倒的に優先度が高いのだ。何故かと問われれば、そんなことは決まっている。王子とカイザーがぶつかった時。何があったのかを俺はしっかり見ていたのだから。

 

「お前、王子から鍵を受け取ったな? それを出せ」

「………………」

「え、そんな……カイザーくんが!?」

 

 俺が発した言葉に、マナが驚きの声を上げる。

 しかし、当のカイザー本人は不審げな表情すらなくなって完全な無表情となっていた。

 しばらくそのまま俺たちは向かい合っていたが、観念したということだろうか、カイザーは無言で上着から鍵を二つ取り出してみせた。

 

「……ふん、こうも早く追って来るとは計算外だった。もう少し遅ければ見られることもなかっただろうに」

 

 そう言うカイザーの顔は無表情から一転、心底楽しいとばかりに歪んだ笑みを浮かべていた。

 俺が知るカイザーならば有り得ない、他人を見下すような冷たい視線。それが俺の身を貫き、俺は眉を寄せた。

 

「なんでだ。どうして、こんなことをしたんだカイザー」

 

 手の中で鍵をもてあそぶカイザーに、俺は信じたくないという思いを込めつつ問いかける。俺が知るカイザーは、相手を思いやり、しかし自分の強さにストイックで、決してこんな悪事に加担するような人間ではなかった。

 だからこその疑問。それに、カイザーはふんと鼻を鳴らした。

 

「知れたこと。世界を破滅させることこそ、我が使命だからだ」

「なに!?」

 

 カイザーの口から出てきた信じられない言葉に俺は耳を疑う。それは、光の結社の人間でなければ言うはずがない言葉だ。

 いや、ちょっと待て。ホワイトの生徒は世界を白く染めるとは言っても、世界の破滅とまでは言っていなかった。それを言っていたのは、破滅の光の意思そのものである斎王のみだ。

 ……まさか!

 

「お前、破滅の光の意思か!?」

「ほう、そこまで気付くとはな。ここは、いかにもと答えておこうか」

 

 にやりとカイザーが笑って俺の言葉を認める。

 馬鹿な、破滅の光の意思は斎王の中にあるはず。それがなんで、カイザーの中にも存在しているんだ。

 まったくもって何がどうなっているのか理解できない。そんな顔になった俺を見て、カイザーはくつくつと声を押し殺して笑った。

 

「クク、俺は単なる保険にすぎない」

「保険、だと?」

「そうだ。貴様という運命を見通せないイレギュラーに出会った斎王の中の破滅の光は、もしもの時のために保険を残そうと考えた。貴様の介入で自身が不利になることもあり得ると考え、分身を他者の中に残しておくという形でな」

「そんなことが……」

 

 俺という存在の影響が、そんな形で出ていたというのか。

 続けてカイザーは言う。最終局面に入ったので、自分も表に出てくることになったと。自身も破滅の光の意思である存在に最後のトリガーを任せる方が安心だと斎王は考えたのだろう、とのことだ。

 確かに、洗脳しただけの存在よりも自分の分身に任せた方が失敗の可能性がないというのは判る。それは判るのだが、なぜ破滅の光の分身がカイザーの中にいるんだ? 斎王と接触する機会なんてなかったはず……。

 その疑問を俺が口にすると、カイザーは何を言っているんだとばかりに笑い声をあげた。

 

「ははは、覚えていないのか? 俺がこの島に来た時のことを」

「カイザーがこの島に来た……あ!」

 

 そうか、あの時。

 俺がラーの翼神竜のコピーカードと戦った翌日のことだ。ジェネックスに参加するためにこの島に帰ってくるカイザーを出迎えようと、俺たちが港に集まった時があった。

 そこに斎王が現れた。エドに会うために来たという斎王は、カイザーを見つけると握手を交わし、名刺を渡して去って行った。

 あの時か。あの時に、カイザーの中に己の分身を忍び込ませていたんだ。

 

「思い出したようだな。そう、あの時斎王の手から俺の中に破滅の光の意思が侵入したのだ」

「そんな……」

 

 カイザーがニヤつきながら言った事実に、マナは声をなくす。まさか、そんな時からカイザーが実質的にあちら側だったなんて思わない。俺も驚きと気付かなかった自分への後悔で胸がいっぱいだった。

 そして、そんな俺たちを前に、カイザーは更に言葉を続ける。

 

「そしてついに我が使命を果たす時が来た。今こそ俺はソーラを使い、この世界を破滅に導くのだ!」

「なっ……ぐぅッ!」

 

 その言葉と同時にいきなり体当たりをしてきたカイザーによって、俺は大きく吹き飛ばされる。そして、それを確認するとカイザーは一気に俺から距離とって手に持っていたジュラルミンケースを開き、その中に入っている小ぶりのジュラルミンケースを取り出した。

 それは、王子が持ち去って行ったものと瓜二つ。それに思い当たり、俺は地面に倒れ込んだまま声を上げた。

 

「マナ!」

「クク、遅い!」

 

 手早くケースを開いたカイザーは、持っていた鍵を二本とも一気に突き刺して回す。その間は数秒もなく、いくらマナでも俺が倒されて気を取られていては間に合わなかった。

 これで、人工衛星ソーラは起動してしまった。そういうことなのだろう。

 

「細かい場所の指定をするにはコンピュータの操作が必要だが、起動だけならば問題ない。起動した瞬間地球に向くようになっているからな。どこにレーザーが落ちるかまではわからんが」

「くっ……!」

 

 俺は倒れ込んでいた地面から起き上がる。そして、カイザーを……いや、その中にいる破滅の光の意思を睨みつけた。

 斎王は己の分身と言うことで最も信用できるカイザーに起動に必要なコンピュータが詰まったケースを渡していたのだ。ご丁寧に自室に偽物まで用意して。

 たとえ自分の部屋を怪しまれてケースを回収されたとしても、本物は別の場所にあるから安心というわけだ。よくもここまで用意周到に準備を整えていたもんである。

 

「くそっ! マナ、このことを十代たちに知らせてくれ!」

 

 ソーラの起動阻止に失敗したことは、早く伝えておいた方がいい。俺がそう考えて言えば、マナは頷いた。

 

「わかった。けど、遠也も無茶な駄目だよ!」

 

 そう言って、マナはホワイト寮の中へと飛び込んでいく。その後ろ姿を見送り、俺は苦笑した。最後の言葉から、マナはこのあと俺がどういう行動に出るのかわかっているのだろう。

 

「無茶をするな、か。いつもそう言われるけど、守れた試しがないな」

 

 そして、今回も恐らく守れそうにない。

 俺はカイザーを真正面から睨みつける。余裕の笑みを崩さないカイザーに、俺は左腕に着けたデュエルディスクを掲げてみせた。

 

「デュエルだ、カイザー! このデュエルで、破滅の光なんてものを追い出してやる!」

 

 俺はカイザーに挑戦状を叩きつける。

 だが、乗って来るかどうかはわからない。あちらはこちらと違ってデュエルをする理由がないのだから。

 だが、それではカイザーを助けることは出来ない。どうか乗ってきてくれ、そう祈っていると、カイザーは一層その笑みを深めた。

 

「ふん、面白い。貴様の存在には散々こちらも迷惑を被ったのだ。ここで捻り潰してやるのも一興だろう。それに、十代の元に戻られても厄介だ」

 

 運命が見えない以上何を仕出かすかわからんからな。そう言うと、カイザーは起動装置が入っていたケースからデュエルディスクを取り出して装着する。

 そして、変わらず人を小馬鹿にしたような表情で俺を見た。そこには圧倒的なまでの余裕がある。デュエルを受けてくれたのは助かるが、この余裕は一体何なんだろうか。

 疑問に思っていると、カイザーは自分からその理由を明かしてくれた。

 

「ククク、十代と違い貴様にネオスペーシアンの助けはない。そんな相手など、まったく脅威ではない!」

 

 なるほど、余裕の正体はそれか。

 破滅の光と対立する、正しき闇の集団ネオスペーシアン。破滅の光にとっては唯一自身と渡り合える存在であるからこそ、十代をあれほど気にかけていたのだろう。無論、十代自身が運命を打ち破る強い心の持ち主であったこともあるのだろうが。

 だからこそ、ネオスペーシアンと全く関係がない俺は、破滅の光にとって脅威に値しないというわけだ。

 その理屈は、なるほどわかる。けどな、世の中にはいい言葉があるんだよ。

 

「それはどうかな。やってみなけりゃ、わからないぜ!」

「抜かせ。光の力の前に、ひれ伏すがいい!」

 

 互いにデュエルディスクを起動。デッキをセットし、臨戦態勢に入る。

 ディスクを構えるカイザーの姿を見ながら、俺はジェネックス開始前に電話でカイザーと話したことを思い出していた。

 久しぶりの対戦を楽しみにしているのはお互い様だった。しかし、すぐに戦うのではなく、どうせなら大きい舞台で戦おうと提案したカイザー。互いに勝ち進み、そこで決着をつけようと俺たちは約束した。

 俺はそれを楽しみにしていた。だからこそ、ジェネックスにもしっかり参加してメダルを集めてきたのだ。きっと、カイザーも同じ気持ちでいてくれたに違いない。

 けど、それがまさかこんな形で戦うことになるなんて。

 本心で言えば、こんなところでカイザーとの約束を破るのは嫌だった。だがしかし、それではカイザーは破滅の光に乗っ取られたままになってしまう。そんなことは許すことが出来ない。

 だからこそ、約束を破ってでもここでカイザーと戦い、そして勝利してみせる。カイザーが元に戻ったその時、その時こそ俺たちが戦う時になる。そう信じて。

 ごめん、カイザー。ただ一言、約束を破ってしまうことを心の中でカイザーに詫び、俺は顔を上げた。

 そこには、凶悪な笑みを浮かべるカイザーの姿がある。カイザーは、あんな顔をする男ではなかった。だからこそ、カイザーを元に戻すために俺は全力を尽くす。それが、俺に出来るカイザーを救う方法なのだ。

 デュエルに勝ち、カイザーを救い出す。その決意を一層強く固め、俺は向き合って息を吸い込んだ。

 

「いくぞ、破滅の光!」

「クク、ただの人間がよく吠える」

 

 抜かせ。その侮りが驕りだったと後悔させてやる。

 手札5枚のカードを手に取り、俺たちは同時に声を上げる。

 

「「デュエルッ!!」」

 

 そして、俺たちのデュエルが始まった。

 

 

 

 



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第52話 白帝

 

 遠也からの指示を受けたマナは、すぐさま十代の元へと向かう。スピードを重視し、寮の入り口をわざわざ使うことはしない。マナは寮の外側から空を飛んで最上階の斎王の部屋に入ると、そこから地下へと続く階段を一気に下降していく。

 やがてその終着点につくと、今度は通路を平行に飛んで再び女神像が立つ広場に戻ってきたのである。

 そして、マナは見る。斎王とデュエルしている十代を。その横にはネオスの精霊が見えており、十代の場のシャイニング・フレア・ウィングマンの活躍を見守っているようだった。

 そんな十代に向かって、マナは一目散に飛んでいった。

 

『十代くん!』

「マナ!? いったいどうしたんだ!」

 

 広場に飛び込んできたマナの声を受け、十代が驚きに目を見張る。今のマナは精霊化しているが斎王にも見えているのか、マナが十代に近づいていく様を黙って目で追った。

 十代の側に寄ったマナは、十代に外の様子を伝える。

 カイザーが破滅の光に操られており、鍵を奪われてしまったこと。そのためソーラが起動してしまったこと。そして、恐らくは遠也がカイザーとデュエルしているだろうことを。

 

「なんだって!?」

 

 それを聴き、十代が信じられないとばかりに声を上げる。やはり、カイザーが向こう側についたということがどれだけ手強いことになるかをよくわかっているのだ。

 対して、同じくマナの声を聴いていた斎王は、クツクツとくぐもった笑い声を漏らした。

 

「上手くやったようだな、我が分身は……。クク、どうだね十代。まるで運命が破滅に向かうように導いているようではないか!」

「黙れ! くそ、まさかそんなことになってるなんて……」

「クク、悩むのはいいが、デュエルを忘れてもらっては困る。お前のターンは終了なのか?」

「くっ……! 俺はバブルマンを守備表示に変更! 更に《N(ネオスペーシアン)・エア・ハミングバード》を守備表示で召喚!」

 

 これで、十代の場にはシャイニング・フレア・ウィングマン、バブルマン、エア・ハミングバードの3体が並んだ。

 更にエア・ハミングバードの効果で十代は相手の手札の数だけライフポイントを回復する。

 

「……ターンエンドだ」

「私のターン、ドロォ!」

 

 斎王にターンが移り、カードをデッキから引く。

 その姿を前に、十代の隣にいたネオスがマナに顔を向けた。

 

『マナ。ソーラが起動しているのはマズい』

『ネオス。それはわかってるけど……』

 

 十代と遠也、仲がいい二人の精霊とあってネオスとマナは既に顔見知りである。

 正義の心を持つだけあってネオスは思いやりを持った戦士だ。体格もよく頼りがいのある男であるが、しかしそんなネオスもこの状況には焦りを感じていた。それ程の男が焦燥を感じる事態に、マナもどうしたものかと顔を曇らせる。

 そんなマナに、ネオスはわずかな逡巡の後にこう告げた。

 

『ソーラの存在は大きな脅威だ。……マナ、私が力を貸す。私と共に宇宙に行き、ソーラの破壊を手伝ってくれないか』

 

 至極真剣なその眼差しを受けて、マナは当然のように首肯を返した。

 本音を言えばマナとしては遠也のことが心配であり、一刻も早く遠也の元に戻りたい。その気持ちは確かにある。

 しかし、だからといってソーラを放置していてはこの世界そのものが危ういのだ。元凶であるソーラを破壊できるならそれに越したことはない。ならば、まずはそちらを優先した方がいいだろう。そう判断してのことであった。

 マナの返事を受けてネオスは早速力を授けようと、その身から極彩色の不思議な光をあふれさせる。

 だがその瞬間。黙って見ていた斎王が大きな声を上げた。

 

「させると思うかぁッ! 手札からフィールド魔法《光の結界》を発動ォ!」

 

 斎王が1枚のカードを発動させると、十代と斎王を囲むように光の線が円を描いて地面に現れる。

 そしてその円から半透明の壁のような光が噴き上がると、それは一気にこの部屋全体を包み込む巨大な光の結界を形作ったのだ。

 それだけならば、問題はなかっただろう。しかし、この結界が張られた途端、ネオスとマナは揃ってその表情を苦悶のものへと変化させた。

 それを見て、十代が心配そうに二人に声をかける。

 

「ど、どうしたんだネオス! マナ!」

「ククク……《光の結界》の中では、「アルカナフォース」以外の効果モンスターの効果は無効になる! 更に、光の結界の力はデュエルだけではなく、精霊にも影響を及ぼすのだ!」

「なんだって!?」

 

 十代は斎王に言われたことを理解すると同時に、再びネオスとマナを見る。やはり二人は苦しそうにしていた。

 

『くっ……十代。この結界の中では、本来の力を出せない。これでは宇宙に行くことも……』

『私も、これじゃあ力が使えない……こうなったら』

 

 ネオスはそう言ってはっきり見えていた姿が僅かにブレるようになり、マナは精霊状態で影響を直に受けるよりはマシだと思ったのか実体化する。

 突然現れたマナに驚くのはこの場ではリンドだけだった。エドを助けた時にも見えてはいたが、こうして改めてみるとやはり驚くものらしい。

 実体化したマナは精霊の力が弱体化した自分では力になれないと判断して翔たちのほうに向かった。

 ちなみにこの時、マナがリンドに王子が森へと走っていったことを告げると、リンドはこの場を去って外に向かった。それらを見届けた後、斎王は得意げに笑う。

 

「ハハハ! 精霊である限り、この結界の中からは抜け出せまい! 世界は破滅するしかないのだよ!」

「そんなこと、させるもんか!」

 

 十代が勢い込んで言うが、しかし斎王の余裕は崩れない。

 

「クク、せいぜい足掻くといい! 私は《アルカナフォースVI-THE LOVERS》をリリース! そして、《アルカナフォースXXI-THE WORLD》を召喚!」

 

《アルカナフォースXXI-THE WORLD》 ATK/3100 DEF/3100

 

 斎王の背後に現れる、巨大な黒鉄の機械天使。おおよそ天使族とは思えない機械的な容姿ながら、その出で立ちはどこか神秘性を感じさせるものでもあった。

 斎王のエースモンスター。その登場に全員が緊張に身を震わせる中、剣山が寝かせていたエドが呻き声を上げたことに気が付く。

 

「エド! 目が覚めたドン!」

 

 剣山の声を聴き、翔とマナもそちらに目を向ける。

 そこには、ゆっくりと目を開けて上半身を起こすエドの姿があった。

 

「……僕は、そうか。十代はどうなった?」

「戦ってるよ。この世界のために」

「そうか……」

 

 翔の答えにエドは頷き、向かい合う十代と斎王を見る。

 剣山、翔、エド、そしてマナ。この四人が見守る中で、十代のデュエルは続いていく。

 マナとしては遠也のことが気がかりだが、この結界が消えた時、すぐさまネオスと共にソーラ破壊に動くためにはこの場に留まるしかない。

 だから、マナは心の中で祈る。恐らくはカイザー相手にデュエルをしているだろう、遠也に向けて。

 

(――がんばって、遠也!)

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 俺とカイザー、いや破滅の光の意思は互いに向き合ってデュエルの開始となる掛け声を発した後、デュエルディスクに表示された文字に、俺は少しだけ眉を寄せた。

 俺のディスクに現れた“先攻”の文字。奴のデッキは当然カイザーのものであるサイバー・ドラゴンを主軸とするサイバー流だろう。つまりは典型的な後攻有利のデッキだ。絶対に負けられないこのデュエルにおいて、有利な後攻を与えてしまったことが悔やまれる。

 だがしかし、こういったことがデュエルではつきものなのも事実だ。ここは気持ちを切り替えていこう。いずれにせよ、俺に出来ることはこのデュエルに思いっきり臨むことぐらいなのだから。

 

皆本遠也 LP:4000

丸藤亮 LP:4000

 

「いくぞ! 俺のターン!」

 

 デッキからカードをドローし、本格的にデュエルが始まる。

 余裕の表情でこちらを見る相手を目の端に捉えつつ、俺は手札からカードを手に取った。

 

「俺は《カードガンナー》を守備表示で召喚! そしてその効果により、デッキの上から3枚のカードを墓地に送り、エンドフェイズまで攻撃力を1枚につき500ポイントアップする!」

 

《カードガンナー》 ATK/400→1900 DEF/400

 

 墓地に落ちたのは《ボルト・ヘッジホッグ》《シンクロン・エクスプローラー》《精神操作》の3枚。制限カードが落ちるのは本当にやめてほしいものである。が、こればかりは仕方がない。

 俺は墓地に送られたカードを確認した後、手札のカードを手に取った。

 

「更にカードを1枚伏せ、ターンエンドだ!」

「俺のターン! ドロォ!」

 

 顔を歪ませ、口端がにやりと頬にまで伸びるほどの凶笑を浮かべる。

 なまじ整ったカイザーの顔でやるものだから、その違和感は尋常じゃない。遊戯王の一部の悪役たちが顔芸と言われる理由がよくわかる。そんな顔だった。

 

「クク、相手の場にモンスターがいて自分の場にモンスターがいない時、このカードは特殊召喚できる。――《サイバー・ドラゴン》を特殊召喚!」

 

《サイバー・ドラゴン》 ATK/2100 DEF/1600

 

 奴の場に現れる、機械の竜。白銀の鋼によって作られた身体が、ギシリと音を立てた。

 やっぱり初手にあったか、サイバー・ドラゴン。このカードがいきなり出てくることはもう予想がついていた。なにせカイザーと対戦して後攻を渡せば、ほぼ確実に最初のターンに召喚されていたのだから。

 

「更に《プロト・サイバー・ドラゴン》を召喚!」

 

《プロト・サイバー・ドラゴン》 ATK/1100 DEF/600

 

「プロト・サイバー・ドラゴン……!」

 

 サイバー・ドラゴンよりも細身かつ鋼の質も違うのか浅黒い、試作品という名にも納得できるモンスター。そしてその効果は、フィールド上に存在する限りカード名を「サイバー・ドラゴン」として扱うというものだ。

 つまり、これで向こうの場には実質2体のサイバー・ドラゴンが存在していることになる。

 

「バトルだ! プロト・サイバー・ドラゴンでカードガンナーを攻撃! 《エヴォリューション・フレア》!」

 

 プロト・サイバー・ドラゴンの口から、小さな火の玉が吐き出されてカードガンナーに直撃する。カードガンナーの守備力は僅か400、一撃で破壊された。

 

「だが、カードガンナーは破壊された時デッキからカードを1枚ドロー出来る! ドロー!」

「まだだ! 更にサイバー・ドラゴンで直接攻撃! 《エヴォリューション・バースト》!」

 

 続いて本命ともいえるサイバー・ドラゴンの攻撃だ。さっきとは比べ物にならないほどに強力な炎の吐息が俺に迫る。

 だが当然、そんなものを素直に喰らってやる道理はない。

 

「罠発動、《くず鉄のかかし》! 相手モンスターの攻撃を一度だけ無効にし、このカードは再びセットされる!」

 

 俺の場に現れたかかしが、火炎放射を一身に受け止める。それによって、俺には余波の火の粉ですら飛んでこない。

 一度のみとはいえ、完全な無効化。問題なく防ぎ切った俺は、再び伏せられたくず鉄のかかしから奴に目を移す。

 その顔は、攻撃を防がれたというのに愉快そうに笑っていた。

 

「ふん、甘い……甘すぎるぞ、遠也ァ!」

「なに!?」

 

 嘲りを込めた声。こちらを見下すそんな声音で、奴は更に言葉を続ける。

 

「俺が貴様と何度デュエルしたと思っている! 貴様の手などお見通しだ! 俺が後攻で2体のモンスターを召喚することは、予想がついていたはず。ならば、その攻撃を防ぐ手段を残しておくのは必然! そして貴様ならその手段は《くず鉄のかかし》の可能性が高いことも分かっていた!」

 

 にぃ、と口の端を限界まで持ち上げるような笑み。嘲笑、まさにそんな表情を浮かべ、奴は手札のカードをディスクに差し込んだ。

 

「手札から速攻魔法、《フォトン・ジェネレーター・ユニット》を発動! 俺の場のサイバー・ドラゴン2体をリリースし、デッキから《サイバー・レーザー・ドラゴン》を特殊召喚する!」

 

 プロト・サイバー・ドラゴンはサイバー・ドラゴンとしても扱う。そのため、その条件は問題なく満たしている。

 そしてあちらの場に現れるのは、サイバー・ドラゴンよりも一回り大きな白鋼のドラゴン。特徴的なのは尻尾だ。先端に花のつぼみのような雫型の装置が取り付けられている。

 そして、それは花びらを開くように展開していき、その中から細い銃口を持つ兵器が顔をのぞかせた。

 

《サイバー・レーザー・ドラゴン》 ATK/2400 DEF/1800

 

「バトルフェイズ中の特殊召喚のため、当然更なる攻撃が可能だ! 一度発動したくず鉄のかかしなど、なんの意味もなさない紙屑でしかない! サイバー・レーザー・ドラゴンで直接攻撃! 《エヴォリューション・レーザーショット》ォ!」

 

 サイバー・レーザー・ドラゴンの尻尾の先端。その銃口から一筋のレーザーが放たれ、それは過たずに俺自身を貫く。

 瞬間、俺の口から叫び声が漏れる。

 

「ぐ……ぁぁああぁあッ!」

 

遠也 LP:4000→1600

 

 全身を駆け巡るように痛みが走る。思わず声を上げた俺はふらつく身体を支えようとするものの上手くいかず、片膝をついた。

 完全に油断していた……! このデュエルは、ただのデュエルじゃない。ダメージが現実のものになる闇のデュエルだったのだ。光の存在である破滅の光も、闇のデュエルと同じことが出来るのか。

 しかも、いきなりサイバー・レーザー・ドラゴンの直接攻撃で2400ポイントものダメージを食らったのは大きい。負けられないデュエルだってのに、何をやっているのかと思わず自責する。

 唇をかむ俺を見て、カイザーがニヤニヤと嘲るように笑った。

 

「そら、貴様程度などそんなものだ。やってみなくともわかっただろうに、無謀なことを。この男が持つデュエルの才能は並ではない! 所詮、貴様が破滅の運命から逃れる術などないのだ!」

「く……!」

「クク、貴様のように運命を見通せない存在は残しておくと禍根となりかねん。ここで始末をつけさせてもらう。貴様のライフを0にすることでなぁ! ハハハハ!」

 

 目を見開き、見せつけるようにこちらを覗き込んで、いかにも可笑しそうに奴は笑う。

 その形相は歪んでおり、平時のカイザーの姿からは想像も出来ないものだ。表情だけで言うなら、さっき地下で見た斎王の表情に近いものがある。

 どこか狂ったようにすら思える、凶悪かつ獰猛な顔。これが破滅の意思に乗っ取られたことによるものなのだとすれば、早々にカイザーの中からご退場願いたい。友達のこんな姿を見るのは、正直……気分がいいものじゃない。

 今のカイザーの姿を見て、改めてそう思う。そして立ち上がろうとしたところ、寮からリンドさんが飛び出してくるのが見えた。

 リンドさんは俺がデュエルしており、膝をついていることに驚いているようだった。何故出てきたのかはわからないが、予想は出来る。恐らくは動けるようになったため、王子を追ってきたのだろう。

 俺はリンドさんに森の方を指さす。王子はそちらに行ったと伝えるためだ。その意図を素早く理解したリンドさんは、俺に一礼をして森の方へと駆けていく。

 走りつつもこちらを一度振り返ったのは、俺の身を心配してくれたのだろうか。だとすれば、実に嬉しいことだ。実際に話したことなんてほとんどないというのに。

 しかし、女性にそんな心苦しい思いをさせたままではいけない。紳士としては、ここは立ち上がって強がるべきだ。

 そんなことを冗談半分に思いつつ立ち上がると、俺は森に消えていくリンドさんを見た。最後にもう一度こちらを見たリンドさんに手を振ると、彼女は安心したように森へと入っていく。

 それを見送り、俺は再度戦うべき相手に向き直った。

 

「ふん、オージーンの秘書か。今頃は森のどこかで倒れているだろうが、わざわざ探しに行くとは酔狂なことだ」

「それが酔狂かどうかはお前が決めることじゃない! それより、お前のターンは終わったのかよ!」

 

 オージーン王子を思うリンドさんの気持ちは、尊いものだ。だからこそ、俺や十代たちもリンドさんからの協力の願いに快く頷いたのだから。

 その気持ちを否定するような言葉に、俺は怒りを込めて睨む。しかし、意に介さないとばかりに向こうは肩をすくめるだけだった。

 

「クク、すまなかったな。俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

「俺のターン!」

 

 手札を確認し、その中から即座に1枚のカードをディスクに置く。

 

「俺は《ジャンク・シンクロン》を召喚!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

 

 オレンジの鉄帽子に眼鏡をかけたお馴染みのチューナー。場にはこのカードのみだが、ジャンク・シンクロンはその効果により単体でシンクロ召喚を行うことが出来る優秀なカードだ。

 

「ジャンク・シンクロンの効果発動! 墓地のレベル2以下のモンスター1体を効果を無効にして特殊召喚する! 蘇れ、《シンクロン・エクスプローラー》!」

 

《シンクロン・エクスプローラー》 ATK/0 DEF/800

 

「更に俺の場にチューナーがいるため、墓地から《ボルト・ヘッジホッグ》を守備表示で特殊召喚!」

 

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 ともにカードガンナーの効果で墓地に送られていたカードだ。そして、この状況でわざわざボルト・ヘッジホッグを蘇生したのは、素材にするわけではなくこれから召喚するモンスターの効果を生かすためである。

 

「レベル2シンクロン・エクスプローラーにレベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし星が、新たな力を呼び起こす。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・ウォリアー》!」

 

 シンクロ召喚時に発生する光を切り裂き、その中から現れる拳を突き出した青い機械の身体を持つ戦士族モンスター。

 このデッキの切り込み隊長、ジャンク・ウォリアーの登場である。

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300 DEF/1300

 

「ジャンク・ウォリアーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、俺の場に存在するレベル2以下のモンスターの攻撃力分、攻撃力をアップする! 《パワー・オブ・フェローズ》!」

 

 俺の場には攻撃力800のボルト・ヘッジホッグがいる。よって、ジャンク・ウォリアーの攻撃力はその攻撃力分800ポイント上昇する。

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300→3100

 

 これでサイバー・レーザー・ドラゴンの攻撃力を上回った。

 

「バトルだ! ジャンク・ウォリアーでサイバー・レーザー・ドラゴンに攻撃! 《スクラップ・フィスト》ォ!」

 

 ジャンク・ウォリアーの背中に取り付けられたブースターが火を噴き、勢いをつけてサイバー・レーザー・ドラゴンに迫ると振りかぶった拳を叩きつける。

 攻撃力差は700ポイント。サイバー・レーザー・ドラゴンは甲高い悲鳴を上げてその身を光の粒へと変えていった。

 

亮 LP:4000→3300

 

 これで奴のライフが減少する。

 しかし、当の本人は全く気にしていないかのように余裕の表情を崩していない。そのため、ダメージを与えたにもかかわらず喜びを感じることは出来なかった。

 

「……ターンエンド!」

「クク、俺のターン! ドロォ!」

 

 エンド宣言をした直後、奴はデッキからカードを引いた。そして、手札の中の1枚に目を止めるとにやりと笑みを浮かべる。

 

「コイツのためならば、700ポイントのライフなど有って無いようなもの。……手札から《サイバー・ドラゴン》を特殊召喚!」

 

《サイバー・ドラゴン》 ATK/2100 DEF/1600

 

「更に《融合呪印生物-光》を召喚! そしてリバースカードオープン! 罠カード《リビングデッドの呼び声》! 墓地から《サイバー・ドラゴン》を特殊召喚する!」

 

《融合呪印生物-光》 ATK/1000 DEF/1600

《サイバー・ドラゴン2》 ATK/2100 DEF/1600

 

 怒涛の召喚ラッシュ。それによって、その場には一気にモンスターが3体並ぶこととなった。

 サイバー・ドラゴンが2体と、融合呪印生物。しかし、サイバー系の融合モンスターは指定された融合素材でしか融合できず、融合代用モンスターは使用できないはず。

 それなのに、何故。疑問に思っていると、奴は泰然と口を開いた。

 

「クク、融合呪印生物は融合素材の代用となるルール効果を持っている。もっとも、サイバー・ツイン、サイバー・エンドはともに正規の素材でしか融合召喚が出来ないモンスターだがな。しかし、融合呪印生物にはもう1つ起動効果がある」

「融合呪印生物の起動効果? ……そうか!」

 

 融合呪印生物が持つ、起動効果。それは――、

 

「フィールド上のこのカードを含む融合素材モンスターをリリースすることで、光属性の融合モンスターをエクストラデッキから特殊召喚する!」

 

 サイバー・ツイン、サイバー・エンドの召喚条件は共に「サイバー・ドラゴン」を指定したものだが、そのテキストは「このカードの融合召喚は、上記のモンスターでしか行えない」というものだ。

 つまり、それは融合召喚だけに適応される制限なのだ。融合呪印生物の起動効果は、特殊召喚である。融合を用いた召喚でない以上その条件は適応されず、その両者は特殊召喚としてフィールドに現れることが出来る。

 起動効果の存在は完全に忘れていた。それならば、この状況で出てくるモンスターは決まっている。俺の頬を冷や汗が伝った。

 

「――破滅に導く光の化身! 我が最強の下僕ッ! 来い、《サイバー・エンド・ドラゴン》ッ!」

 

 自信に満ちたその声に応えるように、場のモンスター3体を光に変えて吸収した巨大なドラゴンがフィールドに降り立つ。

 見上げるほどの銀色に輝く巨体。そこから伸びる三本の首。ジャンク・ウォリアーと比べても何倍もある身体は迫力に満ち満ちており、ただ対峙しているだけで気圧されそうになる。

 カイザーが持つ最大の切り札。その名に全く恥じない威容がそこにはあった。

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK/4000 DEF/2800

 

「サイバー・エンド・ドラゴンの効果、お前なら当然わかっているな?」

 

 不意に向かい合う奴が口の端を持ち上げながら俺に尋ねてくる。

 そして当然、俺はよくわかっている。カイザーとは何度もデュエルをしているのだ。今更その効果を間違えるはずもない。

 

「攻撃力が守備力を超えていれば、その分だけダメージを与える……!」

 

 すなわち、貫通効果。その攻撃力の高さを存分に活かす効果を併せ持つ、超パワーモンスターだ。

 

「その通りだ! そして貴様の場には守備力800のボルト・ヘッジホッグ! ライフは残り1600! クク、それがどういうことか、わかるだろう」

「くっ……」

 

 本来守備表示であるボルト・ヘッジホッグがやられたところで、俺はダメージを受けない。だが、貫通効果を持つサイバー・エンド・ドラゴンとなれば話は別だ。

 その攻撃力差は3200。俺の残りライフの2倍にもなる。当然、それを受ければ俺のライフは0になり、敗北する。

 

「更に手札から《サイクロン》を発動する。これで邪魔なくず鉄のかかしには消えてもらおうか」

「くず鉄のかかしが……!」

 

 これでは相手の攻撃を止めることが出来ない。確実に俺を倒せるよう、ここまで用意していたのか……!

 頼みの綱でもあったくず鉄のかかしを破壊され目を見張る俺を見て、可笑しそうに奴は笑う。

 

「さて、ではそのネズミを粉砕するとしようか。――バトル!」

 

 この攻撃を受ければ、俺の負けは必至。

 なら!

 

「待て! バトルフェイズに入る前に俺は手札から《エフェクト・ヴェーラー》の効果を使う! このカードを手札から捨て、サイバー・エンド・ドラゴンの効果をエンドフェイズまで無効にする!」

 

 手札から捨てることで、選択したモンスターの効果をエンドフェイズまで無効にする優秀なモンスターカード。

 それゆえできれば手札に残しておきたいカードだったが、ここを逃せば負ける以上温存している余裕はない。

 あちらとしてはすんでで防がれた形になったわけだが、しかしその表情に動きはなかった。

 

「首の皮一枚繋がったか。では、今度こそバトルだ! サイバー・エンドよ、愚かな敵対者に裁きの光を! ジャンク・ウォリアーに攻撃! 《エターナル・エヴォリューション・バースト》!」

 

 その指示を受けた三つ首の竜の頭がそれぞれ口を開け、その中に破壊の力を凝縮した光を形成していく。

 それ一つでも十分に威力を秘めた一撃。それが惜しげもなく三つ、それぞれの口腔から放たれると、空中で一つに束ねられたそれは極太のレーザー砲のようになってジャンク・ウォリアーとその後方にいる俺を飲み込んだ。

 

「ぐぁぁあああッ!」

 

遠也 LP:1600→700

 

 暴力的な光が俺の身を灼く。受けたダメージは900ポイントだが、実際のダメージはまるでそれ以上であるかのようだ。攻撃力4000の一撃は、冗談では済まない威力がある。

 俺のライフを一気に1000以下まで落とす攻撃を受け、俺はなんとか踏ん張るものの身体はよろめいた。

 だが、どうにかこらえて余裕の表情を浮かべているだろう相手に顔を向ける。

 すると、そこには予想に反して怒りを込めた目でこちらを睨む姿があった。思いもよらない感情を向けられ、俺は驚く。

 

「カードを1枚伏せ、ターンエンドだ。……どうした、遠也。弱い、弱すぎるぞ! 今お前が生きているのは、ただ運が良かっただけに過ぎない! 本当ならお前の命は既にない!」

「……ッ」

 

 厳しく突きつけられた事実に、俺は言い返すことができない。

 プロとして長く戦ってきたカイザーの実力は上がっているはず。そう思ってはいたが、まさかここまで一方的にやられることになるとは思ってもみなかった。

 まさに見通しが甘かったとしか言いようがない。だからこそ、俺は反論すらできず黙るしかなかった。

 

「クク、いや俺が強すぎるからか? 所詮は遠也、貴様もただの人というわけだ」

 

 そんな俺の沈黙に気を良くしたのか、奴は己の力に酔うような口調でニヤニヤと笑う。

 あからさまに馬鹿にされている事実に苦いものを感じながら、俺はデッキトップのカードに指をかけた。

 

「ッ、俺のターン!」

 

 カードを手札に加える。

 確かに俺は見通しが甘かったかもしれない。だが、だからといって負ける道理はない。俺だって最後にカイザーとデュエルした時から成長しているんだ。

 それに、カイザーのことを助けると決めた。なら、こんなところで負けてやるわけにはいかない。

 

「カードを1枚伏せ、《ワン・フォー・ワン》を発動! 手札の《ゾンビキャリア》を墓地に送り、デッキからレベル1の《音響戦士(サウンドウォリアー)ベーシス》を特殊召喚!」

 

音響戦士(サウンドウォリアー)ベーシス》 ATK/600 DEF/400

 

 その名の通り、弦楽器のベースをモデルにしたモンスター。ベースから手足が生え、自身でベースをかき鳴らす姿はいささかシュールと言えなくもない。

 ベーシスはレベル1のチューナー。そして、その効果はシンクロ召喚にとって非常に有用なものだ。

 

「音響戦士ベーシスの効果発動! このカードのレベルを手札の枚数分アップさせる! 俺の手札は2枚! よってベーシスのレベルが3になる!」

 

 自身のレベルを変動させるという、チューナーとしては得難い能力。これによって、そのレベルは1から3へとアップする。

 そして今俺の場に存在するのは、このベーシスとボルト・ヘッジホッグのみ。そしてそのレベルの合計は5。なら、することは一つしかない。

 

「レベル2ボルト・ヘッジホッグにレベル3となった音響戦士ベーシスをチューニング! 集いし狂気が、正義の名の下動き出す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 殲滅せよ、《A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス) カタストル》!」

 

《A・O・J カタストル》 ATK/2200 DEF/1200

 

 攻撃力2200。サイバー・エンド・ドラゴンには圧倒的に及ばないが、その効果ゆえにサイバー・エンド・ドラゴンを始めとするサイバー流に対するメタカードともなり得るモンスター。

 白銀の装甲を四本の鉤爪で支える機動兵器が、金属の擦れる独特な音を響かせ青い一つ目のレンズをサイバー・エンド・ドラゴンに向ける。

 

「カタストルか……!」

「バトルだ! カタストルでサイバー・エンド・ドラゴンを攻撃! この時、カタストルの効果で闇属性ではないサイバー・エンド・ドラゴンはダメージ計算を行わずに破壊される! 《デス・オブ・ジャスティス》!」

 

 カタストルが強力であると言われる所以。それは、「闇属性以外のモンスターと戦闘を行う場合、そのモンスターをダメージ計算を行わずに破壊する」という広範囲のモンスターを対象に収めた破壊能力にある。

 光属性に大きく偏ったサイバー流にとって、これほど扱いに困るカードもない。実際、カイザーとのデュエルではかつてこのカードだけで殆ど動きを封じたこともあったぐらいだ。

 それほどのアドバンテージを持つカード。そのカタストルの青いレンズに徐々に光が集まり、一筋の光線を放とうとする。

 しかし、それを前にしても向こうに動揺は見られなかった。

 

「……かつて俺は、そのモンスターに苦しめられた。だが、俺がプロで遊んでいたとでも思っているのか?」

「なに!?」

 

 肩をすくめながら言われた言葉に、どういうことだと反応を返す。

 すると、奴はにぃっと三日月形に口を開いて笑った。

 

「クク、リバースカードオープン! 速攻魔法、《月の書》! このカードの効果により、遠也ァ……貴様の場のカタストルを裏側守備表示に変更する!」

「なッ……!」

「ソイツの効果は裏側になれば、たとえ攻撃されても発動できない。そうだったな?」

 

 その通りである。しかも既に攻撃宣言したため、メインフェイズ2で表示形式を変更させることも出来ない。

 レーザーを放つことなく、カタストルはカードが裏側になったことによってその姿はフィールドからカードの下へと隠される。

 カタストルも、今の破滅の光に乗っ取られたカイザーには脅威ではないというのか。俺はまたしても有効打を打てなかった事実に、臍を噛んだ。

 

「……ターンエンド!」

 

 エンド宣言をした俺を見て、奴がデッキからカードを引いて手札に加えた。

 

「俺のターン、ドロォ! そしてこのままバトルだ! サイバー・エンド・ドラゴンで裏側守備表示となっているカタストルに攻撃!」

「くッ、リバースカードオープン! 永続罠、《強制終了》! 自分の場のこのカード以外のカード1枚を墓地に送ることで、バトルフェイズを終了させる! 俺はカタストルを墓地に送る!」

 

 せっかく出したカタストルだが、この状況では仕方がない。他に墓地に送るカードもない以上、俺はカタストルを選択するしかなかった。

 

「ふん、難を逃れたか。ターンエンドだ」

 

 仕留められなかったことが不満なのか、鼻を鳴らしてエンド宣言をする。

 それを見ながら、俺は改めてカイザーの強さというものを思い知らされていた。手札に来るカードの引きの良さ、こっちが何をしても確実に対策をしてくる対応力。

 それはプロとして活動してきた中で、より洗練されたのだろう。去年に戦った時よりもずっとカイザーは強くなっている。

 プロの中でも実力者として評されているのは伊達じゃないということらしい。俺はライバルの成長を喜ぶと同時に、その力が今自分に大きな壁となって襲い掛かっている事実に何とも言えない気持ちになる。

 ……相手の場には攻撃力4000のサイバー・エンド・ドラゴン。俺の場にはモンスターはなし。情勢は俺が圧倒的に不利。

 だが、だからといって諦めるなんてもってのほかだ。ここは絶対に喰らいつく。そして、絶対に俺が勝つんだ。

 

「俺のターンッ!」

 

 そうしてカードを引いたところで、何か不思議な感覚を感じて俺は奴から目を離した。

 視線の先にあるのはホワイト寮だ。ちらりと横目で見れば、あちらも俺と同じくホワイト寮を見ている。

 破滅の光の意思も何かを感じたのだろうか。そう思った直後、ホワイト寮の上空へと駆け昇っていく二つの光が俺たちの目に飛び込んできた。

 光の中心には何かがいるようなのだが、生憎普通の視力しかない俺には確認できなかった。だが、代わりに奴の顔が驚愕に彩られており、やがて信じられないとばかりに声を上げた。

 

「ネオスにブラック・マジシャン・ガールだと!? まさか、本体が倒されたのか!?」

 

 そして、俺はその言葉だけで何が起こっているのかを察することが出来た。

 恐らく斎王を倒したわけではないのだろう。さすがに早く決着がつきすぎだからだ。斎王はそこまで簡単に勝てる相手ではない。

 なら、きっと十代が斎王に隙を作ることに成功したに違いない。そしてその隙をついてネオスとマナがレーザー衛星ソーラを何とかするために飛び出したのだ。

 となると、二人の目的地は宇宙となるわけだが……ネオスはともかくマナは大丈夫なのか? まぁ、ある意味宇宙のスペシャリストともいえるネオスがついているなら大丈夫か……。

 そこまで考えたところで、ふと俺の心にのしかかっていたプレッシャーが軽くなっていることに気が付く。さっきまでのどこか破滅の光の意思に気圧されていたような感覚が、薄れているのだ。

 それを自覚し、俺は苦笑した。

 なんてことはない、俺はどうやら勘違いしていたらしい。このデュエルで絶対にカイザーを助ける、破滅の光の意思に勝つ。そう思うことは悪いことではないが、どうも知らずそれに固執し過ぎていたようだ。

 俺は頭を掻き、空に昇っていく二つの光を見上げた。

 

 ――大切なのは、デュエルを楽しむこと。そうだよな、十代。

 

 今も戦っているであろう親友の姿を思い描く。俺としたことが、そんな簡単なことを忘れていたなんて。

 俺はやれやれと自分自身に肩をすくめ、憎々しげに空を見つめる男に目を戻す。

 その表情に先ほどまであった余裕は見られなかった。

 

「おい、いつまで見てるんだ。デュエルはまだ終わってないぜ?」

「ッ! ……ふん、後がないわりに威勢のいいことだ」

「どうかな。俺には今のお前の方が余裕がないように見えるがな」

 

 自分でもそれについては思うところがあったのか、図星を指された奴はカッと激情を露わにした。

 

「御託はいい! 早くターンを進めろ!」

「言われなくても、進めるさ! 俺はモンスターをセットし、ターンエンドだ!」

 

 俺の場に横向きに伏せられたカードが現れ、俺のターンが終了する。

 それを、訝しげに見て奴は唸る。

 

「モンスターをセット、それだけだと? 強制終了の効果が狙いか?」

「………………」

 

 抱いた疑問を口に出すが、しかし問われて答えるほど俺も馬鹿じゃない。

 さぁ、どうかな。そんな意味を込めて笑みを返すだけである。

 しかし、その態度はどこか焦りすら感じられる今の奴にとって、火に油を注ぐと同意の行動であるらしかった。もはや余裕などなく、表情を鬼のように歪める。

 

「忌々しい……! すぐに、何をしても無駄だとわからせてやろう! 俺のターン、ドロォ!」

 

 怒りに任せてカードを引くと、それを手札に加えて奴は大きく叫ぶ。

 

「光の前では全ての闇は取り払われる! いけ、サイバー・エンド・ドラゴン! 姿を隠した敵の姿を、光によって晒すのだ! 《エターナル・エヴォリューション・バースト》!」

 

 三つ首から放たれる光の砲撃。それが俺の場に届く直前、セットされていたカードが反転し、そこに記されていたモンスターが俺の場に守備態勢を取って現れる。

 

《マッシブ・ウォリアー》 ATK/600 DEF/1200

 

「俺が伏せていたのは《マッシブ・ウォリアー》だ! よってその効果により、このカードの戦闘によって発生する俺への戦闘ダメージは0になる! 更にこのカードは1ターンに1度だけ戦闘では破壊されない!」

 

 どれだけ高い攻撃力だろうと、貫通効果であろうと、必ず防ぎきってくれる頼もしいモンスターだ。

 しかし、それは俺にとってであり、相対する対戦者にしてみれば邪魔な存在でしかない。またも俺に届かなかった攻撃に、その表情は最早見る者に恐怖を与えるほどに禍々しいものとなっていた。

 

「面倒なモンスターだッ! 雑魚の分際でェッ! カードを2枚伏せ、ターンエンド!」

 

 歯ぎしりがこちらまで聞こえてきそうなほどに怒りを込めた声が、奴の口から放たれる。

 それは、普段のカイザーであれば絶対に言わない言葉。カードを馬鹿にするような、そんな発言は許さない。カイザーは、そんな高潔な男だった。

 

「……まさかお前の口からそんな言葉を聞くことになるなんてな……」

 

 だからこそ、その内面が違うモノであるとはいえ、同じ口からそんな言葉が吐き出されるのが悲しかった。

 しかし、それは今は言っても詮無いこと。俺に出来るのは、その言葉を否定して俺のやり方でデュエルを制することである。

 

「俺の仲間を……カードたちを、雑魚なんて呼ばせない! 俺のターンッ!」

 

 手札に引いたカードを確認し、俺の口元が僅かに緩む。

 

「よし! 俺は《調律》を発動! デッキから《クイック・シンクロン》を手札に加え、デッキトップのカードを墓地に送る。更に《レベル・スティーラー》を捨て、クイック・シンクロンを特殊召喚!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

 

 まるでテキサスのガンマンのように、リボルバーを構えてクイック・シンクロンが銃弾を放つ。

 それは空間に現れたジャンク・シンクロンの絵を撃ち抜いた。

 

「レベル2マッシブ・ウォリアーにレベル5クイック・シンクロンをチューニング! 集いし怒りが、忘我の戦士に鬼神を宿す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 吼えろ、《ジャンク・バーサーカー》!」

 

 2つの星が5つの光るリングを潜り抜け、溢れ出した光から現れるのは巨大すぎる大斧だった。

 それを空気を切り裂いて一気に上段に持っていった屈強な身体に赤い鎧をまとった鬼が、明らかに超重量な斧を肩に担ぐ。

 そして、両足で地面を打ち鳴らして咆哮を上げた。その姿はまさに鬼のようであり、バーサーカーの名に相応しいものであった。

 

《ジャンク・バーサーカー》 ATK/2700 DEF/1800

 

 更にここで、俺は墓地のカードに目を向けた。

 

「ジャンク・バーサーカーの効果発動! 墓地の「ジャンク」と名のついたカードを除外することで、相手の場のモンスター1体の攻撃力を除外したモンスターの攻撃力分ダウンさせる!」

「なにッ!?」

 

 ジャンク・バーサーカーは先に倒れた仲間たちの無念をその身に宿し闘う狂戦士。

 墓地からジャンクと名のつくモンスターがゆらりと半透明の姿を揺らしながら、ジャンク・バーサーカーの背後に控えた。

 そしてジャンク・バーサーカーの攻撃力をダウンさせる効果に、1ターンでの回数制限はない。

 

「まずはジャンク・シンクロンを除外し、サイバー・エンド・ドラゴンの攻撃力をダウンさせる!」

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK/4000→2700

 

「更にジャンク・ウォリアーを除外!」

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK/2700→400

 

 これでサイバー・エンド・ドラゴンの攻撃力は元々の攻撃力の10分の1にまで下がった。それでも奴の残りライフを削りきることは出来ないが、それよりも厄介なサイバー・エンド・ドラゴンを倒すほうが先決である。

 攻撃力の差は歴然。今ならば、問題なく破壊できる。

 

「馬鹿なッ……!」

 

 これだけ攻撃力を下げてしまえば、恐れるものは何もない。

 俺はただジャンク・バーサーカーに指示を出すだけである。

 

「バトル! ジャンク・バーサーカーでサイバー・エンド・ドラゴンに攻撃! 《ジャンク・クラッシュ》!」

 

 ジャンク・バーサーカーが身の丈を超える大戦斧を振り上げ、サイバー・エンド・ドラゴンに向かって一思いに振り下ろす。

 ジャンク・バーサーカー自身の膂力に重力と加速、更に斧それ自体の重さが加わった一撃は、サイバー・エンド・ドラゴンの硬い鋼の鱗であっても一気に引き裂く力を持つ。

 そしてこれによって向こうのライフは大きく削られるだろう。当然そうなると俺は思っていたが、しかし奴はその予想を覆した。

 

「舐めるなァ! 罠発動! 《ガード・ブロック》! この戦闘ダメージを0にし、俺はカードを1枚ドローする!」

 

 奴の周囲に結界のような光が張られ、それがプレイヤーへのダメージを防ぎ、奴はカードをドローした。

 さすがにこれは予想していなかった。ガード・ブロックは俺が元の世界から持ち込み、好んで使うカードだが、シンクロのパックが発売されたことによりこのカードもまたこの時代では既に一般販売されている。

 それを手に入れ、カイザーはデッキに組み込んでいたのだろう。まさかガード・ブロックで止められるとは思わなかった。

 だが。

 

「モンスターの破壊は無効にできない! いけ、ジャンク・バーサーカー!」

 

 ジャンク・バーサーカーが振り下ろした斧は狙い違わずサイバー・エンド・ドラゴンの身体を両断した。その衝撃に悲鳴のような咆哮を上げ、爆散するサイバー・エンド・ドラゴン。融合で出てきたわけではないから、蘇生も出来ない。

 大金星と言っていい戦果だ。それを為したジャンク・バーサーカーが斧を担いで俺の場に戻ってくる。

 そして、ダメージこそないもののサイバー・エンド・ドラゴンを倒された奴は、倒された直後から信じられないとばかりに顔を俯かせる。

 しかしやがて顔を上げると、瞳孔が開ききった憎悪の瞳を持つ恐ろしい形相で俺を睨みつけてきたのだった。

 

「とぉやァ……ッ! よくも、よくも我が光の意思を象徴するサイバー・エンド・ドラゴンをぉッ!」

 

 犬歯を剥き出しにした、カイザーとは思えない顔つき。溢れんばかりの怒りを向けてくるその表情を、俺は真っ向から受け止めて見つめ返した。

 

「……サイバー・エンド・ドラゴンはカイザーを象徴するカードだ。断じてお前を象徴するカードじゃない! それは何よりもカイザーの誇りを象徴するカードだ! 破滅の光なんか関係ない! カイザー! お前自身を象徴する、無二の相棒なんじゃないのかよ!」

 

 光の意思の象徴などではない。サイバー・エンド・ドラゴンはそれよりもずっと前から、ただ丸藤亮という男を象徴する彼自身の誇りの代名詞とも言うべきカードだった。

 それを自覚し、誇り、更なる研鑽の先に己が相棒に相応しい男でいようとする。そんなカイザーだからこそ、この学園の生徒はみんな彼を慕ったのだろう。

 だというのに、その誇りをあろうことか破滅の光の意思などというものにいいようにされている。カイザーを頼れる先輩として、そして同時に友でありライバルとして思う俺が、カイザーの誇りを馬鹿にされて黙っていられるわけがなかった。

 

「サイバー・エンド・ドラゴンの相棒は、破滅の光じゃない! お前だろう、カイザー!」

「相棒……俺の……くッ、黙れェ! 破滅の運命に抗おうとする愚か者め……! 宇宙は生まれ、滅び、また生まれ、破滅する。この繰り返しが必要なのだと、なぜわからん!?」

「知るか、そんなの! たとえそのサイクルが本当に必要なんだとしても、お前の意思ひとつで破滅なんかさせられてたまるか! 俺にも、皆にだって……まだまだ生きて、やりたいことが沢山あるんだ! ジャンク・バーサーカーのレベルを1つ下げ、レベル・スティーラーを守備表示で蘇生! 更にカードを1枚伏せ、ターンエンド!」

 

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

 

 ターンが俺から向こうに移る。

 その瞬間、まるで己の中の憤りをそのままカードにぶつけるかのように、奴は思い切りカードを引いた。

 

「俺のターン、ドロォオッ! 《強欲な壺》を発動、2枚ドロォ! 更に《貪欲な壺》を発動! 墓地の《サイバー・ドラゴン》2体に《サイバー・エンド・ドラゴン》《サイバー・レーザー・ドラゴン》《プロト・サイバー・ドラゴン》の5枚をデッキに戻し、2枚ドロー!」

 

 サイバー・ドラゴンをデッキに戻したか。なら、恐らくそこから何かコンボを決めてくるはず。俺が警戒して見ていると、奴は手札のカードを手に取りながら口を開いた。

 

「貴様のその自分勝手な考えは欲望であり、すなわち闇だ! 光はその穢れを浄化し、白く真っ新な世界を生み出す! 手札から《天使の施し》を発動! 3枚ドローし、2枚捨てる!」

 

 これで最終的に手札は4枚となった。その中から1枚を選び取り、奴は凶悪な笑みと共にそれをディスクに差し込んだ。

 

「永続魔法《未来融合-フューチャー・フュージョン》を発動ッ! デッキから《サイバー・ドラゴン》3体を墓地に送り、発動後2回目の俺のスタンバイフェイズに《サイバー・エンド・ドラゴン》を融合召喚扱いとして特殊召喚する!」

 

 未来融合。墓地に特定のモンスターを即座に落とすという意味でも、非常に有用なカードだ。サイバー・エンド・ドラゴンを倒したのは僅か1ターン前のことだ。だというのに、こんなすぐに再びサイバー・エンドに繋げられるとは。

 その驚異的な引きに、俺は思わず言葉を失う。しかし、そんな俺の驚愕は尚早に過ぎたのだと俺はすぐに知ることになる。

 そう、奴はそこから更に手札のカードを掴んだのだ。

 

「速攻魔法、《サイバネティック・フュージョン・サポート》を発動ッ! ライフを半分払い、機械族の融合モンスターを融合召喚する時に必要なモンスターをこのカードで代用できる! その際、自分のフィールド上または墓地から融合モンスターカードによって決められたモンスターをゲームから除外する!」

「な、なんだとッ!?」

 

 2ターンを待たず、即座に融合召喚!? まさかキーカードがすべて今のドローで手に入ったのか!? いったいどんな引きをしていればそんなことが出来るのか。目を見開く俺に、奴は楽しげに手札のカードを取ると裏返して俺に見せた。

 

「それは……!」

 

 カイザーと、翔。二人を繋ぐ思い出のカードにして、サイバー・エンド・ドラゴンを更なる最強のモンスターへと変える魔法カード……!

 思わず表情を変える俺を見て満足げに笑うと、奴はそのカードをそのまま発動させる。

 

「《パワー・ボンド》を発動ォッ! 墓地のサイバー・ドラゴン3体を除外し、《サイバー・エンド・ドラゴン》を融合召喚ッ! 現れろ、サイバー・エンド・ドラゴンンッ!」

 

亮 LP:3300→1650

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK/4000 DEF/2800

 

「サイバー・エンド・ドラゴンッ……!」

 

 僅か1ターン。ほぼタイムラグなしで再び俺の前に現れた三つ首の機械竜。その巨体が放つ威圧感に、俺は思わず呻き声を上げた。

 だが、恐ろしいのはそれだけじゃない。このサイバー・エンド・ドラゴンは《パワー・ボンド》で融合召喚された。つまり、パワー・ボンドに備わった効果が付与されるということになる。

 

「パワー・ボンドの効果だァ! このカードで融合召喚されたモンスターの攻撃力は2倍になるッ!」

 

 その叫びに応えるように、サイバー・エンド・ドラゴンが雄叫びを上げる。

 見る見るうちにサイバー・エンド・ドラゴンの巨躯を光が覆い、その内包するエネルギーを増加させていく。それは荒れ狂う風となってフィールドを駆け抜け、俺の頬に伝った汗すら吹き飛ばしていった。

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK/4000→8000

 

 攻撃力8000……! たとえライフが8000のルールであったとしても、一撃で刈り取りワンターンキルを達成することが出来る、恐ろしいまでの攻撃力だ。

 

「最後に《サイバー・ジラフ》を召喚ッ!」

 

《サイバー・ジラフ》 ATK/300 DEF/800

 

 伝説上の生物である麒麟を模した鋼の身体。四足で思い切りカードから飛び出したそれが、あちらの場に着地する。

 サイバー・ジラフ……自身をリリースすることでこのターンにプレイヤーが受けるダメージを無効にする効果を持つカード。

 そしてパワー・ボンドはその強力な効果ゆえに大きなデメリットを持っている。それは、エンドフェイズにこのカードで融合召喚したモンスターの元々の攻撃力分のダメージを負うというものだ。

 サイバー・エンド・ドラゴンであれば、元々の攻撃力は4000。つまり、たとえライフが満ちていたとしてもその効果ダメージだけで敗北してしまうほどのデメリットなのだ。

 しかし、サイバー・ジラフがいればそのダメージは無効にできる。つまり、ここを耐えて自滅を狙うという戦術はとれないということだ。

 

「くッ……」

 

 思わず漏れる苦悶の声。それほどまでに、今のサイバー・エンド・ドラゴンは大きな脅威である。

 

「更に! 伏せてあった《砂塵の大竜巻》を発動! 相手の魔法・罠カード1枚を破壊する! 強制終了を破壊!」

「なにッ!」

 

 フィールドに伏せてあったカードが起き上がり、そこから発生した竜巻が強制終了を容赦なく破壊する。ここで長く防御役として使える強制終了が破壊されるとは……。

 思わず漏れた俺の声が聞こえたのか、奴は狂喜に満ちた顔で俺の場に手を向けた。

 

「バトルだぁッ! サイバー・エンドの光によって、消し飛ぶがいいィ! サイバー・エンド・ドラゴンでジャンク・バーサーカーに攻撃ィ!」

 

 大きく腕を振り払うようにして、サイバー・エンド・ドラゴンに指示を送る。それを受け取ったサイバー・エンド・ドラゴンは、大きな咆哮を上げて翼をはためかせると、その口腔に再び莫大なエネルギーを集束させ始めた。

 攻撃力8000の攻撃。このダメージを受けるわけにはいかない! 

 

「カイザー自身が相手ならともかく、お前なんかに負けてたまるかよ! リバースカードオープン! 《ガード・ブロック》! この戦闘ダメージを0にし、俺はカードを1枚ドローする!」

「だが、攻撃を止めることは出来ないッ! ジャンク・バーサーカーを消し去れ! 《エターナル・エヴォリューション・バースト》ォ!」

「ぐぅッ……!」

 

 ダメージこそないが、余波だけで俺の身体が持っていかれそうになる。ダメージが実体化するこのデュエルだからこその衝撃が襲いかかっているのだ。

 

「まだだ! サイバー・ジラフでレベル・スティーラーに攻撃だ!」

「ッ!」

 

 最後にサイバー・ジラフがレベル・スティーラーに向かって突進し、体当たりによってレベル・スティーラーは破壊される。

 加えて、ジャンク・バーサーカーも破壊されたことで俺のフィールドにモンスターは0。伏せカードもなく、バトルフェイズこそ終わったものの、俺の劣勢は明らかだった。

 ゆえに、そんな俺を見て奴は愉悦に歪んだ表情を見せる。

 

「見ろ! 貴様は既に防戦一方だ! 俺はサイバー・ジラフをリリースし、このターン受ける俺へのダメージを0にする! これによってエンドフェイズに発生するパワー・ボンドの効果、サイバー・エンド・ドラゴンの元々の攻撃力分のダメージは無効だ! ターンエンド!」

「くッ……!」

 

 強い……! 言われたい放題だが、しかしそう言うだけの実力は確かにある。

 例えその意思を乗っ取られていようと、十全に能力を発揮する恐ろしいほどの強さを持ったデッキ。これが、カイザーの力。プロとして俺たちとは違うフィールドで世界中の実力者相手に鎬を削ってきた男の力というわけか。

 本当に、強い。だが……そんな男に、俺は勝ちたい!

 これがどれだけ大切なデュエルであるか、そんなことはよくわかっている。だが、何かに迫られてやるデュエルなんて、俺のデュエルじゃない。デュエルはもっと楽しくて、そして熱くなれるものだ。

 今は離れていても共に戦っている仲間の姿を思い浮かべる。そう、それこそが俺たちのデュエルだ! そしてカイザーもまた、そんなデュエルに魅せられた男だったはずだ!

 だから、ただ勝つだけじゃない。俺は俺たちのデュエルを通したうえで、このデュエルを制してみせる!

 

「――俺のターンッ!」

 

 このデッキを、カードたちを信じて、俺はデッキからカードを引いた。

 破滅の光の意思。お前なんかにカイザーの、俺の仲間をこれ以上好きにさせはしない。そんな気持ちを強く込めて、俺は自分が出来る最大の力を出すべく集中していくのだった。

 

 

 

 



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第53話 流星

 

 レーザー衛星ソーラの脅威に晒されながらの、十代と斎王のデュエル。ネオスとマナはソーラを何とかしようと試みたが、惜しくも斎王が発動したフィールド魔法《光の結界》によってその行動を封じられてしまう。

 光の結界には精霊の活動を抑制する効果があったのだ。それゆえ、ネオスは力を温存するためか姿を消し、マナは精霊状態から実体化して結界からの干渉を最低限に防ぐという手を取った。

 光の結界によって行動を制限されたマナは、翔と剣山、そして目を覚ましたエドと一緒に十代のデュエルを見守っていた。光の結界さえなくなれば、すぐにでも飛び出せるように気を配りながら。

 そして、戦況がめまぐるしく動く中。ついにその時は訪れた。

 

「――《E・HERO グロー・ネオス》の効果発動! 1ターンに1度、相手の場の表側表示のカード1枚を破壊し、破壊したカードの種類によって更なる効果を得る! お前の表側表示のカードは1枚だけだ! 砕け散れ、《光の結界》!」

「なにィッ!?」

「いけ、グロー・ネオス! 《シグナル・バスター ブルー・ライトニング》!」

 

 グロー・ネオスの放った青い光が斎王を襲い、場に存在していた光の結界を破壊する。そして、魔法カードを破壊したことにより直接攻撃の効果を得たグロー・ネオスが斎王を攻撃し、そのライフに大ダメージを与えた。

 たたらを踏む斎王。その姿を見ながら、マナはすぐさま自身を精霊状態へと戻した。

 そして、直接攻撃を終えたグロー・ネオスが十代と一言二言話すと、その視線をマナに向けた。その視線に頷きを返し、マナはすぐさまグロー・ネオスの側に向かい、その力を受ける。

 それによって宇宙空間で活動する力を得たマナは、フィールドに分身を残して飛び立つネオスを追う形でデュエル場となっていた女神像の部屋から上へと飛び出していくのだった。

 地上、空、オゾン層すら超え、宇宙へ。そしてそこに浮かぶ鋼鉄の兵器を視界に収め、マナとグロー・ネオスは頷き合った。

 

『いくよ、ネオス!』

『ああ! 破滅の光の好きにはさせない!』

 

 マナは杖を構え、そしてネオスは半身の構えを取る。そして、さぁここからというところで、徐々にネオスの身体は薄れていった。

 どうやら十代のフィールドに残してきたネオスの分身に何かあったようだが、ここで消えてもらっては困る。マナは自身の魔力をネオスに分け与え、どうにかその形を保つことには成功した。

 しかし……。

 

『クッ、これではとてもじゃないが全力とは……』

 

 悔しげにネオスが唸る。あのまま消えてしまうことだけは避けられたが、ソーラを破壊するほどの力は残っていなかったのだ。

 しかし、マナに焦りはない。構えた杖を一度肩にトンと乗せると、歯噛みするネオスに笑みを見せた。

 

『大丈夫。十代くんなら、すぐに逆転してくれるよ』

『私もその点は信頼している。しかし、ソーラの危機は……』

 

 なおも言い募るネオスに、マナは肩に置いていた杖をもう一度構えた。

 目の前には、レーザー発射のためにエネルギーの充填を始めたソーラの姿がある。

 そして発射されるレーザーの第一撃目。僅かに地球から逸れたそれを共にかわしたところで、マナの杖先に黒い魔力が集まりだした。

 

『確かに、ソーラは大きすぎるから破壊は出来ないかもしれない。……けど!』

 

 杖先にマナが込められる最大の魔力が集っていく。集まった魔力は黒い球体となり、その直径は時間の経過に比例してどんどん大きくなっていっていた。

 初めは野球ボールほどしかなかったそれは、やがてバスケットボールほどになり、ついには腕で抱えられないほどの大きさへと到達する。

 それでも満足できないのか、球体は更なる膨張を続ける。それは結局マナの背丈を超えるほどの大きさになったところでようやく終わりを迎えた。

 杖の先に集まった全身全霊の力。それを見て、さすがのネオスも驚きを隠せないようだった。

 

『上級魔術師の力……これほどとは……!』

 

 その声に、少し気を良くしたのかマナはウィンクで返した。

 

『お師匠様の顔に泥を塗るわけにはいかないもん! それに――』

 

 宇宙に上がってくる前。地上でカイザーと共にこちらを見上げていたその姿を思い出す。あの距離では、あちらからは見えていなかったかもしれない。しかし、その姿をマナはしっかり見ていた。

 デュエルディスクを腕に着けてカイザーと対峙していた、その姿を。

 

『遠也が頑張ってるのに、私が頑張らないわけにもいかないからね!』

 

 自らを勇気づけるように声を弾ませて言ったマナは、その恐ろしいまでに巨大化した魔力の塊をソーラに向ける。

 ソーラはレーザーという最先端の兵器を乗せた人工衛星だけあって、それに見合う大きさを誇る。ただ攻撃しただけでは、破壊までは至らないだろう。

 しかし、兵器としての役割を潰すだけならば恐らく可能だとマナは判断した。つまり。

 

『その発射口さえ潰せば、もうレーザーは撃てないでしょ!』

 

 パラボラアンテナのような襟の中心で光を集束させて撃ち出すための突起部分。それにマナは全ての神経を注いでいた。

 そして、杖先に集った渾身の魔力に発射を促す最後の一押しを加える。

 

『いっけぇっ! 《黒魔導爆裂破(ブラック・バーニング)》ッ!』

 

 そのワードとともに凝縮された魔力砲が一気に解放され、バチィッとあたかも雷が落ちたかのような撃音が耳朶を打つ。本来宇宙空間で音は鳴らないはずであるのに聞こえたのは、ネオスの力の加護を受けているためか。

 ともあれマナの手を離れた黒い砲弾は狙い通りに発射口へと直進していった。そして着弾した瞬間、凝縮されていた黒い魔力は一気に外側に吹き出し、嵐のような苛烈さで発射口をズタズタに引き裂いていく。

 機械内部の導線にも影響したのか、魔力による蹂躙の後に発射口は大爆発を起こして原形をとどめないほどに破壊された。

 人工衛星の本体はマナの予想通り無事である。しかし、発射口を潰されてはもうどうしようもあるまい。

 一仕事終えたマナが肩で息をしつつ、隣に立つネオスにVサインを向ける。

 それに対してネオスが何か反応しようとするが、その前にネオスの姿が掻き消えた。

 突然のことにマナも思わず目を丸くする。魔力による維持に限界が来たのだろうか。そう考えるが、その答えはすぐに現れた。

 直後、マナは突然宇宙空間に位相の違う空間の出現を感じ取った。魔力の変調によって察知したそちらに目を向ければ、そこには十代と斎王が向かい合っている姿が見て取れる。

 十代がフィールド魔法、《ネオスペース》を発動させたことで、ネオスペーシアンの力により一時的に実際の宇宙空間と僅かながらに繋がったのだ。恐らくネオスは十代が近くに来たことで、あちらに引き寄せられて戻ってしまったのだろう。

 どうやらデュエルも佳境のようで、斎王の背後には黒い巨体を長く太い腕で支えるかのようなアンバランスなモンスターがいる。

 それこそが斎王の切り札にして最強のモンスター。《アルカナフォースEX(エクストラ)THE LIGHT RULER(ザ・ライト・ルーラー)》だった。

 

 対して十代の場には何もいない。しかし、その表情に諦めの色はなかった。

 それを観察していると、二人の視線がマナ……というよりはソーラに向く。そして、二人はともに目を見開いて驚愕を露わにした。

 次いで、斎王は怒りに。十代は笑みへとその表情は変貌していく。

 

「ソーラが破壊されているだと……ッ! 魔術師の精霊めェ! 貴様の仕業かァ!」

 

 どういう理屈か、その声はマナにも聞こえた。あらん限りの怒りを込めた斎王の問い。狂気に彩られた恐ろしい形相のそれを向けられ、さすがにマナも一瞬ひるむ。

 しかし、すぐにそんな気持ちを振り払うと、マナは斎王に向き合った。そして、片指で目の下を押さえ、小さく舌を出す。いわゆる“あっかんべー”のポーズをし、マナはどうだとばかりに胸を張った。

 僅かばかり気圧されたことさえ、気付かせてなるものか。万丈目、明日香、カイザー……マナにとっても大事な友達や多くの人々に迷惑をかけた破滅の光。そんな奴にほんの少しでも屈したくはない。そんなマナの気持ちが現れた行動だった。

 そして、動揺した後にそんな真似をされた斎王は、絶叫にも近い怨嗟の声を上げた。

 

「き、貴様ァァアアッ!!」

「はは! さすがマナだぜ! どうだ、斎王! これで世界を破滅させる手段はもうないぜ!」

 

 怒りに震える斎王に、十代はそう言って既にその目的が実行できないことを示す。しかし、斎王は表情を歪めたままその言葉を否定した。

 

「抜かせ! 破滅は運命による必然だ! ソーラなどなくても、必ず完遂される! この私がいる限りなァア!」

「そんなこと、させるかよ! 俺は《黙する死者》を発動! 墓地から《E・HERO ネオス》を特殊召喚!」

 

 十代の場に守備表示で現れるネオス。更に十代はネオスペーシアンの一人、グラン・モールを召喚し、コンタクト融合。そして現れた《E・HERO グラン・ネオス》の効果により、斎王の場のライト・ルーラーを手札に戻そうとする。

 しかし。

 

「罠カード《逆転する運命》を発動! アルカナフォース1体の正位置と逆位置の効果を入れ替える! そしてライト・ルーラー逆位置の効果! 攻撃力を1000ポイント下げることで、このカードを対象にしたあらゆる効果の発動を無効にし、破壊する! そして相手はカードを1枚ドローする!」

「くッ! ――ドローッ!」

 

 ライト・ルーラーを手札に戻そうと効果を発動したグラン・ネオスめがけ、ライト・ルーラーの効果が炸裂して破壊される。これで、十代の場は空っぽとなった。

 

「無駄なのだよ、何もかもォ! 破滅の光によって世界は滅び、そしてまた再生される! この営みは自然の摂理! 貴様ごとき人間が何をしたところで、変えることは出来ないのだ!」

「まだだ! 諦めてたまるか! ――どんな状況でも、絶対に諦めない! たとえ膝を折っても、必ずまた立ち上がる! それが……俺が子供のころ憧れていた、真のヒーローの姿だ! 手札から速攻魔法発動!」

「なにッ!」

 

 十代は最後の手札を取ると、それをディスクへと差し込んだ。

 

「《リバース・オブ・ネオス》! デッキからネオスを特殊召喚!」

 

 攻撃表示で蘇るネオス。十代にとってのエースであり、特別なHERO。しかしその姿を前にしても、斎王の余裕の笑みは崩れない。

 

「ヒヒヒ、ハハハハ! お前のHEROの力では、光の盟主たるライト・ルーラーには届かん!」

「それはどうかな! ネオスペースの効果で、ネオスの攻撃力を500ポイントアップ! 更に、リバース・オブ・ネオスの効果で蘇ったネオスの攻撃力は更に1000ポイントアップする!」

 

 ネオスの元々の攻撃力は2500。よって現在の攻撃力は……。

 

《E・HERO ネオス》 ATK/2500→4000

 

 そして、斎王の場に存在するライト・ルーラーの攻撃力は元々の値である4000から1000ポイント下がった3000である。

 その差、1000ポイント。斎王の残りライフは――600ポイントだ。

 

「ば、かな……! 馬鹿なァッ!」

「これで終わりだ、斎王! いや、破滅の光! ネオスでTHE LIGHT RULERに攻撃! 《ラス・オブ・ネオス》!」

 

 十代の場からネオスが飛び上がり、ライト・ルーラーめがけて宇宙空間を駆ける。そしてその勢いのまま一気に斎王の場へと距離を詰めると、その光る手刀を振りかざし、ライト・ルーラーを一刀両断の元に斬り伏せるのだった。

 

「ぐ、ぅうぁぁあああァアッ!」

 

 その攻撃によってライト・ルーラーは破壊され、斎王のライフは0を刻む。断末魔のごとき叫びをあげた斎王の身体から、白く大きな靄が立ち上り、苦しそうに空間をもがく。

 破滅の光の意思の本体ともいうべき存在。それはやがて苦しみから逃れるように地球に向かって落ちていく。

 そして、後には倒れ伏せる斎王だけが残されたのであった。

 

「斎王ッ!」

 

 ぴくりともしない斎王に、十代が心配の声を上げるが、その斎王の横に現れた人影に息を呑んだ。

 十代にも覚えがある紅白の袴姿。かつて修学旅行でエドとともに対戦した斎王の妹がそこに立っていた。

 

「美寿知!?」

『十代……兄を止めるという約束を守ってくれたのですね。ありがとう』

 

 穏やかな顔で微笑む美寿知に、十代は戸惑い気味に口を開いた。

 

「あ、ああ。けど、美寿知が何でここに?」

『私はいざとなったらソーラを止めるべく、自身をデジタル化してあの衛星の中に潜んでいたのです。……幸いなことに杞憂で済んだようですが』

 

 マナによって発射口が見事に破壊されたソーラを美寿知は見る。そんな美寿知の言を聞き、十代はなるほどと納得して頷いた。

 そしてその時、伏せていた斎王の瞼が動いてゆっくりとその目が開かれていく。その目に最早狂気の色はない。優しさがにじみ出るような、そんな澄んだ瞳が美寿知の姿を捉える。

 美寿知は元に戻った兄に良かったと告げ、その姿を薄れさせる。今の美寿知はソーラの電力を借りた立体映像だったのだ。また会える、そう最後に残して美寿知はこの場から姿を消したのであった。

 それを見届け、こちらに合流してきたマナに十代は目を向ける。それと同時にネオスペースのソリッドビジョンも解除され、元の女神像の部屋に全員が戻ってきた。

 これで終わった。この場にいる誰もがそう思ったが、しかしネオスは十代に危険を告げた。

 

『十代! まだ外に破滅の光の意思の気配を感じる! それにこれは……斎王に憑いていたものも、合流しようとしている!?』

「なんだって!? ……そうか、外には破滅の光に乗っ取られたカイザーがいるんだ!」

 

 マナから聞いていた話を思い出す。そして、そのカイザーの相手は今遠也がしているはずだ。遠也には破滅の光と対立するネオスペーシアンの助力はない。それを考えると、十代の心に徐々に不安が押し寄せてきた。

 そして、その十代の叫びに反応したのは翔だった。翔は、驚いた表情で十代に問う。

 

「お、お兄さんが!? 兄貴、それは一体……!」

 

 しかし十代はその言葉と同時に駆けだしていた。

 

「説明は外に向かいながらするぜ! ネオス、マナ! 遠也が心配だ、すぐに行こう!」

『ああ!』

『うん!』

 

 十代の言葉にすぐに頷いた二人は、十代の隣を並走するように飛ぶ。

 そして同じくその言葉を聞いた翔たちは、それに遅れまいと慌てて行動を起こし始めた。

 

「あ、兄貴! エドくん、もう走れる!?」

「ああ。そこまで世話になるわけにはいかないさ」

「じゃあ斎王は……まだ無理そうだから俺が担いでいくドン! 背中に乗れザウルス!」

「すまない、ありがとう」

「な、なんか調子狂うドン……」

 

 そんなこんなで全員が女神像の部屋を飛び出していく。

 全員の足音を聞きながら、十代は外にいる親友のことを思う。ただでさえカイザーは実力者だ。更に言えば、プロとして研鑽を積んできた以上その力はより強化されていると見て間違いない。

 そこに、破滅の光の意思まで加わっているとなると……。

 いくら遠也でも、危ない。その実力を信頼していても、破滅の光の危険性を考えれば、楽観的に考えるわけにはいかなかった。

 

(頼む、無事でいてくれ遠也!)

 

 そう心の中で祈りながら、十代は必死に床を蹴る足を動かすのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

遠也 LP:700

手札2 場・なし

 

亮(破滅の光) LP:1650

手札0 場・《サイバー・エンド・ドラゴン》

 

 

「俺のターンッ!」

 

 くそ、何とかしなければマズい。それはわかっているのに、攻撃力8000のサイバー・エンド・ドラゴンを超える手段は手札に無かった。

 俺の手札は罠カード《ギブ&テイク》と魔法カード《貪欲な壺》の2枚のみ。……ならここは、貪欲な壺でのドローに賭ける。

 

「手札から《貪欲な壺》を発動! 墓地の《音響戦士(サウンドウォリアー)ベーシス》《クイック・シンクロン》《シンクロン・エクスプローラー》《ゾンビキャリア》《カードガンナー》をデッキに戻し、2枚ドロー!」

 

 手札に来たカードを見て僅かに眉を寄せる。逆転できる一手は揃わなかった……だが、代わりにどうにかこのターンを凌げそうなカードは来てくれた。

 デッキはまだ、俺に応えてくれている。弱気になるな、俺のデッキを信じるんだ。自分自身にそう言い聞かせ、俺は手札の3枚のカード全てをディスクに差し込んだ。

 

「カードを3枚伏せ、ターンエンドだ!」

「クク、壁モンスターすらなしか! まぁ、どのみちサイバー・エンドの前では無力だがなァ! 俺のターン! ドロォ!」

 

 奴の手札も今引いた1枚だけであり、ハンドアドバンテージでは似たり寄ったりだ。手札は可能性の数であるというが、それならばたった1枚の手札しかない今の状態ならば、それほど取れる手も多くないはず。

 そう考えていると、奴はにやりと笑った。まるで俺の考えが甘いと言わんばかりに。そして、その1枚のカードを公開する。

 

「手札から《命削りの宝札》を発動! デッキから手札が5枚になるようにドローし、5ターン後に全ての手札を捨てる!」

「ここで命削りの宝札だと!?」

 

 カイザーの手札はあれ1枚だけだった。だというのに、ここで引いたのが最大級の手札増強カードとは。俺が苦い顔をする前で5枚を引き、その手札を見渡してクツクツと喉を鳴らす。

 

「クク、ハハハハ! いい手札だァ! 俺はカードを1枚伏せ、《プロト・サイバー・ドラゴン》を召喚! 更に《死者蘇生》を発動! 《プロト・サイバー・ドラゴン》を特殊召喚!」

 

《プロト・サイバー・ドラゴン1》 ATK/1100 DEF/600

《プロト・サイバー・ドラゴン2》 ATK/1100 DEF/600

 

「そして《融合》を発動! 「サイバー・ドラゴン」として扱うプロト・サイバー・ドラゴン2体を融合し、《サイバー・ツイン・ドラゴン》を融合召喚ッ!」

 

 プロト・サイバー・ドラゴン2体が、融合によって発生した青い渦に呑みこまれていく。互いを混じり合わせるように溶けていった2体は渦の中心部にて1つになり、1体のモンスターととしてフィールドに現れた。

 銀色に輝く機械の身体。その身から伸びる首はサイバー・エンド・ドラゴンよりも1つ少ない2本であり、身体そのものも隣に立つ巨体よりも小さくなってこそいるが、迫力だけはまるで同格だと言わんばかりにこちらを威嚇していた。

 

《サイバー・ツイン・ドラゴン》 ATK/2800 DEF/2100

 

 サイバー・エンドに、サイバー・ツイン。サイバー・ドラゴンからなる融合モンスターとしてもっとも有名であり、カイザーが信を置く2体。

 それらが2体とも自分のフィールドに並んだことに、一層勝利の確信を深めたのか、奴は余裕から出る喜びをその表情に浮かべていた。

 と、その時である。

 上空から近づく何かに気づき、俺は天を見上げた。青く染まった空、その中に一点だけ存在する白い光。それが段々とこの場所に向かって落ちてきていることを、俺は視認できる段になってようやく把握したのである。

 

「あれは、我が本体の……!」

 

 見上げていたところにそんな声が聞こえ、はっとして対峙している存在に目を向ける。そこには、喜びの顔はそのままに両手を突き上げて空を見上げる破滅の光の姿があった。

 まるで、迎え入れようとしているかのような姿。そう思い当たった瞬間に、空から降ってきた光が奴に直撃する。

 

「うぁッ……!」

 

 その衝撃によって風が吹き荒れ、地面の砂を巻き上げて土煙を起こす。それらに目を閉じて対処した後、風が徐々に収まってきたのを感じて恐る恐る目を開く。

 そして、カイザーのほうへと視線を戻したところで、俺は思わず驚いた。

 奴の身体から立ち昇る白く半透明な何か。オーラ、とでも呼ぶべきそんな何かを身に纏った奴からは、今まで以上のプレッシャーを感じる。

 知らず頬を伝った汗を乱暴に袖で拭いつつ、俺は奴から目を離すことができなかった。一体その身に何が起こったのか。それを確認しないわけにはいかなかったからだ。

 しかし、当の本人は身体から立ち昇るそれを見て愉悦に浸り、両手を閉じたり開いたりしては笑みをこぼす。まるで、身体の具合を確かめているかのような動き。

 そんなことを考えていたところで、突然ホワイト寮の方から声が飛んできた。

 

「遠也ッ! 無事か!?」

「十代!?」

 

 寮から出てこちらに走り寄ってくる見覚えがありすぎる姿に、俺は驚きに見張った目を向けた。

 よく見れば十代の後ろにはネオスが。そして更にその少し後ろにはマナの姿もある。それより遅れて、翔にエド、斎王を背負った剣山と続く。

 十代はどうやら斎王に勝つことが出来たようだ。ネオスもこちらにいるということは、ソーラのほうも何とかなったということだろう。

 それを察し、僅かに俺の肩から力が抜ける。心の中に会った懸念が晴れ、少しだけ気が緩んだところで、ネオスの後ろにいたマナが凄い勢いで飛んできた。

 

『遠也! 大丈夫!?』

「マナ……上手くやってくれたんだな」

 

 俺の隣にやってきたマナの変わらない姿を見て、ほっと息を吐く。なにしろ斎王という破滅の光の意思の本家本元のところに行かせたのだ。いくら十代がいるとはいえ、やはり本人の姿が見えないというのはそれだけで不安だった。

 無事な姿を見て、安堵を感じるのも仕方がないだろう。そう自分に言い訳し、俺は一時の安らぎに身を浸した。

 しかし、ずっとそうしているわけにもいかない。俺は白い靄に包まれたカイザーへと視線を戻した。

 

「ククク……十代、ネオス、それにマナだったか……。さっきは世話になったな……」

 

 穏やかな口調だが、そこからは怨嗟しか感じることが出来ない。そんな恨みを込めた声が、カイザーの口から溢れ出る。

 

「お兄さん……そんな……」

 

 そして、そんなカイザーの姿を見て翔が信じられないとばかりに声を漏らす。どうして、という疑問が出てこないところを見ると、ここに来るまでに十代かマナあたりが現状を説明していたのだろう。

 しかし、たとえ聞いていたとしても実際に見た時に感じるものもある。翔は、心のどこかで兄が破滅の光なんかに負けるわけがないと信じていたのだろう。しかし、現実にこうして乗っ取られた姿を見て、ショックを隠せないようだった。

 そんな弟分の姿を目に留め、十代が一歩カイザーのほうに近づいた。

 

「お前、斎王の中にいた破滅の光の意思だな! お前は俺が倒した! なのに、なんでこんなところにいるんだ!」

「クク、十代ィ……これにはオレも驚いているのだ。恐らくこのオレと全く同じ分身を地上に残していたことが原因だろう。斎王の身体から離されたオレは、自分が砕け散る前に地上へと引き寄せられ、こうして融合したようだ。元の形に戻ろうとする力、とでもいうのかな。ククク」

『くっ、そんなことが……!』

 

 カイザーの口を通して語られる破滅の光の意思の言葉。それを聴いたネオスが悔しげな声を出す。倒したと思ってみればこうして生き残っていたのだから、その態度も当然と言えるが。

 

「ネオス……。分身との同調を果たし、力を取り戻したオレにとって、消耗した貴様など最早敵ではない」

『くっ!』

「……だが、まずはこのデュエルでコイツにトドメを刺さなければなァ。ネオスペーシアンどもを消滅させるのは、その後だ!」

 

 言って、カイザーの身体に取り憑いた破滅の光の意思はデュエルディスクを構えた。立ち上る白いオーラは、俄然勢いを増している。まさに奴はいま力が有り余っている状態ということだろう。

 これは、ただデュエルで勝つだけじゃ駄目かもしれない。あの破滅の光の意思を丸ごと滅ぼすような、そんな力が必要だ。

 しかし、俺にそんな力はない。破滅の光の天敵であるネオスペーシアンを抱える十代ならば、悩む必要はないのだろうが……。

 いや……違う。これは誤魔化しているだけだな。本当は、心当たりがある。そう、シンクロを超えたシンクロ召喚。それさえ俺に出来れば、あるいは……。

 

「さァ、デュエルの続きだ遠也ァ! 貴様に引導を渡し、ネオスペーシアンすら滅ぼし! オレはこの世界を! 宇宙を! 破滅の運命へと導くのだ!」

「そんなこと、させてたまるかッ!」

 

 託宣のように言い放つ破滅の光の意思に反発し、俺もデュエルディスクを再び構えた。

 しかし、今にもデュエルを再開させようとした俺たちに周囲から声がかかる。いや、声がかかったのは俺だけだった。そして、その声は全て俺を心配する声だったのだ。

 破滅の光の意思が容赦するとは思えない。ネオスペーシアンの力を借りていないのに、危険すぎる。そんな風に、俺のことを心配してくれる仲間たちの声。

 だが、俺はそんな彼らの言葉に首を横に振って応えた。俺はカイザーの友として、カイザーの身体に巣くう存在を倒すと決めたのだ。その決意を自分で貶めることをしたくなかった。

 そして、なにより。

 

「デュエリストが、一度始めたデュエルを途中で降りるわけないだろ?」

 

 にっ、と笑って俺は言う。

 すると、それを見た翔が「そういや遠也くんは兄貴と同類だった……」と天を仰ぎ、剣山は「さすが遠也先輩ザウルス!」と俺を褒め、十代は「やっぱり遠也ならそう言うと思ったぜ」と苦笑した。

 エドは「十代といいお前といい、呆れた奴だ」と言葉通りに呆れてみせていたが、しかしその表情をすぐに笑みに変えた。

 

「……だが、そんなお前たちだからこそ、僕は素直に応援しようと思える」

「エド」

「十代は勝った。なら、次は君の番ということだろう?」

 

 その言いように俺は苦笑するしかなかった。勝ち負けを持ち出してくるあたりは、いかにもエドらしかったからだ。

 続いてネオスが『分け与える力も満足に残っていない。すまない、遠也』と謝ってきたが、気にするなと返しておく。ネオスに落ち度は何もない。それを責める気など俺にはなかった。

 ここまでくると、俺がデュエルを止めるつもりはないと全員が悟っていた。だからか、最初は止めようとしていた皆も最後には俺を応援する言葉をかけてくれた。

 

「遠也くん、気を付けて。それと、お兄さんを助けてあげて」

「遠也先輩、気合ザウルス!」

 

 そんな二人の声に大きく頷き、次いで剣山の背中から斎王が顔をのぞかせた。

 

「……皆本遠也。私が言えた義理ではないのは分かっている。だが、私も君を応援していいだろうか」

「ああ、もちろんだ」

 

 斎王はありがとうと言って笑うと、剣山と共に後ろに下がった。

 そして、俺は破滅の光の意思と対峙する。皆は俺たちのデュエルを見届けるべく、少し離れたところからこちらを見ていた。

 

「十代! 心配するな、俺は勝つ!」

「遠也……ああ! 頼んだぜ!」

 

 十代と互いに笑みをかわし、そして俺は隣に立つ相棒に声をかけた。

 

「マナ」

 

 名前を呼ぶと、マナははぁっと溜め息をついた。

 

『やっぱり、こうなるんだもん。……勝ってね、遠也。お願いだから』

「ああ」

 

 このデュエルでの敗北は死を意味する。それがわかっているからこその言葉だったのだろう。俺がもう梃子でも動かないとマナはよくわかっている。心配をさせてしまうが、しかし最後にはわかってくれる。俺はいい相棒を持ったよ。

 後ろに下がるマナを視線で見送る。そして、俺はカイザーの身体に宿る破滅の光の意思を見据えた。

 そして、すぅっと息を吸い込んだ後に、力を込めて叫ぶ。

 

「いくぞ! 破滅の光の意思! お前を倒す!」

「フン、なんの力もないただの人間が! お前の前にいるのは最早分身ではない! その違いを思い知らせてくれるわァ!」

 

 高らかにそう言い放った奴は己のフィールドに手をかざし、続いてメインフェイズからの移行を宣言する。

 

「バトルッ! サイバー・エンド・ドラゴンで直接攻撃ッ!」

「それは通さない! 罠カード《エンジェル・リフト》を発動! 墓地のレベル2以下のモンスター1体を攻撃表示で特殊召喚する! 蘇れ、《マッシブ・ウォリアー》!」

 

《マッシブ・ウォリアー》 ATK/600 DEF/1200

 

 岩のごとき頑強さを持つ、鉄壁の戦士。無骨な外見に見合った防御力を持つコイツならば、どんな攻撃にも耐えることが出来る。

 

「フン、そいつか。ならば攻撃対象をマッシブ・ウォリアーに変更し、サイバー・エンド・ドラゴンで攻撃! 《エターナル・エヴォリューション・バースト》!」

 

 サイバー・エンド・ドラゴンが持つ三つの口から放たれた光の砲撃が、マッシブ・ウォリアーに直撃する。

 その迫力に皆が息を呑んだのがわかったが、しかし問題はない。マッシブ・ウォリアーは光に晒されながらも変わらず地に足をつけていたのだから。

 

「マッシブ・ウォリアーの効果! 戦闘によるダメージを0にし、更に1ターンに1度だけ戦闘では破壊されない!」

「相も変わらず、鬱陶しいモンスターだ。だが、サイバー・ツイン・ドラゴンの効果を忘れているようだな! このモンスターは1度のバトルフェイズに2回攻撃ができる! これで終わりだァ!」

 

 今度はサイバー・ツイン・ドラゴンに攻撃指示を出そうとする破滅の光の意思。だがその前に、俺は更なる伏せカードを発動させた。

 

「速攻魔法、《禁じられた聖杯》を発動! エンドフェイズまでサイバー・ツイン・ドラゴンの攻撃力を400ポイントアップさせ、効果を無効にする!」

 

《サイバー・ツイン・ドラゴン》 ATK/2800→3200

 

 サイバー・ツイン・ドラゴンの2回連続攻撃は当然ながら効果である。よって、これで連続しての攻撃は不可能になったわけだ。

 

「くッ……! サイバー・ツイン・ドラゴンでマッシブ・ウォリアーに攻撃! 《エヴォリューション・ツイン・バースト》ォ!」

「ぐぁ……!」

 

 マッシブ・ウォリアーは破壊される。だが、サイバー・ツイン・ドラゴンの連続攻撃効果はこのターンのみだが失われている。これ以上の攻撃は出来ない以上、このターンはどうにか凌ぐことが出来た。

 

「よし、上手いぜ遠也!」

「サイバー・エンドとサイバー・ツイン。サイバー流の切り札からの猛攻をことごとく防ぐなんて、凄い……!」

 

 十代と翔がそれぞれ今の対応に感嘆と驚きの声を上げる。

 確かに、どうにか防ぐことは出来た。しかし、防御用のカードも湯水のごとくあるわけではない。いつかそれが途切れる時が来る。その時がくれば一巻の終わりだ。

 ゆえに、どうにかして逆転を狙わなければならない。そんな、心理的に追い詰められがちなシチュエーション。だからこそというべきか、見守ってくれる仲間がいるというのはそれだけで心強かった。

 

「ふん、無駄な足掻きを! ターンエンドだ!」

 

《サイバー・ツイン・ドラゴン》 ATK/3200→2800

 

 エンド宣言をした奴の声を聴きながら、俺はそんなことを思う。

 そして、そんな仲間たちの声に応えるためにも、俺は必ず勝ってみせる!

 

「俺のターン!」

 

 手札に来たのは……魔法カード《調律》。ならば。

 

「《調律》を発動! デッキから《ジャンク・シンクロン》を手札に加え、デッキをシャッフルした後一番上のカードを墓地に送る!」

 

 ここで何が墓地に送られるか。祈るような気持ちで、俺はシャッフルされたデッキの一番上のカードを手に取る。

 どうかこの状況を打破する何かであってくれ。そう願いを込めながら、俺はそのカードが何であるかを確認した。

 そしてその瞬間、俺の表情が笑みを形作る。

 

「墓地に送られたのは《ダンディライオン》だ! よって俺の場にレベル1の《綿毛トークン》2体を守備表示で特殊召喚!」

 

《綿毛トークン1》 ATK/0 DEF/0

《綿毛トークン2》 ATK/0 DEF/0

 

 ポンッ、とコミカルな音を響かせてフィールドに現れるのは、デフォルメされたタンポポの綿毛に漫画的な顔が描かれたトークンである。

 ダンディライオンはどこから墓地に送られても、必ずレベル1のトークンを生成する。シンクロ召喚にとって、これほど有用な効果はない。

 そして、俺の残り1枚の手札。それは当然、さっき調律でデッキから手に入れたお馴染みのチューナーモンスターだ。

 

「チューナーモンスター《ジャンク・シンクロン》を召喚! その効果で墓地からレベル1の《エフェクト・ヴェーラー》を特殊召喚する!」

 

《エフェクト・ヴェーラー》 ATK/0 DEF/0

 

 まるで羽衣のように柔らかな翼を持った青い髪の少女。そしてこのエフェクト・ヴェーラーもまた、チューナーモンスターである。

 これで、俺の場にはレベル1のチューナーと素材が揃った。ならば、やることは一つ。

 

「俺はレベル1綿毛トークンにレベル1エフェクト・ヴェーラーをチューニング! 集いし願いが、新たな速度の地平へ誘う! 光差す道となれ! シンクロ召喚! 希望の力、シンクロチューナー《フォーミュラ・シンクロン》!」

 

《フォーミュラ・シンクロン》 ATK/200 DEF/1500

 

 レベル2のシンクロモンスターにして、チューナー。青、緑、赤、黄色といった原色でカラーリングされたフォーミュラカーが人型ロボットに変形したような、特徴的な出で立ちをしている。

 

「フォーミュラ・シンクロンのシンクロ召喚に成功したため、デッキから1枚ドロー!」

 

 そして、このモンスターこそが希望へと繋がる可能性を持つ。

 俺には確かにネオスペーシアンの力はない。だが、俺には俺が信頼する最高のカードたちが存在し、その力を束ねてより大きな力を形作ることが出来るのだ。

 それこそが俺の力。そして、その集まった力によって出来るあのカードを出すためにはフォーミュラ・シンクロンが必要だ。

 そして、必要なモンスターはもう1体いる。

 

「更に! 罠カード《ギブ&テイク》を発動! 俺の墓地のモンスター1体を相手フィールド上に守備表示で特殊召喚する! そしてそのレベルの数だけ俺の場のモンスター1体のレベルをエンドフェイズまで上昇させる! 墓地から《スター・ブライト・ドラゴン》をお前の場に特殊召喚!」

 

《スター・ブライト・ドラゴン》 ATK/1900 DEF/1000

 

 現れたのは、レベル4のドラゴン族モンスター。全体的に鋭角な身体は、薄く金色に輝いている。

 このカードは召喚に成功した時、自身以外のフィールド上のモンスター1体のレベルを2つ上げる効果を持つが、今は関係がない。

 重要なのは、相手の場にギブ&テイクでレベル4のモンスターを蘇生したという点にある。

 

「スター・ブライト・ドラゴンだと!? そんなカードをいつの間に……!」

「クイック・シンクロンを調律で手札に加えた時だよ。あの時墓地に落ちたカードがこいつだったのさ」

「く……!」

 

 一度もフィールドには出ずに墓地に直接送られたカードだから、その姿を奴が目にする機会はなかったわけだ。

 さて、スター・ブライト・ドラゴンは既にあちらの場に守備表示で特殊召喚された。ならば、後は残りの効果が適用される。

 

「ギブ&テイクの効果により、スター・ブライト・ドラゴンのレベル分、俺の場のモンスターのレベルを上げる! スター・ブライト・ドラゴンのレベルは4! よって俺は綿毛トークンのレベルを1から5にアップする!」

 

 これで、俺の場に存在するモンスターはレベル5の綿毛トークンと、レベル3のジャンク・シンクロン。そしてレベル2のフォーミュラ・シンクロンの3体。

 そして俺はフィールドを確認した後、ジャンク・シンクロンと綿毛トークンに向けて手をかざした。

 

「レベル5になった綿毛トークンに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 3つの光るリングを潜り抜けていく中、綿毛トークンが5つの星に姿を変える。

 やがてリングの中から溢れ出した光がフィールドを照らし、その光から一対の翼がゆっくりとその姿を見せ始めた。

 

「集いし願いが、新たに輝く星となる! 光差す道となれ! シンクロ召喚! 飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 広げられた翼がはためき、光を一気に切り裂いて星屑の竜が空を駆ける。上空にて一回転した白銀の竜が俺のフィールドに降り立ち、高い声で大きく嘶いた。

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 これで、俺のフィールドには2体のモンスター。スターダスト・ドラゴンに、フォーミュラ・シンクロン。つまるところ、必要なモンスターは全て揃ったというわけだ。

 シンクロを超えたシンクロ……アクセルシンクロ。やり方はわかる。その結果、どんなモンスターが召喚されるかも。――だが、出来るのか俺に。そんな不安が脳裏をよぎる。

 一度行おうとして失敗した苦い記憶がよみがえる。今回は失敗するわけにはいかない。そんな場面で、果たして俺に出来るのだろうか。

 思わず乾く喉。それを潤すように唾液を飲み込み、俺は頭を振った。

 ……不安になるな! 信じろ! このデッキとカードたちを信じて、必ず成功させるんだ!

 

「いくぞッ! 俺は――!」

「その前に罠カード《奈落の落とし穴》を発動ォ! 攻撃力1500以上のモンスターが特殊召喚された時、そのモンスターを破壊し除外する! スターダスト・ドラゴンを破壊するッ!」

 

 一瞬、言葉を失った。

 

「な……なんだとッ!?」

 

 一拍遅れて俺が驚きの声を上げるのと同時に、スターダストの真下におどろおどろしい大穴が開く。除外するというだけあって引力でもあるのか、スターダストは空を飛んでいるにもかかわらず、徐々に穴に引き寄せられていっているようだった。

 スターダストの危機を目の前に、奴は俺を見て得意げな笑みを見せた。

 

「貴様の奥の手がその組み合わせで召喚されることは知っている! 今のオレには本体の記憶もあるのでなァ!」

 

 本体の記憶……そうか! 俺が以前失敗したのは、斎王とのデュエルだった。そこで俺がこの2体でモンスターを召喚しようとしていたのを、覚えていたのか。

 分身が知らずとも、本体は知っている。そしてその両者が統合された以上、その記憶もまた共有されたというわけか。

 何とも厄介な。しかし、奈落の落とし穴で除外されてはマズい。なら、ここはどうにかスターダストを逃がすしかない。

 

「俺はスターダスト・ドラゴンの効果を発動! このカードをリリースすることで、その破壊を無効にし、破壊する! 《ヴィクテム・サンクチュアリ》!」

 

 俺の指示に従い鳴き声を響かせたスターダストが、その身を光の粒子へと変えてフィールドから消えていく。

 これでスターダストを除去されるという最悪の事態は避けられた。だがしかし、代わりにこのターンでのシンクロは……出来なくなった。

 

「クク……! ヒヒ、ハーッハッハ! これでスターダストがエンドフェイズに帰ってきたところで、最早なにも出来まいッ! そしてオレのターンが来れば、貴様の場には攻撃力の足りない雑魚しかいない!」

「くッ……!」

「今度こそ終わりだな、遠也ァ! さぁ、エンド宣言をしろォッ!」

 

 狂気に濁った目、頬にまで伸びる三日月形の凶笑。恐ろしい形相で、破滅の光の意思は俺にエンド宣言を促してくる。

 カイザーのものとは思えない、怖気すら覚える表情と言葉。カイザーをどこまでも侮辱するその行為に、しかし俺は対抗できないでいた。

 ここで何としても勝ってみせる。この強敵に勝ち、そしてカイザーを救う。それができてこそ、このデュエルは俺の勝利となる。そして、その勝利を俺は掴んでみせる。

 そう己に言い聞かせるが、しかし一抹の不安が拭いきれない。……エンド宣言をすれば、奴にターンが移る。そうなれば、俺は勝てるだろうか。果たして、カイザーを救うことができるのだろうか。そんな不安が胸をよぎった。

 そんな時、ふと俺を見守る皆の姿が脳裏に浮かんだ。そして、俺の勝利を祈るマナの姿がより鮮明に映し出される。

 その姿を思い出し、はっとする。そうだ、俺には俺の勝利を信じてくれている仲間がいる。そんな皆を裏切らないためにも、俺は……勝つ。たとえ可能性が低くても、最後の最後までデュエルは何があるかわからない。

 そうだ、その可能性を信じて、俺は最後まで諦めない! 最後には、必ず勝利を掴む! この、俺のデッキと共に!

 

「………………ん?」

 

 そうしてデッキに目を移したその時、俺はふとあることに気が付いた。

 それは、デュエルディスクにつけられた幾つかのボタン。そのうちの一つである。そのボタンは、何故かうっすらと光っていたのだ。

 というか、そもそもこんなボタンあったっけ? 横にあるボタンよりも小さく、デュエルディスクの材質の色に隠れてしまうような目立たないものだ。

 それが、光っている。これは、一体どういう意味なのだろうか。

 俺は、それを小指で押してみた。小指であっても先端しか触れられない。それほどまでに小さなボタン。

 小指の先にきちんとボタンを押しこんだ感触。それを感じた瞬間、デュエルディスクの動力部分から光が溢れ、俺の目の前に半透明の四角い何かを映し出した。

 それはまるでSFに出てくる空中ディスプレイのようだった。そして、次の瞬間にはその表面に文章が浮かび上がってくる。

 突然の事態に困惑しつつ、俺はまず真っ先に書かれている言葉に目を通した。

 

「……『遠也先輩へ』……『レイン』?」

 

 そのタイトルを見るにレインから俺へのメッセージのようだが、しかしまるで隠すようにコレが存在していたことに俺は首を傾げる。

 疑問を抱きつつも、俺はひとまず映し出されたその文に目を通していった。

 それによるとこのウィンドウを出すためのボタンは、俺が《スターダスト・ドラゴン》と《フォーミュラ・シンクロン》を場に揃えた時に光る仕組みになっていたらしい。俺がこのディスクをレインから受け取った直後のデュエルでは光らなかった。それは、そのためだったようだ。

 そしてそこには、俺が知っていることや、今まで知らなかったことなど多くのことが書かれていた。

 レインが実はイリアステルの所属ではなく、そのトップであるゾーン直轄の部下だったこと。俺を監視していたこと。仲間になったのは偶然だったこと。そして、今ではそうなれたことを嬉しく思っていること。

 それらのことが短く綴られたメッセージ。それが続いた後、次いで書かれていたのは、アクセルシンクロについてだった。

 曰く、アクセルシンクロに必要なエネルギーは、俺のデュエルディスクに新たに組み込まれた2つ目のモーメントによって不足分が賄われる。

 ただ増やしただけではエネルギーが足りないが、そのモーメントを並列に配置し、ちょうど∞の記号を描くことでそのエネルギーを爆発的に増やしているのだそうだ。その原理はわからないが、そうすることで理論上アクセルシンクロは可能になったらしい。

 そういえば、5D'sで三皇帝が作り出したサーキットは、無限大の記号を形作っていた。サーキットはアーク・クレイドルを未来から呼び寄せるためのもの。あれだけの質量のものを異なる時代から空間を超えて持ってくることは通常なら不可能だ。

 そう考えると、あの記号にはエネルギーを増幅させる何らかの効果があったのかもしれない。レインの言葉からの予測にすぎないが。

 また、レインはアクセルシンクロにはクリアマインドが必要だと述べている。そして、クリアマインドとは、恐怖、悩み、欲望……それらを超越した心によって至る境地であると、説明されていた。

 恐怖、悩み、欲望……それらを超越する境地。何とも凄そうなその説明に、思わず俺に出来るだろうかと早速不安を抱いた。

 そんなことを思いつつそこまで読んだところで、最後に出てきた一言に俺は小さく噴き出した。シリアスな場面だというのに、思わず表情が緩む。

 というのも、そこには短くこう書かれていたからだ。

 

 『遠也先輩なら、大丈夫』と。

 

 

 ――まったく、いい後輩を持ったよ俺は。

 

 僅かな照れと共に笑い声を漏らし、俺はいくらか余分な力が抜けた身体で破滅の光の意思に向き直った。

 

 ――ありがとう、レイン。

 

 そう感謝の念をレインに送る。そして、それと同時に俺はエンド宣言を待ちわびている奴に向かって口を開いた。

 

 

「ターンエンドだ! そしてこの瞬間、スターダストはフィールドに戻る!」

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 すると、すかさず破滅の光の意思は行動に移った。

 

「オレのターン、ドロォオ! そしてこのスタンバイフェイズ、《未来融合-フューチャー・フュージョン》の効果により、もう1体の《サイバー・エンド・ドラゴン》がオレの場に現れる! 出でよ、《サイバー・エンド・ドラゴン》ッ!」

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK/4000 DEF/2800

 

 2体目のサイバー・エンド。それが場に出てきたことを確認しながら、しかしどこか俺の心は凪いでいた。

 

 ――そうだ、恐れることはない。このデュエルの結末にも、対戦している破滅の光にも。

 

「サイバー・ツインに、サイバー・エンドが2体……!」

「こ、これがカイザーと呼ばれた男の実力ザウルス……!?」

 

 翔と剣山の驚愕と不安の声が聞こえてくる。それと共に、固唾を呑んでこちらを見つめるエドと斎王の姿も見ることが出来た。

 そんな彼らの横で、強く信頼を込めた瞳でこちらを見ている十代。俺の後ろで、手を組んで祈ってくれている、マナ。

 今ここにいる皆と、そしてこの場にはいないが心は繋がっている仲間の姿を思い出す。

 

「さァ! あとは攻撃すれば、貴様は終わりだ! ククク、ハーハッハッハ!」

 

 哄笑を響かせる破滅の光の意思。その姿を目の前にしつつ、俺は一度目を瞑った。

 そして、己の心の深くにそっと意識を落としていく。

 

 ――そう、俺は恐れていた。このデュエルの行く末に、不安を感じていたのだ。カイザーを助けられるのか、その自信を俺は確固たるものに出来ていなかったのである。

 だが、改めて周囲を見渡した時、俺は気づいた。不安なのは当然だったのだと。何てことはない、俺一人で立っていると思うから、足場が揺らいでいたのだ。

 

 俺は一人じゃない。俺には、俺のことを応援して支えてくれる仲間がいる。そして、誰よりも俺のことを思ってくれている存在も、確かにいるのだ。

 なら、恐怖する必要などない。俺は俺だけの力で戦っているわけじゃない。皆と一緒に戦っているのだから。

 

 そのことに気づいた瞬間。唐突に、俺は自分の心の中が広く晴れ渡ったような解放感に包まれる。そして、その中でひときわ存在感を放つ一体の竜の姿。

 間違えるはずもない、シューティング・スター・ドラゴン……今はカードから姿を見ることが出来なくなってしまった、アクセルシンクロモンスター。

 光り輝くドラゴンが、翼を広げて咆哮する。それはまるで、俺が自らの元まで辿り着いたことを喜んでいるかのようだ。なぜか根拠もなく、俺はそう感じたのだった。

 

 ――そしてこの瞬間、確かに俺の心は全てを超越していた。

 

 同時に悟る。これが……この境地こそが、それなのかと。

 そしてそれを自覚した途端、どこからか流れてくる一筋の風。それに背中を押されるようにして、俺は一気に現実へと覚醒していく。

 

 ……これが、揺るがなき境地――!

 

「――クリアマインドォッ!」

 

 閉じていた目を開き、広がった世界を目に映す。

 鮮やかな色が飛び込んでくる視界の、端から端までを把握する不思議な感覚。同時に俺の身体を取り巻く風のような何かを感じながら、俺はフィールドに向かって手をかざした。

 

「レベル8シンクロモンスター《スターダスト・ドラゴン》に、レベル2シンクロチューナー《フォーミュラ・シンクロン》をチューニングッ!」

 

 俺の指示に従い、2体がそれぞれ空に飛び上がる。

 フォーミュラ・シンクロンは2つの光り輝くリングとなって、スターダストよりも高い位置につける。そして、追随して飛行するスターダストが、2つのリングに向かって勢いよく飛び込んでいった。

 瞬間、光に包まれてなお上空へと加速していくスターダスト・ドラゴン。その姿をこの場にいる誰もが見上げ、降り注ぐ光に目を奪われる。

 

「馬鹿なッ!? オレのターンにシンクロ召喚するだとぉオッ!?」

 

 動揺の限りを尽くす破滅の光の意思の声。

 それすらもどこか遠く感じる感覚の中、俺は翔け上がっていく一筋の星に向かって手を伸ばすように、その右手を高く掲げた。

 

「――集いし夢の結晶が! 新たな進化の扉を開く! 光差す道となれッ!」

 

 スターダスト・ドラゴンを覆う光は更に強く。その姿を隠すほどに輝きを放ち、加速はより激しく天へと導いていく。

 デッキホルダーから引き抜く、灰色のカード。姿を隠したソレを右手で掴み、一気に頭上へと振り上げた。

 

「――アクセルシンクロォォォオオオオッ!!」

 

 灰色のカードの表面に火花が散り、その中から色鮮やかなドラゴンの姿が蘇る。

 同時に、加速の限界まで達したスターダスト・ドラゴンが、更にそこから加速して光の壁を超えた音だけを響かせて姿を消した。

 

「なに、消えたッ!?」

 

 しかし、そんな破滅の光の意思の疑問の声すら遅い。

 速さを超えたドラゴンは、既に俺の背後から高速で姿を現して飛び立っていたのだから。

 

「――生来せよ! 《シューティング・スター・ドラゴン》ッ!」

 

 地面と平行に飛び出したドラゴンが、錐揉み回転をしながら急速上昇していく。そしてやがて停止すると一気に翼を広げて大きく嘶いた。

 白銀よりも白い白金色に輝く体躯は、スターダストのそれよりも洗練されて流線型を描く。しかしその姿は華奢ではなく、逞しく発達した肢体は雄々しさこそを感じるべき力強さに満ち溢れている。

 全身から煌めく光の粒子が美しくその身体を空に浮かび上がらせ、甲高い声を響かせつつシューティング・スターは俺の頭上にて滞空した。

 

 

《シューティング・スター・ドラゴン》 ATK/3300 DEF/2500

 

 

 

 そうして現れた白金の巨竜の姿に、翔と剣山が驚愕も露わに口を開いた。

 

「相手ターンでシンクロ召喚!?」

「しかも、シンクロモンスター同士のシンクロだドン!」

 

 通常であればあり得ない、相手ターンでのシンクロ召喚。それに驚く二人だったが、しかし驚きを示しているのは二人だけではなかった。

 

「これが……皆本遠也の、真の実力……!」

「美しく、そして温かな光だ……」

 

 エド、そして斎王もまたシューティング・スター・ドラゴンを見上げている。その美しくも力強い姿に、言葉少なく感嘆する彼らを見つつ、十代がにっと笑って俺に拳を突き出した。

 

「へへ! お前なら、やってくれると思ってたぜ! いっけぇ、遠也ぁ!」

 

 それに俺も笑顔を返し、頷く。

 そして俺の後ろにいるマナに目を向けた。

 マナは無言で俺を見つめ、そして俺もまたその視線をただ受け止めて頷いた。それだけで十分。俺の身を案じつつも俺のことを信じて止めないでいてくれるマナの、その気持ちと信頼には結果で応えてみせる。

 そう強く思い破滅の光の意思に向き直ると、奴は俺の場に現れたシューティング・スター・ドラゴンとその輝きを前に、ひどく動揺しているようだった。

 

「な、なんだこの光は……!? こんな光、オレは知らない! 破滅の光であるオレが知らない光など、そんな馬鹿なことがッ……!」

 

 シューティング・スター・ドラゴンのその威容、その輝きに、破滅の光の意思が動揺と困惑を露わにする。

 そんな奴に向けて、俺はこのドラゴンを誇るように拳を握り、確固たる口調でその疑問に答えを返した。

 

「これは、俺の未来を示す希望の光! 誰にも左右されない、破滅の運命すら超えて突き進む絆の光だ!」

 

 俺は一人じゃなく、常に仲間が俺の存在を支えてくれている。それに気づいたからこその光がこれなのだ。

 しかし、それは破滅の光にとって受け入れがたい答えであるようだった。

 

「だッ……黙れ黙れ黙れェエッ! 死ね! 遠也ァ! サイバー・エンド・ドラゴンでシューティング・スター・ドラゴンに攻撃! 《エターナル・エヴォリューション・バースト》ォオッ!」

 

 血走った目で俺の言葉を否定すると、そのまま苛立ちと憎しみをぶつけるかのように俺への攻撃を叫ぶ。

 それを受けて鎌首をもたげるサイバー・エンドだが、攻撃動作へと入る前に俺はシューティング・スターの効果を発動させていた。

 

「シューティング・スター・ドラゴンの効果発動! シューティング・スター・ドラゴンを除外することで、相手モンスターの攻撃を無効にする!」

 

 咆哮を上げ、輝きと共にその身を消していくシューティング・スター。それによってサイバー・エンドも沈黙してしまった現況を見て、破滅の光の意思が苦虫を噛み潰したような渋面になる。

 

「くッ! ネオスペーシアンと何の関わりもない、ただの人間の分際でェッ! だがこれで貴様のフィールドはがら空きだ! 2体目のサイバー・エンドで直接攻撃ッ!」

「やらせるかッ! 手札から《速攻のかかし》を捨て、効果発動! その直接攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる!」

 

 手札に残っていた最後の1枚。それを墓地に送り、場に現れた1体のかかしがサイバー・エンド・ドラゴンの口から放たれた光の吐息を受け止める。

 それにより、バトルフェイズは強制終了。破滅の光の意思は、メインフェイズ2に入らざるを得なくなった。

 

「ぐ、グ……ッ! ――まだ、終わらんッ! オレは手札からユニオンモンスター《トライゴン》を召喚し、攻撃力4000のサイバー・エンド・ドラゴンに装備カード扱いとして装備する! 更にサイバー・ツイン・ドラゴンを守備表示に変更! これでターンエンドだ!」

 

《トライゴン》 ATK/500 DEF/1700

 

 トライゴン……炎で出来た身体を持つ、ドラゴン族のユニオンモンスターだ。機械族主体のカイザーのデッキには一見ミスマッチだが、こいつの効果は「装備モンスターが戦闘で相手モンスターを破壊した時、自分の墓地から光属性・機械族・レベル4以下のモンスター1体を特殊召喚する」というサルベージ効果だ。

 光属性・機械族専用のサルベージ。しかもその発動条件は戦闘で相手を破壊した時であり、カイザーのデッキならば容易い発動条件だ。そのため、プロト・サイバー・ドラゴンなどを抱えるカイザーはこのカードを採用しているのだろう。

 なぜ攻撃力の低い方のサイバー・エンドに装備させたのかはわからないが……それよりも、今は自分のことだ。

 

「そのエンドフェイズ! 効果で除外されていたシューティング・スター・ドラゴンはフィールドに戻る! 再び飛翔せよ! シューティング・スター・ドラゴン!」

 

《シューティング・スター・ドラゴン》 ATK/3300 DEF/2500

 

 嘶きと共に光の粒子がシューティング・スター・ドラゴンの形へと集束していく。そして再びフィールドに現れたその姿を見て、破滅の光の意思が口を開く。

 

「やはり、帰還効果があったか……!」

 

 苦々しく、納得の顔を見せる破滅の光の意思。やはり、スターダストを素材とした上にその面影を残したモンスターゆえ、効果の予想はされているか。そしてそれを見事に当てるあたりは、さすがと言っていいだろう。

 それにしても、シューティング・スタードラゴンを召喚できたのは喜ばしいことだが、状況は変わらず俺に不利だ。シューティング・スターの攻撃力では8000のサイバー・エンドどころか4000のサイバー・エンドすら突破できない。

 それに加えて、俺の手札の枚数は0枚である。手札が可能性の数であるならば、今の俺に可能性はない。

 ゆえに、このドローに全てがかかっている。ここで可能性を引き当てることが出来るかどうか。それが、このデュエルの結末を左右することになるだろう。

 

「――俺のッ、タァァアアーンッ!」

 

 デッキから引き抜いたカードを見る。そしてそのカードが何であるかを確認した瞬間、きたか! と思わず声が漏れた。

 

「俺は《ミスティック・パイパー》を召喚!」

 

《ミスティック・パイパー》 ATK/0 DEF/0

 

 ピエロのような風体の笛吹きが俺のフィールドに現れる。そして即座に、俺はその効果を発動させた。

 

「ミスティック・パイパーの効果発動! このカードをリリースすることで、デッキからカードを1枚ドローする! そしてそのカードがレベル1モンスターだった場合、俺はもう1枚ドローできる!」

 

 ミスティック・パイパーが消えていく中、俺はデッキから1枚のカードを引いた。

 

「ドローッ! ……よし! 引いたカードはレベル1モンスター《レベル・スティーラー》! よってもう1枚ドロー!」

 

 再度ミスティック・パイパーの効果でカードを引き、これで手札は2枚になる。そのうち1枚は当然、《レベル・スティーラー》。そしてもう1枚は、この状況では最高の魔法カードだ。

 

「《闇の誘惑》を発動! デッキから2枚ドローし、その後手札の闇属性モンスターを除外する!」

 

 これが、正真正銘最後のドロー。俺はデッキトップにかけた指に、知らず力を込めていた。

 

「頼む、俺のデッキよ……! 俺に応えてくれ!」

 

 祈りを込め、カードに触れている指に力を込める。

 そして、一気に2枚を引き抜いた。

 

「ドロォォオーッ!」

 

 勢いよく振り抜かれた手、その指に挟まれた2枚のカードの表側を確認する。

 2枚それぞれが何であるかを理解した途端、俺は口元をほころばせた。

 ――きてくれたか……! ありがとう、カードたち!

 

「まずは闇の誘惑の効果で闇属性の《レベル・スティーラー》を除外する! 更に、俺は墓地の光属性モンスター《エフェクト・ヴェーラー》と闇属性の《A・O・J カタストル》を除外! 手札から《カオス・ソーサラー》を特殊召喚!」

 

《カオス・ソーサラー》 ATK/2300 DEF/2000

 

「カオス・ソーサラーの効果発動! 1ターンに1度、このカードの攻撃権を放棄することでフィールド上のモンスター1体を除外する! 俺が選択するのは、攻撃力8000のサイバー・エンド・ドラゴン! いけ、《カオス・バニッシュ》!」

 

 カオス・ソーサラーは漆黒の外套に隠された顔にうっすら笑みを浮かべ、その両手から黒い魔力の波動をサイバー・エンド・ドラゴンに向けて放つ。

 それはやがてサイバー・エンドの巨躯全体を包み込み、闇色の魔力ごと足元からサイバー・エンドの姿を消していったのだった。

 

「サイバー・エンドが除外されたか……! だが、貴様がここで攻撃力が高いサイバー・エンドに対処してくることは読んでいた! この男の記憶が、貴様ならそれぐらいはやってのけると言っていたのでなァ!」

 

 破滅の光の意思が、自信に満ちた声で親指を胸に当ててそう話す。

 さっきトライゴンの装備先に攻撃力4000のサイバー・エンドをわざわざ選んだのは、それが理由だったようだ。攻撃力8000のほうに装備して、まとめて処理される危険性を考慮したということだろう。

 敵ながら、やる。俺との対戦歴が長いカイザーの記憶があるからこそとはいえ、そこまで考えてデュエルしているのはさすがである。そこには、素直に感心した。

 そして今の状態が自分の予想通りであることに気を良くしたのか、破滅の光の意思は口元を歪めて笑った。

 

「もっとも、どのみちそれだけではもう1体のサイバー・エンドに貴様のモンスターは敵わないがなァ! これでわかったか! 世界の破滅を防ぐことなど不可能なのだァッ!」

 

 それこそが必然、それが運命だと言わんばかりに破滅の光の意思は語る。

 だがしかし、それが確定した未来だなんて俺は信じない。いや、俺だけじゃない。ここに生きる誰もが、それを信じはしない!

 だから、破滅の光の意思が語るそれは運命なんかではないと証明してみせる! 破滅ではない未来を、勝ち取ってみせる!

 

「このカードが、未来へと繋がる希望を紡ぐ! これこそが、俺たちの絆が作り出す最後の攻撃! ――速攻魔法、《イージーチューニング》を発動! 墓地のチューナーモンスター《ジャンク・シンクロン》を除外し、その攻撃力の値である1300ポイント、シューティング・スター・ドラゴンの攻撃力をアップする!」

 

 墓地から半透明となったジャンク・シンクロンが現れ、その姿を光へと変えていく。その光は吸い込まれるようにシューティング・スター・ドラゴンと一体になり、シューティング・スターは漲る力を誇示するように腕を振り上げて雄叫びを上げた。

 

《シューティング・スター・ドラゴン》 ATK/3300→4600

 

「サイバー・エンド・ドラゴンの攻撃力を超えた、だとッ……!? だが、オレのほうが一枚上手だったようだな!」

 

 にやりと笑い、破滅の光の意思はサイバー・エンド・ドラゴンに装備されているカードを示した。

 

「サイバー・エンド・ドラゴンに装備されている《トライゴン》! ユニオンモンスターは共通効果として、装備モンスターが破壊される時、代わりにこのカードを破壊することが出来る効果を持っている! そしてオレの場に存在する貴様のスター・ブライト・ドラゴン、更にサイバー・ツインの2体は共に守備表示! つまり、どうやっても貴様にオレを倒すことは出来んということだッ!」

 

 たとえ唯一攻撃表示でいるサイバー・エンドを攻撃したところで、与えられるダメージは600ポイント。そのうえ、トライゴンが身代わりになることによってサイバー・エンドを破壊することは出来ない。

 そうなると、次の返しのターン。そこで、奴は俺に引導を渡してくるに違いない。

 つまり、ターンを渡すわけにはいかないということだ。しかし、普通にやったのでは確かにこの状況では俺は勝てない。

 そう、普通にやったならばだ。なら、それ以上の力……限界を超えた力を出して、俺が勝つ!

 その決意を込めて、俺は破滅の光の意思に笑みを返した。

 

「それはどうかな! 見せてやる、俺たちの絆を! 己の弱さに打ち勝って得た、未来への希望という名の答えを! ――シューティング・スター・ドラゴンの効果発動!」

 

 俺が叫べば、それに応えるようにシューティング・スターが嘶く。その声と姿に頼もしさを感じながら、俺はその効果を使用する。

 

「シューティング・スターは1ターンに1度、デッキの上からカードを5枚確認し、その中のチューナーモンスターの数だけ1度のバトルフェイズ中に攻撃することができる!」

「攻撃を無効にする効果だけでなく、複数回の攻撃を行う効果だとッ!?」

 

 相手の残りライフは1650。場には3体のモンスターが存在し、うち2体が守備表示。そして攻撃表示の1体は攻撃力が4000あり、1度の破壊耐性を持っている。

 つまり俺が破滅の光に勝つためには、この効果で5回の攻撃を行う必要があるということだ。まさに、通常であれば出来ないような奇跡が必要になる。

 だがしかし、その奇跡に一片の疑いも俺は抱かない! デッキを信じ、カードの声を感じて、俺はただドローするだけだ!

 強くそう思い、俺はデッキトップに指をかけた。

 

「これが、このドローが全てを決める! カードよ……みんな……俺に力を貸してくれ!」

 

 この場で俺を見てくれている十代、翔、剣山、エド、斎王の声を感じる。更に、ここにはいないが強く絆で結ばれた仲間の気持ちも、俺の支えになる。

 そして、俺の身を心配しつつも決して止めないでいてくれた、俺の最高のパートナー。俺の背中の向こうで祈ってくれているマナの気持ちと願いを一身に受けて、俺は目を閉じる。

 一瞬の空白。瞼を開けると同時に、俺はデッキからカードを引き抜いた。

 

「――ドローッ! ……1枚目! チューナーモンスター《アンノウン・シンクロン》!」

「なァッ……!?」

 

 いきなりチューナーを引いたことに、破滅の光の意思から思わずといった様子の苦悶の声が漏れる。

 だが、これで終わりではない! カードの確認は、あと4回ある!

 

「2枚目! チューナーモンスター《異次元の精霊》! 3枚目! チューナーモンスター《ゾンビキャリア》! 4枚目! チューナーモンスター《音響戦士ベーシス》!」

 

 ラスト1回。俺はデッキの一番上のカードに指を乗せた。

 

「そして、最後のドローッ! ――5枚目! チューナーモンスター《クイック・シンクロン》!」

 

 《アンノウン・シンクロン》《異次元の精霊》《ゾンビキャリア》《音響戦士ベーシス》《クイック・シンクロン》。

 5枚すべてがチューナーモンスター。よって、このターンに行えるシューティング・スター・ドラゴンの攻撃回数は――!

 

「馬鹿なッ!? 合計5回の攻撃だとォッ!?」

 

 慄き、狼狽えを見せる破滅の光の意思。

 カイザーの身体から立ち昇る白いオーラのようなそれに向かって、俺は大きく声を上げて言葉を投げかけた。

 

「この世界は、破滅なんて望んでいない! 破滅の運命が襲い掛かろうと、何度だって打ち砕いてみせる! ――いけ! シューティング・スター・ドラゴン! 《スターダスト・ミラージュ》ッ!」

 

 俺が叫ぶと、シューティング・スター・ドラゴンは手足を折りたたみ、より飛行に適した流線型を強調する形態へと変化する。

 そしてそのまま上空高くに飛び上がると、色彩の異なる4体の分身を作り出し、合計5体のシューティング・スター・ドラゴンが空に控える壮観といえる光景を作り出した。

 その姿を確認し、俺は勢いよく破滅の光の意思のフィールドに手を向けた。

 

「1回目のバトル! スター・ブライト・ドラゴンを攻撃!」

「ぐッ……!」

 

 天高くから滑空してきたシューティング・スターの分身が、守備表示で存在するスター・ブライト・ドラゴンに襲い掛かる。

 スター・ブライト・ドラゴンの守備力は1000ポイント。第一撃によって破壊され、俺の墓地へと送られた。

 

「2回目のバトル! サイバー・ツイン・ドラゴンを攻撃!」

「ッ……!」

 

 サイバー・ツイン・ドラゴンの守備力は2100ポイントだ。これも第二撃に耐えることは出来ず、爆炎と共にその姿を消した。

 

「3回目のバトル! サイバー・エンド・ドラゴンを攻撃!」

 

 3体目のシューティング・スターの分身が上空から一気に滑空してサイバー・エンド・ドラゴンへと直撃する。

 

「くッ! この時、装備されているトライゴンの効果発動! トライゴンを破壊することで、サイバー・エンド・ドラゴンの破壊を無効にする!」

 

 装備されたトライゴンが前に出て、その炎によってその衝撃を緩める。しかし、その全てを防ぎきることは出来ず、サイバー・エンドの身体の随所で爆発が起こる。

 そして発生した僅かな爆風が破滅の光の意思の身を包んだ。

 

「ぐ、がァァアアッ!」

 

亮(破滅の光) LP:1650→1050

 

「これでサイバー・エンドへの道を遮るものは何もない! 4回目のバトルだ! 再びサイバー・エンド・ドラゴンを攻撃!」

 

 上空に待機していた4体目の分身が滑り降りてきて、サイバー・エンド・ドラゴンに速度を保ったままぶつかっていく。

 今度はその身を守るものは何もない。2度目の攻撃によって、ついにサイバー・エンド・ドラゴンは大きな爆発を起こし、その身は木端微塵に吹き飛ぶこととなった。

 

「うォァああァああッ!」

 

亮(破滅の光) LP:1050→450

 

 残りライフは450ポイント。そして、破滅の光の意思のフィールドに存在するカードは1枚もない。

 

「そしてこれが最後のバトル! シューティング・スター・ドラゴン! プレイヤーに直接攻撃(ダイレクトアタック)ッ! 《スターダスト・ミラァアージュ》ッ!」

 

 上空にて滞空する最後に残ったシューティング・スター・ドラゴン。それがついに地上へ向けて降下を始め、そのスピードは何者にも防ぎがたい強力な攻撃となって、カイザーから立ち昇る破滅の光自身へとその照準を合わせた。

 迫りくる最後の一撃。それを前に、破滅の光の意思は焦燥と驚愕に染まる顔で、信じられないとばかりに叫んでいた。

 

「グッ……馬鹿な……ッ! 破滅の運命を! 世界の破滅を導くこのオレがッ! ネオスペーシアンですらないただの人間に、負けるというのかァァああァああッ!」

 

 そして、ついに破滅の光そのものに直撃するシューティング・スター・ドラゴンの攻撃。それは白く揺らぐオーラを瞬く間に消し飛ばし、断末魔の叫びを上げる破滅の光の声すら打ち消していく。

 霧散していく白い光。それすらシューティング・スターの放った攻撃の余波によって全てが無に帰していく。破滅の光は、ここに完全に消滅したのだ。

 そして破滅の光を失い、攻撃の衝撃をそのまま受けたカイザーの身体が、まるで自動車事故にでも遭ったかのように勢いをつけて地面を転がっていった。

 

 

亮(破滅の光) LP:450→0

 

 

「カイザーッ!!」

 

 役目を終え、消えていくシューティング・スター・ドラゴン。その姿の向こうに見える横たわったカイザーに向かって、俺は駆け出した。

 十代、翔、剣山といった皆もカイザーのほうへと走り寄る。対戦していただけあって真っ先に辿り着いた俺は、うつ伏せになっていたカイザーを抱き起こして声をかける。

 

「おいッ! おい、カイザー!」

「お兄さん!」

「カイザー!」

 

 僅かに遅れてカイザーの元にやってきた翔たちも、口々にカイザーを呼ぶ。

 そうして全員で顔を覗き込んで声をかけていると、一瞬カイザーの瞼が震えた。そして、ゆっくりとその目が開けられ、その瞳が覗きこむ俺たちを確認していった。

 

「……お前たち……そうか……俺は……」

「無理にしゃべるなカイザー! 今マナが鮎川先生に連絡してる!」

 

 マナが急いで連絡を入れてくれているのを横目で確認しながら言うと、カイザーは小さく口元に笑みを浮かべた。

 

「……そうか……。……遠也……」

「な、なんだ?」

 

 名前を呼ばれ、返事をする。

 訝しむ俺に、カイザーは口元の笑みはそのままに一言だけを告げた。

 

「……ありがとう……」

 

 感謝の言葉に、俺は何とも言えない気持ちになる。なにせ、最後にカイザーの身体をこんなに吹っ飛ばしたのは俺なのだから。

 だが、結果として破滅の光の呪縛からカイザーが帰ってきてくれたのも事実。俺は、カイザーを助けることが出来た。それを実感できたことは、素直に嬉しく誇らしかった。

 そんな気持ちに浸っていると、ぼそぼそとカイザーが口を動かそうとする。

 何を言おうとしているのか、俺は聞き逃すまいと耳を寄せた。つられて、周囲の皆も耳を寄せてくる。

 そして、カイザーが口にした言葉は。

 

「……今度は、俺が勝つ……」

 

 直後、カイザーの身体の限界が来たのか、腕の中でカイザーの意識が落ちる。

 目を閉じて寝息を立てはじめたカイザーを抱えながら、俺は覗き込んできている面々に目を向けた。

 全員、今の言葉を聞いていたのだろう。浮かぶ表情は、喜びと呆れと心配と、色々なものがごちゃ混ぜになった何とも複雑なものばかりだった。

 

「はは、さすがカイザーだな」

「ああ。こんな時でもデュエルのこととは」

 

 十代と顔を見合わせ、苦笑する。

 だが、そんな姿を意識が落ちる前に見せてくれたからこそ、俺たちは本当に安心することが出来た。

 ――破滅の光は、もういなくなったのだ。

 それを実感することが出来たのだから。

 

「……あ! 兄貴、遠也くん、あっちから何か聞こえてくる!」

 

 その時、何かに気付いた翔が校舎が見える方へと指を向ける。

 どうしたのだろうかと、示された先を俺たちは揃って顔を向ける。すると、校舎側へと続く道の向こうから慌ただしい音が聞こえてくることに気づいた。

 今はまだ小さなそれが、車の駆動音だと気づくのに時間はかからなかった。恐らく、マナから連絡を受けた鮎川先生が急いでくれたのだろう。人を収容することが出来る救護車まで引っ張ってきてくれたらしかった。

 その音を聞きながら、俺たちは揃って大きく息を吐く。

 まさに激動の一日だった。常に動き続け、緊張を強いられた時間ばかり。今日という日を振り返りつつ、そのあまりの忙しなさに何とも言えない気持ちになる。

 だがしかし、これで終わったのだ。この一年間、ずっと続いてきた破滅の光に端を発する一連の事件は、今日この時を以って。

 きっと、この場の誰もがそんな達成感とも疲労ともつかぬものを感じているのだろう。答えを聞かずとも、なんとなくそんな気がした。

 すると、トンと叩かれる俺の肩。振り向けば、そこには笑顔で俺を見るマナがいた。

 

「お疲れ様、遠也」

「……おう」

 

 労いの言葉をかけられ、どこか照れくささを感じた俺はぶっきらぼうに返答する。

 そしてそんな俺の内面も理解しているのか、マナは変わらず笑んで俺の隣に腰を下ろした。

 何か言葉を交わそうというわけではない。しかし、隣にこうしていてくれるだけで随分と気が安らぐ自分に、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 ――だが、それも悪くはない。

 

 俺はそう心の中で現状に対する言い訳をして、隣のマナと身を寄せる。

 徐々にこちらに近づいてくる車の音。それを聞きながら、俺はゆっくりと強張っていた肩から力を抜くのだった。

 

 

 

 



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第54話 別離

 

 ――遠也や十代たちが破滅の光とのこの世界の存亡をかけた戦いに勝利を収めた、その頃。

 デュエルアカデミア校舎内に存在する来島者用の宿泊室で目を覚ましたタイタンは、いつもの黒尽くめの格好に顔を隠す白い仮面をつけると、そこから外へと向かった。

 朝というにはいささか遅い時間だが、タイタンは万丈目に敗れたことで既に大会への参加資格を失っている。朝から行われているであろうデュエルに参加できない以上、多少寝過ごしても問題はなかった。

 校舎から出ると、途端に耳に入って来る歓声。最終日ということもあり、どうやら大会は盛り上がっているようだ。

 そこに自分が知る彼らがいればいいのだが。もしくは、自分を負かした男……万丈目と言ったか。あいつあたりが勝ってくれると救われる。

 そこまで考えたところで、タイタンは柄にもないことを考えていると自覚して苦笑した。そして、白熱したデュエルが行われているであろう高等部寄りの方面に背を向けて、タイタンは歩き出した。

 最終日といっても、何もすぐに優勝者が決まるというわけではないだろう。最後の締めには顔を出すつもりだが、それ以外にわざわざ敗者の身で顔を出すこともないと考えたタイタンは、せっかくなので散策をすることにしたのだ。

 デュエルアカデミアに来ることなど、そうはない。以前は依頼によるものであった上に、夜のことだった。そして今回は大会に参加するため。島の中を見て回る時間はなかったのである。

 そのため、タイタンは負けてからしばしばこうして島内の散策を行っている。時おり行われているデュエルを覗きながらの、気楽な散歩のようなものだ。

 本土に戻れば忙しい日々が待つプロデュエリストだけに、タイタンは休暇のつもりで島の中を歩き、楽しんでいるのだった。

 

「たまにはぁ、こういうのもいいものだ」

 

 言いつつ、タイタンの足が向くのはデュエルアカデミアの中等部のほうであった。

 中等部生には大会参加の資格はなく、この時間は通常の授業が行われているはずだ。外部の人間がそこに顔を出すわけにはいかないが、その近くを通るくらいは許されるだろう。そう思ってのことであった。

 そうして中等部近くを通り、やがて中等部に通う生徒たちが暮らす寮付近へとタイタンの足は伸びる。寮もまたそこまで近づくことはしないが、今まで知らなかったアカデミアの島の中を見て回ることは、それなりにタイタンの好奇心を満足させた。

 タイタンは左腕に着けられた腕時計を確認する。ゆっくり歩いていただけあって、それなりに時間が経っていた。

 そろそろ戻るか。そう思って踵を返そうとしたところで、タイタンは寮のほうで動くものを見た気がして、高等部側に向けようとしていて身体を止めた。

 この時間、中等部生は授業を受けているはず。そして寮監は教師が務めているのが普通であるため、この時間は寮監もまた授業のために出払っているはずだ。

 だというのに、一体誰が。サボりの生徒だろうか。それとも、ただの勘違いだったか。

 小さな違和感から真実が気になり始めたタイタンは、その動くものが何だったのかを確認しようと決めた。気になるなら、その原因を突き止めればいいのだから。

 そういうわけで、タイタンは一歩、また一歩と寮の方へと近づいていく。そして寮の入口に掲げられた文字を見て、少々気まずい思いを味わった。

 そこには、『中等部女子寮』と書かれていたのである。

 さすがに、これ以上の詮索は社会的に自分の地位を危うくさせかねない。そう悟ったタイタンは、やはり戻ろうかと思い直した。

 だが、その決断を下す数瞬前。タイタンの目に映ったものが、その決断を覆した。

 

「む……あれはぁ」

 

 寮の裏から覗く、ヒトの半身。それだけならよかったが、その姿はどう見ても成人男性のそれであった。黒い革ジャンのようなものに、背中へと続くパイプのような管……変わった格好の男だった。

 それを見咎め、黒いトレンチコートに黒の中折れ帽の全身黒尽くめ、更に仮面で顔を隠した男タイタンは――思った。

 

「……怪しい奴だぁ」

 

 中等部の女子寮に男がいる。しかも、地面に見える影からすると、もう一人いるようだ。

 何かよからぬことをしているのではないか。ここでそう考えるのは、当然と言ってもよかった。

 ならば、様子を見つつ誰かに連絡でも入れるか。そう判断したタイタンだったが、ふと地面に映った影が変化したことで、その身を一気に男たちに向かって走らせることとなる。

 地面に映った影……それは、男の胴部分からくの字に曲がった細いものが突出しているのを映しだしていた。その細いものの先は五つに分かれ、指であるとわかる。

 その小ささから、女子のもの……だらりと下がった腕から察するに、意識がない女子を抱えているのだとわかったのだ。

 それが調子が悪くなった女生徒を介抱しているのならいい。だが、そんな可能性は低いと言わざるを得ないだろう。

 万が一があってはまずい。そう考えたタイタンは、全速力で男たちの元へ向かった。

 もしもの際に奇襲するため、声も出していない。だというのに、男たちはタイタンの接近に気付いたようで、一人がその目をタイタンに向けた。

 その間に、タイタンは寮の角から身を躍らせ、一体その場で何が行われているのかを目撃した。

 そこには、全く同じ格好をした男が二人。黒い革ジャンに黒いズボン。背中に伸びる太いパイプのようなものとヘルメットに至るまで共通している。

 そして、その腕に抱えられた一人の少女。それは、タイタンにも見覚えがある。小柄な体に、銀色の髪。万丈目とのデュエルを終えた時、皆本遠也の隣にいた少女で間違いなかった。

 どう見てもその少女は意識を失っており、男二人はその少女をかどわかそうとしているようにしか見えなかった。

 タイタンは自身の中に義憤の炎が燃え立つのを感じた。それに、彼女は自身の恩人たちの関係者。ここで借りを返さずして何とする。

 その思いが、タイタンの身を突き動かした。

 

「お前たちぃ! 何をしているのだぁ!」

 

 そう言って足早に接近するタイタンに、少女――レインを抱えていない方の男が、ヘルメットの奥からくぐもった声を漏らした。

 

『面倒だな……』

 

 そして、男は近づいてくるタイタンに向けて高速で拳を突き出す。

 

「ぬっ……!?」

 

 それを、タイタンは己の腕を咄嗟に持ち上げることで盾となし、どうにか防御することに成功する。

 そして、その衝撃と痛みにタイタンの表情が歪んだ。

 明らかに重たい拳と、恐ろしく速い攻撃だった。まるで鉄そのものを叩きつけられたかのような衝撃。事実、今の一発で防御に用いたタイタンの腕は痺れてしまっていた。

 そして、その事実はどうにもおかしいものだった。そもそも今の攻撃、拳を振りかぶらずに行ったものだった。攻撃モーションがないゆえ速いのは納得できるが、だらりと下げた腕から放たれた拳にしては重過ぎるのだ。

 その不可解さが、タイタンの心に躊躇いを生じさせた。

 しかし、敵は待ってくれない。躊躇する間にもう一人の男がレインを抱えてこの場を離れようとしていることにタイタンは気づいた。

 

「むぅ、させん……!」

 

 タイタンは再び一気に距離を詰めようと駆け出し、目の前の男に迫る。再び拳を繰り出す男。それに対して、タイタンは拳が放たれた瞬間、必然的に伸びきった腕に己の右手を添えた。

 同時に左手で外側から男の拳を掴むと、添えた手と腕の接触面を支点に、タイタンは相手の懐に身体を巻き込むようにして身体を回転させる。

 並行して添えた手に力を込めて外に押し出す力を加え、また拳を掴んだ手は内側に引くようにする。すると見事にタイタンと男の立ち位置は入れ替わり、タイタンは男と男の間にその身を置くこととなった。

 突然体勢を崩されてたたらを踏んでいる男は放っておき、タイタンは即座にレインを抱える男に向かっていく。

 レインを抱えているため自由を制限されている男は、迫るタイタンに蹴りを放つことによって対応する。

 横から胴に叩きこまれるこれまた鋼鉄のように重い足。それによる激痛に眉をしかめながら、しかしタイタンは勢いを失わずに男に近づくと、抱えられていたレインの身にその手をかけた。

 

『む……』

「うぉおおッ!」

 

 がっちりと腕で防御を固め、レインを奪われまいとする男と、奪い返そうというタイタン。

 タイタンは知らぬことだが、この男たちはある歴史の未来においてイリアステルの幹部の一人によって使役されることになるゴーストと呼ばれる存在であり、量産型のライディングデュエリストと言っていい、いわゆるロボットであった。

 構造としては簡単なそれはロボットだけあって命令には忠実、かつ自衛手段も持ち合わせた文字通りの鉄の肉体を持つ存在だ。並みの人間では歯が立たない。

 ある歴史において、ゾーンはこの技術をイリアステルに下賜した。己自身には必要ないものだったからだ。しかし今は手軽に用意できるうえにそれなりに堅実な手段として、ゾーン自身がレインの回収のために用意したのである。

 それゆえ、今のレインは鉄の檻に囲われているようなもの。いかに屈強なタイタンといえど、鉄の腕を動かすことは出来ない。

 そう思われたが……しかし。

 

「ぬぅぉおおおッ!」

 

 タイタンのコートに隠された筋肉が盛り上がる。その仮面の下の顔にも血管が浮き上がり、タイタンの顔が徐々に血による赤みを帯びていく。

 そして、タイタンは驚異的な成果をもたらした。なんと、レインを捕まえていた腕が、徐々に引き剥がされていっているのだ。

 

『なに……』

 

 無表情のまま驚きを示した男は、再度タイタンに蹴りを放つ。また、態勢を整えた先程の男もタイタンの背中から腕を回し、鉄の腕に力を込めて引き剥がそうと試みた。

 

「なぁめるなぁあああ!」

 

 しかし、それも己の持てる力を十全に発揮したタイタンの力には敵わなかった。

 いわく、人はその身にリミッターを持ち、十割の力を使い身体が壊れることが無いよう押さえているという。

 今のタイタンはそれを一時的に緩めた状態に近い。いわば、火事場の馬鹿力というものが働いていた。

 それゆえ、男たちの妨害を受けてもタイタンは諦めることなく自身の力を込めていく。コートの中のシャツが盛り上がった筋肉で破れる音を聞きながら、ついにタイタンはレインを拘束している腕をはがすことに成功したのだった。

 

「ぬぁぁあッ!」

 

 瞬間、タイタンは男の腕からレインをかっさらい、そのまま男たちのことなど見向きもせず全力でこの場を離れる。

 離れる瞬間もやはり攻撃を受けていたが、しかし痛みなど気にすることはなかった。

 人一人抱えている分逃げ切れるかという不安もあったが、タイタンの身体は今持てる力を出し切れている状態だ。常人よりも走るスピードはかなり速くなっており、いかに未来製のロボットといえど、Dホイールなしで追いつくことは出来なかった。

 

『………………』

『………………』

 

 去って行くタイタンを見送る形になった男たちは、しばし無言でその場に佇む。

 そしてその数十秒後、彼らはその場からゆっくりと立ち去って行った。そして、後にはそこに誰かがいた痕跡など一つとして残ることはなかったのであった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 俺と十代、それぞれが行ったデュエルによって破滅の光が消滅し、身体を乗っ取られていた斎王とカイザーは解放された。

 また、ネオス曰くもう破滅の光の気配は感じないとのこと。ネオスが言う以上、それは間違いないことなのだろう。これでようやく、一年の長きにわたって続いた騒動も終わりというわけだ。

 とはいえ、斎王とカイザーにはやはり大きな負担があったらしく二人は大きく消耗している。特に斎王のような慣らし期間もなくいきなり破滅の光の全力をその身で引き受ける羽目となったカイザーの消耗は激しい。カイザーは今そのせいで意識をなくしているほどだ。

 斎王は長く取りつかれていたことに対する慣れというか、抵抗力でもついていたのか、今では自分の足で立って歩けるほどには回復しているようだった。

 周囲にはそんな斎王を始め、その隣に立つエド、寄り添って座る俺とマナ。そして俺がその身を抱える形となっているカイザーと、それを覗き込む十代と翔と剣山の姿がある。

 そして、そんな俺たちに近づいてくる車の駆動音。カイザーが倒れてすぐマナが鮎川先生に連絡を取ったことが功を奏し、かなり早く来てくれたようだ。

 校舎へと繋がる森を抜けてこちらに姿を現す、デュエルアカデミアの校章がペイントされた救護車。慌ただしく止まったそれから鮎川先生が飛び出してくるのを見ながら、俺たちは揃って安堵の息を吐くのだった。

 鮎川先生の指示に従い、俺たちはカイザーを救護車の中に乗せる。そして俺たちも車に乗せてもらい、校舎へと連れて行ってもらった。少々手狭ではあったが、全員が乗れないほどじゃない。歩いて帰るほど気力に余裕はないのは俺だけじゃなかった。

 そんなわけで校舎に辿り着くと、どうも騒がしい。何が起こっているのかと鮎川先生に問いかければ、鮎川先生は少し呆れたように口を開いた。

 

「何って……ジェネックスの決勝戦よ。今日が最終日でしょう?」

 

 それを受けて、俺と十代は顔を見合わせる。

 

「あ」

「あ」

 

 そして、揃って「忘れてたぁ!」と大声を上げるのだった。

 すっかり破滅の光の件にかかりっきりになっていて、今日がジェネックスの最終日だということをすっかり忘却の彼方へと置き去りにしていた俺たちは、声を上げると急いで停めてあった車から飛び降りる。

 そして一目散に騒ぎの中心となっている場所へと駆けていくのだった。

 

『気にしてないみたいだから、ジェネックスのことはもういいのかと思ってたんだけど……』

「そんなわけないだろ! 決勝となれば強い奴が残ってるんだから、戦ってみたいに決まってる!」

 

 横を並行して飛ぶマナの声に、俺は当然だろうとばかりにそう返す。すると、俺と同じく走る十代もそれに合わせてきた。

 

「そうだぜ! 世界の強豪を相手に生き残ったデュエリスト……楽しみだぜ!」

 

 そんなふうに騒ぎながらバタバタと目的地を目指して走る俺たち。

 そうして走ることしばし、たいして時間はかけずに辿り着いた校舎前。盛り上がりを見せるそこに俺たちは目を凝らし、そして同時に聞き覚えのある声が聞こえてきたのだった。

 

「――これで最後だ! 攻守が逆転した《おジャマ・イエロー》で直接攻撃! クズの底力を食らうがいいッ!」

「きゃあぁああッ!」

 

レイ LP:900→0

 

 万丈目のフィールドに揃ったおジャマ三兄弟の一人、おジャマ・イエローがレイに向かってヒップアタックを決め、レイのライフポイントが0を刻む。

 負けたことを認め、がっくり肩を落とすレイと、勝利したことに喜ぶ万丈目。そんな二人の姿を見ながら、俺たちは再度顔を見合わせる。

 

「なぁ、遠也。これジェネックスの決勝だよな?」

「ああ、そのはずだ……。けど、なんでレイがここに? 中等部生は参加できないはずじゃ……」

 

 そう、中等部は義務教育なので、ジェネックスに参加する資格はもらえないはずなのである。しかし、レイはこうして参加していたようだ。

 どういうことかと首を捻っていると、少し離れていたマナが戻ってきた。

 

『なんか、レイちゃん顔を隠して参加してたみたい。それで、自分が実力を示したら、お願いを聞いてほしいって校長と約束をして万丈目くんと戦ったみたいだね』

「顔を隠して? ってことは授業はサボりか。レイの奴、無茶するぜ」

 

 マナが周囲の喧騒から拾ってきた情報に、十代は少し呆れつつもどこか感心した声でそうこぼす。

 俺も同感だったが、それよりも俺は気になることがあった。

 

「お願い、ってのが気になるな。一体何のことなんだ?」

「さぁなぁ。……お、遠也。どうやらそれが今からわかるらしいぜ」

 

 言われ十代に顔を向ければ、視線で校舎の上を示される。そこにはマイクを手に持った校長が立っていて、どうやらこれから話をするらしい。

 なるほど、校長との約束という話だから、恐らくそれにも言及するだろう。俺たちは黙って校長の話を聞く態勢に入った。

 

『ゴホン。これにより、両者の勝敗が確定した。しかし、負けたとは言っても早乙女レイ君は十分に実力を示してくれたと思う。……どうかね?』

 

 校長が最後にそう周囲を見渡すと、そこかしこから歓声が上がる。彼らもレイが高い実力を持っているということを認めたということだろう。

 それを満足げに見た後、校長は再び口を開いた。

 

『うむ。では、レイ君。約束通り、君の願いを言ってみなさい。可能な限り、叶えることを約束しよう』

「……ボクは」

 

 レイはしっかりと校長を見上げる。

 そして、大きな声ではっきりとその願いを告げた。

 

「ボクの願いは……ボクとボクの友達を、高等部に編入させてもらうことです!」

 

 至極真面目にそう言い切ったレイを前に、万丈目が「なにぃ!」と声を上げた。

 

「お前の友達というと……レインのことか!?」

「そうだよ! ボクと恵ちゃんを高等部に編入させてほしい!」

 

 そして、レイはお願いしますと校長に向けて頭を下げた。

 それを受け、ふむと校長は顎に手を当てる。

 

『レイン恵君ですか……確か彼女は中等部でトップの成績でしたね』

 

 校長が階下にいるナポレオン教頭に目を向ける。

 

「でアールのです。筆記、実技ともに優秀な生徒なのでアール。高等部に来る時にはぜひ我輩が便宜を図りたいものでアール」

「ちなみに、このシニョーラ早乙女はそれに次ぐ成績でスーノ」

 

 ナポレオン教頭が答え、その隣にいたクロノス先生が補足するようにレイについての情報を述べる。

 それらを聞いた校長は、再び顎に手を当てて僅かに考え込んだ。

 俺たちと行動を共にすることが多い二人は、中等部だけでなく高等部でもそれなりに名前を知られている。どうにも十代や俺といった面々は目立つみたいなのだった。

 ともあれ、そういうわけでこの場にいる面子でレイやレインのことを全く知らないという人間は少ない。

 それもあって、生徒たちは校長が一体どんな判断を下すのかが気になって仕方がないようだった。当事者であるレイ、その前に立つ万丈目、そして少し離れたところに立つ教頭、クロノス先生、明日香、三沢、吹雪さんといった面々も校長を見上げて答えを待つ。

 無論俺と十代も校長が言ったどんな決断を下すのか、じっと聞き耳を立てていた。すると、背後から俺たちを追ってきた翔と剣山が合流してくる。「何してるの?」と聞いてくる翔に俺たちは指を口に当てて静かにするように伝えると、二人は察して口を噤んだ。

 そして、ついに校長が顔を上げてマイクを口元に向かわせた。

 

『……君たちの成績ならば問題ないでしょう。よろしい、二人の高等部編入を認めましょう!』

 

 校長が笑ってそう告げた瞬間、随所から上がる歓声。

 その歓声に後押しされるように、嬉しさゆえか頬を上気させたレイが、「ありがとうございます!」と折り目正しくお辞儀をし、それを見て校長は一層相好を崩すのだった。

 そして、俺と十代の後ろで静かにしていた翔と剣山はいきなりの展開に驚きを隠せないようで、どういうことなのかと俺たちに問いかけてきた。

 俺と十代は二人に振り返り、それに短く答える。

 

「要するに、レイが実力を見せたら自分とレインを高等部に編入させてくれって校長にお願いして――」

「レイはそれを見事成し遂げたってわけだ! やるなぁ、レイの奴!」

 

 しかし、まさかレイがこんなことを考えていたとはなぁ。そう言えば前……十代と明日香のデュエルの頃に、レイが授業をさぼったことが原因で補習を受けていたことがあった。今思えばジェネックスに隠れて参加していたから授業に出ていなかったんだろうな。

 そして、レインはその時付き添いとしてレイと一緒にいた。もとより二人は仲がいいし、こうしてレインの名前を出した以上、恐らくレインもこのことを知っていたのだろう。

 高等部への編入を計画していたとは、まったくもって驚いた。

 そんなふうに驚きながらも感心していると、不意に聞こえてくる万丈目によるサンダーの掛け声。どうやらレイのお願いが聞き届けられてひと段落したのを見計らって、優勝を決めた万丈目がいつものノリで始めたようだった。

 「サンダー!」と断続的に響く声に、俺と十代は苦笑をしているが、翔と剣山は不満顔である。

 

「兄貴たちが苦労して世界を救ったっていうのに……」

「だドン。メダルをまだ持ってるんだし、兄貴も先輩も今から乱入して万丈目先輩の優勝を掻っ攫えばいいドン」

 

 翔に続く剣山の過激な意見に、やはり俺たちは苦笑するがその言う通りにしようとは思わなかった。

 というのも。

 

「そりゃ、知らない誰かが優勝してたなら俺もデュエルしに行ったかもしれないけどさ」

「万丈目だろ? あいつとはいつでもデュエルできるしな!」

 

 俺と十代にとって、重要なのはそこだ。この日を逃せばデュエルすることが難しくなる外部の人間だったなら多少無理をしたかもしれないが、万丈目なら島にいる限りいつでもデュエルできるのだ。

 せっかく誰もがお祭り騒ぎで気分良くしているのだ。いきなり乗り込んでいって、わざわざ引っ掻き回すこともないだろう。それが俺と十代の考えだった。

 無論、自分たちが優勝したいという気持ちがなかったと言えば嘘になるが、それよりも俺と十代にとって重要だったのはまだ見ぬ強敵とのデュエルだった。だから、これでいいのだ。

 付け加えれば、俺も十代も夜から色々あって限界でもあるのだ。俺は少々わざとらしく伸びをした。

 

「それに、正直今日はもう疲れたしな」

「遠也の言う通りだぜ。今日はゆっくり休むことにするさ」

『本当に、二人はお疲れ様だからね』

 

 俺と十代の言葉にマナがそう言い、俺は「お前もだろ」とソーラ破壊の立役者であるマナに返す。マナはにっこり笑った。

 そして俺たち本人がそう言えば、翔と剣山としてはそれ以上言うこともないのか、まだどこか不満そうだったが、一応納得したようだった。ま、俺も十代もこういう奴なんだと諦めてほしい。

 俺たちは熱気冷めやらぬ校舎前の広場に目を向ける。そこでは、万丈目の優勝を祝う歓声がそこかしこから上がっている。そして、そんな彼らを前に校長がマイクで再びスピーチを始める。

 徐々に集まる視線。それらを受けて校長は参加者全員の健闘を称える旨のコメントを発し、そして最後にこう言って締めくくった。

 

『――これをもって! 第1回、世界大会ジェネックスの閉会を宣言する!』

 

 そして、再び爆発的に上がる大歓声。同時に湧き起こる拍手の嵐は、それだけこのジェネックスという大会が楽しまれたということの証左でもあった。

 俺と十代も皆に倣って手を叩く。翔と剣山も一参加者としてやはりジェネックスという企画には感謝しているのか、先程とは違って笑顔での拍手だった。

 今ここにはいないが、鮎川先生と共にカイザーの近くにいるだろうエドや斎王も手を叩いているだろうか。

 色々あったが、それでも振り返ればこの大会期間中の出来事は悪いことばかりではなかったと思う。エドたちもそう考えてくれていればいいな、と考えながら、俺たちは拍手を続ける。

 万雷の拍手に見送られ、こうして世界大会ジェネックスはその幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 さて、校長によるジェネックスの閉会が宣言され、数分。

 校舎前に集まっていた面々に解散を言い渡したことで、今やこの場に残っている人間は少数しかいない。

 俺、十代、翔、剣山、そして万丈目、明日香、三沢、吹雪さん、そしてレイ。ようするにいつものメンバーが残っているというわけだった。

 姿を現した俺たちに、真っ先に駆け寄ってきたのは明日香だった。明日香は途中まで十代と一緒にいたし、ヘリが墜落した現場でホワイト寮に向かう俺とも会っている。その後の俺たちのことが気にかかっていたのだろう。

 大丈夫だったかと聞いてくる明日香に、俺と十代は揃って笑みを浮かべることで答えを返した。そして、ホワイト寮の問題も斎王のこともすべて解決したと伝えると、明日香含め聞いていた皆は一様にほっと胸を撫で下ろしたようだった。

 また、クロノス先生にカイザーが倒れたこととホワイト寮の問題が片付いたことを校長に伝えるようにお願いしたので、今頃は校長も保健室で斎王と顔を合わせていると思う。

 これであとは校長がホワイト寮のことなどの対処を終えて元のブルー寮に戻してくれれば、本当にめでたしめでたしとなるわけだ。

 そこまでを聞き、皆は俺と十代にお疲れ様と言って労をねぎらってくれる。そんな中、万丈目は鼻を鳴らして腕を組んだ。

 

「ふん、どうせならこの俺が直々に手を下してやりたかったが……仕方がないな」

「はいはい。あ、そうだ万丈目。これやるよ」

「なんだ? って、これは……ジェネックスのメダル!?」

 

 訝しげにこっちを見た万丈目に俺が差し出したもの、それは俺がこの大会期間中に集めたメダル全てだった。

 

「俺と十代たちは色々忙しくて最後は大会に顔出せなかったからな。今更持ってても何だし、優勝したお前にやるよ」

 

 はい、と万丈目の手にそれを乗せる。万丈目は、たらりと一筋の汗をたらした。

 

「あ、じゃあ万丈目。俺のももらってくれよ」

「僕のもあげるっす」

「俺のもだドン」

 

 そして、俺に続いて十代、翔、剣山までもが持っているメダルを取り出す。次々と万丈目の手に乗せられるそれを見て、周囲は何とも言えない顔をしていた。

 

「つまり、万丈目君の優勝って……」

「十代君たち抜きでの成績ってことになるねぇ」

「は、はははは。しー、しー!」

 

 明日香と吹雪さんの呟きに、万丈目は空笑いの後にそれは言わないでくれと迫る。ついでに言えばカイザーとエドも抜きでの成績である。

 まぁ、万丈目の実力がかなり高いのは事実なので、全員含めたうえで優勝していた可能性も大いにある。今となっては、どうでもいいことではあるが。

 慌てる万丈目の姿を見ながらそんなことを思っていると、俺の肩と十代の肩が同時に叩かれる。手の先を見れば、そこには気やすい笑みを受けべた三沢の姿があった。

 

「ま、なにはともあれ。お前たちが無事でよかったよ」

「へへ、サンキュー三沢」

「心配かけたな。そういや、お前の成績はどうだったんだ?」

 

 俺が問いかけると、三沢は僅かに肩をすくめてみせた。

 

「残念ながら、レイちゃんの前に万丈目に挑んで負けたよ。やっぱり強いな、あいつは」

「そうか……」

 

 そう言う三沢の顔は悔しそうではあっても、後悔はないようだった。それだけ全力を出したということなのだろう。

 実力者である三沢を退け、そしてレイすらも退けた万丈目はやはり流石と言える。尤も、レイのライフを0にしたとき、万丈目のライフは残り100だったらしいのでだいぶ苦戦したのは事実のようだが。

 

 傍で見ていた明日香曰く、《おジャマ・デルタ・ハリケーン!!》を引けていなかったら、万丈目の負けだったとか。その前の状態だと、レイの場には、万丈目の《アームド・ドラゴン LV7》がおり、更に《パワー・ツール・ドラゴン》が《ハッピー・マリッジ》を装備した状態で存在していたとか。

 つまり、パワー・ツール・ドラゴンの攻撃力は5100になっていた。その攻撃を凌いで迎えた万丈目のターンで、万丈目は《おジャマンダラ》からのハリケーン、更に《シールド・アタック》でイエローの攻守を逆転させ勝負を決めた、ということらしい。

 明日香曰く、万丈目らしいおジャマを巧みに使ったいいデュエルだったそうだ。すっかりおジャマ使いとして名前が定着してきた感のある万丈目だった。

 そして、そんな万丈目に追いすがったレイもさすがだ。俺はレイのもとに寄っていった。

 

「なに、遠也さん?」

 

 見上げてくるレイの頭を、俺は上から抑えつけるようにして撫でた。

 

「きゃっ、な、なに!?」

「まさか高等部編入を考えていたなんて、ビックリしたぞ! 授業時間中のはずなのに浜辺で会ったり、補習を受けたりしていたのはそれでか」

 

 撫でるのをやめて手を離せば、レイはさっと髪を直しながら俺の言葉に答えた。

 

「うん。やっぱり遠也さんたちと一緒にいたかったから。恵ちゃんの協力がなかったら、難しかったかもしれないけど……」

「ってことは、やっぱりレインは知ってるのか」

「うん! 一緒に高等部に行こうって約束したんだ!」

 

 笑顔で言ってブイサインを見せてくるレイに、でもサボりはよくないぞと返して軽くデコピンをお見舞いする。

 それに痛いと抗議しつつもどこか嬉しそうなのは、やはり高等部への編入が決定したからだろうか。レインと一緒に俺たちが通う高等部へ行く。それを目的にここのところずっと頑張ってきたみたいだし、その頑張りが実ったことが嬉しいのだろう。

 去年の時にも思ったが、相変わらずこうと決めた時の行動力が並外れた子である。

 やれやれと嬉しそうにしているレイを見ていると、精霊状態のマナがこっそりと俺の耳に顔を寄せてきた。

 

『でも、実は遠也も嬉しいでしょ。レイちゃんたちと一緒に通うの』

 

 そして囁かれた言葉が図星だったので、俺は照れもあってマナから顔を逸らした。

 それを見て俺の内心を察したマナがにやにやと微笑ましいものを見る目で見てきたので、俺は気恥ずかしさを誤魔化すようにレイに話しかけて雑談に興じるのだった。

 俺と同じく、十代たちも皆とさっきまでのことなどを話しているようだ。皆も色々聞きたいことがあったようで、熱心に話を聞いている。一年間悩まされた光の結社の問題が解決したのだから、気になるのもむべなるかなだ。

 あとはきりのいいところで話を切り上げて寮に戻り、徐々にホワイト寮が出来る前の日常に戻っていけばいい。

 そんなふうに光の結社が存在しない普通の学園生活に思いを馳せながらレイと話していると、不意に校舎脇の森から黒ずくめの大男が飛び出してきた。

 咄嗟のことに驚きつつもレイを背中に回す。十代たちのほうも、明日香を庇うようにして男のほうに振り返っていた。

 しかし、飛び出してきた男は不審者ではなかった。それどころか、俺や十代にとって久しぶりの再会をこの間交わしたばかりの相手だったのである。

 

「タイタン!?」

 

 そう、森から出てきたのはタイタンだった。驚きと共に名前を呼んだ十代を一瞥し、俺もまたタイタンを見やる。

 そして、その腕に抱えられている少女に気が付いた。

 

「レイン!? いったい……!」

 

 俺と十代が駆け寄ると、タイタンは力が抜けたかのように片膝をついた。どうやら随分と走ってきたらしく、顔は汗で濡れていた。

 

「じ、十代に遠也かぁ……。どうやら、安全なところまで、来れたようだなぁ……」

「どうしたんだよ、タイタン! それに、なんでレインが……」

 

 息を切らしながら言うタイタンに、俺が当然の疑問を投げかけると、その間にレインの様子を見ていたレイが叫び声を上げた。

 

「と、遠也さん! 恵ちゃん、恵ちゃんが……!」

 

 息をしていない。そう続けられたレイの言葉に、一瞬この場にいる全員が何を言われたのかわからないといった顔で呆然となった。

 そんな中、真っ先に我に返ったのは三沢だった。

 

「ッ、な、何をしているんだ皆! 万丈目! お前はこのことを鮎川先生に! 女性陣は確認のあと蘇生を試みろ! やり方は授業で習っただろう!」

「あ、ああ! わかった!」

「っすぐに試すわ!」

 

 万丈目がPDAを取り出し、保健室に向けて駆け出しつつ電話を繋ぐ。そして明日香は混乱しているレイを押さえ、レインの身体をゆっくりと地面に横たえた。

 

「マナ! お前も協力を!」

『うん!』

 

 回復魔術を使えるマナならば、普通ならば無理な何かがあったとしても何とかできる可能性がある。既に動き出そうとしていたマナに俺は呼びかけ、マナはすぐにレインの元へと向かっていった。

 唐突に動き出した状況。それを見つつ、タイタンは「まさか、そこまで切迫していたとは……」と悔しげにこぼした。逃げることに精一杯で、レインの様子は眠っているだけだと思っていたという。

 一体何があったのか。そんな疑問を抱きつつも、俺は胸の内に広がる不安を前に言葉をなくすしかなかった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 デュエルアカデミア保健室。

 この部屋には今、二人の人間がベッドに寝かせられている。一人は破滅の光の意思に乗っ取られて、極度の疲労とストレスから意識を失ったカイザー丸藤亮。

 そしてもう一人は、突然呼吸を止めた状態でタイタンに運び込まれてきた中等部所属の女子生徒、レイン恵だった。

 そのレインだが、今は保健室内の別室にいてこの場にはいない。鮎川先生が詳しい検査をすると言って別室に連れて行ったからだ。

 それを見送ったのは、この場に揃った多くの関係者たち。俺や十代を始めとする面々に加え、カイザーと共に保健室にいたエドと斎王、実際にレインを連れてきたタイタン。そしてこの学園の責任者である鮫島校長。

 それら全員が一堂に会し、そして誰もが重々しく押し黙っていた。

 レインの現状に一番ショックを受けていたレイは、今は俺の隣で俯いて座っている。実体化したマナがレイを包み込むように肩を抱き、少しは落ち着いたところだ。

 レインは結局、呼吸が戻らないままだった。しかし、不思議なことに身体は冷たくならない。これは一体どういうことなのか。もしかしたら……。

 それだけを希望に、俺たちはじっと黙って鮎川先生の診断の結果を待っている。どうか、残酷な現実に直面することだけはないように。そう祈りながら。

 すると、別室へと繋がる扉が開き、鮎川先生が出てきた。一斉に俺たちの視線が向けられるが、鮎川先生は表情を全く変えずにそれを受け止めた。

 

「……どうかね、鮎川先生」

 

 代表して、校長が口火を切る。主語がなくとも、尋ねているのはもちろんレインのことだ。そして、校長の質問に鮎川先生は真剣な顔で答えた。

 

「結論から言えば、レインさんは亡くなったというわけではありません」

 

 はっきりとした声が保健室内に響き渡る。誰のものかわからない安堵の息が漏れたのが聞こえた。

 顔を上げたレイの表情にも微かな安堵の色が見てとれた。

 

「……正確には、機能を停止した、という言い方が正しいのかもしれません」

 

 しかし、僅かに緩んだ空気も即座に引締められる。

 どう考えても人間に使うにはおかしい表現を用いた鮎川先生に、校長は変わらず厳しい視線を向けた。

 

「どういうことかね」

 

 その問いかけに、鮎川先生は言葉を詰まらせる。逡巡した後、意を決したようにその口が開かれた。

 

「……彼女、レイン恵さんの身体の多くは機械で構成されています。いわゆる、サイボーグ……それに近いと思います」

 

 冗談でもなんでもなく、真剣な顔のまま告げられた衝撃的な話に、俺たちは誰もが目を見張って驚きを露わにするのだった。

 

 

 

 鮎川先生によると、レインの身体の心臓部分には心臓ではなくそれに代わる何かだと思われる機械の塊が存在していたらしい。簡単なスキャンを行っただけなので詳細は分からないが、それが動いていないことから呼吸も止まっているのだろうとのことだ。

 温かさを失わない肌については、そういう素材であるのか、もしくはなにがしかのエネルギーがまだ残っているからなのではないか。そう鮎川先生は言った。

 それ以外にも様々な個所が機械によって構成されているのは、身体をスキャンすれば明らかだったとか。以前に鮎川先生はレインの異常な低血圧の原因を調べるために体を調べたと言っていたが、それはあくまで簡易なものであったため気付かなかったようだ。

 また、学園で行われる健康診断というものもあるのだが、校長いわくレインの場合は免除になっていたらしい。きっと彼女の背後にいる存在の影響なのだろう。

 レインが純粋な人間ではないこと。それは確かに俺たちに驚きをもたらした。しかし、だからといってレインのことを蔑視するような奴は俺たちの中にはいない。ただレインのことを案じる気持ちだけが俺たちにあった。

 そんな中、鮎川先生に三沢が声をかけた。レインは機械で出来ていて、心臓部分の機械がその活動を支えていた。ならば。

 

「その機械を動かすことが出来れば、助けられるということですか?」

 

 三沢のその言葉に、俺たちの顔に希望が灯る。

 

 つまり、止まってしまった心臓部の機械を何とかできればレインは蘇ることが出来る。レインは死んだわけではないのだ。なら、確かに三沢の言った方法でレインを元に戻すことは可能なはずだ。

 俺たちは期待を込めた視線を鮎川先生に向ける。三沢の言葉にしばらく考え込んでいた鮎川先生は、熟考の末に言葉を返した。

 

「……そう、ね。私は医学に詳しいだけだから断言はできないけれど……恐らく、大丈夫だと思うわ。もちろん、専門の人に調べてもらわないといけないけれど」

 

 その言葉は、俺たちに確かな希望をもたらした。

 それを受けて、俺は早速ペガサスさんに連絡を取る。すると、三沢も何やらどこかに連絡を取ろうとしていた。訊けば、ツバインシュタイン博士と親交を持つようになったので、博士にも聞いてみるとのこと。

 博士は真の意味での天才、その知恵は助けになるはず。三沢はそう言った。そのため、ツバインシュタイン博士への連絡をお願いし、俺はペガサスさんのほうに集中する。

 僅かな間を置いてペガサスさんに連絡のついた俺は、とにもかくにもレインのためにどうかペガサスさんの力を貸してほしいと頭を下げた。

 相手は一流企業の会長だ。その権力は強大であり、だからこそ俺は個人的なことでその権力に頼らないよう自戒してきた。

 しかし、今回ばかりはそうは言っていられない。個人的なことに権力を……それも他人の権力を借りる、それが褒められた行為でないのは分かっている。

 だが、それでも。俺はそれがレインのためになるのだとわかれば、頼らざるを得なかった。一流企業の会長の力。それがあれば、レインをかなり精密に検査することが出来るし、そのぶん対策も明確にとれるはずなのだから。

 

 ……結論から言えば、ペガサスさんはこちらの頼みを承諾してくれた。しかし、ただ甘い顔をしてはいけないということもわかっているのだろう。ペガサスさんは、代わりにカードの開発に一時俺の身を貸せと要求してきた。

 俺にとって、それはあまり苦なことではない。ペガサスさんは、俺が苦でなくそれでいて社の利益にもなることをわざわざ考えて提案してくれたのだろう。俺はその配慮に、ただ感謝して頭を下げるしかなかった。

 

 ――こうして、レインは一時その身をI2社預かりとし、その系列の病院にて保護されることとなった。レインの身体は未知の技術の塊でもあるので、その保護は厳重である。

 また、レインの存在は隠され、その存在は信用できるごく僅かの人数に限られている。また、治療に関しての事柄以外で決して手を出すことがないよう厳命したらしい。本当に、どこまでも頼りになる人である。

 レインのことで落ち込んでいたレイも、徐々に元の明るさを取り戻そうと努力していた。レインが元に戻る可能性を見た以上、落ち込んでばかりはいられないと自ら奮起したようだ。

 レインがI2社の小型機で運ばれていく時も、しっかりした面持ちで見送っていた。「恵ちゃんが帰ってきた時にボクの顔が曇ってたら、恵ちゃんが悲しむもんね」とは、その時のレイの言葉だ。

 そんなレイの頭を俺は黙って撫で、マナはぎゅっとその小さな身体を抱きしめた。レイは目尻に涙をためて、恥ずかしそうに笑っていた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 I2社の病院へと送られるレインを見送って俺たちはそれぞれの寮へと戻っていった。自室に戻った俺は、ふとテーブルに置いたままになっているデュエルディスクを手に取った。

 それを見つめながら、思う。破滅の光との戦いで成功させたアクセルシンクロ。本来ならエネルギーが足りず、失敗するだけだったそれが成功したのは、ひとえにレインによる改良があったからだ。

 それがあったから、カイザーを助けられたし、破滅の光も倒すことが出来た。すべて、レインのおかげだった。

 

「……レイン」

 

 俺はデュエルディスクにつけられた小さなボタンを押す。すると、直後に空中に浮かび上がるディスプレイ。そこに書かれたメッセージを再び読み直しつつ、俺はそのディスプレイに触れると指を上に滑らせた。

 すると、画面が下へとスクロールして見えなかった文章が見えるようになる。

 そう、あのメッセージにはまだ続きがあったのだ。破滅の光の意思とのデュエルの後に気が付いたことではあるが。

 そこには、こう書かれていた。

 

『レイのことを、お願いします。それから、遠也先輩は気を付けて。私のマスターは、あなたを危険視しているから』

 

 これを見て、俺はレインが自分の身に何が起こるか知っていたのではないかと思うようになった。

 自分がいなくなる。そう確信していなければ、こんなことは書かないだろう。なにせ、いずれも口頭で伝えればいい内容だからだ。前者なんて、何でもないのにわざわざ口に出すようなことではない。

 ならば、レインがそんな確信を抱くに至った理由とは何だろうか。まさか寿命だったなんてことはないだろう。それなら、こんなに唐突な事態が起こることはないはずだ。事前になにがしかの準備をしているだろうから。

 となれば、考えられるのは外部からの干渉。それによってレインは機能を停止することになったと考えるべきだ。

 そこまでくれば答えは一つしかない。レインほどの技術の塊。そこに外見に何の変化もなく機能を停止させるほどピンポイントに手を加えられる存在なんて、一人しかいない。

 彼女のマスターにして、未来世界の救世主――ゾーン、その人である。

 思えば、タイタンが俺たちに語ってくれたレインを助けた時のこと。そこに出てきた男というのも、見覚えがあるのだ。全身黒、背中に繋がるパイプ、ヘルメット……そんな恰好をしたサイボーグが出てきたような記憶がある。

 ということは、あれはレインに対して乱暴をしようとしたわけではなく、機能を停止したレインを回収しようとしていたのではないだろうか。つまり、ここにもゾーンの手によるものだという予測が立つのである。

 俺は、デュエルディスクのボタンを再度押し、ディスプレイを消す。そして、腰を下ろしていたソファの背に体重を預けて天井を見上げた。

 ……狙われている。あのゾーンに、俺が。

 実感が湧かないが、恐らくそのためにレインは俺のデュエルディスクを貸してくれと言ってきたのだろう。その脅威に対抗する力を与えるために。そういえば、そう言い出した時のレインの表情は随分必死だった気がする。

 だとすれば、あちらにとってレインは裏切り者となるはず。であれば、機能を停止させられたとしても、おかしくはない。

 つまり。

 

「……俺のせい、か」

 

 吐き出した言葉は、思った以上に刺々しかった。それだけ、俺は自分に怒りを感じていたのである。

 俺はそんなこととは知らず、ただデュエルディスクを受け取った。知ってどうにかなっていたとは思わない。けれど、そこまでのことをしてくれたレインの気持ちを察することなく、のうのうとしていた自分に腹が立っているのだ。

 思わず拳を握りこむ。何が仲間だ、絆だ。こんなに近くにいた友達一人助けられないで、何を偉そうに俺は言っていたのか。

 拳を握る力が強くなる。胸の内に渦巻く怒りを発散するかのように、拳へと力が集約されていく。

 やがて力を込めた爪が手の平に食い込み、血が滲もうとした、その時。不意にその手が温かな何かに包みこまれた。

 

「もう、抱え込みやすいのは変わらないんだから」

「マナ……」

 

 手を包んでいるのは、俺のそれに比べれば小さなマナの両手だった。いつの間に実体化してそこにいたのか、握りこまれていた手に込められた力が、少しだけ緩む。

 しかし、力が緩んだのはわかるだろうに俺の手を握ったままマナは離さない。そして、その状態のままマナは俺の前に立つと、正面からぐいっと顔を覗き込んできた。

 そして、次の瞬間。俺の手からパッと手を離したマナは、その手を俺の頭の後ろに回すと、そのまま俺の頭を自分の胸へと押し付けた。

 

「おわっ!? い、いきなりなにを――!」

「んー」

 

 狼狽して問いかけるも、マナからの明確な返答はない。

 少し力を込めて逃れようとするが、しっかり抱え込まれているので逃げられなかった。真剣に考え事をしていたので、ふざけられるような気持ちではない。けれど、それは傍で見ていただろうマナにも分かっているはず。

 だというのに、こういう行動に出ている以上、無意味なことではないはずだ。それぐらいには信頼している。

 だから、俺はひとまずマナの気が済むまでこのままでいることにした。とはいえ、ふざけている時ならまだしも、今の心境で女性の胸に顔を埋めている現状はどうにも恥ずかしいものがあった。

 だから、俺はただ黙ってマナの温かさに身を任せた。少し自分の頬が熱くなっている自覚はあったが、今更気にする間柄でもない。

 開き直ってみれば、マナの体温はやはり心地いいものだった。ひと肌、というものはそれだけで人を安心させるという。その気持ちがわかるような気がした。

 こうして抱かれているだけで、ささくれ立った心が癒されていくような感覚にすら陥る。それはさすがに言い過ぎだとしても、しかし気分が落ち着いたのは確かだった。きっと、マナはこれを見越して今回の行動をとったのだろう。

 とはいえ、こうしているだけというのも何か居心地が悪くなった俺は、心を落ち着かせてゆっくりとレインのことについて考え始める。

 レインのことは、俺のせいだ。いや、少なくとも俺がきっかけだったのは間違いない。それが今のレインの状態に繋がっているのは、認めなくてはならない事実なのだ。

 俺が安易にシンクロ召喚を……アクセルシンクロをやろうとしなければ、こうはならなかった。もしくは、レインの前でフォーミュラ・シンクロンを召喚しなければ、こうはならなかったに違いない。

 きっと、あれで向こうに警戒を与えてしまったのだろう。俺にシンクロ召喚のその先に辿り着く可能性があると示してしまったから。

 そして、警戒されたが故に俺の身は危険になり、その危機を俺自身が回避もしくは対抗するためにレインは俺のデュエルディスクに手を加えるという選択を取った。

 アクセルシンクロを可能にするために。それによって、俺が生き残れるようにするために。それに、レインの命がかかっていると俺は知らないまま。

 先程と同じように、自分に対する怒りが湧く。しかし、マナの温かさがその怒りを僅かに和らげてくれた。そして、それによって生まれた心の余裕が、ある疑問を俺に抱かせた。

 

 ――自分の命が危ないなんて、レインにだってわかっていたはず。なのに、なんで実行したんだ?

 

 その疑問に辿り着き、俺は思わずハッとする。そうだ、なんでレインは自分の身の危険を顧みずに俺に力を貸してくれたんだ。俺はシンクロ召喚の発展を加速させている男であり、言うなれば破滅の未来へと繋がる道を補強しているようなものなのだ。

 ゾーンの陣営にしてみれば、度し難い行為を行っているに違いない。俺自身はシンクロ召喚には破滅の未来すら超える可能性があると思っているが、そんなことはあちらには関係がない。

 そう、敵対しているのが自然なのだ。だというのに、何故……。

 

「……なぁ、マナ」

「なに?」

 

 俺には、わからない。だが、わからなければ誰かに聞けばいい。意見を求め、一緒に考えればいい。

 幸いにも俺は、一人ではないのだから。

 

「たぶんレインは、俺のデュエルディスクを強化したことが原因で、ああなったんだと思う。……けど、その結果自分がどうなるかレインはわかっていたはずなんだ。なのに、なんで俺のためにそこまでしてくれたんだと思う?」

 

 自分の命を懸けてまでレインが何故、そこまでしたのか。

 わからないがゆえの問いかけに、マナは「そんなの、レインちゃんじゃない私にはわからないよ」と何でもないように答えた。

 聞きようによってははぐらかされたかのような答えだったが、しかし俺は気分を害することもなく「そうか」と返す。何故なら、俺自身わかるはずがないと思っていたからだ。レイン本人ではない以上、それは仕方がない。

 だから、今の問いかけは無意味なものだった。そのはずだった。

 しかし、マナの口はそこで止まってはいなかった。――けど。そう再び言葉が紡がれ、俺はマナの顔を見上げた。

 

「けど、たぶん遠也や十代くんと一緒なんじゃないかな」

「……俺たちと?」

 

 予想外の言葉に少々呆けた声で応えると、マナはそうだと頷いた。

 

「トラゴエディア、三幻魔、破滅の光……。二人は命を懸けたデュエルに勝ってきた。逃げ出さずに、命を懸けてきた。それは、どうして?」

「それは……」

 

 そんなの、簡単なことだ。答えなんて一つしかない。

 だから、当然とばかりに答えを返そうとしたところではたと気づく。

 ……俺がそうだったんだから、レインもそうだったのかもしれないと。その可能性に気が付いた。

 それは、俺にとって都合のいい妄想でしかないのかもしれない。けれど、レインならそう思っていたとしても不思議じゃない。

 レインはその感情が現れにくい表情ゆえに誤解されがちだが、優しく、仲間を……友達を大切に思えるそんな子だった。レイに向けていた温かな眼差し、俺達と一緒にいた時の笑顔。それは、きっと俺と同じ答えを示している。

 だから、マナの問いかけに俺ははっきりと答えた。

 

「――仲間の、友達のためだ。トラゴエディアも三幻魔も、俺たちの後ろに仲間がいたから頑張れた。破滅の光も、カイザーを助けるために逃げなかった」

 

 俺たちが倒されれば、世界が……ひいては皆に危害が及ぶ。それを認めるわけにはいかないから、俺や十代は戦った。たとえ命が懸かっていようと、皆が背中にいたからこそ俺たちは立ち向かっていっていたのだと、悟る。

 それはきっと、俺や十代だけじゃない。たまたま俺たちがその立場にいただけで、万丈目や三沢だってその立場になれば逃げずに戦っただろう。仲間の……友達のために。

 万丈目や三沢だけじゃない。翔だって、剣山だって、明日香だって、吹雪さんだって、きっとレイも……皆そうしていたと俺は思う。なら、もしかしたらレインだって……。

 

「私は、そういうことだと思うな」

 

 マナは最後に短く、そう呟いた。

 それに、俺は内心で頷く。本当はレインがどう思っていたのか、俺にはわからない。けれど、レインの立場を考えれば恐らく俺たちは初めてできた彼女の友達だ。

 俺たちにとってレインがそうであるように、レインにとっても俺たちは大切な仲間だったと、そう思えるほどには絆があったと信じられる。

 なら、きっとそういうことなのかもしれない。俺たちだってレインのためとなれば、きっと命を懸けていた。きっと、そういうことなのだ。

 だから、レインは俺のデュエルディスクに改良を加え、俺の身に襲い掛かるだろう脅威から守ろうとしてくれた。そこに込められた思い、それを感じ取った俺の心にさっきまでの曇った感情はなくなっていた。

 俺の頭を抱えているマナの手に触れ、そっと外す。さっきとは違い抵抗なく解放された俺は、正面に立つマナを真っ直ぐに見つめた。

 もう迷いはない。自分自身の至らなさに後悔するのも、ひとまずは止めた。それよりも、いま俺がするべきことを俺は見つけたのだ。

 

「――よし、決めたぞ俺は。マナ」

「うん」

 

 ただ頷いて先を促してくれるマナに感謝し、俺は俺自身が決めたレインの気持ちに応える方法を、確固たる意志と共に宣言した。

 

「絶対にレインを助ける。レインが俺を助けてくれたように、今度は俺がレインを助ける番だ」

 

 言ってしまえば、たったそれだけのこと。それだけの答えを出すのに、随分と遠回りをしてしまった。

 うじうじと自分を責めていたって、何も始まらない。レインの気持ちにきちんと応えるには、そうじゃない。俺自身が決めて、俺自身の意思で以って前に進まなければならないのだ。

 それが、俺の答え。そして俺自身の意思で、レインを助ける。それが、俺の願いだ。

 何故なら、レインは俺の友達で仲間だから。だから、絶対に助けてみせる。

 

「うんっ、それでこそ遠也だよ」

 

 そんな俺の決意に、マナは笑顔で頷いてくれる。

 迷って、俺が自暴自棄になろうと、こうして掬い上げ支えてくれる存在がいる。そのことが、どれだけ幸せなことなのか。

 目の前の笑みを見て、俺はそれを再度確認する。そして、最大級の感謝を込めて、今度は俺がマナを抱きしめた。

 びっくりしたように小さく声をこぼしたマナの耳元で、はっきり「ありがとう」と告げる。途端、沈黙の後に聞こえた微かな笑み。そして、俺の背に回されたマナの手が軽く俺の背を叩いた。

 言葉はなくとも、それが俺の感謝に対する答えだった。それに満足し、俺たちはしばしそのまま互いの体温を感じる一時を過ごしたのであった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 俺がそうして己のやるべきことを定めたように、皆もそれぞれの思いを経て自分が何をするべきかを決めたようだった。

 まず三沢だ。三沢は、自分も何か力になれるかもしれないと言ってツバインシュタイン博士の元に身を寄せることを決めた。もともと誘われてはいたらしいが、卒業してからでもいいかと思っていたらしい。

 しかし、レインの件があって自分にも何かできることがあればと三沢は考えたようだ。その結論が、ツバインシュタイン博士の下での研究だったのだ。

 俺がペガサスさんに連絡を取っていた傍らで三沢はきちんと博士に話をしていたらしく、ツバインシュタイン博士も三沢に協力的らしい。基本は新たなエネルギーの研究の手伝いが主になるらしいが、世界最高峰の頭脳の元で色々とやってみるとのこと。

 そして三沢がこの島から旅立つ日、俺たちの見送りを前に三沢は笑っていた。

 

「ついでにデュエルの研究でもしてくるさ。……そうだな、乗り物に乗ってデュエルとかどうだ? 自転車でのサイクリング・デュエル、なんてな」

 

 冗談交じりだったのは、湿っぽい空気になるのを嫌ったのだろう。三沢は笑顔に見送られて、一時デュエルアカデミアを離れることとなった。

 また、斎王は島を離れて養生することとなった。破滅の光に長期間憑依されていたことで、些か身体に無理が生じていたらしい。レーザー衛星ソーラに備え、身体をデータに溶け込ませていた妹の美寿知も元に戻り、妹と一緒に本土で過ごすと決めたようだった。

 タイタンもまた島を去って行った。ジェネックスが終わった以上当然のことだったが、レインを助けてもらったことには感謝してもしきれない。本人は俺と十代に対する借りを返しただけだと嘯いていたが……。またいつか会いたいものである。

 そして今日。目を覚ましたカイザーが島を発つ。消耗していた身体も元の調子を取り戻した今、いつまでも休んでいられないと笑っていた。

 

「お兄さん……」

「……ふ、今生の別れではない。翔、また会う時を楽しみにしている」

 

 港にて見送りに来た俺たちを前に、カイザーは常と変わらぬ悠然とした態度で俺たち一人一人の顔を見渡した。

 そして俺を見た時にその動きが止まり、口を開く。

 

「すまないな、遠也。お前とのデュエルがあんな形になったのは、本当に悔やまれる」

「またその話か? 気にするなって。今度はしっかりしたデュエルをすればいいさ」

 

 俺がそう言えば、カイザーはああと頷くが……本当にわかっているのかね。

 あれ以来、目を覚ましたカイザーは何度かこうして俺に謝ってきた。せっかく互いに約束を交わしたというのに、その約束があんな形になってしまったからだ。

 ただ約束が叶わなかっただけならよかった。それが、本人の意思に寄らぬところである意味において叶っていたことが、カイザーに後悔の念を抱かせているようだった。何より、破滅の光の意思に負けた己の弱さが許せないらしい。

 とはいえ、それを気にしている様子もある時に校長と二人で出かけたのを機に鳴りを潜めていたのだが……最後とあって再燃したようだった。

 そんなカイザーは、見送りのために時間を取ってこの場にいる校長に目を向ける。そして「師範……」と呟いたカイザーに、校長は大きく頷いて答えた。それに一度頭を下げ、カイザーは船へと続くタラップに足をかけた。

 

「……皆、また会おう」

 

 そう言って甲板へと続く階段を上っていくカイザーの背に向けて、十代を始めとした俺たちはそれぞれ別れを惜しむ声やカイザーの活躍を祈る声をかけた。それに振り返ることなくただ手を挙げてカイザーは応えた。

 その姿が船に乗り込んで見えなくなるまで声をかけ続け、そして船が出港してからは手を振ってその姿を見送る。

 カイザーもまた、レインのことについて何か力になれることがないか探してみると言ってくれた。カイザー自身はレインとそれほど親しいわけではないが、曰く「お前たちの仲間なら、俺の仲間だ」ということだそうだ。

 

 そして、島に残る俺、マナ、十代、翔、剣山、明日香、万丈目、吹雪さん、レイ……。皆も今回の件には思うところがあったらしく、全員一致でレインを助けようと決意した。

 具体的に何が出来るのか、まだわからない。けれど、たとえ普段通りの日常を過ごしていたとしても、何か解決に繋がりそうなことがわかれば報告し合うことを決めた。

 俺たちだけじゃない、島を離れる皆も、そして校長や鮎川先生も、ペガサスさんだって。皆がレインを助けようと動いてくれる。

 レインには、気付けばこれだけ多くの仲間がいるのだ。そして、仲間の力を結集すれば、きっと叶えられないことなんてない。

 だから、レインを含めた皆で笑い合う日がもう一度来ることを願って。

 離れていても繋がっている決意を胸に、俺たちはそれぞれ新たな一歩を踏み出していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 二年生 了

 

 

 

 



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2.5:間章
間話 休み-実状-


 

 二年生になってからの長い一年が終わり、再び次の新学期までの準備期間が訪れた。

 去年と同じく俺はマナと共に島を離れて本土の方に戻ってきている。が、今年は早く島に戻るつもりである。これは俺に限った話ではなく、明日香や十代を始めとした面々も親に顔を見せに帰りはするが、島には早めに戻るそうだ。

 理由については、誰も何も言っていなかったが大よそ察しはついている。恐らくは俺とほぼ同じ理由……レインのことが関係しているのだろう。

 レインの正体を知った今は彼女を元に戻すことが不可能ではないと知っているので、若干だが安心感がある。しかし、タイタンがレインを連れてきた時。呼吸していないレインを見て、もう二度と会えない存在になるのではと感じた不安と恐怖はやはり心のどこかに残っている。

 皆も、それを覚えているのだろう。仲間がいなくなってしまうことへの、小さな恐怖。それがあるため、俺たちは自然と島に早く帰ることを考えた。皆と一緒の時間を過ごすことで安心したいという漠然とした思いからの行動だった。

 

 そういうわけで、俺は一週間もしたら島に戻るつもりでいる。とはいえせっかくの本土だ。家のこともやらなければならないが、再びアカデミアに向かうまでに十分楽しんでいこうと思う。

 初日にペガサスさんの許しを得てI2社の施設で眠るレインのお見舞いは済ませたし、あとは適当にやりたいことをして過ごそうと思う。ちなみにお見舞いには精霊化したマナもついてきていた。

 レイも連れていきたかったが……ペガサスさんも全くI2社に関係のないレイを無理やり捻じ込む真似は躊躇ったようだった。まぁ、さすがにそこまで権力を笠に着て行動するわけにもいかなかったのだろう。

 だが、ペガサスさんは親友のお見舞いに来れないレイに申し訳ない思いを抱いたようだ。謝っておいてほしい、という伝言と共にお詫びとして2枚のカードを預かっている。

 

 その2枚とは、装備魔法カード《ダブルツールD&C》と罠カード《パワー・ブレイク》の2枚である。

 

 前者は「パワー・ツール・ドラゴン」を指定する装備魔法だ。同じく「レベル4以上の機械族のD(ディフォーマー)」も指定しているが……この時代、D(ディフォーマー)はまだ登場していない。まずいのではと聞き返すと、次回のパックで新しく登場するから問題ないとのこと。

 ちなみにその効果は「自分のターン:装備モンスターの攻撃力を1000ポイントアップさせ、装備モンスターが攻撃する場合バトルフェイズの間だけ攻撃対象モンスターの効果を無効にする」、「相手ターン:相手は装備モンスター以外を攻撃対象に選択できず、戦闘した相手モンスターをダメージステップ終了時に破壊する」の二つだ。

 ターンによって効果が異なる、珍しい装備魔法だ。効果も共に強力であり、有用なカードである。

 もう一つ、罠カード《パワー・ブレイク》は「自分の場にパワー・ツール・ドラゴンが存在する場合、自分の場と墓地の装備魔法カードを3枚までデッキに戻し、その枚数×500のダメージを与える」というものだ。

 ともにパワー・ツールのサポートカード。俺が以前にパワー・ツール・ドラゴンの所有者としてレイの名前を話したことがあったから、それゆえの選択なのだろう。

 伝言と共に受け取ったそれは今、俺の家で大切にしまわれている。ペガサスさん謹製のカードなので、レイもきっと喜んでくれると思う。

 

 ちなみにペガサスさんは他にもシグナーの竜をサポートするカードを作っているのだとか。しかし、世界に1枚しかないカードのサポートを、誰とも知れない持ち主にどうやって渡すというのか。

 俺がそう尋ねると、ペガサスさんは「カードとカードは引き合うものデース。ドラゴンの所有者の元へ、必ずこのカードたちは辿り着くことでしょう」と言って笑っていた。実際、俺を介してレイにサポートカードが渡ろうとしているだけに、その理屈もあながち間違ってもいないのかもしれない。

 ちょっと話が逸れたが、とりあえず俺とマナの二人が揃って真っ先に思い付いたレインのお見舞いに行くという用事は既に終わったわけだ。

 あとは何をして過ごすかということなのだが、結局思いつかずにマナと一緒に家でゴロゴロしている俺。外が暑いからというのもあるが、何より自分の家というのは居心地がよすぎる。寮の自室よりも遠慮せずにくつろげる空間なので、つい長居してしまうのだ。

 それはマナにとっても同じらしく、かなりリラックスしていた。具体的に言うと、現在マナは寝転ぶ俺の腹を枕にして寝ている。エアコンが効いているからいいが、そうじゃなかったらさすがに文句を言うところだ。

 とはいえ、枕にされる俺も少々重いことに目を瞑れば悪い気分じゃない。だらけきった姿を互いに晒しつつ、俺たちはその日、結局外に出ることはなかったのだった。

 

 

 ――明けて、次の日。

 昨日の己の様子を振り返り、さすがにだらけすぎだった、これではいけないと反省した。……マナが。

 もちろん俺は変わらず、今日も羽を伸ばそうと思っている。これといってやりたいこともないからだ。一応、レインについて海馬さんにも相談しようと思って時間を取ってもらっているが、それにしたって予定は明後日なのだ。今日はフリー、つまり何もしなくていいということだ。

 しかし、そんなふうにしている俺の姿にマナは危機感を覚えたらしかった。曰く、適度な運動は必要、暑いからって家に籠るのは健康に悪い。

 そう言って寝転ぶ俺の身体を起こそうと手を引っ張るマナだが、魔術的な力を使っていないマナの腕力は普通の女の子並みでしかない。そのため、寝ている俺の身体はびくともしない。

 精一杯俺を起こそうと引っ張るマナに、俺はふと悪戯を思いつく。早速それを実行に移すべく、俺は内心で意地の悪い笑みを浮かべていると自覚しつつ、逆にマナの手を取って引き寄せた。

 

「わわっ!?」

 

 驚き、そのまま倒れてくるマナは咄嗟に片方の手を床につき、俺に覆いかぶさるような形で四つん這いとなった。

 一気に近づいたマナの顔を見つつ、そのまま更に手を引いて体勢を崩させる。すると、案の定バランスを崩して俺の上に重なるように倒れ込み、身体を密着させることとなった。

 

「ち、ちょっと!?」

「ははは」

 

 あー、やわこい。

 夏にこれだけ密着しても暑くないエアコン万歳。おかげで非常に心地よい感触を楽しめています。

 マナはどうにか態勢を整えようとしているが、片手は俺が掴んで塞いでいるのでなかなか上手くいかないようだ。動くたびに密着している身体が擦れ、伝わってくる感触も変化するので、俺としてはそれだけでも十分に嬉しい。

 こうやって思いっきりスキンシップをとれるのも、自宅ならではのことだ。さすがにアカデミアでは自制心も働いて、そうそうこんな行動には出られないからな。

 そういうわけで俺の身体の上で四苦八苦しているマナとの、俺だけが嬉しいコミュニケーションに眦を下げる。

 魔術を使えばいいのにそうしない、そんなマナの様子に調子を良くした俺は、マナの手を掴んでいない方の腕を動かす。そして、それをゆっくりとマナの背中へと回して気づかれないように手の位置を下降させていく。

 まぁ、俺も歳頃の男だ。こういう状況なら、自然なことである。そもそも恋人同士なのだし、遠慮はいるまい。たぶん。

 そう心の中で免罪符を掲げつつ、下ろしていった手をいよいよ目標へと着陸させる。と、そうしようとしたところで、俺の手に激痛が走った。

 

「いっ、ててててッ!」

「ゆ、油断も隙もないんだからもう……!」

 

 見れば、マナもまたもう片方の手を動かして俺の動かしていた手をつねり上げていた。痛い痛い。

 若干息を荒げて俺を睨みつけたマナは、痛みに気を取られて力が抜けた俺の手から掴まれていた自分の手を引き抜く。

 そして俺から少し距離を取る。それを見て、俺は上半身を起こすとともにわざとらしくガクッと肩を落としてみせた。

 

「そんなに嫌だったのか……」

「ううん、嫌なわけじゃないけど」

 

 あ、嫌ではないんだ。落ち込む振りだったとはいえ、拒否されなくてちょっと安心した俺だった。

 その後、マナは「けど」と付け足すと、びしっと俺に指を突きつけた。

 

「家の中にいるだけなのはよくないよ!」

 

 ごもっともで。去年もエアコンの効いた家でゴロゴロしてたことをぼんやりと思い出し、自分自身でもちょっとだらけていたかなと少しずつ自覚する。

 

「うーん……それはそうなんだけど。でもなぁ」

 

 とはいえ、わざわざ用事もないのに出かけるというのも……。そう俺が渋っていると、マナはおもむろにデッキを取り出した。

 

「なら、デュエルだよ遠也!」

「ん?」

「私が勝ったら、外に出かける。遠也が勝ったら、このまま家にいる。どう?」

 

 デッキを持ちつつそう提案してきたマナに、俺は一瞬呆けるもののすぐにその表情を笑みへと変えた。

 

「……いいね、わかりやすい。そのデュエル、受けた!」

 

 言って、俺も少し離れた場所に置かれていた自分のデッキを準備する。さすがに屋内でソリッドビジョンのデュエルはしにくいので、テーブルデュエルだ。

 互いに台を挟んで対面に座し、デッキをその上に置く。用意が整ったところで、俺たちは互いに視線を交わし、そのまま開始の宣言をした。

 

「「デュエル!」」

 

皆本遠也 LP:4000

マナ LP:4000

 

「先攻は俺だ、ドロー!」

 

 さて、と。引いたカードを手札に加え、改めて手札を見る。

 

「……おおぅ」

 

《大嵐》

《シンクロン・エクスプローラー》

《異次元からの埋葬》

《ボルト・ヘッジホッグ》

《貪欲な壺》

《トラゴエディア》

 

 いかん、ちょっと事故った。チューナーも調律もないとは……。いや、モンスターが出せる分まだマシか。入っている上級モンスターは少ないし、モンスター出せないなんてことは滅多にないのが救いと言えば救いだ。

 それでも、やりにくいのに変わりはないが。

 

「モンスターをセット! ターンエンドだ」

 

 この手札じゃ、これぐらいだろう。あとは向こうがどう出てくるかだ。

 

「それじゃあ、私のターン!」

 

 デッキからカードを引くマナ。そして、手札を見て何やら悩み始めた。あっちも手札が悪いのだろうか。

 

「うーん……まずは《ジェスター・コンフィ》を特殊召喚! このカードは手札から表側攻撃表示で特殊召喚できるよ」

 

《ジェスター・コンフィ》 ATK/0 DEF/0

 

「更に装備魔法、《ワンダー・ワンド》をジェスター・コンフィに装備。攻撃力を500上げるけど……今回は2つ目の効果を使うね」

「ワンダー・ワンドの2つ目の効果……装備モンスターともども墓地に送って2枚ドローする効果か」

「うん。ジェスター・コンフィとワンダー・ワンドを墓地に送り、2枚ドロー」

 

 擬似的な手札交換となったわけだ。やはりあまり手札がよくなかったっぽいな。となると、ここで手札に加わった2枚が一体どんなカードなのか、それが重要になってくる。

 そう思ってマナを観察していると、その表情が見る見るうちに笑顔に変わっていった。それも、不敵なという表現が似合う顔にだ。

 どう見てもいいカードを引いたとしか思えない。……なんか、嫌な予感がしてきたぞ。

 

「いくよ! 私は《マジシャンズ・ヴァルキリア》を召喚!」

 

《マジシャンズ・ヴァルキリア》 ATK/1600 DEF/1800

 

「それと速攻魔法《ディメンション・マジック》を発動! 私の場に魔法使い族がいるとき、自分のモンスター1体をリリースすることで手札の魔法使い族を特殊召喚! というわけで、私は《ブラック・マジシャン・ガール》を特殊召喚!」

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000 DEF/1700

 

 マナの場に現れたブラマジガールのカードを見て、俺は苦笑した。デュエルモンスターズの精霊の得意技じゃないか。

 

「なる、自分自身を召喚って奴か」

「えへへ。更にディメンション・マジックの効果ね。特殊召喚した後、相手の場のモンスター1体を破壊する。そのセットモンスターを破壊するよ」

「ぐぬ……」

 

 伏せられていたボルト・ヘッジホッグをフィールドから墓地へと移動させる。これで俺の場はがら空きとなったわけだ。

 

「更に魔法カード《賢者の宝石》を発動! 私の場に「ブラック・マジシャン・ガール」が存在する時、手札かデッキから「ブラック・マジシャン」1体を特殊召喚する! デッキから特殊召喚!」

 

《ブラック・マジシャン》 ATK/2500 DEF/2100

 

「な、なにぃ!?」

 

 新たにマナの場に現れたカードに、俺は思わず声を上げた。

 とはいえ、それも仕方ないだろう。俺の場には何のカードもなく、それでいて相手の場にいるモンスターの攻撃力は2000と2500という状況なのだ。

 ライフポイントは4000なのだから、普通にワンキル圏内なのである。

 

「ふふーん、あの手札交換で《ディメンション・マジック》と《賢者の宝石》がきて助かったよ」

 

 うわ、本当にいいカード引いてたんだな。会心の笑顔で言うマナには悪いが、対戦している俺としてはその喜びを共有することはできそうになかった。

 

「いくよ! まずはブラック・マジシャン・ガールで遠也に直接攻撃!」

 

 当然、素通り。俺はブラマジガールの攻撃力分のダメージを受けることとなった。

 

遠也 LP:4000→2000

 

 しかし、ただでは転ばない。

 

「けどこの瞬間、手札のトラゴエディアの特殊召喚条件が満たされた! 戦闘ダメージを受けた時、このカードは特殊召喚できる! 守備表示で特殊召喚!」

 

《トラゴエディア》 ATK/? DEF/?

 

「このカードの攻守は手札の枚数×600ポイント。俺の手札は今4枚だから、ステータスは2400だ!」

 

《トラゴエディア》 ATK/?→2400 DEF/?→2400

 

「むぅ……ならブラック・マジシャンでトラゴエディアに攻撃!」

 

 トラゴエディアの守備力を100ポイント上回る攻撃力での攻撃。当然防ぎきることは出来ずトラゴエディアを墓地に置く。

 だが、どうにか後攻ワンキルされることは防ぐことが出来た。

 

「ふぅ、危ない危ない……」

 

 俺が額の汗を拭う素振りをすると、マナは残念そうに息を吐く。

 

「倒したと思ったのになぁ。カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

「よし、俺のターン!」

 

 待ってました、俺のターン。この状況を打破できるカード来いと願いつつ、カードを引く。

 そうして手札に加わったカード。それをゆっくり表側に向けて確認すると、そのカードは……《調律》だった。

 

「よし! 手札から《調律》を発動! デッキから「シンクロン」と名のつくチューナーを手札に加え、その後デッキをシャッフルして一番上のカードを墓地に送る。俺は《クイック・シンクロン》を手札に加える!」

 

 ようやく手札に来たか、チューナーモンスター。こいつがいなければ、やはりこのデッキは始まらない。

 

「手札から《シンクロン・エクスプローラー》を捨て、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! 更に俺の場にチューナーがいるため、墓地から《ボルト・ヘッジホッグ》を特殊召喚だ!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

「レベル2ボルト・ヘッジホッグにレベル5クイック・シンクロンをチューニング! シンクロ召喚! 燃え上がれ、《ニトロ・ウォリアー》!」

 

《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800 DEF/1800

 

 攻撃力2800というかなり高い値を持つニトロ・ウォリアーの召喚に成功するが、もちろんこれで終わりではない。

 

「更に《大嵐》を発動して、その伏せカードを破壊する」

「むむ、せっかくの《マジシャンズ・サークル》が。しかも魔法カードを使ったってことは……」

「そういうこと。ニトロ・ウォリアーでブラック・マジシャンを攻撃! そして魔法カードを使ったターンのダメージ計算時、ニトロ・ウォリアーの攻撃力は1000ポイントアップ!」

 

《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800→3800

 

 3800と2500では比べるまでもない。たとえ伏せカードがあったままでも、マジシャンズ・サークルでは結局防げなかっただろう。

 マナは泣く泣くブラック・マジシャンのカードを墓地に移動させた。

 

「うう、ごめんなさいお師匠様」

 

 正確にはマハードじゃないんだけどな。まぁ、気持ちは分かるが。

 

マナ LP:4000→2700

 

「俺はこれでターンエンドだ」

 

 若干フィールドの状態は心もとないが、攻撃力2800のニトロ・ウォリアーがいるんだ。少しは安心できる。あとは手札の2枚……貪欲な壺と異次元からの埋葬。これらをどう使っていくかだ。もしくは、次で引くカード。それにかかっている。

 もっとも、それにしたってこのターンを凌げればの話だが。ニトロ・ウォリアーがいることだし、大丈夫だと思いたいが……。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 カードを引いたマナは、引いたそれとは違う方のカードを手に取ってフィールドに置く。

 

「いくよ! 私は《ものマネ幻想師》を召喚!」

「いぃ!?」

 

 ものマネ幻想師!? 最初の手札にあった最後の一枚がそれかよ。うわ、これはやばい。

 

《ものマネ幻想師》 ATK/0 DEF/0

 

「ものマネ幻想師は、召喚に成功した時に相手モンスター1体を選択し、攻撃力と守備力はそのモンスターと同じ値になる! 遠也の場にいるのはニトロ・ウォリアーだけだから、ニトロ・ウォリアーの攻守をコピー!」

 

《ものマネ幻想師》 ATK/0→2800 DEF/0→1800

 

「バトルだよ! ものマネ幻想師でニトロ・ウォリアーに攻撃!」

「ぐぐ……当然、相打ちになる」

「これで、手札に速攻のかかしがないなら私の勝ち! ブラック・マジシャン・ガールで直接攻撃!」

 

 さっき確認したように、俺の手札の2枚は《貪欲な壺》と《異次元からの埋葬》だ。速攻のかかしは、ない。

 

「……く、くっそぉ! 負けたぁ!」

 

遠也 LP:2000→0

 

 なんというスピード決着。しかもブラマジガールの直接攻撃が2回とも決まっての敗北とか。対戦相手がブラック・マジシャン・ガールの精霊であるマナと考えると、まさに狙ったかのような結末である。

 それにしてもまさか開始2ターンで終わるとは。予想外に早い決着に驚きを隠せない。やはり、手札の悪さをカバーしきれなかったのがいけなかったな。

 運も実力のうちと言うが、そうなると初期手札が少々悪かった俺の実力はまだまだということになる。精進していかないとなぁ、と少しだらけていた気持ちを引き締めた。

 

「よし」

 

 デッキを片付け、俺は掛け声と共に立ち上がった。だらけた気持ちを引き締めたことだし、マナの言うように出かけるとしますか。

 立ち上がった俺を見上げているマナに、指で自室の方を示す。

 

「んじゃ、着替えたら玄関ってことで」

「あ……うん!」

 

 俺が突然立ち上がった理由がデュエル前の約束のことだとわかり、マナも少し慌てたように立ち上がった。

 そういうわけで、俺たちはそれぞれ着替えて準備を整える。少し早く着替え終えた俺が玄関で待っていると、少し遅れてマナもやって来る。それを確認したところで、俺は靴を履いて外に繋がる扉を開けた。

 途端に飛び込んでくる強い日差し。それに若干目を細めつつ、俺は家の鍵を閉めた後に隣に来ていたマナの手を握った。

 確かに、暑い。暑いから手を繋ぐともっと暑いのだが……まぁ、こういうのもいいじゃないか。ちらりと横を見ると、マナは繋がれた手に目を落として微笑んでいた。

 暑くて嫌なら離す気でいたが、どうやらこのままでいいようである。ならば、あとは行くだけだ。目的地こそないが、それならそれで散歩だと思えばいいだけである。

 そんなわけで、俺は一歩踏み出し、マナも足並みを揃えて横に並ぶ。どこに行くかなぁ、とそんなことを考えながら、とりあえず歩き出した。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 家を出てから、俺たちはとりあえずのんびりいろいろな店を見て回った。カードショップに始まり、商店街、ショッピングモール。昼食はモール内のレストランで適当に食べ、その後は外に出て散歩である。

 今はそんな中、公園に立ち寄って休憩しているところだ。まぁ要するに、出かけてみたところ普通のデートになったとそういうわけである。

 ちょうど木陰になっているベンチに座り、買ってきた缶ジュースに二人してそれぞれ口をつける。そして人心地ついたところで「そういえば」とマナが口を開いた。

 それに反応して顔を向ける。

 

「カードショップ、意外とシンクロ召喚みんなやってたね」

「あー、あれな。ショップでは、比較的浸透してきたみたいだからなぁ」

「テレビでは全く見ないのにね」

「だな」

 

 一口、ぐいっとジュースをあおる。

 マナが言うように、最初に訪れたお馴染みのカードショップでは何人かがシンクロモンスターを使う姿が所々に見かけられた。

 一年前には俺の行うシンクロ召喚に驚きの声を上げていた子供たちも、今日来てみれば……。

 

「シンクロ召喚! 《大地の騎士ガイアナイト》だ!」

「うわぁ! 攻撃力2600がいきなり……!」

「《ギガンテック・ファイター》で直接攻撃!」

「なんの! 《攻撃の無力化》!」

 

 と、なかなかに盛況な様子だった。それだけ広まってきたということであり、テスター兼普及担当でもあった身としては、そこはかとなく達成感を感じる。

 ちなみに最初期に登場したジャンク・ウォリアーは、その効果が低レベルモンスターを並べることを要求するため、高ステータス主義が根強く残るこの世界の特徴から、ほとんど採用されていない。専用チューナーが必要だというのも、理由の一つだろう。

 もっとも大勢の目に触れた初めてのシンクロモンスターということで、一部では人気があるらしい。使っている身としては、嬉しいような悲しいような複雑な気分である。

 しかし、もし俺が使っていなかったらその一部の人気すらなかったわけで。そう考えると、このカードが捨てられ、それを遊星が拾ったという未来での経緯も微妙に納得いってしまう。実に悲しい事実ではあるが。

 ……っと、話が逸れたが、結局のところ、シンクロ召喚がよく見られるのは現時点でそういったフリーデュエルレベルでだけだったりする。

 これまたマナが言ったように、テレビでは驚くほどシンクロモンスターの姿を見ることがない。テレビ放映される規模の大会やプロリーグに出るデュエリストのほぼ全員が、シンクロをしないのがその理由だ。

 残念ながら、それが今のシンクロ召喚の立場なのである。

 

 

 ――シンクロ召喚が実装されてまるまる一年半。しかし、大会やプロリーグでシンクロモンスターの姿を見かけることはほとんどないという実状。

 それというのも、そういった場で成績を残すような上位デュエリストはシンクロ召喚を敬遠する傾向にあるからだ。

 それは何故か。要因としては三つある。シンクロ召喚にはチューナーモンスターが必須になることがまず一つ。それはつまり、これまで愛用してきたデッキにチューナーを投入することを余儀なくされるということである。

 必然、その分これまでに使ってきたカードを削らねばならず、成り立たなくなるコンボが出てくる。無論そのままデッキにチューナーを足すだけという手もあるが、デッキ枚数が増えることでキーカードを引く確率が下がることを彼らは嫌った。

 また、もう一つの要因として、彼らは自分のデッキに誇りを持っているからというのがある。そのデッキで長年戦い、実績を残してきたため、全く新しいギミックを入れようとは思わないのだそうだ。

 最後に、単純に現在のシンクロ召喚に関するカードが少ないという点もあるだろう。シンクロモンスター、チューナー、そのサポート……いずれも元の世界や5D’sの時代とは比べ物にならない少なさだ。

 まだ発表されて間もないので仕方がないといえば仕方がない。こればかりは以後発売されていくカードに期待するしかない。

 

 そういうわけで、現時点で実力が高い者ほど避けるというのがシンクロ召喚の一般における現在の立場である。知名度自体はかなり広まったのだが……理由が理由だけに仕方ない面もあった。

 だが、逆を言えばそれ以外のデュエリストにはじわじわ浸透してきているようである。発売当初よりシンクロモンスターの値段も落ち着いて買いやすくなったためか、これから大会などに挑もうという新進気鋭の若者たちは少しずつシンクロを取り入れ始めている。

 既に実績を持つ者に比べ、デッキを根本から見直すことも多い彼らは新しいギミックを取り入れることに大きな抵抗を感じないからだ。

 尤も、たとえばHEROに並々ならぬこだわりを持つ十代のように譲れない何かがある者は、ポリシーとしてシンクロを使っていないが……それは少々論点がずれるので置いておこう。

 ともあれそれが現在の状況なのだが、未来の時代の様子を見るに、やがてシンクロ関連のカードが充実してくれば、シンクロ召喚が環境を塗り替えていくことになるのだろう。つまり、今はそこに至る過渡期であるということだ。

 少々長くなったが、これがシンクロ召喚の現在の実状である。

 そういうわけで、テレビで流れるようなデュエルでその姿を見ることは出来ないが、一般のカードショップのフリーデュエルでは頻繁に姿を見ることが出来る、とそういう状況になるわけなのである。

 

 

 

「まぁ、いずれシンクロ環境が生まれてくるさ」

 

 俺は空になった缶をぶらぶらさせながら、そう言う。

 実際、シンクロ関連のカードをI2社は急ぎ製作中らしい。とはいえ、物理的に作れるカードの種類や枚数には限度があるうえ、発売されてすぐのカードは高騰して手が出ない。共に時間を置くことが必要になるので、時間はかかるだろうが。

 それを考慮するに、実際にシンクロ召喚が大きく躍進することになるのは……あともう少しかかることになるだろう。カードが大きな意味を持つこの世界でのレアカードの封入率や新カードの高騰具合、人々のカードそのものへのこだわりを考えれば、そのぐらいが妥当だ。

 それを過ぎれば、シンクロ召喚を敬遠していた層も新しい見方でシンクロ召喚を見ることになるだろう。そして大会やプロでもシンクロ召喚が普通に行われるようになるに違いない。

 元の世界で、シンクロやエクシーズといった新たな力が環境に乗り出した時のワクワク感を思い出す。それを思えば、その時が楽しみで仕方がなかった。

 そんなふうに思っている内心、それが表情に出ていたのか、俺の顔を見たマナが小さく笑った。

 

「ふふ、嬉しそうだね遠也」

「……ん、まあな」

 

 新しい何かが新しい可能性を見せてくれる。それは、やはり単純に楽しい。それらの可能性は、俺にまだ見ぬ未来への期待を抱かせてくれるからだ。

 俺に限らず、きっと多くの人が同じワクワクを感じてくれているはずだ。それは、かつてのシンクロ召喚を本格的にお披露目した去年のイベント、その来場者の反応からも推し量ることが出来る。

 きっと、シンクロは大きく飛躍する。そしてシンクロの後には、また新たな可能性が生まれ、その後にはまた更に新たな可能性が生まれる。その繰り返しがずっと続いていくのだろう。

 そんな風に、連綿と続いていく未来。途方もないそれを想像するのは、まるで夢を見るかのようで楽しい。

 俺は、空になっていた缶を近くのゴミ箱に放り投げた。

 ガラン、と金属同士がぶつかる音を響かせ、缶はゴミ箱の中に納まる。それを見届けて、俺はベンチから立ち上がった。

 続いてマナも立ち上がり、手に持った缶を俺と同じように投げる。すると、缶はゴミ箱の口の縁に当たって地面に転がった。どことなくバツが悪そうに照れ笑いをするマナに苦笑し、俺は落ちた缶を拾い上げてゴミ箱に放る。

 きっちり後始末が済んだことを確認し、視線を己の横に移す。

 

「じゃ、行くか」

「うん」

 

 再び歩き始め、俺たちは公園を後にする。

 相変わらず目的はないが、こうしてマナと一緒にいると変に気負わなくていいので気が楽だ。だから、目的もなくブラブラしているだけでも十分に俺としては心地よかった。

 手を繋ぎ、その手を軽く振る。さて、次はどこに行こうかとそんなことを考えながら。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 その後、適当に町の中を回った俺たちは夕方になる頃に家へと戻ってきていた。

 そして夕飯時になると、マナと共に台所に立って用意した料理に雑談をしながら舌鼓を打つ。そしてその会話の中で、マナは今日外出に誘ってきたことについてこう言った。「家の中に籠ってると、色々考えちゃうから。気分転換になればと思って」と。

 一瞬俺はどういう意味だろうと呆けてしまったが、やがてそこに込められた意味に気が付いた。

 マナは、レインが倒れた後に自分を責めた俺の姿を知っている。立ち直りはしたものの、どこかで俺のことをずっとマナは心配していたのかもしれない。

 だからこその気分転換。そういう意味だったのだろう。

 実際には、もう俺はそこまで気にしていない。それよりも、今は皆と共にレインをどうにか助ける方法を考えることに気持ちを向けているからだ。

 だが、そうして心配されるのは存外嬉しいものでもある。俺はそんな心遣いに対する感謝をそのまま隠すことなく表し、笑顔で「ありがとう」とマナに告げた。

 それに対してストレートにお礼を言われたマナは、「う、うん」と歯切れの悪い返し。その頬は赤くなっていた。それを見て、照れているのか、と問えば「照れてない」と答えが返ってくる。しかし表情はやはり赤らんでいて、明らかに言葉と一致していない。

 それが何とも微笑ましくて思わず噴き出しそうになったが、さすがにそれは悪いかと思いとどまる。しかし小刻みに震える肩までは隠せず、それに気付いたマナは赤い顔で「……どうせ余計な心配でしたよー」と唇を尖らせてしまった。

 慌てて拗ねたマナのご機嫌をとり、どうにか元に戻ってもらえて続けられた夕食の後。洗い物は任せてくれとマナが言ったので、マナに甘えることにして俺は自室に戻った。代わりに明日は俺がやる、とだけは言っておいたが。

 

 そして部屋に戻った俺は今、自分のデッキを机の上に広げて試行錯誤している。とはいえ、必須のカードも多いのでそこまで大幅に何かを変えるということはない。メインデッキもそうだが、それはエクストラデッキにも言えた。

 特に俺は、エクストラデッキに絶対にはずさないカードが何枚かある。スターダスト・ドラゴンやシューティング・スター・ドラゴンがそれに当たる。他には、ジャンク・ウォリアーもそうだし、いまだ絵柄が曇ったままの1枚のカードもそうだ。

 

 あとは、もう1枚。俺はそいつを手に取った。

 

 アカデミアでは一度も使っていないこのカードも、エクストラから抜いていない。このカード、デッキに入れたのはアカデミアに入ってからなのだが、一度も使っていない。まぁ、そうそう使えないから仕方ないが。

 もともと俺のこだわりであり、お守り的な意味合いが強いので、特に問題はない。いずれは出すこともあるかもしれないので、その時に活躍してもらうこととしよう。

 もっとも、普通に過ごしていれば出す機会はゼロだろうけども。

 机の上に散らばっていたカードを揃え、トントンと机の上で端を整える。そして、それをデッキケースに収めると、ふぅと一つ息を漏らした。

 

 もうすぐ俺も三年生。アカデミアに通う、最後の年だ。そう考えれば、だいぶ俺もこの世界になじんだものだと小さく笑うが……すぐにその表情を引き締める。

 学園生活最後の年。そこに待ち受けているであろう、数々の脅威。そして、俺自身に襲い掛かるだろうゾーンの手。

 抱えている問題は山積みだ。それなのに、その解決策は見えてこないという。まったくもって頭が痛い限りである。

 しかし、変に気負うことはない。カードと、そして仲間たちを信じていれば、きっと自分自身が進むべき道を作っていけるはずだ。

 そう考えていると、いつの間にかデッキケースを持っていた手に少し力が入っていたことに気が付く。

 苦笑し、俺はデッキケースをそっと机の上に置いた。

 信じて俺は前に進んでいけばいいのだ。これまでと同じように、支え合いながら。

 窓から見える、どこまでも吸い込まれそうな深い群青の空。月明かりが眩しいその夜空を見上げながら、俺は来る新学期に向けて思いを馳せるのだった。

 

 

 

 



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間話 休み-帰島-

 

 アカデミアから本土に戻った俺は、その中でペガサスさんと会って話をし、またレインのお見舞いをし、マナとデートをし、といった具合に過ごしていた。

 そして、そのデートの翌日。俺はアポイントを取っていた海馬さんに会うことが出来た。

 海馬さんのKC社も技術力ではI2社に勝るとも劣らない。いや、デュエルディスクの開発を一手に担っていることを考えれば、一部においては上回っていると言っていい。

 その協力を取り付けられれば、レインにとって何か力になるかもしれない。そう思って俺は海馬さんにも協力を申し込んだ。

 最初は「何故この俺が小娘のために動かねばならん」と一蹴されたが、そうなることは予想済みだ。俺は海馬さんにある情報を渡すことで、最終的にはどうにか協力を取り付けることが出来た。

 その情報とは、イリアステルに関するものだ。イリアステルがどんな組織で、何を目的に結成されているのか。それすら通常であれば完全に秘匿された情報である以上、この情報には価値がある。

 海馬さんは、プライドが高く他人に唯々諾々と従うことを良しとしない。それゆえ、遥か頭上から見下ろすかのような立場にいるイリアステルをもともと快く思っていなかった。いわば、仮想敵。その情報ということで対価として認めてくれたのだ。

 これで、レインについて現状で俺が出来ることはすべてやった。本土でやり残したことはもうないと言っていい。

 

 そういうわけで、アカデミアから本土に戻っておよそ一週間。俺は再びアカデミアに戻ることにした。今回は皆も早く島に戻ると言っていたことだし、早く戻ったとしても退屈することはないだろう。

 そう思えば、わずか一週間離れていただけとはいえ皆と会うのが楽しみになってきた。アカデミアへと向かう船の上。徐々に見えてきた島に目を向けながら、俺は腰のベルトに通したデッキホルダーにそっと触れるのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 島に着き、荷物を肩に担ぎつつ港から真っ直ぐに校舎に向かって伸びる道を歩く。ちなみに、マナは先にレッド寮の部屋に向かっている。

 部屋に向かったと言うが、正確にはレイに会いに行ったと言うほうが正しい。どうも俺が離れている間、レイがあの部屋に住んでいるようなのだ。本土に着いた後、本人からのメールで知ったことである。

 とはいえ、それは俺が帰るまでの間だけのこと。俺が帰ってきたらブルー女子寮に行くらしい。それなら問題はないかと思って、事後承諾で許可は出してあるので問題はない。

 だから、いまあの部屋にはレイがいるはずだ。先に行ってもいいかと問うマナに、女の子同士積もる話でもあるだろうと考えた俺は首肯した。

 そのままマナは寮に向かったため、この場にはいない。まぁ、どうせすぐに合流することになるわけだが。

 そんなことを思いつつ石畳の上を歩いていると、校舎前に差し掛かったところで早速見慣れた顔に会った。アカデミアの中で、黒い衣装を着ている奴なんて一人しかしない。なんともわかりやすいことだ。

 

「おーい、万丈目」

「……ん? なんだ、遠也か」

 

 どこかに向かおうとしていた万丈目に呼びかければ、こちらに気付いた万丈目が足を止めた。

 それに合わせ、俺は早歩きになって近づいていく。

 

「なんだとはご挨拶だな。久々に会う友人に向かって」

「ふん、言っていろ。それより、俺はいま忙しいのだ。用事があるなら後にしろ」

「忙しいって……その手に持ったメガホンと関係があるのか?」

 

 腕を組み、相変わらず不遜な態度をとる万丈目の手には黄色いメガホンが握られている。日常ではまずお目にかかることはないアイテムだが、なぜ万丈目はそんなものを持っているのだろうか。

 その疑問から問いかけてみれば、万丈目は自慢げに胸を張った。

 

「ああ。いま俺は、同じく光の結社の一員となっていた生徒と共に白く染まってしまったブルー寮を元の青に染めている真っ最中なのだ」

「へー、感心だな。でも、それなら普通手に持つのはペンキじゃないのか?」

 

 なんでメガホン?

 と、やはり解消されない疑問を抱くと、それに答えを返したのは万丈目ではなかった。

 

「それは、万丈目君がペンキを塗る側じゃなくて現場監督として参加しているからよ」

 

 そう言って万丈目が来た方向から歩いてくるのは、明日香だった。

 

「お、久しぶりだな明日香。っていうか、現場監督?」

「ははは、いやぁなに。指示を出す者は必要だろう。だから俺は皆のリーダーとしてだな……」

「まぁ、確かに必要だけどね」

 

 空笑いする万丈目を、明日香は苦笑交じりの表情で見つめる。

 どちらかというと目立つことが好きな万丈目だけに、ひょっとするとそういう理由からその役目を請け負ったのかもしれないな。明日香の反応を見ると。

 

「そういうわけだ、遠也。俺は奴らに指示を出してやらねばならんから、これで失礼するぞ。じゃあな」

 

 そう言って、万丈目はそそくさと立ち去っていく。目立ちたかったというのは間違いないらしかった。

 まぁ、だからといって不真面目な奴ではないから、恐らくは普通に現場監督をしているんだろう。忙しいのは嘘ではないはずだ。

 なら、変に話を長引かせるのは悪いかと思う。さっきの言葉を聞く限り、明日香も恐らくそのブルー寮の再塗装に参加しているはずだ。

 既に立ち去った万丈目はいいとしても、明日香を引き留めていては誰かに負担がかかることになる。

 そう判断した俺は、肩かけ鞄のベルトの位置を直しつつ明日香に片手を軽く上げた。

 

「んじゃ、俺はレッド寮の部屋に行ってくる。荷物も置かないとな」

「あ、ちょっと待って遠也」

 

 くるりと明日香に背を向けようとしていた俺は、唐突な呼びとめの声に半ば反対方向に向いていた身体をもう一度明日香に向けた。

 

「どうした?」

「ん……ちょっとね。今、マナはいるの?」

「いや、今ここにはいない。先にレッド寮に行ってる」

 

 俺がそう告げると、明日香は「そう……」と妙に重々しく呟くと口を閉ざした。

 明朗快活、物怖じしない性格の明日香にしては珍しいな。今の明日香の姿にそんな感想を抱いていると、不意に明日香が顔を上げて俺を真っ直ぐ見つめてきた。

 わりあい至近距離で目と目が合い、なんだか少しだけ居心地が悪い。しかし目を逸らすのも何か違う気がして、俺はただ明日香の目を見ることしかできなかった。

 その時、閉じられていた明日香の口が小さく開いた。

 

「――ねぇ。遠也は、マナのこと……好き?」

「ぶフぉッ!?」

 

 噴いた。

 咄嗟に明日香から顔を逸らし、その綺麗な顔に唾を吐きかけるような事態にならなかったことに俺は心底安堵する。

 だが、それよりもだ。明日香は、いま何を言ったんだ? いや、聞こえてはいたが、勘違いかもしれない。なにせ、明日香ってそういうキャラじゃないだろう。

 そう、そうだ。きっとこれは冗談に違いない。俺をからかおうとしているのだ。うん、きっとそうだ。

 内心で自分にそう言い聞かせ、動揺を抑えつける。そして、俺は逸らしていた顔を戻して明日香に向き合った。

 そして、俺を見つめる表情、その真剣さに驚く。そこには、からかおうなんて意図はどこにもなかった。そうはっきりとわかる程に、明日香の表情にふざけたような色は一切見られない。

 明日香は、本気で俺にその問いかけを投げかけたのだ。その目は、そう悟らせるに充分なものだった。

 

 何故、と思う。だが、それよりもまず質問に答えるのが先決だろう。意図こそわからないが、しかし明日香が真剣なのはわかる。ならば、その気持ちを尊重して俺はそれに応えてやりたい。そう思った。

 だから、俺は一つ溜め息をつく。そして、すぐに息を吸う。一度呼吸でも整えないと、恥ずかしくてこんなこと口に出来るわけがない。

 そうして幾分か気持ちを落ち着かせたところで、俺はしっかりと明日香を見て言った。

 

「ああ、そうだ。俺はマナのことが好きだよ」

 

 万が一にも聞き逃したりなんかしてもう一度言うようなことにならないよう、出来るだけはっきりとした口調で俺はそう言葉を紡いだ。

 くそ、顔から火が出そうだ。なんだって俺は本人がいないところでこんなことを言っているんだろう。

 そんな風にどこかやるせなさを感じていると、目の前の明日香の表情が崩れる。真剣そのものだった強い眼差しは潜められ、張りつめたような空気も弛緩していく。

 そんな中で明日香の顔に浮かんだ表情。それは、どこか困ったような笑みであった。

 

「……そう。うん、そうね。ありがとう、ちゃんと答えてくれて」

 

 そう言う明日香に、俺は照れ隠しもかねて少しだけ憮然とする。

 

「ったく、なんだよ一体。いきなりこんなこと言わすとか」

「私もね、女の子だから。そういうコトにも興味があるのよ」

「……え、それだけ?」

「ええ、そうよ。ほら、マナが待っているんでしょう。行かなくていいの?」

「ぐ……くそぅ、なんかしてやられた気がする」

「ふふ、ごめんなさい。それじゃ、またあとでね遠也」

「……はぁ。ああ、またあとでな」

 

 俺は明日香に背を向けて、レッド寮へと向かう。結局、あの真剣な表情も含めてからかわれていたのだろうか。いや、そういう奴じゃなかったはずだが、今の発言を考えると……むぅ。

 その後、レッド寮への道すがら。今の明日香とのやり取りについて悶々としながら歩く羽目になったことは、言うまでもなかった。

 

 

 

 *

 

 

 

 明日香は歩き去っていく遠也の背中を見送っていた。一年の頃からずっと、仲間として、友として、そして……たぶん恋の相手として見てきた背中だった。

 明確にそうだったのかと言われれば、わからない。明日香にとってそうかもしれないと思える相手は、二人いるのだ。だからこそ、明瞭に説明することはできなかった。

 一人は遠也。そして、もう一人は……。共に、一年の頃から過ごしてきた仲間だった。あの二人の背中を、自分はいつも見ていたように思う。

 それは恋だったのか。そうだったのかもしれないし、違ったかもしれない。答えを出せない明日香ではあったが、しかし惹かれていたことはたぶん本当だった。

 最初はきっと、二人のうち遠也に惹かれていた。しかし、彼にはマナがいる。もしマナがいなかったらどうなっていただろうと考えたが……詮無いことだと首を振る。

 それに、そちらについては今の問答で折り合いをつけた。そして、いつからかその気持ちはもう一人の方へ傾いていっていることを明日香は感じていた。

 だから、明日香は遠ざかっていく背中に向けて小さく手を振る。それは己の心にとってのケジメとなる、儀式でもあった。

 

「……さよなら、――」

 

 心のうちで呟かれたそれは、誰の耳にも届かない。

 一拍置いて、明日香は身を翻してブルー寮の方へと向かう。その顔には、小さな笑みと涙がにじんでいた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 さて、レッド寮に着いた俺はそのまま自室に入った。そして先に部屋に戻っていたマナと合流し、一週間ぶりに会ったレイと「遠也さん!」「よ、これお土産」みたいな会話を交わす。

 そうして互いの近況を笑い声と共に報告し、外に出た俺とレイはデュエルしていた。うん。

 

皆本遠也 LP:4000

早乙女レイ LP:4000

 

「先攻はボクだよ! ドロー!」

 

 勢いよくカードを引いたレイが、手札から1枚のカードを手に取ってディスクに置いた。

 

「ボクはモンスターをセット! 更にカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

「よし、俺のターン!」

 

 手札は……悪くない。特に墓地肥やしを行うことが出来るカードガンナーが来てくれたのは嬉しい。

 当然、俺はそのカードを手に取った。

 

「《カードガンナー》を召喚! そしてその効果により、デッキからカードを3枚墓地に送り、攻撃力を1500ポイントアップ!」

 

《カードガンナー》 ATK/400→1900 DEF/400

 

 墓地に落ちたのは、《クリッター》《ゾンビキャリア》《闇の誘惑》の3枚だった。ゾンキャリはいいにしても、結局全部制限かかってるカードとか。墓地肥やしで制限カードが落ちるのが半ばお約束みたいになっていて、何とも微妙な気分である。

 はぁ、と溜め息を一つ。それで気持ちを切り替え、俺はカードガンナーに指示を出した。

 

「バトル! カードガンナーでセットモンスターを攻撃! 《トリック・バレット》!」

 

 カードガンナーの両腕から放たれた銃弾が裏側守備表示になっているカードに直撃する。

 それによってカードが破壊される中、うっすらと見えたのは男性の天使だった。

 

「っ……破壊されたのは《シャインエンジェル》! そしてこの瞬間、シャインエンジェルの効果が発動するよ! このカードが戦闘で破壊された時、デッキから攻撃力1500以下の光属性モンスター1体を攻撃表示で特殊召喚できる! きて、《恋する乙女》!」

 

《恋する乙女》 ATK/400 DEF/300

 

 ぽん、と軽快な音と共に現れるのはクリーム色のドレスに身を包んだ可憐な少女だ。

 レイにとってこだわりのカードであり、戦術の要に数えられる重要なカードである。

 

「きたか、レイの十八番。俺はカードを2枚伏せ、ターンエンドだ!」

 

 そしてこの瞬間、カードガンナーの攻撃力は元の値に戻る。

 

《カードガンナー》 ATK/1900→400

 

 

 さて、なぜ俺たちがいきなりデュエルしているのか。それは、俺がお土産としてレイに渡したものに起因している。

 ペガサスさんの手で作られたパワー・ツール・ドラゴンのサポートカード。それにレイは非常に喜び、それを入れたデッキで早速デュエルがしたいと言い出したのだ。

 その際、きらきらとした目で俺を見てくるので、「俺と?」と問いかければ、レイは頷いた。俺としてもデュエルならば拒否する理由はなかったため、快諾して今に至るというわけだ。

 ちなみに、マナは俺たちから少し離れたところでデュエルを見ている。

 と、やがて寮から人が出てくるのが見えた。二階から顔を覗かせたのは、十代と翔、剣山だ。

 

「あれ? 遠也! 早いな、もう戻ってきたのかよ!」

「遠也くん、久しぶりっす! まだ一週間だけど」

「っていうか、なんでいきなりデュエルザウルス?」

 

 錆が目立つ階段を三人が駆け下りてくる。そうしてマナの隣に立つと、三人はマナにも同じく久しぶりと声をかけていた。

 俺とレイはいったんデュエルを中断し、そんな三人に目を向けた。

 

「よ、十代。翔、剣山。元気してたか?」

「ああ、俺は元気が取り柄みたいなもんだからな! っていうか、遠也。なんでレイとデュエルしてるんだよ?」

「それはだな……」

 

 ここに至るまでの経緯を十代に話そうと口を開くと、それよりも先にレイが笑顔で十代たちに話し始めていた。

 

「遠也さんが、ボクのために新しいカードをくれたの! だから、そのカードを早く使ってみたくて!」

「お、おう。そうなのか」

 

 勢い込んで言うレイに、十代はちょっと身を引いて受け答える。

 ちなみに、確かに渡したのは俺だが、実際にレイのことを思ってカードを準備したのはペガサスさんである。しかし、そのあたりはレイの中でよくわからない変化を遂げているようだった。

 嬉しそうに言うレイは、そのあと「それに」と言葉を続ける。そして、十代たちから視線を外して俺を真っ直ぐに見つめてきた。

 

「前に遠也さんとデュエルした時は、一度もダメージを与えられなかったんだもん。そのリベンジをさせてもらうわ!」

「そんなこと考えてたのか」

 

 正直、新しいカードを使いたいだけだと思っていたから素直に驚いた。

 そういえば確かに、かつてのレイとのデュエルで俺はダメージを受けることはなかった。そのことに、レイは意外と悔しい思いを感じていたのか。

 やはり、人の心の内なんてわかるものじゃないんだな。言われて初めて気が付いた俺だが、知った以上はそれに応えてやりたいと思う。

 とはいえ、手を抜いてダメージを受けるなんて真似はデュエリストとしてのプライドが許さないし、レイも望みはしないだろう。

 だから、俺に出来ることはただ一つだ。

 

「よし! 来い、レイ! 手加減はしないぞ!」

「もちろん! 手加減なんてしたら、遠也さんでも許さないんだから!」

 

 どこか剣呑な言葉の応酬。しかし、それを口にする俺たちの表情は楽しみと喜びに染まっている。

 それがわかるからだろう、デュエルを見ている皆もそんな俺たちに負けず劣らずの笑顔でこちらを見ていた。

 

「へへ、一体どんなデュエルになるんだろうなぁ。楽しみだぜ!」

「とりあえず、二人とも頑張れっすー!」

「どっちも負けるなドーン!」

「あはは、レイちゃん頑張れー!」

 

 おい、最後。

 レイが「マナさん見ててね!」とひらひらと手を振り、その声援に応える。何故俺に応援の声がないのか。思わずマナを見ると、マナは片目をつぶってゴメンねと手を合わせてきた。

 まぁ、あまりデュエルを見る機会のないレイのほうを応援したくなる気持ちはわかる。なので、俺はマナに気にするなという意味を込めて小さく手を振ると、改めてレイと向き合った。

 

「じゃ、いくか」

「うん!」

 

 デュエルを再開。

 ちょうど俺のエンド宣言後に中断したため、レイのターン開始がそのまま再スタートとなる。

 

「ボクのターン、ドロー! ……ボクはカードを3枚伏せ、ターンエンド!」

 

 カードを伏せて、ターンエンド。レイにはよく見られるプレイングだ。すなわち守りが固いということでもある。

 

「俺のターン!」

 

 カードを引くと同時に、だからこそ警戒しなければいけないと考える。あるいはその守りすら吹き飛ばす攻勢に出るかだが……今の手札でそれは無理だ。

 ここは堅実に進めていく。

 

「俺は《ジャンク・シンクロン》を召喚! そして効果発動! 墓地からレベル2の《ゾンビキャリア》を特殊召喚する!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《ゾンビキャリア》 ATK/400 DEF/200

 

 二等身で小柄な機械の戦士に、丸々と太ったゾンビ。ともにチューナーであり、そして俺の場にはチューナーでないモンスターがいる。

 シンクロ召喚の場は整っている。

 

「レベル3カードガンナーにレベル2ゾンビキャリアをチューニング! 集いし狂気が、正義の名の下動き出す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 殲滅せよ、《A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス) カタストル》!」

 

《A・O・J カタストル》 ATK/2200 DEF/1200

 

 白く輝く装甲に、金色の装飾。四足で大地に立つ機動兵器が、青いレンズをレイの場へと向けた。

 

「更にジャンク・シンクロンをリリースし、《ターレット・ウォリアー》を特殊召喚! このカードは場の戦士族モンスター1体をリリースすることで、手札から特殊召喚できる。そしてその際、リリースしたモンスターの攻撃力分だけ攻撃力がアップする!」

 

《ターレット・ウォリアー》 ATK/1200→2500 DEF/2000

 

 まるで城塞をそのまま動かしたような風体のモンスターだ。大きさこそ小型化しているが、その肩から飛び出た砲塔が、物々しく存在感を主張している。

 さて、場にある程度の攻撃力を持つモンスターを確保できたのはいいが、問題はレイの場に存在する恋する乙女だ。攻撃しなければダメージを与えられないというのに、攻撃すれば奪われる可能性がある。更に戦闘破壊耐性すら持つ。何とも厄介なモンスターである。

 とはいえ、効果破壊には対応していないので、カタストルの前には無力である。だからこそカタストルを召喚したともいえるわけだが。

 

「バトル! カタストルで恋する乙女を攻撃! そしてカタストルには闇属性以外のモンスターを破壊する効果がある! 《デス・オブ・ジャスティス》!」

 

 カタストルの青いレンズに光が集束していく。それはすぐにレーザーとなって放たれることとなるだろう。

 このままなら恋する乙女は為す術なく破壊されることになる。さぁ、どうするレイ。

 

「カウンター罠、《天罰》! 手札を1枚捨てて、効果モンスターの効果を無効にして破壊する! これでカタストルは破壊されるよ!」

 

 天罰か。スペルスピード3のカウンター罠。これはさすがにどうしようもない。爆散するカタストルに、心の中で詫びつつ次の一手に移る。

 

「なら、ターレット・ウォリアーで恋する乙女を攻撃! 《リボルビング・ショット》!」

「罠発動! 《ガード・ブロック》! この戦闘ダメージを0にして、ボクはカードを1枚ドロー!」

 

 防がれたか。そして、これこそがレイの望んでいた展開に違いない。

 

「恋する乙女は攻撃表示でいる限り戦闘で破壊されず、攻撃してきたモンスターに乙女カウンターを乗せる!」

 

《ターレット・ウォリアー》 乙女Counter/0→1

 

 恋する乙女がウィンクをすると、ターレット・ウォリアーがもじもじと身を揺する。見た目が無機質な砦のようなモンスターなので、実に異様な光景である。

 

「まぁ、仕方ないか。俺はこれでターンエンド!」

「ボクのターン、ドロー!」

 

 デッキからカードを引き、それを確認したレイの顔がぱっと輝いた。

 

「いくよ遠也さん! ボクは《ジャンク・シンクロン》を召喚! そしてその効果で、さっき墓地に捨てた《恋する乙女》を特殊召喚!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《恋する乙女2》 ATK/400 DEF/300

 

 俺と同じ、ジャンク・シンクロン。そしてレイの場には他に恋する乙女が2体となった。

 これで、レベルの合計は7。となれば、レイが呼ぶモンスターは1体しかいない。

 

「レベル2恋する乙女2体にレベル3のジャンク・シンクロンをチューニング! みんなの想いを守るため、機械の心が燃え上がる! シンクロ召喚! 愛と希望の使者、《パワー・ツール・ドラゴン》!」

 

 シンクロ召喚のエフェクト、溢れ出る光の中から姿を現すのは機械の竜。

 黄色く染まった装甲に青いシャベルと緑のドライバーを両手にしたその姿は、ドラゴンと言うには異質である。

 しかし、その形状は確かにドラゴンを象っており、そしてその迫力は確かにただの機械には存在しない躍動感を覚えさせるものであった。

 

《パワー・ツール・ドラゴン》 ATK/2300 DEF/2500

 

 そして、パワー・ツールの登場に、観戦しているギャラリーも沸き立つ。

 

「おおっ! きたぜ、レイのエースが!」

 

 十代の興奮した叫びに、周囲も頷く。特に翔はパワー・ツール・ドラゴンに目を奪われているようだった。本人がロイドという機械族デッキだけに、何か惹かれるものがあるのかもしれない。

 それらの視線を受けながら、レイは不敵に笑ってパワー・ツール・ドラゴンに向けて手をかざした。

 

「パワー・ツール・ドラゴンの効果、《パワー・サーチ》! 1ターンに1度、デッキから装備魔法カードを3枚選択し、相手がその中からランダムに選んだものを手札に加える! ボクが選ぶ3枚は、これだよ!」

 

 デッキから抜き取ったカード3枚を、レイがこちらに向けた。

 

《キューピッド・キス》《キューピッド・キス》《キューピッド・キス》

 

 ……おい、どっかで見たぞこの光景。ちらりとマナを見れば、これにはマナも苦笑い。

 選択肢はないに等しいが、選ぶのは必須手順だ。俺はとりあえず三枚の真ん中を指さした。

 

「うん! ボクは手札に加わった《キューピッド・キス》をパワー・ツール・ドラゴンに装備! そして、パワー・ツール・ドラゴンでターレット・ウォリアーに攻撃! 《クラフティ・ブレイク》!」

 

 パワー・ツール・ドラゴンがその両腕となっているシャベルを勢いよくターレット・ウォリアーに振り下ろす。

 これを通せば、ターレット・ウォリアーのコントロールはレイに奪われてしまう。なら、この攻撃は防ぐしかない。

 

「罠発動、《くず鉄のかかし》! 相手モンスターの攻撃を無効にする!」

「させない! カウンター罠《魔宮の賄賂》! 魔法・罠の発動を無効にして破壊する! ただし、遠也さんはカードを1枚ドローできるよ」

「く、ドロー!」

 

 止められたか。それによって、パワー・ツール・ドラゴンの攻撃がターレット・ウォリアーにヒットする。

 

レイ LP:4000→3800

 

 しかし、パワー・ツール・ドラゴンの攻撃力は当然ターレット・ウォリアーには及ばない。反射ダメージがレイにいくが、それこそがレイにとっての狙いだ。

 

「キューピッド・キスの効果発動! このカードを装備したモンスターが乙女カウンターの乗ったモンスターに攻撃して戦闘ダメージを受けた時、そのモンスターのコントロールを得る! 更にパワー・ツール・ドラゴンの効果により、装備しているキューピッド・キスを墓地に送ることでパワー・ツール・ドラゴンの破壊を無効にする!」

「ぐぬ……」

 

 隣に立つパワー・ツール・ドラゴンの身体を撫でながらこちらにウィンクする恋する乙女。墓地にいるためだろうか少し薄らいでいるその姿に、ターレット・ウォリアーは吸い寄せられるようにしてふらふらと向かっていく。

 完全に色香に惑わされてやがるぜ。パワー・ツール・ドラゴンで攻撃しても、乙女カウンターを乗せたのが恋する乙女だからだろうか。いずれにせよ、永続的にコントロールが移るのはやはり厄介だ。

 本来大きな戦闘ダメージを犠牲に可能となるこのコンボも、パワー・ツール・ドラゴンを手に入れたレイには最小限のコストで済む。改めて、強くなったもんだ本当に。

 

「いくよ、遠也さん! ターレット・ウォリアーで直接攻撃! 《リボルビング・ショット》!」

「なんの! 手札から《速攻のかかし》! 直接攻撃を無効にしてバトルフェイズを終了させる!」

 

 ターレット・ウォリアーの攻撃はこれで防いだ。しかし、防がれたというのに、レイの顔には悔しさよりも納得の色が強く出いるようだった。

 

「やっぱり防がれたかぁ。ボクはこれでターンエンド!」

「俺のターン!」

 

 手札に来たカードを見る。そして手札に残る2枚と共に吟味し、俺はカードを手に取った。

 

「モンスターをセット! カードを1枚伏せ、ターンエンドだ!」

「ボクのターン、ドロー!」

 

 カードを引き、そのままレイはパワー・ツールに指示を出す。

 

「パワー・ツール・ドラゴンの効果発動! 今回選ぶ3枚は、これだよ!」

 

 そして示されたのは、《ハッピー・マリッジ》《ハッピー・マリッジ》《魔導師の力》の3枚。示された後に裏側になったそれを見て、俺は即座に答えた。

 

「左のカードだ」

 

 結局どれであっても相手の攻撃力増強は間違いないのだから、そう悩むことではない。上昇値にしたって、500ポイント違うかそうでないかだ。あとは野となれ山となれ。

 そう思って示したカードを手にしたレイが、小さくガッツポーズを作った。

 

「やった! ボクは《ハッピー・マリッジ》をターレット・ウォリアーに装備! このカードは元々の持ち主が相手のモンスターがボクの場にいる時に発動可能! そのモンスターの攻撃力分、装備モンスターの攻撃力をアップする!」

 

《ターレット・ウォリアー》 ATK/2500→5000

 

 ターレット・ウォリアーに装備したということは、実質攻撃力を2倍にするのと同じ状態になったわけだ。

 元々の攻撃力を参照するカードではないらしく、ターレット・ウォリアーの攻撃力は5000という、究極竜騎士とタメを張れる存在になってしまった。恐ろしいな。

 

「更に《ダブルツールD&C》をパワー・ツール・ドラゴンに装備! このカードを装備したパワー・ツール・ドラゴンは、ボクのターンの間攻撃力が1000ポイントアップし、バトルの間攻撃対象モンスターの効果を無効にする!」

 

《パワー・ツール・ドラゴン》 ATK/2300→3300

 

 そしてパワー・ツールが装備したのは、今回俺がレイに渡したカードの1枚だ。ちなみに相手ターンでは自身に攻撃を誘導する効果と、その後戦闘した相手モンスターを破壊する効果に変わる。

 自ターンでの効果は、レイが言った通り。まさに攻防一体の装備カードと言えるだろう。

 装備したパワー・ツールの両腕が、シャベルとドライバーから、ドリルとカッターに変化する。より殺傷力の上がったそれらを手に、パワー・ツールが甲高い鳴き声を上げた。

 

「いって、パワー・ツール・ドラゴン! 《クラフティ・ブレイク》!」

 

 ドリルとカッターが裏側のカードを引き裂く。それによって露わになったモンスターは、一匹の白い犬であった。

 

「くっ……破壊されたのは《ライトロード・ハンター ライコウ》だ。リバース効果として場のカード1枚を破壊できる効果があるが……」

「えへへ、ダブルツールD&Cの効果でその効果は無効だよ」

 

 そういうことだ。効果そのものが無効になっているので、破壊だけでなく墓地肥やしも行えない。まったくもって厄介なものである。

 

「ボクは続いてターレット・ウォリアーで直接攻撃!」

「罠発動、《ガード・ブロック》! 戦闘ダメージを0にし、俺はカードを1枚ドローする!」

「むむ……カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

「俺のターン! 《貪欲な壺》を発動! 墓地の《A・O・J カタストル》《カードガンナー》《ゾンビキャリア》《ライトロード・ハンター ライコウ》《速攻のかかし》をデッキに戻し、2枚ドロー!」

 

 さて、相手の場には攻撃力5000と攻撃力3300のモンスター。更に伏せカードが2枚ときた。いくらなんでも容易に突破することは敵わない布陣だ。さすがは中等部で上級生たちを抑えレインと共にトップに君臨する実力者なだけある。

 そう再確認していると、俺と同じことを思ったらしい翔が真剣な表情でレイを見ていた。

 

「……やっぱり、レイちゃんって強いっす」

「ああ。ホント、ワクワクするデュエルだぜ!」

「あ、兄貴ってば……」

 

 十代のひたすらデュエルを楽しむ発言に、レイの強さを前に身体に力を入れていた翔ががくりと肩を落とす。

 剣山とマナは、そんないつもの光景に口元を緩ませる。そして、それを見た俺も変わらないその姿に、苦笑した。

 そうだ、やっぱりレイは強い。けど、だからといって負けるつもりは更々ない。

 こう見えて、俺にも意地があるんでね。レイの先輩として、負けてやるわけにはいかないのさ。

 

「まず俺はカードを1枚伏せる。そして、伏せてあった《リビングデッドの呼び声》を発動! 墓地から《ジャンク・シンクロン》を特殊召喚する! 更に墓地からモンスターを特殊召喚することに成功したため、手札から《ドッペル・ウォリアー》を特殊召喚!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《ドッペル・ウォリアー》 ATK/800 DEF/800

 

「更に《死者蘇生》を発動し、墓地から《クリッター》を特殊召喚!」

 

《クリッター》 ATK/1000 DEF/600

 

 レベルの合計は3+2+3で8だ。さぁ、一気に行くぞ。

 

「レベル2ドッペル・ウォリアーとレベル3クリッターにレベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし闘志が、怒号の魔神を呼び覚ます。光差す道となれ! シンクロ召喚! 粉砕せよ、《ジャンク・デストロイヤー》!」

 

《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600 DEF/2500

 

 巨大な黒鉄の巨神。その威容が俺の場に現れるのは、なんだか久しぶりになる気がする。

 そのレベルと巨体に比べて攻守はさほど高くないジャンク・デストロイヤーだが、そのぶん効果のほうは強力である。

 

「ジャンク・デストロイヤーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、素材としたチューナー以外のモンスターの数までフィールドのカードを破壊できる! よって、俺は2枚のカード――ハッピー・マリッジと右の伏せカードを破壊する! 《タイダル・エナジー》!」

 

 ジャンク・デストロイヤーの胸部装甲が開き、そこから放たれるエネルギーの波。それはレイのフィールドを瞬く間に覆い、俺が指定したカードを押し流していった。

 ハッピー・マリッジが破壊されたことで、装備していたターレット・ウォリアーの攻撃力は元に戻る。

 

《ターレット・ウォリアー》 ATK/5000→2500

 

「更にシンクロ素材として墓地に送られたドッペル・ウォリアーとクリッターの効果発動! ドッペル・ウォリアーの効果により、レベル1のドッペル・トークンを2体特殊召喚!」

 

《ドッペル・トークン1》 ATK/400 DEF/400

《ドッペル・トークン2》 ATK/400 DEF/400

 

「更にクリッターの効果により、デッキから攻撃力1500以下のモンスター1体を手札に加える。俺はデッキから《クイック・シンクロン》を手札に加える!」

 

 クイック・シンクロンのカードを手札に加えたところで、俺はもう一枚の手札をデュエルディスクに差し込んだ。

 

「《シンクロキャンセル》を発動! ジャンク・デストロイヤーをエクストラデッキに戻し、その素材一組を墓地から復活! そして再びシンクロ召喚! デストロイヤーの効果で《ダブルツールD&C》ともう1枚の伏せカードを破壊する!」

「そ、そんな! ならボクはここで罠カードを発動! 《パワー・ブレイク》! このカードは「パワー・ツール・ドラゴン」が存在する時に発動できる! フィールドと墓地の装備魔法を3枚までデッキに戻し、戻した枚数×500ポイントのダメージを与える!」

 

 ダブルツールと同じく、俺がさっき渡したカードか。パワー・ツール専用のサポートカード。装備魔法のサーチ効果を持つパワー・ツールにとって、デッキに戻すこのカードは大きな助けとなる。

 

「ボクはフィールドの《ダブルツールD&C》と墓地の《ハッピー・マリッジ》《キューピッド・キス》の3枚の装備魔法カードをデッキに戻す! これで、遠也さんに1500ポイントのダメージ!」

「くッ、やるな……!」

 

 パワー・ツールから飛んできた三本の電撃が俺に直撃する。それによって、俺のライフは一気に削られた。

 

遠也 LP:4000→2500

 

《パワー・ツール・ドラゴン》 ATK/3300→2300

 

 ダメージは負ったが、同時にレイの魔法・罠ゾーンにカードはなくなった。レイのフィールドに残るのは、元々の攻撃力に戻ったモンスターたちだけである。

 

「ジャンク・デストロイヤーのシンクロ召喚によって墓地に送られたドッペル・ウォリアーとクリッターの効果が再び発動! ドッペル・トークン2体を特殊召喚し、攻撃力1500以下のモンスター1体を手札に加える! 《カード・ブレイカー》を手札に!」

 

《ドッペル・トークン3》 ATK/400 DEF/400

《ドッペル・トークン4》 ATK/400 DEF/400

 

 そしてこのターン、俺はまだ通常召喚を行っていない。ジャンク・デストロイヤーとドッペル・トークン4体で埋まったフィールドに向けて、俺は手をかざした。

 

「ドッペル・トークン1体をリリースし、クイック・シンクロンをアドバンス召喚! そして、レベル1のドッペル・トークン3体にレベル5クイック・シンクロンをチューニング!」

 

 飛び立ったクイック・シンクロンが5つの輝く輪となり、その中を3つの星となったドッペル・トークンが駆け抜けていく。

 

「集いし希望が、新たな地平へ誘う。光差す道となれ! シンクロ召喚! 駆け抜けろ、《ロード・ウォリアー》!」

 

《ロード・ウォリアー》 ATK/3000 DEF/1500

 

 淡く金色に輝くフルプレートの鎧姿。堂々と立つその姿は、まさに君主の名が相応しい王であり戦士。攻撃力もさることながら、その効果もまたその名に相応しいものである。

 

「ロード・ウォリアーの効果発動! 1ターンに1度、デッキからレベル2以下の戦士族または機械族モンスター1体を特殊召喚できる! 《音響戦士(サウンドウォリアー)ベーシス》を特殊召喚!」

 

《音響戦士ベーシス》 ATK/600 DEF/400

 

 王の呼びかけに応える臣下のように、デッキから現れる機械族のレベル1チューナー。

 俺は現れたベーシスの効果を発動させる。

 

「音響戦士ベーシスの効果! 場の音響戦士サウンドウォリアーのレベルを手札の枚数分アップする! 俺の手札は1枚! よって、ベーシスのレベルが1から2にアップ!」

 

 これでベーシスはレベル2のチューナーとなった。自身でレベルを変動できるチューナーほど有用なものはない。

 そして、俺の場に伏せられた1枚のカードを一瞥した後、俺は最後の手札に指をかけた。

 

「更に! 俺は伏せカードを墓地に送ることで《カード・ブレイカー》を特殊召喚! このカードは、自分の場の魔法・罠カード1枚を墓地に送ることで手札から特殊召喚できる!」

 

《カード・ブレイカー》 ATK/100 DEF/900

 

 握り拳の形をした穂先を持つ槍を手に持ち、赤い軽鎧を身に纏った男がフィールドに降り立つ。

 さて、これで準備は整った。

 

「レベル2カード・ブレイカーにレベル2となった音響戦士ベーシスをチューニング! 集いし勇気が、勝利を掴む力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 来い、《アームズ・エイド》!」

 

 シンクロ召喚のエフェクトによって溢れる光。それを赤い爪で引き裂いて現れたのは、手首から上部分の姿をした赤い爪が鋭く光るモンスターである。

 

《アームズ・エイド》 ATK/1800 DEF/1200

 

「アームズ・エイドはメインフェイズに装備カード扱いとして他のモンスターに装備することが出来る。そして装備したモンスターの攻撃力を1000ポイントアップさせる! ロード・ウォリアーに装備!」

 

《ロード・ウォリアー》 ATK/3000→4000

 

 これで、やるべきことは全てやった。手加減をするなんてことは、絶対にしない。俺は持てる力をこの手に込め、一気にフィールドに向かって手を払った。

 

「バトルだ! ジャンク・デストロイヤーでターレット・ウォリアーを攻撃! 《デストロイ・ナックル》!」

「ぅう……っ!」

 

レイ LP:3800→3700

 

 ジャンク・デストロイヤーの巨大な鉄拳が城塞のごとき戦士に振り下ろされる。重力すら加わった鉄の塊をぶつけられ、ターレット・ウォリアーはその身を爆散させる。

 そして、俺の攻撃はこれで終わりではない。残るもう1体に向けて、俺は指示を出した。

 

「更に、ロード・ウォリアーでパワー・ツール・ドラゴンを攻撃! 《ライトニング・クロー》!」

「きゃあッ!」

 

レイ LP:3700→2000

 

 ロード・ウォリアーの両手から伸びた爪。瞬時にパワー・ツール・ドラゴンに接近したロード・ウォリアーはそれを縦横無尽に振るい、攻撃を受けたパワー・ツール・ドラゴンは金属が擦れるような悲鳴を上げて破壊された。

 

「うぅ、でもライフはまだ半分だから、まだまだ……」

 

 空っぽになった自分のフィールド。それを見て顔を曇らせつつレイは言うが、それは勘違いというものだ。

 

「いいや、これで終わりだレイ」

「え?」

 

 不思議そうにしているレイに、俺は淡々と答える。

 

「アームズ・エイドの効果。このカードを装備したモンスターが戦闘でモンスターを破壊し墓地に送った時、その破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える」

「ええ!? ってことは……」

「ああ。パワー・ツール・ドラゴンの攻撃力、2300ポイントのダメージを受けてもらう!」

 

 その言葉と同時、ロード・ウォリアーに装備されていたアームズ・エイドが分離し、そのままレイに直進すると一気にその爪を振り下ろした。

 

「きゃぁああッ!」

 

レイ LP:2000→0

 

 それによって与えられたダメージは2300。レイのライフはこれで0となり、デュエルは俺の勝利で終わった。

 ソリッドビジョンが消えていく中、レイは軽く肩を落として俯いていた。

 

「また負けちゃった……。でも、今回はダメージを与えられたし、成長はしてるはず!」

 

 むん、と胸の前で握り拳を作り、レイは力強く顔を上げた。

 そんなどこまでも前向きなレイに近寄り、俺は笑顔でその頭に手を置いた。

 

「だな。間違いなく成長してるよお前は」

 

 次やったら、俺も勝てるかどうかわからない。ていうか、今だって余裕はなかった。

 それほどまでにレイは引きがいい。そして、その結果攻撃力3000どころか5000越えすら出てくるのだ。自信を持って勝てるとはとても言えん。

 とはいえもちろん、やれば勝つつもりだけども。しかし、油断すれば負けるのは間違いないことだった。

 

「えへへ。恵ちゃんとの特訓のおかげかな。恵ちゃんはボクの親友だけど、ライバルでもあるから。戻ってきた時に、今度こそ勝てるようになりたいんだ」

「……そうか」

 

 レインが倒れた直後。その時の沈みきった顔が嘘のように明るく話すレイに、俺はレイの強さを見たような気がした。

 悲しんでいればいいわけではないことを、レイは知っているのだ。まだ実際には十二歳ほどでしかないレイのそんな姿に、俺は胸を打たれる思いだった。

 俺はそんな気持ちを胸の内に抱きつつ、にっと笑顔をレイに向ける。

 

「なら、俺に勝てるようになってもらわないとな。レインにはあと一歩まで追い詰められたことがあるし」

 

 実は今のデュエルかなり危なかったとは言わない。先輩としての意地である。

 

「ええ!? っていうかそもそも、遠也さんと恵ちゃんってデュエルしたことあったの!?」

 

 驚くレイに、おうと返せば、一体いつの間に、と更にレイは驚いていた。

 そして俺が言っていることが事実であると知ったレイは、「むぅ、ボクも負けてられない」とか何とか小声で呟いている。

 その姿を微笑ましく見ていると、観戦していた十代から「おーい」と呼びかけられる。どうしたのかと顔を向ければ、十代はにかっと気持ちのいい笑みを見せた。

 

「お前ら、レッド寮の食堂に行こうぜ! 今トメさんに連絡したらさ、俺たちにメシ作ってくれるってさ!」

「お、マジか。久しぶりだなぁ、トメさんの料理ってのも」

「だろ! 今は島にいる生徒も少なくてトメさんも時間あるらしいんだよ。せっかくだし、遠也たちが帰ってきた歓迎会やろうぜ!」

 

 そう言うと、翔と剣山が真っ先に「賛成!」と喜色がにじむ声を上げた。

 お前ら俺たちを歓迎するってのを建前にメシ食って騒ぎたいだけだろう。そう思ったが、しかし騒ぎたいのは俺も同じだったりした。なので、俺もすぐさま賛成の意を示した。

 

「よっしゃ! じゃ、メシ食ったらデュエルしようぜ遠也! 腹ごなしにもなるしな!」

「当然OKだ。尤も、勝つのは俺だろうけどな」

 

 俺がそう言えば、十代は、いいや俺だ、と返す。当然そんなわけはないので、俺が勝つと更に言い募る。すると、またしても十代は、勝つのは俺だぜ、と言い返してきた。

 俺たちは立ち止まって互いの顔を見る。まるで火花でも散っていそうな雰囲気に、翔たちは口を挟めないのか黙ってこちらを見ている。

 数秒間そうしていた俺たちは、やがてがっしりと肩を組んだ。

 

「まぁ、それはそうとまずはメシだ! デュエルは実際やってみるまでどうなるかわからないしな!」

「同感だ。まずは腹に物を入れないとな」

 

 さっきまでの雰囲気はどこへやら。肩を組んだまま歩き出した俺たちに、翔と剣山は呆れたような溜め息をついていた。

 

「……ホント、似た者同士っす」

「だドン。あの二人のノリについていける人間なんて、いるザウルス?」

「万丈目くんですら、同類だと思われてはかなわんって言って匙を投げた二人だからねー」

 

 おい、聞こえてるぞそこ。誰がデュエル馬鹿だ。あながち間違ってはいないけど。

 

「うーん、でもボクはそんな遠也さんだから好きになったんだし」

 

 何気なく呟かれたレイの言葉に、翔たちが注目する。それを見つつ、俺はレイに呼びかけた。

 

「なんて先輩思いのいい後輩なんだ、レイ。ほら、一緒に行こう」

「あ、うん!」

「お、そうだ! 明日香と万丈目にも声かけとくか。やっぱ人は多いほうが楽しいしな!」

 

 生徒手帳代わりのPDAを取り出した十代が、早速とばかりに電話を繋ぐ。それを見つつ、俺たちは揃ってレッド寮の食堂へと向かうのだった。

 

 そうして、やがて始まった名目ばかりの歓迎会。そこには、俺、マナ、十代、翔、剣山、レイ、明日香、万丈目、吹雪さんのお馴染みの面子がいた。更にトメさんに、クロノス先生とナポレオン教頭も。

 料理をしてくれるトメさんがいるのは当然として、何故クロノス先生とナポレオン教頭がいるのか。なんでも、トメさんがここに来る途中で会い、二人ともお疲れのようだったから誘ったのだとか。

 駄目だったかい? と聞かれたので、全く問題ないですと返す。実際、二人がいて困ることは何もない。むしろ人が多くなった分雰囲気が盛り上がるので感謝したいぐらいである。

 皆で色々な話をしながら、トメさんお手製の料理に舌鼓を打ちつつワイワイと過ごす。普段はなかなか気軽に話せない先生方とも、こういう場だと話が弾む。

 トメさん曰くお疲れ気味だった二人に話を聞くと、なんでも海馬コーポレーションから新しいデュエル機材が実験用としてアカデミアに送り込まれたため、その設置やら何やらで忙しかったようだ。

 通信デュエルシステムというそれは、離れた者同士でデュエルが出来るというシステムらしい。

 へー、ほー、と相槌を打っていると、二人は気を良くしたのか身を乗り出して俺に迫ってきた。ち、ちょっと近すぎじゃないですかお二人さん……。

 

「そうなのでアール。でも本当はシステムではなく、動力のほうの実験らしいともっぱらの噂なのでアール」

「は、はぁ」

「なノーネ。なんでもこの動力は画期的なものーデ、動かすとキレイな七色というよりは極彩色の光を――」

「おーい、遠也! ちょっと話を聞かせてくれよ!」

「十代! すみません、先生方。十代が呼んでるんで、またあとで!」

 

 呼びかけられたことをこれ幸いに、俺は二人から離れた。「あ、シニョール待つノーネ」「ムッシュ、話はまだ続いているのでアール」と声が聞こえてきたが、ここは申し訳ないが離脱させてもらおう。

 実はかれこれ10分近く話に付き合っていたのだ。そろそろ他のところにも顔を出したかったのである。

 そのため最後のほうが気もそぞろでよく聞いていなかったが、どうか許してほしい。そう先生方に心の中で詫びつつ、俺は十代の元へと向かっていく。

 こうして俺たちは飲んで食べて、大いに騒いだ。休み期間中だからこそ可能な芸当だ。新学期になってからではこうはいかない。

 十代と俺がデュエルをし、万丈目が茶々を入れ、マナと明日香が窘め、翔と剣山が突っ込み役に回る。それをレイと吹雪さんが笑いながら見て、クロノス先生とナポレオン教頭はそんな俺たちを見渡して満足そうに頷く。

 やはり途中から歓迎会とは名ばかりになってしまっていたが、しかしそんなことは関係ないぐらいに楽しい時間だった。

 料理を作ってくれたトメさんには後片付けも任せてしまうことになったが、皆が笑っている姿が見れたからどうってことはないとトメさんは笑った。

 俺たちはトメさんにお礼を言い、そして歓迎会はそこでお開きとなった。

 皆それぞれ好き勝手に食べて飲んで笑うだけの、名ばかりの歓迎会。しかし、それでも俺にとっては歓迎会であることに間違いはなかった。

 こうしてみんなと一緒に笑って時間を過ごせる。それだけで、充分に帰ってきたんだという実感を得ることが出来たからである。

 

「ふふ。楽しかったね、遠也」

 

 だから、横からそう声をかけてくるマナに、俺は心からの笑みと共に

 

「ああ。最高だった」

 

 と返すのだった。

 本当に、それほどまでに楽しい時間だった。そんな満足感に包まれながら、俺の帰島一日目は過ぎていったのであった。

 

 

 

 



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間話 休み-直前-

 

 新学期への休み期間に入って、既に多くの日が過ぎた。

 その間、俺たちは時には個々人で。時にはみんなで集まって、充実した時間を過ごしている。

 そして、それは今日も同じこと。

 いま俺はレッド寮の前で行われようとしているデュエルを眺めている。隣には精霊状態のマナを始め、万丈目、明日香、剣山、レイ、吹雪さん……とまぁ、いつもの面子だ。

 だが、その中に十代と翔はいない。何故なら、二人はデュエルを眺める側ではないからだ。十代と翔は今回、デュエルをする側。いま行われようとしているデュエルは、十代VS翔なのである。

 

「なんか、翔とのデュエルも久しぶりだな」

 

 ある程度の距離を挟んで翔と相対しつつ、十代は嬉しそうに笑う。

 本当にこのデュエルが楽しみで仕方がないといった様子の十代に、向かい合う翔の顔も自然と綻んでいく。

 

「うん、今日こそは兄貴にも勝ってみせるよ! 僕だって強くなってるんだからね!」

「おう! 俺も手加減はしないぜ!」

 

 翔の言葉ははったりではない。本当に翔は強くなっているのだ。

 貪欲に新しいカードを手に入れ、デッキと向かい合わない日はない。常にデッキの改良を続けるその姿勢は、デュエルアカデミアにおいても勤勉な部類に入る。

 翔のデッキは昔とは違う。そして、そんな弟分の姿を見てきたからこそ、十代も本気で向かっていけるのだろう。

 兄貴分と慕いながらも追い越すべき壁として十代を見る翔と、弟分として受け入れつつも一人のデュエリストとして翔を見る十代。

 一年生の時から続く二人の関係には、俺達には理解しきれない深い絆がある。

 この二年で俺と十代の間にも、切っても切れない友情が築かれた……と思う。少なくとも俺は、十代のことを親友だと思っている。

 しかし、それとは別に翔と十代の間には特別な繋がりがあるような気がする。それが、少しだけ羨ましくも感じる俺なのだった。

 

「「デュエル!」」

 

遊城十代 LP:4000

丸藤翔 LP:4000

 

「いくよ、兄貴! 僕のターン、ドロー!」

 

 カードを引いた翔は、手札の6枚をじっと見つめる。

 さて、最初はどう動いてくるか……。俺たちは翔の一手に注目した。

 

「僕は《ジェット・ロイド》を召喚! ターンエンドっす!」

 

《ジェット・ロイド》 ATK/1200 DEF/1800

 

 赤いジェット機がデフォルメされ、コミックキャラクター化したモンスター。外見はトゥーンにどこか通じるところがある、ロイド特有の愛嬌を感じるモンスターである。

 

「よっしゃ、いくぜ! 俺のターン!」

 

 続いて十代のターン。カードを引いた十代は、何故か俺に目を向ける。

 そして、手札のカードをディスクに置いた。

 

「俺は《E・HERO エアーマン》を召喚!」

 

《E・HERO エアーマン》 ATK/1800 DEF/500

 

 青い体躯に青いバイザー。ファンのように回転する羽を白い機械仕掛けの両翼に持つE・HERO。

 なるほどね。それで俺を見たのか。

 

「エアーマンの効果発動! デッキから「HERO」1体を手札に加える! 俺は《E・HERO ネオス》を手札に加えるぜ!」

「うぐ、エアーマンっすか。1枚しかないカードなのに、最初からソイツなんて……」

「へへ、遠也には感謝してもし足りないぜ」

 

 にやっと笑って、今度ははっきりと俺を見る十代。それに、俺は片手を小さく振って応えた。

 

「……っち、遠也。今更だが、貴様あの馬鹿にサーチ効果を持つモンスターを渡すなんて、どうかしてるぞ」

「ははは。確かに、十代君ほどのドロー力にHEROの万能サーチは鬼に金棒だよね」

 

 万丈目は呆れたように、吹雪さんは楽しそうに笑って手を振り返す俺に声をかけてくる。

 まぁ、二人も十代との対戦でエアーマンのサーチに苦い思いをしたことがあるからなぁ。俺自身もエアーマンの効果に痛い目を見たことがあるので、俺は二人の言葉に苦笑いを浮かべるしかなかった。

 と、そんな間も十代と翔のデュエルは続いている。

 

「バトルだ! エアーマンでジェット・ロイドを攻撃! 《エア・スラッシュ》!」

「この瞬間、ジェット・ロイドの効果を発動するっす! このカードが攻撃対象に選択された時、手札から罠カードを発動できる! 僕は罠カード《スーパーチャージ》を発動!」

 

 手札から罠カード。通常は一度伏せなければ使えない罠カードを手札から使えるのは大きな利点だ。除去される心配がなく、発動を妨害されにくい上に速攻性があるからである。

 

「僕のフィールド上にモンスターが「ロイド」と名のつく機械族しか存在しない状況で攻撃された時に発動! デッキからカードを2枚ドロー出来る!」

「ドロー補助の罠カードか。でも、それだけならダメージは受けてもらうぜ!」

 

 翔がカードを2枚引くのを見届けた後に口にした十代の言葉。それに応えるように、エアーマンの放った風の刃がジェット・ロイドを切り裂いた。

 

「うぅ……!」

 

翔 LP:4000→3400

 

 先手は十代か。攻撃を終えて自分の場に戻ったエアーマンを見てから、十代は手札から2枚のカードを手に取った。

 

「俺はカードを2枚伏せて、ターンエンドだ!」

「僕のターン、ドロー!」

 

 前のターンに発動したスーパーチャージによって、今の翔の手札は7枚。選択肢は豊富だ。ここからどう動くのか……。

 

「僕は《サブマリンロイド》を召喚!」

 

《サブマリンロイド》 ATK/800 DEF/1800

 

 潜水艦がこれまたデフォルメされたモンスター。翔が好んで使うモンスターなので、俺たちにも見慣れたモンスターである。

 こいつの効果は相手への直接攻撃。これによって勢いをつけるのが翔の十八番だ。今回も当然すぐに攻撃だろうと思っていると、翔は手札から1枚のカードをディスクに差し込んだ。

 

「いくよ、兄貴! 僕はサブマリンロイドに装備魔法《進化する人類》を装備!」

「おお、初めて見るカードだぜ」

 

 進化する人類だと!? 初めて見るカードに興味津々な十代とは異なり、その効果を知る俺は驚きを隠せない。

 確かに今は続々と元はこの時代には発売されていないはずのカードが生まれてきている。その中でも、このカードは確かに翔と……特にサブマリンロイドと相性がいい。

 翔の奴、いいカードを引き当てたもんだ。そう思って翔を見ると、翔は少し得意げな表情をしていた。

 

「へへ、最近パックを買って手に入れたカードなんだ。進化する人類の効果、自分のライフポイントが相手より少ない時、装備したモンスターの元々の攻撃力を2400にする!」

 

《サブマリンロイド》 ATK/800→2400

 

「へぇ! 面白い効果だな!」

「ちなみに、自分のライフが相手より多い時は元々の攻撃力が1000に固定されるっす」

「なるほどな。ピンチに強いカードってわけか」

 

 頷く十代。恐らくは、ジェット・ロイドを攻撃表示で召喚したのもこれが理由の一つだったのだろう。

 手札の罠カードで手札増強。ダメージを受けた後に進化する人類で直接攻撃。

 なるほど、単純だがライフ4000のルールでは強力なコンボだ。

 俺も感心して頷いていると、十代は頷いていた首の動きを止めて今度は首を傾げ始めた。

 

「……ん? そういや、サブマリンロイドの効果って……」

 

 おい、忘れてたのかよ十代。どうりで余裕を見せていたわけだ。

 そんな十代を前に、翔はにやりと笑った。

 

「兄貴の想像通りさ! サブマリンロイドの効果発動! このカードは相手に直接攻撃が出来る! ただしその時相手に与えるダメージはこのカードの元々の攻撃力分だけだけど……」

「進化する人類でサブマリンロイドの元々の攻撃力は……2400じゃねぇか!?」

 

 驚く十代に、翔は一層力強く笑ってサブマリンロイドに手を向ける。

 

「その通りっす! いけ、サブマリンロイド! 兄貴に直接攻撃! 《ディープ・デス・インパクト》!」

「うぁあッ!」

 

十代 LP:4000→1600

 

「よし! 攻撃した後、サブマリンロイドを守備表示にできる! 効果で守備表示にし、僕はカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 これで、守備も万全と。やるなぁ、翔。

 ここまでの流れに無駄がない。それがわかるのだろう、明日香や万丈目の顔にも感心の色が見えていた。

 レイも「やるなぁ、翔先輩」と翔を見直し、剣山も「ぐぐ、悔しいけど強いドン」と翔の強さを認めている。一年の頃、ロイドという融合を使うデッキを持ちながら《ヘル・ポリマー》の効果を知らなかった男とは思えない。

 翔は本当に強くなった。……だが、十代がこのままやられるとは思えないのも事実だった。

 吹雪さんを見ると、俺と同じ考えなのか小さく頷いた。そして視線を二人に戻せば、ダメージを受けたというのに明るく笑う十代の姿が目に映る。

 

「いきなり2400も喰らうなんてなぁ。けど、俺も負けてられないぜ! ドロー!」

 

 楽しそうにカードを引く。ま、それでこそ十代だよな。

 

「いくぜ、翔! 魔法カード《融合》を発動! 場のエアーマンと手札のバブルマンを融合し、現れろ極寒のHERO! 《E・HERO アブソルートZero》!」

 

《E・HERO アブソルートZero》 ATK/2500 DEF/2000

 

「更に罠カード《リミット・リバース》を発動! 攻撃力1000以下のモンスター、墓地のバブルマンを攻撃表示で特殊召喚する!」

 

《E・HERO バブルマン》 ATK/800 DEF/1200

 

 この時、アブソルートZero以外の水属性モンスターが場に現れたことでアブソルートZeroの攻撃力が500ポイントアップする。

 

《E・HERO アブソルートZero》 ATK/2500→3000

 

「そして、アブソルートZeroとバブルマンをリリース! 手札から《E・HERO ネオス》をアドバンス召喚!」

 

《E・HERO ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

 力強い掛け声とともにフィールドに現れる、十代のエースモンスター、ネオス。

 十代らしい融合からの流れ。それによってアブソルートZeroが消えた時から、翔の場には細かな氷の粒子が漂っている。

 それが何を意味するのかは、ここにいる全員が知っている。翔はちょっと冷や汗をかいているようだったが、アブソルートZeroの効果はフィールドを離れた時に発動する強制効果だ。これを回避する手段は、あまりに少ない。

 

「この瞬間、アブソルートZeroの効果が発動するぜ! アブソルートZeroがフィールドを離れた時、相手フィールド上のモンスターを全て破壊する! 《絶対零度-Absolute Zero-》!」

 

 十代の宣告と同時に、翔の場に漂っていた氷の粒子が急速にサブマリンロイドに集まっていき、その身体を凍結させる。

 氷の彫像と化したそれに罅が入ると、サブマリンロイドはそのまま一気に砕け散った。

 

「うぅ、サブマリンロイドが……!」

 

 これで翔の場にモンスターはいない。そして、十代がここで攻勢に出ないはずがなかった。

 

「いくぜ、翔! バトル! ネオスで直接攻撃! 《ラス・オブ・ネオス》!」

「まだだ! 罠カード《魔法の筒(マジック・シリンダー)》! 相手モンスターの攻撃を無効にして、その攻撃力分のダメージを相手に与える! これで終わりだよ、兄貴!」

 

 ネオスの手が輝き、上段に構えた手刀が振り下ろされる先に二本の筒が現れる。

 このままではネオスによる攻撃のエネルギーが片方の筒に吸収され、もう一方から砲弾として十代に放たれることになる。

 それによって十代は2500のダメージを受けて負ける。

 思わず身を乗り出した俺たちだったが、十代は慌てず伏せられたカードを発動させていた。

 

「させないぜ、翔! カウンター罠、《トラップ・ジャマー》! バトルフェイズ中に発動した罠カードを無効にして破壊する! 魔法の筒はこれで防いだぜ!」

 

 翔の場に存在していた二本の筒は、まるで蜃気楼のように消えていく。こうなると、翔の場を守るものは何もない。

 勢いよく振り下ろされたネオスの手刀は、そのまま翔へと叩きつけられた。

 

「うわぁああッ!」

 

翔 LP:3400→900

 

「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 場に戻ってきたネオスを一瞥し、十代は手札のカードを1枚伏せる。

 これで翔のライフを大きく削り、ライフ差は逆転した。とはいえ、十代のライフも一撃で削ることが不可能なほど潤沢なわけではない。

 

「まだまだ! 僕のターン、ドロー!」

 

 翔にも十分勝ち目はある。それがわかるからか、翔の目には諦めなどとは程遠いやる気が満ちているように見えた。

 

「魔法カード《天使の施し》を発動! デッキから3枚ドローし、その後手札から2枚を捨てる!」

 

 手札交換か。これによって翔の手札に何が来るのか。このデュエルの行く末を占うことになるだろうドローに注目していると、翔の表情が柔らかくなるのが見えた。

 

「よし! 僕は《ビークロイド・コネクション・ゾーン》を発動! 手札の《トラックロイド》《エクスプレスロイド》《ドリルロイド》《ステルスロイド》を墓地に送り、「ビークロイド」1体をエクストラデッキから融合召喚扱いで特殊召喚する!」

「げ、手札融合でソイツなんてマジかよ!?」

 

 翔の手札5枚全てが融合とその素材という事態に驚愕する十代。確かに驚くべき状況ではあるが、しかしこの場にいる全員が驚く十代を冷めた目で見ていた。

 皆の気持ちは一つである、お前が言うな。

 むしろこういう手札になることが滅多にない翔よりも、狙ったように融合とその素材が手札に揃う十代のほうが不条理であるのは疑いようのない事実だ。

 そんな俺たちの視線の先で、翔は勢いよくエクストラデッキから取り出したカードをディスクに乗せた。

 

「現れろ! 《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》!」

 

 翔のその言葉に導かれるように墓地に送られた素材モンスターたちがフィールドに現れ、それぞれが異なる形へと変形していく。

 そして変形したロイドたちが合体。エクスプレスロイドが両肩になり、ドリルロイドが両足になり、トラックロイドが胴体となって、ステルスロイドが翼となって背中にドッキングする。

 力強く握り拳を作ってポーズをとる姿は、まさにスーパーロボット。どこかで見たことがあるような外見をしている気がするが、きっと気のせいだろう。

 

《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》 ATK/3600 DEF/3000

 

「ビークロイド・コネクション・ゾーンで召喚されたビークロイドは、カードの効果で破壊されず効果を無効にされることもない! そして、ステルス・ユニオンの効果発動!」

 

 ズン、ズンと地響きを立てつつステルス・ユニオンが進撃する。そして十代のフィールドの前に辿り着くと、その大きな手をネオスの頭上にかざした。

 

「フィールド上の機械族以外のモンスター1体を選択して、ステルス・ユニオンに装備できる! 兄貴のネオスを吸収だ、ステルス・ユニオン!」

 

 その手から放たれる波動によって、ネオスがステルス・ユニオンに引き寄せられていく。若干の抵抗こそあったが、それでもステルス・ユニオンの効果には逆らえず、ネオスは大の字でステルス・ユニオンの胸部に磔にされた。

 

「ネオス!?」

 

 十代の叫びに、ネオスは応えようとするも動けない。完全にステルス・ユニオンの装備カードとなっているようだった。

 

「この効果で装備した時、ステルス・ユニオンは相手モンスター全てに攻撃できる! けど……兄貴の場にモンスターはいないから、関係ないっすね」

「ま、まぁな」

 

 にやりと笑う翔に、ひきつった笑みを見せる十代。

 場ががら空きとなった上に攻撃力3000越えのモンスターを前にしているのだ。そうなるのも仕方ないだろう。

 

「更にステルス・ユニオンには貫通効果があるけど、その強力な効果ゆえに、ステルス・ユニオンは攻撃する時に攻撃力が半分になる制約があるっす。けど、攻撃力が半分になっても兄貴のライフは削り切れる! いけ、ステルス・ユニオン! 《ブロウクンバスター》!」

 

《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》 ATK/3600→1800

 

 ステルス・ユニオンが片腕を振り上げると、その手首から先が音を立てて回転し始める。高速回転する鋼鉄製のコークスクリューブロー。その破壊力は想像を絶する。

 その脅威がいよいよ十代へと振り下ろされようとした時。同時に十代の場に伏せられていたカードが起き上がった。

 

「速攻魔法《クリボーを呼ぶ笛》! デッキから《ハネクリボー》を攻撃表示で特殊召喚する!」

『クリクリー!』

 

《ハネクリボー》 ATK/300 DEF/200

 

 元気な声を上げつつ十代の場に現れるハネクリボー。

 ハネクリボーは守備表示で特殊召喚するのが常だが、ステルス・ユニオンには貫通効果がある。守備力200ではその貫通ダメージで十代は負けてしまう。

 それゆえ、100ポイントだけ上回る値を持つ攻撃力でステルス・ユニオンに対抗する。尤も、たとえ半減していたとしてもステルス・ユニオンの攻撃力は1800。ハネクリボーは巨拳の前に為す術もなく破壊された。

 

「つぅ……ッ! 助かったぜ、相棒!」

 

十代 LP:1600→100

 

 その差分だけダメージが十代に通るが、ハネクリボーによって十代のライフは100だけ残る。

 攻撃の余波による風に晒されながら、十代は己を救ってくれた相棒に感謝の言葉をかけた。

 そして、攻撃を終えたことで翔の場のステルス・ユニオンの攻撃力は元々の値に戻る。

 

《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》 ATK/1800→3600

 

「むぅ……さすが兄貴っす。僕はこれでターンエンド!」

 

 翔の手札は0枚。ゆえに、そのまま翔はターンを終了する。

 そうしてターンを終えた翔の姿を見つつ、俺たちの心にはひょっとすると、という戸惑いにも似た驚きの感情が浮かび上がってきていた。

 

「おいおい……翔の奴、まさか十代に」

「ええ、勝てるかもしれないわ」

 

 万丈目の声に、明日香が答える。

 翔の場には攻撃力3600のステルス・ユニオン。十代のエースであるネオスは翔の場で装備カードとなっており、その残りライフは僅かに100。

 今の翔が持つ力。それがはっきりと十代に迫っていることを見てとり、俺たちは食い入るようにデュエルを見る。

 互いの残りライフは既に1000を切っている。決着が近いことは間違いなく、それを見逃さないため、俺たちは瞬きすら忘れて二人のデュエルに見入った。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 十代がカードを引く。

 これで十代の手札は2枚となった。その中から1枚を十代は手に取った。

 

「手札から《コンバート・コンタクト》を発動! 手札の《Nネオスペーシアン・ブラック・パンサー》とデッキの《Nネオスペーシアン・グラン・モール》を墓地に送り、カードを2枚ドロー!」

 

 コンバート・コンタクト。手札とデッキそれぞれからN(ネオスペーシアン)を墓地に送り2枚ドローする、手札交換の魔法カードだ。

 これで、十代の手札は全く新しい2枚となったわけだ。さて、そこからどうくるか。

 

「よし! 俺は墓地の《コンバート・コンタクト》を除外し、《マジック・ストライカー》を特殊召喚! こいつは墓地の魔法カード1枚を除外することで特殊召喚できるモンスターだ!」

 

《マジック・ストライカー》 ATK/600 DEF/200

 

 まるでおもちゃの兵隊のように小さな身体に青い軽鎧をまとい、同色の兜をかぶっている。赤いマントをはためかせて杖を構える姿は、等身も相まって可愛らしいと表現すべきモンスターである。

 そして十代は最後の手札をディスクに差し込んだ。

 

「更に《H-ヒートハート》を発動! 俺の場のモンスター1体を選択し、攻撃力を500ポイントアップさせ、貫通効果を与える! 俺の場にはマジック・ストライカーのみ! マジック・ストライカーの攻撃力を500ポイントアップ!」

 

 ヒートハートの効果により、マジック・ストライカーの杖にエネルギーが集まっていく。

 

《マジック・ストライカー》 ATK/600→1100

 

「更にマジック・ストライカーの効果! このモンスターは直接攻撃が出来る!」

「ええ!? そんなのありっすか!?」

 

 あわやというところまで十代を追い詰めただけに、納得しがたいのか翔が声を上げる。

 しかし、だからといって勝てる勝負を投げ出す十代ではない。まして、それでは翔を侮辱することになる。ゆえに、十代は毅然とフィールドに手をかざした。

 

「いけ、マジック・ストライカー! 翔に直接攻撃! 《ダイレクト・ストライク》!」

「うわぁああッ!」

 

翔 LP:900→0

 

 マジック・ストライカーの持つ杖から放たれた波動が、ステルス・ユニオンの身体を迂回して翔に直接突き刺さる。

 これによって翔のライフポイントは0となり、このデュエルは十代の勝利で幕を閉じることとなったのであった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 デュエルが終わった後、俺たちはレッド寮の食堂にてトメさんが用意してくれた昼食に舌鼓を打つ。

 本来レッド寮の人間ではない人間ばかりで陣取っているわけだが、休み期間中に寮に滞在しているレッド生は数人いるかどうか。そのうえ今この食堂には俺たち以外誰もいないため、文句を言われることはない。

 そして、俺たちの話題はついさっきの十代と翔のデュエルについてであった。

 

「いやー、強くなったな翔! 正直、ヒヤヒヤしたぜ!」

「ありがとう、兄貴。でも、まだまだっす。僕はもっと強くなって、お兄さんに追いつきたい」

 

 十代の賞賛に、翔は静かに拳を握りこんで答える。

 翔にとっての目指すべき先。そこに立つ実の兄、カイザー丸藤亮。やはり、その存在は翔にとって特別な意味を持つのだろう。そうであることを、握りしめた拳が証明していた。

 その真剣な顔に、いつになく翔の本気を感じて俺たちは思わず息を詰めた。

 

「ホントにすごかったよ翔くん! カッコよかった!」

「そ、そうっすか!? やったー! マナさんが、ブラマジガールが、僕をカッコいいって言ってくれたっすー!」

 

 しかしマナが褒めた途端、表情筋をこれでもかとダラけさせたうえ諸手を上げて喜びを表現する翔。

 その先程までの真剣さを露ほども感じさせない姿に、俺たちは詰めていた息を溜め息として吐き出すのだった。

 

「ったく、調子に乗りやがって翔の奴……」

「ひょっとして万丈目先輩、丸藤先輩が兄貴に勝ちそうで悔しかったんザウルス?」

「んなわけあるか! 俺は翔とは比べ物にならんぐらい強いのだ! 気にするわけがなかろう」

 

 万丈目が胸を張ってそう言うと、ぴくりと翔の肩が動いた。

 

「聞き捨てならないっすね、万丈目くん。今の僕なら万丈目くんだって負けるかもしれないっすよ?」

「ふん、寝言は寝て言え。ジェネックス優勝者であるこの万丈目サンダーに、貴様が勝てるわけがない」

「……ジェネックスの優勝も、兄貴たち抜きでの成績のくせに」

 

 最後にぼそっと小声で翔が呟いた言葉を拾った万丈目が、こめかみに青筋を浮かび上がらせる。

 そして翔を睨みつけるが、翔も一歩も引かずにその視線を受け止めて睨み返した。

 

「おのれ翔……! 格の違いというものを教えてやろう!」

「望むところっす! 万丈目くんなんて、コテンパンにのしてやる!」

「表に!」

「出ろっす!」

 

 言うが早いか、二人は食堂を飛び出していった。

 血気盛んなことだが、最後のやり取りとかむしろ息が合ってただろアレ。仲がいい二人だな。

 ご飯を口に入れつつ呆れたようにそれを見送っていると、横に座るレイがくいくいと袖を引いてきた。

 口の中の物を素早く飲み込み、俺を口を開く。

 

「ん、どうしたレイ?」

「えっと、遠也さん。いいの、あの二人?」

「ほっとけ、ほっとけ。一度デュエルすれば二人とも戻って来るだろ」

「なんで?」

「二人が座ってたところ見てみろ。まだ半分も食い終わってない」

「あ、ホントだ」

「今は頭に血が上っているようだが、一度デュエルして発散すれば、腹が減っていることでも思い出して帰ってくるだろうさ」

 

 そう言ってやれば、レイは「なるほど」と頷いて自分の食事に戻っていった。

 他の皆も俺と同じ考えのようで、十代は剣山と一緒に飯を食っているし、明日香と吹雪さんも一緒に雑談しつつ食べている。

 まぁ、ああいうドタバタ騒ぎにいちいち反応するには、二年間は長かったってことだ。すっかり慣れてしまったのだから、どうしようもない。

 

「そういえば……皆、知っているかい?」

 

 そういうわけで大人しくご飯を食べていると、突然吹雪さんがよくわからない言葉と共に口を開いた。

 当然それだけでは何を言いたいのかすらわからず、気になった俺たちは吹雪さんに注目する。

 そしてその視線を受け止めた吹雪さんは、満足げに一つ頷くと話し始めた。

 

「なんでも、新学期の始めにアカデミア本校で留学生を受け入れるらしい。他の分校の実力者を招くそうだよ」

 

 吹雪さんが言うや否や、特に後半の言葉に食いついた者がいた。まぁ、言わずもがな十代だが。

 

「分校の実力者だって!? マジかよ、吹雪さん!」

「ああ。クロノス教諭とナポレオン教頭が話しているのを偶然耳にしてね。他にもそれを機に分校との横の繋がりを太くしたいと言っていたし、今年度中にデュエルディスクを新調するという話も……」

「どれぐらい強いんだろうなぁ……! くーっ、早くデュエルしたいぜ!」

「おいおい。落ち着け、十代」

「遠也! けどさぁ」

「……聞いてないね、君達」

 

 ふと横を見れば、何故かがっくりと肩を落とした吹雪さんを明日香が慰めていた。

 まぁいいか。それよりも、ちょっと興奮して先走りすぎな我が友に一言物申さねば。

 

「とりあえず、俺が最初にその留学生とデュエルしようと思う。異論はないな?」

「あるに決まってるだろ! いくら遠也でも、これは譲れないぜ!」

 

 むぅ……さすがに十代もこれに関しては譲ってくれないか。

 とはいえ、他校の実力者なんてそうそうデュエルする機会がないのも事実。確か俺の知識によるとその中には、この世界では一人だけが持つ特別なカード――《宝玉獣》を使う者がいたはずだ。

 確か、名前はヨハン。宝玉獣は何気に元の世界でも対戦したことがないデッキなので、ぜひとも対戦したい。

 そういうわけで。

 

「仕方ない。表に行こうぜ、十代。デュエルで決めよう」

「いいぜ。この機会を逃すわけにはいかないからな!」

 

 その意気やよし、だ。

 俺と十代はそれぞれ席に着くと、残っていたご飯をかっ込み、デュエルディスクを片手に食堂を出て行く。

 相手は十代、不足はない。せっかく普段は対戦できない人間と真っ先にデュエルできるチャンスなんだ。ここは引くわけにはいかない。

 ぐっと拳を握ってそう心の中で思っていると、食堂を出る間際。

 

「……遠也先輩も、こういう時は頼りにならないドン」

「まぁ、遠也と十代くんはねぇ」

「らしいと言えば、らしいけど……」

「ま、それが彼らだよ」

「あはは……」

 

 そんな声が聞こえてきたが、気にしない。

 ともあれ、共にデュエルディスクを装着し、向かい合った俺と十代は、早速とばかりにディスクを展開する。

 十代はいつもと同じ、学園支給のデュエルディスクを。俺も常と同じ、未来において遊星が使うものによく似た俺専用のデュエルディスクを。

 それぞれ構え、そして俺たちは互いに笑みを見せて叫んだ。

 

「「デュエルッ!」」

 

 

 

 

 * *

 

 

 

 

 薄暗い部屋の中、机の上に肘をついた男が顔の前で手を組み、じっと目を閉じて静かに座っていた。

 部屋を照らすのは、電気スタンドの光と男の前に置かれたパソコンから漏れる光のみ。それらに照らされた男の浅黒い肌は、その大きく発達した筋肉とあいまって、異様な迫力を感じさせる。

 この場に余人がいれば、無言でありながらも放たれる威圧感に足がすくんでいたかもしれない。それほどまでに、男の纏う空気には張りつめた緊張感があった。

 

 ピーッ。

 

 その時、男のパソコンから音が鳴る。それはメールの着信を知らせるブザーである。それを聴いた男は、ゆっくりと目を開けた。

 

「……きたか。さすがに速いな」

 

 腹に響くような低音が男の口から洩れる。己の部下、少なくともそう扱っている存在の仕事の速さに僅かに口元を歪めつつ、男はメール画面を開いた。

 そして、パスワードを入力すると、添付されていたファイルが開かれる。そこにはいくつかの画像や文書が収められていた。

 それに、男は素早く目を通していく。速読の心得でもあるのか、その速さは尋常ではない。

 やがてそこに収められていたデータ全てを見終えると、男はすぐさまファイルを閉じ、そのままデリートした。

 そして、男はチェアの背もたれに身を預け、天井を見つめる。その脳裏には、今目を通したばかりの資料に映し出されていた男たちの姿を思い浮かべていた。

 

(ヨハン……アモン……ジム……)

 

 もう一人、己の忠実な部下。彼も含めて、四人。

 そして。

 

「遊城十代……皆本遠也、か……!? ッ、ぐゥッ!?」

 

 呟いた途端、激しい感情のうねりが頭痛となって男を襲う。

 割れんばかりに痛んだそれは、一瞬で過ぎ去った。だが、それでも男の顔にはびっしりと汗が浮かび上がっていた。

 

「はァ、ハァ……どうか、お待ちください……」

 

 男には、わかる。遊城十代の名を呟いた時に感じたのは、狂おしいまでの求め。いまだ力が戻らぬ身でありながら、こうまで己の身体に干渉できるとは、あのお方にとって相当に特別な存在なのだろうと男は察する。

 そして、皆本遠也。その名を呟いた時に感じたのは、怒り。これは、皆本遠也が遊城十代と最も親しい友人であるという情報を掴んだ時に感じたものと、同じものだ。

 その激しい二つの感情が、あのお方の力の一部を宿す自分に痛みとなって現れたのだ。

 

「く、クク……素晴らしい……!」

 

 それを悟り、男は喜びから声を漏らす。

 そして、心の中でもう一度繰り返した。素晴らしい、と。

 あのお方の力は、まだ一割も戻っていない。だというのに、感情だけでここまで現実に侵食する、その力。その力の強さには、もはや感嘆する他ない。

 

(これならば、私の願いも……!)

 

 男は、己の手を力強く握りこむ。

 あのお方についていけば、間違いはない。自分の望みは、きっと叶うのだ。

 己が心から望むもの。それを手にした瞬間を思い浮かべ、男はにぃっと口の端を持ち上げるようにして笑った。

 

 

 

 



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3:三年生・前期
第55話 宝玉


 

 新学期へと繋がる休み期間もついに終わりを告げ、今日からまた新しい日々が始まろうとしている。

 一年生は二年生に、二年生は三年生に。三年生は既に卒業してしまったが、代わりに新入生が入ってきている。新しい生徒を迎えたことで、これからアカデミアもしばらくは浮つきつつも楽しい空気が流れそうだ。

 そういえば、てっきり卒業するかと思っていた吹雪さんはアカデミアに残っている。忘れがちだが、吹雪さんが行方不明になっていた期間は二年にも及んでいたのだ。

 吹雪さんは一年生の頃に行方不明になった……それはつまり、一年生の課程を当時まだ修了していなかったことを意味する。

 そんな吹雪さんが復帰したのは俺たちが一年生の頃。吹雪さんが残っていた一年生の課程を終えるのと、俺たちが一年生の課程を終えるのがそれによって一致することになり、図らずも俺たちと吹雪さんは同級生という扱いになっているというわけらしかった。

 当然世間的には留年となるわけだが、吹雪さんは「明日香や皆と卒業できるなら、そのほうがいいさ」と言って笑っていた。

 そして今日から、晴れて吹雪さんは三年生となるわけだ。それはもちろん俺たちも同じこと。そして、その始まりとなる始業式までもう残り一時間もない。

 なのだが、俺と十代は購買部に来てカードパックを買っていた。まぁ、三年生になるからといって俺たちが急に変わるわけもないということである。

 

「お、これ見ろよハネクリボー! お前のサポートカードが出たぜ!」

『クリー!』

 

 カードパックを開き、カードを確かめた十代が横に浮かぶハネクリボーにカードを見せる。それを、ハネクリボーは嬉しそうに丸っこい身体を揺らして応えていた。

 それを微笑ましく見つつ、俺もパックを開く。

 

「なんでも遊戯さんがクリボーを使うのを見て、ペガサスさんはクリボーやワイトなんかのサポートをよく作るようになったらしい。弱小と呼ばれてしまうモンスターにも、ちゃんと生かす道があるんだってことでさ。それは今でも続いてるってわけだ。……さて、何が出るかなっと」

「へぇ、そうなのか。で、それが行き着いた先がお前が使うシンクロ召喚ってわけか」

「まぁ、それはちょっと違うんだけどな。……ふーむ、《強欲な壺》か。禁止カードが出てもなぁ」

『もともと遠也は使ってなかったけどね』

 

 まぁ、それでなくても買ったカードを使うつもりはないわけだが。マナの言葉に小さく頷きつつ、出たカードを十代に見せる。

 十代は、そこに含まれる強欲な壺を見て、残念そうな表情になった。

 

「それなぁ、なんで禁止になったんだろうな。昔は「強欲な壺が入っていないデッキはデッキじゃない」とまで言われた必須カードだったのにさ」

「いや、こいつは禁止で正解だろ」

 

 コストも条件もなしに手札が1枚増えるとか、OCGを知っている身からすれば壊れといってもいいほどの性能だぞ。手札増強、デッキ圧縮がノーコストで出来るカードだったんだからな。

 この世界では長く制限に留まっていたのだが、この間の制限改定でついに禁止行きになっていた。その新制限が施行される日の朝は、アカデミアの随所で泣く泣く《強欲な壺》をデッキから抜く姿が見られた。

 それほどまでに、デュエルモンスターズにとっては重要なカードだったということだ。

 ちなみに、強欲な壺と並んで二大ドローソースと呼ばれる《天使の施し》は制限で踏みとどまっている。とはいえ、これも近々規制されるだろうともっぱらの噂である。

 そんなことを十代と二人で話していると、ハネクリボーが何かに気付いたのか購買部の入口の方へとふわふわ飛んでいく。

 それを見て、俺と十代はどうしたのかと顔を見合わせる。その間もハネクリボーは外に向かっていき、俺たちは放っておくわけにもいかずハネクリボーの後を追いかけた。

 

「おーい、どうしたんだよ相棒!」

 

 十代が追いかけながらハネクリボーに声をかける。始業式が近いからか人気のない廊下を行きつつ、ハネクリボーはしかし飛行を止めなかった。

 そしてその時、俺はハネクリボーの先に光る何かに気が付いたのだった。

 

「十代。ハネクリボーの前、何か光るものが走ってる。ハネクリボーはあれを追いかけてるんじゃないか?」

「ん? ……ホントだ、赤く光る宝石みたいな……って、あれ精霊じゃないか?」

『そうみたい。間違いなく精霊だよ』

 

 十代の推測にマナがそう答えを返したその時、その赤い宝石のような何かが角を曲がる。ハネクリボーがそれを追い、俺達もその角を曲がった。

 途端。

 

「うわっ!?」

「なんだ!?」

「おわ、止まるな十代ぶっ!?」

 

 十代が誰かとぶつかり、そして十代の背中に俺がぶつかる。

 結果、三人仲良く廊下に倒れることとあいなった。

 

『うわぁ……遠也、大丈夫?』

『クリー……』

「ああ、なんとかな」

「いつつ、心配すんな相棒」

 

 言いつつ俺たちは起き上がり、そして十代がいまだ座り込んだままのもう一人に手を差し出した。

 

「悪かったな、ぶつかっちまって。大丈夫か?」

 

 そうして手を差し出した先にいたのは、ダークグリーンの髪をところどころ跳ねさせた少年だった。

 袖にフリルがついた特徴的なシャツの上に、どこかアカデミアの制服を思い起こさせるデザインの藍色のベストを羽織っている。

 その少年は、差し出された手を暫し見ていたが、やがてその手を取った。

 

「いや、こっちも悪かった。気にすんなよ」

 

 十代の手を借りて立ち上がった彼は、ぱんぱんとズボンについた汚れを払うと、快活さを感じさせる明るい笑みを浮かべた。

 本人が言うように気にしていないようだったが、こちらの前方不注意だったのは明白だ。俺も十代に続いて頭を下げるが、それにも彼は「だからいいって。真面目だな」と清々しく笑うだけだった。

 と、その時。その彼の足元から身体を伝って肩に乗っかる精霊が一体。柔らかそうな紫の毛に覆われた小さな身体を揺らし、その尻尾の先には赤く光る宝石がくっついている。

 ハネクリボーが追っていたのはこいつだろう。俺と十代は揃ってその精霊に目を向けた。

 すると、その視線の先に気付いた彼が口を開く。

 

「ああ、こいつはルビーっていうんだ。カーバンクルっていう伝説の生き物さ」

 

 ルビーでカーバンクル……ってことは、こいつはデュエルモンスターズのカード《宝玉獣 ルビー・カーバンクル》の精霊だろうか。

 興味深くルビーを見ていると、横でカーバンクルという聞き慣れない名称に十代が首を傾げていた。

 

「カーバンクル? その伝説って?」

「ああ! ……って、それハネクリボー? それにこっちにはブラック・マジシャン・ガールまでいるじゃないか!」

『クリクリー』

『あはは、どうもー』

 

 十代の肩の上、そして俺の背後に目をやった後に、歓声にも似た声を上げる。

 それによって彼もまた俺たちのように精霊が見えることがわかり、そうそう見られない共通点を見つけた俺たちは一気にお互いの会話にのめりこんでいった。

 

「ほー、子供のころから精霊が見えてたのか」

「ああ。けど、普通の奴には見えないからな。周りにはたまに変な目で見られたよ」

「俺も子供のころから……ん? いや、いつからだったかな……」

「ちなみに、俺は最近になって見えるようになったクチだ」

「へぇ! それにしても、ここであの有名な二人に出会えるなんて、俺も運がいいぜ」

「ん?」

「へ?」

 

 突然、有名な二人、とひとかたまりに俺と十代のことを呼ばれ、俺たちは揃って訝しげな顔になる。

 そんな俺たちを前にして、彼は俺たち二人の精霊にそれぞれ目を向けた。

 

「この本校でハネクリボーを持つのは、ネオスを擁するHEROデッキの使い手、遊城十代! そしてブラック・マジシャン・ガールを持つのは、スターダスト・ドラゴンを擁するシンクロデッキの使い手、皆本遠也! その名前は、俺の学校にも伝わってきていたぜ」

「そうなのか?」

「まぁ……不思議ではない、か」

 

 俺はシンクロの実演、学園対抗デュエルなどでテレビに出たことがあり。十代は一度エドがテレビでアカデミアのHERO使いとして対戦を申し込んだことがあったため、名前は売れやすかっただろう。

 それに、《スターダスト・ドラゴン》と《E・HERO ネオス》。ともに世界に一枚しか存在しないカードだけに、その所有者である俺達の名前が知られるのはそう不思議なことでもなかった。

 加えて俺の場合、遊戯さんしか使わないブラマジガールの使い手ということでも名が知られている可能性がある。

 実際その考えは正しかったようで、彼は俺が話した予想にその通りだと頷いた。

 

 ――ちなみに後で知ったことだが、ともにデッキにシナジーがあまりないカードを愛用していることでも有名だったとか。具体的には、ハネクリボーとブラック・マジシャン・ガールのことらしいが。大きなお世話である。

 

 ともあれ、そうして暫く三人で話していると、ちょいちょいとマナに袖を引かれた。どうしたのかと振り返ると、ルビーを胸に抱えてハネクリボーを帽子の上に乗せたマナが廊下の端の方を指さした。

 それを見て、俺と十代と彼は揃ってその指の先に顔を向ける。すると、そこにはこちらに走ってくる翔と剣山の姿があった。

 まだ折り目正しいブルーの制服の翔が腕時計を指さし、こちらは変わらない袖を切り取ったイエローの制服を着た剣山が大教室のほうを指さす。

 それだけで、俺と十代は二人が言いたいことを悟った。

 

「いっけねぇ! もうすぐ始業式だった!」

「つい話し込んじゃったからな。悪い、そっちにも都合があったろうに」

 

 俺が謝ると、彼はいいやと首を振った。

 

「こうして、気が合う二人に会えたんだ。むしろ感謝したいところさ」

「へへ、それは俺もだぜ。お前とは、いい友達になれそうだ」

「俺も十代と同意見だ。っと、十代。そろそろまずいぞ!」

 

 時間を改めて確認して十代に伝え、俺たちは彼に手を振りつつその場を後にした。

 さすがに初日から遅刻なんてするわけにはいかない。俺たちは既に誰の姿も見えない廊下を慌ただしく走っていくのだった。

 

 

 

 

 そして辿り着いた大教室。滑り込むように教室に入った俺たちは、それぞれの席へと向かった。

 レッドのほうに戻っていった十代は、同じくレッドの万丈目に小言を言われているようだ。相変わらずイエローのくせに剣山はレッドのほうに座っているようで、その姿も近くにある。

 ちなみにブルー所属である俺は、当然ブルーのスペースへ。所属が同じとなる翔と明日香の姿を見つけると、翔の隣へと向かう。

「よ」と声をかけると、二人は揃って溜め息をついた。失礼な奴らである。

 

『余裕を持って出たはずなのに、結局ギリギリ……』

「うぐ。ま、まぁそのおかげであの精霊が見える奴に会えたんじゃないか」

 

 マナの声に小声でそう返して、あのルビー・カーバンクルを連れた彼のことを思い出す。

 ルビー・カーバンクルといえば、宝玉獣の一体として元の世界で聞いたことがある。残念ながら、俺は持っていなかったが……。

 と、そこまで考えて俺はようやく気が付いた。

 

「そうか。宝玉獣ってことは、あいつが……」

『え?』

 

 俺の呟きにマナが反応を返したその時。同時に壇上に立つ校長が一つ咳払いをした。

 いよいよ始業式が始まるということだろう。それを受けて、生徒たちの視線が鮫島校長へと注がれた。

 それを満足げに受け止めてから、校長は「新しい学年となったが、それぞれ悔いのないように過ごしてほしい」と厳かに告げる。

 それを背筋を伸ばして聞く生徒たち。特に俺たち三年生はこの一年でアカデミアを卒業することになる。悔いのない一年にすること、その言葉は重みをもって俺たちの心に響いた気がした。

 そうして校長の話が終わると、続いてナポレオン教頭が僅かに前に出た。

 

「オッホン。では次に、新入生代表としてオベリスクブルーの早乙女レイ君に宣誓をしてもらうのでアール」

 

 レイは正確には中等部からの飛び級であるが、高等部一年生からのスタートという意味では新入生と同じだ。もしここにレインがいれば、宣誓は恐らくレインに任されていただろう。レインの成績はレイよりも上だったようだから。

 しかしそうなると、あの無口なレインが声を張って宣誓をすることになるわけで。物静かなレインのことを思えば、こういう役はレイのほうが適役なのかもしれなかった。

 そのレイはというと、名前を呼ばれると大きく返事をして、自分の席からゆっくりと校長たちが立つ壇の前へと歩み出ていた。

 そして、右手を真っ直ぐ上に伸ばすと、ピンと背を張った。

 

「宣誓! 我々新入生は、デュエルアカデミアの規律を守り、デュエリストとしての誇りと相手へのリスペクトを重んじ、日々精進する事を誓います! 新入生代表、早乙女レイ!」

 

 毅然と、淀みなく言い切り、一礼。

 そして壇の前から歩き去って行くレイに、会場中からの拍手が送られる。俺も当然それにならって手を叩いていると、歩きながらレイがこっちを見た。

 何だろう。そう思った瞬間、レイは俺に向かってぱちりと片目をつぶった。いわゆるウィンク。俺は苦笑いするしかなかった。

 

「……ねぇ、遠也くん」

 

 そして、俺の隣にいるため当然ながらそれを見ていた翔。こっそり小声で話しかけてきたので、俺もうるさくならないように小声で応える。

 

「どうした、翔」

「殴っていいすか?」

「ダメだ」

『あはは……』

 

 と、俺たちがそんなやり取りをしている間にも始業式は進行していく。

 鮫島校長いわく、この本校生徒の能力の向上を図るという狙いで外部からの留学生を受け入れることとしたらしい。

 世界中に存在する分校の首席たち。その彼らを一時的ではあるが本校の生徒として受け入れ、新たな刺激によって一層デュエルに励むことを期待していると校長は言った。

 それにしても、主席を揃って分校から本校に移すとは校長も思い切ったことをする。これで、分校でトップの実力者が軒並み消えてしまったことになるわけだ。

 とはいえ、分校にメリットがないわけではない。本校にとってのメリットが新たな刺激による成長の促進なら、分校のそれはトップを一時的に空席にすることで下剋上を匂わせ、個々の実力の向上を促すというメリットがあるようだ。

 トップとして君臨していた実力者がいなくなることで、その間にその座を我がものにするべく生徒たちが切磋琢磨することが狙いなのだとか。もっとも、これは後で鮫島校長から聞いた話だが。

 さて、そういうわけでこれからしばらく分校のデュエルチャンピオンたちが本校で過ごすこととなるわけだ。まさに、吹雪さんが言っていた情報の通り。俺たちは期待に満ちた目で校長に視線を向けた。

 その視線を一身に受け、校長は早速とばかりに壇上の奥へと続く扉に手を向けた。

 

「では、留学生の諸君を紹介しよう! まずはデュエルアカデミア・イースト校代表、アモン・ガラム君!」

 

 その校長の言葉と同時、扉が両側にスライドしてその奥から一人の男が歩いてくる。

 赤い髪を逆立て、眼鏡をかけた理知的な相貌の男性。その服装はどこか東南アジアを思い起こさせる衣装で、ゆったりとした歩き方から泰然とした雰囲気を感じる。

 口元に僅かな笑みを浮かべた彼が校長の横に立つ。それを俺たちは拍手で迎えた。

 

「デュエルアカデミア・ウエスト校代表、オースチン・オブライエン君!」

 

 再び校長の紹介。それを受け奥から現れるのは、浅黒い肌に筋肉質な腕を剥き出しにした男。顔については、大きな鼻と厚い唇が特徴といえば特徴だろう。

 彼が歩くたびに鳴るカツカツという音はその足に履かれたゴツい軍靴が原因に違いない。その出で立ちは細かなポケットが目立つ機能的な黒い袖なしジャケットに、黒いズボン。さながら冒険家か傭兵のようである。腰に巻かれた太いベルトについたホルダー、そこに収められている機械が気になるところだ。

 そのオブライエンは、先に紹介されたアモンの隣まで来ると、両足を肩幅まで開いて手を腰の後ろで組んだ状態で静止する。……まんま、休めの体勢だ。兵士か、お前は。

 

「デュエルアカデミア・サウス校代表、ジム・クロコダイル・クック君!」

「イエーイ!」

 

 続いて紹介されたのは、サウス校代表のジム。

 こちらはだいぶ取っつきやすい性格のようで、明るい声と共に自身の身の丈ほどもあるワニを両手で頭上に掲げながらの登場という実に目立ったものになった。

 そのジムの格好はというと、ウェスタンハットにウェスタンシャツ、ウェスタンベストにウェスタンブーツ。そこにジーンズとベルト、首に巻いたスカーフ……と、実にわかりやすいウェスタンスタイルだ。

 出身地はアメリカで間違いないだろう。テキサスかどうかまではわからないが。

 しかし、そんなファッションよりも目立ってしまっているのが包帯に覆われた右目だった。少し気になりはしたが、わざわざ聞くようなことでもないだろう。俺はただ拍手で新しい仲間を歓迎した。

 そのジムが、オブライエンの横に並ぶ。それを見届け、校長がその手を勢いよく扉に向けて振った。

 

「そして、デュエルアカデミア・アークティック校代表、ヨハン・アンデルセン君!」

 

 校長が高らかにその名前を宣言するが……扉の奥からは誰も現れる気配がない。

 そのことに、他ならぬ校長自身を始め、同じく壇上に立っていたクロノス先生やナポレオン教頭たち教師陣もどういうことかと動揺し始めている。

 その動揺は、当然生徒たちも同じだ。名前を呼ばれた生徒が出てこない。その不測の事態に、ざわめきは瞬く間に会場中に広がっていった。

 

「……どういうことかしら?」

「遅刻っすかね?」

 

 明日香と翔も周囲の生徒と同じように首を傾げている。

 しかし、一番首を傾げているのは俺だった。

 

「おかしいな……さっき、そのヨハンらしき奴に会ったのに」

「え?」

「どういうことっすか?」

 

 俺の呟きに、明日香と翔が反応を返してくる。

 それを受けて、俺はついさっき十代と一緒に会った見慣れない制服を着た生徒のことを二人に話した。俺たちと気が合いそうな男だったこと。そして、恐らくは《宝玉獣 ルビー・カーバンクル》の精霊を連れていて、自身も精霊が見えているようだったこと。

 それらの話を聞いた二人は、それぞれなるほどと頷いた。

 

「確かに、見慣れない制服ってことは、その人がヨハンって留学生の可能性は高そうっすね」

「だろ」

 

 俺の言葉に同意を示す翔に、俺もそうだろうと相槌を返す。まぁ、俺の場合はうっすらとヨハンの存在が知識として残っていたからでもあるのだが。

 

「ヨハン・アンデルセン……そういえば、聞いたことがあるわ」

 

 その時、唐突に明日香が口を開き、俺と翔は揃って明日香を見る。

 すると、明日香はその細い指で顎を支えながら、記憶をたどるようにしてゆっくりと話し始めた。

 

「確か、数年前にヨーロッパの大会で優勝したのが、そのヨハンという人だったはずよ。あの《宝玉獣》の持ち主とは知らなかったけれど……」

「《宝玉獣》っすか?」

「世界にそれぞれ1枚しか存在しない、7枚の特別なカードのことだよ」

 

 不思議そうにしている翔に俺がそう教えてやると、翔は「世界に1枚のカードが、7枚も!?」と驚いていた。

 とはいえ、翔が知らないのも無理はない。宝玉獣のカードはそれほど名前が知られているわけではないからだ。

 もともと流通させる目的のカードではないうえ、そのカードを扱うに足る主がいないため表舞台で使用されることもなくほぼ死蔵されていたのが現実なのだ。知らないのはある意味当然だ。

 尤も、調べればわかる程度に情報は世の中に出ていたので、明日香のように知っていてもおかしくはない。俺の場合は元の世界での知識とペガサスさんに聞いたから知っていただけだ。

 

 さて、その件のヨハンと思しき先程の彼だが、一向に姿を現さない。教室内を見渡してもその姿がないことから、この場にいない彼こそがヨハンで間違いないと思うのだが……。

 確実とは思いつつもやはり推測の域を出ない以上、判然としないこの状況には一体どういうことなのかという思いを抱かずにはいられない。

 教室の生徒たちもまさにその思いでざわめきは収まる気配がない。

 このまま収拾がつかなくなるのも、それはそれでまずい。同じくそう思ったのか、クロノス先生たちはこの状況に何らかの対応をしようと一歩踏み出した。

 その時、教室後方の出入り口が突然開く。そして、扉の向こうから現れた生徒が一人、乱れた息を整えながら教室に入ってきた。

 

「――いやー、まいった! こんな時に俺の方向音痴が出るとはなぁ!」

 

 快活に笑いながら姿を現したのは、俺と十代がさっき廊下で出会った男。紫のジャケットがどこかアカデミアの制服の意匠に似ていたのは勘違いではなかったらしい。

 この場に現れた以上、やはり彼が留学生残りの一人ということで間違いなさそうだ。

 俺が一人納得して頷いていると、彼に気付いた十代が「あれ、お前さっきの!」と立ち上がって、そのまま話しかけた。彼もそれに立ち止まって応えている姿を見ていると、不意に十代が俺のほうを指さす。

 それにつられて、彼もまたこちらを振り向く。そして俺と目が合うと手を振ってきたので、俺は苦笑しつつも手を振り返すのだった。

 

「おお、待っていたよヨハン君! さぁ、こっちへ!」

「はい!」

 

 鮫島校長の呼びかけに応え、俺に向かって振っていた手を止めて彼――ヨハンが壇上へと駆けだす。それを驚きの表情で見送った十代を見つつ、俺は自分の推測が当たっていたことに一人満足げに頷いた。

 そして、壇上に立ったヨハンがジムと握手を交わしつつその横に並ぶ。その際、ジムと共に現れた等身大のワニが生きている本物のワニであることがわかったりしたが……まぁ、そういうものなんだと思っておこう。そんなことにいちいち突っ込んでいたら、この世界ではやっていけない。

 俺が半ば投げやりにジムが何時の間にやら背中に背負っていたワニを見ていると、再びカツカツとブーツが床を叩く独特の音が聞こえてきた。

 音の発生源はやはり壇上。ただし、先程同じ音を響かせたオブライエンではなく、その音を出しているのはクロノス先生たちの奥から歩いてくる大男によるものであった。

 生徒たちの視線が余すことなくその歩いてくる男に向かう。そこで、再び校長が口を開いた。

 

「――そしてもう一人ご紹介しよう。今年、特別講師としてウェスト校より招いた、プロフェッサー・コブラ!」

 

 紹介を受けた大男――コブラが軽く校長に向かって一礼をする。

 二メートルは超えるだろう背丈。アカデミア教師指定の制服の上からでもわかる、盛り上がった筋肉。濃い紫で統一された制服の布が、まるではちきれんばかりである。その上、日焼けした肌と強面が相まって、その威圧感が尋常じゃない。

 一応笑みを浮かべているのだが……。その外見のせいで、良く言えば不敵。悪く言えば脅しているようにしか見えなかった。

 それにしても、あのリーゼントを伸長させて尖らせたような髪型は何なんだ。色々と突っ込みどころが多い人である。

 そのコブラ先生は、校長の紹介の後そのまま留学生たちの前に立ち、アカデミア本校生たちをぐるりと睥睨した。

 

「こんにちは、諸君」

 

 とんでもなく低い声で放たれた第一声が教室中に広がっていく。

 タイタンと同じかそれ以上に低い。腹に響くような、なんとも重さを感じる声だった。

 そしてコブラ先生は続けて、その鋭い目でじっと生徒たちを見つめて一度目を閉じる。そして、ゆっくりと開くと再び話し始めた。

 

「まずは、私の方針を諸君に話しておこう。私の方針、それは“実戦あるのみ”! ゆえに、長々とした話はしない! そしてその方針に則り、これからエキシビジョンマッチを執り行う!」

「なっ」

「そんな話、聞いてないノーネ!」

「でアール!」

 

 コブラ先生の口から飛び出たエキシビジョンマッチ。それについて事前に何も知らされていなかったらしく、校長、クロノス先生、ナポレオン教頭がそれぞれ驚きの声を上げた。

 無論、驚いているのは俺達も同じだ。まさか始業式でそんなサプライズが待っているとは誰も思っていなかったに違いない。

 ざわざわと、さっきのヨハンの姿が見えなかった時以上の動揺が教室に広がる。しかし、そんな俺たちの反応を無視するように、コブラ先生は更に言葉を続けた。

 

「対戦者は私の独断で決める! まずは留学生の中から、ヨハン・アンデルセン!」

「え?」

 

 突然の指名にヨハンが困惑した声を出す。

 しかし、それすら取り合わず、コブラ先生は本校生たちへと目を向けた……って、なんか俺のほう見てないか?

 ぎょっとして背筋を伸ばすと、その時にはもうコブラ先生の目は違う方へと向いていた。思わず力を抜き、何だったんだと心の中で呟いた。

 そしてついに、もう一人の対戦者がコブラ先生の口から告げられる。

 

「諸君からは……遊城十代!」

「よっしゃあ! 新学期早々伝説のカードが相手なんてついてるぜ!」

 

 指名を受けた十代が、勢いよく立ち上がってガッツポーズを作る。その姿を見て、どこか困惑気味だったヨハンもデュエル意欲を刺激されたようだ。不敵に笑って十代を見ている。

 本当なら俺がデュエルしたいところだったんだが、指名では仕方がない。わがままで先生に逆らうわけにもいかないし、ここは大人しくその決定に従うしかないだろう。

 

「では、ヨハン・アンデルセン。遊城十代。私の前に」

 

 コブラ先生が指示を出すと、十代が壇上へと向かい、そしてヨハンと並んでコブラ先生の前に立つ。

 続けてコブラ先生が「右手を前に」と告げ、二人はその腕を差し出す。すると、コブラ先生は二人の手首に何やら腕輪のようなものをつけたようだった。

 光の反射から察するに金属製で、腕時計に近い外観をしているようだ。遠目だから、細かいところまでは確認できないが……。

 

「ふふ、新学期を祝して私からの贈り物だ」

 

 ニヤリ。そんな擬音がぴたりと当てはまる顔でコブラ先生は二人に笑いかける。どう見ても悪役くさいが、そう見せかけて強面なだけのいい人な可能性もある。タイタンみたいに。

 だが、何となく油断ならない先生だと漠然と感じる。それはうろ覚えの知識がそう感じさせるのかもしれない。……だとすれば、警戒心は忘れない方がいいか。俺は、じっとコブラ先生を見つめた。

 

「それでは一時間後に、デュエルを開始する!」

 

 やはり低く響く声でコブラ先生が宣言する。

 それが、新学期の始まりを告げる始業式の終了を告げる声となるのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 そして、始業式から一時間後。

 生徒や教師たちの姿は、いつものデュエルステージが置かれたホールにあった。全員が席に着き、ステージの上で向かい合う十代とヨハンを見つめる。

 俺も皆と共に席に着き、多くの視線に晒される中、ついに二人のデュエルが始まった。

 

「「デュエル!」」

 

遊城十代 LP:4000

ヨハン・アンデルセン LP:4000

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 先攻はヨハンか。カードを引いたヨハンが、そのカードをそのままディスクへと置いた。

 

「出ろ! 《宝玉獣 エメラルド・タートル》!」

 

 ヨハンがそう叫んだ瞬間、緑色の光がフィールドを染め上げる。その美しい輝きに、思わず目を細めて陶酔する女子も多く見受けられた。

 

《宝玉獣 エメラルド・タートル》 ATK/600 DEF/2000

 

 守備力2000の典型的な守備モンスター。

 大きな亀の甲羅の上にはエメラルドと思しき宝石が、まだ綺麗に形を整えられていない状態で所狭しと乗っかっている。甲羅の中に身を隠しているのは、守備表示のためだろう。

 ここから更にどう行動するかな。そう思って興味深く二人を見ていると、何やらヨハンが一人で喋っている姿が続く。周囲はそれを疑問に思っているが……俺は予想がついていた。

 

「マナ」

『うん。あの亀のおじいちゃんも精霊みたい。ヨハンくんと話してるよ』

「やっぱりか」

 

 エメラルド・タートルがおじいちゃんだったことは置いておいて、やはりヨハンは精霊と話していたのか。

 ルビーが精霊だったことを考えれば、ああして一人で喋っているように見えるということは精霊と話しているに違いない。その予想は間違っていなかったようだ。

 

「ねぇ、遠也さん。マナさんがどうしたの?」

 

 すると、俺の横にいたレイが俺に尋ねてくる。今のマナは精霊化しているので、俺との会話が周囲には聞こえていなかったのだろう。見れば、万丈目を除く明日香や剣山、翔も俺を見ていた。

 

「いや、さっきからヨハンが一人で喋ってるように見えるだろ? だから、あの宝玉獣が精霊なんじゃないかと思ってマナに確認してもらったのさ」

「やっぱりってことは、精霊だったのね」

「ああ」

 

 明日香の声に頷いて応えると、ヨハンが精霊と話していることに気付いた十代が興奮した様子でヨハンに話しかけていた。

 

「すげえ! 亀のモンスターなのに、お前の精霊は話せるのか!」

 

 十代がそう言うのは話せる精霊で身近にいるのがネオスやネオスペーシアン、マナだからだろう。それに、万丈目のおジャマもどちらかといえば人型をしている。人型モンスターの精霊しか言葉を話せる者はいないと十代は思っていたのかもしれない。

 実際、十代のハネクリボーは話せない。同じく人型ではないブラック・パンサーなんかはどうだったか……あまり覚えがないが。

 そして、そんな十代にヨハンは笑顔を浮かべ、「こいつは……こいつらは俺の友達であり、家族なのさ!」と明るく断言した。

 十代はその言い分に大きく頷いて笑う。俺も、精霊と心を通わせる人間の一人としてその発言は嬉しく感じられた。とはいえ、その一連の様子は精霊が見えない人間には何を言っているのかさっぱりわからなかったに違いない。

 多くの者が首を傾げる中、俺たちは全員マナという実体化できる存在のおかげで精霊を知っている。万丈目は自身も精霊を持つ者だけに、この場の皆に限っては混乱した様子は見られなかった。が。

 

「……兄貴、遠也先輩、万丈目先輩、それにあのヨハン。正直、羨ましいザウルス。俺も恐竜さんの精霊を見てみたいドン」

 

 剣山が溜め息交じりにそう言うと、明日香、レイ、翔といった精霊を見ることが出来ない面々が揃ってうんうんと頷いた。

 近くにこれだけ精霊を感じることが出来る人間がいると、やはり少しは気にしてしまうものなのかもしれない。そう思ったが、俺にはどうしようも出来ない。ゆえに、苦笑いを浮かべるしかなかった。

 しかし、俺とは違って万丈目はむしろ嫌そうな顔になっていた。

 

「ふん、あまりいいものでもないぞ。四六時中、相手をしてやらねばならんのだからな」

『あらぁん、兄貴ったら照れちゃってぇ~ん』

 

 くねくねと腰をくねらせ、おジャマ・イエローが万丈目の顔の近くで踊り出す。無論、沸点の低い万丈目がそれを無視できるはずもなかった。

 

「ええい、引っ込んでいろ!」

『うわぁ~ん! ひどいのね、万丈目の兄貴~!』

『おー、よしよし』

 

 拳でぞんざいに振り払われたおジャマ・イエローが涙を流しながらマナへと縋り付く。万丈目とおジャマの見慣れたやり取りに少しだけ笑みを浮かべつつ、マナはおジャマ・イエローをあやすのだった。

 その様子をやはり見ることが出来ない皆には、万丈目のそれは奇行にしか見えなかっただろう。だが、「やっぱり羨ましいドン」と言った剣山の言葉に皆は再度頷くのだった。

 

 そうこうしている間に、ヨハンと十代のデュエルは進行していた。ヨハンはその後カードを1枚伏せてターンを終了し、十代は返しのターンで《N・アクア・ドルフィン》を召喚。効果によりヨハンに500のダメージを与え、更に墓地に送っていたネオスを《O-オーバーソウル》で特殊召喚した。

 しかしその特殊召喚によって、ヨハンの伏せカードが発動。相手が特殊召喚した時に互いに手札からレベル4以下のモンスターを特殊召喚できる罠カード《誘発召喚》により、ヨハンは《宝玉獣 コバルト・イーグル》を。十代は《N・グラン・モール》を特殊召喚した。

 その時、十代は「いきなりネオスを破壊されるかと思った」と心配していたが、それにヨハンはこう返す。「俺のデッキにはカウンター以外、相手のカードを破壊するカードは入っていない」と。

 効果で破壊するのは簡単だが、それでは相手が全力を出す可能性を潰すことになる。いかなる場合でも、互いの持てる力全てでぶつかり合いたいというヨハンの考えの表れらしい。

 

 まぁ、実際問題この世界ではトッププレイヤーですら伏せカードを警戒しないことがままあるので、除去カードがなくてもブラフという意味ではそこまで影響がないとも考えられる。なら、そういうデッキがあっても不思議ではないだろう。珍しいのは間違いないが。

 十代も初めて見るタイプのデュエリストを相手に、楽しそうである。ネオスの攻撃、グラン・モールの攻撃、そしてアクア・ドルフィンの攻撃。それらによって一気に相手のモンスターを全滅させてヨハンにダメージを与えるが、しかしそれはヨハンのフィールドを空にしたことと同義ではなかった。

 なぜなら、ヨハンの魔法・罠ゾーンに2つの宝石が置かれていたからである。

 さっきのターン、ヨハンが伏せたカードは1枚だけ。だというのに魔法・罠カードが増えたことに十代は驚きの声を上げた。

 

「なに!? どういうことだ!?」

「これが、宝玉獣の能力さ! 宝玉獣は破壊されたとき墓地にはいかずに、永続魔法扱いとして魔法・罠ゾーンに移動させることが出来るんだ!」

「な、なんだって!? ……すげぇ、そんなモンスター今まで見たことがないぜ!」

 

 数あるカードの中でも宝玉獣だけが持つ特殊な能力。それを目の当たりにし、十代の顔に未知の相手とのデュエルを楽しむ喜びの色が広がっていく。

 ましてこの世界では真実、わずか7枚のカードのみが持つ唯一の効果である。目に出来る機会はあまりに少なく、十代の興奮も当然と言えた。

 

『ふふ、十代くんが羨ましい? 遠也』

「ああ。出来れば俺も後でデュエルしたいところだな」

 

 マナの言葉に、正直に返す。ただ珍しいからではなく、宝玉獣たちと強い絆で結ばれていると感じられるヨハンと、俺は戦ってみたかった。

 このデュエルが終わったら、デュエルを申し込んでみよう。そう心に決める俺だった。

 そして、二人のデュエルは更に進行していく。

 ヨハンは《宝玉獣 アメジスト・キャット》を召喚、更に魔法カードにより《宝玉獣 トパーズ・タイガー》を召喚。それぞれの効果により十代のライフを半分にまで削り、場のアクア・ドルフィンも破壊された。

 対して十代は《N・フレア・スカラベ》を召喚。ネオスとのコンタクト融合により《E・HERO フレア・ネオス》を召喚し、《ネオスペース》を発動。それらの効果によって攻撃力を大幅にアップさせてヨハンに迫るが、ヨハンは罠カード《ラスト・リゾート》を発動させる。

 それによって新たなフィールド魔法《虹の古代都市-レインボー・ルイン》が発動。ネオスペースは破壊され、フレア・ネオスの攻撃力はダウン。更にレインボー・ルインの効果で被ダメージを半減させてヨハンはこの場を凌いだ。そして、ネオスペースがないのでフレア・ネオスはデッキに戻る。

 何もしなければこの攻撃で十代の勝ちが決まっていたのだが、まさに一進一退の攻防。さすがはアークティック校のチャンピオンといったところだった。

 

十代 LP:2000

ヨハン LP:1650

 

「魔法発動、《レア・ヴァリュー》! 場に宝玉獣が2枚以上ある時、魔法・罠ゾーンの宝玉獣1体を墓地に送ることでデッキから2枚ドロー!」

 

 ヨハンの場から墓地に送られたのは、エメラルド・タートルか。そして、ヨハンは2枚のカードをドローした。

 

「来い、《宝玉獣 アンバー・マンモス》!」

 

《宝玉獣 アンバー・マンモス》 ATK/1700 DEF/1600

 

 額に大きな琥珀が埋め込まれたマンモス。まさに名前の通りのモンスターだった。

 

「まずはトパーズ・タイガーでグラン・モールを攻撃!」

「くッ、グラン・モールの効果発動! このカードが戦闘した時、ダメージ計算を行わずにこのカードと戦闘した相手モンスター両方をそれぞれの手札に戻す!」

「上手くかわしたな。だが、まだだ! アンバー・マンモスで直接攻撃!」

『うぉおおッ!』

 

 雄々しい雄叫びを上げ、アンバー・マンモスが十代へと迫る。そして、その巨体から繰り出された踏みつけ攻撃によって、十代のライフは一気に削り取られることとなった。

 

十代 LP:2000→300

 

「十代……!」

 

 残りライフは僅かに300。それを見て、明日香が心配そうな声を出した。

 対してヨハンのライフは1650もあり、更にフィールド魔法レインボー・ルイン、アンバー・マンモス、永続魔法となった2体の宝玉獣、と場も悪くない。十代の劣勢は明らかだった。

 手に汗握る展開。それを見守る俺たちに、ふと聞き慣れた声がかけられた。

 

「苦戦しているな、十代は。やはり、ヨハンの実力は並ではないようだ」

 

 その声に、俺たちは一斉に後ろを振り返る。誰も座っていなかったその席には、いつの間にかグレーのスーツがよく似合う友人が腰を下ろしていた。

 

「お前、エド! プロツアーの真っ最中じゃなかったのか?」

「宝玉獣を持つデュエリストがアカデミアに来ると聞いてね。少し時間を作ったのさ」

 

 俺の問いに、エドは肩をすくめてそう答えた。そしてエドは、じっと十代とヨハンの場を見つめ始めた。

 

「ヨハン・アンデルセン。彼と宝玉獣の間には、ある意味で最も強い絆がある。十代でも容易に勝てないのは当然だろう」

「最も強い絆だと?」

 

 万丈目が訝しげに問えば、エドは頷いた。

 

「彼と宝玉獣は、家族という絆で繋がっている。たとえ倒れても、場に留まる彼らはヨハンの心の支えとなる。常に共にいるという安心感が、ヨハンの実力を十二分に引き出しているんだ」

「家族っすか……」

 

 翔は、再度ヨハンの場に目を向ける。確かに、家族の絆はある意味で最も強いと言っても間違いではあるまい。絶対ではないが、しかしヨハンと宝玉獣には確かにそれ程の強さを感じることが出来るのは間違いなかった。

 そして、エドは更に言葉を続けた。

 

「ヨハンの実力は、あのペガサス会長も認めるほどだ。少し前に僕が優勝したI2社主催の大会、その後のパーティーのことだ。そこで会った会長が、次世代のデュエリストでは五本の指に入るとして、一目置いていた」

「五本の指……当然、一人はこの万丈目サンダーか」

「僕、遠也、十代、カイザー……そして、ヨハン」

 

 瞬間、万丈目が椅子から転げ落ちた。まるでギャグのようにすっ転んだ万丈目に、剣山が大丈夫ザウルス? と声をかけつつ手を貸していた。

 

「ヨハンが宝玉獣を選んだんじゃない。宝玉獣がヨハンを選んだんだ。そして、ヨハンはそれに応えようと全力を尽くしている。ゆえに、ヨハンは強い」

 

 エド曰く、かつてペガサスさんが観戦していた大会でヨハンを見かけた時。持参していた宝玉獣のカードがヨハンに反応するかのように輝き出したのだとか。それによってペガサスさんは宝玉獣のデッキをヨハンに渡したのだという。

 カードがデュエリストを選ぶ。それほどまでにカードから信頼されるデュエリストか。

 俺のデッキも俺のことをそう思ってくれていたら、きっと最高に嬉しいだろうな。そう思いつつ、俺は腰のデッキケースに手を添えた。

 

「とはいえ、十代もまた天分のデュエリスト……勝負がどうなるかは、わからないがね」

 

 そう言って、エドは締めくくった。

 そして、十代とヨハンのデュエルへと俺たちは再び意識を戻す。このデュエル、原作でどうだったのか俺は覚えていない。だが、今の十代のデッキにはエアーマンを筆頭に本来なら入っていないカードも入っている。

 それゆえ、勝敗はいっそう読めない。

 更に言えば、ヨハンはまだ宝玉獣デッキの切り札を出していない。レインボー・ドラゴン。マナによると、俺たちがエドの話を聞いている間に、十代はヨハンに「まだエースカードを出していないんじゃ」と尋ねたらしい。

 ヨハンはそれに頷き、真のエースであるレインボー・ドラゴンの存在を明かしたというわけだ。確かに、OCGでも宝玉獣デッキにおいては切り札と呼ぶに相応しいカードであったと記憶している。

 その存在がある以上、安易にどちらが勝つとは言えない状況である。

 

「いくぜ、ヨハン! 俺のターン、ドロー!」

 

 このドローで、果たして十代が何を引いたのか。俺たちはじっとその行動を見つめる。

 

「俺は手札から魔法カード《コクーン・パーティ》を発動! 墓地のネオスペーシアンの数だけ「C(コクーン)」を呼ぶ! 墓地のネオスペーシアンは3体! よって3体のコクーンを特殊召喚!」

 

 十代の場に現れるのは、《C・パンテール》《C・ピニー》《C・チッキー》の3体。そして、更に十代の行動は続く。

 

「更に魔法カード発動、《コンタクト》! フィールドの「C(コクーン)」を「N(ネオスペーシアン)」へと進化させる! 来い、3体のネオスペーシアンたち!」

 

 それぞれのコクーンが進化し、それぞれ《N・ブラック・パンサー》《N・グロー・モス》《N・エア・ハミングバード》へと進化する。ブラック・パンサー以外は全員守備表示での特殊召喚である。

 

「更に《スペーシア・ギフト》を発動! 場の「ネオスペーシアン」1種類につき1枚カードをドロー出来る! 俺の場には3種類のネオスペーシアンがいる。よって3枚ドロー!」

 

 ここで更に手札増強か。コクーン、ネオスペーシアン、E・HERO、それらを同時にデッキに投入しながら、この回転率。さすがと言う他ないな、もう。

 

「まずはエア・ハミングバードの効果発動! 相手の手札の数×500ポイントライフを回復する!」

 

 今、ヨハンの手札は2枚ある。よって、十代のライフは合計で1000ポイント回復した。

 

十代 LP:300→1300

 

「ブラック・パンサーに《ネオス・エナジー》を装備し、攻撃力を800ポイントアップ! いくぜ! 攻撃力1800になったブラック・パンサーでアンバー・マンモスに攻撃だ!」

「くっ……! だが、レインボー・ルインの効果で俺が受けるダメージは半減する!」

 

ヨハン LP:1650→1600

 

 アンバー・マンモスは破壊されたことで魔法・罠ゾーンに移動する。ダメージも微々たるもの。

 しかし、それでも十代の表情は変わらない。楽しそうに1枚のカードを手に取ると、それをディスクに差し込んだ。

 

「カードを1枚伏せ、ターンエンドだ!」

「俺のターン、ドロー!」

 

 ヨハンにターンが移り、ヨハンは引いたカードをそのままディスクへと移動させる。

 

「《宝玉獣 サファイア・ペガサス》を召喚!」

『おぉッ!』

 

 青く輝くサファイアで形成された一角。サファイア・ペガサスは白い体躯に映えるそれを首を回して一振りし、翼を広げて大きく咆哮を上げた。

 

《宝玉獣 サファイア・ペガサス》 ATK/1800 DEF/1200

 

「サファイア・ペガサスの効果を発動! 墓地の宝玉獣1体を魔法・罠ゾーンに置くことが出来る! ルビー・カーバンクルを魔法・罠ゾーンに!」

 

 最初にアクア・ドルフィンの効果で墓地に送られていたカードか。その効果によって、墓地から現れた光がヨハンの魔法・罠ゾーンにて、赤い宝玉となって形を成した。

 

「更にルビーの効果、このカードが魔法・罠ゾーンにある時、特殊召喚できる! 更に特殊召喚に成功した時、魔法・罠ゾーンの宝玉獣を可能な限り特殊召喚できる! 《ルビー・ハピネス》!」

 

 宝玉を砕き、その中から現れたルビー・カーバンクル。その尻尾の先にあるルビーが光り輝くと、その光を浴びた他の宝玉もまた砕かれてその中からそれぞれの宝玉獣が姿を現した。

 

《宝玉獣 コバルト・イーグル》 ATK/1400 DEF/800

《宝玉獣 アメジスト・キャット》 ATK/1200 DEF/400

《宝玉獣 アンバー・マンモス》 ATK/1700 DEF/1600

《宝玉獣 ルビー・カーバンクル》 ATK/300 DEF/300

 

 モンスターゼロから一気に5体という限界まで展開した宝玉獣たち。宝玉獣はデッキに7枚しか入っていないはずだというのに、この展開力。

 プロとしてトップに近い位置にいるエドもこれには「これが宝玉獣の底力か……」と感嘆の言葉を漏らしていた。

 

「いくぜ! サファイア・ペガサスでブラック・パンサーを攻撃! 更にアメジスト・キャットの効果で攻撃力を半分にして直接攻撃! 続けてコバルト・イーグルでエア・ハミングバードを、アンバー・マンモスでグロー・モスを攻撃だ!」

 

 サファイア・ペガサスと攻撃力を強化されたブラック・パンサーの攻撃力は1800で同等のため相打ち。更にアメジスト・キャットにより十代は600ポイントのダメージ。そしてイーグルとマンモスによってエア・ハミングバードとグロー・モスは破壊された。

 

十代 LP:1300→700

 

 破壊されたサファイア・ペガサスは宝玉となって魔法・罠ゾーンへ。そして、ヨハンは残ったルビーへと指示を出す。

 

「最後にルビーで直接攻撃!」

「ちょっと待った! リバースカードオープン! 速攻魔法《クリボーを呼ぶ笛》! デッキから《ハネクリボー》を守備表示で特殊召喚!」

 

《ハネクリボー》 ATK/300 DEF/200

 

 威勢よく『クリー!』と声を上げて姿を現すハネクリボー。新たなモンスターの出現により攻撃が巻き戻り、ヨハンは再度ルビーに指示を与えた。

 

「へぇ、君の精霊か! なら、ルビーでハネクリボーを攻撃だ!」

「くッ、相棒……!」

 

 ルビーの口から放たれた赤い一条の光線に身を貫かれ、ハネクリボーが墓地へと消えていく。

 だが、これで十代はルビーからの直接攻撃を防ぐことが出来た。

 

「俺はこれでターンエンドだ!」

「まだまだ……勝負は最後までわからないぜ! 俺のターン、ドロー!」

 

 たった今引いたカードを見た十代の表情が、わずかに驚きに染まる。しかし、それはやがて笑みへと変わり、十代はそのままカードをディスクに差し込んだ。

 

「へへ、いくぜ! 俺は《死者転生》を発動! 手札のモンスター《E・HERO ネオス》を捨て、墓地のモンスターを手札に加える。俺が手札に加えるのは、《ハネクリボー》だ!」

「なに、ネオスを捨てるだって!?」

 

 せっかく手札に加わったネオスを墓地に捨てるという行為に、ヨハンが驚きを露わにする。ちなみに十代は既に通常HERO専用の蘇生カードである《O-オーバーソウル》を使用済みである。あのカードを十代は1枚しか入れていないので、ネオスの蘇生手段は限られている。

 だが、十代は問題ないとばかりに笑うだけだ。

 

「これでいいのさ! 更に《ハネクリボー》を攻撃表示で召喚!」

『クリクリー!』

 

《ハネクリボー》 ATK/300 DEF/200

 

 力強くやる気に満ちた声と共にハネクリボーが十代の場に復活する。だがしかし、その攻撃力ではルビーと相打ちになるのがやっとである。

 そのため、会場には困惑する生徒が多く見受けられた。それは、俺たちの中であっても例外ではない。

 

「あの馬鹿……どうするつもりだ? ハネクリボーを攻撃表示ということは、思いつくコンボは《進化する翼》だが……」

「ええ。でも、あのカードの効果を発動するには2枚の手札コストが必要だわ。今の十代の手札は2枚。1枚が進化する翼だったとしても、コストが足りなくなる」

 

 万丈目と明日香がそれぞれ十代がかつて使ったコンボを思い起こしつつ、予想する。しかし、明日香が言うように進化する翼だとしたら手札コストが足りず発動できない。

 ならば、いったいどうするのか。俺たちが視線を向ける先で、十代はぐっと拳を握りこんだ。

 

「俺の相棒はネオスだけじゃない! このハネクリボーだって、立派に俺のデッキのエースだぜ! 手札から速攻魔法、《バーサーカークラッシュ》を発動!」

「バーサーカークラッシュ!?」

「ああ! こいつは「ハネクリボー」専用のサポートカード! 自分の墓地のモンスター1体をゲームから除外し、エンドフェイズまでハネクリボーの攻撃力と守備力をその除外したモンスターと同じにする!」

「なんだって!?」

 

 十代の奴、バーサーカークラッシュなんて持ってたのか? そういえばさっき、新しいパックを買った時に十代が「ハネクリボーのサポートが出た」と言っていたが、それはこのカードだったのか。

 あのカードは元の世界で生まれたカードだが、シンクロを始めとした新しいカードを次々と製造している現在、その流れに乗ってこのカードもまたこの世界で生まれることとなったのだろう。

 それが早速ハネクリボーを使う十代の手に渡るとは……。これもハネクリボーと十代の絆がなせる業、ということなのかもしれない。

 

「俺は墓地から《E・HERO ネオス》を除外する! これによって、ネオスの力がハネクリボーへと宿る!」

 

《ハネクリボー》 ATK/300→2500 DEF/200→2000

 

 ハネクリボーの背後に現れたネオスが、その両手から自身の持つエネルギーをハネクリボーへと注いでいく。

 それによって身体を包む大きな光を纏ったハネクリボーが、ヨハンのフィールドを見据えた。

 

「これで終わりだ、ヨハン! いけ、ハネクリボー! ルビー・カーバンクルを攻撃! 《バーサーカークラッシュ》!」

 

 先程はルビーにやられたハネクリボーが、今度は脅威となってルビーに襲い掛かる。ハネクリボーとルビー・カーバンクルの攻撃力の差は2200ポイント。そしてヨハンの残りライフは1600。

 レインボー・ルインの攻撃力半減効果は、魔法・罠ゾーンに宝玉獣が2体以上いる時のみ。だが、現在のヨハンの魔法・罠ゾーンに存在する宝玉獣はサファイア・ペガサス1体のみ。つまり受けるダメージを半減させることは出来ず、伏せカードもない。

 十代の言う通り、これで決まりだ。誰もがそう思ったが、しかし当のヨハンは不敵に笑った。

 

「それはどうかな!」

「なに!?」

「忘れてるぜ、俺がまだエースモンスターを出していないってことを!」

 

 そのヨハンの言葉に、会場がざわりと揺れた。伏せカードもなく、既にバトルステップに入っている。だというのに。

 

「まさか、この状況で召喚できるというのか!? レインボー・ドラゴンは!」

 

 エドが驚愕を隠さずに叫ぶ。

 そしてヨハンはその腕を真っ直ぐ上に伸ばし、その動きに導かれるように場、墓地、手札の宝玉獣が光となって空へと昇っていく。

 七色に輝く光の道が、やがて虹を作り出す。それを見上げる誰もがその先に生まれるであろう究極の姿を想像して胸を躍らせた。

 

「――出でよ! 《究極宝玉神 レインボー・ドラゴン》!」

 

 ヨハンの呼び声に応え、七つの宝玉が目も眩むほどの光へと姿を変える。その光によって思わず目を瞑り、フィールドから目を離してしまう。

 しかし、皆すぐにその目を薄く開いてフィールドへと視線を戻した。宝玉獣たちが力を合わせた先にある、究極のエース。その姿を見逃してはたまらないと光が収まったフィールドへと目を向けると――。

 そこには、さっきまでと変わらない宝玉獣たちが並んだフィールドがあるだけだった。

 

「――なんちって」

「へ?」

 

 種を明かすように肩をすくめたヨハンに、十代が気の抜けた声を漏らした時。

 ハネクリボーの攻撃がルビーを直撃し、ヨハンのライフポイントは一気に0をカウントしたのだった。

 

ヨハン LP:1600→0

 

「お、おいおい! どういうことだよ、レインボー・ドラゴンは?」

「ははは、いやーその。実は――」

 

 居心地の悪そうな笑いと共に、ヨハンは言った。なんでも、レインボー・ドラゴンのカードはまだ手に入っておらず、そのカードを作るには七つの宝玉を収める古代ローマの石板が必要であるとのこと。

 宝玉獣とは元々、古代ローマの皇帝カエサルが自身の権力の象徴として世界から集めた宝石に由来し、その宝石の成分を使って生み出されたカードのことを言う。

 ゆえに、それらを収める石板こそが宝玉獣を束ねる存在としてカードになる予定なのだが……残念ながら、その石板の所在はまだわかっていないのだそうだ。

 それゆえヨハンの手にレインボー・ドラゴンのカードはまだなく、ヨハンやペガサスさんはそれを探している最中だという。俺たちにももし見つけたら教えてくれ、とヨハンは呼びかけていたが、生徒たちは拍子抜けしたようで話半分に聞いている。

 デュエル自体にはしっかり決着がついたが……どこか締まらない結末に生徒たちの気が抜けるのも、仕方ないと言えば仕方なかった。

 

 その時、手を叩きながらコブラ先生がデュエルフィールドへと降りていく。その中で、「二人の素晴らしいデュエルに拍手を!」と言ったので、俺達も思い出したかのように拍手をし始める。

 そんな中、コブラ先生の前に集まった十代とヨハンは互いの健闘をたたえ合って握手を交わす。その時、うっすらと二人がつけた腕輪が光った気がしたが……気のせいだろうか?

 そのことに気を取られていると、いつの間にかコブラ先生が何かとんでもないことを言い出していた。

 

「ここに全学年参加の、『デスクロージャー・デュエル』の開催を宣言する!」

「え? なぁ、エド。コブラ先生は一体何の話をしてるんだ?」

「聞いていなかったのか? なんでも、実戦あるのみという彼の方針を実践するらしい。この一年はデュエルに明け暮れろ、だとさ」

「なるほど……わからん」

 

 あまりに情報が少なくてどういう制度なのか全然わからない。となると、詳細は後日ということだろうか。なら、今はそれほど気にしなくてもいいか。詳細を見て判断すればいい。

 

「うぅ……デスなんて、なんか不吉な予感っす」

「おいおい、翔。『デスクロージャー』は“情報開示”って意味で、死を表す『デス』とは関係ないぞ」

「そうなんザウルス?」

「もっと言えば、株式用語で『企業の経営状況などの内部情報を開示すること』でもあるわ」

「つまり、ボクたちの情報を開示するデュエルってこと?」

「さっぱりわからんな」

 

 明日香のわかりやすい説明を受けて頭を捻らせるが、しかしやっぱり意味がわからない。うーん、と考え込んでいる面々を前に俺の生徒手帳もといPDAに着信が入る。

 メールの着信だが……呼び出し人は、十代? メールを開いてその中を見た俺は、悩む皆を尻目にその場を後にした。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「――でさぁ、さっきのデュエルはこうすればよかっただろ?」

「それはわかるけど、俺としてはこっちを狙ってたんだよ」

「なるほど、そういうことか……」

 

 呼び出されて十代が指定した場所に来てみれば、そこには西日が差す屋上でカードを広げて話し込む十代とヨハンの姿があった。

 どうもついさっきのデュエルの反省会を行っているようだ。いや、というよりは意見交換会だろうか。

 俺が呼ばれたのも、その関係らしい。

 

「よ、二人とも」

「お、来たか遠也!」

「待ってたぜ、君の意見も聞かせてくれよ」

 

 声をかけて返ってきた言葉を聞くに、やはりと言うべきかそういう用件だったらしい。こっち来いと手招きしてくる二人に応え、俺は二人の近くに腰を下ろした。

 

「さっきのデュエル、見ていて楽しかったぜ。ところでヨハン、今度は俺とデュエルしてくれよ」

「もちろんOKだ! その代わり、俺も君のことを遠也と呼ばせてもらうぜ」

「ああ、いくらでも呼んでくれ」

 

 にっと笑みを浮かべたヨハンを握手を交わす。そして、俺はおもむろに自分のデッキを取り出した。

 

「おいおい、いくらなんでも今からはキツイぜ遠也」

「ん? ああ、違う違う。どうせならデッキの調整をしながら付き合おうと思ってな」

 

 苦笑いで俺に忠告してきたヨハンに、俺は軽く手を振ってそういう意味でデッキを取り出したんじゃないと答える。

 そして、俺は自分のデッキを広げ始めた。

 

「へぇ……これが遠也のデッキか。すげぇ、レベルが高いモンスターがほとんどいないな」

「まぁ、そういうデッキだからな。っていうか、宝玉獣デッキならヨハンだって似たようなもんだろ」

「へへ、まぁな」

「でもさ、遠也。お前、いつもデッキ調整はしてるじゃん。どうしたんだよ急に?」

 

 十代が当然と言えば当然の疑問を俺に投げかける。

 確かに、俺は頻繁にデッキを触るほうだ。それを知っているから、いきなりこの場で調整をし始めることに十代は違和感を覚えたのだろう。

 だが、二年生になって暫くしてから、俺はあるカードについて悩んでいたりしたのだった。

 

「いや、抜こうかどうか迷っているカードがあってさ」

 

 俺はそう言って1枚のカードを二人に見せた。

 

「《救世竜 セイヴァー・ドラゴン》?」

「これ、一年生の頃に遠也が使ってたカードだよな。デッキに入ってたのか」

 

 十代の言葉に、俺は頷く。そして、十代が言ったその言葉にこそ、俺がこのカードを抜くかどうか迷っている理由があるのだった。

 

「十代がそう言うぐらい、このカードを使うことがなくってな。このカードをデッキに入れることも結構あるのに、そのたびに一回も手札に来たことがないんだよ」

「一回も!?」

「ああ」

 

 ワン・フォー・ワンなどでピンポイントにサーチすれば別なのだろうが、そのカードを使う時には他のレベル1を持ってくることが多く、そこでも全く使うことがない。

 無理やり使おうと思えば使えるのだろうが……どれだけやっても手札に来ないことから、どうもセイヴァー・スターを使うことに躊躇いを感じているのが現実なのだ。今では救世竜とセットで抜くことも珍しくない。

 一年生の時、トラゴエディア戦では本当にここぞという時に来てくれたのだが……。あの時と普段では違っていることがあるのだろうか。

 三幻魔の時にも、まるで導かれるようにこのカードを俺は選んで特殊召喚していた。しかし、今ではそんな感じは全くない。赤き竜っぽい背中に感じた熱も、あれ以来音沙汰がないし、どうなっているのやら。

 それでも思い入れがあるのでわりとデッキには投入しているのだが、引けた試しがないのだ。それだけではなく、実を言うとそもそも引ける気が全くしなかったりもするのであった。

 そう伝えると、二人はうーんと揃って唸り声を上げた。

 

「難しいなぁ。でも、全く引ける気がしないってのも珍しいな」

「だな。けどまぁ、決めるのは遠也だからな。好きなように組むのが一番だぜ」

 

 ヨハンと十代がそれぞれ悩みつつ言った言葉。それを受けて、俺もまた悩む。

 そして、とりあえずは気が向いた時に投入するということでいいかと自己解決。俺はひとまず《救世竜 セイヴァー・ドラゴン》をデッキから抜いた。

 またいずれ、デッキに入れている時に力を借りることがあるかもしれない。その時には、手札に来てくれますように。そう願いを込めておくのを忘れない。

 そして、俺はエクストラデッキに入っていた《セイヴァー・スター・ドラゴン》とセットにして、大切にその2枚のカードをデッキケースの奥にしまう。

 

 その時、ふと思った。手札に来ないのは、赤き竜の不思議な力が関係しているのかもしれない。俺が、レベル1をサーチ出来る状況でこのカードを選択しないことも……。

 一瞬そんな考えがよぎるが、俺はシグナーではない。そんな馬鹿なと首を振り、その考えを打ち消した。

 そして、「よし」と口に出して気持ちを切り替えると、二人が広げていたさっきのデュエルを再現したフィールドに目を向けた。

 

「んじゃ、ここからは俺も参加するぞ」

「お、ようやくか! それじゃ、さっき十代がこうしていたところなんだけど、遠也はどう思う?」

「そこか。残りの手札はその時……なるほどな。それなら、こうでもいいんじゃないか?」

「だよな。十代、俺も同じことを思うぜ」

「なんだよ、二人して。けど、俺はやっぱりこのカードを使いたかったんだよな」

「なるほど。それに、楽しめないと意味がないのも道理か」

「確かにな。そういう意味じゃ、十代が大正解だ」

「だろ?」

 

 そうして俺たちは笑い合い、一層さっきのデュエルについて意見を交わしていく。

 その会話がやがてさっきのデュエルから離れていき、単なるカード談義に変わっていても、俺たちは飽きることなく三人で会話に花を咲かせていくのであった。

 

 

 

 余談だが、その夜に聞いた話によると、そんな俺たちを皆はいつの間にか見ていたらしい。そして、エドが笑い交じりに「デュエル馬鹿が一人増えたな」と言ったことに、誰も否定しなかったという。

 ……まぁ、それについて今更反論する気もない。ただ、それを伝えてきたマナの顔が笑いをこらえているそれだったので、とりあえず頬を引っ張ってやった。反撃にあってベッドの上で互いの頬を引っ張り合う実に微妙な争いに発展したが、後悔はしていない。

 ともあれ、三年生となって最初の一日は、そんな感じで幾分平和に過ぎていったのであった。

 

 

 

 



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第56話 思い

 

 始業式があった日の翌日。

 全校生徒が再び同じ大教室に集められて、集会が開かれた。

 どうも今回の集会の発起人は、先日この学校に新しく赴任してきたコブラ先生であるらしい。というのも、壇上では校長やクロノス先生たちが脇に立つ中、その件の先生がド真ん中に堂々と仁王立ちしていたからだ。

 一体何を言い出すのか。好き勝手に各々が推測を小声で話し合っていると、コブラ先生は注目の掛け声を発する。同時に、ギロリとこちらに向けられる鋭い瞳。たちまち生徒たちは静まり返り、それを確認したコブラ先生は僅かに笑みを見せ、懐から何かを取り出して掲げた。

 それは、よく見れば十代とヨハンに昨日先生から渡されたもの。腕時計に似た外見を持つ金属製の腕輪だった。腕時計と異なるところは、時計があるべきところに青い不透明のガラス玉のようなものが埋め込まれているところだろう。

 

「これを、諸君にプレゼントする。これは、先日私が告げた『デスクロージャー・デュエル』に必要なもの……『デス・ベルト』だ!」

 

 昨日、突然コブラ先生の口から出た新制度――デスクロージャー・デュエル。それについての詳細が語られることを察し、生徒たちにどよめきが起こる。

 その様子を見つめつつ、コブラ先生は更に口を開いた。

 

 曰く、デスクロージャー・デュエルとは実力公開デュエル。デュエルをすると、デス・ベルトを通じてプレイヤーのデュエルレベルを割り出すことが出来るという。デュエルに対する熱さ、集中力、決断力……そういったものを計り、寮のカラーに関係ない本人の実力を示せということらしい。

 またコブラ先生は「諸君らは当然デュエルによって自分の夢を掴む気持ちでアカデミアの門を叩いた。ならばデュエルに対する意識は高く、問題ないはず」とも言った。

 そう言われては生徒は何も言えない。口答えしたら、やる気がないと自分で言っていることになるからだ。

 

 しかし、夢ね……。三年生になると、この単語とも無縁ではいられないか。自分が何をしたいか、ということは進路に関わるからだ。

 とはいえ、実のところ俺には既にやりたいことがあるので問題はない。かつてレインのことなどで悩んでいた時に思った“あること”が、結果としてやりたいことになったのである。尤も、それはあまりにも無謀な願いであり、口に出すことが躊躇われるほどのものであるが。

 

 話は戻るが、この制度であまりに成績が悪かったり、それでいてやる気や改善が見られない場合、寮格下げ。最悪の場合、退学すらあり得るという。

 これにはさすがにやりすぎであるとクロノス先生たちが校長に直訴したが、校長はウエスト校がこのデスクロージャー・デュエル、略してデス・デュエルによって活気を取り戻したという成功例を盾にその直訴を抑えた。

 ……だが、やはりいくらなんでも退学までをも制度の成績いかんで決められるというのはやりすぎな気がしなくもないのだが……。しかし、校長は譲る気はないようだ。

 まぁ、実力を以って己の道を切り拓け、というのはある意味この学園のオーナーの意思に沿っているともいえる。ここは受け入れる方が無難だろう。

 そもそも、デュエルに対する熱さ、集中力で負ける気はしない。なら、少なくとも俺にとってはそう問題ではないのだから、これまで通りにやればいいだろう。

 

 そういうわけで、俺は早速受け取ったデス・ベルトを腕に着ける。

 しかし、なんだな。なんでデスクロージャー・デュエルの略し方を『デス・デュエル』にするかな。昨日は翔に死を表すデスとは関係ないと言ったが、これじゃあ俺の方が間違っていたみたいである。

 ともあれ、こうしてデス・デュエル制度が施行。今年もなんだか騒がしくなりそうな予感に、俺はやれやれと肩をすくめるのだった。

 

 

 

 

 朝の集会が終わり、デス・ベルトをそれぞれ腕に着けると、俺たちは誰が言わずともいったん校舎の外に出て集まっていた。

 もっとも、何か用があるというわけでもない。いつの間にかこの面子でいるのが自然になっていたと、それだけのことなのだろう。

 

「それで、これから皆はどうするザウルス?」

 

 まずは剣山が口火を切り、俺たちに今日の予定を尋ねてくる。

 この学園では、必須の授業と進級・卒業に必要な単位を満たすための選択授業。それらを取りさえしていれば、各々の自由に任されている。

 生徒はその合間にデス・デュエルをこれから行っていくわけだが、それは置いておいて。剣山としては、それだけ自由度が高いからこそ、これからの予定を皆に聞いたのだろう。

 そして、その質問に俺たちはそれぞれ答えていく。

 まずはブルーに住む明日香、吹雪さん、翔。

 

「私は、とりあえずジュンコとももえと合流するつもりよ。まだ授業もあるし……」

「それなら僕は、ひとまず部屋に戻ることにしようかな」

「僕は……早速デス・デュエルの相手を探してみるっす」

 

 翔は力強く頷くと、そう言ってデス・ベルトをつけた腕を持ち上げてみせた。

 基本的に受け身なところのある翔にしては、強気な発言。じっと翔を見ていると、その視線に気づいた翔が照れくさそうに笑った。

 

「へへ、こう見えて僕はカイザー亮の弟だから。このデス・デュエルがデュエルに対する意識を計るって言うなら、僕が一番にならないと。そうじゃないと、お兄さんにいつまでも追いつけないっすからね」

「よく言ったぜ、翔! それでこそ、俺の弟分だ!」

 

 翔の言葉に十代が喜びを露わにして、その肩を強く叩く。

 それに痛そうにしている翔だったが、しかしその表情には笑みが見えていた。

 今もプロリーグで活躍する翔の兄、カイザー丸藤亮。己に根差すデュエルの理想を貫き、どこまでもその力を伸ばしていく兄。その姿を見て、翔は一層「兄のようになりたい」という思いを抱いているようだ。

 カイザーは常に、デュエルに対して正々堂々。そして、持てる力を存分に相手に振るう。それが圧倒的な勝利に繋がってしまうことも多々あるようだが、それは決して相手を叩き潰すことに喜びを感じているからではない。

 どれほどの強さを得ても、自分はまだ未熟。かつて破滅の光に乗っ取られ、俺に負けたことで、カイザーはその思いを決して忘れないように抱いているという。

 未熟だからこそ、ああして付け入られた。そして、まだまだだからこそ、俺にも負けた。

 ゆえに自分は成長途中。そうである以上、成長するためには手を抜くなどもってのほか。

 その考えが根底にあるカイザーは、デュエルにおいて攻めにも守りにも全力を尽くす。それが結果として圧勝に繋がることもある、というだけなのである。

 己を未熟と断じて律し、そして相手に敬意を払うからこそ手加減なしの最大戦力で戦いに臨む。それこそが、自身の成長に繋がる。それが現在のカイザーという男のデュエルスタイル。そのどこまでも正道で強さを求め続ける姿勢に、惹かれるファンは数多いという。

 人一倍デュエルに対して真摯に向き合う兄を見ているからこそ、翔のデュエルに対する意識は一年生の頃とは格段に違う。

 たとえ力及ばずとも、まずは全力で立ち向かうこと。自分は兄以上に未熟なのだから、持てる力を出し尽くすだけではなく、何事にも立ち向かわなければ始まらない。

 それこそが今の翔に根差すもの。今では面と向かって十代に挑むことすらある翔の、デュエルへの意識なのだった。

 だから、デュエルに対する意識を計るというこのデス・デュエルに翔はやる気を見せているのだろう。己の根幹をなすものに、背を向けるわけにはいかないのだから。

 笑い合う十代と翔。その姿を微笑ましく見ていると、ふんと万丈目が鼻を鳴らした。

 

「俺は散歩にでも行く。デス・デュエルも、適当に見つけた奴とするだけだ」

「ボクは……うーん、まだ高等部のことよくわかってないし、新入生の人たちとお話ししてようかな」

 

 万丈目に続き、レイも自分の予定を告げる。

 そして、剣山の視線が十代、そして俺へと向けられた。

 

「兄貴と遠也先輩はどうするドン?」

「俺か? 俺はこれからヨハンに島を案内するつもりだぜ。昨日の夜、約束したからな」

 

 剣山の問いに十代がそう答え、その最後に聞こえた昨日の夜という単語からふと思い起こすことがあった俺は十代に向けて口を開いた。

 

「昨日の夜っていうと、あれか。ヨハンがカードパック大量に買ったから一緒に開けようって誘って来たやつ」

「ああ、それそれ。遠也も誘ったのに、来ねぇんだもんな。ヨハンも残念がってたぜ」

「悪かったよ。昨日の夜はちょっと、忙しくてな」

 

 具体的には、「エドくんが遠也のこと、デュエル馬鹿だって」と笑い交じりに言ってきたマナを懲らしめていたからだ。結局反撃にあい、お互いの頬を引っ張り合うという微妙に情けない形になってはいたが。

 とはいえ、一応その戦いに終止符が打たれた後に参加しようとは思っていたのだ。しかし、十代とヨハンは慌ただしく突然寮を飛び出していってしまったので、参加できなかった。

 後で聞いた話によると、レッド寮を覗き込んでいた怪しい人影を見たのだという。結局見失ってしまったようだが……男所帯のレッド寮を覗くとは、奇特な人間もいたものである。

 まぁ、それは置いておいて。その昨夜に、十代はヨハンを案内する約束を交わしていたらしかった。

 

「遠也も一緒に行かないか? ヨハンもそのほうが喜ぶだろうしさ」

「ありがたい申し出だが……すまん、行けそうにないわ」

 

 十代からのお誘いを、断腸の思いで俺は断る。

 なぜなら。

 

「この後、授業とっちゃってるんだよね……」

 

 ゆえに、行けない。

 幾分肩を落としながらそう告白すれば、十代は「あー……なら、しょうがないな」と苦笑気味。

 くそぅ、こうなると知っていればこの日に授業が入る選択科目なんて取らなかったのに……!

 十代とヨハン、ともに気が合う相手だけに、その二人と遊ぶ時間が結果的に奪われたことに俺は若干気を落とす。

 だがまぁ、まだヨハンが来て二日目だ。遊ぶ機会はこれから何度でもある、はずだ。そう思ってどうにか気持ちを立て直し、俺は剣山に「そういうわけだ」と告げるのだった。

 

「結構みんなバラバラだドン。ちなみに俺は万丈目先輩と同じザウルス。適当にブラつくとするドン」

 

 というわけで、剣山が言うように今日の予定は皆かなりバラけているようだ。

 まぁ、既に新学期は始まっているわけで、休みの間のようにいつも一緒にいられるわけではないのは当然のこと。それはわかっているから、俺たちはそのまま軽く手を振りながらそれぞれ別れていった。

 まだ授業が残る俺は明日香とともに校舎の中へと戻り、ジュンコたちと合流するという明日香と早々に別れると、俺は自分が受けるべき授業が行われる教室へと向かうのであった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 授業が終わり、ようやく俺にも自由な時間が訪れる。

 俺は教科書や筆記用具を急いでバッグに詰めると、その足で俺が現在住むレッド寮の一階……万丈目が改造した部屋に向かった。

 かつて光の結社によってブルー寮が乗っ取られた時に一時的な避難先としてこの部屋に住んで以来、すっかり俺はこの部屋に居着いてしまっていた。

 俺の所属はブルー寮なので本当はいけないのだが、ブルー寮の寮監であるクロノス先生ですら俺に用がある時はレッドに来るほどだ。今更移動するのも面倒だし、最後の一年も俺はこの部屋で過ごすつもりだった。

 ちなみに本来の持ち主である万丈目は、ブルー寮で暮らしている。どうもホワイト寮だった頃に万丈目が使っていた部屋が、俺の部屋だったらしい。そのため、当時から意図せずして部屋を交換している状態となっていたのだ。

 既にお互い私物ごと移動していたため引っ越すのは面倒と感じ、話し合いの結果このままでいようと結論が出たのである。

 というわけで、ブルーの俺がレッド寮に住み、レッドの万丈目がブルー寮に住むというあべこべな状態になっている。レッドの人間がブルーに行くと色々と言われそうではあるが、そこはさすがの万丈目サンダー。絶大というよりは絶妙なカリスマ性から受け入れられ、結構楽しくやっているようである。

 さて、部屋についた俺は持っていたバッグを適当に放り出すと、デュエルディスクを掴んで外に出た。

 そしてそれをすぐに左腕に着けると、俺はそのまま歩き出した。

 

『デス・デュエルをするの?』

「ああ。十代たちに合流しようとも思ったけど、勉強していた分のフラストレーションをまずはスカッと発散したいのさ」

 

 隣でふわふわと浮いてついてくるマナの問いかけに、俺は腕に着けたデュエルディスクを掲げながら答える。

 合流してからヨハンとデュエルするというのも考えたが、今は十代が島を案内している最中のはず。それを邪魔してまでデュエルを申し込むのは気が引ける。だから、合流するのはデュエルしたあとにしようと考えているのだ。

 ついでにデス・デュエルも一度やっておいた方がいいだろう。あまり遅くなると、デュエルに対する意欲が足りないと判断されるかもしれないからな。

 そう考えて適当に崖に沿って歩いていると、不意に俺から見て左側に広がる森の草むらがガサリと揺れた。

 それには俺だけでなくマナも気づいたようで、俺たちは立ち止まって森のほうを見た。

 

『なんだろう?』

「さあ……」

 

 俺たちが揃って首を傾げた、その直後。

 草むらから顔を出した存在に、俺は思わず一歩後ずさった。

 

「わ、ワニぃ!?」

 

 そう。そこから顔を出したのは、人間の大人一人ほどの大きさを持つ大きなワニだったのだ。

 のそりのそりと、低い位置からこちらに近づいてくるワニ。ワニといえば獰猛かつ人間すら食べる肉食というイメージが強く、俺はちょっと及び腰である。

 野生のワニなんて危険生物、アカデミアにいるわけがない。なのに、なんでこんなところに……。

 冷や汗を流しつつそう考えていると、ふと昨日の始業式を思い出した。

 そういえば、あの留学生の中にワニを連れていた生徒がいたはずだ。あの生徒は両手で持ち上げていたが、確か大きさも今目の前にいるこのワニぐらいだったはず……。

 ということは、このワニはその生徒のペットのワニなのかもしれない。さすがに色々と常識に縛られないアカデミアといえど、ワニを野放しで飼うほど酔狂ではないはずだ。

 となれば、やはりその留学生のワニと考えるのが自然だろう。確か、えーっと、ジム……だったか。

 頭の中でウェスタンスタイルに統一した特徴的なファッションをしていた留学生の姿を思い描いていると、その間に何やらマナがワニの目の前で手を振っていた。

 精霊状態のマナは目に見えず、触れることも出来ないはずだが、ワニは何故かマナがいるところより先に進もうとしない。まるで見えない壁に阻まれているように。

 ひょっとして……。可能性に思い当たった俺は、人に慣れているなら怖くはないかと結論づけてワニの前にしゃがみこんだ。

 

「お前、マナが見えるのか?」

 

 よく見ると睫毛がとても長いそのワニは、俺の問いかけに「グァウ」と鳴き声を上げて応えた。

 それがイエスかノーかはわからないが、どうも何かを感じてはいるのは間違いないようだった。

 そんな時、ふとマナが試しにワニの鼻先に触れてみる。もちろんすり抜けるだけだが、しかしワニは何か違和感を覚えたのかくすぐったそうに顔を振った。

 

『あはは、ちょっと可愛いかも』

「こうして見てると、確かに……」

 

 よくよく見れば、愛嬌があって可愛いと言えなくもないかもしれない。

 

「――Hey! カレン、Wait!」

 

 その時、ワニが出てきた森から大きな声が響いてきた。次の瞬間、森から飛び出してきたのは、今さっきまで俺が頭の中で考えていたこのワニの飼い主と思われる留学生。

 上から下までウェスタンスタイルを貫き、右目を包帯で覆ったわかりやすい姿を間違えるはずもない。右手には取っ手が付いた独特な形状のデュエルディスクを持ち、サウス校のデュエルチャンピオンである、ジム・クロコダイル・クックその人がそこに立っていた。

 

「Sorry、カレンに悪気は……」

 

 そして現れたジムは、どこか真剣みを帯びていた左目に俺とワニの姿を映す。そして、俺がワニの前にしゃがみこみ、そしてその前でワニがじっとしている姿を見ると、ほっと大きく息を吐いた。

 

「Suspenseful……心臓に悪いぜ。てっきりカレンが君を脅かしてしまったかと思った」

「いや、実際かなり驚いたぞ」

 

 いきなり目の前にワニが現れたんだからな。普通に過ごしていれば出遭うことのない事態であることに間違いはない。

 しかし、ジムは俺のそんな言葉に、笑みを見せた。

 

「Sorry。しかし、カレンが知らない人間の前で大人しくしているなんて、珍しい」

「そうなのか?」

「Yes。カレンはシャイな女の子なのさ」

 

 そう言うと、ジムはカレンという名前らしいそのワニの横に片膝をつき、その背を撫でる。それに気持ちよさそうに鳴き声を上げたカレンは、自分からジムへと擦り寄っていった。

 それを見て『やっぱり、かわいい』と呟いたマナに内心同意しつつ、俺はジムに声をかけた。

 

「仲がいいんだな」

「Of course。カレンは俺の家族だからな。……ん?」

 

 そこで、何かに気付いたようなジムの視線が俺を貫く。

 カレンの背を撫でる手も止めて俺を暫し見たジムは、突然「ワオ!」とどこか喜びを滲ませた声を発した。

 

「こいつはLuckyだ! ひょっとして君の名前は、皆本遠也じゃないか?」

「ああ、そうだけど」

 

 俺が肯定すると、ジムは殊更にその笑みを深める。そして立ち上がると、俺の手をがっしりと掴んできた。

 

「シンクロボーイ! 君に会える日を楽しみにしていたぜ!」

「へ?」

 

 言っている意味がよくわからず間の抜けた声を出すと、ジムは掴んでいた手を離して自前のウェスタンハットのつばを指で上げた。

 

「俺のスクールにもシンクロ召喚を使う奴はいたが、エースとしては誰も使っていなかった。だから、君に会いたかったのさ! シンクロ召喚を世界で一番使いこなせる君にね!」

「なるほど」

 

 つまり、シンクロ召喚に興味があったが周囲にそれを満足に使えるデュエリストがいなかったということだろう。

 だがまぁ、今はまだサポートも少なくシンクロ関連のカードの種類自体が少ないのが現状だ。それは仕方がないことだといえる。

 しかし、そんな中でシンクロ召喚を主力として使っている俺という存在がいた。シンクロ召喚に興味があったジムは、結果としてそれを扱う俺にも興味を抱いていたということのようだ。

 要するに。

 

「つまり、俺とデュエルしたいってことでいいんだな?」

 

 カレンを背に乗せてベルトで固定していたジムに、俺はニッと笑って腕に着けたデュエルディスクを見せる。

 それに対して、ジムもまたデュエルディスクを腕に着けると、俺と同じく笑って起動させたそれを俺に突きつけた。

 

「That’s right! その通りだ! 楽しもうぜ、シンクロボーイ!」

「当然! デュエルなら、いつでも受け付けるさ! ただ、シンクロボーイは止めてくれ。普通に名前で頼む」

 

 俺が苦笑気味にそう言うと、ジムは頷いた。

 

「OK、遠也! 最高のデュエルをしようぜ!」

「ああ! いくぞ、ジム!」

 

 俺もまたデュエルディスクを起動し、そして互いにデッキから五枚のカードを引く。

 さぁ、これで準備は整った。

 

「「デュエルッ!」」

 

皆本遠也 LP:4000

ジム・クロコダイル・クック LP:4000

 

「First turnはもらうぜ! ドロー!」

 

 まずはジムの先攻。さて、どんな手で来るのか。

 

「俺はモンスターをセット。更にカードを4枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 すべて裏側表示。これではジムの手を読むことができない。

 ならば、まずはこちらから攻めなければなるまい。

 

「俺のターン! おっ」

 

 手札に来たカードに、思わず声を上げる。ここは、こいつに先陣を切ってもらうとしますか。

 

「俺は《ジャンク・フォアード》を特殊召喚! このカードは自分フィールド上にモンスターがいない時、手札から特殊召喚できる!」

 

《ジャンク・フォアード》 ATK/900 DEF/1500

 

 レベル3の戦士族。ジャンクの名を持つうえに特殊召喚効果まで持っているため、様々な用途に使える便利なモンスターだ。

 そして、今回はリリース要員として役に立ってもらう。俺は手札のカードに手をかけた。

 

「そして、ジャンク・フォアードをリリース! 来い、相棒! 《ブラック・マジシャン・ガール》!」

 

 ジャンク・フォアードが光の粒となって消えていき、その中から光を纏って現れる一人の魔術師の少女。

 カラフルな装いに先端が丸まった杖を持ち、ブラック・マジシャン・ガールことマナは、杖をバトンのように回しながらウィンクを決めた。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000 DEF/1700

 

 そしてその登場に、ジムは感嘆の声を上げる。

 

「ワオ! シンクロだけじゃなく、ブラック・マジシャン・ガールも使うという噂はTruthだったというわけか!」

「おうとも」

 

 この島の人間にとっては既に幾分見慣れたモンスターであるが、島の外では未だに遊戯さんぐらいしか使う人がいないカードだ。知名度の割にこうして実際に見ることは稀であり、それを考えればジムの反応も頷けるというものだろう。

 だが、これぐらいで驚いてもらっては困る。マナを出して終わりというわけではないのだから。

 

「まだいくぞ、ジム! 俺は《レベル・スティーラー》を捨て、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! そしてレベル・スティーラーの効果発動! 俺の場のレベル5以上のモンスター1体のレベルを1つ下げることで、墓地から特殊召喚できる! ブラック・マジシャン・ガールのレベルを1つ下げ、特殊召喚!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

 

 二等身のガンマンを模したモンスターに、星が背中に描かれたテントウムシ。ともにこのデッキでは欠かせないモンスターだ。

 そして、チューナーと素材が揃った以上、やることは一つ。

 

「レベル1レベル・スティーラーにレベル5クイック・シンクロンをチューニング! 集いし絆が、更なる力を紡ぎ出す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 轟け、《ターボ・ウォリアー》!」

 

 クイック・シンクロンが5つの光るリングとなり、1つの星となったレベル・スティーラーがその中を潜る。

 その瞬間。爆発的な光が視界を覆い、やがてその中から現れたのは赤く染まった機械の身体が特徴的なモンスターだ。

 

《ターボ・ウォリアー》 ATK/2500 DEF/1500

 

 赤いスポーツカーが変形し、人型になったような出で立ち。鋭く尖った爪が目立つ両手を突きつけるようにジムのほうに向け、ターボ・ウォリアーはマナの隣に降り立った。

 

「Great! これが君のシンクロモンスターか! 攻撃力2000と2500を1ターンで並べるなんて、驚きだぜ!」

 

 嫌みのないその言葉を素直に受け取る。そして俺はフィールドのマナに目を向けた。その視線に気づきこちらを見たマナと目が合う。

 

『うん、いくよ遠也!』

「ああ! バトル! ブラック・マジシャン・ガールでセットモンスターを攻撃! 《黒魔導爆裂破(ブラック・バーニング)》!」

 

 攻撃宣言によって、マナは自身の魔力を一気に杖先へと集めていく。そして黒く染まったそれを裏側守備表示となっているカードに向けて、一思いに解放した。

 攻撃力2000による攻撃。低レベルなら大抵のモンスターの守備力を突破できるはずだ。

 そう考える俺の想定は見事に的を射た。しかし、問題はそのモンスターが持つ効果であった。

 マナの攻撃によって現れ、破壊されたのは、黒い壺の中から覗く不気味な一つ目と口だったのである。

 

《メタモルポット》 ATK/700 DEF/600

 

「Thanks、遠也! セットモンスターは《メタモルポット》だ! そのリバース効果により、お互いのプレイヤーは手札を全て捨て、その後5枚のカードをドローする!」

「いきなりメタポか……!」

 

 にやりと笑ったジムに、俺は少しだけ苦い顔になる。墓地肥やしと手札の補充が行えることはありがたいが、それを見越して準備していたジムにこの効果が有利なのは間違いない。

 更に墓地に送られた手札は、《エフェクト・ヴェーラー》《死者蘇生》の2枚だ。ヴェーラーは非常に使い勝手のいい効果を持った便利なチューナーであるし、死者蘇生は言わずと知れた万能カード。正直、もったいなかった。

 勝負が長引くにつれ、ここで落ちたカードが響いてくることは予想に難くない。ならば、長引く前に勝つしかない。

 

「ブラック・マジシャン・ガールの攻撃は止められたが、俺にはまだターボ・ウォリアーがいる! ターボ・ウォリアーで直接攻撃! 《アクセル・スラッシュ》!」

「罠カード《万能地雷グレイモヤ》を発動だ! これにより攻撃してきたターボ・ウォリアーにはリタイアしてもらうぜ!」

「なにぃっ!?」

 

 途端、攻撃するために相手フィールドに踏み込んだターボ・ウォリアーが爆散する。

 万能地雷グレイモヤは相手モンスターが攻撃してきた時、相手フィールド上で最も攻撃力が高いモンスターを破壊する罠カード。俺の場で最も攻撃力が高いのはターボ・ウォリアーなので、破壊は免れなかった。

 爆発によって発生した煙の中、ジムは帽子を押さえつつ口元に小さな笑みを浮かべて俺を見た。

 

「迂闊だったな、遠也」

「むむ……カードを1枚伏せ、ターンエンド!」

「俺のターン、ドロー!」

 

 新たにカードを引いたジムは、そのまますぐにデュエルディスクに指を持っていき、伏せてあったカードを起き上がらせた。

 

「いくぞ! 俺は伏せてあった《化石融合-フォッシル・フュージョン》を発動! このカードの効果により、俺の墓地と相手の墓地から決められたモンスターをゲームから除外し、エクストラデッキから「化石」と名のついた融合モンスター1体を特殊召喚する!」

 

 ジムがそう宣言した瞬間、地響きが発生してジムの横と俺の横からそれぞれ地層が隆起した。

 そこに目を向けると、ジムの側に現れた地層にはメタモルポットが。俺の側に現れた地層には、ターボ・ウォリアーがそれぞれ化石となった状態で埋まっていた。

 

「俺は自分の墓地に存在する岩石族モンスター《メタモルポット》と、遠也の墓地に存在するレベル6の戦士族モンスター《ターボ・ウォリアー》を除外する! カモン! 《中生代化石騎士 スカルナイト》!」

 

 隆起した地層がそれぞれ近づき、一つになる。その瞬間、地層は崩れ去り、同時に砂煙の中からスカルの名に相応しい骸骨が飛び出した。

 恐竜のものなのだろうか、人外の骨と思われるものを鎧や兜、盾として身に纏う。そして背についたマントを翻すと、右手に持った剣をこちらに突き出した。

 

《中生代化石騎士 スカルナイト》 ATK/2400 DEF/900

 

「それぞれの墓地のモンスターを融合素材にする融合カードか……」

 

 なんとも珍しいカードだ。自分の墓地で融合するカードは十代などもよく使うので見慣れているが、相手の墓地のカードも指定して融合するカードというのは、初めて見る。OCGでも、これに類するカードに心当たりはなかった。

 俺が驚きを露わにしていると、ジムはくいっと帽子の縁を指で上げた。

 

「俺は地質学と考古学の専門家だ。自分で化石の発掘をしたことも一度や二度じゃない。だからか、俺は地層に眠るモンスターを融合させるこのカードが大好きでね! 更に《フォッシル・ダイナ・パキケファロ》を召喚!」

 

《フォッシル・ダイナ・パキケファロ》 ATK/1200 DEF/1300

 

 恐竜の化石の標本がそのまま動き出したかのようなモンスター。攻撃的な突起が骨の随所にみられる、迫力のあるモンスターである。

 

「いくぜ、遠也! スカルナイトでブラック・マジシャン・ガールを攻撃! 《ナイツ・スラッシュ》!」

 

「させるか! 罠発動、《くず鉄のかかし》! 相手モンスター1体の攻撃を無効にし、このカードは再びセットされる!」

 

 接近してきたスカルナイトが上段に構えた剣を振り下ろす。しかし、それはマナに当たる前に互いの間に現れたかかしによって阻まれた。

 かかしに攻撃を止められたスカルナイトは、一歩後退する。

 

「ヒュー! 面白い効果のカードだ! But……」

 

 攻撃を止められ、しかしジムは不敵に笑う。

 

「攻撃を止められようと、No problem! 化石に宿る力を侮ってもらっちゃ困るぜ! スカルナイトの効果発動! 相手の場にモンスターが存在する時、もう1度攻撃することが出来る!」

「な、マジかよ!?」

「Sure! いけ、スカルナイト! 《ナイツ・スラッシュ・セカンド》!」

 

 くず鉄のかかしが防ぐことが出来るのは、あくまで相手1体の1度の攻撃のみ。既に1度発動した今、再び発動させることは出来ない。

 再びこちらに踏み込み、剣を振り下ろすスカルナイト。それに対抗する術はなかった。

 

『きゃあっ!』

「くッ、マナ……!」

 

遠也 LP:4000→3600

 

 剣を杖で受け止めるものの、それによって負ったダメージがマナをフィールドから離れさせる。

 そして、スカルナイトは役目を終えたと言わんばかりにマントを翻し、ジムの場へと戻っていく。

 その横には、もう1体のモンスターが控えていた。

 

「更にフォッシル・ダイナ・パキケファロで直接攻撃! 《クラッシュ・ヘッド》!」

 

 指示を受け、カツカツと骨がこすれ合う独特の音を鳴らしながら、巨大な骨の塊が迫る。力強く後ろ足で地を蹴ったパキケファロが、その勢いのまま大きな頭部で俺にぶつかってきた。

 

「ぐぁッ……!」

 

遠也 LP:3600→2400

 

 強力な頭突きを俺に見舞ったパキケファロは、自陣に戻っていくと身体を丸めて守備を固める。

 

「フォッシル・ダイナ・パキケファロは攻撃した後、守備表示になる。更にカードを1枚伏せ、ターンエンドだ!」

「やるな、ジム! 俺のターン!」

 

 攻撃後に守備表示になるということは、このフォッシル・ダイナ・パキケファロはOCGのものとは異なる効果を持っていることになる。

 OCG版では表側で存在する限り互いにモンスターの特殊召喚が出来なくなるロック効果を持っている。いわゆるアニメ効果とは大きく変化したモンスターの1体だ。

 OCGの効果なら色々と厄介だったが、違うならばまだ取れる手はある。

 

「俺は《ジャンク・シンクロン》を召喚し、効果発動! 墓地に存在するレベル2以下のモンスター1体を効果を無効にして表側守備表示で特殊召喚する! 《エフェクト・ヴェーラー》を特殊召喚!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《エフェクト・ヴェーラー》 ATK/0 DEF/0

 

「更に墓地からの特殊召喚に成功したため、手札から《ドッペル・ウォリアー》を特殊召喚する!」

 

《ドッペル・ウォリアー》 ATK/800 DEF/800

 

 ジャンク・シンクロン、エフェクト・ヴェーラー、ドッペル・ウォリアー。これでチューナーとそれ以外のモンスター併せて3体のモンスターが俺のフィールドに並んだ。

 

「フィールドが0の状態から3体、チューナーとそれ以外のモンスターを共に召喚するとは……Nice tactics、遠也!」

 

 称賛する声に、俺は照れも混じった苦笑を浮かべ「サンキュー、ジム」と言葉を返す。

 そして、フィールドに向けて手をかざした。

 

「レベル2ドッペル・ウォリアーにレベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし英知が、未踏の未来を指し示す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 導け、《TG(テック・ジーナス) ハイパー・ライブラリアン》!」

 

《TG ハイパー・ライブラリアン》 ATK/2400 DEF/1800

 

 まずはライブラリアン。近未来的な出で立ちで空中ディスプレイを表示させる電子端末を持ったこいつを召喚したことにより、俺の場にはドッペル・ウォリアーを小さくしたようなモンスターが2体現れていた。

 

「ドッペル・ウォリアーの効果! シンクロ素材となった時、レベル1の《ドッペル・トークン》2体を特殊召喚する!」

 

《ドッペル・トークン1》 ATK/400 DEF/400

《ドッペル・トークン2》 ATK/400 DEF/400

 

 そして、俺の場にはレベル1のチューナーであるエフェクト・ヴェーラーがいる。ゆえに。

 

「レベル1ドッペル・トークンにレベル1エフェクト・ヴェーラーをチューニング! 集いし願いが、新たな速度の地平へ誘う。光差す道となれ! シンクロ召喚! 希望の力、《フォーミュラ・シンクロン》!」

 

《フォーミュラ・シンクロン》 ATK/200 DEF/1500

 

 当然といえば当然だが、表示形式は守備表示である。

 そして、ここでそれぞれのモンスター効果が発動する。

 

「フォーミュラ・シンクロンはシンクロ召喚に成功した時、デッキから1枚ドローできる。更にライブラリアンの効果、自分か相手がシンクロ召喚に成功した時、1枚ドローできる。合計で2枚ドロー!」

 

 手札増強により手札は5枚。そこから1枚のカードを手に取り、俺はディスクに差し込んだ。

 

「手札から魔法カード《ミニマム・ガッツ》を発動! このカードは、自分フィールド上のモンスター1体をリリースし、相手のモンスター1体を選択して発動する! そのモンスターの攻撃力をエンドフェイズまで0にする!」

「What!?」

 

 思わずといった様子で声を上げるジムだが、ミニマム・ガッツの効果はこれで終わりではない。

 

「更に、選択したモンスターがこのターンに戦闘で破壊され墓地に送られた時、そのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを相手に与える!」

「Oh my god! そんなのありか!?」

 

 あまりといえばあまりな効果に、サウス校でトップに立った男といえど動揺は隠せないようだ。

 攻撃力を0にしているんだから戦闘破壊は容易。だというのに、戦闘ダメージに加えて破壊されたモンスターの攻撃力分の効果ダメージまで飛んでくるというのだから、たまったものではないだろう。

 尤も、こちらもモンスターをリリースしているので、戦闘破壊に成功してもボードアドバンテージ的にはどっこいどっこいなわけだが。とはいえ。

 

「俺は残ったもう1体のドッペル・トークンをリリースし、中生代化石騎士 スカルナイトを選択する!」

 

《中生代化石騎士 スカルナイト》 ATK/2400→0

 

 こうしてトークンを使えば、カードアドバンテージ的には1:1にできる。

 まぁ、普通に使うとこちらがアド損になるので、使いどころを考えなければいけないカードであることに間違いはない。

 さて、これでスカルナイトの攻撃力はこのターンのみだが0になった。攻撃力0ならば、恐れるものは何もない。

 

「いくぞ! ライブラリアンで中生代化石騎士 スカルナイトに攻撃! 《マシンナイズ・リーダー》!」

「くッ……! 罠発動! 《クロコダイル・スケイル》! 俺が受けるダメージを1度だけ0にする!」

 

 ジムの前に巨大なワニの背中が現れ、その硬い鱗がジムを守るように展開される。だが、それはあくまで自分へのダメージを0にする効果だ。モンスターへのダメージは防げない。

 つまり。

 

「モンスターへのダメージは有効! よってライブラリアンの攻撃により、スカルナイトは破壊される!」

「ッぐ、スカルナイト……!」

 

 ライブラリアンの攻撃によってスカルナイトの骨の身体が粉々に砕け散る。

 その衝撃がジムへと向かうが、ワニの鱗がそのことごとくを防いだ。そして、鱗のバリアはゆっくりとその姿を消していく。

 これで、再びジムにダメージが通るようになった。そして、ミニマム・ガッツの効果はここからが本領である。

 

「ミニマム・ガッツの効果発動! 選択したモンスターが戦闘破壊されて墓地に送られたため、スカルナイトの攻撃力2400ポイントのダメージを受けてもらう!」

 

 クロコダイル・スケイルの効果によるダメージ軽減は1度だけだ。この効果ダメージを防ぐことは出来ない。

 ジムの墓地からスカルナイトの剣が飛び出し、それはジムへと突き刺さった。

 

「ぐぁああッ!」

 

ジム LP:4000→1600

 

「カードを2枚伏せ、ターンエンドだ!」

 

 ここでエンド宣言を行う。

 戦闘ダメージも通っていればこのターンで終わっていたのだが、さすがにそう簡単に勝たせてはくれない。他校のデュエルチャンピオンが、そんな隙を晒すはずがないということだろう。

 だからこそ、面白い。付け加えれば、化石融合なんて全く戦ったことがないカードだ。そのカードとのデュエルが楽しくないはずがない。

 知らず俺は笑みを浮かべ、ダメージにより顔を俯かせたジムを見た。次は一体どんな手で来るのか。それが楽しみで仕方がなかったからだ。

 そしてジムが俯いていた顔を上げる。それによって明らかになった表情を見れば、ジムもまた俺と同じく笑っていた。

 

「Wonderful! ワクワクするいいデュエルだ、遠也!」

「俺も同じことを考えていた。さぁ、次の手を見せてくれ、ジム! それを破って、俺が勝つ!」

「No! 勝つのは俺だぜ、sure! 俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引いたジムは、フィールドにその手を向けた。

 

「リバースカードオープン! 速攻魔法《異次元からの埋葬》! 除外されているカードを3枚まで選んで墓地に戻す! 俺は《メタモルポット》と、遠也、君の《ターボ・ウォリアー》を墓地に戻すぜ!」

 

 ともに最初の化石融合によって除外されていたカードだ。となると、狙いは恐らく……。

 

「更に《死者転生》を発動! 手札の《サンプル・フォッシル》を捨て、墓地の《中生代化石騎士 スカルナイト》をエクストラデッキに戻す!」

 

 そして、ジムは手札から1枚のカードを見せる。それを見て、俺はやはりと心の中で唸った。

 

「《化石融合-フォッシル・フュージョン》を発動! 俺の墓地の《サンプル・フォッシル》と君の墓地の《ターボ・ウォリアー》を除外し、再び《中生代化石騎士 スカルナイト》を融合召喚!」

 

《中生代化石騎士 スカルナイト》 ATK/2400 DEF/900

 

 再度その姿を現す、どこか気品を感じる骨だけの騎士。剣と盾を構えたその騎士を前に、俺は小さな笑みをジムへと向けた。

 

「当然、それだけじゃないんだろ?」

 

 その問いに、ジムもまた口元を歪めて答える。

 

「Yes! 俺は手札から《タイム・ストリーム》を発動! ライフポイントを半分支払い、「中生代化石騎士」は更に古い時代へと逆進化する! 召喚条件を無視し、融合召喚扱いとして古生代の融合モンスターを召喚! 来い、《古生代化石騎士 スカルキング》!」

 

ジム LP:1600→800

 

 スカルナイトを光が包み、咆哮と共にその姿を変えていく。

 鎧はくすんだ黄金色になり、骨の身だった身体ではなく顔の半分以上が隠れた兜からは青年のものらしき口元を見ることが出来る。

 盾はなくなり、代わりに剣は更に巨大に。黒いマントと、鎧の各部から伸びる黒い角が一層の猛々しさを感じさせる。最上級モンスターに相応しい、威風堂々たる姿であった。

 

《古生代化石騎士 スカルキング》 ATK/2800 DEF/1300

 

「《フォッシル・ダイナ・パキケファロ》を攻撃表示に変更! 更に《サイクロン》を発動! くず鉄のかかしを破壊させてもらう!」

「くッ、ここでそれか……!」

 

 防御の要、くず鉄のかかしがここで退場とは。尤も、こちらにとって頼もしいということは相手にとって厄介であることと同義なので、除去されるのは当然なのだが。

 

「バトルだ! スカルキングでフォーミュラ・シンクロンに攻撃! この時、スカルキングの攻撃力が相手の守備力を上回っていれば、貫通ダメージを与える!」

「なに!?」

 

 貫通効果持ちだと!? スカルキングの攻撃力とフォーミュラ・シンクロンの守備力の差は1300。いまだ勝敗に直結はしない値だが……スカルナイトからの進化系であることを考えると……。

 

「Go、スカルキング! 《キングス・ソードプレイ》!」

 

 そうこう考えている間に、スカルキングが振りかぶった大剣が迫る。

 ええい、迷っていても仕方がない。ここは自分の考えを信じるだけだ。

 

「リバースカードオープン! 罠カード《ダメージ・ダイエット》! この効果により、このターン俺が受ける全てのダメージを半分にする!」

 

 スカルキングの振り下ろした剣がフォーミュラ・シンクロンを破壊する。

 しかし、ダメージ・ダイエットにより、発生する戦闘ダメージは1300ポイントの半分となり、俺が受けるダメージは大きく軽減された。

 

遠也 LP:2400→1750

 

「Shit……さすがだ! だが、スカルキングの効果はまだ続くぜ! スカルナイトと同じく、相手の場にモンスターがいる時、もう1度攻撃できる! ライブラリアンに攻撃! 《キングス・ソードプレイ・セカンド》!」

「ぐぁあッ!」

 

 スカルナイトの進化系であることから予想はついていたが、やはりその効果を持っていたか。ダメージ・ダイエットをここで発動させたことはどうやら正解だったようだ。

 僅かに安堵するが、しかしフォーミュラ・シンクロンに続き、ライブラリアンも破壊されたことで、俺のフィールドはがら空きとなってしまった。

 

遠也 LP:1750→1550

 

「更に《フォッシル・ダイナ・パキケファロ》で直接攻撃! 《クラッシュ・ヘッド》!」

 

遠也 LP:1550→950

 

 パキケファロの頭突きが再び決まる。

 だがその時。それに合わせて、俺は手札のカードをディスクに置いた。

 

「この瞬間、手札から《トラゴエディア》を特殊召喚! このカードは戦闘ダメージを受けた時に手札から特殊召喚できる! そしてその攻守は手札の枚数×600ポイント! 俺の手札は1枚、よって攻守は600になる!」

 

《トラゴエディア》 ATK/0→600 DEF/0→600

 

 俺の場に現れる、異形の怪物。背丈だけなら圧倒的に大きなその姿を、ジムは怪訝な顔をして見つめていた。

 

「戦闘ダメージを受けた時だって? なら、スカルキングに攻撃された時に特殊召喚していれば、フォッシル・ダイナ・パキケファロの攻撃は防げたはず」

「確かに、その通りだ。けど、こいつを破壊されちゃ困るもんでな」

 

 俺が思わせぶりにそう言うと、ジムは一瞬きょとんとした顔になる。しかしすぐにその表情は期待を込めた笑みへと移ろいでいった。

 

「考えがあるってことか……面白い! フォッシル・ダイナ・パキケファロを効果により守備表示に変更! ターンエンドだ!」

「そのエンドフェイズ、罠発動! 《奇跡の残照》! このターンに戦闘破壊されたモンスター1体を特殊召喚する! 蘇れ、《フォーミュラ・シンクロン》!」

 

《フォーミュラ・シンクロン》 ATK/200 DEF/1500

 

「俺のターン!」

 

 引いたカードを確認し、俺はそれをすぐさまディスクに差し込む。

 

「《貪欲な壺》を発動! 墓地の《クイック・シンクロン》《ジャンク・シンクロン》《エフェクト・ヴェーラー》《ブラック・マジシャン・ガール》《ドッペル・ウォリアー》をデッキに戻し、2枚ドロー!」

 

 5枚が戻り、デッキが自動的にシャッフルされる。その後、上から2枚のカードを引き抜き、俺はその中の1枚を手に取った。

 

「《ワン・フォー・ワン》を発動! 手札のモンスター《ボルト・ヘッジホッグ》を墓地に送り、デッキからレベル1の《チェンジ・シンクロン》を特殊召喚!」

 

《チェンジ・シンクロン》 ATK/0 DEF/0

 

 頭に付いたレバーと、背中には赤い翼のような部品。まるでオモチャのロボットのような、小さなモンスターである。

 

「更に場にチューナーがいる時、ボルト・ヘッジホッグは墓地から特殊召喚できる! 来い、ボルト・ヘッジホッグ!」

 

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

「そしてこの時、トラゴエディアの効果発動! 1ターンに1度、墓地のモンスターを選択してそのモンスターと同じレベルに出来る! 俺は墓地のTG ハイパー・ライブラリアンを選択し、トラゴエディアのレベルを10から5に変更する!」

 

 これこそがトラゴエディアの最後の能力。これによって、このカードはシンクロやエクシーズにも対応でき、高い汎用性を持つカードとして知られている。

 その特殊召喚条件の緩さもあり、レベルの割に腐ることがほとんどない便利かつ強力なカードなのである。

 そしてその効果をいかんなく発揮したトラゴエディアのレベルは5。そしてレベル1のチューナーに、レベル2のボルト・ヘッジホッグもまた場に存在している。つまり、これで準備は整ったということだ。

 

「レベル2ボルト・ヘッジホッグとレベル5となったトラゴエディアに、レベル1チェンジ・シンクロンをチューニング! 集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 シンクロ召喚による光のエフェクトに包まれるモンスターたち。その光を切り裂き、翼を広げて上空に駆けあがる一筋の星が、高い嘶きと共に身体から溢れる光の粒子を降らせる。

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 星屑。名は体を表す、その言葉に相応しい登場をしたそのドラゴンに、ジムはこれ以上の言葉はないと言った面持ちで口を開いた。

 

「ビューティフォー……! こいつが世界に1枚しかない、スターダスト・ドラゴン!」

「ああ、けど見惚れてばかりいられちゃ困るぜ! ここでチェンジ・シンクロンの効果発動! このカードがシンクロ召喚に使用され墓地に送られた時、相手モンスター1体の表示形式を変更する! フォッシル・ダイナ・パキケファロを攻撃表示に変更!」

 

 墓地から半透明の姿で現れたチェンジ・シンクロンが頭についたレバーを反対側に倒す。すると、それに操作されるようにフォッシル・ダイナ・パキケファロは攻撃態勢を取った。

 ジムの残りライフは800。そしてスターダストとパキケファロの攻撃力の差は1300。これで決着だ。

 俺がそう思ったその瞬間、しかしジムは不敵に笑ってみせた。

 

「そうきたか! だが、ここで俺はリバースカードを使わせてもらう! 速攻魔法《神秘の中華なべ》! 俺の場のモンスター1体をリリースし、その攻撃力か守備力どちらかの値だけライフポイントを回復する! 俺はフォッシル・ダイナ・パキケファロの守備力を選択!」

 

ジム LP:800→2100

 

 フォッシル・ダイナ・パキケファロの守備力は1300、その値だけジムのライフが回復する。

 これでジムの場に残るのは攻撃力2800のスカルキングのみ。スターダスト・ドラゴンの攻撃で勝負を決めることは出来なくなってしまった。

 

「スターダスト・ドラゴンの攻撃力じゃスカルキングは倒せないぜ! このままエンド宣言をすれば、次のターンでジ・エンドだ!」

 

 ジムの言う通り、確かにこのままでは返しのターンで俺は負けることになるだろう。それは間違いない。

 だが、それは「このまま」だった場合の話だ。だから、俺はにっと口の端を持ち上げてみせる。

 

「それはどうかな。スターダスト・ドラゴンの可能性はあらゆる想像を超えていく! いくぜ、これこそが俺が手にした境地――クリアマインド!」

 

 レインが己の身を懸けてくれたおかげで手に入れた、この力。

 直後こそレインのことを考えて悩みもしたが、それも今はない。

 何故なら、レインは俺が思い悩むためにこの力を俺に残したのではない。それは予想ではなく確信。友として、仲間として、一緒に過ごしてきた経験がそう俺に告げる。

 ならば、俺はこの力で全力を尽くしていくだけだ。

 とはいえ、思い悩んだことも無駄ではなかった。その時間は、俺にあることを決心させたからだ。

 尤も、今はまだそれを口にするのは憚られるが。何故なら、俺自身それが無謀な願いだとわかっているからだ。

 

「レベル8スターダスト・ドラゴンに、レベル2フォーミュラ・シンクロンをチューニング!」

 

 だが、やるべきこと……いや、やりたいことを見つけたというのは俺の気持ちをだいぶスッキリさせてくれた。

 その道は困難であり、かつては一人の男が絶望に身を沈めた道だ。俺よりも全てにおいて上回っていたであろうその男が、全てを懸けてもついぞ叶えられなかった願い。

 

「集いし夢の結晶が、新たな進化の扉を開く! 光差す道となれ!」

 

 しかし、俺は思ってしまったのだ。

 一年生の頃、俺もまたこの世界に生きる一人なのだと自覚し。二年生の頃、レインを通してシンクロとモーメントの関係とそれによって訪れるだろう未来を再認識した。

 そして今。それらを知ったうえで改めて考えた時。俺はごく単純にこう思ったのだ。

 

 ――そんな未来なら、変えたいと。

 

「アクセルシンクロォオッ!」

 

 高く掲げたカードの表面が輝き、同時に上空に駆けあがっていったスターダスト・ドラゴンの姿が掻き消える。

 そして直後、俺の背後の空間を突き破り、白銀の流星と化したドラゴンが再び空へとその姿を躍らせる。

 

「生来せよ! 《シューティング・スター・ドラゴン》!」

 

 スターダストよりも丸みを帯び、流線型を描く身体はより洗練された印象を与える。

 白く輝きを放つその姿は、星の輝きをそのまま凝縮したような美しさだ。それでいて精悍な様子は力強さと頼もしさを俺に感じさせてくれる。

 

《シューティング・スター・ドラゴン》 ATK/3300 DEF/2500

 

「アンビリーバボォー……!」

 

 スターダスト・ドラゴンが更に進化した姿を目を輝かせて見上げるジムの様子に、俺は少しだけ微笑む。

 

 ――無謀な夢だ。けれど、思ってしまった以上は仕方がない。そんな未来なら変えたいと思ってしまったのだ。なら、自分の気持ちに嘘はつけない。

 だから、あとはその目的に向かってただ突き進むだけだ。このカードたちと共に、全力で。

 

「シューティング・スター・ドラゴンの効果発動! 1ターンに1度、デッキの上から5枚を確認し、その中のチューナーの数だけ1度のバトルフェイズ中に攻撃できる!」

 

 シューティング・スター・ドラゴンが持つ効果。それを高らかに宣言し、俺はデッキの上に指をかけた。

 息を吸い、そして吐く。一拍の後、俺は一気に五枚のカードを引き抜いた。

 

「引いたカードは……! 《ジャンク・シンクロン》《リビングデッドの呼び声》《アンノウン・シンクロン》《光の援軍》《ブラック・マジシャン・ガール》の5枚! そして、この中のチューナーは2体! よって2回の攻撃が可能になった!」

「Amazing……! 来い、遠也!」

 

 一言感嘆の声を漏らし、ジムは嫌みのない笑みを浮かべて俺にそう告げる。

 互いに全力を尽くしたデュエル。だからこそ、それを受け止めようというジムの心意気。ならば、俺もまたそれに応えなければ男ではない。

 俺はジムに対して大きく頷き、シューティング・スターを見上げた。

 

「いくぞ、シューテイング・スター・ドラゴン! 《スターダスト・ミラージュ》!」

 

 シューティング・スター・ドラゴンの鳴き声と共に、その姿が二つへと分かれる。

 そして、俺はジムのフィールドへと手を向けて、シューティング・スター・ドラゴンへと指示を出した。

 

「1回目のバトルだ! スカルキングを攻撃!」

 

 シューティング・スター・ドラゴンが嘶きと共に上空から突撃し、その直撃を受けたスカルキングが粉砕される。そして、それによってジムのライフが削られ、そのフィールドはがら空きとなった。

 

ジム LP:2100→1600

 

 ジムの場に、こちらを遮るものは何一つない。そして、俺は最後の指示を出すべく口を開いた。

 

「これで終わりだ、ジム! 2回目のバトル! シューティング・スター・ドラゴンで直接攻撃!」

「ぐぅううッ!」

 

 上空から舞い降りるシューティング・スター・ドラゴンの身体が、勢いよく空を滑ってジムへと襲い掛かる。

 その攻撃にジムの身が晒された、直後。ジムのライフは0を刻むこととなった。

 

ジム LP:1600→0

 

 デュエルに決着がついたことでソリッドビジョンがゆっくりと消えていく。

 それはシューティング・スター・ドラゴンにとっても同じことであり、徐々に姿を薄れさせていく。そんなシューティング・スターを、俺はおもむろに見上げた。

 

「――シューティング・スター。これからも、よろしく頼む」

 

 俺が胸の中に抱く、夢にも似た願い。それに対する気持ちも乗せたその言葉に、シューティング・スターは大きく嘶いて応えると、その姿を消していった。

 それを見届け、俺は改めて自分の中に根付いた夢を確認し、ぐっと拳を握りこむ。そして一度目を閉じた後にその手を緩めると、ジムのほうへと目を向けた。

 そこにはライフがゼロになった瞬間には膝をついていた彼が、ちょうど立ち上がった姿があった。

 それを認め、俺はジムのほうへと歩き出す。そして彼の目の前まで来ると、右手を差し出した。

 

「サンキュー、ジム。楽しいデュエルだったぜ」

 

 すると、ジムは笑顔で俺の手を握った。

 

「そいつはこっちの台詞だな。サンキュー、My friend」

「マイフレンド?」

 

 突然ジムの口から出てきた言葉に、思わず俺は訊き返す。すると、ジムはその笑みを更に深めて帽子の縁をくいっと上げた。

 

「俺たちはデュエルをした。なら、俺たちはもう友達だ。rightだろ?」

 

 まるでそれが当たり前であるかのようにジムは言う。

 無論、俺もその言葉に否はない。だが、それをなんのてらいもなく言えるあたり、本当に気のいい男である。

 その性質は、デュエルにも出ていた。常にこちらの力を認め、自分もまた全力を尽くす。そのデュエルスタイルに嘘はない。

 デュエルの中で、俺はジムを知った。そしてそれは、ジムにとってもそうなのだろう。ならば、その言葉に頷くことに躊躇う理由は何もない。俺も同じく笑みを浮かべると、交わした手に力を込めた。

 

「そうだな、デュエルをしたなら俺たちは友達だ! これからよろしくな、ジム」

「ああ、こちらこそだ!」

 

 そうして握手を交わす俺達を、マナがにこにこと笑って見ている。それを視界の端に収めつつ、俺はデュエルによって得ることが出来た新しい繋がりを喜ぶのだった。

 

 ――この時、俺は身体に不思議な倦怠感を覚えていた。だが、俺はそれをデュエルで少し疲れたのだろうと思い、深く考えることをしなかった。

 しかし、それ大きな間違いだったのだ。しかし、それがわかるのは、この日の夜のことになるのであった。

 

 

 

 

 * *

 

 

 

 

 同時刻。

 アカデミアが建つ島に自生する森の奥……今はもう使う者のいない研究所の一室にて、一人の男が設置されたモニターを見て小さく笑い声を上げた。

 

「フフフ……これは願ってもない。まさかあの皆本遠也とジム・クロコダイルがデュエルしてくれるとは……」

 

 モニターに映る何かのグラフと数値。それを見ていた男は、立ち上がって背後を振り返る。

 そこには、異様な何かが鎮座していた。

 床から真っ直ぐ天井に向かって立つ巨大なガラス管。その中では、下から湧き出るオレンジ色で球状の液体が、透明なガラス管の中を上へと昇っていく不思議な光景を作り出していた。

 どのような原理でこんな現象が起こっているのか。常人であれば疑問に思うであろうそれだが、男は全く気にしていないようだ。

 それどころか、そのガラス管を見つめる男の目にはただひたすら喜びと期待だけが宿っていた。まるで縋るようにも見えるその視線を、オレンジ色のそれが一身に受け止めている。

 

「フフ、先日の遊城十代とヨハン・アンデルセン。そして今の皆本遠也とジム・クロコダイル。やはり、彼らのデュエルエナジーは別格か……」

 

 男は低い声で満足げに笑う。そして、つい先ほどに己の部下に出した指示を思い起こした。

 

「そして、遊城十代とオブライエンのデュエルも間もなく行われる……。そこでデュエルエナジーを奪う比率を上げれば……ふふふ、ハーッハッハ!」

 

 高らかな笑い声。それと同時に、男は両腕を大きく広げた。

 

「もうすぐ! もうすぐです! 必ずあなたを復活させてみせますぞ! ふふふ、フハハハハ!」

 

 肩を揺らし、哄笑が暗い室内に響き渡る。

 僅かな光によって照らしだされる男の姿は、濃い紫色に統一されたアカデミアの教員服。

 その男――プロフェッサー・コブラは、自分が思い描く最高の結末を夢想して、身体の奥底から湧き上がる喜びに浸るのであった。

 

 

 

 

 



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第57話 疑惑

 

 ジムとのデュエルを終えた俺は、ジムに誘われて彼の部屋を訪れていた。

 それというのも、ジムが俺の話を聞きたいと強く言ってきたからだ。詳しく聞けば、俺とのデュエルでシンクロ召喚というものに対する見方が変わったとジムは言う。

 それまではシンクロ召喚を単なる融合召喚の派生であり、プロリーグなどで使用する者が少ないこともあって大きな影響はないだろうと思っていたらしい。

 しかし、俺が召喚したスターダストやシューティング・スターといったシンクロモンスター。また、これまで上級モンスターを出すための場繋ぎ的な役目が主であった低レベルモンスター。それが次々にフィールドに並び、低レベルゆえにレベルの調整が利くという新たな役割によって対戦者である自分を圧倒していく姿に、その考えを改めたと言っていた。

 間違いなく、このシステムはデュエルモンスターズを変える。そう確信したジムは、それを扱う俺にシンクロ召喚についての話を聞かせてほしいと迫ってきたのである。

 無論、俺にそれを断る理由はなかった。そもそも俺は元々シンクロ召喚のテスター兼普及担当でもあった男である。それに加え、シンクロ召喚は俺にとって思い入れがあるシステムだ。それについて話すことに、喜びこそあれ抵抗があるはずがない。

 そうして俺は留学生の部屋が用意されたブルー寮、その中でジムに用意された一室に入ると、ソファに腰を下ろして話をすることになったのだ。

 

 そしていざ話してみると、話題には事欠かなかった。

 ジムから請われたシンクロ召喚についてのことはもとより、さっきのデュエルの反省会。また互いの学校についてや、好きなカード。趣味や、ジムが連れるカレンのことなど、話が尽きることはなかったのだ。

 その横ではマナがカレンをからかって遊んでいた。カレンの背を突然撫で、違和感に驚いたカレンが振り返るも、精霊が見えないカレンには何もない空間しか見えない。

 首を傾げるカレンに、マナは再び背をつつく。それにも反応するが、やはり姿が見えないことにカレンは不思議そうにする。それを繰り返し、マナは『うーん。やっぱりカレンちゃん、かわいい!』と言って楽しそうにしていた。

 楽しそうなのは大いに結構なのだが、それでカレンがストレスを感じても困る。俺は苦笑してマナに「ほどほどにしておけよ」と声をかけた。それを聴き咎めたジムが「What?」と声を出すが、何でもないと俺は応える。

 そして俺の言葉にマナも『はーい』と答え、少しだけ姿を現すと、『驚かせちゃってごめんね』と言ってゆっくりカレンの頭を撫でる。突然姿を現したマナに驚くかと思ったカレンは、意外にそれ程反応を見せずされるがままに撫でられていた。

 姿が見えないから驚いていただけで、存在は感じ取っていたようだから、カレンとしてはマナの姿が見えるようになってむしろ納得したのかもしれない。俺は大人しく撫でられるカレンを見て、そんなことを思った。

 ちなみに、それらはジムの背後で行われていたので、ジムからは見えていない。俺はそんな相棒の姿を視界に収めつつ、ジムとの会話を続けるのだった。

 

 そうして長い時間、俺たちは互いにそんな様々なことを語り合った。既に外は暗く、日は落ちている。

 それに気が付いた俺たちは顔を見合わせて長く喋っていた事実に苦笑いになる。

 そして俺が「そろそろ帰るよ」と言って立ち上がれば、ジムは「OK。玄関まで送ろう」と言って同じく立ち上がる。マナにも視線で呼びかけ、マナが俺の横へと戻る。

 さぁ、これであとは帰るだけだ。そう思った、その瞬間。

 突然カレンが大きな鳴き声を上げて暴れ出した。これには俺もジムも驚いたが、ジムはすぐさま首に巻いていたスカーフをほどくと、それでカレンの顔を口ごと塞ぐようにして結びつけた。

 ジム曰く、こうすればカレンは大人しくなるのだとか。少し可哀想に思うが、暴れて得をする者は誰もいない。ここはジムの判断に任せるしかなかった。

 しかし、さっきまでは何ともなかったのにどうして急に。俺がそう言うと、ジムは重々しく口を開いた。

 

「ひとつ、心当たりがある」

 

 そう言って、ジムはベッド脇にあるチェストの引き出しから、小型の機械を持ち出してきた。何かの計測器のようなそれを見れば、針が忙しなく揺れ動いている。

 

「これは電磁波を計測する装置だ。爬虫類は電磁波にひどく敏感でね」

「つまり、カレンがああなったのは電磁波のせい?」

「Yes。これを見るに、よほど強い電磁波が発生したのだろう」

 

 揺れ続ける針を見つつ、ジムが言う。何が原因かは知らないが、迷惑なものだ。そう思ったその時、俺のPDAに着信を告げるバイブレーションが働く。

 夜も遅いこの時間に、一体誰からだろうか。疑問に思いながら、俺はPDAを取り出した。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 PDAに連絡があった直後、俺はすぐさまジムの部屋を出て走り出した。

 そして、その後ろには一緒にいたジムがついて来ている。連絡を受けるなり表情を一変させた俺を見て心配してくれたようだ。尤も、さすがにあの状態のカレンを連れていくわけにはいかず、その背にカレンを背負ってはいない。

 俺の横ではマナも心配そうな顔をしている。こちらが心配しているのは、俺ではない。俺と同じく、連絡の中にあった友人のことを心配しているのだ。

 

 ――十代が倒れた。

 

 PDAに翔から届いたその知らせ。それは、俺の気持ちを慌てさせるには十分なものだった。

 ゆえに、俺は脇目も振らず校舎内の保健室へ向けて走っているのだ。夜中であることなど関係ないとばかりに全速力で校舎まで続く道を走り抜け、やっと辿り着いた保健室の前で俺は一度立ち止まる。

 後ろをついて来ていたジムもまた立ち止まり、それと同時に人が来たことを感知した扉がスライドし、開いたそこから俺たちは保健室へと駆けこんだ。

 

「十代!」

 

 突然声を上げて入ってきた俺に、保健室の中にいた人間の視線が一斉に向けられる。

 そこにいたのは、鮎川先生、ヨハン、翔、剣山の四人。ヨハン、翔、剣山は俺の後ろにいるジムに驚いていた。

 

「お前、確か俺と同じ留学生の……」

「Yes。俺はジム・クロコダイル・クック、ジムと呼んでくれ」

「じゃあ、ジムくん。なんで遠也くんと一緒に?」

「さっき遠也とデュエルしたんだが、そのあとも俺たちは一緒にいてね。だが、急に遠也が血相を変えて走り出すから、心配になったのさ」

「無理もないドン」

 

 そんな会話が交わされる中、俺は皆の前に置かれたベッドに近づく。そこには、身を横たえている十代の姿があった。

 とはいっても寝ているわけではなく、既にその目はしっかりと開かれている。そして、十代はベッドの横に立った俺に「よ、遠也」と気軽く声をかけてきたのであった。

 そのいつもと変わらない様子に、一瞬呆ける。そして、徐々に強張っていた身体から力が抜けていくのを感じた。

 

「……なんだよ、焦ったぞ。倒れたって聞いたからな」

「はは、心配かけちまったみたいだな……悪い。けどこの通り、俺は元気だぜ」

 

 そう言って十代は身を起こそうとするが、すぐに体勢を崩してしまう。それを、すぐ横にいたヨハンが支え、倒れるのを防いだ。

 

「無理をするな、十代! お前は自分が思っている以上に堪えているんだ」

「そうよ、十代くん。今は大人しく安静にしていなさい」

 

 ヨハンと鮎川先生が動こうとする十代を諌め、翔と剣山までもが無理は禁物だと十代に意見する。

 この場のほぼ全員に言われては、さすがの十代も聞き分けが良くなる。「う……わかったよ」と渋々納得すると、再び布団の中へと戻っていった。

 それを確認し、ほっと息を吐く一同。

 その姿を見渡し、次いでもう一度十代を見た俺は、改めてヨハンたちに目を向けた。

 

「一体、何があったんだ?」

 

 なぜ十代が倒れるなんてことが起こったのか。その原因を尋ねた俺に、ヨハン、翔、剣山は数時間前の出来事を話し始めた。

 

 

 

 

 ――俺たちと別れた後。

 十代は約束通りにヨハンに島を案内していたようだ。そんな中、途中で翔が二人を見つけて島の案内に合流。その時すでに翔はブルーの生徒相手にデス・デュエルを行っており、見事これに勝利していたそうだ。

 ヨハン曰く、島の案内はそんな翔の武勇伝を交えながらの、楽しいものになったようだ。

 そして日も落ちる頃、十代とヨハンはレッド寮にある十代の部屋に戻った。ヨハンにしてみれば、どうせ寮に戻っても一人だから、それなら十代たちと過ごす方が楽しいということらしい。

 それならということで、十代は快くヨハンを迎える。その時、翔も一緒にどうだと誘われたため翔も十代の部屋へ。やがてそこに剣山もやってきて、四人でのカード談義へと移行していったらしい。

 そうして四人はデッキを見たり、テーブルデュエルを行ったりと楽しい時間を過ごしていた。だが、外が既に暗くなった頃合いに、扉を叩く音が聞こえたのだという。

 何かと思って十代が扉を開けると、そこに立っていたのはなんと万丈目だったらしい。

 突然の来訪に驚きつつも、十代はお前も一緒に話していかないか、と万丈目を部屋に誘う。しかし、それに対する返答は首肯ではなかった。

 

「ふん、勘違いするな十代。俺はただ伝言を預かってきただけだ」

「伝言? 誰からだよ?」

「オースチン・オブライエン。そこのヨハンと同じ留学生だ」

 

 部屋の中にいるヨハンを指さしつつ言った万丈目の言葉に、一同は驚きを示す。それもそのはず、彼らにオブライエンとの接点などなかったからだ。

 尤もヨハンによれば、十代とヨハンは一度レッド寮を覗いていた怪しい人物を追いかけた際に遭遇していたようだが。

 そしてそれ以外に驚いたのが、あの万丈目が親しくもない相手の伝言役を引き受けたということだ。プライドの高い万丈目にしては珍しい。そう思って十代が問えば、それに答えを返したのは万丈目ではなくおジャマだったという。

 

『兄貴はぁ、気になるアイツの情報をくれるっていうからオブライエンの提案に乗ったのよ~ん』

『そうそう、伝言役をやってくれればアモンの情報はくれてやるって』

『情報収集は基本だって言ってたなー』

「アモンって……留学生の? なんでお前がアモンのことを?」

「ええい、うるさい! そんなこと貴様には関係ないことだ! それより、オブライエンからの伝言だ!」

 

 十代の当然といえば当然な疑問に答えないまま、万丈目はオブライエンから預かった伝言を十代に話す。

 その内容は『お前にデュエルを申し込む。崖から突き出した一本の木がある場所。以前お前と会ったそこで待つ』というもの。

 それを伝えた万丈目はすぐに帰っていき、伝言を受け取った十代は喜び勇んでデュエルディスクを腕に着けたとか。

 まぁ、デュエルアカデミア・ウエスト校のチャンピオンとデュエルできるとなれば、その気持ちはわかる。俺もジムとデュエルした時はやっぱり嬉しかったからな。

 ともあれ、そうして十代はオブライエンの元に向かった。当然、一緒にいたヨハン、翔、剣山も十代についていく。

 そして四人はオブライエンが指定した場所へと辿り着く。が、そこには誰もいない。どういうことかと訝しんでいると、突然翔が背後から何者かに襲われたのだという。

 翔の叫び声に振り向くと、そこには翔の両腕を後ろで締め上げて拘束するオブライエンの姿が。

 そして、オブライエンは驚くべき筋力で翔を担ぎ上げると、そのまま崖側へと走り抜け、十代たちと相対する位置に翔を拘束したまま立ったのだという。

 何をするのか、翔を離せ、と十代たちが憤るが、しかしオブライエンの答えは一つだけ。

 

「こいつを助けたければ、俺と全力でデュエルしろ」

 

 そんなことをしなくても、いつでも全力でデュエルしている。十代はそう言うが、オブライエンは首を横に振る。そして、拘束していた翔の腕をワイヤーで縛ると、続いて腿のあたりも縛り上げる。その間、オブライエンには驚くほどに隙がなく、常に十代たちのほうに意識を割いていたという。

 そして翔の動きを完全に封じたオブライエンは、翔を崖先に生えた木の上へ移動させる。「両手両足を拘束された状態で、細く足場の悪いそこから逃げるのは至難の業。命が惜しくなくばやってみろ」とだけ言い残して。

 そしてオブライエンは十代に向き直ると、「さぁ、俺とデュエルをしろ。俺を倒さねば、こいつを助けることは出来ん」。そう告げたのだった。

 無論、この状況で戦わないはずがない。十代は翔を助けるためにデュエルディスクを構えると、オブライエンとデュエルをするのだった。

 

 

 

 

「そして、十代はオブライエンに勝った。だが……」

 

 ヨハンはそこまで言うと、ベッドに寝ている十代を見る。その視線を受けて、十代は横になったまま頷いた。

 

「ああ……なんか勝った途端に、すごく身体がだるくなったんだよ。足腰に力が入らなくなって、ぼーっとしてきてさ……。で、気が付いたら保健室にいた」

 

 今思い返してもどうなっているのかわからないのだろう。十代の顔には困惑の色が強く見られる。

 そんな十代に、翔と剣山が声をかける。

 

「本当に心配したんすよ、兄貴。突然倒れちゃうから……」

「だドン。そういえば、オブライエンも身体を引きずるように帰っていったザウルス」

 

 十代だけでなく、オブライエンも? となると、十代の身に起こった異変はオブライエンが仕組んだものではないということか。

 まぁそれも、デュエルと倒れたことの間に因果関係があればの話だ。普通に考えれば、そんなことはありえない。だが、実際に十代はデュエルをしていただけだ。となると、やはりそこに原因があると考えるべきだろう。

 と、その時。俺の肩に手が置かれる。その手の先を見れば、そこには真剣な顔をしたジムがいた。

 

「遠也。俺たちもデュエルした時、何か違和感を覚えはしなかったか?」

「違和感? ……あ!」

 

 ジムに言われ思い返してみると、確かに通常のデュエルでは感じなかったものを俺は感じていた。

 それを思い出して、俺はそのことを皆に告げる。

 

「そういえば、俺もジムとのデュエルが終わった時、妙に疲れを感じた。てっきりデュエルに集中していたからだと思っていたけど……」

「俺も遠也と同じく、疲労感があるのはデュエルに熱くなりすぎたからだと考えていた。But……今の話を聞く限り、そうとは限らないみたいだぜ」

 

 ジムの言葉に、俺は頷く。そしてヨハン、翔、剣山もまた同じように頷いた。

 突然の疲労感を感じたのは、俺たちと十代、そしてオブライエン。その共通点は、デュエルをしたことだ。

 

「それだけじゃない。カレンは電磁波に敏感だ。そのカレンが暴れ出した時間と、十代が倒れた時間は……」

「……まさか!」

「そのまさかさ。ほぼ時間は一致する。だが、これまで一度のデュエルで極度に疲労したり、まして電磁波が発生するなんて聞いたこともない。しかし、現実に起こっている。つまり、その原因は以前と今の違いにある」

 

 言いつつ、ジムは自らの腕に視線を落とす。そこには、コブラ先生から配られたデス・ベルトが着けられていた。

 それに気づき、この場にいる全員の顔に驚きが広がっていく。ジムが言おうとしていることに理解が及んだからだ。

 ヨハンが己の腕に着いたデス・ベルトを指し示しながら、口を開く。

 

「まさか、デス・ベルトが原因だというのか!?」

「Maybe……あくまで、推測だが……」

 

 ジムはそう言うが、しかし異常を感じた者は四人ともがデス・ベルトをした状態でデュエルした直後にそれを感じている。更に、それ以前にはそんなことはなかったのだ。

 となれば、ジムの言っていることはあながち間違っていないような気がした。

 

「もしそうなら、これは大変な問題よ。すぐにデス・デュエルの中止を進言しないと……」

 

 鮎川先生もジムの推論を聞き、その表情を引き締める。

 しかし、その言葉にはヨハンが首を振った。

 

「いや、先生。まだ今の話は推測にすぎない。それに、まだ実際に倒れたのが十代だけじゃ学園も対処してくれないかもしれない。明日一日、様子見がてら調べてからでも遅くはないはずだ」

「Yes。その意見に賛成だね」

 

 ヨハンが憶測だけで決めつけずに一日の猶予を作ると言えば、ジムもそれに同意する。そしてそれは、俺たちも同じだ。まずはその時間を使って調べてからのほうがいいだろう。

 そう結論を出した俺たちは、互いに真剣な表情で頷き合った。

 

『なんだか、また大変なことになってきたね……』

「ああ。大事にならなければいいんだけどな」

 

 マナの言葉に、俺は願いを込める意味もあってそう口にする。

 本当に、何事もなければいいんだが……。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 そんなわけで、翌日。

 昨夜の話し合いの中で、俺たちはジムが持つ電磁波計測器を頼りに島を調べることを決め、保健室へ集まることになっていた。

 なぜ保健室かというと、それぞれ違う寮に住んでいるため、場所が中間である保健室が一番集合場所としてわかりやすいからだ。加えて、動けない十代のこともある。その様子を見ることも含め、保健室は最適だったのである。

 そしてその決め事通り、俺たちは保健室に来たんだが……。

 

「なんで朝からコイツはばくばくと弁当を食ってるんだ……」

「ハハハ、very interesting! 面白い奴だな、十代は」

「んぐ?」

 

 途中でカレンを背負ったジムと鉢合わせ、共に保健室に入るや否や目に飛び込んできたのは、ベッドの上に胡坐をかいて座り、口いっぱいに弁当を頬張る十代。そして、それを横で見ている明日香だった。

 昨夜は起き上がることすら難儀していたというのに、なんで昨日の今日でこんな健啖ぶりを発揮しているんだ。元気になったのは喜ばしいが、もの凄い回復力である。

 若干喜びよりも先に呆れを感じていると、入ってきた俺たちに気付いた明日香がこっちを見た。

 

「遠也。それから、えっと……留学生のジム君、だったかしら」

「Yes。君の名前は?」

「明日香よ、天上院明日香。よろしくね」

 

 そうして挨拶を交わす二人の隣で、俺は弁当を食べ続ける十代に声をかけた。

 

「おはようさん、十代。思ったより元気そうだな」

「んぐ、元気がいいのが、あむ、俺の、っく、いいところ、あぐ、だからな!」

「まったく、食べながら話さない! 喉に詰まらせても知らないわよ!」

「んぐぐ。……へへ、悪いな明日香。でもこの弁当、超うまいぜ! ありがとな!」

 

 十代が一度箸を止めて明日香にお礼を言う。どうも、この弁当は明日香が作ったものだったらしい。手作り弁当とは、なかなかやる。

 そう思って明日香を見れば、ストレートな十代の言葉に照れたのか顔をそむけていた。

 

「た、倒れたって聞いたから、お見舞いみたいなものよ。それより、お茶置いておくわよ」

「おう、サンキュー!」

 

 持参していたらしい水筒のカップにお茶を注ぎ、それをベッド側の安定する場所に置く明日香。

 食事を再開した十代を見るその顔が、何となく綻んで見えるのは気のせいだろうか。

 

「……That’s why(なるほどね)。そういうことか」

「何がそういうことなんだ、ジム」

 

 何かに納得したような反応を見せたジムを不思議に思って問いかけると、ジムは何故か驚いたように俺を見た。

 

「Really? 本気で言ってるのか、遠也?」

「ああ」

 

 俺が頷けば、ジムはウェスタンハットで顔を隠し、一つ息を吐いた。そして、同じように隣でマナも息を吐いた。なんだよ、揃いも揃って失礼な。

 

「……遠也のsteadyになるガールは大変だな」

「彼女いるんだが、俺」

 

 そう言うと、今度こそ本当に驚いたようで、ジムは言葉を失った。

 ホントに失礼だな、おい。

 

『遠也……明日香さんはお弁当を作ってきたんだよ、わざわざ手作りで。で、十代くんが食べる姿を嬉しそうに見ている。さ、答えは?』

 

 呆れたようにマナがそんなことを言ってくる。

 さすがにジムやマナに呆れられたままではいられない。俺はふむ、と心の中で一拍置くと考え始めた。

 

「手作り弁当で、食べる姿を嬉しそうにね…………って、まさか」

『たぶん、そういうことなんじゃないかな』

 

 考えてみれば単純なこと。ほんのわずかな思考で辿り着いた答えを、驚愕と共に小さく声に乗せる。

 それに頷きを返してきたマナに、俺はもう一度驚きを感じることになった。

 まさか、明日香が……。まぁ、確かに明日香にとって同年で一番親しいのは十代だろうから、わからなくもないか。十代がどう思っているのかは知らないが。

 しかし、あの二人がねぇ。

 一年生のころから知っている二人の、一方は知らない心の動き。それを思って、俺は弁当を食べ終わってお茶を飲んでいる十代と、それを見つめる明日香をどこか感慨深く見るのだった。

 

「おはようっす、兄貴!」

「兄貴、調子はどうザウルス?」

 

 そんな中で突撃してきた翔と剣山。それに十代は空になったカップと弁当箱を明日香に返しつつ、「絶好調だぜ!」と笑顔を返した。

 そして答えるや否や、十代はベッドから飛び降りて靴を履く。それを見咎めた鮎川先生が「あ、ちょっと、十代君!」と制止を促す声を出すが、十代は気にせずに「大丈夫、大丈夫!」と言って保健室を飛び出していってしまった。

 それを呆然と見送ったのち、翔と剣山は慌てて十代を追いかける。赤い服を着た十代に、イエローの剣山が続き、ブルーの翔も追う。信号機みたいになったな、とどうでもいいことを思う俺だった。

 

「まったく、十代ったら。心配する身にもなってほしいわ」

 

 出ていった面々、というよりは昨日の今日でいきなり無理をし始めた十代に向けてだろう。明日香はどこか諦めたような声でそう言うと、溜め息をついた。

 その姿を俺とジムは苦笑して見つめ、そして俺たちもまた明日香と鮎川先生に背を向ける。

 

「ま、心配するなよ明日香。十代が無茶することがないように、俺たちが見てるからさ」

「遠也の言う通りだ。トゥモローガールは十代の帰りを待っていてやってくれ」

「ええ、遠也、ジム……って、トゥモローガールって私のこと!?」

 

 驚きの声を上げる明日香だったが、その頃には既に俺たちは保健室を出て行っていた。ゆえに、それはせいぜい何か言っているな程度にしか俺たちには伝わらなかったのであった。

 そして、外に出た俺たちは先に保健室を出ていた十代、翔、剣山に合流。更にそこにヨハンもまたやって来る。

 そのヨハンはどうやら新たな情報を掴んだらしい。聞けば、十代と同じく倒れたオブライエンを訪ねたが返事がなかったとのこと。「やっぱり、あいつもダメージを受けていたのかも」と話すヨハンに、俺たちは頷いた。

 そして、俺たちはまずジムが取り出した電磁波計測器に注目する。360度に計測器を向けてみれば、針がよく振れるのは森のほうのようだ。

 それを確認した俺たちは、早速森のほうへ向けて歩き出すのだった。

 

 ……が。

 

 途中までは順調に進んでいたのだが、やがて問題が発生した。森の奥に近づくにつれ、剣山が頭が痛いと言い出したのだ。尤も、ひどい頭痛ではないようだったが、それでも頭痛は頭痛だ。戻った方がいいと言ったが、剣山はついてくることを選んだ。

 本人が大丈夫と言っているのでそれを尊重し、俺たちは先に進んだが……。案の定というべきか、それはいま大きな問題となって現れた。

 

「フンガーッ!」

「わわわわ、落ち着くっす剣山くん!」

「ダメだ、翔! 剣山の奴、完全に正気を失ってやがる!」

 

 突然暴れ出した剣山。それを翔が何とか宥めようとするが、剣山には効果がない。ヨハンが暴れる剣山に近づこうとする翔を手で制しつつ、剣山が正気ではないことを指摘するが、見る限りはその通りのようだ。

 暴れる剣山。その胴体をジムが、両腕を十代と俺で押さえつけて、どうにか押し留めているが一向に剣山が元に戻る気配はない。

 

「カレンもさっきから興奮しているが……! ダイノボーイはどういうことだ!?」

「剣山は足に恐竜の骨が移植されてるんだ!」

「それで爬虫類の血が騒いでるってか? 映画じゃないんだからさ!」

『でも、実際に剣山くんも闘争本能が刺激されてるみたいだよ!』

 

 マナが言うように、どうやら十代の言が正しいようだ。でなければ、いきなりこんなふうに豹変した理由に説明がつかない。

 しかし逆を言えば、人間である剣山ですら狂わせるほどの電磁波がこの付近で発生しているということ。つまり、電磁波の大元は近い。

 となれば、ここでゴタつくわけにもいかない。……こうなったら。

 

「ヨハン! 代わってくれ!」

「ええ? いいけど、どうするつもりだ?」

「もちろん、こうするのさ!」

 

 腕を抑える役割をヨハンに任せ、俺は自分の腕に着けたデュエルディスクを起動させる。そして、その腕を剣山に突き付けた。

 

「デュエルだ、剣山! お前もデュリストなら、デュエリストの本能がデュエルを拒むはずがない!」

「そうか! 考えたな、遠也!」

「Nice ideaだ!」

 

 十代とジムがそう言うと同時に、剣山は暴れるのを止めた。

 恐る恐る剣山を抑えていた三人が剣山から離れると、剣山は俺と同じようにデュエルディスクを動かす。

 闘争本能に支配されようと、デュエリストの本能まではなくならない。戦いたいなら、デュエルで相手をすればいいだけだ。

 そうすれば、剣山もいくらか落ち着きを取り戻してくれるに違いない。

 

「いくぞ、剣山! デュエルッ!」

「ガァアッ!」

 

 理性が感じられない叫び声を上げつつ、剣山はしっかりカードを引いている。

 それを確認して、すぐ。静かな森の中に、デュエルの開始を告げる声が響き渡った。

 

皆本遠也 LP:4000

ティラノ剣山 LP:4000

 

「グァアー!」

 

 剣山が唸り声を上げながらカードを引き、手札からカードを選択してディスクに置く。

 最初は特殊召喚された《俊足のギラザウルス》、そしてそのままリリースし、《暗黒(ダーク)ドリケラトプス》をアドバンス召喚。

 

《暗黒ドリケラトプス》 ATK/2400 DEF/1500

 

 更にカードを1枚伏せ、ターンを終了か。

 

『なんだか、本能任せとは思えないプレイングだね』

 

 隣のマナの言葉に、俺は頷く。

 それだけ、デュエリストの誇りが骨身に染み込んでるってことかもしれない。それなら、まずはその気持ちに応えて心身ともにデュエリストとして戻ってもらおうじゃないか。

 

「俺のターン!」

 

 カードを引き、手札を見渡す。そして、俺はその中から1枚を手に取った。

 

「魔法カード《光の援軍》を発動! デッキから「ライトロード」と名のつくカードを手札に加え、デッキの上から3枚を墓地に送る。俺は《ライトロード・ハンター ライコウ》を手札に加える!」

 

 墓地に落ちたのは《ボルト・ヘッジホッグ》《トラゴエディア》《カードガンナー》の3枚。ボルト・ヘッジホッグが落ちてくれたのは、僥倖だ。

 

「更に手札から《レベル・スティーラー》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! クイック・シンクロンのレベルを1つ下げ、レベル・スティーラーを特殊召喚! そしてチューナーが場にいるため、墓地からボルト・ヘッジホッグが蘇る!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

「レベル1レベル・スティーラーにレベル4となったクイック・シンクロンをチューニング! 集いし星が、新たな力を呼び起こす。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・ウォリアー》!」

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300 DEF/1300

 

 素早く呼び出される切り込み役。力強く輝く一対の赤い眼差しが、猛々しくこちらを睨む剣山の姿を捉えた。

 

「ジャンク・ウォリアーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、自分フィールド上のレベル2以下のモンスターの攻撃力の合計分攻撃力をアップする! 《パワー・オブ・フェローズ》!」

 

 俺の場に存在するレベル2以下のモンスターはボルト・ヘッジホッグ1体のみ。よって、その攻撃力800ポイントがジャンク・ウォリアーに加算される。

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300→3100

 

 これで、剣山の場のモンスターの攻撃力を上回った。

 

「バトル! ジャンク・ウォリアーで暗黒ドリケラトプスを攻撃! 《スクラップ・フィスト》!」

「ガァアアッ!」

 

剣山 LP:4000→3300

 

 ジャンク・ウォリアーの攻撃を受け、ドリケラトプスは破壊される。また、その衝撃によって剣山が吹き飛ばされる。

 地面の上に倒れ込んだ剣山をじっと見つめていると、やがて剣山は頭を抑えつつ身を起こした。

 

「つぅ……効いたザウルス」

「剣山くん!」

「よっしゃ、正気に戻ったのか!」

 

 さっきまでの唸り声ではなく、しっかり言葉を話した剣山に、翔と十代が喜色交じりの声を上げる。

 俺も普段の剣山に戻ったことを悟り、ほっと一息ついた。

 

「剣山! 調子はどうだ?」

「遠也先輩……まだ少しクラクラするけど、問題ないドン!」

 

 トントンと自身の頭を軽く叩き、剣山がにっと笑みを見せる。

 本調子とはいかないようだが、それでもさっきまでの様子を考えれば十分だろう。俺はデュエルディスクを着けた腕を、再び剣山に向けて突きつけた。

 

「さぁ、剣山! ここからはしっかりデュエリストとして戦おうぜ!」

 

 俺が声をかけると、剣山はそれに大きく頷く。そして、本能に任せた闘争心とは違う、理性を感じさせるデュエリストとしての闘争意欲を覗かせて、己の手札に視線を落とした。

 

「先輩、いくドン! 俺のターンザウルス、ドロー!」

 

 カードを引いた剣山が、不敵な笑みを見せる。

 さて、どんな手で来る?

 

「俺は《ベビケラサウルス》を召喚! 更にフィールド魔法、《ジュラシック・ワールド》を発ドン!」

 

《ベビケラサウルス》 ATK/500 DEF/500

 

 ベビケラサウルス、トリケラトプスを小さくデフォルメしたようなモンスターだ。卵の殻を身に纏った状態でいることを考えるに、生まれたばかりのベビーという設定なのだろう。

 更に、ジュラシック・ワールド。これによって、俺たちがいる場所は火山がそびえる大樹海へと変貌した。

 ……まぁ、もともとアカデミアには火山があるうえに俺たちは森の中にいたので、大して変わっていない気もするが。

 それはともかく、ジュラシック・ワールドは場の恐竜族の攻守を300ポイント上昇させるカード。それによってベビケラサウルスは強化されるが……。

 

「剣山のことだ。それぐらいで終わるコンボじゃないだろ?」

「へへ、さすが先輩にはお見通しだドン。リバースカードオープン! 罠カード《大噴火》を発ドン! このカードは「ジュラシック・ワールド」が存在する自分のエンドフェイズに発動できるザウルス! フィールド上のカードを全て破壊するドン!」

 

 剣山のその宣言と共に、フィールドに存在する火山から地響きが起こる。そして、やがてそれは一気に爆発し、火山からおびただしい溶岩がフィールドへと降り注いだ。それによって、ジャンク・ウォリアーとボルト・ヘッジホッグは破壊されてしまった。

 大噴火……フィールドのカードを一掃する、凄まじいリセット能力を持つカードだ。だが、その発動条件はジュラシック・ワールドの存在に加えてエンドフェイズと二重に限定されている。

 ゆえに、発動後は自分のフィールドががら空きでターンを終えることになる。しかし、剣山の場にいるベビケラサウルス。その効果がこの瞬間、発動した。

 

「ベビケラサウルスの効果発ドン! このモンスターがカードの効果で破壊され墓地に送られた時、デッキからレベル4以下の恐竜族モンスター1体を特殊召喚するザウルス! 《ハイパーハンマーヘッド》を守備表示で特殊召喚!」

 

《ハイパーハンマーヘッド》 ATK/1500 DEF/1200

 

 茶色の体色を持ち、発達した後ろ足で大地に立つオーソドックスな姿をした恐竜。しかし、鼻先がまるで木槌のようになっている点が普通の恐竜とは一線を画している。

 しかし、ハイパーハンマーヘッドとは厄介なモンスターを。こいつは、戦闘して破壊されなかった相手モンスターを手札に戻すという、強力なバウンス効果を持つ。

 上級モンスターを呼び出せれば倒すことは出来る。そして、シンクロ召喚ならばそれは容易だ。しかし、そうすればそのモンスターがデッキに戻ることになる。大きくアドバンテージを損失させる、強力なカードだ。

 

「ヒュー! やるな、ダイノボーイ! Niceなコンボだ!」

「ああ! どうやら剣山は本当に正気に戻ったらしい」

 

 俺の場を全滅させ、更に自分は返しのターンでの攻撃に備える。それらをしっかり行った剣山に、ジムとヨハンが感心した声を上げる。

 

「どうだドン、先輩! 次の俺のターンで恐竜さんが火を噴くザウルス!」

「さすがだな、剣山! だが、そう簡単にいくかな! 俺のターン!」

 

 引いたカードは《おろかな埋葬》。更に残りの手札を見つめ、剣山が取って来るだろう戦術にも思いを巡らせる。

 そして、まずは一枚のカードを手に取った。

 

「俺は《トライデント・ウォリアー》を召喚!」

 

《トライデント・ウォリアー》 ATK/1800 DEF/1200

 

 黄金に輝く三つ又の槍。それを構えた壮年の戦士がフィールドに立つ。

 名前にもあるトライデントは三つの穂先を持つ槍に関係しているのだろうが、その効果にも関連性がある。

 

「トライデント・ウォリアーの効果発動! このカードの召喚に成功した時、手札からレベル3のモンスター1体を特殊召喚できる! 来い、《ドリル・シンクロン》!」

 

 トライデント・ウォリアーが槍を自在に回し、地面に突き刺す。すると、罅割れた地面から丸くおもちゃのようなモンスターが飛び出してくる。

 

《ドリル・シンクロン》 ATK/800 DEF/300

 

 一本の角と両手のドリル、キャタピラのような足。それらが一つの球体から伸び、胴体部分についた目と共にそれらを剣山のほうへと向けた。

 

「バトル! トライデント・ウォリアーでハイパーハンマーヘッドを攻撃! 《トライデント・スマッシャー》!」

 

 トライデント・ウォリアーが掛け声とともに頭上で槍を回し、そのまま一気に剣山のフィールドへと駆けていく。

 

「そしてこの時、ドリル・シンクロンの効果発動! このカードが場に存在する場合に自分の場の戦士族モンスターが守備モンスターを攻撃した時、攻撃力が守備力を超えていればその数値だけ相手にダメージを与える!」

「か、貫通効果ザウルス!? くぅッ!」

 

剣山 LP:3300→2700

 

 トライデント・ウォリアーの槍が、ハイパーハンマーヘッドを貫く。そして、貫通ダメージが剣山を襲った。

 だが、ドリル・シンクロンの効果はこれで終わりではない。

 

「更にこの効果で相手にダメージを与えた時、1ターンに1度、デッキからカードを1枚ドローできる! ドロー!」

「けど、ハイパーハンマーヘッドの効果も発動するドン! このカードとの戦闘で破壊されなかった相手モンスターを、手札に戻すザウルス! トライデント・ウォリアーには退場してもらうドン!」

 

 ハイパーハンマーヘッドを貫いた瞬間。そのの頭部にある槌によって反撃にあったトライデント・ウォリアーが、苦痛の声を上げて俺の手札へと戻っていく。

 これで、俺の場にはドリル・シンクロンのみ。このままでは返しのターンで攻勢に出られるのは必至だが、まだ俺にはメインフェイズ2が残されている。

 

「魔法カード《おろかな埋葬》を発動! デッキから《ボルト・ヘッジホッグ》を墓地に送る! 更にボルト・ヘッジホッグの効果発動! 場にチューナーがいる時、特殊召喚できる!」

 

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 これで、俺の場にはレベル3の地属性チューナーにレベル2の地属性モンスターが揃った。となれば、ぜひ召喚したいモンスターがいる。

 エクストラデッキに入れていてもなかなか召喚する機会がないモンスターだが、珍しく条件が整った。次のターンでの攻勢に備える意味も兼ねて、いかせてもらおう。

 

「レベル2地属性のボルト・ヘッジホッグにレベル3地属性チューナーのドリル・シンクロンをチューニング! 集いし結束が、大地を満たす力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 目覚めよ、《ナチュル・ビースト》!」

 

 光に包まれるボルト・ヘッジホッグとドリル・シンクロンの2体。その光の中から現れるのは、緑色の体毛に包まれた1頭の虎であった。

 

《ナチュル・ビースト》 ATK/2200 DEF/1700

 

 両腕と両足には樹が絡みつき、緑葉を思わせる体毛が自然そのものを連想させる。ゆったりとした動きで俺の場に立つと、ナチュル・ビーストはそのまま静止した。

 

「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

「俺のターンだドン、ドロー!」

 

 引いたカードを見た剣山の顔が、僅かに緩む。何かいいカードを引いたようだ。

 そしてその予想は違わず、剣山は引いたカードをそのままディスクへと差し込んだ。

 

「魔法カード《流転の宝札》を発ドン! その効果により――」

 

 宝札系のカードか。確かにいいカードだが……。

 

「《ナチュル・ビースト》の効果発動! このカードが表側表示で存在する限り、デッキの上からカードを2枚墓地に送ることで、魔法カードの発動を無効にし、破壊する!」

 

 ナチュル・ビーストがいる以上、魔法カードを使わせはしない。

 デッキの上からカードを2枚墓地に送ると、ナチュル・ビーストは前足を持ち上げて勢いよく地面を踏みつける。

 すると、地面から植物の蔦が剣山のフィールド上に現れ、発動した魔法カードを絞めつけて破壊してしまう。

 それを、剣山は驚愕の目で見ていた。

 

「な……! く、なら手札から装備魔法、《リビング・フォッシル》を!」

「無駄だ、剣山! この効果に1ターンでの回数制限はない! リビング・フォッシルの発動も無効にして破壊する!」

 

 俺がそう言って再びデッキから2枚を墓地に送ると、ナチュル・ビーストによって生み出された蔦が再び剣山の魔法カードを破壊する。

 打つ手をことごとく潰され、剣山は表情を歪めた。

 

「ぐぬぬぬ……! カードを1枚伏せて、ターンエンドだドン!」

 

 それでも、伏せカードを残すあたり勝負を諦めてはいない。こちらとしても伏せカードの存在は怖いが、怯んでいるわけにもいかない。

 

「俺のターン! モンスターをセットし、バトル! ナチュル・ビーストで直接攻撃! 《ナチュル・ワイルド・ロアー》!」

 

 ナチュル・ビーストがその口を開け、猛々しい鳴き声を上げる。その音波が空気を伝って剣山へと迫るその前に、剣山は伏せカードを起き上がらせた。

 

「罠カード《リビングデッドの呼び声》を発ドン! その効果により、墓地から《暗黒ドリケラトプス》を特殊召喚するザウルス!」

 

《暗黒ドリケラトプス》 ATK/2400 DEF/1500

 

 再び剣山の場に現れる暗黒ドリケラトプス。その攻撃力はナチュル・ビーストよりも高い2400ポイント。このまま攻撃しては、こちらがやられるだけだ。

 

「なら、攻撃は中止! このままターンエンドだ!」

「俺のターン、ドロードン! バトル! 暗黒ドリケラトプスでナチュル・ビーストを攻撃ザウルス!」

「リバースカードオープン! 罠カード《くず鉄のかかし》! 相手モンスター1体の攻撃を無効にする!」

 

 お馴染みとなる鉄屑で作られた一体のかかしが、ナチュル・ビーストへの攻撃を阻むようにフィールドに現れる。

 それによって攻撃を逸らされたドリケラトプスは、剣山のフィールドへと帰っていった。

 

「く……! ターンエンドン!」

「俺のターン! まずはセットモンスターを反転召喚! そして《ライトロード・ハンター ライコウ》のリバース効果が発動! 相手フィールド上のカード1枚を選択して破壊し、その後デッキからカードを3枚墓地に送る。暗黒ドリケラトプスを破壊!」

 

 ライコウが唸り声をあげ、ドリケラトプスの喉元に噛みつく。急所をやられたためか、ドリケラトプスは苦悶の声と共に墓地へと消えていった。

 

「更に《トライデント・ウォリアー》を通常召喚!」

 

《トライデント・ウォリアー》 ATK/1800 DEF/1200

 

「バトルだ! トライデント・ウォリアーで直接攻撃! 《トライデント・スマッシャー》!」

 

 トライデント・ウォリアーが三つ又の槍を半身となって構えると、そのまま勢いよく突進して剣山に向かい槍を突き出す。

 それによって、剣山は大きなダメージを受けた。

 

剣山 LP:2700→900

 

「これで最後だ! ナチュル・ビーストの攻撃! 《ナチュル・ワイルド・ロアー》!」

 

 再び口を開けて咆哮を轟かせるナチュル・ビースト。今度こそその轟きは剣山へと届き、そのライフポイントを全て奪い去っていった。

 

「うぁあああッ!」

 

剣山 LP:900→0

 

 こうして、デュエルには決着がついた。

 しかし、その瞬間。俺と剣山の腕に着いたデス・ベルトが目も眩むほどの光を放つ。

 

「くッ、な、なんだドン!?」

 

 そして、その光はデス・ベルトを離れて上空へと浮かんでいく。その後、その光は引き寄せられるようにいずこかへと飛んでいってしまった。

 それを見届けた直後、俺と剣山は揃って膝から崩れ落ちた。

 

「What!? 遠也!?」

「剣山も大丈夫か!?」

 

 ジムとヨハンが俺たちの異状に気付いて声を上げる。そして、十代と翔もまた光を追っていた視線を俺たちへと戻して目を見開いた。

 

「剣山くん!」

「遠也! どうしたんだ!?」

 

 その声を聴くころには、俺の意識は既に朦朧としていた。

 隣でマナも俺の名前を呼んでくれているが、それに応えることすらキツイ。だが、せめて今の状態ぐらいは伝えておかなければと声を絞り出す。

 

「……か、身体から、根こそぎ力を奪われた、みたいだ……」

「俺も、ザウルス……げ、限界だドン……」

 

 剣山が身体を支える気力すら失い、仰向けに倒れる。

 そして、俺もまたそれに続いて地面へと倒れ伏せた。

 俺と剣山の名前を焦ったように呼ぶ、皆の声。それを聴きながら、ゆっくりと俺の意識は深く沈み込んでいった。

 

 

 

 

 ――そんな思ってもみない形で終わってしまった電磁波の調査。その後、どうやら皆は俺と剣山をそのまま保健室へと運んでくれたらしかった。

 そういうわけで、俺はいま保健室のベッドの上にいる。ちなみに、目を覚ましたのは俺だけのようで、剣山は隣のベッドで眠ったままだ。

 

『もう、心配させないでよ、遠也』

「わ、わるい……」

 

 自分でも元気がないとわかる声で、俺はマナにそれだけを返す。どうにか片手を上げてみるが、いかんせん力が入らなくてすぐに布団の上に落ちた。

 それを見ていた皆が、真剣な顔で話し始める。

 

「OK、みんな見ていたか? 遠也とダイノボーイのデュエルが終わった時のことだ」

「ああ。二人の腕輪が光り、その光がどこかに飛んでいった」

 

 ジムの言葉にヨハンが返すと、ジムは大きく頷いた。

 

「その通りだ。恐らく、あの腕輪がデュエルで二人のエナジーを抜き取ったんだ。Look、この地図を見てくれ」

 

 鮎川先生から借りたこの島の地図。それをテーブルの上に広げてジムが皆に促せば、十代、翔、ヨハン、明日香、鮎川先生がその地図を一斉に覗き込んだ。

 ちなみに、一部の人には見えていないがマナも覗き込んでいる。俺も見たかったが……さすがに動けん。

 

「光が飛んでいった方向、そして電磁波が強まった方角を考えると……」

 

 ジムが地図の上で指を動かして皆に説明している。そして、やがてその指の動きが止まった。

 

「This place! ここにある研究所……こいつが怪しいぜ」

 

 ジムが指差したのはどこなのか。俺は首だけを動かして皆を見るが、さすがに机の上を見ることが叶わない。しかし、それを見た十代と翔が顔を見合わせているのは確認できた。

 

「これって……」

「SAL研究所っす。そういえば、一年生の頃に……」

「ええ。ジュンコがさらわれた、あのSALね」

 

 明日香が二年前にあった事件の一つを口にする。

 SALと呼ばれる高度な学習機能を研究によって付与された人工の動物デュエリスト。それがSALだ。二年前、そいつにジュンコがさらわれる事件が確かにあった。あの時は確か、俺がデュエルをしてSALに勝ったんだったか。

 SAL研究所とは、そのSALに実験を施した場所で間違いないだろう。あの時の研究者にはきっちり処罰が下されたらしいし、今では使われていない場所になっている可能性が高い。となれば、確かに悪さをするにはうってつけかもしれなかった。

 ともあれ、これで怪しい場所の目星もついた。更に自分の身を以ってだが、デス・デュエルに危険がある可能性をより確実なものに近づけることも出来た。

 となれば、後は行動あるのみだ。

 そう考え、俺はぐっと力を込めて声を出す。

 

「よ、よぅ……し。みんな、あ、明日にでも、行ってみようぜぇ……」

 

 どうにか声をひねり出した俺に、全員の視線が集まる。

 そして、すぐさま彼らは再び顔を突き合わせた。

 

「Everyone。行動を起こすのは、明日以降でいいかい?」

「ああ」

「もちろんっす」

「俺もそれでいい」

「当然ね」

 

 ジムの提案に、十代、翔、ヨハン、明日香が頷く。

 おい、俺は明日になったら行こうと言っているんだぞ。以降じゃ明日行動を起こせないじゃないか。

 俺がベッドの中で不満げに呻くと、ふよふよとマナが俺の横まで飛んできた。

 そして、触れないくせに俺の額を撫でる所作を見せる。

 

『みんな、遠也や剣山くんのことが心配なの。今は回復に努めようよ、ね?』

「ぅぐ……」

 

 正論かつそんな口調で言われては、何も言えない。そして、ふと見れば、マナの声が聞こえる十代とヨハンが笑みを浮かべて頷いていた。

 俺を慮ってのこと。それがわかるだけに、俺は皆の決定を素直に受け入れた。

 その後、さすがに何もしないというのもどうかということで、鮎川先生がまずはクロノス先生たちに話を持って行ってみることになった。

 そこで学園側から何らかの対応をしてもらうのが一番なのは誰もが認めるところだったので、皆も鮎川先生にひとまず任せることにしたようだ。

 しかし、それでも何ともならなかったその時は、それ以外の手段に出るしかない。

 こんな危険なデュエルをやめさせるためなら、俺たちは行動を起こす。皆の表情には、その強い意志が宿っていた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 そんなわけで、その次の日の朝は保健室で迎えることとなった。

 一夜明けたからかだいぶ回復してきているが、それでも俺たちはベッドの上からほとんど動いていない。マナや鮎川先生などにきつく止められているからである。

 実際、まったく身体に違和感がないわけではないので、その指示には大人しく従っている。こうしてみると、わずか一夜で完全に回復してた十代すげぇ。俺の場合、今でも立ちくらみぐらいならあるっていうのに。

 ちなみに剣山はもう少し俺より症状が重いらしく、寝ている方が楽とのこと。それでも今日一日休めばお互いに全快するレベルの話ではある。

 今頃はきっと鮎川先生がクロノス先生やナポレオン教頭にデス・デュエルの危険性を話してくれていることだろう。校長がいるのがベストだったんだが……校長は出張で留守にしているそうなのだ。

 総責任者である校長がコブラ先生に一言物申すのが一番手っ取り早いっていうのに。こう言っては何だが、肝心なところでいないお人である。

 ともあれ、そこでデス・デュエルをどうするかによって俺たちの行動も決まることになるだろう。ここで何とかなってもらえた方が助かるんだけどなぁ。

 上手くいってくれればいいが……。自分の中でも希望的観測であるとわかる願いに、俺は溜め息をつく。

 それと同時、保健室の扉が開いて、聞き慣れた二つの声が耳に届いてきた。

 

「遠也、一応着替えとデュエルディスクを持ってきたよ」

「あ、遠也さん! お弁当作ってきたから食べて!」

 

 俺は苦笑を浮かべて二人を迎える。

 

「サンキュー、マナ。レイもな」

 

 保健室に入ってきたのは、マナとレイの二人だった。

 マナのほうは言わずもがな。倒れた俺の周囲のことを全てやってくれているので、本当に頭が上がらない思いだ。今回も、必要と思われるものを取ってきてくれたのである。

 そしてレイ。こっちは、俺が倒れたことを聞いて昨日から何度も訪ねてきてくれている。最初こそかなり不安そうな顔をしていたが、そんなに重体というわけでもないと知って、ようやく笑顔を見せてくれた。

 そして、なぜか元気を出してもらうために、と言ってお弁当を作ってくれることになった。昨日の夜、レイが寮に帰る直前の話である。

 どうやら、それを実行してくれたようだ。俺はクロスに包まれた弁当箱を、ニコニコと笑うレイから受け取った。

 

「ホント、悪いな。わざわざ作ってもらって」

「ううん、全然。他にも、ちょっと作ってあげたい子がいたしね」

「作ってあげたい子?」

 

 ベッドの上で胡坐になり、包みをほどきつつ問いかければ、レイは頷き「うん、聞いてくれる?」と身を乗り出して話し出した。

 それによると、どうも始業式で会ったイエローの男の子のことをレイは気にかけているようだ。その男の子は線が細く、内向的で俯きがち、それでいてあまり仲間もいないみたいだという。

 根がお人よしかつ世話焼きなレイは、これを放っておけなかった。始業式で会ったことも何かの縁だと感じ、レイは以降その男の子を明るくさせようと奮闘しているのだとか。

 件のお弁当も、線が細い彼――加納マルタンというらしいが、その子に食べさせようという計画なのだとか。

 なるほど、とレイが作った弁当に舌鼓を打ちつつ聞いていると、何かに気付いたレイがハッとして焦ったように「もちろん、だからといって遠也さんのお弁当に手を抜いたりはしてないよ!?」と詰め寄ってきた。

 俺は口の中の物を飲み込むと、小さく笑って「わかってるって」と返す。それにレイはほっとした顔になって、ベッドの脇に置かれた椅子に身体を戻した。

 ちなみに、横ではマナが剣山に俺が受け取ったものと同じような包みを渡していた。

 少々気になり、耳を澄ませてみる。

 

「はい、レイちゃんから。剣山くんの分も作ったんだって」

「うぅ、忘れられてるかと思ったザウルス」

「レイちゃんは遠也のこと大好きだからねー」

「……マナさんもだドン」

「あはは、まあね」

「……はぁ、失恋の痛みが、苦しいドン」

 

 そこまで聞いて、俺はそっと隣から意識を外した。嬉しいような恥ずかしいような申し訳ないような、複雑な気持ちである。

 その時、俺はよほど妙な顔をしていたのだろう。レイがきょとんした顔で首を傾げる。

 

「どうしたの、遠也さん?」

「いや、なんでもない、なんでもない」

 

 俺は片手を上げて小さく振ると、レイが作ってくれたお弁当を再び食べ始める。それをレイは飽きることなく見つめて、色々と話を聞かせてくれた。

 そして、そこにマナも加わり、同じく弁当を食べている剣山も話に加わってくる。自由に動くことこそまだ叶わなかったが……それでも十分に楽しい朝の一時を俺たちは過ごすのであった。

 

 

 

 



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第58話 急進

 森の中にある研究所の一室。

 部屋の中央に鎮座する巨大なガラス管の中で、オレンジ色の水泡が不気味に揺らめく。ぼんやりとしたその輝きと、部屋に設置された数個のモニターから発せられる光のみが部屋を照らす中、コブラはそれらコンピュータの前に座ってコンソールを操作する。

 

「フフ、皆本遠也とティラノ剣山……これでデュエルエナジーの収集はかなり進んだ」

 

 カタカタとキーボードを叩く音が静かな室内に大きく響き、それに合わせてモニターにはいくつかのグラフのようなものが表示されていく。

 

「これならば、予定よりも早くあのお方に目覚めていただけるだろう。……だが」

 

 コブラは僅かに緩んでいた表情を引き締め、厳しい表情でキーを叩く。それによってひときわ大きなモニターに、ある男の姿が浮かび上がった。

 それは、赤く逆立った髪に眼鏡をかけたイースト校のデュエルチャンピオン。

 

「アモン・ガラム……。私を尾行していたということは、こちらの企みが嗅ぎつけられたか、あるいは……」

 

 自らの考えを口に出し、コブラは更なる思考に耽る。

 単に己を怪しんでの行動であるなら、想定の範囲内だ。デス・デュエルでデュエルエナジーを回収している以上、疲労感を訴える生徒に違和感を覚える輩が出てくることは予想できていたのだから。

 だが、それだけならば何故隠密行動に徹するのかが説明できない。アモンには他者と積極的に接触した形跡がない。怪しんでいるならば、教員などに近づくのが当然であるのにだ。

 ならば、狙いは別にある可能性がある。

 アモンの実家は世界有数の資産を持つ、ガラム財閥だ。それほどの名家となれば、情報収集能力も大したものに違いあるまい。

 最悪の場合、ガラム財閥にあのお方のことが知られた可能性も否定できない。つまり、あのお方の持つ絶大な力のことを。

 もし、そうだとするならば。

 

「生かしてはおけん……!」

 

 あのお方の力の恩恵を受けるのは、自身のみ。それ以外の結果を受け入れるわけにはいかない。

 その思いを強く抱き、コブラは画面に映るアモンを憎々しげに睨みつけた。

 

 

 

 

* *

 

 

 

 

 朝、レイお手製の弁当を平らげた俺は、保健室で暇を持て余していた。

 鮎川先生に安静にしているよう言われているのだから動きようがないのだ。マナやレイが来てくれることが唯一の救いだが、他の面々は何をして過ごしているのやら。

 そんなことを思いつつ、俺はぼーっとベッドの上で天井を見上げた。

 

「……なぁ、剣山」

「なんザウルス、先輩」

「暇だなぁ」

「……だドン」

 

 俺たちは揃って溜め息をつく。

 暇な時こそデュエルだが、デス・ベルトの件がある以上ヘタにデュエルするわけにもいかない。おかげですることがない俺たちは、天井を見上げているしかないわけだ。

 何もできないっていうのは、ある意味拷問に等しい。それをまさに今実感している俺たちだった。

 そして、そんな俺たちの呟きに、ベッドの横から苦笑が漏れた。

 

「まぁまぁ。リンゴ剥いたから、食べる?」

 

 はい、とマナが楊枝に刺さった一切れのリンゴを差し出し、俺は無言でそれにかじりつく。

 口の中で咀嚼すると、甘酸っぱい果汁が口の中に広がった。うむ、うまい。

 

「剣山くんの分も切り分けておいたよ。こっちのお皿ね」

「あ、ありがとうザウルス」

 

 マナから差し出されたお皿と楊枝を受け取り、剣山もまたリンゴを口に運ぶ。俺も俺で切り分けられたリンゴが乗った皿を受け取り、もう一切れ口に放り込んだ。

 しゃくしゃくと音を鳴らしつつ、俺は口を開く。

 

「そういや、鮎川先生。直訴してくれたけど、駄目だったんだっけ?」

「行儀が悪いよ、遠也。……正確にはクロノス先生やナポレオン教頭もデス・デュエルには否定的だったけど、コブラ先生が出てきたことでうやむやになっちゃったみたい」

 

 食べながら話す俺の姿に少し眉をひそめつつ、マナは先ほど鮎川先生から聞いた直訴の結果を反芻してくれる。

 やはり、校長がいないのが痛い。しかも、校長は出張に出かける前にデス・デュエルに関する総責任者にコブラ先生を指名してから出かけている。よって、アカデミアの運営は別にして、デス・デュエルに関してはコブラ先生の決定が絶対なのである。

 それゆえに、否定的だというクロノス先生たちも強硬策に出れないのだろう。立場的には先生たちの方が上なだけに、先生たちも苦い思いでいるに違いなかった。

 そして、その結果を俺たちに伝えてきてくれた時の鮎川先生は、幾分気落ちしているようだった。

 生徒の安否に関わることだというのに、どうにも出来なかった。そのことに責任を感じているようだった。

 しかし、さすがに今回のことは仕方がない。鮎川先生が俺たちのために動いてくれてうれしかった。保健室に帰ってきた鮎川先生を、俺たちはそう言って励ましたのだった。

 今その鮎川先生はクロノス先生たちともう一度話し合うべくこの場にはいない。あれだけ俺たちのことを思ってくれる先生の願いが叶わないとは、本当にままならないものである。

 

 三年生時の出来事を俺は、新学期早々アカデミアが大事に巻き込まれ、そしてそこで十代と精霊が深く関わっていく……という感じのことしか覚えていない。

 ということは、新学期になって導入されたこのデス・デュエルが原因となるのは明白だ。まさか人が倒れるほどの事態を引き起こす代物だったとは想定外だったが。

 となれば、黒幕はデス・デュエルの発案者であるコブラ先生とみて間違いないだろう。見た目の時点で怪しかったのでそうじゃないかとは疑っていたが、鮎川先生たちの話に割り込んでうやむやにしたあたりで、確信した。

 つまり、まずはコブラ先生をどうにかしなければいけないということだ。そう結論付けて、俺はもう一つリンゴを口に放り込んだ。

 

 ……しかし、あれだな。本当になんで新学期になってすぐにこんな暗い話題しかないのか。

 たまには明るい話題もあってほしいものだ。せっかくの最終学年なのだし。

 そんなことを考えつつリンゴを食べていると、保健室の扉が開く。

 誰だろう。そう思って俺たちの視線が一斉に向けられると、そこにいたのは十代だった。

 

「十代? どうしたんだ、いきなり」

「お前ら、招待状ってもらったか?」

 

 俺の質問に答えず、いきなり用件を切り出した十代に、俺たちは顔を見合わせる。

 そして、ひとまずはその問いかけに答えるべきかと判断し、俺は剣山に尋ねる。

 

「招待状? お前はもらったか?」

「いや、何の事だかわからんドン」

「だよな。ちなみに俺もだ」

 

 そもそもどこに招待するというのか、この孤島の中で。

 俺たちが互いにそんなものを受け取っていないことを確認して十代に視線を戻すと、十代はにかっと楽しそうな笑みを見せた。

 

「じゃあさ、お前らもこっちのパーティーに来いよ! みんなで楽しくやろうぜ!」

「いや、だから何のことだよ!」

 

 ひたすら嬉しそうに言う十代に、俺は思わず突っ込む。

 すると、十代も自分が先走り過ぎたと気づいたのか「あ、悪い悪い」と頭を掻いて笑う。その直後、十代の後をついて来ていたのか、入り口からひょっこりとヨハンも顔を出した。

 そして、喜ぶ十代と困惑する俺たちという図を見て大よその事情を察したのか、苦笑いを浮かべて保健室に入ってきた。

 

「いやー、休んでるところを悪いな二人とも」

「それはいいけどさ、結局招待状ってのは何のことなんだ?」

「ああ、それなんだけど。実はさ……」

 

 そうして聞いたヨハンの話によると、今夜アモン・ガラム主催のパーティーがブルー寮の食堂で開かれるのだという。

 しかしそれは完全な招待制であり、招待状を受け取った者しか入れない。そしてその招待状が配られたのは、オベリスクブルーとラーイエローの生徒だけなのだとか。

 ちなみにオシリスレッド生が招待されていないのは、たんにブルーとイエローの生徒で食堂がいっぱいになり、レッドの生徒まで入りきらないからだそうだ。

 とはいえ、これじゃあ十代がのけ者になってしまう。そういうわけで、翔たちはそのアモン主催の食事会に参加せず、十代と共にレッド寮で小さなパーティーを開こうと提案したのだとか。

 これには十代も喜び、アモンの食事会からご馳走をパクってきて盛大に楽しもう、とあいなったわけらしい。

 ヨハンから事の次第を聞いた俺と剣山は、とりあえずの納得を見せる。

 

「なるほどね。ってことは、俺と剣山にも招待状は来ているはずだよな」

「たぶん、二人が保健室にいるから気付かなかったんじゃない? 部屋に戻ればもらえるんじゃないかな」

 

 マナの推測に頷く。保健室にいたら、そりゃそんなもの回ってこないわな。

 

「で、遠也、剣山、マナ。お前らはどうする?」

 

 十代が期待を込めた目で俺たちを見る。

 本人にその意識があるかは知らないが、暗に参加することを促す、そんな目で見られては断れない。

 ま、それでなくても、あまり親交のない大多数より、こういう時は少数でも仲がいい連中と騒いだ方が楽しいと相場は決まっているのだ。

 だから、俺たちが返す答えは決まっていた。

 

「当然、レッド寮のほうに参加させてもらうさ」

「俺もザウルス!」

「えーっと、私もいいのかな?」

 

 それぞれの言葉で十代に参加の意思を告げる。

 すると、十代は満面の笑みになって「よっしゃ! ぱーっとやろうぜ!」と喜びを露わにする。もちろん、マナの問いかけにもオーケーの返事を出していた。

 そんな十代を見ていると、不意に同じく十代を見ていたヨハンと目が合う。

 新学期が始まって間もないというのに、色々とありそうだからな。こうして今はハメを外すのも悪くない。

 はしゃぐ十代を見ていて恐らくヨハンも同じようなことを思ったのだろう。俺たちは揃って微苦笑を浮かべるのであった。

 

 

 

 

 そして時間は過ぎて、夜。

 どうにか回復した俺は、十代、ヨハン、翔、明日香と一緒にブルー寮の壁沿いをコソコソと移動していた。

 何故そんなコソ泥じみた真似をしているかといえば、もちろん俺たちの目的がコソ泥だからだ。具体的には……世界的財閥をバックに開かれた食事会のご馳走をいただいちまおうぜ! ということである。

 きっと俺たち小市民が食べる分ぐらいは減ったって問題ないはず。何故なら、ガラム財閥ほどになればそこまでケチじゃないだろうからだ!

 そんな後から考えれば突っ込みどころ満載な思考の下、俺たちはこうして壁沿いを忍び足で歩く。レッド寮で待つ仲間のためにも、必ずご馳走を持って帰らなければ。

 

「……私、なんでここにいるのかしら」

「明日香、しー、しー!」

 

 ぽつりと呟きを漏らした明日香に、俺は人差し指を口の上で立てると静かにしてくれのジェスチャーをする。

 なぜか複雑そうな顔をしている明日香も、それを受けて再び口を閉ざす。

 俺たちがやっていることは、正直胸を張っていい行動ではないのだ。誰かにばれることは避けなければならない。

 しかしその先に、美味しいご馳走が待っている。俺たちはそれを確実に持ち帰るために全力を尽くさねばならないのであって――

 

「遠也さん、何してるの?」

「へ?」

 

 突然頭上から降ってきた声に、俺は素っ頓狂な声を上げて顔を上げる。

 すると、そこには壁に備え付けられた小窓から顔をのぞかせるレイの姿が。

 

「な、なんでレイが……?」

「えっと、ボクも招待されたから、かな」

 

 レイが頬を指でかきながら、気まずそうに答える。

 ちなみにレイが顔を覗かせた小窓は、女子トイレのものであるらしい。ちょうどトイレに入ったら、外から声が聞こえたので気になって覗いてみたのだとか。

 トイレに入って知り合いの声が聞こえてきたら、それは気まずいわな。俺は、納得しつつ少しずつ窓から距離を取っていく。

 そのままどうにかフェードアウトすることを試みるが、それが達成される前に、レイは更に口を開いた。

 

「それで、遠也さんたちはどうしたの?」

「………………」

 

 ここで、咄嗟に上手い言い訳が思いつかなかった俺は悪くないと思う。

 結局俺はレッド寮での集まりのこと、今回この場にいる目的を簡潔に話して聞かせた。

 結果、レイは「私もそっちに行きたい!」と言い出し、「友達と一緒に行ってもいい?」と聞いてきた。

 それに対して俺はこの場にいる仲間たちに目配せをする。十代、翔などが頷いたのを確認して、俺はレイにオーケーだと伝える。

 その後、その返答に「やった!」と喜びの声を上げたレイとは、正面玄関前で落ち合うことを決め、俺たちは更に歩を進めていくのであった。

 

「なんか賑やかになってきたぜ」

「楽しそうだな、お前は」

 

 レイの参加も決まり、十代がそんなことを言えば、すぐ後ろにいるヨハンが呆れ交じりの声を漏らす。

 そんなやり取りを後ろから見ながらついていくと、目の前にいた翔が急に立ち止まった。思わずその背中にぶつかり、次いで俺の後ろにいた明日香が俺にぶつかる。

 

「いてて、急に止まるなよ翔」

「あ、ごめん。でも、兄貴が急に止まっちゃったんだもん」

「なぬ?」

 

 翔の言葉に、肩ごしに見える十代を視界に映す。

 すると、そこには壁の曲がり角から先を覗いている十代の姿が。一体どうしたのか。そう問いかけようとした時、十代がこちらに振り返った。

 

「おい、みんな! あれ見ろよ!」

 

 そう言って、十代は俺たちの反応を確認することなく駆け出す。

 

「あ、おい!」

 

 一人いきなり走り出した十代を放っておくわけにもいかず、俺たちはその後をついてコソ泥の真似ごとから足を洗う。

 そして先に駆けだしていた十代に追いつくと、隣に立ってその視線の先にあるものを見つめ……誰もが驚きの声を上げた。

 

「あれは、アモン!?」

「それに、万丈目君もいるわ!」

 

 ヨハン、明日香がブルー寮前にある湖を指さして言う。驚愕が多分に含まれたその声は当然というもので、アモンと万丈目はなんと湖の上空にて滞空するヘリから地面に平行になるように吊るされたガラス板に立っていたのだ。それは驚きというものだろう。

 ちなみに、そのヘリには万丈目グループの文字が見える。つまり、この状況を作り出したのは万丈目ということになる。そういえばオブライエンからアモンの情報をもらったり、アモンのことを気にかけているようだったが、どういうことなのだろうかこれは。

 

「遠也さん! なんで万丈目先輩がアモン先輩と?」

 

 湖が寮の前ということは、必然正面玄関はすぐ近くということになる。

 玄関前に到着したのだろうレイの声に、俺は振り向いた。

 

「レイか。それと――」

「ボクの友達! ラーイエローの、加納マルタン君!」

「あ、その……ど、どうも……」

 

 レイに明るく紹介されたマルタン少年は、オドオドとした態度でこちらを窺うように見てくる。

 黒い髪をおかっぱに近い髪型にし、レイよりも僅かに小柄で、体格の割に目が大きいあたりが特徴的といえば特徴的か。眉が常に八の字になっているあたり、今朝レイから聞いたように本当に内向的なのだろう。

 レイの友達が来ると聞いても、まぁいいかと思っていたが、これだけ縮こまられると、なんだか悪いことをしてしまったような気持ちになる。

 それゆえか、俺は知らず彼に対して口を開いていた。

 

「あーっと、俺はブルー三年の皆本遠也だ。悪いな、いきなり見知らぬ先輩と一緒になっちゃって」

「い、いえ、そんな……」

 

 遠慮というよりは怯えから俺の声に反応を返したように見えるマルタン君を見て、レイは「ううん、遠也さん。これでよかったの!」と力強く言う。

 

「マルっちはもっと積極的にならなきゃ! せっかくアカデミアに入学したんだから!」

「う、そ、そうかもしれないけど……」

 

 レイの剣幕にたじたじになるマルタン。彼にしてみればたまったものではないだろうが、それを見る俺としてはなかなか面白いコンビかもな、とそんなことを思う。

 レインとの関係の始まりも、最初はレイの押せ押せから始まったらしいし。これをきっかけにマルタンもいい方向に変わっていくといいなと、そう思った。

 そんなやり取りを見ていると、不意に聞こえた十代の声が耳に届く。

 

「なんか、あの二人話してるみたいだな」

 

 その声に俺たちもまた湖の中空に浮かぶ二人を見る。

 そこまで大げさに距離が離れていないためか、二人が少し大きめの声で話している声がどうにか聞き取れる。ヘリの音は若干うるさいが、普段聞く縁の音よりは断然小さい。さすが万丈目グループ。いいヘリを持っているようだ。

 

「アモン・ガラムよ。俺は最初万丈目グループの三男として、ガラム財閥というライバル相手に雌雄を決するつもりでいた」

「ほう……では、考えが変わったとでも?」

 

 語りだした万丈目に、アモンがどこか挑発的な笑みを浮かべて先を促す。

 それに、万丈目は落ち着いて答えを返した。

 

「ああ、そうだ。俺はかつてこのアカデミアを去り、たった一人でドン底から這いあがった! 対してお前は金持ちであることを鼻にかけた、苦労知らずのただのボンボンでしかないと俺は思っていた!」

 

 お前には言われたくないだろうな、とは一年生の頃からの万丈目を知るこの場の全員の思いであった。

 

「しかし、俺は知った! お前もまた、ドン底から這い上がってきた者であることを!」

 

 そして万丈目は言う。かつて死を待つ浮浪児であったアモンは、偶然ガラム家に拾われたことで今があると。それゆえアモンはドン底を知り、そこから這い上がる力を持つ者であると。

 その言葉に、アモンの顔が歪む。それは、驚きというよりは怒り、嫌悪に近いものであるように感じられた。

 

「……どこでそんなことを? 一般には出回っていない情報のはずだが……」

「そんなことはどうでもいい! チャチな対抗意識など、俺にはもはやない! あるのは、同じく底から這い上がった者としての意地と誇りのみ! それを懸けて勝負だ、アモン!」

 

 言いつつ、万丈目がデュエルディスクを展開し、なぜかちらりとこちらを見て俺と目が合った。何故。

 そして、そんな万丈目を見つめつつアモンは僅かに肩をすくめる。

 

「やれやれ、既にこうして空に捕まっている以上、デュエルするしかないわけか。ならば!」

 

 肩から身体を覆い隠すようにしていたマントを翻し、アモンもまたデュエルディスクを展開する。

 そして、笑みのような形に口元を歪ませ、アモンは万丈目を見ていた。

 

「「デュエルッ!」」

 

万丈目準 LP:4000

アモン・ガラム LP:4000

 

「先攻は僕だ! ドロー!」

 

 アモンはその表情のままカードを引き、そして手札に加える。その様子を、俺たちは地上から見ているわけだが……。

 

「アモンの奴、余裕があるな」

 

 ヨハンが、俺が感じたことと全く同じ感想を言う。そう、アモンにはどこか余裕が感じられるのだ。

 万丈目がジェネックスの優勝者であることを知っているはずなのに、だ。

 たとえ俺たちが参加していたとしても、万丈目が優勝していた可能性は普通にある。それほどまでに実力が高い万丈目を前に、なぜああも余裕でいられるのだろうか。

 疑問に感じた、その時。

 

『うーん、アモンくんは自信たっぷりだったね』

 

 ふよふよといつの間にやら俺の側を離れていたマナが帰還する。それを迎えつつ、俺はマナが言った言葉に疑問を持つ。どういうことだ、と俺はマナに尋ねる。

 それによると、マナは二人の会話をしっかり聞こうと彼らが浮かぶあたりまで飛んでいったらしい。なるほど、さっき万丈目が俺を見たのはそれでか。恐らく、浮かんでいるマナに気が付いたのだろう。

 ともあれ、そうして二人の近くいにいたマナは、アモンの側を通った際に偶然小さな呟きを聞いてしまったのだとか。

 

「アモンはなんて?」

『うん、ジェネックス優勝者ぐらいなら丁度いいとかなんとか……』

「……ほぉう」

 

 悪気があっての発言なのか、純粋に自分の実力に自信があるがゆえの発言なのかはわからないが、しかし。

 一つだけ言えることは、万丈目はどうにも舐められているようだということである。

 別にどう思おうとアモンの勝手と言えば勝手なのだが……、どうにもすっきりしない。万丈目は俺や十代も認める俺たちのライバルだ。そのライバルの実力を過小評価されて嬉しく思うほど、俺は友達甲斐がないわけではないと思っている。

 つまり、何が言いたいかというと。

 

「――万丈目は、強いぜ。アモン」

 

 つまりはそういうこと。俺たちの仲間であり、ライバルである男を、あまり舐めない方がいいということであった。

 

「僕は魔法カード《宝札雲(ラッキー・クラウド)》を発動! このターン、同名モンスターを2体以上召喚した場合、エンドフェイズに僕はカードを2枚ドローする! 更に永続魔法、《召喚雲(サモン・クラウド)》を発動!」

 

 まずは二枚の魔法カード。それを、アモンは流れるような動きで、発動させていく。

 

「召喚雲の効果により、手札からレベル4以下の「雲魔物(クラウディアン)」と名のついたモンスターを特殊召喚する事ができる! ただし、スタンバイフェイズに手札を1枚墓地に送らなければ、このカードは維持できないがね。僕はこの効果で手札から《雲魔物(クラウディアン)羊雲(シープ・クラウド)》2体を守備表示で特殊召喚する!」

 

《雲魔物-羊雲1》 ATK/0 DEF/0

《雲魔物-羊雲2》 ATK/0 DEF/0

 

 両手で抱え込める程度の大きさの雲が、アモンの場に2体現れる。雲の影の部分が目のように見え、確かに雲の魔物といえなくもなかった。

 そして、これでアモンは同名モンスターを2体召喚したことになる。よって。

 

「エンドフェイズ。宝札雲の効果で、僕はカードを2枚ドローする。ターンエンドだ」

 

 ふっと小さく笑って、アモンは肩の力を抜いたままターンの終了を宣言する。

 場に守備モンスターを2体残し、更に手札の補充までをも行う。先攻でやるべきことはしっかりこなしているといったところか。ここだけ見ても、アモンの実力が高い次元にあると窺い知れる。

 明日香やレイ、マルタンも同じ思いなのか、アモンのターンをしっかり見つめていた。

 そんな中、十代とヨハンはというと。

 

「雲のモンスターかぁ! 面白そうなデッキだな!」

「ああ。戦ったことのないカードだぜ」

 

 互いに頷き合い、目を輝かせてアモンのフィールドを見ていた。二人の間に挟まれた翔が溜め息をつく。もはや突っ込む気も起きないようだった。

 ま、あの二人は生粋のデュエル馬鹿だからな。翔の態度がああなるのも、仕方がないというものだ。

 

『……なんか、遠也が自分のことを棚に上げた気がする』

 

 マナがジト目で俺を見る。どんな気だ、それは。

 

「さぁ、万丈目君。君のターンだ」

 

 俺たちがそうこう話していると、アモンが万丈目にターンを促しているのが見えた。

 そして、それを受けた万丈目はいつものように力強くデッキの上に指をかける。

 

「ふん、底の底から這いあがった俺の力を見せてやる!」

 

 かつて十代に敗れ、俺に敗れ、周囲からの人望を全て失くした。そのうえ肉親である兄たちからの期待すら失い、ドン底を経験した万丈目。

 それでも、万丈目は新天地で己の自信とプライドを取り戻して帰ってきた。誰も顔見知りがいない土地で、身一つで成り上がったその意志と根性は素直に敵わないと思わせるものだ。

 だからこそ、そんな万丈目がこれからどんなプレイを見せるのか期待も高まるというものだ。

 しかし、そんな俺たちとは裏腹に、アモンは万丈目の言葉に小さく笑い声を漏らすだけだった。

 

「何を馬鹿な。君が言う底など、まだ決して底ではないのだ。君は僕の本当の経歴を知っているようだから、わかるだろう」

 

 アモンがそう言うと、万丈目はデッキにかけていた指を外して目を閉じ、トーンを下げた声でその言葉を肯定した。

 

「……ああ。ガラム財閥の総帥に拾われていなければ、きっと今お前は生きてここにはいなかった。それは確かに、比べるべくもないドン底だろう」

 

 ガラム財閥の御曹司と聞いていたが、アモンはアモンでかなりヘビーな過去を持っていたようだ。デュエル前に万丈目が言っていたことも合わせれば、決して俺たちには想像もできないような境遇を生きてきたに違いない。

 今の言い方からして、それは死すら間近に感じられる環境だったのだろう。静かになったフィールドの中、アモンは澄まし顔で佇む。

 しかし、その時。「――だが」という声が万丈目の口から漏れた。アモンがゆっくりと瞼を開けた万丈目を真っ直ぐに見る。

 

「だが、それはあくまでお前の話! 俺にとってのドン底と、お前にとってのドン底は異なっているというだけの話だ!」

「なに?」

「俺とお前は違う人間なのだ。価値観が違うのは当然だろう」

 

 まるでアモンの境遇のことなど知ったことではないというもの言いに、アモンの片眉が上がる。

 しかし、万丈目の言にも一理ある。どこまでいってもアモンはアモンで万丈目は万丈目だ。その経験してきたことが違うのは当たり前であり、ゆえに幸福や不幸の基準あるいは最大値、最低値が異なっているのは必然というべきだろう。

 

「そして俺にとってのドン底、それは……」

 

 万丈目は、カッと目を見開くと再びデッキトップに指を乗せる。

 

「誰からも認められず! ライバルに追いすがることすらできない己の弱さ! それこそが、俺のドン底だ! ドロー!」

 

 腕ごと振り抜く勢いで引いたカード。それを確認し、万丈目はにやりと獰猛な笑みを見せた。

 

「きたぞ、最高の手札が。自らの弱さを退け、這い上がってきた俺の力を見せてやる! 手札から永続魔法、《異次元格納庫》を発動!」

 

 万丈目がカードをディスクに差し込むと、その背後の空に黒い渦が現れる。あれが恐らく異次元の空間に繋がっているということなのだろう。

 

「デッキからレベル4以下のユニオンモンスター3体を除外する! 更に俺がユニオンモンスターを召喚した時、そのモンスターと対となるユニオンモンスターを除外ゾーンから特殊召喚する! 俺は《W-ウィング・カタパルト》《Y-ドラゴン・ヘッド》《Z-メタル・キャタピラー》を除外!」

 

 3枚のカードをデッキから抜き取り、それを除外する。これで準備は整ったと言わんばかりに、万丈目は手札のカードに指をかけた。

 

「そして《V-タイガー・ジェット》を攻撃表示で召喚!」

 

《V-タイガー・ジェット》 ATK/1600 DEF/1800

 

「この瞬間、異次元格納庫の効果発動! V-タイガー・ジェットの対となる、《W-ウィング・カタパルト》を特殊召喚!」

 

《W-ウィング・カタパルト》 ATK/1300 DEF/1500

 

 その名の通り、トラを模した造形の少々高さの低いジェット機が現れると、背後の渦から青い翼のみの機械が巨大なアームで送られてくる。

 場に並んだ「VWXYZ」に連なるユニオンモンスター2体。ならば、万丈目が取る行動は一つしかない。

 

「合体召喚! 《VW-タイガー・カタパルト》!」

 

《VW-タイガー・カタパルト》 ATK/2000 DEF/2100

 

 一回り大きいウィング・カタパルトの上にタイガー・ジェットが乗っかり、新たに1体のモンスターへと姿を変える。いわゆる乗っただけ融合だが、その性能は別物である。

 

「VW-タイガー・カタパルトの効果発動! 手札を1枚捨てることで、相手の場のモンスター1体の表示形式を変更する! 手札の《X-ヘッド・キャノン》を捨て、羊雲シープ・クラウド1体を攻撃表示に変更!」

「くっ!」

 

 タイガー・カタパルトから放たれたミサイルが羊雲の目の前で炸裂し、それに驚いたのか羊雲は守備態勢を崩す。

 それをアモンは苦々しく見るが、しかしタイガー・カタパルトの効果はこれで終わらない。

 

「そして、タイガー・カタパルトの効果に1ターンでの回数制限はない! よって更にもう1度、手札から《融合》を捨て、もう1体の羊雲シープ・クラウドも攻撃表示に変更する!」

 

 これでアモンの場には攻撃力0の羊雲2体が攻撃表示で存在するのみとなった。

 まさしく無防備という言葉が相応しい状態である。

 

「そして《早すぎた埋葬》を発動! ライフポイントを800支払い、墓地のモンスター1体を特殊召喚しこのカードを装備する! 蘇れ、《X-ヘッド・キャノン》!」

 

万丈目 LP:4000→3200

 

《X-ヘッド・キャノン》 ATK/1800 DEF/1500

 

「再び異次元格納庫の効果が発動! X-ヘッド・キャノンの対となる、《Y-ドラゴン・ヘッド》《Z-メタル・キャタピラー》を特殊召喚!」

 

《Y-ドラゴン・ヘッド》 ATK/1500 DEF/1600

《Z-メタル・キャタピラー》 ATK/1500 DEF/1300

 

 青く、両肩に二本の砲塔をつけたヘッド・キャノン。全身が赤く輝く、竜の形をした飛行機械であるドラゴン・ヘッド。更に黄色く、土台となるだろうメタル・キャタピラー。

 次々に召喚されるモンスターは、これまたVWXYZのモンスター。つまり、この三体もまたタイガー・カタパルトと同じだ。

 万丈目が、フィールドに向けて手をかざす。

 

「そして更なる融合合体! 《XYZ-ドラゴン・キャノン》!」

 

 メタルキャラピラーの上にドラゴン・ヘッドが身体を折りたたんでドッキングし、その背中部分にヘッド・キャノンが接合を果たす。

 それによってより巨大な機械兵器となった1体のモンスター。ヘッド・キャノンの砲塔とドラゴン・ヘッドの口が、威嚇するかのようにアモンのほうへと向けられた。

 

《XYZ-ドラゴン・キャノン》 ATK/2800 DEF/2600

 

「な……これは……!」

「ふん、ジェネックス決勝には十代や遠也が出ていなかったからな。だが、だからといってこの俺を舐めてもらっては困る!」

 

 万丈目の場に現れた2体のモンスターに、アモンの顔が驚愕に歪む。

 ともに融合のカードこそ必要ないとはいえ、その召喚は容易ではない。だというのに、僅か1ターンでそれを揃えてみせた、驚くべき運とタクティクス。

 これこそが、万丈目の実力。俺たちをしてライバルと言わしめる男の、力なのだ。

 

「いけ、VW-タイガー・カタパルト! 羊雲シープ・クラウドを攻撃しろ! 《VW-タイガー・ミサイル》!」

「ぐぅッ……!」

 

アモン LP:4000→2000

 

 タイガー・カタパルトのミサイルポッドが開かれ、数多のミサイルが一体の羊雲めがけて降り注ぐ。

 攻撃力0、伏せカードなしの状態でそれを耐えられる道理はない。羊雲は、まさに雲のごとくその身を散らせるしかなかった。

 そして、アモンの場にはもう1体攻撃表示の羊雲がいる。そして、万丈目の場には攻撃力2800のモンスター。

 

「これで終わりだ、アモン! XYZ-ドラゴン・キャノンの追撃! 《XYZ-ハイパー・ディストラクション》!」

 

 ヘッド・キャノンの肩についた砲塔からミサイルが。そして胴体部分であるドラゴン・ヘッドの口からは極太のレーザーが飛び出し、アモンの場に残された最後の羊雲に襲い掛かる。

 どう考えても羊雲に耐えられるような攻撃ではない。その予想は違うことなく、羊雲は一瞬で霧散。そしてその攻撃の余波は、容赦なくアモンに降りかかったのであった。

 

「ぐぁああッ!」

 

アモン LP:2000→0

 

 ライフポイントが0を刻み、アモンがヘリに吊るされたガラス板の上で膝をつく。デュエルに決着がついたことによってソリッドビジョンが消えていく中、その光景を俺たちは驚愕の眼差しで見ていた。

 

「おいおい、イースト校のチャンピオンを後攻でワンターンキルかよ……」

 

 尤も、アモンはエースも何も出していないわけだから、これがアモンの実力とは言えないわけだが。

 それにしても、なにあの展開力。気持ちが乗った万丈目の強さは、本当に桁違いだと実感する。気持ちがそのままデュエルに現れると言えば未熟と思われるかもしれないが、しかしそれは弱いということではない。

 むしろ、今見たように気持ちの波長さえ整えば恐ろしい爆発力を生み出すことになるのだ。

 さすがは万丈目。今回のデュエルは、そう言う他なかった。

 そして、俺が思ったことと同様のことをこの場の皆も思ったようだ。あれだけ迫力たっぷりかつ衝撃の結末を見て、気が弱そうなマルタンでさえ「……すごい」と呟いているほどである。

 そして、その呟きを拾った十代が、ばしばしとマルタンの肩を叩いた。

 

「な、すげーだろ! さっすが万丈目だ! こりゃ俺も負けてられないぜ!」

「あ、あの、先輩……痛いです……」

 

 近くにいたために被害を被ったマルタンが、弱々しく十代に声をかけるも十代は興奮していて聞いていないようだ。

 仕方なくレイがマルタンの腕を引っ張り、十代の手が届く範囲からマルタンを救い出す。

 そして、そんな十代の横ではヨハンが少しつまらなそうに唇を尖らせていた。

 

「ちぇー。あの万丈目って奴も精霊が見えるんだろ? 見てみたかったのになー」

 

 ぶーたれるヨハンに、俺は苦笑する。そして、俺はヨハンに話しかけた。

 

「別に、見るだけならできると思うぞ」

「へ?」

「ほら、あれ」

 

 そう俺が万丈目のほうを指さすと、ヨハンもそれにつられるように目を向ける。

 そこには、万丈目の顔の周りを飛び回るおジャマ三兄弟の姿があった。

 

『アァニキィ~! ひどいのよ、兄貴ったら! 最高の手札なんて言っちゃって、その中にオイラ達いないじゃないのよ~!』

『そーだそーだ!』

『俺達がいてこその最強だー!』

「うるさいぞ、雑魚ども! お前らが手札に揃ったところで、いいことなんか何もないわー!」

『あぁん、そんな殺生な!』

 

 顔の周りを飛ぶおジャマたちを振り払おうと、万丈目が腕を振る。その様子を地上から見ていたヨハンに、俺は視線を戻した。

 

「どうだ? あれが万丈目の精霊だ」

 

 そう訊けば、ヨハンは少しひきつった笑みを見せる。

 

「い、いやぁ……個性的じゃないか。宝玉獣の皆とは、だいぶ違うんだなぁ」

『ルビ?』

 

 さすがにおジャマたちにあれだけ纏わりつかれるのは、ヨハンでも遠慮したくなるらしい。肩に乗ったルビーは、そんなヨハンを首を傾げて見ていた。

 そして俺たちが地上でそんな話をしていると、立ち上がったアモンが万丈目に対して真っ直ぐに向き合った。

 

「……強いな。いささか、君のことを侮っていたようだ。心から謝罪しよう」

「ふん、今更この俺の強さに気付いたか」

 

 どこまでも強気なその言葉に、アモンはふっと笑みを見せる。

 

「そうだな。今回は君の――ぐぅッ!?」

「どうした、アモン……ッ! な、なん、だ……!?」

 

 突如顔をしかめたアモンに万丈目が不審に思って声をかけるも、その直後万丈目も表情を歪めさせた。

 その唐突な変化を地上から見ていた俺達の中で、明日香がいち早くその原因に気付いて叫んだ。

 

「いけない! デス・デュエルの影響だわ!」

「――ッそうか!」

 

 二人もまたデス・ベルトを着けてデュエルをした。なら、俺たちの身に起こったことが二人に起きるのは必然だったのだ。

 不安定なガラス板の上、デュエルエナジーを抜き取られたことで体勢を崩した二人が、それぞれ湖へと落ちていく。

 極度の疲労、その上服まで来た状態で水の中はまずい。それを見た瞬間に、俺、十代、ヨハン、翔の四人は湖に飛び込んだ。

 そしてアモンをヨハンと翔が拾い上げ、万丈目を俺と十代が抱え上げる。二人とも意識はないようだが、今回は一歩間違えば命がなかったかもしれない。

 デス・デュエル。その危険性を、俺たちは改めて思い知ることになったのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 翌日、アカデミアは朝から大騒ぎになっていた。

 それというのも、一夜にして大量に意識を失って倒れた者が続出したからだ。

 

 昨夜アモンと万丈目のデュエルが行われた後に知ったことなのだが、レイとマルタンが参加していたパーティーでは催しの一つとして参加者同士でのデュエル大会が行われていたらしい。

 デス・デュエルは下手をすると倒れてしまうほどの危険なもの。だというのに、それを一斉に行ったというのだから、無理もない。保健室に入りきらず、アリーナを開放して生徒が休む場所を確保する事態にまでなるとは、さすがに思っていなかったが。

 レイとマルタンは直前で俺たちのほうに来たため何ともなかったが、他の人たちはそうはいかない。

 結果、パーティーの参加メンバーであるブルーとイエローのほぼ全員。そしてアモンと万丈目が倒れることになったわけだ。

 

 鮎川先生はそれはもう大忙し。無事だった明日香、レイを始めに、多くの生徒がその補佐として忙しなく動き回っているほどだ。

 いつもは俺の側にいるマナも、今はいない。少しでも助けになればと鮎川先生の手伝いに向かっているのだ。

 事前に危険性に気が付いておきながらこうなってしまったことに、俺たちは少なからず責任を感じている。それもあってか、俺、十代、翔、剣山、ヨハン、ジムの面々はクロノス先生たちにすぐに会いに行った。

 ここまでの事態になっては、もう四の五の言っている場合ではない。今すぐにデス・デュエルを中止するべきだと直訴しに行ったのだ。

 すると、クロノス先生もナポレオン教頭もさすがにもう黙っていられないと立ち上がった。というか既に行動を起こしており、校長には連絡済なのだとか。

 生徒に大きな被害が出たことに、クロノス先生は大層悲しんでいる。こうなる原因であるコブラの増長を許した一端を担う校長に、クロノス先生は珍しく怒鳴り声で電話したらしい。

 それを受け、校長も事態の重さを痛感。猛スピードでアカデミアに向かっている最中なのだとか。

 しかし、肝心のデス・デュエル総責任者。プロフェッサー・コブラの姿がどこにも見えないらしい。そのため、ナポレオン教頭は小難しいことはこちらに任せ、俺たちはコブラを探し出してくれと言ってくる。

 既に生徒の多くは倒れ、教員は教員でこの事態への対応に追われ余裕がない。そのため、生徒でありながらもこの二年間で色々と実績のある俺たちにも協力をしてもらいたい、ということなのだろう。

 もともと行動を起こすつもりだった俺たちはこれを了承。学園でのことは先生たちに任せ、俺たちはコブラの捜索を引き受けることとなった。

 

 そのことが決まった、その時。俺たちと先生が話していた場所に鮎川先生と明日香が慌ただしく入って来る。聞けば、アモンの意識が回復したとのこと。

 そして何やら話したいことがあると言っているらしく、俺たちは怪訝に思いつつもひとまずアモンの元へ向かうことを決めたのだった。

 

 

 

 

「みんな、わざわざ来てもらってすまない」

 

 自室のベッドで休んでいるというアモンを訪ねると、確かにアモンはベッドで横になっていた。しかし、顔色は悪くない。同じ時間に倒れた万丈目はまだ昏睡状態だというのに、凄い体力である。

 寝ているアモンは部屋に入った俺たちを見渡すと、早速とばかりに切り出してきた。

 

「こうして来てもらったのは他でもない。コレのことです」

 

 アモンが布団の中から腕を出し、その手首に巻かれたデス・ベルトを俺たちに見せる。

 そして、アモンは話し出す。

 曰く、パーティーの直前にコブラが大勢が一斉にデュエルするようけしかけてきた。皆の闘志がベルトを通じて消え去るのを感じた、と。

 もともとコブラ先生は怪しかったが、このアモンの話で俺たちは完全に今回の件の黒幕をコブラだと判断する。

 そして、早くコブラを見つけなければならないと改めて強く思うのだった。

 

「となると、あとはコブラの居場所だが……やっぱり以前にジムが言っていたところか」

 

 俺がジムに話を振れば、ジムは頷いた。

 

「ああ。森の中にあるLabo……SAL研究所のことだな」

 

 頷くジムに、俺達も頷く。

 なら、あとはそこに向かうだけだ。コブラ、そしてこの三年生で大きく関わることになるはずの精霊。

 きっとこれから向かう先に、その正体が待っている。

 アカデミアの生徒たちの安否もかかっているんだ。断じて油断をするわけにはいかない。

 俺は一層気を引き締め、森の方面を強く見据えた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ――早速森に向かうという皆と、俺は一時別れてアカデミアの校舎へと向かう。

 

 何故かというと、マナを迎えに行くためだ。マナは鮎川先生の手伝いとして働いていて一緒にいなかったため、このまま森に向かう皆とは別れて、こちらが迎えに行かなければならないのである。

 しかし、それも仕方がない。今は本当に人手がない状態なのだ。それこそ猫の手でも借りたいほどであり、当初ただ先生と話をしに行くつもりで出かけた俺が、マナを残してきたのも少しでも助けになればという思いがあったからだ。

 しかしコブラの元へ向かうことが決まった今、マナの存在は欠かせないものだ。だからこそ、俺は別行動をとってまで校舎に戻っている。

 今回、言うなれば敵の本拠地に乗り込むことになるわけだ。ゆえに、恐らくは危険が付き纏うことだろう。

 そんな時、マナが持つ魔術の力は俺たちにとってこれ以上ないほどに頼りとなる。そういうわけでマナを外すことは出来ず、俺とマナは後で合流するからと言って、十代たちには先に行ってもらったのだ。

 一秒でも早くデス・デュエルを中止にすべき今、わざわざ待ってもらっていては時間の無駄である。たとえ多少遅れても、走って行けばそう時間はかからず追いつけるはず。そう判断したからであった。

 

 そして、俺は校舎内で生徒の介抱をしていたマナと無事合流を果たした。その時僅かに見えたのだが、レイもまた忙しそうに動き回っていた。それほどまでに今アカデミアは大変な状態にある。それを再確認し、俺とマナは校舎を飛び出して森に向かうのだった。

 

「今頃、十代たちはSAL研究所についた頃、かな」

『たぶん、それぐらいかも。急ごう、遠也』

 

 走りながらの言葉に、マナが真剣な顔で返してくる。

 それに俺は当然とばかりに頷いて応える。

 デス・デュエル。人が昏倒するデュエルなど、認めるわけにはいかない。まして、それはデュエリストのエナジーを吸収するという目的に沿って行われていること。

 更に言えば恐らくはコブラの私的な理由によるものだ。でなければ、こんな馬鹿げたことをするはずがないのだから。

 今すぐにやめさせる。誰かが倒れるようなデュエルを、認めるわけにはいかないのだ。

 強くそう思いつつ、地を蹴る足に力を込める。

 着々と目的地に近づいているだろう森の中。また一歩、逸る気持ちと共に足を踏み出した。

 

 

 その瞬間、

 

 

「――ッ!? 遠也ッ!!」

「え? うあッ!?」

 

 

 横から、突然マナが身体ごと俺にぶつかってくる。

 急なことだったため、受け身を取ることもできず俺とマナは地面に転がる。

 いきなり何をするのか。そう言いたかったが、同時に俺の耳に飛び込んできた地面を滑るタイヤの音が、その言葉を喉の奥で押し留める。

 近くで起こる、数本の木々がへし折れる音。派手に舞った土煙で、その向こうの様子を窺うことは出来ない。

 俺は注意深く立ち上がり、横に座り込むマナの手を取り、立ち上がらせる。そして、小さく問いかけた。

 

「……何があった?」

 

 その問いに、マナは短くこう答えた。「後ろから大きな白いバイクが、猛スピードで遠也に……」と。

 まるでその言葉を待っていたかのように、土煙が晴れていく。

 

 その中から現れたのは、勢い余ったのか轍の先で倒れた木々の残骸。そして、それを為したであろう元凶が静かな駆動音と共に静止していた。

 全体的に白く、通常見かけるものを数段上回る大きさのバイク。フロントからカウルにかけての意匠はどこかドラゴンを連想させる威圧感を放ち、紫のクリスタルパーツが太陽の光を反射させ、最も突き出た部位に鎮座している。

 その乗り手の出で立ちはというと、黒い袖なしのボディスーツに、金色の肩当て、黒いパンツスタイル。白いコートのような腰飾りをつけ、シングルの座席からハンドルへとその筋肉質な腕を伸ばしていた。

 そして、何より特徴的なのがその仮面――。縦に白と黒で分かれたそれを顔に着け、紫色の前髪と長い金髪が森の中の風に乗って静かに揺れていた。

 

「――ち、邪魔が入ったか」

 

 仮面の奥から響く、くぐもった声。

 それを聴きつつ、俺は驚愕に目を見開いていた。

 白と黒のツートンを基本とした装い。長い金髪に、紫の前髪。そして、顔に着けた仮面。

 加えて白くカラーリングされた超巨大なバイクとくれば……――思い当たる人間は、一人しかいなかった。

 

「お、まえは……?」

 

 カラカラになった喉で、なんとか声を絞り出して問う。

 それに対して、バイクにまたがったままその男はゆっくりと仮面を外してみせた。

 明らかになる、金色の瞳。右目から頬にかけて伸びる、赤い紋様。

 

 ……ここまでくれば、確定である。ああ、そうだ、間違いない。

 まさかこのタイミングで、この男が来るとは。

 

 胸の内に怒涛のように溢れる感情の渦。それらに翻弄される俺を、その金色の瞳が貫いた。

 

 

「――私の名はパラドックス。君を歴史から抹消する男だ」

 

 

 

 

 



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第59話 逆刹

※とても長いので、ご注意ください。



 

 巨大なバイクが残した土煙を境界に対峙する、遠也とパラドックスと名乗った男。

 木々をなぎ倒すほどのモンスターマシンにまたがったその男を前に、マナは胸の内に満ちる疑問に答えを出せないでいた。

 

(なんで、あの人が……?)

 

 マナは仮面を取ったパラドックスを見る。

 彼女にとっては、二度目の邂逅となるその姿。今よりも数年前、マナは彼女本来のマスターである武藤遊戯とある二人のデュエリストと共に、彼と戦ったことがあった。

 そのとき彼が言っていた言葉を、マナは鮮明に思い出せる。しかし、その言葉と今の状況はひどく矛盾しているような気がした。

 それに、自分に全く関心を示さないのもおかしい。遠也を助けるために実体化した自分は、彼にも見えているはずだ。だというのに、数年前に一度会っているはずの自分をまるで覚えていないかのような態度である。

 

 そこまで考え、マナははたと気づく。

 かつて共に戦った二人のデュエリストが、どこからやってきていたのかを。

 

(未来から来た……ってことは……)

 

 あの二人はパラドックスを追って未来から来たと言っていた。それは同時に、パラドックスには未来から過去へ移動する力があるということだ。

 つまり。

 

(あの人は、私に会う前のパラドックス……?)

 

 自分が知るパラドックスの過去の姿。それが、今の彼なのかもしれない。

 その結論に達した時、マナはようやく気づくことが出来た。

 かつて、パラドックスがマスターたちに敗れた時。その時に彼が自分に言っていた言葉は、そういう意味だったのか、と。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 目の前に存在する男に、俺は正直動揺を隠せなかった。

 レインからの情報によって、ゾーンが俺を危険視していることは知っていた。俺がシンクロ召喚を、更にアクセルシンクロすら可能にした事実は、未来の破滅を知る彼にしてみれば受け入れがたい事実であるだろう。だから、それは仕方がないことだった。

 しかし、まさかパラドックスまでもが出てくるとは想定外だった。

 彼もまたゾーンの関係者だが、レインとは圧倒的に違う点がある。それは、レインがゾーンの部下だったことに対し、パラドックスはゾーンの友、基本的には対等な関係であるということだ。

 原作でのアポリアへの対応を見るに、所詮は生前の人格をコピーした存在だと思っていた部分がないわけではないようだが……それはこの際置いておこう。

 重要なのは、あのゾーンと並んで未来の世界に生きた存在。そして、それだけ未来の救済に懸ける思いも強く、そしてそのぶん強敵だということである。

 俺の頬を、一筋の汗が流れる。果たして、俺はこの場を無事に脱することが出来るのか。それすらもまるで霧の中へ向けて手を伸ばすがごとく、曖昧な希望のように感じられた。

 

「歴史からってことは、パラドックス……お前も、レインのマスターの仲間か?」

 

 そんな内心で荒れ狂う様々な感情を隠し、俺は努めて平静を装ってパラドックスに問いかける。

 それを受けて、パラドックスは怪訝そうに眉を寄せた。

 

「レイン……? ああ、ゾーンが作り出した生体アンドロイドのことか。そうだな、君の質問に答えるならば、その答えはイエスだ。私は我が友――Z-ONE(ゾーン)に頼まれ、未来から時空を超え、この時代にやってきた」

 

 淡々と話すパラドックスの言葉に、俺はやはりと胸の内で呟く。

 想像通り、俺が知るパラドックスで間違いはないようだ。静かに語るパラドックスの言葉に、俺はその確信を深めつつ問いを続ける。

 

「未来から、だと?」

「そうだ。私はある実験を行っている最中、ゾーンからの連絡を受けた。皆本遠也、君を歴史から抹消してほしいと。……だが、そんな疑問より君は自分の心配をするべきだな」

 

 パラドックスはそう言うと、俺に対して横向きになっていたバイク――D・ホイールの機体を、正面から向かい合うように動かした。

 パラドックスがおもむろにアクセルグリップを回し、それによってD・ホイールがけたたましいエンジン音を響かせる。どこか独特の音は、モーメントの技術によるものなのかもしれない。

 その音に身構えつつ、俺はパラドックスを見据えた。

 

「――シンクロ召喚、そしてアクセルシンクロ。ふん、不動遊星でもアンチノミーでもない、ましてこれほど早い時代にいる君がその力を持つことは、確かに歴史に矛盾する。ゾーンの危惧も理解できるというものだ」

「歴史に矛盾するだって。……俺は今をただ普通に生きているだけだ! それを批判されるいわれはない!」

 

 パラドックスの言葉に、俺は声を大にして返す。

 たとえ俺自身がこの世界の外から来た存在でも、この世界にいる以上俺もこの世界の歯車の一つだ。なら、この世界の未来とは俺という存在を含んで形作られていくもののはず。

 既に起きてしまった未来から来て、勝手に異物扱いされるいわれはない。この世界の住人の一人として、その言い分を受け入れるわけにはいかなかった。

 しかし、そんな俺の言葉にパラドックスは小さく笑うだけである。

 

「ふふ、なるほど。今を生きる君にとっては、それが真実なのだろう。しかし、正しく見えるその意見も、やがて間違いであったと知ることになる」

「なに!」

「正しいと思うことは間違っていて、一見間違っていると思うことが正しい。世界は矛盾だらけだ。そしてその結果が正であったか誤であったかは、歴史の終着点でのみ判明する」

 

 訳知り顔で諭すように言うパラドックス。

 なるほど、滅んだ未来から来た彼にとっては何が間違っていて、何が正しいかは一目瞭然というわけだ。そして、その中にあってシンクロ召喚は滅びを助長した存在にすぎない。

 ならば、それを扱う俺が間違っているとパラドックスは判断するわけだ。そして、滅びを助長する存在である以上、それは修正すべき事柄となる。

 ゆえに、俺を歴史から消すと言ったゾーンの言葉にパラドックスは同調した。人一人の生を私的に終わらせることは正しくなくとも、歴史から見ればその行いは正しいものであるからだ。

 パラドックスの言葉からそれを察し、俺はぐっと拳を握りこんだ。

 

「勝手なことを言うな! 間違いが起こるというなら、それを正せばいい! 未来が実際にどうなっているか俺は知らないが、そうすれば良くすることは――」

「出来るはずだ、と? それは過去に生きる者の戯言にすぎない。未来の世界は破滅している、君などには想像も出来ぬほどに! そう、シンクロ召喚にモーメント! 君がその手に持つそれが、滅亡へと導いたのだよ! 皆本遠也!」

 

 俺の言葉を遮り、どこか怒りすら滲ませた表情でパラドックスは俺に迫る。

 滅亡した未来。かつて元の世界で見たその光景を脳裏に思い描き、俺は思わず言葉に詰まった。

 

「……ッ! だけど、それでも! それが間違いだったと気づいたのなら、人は変わっていける! 今からだって、改善に力を注いでいけるはずだ!」

 

 それでも、俺は反論する。俺は元の世界での知識から、未来が破滅であると知っている。だからこそ、今から頑張ればそれを変えていくことが出来ると信じている。それこそが俺の目指すものであり、目標なのだから。

 しかし、パラドックスはそれに小さく首を横に振るのみだった。

 

「一度手にした力を、人間が手放すとでも? 歴史を鑑みて、その意見に賛同は出来ない。既にシンクロの種はまかれている。最早シンクロを人の手から離すことは出来ない。だからこそ、私はある実験の計画を立てたのだ」

「実験、だと?」

 

 パラドックスが行う実験、それについて思い出しつつ問いかければ、パラドックスは落ち着いた声でその計画を語った。

 

「そうだ。デュエルモンスターズには不思議な力がある。それに気づいた私は、デュエルモンスターズを歴史から抹消することを思い付いた。歴史に深く関わるそれを抹消することで、破滅の歴史に修正を加える!」

「デュエルモンスターズを……!? けど、その原型は古代よりもさらに遡る。それ程の昔まで戻って修正したら、大変なことになるぞ!」

「ふん、何もそこまで遡る必要はない。私の計算では、生みの親であるペガサス・J・クロフォードを消せば、現代のデュエルモンスターズの原型は消滅し、未来は変わると出ている」

「――なッ……!」

 

 ペガサスさんを、だと。

 そうだ、確かに原作においてもそんなシーンはあった。しかし、今の俺にとってそれは何よりも受け入れがたいことである。

 恩人であり、家族であるペガサスさんを犠牲にするなんて、俺には到底認められるはずがない。

 絶句する俺だが、しかしパラドックスの言葉は続いていく。

 

「それに伴い、多くの町や人に犠牲も出るだろう。だが、それも全て必要な犠牲。ならば、躊躇う理由はない」

 

 淡々と紡がれていく言葉。それに、俺は思わず噛みついた。

 

「必要な犠牲だって!? 人間に、必要な犠牲なんてない! 人には誰にだって、生きる権利があるはずだ!」

「なら、どうするというのかね。貧困、差別……人は悪しき矛盾を抱え、それはいつの世になってもなくならない。そんな人間に、何を期待しろと?」

「……ッ!」

 

 冷めた目で見られ、俺は一瞬押し黙る。確かに、人間にはそんな一面がある。いや、もしかしたらそういう側面の方が強いのかもしれない。

 けれど、いやだからこそ。

 

「けど……けど、俺は変わっていく人をこの目で見てきた! 誰もが己の中にある心と向き合い、立ち上がってきたんだ! 人には可能性がある! たとえ何があっても、奮い立っていける可能性が!」

 

 かつては弱者を見下していた万丈目やクロノス先生。ひときわ自分に自信がなかった隼人。己の欲望に負けた理事長。弱い心に付け込まれた斎王。他にも多くの人が、そんな自分自身を変えて、今を生きている。

 そして少し前まで、自分はこの世界に生きる人間ではないと、どこかで一線を引いていた自分自身。

 しかし、誰もが今はそんなことはない。どんな人間でも、自分でそれを克服する力を持っているのだ。それを俺は見てきた。なら、それを知る俺がパラドックスの言葉を認めるわけにはいかない。

 

「そうか、ならば皆本遠也。その可能性とやらに縋り、抗ってみせるがいい。君が言う可能性が、人にあるというのならな」

「……わかった。デュエルだ、パラドックス!」

 

 俺は腕に着けたデュエルディスクをパラドックスに向ける。

 パラドックスがそんなものはないというのなら。俺は俺が知る彼らの強さを証明するためにも、人間にはそれだけの可能性があるんだということを、示さなければいけないのだ。

 

「よかろう。未来に希望などないのだと、証明してあげよう。そして、まずは君をこの歴史から抹消する。我が偉大な実験の一過程としてな」

 

 その言葉と同時に、パラドックがまたがっていたD・ホイールが音を立てて変形していく。

 シートカウルが垂直に立ち上がり、後輪部分が左右に展開する。同時に前輪はカウルの中へと畳み込まれ、ホバークラフトのようにD・ホイールだったものは宙へと浮き上がっていった。

 また、ペダル部分はシート部分と一体化し、そこにパラドックスは立ち、俺を見下ろす。

 その悠然と自信に満ちた表情で佇むパラドックスの視線を受けつつ、俺もまたデュエルディスクを展開。モーメントによる七色の輝きが俺の目に映った。

 

「遠也……」

 

 ふと、耳に届くマナの声。

 そういえば、これまで聞いたことはなかったが、パラドックスが過去に出現した時はまだ名もなき王の魂が遊戯さんに宿っていた時だった。

 そして、マナはその場で召喚されていたはずだ。

 となれば、ひょっとしてマナはパラドックスのことを知っているのかもしれない。そう思ってマナを見れば、その表情は俺を心配するもの。そして、パラドックスに向ける困惑の色が見えていた。

 それを見て、俺は確信する。間違いなく、マナはパラドックスを知っている。なら、パラドックスが使い手だったカード――「Sin」シリーズや実際に取った戦術なども知っていることだろう。

 そのアドバイスは、きっと俺の助けになる。なぜなら、俺はデュエルシーンの細部までは覚えていないからだ。そのぶん、助言は俺の力になるだろう。

 

 だが、俺は何も言わずにマナに背を向け、改めてパラドックスを見上げた。

 

 ……助言を受けるわけにはいかない。パラドックスは俺に「人に可能性があるというのなら見せてみろ」と言ったのだ。なら、俺は俺自身の力でそれを証明しなければいけない。

 

「いくぞ! このデュエルに勝つことで、人が持つ可能性をお前に見せる!」

「出来るものなら、やってみるといい」

 

 そうだ。俺自身がパラドックスを制してこそ、意味がある。未来はまだ変えていける。俺が負けると確信しているだろうパラドックスに勝ち、その可能性を証明してみせる!

 どこまでも余裕の表情を見せ、右腕にデュエルディスクを装着したパラドックス。その姿を見上げる。

 俺は背の向こうで見ているマナに親指を立てて、大丈夫だと告げる。そして一度息を吸い、そして吐き出す。

 

 ――悪いな十代、皆。俺はちょっと、遅くなりそうだぜ。

 

 一瞬の思考。そして、俺はデュエル開始の声を張り上げた。

 

「デュエルッ!」

 

皆本遠也 LP:4000

パラドックス LP:4000

 

「私の先攻、ドロー」

 

 カードを引いたパラドックスが、手札を見渡して口元に小さな笑みを浮かべる。

 そして、1枚のカードを手に取った。

 

「私は手札から罪深き世界――《Sin World》を発動する」

 

 ディスクのフィールド魔法ゾーンにカードがセットされる。

 その瞬間、パラドックスが乗るD・ホイールの両端についた突起から漆黒の稲妻が放たれ、周囲の木々を直撃する。

 その箇所から浸食するように広がっていく、闇色の空間。物体の縁取り線だけを残して宇宙を透かして見ているような、異様なフィールド。その中に立ち、俺は油断なくパラドックスの行動を見つめ続けた。

 

「このカードが発動している間、私はドローフェイズにドローを行わない代わりに、デッキから「Sin」と名のついたモンスター1枚をランダムに手札に加えられる。更に私はデッキの《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を墓地に送る」

 

 オートシャッフル機能によりデッキから選び取られた《真紅眼の黒竜》のカードを墓地に送ると、その瞬間パラドックスは手札のカードをディスクに叩きつけた。

 

「現れろ、《Sin 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》!」

 

《Sin 真紅眼の黒竜》 ATK/2400 DEF/2000

 

 真紅眼の黒竜。まさにその姿そのものだが……その頭部や胴体、翼には、黒と白に装飾された装甲を着けている。

 これこそが「Sin」。Sinは既存の強力モンスターたちの進化、派生形のモンスターではない。元になるモンスターの対となるモンスター、それがSinモンスターだ。

 

「先攻は最初のターン、攻撃が出来ない。私はカードを1枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 ターン終了と同時に、Sin 真紅眼の黒竜が咆哮を上げる。

 ビリビリと肌を刺す威圧感。さすが、音に聞こえた強力モンスターの一角である。

 だが、だからといって負けるわけにはいかないのだ。俺はしっかりと大地を踏みしめ、デッキトップに指をかけた。

 

「俺のターン!」

 

 手札を確認し、これならば早速いけると大きく頷く。そして、まずは1枚のモンスターカードをフィールドに置いた。

 

「俺は《音響戦士(サウンド・ウォリアー)ベーシス》を召喚!」

 

《音響戦士ベーシス》 ATK/600 DEF/400

 

 ベースギターに手足が生え、自身でベースギターを演奏するチューナーモンスター。その効果は、まさにシンクロ召喚をするためにあるものだ。

 

「ベーシスの効果発動! 手札の枚数分、場の音響戦士1体のレベルをアップさせる! 俺の手札は5枚! よってベーシスのレベルを1から6に変更!」

 

《音響戦士ベーシス》 Level/1→6

 

「更に魔法カード《ワン・フォー・ワン》を発動! 手札のモンスターカード《ゼロ・ガードナー》を墓地に送り、デッキからレベル1の《チューニング・サポーター》を特殊召喚!」

 

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

「チューニング・サポーターはシンクロ召喚の時、レベルを2として扱える! レベル2となったチューニング・サポーターにレベル6となっている音響戦士ベーシスをチューニング!」

 

 ベーシスとチューニング・サポーターが飛び上がり、6つの輝くリングと2つの星に変化する。

 そして2つの星が6つのリングを潜り抜けた時、大きな光が溢れ出した。

 

「集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 その光の中から飛び立つ、白銀のドラゴン。光の粒子を振りまきつつ姿を現し、俺のフィールド上にて滞空する。

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

「チューニング・サポーターの効果により、カードを1枚ドローする!」

 

 スターダストの攻撃力は2500。Sin 真紅眼の攻撃力を上回る値だ。ゆえに、問題なく倒すことが出来る。

 

「バトル! スターダスト・ドラゴンでSin 真紅眼の黒竜を攻撃!」

 

 スターダスト・ドラゴンの口腔に集っていく形無き砲弾。

 しかしその瞬間、パラドックスの口元が大きく笑みに歪んだ。

 

「それを待っていたぞ! 皆本遠也!」

「なに!?」

「――リバースカードオープン!」

 

 そう言ってパラドックスは場に伏せられていたカードの1枚を表側表示に変える。

 そこに伏せられていたカード。それは、何も絵柄などが浮かんでいない漆黒のカードであった。

 

「無地のカード!?」

 

 瞬間、気づく。

 しまった……! パラドックスには、このカードがあったのだ。

 

「クク、これは私が作り出した特別なカード。相手のモンスターを奪い取る!」

「くッ……!?」

 

 瞬間、そのカードから無数のカードが連なるように飛び出してスターダスト・ドラゴンへと向かう。鎖のようにスターダストの周囲に巻きついて行動を阻んだそれは、やがて球体状の檻を形作ってスターダスト・ドラゴンを覆い包んでしまった。

 そしてその檻を形成していたカード群は、スターダストを中に閉じ込めたままパラドックスの場のカードへと吸収されていってしまう。

 その異常な光景が終わった時、無地であったはずのカードにはスターダスト・ドラゴンの姿とテキストが写し取られていた。

 

「ハハハ! 貴様のスターダストは確かにいただいた! もともとは不動遊星からいただく予定だったが、その手間が省けたな。そしてモンスターを吸収したこのカードは、そのモンスターが収まるべきデッキに加えられる!」

 

 スターダストが吸収された黒いカードを指で挟み、パラドックスはそれをエクストラデッキに入れる。これで、奴のエクストラデッキには《スターダスト・ドラゴン》が加わったというわけだ。

 

「遠也! スターダスト・ドラゴンのカードが……!」

 

 その時、背後から聞こえるマナの声。それにはっとしてフィールドに置かれたスターダストのカードを見た俺は、あまりのことに一瞬言葉を失った。

 

「スターダストの姿が――消えた……!」

 

 スターダストのイラストが描かれていた部分にスターダストの姿はなく、そこには背景しか存在していなかった。

 通常であれば考えられないような状態。その異状に愕然としていると、パラドックスが口角を持ち上げて笑う。

 

「言っただろう、お前のスターダストはいただいたと! 私からスターダスト・ドラゴンを取り戻さぬ限り、お前はもうスターダストを使うことは出来ない!」

「ぐッ……!」

 

 迂闊だった……! 原作で確かにパラドックスは遊星からスターダストを同じ手で奪い取っていた。それを知っていたはずなのに、俺は完全にそれに対する警戒を怠っていたのだ。

 思った以上に、俺は動揺していたらしい。悔やんでも悔やみきれないが、既に奪われてしまった以上何を思っても後の祭りだ。

 

「……カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 一度深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。そして、もう一度パラドックスの姿を真正面から見据える。

 奪われたなら、どうにかしてスターダストを取り戻すしかない。

 そのための手段はいまだ手札にないが……このままで終わるわけにはいかない。スターダストは、確かに不動遊星を象徴するモンスターだ。しかし、今では俺にとってもかけがえのない仲間だ。

 その仲間を、諦めるわけにはいかない。

 

「私のターン! 私はドローしない代わりに、デッキから「Sin」と名のつくモンスターをランダムに手札に加える! 更にデッキから《青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)》を墓地に送り、《Sin 青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴ)》を特殊召喚!」

 

 そして真紅眼の黒竜に並び立つ、白く輝く身体に一対の青い目。真紅眼と同じく黒と白の装甲を各所に着けたそのドラゴンが、翼を広げて咆哮を上げた。

 

《Sin 青眼の白龍》 ATK/3000 DEF/2500

 

「青眼の白龍……! 海馬さんのカード……!」

「そうだ、これは海馬瀬人を象徴するカード。このデッキは各時代で最強のカードを集めた、別次元の領域。実験の最終段階になれば、まさに最強となるだろう」

 

 馬鹿な……俺の記憶が確かなら、パラドックスは5D’sからGX、そして無印へと順番に移動していき、その中でモンスターを奪って行ったはず。スターダストをまだ手に入れていない以上、最初の5D’sにも行っていないはずだ。

 なら、青眼の白龍を持っているのはおかしい。真紅眼の黒竜は量産されているから納得できるが、青眼の白龍は世界に3枚しかないカードだ。入手しているはずがない。

 が、今パラドックスは何か気になることを最後に言っていた。

 

「……最終段階になれば、だって?」

「言ったはずだ、実験の途中だと。私のSinは私自身が作り出した特別なカード群。これは実験によって完成するであろうデッキのプロトタイプにすぎない」

 

 ……つまり、各時代の最強カードを収集する前。Sinの具合を確かめるための試験用カードであり、本物ではないということだろうか。

 そうであるとするならば、本来持っていないはずのカードを持っている点には納得できる。

 

「既に実験は秒読み。あとは各時代に赴くだけになっている。君を倒し、ゾーンの頼みを聞き届けた後に、このデッキは真の姿へと変わっていくことだろう」

 

 腕を広げ、宣言するように言ったパラドックスは、涼しい顔のまま更に続ける。

 

「そしてSinの調整も既にほぼ終わり、充分な力を発揮できている。例えばこの《Sin World》が持つ第2の効果……このフィールドの中のデュエルでライフが0になることは、死を意味する」

「なッ――!?」

 

 驚きの声を漏らした俺に、パラドックスが小さく笑む。

 

「我がSinは既に万全。モンスターを捕獲するカードの実験にも成功した。……あとは実戦のみ。君には最終調整に付き合ってもらおう。――バトルだ。Sin 真紅眼の黒竜で直接攻撃(ダイレクトアタック)! 《黒炎弾》!」

 

 パラドックスの指示により、Sin 真紅眼の黒竜の口から火の粉が漏れ始める。そして大きく口を開けた次の瞬間、人間一人程度ならば軽く飲み込むほどの火球が一気に解き放たれた。

 俺の場にモンスターはいない。ゆえに、その火球は俺に直撃する。

 

「くッ……ぐぅぁああぁああッ!!」

「遠也ッ!」

 

遠也 LP:4000→1600

 

 衝撃に吹き飛ばされ、身を包む業火に俺は身をよじらせる。火傷こそないものの、ダメージそのものは本物だ。身を苛む激痛に叫び声を上げる俺に、マナが駆け寄ってくる。

 炎は時間を置かずに消えたが、やはりいきなりの2400ダメージは大きい。俺はマナに肩を貸してもらい、どうにか立ち上がるとディスクを操作してフィールドに手をかざした。

 

「ぐ、ぅ……! 罠、発動! 《痛恨の訴え》! 俺が、直接攻撃によってダメージを受けた時に発動できる! 相手フィールド上で最も守備力が高いモンスター1体を選択し、次の俺のターンのエンドフェイズまでコントロールを得る!」

「なに!」

 

 相手の場で最も守備力が高いのは、当然守備力2500ポイントのSin 青眼の白龍。よって、Sin 青眼の白龍は次のエンドフェイズまで俺の場に移動する。

 だが……。

 

「この効果でコントロールを得たモンスターの効果は無効化され、攻撃宣言は出来ない」

「ふん、あくまで足掻くか。私はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 カードを1枚伏せてきたか。それを確認しつつ、肩を貸してもらっていたマナから離れる。

 その際に俺の名前を呼ぶマナに軽く手を振り、俺は再びパラドックスの前に立った。

 

「俺のターンッ! 魔法カード《アドバンスドロー》を発動! 俺の場に存在するレベル8以上のモンスター《Sin 青眼の白龍》をリリースし、デッキから2枚ドロー!」

 

 これで手札は5枚。俺の場にモンスターはおらず、相手の場には攻撃力2400のSin 真紅眼の黒竜がいる。

 ならば。

 

「このカードは墓地の魔法カードを除外することで特殊召喚できる! 俺は墓地のアドバンスドローを除外し、《マジック・ストライカー》を特殊召喚!」

 

《マジック・ストライカー》 ATK/600 DEF/200

 

「更に《ジャンク・シンクロン》を召喚! その効果により、墓地からレベル2以下のモンスター1体を効果を無効にし、表側守備表示で特殊召喚する! 来い、《チューニング・サポーター》!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

「レベル3のマジック・ストライカーとレベル1のチューニング・サポーターに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし怒りが、忘我の戦士に鬼神を宿す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 吼えろ、《ジャンク・バーサーカー》!」

 

 光を豪快に戦斧で切り裂き現れたのは、赤い鎧に身を包んだ鬼面の戦士。身の丈よりも大きな斧を担ぎ、大地を踏み鳴らして雄々しく相手の前に立ち塞がった。

 

《ジャンク・バーサーカー》 ATK/2700 DEF/1800

 

「チューニング・サポーターの効果で1枚ドロー! そしてジャンク・バーサーカーの効果発動! 墓地の「ジャンク」と名のつくモンスターを除外することで、その攻撃力分相手モンスターの攻撃力を下げる! 《レイジング・ダウン》!」

 

 俺が除外したのは、たった今ジャンク・バーサーカーのシンクロ素材となった《ジャンク・シンクロン》。

 よってその攻撃力の値である1300ポイント、Sin 真紅眼の黒竜の攻撃力はダウンする。

 

《Sin 真紅眼の黒竜》 ATK/2400→1100

 

「いけ、ジャンク・バーサーカー! Sin 真紅眼の黒竜に攻撃! 《スクラップ・クラッシュ》!」

 

 その風体からは想像できない敏捷性でジャンク・バーサーカーはSin 真紅眼の前に立ち、飛び上がる。

 そして巨大な斧を脳天から一気に振り下ろし、たまらずSin 真紅眼は爆散した。

 

「くッ! おのれ……!」

 

パラドックス LP:4000→2400

 

「だがこの瞬間、罠発動! 《Sin Tune》! 「Sin」と名のつくモンスターが戦闘で破壊された時、デッキからカードを2枚ドローする!」

 

 手札補充をしてきたか。なら、恐らくは次のターンで仕掛けてくるはず。

 しかし、今の俺の手札では……。だが、どうにか耐えてみせるしかない。

 

「俺はカードを1枚伏せ、ターンエンド!」

「私のターン! 私はドローする代わりに、デッキからランダムに「Sin」と名のつくモンスターを手札に加える」

 

 ドローした勢いのまま腕を伸ばし、指の間に挟まれたカードをパラドックスが確認する。そしてそれを見た瞬間、パラドックスの顔が愉悦に歪む。

 

「クク、ハッハッハ! これで君を葬り去る準備は整った」

「ッ、く……!」

 

 やはり、何かキーカードを引いたのか。警戒する俺に、パラドックスはただ手札のカードを手に取った。

 

「手札から魔法カード《Sin Selector》を発動! 墓地の《Sin 真紅眼の黒竜》と《Sin 青眼の白龍》を除外し、デッキから「Sin」と名のついたカード2枚を手札に加える」

 

 これでパラドックスの手札は6枚。更に、そのデュエルディスクのオートシャッフル機能が、パラドックスのデッキをシャッフルして1枚のカードを選び出した。

 

「デッキから《究極宝玉神 レインボー・ドラゴン》を墓地に送り、《Sin レインボー・ドラゴン》を特殊召喚!」

 

 パラドックスがカードを置いた瞬間、フィールドに現れる美しいオーロラの世界。その虹色のビロードを潜るようにして、自身もまた七色の宝玉を持つ美しいドラゴン――レインボー・ドラゴンが姿を現した。

 

《Sin レインボー・ドラゴン》 ATK/4000 DEF/0

 

「レインボー・ドラゴン……!」

 

 いまだこの時点では本来の持ち主であるはずのヨハンでさえ持っていない、宝玉獣最大の切り札。たとえモノクロの鎧に包まれていようと、その特徴的な姿を間違えはしない。

 未来の世界に生きたパラドックスには、世界に1枚しかないカードでさえ自由にできるということなのか。

 

「更にエクストラデッキから《サイバー・エンド・ドラゴン》を墓地に送り、《Sin サイバー・エンド・ドラゴン》を特殊召喚!」

 

 Sin レインボー・ドラゴンの巨躯と並ぶ大きさを誇る、機械の竜。三つ首と翼にこちらも同じく鎧を着け、唸るような声を上げて翼を広げた。

 

《Sin サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK/4000 DEF/2800

 

「カイザーのカードまで……」

「まだだ! 私は更にエクストラデッキから《スターダスト・ドラゴン》を墓地に送る! 出でよ! 《Sin スターダスト・ドラゴン》!」

 

 そして現れる3体目のモンスターは、俺にとっても非常に見慣れたモンスター。

 ただしその姿は、先のSinモンスターと同じく鎧のような装甲によって変わり果てた姿となっていた。

 

《Sin スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

「Sin スターダスト・ドラゴン……! これが、スターダストの対となる姿だと!」

 

 咆哮を響かせるSin スターダスト・ドラゴン。しかし、その声がどこか悲しく聞こえるのは、俺の気のせいだろうか。

 

「それでは、君のスターダストに早速役立ってもらうとしよう。私はチューナーモンスター《Sin パラレル・ギア》を召喚!」

 

《Sin パラレル・ギア》 ATK/0 DEF/0

 

 歯車と細い鉄の棒を無理やりくっつけたような、どこかアンバランスな姿をした小さなモンスター。

 だが、このモンスターを未来の人間であるパラドックスが使用することには驚きを隠せない。

 

「チューナーモンスター? シンクロは未来を滅ぼした力だったはずじゃ……?」

 

 俺が声を上げると、パラドックスは苦虫を噛み潰したような顔になる。そして、冷静な表情が一転して激情を宿した顔になった。

 

「そのような矛盾など、大したことではない。未来を救うために、過去を犠牲にする矛盾を受け入れた時からな!」

「パラドックス……」

 

 最後のほうには声を荒げ、叫ぶような口調になっていた。

 やはり、彼らは取れる手段が他にないからこそ過去を犠牲に未来を救う道を選んだのだ。その答えに至るまでの苦悩を凝縮したかのような叫び。その痛みを実感させられる、そんな声だった。

 

「私はレベル8のSin スターダスト・ドラゴンにレベル2のSin パラレル・ギアをチューニング!」

 

 パラレル・ギアが黒く輝くリングとなり、その中に納まるように立ったSin スターダストは8つの星へと姿を変える。

 

「――次元の裂け目から生まれし闇、時を越えた舞台に破滅の幕を引け! シンクロ召喚! 《Sin パラドクス・ドラゴン》!」

 

 溢れ出すのは光ではなく黒き闇。それがまるで竜巻のように激しく荒れ狂う中から黒い翼を広げて現れたのは、Sin サイバー・エンドやSin レインボー・ドラゴンの倍以上はある巨大なドラゴンだった。

 

《Sin パラドクス・ドラゴン》 ATK/4000 DEF/4000

 

 白と黒が交互に連なり胴から尾にかけて伸びる。金色の角を頭部に複数生やし、Sin パラドクス・ドラゴンは漆黒の目玉の中で細く赤い瞳をことさら細めてこちらを見据えてきた。

 

「Sin パラドクス・ドラゴンの効果発動! このカードがシンクロ召喚に成功した時、墓地のシンクロモンスター1体を召喚条件を無視して特殊召喚できる! 蘇れ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

「スターダスト……」

 

 鎧も何もつけていない、本当に見慣れたスターダスト。それだけに、今は相手の場にいるという事実が、どこか寂しかった。

 

「更にSin パラドクス・ドラゴンの効果。この効果で蘇生したシンクロモンスターがいる限り、その攻撃力分、相手モンスター全ての攻撃力はダウンする」

「なんだと!?」

「呪いを受けよ、ジャンク・バーサーカー!」

 

《ジャンク・バーサーカー》 ATK/2700→200

 

 ジャンク・バーサーカーの身を黒い靄のようなものが包み、一気にその攻撃力が下がる。

 そしてこの攻撃力で攻撃を受けたら、俺のライフは一気に0を刻むことになる。

 

「さらばだ、皆本遠也。私の実験における最後の調整に付き合ってくれたことには感謝しておこう。――Sin パラドクス・ドラゴンでジャンク・バーサーカーを攻撃!」

 

 パラドクス・ドラゴンの口から放たれる、どこか暗い色をした光の砲撃。その強力無比な攻撃を受ければ、俺は一巻の終わり。

 だがしかし、こんなところでやられるわけにはいかない。表情の変わらない俺に、マナが信頼を込めた声で俺の名前を呼んだ。

 

「遠也!」

「ああ! 罠発動、《リビングデッドの呼び声》! 墓地からモンスターを攻撃表示で特殊召喚する! 蘇れ、《ゼロ・ガードナー》!」

 

《ゼロ・ガードナー》 ATK/0 DEF/0

 

 青く航空機のような翼とプロペラをつけた小さな身体のモンスターが、巨大な輪型のオブジェをぶら下げて俺のフィールドに現れる。

 これでこの攻撃は防御できる。しかし、だからといって1体だけでは続く攻撃を防ぎきることが出来ない。

 通常であれば、だ。

 

「俺は《ゼロ・ガードナー》の効果を発動! このカードをリリースすることで、このターン俺が受ける戦闘ダメージを0にし、モンスターも戦闘によっては破壊されない!」

 

 ゼロ・ガードナーがぶら下げたオブジェがジャンク・バーサーカーの眼前に降ろされ、それはパラドクス・ドラゴンの攻撃を完全に防ぎきる。

 そして、もし続く攻撃があったとしても結果は同じ。ダメージだけでなく、モンスターも守ることが出来るので攻撃する意味がない。

 これこそが生きた《和睦の使者》と言われる所以だ。更に誘発即時効果であるため、発動できるタイミングが多いのもこのカードの優秀な点だ。

 

「小癪な……! 私はカードを2枚伏せて、ターンエンド!」

「俺のターンッ!」

 

 このターンはどうにか凌いだか。だが、いつまでもこれが続く保証はない。どうにかして、攻めに転じたいところだが……。

 

「魔法カード《マジック・プランター》を発動! 俺の場の永続罠《リビングデッドの呼び声》を墓地に送り、2枚ドローする! 更に《増援》を発動! デッキからレベル4以下の戦士族1体を手札に加える! 《ジャンク・シンクロン》を手札に加え、そのまま召喚!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300→0 DEF/500

 

 Sin パラドクス・ドラゴンの効果により、相手フィールド上のスターダスト・ドラゴンの攻撃力分俺のモンスターの攻撃力はダウンする。

 まぁ、チューナーの攻撃力が下がったところで問題はない。シンクロ素材にしてしまえばいいのだから。とはいえ、シンクロモンスターの攻撃力が下がってしまうのは痛い。出来るだけ早く何とかしなければ。

 

「ジャンク・シンクロンの効果発動! 墓地からレベル1の音響戦士ベーシスを効果を無効にして特殊召喚! 更に墓地からモンスターの特殊召喚に成功したため、手札から《ドッペル・ウォリアー》を特殊召喚する!」

 

《音響戦士ベーシス》 ATK/600→0 DEF/400

《ドッペル・ウォリアー》 ATK/800→0 DEF/800

 

 ジャンク・シンクロンとドッペル・ウォリアー。互いが互いの効果を最大限に生かす、抜群のシナジーを誇る2体。

 それによって、まずはレベル5のシンクロモンスターを召喚する場が整った。

 

「レベル2のドッペル・ウォリアーにレベル3のジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし英知が、未踏の未来を指し示す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 導け、《TG(テック・ジーナス) ハイパー・ライブラリアン》!」

 

《TG ハイパー・ライブラリアン》 ATK/2400→0 DEF/1800

 

 白く丈の長いローブを纏いつつも、手に持っている電子端末のためかどこか近未来的に見えるバイザーをかけた司書風の男。

 俺のフィールドに守備表示で現れたその姿を見て、パラドックスの表情が驚愕に染まる。

 

TG(テック・ジーナス)だと!? アンチノミーが好んで使うカード……! もうこの時代に存在しているというのか!」

 

 どうやら、シンクロ召喚が彼らの知る歴史よりも早く登場したことによる違いだと誤解してくれたらしい。

 真実を話すわけにはいかないので、ここはそのまま勘違いしていてもらおう。

 

「ドッペル・ウォリアーの効果発動! このカードがシンクロ素材となって墓地に送られた時、レベル1の《ドッペル・トークン》2体を特殊召喚できる!」

 

《ドッペル・トークン1》 ATK/400→0 DEF/400

《ドッペル・トークン2》 ATK/400→0 DEF/400

 

 ドッペル・ウォリアーのトークン生成能力。これもまたシンクロ召喚には非常に有用な効果だ。そしてこれで俺の場にはレベル1のトークンとレベル1のチューナーが揃った。

 ならば、することは一つ。俺は手をフィールドにかざした。

 

「レベル1ドッペル・トークンにレベル1の音響戦士ベーシスをチューニング! 集いし願いが、新たな速度の地平へ誘う。光差す道となれ! シンクロ召喚! 希望の力、シンクロチューナー《フォーミュラ・シンクロン》!」

 

《フォーミュラ・シンクロン》 ATK/200→0 DEF/1500

 

 ハイパー・ライブラリアンと同じく守備表示でのシンクロ召喚。そしてこの2体が揃ったことで、その効果が発動する。

 

「ハイパー・ライブラリアンの効果、自分か相手がシンクロ召喚に成功した時、デッキからカードを1枚ドローする。そしてフォーミュラ・シンクロンはシンクロ召喚に成功した時1枚ドロー出来る。合計で2枚ドロー!」

 

 手札消費0で2体のシンクロモンスターが出てくる。元の世界でもこのギミックを目一杯取り入れたデッキがかつて環境の頂点に立ったほど、強力なコンボだ。

 そして俺は更に1枚のカードを手に取った。そして、俺の少し後ろにいるマナに目を向ける。

 俺が視線を向けると、マナは頷いて応える。それを受け、俺はそのカードをディスクに差し込んだ。今この場に存在するハイパー・ライブラリアンの種族は魔法使い族である。よって。

 

「速攻魔法、《ディメンション・マジック》を発動! 俺の場に魔法使い族がいる時、場のモンスター1体をリリースし、手札から魔法使い族1体を特殊召喚する! ドッペル・トークンをリリース! 来い、《ブラック・マジシャン・ガール》!」

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000→0 DEF/1700

 

 背後のマナが精霊化し、そして俺のフィールド上に再びその姿を現す。攻撃力は0になるので、守備表示でだが。

 そしてマナは俺を助けるために一度実体化して以降そのままでいたため、パラドックスにもその姿は見えていた。そのマナがいきなり消えてフィールドに出現したことで、パラドックスもマナの正体を察したようだった。

 

「ほう、精霊だったのか。この時代に、遊城十代と同じく精霊を操るデュエリストがまだいたとは……」

「操るとはちょっと違うな。こいつは俺の相棒だ! 更にディメンション・マジックの効果、相手モンスター1体を破壊する! Sin パラドクス・ドラゴンを破壊!」

 

 この破壊が通れば高攻撃力のモンスターが消え、更に攻撃力ダウンの効果もなくなる。それを狙ってのことである。

 ディメンション・マジックの効果によるエネルギーが閃光となってSin パラドクス・ドラゴンを襲う。しかし、パラドクス・ドラゴンに当たる直前。閃光は一瞬で弾け飛んだ。

 当然、パラドクス・ドラゴンは無傷である。

 

「な……! 破壊されないだって!?」

 

 驚きを隠せず声を上げる俺に、パラドックスは余裕を滲ませた笑みを見せた。

 

「残念だったな。私はこの罠カードを発動していたのだよ! 罠カード《Sin Force》! 発動後このカードは「Sin」モンスターに装備され、魔法・罠の効果を受けない! Sin パラドクス・ドラゴンはこの効果を受けている!」

 

 Sin Force……! パラドックスの場に伏せられていたカードの1枚か。確かに、よく見ればSin パラドクス・ドラゴンの身体を覆う輝きが目に映る。

 ここで破壊できていればとは思うが、気持ちを切り替えていくしかない。

 

「ジャンク・バーサーカーを守備表示に変更。更に《貪欲な壺》を発動! 墓地の《マジック・ストライカー》《ゼロ・ガードナー》《ドッペル・ウォリアー》《音響戦士ベーシス》《ジャンク・シンクロン》をデッキに戻し、2枚ドロー!」

 

 合計5枚をデッキに戻し、2枚ドロー。それによって俺の手札は4枚となる。

 俺は手札をじっと見渡し、取るべき行動を判断する。

 

「……カードを3枚伏せ、ターンエンド!」

「私のターン! 2枚目の《Sin Selector》を発動! 墓地の《Sin パラレル・ギア》と《Sin スターダスト・ドラゴン》を除外し、「Sin」と名のつくカード2枚を手札に加える!」

 

 カードを引いたパラドックスが、4体のモンスターが守備表示で存在する俺のフィールドを見て、余裕の笑みを深める。

 

「モンスターを全て守備表示にしようと無駄なこと。私のフィールドには3体のSinモンスターに加え、スターダスト・ドラゴンがいる。そしてその攻撃力は、お前の場のモンスターの守備力を大きく上回っている」

 

 確かに、パラドックスの言う通りだ。相手の場には攻撃力4000を超える大型モンスターが3体もいるうえに、スターダスト・ドラゴンまで存在している。そしてパラドクス・ドラゴンの効果により、こちらがモンスターを召喚しても攻撃力は2500ポイントも下がることになる。

 攻撃力でも、守備力でも。対抗することは出来ない。パラドックスはそれを理解しているから、ああして余裕の表情で俺を見ているのだろう。

 だが。

 

「それはどうかな」

「なに?」

 

 それは俺が何もしなかったらの話。俺のフィールドには、切り札を呼び出す一手が残されている!

 

「リバースカードオープン! 罠カード《シンクロ・マテリアル》! このカードは、相手の場に存在するモンスター1体を選択して発動する! このターン俺がシンクロ召喚をする時、その相手モンスターをシンクロ素材とすることが出来る!」

 

 相手のモンスターをシンクロ素材にし、モンスター除去を行いつつ自分はシンクロ召喚を行えるという強力なカード。だがその強力な効果ゆえに、発動ターン俺はバトルフェイズを行えないという制約がある。が、相手のターンならばそのデメリットも関係がない。

 しかしこのタイミングでこのカードを発動させたことが予想外だったのか、パラドックスは目を見張って俺を見た。

 

「馬鹿なッ! 今は私のターンだ! お前がシンクロ召喚など……まさか!」

 

 何かに思い当たったのか、ハッとして声を上げるパラドックス。

 その想像は恐らく当たりだ。俺は口の端を持ち上げて笑った。

 

「そのまさかだ! 俺はお前の場に存在するスターダスト・ドラゴンを選択する! ……可能性を信じた先にこそ、この境地は存在する! ――クリアマインドッ!」

 

 パラドックスのフィールドでスターダスト・ドラゴンが嘶きを上げ、俺のフィールドのフォーミュラ・シンクロンと共に飛び上がる。

 

「レベル8シンクロモンスター《スターダスト・ドラゴン》に、レベル2シンクロチューナー《フォーミュラ・シンクロン》をチューニング!」

 

 フォーミュラ・シンクロンは2つの光輪を形作り、その中に飛びこんだスターダスト・ドラゴンは一気に加速して更なる上空へと駆け上がっていく。

 そして俺はスターダストの姿が消えていたカードに視線を落とす。そこには今、はっきりとスターダストの姿が浮かび上がっていた。

 そして反対に、パラドックスの場に出ていたスターダスト・ドラゴンのカードはガラスが割れるように砕け散った。

 

「パラドックス! スターダスト・ドラゴンは返してもらったぜ!」

「ち……!」

 

 忌々しげに俺を見てくる。しかしこれを妨害する手段はないのか、パラドックスは睨みつけてくるだけだった。

 妨害がないならば、やるべきことをやるだけだ。更に加速して光を纏うスターダストに向け、俺は手を掲げた。

 

「集いし夢の結晶が、新たな進化の扉を開く! 光差す道となれ! アクセルシンクロォォオオオッ!」

 

 瞬間、速さの限界を超えたスターダストの姿が音すら置き去りにして消え去る。そしてその直後、新たな姿となって俺の背後の空間からスターダストは飛び出した。

 

「――生来せよ! 《シューティング・スター・ドラゴン》!」

 

《シューティング・スター・ドラゴン》 ATK/3300 DEF/2500

 

 力強く、よりスピードを超えるために洗練された白く輝く流線型のボディ。逞しく発達したその身体を思いきり空中で広げ、シューティング・スター・ドラゴンは俺の頭上でSinモンスターたちと対峙した。

 奪われたスターダスト・ドラゴンは返してもらった。そして、今この場でスターダスト・ドラゴンがいなくなったことで出る影響は、シューティング・スターを出したことだけに留まらない。

 

「お前のフィールドからスターダスト・ドラゴンがいなくなったことで、俺の場のモンスターの攻撃力は全て元に戻る!」

 

《ジャンク・バーサーカー》 ATK/200→2700

《TG ハイパー・ライブラリアン》 ATK/0→2400

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/0→2000

 

 全て守備表示のため関係ないといえば関係ないが、これで次の俺のターンで攻勢に出ることも可能になった。

 

「更にハイパー・ライブラリアンの効果で、1枚ドロー!」

 

 そして俺のフィールドにて輝きを放つシューティング・スターを、パラドックスは驚愕と動揺が混ざり合った複雑な顔で見つめていた。

 

「アクセルシンクロだと……! この時代にそれを可能にしたというゾーンの話は事実だったのか。やはり、君にはここで消えてもらった方がいいようだ、皆本遠也」

「そう簡単にやられると思うか?」

 

 改めて俺を消すと言ったパラドックスに、俺は挑発とも取れる言葉を返す。

 しかし、それにパラドックスは小さく笑みを見せるだけだった。

 

「ふ、粋がるのもそこまでだ。アクセルシンクロをしたところで、シューティング・スター・ドラゴンの攻撃力は3300。我がSinモンスターには全く届いていない。無駄な足掻きというものだ」

「どうかな……やってみなければわからないぜ!」

 

 パラドックスは俺の言葉に首を小さく振って応える。

 

「強がりはよすんだな。Sin サイバー・エンド・ドラゴンの効果を忘れたか。このモンスターが守備モンスターを攻撃した時、攻撃力が守備力を超えていれば、その数値分相手にダメージを与える」

「……ッ!」

 

 いわゆる貫通効果。

 そして俺の場に守備表示で存在するブラック・マジシャン・ガール、ハイパー・ライブラリアン、ジャンク・バーサーカーは、順に守備力が1700、1800、1800となっている。

 攻撃力4000のSin サイバー・エンドの攻撃を受ければ、貫通効果で俺のライフは0になってしまうというわけだ。

 言葉に詰まった俺を見て、パラドックスは笑う。

 

「ふふ、だがまずはその目障りなドラゴンに消えてもらうとしよう。Sin パラドクス・ドラゴンよ! シューティング・スター・ドラゴンを攻撃し、破壊しろ!」

 

 パラドクス・ドラゴンが再びその口にエネルギーを凝縮し始める。シューティング・スターを最初の攻撃目標に選んだのは、徹底的に俺を叩きのめすという意思の表れか。

 徐々にパラドクス・ドラゴンのもとに集まった巨大なエネルギー。それを一気に解き放とうとしたその時。俺はシューティング・スターの効果を発動させていた。

 

「シューティング・スター・ドラゴンの効果発動! 1ターンに1度、3つの効果から1つを選択して発動する! 俺はシューティング・スター・ドラゴンを除外することで、相手モンスター1体の攻撃を無効にする!」

「なに!?」

 

 シューティング・スター・ドラゴンが甲高い声で嘶くと同時に、その身体を光の粒子へと変えてフィールドから消えていく。

 同時にパラドクス・ドラゴンの口に集っていたエネルギーも霧散し、パラドクス・ドラゴンはそのまま静止するのだった。

 その様を憎々しげに見た後、パラドックスは再びフィールドに目を向けた。

 

「おのれッ、ならばSin サイバー・エンド・ドラゴンでブラック・マジシャン・ガールを攻撃! どのみちこの貫通効果でお前は終わりだ! 喰らえ、《エターナル・エヴォリューション・バースト》!」

 

 三つ首の龍から放たれる、三つの巨大な光の砲弾。それを食らえば、確かに俺はひとたまりもない。

 それを防ぐ手立てはある。だが、そのためにはマナを犠牲にしなければならない。

 俺はマナを見る。そして、その視線を受けたマナが察したように頷いた。

 

「すまない、マナ……! 罠カード《ガード・ブロック》を発動! この戦闘ダメージを0にし、カードを1枚ドローする!」

『気にしないで、遠也……! きゃあっ!』

「く……!」

 

 マナを守ることが出来なかったことは、痛い。

 しかし、俺よりも攻撃を止められたパラドックスのほうが平静ではいられないようだ。更なる追撃をするべく、パラドックスはフィールドに残された最後の1体に指示を出した。

 

「Sin レインボー・ドラゴン! ジャンク・バーサーカーを薙ぎ払え! 《オーバー・ザ・レインボー》!」

 

 Sin レインボー・ドラゴンの口元に展開される環状の虹。その真ん中を潜るようにして放たれた光線を防ぐ術は俺にはない。

 それはジャンク・バーサーカーを直撃し、その身を四散させた。

 

「ぐぅッ……!」

 

 だがこれで全ての攻撃は防ぎ切った。逆に防がれたパラドックスの表情は厳しいものだったが。

 

「私は更にカードを2枚伏せ、ターンエンド!」

「シューティング・スター・ドラゴンの効果もこの時発動! 自身の効果で除外されたターンのエンドフェイズに俺の場に帰還する! 再び飛び立て、シューティング・スター・ドラゴン!」

 

《シューティング・スター・ドラゴン》 ATK/3300 DEF/2500

 

 光の粒子が集い、再びシューティング・スターの姿を形作る。フィールドに再び現れたその姿に、パラドックスは鼻を鳴らして応える。

 

「やはり戻ってきたか。だが、それがどうした。所詮は攻撃力の足りないモンスター。対して私の場には攻撃力が4000を超えるモンスターが3体いる。無駄な足掻きというものだ」

 

 どこまでも自分の優位を疑ってはいないパラドックス。

 俺が食いついてくることを不快に思いつつも、やはり自分が負けるとは微塵も思っていないようだ。

 だが、それは間違っている。

 

「どうやら、お前は知らないみたいだな」

「なに?」

 

 訝しげな顔を見せるパラドックスに、俺は小さく笑みを見せた。

 まったく……デュエリストならば、これぐらいのことは知っていてほしいものだ。

 

「教えてやるぜ! デュエルってのはな、最後の最後までどうなるかなんてわからないのさ! ――俺のターンッ!」

 

 僅かな笑みを顔に残したまま、俺はカードを引く。

 そうだ、だからこそデュエルは面白い。だからこそ、俺たちはこのデュエルモンスターズに全てを懸けて戦うことが出来るのだ。

 

 ――そうだろう、十代!

 

 今は別行動となり、学園の皆のために戦っているだろう友のことを思い起こす。俺たちは皆、そんなデュエルモンスターズによって絆を紡ぐことが出来た。デュエルモンスターズは、俺たちにとってもなくてはならないものだ。

 それをなくさせるわけにはいかない。そして、また皆と楽しく過ごすためにもここで死ぬわけにはいかないのだ。

 

「罠カード《亜空間物質転送装置》を発動! エンドフェイズまで俺の場のモンスター1体を除外する! シューティング・スター・ドラゴンを除外!」

 

 これで俺の場に存在するモンスターはライブラリアンだけとなった。僅かに1体のみのフィールド。だが、これで……!

 

「俺は《ジャンク・シンクロン》を召喚! そしてその効果により、墓地からレベル1の《チューニング・サポーター》を特殊召喚する!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

 再び俺の場に現れるジャンク・シンクロンと、チューニング・サポーター。そしてこの瞬間に俺は手札から1枚のカードを発動させた。

 

「速攻魔法《地獄の暴走召喚》を発動! 相手フィールド上に表側表示でモンスターが存在し、自分の場に攻撃力1500以下のモンスターを特殊召喚した時、その特殊召喚したモンスターの同名カードをデッキ・手札・墓地から全て攻撃表示で特殊召喚する!」

 

《チューニング・サポーター2》 ATK/100 DEF/300

《チューニング・サポーター3》 ATK/100 DEF/300

 

 一気にフィールドにモンスターを並べることが出来る強力な効果を持ったカード。それによって、チューニング・サポーター2体がデッキから俺のフィールドに現れる。

 しかし、地獄の暴走召喚は強力であるがゆえにデメリットもまた強力だ。

 

「この時、相手は自分の場のモンスター1体を選択し、その同名カードを相手自身の手札・デッキ・墓地から特殊召喚できる」

 

 そう、相手の場にいるモンスターと同じカードを相手にも召喚させるという効果。こちらは攻撃力1500の縛りがなく、下手をするとフィニッシャー級のモンスターを増やすことになる諸刃の剣なのだ。

 だが、パラドックスは忌々しげな顔をした。

 

「Sinモンスターは、特殊な召喚条件を持つモンスター……! その効果を得るのはお前だけだということか!」

 

 そう、Sinモンスターはデッキから対となるモンスターを墓地に送ることで手札から高攻撃力のモンスターを特殊召喚できる強力なカード群。

 だがその反面、一部例外を除き、それ以外の方法での特殊召喚が出来ない。今回はその穴を突かせてもらった形だ。パラドックスの言うように、地獄の暴走召喚の恩恵は俺だけが受ける。

 

「チューニング・サポーターの効果発動! シンクロ素材とする時、レベルを2として扱える! レベル2となったチューニング・サポーター2体とレベル1のチューニング・サポーターに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 レベルの合計は8。そして、「ジャンク」にはシンクロ素材の数が増えるほど効果が強化されるシンクロモンスターが存在している。

 

「集いし闘志が、怒号の魔神を呼び覚ます。光差す道となれ! シンクロ召喚! 粉砕せよ、《ジャンク・デストロイヤー》!」

 

《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600 DEF/2500

 

 現れるのは、パラドクス・ドラゴンには及ばないもののサイバー・エンドなどとは並ぶ巨体を誇る黒鉄の巨人。

 そしてシンクロ召喚に成功したため、その効果が発動する。

 

「ジャンク・デストロイヤーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、シンクロ素材としたチューナー以外のモンスターの数まで相手の場のカードを破壊できる! 俺はフィールド魔法《Sin World》を破壊する! 《タイダル・エナジー》!」

 

 ジャンク・デストロイヤーから放たれるエネルギーの波が、宇宙のごとき光景を作り出していたフィールドに溢れ、圧力をかけていく。その奔流はやがてフィールドの耐久値の限界に達し、ガラス細工が砕けるような音と共に不可思議な風景は消え去り、元の緑あふれる森林へとその姿を戻していった。

 

「ぐぅッ、私のSinモンスターが……!」

 

 同時に、パラドックスの場に存在していた《Sin サイバー・エンド・ドラゴン》《Sin レインボー・ドラゴン》《Sin パラドクス・ドラゴン》もその姿を維持できずに消えていく。

 Sinモンスターは、その極めて容易な召喚条件と引き換えに、フィールド魔法《Sin World》がなければ存在できないのだ。そのSin Worldが消えた今、3体のモンスターが破壊されるのは必然であった。

 

「そしてチューニング・サポーターの効果発動! シンクロ素材となった時、デッキから1枚ドローできる! 素材となったチューニング・サポーターは3体! よって3枚ドロー! 更にハイパー・ライブラリアンの効果、シンクロ召喚に成功したため1枚ドロー!」

 

 更に手札の増強を行う。チューニング・サポーターとジャンク・デストロイヤーはやはり相性が抜群である。

 破壊効果に加えてドローも出来るというのだから、その強さがわかるというもの。

 ともあれ、これでパラドックスのフィールドはがら空き。厄介な攻撃力を持つSinモンスターを一掃できたことは大きい。

 そして俺の場には2体のモンスター。ライブラリアンは守備表示だが、それでもジャンク・デストロイヤーの攻撃で充分パラドックスを倒すことは出来る。

 しかし。

 

「クク、ハーッハッハ!」

「……なにがおかしい」

 

 勝利を確信したその瞬間、不意にパラドックスが声を上げて笑い出す。

 絶体絶命のピンチにあって、なお揺るがないその余裕。それにどこか嫌な予感を感じつつ俺が問いかければ、パラドックスは笑い声を収めて静かに語りだした。

 

「フフ、お前はいま私のSinモンスターを破壊したことで、優位に立ったつもりでいるのかもしれない」

 

 だが、とパラドックスは言葉を続けた。

 

「今の行動。それは一見正しいものであったかのように見える。だがそれは、大いなる間違いッ! ――罠発動! 《Sin Paradigm Shift》!」

「なに!?」

 

 パラドックスの場で起き上がった《Sin Paradigm Shift》と書かれた罠カード。そのカードは瞬時に3つに分裂し、変形したD・ホイールの上に立って空中で静止しているパラドックスの周りへと浮かび上がっていった。

 

「《Sin パラドクス・ドラゴン》が破壊された時、我が身を生け贄とし、ライフポイントを半分払って発動する!」

 

パラドックス LP:2400→1200

 

「手札、デッキ、墓地から《Sin トゥルース・ドラゴン》を特殊召喚するッ! うぉおおぉおおッ!」

 

 パラドックスが乗っていたD・ホイールが地に落ち、代わりにゆっくりと姿を現した黄金色の何かにパラドックスの身体は腰まで吸収される。

 それは、よくよく見れば1体のドラゴンだった。しかし、その姿は巨大すぎる。パラドクス・ドラゴンよりも更に一回り以上大きな姿。かつて見た三幻魔ですら敵わないほどに大きく、少し離れて立っている俺でさえ、その全貌を掴むことは至難の業である。

 そしてパラドックスが吸収されたのは、どうやらその頭部に当たる個所であるようだ。プレイヤーとモンスターが一体化する。まるで神のカードを相手にしているかのようだった。

 

「見よッ! これが《Sin トゥルース・ドラゴン》の姿だッ!」

 

 黄金色に輝く巨躯を煌めかせ、Sin トゥルース・ドラゴンは自身の威容を誇るかのように咆哮を轟かせた。

 

 

《Sinトゥルース・ドラゴン》 ATK/5000 DEF/5000

 

 

「攻撃力5000か……!」

 

 デュエルモンスターズにおける、最大基本攻撃力。ただ場に出るだけで、既存のどのモンスターの攻撃力をも上回る圧倒的なパワー。

 何も強化していない状態でこれなのだ。そしてこの巨大な姿。俺は自らの口元に浮かぶ笑みを自覚した。

 

「それでこそ、倒し甲斐があるってもんだ!」

「ふん、そんなことは不可能だ」

 

 パラドックスの言葉に、俺はやはり小さく笑みを見せる。

 デュエルが終わるまで、結果がどうなるかなんて誰にもわからない。たとえ攻撃力5000の強力モンスターだろうと、絶対なんてものは存在しないんだ。

 ふと、墓地に行って精霊状態となっているマナがそんな俺を見ていることに気づく。Sin トゥルース・ドラゴンという脅威を目の前にした俺に向けられるその視線は、心配の色を強く帯びていた。

 だから、俺はよりはっきりと笑う。そしてグッと親指を立てた。

 信じろ。そんな意味を込めたそれに、マナは一瞬きょとんとしたあと微笑んだ。

 

『うんっ、遠也……頑張れ!』

 

 たった一言。ありふれた励ましの言葉。

 

「――はは!」

 

 なのに、俺の心には温かいものが宿っていた。

 パラドックス。聞こえちゃいないだろうけど、俺の相棒がこうして俺のことを見てくれているんだ。なら、諦めるわけにはいかない。

 

「魔法カード《死者蘇生》を発動! 墓地のモンスター1体を特殊召喚する! 守備表示で戻ってこい、《ブラック・マジシャン・ガール》!」

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000 DEF/1700

 

『遠也……』

「やっぱり、お前がいないと始まらないぜ。一緒に戦ってくれ、マナ!」

 

 ただ純粋に思った言葉を、マナに告げる。

 なぜ他のモンスターではなく自分を選んだのか。今のマナの複雑な表情を見ると、そう思っているのかもしれない。

 マナを選んだのは、手札にシンクロモンスター以外を指定するカードがあったからだ。しかしそれ以上に、やはりマナがいなければという思いが強かったというのが本音である。

 俺はその本心をマナに聞かせる。そしてその言葉を聞いたマナは、その表情をいつもの明るいものへと変えていった。続いて、力強く俺に頷いてみせる。

 

『うんっ、任せて!』

「ああ、任せた! 俺は更にカードを3枚伏せて、ターンエンド! そしてこのエンドフェイズ! 亜空間物質転送装置で除外されていたシューティング・スター・ドラゴンは俺のフィールドに戻ってくる!」

 

《シューティング・スター・ドラゴン》 ATK/3300 DEF/2500

 

 これで俺のフィールドは守備表示のブラック・マジシャン・ガール、ハイパー・ライブラリアンに、攻撃表示のシューティング・スター・ドラゴン、ジャンク・デストロイヤーという構成になった。

 その信頼すべき仲間たちの姿を後ろから見つつ、俺はパラドックスの姿を見据えた。

 

「私のターン! 新たに《Sin World》を発動! そしてバトルだ! Sin トゥルース・ドラゴンでジャンク・デストロイヤーに攻撃!」

 

 再びフィールドを覆う紫黒の宇宙。その中で、Sin トゥルース・ドラゴンがけたたましい叫びを響かせてその口腔にエネルギーを凝縮させていった。

 ここで俺が取れる手段としては、シューティング・スター・ドラゴンの効果でこの攻撃を防ぐというものがある。だが、そうするとシューティング・スター・ドラゴンは俺のフィールドから除外されてしまう。

 パラドックスがまさかこの攻撃だけで終わるとは思えない。ならば、ここは攻撃無効以外にも取れる手があるシューティング・スター・ドラゴンは温存しておく方がいい。

 幸い、伏せカードの中に対抗できるカードはある。今はそちらで対処するのが最善。そう判断を下し、俺は伏せカードを発動させる。

 

「速攻魔法発動! 《イージーチューニング》! 墓地に存在するチューナーを除外することで、その攻撃力をジャンク・デストロイヤーに加算する! ジャンク・シンクロンを除外し、攻撃力1300ポイントアップ!」

 

《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600→3900

 

 Sin トゥルース・ドラゴンとジャンク・デストロイヤーの攻撃力の差はこれで1100ポイントとなった。そしてその値がそのままダメージとなって、俺へと降りかかった。

 

「く、ぁああぁあッ!」

『遠也……!』

 

遠也 LP:1600→500

 

 思わずたたらを踏んだ俺に掛けられる声。それに小さく笑みを返しつつ、俺は歯を食いしばって足に力を入れ、Sin トゥルース・ドラゴンと向かい合った。

 ジャンク・デストロイヤーを破壊したパラドックスが、にやりと笑う。

 

「この瞬間、Sin トゥルース・ドラゴンの効果発動! Sinと名のつくモンスターが相手モンスターを破壊した時、相手の場のモンスターを全て破壊し! その数×800ポイントのダメージを与えるッ!」

 

 やっぱりあったな、攻撃以外にも俺にトドメを刺す効果が。

 この効果で破壊される俺の場のモンスターは3体。そのダメージ総計は2400となり、問答無用で俺のライフは尽きてしまう。

 Sin トゥルース・ドラゴンの周囲の空間に出現する無数の黒い針。それが全て、一気に俺のフィールドに向けて射出された。

 

「遠也! お前は、人には可能性があると言ったな! この状況で、いったい何が出来る! 絶望の中で、お前はどんな可能性を見出せるというのだ!」

 

 詰問するような、それでいて責め立てるようなそんな響き。その声を聴きつつ、俺はゆっくりとフィールドに手をかざした。

 ……確かに、可能性なんて存在しない絶望だってあるのかもしれない。俺が言っていることは、そんな絶望に身を浸したことがない者が言う戯言なのかもしれない。

 そしてパラドックスはそんな絶望を経験してきた。だからこそ、俺の言う戯言が気に入らないのかもしれない。

 だが……だが、それでも。

 

「希望へと繋がる可能性は存在する。そう信じることは、間違いなんかじゃない! シューティング・スター・ドラゴンが持つ第2の効果発動! フィールド上のカードを破壊する効果が発動した時、その効果を無効にし破壊する! 《スターブライト・サンクチュアリ》!」

「な、なんだとッ!?」

 

 俺のフィールドに向かって降り注いでいた無数の黒針が、接触する直前でその動きを止める。

 そして180度旋回し、その狙いをSin トゥルース・ドラゴンへと定めた。

 

「消えるのはSin トゥルース・ドラゴン! お前のほうだ!」

 

 その言葉がトリガーとなり、針の群れは一気にSin トゥルース・ドラゴンへ向けて加速する。

 無数の針がパラドックス自身に牙を剥き、パラドックスは腕を眼前に掲げることでその脅威から身を守ろうとする。が、針は容赦なくその身に襲い掛かっていった。

 

「う、ぉおおぉおッ! ふざけるなァ! Sin トゥルース・ドラゴンの効果発動! 墓地の《Sin レインボー・ドラゴン》を除外することで、我が身の破壊を免れる!」

 

 その宣言と共に、墓地のSin レインボー・ドラゴンが半透明の姿となったSin トゥルース・ドラゴンの前に姿を現す。そして一つ鳴き声を発すると、連動するようにSin トゥルース・ドラゴンに向かっていた黒い針は消えていった。

 何とか破壊を無効にすることは出来たが、しかし今の俺の行動はよほどパラドックスの余裕を削ったようだ。

 パラドックスは形相を一変させ、俺を睨みつけてきた。

 

「おのれ……! だがまだ私の攻撃は終わりではない! 速攻魔法《Sin Cross》! 墓地から《Sin サイバー・エンド・ドラゴン》を特殊召喚!」

 

《Sin サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK/4000 DEF/2800

 

 ここで更にSin サイバー・エンド・ドラゴンだと!?

 

「Sin サイバー・エンド・ドラゴンでブラック・マジシャン・ガールに攻撃! 《エターナル・エヴォリューション・バースト》!」

「シューティング・スター・ドラゴンの効果発動! シューティング・スターの効果は、1ターンに1度ずつ使用できる! その効果により、このカードを除外することで相手モンスター1体の攻撃を無効にする!」

 

 光の粒子となってフィールドを去り、それによってSin サイバー・エンドの攻撃は止まる。そしてこの瞬間に、俺は伏せカードを発動させた。

 

「更に罠発動! 《ゼロ・フォース》! 俺のモンスターが除外された時、フィールド上のモンスター全ての攻撃力を0にする! Sin トゥルース・ドラゴンとSin サイバー・エンド・ドラゴンの攻撃力は0になる!」

 

 どれだけ高い攻撃力を誇ろうと、攻撃力を0にしてしまえば恐れることはない。この効果が通れば――、

 

「させると思うか! 罠カード《Sin Force》! Sin トゥルース・ドラゴンの装備カードとなり、Sin トゥルース・ドラゴンへの魔法・罠の効果は全て無効となる!」

「くッ……!」

 

 さすがというべきか、そう簡単には通らないか。

 ゼロ・フォースの効果はフィールド上の全てのモンスターに適応される。よって、Sin Forceの効果を受けていないSin サイバー・エンド・ドラゴンと、俺のモンスターの攻撃力が0へと変化した。

 

《Sin サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK/4000→0

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000→0

《TG ハイパー・ライブラリアン》 ATK/2400→0

 

 攻撃力0になった俺のモンスターたち。Sin サイバー・エンドもだが、もともとSin Crossで特殊召喚されたモンスターはエンドフェイズに除外される運命にある。今更攻撃力が0になろうと影響はないだろう。

 だからか、パラドックスはにやりとその口元を歪ませた。

 

「どうやら、自分の首を絞める結果に終わったようだな! 更に私は罠カード《Sin Claw Stream》を発動! 「Sin」が存在する時、相手モンスター1体を破壊する! ハイパー・ライブラリアンに消えてもらう!」

「ッ、ライブラリアン……!」

 

 Sin Claw Streamから迸る稲妻がライブラリアンを直撃し、その身を破壊する。

 これで俺の場には現在、攻撃力0のブラック・マジシャン・ガールだけ。

 だが……。

 

「ただでは転ばない! 罠カードオープン! 《パラレル・セレクト》! 俺の場のシンクロモンスターが相手によって破壊され墓地へ送られた時、除外されている自分の魔法カードを選択して手札に加える!」

 

 現在、俺が除外した魔法カードは一枚のみ。マジック・ストライカーの特殊召喚時に使用したカードのみである。

 ゆえに。

 

「除外されている《アドバンスドロー》を手札に加える!」

 

 これで、伏せカードはあと一枚。

 しかし、俺に出来ることはこれ以上何もない。

 

「ふん、万策尽きたようだな。私はこれでターンエンド。そしてエンドフェイズ、Sin サイバー・エンド・ドラゴンは除外される!」

「だがこの瞬間、シューティング・スター・ドラゴンが帰還する! 飛翔せよ、シューティング・スター!」

 

《シューティング・スター・ドラゴン》 ATK/3300 DEF/2500

 

 そうして場に残るのは、圧倒的攻撃力を誇るSin トゥルース・ドラゴン。対してこちらは、シューティング・スター・ドラゴンと攻撃力0のブラック・マジシャン・ガールだ。

 数の上では有利でも、やはりSin トゥルース・ドラゴンの壁は厚く険しい。それをパラドックスも感じているのだろう、もはや決着はついたとでも言いたげに、パラドックスの顔には当然とばかりの余裕の表情があった。

 

「その2体が束になろうとも、我がSin トゥルース・ドラゴンには遠く及ばない。そのような状況で、どうやって私に勝つというのだ」

 

 Sin トゥルース・ドラゴンの頭上から降ってくる声。それに、しかし俺は頷くことは出来なかった。

 パラドックスの言葉は続く。

 

「諦めろ、皆本遠也。お前はここで歴史から消え去り、そしてデュエルモンスターズは私の実験によって消滅する。お前が言う可能性などという不確実なものに、希望などない!」

 

 自信に満ちた声で言うパラドックス。しかし、それは認めるわけにはいかない言葉だった。

 だから、俺はそれを真っ向から否定する。

 

「俺は負けない! 十代や皆、マナ、ペガサスさんに、たくさんの人たち。誰もが皆、希望を抱いて生きているんだ! それはたとえ間違っても正していける未来への可能性を信じているからだ! お前だってそうだろう、パラドックス!」

「……なんだと」

「お前だって、未来を救えるはずだと、間違いを正すことのできる可能性を信じて行動しているはずだ! そうじゃないのか!」

「……黙れッ! 私が抱くのは、数多の実験結果に基づいた確信だ! そのような不確実なものではない!」

 

 だが、パラドックスは言葉に詰まった。人は既に大きく間違えており改善の余地はないと可能性を否定しつつも、実験により間違った未来を正すという可能性は肯定する。その矛盾に、自分自身気が付いているのだろう。

 声を荒げたパラドックスを前にして俺はデッキトップに指を置く。このドロー、これに全身全霊を込める。

 ドローとはすなわち、可能性を引き寄せること。ならば、このドローで、俺は希望という名の可能性を引き寄せてみせる。

 

「俺は諦めない! 絶対に! 俺のッ、タァアアアーンッ!」

 

 ひいたカードは……《薄幸の美少女》。

 レベル1、攻撃力0のモンスターだ。戦闘破壊された時バトルフェイズを強制終了する効果を持つカードのため、使用できる場面は多いカードだが……今の状況では……。

 ――いや、まだだ。

 まだ俺の手には取れる手がある。ならば俺は、信じるだけだ。

 

「魔法カード《アドバンスドロー》! 俺の場のレベル8以上のモンスター1体をリリースし、デッキからカードを2枚ドローする! 俺は、シューティング・スター・ドラゴンをリリース!」

「なに、自ら切り札を手放すだと……!?」

 

 パラドックスの驚愕の声、それと同時に光となって消えていくシューティング・スター・ドラゴン。

 その姿を必ず勝つという思いを込めて見送り、俺はデッキからカードを二枚、引き抜いた。

 そして引いたカードを確認し、俺は目を見張った。

 

「これは……!」

 

 たった今引いた二枚のうちの一枚。それの効果を確認し、俺はやはり動揺する自分を隠せなかった。

 俺の中で、勝利への道が形作られていく。だが、しかしそのためには……。

 ――いや、悩んでいる場合ではない。

 今ここでこのカードが来てくれたのは、きっと俺の思いに応えてくれたからだ。

 なら俺は、その声なきカードの声に応えてみせる。

 

「きたぜ、パラドックス……! 未来へと繋がる、可能性のピースが!」

「なに!?」

 

 さぁ、いくぞ。

 

「俺は《薄幸の美少女》を攻撃表示で召喚!」

 

《薄幸の美少女》 ATK/0 DEF/100

 

「なに!? チューナーではないモンスターを攻撃表示だと!」

 

 俺のフィールドに現れたモンスターを見て、パラドックスが思わずといった声を上げる。

 レベル1かつ攻撃力は0、守備力も僅か100。更に言えば、チューナーですらないモンスター。その効果も戦闘によって破壊されなければその効果を発揮できない。この状況には似つかわしくないとパラドックスが思うのも至極もっともであった。

 だがしかし、全てはこのカードに繋げるため。俺は1枚のカードを手に取った。

 

「そしてこいつが、未来へ繋がる希望のカードだ! 魔法カード《星に願いを》!」

 

 "スターライト・スターブライト(星に願いを)"。

 (レベル)が重要な意味を持つ俺のデッキにおいて、星に願いを込めるこのカードがここで来るとは、俺自身驚いた。

 俺の呼びかけに応えてくれたこのカード。それをすぐさまデュエルディスクに差し込み、俺はその効果を発動させた。

 

「《星に願いを》の効果発動! 選択したモンスターと攻撃力または守備力が同じ値のモンスターがいる時、そのモンスターのレベルを選択したモンスターと同じにする! 俺は攻撃力0のブラック・マジシャン・ガールを選択し、同じく攻撃力0の薄幸の美少女のレベルを6に変更!」

 

《薄幸の美少女》 Level/1→6

 

 これでブラック・マジシャン・ガールと薄幸の美少女はレベルが同じ6となった。

 

「それがどうした! フィールドにチューナーはいない! 頼みの切り札もいないというのに、そんなモンスターだけで何が出来るというのだ!」

 

 パラドックスが苛立たしげに俺を睨みつける。向こうにしてみれば、俺の取った行動にまるで意味が感じられないのだろう。

 確かに俺の場にチューナーはいない。つまり、新たにシンクロ召喚をすることは出来ないということだ。

 フィールドにいるモンスターは2体のみ、しかもその攻撃力はともに0だ。そのうえ、わざわざシューティング・スター・ドラゴンを犠牲にして生み出した状況である。確かに、パラドックスがそう言うのも頷けるだろう。

 

 だが、この状況でも取れる手はある。

 

 俺のエクストラデッキに眠る、1枚のカード。俺はそのカードを普通に過ごしていれば決して使うことはないだろうと知りつつ、マナがいることもあってデッキに入れていた。

 海馬さんに心の中で謝る。決して外では使うなと言われたが、今この場にいるのはパラドックス一人だけだ。後にも先にも、恐らくはこの一度だけの使用。どうかここは許してもらいたい。そう心の中で呟いた。

 一度息を吸い、吐き出す。そして、フィールドに浮かぶマナに、声をかけた。

 

「いくぞ、マナ!」

『うんっ!』

 

 その力強い返事を受け、俺もまた力を込めてパラドックスと同化したSin トゥルース・ドラゴンを見据える。

 そしてフィールドに手をかざし、宣言した。

 

「俺はレベル6の魔法使い族《ブラック・マジシャン・ガール》と! レベル6となった魔法使い族《薄幸の美少女》を! ――オーバーレイ!」

 

 その宣言を受け、マナと薄幸の美少女はそれぞれ輝く光と化して空へと駆けのぼる。そしてそれと同時、俺のフィールド上に銀河を連想するような美しい光の渦が姿を現した。

 まさに目を奪われるという言葉がふさわしい。そんな光景を前にして、しかしパラドックスの表情は今見ているものが理解できないとばかりに、驚愕の色で染まっていた。

 

「……な、んだ……これはッ! 何が起こっているというのだ!?」

 

 パラドックスが、俺のフィールドで起こっている事態にひどく動揺した声を出す。それもそのはず、この召喚方法は恐らく未来であっても存在していなかっただろうものだ。

 

「2体のモンスターで、オーバーレイ・ネットワークを構築! ――エクシーズ召喚!」

 

 俺という存在が紛れ込んだことで生まれた、新たな召喚方法。俺は光の渦に飛び込んでいく2つの光を前に、その召喚方法の名を宣言する。

 その瞬間、爆発と共に光が溢れかえり、フィールドを埋め尽くした。そしてその光の中から徐々に姿を現す、一人の魔術師の少女。

 

「これが、研鑽の果てに魔導を極めた《ブラック・マジシャン・ガール》の姿だ! 今こそ進化しその姿を現せ、マナ!」

 

 その呼びかけと同時に、ブラック・マジシャン・ガールと同じ出で立ちをした魔術師の少女がフィールドに降り立つ。

 ただしその服装はポップなイメージだったブラック・マジシャン・ガールとは異なり、全てが黒く統一されている。白く縁どられた漆黒の服装、短いピンクのマントなどの装飾はそのままに、しかしその身を包む魔力は荒れ狂うように風を起こす。

 胸元に刻まれたアンクの紋様が一瞬煌めき、マナは持ち手も黒く染まった愛用の杖をバトンのようにくるりと回し、その先をSin トゥルース・ドラゴンへと突きつけた。

 

 

《マジマジ☆マジシャンギャル》 ATK/2400 DEF/2000

 

 

 そうして現れたマナの姿に、パラドックスは目を限界まで見き驚きをあらわにする。

 

「エクシーズ召喚……だと!? 馬鹿な、そんな召喚方法は、未来においても存在していなかったはず……!」

「フィールド上に同じレベルのモンスターが2体以上いる時、そのモンスターを素材としてエクストラデッキからそのレベルと同じランクを持つエクシーズモンスターを呼び出す! それがエクシーズ召喚だ!」

 

 マナが俺に振り返り、笑いかけてくる。それに俺は頷き、更に言葉を続けた。

 

「そして素材となったモンスターは墓地へ行かず、オーバーレイ・ユニットとなってエクシーズモンスターをサポートする!」

 

 小さな光の球が尾を引き、マナの周囲を旋回する。これこそがオーバーレイ・ユニット。デュエルモンスターズでも類を見ない、全く新しいモンスターである。

 そしてその光を放つ姿を前に、パラドックスは動揺が消えぬ表情のまま歯を噛みしめる。そして、まるでその動揺を打ち消すかのように、勢いよく腕を振り払った。

 

「だが……! だが、それがどうしたァッ! 攻撃力は僅か2400ではないか! Sin トゥルース・ドラゴンには遠く及ばないッ!」

 

 大声でパラドックスが言った言葉は、まさにその通りだ。攻撃力は2400。Sin トゥルース・ドラゴンの半分にも満たない値でしかない。

 しかし、何も問題はない。黒魔導を極めたブラック・マジシャン・ガールの効果は、大きく進化しているのだから。

 

「確かに、このままじゃそうさ! だが、エクシーズモンスターはオーバーレイ・ユニットを使うことで、その持てる真価を発揮する!」

 

 俺はマナの周囲を旋回する2つの光球を見る。これこそが、エクシーズモンスターの生命線にして、真の力を引き出す原動力。

 回数限定だからこそ強力無比な、奥の手なのだ。

 マナが俺に振り向き、俺はそんなマナを見つめる。互いに頷き合い、俺たちはパラドックスに向き直った。

 

『いこう、遠也!』

「ああ! 俺はオーバーレイ・ユニットを1つ使い、手札のカード1枚を除外して効果発動! 1ターンに1度、相手の墓地に存在するモンスター1体を俺のフィールドに特殊召喚する!」

「なんだとォ!?」

 

 旋回していた光球の1つが、マナの構えた杖に吸収される。その瞬間飛躍的に増した魔力が杖を伝い、やがてパラドックスのデュエルディスクへと直撃する。

 そしてその墓地から1体のモンスターが俺のフィールドに姿を現した。

 

「お前の墓地に眠るモンスターの力を貸してもらう! 来い、《Sin パラドクス・ドラゴン》!」

 

《Sin パラドクス・ドラゴン》 ATK/4000 DEF/4000

 

 翼を広げ、けたたましく咆哮するパラドックスの誇るエースモンスター。黒い巨体はそれでもSin トゥルース・ドラゴンほどではないが、パラドクス・ドラゴンが俺の場に現れたことに、パラドックスは目を見開いて言葉を失くす。

 

「パラドクス・ドラゴン……! お前が、私に牙を剥くというのか!?」

 

 その問いに、パラドクス・ドラゴンは答えない。しかし、パラドックスは何か感じるものがあったのか、歯を食いしばって押し黙った。

 

「だが……だが、まだだ! お前の場にはパラドクス・ドラゴンと魔術師の小娘が一人! しかしどちらも、Sin トゥルース・ドラゴンには届かない!」

「それはどうかな」

 

 俺は言葉と同時に手札のカードをディスクに差し込む。これが正真正銘、ラストカードだ。そしてこのカードが、このデュエルに終止符を打つ!

 

「魔法カード発動! 《シンクロ・ギフト》! 俺の場のシンクロモンスター1体の攻撃力を0にし、エンドフェイズまでその攻撃力をシンクロモンスターではない俺の場のモンスター1体に加算する! ――Sin パラドクス・ドラゴン! その力をマナに!」

 

 直後、Sin パラドクス・ドラゴンが大きく首をしならせて、天高く鳴き声を上げる。そしてその身体から溢れ出した闇色の波動がゆっくりとマナの身体を包み込んでいく。

 パラドクス・ドラゴンの攻撃力は4000。その莫大な力を受けたマナは、手に持った杖をトンと肩に置いて、ただじっとパラドックスを見つめていた。

 

 

《マジマジ☆マジシャンギャル》 ATK/2400→6400

 

 

「馬鹿なッ! 攻撃力6400……Sin トゥルース・ドラゴンの攻撃力を超えただとォッ!?」

 

 驚愕に声を震わせるパラドックス、そのライフは残り1200ポイント。そしてマナとSin トゥルース・ドラゴンの攻撃力の差は、1400ポイントだ。

 黒い魔力を身に纏ったマナが、肩に担いでいた杖を下ろしてゆっくりと構えた。

 

「パラドックス! 未来は、お前が知る未来のままじゃない! 簡単じゃないかもしれないけど、人間にはそれを変えていく力も確かにあるんだ!」

 

 ――俺は遊星じゃない。遊戯さんでも、十代でもない。

 それでも、俺にだって出来ることがきっとある。そして、それがいつかより良い未来に繋がるのだと信じる。

 たとえ小さな力でも、可能性を信じて、皆と力を合わせれば、きっとどんなことだって!

 

「いくぞ、マナ!」

『うん! 遠也!』

 

 応えたマナが、頭上に掲げた杖先に持てる力の全てを注ぎ込む。Sin パラドクス・ドラゴンの力を受けたためか、パラドクス・ドラゴンの身体とほぼ同程度にまで膨らむ闇色の魔力塊。

 紫電を纏わせてバチバチと音を鳴らすその巨大なエネルギーを前に、俺は真っ直ぐ上に向けて伸ばした手を、一気に振り下ろした。

 

 

「――Sin トゥルース・ドラゴンを攻撃ッ!!」

『いっけぇ! 《黒魔導爆裂閃光破(ブラック・ブレイズ・バーニング)》ッ!!』

 

 

 同時にマナも杖を振りおろし、導かれるように凝縮されたその魔力砲がパラドックスへと迫る。

 パラドックスの場に伏せカードはなく、手札もない。故にこの攻撃を防ぐ手立ては存在していなかった。

 パラドクス・ドラゴンの力を借りて生まれた最後の一撃。向かい来るそれを前に、パラドックスは極限まで瞠目し、襲い掛かる脅威を見つめ続ける。

 

 

「パラドクス・ドラゴン……ッ! 私が間違っていたとでもいうのか! そんなッ――馬鹿なことがァアァアアッ!!」

 

 

 瞬間、Sin トゥルース・ドラゴンに着弾し、特大の爆発を起こすマナの攻撃。

 それによってSin トゥルース・ドラゴンは倒され、同時にパラドックスのライフは0を刻んだ。

 

 

パラドックス LP:1200→0

 

 

 その時、俺はハッと思い出す。パラドックスが言っていた言葉……《Sin World》の中で負けた者は死ぬという、その言葉を。

 まだSin Worldは解除されていない。なら、まだ息があるということではないか。一年生の頃、俺の目の前で姿を消したセブンスターズの一人を思い出す。あの時は咄嗟に行動できなかったが……今なら――。

 だが、パラドックスは俺を殺そうと襲いかかってきた相手だ。でも……。

 

「ああもう、くそっ!」

『遠也!?』

 

 駆け出した俺の背中に、マナの声が届く。しかし、それには振り返らずに、俺はただパラドックスがいた場所に向けて走るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……デュエルに決着がつき、フィールド魔法《Sin World》は解除された。

 それによって元の姿を取り戻した森の中。草が生い茂る地面に、俺は背を投げ出して寝転んだ。

 すぐにも十代たちを追いたいところではあったが、命がけのデュエルはかなり俺の体力と精神を奪い取ったようだ。さすがにこのまま後を追うのは無謀にすぎるようだった。

 

「マナ……お前は大丈夫か?」

『あはは、ちょっと私もキツイかな。初めてのことだったしね』

「まぁ、そうだなぁ」

 

 エクシーズ召喚。それによってマナは黒魔導をより極めた姿へと姿を変えて戦うことになった。慣れない状態での戦闘で全力を出したのだ。平常通りとはいかないというのは、ある意味では当然のことかもしれなかった。

 俺は寝転びながら、視線を左に移す。そこには、横たわっている巨大な白いD・ホイールがある。しかし見るからにボロボロで、一目で壊れているのがわかる程に破損していた。走ることすら難しそうである。

 あれって、この時代で修理ってできるのかなぁ。ぼんやりとそんなことを考えていた俺に、右から掛かる声があった。

 

 

「……なぜ、助けた」

 

 

 その声を受けて、俺は視線を左から右に移す。そこには、こちらもボロボロながら確かに生きているパラドックスが、俺と同じく仰向けに身を横たえていた。

 まるで生きていることが不満であるかのようなその響きに、俺は苦笑して上半身を起こす。

 

「なぜって言われてもな。なんとなくだよ、なんとなく」

 

 しいて言えば、一年生の頃に助けられなかったことがあったからかもしれない。

 あの時はクロノス先生のことなどで頭に血が上っていたこともあったし、場所がすぐに駆けつけられない場所でお互い戦っていたこともあった。

 だがそれでも、咄嗟にピクリとも動けずに人一人が消えていくのを見ているしかできなかったのは、やはりしこりになっていたのだ。デュエルの後、俺のそんな心境はマナにばれていたらしく気を使われてしまったけども。

 それがあったから、同じような今の状況で俺は動いたのかもしれなかった。目の前で消えようとしている人間を、助けられるなら助けたかったから。

 

「………………」

 

 そんな俺の言葉に、返ってくる声はなかった。ちらりと見れば、パラドックスは目を閉じている。

 どうやら、消耗したことにより意識が落ちたようだった。俺はそれを見ると、両足に力を込めてどうにかこうにか立ち上がった。

 

「それじゃ、マナ。お前は右側な」

『え?』

「パラドックス。このままにはしておけないだろ」

 

 言いつつ、俺はパラドックスの左に回って脇の下からその身体を支えるように腕を回す。それを見て察したマナも実体化し、反対側からパラドックスの身体を支えた。

 

「重ッ!? なんでこいつこんなに重いんだよ!?」

「た、確かに……。ちょっときついかも……」

 

 そういえば、未来の生き残りであるパラドックスたちは、記憶を移されたコピー体だったっけ。有り体に言ってしまえば、ロボットが近い。そりゃ重いはずだわ。

 しかし、だからといって放置するわけにもいくまい。D・ホイールはさすがに後回しにするしかないが。

 

「それじゃ、行くぞマナ」

「はーい」

 

 互いに声を掛け合い、俺とマナはパラドックスを支えて歩き出す。

 十代たちと合流しても、これだけ疲弊していてはかえって邪魔になるかもしれない。今は少しでも早く回復に努め、その後に向かった方が皆の助けになることが出来るだろう。

 それに、倒れている人間を放って追ってきたなんて言ったら、皆に怒られてしまう。まずはパラドックスをきちんとした場所に移すこと。十代たちを追うのは、それからだ。

 そう今後の行動を心に決め、マナと二人で校舎を目指す。忙しくしているだろう鮎川先生に、また一人お世話になる人間が増えてしまったことを心の中で謝りながら。

 

 

 

 

 




あとがき

今回はエクシーズ召喚を使いましたが、当初からここで使う予定で話を作っておりました。
とはいえ今後もバンバン使っていくかというとそうではなく、あくまで今回は例外となります。必要なことでしたので、使用に踏み切っております。
また、アクセルシンクロ、エクシーズ召喚、それらの札を切らなければ到底勝てないほどパラドックスは強大な相手だった、と考えていただければ幸いです。


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第60話 重み

 

「まったくもう、急に戻ってきたと思ったら。ちょうどベッドが一つ空いたところだったから、良かったけど」

「すみません、鮎川先生」

 

 僅かに呆れを覗かせたような顔でこぼす鮎川先生に、俺は厄介ごとを持ってきた当人として頭を下げる。同じく、マナもぺこりとお辞儀をした。

 それに対して、鮎川先生は「そういう意味で言ったわけじゃないわ。ごめんなさいね」と苦笑する。そして、空いたベッドに寝かせられた一人の男に目を向けた。

 

「それにしても、この人は一体どうしたの? 今日は外部の人がこの島を訪れる予定はなかったはずだけど……」

 

 向けられた視線の先には、目を閉じて規則正しく胸を上下させている長い金髪の男がいる。パラドックス……ついさっきまで俺の命を狙ってデュエルしていた相手であり、どうにか勝ちを拾った後につい助け出してしまった男である。

 とはいえさすがにありのままを話すと、ただの危険人物以外の何物でもないため、俺はハハハと幾分乾いた笑い声で誤魔化した。

 

「とりあえず、その人のことお願いします。すぐに目を覚ますとは思えないけど……」

「そうね。何があったか知らないけど、ボロボロですもの。生徒ではないけど、傷ついた人を放り出す真似なんて出来ないわ」

 

 神妙な面持ちで、鮎川先生はそう断言する。

 その頼もしい言葉を聞き、俺は一つ大きく頷いた。

 

「ありがとうございます。じゃあ、俺はこれで」

「ちょっと待った」

 

 マナを指で促し、外に出ようとした俺。しかしその腕が掴まれ、動きが止まる。

 鮎川先生の顔を見れば、力強い瞳がじっと俺を見つめていた。

 

「えーっと……」

「皆本君も、治療しないと駄目でしょ! この人ほどではないにしても、あなただって怪我をしているのよ!」

「い、いや、でも、十代たちが……」

「今はそれよりも自分の身を心配しなさい! あなたは、まだデス・デュエルの影響も身体に残っているはずでしょう。それに、私の目は誤魔化せないわ。皆本君、またデュエルをしたんでしょう。ということは、また消耗したはずよ。あなたが無理をしたと知って、十代君たちが喜ぶと思う?」

「うぐ……」

「遠也の負け、だね」

 

 鮎川先生は心から俺の身を案じて言ってくれている。それがわかるから、俺は掴まれた手を振りほどくことができなかった。

 そう思ってしまった時点で、マナが言うように俺の負けなのだろう。俺は焦る気持ちを追い出すように肺の中の空気を吐き出すと、今にも出て行こうとしていた気持ちを落ち着かせ、近くの椅子に腰を下ろした。実際、パラドックスを倒した後から倦怠感はあった。だからこそ、すぐには動かずにその場で寝転んでいたのだから。

 鮎川先生が、俺の腕を掴んでいた手を離して治療の準備を始める。ただでさえ忙しい時だというのに……本当に、苦労をかけ通しである。

 こちらに背を向けている先生に向かい、俺はもう一度頭を下げるのだった。

 

 

 ――そしてその数十分後。俺とマナは保健室を後にした。

 既に十代たちが研究所に向かってから数時間。パラドックスとのデュエルや、その後ここまで連れて来たり、治療を受けたりと結構な時間を使ってしまったのだ。

 おかげで、外は今や夕方に近い。まぁ研究所に向かったのが昼過ぎだったことから、仕方がない部分もあるが。

 それでも、できれば夜までには解決したいところだ。いま十代たちがコブラを何とかしてくれているはずだが、もしかしたら苦戦しているかもしれない。その時、俺の力が役に立つかもしれないと考えたら急がないわけにはいかなかった。

 

 ――頑張ってくれ、十代! みんな!

 

 心の中でそう呼びかけ、俺はマナと共に研究所のある森の中へと駆けていった。

 

 

 

 

 * *

 

 

 

 

 ……時間は少々戻る。

 研究所に突入した十代たちは、手当たり次第に研究所内の捜索を行った。しかし、どこにもコブラの姿はなく、それどころか最近に人が入り込んだ形跡すらない。

 おかしいと思ったところで、一つだけ稼働するエレベーターを発見した十代たちは、罠の可能性を考えつつも行動することが先決とし、エレベーターで地下へと向かうのだった。

 そして、辿り着いた地下に広がっていた景色は十代たちの想像を超えるものだった。そこには見渡す限りのジャングルが広がっていたのである。

 かつてのSALの騒動からも分かるように動物実験用の施設として建造されたこの研究所は、小型から大型まで様々な獣を、広大な人工ジャングルを作り出すことで維持していたのである。

 そのジャングルへと降り立った十代たちは、早速手分けをしてコブラを探そうとし始める。

 だが、それに待ったをかけた者がいた。

 

「Wait! ちょっと待ってくれないか、みんな」

「ジム? どうしたんだ」

 

 動き出そうとしていた足を止め、十代はジムを見る。

 他の面々もこれからの行動を制止するジムの声に、思わずといった様子でジムを注視する。

 皆の目が語る「どういうことだ」という無言の問いを受け、ジムは一つ頷くとしっかりと蓋が閉じられた天井を見上げた。

 

「気づかないか? 俺たちはだいぶ地上の研究所内の捜索に時間を使った。But、遠也の姿が一向に現れない」

「あ……!?」

 

 ジムの指摘に、翔が声を上げる。

 そして声こそ上げなかったものの、全員がその事実に気が付き目を見張った。

 確かに、当初の予定通りに進んでいたのなら、研究所内を捜索している時に遠也とマナが来ていてもおかしくない。なのに、それがなかった。その事実が示唆する可能性に、ヨハンの表情が険しくなる。

 

「なるほどな。遠也の身に何かあったかもしれない、ってことか」

「考えたくはないが……」

 

 ヨハンが口にした懸念を、ジムが躊躇いがちに肯定する。

 誰もが認めたくはないが、しかし遠也の姿がないのも事実だった。皆の心に不安がよぎる。

 

「そこでだ、まずは俺の提案を聞いてくれないか?」

 

 そんな皆を前に、ジムが背負ったカレンの位置を調整しながらそう切り出す。再びジムに視線が注がれ、ジムはその提案を口にした。

 それは、まず別行動をとらないこと。もし遠也が後から来た時に分かれて行動していると、合流したとしてもその情報を共有できない。また、屋内とはいえジャングルはジャングル。ただでさえ迷いやすい場所で別行動は危険だというもの。

 そして、自分たちが乗ってきたエレベーターを上の階まで戻しておくこと。これは後から来た遠也が地下へと降りるための手段を用意しておかなければならないためだった。

 

「それに、ここはもうAway……敵地だ。敵地でこちらの戦力を分散させるのは得策じゃない」

 

 つまりは慎重を期すこと。デス・デュエルの中止は確かにアカデミアのためにも早く済ませるに越したことはないが、そのために自分たちが犠牲になってはいけないとジムは言ったのだ。

 焦るあまりに自分たちが倒れ、結果的にコブラを止められなくなっては本末転倒だからと。

 そのようにジムが説明すると、それを聴いた十代は真剣な顔で頷いた。

 

「……わかった。俺に異論はないぜ。皆もそれでいいか?」

 

 そう呼びかけると、十代の言葉に誰もが頷く。後から来る遠也のこと、そしてより確実にコブラの元に辿り着きデス・デュエルを止めること。これらを為すためには、ジムの提案が一番だと全員が判断したのだ。

 その反応を見たジムは頷き、十代を見る。それを受け、十代はエレベーターのボタンを押してそれを上階に戻すと、振り返って目の前に広がるジャングルに向き合った。

 

「よし……皆、行くぜ!」

 

 十代が一歩を踏み出し、翔、剣山、明日香、ヨハン、ジムの五人がそれに続く。途中で停電になったために屋内の電気が消え、ただでさえ見通しが悪かった密林は一層の暗闇に覆われている。

 そんな中を、六人は慎重に歩いていく。時おり聞こえてくる獣のものと思しき声に、翔などは身を震わせていたが、それは誰もが同じだった。内心で油断ならない場所であることを改めて感じつつ、彼らは生い茂る緑の中をひたすらに進んでいくのだった。

 木々の陰から見えた虎、そして気づけば肩に乗っていた毒蜘蛛。そういった目に見える脅威から身を隠しながらの道のり。緊張と焦りが身を焦がすが、しかし十代たちは努めて冷静になるように自身に言い聞かせながら歩き続ける。

 自分たちが確実にコブラを打倒しなければ、学園の皆はこれからもデス・デュエルによって倒れてしまうだろう。そんなことをさせてなるものか。その使命感が、そんな状況にあっても彼らの足を進ませていた。

 

 そうして、乗ってきたエレベーターから対角線上に彼らは進む。特に当てはないのだから、とりあえずまっすぐ進んでみようという単純な思考からの判断だった。しかし、それも間違いではなかったようで、やがて彼らの前で森は途切れ、開けた場所へと出ることになった。

 ようやく終わった息の詰まる行程。身長には慎重を重ねてゆっくり歩いてきたために、地下に来てから気づけば一時間も経過していた。

 全員の口から特大の呼気が漏れる。肺の中の空気を全て吐き出し、ようやく一息つけると胸を撫で下ろしていた。

 

「つ、疲れたドン」

 

 思わずといった様子で剣山の口からこぼれた弱音。それに、明日香も頷いて苦笑した。

 

「仕方ないわ。猛獣に毒を持った生物……こんなに危険な場所を歩いて来たんだもの」

「まったくだ。見た目通りのJungleとは恐れ入ったよ」

 

 ジムも次いで大げさに肩をすくめてみせ、そのひょうきんな仕草に緊張で固くなっていた皆の口元にも笑みが戻る。

 そんな中、ヨハンがすっと顔を上げた。

 

「でも、苦労した甲斐はあったぜ。どうやら、まっすぐ目的地までこれたみたいだからな」

 

 言ってヨハンが目を向ける先に皆も同じく目を向ける。そこには、さらに奥へと続いているのだろう暗闇がぽっかりと口を開けていた。

 細い谷を橋がまたぐその先。洞窟の入り口のように岩場に囲まれたそこは、遠目にも続く通路の床が平坦なものであることがわかる。動物が暮らすジャングルゾーンが終わり、人の活動範囲に戻るということだろう。

 危険極まりない密林がようやく終わりを告げると知り、安堵の思いがこの場にいる全員の胸を満たす。

 十代が「よし!」と声を上げて皆を見る。その口から次に出るだろう言葉は、十代が実際に口にせずとも全員がわかっていた。

 ゆえに、十代の視線に誰もが力強く頷いて応える。この先にいるであろうプロフェッサー・コブラ。彼と会い、デス・デュエルを即刻中止してもらう。その決意が込められた視線を受け、十代も頷くと前を見た。

 

「それじゃ……いくぜ!」

「――ふふ、ちょっと待ってもらいたいね」

 

 しかし、一歩を踏み出したその瞬間。この場にいる六人の誰のものでもない声が一行にかけられる。

 誰だ、とヨハンが大声で誰何する。聞こえてきたのは真正面から。すなわち、これから向かおうとしていた入口のほうからである。

 全員が緊張感を纏わせながら、前方を見据える。すると、やがて入り口そばの岩場の陰から、アカデミアの教員服に身を包んだ長髪の男が姿を現した。

 ジムとヨハンはその姿に警戒の姿勢を維持する。しかし、十代、翔、明日香、剣山の四人は驚きに目を見開いて現れたその人物に声を失った。

 

「あ、あんた……えっと、佐藤先生! 佐藤先生だろ!?」

「ふふ、覚えていてくれたのかい十代君。実に嬉しいよ」

 

 黒く長い髪の奥、丸眼鏡の下で目元を緩ませて佐藤先生は十代の問いに是と答えた。

 それを見ていたヨハンとジムが十代と同じ反応をしていた近くの翔に声をかける。「なぁ翔、誰だ?」「うちの先生、佐藤先生っす」「Teacherだって? なんでこんなところに」。

 翔からアカデミアの教師だと聞いたジムとヨハンは、こんなところにその教師の姿があることに怪訝な表情になる。同じく明日香と剣山も顔を見合わせて首を傾げていた。

 そして、疑問に思ったのは十代も同じだったようで、十代もまた佐藤に近づきつつ疑問を投げかけた。

 

「先生、どうしてこんなところに? ここにはコブラが……って、まさか」

「察しがいいね、十代君。普段の授業でもそれぐらい鋭ければ、もっと勉強も楽しめただろうに」

 

 笑みと共にそう言うと、途端に佐藤の表情が無表情のそれへと変化する。そして、左腕にデュエルディスクを着けると、ネクタイをゆっくりと緩めた。

 

「……そうだよ、十代君。私はプロフェッサー・コブラの協力者だ」

 

 この場にいる以上、その可能性は高かった。しかし、顔見知りの先生がこの一件に加担しているということはやはりショックだったのか、本校の生徒である十代たちは判っていても苦々しい顔になる。

 

「なんでだよ、佐藤先生! コブラは生徒たちが倒れる原因を作ってるんだぞ! なんで先生まで手を貸すんだよ!」

「なんで? ふふ、まさか君からそんな質問を受けるとはね」

「え?」

 

 佐藤は歩き出すと、互いの境界線のように走る谷の手前で足を止めた。間に架かる橋を挟み、十代と佐藤は対峙する。

 

「さぁ、十代君。私を倒さなければコブラにはたどり着けないぞ。デュエルをしよう。君の大好きなデュエルをね……」

「く……わかったよ。先生を倒さないと先に進めないなら、今は先生を倒すだけだ!」

 

 言って、十代もデュエルディスクを展開する。

 そして互いの開始宣言の元、デュエルが始まる。が、十代の表情はどこか精彩を欠いていた。外部からの人間ではない、もともとアカデミアに所属する佐藤。その佐藤が、アカデミアの生徒を危険にさらしていることに納得がいっていないのだ。

 それが、十代のデュエルに対する姿勢を中途半端なものにしている。渾身でデュエルに向き合えない。そのことに自分自身気が付いている十代だったが、ひとまずはこのデュエルを制することが先決とし、デュエルを進める。

 

 先攻で佐藤が繰り出した《スカブ・スカーナイト》を、十代は《E・HERO バーストレディ》で攻撃。攻撃力0対攻撃力1200で勝負になるはずもなく、佐藤は大きなダメージを受ける。

しかし、スカブ・スカーナイトにはバトルでは破壊されず攻撃してきたモンスターのコントロールを奪う効果がある。それによってバーストレディが奪われ、返しのターンで佐藤が新たに召喚した《ディマンド・マン》と共にバーストレディの攻撃を受けた十代は、一気にライフを半分に減らすこととなった。

 

「あ、兄貴ぃ!」

「さすが、アカデミアの教師。わずか2ターンで十代のライフを半分にするとは……」

「ヨハン! 感心している場合じゃないドン!」

 

 周囲が一気にライフを逆転された状況に動揺した声を漏らす。それを聴きつつ、ダメージに身をよろけさせた十代は、しかし縋るように佐藤を見て声を荒げた。

 

「先生! 今はこんなデュエルをしている場合じゃないんだ! コブラを一刻も早く止めないと、生徒にもっと被害が出ちまうんだよ!」

 

 十代がわかってくれと願いを込めて訴える。しかし、それに対して佐藤は一度目を閉じると、十代をじろりと睨めつける。

 その眼光に、思わず十代の口から呻き声が漏れた。

 

「……知っているさ、そんなこと。生徒たちには、本当に申し訳ないとも。……だが、わかっていてももう止められないのだよ。私のこの、君に対する憎悪はね……」

「ぇ……先生が、俺を……憎悪、だって?」

 

 思わぬ言葉に十代の言葉にも勢いがなくなる。

 憎悪。明るく、人を惹き付ける不思議な魅力を持つ十代には、似つかわしくない言葉。それを聴き、明日香たちは困惑した表情で佐藤を見た。十代に人から憎まれる要素があるとは、彼らにはどうしても思えなかったのである。

 必然この場の視線は全て佐藤に集まった。なぜ、十代を憎むのか。その問いを含んだ視線を受けながら、佐藤は話し始める。

 

 

 ――佐藤浩二。彼は天才にほど近いデュエリストだった。

 デッキの構築力、カードを活かすセンス、タクティクス……それらデュエルに必要な才能に恵まれ、そして何より勤勉だった。

 才能に驕らず、佐藤は己の力の研鑽に励んだ。貧しい家に生まれ、苦しい生活を強いられる中、自らの才能を最大限に発揮できるデュエルにこそ佐藤は今の生活を脱する可能性を見出したのだ。

 そして、その努力はついに実り、佐藤はプロデュエリストになった。

 その才能はいかんなく発揮され、プロランクは順調に上昇。ついにはタイトル戦という華々しい舞台にまで上り詰めたのである。

 ……しかし、佐藤の栄華はそこで終わる。

 貧しい家族が暮らすにはプロのファイトマネーだけでは足らなかった。そのため、佐藤はプロとしての場以外でも積極的にデュエルをこなし、金策に走った。

 休みもろくに取らず、ただただデュエルに明け暮れる日々。無論、そんな中でもプロとしての仕事はやってくる。佐藤に休息はなく、いつまでも働き続ける日々が佐藤の日常だった。

 そんな生活を続けていて、身体を壊さないはずがない。タイトルをかけたDDとの一戦。その最中に佐藤はとうとう倒れ、プロから引退することになるのであった。

 しかし、佐藤は腐らなかった。プロとしての道は絶たれた。しかし、自分には身体にムチ打ってまで積み重ねた膨大なデュエルの経験がある。これからは、この経験をこれからの未来を担う子供たちに捧げるのだ。

 そう心に決めた佐藤は、アカデミアの教師として再出発を果たしたのである。

 

 

「――はじめは良かった。デュエルに皆前向きで、私の授業も熱心に聞いてくれた。だが、いつしか生徒たちは私の授業を聞かなくなってしまった」

 

 居眠り、私語、欠席、それらが徐々に増えていく。そんな中、佐藤は何故そうなったのかを突き止めた。教室で居眠りをしていた生徒を注意した際に、その生徒が気まずそうに見た先。そこには、堂々と居眠りをする十代の姿があったのだ。

 

「十代君、君だよ。君のその怠惰な姿勢が生徒に広がり、彼らのやる気を奪っていったんだ」

「ぅ……そ、そりゃ真面目な生徒じゃなかったけどさ! けど、なんで全部俺のせいになるんだよ!」

 

 身に覚えがあるためか、いささか居心地が悪そうな十代。しかし、さすがに多くの生徒全員が自分ひとりに影響されるわけがない、という意味を込めて十代は反論する。

 それに対して、佐藤は呆れたように首を振ることで応えた。

 

「それを自覚していないこと、それこそが君の罪だよ。十代君」

 

 デュエルは進行する。

 十代のターン、《N(ネオスペーシアン)・エア・ハミングバード》を守備表示で召喚し、そのライフ回復効果を使おうとするも、佐藤の操る《スカブ・スカーナイト》が存在する限り回復効果は発動できず不発となる。

 更にスカーナイトは自身との戦闘を強要する効果も有しており、それによってエア・ハミングバードはスカーナイトを攻撃。佐藤のライフを2000まで削るものの、スカーナイトを攻撃したことによりスカブカウンターが乗ってしまう。

結果、バーストレディと同じくエア・ハミングバードのコントロールは佐藤に移った。それを、十代は歯がゆくとも見届けるしかなかった。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンド! ――先生! 先生は一体、俺が何を自覚してないっていうんだよ!」

 

 訳も分からず己のせいにされてはたまらない。十代がそう叫ぶと、佐藤は薄ら笑いを浮かべて口を開いた。

 

「では、君の罪について話してあげよう。こう見えて私は、人に教えることが得意なのでね」

 

 皮肉気に放たれた言葉。それに続く佐藤の言葉に、十代だけでなく二人の戦いを見ていた全員が耳を傾ける。あれほどまでに十代が責められる理由。それを、誰もが気にしていたのだろう。

 佐藤曰く、“大いなる力を持つ者には、大いなる責任が伴う”。十代、そして遠也の二人は、アカデミアの生徒にとっては英雄であると語った。

 三幻魔、破滅の光……。この学園に襲い掛かった脅威を、十代と遠也はことごとく撃退してきた。だからこそ、その強く眩しい力に生徒たちは憧れを抱いたのだという。

 

「自分も君たちのようになりたい。それが皆の思考だよ。だからこそ、君たちは常に正しい姿でいなければならなかったのだよ。そうでなければ、皆も悪い部分を真似してしまうからね」

「そんな……そんなこと言われたって、どうすりゃいいんだよ。俺はただ、俺がやりたいようにやっているだけだ!」

「君はそれが許されない立場になったのだよ、十代君! 望もうが望むまいが、君の行動がそうさせた! しかし君はそれを理解せず、ただ周囲に害悪をもたらした! そして、そのことを自覚してもいない! それが、君の罪だ!」

「ぅ……ぐ……」

「私のターン! バーストレディで直接攻撃!」

「と、罠発動! 《攻撃の無力化》! その攻撃を無効にし、バトルを終了させる!」

「それで防いだつもりかい、十代君! 魔法カード《スカブ・ブラスト》を発動! 場に存在するスカブカウンター1つにつき200ポイントのダメージを与える! 場にカウンターは2つ! よって400ポイントのダメージを受けてもらおう!」

 

 バーストレディ、エア・ハミングバード。スカブカウンターが乗った2体が同時に十代に対して攻撃を行う。十代にそれを防ぐ手はなく、スカブの名を冠する炎に十代の身は包まれた。

 

「うぁああッ!」

 

 

十代 LP:2000→1600

 

 

「十代っ!」

 

 ダメージを受けた姿を前に、明日香が思わずといった様子で名前を呼ぶ。しかし、十代に応える余裕はないようで、明日香に反応を見せることはなかった。

 十代の表情は、残りライフ1600とは思えないほどに追い詰められていた。あと一撃で負けるかのような……いや、それ以上の悲壮感のようなものが感じられる。

 二年間一緒に過ごしてきた明日香も、見たことがない顔つき。明日香の胸の中に心配の念が強くなっていく。

 その時、はたと気づく。共に過ごしてきた二年間、その中で、そういえば一度だけ十代がらしくない姿を見せた時があったことを思い出したのだ。

 

「……なんか、兄貴の様子がおかしいドン」

「まるで、エドに負けてカードが見えなくなった時みたいっす」

 

 剣山と翔、特に翔の言葉は明日香が考えたことをそのまま言い当てていた。

 エドに負け、カードが全て真っ白に見えるようになってしまった時。あの時の十代に普段の快活さは微塵もなく、ただ俯いてぼうっとしているだけだった。

 今はそれに比べ、困惑、動揺、そういった明確な動きはある。しかし、どれも普段の十代からは感じられない印象であることに違いはなかった。また、その印象が負の方向のものであることも一致している。

 だからだろう、翔や明日香がエドの時を思い出したのは。ネガティブになっているという共通点が、あの時のことを思い起こさせたのだ。

 その時、ヨハンが十代に発破をかけるべく声を上げた。

 

「十代! そんな言葉に惑わされるな! たとえその通りだとしても、自分らしさを捨ててしまっていいはずがない! お前はお前らしく! 周囲のことは、それからしっかり考えて頑張っていけばいいじゃないか!」

「ヨハン……」

 

 激励を贈るヨハンに十代が顔を向けるが、同時に佐藤もまたヨハンに目を向けていた。

 

「ヨハン・アンデルセン君。君は、アカデミア本校に来たばかりで日が浅い。だからそう楽観視した意見が言えるのだよ。十代君、君が残した根は深い。君が知らないだけでね……」

 

 そう佐藤が言うと、再び十代の顔が曇る。

 その物言いを受け、ヨハンの隣に立つジムが眉をしかめた。

 

「Shit……! 本校での在籍日数で語られては、俺たちは口を出せない」

「ああ。口を出しても、言葉の重みがなくなっちまった……!」

 

 佐藤の言葉によって、説得力を持たせるための要素の一つとして本校で過ごした時間が加えられてしまった。

 たとえ本人が意識していなくても、無意識のうちに十代はその要素についても考えてしまうだろう。結果、ヨハンとジムの言葉は「本校での経験の足りなさからくる、楽観意見」という先入観が生まれる。言葉の重みがなくなるとは、そういうことだった。

 こうなると、ヨハンとジムの二人が声をかけるよりも十代と長く一緒にいた人間が声をかける方が効率的だ。つまり、剣山、翔、明日香の三人。特に、一年のころから十代と一緒におり、アカデミア本校での時間が長い翔と明日香に期待が集まる。

 その視線を受け、翔と剣山が大きく声を送る。しかし、どれも十代の顔を晴れさせるまでには至らなかった。

 

「ダメだ……弟分の贔屓目だって思われちゃったのかも」

「俺の場合は、丸藤先輩ほど兄貴と一緒にいるわけじゃないザウルス。悔しいけど、一年生の頃から兄貴を知っている佐藤先生に当時のことを言われたら、何も言えないドン」

 

 そう。二人が声をかけると、佐藤はそれぞれに対応した言葉を十代に投げかけたのだ。翔の言葉に対しては「君の弟分は懸命に君を庇っているようだね」、剣山の言葉に対しては「彼が知らない一年生の頃からの積み重ねが今を招いたのだよ、十代君」。

 その言葉で、翔と剣山の励ましの声を相殺し、結局十代の顔は曇ったままだった。

 ならば、残るは明日香ひとり。全員の視線が集まるが、しかし明日香は沈痛な面持ちで目を伏せた。

 

「私は……ごめんなさい、十代に何を言ってあげればいいのか、思いつかないの」

 

 言葉をかけたい気持ちはある。十代のいつもの笑顔が見たいという願いも。しかし、こと今回の件に関しては、あまり明日香も強く言えないのだった。

 何故なら、明日香自身も十代と共に行動していくうちに授業をサボった経験があるからである。どう言ったって十代を庇うことになる以上、サボったことに対する自己弁護にしかならない。

 更に言えば、サボった授業の中には佐藤先生のものも含まれていた。佐藤先生の授業を選択しておきながら、サボった。そんな身の上で、人の心を動かせられるとは到底思えなかった。

 

(こんな時、遠也がいたら……)

 

 遠也なら、どんな言葉を十代にかけるだろうか。明日香は、この場にいないが十代と共にずっと歩んできた仲間の姿を思い浮かべる。

 明日香は破滅の光の騒動が終わった後、十代から聞いたことがあった。エドに敗れ、カードが見えなくなってしまった時。遠也に助けてもらったんだ、と。

 同じく、遠也もまた落ち込んでいた時に十代に助けてもらったという。要するにお互い様なんだよ、と遠也は笑っていた。

 かつて、十代を助けた遠也なら何と言っただろうか。遠也もまた十代と並んで有名であり、十代ほどではないが授業をサボることがないわけではなかった。

 そういう意味では、彼が何を言ったところで説得力は乏しいだろう。けれど、もしかしたら自分たちには言えない何かを遠也なら言えるのかもしれない。益体のない思考だとわかってはいても、目の前で苦しそうにデュエルをする十代の姿を見ると、明日香はついそんなことを考えてしまうのだった。

 

「――くっ……俺のターン、ドロー! 来い、《E・HERO バブルマン》!」

 

 カードを引き、十代はバブルマンを召喚する。十代の場には、バブルマン以外のカードはない。よってバブルマンの効果により2枚ドローし、更に十代は行動を続けていく。

 カードを1枚伏せ、手札の《E・HERO フェザーマン》とバブルマンを融合し、《E・HERO セイラーマン》を召喚。セイラーマンの効果は、自分の場に魔法・罠が伏せられている時に直接攻撃できるというもの。

 それにより、セイラーマンは佐藤に直接攻撃。攻撃力分、1400ポイント佐藤のライフポイントを削った。

 その後、十代はたった今伏せた《戦士の生還》を発動。墓地からバブルマンを手札に戻し、ターンを終了した。

 

「……先生! あんたが何と言おうと、俺には今コブラを何とかするという目的がある! このまま勝たせてもらうぜ!」

 

 強気で十代が言えば、佐藤はくつくつと喉を鳴らして笑った。

 

「私の言葉が怖いのかい、十代君。まぁいい、どのみち君は私には勝てない」

「勝ってみせるさ!」

「いいや、勝てない。何故なら、私やプロフェッサー・コブラが持つものを君は持っていないからだ」

「なに……どういうことだよ?」

 

 彼らにはあって、自分にはないもの。一体佐藤は何を言っているのか。わからず、十代は問い返す。

 そして、佐藤は語る。十代に足りないもの、それは心の闇……執念にも似た己を突き動かす原動力、心に背負うもの。それこそが足りないものであると。

 佐藤は家族のため、そして自分に期待する者のために自身を削ってデュエルに臨んだ。コブラにも、心に期する何かがある。佐藤には同類としてそれがわかった。

 しかし、十代からは何も感じない。ただ楽しみとしてデュエルをし、そして自堕落を他者に振りまく。佐藤にしてみれば、“軽い”と言わざるを得なかった。

 

「十代君、君はデュエルで何がしたい?」

「え? 俺は、楽しいデュエルを……」

 

 問われた十代が己のポリシーを答えると、佐藤は首を横に振った。

 

「それは“何故デュエルをするのか”であって“デュエルで何をするか”ではないよ。だが、これで君にもわかっただろう、自分に足りないものが」

「……ッ」

 

 十代は答えない。しかし、それこそが佐藤の問いに対する答えだった。

 楽しいからデュエルをする。それこそが十代のスタンスだった。それは今でも間違っているとは思わない。実際、デュエルをすることは本当に楽しいのだから。

 

 しかし、そこから先の展望が何もない。そのことに十代は気づいてしまった。

 

 そう、『デュエルを通じて自分がやりたいこととは何か』ということ。それが十代にはなかった。いわゆる、夢や目標。絶対に達成したい何か。己にはそれが決定的に欠けていることを、いま初めて十代は自覚したのだった。

 これまでずっと気づかずに過ごしてきたことに気づいた十代は、同時に己の軽さを知った。

 他者のために自己を投げ出し、どこまでも他のためにデュエルをしてきた佐藤先生。それを十代は羨ましいとは思わないが、しかしそこにかける思いの強さでは負けた気がした。“家族の生活のため”に身を粉にしてデュエルに臨んできた佐藤と、“楽しいから”という理由で気軽にデュエルをする十代。

 

 デュエルにかける気持ち。その重さで自分は負けたのだ。

 

 それを自覚した途端、思わず十代が一歩後ずさる。まるで自身の根幹を揺さぶられているようだ。目の前にいる佐藤の姿が、一回りも大きく見えた気がした。それが気圧されたということだとは、十代は気づかない。

 動揺を隠せないその様子を見て、佐藤の口元に余裕の笑みが浮かんだ。

 

「それだけ動揺するということは、君自身そのことを良く思っていないということだ。君のデュエルはどうしようもなく、軽い。楽しいから……それだけでやっていけるほど、現実は甘くないんだよ、十代君」

「ぐ……」

「私のターン、墓地の《スカブ・ブラスト》の効果発動! ドローフェイズにドローしない代わりに、墓地のこのカードを手札に加える! そして発動! 400ダメージだ!」

「ぐぁあッ!」

 

 

十代 LP:1600→1200

 

 

「更に《受け継がれる力》を発動! 私のフィールドのモンスター1体を墓地に送り、その攻撃力を他のモンスター1体の攻撃力に加算する! エア・ハミングバードを墓地に送り、バーストレディの攻撃力をアップ!」

 

 エア・ハミングバードの攻撃力は800ポイント。バーストレディの攻撃力と合わせ、その攻撃力は2000となる。

 十代の場に唯一存在するモンスター、セイラーマンの攻撃力1400を上回る値だった。

 

「いけ、バーストレディ! セイラーマンに攻撃!」

「ぐぅうッ!」

 

 佐藤の指示を受け、バーストレディがその手に黒い炎の玉を作り出す。そしてそれは彼女の手を離れると真っ直ぐセイラーマンを目指し、直撃。

 セイラーマンは破壊され、十代のライフは佐藤と並ぶ僅か600ポイントとなった。

 

 

十代 LP:1200→600

 

 

「十代ッ!」

 

 追い込まれたと言っていい様子に、ヨハンが荒い声を上げる。

 ヨハンの目にも、十代の様子はおかしく映っていた。留学後、ずっと見てきた明るさが失われている。

 

 ――十代は、自分が誰かに悪影響を与えていたことを……佐藤を追い詰めていたことを、後悔しているのだ。

 

 そう確信したヨハンは、息苦しそうにデュエルをする十代ではなく、相対する佐藤に目を向けた。

 

「先生! 言葉で相手の動揺を誘うなんて、それでもデュエリストのすることか!」

 

 それを受けて、佐藤は十代に向けていた顔をヨハンに向ける。

 

「悪いことをしたら、いけないことだと教えなければならない。私はそれを実践しているまで。なにせ、これまで彼にそれを指摘した人は誰もいなかったようなのでね……」

 

 それとも、と佐藤は続けた。

 

「ヨハン・アンデルセン君。君は授業を無断で欠席し、居眠りをし続けることが良いことだと言うのかい?」

「それは……!」

 

 ヨハンが言葉に詰まる。その点は十代が悪いのは確かだからだった。しかし、だからといって十代が苦しんでいるのを見過ごすわけにもいかない。ヨハンは悔しげに口を結ぶ。

 すると、その肩を横からジムが叩いた。そして、今度はジムが口を開く。

 

「けど、十代だけを責めることはないんじゃないか? 最初に十代が居眠りをした時、注意しなかった先生にも非はある」

「注意はしたさ」

「What? しかし、先生の話を聞いていると、十代はずっと先生の授業で寝ていたんだろう? 一度注意されていればそんなことは……」

 

 言いつつジムはちらりと十代を見る。視線の先の十代の表情は、先ほどよりもずっと気まずそうなものだった。

 その顔を見て、ジムは悟る。先生に注意されたのに、十代は居眠りを改善しなかったのだと。

 

「十代……さすがに、それは……」

「ぅ……お、俺だって悪いことをしたって思ってるよ……」

 

 しかし、それも後の祭り。既に過去はそうあるものとして過ぎ去り、佐藤はこうして十代たちの前に立ちはだかっている。

 ヨハンとジム、二人の言葉も退けた佐藤は、ぐっと背筋を逸らして十代を見た。

 

「そういうことだよ、十代君。君と遠也君は生徒たちの憧れ、ゆえに正しく在らねばならなかった」

 

 佐藤は言う。遠也もまた授業を欠席することはあったが、居眠りはしなかった。それどころか、寝ている十代を起こすこともしており、佐藤にしてみれば十代よりは真面目な生徒だった。あくまで、まだマシ程度のことではあったが。

 それに、遠也の成績は悪くなかった。実際、遠也は十代や翔に勉強を教えることもあったほどだ。成績に問題がないということは、授業を理解しているということ。結果を出してくれているのなら、佐藤とて多少の緩みを見逃す心の広さは持っていた。

 同じ立場にいるはずの二人。だというのに、遠也に比べて十代は、ということ。その物言いに、十代がわずかに鼻白む。

 

「俺は……遠也じゃないぜ」

「知っているとも。だが、本当に君たちは友達と言えるのかな?」

 

 その言葉はさすがに見過ごせない。十代は顔を上げて佐藤を睨んだ。

 

「なにを……!」

「成績も悪くなく、彼は真面目だ。あのカイザーにも勝つほどの腕前。対して君はどうだい。授業態度は悪く、そのせいで多くの生徒が自堕落になる始末。どうかな、対等な関係である友達のはずなのに、随分とアンバランスじゃないか?」

 

 そんなことはない。そう叫びたい気持ちが胸に溢れる。

 しかし、その言葉が十代の口から出てくることはなかった。先程から続く佐藤の言葉、それによって知らされた自分に欠けているもの。自分は、友達という関係に釣り合っていないのではないかという疑問すらよぎる。

 一瞬だけ去来したその思いが、出かかった言葉を喉元で止めてしまう。

 口を噤んでしまった十代。その姿に気を良くしたのか、更に佐藤は言葉を重ねる。

 

「君は、果たして彼の良き友であると言えるかい? こうして私を追い詰め続けた君が……。十代君、君は彼の友達として相応しくないんじゃないか。自分を顧みる気持ちが少しでも君にあるなら、そう思うはずじゃないかい十代君……」

 

 囁くように、諭すように、佐藤の言葉が十代の思考を侵食していく。

 十代は思う。本当は、そうなのかもしれない。佐藤を、多くの生徒を、良くない方向へと導いてしまった自分は、間違っていたのかもしれない。そう思う部分が自分の中にあるのは事実だった。

 そういう意味では、佐藤の言葉も間違ってはいないのかもしれない。

 

 しかし。

 

「俺は――」

 

 顔を上げ、十代は佐藤を見る。

 一年生、二年生、遠也と十代はいつも一緒に過ごしてきた。二人で困難に立ち向かい、そして友情を深めてきた。

 その記憶が十代に教えてくれる。佐藤に何を言われようと、自分と遠也は友達であると。

 

「俺は、俺を親友だと言ってくれた遠也を信じる! あんたの言葉じゃなくてな!」

 

 拳を握り、力を込めて宣言する。しかし、それを見る佐藤の目は冷ややかだった。

 

「君に他人である彼の何がわかるんだい、十代君。それは君の一方的な勘違いかもしれないよ。彼は本当はそう思っていないかもしれない」

「先生こそ、あいつの何がわかるんだよ! 先生より、俺は遥かに知ってる。遠也がどんな奴か、どれだけ友達思いの奴かってな! 二年以上、俺たちは一緒にいるんだからな!」

 

 ゆえに、その程度の言葉で揺らぐことはない。そう断言する十代の言葉に、佐藤は眉を顰めて十代を見る。

 

「さんざん私を虚仮にしてきた君が、人の絆を語るか。私はこれでターンエンド」

「俺のターン! ドロー!」

 

 5枚となった手札。その中でたった今引いたカードを確認し、十代は僅かに目を見開いた。

 

「――このカードは……! へへ、やっぱり遠也は俺に応えてくれたぜ、先生!」

「なに?」

 

 十代は今引いたカードを手札に加え、それとは違うカードに指をかける。

 

「まずは手札から《E・HERO バブルマン》を召喚! その効果により、2枚ドロー!」

 

《E・HERO バブルマン》 ATK/800 DEF/1200

 

 再び現れるバブルマン。十代のフィールドにバブルマン以外のカードは存在していないため、カードを2枚手札に加えた。

 

「更に魔法発動! 《フェイク・ヒーロー》! 手札の「E・HERO」1体を特殊召喚する! ただしそのモンスターは攻撃できず、エンドフェイズに手札に戻る!」

 

 そして、十代がこのターンのドローでデッキから引いたカードを手に持つ。訝しげな顔をする佐藤を前に、勢いをつけてそのカードをディスクへとセットした。

 

「俺は《E・HERO エアーマン》を特殊召喚!」

 

《E・HERO エアーマン》 ATK/1800 DEF/300

 

 現れるのは、青い体躯に青いバイザー、白い機械仕掛けの両翼にファンのような回転する羽がついた特徴的なHEROだ。

 下級HEROとしてはかなりの高打点、そして優秀な効果を持つ今の十代のデッキにとって頼もしい仲間。しかしそれ以上に、十代にとっては特別なカードでもあった。

 

「そのカードは……」

「これは一年生の頃、遠也から受け取った大切なカードだ。このカードが教えてくれる、あいつと俺は間違いなく友達だってな! エアーマンの効果発動!」

 

 このターンのドローで来てくれた。そのことに大きな意味と喜びを感じつつ、十代は勢い込んでエアーマンの効果を発動させる。

 

「自分フィールド上に存在するこのカード以外の「HERO」1体につき1枚、魔法・罠カードを破壊する! 俺の場にはバブルマンがいる! 先生の場に伏せられた2枚の内、右側のカードを破壊させてもらうぜ! 《エア・サイクロン》!」

「くッ……《ヴィクテム・バリアー》が……」

 

 エアーマンの両翼のファンから放たれた豪風が、伏せカードの1枚を破壊する。佐藤は破壊されて墓地へ送られたカードを一瞥し、苦い顔をした。

 ヴィクテム・バリアーは、相手の攻撃宣言時に発動し、攻撃対象を変更してバトルを続行させるカード。更に攻撃対象となったモンスターにスカブカウンターが乗っていれば、攻撃モンスターにもスカブカウンターを乗せるという効果もある。

 スカブ・スカーナイトを主軸に置く佐藤にとってはコンボに繋がる1枚である。それが破壊されたのだから顔つきも厳しくなるというものだろう。

 そして、十代は手札の1枚に指をかける。

 

「更に俺は《融合回収(フュージョン・リカバリー)》を発動! 墓地のフェザーマンと融合を手札に加え、《融合》を発動! フィールドのエアーマンと水属性のバブルマンを融合し――」

 

 その指示に従い、エアーマンとバブルマンが渦に呑みこまれるように混ざり合って一つの姿へと昇華していく。

 HEROと名のつくモンスターと、水属性のモンスター。その特殊な融合素材で召喚されるモンスターを、十代は1枚しか持っていない。遠也から譲り受けた、1枚しか。

 

「現れろ極寒のHERO! 《E・HERO アブソルートZero》!」

 

《E・HERO アブソルートZero》 ATK/2500 DEF/2000

 

 煌めく氷の粒子を散らしながら、雄々しくフィールドに立った氷のE・HERO。白く輝きを放つ氷の鎧に身を包み、鋭い眼光は佐藤の場へと注がれている。そして、アブソルートZeroは攻撃の指示を促すかのように、半身となって構えを取った。

 十代はその期待に応える。フィールドのアブソルートZeroに向け、十代は手をかざした。

 

「バトルだ! アブソルートZeroでスカブ・スカーナイトに攻撃! 《瞬間氷結(Freezing at moment)》!」

 

 瞬間、勢いよく飛び出していくアブソルートZero。スカブ・スカーナイトには自身に攻撃を誘導する効果があるため、アブソルートZeroはスカブ・スカーナイトを攻撃するしかない。

 しかし、その攻撃力の差は2500。佐藤の残りライフは僅かに600。スカブ・スカーナイトに戦闘破壊耐性があろうと、戦闘ダメージまでは防げない。つまり。

 

「これが通れば、兄貴の勝ちっす!」

 

 アブソルートZeroの攻撃が決まれば、その時点で十代の勝利となる。そのことを期待して翔が声を上げ、周囲の皆も決定打となるであろうこの攻撃を見守った。

 

「十代……!」

 

 明日香の祈るような声。しかし、そんな希望を砕くように、佐藤がにっと口の端を持ち上げた。

 

「まだだよ、十代君! 罠発動、《スカブ・スクリーム》! スカブ・スカーナイトが攻撃力2000以上のモンスターと戦闘をする時、そのダメージを0にし、相手モンスターを破壊する!」

「なに……!」

 

 スカブ・スカーナイトがくぐもった咆哮を上げる。すると、その身についていた鎧のような瘡蓋が次々に剥がれ落ちてアブソルートZeroへと襲い掛かっていく。

 暴風のようにアブソルートZeroへと殺到するそれを受け、両腕を交差して防御態勢をとるものの、アブソルートZeroは為す術なく破壊されてしまった。

 それを見てとり、佐藤は歪んだ笑みを見せた。

 

「負けんよ、十代君。君のような、デュエルへの思いが軽いデュエリストにはね」

「くッ」

「スカブ・スクリームの効果はまだ終わらない! 更にその後、デッキから《クライング・スカーナイト》1体を特殊召喚する!」

 

 スカブ・スカーナイトの身体から剥がれていった瘡蓋。それらが全て失くなった時、後に残ったのは傷だらけの鎧を身に纏った一人の戦士だった。

 これこそがスカブ・スカーナイトの正体。佐藤は言う。かつて皆の期待を一身に受けて戦い、その果てに傷つき、それでもなお戦い続けた姿こそがこの傷だらけの姿であると。

 

《クライング・スカーナイト》 ATK/0 DEF/0

 

「戦ったHEROの果て……それが、あの姿……」

 

 罅割れた鎧、盾、そして武器。それでもなお戦い続けようというその姿には、十代も感じるものがあった。

 佐藤には、それだけの傷を覚悟してでも成し遂げたいものがあった。だからこそ、傷だらけになろうとも、戦い続けてきたのだろう。

 しかし、自分はどうだろう。仲間であるHEROたちをあそこまで傷つけて、成し遂げたい何かがあるだろうか。ふと、そんなことを考えてしまった。

 

「どうした、十代君!」

 

 黙り込んだ十代に、佐藤の声が飛ぶ。

 それにはっとした十代は、今考えることじゃないと頭を振ってその思考を追い出す。そして、改めてデュエルに集中した。

 

「やるな、先生……! けど、氷のHEROが持つ力は、その更に上を行くぜ! アブソルートZeroの効果発動!」

 

 十代はフィールドに手を向ける。そこには、アブソルートZeroが破壊された時から漂っている氷の粒子がある。

 佐藤のフィールドに向けて流れ込むそれらが佐藤の場に存在するモンスター全ての身体を冷気で包んでいるのを見て、十代はアブソルートZeroが持つ最大にして最高の能力を宣言した。

 

「アブソルートZeroがフィールドを離れた時、相手フィールド上のモンスターを全て破壊する!」

「なに!? しかし、スカブ・スクリームは間にクライング・スカーナイトの特殊召喚を挟む! 破壊された時ならばタイミングを逃すはず……!」

「いいや、アブソルートZeroの効果は強制効果だ! 間に別の処理が挟まろうと、必ずその効果は発動する!」

 

 言うなれば、アブソルートZeroの効果は強制的にチェーン1になっているということだ。たとえその後にチェーンが作られようと、全ての処理の後に必ず氷のHEROの力は相手へともたらされる。

 ゆえに、アブソルートZeroから佐藤が逃れる術はない。

 

「凍てつけ、《絶対零度(Absolute zero)》!」

 

 その言葉と共に、佐藤の場のモンスターを覆っていた冷気が一気にその温度を下げる。それによって、佐藤の場のモンスターは全て氷像と化し、その後音を立てて砕け散った。

 

「馬鹿な……!」

 

 思わず呆然となる佐藤。しかし、その間にも十代は行動を起こしていた。

 

「まだ俺のバトルフェイズは終わっていない! 速攻魔法《速攻召喚》を発動! 手札のモンスター1体を通常召喚する! 来い、《E・HERO フェザーマン》!」

 

《E・HERO フェザーマン》 ATK/1000 DEF/1000

 

 融合回収で手札に戻していたE・HERO。バトルフェイズ中の召喚のため、追撃が可能。そして、佐藤の場にはアブソルートZeroの効果によってモンスターはおらず、伏せカードも既にない。

 

「これで終わりだぜ、先生! フェザーマンで佐藤先生に直接攻撃! 《フェザー・ブレイク》!」

「ぐ、ぅううッ……!」

 

 フェザーマンがその翼から羽根を飛ばし、それらは過たず佐藤を直撃する。フェザーマンの攻撃力は決して高くない1000ポイントだが、佐藤のライフはそれを下回る600ポイント。結果、全てのライフを削り取り、デュエルは十代の勝利で幕を閉じた。

 

 

佐藤 LP:600→0

 

 

 決着がつき、敗者となった佐藤が顔を俯かせて肩を震わせる。

 

「ふふ、君を道連れにすることも出来なかったか……」

 

 微かに笑い声すら漏らして自嘲する佐藤のディスクから、一枚のカードが落ちる。風に乗り、十代の足元近くまで飛んできたそれを、十代は数歩歩いて拾い上げた。

 

「《クライング・スカーナイト》……。自分のターンのエンドフェイズに、このカードをリリースすることでフィールド上のモンスターを全て破壊し、破壊したモンスター1体につき互いのプレイヤーは500ポイントのダメージを受ける。……これって……」

「そうだ。私にターンが移っていれば、君は私と相打ちになっていた」

 

 驚いて十代が問えば、顔を上げた佐藤からはそう答えが返ってくる。たった今言っていた道連れというのは、この効果のことを言っていたのだろう。

 十代は何も言わず、クライング・スカーナイトのカードを佐藤に向けて飛ばす。それを受け取り、佐藤はそのカードを大切そうにデッキに戻した。

 

「十代君……君もいずれ、知らなければならない。自分が何のためにデュエルをするのか。デュエルを通じて、何をしたいのかを。でなければ、私のような者を君は再び生み出すことになる」

「うん――ありがとう先生」

 

 自分に欠けていたもの、考えることすらなかったこと。それに気づかせてくれたことに心からの感謝を込めて、十代は佐藤を真っ直ぐ見つめて口を開いた。

 他に何の雑念もない、純粋な感謝。それが佐藤にもわかったのだろう、佐藤は一瞬目を丸くしたが、その後初めて皮肉気ではない微笑みを十代に見せた。

 

「ふふ、私の授業もそんな態度で受けてくれていたら……――ぐぅうッ!」

「先生!? ぐぁッ……!」

 

 しかし、それも一瞬のこと。互いの腕に装着されたデス・ベルトが今のデュエルによって発生したデュエル・エナジーをお互いの身体から奪い取っていく。

 そのあまりの脱力感に、十代も佐藤も立っていられない。そのまま倒れそうになるが、二人は谷を挟んでデュエルをしていたのだ。橋こそあるが決して広いとは言えない。まかり間違えば、谷底への落下は避けられないのは誰の目にも明らかだった。

 

「十代!」

「兄貴!」

 

 バランスを崩しそうになった十代を見て、すかさず飛び出してきたヨハンと翔が十代の身体を支える。十代は橋の手前……ヨハンたちの側に立っていたため、彼らはすぐに駆けつけて十代を支えることが出来た。

 しかし。

 

「佐藤先生ッ!」

 

 明日香の悲痛な声が響き渡る。

 橋の向こう側に立っていた佐藤に、すぐさま駆けつけられる者は誰もいなかった。そして運悪く橋の上に倒れ込めなかった佐藤は、そのまま崖下へと転落してしまったのだ。

 

Jesus(ちくしょう)! なんてこった……!」

「くっ……なんでこうなるドン!」

 

 ジムが握りこんだ拳を震わせ、剣山は思いっきり地面を殴りつけた。互いになにも出来なかった自身への悔しさ、情けなさ、そして人が一人目の前から消えてしまった現実を噛みしめる。

 ヨハン、翔、明日香もこの結末には動揺を隠せない。明日香に至っては、涙さえ浮かべているほどだ。佐藤の最期は、彼ら全員に非常に重く受け止められたのだ。

 そんな中、ヨハンと翔に支えられた十代が「……行こう」と呟いた。小さな声ではあったが、沈み込んでいた空気であったためか全員の耳に届いていた。

 よろけながら、十代は続けて言う。

 

「先に、進むんだ。佐藤先生だって、たくさんの生徒に被害が出ることは望んでいなかった。なら、俺たちがコブラを早く倒して、その気持ちを……ぐっ」

 

 一歩踏み出し、十代が膝をつく。

 慌てて翔が再び十代を支えた。

 

「ダメっすよ、兄貴! 行くにしても、この状態じゃ……」

「けどさ……!」

「落ち着け、十代。今は少し休もう。コブラの前に立った時、満身創痍じゃ出来ることも出来なくなる」

 

 ヨハンが十代の肩に手を置き、諭すように言い聞かせる。

 すると、十代も自分の身体が言うことを聞かないという自覚はあったのだろう。数秒のあいだ黙り込むものの、わかったとヨハンの提案を承諾する。

 そして、その瞬間、十代は意識を落とした。張りつめていたものが途切れたのだろう。気を失った十代をヨハンが背負い、全員が橋を渡り切って次の場所へと向かう入口の前で休息をとる。

 ヨハンが背負っていた十代を降ろし、少しでも楽になればと明日香が膝枕で十代を寝かせる。それを横目で見つつ、ジムが口を開いた。

 

「それにしても、ここまで消耗することは今までなかった。今回のデュエルで、コブラはかなりのエネルギーを十代たちから奪ったようだ」

「ああ。向こうさんも、それだけ必死だってことなのかもな」

 

 ジムに続いてヨハンが言うと、二人は暗い通路の先を見る。ここからその先を確認することは出来ないが、この先に恐らくコブラがいるはず。コブラの目的はいまいち判らないが、それでも今の状態を容認するわけにはいかない。

 しかし、十代は佐藤とのデュエルでかなり消耗している。ここは無理をさせずに休むのが得策。学園とて、この状況で誰かにデュエルをさせることはないだろう。状況が著しく悪化することはないはずだ。それがこの場にいる全員の考えだった。

 まずは十代が回復すること。それを優先させ、一行はひとまずその場に腰を下ろすのだった。

 

 

 

 



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第61話 激変

 

 SAL研究所の最下層。仄暗い中にぼうっと淡い光を放つ巨大なガラス管、その中に浮かぶオレンジの気泡を背景に、鋭い打撃音が響き渡る。

 

「はぁッ!」

「ふんッ!」

 

 共に上半身には何も纏っておらず、発達した筋肉を惜しげもなく曝け出している。

 対峙する二人の名は、アモン・ガラムとプロフェッサー・コブラだ。彼らは相手の一挙手一投足すら見逃すまいと互いを睨みあい、そしていま再び地を蹴って敵の間合いへと踏み込んだ。

 アモンの広背筋が盛り上がる。その筋肉の蠕動は徐々に腕へと伝わっていき、やがて渾身の力を込めたショートフックがコブラめがけて突き出された。

 

「甘いわァ!」

 

 高速で迫る拳を、しかしコブラは避けることなく迎え撃つ。アモンに負けず劣らず鍛え上げられた筋肉は、ただそれだけで何物にも勝る鎧となる。脇腹へと狙い撃たれた拳が直撃するが、しかしその拳はコブラの眉一つ動かすことはなかった。

 

「くっ……!」

 

 すぐさま拳をひっこめ、アモンは反対の腕で牽制の拳打を見舞いつつステップで後ろに下がる。クリーンヒットした攻撃が通じていない。それは、アモンの自尊心をいささか傷つけるものだった。

 しかし、そんなことを考えている余裕はないとアモンは知る。下がったアモンめがけて、コブラはさらに踏み込んできたのだ。

 両拳を頭上で組み合わせ、全力で振り下ろす凶悪な一撃。コブラの長身から放たれるそれを受けては、いくら何でもひとたまりもないだろう。

 瞬時に判断を下したアモンは、飛び込むようにして右へとかわす。直後、アモンがいたところに下ろされる鉄槌。風を切る音が耳に届き、アモンの額にジワリと汗が浮かんだ。

 攻撃をかわされたコブラが、ゆっくりとアモンへと向き直る。その顔に避けられたことへの焦りはなく、ただ余裕を湛える笑みだけがあった。

 

「ふふ、なかなかやる」

「それはどうも。これでも、僕は現役なのでね」

 

 言外にアンタのようなロートルとは違うと言って挑発するアモンに、コブラはしかし笑みを崩さない。

 

「しかし、失策だったなアモン。デュエルでの工作を警戒してのこととはいえ、この私に格闘を挑むとは」

「………………」

「噂には聞いていた、ガラム財閥に所属するという優秀なスパイ。それがまさかガラム家長男である貴様だったとは驚いたが、幾多の戦場を生き抜いてきた戦士である私に肉弾戦で勝とうなど……笑止ッ!」

「ぐッ……!」

 

 振りかぶられた腕から砲弾のように発射された拳がアモンを捉える。両腕で防御こそ間に合ったものの、あまりの威力にアモンの身体は地面を滑るようにして壁際まで追いやられた。

 壁に背を預け、コブラを睨みつけるアモンの顔には、お坊ちゃんといった様子はまるでない。強靭な意志を宿す瞳は、確かな決意に揺れていた。

 

 

 アモン・ガラムは、ガラム家の実子ではない。

 かつて万丈目とのデュエルで言及されていたが、彼は元々両親に捨てられた孤児であったのだ。

 生に希望を見出せず、ただ荒野の中で座し、雲を見つめて死を待つのみで会った少年の人生は、ただ一つの偶然から劇的な変化を遂げる。

 世界有数の大富豪である、ガラム財閥。その当主が死に瀕した彼の近くを通り、その身を保護したのである。

 そして、子宝に恵まれなかった当主夫妻に養子として引き取られ、孤児から一転、彼は大富豪の後を継ぐ長男として生きることとなったのだ。

 彼はその幸運に感謝し、己を救ってくれたガラム家にその身を捧げることを誓う。勉学に励み、経験を積み、幼馴染みの少女と共に、彼はひたすら自らを磨き上げることに精を出した。

 そして、その努力は報われる。その知恵は同年代でも頭一つ抜きんでたものとなり、スポーツにおいても類稀な実力を発揮したのだ。それはアモンにとって目に見える成果であり、ガラム家に恩を返す道が順調に築かれている証でもあった。

 そして何より、努力を実らせた自分を両親が褒めてくれることが嬉しかった。愛情をこめて撫でられた頭を、その時の温もりを、アモンは決して忘れることはない。

 

 ――しかし、そんな幸福もやがて終わる時が訪れる。

 

 ガラム夫妻に実子が生まれたのだ。それも長男。アモンにとっては弟にあたるが、アモンは養子であるのに対してあちらは実子。シドと名付けられたその男子は直系にあたる。

 どちらが後継ぎとなるのかなど、火を見るよりも明らかであった。

 更に、ガラム夫妻は次第に生まれたばかりの我が子にばかり関心を向けるようになり、アモンと接する時間は目に見えて減っていった。

 夫妻からの愛情がなくなったアモンは、それを悲しんだ。そしてやがて、己への愛情を全て奪って行ったシドに憎しみを抱くようになったのである。

 一時はシドを殺そうとまで思うほどに思い詰めたアモン。しかし、結局アモンはシドを殺せなかった。

 自分が弟を殺そうとしていることを知りながらも、「そんな事をする人ではない」とアモンを信じて止めなかったエコー。そして、ベッドの中から小さな手を自分に伸ばし、あどけなく自分を見つめる瞳。その瞳に映る、醜い顔をした自分。アモンは、自分がどうしようもなく情けなく思えた。涙が出るほどに。

 アモンは、その時に誓った。自分は弟のために生きよう。ガラム財閥の発展と、弟の幸せのために自分はこの生涯を捧げるのだ、と。

 

 

 その決意の下、己の研鑽を欠かさなかった結果が今のアモンだ。たとえ何があろうと、アモンは弟とガラム財閥のために身を捧げると決めている。

 自分がどうなろうと構わない。まして、他人ならば容赦なく切り捨てる。

 アモンはズボンに素早く手を入れると、そこに忍ばせていた小さなリモコンのボタンを押した。ピ、と二人しかいない静かな部屋に異音が混じる。

 当然コブラはそれに気づき、じろりとアモンを睨めつけた。

 

「……貴様、いま何をした」

「すぐにわかるさ」

 

 アモンがにやりと笑ってそう言った直後、研究所内に緊急のアラートが響き渡った。

 

「これは!?」

「ここに来るまでに、細工をさせてもらったのさ。これでこの研究所はもう使い物にならない。十代や遠也たち、彼らには僕がこの準備を終えるまでの囮になってもらったというわけだ」

「貴様ッ!」

 

 コブラが一層厳しい顔で睨むが、アモンはどこ吹く風である。

 固い決意によって動くアモンは、その程度の怒りでは揺るがない。たとえ同級生を囮としようと、所詮は他人。心が痛むこともない。

 

 ――これでやるべきことは全てやった。ならば、あとは最後の仕上げを行うだけだ。

 

 アモンはそう心の中で呟くと、ぐっと腰を落としてコブラに向き合う。

 

「さぁ、あのカードを渡してもらおうか……!」

 

 今回のアモンの狙いは、コブラが持つというとあるカードだ。何やら不思議な力を持つと聞くが、アモンはそれ自体に興味はなかった。

 しかし。

 

 ――ガラム財閥に必要であるならば、手に入れてくるのみ!

 

 軸足に力を入れ、アモンはコブラに向けて一気に踏み込む。腋を締め、コンパクトに腕を畳み、上半身を回して一気に右拳へと力を集約していく。

 そしてついにそれがコブラに向けて突き出されようとした、その瞬間。

 部屋の中央に座するオレンジ色の気泡が浮かぶ巨大なガラス管が、強い輝きを放った。

 

「な、なんだ!? ――ぐッ!?」

 

 アモンが疑問の声を上げるのと同時に、その身体は突然背後の壁へと叩きつけられる。壁のほうに罅が走る程の衝撃。思わず肺の中の空気を吐き出すが、アモンはすぐに身体を動かそうと試みる。

 が、身体は一向に動かない。まるで重力が正面から向かってきているかのようだった。

 大の字になって壁に貼り付けられたアモン。それを見て、コブラはにやりと笑う。

 

「ふふ、これがこの方の力よ。貴様らはこの力を狙っていたようだがな」

 

 言いつつコブラが輝くその表面を撫でると、その右手が黒い鱗のようなもので覆われる。

 人間の物ではありえないその右手を見て、コブラは現実の人体にまで影響を及ぼすこの方の巨大な力に感嘆した。

 対してアモンは、その変容していく右手を驚愕の眼差しで見ていた。

 

「馬鹿な、これがカードの力だと!?」

「ふふ、この方のお力は我々には計り知れない……!」

 

 アモンに背を向け、コブラはアモンとの戦闘時に脱ぎ捨てた上着を手早く着込み、その盛り上がった筋肉を覆い隠していく。

 そして、ちらりとモニターに目を向けた。

 そこに映るのは、十代、翔、剣山、明日香、ジム、ヨハン、そして、オブライエン。思った以上に同行者の数が多いが、しかし皆本遠也の姿が見えないことから察するに一人は削ることが出来たようだと笑みを浮かべる。

 オブライエンまでついて来ているとは予想外だったが、しかし計画に支障をきたすほどではない。アモンの妨害の中もどうにかこの地下研究室の手前まで来てくれたことに満足げに頷き、コブラは通路に繋がる扉に向かって歩き始める。

 背中で磔になっているアモンには、振り返らない。

 

「貴様の処分はこの方にお任せしよう。そこで我らのデュエルを見ているといい! ハハハハ!」

「く……!」

 

 去って行く背中に、しかしアモンは何もすることが出来ない。

 悔しげに唇を噛み、ただ見送る。

 扉が閉まった後、アモンは必死に体を動かそうとするも、びくともしない。カードに宿るという精霊の力。そんな噂は知っていたものの、体験してみると凄まじい。まったく自由がきかない自身の身体に舌打ちしつつ、心の中でそんなことを思う。

 と、その時。

 

『アモン・ガラム……』

 

 自分を呼ぶ声が聞こえ、アモンは顔を上げた。そして、視線の先にあるガラス管へと視線を向ける。声は、そこから聞こえた気がしたのだ。

 

「なんだ……?」

 

 疑問の声。それに応えるように、視線の先で葉脈のような血管に囲まれた眼球が、ぎょろりとアモンを見た。

 

 

 

 

 

*  *

 

 

 

 

 

 パラドックスを保健室に届け、俺自身の治療をひとまず終え、俺は一目散にSAL研究所を目指して走る。

 とにもかくにも、今は先に行った十代たちに合流することが先決。既にだいぶ先まで進んでいると思われるし、ひょっとすると既にコブラにまで辿り着いているかもしれないが、それは急がない理由にはならなかった。

 今この時も、友が戦っているかもしれない。急ぐ理由など、それだけで十分だった。

 

「けど……ッ、やっぱっ、ゼェ、空をっ、ハァッ、飛べるのはっ、羨ましいなチクショウ!」

『あ、あはは。ごめんね、遠也』

 

 全力疾走中なため、息を切らしながら本音をぶっちゃける。横でスーッとお手軽に飛んで移動できる精霊の何と羨ましいことか。滴る汗を手で拭いつつ、俺はじとりとマナを見た。

 そんな俺の視線に乾いた笑みを浮かべつつ、マナが『でも』と反論する。

 

『遠也を抱えて飛んでも、スピードは上がらないよ?』

「わかってるっ、ハァ、だから、走ってるんだし、な!」

 

 そうなのである。

 俺を抱えると、そのぶん重さが増す。重さが増した以上、スピードは遅くなる。マナだけならある程度の高速移動も可能だが、大の男一人の重さが加わってはそうもいかないというわけだ。

 結局スピードに変化はなく、もしかしたら遅くなるかもしれない。しかもマナは余計な力を消耗することになる。

 結果としてデメリットしかないため、俺はこうして地上を駆けているというわけである。

 しかし、飛んで移動できれば楽なことに変わりはない。その思いが、俺に横を飛ぶマナを羨ましく思わせるのだった。

 そんなこんなで走り続けた俺は、やがて研究所へとたどり着く。足を止め、しばし息を整え、そしてマナと頷き合う。

 十代たちから遅れること数時間。ようやく俺も研究所へと足を踏み入れることになった。

 そしてSAL研究所の第一印象はというと。

 

「暗いな……」

『うん。通路の奥まで真っ暗。電気が通ってないのかな?』

 

 入口に立ち内部を見渡してみるも、全く明かりというものが見当たらない。遮るものがない通路はかなり奥まで見渡せるのだが、十メートルも離れればそこに何かあったとしても分かるまい。それほどまでに中は暗かった。

 いかに廃棄された施設といえど、コブラが潜んでいる以上は電気が通っているはずなのだが……。

 何かあったのかもしれない、警戒しなければ。改めて内心でそう意識し、俺は入り口の短い階段を下りて本格的に内部に足をつける。

 

 瞬間、

 

「――へ?」

『え?』

 

 ガコン、という音と同時に俺の身を包む浮遊感。

 

 地に足を着けた感覚は無くなり、風のように空気が下から上へと吹き上げる。

 どうやら俺が立った床には何か仕掛けがあったようだ。つまりどういうことかというと、落とし穴に引っかかったらしい。

 いや、だが慌てることはない。落とし穴ということは、底があるということだ。しっかり着地すれば怪我を負うこともあるまい。

 そう一瞬で気持ちを切り替えると、俺は足元へと視線を下げた。

 しかし、そこに待っていたものは希望ではなく、絶望であったのだ。

 

「そ、底がないだとぉぉおお!?」

『れ、レンガ造りの床が砕けちゃってる!?』

 

 下に広がっていたのは、暗い密林だった。

 なぜ室内にジャングルが広がっているのかは置いておいて、問題はそこまでの距離だった。

 俺の現在地からそのジャングルまでの距離は、どう見たって数十メートルは超えている。このまま落ちれば即死は免れない高さである。

 この落とし穴、凶悪すぎるだろ!

 

「遠也!」

 

 洒落にならない事態に、何とかできないかと考える俺。そこで、マナが実体化して俺を支えてくれる。

 俺はすぐさまマナの手を取り、その身体に掴まった。本当ならもしもの時のために力は温存しておくべきなのだろうが、命の危機なのだから仕方がない。

 

「助かった……サンキュー、マナ」

「うん、どうも。ただちょっと、掴むところは変えてね」

 

 落ち着いた声で指摘され、俺は自身の右手が掴む先を見る。その手は、マナの腰を経由してお尻をしっかり捉えていた。

 咄嗟のことで、わざとではない。なので、すぐさま「これは失礼」と一言断って手を移動させる。

 さて、マナのおかげで命の危機を脱することが出来たのは僥倖だ。しかし、あんなところに即死級の落とし穴とか、コブラは容赦がないな。十代たちは大丈夫だろうかと心配になる。

 空中から地上へと足を降ろした俺は、すぐに周囲を見渡す。もし十代たちも今の落とし穴にかかっているとしたら、飛ぶ手段がない皆がどうなったのかは想像に難くないからだ。

 そんな最悪の予想に焦りつつ確認するが、十代たちの姿はない。どうやら、あの落とし穴には引っかからずに先に進んだようである。

 ひょっとすると、コブラは十代たちが進む時は今の罠を解除し、進み終わったのを確認してから復活させたのかもしれない。その後の侵入者を排除するために。十代に用がある向こうにしてみれば、それぐらいはしそうである。

 一応の皆の無事を確認した俺はひとまず安堵の息を吐く。しかし、同時に意外なもの……というか人も見つけてしまっていた。

 

『この人……確か、オブライエンくん?』

「ああ。なんでこんなところに」

 

 再び精霊化したマナの疑問に、俺は頷く。

 そう、そこには木の葉や小枝をかぶり、擦り傷まみれの男が倒れていたのだ。浅黒い肌、筋肉質な体躯、そして黒い髪に、特徴的な大きな鼻。始業式で見たオブライエンの姿に間違いなかった。

 コブラの手下という印象を皆は持っている、この男。しかし、俺はオブライエンが味方であることを知っていた。確か最後のほうで十代に協力していたのを薄ら覚えているからである。

 そのオブライエンが、何故こんな所に倒れているのか。それも傷だらけで。

 不思議に思うが、しかしオブライエンがその手に持つものに気付いた時、俺はその理由に思い当たった。

 

「そうか。オブライエンも俺と同じだ。あの落とし穴に落ちたんだ、たぶん」

 

 その手に握られている、ワイヤーが伸びきったアンカー付きのリール。それは、あの落とし穴に落ちた時に壁のどこかにひっかけた物ではないだろうかと思ったのだ。

 だとすれば、ここで気絶していることにも説明がつく。彼の手に握られているワイヤーは、現在地と落とし穴のある上を繋ぐには長さが足りていない。恐らく、一度はこれによって落下を止めるも、そのまま何かの拍子で落ちてしまったのだろう。

 アンカーの刺さりが甘かったのか、コブラの妨害にあったのかまでは判らないが……。

 ともあれ、まずはオブライエンを助けることにしよう。後に味方となることは分かっているし、何よりここで助けないのも後味が悪い。それに、俺より先に突入していたらしいオブライエンなら、俺が知らない現況もいくらか知っているだろう。

 そう思って、助け起こそうと身をかがめる。

 その時、背後からバシュッ、と何かを発射したような音が耳に届き、俺はすぐに後ろを振り返った。

 

『きゃあっ!?』

「っ、マナ!?」

 

 振り返った先にあったのは、半透明の大きな卵形のカプセル。それに捕えられた俺の相棒の姿だった。

 そしてそのカプセルはくくりつけられたロープによって、引き寄せられるように俺の側から離れていく。

 それを目で追っていくと、やがてジャングルの奥から保護色である枯草色の戦闘服――単色仕様の迷彩服のような出で立ちの男が現れ、鋭い目を俺に向けてきた。

 そして、にぃ、と思わせぶりな笑みを見せる。

 

「よぉ、待ってたぜ。皆本遠也」

「誰だ、お前は! いや、そんなことよりマナを返してもらおうか……!」

 

 俺がそう言えば、そいつは怪訝な顔になる。

 

「マナ? ああ、この《ブラック・マジシャン・ガール》の精霊のことか。クク、名前なんてあったのか。人型なら、そういうこともあるのかね?」

 

 精霊であるマナのことを、当たり前のように認識している口調。

 そのことに、俺は僅かに驚いて目の前の男を見た。

 

「お前、精霊が?」

「ああ、見えるとも。俺はギース・ハント。この力には助かってるぜぇ、こいつのおかげで金がごろごろ転がりこんできやがる。精霊つきのカードを欲しがる好事家は枚挙に暇がないからなぁ……クククク!」

 

 ギースはひとしきり笑うと、「裏じゃ結構有名なんだぜ、精霊狩りのギースってな」と言ってマナが囚われたカプセルをコンコンと拳で叩く。

 その姿を見て、俺は怒りのままに声を上げた。

 

「ふざけるな! 精霊は金儲けの道具じゃない! それに、これを言うのは二度目だぞ……マナを離せ……!」

 

 歯を噛み、ギースを睨みつける。

 しかし、奴はどこ吹く風で飄々とした態度を崩さなかった。

 

「クク、しかし今回の依頼は最高だ。《ブラック・マジシャン・ガール》に《スターダスト・ドラゴン》! 合わせて数億は下らないカードが飛び込んできやがるんだからなぁ! しかも、お前の後にはヨハン・アンデルセンの《宝玉獣》まで控えてやがる! ククク、笑いが止まらねぇぜ!」

 

 カプセルの中で、マナはどうにか脱出しようと試みているようだが成果は上がらない。どうやら理屈は分からないが、魔術を使うことができないようだった。

 そして、そんなマナの姿を確認したギースが得意げに口を開いた。

 

「何かしようとしているようだが、無駄なこと。このカプセルは外気を完全に遮断していてなぁ。精霊界の空気は入ってこない。つまり、この中では精霊は長く生きられず、その力を使うことも出来ないってわけだ」

 

 言って、またしてもギースはカプセルを軽く叩く。

 マナの魔術には魔力が必要だ。今までは大気の中に魔力はあるものと思っていたが、どうやら精霊界にこそ魔力は存在しているらしい。そういえば宇宙でも魔術は使えていたようだが、真空中でも外部である以上精霊界とは繋がっていたということなのだろう。

 しかし、このカプセルは外部とは完全に関係を断ち切る密閉空間だ。宇宙のように自然な真空状態と、今のような人工的な真空状態。後者の場合は精霊界との繋がりは絶たれてしまうようだった。

 つまり、今マナは何もできない状態にあるというわけだ。それも、あのままではやがて弱っていってしまう。

 

「お前……!」

「クク、怒ったか? だが、怒ったところで意味はないな。この俺にデュエルで勝たなければ、こいつは戻ってこないぞ?」

 

 ニヤニヤとしたその表情は、こちらの気持ちを逆撫でして余りある。

 俺はカプセルの中にいるマナを見る。そこには、俺を心配そうに見つめる瞳があった。それに、俺は知らず硬くなっていた表情を意識的に崩して笑みを見せる。大丈夫、任せろ、そんな意志が伝わるように。

 そしてその後、すぐに表情を引き締めてギースを睨みつけた。

 

「ギースだったか。これで最後だ……マナを離せ! そいつはな……」

 

 言いつつ、デュエルディスクを展開。それを構え、カードを5枚引き抜いた。

 

「――そいつは、俺のなんだよ!」

 

 その俺の宣言に、ギースは一瞬言葉を失う。

 そして、次の瞬間。豪快な笑い声を上げて天を仰いだ。

 

「プ、ハハハハハ! こいつはいい! なんだお前、精霊なんかに気を寄せているのか? ハハハ、面白い! 傑作だぜ、こりゃあ!」

 

 これ以上可笑しなことはないとばかりに、ギースは笑う。

 しかし、俺はそれに特別大きな反応は返さなかった。

 ……俺とマナの関係のことなんて、他の誰より俺たちが一番よく知っている。人間と精霊、どれだけ姿かたちが似通っていようとも、決して越えられない違いがそこにあることも重々承知の上だ。

 しかし、それでも。俺にとってマナは特別なのだ。自分の気持ちがそうである以上、嘘はつけない。好きなんだから、仕方ないだろう。

 それを受け入れて、俺は今も立っている。ギースが言うことは、既に通り過ぎた道なのだ。今更何を言われようと痛くも痒くもない。

 だが、それでも少しは気にしてしまうのが普通なのだろう。種族が違うということは、それだけで色々と考えてしまうものなのだとマナは自嘲するように言っていた。そんなマナだからか、今もギースの言葉に少しだけ目を伏せている。

 そんな顔をさせてしまったことが、少し悔しい。だが、だからといってそんな顔をさせたままではいられない。

 マナがどうしても気になるというのなら。そんなことは気にならないぐらいに、俺が真剣にマナを想えばいい。ただそれだけのことだ。

 そしてそれを実行するためにも、必ずマナを助け出す。改めてその思いを強くし、俺は手札のカードに視線を落とした。

 

「クハハ、笑わせてくれるぜ遠也さんよぉ! なら、お前の愛しのこの精霊は、俺がありがたくもらっていってやるぜ! ブラック・マジシャン・ガールの精霊だ……色々と使い道はあるだろうよ。イロイロとなぁ……! ハハハハ!」

 

 その間も俺の怒りを煽るような言葉、言い方でギースが笑い声を上げる。

 大方、俺を怒らせてプレイングの邪魔をしようという魂胆なのだろう。なるほど、確かに今の俺の心理状態は常の物とは違うだろう。そういう意味では、いつものようなデュエルは出来そうにない。

 だがな……ギース、これはお前のミスだ。

 

「――お前は潰す」

 

 マナへの仕打ち、そしてあんな顔をさせる原因を作ったギースを、俺は許せそうになかった。

 ゆえに、叩き潰す。俺自身だけならまだしも、よりにもよってマナに手を出したこと、後悔させてやる。

 しかしそんな風に心が燃えるほど、頭は反比例するように冷えていく。そんなどこか不思議な感覚を覚えつつ、俺は口を開き、ギースもまた同時に開始の宣言をした。

 

「「デュエルッ!」」

 

 

皆本遠也 LP:4000

ギース・ハント LP:4000

 

 

「俺のターン!」

 

 先攻は俺。カードを引いた俺は、手札の中に視線を巡らせると、2枚を選択してディスクにセットする。

 

「俺はモンスターをセット。カードを1枚伏せ、ターンエンド」

 

 始まりとしては堅実で、オーソドックスなスタイル。

 しかし、ギースはニヤニヤとこちらを嘲る態度を改めずに煽り立ててくる。

 

「大きな口を叩いておいて、やることは守備固めか! なら、そのままやられちまいな! 俺のターン、ドロー!」

 

 ギースは手札を見て不敵に笑うと、そこからまずは1枚のカードをディスクに置いた。

 

「俺は《ルアー・ファントム》を召喚! 更に《二重召喚(デュアル・サモン)》を発動! ルアー・ファントムをリリースし、レベル5の《ヘル・ガンドッグ》をアドバンス召喚!」

 

《ヘル・ガンドッグ》 ATK/1000 DEF/500

 

 黒く大きなブルドッグのようなモンスター。脇には大砲の砲身が備わり、その身からは鋭いトゲが幾本も飛び出た、見た目的にもなかなかの威圧感があるモンスターだった。

 

「更に手札から《メテオ・ストライク》を装備だ! ヘル・ガンドッグに貫通効果を与える! そしてヘル・ガンドッグには戦闘ダメージを与えた時、相手の手札をランダムに1枚破壊する効果がある! クク、さぁいけヘル・ガンドッグ!」

 

 かしましく吠え、ヘル・ガンドッグが口から火を吐きながらこちらに迫る。そして近くまで来ると、口から漏れていた火の粉が勢いを増し、火炎放射となってセットモンスターに襲い掛かった。

 それによってカードが反転。三つ目で毛むくじゃらのモンスターが姿を現した。

 

《クリッター》 ATK/1000 DEF/600

 

「なるほど、伏せていたのは《クリッター》か。ならこの瞬間に速攻魔法《突進》を発動! ヘル・ガンドッグの攻撃力をエンドフェイズまで700ポイントアップさせる!」

 

《ヘル・ガンドッグ》 ATK/1000→1700

 

「さぁ、1100ポイントの戦闘ダメージを受けてもらおうか! 更にヘル・ガンドッグの効果により、お前の手札1枚を破壊する!」

 

 

遠也 LP:4000→2900

 

 

「ならその効果にチェーンして手札のモンスター効果を発動させる。このモンスターは戦闘ダメージを受けた時に特殊召喚できる。現れろ、《トラゴエディア》!」

 

《トラゴエディア》 ATK/? DEF/?

 

 今はダメージステップにおける、戦闘の結果発動するモンスターの誘ダメージ効果タイミングだ。そしてこのモンスターは戦闘ダメージを受けた時に特殊召喚できる誘発効果。よってこのタイミングでの特殊召喚となる。

 

「トラゴエディアのステータスは手札の枚数×600ポイント。ヘル・ガンドッグの効果で手札が1枚減って俺の手札は今2枚。よってその攻守は1200だ」

 

《トラゴエディア》 ATK/?→1200 DEF/?→1200

 

 そして次に、破壊が確定したモンスターを墓地に移動させるタイミング。つまり、クリッターが墓地に置かれる時が訪れる。

 

「フィールドから墓地に送られたクリッターの効果発動! このカードがフィールドから墓地に送られた時、デッキから攻撃力1500以下のモンスター1体を手札に加える。俺はデッキから攻撃力700の《クイック・シンクロン》を手札に加える」

 

 デッキが自動的にシャッフルされ、その中から宣言したとおりに《クイック・シンクロン》がせり出される。それを手に取ってギースに見せると、俺はそのまま手札に加えた。

 

『遠也……』

 

 カプセルの中から、くぐもったマナの声が届く。それに安心しろとばかりに大きく頷きを返し、俺は再びギースと向き合った。

 

「ふん、味な真似をしやがる。だが……クク」

 

 これでギースの手札は残り1枚。手札をほぼ使い切った状態にありながら、しかしギースは笑みを深める。

 そして、余裕の表情のまま手札最後の1枚を発動させた。

 

「魔法カード《命削りの宝札》を発動ぉ! 手札が5枚になるようにドローし、5ターン後に手札を全て捨てる! クク、今回の雇い主は豪気だぜ。確実に侵入者を排除しろというお達しに合わせ、これほどのレアカードまで提供してくれたんだからなぁ!」

 

 命削りの宝札は、強欲な壺が禁止となった現在においても制限カードに留まっているドローソース。強欲な壺以上に強力でありながら制限である理由の一つに、希少なため手に入らず、使用するデュエリストが少ないことが挙げられる。

 手に入れるには、よほどの運か莫大な金銭が必要になる。強力ではあるが、その極端な使用率の低さから命削りの宝札は禁止行きを免れているのだ。

 つまり、本来ならば即禁止級のカード。ギースの雇い主、恐らくはコブラだろうが……よほど自分の計画を邪魔されたくないと見える。これほどのレアカードまで用意しているとは。

 

「ドロー! よしよし……俺は魔法カード《命の水》を発動! 自分の墓地のモンスター1体を選択し、自分の場に特殊召喚する! 戻ってこい、《ルアー・ファントム》!」

 

《ルアー・ファントム》 ATK/0 DEF/0

 

 弾力がある半液体といえる身体を揺らし、丸い空洞を当てはめただけのような虚ろな目でこちらを見つめてくる。さながらスライムを手で伸ばして作り上げたかのような外見は、辛うじて人型を保っているといえるような、不気味なモンスターだ。

 白と黒の手袋を左右別々にはめた腕をだらりと下げた不気味な姿。レベル1かつ攻守0というあたりから、厄介な効果を持っているだろうことは想像できる。

 こいつには気をつけたほうがいいかもしれないな。あくまでデュエルに関しては冷静に考え、俺は警戒を強くした。

 

「更にカードを4枚伏せ、ターンエンドだ!」

「そのエンドフェイズにリバースカードオープン! 永続罠《リビングデッドの呼び声》! その効果により、墓地から《クリッター》を特殊召喚する!」

 

《クリッター》 ATK/1000 DEF/600

 

 再び俺の場に現れるクリッター。そのサーチ効果は誰もが知る強力なものだ。だからだろう、ギースも一瞬眉を顰めて舌打ちをした。

 

「俺のターン! 手札から《マッシブ・ウォリアー》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

 

 ガンマンの風体をした二等身の機械族モンスター。このデッキには欠かすことのできないチューナーモンスターだ。

 その効果は、「シンクロン」と名のつくあらゆるチューナーの代わりとなることが出来るというもの。シンクロンのチューナーを指定したシンクロモンスターが多い俺のデッキにおいて、これほどありがたい効果もない。

 そして、今回クイック・シンクロンが代わりを務めるのは《ジャンク・シンクロン》だ。腰に差した銃を抜き、クイック・シンクロンは空中に現れた各種シンクロンのルーレットから、ジャンク・シンクロンの絵を撃ち抜いた。

 

「レベル3のクリッターに、レベル5のクイック・シンクロンをチューニング! 集いし闘志が、怒号の魔神を呼び覚ます。光差す道となれ! シンクロ召喚! 粉砕せよ、《ジャンク・デストロイヤー》!」

 

《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600 DEF/2500

 

 地響きとともに雄々しく聳え立つ鋼鉄の巨神。

 シンクロ召喚の光の中から悠然と歩み出てきたその迫力は、圧巻の一言に尽きる。そしてその目に光が灯ると、やがてその胸部へと光が集まっていくのが確認できた。

 それこそ、ジャンク・デストロイヤーの真骨頂である能力。俺はデストロイヤーの巨体を見上げ、フィールドに手をかざした。

 

「ジャンク・デストロイヤーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、素材としたチューナー以外のモンスターの数まで場のカードを破壊できる! 今回破壊可能な枚数は1枚! 俺は4枚の伏せカードの一番右を選択する! 《タイダル・エナジー》!」

 

 俺の言葉を引き金に、集束した光の波動が一気に外側に向けて解放され、さながら鉄砲水のように俺が指定したカードを押し流す。

 破壊したのはカウンター罠カード《ハンティング・ネット》か。フィールド上のモンスターが手札に戻る時、そのモンスターを自分の魔法・罠ゾーンに置き、さらにそのモンスターに「獲物カウンター」を乗せ、モンスター効果を無効にするというカード。

 極めて限定的なカードだが、コンボに成功すれば厄介なカードではありそうだ。カウンター罠ということもあるし、破壊しておいて損ではなかったはずである。

 そう判断し、俺は更に行動を続けていく。

 

「シンクロ素材としてフィールドから墓地に送られたクリッターの効果発動! デッキから攻撃力0の《シンクロン・エクスプローラー》を手札に加える!」

 

 これで、手札は3枚。更に。

 

「魔法カード《マジック・プランター》を発動! 俺のフィールドに存在する永続罠1枚を墓地に送り、デッキから2枚ドローする! 残ったリビングデッドの呼び声を墓地に送り、2枚ドロー!」

 

 クリッターを蘇生し、シンクロ素材となって蘇生対象が場を離れたことで、リビングデッドの呼び声は無意味にフィールドに残り続ける。

 マジック・プランターはそうしてフィールドを圧迫する原因を取り除き、更に2枚のドローも行えるカードだ。バウンスで再利用するギミックがないこのデッキでは、なかなか使いどころがある。永続罠には他に《強制終了》や《リミット・リバース》もあるからな。

 それら永続罠をフル投入することこそ少ないが、蘇生系の永続罠は割と使用度が高い。そのため、いざという時のドローソースとしては優秀である。

 

「そして《シンクロン・エクスプローラー》を召喚! その効果により、墓地から「シンクロン」と名のつくチューナーを効果を無効にして特殊召喚する! 来い、《スチーム・シンクロン》!」

 

《シンクロン・エクスプローラー》 ATK/0 DEF/700

 

 小柄で赤い輪っか型の胴体を持つシンクロン・エクスプローラー。その輪の中を潜り抜け、墓地から汽笛を鳴らしながら機関車のフロント部分からそのまま手足が生えたようなモンスターが姿を現した。

 

《スチーム・シンクロン》 ATK/600 DEF/800

 

 このカードはヘル・ガンドッグのハンデスで墓地に落ちたカードである。レベル3のシンクロンが落ちてくれていたからこそ、俺はクリッターのサーチでシンクロン・エクスプローラーを選択したのである。

 

「レベル2のシンクロン・エクスプローラーにレベル3のスチーム・シンクロンをチューニング! 集いし英知が、未踏の未来を指し示す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 導け、《TG(テック・ジーナス) ハイパー・ライブラリアン》!」

 

《TG ハイパー・ライブラリアン》 ATK/2400 DEF/1800

 

 青いバイザーで目を覆い、白い外套のような司書服がたなびく。ディスプレイが空中に浮かぶ未来的な電子ブックを手に持ち、ライブラリアンはそのバイザーを人差し指で押し上げた。

 頼りになるこのデッキのドローソース。ライブラリアンの背を見ながら、俺は更に1枚のカードを手に取った。

 

「手札から《シンクロキャンセル》を発動! ジャンク・デストロイヤーをエクストラデッキに戻し、墓地から《クイック・シンクロン》と《クリッター》を復活!」

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《クリッター》 ATK/1000 DEF/600

 

「そしてクリッターとクイック・シンクロンで再び《ジャンク・デストロイヤー》をシンクロ召喚し、その効果が発動! 3枚のうち真ん中の伏せカードを破壊する!」

 

《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600 DEF/2500

 

 破壊したカードは罠カード《生け捕りの罠》、獲物カウンターが乗っているモンスターが自分の魔法・罠ゾーンにいる時、攻撃を無効にして攻撃モンスターも自分の魔法・罠ゾーンに置くというカード。

 明らかに《ハンティング・ネット》とのコンボ専用だ。ということは、ハンティング・ネットの発動条件であるバウンスには注意が必要だろうと意識にとどめておく。

 

「ライブラリアンの効果で1枚ドロー! そして墓地に送られたクリッターの効果が発動! デッキから《ボルト・ヘッジホッグ》を手札に加える! 更に!」

 

 デッキから選び出されたカードを手札に加え、それと入れ替えるように1枚のカードをディスクに差し込む。

 

「魔法カード《ワン・フォー・ワン》を発動! 手札のモンスターを墓地に送り、デッキからレベル1のモンスターを特殊召喚する! 《ボルト・ヘッジホッグ》を墓地に送り、デッキからチューナーモンスター《モノ・シンクロン》を特殊召喚!」

 

 デッキから自動的に選び出されたカードを手に取り、フィールドへと召喚する。モンスターゾーンに灯った光から、小さなロボットが勢いよく飛び出してくる。

 

《モノ・シンクロン》 ATK/0 DEF/0

 

 イエローとグリーンを基本カラーにした、子供受けしそうなモンスター。その両手はスタンプになっており、そこには数字の「1」が刻まれていた。

 

「フィールドにチューナーが存在するため、墓地からボルト・ヘッジホッグを特殊召喚する!」

 

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 更に墓地からボルト・ヘッジホッグも蘇生され、モノ・シンクロンの隣に並ぶ。

 これで準備は整った。

 

「モノ・シンクロンの効果発動! このカードを使ったシンクロ召喚時、他のシンクロ素材モンスターのレベルを1として扱う! ただしそのモンスターはレベル4以下の戦士族か機械族でなければならない! 俺はレベル2の機械族であるボルト・ヘッジホッグを選択し、そのレベルはこの時のみ1となる!」

 

 モノ・シンクロンが飛び上がり、ボルト・ヘッジホッグの頭にスタンプになっている手をポンと押し付ける。

 すると、ボルト・ヘッジホッグの額に赤く1という文字が表示されるようになった。これでレベルが1になったということだろう。

 

《ボルト・ヘッジホッグ》 Level/2→1

 

 場には共にレベル1のチューナーと素材モンスター。ならば、召喚するモンスターは1体しかいない。

 

「レベル1となったボルト・ヘッジホッグに、レベル1のモノ・シンクロンをチューニング! 集いし願いが、新たな速度の地平へ誘う。光差す道となれ! シンクロ召喚! 希望の力、シンクロチューナー《フォーミュラ・シンクロン》!」

 

 一つの星と一つの輪。それらが合わさり、やがて二つの星を持つシンクロチューナーが光の中から走り出てくる。

 F1カーを模した身体から生えた手足が力強く躍動する。そして胴体についた車輪が火花を散らしながら回り、フォーミュラ・シンクロンはライブラリアンの横に降り立った。

 

《フォーミュラ・シンクロン》 ATK/200 DEF/1500

 

「フォーミュラ・シンクロンの効果、シンクロ召喚に成功した時デッキから1枚ドローできる! 更にハイパー・ライブラリアンの効果も発動! このカードが存在する時にシンクロ召喚に成功した時、デッキから1枚ドローする! 合計で2枚ドロー!」

 

 これで手札は4枚へ。これで俺の場には、ジャンク・デストロイヤー、ライブラリアン、フォーミュラ・シンクロン、そしてトラゴエディアが並んでいることになる。

 トラゴエディアの攻撃力は現在2400ポイント。アタッカーとしても運用可能な値になったが、しかし今回トラゴエディアが担う役割はそこではない。

 トラゴエディアにはいくつかの効果がある。追撃を防ぐ特殊召喚、少々条件が厳しいコントロール奪取、そして非常に容易なレベル調整。そして今回は、その最後の効果にこそこのカードの役割は存在している。

 

「《トラゴエディア》の効果発動! 墓地のモンスターを選択し、このターンのみトラゴエディアのレベルを選択したモンスターと同じにする! 俺はクイック・シンクロンを選択し、トラゴエディアのレベルを5に変更!」

 

《トラゴエディア》 Level/10→5

 

 唸り声を上げるトラゴエディアのレベルが、一気に半分へと下がる。そして更に、俺は1枚のカードをディスクに差した。

 

「魔法カード《下降潮流》を発動! 俺の場のモンスター1体を選択し、そのレベルを1から3の任意の数値に変更する! 俺はフォーミュラ・シンクロンのレベルを3に変更!」

 

《フォーミュラ・シンクロン》 Level/2→3

 

 これでトラゴエディアと合わせれば、その合計のレベルは8となる。

 マナが今こちらにいない以上、今回は精霊のドロー補助は期待できない。だというのに、今回はいつも以上に回っている気がしてならなかった。ここで下降潮流が来たのも、それを感じさせる。

 素材指定のないレベル8となれば、このデッキでもその数は限られる。代表的なのは俺のエースである《スターダスト・ドラゴン》だが、まるで自分を出せと呼んでいるようにすら思わせる。

 俺の気持ちにカードたちが応えてくれているだけじゃない。カードたちもまた、積極的に動いているように俺には感じられた。

 しかし、考えてみればそれも当然なのかもしれない。俺にとってマナが大切であるように、こいつらにとってもマナは既に大切な仲間。そのマナを奪おうという輩に、何も感じないはずがないのだから。

 これはマナを取り戻す戦いだ。ならばこそ、デッキもその気持ちを俺に預けてくれているのだろう。

 俺はエクストラデッキから1枚のカードを取り出す。全ての思いを込めて、俺はフィールドへと手を向けた。

 

「レベル5となったトラゴエディアに、レベル3となったフォーミュラ・シンクロンをチューニング! ――集いし願いが、新たに輝く星となる! 光差す道となれ! シンクロ召喚! 飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》ッ!」

 

 2体のモンスターが光の中で8つの星となり、それはやがて1体の白き竜へと姿を変える。

 光り輝く星の輝きを身に纏い、常よりもどこか闘志に溢れた雄叫びを轟かせ、スターダスト・ドラゴンはフィールドに舞い降りた。

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

「シンクロ召喚に成功したため、ライブラリアンの効果で1枚ドロー! そして俺の墓地には今、《クリッター》《モノ・シンクロン》《トラゴエディア》がいる」

 

 この3体の共通点、それは全て闇属性であるということ。そして、墓地に存在する闇属性モンスターは現在、この3体だけだ。

 

「墓地に闇属性モンスターが3体のみ存在する時、このカードは手札から特殊召喚できる。現れろ、《ダーク・アームド・ドラゴン》!」

 

 耳をつんざく咆哮と共に、漆黒のドラゴンが立ち上がる。全身が武器と化したその姿は、尻尾を振るうだけでも絶大な破壊をもたらす。

 闇に染め上げられた巨躯を揺らし、ダーク・アームド・ドラゴンの視線はギースを鋭く貫いた。

 

《ダーク・アームド・ドラゴン》 ATK/2800 DEF/1000

 

 さしものギースもこの威容の前には泰然としてもいられなかったらしい。一歩身体を引き、こわばった表情を浮かべていた。

 しかし、ダーク・アームド・ドラゴンの本領はここからだ。外見だけで驚いていてもらっては困る。

 元の世界では制限カードにまで上り詰めたその力、とくと見てもらおう。

 

「ダーク・アームド・ドラゴンの効果発動! 墓地の闇属性モンスター1体をゲームから除外し、フィールド上のカード1枚を選択して破壊する! そしてこの効果に、1ターンでの回数制限は存在しない!」

「な、なんだと!?」

 

 俺の言葉に、ギースも思わずといった様子で驚きの声を上げる。

 この効果ゆえに、ダーク・アームド・ドラゴンは強力だ。召喚に成功した時点で、妨害がない場合3枚の破壊が確定されるからである。

 圧倒的なまでのボードアドバンテージ。その効果は、いかんなく発揮される。

 

「まずは《クリッター》を除外し、右の伏せカードを破壊! 《モノ・シンクロン》を除外し、最後の伏せカードを。《トラゴエディア》を除外し、ヘル・ガンドッグを破壊する! 《ダーク・ジェノサイド・カッター》!」

 

 ダーク・アームド・ドラゴンが僅かに身体を丸め、すぐにぐっと身体を大きく反る。すると、その反動か身体中に備わっていた無数の刃物が相手フィールド目がけて飛んでいき、それらは縦横無尽に破壊の限りを尽くしていく。

 伏せカードは《次元幽閉》と2枚目の《ハンティング・ネット》、それに加えてヘル・ガンドッグが墓地へと送られる。ヘル・ガンドッグが破壊されたことで装備されていたメテオ・ストライクも墓地へ行き、ギースのフィールドはルアー・ファントム1体を残すのみとなった。

 

「だがこの瞬間、ヘル・ガンドッグのもう一つの効果が発動だ! このカードが破壊された時、デッキから同名カード1体を特殊召喚できる! 守備表示で来い、ヘル・ガンドッグ!」

 

《ヘル・ガンドッグ》 ATK/1000 DEF/500

 

 再び現れるトゲつきの巨大犬。なるほど、同名カード限定のリクルート効果も持っていたのか。

 だが、ヘル・ガンドッグはこれで2体目。デッキに収められる同名カードは3枚までという制約がある以上、その効果はあと1度しか意味がない。

 なら、警戒すべきはルアー・ファントムの効果のほうだろう。低レベルで低ステータスということは、反比例して効果は強力なものであると予想できる。警戒しておいて損はない。

 しかし、恐れて攻めあぐねるような真似はしない。マナを奪い、そして精霊という存在そのものを軽んじる態度には、正直に言って俺も頭に来ているのだ。

 カプセルに囚われたマナに目を移す。捕まってしまったことを悔いるかのような、弱々しい瞳と視線が交わった。

 俺はぐっと拳を握ってマナに向ける。そして、親指を立てて笑顔を見せた。

 

「待ってろよ、いま助ける!」

 

 端的に、確信を込めた言葉を告げれば、マナは伏せがちだった目を開き、少しだけ笑みを見せた。

 それが見れただけで、充分だ。俺はその笑顔に頷きを返して、ギースに向き直る。恐れず攻め、そして勝つ!

 

「マナは返してもらうぜ、ギース! このバトルフェイズでお前を倒す! ――バトル! ハイパー・ライブラリアンでヘル・ガンドッグに攻撃! 《マシンナイズ・リーダー》!」

「ぐッ……再びヘル・ガンドッグを守備表示で特殊召喚!」

 

《ヘル・ガンドッグ》 ATK/1000 DEF/500

 

 ライブラリアンから放たれた光がヘル・ガンドッグを倒すも、すぐに同じヘル・ガンドッグがデッキから特殊召喚されてしまう。

 しかし。

 

「これでヘル・ガンドッグは3枚目! もうリクルート効果は使えない! いけ、ジャンク・デストロイヤー! 《デストロイ・ナックル》!」

 

 鋼鉄の剛腕が唸り、垂直にヘル・ガンドッグへと振り下ろされる。

 地を揺るがす轟音が響き渡り、その標的となったヘル・ガンドッグは跡形もなく爆散して墓地に送られた。

 

「く……!」

「これでお前の場には攻撃力0のルアー・ファントムのみだ! ダーク・アームド・ドラゴンでルアー・ファントムに攻撃! 《ダーク・アームド・ヴァニッシャー》!」

 

 ダーク・アームド・ドラゴンがその巨体からは想像もできない速さでルアー・ファントムへと迫り、その勢いをそのままに拳を突き出す。

 攻撃力0のルアー・ファントムに防ぐ手はない。が、ギースは口の端を持ち上げて凶悪に笑った。

 

「馬鹿が、かかったな! ルアー・ファントムの効果発動! 相手モンスターが攻撃してきた時に発動し、このカードと攻撃モンスターを手札に戻す!」

 

 攻撃反応型のバウンス効果か!

 なるほど、どんな強力モンスターが相手でも確実に除去が出来るというわけだ。加えて苦労して出した上級や融合、シンクロモンスターなら、相手は大きなアドバンテージの損失となる。

 そして、この効果でダーク・アームド・ドラゴンが手札に戻された場合、俺はギースのライフを削り切ることが出来なくなる。残るモンスターはスターダスト・ドラゴンしかいないからだ。

 ルアー・ファントムの手首から上が切り離され、ロープで繋がったそれがダーク・アームド・ドラゴンを捕らえようと迫る。

 

 しかし。

 

「速攻魔法発動!」

 

 俺は手札から1枚のカードを手に取り、それをディスクに差し込んだ。

 《ハンティング・ネット》などの存在から、バウンス効果がどこかで出てくることはわかっていた。更に、その効果はルアー・ファントムのものである可能性が高いことも当然予想できていた。

 だからこそ、その対策は既に手の中にある。効果モンスターに対しての強力なメタカードとなる速攻魔法が。

 

「《禁じられた聖杯》! このカードは、フィールド上のモンスター1体を選択して発動する! エンドフェイズまでその効果を無効にし、攻撃力を400ポイントアップさせる! 当然その対象はルアー・ファントム!」

 

《ルアー・ファントム》 ATK/0→400

 

 ルアー・ファントムの動きが鈍り、その腕についた相手を捕らえる機構は作動しなくなっていた。攻撃力こそ上昇したものの、既にその脅威は失われている。

 

「ば、馬鹿な……ッ!」

 

 伏せカードもなく、場に唯一存在するモンスターであるルアー・ファントムの効果は無効化。そしてその攻撃力は僅かに400ポイント。

 追い詰められた現状に、ギースは目を見開いて言葉を失くしていた。

 

「言っただろ、このバトルフェイズで終わりだってな! ルアー・ファントムへの攻撃は続行! 《ダーク・アームド・ヴァニッシャー》!」

「く、ぐぁあああッ!」

 

 巨腕が振るわれ、ルアー・ファントムの身体を根こそぎ吹き飛ばす。スライム状の身体はその攻撃の前に為す術なく破壊され、同時に攻撃の余波がギースに襲い掛かった。

 

 

ギース LP:4000→1600

 

 

 そして今、ギースの前に立つのは白銀のドラゴン。今か今かと俺の指示を待つスターダスト・ドラゴンが嘶くと、ギースは焦燥に支配された顔で後ずさり、何やら胸のポケットを探り始めた。

 

「これで終わりだ! いけ、スターダスト・ドラゴン! プレイヤーに直接攻撃(ダイレクトアタック)! 響け! シューティング――!」

「ま、待て! こ、これを見ろ!」

 

 スターダスト・ドラゴンの攻撃宣言の瞬間。ギースは胸のポケットから1枚のカードを取り出すと、両の手でそれを引っ張るように持った。

 何の真似かと疑問に思うも、すぐにそのカードの正体はわかった。ギースの横に沈んだ顔をしたカードの精霊が浮いていたのだから。

 

「《ジェリービーンズマン》のカードに、その精霊だと?」

「く、クク……そうだ。本当はヨハン・アンデルセンへの奥の手だったんだが、お前も精霊が見えるみたいだからな。コイツの苦しむ姿も見えるだろう、よ!」

 

 言いつつ、ギースはカードを千切ろうとするかのように手に力を込めはじめる。それにジェリービーンズマンの精霊は鳴き声を上げて抵抗しているが、物理干渉できるほどの力はないのか効果がない。

 

「やめろ!」

 

 カードが破られては、それを依り代とする精霊はこの世界では消滅するしかない。それを避けるため俺が制止の声をかければ、ギースはぴたりとその動きを止めた。

 

「なら、攻撃を中止しろ。そうすればこのカードを傷つけないでいてやる」

「なに……!」

「そうそう、このカードはヨハンの知り合いの子供が持っていたカードでなぁ。このカードが破れちまうと、その子供も、ヨハンも! 悲しむかもしれないぜぇ?」

「おまえ……ッ!」

 

 どこまでも卑劣な行いに、冷静さを保っていた頭にも熱がこもっていく。スターダスト・ドラゴンも唸り声を上げて、まるでギースを責めているかのようだった。

 しかし、そんな中でもギースは己が優位に立ったと確信したのか流暢に話し続ける。

 

「わかんねぇなあ、俺には。精霊なんてもんは、俺たちとは別の生き物だぜ。そんな奴になんで一生懸命になれるのかねぇ。おっと、少し力が入っちまった」

 

 軽くカードを曲げるギース。修正不可能なほどの痛手ではないが、しかしカードを蔑ろにし、精霊を消す危険を伴う行為に俺は自分でも表情が厳しくなっていくのがわかった。

 

「ギース……!」

「クク、おっと精霊に恋しちゃった奇特なお方にはお耳汚しだったかな? ククク、ハーッハッハッハ!」

 

 こいつ……!

 

 カードも、精霊も、そして俺たち自身をも貶めるギースに、握った拳が怒りで震える。しかし、ここで衝動に任せて攻撃すれば、ジェリービーンズマンは消滅してしまうだろう。

 だが、こうしていてもマナを助けることは出来ない。しかも、あのカプセルの中では精霊は長く生きられない。あまり悠長にしていることも出来ないということだ。

 高笑いするギースに、何も行動を起こせないことを悟って俺はもどかしさに歯噛みする。今の俺に出来ることといえば、少しでも時間を引き伸ばし、解決策を導き出すための時間を捻出することぐらいだ。

 悔しいが、しかし今はそんなことにこだわっている場合ではない。取れる手があるなら、今はそれに賭けて耐えるしかない。必ず逆転の目があると信じて。

 

 それぐらいしか出来ない自分を内心で責めつつもそう決心した、その時。

 

 

「――目障りだ。お前の戦闘には矜持がない」

 

 

 俺の真後ろから聞こえた言葉。

 それと同時に、俺の身体を隠れ蓑にするかのようにして細いワイヤーがギースに向かって伸びていた。

 

「ぐぁッ!?」

 

 気づけば、ギースは呻き声を上げてジェリービーンズマンのカードを取り落していた。はっとして見れば、ギースの手に直撃した何かが勢いよくこちらに巻き戻ってきているのがわかった。

 それは、ワイヤーと繋がったアンカー付きのリール。これを持っており、そして俺の後ろにいた人物といえばただ一人だ。

 俺は後ろを振り返る。そこには、浅黒い腕を伸ばして放った方と対を為すもう一方のリールを握るウエスト校のチャンピオンの姿があった。

 

「オブライエン!」

「話は後だ! 今はまず奴を片付けろ!」

「ああ! ――スターダスト・ドラゴンッ!」

 

 俺が呼び掛けると、スターダスト・ドラゴンは既に準備は出来ているとばかりに嘶いてその長い首をしならせる。

 そして口腔に集束していく不可視の砲弾。そのエネルギーの高まりを感じつつ、俺は手の甲を抑えて悶絶しているギースに指を突きつけた。

 

「これで終わりだ! カードたちの怒りと共に鳴り響け! 《シューティング・ソニック》ッ!」

 

 限界まで高められた波動が一筋の光線となってスターダスト・ドラゴンの口から放たれる。

 それは高速でもってギースへと迫り、瞬く間にギースの身体ごと無色の輝きの中へと飲み込んでいった。

 

「ぐぁぁああああッ!」

 

 

ギース LP:1600→0

 

 

 ライフポイントが0を刻み、デュエルに敗北したギースが膝をつく。

 そして今の衝撃によって発生した風が、ギースの元に落ちていた《ジェリービーンズマン》のカードを俺の足元へと運んできた。それを拾い上げてポケットにしまうと、俺は片膝をついて俯くギースに近づこうとする。

 が、ギースの周囲に突如光に包まれた精霊たちが姿を現す。《キーメイス》《プチテンシ》《ワタポン》……無論ギースもそれに気づいて、俯いていた顔をハッと上げた。

 

「お前らは……俺が今まで狩ってきた……」

 

 つまり、ギースの犠牲になった精霊たちということだろう。ならば、相当な恨みがあるに違いない。ひょっとすると、ギースに復讐するためにこの場に出てきたのかもしれなかった。

 それに気づき俺が慌てて歩を進めると、まるで俺が来ることを拒むように、精霊たちが道を遮る。そして、揃って首を横に振るのだった。

 

「――俺にも昔、心を通わせた精霊がいた。だが、その精霊の宿ったカードを他人に奪われ、俺は歪んでしまったのさ」

 

 彼ら精霊に囲まれる中、突然ギースは言う。彼らがギースに対して何か働きかけたのだろうか。ギースの目には先ほどまでの欲望の光は見えない。どこか茫洋とした瞳のまま、ギースは口を動かしていた。

 精霊のカードを奪われたギースは、最初は失意に沈んでいたという。しかし徐々に立ち直っていくと、今度は精霊のことをすっぱり忘れようと一時は精霊から離れて暮らしてもいたようだ。

 しかし、ギースにとって精霊とは半身のようなものだったのだろう。それを奪われ、心のバランスを崩し、それでも精霊が忘れられないギースは、やがて精霊を奪う側となって精霊に関わり続ける道を選んだ。

 かつて己が被害に遭ったことを他人に行うことで得られるささやかな満足感。それだけが、ギースの精霊を求める心を満たしてくれたのだと。

 そこまで話すと、ギースは不意に小さなリモコンを取り出してそのスイッチを押す。すると、マナを閉じ込めていたカプセルが開き、そこからマナが飛び出してきた。

 

『遠也!』

 

 ギースの行いに驚く俺の胸に飛び込んできたマナ。それを、俺も少し遅れて抱きしめ返す。喜びの笑みを浮かべているだろう俺を見て、ギースはふっと笑った。

 

「この精霊たちは、俺に罰を与えに来たのだろう。だが、不思議だ。この光に包まれていると、まるで昔に戻ったような感覚に陥る……精霊と共にいた、あの頃に……」

「ギース……」

 

 突然の心変わりのように思えた変化は、それでか。当時の心を取り戻したからこそ、ギースはマナを自ら解放したのだろう。

 しかし、そうなるとこの精霊たちの真意がわからない。ギースにかつての心を取り戻させて、何の意味があるというのだろうか?

 俺が疑問に思っていると、不意にギースを囲んでいた精霊の1体である《キーメイス》が寄ってきて、マナにこっそり耳打ちをする。

 

『え?』

 

 疑問の声を上げるマナに、くすくすと楽しそうにキーメイスは笑い、再びギースの下へと去って行く。そして次の瞬間、ギースの身体は精霊たちと共に強烈な光に包まれていく。

 あまりの光量に俺たちは目を瞑る。そして、再び瞼を開けた時には既にギースの姿は見えなくなっていた。

 

「なん、だったんだ……? ――ぐぅああッ!」

『遠也!?』

「どうした、皆本遠也!」

 

 腕に着けたデス・ベルト。そこから身体中の力が吸い取られるように抜けていき、俺は思わずその場に膝をつく。

 心配する声を上げるマナと、駆け寄ってくるオブライエン。

 大丈夫だと示すために立ち上がろうとするが、しかし膝が笑ってしまい言うことを聞かない。そんな俺にオブライエンは肩を回し、無理をするなと言って木に寄りかからせてくれた。

 

「わ、悪い……オブライエン……」

「気にするな。既に計画の終わりが近いだろう今、恐らくプロフェッサー・コブラはデス・ベルトの機能を最大にしているはずだ。倒れるのも無理はない」

「コブラの、計画……?」

 

 そう俺がオウム返しに問うと、オブライエンは首を横に振った。

 

「俺も詳しくは知らない。それを探るためにコブラに迫ったが、罠に嵌って隔離されてしまったからな」

 

 その後オブライエンはなんとか脱出を試みて落とし穴の床を破壊したものの、予想以上に脆かった床はその全てが崩壊。あわやというところでアンカーを突き刺したものの、やがて外れてここに落ちてきたということらしかった。

 ジャングルに隙間なく生い茂った植物がクッションとなり、オブライエンは助かったのだろう。しかし、気絶しただけで、意識を取り戻してすぐに動き回れるほどの軽傷で済んだことは奇跡に近い。

 それを言えば、オブライエンは戦士と一般人では鍛え方が違うと断言した。すげぇな、戦士。素直にそんなことを思う俺だった。

 そして、オブライエンは続ける。

 

「コブラはその計画で、多くの犠牲を生み出そうとしている。俺は奴に一度とはいえ従った部下として、奴を止める義務がある」

「オブライエン……ああ」

 

 固い決意を込めた瞳を見て、俺は同意するように頷きを返す。

 しかし、いま俺の身体は全く言うことを聞いてくれない。残念だが、オブライエンについていくことは出来ないだろう。

 

「オブライエン……お前は今から十代たちに合流するつもりだろう」

「十代たちが来ているのか? ……そうか。なら、コブラに近づくにはそのほうがいいだろう。それがどうした?」

「伝言を頼んで、いいか? ちょっとドジったけど命に別状はないから安心しろってのと、頑張れってさ」

 

 俺の口から伝えられた言葉に、オブライエンは小さく笑みを見せる。そして、力強く頷いた。

 

「わかった。必ず伝えよう、遠也」

「頼む、オブライエン」

 

 俺がゆっくり手を差し出すと、オブライエンはその意図を察して固く俺の手を握る。

 そして、オブライエンは「だが」と言葉を続けた。

 

「さすがにこのジャングルの中に置いていくわけにはいかない。安全な場所に出るまでは共に行こう」

「いや、それなら――」

「私がいるから、大丈夫だよ」

 

 精霊状態から実体化したマナが俺の横に立つ。

 すると、突然現れたマナに一瞬でオブライエンが構えを見せたが、俺が大丈夫だと言えばオブライエンも数瞬の後に警戒を解いた。

 そして、得心がいったとばかりに首肯する。

 

「なるほど、精霊か。さっきのギースとの会話は、こういうことか」

「信じるのか?」

「目の前で見たというのに信じない奴は、早死にするだけだ」

 

 戦士であるオブライエンらしい物言いに、俺は苦笑する。

 そして、マナがいればとりあえずの危険はないから大丈夫だとオブライエンを説得する。上級魔術師であるマナは、魔力さえ扱えるなら猛獣だろうと普通に勝てる。

 トラゴエディアや幻魔といったそもそもの地力が異なる存在や、さっきのように魔力と切り離されてはその限りではないが、今はそのどちらの脅威もない。そのため、十分な力があると言える。

 それよりも、コブラという難敵に挑もうとしている十代のほうについてやってくれ。俺がそう要請すると、オブライエンは僅かに渋ったものの、やがて了解したと頷いた。

 そして、オブライエンは俺に背を向け、森の奥を目指して駆けていく。それを見送った俺は、全身を木に預けるようにして身体から力を抜いた。

 

 よくよく考えてみれば、一昨日にデス・デュエルをし、その影響も抜けないまま今日はパラドックスと生死を賭けたデュエル。これもデス・ベルトを着けていたので、当然エナジーは抜き取られている。

 そして今、少しは休んだとはいえ色濃くパラドックス戦の疲れや消耗を残したまま再びデス・デュエルを行ったのだ。一日に二度、それもかなり高出力でのエナジー簒奪。

 いくらなんでも、無茶のしすぎだったようである。

 

 思わず苦笑すると、不意にマナが俺の横に座り込み、同時に俺の肩に手を回してくる。

 何のつもりかと思えば、マナはそのまま俺の身体を横倒しにし、そして俺の頭を揃えられた自身の膝へと招き寄せた。

 どこからどう見ても膝枕の体勢。俺が視線だけでどういうことかと問いかければ、マナはその細い指で俺の髪を撫でながら口を開いた。

 

「ちゃんと魔力で障壁は張ったから、しばらく危険はないよ。だから、こうしていても大丈夫」

 

 笑ってそんなことを言われ、成程なら安心だと納得する。が、その直後に「いや、そうじゃなくて」と口を開いた。

 しかし、続くはずだった言葉は人差し指で唇を抑えられたことで止まってしまう。そして上から俺を見下ろすマナは、この危機的な状況には似つかわしくないほどに穏やかな声で語りかけてくる。

 

「……いいから、このまま休んで。遠也は十分頑張ったから。ね?」

 

 ゆっくりと、言い聞かせるようなその言葉が、心地よい音色となって俺の鼓膜を刺激する。

 元々かなり無理をしていたこともあるだろう、徐々に意識が遠のいていくのを俺はどこか他人事のように感じていた。

 まだ問題は片付いていない。そう心は訴えるのだが、いかんせん身体の方がついてきていない。

 更にマナと共にいるという安心感が、俺の身体から力を奪い取っていく。次第に脱力していく身体と、俺の意思とは裏腹に閉じようとしている瞼。昔はこの膝枕を嫌がっていたとは思えないほど、今この状態は俺をリラックスさせていた。

 抗いがたい疲れ果てた身体からのSOSとマナの優しげな声。既に腹に力を入れる余力もない俺は、やがて抵抗もままならないままに瞼が閉じていくのを受け入れるしかなかった。

 

「――おやすみ、遠也」

 

 囁かれた言葉に返事をすることも出来ず。俺は心地よい感触の中で意識を落とすのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 遠也が眠ったことを確認し、マナは小さく息を吐いた。

 その吐息には、隠しがたい安堵が含まれており、どれだけマナが気を揉んでいたかを如実に現している。

 

 それというのも、今日の遠也といえばデス・デュエルの最中だというのに、死の危険を伴うデュエルを行い、気力と体力ともに消費した後に、全力疾走。そして再びデス・デュエルである。

 常人であれば最初のデュエルだけで倒れていたっておかしくはない、それほどの死闘だった。だというのに、遠也は自分の身体に鞭を打って走り回っていたのだ。傍にいたマナは、表面上は普通に振る舞ってはいても、ずっと遠也の身体のことを気にかけていたのである。

 

 自身の膝の上で寝息を立てているのは、そんな悩みの種である。しかしながら、そんな悩みの種を受け入れてしまっている時点で、結局この人はこういう人なんだと受け入れている自分に気づきマナは苦笑いを浮かべた。

 起きないように指先でそんな厄介な人物の髪を弄りつつ、つい先ほどのデュエルを思い起こす。

 自分を捕らえて害そうとしたことに、本気で怒ってくれていた遠也。自分が油断していたせいでああなってしまったことは、悔いても悔やみきれない。遠也に余計な負担をかけてしまったことは、マナにとって痛恨の事実であった。

 しかし同時に、全力で遠也が自分を助けてくれたことは、嬉しかった。不謹慎だとわかっている。だがそれでも、必ず助けるという意思をあけすけなほどに表に出して戦ってくれた姿に、何も感じないわけがなかった。

 

 膝の上で眠る遠也の顔に、ゆっくりと自身のそれを近づけていく。数秒の間、隙間なく一つになった二人の姿。そして徐々に顔を離していったマナは、微笑みと共に遠也の頬をそっと撫でた。

 

「――ありがとう、遠也」

 

 嬉しさや申し訳なさ、全てをひっくるめての心からの感謝。

 その言葉を遠也に捧げ、マナは暗闇に包まれたジャングルの中から天井を見上げた。

 そして、ふとついさっき《キーメイス》の精霊から聞いた言葉を思い出す。

 

(『この人は王様に任せて。王様は優しいから、大丈夫』かぁ。誰なんだろう、王様って)

 

 悪戯混じりの言葉だったのは、小さく笑っていたことから予想がつく。

 一体何のことだかはわからないが、あの精霊たちは少なくとも幸せそうに笑っていた。そこに復讐などといった暗いイメージは当てはまらないほどに。

 なら、ギースという男も悪いようにはなっていないだろう。無論これまでの罪は償うべきだろうが、一度は虐げられた精霊をあれだけ幸せにしてみせる王様なら、きっといい結果にしてくれる。

 マナはそんな思いを抱き、視線を上から下へと戻す。そこには、穏やかに眠る恋人の姿。

 くすりと笑みをこぼし、マナもまた束の間の休息に気持ちを緩めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 *  *

 

 

 

 

 

 

 マナの膝枕の上で眠りに落ちて幾ばくか。

 ドン、と突然響き渡った轟音と震動に、俺はたまらず目を覚ました。

 

「な、なんだ!? 何が起こった!?」

 

 周囲を見渡せば、ジャングルは全てなぜか白い光に包まれており、更に言えばその光は下から吹き上げる風を伴って周囲の景色を異様なものに変えていた。

 振動も変わらず続いている。そして、視界に入るのは天にまで伸びた巨大な鉄柱のような物。一体なにがどうなったっていうんだ?

 

「遠也! とりあえずここは危険だよ! すぐに私に掴まって! 一気に飛んで地上に出るよ!」

「あ、ああ!」

 

 事態は呑み込めていないが、しかし今の状況がかなりマズいものだってことはさすがにわかる。

 マナの言葉に素直に頷き、俺はマナと共に下から吹き上がる風に乗るようにして地上を目指した。

 カーテンのようにたなびく白い光が、目の届く範囲全てを覆っている。それが、異常な事態であることを否が応にも認識させた。地上に出てわかった巨大なネジのようなものが研究所から出ていることといい、どうなっているのか。

 俺は空中で互いの身体を支え合っているマナに視線を向けた。

 

「……一体、何があったんだよ」

「遠也が寝て、少ししてからのことだよ。あの鉄柱……大きなヘリポートが地下からせり上がってきたのは。たぶん、あの上で十代君達が戦っているんだと思う」

「そうか……決着は?」

「ごめんね、わからない。あのジャングルからだと、ヘリポートの部分は高すぎて見えなかったから……」

 

 マナは申し訳なさそうに言う。だが、それを責めるつもりは最初からない。そもそも俺が疲れ切ってダウンしてしまったのが悪いのだ。起きていれば状況は自分で把握できていたはずなのだから。

 

「この研究所を……いや、アカデミアの島を覆っている光については?」

「それもわからない。今の振動と一緒に突然光も現れて――」

 

 その瞬間。マナの言葉を遮るように、光が一気に膨れ上がって爆発的な輝きを放つ。

 

「マナ!」

「遠也!」

 

 俺とマナは瞬時に互いの体を守り合うようにかき抱き、そして目が焼けるほどの光にギュッと瞼を閉じた。

 それでもなお明るさを主張するように、瞼の裏で視界が赤く染まる。あまりにも外の輝きが強すぎるのだろう。目を開けてしまえば、失明すらしてしまうだろうほどのそれは、もはや光の暴力とでも称した方が正しく思える。

 

 しかし、そんな強烈な光が長続きするはずもない。光はやがて勢いが衰え、結局は一分も経たないうちに収まっていった。

 それを瞼の裏から感じ取りながら、俺は恐る恐る目を開く。いまだ僅かにぼやける視界の中、同じように目を開いたマナと目が合う。

 そして、俺たちは同時に自分の周囲へと目を向け――……言葉を失った。

 

「……なんだよ、これ……」

 

 そこにはアカデミアの校舎があり、そしてその裏山もまた変わらず立っていた。

 しかし、その周囲の景色がまるで違う。

 更に裏山の背後に聳えていた火山はなくなり、草木が生い茂っていた森も消滅。ただただ砂の大地だけが広がるそこは、まぎれもない砂漠だった。

 慣れ親しんだアカデミア島の景色では、断じてない。そこには、全く異なる世界が広がっていた。

 

「……異世界……」

 

 一応、原作においてそういった境遇に一時立たされることは知っていた。さすがに異世界に行く、という点は忘れようがないほどに印象的だったからだ。

 しかし、実際にこの世界に来て、この島で皆と一緒に過ごしてきて。その場所が全てごっそり消し飛んだと思うと、考えていた以上に衝撃があった。

 渇いた口の中を潤すべく絞り出した唾液を飲み込む。ごくり、と嚥下する音が異様に響き渡ったように感じた。

 ざらりと頬を撫でる砂混じりの風。その慣れない感覚に戸惑う中、俺とマナはしばし無言で広大な砂漠の中ぽつりと砂風に晒されるアカデミアを眺めるのであった。

 

 

 

 

 



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第62話 異地

 

「おーい! そこにいるのは、遠也とマナじゃないか!?」

 

 見慣れた火山も、森もない。ひたすらに白い砂だけが広がる広大な砂漠に、ぽつんと唯一主張する人工物であるアカデミア校舎。

 突如として変化したその異様な光景に固まっていた俺とマナの耳に、ここ最近で聞き慣れた声が届けられる。

 

「遠也、今のって……」

「ああ。ヨハンの声だ」

 

 俺とマナは顔を見合わせて互いの予想を確認し合うと、すぐに声が聞こえてきた方向へと視線を向けた。

 聞こえてきたのは、あの巨大な手中の先に取り付けられたヘリポートからだ。目を凝らせば、そこにはヨハンだけではなく皆が揃っており、その中でヨハンが大きくこちらに手を振っているのが確認できた。

 今、俺はマナに抱えられて空を飛んでいる。その高度はヘリポートよりも若干下という程度なため、あちらは俺たちに気付けたのだろう。

 振られる手に俺も小さく手を振り返し、マナは俺を抱えたままヨハンたちの元へと飛んでいく。その傍には十代が膝をついており、ヘリポートに降り立った俺はマナに支えられながら十代の前へと歩を進めた。

 

「よ、十代。大丈夫か?」

「へへ、なんとかな。そういう遠也だって、マナに支えられてるけど、大丈夫か?」

「大丈夫だったら、支えられちゃいないさ」

 

 俺がそう言って苦笑すると、十代もつられるように小さく笑う。このまま事情を聴きたいところだが、しかし状況はこのまま談笑するような悠長なものではなかった。

 

「十代、遠也。話は後だ。まずはここを降りよう。ヘリポートもだいぶ傾いてしまっている」

 

 ヨハンが提案してきたそれに、俺たちはすぐに頷く。かつて此処を支えていた大地は、いまや不安定な砂にとって代わっている。いつ崩れ落ちたっておかしくはないのだ。

 そういうわけで、予定よりもだいぶ遅れて合流を果たした俺たちは、まずは下に降りることを優先して動き出す。

 砂の大地に降り立ち、三つある太陽や海の代わりに広がる砂漠……異世界としか思えない事態に俺たちは息を呑む。そしてその後、互いのこれまでの経緯や、現在の異状についてなど、様々なことを話しながら一路アカデミア校舎へと向かうのであった。

 

 

 

 

 途中、校舎前でクロノス先生とナポレオン教頭が実体化した《ハーピィ・レディ》に襲われていたが、ヨハンが《サファイア・ペガサス》を召喚してこれを撃退。どうも、この世界ではカードの精霊が実体化できるようだった。十代の《ハネクリボー》も全員に見えているようだったし。

 ちなみに俺の身体を支えてくれていたマナのことは、既にこの場にいたほぼ全員が知っていたのであまり混乱はなかった。唯一ジムだけがマナを見たことがなかったので、ジムにだけはマナのことを説明したが、それだけだ。

 しかし、そうなるとこの異世界はやっぱり精霊界ということになりそうだ。マナに聞いてみたところ、確かに精霊の世界であると確認が取れた。なんでも、空気の感じで人間界との違いは判るのだとか。

 

 また、気になっていたコブラとの顛末だが、どうやら十代は無事にコブラを倒すことが出来たようだった。

 俺と別れて先行した十代たちは、研究所内部でコブラの刺客になっていたという佐藤先生と相対。そのデュエルに十代は勝つも、デス・デュエルによる消耗が激しく一時休憩をとったらしい。

 その後、出発した十代たちは大きな障害に出遭うことなく先に進めたようだ。もともと通路が一本道であったこともあり、警戒しつつも迷うということはなく進んだ十代たちは、やがてあのヘリポートの根元である広大な空間に辿り着いたのだという。

 そして辿り着いた瞬間、鳴り響くアラート音。皆でひと塊になって警戒していると、通ってきた道から誰かが走ってくる音が聞こえてくる。全員で油断なく見据える通路から現れたのは、オブライエンだった。

 この時はオブライエンをコブラの部下かもしれないと思っていた皆は警戒を解かなかったが、しかしオブライエンはそれを気にせず十代に顔を向けると、俺が頼んだ伝言を伝えてくれたらしい。

 そして、十代はオブライエンに「遠也に何かあったのか」と尋ねたらしい。それに、オブライエンは自身が知る限りのこと……俺がギースと戦い、消耗によって追って来れないことなどを告げたらしい。

 皆からの疑いの視線を受けつつも、オブライエンは誠実に俺の頼みを聞いてくれていたのか。そう思うと、改めてオブライエンに感謝の念が湧き起こる俺だった。

 その後、コブラ本人がエレベーターで上に昇っていく姿を目撃した皆は、一時は部下であった責任としてコブラを止めたいと言うオブライエンと共にコブラを追ってヘリポートへと向かった。

 そして、対峙するコブラと十代たち。そこでついに、最後のデュエルが始まったらしい。

 

 途中で助けたクロノス先生とナポレオン教頭と共に保健室へとたどり着き、鮎川先生の治療を受けながら、十代はその時のことを思い出して俺に聞かせてくれていた。

 ちなみに、十代は椅子に座っているだけだが、俺はベッドだ。アモンとのデュエルで倒れた万丈目が寝ていたのだが、譲ってもらった。正直、結構つらかったのである。

 

「――強かったぜ、コブラは。《ヴェノム》っていう毒蛇のモンスターを使ってきてさ。デュエルにも、気持ちにも、隙がなかった。それに……」

「それに?」

「奇跡を起こしたいって気持ちは、純粋だったと思う。手段は許せなかったけどさ」

 

 十代いわく、コブラはデュエルエナジーを集めることで可能になるらしい奇跡を願ったという。

 それは、かつて戦士として血と泥にまみれた戦いに疲弊していた自分の心を癒してくれた存在――リックという少年に再び会うこと。

 戦場に置き去りにされていた赤ん坊であった彼を拾い、コブラは息子として育てた。しかし、不幸な事故によってリックと名付けられたその子は命を落とす。コブラにとっての全てだった我が子……その子の復活をコブラは夢見ていたのだ。

 無論、死者を生き返らせることなどできるはずがない。しかし、それすら可能になるのではと思わせる存在にコブラは出会ってしまった。

 それが――

 

「今回の黒幕、ってわけか」

「ああ。許せないぜ、コブラの子供を思う気持ちに付け入って利用するなんてさ……!」

「十代君、あまり興奮しないの。身体に響くわよ」

 

 椅子に座った十代を診ていた鮎川先生が、表情を険しくした十代に釘を刺す。すると十代の横にいた明日香も「心配させないで」と、どこか声質を落として言う。

 二人に言われて、十代もさすがに悪く思ったのか表情を正して「ああ、ごめん」と少しだけ笑みを見せた。

 しかし……コブラにも、そういう理由があったんだな。コブラがデス・デュエルを行った理由なんてもう覚えていなかったことが悔やまれる。根は優しい人であったことを窺わせるエピソードに、コブラへの認識を改める俺だった。

 聞けば佐藤先生にも相応の理由があったというし、十代たちが納得するだけの理由ならば、やはりコブラを含めて彼らには彼らなりの譲れないものがあったということなのだろう。

 

 となれば、やはり全ての元凶は黒幕である精霊――《ユベル》と考えた方がいいのかもしれない。

 十代いわく「コブラは、デュエルの後に突然現れた“光の少年”に従っていたようだった」。そして、その少年は「新しい世界へ共に行こう」と十代を誘って来たということらしい。

 十中八九、そいつがユベルで間違いないだろう。つまり、この世界にいることはユベルの計算通り。相手がどういう手で来るのか、気が抜けない日々になりそうである。

 俺がそう考えていると、十代を診察していた鮎川先生がその手を止めて立ち上がる。

 

「うん、大丈夫そうね。ただ、デス・デュエルによる疲労感だけはどうしようもないけれど……」

「大丈夫だよ、鮎川先生。コブラとのデュエルでは、あまりエナジーは取られなかったみたいだしさ」

 

 ……ん?

 

「どういうことだ、十代?」

 

 心配そうな鮎川先生の言葉に笑って返した十代の言葉。それに疑問を感じた俺が口を挟む。

 最終戦でありながら、コブラはエナジーの収集率を最大にしていなかったというのだろうか。俺はこんなに消耗しているというのに。

 そんな疑問から聞いてみれば、十代もよくわからないのだそうだ。ただ……、

 

「なんかコブラが言ってたんだよ。俺たちがこんなことは止めろ、って言ったら――「よかろう、手心を加えてやろうではないか。フフ、どのみち先程に外で大きなエナジーの収集ができ、更についさっき追加分もあったところだ。今更収集率を下げようと問題はない」ってさ」

「………………」

 

 どういうことなんだろうな、と首を傾げる十代に対して、俺は無言になる。

 外での大規模なエナジー簒奪……今はデス・デュエルに危険性があるかもしれないということで、クロノス先生たちはデス・デュエルを禁止している。その中での大きな収集機会となると、答えは一つだ。

 俺とパラドックスのデュエル。間違いなく、そこだろう。更に追加分というのは俺とギースのデュエルのことを指すに違いない。

 その原作にはなかった収集機会に多くのエナジーを確保できたから、十代からの収集は僅かでも十分だったということなのだろう。それが、今の十代の元気な様子に繋がっているというわけか。元気とはいっても、万全ではないだろうが。

 俺はその思考から、思わず横のベッドで寝ているパラドックスを見る。すると、その視線に気づいた十代たちもその視線の先へと目を向け、見慣れない人物が寝ていることに気付いて目を見張った。

 

「なぁ、遠也。誰だよ、この人?」

 

 この場の全員の疑問を代表するように、十代が聞いてくる。

 さて、その問いにどう答えようかと俺は数秒考え込む。

……敵、というのが一番今の俺とパラドックスの関係を現しているとは思うが、個人的にはパラドックスのことは嫌いではない。その抱える事情を把握していることもあり、俺はどうしてもこいつを敵だとは思い込めなかった。

 だから、俺はひとまずこう答える。

 

「まぁ、俺を訪ねてきたお客さんみたいなものかな。偶然、今の騒動に巻き込まれたみたいでさ。デス・デュエルで……」

「ああ、エナジーを取られたってことか。災難だったな」

 

 語尾をぼかせば、十代はデュエルに負けてエナジーを取られたと勘違いしてくれたようだ。本当は外部の人間であるパラドックスがデス・ベルトをつけているはずはないのだが、異常な状況も手伝ってか上手く勘違いしてくれたようでほっと胸を撫で下ろす。

 そうして一つの疑問が解けたところで、不意にヨハンが口を開いた。

 

「みんな、今俺たちがいる状況はかなり異質だ。異世界に来てしまったことで俺たちも混乱しているが……事情を何も知らない多くの生徒はもっと混乱しているはず。いきなりのことで、騒動が起きるとも限らない」

 

 真剣な面持ちで言ったその言葉に、俺たちは揃って頷く。混乱の極みに達した生徒が、自暴自棄になる可能性は確かにある。それが拡散しては目も当てられない。その危険性は、この場にいる誰もがわかっていた。

 

「十代、それに遠也も保健室で落ち着くことが出来た。俺たちはすぐに生徒たちに説明をした方がいい。――クロノス先生、ナポレオン教頭」

「なんなノーネ」

「なんでアール」

「生徒たちを体育館に集めてもらえますか。巻き込まれた生徒の総数、怪我や体調不良がないかなどの調査……一か所に集めた方が、効率的に行えます」

 

 ヨハンの言葉に、先生たちは揃って首肯すると保健室をすぐに後にした。早速生徒たちに呼びかけに行ったのだろう。

 それを見送り、残ったのは鮎川先生、俺、十代、翔、剣山、明日香、万丈目、ヨハン、ジム、オブライエンとなる。その顔触れを見渡し、ヨハンは言葉を続けた。

 

「よし、消耗している十代と遠也、それから鮎川先生を残して俺たちも体育館に向かおう。当事者である俺たちが説明した方がいいこともある」

「待てよ、ヨハン。俺は休む必要はないぜ。それに、保健室にある二つのベッドはもう埋まってるんだ。動けるんだし、俺もそっちに行く」

「十代……わかった」

 

 十代自らの申し出に、ヨハンは少し躊躇いながらもOKを出す。やはり、最後のデュエルで消耗が抑えられていたのをヨハンも知っているからだろう。問題はないと判断したようだった。

 更に、俺も続けて口を開く。

 

「ちょっと待ってくれ。それなら、鮎川先生も向こうに行ってください。もし体調が悪い生徒がいた時、すぐ対応できるように」

「え? でも……」

 

 俺の提案に、鮎川先生は口ごもる。やはり、俺という患者を残していくのが引っかかっているのだろう。

 しかし、デュエルエナジーを奪われることは、すなわち疲労していることと同義なので、回復するには寝ているのが一番だ。その間、鮎川先生には時間が出来る。ならば、その時間を有効に使った方がいい。

 俺がそう続ければ、鮎川先生も納得したのか最終的には頷いてくれた。これで、残るのは俺一人。あとの全員で体育館に向かうことが決定した。

 

「All right。そうと決まれば、俺達も急ごう」

 

 ヨハンの言葉にジムが賛成し、オブライエンもまた頷いて賛同を示す。無論、他の面子にも異論はなく、全員が俺を残して保健室を出て行った。

 ちなみにマナは精霊化して俺の隣にいる。よって、正確に言えば保健室に残ったのは俺とマナの二人である。

 

 そして、もう一人。

 

「――なぁ。起きてるんだろ、パラドックス」

「……ふん」

 

 ベッドの上で半身を起こした状態でそう口にすれば、寝ていたはずのパラドックスはむくりと身を起こした。

 その瞳に寝惚けたような色はなく、やはり少なくとも俺達が来た時……あるいはそれよりも前に目を覚ましていたのだろう。異世界という話題を出した時に寝息が乱れたことに偶然気づかなければ、俺も気づかないままだっただろうが。

 そして、俺の横でパラドックスには見えないだろうが僅かにマナが警戒したのが見えた。やはり、いきなり人を殺そうとした相手だから身構えてしまうのだろう。

 だが、俺のほうはといえばマナほど気にしていなかった。自分のことなのにおかしいと我ながら思うが……。

 ひょっとすると、予備知識として俺の頭の中にある元の世界での彼らに対する記憶が、そうさせるのかもしれない。それに、未来を変えたいという思いは少なからず俺にもわかるものだ。だからとも考えられた。

 そういうわけで気負うことなく、俺はこちらを真っ直ぐに見ているパラドックスに、片手を上げて応えた。

 

「さっきぶり。意外と元気そうだな」

「……異世界だと言っていたな」

 

 こっちの言葉はさらっと無視して口を開くパラドックス。言葉のキャッチボールが出来ていないが、まぁあんな話を聞いていた後では仕方がないか。

 俺は上げた片手を降ろすと、その手でくいっと廊下を指さした。

 

「廊下に出れば、窓がある。見てみるといいさ」

 

 あいにく身体がつらくて動けない俺は、ベッドの上のままだ。しかし、ずっと動いていた俺とは違って寝ていたパラドックスは既に回復しているようで、ベッドから降りると廊下へと向かう。

 俺はその背を見送るが……窓の前に立った瞬間、その肩が動揺に揺れたのが見えた。

 

「馬鹿な……海ですら消えているだと。これではまるで――」

「破滅した未来みたい、か?」

 

 俺はそう言うと、立ち上がってパラドックスのほうへと向かう。よろめき、マナが実体化して支えようとしてくれるが、俺はそれを制するとパラドックスの隣に立って同じく外を見た。

 パラドックスはそんな俺を一瞥するが、すぐに視線を外へと戻す。

 

「まさか。未来はこれとは比べ物にならないほどに酷い光景だった。倒壊した建造物、割れた地面、乾ききった夥しい血の跡……それが私のいた未来だよ」

「シンクロとモーメントが発展した結果……だったか」

 

 俺はベッド脇に置いてある自身のデュエルディスクを見る。使用時に七色の輝きを放つそれは、まぎれもなく遊星粒子の結晶である。その集大成であるモーメントが作り出す莫大なエネルギーは、未来において重要なエネルギー源として人々の生活を支えているのだ。

 しかし、シンクロ召喚の発展が予期せぬ未来へと人類を導いていく。シンクロ召喚には、モーメントを加速させる特性があったのだ。それによって、モーメントは急激に加速。人々の生活に根付いていたモーメントの発展は、付随して人類の発展を加速させていった。

 そして、人間は常に先を求め続ける生物である。高度な生活を営もうと、「もっと良く、もっと充実した生活に」という欲望は際限なく膨らんでいった。

 モーメントは、人の感情を読み取る。荒んだ欲望を取り込み、そのまま加速し続けたモーメントはついに暴走。町を、人を、文化を破壊しつくし、最終的に世界は破滅したのである。

 俺の知識の中にある歴史の流れ。それを脳裏に浮かべていると、いつの間にかパラドックスは外を見ることを止めていた。そして、その金色の瞳はひどく強い力を持って俺の姿を映し出していたのである。

 

「その通りだ、皆本遠也。そして未来を知る私だからこそ、疑問に思える。――お前があのデュエルで最後に行ったモノ……エクシーズ召喚。あんな召喚方法、私の知る未来にはなかった」

「………………」

「この時代にアクセルシンクロを行っていたことを、遥かに上回る異常。アクセルシンクロを行うお前を消せば事は済むと思っていたが、アレを見せられて同じ考えを持てるほど私は楽観主義ではない。――聞かせてもらおう、皆本遠也。お前は一体、何者なのか」

 

 どこまでも真剣な眼差しと共に問われた言葉に、俺は気まずさを感じつつその目を見つめ返した。

 俺が何者か、か。元は違う世界の人間で、そしてこの世界の未来を知る者とでも言えばいいのだろうか。しかし、馬鹿正直にそんなことを話すつもりは俺にはない。そもそも俺が違う世界の出身であるということは、今の時点で知っている人たちを除いて誰にも言うつもりがないのだ。

 俺にとって元の世界は元の世界であり、今の俺の居場所はこの世界にこそあると思っている。だからこそ、今更自分の出自がどうこうと言いたくないという気持ちが一つ。そして何より、そんな出来の悪いSF小説のような設定が実際に自分に起こったなんて、普通なら正気を疑われるところだ。だからこそ、それを口にするつもりは毛頭なかった。

 しかし、ならばどう答えればいいのか。俺は考えをまとめる意味も込めて、パラドックスから視線を外して外の景色へと目を向ける。

 

 すると……。

 

「ん?」

 

 今、視線の先に何かあったような。

 疑問に感じ、俺は目を凝らして窓の外を見る。パラドックスには申し訳ないが、何か砂漠の中で動いたような気がしたのだ。

 そしてよくよく見てみれば、あれは人……だろうか。観察してみるに、どうもこちらに向かってきているようでもある。となれば、現地の住人か? いや、待てよ。そういえば何かこの時にあったような……。

 

「悪い、パラドックス。なぁ、マナ」

「うん? どうしたの、遠也」

 

 俺の呼びかけに待機していたマナが実体化して俺の隣に立つ。僅かに目を見張ったパラドックスが視界に入ったが、今はそれよりも気になることがある。

 

「あそこ、こっちに誰か来ているみたいなんだけど……わかるか?」

「え? あ、ホントだ」

 

 マナも砂漠の中を向かってくる人影に気付いたのか、少し驚いたような声を上げる。

 そして俺はマナがその誰かを認識したことを確認し、一つの提案をした。

 

「マナ、ちょっと見てきてくれないか? もしハーピィが襲ってきても、お前なら勝てるし」

 

 なにせ攻撃力が全然違う。それに、マナの場合は魔術の力もあるので、ある程度格上であっても対処できるに違いない。

 そう思っての言葉だが、マナはその提案に難色を示した。

 

「でも……」

 

 そう言って、マナがちらりと見たのはパラドックス。なるほど、一度俺が殺されかけているだけに、そこまで信じられないってわけか。

 マナもどうやら過去に会っているらしいが、やはり目の前で人を殺しかけたのを見ては易々と気を許せないということだろう。

 しかし。

 

「頼むよ、マナ」

「……うん、わかった。行ってくるね」

 

 重ねて俺が頼み込めば、マナは了承してくれた。いかにも渋々といった様子ではあったが。

 そして、マナはちらちらと俺のことを気にしつつ、精霊化して外へと向かっていく。それを見送り、この場に残されたのは俺とパラドックスのみとなる。

 俺は、改めてパラドックスに向き合った。

 

「俺を殺すか?」

 

 率直にパラドックスに問いかける。

 もし肯定するならば、再度のデュエルも辞さない心構えだ。その場合、デス・ベルトによって更なる消耗は避けられず、悪ければ命の危機もあるかもしれないが、大人しく殺されるつもりもない。

 いくらパラドックスが俺に対する疑問を持っていたとしても、消してしまえば危険性は消える。臭い物には蓋をする。そんな考えで俺を再び襲わないとも限らなかった。

 そして、そんな俺の問いに、パラドックスはマナが出て行った外を僅かに見た。

 

「……なるほど。あの精霊に行かせたのは、巻き込まないため、か?」

「さてね。何の事だか」

 

 図星だった。

 もしパラドックスが本気で俺を殺すつもりなら、マナが魔術を使う前に決着はつくだろう。忘れがちだが、パラドックスは一種のサイボーグ。その身体能力は並の人間よりも遥か高みにいるのだ。

 マナがいれば、俺を庇おうとするのは目に見えている。その時にマナが傷つくことは容易に想像できた。

 それに、デュエルであってもパラドックスが操るのは最強の名に相応しいほどのパワーモンスターたちだ。上級魔術師であるマナであっても、さすがに分が悪い。

 ならば、俺一人のほうがいい。もう一度デュエルして勝てるかと言われれば微妙だが、それでもマナを矢面には立たせられない。俺だって、男なのだ。これまでマナに守ってきてもらった分、そろそろ自立しないと格好悪いってもんだろう。

 もちろん、実際に殺しに来るなら全力で抵抗させてもらうが。こっちもマナや皆と楽しく過ごすために死ぬわけにはいかないのである。

 俺はいざという時にすぐ動けるよう体勢を微かに低くする。パラドックスがどう行動してきても、対処できるように。

 しかし、パラドックスは俺のことは無視するかのようにいきなり踵を返すと、保健室へと戻り始めた。それに虚を突かれた俺は、すぐには動けずそのまま背中を見送る。

 すると、パラドックスは保健室の入り口前で立ち止まった。そしてこちらに背を向けたままで口を開く。

 

「……お前のことは後回しだ。まずはこの現状から脱することを優先する」

 

 つまり、今すぐ殺す気はない。少なくとも、異世界を脱出するまでは、ということか。

 まぁ、確かに俺は今回の件でも十代たちと共に割と中心に近い位置にいる。だからこそ、事情を知る俺を今消すことは、現状の打破においてマイナスであると判断したのだろう。

 現状への理解者の減少、仲間が死んだ十代たちの意気低下を考慮したと思われる。詳細を知るのが俺たちだけである今、その判断はパラドックスらしい合理的なものと言える。

 そして、それはつまりこの期間は一応の安全を確保されたということだ。というわけで、俺は緊張していた気を緩め、保健室へと入っていくパラドックスにすたすたと歩み寄る。

 うん、強硬な手に出ないとわかれば警戒するだけ無駄というものだ。ただでさえ今は非常事態なのだ。警戒する対象が減ったことは素直に喜ばしい。

 というわけで、ベッドに戻ったパラドックスに倣って俺も再びベッドの中へ。そうしてマナの帰りを待つが、暇だったのでパラドックスに話を振ってみた。

 

「そういやパラドックス。お前のデカいバイクな、森に置きっぱなしになってるから」

「……どうせ今この場にあったところで意味はない。時間移動機能はあっても、世界間移動機能などアレにはついていないのだからな」

 

 平坦な声で返答が帰ってくる。

 一応は受け答えをしてくれたことにほっとしつつ、俺は訊きたかったことを聞くことにした。

 話す前に一度深呼吸。そして、意を決して口を開く。

 

「なぁ、未来ってさ……滅びるんだよな。シンクロ召喚のせいで」

「その通りだ。だが、それがどうした」

「いや……その、さ」

 

 俺は何と言ったものか、言葉を吟味する。だが、結局うまく伝える言い回しを思いつくことが出来なかった俺は、ストレートに聞いてみることにした。

 

「――俺も、そんな未来なら変えたいって言ったら、どう思う?」

 

 顔色を窺うように、しかしぐっと力を込めて言った言葉。

 恐らく、パラドックスは怒り狂うだろう。未来の救済のために数えきれないほどの苦難と努力と犠牲を乗り越えてきた彼らにしてみれば、俺のソレなど“何も知らないガキの調子に乗った言葉”としかとられまい。

 しかし、それでも聞いてみたかった。実際にそのために絶大な覚悟を持っている彼らが、どんなことを言うのか。たとえ返答が激情であったとしても、それはきっと今の俺に足りないものであることは間違いないのだ。

 だからこその問いかけ。怒りを受けてでも、俺が訊いてみたかったこと。

 帰ってくる反応を予想して身構えるが……しかし、パラドックスは予想に反して黙ったままだった。

 あれ、と不思議に思った時。おもむろにパラドックスの声が耳に届く。

 

「――好きにすればいい。それこそが、お前が言う希望への可能性とやらならな」

「パラドックス……」

「お前は確かに可能性の断片を私に見せたのだ。失望させてくれるなよ、遠也」

「――! ああ!」

 

 俺は勢い込んで頷く。

 あの時、デュエルした時のパラドックスでは聞くことなど出来なかった言葉。新たな可能性を否定し、そんな博打を打つよりも多数を犠牲にしてでも自分の信じる方法を取ると言ったパラドックス。

 そのパラドックスが、彼らの創ろうとしている未来とは異なる未来への可能性を認めてくれたことが嬉しかった。その可能性を信じて、希望を見ることが間違いではないと認めてくれたことが。

 無論、心から賛同したわけではないだろう。今でも俺の言葉に対する反発は当然あるはずだ。俺だって、パラドックスの目指す未来と過程が絶対の間違いであるとは言い切れないのだから。

 しかし、それでも。そういう考えもあると思ってくれたことは、大きな変化だと思う。まるで俺自身の進む道が肯定されたようで、思わず顔に笑みが浮かぶ。

 とはいえ、まだパラドックスは俺を消すことを止めるとは言っていない。この異世界を脱出した後にどうなるかはわからないが……。

 それでも、俺は俺なりに頑張っていこう。パラドックスの言葉から、俺はそう思える自信をもらったような気がした。

 ベッドの上で、その意気を込めてぐっと拳を握りこむ。

 そして、もう一つ。パラドックスに聞かなければならないことを聞くため、俺は声をかける。

 

「なぁ、パラドックス。レインっていう――」

 

 その時、突然慌ただしい声が近づいてくるのを感じ、俺は言葉を止めて入り口のほうに目を向けた。同じく、パラドックスも視線をそちらに向けている。

 直後、雪崩れ込んでくる仲間たち。十代、ヨハン、オブライエン、ジム、マナ。それに、いつの間にやらアモンまでいる。最後に、熱や砂避けの外套に身を包み汚れまみれの男が一人。

 見覚えのない最後の一人に、一体誰だろうかと思いつつ、その顔を見る。

 そして……思わず一瞬固まった。

 

「三沢!?」

 

 汚れによって肌の色すら変わってしまっているが、二年も一緒にいた男の顔を見間違えるはずがない。

 そこにいたのは、ツバインシュタイン博士の研究を手伝うために島を出た俺たちの仲間の一人。三沢大地に間違いなかった。

 

「……ぐ……遠也、か。久しぶりだな……」

「あんまり喋るなって三沢! 身体に響くぜ!」

「ああ……悪い、十代……」

 

 十代、それからヨハンに支えられた三沢が二人に促されて椅子に腰かける。他の面々は普通にしているところを見ると、三沢以外の人間は何もないようだが……。

 

「一体、どうしたんだ?」

 

 皆の後をついてきたらしい鮎川先生が急いで治療の準備を始めるのを見ながら、俺はこの状況に対する疑問を十代たちにぶつけるのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 同時刻、アカデミア校舎内の図書館にオレンジ色の光が溢れかえった。

 その光源は、図書館に設置されたテーブルの一つ。その上に置かれたラグビーボール状のカプセルであった。

 それは、アモンがSAL研究所から持ち帰ったもの。彼はそこで手に入れた物を、このカプセルに入れて持ち込んでいたのだ。

 

 その手に入れた物とは何か。その答えは、カプセルの中にあった。

 

 濃い紫に黒を混ぜたような漆黒の腕。五指の先に生えた爪は鋭く、ぴくりぴくりと痙攣を繰り返す。悪魔の腕と言われれば信じてしまう、そんな禍々しさがその腕にはまとわりついていた。

 もしこの場に十代たちがいたなら、この腕を見て何かに気付いていたかもしれない。彼らはこの腕を見たことがあったからだ。コブラの左腕として……。

 その時、一層光が強くなり、図書館の中を覆い尽くす。しかし、それは時間にして数秒のことであった。徐々に光は収まり、図書館は元の暗闇を取り戻していく。

 そして、カプセルの中にあったはずの腕はいつの間にか消失していた。その代わりに、先程まではいなかった異形の存在がカプセルの前で佇んでいる。

 全身がオレンジ色に染め上げられた人型。髪を逆立てた少年のような形をしており、その面貌はのっぺらぼうのようにパーツというパーツが存在しなかった。

 まるで幽霊のように実態があるとは思えな出で立ち。しかし、その左腕だけは異彩を放つ。

 その左腕は、ついさっきまでカプセルの中に収められていた悪魔の腕だったのである。

 

『ふふ、あはは……』

 

 不意に、その異形の存在が声を発する。口がない以上、声ではなく音と表現するべきかもしれないそれは、しかし確かに笑い声のようであった。

 

『心の闇……! 感じるぞ……!』

 

 今度は明確な言葉が図書館の中に響く。興奮気味、というべき語調で呟いたソレは、テレポートのように一瞬で図書館から消え去った。

 後に残るのは静謐さを取り戻した図書館。そして、何も収容されていない空っぽのカプセルのみであった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 なぜ三沢がいるのか。そして、何があったのか。それについて問うと、十代は頭を掻きつつ「いや、それがさ」と口を開いた。

 

 それによると、体育館でこちらに飛ばされた百人ほどの生徒たちを前に現状の説明をしていた時、それまで姿が見えなかったアモンがやってきたのだという。

 そして、アモンは外で何者かがアカデミアに向かっていることを告げ、一路十代たちはそちらに直行。現地の人間なら、この世界の詳しい事情を聴けるかもしれないという期待もあったらしい。

 そうして向かってみれば、そこには薄汚れた男を庇ってハーピィ・レディ相手に戦うマナの姿があったそうだ。ちなみにハーピィ・レディのほうは《万華鏡-華麗なる分身-》によって《ハーピィ・レディ三姉妹》となっており、更に《サイバー・ボンテージ》を装備していたという。

 つまり、その攻撃力は2450ポイント。だというのに、マナはそのハーピィたちを単独で倒したというのだから恐れ入る。

 そして、戦いが終わったところを見計らって十代たちはマナと男のほうへ向かう。そしてマナに「この男は誰だ」と問いかけ、返ってきた答えが「この人、三沢くんだよ」だったと。

 その返答に特に十代が大きく驚きを示した。色々と聞きたくはあったそうだが、三沢の消耗は激しく、また砂漠の中では落ち着いて話も出来ないということで、アカデミアまで急いで戻ってきたということらしかった。

 

「それで三沢。お前はどうして……」

「遠也……俺はツバインシュタイン博士の元で、ある研究を行っていたんだ」

 

 鮎川先生の治療を受けながら三沢が答え、それに十代が続けて疑問を投げかける。

 

「研究だって?」

「ああ。量子力学という学問のな。そして俺と博士は、重力子を使い12あるという異次元へ移動する実験を行っていた。……だが」

 

 三沢曰く、実験は失敗。機器が暴走を起こし、それによって気づけばこの場所に飛ばされていたのだという。咄嗟に博士をその場から押し出したため博士は巻き込まれなかったようだが、三沢は巻き込まれてしまい、ここでしばらく息をひそめるようにして生活をしていたらしい。

 

「幸い、過去にここに来たことがある人間もいたらしくてな。このゴーグルや外套なんかも転がっていたから、俺は生き延びることが出来たよ」

 

 そう言って、三沢は身に着けていたそれらに目を向ける。着の身着のまま一人で放り出された三沢の心情は察するに余りある。それらの道具が近くで見つかったのは、本当に僥倖だったに違いない。

 その時、三沢は軽く呻くようにして身を丸める。鮎川先生が無理をしない方がいいと声をかけ、三沢をベッドに寝かせようとするが……二つあるベッドは既に埋まっている。どうしたものかと思っていると、パラドックスがベッドから降りて立ち上がった。

 

「その男はここに寝かせるといい。私はもう回復した」

「あ、すみません。えっと……」

 

 鮎川先生が感謝を伝えようとして、しかし名前を知らないためか口ごもる。

 そういえば、パラドックスが起きて皆の前にいるのは今が初めてだったか。なら、知らないのも当然である。

 

「私の名はパラドックス。治療してもらったことには感謝する」

 

 パラドックスもそう思ったのだろう。自己紹介をし、更に鮎川先生にそう言って労った。

 鮎川先生もそれを受けて「こちらこそありがとう、パラドックスさん」と返すと、三沢を早速そのベッドに寝かせた。

 どれほどの時間かはわからないが、少なくとも衣服の端がボロボロに擦り切れるほどこの世界に一人でいたのだ。三沢はもう限界に近いはずだ。今は友との再会に喜ぶより、回復に専念してもらうことにしよう。

 

「でさ、遠也」

「ん、なんだ十代」

 

 三沢がベッドの上で目を閉じたのを確認した後。いきなり「でさ」などと話しかけてきた十代に、少しだけ違和感を覚えつつ応える。

 すると、十代はちらりとパラドックスのほうを見て、再び俺に視線を戻した。

 ……ああ、そういうことか。

 十代が言いたいことを察した俺は、パラドックスのほうに手を向けた。

 

「えっと、この人はパラドックス。俺の……知り合いみたいなものだ。さっきも言ったと思うけど、今の状況に巻き込まれてここにいる。よろしくな」

 

 俺がそうパラドックスのことを紹介すると、パラドックスが鋭い目つきで「どういうことだ」と無言のプレッシャーをかけてくる。

 さっき俺が十代たちに外からのお客さんだと言った時にも起きてたから事情は分かってるだろうに。どうにか話を合わせてくれ、と俺は目で訴えた。

 実際の関係を話すと話がこじれるから、ありきたりな設定でなあなあにしたいのである、こっちは。

 そんな中、俺からの紹介を聞いた十代が人懐っこい笑みを見せてパラドックスの前に立った。

 

「災難だったな……ですね? えっと、パラドックスさん、でいいのか?」

 

 慣れない敬語でたどたどしく話しかける十代。

 その姿に毒気を抜かれたのか、パラドックスは一つ特大の溜め息をつくと、口を開いた。

 

「……敬語が使いづらいなら、呼び捨てでも気にはしない」

「え、そうか? いやー、助かったぜ。いまいち敬語って苦手なんだよな、俺」

 

 あはは、と陽気に笑う十代。高校三年生にもなって言うセリフじゃないとは、この場にいる全員が心の内で思ったであろうことである。

 まぁそんなわけで、とりあえずとはいえ顔合わせも済み、俺たちはひとまず休みを取ることになった。

 いきなりこんな状況に置かれ、事情を知るからと今から気張っていては身体が持たないと鮎川先生に諭されたからである。

 実際、十代やヨハン、ジムをはじめとした面々は今からまたこの状況をよくするために何かできないかと動くつもりだったらしい。どこか余裕のない顔つきを見て、鮎川先生は一人の大人として心配になったのだと思う。

 そしてそんな鮎川先生の心情は、その表情から読み取ることが出来た。外はちょうど夜が近づいて来たのか暗くなり始めている。時間的にもそろそろアカデミア内でじっとするべきと判断し、俺たちは鮎川先生の言葉に従うことを決めた。

 

 保健室には俺とマナ、三沢とパラドックスが残ることになった。これから保健室を使う生徒が増えることも考慮し、予備のベッドが追加されて三つになったので、パラドックスももう少し休むことになったのである。

 十代、ジム、ヨハンは最後に学内を巡回してくるそうだ。何かのトラブルがあれば、そこから連鎖的に問題が起こるかもしれないとジムが言ったためである。

 オブライエンは、独自に調査を。アモンは生徒たちの話を聞いてくると言って出て行った。万丈目、翔、剣山、明日香は今の状況について考えてみるとのことである。

 そういうわけで、すっかり夜となった今、保健室に人気はなくなった。三沢は泥のように眠っているし、パラドックスもたぶん寝ているだろう。こちらに背を向けているからわからないが。

 俺はふぅと息を吐いて、夜の色に染まった天井を見上げた。

 

「なんか、大変なことになっちゃったなぁ」

「ホントにね」

 

 俺のベッドの脇から、マナの声が返ってくる。

 ちなみに今のマナは実体化している。どうもここが精霊界であるためか、実体化している方が楽なんだとか。一応精霊化することもできるらしいが、まぁ楽ならそっちのほうがいいのはわかる。

 とはいえ保健室のベッドの数が足りないので、さすがに寝る時は精霊化するつもりのようではある。精霊化すればベッドの心配はいらないあたり、便利といえば便利な気がする。

 

 俺はそんなどうでもいいことを考えながら、今日を振り返る。デス・デュエルの危険性の露見、パラドックスとのデュエル、研究所への侵入、ギースとのデュエル、そして……異世界への転移。

 まさにイベント目白押しだ。一日で起こったとは思えないほどに、詰め込まれている。まぁ、そのせいで俺はいま保健室にいるわけだが。もう少し間があれば回復する時間もあったのだろうが、いま言っても詮無いことか。

 また一つ息をこぼして上を見る。「溜め息をつくと、幸せが逃げるよ」と隣から言われたが、俺はそれに「幸せが逃げてるから溜息つくんだよ」と返す。今度は苦笑が帰ってきたのがわかった。

 そして、俺は寝ているであろうパラドックスの背に目を向けた。

 

「……結局、レインのことは訊けなかったな」

 

 俺はぽつりと呟く。

 パラドックスはゾーンに近しい人間だ。更に、本人も科学に明るいときている。となれば、レインを元に戻すことも出来るのではないかと俺は考えているのだ。

 とはいえ、俺たちは敵対していた者同士。いきなりそんなことを言えるはずもなく、まずは普通に話が出来るようになるのが先決だった。

 まぁ、その点は意外とどうにかなった。パラドックスが俺を積極的に殺そうとしなかったからだ。あのデュエルで俺のことを少しは認めてくれたのだと考えれば、嬉しい。そういうわけでようやく訊いてみる下地が出来たところで、三沢がやってきたのである。

 その後は今後の対応や現状への理解などでずるずると時間が経っていき、結局今の時間になってしまった。溜め息も出ようというものである。

 

「レインちゃん……パラドックスなら、何とかしてくれるのかな?」

 

 マナが、少しだけ沈んだ声で言う。

 レインが昏睡状態であることを思ってのことに違いない。マナはレイを通じてレインとも仲が良かった。だからこそ、心配なのだろう。

 俯きがちになったその姿を横目で見て、俺は上半身を起こすとその肩に手を回してポンポンと軽く叩く。あまり気にしすぎるな、とそんな意味を込めて。

 

「わからないけど、可能性はあるんだ。なら、今はそれに賭けるだけだ」

 

 マナを元気づけるため、そして自分にも言い聞かせるために、俺は力を入れて断言した。これまでは、どうすればいいのかさえわからなかったのだ。可能性が見えたことは大きな進歩である。

 そう思って、今は信じるしかない。そう伝えれば、マナは肩に置かれた俺の手に自身のそれを重ねて、小さく「うん、そうだね」と頷いたのだった。

 その反応に、俺もほっと内心で安堵する。やっぱり、マナの沈んだ顔なんて見たくないものな。

 そうして少しだけ穏やかな空気が流れたと思った、その時。

 

 ――きゃぁあああッ……!

 

 校舎のどこからか突然聞こえてきた悲鳴。それに、俺とマナはハッとして顔を見合わせた。

 

「今の声って……!」

「レイちゃん!」

 

 俺はすぐさまベッドから降り、だいぶ回復したこともあってそのまますぐに走り出す。そして、マナと共に保健室を出て声がした方へと急いだ。

 今の声は、間違いなくレイのもの。一体何があったのかはわからないが、悲鳴を上げるなんて尋常のことじゃない。頼むから、無事でいてくれ。心の中で必死に願いつつ、俺は足を動かした。

 そうして廊下を走っていくと、やがて何人かが固まってしゃがみこんでいるのが見えてきた。よくよく見れば、それはヨハン、ジム、オブライエン、十代の四人。学内を回っていた皆が俺たちと同じく悲鳴を聞いて駆けつけてきたのだろう。

 

「みんな!」

「遠也! それにマナか!」

 

 声をかければ、こちらに気付いたジムが確認するように俺たちの名前を呼ぶ。

 そして、他の三人もこちらを認めると、十代が慌てた様子で振り返った。

 

「ちょうどよかったぜ! マナ! レイに、レイに回復の魔術をかけてやってくれ!」

「十代くん!? 回復の魔術って……」

「これは……!」

 

 追いついた俺たちは、十代の腕に抱えられたレイに目をやり息を呑んだ。

 高熱を出しているのか、紅潮した顔、荒い吐息。更にその剥き出しになった肩から二の腕にかけて、無残な傷が刻みつけられていた。

 かなりの大怪我でありながら、しかし血は流れていない。それだけで、この怪我が超常的な何かが原因であるとわかる。

 

「女の子に、ひどい……!」

 

 唇を噛んでそう言いつつ、マナはすぐさま回復魔術をかけ始める。しかし、若干その呼吸をよくする程度で、怪我のほうはそのままであった。

 しかし、何もしないよりはマシだった。そして、その魔術のおかげか意識を取り戻して薄らと目を開けたレイが十代、マナへと目を向け、そして最後に俺へと視線を向けた。

 

「レイ!」

「とおや、さん……マルっちを……影に、連れてかれた……助けて、あげて……」

「レイッ!」

 

 途切れ途切れになりながらも、レイはそれだけを告げて再び意識を落とす。

 俺や十代が焦って顔を覗き込むも、表情はさっきと変わらない。急に悪化したというわけではないとわかって胸を撫で下ろすが、しかし状況が好転したわけではなかった。

 その時、オブライエンが俺たちに声をかけてくる。

 

「十代、それに遠也! ひとまず保健室に連れていけ! ここでは充分な治療は出来ん!」

「Yes! オブライエンの言う通りだ!」

 

 オブライエンとジム、二人の言い分に俺たちは全面的に賛同し、十代がレイを抱え上げ、そして俺とマナがそれに続く。

 

「急げ、十代! 俺たちはこのままマルタンを探す!」

「頼んだぜ、ヨハン!」

 

 そして、俺たちは保健室に向けて走り出す。十代と並走してマナが魔術をかけ続けるのを見つつ、俺は懐から生徒手帳代わりのPDAを取り出して鮎川先生へとつなげる。

 異世界にいるからか電波の状況は悪いが、学内ならばまだ何とか繋がるのだ。走りながら、俺は鮎川先生にすぐに保健室に来てもらうよう頼み込んだ。

 鮎川先生もすぐさま了承。保健室に向かってくれるという言葉に感謝し、俺は改めてレイの顔を見た。

 苦しそうに肩を揺らして息をする小さな身体。その姿に、やるせなさと憤りを感じずにはいられなかった。

 レイにこんなことをした者、そして助けてやれなかった自分自身に、怒りが湧く。だが、今はそんな感情には蓋をする。それよりもレイの苦しみを取り除いてやることが、最優先でやらなければならないことだ。

 荒い呼吸を繰り返すレイに焦燥にも似た気持ちを抱きつつ、俺たちは保健室へと急ぐ。頑張れ、と抱えられたレイに必死に声をかけながら。

 

 

 

 

 



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第63話 異状

 

 レイが何者かによって傷つけられ、保健室へ連れて行ったあと。すぐに駆けつけてくれた鮎川先生にレイを任せ、俺や十代は休むことになった。

 それというのも、鮎川先生が俺たちはすぐに寝るようにと釘を刺してきたからだ。十代も俺もレイのことが心配で、しばらく傍についていようと思っていたのだが……それを言っても許可は出なかった。

 鮎川先生いわく、「あなたたちが思っている以上に、二人とも疲れた顔をしているわ」とのこと。

 確かに、色々なことがありすぎた一日だったことは否定できない。その渦中にいただけに、疲労が蓄積していてもおかしくはなかった。実際、より身体の疲労感を増大させるデス・デュエルを行っていたわけだしな。

 そういうわけで、後ろ髪をひかれつつも十代は退出。俺はそもそも保健室で寝ていたので、そのままベッドに戻って休みを取った。レイのことを気にかけながら。

 

 ――そして、翌日。朝食の給仕を行うトメさん達を手伝っている明日香、剣山、翔を除いた全員が保健室に集まっていた。

 特にヨハン、オブライエン、ジムはレイが倒れていた現場にいただけに、レイのことは気がかりだったようだ。アモンは実際に見てはいないが、生徒が何者かに襲われたという話を聞いて居ても立ってもいられなかったという。

 ……アモンだけ妙に胡散臭く思えるのは何故だろうか。なんとなくモヤッとするが、あまり人を疑うというのも良くない。頭を振って気持ちを切り替える。

 また、全員の中にはパラドックスも含まれている。というのも、昨夜レイにベッドを譲ったパラドックスは、そのまま保健室の奥でソファを引っ張ってきてそこで寝ていたからだ。そのまま保健室に留まり、今は腕を組んで壁にもたれかかっているというわけである。

 目を伏せてこちらなど気にしていないかのように佇む姿に、少しだけ苦笑する。

 

「――それで、鮎川先生。レイの様子は?」

 

 そんな中、ベッドで荒い呼吸を繰り返しているレイを心配気に見つつ、十代が問いかける。

 それに続いて俺達が一斉に目を向けると、レイの様子を見ていた鮎川先生は心苦しそうに首を横に振った。

 

「あまり、良いとは言えない状態よ。昨晩から取れる手は取っているのだけど……必要な薬品が圧倒的に足りないわ」

 

 そう言って、鮎川先生は必要な薬品を書き出したメモを見せてくれる。俺が受け取り、皆がそれを覗き込むが……そこに書かれている薬品がどういったものなのかさえ俺たちにはわからなかった。

 

「それらさえあれば、もっとレイちゃんも楽になるんだけど……」

 

 レイの額に浮かんだ汗を拭いつつ、先生はそうこぼす。

 その苦しそうなレイの様子に、俺達も胸が締め付けられるようだった。目の前で苦しんでいる女の子がいるというのに、男がこれだけ集まって何もできないとは……。

 しかし、そうは言ってもどうしようもないこともある。文明から完全に切り離されているらしいこの世界で、薬品を手に入れる手段など期待できないだろう。一面砂漠なのだ。薬どころかその原材料があるかすら怪しい。

 つまり、八方塞がり。そんな言葉が脳裏をよぎった時、不意にベッドで半身を起こしていた三沢が口を開いた。

 

「……薬品、か。もしかして、あそこなら……」

「ッ! 心当たりがあるのか、三沢!?」

 

 呟かれたその言葉に俺が反応し、皆も三沢へと目を向ける。それを受け、三沢は一つ大きく頷いた。

 

「ああ。実はここに来る途中に巨大な潜水艦を見たんだ。砂に埋もれていないということは、まだ最近の物のはず。それに、あれほどの規模の潜水艦ということは――」

「なるほど。軍関係のものかもしれないと言いたいわけか」

 

 オブライエンが先回りして言えば、三沢は首肯した。

 

「そうだ。軍なら、最新の薬品を取り揃えている可能性がある。それでなくても、乗組員用に薬品の取り置きが必ずあるはず」

 

 潜水艦か。なんでそんなところにあるのかは知らないが、渡りに船とはこのことだな。これでレイを助けることが出来る。

 そう思ったのは俺だけではないようで、皆の顔も明るいものになっていた。

 

「では、すぐに向かいましょう。モンスターに荒らされないとも限らない」

「Yes。アモンの言う通りだ、早ければ早いほどいい」

「そうだな。早速準備をして、クロノス教諭たちに外出許可をもらいに行こう!」

 

 アモン、ジム、ヨハンと続き、そしてその意見の中に反対するような点は何もない。

 これで俺たちの意見は完全に一致した。レイを一刻も早く助けるため、件の潜水艦へ向かい医薬品を回収する。その目的を確認し合い、俺たちは力強く頷き合うのであった。

 

 

 *

 

 

 そんなふうにこれからの行動を決めた一時間後。俺は潜水艦に向かうことなくアカデミアの体育館で行われている昼食の配給を眺めていた。

 既に、十代、ヨハン、ジム、オブライエン、アモンの五人はクロノス先生とナポレオン教頭の許可をどうにかもぎ取って、レイのために砂漠に乗り出している。それを思うと、こうしてじっとしている自分に溜め息が出てくる。

 そんな俺に気付いたマナが、とりなすように俺の肩を軽く叩く。ちなみに今は精霊化しているので、マナの姿は他の人間には見えていない。

 

『仕方ないよ、遠也。鮎川先生に言われちゃね』

「……まぁな。けど、わかっててもレイのピンチに動けないのはキツいって」

 

 再び溜め息を混じらせながら呟けば、マナは『気持ちはわかるけど、ね』とマナ自身も歯がゆい思いをしているのがわかる声音で俺の言葉に頷くのだった。

 そう、俺は鮎川先生からまだ激しく動くことのないようにと言われ、今回潜水艦に向かうことを止められたのである。

 パラドックスとのデュエル、ギースとのデュエル。それらもまだ昨日のことなのだ。更に俺はその前までデス・デュエルによって倒れて保健室のお世話になっていた。そんな状態の人間に、砂漠という過酷な環境を歩かせるわけにはいかない、と鮎川先生は俺の参加に反対したのである。

 俺はそれでも十代たちについていきたかったのだが、しかし十代たちにもその方がいいと言われてはどうしようもない。

 この異常な状況下で医師の言葉に従わないことがどれほどのリスクを伴うか。オブライエンにまでそう言われて諭されては、俺も諦めるしかなかった。言っていることは至極真っ当であったし、俺を心配してのことを無碍にも出来なかったのである。

 結果、俺は皆を見送る側になったのであった。そして、同じくアカデミアに残った明日香、翔、剣山は昼食の配給を行うというトメさんのお手伝い。俺も手伝おうかと思ったのだが、働かせては鮎川先生が言った意味がないということで、こうしてその光景をただ眺めている次第なのである。

 

「しかし、ご飯が水とパン一個とはなぁ。長期戦を想定して節約しないといけないのはわかるけど……」

『そうだね。遠也の言いたいことはわかるよ』

 

 俺が言おうとした先を察して、マナが同意する声を上げる。

 要するに、高校生という食べ盛り育ち盛りの年齢である生徒たちにとって、これではきっと持たないだろうということだ。さすがにそれを言葉にすれば不満を煽るだけなので口に出しこそしないが……。

 皆が皆、アイツみたいに大人しければいいんだろうけど。

 そう考えつつ、俺はアイツこと壁にひたすら計算式を書き連ねていっている男を見る。

 視線の先には、汚れを落とし、ぼさぼさだった体毛を綺麗さっぱり剃り落した三沢がいた。ラーイエローの制服に袖を通し、チョークを片手にずっと長々と計算を続けている。

 三沢曰く、ツバインシュタイン博士の元で学んだことを今こそ活かしてみせる! だそうである。

 計算によってこの世界の法則を導き出し、元の世界に戻る方法を見つけ出してやると息巻いているのだ。

 今も片手でパンをかじりながら、決してチョークを走らせることを止めはしない。その鬼気迫る雰囲気に、周囲は若干引いているようだったが。

 

「この状況でも、三沢は三沢だな」

『あはは、そうだね。ああして他人のために一生懸命なところとか、変わってないよね』

「ああ」

 

 もともと光の結社の時も、ラーイエローの後輩たちのためにイエロー寮で頑張っていた三沢だ。こういう皆が困った状況で、自分の知識が生かせるとなれば居ても立ってもいられなかったのだろう。

 そういうところは変わりないようで、俺もマナも知らず口元に笑みを浮かべていた。

 

「――おい! お前のパンのほうが大きいじゃないか!」

 

 その時、突然配給の列から怒声が響く。俺とマナも三沢を見ていた視線を戻し、トメさんの前に並ぶ生徒たちのほうを見た。

 そこには、隣の男のパンと自分の物を見比べて怒鳴り散らしているブルーの生徒がいた。更に、相手も理不尽な物言いに反発して喧嘩腰という一触即発の事態である。

 と、そんな俺たちの前に既に配給を受け取ったらしい万丈目が歩いてきた。

 

「ふん、卑しい奴らめ。少しはこの俺を見習って大人しく受け取っておけばいいものを」

「万丈目」

『え~、でもぉ、兄貴はさっき明日香さんにゴネてたじゃなぁい?』

『そうだそうだ』

『結局サンダーも一緒じゃん』

 

 余裕たっぷりに言う万丈目だったが、おジャマたちによって自分も実はわがままを言ったことをバラされてしまう。

 せっかくカッコつけた後なだけに、万丈目は怒りを爆発させて「貴様らァ!」とおジャマを怒鳴りつけた。

 それに逃げ出したおジャマたちだが、それを追いかけて万丈目もまた体育館を出て行ってしまう。あいつは一体何がしたかったんだ。

 

『万丈目くん、どこか行っちゃったね』

「まぁ、食糧保管庫にでも行ったんだろ。あいつの担当はあそこだしな」

 

 クロノス先生らとも話し合い、現在の事情をある程度知り、かつ実力があるメンバーにはなにがしかの役割が割り振られている。モンスターの侵入を防ぐ外の警備や、学内の治安を守る巡回などだ。

 その中で、万丈目の担当は食糧保管庫を守ること。不正に食糧を得ようという輩や何やらから食糧を守ることがその任務だ。

 さすがにそれを忘れているということはないだろうから、そっちに行っていることだろう。

 それより。

 

「なんだと! 腹が減ってイライラしてるんだ、あまり怒らせるな!」

「うるさい! 俺だって腹が減ってるんだ!」

 

 あっちのほうをどうにかしなければなるまい。トメさんたちも困っているみたいだし。

 幸いにして、あそこで騒いでいる二人の顔には覚えがある。どうすればあの二人が大人しくなるかなど、俺は熟知していた。……あまり気は進まない方法だが。

 

「マナ」

『うん?』

「トメさんのお手伝い、よろしくな」

『え?』

 

 不思議そうな顔をするマナだったが、俺はそれを意図的に無視していがみ合っている二人のほうへと歩み寄る。

 そして近づいてくる俺に気付いた翔や剣山たちに、心配するなと片手を上げて応えてからそいつらに声をかけた。

 

「おい、そこの二人」

「ああ? なんだよ、皆本!」

「お前もやるってのか!?」

 

 声をかけただけで血の気を荒くして威嚇してくる二人だったが、しかし俺は慌てない。この二人に対して有効なものが何なのか、俺は既に知っているのだから。

 

「まぁ、待て。お前ら、気付いてないのか? この世界ではカードのモンスターが実体化することに」

「知ってるに決まってるだろ!」

「だからこうして俺たちは学園の中に籠もってるんだろうが!」

 

 ふざけたことを言うな、と唾を飛ばして二人は言う。しかし、俺はそれに肩をすくめると、一枚のカードを取り出した。

 

「いいや、お前たちはそのことが持つ真の意味に気付いていない。お前たちは、俺が何のカードを持っているか知っているはず……!」

 

 その時、彼らに衝撃走る。

 二人は一様に驚きに目を見張り、次いで怒りなどどこかに行ってしまったかのように期待に満ちた目を見せ始めたのだ!

 

「ま、まさか……!」

「いや、そんな……ひょっとして、この世界なら俺たちの夢が叶うと……!?」

 

 喜びと驚きに声を震わせる二人に、周囲は困惑気味である。しかし、そんなことはお構いなしに、俺はただ二人に頷いた。

 そして、デュエルディスクを展開すると、手に持ったカードをそこに勢いよくセットした。全ては二人に応えるために。

 

「ああ、そういうことだ! 出でよ、《ブラック・マジシャン・ガール》!」

 

 デュエルディスクから光が溢れ、やがてソリッドビジョンとしてブラック・マジシャン・ガールが姿を現す。

 が、ここは精霊が実体化する異世界だ。そのため精霊であるブラック・マジシャン・ガールは、ただの立体映像ではなく実体を持った存在としてこの場に召喚されたのである。

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000 DEF/1700

 

 そして、召喚された存在――マナは、俺のことをじっとりとした目で見つつ振り返った。

 

「……さっきの言葉は、こういうことだったんだね」

 

 俺が何をしたかったのかを理解したマナが、少しだけ溜め息を混ぜながら言う。

 俺はそれに片目をつぶってすまんと謝り、それに対してマナは諦めたように肩をすくめた。

 

「ぅ、お、うおおおおおおおおおおッ!」

「ほ、本物のブラマジガールだぁあああああ!」

 

 そして件の二人はというと、食糧のことなどそっちのけでマナに夢中になっていた。俺に対して普通に声をかけていたのを見て、実体を持っていると確信したらしい。雄叫びを上げて喜んでいた。

 ……ここまでくればわかると思うが、この二人は熱烈なブラック・マジシャン・ガールのファンなのだ。一年生の頃に俺が《ブラック・マジシャン・ガール》のカードを持っているとわかって以来、よく顔を見るようになったので覚えている。

 たびたび俺のデュエルも見ていたようだし、あれはマナが召喚されることを期待していたのだろうとバレバレだった。

 そして、そんな二人が実体化したブラック・マジシャン・ガールを前にすればどうなるか。まず間違いなく喧嘩どころではなくなると思ったため、こうして実行したわけだ。

 目論みは大成功。二人の意識は見事にマナへと移り変わった。

 もっとも……。

 

「マジでブラマジガール!?」

「やったー! 生きててよかったー!」

「ソリッドビジョンじゃない、本物のブラマジガールが見れるなんて!」

「今はじめてこの世界に感謝する!」

 

 他の男子たちまで釣れたのは予想外だったが。

 考えてみれば、うちはデュエルアカデミアなのだ。そしてブラマジガールはデュエルモンスターズにおいて最も知名度と人気を誇る女性モンスターと言っても過言ではない。熱狂的ではなくても、男子にファンが多いのは当然のことなのかもしれなかった。

 しかし、それならそれで好都合だ。俺は早速全員に聞こえるように声を張り上げた。

 

「みんな! 食糧はトメさんがきちんと分配して用意してくれたんだ! 文句を言うもんじゃない! それに大人しく並んでいれば……ブラック・マジシャン・ガールが給仕してくれるぞォ!」

 

 俺がそう告げた瞬間、爆発的に上がる男たちの歓声。

 そして、彼らはやがて自主的にゴチャゴチャしていた列を正し始め、数秒の内に一本の綺麗な列を作り上げていた。

 

 ちょ、お前らどんだけだよ……。

 

 ちょっと、この世界におけるブラック・マジシャン・ガールの立ち位置を俺はまだ舐めていたのかもしれない。少しの冷や汗と共に、そんなことを思った。

 ともあれ、これで問題はなくなったはず。俺はマナによろしく頼む、と頭を下げつつお願いすると、マナもしょうがないなとばかりに苦笑して頷いてくれる。

 そして早速とばかりにトメさんの横に並ぶと、よろしくお願いしますとトメさんと挨拶を交わす。

 そして。

 

「それじゃ、配給を再開するよ! 喧嘩したりしないで、みんなルールを守ってね!」

 

 そんなマナの呼びかけに、男子が気持ち悪いぐらいに揃った声で「はーい!」と返してくる。

 うん、これで問題なし。他の男のためにマナにお願いするというのは気が引けたが、トラブルの解決が最優先だ。思惑通りに行って何よりである。

 ただ。

 

「これだから、男って……」

「馬鹿ばっかり……」

 

 男性陣は、こちらに飛ばされた生徒の二割ほどを占める女性陣から冷たい視線を浴びることになってしまったが。

 明日香もその例に漏れず、溜め息をついて額を抑えている。まぁ、とはいえこれで問題が解決した以上、何かを言うというつもりもないようだ。

 男性陣にとっては、色々と失うものが多いかもしれない案だったが、ここはスムーズな配給を行うために目をつむってもらおう。彼らだってブラマジガールに会えて嫌な思いをしているわけではないのだから、イーブンである。

 というわけで、俺は満足げに流れるように続く配給の様子を眺めた。十代たちが外で頑張っているのだ。俺たちは中で頑張ってみせる。そう強く思い、今頃砂漠の中で奮闘しているだろう友のことを俺は思い描くのであった。

 そうして俺が決心している時、マナの前では大人しくなった生徒たちを見てトメさんが呟く。

 

「うーん、これならアタシもブラマジガールのコスプレをした方が良かったかねぇ」

 

 すみません、それは勘弁してください。

 

 

 

 

 

 さて、和やかに昼食の配給が終わった後。明日香、翔、剣山の三人はそれぞれ校舎内の巡回と外からのモンスター襲撃に備えた警備へと戻っていった。

 三沢は体育館を出る時に声をかけてみたが、まだまだ計算を続けるそうだ。元の世界に戻るために、とかなり息巻いていた。だからこそ、突然表情を悔しそうにゆがめた時は何事かと思ったものだ。

 三沢はどうもツバインシュタイン博士にも話を聞き、レインのことをどうにか出来ないかと知恵を絞っていたようだった。しかし、未だに有効な手段は見つかっていないことを三沢は気にしていたのだ。

 それだけ、レインは皆からも仲間として思われているということである。そのことを、何となく嬉しく思う俺だった。

 とりあえず、俺はレインの件については当てがあると三沢に伝えておいた。もちろんパラドックスのことである。本当にどうにかなるかはわからないが、何も手がなかったころと比べれば雲泥の差である。

 三沢は驚きつつもレインを救う手段があることに笑みを見せ、ならそっちは任せたと言って再び計算に戻っていった。まったく、相変わらず真面目な男である。

 そして万丈目は、既に食糧保管庫の守衛として働いているはずだ。さっきおジャマたちを追いかけて出て行って以降見かけないし、そういうことだろう。

 つまり、いつものメンバーで残っているの俺一人となる。レイのことが気にかかるが、鮎川先生が傍についてくれているはずだし、俺に出来ることは何もない。となると、今俺がすべきなのは……。

 

「マルタンの捜索、かな」

 

 加納マルタン。ラーイエローの新入生で、レイの友達になった男の子だ。

 背が低く華奢で、性格は大人しい。レイなんかはその大人しさをどちらかというとネガティブなものとしてとらえ、マルタンのことを心配していたようだった。

 実際、アモンと万丈目がデュエルした時にマルタンとは面識があるが、内気であまり自分を強く出さない子なんだろうなというイメージを俺も持っていた。

 そのマルタンが行方不明。レイの言葉によれば、影とやらがマルタンを連れ去ったようだが……その影を何者なのかと警戒する皆とは違って俺には心当たりがあった。

 

 そう、今回の事件の黒幕――精霊《ユベル》である。

 

 十代は言った。光の少年がコブラを操っていたと。その時点で違和感を俺は覚えていたのだ。

 なぜならユベルは精霊だ。精霊の姿に実体はなく、本人のイメージによってある程度その姿は補強されているのである。

 だというのに、ユベルはユベル自身の姿で姿を現さなかった。それはつまり、自分の本来の姿を形どれないほどに精霊としての力を失っているということではないのか。

 それはコブラが執拗にデュエルエナジーを集めていたことからも推測できる。コブラは自分の願いを叶えるために、ユベルの力に頼った。しかし願いを叶えるためにはエナジーが必要……つまり、ユベルはエナジーがなければ力を行使できない状態にあったということなのだ。

 それだけ今のユベルは弱っている。しかし、ユベルは確か十代に酷く固執していたはず。しかし十代が存在するのは実体を持つ現実世界だ。精霊であるユベルが干渉するためには、かなりの力を要する。

 精霊界であるこの世界なら、多少は力を使いやすいはずだが……完全に力を取り戻していないユベルにとっては大きなサポートにはならなかったのかもしれない。

 となれば、実体として動ける身体を用意すればいい。精霊であり本来大きな力を持つユベルならば、自分の意思を介入させるのはそう難しいことではないだろう。

 その一人目がコブラであり、そして二人目が……恐らくはマルタンなのだ。

 コブラの時はエナジーがないこともあってコブラ自身が色々と動いていたようだが、今のユベルはデス・デュエルによってかなりのエナジーを吸収している。となると、今のマルタンはどんな状態でいるのか。

 想像でしかないが、身体と意識ごと乗っ取られている可能性もある。そうなっていたら、色々と面倒だなと思う。身体はマルタン本人のものである以上、傷つけるわけにもいかないからだ。

 もっとも、今はただの想像でしかないわけだが……。

 

「――ん?」

 

 もしマルタンがそんな状態になっていたとしたら、どうするか。

 そんなことを考えながら歩いていると、不意に前から一人のブルー生徒が歩いて来ているのが見えた。

 しかし、どうにもその様子がおかしい。既に起動状態のデュエルディスクを腕に着け、その目はひどく虚ろ。身体に力が入っていないのか、背を丸めて左右に揺れながら前進してくる姿は、さながらゾンビのようである。

 この状況下だし、身体の調子でも崩したのかもしれない。そんな心配を抱いた俺は、駆け寄って声をかけた。

 

「おい、大丈夫か?」

「あー……あー……」

 

 しかし、返ってきたのは言葉にもなっていない怪しげな声のみ。

 さすがに訝しんで数歩後ろに離れると、そいつは突然デュエルディスクを掲げて俺に見せつけるように構えた。

 

「でゅえるぅ……」

「デュエル、だって?」

 

 呂律が回っていない口が紡ぎ出したのは、まぎれもなくデュエルの一言。デュエルディスクを構えているところから見ても、デュエルをしたがっているのだろう。

 しかし、今はまだデス・デュエルの影響にあるのだ。十代とコブラの最後のデュエルではエナジーの吸収率が抑えられていたらしいので、その設定のままなら今デュエルしてもそれほどの影響はないだろうが……。

 それでも、危険なことに変わりはない。だから出来ればご遠慮願いたい。

 だが。

 

『遠也!?』

 

 無言でデュエルディスクを展開した俺を見て、マナが驚きの声を上げる。まだデス・ベルトが生きている状態でデュエルをすることに対する懸念からだろう。

 しかし、そうとわかっていても、俺はこのデュエルを受けるつもりだった。

 

「マナが言いたいことはわかる。けどな……」

 

 ちらりと目の前の生徒を見る。目は虚ろ、身体を揺らし、呂律すら怪しいこの男。

 

「こいつ、明らかに正常じゃない。こんな状態の奴を無視はできないだろ。もしデュエルすることで何かこいつを助ける糸口が見つかるのなら、デュエルしないわけにはいかない」

 

 それこそが、このデュエルを受ける理由だ。こうまでなってもデュエルにこだわるなら、何か意味があるはず。何もわからないかもしれないが、それならそれでデュエルをしても意味がないことを知ることが出来る。

 もしデュエルで助けられるなら、この場で逃げた場合俺はこの男を見捨てたことになる。そんな真似は、断じて出来るわけがなかった。

 そう伝えると、マナはやれやれとばかりに首を振る。

 

『ホント、しょうがないなぁ』

 

 呆れ混じりの、それでいてどこか笑みの混じるそんな言葉。それに「悪いな」とだけ返し、俺は改めてブルーの生徒に向き直った。

 デッキからカードを5枚引き、向こうもまた手札をその手に握る。それを確認し、俺は開始の一声を上げた。

 

「いくぞ、デュエル!」

「でゅえるぅ」

 

 

皆本遠也 LP:4000

ブルー生徒 LP:4000

 

 

「うぁー……」

 

 デュエルディスクを見るに先攻は相手。ブルーの生徒はデッキからカードをドローすると、手札から1体のモンスターを召喚した。

 

《暗黒の狂犬(マッドドッグ)》 ATK/1900 DEF/1500

 

 唸り声をあげ、長い牙をちらつかせる一頭の犬。かつては主人を待ち続ける可愛らしい忠犬であったとは想像もできない。それほどまでに狂暴化しているようだ。

 デュエルモンスターズの中でもガガギゴと並んでバックストーリーが豊かなカードだが、今の問題はその背負ったストーリーではなく下級としてはかなり高い1900という打点だろう。様子見、そして速攻役としては最適なステータスを持っているのだ。

 

「あー……」

 

 更に伏せカードを2枚。そしてターンエンドか。

 そしてここまでの間、奴は「デュエル」以外の言葉を何も話していない。ここまでくれば、さすがに俺も単に体調がどうこうというわけではないとわかる。恐らくは何者かにこんな状態にされたのだろう。

 そして今の状況でそんな真似が可能な存在といえば――。

 

「俺のターン!」

 

 俺の想像が正しいのならば、この生徒もコブラと同じような被害者。ならば、出来るだけ早く元に戻してやりたいものだが……。

 

「俺は《ヴェルズ・マンドラゴ》を特殊召喚! このカードは相手の場に存在するモンスターの数が自分より多い場合、手札から特殊召喚できる! 更に《フルール・シンクロン》を召喚!」

 

《ヴェルズ・マンドラゴ》 ATK/1550 DEF/1450

《フルール・シンクロン》 ATK/400 DEF/200

 

 丸く太い根に大きな目玉が生え、鋸歯が目立つ葉を生やしたマスコットのように可愛らしいモンスター。そして、球根から花が咲いた少々目つきの鋭いレベル2のチューナーモンスターがフィールドに立つ。

 共に植物にしか見えないが、後者は意外にも機械族である。どう見ても植物族なんだが……まぁ、いいか。種族がどうであっても、俺がこれからすることに影響はないのだから。

 

「レベル4ヴェルズ・マンドラゴにレベル2のフルール・シンクロンをチューニング! 集いし鼓動が、大地を駆ける槍となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 貫け、《大地の騎士ガイアナイト》!」

 

 光が溢れ、その中から馬の嘶きを伴って飛び出すのは馬の背から人の身体を生やした双槍の騎士。ガイアナイトシリーズの1体であり、現在のレベル6シンクロモンスターとしては最大の攻撃力を誇るモンスターである。

 

《大地の騎士ガイアナイト》 ATK/2600 DEF/800

 

 カツカツと蹄の音が響く中、墓地からフルール・シンクロンが薄らと影になって現れる。そう、フルール・シンクロンには墓地で発動するある効果が存在するのだ。

 

「フルール・シンクロンの効果発動! このカードがシンクロ召喚に使用されて墓地に送られた時、手札からレベル2以下のモンスターを特殊召喚できる! 俺はレベル1の《ミスティック・パイパー》を特殊召喚!」

 

《ミスティック・パイパー》 ATK/0 DEF/0

 

 笛吹きの名のままに、道化師のような装いに身を包んだ男が笛の音と共に現れた。

 

「ミスティック・パイパーの効果発動! このカードをリリースし、デッキから1枚ドローする! そしてドローしたカードがレベル1モンスターの時、続けてもう1度ドロー出来る!」

 

 ミスティック・パイパーが一層笛の音を激しくする。レベル1モンスターを引いた場合、アドバンテージを稼ぐことが出来るという優秀な効果を持つこのモンスター。いささか運頼りなのが、玉に瑕だが……今回はどうなるか。

 

「ドロー! ……俺が引いたのはレベル2の《ドッペル・ウォリアー》だ。よって再度のドローはない」

 

 今回は残念ながら追加ドローは行えないようだ。

 だが、特に問題はない。ガイアナイトの攻撃力は、充分に相手のモンスターの攻撃力を上回っているのだから。

 

「バトル! 大地の騎士ガイアナイトで暗黒の狂犬に攻撃! 《ハリケーン・シェイバー》!」

「……ぅ」

 

 

ブルー生徒 LP:4000→3300

 

 

 ガイアナイトが手に持った槍を突き出し、そのあまりの速さに風は螺旋状の刃となって相手に襲い掛かる。それによって暗黒の狂犬は倒され、向こうのライフが削られた。

 しかし、2枚の伏せカードがあるにもかかわらず共に発動させずじまいか。何かを狙っているのかもしれないが、俺にそれがわかるはずもない。

 

「カードを2枚伏せて、ターンエンド!」

 

 なら、俺は俺で出来る限りの対策をしておくまで。

 その考えのもとにカードを伏せ、エンド宣言をしたことでターンは相手に移った。

 

「うぁー……」

 

 新たにカードをドローして手札に加えた後、そいつはデュエルディスクを操作する。

 それによって、伏せられていたカードの1枚が起き上がった。

 

「《リビングデッドの呼び声》!?」

 

 2ターン目の今、相手の墓地に存在するモンスターは1体のみ。蘇生されるのは当然《暗黒の狂犬》である。

 

《暗黒の狂犬》 ATK/1900 DEF/1500

 

 だが、それだけではない。奴は更にその手札から1枚のカードを手に取ったのだ。

 

「あー……」

 

 そしてそのカードをディスクへと移す。その瞬間、光に包まれて姿を現したのは、ピンク色の体色が特徴的な巨体。豚に近い鼻から荒い呼吸を繰り返し、鋭い目がこちらのフィールドを睨みつけてくる。

 

百獣の王(アニマル・キング) ベヒーモス》 ATK/2700→2000 DEF/1500

 

 ベヒーモスはレベル7の最上級モンスターだが、リリース1体で召喚できる効果を持っている。尤もその効果で召喚した場合は攻撃力が本来の物よりも700下がって2000となってしまうが……。

 そして、厄介なのはもう一つの効果のほうだ。ベヒーモスはリリースしたモンスターの数だけ、墓地の獣族モンスターを手札に戻すことが出来るのである。

 その効果により、墓地の《暗黒の狂犬》は再び向こうの手札へと戻っていった。

 そして、更に。

 

「うぅ……」

 

 手札から1枚のカードを俺に見せてくる。それは通常魔法《野生解放》。場の獣族1体の攻撃力をその守備力分上昇させるカードだ。

 ベヒーモスの守備力は1500ポイント。つまり……。

 

《百獣の王 ベヒーモス》 ATK/2000→3500

 

「攻撃力3500か……!」

 

 余裕でガイアナイトを上回る攻撃力。この状況で攻撃を仕掛けない理由はなく、相手はたどたどしい声でバトルの宣言を行った。

 ベヒーモスが突進してきて、その巨体で体当たりを行う。ガイアナイトにそれを耐えきる術はなく、苦悶の声と共に倒されるほかなかった。

 

「くっ……!」

 

 

遠也 LP:4000→3100

 

 

 だが、野生解放にはデメリットがある。大幅な上昇を可能にする代わりに、その恩恵を受けたモンスターはエンドフェイズに破壊されるのだ。

 つまり、このターンの最後になれば奴のフィールドはがら空きになるということ。だからこそ、野生解放を使用する際にはその後のことも考えておかなければならないのだが……。

 

「あー……」

 

 奴はディスクを操作し、もう1枚の伏せカードが起き上がらせる。どうやら、きちんと何か対策を用意していたようだ。起き上がったカードの枠色は紫であり、つまりは罠カード。そして、そのカード名は。

 

「《キャトルミューティレーション》だと!?」

「あー……」

 

 キャトルミューティレーションは、自分フィールド上の獣族モンスター1体を手札に戻し、同じレベルの獣族モンスターを手札から特殊召喚するカードだ。一度手札に戻るため、野生解放のデメリットは関係がなくなる。

 更に、ベヒーモスは妥協召喚されたモンスター。攻撃力は2000まで下がっていたが、その効果もリセットされてしまう。

 

《百獣の王 ベヒーモス》 ATK/2700 DEF/1500

 

 要するに、完全な状態のベヒーモスが現れるわけだ。

 そしてバトルフェイズ中の特殊召喚なため、追撃が可能である。

 

「うぁー……」

 

 その声は攻撃の指示だったのか、ベヒーモスは壁となるモンスターのいない俺に向かって突撃してくる。この攻撃を受ければ大ダメージは必至だ。

 ならば。

 

「罠発動! 《ロスト・スター・ディセント》! 墓地のシンクロモンスター1体を守備表示で特殊召喚する! ただしそのモンスターの効果は無効になり、レベルは1つ下がり、守備力は0となる! 大地の騎士ガイアナイトを特殊召喚!」

 

《大地の騎士ガイアナイト》 Level/6→5 ATK/2600 DEF/800→0

 

 もともと効果を持たないガイアナイトにとって効果を無効化するくだりは意味がないものだが、こうして壁となってくれるだけで今はありがたい。

 

「更に墓地からの特殊召喚に成功したことで、手札から《ドッペル・ウォリアー》を特殊召喚する!」

 

《ドッペル・ウォリアー》 ATK/800 DEF/800

 

 そして俺のフィールドに変動が起きたことによって、攻撃が巻き戻る。そしてベヒーモスは再度突撃を開始する。今度はガイアナイトに向かって。

 ガイアナイトの守備力は800ポイント。だが、ロスト・スター・ディセントの効果で0になっている。ガイアナイトはすぐに破壊されるが、しかし俺への戦闘ダメージは防いでくれた。

 

「あー……」

 

 向こうはカードを1枚伏せてターンエンドか。

 

「ならそのエンドフェイズに罠発動! 《奇跡の残照》! このターン戦闘破壊されたモンスター1体を復活させる! もう一度戻ってこい、ガイアナイト!」

 

《大地の騎士ガイアナイト》 ATK/2600 DEF/800

 

 今度は完全な形での蘇生だ。ガイアナイトの下半身部分となっている馬が、蹄を打ち鳴らしてその意気をアピールする。

 それを頼もしく見つつ、俺はデッキに指をかけた。

 

「俺のターン!」

 

 手札に来たのは、このデッキのキーカード。俺は笑みを浮かべて、そのカードをディスクに置いた。

 

「俺は《ジャンク・シンクロン》を召喚!」

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

 

「ジャンク・シンクロンの効果発動! 墓地のレベル2以下のモンスター1体を、効果を無効にして特殊召喚する! 蘇れ、《フルール・シンクロン》!」

 

《フルール・シンクロン》 ATK/400 DEF/200

 

 ともにチューナーであるが、いま俺の場にはドッペル・ウォリアーがいる。なら、何も問題はない。

 

「レベル2ドッペル・ウォリアーに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし星が、新たな力を呼び起こす。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・ウォリアー》!」

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300 DEF/1300

 

 姿を現したのは、青い鋼鉄の身体に赤く輝くレンズの瞳を持った機械戦士。その力強い拳を虚空に向かって振りぬき、ジャンク・ウォリアーがガイアナイトの横に並んだ。

 

《ドッペル・トークン》 ATK/400 DEF/400

《ドッペル・トークン》 ATK/400 DEF/400

 

 同時に、レベル1のドッペル・トークンが2体生成される。

 それによってジャンク・ウォリアーの効果が発動した。

 

「ジャンク・ウォリアーの効果! シンクロ召喚に成功した時、自分フィールド上に存在するレベル2以下のモンスターの攻撃力の合計分、攻撃力をアップする! 《パワー・オブ・フェローズ》!」

 

 いま俺の場に存在するレベル2以下のモンスターは、ドッペル・トークン2体とフルール・シンクロンの合計3体。そして、その攻撃力の合計は1200ポイント。それがそのままジャンク・ウォリアーに加算される。

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300→3500

 

 だが、まだだ。

 

「レベル1のドッペル・トークン2体に、レベル2のフルール・シンクロンをチューニング! 集いし勇気が、勝利を掴む力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 来い、《アームズ・エイド》!」

 

《アームズ・エイド》 ATK/1800 DEF/1200

 

 降り立つのは、鋭利な爪を五指に持つ片手だけの機械腕。非常に使い勝手のいい効果を持つモンスターである。

 またシンクロ素材となって墓地に行ったことでフルール・シンクロンの効果が発動できるが、今回は使用しない。してもあまり意味がないうえ、手札コストを必要とするカードが手札にあるため、今は手札を温存しておきたいからだ。

 とはいえ、それはあくまでこのターンで決着がつかなかった時の話だが。

 

「アームズ・エイドの効果発動! このカードをガイアナイトに装備し、ガイアナイトの攻撃力を1000ポイントアップさせる!」

 

《大地の騎士ガイアナイト》 ATK/2600→3600

 

 アームズ・エイドはガイアナイトの片腕に巨大な籠手となって装備される。それによってガイアナイトが振るう槍は一層の速さを手に入れ、まさに神速の領域へと足を踏み入れることとなる。

 

「いくぞ、バトルだ! 大地の騎士ガイアナイトでベヒーモスに攻撃! 《ハリケーン・シェイバー》!」

「ぅ……」

 

ブルー生徒 LP:3300→2400

 

 ベヒーモスを瞬時に貫く二筋の閃光。ガイアナイトは役割を果たし、そしてアームズ・エイドもまた己の役割を全うする。

 

「更にこの瞬間、アームズ・エイドの効果発動! このカードを装備したモンスターが相手モンスターを破壊した時、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える! いけ、アームズ・エイド!」

 

 ガイアナイトに装備されていたアームズ・エイドが分離し、プレイヤーに向かって飛翔する。そのまま鉤爪のように手を広げたアームズ・エイドは容赦なくプレイヤーに向かってその爪を振り下ろした。

 

「あー……」

 

 だが、奴のフィールドを見ると、その前に伏せられていたカードが起き上がっていた。そのカードは《ピケルの魔法陣》。このターンの間、効果ダメージを全て0にする罠カードだ。

 地面に描かれた魔法陣から光が立ち上り、それに阻まれてアームズ・エイドが与えるはずだったダメージは無効となる。

 まさか既に発動させていたとは、なかなかやる。これで何とか相手は凌いだわけだが……しかし。

 

「ジャンク・ウォリアー!」

 

 俺にはまだ、ジャンク・ウォリアーが残っているのである。

 ジャンク・ウォリアーは腰を低く構え、ロケットスタートの備えをする。その姿を見つつ、俺はその姿に応えるべく最後の指示を出した。

 

「いけ、ジャンク・ウォリアー! プレイヤーに直接攻撃! 《スクラップ・フィスト》!」

 

 背中のロケットエンジンから炎を噴射させ、加速をつけた拳が相手に迫る。

 今のジャンク・ウォリアーの攻撃力は3500ポイント。相手の残りライフ2400を削って余りあるその拳は、狙いたがわずその生徒へと突き刺さったのであった。

 

「うぁあ……」

 

ブルー生徒 LP:2400→0

 

 結果、今の攻撃によって向こうのライフは0となり、このデュエルは俺の勝利となった。

 そして俺が勝ったと同時に、デス・ベルトがエネルギーを奪っていく。とはいえ、これまでに比べれば微々たるものだ。コブラが最後に収集率を下げたことが効いているのだろう。

 それ程の消耗がなかったことに安堵する。だがその時、対戦者であったブルーの生徒は膝から崩れ落ちて倒れてしまった。

 

「っお、おい!」

 

 思わず駆け寄ろうとするが、それよりも先に倒れた生徒は身体を揺らして意識があることをアピールする。

 大丈夫なようだと胸を撫で下ろすが、やがて立ち上がったソイツは、たった今デュエルをしたにもかかわらず、再びデュエルディスクを構えて俺ににじり寄ってきた。

 

「でゅえるぅ……」

「くそ、デュエルで勝っても治ってないのか……!?」

 

 思わず後ずさった、その時。相対した男の奥から、靴音のようなものが聞こえてきた。

 正面にいるコイツの肩越しに、奥を覗いてみる。

 そこには、目の前の相手と同じように正気を失った目でデュエルディスクを構えて歩く生徒たちが列をなしてこちらに向かってきていた。

 その数、ぱっと見でも十人以上だ。

 

「こ、これは……」

『ち、ちょっと多勢に無勢……かな?』

 

 俺たちは互いに冷や汗を流し、顔を見合わせる。

 そして、同じ考えに至っていることを悟ると、くるりと踵を返して反対方向に向けて一気に走り出した。

 

「なんだなんだ、なんだよあいつら! マジでゾンビかと思ったぞ!」

『私もだよ……一体何が――遠也、前!』

「えっ? うお!?」

 

 マナに言われ改めて前を見れば、そこには同じく虚ろな目で佇む生徒。どうやらちょうどデュエルを終えたようで、負けたのだろうイエローの生徒が膝をついていた。

 しかし、驚くのはそこからだった。負けた生徒はひどくゆっくり立ち上がると、こちらを振り返った。その目は、奴らと同じく虚ろで正気を失っていた。

 

「おいおい……やられたらお仲間になるとでもいうのか?」

『あ、あはは……ますますゾンビじみてきたね』

 

 俺とマナはひきつった笑いをしつつ、即座にルートを変更。横道へと逸れて再び走り出した。

 そして、走りながら俺は考える。なぜいきなりこんな事態になっているのかを。

 

 実体化したモンスターが校内に侵入し、何かをしたのか。そう考えるも、その可能性は低いと即座に結論付ける。何故なら、外からの襲撃には中よりもずっと目を光らせているからだ。実体化したモンスターは、人間では敵わないモノもいる。一番警戒するのは当然のことだ。

 それだけの警戒網を敷いてある。よって、もし何かあれば必ず校内に知られているはずなのだ。それがない以上、この事態は内部からのものと考えるのが自然である。

 そしてちょうど、今この校内にはそういった超常現象を起こすことが出来る存在が居座っているはずなのである。

 つまりは、恐らく《ユベル》が何かしたのだろうということだ。

ただひたすらデュエルを挑まれ、応じて負ければ奴らの仲間に。勝てば即座に復活した相手と再度デュエル。もしくは他のお仲間と連続でデュエル。やがては気力が続かずに負けて、結局お仲間になるというわけだ。

 えげつないことをするものである。ただでさえ異世界なんていう状況に放り込まれて、みんな疲れているところにこれとは。これで何かあればただでさえ忙しい保健室がパンクする――……って、そうか!

 

「――まずい! 保健室だ!」

『え?』

 

 俺はマナの声にも反応を返さず、即座に方向転換して保健室へつながる道を走り出す。

 後からついてきたマナに顔を向けず、俺は焦る気持ちのまま自分の考えを言葉にしていく。

 

「今の異常な状況! この状況で保健室まであいつらが押し寄せて鮎川先生がやられたらどうなる!?」

『あっ!? そっか、鮎川先生はいま唯一治療が出来る人……!』

「そうだ! もし今後何かあった時に鮎川先生がいなくなったら、誰も助からなくなっちまう!」

 

 しかも、保健室には今レイがいるのだ。意識もなく苦しんでいるレイを、動かすことは自殺行為。つまり、その治療に当たっている鮎川先生も保健室から動くことが出来ない。

 それはつまり逃げられないということで、襲われればひとたまりもないことと同義である。

 それに気づいたからこそ、俺はひたすらに走る。幸い、ここから保健室は然程離れているわけではない。急げばすぐにつくことができるだろう。

 そう考えていたのだが、途中途中でおかしくなった生徒たち……というか、ゾンビ化した生徒たちが動いているので、何度か道を変えたりする羽目になった。

 強行突破してもいいのだが、後をついて来て保健室に集まられても困る。そのため、わざわざ俺は遠回りしてでも奴らを振り切ることにしたのだ。

 

 その間、俺はPDAを取り出して明日香や翔、三沢、剣山、万丈目に連絡を取ろうとするのだが、一向に繋がらない。どうやらついに電波のほうも限界が来たようだ。五人の無事を祈りつつ、俺はただ足を動かした。

 そうして計算よりも遅れながらも、どうにか保健室の傍まで辿り着く。しかし、既に保健室のほうには多くのゾンビ生徒たちが向かっており、間に合わなかったのかという焦燥が俺の胸に満ちる。

 

 だが、実際に見てみるまではまだわからない。そう思い直して一歩を踏み出した、その時。

 

「――ゆけ、《Sin 真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》よ」

 

 その声が聞こえたと思った直後、爆発音が響いて衝撃と風が廊下の先にいる俺にまで伝わってきた。

 目を細めてその衝撃に耐えつつ、俺は速度を上げて保健室への道を走った。

 保健室に向かった生徒たちを、誰かが押し留めているのは今の攻撃で明白。そして、それが誰かなんてわかりきっていた。

 この世の中で、「Sin」と名のつくモンスターを使うのは、ただ一人である。

 

「パラドックス!」

 

 保健室の扉の前。そこに仁王立ちで立つ男の長い金色の髪が先程の残風で揺れる。そしてその男の横には、校舎の通路一杯の巨体で保健室へと続く扉を塞ぐ一体の黒竜の姿がある。

 白い鎧を身に纏ったそれは、正しい真紅眼の黒竜の姿ではない。しかし、パラドックスに付き従うその姿は、まぎれもなく誇り高いドラゴンの姿そのものであった。

 そして、声をかけたことでこちらに気付いたパラドックスが、切れ長の目を俺に向ける。

 

「遅かったな、遠也」

「遅かったなって……お前……」

 

 俺が遅れたおかげで、自分がわざわざ出張る羽目になった。そんな態度が透けて見える大きな物言いに、俺は急いで来たことすら忘れて少しだけ肩を落とす。

 だが、どうやらパラドックスは保健室を守ってくれていたようだ。しかし、妙といえば妙だ。本来ならパラドックスにとってこの学園や生徒がどうなろうと関係がないはずなのである。

 ゆえに、放っておけばいい。確かにこの事態を収めなければ現実世界への帰還は難しいかもしれないが、まだ俺は十代をはじめとした主力のメンバーは健在なのだ。ここで表だって出てくるには理由が弱い気がする。

 降りかかる火の粉を払うにしても、保健室の前に陣取っているのは奇妙である。それなら移動すればいいはずなのだから。

 パラドックスは一体何を考えているのか。内心で首を捻っていると、不意に聞き慣れた電子音が聞こえてきた。

 それは、保健室の自動扉がスライドした音。音に引かれてそちらを見てみれば、そこには僅かに開いたドアから顔をのぞかせる鮎川先生の姿があった。

 それに気づいたパラドックスは、微かに眉を寄せた。

 

「言ったはずだがな。出てくるなと」

 

 パラドックスが険しい顔で言えば、鮎川先生は少し申し訳なさそうな表情になった。

 

「ごめんなさい、パラドックスさん。でも、学園の関係者でもないあなたが、私たちのために戦ってくれているんですもの。心配にもなるわ」

 

 心からそう言っていることが伝わってくる。離れて聞いている俺でさえそうなのだから、実際にそんな言葉を受けたパラドックスはどう思っているのだろう。

 そう思ってパラドックスを見ると、パラドックスは何の感慨もないとばかりに先生に背を向けた。

 

「心配などする必要はない。この私が、この程度の輩に後れを取るはずなどないのだから」

 

 言いつつ、パラドックスはデュエルディスクを着けた右腕を持ち上げる。モーメントの輝きである七色の光が、僅かに加速する。

 

「それに、私は恩を受けたままにしておくのは嫌いなのでね。治療を受けた借りは、この場で返させてもらおう……!」

 

 その言葉に共鳴するかのように、Sin 真紅眼の黒竜が咆哮を上げる。

 正常な意志を持っていないように見えるゾンビ生徒たちも、その咆哮に強い者に対する原初の本能が刺激されたのか、竦み上がって動きを止めた。

 それを確認し、俺はデュエルディスクを構えて保健室の前に立つパラドックスを見る。

 借りを返すため。パラドックスはそう言った。だが、たとえ理由がただの善意ではなくても、結果にどんな違いがあるだろう。

 違いなんてない。結局パラドックスは保健室を、鮎川先生を、レイを守ってくれているのだから。

 なら、俺が取る行動なんて決まっている。

 俺は無言でパラドックスに歩み寄り、その隣に立った。

 

「遠也君、無事だったのね!」

 

 俺の安否も気にしてくれていたのだろう。鮎川先生に俺は少しだけ振り返って笑みを見せ、前を向き直るとゆっくり前進を再開したゾンビ生徒たちを見据えた。

 

「……一体何のつもりだ」

 

 だが、パラドックスはそんな敵よりも隣に立った俺のことが気にかかるらしい。幾分鋭い目で俺を見てくる男に、しかし俺はごく自然に対応していた。

 

「何って、決まってるだろ。共闘しようってことだよ」

「なに……?」

 

 訝しげな声を上げるパラドックス。しかし、俺はそれに構わずにデュエルディスクを展開してデッキからカードをディスクに置いた。

 

「レベル1の《チューニング・サポーター》とレベル4の《ヴェルズ・マンドラゴ》にレベル3の《ジャンク・シンクロン》をチューニング! 集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 飛翔せよ! 《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 溢れ出る光に向けて手を掲げ、その中から翼をはためかせてスターダストが姿を現した。

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 先程の黒炎弾で壁や天井の一部が破壊されたこともあってか、このあたりの通路はギリギリでドラゴン1体を召喚できるスペースはある。

 ギリギリということはつまり、ドラゴン1体を召喚すれば道を塞ぐことになるということ。スターダストには窮屈な思いをさせてしまうことになるが……。

 

「悪いな、スターダスト」

 

 そう言葉をかければ、気にするなとばかりに喉を鳴らすような声を上げる。それに感謝し、俺は改めてパラドックスに視線を投げた。

 

「俺は保健室を守りたい。お前も借りを返すために先生たちを守る。結果が同じなら、協力した方が確実だろ?」

 

 言いつつ、俺は保健室の前から一歩動いてそこに繋がる扉が側面に来るように陣取る。保健室へと繋がる通路の片側を警戒するためだ。こうすれば、スターダストが道を塞いでいることもあってこの方向から人は来れない。

 そして、俺の言葉にパラドックスは、ふんと小さく鼻を鳴らした。

 

「なるほど、確実か。確かに、そのほうが合理的なようだ」

 

 そう言って、パラドックスは俺が警戒する方面とは逆の通路にSin 真紅眼を向けさせた。これで両側の通路はそれぞれドラゴンによって塞がれ、誰も来れなくなった。

 しかし、それでもゾンビ生徒たちは向かってくる。正気を失っているからなのか、2体のドラゴンを前にしても怯むことこそあれ、前進を止めることはないようだった。

 

「パラドックス、加減を間違えないでくれよ。生徒に何かあれば、鮎川先生が苦労するんだ」

「要らぬ心配だな。お前に言われずとも理解している」

 

 その返しに俺は小さく笑い、マナに実体化して中の先生とレイを守ってくれと告げる。それに『わかった』と頷いたマナが精霊の状態のまま保健室の中へと入っていく。

 それを見送り、俺たちは改めて目の前に向き合う。

 保健室を中心に、真紅眼は通路の右側を。スターダストは通路の左側に睨みを利かせる。自然、それぞれのマスターたる俺とパラドックスは互いに背を向けあう立ち位置を取ることとなった。

 状況が生んだ事態にすぎないが、俺とパラドックスが背中を預け合う形になるとは何があるかわからないものだ。

 苦笑しつつ、俺はスターダストを見上げた。

 追い払う程度に火力を抑え、スターダストには攻撃を行ってもらう。道を塞いでいるとはいえ、物量で圧をかけられたらたまったものじゃないからな。それに、攻撃で気絶でもしてくれれば儲けものだ。

 パラドックスも恐らく俺と同じ考えだ。さっきのやり取りから、それを窺うことが出来る。

 なら、あとは実行するだけだ。保健室を……鮎川先生とレイを守るために。

 

「――スターダスト!」

「――Sin 真紅眼(レッドアイズ)!」

 

 2体のドラゴンが嘶きを上げてそれぞれ小規模な攻撃を開始する。

 その攻撃を受けて吹き飛ぶ生徒たちは打ち身こそすれ、大怪我とまではいかないはずだ。

 何が何でも、この場所だけは死守しなければならない。その思いと共に、俺は通路の先を睨みつけた。

 パラドックスも、目指す結果は俺と同じ。なら、今はこの頼もしい相棒を信じて目指すべき結果に向かって全力を尽くすだけである。

 十代たちが薬を持ってくるまでは、必ずこの場所を……二人を守り通してみせる。その決意と共にスターダストの身体を一度撫で、再びこちらを目指す虚ろな生徒たちに警戒を強くするのだった。

 

 

 

 

 



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第64話 不安

 

 校舎内でデュエルゾンビと化した生徒たちが徘徊している、そんな時。

 薬品や生活物資の補充を目的に潜水艦へと向かっていたアモンは、共に向かった十代らともども無事に学園へと帰りついていた。

 

 明日香や剣山らと合流後、襲い掛かってきたデュエルゾンビ。アモンは彼らを逃がすために「自分が食い止める」と提案することで彼らから離れることに成功。その後、静かに図書室へと足を踏み入れた。

 この非常時に読書を楽しむ者はおらず、図書室の中は暗い闇に包まれている。しかし、現在。この場所には明かりが灯っていた。

 しかしそれは電気によるものではない。揺らめく朱色の煌めきは原始的な蝋燭による照明であることを示している。

 その光源を目指し、アモンは歩を進める。そして辿り着いたのは、図書室の中央部分。立ち並ぶ本棚の空隙となるその小さな広場には、ゆっくりと読書を楽しめるように少々大きめのテーブルが設えられている。

 しかし、今やそのテーブルはある一人の独占状態にあった。置かれた燭台がテーブルの奥に座る少年の顔を照らし出す。アモンはその顔を複雑な面持ちで見つめた。

 

 コブラの元から持ち去り、アモンが己の力としようとした存在。心の闇が強い者を求めていたはずのその存在がアモンを選ばず、目の前の少年を選んだためだ。

 この異世界へと自分たちを連れてくるほどの大きな力。それ程の力を手に入れれば、弟のためと押し殺してきた自分の欲望を叶えられる。そう思っていたアモンにとって、この少年の存在は受け入れがたいものだった。

 この少年は、自分よりも強い心の闇を持っているというのか。弟殺しにすら手を染めかけた自分よりも。結果がその答えを示しているとわかっていても、考えずにはいられない。

 アモンにとっては、自らが手にするはずだったものをかすめ取られたようなものなのだ。それが自分勝手な決めつけであったことをアモンは自覚しているが、だからといって納得しきれるものでもなかった。

 

「――やぁ、どうだったアモン」

 

 目の前の少年が、気安げに語りかけてくる。

 それを前に、アモンは小さく笑った。その相手にひとまずとはいえ付き従っている自分が、滑稽に思えたからだ。

 だが、それもまた自分勝手な感傷に過ぎない。アモンはすぐに笑みをひっこめると、ラーイエローの制服の上から黒いマントを羽織った少年――加納マルタンを見つめた。マントから覗く左腕は、悪魔のごとき異形の腕となっている。

 

「十代たちは全員無事に帰還した。薬品や食糧を手に入れてな」

 

 端的に今回の結果を伝える。すると、大きな存在を身に宿したマルタンは満足そうに頷いた。

 

「そうか。さすがは僕の十代だ。あの程度の妨害は、君にとって何でもないことだったね」

 

 妨害とは、道中《岩の精霊 タイタン》に一行を襲わせたことである。ここにはいない十代に語りかけるその口調は、アモンでもわかる程に熱がこもっていた。

 どうもこの存在は遊城十代にご執心のようだが、やっていることは彼のためになっているとは思えない。アモンは目の前の存在の不可解さに改めて怪訝を抱きながら、更に言葉を続けた。

 

「しかし、この学園の現状は何だ? あのゾンビのような生徒たちは一体……」

 

 アカデミアに着いた時、アモンは驚いたものだった。何故なら、生徒たちの多くがリビングデッドのように生気を失くして徘徊していたからだ。

 実際、ここまで来る途中もデュエルと称して襲われている。なんとか自慢の身体能力で振り切ったものの、不気味であったことは間違いない。

 デュエルを受けている生徒も見かけたが、アモンはそうしようとは思わなかった。勝っても負けてもどうなるかわからなかったからである。

 そして、そんな事態を引き起こせるような存在は目の前の存在を置いて他にいない。アモンはその確信の下、マルタンに問いかけた。

 マルタンの口元が愉悦に歪む。

 

「ああ、あれかい? あれは……そうだな。言ってみれば前座みたいなものだよ」

「前座だと?」

 

 マルタンは頷く。

 

「そうとも。僕の望む結末までに繋がる1ピースさ。ふふ……」

 

 マルタンは薄く笑いながら、アモンに説明していく。

 あれはデュエルをただひたすら挑む亡者のような存在だと。倒されても復活し、決して数が減ることはない。そして彼らに倒された者は同じく亡者となり、他の者に牙を剥く。そういう存在にしてある、と楽しそうに語る。

 アモンとしては、冷や汗ものの話だった。そこまで自由に人間を操ることが出来るという事実に恐怖したのだ。しかし、同時にだからこそ手に入れたいとも思う。恐怖すら感じる強大な力だからこそ、手に入れる魅力もまた巨大だったのだ。

 

「彼ら一人一人の強さはそれほどでもない。けど、倒してもきりがない相手というのは、厄介なものだろう?」

「……確かにな。ここに来る途中に皆本遠也がデュエルしているのを見たが、やりにくそうにしていた」

 

 相手が生徒であるうえに、倒しても復活してくるのだ。実に厄介だと言える。

 アモンが納得の表情をしていると、不意にマルタンの顔が歪んだ。ついさっきまでの笑みから一転、その唐突さにアモンが目を見張る。

 

「皆本、遠也ね……」

 

 忌々しげな口調は、遊城十代を語る時とは対照的だ。

 だからこそ、アモンは気になった。十代とは反対の意味とはいえ、この存在の関心を引いたことに。

 

「皆本遠也が、どうかしたのか?」

 

 だから、目の前の存在にとって遠也がどんな存在なのか尋ねてみる。わからなかったから、その程度の軽い質問。

 しかし、その返事はアモンに襲い掛かった暴風であった。

 

「くッ……!」

 

 衝撃波に吹き飛ばされ、アモンは床に背中を打ちつける。本気ではなかったようだが、気分を害したようだと痛みに顔を顰めつつアモンはゆっくり立ち上がった。

 

「気に入らない奴さ……! 僕がいない間に、十代に取り入っていた男だ! 親友だって? 本当に忌々しい……!」

 

 仲のいい友人という意味なら、ヨハンも十代にとってはそうだった。親友かと聞かれれば、十代は遠也とヨハンの名を挙げることだろう。

 しかし、ヨハンと十代の付き合いは短く、それぐらいならば気の迷いだと受け入れる度量があった。十代だって、それぐらいの間違いは犯す。なにもマルタンに宿る存在は、十代に完璧を求めているわけではないのだから。

 しかし、遠也は違う。既にこの時点で二年も十代の側におり、かつ十代はそれを快く思っているようだ。

 それが、この存在には我慢できない。二年ともなれば、それは気の迷いではない。十代が自分の意思で受け入れていると見るのが当然だった。

 気に食わない。十代に真に受け入れられるべきは自分ひとりであるべきなのだ。

 ゆえに、彼あるいは彼女は、遠也のことが嫌いだった。

 激情に身を委ねたあと、マルタンはすとんと椅子に腰を下ろした。そして立ち上がったアモンに目を向けると、「ああ、ごめん」と形だけの謝罪を口にした。

 

「もう行っていいよ、アモン。君に頼みたいことが出来たら、またよろしくお願いするよ」

「ああ……」

 

 ひらひらとマルタンが手を振れば、痛みが残るのか少し表情を硬くしたアモンが図書室を辞した。

 それを見送り、一人になったマルタンは椅子に深く腰掛ける。揺らめく蝋燭の炎が、その狂気に歪んだ顔を照らした。

 

「ふふ……楽しみだなぁ。十代、もうすぐ君に会えるよ。それまでに最高のお膳立てをしないとね。君は気に入ってくれるかな? ふふ……」

 

 今の騒動も、全ては十代との再会の時のため。その瞬間の甘い夢想を噛みしめながら、マルタンはくつくつと笑みをこぼすのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 俺とパラドックスは襲い掛かってくるデュエルゾンビと化した生徒たちを相手に、大けがを負わせないよう細心の注意を払って攻撃をしていた。

 

「《シューティング・ソニック》!」

「《黒炎弾》!」

 

 攻撃の指示に従い、スターダスト・ドラゴンとSin 真紅眼の黒竜が近づいてきた生徒をまとめて吹き飛ばす。

 が、しばらくすればまた立ち上がって向かってくることだろう。何度目かもわからない行動だが、しかし怠るわけにもいかない。保健室には鮎川先生とレイがいるのだ。なんとしても二人は守らなければならない。

 と、その時。保健室の中から爆発音が鳴る。俺とパラドックスは思わず保健室の扉に目を向けた。

 間違いなく何か異変が起こったのだ。果たして鮎川先生たちは無事なのか。もしものことを危惧していると、扉の中――保健室からマナの切迫した声が届く。

 

「遠也! 天井から生徒たちが……! 私が二人を守ってるけど、このままじゃジリ貧だよ!」

「く……」

 

 天井裏を移動してきたのか。意外に頭が回るというかなんというか。ゴキブリじゃあるまいし。

 しかし、そんなことを言っている場合ではない。侵入経路が出来たということは、もはや籠城も大して意味を為さないということだ。マナがいてくれるからすぐに駄目になることはないだろうが、それでも安全度は遥かに下がったとみていい。

 ここまでくると、レイを動かさないメリットよりも危険地帯に置いたままのデメリットの方が勝ってきたと言えるだろう。

 なら、取るべき行動は一つだ。

 そう俺が内心で決断したその時、パラドックスは再度Sin 真紅眼に黒炎弾の指示を出す。そして、すぐさま保健室に入っていった。

 

「パラドックス!?」

 

 一体何をするつもりなのか。そう思った直後、レイを背負ったマナと救急道具らしき箱を持った鮎川先生を連れたパラドックスが出てきた。

ただし、その連れ方は膝の裏と背に手を回して抱え上げるというもの。

 つまり、お姫様抱っこだった。

 

「うわぁ」

「あ、あんまり見ないで……遠也君……」

 

 俺の視線を受けた鮎川先生はめちゃくちゃ恥ずかしそうだった。さもありなん、こんな時にこんなロマンチックな状態になるとは想像もしていなかっただろうから当然と言える。

 そして、それをしているパラドックスはというと、全く意に介していないようで平然としていた。

 

「行くぞ、遠也。ここにこだわる意味は最早薄い。お前にもわかっているだろう」

「ああ、まぁ……」

 

 元から俺もここを離れることを決めたところだったので、文句はない。

 そして、移動するからには最速が好ましい。運動能力に疑問がある鮎川先生に走らせないのは、正しい選択であり合理的だ。だからこそ、パラドックスも鮎川先生を抱えているのだろう。

 なら、もう突っ込むまい。どのみち、そんな時間もないのだ。

 

「マナ、レイを俺に。お前には進路の露払いを頼めるか?」

「うん、わかった」

 

 即座に頷き、マナは背負っていたレイを俺に託す。俺はパラドックスがしているようにレイを抱きかかえ、そしてマナはそんな俺たちの先頭に立った。

 さて、これで準備はOK。俺たちは一度顔を見合わせて出発の確認を取る。

 そして、

 

「スターダスト・ドラゴン!」

 

 俺の声に応え、スターダストが真空の光線を放ち、進路上の生徒たちを吹き飛ばす。それを見てとった直後、俺たちは一斉に走り出した。

 保健室を離れ、ひとまずは安全と思われる体育館を目指す。あそこには多くの生徒が集まっているはずだし、なによりデス・デュエルで倒れた生徒たちを休ませるために毛布なども持ち込まれているからだ。

 レイを休ませるには最適な場所のはず。そう思って足を動かし、先行するマナが角を曲がった瞬間。曲がり角の向こうから「うわっ!?」という聞き慣れた声が耳に届いた。

 今の声の持ち主にはっとしつつ、俺は急いで角を曲がる。するとそこには、突然やってきたマナに驚いた顔をしている十代とヨハン、オブライエンがいた。

 そして、マナの後にやってきた俺たちと視線が合う。

 

「三人とも! 無事に帰ってきたのか!」

「遠也! ああ、ジムとアモンも無事だぜ! 今はここにいないけどな!」

 

 それに、と十代が続け、その手に持ったケースを掲げてみせた。

 

「薬もちゃんと持ってきたぜ!」

「でかした、十代!」

 

 得意げな顔を見せた十代に賞賛を送る。

 これでレイの治療の見込みは立った。あとはここを離れて落ち着ける場所に行くだけである。

 その時。

 

「横だ、遠也!」

 

 何かに気付いたヨハンが声を上げる。

 曲がり角で三人と鉢合わせた俺は、言うなればT字路に差し掛かる手前にいた。すなわち、直進していた場合の道の先にいる生徒から丸見えだったのだ。

 デュエルディスクを構え、今まさにモンスターカードを実体化させようと生徒が構える。パラドックスも俺も人を抱えていて咄嗟に動けない。瞬時にオブライエンがディスクを構えようとしたが、

 

「――雑魚は引っ込んでいろ! 《XYZ-ハイパー・ディストラクション》!」

 

 そんな声と共に轟音が響き、生徒たちが空中を舞ったことでオブライエンがデュエルディスクを展開することはなかった。

 轟音、恐らくは攻撃によって生まれた煙の向こうから、誰かがやってくる。といっても、今の声や叫んでいた攻撃名。それに、「やーん、兄貴カッコイイ~ん」「さっすがぁ」「いかすぅ~」と続く三つの声を聴けば、おのずとのその答えは出ていたが。

 果たして煙の向こうから姿を現したのは俺たちの仲間の一人。

 

「ふん、やはり貴様らは俺がいなければダメなようだな」

「万丈目!」

 

 いやに気障っぽく格好つけた万丈目が颯爽と歩きながら現れる。

 たった今その背後で消えていったのは《XYZ-ドラゴン・キャノン》か。万丈目のデッキでエースを担う一体であり、強力な機械族モンスターだ。

 やはりいざという時には決めてくれる男であると改めて思うが……しかし、万丈目は確か食糧保管庫を守っていたはず。なんでここにいるのだろうか。

 そのことを疑問に思うが、しかし今はそれどころではない。

 

「サンキュー、万丈目! じゃ、行くぞ!」

「なに? 遠也、貴様はもっとこの万丈目サンダーを敬う気持ちを……って、そいつはレイじゃないか! 薬はどうした!」

 

 言葉の途中で俺の腕の中で苦しげに吐息を漏らすレイに気付いた万丈目が、驚いた声を上げる。

 恐らくは俺と十代たちが一緒にいるのを見て、レイのことなどは既に解決したと思っていたのだろう。

 だが、実際には違う。

 

「今十代たちと合流したばかりなんだよ! 早く落ち着けるところまで行かないと……!」

「ちっ、ならばこちらの道に来い! ある程度の生徒は蹴散らしておいたからな、少しは通りやすいはずだ!」

 

 確かに、たったいま万丈目が通ってきた道ならば、他の道よりは安全が確保されているはずだ。それは途中の妨害が少ないということであり、そのぶん早く目的地に着ける可能性が上がるということである。

 ならば否はない。俺たちは揃って万丈目の下へと足を向けた。

 

「さっすが兄貴ぃ~。伊達男ねぇ~ん」

「貴様らはさっさと先行して偵察にでも行ってこんかぁ!」

 

 顔の周りをイエローが飛び回り、それを鬱陶しがった万丈目はおジャマ三兄弟をまとめて道の先へとぶん投げる。

 サンダーのいけずぅ~、とドップラー効果を残して飛んでいったおジャマたちを苦笑して眺め、マナがその後を追って飛んでいく。

 先行はおジャマたちとマナに任せておけば大丈夫だろう。なら、あとは一心に体育館を目指して走るだけだ。

 

「よし、行くぞ皆!」

 

 俺が声をかけ、皆が頷く。

 そして、俺たちは背後から迫るデュエルゾンビたちの声を振り切るように勢いよく地を蹴った。

 

 

 

 

 

 万丈目がなぎ倒してきたのだろう通路に転がった生徒たちの間を抜けるように走り、俺たちは幸運にも足を止めることなく最速で体育館へとたどり着くことが出来た。

 中に入ってみれば、そこにはデス・デュエルの頃からいて見覚えのある者や、俺たちと同じように逃げてきたのだろう未だ息の荒い者もいる。

 

「十代! 遠也!」

「鮎川先生もいるドン!」

「おおー、シニョールたち無事だったノーネ!」

「心配したのでアール!」

 

 そこに、聞き慣れた声が耳朶を打つ。

 見れば、明日香と剣山、クロノス先生とナポレオン教頭が安堵と喜びの表情を浮かべて俺たちに駆け寄ってきていた。俺も仲間が無事であったことを知り、知らず表情に笑みを浮かべた。十代たちは俺たちのところに来る前に明日香たちに会っていたらしいので無事とは聞いていたんだが、やはり自分の目で見るのと聞くのとでは安心感が違う。

 この現状についてなど、話したいことはたくさんある。だが、今は何よりもレイの治療のほうが先だ。

 俺たちはすぐに空いているスペースに向かい、毛布を敷いてレイを寝かせる。そして持ってきた薬を鮎川先生に渡し、治療をお願いする。

 鮎川先生は力強く頷いた。

 

「任せておいて。明日香さん、手伝ってもらえるかしら?」

「あ、はい!」

 

 助手として明日香を指名して明日香がそれを受諾すると、鮎川先生は迅速かつ慣れた手つきで治療を始める。

 その直後、十代たちを保健室に行かせるために襲ってくる生徒の足止めをしていたというヨハン、ジム、アモンが体育館に合流してくる。そしてレイを前に作業をする先生を見ると、俺たちと共に固唾を呑んで見守るのだった。

 レイの治療は、マナが回復の魔術を素早くかけていたこともあったのか、先生曰く充分薬でどうにかなる範囲であったらしい。明日香の手伝いもあってか、治療は比較的スムーズに終えることが出来たようだった。

 もう大丈夫。そう言って肩の力を抜いた鮎川先生を見て、俺達の口から吐息が漏れる。知らずこちらも息を詰めていたらしい。喜びと安堵が混じる苦笑の輪が広がった。

 俺は少し身を乗り出してレイの顔を上から覗き込む。すると、その気配に気づいたのかレイはうっすらと目を開ける。茫洋とした瞳と視線が交わった。

 

「……遠也さん……?」

「ああ。よく頑張ったな、レイ。あとは俺たちに任せて、ゆっくり休め」

 

 出来るだけ穏やかに、言い聞かせるよう言えば、レイは安心したように「ん」と返事だけをして再び目を閉じる。

 そして再度小さな寝息を立てはじめた姿にほっと一息つき、俺は居並ぶ仲間たちに顔を向けた。

 十代、ヨハン、万丈目、ジム、オブライエン、アモン、パラドックス、明日香、剣山。クロノス先生とナポレオン教頭は他の生徒の様子を見に行くと言ってさっき離れて行ったから今いないのはいいとして……一人足りないことに気が付く。

 

「翔はどうしたんだ?」

 

 すると、万丈目やパラドックスを除く全員の顔が曇った。その表情に俺は悪い予感を抱かずにはいられなかった。

 

「まさか……」

「そのまさかだ。俺達は保健室へと向かう途中で、デュエルゾンビとなった翔に会っているんだ」

 

 苦々しげな表情でヨハンが言った事実。予感が的中したことを知り、俺もまた自然と表情が厳しくなる。

 

「ち、あの馬鹿。油断しやがったな」

 

 万丈目が忌々しげに毒を吐く。

 だが、言葉の裏を返せば油断さえなければこうはならなかったと言っているのだ。言い方こそキツイが、つまりはそれだけ翔のことを信じているということである。

 本人がその意識で口にしたのかはわからないが、友の身を案じる気持ちを感じることができる言葉であった。

 できれば翔を早く元に戻してやりたいが、私情だけで先行してもいいことはないだろう。なにせ百人近い生徒がこちらにはいるのだから。一人の勝手が全員の危険に繋がっては目も当てられない。

 翔には悪いが、今はこちらの態勢を整えることを優先した方がいいだろう。実際、昨日まで仲間だった人間が襲い掛かってくるという事態に生徒たちには動揺が広がっているようであるし。

 その考えを伝えると、皆も同意してくれた。が、十代や剣山など翔と付き合いの深い奴ほどその顔には悔しさが見て取れる。今すぐにでも向かいたい気持ちなのだろうことは、同じく一年生のころから一緒にいる俺にもわかることだ。

 しかし、今は我慢の時だ。そうしてどうにか折り合いをつけたところで、ふと気になっていたことを思い出した。

 

「万丈目、お前食糧保管庫はどうしたんだ?」

 

 おジャマを鬱陶しそうに見ていた万丈目に声をかける。

 そう、万丈目は食糧保管庫の警備を任されていたはずなのだ。だというのにここにいるということは恐らく何か異常があったということ。まぁ、この状況を考えれば察しはつくが……。

 それでも、詳細を把握しておくに越したことはない。俺が問いかけると、万丈目は「ああ、そのことか」と頷いて口を開いた。

 

「こっちにもあのゾンビどもが押し寄せてきてな。最初は相手をしていたんだが……奴らは倒しても倒してもきりがない」

 

 その時のことを思い出したのか苛立ち交じりに言う。が、すぐにその顔は得意げなものへと変化していった。

 

「そこで、俺は食糧保管庫を離れることにしたわけだ。どうせ鍵はトメさんしか持っていないうえ、あそこの扉は特別頑丈に作られているからな。知性の欠片もない奴らでは到底突破できんだろうさ」

『まぁ、要するに逃げたのよねぇ~ん』

「人聞きの悪いことを言うな! 戦略的撤退と言え、戦略的撤退と!」

 

 おジャマ・イエローの余計な一言で得意げ一転憤慨しはじめた万丈目は、イエローをひっつかんでその頬をぐいぐいと引っ張っている。半泣きで許しを請うイエローを苦笑して見ていると、ヨハンが不意に「いや」と呟いた。

 

「万丈目の取った手は最善だ。保管庫の扉は確かに頑丈だと聞いているし、数で襲ってくるあいつらに付き合っていたら万丈目までやられていた可能性もある」

「Yes。ジェネックスで優勝するほどの実力者が敵に回らずに済んだのには、それだけで価値があるってものだ。保管庫のほうは、後で取り返せばいいだけだからな。一人で対抗しようとしなかったのはCoolな判断だぜ」

 

 更にジムも続けて万丈目の行動を支持すると、万丈目は「はーっはっは! 当然だ! この万丈目サンダーに間違いはない!」と自信満々に笑い始める。

 それを呆れたように見る剣山と明日香。十代やアモン、ヨハンにジムも、すぐに機嫌を直した万丈目には肩との力が抜けたのか小さく笑みを浮かべている。オブライエンは相変わらずいつもの表情のままだが、意図せずして空気がほぐれたのは確かだった。

 

「それじゃ、俺が今から保管庫を見に行ってくるわ。もう気付けば夜だしな……今晩の食事には間に合わないだろうけど、明日の分を持ってこないといけない」

 

 俺がそう言って名乗り出ると、全員が了解とばかりに首肯する。

 

「だが、単独行動を許すわけにはいかないぞ」

「わかってるって、オブライエン。つーわけで、誰か一緒について来てくれないか?」

 

 マナが常に傍にいるとはいえ、形式上で俺一人が行動するということになるのはマズい。こういう閉鎖された環境で好ましくない前例を作ることは避けるべきだ。オブライエンもそれを思って言ったのだろう。

 だが、俺もそれほど考えなしではない。オブライエンに頷いて同行する人を募れば、何人かがぐっと身を乗り出したのがわかった。

 

「私が行こう」

 

 だが、彼らが口を開く前に名乗りを上げた男がいた。

 皆の輪からわずかに外れてこちらを見ていたその男に、俺は視線を移す。

 

「パラドックス、いいのか?」

「問題はない。それとも、同行者が私では不服だとでも?」

「まさか! むしろ心強いってもんだ」

 

 にこりともしない無表情で佇むパラドックスの言葉だったが、俺は言葉通りにパラドックスの同道を頼もしく思っていた。

 なにせこの男、歴代主人公三人を相手取ってあと一歩まで追い詰めた男なのである。俺が勝てたのは、アクセルシンクロやエクシーズ召喚といった本来はまだないであろう要素を駆使したからに他ならない。

 そんな人間が一緒に来てくれることほど心強いものはないだろう。俺が心底からそう思っていることが分かったのか、パラドックスは鼻白んだような表情になる。パラドックス的には違う言葉が返ってくると思っていたらしい。

 まぁ確かに元々敵同士ではあるが、昨日の敵は今日の友とも言う。むしろパラドックスのことを敵だとはまったく思っていなかったり。それゆえの反応が、どうにもパラドックスには収まりが悪いようだった。

 

「なぁ、遠也」

「ん、どうした十代」

 

 そんなパラドックスの態度に苦笑していると、十代が俺に口を寄せてくる。

 問い返せば、十代は仏頂面で立つパラドックスに目を向けた。

 

「お前がそこまで言うってことは、あいつ強いのか?」

 

 どこか期待を滲ませた声で言う十代。

 何度も対戦してきて互いに実力を認め合う仲である俺がそうまで認める相手、ということで十代は興味を持ったらしい。デュエル馬鹿としては気になって仕方がないのだろう。

 とはいえ強い相手を求めるその気持ちはわからなくもないので、俺は素直に頷いてみせた。

 

「ああ強い。俺だと、十回戦ったら一回は勝てるんじゃないかってレベルかな」

「え、マジかよ!」

 

 俺の言葉に驚愕を露わにする十代。そして同時に、パラドックスに対して挑戦的かつキラキラと期待に満ちた瞳を向け始める。

 それをどこか引き気味に受けるパラドックスは、短い付き合いながらも新鮮である。

 

「なあなあ! 後ででいいからさ、俺とデュエルしてくれよ、パラドックス!」

「……気が向けばな」

 

 さすがのパラドックスも純粋にデュエルがしたいと言う気持ちを無碍にすることには罪悪感を感じたのだろうか。それとも俺とデュエルをした時以降に何か心境の変化でもあったのか、らしからぬ返答を十代に送る。

 それに「よっしゃ!」と喜ぶ十代だが、直後にヨハンらから「状況が状況だからデュエルをしている時間はないぞ」と窘められていた。

 無論その辺りは十代も分かっていたらしく、帰ってからの話だと弁明している。その光景を眺めつつ、俺は「さて」と気持ちを区切る呟きを放った。

 

「それじゃ、早速行ってくる。戸締りや皆のこと、それにレイのことも、頼んだぞ」

 

 俺が改めて言えば、その場にいる全員が力強く頷いた。

 

「ああ、任せとけ遠也。お前こそ無理すんなよ」

 

 笑って言う十代。それに対して俺が拳を突きつけると、察した十代も拳を出して互いにこつんと合わさる。

 視線を交わらせニッと笑うと、俺は一度パラドックスに目を向けて体育館の出入り口に向かう。共に歩きだしたパラドックスの存在を感じつつ、俺たちは食糧の確保と保管庫の様子を見るためにゾンビ蠢く廊下へと一歩踏み出すのであった。

 

 

 

 

 夕食を運ぼうとしていたトメさんから鍵を借り、食糧保管庫を目指す俺とパラドックスは出来るだけデュエルゾンビに見つからないように気を払いながら進んでいた。

 デス・ベルトを着けていないパラドックスがいるので、エナジーを取られて倒れる心配こそないものの、やはり相手をすれば立ち止まることになるので時間を取られてしまう。

 出来るだけ迅速に目的を達したい今、それは悪手であった。

 その点はパラドックスも賛成なようで、大人しくスニーキングミッションに付き合ってくれている。合理的と判断すればある程度の融通をきかせてくれるのがパラドックスという男のようだった。

 逆を言えば合理的でない時は一切妥協しないということにもあるが、そこらへんは科学者らしいところと言えるかもしれない。

 そんなことを考えながら通路の角から先に繋がる道を見る。そろそろ保管庫に近づいてきたはずだが、今のところ見える範囲にゾンビたちはいないようだ。

 ホっと一息ついた時。

 

「遠也」

 

 突然パラドックスに名を呼ばれ、俺は「どうかしたのか?」と振り返って周囲を見る。

 しかし特に異常はない。ならどういうことかと思ってパラドックスを見れば、パラドックスは何が気に入らないのか苛立たしげな目で俺を見ていた。

 心当たりがない俺は、首を傾げるしかない。それを見て、今度は「やはり、理解できない」と呟く。何のことを言っているのやらさっぱりである。

 俺が全く理解できていないことを悟ったのか、パラドックスは目つきを鋭くさせる。そして、強い口調で俺に言葉を浴びせる。

 

「遠也、お前は何故そうも警戒心がない。確かにお前の命を今は奪うつもりはないと言ったが、しかし命を奪わずにお前から力を奪うことなど私にとっては容易いこと」

 

 その目が睨む先にあるのは、俺のデッキとデュエルディスク。なるほど、確かにパラドックスの言う通りだ。サイボーグであるパラドックスと、何の訓練も受けたことのない俺では抵抗するまもなく両方とも奪われて終わりだろう。

 

「お前たちを見ていて、私は既に知っている。遠也、お前がいなくとも奴らは元の世界への帰還方法を探し続けることを。お前の存在は帰還の助けにはなっても、必要不可欠ではない」

「………………」

「それに三沢という男、まだまだ荒削りだが量子力学を修めたというのは本当らしい。私が協力すれば、脱出への理論だけならば確立できるだろう」

 

 パラドックスは、ただの事実であるというようにそう言った。

 俺はそれを聴いて、まぁそうだろうなと思う。他にも多くの生徒を抱えている以上、たとえ俺がいなくなっても、落ち込みこそすれ十代たちはすぐに帰還への行動を再開するだろう。皆の責任感は強い。

 それに、俺に何が出来るわけでもないというのも間違いない。せいぜいデュエルしかできない男だ。論理立てて脱出方法を模索している三沢よりも役に立てるとは言い難かった。

 そしてパラドックスが出来ると言った以上、脱出への理論だけなら既に道が見えているのだろう。なら、一層俺のことはどうなってもいいはずだ。

 さっきの共闘も、あれはパラドックスが治療を受けた鮎川先生に借りを返すためにやったこと。安全な場所まで鮎川先生を運んだ今、借りは既に返されていると見ていいはず。

 

 つまり、何が言いたいかというと。確かに俺は今、何をされても不思議ではないということだった。

 

『……っ!』

 

 マナが剣呑な言葉を聞いてパラドックスに杖を構える。何があっても対応できるように、ということだろう。

 パラドックスに現状の危険性を突きつけられ、そして睨みつけられているという状況。その中で、俺が返した反応といえば。

 

「なんだ、そんなことか」

 

 だった。

 

 これにはパラドックスだけではなくマナも目を見開いて俺を見る。

 だがしかし、そんなの俺からすれば今更である。これまでだって俺をどうにかしようと思えばパラドックスにはいくらでも手段はあったのだ。俺は所詮素人の高校生だ。力尽くで来られても負けただろうし、デュエルでだってもう一度勝てるかはわからない。

 そんなことは承知の上だったが、レイのことやデュエルゾンビの件などもあり、正直そんなことまで気を回していられない状況だったのだ。

 だから、パラドックスのことはそうなったらそうなった時だと俺は割り切っていたのである。

 

 あの時のデュエルで、俺は俺なりの考えをパラドックスに見せたつもりだ。そのうえで全てを否定して全力で俺を消しに来るなら、きっと今がどうにかなってもやがては負けることになる。

 向こうは何と言っても超科学力を持った未来においても天才と称されるべき科学者集団なのだ。そのうえデュエルも強く、社会的な影響力も強大。勝てる要素が見当たらなかった。

 なんとかデュエルに持ち込んで勝ったに過ぎない以上、向こうがそのつもりなら結局遅かれ早かれ俺は助からない。なら、気にするだけ損というものである。

 だから、俺は信じることにしたのだ。自分の気持ちを、自分の考えを。自分が信じたそれが、きっとパラドックスにも何かを伝えてくれていることを。

 

 そして同時に、かつて誰かが言った言葉を俺は信じたのである。それはこの世界に来てデュエルをし続けたことで、俺が実感した言葉でもあった。

 

「“デュエルをすれば、それはもう仲間だ”」

「――なんだと」

 

 訝しげに眉を寄せたパラドックスに、俺は表情に笑みを乗せて肩をすくめた。

 

「どこの誰だったか、そんなことを言っていた奴がいたんだよ。確かに人間、色々なしがらみがあるだろうけどさ。デュエルで、俺たちはお互いのことを沢山知ったはずだ」

「………………」

「憎しみも、恐怖も、怒りも……俺はお前から痛いほど知った。けど、お前だって俺の気持ちを少しは知ってくれただろ?」

 

 デュエルによって俺たちは言葉以外のものを受け取っているはずだ。俺だけじゃない、デュエルをした以上、パラドックスだって何かを感じただろう。俺の言葉に怒りをあらわにしたことから、それは確かなはずだ。

 そして、互いのことを知ったなら俺たちはもう他人じゃない。そして今は共にこの世界の脱出を目指す間柄だ。どんな関係なのかと聞かれれば、答えは一つしかない。

 

「そうだ、もう俺たちは何も知らない関係じゃない。デュエルを通して俺はお前を知ったんだ。なら、俺にとってお前は仲間だ。敵同士だった・・・のさ、俺の中ではな」

 

 そして仲間なら、信じるものだ。たとえその背景に何があっても。

 俺だって十代たちに隠し事をしている。俺の出身や知識のことなどがそうである。もちろん俺だけじゃない。皆だってそれぞれ何かしら人には言えないことを持っているだろう。大なり小なり、それが人間というものだ。

 そんなのは当たり前のことであり、気にするようなことではない。ただ俺にとって皆は互いのことを信じ合い、気のいい奴らだから好きなだけである。

 

 きっと皆もそれは同じだ。なら、仲間なんてそんなものだ。

 “ああ、いい奴だな”――過去に何があっても、一度だってそう思えればそれはもう仲間と呼べる存在なのである。俺の中では。

 

 とはいえ。

 

「もちろん、そんなの俺の考えだからな。押し付けるつもりはないさ。けど、俺はそう思ってるってこと。それだけのことだよ」

 

 そう言い切って、俺は再び通路の先の様子を見る作業に戻る。

 無論、信じた結果痛い目を見ることだってあるだろう。けど、なんというか俺の場合、誰かを嫌いになるというのが苦手なのだ。なるべくいいところを見つけて、誰とでも仲良くなれたらいい。そんな考えなのだ、俺は。

 世の中を舐めてるなぁと我ながら思うのだが、まぁ疑ってかかるよりはいいかなと自己完結。存外そんな自分を俺自身が嫌いでないあたり、どうしようもない気がする。

 そんな甘い考えに自嘲を浮かべ、もう一度通路の先を確認する。そこにはやはりゾンビ化した生徒の姿は見られない。

 

「よし、行くぞ!」

『あ、ちょっと、遠也!』

 

 隠れていた角から足を踏み出す。いきなりの前進にマナが声を上げるのを聞きながら、俺は通路の先を見据えた。

 だが、パラドックスはどうするのか。そんな微かな不安を抱きながら更に一歩足を進めた時、耳に届いた「……理解できん」の一言。

 直後、背後から少し遅れてついてきてくれた足音に喜びを感じながら、俺は勢いよく地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 パラドックスにとって、前を行く男はある意味で特別な存在であった。

 未来の世界において破滅へと導いたシンクロ召喚を操り、モーメントすら所有する男。更に、後の時代においても数名しか実例のないアクセルシンクロを既に習得している。

 それだけならば、パラドックスはゾーンに言われたように遠也を処分して終わりとしていただろう。だが、パラドックスはその決断を下すことが出来なかった。

 その原因は二つ。一つはエクシーズ召喚。過去にも未来にも、全く痕跡がない新しい召喚方法。遠也が使用したそれが自身にとって未知である故に興味をそそられた。

 そして、遠也があの時のデュエルに勝つことによって証明した“新たな未来への可能性”。そのことが、パラドックスの心に躊躇を生み落としていた。

 

 これまでのパラドックスなら、遠也の主張など一笑の下に伏して粉砕し、己が道を迷わず進んでいただろう。

 しかし、実際は違った。エクシーズ召喚という全く新たな要素を突きつけ、更にはパラドックスを下したのだ。己のデッキには問題はなかった。既に実戦も問題がないと確信していたし、実際何も問題はなかった。

 しかしそれでも、遠也に負けた。その要因をパラドックスは当然分析した。そしてわかったのは、エクシーズ召喚。そして、遠也の言葉に自分が動揺してしまったからというものであった。

 その結果にパラドックスは愕然としたものだ。エクシーズ召喚はまだわかる。本当に予想外のものだったので、それが敗北に繋がる要因の一つであったことはすんなり納得できた。

 

 しかし、もう一方。遠也の言葉に動揺した、という点には自身のこと故に驚きを隠せなかった。

 そう、パラドックスは動揺したのだ。ということはつまり、遠也の言い分を心のどこかで認めている自分がいたことに他ならない。

 絶対の自信を持っていたのなら、そもそも動揺などするはずがないのだ。だというのに気持ちが揺れ動いたということは、つまりそういうことであった。

 “間違いを正すことのできる可能性”……遠也が言ったその言葉は、まさに自分たちが行っている過去の改変そのものであった。その可能性を信じたからこそ、パラドックスは時代を超えて未来を変えるべく動いていたのである。

 

 だから、遠也に新たな可能性を提示された時。すなわち「パラドックスが最善と信じた可能性」以外にも可能性は存在すると言われた時。自分が信じたものが唯一ではないと認めたくなくて、パラドックスは激しく怒り動揺したのである。

 それは、自分たちの行いが多大な犠牲の上に成り立つものであることを自覚していたからだ。その犠牲も、唯一の可能性のための物ならば受け入れられた。歯を食いしばり、その悪を為そうと決意できた。

 だから、他にも方法があるということをパラドックスは認められなかったのである。自分たちの方法こそが唯一であると証明しなければ、容認してきた犠牲は何だったのか。それを認めるわけにはいかなかったのだ。

 だが、パラドックスは負けた。新たな可能性を示唆した遠也に、「未来はお前の知る未来のままじゃない」と突きつけられて。

 屈辱だった。認めたくなかった。だが、同時に興味も持った。

 

 ――ならば、この男が目指す可能性とは何なのだ、と。

 

 パラドックスが示した可能性を否定し、その犠牲を認めなかった男。その男の先に待つ未来の姿とは、いったいどんなものなのか。

 自分には理解できない何かを見ている。それはわかりきった未来に絶望していたパラドックスにとって、久方ぶりの関心事であった。

 とはいえ、遠也自身はごく普通の一般人に過ぎないことをパラドックスはわかっていた。だから、少しだけ突ついてみることにしたのだ。自身の死が、パラドックスという形を持って間近に存在しているのだということを教えることで。

 結果は、拍子抜けだった。なんと遠也はまったくパラドックスのことを警戒していなかったのである。それは何故かといえば、「お前は仲間だから」と遠也は言う。つい昨日殺されそうになった相手に、である。

 まったくもって尋常ではない感性だった。一般人にすぎないなど、見当違いも甚だしかったのだとパラドックスは思う。

 こんな大馬鹿が、一般人のはずがあるものか。呆れ交じりに、パラドックスはそう内心で一人ごちる。

 

 ……本当に、理解できない男だ。

 

 そう思いつつ、パラドックスはその男の後に続く。理解できないからこそ、自分たちの知らない未来をこの男は見ているのかもしれない。興味深い、と改めてパラドックスは思う。

 その心の中に湧く興味が、絶望とは正反対の感情であることを自覚しないままに、パラドックスは遠也の背を追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後何度か見かけたデュエルゾンビを避けつつ進むこと数分。ついに俺たちは食糧保管庫のある場所へとたどり着いた。

 保管庫へと続く扉がある一室に繋がるそこは、道中にゾンビの群れがいたことなど想像させないほどに静謐さを保っている。しんと静まり返った雰囲気はつまりゾンビがいないということなのだが、その静けさが逆に不気味でもあった。

 とはいえ、そんな曖昧な感覚に臆して進まないというわけにもいかない。ゾンビがいないということは、食糧を手にするために障害がないということ。つまり、良いことのはずなのである。

 

「……よし」

 

 そうポジティブに捉えた俺は、ネガティブな意見を抑えつけて背後のパラドックスに視線だけ送ってこれから扉を開く合図をする。そして、それに対する反応を待たずにいよいよその中へと踏み込んだ。

 

「………………」

 

 扉を開いた先に広がっていたのは、想像通りがらんとした殺風景な部屋だ。奥にある保管庫の扉が存在感を放っている。

 元々ここは風防のような役割の部屋であり、物を置くことを最初から想定しているわけではない。だから、何もない状態こそがある意味では正しくもあるのだ。

 奥へと繋がる扉があるだけ。それこそが、この部屋の正常な状態を指す。

 ゆえに、扉の前に立つ人影はこれ以上ないほどに目立っていた。

 漆黒のマント、ラーイエローの制服、小柄な身体……。今はこちらに背を向けているが、ここ最近に一度見たこともあり、それが誰なのか俺はすぐに分かった。

 

「……加納マルタン、か?」

 

 確認するかのように名を呼ぶと、そいつはゆっくりと振り返る。

 その顔には気弱で卑屈気味だった俺が知る表情はなく、マルタンは強気な目を向けてにぃっと口の端を持ち上げた。

 

「――へぇ、君が来たんだね、皆本遠也。そういえば君は僕と会ったことがあるんだったね。だったら、久しぶりと言った方がいいかな?」

 

 ともすれば気さくとも取れるような口調でそう言ったマルタンは、軽く手を挙げて俺に振る。それは左手であり、その腕は悪魔のごとき異形の腕となっていたが。

 どう見たって正常ではないその腕は、やはりユベルに乗っ取られているゆえの物か。自然と厳しい表情になった俺は、意図的にマルタンを強く睨む。

 

「マルタン、なんでお前がここにいる!」

「遠也、考えるまでもないことだ」

 

 俺がこの場にいる理由を問えば、マルタンよりも早く一歩前に出たパラドックスが俺に応える。

 横に並んだ男に目を向ければ、パラドックスもまた厳しい目でマルタンを見ていた。

 

「あのゾンビどもはどこからでも侵入する。保管庫の中ならともかく、いくらでも侵入経路のあるこの場所で、無事に過ごせるわけがない」

 

 ならば、答えは一つだとパラドックスは言う。

 

「デュエルゾンビなどという小賢しい真似をしているのは、貴様だな。少なくとも関係者であることに間違いはあるまい。あるいは、いま私たちがこの世界にいることすら……」

 

 どこか自信が込められたその言葉に、マルタンは「へぇ」と感嘆とも取れる声を上げた。

 

「なかなか面白いことを言うね、お兄さん。デス・ベルトがない所を見ると、外部の人?」

 

 笑顔でマルタンは言うが、しかしそれにパラドックスは何も答えなかった。

 だがマルタンは気分を害した様子もなく「まぁ、いいか」と肩をすくめ、楽しくて仕方がないとばかりに凶笑を顔に貼りつけた。

 

「そう、僕があいつらの親玉だよ。さしずめ僕はマルタン帝国の主ってところかな。ふふ……まぁ、戯れにすぎないけどね」

「戯れ?」

「そうだよ。僕にとっての目的は一つだけだからね。もっとも、その過程にはクリアすべき目標もあるけど」

 

 そう言うと、マルタンはその異形の指を真っ直ぐ俺に突きつける。

 その指から手の甲を辿り、腕を伝った先にあるマルタンの顔。それは、いつの間にか笑みから憤怒の表情へと変わっていた。そのあまりに唐突な変化に、俺は息を呑む。

 

「お前だ、皆本遠也! お前こそが、僕にとって最も憎い存在……! 僕の十代の隣に立つのは、僕だけなんだ! お前ごときがいていい場所じゃない!」

「な、何を言っているんだお前は。そんなの俺の勝手だし、十代の勝手だろ。俺と十代の友情を否定する権利はお前にはない!」

 

 当たり前といえば当たり前な反論。しかし、その反論はいたく奴の神経を逆撫でたようだった。

 

「調子に乗って……! ――けど、まぁいいさ。君が十代と親しいほど、君が敵対した時に十代はたくさん苦しんでくれるだろうからね。一番の親友に裏切られた十代は、きっと辛いだろうなぁ。想像するだけで、嬉しくなるよ」

 

 心からそう思っているのだろう。陶酔したように語る奴の顔には、それ以外のことなど眼中にないかのような狂気じみたものが垣間見える。

 隣にいるマナはどこか腰が引けて不気味そうにしているし、パラドックスに至っては露骨に眉を顰めている。皆、こいつから感じる印象は同じようだった。

 

「狂ってるぜ、お前……!」

「狂ってる? 僕が? まぁ、確かに僕は狂っているかもね、愛という名の感情に」

「く、狂ってる上に痛々しいな」

 

 口元が引きつるのを感じる。ユベルってこんなにアレだったのか? 絶対にお近づきになりたくないタイプだ。

 マナと同じくさすがに引いてしまう俺だったが、しかし奴がそんなことに頓着するわけもなく。やがて浮かんでいた笑みをひっこめたマルタンは、「さて」と呟いて俺にすっと腕を伸ばした。

 そしてその腕からいきなり黒い光が放たれる。何らかの攻撃、あるいはさっきの言葉からすると俺を操るためのものか。当たれば当然危険な攻撃だが。

 

「させないよ!」

 

 しかしその攻撃は俺に届く前に実体化して眼前に移動したマナが叩き落とした。無論、俺に被害はない。

 だが、抵抗されたことにマルタンは再び怒りを露わにする。

 

「邪魔をするなァ!」

 

 マルタンの瞳が怪しく光り、物理的な衝撃すら伴った圧迫感が襲い掛かる。さすがのマナも吹き飛ばされ、サイボーグであるはずのパラドックスすら扉の前まで後退させられてしまう。

 しかし、俺はその場に立ったまま。どのように調整しているのかは知らないが、これで俺は奴の前に単身晒されたわけである。

 そして、そんな俺に奴はもう一度光を放ち、それは今度こそ確実に俺を飲み込んだ。

 

「遠也ッ!」

 

 マナの悲鳴が響く。

 しかし、俺の身を襲った光はまるで溶け込むかのように俺の精神を蝕み始めており、俺はそれに答えを返す余裕がなかった。

 

「ぐ、ぁ……ッ!」

「ふふ、ははは! さぁ、君も僕と一緒に来なよ。十代のところに! 十代に、苦しみという名の愛を与えるためにさ!」

 

 耳で聞くというよりは、脳に刷り込まれるように流れ込んでくるマルタンの言葉。老成した男性のような、それでいて純粋な少女のような二面性を持った独特な声が、徐々に心の中へと染み込んでくる。

 それを感じつつ、しかし俺は抗っていた。十代を苦しめる、そんなことの片棒を担ぐわけにはいかない。十代の友を名乗る以上、その俺が友達を傷つけてどうするのだ。そんなことを認めるわけにはいかない。

 

「ぐ、ぐ……」

 

 俺は染み込んでくる闇の力を否定しつつ、己の心に潜っていく。俺にとっては、既に何度か経験している感覚だ。

 自分の内側。そこにあるのは、誰しもが持っているだろうただ一つの境地。確固たる自分が、譲れない思いが、信じるべき心が眠る、何人にも侵されない個人の聖域。

 そこに俺は足を踏み入れる。そしていったん気持ちを落ち着けると、俺は自分自身を改めて強く意識する。心の中に存在するそこは、たとえ何があっても揺るがない。己という存在そのものを確立させている、誰もが心の深奥に持つ究極の境地。

 

 ――“揺るがなき境地(クリアマインド)”。

 

「だ、れがっ……! お前なんかに、従うかぁッ!」

「なに!?」

 

 俺がそう咆えた瞬間、俺を取り込もうとしていた嫌な感覚が綺麗さっぱりなくなる。それはマルタンからの干渉を自力で破ったということであり、そのことにマルタンは驚愕の声を上げた。

 まさかただの人である俺に自分の術が効かないとは思わなかったのだろう。成功を確信していたはずだからこそ、一層その驚きは強かったに違いない。

 

「馬鹿め。揺るがなき境地(クリアマインド)に達した者が、そう簡単に己を見失うわけがあるまい。当然の結果だ」

 

 パラドックスがいかにも馬鹿な奴だと言いたげな口調でマルタンに言葉を投げる。俺がアクセルシンクロをすることを知っており、身近にクリアマインドの会得者がいるからだろう。パラドックスは心配すらしていなかったようだ。

 そしてその言葉を聞いたマルタンは驚きから一転、その表情を怒りで歪めた。

 

「やっぱり、君は邪魔だね……! なら、こうさせてもらう!」

 

 再びマルタンの左腕に宿る闇色のエネルギー。そして同時に右手の指を鳴らすと、マルタンの横の空間に歪みが生まれる。

 次元の狭間とでも表現すれば適切だと思える、ゆらりと空間が揺れている不可思議な現象。やがてその中から一人のデュエルゾンビと化した生徒が姿を現した。

現れたのは、俺やマナにとっては馴染み深い人間。突然のその姿を前に、俺たちは驚きを込めてその名前を呼んだ。

 

「翔!?」

「翔くん!?」

 

 しかし、翔が何か反応を返すことはなかった。完全にデュエルゾンビ化してしまっているようだ。

 

「ふふ、君にとっては実に面白い相手じゃないかな。何度でも蘇ってデュエルしてくれるお友達だ、嬉しいだろ?」

「お前……!」

 

 思わず憤りを込めてマルタンを睨むが、しかしマルタンは堪えた様子もなく笑みを浮かべるだけだった。

 そして、不意にその視線をマナとパラドックスのほうに向ける。

 

「けど、君たちが思う存分デュエルするには邪魔な二人がいるよね。くく……」

 

 言うと、マルタンは左手に溜めていたエネルギーを二人に向かって解放した。

 腕から離れた黒いエネルギーは、高速で飛翔して二人に迫る。

 

「きゃあっ!?」

「く……」

 

 突然のことだったからか、二人は避けることも出来ずにマルタンからの攻撃を受けてしまう。

 その衝撃によって開いたままだった扉の向こうにまで押し戻される二人。そしてその直後に扉が勝手に閉まり、更にオレンジ色の膜が壁ごと扉を覆い尽くした。

 

「ちょっとこの部屋を覆うように障壁を張らせてもらったよ。単純な力でも、精霊の力でも突破できない奴をね。あっちのお兄さんはどうも普通の人間じゃなかったみたいだし、念の為にね」

 

 事もなげに言うそれは、扉の外にも聞こえていたのだろう。恐らくはパラドックスだろうが、扉を強く叩く音が聞こえてくるもののビクともしていない。

 しかし、まさかパラドックスが肉体的には純粋な人間でないことに気が付いているとは……。

 

「さて、それじゃ僕はそろそろ行こうかな。もう食べ物は十分確保できたし……」

 

 ちらりと保管庫のほうに目を向けながらマルタンは言う。どうやらマルタンがここにいたのは、食糧を手に入れるためだったようだ。手元に見えないところを見ると、やはり不思議な力でどこかに送ってあるということだろう。

 

「さぁ、皆本遠也。デュエルを楽しみなよ。けど、あまり勝ちすぎるとベルトが君たちの体力を根こそぎ吸い尽くしちゃうかもしれないけどね」

「く……」

 

 その言葉に俺は唸るしかできない。

 さっきマルタンからの支配を跳ね除けることが出来たことから、俺はたとえ負けてもデュエルゾンビとなることに抵抗できるらしい。だから俺までゾンビ化するという事態は避けられる。

 しかし、翔は既にデュエルゾンビとなっている。倒しても倒してもまたすぐに復活して襲いかかってくることだろう。

 デス・ベルトを互いにつけた状態でそんなことをしたら、いずれ体力が底を尽きて俺たちは共倒れとなるしかない。

 

「特別サービスだ。この場に張ってある障壁はこのままにしておいてあげるよ。誰にも邪魔されずに、デュエルをしているといい。彼は絶対にデュエルを止めない。どっちかが倒れるまで、頑張るといいよ。ふふ、ははは!」

「マルタン――!」

 

 わざわざそんな計らいまでしていくあたり、こいつは本当に俺のことを邪魔者だと思っているらしい。

 笑い声とともに姿を薄れさせていく奴に、俺は苦々しげに名前を呼ぶことしかできなかった。

 そしてマルタンの姿が完全にこの場から消えた時。オレンジの膜に覆われた扉の向こうからマナの声が聞こえてきた。

 

「遠也! 大丈夫!?」

 

 こちらの安否を心底気にしていることがわかる、必死な口調。それを聴いて俺は一度深呼吸する。ここでマナを不安がらせたくはない。そう考えた俺は、安心させるように意識して平静な声を心掛けた。

 

「ああ、大丈夫だ。お前はこのことを十代たちにも伝えてきてくれ。けど、助けはいらない。どうもこの部屋に侵入できなくなっているみたいだし、俺のことはいいから」

 

 努めて明るく言うが、しかしそれに対する返答は遅い。マナは納得いかないようで「でも……」と渋るが、現状俺のことに固執するわけにもいかないのが実情だ。

 生徒全員の守りを薄くしてまで俺一人のために重要な戦力を割けるわけがない。むしろ、そんなことをしたら俺が怒る。

 洗脳がどうやら効かない俺なら一人でも何とかできる可能性があるが、他の面々はそうではない。混乱と不安の中にあるそんな彼らを守ることのほうが、どうにかできるかもしれない俺の身よりも重要なのだ。

 というわけで、マナには納得してもらいたい。そうもう一度言えば、直後に返ってきたのはパラドックスの声だった。

 

「どいていろ、遠也。――Sin サイバー・エンド! 《エターナル・エヴォリューション・バースト》!」

「おい!?」

 

 言われたとおりに扉の前からどいていたものの、いきなりのデカい攻撃に思わず慌ててしまう。が、その動揺は無駄なものであったようだ。

 壁は僅かに揺れたものの扉はびくともしていなかったからである。よほどマルタンが張った障壁は強固なもののようだ。

 

「ち、これでも駄目か」

「成功してたら、器物損壊どころじゃなかったわけだが……まぁいい。しかし奴さん、だいぶ力を取り戻しているみたいだな」

 

 デュエルエナジーは問題なくユベルの力となっているようだ。あるいはマルタンという依り代とよほど波長が合っているのか。

 いずれにせよ、サイバー・エンドの攻撃でも駄目となるといよいよ俺のことは後回しにしてもらわなければならないな。

 

「やっぱり、外からはどうにも出来ないみたいだな。マナ、こっちはこっちで何とかする。だから……」

 

 先に戻っていてくれ。そう俺が言うと、マナは沈黙する。

 時間にして数秒、その間どんな逡巡があったのか俺にはわかりかねるが、しかしマナは俺の頼みに是と答えたのである。

 

「……わかった。お願いだから、ちゃんと帰ってきてね。絶対だよ」

 

 必死に懇願するような声音で念を押すマナ。これまで幾度もあったピンチでも聞けなかったようなその言い方に、大げさだなと俺は苦笑を浮かべる。

 しかし同時に悪い気分ではない。胸の内に温かなものが宿るのを感じつつ、俺は口を開く。

 

「ああ、待ってろ! ちゃんと帰るさ、翔も一緒にな!」

 

 そうしっかりと言葉を返し、俺はもう一人のほうに声をかける。

 

「パラドックス。マナをちゃんと送り届けてくれよ」

「……遠也、お前にはまだ聞きたいことがある。早く戻って来い」

「ああ」

 

 そのやり取りを最後に、俺は意識を扉の向こうから離す。確認せずとも、あの二人は既に走り出していることだろう。このことを十代たちに伝えるために。

 なら、俺は俺ですべきことをするだけだ。

 その決意を固めた俺は、ポケットから生徒手帳にもなっているPDAを取り出す。電源を入れると、その画面はやはり砂嵐になってしまい何も映さない。

 

「……PDAもいつの間にか使えなくなってるし、連絡は取れないか。発電施設が生きてればなぁ」

 

 PDAが利かなくなったとわかった時にヨハンとジムが発電施設の様子を見に行ったことがあったが、発電施設は砂に埋もれて機能を停止していたらしい。動いていれば、何かあった時に十代たちへ伝えることも出来たのだが……。

 まぁ、出来ないことを考えても仕方がない。それよりも、今は。

 

「……さて、と。お前とデュエルするのも久しぶりだよな考えてみりゃ。あまり歓迎できないシチュエーションだけどさ」

「遠也くぅん……でゅえるぅ……」

 

 何でもないことのように話しかけるも、返ってくるのは自我の感じられない虚ろな言葉。

 俺は肺の奥から大きく息を吐きだし、この場にはいないマルタンに対する怒りを徐々に落ち着かせていく。

 

「俺の友達をこんなにしやがって……いくぜ、翔! 何度デュエルすることになっても、必ずお前を元に戻してみせる!」

 

 デュエルディスクを展開。モーメントが持つ七色の輝きが煌めき、デッキが自動的にシャッフル。そして俺はそこから5枚のカードを抜き取り手札として左手に持った。

 翔もまた起動済みのディスクから手札を用意する。それを確認して、俺は力強く宣言をする。

 

「――デュエルッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 パラドックスと共に体育館への道を駆けながら、マナは後ろを振り返る。

 既に遠くなってしまった食糧保管庫へと続く部屋。その中に残っているだろう遠也のことが、マナは心配で仕方がなかった。

 いつもなら、もっと安心して遠也を信じていられるのに。どうして今日はこんなに胸が騒ぐのだろう。マナは言い知れない不安に嫌な予感を覚えずにはいられなかった。

 

(遠也……大丈夫だよね……?)

 

 いつものように、逆境を乗り越えて帰ってきてくれる。今日だって、絶対にそうだ。

 自分に言い聞かせるように胸の内で繰り返しながらマナは通路を行く。根拠のないこの予感が、どうか予感のまま終わりますように。そう強く願いながら。

 

 

 

 

 



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第65話 孤闘

 

「――ジャンク・バーサーカーで直接攻撃! 《スクラップ・クラッシュ》!」

 

 ジャンク・バーサーカーが身の毛もよだつような雄叫びを上げながら巨大な戦斧を振りかぶる。そして、守るものが何もない翔のフィールドへと突進していった。

 ジャンク・バーサーカー程の巨体なら翔の目前まで辿り着くのは一瞬のこと。そして辿り着いたバーサーカーは振りかぶっていた斧を頭上から一気に振り下ろし、それは翔の真横に深々と突き刺さった。

 

「……ぅ……」

 

 

丸藤翔 LP:700→0

 

 

 斧によって砕かれた床、その破片が翔の身体にあたりその口から苦悶の声が漏れる。ダメージが最小限になるように気を配っていることもあり、そこまで物理的なダメージはない……はずだ。

 だが、デス・ベルトによるダメージからは逃れられない。デュエルに決着がついたことにより俺はエナジーを抜かれる疲労感に眉を顰め、そして同じくエナジーを奪われた翔がその場に倒れ込んだ。

 それを見届け、俺は大きく息を吐き出した。

 

「はぁ……はぁ……これで、8回目……」

 

 震える膝を叱咤して倒れそうな身体を支えつつ、俺は倒れ伏す翔に目を向けた。

 この部屋に閉じ込められ、翔とデュエルをすることになって既に何時間が経っているのかわからないが、その間俺はずっと休むことなくデュエルを続けていた。

 今のデュエルが、その8回目。それはつまり、翔は7回やられたにもかかわらずまたしても立ち向かってきたことを意味している。まさに終わりのない戦いというわけだ。

 しかし、いつまでもそんなことを続けているわけにもいかない。そう思って俺もどうにか翔の意識を回復させてやれないかと考えながら戦っているのだが、いかんせん入学当時の翔ならともかく今の翔は強い。ゾンビ化して些か戦術が単調になっているのが救いといえば救いだったが、それでもキツいものはキツい。

 それに、このデュエルは勝てばいいというわけではない。翔を元に戻すことこそが本当の勝利なのだ。

 しかし、そのための案はいまだに浮かんでこない。結果として、俺は何の手も打てないままずるずるとデュエルを続けているのだった。

 このままではマルタンの……ユベルの思惑通りだろう。それがわかっていながら何もできない事実に、俺は歯噛みしていた。落ち着いて考えることが出来るのが翔が復活するまでの時間しかないため、なかなか打開策も出てこないのだ。

 だが、いつまでもこのままというわけにもいかないと改めて思う。それに、疲れと共に俺は眠気を感じていた。どうやら時間的には夜をとうに過ぎてしまっているらしい。

 このままではマズイ。そう思うもこれといった行動を起こせない俺の前の前で、翔の身体がピクリと動いた。

 

「遠也くぅん……まだ、でゅえるをぉ……」

「くそ……!」

 

 地面に伏した身体を引きずり、今にも倒れそうな憔悴した顔で翔が立ち上がる。今の翔の顔色はデュエルゾンビであることを差し引いても悪すぎる。このデュエルが悪影響になっているのは明らかだった。

 

「もうやめろ、翔! このままじゃお前、本当に――!」

「でゅえるぅ」

 

 俺が必死に呼びかけるも、翔はただ立ち上がってデッキから手札を用意する。

 こちらの言葉が届いていないことに悔しさが募るが、しかしあちらがそうくるなら俺も受けるしかない。この全く他の物がない空間で翔をどうにかする方法は、俺にはデュエルぐらいしか思いつかなかったからだ。

 デュエルでエナジーが取られるのも事実だが、同時にデュエルでなら翔を救う手があるかもしれない。今はただそれに賭けるのみだった。

 

 

皆本遠也 LP:4000

翔 LP:4000

 

 

「俺のターン!」

 

 手札を見て、対応を考える。今回は俺の先攻だ……ならば。

 

「俺はモンスターをセット。カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

「ぼくのターン……どろー」

 

 不気味な笑みを顔に貼りつかせ、翔がふらふらと体を揺らしながらデッキからカードを引く。何とも危なっかしい姿に心配が募る俺だったが、そんなことはお構いなしに翔はカードを手に取った。

 

「《苦渋の選択》だよぉ。デッキから5まいをえらんで、遠也くんはそこから1まいをえらぶ……あとは墓地に捨てるからね」

 

 苦渋の選択……元の世界ではそのあまりの凶悪さから禁止カードに指定されている強力な魔法カードだ。

 デッキから5枚とはいえ欲しいカードをピンポイントにサーチでき、かつ4枚を墓地に落とさなければならないのだ。そしてその5枚の中に同名カードを含んでも構わない。ということは、ほぼ確実に狙ったカードを墓地に落とせるというわけで、恐ろしいほどの墓地肥やし性能を持っているのだ。

 あらゆるコンボの起点として機能し莫大なアドバンテージをもたらすその有用性は、禁止カードとなるのに相応しい。この世界では制限カードだが、こうして使われるとその凶悪さがよくわかる。

 そして翔が選んだのは、《ドリルロイド》《スチームロイド》《サブマリンロイド》《ドリルロイド》《サブマリンロイド》の5枚。

 どれをとっても、ドリルロイドとサブマリンロイドは確実に墓地に落ちる。ということは、翔が狙っているのはあのモンスターの召喚か。その意図を察し、俺の表情は自然と厳しくなる。

 

「……俺はスチームロイドを選択する」

「りょうかぁい……じゃあ、ぼくは《エクスプレスロイド》を召喚」

 

《エクスプレスロイド》 ATK/400 DEF/1600

 

 現れたのは、新幹線にそっくりな外見の機械族モンスター。ロイドの特徴であるデフォルメされた目が電車のライト部分についており、好戦的な視線をこちらに向けていた。

 しかし墓地を肥やした直後のエクスプレスロイドとは厄介な。今回の翔のデッキはよく回っているようだ。これはもしかして1ターン目からくるか……?

 

「……エクスプレスロイドはねぇ、召喚したとき、墓地のロイドを2まい回収できるんだ。ドリルロイドとサブマリンロイドをぉ、手札にくわえるよ」

 

 ついさっき苦渋の選択で墓地に落としたカードを即座に回収か。

 エクスプレスロイドは召喚するだけで2枚のサルベージを行えるというメリットだらけのモンスターだ。手札消費なしどころかアドバンテージを稼いでいるという、ロイドにとっては欠かせないモンスターである。

 そしてたった今翔が手札に加えたドリルロイドとサブマリンロイド。この2体はあるモンスターの融合素材だ。それらをピンポイントで手札に加えた以上、翔の狙いは一つだろう。

 

「《ビークロイド・コネクション・ゾーン》を発動ぉ。手札とフィールドからモンスターを墓地に送って「ビークロイド」を融合召喚……手札のドリルロイド、サブマリンロイド、スチームロイドを墓地に……」

 

 やはり手札にあったか、ビークロイド専用の融合である《ビークロイド・コネクション・ゾーン》。もう1枚の融合素材である《スチームロイド》はさっき苦渋の選択で手札に加わったものだろう。あの時に何を選んでも召喚が成功するようになっていたあたり、翔もやるもんだ。

 そんな感慨を覚えている間に、ドリルロイド、サブマリンロイド、スチームロイドは互いのその身体を変形させ、合体していく。そうして翔のフィールドに降り立ったのは、モグラを模した巨大戦車だった。

 

「あはは……《スーパービークロイド-ジャンボドリル》を召喚」

 

《スーパービークロイド-ジャンボドリル》 ATK/3000 DEF/2000

 

 翔の切り札であるビークロイドの1体、ジャンボドリル。そのフロント部分は人間一人の身長を容易に超える巨大なドリルが占有しており、見た目だけでその破壊力をうかがい知ることが出来る大型モンスターだ。

 まったく、本当に翔は強くなったと実感する。昔はよく意図がわからないカードなんかもデッキに入っていたものだが、よく考えてデッキを組むようになってからはこうして1ターン目でビークロイドが出てくることもあるようになっているのだ。

 十代はそれを「お前のデッキがお前の気持ちに応えてくれるようになったのさ」と言っていたが、俺も同感だ。その成長は一年生の頃から共に過ごしてきた身としては嬉しい限りだが……今ばかりは厄介な要素でしかなかった。

 

「ジャンボドリルで、遠也君の伏せモンスターにこうげきだぁ……」

 

 鋼と鋼がこすれ合う独特の音を響かせ、大きなドリルが回転を始める。そしてその体躯を支えるキャタピラが動き出すと、ジャンボドリルはセットされた俺のカードに突っ込んできた。

 それによって、カードが反転。溢れる光の中から、タンポポを模したぬいぐるみのようなモンスターが現れる。

 

《ダンディライオン》 ATK/300 DEF/300

 

「伏せてあったのは《ダンディライオン》! こいつは墓地に送られた時、フィールドにレベル1の《綿毛トークン》2体を表側守備表示で特殊召喚する!」

 

《綿毛トークン1》 ATK/0 DEF/0

《綿毛トークン2》 ATK/0 DEF/0

 

 僅か300しかない守備力のダンディライオンは為す術なく墓地に送られるが、しかしそれによって俺の場には2体のトークンが残される。これで追撃の心配はなくなり、ついでにシンクロ素材も確保できた。

 だが……。

 

「あはは、甘いよ遠也くぅん……。ジャンボドリルにはねぇ、貫通効果があるんだよぉ……」

 

 その言葉通り、ダンディライオンを貫いたジャンボドリルは勢いそのままに鉄の床を大きくえぐる。

 

「ぐぁあっ!」

 

 その衝撃、そして削り取られた床の破片が俺の身を打ち、俺はたまらず声を上げた。

 

 

遠也 LP:4000→1300

 

 

 役目を終えたジャンボドリルは、突き刺さったドリルを抜いて翔の下へと戻る。それを見送った俺の目に、翔が更なる指示を出す姿が映った。

 

「エクスプレスロイドで、綿毛トークンに攻撃ぃ……」

 

 エクスプレスロイドの攻撃力はたったの400。だが、綿毛トークンの攻守はそもそも0だ。戦闘となればどうなるかは自明の理である。

 そしてその予想に違わず、綿毛トークンの1体はエクスプレスロイドの突撃によって倒されて墓地へ送られた。

 

「ぼくはカードを1まい伏せて……ターンエンドだよぉ」

 

 茫洋とした顔でエンド宣言をする翔。その変わり果てた姿に何度目かもわからない悔しさ、憤りを感じつつ俺は自らのターンを進める。

 

「俺のターン!」

 

 デッキから勢いよくカードを引く。伏せられたカードが何なのか気になるところだが、だからといって気勢を緩めることには繋がらない。

 いまだ翔を元に戻す解決策は浮かばないが、そこで気を緩めて負けては意味がない。だから、このデュエルも全力で翔に勝つ。

 

「俺は手札から《カード・ブレイカー》を特殊召喚! このカードは自分の場の魔法・罠カード1枚を墓地に送ることで特殊召喚できる! 伏せていたカードを墓地に送り……来い、カード・ブレイカー!」

 

《カード・ブレイカー》 ATK/100 DEF/900

 

「更に! 俺が伏せていたカードは、罠カード《リミッター・ブレイク》! このカードは墓地へ送られた時に真価を発揮する! デッキ・手札・墓地から《スピード・ウォリアー》1体を特殊召喚する! デッキから出でよ、《スピード・ウォリアー》!」

 

《スピード・ウォリアー》 ATK/900 DEF/400

 

 全身をパワードスーツが覆い、その顔もゴーグルで隠された戦士が地面を滑るようにして俺のフィールドに姿を現す。遊星はこのカードを切り込み隊長として使っていたが、しかし今回はその役割にこのカードはない。

 今回は先のカード・ブレイカーと合わせて素材として活躍してもらう。今挙げた2体のレベルの合計は4。そして。

 

「更に《ブライ・シンクロン》を通常召喚!」

 

《ブライ・シンクロン》 ATK/1500 DEF/1100

 

 これでチューナーも揃った。

 ブライ・シンクロンは、いわゆるスーパーロボットを4分の1サイズにしたようなモンスターだ。背中に取り付けられた翼からジェットエンジンを吹かし、ブライ・シンクロンはスピード・ウォリアーとカード・ブレイカーの上に滞空する。

 レベルの合計は8である。

 

「レベル2カード・ブレイカーとレベル2スピード・ウォリアーに、レベル4のブライ・シンクロンをチューニング! 集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 それぞれが4つの星と4つの輪となり、それらが合わさって生まれた光の中から白いドラゴンの咆哮が生まれ出る。

 以前召喚した時は狭い通路の中だったが、この部屋は天井が高く横幅もあるため、スターダストは思い切り翼を広げて俺の前に立つ。

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 さて、これでエースの召喚には成功したわけだ。しかし、これだけでは攻撃力3000のジャンボドリルに勝つことは出来ない。

 尤も、それはこのままだと、という仮定ありきの話である。

 俺の墓地に送られたブライ・シンクロンの効果が、その結果を覆す。

 

「ブライ・シンクロンの効果発動! このターンのエンドフェイズまで、このカードを素材としたシンクロモンスターの効果を無効にし、その代わり攻撃力を600ポイントアップさせる!」

 

 俺の宣言に応えるように墓地から半透明のブライ・シンクロンがスターダストの隣に立つと、その身体は光となってスターダストへと吸収されていく。

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500→3100

 

 これでスターダストの攻撃力は3100。攻撃力3000のジャンボドリルを倒すことが出来るようになったわけだ。

 しかし、これで終わりではない。

 

「更に俺は《ビッグ・ワン・ウォリアー》を特殊召喚! このカードは手札のこのカード以外のレベル1モンスターを墓地に送ることで特殊召喚できる!」

 

 手札の1枚を墓地へと送り、鍛え抜かれた白一色の肉体に黒いサポーターを着けた戦士が降り立つ。その顔部分には大きく「1」と描かれており、なかなかにシュールな外見をしていた。

 

《ビッグ・ワン・ウォリアー》 ATK/100 DEF/600

 

「そしてたった今墓地に送った《スポーア》の効果発動! 墓地の植物族を除外し、そのレベル分スポーアのレベルを上昇させて特殊召喚する! ダンディライオンを除外し、特殊召喚!」

 

《スポーア》 Level/1→4 ATK/400 DEF/800

 

 ふわふわとした綿を丸めたような外見のモンスター。ダンディライオンのレベルである3を加えた今のレベルは4。そしてスポーアはチューナーモンスターであり、他の素材は既に俺の場に揃っていた。

 

「レベル1綿毛トークンとレベル1ビッグ・ワン・ウォリアーに、レベル4となったスポーアをチューニング! 集いし嘆きが、事象の地平に木霊する。光差す道となれ! シンクロ召喚! 推参せよ、《グラヴィティ・ウォリアー》!」

 

《グラヴィティ・ウォリアー》 ATK/2100 DEF/1000

 

 狼を模した頭部に、機械によって構成された身体を持つ機械戦士。後頭部から生えた数多のチューブを髪のように振り回し、グラヴィティ・ウォリアーは大きく雄叫びを上げた。

 

「グラヴィティ・ウォリアーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、相手の場に存在するモンスターの数×300ポイント攻撃力がアップする! 《蛮勇引力(パワー・グラヴィテーション)》!」

 

 敵をその視界に収めたからか、グラヴィティ・ウォリアーに闘気が満ちていく。口から漏れ聞こえる唸り声は、今にも襲い掛からんほどに感じられた。

 

《グラヴィティ・ウォリアー》 ATK/2100→2700

 

 これで高攻撃力のモンスターが2体並んだわけだ。しかし、そんな状況を前にしても翔の顔には余裕の笑みが浮かんでいた。

 

「あはは、さすがだよ遠也くぅん……でもぼくには罠カードがあるんだよねぇ……」

 

 言いつつ、デュエルディスクを操作する翔。

 それによって起き上がった伏せカードを見て、俺は悪態をつきそうになった声をぐっと口の中で押し殺した。

 

「《威嚇する咆哮》……!」

 

 このターン、相手の攻撃宣言を封じる罠カード。ただそれだけだが、単純であるがゆえにその効果は強力だった。

 

「これで攻撃はできないよねぇ……あははは」

「……カードを1枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 そしてエンド宣言をしたこの瞬間、ブライ・シンクロンの効果は切れる。スターダスト・ドラゴンの攻撃力は元に戻り、そのモンスター効果も使用可能になった。

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/3100→2500

 

 モンスター効果が再び使えるようになったことはいいことだが、しかしこの状況ではあまり意味がない。

 スターダストもグラヴィティ・ウォリアーも、共にジャンボドリルの攻撃力を下回っているのだ。どうにかこの伏せカードで耐えるしかない……。

 

「ぼくのターン……ドロぉ」

 

 ゆっくりとカードを引いた翔は、そのカードを見てにやりと笑みを深めた。

 

「ふふ……やっときてくれたよぉ。たくさん負けちゃったけど……これで、ぼくの勝ちだ……」

 

 自信に溢れた声。このターンで決着をつけるという宣言の直後、翔は1枚のカードを俺に見せた。

 

「手札から《リミッター解除》を使うよぉ……ぼくの場の機械族の攻撃力はこれで2ばい……あははぁ」

 

 リミッター解除……! 機械族専用の巨大化ともいうべきカードであり、互いのライフ差などは一切関係なく対象の攻撃力を2倍にするという速攻魔法だ。

 デメリットとしてこの効果を受けたモンスターはエンドフェイズに破壊されてしまう。エクスプレスロイドにこれを避ける手段はないが、ジャンボドリルはビークロイド・コネクション・ゾーンで召喚されたモンスター。

 ビークロイド・コネクション・ゾーンで召喚されたビークロイドは、カードの効果では破壊されない。2倍となった攻撃力はこのターンのみだが、この状況でのリミッター解除は「1ターン限りの発動条件・コストなしの巨大化」といえる効果を有しているのだ。

 

《スーパービークロイド-ジャンボドリル》 ATK/3000→6000

《エクスプレスロイド》 ATK/400→800

 

 まったくもって厄介極まりない。より早く、より激しく回転するジャンボドリルのドリルを前に、俺は思わず渋面を作らざるを得なかった。

 そんな俺の表情を翔は虚ろな目で見て、ひらりと小さく手を振った。

 

「ばいばぁい、遠也くん……バトル、ジャンボドリルでグラヴィティ・ウォリアーに攻撃ぃ」

 

 迫る巨大ドリル。一層凶悪さを増したソレにこちらが敵う道理はない。

 しかしそれならそれでやりようはある。要するにこの攻撃を受けなければいいだけの話だ!

 

「罠発動、《パワー・フレーム》! このカードは俺の場のモンスターが、より高い攻撃力を持つモンスターに攻撃された時、発動できる! その攻撃を無効にし、このカードを攻撃対象モンスターに装備する! グラヴィティ・ウォリアーに装備!」

 

 立方体の形をした細いフレームがグラヴィティ・ウォリアーにの前に現れ、それは障壁のようなものを張ってジャンボドリルからの攻撃を防ぐ。更にその後、フレームはバラバラに分解され、グラヴィティ・ウォリアーの身体の各所を補強するように纏われた。

 

「そして装備モンスターの攻撃力は、攻撃してきたモンスターとの攻撃力の差だけアップする! グラヴィティ・ウォリアーとジャンボドリルの攻撃力の差は3300! よって3300ポイント攻撃力をアップさせる!」

 

《グラヴィティ・ウォリアー》 ATK/2700→6000

 

 リミッター解除の攻撃力アップ効果はこのターンだけ。ならば、攻撃力を大幅に上回ったことで、ジャンボドリルは次のターンで倒せる。

 

「……ぼくは《トラックロイド》を守備表示で召喚。さらに装備魔法《ミスト・ボディ》を発動、これでジャンボドリルは戦闘で破壊されない。ターンエンド……」

 

《トラックロイド》 ATK/1000 DEF/2000

 

 赤い車体のトラックが翔のフィールドに現れて守備態勢を取るが、どう見てもただの駐車である。そのあたりがロイドのロイドらしいところと言えばそうであるが。

 更にミスト・ボディでジャンボドリルに戦闘破壊耐性か。専用融合魔法であるビークロイド・コネクション・ゾーンが持つ強力な効果破壊耐性と併用を狙った採用なのだろう。実際、これでジャンボドリルの除去はかなり難しくなった。

 そしてエンドフェイズになったことで、リミッター解除の攻撃力アップ効果が切れ、同時に破壊効果が適用される。が、ジャンボドリルはビークロイド・コネクション・ゾーンで召喚されたモンスター。破壊はされず、そのままこの場に残った。しかし何の耐性もないエクスプレスロイドはそのまま破壊される。

 

《スーパービークロイド-ジャンボドリル》 ATK/6000→3000

 

 これで翔のフィールドには、トラックロイドとジャンボドリルの2体か。実質ジャンボドリルは除去できないが、しかしグラヴィティ・ウォリアーにの攻撃力は大きくあちらを上回っている。何とか突破して翔のライフを削り切らなければならない。

 本来なら翔を元に戻す方法を取りたいのだが、いまだその目途は立っていない。なら、今はこれまでと同じように勝つぐらいしか俺に出来ることはない。

 忸怩たる思いが胸に宿る。しかしどうすることも出来ないまま、俺はデッキに指をかけた。

 

「俺のターン! ……《貪欲な壺》を発動! 墓地の《ブライ・シンクロン》《ビッグ・ワン・ウォリアー》《カード・ブレイカー》《スポーア》《スピード・ウォリアー》をデッキに戻し、2枚ドロー!」

 

 手札が0だったので、貪欲な壺はありがたい。早速その効果によってデッキから2枚のカードを引くが、そのうちの1枚を見て俺は僅かに頬を緩めた。

 それは、なんとも懐かしいカードだった。というのも、元の世界でもシンクロ登場初期に発売されたカードだったからだ。そういえば今のデッキに入れていたっけ、とそんなことを思ったところで。

 

 ――いや、待てよ。

 

 ふと、俺はあることを思いついた。このカードならば、ひょっとして翔を元に戻せるのではないか、そんな可能性に思い至ったのだ。もちろん俺の考え通りになってくれるのなら、という条件付きではあるが……。

 しかし何も手がなかった頃と比べれば雲泥の差である。なら、今は試すしかない。藁にもすがる思いってのはこのことだな、と思わず微苦笑が浮かんだ。

 そうと決まれば、まずは勝利へと繋がる下準備を整える。

 

「《ライトロード・マジシャン ライラ》を召喚! そして効果発動! このカードを守備表示にし、相手フィールド上の魔法・罠カード1枚を破壊する! ミスト・ボディを破壊!」

 

《ライトロード・マジシャン ライラ》 ATK/1700 DEF/200

 

 白い法衣を纏い、金色の装飾に身を包んだ女性魔術師。手に持った杖を構えて静かに詠唱を始めると、その呪文によって翔の場に存在していたミスト・ボディはガラスが割れるように破壊される。

 それと同時にジャンボドリルを覆っていた靄も消え去った。これで戦闘破壊耐性はなくなったというわけだ。

 さて、これで全ての準備は整った。それを確認し、俺は最後に残った手札に手をかける。

 

「翔……十代とお前とは、入学以来ずっと一緒だった。お前は俺にとって大事な友達だ。俺がどれだけそう思っているのか、お前に教えてやる!」

 

 言って、俺は手に持ったカードを翔に突きつける。そのカードは、ジャンク・ウォリアーが拳をこちらに向けたイラストが特徴的な、シンクロモンスターがいなければ発動できない除去カード。

 

「魔法カード《精神同調波》を発動! このカードは俺の場にシンクロモンスターが存在する時、相手モンスター1体を破壊する! ――頼む、スターダスト!」

 

 俺の声に応えて、スターダストが大きな咆哮を上げる。

 それは目に見えて空気を揺らすほどの衝撃となって翔の身を襲う。だが、それにしては周りに被害が出ていない。カード名通り、精神にのみ影響しているということなのだろう。

 そしてカード名の通りであるということは、俺の考えも実行に移されるはず。

 

「う……ぅぐ……」

 

 翔が頭を押さえて苦悶の声を漏らす。だが同時に俺も不思議な感覚にとらわれていた。自分の中の記憶がまるで走馬灯のように脳内を駆け巡っているのだ。

 どうやら俺の予想は正しかったようだ。思わずにやりと口角が持ち上がった。

 これこそが俺がこのカードに賭けた理由だ。精神同調・・・・というその名前から、俺はこう思ったのだ。このカードなら俺が抱える気持ちをダイレクトに翔に伝えられるのではないか、と。

 無論、通常ならそんなことは不可能だろう。だが、ここは精霊が実体化して住まう異世界だ。ここならカード効果が現実に影響を与えたとしても不思議ではない。

 だが確証がない以上、やはり賭けだった。しかし、今の様子を見るに、賭けには勝ったようだと俺は悟る。

 俺はこれまでの記憶を流し続ける自分の頭に意識を傾け、努めてアカデミア入学以降のことを考えるようにする。

 特に、十代や翔、隼人、明日香に三沢、万丈目……数えきれない友人たちに向けた気持ちを中心に。

 

「目を覚ますんだ、翔! お前はそんな支配に屈するほど弱くはないはずだ! この二年でお前は強くなったはずだろう!」

 

 言葉では、伝えられることに限界がある。言葉に出来ない思い、というものは確実に存在するのだから。

 だがこれなら、余すところなく伝えられる。俺がどれだけ翔たちとの時間を楽しく思っていたか。どれだけ、翔の身を案じているか。

 

「ぐ……遠也、くん……」

「翔! カイザーの弟として、お前は強くなった! けど、それだけじゃないだろ! カイザーを超えるんじゃなかったのか、翔!」

 

 お兄さんの後ばかり追ってはいられない。決意を滲ませ、それでも明るく笑いながらそう言った翔。その翔が、簡単に屈していいはずがない。そして、屈するはずがない。

 その信頼を気持ちに乗せて、翔へと届かせる。

 

「う、ぅう……!」

 

 翔が一層強く呻き声を上げて頭を振った、その時。精神同調波の効果によってトラックロイドが破壊される。轟音と、爆炎。それらがフィールドを覆い翔の姿は煙の中へと消える。

 しかし、その衝撃が翔の中で本来の意識が目覚めるきっかけになったのか、煙が晴れた先に立つ翔の顔には、幾分かの生気が戻っているように見えた。

 

「とおや、くん……! う、頭が痛い……!」

 

 そこにどろりと濁った虚ろな表情は既にない。だが、いまだデュエルゾンビの影響が残っているのだろう。痛みにこらえる姿は、生きていることを感じさせてくれるが痛々しくて仕方がない。

 ならば、デュエルに勝って真に翔を解放する。それこそが、俺が今できることだ。

 

「待ってろ、翔……! バトル! グラヴィティ・ウォリアーでジャンボドリルに攻撃! 《超重力十字爪(グランド・クロス)》!」

 

 グラヴィティ・ウォリアーの鋭い爪が力強く振られ、ジャンボドリルを一撃の下に抉り伏せる。爆音を響かせて倒されたジャンボドリルと、そこから高々と跳躍してグラヴィティ・ウォリアーが戻ってくる。

 

 

翔 LP:4000→1000

 

 

 これで、翔のフィールドはがら空きだ。俺はスターダストを見上げ、最後の指示を言葉に乗せた。

 

「最後だ……! スターダスト・ドラゴン! 翔の目を覚まさせるために、頼む! 響けッ――《シューティング・ソニック》!」

「ぅ、うわぁあああ!」

 

 

翔 LP:1000→0

 

 

 スターダストの口から放たれた攻撃が翔の身体に直撃することはなかった。さすがにまともに受けては、馬鹿にならないダメージとなってしまうだろう。ゆえに身体の近くを通らせたのだが、それでも人の身体を吹き飛ばすには十分な衝撃があったようだった。

 俺は倒れ伏した翔に近寄る。呼吸があることを確認し、どうやらこれまでの疲れもあって意識が落ちただけだとわかり、ほっと胸を撫で下ろした。

 ちなみにスターダストの攻撃はこの部屋の壁に直撃したのだが、びくともしていない。Sin サイバー・エンドの攻撃でも駄目だったことから予想はしていたが、面倒な障壁を張ってくれたものだ。

 その時、デス・ベルトが光を放つ。

 

「ぐッ……!」

 

 エナジーが抜き取られ、身体から力が抜ける。これで、既に今日だけで8回エナジーを抜き取られたわけだ。

 もしデス・デュエル中なら今頃とっくにお陀仏だな、と苦笑する。十代との戦いのときにコブラがエナジーの収集率を下げていてくれて、本当に助かった。

 俺は倒れそうになる身体に活を入れ、翔の身体に触れる。エナジーを抜き取られたはずだが、翔も無事だ。なら、早い所ここから出て鮎川先生のところに行かなければ。きちんと休まなければ、回復するものも回復しない。

 そう思って翔の身体を持ち上げようとするが、しかし身体に力が入らない。すると、突然すとんと下がる視界。どういうことかと下を向けば、なぜか俺は膝をついていた。

 いつの間に、とそう疑問に思った直後。今度は上半身が地面に倒れ込む。しかし今は寝ている場合ではない。そう考えてどうにか身体を動かそうと試みるが、ぴくりともしなかった。

 まるで自分の身体が自分のものではない感覚に、溜め息が漏れる。そして、まいったな、と小さく呟いた。

 

「はやく……もどら、ないと……」

 

 十代、パラドックス、ヨハン、万丈目……皆の顔が浮かんでは消える。徐々に黒く染まる視界の中、俺は鮮やかな金色の髪を幻視した。

 

 マナ、心配してるかな……。

 

 また無理をするなと怒られるかな。その場面を想像して苦笑を浮かべた俺の視界が、ついに真っ黒に染まる。

 瞼に閉ざされた視界の中、本当にまいった……、ともう一度だけ心の中で呟いて、俺の意識は闇の中へと落ちていった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 食糧保管庫に行き、しかし何も持たずに帰って来たパラドックスとマナに、十代たちは揃って怪訝な顔になった。しかも一緒に行ったはずの遠也がいないため、余計に奇妙に思えた。

 何かあったのだろうか。いやしかし遠也ほどの実力者がいてまさか……。そんなふうに心の中で様々な考えを巡らせる彼らにだったが、十代が代表して二人に問いかける。

 何かあったのか、と。そしてそれに返ってきた答えは、彼らを一人残らず驚愕と混乱の中へと叩きこんだのである。

 

 食糧保管庫の手前で会ったのは行方不明中であったマルタン。そのマルタンが自分こそが今の事態の黒幕だと暴露し、更に翔を操ってデュエルを強要。遠也がそれを受けたことでデュエルをすることになったが、マルタンによってパラドックスとマナは締め出されたという。

 そして現在、その部屋はマルタンが不思議な力によって張った障壁によって中に入ることが出来ない、と。

 二人の話によれば攻撃力4000のモンスターが攻撃をしたというのにビクともしなかったという。その話を聞いて全員が唸る。一筋縄ではいかない状況であることを強く実感したのだ。

 そんな中、万丈目が案を出す。

 

「なら、俺たち全員で行って総攻撃をすればどうだ? それなら……」

「それは駄目だよ、万丈目くん」

 

 きっぱりと否定され、万丈目は言葉を詰まらせる。

 己の意見が途中で早くも却下されたことに普段の万丈目なら食って掛かっただろう。しかし、今の万丈目はそうはしなかった。何故なら、否定したのが遠也の恋人であり最も遠也のことを考えているであろうマナだったからである。

 マナは今のやり取りで集まった全員の顔を見渡し、己の主張をぶつけた。

 

「ここには沢山の生徒がいるんだよ。でも、誰もが今の状況に立ち向かえているわけじゃない。ここが手薄になったら、生徒の皆が不安になる。それに、デュエルゾンビが押し寄せてこないとも限らないんだよ。そうなった時、ここの皆を守りきれなくなったら意味がないよ」

「意味がないって……遠也を助けられるんだぜ、意味はあるだろ」

 

 マナの物言いに十代が言うが、しかしマナは首を振った。

 

「遠也が言ったの、『助けはいらない』って。『皆を守ることの方が重要だろ』って」

 

 その点に関してはマナも同じ思いだった。確かに、ここには戦う気力のない人もいる。実力がそれほど高くない人もいる。そんな人たちを放って、たった一人のために戦力を動員するのは間違っている。

 余裕があるならそれもいいかもしれないが、今はそんな状況でもないのだ。なら、遠也の言葉は正しい。それはマナにもわかることだ。

 たとえ感情が納得していないとしても。

 

「……だから、今はもう休もう。皆も色々あって疲れてる。特に十代くんたちは砂漠に出ていたんだから。遠也のことは、しっかり休んでからだよ」

「あ、マナ!」

 

 言うべきことは言った、と言わんばかりにマナは立ち上がって十代たちの元から離れて行く。向かったのはトメさんのところだった。何か話しているのを見るに、配給の手伝いの件だろう。

 それを見送った十代たちは、どこか釈然としないものを感じながら沈黙を保つ。

 そんな中、オブライエンが口を開いた。

 

「……遠也の意見は正しい。俺たちはこれだけの生徒を抱えているんだ。しかも、今は夜。迂闊に動いて全員を危険には晒せない」

「オブライエン! けどさ……!」

 

 十代がいきり立って立ち上がる。しかし、オブライエンはそんな十代に言い聞かせるように言葉を続けた。

 

「落ち着け、十代! 親友のことを気遣うお前の気持ちはわかる。俺とて、遠也にはそれなりの友情を感じているのだからな。しかし、だからといって今すべきことを見失ってはいけないと言っているんだ」

 

 だけど、と十代は反論しようとしてはたと気づく。オブライエンが悔しげに口元をひき結んでいたことに。

 それを見て言葉を飲み込んだ十代。そのタイミングを見計らって、ヨハンが十代の肩を叩いた。

 

「十代。遠也を助けに行きたい気持ちはここにいる全員が一緒だ。だが、俺たちにはいま責任って奴があるのさ」

「責任?」

「そうだ。俺たちは今回の件で先頭を切って走ってきた。そして皆はそんな俺たちに渋々かもしれないがついて来てくれているんだ。なら、俺たちには彼らに応える責任がある」

 

 ヨハンの言葉には力があった。何としても彼らを守ってみせるという強い意志が。

 しかし、それを聴いても十代は納得しきれなかった。何故なら十代はそんなつもりで先陣を切っていたわけではないからだ。ただいつも通りに自分がやりたいようにやってきただけだった。なのに、責任と言われてもよくわからなかったのだ。

 そんな当惑した様子の十代を見かねたのか、ジムが十代に声をかける。

 

「ヘイ、十代。遠也は俺にとってもfriendだ。気持ちはわかるさ。けどな、彼女の姿を見ても我が儘を言えるか?」

「え?」

 

 そう言ってジムが指で示した先には、ちょうどこれから配給を始めようとしているトメさんたちがいた。そこで、マナは笑顔を見せて生徒たちの前に立っている。遠也がいない状況に一番堪えているのは、マナであるはずなのに。

 十代はその姿にぐっと息を呑む。マナの方がつらいだろうことは、あまり頭がよくないと自負する十代とてよくわかった。しかし、そのマナが遠也のことは後回しにしている。本当はすぐにでも助けに行きたいことは想像に難くないのに、だ。

 そんな十代の横で、ヨハンとジムが言葉を交わす。

 

「強いな、マナは」

「ああ。遠也のことを一番気にしているだろうに、皆の前でそんな姿を見せない。不安がらせたくはないんだろう。並みのことじゃない」

 

 二人の言葉に、全員がトメさんの横で食事を配るマナを見る。食糧を持って来れなかったことでかなり質素な食事になってしまっているため、マナに不満げな視線を向ける生徒もいる。

 しかし、マナはそれに笑顔で対応して皆の不満を和らげようとしている。それも遠也が自分よりもみんなのことが最優先だと言っていたことに起因するのかもしれない。

 マナや遠也と特に付き合いが長い万丈目や三沢に剣山といった面々は、そんなマナの姿を見て何もできない現状に悔しそうに目を伏せる。

 そして明日香は、十代の横に立って優しくその肩を叩いた。

 

「明日香……」

「十代、あなたのその真っ直ぐさはあなたの良いところだわ。私だって、遠也や翔君のことを今すぐにでも助けたい。けど、だからってあのマナの姿が間違っていると思う?」

 

 十代はそう言われて再びマナを見る。遠也のことなど気にしていないかのように、笑顔で皆に接する姿を。

 いや、それは違う。違うのだと、十代は自分でも理解できるようにゆっくり考える。マナは気にしていないんじゃない、今にも溢れ出しそうな気持ちに蓋をして我慢しているだけなのだ。

 よく考えればわかるようなこと。そんなことに気づかないほどに、自分は焦っていたらしいと気づく。

 遠也に、翔。自分と特に親しい二人がいなくなったことで、思った以上に動揺していたらしかった。それを悟り、十代はよし、と頬を軽く叩いて気持ちを切り替える。

 そして、明日香に向き直った。

 

「サンキュー、明日香。俺も、今自分が出来ることをやるぜ」

 

 その力に満ちた声に、明日香は満足げに頷いて微笑んだ。

 

「ええ、頑張ってね」

 

 それに力強く「ああ」と答えて十代は前を向く。皆それぞれが気を引き締めてこの事態に臨もうとしている、その姿。

 それを見届けて、パラドックスはくるりと踵を返した。

 

 

 

 

 

 夜、十代たちはやはり疲れがたまっていたのだろう。僅かに気が緩んだだけで眠りにつき、今は明日への英気を養っていた。

 それは他の大多数の生徒たちも同じことだった。そうして静かに過ぎる体育館の夜だったが、そんな中ある生徒三人組が体育館の扉を開けて外に出て行った。

 ブルーの生徒二人とイエローの生徒一人で構成された彼らは、言ってみれば現状に不満を持っているという点で共通する仲間同士だった。

 特に食べ物。育ちざかりの彼らにとって、夕飯がまったく足りないどころか腹の足しにすらならない程度のものだったことが、腹に据えかねていたのだ。

 その点で意気投合した三人は、外に出ることを決めた。運が良ければゾンビにも会わずに食糧保管庫まで辿り着けるんじゃないか。そんな楽観的な思考が彼らの頭の中を占めていたのだ。

 少し考えればその可能性が非常に低いことに気付いただろうに、空腹は彼らから余裕と思考能力を奪っていた。彼らにとって、食べ物にありつける可能性があるならそれでよかったのだろう。

 そういうわけで、三人は今体育館を出てその扉を抜けた先に築かれているバリケードを目指していた。天井近くまで積み上げられたそれさえ乗り越えれば、食べ物が待っている。

 その甘い希望に三人は目を輝かせ、バリケードへと向かっていく。

 しかし、その手前に立つ人影。それに気づいて三人の足は小走りとなって、やがて止まった。

 

「どこへ行く」

 

 そこに立っていたのは、長身で、長い金髪とところどころに入った藍色のメッシュが特徴的な一人の男。

 その男を、三人は遠目に見たことがあった。皆本遠也や遊城十代と共にいる男であり、アカデミアの人間ではない外部の人間。確か名前はパラドックスといったはずだと、思考を手繰る。

 が、そこまで考えてそんなことはどうでもいいと三人は頭を振る。それよりも、食べ物を手に入れる方が先決なのだ。

 そこに考えが至った時、目の前に立つ男が突然憎らしく思えてきた。ただ自分たちは食べ物が欲しいだけなのに、なんでこいつは邪魔をするんだ。別にいいじゃないか、外に出るぐらい。

 そんな自分勝手な思考に行き着いた彼らは、口々にパラドックスに罵声を浴びせはじめる。

 

「この馬鹿、俺たちの邪魔をするな!」

「こっちは腹が減って気が立ってんだ!」

「どけよ! デカブツ!」

 

 そんな口汚い言葉の数々を浴びせられたパラドックスは、ひどくつまらないものを見るように彼らを見ると、右腕に着けたデュエルディスクに1枚のカードを置いた。

 そして現れるのは、バリケードと同じ高さにまで身をかがめた漆黒のドラゴン。少々身体を縮こませていても、その纏う風格に陰りはない。

 いきなり高レベルのドラゴンを目の前にした彼らは、先程までの威勢を完全になくして戸惑っていた。

 

「れ、真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)!?」

「な、なんでそんなレアカードをこいつが!」

「う、うあ……」

 

 そんな彼らの声に反応するように、レッドアイズがその赤い眼に彼らを捉える。それに、ひぃと短く悲鳴を上げて三人ともが一歩下がる。

 そんな彼らに、パラドックスは一言だけ声をかけた。

 

「失せろ、貴様らに許すのはそれだけだ」

 

 同時にレッドアイズがその口から小さく炎を吐き出す。それを見て一気に恐怖が脳を支配したのか、三人は悲鳴を上げながら今来た道を戻っていった。

 それを見送り、パラドックスはレッドアイズのカードをディスクから外す。それによって消えていくレッドアイズを見つめ、パラドックスはバリケードの先に向かって声をかけた。

 

「――あんな奴らでも守ってやるとはな、奇特な奴だ」

 

 皆を守ることの方が重要だというが、果たして今の三人は本当にそれ程の価値があったのか。パラドックスはそのことを疑問に思うが、別段どうでもいいことかと割り切って鼻を鳴らした。

 いずれにせよ、もうあんな奴の相手をするなど真っ平というのがパラドックスの本音だった。今のも、本当なら手を出したくはなかった。だが、下手な行動はマナを危険にさらす可能性があったからパラドックスはその原因を排除するために動いたのだ。

 マナに危険が及ぶのはパラドックスにとって面白くないことだった。何故なら、それではちゃんと送り届けたことにはならないからだ。

 遠也がマナの無事を確認するまでは、ちゃんと送り届けたとは言い切れない。頼んできた相手がそれを確認して初めて、あの時の頼みは果たされる。パラドックスはその高いプライド故に、自分自身にさえ厳しかった。

 ふぅ、と一つ呼気を吐く。

 こんな面倒事からは早く解放されたいものだ。そう内心で呟いて、パラドックスはいかにも不機嫌そうに体育館へと戻っていくのであった。

 

 

 

 

 



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第66話 進行

 

 遠也が戻ってこないまま迎えた朝。十代たちはやはり姿が見えない友の姿に気を落としていたが、それを感じさせないように皆の前では振る舞っていた。

 

 今はただでさえ非常事態。生徒たちの精神も、不慣れかつ危険と隣り合わせなこの環境の中でだいぶ参ってきている。そんななかで不安な顔をしていれば、一気に彼らの気持ちも負の方向へと傾いてしまうことだろう。

 だからこそ、何か思うことがあっても十代たちは何でもないように見せるしかなかった。良くも悪くも彼らは目立つのだ。その彼らが率先して不安の色を出すわけにはいかない。

 

 十代は内心そのことを少し煩わしく思うが、必要なことだとわかっているので否はない。ただ、昨日の時点でそれが出来たマナのことが十代には気がかりだった。

 自分と同じかそれ以上に心配しているだろうマナは大丈夫なのだろうか。

 視線の先では、マナが怪我から回復して目を覚ましたレイに遠也の姿がないことを静かに説明している。レイが遠也の姿がないことに疑問を持ったからだろう。驚いた顔をするレイに向けるマナの顔には、やはり少しの陰りが見えた。

 それを見て、十代は思う。やっぱりマナも遠也のことが心配でたまらないのだと。そして、改めて思った。なんとしても、この状況を打開して元の世界に戻ってみせると。

 もちろん、戻る時は全員一緒だ。そう気持ちを新たにしていると、そんな十代にヨハンが声をかけてきた。

 

「十代、クロノス先生の生徒数チェックが終わったぞ。昨夜の時点で体育館にいた生徒は全員いるってさ」

「そうか、よかった」

 

 知らずいなくなっていた人間がいないことに、十代はほっと息を吐く。この異常な状況で単身離れてしまう危険は、十代にだってわかることだった。

 しかし、胸を撫で下ろした十代とは対照的にヨハンの顔は厳しいものだった。

 

「……いないのはゾンビ化したと思われる生徒たち。そして、遠也とマルタンだけだ」

 

 その言葉を聞いて、喜びを見せていた十代の表情も曇る。

 ゾンビ化した生徒たちはもとより、遠也とマルタンの名がその表情をさせたのだ。

 遠也については言わずもがな、昨日からどうなったのかが分かっておらず心配が尽きない。更にマルタンについては、以前から行方不明となっており特に仲が良かったレイが気にかけている生徒であった。

 しかしそのマルタンに、マナとパラドックスは昨日食糧保管庫の前で会ったという。そしてその時の話によれば、現在の事態の元凶は自分であると語ったらしい。

 友であり仲間の安否、そしてマルタンの言葉。いったい何がどうなっているのか、十代たちは頭を悩ませているのだった。

 そんな時、二人のもとにジムやオブライエン、万丈目に剣山といった面々が集まってくる。パラドックスも、現時点での情報を知るためかその輪に加わろうとやってきた。

 更に、女性陣――マナと明日香に付き添われてレイも十代のところに来る。そして不安げな目で十代を見上げた。

 

「十代さん、遠也さんとマルっちは……」

 

 自分を見上げる瞳に心配の色を見てとり、十代は一瞬言葉に詰まる。

 マナと明日香が上手く説明してくれたのか取り乱すことはしていないようだが、それでも思い人と友人の無事がわからないことはレイに負担をかけているのだろう。まして、友人であるマルタンが今の状況に一枚噛んでいると聞けば、レイの性格なら気に病まないはずがなかった。

 それを察し、十代は努めて笑みを見せる。少しでも安心してほしいという彼なりの気遣いだった。

 

「大丈夫だって、レイ! 遠也もマルタンも、何とかしてみせる。すぐに前みたいに一緒にいられるようになるさ!」

 

 根拠はない。だが、明るくそう言い切った十代の姿には、何故かそう思わせる不思議な魅力があった。

 レイもそれを感じたのか、十代の言葉に微かな笑みを見せる。それは他の面々にも同じであったようで、勢いのいい言葉にヨハンやジム、オブライエン達もふっと気を緩ませた。

 

 ――その時。

 

『あー、テステス。ふふ、なーんてね。聞こえるかい、遊城十代。それに生き残った生徒諸君』

 

 突如体育館内のスピーカーから響いてきた声に、館内にいる誰もがおもむろに顔を上げる。

 その中で、特に今の声に強く反応したのは六人。十代、ヨハン、レイ、それにマナとパラドックス。最後にナポレオン教頭。この中で前者五人にはある共通点があった。

 

「この声、加納マルタンか!?」

 

 それは、マルタンの声を聴いたことがあるということ。

 無論それだけならもっと多くの人間に当てはまるだろう。しかし、彼の声に意識を傾けて聴いた者、という意味で考えればその数はぐっと少なくなる。

 十代とヨハンはレイの友達ということで一度会っているから記憶に残っていた。マナとパラドックスはつい昨日に聞いた声だ。その出会いが衝撃的だったこともあってよく覚えている。レイに関しては言わずもがな。友人の声を聴き間違えるはずもない。

 そんな中、学園でも特に接点がなかったナポレオン教頭が反応したのは意外と言ってもよかっただろう。しかしその顔に浮かぶ驚愕と心配、そして安堵の感情は、注意深く見る者がいればこの場の誰よりも深いものであると感じたに違いない。

 その稀有な六人の中で驚きの声と共に名を呼んだ十代に、マルタンは『へぇ』と感心したような声を漏らした。

 

『そういえば君も僕と会ったことがあるんだったね。ふふ、そうだよ十代。君の言う通り、僕は加納マルタンだ』

 

 含み笑いと共に十代の誰何に肯定を返す。スピーカーから聞こえてきたその返答に、ナポレオン教頭やレイは大きく目を開いて驚きを表した。

 

「マルっち……! どうして、こんなことを……」

 

 信じられないといった様子でレイがマルタンを呼ぶ。レイにとってマルタンとは内向的で押しが弱いという印象の男の子だ。とてもではないがこんな大事を起こせるとは思えない。

 それゆえの言葉だったのだろうが、しかしマルタンはそんなレイの心配とは裏腹に、返ってきたのはまったく平静な声だった。

 

『マルっちはやめてほしいなぁ。これでも僕はこのマルタン帝国の王なんだからさ。もっとも、臣下はゾンビばかりだけどね』

 

 最後には軽く自嘲するような響きも持たせた気負いのない声ものぞかせる。

 そして同時に、マルタンはどうやってかこちらの状況をリアルタイムで把握しているようだと誰もが悟る。十代の誰何、レイの言葉、それらに的確な返答をしたのがその証拠だった。

 言葉が聞こえているなら話は早い。そう判断した十代は、早速自分の中から溢れる勢いに従って口を開いた。

 

「マルタン! マナとパラドックスからお前が黒幕だったことは聞いたぜ! 遠也と翔はどうしたんだ!」

『ああ、あの二人かい? そんなことは知らないよ。まぁ、おおかた二人仲良くゾンビにでもなってるんじゃない? いくら彼が強くても、何度も蘇るゾンビ相手に長く持つわけがない』

 

 それに、とマルタンは付け足す。

 

『デス・ベルトがあるから、勝ち続ければ疲労でどちらかは死んでしまう。お優しい皆本遠也に、友達を殺すことは出来ないだろうね』

 

 つまり、遠也が翔を生かすためには負けるしかないということ。ならば、遠也は負けるだろう。友人を大事に思う姿を知ったればこそ、マルタンの言う推測がその通りだと十代たちにも思えてくる。

 しかし、それは友達を思う尊い心があるからこそだ。自分たちの間に紡がれている友情、それあっての行動に違いない。

 ならばそれは決して薄ら笑いを浮かべて嘲るようなものではない。今のマルタンのように。

 十代は思わず虚空に響くマルタンの声に視線を鋭くさせる。まるでその場にマルタンの姿が見えているかのように、明確な対象への気持ちが現れた目であった。

 

『やだな、そんなに見つめないでくれよ十代。……いいよ、君の気持ちは分かった。君がどうしても彼らを救いたいなら、僕と賭けをしようじゃないか』

「賭けだって?」

『そう。僕は皆本遠也と丸藤翔の身柄。それから、君たちが手にし損ねた食糧も賭けようか。見返りは多い方がやる気が出るだろう?』

 

 食糧。

 その単語を聞いて、体育館中からざわめきが起こる。誰もが少ない食事に不満を持っていたからだ。

 これまで多くの生徒は、現状を思えば仕方がないと無理やり自分を納得させてきた。しかし、マルタンに勝てば食糧が手に入る。無理に少ない食事にする必要もなくなるのだ。

 その可能性は彼らにとって抗いがたい魅力にあふれていた。そのため、誰もが表情に期待を込めてマルタンの声に耳を傾ける。

 大多数がすっかりマルタンのペースに乗せられている事態にオブライエンが小さく舌を打つが、誰も気づくことはなかった。

 

「こっちが賭けるものは何だよ。あいにく、出すものなんか何もないぜ」

『そうだなぁ……じゃあ、君たちが確保している発電施設。あれがいいな』

「発電施設?」

 

 十代の頭の中に、校舎にほど近い場所に建つ鉄塔が浮かぶ。

 実は一年生の頃、十代はその発電施設に入ったことがあった。生徒たちを生け贄にして人間界に現れようとした《サイコ・ショッカー》を倒すことがその目的だった。

 発電施設の膨大な電力を利用して半実体化したサイコ・ショッカーには苦戦したものだと十代は当時を振り返る。休みの間の出来事であったので、本土に戻っていた遠也は知らない事件であった。

 その発電施設だが、校舎と共に異世界に来てから一度だけ十代たちは様子を見に行っている。しかし施設は大部分が砂に埋もれ、それによって故障してしまったのかウンともスンとも言わなかったのだ。

 つまり、現状あそこは使い物にならないのだ。修理に必要な部品も十分ではなく、専門の知識を持つ者もいない状況にいるのだから。

 

『悪くない条件だと思うけど?』

 

 マルタンが答えを促してくる。

 確かに悪くない条件だと十代は唸る。今のところ使いどころがない施設ならこちらに痛みは少なく、それで遠也や翔、食糧が手に入るのなら受けるべきだろう。

 だが、上手すぎる話だと十代は訝しむ。マルタンにメリットが少なすぎる気がするのだ。

 となれば、マルタンの狙いはなんだろうか。これほどまでの譲歩は、まるで俺たちが賭けを受けてくれないと困るみたいな――、

 

「何を悩んでるんだ、遊城!」

「そうだ! 早く返事をしろよ! 食いモンが手に入るんだぞ! わかってんのか!」

 

 なかなか答えを出さない十代に痺れを切らせたのか、多くの男子生徒が十代をせっつくように怒声を上げる。

 それにヨハンが落ち着けと呼びかけているが、どれほど効果があるかは疑わしい。それほどまでに空腹は彼らから余裕を奪っていた。

 十代は何かマルタンの意図に思い当たったような気がしたが、これ以上時間をかけるわけにもいかないと悟ってひとまず思考を切り上げる。賭けの前に内部から崩れては意味がないのだ。

 ジムなどは「電力の確保の可能性はまだある。遠也たちのことはあるが……発電施設は正直惜しい」と十代に言うが、しかし今の生徒たちや遠也と翔のことを考えれば、この提案を否定するわけにもいかないというのが十代の本心だった。

 だから十代は「わかった」と答える。が同時に、「ただし」と付け加えた。

 

「そっちが提案した賭けを受ける以上、こっちの提案も受けてもらうぜ!」

『へぇ、言ってみなよ』

「俺が提案するのは勝敗を決める方法さ。その方法は……デュエルだ!」

 

 当然とばかりに十代が言えば、スピーカーの向こうでマルタンは笑い声を漏らした。

 

『ふふ、君ならそう言うと思ったよ十代。いいよ、それじゃあ僕は正面玄関の先に相手を用意しておこう。その相手に勝てば、賭けは君たちの勝ちだ』

「その言葉、忘れるなよ!」

 

 そのやり取りを最後に放送は切れる。これによって、遠也と翔、それに生徒たち全員の悲願である食糧の確保が懸かったデュエルが行われることが決定した。

 もしこれで負けでもしたら、本当に暴動となりかねない。それほどまでに生徒たちはこの状況に追い詰められている。

 あらゆる意味で負けるわけにはいかない勝負。そのことを再認識し、十代たちは一層気持ちを引き締める。そんな中、ナポレオン教頭だけは動揺を隠せない面持ちで虚空を見つめ続けるのだった。

 

 

 

 

 そしてマルタンの放送からすぐ、十代たちはまだ無事な生徒を連れて正面玄関へと向かった。

 当初は少数の代表者だけを連れていくつもりだったのだが、ゾンビ生徒たちの姿が外に全く見えないことから急きょ大勢での移動と相成ったのだ。

 十代たちは彼らを連れていくことに渋ったが、食糧のことなどで気が立っている彼らは自分たちも勝負を見届けると言って聞かなかった。無理やり押さえつけて従わせることも出来たが、それをすると今後に甚大な悪影響を残す可能性がある。

 そのため、結局十代たちが折れて彼らも連れていくことにしたのだ。ゾンビたちがいればそれを理由に突っぱねることも出来たが、いないためにその理由もあまり効き目を持たなかったのだ。

 

 そうして通路を歩く中で、オブライエンは胸の中で疑念が大きくなっていくのを感じていた。

 正面玄関までのゾンビを排除してまで、自分たちを外に連れ出す理由とは何か。それに、こちらに利がありすぎる賭けの条件も気になる。

 こちらとしては大多数の生徒の意思もあり、従うしかないわけだが、しかしこうまでして今回接触してきたのは何故なのか。

 単に自分はこれほどの力があると誇示したいだけなのか。それとも、何か他に理由があるのか……自分たちを外へと出させたい理由……。

 そこまで考えてオブライエンはハッとした。ゾンビとなった生徒たちを排除し、それによって生徒たちの危機意識を薄れさせる。それによって食糧の行方が気になって仕方がない生徒たちが、ついていくことを主張するのは想像に容易い。

 となれば、俺たちは多くが外に出ることとなり中は手薄になる。つまり、マルタンの狙いは学園の中……もしくはマルタン自身が言っていた発電所。発電所は正面玄関からはほぼ反対方向だ。これが囮だとすれば、自分たちを反対方向へと移動させることは理に適っている。破格の条件は、ただのエサか。

 

「ッ十代!」

 

 それに気づいたオブライエンは、自分が思い至ったマルタンの意図を伝えようと十代に声をかける。

 

「どうしたんだよ、オブライエン」

 

 正面玄関を目の前にしたエントランスホール。そこで突然呼び止められた十代はオブライエンに振り返る。

 オブライエンは十代に近づくと近くにいた現状の中心人物全員を招きよせてゆっくりと歩く。そして、他の生徒たちに聞こえないように三人に自分の考えを語った。

 手短に話したオブライエンの言葉に、ヨハンとジムは難しい顔になる。オブライエンの語った推測は確かに納得がいくものだったからだ。

 となれば、このまま外に出るのは危険だろう。これが囮だとすれば、相手の目的は時間稼ぎだ。早々に開放してはもらえない事態になるはずだ。

 しかし。

 

「……厄介だな。わかっていても、俺たちは外に出るしかない」

「ああ。ここで引き返すなんて言ったら、皆が暴動を起こすぞ。今だって、食糧が手に入ると聞いて目がまるでBeastのようにギラギラしているんだ」

 

 そんな状態の彼らに、引き返すとは言えない。冷静に考えれば敵の術中にはまることへの恐ろしさがわかろうものだが、その冷静さが彼らにはない。食糧を得られるかもしれない可能性を投げ捨てるなんて言えば、たちまち彼らは統制を失って暴走するだろう。

 いま彼らが十代たちに大人しくついてきているのは、ひとえに十代たちがアカデミアで指折りの実力者だからだ。自分たちよりもデュエルに勝てる確率は高いと踏んだから従っているにすぎない。

 だからこそ、ここでデュエルを放り投げてしまえば、あとはもう収拾がつかない事態になることだろう。そうなれば本当に終わりだ。ゆえに、この賭けを受けないという選択肢は既にない。

 そしてその懸念を同じく抱くオブライエンは、ヨハンとジムの言葉に深く頷いた。

 

「ああ。無論こちらの考えすぎならそれでいい。だが、合っていた場合は最悪だ。マルタンの狙いは判らないが、学園内のどこかに向かうはず。一番可能性が高いのは発電所だが……」

 

 しかし、実際にどこを目指しているのかはわからない。ゆえに下手な行動を起こすことは出来ない。別行動をとるのも今の状況では危険である。

 どうしたものか。オブライエンが逡巡していると、突然十代の足元から「にゃー」と場違いなほどに平和な鳴き声が響く。

 全員が下を見れば、そこには十代の足にじゃれつくレッド寮の寮監でもある猫、ファラオがいた。

 

「ファラオ!? お前までついてきてたのか?」

 

 この大移動に紛れていたことに驚きながら言えば、不意にファラオから懐かしい声が響いて十代の耳を打つ。

 

『十代くん。マルタンくんのことなら、ファラオについていくんだにゃ』

「今のって……」

 

 二年前、何度も聞いた恩師の声。どうやら自分以外にも聞こえたらしく、聞き覚えのない声にヨハンたちは首を傾げている。驚いているのは他に、明日香と万丈目、それにクロノスとナポレオンの四人。レイも知っているはずだが、会ったのは短い期間だったのであまり覚えがないようである。

 そしてその声を発したファラオは、一瞬気を逸らした十代の足元を離れて走り出した。

 

「あ、お、おい!?」

 

 走り出したファラオに十代が戸惑いの声を上げると、ファラオのすぐ後に続いて走り出す男が現れる。

 

「な、ナポレオン教頭! どうしたノーネ!?」

 

 そう、ファラオの後を追って走り出したのはナポレオン教頭だった。突然の行動にクロノスは驚き、生徒たちの多くもいきなりのことに戸惑って教頭たちを止めることをしない。

 

「あの猫とマルタンは我輩に任せるのでアール! そっちのことは頼むのでアール!」

 

 いきなりの行動に驚いていた面々も、その言葉で我に返る。そういえばナポレオン教頭はマルタンの放送を聞いた時から様子がおかしかった。あまり気に留めていなかったが、それがこの行動に繋がったのだとすればそれが原因なのだろうが……しかし、無謀にもほどがある。

 それがわからない教頭ではないだろう。つまり、それだけ教頭にとってマルタンは特別な存在だということだ。間違いなく、二人には何らかの関係があると見ていい。

 そう考えればナポレオン教頭がこんな行動に出るのも分かるが、だからといって孤立してはマルタンをどうこう以前に教頭の無事すら危うい。

 

「ああもう、俺はナポレオン教頭を追う! 皆は遠也たちのことを!」

 

 十代はそう告げて走り出す。ファラオから聞こえた声。それは間違いなく大徳寺先生のものだった。先生がついていけと言った以上は、何か理由があるんだろう。恐らくはマルタンに関係することで。

 そう思考を巡らす十代だったが、背中に誰かがついて来ている気配を感じた。振り返れば、そこには追随して走るレイの姿があった。

 

「レイ!? おまえ、なんで……!」

「遠也さんのことは、気になるけど……。でも、マルっちはボクの友達なの! 友達がいなくなるのは、もう嫌だからっ――だから、ボクも行く!」

「レイ……」

 

 必死の形相で言うレイの脳裏に誰が思い浮かんでいるかなど、今更改めて問うまでもないことだった。

 去年、行動を共にしていた仲間が一人いまだに目覚めないことは、十代にとっても忘れられない事実である。そしてその眠り続ける彼女はレイにとって親友だった。だからこそ、友を失う恐怖をレイは誰よりもわかっているのかもしれない。そんなことを十代は思う。

 もし俺が同じように遠也を失ったら。一瞬そんな不謹慎な想像が浮かぶが、すぐに十代は頭を振って今の思考を追い出す。縁起でもないし考えたくもない想像だったが、しかしだからこそ実際にそれを体験したレイの気持ちを考えてしまう。

 だから、十代はただレイに向けていた視線を前に戻す。そして「遅れるなよ!」と一言かけると、レイはすぐさま「うんっ!」と返事をして十代に続く。

 そうして二人はすぐにナポレオン教頭に追いついた。ナポレオン教頭の体格は背も低く太り気味であるため、追いつくだけならば容易かったのだ。

 

「ナポレオン教頭! あんた一体マルタンとどんな関係なんだ!?」

「教頭、マルっちの放送を聞いている時も少しおかしかったですよね?」

 

 走り続けることも考え、教頭のペースに合わせて並走する十代とレイ。二人がそう尋ねると、ナポレオン教頭はぐっと言葉に詰まったが、やがて今更隠しても仕方がないと判断したのか重い口を開き始めた。

 

「……マルタンは、血を分けた我輩の実の息子なのでアール」

「…………ぇえ!? 息子ォ!?」

「でも、マルっちの名字って加納……」

 

 外見からはあまり想像できない繋がりに、十代が驚きの声を上げてレイがその名字が異なることに疑問を持つ。

 ナポレオン教頭はレイの疑問に「マルタンは別れた妻に引き取られたのでアール」と沈みがちな声で答える。別れたということは、色々あったということだろう。二人はそのことを慮り、それ以上突っ込んで聞くことはしなかった。

 教頭はマルタンのことを常に気にしていたが、妻に会うことを止められていたためこれまで頻繁に会うことは出来なかったらしい。しかしマルタンは進学先にデュエルアカデミアを希望し、ようやく日常的に目にすることが出来るようになったのだとか。

 とはいえ、やはり妻からの言葉もあり、教頭はマルタンとの接触を最低限に抑えていたようだ。それは、教師として息子だからという理由で生徒を優遇していると見られないためのものでもあった。

 しかし、一番大きな理由は――。

 

「……我輩は怖かったのでアール。もし長く放置してしまったことを息子に責められたら……息子に憎まれていたらと思うと、とても息子の前に立てなかったのでアール」

 

 だが、今こうしてマルタンがとんでもないことを起こしてしまったことに、教頭は本気で悔いているという。もっと自分が気にかけていれば、あるいはマルタンを止められたのではないかと。

 それこそが父としてすべきことではなかったのか、と後悔が募ると教頭は言う。

 

「しかし、もう恐れないのでアール。息子を救うためならばたとえ火の中水の中なのでアール!」

 

 その決意で、ファラオの後を咄嗟に追いかけたのだという。

 強い意志を秘めた目で走る教頭に、十代は大きな共感を覚えた。十代だって、遠也は皆を助けるために今こうしているのだ。対象が違うだけで、教頭の言葉は自分にも当てはまる。そう思った。

 

「へへ、カッコいいぜ教頭先生! なら、さっさとマルタンを見つけて止めてやらないとな! 先生は親として、俺は先輩としてさ!」

「あは、じゃあ、ボクは友達としてだね!」

「ムッシュ十代、マドモアゼルレイ……」

 

 二人の名前を感慨深げにつぶやき、ナポレオン教頭はこの事態になってもマルタンを責めない二人に深く感謝した。

 息子の周りには息子のことをこれほど考えてくれる者がいる。それがどれだけ得難いものであり、恵まれたことなのか。今すぐ息子に話したい。教頭は一層マルタンを何とかするという思いを強くした。

 その時、前を走るファラオの口からピンポン玉ほどの大きさの光る球がふわりと浮いて十代の隣に並ぶ。

 そしてその光の球は、やがて見覚えのある男性の姿へと変化していった。

 

『お話し中失礼するにゃ。十代くん、久しぶりだにゃ』

 

 長い黒髪を後ろで束ね、細い目は小さな眼鏡で覆われている。シャツにネクタイという格好も十代が知るそれと変わっていなかった。

 レイとナポレオン教頭は、すわ幽霊かと身構えたが、十代にとっては忘れられない恩師である。

 

「大徳寺先生……! なんで先生が!? 先生はあの時死んだはずじゃ……」

 

 十代にとって大徳寺は既に死んだはずの男だった。

 一年生の頃、三幻魔をめぐるセブンスターズ事件の中で、実は敵の一味であった大徳寺と十代はデュエルをしてこれに打ち勝った。

 しかし大徳寺の身体は既に滅びており、ホムンクルスを利用して生きながらえているだけだった。そのためデュエルで敗北した大徳寺は身体に限界が来て、死亡。それが十代が知る大徳寺の最期だったはずなのだ。

 しかし、大徳寺は言う。自分は完全に死んだわけではなかったのだと。

 

『私が死んだとき、天に昇るはずだった魂がファラオに食べられてしまったんだにゃ。それからはずっとファラオのお腹の中にいたのにゃ。……とまぁ、積もる話はまた今度。今はマルタン君のことだにゃ』

「先生が、なんでマルタンのことを?」

 

 十代が尤もな疑問をぶつけると、大徳寺は『実は』と前置きをして話し始めた。

 曰く、ファラオが見聞きしたことは中にいる大徳寺にも伝わるらしい。そして、実はファラオはゾンビ化した生徒たちに見つかっても何もされない稀有な存在だと大徳寺は言う。

 それというのも、ファラオはデュエリスト以前にそもそも猫であり、例え見つかってもデュエルが出来ない動物を彼らは気にも留めないらしいのだ。当然と言えば当然である。

 しかし、ファラオの中には大徳寺がいる。天才と称された頭脳を持つ人間が。

 そのため、ファラオが行く先々で大徳寺は多くの情報を掴んできたらしい。その中にはマルタンに関するものもあり、またマルタン本人の近くまでファラオが行ったこともあるようだ。

 その時にファラオはマルタンの匂いを覚えた。今ファラオはそれを探して走っているというわけだと大徳寺は語った。

 

『もっと早く伝えられれば良かったんにゃけど、ファラオは私が外に出るとすぐにまた食べてしまうんだにゃ。今はファラオも本能的に何か感じるのか、自由にさせてくれているけどにゃ』

「そうだったのか……」

 

 大徳寺の言葉に納得した十代は、先行するファラオを見る。ファラオは時おり頭を左右に揺らしながらひたすら走っている。恐らくはマルタンの匂いを探しながら走っているのだろう。まさかファラオがこれほど頼りに思えるなんて、と十代は小さく笑った。

 

『あ』

 

 唐突に大徳寺が声を上げ、どうしたのかと思う前に十代も大徳寺が声を上げた理由を知る。

 ファラオが突然曲がり角を曲がり、一目散に走りだしたのだ。今は先ほどまでのように頭を振ってはいない。つまり。

 

『マルタンくんの匂いを見つけたようだにゃ。さぁ、行くにゃ十代くん!』

「わかったぜ、先生! ナポレオン教頭、レイ! 行くぜ!」

「うむ!」

「うん!」

 

 その声に力強く答えを返す二人に頷きを返し、十代たちはファラオの後を追いかける。

 幸いと言うべきだろう、道中にデュエルゾンビと化した生徒たちの姿は見かけない。十代たちはこの機を逃してはならないとばかりに通路を走り抜け、ただただファラオの姿を見失わないように気を付ける。

 今頃は既に遠也たちと食糧を賭けたデュエルも始まっているはずだ。ヨハンたちはヨハンたちで頑張ってくれているはず。なら、自分もこちらでしっかり出来ることをこなさなければ顔向けできない。

 なにより既に自分たちを含めた多くの生徒にとってこの状況は限界なのだ。今の状況を生み出したのがマルタンであるとするなら、マルタンをどうにかすることでこの世界から抜け出す突破口になるかもしれない。少なくとも、可能性はゼロではない。

 なら、何が何でもマルタンを止めてみせる。俺たち自身のため、ナポレオン教頭のため、レイのため。必ずやり遂げてみせると十代は地を蹴る足に力を込めた。

 

 やがて十代たちは校舎を飛び出し、外に出る。やはりあちらは囮で発電施設が狙いだったのかと十代は考えるが、よく見れば周囲には何もなく、発電施設がある場所とは方角が違う。

 ならばマルタンの狙いとは一体? そう怪訝に感じたところで、先を走るファラオが「にゃー!」と強く鳴いた。ハッとして顔を上げれば、そこには砂漠の中で佇む小さな人影が一つ見えた。

 徐々に鮮明に、近づいていくその人影。ラーイエローの制服に、黒いマント。小柄な身体はレイにとっては見慣れたもので、十代にとっても見覚えがあった。

 

「――マルタンッ!」

 

 間違いなく、加納マルタン。十代たちはついにマルタンの元へとたどり着いたのだった。

 

「へぇ、まさか僕のところに君が来てくれるなんてね、十代。君が僕を求めてくれるだなんて、本当に嬉しいよ」

 

 必死に追ってきた自分たちとは全く異なる、余裕の笑み。さすがの十代もその表情には眉をひそめた。

 遠也と翔を一体どうしたのか。賭けの話は一体どうなった。なんでここにいる。

 聞きたいことは色々あった。しかし、十代はそれを口にしない。それよりもまずマルタンと話すべき者がいることを先ほど知ったからである。

 口を開かない十代のそんな気持ちを察したのか、件のマルタンと話すべき者――ナポレオン教頭は一歩マルタンへと歩み寄った。

 

「マルタン……一体どうしてしまったのでアール。こんなことは止めて、我輩のところに帰ってきてほしいのでアール」

「………………」

 

 いくらかトーンが低い、必死の懇願。しかし、そんなナポレオン教頭の言葉にマルタンは何も返さない。それどころか先程までの笑みを消し、無表情になってしまっているほどだ。

 そのことにナポレオン教頭の心は痛んだ。しかし、それも仕方がないと自嘲する。これまで妻に止められていたとはいえ、息子を放ったらかしにしていたのは紛れもない事実なのだ。その罪を教頭は自覚していた。

 しかし、だからといってそのままでいたくはない。許されるなら、再び親子として……。

 その思いから、ナポレオン教頭は言葉を続ける。

 

「我輩は臆病だったのでアール。お前に憎まれているかもしれないと思って、正面に立てなかった……しかし、今なら我輩は言えるのでアール。お前は我輩の大切な息子でアール! お前が苦しんでいるなら、たとえ何があっても我輩がお前を守る!」

「ナポレオン教頭……」

 

 真摯な決意を込めた言葉に、レイは教頭の強い意志を知る。

 これほどまでに息子を思う教頭の言葉は、他人であるレイをしても心に響くものだった。これならマルタンも、とレイは希望を抱く。

 

「これまで父親らしいことをできなかったことを許してもらおうとは思わないのでアール。けれど、これからお前の父として我輩は全力で――」

「ふふ、茶番だね。今更そんなことを言っても、もう遅いよ」

 

 しかし、レイの希望は露となって消える。

 マルタンはナポレオン教頭の言葉に全く感じることなど無いように、冷笑でもって応えたのである。

 これにはナポレオン教頭もやはりショックだったのだろう、「マルタン……」と力なく呟くとその力を入れていた肩が徐々に下がっていった。

 

「マルっち、本当にどうしちゃったの……?」

 

 自分が知る姿とは全く変わってしまったマルタンを、窺うようにレイは見る。

 もともとマルタンはそれほど明るい人間ではなかった。どちらかというと暗く、そして自分の中に不満を溜めてしまうネガティブな人間だったとレイも思っている。

 しかし、だからといって他人を傷つけることに愉悦を覚える人間ではなかった。むしろ相手の心を気遣うことが出来る人間だった。でなければ、何故しつこく構おうとする自分に付き合ってくれていたのか。

 マルタンはレイが自分を心から案じていると察したからこそ、強く拒否することはなかったのだとレイは思う。それはきっとマルタンの優しさの表れだったのだろう。

 しかし、今目のマルタンにそんな様子は見られない。そんな戸惑いの目を向けるレイの前で、マルタンは異形のものと化した左腕を掲げて陶酔したように声を発した。

 

「もはや何も僕には意味を為さない。ここで僕は更なる力を手に入れる!」

 

 直後、掲げた左腕を勢いよく振り下ろして地面に突き刺す。

 その瞬間、突き刺さった左腕を中心に吹き荒れる風。それによって大地を覆っていた砂が吹き飛び、赤茶色の地面が姿を現した。

 そして、マルタンはその地面に刺さった腕を駄目押しとばかりにぐっと突き入れる。

 それによって現れた変化は顕著だった。突き入れられた箇所から人など簡単に呑み込める亀裂が生じ、更にアカデミアを巻き込むほどの大きな揺れが一帯を襲い始めたのだ。

 

「な、なんだ!?」

 

 次第に大きくなっていく地震に、十代は体勢を整えつつ困惑の声を出す。

 そして発生した地震がひときわ強くなったと思った瞬間、岩盤を突き破って地中から巨大な七つの柱がせり上がる。

 マルタンや十代たちがいるところを中心に円を描くように突き出たそれらは、いわゆるエジプトのオベリスクというモニュメントの形をしている。

 そしてそれは、十代にとって非常に見覚えがあるものでもあったのだ。

 

『十代くん、ここは三幻魔が封印された場所の真上だにゃ!』

「や、やっぱこれって三幻魔の時の!? けど、三幻魔は俺と遠也が倒したはず……」

『確かに、十代くんと遠也くんのおかげで三幻魔は倒されたにゃ! けど、忘れたのかにゃ、十代くん! 三幻魔は再び封印されただけだったんだにゃ!』

「げ、そういえばそうだったっけ!?」

 

 三幻魔の事件に十代と同じく関わりを持つ大徳寺が、この場所の危険性を十代に伝える。十代に見覚えがあるのも当たり前だ。なにせここは一年生の最後に、遠也と共に三幻魔を倒したその場所だったのだから。

 そんな十代と大徳寺の会話を観察するように見ていたマルタンは、興味深そうにそれを見る。しかしやがて大徳寺への視線を強くすると、その眼光を鋭いものに変化させた。

 

「……変わった友達を連れているね、十代。だが、邪魔だ! 消えろ!」

 

 その両目から光が放たれ、その光は大徳寺の全身に余すことなく降り注ぐ。その光にいかなる効果があったのかは定かではない。しかし、その光に晒された大徳寺は薄れた身体を更にぼんやりとしたものにさせ、弱々しい声と共にファラオの中へと戻って行ってしまったのである。

 

「先生!」

 

 消えてしまった大徳寺に十代が呼びかけるが、返事はない。

 焦燥を滲ませる十代を満足げに眺め、マルタンは亀裂に向けていた左腕を抜いて立ち上がる。そして一度生じた亀裂の下を見つめると、顔を上げて十代に笑みを見せた。

 

「じゃあね、十代。彼らの力を得て、僕は更に強くなる。君のためにね……ふふふ」

「何を言って……マルタン!」

 

 十代の言葉が終わる前に、マルタンは亀裂の中へと身を投げた。

 慌てて十代が覗きこめば、中にはさらに下へと続く石造りの階段が設えられていた。恐らくは封印されている三幻魔の元へと向かうつもりなのだろう。

 三幻魔は世界を揺るがすほどの力を秘めたカード。その恐ろしさをかつて対峙した十代はよくわかっていた。

 

「くそ、三幻魔がこの世に蘇ったら大変なことになる! レイ、ナポレオン教頭! 俺はマルタンを追う! 二人はこのことを皆に!」

「う、うん!」

「ムッシュ十代! 息子を、息子をどうか……!」

 

 十代の言葉にすぐさま頷いたレイとは違い、ナポレオン教頭は縋るように十代の前で頭を下げた。

 闇の道へと向かう息子を、ただ見ていることしかできなかった自分。そのことに教頭がどんな思いを抱いているのか、十代にはわからない。しかし、マルタンのことを思って頭を下げる教頭の姿に、十代は力強く頷く以外の返答を持たなかった。

 

「ああ、任せろって! 行け、二人とも!」

 

 亀裂の中へと飛び降り、足場を器用に伝いながら十代は階段の中ほどに降り立つ。そしてそこから既に奥へと向かっただろうマルタンを追って十代は走り出した。

 また、レイとナポレオン教頭も十代の指示通りに他の皆の元へと向かうべく走り出す。動き出した事態に対処するには、まずは合流しなければ話にならないと二人ともわかっていた。脇目も振らずに二人はただ皆がいるだろう正面玄関を目指す。

 だからだろう、十代の後に亀裂に入り込んだ人間に二人が気付くことはなかった。外套を揺らして飛び降りたアモンの存在に。

 

 

 

 *

 

 

 

 十代たちと一時別れたヨハンたちは、正面玄関を抜けた先で待っていた三人の生徒を相手にデュエルを始めていた。

 相手は何の変哲もないデュエルゾンビと化した生徒たち。だが、それはつまり倒しても倒しても復活するということである。そのことからもこの賭け自体が時間稼ぎである可能性はより高まるとオブライエンは推察した。

 しかし、始まってしまったデュエルを途中で投げ出すことは出来なかった。そんなことをすれば、食糧が手に入ると信じている生徒たちが暴動を起こす可能性もあったからだ。

 だからデュエルを続けるしかない。オブライエンは後手に回っていることを自覚し、苦々しく思う。

つい先ほどの地震。何かが起こっているのは間違いないのだ。ならば、早々にこの茶番に終止符を打たなければならない。オブライエンは一層その思いを強くした。

 デュエルの相手をしているのはヨハン、ジム、オブライエンの三人。デュエル自体はさすがに各校のチャンピオンというべきか、ヨハン、ジムともに相手を圧倒し、そして今、オブライエンもその手に勝利を掴もうとしていた。

 

「――《ヴォルカニック・エッジ》で攻撃! 《ヴォルカニック・スラッシュ》!」

「うぁ……」

 

 

ゾンビ生徒 LP:1000→0

 

 

 ヴォルカニック・エッジの攻撃が相手生徒のモンスターを切り裂き、ついにそのライフを削り切る。これによってオブライエンの勝利が確定。デュエル・エナジーが抜かれる感覚に眉をしかめたオブライエンに、先んじて相手を倒していたヨハンが声をかけた。

 

「そっちも終わったか、オブライエン」

「ああ。だが、少し待て。最後の仕上げだ」

 

 オブライエンはそう返すと、厚手のズボンに取り付けられた複数のポケットの一つに手を突っ込む。

 そしてそこから太めのワイヤーを取り出すと、それで倒れた生徒三人を拘束し始めた。それを見て、ジムがパチンと指を鳴らす。

 

「なるほど、ワイヤーで三人を縛って行動を封じるのか! 確かにこれなら、復活してきてもデュエルできない」

「そういうことだ。尤も三人という少数が相手だったからとれる方法だが」

 

 そう言うそばから早速三人が目を覚ます。が、身体がワイヤーで縛られているため、ただ砂の上でじたばたともがくだけである。

 どうやら上手くいったようだとその様子を眺めていた三人は一つ息を吐きだし、改めて向かい合った。

 

「……やはりというべきか、勝ったっていうのに音沙汰がない」

「だな。オブライエン、お前の推測は当たっていたらしいぜ」

 

 デュエルを制したというのに、遠也と翔が解放される気配がないどころか、マルタンから何の知らせもない。そのことから二人はオブライエンが事前に語った可能性が現実味を帯びてきたことを実感せざるを得なかった。

 無論それはオブライエン自身にとっても同じこと。二人の言葉にオブライエンは複雑な表情で頷いた。

 

「出来れば当たって欲しくはなかったがな。とりあえず、俺は発電施設に急行する。奴の狙いはそこかもしれない」

 

 わざわざ賭けの対象に向こうから指定してきた場所だ。何かしらの手掛かりがあるかもしれない。

 オブライエンの考えにヨハンとジムも同意し、ならば急がなければと三人は少し離れてデュエルを見学していた仲間たちのところに戻る。そこでオブライエンがやはりこれは囮であり、今から発電所に向かうという旨を伝えた。

 すると、仲間の中から一人、長身の男が前に出た。

 

「オブライエンだったな、発電所に行くなら私が手を貸してやろう。……《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》!」

 

 男――パラドックスがカードをデュエルディスクに置くと、光と共に真紅眼の黒竜が翼をはためかせてその姿を現す。その威容の前で、召喚者たるパラドックスは腕を組んでオブライエンに視線を投げかけていた。

 

「そうか、そういえばあなたはデス・ベルトを着けていないんだったな」

 

 それはつまり、デュエルをしても全く影響がないということ。それにこれほどの強力カードの持ち主であり、遠也曰く実力も高いらしい。ならばいざという時にこれほど頼りになる戦力もない。

 オブライエンは瞬時にそう判断するが、一応は「いいのか」とその意思の確認を行った。すると、パラドックスはその眉を僅かに歪めた。

 

「ふん。遠也が戻ってこないなら、奴に直接聞くまでのこと。乗れ」

「――恩に着る!」

 

 パラドックスがこの場について来ているのは、ひとえに遠也が帰ってくる可能性があったからだ。それがなくなった以上、ここに留まる意味はパラドックスにはない。

 まだ他の場所に行った方が遠也と接触できる可能性は高く、更に言えば首謀者に直接会うのが最も手っ取り早い。それがパラドックスの考えであった。

 オブライエンにその内心を読み取ることは出来なかったが、しかし言葉に含まれる感情からパラドックスの本気を信じたのだろう。オブライエンはすぐに身体を低くした真紅眼にまたがった。

 

「私も行くよ!」

 

 同じくパラドックスも真紅眼に乗った直後、マナが勢い込んで真紅眼の横に浮かぶ。マナもパラドックスと同じく遠也の帰還の可能性が高い故にここに来た者だ。もちろんデュエルをすると言ったヨハンたちや生徒の皆が心配であるという気持ちもあったが……。

 それでも、依然安否がわからない遠也のことをマナが気にしないわけがなかった。その遠也にも関係するマルタンのところに向かうとなれば、否はない。強くパラドックスを見据えると、「勝手についてくるがいい」と言い残して真紅眼が飛び立つ。

 マナもそれに続いて飛び上がり、地上の皆に「それじゃ、いってくるね!」と言い残して真紅眼の後を追って行った。

 それを見届けた地上のヨハンを始めとした仲間たち。彼らもまた早速次の行動へと移った。

 

「よし、俺達も発電施設に急ごう! クロノス先生、鮎川先生!」

「なんなノーネ?」

 

 ヨハンの呼びかけに、クロノスと鮎川が反応を返す。この場で唯一の大人である二人に、ヨハンは正面から向き合って要望を伝える。

 

「お二人は生徒たちが勝手な行動に出ないよう見張りを。それからナポレオン教頭たちが帰ってきたら――」

「ヨハン君、あれを!」

 

 言葉の途中、ヨハンの背中越しに何かを見つけた鮎川が声を上げる。

 それにつられて全員が鮎川が指をさした方向に目を向けた。すると、その先には砂の丘を越えて走ってくる背の低い男と一人の少女の姿が見えた。ともに、この場の誰もがよく知る二人であり、さきほど十代と共に別行動をとった二人だった。

 

「ナポレオン教頭!? レイも!」

「どうしたんザウルス、二人とも!」

 

 明日香と剣山が走ってくる二人を迎えるために近づいていく。そして明日香の前に来た途端、走り続けた疲れが出たのかレイはその胸に向かって倒れ込んでしまう。

 レイの足元にいたファラオが心配そうに鳴き声を上げる。明日香は倒れ込んできたレイを優しく抱き留め、肩を荒く上下させるその姿を見る。隣では剣山も膝をついた教頭の背中をさすっていた。

 そんな明日香たちにヨハンたちも追いつく。そして同じくレイと教頭を見ると、やがて明日香の腕の中にいるレイは息も切れ切れながら必死に何かを話そうと口を動かした。

 

「み、みんな……実は……」

 

 ずっと走り続けだったからだろう、呼吸の合間からこぼれるような言葉で、レイは必死に自分が見てきた脅威を語る。そしてその内容に、全員が驚愕に目を見開いた。特に明日香や万丈目、三沢やクロノスはより顕著だった。

 後者の全員に共通すること、それは一年生時に起こったある騒動に関わっているということである。十代や遠也などここにいない彼らも深く関わった一年生時に起こった騒動――あわや世界の危機という状況にまでもつれ込んだ、かの名高き三幻神に匹敵するとまで言われる究極のカードの一角。

 すなわち、三幻魔。ある一人の老人の夢から始まった、二年度前の終わりにアカデミアで起こった未曾有の災厄。かつてはその災厄が世界に放たれる前に事態を収めることが出来たが、今もまたそれが出来るとは限らない。

 その脅威を正しく認識しているのが、明日香、万丈目、三沢、クロノスである。何せ彼らはその目で三幻魔を見ているのだ。そして、カードから生気を吸い取って力を増していく様も見ている。冷や汗が頬を伝うのは仕方がないことだろう。

 そして彼らのそんな様子は実際に三幻魔の脅威に触れていない者たちにも伝染する。三幻魔とはやはりそれ程の脅威なのだと間接的ではあるが悟り、ヨハンは力強く声を発した。

 

「急ごう、皆!」

 

 短い掛け声に誰もが重々しく頷き、走り出す。目指す場所はもちろん、オブライエン達が先行しているであろう発電所であった。

 

 

 

 

 ひとまずは生徒たちに落ち着くよう呼びかけると言って、ナポレオン教頭と鮎川先生は残ることとなった。

 ナポレオン教頭は特に走ってきて著しく体力を消耗しているのが原因だった。体型からわかるように運動は苦手らしく、疲れた身体でついていっても逆に迷惑をかけるだけと判断したようだった。

 同じく鮎川も体力も持久力も乏しい自分ではついていけないだろう、と言った。それならここで自分に出来ることをすると苦笑気味に主張したのだ。

 そのため二人を残して、ヨハン、ジム、万丈目、三沢、明日香、レイ、剣山、クロノスらは一路発電所へと向かった。

 発電所は正面玄関からはほぼ反対方向であり、その途中ではデュエルゾンビと化した生徒たちとのデュエルが予想されていたが、不思議とデュエルゾンビ達意に出遭うことはなかった。

 あるいは外を移動してきたのが良かったのかもしれない。校舎の中であれば、デュエルゾンビはたくさん残っているだろうからだ。

 ともあれ、なんの妨害もなくヨハンたちは迅速に発電所へと辿り着くことが出来た。これは間違いなく僥倖であった。

 そうして目の前に迫った発電所を見れば、どこか様子がおかしい。ヨハンらの記憶では発電所は使い物にならない施設であり、電気は全く生成できていないはずなのだ。

 しかし、いま発電所内の鉄塔同士を繋ぐ電線には電気による光を確認することが出来る。しかも、その光は人間の顔を映しているようにしか見えなかった。

 もしや……。そんな期待を胸に、彼らは発電所の中へと飛び込んでいった。

 

「オブライエン! パラドックス! マナ!」

 

 施設内で電線を見上げていた三人の背中に声をかけると、三人は揃って振り返る。見慣れた三人の元に駆けよると、早速万丈目が状況がわからないゆえの困惑を見せつつ口を開いた。

 

「一体どうなっている。あの電線に浮かぶ顔は何だ?」

「それが、わからないの。私たちが来てすぐに施設が復旧したみたいで、あれが映し出されて。たぶん、さっきの地震が原因だと思うんだけど……」

 

 万丈目の言葉に同じく困惑していたのだろう、マナの言葉も明瞭とは程遠かった。

 更にマナによると、施設復旧後に映像が映し出された途端、パラドックスが近くの機器を弄って直してしまったらしい。最初はノイズもひどく映像も途切れ途切れだったのだという。

 パラドックスは元々科学者であり、この時代の機械の修理程度ならばそれほど苦労することもない。

 ちなみにパラドックスが修理をした際、ならば最初から故障した発電施設を直してくれればとオブライエンは思ったが、もともとこの学園の関係者ではない者に責任を押し付けるべきではないと思い直して口を開くことはなかった。

 パラドックスが発電施設の復旧をしなかったのは、まず自分がPDAなどを使うことがなく自分に影響がなかったこと。そして異世界に来たという特異な現象から、施設がそもそも復旧可能な状態であるか疑問だったこと。なにより自分がそこまでする義理はないと判断したことにあった。

 確かに自分だけでは異世界からの脱出は容易ではないだろう。しかし、決して不可能というわけではないとパラドックスは思っていた。

 パラドックスは他の生徒と違ってデス・ベルトを着けておらず、デュエルに制約はない。更にその所有するモンスターは強力無比なものばかり。加えて自身も最高級の科学者であり、時間さえかければ帰還できるという自信があったのだ。

 十代たちに協力的なのは、単に一番それが手っ取り早いからだ。しかし絶対ではない以上、こだわる必要もない。そのうえ他人任せな多くの生徒を好意的に見れないパラドックスは、彼らのためにそこまでしてやる気にはなれなかったのである。

 しかしこうして目の前に脱出のためのヒントが転がり込んでくれば話は別だ。パラドックスは自ら修理に乗り出し、これに成功。声を聞き取ることすら困難だった映像を、かなり鮮明な状態にまでもっていったのである。

 

『聞こえておらんか!? そちらの声は届いておる! アカデミアの生徒の誰かではないのか!?』

「この声、そしてこのご尊顔……!」

 

 映像を見上げる皆々の中、三沢は信じられないとばかりの響きを声に乗せて一歩前に出た。

 映像に映っているのは、白衣を纏った一人の老人。しかしそれは今の三沢にとっては恩師ともいうべき学問の師匠の姿に他ならなかった。

 

「ツバインシュタイン博士! 三沢です、三沢大地です! こちらはデュエルアカデミア! 発電施設の中です!」

 

 歓喜を滲ませて声を張り上げると、映像の中でツバインシュタイン博士が目を見張るのがわかった。

 元の世界にいるだろう人間と交流が成り立っている。この事実は、全員の心に希望の灯をともすには十分なものだった。

 

『おお、三沢君! 君も異世界に行っておったのか! しかしそうか、アカデミアに合流できたのじゃな』

「はい! ですが博士、一体どうやってここに通信を……?」

 

 三沢が当然と言えば当然の疑問を投げかける。

 異世界に通信を寄越すなど、そうそうできることではない。今の科学力では異世界の存在を観測することすら危うかったのだ。それがいきなり通信を交わすなど、通常できることではない。

 

『うむ、それについてはワシだけでは無理だったろう。しかしI2社と海馬コーポレーションが惜しみなく技術を貸してくれたおかげで今回の試みは成功したのじゃ』

「I2社とKCが……!?」

『そうじゃ。特に海馬コーポレーションが現在試験中と噂だった新エネルギー理論による設備は大変すばらしいものじゃったぞ。それより三沢君、この通信がいつまで続くかもわからん。早速本題に入らせてもらう』

「本題、ですか?」

 

 三沢の声に、ツバインシュタインは頷く。

 

『そう、すなわち諸君を元の世界に戻す方法じゃ』

 

 その発言に、誰もが目を見開いてざわりと驚きの声が溢れる。ただ一人、パラドックスの感心したような「ほう」という声だけが目立って響いた。

 そして自失から返ってきた三沢が、興奮したように声を大にする。

 

「も、元の世界に戻れるんですか!?」

『理論上は、の』

 

 その後に続くツバインシュタインの説明は、まさに驚きのものであった。

 曰く、《レインボー・ドラゴン》の力によって異世界とこちらを繋ぐ穴を作り出す。それがツバインシュタインが出したこの世界からの脱出方法である。

 先日、ペガサスはついにレインボー・ドラゴンのカードを作るために必要な石板が眠る場所を特定したというのだ。それによって大きな力を秘めたレインボー・ドラゴンのカードを作り出し、その力で以って世界の壁に穴を開ける。そしてその穴を広げ、穴を通って元の世界に戻ってきてもらうというのが大まかな内容だ。

 誰が聞いても荒唐無稽な話。それはもちろん、彼の弟子である三沢にとっても同じことだった。

 

「そんな無茶な……本当に成功するんですか?」

『成功する確率は40パーセント近い数値をはじき出しておる。これが現状最も信用のおける方法なのじゃ。そしてこの方法を取るためには、まずそちらに《レインボー・ドラゴン》のカードを送らねばならん』

 

 ツバインシュタインは言う。そのためには、大きなデュエル・エナジーが必要であると。

 実力者同士がぶつかり合った時に発生するそのエネルギーでカードが通れるほどの小さな穴を作り出す。そこを通してカードを送るので必ず受け取ってくれとツバインシュタインは言った。

 

『まずはアカデミアの屋内テニスコートに行け! あそこには海馬コーポレーションが試験中の通信デュエルシステムが設置されておる。それを使ってこちらが用意した相手とデュエルをしてもらう。指示は追って出す、まずはテニスコートに行くのじゃ!』

「博士……わかりました!」

 

 三沢は力強く頷き、早速テニスコートに向かおうとする。

 しかしその前に映像から『ちょっと待ってくれ』と声が聞こえてきて動かそうとしていた足を止めた。

 

「あれは……」

「エドだドン!」

 

 ツバインシュタインに続いて映像に出てきたのは、灰色のスーツに身を包んだ銀髪の少年。明日香と剣山が思わず声を上げたとおり、エド・フェニックスの姿がそこにあった。

 そのエドは、どうにも納得が出来ないといった顔でいる。そして訝しげな声を出した。

 

『十代と遠也の声が聞こえないが、何かあったのか?』

 

 その声に誰もがはっとして苦しい顔になる。確かに、その二人はここにはいない。特に遠也は安否すらわからない状態だ。

 十代も三幻魔の封印を解こうとするマルタンを追っているという。どちらも非常に危険な状態にある可能性は高かった。

 しかし、わざわざ心配をかけることはないだろう。その思いから、ヨハンが明るく声を出した。

 

「大丈夫! あいつらはちょっと席を外しているだけさ!」

『それならいいんだが……』

 

 それでもエドは渋っていたが、やがては納得したのか『気を付けて行ってきてくれ』とだけ言葉を残した。

 ヨハンが言った「大丈夫」は、彼ら自身が言い聞かせる言葉でもあった。あの二人なら、大丈夫。ヨハンたちは改めてそう心の中で信じ、顔を上げてアカデミアの校舎を見た。

 

「行こう、テニスコートへ!」

 

 

 

 *

 

 

 

 その言葉を皮切りに、彼らは全速力でテニスコートを目指す。

 そんな中、ヨハンは不謹慎ではあるとわかっていながらも喜びを胸の内に感じていた。

 

(レインボー・ドラゴン……ついに、ついにお前と会えるのか!)

 

 ヨハンにとって、レインボー・ドラゴンは待ちかねていた存在である。宝玉獣たちと試行錯誤して作り上げてきたデッキ。無論いまの布陣に不満などはない。しかしそれでも、ヨハンのデッキには決定的な切り札が存在しないというのもまた事実なのだった。

 しかし、そんな弱点ももうすぐなくなる。レインボー・ドラゴンが加わることで、ついにヨハンのデッキである【宝玉獣】は完全な姿を見せることになるのだ。

 

(十代、遠也……早くお前たちとデュエルがしたい。宝玉獣たちの真の力を、お前たちに見せたいぜ!)

 

 その時を思うと、ワクワクする気持ちを抑えられない。十代と遠也、あの二人とデュエルして、レインボー・ドラゴンを加えた自分のデッキについて語り合えたら、どれだけ楽しいことだろう。

 そしてその時は、既に遠い未来にあるものではない。あと少しで実現できるものなのだ。

 だから。

 

(必ず、全員で元の世界に帰る! そうだろう、十代、遠也!)

 

 決意を胸に、ヨハンは走る。肩を並べて並走する仲間たちと共に。

 絶対に元の世界に戻るんだという意思を込めて、ヨハンは強く地を蹴った。

 

 

 

 *

 

 

 

 さすがに移動人員が多いため、モンスターを利用しての移動はできなかった。そのため走っての移動(マナだけは飛んでいるが)となったのだが、校舎の中に入ってからが問題であった。

 そう、校舎の中にはデュエルゾンビと化した生徒たちが沢山いたのである。彼らは揃ってデュエルディスクを構えて不気味に近づいてくる。

 これは誰かが応戦して足止めをするしかないか。そう誰もが悲壮な決意を固めたその時、パラドックスはただ一言「邪魔だ」と言い放って生徒たちを蹴散らすと彼らの包囲網に穴を作った。

 普通の人間であれば通路にひしめくほどの数の人間に突っ込んだら、体勢を崩したり転倒してそれどころではないだろう。しかし、パラドックスは全く意に介していないようで、これには戦士として自身を鍛えてきたオブライエンも素直に舌を巻くしかなかった。

 そんな中マナは「そういえば遠也がパラドックスはサイボーグだって言ってたよーな……」と呟くが、幸いと言うべきか誰にも聞かれなかったようである。

 

 ともあれそういうわけで、結果的に一行は誰も犠牲を出すことなくテニスコートまで至ることに成功する。

 雪崩れ込むように中に入ると、三沢は早速ツバインシュタインと通信を繋ぐ。そして他の面々は通信デュエルシステムの設備だと思われる装置がテニスコートの脇に置かれているのを発見していた。

 それを見た三沢はすぐにその装置をコート中央を囲うように配置することを指示。力仕事であるため、男勢がそれに従って動き始めた。

 そして三沢は、通信デュエルシステムの操作を行うコンソールの前に行き、あちらとの通信を繋ぐ。

 

「博士! テニスコートに着きました! 指示を!」

『よいぞ、三沢君! ではまずドーム部分を開き、システムを起動させるのじゃ!』

 

 その指示に頷き、三沢はシステムを動かす準備を始める。そして話を聞いていた明日香とレイ、そしてマナがそれを手伝う。

 ドームが開き、曇り空が姿を現す。その開いたドーム部分の正面にテニスコートが縦に伸び、そのコートを囲うように成人男性の3倍はあろうかという巨大な黒鉄のモニュメントが配置されている。

 その様子を見届け、三沢はついにシステムの電源スイッチを押しこんだ。

 

 ――それによって、ついにシステムが動き出す。

 

 ドームの枠を形作っている鉄柱部分からせり出した数本の突起。恐らくは無線LANに近い役割を持つものなのだろう。そして同時にコート傍のモニュメントから駆動音が響き渡る。どうやら正常に動いたようだと三沢を始め全員が胸を撫で下ろす中。

 

「これは……っ」

 

 パラドックスだけが動揺した声を出す。

 それに、誰もが驚きを表情に現した。常に冷静で一歩引いたポジションにいる男というのが、彼らのパラドックスに対する印象である。その男が、驚きの声を上げた。それは、これまでの印象からは考えられないことだったのだ。

 しかし、そんな彼らの驚きをパラドックスが気にすることはなかった。パラドックスの視線はただ一点、通信デュエルシステムに向かっていて、その他のことなど気にもしていない。

 

 ドーム部分から現れた突起、そしてコートを囲うモニュメント。それらは起動した途端に、輝きを放ち始めた。美しく虹のように煌めく、極彩色の輝きを。

 

「“モーメント”……!」

 

 海馬コーポレーションが試験中の新エネルギー理論。なんとなく察してはいたが、やはりそうなのかと図らずもモーメントの試験運転に立ち会うことになったパラドックスは苦虫を噛み潰したような表情になる。

 本来はまだまだこの技術が確立するのは先のことだ。実際KCも試験中というだけあって、まだその安定稼働は実現できていない。何らかのブレイクスルーがなければとても代替エネルギーにはなれないだろうと言われている。

 しかし、そんなことはパラドックスには関係なかった。モーメントの雛型がここにある。それだけで彼には十分表情を歪ませる原因になるのである。

 

 そんなパラドックスを気にしつつも、迅速に行わなければならない今の事態に誰もが動き出す。ヨハンはコートの前にデュエルディスクを着けて立ち、三沢らは早速通信デュエルを始めるべく仕上げに入る。

 そしてドームの先の空に浮かび上がる元の世界の映像。そこに対戦相手がエドの紹介によって現れる。

 より強いデュエル・エナジーを生み出すために選ばれた、プロの中でも指折りの実力者。すなわち、カイザー亮。その姿を前に喜びと興奮を露わにするヨハン。

 しかし、それをパラドックスはただ無表情で眺めるだけだった。この時代の彼らは、この動力がやがて世界を滅ぼすことを知らない。今その動力を用いてデュエルをすることの、なんと虚しいことか。

 そしてそんなパラドックスの気持ちを理解できる者もまたこの世界にはいない。この気持ちを共有できるのは、ゾーンをはじめとした彼の仲間ぐらいのものだろう。

 だが、そんな彼らでもパラドックスの今の本音を知ることはない。皆本遠也という人間に敗れた今のパラドックスのことを。

 今のパラドックスの姿を知り、そしてモーメントが引き起こす結末を知るのは、たった一人しかいない。

 

 ――遠也、お前なら一体どんな気持ちでこのモーメントを見た?

 

 未来に破滅が待つことを知る遠也なら、自分と同じように複雑な気持ちを抱くだろうか。それとも己とは違う未来の可能性を信じる遠也のことだから、もっと違う何かを感じたかもしれない。

 だがしかし、いずれも本人がいない今は益体のない思考に過ぎない。

 

 ――デュエル!

 

 世界越しに交わされるその宣言を、パラドックスは珍しく茫洋とした感覚の中で聞いていた。

 

 

 

 



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第67話 表裏

 

 マルタンを追って三幻魔が封印されている地下洞窟に入っていった十代は、ただひたすらに走り続けた。十代には、必ず自分は追いつけるというか自信があったのだ。

 それというのも、まず十代とマルタンでは身長と体格ともに十代のほうに分があり、そのうえ運動神経ならばそう簡単に負けないと自負していたからである。

 ゆえに、全力で走り続ければ遠からぬうちに追いつけるはず。十代はそう判断したのである。

 そしてそれは実際にそうだった。今のペースを維持して走り続ければ、十代は余裕を持ってマルタンに追いつける。二人の間にはそれほどスピードの差があったのだ。実際に走る十代にその事実を知る術はないが、その推測は正しいものだったのだ。

 

 尤も、

 

「だぁ、もう! 俺は先を急いでるって言ってるだろうが!」

「でゅえるぅ~」

「でゅえるぅ……」

 

 それは何の妨害もなければの話だが。

 

 走る十代の前に現れたのは、人が二人並んで進むのがやっとの広さに対してぎゅうぎゅうに詰め込まれたデュエルゾンビたち。

 文字通りに立ち塞がった彼らは、どこから出てきたのかその膨大な数によって物理的に十代の足を止めることに成功していた。

 そしてその状況に十代は思わずぎりりと歯を擦り合わせた。そういえばここに辿り着くまでに全くデュエルゾンビに出遭わなかったことを思い出したのだ。

 そう、全くである。正面玄関そばからここまでただの一人も彼らに遭わないなど、今思えば異常以外の何物でもない。

 恐らくマルタンは元から追ってくる者を排除するためにデュエルゾンビたちを集めていたのだろう。そして今、先に進むマルタンを追う何者かを邪魔するために、配置されたデュエルゾンビたちはその命令を忠実に守っているというわけだった。

 ようやくマルタンの思惑に気が付いた十代は、デュエルゾンビと化した生徒たちに会わずに来れたとただ喜んでいたことを悔しく思う。もっと、楽にすぎたこれまでの道程を警戒するべきだったのだ。

 とはいえ、過ぎたことを今更言っても仕方がない。気持ちを切り替えて、十代は険しい顔で左腕のデュエルディスクを掲げた。

 

「悪いけど、一人ひとり相手なんてしてたらこっちがもたねぇ。無理やりにでも突破させてもらうぜ!」

 

 言って十代はデッキからカードを引く。それにつられるように道を塞ぐ彼らもカードを手に持った。

 そして薄暗い洞窟の中、互いのモンスターがぶつかりあう激音が響き渡った。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 一方、先を進むマルタンはこれまでの狭い通路が嘘のように開けた場所へと足を踏み入れることとなった。

 巨大な石柱がドーム状の石窟を支える天然のホールは、まるで待ち構えていたかのようにマルタンを迎え入れる。

 走るのを止めてゆっくりと歩き出したマルタンは、周囲に視線を走らせ、やがてホールの片隅に打ち捨てられているものを発見する。

 それはこの石器時代を思わせる洞窟には似つかわしくない機械。もっとも下の台座と思われる部分を含めたその多くは土に埋まってしまっている。

 土に汚れ、お世辞にも綺麗とは言い難い代物であったが、しかしマルタンはそれを見て暗い喜びをその表情に現した。その機械の中に収められているものこそ、マルタンが望むものであったからだ。

 早速それを手中に収めんとマルタンはそちらに足を向ける。

 そして、すぐにぴたりと止めて自分が来た通路へと振り返った。

 

「――十代かと思えば、君か。アモン・ガラム」

「………………」

 

 マルタンが微かな笑みを滲ませて言えば、その声に応えるように通路奥の暗がりから一人の男が姿を見せる。

 赤く逆立てた髪に、濃い緑の外套。眼鏡の奥から鋭い視線をマルタンへと向け、名を呼ばれたアモンがマルタンを見る。そして次にその足元に目を向け、その進む先に見える鉄製の物体を認めて目を見開いた。

 

「それは……! それの中に、三幻魔のカードが――」

「そうだよ。だけど、君がまさかここまで来るとはね。僕の人を見る目もなかなか……ふふ」

 

 そう言って不気味に笑うマルタンに、アモンは険しい表情になる。

 

「マルタン! いや、名も知らぬ何者かよ! 僕が知りたいことはただ一つ! お前が、ガラム財閥にとって害となるか否かだけだ!」

「なるほどね。じゃあ、もし僕がガラム財閥にとって害になるなら?」

「当然、今ここで僕が叩き潰す……!」

 

 アモンがそう言えば、マルタンは面白いことを聞いたとばかりに声を上げて笑う。アモンは馬鹿にされたと感じるも、苛立ちはその強固な意志で押さえつけて油断なくマルタンを見る。

 そしてそんなアモンを、やはりマルタンは愉快気に見ていた。

 

「君のそのガラム財閥のために自分の全てを投げ捨てる強い意志、感服するよ。いや、正確には君の弟のため、かな」

「っ貴様……!」

「だけど、残念だ。その強い意志は疑いを抱くことない絶対の存在として君の中に確立されている。そう、まるで神のように。――けど、それは本当に君の望みなのか?」

 

 瞬間、アモンの心は激しく乱れた。

 

「何が、言いたい……!」

 

 しかしアモンは己の動揺を悟られぬよう、強い声を発した。しかしそれと同時に何故自分は動揺したのかと考えてしまう。

 自分は弟のために己の全てを捧げると誓った。その誓いに、一片の曇りもない。何故なら、それこそが自分を拾って育ててくれたガラム家への恩返しであり、一時は殺したいと思うほどの憎しみを持った弟への贖罪となるからだ。

 そうだ、だから何も問題はない。アモンは改めてその思いを強くする。ガラム家への恩、そして弟への贖罪、なにより自分を慕う弟のために兄である自分が尽くすのは、当たり前のことなはず。だから、自分はそのために――。

 

「だけどそこに、君自身が願うナニカはあるのかな?」

 

 その言葉に、はっと顔をあげるアモン。

 ガラム家への恩、弟への贖罪、兄が弟のために動く。それは全て、義理であり、罪滅ぼしであり、そして常識的にそうするものであるとアモンが考えているからだった。

 決して、アモンが心の底からこうしたいと願ったわけではなかったのである。

 それに気づいて愕然とするアモンに、マルタンはその異形と化した左腕を掲げた。

 

「デュエルをしよう、アモン。僕に勝ったら、三幻魔のカードを君に譲ってもいい。あれほどの力がある物なら、まだ見ぬ君自身の願いも叶うかもね」

 

 徐々にデュエルディスクの形へと変化していくマルタンの腕。それを見つつ、アモンはその魅力的な提案に抗えない自分がいることに気が付いていた。

 このデュエルは、マルタンの……その中にいる何者かが一体どういう存在であるのかの調査である。

 己の心にそう理由をつけ、アモンはデュエルディスクを展開する。しかしその表情には、彼自身が知らずとも強大な力に対する欲望の色を覗かせた笑みが浮かび上がっていた。

 そしてそれを見てとったマルタンも、アモンの心の奥底に眠っていた心の闇が表出しかかっていることを察し、笑みを浮かべる。

 そうして互いに向き合った二人は、同時にデッキから5枚のカードを手に持った。

 

「「デュエル!」」

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 互いの開始宣言によって始まった世界越しのデュエルに、ヨハンとカイザーはそれぞれ不敵な笑みを浮かべて臨んでいた。

 カイザーはアカデミア時代に同年代最強と噂され、プロとしても音に聞こえた実力者。そのカイザーとこうして相まみえることが出来る。そのことに、切迫した状況に置かれながらもヨハンは喜びを感じていた。

 一方カイザーも、世界で唯一の《宝玉獣》使いであるヨハンとのデュエルに沸き立つ心を抑えられなかった。まだ見ぬカード、戦術。それらと戦うことは、数々のデュエルをこなしてきたプロであるカイザーにとっても興味が尽きない事である。

 十代、遠也、エド、万丈目をはじめとした自身の後輩たち。更にこのヨハンに、ジムにオブライエンにアモン。後者四人の実力をカイザーは知らないが、自らを後ろから追ってくる足音に、先輩として何としてでも応えてやろうと息まく。

 

 もっとも遠也に関しては、後輩ではあっても戦績では勝ち越されており、追ってきているかといわれればそうではない。

 むしろ、自分こそが追う立場であるとカイザーは考える。それは、光の結社事件の際に破滅の光に付け込まれた自分を苦々しく思うからこその考えでもあった。

 あの時、自分を助けてくれたのは遠也である。なのに、どの口がそんな彼を追う者だなどと言えるであろうか。少なくとも、堂々とそんなことを言えるほどカイザーは厚顔ではなかった。

 自分にはまだ力が足りない。だからこそ、カイザーは更に上を求める。後輩の超えるべき壁であるために。そして、一方的に誰かに助けられるような男にならないために。

 そのために、カイザーは研鑽を積んできた。そして今、その成果を見せる時が来たのである。

 エドにこの話を持ちかけられたとき、カイザーは弟である翔が巻き込まれていることもあってすぐに承諾した。加えて多くの後輩たちに恩師、更に十代や遠也に明日香といった仲間たちもいるのだ。放っておけるわけがなかった。

 しかし、このデュエルを引き受けた理由はそれだけではない。カイザーにはあと一つ、譲ることのできない理由があったのだ。それは一種の恩返しともいえるもの。

 

(遠也……あの時の借りを返そう。お前を、お前たちを、必ずこちらの世界に戻してみせる!)

 

 それは、破滅の光に乗っ取られた自分を命がけで助けてくれたという恩。今こそそれを返す時。その強い意志を瞳に込めて、カイザーは映像の向こうでカードを引くヨハンを見つめた。

 

 

ヨハン・アンデルセン LP:4000

丸藤亮 LP:4000

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引き、ヨハンは手札の全てを見渡す。そしてそのうちの1枚を見て僅かに笑むと、それを手に取ってそのままディスクにセットした。

 

「俺は《宝玉獣 ルビー・カーバンクル》を守備表示で召喚!」

『ルビー!』

 

 

《宝玉獣 ルビー・カーバンクル》 ATK/300 DEF/300

 

 

 淡い紫に染まった小さな身体を揺らし、名が示すように赤く輝く目をきりっと吊り上げたルビーがヨハンのフィールドで尻尾を巻きこむようにして丸くなった。

 守備表示、ということだろう。しかしルビーはやる気に溢れているようで、振り返ってヨハンを見る目がどこか責めているようでもあった。

 それを感じ取り、ヨハンは苦笑する。

 

「更に俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 そしてヨハンは「悪いな、ルビー」と小さく謝る。それに気を良くしたのか小さな頭で鷹揚に頷いたルビーは、その視線を相対するカイザーに移す。

 映像の向こうで、カイザーはデッキに指をかけたところだった。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 そしてカイザーも同じく己の手札を睥睨する。そして取るべき戦術を決めたのだろう、不敵に笑う口が開かれ、いかにも楽しそうな声音が世界を越えてヨハンたちへと届けられた。

 

「いくぞ、ヨハン! 俺は《天使の施し》を発動! デッキから3枚ドローし、手札を2枚捨てる! そしてこのカードは相手の場にモンスターが存在し俺の場にモンスターが存在しない時、手札から特殊召喚できる!」

 

 その効果の説明に、ヨハンは「きたか」と小さく呟いて身構える。

 そしてそれは、この場にいる他の面々にとっても同じことだった。相手のフィールドに依存するものの、非常に容易な特殊召喚条件。それゆえ後攻有利の代名詞とでもいうべきカイザーのエース。

 それを近くで見てきた馴染みの面子の内、万丈目が「早速来るか」と声を漏らせば、明日香がそれに「ええ」と返す。

 その直後、カイザーの場に現れたのは機械仕掛けのドラゴンが一頭。

 

「出でよ、《サイバー・ドラゴン》!」

 

 

《サイバー・ドラゴン》 ATK/2100 DEF/1600

 

 

 光と共にフィールドに姿を現したのは、三メートルはあろうかという白銀の機械竜。金属が擦れ合うような甲高い鳴き声を轟かせ、カイザーの相棒がその姿を現した。

 攻撃力2100という値は下級アタッカーほぼ全てを上回ると言ってもいい打点である。召喚権を残したままこのモンスターが出てくる、それこそがサイバー流の基本にして極意であると言えるだろう。

 下級アタッカーをほぼ確実に上回るということは、相手が出したモンスターを先に潰して展開を阻害できるということだ。ゆえに強力。

 しかし、カイザーたる者がそれだけで終わるはずがない。誰もがそう思い、そしてそれはどこまでも正しい考えであった。

 

「更に《オーバーロード・フュージョン》を発動! 自分フィールド上と墓地から素材となるモンスターを除外し、闇属性・機械族の融合モンスターを融合召喚する! 俺は場のサイバー・ドラゴンと墓地のもう1体の《サイバー・ドラゴン》、《サイバー・ヴァリー》を除外!」

 

 墓地のサイバー・ドラゴン、更にサイバー・ヴァリーが一瞬だけフィールドに現れ、場に存在したサイバー・ドラゴンと共に消えていく。

 そして、すぐにカイザーのフィールドに地響きが轟き始める。

 

「現れろ……《キメラテック・オーバー・ドラゴン》!」

 

 

《キメラテック・オーバー・ドラゴン》 ATK/? DEF/?

 

 

 いくつかの穴が開いた巨大な胴体部分。その穴からサイバー・ドラゴンに似た造りをした竜の首が三本、顔を覗かせる。

 サイバー・ドラゴンよりはいくらか黒が混じった鋼の竜。その姿に、昔のカイザーを知る者ほど首を傾げる。しかし、そんな彼らの疑問など置き去りにし、カイザーの行動は更に続く。

 

「キメラテック・オーバー・ドラゴンの攻撃力・守備力は素材としたモンスターの数×800ポイント! よってその攻撃力は2400! 更にキメラテック・オーバー・ドラゴンは素材となったモンスターの数だけ相手モンスターに攻撃を行うことが出来る!」

 

 

《キメラテック・オーバー・ドラゴン》 ATK/?→2400 DEF/?→2400

 

 

「な、なんだって!?」

 

 ヨハンがあまりのことに目を見張る。

 素材となったのは、サイバー・ドラゴン2体とサイバー・ヴァリー1体。つまり合計で3体。となれば、キメラテック・オーバー・ドラゴンは計3回モンスターに攻撃することが出来るというわけだ。

 凄まじいまでの殲滅力。その強力な効果に、ヨハンのフィールドにて丸くなっているルビーも怯んだように身を震わせた。

 

「更に《プロト・サイバー・ドラゴン》を召喚! このカードはフィールド上に存在する限り、そのカード名を「サイバー・ドラゴン」として扱う!」

 

 

《プロト・サイバー・ドラゴン》 ATK/1100 DEF/600

 

 

 更に、とカイザーは続ける。

 

「速攻魔法《サイバネティック・フュージョン・サポート》を発動! コストとしてライフを半分払うことで、俺は機械族融合モンスターを融合召喚する時の素材を全て墓地で賄うことが出来る!」

 

 

亮 LP:4000→2000

 

 

「そして《融合》を発動! フィールド上の「サイバー・ドラゴン」として扱うプロト・サイバー・ドラゴンと、墓地に存在する2体のサイバー・ドラゴンを除外! ――出でよ……我が魂! 《サイバー・エンド・ドラゴン》ッ!」

 

 カイザーが声の限りにその名を叫び、応えるように現れるのは白銀の身体に陽光を反射させて輝く鋼の三つ首竜。

 サイバー流の切り札であり、カイザーが最も信頼する最強のモンスター。攻撃力4000という単体火力としては最上級の威力を秘めた超大型モンスターの登場であった。

 

 

《サイバー・エンド・ドラゴン》 ATK/4000 DEF/2800

 

 

「す……すげぇッ……!」

 

 映像越しにも伝わってくる迫力、威圧感。それに武者震いに包まれる身体を叱咤して、ヨハンはただただ感嘆の声を漏らした。

 手札5枚を使い切るパワフルな戦術。それによって生み出された大型モンスター2体。油断すれば、一瞬で蹂躙されるであろうそれはもはや暴力に近い。

 しかし、そんな暴力を使いこなし、見事に顕現させたカイザーのタクティクス。ヨハンはただただそんな相手と戦える幸運に喜びを感じていた。

 後ろで見ている多くも、改めてカイザーの凄さを見せつけられたといった様子である。信じられない、と三沢は驚きの声を上げる。

 

「1ターンで攻撃力4000貫通効果持ちのサイバー・エンド! しかも攻撃力2400で3回攻撃が出来るキメラテック・オーバー・ドラゴンまで! カイザー、その腕に陰りなしか。いや、むしろ強くなっている……!」

「Unbelievable! これが、カイザーと呼ばれた男の実力か!」

 

 三沢と同じくジムもまたそのパワータクティクスに興奮した声を上げる。それはオブライエンも同じようで、戦士の血が騒ぐのか好戦的な目でカイザーを見つめていた。

 そんな中、まずはレイが「おかしいなぁ」と声を上げ、それにマナが「どうしたの?」と問いかける。

 

「ねぇマナさん。亮先輩、あんなカード使ってたかな?」

「そういえば……。ううん、少なくとも私は見たことがないよ。遠也とのデュエルでも見たことなかったし……」

 

 あれ? とレイとマナは揃って首を傾げる。そんな二人を苦笑して見ていた明日香は、二人に聞こえるように口を開いた。

 

「キメラテック・オーバー・ドラゴン……その属性は闇。亮は光属性にこだわっているところがあったから、これまでは使ってこなかったのね。けど、今はそれをデッキに入れている。……亮は、本気だわ。全力で、相手に応えようとしている」

 

 サイバー流のカードは基本的に光属性機械族。そのことに誇りを持っていたかつてのカイザーならば、決して選択しなかったであろうモンスター。

 しかし、今はそれを躊躇なく使用している。一体どんな心境の変化があったのか、それは付き合いの長い明日香にもわからないことだった。

 

「へへ、さすがだぜ、カイザー。手を抜かれて喜ぶデュエリストはいないもんな。たとえそれがどれだけ圧倒的でも、常に全力で相手を倒す。それこそが、相手への敬意にもつながるってことか。リスペクトデュエル……なんとなくわかった気がするぜ」

「ありがとう、ヨハン。そうだ、手を抜かれて喜ぶデュエリストなどいない。ゆえに、俺は誰であろうと持てる全てを懸けてデュエルに臨む!」

 

 無邪気に喜びの気持ちを向けてくるヨハンに、カイザーもまた軽く微笑んで偽らざる自分の気持ちを打ち明ける。

 かつては相手も楽しんでデュエルが出来るようにとあえて相手の様子を見ることもあったカイザー。それこそが相手のことを尊重するデュエルであると信じた。

 今まではそれでもよかった。何故なら、相手もカイザーとデュエルするだけで満足していたから。そんな記念デュエルなんてものが生まれるほどにカイザーの力は隔絶していた。この時のカイザーに求められていたのは、皆の憧れの存在であること。ならば、その在り方は間違ってはいなかったのだろう。

 しかし、そんな演出をしていては負ける相手と出会ったことで、カイザーは変わり始めた。

 

 皆本遠也。全力で挑み、自分と引き分けた相手。

 あの時は余裕などなかった。やらなければやられる。そんな緊張感の中にあったのだから。しかし、それは同時にとても楽しい時間でもあったのだった。

 それから遠也とは何度も戦い、勝ち負けを繰り返した。遠也とのデュエルでは、様子を見る余裕は常になかった。隙を見せれば、僅か1ターンで強力なモンスターが並ぶこともあったのだ。そんな余裕があるはずがない。

 しかしカイザーにも1ターンで巻き返す手段はいくらでもあった。サイバー流ならば、それは容易に可能なことである。

 ゆえに遠也も様子を見ることなどしない。常に全力で遠也とカイザーは向き合ってきた。そのため、開始直後に決着がつくなんてこともざらだった。しかしそれでも、それだけ自分に本気で相対してくれたのだと思うと清々しい気持ちになれたものだった。

 

 そうして全力を出し合うデュエルの中、ふとカイザーは気づいた。相手の力を見るかのような場面を作らずとも、自分は今楽しくデュエルが出来ているじゃないか、と。

 1ターンで勝敗が決まった時でさえ、全力で自分に応えてくれたのだという満足感さえあった。今までの自分が考えていたリスペクトデュエルでは、1ターンで相手を叩き潰すだけなど言語道断である。しかし、自分は満足している。何故なのか。カイザーは疑問に思った。

 そしてその疑問を、直接遠也に聞いてみたのだ。その時の呆れたような物言いを、カイザーは今でも覚えている。

 

「お前、難しいこと考えるなぁ。相手が全力を尽くす。ならこっちも全力を尽くす。それだけだろ?」

 

 シンプルじゃん、なに悩んでんの?

 最後にそう付け足され、カチンときてもう一戦したのはいい思い出だ。

 その時、カイザーは気づいたのだ。いつの間にか自分はチャンピオンにでもなった気でいたのだと。自分は既に頂点に到達しており、後輩を指導することこそが義務であると思い込んでいたのである。

 なんという思い上がりか。カイザーは当時を振り返ると顔から火が出る思いになる。

 自分など、まだまだ道半ばの若輩に過ぎない。デュエルの道とは、それほどまでに奥が深く険しいものだ。理解していたはずのことを、真に理解してはいなかったのだと思い知った。

 だからこそ、カイザーは変わった。常に全力を尽くし、それこそが相手に敬意を表することに繋がると悟ったがゆえに。

 それゆえの、今。全力で目の前のデュエリストに応えるために、カイザーは持てる力を出し切る。かつてはポリシーに反するとして抜いていたカードも使い、相手の本気に本気でぶつかるために。

 

「――ゆけ、サイバー・エンド・ドラゴン! ルビー・カーバンクルに攻撃! 《エターナル・エヴォリューション・バースト》!」

 

 カイザーが力強く指示を出せば、サイバー・エンドは忠実にそれに従った。

 三つの口が次々に開かれ、そこに集約されたエネルギーが一束の奔流となってヨハンのフィールドに襲い掛かる。

 サイバー・エンド・ドラゴンには、相手の守備力を攻撃力が超えていた時、その分の戦闘ダメージを与える効果がある。これを通せば、大ダメージは免れないうえ、ヨハンの負けは濃厚となる。

 ゆえに、ヨハンのフィールドの伏せカードが起き上がったのは当然のことだった。

 

「速攻魔法《宝玉の閃光》! 手札から「宝玉獣」1体を魔法・罠ゾーンに置き、宝玉獣1体との戦闘で発生するダメージを0にする! 宝玉となって出でよ、《アンバー・マンモス》!」

 

 キィン、と高い音と共にヨハンのフィールドに大きな琥珀が現れる。そしてその琥珀とルビーの尻尾についた紅玉が輝きを放つと、それは障壁となってヨハンへ向かうはずだったダメージを防ぎ切った。

 

「なるほど。だが、モンスターへのダメージを防ぐことは出来ない。ルビー・カーバンクルは破壊される!」

 

 カイザーの言うように、サイバー・エンドの攻撃を無理に受け止めるだけでルビーには無謀なことだったのだろう。よろめいたルビーはそのまま倒れ、その身体は宝石となって後方へと下がった。

 

「すまない、ルビー……! だが宝玉獣は破壊されても俺の側に居続ける! 宝玉と化して、魔法・罠ゾーンに残るんだ!」

 

 ヨハンのフィールドにて美しい2つの宝玉となって残るそれらを見て、カイザーは興味深そうに頷いた。

 

「それが宝玉獣か……。しかし、それだけでは続く攻撃は防げんぞ! ゆけ、キメラテック・オーバー・ドラゴン! ダイレクトアタック!」

「うわぁああッ!」

 

 キメラテック・オーバー・ドラゴンの頭の一つが鎌首をもたげ、その口から放たれた攻撃がヨハンに直撃する。

 

 

ヨハン LP:4000→1600

 

 

 大幅に減ったヨハンのライフポイント。しかし、カイザーとしては自分のミスもあって喜ぶことは出来なかった。

 先ほど、守備表示であったルビーに対して貫通効果を持つサイバー・エンドで攻撃したが、そこはキメラテック・オーバー・ドラゴンで攻撃すべきだったと気づいたのだ。

 宝玉の閃光は場に戦闘を行う宝玉獣がいることが必須条件。キメラテックでルビーを除去してからサイバー・エンドで攻撃していれば、既にヨハンに勝てていたのだ。

 もっとも、それは伏せカードが宝玉の閃光であったとわかる今だから言えること。伏せカードが何か判別できなかった状態では仕方がない部分もあるが……。

 まぁ、過ぎてしまったことだ。気にしても今後に支障が出るだけだとカイザーは気を取り直し、手札に残った最後の1枚をディスクへと差し込んだ。

 

「俺はカードを1枚伏せ、ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー!」

 

 エンド宣言を聞き、即座にヨハンが行動に移る。

 

「よし! 出でよ、《宝玉獣 サファイア・ペガサス》!」

 

 ヨハンがカードをディスクに置くと、やがてそのフィールド上に一頭の白馬が姿を現す。

 その背には天使のものかと見まごうほどの美しい翼をもち、額からは輝く蒼玉の角が生える。カツカツと蹄を鳴らして白馬が映像の向こうで対する機械竜に目を向ければ、すぐに首を一振りしてヨハンへと振り返った。

 

 

《宝玉獣 サファイア・ペガサス》 ATK/1800 DEF/1200

 

 

『なるほど。強敵のようだな、ヨハン』

 

 言葉の割に落ち着いた声。それにヨハンは頼もしさを感じて僅かに肩から力を抜いた。

 

「ああ、間違いなく今までの中でも最強クラスだ。頼んだぜ、サファイア・ペガサス!」

『おう!』

 

 威勢のいい返事を聞き、ヨハンはサファイア・ペガサスに向けて手をかざした。

 

「サファイア・ペガサスの効果発動! このカードの召喚に成功した時、デッキ・手札・墓地から宝玉獣1体を魔法・罠カードゾーンに置くことが出来る! 俺はデッキから《宝玉獣 エメラルド・タートル》を選択する! 《サファイア・コーリング》!」

 

 先ほどのアンバー・マンモス、ルビー・カーバンクルと同じように、大きな翠玉がヨハンの魔法・罠ゾーンの一角を陣取る。

 まるでヨハンを守るようにその前に並んだ宝玉たちをカイザーは見つめると、次いでその向こうで手札のカードに指をかけたヨハンの動向に意識を傾けた。

 

「更に装備魔法《宝玉の解放》をサファイア・ペガサスに装備! これを装備した宝玉獣の攻撃力は800ポイントアップ!」

『おおおっ!』

 

 

《宝玉獣 サファイア・ペガサス》 ATK/1800→2600

 

 

 湧き上がる力に雄叫びを上げたサファイア・ペガサスが、力強く蹄で地面を叩く。更に翼を慌ただしく動かす様は、まるで溢れる力を誇示するかのようでもあった。

 そして、その力を存分に発揮させるべくヨハンが指示を下した。

 

「いけ、サファイア・ペガサス! キメラテック・オーバー・ドラゴンに攻撃! 《サファイア・トルネード》!」

『はあぁッ!』

 

 サファイア・ペガサスがヨハンのフィールドから飛び上がり、その両翼を限界まで広げて一気にそれを前方へと押し出すと、翼の周囲にあった大気が丸ごと暴風と化してカイザーの場へと襲い掛かる。

 映像の向こう、世界を越えてその攻撃は届き、標的となったキメラテック・オーバー・ドラゴンは荒れ狂う風に呑みこまれてその身体を爆散させた。

 

「くッ……!」

 

 

亮 LP:2000→1800

 

 

 爆風がカイザーの身を包み、そのライフポイントが更に削られる。ともに初期値の半分を下回り、既に二人のライフポイントに大きな差はない。

 それを為したヨハンは、にっと歯を見せて笑った。

 

「へへ。やられっぱなしじゃないぜ、カイザー!」

「やるな、ヨハン。それでこそ、だ! 俺のターン、ドロー!」

 

 キメラテック・オーバー・ドラゴン。己のデッキの中でも切り札の一枚として数えることが出来るモンスターを破壊されたというのに、カイザーは嬉しさを滲ませた声を伴ってカードを引く。

 しかしそれも仕方のないこと。より強い相手と戦いたい。それはデュエリストにとって本能とでも呼ぶべき根源的な感情である。少なくとも自分はそうであると感じているカイザーは、切り札の一枚を打ち破ったヨハンに躍る心を抑えきれなかった。

 それは、これまでの恐らく強いだろうという推測から、実際に強いのだという具体的な事実へと移り変わった瞬間であった。そのことが、カイザーに喜びを感じさせる。

 もちろん彼らを元の世界に戻すことが第一の目的であることを忘れたわけではない。しかしデュエリストとして、このデュエルに高揚しなければ、デュエリストではない。

 いささか私見が強い意見ではあったが、しかしそれは紛れもないカイザーの本心でもあるのだった。

 手札ゼロの状態から引いた1枚のカード。カイザーはそれをそのまま手に持ち、その手をフィールドへと向ける。

 

「バトル! サイバー・エンド・ドラゴンでサファイア・ペガサスに攻撃! 《エターナル・エヴォリューション・バースト》!」

 

 再びサイバー・エンドの口から放たれる莫大なエネルギーの奔流。怒涛のごとく映像の向こうから襲いかかってくるそれを防ぐ術はヨハンになく、サファイア・ペガサスはその攻撃を一身に受けることとなった。

 

『ぐぅッ、すまないヨハン……!』

 

 彼我攻撃力差は1400ポイント。サファイア・ペガサスにその攻撃を耐え切れる道理はなく、ヨハンに詫びる言葉を残しつつ倒れることとなった。

 

 

ヨハン LP:1600→200

 

 

「サファイア・ペガサス……! だが、サファイア・ペガサスは宝玉となって俺の場に残る! 更に墓地へ送られた《宝玉の解放》の効果発動! デッキから宝玉獣1体を魔法・罠ゾーンに置く! 《宝玉獣 トパーズ・タイガー》よ、来い!」

 

 蒼玉に続き黄玉がヨハンのフィールドに現れる。これによって、ヨハンの前には5つの宝玉が並ぶこととなった。

 

「魔法・罠ゾーンを全て埋めたか……カードを1枚伏せ、ターンエンド」

「俺のターン、ドロー!」

 

 カイザーのエンド宣言を待っていたとばかりにヨハンはデッキからカードをドローする。

 ヨハンの魔法・罠ゾーンはカイザーが言うように宝玉獣によって埋め尽くされている。しかし宝玉獣にとってそれは苦となることではない。宝玉獣は魔法・罠ゾーンにそろってこそ真価を発揮するのだ。

 それを証明するように、ヨハンは声を上げた。

 

「《宝玉獣 ルビー・カーバンクル》の効果発動! ルビーを魔法・罠ゾーンから特殊召喚する! 来い、ルビー!」

『ルビィ!』

 

 赤い宝玉が光り輝き、その中から大きな紅玉のついた尻尾を振りつつ、ルビー・カーバンクルが威勢のいい鳴き声と共に飛び出した。

 

 

《宝玉獣 ルビー・カーバンクル》 ATK/300 DEF/300

 

 

「更にルビーの効果だ! ルビーが魔法・罠ゾーンからの特殊召喚に成功した時、他の宝玉獣を宝玉となった状態から解き放つ! 《ルビー・ハピネス》!」

 

 ヨハンがルビーに呼びかければ、ルビーは尻尾を逆立てて甲高い声を響かせる。すると尻尾の先の紅玉が輝きを放ち、その光は一条の線となって他の四つの宝玉へと降り注いだ。

 カーバンクルは幸福を告げるといわれる幻想の生き物。たとえモンスターがゼロの状態でも、ルビーがいれば宝玉獣たちはすぐさまヨハンを助けるために駆けつける。ヨハンに勝利という名の幸福を授けるために。

 

 

《宝玉獣 アンバー・マンモス》 ATK/1700 DEF/1600

《宝玉獣 エメラルド・タートル》 ATK/600 DEF/2000

《宝玉獣 サファイア・ペガサス》 ATK/1800 DEF/1200

《宝玉獣 トパーズ・タイガー》 ATK/1600 DEF/1000

 

 

 そうして現れた5体の宝玉獣たちは、揃ってヨハンに気安い声をかける。

 

『苦戦しているようだな、ヨハン』

『じゃが、案ずることはない』

『そうだヨハン。俺たちがついている』

『ま、俺らに任せときな!』

 

 口々にヨハンを励ます言葉を口にする宝玉獣たち。ヨハン自身も家族と言い切る彼らのそんな言葉に、ヨハンは胸を打たれる思いだった。

 

「……みんな……――ああ、頼むぜ!」

 

 力強く頷いてそう言えば、任された、と声が返ってくる。

 そんな仲間たちの姿はヨハンに見えない力を与えてくれているようだった。攻撃力4000を誇るカイザーのエース、サイバー・エンドを臆さず真正面から見据える。

 

「ここで5体の宝玉獣か。なるほど、お前も俺が知る彼らと同じくカードとの間に強い絆があるようだ」

 

 カイザーの脳裏に浮かぶのは、遠也、そして十代の二人。彼らほどデッキと絆で繋がったデュエリストをカイザーは知らなかった。

 無論自分とてデッキを信頼し、そしてカードたちに応えられるよう努力しているつもりだ。しかし、あの二人はそんな意識をせずとも自然とカードたちに応えているのである。

 だからこそ、あの二人の存在はカイザーの中に強く根付いている。そして今、このヨハンもまたそれと同じタイプのデュエリストのようだ。それを対峙することでカイザーは確信した。

 強いはずだ、と表には出さずに得心を得る。その信頼の深さがあれば、デッキは確かにヨハンに応えてくれるだろう。彼に勝利をもたらすために。

 だが、しかし。そう、しかしそれでも。

 

「――それだけでは、サイバー・エンドには届かない」

 

 気持ちだけではデュエルを制することは出来ない。そこに明確なタクティクスがなければ、決して勝利の女神は微笑まないのだから。

 ヨハンのフィールドのモンスターが持つそれぞれ攻撃力は2000以下。サイバー・エンドの半分にも満たない。このままでは、歯が立つ立たない以前に勝負にすらならないだろう。

 そんな意味を滲ませたカイザーの言葉。それに、ヨハンはにやりと笑って応えた。

 

「それはどうかな! 仲間たちの強固な結束は、時に大きな力を生み出すんだ! 装備魔法《団結の力》! 表側表示で存在するモンスターの数×800ポイント、モンスターの攻撃力をアップさせる! 俺が選択するのは、トパーズ・タイガー!」

『よっしゃあ! 皆の力、俺に貸してくれ!』

 

 トパーズ・タイガーが威勢よく咆哮を上げれば、それに従うように各宝玉獣たちが持つ宝玉から光が放たれてトパーズ・タイガーへと集まっていく。

 その光は徐々にその身体を覆っていき、やがて全身を覆う頃にはトパーズ・タイガーの攻撃力は、800×5の4000ポイントという莫大な上昇値を見せるようになっていた。

 

 

《宝玉獣 トパーズ・タイガー》 ATK/1600→5600

 

 

「凄い……! サイバー・エンドの攻撃力を超えた……!」

「ふ、ふん、まあまあやるようだな」

 

 二人のデュエルを見ていた三沢が感嘆の声を上げ、万丈目が一瞬驚いた顔を見せた後に腕を組んで泰然とした態度を取る。

 他の面々の反応も似たり寄ったりで、一撃でゲームエンドにまで持ち込めるカイザーの切り札を上回る攻撃力を生み出したことに、誰もが驚きを露わにしていた。

 そんな中、マナは近くで「マンマミーヤ!」と独特の驚き方をしているクロノスに目を向け、その向こうで静かに佇んでいるパラドックスを見る。

 パラドックスはただ無言でデュエルを眺めている。先程までのいささか興奮気味な様子は既にない。

 それを確認し、マナは小さく安堵の息を吐き出す。マナはこの世界に来る前にパラドックスが遠也を殺しかけたことを忘れていない。遠也がもう気にしていないようだからわざわざそのことを言うことこそないが……。

 それでも、警戒だけはどうしてもしてしまう。普段は遠也がいるからパラドックスにそこまで注意を払わなかったが、いま遠也はいないのだ。

 遠也がいない今、実際の場面に遭遇したことがある自分がパラドックスのことも見ておかないと。そうマナは気合を入れる。もっとも、パラドックスはそんな監視もどきの視線を感じつつもひたすら無視を決め込んでいたのだが。

 そうして多くの者がデュエルの行く末に注目する中、ついに行動を起こしたヨハンのモンスターが元の世界とを繋ぐ映像の境界面へと駆け出した。

 

「いけ、トパーズ・タイガー! 更にトパーズ・タイガーが相手モンスターに攻撃する時、攻撃力を400ポイントアップさせる!」

『うおおお!』

 

 

《宝玉獣 トパーズ・タイガー》 ATK/5600→6000

 

 

 攻撃力の差はきっちり2000。カイザーのライフを削り切ることが出来る値へと到達した。

 同時に、境界を越えたトパーズ・タイガーの姿がカイザーのフィールド上に現れる。その鋭い牙を煌めからせながら。

 

「――サイバー・エンド・ドラゴンに攻撃! 《トパーズ・バイト》!」

 

 しかしその牙が届こうかという瞬間、カイザーの場に伏せられていた1枚のカードが起き上がっていた。

 

「リバースカードオープン! 罠カード《ハーフorストップ》! 相手はこのカードの2つの効果のうち1つを選択し、それを適用する! バトルフェイズ終了時まで自分の全モンスターの攻撃力を半減させるか、それともバトルフェイズを終了するか。選べ、ヨハン!」

「く……! どっちにしても、サイバー・エンドは倒せない、か。……仕方ない、俺は二つ目の効果を選択する! バトルフェイズを終了するぜ!」

 

 攻撃を止められたトパーズ・タイガーがヨハンのフィールドへと帰ってくる。

 ヨハンは後者の効果を選択したが、前半の効果を思えばそれしか選択肢はなかった。最大攻撃力のトパーズ・タイガーの攻撃力が6000から3000となってサイバー・エンドに敵わなくなる以上、更に攻撃力が低い他の宝玉獣では倒せないのは明らかだったからだ。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ」

 

 宝玉獣を特殊召喚したことで空いたスペースに、1枚のカードを伏せたところでヨハンはエンド宣言を行う。

 これでヨハンのターンが終わり、そしてカイザーへとターンが移る。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 ドローフェイズ、カイザーの手札はたった今引いた1枚のみ。そしてその1枚を、カイザーはすぐにデュエルディスクへと差し込むのだった。

 

「魔法カード《天よりの宝札》! 互いのプレイヤーは手札が6枚になるようにドローする!」

「ここで天よりの宝札かよ……!」

 

 この状況、手札がゼロの状態で引いた1枚がそれであったことに、ヨハンは呆れにも似た感心を抱く。

 天よりの宝札は、いわゆる宝札シリーズと呼ばれるカードの一種だ。このシリーズに属するカードはほぼ必ずドローに関する効果を持つという特徴がある。そして、その中で天よりの宝札は最上位に位置する魔法カードなのである。

 互いの手札が6枚になるようにカードを引く、というその効果。相手の手札も6枚にしてしまうとはいえ、ターンプレイヤーのターンで対戦相手が出来ることは少ない。自分が優先的に行動を進めていくメリットは計り知れないだろう。

 それをこの状況で引くということ。いささか現実味のない、しかし実際に今起こったその強運に、呆れと感心が入り混じるのは仕方がないことだった。

 しかし、そんな感慨を抱くヨハンの気持ちを露知らず、カイザーは6枚となった手札の1枚に指をかけた。

 

「いくぞ、ヨハン! 魔法カード《モンスターゲート》を発動! 俺の場のモンスター1体をリリースし、通常召喚可能なモンスターが出るまでデッキをめくり、そのモンスターを特殊召喚する! そしてそれ以外のカードは全て墓地に送る! 俺はサイバー・エンドをリリース!」

「サイバー・エンド・ドラゴンを自ら墓地に送るだって!?」

 

 ヨハンの驚愕の声と同時、サイバー・エンドはただ静かに光の粒子となってフィールドから消えていく。不満や恐れ、怒りもなく消えていくその様子は、主であるカイザーの判断に全幅の信頼を寄せていると見ている者に思わせるには充分だった。

 たかがソリッドビジョン。しかし、そうとは思わせないほどの忠誠心と信頼。他の者にも感じられるそれが、使い手たるカイザーにわからないはずもない。カイザーは消えゆくサイバー・エンドへの感謝から一度目を閉じると、一拍の後に瞼を開いてデッキの上に指を乗せた。

 

「まずは1枚目! 魔法カード《未来融合-フューチャー・フュージョン》! そして2枚目! 《サイバー・レーザー・ドラゴン》! サイバー・レーザー・ドラゴンはモンスターカードだが、通常召喚できないモンスターだ。よって墓地に送る。――3枚目! 《サイバー・ジラフ》! サイバー・ジラフは通常召喚可能なモンスター、よってサイバー・ジラフを特殊召喚!」

 

 

《サイバー・ジラフ》 ATK/300 DEF/800

 

 

 サイバーに共通する鋼色の身体を揺らし、麒麟を模した機械獣は低く唸る。

 通常召喚可能なモンスターを引き、召喚に成功したため、モンスターゲートの効果はこれで終わりとなる。

 続いてカイザーはディスクのボタンに手を伸ばし、自身のフィールドに伏せられていたセットカード最後の一枚を起き上がらせた。

 

「リバースカードオープン! 永続罠《輪廻独断》! 種族を一つ宣言し、このカードが存在する限り俺の墓地のモンスターはその種族として扱う! 俺が宣言するのは「ドラゴン族」だ!」

 

 瞬間、ざわりと観戦者から驚きが起こる。ほぼ全員がドラゴン族を宣言したカイザーの意図を掴めなかったのである。

 カイザーのデッキは機械族が大半を占めるサイバー流のデッキ。それはカイザーをよく知るアカデミア本校組だけでなく分校組も知るほど有名なことであり、事実これまでのプロとしてのデュエルでも他の種族をわざわざピックアップすることなどなかったのだ。

 それがいきなりドラゴン族を指定。彼をよく知っている人間ほど違和感を覚えた。態度が変わらないのはパラドックスぐらいである。

 

「どういうこと? 亮はいったい何をしようとしているの?」

 

 明日香の言葉は見ている者たちの心の声を代弁するものであった。それにオブライエンは「わからんが、相手はカイザーと呼ばれた男。何か考えがあるはず」と映像から視線をそらさずに相槌を打つ。

 それを受けて、誰もが映像へと意識を集中させる。これまでにない戦術。果たしてカイザーはそこからどう動くのか。見逃してはなるまいと誰もが思ったからだ。

 そしてついに、カイザーが動く。

 

「俺は手札から《パワー・ボンド》を発動! 手札の《サイバー・ダーク・ホーン》《サイバー・ダーク・エッジ》《サイバー・ダーク・キール》を墓地に送り、機械族の融合モンスターを融合召喚する!」

 

 カイザーのフィールドに現れる3体のモンスター。それはこれまでに見たことがないモンスターであった。

 サイバーの名の通り、機械で出来た鋭角的なシルエットはカイザーがよく使うサイバーモンスターと共通している。しかしその表面は黒い艶を放っており、明るい銀色の輝きなどはまったく見ることが出来ない。

 全体的に鋭くシャープなその姿は、どちらかといえば禍々しくも感じられる。まさにダークという呼び名が相応しい、そんなモンスターだった。

 

「サイバー……ダーク?」

 

 ヨハンの口から、初めて見るモンスター群に疑問の声が漏れる。

 それは単に知らないモンスターを見たということもそうだが、これまで栄光の道を歩んできたカイザーに闇を思わせるこのモンスターがミスマッチであるように感じられたからでもあった。

 光の中を行き、そして巨大でパワフルな戦術と共に戦ってきたカイザー。しかしこのモンスターはどこか骨格標本を思わせるほどに細身であり、触れるものすべてを傷つけるかのように刺々しい。

 ギチ、と身体が擦れる音を僅かに残し、現れたサイバー・ダーク3体は溶け合うように一つになっていく。

 瞬間その余波なのか吹き荒れる暴風に髪を躍らせつつ、自身を見ているヨハンを筆頭とする面々に、カイザーは静かに語りだした。

 

「――俺が修めたサイバー流、その裏に存在する影のカードたち。それこそがサイバー・ダーク。もっとも、サイバー流皆伝の俺でさえその存在は噂で聞いたのみだったが……」

 

 風の中、アカデミア時代と変わらない意匠のコートを揺らし、カイザーは「しかし……!」と力を込めて声を発した。

 

「去年のことだ。破滅の光にこの身体を乗っ取られた時、俺は知った……己の弱さを! そして、自分自身の中に潜む望み――ライバルに勝ちたいという思いを利用され、まんまとそれに負けてしまったことを、俺は情けなく思った!」

「カイザーくん……」

 

 悔しげに吐露されたその話を聞いて、マナが当時のことを思い出す。

 斎王を操る破滅の光の意思。その断片を身に宿したことにより、最終的に破滅の光の意思そのものとなって、世界の破滅を防ごうとする遠也の前に立ち塞がった男。それが当時のカイザーだった。

 その時は遠也がアクセルシンクロによってカイザーを倒し、カイザーを正気に戻すことに成功した。その時のことを、マナは鮮明に覚えている。

 しかしその後、意識を取り戻したカイザーがそんなことを思っていたとは知らなかった。

 カイザーは言う。「俺は心のどこかで、勝つことに執着していた。それは、これまで勝ち続けてきたからこそ。だからこそ、俺を負かした遠也に、あの時あれほど執着したのかもしれない」と。

 ネオスペーシアンとは何の関係もない遠也。そのデュエルを受けたことを、当時破滅の光の意思は「さんざん邪魔されて鬱陶しかったから」と答えたが、依り代であるカイザーの意思も関係していたのだとカイザーは言ったのだ。

 そしてその事実を、カイザーは苦々しく思っている。己の中に潜む心の闇。これまでそれを薄ら認識しつつも、向き合うことを意図的に避けて逃げ続けてきた自分。そんな自分自身に、何よりカイザーは憤りを感じているのだった。

 

「サイバー流……光に満ち溢れたこのデッキに、俺はこの魂を捧げてきた。だが、それだけではいけないと俺は気づいたのだ。光も闇も、それら全てを受け入れてこそのヒトだ。誰にだって目を背けたい闇が存在するのが当たり前だというのに、闇を無視して光だけに傾倒した俺は知らず歪み始めていたのかもしれん……」

 

 だがそうは思っても、それを否定することは出来なかった。それは何故ならこれまで歩んできた道の全否定に他ならないからだ。

 カイザーは光に傾倒してきた道も、間違ったものではなかったと言い切れる。だからそれを否定することなど出来ない。

 ならばどうすればいいのか。それを考えた時、答えは既にカイザーが知る中にあったのだ。サイバー流にありながら闇に染まった、影のカードの噂。

 

「俺はジェネックスが終わって学園を離れる前に、鮫島師範に頼み込んだ。俺にサイバー・ダークのカードを譲ってほしいと」

 

 鮫島校長はサイバー流の現師範でもある。カイザーは彼の下で学び、サイバー流を受け継いだ。その師に、カイザーは噂のカードについて尋ねたのだ。本当に存在するのかと。

 そして存在するという回答が得られたことで、カイザーは鮫島に頭を下げたのだ。そのカードを俺に託してくれないか、と。

 

「無論、師範は渋った。むしろ、サイバー・ダークはその使い手を闇に陥れる恐ろしいカードだ、と警告してきたほどだ。しかし、俺としてはだからこそ価値があった。闇を恐れていては闇に食われるだけ。闇を受け入れ、それすら自分の一部として受け入れることこそが、俺が思う闇の制し方だった」

 

 闇もまた自分自身を構成する一部であること。力で従えるのではない、拒絶するのではない。ただそうすることでのみ、闇と光は一つになれる。

 カイザーはそう言って、サイバー・ダークを欲する理由を鮫島に話した。カイザーがサイバー・ダークを求める理由、そして闇に対する信念。それを鮫島がどう感じたのかは、今カイザーの手にサイバー・ダークのカードがある時点で想像できる。

 

「結果的に、師範は俺にサイバー・ダークのカードを譲ってくれた。俺ならば、あるいはこのカードを正しく使いこなせるかもしれないと仰ってな」

 

 歴代のサイバー流使い、その誰もが為しえなかった闇と光のサイバーの共存。自分が尊敬する師範でさえできなかったことを、自らに託された。それはすなわち、師が己を超えたと判断したということ。

 それがどれだけ誇らしく、嬉しかったか。そして同時に歴代のサイバー流全てのサイバー・ダークにかける思いを受け取った責任感がその身にのしかかった。

 しかし、カイザーはそれに力強い笑みを浮かべると地にしっかりと足を着けて立った。光でも、闇でも。それが自分の敬愛するサイバー流であるならば、必ずその使い手として極めてみせる。

 サイバー流の継承者たる誇りを胸に、カイザーは二度と光にも闇にも取り込まれない、自分自身で強いと思えるような己を目指すと決めた。そしてそのために、今カイザーのデッキには表と裏、二つのサイバーが存在しているのだ。

 

「とはいえ、やはりこいつらはじゃじゃ馬でな。まるでカードが俺を乗っ取ろうとしているのではと思うこともある程、力を秘めたカードだった」

 

 だが、とカイザーは言う。

 

「それでも、サイバー・ダークと共に戦わなければ、カードとの間に絆など生まれるはずもない。だから俺は使い続ける。そして、俺の思う強さを求め続ける。いつの日か、このカードたちに俺こそが主であると認められるようにな」

 

 自分の思うままに、ただカードたちを信じて、カードたちに応えてもらえる男になる。

 それが――、

 

「それが、俺の決意だ! サイバー・ダーク3体を融合素材とする融合モンスター1体を、融合召喚! 現れよ、裏サイバー流秘伝――《鎧黒竜(がいこくりゅう)-サイバー・ダーク・ドラゴン》!」

 

 混ざり合った3体の姿が、溢れ出た黒い光によって隠される。

 やがてその黒き光の中から這い出るように現れたのは、ドラゴンと呼ぶにはあまりにも機械的かつ痩せたモンスターだった。

 鋭く尖った刃はまるで肋骨のように重なって身体を形成し、その尾は異様なまでに細く長い。ドラゴンというよりはまるで蛇のような体躯をしていた。

 しかしその頭部には見る者の心を凍てつかせるような眼が鋭く光を放っており、全体的に黒一色であることも相まってその眼光はひどく目立つ。

 細い尾からは想像もできない威圧感を覚えさせるその凶暴な相貌を歪ませ、サイバー・ダーク・ドラゴンはけたたましい咆哮と共にフィールド上に降臨した。

 

 

《鎧黒竜-サイバー・ダーク・ドラゴン》 ATK/1000 DEF/1000

 

 

「レベル8で攻守が1000だって……?」

 

 サイバー・ダーク・ドラゴンが放つ異様な迫力に気圧されつつも、ヨハンはレベルに見合わず低すぎるそのステータスに怪訝な顔になる。

 それを世界越しに見つつ、カイザーは小さく笑んで言葉を続けていった。

 

「ふっ、まずはパワー・ボンドの効果によってサイバー・ダーク・ドラゴンの攻撃力は倍になる!」

 

 

《鎧黒竜-サイバー・ダーク・ドラゴン》 ATK/1000→2000

 

 

「そしてサイバー・ダーク・ドラゴンの効果! 召喚に成功した時、墓地のドラゴン族を1体選択し、装備する! そしてこのカードの攻撃力はそのモンスターの攻撃力分アップする!」

「ほう、先程の行動はそのためか」

 

 珍しく、パラドックスが感心したような声を出す。

 輪廻独断、モンスターゲート。それは全てこの時のために存在していたのだ。

 かつてのカイザーのデッキにはなかったギミック。それが今、確かな成果となって現れようとしていた。

 

「俺の墓地はいま輪廻独断の効果で全てドラゴン族となっている。俺はドラゴン族として扱う《サイバー・エンド・ドラゴン》を選択し、サイバー・ダーク・ドラゴンに装備! その攻撃力4000ポイントがサイバー・ダーク・ドラゴンに加えられる!」

 

 サイバー・ダーク・ドラゴンの身体から数本のコードが伸びる。それはやがて墓地のサイバー・エンド・ドラゴンを探り当て、フィールドへと呼び戻した。

 そのサイバー・エンドをコードに繋げたまま自身の身体――折り重なった肋骨部分の内側に格納し、それによってサイバー・ダーク・ドラゴンの攻撃力は一気に約三倍もの上昇を見せた。

 

 

《鎧黒竜-サイバー・ダーク・ドラゴン》 ATK/2000→6000

 

 

「攻撃力6000か……!」

 

 フィニッシャー級に昇華したサイバー・ダーク・ドラゴンに、ヨハンは冷や汗が頬を伝うのを感じた。初期のライフポイントのままであっても、受け止めきることができない値を持つ、それだけで脅威である。

 

「更にサイバー・ダーク・ドラゴンは、墓地のモンスターの数×100ポイント攻撃力を上昇させる! 俺の墓地に存在するモンスターの数は5体! よって更に500ポイント攻撃力がアップ!」

 

 

《鎧黒竜-サイバー・ダーク・ドラゴン》 ATK/6000→6500

 

 

 更に加わる攻撃力。わずかとはいえ、時にデュエルでは100ポイントの差が明暗を分ける。それを考えれば、決して無視していい値ではなかった。

 そう思って身構えるヨハンだったが、しかしカイザーの行動はまだ終わっていなかったのだ。

 

「これが最後だ……速攻魔法《リミッター解除》! 俺の場の機械族モンスターの攻撃力を2倍にする! サイバー・ジラフの攻撃力は600に! そしてサイバー・ダーク・ドラゴンの攻撃力は――!」

 

 

《鎧黒竜-サイバー・ダーク・ドラゴン》 ATK/6500→13000

 

 

「こ、攻撃力……13000――!?」

 

 高らかに雄叫びを響かせて天を仰ぐ黒竜の姿に、ヨハンはもはや言葉もないとばかりに呆然とそれを見ていることしかできなかった。

 宝玉獣たちも圧倒的なまでの力を前に、サファイア・ペガサスによる『皆、ヨハンを守れ!』との指示に従って守りを固めることしかできない。

 しかし、それすらもサイバー・ダーク・ドラゴンの攻撃力の前では霞のようなもの。しかし、ここで手を抜くなどという真似をカイザーがするはずもない。

 ただ全力で相手に応えるべく、カイザーはその手を自身のフィールドに向けて掲げた。

 

「裏サイバーの切り札であるサイバー・ダークに、表サイバーの象徴たるサイバー・エンド。今こそ表裏一体となったサイバー流の力を見よ! ――ゆけ、サイバー・ダーク・ドラゴン! 《フル・ダークネス・エヴォリューション・バースト》ォオオッ!」

 

 その宣言と同時、サイバー・エンドが嘶きを上げれば、同じくサイバー・ダークも咆哮を上げてその口腔へと莫大なエネルギーを結集させる。

 やがてそれは太陽のように輝く暴力的な閃光となって、一直線にヨハンへと向けて放たれた。

 それを確認し、宝玉獣たちはヨハンを守ろうとアンバー・マンモスを先頭にヨハンの前で防御態勢を取る。そんな中、ヨハンは自分のフィールドに伏せられた1枚のカードを一瞥し、口の端をぐっと引き締めた。

 

「負けて、たまるかよっ……! レインボー・ドラゴンが……俺を、待っているんだッ!」

 

 しかし、ヨハンが伏せられたカードを使う気配はない。周囲の誰もが次の瞬間にはヨハンが倒れているだろう未来を幻視する。

 そしてそれを現実のものへと変えるサイバー・ダーク・ドラゴンの一撃がついに世界を越えてこちらに届こうかという、その時。

 

 突然映像は途切れ、同時に地響きとともに巨大な光の柱が空から地上へと降り注いだ。

 

 

「な、なんだ!?」

 

 揺れにヨハンが思わず膝をつくと、同時に異常事態によってデュエルが中断されたことを察知したデュエルディスクが自動的にソリッドビジョンを停止させる。

 その間も空と大地を繋ぐ光の柱は存在し続ける。しかし地響きは徐々に収まっていき、どうにか立てるほどには回復し始めた。そしてつられるように唐突に現れた光の柱も希薄な光の束へと減衰していく。

 それを呆然と見ていた一同であったが、ふと空を見上げていた三沢があることに気がついて指をさした。

 

「あ、あれだ! あれを見ろ!」

 

 その声に応えて一斉に空を見上げる。そして三沢が示した先には、地上に向けて落下しているのだろう光を見ることが出来た。

 

「あれが恐らく博士が送ってくれたカプセルだ! あの中にレインボー・ドラゴンのカードが入っているはず! ……推測だが、カイザーの放った強力すぎる一撃が無理矢理こちらの世界との間にあった壁のようなものを破壊したのだろう。もちろんあくまで一時的なものだろうが……」

 

 しかし、その隙をついてあちらはカードを送り込むことに成功したというわけだ。

 もちろんそれに必要なデュエル・エナジーはヨハンと対戦したからこそ発生したものだ。しかしヨハンの存在があったとはいえ、最終的にはほぼ単身で世界との間にある壁を取り払ったその力に、誰もが畏怖を感じずにはいられなかった。

 宝玉獣の力、そして自身の力。それも一端を担ったとはいえ、その割合は二割あるかどうかだろう。それ以上の力を自分だけで賄ったカイザーに、ヨハンは感嘆するしかない。

 

「は、はは……つええな、カイザー。今のは実質俺の負けだぜ」

 

 ヨハンはデュエルディスクからセットされていたカードを抜き出す。

 それは罠カード《宝玉陣-琥珀》。これはアンバー・マンモスが攻撃された際、他の自分フィールド上の宝玉獣たちの攻撃力の合計値を加算するカードだ。

 アンバー・マンモスには自身へ攻撃を誘導する効果があるため、発動条件については問題ない。そしてこれを発動させた場合、ルビー・カーバンクルの300、エメラルド・タートルの600、サファイア・ペガサスの1800、団結の力を装備したトパーズ・タイガーの5600が、アンバー・マンモスの1700に加算されていた。

 その合計値は10000ポイントにも至る。非常に驚異的な攻撃力だが、しかしそれでもサイバー・ダークには届かなかった。そしてその攻撃力の差は、ヨハンのライフを削り切るには十分すぎるものだったのだ。

 それゆえ、ヨハンがたとえこの伏せカードを発動させていたとしても、負けを回避することが出来なかった。そのことを悟っての、先の発言なのだった。

 ヨハンとて、そのことに何も感じないわけではなかった。実際、負けていたことはそれなりにショックである。しかし、だからといってずっと呆けているわけにもいかないのが今の状況だった。

 既にこの世界を脱出するための手段であるレインボー・ドラゴンはこの世界に送られたのだ。ならば、それを手に入れに行かなければいけない。どこに落ちたのかは知らないが、それが自分の役目だとヨハンは気持ちを新たにする。

 

 そうしてヨハンが気持ちを整えるまでの間も通信を試み続けていた三沢によれば、レインボー・ドラゴンに巨大なエネルギーを与えればレインボー・ドラゴンの力は発動するらしい。

 何はともあれ、まずはキーカードとなるレインボー・ドラゴンを手に入れなければ話は始まらない。そう結論を出して先を急ごうとしたその時。

 突然扉が外から破壊され、壊された扉がガランと大きな音を立てて地面に転がった。

 はっとして入口を見れば、そこには虚ろな表情でデュエルディスクを展開させた多くの生徒たち。デュエルゾンビと化した生徒たちがいつの間にかこのテニスコートまで忍び寄ってきていたのだ。

 その足音があまりに静かだったこと、そしてデュエルの行く末に集中していたこともあり、誰も気づくことが出来なかった。オブライエンはあまりの失態に唇を噛む。

 そしてデュエルゾンビはテニスコートに設置された巨大ディスプレイの裏からも現れる。スコアなどを表示するそのディスプレイは人の身長の三倍はあり、その巨大さゆえに裏にはメンテナンス用の通路があるのだ。そこを通って侵入してきたのだろう。

 前門の虎、後門の狼。次第にテニスコート中央へとにじり寄ってくる彼らに、ヨハンたち一行は表情を顰める。

 こうなったら多少無理をしてでも強行突破するしかないか。そんな考えが誰もの脳裏によぎった時、今度は地面が割れて、そこから何かが飛び出してくる。

 それは右腕に巨大なドリルを着けたHEROの姿。《E・HERO グラン・ネオス》だった。

 となれば、地面の下にいるのが誰かなど分かりきっている。ネオスの使い手など、一人しかいないのだから。

 その考えを証明するように、地面に出来た穴から顔を出したのは十代であった。

 

「十代!」

「みんな、こっちだ! 地下なら安全な場所もある!」

 

 そしてすぐに穴の中に潜っていった十代に、全員がすぐに続く。この場に残っても仕方がないことなど、考えるまでもないことだったからだ。

 なぜマルタンを追っていたはずの十代がここにいるのかなど疑問はあったが、それも落ち着いてから聞けばいいと判断し、今はとりあえずこの場を脱することを優先させる。

 そうして穴に全員が飛び込んだ後はグラン・ネオスがしっかり道を塞ぎ、追って来れないようにする。

 

 こうして彼らは一時穴を伝って辿り着いた地下の用水路付近に立てこもることになる。とはいえレインボー・ドラゴンのこともあるし、外に出なければならないのは確定事項だ。

 マナやパラドックスとしては、遠也のことも気にかかる。翔についても遠也と一緒にいる以上、大丈夫だろうと思うが確証はない。いずれにせよ、早いうちに行動を起こさなければならないことに変わりはなかった。

 

 そしてその行動を起こす時はすぐに訪れる。マルタンによる放送、それを聴いた彼らは最後の戦いになるだろう場所へと足を進めることになるのであった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 アモンとのデュエル、その半ばで現れた三幻魔のカードを手に入れたマルタンは、追ってくる十代を待つことなくそのまま地上へと戻ってきていた。

 アモンとのデュエルは、中断という形にこそなったがマルタンの勝利は確定的だった。なぜならば発動させたカードの効果が処理されていれば、その手札に《封印されしエクゾディア》が揃っていたのだから。

 そう、マルタンのデッキは【エクゾディア】だった。そしてそのデッキを前に、アモンは実質的な敗北を喫したのだ。

 そしてマルタンは打ちひしがれるアモンに語る。君自身の形にならない望み、それを知るためにも君は君自身のために生きるべきだ、と。

 それは正しく悪魔のささやきだった。弟と財閥に全てを捧げるという生き方を揺らがせたうえ、負けて心が弱ったその瞬間に掛けられたその言葉。それに揺らいでいた心を動かされたアモンは、うっすらとしかし確かに笑みを浮かべたのである。

 

 その時のことを思い出し、マルタンはクツクツと笑う。果たしてこれからアモンがどんな行動に出るのか。実に楽しみだと言わんばかりに。アモンのそれも、彼にしてみれば余興であり遊びに近いものでしかないのだった。

 そして地上に戻ったマルタンは、すぐに十代が自分を追てくるだろうことを悟っていた。ならば歓迎の準備をしなければならない。

 マルタンはその思考の下、一枚のカードを発動させる。それはフィールド魔法《砂上の楼閣》。それによってアカデミアの隣にピラミッド状の遺跡が姿を現した。

 それはエジプトのものよりはマヤ文明のピラミッドに近く、その頂上に立ったマルタンは満足げに頷く。これで十代を迎える準備が整った、と。

 しかし、やがてマルタンは十代たちが学園内のどこかに潜伏していることを知る。意外とシャイなところも好感が持てるが、しかし自分を待たせるのはいただけない。そう考えたマルタンは、放送室にて一つの放送をかけた。

 その内容は「三十分以内に出てこなければ、生徒を全員始末する」というものだ。これで十代も恥ずかしがらずに出てきてくれるだろう。やるべきことを終え、マルタンは砂上の楼閣に戻ろうとするが、ふとあることを思い出して立ち止まった。

 

「……そういえば、あいつのことを忘れてたな」

 

 言って、マルタンは目的の場所に一瞬で移動する。

 そこは周囲を壁で覆われた殺風景な部屋。自分の力で侵入を脱出を拒む障壁を張り続けていたそこに辿り着くと、まずマルタンはその障壁を解いた。そしてその中で倒れ伏す二人に目を向ける。

 

「くく、皆本遠也に丸藤翔。特に遠也、この男を処分しておかなければね。十代が信頼するのは僕だけでいい」

「……――は……そんなの、ごめんだね……ッ」

 

 マルタンはまさか言葉が返ってくるとは思っていなかったのか、僅かに目を見張る。

 その視線の先で、声を発した男が足を震わせながら立ち上がる。今にも倒れそうな姿でありながら、しかし立ち上がった遠也は、鋭い目でマルタンを見据えた。

 その視線を受けたマルタンは、意外な反応に驚いただけで遠也のことを脅威とも何とも思っていないのだろう。へぇ、と感心したような声を出した。

 

「驚いたな。まだ喋れる元気があるなんて」

「こう見えても、俺は丈夫、なのさ……。面倒なこと、しやがって……」

 

 身体を揺らしながら、遠也は倒れたままの翔を見る。なんとか元の状態に戻してやることは出来たが、結局自分も倒れてこのザマだ。そのことが少し情けないが、しかし友を助けられたことは誇らしい。

 そしてその誇らしげな態度を見てとったマルタンが、若干不愉快気に眉を寄せる。そもそも遠也を無事で帰らせる気などマルタンにはなかったのだ。十代の信頼を得るなど、マルタンにしてみれば許しがたい悪行なのだ。放置しておくなどとんでもないことだった。

 しかし今、遠也はこうして立ち上がっている。このまま放っておく、なんて真似をマルタンはするつもりはない。どうやら丸藤翔も相手にならなかったみたいだし、と考えて。

 マルタンは、仕方ないなとばかりに息を吐いた。

 

「ねぇ、僕とデュエルしようよ」

「……な、に……?」

「まだ十代たちが来るまで少しは時間があるだろうし、暇なんだよね。だから少し付き合ってよ」

 

 あまりにも軽いその言い方。

 そんなことに付き合う義理などないと突っぱねてやろうかと遠也は思った。

 が、そんな遠也の考えなどお見通しだったのだろう。マルタンはその手を翔のほうへと向けると、その姿勢のまま「どうする?」と遠也に決断を迫った。

 そのことに遠也は舌打ちをする。この部屋に張ってあった障壁を考えれば、マルタンの体の中にいる存在が持つ力の大きさは推し量れる。その力が人に直接的なダメージを与えることも可能であることは想像に難くない。なら、ここで断るわけにはいかなかった。翔を無事に帰すためには。

 それに、考えようによってはこれはチャンスなのだ。ここでマルタンを倒してしまえば、元の世界への帰還を邪魔する存在はいなくなる。そう考えれば、こちらにメリットがないわけではないのだ。

 

「……わかった」

「決まりだね。それじゃあ、この場所じゃ味気ないし、一足先に決戦場に向かうとしようか」

 

 そう言ってマルタンがパチンと指を鳴らすと、周囲の景色が一瞬で変わる。

 アカデミアを隣に望む土と砂で出来たピラミッド。その上に立っている状況を考え、どうやら自分ごと外に転移させたらしいと遠也は自らに起こった事態を把握した。

 

「ここは砂上の楼閣。あと三十分もしないうちに、十代たちも来るだろう。それまでは僕を楽しませてくれよ、皆本遠也」

「ぬかせ……その前に、倒してやるよ……!」

 

 言って、遠也はデュエルディスクを展開する。気絶という形とはいえ少しは休んだおかげで、一戦をこなすぐらいには体力も戻ってきているはずだった。もちろん、苦しいことに変わりはないが。

 しかしそれでも、このデュエルに勝って異世界からの帰還をより確実なものにしてみせる。その決意で、遠也はデッキから5枚のカードを引いた。

 

 それを前に、マルタンはにやりと口の端を吊り上げる。

 マルタンにとって、このデュエルは遠也を消すためのものでしかない。既に身体が限界に近い様子の遠也だが、一戦ぐらいは持つだろう。しかし、それはあくまで普通のデュエルならの話だ。ダメージが現実になるこの異世界でのデュエルならば一戦とはいえ持たないだろう。

 更にデュエルが終わればデュエル・エナジーの吸収も待っているのだ。既に遠也が助かる道はない。

 マルタンはそう確信し、笑みと共に異形の腕を変化させてデュエルディスクとする。そしてデッキからカードを5枚引くと、改めて遠也と向き合った。

 そして、マルタンは笑いながら。遠也は口元を引き結び、同時に戦いの始まりを告げる宣言を行った。

 

 

 ――デュエルッ!

 

 

皆本遠也 LP:4000

マルタン LP:4000

 

 

 

 

 



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第68話 終局

 

 十代によってどうにかデュエルゾンビが押し寄せるテニスコートを脱出した後、アカデミア地下の用水路付近にて彼らは一度足を止める。

 ここまでくれば大丈夫だろう、と僅かに弾んだ呼吸を整える一同の中、まったく歩いていないため一切呼吸が乱れていないマナが、レイの背中を軽くさすってやる。

 そうしていると、不意に万丈目が「そういえば、十代。お前、一体此処までどうやって来たんだ?」と疑問を投げかけた。

 それというのも十代は三幻魔を手に入れようとするマルタンを追って学園の外にいたはずであり、自分たちがテニスコートにいることなど知るはずがないからだ。しかも、外はデュエルゾンビだらけ。どの状況で何故この場に来れたのかが不思議だったのである。

 

「ああ、そのことか。それなら、全部このファラオのおかげだぜ」

 

 十代がその顔に笑みを乗せれば、応えるようにその足元で猫が鳴く。

 マルタンの後を追って地下洞窟に入った十代だったが、道を文字通りに塞いだデュエルゾンビの群れによる足止めは如何ともし難いものだった。その妨害を突破するだけでも大きな時間のロスとなり、結局最深部に辿り着いた時にはマルタンの姿はどこにもなかったのである。

 十代は当然間に合わなかったことに歯噛みしたが、同時にある疑問を抱いた。それは、この洞窟が一本道であるのに、帰ってくるマルタンに会わなかったという矛盾である。

 入口から最深部まで脇道はない。となれば、マルタンが洞窟から出るには元来た道を戻るしかなく、十代と鉢合わせになることは避けられないはずなのだ。

 

 しかし、実際にはそうなっていない。であるのに、マルタンの姿は見当たらなかった。

 

 つまり、マルタンは来た道を戻らずに外に出たということ。他に出口へと繋がる道があるということだった。

 その考えに至った十代は、早速最深部を調べ始め、それほど時間をかけずに細い地下道を発見する。そして先に進んでみれば、アカデミア内校長室へと繋がっており、学園内部への帰還を果たしたということだった。

 その後、校長室を出た直後にファラオが十代の側にやって来て、そのまま一人と一匹は皆の元へと戻るべく行動を始める。ファラオの鼻を頼りに。

 

「――で、テニスコートあたりまで来たんだけど、いつの間にかゾンビたちも集まって来ててさ。いくらなんでも一人でやるには無茶な人数だったから、地下からの侵入に切り替えたってわけさ」

 

 結果として、その選択は全員を救った。

 こういういざという時の運の強さというか未来を選び取るかのごとき能力は、どことなく遠也を思い起こさせる。マナは笑う十代を見てそんなことを思った。

 十代の話を聞き終え、今度はヨハンが自分たちの話を始める。レインボー・ドラゴンのカードやそれによって生まれる元の世界への帰還手段など。それを聴き、十代の顔も明るいものへと変わっていく。いよいよこの極限状態からの脱出方法が見つかったのだ。その気持ちは誰もがわかるものだった。

 話を聞き終え、十代は「それじゃ、ヨハンはレインボー・ドラゴンを見つけないといけないのか」と確認を取り、ヨハンは頷く。元の世界から送られたそれが、恐らくアカデミアの近くに落ちているはずなのだ。カードが入ったそのカプセルを回収しに行かなければならない。

 しかし、それさえ出来れば希望が見える。元の世界へ戻るという願ってやまなかった希望が。

 その希望が叶うことを夢見る皆の前で、十代は再び声を張った。

 

「元の世界に帰ろうぜ! 遠也、翔、マルタン……あいつらを助け出してな!」

 

 その言葉に、誰もが強く頷く。

 それを確認した後にマナが視線を横にずらすと、その先にいるパラドックスは彼らの様子に同調することもなく、ただ腕を組んで壁にもたれかかっていた。

 そして、その鋭い目で十代を見る。

 

「では、どうやって遠也を助ける」

 

 さりげなく翔とマルタンが入っていない。あの二人にパラドックスとの接点などなかったから、この人が気にしないのも当然といえば当然かもしれない。だが、友人であり顔見知りである二人を無視され、そのうえ遠也をかなり気にしているその姿に、マナはなんとも複雑な表情になる。

 

「どうやってって、それは……」

 

 そしてパラドックスの問いを受けて、十代は明らかに答えに窮していた。

 それは明確な手段については考えていなかったと言っているようなものであり、パラドックスの顔にも呆れの色が混じる。

 しかし、すぐに横にいたヨハンが「この騒ぎの元凶はマルタンだ。奴を叩く」と言い出し、万丈目や三沢も「もともと遠也を閉じ込めたのは奴だからな」「絶対とは言えないが、何らかの進展はあるだろう」と続いた。

 その答えにパラドックスも同じ意見を持っていたのか、首を縦に振ると再び壁に背を預けた。十代には視線を向けていない。

 それを見てマナは微かに嘆息する。どうもパラドックスは十代を単純な男だと判断して軽んじているようである。

 確かに本人が言うように十代は成績もあまり良くなく、その性質も考えることに向いているというわけではない。しかし、十代にはそんな欠点を上回るカリスマ性、明るさ、デュエルの腕がある。

 足りない部分は、いまヨハンたちが言葉を付け足したように誰かが助ければいいのだ。完璧な人間なんていない。だから助け合っていけばいい。自分たちは仲間なのだから。

 きっと、遠也ならそう言う。確信を持ってそんなことを考えていると、唐突に放送が流れる直前独特のノイズが狭い通路に響く。

 それに気づいたのは、マナだけではない。この限りなく閉鎖された場所でその音はよく響き、全員が一斉に顔つきを真剣なものにして音に耳立てていた。

 そして次に飛び込んできたのは、今この状況に自分たちを追いこんでいる張本人。加納マルタンのものだった。

 曰く、決着をつけよう。自分は外に用意した《砂上の楼閣》にて待つ。三十分内に現れない場合、君たちの友人、そしてデュエルゾンビとなった全員を始末する。

 友人――遠也と翔のことであろう。マナとて遠也が窮地に陥っているだろうとほぼ確信してはいたが、こうして言葉にされると思う以上に胸に来るものがあった。

 

 早く、助けたい。早く、いつものように顔を見て話をしたい。

 

 そんな気持ちが喉の奥から溢れそうになる。それを唇をぎゅっと噛んでこらえ、その手を強く握りこんだ。

 そんなマナの前で、十代たちはいよいよタイムリミットがないことを知り、互いにやるべきことを確認していく。

 ヨハンはレインボー・ドラゴンの回収。それ以外の者は外に出てマルタンへと辿り着くための道を作る。マルタンになぜか執着されているらしい十代を、砂上の楼閣へと連れていくために。

 他の者が行ったところで、マルタンはきっと納得しない。十代が行かなければ意味がないのだと誰もが何となく悟っていた。

 それはもちろん、本人もである。

 

「――よし、行くぜ皆!」

 

 だからこそ、その声には自分が何とかするんだという決意が感じられた。そして、それに「おう!」と返る声々。

 マナは当然、十代と共にマルタンの元へと向かう。恐らくはそこに遠也たちもいるはず。一体いま、遠也はどうしているのか。本当に無事なのか。マナは不安に肩を震わせる。

 それを押さえつけるようにマナは強く両手を組む。祈りを捧げるようなその手を胸に押し付けて、ただ切に願った。

 

 自分が行くまで、どうか無事でいて、と。

 

 ――その願いが叶うことはないと、知らないまま。

 

 

 

 

 * *

 

 

 

 

皆本遠也 LP:4000

マルタン LP:4000

 

 

「俺の、ターン!」

 

 気を抜けば途端に崩れ落ちそうな膝に力を込めて、俺は勢いよくデッキからカードを引いた。

 翔とのデュエルに決着がついてから、既に半日は経っているだろう。そしてその半日近くをずっと寝ていたというのに、あまり回復していない身体に少しだけ苛立ちを覚える。

 寝ているというよりは気絶していただけだったのは確かだが、それでももう少し体力が戻っていてくれても罰は当たらないような気がする。

 それだけ九回ものデュエルは負担であったということなのだろうが……、とそこまで考えて溜め息をこぼす。

 思えばこの世界に来る直前辺りからデュエルばかりしているような気がする。それも、気を張り詰めた極限のものばかりを。そろそろ休みが欲しいと半ば切実に思い、俺は何だかやるせない気持ちになった。

 だが、そんな心配もこの時までだ。俺が元凶であるマルタンを――ユベルを倒してしまえば、何も問題はない。その後は、マナとせいぜいイチャつかせてもらおう。

 そんな自分の考えに苦笑する。まだマナと離れて一日と経っていないというのに、このザマだ。もうとっくに気づいているが、やはり俺にとってマナは無くてはならない半身のようなものらしかった。

 そしてその半身と思う存分触れ合うためには、目の前の存在が邪魔なのだ。俺達をこの世界へと導いた張本人。コイツを倒して、俺たちは元の世界に帰る。そして、何でもない日常を生きるのだ。ヨハンやジム、オブライエンを始めとした新しい仲間たちと共に。

 

「俺は、《カードガンナー》を召喚!」

 

 

《カードガンナー》 ATK/400 DEF/400

 

 

 赤や青といった原色で塗装されたオモチャのような戦車型ロボットが現れる。

 元の世界で、これまでと変わらない日々を過ごすために。そのために、俺は今ここでコイツに勝つ。

 浅く途切れがちな呼吸をどうにか押さえつけて、俺はマルタンと対峙する。

 

「カードガンナーの効果発動! デッキの上からカードを3枚まで墓地に送り、1枚につき500ポイント、エンドフェイズまで攻撃力を上げる! 3枚を墓地に!」

 

 

《カードガンナー》 ATK/400→1900

 

 

 墓地に落ちたのは《ボルト・ヘッジホッグ》《精神操作》《おろかな埋葬》の3枚。どうにかボルト・ヘッジホッグが落ちてくれたことに小さく安堵する。

 とはいえ、俺は既に召喚権を使っており、カードガンナーはチューナーではない。このターンでのこれ以上の行動は出来ないと判断し、俺はエンドフェイズに向けた行動に移る。

 

「カードを2枚伏せ、ターンエンド!」

 

 

《カードガンナー》 ATK/1900→400

 

 

 同時にカードガンナーの攻撃力が元に戻り、それを確認してからマルタンは全く気負った様子も見せないまま自然体でカードを引いた。

 

「僕のターン、ドロー」

 

 引いたカードを一瞥し、マルタンはすぐにそのカードをディスクに読み込ませる。

 

「僕は魔法カード《手札抹殺》を発動。互いのプレイヤーは手札を全て捨て、その後捨てた枚数分デッキからカードをドローする」

「なに……?」

 

 いきなりの手札抹殺。これでマルタンは5枚の手札交換となったわけだが、恐らく本来の目的は異なるだろう。手札抹殺は多くのカードを一気に墓地に落とせることが肝のカードだ。つまり、墓地を肥やす目的だったと考えた方がいい。

 ならば、一体何を墓地に送ったのか。俺は警戒を露わにして身構えた。

 

「ふふ、僕は永続魔法《トライアングル・フォース》を発動! このカードが発動した時、デッキから同名カード2枚を発動させることが出来る! デッキから2枚のトライアングル・フォースを発動!」

「永続魔法が、3枚だって……――まさか!?」

 

 ある可能性に思い当たって目を見張る俺の前で、マルタンはゆっくりとデッキから2枚の《トライアングル・フォース》を抜き出して俺に見せる。そしてそれをディスクに差し込むと、余裕を感じさせる緩慢な動作で俺と視線を合わせた。

 

「君にとっては懐かしいものだろうね……ふふ、ははは! フィールドの永続魔法カード3枚を墓地に送り、出でよ三幻魔の一角――《降雷皇ハモン》!」

 

 マルタンがその手を天に掲げてそう宣言した、その瞬間。フィールド上に存在した3枚の魔法カードはガラスが砕け散るように姿を消し、それが呼び水であったかのように曇天が頭上を覆い始める。

 俺はそれを呆然と見上げる。やがてその雲間から稲光が覗き、青白い閃光は黄色く生物的な肉体へと変化していく。

 頑強な甲殻に覆われた、有翼の悪魔。人間など丸呑みできそうな口に生え揃った牙を威嚇するように上下させ、雷音のような咆哮が俺の耳を貫いた。

 

 

《降雷皇ハモン》 ATK/4000 DEF/4000

 

 

「やっぱり、三幻魔――!」

 

 かつて、デュエルアカデミアの理事長を務める影丸理事が、若さの回復と世界の掌握を夢見て行使した人の手には余るカード群。

 まごうことなき神である三幻神には及ぶべくもないが、それでも十分に世界に影響を与えることが可能な、恐ろしいカードである。

 十代と俺の二人がかりで三幻魔は倒され、封印されたはずだったが……マルタンが復活させたのだろう。いや、この場合はユベルがというべきだろうか。

 その魂胆を知ることは出来ないが、しかしろくでもない事を考えているのは確かだろう。なにせ、ハモンという大きな力の現出を前に、目の前のソイツはいかにも可笑しそうに笑っているのだから。

 真っ当な人間なら、恐ろしさが先立ってそんな表情はできまい。だから、心底楽しいとばかりに笑うことが出来ているあいつが、三幻魔を良いことに使おうと思っているなんて考えられない。

 俺はなんてことをしてくれたんだという非難の色を込めて、電光を纏うハモンの向こう側に立つマルタンを見る。その視線に、マルタンは笑みを深めるだけだった。

 

「さて、それじゃあバトルといこうか。ハモンよ、カードガンナーを蹴散らせ! 《失楽の霹靂》!」

 

 マルタンの指示によって両腕を振り上げ叫ぶハモン。それに応えるように天が揺らぎ、その中空から雷の束が俺のフィールド目掛けて崩れ落ちるように襲い掛かった。

 

「く……罠カード発動! 《ガード・ブロック》! 俺が受ける戦闘ダメージを0にし、カードを1枚ドローする!」

「けど、カードガンナーは破壊される。そして、それによってハモンの効果が発動する!」

 

 どうにか俺の眼前に張られた障壁によってダメージを防ぐことは出来た。しかし守られたのはあくまで俺自身。カードガンナーまでその効果が及ぶことはなく、激しい爆発音と共に雷に焼かれたカードガンナーが消えていく。

 そしてこの瞬間、一筋の電撃が空から時間差で降ってきた。

 

「戦闘で相手モンスターを破壊した時、相手に1000ポイントのダメージを与える。……ふふ、《地獄の贖罪》!」

 

 電撃は俺の直上まで迫っていた。

 

 ――くるッ!

 

 覚悟を決め、俺は腹の底に力を入れる。

 直後、目の前が赤く染まった。

 

「ぐ、ぁああぁああッ!!」

 

 

遠也 LP:4000→3000

 

 

 電撃が身体の中を走る不快な感触に身をよじる。痛みが絶えず脳の神経を刺激し、頭が割れそうだった。

 そして気づけば、俺は両膝をついていた。一体いつの間に、と疑問がよぎったが、それよりも俺にはまだするべきことがあるのだと思考を無理やり働かせる。

 

「は、かいされた……カードガンナーの効果……! デッキから、1枚、ドロー……っ!」

「ふふ、僕はカードを1枚伏せて、ターンを終了する」

「その、エンドフェイズッ、罠発動! 《リミット・リバース》ッ! 攻撃力1000以下のっ、モンスター1体を……攻撃表示で特殊召喚! ……《カードガンナー》!」

 

 

《カードガンナー》 ATK/400 DEF/400

 

 

 再び俺の場に現れる戦車を象ったロボット。その姿を確認して、俺は奥歯を噛みしめると緩やかに立ち上がる。

 マルタンが呆れと感心の中間のような声を漏らして見ているのがわかった。上からこちらを見つめる、実に不愉快な視線だった。

 それに屈してなるものか、と気合を入れる。そして二本の足でしっかり地面を捉えた俺は、荒い息はそのままにデッキの上に指を添えた。

 

「おれの、ターンッ!」

 

 はぁっ、と大きく息を吐き出す。そして今度は肺一杯に空気を吸い込むと、痛みと疲労で震えが伝わらないよう意識したために通常時よりも低音となった声を張り上げた。

 

「カードガンナーの効果により、デッキからカードを3枚墓地に送り、攻撃力をアップ!」

 

 

《カードガンナー》 ATK/400→1900

 

 

 今回墓地に落ちた3枚のカードは、《貪欲な壺》《ゾンビキャリア》《調律》の3枚。先程の3枚と併せても、それほどいい結果ではない。マナが近くにいなければ、やはりこれぐらいになるのかと内心で嘆息しながら思った。

 それでも精霊による加護がなくなったわけではない。このターンのドローで、高レベルシンクロの素材となれるモンスターが来てくれたのがその証拠だ。なら、何としてでも勝ってみせる。

 

「カードガンナーを守備表示に変更! リミット・リバースで蘇生したモンスターは守備表示になった時、破壊される。カードガンナーを破壊! そしてカードガンナーの効果により1枚ドロー!」

 

 手札の補充は万全。そしてカードガンナーが破壊されたこの瞬間、手札のモンスター効果が発動する。

 

「自分フィールド上のモンスターが破壊された時、このカードは特殊召喚できる! 来い、《異界の棘紫竜(きょくしりゅう)》!」

 

 

《異界の棘紫竜》 ATK/2200 DEF/1100

 

 

 その名が示すように紫色の表皮に無数の棘を生やしたドラゴンが、せり出した目玉をぎょろりと動かしてフィールドを睥睨する。

 爬虫類独特の縦に割れた瞳孔が敵であるマルタンを捉え、群青色に揺らめく実体のないたてがみが一気に逆立った。

 

「更にチューナーモンスター《ロード・シンクロン》を召喚! そして墓地の《ボルト・ヘッジホッグ》の効果発動! チューナーが場にいる時、墓地から特殊召喚できる!」

 

 

《ロード・シンクロン》 ATK/1600 DEF/800

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 

 続けて共に機械族のモンスターが2体。前者は上半身こそ人型のロボットであるが、腰から下がロードローラーのタイヤ状になっている。いかにも道の名を冠するに相応しい出で立ちだと言えるだろう。

 後者はもはや俺のデッキにとっては欠かすことのできないモンスターだ。チューナーが自分フィールド上に存在する時に墓地から蘇る効果を持った、シンクロ素材として幾度となくお世話になった縁の下の力持ちである。

 これで俺のフィールドには、チューナー1体を含む3体のモンスターが揃った。

 

「ロード・シンクロンはロード・ウォリアーのシンクロ素材としない場合、そのレベルを2として扱う! レベル5異界の棘紫竜とレベル2ボルト・ヘッジホッグに、レベル2となったロード・シンクロンをチューニング!」

 

 合計のレベルは9。二つの光るリングを形作ったその中心を、残る2体は七つの星となって駆け抜けていく。

 

「集いし嵐が、全てを隠す霞となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 吹き荒べ、《ミスト・ウォーム》!」

 

 目も眩むほどの閃光。それが止まぬうちからフィールド上にうっすらと漂い始めた真っ白な靄。くるぶしほどの高さだったものが膝ほどまで。次第に上昇していったそれがやがて全身の輪郭すら曖昧なものにさせるほどになると、その中に巨大な影が這うようにして現れた。

 

 

《ミスト・ウォーム》 ATK/2500 DEF/1500

 

 

 静かにのっそりとフィールドに佇むのは、ライトパープルに染まった長い体躯を揺らす怪物だ。ウォームWurm――翼を持たない巨大な蛇のごとき竜、そのままの姿である。

 このモンスターは、シンクロ素材に3体以上を必ず要求するという条件にしては攻撃力が低く設定されている。しかし、それはつまり攻撃力を補うだけの特殊能力を持っているということであった。

 

「ミスト・ウォームの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、相手フィールド上のカードを3枚まで選択して手札に戻す! 降雷皇ハモンと伏せカードを、手札に戻してもらう!」

「へぇ、面白い効果だね」

 

 ミスト・ウォームの表面から溢れ出した霧がマルタンのフィールドをすっぽりと覆って隠してしまう。そして、気付けばそのカードはフィールドから消え去り、マルタンの手元へととんぼ返りをする羽目になっていた。

 それを見つめるマルタンの態度に大きな変化はなく、やはり余裕を崩すことは出来ない。そのことに思わず眉が寄るが、ならば焦らざるを得ないほどに追い詰めてやると気を持ち直した。

 

「バトル! ミスト・ウォームでダイレクトアタック! 《ヴェイルド・ミスト》!」

 

 

マルタン LP:4000→1500

 

 

 ミスト・ウォームが放った霧の濁流がマルタンを直撃し、そのライフを大きく削る。しかしそれでもマルタンは薄く笑うだけで何も言わず、それを不気味に思いつつ俺は行動を続けた。

 

「……カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

「僕のターン、ドロー」

 

 俺のエンド宣言後すぐにデッキからカードを手札に加える。

 果たしてどんな戦術で来るのか。注意深く見る俺の前でマルタンはまず1枚のカードを手に取った。

 

「《キラー・トマト》を守備表示で召喚。カードを3枚伏せ、ターンエンド」

 

 

《キラー・トマト》 ATK/1400 DEF/1100

 

 

 トマト版ジャックランタン。そう表現するのが最も適当であろうトマトのモンスターが、そのくりぬかれた口を器用に揺らしてケタケタと笑う。

 キラー・トマト。墓地に送られた時にデッキからモンスターを特殊召喚する効果を持つ、いわゆるリクルーターの代表格ともいえるカードである。更に3枚の伏せカード。ここは警戒に警戒を重ねて臨むのが常道なのだろうが……。

 と、そこまで考えたところで一瞬視界がぼやける。慌てて頭を振り、俺は思考を阻もうとした脳内の靄を振り払う。

 このところの連続したデュエルとエナジーの吸収によって、半日程度では到底回復できないダメージを俺の体は受けている。今だって、限界に近いのだ。

 警戒し続けてターンを長引かせるほどの余裕は、今の俺にはない。ならばここは、攻めることで活路を見出す。

 

「俺のターン!」

 

 

 手札は5枚。この中で、いま俺が取るべき行動は何かと考える。

 

「チューナーモンスター《ニトロ・シンクロン》を召喚! 更に手札の《モノ・シンクロン》を墓地に送り、《THE トリッキー》を特殊召喚! このカードは手札を1枚捨てることで手札から特殊召喚できる!」

 

 

《ニトロ・シンクロン》 ATK/300 DEF/100

《THE トリッキー》 ATK/2000 DEF/1200

 

 

 赤いニトロボンベに顔と手足が生えた小柄なモンスター。更にその横にはクエスチョンマークを顔に貼りつけたピエロが並ぶ。

 レベルの合計は7となり、ニトロ・シンクロンを使用するレベル7といえば召喚するモンスターは決まっている。

 

「レベル5のTHE トリッキーにレベル2のニトロ・シンクロンをチューニング! 集いし思いが、ここに新たな力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 燃え上がれ、《ニトロ・ウォリアー》!」

 

 炎のように立ち上った光の中、いっそ乱暴なほどに拳を振るって飛び出してくる全身を緑に彩られた屈強な肉体。ニトロと名がつくだけあって、背部に存在する機構からは蒸気が噴き出してフィールドを若干の熱気に包む。

 盛り上がった筋肉が頼もしい強面の戦士が、悠然とミスト・ウォームの横に並んだ。

 

 

《ニトロ・ウォリアー》ATK/2800 DEF/1800

 

 

「ここでニトロ・シンクロンの効果発動! ニトロ・シンクロンが「ニトロ」と名のつくシンクロモンスターの素材として墓地に送られた時、デッキからカードを1枚ドローする! 更に《闇の誘惑》を発動! デッキから2枚ドローし、手札の闇属性《アンノウン・シンクロン》を除外する!」

 

 通常魔法カード闇の誘惑による手札交換を行い、これで準備は完了した。ならば、あとは相手に攻撃を叩きこむだけだ。

 

「バトル! ミスト・ウォームでキラー・トマトに攻撃! 《ヴェイルド・ミスト》!」

「破壊されたキラー・トマトの効果。このカードが戦闘で破壊された時、デッキから攻撃力1500以下の闇属性モンスターを攻撃表示で特殊召喚する。僕は攻撃力0の《ファントム・オブ・カオス》を選択するよ」

 

 汽船の汽笛にも似た咆哮と共に吐き出された濃霧によって、キラー・トマトはその姿をすっぽりとその中に隠して倒れてしまう。が、キラー・トマトはリクルーター。破壊されてからが本領である。

 その証拠に、倒された直後、キラー・トマトが存在していた場所には異様な渦が生まれていた。最初は小さな歪みでしかなかったそれは、やがて這い出るように大きさを増していき、最後には人間一人を余裕で飲み込めるほどの大きさの黒い渦へと変貌した。

 

 

《ファントム・オブ・カオス》 ATK/0 DEF/0

 

 

 モンスターというには全く生物感がしない異質な姿。しかもその攻撃力は0でしかない。しかしこのモンスターは元の世界ではそれなりに名が知られたカードであったため、こいつが持つ厄介な効果を俺は知っている。

 とはいえ、いくら厄介な効果であろうと起動効果に過ぎない。ならば相手にターンが渡る前、ここで決着をつける。

 

「これで、終わりだ……! ニトロ・ウォリアーでファントム・オブ・カオスに攻撃! そしてこのダメージステップの間、魔法カードを使ったことによりニトロ・ウォリアーの攻撃力が1000ポイントアップ!」

 

 

《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800→3800

 

 

 闇の誘惑。それを使用したことにより、ニトロ・ウォリアーの攻撃力は飛躍的にアップする。たとえ攻撃力増減の罠があったとしても、これならば十分にマルタンのライフを削り取ることが出来るはず。

 

「《ダイナマイト・ナックル》!」

 

 そんな確信を持って繰り出されたニトロ・ウォリアーの拳は、しかしファントム・オブ・カオスを貫く直前で淡いブルーのバリアに阻まれた。

 

「リバースカードを2枚オープン! 永続罠《アストラルバリア》と《スピリットバリア》! アストラルバリアにより、僕のモンスターへの攻撃はライフへの直接攻撃となる。そしてスピリットバリアにより、僕の場にモンスターが存在する限り僕はダメージを受けない」

 

 アストラルバリアとスピリットバリア。組み合わせれば、どんな攻撃だろうとシャットアウトする頑強な攻撃ロック。どちらかを除去できればその均衡を崩すことは出来るが、既に最後のモンスターでのバトルステップを終えた今、たとえそれが出来たとしてもこのターンで決着をつけることは出来ない。

 

 

《ニトロ・ウォリアー》 ATK/3800→2800

 

 

 ニトロ・ウォリアーの攻撃力が元に戻る。そして手札を確認すれば、これ以上俺に出来ることは何もなかった。

 

「……っカードを1枚伏せ、ターンエンド」

「僕のターン、ドロー」

 

 唇を噛みつつ俺がエンド宣言をすれば、マルタンはすかさずターンを開始する。

 そして今や明らかに肩で息をしている俺に、わざとらしい笑顔を向けた。

 

「ふふ、苦しそうだね。この異世界で、三幻魔の一撃はかなり効いたみたいだ」

「ぐ……!」

 

 悔しいが、その通りだった。

 現在俺のライフは3000ポイント。削られたのは、僅かに1000ポイントだ。しかし、ここは精霊が実体化する異世界。そのダメージもその全てとはいかなくともある程度は現実のものになるのだ。

 だが、これが他のモンスターからの攻撃ならこれほど消耗はしなかっただろう。三幻魔からの一撃であるから、1000ポイントという値でも大きく体力を削られているのだ。

 あまりこちらの状態を悟らせたくないが為に強い語調を意識して保ってきたが、限界に近づく身体は嘘をつくことが出来なかった。荒くなる呼吸にしっかり気づかれてしまっていた。

 しかし、それでもまだ負けたというわけじゃない。奥歯にぐっと力を込めて睨み返せば、マルタンは不敵な笑みを浮かべて手札に視線を落とした。

 

「僕は魔法カード《流転の宝札》を発動。デッキから2枚ドローし、ターン終了時に手札1枚を墓地に送る」

 

 宝札シリーズか。

 流転の宝札は、ターン終了時に手札1枚を墓地に送らなければ、3000ポイントのダメージを受けるデメリットがある。しかし、それを考慮しても2枚のドローは大きすぎる。

 案の定というべきか、新たに加わった手札2枚を見て、マルタンはその笑みを一層深くした。

 

「その苦しみから、すぐに解放してあげるよ。せめてもの情けとしてね。――永続罠発動、《ポールポジション》! フィールドで最も攻撃力が高いモンスターを選択し、そのモンスターは以後魔法カードの効果を受けなくなる。攻撃力が一番高いのは、当然君のニトロ・ウォリアーだ」

 

 マルタンが発動させたカードから白い光が溢れ、まるでヴェールで包むかのようにニトロ・ウォリアーを覆っていく。

 これで以後、ニトロ・ウォリアーは魔法カードの効果を受けることは出来ない。捉えようによっては利点にもなる効果である。

 

「どういう、つもりだ……いや、罠カードが3枚……!」

 

 そしてそれを特殊召喚条件としたモンスターが、三幻魔には存在する。

 鈍い思考の頭がそれを理解して叫んだ途端、マルタンは我が意を得たとばかりに声を上げた。

 

「そういうこと。僕はアストラルバリア、スピリットバリア、ポールポジションの3枚の永続罠を墓地に送り――《神炎皇ウリア》を特殊召喚!」

 

 直後、砂上の楼閣を襲う振動。疲れを強く見せる身体はそれに耐えられず、俺は思わず膝をつく。

 自然伏せそうになった顔を気力で上げてマルタンのフィールドを見れば、そこには地の底から這い出るように飛び出した赤いドラゴンの姿があった。

 マグマを思わせる真紅。首が痛くなるほど見上げた先にある頭部は、低い唸り声をこぼして、眼下の俺を射殺さんばかりに眼を細める。

 長い胴をゆっくりと折りたたんでようやくその全容をフィールド上に収めたそのドラゴンは、昂ぶる衝動そのままに雄叫びを轟かせ、大地を再び震えさせた。

 

 

《神炎皇ウリア》 ATK/0 DEF/0

 

 

「ウリアの攻撃力は墓地にある罠カードの数で決まる。いま僕の墓地には5枚の罠カード。つまり、攻撃力は5000だ!」

 

 

《神炎皇ウリア》 ATK/0→5000

 

 

 アストラルバリア、スピリットバリア、ポールポジション、そして恐らくは手札抹殺の時に2枚、何がしかの罠カードを墓地に送っていたのだろう。

 攻撃力5000――現状ではとても敵わない攻撃力の出現に、一筋の汗が頬を伝う。

 

「ポールポジションが墓地に送られたことで、更なる効果が発動! このカードがフィールドを離れた時、その時点で最も攻撃力が高かったモンスター1体を破壊する! ニトロ・ウォリアーを破壊!」

 

 ウリアの召喚条件として墓地に送られた以上、当然ポールポジションが参照するのはウリアが召喚される以前のフィールドだ。そしてその時点で一番攻撃力が高かったのは俺のニトロ・ウォリアー。

 ニトロ・ウォリアーを包んでいた魔法の効果を防ぐ白いヴェールは、今や逆にその身体を締め上げる役割を担って、ニトロ・ウォリアーを破壊してしまう。

 

「そしてウリアの効果発動! 相手の場に伏せられている魔法・罠カード1枚を破壊する! 《トラップ・ディストラクション》!」

「《攻撃の無力化》が……!」

 

 ウリアがその大きな口を開いて空気を振動させる波動を放てば、俺の場に伏せられていたカードの1枚が為す術もなく破壊される。

 相手の攻撃を防ぎ、バトルフェイズを強制終了させる優秀なカウンター罠。ニトロ・ウォリアーという攻撃の要に加えて防御の要まで破壊され、いいようにされているこの現状に呻くことしかできない。

 

「そして僕は《ファントム・オブ・カオス》の効果を発動! 墓地のモンスターを除外することで、このターンの間、そのカード名と攻撃力、効果を得る。僕が指定するのは……《幻魔皇ラビエル》!」

「なっ!? ラビエルだと!?」

 

 一度としてフィールドに出ていない三幻魔の王。そのモンスターが何故墓地にいるのかなど、その答えは間違いなく先ほどのウリアの攻撃力上昇と同じだろう。

 手札抹殺。またしてもそれが有効に働いたということだ。

 

「これによってファントム・オブ・カオスのカード名は「幻魔皇ラビエル」となり、同じ効果と攻撃力を得る!」

 

 形を持たない渦でしかなかったファントム・オブ・カオスがゆっくりとその形態を変えていく。力の奔流でしかなかったそれが定形を得ていく様は、どこか粘土で模型を作る過程とよく似ている。

 気が付けば気味の悪い歪みでしかなかった姿はどこにもなく、そこには最後の三幻魔であるラビエルの姿を模した悪魔がそこにいた。

 本来青であるはずの体表は黒と灰色の中間といえるだろうカラーに固定され、ウリアと共に巨大な体躯でこちらを見下ろしている。

 

 

《ファントム・オブ・カオス》→《『幻魔皇ラビエル』》 ATK/0→4000

 

 

「く……」

 

 まぎれもない三幻魔のプレッシャー。かつて俺の隣で共に戦ってくれた十代は、今はいない。たった一人で三幻魔に向き合うその重圧――屈しそうになる心を、俺は必死で繋ぎとめていた。

 

「ただしファントム・オブ・カオスは戦闘で相手プレイヤーにダメージを与えることは出来ない。ふふ、安心した?」

 

 挑発するようなマルタンの声に、内心で知っていると答える。

 カード名と効果、更に攻撃力までコピーするという強力な効果であるのに、必要なのは対象が墓地にあることだけ。そのうえプレイヤーにダメージを通すことすら可能なのだとしたら、それはあまりにも強すぎるだろう。

 だからこそ、そのデメリットは当然というべきだ。しかし、それも今の俺にとっては気休めにしかならない。なにせ相手には他に攻撃力5000のウリアが控えているのだから。

 そしてそれをわかっているから、マルタンはわざわざ言葉にして俺に聞かせたのだろう。たかが気休めに縋らざるを得ない俺を嘲笑うために。

 それを理解して不快気に眉を寄せる俺に、マルタンは満足げに笑った。

 

「くく……それじゃあバトルだ! 『幻魔皇ラビエル』でミスト・ウォームに攻撃! 《天界蹂躙拳》!」

「……ッ!」

 

 『幻魔皇ラビエル』の拳がミスト・ウォームを上から押しつぶし、圧潰させる。ミスト・ウォームとて十分に巨大なモンスターだが、それでもラビエルの前では脅威足り得ないということだろう。

 ファントム・オブ・カオスのデメリットによって俺にダメージこそないものの、これで俺のモンスターゾーンには1体のモンスターも残っていない。無防備な状態をさらけ出すこととなってしまった。

 

「これで君を守るものは何もない」

 

 静かに、しかし愉悦を含んだ声が俺の耳朶を叩く。そしてそれは反論のしようもない、どこまでも確かな現実だった。

 

「バイバイ、皆本遠也。――神炎皇ウリアでダイレクトアタック! 《ハイパー・ブレイズ》!」

 

 ウリアが口を開き、一瞬首をしならせて勢いをつけると、開いた口から白熱の火炎が一条の閃光となって放たれる。

 攻撃力5000による直接攻撃。喰らえば当然ひとたまりもないが、俺のフィールドに盾となってくれるモンスターはいない。

 なら、ここで負けるのか? そんな思考が頭をよぎり、勝利の笑みを浮かべるマルタンを視界に収める。

 きっと俺の身体ごと焼き尽くすであろう灼熱の一撃。それに俺が敗れる様を想像して口元を歪ませるアイツに、想像通りの展開を提供することになる。

 それは、嫌だった。意地でも、あんな奴に負けてなるものかと気を奮い立たせる。

 それに、俺にはまだまだ残したものが多すぎる。十代たちともっと馬鹿をやりたいし、楽しくデュエルをしたい。もっと皆と笑い合う未来を生きていきたい。

 

 そして、何より……!

 

 ――マナだけ残して、死んでやるわけにはいかないだろうが!

 

 

「リバースカード、オープンッ! 《リビングデッドの呼び声》! 墓地のモンスター1体を攻撃表示で復活させる! 頼む、《ニトロ・ウォリアー》ッ!」

 

 

《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800 DEF/1800

 

 

 俺の呼びかけに応え、墓地から光に包まれて飛び出してくる深緑の戦士。その逞しい腕を構えて大地を踏みしめる姿からは、俺を傷つけさせまいとする優しさが感じられた。

 もちろん、そんなのは俺の勘違いかもしれない。しかしそれでも、確かにそれは彼からの信頼の形のように俺には感じられたのだった。

 

「なら、攻撃対象をニトロ・ウォリアーに変更するだけだよ。《ハイパー・ブレイズ》!」

 

 若干予定を狂わされたのが気に障ったのか、マルタンの声には棘がある。

 ウリアの口から放たれた閃光はマルタンの指示に従ってニトロ・ウォリアーに狙いを定め、その身を灼熱の光が蒸発させていく。

 ニトロ・ウォリアーは仁王立ちとなって俺の前に立ち塞がってくれたが、やがてその威力の大部分を殺してくれたところでついに倒されてしまう。

 そして残った余剰エネルギーが今度こそ過たず俺の身体に襲い掛かった。

 

「――ッ! ぐぁああぁああッ!!」

 

 

遠也 LP:3000→800

 

 

 想像を絶する痛みと熱。俺はたまらず膝から崩れ落ちて荒い息をこぼす。腕に着けていたデス・ベルトすら今の衝撃で破壊され、吹き飛んでしまったほどだ。

 とてもじゃないが、堪えきれるものじゃない。しかし、どうにか耐えることが出来たのは、ニトロ・ウォリアーをがギリギリまで攻撃を弱めてくれていたからだった。

 ありがとう、と寸でのところで俺の命を救ってくれたニトロ・ウォリアーに感謝を捧げ、俺は地に膝をつけたまま微かに笑みを浮かべた。

 

「……粘るね、なかなか。カードを1枚伏せて、ターンエンド。流転の宝札の効果で、手札の《降雷皇ハモン》を墓地に送るよ」

 

 呆れにも似た色を乗せた声。マルタンはひどく鬱陶しそうに俺を見てエンドフェイズの処理を行った。

 

 

《『幻魔皇ラビエル』》→《ファントム・オブ・カオス》 ATK/4000→0

 

 

 エンド宣言をしたことで、幻魔皇ラビエルを模していたファントム・オブ・カオスの姿が崩れ、元の形無き力の渦へと逆再生のごとく戻っていく。

 ファントム・オブ・カオスの効果は1ターンの間しか持続しない。これでマルタンは攻撃力0のモンスターを攻撃表示で残すこととなったわけだ。

 これこそがファントム・オブ・カオスの最大の弱点だ。返しのターンに弱い、というあからさまな弱み。ならば、あの伏せられたカードはほぼ間違いなくその弱点をカバーするものだと予想できる。

 しかし、それがどうしたというのか。それを突破しなければ勝てない以上、俺はそれをやり遂げなければならない。

 あの伏せカードが何であろうと、関係はない。あらゆる可能性を突き破り、俺はこのデュエルに勝利する!

 

「俺、の――!?」

 

 立ち上がり、カードを引こうとしたところで膝から力が抜け落ちる。

 傾いた身体をどうにか片足で支えて、もう一度足に力を込めた。

 

「はァ、く……俺の、ターンッ!」

 

 そしてデッキから引いたカードは、このデッキのエンジンともいうべきチューナーモンスターだった。

 

「きて、くれたか……ありがとう……」

 

 応えてくれたデッキに、俺に力を貸してくれるカードに心からの謝意を述べて、俺はそのカードをそのままフィールドに召喚した。

 

「俺は《ジャンク・シンクロン》を召喚! その効果により、墓地からレベル2以下のモンスター1体を効果を無効にして特殊召喚する! 来い、《チューニング・サポーター》!」

 

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

 

 橙色に統一された装甲とヘルメットが三等身の身体全体を覆い、間接から覗く機械の腕を伸縮させる。眼鏡をかけて白いマフラーをたなびかせたお馴染みのチューナーが、両腕を広げてポーズを決めた。

 続いて場に現れたのは、中華鍋を頭からかぶった二等身の機械族。手札抹殺の際に墓地に送っていたカードである。黄色いマフラーを着用したその姿は、どこかジャンク・シンクロンに通じるものがあった。

 

「更に墓地からの特殊召喚に成功したことにより、手札から《ドッペル・ウォリアー》を特殊召喚する!」

 

 

《ドッペル・ウォリアー》 ATK/800 DEF/800

 

 

 黒い防寒具に身を包み、その手にボウガンを持った異色の戦士。墓地からモンスターを特殊召喚できた時に自身を特殊召喚できるという非常に優秀な効果を持つ。

 これでフィールドにチューナーを含めて3体が揃ったわけだが、まだ終わりではない。ぼやける視界の中、俺は手札最後の1枚を手に取った。

 

「魔法カード……《アイアンコール》! 俺の場に機械族がいる時、墓地のレベル4以下の機械族モンスター1体を効果を無効にして特殊召喚する! ただしそのモンスターはエンドフェイズに破壊される! ……レベル1のチューナー《モノ・シンクロン》を、特殊召喚!」

 

 俺の場には機械族のチューニング・サポーターがいる。よって、アイアンコールの発動条件は満たしている。

 そうして現れるのは、イエローとグリーンを基本カラーとした小さなロボット型モンスター。その両手に指はなく、平べったいそこはスタンプになっており、数字の1が彫り込まれていた。

 

 

《モノ・シンクロン》 ATK/0 DEF/0

 

 

「モノ・シンクロンをシンクロ素材とする時、他の素材モンスターは戦士族または機械族でなければならず、そのレベルは1となる! ……この効果はモンスター効果として扱わないため、アイアンコールによって無効化されない! ぐ……俺、は……戦士族のドッペル・ウォリアーをレベル1として、レベル1のモノ・シンクロンをチューニングッ!」

 

 身体がふらつき、瞼が落ちそうになる。それを無理やり押さえつけて、モノ・シンクロンが数字の1というスタンプを押したドッペル・ウォリアーと、モノ・シンクロン自身に手を向ける。

 互いのレベルは現在1。合計レベルが2となるシンクロモンスターといえば、チューナーとしての特性も併せ持つシンクロンに名を連ねる1体。

 

「集いし願いが、新たな速度の地平へ誘う! 光差す道となれ! シンクロ召喚! 希望の力……、シンクロチューナー《フォーミュラ・シンクロン》!」

 

 

《フォーミュラ・シンクロン》 ATK/200 DEF/1500

 

 

 F1カーを象ったシンクロモンスターにしてチューナーという数少ないモンスター。赤、黄、緑、青といった原色に近いカラーリングを施されたフォーミュラ・シンクロンが守備表示を示すように腕を交差させて防御態勢を取った。

 

「フォーミュラ・シンクロンのシンクロ召喚に成功した時、デッキからカードを1枚ドローする! そして……ドッペル・ウォリアーがシンクロ素材となって墓地に送られたことで、レベル1の《ドッペル・トークン》2体を特殊召喚!」

 

 

《ドッペル・トークン1》 ATK/400 DEF/400

《ドッペル・トークン2》 ATK/400 DEF/400

 

 

 ドッペル・ウォリアーを小型化して二つに分けたようなモンスタートークン。レベル、ステータス共にちょうど半分になっていることから、分身というのはあながち間違った表現ではないのかもしれない。

 ドッペル・トークンは共に攻撃表示で特殊召喚される。ならば次のターンまで残しておくのは得策ではない。だからこそ、俺はすぐにシンクロ素材として活用する。

 

「レベル1ドッペル・トークン2体と、レベル1のチューニング・サポーターに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング! 疾風の使者に鋼の願いが集う時、その願いは鉄壁の盾となる! 光差す道となれ! シンクロ召喚! 現れよ、《ジャンク・ガードナー》!」

 

 眩いシンクロ召喚のエフェクトによる光を、暗緑色の鎧が反射させて煌めかせる。全身を同色の装甲で覆い尽くし両腕に大きな盾を装備した姿は、まさに防御の戦士と呼ぶにふさわしい。

 装甲がついていない銀色の腕部分を曲げて両腕の盾を前に突き出す構えを取り、ジャンク・ガードナーは守りの姿勢で静かに佇む。

 

 

《ジャンク・ガードナー》 ATK/1400 DEF/2600

 

 

「ハァ……ッ、チューニング・サポーターの効果で1枚ドローッ!」

 

 更に手札にカードを加える。今引いたのは、速攻魔法《禁じられた聖槍》。これで、更に行動の幅が増えた。

 しかし変わらず相手の場には攻撃力5000を誇るウリアがいる。容易には倒すことが出来ない攻撃力であるのは疑いようがない事実だ。

 だが、その事実をジャンク・ガードナーが覆す。

 

「ジャンク・ガードナーの……効果発動! 1ターンに1度、相手モンスター1体の表示形式を変更する! 神炎皇ウリアを、守備表示に!」

 

 俺の指示によって、ジャンク・ガードナーが構えていた両腕の盾をぶつけあってガチンと音を鳴らすと、その両盾を一気に地面に突き刺した。

 すると振動が地面を伝わり、やがてその振動は地中から響く波動となってウリアに襲い掛かる。

 それによってウリアはたまらず守備態勢を取り、その高い攻撃力はこの時に限り意味を為さないものへと変化した。

 そして、ウリアにはある弱点がある。それは、墓地の罠カードの数で増加するのはあくまで攻撃力のみであるということだ。守備力は召喚に成功した時からずっと0のままだったのである。

 そして今、守備表示になったウリアはその低守備力をさらけ出している。相手の場には、攻撃力0のファントム・オブ・カオスと守備力0の神炎皇ウリア。これだけならば、充分に相手を倒すことが出来るだろう。

 しかし、あの伏せカード。それだけがネックだ。あれがもしこちらに破壊をもたらすカードならば、一転ピンチはこちらになる。

 この場において、そんな油断は致命的だ。だから、俺は全力でマルタンに勝ちに行く。

 

「墓地に存在する……《ゾンビキャリア》の、効果発動! 手札1枚を、デッキトップに戻すことで……このカードを墓地から特殊召喚するッ! 蘇れ、《ゾンビキャリア》!」

 

 

《ゾンビキャリア》 ATK/400 DEF/200

 

 

 丸々と太った胴に、異様に長く分厚い腕。紫の表皮といういかにもゾンビらしい自然ではありえない皮膚を爛れさせ、既に眼球のない眼窩には不気味な光が明滅する。

 レベル2のアンデット族チューナー。その特殊召喚に成功したことを受け、俺は更なるシンクロ召喚に行動を移す。

 チリチリと瞼の裏に光が瞬く。それが意識を繋ぎとめるパイプが発する危険信号だと、俺は理解していた。

 もう今にも倒れてしまいそうな身体と、回線が途切れそうな意識を歯を食いしばることで支えながら、俺は絞り出すようにして声を張り上げる。

 

「レベル6ジャンク・ガードナーに! レベル2の、ゾンビキャリアをチューニング! 集いし願いが、新たに輝く星となる! 光差す道となれ……!」

 

 震える指先がエクストラデッキから1枚のカードを抜き出す。力で叩きつけるというよりは重力に従ってディスクにカードを置き、俺は虚勢にも似た叫びをあげた。

 

「飛翔せよッ……――《スターダスト・ドラゴン》ッ!」

 

 もはや無理やりにでも声を出さなければ、己を保つことさえできない。そんな俺自身の状態にもどかしさを抑えられない。

 そんな中、光芒を散らして羽ばたくスターダストの姿は、俺に一種の安堵感をもたらした。こいつがいれば、きっと大丈夫。そう思わせる信頼の証。それを肌で感じ取って、俺は現れた白銀のドラゴンに僅かに気を緩ませたことで生まれた笑みを向ける。

 

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

 俺の場にはスターダストと、フォーミュラ・シンクロン。あの伏せカードが破壊系のものであったとしても、スターダストならば防ぎきる。しかし、そうなるとスターダストはフィールドを離れ、フィニッシュを決めることは出来なくなってしまう。

 ならば、破壊を無効にし、かつフィールドに残るモンスターが必要だ。たとえ伏せカードが攻撃無効系の罠であったとしても、返しのターンで攻撃を防ぐことすら可能にする、このデッキの切り札。

 それを召喚することで、勝利への方程式は着実に完成に近づく。

 

「い、くぞ……!」

 

 素材は既にフィールドに揃っている。あとは、最後の指示を下すだけ。それだけだ。それだけでいい。

 

「レベル8、シンクロモンスター《スターダスト・ドラゴン》に、レベル2……シンクロチューナー……」

 

 声が途切れる。

 おかしい。あとわずかでこのデュエルに決着をつけられるというのに、こんなところでなぜ声が出なくなってしまうのだろう。

 

「……《フォーミュラ・シンクロン》、を……――」

 

 頬に感じるのは、ざらざらとした不思議な感触。うっすらと目を開けてみれば、視界いっぱいに広がる砂の海。砂上の楼閣の地面に倒れ込んだのだと頭が理解するまでに、数秒かかる。そして、なにより自分がいつの間にか目を閉じていたことにも驚いた。

 しかし、それどころではない。まだデュエルは途中だったのだ。ここで戦いを放り出すわけにはいかない。俺とて、いっぱしのデュエリストなのだ。

 その意地が、身体を持ち上げようと試みる。しかし、俺の身体はピクリとも動かなかった。

 

 脳裏に、仲間たちの姿がよぎった。十代、翔、剣山、万丈目、明日香、レイ、三沢、ヨハン、ジム、オブライエン……。クロノス先生にナポレオン教頭、鮎川先生など、この世界で苦を共にしてきた仲間たち。

 そして、パラドックス。未来に絶望し俺を殺そうとしてきたものの、数日ですっかり気を許すようになってしまった男。未来を変えると宣言してみせた以上、俺はここで死ぬわけにはいかない。その意志が、僅かに身体を押す。

 

 ――マナ……。

 

 しかし、動いたのはその数センチだけ。僅かに伸びた手がエクストラデッキを収めたデッキケースに近づいたところで、俺の身体はそれ以上動くことを拒絶する。

 

 ……また、無茶なことをしたと怒られそうだな。

 

 心配性な恋人の嘆息する姿を思い浮かべ、俺は微苦笑を浮かべる。

 同時に、俺の意識は完全な闇に包まれた。

 

 

 

 

 * *

 

 

 

 

 目の前で倒れた遠也に、マルタンは一つ溜め息をついた。

 それは手間を取らされたことへの苛立ちを吐き出すかのようであり、予想外に喰らいついてきた現状から解放された安堵のようにも感じられる。

 無論、後者であったとしてもその事実をマルタンが認めることはない。彼にとっていま重要なのは、遠也がついに潰れてくれたということ。時間的にもそろそろ三十分であり、暇つぶしとしてはなかなかいい時間だったと言えるだろう。

 マルタンは神炎皇ウリアとファントム・オブ・カオスのカード、そして伏せていた永続罠《カオス・フォーム》をデッキに回収し、デュエルディスク化していた左腕も元に戻す。

 そして砂上の楼閣の対面にて倒れる遠也の元へと歩を進めた。デュエルをするために必要なスペースが間にあるとはいえ、その距離はせいぜい十メートルあるかないかだ。すぐに倒れ伏す遠也の元に辿り着いたマルタンは、その二の腕を掴むと力任せに引き上げて、苦しげに呻く遠也の顔を覗き込む。

 

「十代の隣にいるのは、僕だけでいい」

 

 凶笑。そしてマルタンが腕を一振りすると、やがてその背後に小さな穴が開く。

 空間に作られたその穴は見る見るうちに広がっていき、ついには人間一人ならば十分に通れるほどの大きさへと拡張した。

 その向こうに広がるのは、先が見えない漆黒の世界。そこはこの次元とも、元の世界の次元とも違う何処かへと繋がる、異次元への扉である。

 マルタンは、もはや自分の手を汚すことすら面倒くさがった。この男のために労力を割くこと自体、気に障る行為であるためだった。

 そのため、この方法を思いついたのだ。ならば、次元の狭間にでも捨ててしまえばいい、と。

 それを実行しようとこの穴を作り出し、あとはこの男を放り込むだけ。そこまできたところで、マルタンは砂上の楼閣を駆けあがってくる何者かの存在に気付いた。

 この状況、この時間。ならば、ここに来るのは一人しかいない。マルタンはそれまでの狂った表情が嘘であるかのように喜びの笑みを浮かべる。愛しい愛しい十代。彼がここにやって来る。そう思うと、胸が高鳴った。

 なら、やはり歓迎しなければ。そう考えた時、マルタンは最高の歓迎を思いついた。十代に痛みという名の愛を与える、最高の方法を。

 自分が受けた痛みの少しでも感じてくれれば、こんなに嬉しいことはない。陶然とした様子でそうなった時の情景を想像するマルタン。その眼前に、ついに地上から続く階段を登りきった二人が姿を現した。

 十代の隣にいる存在に、マルタンは鼻白む。しかし、それ以上にこの場所に辿り着いた二人は目の前に現状に驚愕していた。

 

「な、遠也!?」

「遠也ッ!」

 

 一人は十代。マルタンに腕を掴まれ、引きずられた状態の親友の姿に、驚きの声を上げる。

 そしてもう一人はマナ。ハモンの雷、ウリアの炎。それによってボロボロとなった姿で意識を失っている遠也に、切迫した声を出す。どこか悲鳴混じりのそれに、マルタンは鼻を鳴らした。

 瞬間、マナが杖を構えてマルタンに肉薄する。しかし、それを予想しないわけもなく、マルタンの前にはオレンジ色の障壁が張られ、マナはその壁に弾かれて近づくことも出来なかった。

 

「この……っ! 遠也を離して!」

 

 今度は魔力を練り込み、魔法による攻撃を放つ。しかしそれもマルタンに届くことはなく、目前のバリアによって霧散した。

 それを何でもない事のように見届けたマルタンは、「離して、だって?」とマナの最後の言葉を繰り返すと、背後の黒い穴を一瞥する。

 それを見て、一瞬で嫌な予感に心を冷やしこまれたのは十代とマナだ。何故なら、怖気が走るほどにその黒い穴から恐ろしい何かを感じ取ったからである。特に魔術に明るいマナは、あの黒い穴が何か取り返しのつかないものであると感覚的に悟っていた。

 即座に「やめろ」と制止の声をかけようとする。

 しかし一歩、マルタンのほうが早かった。

 

「じゃあ、離してあげるよ」

 

 遠也の腕を掴んでいた手を思いっきり振り抜き、背後を向いたところでぱっと開かれる。

 慣性の法則に従い、遠也の身体は漆黒の穴に呑みこまれていく。それを呆然と見ていることしかできない二人に、マルタンは口元の笑みを隠そうともしない。

 

 その時、不意に遠也の目が僅かに開かれた。一瞬瞳が動き、状況をすぐに察する。そして十代とマナ、二人の視線とぶつかり合うと……。

 

 ――わ、るい……。

 

 それだけの言葉を残して、遠也は漆黒の中に消えていき――見えなくなった。

 直後、霞のように穴は消え去り、遠也がいた痕跡も同時に消滅する。

 

 最終決戦の場。似つかわしくない沈黙が、周囲を包み込んだ。

 

 

「……ぁ――」

 

 

 やがて、ぽつりとこぼれたのは、かすれた声。

 それは、すぐにより大きく、より激しく、より強くなって零れ落ちる。

 

 

「――ぁああぁあッ!」

 

 

 その声はマナの口から出たものだった。

 嗚咽とも怒号ともとれる咆哮。同時に、あらん限りの魔力をかき集め、特大の魔術を起動させる。

 紫電を纏い、さながら小さな太陽のようになった黒い魔力の球体は、溢れるエネルギーがコロナを作り出すほどに極大の危険物と化す。

 それを躊躇いなくマルタンの障壁に向けてマナは解き放つ。文字通りの全身全霊を傾けたその一撃は、僅かな拮抗の末についにその障壁を破壊しつくした。

 

 が、その拮抗による数瞬はマルタンに行動を起こす十分な時間を与えていた。

 

「君は邪魔だ。大人しくしていてもらうよ」

 

 マナの目の前。いつの間にか出現していたマルタンは、異形の左腕からエネルギー弾を生み出し、それをマナへと叩きこむ。

 至近距離、魔力を使い切ったマナは無抵抗でそれを受け、地面にどさりと倒れ込んだ。

 

「お、おい、マナ!?」

「安心しなよ、十代。気絶しただけさ」

 

 慌てて駆け寄る十代に、マルタンは平静な口調でそう答える。

 それに、十代は抑えきれない怒りを湛えた目でマルタンを鋭く睨みつけた。

 

「なんだよ……なんだってこんなことをするんだよ! 遠也も、マナも! お前に何をしたっていうんだよ! マルタンッ!」

 

 喉が潰れるのではないかというほどの、強い叫び。目の前で親友が消え、そしてその恋人を傷つけられた。どうしようもない怒りがこみあげる。

 怒りによって肩が震える。そんなことが本当にあるものなのだと、十代は激しい怒りの中で知る。

 そしてその十代の詰問に、マルタンはそれこそ愚問だとばかりに答えてみせた。

 

「“加納マルタン”には、何もしていないさ。けど、“僕”にとっては皆本遠也はすごく邪魔だったんだよ、十代」

「わけわかんねぇことを……!」

 

 加納マルタンと自分が別のモノであるかのような言い方。それを十代はただの言い訳だと捉えた。

 再び激昂する十代に、マルタンは悲しそうに首を横に振った。

 

「十代、何をそんなに怒っているんだい。僕は君に教えられた愛を実践しているだけだというのに」

「何を――」

「あの時、君の手で僕は宇宙に飛ばされた。その後どうにか帰ってこれたけど、地球に戻る時は苦しかったし、痛かったよ。……ねぇ、十代。それが君の愛なんだろう? 痛みが、苦しみが、君から僕への愛の深さなんだ」

 

 陶酔したように言うマルタンに、十代は絶句する。

 自分の手で宇宙に飛ばした。そんな存在に、十代は心当たりがあったのだ。

 

 ――幼い頃、十代のフェイバリットカードはHEROではなかった。その当時の十代は今ほどデュエルが強くなく、負け続け。フェイバリットカードはレベル10という最上級であることから出しにくく、そして効果も扱いづらいものだった。

 そのため、十代はデュエルに勝つことが出来ず悔しさを感じる日々が続く。

 そんな時、徐々に十代の周囲で異常が起こり始める。十代と対戦した者がことごとく不幸な事故に見舞われて負傷するなどといった事態が相次いだのだ。これの原因を、十代はそのフェイバリットカードのせいだと悟った。

 精霊の声を聴く力を持っていた十代には、そのことがわかったのだ。

 そのため、十代は海馬コーポレーションが主催したイベントにそのカードを送った。曰く、宇宙のエネルギーを取り込んだカードを作るという、その企画。

 それによって、宇宙で正義のエネルギーを受けて心を入れ替えてくれることを十代は願ったのだ。

 

 その事実を知る者は、数少ない。そしてマルタンは確実にその一人ではなく、更に自分が体験してきたかのように語る存在とくれば、そのかつてのフェイバリットカード自身に他ならない。

 

 すなわち。

 

 

「……ゆ、べる……? お前、《ユベル》なのか……?」

 

 

 呆然と呼ばれたその名前に、マルタンは花咲くような笑みを浮かべる。

 

「さぁ、十代。デュエルをしよう。僕の愛を、君に刻みつけてあげるよ」

 

 デュエルディスクを構え、デッキからカードを引くマルタン――ユベルに、十代は暫く動くことが出来なかった。

 やがて緩慢な動きでデュエルディスクを展開し、カードを引く。

 

 なぜユベルが。どうして。こんな。

 

 様々な思いが胸中をよぎり、十代の思考を奪っていく。しかしある一つの可能性に思い当たった時、それまでの雑念が一気に消え去り、思考がその可能性に向かって固定された。

 

 このデュエルに勝てば、遠也は戻ってくるかもしれない。

 

 それに思い至り、十代は散り散りだった思考をデュエルの勝利へと傾けさせる。更にこのデュエルの中で、後から来るだろうヨハンがレインボー・ドラゴンを召喚すれば、全員が元の世界に帰ることも夢ではない。

 なら、今はそれを信じてこのデュエルに勝つしかない。

 様々な疑問。ユベルが親友を奪った動揺。それら全てに今は蓋をして、十代はデュエルの勝利を目指す。

 これに勝った時は、きっと全てが元に戻っている。そんな希望に縋るようにして。

 

 この世界最後のデュエルが行われた。

 

 

 

 

 



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第69話 仲間

 

 * * * *

 

 

 

 

 ――童実野町。

 

 現実には恐らく存在しないであろうこの町の中を、俺はきょろきょろと周囲を見渡しながら歩く。

 俺が暮らしている街とは明らかに違う。見れば見るほど、その確信が深まっていく。

 たとえば視線を上げて信号機を見れば、そのポールに着けられた小さな看板には「童実野町」の文字。加えて俺の腕にはデュエルディスク――形状から、恐らくは遊星がつけていたものとほぼ同じものが着いている。

 更に目が覚めた時に足元に置かれていたジュラルミンケースの中には、俺が持っていた沢山のカード。まぁ、沢山のとはいっても、基本的に自分が作っていた幾つかのデッキに入るカードしか持っていなかったから、その種類もたかが知れているが。

 腕にデュエルディスクを着け、ジュラルミンケースを足元に置き、ぼーっと突っ立っている男。きっと誰が見ても怪しいと判断するだろう。何故なら俺自身そう思ったから。特にデュエルディスクなんてただのオモチャだ。そんなの腕に着けている十五歳とか、痛々しいにも程がある。

 だというのに、通行人の方々はそんな俺を見ても全く関心を示さない。普通、デュエルディスクなんて腕に着けていたら、怪訝な顔の一つでも向けられそうなものだが、それもない。

 この事実と、ついさっきまで見ていた夢の内容から、ここは本当に童実野町なのかもしれないと俺は思っていた。俺の遊戯王熱もここまできたか、と少しだけ誇らしく思う。

 

 しかし、触ったコンクリートも冷たかったし、よくできた夢だこと。いや、感覚があるということは現実なのか。だとすれば、実に面白い。得難い体験である。

 まぁ現実だとすれば、数少ない遊戯王仲間とはもう会えないわけで、それは残念だが……原作世界の観光という魅力に比べれば、ひとまず脇に置ける程度の問題である。

 ま、正直親戚の家での暮らしも居心地が悪かったし、たまにはこういう刺激があってもいいだろう。カード仲間にも面白い話を提供できそうだし、自分にしては気の利いた体験をしているものだ。

 

 そんなわけで、俺は意気揚々と童実野町らしいこの町を観光しつつ目的地に向かう。

 童実野町とくれば、当然一番に思い浮かぶのは初代遊戯王の主人公である武藤遊戯だ。ここは遊戯が生まれ育った家がある町なのである。

 他には町の中心にあり、天高くそびえるビル――KC社本社にも興味があるが、まずはやはり主人公だろう。それに、俺はアニメの中に入り込んだ異邦人なのだ。そういう設定である以上、きっと身元がはっきりしている主人公の元に行けば、イベントとでもいうべき何がしかの進展があることだろう。

 まぁ、ここが単に俺が知らないだけで日本に「童実野町」と同名の町があり、そこに移動しているだけという可能性もあるわけだが……どうなんだろうか。

 

 ……深く考えることは止めよう。どうせここはアニメの世界なのだ。楽しまなければ損だ。きっと、そうだ。

 

 一瞬心にひやりと流し込まれた冷気を首を振って払い、俺はうろうろと歩いた末に辿り着いた一軒のお店の前に立つ。

 

 おもちゃ屋「亀のゲーム屋」。

 

 マンガとアニメの中で見た出で立ちに瓜二つな姿で、その店は存在していた。

 

「へー、リアルだな。現実ではこうなってるのか」

 

 ディティールから壁の汚れまでしっかり見てとることが出来るほど、目の前の建物には現実感があった。

 この店を前に、俺は胸の鼓動が高鳴るをの感じていた。きっと、主人公との対面に心が期待しているのだろう。なにせ大好きな遊戯王の初代主人公なのだ。リアルでは一体どんな姿かたちなのか、興味がないわけがない。

 緊張のためか、額に汗がにじむ。心なしか、鼓動も早くなった。自分がこんなにミーハーだったなんて、と新たな自分発見に苦笑が浮かんだ。

 その時、ふと視線を感じて亀のゲーム屋の二階を見上げる。

 見ればそこには小窓が備え付けられており、その中から視線を感じたのならまぁ常識の範囲内だっただろう。しかし今はその常識に当てはまらない状況だった。

 視線の主は、その小窓の外側に浮いていたのである。

 

「《ブラック・マジシャン・ガール》……?」

 

 見上げた先、ふわふわと浮く半透明の少女は、青を主体にした露出の激しい奇抜な服を身に纏っていた。金色に煌めく髪を揺らし、杖にまたがって頭にかぶったこちらも青いトンガリ帽を手で抑えている。

 真下から見上げているため、ポーズは大まかにしか見えないが、たぶん間違いはない。

 幾度となくカードの絵柄で見た、ブラマジガールそのままの姿。半透明というあたりがなんともそれらしい。杖に隠れて男の子の興味をそそる部分が見えないのがちょっと残念だった。

 そんなまったくもってどうしようもないことを考えていると、こちらに視線を落とした彼女と目が合う。しかしそれは一瞬のことで、すぐにブラマジガールは家の中へと入っていってしまった。

 

「ああ、残念」

 

 せっかくアイドルカードとして有名なその姿を見ることが出来たのに、と表面上で悔しがる。内心では、まぁカードに懸想してもなぁと冷静な第三者然とした自分がささやいていた。

 その時、ガチャリと扉のラッチが動く音が耳に届く。誰かがゲーム屋から出て来ようとしているのだと考えるより先に、視線は扉へと固定されていた。

 そうしてゆっくりと開かれた扉の奥から顔を覗かせたのは、いつも画面の向こうでその活躍に胸を躍らせて見続けていた主人公の姿。

 

「――やぁ、いらっしゃい。中にどうぞ」

 

 柔和な微笑みを顔に乗せて、屈託のない声で俺に呼びかける。

 

 “武藤遊戯”がそこにいた。

 

 

「あ、その……」

 

 俺は突然の邂逅に言葉を詰まらせる。

 おかしいな。さっきまでずっと武藤遊戯を見たいと思っていたのに。なんで、こんなに喉が渇いているのだろうか。

 まるで本物のような、武藤遊戯。服の質感、髪の揺れ、唇の皺……本当に、どこまでもリアルすぎて、本人よりも本人らしい。まるで現実に存在しているかのような生身の人間。

 鼓動が一層うるさく胸を打つ。額に滲んだ汗が、頬を伝う。その冷たさに、俺は心底ぞっとした。

 

 ――なんだ、そういうことか。

 

 俺は今この瞬間、悟った。

 

 ――俺は主人公に会うことが嬉しくて興奮していたんじゃない。

 

 この場所に立ってから、心の中でずっと思っていたことを。けれど決して認めたくない事実を。俺は、目の当たりにするのが怖かったのだ。

 

 ――単に、主人公に会って実感したくなかったんだ。

 

 ここが、本当に現実の世界なのだと。それに向き合う恐怖が、俺の鼓動を早くしていたのだと俺は知る。

 

 ――どこなんだ、ここ……。

 

 ぐらりと地面が揺らぐのを感じて、俺は片膝をついた。実際には俺が眩暈を起こしただけだというのに、この瞬間、確かに俺の中では世界が揺れたのだ。

 大丈夫かい、と心配そうに声をかけてくる目の前の男。きっと武藤遊戯というのだろうその男の気遣いに、俺は何も答えることが出来なかった。

 

 

 

 

 

  * * * *

 

 

 

 

 

 十代とユベルによるデュエルは、結局遠也の時と同じく無効試合となって幕を閉じた。

 デュエル開始直後、ユベルは宇宙から地球へと帰還を果たした際に受けたダメージを回復させるには十分なデュエルエナジーが溜まったと口にし、マルタンの身体を解放。そこから溢れ出した橙色のエネルギーはやがて人型となって固定される。

 右半身を女性、左半身を男性とした左右非対称の肉体。両眼は右が緑、左が金色のオッドアイ。更に額にも第三の眼を持ち、全ての眼が十代の姿を捉えて離さない。

 蝙蝠のものにも似た悪魔の翼を背中で広げ、ユベルはただひたすらに十代がいま自分を見てくれている喜びに打ち震えていた。

 それと相対する十代の顔に、余裕はどこにもなかった。一年生の頃から隣で笑い合い、脅威に対して共に戦ってきた親友が、自身のかつてのフェイバリットカードであるユベルによって消えてしまった。そのことは、大きなショックを十代に与えていたのだ。

 

 ユベルを倒せば、きっと元に戻る。その希望だけが今の十代を支えていた。

 

 二人のデュエルはそんな対照的な心境の中スタートし、三幻魔の力の前に十代もまた苦戦を強いられる。かつては遠也と二人がかりで相対した存在。やはり自分一人では、と弱気が顔を覗かせることもあったほどだ。

 しかし、十代には多くの友が、仲間がいる。それを証明するように、やがて十代の背には応援の声が届けられた。ハッとして振り向けば、そこには階段を登りきってこちらを見る、オブライエン、万丈目、レイの姿。そして、三人の間を潜り抜けて飛び出してくる、ヨハン。

 待たせたな、と笑顔で十代に掛けられた声に、十代はずっと感じていたプレッシャーがすっと軽くなるのを感じたのだった。

 友の、仲間の姿に勇気づけられた十代は、ヨハンと並んでユベルに対峙する。二人対一人という変則的なタッグデュエルを行うこととなるが、ユベルはそれを承諾した。煩わしげにヨハンに視線を投げかけながら。

 そして始まったユベル対十代とヨハンというデュエルは、二人の健闘もあって一進一退の攻防が続いた。攻撃し、守り、緩やかに削られる互いのライフはまさに均衡を保っているかのようであったが、しかしやがてその均衡を崩す事態が訪れる。

 

 ヨハンがついに宝玉獣デッキの切り札たる最強のカード――《究極宝玉神 レインボー・ドラゴン》を召喚したのだ。

 

 永続魔法《宝玉の樹》や《レア・ヴァリュー》などを駆使し、フィールドと墓地に7種の宝玉獣を揃えたヨハンは、待ち望んできた瞬間が訪れたことに心を躍らせた。

 純白と金色の鱗を持ち、七つの宝玉を身に埋め込んだ巨大な竜。美しいそのドラゴンは攻撃力4000という切り札に相応しい攻撃力でもってユベルのモンスターを攻撃するも、それは相手によってかわされる。

 結果として明確に事態は動かなかったが、確かにこの時、均衡は崩れたのだった。

 

 その後、ユベルもまた切り札――《混沌幻魔アーミタイル》を召喚する。

 

 三幻魔を融合させるという恐ろしい条件によって生み出された怪物は、相手モンスターに10000ポイントもの戦闘ダメージを与える脅威の効果を持っていた。

 攻撃力4000を誇るレインボー・ドラゴンでさえ、6000ポイントものダメージを負うことになる破滅の一撃。あわやこれまでかと思われたが、しかしヨハンはレインボー・ドラゴン最後の能力を発動させたのだ。

 フィールドの宝玉獣を墓地に送り、その数につき1000ポイント攻撃力を上昇させるという特殊効果。このときヨハンのフィールドには6種の宝玉獣が存在しており、ヨハンはそれを全て墓地に送った。

 よって、レインボー・ドラゴンの攻撃力はアーミタイルと同じ10000ポイントにまで跳ね上がる。結果、等しい巨大な力同士がぶつかり合ったこととなり、それはやがて世界と世界を繋ぐ壁すら破壊するという大事へと繋がったのである。

 

 吹き荒れる風、振動を続ける大地。混沌とする世界の中、ヨハンは十代に告げる。

 

「ここは俺に任せておけ! お前は元の世界に戻って、皆を支えてやるんだ!」

 

 たまらず、十代は言葉を返す。お前はどうするんだ、と。置いていくことは出来ない、と。

 しかし、ヨハンは笑った。

 

「俺はアイツが皆の帰還を邪魔できないようにここにいる。十代、お前は皆の心を繋ぐ架け橋のような存在だ。この虹のように。お前がいれば、きっと――」

 

 そこで言葉を切り、ヨハンはエネルギーのぶつかり合いによって身動きが取れないでいるユベルに目を向けた。

 

「アイツが消しちまったっていう遠也も、探してみるぜ。別に俺は死ぬつもりってわけじゃないからな!」

 

 快活に笑うその姿に、十代は言葉が詰まって上手く喋れない。その間にも、世界が上げる悲鳴は大きさを増していく。

 

「俺は俺のデュエルで皆を救うという夢を叶えた! 次はお前の番だ、十代! 後は頼んだぜ!」

 

 瞬間。極光が世界に満ち、アカデミア全てを飲み込んで一面が白く染まる。

 焼けるほどの光の中、十代をはじめ意識がある者たちは固く目を瞑ってひたすら光の暴力に耐え続けた。

 

 

 ――数秒とも、数分とも感じられる時間の後。

 

 

 次に目を開いた彼らの視界に飛び込んできたのは、青い空と白い雲、緑の木々に、潮かおる海。上空にはヘリが飛び、正面玄関の先には「I2」と書かれたいくつもの装甲車が停まっていた。

 

「帰って……きた……?」

 

 誰とも知れず口から漏れたその声に、やがて元の世界への帰還を確信した生徒たちがワッと一斉に歓声を上げる。デュエルゾンビとなっていた生徒も、そうでなかった生徒も、今や全員が正気を取り戻して手を取り合っている。

 デス・ベルトも砂となって腕から零れ落ち、今この当たり前にある風景に出会えた喜びに、誰もが喜びを感じていた。

 

 ――しかしそこに、遠也とヨハンの姿はなく。

 

 十代は喜びとは無縁の感情をその心に抱くこととなるのであった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「――行方不明者は三名。イースト校所属アモン・ガラム。アークティック校所属ヨハン・アンデルセン。そして本校オベリスクブルー寮所属、皆本遠也」

「三人もの生徒が……。まさかこのような事態が起こるとは、まったく想定外だったのデース」

 

 助かった生徒たちがアカデミアの各所で喜びに沸き、騒ぐ姿を校長室から見下ろしながら、鮫島とペガサスは厳しい表情を崩さずに言葉を交わす。

 無論生徒の多くが無事に戻ってきたことは本当に嬉しい。しかし、三人の生徒の消息は全く知れず、全員無事とはいかなかったことが、二人の心に大きな影を落としているのだ。

 素直に喜びを表すわけにはいかない。立場上、そして心情的な理由からもそんな思いに駆られた二人は、こうして邪魔の入らぬ部屋で今回の件について話し合う。

 そして今の話題は、件の行方不明者のこと。鮫島は気遣わしげにペガサスを見た。

 

「ペガサス会長におかれましては、遠也君のことが……」

「確かに、遠也は私にとって大切な家族デース。しかし、私は公人でもありマース。今この時、彼だけを特別扱いするわけにはいかないのデース」

「そうですか……」

 

 あくまで平等な立ち位置から今回の件に当たると言うペガサスに、鮫島はそれ以上の言及を控えた。心の内では本当に遠也のことを心配しているのであろうことが、その苦渋がにじむ口調から察せられたからである。

 鮫島はただ視線を外で笑顔をこぼす生徒たちに移した。

 

「しかし一言、私情を見せることを許してくれるのなら……早く無事に帰ってきてほしいのデース」

「ええ、本当に。私もそれを願います」

 

 隣で吐露された胸中に、鮫島もまた心からの同意を返した。

 多くの生徒たちを預かる身として、断じて彼らのことを諦めるつもりなどない。そのために何が出来るかは皆目見当がつかないが、しかし自分が出来ることならば何を代償としたとしても惜しくはないと感じていた。

 その決意を胸に、鮫島はくるりと踵を返す。それを、ペガサスが視線で追った。

 

「ミスター鮫島、どちらに?」

「……今回の件、原因となった存在に私は心当たりがあります。この騒動の中心となった彼らには、話しておくべきでしょう」

 

 異世界からの脱出を懸けた最後のデュエルにおいて、敵と相対したのは十代とヨハンの二人だったという。その二人のデュエルを見ていた者がいたのだ。

 その人数は四人。途中で意識を回復させていたマナ、レインボー・ドラゴンを手に入れたヨハンと共に駆けつけたオブライエン。そして、デュエルゾンビの妨害を潜り抜けて辿り着いたレイと万丈目だ。レイはマルタンのことを心配して、万丈目は言葉にこそしないが十代のことを思っての行動だったのだろう。

 彼らはデュエル中であったために見守る選択をしたようだが、その中で何度も十代が「もうやめてくれ!」「どうしてこんなことを!」と悲痛な声で相手に呼びかける声を聴いていたのだという。

 あちらからの返答は要領を得ないものばかりだったようだが、それでも十代との間に浅からぬ関係があったことは容易に想像できたと、彼らは鮫島にそう言ったのだ。

 その時、十代の口から聞こえた敵の名は――ユベル。ならば、自分は彼らに自分が知ることを話さなければと鮫島は思う。

 ユベルと十代の過去、そして十代の性格を考えれば、二人の友を失ったことで十代は大いに自分を責めているだろうと予想できる。自分ではそれを癒すなど到底できないが、しかし彼の仲間たちであればあるいは、と鮫島は考えたのだ。

 過去のユベルが起こした事件、そして十代の精霊との親和性。それに期待をし続けていつの間にか任せきりにしてしまったのは、疑いようもなく自分の責任だ。これがその罪滅ぼしになるとは思っていないが……。

 

(どうか、彼らが十代君を支えてくれることを願うしかない)

 

 それでも、動かずにはいられない。鮫島はペガサスに一礼すると、彼らが集まっているだろうレッド寮の食堂へと足を向けた。

 

 

 

 

 一方レッド寮の食堂では、今回の事件に深く関わった数人が集まっていた。

 万丈目、翔、剣山、ジム、オブライエン。そして現場にこそいなかったものの、彼らと親交が深い吹雪。そして彼らがこの世界に帰ってくるために一役買ったカイザー丸藤亮と、アカデミア在校生でありプロでもあるということで同行していたエド・フェニックス。ちなみにレイはユベルから解放されたマルタンの様子を見に行っているため、ここにはいない。

 更に食堂の端にはパラドックスとマナが立っていた。その表情は静かで、感情を感じさせない。パラドックスも遠也の知り合いであるようだが、マナが遠也の恋人であるのは周知の事実だ。

 しかしそのマナが怒りも悲しみも感じさせない無表情でいることに、彼らは何とも言えない虚無感を感じる。ゆえに、誰もが二人から目をそらさずにはいられなかった。

 こうして食堂に集まった一同。特に本校の生徒である万丈目らにとって卒業生であるカイザーに会うのは久しぶりとなる。しかし、当然ながらその顔に喜色の色は見られない。

 皆本遠也とヨハン・アンデルセン。遠也については一年生からの付き合いの者も多く、またヨハンと共に仲間として一緒に行動していた仲なのだ。この場の誰もが二人の安否を心配しているからだ。

 

 更に十代のことも気がかりであった。この世界に戻ってから、気付けばどこかに行ってしまったようで今はこの場にいないが、一度見かけた万丈目によるとその表情は驚くほど暗いものであったという。

 声をかけようとして喜びに騒ぐ生徒の波に押されて見失ってしまったらしいが、しかしあの十代が落ち込んでいるという事実は彼らの心にも影を落とした。

 まるで去年、カードが見えなくなってしまったという一時期のような状態。いや、友を目の前で二人も失ったとなれば、その心に負った傷はあの時の比ではないだろう。

 まして、十代はその原因を自分のせいであると考えているようなのだから。これは、今はこの場にいない明日香からの情報である。

 その話を聞いた時のことを思い出しつつ、吹雪が低い声で言う。

 

「……“全部俺のせいだ”、か。遠也君とヨハン君がいないとわかった直後に十代君が呟いた言葉だそうだけど、どうにも信じにくいね……」

 

 その時、明日香は十代のすぐ隣にいた。そのためその呟きを聞き取り、その後明日香は吹雪に話を伝えたのだ。

 その話を聞いた吹雪だったが、頭から信じることは出来なかった。なにせ学園ごと異世界に飛ばされたのである。その原因が十代一人にあるとは、どうしても思えなかった。

 しかし、それにしては十代の塞ぎこみ様は凄まじかったという。だからこそ、吹雪は言葉を濁した。

 

「オブライエン、お前は途中から十代のデュエルを見ていたんだろう? 何か言っていなかったのか?」

 

 ジムが隣に座る男にそう問いかければ、オブライエンはゆっくりと顔を上げた。

 

「……俺が聴いたのは、十代の相手がユベルという存在であること。十代はそのユベルを知っている様子だったことぐらいだ。その後はヨハンがレインボー・ドラゴンを召喚し、敵の三幻魔を融合させたモンスターとの衝突によって発生した激しい光から俺と万丈目は十代たちを連れて脱出するのが精一杯だった」

 

 それが自分の知る情報の全てだ、とオブライエンは口を閉ざす。

 その話を聞き、全員が重々しく思考を働かせる。

 

「つまり、あいつがさんざん呼びかけていたユベルという精霊。……それが十代の気がかりというわけだ」

「兄貴とそのユベルとかいう奴に、一体何があったんだドン」

 

 万丈目は己のライバルと定める男が下を向いている事実に、忌々しげな表情を見せる。その原因を作っているのが、そのユベル。剣山ではないが、やはりその関係性が気になるところだった。

 そしてそれは万丈目だけでなくこの場にいる全員が思っていることだろう。果たしてユベルが何者なのか。誰もがそれについて思索する中、不意に翔の溜め息が室内に響いた。

 

「どうした、翔」

「お兄さん……」

 

 それに気づいたカイザーが、いくらか気遣わしげに尋ねる。それというのも、明らかに今の翔が落ち込んでいる様子だったからだ。

 カイザーに見つめられ、翔は一度顔を伏せる。そして、まるで俯いたまま話を始める。それはまるで、懺悔しているかのようだった。

 

「……僕、遠也くんがマルタンと一緒に行く時、うっすらと意識があったんだ。マルタンは……ううん、ユベルは僕に攻撃しようとしていた。それを、遠也くんがかばってくれたから、遠也くんは連れて行かれて……」

 

 マナが不意に顔を上げて翔を見た。少しだけ驚いたような視線を、自身を責めるものに感じて、翔は目尻に涙を溜めて受け止める。

 

「行っちゃ駄目だ、って言おうとしたのに……口が動いてくれなかった……! 指一本、動かせなかったんだ……! 全然、身体に力が入らなかった……! ごめん、ごめんなさい、マナさん……僕のせいで、遠也くんがっ……!」

「翔……」

 

 こらえていたものが噴き出すかのように告白した翔。その目からは滂沱の涙が零れ落ちる。

 痛ましげにそれを見るカイザーの顔には、こうまで苦しむ弟に何もしてやれない悔しさが見て取れた。

 翔は度重なるデス・デュエルによって限界までエナジーを抜き取られていたのだ。身体が動かなかったことは、ある意味で当然といえる。しかし、そんなことは本人にとって何の慰めにもならないだろう。翔にとって大事なのは、自分さえいなければ遠也は助かっていたかもしれないという思いだけだった。

 それとてユベルの目的が遠也の排除にあった以上可能性は低いのだが、それを知らぬ翔にそんなことは判らない。ゆえに、ただただ翔は自分を責めるしかなかった。

 周囲も、そんな翔に掛ける言葉が見つからずただ翔の告白を聴くしかできなかった。これに答え、翔の気持ちを救ってやれるのは当人である遠也しかいない。彼らの慰めなど、心の表面を滑るように意味を為さないだろう。

 しかし、ここに遠也はいない。ならば、誰が自分を責め続ける翔を救ってやれるのか。

 

 そんなことが出来る存在は、一人しかいなかった。

 

「――ありがとう、翔くん」

「え?」

 

 俯いていた顔を上げると、翔の目の前には苦笑を浮かべるマナがいた。

 驚く翔に手を伸ばし、マナはゆっくりと翔の涙をぬぐった。

 

「やっぱり、遠也は遠也だったんだね。友達のために、無茶ばっかりして」

 

 あれほど無茶はしないでって言ったのに、とマナは笑う。影こそあるものの、それは確かに笑みだった。

 

「でも、だからこそ遠也だよ。確かに遠也は翔くんを助けたけど、遠也にとっては友達を助けるなんて当たり前のことなんだよ。だから、きっと遠也がいたらこう言うと思う」

 

 涙をぬぐう手を止め、マナは翔と視線を合わせて、言った。

 

「――“気にするな、友達だろ”ってね」

 

 マナは確信を持って言葉を続けた。

 ずっと、この世界に遠也が来た時からずっと一緒にいたマナだからこそ、間違いなく遠也はそう言うと断言できる。

 こっちは遠也がいなくなってしまったことで落ち込んでいたというのに、そんな“らしい”話を聞いてしまっては、苦笑も出て来ようというものだとマナは思う。きっと遠也のことだから、最後まで翔のせいになどせずに戦ったのだろう。

 無事の帰還こそできなかったものの、きっと翔のことを恨んではいない。それが遠也だから。なら、本人である遠也が気にしていない事で自分が翔を責めることなど出来るわけがない。

 だから、自分は恐らく遠也がするだろう態度を取るだけだ。それはきっと、泣いている翔を慰めること。気にしなくてもいい、と安心させることだ。

 

「ま、マナさん……う、ぅうう……!」

 

 翔はマナのそんな言葉に、涙を更に流した。

 確かに、遠也ならそう言うだろう。そう自分にも思えた。だからこそ、翔は泣いた。自分を友達だと言って、自分のために戦ってくれた遠也のことが心から嬉しく、誇らしかったのだ。

 同時に、助けられてしまう自分が情けなくもあった。そんな正負の感情が混濁した涙を翔は流す。

 カイザーがそんな弟の肩を抱き寄せ、慰める。力のない自身への怒りは、カイザーにも経験がある。破滅の光に乗っ取られ、自我を失くしてしまった時だ。

 しかし自分はその後、そんな己を克服するべく力を磨いた。ならばきっと、翔も同じ道を歩むことだろう。カイザーはそう確信する。

 兄に出来て、弟に出来ぬはずがない。きっと遠也の思いに応えるべく、翔もまた前に進むのだろう。泣く弟の震える肩を見ながら、カイザーはそのことを感慨深く思った。

 

 そんな二人を見つめ、マナは安心したように笑う。これで翔は大丈夫だろう。翔にもある強さを、マナは信頼していた。

 そして、ゆっくりとマナはその表情を変えていく。その表情にある感情は笑顔とは程遠く、不安、あるいは寂しげなもので、脆く儚く感じられるものであった。

 

(遠也……きっと、無事でいてくれるよね……)

 

 あの黒い穴に吸い込まれていった最後の姿。あの穴は、一体どういったものだったのか。それを知る術はないが、しかし遠也を殺すならあんな穴を作る必要はなかったはずだ。

 なら、きっとあれは遠也の命を絶つようなことはしていない。きっとそうであると信じて、遠也もまたどこかで生きているとマナは信じることにした。

 自分が信じなくて、どうするのか。しっかりしろ、と落ち込んでいた自分に喝を飛ばす。

 

(遠也――絶対、見つけ出してあげるからね!)

 

 そうと決まれば、落ち込んでなどいられない。

 先ほどまでの無表情が嘘のように強い意志を瞳に宿すと、マナはぐるりと食堂を見渡した。すると、食堂の端にいたパラドックスがちょうど食堂を出て行く姿が見えた。

 マナの中では一応危険人物であり、遠也ともなぜか関係が深いだろう人物である。その彼が出て行くのを、慌ててマナは追いかけようとする。しかし、ちょうどパラドックスが出て行ったのと入れ違いに、鮫島校長が現れたことでマナは足を止めた。

 何故なら校長が「十代君とユベルという存在の関係について話がある」と切り出したからである。

 遠也をあんな目に遭わせた張本人であるユベル。その正体に迫る話ということで、マナは数秒悩んだ後に追いかけるのを諦めて皆と一緒に話を聞く方を選んだ。

 敵を知り、己を知れば百戦危うからずという。その大前提である敵を知る機会を自ら棒に振ることはないと判断したためだ。

 校長は食堂から出て行った見慣れない男に首を傾げていたが、マナが中に戻り近くの椅子を引いて座ると、今はそれよりも大事なことがあると意識を改めた。

 

 そして校長は語り始める。幼い頃に十代の身に起こった奇怪な事件。その原因であるカードと、そのカードをかつての十代がどうしたのかということを。

 元々ネオスが幼い頃に十代が案を出して、その後宇宙に送られたカードだと知っていた面々は、宇宙にカードを送ること自体には驚かなかった。

 しかし、同時期に送ったはずの一方は正義のHEROとなり、もう一方は十代の願い虚しくより歪んで帰ってくる。その運命のいたずらには、唸らざるを得ないようだった。

 

 《ユベル》――十年も前からすでに現実世界に多大な影響を与えることを可能としていた、驚異の精霊。宇宙に送られたこと、そして多くのデュエルエナジーを吸収したことで、その力は更に強化されていることは間違いない。

 その強大な力が、アカデミアごと異世界へ転移するという大事を可能にしたのだ。そしてそれは、十代がユベルを宇宙に送らなければ……あるいは十代がいなければ起こらなかったことだ。

 そう考えれば、なるほど十代が言う“俺のせい”という言葉もあながち間違いではない。原因がユベルであれ、そのユベルが力を振るう理由は十代だったのだから、確かにそう言うことも出来るだろう。

 それを考えれば、異世界での苦しみは十代がもたらしたものであるとも考えられる。あの異世界で苦渋を飲んだ者は数多い。その責任を十代が感じるのも仕方がないのかもしれない。

 

 だが――、

 

「ふん、くだらん。あいつはそんなことを気にしていたのか。あいつが過去にしたことに、なぜこの万丈目サンダーが一喜一憂せねばならんのだ」

 

 鼻息荒く万丈目が言い、やがて呆れたように肩をすくめる。

 

「確かに遠也とヨハンのことは、気にせずにはいられんだろう。だが、やはり考えが足りていないなあいつは。馬鹿が一人で抱え込んだところで、どうにもならんだろうが」

「優しいわね、兄貴ぃ~。十代の旦那のことを心配してあげてるのねぇん」

「死ね!」

「やだちょっと、兄貴ったらどこ掴んで……って、投げるのはやめてぇええ~ん……!」

 

 まだ異世界の力が微弱なりとも漂っているのか、実体化して健気に万丈目を褒めたおジャマ・イエローを、万丈目はむんずと掴んで思いっきり食堂の窓から放り投げた。

 涙と悲鳴が尾を引いて遠ざかっていくのを、一同が苦笑いで見送る。

 その後、ゴホンと誰かの咳払いがあって全員の言葉が続いた。

 

「ま、言い方はあれだがThunderの言う通りだ。十代は、俺たちという仲間がいることを忘れている」

「苦楽を共にした戦友を、心配しないはずもない」

「だドン。兄貴には俺たちがいるザウルス!」

「そうだ……遠也くんやヨハンくんだって、兄貴と僕たち皆で力を合わせれば、きっと助けられる!」

「三人寄れば文殊の知恵、か。ふっ、一理あるな」

「相変わらず、おめでたい連中だ。ま、嫌いじゃないけどね」

 

 万丈目に続き、ジム、オブライエン、剣山、翔、カイザー、エドが、十代の力となることを当たり前のように口にする。

 その姿に、校長は「君達……」と感動で言葉も出ない様子だった。マナもまた十代や遠也たちが築いてきた絆の姿を前に、微笑みを浮かべる。

 仲間が、友が苦しんでいるならば、どんな時だろうと助けになる。ただそれだけの、しかし実行に移すには損得を計算する理性が邪魔をして難しいこと。

 それを、躊躇いなく実行してくれる仲間たち。何よりも得難いその姿は、黄金よりも輝きに満ちた価値あるものであるように感じられるのだった。

 

 そうして団結する皆の後に、吹雪が「僕も同意見だよ。けど、今頃は十代君も考えを変えているかもねぇ」と笑みを含んだ顔で言う。

 それに校長が「どういうことかね?」と疑問を返せば、吹雪は自信に満ちた、どこか誇らしげな顔でこう言った。

 

「今ここには明日香がいないでしょう? つまり、そういうことですよ。うちの妹の優しさは、落ち込んでいられないぐらいに強烈ですからね」

 

 そして笑ったまま、吹雪は肩をすくめるのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 元の世界への帰還を果たし、アカデミアの至る所で喜びの興奮に包まれる生徒たち。食糧難、外界への恐怖、本当に帰ることが出来るのかという不安。常に心を圧迫していたそれらの要素から一気に解放された彼らの心情は、察するに余りある。

 誰もが自身の帰還を喜び、そして彼らの帰還をこの場にいる誰もが喜んだ。常なら騒ぎを収集するであろう教師たちも、今この時ばかりは心から生徒たちの無事を祝ってただ彼らを優しく見守るのだった。

 

 そんな中、十代は足早にその場を離れていた。耳を塞ぎ、目を伏せ、まるで逃げ出すかのように生徒の輪から抜けると、一気に走り出す。

 何か目的地があるというわけではない。十代はただ一刻も早く一人になりたかったのだ。喜びに沸く空気は、今の十代にとって耐えがたい苦痛であったから。

 異世界からの帰還を喜ぶ彼らは知らないのだ。異世界に行ってしまった原因が、恐らくは自分にあることを。あの世界での苦しみ、不安、悲しみ、絶望……それら全てが恐らくは幼い頃に自分がしたことが遠因となっていることを。

 そのことに、十代は罪悪感を覚えていた。自分がいなければ、きっと誰もが普通にアカデミアでの学生生活を楽しめていたはずだ。あんな危険な世界に飛ばされることもなく、退屈だが平和な日常を謳歌していたはずなのだ。それを壊したのは、間違いなく自分のせい。その意識が、十代の足を動かしていた。

 何より、自分がいなければ、遠也とヨハンはあんなことにはならなかったはずだった。遠也は黒い穴に呑みこまれて消え去り、ヨハンはアカデミアを元の世界に戻すために異世界に取り残された。

 それもこれも、自分さえいなければ起こらなかっただろう事だ。自分がかつてユベルを宇宙に送らなければ、こんなことにはならなかった。

 かつての自分がした事が、いま親友を失わせた。それは、十代にとって受け止めがたい現実であり、そして重すぎる事実であった。

 

(俺が……俺が、いなければ……!)

 

 ただひたすら走り続けた十代は、やがて見通しのいい平原に出た。ブルー寮から程よく離れた位置にある、あまり人目にはつかないが海を望め、開放感があるその場所。

 かつてはカイザー、遠也とともにデュエルをした場所であり、去年には悩んだ十代が遠也に相談を持ちかけたこともあった場所である。

 しかし、今の十代にはここがどこだかなどどうでもいいことであった。走り続けていた十代は、荒い息のまま芝生に膝をつく。

 そして、おもむろに右拳を振り上げると、思いっきりそれを地面に叩きつけた。

 

「俺のせいだッ! 俺のッ……、遠也……ヨハン……ッ!」

 

 悪い、そう言って小さな苦笑と共に消えていった親友。後は頼むと言って、笑っていた友。その姿が、十代の心を苛む。彼らをそんな状況に追い込んだのは、他でもない自分のせいなのだ。

 もちろん、直接的な原因はユベルだ。しかし、十代は不思議とユベルを責めきれない自分を自覚していた。こんな状況になっても、しかしユベルに対して感じるのは「怒り」ではなく、「どうして」という疑問だった。十代は何故か、ユベルが自分を苦しめるはずがないと無意識に信頼していたのである。

 しかし、実際にはユベルは十代に害を与えている。ユベルがそうなったのはやはり、幼い頃にユベルを宇宙に打ち上げたことが原因なのだろう。

 そしてそれは、十代自身の意思だった。だからこそ、十代は自分のせいであると己を責める。

 しかしこの場に遠也とヨハンはいない。ゆえに結局十代を許す、あるいは罰を与えることができる者はおらず、十代は延々と自分を責めることしかできなかった。

 

 そうしてただ自分を責め続ける十代を、ハネクリボーが心配そうに見つめる。その視線にすら、今の十代は気づかない。ネオスたちも十代の今までにない苦しみように胸を痛めたが、しかし声をかけることを躊躇っていた。

 下手な慰めは何の意味も持たないことを彼らは知っていたのだ。それはただいたずらに十代の自責を強める結果となりかねない。今の十代は、彼らが言ったところで自分のせいであるという意思を曲げないだろうからである。

 それに、ハネクリボーやネオスは仲間とはいっても結局は十代寄りなのだ。十代に惹かれ、十代の力となって存在している彼らは、たとえ苦言を呈そうとも真の意味での第三者とはなり得ないのである。

 そんな自分たちの言葉が、果たして十代の心の奥にまで響くだろうか。ネオス達は、そんな不安に駆られていた。

 常ならきっとそんなこと気にも留めなかったであろう。しかし、普段とはあまりにも違う十代の様子が、彼らにも動揺を与えていたのだ。今の十代には、一歩間違うだけで崩れてしまいそうな脆さがある。彼らは一歩踏み込んで十代を壊してしまうことを恐れたのである。

 しかしその躊躇は、それだけ彼らが十代を思っている証でもあった。そんな彼らだから、このまま十代が変わらなければ、意を決して一歩を踏み込むこともあったに違いない。

 

 しかし、今回は彼らがその決断を下すことはなかった。何故なら、今まさにこの瞬間、十代に声をかける者が現れたからである。

 アカデミアからこの平原へと繋がる道。たったいま十代が通ってきたそこを、小走りで通り抜けて現れた一人の少女。少しだけ乱れた息を深呼吸で整え、その少女――天上院明日香は膝をついて顔を伏せる十代にゆっくり近づいた。

 

「――十代……」

「………………」

 

 呼びかけるも、十代からの反応はない。

 明日香はこれまで見たことがないほどに打ちひしがれている十代に、悲痛な表情を見せる。

 十代の様子があまりにおかしかったから後を追ったものの、今の十代の姿を見ると、本当に今この場に来てよかったのかとさえ思えた。もし十代が何か問題を抱えているのだとしたら、力になってあげたい。その思いで動いてしまったが、そんな衝動に任せて大丈夫だったのかと不安になる。

 そんな弱気が顔を覗かせたが、それに気づいた明日香は軽く頭を振ってその思考を追い払う。

 力になれるかどうか、そんなことを考える必要はない。もっとシンプルでいい、と明日香は意識して気持ちを新たにする。

 

 今の十代は放っておけない。自分が動く理由なんて、それだけで十分ではないか。

 

 自分にとって、十代は仲間であり、友人であり、そして……気になる男の子だ。なら、それだけでいい。そんな彼の力になってあげたい。結果が伴うかどうかではなく、その思いこそが重要なのだと明日香は自分に言い聞かせた。

 そして、意を決した明日香は十代の横に腰を下ろす。その姿をハネクリボーやネオス達は少し期待を込めた目で見つめていた。精霊が見えない明日香はそれに気づくことはなく、隣で顔を伏せる十代に一言問いかけた。

 

「ねぇ、十代。“全部俺のせいだ”ってどういう意味?」

 

 一言目にはなんて言おうか。気を使った一言を考えては見たものの、いい言葉が見つからなかった明日香は直球で気になることを聞いてみた。

 元の世界に戻ってすぐ、十代は明日香の前で「全部、俺のせいだ」と呟いていた。あの時、明日香は「十代のおかげでみんな帰ってこれた」と言ったが、それでも十代は首を振って「そんなんじゃない、全部俺のせいなんだ」とかたくなに己を責めた。

 その後十代は離れていき、後を追おうとした明日香は駆け寄ってくる吹雪に掴まった。もちろん兄との再会を明日香は喜んだが、十代の様子がおかしいことが気になっていた明日香は吹雪に十代の様子を簡単に話して別れたのだ。

 このまま十代を放っておいてはいけない。何故か、そんな気がしていたから。

 そうして後を追ってきた明日香の問いに、十代はゆっくりと顔を上げて明日香を見た。その目は驚くほどに疲れ切っており、十代の苦悩を現しているかのようであった。

 

「……そう、だな。巻き込まれたお前には、話さないといけないのかもな……」

 

 暗い口調でそう言う十代に、明日香は慰めの言葉をかけてあげたい気持ちを必死に抑え込んだ。

 いま出てくる慰めなど、ただの同情からくる言葉でしかない。十代の抱える事情も知らずにそんな真似をするほど、明日香は無神経ではないつもりだった。

 そして、十代は話し始める。今回の一件が全てユベルという精霊によるものであるということ。異世界に飛ばされたこと、遠也とヨハンが犠牲になったこと、その全てが幼い頃の自分に起因すると十代は話した。

 遠也とヨハンの姿が見えない事は、単に自分が見逃していたというわけではなかったらしい。そもそもその二人はこの世界に戻ってきていないと聞かされ、親しくしていた明日香もさすがに言葉を失った。

 そんな明日香を見て、やはりと十代は思う。仲間を失ったことに明日香がショックを受けないはずがない。そして、そんな顔をさせたのが自分だということが、十代はたまらなく苦しかった。

 すべてはかつての自分が行った行動の結果。それが今、こうして友を苦しめている事実に、唇を噛むしかない。

 

「……俺があの時、ユベルを宇宙に送っていなければ。遠也もヨハンも犠牲にならなかった。アカデミアだって、異世界に行っちまうこともなかった! クソッ!」

 

 どん、と十代の拳が地面を打つ。

 後悔と自責、そして怒りが十代の表情に刻まれている。もともと仲間思いであった十代にとって、自分が原因となって二人を失ったことは大きな傷となっていると明日香は悟らざるを得なかった。

 もちろん自分だって二人がいないことは、大きなショックだった。明日香にとっても二人は大切な仲間であり、友だったのだ。そのショックは、決して小さいものではない。

 しかし、明日香は努めてその衝撃を押し殺した。自分がこれ以上そんな姿を見せては、一層十代が気にするだけであると思ったからだ。

 二人は大丈夫なのか。不安と心配は尽きないが、だからといって目の前で苦しむ十代を放っておくわけにはいかない。その一心から、明日香はぐっと力を入れて遠也とヨハンがいないという事実を飲み込み、その現実を無理やりにでも受け入れた。

 

 ――息を吸い、吐く。それでどうにか毅然とした表情を作り出すことに成功した明日香は、くずおれる十代に向かって、口を開いた。

 

「ねぇ十代。私は、遠也とヨハンのことを大事な友達だと思っているわ」

 

 十代は顔を上げない。けれど、明日香は気にしなかった。今はただ自分が言いたいことを言うだけでいい。十代の気持ちを知ろうとするのなら、まずは私が自分の考えを十代に示すべきだ。そう考えたからだった。

 

「翔君も、三沢君も、剣山君も、万丈目君もそう。もちろん亮だってそうだし、レイちゃん、レインちゃん、エド、ジム、オブライエンだってそうよ。ジュンコにももえも、私にとっては大事な友達。マナだってそう。誰かが困っていたらきっと……いいえ、絶対私は力を貸すと思う」

 

 そして、と明日香は続けた。

 

「もちろん十代、あなたも私にとって大切な……仲間だわ」

 

 少しだけ言葉を詰まらせて、しかし明日香はそう断言した。

 もちろん今挙げたメンバーだけではなく、クロノス先生をはじめ多くの仲間と呼べる人間が明日香の側にはいる。アカデミアに入学して六年目。特に高等部に入ってからの毎日は、明日香にとって多くの出会いの日々であった。

 そしてまた、そんな彼らと歩んできた月日はかけがえのないものとなっている。楽しく、嬉しく、悲しく、苦しい。けれど、やっぱり楽しかった日々。そんな毎日を一緒に過ごしてきた皆は、もはや替えのきかない唯一無二の財産となっていた。

 付き合いの長い人も、まだ日の浅い人もいる。けれど、そんなことは関係なく充実した時間を形作った仲間であることは確かなのだ。だからこそ、明日香は今の仲間たちのことを大切に思っていた。

 彼らに何かあれば、きっと自分は力を貸す。逆に自分に何かあれば、皆は自分を助けてくれるだろう。そう心から信じることが出来る、そんな仲間だった。

 それを明日香は誇らしく思うし、そんな仲間が出来たことを嬉しく思っている。しかし、明日香には少しだけ負い目があるのだった。

 

「けどね、皆と違って私に出来ることは本当に少ない。私は遠也や万丈目君ほどデュエルが強くないし、マナみたいに魔術が出来るわけじゃないし、レイちゃんのように可愛くもない」

 

 三沢ほど頭がいいわけでもなければ、亮やエドたちのようにプロとしての力があるわけでもない。

 翔ほど成長もしていなければ、剣山ほど大胆にもなれない。他のメンバーは各校のチャンピオンだったりと、やはり実力者ぞろいだ。

 自分には、これといったものが何もない。皆を助けたいと思いながらも、結局自分に出来ることなどたかが知れている。実際去年などは、斎王に操られて十代に助けられる始末だ。

 仲間内で自分だけが足を引っ張っている。明日香はどうしてもその考えを拭い去ることが出来ないのだった。

 誰かに聞けば、そんなことはないと言ってくれるだろう。しかし、自分でそう思えなければ意味がない。その事実は、明日香にとって小さくないコンプレックスでもあるのだった。

 けれど、一つだけ。一つだけ、明日香には他の皆とも引けを取らないと自負できることがあった。

 

「――でもね。仲間を思う気持ちなら、私だって皆にも負けていないわ。十代、あなたは私の……私たちの仲間でしょう? 苦しいなら、もっと頼って。辛いなら、助けを求めて。私たちは絶対に、あなたの力になる」

 

 打ち付けられた拳を、そっと自身の手で包み込む。固く握られた拳に熱を送り解きほぐそうとするかのように、明日香は壊れ物を扱うかのように十代の手と触れ合った。

 

「十代。あなただって、私たちが苦しんでいたら、きっと同じことを言うでしょう?」

 

 そう確信できるほどには、明日香だって十代のことをわかっていた。

 だから、十代にも私たちのことをもっと信じて欲しいと訴えかける。確かに自分たちは十代や遠也に最後は任せきりだったかもしれない。しかし、だからといってなんの力もないわけではないと。

 辛さも苦しさも、分け合って受け止めることぐらいなら自分にもできる。デュエルが強くなくても、頭がよくなくても、可愛くなくても、それならば自分も力になれる。

 仲間を思う気持ちなら、皆と変わらない。だから、十代が苦しいならば助けたいと思う。それはきっと十代だって逆の立場なら同じことを言う。だから、わかってほしい。

 そう訴えかけるが、十代は首を振った。そして、顔を上げて明日香を見る。その顔には、縋りたいけれど縋れない。そんな苦悩が見て取れた。

 仲間に頼ることに、いけないことなんてない。明日香はそう言葉にしようと思うが、その前に十代がその苦悩を打ち明けた。

 

「……わかってる。わかってるさ。きっと皆は俺を助けてくれる。けど、それは居心地がいい逃げだ。だって、皆は絶対に俺を許してくれるから(・・・・・・・・・・・・・)

 

 そこで、十代は目を伏せた。

 だから気づかない。今の言葉で、明日香の表情がにわかに変わったことを。

 気づかないまま、言葉を続ける。

 

「けど、俺はそんな簡単に許されちゃいけないことを――」

「――十代、あなたは勘違いをしているわ」

 

 微かに怒気を滲ませた声が耳に届き、はっとして十代は明日香を見る。

 そこには真剣に怒りを湛えた瞳があり、真っ直ぐに十代を見据えていた。

 思わず気圧されて固まる十代。その襟をつかんで、明日香は無理やり顔を近づけた。まったく見当違いな心配をしていたこの男に、言ってやらなければ気が済まない。そんな表情で、明日香は一気にまくし立てる。

 

「私たちが、苦しむあなたを慰めるだけの都合のいい人間だと思うの? だとしたら、それはあなたの思い違いよ十代! あなたが間違っていたら、私は張り倒してでもあなたを止めるわ! 本当に許されないことをした時は、あなたが許しを願っても私はその罪をなくすようなことはしない! たとえあなたに嫌われてもよ!」

 

 ただ十代だからと全てを受け入れるなんてことはない。それは結果的に本人のためにはならないからだ。だから、間違っていることにはきちんと否を突きつける。

 

 それが、

 

「――仲間でしょう! 今のあなたの言葉は、私たち全員への侮辱よ!」

 

 ただ盲目的に十代を肯定するのなら、それはもはや信徒と呼んだ方が的確だ。自分たちをそんな人間だと思っていたのなら、それはこれ以上ない自分たちへの侮辱だった。

 明日香の目は、もしそれが本心なのだとしたら許さないと語っていた。その本気の怒りを前に、十代も自分が何を言ったのかを悟る。

 当然、十代だって心からそんなことを思っているわけではなかった。自分だって皆のことをかけがえのない仲間たちだと思っているのだから。

 だが、やはり思考が自責に囚われていたのだろう。今回の事態の原因を作った自分が、楽になってはいけないと十代は強く思いこんでいたのだ。

 だから、自分にとって居心地がいい場所――仲間たちのところに自分は居てはいけないと思ってしまった。その理由付けが、さっきの言葉だったのだ。

 しかし結局本心ではない言葉など薄っぺらなものに過ぎない。明日香の怒りを買うだけで、結局自分自身すら騙しきれなかったのだから。

 次に口にする言葉次第では許さない。そう書いてある明日香の目を見て、十代は心からの謝罪をした。

 

「……ごめん、本当に」

 

 その言葉は紛れもない本心だった。弱気になって、仲間ですら自分の気持ちに嘘を吐く言い訳に使って。何をやっているのだろうか、と十代は自分が情けなくなった。

 そしてその言葉に嘘はないと判断したのだろう。明日香は掴んでいた襟を離し、少しよれてしまったそれを軽く直すと十代に頭を下げた。

 

「……いいえ、私こそ怒鳴ってごめんなさい」

「明日香が謝る必要はないって! ……やっぱ、駄目だな俺。去年といい今といい、遠也や明日香に言われないと、こんなになっちまうんだから」

 

 自嘲気味に笑い、十代は顔を上げて空を見上げる。うっすらと空の端が橙色に染まり始めた天の中、数個の雲が悩みなどないかのように穏やかに流れている。

 何となくそれを目で追う十代に、明日香は小さく笑って肩を寄せた。

 

「十代、そんなことないわ。いつだってあなたの姿に、私たちは勇気づけられてきたもの。けれど、受け取ってばかりで満足するほど私たちは殊勝じゃないのよ。私たちだって、あなたを助けたい。そういうものでしょう?」

「ああ、そうだな。……仲間、か」

「ええ。今はあなたも一杯一杯でしょうけど……でも、忘れないで。私たちは仲間なのよ十代。私が言いたいのは、それだけだわ」

 

 これで自分が言いたかったことは言い切った。十代がどんな結論を出すのかはわからないが、きっと私たちが十代の側にはいるのだということは伝わったはず。

 なら、あとはもう十代に任せるしかない。簡単に解決するような悩みではないだろう。それほどまでに、遠也たちを失った事実は十代にとっても大きいはずだ。これからきっと、十代はまた悩むはずだった。

 なら、その場に自分がいては邪魔になるだけだろう。既に言って聞かせたいことは全て言ったと判断した明日香は、悩む十代の邪魔になってはいけないと立ち上がろうとする。

 しかし、その動きは十代が明日香の腕を掴んだことで止められた。不意打ちで触れた肌に心臓が一度鳴ったことを自覚しつつ、明日香は一体どうしたのかと十代に問いかけた。

 すると、十代は呟くような声音で言葉を選びつつ話し始める。それは、どう言葉にしたらいいのかわからない気持ちを整理して形にする作業のようでもあった。

 

「……やっぱり、俺は自分のせいだって思いは捨てられない。けど、だからってこのまま落ち込んでいたって、どうしようもないんだよな……」

 

 言い聞かせるような言葉に、明日香はただ静かに付き合う。

 いま十代は、心の中にある自分の決意を表に出そうとしているのだとわかったからだ。徐々に形を為し始めた言葉は、次第に強い語調へと変化していく。

 

「自分を責めていたって過去は変わらないし、遠也たちは戻ってこない。なら、俺は動くしかないんだ」

 

 言い切り、十代は明日香と正面から向き合う。

 既に自分の中で結論は出ている。ならば、後はそれを言葉という形でしっかりと示すべきだと十代は思った。こうして自分のために話をしに来てくれた明日香への、それが礼儀だと思った。

 

「――遠也とヨハンを助ける。あの二人はきっと無事に生きているはずだ。だから、俺はまず二人を助ける」

「それは、自分が原因だから?」

 

 そこからくる責任感がそうさせるのではないか。

 鋭く指摘してきた明日香に、手厳しいなと内心で十代は苦笑した。

 

「それもあるかもしれない。けど、それだけじゃないぜ。――忘れてたんだ、自分を責めることより大事なことがあったんだってさ。親友を助ける。理由なんて、友達だからで充分だ。だろ?」

 

 自分を責めていたって、結局満足するのは自分だけだ。それよりもずっと大事なことをすっかり失念していた自分に十代は呆れるより仕方がない。

 自分が原因だろうと、そうでなかろうと、まず真っ先にするべきことは最初から決まっていたのだ。

 友を助ける。

 ユベル、過去の自分のこと、それはすべて自分のことに他ならない。それよりも仲間のほうがずっと大切であるというのに、なぜそれに気づかなかったのか。

 もちろん、それらを蔑ろにするわけではない。単に、優先するべきことが何であるかを自覚しただけだ。そして自覚したなら、あとは行動するだけだ。

 十代は座り込んでいた状態から立ち上がった。

 

「何をどうすればいいのかはわからないけどさ。俺は絶対にあの二人を助けてみせる。全部、それからだ」

 

 そう言う十代の瞳には、先程までにはなかった強さがあった。これまでずっと明日香が見てきた目である。そのことに嬉しさを感じつつ、明日香もまた立ち上がった。

 立ち上がった明日香は、十代が自分をじっと見ていることに気が付いた。気になる男子に見つめられて照れないほど、明日香は異性に耐性があるわけではない。気恥ずかしさから、「な、なに?」と素っ気ない言葉を返せば、十代は自然な微笑みでそれに応えた。

 

「ありがとな、明日香。お前がいてよかった」

「私は……去年、あなたに斎王の洗脳から助けてもらったし、その、借りを返しただけよ。それに、ほら、仲間同士なんだから助けるのは当たり前だわ」

 

 純粋な感謝がむずがゆく感じて、明日香はぷいっと顔をそむけて答えを返す。

 そしてそんな明日香の様子に、十代は珍しく鋭さを発揮した。

 

「なんだ、照れてるのか?」

「照れてない!」

 

 さらっと言われた図星にすぎる指摘を、明日香は即座に否定する。

 しかしあまりにもあからさますぎたのだろう、十代は一層確信を深めて頬を赤くする明日香を見る。

 その視線から逃れるように背を向けた明日香は、「もう行くわ! それじゃ!」と言い残して歩き出してしまう。

 それに十代は慌てたように追いすがった。別々に戻ろうと特に不都合はなかったが、一緒に戻ることにも不都合はない。なら、せっかく一緒にいるのだし二人で行けばいいじゃないか。

 そう考えて十代は明日香の隣に並び、自分とほぼ背丈の変わらない明日香の横顔を一瞥した。

 まだ少し白い頬に赤みを残した明日香は、十代に視線を向けることなく前を見て歩いている。十代とて一般的な美醜の感覚は持っており、明日香の顔が一般的には美人に分類されるのは何となく知っていた。しかし、こうしてじっくり見るのは初めてのことかもしれなかった。

 正直、一年生の頃からずっと一緒にいるため、既に見慣れたと言ってもいい顔だ。しかし、張り倒してでも自分を止めると言い切った時の顔は、なんだか少し違うような感じがした。

 明日香の怒り顔だって見慣れているはずなのになぁ、とよく怒られている自覚がある十代はその微妙な差異に首を傾げる。

 しかし結局まぁいいかと気にしないことにし、十代は「なぁ」と隣の明日香に声をかけた。

 それに「……なにかしら」と若干の間を置いて拗ねたように返してきた明日香に、十代はもう一度心からの言葉を贈った。

 

「ホント、ありがとな」

 

 真摯な響きを持った言葉。

 明日香もそれを察してか、ふっと笑みを顔に乗せて応えた。

 

「ええ、どういたしまして」

 

 柔らかな表情で言われたその言葉がなんだか照れくさく感じて、十代は指で軽く頬をかいた。明日香はそんな十代に小首をかしげたが、十代が「なんでもない」と言えば、そのまま視線を前に戻した。

 自責の念が消えたわけではない。しかしさっきよりも格段に心に余裕を持つことが出来た十代は、横を歩く明日香の存在に感謝しつつ決意を新たにする。

 

(……遠也、ヨハン。絶対にお前たちを見つけ出す!)

 

 何よりも優先すべきは二人のこと。そう決めた十代の心に、迷いはない。

 拳を握りこみ、力強い顔つきになった十代。隣の明日香はその姿をちらりと盗み見ると、嬉しそうに口元を綻ばせるのであった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 十代の調子が戻ったということは、レッドの食堂に当人が明るく入ってきたことですぐに皆の知るところとなった。

 かなり落ち込んでいるようだというのは聞いていたから、一緒に入ってきた明日香には全員が「さすが」と言いたげな目を向ける。それを受けた明日香はいきなり全員に見つめられて訳も分からず怯んでいたが。

 そして吹雪はそんな皆の様子に自慢げになり、「ほら、言った通りでしょ? さすがはマイシスター、やっぱり愛の――」と何か言おうとしたところで急接近した明日香に張り飛ばされた。

 そんな一幕はあったものの、十代の復調は皆にとっても歓迎すべきことだった。やはり十代は皆の中心というイメージがあったし、遠也とヨハンを見つけ出すためにも十代の力が必要になる時はあるだろうと誰もが思っていたからだ。

 そう、遠也とヨハンを助けるという思いはこの場にいる全員に共通していた。ただ一つ、十代のことがネックだったが、それもいま解決している。

 

 ならばあとは動き出すだけ。

 

 そう全員が考えたところで、食堂の扉が開かれる。突然の来訪者に一斉に視線が向けられ、その視線を受けたその人物は「みんな、ここにいたか」と僅かに笑む。

 

「三沢くん。確か、博士のところに行ってるんじゃなかったの?」

 

 翔がそう問いかければ三沢は頷いて、その後真剣な面持ちになって声を発した。

 

「実は博士と今回の件について検証している中で、あることがわかったんだ。それを皆に知らせるため、俺はここに来た」

「あること、ってなんだドン?」

 

 剣山が先を促すと、三沢は重々しく頷いて口を開いた。

 

「――今日の夜、この島で再び次元の歪みが起こることがわかった。今は次元が不安定になっているからな。今回はアカデミアごと飛ばされるほどのものではないが、しかし注意喚起をする必要はあるというわけだ」

 

 その言葉に、真っ先に反応したのは十代だった。テーブルから身を乗り出し、三沢に詰め寄る。

 

「それって……まさか!」

「そう、異世界への扉がまた開くかもしれないということだ。尤もたとえ開いたとしても前回と同じ異世界に繋がっているわけではないはずだ。だが、これを逃せばもう異世界に行く機会はなくなるだろうな」

 

 異世界でユベルによって姿を消した遠也とヨハン。二人を助けるには、再び異世界に行くしかない。しかし、異世界などそうやすやすと行けるところではないため、十代は助けるとは決めても具体的な方法については白紙のままであった。

 そんな状況の中で飛び込んできたこの情報。十代は遠也たちへの道が明確に繋がり始めたように思えて、今にも向かいたい衝動を抑えることに苦労するほどだった。

 そんな十代を一瞥し、万丈目が三沢に向き合う。そして、やれやれとばかりに肩をすくめた。

 

「三沢。そんな言い方をするということは、俺たちがどういう行動に出るのか、もうわかっているみたいだな」

 

 その言葉に、三沢は苦笑する。

 

「ああ。皆なら、遠也たちのために動くだろうと思っていた。だが、改めて言うぞ。扉が開くかもわからんし、開いたとしてもどんな世界に繋がっているのかはわからないんだ。帰ってこれる保証もない。それでも、行くのか?」

 

 全員の真意を確かめるかのように、三沢は一人一人の顔を見渡していく。しかし、やがて三沢は溜め息をついて目を閉じた。誰も否定の言葉を口にしなかったのである。

 全員が全員やる気であると理解し、三沢は呆れたように天を仰いだ。

 

「まったく……俺も含めて皆、もう少し慎重になるべきだぞ。今度こそ帰ってこれないかもしれないのに」

「Hey。そう言う三沢だって、行く気満々じゃないか」

 

 ジムが指をさす先には、三沢が背負ったリュックがあった。明らかにどこかに出かける装備であり、この状況であればどこに行くつもりなのかなど考えるまでもない。

 三沢はその指摘に、気まずそうな笑みを返した。

 

「言っただろう、俺も含めてだと。それに俺はほら、異次元の調査も行わないといけないからな、うん」

「よく言うよ、まったく」

 

 エドが呆れたように突っ込み、皆が小さく噴き出す。

 この場にいる誰もが、遠也とヨハンの無事を願っている。思いを同じくする仲間がいるという心強さを改めて感じつつ、十代は叫んだ。

 

「よし、行こうぜ皆! 異世界へ!」

 

 絶対に助け出してみせる。そんな決意を乗せた言葉に、誰もが強く頷いて応えた。この仲間たちがいるなら、きっと何でもできる。そんな確信にも似た気持ちを抱きつつ、十代は全員の顔を見渡した。

 そして、あれ、と少々間の抜けた声を漏らした。

 

「……マナは?」

「そういえば。どこに行ったんだろうねぇ?」

 

 吹雪が疑問を受けて首を傾げる。いつの間にか食堂の中からマナの姿が消えていたのだ。皆もいついなくなったのかと首を捻る。

 しかし今は夜の予定を決める方が先決だと、マナには後で連絡することを決めてひとまず全員でテーブルを囲む。三沢の情報を元に、何時に集合するのか、必要になるだろうものなど、彼らは念入りに話していくのであった。

 

 

 

 

 

 ――そして来る約束の時。

 

 それぞれ荷物を詰めたリュックを背負い、彼らは次元の歪みが最も強いとされる場所へと集まっていた。

 十代、万丈目、翔、剣山、三沢、明日香、吹雪、カイザー、エド、ジム、オブライエン。この場に集まったのは、この十一人であった。

 レイに声をかけるかという話も出たのだが、高等部一年とはいってもまだ十三歳である彼女にこれほどの無理は強いられないということでレイに今回のことは知らされていない。この点に関しては、全員一致であった。

 そのため、ここに集まったのは十一人。そんな中から、プロであるカイザーとエドを除く九人が前に出る。

 先にこの場に来て調査していた三沢の話から、どうもこのままでは異世界への扉は開かないと知らされていたからだ。ゆえに、どうにかして歪みに強い力を当てて異世界への道を繋ぎ、安定させなければならない。

 ならばどうするのか。幸い次元の歪みのせいかデュエルエナジーがこの場には多く、モンスターの実体化すら出来る可能性があるという。各々のモンスターを実体化させ、エネルギーの照射を行う。それが三沢の出した案であった。

 カイザーとエドを残しているのは、何が起こるかわからないためいざという時のサポートとして控えていてもらうためだった。そして、もし九人の照射で足りない時は二人にも参加してもらう。

 三沢が提案したこの作戦に異を唱える者はいなかった。

 

 そしてついに、作戦が実行に移される時が来た。

 九人がエースカードをその手に持つ。そして、揺らぐ空間に向けてそれぞれのカード名を高らかに宣言した。

 

「来い、《E・HERO ネオス》!」

「《XYZ-ドラゴン・キャノン》!」

「《スーパービークロイド-ステルス・ユニオン》!」

「《超伝導恐獣スーパーコンダクターティラノ》!」

「《ウォーター・ドラゴン》!」

「《サイバー・エンジェル-弁天-》!」

「《真紅眼の黒竜レッドアイズ・ブラックドラゴン》!」

「《古生代化石騎士 スカルキング》!」

「《ヴォルカニック・デビル》!」

 

 九人が宣言すると、それに従ってそれぞれのエースが実体となって現れる。

 それを確認すると、全員が全員歪みの中心を指さして、攻撃の指示を下した。

 瞬間、九つのエネルギー波が歪みへと襲い掛かり、その衝撃は強風となって周囲に吹き荒れた。歪みにてぶつかり合うエネルギーはその強さ故にスパークを起こして互いに互いの力を強めあう。

 しかし、歪みの揺れこそ一層強まったものの、扉が開くまでには至らない。それを見てとった三沢はもうひと押しをカイザーに頼むべく振り返ろうとし、突然上空から降ってきた声にその動きを止めた。

 

「――いっくよぉ! 《黒魔導爆裂破(ブラック・バーニング)》!」

 

 黒色の魔導波が上空から降り注ぎ、歪みに対して更なる圧力が加えられる。ハッとして全員が空を見れば、そこには地上に向かって杖を振り下ろしている見慣れた魔術師の少女の姿がある。

 

「マナ!」

「ちょっとある人の見送りをしてて遅れちゃったけど、私も協力させてもらうよ!」

「ああ、頼もしいぜ!」

 

 小さくウィンクをしたマナが十代の隣に降り立つと、十代はそんなマナに信頼の言葉を返す。そして再び十代たちは強く強く「開け」と念じ始めた。

 

 そして、その祈りは時を待たずに叶えられる。

 

 歪みの中心の揺れが唐突に収まった直後、眩い閃光が放たれたのだ。

 目に見えた変化に三沢が「開いたぞ!」と声を上げれば、誰もが喜びの声をそれに返した。

 放たれた閃光は輝きを増し、巨大な光の柱となって姿を現す。その美しさに誰もが目を奪われる中、その光の柱は急速に拡大を始め、その場にいる全員を飲み込み始めた。

 悲鳴を上げる間もなく光の中に誘われた彼らは、やがて落ちるとも吸い込まれるとも表現できる不思議な引力の中にいることを自覚する。

 周囲を光に包まれたその空間こそが、異世界へと繋がる道であった。しかしそれを理解する前に、ただひたすらに一方向へと引っ張られ続ける乱暴な感覚に、彼らは意識を失うのであった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 同時刻。

 

 森の片隅で通常よりも一回り以上大きい純白のD・ホイールに、パラドックスはまたがっていた。

 既に壊れていた箇所は修理を行っており、問題なく稼働する。わずか数時間でここまで仕上げることが出来たのは、やはり科学者であり技術者であるというその保有するスキルゆえか。

 そんなパラドックスだが出発する直前で森の奥にて突如立ち上った光の柱に振り返っていた。恐らくは再び異世界へと向かうべく十代らが何かしたのだろうと当たりをつける。だが、だからどうしたのかとパラドックスは再び前を向いた。

 懐から取り出した仮面をつけ、モーメントの様子を軽く確かめる。返ってくる反応に問題はないと判断したパラドックスは、地面から足を離した。

 ついさっきまでこの場にいた精霊――マナのことをパラドックスは思い返す。どうやらパラドックスがどこに行ったのかを探していたらしいマナは、ほぼD・ホイールの修理を終えたパラドックスのところにやって来たのだ。

 話を聞く義理はなかったが、しかしD・ホイールの調子を確かめる片手間になら聞いてもいいと判断し、パラドックスはマナの言葉に耳を傾けた。

 

 曰く、遠也を今でも殺す気なのか。また、遠也のことをどう思っているのか。

 そして、レインという少女を助ける方法を何か知らないか、と。そういったことをマナは言っていた。

 

 それらの問いにパラドックスが答えたのは、単なる気まぐれに過ぎなかった。あの男と関係が深い精霊だからこそ、とも言えるかもしれなかったが。

 二番目の問いには、イエスと答えた。パラドックスにとって、あの程度の生体機械人形などすぐにでも直せるような存在だ。尤もレインというその個体の管轄はゾーン直轄であるので、パラドックスが勝手に手を出すわけにはいかないが。

 その話を聞いたマナは、ただひたすらに頭を下げてパラドックスに頼み込んだ。どうかレインを助けてほしい、と何度も何度も繰り返して。

 

 そして一番目の問い。それに対するパラドックスの答えは――。

 

(遠也、このまま消えることは許さん……!)

 

 パラドックスは怒りにも似た強い気持ちで、皆本遠也という男の姿を思い浮かべる。

 自分に打ち勝ち、唯一の可能性を否定し、新たな可能性の道を示した男。その男が、何の結果も残さずに消えるなどパラドックスとしては我慢ならないことだった。

 

 それでは――……それでは、業腹ながらも希望のようなものを感じてしまった自分が馬鹿みたいではないか。

 

 認めがたい事実をパラドックスは最早認めざるを得なかった。自分にはない何かをこの男は為すのではないか。もっと違う未来へと運命を変えてくれるのではないか。

 

 ――この男がいるなら、未来を新たな形に変えてゆけるかもしれない。

 

 そんなことを思ってしまったという事実。ならば、認めなければなるまい。自分はきっとあの男に希望を感じていたのだと。

 なればこそ、このままでいいはずがない。自分にそんなモノを残すだけ残して、無責任にも姿を消すなど認められるわけがない。

 

 モーメントの回転する音が大きくなる。森の中から高速で飛び出したパラドックスのD・ホイールはそのまま平原を突き抜けて崖の先から海へと飛び出した。

 しかし海面へと着水することはなく、機体ごと細かな光の粒子に包まれたパラドックスは、やがて光に包まれるようにその姿を消したのであった。

 

 

 

 

 




少々特殊な作りになっている今話ですが、要するに冒頭が遠也の過去となっております。
そしてその後に本編の時間軸。あと数話はこのような形での進行になると思います。


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第70話 一層

 

  * * * *

 

 

 

 

「――緑茶だけど、いいかな? 飲めば落ち着くと思うよ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 目の前に差し出された湯呑を受け取り、俺は一口すする。気持ち冷えていた身体に、熱いお茶は染みわたるように広がっていった。

 

「おいしい」

 

 思わず口に出すと、入れてくれた当人は嬉しそうに破顔した。

 

「こう見えて、緑茶には自信があるんだ。じいちゃんが好きなんだけど、いっつも僕か母さんに入れさせるもんだから、気付いたら上手くなっちゃってさ」

「はあ……」

 

 何と返せばいいのかわからず曖昧な返事をすれば、向こうも今するべき話ではないと思ったのか苦笑して向かいの椅子に腰を下ろした。

 

 今俺がいるのは、亀のゲーム屋の奥――武藤家が生活する居住スペースだ。その中のリビング、普段ここで食事をとるのだろうテーブルを挟んで俺たちは座っている。

 それというのも、突然膝からくずおれた俺を心配し、少し休むように言ってくれたからだった。大丈夫だと返したのだが、それでも心から心配そうに見てくる視線に耐えきれず、休ませてもらうことにしたのである。

 そうして中に案内された俺は促されるまま座り、お茶を入れてくると言って台所に戻るその後ろ姿を見送った。途中、店番を交代してくれるよう母親に呼びかける声が聞こえた。

 おじいさんは留守なのかな。そんなことをぼうっと考える俺の前に湯呑が差し出され、今に至るというわけだ。

 ずず、ともう一口緑茶をすする。そして湯呑を置いた直後、目の前の男がゆっくりと口を開いた。

 

「僕は遊戯。武藤遊戯だよ」

「……はい、知ってます」

 

 自己紹介をしようというのだろう、俺の予想と違わぬ名前を告げた彼――武藤遊戯は、俺の返答に困ったような顔になった。

 

「うーん……変に有名になっちゃったからなぁ、僕……」

 

 俺の“知っている”とはそういう意味ではなかったのだが、遊戯……さんは、この世界での知名度のことだと思ったようだった。

 確かに武藤遊戯といえばキング・オブ・デュエリストとして名の知られた存在だろう。老若男女、広く知れ渡ったデュエリストのカリスマ的存在。その知名度たるや、芸能人に並ぶどころか後ろ姿も見えないほどに突き放してしまっているに違いない。

 

 ……まぁ、あくまで俺が知る設定通りならという話だが。

 少しずつ今いるこの場所が現実であると受け入れ始めている自分に、俺は小さく溜め息をついた。

 そんな俺を遊戯さんも見ていたのだろうか。優しげな笑みを浮かべて、今度は俺の名前を知ろうと促してくる。

 

「それで、君の名前は?」

「遠也です。皆本遠也」

 

 我ながら何の変哲もない、普通の名前。

 それゆえこれといった感慨もなく口にしたそれに、しかし遊戯さんは何故か驚いた表情になっていた。

 

「……なんです?」

「あ、うん。いや、なんでもないよ。あはは……」

 

 不可思議な反応に怪訝な目を向けてみれば、遊戯さんは誤魔化すように笑い声を上げた。

 どうも納得しがたい反応だったが、俺は何も言わず沈黙する。正直に言って、今の俺はそんなことを気にしていられる状況でもなかったからだ。

 

 こうして少し落ち着くことが出来たからこそ考えられることだが、やはり目の前にいる人間や周囲にあるモノ、風景は現実のものとしか思えなかった。

 全てがリアルすぎる上に感覚まで細かに感じることが出来ることから、夢とも考えづらい。ここまで現実を再現できるCGなど有るはずもないから、CGも論外。

 となれば、やはりこれは現実なのだろう。あの夢か何かと思っていた不思議な問答は、今この状況に陥ることを示唆していたのかもしれない。

 

 ――なんで、こうなったのだろう。

 

 俺の思考は、その考えで一杯だった。

 確かに俺は早くに親を亡くし、親戚の家で肩身の狭い思いをしていた。いつまで経ってもなくならない、腫れ物に触るかのような対応には辟易していたのは間違いがない。

 友人は少なかった。趣味を語り合える友人のみが俺の交友範囲であったが、しかし彼らと一緒にいる時は楽しかった。

 が、俺とは違い皆には多くの付き合いがあったのだ。俺だけに時間を割くわけにもいかない彼らにとって、俺は結局友人というよりは趣味の合うクラスメイト程度の認識だったのだろうと思う。

 

 なるほど、そう考えれば色々とあの生活に不満はあった。決して幸福ではなかったし、充実していたわけでもなかった。

 ……けれど、それでも“捨ててしまいたい”と思うほどのものでもなかった。

 もっと俺が積極的に改善していけば、きっと良い方向に環境は動いていただろう。それこそ今思えばというやつだが、しかしその可能性に思い当たった以上、もはや俺にあるのは未練のみである。

 もっと親戚に感謝して、頼ればよかった。もっと友人たちに踏み込んでいけばよかった。そうすれば、何かが変わっていたかもしれないことに、俺はたった今気付いたのである。

 

 そう、俺にとっての現実は向こうなのだ。こっちでは、ない。

 

 その思いを強くする。が、だからといって今の状況が変わるわけではない。

 俺は俯いて、ぐっとこみ上げる感情をこらえることしかできなかった。

 

 その時。

 

『――うーん、なんか大丈夫……そうじゃないね』

「え?」

 

 突然頭の上から降ってきた声に、俺ははっとなって顔を上げた。

 その反応に驚いたらしく、再び耳に届く『わっ』という声。その元へと視線を移していけば、そこにはつい先ほど外で見上げたばかりの女の子がふよふよと浮いてこっちを見ていた。

 それは元の世界で何度もアニメやカードとして見てきた姿。その知名度だけならば、遊戯王の中でも随一というアイドル的存在のモンスターだった。

 

「――ブラック……マジシャン・ガール?」

『ありゃ?』

 

 思わず声に出した名前に、目の前の少女は不思議そうに首を傾げた。視線を動かせば、同じく遊戯さんも驚いたような顔をしているのがわかった。

 俺の頭上にいたブラック・マジシャン・ガールは滑るように空中を移動すると、遊戯さんの横で静止する。

 そして、ブラック・マジシャン・ガールとは反対側の遊戯さんの横には、もう一体、新たな存在が突如現れていた。

 間違えるはずもない。遊戯さんのもう一つの人格というべき、通称闇遊戯が従えていたエースモンスターだ。

 

「今度はブラック・マジシャンかよ……」

「驚いたよ……君はカードの精霊が見えるのかい?」

 

 遊戯さんの言葉を聴き、俺はそういうことかと納得した。

 そういえば、遊戯王にはたびたびカードの精霊を見ることが出来るデュエリストという者が存在していた。

 それこそが遊戯王世界でデュエルモンスターズが他のカードゲームとは一線を画す一因であった。カードはただのカードではなく一個の生命体である、そうとも取れるその設定は現実世界でもカードを特別視するには十分なものだったと思う。

 そして遊戯さんもそんなカードの精霊を見ることが出来る人間の一人というわけだ。なぜかそこに俺も加わっているみたいだが。

 

 しかし俺は現実の世界でカードの精霊を見たことがない。ブラマジガールにブラマジ、この2枚も持っているし実際にデッキにも入っているが、それでも見たことがないのだ。

 ということは、この世界に来たことが俺が精霊を見ることが出来るようになった切っ掛けといえるだろう。どんどんここが異世界であるという事実を補強する要因が出てきて、俺は肩を落とした。

 それでも何とか「……見たのは、今が初めてです」と遊戯さんに返せば、遊戯さんも俺の憔悴っぷりを見て気を使ったのかそれ以上追及してくることはなかった。

 だが、そんな俺の様子は向こうに新たな疑問を抱かせたらしかった。

 

「……何かあったの? 僕でよければ、相談に乗るけど……」

 

 それは純粋な心配からくる言葉だったのだろう。

 さきほど倒れ込み、更には今いかにもな様子で落ち込んでいるのだ。気にするなという方が無理なのかもしれなかった。

 もっと自分は大丈夫だとアピールできていれば、こんな気を使わせることもなかったのだが……。そう考えると、感情をセーブできないあまりにも子供な自分に辟易してしまう。

 そして辟易としつつも、誰かに話して慰めてもらいたいという自分勝手な感情を抑えられない自分の浅ましさには驚くほかなかった。

 しかしそれでも、一人で抱える問題としてはあまりにこれは大きすぎる。だから、結局俺は自分の現状を遊戯さんに話すことを決めた。少しでも楽になりたいという、そんな勝手な感情に従う自分に自己嫌悪を感じながらも、俺は訥々と俺の置かれた状況を話し出すのだった。

 

 

 

 自分は異世界から来た。

 要約すればそれだけになる話を、俺は元の世界での自分のことを含めて十分ほども使って遊戯さんに話し続けた。

 それだけ自分も混乱していたのだろうし、この状況には参っていたのだろうと改めて意識する。その間、相槌を打って静かに聞いてくれていた遊戯さん……それから横にいるブラマジガールとブラマジにも感謝の一言である。

 

 そうして全てを話し終わった時、遊戯さんの口から出たのは意外な一言だった。

 

「……どうにも大変な状況みたいだね。でも、この世界に来たばかりということは行く宛てなんかもないよね?」

「え? あ、まぁ……」

「それにこの世界の常識なんかも違う可能性があるのか……うーん……」

 

 何やら腕を組んで考え込み始めた遊戯さん。

 思わず呆気にとられていた俺だが、どうにか再起動を果たして口を開いた。

 

「いや……信じてくれるんですか? こんな話を?」

「え、嘘だったの?」

「いえ、そういうわけじゃないですけど……」

 

 けど、普通は信じたりはしないだろう。勢いで言ってしまった俺が言うのもなんだが、与太話と切って捨てられても文句の言いようがないほどに、俺の状況は出鱈目なのだ。

 いきなり信じてもらえるとは思っていなかっただけに、俺の方が動揺してしまう。

 しかし、そんな俺に遊戯さんは表情を少し崩して答えた。

 

「まぁ、僕も色々と普通じゃないことを経験してきているから。そういうことに対して、頭から有りえないって決めつけることはしないようにしているんだ」

「はぁ……なるほど」

「それに、君が嘘をついているとは思えなかったからね」

 

 何でもないようにそう言った遊戯さんは、よし、と手を軽く叩く。

 

「じゃあ、僕から君に提案するよ。ひとまずこの家で暮らしてみない?」

「……え?」

「一人ぐらいなら増えても大丈夫だよ。大会の賞金とか、実は意外とあったりしてね」

「い、いえそういうことではなく」

「うちの家族かな? じいちゃんも母さんも、きっと大丈夫だよ。むしろここで助けない方が怒られちゃうよ」

「そうでもなくて!」

 

 そのまま勢いで決まってしまいそうな遊戯さんの提案に、俺は強引に口を挟んだ。

 確かにその提案はありがたい。実際、行く宛ても先立つものもない俺はこの世界で生きていく事すらままならない状況にあるからだ。

 そして俺にとって遊戯さんは一方的だが見知った相手だ。まったく何の予備知識もない他人よりは、信用できる人間だと思う。

 だが、遊戯さんにとって俺は今日はじめて会った不審人物に過ぎない。そんな人間を、こうも簡単に受け入れていいのだろうか。助かるのは事実だが、しかしそこまで甘えてしまうのはどうなのかという思いもしていた。

 そんな俺の複雑な心境を、遊戯さんは察したらしい。というよりは、そういった反応を返されることを想定していたというべきか。苦笑して、言葉を続けた。

 

「別に僕にメリットがないわけでもないんだよ? たとえば君が持っているデッキ……君は異世界のデュエリストってことだろう?」

「まぁ……そうとも言えますが」

「他の世界のカードなんて、ワクワクするじゃないか! そういうものが見れるだけでも、僕にとっては大きなメリットだよ。ね、マハード」

『はい。私も異なる道を辿ったカードには興味があります』

 

 遊戯さんは隣のブラック・マジシャンの精霊――やはりと言うべきかマハードというらしい――に話を振れば、マハードは少し口の端に笑みを乗せて頷いた。

 この世界の常識はまだわかっていないが、しかしデュエル至上主義みたいな風潮で描かれていたことは覚えている。となれば、そういうこともある……のか? 断定はできないけど、それがこの世界の常識なのだとすれば、おかしいのは俺のほうなのかもしれない。

 向こうにもメリットがあるというのなら、この話……受けてもいいだろうか。実際に俺は明日のことも知れず困っているのだ。ここに住まわせてくれるというなら、これほど助かることはない。

 まだいくらかの疑問、遠慮、混乱もあるが……悩んだ末、結局俺は頭を下げることになった。

 

「よろしくお願いします」

 

 深々と頭を垂れた俺に、遊戯さんはにっこりと笑った。

 

「うん。こちらこそ、よろしくお願いするよ」

 

 そして遊戯さんは「じゃあまずは空いている部屋に行ってもらおうか。マナ、案内をお願いできる?」とマハードとは逆の位置にいるブラック・マジシャン・ガール――マナという名前のようだ――に呼びかける。

 どうも、古代エジプトのファラオであったアテム――かつての遊戯さんが持っていたもう一つの人格、その傍人であった魔術師マハードとその弟子であるマナの名がそのまま使われているようだった。

 まぁ、実際この二体は彼らの意思をそのまま持っているような感じの描写があったし、この世界でもそういうことなのだろう。

 『はーい』と陽気に答えたマナを見つつ俺がそんなことを思っていると、彼女は俺のほうに顔を向けて『それじゃ、私について来てね』と言ってゆっくり浮いたまま移動を始める。

 置いていかれないように俺はそれを追いかけようとするが、その前に一度遊戯さんのほうに振り返って感謝を込めたお辞儀をする。それに対して気にするなとばかりに笑って手を振った遊戯さんに改めてありがたさを感じながら、俺は今度こそマナの後を追って行ったのだった。

 

 

 *

 

 

 遠也とマナが去ったリビング。

 そこで、マハードはマスターである遊戯に問いかけた。

 

『……よかったのですか?』

「それは、マナに任せたこと? それとも遠也君を受け入れたこと?」

『両方、ですね』

「じゃあ、まずはマナに任せた理由かな。けどそれはマハード、君も聞いていただろう? あの男――パラドックスの言葉を」

『……ええ。よく覚えています』

 

 

 ――マナ、か。久しいな……。そういえば、かつてのお前の問いに答えていなかった。今、あの時の問いに答えよう。遠也は――私の友だ。奴のことを、任せたぞ……。

 

 

「あれがどういう意味なのかはよくわからないけど、あの時のパラドックスは憑き物が落ちたかのような顔だった。だから、その言葉を信じてみたいんだ」

『彼は私たちの中で、あえてマナの名を呼んでいた。だからですか』

「うん。あとは遠也君を受け入れた理由だけど、これも簡単さ。遠也君のことは十代君も、遊星君も信頼していたみたいだったしね。彼らが信じた人なら、僕も信じたい」

『そうですね。彼らほどの人が信頼していたのですから……』

 

 二人はそんな言葉を交わしつつ、遠也が去っていった家の奥を見つめた。

 そのやり取りを遠也が知ることはなかったが……かくして遠也はこの世界における第一歩を踏み出すこととなるのであった。

 

 

 

 

  * * * *

 

 

 

 

 アカデミアから異世界へと向かった十代は、不意に目を覚ました。

 

「う……ここは……?」

 

 異世界へ飛ばされる際の衝撃で意識を失ってしまっていたらしいと気づき、はっとなって十代は周囲を見渡す。

 そこには、同じように意識を失って倒れている仲間たちがいる。全員が無事だったことにほっと安堵の息を吐いてから、十代は自分たちがいる場所に目を凝らした。

 人間の身長など優に超える巨大な岩が突き立つ、一面の荒野。いや、緑と呼べるものが一切ないことから、単に荒地とでも呼んだ方が正しいかもしれない。

 岩の大きさのためか、平坦な個所が極端に少なく感じる。もちろん見渡せる範囲の事であり、この場所を移動すればそんなことはないのかもしれないが、十代にそれを確認する予定はなかった。

 

 いったいここはどこなのか。十代は一瞬そう考え、しかしすぐに答えを導き出した。

 どう見たって、ついさっきまでいたアカデミアではない。ならば、答えは一つ。――異世界だ。

 

 それを確信した途端、喜びが胸に湧く。だが、それはすぐに義務感に取って代わられた。異世界にいるのならば、自分がやるべきことはただ一つ。遠也とヨハンを見つけ出すこと。

 そう強く思った十代は、早速二人を探すために動き出そうと立ち上がり――服を引っ張られる感覚に「ん?」と声を上げた。

 一体なんだと違和感の元を見れば、そこには自分の上着を掴んでいる明日香の姿がある。

 もちろん意識はないままなので、恐らくあのどこまでも落ちていくような感覚の時に知らず十代の服を掴んでしまっていたのだろう。

 だが、その無意識の行動は十代の逸る気持ちをすっと抑えた。

 

「明日香……、そうだったな。俺は一人じゃない、皆がいるんだ」

 

 異世界から戻り、自分を責めていた時。やって来た明日香から言われた言葉を、十代は思い出していた。

 自分は一人じゃない。仲間がいる。その言葉をもう一度心の中で繰り返し、十代は一人先走って進もうとしていた自分を叱咤した。皆が自分を仲間だと言ってくれるように、自分だって皆を仲間と思っている。そのことを改めて認識する。

 

 よし、と呟いて、十代は服を掴んでいた明日香の手をそっと外す。

 次いで、倒れる仲間たちに向かって口を開いた。

 

「みんな起きろぉ! 異世界に着いたぞぉー!」

 

 ――その後、起きてきた万丈目に「このスカポンタン! 敵がいて見つかったらどうする!」と頭を叩かれたのはご愛嬌だった。

 

 

 

 

「うーん……見れば見るほど不思議な光景だねぇ。亮もそう思うだろう?」

「ああ。アカデミアが飛ばされた世界とはまた異なると三沢は言っていたが……」

「ま、僕たちにとっては変わらないさ。異世界に来たのなんて、これが初めてなんだから」

 

 数珠つなぎになって歩く一行の後方。きょろきょろと周囲に視線を向けていた吹雪がすぐ後ろのカイザーに話を振れば、カイザーが答えて、その後ろにいるエドも話に乗ってくる。

 この三人はアカデミアが異世界に飛ばされた時にはいなかった三人だ。そのため、エドが言うように今回が初めての異世界となる。そのためか、他の面々に比べていささか外部への興味が強く出ているようだった。

 そんな彼らを、異世界経験組は苦笑いで見守っている。

 

 ――十代の声によって全員が目を覚ました、その後。

 最初はアカデミアが飛ばされた異世界ではないことに驚いた一同だったが、しかしだからといってじっとしていても始まらないと決断し、すぐに行動に移っていた。

 まずは三沢がこの世界がどのような世界なのか知る必要があると言い、それを聴いたオブライエンが一理あると首肯する。しかし遠也とヨハンのことが一番大事だと十代、マナ、翔などが主張した。

 もちろん三沢とオブライエンも二人のことを最優先に考えている。二人としては、まず基盤となる場所と知識を得るべきだという判断だっただけで、他意はなかった。

 そのため一時は調査をするという話に傾いたが、大人数とはいえ知らぬ地で別行動をとるのもどうかという懸念も出てきた。

 最終的には安全が第一であるということから、全員による移動でこの世界を探るという形で落ち着くこととなる。

 オブライエンと三沢を先頭に置き、簡単な調査をしながら進んでいく一行。吹雪たちの会話は、その途中でのことだったのだ。

 

「けど……本当になんにもないね、ここ。人っ子一人いないよ」

 

 少しだけ高く飛んだマナがそう言いつつ戻ってこれば、全員がどうにもおかしいと首を捻る。特にオブライエンと三沢が気になるらしく、そこから考察を広げる。

 

「まさか生命体のいない世界なのか……?」

「ありえなくはないが……地上にいないだけ、という可能性もある」

「Hum……となると、Under groundか?」

 

 二人の話を聞いたジムが、すぐそばに突き出していた柱のような岩を拳で軽く叩く。すると、返ってきた音が思いのほか軽く、ジムは包帯の巻かれていない目を丸くした。

 

「Wow! こいつはもしかしたら……」

 

 叫び、ジムは慎重に岩を調べていく。そうして少しずつ音が変わる場所を把握すると、今度は思い切り振りかぶって拳を叩きつけた。

 瞬間、周囲に響いたのは卵の殻が割れるかのような破砕音。それが示すように、ジムが殴りつけた岩の柱は砕け、下まで続く空洞となっている中身をさらけ出していた。

 

Jack pot(当たりだ)! ……どうやら、ここからが本番みたいだぜ」

 

 岩の中から顔を覗かせる暗い入口。おどろおどろしい印象を受けるその見た目に若干怯みつつ、彼らは順番に穴の中へと身を躍らせるのだった。

 

 

 

 

 穴の下には広大な洞窟が広がっていた。

 注意深くその洞窟内に降り立ってみれば、その洞窟が何者かの手によって整備されたものであると彼らは一目で悟った。

 なぜなら、地面には線路が引かれており、壁には明るく光るランプが取り付けられていたからだ。決して自然にできるはずがない器具の存在を見てとり、否が応にも緊張感が高まる。

 道具があるということはすなわち、人間か精霊……あるいはまったく別の知的生命体が存在しているということの証左に他ならないからだった。

 その存在がこちらに友好的とは限らない。万が一のことを考えて誰もが警戒心に喝を入れたところで。

 

 ざり、と砂を踏む音が一行の背後から発せられた。

 

「っ、誰だ!」

 

 即座に気づいた十代、万丈目、カイザーらが一歩前に出てデュエルディスクを構える。マナもまたデュエルでどうにもならない時のために彼らの横に並ぶ。

 そうして音の発生源に目を向けていけば、ランプの光が生み出す影から一人の女性が姿を現す。

 浅黒い肌に盛り上がった筋肉が特徴的な、野性味あふれる大柄な体躯。

 それを見た途端、三沢が「ああっ!?」と大げさに声を上げた。

 

「タニヤっち! ……もとい、タニヤじゃないか!」

「その声は三沢っち! それに、遊城十代もいるのか!」

 

 驚きの声と共に十代らの前に出てきたのは、彼らにとって二年ぶりに見ることになる顔。アマゾネスのタニヤだった。

 タニヤは一年生の頃に、三幻魔復活を目論む理事長によって作られた“セブンスターズ”というデュエリスト集団の一員だった。その時、三幻魔復活を阻止するために動いていた十代たちはタニヤと相対したことがあるのである。

 特に三沢は一度タニヤに敗れて、更に言えば恋心を抱いていた。その後十代がタニヤに勝ち、タニヤの正体が人に変化した虎であったことを知ってその恋は終わりを告げたのだが……やはり、一度でも好きになった人には感じるものがあるのだろう。懐かしい互いの呼び名で呼び合うほどには。

 とはいえ、当時を知らないエド、剣山、ジム、オブライエンなどにはわからない話だ。怪訝な顔をしている彼らに翔や明日香が説明している姿を一瞥しつつ、十代は三沢と共にタニヤに向き合った。

 

「なぁ、タニヤ。ここってデュエルモンスターズの精霊の世界なんだよな?」

「ああ、そうだが……」

「なら、遠也とヨハン――えっと、この二人を知らないか?」

 

 十代はアカデミアの生徒手帳でもあるPDAを取り出すと、二人の写真画像を表示させてタニヤに見せる。

 それはかつて十代とヨハンがコブラの前でデュエルした日。その後、アカデミアの屋上でデッキを見せあっている時に撮ったものだった。

 十代は期待を込めてタニヤを見るが、しかし希望に反してその首は横に振られるだけだった。

 

「一人はかつてお前たちと一緒にいた男か。……すまないが、この世界で見た覚えはないな」

「そうか……」

 

 そう簡単にいくとは思っていなかったとはいえ、やはり期待はかけてしまうもの。わかっていても、望むものではない答えに十代の肩は落ちてしまう。

 その様子をすぐ横で見ていた三沢は慰めるようにその肩を軽く叩き、申し訳なさそうに十代を見るタニヤに向き直った。

 

「タニヤ。お前は確かアマゾネスに属しているはず。そしてアマゾネスとは密林に住む民族のことだ。そのお前が、どうしてこんな岩窟なんかに……」

 

 三沢は単純に疑問に思ったがゆえに質問だったのだろうが、それを受けたタニヤは表情を曇らせてしまう。

 これに三沢は慌てて言いにくいのならいいんだと言葉を続けようとしたが、その前にタニヤが口を開いていた。

 

「私にもよくわからないんだ。気が付けば、私はこの世界にいた。三沢の言う通り、私は元々アマゾネスが暮らすジャングルで生活していたのだがな。元の場所に戻りたいのはやまやまだが、この世界の現状を知ってしまってな……」

「……タニヤ、だったか。どういうことだ?」

 

 含みを持たせた言い方に、カイザーがその意味を尋ねる。

 それにタニヤは思案顔になると、「そうだな……この世界に来た以上、知っておいた方がいいだろう」と呟くと十代たちに背を向けて歩き出した。

 

「お、おい。タニヤ?」

「ついてこい、遊城十代たち。百聞は一見にしかずという。この世界の姿を見せてやる」

 

 そのまま歩みを再開したタニヤに、一同はいったん顔を見合わせる。

 どうするべきか、と誰もが考えたからだ。ここは精霊界であり、自分たちの常識が通じない可能性が高い。そんな土地で、警戒もなくついていっていいものかと危惧をしているのだ。

 罠やトラブルなどが待ち受けていると考えるのは、そこまで悲観的な考えでもない。そのため慎重を期すべきだという考えをよぎらせた彼らだったが……しかしその思考は真っ先に十代がタニヤのほうに歩を進めたことで強制的に終わりを迎えた。

 

「おい、十代!」

「万丈目、タニヤは三幻魔の時でさえ正々堂々としたデュエルをしたんだ。そんなデュエリストを俺は疑えないぜ!」

 

 次いで、三沢も十代に続いた。

 

「俺もだ。あのタニヤが姑息な手で俺たちに危害を加えるとは考えにくい。ここは情報を得るという意味でもタニヤに頼るほかない」

「……三沢君の場合、他意がありそうっす」

「た、他意なんてない!」

 

 翔の呟きに勢い込んで否定してきた三沢の頬は若干赤い。そんなやり取りに毒気を抜かれたのか、全員がやれやれと言わんばかりに小さく息を吐いた。

 確かに、自分たちのほうが少し臆病になっていたのかもしれない。時には十代たちのように信じる気持ちで動くことが必要なこともあるだろう、と思い直す。

 それに、十代や三沢という仲間が信じた相手なのだ。ならば、自分たちも信じてみよう。

 そう結論を出すと、二人に続いて彼らも歩き出す。十代、三沢と共にタニヤを追って皆は動き始めるのだった。

 

 そうしてすぐにタニヤに追いついた一同は、タニヤが目指す目的地に向かうまでの間に、タニヤからこの世界に来た時の話などを聞いていた。

 タニヤ曰く、セブンスターズの後は自分の世界に戻っていたらしいのだが、つい先日その世界で突然異変が起こったらしい。恐らくはユベルによる無理な次元の操作が原因だろう。歪みに吸い込まれたタニヤは、気付けばこの世界にいたのだという。

 

「そして、この世界に流れ着いた私は……奴らに捕らえられたのだ」

「奴ら、とは?」

 

 苦渋の顔で言うタニヤにエドが疑問を返したその時、長かった洞窟がついに終わりを告げる。

 洞窟の先で十代らを迎えたのは、天然とは思えないほどの広大な空間だった。岩窟の内部を丸くくりぬいたような空洞は野球ドームのように広く、そして五十階建てのビルがすっぽりと入る程に天井までの距離があった。

 いくつか地面から突き出した石柱はまさしくそんなビルのように、いくつかの窓らしきものが取り付けられている。恐らくは、あれが居住区ということだろう。

 そして地下であるというのに恐ろしく明るいことにも驚かざるを得まい。天井には大きく円を描くように電灯らしき白光が確認でき、空洞の中央にそびえる天井とを繋ぐ柱には剥き出しの機械を見ることが出来る。

 場所こそ地下の洞窟だが、しっかりと機械文明も存在しているようだ。実に不可思議な光景ではあるが、異世界に常識を語っても仕方がない。そういうものだと受け入れるしかないと誰も口に出さずとも理解していた。

 十代らが現在いるのは、そんな空洞の端だ。ただしその高さは天井と地上の中間ほどである。中央柱へと行くための空中通路……渡り廊下のような場所に、これまで歩いてきた洞窟は繋がっていたらしい。

 

「お前たち、下を見ろ」

 

 その広大な空間を見回している彼らに、タニヤの声が届く。

 その言葉に従って通路の上から下を見た十代たちは、そこに広がっていた光景に言葉を失った。

 遥か数十メートル下に見えるのは、何体ものモンスターたち。はにわ、プチテンシなど、デュエルモンスターズを知る者なら、一度は目にしたことがあるカードばかりだった。

 彼らは通常モンスターかつ低レベルであり、比例してステータスも低い。今更にすぎる事実だが、しかしその事実はこの異世界においては彼らに絶望的な立場を強いていた。

 

 ――ほら、働け! 何をサボってやがる!

 

 そんな怒声が響き、地面に倒れ込んだはにわの近くに鞭が勢いよく叩きつけられる。それに怯えた声を上げて身を竦ませるはにわの姿は、本来何の関係もない十代たちをして非道な行いに憤りを覚えさせるほどだった。

 鞭を振るった存在……詳細なカード名を覚えている者こそいなかったが、特徴的な嘴や翼から、その種族を想像することは出来る。

 

 鳥獣族――。タニヤによれば、この世界にはタニヤのように他の世界から飛ばされてきた存在が多くおり、その大部分が低レベルのモンスターばかりらしい。彼ら鳥獣族モンスターは、自分たちよりレベルが低いモンスターをまるで奴隷のように酷使し、日々労働を強いているのだという。

 実際、階下では多くの低レベルモンスターが岩を乗せた手押し車を動かしていたり、発電用と思われる巨大な歯車を回していたりと、働き続けている。

 鳥獣族モンスターは、鞭を片手にそれを見ているだけだ。そして時折、思い出したように鞭を振るい、難癖に近い物言いで彼らに罰を加える。そこには、まさしく地獄のような光景があった。

 

「こんなこと……許されないドン!」

「ダイノボーイの言う通りだな。あまりに目に余るぜ」

 

 剣山とジムが、怒りのあまりに声を震わせて言えば、タニヤは神妙に頷いた。

 

「ああ。だから、私は仲間を作り反抗勢力を作り上げた。あとは私が合図をすれば奴らに反旗を翻す手筈になっている」

 

 タニヤはそう言うと、十代たちに対して頭を下げた。

 

「だが、まともに戦えるのは私一人しかいないのだ。あとは陽動さえ出来ればこの状況を変えられるのに、人手が足りない。……頼む、どうか力を貸してくれないか!」

 

 タニヤの真摯な言葉に、十代たちは顔を見合わせる。

 そして一切の迷いなく、全員の声が重なった。

 

 ――当然!

 

 義憤と使命感に燃えた瞳を見渡し、タニヤはここで彼らに遭えたのは運命だったと神に感謝した。そして再度頭を下げて、十代たちの真っ直ぐな決断に対して「ありがとう」と心からの言葉を捧げるのだった。

 

 

 

 

 “兵は拙速を尊ぶ”とは、孫子が説いた兵法の一つである。その意味は「必ず成功させるために時間をかけるよりも、多少甘い所があっても素早く動いて勝利を得る方が大切である」というものだ。

 早く行動を起こせば、そのぶん相手が準備または対応を吟味する時間は減り、結果的にこちらに有利に働くというわけだ。

 この考えに則り、十代たちはタニヤと大まかな作戦を決めるとすぐに行動に移った。

 

 作戦は短時間で練られたものだけあって単純だ。まずは鳥獣族――鳥は暗闇の中で視界を十分に確保できないという特性を利用する。具体的には、一部の人間でこの空洞全体を照らす天井部分の照明機械を停止させるのだ。

 それによって暗闇となれば、状況は断然こちらに有利になる。とはいえ、まともにぶつかれば低級モンスターとあちらでは、向こうの力が勝っているのは明白だ。なので、残ったメンバーが彼らに助太刀して鳥獣族の支配から脱却させる。

 あとは臨機応変に、というのが今回の作戦である。

 

 杜撰と言われれば反論しようがないのは間違いない。しかし、長々と時間をかけても鳥獣族から彼らが受ける苦しみが長引くだけであるし、また十代たちにも目的がある以上あまり長居をするわけにもいかない。

 その結果が今回の作戦となるわけだった。

 そして決めるべきことが決まり、彼らは早速行動を起こした。

 

 まずは第一段階。照明を落とす役割だが、こちらは十代、オブライエン、マナ、タニヤの四人が向かうこととなった。

 少人数なのは、あちらが鳥獣族を打倒するための実働班なのに対して、こちらはその下準備を整える工作班だからである。攻撃力が求められていない以上、その人数も自然と少なくなる。

 メンバーにもそれぞれ役割がある。オブライエンはその豊富な知識と技術、タニヤは土地勘、マナは空を飛べることから天井の照明まで一直線に向かえるし、十代は身体能力とデュエルの腕が良いことから応用力があると判断されての選別だ。

 二班に一時別れることから、互いにやるべきことを確認し合う。それが終わると、十代ら四人は一気に中央柱を目指して走り出した。

 

 通路上には誰もおらず、柱までは労せず辿り着くことが出来た。これならば思ったよりスムーズに進むかもしれないという思いがよぎるが、しかしすぐにそれが楽観であったと悟ることになる。

 十代らの視線の先に、巡回をしている者がいたのだ。

 鳥獣族モンスターの《バードマン》である。慌てて柱の陰に隠れて様子を窺う。

 こちらに気付いてこそいないようだったが、しかし一定の場所から動かないために陰から出て行けばすぐに気付かれてしまうだろう。

 厄介なのは、頭上にも注意を払っていることだ。これではマナが飛ぶこともままならない。

 嫌な位置にいるものだ。思わず、渋い顔になる四人だった。

 

「どうする、十代」

「一応、陰からこっそり飛んで上に行こうか?」

「いや、それはダメだ。奴は腐っても鳥獣族。風の流れが変われば、気付かれるかもしれん」

 

 マナの提案をタニヤが否定し、そっかぁ、とマナは再び渋面になる。

 オブライエンも物音ひとつ立てずに動く自信はない。ならば、どうするべきか。咄嗟にいい考えが浮かばず思索に没頭していると、不意に。

 じゃあ俺が行く、という十代の声が小さく響いた。

 

「俺がデュエルで注意を逸らしておくから、あの照明を頼んだぜ」

「だが、十代」

「大丈夫だって。えっと、ほら、適材適所ってやつだよ。機械なんて俺は詳しくないからさ。俺は俺の得意なことで頑張るぜ」

 

 デュエルディスクを右手で撫でると、十代は歯を見せて笑う。そして、柱の陰から飛び出した。

 その後ろ姿にタニヤの声がかけられる。

 

「待て、十代! デュエルをしてはいけない! この世界のデュエルは――!」

 

 しかし、その言葉を言い終わる前に、十代は既にバードマンと向き合っていた。

 

「おい!」

「……ん? 何者だ。ここは低レベルの住人が来ていい場所ではないぞ!」

 

 振り返ったバードマンは、デュエルディスクを構える十代に訝しげな顔になる。尤もその顔は上半分が仮面で覆われているため、せいぜい動いたのは口元ぐらいであった。

 嘲りを含んだ叱責に、しかし十代は答えない。ただデュエルディスクを着けた左腕をバードマンに突き付け、一つだけ質問を口にする。

 

「お前ら、なんであんなひどいことをするんだ!」

「ひどいこと? ああ、あの低レベルモンスターどものことか」

 

 十代が言いたいことを察し、一度だけ階下に視線を落としてからバードマンはその口を三日月形に釣り上げた。

 

「この世界はレベルの高さが全てだ。レベルが高いほど、強い。強いから、低レベルの弱い連中を支配する。そのどこがおかしい」

 

 まるで当たり前のことを言うかのような口調。

 それを受けて、十代は話し合いの道を諦めた。価値観が違うと実感したためだ。ならば、残る手段は一つのみ。

 

「デュエルだ、バードマン! 俺が勝ったら、もうこんな真似はやめるんだ!」

 

 十代がそう言えば、バードマンは一瞬呆けた顔になる。

 そして次の瞬間には笑い声をあげ、それが収まる頃には怒りの表情となって十代を睨みつけた。

 

「随分と甘いことを言う! お前も戦士を名乗るのなら、命を懸けろ!」

「なに……!?」

 

 デュエルディスクを構えながら言われた言葉に、十代は動揺を露わにする。

 だが、そんな十代を余所にバードマンは先に「デュエル!」と掛け声を発し、十代も慌ててそれに続いた。

 

 

遊城十代 LP:4000

バードマン LP:4000

 

 

 しかし、たった今言われた言葉が十代は気になっていた。命を懸けろ、とはどういう意味なのか。単に、それほどの覚悟を持ってデュエルをしろということならば、十代はいつもデュエルには真摯に向き合ってきている。

 それならば今更言われるまでもないと思ったが、しかしその考えは背後から聞こえたタニヤの声によって霧散した。

 

「よすんだ十代! この世界でのデュエルは、お前たちの世界のものとは違う! ライフポイント4000はそのまま命の値……0になれば、本当に死ぬことになる!」

「な……!?」

 

 タニヤから告げられた事実に言葉を失う。

 ライフが0になることは、イコール死。到底十代の常識からは考えられない話だ。だが、そんなデュエルに心当たりはあった。十代も、何度か経験がある。

 

「闇のゲーム……!」

 

 敗者は死ぬ。その点で言えば、両者は似たようなものだろう。

 思わず躊躇いを見せた十代に、バードマンは嘲笑を放った。

 

「腰が引けているぞ! デュエルとは、死をも厭わぬ勇敢な戦士による戦い! その程度の覚悟ならば、戦士として戦う資格などお前には無い! しかし、一度成立したデュエルを止める術はない。……ならばこの俺が、引導を渡してやる!」

「待て、十代! 戦略的撤退という言葉もある。相手に乗せられ、目的を見失うな! 二人を助けるためにも、お前は死ぬわけにはいかないだろう!」

 

 バードマンの言葉に続き、オブライエンが十代に呼びかける。

 その言葉は、なるほど納得できるもので、十代も確かにその通りだと思ったほどだった。

 十代にとっての最優先事項は遠也とヨハンの救出だ。それを為す前に自分は死ぬわけにはいかない。その点は、十代としても譲れないところだった。

 ならば、オブライエンの言う通り、ここはデュエルを中断して引き下がるのが正しいのだろう。それぐらいの判断は、十代とてすることが出来た。

 

 しかし。

 

「――悪いな、オブライエン。俺は、このデュエルを続ける」

「十代!」

「俺だって、目的を忘れたわけじゃない。けどさ……俺は、思うんだ。ここに遠也たちがいたら、なんて言うかなって」

 

 なにを、とオブライエンとタニヤは思う。だが、隣のマナは十代が言わんとしていることを理解したようで、諦めたように溜め息をついていた。

 そんな彼らの前で、十代は言う。

 

「こんな真似をしている奴を前に、遠也なら絶対に逃げない! ヨハンだって、必ず止める! なら、その親友である俺が逃げるわけにはいかないぜ! 目的のために、目の前の悪いことを見逃したなんて知れたら、あいつらに怒られちまうぜ!」

 

 小さく笑い、それに、と十代は続けた。

 

「俺はデュエリストだ! あっちが戦士の誇りを見せた以上、俺もデュエリストとして受けてやりたいしな!」

 

 もちろん、結果がどちらかの死であることは十代にとっても大いに躊躇う点だ。今でも、その気持ちは心の中に沈殿している。

 だが、それを理由にこのデュエルを勝手に降りることは、あそこまでの覚悟を持って戦いに臨む相手の誇りを汚すことになる。デュエリストとしてというより、一人の男として、十代はその選択を選ぶこともしたくなかったのだった。

 その結果出てきた言葉。それを聞き、バードマンは嘲りの表情をやめて微かな笑みを浮かべる。

 誇りを口にし、それに相手が応える。戦士としての……いや、男としての趣がわかっている相手と戦えることに、バードマンもまた十代に対する認識を変えたのだ。

 

「その意気や良し! 少しは楽しめそうだな……俺の先攻、ドロー!」

 

 バードマンがついにターンを開始したのを見て、マナは天を仰いだ。そんなところまで遠也に影響されなくても……と愚痴をこぼす。しかしすぐに、遠也がいなくても同じだったかもしれないと思い直した。

 もともと、遠也と十代がデュエル馬鹿でありよく似ていることは仲間内では知られたことである。更に今は同じような嗜好のヨハンもいる。なら、こういう展開になるのもむべなるかなだ。

 とはいえ、これは命が懸かったデュエル。正直に言えば無理はしてほしくなかったが、既に始まっている以上は仕方がない。

 あとは見守るしかない。そう力なく言うタニヤの言葉にオブライエンとマナは頷き、十代とバードマンの戦いを見つめるのだった。

 

「俺は魔法カード《サモン・ストーム》を発動! ライフポイントを800支払うことで、手札からレベル4以下の風属性モンスター1体を特殊召喚する! レベル4の《暴風小僧》を特殊召喚!」

 

 

バードマン LP:4000→3200

 

《暴風小僧》 ATK/1500 DEF/1600

 

 

 バードマンのフィールドに吹き荒れる竜巻の中から、一人の少年が現れる。その手に小さな風を手慰みのように生み出していることから、風を操る力を持っているということなのだろう。

 

「更に暴風小僧をリリース! このカードは1体で2体分のリリースとすることが出来る! 現れろ大いなる風の化身、《神鳥シムルグ》!」

 

 先ほどよりも勢いが強い突風。目を開けていることすら難しい風の中に暴風小僧が姿を消すと、やがて大きく翼を広げて現れたのは淡い緑の羽毛を黄金で出来た数々の装飾品で彩る巨大な鳥のモンスターだ。

 

 

《神鳥シムルグ》 ATK/2700 DEF/1000

 

 

 レベル7の最上級モンスター、神鳥シムルグ。甲高い声で鳴いたその見上げるほど大きな鳥に、十代は警戒を強めてバードマンを見た。

 

「更に永続魔法《レベル・タックス》を発動! 互いのプレイヤーはレベル5以上のモンスターの召喚・特殊召喚・反転召喚に成功した時、その攻撃力分のライフポイントを支払う! ふふ、これでお前は低レベルなモンスターで何とかするしかないわけだ!」

 

 上級モンスターは2000以上、最上級ともなれば2500以上。例外はあれど、レベルが上がるにつれてその元々の攻撃力が上がっていくのは自然なことだ。そして、デッキにおける切り札とはそういった高攻撃力のモンスターに委ねられることが多い。

 ゆえに、そういった切り札をいかに早く出せるかがデュエルにおける要点の一つともいえるわけだが、バードマンが発動させた永続魔法はその要点を抑えることを妨害するものだ。

 先述したように切り札と呼べるモンスターの攻撃力が一定のラインより上である以上、レベル・タックスの効果により失うライフも多くなる。考えなしに召喚することは出来なくなったわけだ。

 それを悟り、十代は自身の手札に存在するエース――《E・HERO ネオス》を複雑な表情で見た。

 

「……けど、ライフはまだ4000もある。一度ぐらいなら召喚は可能だ!」

 

 たとえばネオスならライフが1500は残る計算になる。決して安全圏ではないが、しかし低すぎる値でもない。

 ならば取れる手はある。そう反論した十代に、バードマンはしかし余裕の笑みを崩さなかった。

 

「それはどうかな! 俺はカードを1枚伏せ、ターンエンド! そしてこのエンドフェイズ、神鳥シムルグの効果発動! 互いのプレイヤーは互いのエンドフェイズごとに1000ポイントのダメージを受ける!」

「なんだって!?」

「このダメージはフィールドに存在する魔法・罠カード1枚につき500ポイントずつ軽減できる。俺の場には2枚の魔法・罠カードがある。だが、お前にはない!」

 

 神鳥シムルグに備わる恐ろしい能力。エンドフェイズごとに1000のダメージということは、何もしなければ4ターン後にデュエルが決着するということを示している。

 魔法・罠カードが2枚以上場にあれば防ぐことは出来るが、今は先攻の1ターン目だ。十代に防ぐ術はなかった。

 思わず苦い顔になった十代の前で、シムルグは大きく翼を広げた。

 

「喰らうがいい……《ゴッド・トルネード》!」

 

 広げた翼を一気に折りたたみ、それだけで目も開けていられないような強風が十代に襲い掛かる。

 風自体はバードマンにも影響していたが、場に存在する2枚の魔法・罠カードが盾となってその脅威を防いでいた。

 結果、その豪風に晒されるのは十代だけとなった。

 

「うぁああッ!」

 

 

十代 LP:4000→3000

 

 

「十代くん!」

 

 思わず膝をついた十代に、マナの気遣わしげな声がかけられる。それに一度振り返って笑みを返すと、十代は足に力を入れて立ち上がった。

 これで十代のライフは3000ポイント。上級以上のモンスターが持つ攻撃力を考えれば、レベル・タックスによってその召喚は先程以上に難しくなったと言える。

 なにせライフを1000以下の危険域に持っていかなければ召喚できなくなったのだ。それを誰よりも理解しているバードマンがにやりと笑う。

 

「さぁ、お前のターンだ!」

「く、俺のターン、ドロー!」

 

 手札に存在している自身のエース。しかし、リリース要員もなく召喚はできない上に出した瞬間自分のライフは500というギリギリの数字になってしまう。

 となれば、ネオスに頼らない戦術を取るほかない。僅かな逡巡の後にそう決めると、十代は手札のカードたちを見渡して、その中の一枚を手に取った。

 

「俺は《E・HERO バブルマン》を守備表示で召喚! 俺の場に他のカードがないため、デッキからカードを2枚ドロー! カードを3枚伏せ、ターンエンドだ!」

 

 

《E・HERO バブルマン》 ATK/800 DEF/1200

 

 

 全身を薄い青で統一した些か恰幅のいい水のHEROが、十代のフィールドでゆっくり膝をついて守備態勢を取る。

 更にターンの終了を宣言したことでシムルグの効果が発動。互いにダメージを与えるべく突風を起こすが、バードマンと十代ともに魔法・罠カードが二枚以上場にあるため、風はただフィールドに吹くだけにとどまった。

 ターンが移り、バードマンのターン。カードを引く前に十代の場を確認した彼は、レベル4かつステータスもそれほど高くないバブルマンの姿に、己の優勢を確信したようだった。

 

「ふふ、そうだろうな。お前は低レベルモンスターで凌ぐしかない! 高レベルモンスターに、低レベルの者が勝てる道理はない! せいぜい足掻くがいい!」

「………………」

 

 十代は何も答えず、無言でバードマンに先を促した。

 その反応のなさに若干眉を顰めながらも、バードマンはデュエルを進めるべくそのデッキに指をかける。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 引いたカードを確認し、バードマンは一つ頷いた。

 

「俺は《トルネード・バード》を召喚!」

 

 

《トルネード・バード》 ATK/1100 DEF/1000

 

 

 神鳥シムルグの大きさに迫る巨鳥。赤い羽根を散らしながらシムルグの横に並ぶ。

 

「更に魔法カード《翼の恩返し》を発動! ライフを600払い、自分フィールド上の鳥獣族モンスター1体につきデッキから1枚カードをドローする! 合計で2枚ドロー!」

 

 

バードマン LP:3200→2600

 

 

 ただし翼の恩返しで手札に加えたカードは、このターン使用することは出来ない。

 だが、そんなことは大きな問題ではないとばかりに、バードマンは腕を振って十代に人差し指を突きつけた。

 

「バトルだ! 神鳥シムルグでバブルマンに攻撃! 更にトルネード・バードでダイレクトアタック!」

「く……ぐぅああッ!」

 

 

十代 LP:3000→1900

 

 

 シムルグによる暴風がバブルマンを破壊し、更にトルネード・バードが起こした竜巻が十代をまるまるその中に収めてダメージを与える。

 これで十代のライフは2000を切ることとなり、ネオスを呼び出したとしてもその時点でライフが0になることとなった。

 

「カードを2枚伏せ、ターンエンド! そしてこの瞬間、神鳥シムルグの効果が発動する! ……が、互いに魔法・罠カードが2枚以上存在するためダメージは無しだ」

 

 神鳥シムルグが翼をはためかせ突風を作り出すが、互いの魔法・罠カードが盾となってプレイヤーには届かない。

 しかしダメージを防ぐことこそできたが、状況は十代に不利だった。

 バードマンの場には、最上級である神鳥シムルグに下級とはいえモンスターがもう一体。そのうえ十代の上級モンスター召喚を封じるレベル・タックスに、伏せカードが三枚もあるのだ。

 対して十代の場にモンスターはおらず、伏せられたカードが三枚あるだけである。たとえ伏せカードがあろうと、あちらには既に最上級モンスターすら存在しているのだ。どちらが優勢かなど、一目瞭然だった。

 

「クク……そら、お前のターンだ! もっとも、低レベルのモンスターしか使えないお前に勝ち目はないがなぁ!」

「――俺のターン!」

 

 十代もまた、自身が現状不利であることは承知していた。しかし、だからといって弱気になるということもなかった。

 このデュエルは死に繋がる。それは、確かに恐ろしい。だが、それよりも十代は友達を助けられない事のほうが苦しいし、己の全てと言っても過言ではないデュエルを死に怯える自分の弱さで汚してしまうことの方が辛かった。

 だから、十代は力強くカードを引く。そんな弱さなど吹き飛ばすように。そして、死を招くと知りつつもこのデュエルを受け、更に対戦相手である自分にも誇りを求めてきたバードマン。その潔さに応えるために。

 その純粋な思いは、いつだって十代のデュエルを支えてきた。

 それは、この時も同じである。

 

 デッキからドローしたカードを確認する。そして、一瞬固まった。

 僅かな驚きを含んだその表情は、しかしすぐに柔らかく変化していく。

 十代はそのカードを手札に加えると、真っ直ぐにバードマンへと視線を合わせた。

 追い詰められているはずであるのに全く怯えも不安も感じられない瞳に、思わずバードマンはたじろぐ。

 

「お前、俺よりも遠也と戦ったほうが良かったかもな」

「……誰だ、それは」

 

 唐突な十代からの言葉。その中に含まれる知らぬ名に疑問を返せば、十代は胸を張って答えた。

 

「俺の親友で、ライバルで、仲間だ! そして低レベルのモンスターも力を合わせれば大きな力になることを実践した奴さ! その姿を知っているから、俺は低レベルだろうとなんだろうと、充分以上に戦えることを知っているんだ!」

 

 欠片ほどの疑いも感じられない、そのことを信じきっている語調。だが、それはレベルによる格差を実践し、また日々感じていたバードマンにしていれば認め難いものであった。

 

「馬鹿なことを……! 所詮この世界はレベルの高さがモノを言うと、何故わからん! レベルの低い者がレベルの高い者に勝つなど出来るわけがないのだッ!」

 

 それが当然であるというよりは、そんなことがあってはならないとでも言いたげな言葉。どこかムキになっているようなバードマンに、十代はこのターンのドローで引いたカードを手札から抜き出した。

 

「そんなこと、やってみなければわからないぜ! 俺は手札から《E・HERO エアーマン》を召喚!」

 

 

《E・HERO エアーマン》 ATK/1800 DEF/300

 

 

「そしてエアーマンの効果発動! 召喚成功時、デッキから「HERO」1体を手札に加える! 俺は《E・HERO スパークマン》を手札に加えるぜ!」

 

 エアーマンが優秀である所以は、召喚するだけでアドバンテージを得られることにある。

 今回はデッキからカードを手札に加えているので、手札消費なしでボードアドバンテージがプラス1。またもう一つの効果である場に存在する自身以外のHEROの数だけ魔法・罠を破壊する効果も十分にアドバンテージを稼ぐことが出来る効果だ。

 その優秀さにより、十代もデッキに採用している。が、十代にとっては遠也とのトレードによって手に入れたカードであるという点が重要だった。

 元は遠也のカード。そのカードがここぞという時に来てくれる。その頼もしさを感じつつ、十代は再び手札の一枚を手に取るとディスクに差し込んだ。

 

「魔法カード《HERO'Sボンド》を発動! 俺のフィールド上にHEROがいる時、手札からレベル4以下のE・HERO2体を特殊召喚する! 来い、《E・HERO スパークマン》! 《E・HERO フェザーマン》!」

 

 

《E・HERO スパークマン》 ATK/1600 DEF/1400

《E・HERO フェザーマン》 ATK/1000 DEF/1000

 

 

 片や紫電を纏いながら、片や背中の翼で風を揺らしながら現れた、十代のデッキの代表格。数あるE・HEROの仲間たちの中でも使用率が高い、もはや十代のデッキではお馴染みともいえるモンスターたちだった。

 これで十代の場に存在するモンスターはエアーマン、スパークマン、フェザーマンの三体となった。だがしかし、十代の行動は更に続いていく。

 

「そして手札から《R-ライトジャスティス》を発動! 俺のフィールドに存在するE・HEROの数だけ相手の魔法・罠カードを破壊する! 俺のフィールドのHEROは3体! よって3枚破壊するぜ!」

「なにッ! そうか、それでレベル・タックスを破壊して上級モンスターを呼び出すつもりか……!」

 

 上級、最上級の中にはシムルグに打ち勝つ可能性のあるモンスターもいるだろう。ならば、十代の狙いはそこにあるはず。

 そう考えたバードマンが思わず思考を口に出す。ここで十代が高レベルモンスターを出してくることを確信したバードマンが悔しげに言うが、それに対する十代の答えはバードマンの想定外のものだった。

 

「いいや……俺が破壊するのは、レベル・タックスじゃない! 3枚の伏せカードだ!」

「ッ馬鹿な!? レベル・タックスを破壊すれば高レベルモンスターを出せるんだぞ!?」

 

 十代の言葉に、バードマンは信じられないとばかりに声を荒げる。

 バードマンにしてみれば、十代の取った手はみすみす勝ち筋を逃すようなものだ。高レベルのモンスターを出さないなら、勝つことは出来ない。彼にとって十代のそれは、完全に理解不能の領域であったのだ。

 だが、そんなバードマンの動揺とは裏腹に当の十代は笑みすら浮かべていた。不敵な、という枕詞がつくだろうその表情で、十代はバードマンに高らかに告げる。

 

「言ったろ、やってみなければわからないってな! 低レベルだろうと勝てるってことを、証明してやるぜ!」

 

 それは、このデュエルに勝つというだけではない。バードマンの持つ思想すら打ち壊してみせるという宣言だった。

 

「ぬかせ……! ならばこの瞬間、罠発動! 《ゴッドバードアタック》! 自分フィールド上の鳥獣族、トルネード・バードをリリースし、相手の場のカード2枚を破壊する! 俺が選択するのは、エアーマンとスパークマンだ!」

 

 そうまで言われて黙っているほど、バードマンも大人しくはない。

 十代が放ったR-ライトジャスティスに対し、バードマンは即座に鳥獣族が持つ強さの一端を担う強力な汎用罠カード――ゴッドバードアタックを発動させる。

 カードの種類を問わず二枚を破壊し2:2交換を成立させる通常罠。更に今回は十代の除去にチェーン発動しているので、バードマンは一枚のアドバンテージを得ていることになる。まさしく鳥獣族にとっては万能除去といえるだろう。

 

「くくく、これでお前のふざけた言葉も意味のないものに……」

 

 そんな強力なカードだからこそ、バードマンは自信を見せて笑う。

 しかし、すぐに気付く。ゴッドバードアタック発動とほぼ時を同じくして十代の伏せカードの一枚が起き上がっていることに。

 

「カウンター罠《フェザー・ウィンド》! フェザーマンが俺の場にいる時、魔法・罠カードの発動を無効にして破壊する!」

「なっ……!?」

 

 驚きの声も束の間、上空に飛び上がったフェザーマンが起こす強風によってその声はすぐにかき消された。

 風に混じるフェザーマンの緑の羽根は凶器となって、発動したゴッドバードアタックを切り裂いて破壊していく。やがてカードを破壊し終えて墓地に送ると、フェザーマンは上空から再び十代のフィールド上へと降り立った。

 その後ろで、十代は手の甲を使って軽く額の汗を拭う。

 

「あっぶねぇ……伏せといてよかったぜ……」

 

 その物言いに、バードマンは唇を噛んだ。

 

「だが……だがそれでも! 低レベルモンスターに負ける道理はない!」

「それはどうかな! デュエルモンスターズに、無駄なカードなんて一つもないんだぜ! 俺は伏せてあった装備魔法《スパークガン》をスパークマンに装備する!」

 

 十代がデュエルディスクを操作すれば、伏せられていたカードの一枚が表側表示に変更され、カードから現れた黒鉄の無骨なレーザーガンがスパークマンの右手に握られた。

 これはスパークマン専用の装備カード。汎用性を犠牲にしたがゆえに、その効果は非常に強力なものである。

 

「スパークガンの効果発動! このカードを装備したスパークマンは、三回までモンスターの表示形式を変更できる! 神鳥シムルグを守備表示に変更!」

「なんだと!?」

 

 スパークマンがシムルグに銃の照準を合わせ、引き金を引くと一筋の光線がシムルグに直撃する。

 見た目に反して殺傷力を持たない一撃は、シムルグに何の痛痒も与えない。しかしスパークマンの力によって強力な電磁波を帯びた光は、シムルグから一時自由を奪い去り、強制的に守備表示へと移行させるのだった。

 

「確かに神鳥シムルグは最上級だけあって攻撃力も高いし、効果も強力だ。けど、完璧なモンスターなんていない! 高い攻撃力と比べて守備力が1000しかないシムルグのようにな!」

「ぐ……」

 

 シムルグの大きな弱点。そこを見事に突かれ、バードマンが呻く。

 ライトジャスティスによってバードマンの伏せカードは既に破壊されており、残っているのはレベル・タックスのみ。唯一のモンスターであるシムルグも守備力1000での守備表示となっている。

 ならば、十代が次に起こす行動は決まりきっていた。

 

「バトルだ! スパークマンで神鳥シムルグに攻撃! 《スパーク・フラッシュ》!」

「ぐぅッ……!」

 

 右手に持っていたスパークガンを左手に持ち替え、右手から渾身の電撃をシムルグに放つ。

 スパークマンの一撃は容赦なくシムルグに突き刺さり、シムルグは断末魔の声を残してバードマンのフィールドから姿を消していった。

 これでバードマンへの道を阻む壁は全て取り払われた。そして、十代は言う。

 

「高レベルのモンスターも確かに大事だ。けど、だからって低レベルモンスターが弱いわけじゃない! 最上級モンスターを破って、勝つことも出来るんだ!」

 

 バブルマン、エアーマン、スパークマン、フェザーマン。このデュエルで十代を支えたモンスターは、全てレベル4以下。下級モンスターだ。

 しかし今、その下級モンスターの力が最上級を破り、ライフポイントを削り切ろうとしている。レベルの高低に貴賤はない。その考えを証明するために、十代は残る二体に指示を出した。

 

「これで終わりだ! フェザーマンとエアーマンでダイレクトアタック! 《エアロ・フェザー・ショット》!」

「ぐッ……ぁあああッ!」

 

 エアーマンが突風を作り出し、そこにフェザーマンの羽根が混ざる。二体の協力による合体攻撃はバードマンを過たず打ちつけ、合計2800にもなるダイレクトアタックを受けたバードマンは、そのまま吹き飛ばされて背中から地面に倒れ込むことになるのだった。

 

 

バードマン LP:2600→0

 

 

「バードマン!」

 

 倒れ込んだバードマンに、十代は勝利の余韻に浸ることもせず走り寄った。このデュエルが生死を懸けたものであったことを、当然ではあるが忘れてはいなかったからだ。

 デュエリストとして、そして自分の目的のため、十代はこのデュエルを真剣に戦ったが、果たして本当にそれで良かったのか。

 倒れ込むバードマンを見ていると、そんな疑問を感じずにはいられなかった。

 知らず複雑な表情になっていた十代を、倒れ込んでいたバードマンが見上げて小さく口元を緩めた。

 

「……ふ、ふふ……どうした、何故そんな顔をする」

「何故って……」

「お前は戦士として、俺の誇りに応えてくれた。俺は戦士として戦い、敗れたのだ。後悔はない。そしてお前は、誇りある戦いに勝ったのだ。俺のためにも、誇ってくれ」

 

 地面に身を横たえたまま、バードマンはそう言って微かに笑う。

 勝者が勝利を受け入れなければ、負けた者が報われない。いささか婉曲的ではあったが、十代はバードマンが言いたいことを正確に理解していた。

 だから、十代はああと頷いた。そしてぐっと歯を食いしばって、己が下した敵を見下ろす。その視線に嘲りの色はなく、ただこの戦いの時間を共有した相手を讃える色だけがそこにはあった。

 それを十二分に察し、バードマンは小さく首肯した。

 

「……この世界は、レベルによる支配が続いている。俺も所詮はレベル4。下級モンスターだ。……自分より低いレベルの者を虐げることでしか、いつの間にかプライドを守れなくなっていた……」

「バードマン……」

 

 自嘲の笑みすら見せて言ったバードマンは、すぐにその表情を真剣なものに改めて十代に手を伸ばした。

 

「若き戦士よ……。このレベルによる支配を、なくしてくれ……俺のような奴を出さないために……!」

「お前……」

「もし叶うのなら、この世界に新たな秩序を……。レベルによる差がない……新たな世界を……覇王となり、作ってくれ……たの、む……」

「バードマンッ!」

 

 縋るように差し出された手を、十代はしっかりとつかむ。

 そのことで自分の思いを受け取ってもらえたと思ったのか、バードマンは安心したように笑うと輝く光の粒子となってその身を散らせていった。

 そこに、倒れ込む戦士の姿はもうどこにもない。肉体すら残らない精霊の最期。その無情と、それを自分が為したのだという重みが十代の肩にのしかかった。

 しかし直後、その肩は軽く叩かれる。

 振り返れば、そこにはいつの間にか十代の側にまで来ていたマナ、オブライエン、タニヤの姿があった。

 彼らの瞳は、自分を気遣う優しさに満ちている。それを感じ、十代は仲間がいてくれることのありがたさを改めて感じたような気がしていた。

 バードマンには、きっとこんな仲間がいなかったのかもしれない。もしいたなら、きっとレベルによる支配を失くすべく戦う戦士となっていたのかも。そう思うと、少しだけやるせなくなった。

 だが、十代の目的はここで終わっていいものではない。目を閉じてバードマンに対して静かに祈りを捧げると、十代は仲間たちと向き合った。

 

「いこう、みんな」

 

 その言葉に、三人は頷く。

 直後、オブライエンを連れてマナが天井の照明機械まで飛んでいく。そういった工作にも長けたオブライエンだけあって、機械はすぐに機能を停止。照明は落ち、広大な空洞は一瞬で闇に包まれることとなった。

 そして始まる虐げられる側だった者たちの反乱。闇に乗じて夜に弱い鳥獣族を襲い始めた彼らの中には、それに加勢する仲間たちの姿もある。鳥獣族たちを次々と捕らえていく姿を、タニヤは感慨深そうに見つめていた。

 それら一連の行動を見つめながら、十代はバードマンが言っていた言葉を思い出していた。

 

「覇王、か……」

 

 この世界にレベルによる支配をなくすために、バードマンがなれと言ったもの。出来ればその願いを叶えてやりたいが、しかし自分にそんなことが出来るとは思えない。なにより、遠也とヨハンを見つければ自分はこの世界を去るのだ。安請け合いは出来なかった。

 心の中で、バードマンに謝る。だが代わりに、自分がやるべきことは必ずやり遂げる。その決意を現すかのように、十代は拳を強く握りこんだ。

 

 

 *

 

 

 この一帯を支配していた鳥獣族が倒されたことで、タニヤは次の階層への扉も解放されたと十代たちに告げた。

 この世界はどうも、さながらビルのように一階一階昇っていく断層的な構造になっているようなのだ。

 これまでは鳥獣族が次の階層に向かう扉を占拠していたので、彼らはこの階層から逃げることもままならなかった。しかし、扉を守る者がいなくなった今、彼らはついに階層を昇る権利を得たのだ。

 もっとも、彼らが次の階層に行きたかったのは鳥獣族の支配から逃れるためだ。既に鳥獣族が倒された今、わざわざ住みなれない違う階層に行きたがる者はいない。

 だから、階層と階層を繋ぐ扉を開けたのは彼らではなく、遠也とヨハンという仲間の行方を探し続ける十代たちだった。タニヤの先導により扉を開けた十代たちは、石造りの無骨な階段と、その先に聳える二つ目の扉を見上げるのだった。

 

「あの扉を開けば、次の階層に行ける。お前たちには本当に世話になった。ありがとう」

 

 タニヤが笑顔で全員の顔を見渡してお礼を言う。そんなタニヤに、仲間たちはそれぞれ励ましの言葉をかけた。

 これまで支配されていたとはいえ、それはそれで一つの生活として成り立っていた面もあったのだ。それが急になくなった以上、暫くは新しい秩序と生活の構築に追われることとなるだろう。そこに苦労があるのは想像に容易い。それを思っての言葉だった。

 それらに再びありがとうとタニヤが返し、さあいよいよ先に進もうと全員の意識が段上の扉に向けられる。

 そんな中、十代らの輪から抜けてタニヤの横に並ぶ男の姿があった。

 

「すまん、みんな。俺はここに残る」

「三沢!?」

 

 突然残留の意思を示した三沢に、十代だけではなく全員に驚きが伝わっていく。

 翔などは「まさかタニヤの傍にいたいんじゃ……」と過去の例を持ち出して三沢に問いかけるが、三沢は僅かに動揺しながらもきっぱりと「違う」と否定した。

 

「ここには、他の世界から来た者が大勢いる。彼らに話を聞き、この世界の秘密を解き明かしたいんだ。それは俺たちが帰還するために重要な情報になるだろう」

 

 忘れがちだが、十代たちはほぼ一方通行の扉を無理やり開いてこの世界に来ている。帰る手段など、少なくとも現時点では存在していないのだ。

 しかしここには同じく世界を移動した者が大勢いる。その中には、帰還のためのヒントがあるかもしれない。それを考え、三沢は異世界や量子力学に通じる自分が残るのがベストだと判断したのだ。

 それを聴き、誰もが納得する。三沢の考えは、彼らとしても無視できないものだったからだ。

 帰還のことを考えれば、その手段を講じる役割である三沢の存在は重要なものだ。だからだろう、更に二人が三沢の隣に並んだ。

 

「ならば俺もここに残ろう」

「僕らなら、二人でも十分彼らを守れるだろうしね」

「カイザー! それにエドも!」

 

 この中でも屈指の実力者である二人ならば、確かにたった二人といえども十分な戦力と言えるだろう。

 遠也たちを捜索する以上こちらの人手が多いに越したことはない。ならば、実力が高い者が少数抜ける方が効率がいいのは確かだった。

 

 ここで一時的に集団を抜けることになる三人に、ぞれぞれが言葉をかける。彼らからも力強く「必ず後から追いかける」という言葉を受けて、十代たちは階段を登っていく。

 この次の階層がどんな世界になっているのか。まだ見ぬ世界にも、なにがしかの困難が待っているだろうことは彼らも覚悟していた。

 しかし、そんな困難の中を押し切ってでも必ず仲間を取り戻す。そんな十代の決意が全員に伝わり、一行は真剣な面持ちで足を進めた。

 そしてついに階段を登りきり、扉の前に立つ。

 

 ――待ってろよ、遠也、ヨハン!

 

 この先に二人がいることを信じて、十代はゆっくりと扉を開いていった。

 

 

 

 



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第71話 二層

 

  * * * *

 

 

 

「――俺のターン、ドロー! スタン……っと、別にいいのか。俺は《ジャンク・シンクロン》を召喚! その効果で墓地から《ボルト・ヘッジホッグ》を蘇生する。――レベル2ボルト・ヘッジホッグにレベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 俺がディスクの上にそれぞれのカードを置いて宣言すれば、ソリッドビジョンとして立体化されたジャンク・シンクロンが、自身に取り付けられているリコイルスターターを引っ張り、背中に背負ったエンジンを始動させた。

 そして同じく立体映像となっているボルト・ヘッジホッグと共に飛び上がると、ジャンク・シンクロンは三つの輪に。ボルト・ヘッジホッグは二つの星となってその中心を潜っていく。

 

「集いし星が、新たな力を呼び起こす。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・ウォリアー》!」

 

 眩くフィールドを照らす閃光。

 ジャンク・シンクロンが作り出した輪の中心から直角に円柱型の光が伸びると、その中から勢いよく紺碧の装甲に身を包んだ機械の戦士が拳を振るって現れた。

 

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300 DEF/1300

 

 

 まだいささか見慣れない映像のモンスター。その姿に若干気圧されながら、俺は言葉を続けた。

 

「ジャンク・ウォリアーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、自分フィールド上に存在するレベル2以下のモンスターの攻撃力の合計分攻撃力をアップする! 俺の場にはレベル2のスピード・ウォリアーがいる。……《パワー・オブ・フェローズ》!」

 

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300→3200

 

 

 前のターンの終わりに復活させていたスピード・ウォリアー。その攻撃力は900ポイントだ。その値がそのままジャンク・ウォリアーの攻撃力に加算され、相手を倒すに十分な攻撃力を得るに至った。

 なら、下すべき判断は決まっている。俺は対峙する相手を視界の中心に収めた。

 

「バトル! ジャンク・ウォリアーで《ブラック・マジシャン・ガール》に攻撃! えっと、《スクラップ・フィスト》!」

「きゃあぁっ!」

 

 ジャンク・ウォリアーが構えた文字通りの鉄拳が、対戦相手であるマナの場に立っていたブラック・マジシャン・ガールに向けて振り抜かれる。

 なんとか杖を拳の前に突き出すものの、やはり攻撃力の差は如何ともしがたく、ブラック・マジシャン・ガールは破壊され、その差分のダメージによってマナの敗北が決定された。

 

 

マナ LP:900→0

 

 

 デュエルが終わったことで、ソリッドビジョンも消えていく。

 日常には不似合いなモンスターたちが存在しなくなり、周囲はようやく慣れてきた武藤家裏手の風景を取り戻す。

 ふぅ、と軽く息を吐き出すと、デュエルのために距離を開けて立っていたマナが笑って歩いて来ていた。

 

「お疲れさまー。それにしても、何度見ても面白いねぇ、シンクロ召喚って」

「俺の世界では一般的なカードだけどな」

 

 ディスクに置かれていたカードを回収しながら俺は言う。

 デッキケースにしまわれる白枠のカードたちを目で追いつつ、マナは「そっかぁ」と無邪気に笑った。

 

「そういえば、だいぶ慣れてきたんじゃない? こっちのデュエルにも」

「まぁ……そのためのデュエルなんだしな」

 

 腕に着けたデュエルディスクを軽く掲げれば、マナはさもありなんと頷いた。

 それを見ながら、思う。こうしてマナとデュエルするのが日課になって、もう一週間。この世界に来て一月が過ぎようとしているとは、時間の流れとは早いものだと。

 

 

 *

 

 

 俺が元の世界から弾き出され、この世界で遊戯さんの家にお世話になるようになって幾許か。最初の頃の俺の生活は、まさしく引き籠りのそれに近いものだった。

 といっても、それは単に色々と学ぶことがあったために出不精になっていただけでもあるのだが。例えばこの世界と元の世界での常識をすり合わせだ。これが出来なければ、俺はこの歳になっても常識知らずの変人でしかない。俺がこの世界で暮らしていけるようにするためにも、その勉強は必須だった。

 まずはそれに時間を割いたため、外に出るということはあまりなかった。最初の数日はそれだけで終わってしまったのだ。

 なんといっても、世界トップの企業がI2社やKC社といった俺にとっては画面の向こうにあった会社が実際に存在し、かつとんでもないお金で世の中を動かしているのだ。そのことが社会に与えた影響が少ないわけがなく、有名企業または都市の名前や世界情勢、はては生活の基準に至るまで多くの差異があるのは必然だった。

 ましてこの世界ではデュエルモンスターズが広く世界に浸透している。カードゲームで物事を解決することすらある社会など、正直に言って理解に苦しむことであるのは間違いがないが。

 

 それでもどうにか俺は知識を詰め込んだ。何故なら今俺がいるのは元の世界ではなく、遊戯王世界だからだ。それは諦めの気持ちに似ていたかもしれない。

ともあれそうなれば、次は実地だ。まずは実際にこの町を歩いてみようかと遊戯さんに誘われ、俺は初めて本格的に童実野町と向き合うことになった。

 

 

 ――そこで俺は思い知ったのだ。この世界が、全く違う世界だということを。

 

 

 世界が違っても、日本語を話し、同じ人間である。文明にだって大きな違いはない。ならすぐに順応できるはず、という俺の考えは甘いものだったと悟らざるを得なかった。

 まず、耳に入って来る世間話の内容が理解できない。ある程度の常識を詰め込んだとはいえ、細かい所に手が回っていないのは時間的に当然のことだ。

 それでも、最近の話題や芸能人、流行、エトセトラ。子供でさえ難なくついていっている会話に眉をひそめるしかできないのは、実に奇妙な気持ちだった。

 歩き慣れない町、見知らぬ風景。KCと書かれた大きなビルに、視界の端で見られるデュエルの風景。観光気分もあるにはあったが、それでも言葉には言い表せない独特の違和感は、そんな気分を少なからず削っていた。

 そういった気疲れを遊戯さんは察したのだろう。カードショップに案内してくれると、そこで色々とこの世界のカードについて説明してくれた。

 

 遊戯王……この世界ではたんにデュエルモンスターズだが、そのカードだけは元の世界と変わらなかった。カードショップに流れる空気は、元の世界と大差ないように感じられる。

 自然、俺も肩から力が抜けて遊戯さんの話にも相槌を打って答えるようになっていた。精霊としてついて来ていたマナにマハードは、遊戯さんの後ろで微笑んでいる。どうやら二人にも心配をかけていたらしいと気づき、俺は何とも気恥ずかしい気持ちを味わった。

 そうして幾らかの時間が経ったとき、不意に遊戯さんが言った。

 

 せっかくだから、デュエルをしていくといいよ、と。

 

 ただ、その相手は遊戯さんではない。何故なら有名人である遊戯さんがデュエルをするとなれば、騒がしくなるからだ。遊戯さんはそれは俺にとっていいことではないと気を使ってくれたらしい。

 確かに、今は遠巻きに見られているだけだが、デュエルとなれば人は集まって来るだろう。まだ色々と馴染んでいない中で、騒がれながらデュエルをしたくはない。

 俺は遊戯さんの気遣いに感謝しながら、そうですねと頷いて店の中にあるフリーデュエルスペースに向かった。

 取り出すのはシンクロデッキではなく、魔法使い族を主体にしたデッキだ。こちらなら、シンクロが存在しないこの時代でも問題はないと思ったからだ。

 デュエルスペースに座ると、中学になったばかりか小学生だろうか。そのぐらいの男の子が早速デュエルを申し込んでくる。

 さすが、デュエルモンスターズが根底にある世界だ。子供でもデュエルには積極的だった。

 自信があるのか口元を緩ませるその子からの申し出を受け入れ、デュエルを開始する。

 

 手札を五枚引き、先攻は俺。

 いつものように、デュエルを始める。

 

「ドロー。スタンバイ、メインフェイズ」

「え、それなに?」

 

 突然進行を止められ、俺は怪訝な顔になる。

 そして、心から疑問だと言わんばかりの少年に向かって「何を言っているんだ」という響きすら持たせて口を開いた。

 

「なにって……フェイズの確認。常識だろ?」

 

 当たり前すぎて、聞かれるまでもないこと。

 しかし、それを聴いた少年はきょとんとした顔になると、やがてケタケタと笑いながら言った。

 

「あはは、常識じゃないよー、そんなの。僕初めて聞いたもん。お兄さん、面白いね」

「――……そう、か……」

 

 結局俺はそれだけを返し、デュエルを続行した。

 結果は俺の勝ちだったが、カードにおいてもやはり違いはあると実感せずにはいられなかった。

 たとえここが日本で、言葉も同じで、文明だって似通っていようと、やはりここは違う世界なのだと実感した一日だった。

 

 

 武藤家に戻った俺は、やがて夜になると用意された部屋で静かに体を横たえる。常識も、話題も、全く違う世界。遊戯王のカードでさえ今まで通りとはいかず、何より自分を知る者が一人もいない世界。

 ぼうっと天井を見上げながら、俺はふと恐怖に襲われた。

 

 ――ひょっとして、元の世界なんて最初からなかったんじゃないか。向こうのほうが夢だったのでは……。

 

 即座に、馬鹿な、と鼻で笑う。俺にはしっかり元の世界での記憶がある。それが嘘であるはずがない。そう強く思うが、しかし思考は一度脳裏によぎった幻想を手放してはくれなかった。

 既にこの世にはいないが、俺を生んでくれた両親。折り合いは悪かったが、一緒に暮らしていた親戚。趣味を共有した、数少ない友人たち。

 そして、漫然と過ごしながらもどこか安心感に浸っていられた、もうこの手にはない生活。

 けれど、ここは違う。自分を証明するものもなく、自分を知っている者もいない。ただ一人、自分だけがここではない世界に拠り所を持っている。

 

 帰りたい。

 

 唐突に胸の中に湧く、狂おしいまでの望郷の念。一度生まれたそれは、じわりじわりと心を蝕む。

 たとえ似ていても、違う。決してここは俺が生きた世界じゃない。その強烈な違和感が、悲しみにも似た不安となって瞼の裏を熱くする。

 中学生活も終わりを迎え、これから高校に進もうかという時に、どうしてこんなことになってしまったのか。

 自分はひとりきりだ。それをはっきりと自覚し、ぞっとして体を丸める。

 

 ぽつんと暗い室内で独り寝るこの状況が、今の俺と世界の関係を現しているかのように感じられて、俺は途端に恐ろしくなった。

 自分では高校生になるんだからもう大人だと思っていたが、どうやら存外自分は子供だったらしい。たった一人という恐怖に、こうして震えているのだから。

 家族や知り合いが一人もいない。それだけではなく、自分が存在していたと証明するものが一切ない世界。そんな、繋がりが一切断ち切られた世界。

 そこに突然放り込まれるという恐怖を実感していた俺に――ふと、かけられる声があった。

 

『あれ、どうしたの?』

 

 響いた高めの声に、はっとして顔をそちらに向ける。

 そこには振り向いた俺を見て目を丸くするブラック・マジシャン・ガール――マナの姿があった。

 

『遠也くん……泣いてたの?』

「え? あ、いや……」

 

 言われて頬に手を持っていけば、確かに指先が水に濡れる。

 途端、泣いているところを見られたことに対する恥ずかしさが胸に湧き、俺は涙を止めるべく目の周辺にぐっと力を込めた。

 しかし、そんな俺の意思に反して涙が止まることはなかった。この世界に来て数日、ずっと溜め込んでいた不安や動揺が一気に噴き出したように、涙は俺の頬を伝って布団の上に染みを作っていく。

 

「……や、その……なんでもないんだ。……ちょっと、目が痛いだけでさ……」

 

 ぐいっと腕で目を擦り涙をぬぐう。しかし、涙はいったん収まりを見せたものの、すぐにまた零れ落ちる。

 止まない涙の原因は、明らかだった。不安と恐怖、緊張に遠慮、動揺に困惑、それら負の感情が数日を経て溢れ出したのだ。これまでそう言った感情を無理やり押さえつけていた蓋が、望郷の念によって開いてしまったのである。

 だが、それだけでは俺もここまで感情を露わにしない。ならどうしてこんなに俺は心を揺るがしてしまっているのか。

 それは、同じく心の奥に閉じ込めていたモノが原因だった。

 両親がいない寂しさ、上手く溶け込めない他人の家庭、一線を越えて踏み込めない友人たち。元の世界で感じていたいくつもの不満や悩み、そういったものまで芋づる式に意識してしまったのだ。

 幼い頃から何年もかけて溜めこんできたそれらが、今回のことにつられて表に出てきてしまった。それは俺自身にも制御できない大きな感情の渦となって、俺を飲み込むことになったのだ。

 積もり積もった感情の解放は、いま滂沱の涙という形で行われている。ただそれだけのこと。

 そのことをどこか冷静でいる脳の片隅で考えながら、俺はどうにか笑みを作ってマナを見た。変わらず目に涙は溜まっていたが、しかしそれでも泣き続けていては心配をかけるだけだと思ったのだ。

 だから精一杯表情を作って大丈夫だと言おうとする。

 が、その前に。突然マナは腕を伸ばすと、俺の頭を捕まえる。そして軽く抱き寄せると、小さく背中を叩いた。

 

「…………え?」

 

 突然実体となった彼女と触れ合ったことに、俺は一瞬頭が真っ白になる。

 すぐ横で感じる息遣いと、背中を撫でるように叩く手。そして温かな生身の感覚をただ呆けたように受け入れる俺に、マナは囁くように言った。

 

「んー、私には遠也くんの気持ちはわからないけどね」

 

 ぽんぽん、と背を叩かれる。

 

「我慢は体によくないよ。でしょ?」

 

 そんな、なんてことはない一言。

 ありふれた、月並みな一言でしかなかったそれは、しかし俺にとっては一種救いにも似た言葉となって閉じ込めようとしていた感情を揺り動かした。

 それこそまるでダムが決壊するように、気付けば俺は泣いていた。今度は溢れる涙を止めることもない。体の奥から突き上げる何かを受け入れ、ただ俺は涙を流し続けた。

 元の世界への思いだとか、ずっと抱いていた悩みだとか、それら全てがごちゃ混ぜになった形容しがたい感情の波。心の奥でずっと解放される時を待っていたかのようなその流れに身を任せ、涙を流し続けた。

 文句ひとつ言わず背中を撫でる手に、例えようのない安堵を感じながら。

 

 

 ……そういえば、泣くことによって気分がスッキリするという現象は、今や科学的に立証された純然たる人間の機能であるらしい。

 泣くことによって副交感神経が云々。エンドルフィンの分泌がどうたらこうたら。まぁ詳しいことは俺も知らないが、要するにそういうわけらしい。

 というわけで翌朝の俺はすっかり気分一新、弱気もひとまず鳴りを潜めた状態にあった。ネガティブ方面に振り切っていた思考も正常な働きを取り戻し、いま自分が置かれている現状を率直に受け止める程度には回復していた。

 

 ……マナの太ももを枕に一晩寝て過ごしてしまったという現状を。

 

 目を覚まし、先に起きていたらしいマナが上からにっこり笑って俺を見下ろし、「おはよう」と言った――直後。

 俺はすぐさま飛び退くと両膝を折って頭を垂れていた。

 

「大変すみませんでした」

「んー、私はそんなに気にしてないんだけどね」

 

 言葉通りにあっけらかんとした口調に、俺は下げていた頭を恐る恐る上げた。

 窺うようにその表情を確かめるが、確かに怒っているようには見えないほどに朗らかである。気にしていないという言葉に嘘はなさそうだ。

 が、しかし。それはそれ。これはこれ。どちらかといえば俺の気持ちの問題だった。

 泣いている俺を慰めてくれ、膝まで借りてしまったのだ。このまま「はいそうですか」で引き下がっては男の沽券に関わるというものだ。

 

「迷惑をかけちゃったからさ。何か……」

「うーん、遠也くんがそこまで言うなら……よし!」

 

 それじゃあ、と言葉を続けて、マナは明るい笑みを顔中に広げた。

 

「デュエルしようよ!」

 

 

 

 どうしてそうなる、とは思ったものの、それがお礼というか償いというかそういうあれになるのならということで了承したのが、日課となったデュエルの始まりだった。

 どうもマナは遊戯さんやマハードから俺のサポートというかお世話を頼まれているらしく、このデュエルもその一環であったようだ。

 元の世界とこの世界ではデュエルにも違いがある。たとえばフェイズ確認や優先権の譲渡確認などがそれに当たる。これらは一応ルール上この世界でも行われるべきなのだが、デュエルの勢い……あるいは楽しさを優先させ、実践する人間はおらず、I2社などもその風潮を積極的に否定することはないためそのままになっている。

 それにより、この世界ではいわゆる「発動していたのさ!」が使用可能など、独特の暗黙の了解的ルールによってデュエルが進められているのだった。

 この世界になじむためにはデュエルは避けて通れない。この世界の人間にしてみれば至極真っ当らしいそんな意見によって、マナは俺にデュエルを持ちかけてきたのだ。

 

 要するに、この世界独特の決まりごとをまずはデュエルを通して知ってもらおうということらしい。

 マナ自身どうやら俺のことは気に掛けてくれていたようで、この提案を積極的に推してきた。

 しかし、初対面にしては俺に膝枕を許したりとマナは色々と世話を焼きすぎな気がする。遊戯さん達に言われているのだとしても、無理はしてほしくない。

 そう気を使って言えば、マナはこう言った。

 

「気にしないで、これは私がやりたいからでもあるし。……なんで私をご指名だったのかも気になるし」

「え?」

「あ、ううん。こっちの話、こっちの話」

 

 あはは、と誤魔化すように笑うマナはそこはかとなく挙動不審だったが、どうもマナは遊戯さんに言われたからこうしている、というだけではないらしかった。

 ともあれ、そこまで気にすることではないかとそれについては気にしない方向でいくことにする。そして、もともと迷惑をかけたことに対する対価として用意された話ということもあり、俺はこのデュエルを受諾。

 そしてデュエルディスクも用いてこの世界独自のデュエルをマナに教わりつつ行い、それは一日では終わらずに日を跨いで続いていった。

 こうして、マナによるデュエルを通じてのこの世界への理解を深める試みが始まったのである。

 

 

 *

 

 

 そんなわけで、今日も今日とてマナとのデュエルが行われたわけだ。

 デュエルディスクによるデュエル、フェイズ確認はしない、効果を説明しながらのプレイ、などなど。元の世界とは大きく異なるデュエル様式には正直なところ戸惑いを隠せなかったが、反復していくうちに次第に慣れ始めていった。

 アニメで遊戯王を見ていたというのも大きいだろう。お手本自体は繰り返し見たことがあるのだから、あとはそれをなぞっていけばよかったのだ。

 それでも今日のデュエルみたく、まだ言い間違えることがあるのはご愛嬌だが。

 しかし、ソリッドビジョンシステムは凄いものだと実感する。目の前でモンスターによる大迫力の戦いが見られるというのは、予想以上の衝撃だった。しかも、映画などとは違いその戦いは全て自分が指示を出しているものなのだ。

 臨場感という意味では、3D映画なんて目じゃない。もしこのシステムが元の世界にもあれば、間違いなく遊戯王は世界中で大ブームを起こしていただろうと思うほどだった。

 俺がこんな状況に置かれた中、まがりなりにも楽しんでデュエルが出来ている理由の一つはこのソリッドビジョンにあると言っても過言ではない。それほどまでに、デュエルディスクで行うデュエルは革新的だった。

 もっとも、原因はそれだけじゃないが。例えば――、

 

「ん? 遠也、どうしたの?」

「いや……」

 

 この一週間で俺の名前を呼び捨てるようになったマナが、小首を傾げて疑問を発する。

 

「なんでもない」

 

 例えば、目の前にいる存在も原因の一つだろう。図らずも弱みを見せてしまい、そして今デュエルを通して俺の力になってくれている。

 それが単なる善意なのかそうでないのかなど知る由もないが、少なくとも俺のことを気に掛けてくれているのは事実だ。その事実が、俺にとっては嬉しかった。

 ……まぁ、俗なことを言えば、マナが現実でもめったにお目にかかれないような美少女であるという点もそう思えた一因ではあるが。

 ともあれそういった理由で、俺は少しずつではあるがこの世界を受け入れ始めていたといえる。

……しかしながら、そうせざるをえない状況であることが一番の要因であったということに間違いはない。結局は受け入れるしか選択肢はないわけなのだから、そうするべきなのだろうと判断して受け入れた一面は確かにあるのだ。

 しかし形はどうであれ、俺にとってそれは悲観的に過ぎた状態からの脱却であり、成長と言ってもいい進歩だった。

 

 もっとも、そう思っているのは俺だけだったのだが。

 

 この時の俺は気づいていなかったのだ。――それは、決してこの世界と前向きに向き合ったというわけではない。どうしようもない現実をただ甘受するだけの、諦観からくる思考放棄だったということに。

 

 

 

  * * * *

 

 

 

 ――【暗黒界】というテーマがデュエルモンスターズには存在する。

 

 特徴を挙げるならば、効果で手札から墓地に捨てられた時に発動する効果を持ち、属するモンスターは全てが闇属性・悪魔族で統一されている点が挙げられるだろう。

 その特性上ハンデスに強く、また効果に展開を補助するものが多く、展開力にも長けたデッキである。その強さは折り紙つきで、遠也が元いた世界では環境の常連であり、かつ安価なストラクチャーデッキを買うだけで構築できる手軽ながらに戦えるデッキとして知られていた。

 また、闇属性・悪魔族という点から誤解されがちだが、暗黒界の住人は非常に義に厚く誇りを持った存在だ。見た目こそ悪魔なだけあって恐ろしい外見をしているが、その本質が善人であることはカードテキストによって語られている事実である。

 

 だからこそ、扉を潜って異世界第二階層にやってきた十代たちは困惑を隠せなかった。

 夜の闇に包まれた暗い空。空に浮かぶ異様に明るく輝く青い彗星。その光に照らされた廃墟と化した街。

 瓦礫だらけの街の中、本来は心優しいはずの暗黒界の住人が子供を襲っていたのだから。

 

「く……!」

「十代!?」

 

 自身の腕をデュエルディスクのように変化させた異形――《暗黒界の斥候スカー》。赤い甲殻に覆われた身体を揺らしながらへたり込む子供に近づいていく。

 よくよく見れば、その少年の腕にはいささかサイズの合っていないデュエルディスクが装着されている。恐らく、スカーは少年にデュエルを迫っているのだろう。

 そのことを確信した瞬間、十代は一も二もなく飛び出していた。

 数瞬遅れ、飛び出した十代をオブライエンが認識する。

 

「ッ! 待て、十代!」

 

 はっとなって制止するが、その時には既に十代の姿はスカーと少年の間にあった。

 

「なんだぁ、貴様は?」

 

 突然の闖入者に怪訝な声を出すスカーと、己の前に立つ男の後ろ姿に目を丸くする少年。

 二人の視線を一身に受けながら、十代は左腕に着けたデュエルディスクを起動させた。

 

「俺の名は遊城十代! この子供の代わりに、俺がデュエルを受けるぜ!」

「ほぉ……貴様、戦士か。いいだろう、戦士は全員捕らえろとの命令だからな!」

 

 スカーがゆっくりと腕を上げて、デュエルディスクを胸の前に持ち上げる。その間に、十代は背後にいる子供に離れるように言った。頷いて近くの瓦礫の裏に身を隠した少年を見届け、十代もまたデュエルディスクを掲げた。

 そんな今にもデュエルが始まりそうな気配を前にして、慌てたようにオブライエンが声を発する。

 

「よせ、十代! この世界のデュエルでは、負けた方が死ぬ! バードマンの最期を忘れたのか!」

「なんだと!?」

「そんな……マナさん、本当ザウルス!?」

 

 オブライエンの口から告げられたこの世界独自のルール。

 それを耳にした皆は驚きに目を見開き、信じられないとばかりに万丈目が声を上げれば、一方では剣山が第一層で十代と共に行動していたマナに確認を求める。

 そして当然ながら、マナが返す答えは肯定以外にありえなかった。

 

「うん。私もオブライエンくんも、確かにデュエルに負けた方が消滅したのを見ているから」

 

 改めてマナがオブライエンの言葉の正しさを認めれば、この世界でデュエルがもたらす恐ろしい結末に一同の顔色がさっと青くなる。

 

「あ、兄貴は、そんな危険なデュエルを……?」

「――っ十代!」

 

 翔が震える声で言い、明日香が十代が死ぬかもしれないという可能性に恐怖し、咄嗟に十代の名前を呼ぶ。

 その声が届いたのだろう。十代は明日香たちに振り返ると、にっと笑った。

 

「なんて顔してんだよ、明日香。俺たちがなんとかしなきゃ、この子はどうなってたかわからないんだぜ。なら、こうするしかないだろ」

「けど、それで負けたら……いいえ、勝っても苦しいだけじゃない!」

 

 十代の言い分はわかる。ここで子供を見捨てるなど、十代でなくてもきっと出来なかっただろうからだ。

 しかし、その結果相手が死ぬか自分が死ぬかという事態に巻き込まれるなど、不条理に過ぎるというものだった。

 命ほど重いチップは存在しない。負けて自分が死ぬことも当然恐ろしいが、勝って相手の命を奪うこともまた恐ろしい。誰かの命を奪って、何も感じないはずがないのだから。

 どちらにせよ十代の心にとって大きな負担となるだろう。その重みを感じさせることがどれだけ十代を苦しませるだろうかと考えると、明日香は胸が締め付けられるような気持ちになる。

 だから、できればデュエルを受けずに他の方法がないか考えてほしい。そんな都合のいい話があるわけがないと知りながらも、そう思わずにはいられなかった。

 

「大丈夫だって。俺を信じろ明日香」

 

 そんな明日香の内心はその表情にありありと浮かんでいたらしい。

 それを見てとった十代は、安心させるように歯を見せて笑う。

 次いで、「みんなも信じてくれ」と言葉を付け足して仲間たちの顔を見渡す。

 バードマンのことを忘れたわけではない。コブラや佐藤先生のことも、決して忘れてはいない。

 デュエルによって命を落とした人たち。自分のデュエルで、傷つけ傷つけられた事実。それを苦しく感じることがなかったことなどないが、しかしそれでも今はその痛みに目をつむってでも前に進むべき時なのだ。

 その確信を胸に、十代は前を向く。暗黒界の斥候スカーを正面から見据えながら、十代はこのデュエルの結末を脳裏に描いていく。

 十代とて、なんの考えもなくこのデュエルを受けたわけではない。十代も決して好んで相手の命を奪いたいわけではない。そうならないための考えも、おぼろげながら浮かんでいる。

 上手くいくかはわからないが、しかし。

 

「上手くやるさ……!」

 

 決意を込めた声が流れる風に乗り、その背を見守る仲間たちの耳に届く。

 最初こそそれを聴いた彼らは驚いたが、次第にその驚きは微かな笑みさえ伴う鷹揚な態度に取って代わられた。

 

「……十代くんは、相変わらず頑固だねぇ」

「But、その芯の硬さが十代の強さだ」

 

 言葉とは裏腹に、吹雪の顔に十代を非難する色はなく、むしろ自分たちが知る十代ならそうするだろうという行動をとる姿に、安心しているかのようでもあった。

 ジムもまた吹雪と同じような印象を持ったのだろう。小さく笑んで、背中のカレンを軽く撫でていた。

 そして今の十代に“らしさ”を感じたのは彼らだけではなかった。命を懸けたデュエルであっても、十代は決して諦めていない。それは勝つことをではなく、“誰も命を失くさない事”をだ。

 それを悟った彼らは、同時にここで自分たちが出来ることが何であるかを知る。

 それは、十代を信じること。単純かつ至極当たり前なことが求められていると知ることが出来た。なら、あとはそれを実行するだけだった。

 

「頑張ってね、十代くん!」

「ふん、仕方がない奴だ。――十代! しくじるなよ!」

「マナ、万丈目……ああ!」

 

 二人の声、その後にも続いて届けられる仲間の声援を心強く感じながら、十代は力を入れて大きく頷いた。

 そして、ちらりと廃墟と化した建物の陰に逃げ込んだ子供の姿を確認してから、再びスカーと向き合う。

 視線を合わせてきた十代に、スカーはにやりと牙を見せて笑った。

 

「グフフ、別れは済んだか? ではゆくぞ……デュエル!」

「デュエル!」

 

 

遊城十代 LP:4000

暗黒界の斥候スカー LP:4000

 

 

 互いの宣言によってデュエルがスタートする。ディスクが示す先攻は、十代だった。

 

「先攻は俺だぜ! ドロー!」

 

 六枚となった手札に目を落とし、黙考する。やがてそのうちの一枚を手に取ると、ディスクに攻撃表示で置いた。

 

「《E・HERO スパークマン》を召喚! 更にカードを2枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 

《E・HERO スパークマン》 ATK/1600 DEF/1400

 

 

 電光を操る雷のHERO。青い肉体は引き締まり、金色の軽鎧が一層その頑強さを強調させる。

 相手が使う手がどのようなものかわからず、先攻は攻撃が出来ないため、十代はひとまず攻撃力が高いスパークマンで様子を見ることにしたのだった。

 

「グフフフ、ドロー!」

 

 不気味な笑いと共にカードを引いたスカーは、手にしたカードを見て口の端を歪めた。

 

「《デーモン・ソルジャー》を召喚! バトルだ! デーモン・ソルジャーでスパークマンに攻撃! 《両断魔剣》!」

 

 

《デーモン・ソルジャー》 ATK/1900 DEF/1500

 

 

 手に持った大太刀を振り上げマントをはためかせながら、悪魔の騎士がスパークマンに迫る。

 攻撃力はデーモン・ソルジャーのほうが上。よって、スパークマンは一刀のもとに破壊されて墓地へと送られた。

 

「く……!」

 

 

十代 LP:4000→3700

 

 

「カードを1枚伏せて、ターンを終了する」

 

 自信ありげにエンド宣言をするスカーに、十代も警戒を抱く。

 しかしだからといって消極的になっていいことはない。そう自分に言い聞かせると、十代は勢いよくデッキからカードを引いた。

 

「俺のターンだ、ドロー!」

「そのスタンバイフェイズ、リバースカードオープン! 永続罠《偽りの友好条約》! このカードが存在する限り、貴様はレベル4以下のモンスターを召喚できない! フフ、もっともこちらが貴様に攻撃したり、ダメージを与えればこのカードは破壊されてしまうがな」

 

 待っていましたとばかりに発動されるスカーの場に伏せられていたカード。

 偽りの友好条約……下級モンスターの召喚を制限する、展開の阻害を目的としたカード。もしかすると、スカーのデッキは展開の阻害に長けているのかもしれない。十代はその可能性に思い当たり、何とも厄介なデッキだという感想を持つ。

 それならば恐らくは特殊召喚を封じる系統のカードなども入っているはず。それを出されては、融合主体の十代にとって苦しい展開となるだろう。

 この時点で、十代がするべきことは決まった。速攻で勝負を決めることだ。そんなカードが出てくる前に、勝利を確かなものにする。

 

「やるな……! だが、俺のHEROたちの力を舐めてもらっちゃ困るぜ!」

 

 幸い、手札とフィールドには十分な勝利への要素が揃っている。ならばあとはやるべきことをやるだけだった。

 しかしその前に。十代はスカーからは目をそらさずに小さな声でデッキに眠る己のエースに声をかけた。

 

「ネオス」

『どうした、十代』

 

 呼びかけに応え、十代の隣に姿を見せるネオス。異世界であるために実体化できるはずだが、今のネオスの姿はぼんやりとしている。それは小声で呼ばれたことで、あまり大っぴらにしたくないことを十代は伝えようとしているとネオスが察したからだった。

 その甲斐あって、スカーはネオスに気付いていない。それを確認しつつ十代は言葉を続けた。

 

「頼みがあるんだ。俺が今から言うことを、みんなに伝えて欲しい」

 

 ぼそぼそと周囲には聞こえない音量で十代はネオスに伝言を託す。

 あまり長くはないその内容を全て聞き取った後、ネオスは頷いて十代の隣を離れた。

 

『……なるほど。わかった、任せてくれ!』

「頼んだぜ! ――待たせたな、スカー! いくぜ、俺は手札の《E・HERO フェザーマン》と《E・HERO バーストレディ》を融合! 来い、《E・HERO フレイム・ウィングマン》!」

 

 十代にとって、ネオスとは違う意味で信頼を寄せるこちらも自身にとってのエースモンスター。

 右腕の竜の頭を猛々しく構えて、フレイム・ウィングマンは左右非対称の翼を広げる。

 

 

《E・HERO フレイム・ウィングマン》 ATK/2100 DEF/1200

 

 

「これで俺の手札は1枚。このカードは手札がこのカードだけの時、特殊召喚できる! 《E・HERO バブルマン》を特殊召喚!」

 

 

《E・HERO バブルマン》 ATK/800 DEF/1200

 

 

 残念ながらフィールドに他のカードがあるため、バブルマンのドロー効果を発動させることは出来ない。

 だが、もともと十代の狙いはそこではない。自分のフィールドに立つ恰幅のいい水属性HEROとフレイム・ウィングマンに相次いで視線を向けると、ゆっくり息を吐いて十代は強くスカーを睨んだ。

 

「バトルだ! フレイム・ウィングマンでデーモン・ソルジャーに攻撃! 《フレイム・シュート》!」

「ぐぅ……!」

 

 

スカー LP:4000→3800

 

 

 フレイム・ウィングマンが上空へと飛び上がり、一直線にデーモン・ソルジャーに向けて降下する。重力を味方につけた一撃は容易に防ぐこともままならない。デーモン・ソルジャーは押し潰されるように破壊されてスカーのフィールドから姿を消した。

 フレイム・ウィングマンの攻撃はこれで終わった。だが、フレイム・ウィングマンは十代の場に戻らずスカーに右腕のドラゴンヘッドを向ける。それは、彼に備わる効果ゆえのものだった。

 

「そしてフレイム・ウィングマンの効果! このカードが戦闘で相手モンスターを破壊した時、そのモンスターの攻撃力分のダメージを与える!」

 

 ガゥンッ、と大砲の発射音にも似た轟音が響き、炎の一撃がフレイム・ウィングマンから放たれる。

 それは狙い違わずスカーにヒットし、たまらずスカーは苦悶の声を上げてライフポイントを減らすこととなった。

 

 

スカー LP:3800→1900

 

 

 思わずよろめくスカー。その声には、抑えきれない怒りがあった。

 

「おのれェ……! だが残る貴様のモンスターの攻撃力は800だ! ならば次のターンで引導を渡して――」

「速攻魔法発動!」

 

 怨嗟の籠もる声を、しかし十代の言葉が遮った。

 同時に、十代のフィールドに伏せられているカードの一枚が起き上がっていく。その動きに合わせ、十代はそのカード名を宣言した。

 

「《瞬間融合(インスタント・フュージョン)》! このカードはバトルフェイズ中のみ発動できる! 俺のフィールド上に存在する融合素材を墓地に送り、融合召喚を行う! バブルマンとフレイム・ウィングマンを墓地に送り、融合!」

 

 バブルマンとフレイム・ウィングマン。二体の前に現れた空間の渦に、頷き合って彼らは飛び込んでいく。

 水属性のモンスターと、E・HERO。この組み合わせで召喚されるのは、十代にとって三体目のエースモンスター。

 キラキラと輝く結晶が徐々にフィールドに現れ始めたのを見て、十代はそのモンスターの名前を力強く読み上げる。

 

「現れろ、極寒のHERO! 《E・HERO アブソルートZero》!」

 

 ひときわ結晶が激しく散り、その中から姿を現すのは白銀の鎧に身を包む氷のE・HERO。体にかかるマントを振り払い、威風堂々と君臨する姿には目を奪われるような美しさすら感じられた。

 

 

《E・HERO アブソルートZero》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

「ただし、瞬間融合の効果で特殊召喚した融合モンスターはエンドフェイズにエクストラデッキに戻る」

 

 バトルフェイズ中に融合召喚を行える、その欠点がそれだった。エンドフェイズになればフィールドから去ってしまう重い制約。

 しかし、状況によってはそのデメリットはないものとして扱うことも可能なのだ。

 その状況に当てはまる現状を正しく理解し、十代は「けど」と付け足してスカーを見据える。

 

「このターンで勝てば問題はないぜ! 覚悟しろ、スカー!」

「く……お、おのれぇえッ!」

 

 怒鳴りつけるように声を上げれば、侮られたと感じたスカーが激しく憤って十代を睨みつける。

 もはや周囲の他事など視界に入ってすらいないその様子に、十代は内心で安堵の思いを抱きつつもそれを表に出すことはせずに行動を続けた。

 

「アブソルートZeroのダイレクトアタック! 《瞬間凍結(Freezing at moment)》!」

 

 宣言を行い、アブソルートZeroがぐっと身体を低くして構える。

 いよいよ自身の終わりが近づいていることにより、スカーの視線はアブソルートZeroに集中している。

 そんなスカーの背後に視線を向けた十代は、そこに存在する者を確認して、口を開いた。

 

「今だ、マナ!」

「――えいっ」

 

 合図を受け、スカーの背後に人知れず回り込んでいた者――マナが手に持った杖を思いっきり振り下ろす。

 ささやかな気合と共に下されたそれはしかし、ドゴンッ! と盛大な音を響かせてスカーの意識を刈り取ると同時に大地に沈めることとなった。

 マナの見た目からは想像もできない威力を容易に思わせる音と成果に、全員の目が畏怖と驚愕を伴ってマナに向けられる。

 その視線に大いなる勘違いが含まれていることを察したマナは、慌てた様子でぶんぶんと手を振った。

 

「ま、魔力を込めてたからね! 決して私が怪力とかそういうことじゃないから!」

 

 必死に弁明するマナに、ああうん、と曖昧に返すに留めた一同は、次いで十代のほうに顔を向けた。

 信じろ、上手くやる、と言っていたが、それはこのことだったのだろう。十代もまた命のやり取りなど望んでおらず、どうにか命を奪わずに何とかできないかと考えていたのだ。

 その結論が、デュエルで意識を自分に向けている間に不意打ちで昏倒させるというもの。いかにもズルく真っ当な方法ではない。しかし、それを非難する者は一人もいなかった。

 十代が死ぬ、あるいは十代が命を奪う。そのどちらも為されないなら、方法はどうあれこの結果が一番いいと彼らは思ったからである。

 そんな十代は今、マナと「お疲れ、助かったぜ」と笑いながら言葉を交わしている。見慣れた笑顔だが、その笑顔もこんなデュエルを続けていけば見られなくなってしまうかもしれない。

 改めて異世界におけるデュエルの過酷さに戦慄を隠せないが、しかし今は結果として十代は笑っている。

 明日香はそんな十代の笑顔に、ほっと胸を撫で下ろすのだった。

 

「……さて、と。そこの君、大丈夫だったか? 名前は?」

 

 そんな仲間たちの視線の先で、瓦礫の陰に隠れている少年に十代は声をかけた。

 恐る恐る十代たちの様子を覗き込んでいた少年は、まずスカーが大地に伏せていることを横目で確認する。そうしてやっと少しは安心できたのだろう。大きく息を吐いた少年が立ち上がって瓦礫から出てきて、

 

「カイルッ!」

 

 響き渡った何者かの声に、びくっと肩を震わせた。

 少年だけではなく、驚いたのは十代たちも一緒だった。つられるようにその声が聞こえた方に振り返れば、そこには重装鎧を身に纏い伸びた金色の髪を風に揺らす壮年の騎士が歩いてくるところだった。

 その表情は厳しく、どことなく威圧感を周囲に振りまいている。

 

「フリード隊長……」

 

 どうやら二人は知り合いらしい、ならば様子を見てみようと十代たちはひとまず動くことはなかった。

 すると、少年の前に立ったフリードと呼ばれた男は、いきなり少年の胸元を掴むと無造作に手を振り払う。

 小柄な少年は、それだけで体勢を崩して地面に倒れ込んでしまった。

 

「カイル、いつも言っているだろう。勝手な行動をするなと!」

「ごめん、なさい……フリード隊長」

 

 しょげ返った様子で肩を落とすカイルの姿を見て、十代は一歩前に進み出た。

 

「おい、子供になんてことをするんだ! ひどいじゃないか!」

 

 確かに一人でこんな所を出歩いているのは褒められたことではないが、それでもいきなりあんな手段に出なくても良かったのではないか。

 そんな批判を込めて言えば、フリードは十代とその後ろにいる面々に目を移して溜め息をついた。

 

「まったく、余計なことをしてくれたものだ……」

「ふん、ならそのガキを助けないほうが良かったのか?」

 

 十代が命の危険を顧みずに戦ったというのに、その言い草はないと思ったのだろう。万丈目が噛みつくようにフリードに突っかかる。

 しかしフリードはそれに答えず、ただ腰に差した剣を抜き放つと、両手でしっかり握りこむと倒れ伏すスカーに歩み寄っていく。

 

「What!? なにを――」

「ふんッ!」

 

 ジムがうすうすフリードが行おうとしている行動を察しながらも、信じたくないとばかりに声を出す前で、フリードは躊躇いなく手に持った剣を上からスカーに振り下ろした。

 が、それは寸前でマナが差し出した杖によって、フリードの剣はスカーに突き刺さることなく甲高い音を立てて弾かれる。

 

「なぜ、邪魔をする」

「こっちの台詞だよ! いきなり、どうしてこんなことを……!」

 

 フリードは理解できないとばかりに眉を寄せた。

 

「何を言っている。暗黒界のモンスターはこの街の――むっ」

 

 不自然に声を途切れさせると、フリードは街の向こうに視線を投げた。

 そして厳しい表情を更に険しくすると、剣を鞘におさめてカイルを呼んだ。そして十代たちに背を向けると、「ついてこい」と抑揚のない声で呼びかける。

 

「何か異常を察したのか、奴らが近づいてきているようだ。お前たちも来い、この場に残られて我々のことを話されては困る」

「俺たちはそんな事しないザウルス!」

 

 剣山が心外とばかりに声を荒げるが、しかしフリードは問答をするつもりがないらしくそのままカイルと共に歩き去ってしまう。

 どうするかと十代たちは顔を見合わせるが、取るべき選択肢など一つしかなかった。

 十代たちは遠也とヨハンを探しているのだ。ならば、今最も欲しいのは情報である。二人についてや、この世界のこと。それを知るには誰かに聞くことが一番手っ取り早い。

 となれば、彼らについていって話を聞くのが一番適切だろう。暗黒界の住人であるスカーも言葉を話してはいたが、どう考えても友好的な関係になれるとは思えない。ならば、フリードと呼ばれたあの男についていく方がまだ希望があるというものだった。

 その結論に至ったのは、十代だけではない。全員が一致でその方がいいと頷き合い、彼らは急いでフリードの後を追うのだった。

 

 

 フリードが向かったのは、町はずれに聳える岩山だった。慣れた足取りで進んでいく二人について、十代たちも山を登る。

 そして山の中腹辺りにまで来たところで、突然フリードとカイルは足を止めた。

 

「ここだ」

「ここって……何もないじゃん」

 

 辺りを見回すが、あるのは岩壁ぐらいなもの、それ以外にはせいぜい街が一望できるぐらいでこれといった特徴は見当たらない。

 どういうことなのかと不思議に思うが、しかしフリードが岩壁に触れた途端、その疑問は氷解することとなった。何の変哲もない壁にしか見えなかった一部が窪み、重みのある音を出しながら横にずれていったのだ。

 

「隠し扉か……」

 

 オブライエンが呟くと、小さくフリードは頷いて開かれた扉の向こうへと歩き出す。

 十代たちもその背中を追って、周囲の様子に気を配りながら暗い洞窟の中へと進んでいった。

 そうしていくらか進んだところで、壁面には燭台が飾られ始める。無風状態の洞窟の中、歩く十代たちの動きによって蝋燭の灯が揺れて、一種幻想的な雰囲気を作り出していた。

 無言で歩くフリードとカイルの背中を十代たちはついていくが、しかしよくよく考えればフリードらが信用できる存在であるという保証はない。そのため、オブライエンを筆頭に何人かは注意深く周囲を観察しながら歩いていた。

 

 時間にして二分も経っていないだろう。やがてフリードは一枚の扉の前で立ち止まると、扉を開いて中に入っていく。十代たちも続いて中を覗き込めば、そこには女性や老人、子供が火を囲ってくつろぐ部屋となっていた。

 いささか石の壁というのが寒々しくはあるが、それでも寝具や暖炉なども置かれたそこは立派な居住空間と言って差し支えないほどであった。

 よくこんな洞窟の中に、と感心していると、女性の一人が立ち上がってカイルの名前を大きく呼ぶ。そしてフリードの横に立っていたカイルに走り寄って抱きしめると、喜びを滲ませて「心配をかけないで!」と涙を流した。

 その光景を見ていると、十代は自分がしたことが間違っていなかったと思えて嬉しくなった。微笑ましくそんな姉弟の姿を見ていると、部屋の奥の壁に背中を預けたフリードが重々しく口を開いた。

 

「お前たち、この世界の住人ではないな。それも、ごく最近に来たばかりだろう」

「え、なんでわかるんすか?」

 

 翔が反射的に返せば、フリードは簡単なことだと答える。

 

「お前たちは暗黒界の奴らを知らなかった。奴らは、この世界に君臨する支配者集団。いくつもの街が奴らによって滅ぼされてきたのだ。この世界で、奴らを知らぬ者はいない」

「なるほどねぇ……その暗黒界の存在を知らない僕たちは、新参者だと丸わかり、と」

「そういうことだ」

「でも、彼らは何故街を滅ぼしているの? メリットがないと、そんなことはしないはず……」

 

 明日香が浮かんだ疑問を口に出せば、フリードはわからないと首を振った。

 

「わかっているのは、奴らが戦士を集めているらしいということぐらいだ。この世界の者だけではない、我々のように違う次元から飛ばされてきた者たちからも、奴らは戦士をかき集めている」

「あんた達も、異なる次元から!?」

 

 フリードの言葉に含まれていた事実に、十代が驚きの声を上げる。無論、驚いたのは十代だけではなく、ここに来た全員が驚いていた。

 フリードは頷き、いつの間にかこの世界に来ていた、と当時のことを振り返る。

 突然この世界に放り込まれた彼らだったが、しかしフリードを隊長とする騎士団がいたおかげか、ある程度の統率を保って生活圏を築くことが出来たという。家を建て、街を作るなど、そういったことも全てフリードの騎士団が先導して行ったという。

 一緒に飛ばされてきた多くの民のために働く彼らは、街の住人の尊敬を一身に受けていた。その尊敬の念に応えようと騎士たちも奮起し、見知らぬ土地でありながらもそれなりに上手く生活していくことが出来ていたという。

 が、それも暗黒界の軍勢が襲い掛かってくるまでのことだった。

 ある日、大勢のモンスターを伴って現れた敵の指揮官と思われる存在――《暗黒界の騎士ズール》によって、町は瞬く間に攻め落とされてしまったのだ。

 騎士たちも力では負けてはいなかった。しかし数の暴力に勝ることは出来ず、騎士団は壊滅。多くは捕虜となり連れていかれ、民の避難を優先して指揮していたフリードだけが、多くの民と共に無事に生き残ることとなってしまったのである。

 暗黒界の軍勢は、未だにこの周辺をうろついている。それは、まだ生き残りがいるのではないかと疑っているからだ。

 また見つかっては大変なことになる。それゆえ、彼らはこうして洞窟の中に身をひそめて生活しているのだった。

 

 その話を聞き終え、十代はばつの悪い顔になる。

 何故なら、自分がスカーを倒したことで、この街に誰かが残っていることが向こうに知られてしまっただろうからだ。

 また、フリードの邪魔をしてスカーにトドメを刺していないことも大きい。確実に情報は渡っていると見ていいだろう。十代とマナは、フリードの前に立つと頭を下げた。

 

「悪い、そんなことになってるとは知らなくて……」

「私も、ごめんなさい」

「もういい。過ぎたことは仕方がないし、おかげでカイルの命は助かったのだ。気にするな」

 

 そこで初めてフリードは笑みらしきものを表情に乗せた。

 十代は周囲を見渡す。火を囲んでいた老婆の一人が、一度姉と笑い合うカイルに目を向けてから十代に小さく頭を下げた。

 自分たちはいらぬ危険を増やしてしまったというのに、感謝をしてくれている。その優しさに、十代のほうこそ頭が下がる思いだった。もちろん全員がそう思っているわけではないだろうが、大変な状況の中でも思いやりを忘れない人の温かさに、十代はもう一度頭を下げた。

 

「それで、お前たちは何故この世界に来た。我々のように飛ばされたのか?」

「いや……」

 

 フリードからの問いかけに、十代は一瞬言葉を濁した。

 一度仲間たちに振り返り、全員の姿を視界に収める。本来ならそこにいるはずの二人がいない光景に、ぐっとこみ上げてきた寂しさと辛さをこらえて、十代はPDAを取り出しながらフリードに向き直った。

 

「俺たちは、人を探してこの世界に来たんだ。皆本遠也と、ヨハン・アンデルセン。俺たちと同い年ぐらいで……この画像の二人なんだけど……知らないか?」

「……知らんな、見ていない」

 

 フリードの口から、期待に添わぬ答えが返ってくる。

 続けて一応この部屋にいる全員にも聞いてみたが、誰も見たことはないという。

 元々そう簡単に見つかるとは思っていない。だがそれでも、こうして可能性が一向に手元に寄ってこない事実を知ると、やはり少なからず気持ちは落ち込んだ。

 その時、落ちた肩がポンと叩かれる。

 

「元気出して、ね、十代くん」

 

 励ますように言うのはマナだった。

 よりにもよってマナに気を使わせてしまったことに、十代は自分を恥じた。

 自分と同じ、あるいはそれ以上に、マナはずっと心を痛めているはずだった。遠也とマナのことを一年生の頃からずっと見てきた十代だからこそ、遠也の安否がわからない今をマナが苦痛に思っていないはずがないのだ。

 だからこそ、自分がしっかりしなければいけないというのに、逆に心配されてどうするというのか。

 

 ――こんなんじゃ、遠也の親友として申し訳が立たないぜ。

 

 友として、仲間として。マナには出来るだけ負担をかけずに遠也と再会してもらいたい。それぐらいの気持ちでいなくてどうするのだ。

 そう自分を叱咤し、十代はよし、と呟いた。

 マナも十代が気力を取り戻したことを悟って、小さく微笑む。

 

「フリード。俺は二人を探すために外に行かなきゃいけない。だから、俺は――」

 

 そこで十代は再び仲間に振り返る。遠也とヨハンがいなくても、大事な友であり仲間たち。彼らが自分に笑いかけてくれる姿に頷きを返し、再びフリードに向き直る。

 

「俺たちは行くぜ! もちろん、ここが見つからないよう充分に気を付ける」

 

 決意に満ちた瞳と声だった。

 それを正面から見つめたフリードは、その気持ちを止めることなど出来ないと瞬時に悟る。ここから彼らが出て行くことでこの隠れ家が見つかる可能性は一層高まるが、しかし無理に押さえつけたところでこの手の瞳をした者には何の意味もない。

 経験上、多くの人間を見てきたフリードにはそれがよくわかる。だから、フリードは十代の要求に「わかった」と答えた。

 

「ただし! 出て行くのは奴らの活動が弱まる時――外の彗星の輝きが霞む時にしてくれ。ここを無暗に危険にさらすわけにはいかん」

「わかった。ありがとう、フリード」

「すまんな」

 

 短く謝ると、フリードは部屋を出て行った。

 それを見送った後、十代たちはここの住人たちに色々と話を聞きながら洞窟内で夜を明かす準備をし始める。幸いにも寝具には余裕があり人数分は確保できたので、寝る分には困らなそうだった。

 そうしてある程度の準備が終わると、吹雪や翔などは同じく此処とは違う次元からきたと言う彼らに積極的に話を聞きに行っていた。やがてそれは明日香や万丈目、剣山、マナにまで広がっていき、ついには全員で火を囲んでの雑談大会となっていた。

 彼らの住んでいたという世界の話や、十代たちが通うアカデミアの話。異なる常識と知識を持つ双方の会話は、意外なほどに盛り上がりを見せて退屈な時間を奪っていった。

 

 そんな中、輪を外れて壁際に立つ二人の男がいた。ジムとオブライエンの二人である。

 ジムは床に下ろしたカレンを見下ろしながら、そっと包帯が巻かれた右目に触れる。フリードが言っていた彗星。それは、ジムに大きな影響を与えるものだ。

 

「……痛むのか、ジム」

「……No problem。何でもないさ」

 

 ジムがしきりに右目を気にしていることを心配してか、オブライエンがジムを気遣う。

 それに何も問題はないと返して、ジムは右目を撫でていた手を離した。

 しかし、空に浮かぶ彗星に馳せた思いがジムの胸の内から消えることはない。

 他の誰にとってもアレはただの彗星だろう。しかし、ジムにとっては違う。なにせあの彗星はジムに向かって軌道を変えているのだから。

 

 ――その時が近い、そういうことなのか。

 

 今目の前にいる仲間たち。そして今はいない仲間二人を脳裏に描き、ジムは右目が訴える予兆にその確信を深めていくのだった。

 

 

 *

 

 

「……なるほど、人間の戦士に敗れ、なおかつ情けをかけられたというわけか」

「へ、へぇ!」

 

 彗星が空に輝く夜の闇の下、周囲を岩によって囲まれた要塞のごとき砦にて、暗黒界の斥候スカーはただただ平伏して冷たい地面に這いつくばっていた。

 じわりと気持ちの悪い汗が体中から湧いてくるようだった。目の前に立つ己の上司が、彼には恐ろしくてたまらない。なにせ、力こそが正義であるこの世界において、スカーが逆立ちしても敵わない存在が目の前の男――暗黒界の騎士ズールなのだから。

 まして、ズールは今隠しきれない怒気を放っている。そして、その原因は自分にあるのだ。一体どんな目に遭うのかを考えるだけで、スカーは恐怖で震えるのを止めることが出来なかった。

 

「愚か者めが……貴様を処分するために手を煩わせることすら不愉快だ」

「まったくですな。暗黒界の面汚しめ」

 

 ズールの横に立つ暗黒界の策士グリンも、口汚くスカーを罵る。

 しかし、ズールはまだしもグリンにそこまで言われることにスカーははらわたが煮えくり返る思いだった。なぜなら、グリンは戦闘力という意味では自分よりも弱いからである。

 奴がズールの隣に立つことを許されているのは、ひとえにその知能によるものだ。デュエルをすれば自分が勝つという自信があるからこそ、スカーはグリンの態度が許せない。

 もっとも、そんな内心をこの場で出すほどスカーも馬鹿ではない。ゆえに、怒りを感じながらもスカーは顔を伏せて耐えるのみだった。

 

「だが、あの街に戦士が残っている証拠を掴んだことは大きい」

 

 一転、怒りを感じさせない口調に、スカーははっとなって顔を上げた。

 

「もぬけの殻となった街に大規模な兵を出すのは憚られたが、近くに潜んでいると確信できるのならば話は別だ。――あぶり出し、狩り尽くしてくれる」

 

 ズールは楽しくて仕方がないとばかりに口の端を持ち上げて笑った。嗜虐的な色に染められたその表情は、悪魔を体現したかのような相貌の凶悪さを一層際立たせ、ズールが纏う雰囲気を攻撃的なものに変えていく。

 愛用の剣を手に、ズールは濃紺のマントを翻してグリンに指示を出す。

 

「全兵士に通達を出せ! 一刻の後、あの街に総攻撃を仕掛けるとな!」

「御意」

 

 恭しく頭を下げ、グリンがズールの前を辞する。途中、ズールの一瞥を受けたスカーも同じくこの場を去った。

 それを見届けると、ズールはこらえきれないとばかりに哄笑を上げる。

 

「フ、ハハハハ! 久しぶりに、戦士と相まみえる事が出来るとは! 楽しい時間になりそうだ! フハハハ!」

 

 

 

 

 



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第72話 前兆

 

  * * * *

 

 

 

 やはりデュエルディスクの存在とは偉大なものなのだと俺は実感していた。

 最初こそディスクを使ったデュエルにこれじゃない感を覚えたものだが、慣れてくればそんな感覚はなくなり、代わりに大きな爽快感と確かな楽しみが心に根付く。

 ものの二か月ほどで、すっかりこのデュエルディスクの魅力に俺は取りつかれていた。

 もともとデュエル――遊戯王をするのが大好きで、唯一の趣味と言っても過言ではないほどにドはまりしていた俺なのだ。自分が操るモンスターたちがリアルな映像となって目の前で戦うというシチュエーションに燃えないはずがなかった。

 だから、俺は来る日も来る日もデュエルを繰り返していた。ただしその相手はもっぱらマナだった。武藤家にはよく遊戯さんの友達である城之内さんや本田さん、杏子さんや御伽さんに獏良さんが来るのだが、俺は結局あまり彼らの前に出ていない。

 それは怖い、とか不安、という感情なのかもしれなかったが……いや、今それを考えるのはよそう。

 それよりも俺が使うデッキは元の世界から持ち込んだ二つ――シンクロデッキと、魔法使い族デッキである。

 シンクロのほうは本来この時代にはまだ存在していないものなため皆さんには内緒にしてくれるようお願いしなければならなかったが……その甲斐あって、デュエルはとても楽しいものだった。

 

 ある程度この世界での生活にも慣れ始めて一か月経った、今日。いつものように俺は、デュエルをする。

 

「遠也……たまには外に出ない?」

「外?」

 

 この世界に来て、間違いなく最も対戦している相手であるマナが、今日三度目となるデュエルが終わった後にそんな提案をしてきた。

 繰り返して問うた俺に、マナは首肯を返す。

 確かにデュエル三昧なので外に出ようという話が出てくることは、なるほど納得だった。何故なら、身近でデュエルばかりして出かけることなど早々なかったからだ。

 そういえば、俺が積極的に出かけたのはいつだったか。ふと疑問に思って記憶を掘り返すが、近々の記憶に該当するものはない。散歩程度ならまだしも、明確に目的を持って出かけたことは、そういえばなかったかもしれなかった。

 そこまで考えて、俺は提案に対する答えを返した。

 

「やめとくよ。それよりもデュエルしたり、デッキを弄ってる方が楽しいしな」

 

 デュエルディスクからデッキを外し、デッキケースにしまう。

 別に必要なものがあるわけでもないし、外に出たい気分でもない。だから別にいい。

 そうマナに答えれば、マナは一つ大きな溜め息をつくと、ぐいっと強引に俺の腕を取った。

 

「お、おいっ!?」

「残念だけど、遠也に選択肢はありませーん」

 

 抗議の声を上げるが、マナはまったく取り合わない。

 確かに「はい」か「YES」しか答えが用意されていないことには文句を言いたいが、今の抗議はそれだけの事ではない。

 いま、マナは俺の腕を巻き込むように自分の腕をからめている。だから、その、つまり……肘のあたりに柔らかい感触がして仕方がない。

 さすがにそんな状態で黙っているなんて出来るはずもなく声を出したというのに……!

 

「さぁ、お外にレッツゴー!」

「だ、だから当たってるって――!?」

 

 マナはそんなこと気にしていないかのように俺を無理やり外に連れ出す。

 慣れない感触に顔が紅潮するのを避けられない。これまで、こんなふうに女子と接触することなど無い生活を送っていただけに、やはり動揺してしまう。

 そしてその動揺を俺は抑えきることが出来ず、結局そうこうしている間に俺は街へと繰り出すことになっていたのだった。

 

 

 

 ――やはり、居心地が悪い。

 

 それが、街を歩く俺の正直な気持ちだった。

 居心地が悪いとはいっても、それはいまだに俺がこの世界に慣れていないというわけではない。既にこの世界に来て二か月近く。元の世界とは異なる常識や習慣も学んだ俺は、以前は基礎知識が足りないために理解が出来なかった道端で交わされる会話も、しっかり内容を理解して聞き取ることが出来ている。

 カフェのオープンテラスから「私のターン、ドロー!」と聞こえてきたって驚くことはない。この世界はそういうものなのだと俺はよく理解していた。

 そのため今更そんなことで動揺することもない。だいぶ俺はこの世界にも慣れてきたと言っていいだろう。

 しかし、それでも。心の表面を無造作に撫でられたような不気味な違和感は、絶えず俺に付き纏っている。

 この違和感の正体を、俺は知っていた。そして知っているからこそ、否応なしにその正体を感じざるを得ない街への外出を嫌っているのだ。

 だから、俺は毎日デュエルに没頭する。何故なら、デュエルをしている時間はデュエルに集中して楽しんでいればいいだけなのだから。

 そんな風に考える俺だったから、いざデュエルもせずに出歩くという現状はいささか以上に気持ちのいいことではない。マナが色々と話を振って来てくれているのにも、つい生返事を返してしまう。

 俺を気遣ってのことだと頭では理解しているのに、どうしてもそれを表に出せない。それはやはり今の俺に余裕がないからなのだろう。

 

 ――あまり街には出たくない。どうしても、実感してしまうから。

 誘ってくれたマナに申し訳なさを感じつつも鬱々とする感情を抑えられない。思わず漏れる重い吐息に我ながら狭量なことだと自嘲する。

 それでも、せっかくの気遣いなのだ。それを無碍にもしたくない俺は、自分に出来る精いっぱいとして表面上だけでも楽しげに装おうと苦心することになるのだった。

 

 

 

 *

 

 

 

「どうだった、マナ?」

 

 遠也と出かけた後、帰宅したマナを出迎えたのは遊戯のそんな言葉だった。

 主語も何もない一見内容が理解できない問いかけであったが、マナはそれに戸惑うことなくただ首を横に振った。

 

『ダメ、ですね。やっぱり、街には出たくないみたい。帰って来てからも、デッキを触ってばかりだし……』

『最初の頃よりは幾分マシになりましたが、やはりまだこの世界に対して隔意があるようですね』

 

 マナからの報告にマハードがそう自身の考えを口にする。

 そして、それは遊戯も思っていることであった。

 

 遠也を家で預かり、一緒に暮らすようになって二か月。その間、遊戯たちは遠也のことをずっと見てきた。

 最初はいきなりの環境の変化や、恐らくは帰ることが叶わないだろう元の世界のこともあって、だいぶ参っているようだった。だから遊戯とマハードは相談の末、マナを遠也の傍に置くことに決めた。

 マナは遠也と見た目の年齢が近く、また明るい性格をしている。それが少しでも遠也の心をケアすることに繋がればと思ったのである。

 もちろん、かつてパラドックスが遠也とマナに何らかの関係があることを匂わせる発言をしていたことも一因である。マナ自身もそれは気になることであったようで、最終的にマナは遠也の傍にいることが多くなり、ついには鬱に近い状態から脱出させることに成功していた。

 

 しかし、今度は新たな問題が発生する。マナがこの世界への慣れや気分転換を目的に勧めたデュエルに、遠也が没頭するようになってしまったことだ。

 もともとカードが好きだったこともあるのだろう。この世界のデュエルに最初こそ戸惑っていたようだが、今ではすっかりその魅力に取りつかれているようだった。

 それこそ、他のことなどどうでもいいとばかりに。それほどまでに、今の遠也はデュエルにのめり込んでいた。

 

 だが、そのことをマナを始め遊戯たちはあまり良いことだとは思っていなかった。ある程度この世界の常識などを知るや否や周囲や外のことに一切の関心を払わなくなり、一つのことに熱中する。

 それは、控えめに言っても現実からの逃避であるとしか思えなかったからだ。

 この世界に生きる者として、遠也がこの世界を受け入れてくれないことは悲しいことだった。だが、だからといって無理強いはしたくなかった。あくまで自発的に遠也がこの世界も現実なのだと理解してほしかった。

 そのために一か月様子を見て、今日マナに頼んで外にも連れ出してもらった。が、結果は成果なし。やはりそれほどまでに環境の変化は遠也の心に大きな影を落としているのだろう。そのことを、遊戯たちは実感する。

 しかし、このままではいけない。そう思う気持ちは、今日の結果を経て遊戯の中で大きくなっていた。

 

「……僕には、何となくわかるよ。彼の気持ち」

 

 世界を飛び越えてしまった遠也の問題とは規模は比べ物にならないかもしれないが、遊戯も昔は嫌な現実から逃げてひたすらゲームに没頭する時期があった。

 幼馴染の杏子の声にも明瞭な答えは返さず、ただただ自分だけの世界に閉じこもっていた、今にして思えば逃げ続けていた経験。

 だが、それだけではいけないことを遊戯は知っている。そのことを、多くの友達と……今はもういない自分の半身に教わったのだ。

 ほんの僅か踏み出す一歩。それだけで掴むことができるモノがあることを、遊戯はよく知っている。

 

 “見えるんだけど、見えないもの”――。今の遠也に必要なのは、それを掴んだ時の遊戯と同じ。今を変えるきっかけと、一握りの勇気。

 

「逃げることも、時には必要かもしれない。でもね、遠也君。――踏み出さなきゃいけないんだ、きっと」

 

 拳を握り、遊戯はこの時に己の中である決断を下したのだった。

 

 

 

 *

 

 

 

「一体どうしたんですか、遊戯さん」

 

 マナと街に出かけた次の日の朝。俺は遊戯さんに呼ばれて(何故かデッキとディスクも持ってと言われた)リビングでソファに腰を下ろしていた。

 その横には遊戯さんが座り、「うん、ちょっとね」と言葉を濁して俺に答える。遊戯さんにしては珍しいはっきりしない物言いに、少々疑問を覚える。

 しかし、まぁ何でもいいかと俺は結局それ以上突っ込んで聞くことはしなかった。そして無言でテレビに映るバラエティ番組をぼうっと見つめる。

 内容はぼんやりとしか頭に入ってこない。それもそのはず、俺はその時絶えず頭を働かせていたからだ。それは、ここ最近の悩みとしてずっと頭の中にこびりついて離れない思考。

 

 すなわち、俺はこれからどうすればいいのか、ということ。

 

 俺だっていつまでも武藤家に居候できるとは思っていない。タダ飯食らいでいられるのも今だけだろう。むしろ二か月もよく何も言わないでいてくれたと思うほどだ。さすがにこれ以上甘えるわけにはいかないという思いぐらいは俺にもある。

 となれば、俺はこの家を出て独立しなければならない。幸いこの世界の社会構造自体は元の世界とさして変わらないから、中学卒でも仕事が全くないということはないはずだった。

 だが、そこまで考えて俺の思考はいつもピタリと静止する。それはまるで見えない壁がそこにあるかのように、思考はその先に進まないのだ。

 何故ならその壁にはこんな問いが書かれているのだ――“この世界で、一人になるのか?”

 その一文が、俺の心を冷たく握るのだ。それだけで俺の歩み出そうという意思は封じられてしまう。

 真実この世界に縁も所縁も持たず、それどころか存在すら本来していない俺にとって、この世界はどこまでいっても俺とは無関係なのだ。

 家族も、親戚も、俺が俺であることを証明するものは一切ない。先祖すらいないこの世界にとって、俺はたった一人の異物である。その事実は俺に強烈な違和感を覚えさせている。そんな中で絆を――繋がりを感じることなど出来るわけもない。

 それは俺に大いなる孤独としてのしかかった。この世界のことを知れば知るほど、ここは元の世界に似ているということに安心し、同時に似ているのに決定的に違う事実に寂しくなる。

 

 デュエルはそんな気持ちを忘れさせてくれるものだった。だからこそ俺はデュエルに没頭した。マナとデュエルをするその時間だけは、俺にとって楽しい時間だったからだ。

 だが、それが何の解決にもなっていないことは俺にもわかっていた。結局のところ、俺はどうにかしてこの世界で生きていかなければならないのだから。

 この世界に来て既に二か月。そろそろ何とかしなければと思いつつも、全く前に進めていない自分に焦る気持ちが抑えられない。

 テレビから流れる呑気な笑い声に、見当違いと知りつつも苛立ちを覚える。そんな自分が俺は本当に嫌だった。

 

 と、その時。

 

 ――ピンポーン。

 

「あ、来たみたいだ」

 

 軽やかに鳴った呼び鈴の音に、遊戯さんが待っていましたとばかりに腰を浮かせる。

 それを目で追っていると、遊戯さんは俺にも立ち上がるように促してくる。

 言われるがままに立ち上がった俺は、遊戯さんと共に玄関に向かった。恐らくは訪問者を迎えようということなんだろうが、どうして俺までついていかなければならないのだろうか。

 そんなことを思いつつ玄関に着くと、遊戯さんはすぐに扉を開けた。当然その向こうに広がるのはいつもの童実野町の風景……ではなく、一台の黒塗りの車が玄関前に停車している光景があった。

 見慣れない車があることに首を傾げていると、遊戯さんはさっさと車に向かっていってしまう。俺も一応後に続けば、横にガタイのいいサングラスをかけた黒スーツが立つ。

 思わず身が強張るが、グラサンスーツは恭しく車のドアを開けるだけだった。見た目に反して、いい人なのかもしれない。

 そんな中、遊戯さんはさっさと車に乗り込んでしまう。俺もあれよあれよという間に車の中に乗せられてそのまま出発。事態を掴めないまま車に揺られる中、俺は隣に座る遊戯さんに顔を寄せた。

 

「遊戯さん……これ、どこに向かってるんですか?」

 

 小声での問いに、遊戯さんが答える。

 

「KC社――海馬コーポレーションだよ」

「……へ?」

 

 ひどく間の抜けた音が、俺の口から漏れた。

 

 

 

 やがて俺たちを乗せた車は、遊戯さんの言葉通りに海馬コーポレーションに到着する。そして着くや否や遊戯さんは車を降り、俺もまた同じく車を降りると、そのまま社内に入っていく。

 いまだ状況が正確に掴みきれないまま、あれよあれよと遊戯さんについてKC社の中を進んでいった俺は、気が付けばエレベーターで地下に降り、社屋の下に広がる広大なアリーナの中央で遊戯さんと向かい合うことになっていた。何故。

 

「さて……遠也くん、やろうか」

「え、ち、ちょっと待ってください!」

 

 左腕にデュエルディスクを着けてデッキを差し込み、既に臨戦態勢を取っている遊戯さんに、俺は多分に戸惑いを含む声で待ったをかけた。

 デュエルディスクとデッキは俺も持ってきているので、デュエルすること自体は今すぐにでも可能だ。けれど、どうしてわざわざこんな場所で、しかも遊戯さんとデュエルしなければならないのか。

 その大きすぎる疑問はいくらなんでもスルーできず、俺は動揺が収まらぬまま意味もなく視線をさまよわせた。

 数メートルも上にある天井は半円状のドームにすっぽりと覆われ、白色蛍光灯が部屋の中を万遍なく照らす。まるで巨大な卵の殻の中に閉じ込められたかのようだった。

 

「いきなりここに連れてきて、それでデュエルなんて……どういうつもりなんですか!?」

「遠也くん……君がこの世界に来て、君はずっとデュエルモンスターズに付きっ切りだったよね。特に、ここ最近は」

 

 俺は一瞬、感情が逆立ったのを感じていた。

 それは、遊戯さんが俺の問いかけに対する答えを返さなかったからではない。説明もなしにこの場に連れてこられたこととも少し違う。

 ――まるでそうすることがいけないことだと非難するような響きを含んだ言葉。それに、俺は嫌な感情を覚えたのだ。

 なまじ自分でも、今の自身が情けない状態であると自覚しているだけに。それだけに、図星を刺されたことが思わず頭にきたのである。

 

「デュエルにハマっちゃ、いけないんですか……ここは、“そういう世界”でしょう」

 

 自然、語気も荒くなる。しかしそれが子供らしい自分勝手な感情であると理解していたから、俺は努めてそれを制御しようと試みていた。

 これ以上は単なる八つ当たりだ。お世話になった遊戯さんに、そんなものを見せるわけにはいかない。

 その思いが、俺に一線を越える最後の一歩を踏ませなかった。

 しかしそんな努力も、次に遊戯さんの口から放たれた一言で水泡に帰す。

 

「ああ、いけない。デュエルはそんなふうにしてやるものじゃないよ。……遠也くん、あえて僕は言うよ。――君はただ、デュエルに逃げているだけだ」

「―――――ッ!」

 

 カッと瞼の裏が赤く染まったような錯覚。

 激情が一瞬俺の思考を灼き、脊髄反射で言葉が口から飛び出した。

 

「あなたに……何がわかるっていうんだ……!」

 

 一言、こらえていたものが噴き出る。こうなったら、もう止められなかった。

 

「俺にだって、逃げている自覚はある! けど、仕方ないじゃないか! こんな世界にいきなり来て、知り合いなんて一人もいなくて! たった独り自分だけ違うことが、不安で、嫌で! ――わけもわからず世界から弾き出された俺の気持ちがッ……あんたにわかるもんか!」

 

 何もかもが違う世界。人も文明も大きな差異はなかったが、しかしそれは救いにはならなかった。どこを探しても、この世界には自分を証明するものが一つもない。決定的に自分はこの世界の存在じゃないということが、どれだけのストレスであったかなど、遊戯さんにわかるはずもない。

 そんな中、デュエルモンスターズだけは一緒だった。もちろん微妙なルールの違いはあったが、それでもフィールドに目を向ければ、そこには慣れ親しんだカードたちの世界が広がっていた。

 それに没頭することが、いけないことだったというのか。もちろん居候の身で大きなことは言えないが、それでも向こうでもずっと続けていたカードゲームをすることは、俺にとって安らげる時間だったのだ。

 突然自分に降りかかった現実が嫌だった。認めたくなかった。だから、少しでも向こうのことを感じられて、なおかつ楽しいデュエルに傾倒した。

 

 遊戯さんの言う通り、これは逃げだ。けど……仕方がないこともあるだろう!

 この俺の気持ちは、多くの経験をしようと世界から放り出されたことがない遊戯さんにはわからない。わからないのに、わかったように言うその姿に、俺は憤りを抑えきれなかった。

 

「……そうだよ、遠也くん。僕に君の気持ちはわからない。でも、だからデュエルをするんだ! 僕は君とあまりコミュニケーションを取れていなかった。だから、今こそデュエルで君のことをきちんと知りたい!」

 

 その言葉に、俺は確かにと思った。マナとはよく話していたが、遊戯さんと腰を据えてじっくり話し合ったことはなかった。それが俺への無理解に繋がっていると考えたから、遊戯さんはデュエルによって俺に相対しようと思ったのだろう。

 

「それに、遠也くん。君はまだこの世界で全力を出していないように僕は思う。ここなら、君がどんなカードを使おうと広まることはない。遠慮はいらない、君の全てで僕にぶつかって来てくれ!」

「――ッ」

 

 俺はその言葉に、思わずベルトに着けられたデッキケースの表面を撫でた。

 この中に収められたエクストラデッキ……その15枚のカードの中でもひときわ強力な一枚のカード。その存在を、真っ先に思い浮かべたからだ。

 そのカードを、俺は今までこの世界で一度たりとも使ったことがない。何故ならこの世界であのカードの効果は強すぎるし、まして今は登場する時期があまりにも早すぎるためだ。

 だから、エクストラデッキに眠らせたままにしていたが……。

 

「――それでも、あんたに俺の気持ちはわからない……! だから、これはただの八つ当たりだ、遊戯さん!」

 

 持ちこんでいたデュエルディスクにデッキを差し込み、左腕に着ける。オートシャッフル機能がデッキを公平にシャッフルし、俺は手札となる五枚のカードをそこから引いた。

 遊戯さんも既に手札を引いて準備は完了している。隠しきれない苛立ちを込めて睨みつければ、遊戯さんは正面から俺を見つめ返してきた。

 

「いくよ、遠也くん!」

「いくぞ、遊戯さん!」

 

 意図せず声を合わせ、俺たちは戦いの始まりとなる言葉を叫ぶ。

 

 ――デュエルッ!!

 

 

 

 

  * * * *

 

 

 

 

 廃墟となった街やそれを為した暗黒界の存在。異世界の新たな階層に来た十代たちはそこで出会ったフリードたちからこの階層を行くうえで貴重な話を聞くことが出来たが、そのまますぐに出発することはなかった。

 それというのも、この階層の空に常に浮かぶ彗星の輝きがまだ陰りを見せていなかったからだ。

フリードの話では、暗黒界の存在の活動は、彗星の陰りと共に収まる傾向にあるという。陰りが見えない今出て行けば、暗黒界に見つかり、ひいては街の生き残りが住む洞窟の発見につながる危険がある。

 フリードからそう説明された十代たちは、一度この洞窟内で休息を取ることにしていた。なにせまだ異世界に来て一日も経っていないのだ。そのうえ慣れない場所での活動である。見た目以上に全員に疲労が溜まっていた。

 その疲れゆえだろう、十代たちは街の生き残りとの人たちと簡易的な囲炉裏で食事をし、暖を取っている間に、いつしか瞼を閉じていた。

 そのままであったなら、きっと全員が翌朝にはすっかり体力を万端にして今後に臨むことが出来ただろう。

 

 だが、現実がそうなることはなかった。

 何故なら、洞窟の中にまで響いてくる不気味な地響きが、寝続けることを許さなかったからである。

 

「な、なんだ!?」

「なにがあったドン!?」

 

 万丈目と剣山が異常事態を察して飛び起きる。

 他の面々もほぼ同時に横たえていた体を起き上がらせ、すぐに周囲に目を配った。

 街の生き残りも同じく飛び起き、震動によって洞窟の天井から降ってくる砂の雨に身を晒していた。震える体は、この揺れのせいではない。この地響きが一体誰によってもたらされているのかを、彼らは察していたのだ。

 十代たちも、彼らがここまで怯えていることからこの揺れの原因に思い当たる。そしてその時、別室にいたフリードが厳しい面持ちで部屋に入ってきた。

 

「……暗黒界の連中が来た」

 

 それは、洞窟に潜む彼らに絶望を届ける言葉だった。

 フリードはほんの小さな震動でしかなかった頃に既に異状を察しており、一度外に出て確認に向かっていた。その結果得られたのは、暗黒界の騎士ズールが多くの部下を連れて攻めてきたということ。

 恐らくはこの近辺に生き残りがいることが確実視されたため、大軍を率いてやってきたのだろうとフリードは語った。

 それを聴いて身を固くしたのは、十代たちだった。ここに生き残りがいることを知られたのは、スカーを倒し、かつ逃がしてしまった自分たちのせいだと思ったからだ。

 

「ごめん、フリード……! それに、皆さんも! 俺たちのせいで……」

「いや、十代。カイルがスカーに見つかっていた時点で、我々の存在が発覚するのは確定だった。気に病むな」

 

 もし十代たちがいなければ、カイルは早々にスカーに殺され、フリードの到着よりも早くスカーは引き上げることが出来ていたはずだった。そうなれば、カイルの存在から結局暗黒界に生き残りの存在は知られていた。結果は変わらなかったのだ。

 それがわかるからか、フリードの言葉に洞窟内の誰もが頷いて十代たちを非難する言葉はついぞ出てこない。極限状態にありながら人としての優しさを忘れない姿に、十代は胸を打たれた。

 一宿一飯の恩もある。ならば……。

 そう考えて仲間たちの顔を見渡せば、誰もが同じ意見のようだった。力強く首肯を返す一同に微笑んで、十代はフリードと向き直った。

 

「フリード! 俺が、俺たちが暗黒界の足止めをする。その間に、あんたらはここから逃げてくれ!」

「なに……」

 

 フリードは思わず十代の顔を見て、その瞳に迷いがない事実に驚く。彼の後ろを見れば、そこには同じように覚悟を決めた少年少女の姿があった。

 

「わかっているのか。奴らの足止め……デュエルをするということは、相手の命を奪うということなのだぞ」

「……わかってる」

 

 十代が重々しく頷く。

 そしてその後ろに立つ明日香、万丈目、翔、剣山、吹雪、ジム、オブライエンもその表情を強張らせつつも確かに頷いた。

 マナはそんな彼らを、憂いを込めた目で見つめる。本来であればそんな覚悟など決めずともよい世界で暮らしていた彼らがこの決断を下したのは、ひとえに十代、遠也、ヨハンのことがあったからだろう。

 すなわち、仲間のため。

 友のためならばどこまでも邁進していく彼らに、遠也のことを思うマナは頭が下がる思いだ。だが同時に、これでいいのかとも思ってしまう。

 仲間が手を汚すことを認めていいのだろうか。純粋で真っ直ぐに前を向いて進む彼らに、そんな役を押し付けるような真似をしていいのか。

 少なくとも、マナは嫌だった。だから、もし実際に相対することがあれば自分が矢面に立とうとマナは心に決めた。彼らよりはまだ、自分は命のやり取りに耐性がある。

 マナにとっても、皆は既にかけがえのない仲間である。彼らを守ることに、労を惜しむつもりはなかった。

 静かに決意を固めるマナ。その視線の先で、十代に向き合うフリードが更に口を開いた。

 

「しかし、言っただろう。遅かれ早かれ、見つかるのは判っていた。お前たちが気にすることは――」

「もちろん、それもあるけどさ……」

 

 フリードの言葉に同意しつつも、十代は小さく首を横に振る。

 

「こうして、俺達をこの洞窟に受け入れてくれたこと。その恩を返すために行くのさ。だから、そっちこそ気にする必要はないぜ!」

「もともと我々はこの世界に来たばかりで寝床にも困っていた。そんな中で寝る場所に食事、暖をとらせてくれた恩を忘れるわけにはいかない」

 

 十代の言にオブライエンが続き、他の面々も笑みを浮かべ、その言葉を否定することはない。

 それが彼らの総意であると知り、フリードは一度目を伏せた。彼らが足止めをしてくれるならば、確かに民を逃がす時間を捻出することが出来る。ならば、民の安全のためにも十代たちの案を呑まない理由がなかった。

 フリードがただの騎士であったならば、彼らと共に戦うという選択も出来ただろう。だが、かつてはともかく今のフリードはそうではない。彼は、多くの民を守らなければならない、この集団の長なのだ。

 

「……感謝する。お前たちの武運を祈る」

「ああ! 任せとけ!」

 

 フリードが手を差しだし、十代がそれをがしりと掴む。

 そして十代たちは踵を返した。この洞窟の向こう、廃墟と化した街に押し寄せているだろう暗黒界の者たち。彼らと相対するために。

 

「十代!」

 

 部屋から通路に出てすぐ、先を歩く十代の名前を呼んで、その隣に明日香が並んだ。

 それを横目で確認しつつ、十代はいつもの調子で口を開く。

 

「ん、どうしたんだよ明日香」

「……私たちも、戦うわ。スカーの時みたいに、あなただけに重荷を背負わせたりはしない」

 

 明日香は腕に着けたデュエルディスクを掲げる。それを、十代は無言で見つめていた。

 

「ふん、貴様ばかりにいい恰好はさせられんからな」

「僕たちだって、戦うことは出来るんすから!」

 

 万丈目、翔。二人の言葉に、吹雪が続く。

 

「僕たちは仲間だ、十代君。だから、たまには君も僕たちに頼ってくれたまえ」

 

 どこか冗談めかして言う吹雪に、十代はふっと相好を崩した。

 

「ああ。その時は頼りにしてるぜ、みんな」

 

 迷いのない笑み。それを前に、誰もが満足そうに頷いた。

 決して十代だけに全てを背負わせるようなことはしない。ともに遠也たちを助けると誓い、そして長く一緒に過ごしてきた仲間だからこそ、その思いは顕著に彼らの中にあった。

 そんな付き合いの長さが感じられるやり取りに、ジムとオブライエンは少し羨ましそうに肩をすくめる。その光景を一歩引いて見るマナの前で、いよいよ洞窟の出入り口が見えてきた。

 彗星の輝きが世界を照らす夜の中へ、十代たちは勢いよく駆け出した。

 

 

 

 

 暗黒界の悪魔とそれに従うモンスターたちは、この世界の侵攻における橋頭堡として築かれた砦を出発し、廃墟となった街へと辿り着いていた。

 これを率いる暗黒界の騎士ズールとしては、そろそろこの街近辺のことは終わらせて次の任務に移りたいと思っていた。だからこそ、今回率いる軍勢は大人数のものとなっていた。今回で確実に終わらせるためである。

 そう考えれば、生き残りがいることが間違いないとわかったことは儲けものだった。多くの兵を動かす理由を補強してくれたからだ。

 ズールは己に付き従う多数のモンスターたちを見る。大軍と呼んで差支えない部下たちを見て、ズールは勝利の確信を深めて口元を緩めた。

 これでこんな僻地からはおさらば出来る。その事実が、ズールの表情に笑みを作らせる。しかも、スカーを倒すほどの戦士まで残っているという。戦いに享楽を感じるズールとしては、楽しくないわけがなかった。

 単に侵略して終わりというのも味気がない。ここはその戦士を正面から打ち砕き、士気の向上と共に我らへの恐怖に利用させてもらおう。

 

「どうした! まだ生き残りは見つからんのか!?」

 

 内心ではそのような喜悦に浸りつつも、そんな様子は微塵も見せずにズールは厳しく部下に問う。

 叱責を受けた手近にいた部下が、慌ててズールの前で膝をついた。

 

「へ、へい。どうも、連中何処かに隠れているようでして……」

「そんなことは百も承知よ! その隠れた奴を探せと言っておるのに、そんなこともわからんのか!」

 

 腰に佩いた剣を抜き、勢いよく地面に突き刺す。それは平伏す部下の顔をかすめ、たまらずひぃと悲鳴が漏れた。

 無能な部下に苛立つ。ズールはせっかくのいい気分が台無しだとばかりに部下を睨み、見下していた視線を真っ直ぐに直した。

 直後、その表情が驚きに変わり、やがてそれは隠しきれない笑みへと移ろいだ。

 

「見ろ。貴様などより、よほど奴らは優秀なようだ」

「へ、へぇ?」

 

 言われ、部下は顔を上げてズールの視線の先を追う。

 

「わざわざ探す手間を省いてくれるとは……。なかなか気が利くではないか、フフフ」

 

 彼らの視線の先、そこにはこちらへと駆けてくる数人の人間――十代たちの姿があった。

 近づいてくる彼らに、やがてズール以外のモンスターも気づき始める。彼らは一斉に十代たちに襲い掛かろうと走り出したが――、

 

「やめよ! 奴らの相手はこの私がする!」

 

 ズールの一言によりその動きは止まる。

 彼らにとって、ズールは逆らうことなど考えも出来ない絶対者であった。無論ズールより格が上の暗黒界の悪魔は存在している。しかし、彼らにとってはズールであっても決して勝つことが出来ない強者だった。

 強さこそが基準であり、それは恐れとなって他者を従える。彼らにとって当たり前の法則であるそれに従い、モンスターたちは十代たちの進路上から退き始めた。

 その異状は十代たちからも確認できていた。自分たちの進む先にはびこっていたモンスターが、自ら道を作り出している。

 そのことに罠を疑ったのは当然だったが、しかし目を凝らせばその先には指揮官と思しき風格を持つモンスターがいる。ならば、罠であろうと避けて通るわけにはいかない。そう心を決めた一行はある程度の距離を開けたところで走るのを止めると、歩いてズールの元へと近づいていった。

 それは街の住人が逃げるための時間稼ぎであったし、同時に走ってきて消費した体力を回復させるためでもあった。そして、これから戦うことに対する覚悟を改めて決める時間でも。

 さすがにデュエルをした相手が死ぬとあっては、勇ましい言葉を口にしようともそのことを意識せずにはいられない。十代の場合は既にデュエルが開始していたこともあったし、相手が正々堂々とした男だったので気持ちもだいぶ救われた。

 しかし今回のデュエルにそれはない。恐らくは大きな負担となって仲間の心に影を落とすだろうことは、十代にだって予想できていた。

 十代にとって皆は信頼できる大切な仲間だった。その力を疑うことなどありはしない。しかし、大切だからこそ十代は彼らに命のやり取りを知ってほしくはなかった。

 それを知るのは、自分だけでいい。悲痛なまでに真剣な表情を浮かべる仲間たちを背に、十代は一人その覚悟を決めていた。

 やがて、十代たちはズールの目の前にまでやって来る。己の前に立つまでを愉快そうに見つめ続けていたズールが、おもむろに口を開いた。

 

「若いな。ガキばかりではないか」

「お前がズールってやつか?」

 

 十代の率直な問いに、ズールは「いかにも」と答える。

 

「私こそは暗黒界の騎士ズール! 戦士の収集を任された実働部隊の長よ!」

「……だったら話は早いぜ。俺とデュエルしろ、ズール!」

 

 左腕のデュエルディスクを起動させながら言う十代に、ズールは面白そうに片目を見開いた。

 

「ほう……? ガキの戦士にしては、見上げた根性だ」

「その代わり、一騎打ちだ! 俺が勝ったら、お前たちはこの街から出て行ってもらうぜ!」

 

 指を突きつけて十代は宣言するが、ズールはやはり面白そうに口の端を歪めるだけだ。

 対して、十代の背中では大きな反応が起こっていた。

 

「十代!?」

「お前、何を勝手に……!」

 

 いきり立つのは明日香と万丈目だ。しかし、その表情に驚きと困惑を浮かべているのは誰もが同じだった。

 彼らは一様に十代と共に戦い、デュエルで命を奪う覚悟すら決めていた。その決意を十代は一騎打ちで全ての決着をつけようとすることで、一方的に無視したのだ。十代もまた賛同してくれていると思っていただけに、皆の驚きは当然のものだった。

 だが、唯一。マナだけは小さく溜め息をこぼして、胸の内でやっぱりと呟いていた。十代は彼らの決意を聞いて、「その時は頼りにする」と言ったのだ。なら、その時が来なければ皆が相手の命を奪うデュエルをする時も来ない。きっと、そう考えたのだろう。

 仲間を大切に思うが故の行動。それだけに、マナは十代を責められないし、それは他の面々にとっても同じことのようだった。

 何を言うべきかと迷う彼らに、十代が振り返る。

 

「悪い、明日香、万丈目、皆。皆の力は信頼しているけど……でも、やっぱり皆にそんな重荷は背負わせたくない。俺一人で済むなら、それが一番なんだ」

 

 だから俺に任せてくれ。言葉だけ見れば自信に溢れる台詞であったが、しかしそこには懇願するような響きが多分に含まれていた。その意味するところを悟り、万丈目たちは言葉を詰まらせる。

 

「ふふ、いいだろう。私が負けた時は、全軍撤退を約束する。だが、そちらは何を提供してくれる?」

「……どういうことだよ」

 

 ズールの言葉に、十代は怪訝な顔になる。それを癇に障る笑みと共に見つめて、ズールは言葉を補足する。

 

「わからんか? 賭けとは、互いに賞品を賭けるからこそ成立するのだ。私はちゃんと対価を用意したぞ。さて、お前は一体なにを賭ける? クク」

 

 挑発としか思えない態度であったが、十代がそれに激情することはなかった。

 それはズールの挑発を受け流したというわけではない。単純に、それ以外のことに思考を割かれていたからである。

 そう、十代は自分が要求を突き付けることを考えていても、こちらがあちらに向けて用意する対価を考えていなかったのだ。

 自分が矢面に立たなければという思いが強すぎたといえるだろう。そのことばかりに意識が向かい、相手にとっての得が何であるかまで考えが及ばなかったのである。

 だが、そんな言い訳が今更通じるわけもない。十代は今すぐに相手にとってメリットがある何かを用意しなければならなかった。

 

「そ、それは……」

 

 しかし、すぐに思いつくならばとっくにそれを口にしている。

 何かないか、と焦燥感にせっつかれながら考え続ける十代。その背中から、ふと勢いのある声が上がった。

 

「いいだろう! 賭けるのは、俺の命だ!」

「万丈目!?」

 

 小揺るぎもしない自信あふれる声。常から聞き慣れた声が信じられない音を紡ぎ、十代は驚愕を露わに振り返った。

 それと同時に、再び声が上がる。

 

「私も、命を懸けるわ!」

「明日香まで! 馬鹿なことはやめろ、お前ら!」

 

 万丈目に続き明日香までもが己の命をチップにすると言い出し、これには十代も泡を食って止めに入る。

 そもそも十代は彼らに命のやり取りを行うという負担をかけたくないから、こうしてズールと一騎打ちをしようとしているのだ。その守るべき仲間が命を懸けては本末転倒である。

 だからこそやめてくれと十代は言う。しかし、それを受けた万丈目はキツく十代を睨みつけた。

 

「馬鹿は貴様のほうだ、十代! 貴様、この俺のライバルでありながら、まさかこんな奴に負けるつもりなんじゃないだろうな!」

「なにを……」

 

 激しい口調に、戸惑う。

 そんな十代に、明日香は仕方がないとばかりに微笑んだ。

 

「万丈目君は、あなたの勝利を信じているのよ十代。もちろん、私もね」

「明日香……」

 

 ふん、と鼻を鳴らす万丈目を明日香が苦笑を浮かべて見る。

 否定しないということは明日香の言が正しいということなのだろう。十代が万丈目を認めているように、万丈目もまた十代のことを認めている。だからこそ、万丈目は十代に命を預けることも出来るのだ。それはつまり、負けないと信じられるからである。

 そしてそれは、明日香にしても同じこと。明日香にとっても、十代は仲間であり親友であり、そしてとても頼りになる男だった。だからこそ、信じられる。必ず勝ってくれると。

 

「兄貴、僕も同じ気持ちっすよ。兄貴なら、大丈夫っす!」

「Friendのことは信じるものだ。当たり前だぜ」

「同感だ」

「兄貴はいつも通りでいいザウルス!」

「また君に頼ってしまうのは心苦しいけど、これぐらいは格好つけさせてくれよ十代君」

「みんな……」

 

 更に翔、ジム、オブライエンも二人の意思に賛同を示す。剣山、吹雪もそれに続けば、十代は感極まったように言葉を詰まらせた。

 これだけの仲間の命を背負う。普通であれば、大きなプレッシャーとなって十代の身体から自由を奪うに違いない。しかし、今の十代は違った。これほどまでに自分が思い、そして自分を思ってくれる仲間がいる。そう感じられるだけで、何でもできるような気がしてきていた。

 そして最後に、何も言わずに成り行きを見守っていたマナを見てみる。マナは微笑むと親指を立てた。それが最後の合図であったかのように、十代は全員にしかと頷き、くるりと背を向けていたズールと相対する。

 その瞳には、信頼に応えようとする強い意志がある。その光に、ズールはより喜悦の笑みを深くする。ズールにしてみれば、ただの獲物が活きのいい獲物になった程度の差である。わざわざ気にすることでもなかった。

 自分を見下す目。その視線に、十代は真っ向から向かい合った。

 

「――ズール! 俺は俺の命と……皆の思い、皆との友情を賭けるぜ!」

「フハハハ! いいだろう! 私が勝った暁には、お前の前でそのお友達を惨たらしく殺してくれるわ!」

 

 青臭いがしかし、真実の言葉。

 それを、ズールは取るに足りぬと笑い飛ばした。そして、その左腕が徐々に変形しデュエルディスクを形どっていく。そこにデッキを差し込むと、ズールは自分を強い眼光で見据える十代にニィと傲慢な笑みを見せる。

 

「ククク、せいぜい足掻くがよい……デュエルッ!」

「――デュエル!」

 

 

遊城十代 LP:4000

暗黒界の騎士ズール LP:4000

 

 

「まずは私の先攻、ドロー! 私は《ジェネティック・ワーウルフ》を召喚! ターンエンドだ!」

 

 

《ジェネティック・ワーウルフ》 ATK/2000 DEF/100

 

 

 攻撃力2000という、レベル4の通常モンスターとしては最高の攻撃力を持つモンスター。元は心優しかった人狼だが、今は遺伝子改造によって正気を失い、その目は殺意に歪んでいる。

 その狂暴な目を正面から受けつつ、十代はデッキに指をかけた。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 手札を見れば、残念ながら融合はない。だが、充分にジェネティック・ワーウルフに対抗できる手段はあった。

 

「《E・HERO バブルマン》を召喚! 俺の場にバブルマン以外のカードがないため、デッキから2枚ドロー!」

 

 

《E・HERO バブルマン》 ATK/800 DEF/1200

 

 

 後攻最初のターンということもあり、当然十代の場にカードはない。バブルマンの効果がいかんなく発揮されて手札を補充する中、十代は一枚のカードを手に取った。

 

「魔法カード《古のルール》を発動! 手札のレベル5以上の通常モンスター1体を特殊召喚する! 来い、《E・HERO ネオス》!」

 

 

《E・HERO ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

 十代のデッキのエースモンスター。ネオスはフィールドに現れると、その逞しい腕を振り上げ、威嚇するように相手フィールドに向けて突き出した。

 

「ほう、レベル7のモンスターを呼んだか」

 

 最初のターンでいきなり最上級モンスターを召喚とは、なかなかどうして。子供ながらに歯ごたえのありそうな相手だと、ズールは十代を楽しげに見る。

 そんなズールに向けて、十代は手をかざした。

 

「いくぜ! ネオスでジェネティック・ワーウルフを攻撃! 《ラス・オブ・ネオス》!」

「ぐ……!」

 

 

ズール LP:4000→3500

 

 

 ネオスの手刀が勢いよくジェネティック・ワーウルフの頭上から振り下ろされ、破壊する。まずは先手の500ダメージ。しかしこれだけではない。何故なら、十代の場にはまだモンスターが残っているからである。

 

「更にバブルマンで追撃! 《バブル・シュート》!」

 

 

ズール LP3500→2700

 

 

 バブルマンの攻撃力の値である800がそのまま叩きこまれ、結果を見れば相手の場を空にしたうえで合計1300のダメージとなった。

 悪くない出だしに、しかし油断をすることはせず、十代は一つ息を吐く。

 

「俺はこれでターンエンドだ」

「私のターン、ドロー! ……ほう」

 

 デッキから引いたカードを確認し、ズールの顔が笑みを形作る。

 よほどいいカードを引いたらしいとその表情から察し、笑うズールとは対照的に十代の顔つきは厳しくなっていった。

 

「クク、いま私の手札にキーカードは全て揃った。お前に絶望を味わわせてやろう」

「なに……!」

 

 余裕と自信にあふれた言葉を受け、十代は一体どんなカードが繰り出されてくるのかと警戒を強める。

 自然力が入り体をこわばらせる十代を愉快気に見ながら、ズールはその手に持ったカードをディスクに置いた。

 

「私はフィールド魔法《パワー・ゾーン》を発動!」

 

 瞬間、十代とズールのちょうど中間地点に出現した小さな黒球。一拍後、急速に膨らんでいったそれはフィールドを丸ごと包み込む半透明の黒いドームとなって十代とズールを飲み込んだ。

 

「ぐ、これは……」

 

 十代は、突然体にのしかかってきた重さに思わず呻く。

 見れば、パワーゾーンが生み出したドーム内の地面だけわずかに陥没している。パワー……恐らくは重力がこのドームの中では強化されているのだろう。立っているだけで力を使う現状に、十代はしかめっ面になってズールを見据えた。

 

「パワー・ゾーンが発動している限り、戦闘でモンスターを破壊されたプレイヤーはそのモンスターの元々の攻撃力分のダメージを受ける! 更に《パワー・マーダー》を召喚!」

 

 

《パワー・マーダー》 ATK/1800 DEF/1300

 

 

 どこか昆虫めいた風貌の悪魔族モンスター。鋭い鉤爪や角を持ち、その体は黒い甲殻で覆われている。長い尻尾の先についた鋭利な刃を不気味に揺らしながら佇むパワー・マーダーに、ズールは指示を下した。

 

「パワー・マーダーでネオスに攻撃!」

「馬鹿な!? 攻撃力はネオスのほうが上だぜ!」

 

 ネオスとの間には実に700ポイントもの攻撃力の開きがある。だというのに攻撃に移るべく空中に飛び上がったパワー・マーダーに、十代は驚きの声を上げた。

 このままではダメージを受けるのはズールのほうだ。しかし、ズールはにやりと口の端を持ち上げた。

 

「フフフ、パワー・マーダーの効果発動! このカードの元々の攻撃力よりも攻撃力が高い相手と戦闘する場合、ダメージステップの間攻撃力を1000ポイントアップする! もっとも、低い相手だと逆に1000ポイントダウンするがな……」

「なに!?」

 

 

《パワー・マーダー》 ATK/1800→2800

 

 

 瞬時にネオスを上回る攻撃力を身につけるパワー・マーダー。そういうことかと得心するものの、この段に来ては既に十代が取るべき手はなかった。

 

「ネオスを消し飛ばせ! パワー・マーダー!」

「くぅ……!」

 

 

十代 LP:4000→3700

 

 

 空中で反動をつけ、勢いよく射出される刃の尻尾。さながら矢のように飛来したそれの直撃を受け、ネオスはその身を散らせることとなった。

 攻撃の余波が十代を襲う。しかし、それで終わりではなかった。

 

「更にフィールド魔法《パワー・ゾーン》の効果! 破壊されたモンスターの攻撃力分のダメージを受けろ!」

「うぁあああッ!」

 

 

十代 LP:3700→1200

 

 

 フィールドを覆う闇色のドームから放たれ重力が十代の身を上から押し潰さんばかりに圧力をかける。よろめく身体に、しかし十代は鞭を打って、どうにか倒れることなく踏ん張りを見せた。

 

「そして永続魔法《パワー・スピリッツ》を発動! ライフポイントを1000払い、自分フィールド上のモンスターは攻撃力が1000ポイント以上高いモンスターとの戦闘でしか、戦闘によっては破壊されない!」

 

 そんな十代を前に、ズールは敵を叩き潰すべく一切の容赦を加えない。

 永続魔法、パワー・スピリッツ。その効果は、1000ポイントを上回る攻撃によってでしか戦闘破壊されないというもの。そしてズールの場にいるパワー・マーダーは、攻撃力が上のモンスターとの戦闘では2800もの攻撃力になるモンスターだ。

 つまり。

 

「お前がパワー・マーダーを倒すには、攻撃力3800以上のモンスターでなければ倒せないということだ! フフフ、私はカードを1枚伏せ、ターンエンド!」

 

 ズールは余裕を感じさせる態度でターンを終了する。

 しかし、それも仕方がないだろう。誰がどう見ても今の十代は劣勢だった。その十代を仲間たちがじっと見つめるが、裏腹にズールの部下たちはにやにやと苦境に立つ十代を嘲笑っていた。

 

「出たぜ! ズール様のパワーコンボだ!」

「多くの戦士を仕留めてきた必殺のコンボだからなぁ。所詮ガキじゃここまでか。ケケ」

 

 十代を侮り、勝てるはずがないと決めつけて笑う周囲に、翔たちは憤りを感じつつもその感情を表に出すことはしなかった。

 ここで自分たちが目立つ行動をとれば、デュエルに向かっている彼らの意識が改めて自分たちに集まり、予期せぬ事態を招くかもしれないからだ。

 それは十代の邪魔になる。それだけはしてはいけないと自分に言い聞かせ、彼らは気に食わない嘲りの言葉にもただ無言を貫くのだった。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 そんな周囲の声は、十代にも届いていた。

 しかし、十代がそれを気にすることはない。自分に今できることは、全力でこのデュエルに勝つこと。デュエリストとして、このデュエルに集中すること。

 それこそが今の自分の役割であると十代は確信していた。だから、迷うことなくその手はカードを掴み取った。

 

「俺はバブルマンを守備表示に変更! 更に《N(ネオスペーシアン)・グロー・モス》を守備表示で召喚! カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

N(ネオスペーシアン)・グロー・モス》 ATK/300 DEF/900

 

 薄青色の体が淡く発光する姿が特徴的な、人型のネオスペーシアン。丸く空洞になった穴がぽっかりと人間でいう目がある位置に空いただけの無個性な容貌ながら、その姿からはどこか十代を思う優しさが感じられるようでもあった。

 これで十代の場には守備表示のモンスターが2体となった。本来なら十分な防御となるが、発動中のフィールド魔法パワー・ゾーンの効果が厄介だった。守備表示であろうと破壊されればダメージを受けてしまうからである。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 一抹の不安を抱きつつ、しかしやれることはやったとばかりに、十代はカードを引くズールの姿を見つめた。

 

「永続魔法《リング・オブ・デビルパワー》を発動! お前は私の場で最も攻撃力が高い悪魔族モンスターしか攻撃できず、私の悪魔族モンスターがお前のモンスターを倒した時、そのモンスターの守備力分のダメージを与える」

「だが、パワー・マーダーよりバブルマンとグロー・モスの攻撃力は低い! パワー・マーダーは自身の効果で攻撃力が1000下がって、守備表示の2体を倒すことは出来ないぜ!」

 

 ズール自身が言っていたことだ。パワー・マーダーは自分よりも攻撃力が低い相手と戦闘する時、攻撃力が1000下がると。

 バブルマンの攻撃力は800、グロー・モスは300。ともにパワー・マーダーの1800より低いために攻撃力は800となる。そして2体の守備力は800を上回っている。戦闘破壊はできないはずだった。

 

「その通りだ。しかし、こうすればどうかな。クク、手札から《ガーゴイル・パワード》を召喚!」

 

 

《ガーゴイル・パワード》 ATK/1600 DEF/1200

 

 

「攻撃力、1600……!」

 

 十代の場に存在するモンスターの中で現在最も高い守備力を持つのはバブルマン。その値である1200を超えるモンスターが現れたことで、一転十代は更なる危機に直面することとなった。

 

「これで、お前は終わりだ。パワー・ゾーンで攻撃力分のダメージを。リング・オブ・デビルパワーで守備力分のダメージをお前に与える。バブルマンを倒した時にお前が受けるダメージは、2000ポイントだ!」

「ぐ……」

 

 十代の残りライフは1200。十分すぎるほどにそのライフを削り切る値であった。

 それがわかるため、ズールは既に勝利を確信していた。なかなかに楽しめたデュエルだったが、しかし若さゆえかまだまだ自分が相手をするには早すぎたようだと、静かに嘆息する。

 先が見えた勝負ほどつまらないものは無い。さっさと終わらせようと、ズールはフィールドに手をかざした。

 

「さらばだ、未熟な戦士よ! ガーゴイル・パワードでバブルマンに攻撃! 《パワード・ビーム》!」

 

 鳥の頭部を持つ悪魔のくちばしが開かれ、喉の奥から絞り出された光線がバブルマンに襲い掛かる。

 守備表示であっても、肝心の守備力が負けている以上バブルマンにこの攻撃を耐えられる道理はない。

 光線はバブルマンを間違いなく貫き、十代のフィールドを大きな爆発が包み込んだ。

 

「十代っ!」

 

 思わずといった様子で明日香が呼ぶ。その叫びが持つ響きとは対照的に上がるのは、ズールの部下たちによる歓声だ。

 その自らを讃える声を当然のものだとばかりに受け止めつつ、今は爆発とともに上がった煙によって見えない十代が立っていた場所に、ズールは目を向けた。

 

「終わったか……ッ、なに!?」

 

 徐々に晴れていく、砂煙。その向こうには、人影のようなものが間違いなく見えている。

 まさか、と目を見張るズールの視線の先で煙の向こうから現れたのは、しっかりと地に足をつけて立つ十代の姿だった。

 

 

十代 LP:200

 

 

「馬鹿な! なぜライフが残っている!」

 

 バブルマンの攻撃力と守備力の合計。2000ポイントのダメージを受けて、ライフは0になっているはず。

 そう主張するズールに、十代はタネ明かしをするように一枚のカードを手に取った。

 

「お前の攻撃が届く前に、俺はこいつを発動していたのさ! 罠カード《エレメンタル・チャージ》! このカードは俺の場に存在するHERO1体につきライフを1000回復する罠カード! あの時、俺の場にはバブルマンがいた。よってライフを1000回復し、俺のライフは2200になっていたんだ!」

 

 そのためライフは0にならず、ギリギリで200ポイント残ったというわけだった。

 ズールの勝ちを疑っていなかった部下のモンスターたちが、生き残った十代の姿を見て歓声が一転戸惑いの声に変わる。

 そんな中で、万丈目は詰まっていた息を吐き出し、一度大きく肩を上下させた。

 

「……ふん、相変わらず悪運が強い奴だ」

 

 隠しきれない安堵の響きに誰もが気付いていたが、しかし指摘することはせずに一同はただ首肯でその言葉に同意を示すのみだった。

 彼らにとっては嬉しい事態。しかし、勝利を確信していたズールにとって今の事態は実に面白くないものだった。余裕を湛えていた表情が、悪魔然とした厳しいものに変わる。

 

「おのれ……! だが、ここで罠カードを発動させてもらう! 《導火線》! 相手モンスターを戦闘破壊した時発動し、デッキまたは手札から《パワー・ボム》1体を特殊召喚し、このカードを装備する! 次の私のスタンバイフェイズ、装備モンスターを破壊して相手に1000ポイントのダメージを与える! デッキから特殊召喚!」

 

 

《パワー・ボム》 ATK/1000 DEF/1000

 

 

 そうしてズールの場に現れたのは、パワー・マーダーよりも更に昆虫に似た悪魔族モンスターだ。

 蝉を連想する姿だが、その腹部は異様なまでに膨れている。ボムという名、そして導火線の効果からして、恐らくはその腹部が爆弾のような効果を持っているということなのだろう。

 

「これでお前は確実に次のターンで終わりというわけだ。もっとも……」

 

 言葉を切り、十代のフィールドを指さす。

 

「このパワー・マーダーの攻撃で終わりだがなァ! パワー・マーダーでグロー・モスに攻撃!」

「まだだ! この時、グロー・モスの効果発動! このカードが戦闘を行う時、相手はカードを1枚ドローする! そのカードの種類によってこのカードは別々の効果を得る!」

 

 パワー・マーダーが凶器でもある尻尾を揺らす中、グロー・モスはその手に三つの光球を生み出した。

 

「モンスターなら、バトルフェイズは終了! 魔法なら、このカードは直接攻撃が可能に! 罠なら、このカードは守備表示になる!」

「愚かな! 実質、私がモンスターを引かなければ意味がないではないか! そんな博打が私に通用するとでも思ったか!」

 

 完全に運任せのギャンブル効果。そんなものが当たるわけがない。そう断言してみせるが、しかし十代の顔には笑みが浮かんでいる。

 

「さぁな。けど、やってみなければわからないぜ! 《シグナル・チェック》!」

 

 十代の言葉を受け、グロー・モスの手の中にある三つの玉が、黄、赤、青の色に点滅を始める。

 十代とて当たるかどうかなど分からない。しかし、どうせわからないなら当たると信じた方がきっと当たる。何の根拠もなくそう信じて、十代は笑うのだった。

 そんな十代の様子は、ズールには不気味に映った。追い詰められているというのに、あの余裕は何なのか。正体のわからない何かに少なからず動揺しつつ、ズールはデッキからカードを引く。

 

「……ドロー! ッ、私が引いたのは《パワー・マーダー》! モンスターカードだ……!」

「よっしゃあ! グロー・モスの効果により、バトルフェイズを終了するぜ! 《イエロー・ライトニング》!」

 

 信じられないと言いたげな口調のズールに対して、見事賭けに勝った十代はガッツポーズをとる。

 グロー・モスの手の中にあった玉は黄色の者が点灯。そこから放たれた光がパワー・マーダーに当たり、その体をズールのフィールドに押し戻していく。

 それを見届け、ズールは舌打ちをした。

 

「ちっ、ターンエンドだ! ……だが、所詮は無駄な足掻きよ。仮にお前が攻撃力3800以上のモンスターを召喚できたとしても、バトルでパワー・マーダーの攻撃力が変化した時、パワー・ボムの効果により、パワー・マーダーの元々の攻撃力分のダメージがお前に与えられる」

「………………」

「更にこのターンで何もできなかった場合、次の私のスタンバイフェイズ、お前は導火線の効果により倒れる。パワー・ボムを倒そうにも、お前はリング・オブ・デビルパワーの効果によってパワー・マーダーにしか攻撃できない。お前の死は、もはや回避不可能だ!」

「――それはどうかな」

 

 デッキトップに指を置きつつ、十代は言う。

 なるほど、確かに可能性としてはそうなる確率の方が高いかもしれない。しかし、だからといってそれは十代がカードを引くことを止める理由にはならなかった。

 何を言われようと、どんな逆境だろうと、十代はデッキからカードを引く。それは何故かと問われることすら心外だ。何故なら、デュエリストならば誰もが知っているからだ。

 

「最後の最後まで何があるかわからない、それがデュエルだ! 俺のターンッ!」

 

 デッキからカードを引き、それが何であるかを十代は確認する。

 瞬間、湧き上がる喜びが興奮となって十代の声を弾ませた。

 

「きた……! 俺は《死者転生》を発動! 手札を1枚捨て、墓地からネオスを手札に戻す! そして今墓地に送った《E・HERO ネクロダークマン》の効果発動! このカードが墓地にある時、俺は1度だけ上級E・HEROをリリースなしで召喚できる! 来い、《E・HERO ネオス》!」

 

 

《E・HERO ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

 再度フィールドにその姿を見せるネオス。それを見て、ズールは鼻で笑う。

 

「ふん、またそいつか。ただの通常モンスターに何が出来る」

「ネオスはネオスペーシアンと力を合わせることで真価を発揮する! 侮ると痛い目を見るぜ! ネオスとグロー・モスでコンタクト融合!」

 

 二体が飛び上がり、やがて重なり合うようにして一つになっていく。

 二体が力を合わせることで生まれるのは、体全体が淡く発光する光の戦士。

 

「現れろ、《E・HERO グロー・ネオス》!」

 

 

《E・HERO グロー・ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

 右手に光の槍を携え、グロー・ネオスが十代の前に降り立つ。頼りになるエースの後ろ姿を見つめながら、十代は高らかにその効果の発動を宣言する。

 

「グロー・ネオスの効果発動! 1ターンに1度、相手フィールド上に表側表示で存在するカード1枚を選択し、破壊できる! そしてこの効果で破壊したカードの種類によって、異なる効果を得る!」

 

 グロー・モスが融合素材であることから、グロー・ネオスもその効果の特性を強く受け継いでいる。

 モンスターなら、このカードは戦闘を行えない。魔法なら、直接攻撃。罠なら、このカードは守備表示になる。

 グロー・モスとの大きな違いは、メインフェイズに効果を使えること。そしてこの状況ならば、十代が破壊するカードなど決まりきっていた。

 

「俺は魔法カード《リング・オブ・デビルパワー》を選択する! 《シグナルバスター ブルー・ライトニング》!」

 

 グロー・ネオスが十代の指示を受けて青い光を勢いよく放つ。それは狙い違わずリング・オブ・デビルパワーのカードを破壊した。

 これで、ズールのフィールド上で最も攻撃力が高い悪魔族モンスターしか攻撃できないという制約は取り払われた。

 更に。

 

「魔法カードを破壊したことで、グロー・ネオスは直接攻撃できる効果を得た!」

 

 攻撃力2500の直接攻撃。それはまさしく脅威だ。しかし。

 

「だが、それでも私のライフ2700を削り切るほどではない! 召喚権も使用した今、貴様には何もできまい!」

 

 ズールのライフは2700。グロー・ネオスの攻撃だけでは削り切れない。そして十代の手札は三枚。たとえその中にモンスターがいようと、召喚権を使用した今フィールドに出すことは出来ない。

 ならばこのターンで十代が自分を倒すのは不可能であり、そうであるならば自分のターンのスタンバイフェイズが来た時点で勝利できる。

 ズールがそう考えて嫌らしく笑うが、それに構わずに十代は指示を下した。

 

「……グロー・ネオスでズールにダイレクトアタック! 《ライトニング・ストライク》!」

 

 投槍のごとく、手に持った光の槍をグロー・ネオスが投擲する。発達した筋力によって補強されたそれは高速でズールに迫り、その体を貫いた。

 

 

ズール LP:2700→200

 

 

「ぐ、ぅッ……! よもや、ここまでライフを減らされるとはな……褒めてやろう! だが、所詮はこの程度よ! さぁ、エンド宣言を――」

 

 ズールが自身の勝利を確信してそう十代に促したその時。十代は手札のカードに指をかけた。

 

「まだ俺のバトルフェイズは終わっていないぜ! 速攻魔法《死者への供物》! 次のターンのドローを封じる代わりに、フィールド上のモンスター1体を破壊する!」

「今更私のモンスターを破壊して何になる! 無駄な抵抗は……」

「いいや、俺が破壊するのは――グロー・ネオスだ!」

 

 十代がグロー・ネオスに視線を向ければ、グロー・ネオスは気にするなとばかりに一つ頷いてその身を墓地へと置く。

 

「馬鹿な! どのみち負けると悟り、自棄になったか!?」

 

 自分の切り札級モンスターを破壊する。その暴挙に声を荒げたズールを見て、十代はもう一度手札のカードに指を伸ばした。

 

「全部計算通りさ! 更に速攻魔法を発動! 《リバース・オブ・ネオス》! 俺の場に存在する「ネオス」の融合モンスターが破壊された時、デッキから《E・HERO ネオス》を特殊召喚する!」

 

 

《E・HERO ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

 三度現れるHERO。逞しい掛け声とともにネオスは十代の横に並んで立つ。

 

「な、なんだとォ!?」

「更にこの効果で特殊召喚されたネオスは、攻撃力が1000ポイントアップする!」

 

 

《E・HERO ネオス》 ATK/2500→3500

 

 

 これで攻撃力は3500ポイント。やはり攻撃力が変動するパワー・マーダーはパワー・ボムがいる限り倒すことは出来ないが、しかし。

 既にパワー・マーダーへの攻撃を抑制するカードであったリング・オブ・デビルパワーはない。ならばわざわざパワー・マーダーを攻撃してやる義理はない。

 ネオスが体の向きを変える。その正面にいるのは、攻撃力1000ポイントのパワー・ボムだ。そしてパワー・ボムはこの状況では正真正銘単なる攻撃力1000のモンスターである。

 ズールの場に伏せカードはない。なら、この攻撃を凌げる道理は存在しなかった。

 

「ぐ……おのれェッ!」

「いくぜ! ネオスでパワー・ボムに攻撃! 《ラス・オブ・ネオス》!」

 

 ネオスが地面を這うようにパワー・ボムの懐へともぐりこむ。そして右手の手刀をいったん上げ、更に頂点から一気に振り下ろした。

 

「ぐ、ぁぁあああぁッ!」

 

 

ズール LP:200→0

 

 

 勝った。そう十代が思った直後、大爆発が起きる。

 恐らくはパワー・ボムの内部に存在していた爆発する類の成分も影響したのだろう。今やズールのフィールドは爆発に包まれて見えなくなってしまった。

 砂煙、熱風、爆音。それらが合わさった相手フィールドを、十代は目を逸らすことなく見つめ続ける。だが、その煙に隠れて地面を転がってきた五つの玉を、十代は見逃していた。それは後ろにいる仲間たちの足元で止まると、デュエルが終わって周囲への警戒を強める彼らへと吸い込まれるように消えていく。

 

 『悲』『怒』『苦』『憎』『疑』……五つの文字がそれぞれの肌に一瞬浮かんで消えていく。しかし、周囲に注意を向ける彼らがそれに気づくことはついになかった。

 

 そんな中、立ち込めていた砂煙も徐々に晴れていく。そしてそこにズールの姿は既になく、ただ名残惜しく天に昇る光の粒子だけが漂うだけだった。それが示す答えは一つ。十代の勝利である。

 自分が、ズールを殺した。その重い事実に十代は一瞬くじけそうになる。だが、今はそれを気にする時ではないと無理やり感情に蓋をして顔を上げる。

 最優先事項は、遠也とヨハンの救出だ。ならば、考えるのは後でいい。今はただその事だけを考えて動こう。そう、改めて自分に言い聞かせた。

 

「そ、そんな……ズール様が……」

「ズール様が、ま、負け……」

 

 デュエルの結末を見届け、ズールに言われて手を出さないまでも十代たちを囲んで威圧していたモンスターたちが、途端に狼狽えはじめる。

 彼らにとって、暗黒界の一員であり、その中でも実力の高いズールは絶対的な存在だった。そんなズールに、正面から戦いを挑んで勝った戦士。その存在は、彼らにとって恐怖だった。

 何故なら、ここは力がものを言う異世界。ズールのやり方に反発してズールを打倒した者が、これまでズールに従ってきた自分たちを許すはずがない。そう考えるのが、彼らにとっての当たり前だった。

 故に、恐怖する。そしてその恐怖は十代が仲間たちの元に戻ろうと踵を返したことで、一気に弾ける。このままでは、自分たちも殺される。そう思いこんだ彼らの行動は、迅速だった。

 

「に、逃げろぉおーっ!」

「うわぁああああ!」

「許してくれぇええ!」

 

 彼らは一目散に逃げ出した。

 彼らはこれまで強力なリーダーがいるから強気でいられたのだ。たとえ群れていようと、数の利を唱えて向かってくる者はいない。彼らでは、結局勝ったとしてもその後にどうすればいいかわからないからだ。

 ゆえに、わかりやすい方法で延命を図る。それがすなわち、逃亡であった。

 しかし、突然大勢が走り去っていく姿に、十代たちは呆気にとられるしかない。何人かはこのまま連戦も覚悟していただけに、拍子抜けしたように肩をすくめる。

 

「どうも、彼らにはズールに対する義理とか忠誠みたいなものは無かったみたいだねぇ」

「呆れて物も言えないザウルス」

 

 走り去る大軍を見送り、吹雪と剣山がそれぞれ何とも言えない顔で呟く。

 ズールのしてきたことは許されることではないが、こうも簡単に仲間から見放されるところを目撃してしまうと第三者ながら何ともやりきれない。

 

「因果応報……力では、決して人はついてこないという事だ」

「だな。Be careful……俺たちもそのことを忘れちゃいけない」

 

 オブライエンとジムが二人の肩を叩いて神妙に言えば、吹雪と剣山もそれに首肯を返す。

 そしてズールに勝った十代は、自分を信じて自ら命というチップを差しだした万丈目と明日香の元へと向かっていった。

 

「万丈目、明日香……」

「ふっ、何も言うな十代。たとえ貴様がこの俺の広すぎる心に感極まっていたとしてもな」

「さっすが兄貴だわぁん」

「よっ、大統領!」

 

 十代が何か言うよりも前に万丈目はニヒルに笑うと、顔を傾けて影を作る。カッコつけたそんな仕草をおジャマたちがはやし立てるのを見て、十代は苦笑いを浮かべた。

 

「なんだかなぁ。……でも、ありがとうな万丈目」

「ふん」

 

 素直には受け取らない万丈目の態度だったが、十代は気にしない。こういう万丈目の態度は俗にツンデレというのだと遠也に聞いたことがある。だから、感謝の気持ちは伝わっているはずだと十代は思った。

 そして今度は明日香に向き直る。

 

「明日香も、ありがとう」

 

 ストレートな感謝の言葉に、明日香は気恥ずかしさから僅かに視線を逸らした。

 

「……言ったでしょう、大切な仲間だって。あなたのためなら、少しぐらいの無茶だって――」

「わかってる。けど……悪い、もうあんなことを言うのはやめてくれ」

 

 一瞬、明日香は十代が何を言ったのかわからなかった。

 思わず逸らしていた視線を十代に戻すが、その表情は真剣そのもので今の言葉が冗談でもなんでもないことを物語っている。

 明日香は、心に走る痛みを自覚していた。万丈目には、そんなことは言わなかった。しかし、自分だけには「もう命を懸けるな」と言う。そこには、明確な差がある。

 万丈目は、十代にとってライバルでもある。その実力には信を置いているし、頼れる存在であると十代が思っていることは想像に難くない。だからこそ、命を懸けたとしても自力で切り抜けられると信じて、十代は何も言わなかったのだろう。

 しかし、自分はどうだ。実力は万丈目とは比べるまでもない。このメンバーではきっと一番弱いし、今はここにいない下級生であるレイにだって勝てる自信はない。

 十代はきっと、そんな自分の実力不足を鑑みて「無茶はするな」と釘を刺したのだろう。

 それは決して明日香を蔑ろにしているわけではない。むしろ、明日香の安全を願ってのものだ。

 しかし、明日香は十代に守られるだけの存在になりたいわけではなかった。彼の隣に立てる存在になりたいのだ。そんな明日香にとって今の言葉は、ただ残酷なものでしかなかった。

 

 やはり自分では十代を支えることは出来ないのかもしれない。そんな思いにとらわれて顔を伏せた明日香だったが、続く十代の言葉に耳を疑うこととなる。

 

「明日香には命を懸けさせたくなくてさ。上手く言えねぇけど……明日香に守られるよりも、俺が明日香を守りたいんだよ、何となく」

 

「――……ぇ?」

「な、なんだよその顔。俺だって、よくわかんないんだから突っ込むなよ? 何となくとしか言えねぇんだから、しょうがないだろ」

 

 思わず問い返すような声を出せば、それを要領を得ない発言に対する非難と受け取ったのか、十代はむすっとした顔になって開き直った。

 そうして「お前にはずっと世話になってるしさ……」とか「親友……それともちょっと違うか……」と勝手に悩み始める。本当に、自分が抱える気持ちが何であるかわかっていないようだった。

 もちろん、明日香にだって十代の真意はわからない。けれど、期待してしまう。もしかしたら、自分が思っている通りなのではないかと。もしかしたら、自分が抱いている気持ちと同じなのではないかと。

 確証はない。むしろこれは自分の妄想でしかないのかもしれない。けれど、もしそうなのだとすれば……。

 

「ん? 明日香、顔赤くないか?」

「な、なんでもないわ」

「そうか? まあいいけど、無理はするなよ」

「……ええ」

 

 目敏く明日香の変化に気付いた十代が思考を切り上げて明日香を見た。

 こういう時は鋭いんだから、と半ば八つ当たりに近い不満を心の中で述べつつ、明日香は何でもないと首を振る。

 その態度を訝しく思いつつも納得した十代は、一言だけ言い添えて他の面々と合流するべく明日香に背を向けた。

 歩き出した十代の背中を見る。もしかしたらそうなのかもしれない。けれど、あまり期待が大きいとそうでなかった時が辛くなる。だから明日香はつい意識してしまう今の発言を極力気にしないよう努めることにした。

 自分たちには今、遠也とヨハンを助けるという目的がある。その中にあって、他の事に意識を割いて上手く結果がついてくると考えるほど明日香は能天気ではなかった。

 だから、今は考えない。ゆっくりと息を吸っては吐き出し、呼吸を整えていく。

 頭を冷やしながら、しかしすぐには消えない期待と喜び。その心地よさに、もう少しだけ浸かることを許してほしい。

 

 そう一度目を伏せた、その時。

 

 

「ッ明日香さん後ろッ!!」

 

 

「え?」

 

 突如響くマナの痛切な叫び。

 しかし、それに反応で来た者は誰もいなかった。

 そして明日香が声にならない音を口からこぼしたその時には、既にその体は赤い甲殻に覆われた太い腕によって拘束されていた。

 

「グフフ……ズール様、いやズールに勝って油断したなぁ、グフフ」

 

 ――暗黒界の斥候スカー。

 

 先日十代がデュエルによって下し、そして見逃した悪魔がそこにいた。

 敵の登場を受け、すかさず全員が警戒態勢を取ってスカーに向き合う。

 

「明日香!」

「お前、明日香を離せ!」

 

 吹雪が叫び、十代が怒りを露わにして声を上げる。

 明日香も締め付けられる体に息苦しさを感じながらも、どうにか拘束から脱しようと必死にもがく。しかし腐ってもモンスターであるスカーの力には敵わず、その努力が成果に結びつくことはない。

 そんな彼らの反応を前に、スカーは余裕を湛えた笑みを崩さなかった。

 

「離すわけがないだろう。貴様は強い。だから、貴様をおびき寄せるエサになってもらうんだからなぁ」

 

 そのスカーの言葉に、十代は眉を寄せた。

 

「何を言ってるんだ! おびき寄せるも何も、俺はここにいるじゃないか!」

「グフフ。そうではない。強い戦士である貴様には、我が王……ブロン様の元に来てもらわなければならんのだ」

「ブロン……?」

「グフフ、そうだ」

 

 会話を続ける十代とスカー。今すぐにも明日香を助け出したい衝動に駆られながらも、十代はぐっとこらえてスカーとの会話に集中する。

 それはひとえに、スカーの背後から近づく仲間がいたからだ。自分との会話に少しでも意識を割かせ、その奇襲の成功率を上げる。仲間の命が懸かっている時に、汚いも何もない。

 そうして会話のさなかに無言でスカーに向けて背後から攻撃を仕掛けたマナだったが、その攻撃をスカーは僅かに体をずらすことで完全にかわしてみせた。

 

「なっ!?」

「グフフ、一度不意打ちでやられたからなぁ。同じ手は食わんわ」

 

 振り返ってマナにそう言えば、マナは悔しげに唇を噛む。

 マナには他にも大規模な攻撃という手段があるが、それをすればスカーと共に明日香にまで危害が及びかねない。そのため今この瞬間に使うわけにはいかず、どうにか他に手はないかと考えるが、その間もスカーは待ってはくれない。

 マナにも注意を向けつつ十代に向き直ると、大きな口を禍々しい笑みの形に開いた。

 その腕の中にいる明日香は、きつく口元を結んで何もしゃべらない。

 

「ではな、戦士よ。この女の命が惜しければ、ブロン様の元に来い。一日だけ待ってやろう……グハハハ!」

「――待て! っ待てぇッ!!」

 

 十代のもはや絶叫に近い必死の制止も、スカーは意に介すことなくこの場を離れていく。

 斥候の名を冠するだけあって、大の大人を優に超える巨体でありながらその動きは俊敏だ。瓦礫や岩を器用に利用しながら去って行くその後ろ姿を追うも、彼我の距離は離れていく一方である。

 それでも決して十代たちが足を止めることはなかったが、廃墟の街を抜ける頃には、既にスカーの姿は影も形も見えなくなってしまっていた。

 

「…………クソォッ!!」

 

 十代の拳が地面を打つ。

 仲間を、明日香をみすみすさらわれてしまったという事実に、十代は怒りを抑えることが出来なかった。それはスカーに対してであり、明日香を守りきれなかった自分自身に対してでもあった。

 明日香を守りたいと言った直後にこれだ。むしろスカーよりも自分への怒りのほうが大きいかもしれないほどだった。

 だが、悔しがってばかりいるわけにもいかない。それに、悔しいのは自分だけじゃないはずだった。皆だってそうだし、吹雪だって血のつながった妹を目の前でさらわれたのだ。悔しいし、心配だろう。

 だから、今するべきことはスカーを追うことだ。奴は一日待つと言った。その間に、どうにか奴の言うブロンの元に行かなければならない。

 幸い、ブロンがいると思われる方向は奴が去って行った方向だと考えることが出来る。自分に来て欲しがっていたようだし、間違っているという事はないはずだった。

 明日香は、助けてとは一言も言わなかった。それどころか、口を噤んで弱音すら吐くことはなかった。

 それも全て、自分たちを思っての事だろう。自分を助けなければならないという重圧を感じさせたくなかったのだ。遠也とヨハンの事で一杯一杯な今だからこそ。

 そんな心優しい仲間を。それに、少し何か違うものを感じる相手を。十代は見捨てることなど出来ない。

 それはもう考えるという事すら必要ない。反射的に答えることが出来る唯一の答えである。

 

「皆! すぐに――」

 

 行こう、と呼びかけようとし、全員がそれに頷こうとしたところで、ふと地面を伝わってくる小さな震動。

 それを感じて思わず言葉を途切れさせた十代は、廃墟の街を振り返った。すると、そこにはこちらに近づいてくる見慣れないダチョウのような生物が数体。

 よくよく見れば、その先頭にいるダチョウもどきに乗っているのは、フリードである。一同はフリードがダチョウもどきに乗って現れるというよくわからない事態に、動きを止める。

 そしてその間に、驚くべきスピードで近づいてきたダチョウもどきは十代たちの目の前で停止し、乗っていたフリードは鎧の重さを感じさせない軽やかさで地面に降り立った。

 

「まだ居てくれたか……礼を言う機会を逃さずに済んだようだ」

「フリード……何の話だ?」

 

 連れ去られた明日香のこともあり、十代にしては珍しく急かすようにフリードに尋ねる。

 その意を汲んでくれたのだろう。フリードも簡潔に自分がここにいる理由を話し始めた。

 十代たちと別れた後、フリードは洞窟からの避難を開始。十代たちが街に向かって敵全体の注意を集めてくれたことで、街の住人は比較的スムーズに避難できたらしい。

 そして大軍を動かしたということは、彼らの本拠が手薄になっているということでもある。

 そのことに気が付いたフリードは、単身奴らのアジトに向かい、囚われていた捕虜たちと協力して残っていた敵を殲滅。無事捕虜を助け出し、街の住人達に合流させたのだ。

 その後、フリードは十代達にそれらの礼を言うべくここに来た、ということのようだった。

 

「捕虜の中に、お前たちが言っていた者たちはいなかった。すまんな」

「いや……。だが、それだけのことをやって、よく俺たちが出るまでに間に合ったな」

 

 オブライエンがフリードに疑問を投げかけると、フリードはそれは簡単なことだと頷いて自身が乗ってきた生き物に触れた。

 

「この動物は《音速(ソニック)ダック》という。こいつらは恐ろしく速くてな。しかも人間が乗っても力負けしない。こいつらが奴らのアジトにいたおかげで随分と時間の短縮になったのだ」

 

 急いでこちらに来たせいか、数匹ついて来てしまったようだがな、とフリードは笑う。

 本当なら民たちがいるところに音速ダックを残し、一匹だけに乗って来るつもりだったのだろう。しかし時間を惜しんだため、フリードは捕虜を届けるとすぐに出発。音速ダックたちは出発する音速ダックとの仲間意識がそうさせるのか、そのままついて来てしまったのだ。

 それに気づいたフリードは追い返そうかと思ったが、時間がないことを考えてそれを断念。帰る時に全頭きちんと連れていけば問題ないと判断してそのまま来たようだ。

 それは、今の十代たちにとってこの上ない偶然だった。

 

「フリード! 頼む、この音速ダックを譲ってくれ!」

 

 十代が頭を下げ、全員がそれに続く。

 一斉に頭を下げられるという事態に、フリードもさすがに目を丸くする。

 

「……何があった?」

 

 その様子があまりにも切迫していたからだろう。フリードは彼らがそうまでして音速ダックを求める理由を問うた。

 それに今しがた起こった事態を素早く説明すると、フリードは二つ返事で音速ダックを渡すことを了承する。その返答に、十代たちは喜びと感謝の念を溢れさせた。

 

「フリード、ありがとう!」

「お互い様だ。こちらこそ助かった。――頑張れ、戦士たちよ」

「ああ!」

 

 力強く答えを返し、十代は音速ダックにまたがる。

 既に乗り込んでいた他の面々に出発の確認を無言で取れば、誰からも首肯が返ってくる。

 出発に問題はない。そう判断した十代は、音速ダックの手綱をぐっと握りこんだ。

 

「出発だ!」

 

 手綱が音速ダックの体を叩き、一頭、また一頭と走り出す。

 音速の名は伊達ではないようで、ふと振り返れば既に廃墟の街は遠く、フリードの姿を見ることは最早できない。

 それを確認した十代は、視線を前に戻して脇目も振らずに駆け抜ける。遠也とヨハンのこともあるが、今はまず明日香のことだ。

 必ず助け出してみせる。

 自分だけではない。誰からも無言でも感じられるその悲痛なまでの決意を背中に感じながら、十代はただ明日香の無事を願いつつ岩だらけの荒野を走り抜けていく。

 

(待ってろよ、明日香!)

 

 焦りと不安からくる手汗が手綱を湿らせる。しかし決して手綱を離すことがないようきつく握る。

 そして彼らは一秒でも早く明日香を助けるべく、音速ダックを急かすように手綱を操作するのだった。

 

 

 

 

 



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第73話 遠也

※とても長いので、ご注意ください。


 

 * * * *

 

 

 

皆本遠也 LP:4000

武藤遊戯 LP:4000

 

 

「――俺のターン、ドロー!」

 

 デッキからカードを引き、手札に加える。

 そうして六枚になった手札を眺めつつ、俺は収まらない理不尽な感情を持て余していた。

 そう、理不尽だ。遊戯さんにとって、俺のこんな感情は理不尽でしかない。なにせ遊戯さんは正しいことしか言っていないのだから。それなのに、こんな八つ当たりを受ける理由がどこにあるというのか。

 しかしそれでも。それでも、今の俺にとってデュエルが唯一の安息だった。元の世界と変わらないソレと触れ合っている時だけ、目を逸らしたいモノから目を逸らしたままでいられた。

 

「俺はモンスターを裏守備表示でセット! カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 けど、遊戯さんの言葉はその状況を変えてしまう。目を逸らしたいモノと向き合わなければいけなくなる。

 逃げだろうとなんだろうと、どうだっていい。まだ目を向ける勇気も覚悟もない今、俺は逃げだとわかっていても、このまま逃げ続けていたいのだ。

 いつかはきっと、向き合うから。

 

「僕のターン、ドロー! 僕は《イエロー・ガジェット》を守備表示で召喚!」

 

 

《イエロー・ガジェット》 ATK/1200 DEF/1200

 

 

 向き合う遊戯さんのフィールドに、銀色に輝く巨大な歯車を背負った黄色のロボットが現れる。ロボットとはいっても等身は低く、さながら子供が描いたようなデフォルメチックなモンスターだ。

 イエロー、レッド、グリーンの三体からなるいわゆる「三色ガジェット」の一体だ。原作においてもこの遊戯さんが初めての使用者であり、まさに本家本元というべきか。

 そしてこのガジェットは、元の世界においても非常に強力なカードとして名を知られていた。その理由は、この三体が持つ効果にある。

 

「イエロー・ガジェットの効果発動! このカードの召喚に成功したため、デッキから《グリーン・ガジェット》1体を手札に加える」

 

 デュエルディスクからデッキを抜き、そこからグリーン・ガジェット一枚を遊戯さんは手札に加える。

 この効果こそが、ガジェットの特徴であり強力と言われる所以だ。三体はそれぞれをサーチし合う形で循環する効果を持っており、召喚に成功するだけでその効果は発動する。

 つまり、手札を減らすことなくモンスターを展開できるのである。

 これに魔法・罠による除去カードを大量に投入したデッキが俗に【除去ガジェ】と呼ばれ、魔法・罠で相手の場から邪魔なカードをなくし、途切れないガジェットでライフを削っていくという、単純ながらも恐ろしいデッキが誕生した。

 ガジェットは手札に持って来れるので、手札コストを要求するカードとの相性がいいこともこのデッキが強くなった理由の一つだろう。その安定性、バックの固さによる防御力、それらゆえの多テーマへのメタ率は非常に高く、シンクロ・エクシーズといった新システムが猛威を振るう中でもガジェットは常に結果を残し続けた。

 OCG環境における最古参――ガジェット。加えて、それを操るのはゲームの天才と称されたファラオをも下した最強のデュエルキング、武藤遊戯だ。

 油断はしない方がいいだろうな。手札を見ながら、そう思う。

 

「カードを2枚伏せて、ターンエンドだよ」

「俺のターン、ドロー!」

 

 攻撃をしてこなかった、か。先手は譲るということなのか、シンクロというこの時代にはまだ見られないデッキを扱う俺に警戒しているのか……。

 どちらかはわからないが、もし前者だとしたら、そいつは舐めすぎだな。

 確かにガジェットは強い。しかし、シンクロ召喚は環境の全てをその勢力に塗り替えたこともあるシステムである。古参とはいえ、ガジェットに負けるつもりは更々ない。

 

「セットモンスターを反転召喚! 《ドッペル・ウォリアー》! 更に手札からチューナーモンスター《ジャンク・シンクロン》を召喚!」

 

 

《ドッペル・ウォリアー》 ATK/800 DEF/800

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

 

 

 レベル2の戦士族、ドッペル・ウォリアー。そしてレベル3のチューナー、ジャンク・シンクロン。ともにこのデッキにおけるキーカードとも呼べるモンスターだ。

 残念ながら墓地にモンスターがいない今ジャンク・シンクロンの効果は使えないが……それでも十分に力を発揮できるのがこのデッキの強みである。

 

「チューナーとそれ以外のモンスターが揃った! ということは――くる!」

 

 マナのほうが俺と一緒にいる時間は多かったが、遊戯さんと全く交流がなかったわけではない。当然遊戯さんもある程度こちらのデュエルを見ており、シンクロ召喚のシステムならば既に把握している。

 だからこそ、俺の場に揃った二体に警戒をし始める。そして、俺はその警戒に見合う結果を生み出すのみだ。

 

「レベル2ドッペル・ウォリアーに、レベル3のジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 二体が飛び上がり、ジャンク・シンクロンが自身のリコイル・スターターを引き、背負ったエンジンを駆動させる。

 するとその体は三つの光る輪と化し、その中を二つの星となったドッペル・ウォリアーが潜り抜ける。

 

「集いし星が、新たな力を呼び起こす。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・ウォリアー》!」

 

 瞬間、フィールドを覆う光。

 その中から拳を突き出して現れたのは、青い装甲に身を包んだ鋼鉄の戦士。このデッキの切り込み隊長を務める、レベル5のシンクロモンスターである。

 

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300 DEF/1300

 

 

「この時ドッペル・ウォリアーの効果発動! このカードがシンクロ素材となって墓地に送られた時、レベル1のドッペル・トークン2体を攻撃表示で特殊召喚する!」

 

 

《ドッペル・トークン1》 ATK/400 DEF/400

《ドッペル・トークン2》 ATK/400 DEF/400

 

 

「そしてジャンク・ウォリアーの効果発動! このカードがシンクロ召喚に成功した時、俺の場に存在するレベル2以下のモンスターの攻撃力の合計分、攻撃力がアップする! 《パワー・オブ・フェローズ》!」

 

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300→3100

 

 

 場に現れたドッペル・ウォリアーを小型化したようなトークン。その二体から噴き上がるエネルギーがジャンク・ウォリアーの拳に乗せられる。

 攻撃力3100。一気に最上級モンスターでさえ射程内に収める威力となった拳を握り、ジャンク・ウォリアーがイエロー・ガジェットに目を向けた。

 

「バトル! ジャンク・ウォリアーでイエロー・ガジェットに攻撃! 《スクラップ・フィスト》!」

 

 ジャンク・ウォリアーが一瞬身をかがめると、反動をつけて一気に遊戯さんのフィールドに向かって飛び出していく。

 右拳は振りかぶり、既にいつでも放てる状態だ。攻撃力3100の攻撃を、イエロー・ガジェットが耐えられる道理はない。

 すぐさまイエロー・ガジェットの目前まで迫ったジャンク・ウォリアーがトリガーを引いた撃鉄を思わせる速さで拳を繰り出す。

 しかし、それはイエロー・ガジェットに届く前に不気味な渦によって阻まれた。

 

「リバースカードオープン! カウンター罠《攻撃の無力化》! その攻撃は時空の渦に呑まれて無効になり、バトルフェイズも終了させる!」

 

 攻撃の無力化……! スペルスピード3のカウンター罠なため、ほぼ必ずそのターンは攻撃から守ることが出来る優秀なカードだ。

 攻撃力が勝っていようと、さすがにこれはどうしようもない。

 

「……ターンエンド!」

「そのエンドフェイズ、罠発動! 《機動砦 ストロング・ホールド》! このカードは発動後に守備力2000のモンスターカードとなり、守備表示で特殊召喚される!」

 

 

《機動砦 ストロング・ホールド》 ATK/0 DEF/2000

 

 

「ストロング・ホールド……!」

 

 どこか古代の機械巨人にも通ずる、無骨な機械の巨体。胴体に不自然に空いた三つの穴が何のためにあるものなのか、知らない人間はいないだろう。ガジェットを知る者なら、このカードの存在もまた知っているからだ。

 ということは、次に遊戯さんが取る戦略も見えてくる。俺はその巨体からその陰に立つ相手に視線を移した。

 

「僕のターン、ドロー! さすがだね、遠也くん。このカードが出ただけで僕の手を読んできた」

「さすがに、わかりますよ。でも……」

 

 その戦術には一つ欠点がある。それを指摘しようとするが、遊戯さんは小さく笑むだけだった。

 

「いくよ遠也くん! 僕は《グリーン・ガジェット》を召喚! その効果によりデッキから《レッド・ガジェット》を手札に加える!」

 

 

《グリーン・ガジェット》 ATK/1400 DEF/600

 

 

 ガジェットの一体。こちらは名前の通り緑色をしており、その胴体がそのまま歯車になっている。また、ガジェット三種の中で最も攻撃力が高いモンスターでもある。

 

「更に《二重召喚(デュアルサモン)》を発動! このターン、僕はもう一度だけ通常召喚できる! 《レッド・ガジェット》を召喚! 効果により、デッキから2枚目の《イエロー・ガジェット》を手札に加える!」

 

 

《レッド・ガジェット》 ATK/1300 DEF/1500

 

 

 そして赤い体に歯車を背負った、最後のガジェット。こちらはガジェット三種の中で最も守備力が高いモンスターである。

 しかし、今重要なのはそこではない。

 

「三色ガジェットが揃った……!」

 

 重要なのはその一点。互いが互いをサーチしあう三体のガジェットが、フィールドに出揃ったということにあった。

 思わず声を出して俺に、遊戯さんが頷く。

 

「そう、ガジェットたちがフィールドに揃ったことにより、ストロング・ホールドの効果が発動する! レッド・グリーン・イエローのガジェットが存在する時、攻撃力が3000になる!  起動せよ、ストロング・ホールド!」

 

 その声に反応し、遊戯さんの場のガジェットたちが次々とストロング・ホールドの体に向かっていく。

 ストロング・ホールドの体に空いていた三つの穴。そこにそれぞれ身を預けた三体、それぞれの歯車が動きだし、ストロング・ホールドは力強く立ち上がった。

 

 

《機動砦 ストロング・ホールド》 ATK/0→3000

 

 

 攻撃力0から一気に3000に。ガジェットとストロング・ホールドのこのコンボは非常に有名で、ガジェットを使っていない人間でも知っているほどだ。

 いきなりの攻撃力3000の出現は強力だ。しかし、忘れてはならないのが俺のジャンク・ウォリアーの攻撃力は3100であるということだ。そう、100ポイント今でも上回っているのである。

 俺が言おうとした欠点がこれだった。たとえ3000になったとしても、ジャンク・ウォリアーを倒すには至らない。そのことは遊戯さんも承知のように見えたが……。

 しかし、結局遊戯さんは普通にストロング・ホールドの攻撃力を3000にしている。どういうことなのかと訝しむが、その答えはすぐにわかることとなった。

 

「更に魔法カード《天使の施し》を発動! デッキから3枚ドローし、その後手札を2枚捨てる!」

 

 最高の手札交換カード。遊戯さんはそれによって墓地にカードを置いた瞬間、続けて口を開いた。

 

「そして今手札から捨てた《暗黒魔族ギルファー・デーモン》の効果発動! このカードが墓地に送られた時、攻撃力を500ポイント下げる装備カードとなってフィールド上のモンスター1体に装備できる! 僕は遠也くんのジャンク・ウォリアーを選択!」

「ッ! そういうことか……!」

 

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/3100→2600

 

 

 床から黒い影がフィールドに噴き出し、ジャンク・ウォリアーを拘束するようにまとわりつく。ギルファー・デーモンの怨念とでもいうべきか、その影によってジャンク・ウォリアーの攻撃力は3100から2600に減衰した。

 恐らく、ストロング・ホールドを発動させた時点で手札にギルファー・デーモンがあったのだろう。また、天使の施しもあった可能性が高い。元々これを遊戯さんは狙っていたのだ。

 遊戯さんを見れば、その考えを肯定するように力強い瞳で場を見据えていた。

 

「ストロング・ホールドとイエロー・ガジェットを攻撃表示に変更! バトルフェイズ! ストロング・ホールドでジャンク・ウォリアーを攻撃! 《スチール・ギア・クラッシュ》!」

「く……!」

 

 

遠也 LP:4000→3600

 

 

 ジャンク・ウォリアーが見上げるほどの巨体から、唸りを上げて拳が振り下ろされる。たとえそれに攻撃の意思がなかったとしても、頭上から迫る鉄の塊はそれだけで脅威である。

 ジャンク・ウォリアーは破壊され、その差分だけ俺のライフが削られる。

 

「更にガジェットたちの追撃! いけ、みんな!」

 

 ストロング・ホールドの体からぴょんと飛び降り、三体が向かってくる。これを受ければ、攻撃力の低いドッペル・トークンしかいない今、大ダメージは必至。

 だが。

 

「これ以上のダメージは受けない! 罠カード《ダメージ・コンデンサー》! 手札を1枚捨て、俺が受けた戦闘ダメージ以下の攻撃力を持つモンスター1体をデッキから攻撃表示で特殊召喚する! 俺は攻撃力0の《ゼロ・ガードナー》を特殊召喚!」

 

 青く小柄な人形のようなモンスターが現れる。プロペラと翼で空を飛び、その体からは自身の倍以上もある大きな「0」を象った模型をぶら下げているという、なんとも奇妙なモンスターである。

 

 

《ゼロ・ガードナー》 ATK/0 DEF/0

 

 

「攻撃力0? それを攻撃表示なんて……」

 

 俺が受けたダメージは400ポイント。だからそれ以下の攻撃力がいるのであれば、わざわざ0のモンスターを出す必要はない。

 元々攻撃力400以下はかなり低く、デッキに入っていない可能性は十分ある。俺のデッキに攻撃力400以下のモンスターは攻撃力0しかいないことも不思議ではないが、遊戯さんはそうは思わなかったようだ。

 

「怖いな……けど、ここは踏み込む! イエロー・ガジェットでゼロ・ガードナーに攻撃!」

 

 何らかの効果があると思いながらも、遊戯さんは最終的にそのまま攻撃に移った。

 迫るイエロー・ガジェット。その攻撃が届く前に、ゼロ・ガードナーは一層飛ぶ高度を上げた。

 

「この瞬間、ゼロ・ガードナーをリリースして効果発動! このターン俺は一切の戦闘ダメージを受けない!」

 

 頭上を飛ぶゼロ・ガードナーが吊るしていた模型を落とす。それは壁となって俺のフィールドと遊戯さんのフィールドを隔て、イエロー・ガジェットは遊戯さんの場に戻っていった。

 

「さすがにそう簡単にはいかないか……カードを1枚伏せて、ターンエンドだよ」

 

 そして攻撃を終えたガジェットたちは再びストロング・ホールドの一部となる。

 

「俺のターン!」

 

 カードを引き、手札を見る。そこには、充分にこのターンで勝負を決められるカードが揃っていた。

 だから、俺は躊躇いなくそれを実行する。この胸に抱える遊戯さんへの反発と、逃げ続ける自分への自己嫌悪を忘れるために。

 

「魔法カード《調律》を発動! デッキから「シンクロン」と名のつくチューナー1体を手札に加え、その後デッキをシャッフルし、デッキトップのカードを墓地に送る! 俺は《クイック・シンクロン》を手札に加える!」

 

 墓地に落ちたのは《おろかな埋葬》。正直惜しいカードだが、しかしこれからやることに何ら支障はない。

 

「そして手札のモンスターカード《カードガンナー》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚する!」

 

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

 

 

「レベル1ドッペル・トークン2体に、レベル5クイック・シンクロンをチューニング!」

 

 クイック・シンクロンが中空に現れたルーレットを持ち前の銃で撃つ。撃ち抜かれたのは、《ニトロ・シンクロン》のパネルだった。

 

「集いし思いが、ここに新たな力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 燃え上がれ、《ニトロ・ウォリアー》!」

 

 クイック・シンクロンとドッペル・トークン。計三体によるシンクロ召喚のエフェクトがフィールドを照らし、次いで姿を現したのは緑色の肉体と厳めしい顔つきが目立つ炎属性の戦士である。

 

 

《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800 DEF/1800

 

 

「そして速攻魔法《エネミー・コントローラー》を発動! その一つ目の効果、相手モンスター1体の表示形式を変更できる! 俺はストロング・ホールドを選択!」

 

 ストロング・ホールドがゆっくり膝をついて守備表示になる。その体を動かしていたガジェットたちの歯車も止まる。

 守備表示になれば、ダメージは通らない。しかし、ニトロ・ウォリアーの前ではこの状態こそが最高だ。表側守備表示であることは、大きな意味を持つ。

 

「バトルだ! ニトロ・ウォリアーでイエロー・ガジェットに攻撃! この時、ニトロ・ウォリアーの効果発動! 魔法カードを使用したターンのダメージステップ、1度だけこのカードの攻撃力は1000ポイントアップする!」

 

 

《ニトロ・ウォリアー》 ATK/2800→3800

 

 

 咆哮を上げ、ニトロ・ウォリアーから蒸気が噴き出す。煮えたぎるマグマのように熱された炎が現出し、その拳を包み込む。

 

「喰らえ、《ダイナマイト・ナックル》!」

 

 ここまでは狙い通り。この攻撃でイエロー・ガジェットを破壊できれば三色ガジェットが場にいなくなり、ストロング・ホールドは攻撃力が0に戻る。

 そしてニトロ・ウォリアーが持つ第二の効果。相手モンスターを戦闘で破壊した時、表側守備表示のモンスター一体を攻撃表示にして再度バトル出来る。

 攻撃力3000のストロング・ホールドも、ガジェットが一体でも欠ければその攻撃力を維持できない。そこにニトロ・ウォリアーの追撃が決まれば、更に2800ポイントのダメージとなって遊戯さんは倒れる。

 このターンでこのデュエルに決着をつけることになるのだ。

 

 ……もっとも、それはあくまでこの攻撃が通ればの話である。

 

「リバースカードオープン!」

 

 響く遊戯さんの声。やはりそう上手くはいかないようだと、俺は内心舌打ちした。

 

「罠カード《迎撃の盾》! 僕の場のモンスター1体を生け贄に捧げ、その守備力の数値を別のモンスターの攻撃力に加算する! 僕はストロング・ホールドを生け贄に捧げ、その守備力2000をイエロー・ガジェットの攻撃力に加える!」

 

 ストロング・ホールドが消え去り、組み込まれていたガジェットが飛び降りる。そして消えゆくストロング・ホールドから放たれたエネルギーは、余すところなくイエロー・ガジェットへと降り注いだ。

 

 

《イエロー・ガジェット》 ATK/1200→3200

 

 

「だけど、攻撃自体は防げない! イエロー・ガジェットを撃破!」

 

 

遊戯 LP:4000→3400

 

 

 ニトロ・ウォリアーの攻撃がイエロー・ガジェットに炸裂し、600ポイントのライフを奪う。本来ならばここで追撃が可能になるはずだったのだが……。

 

「相手の場に表側守備表示のモンスターがいなくなったことで、ニトロ・ウォリアーはもう攻撃できない。ターンエンド!」

 

 遊戯さんの場に残った二体のガジェットはともに攻撃表示。ニトロ・ウォリアーの追撃効果は発動させることが出来ず、俺はターンを終えるしかなかった。

 さすが、と言うべきなのだろう。だが、今の俺にあるのは賞賛ではなく、上手く事が運ばない苛立ちのみだった。

 

「僕のターン、ドロー! 僕は《サイレント・マジシャン LV4》を召喚!」

 

 

《サイレント・マジシャン LV4》 ATK/1000 DEF/1000

 

 

 そんな俺の内心を知ってか知らずか、遊戯さんがデュエルを進行する。

 召喚されたのは、レベル4のサイレント・マジシャン。「LVモンスター」と呼ばれる、ある条件を満たすことでより強力な進化形態に成長していく特殊なモンスターたちだ。

 白い法衣に身を包んだ幼い少女。銀色の髪の向こうに隠れた目が、遥かに強力なニトロ・ウォリアーを前にしながらも強く輝いている。

 サイレント・マジシャンはその成長後の姿である《サイレント・マジシャン LV8》が強力なことで知られるモンスター。出来ればそのモンスターが現れる前に決着をつけたいところだが……、ッ!?

 

「これは!?」

 

 思考の途中、俺は自分のフィールドに起きた変化に思わず目を見張る。

 そこにはニトロ・ウォリアーを囲うように浮遊する何本もの光の剣が存在していたのだ。

 

「――魔法カード《光の護封剣》を発動! 僕はこれでターンを終了する!」

「光の護封剣……!」

 

 3ターンの間、こちらの攻撃を封じる魔法カード。OCG黎明期から存在する有名な魔法カードの一つだ。

 その攻撃抑制能力は、群を抜いて高い。3ターンもの長い間、攻撃を行うことが出来ないというのはこちらにとって大きな痛手である。

 こんなデュエル、早々に終わらせてしまいたい俺としては、これ以上に面倒なカードはなかった。

 その感情が表に出て、俺は顔をしかめた。

 

「……遠也くん、君は今、何を考えているの?」

「っ、何の話ですか、いきなり……」

 

 不意に、遊戯さんが声をかけてくる。唐突なそれに思わず怪訝な声を返せば、遊戯さんは首を小さく横に振った。

 

「いきなりじゃないよ。僕は言ったはずだ、君のことが知りたいって。僕に特別な力なんて何もない。口に出して聞かなきゃ、人の気持ちを知ることは出来ないんだ」

 

 そう言う遊戯さんの目には何か強い意志のようなものが感じられた。そこにあるのは、俺に話してほしいという真摯な、どこまでも真剣な気持ち。

 相手の気持ちはわからない。けれど、察することは出来る。俺は遊戯さんから一歩も引かない気持ちを感じ、少し顔を伏せた。真っ直ぐに見つめてくるその視線が、今はひどくばつが悪かった。

 

「……俺はただ勝つだけです。それだけですよ」

「どうして、そんなに苛立っているの?」

 

 直後、続いた言葉に俺は反射的に顔を上げて声を荒げた。

 

「ッ! それはっ、あなたが俺がデュエルに没頭するのがよくないことだって言うから……!」

 

 感情的な言葉。けれど、それにも遊戯さんは泰然と頷くだけだった。

 

「うん。けど、僕にはそれだけには見えない。君がデュエルに没頭しているのは逃げだって僕は言った。……君はこの現実から逃げている。独りこの世界で自分だけが違うことが不安だって言っていたけど……」

「けど……なんですか」

 

 問い返せば、一拍の間。

 考えをまとめるかのように一瞬目を伏せて、遊戯さんは再び口を開いた。

 

「君が逃げている理由の一端はそうなのかもしれない。けど、僕には君がもっと大きなものに怯えているように見えるんだ」

「――ッ!!」

 

 その言葉に、俺がいま最も恐れている思考が脳裏によぎる。

 出来るだけ考えないようにし、決して向き合うことがないようにしてきたその考えを呼び起こされる。言葉に出来ない感覚、その押し寄せる不安にぐっと唇をかみしめて耐えた。

 

「君は一体何に――」

「俺のターンッ!!」

 

 デッキからカードを引く。話は終わりだという気持ちを乗せた行動に、しかし遊戯さんは食い下がる。

 

「遠也くん!」

「今はデュエル中だ、遊戯さん! ……それに、認めたくないことだってあるんだ! 俺がこのデュエルに勝ったら、もう何も聞かないでくれッ!」

 

 叫び声に近い言葉を吐き出して、俺は遊戯さんを睨みつけた。

 しかし、自分でもその睨みに力がないのがわかる。もうそのことには触れないでくれ、そん懇願にも似た気持ちが込められた訴えに、遊戯さんはゆっくり頷いた。

 

「……わかった。なら僕は、勝って君の本当の思いを見つけてみせる!」

 

 そんな機会は俺が勝つ以上は訪れない。

 たとえデュエルキングとはいえ、この世界と元の世界ではカードプールも、戦略も大きく違う。だからこそ、俺は遊戯さんに勝つ自信があった。

 だから、心の中で突きつける。そんな機会はやってこないと。

 

「君がドローした瞬間、サイレント・マジシャンの効果発動! 相手がドローするたびにこのカードに魔力カウンターを1つ乗せる。そしてカウンター1つにつき500ポイント攻撃力をアップさせる!」

 

 

《サイレント・マジシャン LV4》 ATK/1000→1500 魔力Counter/0→1

 

 

 サイレント・マジシャンの体を淡い光が包む。白の法衣に反射する光が幻想的な輝きを見せる中、俺は手札のカードに視線を落とした。

 

「……俺は、このままターンエンド!」

 

 今できることは何もない。幸い場にはニトロ・ウォリアーがいるため、何の行動をしなくとも今ならまだ大丈夫だ。

 エンド宣言をしたことでターンが移り、遊戯さんがデッキトップに指をかけた。

 

「僕のターン、ドロー! 《イエロー・ガジェット》を召喚! その効果によりデッキから《グリーン・ガジェット》を手札に加える! カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 

《イエロー・ガジェット》 ATK/1200 DEF/1200

 

 

 再び現れるイエロー・ガジェット。これで再び遊戯さんの場に三色ガジェットが揃ったことになる。

 だが、今はストロング・ホールドもおらずガジェットの攻撃力はニトロ・ウォリアーに届かない。遊戯さんも、今は行動できないようだった。

 

「俺のターン、ドロー!」

「この時、2つ目の魔力カウンターがサイレント・マジシャンに乗る!」

 

 

《サイレント・マジシャン LV4》 ATK/1500→2000 魔力Counter/1→2

 

 

 徐々にその身を覆う光を強くしていくサイレント・マジシャン。確かにこのまま攻撃力が上がっていけば、LV8にならなくても危険な存在になるだろう。

 だが、今のドローで俺は十分にこの状況を変えることが出来るカードを引いていた。

 

「サイレント・マジシャンがいくら強くなろうと、すぐに決めれば問題はない! 速攻魔法《サイクロン》を発動! 光の護封剣を破壊する!」

 

 フィールドに現れる激しい風。これで光の護封剣は破壊され、俺は攻撃が出来るようになる……はずだった。

 

「させない! カウンター罠《魔宮の賄賂》を発動! 相手の魔法・罠の発動を無効にして破壊し、相手はデッキからカードを1枚ドローする!」

「く……ドロー!」

 

 スペルスピード3のカウンター罠。それによって光の護封剣の破壊はならなかった。それどころか……。

 

「遠也くんがドローしたことで、更にサイレント・マジシャンに魔力カウンターが乗る!」

 

 

《サイレント・マジシャン LV4》 ATK/2000→2500 魔力Counter/2→3

 

 

 サイレント・マジシャンに更なる魔力カウンターを乗せることになってしまった。その攻撃力は2500。ついに上級の基準値になるほどであった。

 

「なら、俺はモンスターを裏守備表示で召喚! ターンエンド!」

「僕のターン、ドロー! 魔法カード《壺の中の魔術書》! 互いのプレイヤーはデッキからカードを3枚ドローする!」

 

 これによって俺の手札は六枚に。遊戯さんの手札は五枚となる。

 そして……。

 

「俺の手札も増えた、ってことは……」

「そう! 再びサイレント・マジシャンにカウンターが乗る!」

 

 

《サイレント・マジシャン LV4》 ATK/2500→3000 魔力Counter/3→4

 

 

 その身を包む光は、もはや眩しいほどの輝きとなって杖先に集まっていく。最上級にも見劣りしない、圧倒的な力がそこにはあった。

 

「攻撃力3000……!」

「これでサイレント・マジシャンはニトロ・ウォリアーの攻撃力を上回った! 更にイエロー・ガジェットを生け贄に捧げ、《サイレント・ソードマン LV5》を召喚!」

 

 

《サイレント・ソードマン LV5》 ATK/2300 DEF/1000

 

 

 大剣を肩に担いだ、こちらもLVモンスターのサイレント・ソードマン。青を基調とした服に身を包み、青年らしくがっしりした体躯がその強さを物語る。

 このカードはLVモンスターではあるが、通常召喚に関する制約が一切ない。そのため普通にアドバンス召喚が可能なのだ。そのくせ、相手の魔法カードの効果を受けないという効果まで有している。

 唯一の弱点はその攻撃力が若干低い点である。そのため戦闘破壊するだけなら難しいことではない。ただし、それも俺が攻撃できればの話だが。

 

「バトル! サイレント・マジシャン LV4でニトロ・ウォリアーに攻撃! 《サイレント・バーン》!」

「ぐぅッ……!」

 

 サイレント・マジシャン LV4の小さな体からは想像もできない威力の魔法攻撃。杖先に集まった膨大な光が指向性を持ってニトロ・ウォリアーにぶつけられ、僅かに耐えるもののニトロ・ウォリアーはその身を墓地に置くことになった。

 

 

遠也 LP:3600→3400

 

 

 そしてサイレント・マジシャンの攻撃が終わった直後。サイレント・ソードマンが担いでいた大剣をゆっくりと正眼に構えた。

 

「更にサイレント・ソードマン LV5でセットモンスターを攻撃! 《沈黙の剣LV5》!」

 

 サイレント・ソードマンが疾走し、その剣で伏せられていたカードを引き裂く。その影から出てきた少女が、体を丸めたまま消えていった。

 

「セットしていたのは《薄幸の美少女》だ! このカードが戦闘で破壊されて墓地に送られた時、バトルフェイズを終了させる!」

 

 遊戯さんの場にはまだグリーンとレッドのガジェットが残っている。その追撃もこれで防ぐことが出来るはずだった。

 さすがにこの状況で発動できるカードまでは無かったのか、遊戯さんは一つ息を吐いていた。

 

「僕はカードを2枚伏せて、ターンエンド!」

 

 新たに二枚のカードが遊戯さんの場に現れてターンが俺に移る。

 今のターンで俺と遊戯さんのライフは並んだ。一進一退、そう言えば聞こえはいいが、本来の予定では俺は既に勝てるつもりでいた。そのため、この状況に満足できはしない。

 いくら遊戯さんがこの世界のチャンピオンであると言っても、元の世界はここよりも洗練された戦略が溢れていた世界だと自負していた。その世界にいたからこそ、苦戦するとは正直思っていなかったのだ。

 まして、今は何としても勝ちたいデュエル。だというのに進まない状況に、俺は納得かないものを感じながらデッキに指をかけた。

 

「俺のターン、ドロー!」

「この瞬間、サイレント・マジシャンに最後のカウンターが乗る!」

 

 

《サイレント・マジシャン LV4》 ATK/3000→3500 魔力Counter/4→5

 

 

 サイレント・マジシャンに魔力が満ち、溢れる魔力が風となってフィールドを駆け巡る。

 攻撃力は3500。ついに最高値にまで到達したが、今はまだ何の効果も持たないバニラに近い。なら、さっさと破壊してしまうに限る。

 幸い、手札にいいカードが来てくれた。

 

「俺は《ライトロード・マジシャン ライラ》を召喚!」

 

 

《ライトロード・マジシャン ライラ》 ATK/1700 DEF/200

 

 

 白のドレスに白のマント。金色の装飾が随所に散りばめられた豪奢な装いに身を包んだ魔法使いの女性が、召喚による光の中から現れる。

 墓地肥やしに長けた効果を持つライトロードの一体であり、その中でもかなり汎用性に富んだ効果を持つモンスターである。

 

「ライラの効果発動! このカードを守備表示にすることで、相手の場に存在する魔法・罠カード1枚を破壊する! 光の護封剣を破壊!」

 

 どうせこのターンの終わりには消えていたカードだが、一ターンの遅れが致命的になることもある。そんな中でライラが来てくれたことはありがたかった。

 これでようやく攻撃を行うことが出来る。

 

「更に手札の《ターボ・シンクロン》を墓地に送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! 更に魔法カード《ワン・フォー・ワン》を発動! 手札のモンスター《スター・ブライト・ドラゴン》を墓地に送り、デッキからレベル1モンスター1体を特殊召喚する! 来い、《チューニング・サポーター》!」

 

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

 

 再び登場するクイック・シンクロン。そしてもう一体、中華鍋をかぶった小柄なモンスターは、シンクロ素材として非常に有用な効果を持つモンスターである。

 

「チューニング・サポーターの効果発動! このカードはシンクロ召喚の素材となる時、そのレベルを2として扱える! レベル2となったチューニング・サポーターにレベル5のクイック・シンクロンをチューニング!」

 

 クイック・シンクロンが「ジャンク・シンクロン」の絵を撃ち抜き、そのままフィールドから飛び上がった。クイック・シンクロンが徐々に五つの輪に変化し、その中を二つの星が潜り抜けていく。

 

「集いし怒りが、忘我の戦士に鬼神を宿す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 吼えろ、《ジャンク・バーサーカー》!」

 

 光が溢れ、その中から赤い鎧に身を包んだ鬼の偉丈夫が姿を現す。担いだ巨斧はその身の丈を超えるほどであり、武器というよりは兵器のような迫力がある。

 その瞳は白く、狂戦士の名が示すように正常な光は見られない。口から断続的にこぼれる吐息が、その不気味さを引き立てていた。

 

 

《ジャンク・バーサーカー》 ATK/2700 DEF/1800

 

 

「チューニング・サポーターがシンクロ素材となって墓地に送られた時、デッキからカードを1枚ドローする!」

 

 ドロー効果が発動したが、既にサイレント・マジシャンには最大までカウンターが乗っているため、これ以上攻撃力が増えることはない。

 

「そしてジャンク・バーサーカーの効果発動! 墓地に存在する「ジャンク」と名のつくモンスターをゲームから除外し、そのモンスターの攻撃力分相手モンスター1体の攻撃力を下げる!」

 

 ニトロ・ウォリアーに並び、戦闘に滅法強いのがこのジャンク・バーサーカーだ。その理由がこの効果である。

 

「俺が選ぶのは、ジャンク・シンクロン! その攻撃力1300ポイント、サイレント・マジシャン LV4の攻撃力を下げる! 《レイジング・ダウン》!」

 

 掠れた咆哮を轟かせ、ジャンク・バーサーカーが力任せに戦斧を床に叩きつける。その衝撃は、相手のフィールドにまで届くほどだった。

 

 

《サイレント・マジシャン LV4》 ATK/3500→2200

 

 

 仲間の死によって狂い、そして死した仲間の無念を力へと変える戦士。それこそがジャンク・バーサーカーだ。

 その効果によってサイレント・マジシャンの攻撃力は大幅に下がり、ジャンク・バーサーカーの射程圏に収まった。

 

「バトル! ジャンク・バーサーカーでサイレント・マジシャン LV4に攻撃! 《スクラップ・クラッシュ》!」

 

 荒々しく地を踏み鳴らしながらジャンク・バーサーカーがフィールドを駆ける。その手に持った巨斧が炸裂すれば、サイレント・マジシャン LV4はひとたまりもないだろう。

 これが決まれば遊戯さんのエースは倒れ、こちらが断然有利になる。

 そしてついにジャンク・バーサーカーが遊戯さんのフィールドに踏み入った、その瞬間。

 

「させないよ! 罠カード《和睦の使者》! このターン僕は戦闘ダメージを受けず、モンスターも戦闘では破壊されない!」

「くっ、またか……!」

 

 ジャンク・バーサーカーが斧を思い切り振り下ろすも、それは見えない壁にふさがれてサイレント・マジシャンに届かない。そして攻撃を終えたバーサーカーは、大きく後ろに跳躍して戻ってくる。

 またしても攻撃を防がれた。攻撃を行う時、遊戯さんには必ずそれを防御する手段が残されている。巧いが……しかし、厄介なものだった。

 

「ターンエンドッ! そしてこの瞬間、ライラの効果によりデッキの上からカードを3枚墓地に送る!」

 

 墓地に送られたのは、《光の援軍》《エフェクト・ヴェーラー》《ライトロード・ハンター ライコウ》の三枚。

 あまりいい結果とは言えない。無意識に眉が寄った。

 

「僕のターン、ドロー! そしてこのスタンバイフェイズ、サイレント・マジシャン LV4の効果発動! このカードを墓地に送ることで、手札またはデッキから進化した姿となって現れる!」

 

 遊戯さんのフィールドにてサイレント・マジシャン LV4が静かに目を閉じると、光の奔流がその身を覆い隠す。

 まったく姿が見えなくなってしまった小柄な魔法使いの少女は、これまでに溜めてきた魔力によって一気にその力を開花させる。

 

「デッキから特殊召喚! 《サイレント・マジシャン LV8》!」

 

 光のヴェールが取り払われ、その姿がついに現れる。

 子供だった魔法使いはどこにもいない。その身は女性を意識させるほどに均整の取れたものへと変わり、長い銀色の髪が魔力の風に揺れる。かつての少女の趣を残しつつも美しい大人の女性に成長したサイレント・マジシャンが、手に持った杖をそっと構えた。

 

 

《サイレント・マジシャン LV8》 ATK/3500 DEF/1000

 

 

「ついにきたか……!」

 

 その白い魔術師の姿に、俺は警戒を強くする。

 サイレント・マジシャン LV8はサイレント・ソードマン LV5と同じく自身への魔法カードの効果を無効にする効果を持つ。しかし、その脅威はサイレント・ソードマンの比ではない。

 なぜならば戦闘で比較的簡単に倒せるサイレント・ソードマンと違い、サイレント・マジシャンの攻撃力は3500。戦闘でも早々破壊できない数値なのだ。場に出た時の処理の難しさは圧倒的に上なのである。

 ゆえに、こちらは攻撃力3500を超える攻撃力を用意するか、モンスター効果または罠によって除去するしかない。前者は骨が折れるので、後者が望ましいだろう。

 そう思考を続ける最中、遊戯さんは更に手札のカードを手に取った。

 

「僕は更に永続魔法《冥界の宝札》を発動! 2体以上の生贄を必要とする召喚に成功した時、デッキからカードを2枚ドローする! そしてレッド・ガジェット、グリーン・ガジェットを生け贄に捧げ、《バスター・ブレイダー》を召喚!」

 

 

《バスター・ブレイダー》 ATK/2600 DEF/2300

 

 

 鈍く光を反射する全身鎧に、竜ですら倒すと言われる大剣。レベル8の最上級モンスターであるバスター・ブレイダーが堂々と遊戯さんの場に立つ。

 サイレント・マジシャンに続いて出てきた大型モンスターに、俺は驚きを隠せない。ガジェットの利便性に助けられているとはいえ、よくあんな重いデッキが回るものだと思わずにはいられなかったのだ。

 

「生け贄2体による召喚に成功したため、冥界の宝札の効果で2枚ドロー!」

 

 その上で手札の補充まで行うとは……どこまでも隙を見せないそのタクティクスに、今はしかし歯噛みするしかなかった。

 

「バスター・ブレイダーは相手のフィールド上と墓地に存在するドラゴン族1体につき500ポイント攻撃力がアップする! 遠也くんの場にドラゴン族はいないけど、さっき君は墓地にドラゴン族を捨てていたはず」

「……ッ!」

 

 ……確かに、俺はさっきワン・フォー・ワンのコストでドラゴン族モンスターである《スター・ブライト・ドラゴン》を墓地に送っている。そしてそれ以外に俺のフィールドと墓地に現在ドラゴン族は存在していない。

 

「よってバスター・ブレイダーの攻撃力は500ポイントアップ!」

 

 

《バスター・ブレイダー》 ATK/2600→3100

 

 

「バトル! バスター・ブレイダーでジャンク・バーサーカーに攻撃! 《破壊剣一閃》!」

 

 バスター・ブライダーが勢いよく飛び出し、ジャンク・バーサーカーの前で大きく跳躍する。

 そして竜殺しの大剣を頭上に掲げると、上から一気にジャンク・バーサーカーを切り裂いた。

 ジャンク・バーサーカーは為す術なく倒され、そしてその攻撃の余波が俺を襲う。

 

「ぐぁああッ!」

 

 

遠也 LP:3400→2600

 

 

「更にサイレント・ソードマンでライトロード・マジシャン ライラに攻撃! 《沈黙の剣LV5》!」

 

 サイレント・ソードマンの剣がライラを一刀のもとに切り伏せる。

 これでついに俺のフィールドにモンスターはいなくなった。

 

「これで最後! サイレント・マジシャン LV8でダイレクトアタック! 《サイレント・バーニング》!」

「まだだ! 手札から《速攻のかかし》を捨て、効果発動! この直接攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる!」

 

 手札から瞬時に現れた機械づくりのかかしが、サイレント・マジシャンの杖から放たれた白い波動を一身に受け止める。

 やがてその攻撃を余すところなく受け切ったかかしは、役目を終えて俺のフィールドから姿を消した。

 

「なら、僕はカードを1枚伏せて、ターンを終了する!」

「く……俺のターン!」

 

 俺は苦い顔をしながらカードを引く。何故なら流れがずっと向こうにあることを肌で感じているからだった。

 例えば相手の場にはモンスターが常に存在しているというのに、こちらはモンスターを召喚してもすぐに対処されて倒されているという事実がそれを裏付けている。

 どうにかしてこの流れを自分に向けなければ、たとえシンクロ召喚を使っていたとしても俺に勝ちはない。そのことをようやく俺は実感していた。

 

「このカードは相手フィールド上に存在するモンスターの数が自分フィールド上に存在するモンスターの数よりも多い場合、手札から特殊召喚できる! 《ヴェルズ・マンドラゴ》を特殊召喚!」

 

 

《ヴェルズ・マンドラゴ》 ATK/1550 DEF/1450

 

 

「更に《ジャンク・シンクロン》を召喚! その効果で墓地から《チューニング・サポーター》を効果を無効にして特殊召喚!」

 

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

 

 再び俺の場にチューナーとそれ以外のモンスターが揃う。何としてでも流れをこちらに引き寄せる。そのために、これから召喚するカードはうってつけだった。

 

「レベル4ヴェルズ・マンドラゴとレベル1チューニング・サポーターに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし闘志が、怒号の魔神を呼び覚ます。光差す道となれ! シンクロ召喚! 粉砕せよ、《ジャンク・デストロイヤー》!」

 

 

《ジャンク・デストロイヤー》 ATK/2600 DEF/2500

 

 

 三体のモンスターが光の中に消え、代わりに降り立ったのはスーパーロボットを思わせる巨大なモンスター。戦士族であることが不思議なほどに全身が機械で構成された巨大ロボットだ。

 雄々しく、迫力に満ちたその見た目。そのモンスター効果もまた、見た目通りにパワフルなものとなっている。

 

「チューニング・サポーターの効果で1枚ドロー! そしてジャンク・デストロイヤーの効果発動! シンクロ召喚に成功した時、素材にしたチューナー以外のモンスターの数まで場のカードを破壊できる!」

「なんだって!?」

 

 これこそがこのカードが持つ最大の魅力だ。

 シンクロ召喚に成功すれば、最低でも一枚。素材が増えれば増えるほどこのカードの破壊可能枚数も増え、そのぶんこちらに有利な状況を作っていくことが出来る。

 状況によっては破壊しないという選択も可能なため、パワフルでありながら意外と対応力もある効果といえる。

 

「素材にしたチューナー以外のモンスターは2体! よって2枚破壊できる! 俺が選択するのは、サイレント・マジシャン LV8とバスター・ブレイダー! いけ、《タイダル・エナジー》!」

 

 そして今、ジャンク・デストロイヤーはその効果をいかんなく発揮する。

 胸部装甲が開き、そこから溢れ出るエネルギーが遊戯さんのフィールドに波となって押し寄せていく。

 これが決まれば遊戯さんは一気にエース二体を失うことになり、こちらにとって大きなチャンスとなる。

 そうしてジャンク・デストロイヤーによる破壊の波がフィールドに届くところで、遊戯さんはデュエルディスクに手を伸ばした。

 

「その効果にチェーンして罠発動! 《亜空間物質転送装置》! 僕の場に存在するモンスター1体をエンドフェイズまで除外する! サイレント・マジシャンを除外!」

 

 瞬時、フィールドに現れた奇妙なデザインの機械によって、サイレント・マジシャンが遊戯さんの場から消える。

 それを見て思わず、くそ、と声が漏れた。

 

「逃げられたか……! だが、バスター・ブレイダーは破壊される!」

 

 あくまで逃げることが出来たのはサイレント・マジシャンのみ。バスター・ブレイダーにこの効果を回避する術はなく、波に呑まれて竜殺しの戦士はその姿を消していった。

 これで遊戯さんの場にはサイレント・ソードマン LV5が一体のみ。伏せカードが気になるが、ここは攻めるのみだ。

 

「バトル! ジャンク・デストロイヤーでサイレント・ソードマン LV5に攻撃! 《デストロイ・ナックル》!」

「くぅ……!」

 

 デストロイヤーの文字通りの鉄拳がサイレント・ソードマンを上から殴りつけて粉砕する。

 受け止めようとした剣ごと叩き潰し、それによって遊戯さんのライフを更に300削ることに成功した。

 

 

遊戯 LP:3400→3100

 

 

 微々たるものだが、今は相手の場のモンスターの大半を除去できたことを喜ぶべきだろう。俺は自分の場に戻ってきたジャンク・デストロイヤーを見上げ、一つ息を吐いた。

 

「俺はこれでターンエンド!」

「そのエンドフェイズ、亜空間物質転送装置によって除外されていたサイレント・マジシャンが僕の場に戻ってくる!」

 

 

《サイレント・マジシャン LV8》 ATK/3500 DEF/1000

 

 

 攻撃力3500を誇る、遊戯さんの場で今一番厄介なモンスター。それを除去できなかったのは痛いが……仕方がないことだと割り切るしかない。

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 遊戯さんが勢いよくカードを引く。そして手札を見つめると、その中から一枚を選択してデュエルディスクに置いた。

 

「僕は《グリーン・ガジェット》を召喚! 効果で《レッド・ガジェット》を手札に加える!」

 

 

《グリーン・ガジェット》 ATK/1400 DEF/600

 

 

 もはや遊戯さんのフィールドにいない時の方が珍しいガジェット。その中でも最も攻撃力が高いグリーン・ガジェットが攻撃表示で佇む。

 

「バトルだ! サイレント・マジシャンLV8でジャンク・デストロイヤーに攻撃! 《サイレント・バーニング》!」

「くッ!」

 

 放たれる閃光がジャンク・デストロイヤーをするりと呑みこみ、大きな爆発と減ったライフポイントが攻撃の結果を俺に知らせる。

 

 

遠也 LP:2600→1700

 

 

「更にグリーン・ガジェットの追撃! 《ガジェット・パンチ》!」

「ぐぁッ……!」

 

 

遠也 LP:1700→300

 

 

 グリーン・ガジェットが繰り出した何の変哲もないパンチは、壁も何もない今直接攻撃となって俺のライフを削り取る。

 残るライフは僅かに300。遊戯さんとは十倍以上の開きがある。

 俺は勝てる。未来に出るはずのカードやシンクロ召喚というシステムを持つ俺が負けることはない。そう心のどこかで確信していただけに、俺はこの状況に不甲斐なさと怒り、そして焦りを感じざるを得なかった。

 

「僕はカードを1枚伏せてターンを終了する」

「くそッ! 俺のターンッ!」

 

 毒づき、すぐさまターンを開始する。

 焦りが思考を灼く。しかしそれでも焦ったままでいいことなど何もない。だから冷静にターンを進行するため、俺は努めて平常心を保つように意識しなければならなかった。

 

「俺は《調律》を発動! デッキから《ジャンク・シンクロン》を手札に加え、そのまま召喚! その効果で墓地から《ライトロード・ハンター ライコウ》を特殊召喚!」

 

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《ライトロード・ハンター ライコウ》 ATK/200 DEF/100

 

 

「レベル2ライトロード・ハンター ライコウにレベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし狂気が、正義の名の下動き出す! 光差す道となれ! シンクロ召喚! 殲滅せよ、《A・O・J(アーリー・オブ・ジャスティス) カタストル》!」

 

 

《A・O・J カタストル》 ATK/2200 DEF/1200

 

 

 現れるのは白の装甲に覆われた機動兵器。顔と思われる位置に鎮座する青い一つ目のごときレンズがピントを合わせるように絞られ、サイレント・マジシャンを見つめる。

 

「バトル! カタストルでサイレント・マジシャンに攻撃!」

「攻撃力が低いモンスターで攻撃を……?」

 

 遊戯さんの訝しげな声が耳朶を打つ。

 確かに普通ならば破壊されてダメージを負うのもこちらだろう。しかし、ことカタストルに関してはこの状況においてそんなことはありえない。

 

「カタストルの効果! カタストルには闇属性以外のモンスターと戦闘を行う時、ダメージ計算を行わずに相手モンスターを破壊する効果がある! 《デス・オブ・ジャスティス》!」

 

 言うと同時に、カタストルの一つ目にエネルギーが充填されていく。これならばサイレント・マジシャンを破壊することが出来る。

 攻撃力3500を誇るモンスターがいなくなる。その事実は大きい。その結果を導き出すカタストルの攻撃が放たれようとした、その時だった。

 

「その攻撃を通すわけにはいかない! 罠発動、《シフトチェンジ》! 僕のモンスターが相手の魔法・罠の効果あるいは攻撃の対象になった時、僕がコントロールする別のモンスターに対象を移す! グリーン・ガジェットを選択!」

「なにッ!」

 

 また……また防がれた?

 バトル中にもかかわらず一瞬呆ける中、対象を変更されたカタストルの攻撃はグリーン・ガジェットへと向かう。

 レーザーに貫かれたグリーン・ガジェットはカタストルの効果もあって確実に破壊された。そしてカタストルの攻撃力はグリーン・ガジェットを上回ってはいたが、しかし。

 

「く……カタストルの破壊は効果による破壊だ。よって遊戯さんに戦闘ダメージはない……」

 

 モンスターを減らせはしたが、減らしたのはすぐに後続がやって来るガジェット。あまり効果はないと見た方がいいだろう。

 俺はいま苦虫を噛み潰したように渋い顔になっているに違いない。それほどまでに、この状況は俺にとって気に食わないものだった。

 そして手札に目を落とす。《サンダー・ブレイク》と《くず鉄のかかし》……ひとまずこの2枚で耐えるしか俺の取るべき道は存在していなかった。

 

「……カードを2枚伏せ、ターンエンド」

「そのエンドフェイズにリバースカードオープン! 速攻魔法《速攻召喚》! この瞬間に僕は通常召喚を行える! 手札から《レッド・ガジェット》を召喚し、効果で《イエロー・ガジェット》を手札に加える!」

「く……!」

 

 

《レッド・ガジェット》 ATK/1300 DEF/1500

 

 

 これだけやっても、流れは遊戯さんにある。そのことに俺は歯がゆい思いを感じずにはいられない。

 

「僕のターン、ドロー! 手札から《天よりの宝札》を発動! お互いに手札が6枚になるようにドローする! そして今ドローした《ワタポン》の効果発動! このカードがカード効果によってデッキから手札に加わった時、特殊召喚できる。守備表示で特殊召喚!」

 

 

《ワタポン》 ATK/200 DEF/300

 

 

 その名前の通りにふわふわの綿に大きな目と触角がついたような、可愛らしいモンスターが遊戯さんの場に特殊召喚される。これで遊戯さんの場にはモンスターが三体となったわけだ。

 

「……っ」

 

 それを俺はただ見つめる。俺が伏せたのは攻撃反応系の罠と除去罠。除去カードを発動させることは出来るが、今はまだ使う時ではない。

 そのため今は付け入る隙がないか注意深く遊戯さんの挙動を見ることしかできなかった。

 

「更に《強欲な壺》を発動! デッキからカードを2枚ドロー! ――いくよ、遠也くん! 僕はワタポンとレッド・ガジェットを生け贄に捧げ、最上級モンスターを召喚する! 裏側守備表示で召喚!」

「セット召喚だって!?」

 

 それも最上級を。そのことに一体何の意味があるのか。そして召喚したモンスターは何なのか。俺はなかなか見ない戦術に目を丸くするしかない。

 

「冥界の宝札の効果で2枚ドロー! 更に魔法カード《ワーム・スリップ》! 僕の場のモンスター1体は次の君のターンのスタンバイフェイズまで除外される。サイレント・マジシャンを除外!」

 

 再びフィールドからサイレント・マジシャンが消える。

 だが、この状況でわざわざサイレント・マジシャンを除外する意味は何だ? さっきデストロイヤーによる破壊から逃れた時とは状況が違い過ぎる。何より自分のターンで自分のエースが除去されるような事態など……、――いや待て。

 確か、遊戯さんにはサイレントの名を持つLVモンスター以外にも切り札がいたはず。磁石の戦士、バスター・ブレイダー、デーモンの召喚、そして――。

 

「魔法カード《太陽の書》を発動! 僕の場に存在する裏側守備表示のモンスターを表側攻撃表示に変更する! 今こそその姿を現せ……《破壊竜ガンドラ》!」

 

 伏せられていたカードが縦向きに変わり、次いで表側表示に変更される。それによってソリッドビジョンがモンスターを認識し、その漆黒の巨体をフィールド上に顕現させた。

 

 

《破壊竜ガンドラ》 ATK/0 DEF/0

 

 

 見上げるほどの大きさ。そして見上げた先には鋭い眼光がこちらを見据えている。

 その迫力に口の中が乾き、つばを飲み込む。それが合図だったというわけではないだろうが、直後に赤い水晶のような器官を体中につけた闇色のドラゴンは、けたたましい咆哮を上げて翼を広げた。

 

「ガンドラ……!」

 

 レベル8の最上級ドラゴン族にして遊戯さんのデッキの切り札的存在。サイレント・マジシャン、サイレント・ソードマンに次いで遊戯さんのデッキでも名の知られたモンスターだ。

 ガンドラはステータスが攻守ともに0で、特殊召喚が出来ない。つまりアドバンス召喚しかできないわけだが、これだけではそれに見合った能力があるとは言えないだろう。

 だから、ガンドラが強力なのはその効果。破壊竜とまで称されるその効果にこそ、このモンスターの真価がある。

 だからこそ、それを使わせるわけにはいかない!

 

「罠発動! 《サンダー・ブレイク》! 手札1枚を捨て、フィールド上のカード1枚を破壊できる! 破壊竜ガンドラを破壊する!」

 

 これでガンドラの脅威はなくなる。

 遊戯さんのフィールドの上空にて現れる雷雲。そこから一筋の雷が走った時、遊戯さんは手札のカードを掴みとった。

 

「そうはいかない! 速攻魔法《瞬間氷結》! 魔法・罠カードの発動を無効にし、そのカードを再びセットする! そして今から3ターン、そのカードは発動できない!」

「なにッ!」

 

 落雷を阻止するように雷雲が凍り付いていく。稲光も消え去り、フィールドは元の状態へと戻る。

 これでは手札を捨てただけだ。俺は音が鳴るほどに歯をかみしめた。

 

「破壊竜ガンドラの特殊能力発動! ライフを半分支払うことで、ガンドラ以外のフィールド上に存在するカードを全て破壊して除外する! 《デストロイ・ギガ・レイズ》!」

 

 

遊戯 LP:3100→1550

 

 

 遊戯さんの宣言を受け、ガンドラの体がぼうっと妖しく光る。体表の随所に見られる水晶状の器官が赤い光を放ち、ガンドラの体を照らしていたのだ。

 そしてその光はやがて指向性を持ったレーザーとなって、幾筋もの閃光が互いのフィールド目がけて解き放たれた。

 

「くっ……!」

 

 遊戯さんの冥界の宝札、そして俺の場に存在するカタストルと伏せカードが二枚。合計四枚のカードがその赤い光に貫かれて消滅していった。

 

「そしてガンドラはこの効果で破壊したカードの枚数×300ポイント攻撃力がアップする!」

 

 

《破壊竜ガンドラ》 ATK/0→1200

 

 

 破壊できた枚数が少ないため、見た目に反してその攻撃力は低く収まる。しかし、微々たる数字であっても、今の俺にはそれでも即死級の威力であった。

 遊戯さんがこちらに手を向ける。

 

「バトル! ガンドラで遠也くんにダイレクトアタック!」

 

 俺のライフは残り300。攻撃力1200だろうと、この攻撃を受ければ一巻の終わり。

 だが……!

 

「――まだだッ! 墓地に存在する《タスケルトン》の効果発動! このカードを除外して、ガンドラの攻撃を無効にする!」

 

 俺の墓地からポンッと真っ黒い子豚がフィールドに現れる。そしてその大きな鼻を軽く動かすと、それがむずがゆかったのか盛大なくしゃみをした。

 その衝撃でタスケルトンの中身……骨だけがジェット風船のごとく飛び出し、ガンドラに直撃する。骨はバラバラに砕けてしまったが、しかし今の奇をてらった行動はガンドラの攻撃を止めることに成功したようだった。サンダー・ブレイクのコストも無駄にならずに済んだようだった。

 そしてサイレント・マジシャンを除外した今、他のモンスターは遊戯さんの場に存在しない。ゆえにバトルフェイズはこれで終わり。それを示すかのように、遊戯さんは手札のカードをディスクに差し込んだ。

 

「僕はカードを2枚伏せて、ターンエンド! そしてガンドラは召喚・反転召喚されたターンのエンドフェイズに墓地に送られるけど……生け贄セットは「召喚」じゃない。そして《太陽の書》によるリバースは反転召喚じゃなくて「カード効果によるリバース」だ。よってガンドラは破壊されず僕のフィールドに留まる!」

 

 それはつまり、やろうと思えば毎ターン全体除去が出来るということだ。ガンドラの発動コストはライフの半分。つまりコストが足らなくなるということがないため、維持さえ出来れば何ターンでも居座れるのだ。

 しかも除去するたびにガンドラの攻撃力は上がっていく。エンドフェイズに自壊しないガンドラなど、悪夢以外の何物でもなかった。

 

「くッ……俺のターンッ!」

「そのスタンバイフェイズ、ワーム・スリップで除外されていたサイレント・マジシャンが僕のフィールドに戻る!」

 

 空間に歪みが生まれ、それはやがて歪な穴となる。その穴の向こうからゆっくりとサイレント・マジシャンが現れると、遊戯さんの場へと降り立った。

 

 

《サイレント・マジシャン LV8》 ATK/3500 DEF/1000

 

 

 これで遊戯さんのフィールドは万全というわけだった。

 俺がたとえ高レベルのモンスターを出そうと、サイレント・マジシャンの攻撃力は3500。よほど強力なモンスターでない限り、返しのターンでやられて終わりだ。

 守備に徹そうとしても、ガンドラがいる。自身を除く全体除去を行えば、がら空きになったこちらのフィールドにガンドラの直接攻撃が決まって、これもジ・エンドだ。

 なにせ俺の残りライフは300しかない。どちらも俺にとってはぐうの音も出ないほどの致命傷だ。回避することが困難な敗北へ、いま俺は着実に近づいている。

 その事実が気持ちを焦らせる。このデュエル、負けたとしても俺にペナルティのようなものは存在しない。だから本来ならば焦燥を感じる必要などないはずだった。

 しかし、実際には違う。負けた時俺は、俺だけがわかるペナルティを受けることになるのだ。

 それはただの思い込みであり、また勝手な願掛けのようなものだ。このデュエルに負けたら、きっと俺は認めなくちゃいけなくなる。――この世界のことを。

 そうしたらきっと、俺はもう……。

 

 ――だから!

 

「負けられないんだ……俺はッ! 手札から《異次元からの埋葬》を発動! 除外されている《A・O・J カタストル》《タスケルトン》の2体を墓地に戻す!」

 

 続けて手札の一枚を手に取ってデュエルディスクへと差し込み発動させる。

 

「更に《貪欲な壺》を発動! 墓地の《A・O・J カタストル》《ニトロ・ウォリアー》《ジャンク・バーサーカー》《ジャンク・デストロイヤー》《ターボ・シンクロン》をデッキに戻し、2枚ドロー!」

 

 これで手札は六枚。

 

「《音響戦士ベーシス》を召喚! その効果により、ベーシスのレベルは手札の枚数分アップする! 更に場にチューナーがいるため、ボルト・ヘッジホッグを特殊召喚!」

 

 

《音響戦士ベーシス》 ATK/600 DEF/400 Level/1→6

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 

 ベースギターに手足が生えた、そのものズバリなモンスターであるベーシス。そしてこのデッキには欠かせないお馴染みのモンスターであるボルト・ヘッジホッグ。こちらは前のターンに発動した調律の効果で墓地に落ちたカードだった。

 そのレベルの合計は8。そして今、汎用レベル8シンクロモンスターは俺のデッキに一枚しか入っていない。

 

「レベル2ボルト・ヘッジホッグにレベル6となった音響戦士ベーシスをチューニング! ――集いし願いが、新たに輝く星となる! 光差す道となれ!」

 

 六つの光輪を二つの星がくぐり、フィールドに光が満ちる。その光に向けて手をかざし、俺はその名前を呼んだ。

 

「シンクロ召喚! 飛翔せよ! 《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 煌めく光の粒を纏い、一身を白銀に染め上げられたドラゴンが宙に舞う。翼をはためかせ、身に纏う光が雨のようにフィールドに降り注ぐ中、そのドラゴンは甲高い嘶きを上げて遊戯さんのフィールドに目を向けた。

 

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

 攻撃力は2500。そしてその効果は決して攻撃向けと言うわけではないが、しかしそれはつまり防御に秀でているということだ。

 場もちの良さで言うならば、スターダストはかなり優秀なカードである。だからこそ俺は今このモンスターを呼んだ。攻撃力に乏しいというのなら、足りない攻撃力は他のカードで補えばいいだけだ。

 

「速攻魔法《イージーチューニング》を発動! 墓地のチューナー1体を除外し、その攻撃力を場のモンスター1体に加算する! ジャンク・シンクロンを除外し、1300ポイントスターダストの攻撃力がアップ!」

 

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500→3800

 

 

 満ちる力に、迫力のある雄叫びを上げてスターダストが応える。

 これでスターダストの攻撃力はサイレント・マジシャンの攻撃力ですら超えるほどとなった。だが、攻撃対象にサイレント・マジシャンを選択する真似をするはずがない。

 ガンドラの攻撃力は現在1200。そして遊戯さんの残りライフは1550。スターダストとガンドラの攻撃力の差は2600。

 ならば、スターダストが攻撃するのは当然――!

 

「バトル! スターダストで破壊竜ガンドラに攻撃ッ! 響け! 《シューティング・ソニック》ッ!!」

 

 スターダストの口腔に集まっていく風。大気ごと呑みこむかのような激しさで集束していったそれは、やがてその密度により白く染まって目に見えるほどになった。

 そして一瞬の後。スターダストはその長い首をしならせて反動をつけると、その大気の砲弾を高速で撃ち放った。

 白く一筋の尾を引きながらガンドラへと直進するスターダストの攻撃。これが決まれば俺の勝ちだ、と緩やかに握り拳を作ろうとした、その時。

 

「罠カードオープン、《炸裂装甲(リアクティブ・アーマー)》! このカードの効果により、攻撃してきたモンスター1体を破壊する!」

「なっ……!?」

 

 まだ防ぐっていうのか!?

 いっそ理不尽なまでに防がれ続ける攻撃に、思わず漏れそうになる苛立ち。それをどうにか抑え込んで、俺はまずこの状況に対処するべく意識を集中させた。

 

「く……! スターダストの効果を発動ッ! フィールド上のカードを破壊する効果を持つ魔法・罠・効果モンスターの効果が発動した時、スターダスト自身をリリースすることで、その発動を無効にして破壊する! 《ヴィクテム・サンクチュアリ》!」

 

 自身の効果により全身から輝きを放つと、スターダストはその身を幻のように消滅させていく。

 これによりスターダストの破壊を免れることは出来たが……しかし、このターンで決着となるはずだったのだ。それを逃した事実は、俺に苦い思いを味あわせていた。

 

「くそ……俺はカードを3枚伏せて、ターンエンド! この時、自身の効果で墓地に送られたスターダストは、フィールドに戻る!」

 

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

 再び俺の場にて翼を広げるスターダスト。しかし、残念ながら一度フィールドを離れてしまったために、イージーチューニングの効果は消えて元の攻撃力に戻ってしまっている。

 こちらの不利は拭えない。だが、俺が伏せた三枚の伏せカード。そしてスターダストという守りに長けたモンスターも存在しているのだ。

伏せカードは次のターンを見越したコンボ用のものもあるが、妨害用のものもある。そしてスターダストがいれば、ガンドラの効果は怖くない。いくら遊戯さんとはいえ、これは容易に突破できる布陣ではない。

 だから大丈夫だ。そう強く思いながら、俺はデッキからカードを引く遊戯さんを見つめた。

 

「僕のターン、ドロー! 破壊無効は厄介だね……けど、ならこうするまでさ! 罠カード《強制脱出装置》! フィールド上のモンスター1体を手札に戻す! 僕はスターダスト・ドラゴンを選択する!」

「そんな……!」

 

 最後の伏せカードがよりにもよってそれだと……!?

 スターダストの効果はあらゆる破壊を無効にする強力なものだが、しかし弱点も存在している。それは除外やバウンスには無力であるという点だ。

 そして強制脱出装置はバウンス系カードの中でも有名な一枚。自分と相手、どちらのフィールドに存在するモンスターも選択できるため、相手の行動の阻害や自分のモンスターの再利用等を行うことが出来る。高い汎用性を持つカードなのだ。

 そして厄介なのはシンクロモンスターを戻された時である。シンクロモンスターはエクストラデッキから特殊召喚されるモンスター。そのため強制脱出装置を受けると、手札ではなくエクストラデッキに戻ってしまうのだ。つまり、素材だけが無意味に失われるだけになってしまうのである。

 このタイミングで伏せていたカードがそんなスターダストの天敵とは……。俺を勝たせないように運命を仕組んでいるのではないかとさえ思わせられる。

 何をやっても、どう頑張っても、俺の行動は止められてしまう。

 ……遊戯さんには、絶対に敵わないとでもいうのか。

 

「更に強制脱出装置の効果にチェーンして手札から速攻魔法《非常食》を発動! 強制脱出装置を墓地に送り、ライフを1000回復する! 非常食に発動した効果を無効にする効果はない。よって、スターダスト・ドラゴンは手札……融合デッキに戻る!」

 

 

遊戯 LP:1550→2550

 

 

 駄目押しのようにライフが回復していく。ガンドラの効果によって半減していたライフも大幅に戻ったことで、更に俺の勝利は遠のいた。

 ただでさえスターダストもいなくなり、俺のフィールドにはいま三枚の伏せカードがあるのみだ。劣勢――それは間違いない。しかし、ただ苦しい状況ならばこのデュエル中何度もあった。

 だが、今は違う。俺は今、この人には勝てないと思い始めている。怒りも、苛立ちも、もはや無い。ただあるのは、手を尽くしても全てが無駄に終わる徒労感だけだった。

 

「これで最後だ、遠也くん! 破壊竜ガンドラの効果発動! ライフを半分支払い、このカード以外のフィールド上のカードを全て破壊する! 《デストロイ・ギガ・レイズ》!」

 

 

遊戯 LP:2550→1275

 

 

「く……リバースカードオープンッ! 罠カード《ブレイクスルー・スキル》! 相手の場の効果モンスター1体の効果をエンドフェイズまで無効にする!」

 

 ガンドラの体中から放たれる赤い閃光が、ブレイクスルー・スキルの効果によって消えていく。同時に攻撃力を効果に依存するガンドラのステータスは元の値である0に戻る。

 

 

《破壊竜ガンドラ》 ATK/1200→0

 

 

 最善は尽くす。しかし、結局何をしても駄目なのではないかという諦念が、頭にこびりついて離れない。

 

 

「なら、サイレント・マジシャンでダイレクトアタック!」

「《リビングデッドの呼び声》を発動……ッ! 墓地のゼロ・ガードナーを蘇生して、リリース! このターン俺は戦闘ダメージを受けない!」

 

 

《ゼロ・ガードナー》 ATK/0 DEF/0

 

 

 サイレント・マジシャンの攻撃を寸でのところで止め、ゼロ・ガードナーが消えていく。

 どうにかこの場は耐えきったが……しかし。

 

「さすがだね、遠也くん。カードを1枚伏せて、僕のターンは終了だよ」

 

 ブレイクスルー・スキルのおかげでガンドラの攻守は0に戻せたが、それも再び効果を使われれば意味がない。所詮はその場しのぎだ。俺の明確なアドバンテージとはとても言えない。

 遊戯さんが浮かべる微かな笑みは、俺を讃えるためのものだろうか。恐らくは俺のためを思ってのこのデュエル。それを真摯に続ける遊戯さんの中にある優しさ。それをひしひしと感じる表情だった。

 

「………………」

 

 もし、俺が元の世界にいる時の俺なら。この賞賛も素直に受け入れられただろう。

 真っ向から言われて照れることはあるだろうが、それでもその言葉に喜んだに違いない。

 そしてきっと、デュエルを続けたはずだった。笑顔で、楽しく。互いに互いの全力をぶつけ合う、そんなデュエルを。

 ――しかし。

 

「遠也くん?」

 

 今の俺に、そんなことを思う余裕はなかった。押し黙った俺に不審を感じたのか呼びかけてくる遊戯さんの声にも、俺は俯くだけで応えられない。

 

 負ける――。

 

 その事実が俺の心に大きな闇を植え付けて影を落とす。

 俺はこのデュエルに、負けたくなかった。だって、負けるということは遊戯さんの言を認めるということだ。俺が逃げていると、改めて突き付けられるということだ。

 確かに俺は逃げていることを自覚していた。けど、自分の中だけならどうとでも言い訳をすることが出来た。「仕方ない」「俺のせいじゃない」「いずれ何とかすればいい」……そんな誤魔化しの言葉で俺は日々を生きてきたのだ。

 確かに俺は逃げていた。けれどそれは、俺にとって必要なことだった。何故なら、この世界を認めたら、俺は最も目を逸らしていたいことを認めなければならなくなるのだから。

 だというのに、思い通りにならない。負けそうになっている自分。俺を下そうとしている遊戯さん。遊戯さんの言葉が正しいとわかっていても、“認めたくないソレ”からの恐怖に、俺は心の内から溢れ出る激情を抑えることが出来なかった。

 

「――なんでだ……。こっちはずっと……ずっとカードプールが豊富な世界だったのに! どうしてッ! なんで、負けるんだ……!」

「遠也くん――」

 

 名を呼ばれ、顔を上げる。そして、強く強く遊戯さんを睨みつけた。

 

「負けられない……! 負けたくないんです、俺はッ! 負けたら、俺が逃げていたって認めなくちゃいけない! ここが現実なんだって、認めなくちゃいけなくなる!」

 

 そうなったらもう誤魔化しはきかない。ここが現実の世界だと真に認めてしまったその瞬間、俺がずっと逃げ続けていた事実に俺は追いつかれてしまうだろう。

 

「“ひょっとしたらこれは夢で、ふと元の世界に帰れるんじゃないか”……そう思ってた――! それが希望だったんだ! ここが現実だって認めたら……そんなこと、もう思えなくなるじゃないかッ!!」

 

 ――それが、ここまで俺が抵抗する理由だった。

 いまだ俺の心の片隅に燻る、これはきっと夢なのだという儚く脆い小さな幻想。

 無意識のうちに、俺はその可能性に縋っていた。これは夢で、きっといつか元の世界に俺は帰っているはず。だから、今はとりあえずこの世界で過ごしていよう。

 そう意識せずとも考えることで、俺はひとまずこの状況を受け入れることが出来たのだ。だというのに、もしここが決して戻ることが出来ないたった一つの現実なのだと認めてしまえば、そんな甘い夢に逃げることは出来なくなる。

 それは俺にとって、ひどく恐ろしいことなのだった。

 

「それが――遠也くんの本音だったんだね」

 

 思わず溢れ出した俺の訴え、それをただ静かに聞いていた遊戯さんが真っ直ぐ俺と視線を合わせる。

 そして言った。

 

「やっぱり、君は逃げているんだね」

 

 再度同じ言葉をかけられる。

 馬鹿にされた、そう感じた俺は声を荒げた。

 

「ッ! ……そうですよ! 情けないことなんてわかってる! けど、夢に縋るしか俺は――!」

「……違うよ、遠也くん」

 

 俺の言葉を遮り、遊戯さんが落ち着いた声とともに首を小さく横に振る。

 わけがわからなかった。逃げていると言ったのは遊戯さんなのに、そしてそれを俺も認めているというのに、違うと言う。

 馬鹿にするのもいい加減にしてほしい。そんな気持ちを表情に乗せて、視線を交わす。

 

「……何が違うって言うんですか」

「君が逃げているのは……本当に逃げているのは、そのことじゃないと思う」

「……だったら、何から――!」

 

 わかったような口調で言う遊戯さんに激昂する。

 しかし、そんな俺を前にしながら遊戯さんは、言った。

 

「君が逃げているのは、“ここが現実だと認めてしまっていることから”……じゃないかな」

「――ッ!」

 

 続いた言葉に、俺は瞬く間に気勢を削がれてしまった。

 絶句して目を見開き、体の動きがぴたりと止まる。それほどまでに、今の言葉は並々ならない衝撃を俺の心に与えていた。

 それは、何故か。

 自分でも驚くほどに、その言葉が自然と心の内に入り込んできたからである。そのうえ、すとんと足りなかったパズルのピースが嵌ったような感覚さえある。まるで、その通りだと自分の心身全てが頷いているかのようだった。

 

「僕には、そう思える。だって君は……あれだけマナと楽しそうにデュエルしていたじゃないか」

 

 はっとして、俺は思わず遊戯さんの背後を見た。

 そこには真剣な面持ちで、しかしどこか表情を曇らせたマナがマハードと共に俺たちを見つめている姿があった。

 

「遠也くんが僕たちを夢の存在だと思っていたなら、あんな風に笑い合えたりしなかった……そう思う」

「………………」

 

 返す言葉もなかった。

 俺は今までずっと、心の中に感じる恐怖を、この世界を現実だと認めてしまうのが怖いのだと思っていた。それによって、この世界が夢なのだという希望を失くしてしまうのが怖いのだと。

 けれど、それは違ったのだ。俺はとっくに、この世界を現実だと認めていた。

 そして、だからこそ怖かったのだ。既に認めているからこそ、そのことを自覚するわけにはいかなかった。そうなれば本当に元の世界には戻れなくなると思ったから。

 だから、気付いていないふりをしたのだ。まだ自分はこの世界のことを認めていないとずっと……それこそ自分自身ですら騙すほどに。

 しかし、結局それは嘘に過ぎない。だから、誰かにこうして指摘されれば、急ごしらえのメッキなんてすぐに剥がれ落ちてしまう。

 俺は確かにこの世界が現実だと既に認めていた。遊戯さん、マハード、マナ。武藤家のみんなに城之内さんたち……。みんな確かに生きていた。そんな当たり前のこと……俺はとっくに気づいていたのだ。

 

「……わかってたんです、そんなこと……」

 

 改めて思う。俺はいま夢ではない現実世界に生きていると。

 けれど。

 

「それでも、踏ん切りがつかないんです! ここが現実だってわかっていても……それでも、元の世界にはもう帰れないんだって……」

 

 まだ、思ってしまうのだ。

 自分はいつかあの世界に帰ることになるのではないかと。それが、そう思いたいだけの願望でしかないのだとしても。

 どうしても、その思いが拭いきれない。

 

「――遠也くん!」

 

 ひときわ大きく呼ばれる名前。

 俺がはっとして俯きがちだった顔を上げれば、遊戯さんは怖いほどに真面目な表情を一転、にこりと笑った。

 

「そんな時こそデュエルだ! それに、言ったはずだよ。君の全てを僕にぶつけてくれって! 君の悲しみも、不安も、怒りも、寂しさも! 君だけじゃない、僕が……僕たちが分かち合ってみせる!」

 

 だって、と遊戯さんは迷いのない声で断言する。

 

「僕たちはもう、友達だ! だから、遠也くん!」

 

「遊戯……さん……」

 

 

 何の躊躇いもない。心からの言葉であると確信させるような響きを持つ言葉に、俺は言葉を詰まらせる。

 その後ろに浮かぶマナも、マハードも。笑みを浮かべて遊戯さんの言葉に頷き俺を見ている。

 ずっと二か月間迷惑をかけ続けていたというのに。今だって、こんな手間を取らせてしまっているうえ、八つ当たりのように怒鳴り散らしてしまったというのに。そんな俺を、友達だと言い切ってくれるのか。

 一瞬、目頭が熱くなる。じわりと視界が滲み始め、俺はぐっと目の周りに力を込めた。

 そして、僅かに震える指でデッキのカードに触れる。

 泣いたところで、何になるのか。未だ淡く儚い帰還できるのではという思いははなくならないけれど……しかし俺の事を友達だと言い、ここまで思ってくれている相手に応えるなら、俺がするべきことは涙を流すことではない。

 ただ俺の全力をぶつけること。それが、デュエリストとして出来る最高の答えなのだろうと思う。

 

 ――遊戯さんもそれを望んでくれているはず。

 

 デッキトップに指をかけたまま、俺は遊戯さんを見る。目が合い、遊戯さんが頷く。全力を見せてくれ。そう語っている瞳に見つめられ、俺はぐっと腹に力を込めた。

 今は……今だけは、ただこの一手一手に集中しよう。元の世界、この世界、そういったものも全て意識から取り払おう。

 そして、遊戯さんに集中する。俺が持つ力の全てを、しっかり出し尽くせるように!

 

「――っ、俺のターンッ!!」

 

 引いたカードは《調律》、そしてもう一枚の手札は《シンクロン・エクスプローラー》だ。

 なら!

 

「魔法カード《調律》を発動! デッキから《アンノウン・シンクロン》を手札に加え、デッキトップのカードを墓地に送る!」

 

 墓地に落ちたカードは《レベル・スティーラー》。最高のカードがここで来てくれたことに自然と浮かぶ笑みを自覚しつつ、俺はたった今手札に加えたカードを手に取る。

 

「《アンノウン・シンクロン》を特殊召喚! このカードは相手の場にのみモンスターが存在する時、手札から特殊召喚できる!」

 

 

《アンノウン・シンクロン》 ATK/0 DEF/0

 

 

 薄い鉄板を丸く束ねた球体状のモンスター。無造作に合わさった鉄の隙間から覗く赤いレンズが、まるで瞳のようにきょろりと動く。

 

「更に《シンクロン・エクスプローラー》を召喚! そして効果発動! 墓地の「シンクロン」と名のつくモンスター1体を効果を無効にして特殊召喚する! 蘇れ、《クイック・シンクロン》!」

 

 

《シンクロン・エクスプローラー》 ATK/0 DEF/700

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

 

 

 全身を赤い装甲で覆う小柄なロボット。胴体部分に空洞を持つそのモンスター、シンクロン・エクスプローラーの空洞であるはずの胴体から光が差す。

 やがてその穴を通って現れるのは、墓地に存在していたクイック・シンクロンだ。ガンマンよろしく銃の先でウェスタンハットを軽く持ち上げ、二体のモンスターが俺の場に揃う。

 だが、もう一体!

 

「墓地の《レベル・スティーラー》の効果発動! クイック・シンクロンのレベルを1つ下げて、墓地から特殊召喚する! 来い、レベル・スティーラー!」

 

 

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

 

 

 背に大きな一つ星が描かれたテントウムシ。クイック・シンクロンの星を一つその身に取り込んでフィールドに現れたことで、クイック・シンクロンのレベルが5から4に変更される。

 これで、まずは第一段階が終わった。

 そして、今度はその次の段階に移る!

 

「レベル2シンクロン・エクスプローラーに、レベル4となったクイック・シンクロンをチューニング! 集いし力が、大地を貫く槍となる! 光差す道となれ! シンクロ召喚! 砕け、《ドリル・ウォリアー》!」

 

 

《ドリル・ウォリアー》 ATK/2400 DEF/2000

 

 

 クイック・シンクロンがドリル・シンクロンの絵を撃ち抜き、シンクロ召喚のエフェクトの下、二体のモンスターが光に包まれる。

 そして現れたのは、右腕に巨大なドリルを装着した迫力あるレベル6の戦士。首に巻いた黄色いスカーフをたなびかせながら、鋭い眼光で自身の名にもあるドリルを天高く掲げた。

 

「更にレベル1のレベル・スティーラーに、レベル1のアンノウン・シンクロンをチューニング! 集いし願いが、新たな速度の地平へ誘う! 光差す道となれ! シンクロ召喚! 希望の力、シンクロチューナー《フォーミュラ・シンクロン》!」

 

 

《フォーミュラ・シンクロン》 ATK/200 DEF/1500

 

 

 そしてこちらは、F1カーから手足が生えたロボットとでも言うのが最も近しい説明となるだろう、わずかレベル2のシンクロモンスターだ。

 

「フォーミュラ・シンクロンの効果! このカードのシンクロ召喚に成功したため、デッキからカードを1枚ドロー!」

 

 攻守ともにレベルに見合って低いが、しかしフォーミュラ・シンクロンが評価されるべきはその点ではない。

 まずはそのシンクロ召喚成功時のドロー効果。シンクロ召喚で生じるディスアドバンテージを一枚分とはいえ回復させ、更にデッキの圧縮にも貢献するその効果は十分に強力である。

 そして何よりも。このカード最大の特徴であり利点なのは、このカードがシンクロモンスターでありながら“チューナーでもある”という点だった。

 

「最後だ! リバースカードオープン! 罠カード《ロスト・スター・ディセント》! 俺の墓地に存在するシンクロモンスター1体を、効果を無効にし、レベルを1つ下げ、守備力0の表示形式変更が出来ない状態として、守備表示で特殊召喚する! 《ジャンク・ウォリアー》!」

 

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300 DEF/1300→0 Level/5→4

 

 

 青い装甲に文字通りの鉄腕鉄拳を誇る、このデッキのエースの一体でもあるジャンク・ウォリアー。しかし今はその自慢の拳も振るわれることはなく、ただ腕を交差して片膝をつき、ジャンク・ウォリアーは守備の態勢を取った。

 しかし元々今はジャンク・ウォリアーに攻撃してもらう予定はなかった。この時最も重要なのは、レベル4となったシンクロモンスターが俺のフィールドに蘇ったことである。

 

 レベル6、レベル4、レベル2。これで、全ての準備は整った。

 

 

「……遊戯さん」

「うん」

 

 俺の呼びかけに、遊戯さんはただ頷くだけだ。

 もう言葉はない。俺に今できることは、このデュエルを行ってくれた遊戯さんに全力で応えることだけだ。

 元の世界のことは忘れられない。可能なら、今でも戻りたい。けれど……俺はもう認めているのだ。自分でどれだけ誤魔化しても、きっと。

 それを遊戯さんが自覚させてくれた。避け続けていたことを、突きつけてくれた。それはどうしても抗いたくなる、認めたくはない現実だったけれど……。

 きっと今でも認めたくはない。だが、言ってくれたのだ。俺は独りじゃないと。自分は友達だと。この一人で抱えているにはつらい気持ちも、分かち合ってくれるって。

 踏ん切りがつかなかった気持ち。もやもやした漠然とした不安と諦観。そんな心にいま光が差したのだと俺はうっすら感じていた。

 しかしまだ、この世界のことを認めない気持ちもどこかに存在している。だが同時に、俺はこの世界を認めているとも思っている。

 矛盾する心。しかし遊戯さんが最初に言ったように、前者は俺の弱い心が作り出した逃げでしかない。ならば、後者の気持ちを俺はもっと心にしっかり刻み込もう。ここは現実なのだと心から認めよう。

 

 ――俺は今、この世界で生きている。

 

 そのことを本当の意味で受け入れるために。

 俺は今……全力を尽くす!

 

「いきますッ!!」

 

 声高く宣言し、俺はフィールドに向けて手をかざした。

 

「レベル6のシンクロモンスター《ドリル・ウォリアー》と! レベル4となったシンクロモンスター《ジャンク・ウォリアー》に! レベル2のシンクロチューナー《フォーミュラ・シンクロン》をチューニングッ!!」

 

 ――レベルは12。デュエルモンスターズにおけるMAXレベル。

 

 もはや神でさえも超える最上級のモンスター。その存在を呼び出すべく、ジャンク・ウォリアーとドリル・ウォリアー、二体のシンクロモンスターを覆うようにして光の輪と化したフォーミュラ・シンクロンが大きな光の渦を作り出していく。

 瞬間、鳴動する空間。地は揺れ、壁は軋み、天井のライトは弱々しげな金属音を響かせて、アリーナ全体が異常を知らせはじめる。

 その時、三体のシンクロモンスターが作り出した光の渦が、爆発的な勢いでアリーナ中に広がっていく。

 余すところなく広がった光は一面を白く染め上げて、最早どこが床でどこが天井なのかさえ認識できない。そう、俺たちはアリーナごと極光に包まれたのである。

 ……いや、その表現は正しくないだろう。正確に言うならば、これはあまりにも大きく、あまりにも輝きが強すぎるため認識できないだけで、光に包まれているというわけではない。

 それを証明するように、俺のすぐ横に白い光が輪郭を感じさせない何かを形作っていく。

 俺の身長の何倍もある巨大な物体。遊戯さんは目を凝らしてその正体を見極めようとして――気が付いた直後、言葉を失っていた。

 

「まさか……顔? これは、巨大なモンスターの顔だっていうの!?」

 

 放つ光がそのモンスターの明確な全貌を認識させないため、体の色や細かな姿ですら見て取ることは出来ない。

 しかし、目の前にあるものが自分たちなどまとめて呑みこめるほどの口であり、また鋭く大きな牙であり、そして見上げた先にある殊更強い輝きを放つものが眼であると、遊戯さんは今この時ようやく察することが出来たのだった。

 もしそれが顔だとすれば、その全体像はどれほどのものか。このアリーナは十分な大きさを誇っている。しかしそれほどの大きさも、コイツの前では小さすぎるのだ。

 俺も辛うじて認識できる顔の形を見れば、その正体はドラゴンである。巨大な竜の眼がフィールドを見つめているのがわかるはずだった。

 つまりこれは光に包まれているのではない。俺たちはこのドラゴンの前に立っているだけなのだ。その巨大さゆえにそうとは認識できないだけで。

 よくよくアリーナの隅を見れば光が不自然に揺れ動いているのがわかる。それはソリッドビジョンがそこで途切れているということであり、さすがにアリーナの外までこのモンスターが侵食しているということはないようだった。

 もしそうであるならば、今頃このKC社ビル……いや、童実野町そのものが大騒ぎになっていることだろう。

 それほどまでに大きく、眩しい。今の俺には真っ直ぐ見ることすら憚られるような光が、そこに存在していた。

 輪郭が定まらぬままゆらりと揺れる竜の頭。全体像こそ見れないが、それでも十分にこのカードの力は遊戯さんに伝わっているようだった。

 

 そう、これこそが俺が持つ最大最強の切り札。

 

「このカードの攻撃力は4000! 更に一度のバトルフェイズに二回の攻撃が可能! そして1ターンに1度、あらゆる種類のカードの効果を無効にして破壊できる!」

「なんだって!?」

 

 俺の言葉を受け、遊戯さんがさすがに動揺を隠しきれない声を出す。

 攻撃力4000の二回攻撃とは、すなわちこの世界では一度のデュエルで二回相手を倒せる値ということになる。そのうえ、攻撃を妨害しようにも一部のごく少ないカードを除いた全ての効果はこのモンスターの前では無効となってしまう。

 まさに圧巻。俺がデッキにおける切り札として常に最も信頼を寄せて使ってきたカードの姿がそこにあった。

 

「いきます! 遊戯さん!」

「く……!」

 

 さすがにここまでのレベルのモンスターの登場は予想外……いや、予想を超えていたのだろう。さしもの遊戯さんの顔にも焦りがみられたが、それでも一歩も後ろに下がらないのはさすがと言う他ないだろう。

 俺の声を聴き、圧倒的な迫力を持った口が開かれていく。そして光のドラゴンの口に一層輝く光球が作り出される。それはまるでスケールダウンした太陽のようでもあった。

 炎ではなく光によるコロナを周囲にまき散らしながら急速に高まっていく膨大なエネルギー。それを解放するための宣言――勝利を告げる宣言を、俺は勢い込んで口にした。

 

「バトルッ! 破壊竜ガンドラに攻撃ッ!」

 

 破壊竜ガンドラの現在の攻撃力は0。対してこちらの攻撃力は4000。こちらが負ける要素はどこにもなく、そしてこの攻撃が通った時点で俺の勝利が確定する。

 

「――……くぅっ……!」

 

 遊戯さんが襲い掛かってくる閃熱を前に、くぐもった声を漏らす。

 こちらから見ていても圧倒的なまでの光の一撃。巨大すぎるそれは遊戯さんにはさながら迫りくる壁のようにも感じられることだろう。しかしそれは単なる壁ではなく、着弾した対象を確実に光の中へと消滅させる絶対の攻撃であった。

 遊戯さんの場に伏せられている伏せカード。たとえあれがこちらを妨害、あるいはモンスターを守るカードであったとしても、1ターンに1度このカードは魔法・罠・効果モンスターの効果を無効にすることが出来る。

 ゆえに、この攻撃は確実に通る。

 

 ――勝った。

 

 そう確信した時、不意に遊戯さんが目を見開いて驚愕を露わにする。

 一撃でライフを奪い取る攻撃を前に、どこか焦燥を感じていた表情とは違う。ただ純粋な驚きに染め上げられたその表情。

 この状況でいきなりそんな顔になる理由がどこにあるというのか。不思議に思いながら俺は改めてフィールドに注意深く視線を送り――、

 俺もまた、驚愕に声を失った。

 

「……な……なんで……」

 

 強烈な光と枠外の巨大さによって、未だ姿すら判然とさせぬ光のドラゴン。

 その眩く輝きを放っていた光が、徐々に消え始めている。同時にドラゴン自体も光を纏ったままゆっくりと姿を消し始めていた。

 それを俺は茫然と見る。遊戯さんは何のカードも発動させていない。そしてそれは俺も同じことだ。だというのに、遊戯さんに迫っていた光の一撃は既に消滅し、それを放った自身さえも今消え去ろうとしている。

 一度召喚したモンスターが、なんのカード効果も受けていないのに消えていく。デュエルディスクの機能を考えれば有り得ない事態に、俺は言うべき言葉を失っていた。

 何も言えず、ただ消えゆく姿を見つめていることしかできない。しかし、そんな俺にゆっくりとそのドラゴンは顔を動かして視線を投げた。

 

「お前……?」

 

 それはただの偶然なのか。それとも違うのか。

 それはわからないが、ただその大きな眼で視界に俺を捉えると、突然鼓膜を震わせる甲高い鳴き声を上げる。

 部屋が震えるほどの音量。しかし不思議と、俺はその声を不快に思うことはなかった。

 一鳴きしたドラゴンが、向こうの景色がすり抜けるほどに薄くなった姿で、その巨大な頭部を俺に寄せてくる。俺が思わずそれに手を伸ばして触れようとした瞬間、霞のようにそのドラゴンは姿を消してしまった。

 

「………………」

 

 伸ばした手の先を、僅かに握りこむ。その存在が確かにいた証である光の残滓が手の平の中に入り込み、そして蒸発するように消えていった。

 言葉が出ない。この唐突な事態に、何と言えばいいのかわからない複雑な気持ちで口を閉ざす。そんな中、遊戯さんの声が耳朶を打った。

 

「――きっと、今のモンスターは遠也くんのことが大好きなんだろうね」

 

 それは紛れもない賞賛の声。そして、こちらを慮る優しい声だった。

 

「僕の想像だけど、あのカードはかなり特別な……それこそ伝説になるようなレベルの謂れがあるんじゃないのかな」

 

 俺は答えない。しかし、その通りだった。

 あのカードはやがて世界の未来さえも救うことになるカードだった。それを考えれば、その内に秘めた神秘の強さは三幻神や光の創造神に勝るとも劣らないと考えることが出来る。

 あのモンスターは、それほどの存在だった。

 

「あれだけのエネルギーを秘めたカードなんだ。本当なら、きっとフィールドに出ることすら出来なかったはずだよ。それでも僅かとはいえフィールドに出てきたのは、きっと――」

 

 穏やかに、しかし確信を込めた声で、遊戯さんは俺に告げた。

 

「それだけ、君の力になりたかったんじゃないかな」

 

 その言葉に、俺はしばし目を伏せた。

 ずっと元の世界でデッキにおける切り札として使ってきたカード。手に入れてから今まで、デッキから抜いたことは一度としてなかった。遊星のファンデッキを作る前から、俺はずっとこのカードを切り札に据えてデッキを作ってきたのだ。

 それはこのカードの効果が強力だからではない。もちろん理由の一つではあったが、しかしそれだけで使い続けたわけではなかった。

 俺は、このカードが好きだった。だから使い続けた。たった、それだけのことだった。

 

「……はい、そうだったらいいなと思います」

 

 だからもしこのカードも俺のことを少しでも大切に思ってくれていたのなら、こんなに嬉しいことはなかった。

 そんな希望を込めて、そして俺のためにフィールドに姿を現してくれたその気持ちに感謝して、俺は遊戯さんにそう答える。

 遊戯さんはそれに、微笑みを浮かべて頷いた。

 

「――俺のターンはこれで終了です、遊戯さん」

「――うん。……僕のターン!」

 

 もう俺に出来ることは何もない。そして俺のフィールドにカードは何もなく、手札一枚も攻撃を防ぐことが出来るようなカードではない。

 確実に俺は負けるだろう。しかし俺の心に苛立ちや切迫感はなく、穏やかに凪いでいた。

 もう負けても怖くはない。俺には、この世界で俺と共にいてくれる友達が……仲間がいる。その心強さと嬉しさ、温かさと大切さ。それがもたらす幸福感に身を浸しながら、俺は遊戯さんを真っ直ぐに見つめた。

 

「サイレント・マジシャンで遠也くんにダイレクトアタック! 《サイレント・バーニング》!!」

 

 

遠也 LP:300→0

 

 

 

 

 * * * *

 

 

 

 ――こうして、俺は遊戯さんとのデュエルを終えてこの世界で生きていく切っ掛けを掴んだ。

 そしてこのデュエルを終えた後、場所を提供した海馬さん、海馬さんと会談を行うため日本に来ていたペガサスさんと俺は会い、あの二人にもお世話になることになる。

 ちなみにデュエル後すぐに二人に会ったため、てっきり海馬さんとペガサスさんも俺たちのデュエルを見ていたと思ったのだが、どうも二人は見ていないらしかった。

 そのことを聞いてみると遊戯さんは、「言ったでしょ? 君がどんなカードを使っても広まらないって。海馬くんたちのことを僕は信頼しているけど、君はそうじゃない。だから、席を外してもらったんだ」と言って笑った。

 場所を貸せ、けど中は見るな。そう言われて素直に頷く人はいない。海馬さんならなおさらだろう。だというのにそれを認めさせるほどに、遊戯さんは俺のために動いてくれたのだ。そのことに深く感謝し、頭を下げた。

 

 ――これが、俺がこの世界に来て二か月の間に起きた出来事。俺がこの世界で生きていく心を決める切っ掛けとなった出来事だった。

 今ならば問題はない、けれど当時は本当につらかったこの世界に来たばかりの自分。情けなく、嫌になるような人間だったと自分でも思う。しかしそれも、今の自分を形作る大事な一部であることは間違いない。

 だから俺はどれだけ情けなく感じても、一切合財を含めて自分自身だと認めたうえで歩いていかなければいけないのだろう。それは、これからもずっと。

 俺は確かにこの世界で生きているのだから。

 

 

 

 *

 

 

 

「――随分、懐かしい夢を見たもんだ」

 

 目を覚まし、上半身を起こす。

 それと同時に口から漏れた言葉に自嘲が混じるのは、やはりそれだけ俺が当時の自分を子供だと見ているからなのだろう。今でも大人になったと胸を張って言えるわけではないが……うん、あれはないわ。そう思えるほどには成長したつもりだった。

 しかしまあ、あれがあったから今俺は普通に生きていられるとも言えるのだ。だから、結局は思い出として大切にしまっておくのが一番賢いんだろう。そう結論を出して一人頷く。

 

 その時、不意にかけられる声があった。

 

「気がついたか」

 

 聞き覚えのある声。それに、はっとしてすかさず声が聞こえた背後に振り返った。

 

「お前は――」

 

 

 

 




このお話は一話まるまる遠也の過去話に費やし、十代達が一切出てきません。
前話の過去編のラストから繋がる、遊戯とのデュエル。それを通じての遠也の本心、また心境の変化を主眼に置いたお話となっております。
遠也の過去編は今話で終了となり、次話からは再び十代達へと移ります。

ちなみにこのお話の文字数は38000字少々です。あと2000字で上限だったので危ないところでした。


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第74話 殺意

 

 荒れ果てた異世界の大地。その遠大な荒野を駆け抜けていくと、その先には切り立った崖に囲われた細い道が現れる。

 さながら敵の侵入を防ぐかのごとく存在する天然の狭路。それに沿って進んでいった先に、その場所は存在していた。

 古代の闘技場を思わせる堅牢な城塞。その入り口は跳ね橋となっていて侵入者を拒み、石壁で覆われた外郭は示威的な圧力を伴って見る者を竦ませる。

 ここは、暗黒界の住人達の本拠地。この世界、この階層の実質的な支配者が暮らす居城。それがこの場所であった。

 そして現在、暗黒界の斥候スカーによって連れ去られた明日香はその本拠地の中にいた。

 その手には鉄製の手錠がはめられ、足こそ自由になっているものの、両手でバランスが取れず上手く立ち上がることは出来ない。

 もっとも、例え立ち上がったとしてもここは周囲に敵しかいないまさに四面楚歌な場所。すぐさま取り押さえられて終わりだろう。

 最悪殺されるのではと明日香は危惧していたのだが……手錠をかけられていることから、殺すつもりはなさそうだと当たりをつけていた。

 そのため、明日香は冷たい地面に座り込みながらも毅然と目の前に立つ存在を睨みつけていた。豪奢なマントを羽織り、両腕を鎖で縛った髑髏のような顔をした悪魔。

 

 ――狂王ブロン。そう呼ばれていた悪魔を。

 

 

「ククク、なんだ女……随分反抗的な目をするな」

 

 しゃれこうべが笑う。その様を明日香は苦々しい思いで見上げていた。

 今明日香がいるのは、この砦の入口を入ってすぐに広がっている闘技場。その比較的奥の地面の上である。スカーによって連れてこられ、そのまま手錠をかけられた明日香は、いきなりその場に放り出されたのだ。

 そしてその闘技場の奥、地面ではなく石造りの階段から続く頭上にて玉座に座す存在こそが暗黒界を率いる王――狂王ブロンなのである。

 そのため、位置の関係から明日香は自然ブロンを見上げる形になる。きつく明日香はブロンを睨むが、しかしそれをブロンは心地よさ気に受け止めるだけだった。

 

「感じるぞ、お前の怒りを……。しかし同時に、悲しみを抱いてもいるなぁ」

「なにを……」

「我の前で隠し事は無駄だ……クク。まぁいい、貴様には十分に溶け込んでいるようだ」

 

 ブロンは笑みをこぼしながらそう言うが、明日香はブロンが何を言っているのかわからなかった。

 溶け込んでいるとは一体何のことだろう。そのことについて考えを巡らせるが、しかしその思考は明日香の背後に二体の悪魔が現れたことで途切れることになる。

 

「ゴルドにシルバか。どうだった、奴らは」

 

 ブロンは現れた屈強な悪魔二体――《暗黒界の武神 ゴルド》と《暗黒界の軍神 シルバ》に言葉を投げる。

 その中に含まれた「奴ら」とは誰の事なのか。明日香は瞬時にそれが十代たちの事であると察し、表情をより険しくした。

 

「ダメだぜ、ブロン。奴らずっと固まってやがるからよ、隙がねぇ」

「そんなわけでよ、気づかれずにさらうのは無理だったわ。気づかれてもいいならいけるけどよ」

 

 その答えを聞いたブロンは、ふんと鼻を鳴らして二体を見下ろした。

 神である二人はブロンにとって格上であるが、しかし立場で上なのは自分である。その矜持がブロンに大きな態度をとらせていた。

 

「まぁいい。強硬策に出ずとも、一人こうして捕まえてあるからな。必ずここに来るだろうよ」

 

 そうしてブロンの視線が自身を睨む明日香のそれと交わる。

 身の毛もよだつような恐ろしい外見を持つブロン。しかし、明日香は気後れすることなく大きく声を張り上げた。

 

「あなたたち……一体何が目的なの!?」

 

 この世界の人を苦しめ、傷つけ、一体何をしようというのか。決して許せない非道を行っていることへの怒りと、十代たちにまで危害を加えようとしていることへの怒り。その激情を込めて問い質せば、ブロンは耳のあたりまで裂けた口を禍々しい笑みの形へと変えていく。

 

「目的?」

 

 ぞっとするような声だった。

 反射的に怯んだ明日香、その心を見透かしているかのようにブロンはさも愉快気に笑い声を上げる。

 

「ククク、お前がそれを知ってどうなる。それに、お前がそんな疑問を持っても虚しいだけだぞ」

 

 そしてブロンは、骨のように角ばった指を明日香に突き付けた。

 

「何故なら、その答えを知る時。お前は死んでいるからだ。……ククク、クハハハ!」

 

 狂王の名に恥じず、狂ったように哄笑するブロン。

 それを下から見上げながら、明日香は何も出来な自分の無力さに唇を噛むしかなかった。

 いま、仲間たちに危険が迫っている。だというのに、自分はこうして足手まといになっていることしかできない。それがどうしようもなく悔しく、そんな自分が泣きたくなるほどに悲しかった。

 そんな屈辱に身を震わせながら、しかし明日香は心から願う。

 

 ――十代、みんな……!

 

 友を見捨てることなど、明日香の仲間たちは絶対にしないだろう。こちらが見捨ててくれと言っても、嫌だと突っ返されるに違いない。

 その確信があるからこそ、明日香はせめて願う。

 どうかみんなが無事でありますように。

 そう、心から。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 フリードから借りた音速(ソニック)ダックにまたがり見渡す限りの荒野を進んでいた十代たちは、やがて切り立った岩壁が続く渓谷へと入っていった。

 崖のごとき岩壁に挟まれた道を進んでいくと、徐々にその幅は狭まっていく。しかし音速ダックたちはスピードを落とすことなく器用に体を揺らしながらその道を走り続けた。

 その動きに晒された背中に乗る十代たちは手綱を離さないことで精いっぱいだったが、しかし誰も弱音を吐くことはない。元来弱気な翔でさえ、こぼれそうになる悲鳴をぐっと呑みこんで手綱を握りしめていた。

 今この時も、さらわれた明日香がどんな目に遭わされているのかわからない。そのことを思えば弱音を吐いている暇などない。それが全員の共通した思いだった。

 ゆえに、彼らは悪路に伴う不快感などに耐え、ただひたすらに手綱を握って先へと進み続けるのだった。

 

「みんな! もうすぐこの場所を抜けるよ!」

 

 そんな彼らに吉報を届けたのは僅かに先行して様子を見てきたマナだった。

 空を飛べるために地面を走る必要がないマナは一足先に渓谷を抜けて様子を見てきたのだ。

 そんなマナからの情報に、彼らは一様に頷いて応える。すぐに悪路が終わると聞き、全員が気を持ち直して手綱で音速ダックの体を軽く叩いて速度を上げた。

 やがて一分もしないうちに、マナが言うように十代たちは渓谷を抜けた先に出た。

 

 そして開けた視界の先に聳える巨大な砦。その迫力ある威容を見上げ、彼らは自然無言になる。

 しかしそれは怯えからではない。彼らの心に恐怖などという感情はなく、まして不安もない。

 ただあるのは、ここに連れ去られてきただろう明日香を必ず救い出してみせるという決意だった。

 誰も何も言わないのは、何か言わずとも全員がその思いを共有しているという確信があったからである。

 明日香を助ける。その一点を固く決心した一同は音速ダックより降りて、閉じるべき門を閉じずに降りたままになっている跳ね橋の前に立った。下を見れば、砦を囲うようにある細い堀。その暗い水面に映る闇に何故か一瞬目を奪われ、十代ははっとして首を軽く振った。

 

「十代君」

「ああ……行こう、みんな!」

 

 吹雪が十代に声をかければ、十代は強い声で仲間に呼びかけるとともに一歩を踏み出した。

 同時に吹雪、万丈目、剣山、翔、ジム、オブライエンも歩き出して跳ね橋の上を渡る。マナだけは空を飛びながら跳ね橋の上を通った。

 そうして大きな石門を潜り抜けた先で彼らが見たのは、砂地を四角く囲った広いグランドだった。

周囲を観察しながら、十代たちは少しずつ前に進む。門から見て両側を見上げれば観客席にも見える段々となったスタンド。前方には祭壇のような場所とそこに昇るための階段がある。

 そんな周囲を見回した後、ジムが指で帽子を軽く押し上げながら呟く。

 

「これは、ひょっとしてColiseum……闘技場なのか?」

 

 

 ――その通りだ。

 

 呟きに返ってくる低い声。

 この場にいる誰のものでもないその声に全員が疑問を持った瞬間、強烈な光が生まれて夜の闇に慣れていた彼らの視界を白く染めた。

 しかしここは敵地。すぐさま強引に目を開いて状況を確認した彼らは、一瞬言葉を失った。何故なら、闘技場を囲むスタンドから数多くのモンスターたちが粗野な歓声を上げて自分たちを見下ろしていたからである。

 暗黒界の下級モンスターたちや悪魔族、アンデット族のモンスター。完全に囲まれているのを見て、十代たちの背に冷たい汗が流れる。

 この状況で一斉に向かってこられれば、ただでは済まないかもしれない。そう心配する十代たちだったが、しかしその不安は再び響いてきた何者かの声によって否定された。

 

 ――安心するがいい。奴らはただの見物客だ……ククク……。

 

 

「誰だ!」

 

 その声は正面から聞こえてきている。そのことを確信した十代が周囲に向けていた視線を前方にある祭壇に向ける。

 そこには二つの大きな篝火が煌々と燃え盛っており、さっきの光はこの篝火が原因なのだろうと悟る。そしてその二つの篝火の真ん中。そこに据えられている玉座に腰を下ろしている何者かが、ゆっくりと立ち上がったことを確認する。

 火によって照らされるその姿は、悪魔そのものと言っても過言ではないおぞましい姿。骸骨に申し訳程度の肉をつけて歪ませればこんな顔になるのだろうかと思わせる顔が、頬まで裂けた口を目いっぱいに使って笑い声を上げる。

 

「――我が名はブロン。この砦を治める者だ」

 

 両腕を鎖で縛り、王を思わせるマントを羽織った特徴的な出で立ち。その姿を階下から見上げた十代は、この砦の主だという言葉を聞いていきり立った。

 

「俺の名は十代! 明日香が――俺の仲間が連れ去られて此処にいるはずだ! それに、ここには他にも人間が捕らえられているはずだ! 明日香やその人たちはどこにいる!」

 

 声を張り上げそう言えば、ブロンは一層愉快そうに表情を歪めた。

 

「さぁて、どうだったかなぁ……クク」

 

 人の神経を逆撫でするような態度で言うブロンに、ふざけた奴だと万丈目が小さくこぼす。その声には隠し切れない怒気があり、仲間の命がかかわっている状況でそんな態度を取ることに憤りを感じているようだった。

 だが、それは何も万丈目だけではない。他の皆もその表情は怒りにより眉が寄っており、ブロンの態度には不快感を覚えているのは明白だった。

 とりわけ明日香の実の兄である吹雪は今にも飛び出しそうなほどにブロンを睨みつけている。十代が前に出ているからなんとか耐えているといった様子だった。

 そんな仲間たちを一瞥して確認しつつ、十代は再びブロンに視線を戻す。ブロンはちょうど手に持ったデュエルディスクを僅かに掲げてみせるところだった。

 

「知りたければ、我を倒すことだ!」

 

 言って、ブロンは自身の両腕を縛っていた鎖を力任せに引きちぎる。そして手に持ったデュエルディスクを腕に着けながら、玉座からゆっくりと十代たちの元へと降りてくる。その姿を十代は複雑そうな表情で見ていた。

 

「くそ……簡単に命を懸けやがって……!」

 

 十代はできればそんなデュエルをしたくなかった。十代にとってデュエルとは楽しいもの。たとえ背負っているものがない、軽いと言われようと、それこそが十代のデュエルの根幹だった。

 しかし今、このデュエルは十代にとって非常に重いものだった。負けることは、遠也にヨハン、そして明日香を助けられないということだ。そんなことを認めるわけにはいかなかった。

 だから、十代は彼にしては珍しく楽しもうという気持ちを意図的に封じていた。このデュエルはそんなデュエルではない。確実に仲間を助けるためにも、自分は必ずこの敵に勝つ。

 その決意を心に刻み込んで、十代はデュエルディスクを起動させた。

 

「戦いこそが我が人生よ。さぁ、貴様も戦士ならば我と戦え!」

「……ああ!」

 

 挑発的に投げられた言葉に頷いて、十代はデッキから手札となる五枚のカードを引き、闘技場の地面に降り立ったブロンと対峙する。

 

「十代君!」

 

 と、そんな十代に声がかけられる。さらわれた明日香の兄である吹雪だ。

 十代はブロンに固定していた視線を外すと、背中に感じる仲間たちの中から複雑な表情で見つめてくる吹雪に視線を合わせた。

 

「君に頼りきりになって、申し訳ないと思う。……だが! すまない、十代君……明日香を、明日香を助けてやってくれ……!」

 

 吹雪の顔には悔しさと苦悩で満ちていた。それは兄である自身の手で明日香を助けることが出来ない事実と、十代に全ての重荷を背負わせてしまう友を想う心ゆえだった。

 吹雪のデュエルの腕は決して悪くない。むしろ上級レベルと言えるだろう。だが、十代の腕はそれに勝るとも劣らない。それどころか自分よりも十代は強いと吹雪は認めていた。デュエリストの意地でそれを表に出すことこそしないが。

それにブロンの対峙したのは吹雪ではなく十代だ。ならばデュエルはもう十代に任せるしかない。

 そのほうがデュエルに勝って明日香が助かる確率は上だと冷静に判断できる。しかしだからこそ、吹雪はそんな考えで十代に丸投げしようとしている自分の身勝手さに呆れるしかなかった。

 そんな内心が苦悩の表情となって吹雪の顔に現れている。十代は吹雪のそんな心の内を読み取ったわけではないが、しかし何かしら負い目に感じていることは察することが出来た。

 だから、十代は力強く答えてみせる。

 

「吹雪さん! 大丈夫だ、明日香は必ず助けてみせる!」

「十代君……」

 

 吹雪は、十代のその言葉が落ち込む自分を元気づけるためのものであるとすぐに悟った。そしてこの状況でも仲間を思いやるその心遣いに、重く沈み込みそうだった心が救われる。

 吹雪の表情に力が戻る。ならば、この友達思いの友人を自分も心から信じよう。彼ならきっと明日香を助けてくれる。そして遠也君やヨハン君もきっと助けることが出来るはずだ。

 そう胸の内で気持ちを固めた吹雪は、ありがとう、と万感を込めたその一言を十代に返すのだった。

 それに頷いて、十代は再びブロンと向き合う。その横にはうっすらと浮かぶハネクリボーと心配そうに十代を見るマナの姿がある。

 

「そうだ、明日香だけじゃない。遠也もヨハンも絶対無事さ! 俺たちは遠也たちと一緒に元の世界に帰るんだ! そのために、俺は勝つんだ……絶対に!」

「十代くん……」

 

 自分に言い聞かせるかのようにそう繰り返す十代を、マナが気負い過ぎではないかと不安げな目で見つめる。

 しかし十代はその視線には気付かず、ブロンを真っ直ぐ視界の中心に見据えるだけである。

 マナだけではない。吹雪も同じくそうであったように、仲間の誰もが十代に心配げな視線を送っている。彼らには十代に全てを任せてしまうことへの罪悪感があった。そしてそれ以上に、十代に傷ついてほしくはないという思いがあった。

 勝っても負けても、そこに死は存在する。対象が自分か相手かという違いはあれど、十代は結局傷つくことになるだろう。

 勝ったとして、十代は自分が相手を殺したときっと責める。そのことが容易に想像できるだけに、仲間たちは何と声をかければいいのかわからず、十代の背中をただ見つめることしかできなかった。

 どちらかがこのデュエルで死ぬ。だが、それでも。それでも彼らにとって十代はかけがえのない友だった。

 

「十代……負けるなよ……」

 

 万丈目が絞り出すようにそうこぼす。

 どちらの結果であっても十代にとっては辛い結果になるだろう。しかし、それでも負けて十代が死んでしまうよりは相手に勝ってくれた方がずっといい。相手の犠牲を容認する思考をしてしまう自分に吐き気すら覚えながら、しかし万丈目はそう思わざるを得なかった。

 とはいえ、その考えを持ったのは万丈目だけではない。十代の背中を見つめる全員が、そんな複雑な胸の内を抱えていた。

 その上で、天に祈る。どうか、最善の結果に繋がりますように。せめてそれだけを願う彼らの前で、ついに戦いの火蓋は切って落とされた。

 

 

「「デュエルッ!」」

 

 

遊城十代 LP:4000

暗黒界の狂王 ブロン LP:4000

 

 

 デュエルが始まり、闘技場のスタンド席で見物しているモンスターたちが興奮したように雄叫びを上げる。その声に応えるように、ブロンはデッキからカードを引く。

 

「先攻は我だぁ、ドロー! 我は手札より《暗黒界の狩人 ブラウ》を召喚!」

 

 

《暗黒界の狩人 ブラウ》 ATK/1400 DEF/800

 

 

 弓矢を構えて背に矢筒を背負った、まさに狩人と聞いてイメージされる出で立ちをした悪魔の若者。纏った皮鎧の下で鍛え上げられたシャープな筋肉が腕を動かし、ブラウは矢を十代に向けて引き絞った。

 そんなブラウの奥で、ブロンは手札の一枚をディスクに差し込む。

 

「更に我は永続魔法《邪心経典》を発動!」

 

 その言葉と同時にブロンの頭上に古びた一冊の本が現れる。禍々しい闇色の瘴気に覆われたそれは不気味な威圧感を放っているが、しかしそれ以外に何も動きはなく、ただブロンの上で静止しているだけだった。

 

「なんだ、このカードは……?」

 

 十代が訝しげに黒い靄に包まれたソレを見る。ブロンはただ笑みを深めるばかりだった。

 

「フハハハ! すぐにわかる……ターンエンド!」

 

 デッキトップに指をかけながら、十代はどこまでも余裕を湛えたブロンの態度に警戒を強める。

 そんな態度をとらせているのは、恐らくあの邪心経典……。果たしてどのような効果があるのか、十代は頭を働かせる。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 永続魔法ということは、攻撃反応系の可能性は低いだろう。なら、召喚に関する効果だろうか。それとも効果の発動? いや、魔法・罠に関するものかもしれない。

 思考が枝分かれしていく。しかし、結局十代に結論を出すことは出来なかった。慣れないことはするものじゃないと、舌打ちをする。

 

「考えても仕方がない、ここは攻めるぜ! 俺は《E・HEROエアーマン》を召喚! その効果でデッキから《E・HERO ネオス》を手札に加える!」

 

 

《E・HERO エアーマン》 ATK/1800 DEF/300

 

 

 召喚・特殊召喚成功時にデッキから「HERO」を手札に加えることが出来る効果を持つ、今や十代のデッキには欠かせないモンスター。自分フィールド上の他のHEROの数だけ魔法・罠を破壊する効果も持つが、エアーマンしかいない今そちらの効果は意味がなかった。

 邪心経典は気になるが、ネオスというエースを手札に加えて相手にダメージを与えることも出来る今の状況は決して悪くはないはず。

 早く相手を倒して明日香を何としても無事に助けてみせる。その意志を込めて十代はブロンに指を向けた。

 

「バトルだ! エアーマンでブラウに攻撃! 《エア・スラッシュ》!」

「ぐぅ……!」

 

 

ブロン LP:4000→3600

 

 

 飛び立ったエアーマンがその翼で風の刃を作り出してブラウに叩きこむ。攻撃力の差から当然ブロウは破壊され、その超過分のダメージをブロンは受けた。

 痛みに耐える苦悶の声。しかし、その声は徐々に異なる色を宿すものへと変化していく。

 

「く、クク……ハァハハハハ!」

 

 哄笑。モンスターを倒され、ライフを削られたばかりだというのに、ブロンは声高く笑い声を上げる。

 わけがわからない十代は、その狂態に微かな気後れを感じた。しかしそれを意図的に抑え込むと、ブロンを睨みつつ対抗するように声を張り上げた。

 

「なにが可笑しい!」

 

 ブロンは笑みを含ませながら、何でもない事のように答えた。

 

「なぁに、大したことじゃない……貴様がお友達の命をその手で奪ったことが可笑しいだけよ」

「な、何のことだ!」

 

 思いもよらない言葉を返されて動揺する十代。問われたブロンはしかしその問いに答えず、生理的嫌悪感を催すほどに邪悪な笑みを浮かべてその手を闇の瘴気に向けてかざした。

 

「我が戦闘ダメージを受けたこの瞬間! 邪心経典の効果発動! デッキまたは手札から「邪心教義」と名のつくカード1枚を墓地に送る!」

 

 揺らめく瘴気がデッキを包み、その中から一枚のカードが飛び出してくる。それを指で挟むように捉えると、ブロンはそのカードを十代に見せた。

 

「我はデッキから《邪心教義-憎》を墓地に送る!」

 

 ブロンが手に持ったそのカードをデュエルディスクの墓地スペースへと送る。至極当たり前の効果処理。そこには何ら不自然な点は見当たらない。

 

「そのカードを墓地に送ったから、一体どうだって――」

 

 不審と怪訝を隠すことなく十代が疑問を口にした。その瞬間。

 十代の横にいたマナからひどく切迫した声が上がる。

 

「ッ、十代くん! 剣山くんが!」

「え?」

 

 マナの言葉に十代が仲間たちを振り返る。

 すると、そこには自分の体を抱え込むようにして蹲る剣山の姿があった。

 

「ぐぅ、う……憎い……憎いドン……!」

「剣山!?」

 

 顔色も悪く、体は震え、脂汗が噴き出している。そして剥き出しの肩には「憎」の文字。あまりにも異常なその様子に、十代は居ても立ってもいられずデュエルに背を向けて剣山に駆け寄った。

 

「剣山! 大丈夫か、しっかりしろ!」

 

 十代は己の胸に潜む不安を打ち消すように強く声を出す。嫌な予感が十代の中に渦巻き、その不快な感覚が十代の焦燥感を煽る。確証があるわけではない。しかし、何か嫌なことが起ころうとしている。そんな予感だけが際限なく膨れ上がっていく。

 それは他の皆にとっても同じだった。十代だけではなく、全員が口々に剣山に声をかける。尋常ではない様子に、誰もが不安を抱いていた。

 剣山が顔を上げる。こんな状態でありながら、その目だけはドス黒い感情の色に染まっていた。

 

「兄貴……お、俺の心は今……憎しみで一杯ザウルス……!」

「け、剣山……」

「明日香先輩をさらった暗黒界の連中、何もできなかった自分が……憎くて仕方がないザウルス……!」

 

 握りこんだ拳を、地面に振り下ろす。その動きにつられてその拳を目で追った十代は、剣山の体に起きている変化にいち早く気づき頭が真っ白になった。

 

「け、剣山……! お前、体が……!?」

 

 足元から順に、剣山の体は消えていっていた。地面が透けて見えるようになり、まるで空気の中に溶け込んでいくかのようだ。

 人が、消えていく。その光景に誰もが言葉を失くす中で、十代はこの光景に見覚えがあった。そう、あれはバードマンと戦った時。デュエルで敗れたバードマンは、跡形もなく消滅した。

 

 これはまるで、あの時のような――。

 

 思い至った瞬間、十代は体の中に大きな氷柱を差し込まれたかのように息を止めた。

 体が震える。まさか、そんなと信じたくない思いが溢れ出してくる。

 しかしその間にも剣山の体は消えていっている。立ち尽くす十代に、剣山は縋るような目を向けた。

 

「怖いドン、兄貴……! けど、けど……それ以上に憎しみしか感じられなくなっていく自分が怖いザウルス!」

 

 どうして自分が消えなければならないのか。この現実が憎い……。

 どこまでいっても憎しみに染まる自身の心に、剣山は怯えていた。しかしそれすらも憎悪の波に呑まれていく。剣山はただその終わらない連鎖に震えることしかできなかった。

 だがその連鎖にも終わりが訪れる。既に剣山の体は首から上を残すだけになっていた。

 

「兄貴……! 俺、いった――」

「っ、剣山ッ!!」

 

 言葉の途中、剣山はついに全身を消滅させる。そして邪心経典の白紙のページに剣山の姿が染み出すように現れる。まるで命を吸い取ったと言わんばかりに。

 もはや剣山が言おうとした言葉の続きはわからない。その声を聴くことは叶わず、そしてその姿を見ることも出来ない。

 虚脱感が十代を襲う。何を言えばいいのかもわからず、ただ十代は立ち尽くした。

 

「ば、馬鹿な……」

「消えた……」

 

 万丈目やジムも、これまで共に過ごしてきた仲間が消滅する事態に言葉もないという様子だった。それでも無意識に出てきたのであろう声に応えたのは、他でもないこの事態を引き起こした元凶であるブロンだった。

 

「フハハハハ! いいや違う、消えたでは語弊があるなぁ」

 

 嬲るような言い方。

 そしてついに、決定的な言葉を口にする。

 

「”死んだ”のさ……そいつはな。ハハハハハ!」

 

 死んだ。

 そう聞かされて、誰もがすぐには否定できなかった。

 それはこの世界が元の世界に比べて遥かに命が軽い世界であると既に知っていたからだ。それに、剣山は「憎い」と言っていた。そしてブロンが墓地に送ったのは《邪心教義-憎》。まさか本当に、という思いが全員の心に芽生える。

 

「う、嘘だ……!」

 

 しかし、十代はその現実を認めることを拒む。ブロンが言うことは嘘で、剣山は死んでなどいない。そうであってくれ、嘘だったと言ってくれ。そんな願いを込めた言葉だった。

 そして、ブロンは言葉に隠されたそんな思いを正確に見抜いていた。その苦悩を知り、ブロンの心に昏い愉悦が満ちる。その喜びをもっと味わうため、ブロンは苦しむ十代に追い打ちとなる言葉を返した。

 

「嘘じゃない。貴様が殺したのだ、十代。貴様が攻撃してこなければ、お友達が死ぬこともなかったのになぁ……クハハハ!」

「くっ、ち、違う!」

「違わないさ! 殺したのはお前だよ、ククク!」

 

 反論にもなっていない虚しい否定。そんなささやかな抵抗すらブロンは認めず、十代にひたすら苦痛を強いる。

 十代も自分が攻撃しなければ剣山は今も無事だったはずだという思いがあった。剣山に謝りながら、十代は自分を責める。俺が攻撃していなければ、と。

 

「さぁ、それでお前はどうする。お前のターンは終わりなのか、ん?」

「ぁ……た、ターンエンドだ……」

 

 しかし打ちひしがれる十代に、ブロンは容赦なくデュエルの進行を求める。

 茫洋としたままターンの終了を宣言した十代に、万丈目らから気付けの声が飛ぶが、しかしそれに被せるようにしてブロンがデッキからカードを引いた。

 

「我のターン、ドロー!」

 

 声が重なり、気もそぞろな十代は仲間からの声に明瞭な反応を返すことが出来ない。それを満足げに眺めてから、ブロンは手札のカードに指を伸ばした。

 

「我は魔法カード《陽気な葬儀屋》を発動! 自分の手札からカードを3枚まで選択して捨てる! 我は2枚のカードを捨てる! 更に今捨てた《暗黒界の刺客 カーキ》の効果発動! モンスター1体を破壊する! エアーマンには消えてもらおう!」

 

 エアーマンの目前に、唐突に姿を現す暗黒界の刺客 カーキ。完璧な奇襲となったその攻撃に防御も反撃も間に合わず、エアーマンはカーキの手に握られた短剣によって倒されてしまう。

 

「ぐ、エアーマン……!」

「更にもう1枚捨てた《暗黒界の闘神 ラチナ》の効果発動! このカードを墓地から特殊召喚する!」

 

 淡い光がブロンのフィールドを照らし、地の底から地響きとともにブロンよりも遥かに長身な漆黒の悪魔が蘇る。

 闘神の名に恥じない屈強な肉体と威圧感。大きな角に翼、鈍く銀色に輝く鎧のごとき装甲を纏い、ラチナは咆哮を上げて十代に向けて射抜くように鋭い眼を向けた。

 

 

《暗黒界の闘神 ラチナ》 ATK/1500 DEF/2400

 

 

「バトルだ。暗黒界の闘神 ラチナでダイレクトアタック! 《闘神烈衝波》!」

 

 ブロンの言葉によりラチナがその両手を突き出すと、その手を覆うように暗い紫色のエネルギーが染み出すように産み落とされる。

 次第にそのエネルギーはラチナの手の中へと凝縮されていき、球体のようになったところで、咆哮と共に紫色の砲弾が十代の身へと襲い掛かった。

 

「ぐ、ぁあああッ!」

 

 

十代 LP:4000→2500

 

 

 その直撃を受け、十代の口から苦悶の声が上がる。

 衝撃のあまりによろめく体をどうにか支え、十代は苦しげな表情を隠すことなくブロンを見つめた。

 

「カードを2枚伏せ、我のターンは終了だ!」

 

 人を小馬鹿にするような笑みを貼り付けたブロン。その姿を前にしても、十代はデュエルに対する気持ちを盛り上げることが出来なかった。

 

「お……俺のターン、ドロー!」

 

 デッキからカードを引く。

 剣山を失ったのはブロンのせいだ。そのことはよくわかっているが、しかし今は剣山を失った悲しみのほうが十代の中では大きかった。更に、もしここで剣山の仇だと言ってブロンを打とうと攻撃すれば、今度は他の皆も……。

 想像するだけで目を背けたくなるような、決して受け入れるわけにはいかない未来。仲間を失う恐怖が先に立ち、今の十代はこのデュエルを積極的に行う意欲を完全に失っていた。

 

「さぁ、攻撃してくるがいい! お友達を犠牲にしてな! ハハハハハ!」

「くっ……。俺は、《E・HERO スパークマン》を……守備表示で召喚する」

 

 

《E・HERO スパークマン》 ATK/1600 DEF/1400

 

 

 スパークマンが十代のフィールドで膝をつき、守備の態勢を取る。

 攻撃をしてブロンにダメージを与えれば、邪心経典の効果によってまた誰かが死んでしまう。そんな行為を十代が出来るはずもなく、今は守備に徹するしか道がなかった。

 しかし、そんな消極的な行動は二人の戦いを観戦しているモンスターたちにはいたく不評だったようだ。「臆病者」「それでも戦士か」「戦う気がないなら帰れ」「戦士の風上にも置けない」「恥を知れ」と口々に罵声が十代の身に降りかかる。

 デュエリストを自認する人間にとって、これほどの屈辱はない。心無い言葉に矜持と自信を傷つけられながらも、しかし十代は黙って耐えた。これぐらいで皆を守れるなら、プライドなんてものはドブに捨てる。そう心の中で言い聞かせ、屈辱は全て拳を強く握ることで受け流す。

 

「十代くん……」

 

 震える拳を横から見ていたマナが、俯く十代を痛ましげに見る。

そして、後ろからその背中を見ていた仲間たちも、自分たちがブロンを倒す枷になっている事実に、悔しそうに歯噛みするしかなかった。

 だが、そんな彼らの苦悩はブロンにとっては喜びを抱かせるものでしかない。どこまでも思い通りに苦しみ続ける十代たちに、堪えきれないとばかりにブロンは笑う。

 

「フハハハ! お優しいことだ! だが――」

 

 一転、嗜虐的な響きを持つ低い声で、ブロンはデュエルディスクに手を伸ばした。

 

「残念だったな……その優しさも無駄になる。貴様は我に攻撃をするのだ」

「馬鹿な! 俺は……俺はもう……攻撃はしない……」

 

 背後の仲間たちを一瞥してから、十代は改めてはっきりとそう宣言する。

 しかし、ブロンはその答えにやはり不気味に笑って応えた。

 

「貴様の意思など関係ない……ククク。リバースカードオープン! 永続罠カード《ダークネス・ハーフ》!」

 

 伏せられていたカードが起き上がり、その正体が明らかになる。

 そしてその発動を示すようにカードが闇に包まれた。

 

「我のフィールドで最も攻撃力が高いモンスター1体を選択して発動する。発動後装備カードとなり、そのモンスターの攻撃力を半分にし、貴様のフィールド上に攻守1000の「ダーク・トークン」2体を特殊召喚する!」

 

 

《暗黒界の闘神 ラチナ》 ATK/1500→750

《ダーク・トークン》 ATK/1000 DEF/1000

《ダーク・トークン》 ATK/1000 DEF/1000

 

 

 ラチナの攻撃力が見る見る下がり、代わりに黒色のスライムを無理やり人型にしたような奇形のトークンが二体、十代の場に現れる。

 表示形式は共に攻撃表示。とはいえ、十代はいくらモンスターを手に入れようと攻撃を行う気など全くなかった。するわけにはいかないのだから。

 しかし。

 

「更に罠カード《暗黒武闘会》を発動! このターン全てのモンスターは攻撃表示となり、強制的にバトルを行う! ただしこの戦闘でモンスターは破壊されない。が、ダメージは通る……クク」

「な――!?」

 

 暗黒武闘会の効果を聴いた十代が、驚きのあまりに言葉を失う。

 そしてその間に、守備表示となっていたスパークマンは瘴気に包まれてゆっくりと立ち上がると、戦闘態勢を取った。

 信じられないとばかりに目を見開く十代。そこにブロンの喜色交じりの声が響く。

 

「さぁ、バトルだ!」

 

 その言葉に応えるかのようにスパークマンがその手を水平に伸ばし、やがて紫電を纏い始める。

 

「やめろッ! やめてくれ……! ――スパークマンッ!」

 

 恥も外聞もなく声を荒げ、十代は必死にスパークマンを止めようとする。しかし相手のカード効果に操られたスパークマンはその指示に従うことが出来ない。スパークマンの手からついに電撃が放たれ、それは過たずにラチナへと直撃した。

 

「ぐぅうッ!」

 

 

ブロン LP:3600→2750

 

 

 暗黒武闘会の効果によりラチナは破壊されないが、戦闘ダメージは受ける。それによりブロンのライフは再び戦闘ダメージにより減少する。

 更に。

 

「ク……クク! 次はダーク・トークン2体だ。ラチナを攻撃しろ! ハハハハ!」

「や、やめろッ! 頼むからッ……!」

 

 それはブロンに対してか、それとも自分の場にいるダーク・トークンに対してか。それすらも定かではなく、ただ必死に十代は懇願する。

 しかし暗黒武闘会による攻撃は強制であり絶対であった。十代の場に存在する二体のダーク・トークンは同時に飛び上がり、そして同時にブロンの場のラチナへとその体をぶつけていった。

 

「ぐァアッ!」

 

 

ブロン LP:2750→2500→2250

 

 

 その攻撃がラチナに通る瞬間を、十代は絶望的な表情で見届けるしかなかった。

 ダーク・トークンとラチナとの攻撃力の差だけブロンのライフが減少する。その数値分のダメージが襲い掛かりブロンの表情が痛みに歪む。しかし、その苦悶はやがて愉しげな笑みへと移ろいでいった。

 

「く、は、ハハハァ! この瞬間ッ、邪心経典の効果発動! デッキから《邪心教義-怒》《邪心教義-苦》《邪心教義-疑》を墓地に送る!」

 

 デッキから三枚のカードが飛び出し、それぞれが墓地へと消えていく。

 そしてブロンは十代とその後ろの仲間たちを睥睨し、くぐもった笑い声を漏らす。

 その視線に十代もすぐに後ろを振り返る。そして仲間たちを見渡すと、その中で一人、頬に光る文字が浮かび上がっている男がいた。

 「怒」の文字。万丈目だった。

 

「万丈目……!」

 

 思わず名を呼ぶが、しかし返ってきたのは怒りを込めた鋭い眼光。

 普段ならば「どうしたんだ」と気軽に返せたであろう。しかし剣山が消え、それが己のせいであると心のどこかで認めている十代は、怒りの視線を受けてそんな態度を取ることは出来なかった。

ただ気まずそうに目を伏せる。

 

「そう、だよな。お前が怒るのも、仕方がないよな……」

 

 俯き紡がれた弱々しい声。

 それに応えたのは、万丈目の怒声だった。

 

「ふざけるなよ……十代! 俺は貴様なんぞに怒ってはいない!」

 

 自分に対して怒りを抱いているわけではない。そうはっきりと聞こえ、思わず十代は顔を上げる。

 そして万丈目の顔を見る。そこには、怒りに歪む瞳があった。しかし、その瞳に映っているのは十代ではない。

 万丈目は、内に抱える怒りを吐き出すように声を荒げる。

 

「俺が腹立たしいのは、ただ一つ! 結局は十代、お前に全部任せてしまっている自分だ!そのことが俺は――我慢できんのだ!」

「万丈目……」

 

 怒りに満ちた万丈目の心。しかしそれは十代に対してのものではない。

 自分に自信を持ち、そして自分は強いと信じている万丈目だからこそ、その感じる怒りは殊更に強くなるのだろう。その隠し切れない自身への苛立ちを邪心教義は正確に察知して、万丈目の怒りを増幅させたのかもしれなかった。

 そして今、その溢れ出す怒りを宿した瞳が十代に向けられる。

 

「答えろ、十代! 俺はお前のなんだ!」

「お前は……俺の仲間で、友達で……」

 

 一年生の――いや、入学した頃から不思議と縁があった。それは向こうが一方的に絡んでくるだけであったが、しかし事情はどうあれ自分に真っ直ぐデュエルを挑んできてくれるのは嬉しかった。

 次はどうなるのか。ワクワクしながらデュエルしていたことを思い出す。だからこそ、違う学校に行ってしまった時は残念に思った。そして帰って来た時は嬉しく思った。

 それは十代にとって万丈目はすでに友達であったからだ。そして、使用するカードを変え、デッキを組みかえ、そしてどこまでも強さを求め続けていくその姿を見て「俺も負けてられない」と思うこともしばしばだった。

 そうして、負けてなるものかと思わせてくれる相手。そんな存在を何と言うのか。答えは一つしかなかった。

 

「そして……ライバルだ!」

 

 十代にとってかけがえのない存在。遠也とは違う意味で、自分に刺激を与えてくれる男。

 ライバル。そう呼ぶべき男は、十代の答えに「そうだ」と首肯を返す。しかし。

 

「だが、今の俺は貴様の足手まといに過ぎない! ……そのことに、腹が立って仕方がない!」

 

 その言葉はどこまでも怒りに曇っている。その常とは違う万丈目の姿と言葉に、十代は首を横に振って否定を示す。

 

「そんなことを思ったこと、俺はない! そんなこと、あるはずがないだろ!」

「お前がそう言おうと俺はそう思わないんだよ! ……くそ、なんでこんなにイラつくんだ! こんなことを俺は言いたいわけじゃない!」

 

 口惜しげに言う万丈目だったが、しかし言いたいことを言う時間は既に残されていないのだと悟る。

何故ならその体は既に先程の剣山と同じく消え始めていたからだ。

 焦ったように仲間たちが口々に万丈目の名前を呼ぶ。しかしそれで体の消滅が止まることはなく、じわりじわりと万丈目は消え去ろうとしていた。

 悲しみ、驚愕、不安、恐怖……。先程の剣山のことを思い出して浮かべるそれらの感情が、この場にいる全員の瞳を揺らす。

 万丈目を助けたい。しかし、どうすればいいのかわからない。そして、消えゆく万丈目に何をすればいいのかさえわからない。

 そんな混乱に包まれつつ、ただ流れる時を受け入れるのみ。そんな彼らをぐるりと見渡し、万丈目はとりわけそういった感情を強く瞳に乗せた男を見つける。

 

「――十代!」

 

 その名を呼び、上半身しか残っていない体で激しく言葉をかける。

 

「この俺様のライバルともあろう者が弱々しい眼を見せるな! 遠也もヨハンも天上院君も、必ず救って見せろ! お前なら、出来るはずだろうが! 腹立たしいが、お前は俺が認めた友なん――」

「――ッ、万丈目ぇッ!」

 

 言葉が途切れる。同時に、万丈目は細かな光の粒子と共に姿を消し、邪心経典にその姿が綴られる。

 声も出ず、ただ万丈目が消えた場所を見つめることしか出来ない。まるでこの現実を受け入れたくないとばかりに。

 しかしこれだけでは終わらない。ブロンが墓地に送ったのは三枚の邪心教義。今度は「苦」の文字が――吹雪の手に浮き出た。

 それを見て吹雪は一瞬呼吸をひきつらせて小さな悲鳴をこぼすが、意地か矜持かぐっとそれを呑みこんだ。

 しかし漏れた声は周囲に届く。結果吹雪の手に浮かんだ文字に気付き、一同は再びその顔を悲しみと恐怖に彩った。

 

「そんな、吹雪さん……!」

 

 剣山、万丈目に続いて吹雪さんまで。そんな悲痛な心の声が聞こえてきそうな面持ちで十代は吹雪の名を呼ぶ。

 その声を聴いて、吹雪は精一杯の虚勢で小さく笑う。死への恐怖、妹の安否、仲間との別れ……数え上げればきりがないほどに未練がある。それを残して逝くのは胸が押し潰されるほどに苦しい。

 けれど、と吹雪は思う。

 

 ――残念だけど、僕は皆の先輩なんだよねぇ。

 

 なら後輩には格好いいところを見せたいじゃないか。その一心で吹雪は強がって笑う。

 明日香はこんな僕を見て呆れるかなと、溜め息をつく妹の姿を想像しながら。

 

「十代君。妹を失い、仲間を失い……僕の心は今、苦しみで押し潰されそうだ。けど、この苦しみを更に今から君は感じるのかと思うと、心が一層締め付けられる。君は優しいから、きっと僕が死ぬことも背負ってしまうのだろうね」

 

 ごめん、と吹雪は笑いながら謝る。それにもはや何と言えばいいのかわからない十代が「そんなこと……」と言った後に言葉に詰まる。

 言葉にするのには慣れていないんだろうな。ずっとデュエルで誰かと向き合ってきた十代を知る吹雪はそう思い、それがなんだか可笑しくて笑みをこぼした。

 そして身体の大半が消えていく中、十代の肩に手を置く。はっとして、十代は消えゆく吹雪の顔を見た。

 

「僕はきっと消えるけど……明日香の事を、頼んだよ……」

「吹雪さ――!」

 

 言い切ることも出来ず、吹雪の姿が光と共に空気に溶ける。そして再び邪心経典の白紙のページが埋まり、徐々にその完成に近づいていく。

 そして更に。

 近くで再び淡い光。まさかと十代が振り向けば、そこには頬に「疑」の文字を浮かばせる弟分の姿があった。

 

「翔っ!? お前まで……!」

 

 信じたくないという思いを一杯に込めた声を上げ、十代は翔を見る。

 その視線を受けて、翔は十代と向き合った。どこか胡乱な瞳で、曖昧に笑う。自嘲するような表情で、訥々と翔は心の内を言葉にしていく。

 

「ずっと疑ってたんだ……。僕は兄貴と一緒にいていいのかって」

 

 その言葉に、誰もが驚く。翔はいつも十代の傍にいて、十代には欠かせない存在だと皆が思っていた。だというのに、その翔自身はそのポジションに疑問を抱いていたという。

 端から見ても仲の良い二人だったのに、一体どうして。その疑問は続く言葉によって明らかにされる。

 

「僕に兄貴は必要だけど、兄貴に僕は必要じゃないんじゃないかって。僕は臆病で、弱くて、いつも皆に助けられてきたから……」

 

 それが、翔が誰にも言わずに抱えてきていた不安であり疑問だった。

 いつも誰かについていき、結局は皆に助けられている自分。そんな自分に存在価値はあるのだろうか。一緒にいていいのだろうか。翔はずっとそのことを疑っていたのだろう。

 普段ならばそんな考えを表に出すなどしなかっただろう。しかし邪心教義の力によってその疑いの気持ちは増幅され、こうして表に吐き出すことになった。

 情けない自分。強い十代にとって弱い自分は必要じゃないのではという疑問。兄に勝つと言いつつも、そんな自分にそんなことが出来るのかという疑問。

 翔の心の中にはいつだって弱い自分への疑いがあった。けれど実際に話して、誰かから明確な答えをもらうのは怖かった。

 もしその通りだと肯定されてしまえば、きっと立ち直れないだろうとわかっていたからだ。

 だから、そう疑いつつもひた隠しにしてきたその思い。しかし今やその内心は白日の下に晒されている。

 翔は不安と恐怖を宿した瞳で皆を、十代を見る。一体皆はどんな目で自分を見ているのだろう。もし無価値なものに向ける目をしていたら……。

 恐る恐る、葛藤を抱きつつも視線を向けた先。返ってきたのは、どれも自分を心配する目。そして、ゆっくりと消えゆく自分の体に触れる仲間たちの温かい感触だった。

 

「お前は、俺の戦友だ。友を俺は決して見捨てない」

 

 オブライエン。

 

「心外だぜ、翔。お前も俺のFriendだろう。それだけは疑いようのないTruthだ」

 

 ジム。

 

「翔くん。私にとっても、きっと遠也にとっても。君はすごく大切な友達だよ!」

 

 マナ。

 

 誰もが泣きそうな目で自分を見つめている。消えていく自分をそこまで思ってくれている事実に、翔は少しずつ胸の内の疑いを晴らしていった。

 そして、最後に。翔の肩に力強く手を置いたのは、兄貴分である十代だった。

 

「お前は俺の大事な弟分だ! お前がいつも俺の馬鹿に付き合ってくれて、一緒にいてくれたから俺は笑っていられたんだ! 一年生の時から、ずっと……!」

 

 ずっと、そうだった。

 そう声を詰まらせながら言った十代に、翔はこんな時だというのに満たされていく心を感じていた。

 邪心教義のせいか疑いはいまだ心の奥に渦巻いているが、しかし少なくとも仲間たちと十代の気持ちは本物であると信じることが出来た。

 こんな自分を大切だと言い、そして自分の死に悲しんでくれる仲間たち。その存在を本当に嬉しく思いながら、翔は再び溢れ出ようとしている疑心を必死に押さえつけて笑みを作り出す。

 

「よかった……。疑ってごめん、兄貴――」

 

 そして、それが最期の言葉になった。

 翔の体が小さな光の粒となって消えていく。剣山、万丈目、吹雪と同じその現象。誰もが翔の名を叫び、しかしその甲斐はなく。翔の体は一片も残らず消え去った。

 

「翔……! ――翔ぉおッ!」

 

 邪心経典に綴られる新たなページ。

 それが示す事実を認めたくないかのように、十代は翔の名を叫んだ。

 ジムとオブライエンも次々と消えていった仲間たちにショックを隠せず、顔を俯かせて肩を震わせている。そしてマナもまたアカデミアで共に過ごしてきた皆の命が散っていくという受け入れがたい現実に、魔術で飛ぶ気力も失ったのか地面に力なくへたり込んだ。

 それぞれの目から、思い出したかのように涙が頬を伝う。その雫が砂地に吸い込まれて染みを作っていく中、くつくつとくぐもった笑い声が耳に届く。

 十代は、ブロンに目を向けた。

 

「クク、ハハハハハッ! いいぞ、なかなかの見世物だった! 美しい友情! 実に泣かせる!」

 

 心底可笑しいとばかりにブロンは言う。

 十代は、自分の心から沁み出してくるドス黒い感情を自覚した。そしてその衝動が命じるままに、憎しみと怒りに支配された目でブロンを睨みつける。

 

「――黙れ……!」

 

 ぞっとするような声音。普段の十代からは想像もできないようなその声に、一番近くにいたマナがハッとして十代の顔を見上げる。

 その視線に気づかず、十代はただ仲間たちを消した元凶を睨みつけていた。

 そしてその視線を心地よさ気に受けるブロンは、一つ頷く。

 

「せっかくだ! ひとつ我からサービスをくれてやろう!」

 

 パチンと指を鳴らす。それによって祭壇側部、スタンド席寄りの区画で石同士が擦れる嫌な音が響き渡る。

 上から見ればわかっただろうが、それは下からリフトのように石の地面が浮かび上がってくる際の音だった。そしてついに地上に辿り着いたそのリフトに乗っていたのは、彼らにとって大切な仲間の一人。

 

「――明日香ッ!?」

 

 驚きの声を十代が上げる。しかし、そこには隠し切れない喜びも含まれていた。

 手錠をつけられ、意識を失っているらしくぐったりしているものの、僅かに上下する肩から生きていることはわかる。仲間たちが消えていった中、明日香が無事であるということは願ってもない朗報であった。

 

「そう、お前たちからさらった女だ! よかったなぁ、まだ生きていて。嬉しいだろう、うん?」

「待っていろ、明日香! 絶対に俺が助けてやる!」

 

 わざとらしくそう言ってくるブロンを十代は取り合わない。ただ明日香に一直線に目を向け、必ず助けるという誓いを強くする。

 それを終えてようやく十代はブロンと向かい合い、その瞳に籠もる怒りをぶつける対象を憎々しげに見つめる。

 

「お前は、絶対に許さねぇ……!」

「おっと、だがいいのか? あの女の命はまだこっちが握っているんだぞ、ククク」

「ッ、てめぇ……!」

 

 言外に、自分を倒せば明日香の命はないと脅され、十代は一層憎しみを込めた目をブロンに向ける。しかし、それだけだ。明日香が人質にとられている以上、十代にブロンを倒すことは出来ない。

 それがわかっているからだろう。ブロンは己の優位を確信して高らかに笑う。

 

「ハハハ! それでもやりたければ、やってみるがいい! 我のターン、ドロー!」

 

 カードを引いたブロンがそのカードを手札に加える。勿体ぶるような、ゆっくりとした動作。

 それに苛立ちを募らせる十代に、ブロンは挑発するように視線を寄越す。

 

「そうそう、ついでだ。いいことを教えてやろう」

「黙れと言ったはずだ……!」

「くく、イライラするな。思い出したのさ、お前が言う人間たちの事をな。捕らえた者たちは確かにここにいる。いや、“いた”と言うべきか」

「なに……! それは、どういう……」

 

 顎を撫でながら焦らすように言うブロンに、十代は勢い込んで話を促す。

 その食いつきを確認したブロンは、十代を更なる絶望へと突き落す言葉を口にした。

 

「足元を見るがいい。この闘技場の砂は、多くの人間の血を吸いこんでいる。我らに抗った者や、逃げようとした者たち、おっと我らが暇だったから殺した連中もいたかな、クク」

 

 十代は地面を見るブロンにつられて下を見る。そこには、夜闇に溶けて黒ずんで見える砂地がある。いや、本当にそうだろうか。この黒はもしかしたら誰かの……そう考えそうになり、小さくかぶりを振る。

 

「くっ、信じられるもんか! 遠也やヨハンは強い! お前なんかに負けるはずがない!」

「その二人はお前たちと同い年ぐらいの男か?」

「それがどうしたっ!」

 

 にやりとブロンが笑う。それに、とっくに平常心を失っている十代は気が付かなかった。

 

「そういえば、それぐらいの男が二人いたなぁ。……そう、ちょうどお前の着ているような服を着ていた。――まぁ、もう死んだがな。クク、ハハハハ!」

 

 瞬間、十代は呼吸を忘れた。

 

 マナもまた、死んだと明確に聞かされて一瞬とはいえそれを信じそうになる。だが、相手は何もその証拠を見せていない。なら、まだ信じてやるわけにはいかなかった。

 ……そうと思わなければ、もう立っていられなくなる。そのことを直感的に悟っていたマナは、必死にその遠也が死んだという話は嘘だと自分に言い聞かせる。

 だから、マナには十代を気遣う余裕がなかった。ジムもオブライエンも、度重なる友の死による衝撃は抜け切れていない。そんな中でのこの情報だ。誰もフォローに回れぬ中、十代は掠れたような声で否定を繰り返す。

 

「う、嘘だ……――嘘だッ!!」

 

 噛みつかんばかりの形相でブロンに嘘であることの肯定を求める。が、ブロンは当然取り合わなかった。

 

「信じるも信じないも貴様の勝手だ。ハハハ! ゆくぞ、バトルだ!」

「くっ、バトルだと!? ――まさか!?」

 

 ブロンの場には攻撃力750の闘神ラチナのみ。対して十代の場には攻撃力1000のダーク・トークン2体に、攻撃力1600のスパークマン。攻撃をしても、ダメージを受けるのはブロンである。

 しかし、ブロンがダメージを受けることで効果を発揮するカードが既に発動している。

 十代の仲間たちの命を奪っていった永続魔法――邪心経典である。

 

「や、やめろ……」

 

 剣山、万丈目、吹雪さん、翔、遠也、ヨハン……。それに加えて、明日香までも奪おうというのか。

 それだけはやめてくれ。仲間を、友達を、俺からもう奪わないでくれ。

 

 ――明日香を……俺から奪わないでくれ!

 

 心の叫びが虚しく自身の内に木霊する。

 そしてついに、その決定的な攻撃が十代の場に襲い掛かった。

 

「我は暗黒界の闘神 ラチナでダーク・トークンに攻撃! 《闘神烈衝波》!」

「――ッ! やめろぉおおおぉおッ!!」

 

 絶叫。

 しかし十代の叫びがラチナの攻撃を止めることはなく、ラチナの攻撃がダーク・トークンに炸裂。反射ダメージによってブロンのライフが更に削られた。

 

 

ブロン LP:2250→2000

 

 

 同時に、ブロンがにやりと笑う。

 

「我が戦闘ダメージを受けたこの瞬間、再び邪心経典の効果が発動! デッキから最後の邪心教義、《邪心教義-悲》を墓地に送る!」

 

 デッキから飛び出した一枚のカード。それが墓地へと姿を消していく中、十代は明日香が倒れているところに目を向ける。

 そこには、意識がないまま徐々に光に包まれていく明日香がいる。それをただ見ていることしか出来ない十代。瞬間、マナが気力を振り絞って明日香の下へと飛び立つ。

 しかし、一歩届かず。マナと十代、ジムにオブライエン。全員の目の前で、明日香もまた光塵となってその姿をこの世界から消滅させていった。

 

「あ、すか……――明日香ぁあッ!」

 

 これまで以上の悲しみが十代を襲う。

 涙があふれ、止まることはない。ジムもオブライエンもあまりのことに自失しており、マナもまた今やもう気力も残っていないようで地面に座り込んでしまっている。

 どうしてこんなに悲しいのか。明日香がいない。助けられなかった。そのことだけでこんなにも胸が締め付けられる。

 

 そのことを自覚した時、十代は己の中にある気持ちに気付く。こんなに苦しいほどに、明日香はいつの間にか自分にとって特別になっていたのだと。

 遠也とも万丈目とも、翔とも違う。誰とも比べられない特別な存在になっていたことに、ようやく思い至ったのだ。

 十代にとって近しい二人である遠也とマナ。あの二人がお互いに抱く気持ちがこれと同じであるなら、きっとこの気持ちがそうなのだろう。そう自覚した十代は――勢いよく拳を地面に叩きつけた。

 

 ――だからなんだ! 今更気づいて、どうするんだ。もう、明日香はいないっていうのに……!

 

 言葉に出来ない思いに身を震わせる十代。

 その耳に、興奮したブロンの声が届く。

 

「フハハハハ! ついに、ついに完成したぞ! 《超融合》が! 苦労して生け贄を揃えた甲斐があったというものだ!」

 

 その言葉に、十代は気もそぞろとなりつつあった意識を覚醒させた。

 生贄を揃えた。そうブロンは確かに言った。見れば、邪心経典から立ち昇るエネルギーがその更に上にて滞空する一枚のカードに集約していくところだった。

 白地のカードに色が付き、一枚の魔法カードになっていく。それを見ながら、邪心経典に目を移せば、そこに描かれているのは明日香の絵。ならば、他の皆も恐らくはあそこに描かれているはずだ。

 つまり。

 

「ま、さか……。まさか、明日香たちはそのカードのために!?」

「んん? ああ、そうだとも。我ら一部の力ある暗黒界の者には、倒れると相手の負の感情を増幅させる能力がある。だが、その能力は暗黒界の者同士では発動しないのだ」

 

 完全にカードと化して下降してくるその魔法カード――《超融合》。それを手に取って、ブロンは手札にそれを加えた。

 

「ゆえに、他の戦士によって倒される必要があった! 無論、我らもただではやられん。我らを凌駕した者でなければな。……が、集めた戦士はどいつもこいつも腑抜けばかり。だからこそ、ズールを貴様が倒してくれて感謝しているぞ、ククク」

「そんな……そんなことの、ために……ッ」

「五つの負の感情を込めた命を捧げることで、邪心経典はあるカードを作り出す! 我ら暗黒界を総べる絶対的な王――《暗黒界の混沌王 カラレス》を顕現させるために必要な、《超融合》をな!」

 

 ブロンの行動は、徹頭徹尾カラレスの顕現を目的にしていた。

 ゆえに一定以上の力を持つ者には最前線に行かせ、戦士の確保を命じた。倒されればその戦士を生け贄にすればいい。倒せないならば、戦士を集めて労働力として確保。より強力な戦士を見つけるまでの生活を盤石のものにする。

 そうしていずれ力ある暗黒界の者が倒された時、カラレスの顕現は秒読みに入る。そう、今の状況はまさにブロンの想定通りなのだった。

 だからこそブロンの機嫌はいい。ようやく待ちに待った時が訪れようとしているのだから。

 だが、それは十代にとっては何の意味もない事実だ。むしろ、立ち上る憤怒の炎に更なる火を投入するかのごとき行為に近かった。

 

「そんなことのために、お前は……俺の仲間をッ……!」

 

 怒りのあまりに声が震える。握った拳はもはや肌が白く変色するほどに力が込められている。

 そんな十代を前に、ブロンは賞賛の響きを持たせて言葉を紡いだ。

 

「ああ、役に立ったよ。お前の仲間とやらは」

 

 言葉を切り、直後にブロンは可笑しくてたまらないとばかりに噴き出した。

 

「――カスの割にはなぁ! フハハハハ!」

 

 瞬間、十代の中に僅かに残っていた躊躇いが消えた。

 仲間を、その死を、こんな形で汚され、嘲られる。……耐えられるわけがない。許せるわけがない。それら激情が勢いよく自身の内で撹拌され、最終的に十代に残ったのはたった一つの感情。

 

 それは言うなれば、ただ純粋な――殺意。

 

「お前は……! お前だけはッ――!」

 

 強い感情を宿した瞳が、濃い茶色から金色へと変化する。

 そしてついに、殺意は言葉となって生まれ落ちる。

 

 

「――殺してやるッ!!」

 

 

 眼光で人を殺せるならば、きっと今の十代はブロンを殺していた。それほどまでにその視線は鋭く、瞳は爛々と輝いている。

 これまで十代の中にはなかった、純粋な悪意。仲間たちの度重なる死とブロンの挑発が、ついにそれを発現させる。

 

 ――その瞬間。十代の中の誰かが小さく笑ったことを、この時はまだ十代自身でさえ気が付いていなかった。

 

 

 

 

 



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第75話 消失

 

 

十代 LP:2500

手札6 場・《E・HERO スパークマン》《ダーク・トークン》2体

 

ブロン LP:2000

手札2 場・《暗黒界の闘神 ラチナ》

 

 

 

 自分を殺すと言い切った十代。それに、ブロンは愉快気に笑う。

 そんなことが出来るはずがないと確信する傲慢なまでの余裕で、ブロンはその言葉を戯言として受け取った。

 

「やってみるがいい……出来るものならなぁ! 我は邪心経典の効果を発動! このカードと墓地の邪心教義の全てを除外することで、我は墓地の邪心教義の数×2――すなわちレベル10までのカラレスの供物となるモンスターを呼び出せる」

 

 レベル10まで。そう言ったが、しかし十代の場には下級モンスターが三体のみ。しかもそのうちの二体はこちらが生み出したトークンである。

 攻撃力も低い。ならば嬲ってやるのも一興か。そう己の嗜虐心を優先させたブロンは、一枚のカードをデッキからデュエルディスクへと移した。

 

「出でよ、カラレスが供物! 《暗黒界の魔神 レイン》!」

 

 ブロンの言葉と同時に、人間など優に見下ろせる巨体の悪魔が姿を現す。

 その身長もさることながら、その体躯は鋼のごとき筋肉で覆われており、その悪魔に相応しい見る者を恐怖に縛るような形相と相まって圧倒的な迫力を周囲に振りまいていた。

 その手に持った二又の矛はその巨体に迫るほど。魔神の名に恥じない威圧感を持ったモンスターである。

 

 

《暗黒界の魔神 レイン》 ATK/2500 DEF/1800

 

 

「《暗黒界の混沌王 カラレス》はレベル12の融合モンスター。フフ、まずはその下準備というわけだが……」

 

 ブロンは十代の場に視線を向ける。そして、意味ありげに口の端を持ち上げた。

 

「貴様の貧弱な場では、レベル7のレインでも十分すぎるなぁ。ククク」

「……御託はいい。早くターンを進めろ」

「言われずとも、やってやろう。我は《闇の誘惑》を発動! デッキから2枚ドローし、その後手札の闇属性モンスター1体を除外する! 暗黒界の騎士 ズールを除外! カードを1枚伏せ、ターンエンドだ」

 

 ブロンのターンが終わり、十代のターンが始まる。

 その時には、マナはジム、オブライエンも自失状態からは何とか立ち直り、デュエルを見守ることが出来るようになっていた。

 しかし、彼らの目に映る今の十代は彼らが知る姿とはどこか違う。その目には爛々と輝く獰猛な光があり、飢えた獣のようなその瞳は十代に似つかわしくないと誰もが感じていた。

 だが、誰もそのことを言えなかった。それはデュエル中であったからでもあるし、それ以上に十代から異様なまでのプレッシャーを感じていたからだった。

 時が経つごとに増していくその重圧は彼らにさえ牙を剥いて負担をかけ、かけるべき声を失わせていた。

 

「俺のターン、ドロー! ダーク・トークン2体をリリース! 来い、《E・HERO ネオス》!」

 

 

《E・HERO ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

 十代のフィールドの召喚されるネオス。ネオスもまた、十代の異変には気が付いていた。

 フィールドに現れたネオスは、振り向いて十代に言葉をかける。

 

『十代、落ち着くんだ! 彼らの死は私とて胸が痛む。だが、憎しみに囚われてしまっては――』

「ごちゃごちゃ言うな! 俺は絶対に、奴を殺す!」

 

 ネオスの呼びかけも、功を奏さない。その隣に浮かぶハネクリボーの存在にも気が付かないまま、十代は手札のカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「ネオスに装備魔法《エレメント・ソード》を装備! 装備モンスターが異なる属性のモンスターとバトルする時、攻撃力を800ポイントアップさせる!」

 

 

《E・HERO ネオス》 ATK/2500→3300

 

 

 ネオスの前に現れた剣の柄。本来刀身があるべき部分には刃の代わりに丸い宝玉が着けられている。ネオスは今はこのデュエルを終わらせるしかないと覚悟を決め、その柄を握りしめた。

 それによって宝玉部分が発光。光は柄から伸びる刀身となって形を為し、ネオスは光の剣を構えて切っ先をブロンの場に存在する魔神に向けた。

 

「更に魔法カード《ヒーロー・ダイス》を発動! 「E・HERO」1体を選択し、そのモンスターに出た目によって異なる効果を与える! 俺はスパークマンを選択する!」

 

 十代の場の中空に現れるサイコロ。それがひとりでに振られ、地面を転がる。不規則に動くサイコロ。そしてその動きが止まった時。上向きに表示されているサイコロの目は、「6」だった。

 

「6の目の効果! それにより、スパークマンは直接攻撃の能力を得る!」

「なに……!」

 

 ブロンの驚愕の声。しかしそれに構わず、十代はその手をフィールドにかざした。

 

「バトルだ! ネオスで魔神レインに攻撃!」

 

 一気に十代の場からブロンの場へと飛び込んだネオスが上段に振りかぶったエレメント・ソードを一思いに振り下ろす。

 魔神とはいえ、攻撃力はネオスのほうが上である。エレメント・ソードに切り裂かれ、魔神レインは爆発と共にその姿をフィールドから消した。

 

「ヌゥウッ……!」

 

 

ブロン LP:2000→1200

 

 

 ブロンのライフが減る。そして更に、十代の場には直接攻撃能力を持ったスパークマンが存在していた。

 

「続け、スパークマン! ブロンにダイレクトアタック! 《スパーク・フラッシュ》!」

 

 スパークマンがその右手を帯電させ、電撃を放つ。これが決まればブロンのライフは0となり、十代の勝利が確定する。

 しかし。

 

「それは通せんなぁ……! 速攻魔法《月の書》を発動! スパークマンを裏側守備表示にする!」

 

 ブロンのフィールドに現れた月の書、そのページが開かれて溢れ出した光がスパークマンを包み込んでカードの表示形式を変更する。

 裏側守備表示にされたことでフィールドからスパークマンの姿が消える。更にヒーロー・ダイスによる直接攻撃効果も消失した。

 決めきれなかったことに、十代は気に入らないとばかりにその眼光を更に鋭くする。

 

「……カードを1枚伏せ、ターンエンドだ」

「フ、ハハハ! いいぞ、怒りに歪んだその顔! 本能のままに傷つけあう、これがデュエルの醍醐味よ! 我のターン、ドロー!」

 

 哄笑を上げながらカードを引き、ブロンはそのカードをそのままデュエルディスクに読み込ませる。

 

「我は魔法カード《アカシックレコード》を発動! デッキからカードを2枚ドローし、その中にデュエル中使用したカードがあればそのカードを除外する! フフフ、共に新しいカードだ」

 

 そのため二枚のカードを全て手札に加え、これでブロンの手札は三枚。そしてその中から一枚のカードを抜き出してすぐに使用する。

 

「我は《天使の施し》を発動! デッキから3枚ドローし、その後手札2枚を捨てる!」

 

 引いたカードを見てブロンの顔が喜悦に染まる。よほどいい手札であったことがわかるが、しかしそれでも十代は表情を動かすことなくブロンの動向をただ見据える。

 

「フハハハハ! 今手札から捨てた《暗黒界の武神 ゴルド》と《暗黒界の軍神 シルバ》の効果発動! 手札から捨てられたとき特殊召喚する!」

 

 

《暗黒界の武神 ゴルド》 ATK/2300 DEF/1400

《暗黒界の軍神 シルバ》 ATK/2300 DEF/1400

 

 

 闘神ラチナを挟むようにして並び立つ二体の悪魔。ともに魔神レインよりは小さいが、しかし人間の尺度から見れば遥かに大きい。二メートルを優に超す巨体は、光の反射によりそれぞれ鈍い金と銀の色を放つ。

 ラチナ、ゴルド、シルバ。三体の暗黒界上級神が並ぶ姿はまさに圧巻だった。

 

「更に魔法カード《死の床からの目覚め》を発動! お前に2枚ドローさせる代わりに、我は墓地の暗黒界の魔神 レインを手札に戻す!」

 

 死の床からの目覚めは、墓地のモンスターを種類を問わずに回収できるカードだ。自分の手札が減らない点が同系のカードである死者転生とは異なる。そのかわり、相手に二枚ものドローを許すデメリットがあるが……しかし。

 このターンに決めてしまえば問題はない。そう考え、ブロンは怪しく笑った。

 

「魔法カード《暗黒界路》を発動! デッキから「暗黒界」と名のつくモンスター1体を選択して手札に加え、その後手札のカード1枚を墓地に捨てる! 我は《暗黒界の導師 セルリ》を手札に加え、墓地に捨てる! セルリの効果発動! このカードが手札から捨てられた時、相手フィールド上に特殊召喚する!」

 

 

《暗黒界の導師 セルリ》 ATK/100 DEF/300

 

 

 十代のフィールドに攻撃表示で現れる、小柄な悪魔。杖を持ち法衣を着た姿は、なるほど導師と呼ぶにふさわしい姿だろう。

 だが。

 

「……それがどうした」

 

 自分のフィールドに特殊召喚することに何の意味があるのか。十代は一見無意味な行為に片眉を上げる。

 

「クク、慌てるな。セルリには更なる効果がある。この効果で特殊召喚に成功した時、相手はカードを1枚捨てる。そう、今セルリをコントロールしているお前から見た相手……つまり、我だ!」

 

 ブロンは手札のカード一枚を手に取り、十代に見えるように突き出す。そのカード名は当然のように先ほど手札に加えたモンスター、《暗黒界の魔神 レイン》だった。

 

「我は暗黒界の魔神 レインを手札から捨てる! そしてレインは相手のカード効果で墓地に捨てられた時、特殊召喚される! 再び現れよ、魔神レイン!」

 

 

《暗黒界の魔神 レイン》 ATK/2500 DEF/1800

 

 

 再び現れる暗黒界における最上級神の一角。このカードは他の上級神と違って自分の効果で捨てられても特殊召喚できない。相手のカード効果で捨てられなければならないのだ。

 特殊召喚するには扱いが難しいモンスター。しかしだからこそ、それに連動して発動する効果は想像を絶する。

 

「フハハハ! 魔神レインの効果発動! このカードが相手のカード効果によって捨てられ特殊召喚に成功した時、相手フィールド上のモンスターまたは魔法・罠カードを全て破壊する!」

 

 プレイヤーに対して絶対的なアドバンテージをもたらすその効果。

 他のカードを例に出すなら、《サンダー・ボルト》と《ハーピィの羽箒》の効果をともに備えているようなものと言える。その二枚は共に強力すぎる効果を有する禁止カードの代名詞だ。そう言えば、その強力さは窺えるだろう。

 相手の効果により捨てられれば、そのどちらかの効果を好きに発動できるのだ。魔神の名に相応しい圧倒的な能力だった。

 

「まずいぞ……! 十代の場にいるモンスターが破壊されれば、残るは伏せカードが一枚だけ……!」

「But、奴の場には高レベルモンスターが四体もいる! 凌げなけりゃ、十代は……!」

 

 十代の場にはモンスターが二体いる。そのうちスパークマンは裏守備表示。そしてネオスはエレメント・ソードの効果により闇属性である暗黒界との戦闘では攻撃力が3300となっている。

 となれば、ブロンにとってネオスが最も邪魔であるのは疑いようがない。まず間違いなくモンスターを破壊してくるはず。

 そうなれば、果たして伏せカードが一枚だけで防ぎきれるのか……。

 オブライエンとジムの顔に焦りが浮かぶ。消えていった仲間たち、その中に十代までもが加わるのかと思うと二人は気が気ではなかった。

 そんな中、マナは手を組んで祈る。どうか、せめて十代だけは。これ以上私たちの友達を奪わないで、と。

 そして、ブロンが口を開いた。

 

「我はモンスターを選択! ネオスとスパークマンを破壊しろ! 《抹殺虹閃ヘルズレイ》!」

 

 魔神レインが咆哮を上げ、その胸に埋め込まれた七色に輝く宝玉から虹色の光がさながらレーザーのごとく十代のフィールドに照射される。

 その威力は強力無比。裏側表示だったスパークマンは為す術なく破壊され、ネオスもまたエレメント・ソードと共に苦痛の声を上げてフィールドから消滅した。

 これで十代の場に残ったのは、伏せカードが一枚のみ。

 貧弱。ブロンは心の中で嘲笑う。

 

「これでお前を守るものは何もない……では――死ね!」

 

 優越感に満ちた笑みと共に、ブロンは高々と上げた手を一気に振り下ろした。

 

「暗黒界の魔神 レインでダイレクトアタック! 《魔神撃衝波》!」

 

 魔神レインが矛を器用に回転させ、自身の持つエネルギーをその先端へと集束させていく。そして矛を回していた腕に力を込めると、その剛力によって矛に加わった遠心力そのままに矛先を十代に向ける。

集ったエネルギーが、直線状に十代へと襲い掛かる。

 命すら刈り取るその光の前に身を晒す十代から目を逸らすことなく、マナは組みあわせた手にぐっと力を込めて一層強く祈った。

 

 ――遠也……生きているなら十代くんを……! あなたの親友を守って――!

 

 これ以上、どうか失わせないで。

 今更遅い願いだと知りつつも、せめて十代だけはと必死に願う。

 その願いは果たして通じたのか。定かではないが、しかし十代の身は魔神レインの攻撃に晒されることなく、いまだ無事に存在していた。

 

「――速攻魔法《速攻召喚》を発動! 手札から《ダンディライオン》を守備表示で召喚する!」

 

 

《ダンディライオン》 ATK/300 DEF/300

 

 

 その声にマナは顔を上げて十代のフィールドを見る。そこには、遠也も同じく愛用し、何度も遠也を助けてきたモンスター《ダンディライオン》の姿があった。

 それがまるで遠也が十代を守ってくれたように感じて、マナは思わず視界が滲むほどに嬉しくなった。

 遠也は生きている。きっと、今も無事でいるはず。何の根拠もなかったが、そう信じることが出来るような気がした。

 

「まだ抵抗をするか……フフ、ならば魔神レインでダンディライオンを攻撃! くらぇッ!」

 

 ブロンが現れたダンディライオンに再度攻撃対象を選択し直し、魔神レインの放つ極光が小柄なぬいぐるみのごとき姿に迫る。

 攻守ともにそれに打ち勝つ道理はない。ダンディライオンは破壊され、十代の墓地に送られた。

 しかし、それこそがダンディライオンの真価を呼び起こす。

 

「ダンディライオンの効果発動! このカードが墓地に送られた時、レベル1の綿毛トークン2体を守備表示で特殊召喚する!」

 

 

《綿毛トークン》 ATK/0 DEF/0

《綿毛トークン》 ATK/0 DEF/0

 

 

 タンポポの綿毛にデフォルメされた顔が描かれたような、特徴的なトークン。ダンディライオンが墓地に送られた時、という条件で強制的に発動するその効果により、新たに十代の場には壁モンスターが用意された。

 その様を見て、なかなかどうしてとブロンはにやりと笑う。

 

「味な真似をしてくれる! 武神ゴルドと闘神ラチナで2体のトークンに攻撃! 《武神剛衝波》! 《闘神烈衝波》!」

 

 魔神レインに続き、武神ゴルドから金色の輝く波動が。闘神ラチナから白金色に染まった閃光が放たれ、二体の綿毛トークンを苦も無く破壊する。

 しかしトークンは共に守備表示。十代にダメージはなく、いまだそのライフは健在だ。

 だが、これでついに十代の場には本当に何も存在しなくなった。

 

「フフ、もはや貴様に残る攻撃を防ぐ手立てはあるまい! 軍神シルバで攻撃! 《軍神圧衝波》!」

 

 シルバの両手から迸る銀色の光線。それは遮るものがない十代のフィールドを通過し、そのまま十代自身へと直撃した。

 

「十代ッ!」

 

 そのあまりの威力に吹き飛ばされる。それを見ていたジムの口から咄嗟に呼ばれた名前に、しかし十代は反応を返すことなど出来るはずもなく地面を転がっていった。

 数メートル。砂地の上を無様に転がる姿に、二人のデュエルを眺める多くのモンスターたちから下卑た笑い声が漏れる。嘲笑と砂煙に包まれる中、十代はうつ伏せに倒れたままだった。

 

 

十代 LP:2500→200

 

 

「ターンエンドだ。……貴様のライフは残り200。せっかくの超融合だが、わざわざカラレスを召喚するまでもなさそうだ。実に残念……フフ、ハハハ!」

 

 こらえきれないとばかりに響く笑い声。最早勝利を確信しているのだろう。ブロンの声にはどこまでも緩みきった余裕を感じ取ることが出来た。

 ブロンのライフは1200。十代のライフは200。ともに下級モンスターの攻撃で吹き飛ぶ値ではあるが、しかしフィールドの状況に差がありすぎた。

 かたや上級モンスターが四体。かたやモンスターも伏せカードもなし。どちらが有利であるかは明々白々であり、であるからこそブロンは勝利を不動のものと信じて疑わなかった。

 

 ――今この瞬間までは。

 

 

「……この程度か」

「――なに?」

 

 ぽつりと呟かれた言葉。

 風に乗って耳に届いたそれに怪訝な声を出せば、うつ伏せに倒れていた十代がいつの間にか膝立ちになっていた。

 片膝を立てて、十代は立ち上がる。顔は伏せたままだった。

 

「……こんな……もんじゃない」

 

 再びの言葉。しかしブロンは、その意味を推し量りかねた。

 

「……何を言っている」

 

 故に出てきた疑問の言葉。

 しかしそれは、十代の中に残されていた僅かな良心を消し飛ばすだけのものでしかなかった。

 

 

「――皆が受けた痛みは! 苦しみはッ! こんなもんじゃないって言ってるんだァッ!!」

 

 

「く……!?」

 

 顔を上げた十代。その鋭すぎる眼光に射抜かれて、気圧されたブロンが後ずさる。

 十代は一歩ずつ距離を詰め、再びデュエルの場に立った。

 

「ブロン……! 俺の仲間を殺した貴様だけはッ……貴様だけはッ! ――絶対に許さねぇ!!」

 

 金色に輝く両の瞳。本来の虹彩とは異なる色を宿すそれが、刺し貫かんばかりにブロンの姿を捉えて離さない。

 憎悪に満ちたその眼と殺気に押され一度は後ろに下がったブロン。しかしそこは彼も暗黒界の住人。王としての意地も手伝い、どうにかその場に踏み留まった。

 

「は、ハハハ! 何を言うかと思えば。貴様のライフは僅かに200! しかもフィールドは空だ! そんな状態で何が出来ると――」

 

 しかし気圧されていたのは事実だった。

 つまりは半ば虚勢に近い。が、自分に大丈夫だと言い聞かせる意味も込めてブロンは十代に強気な態度を見せた。

 そんなブロンを見つめる十代の眼は炎のように激しい。金色の瞳に仇敵を映し、昏い憎悪の光が爛々と夜闇に浮かび上がっていた。

 

「――俺のターンッ!」

 

 十代の手札は六枚。激情に身を委ね、十代は殺気立った声で手札から一枚のカードを手に取った。

 

「魔法カード《O-オーバーソウル》を発動! 墓地の「E・HERO」と名のつく通常モンスターを特殊召喚する! 来い、《E・HERO ネオス》!」

 

 

《E・HERO ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

 再び現れる十代のエース。だが、それだけで十代の行動は終わらなかった。

 

「更に魔法カード《コンタクト・ソウル》! 俺のフィールドにネオスがいる時、デッキ・墓地・手札から「N(ネオスペーシアン)」1体を特殊召喚する! デッキから《N(ネオスペーシアン)・アクア・ドルフィン》を特殊召喚!」

 

 

《N・アクア・ドルフィン》 ATK/600 DEF/800

 

 

 ネオスペーシアンの中でも代表格。逞しい人間の肉体にイルカの頭部を持つアンバランスなモンスターだが、明るく爽やかな性格であり、ネオスと共に十代をこれまで精神的にも支えてきた心強い仲間である。

 しかしそんな彼の表情も今はどこか影が落ちている。隣に立つネオスと共に、どこまでも怒りによって行動する十代に懸念を抱いているようだった。

 しかし、十代は彼らに目を向けることもなく、ただ手札に目を落として更なるカードを選び取った。

 

「魔法カード《NEX(ネオスペーシアンエクステント)》をアクア・ドルフィンを対象に発動! アクア・ドルフィンを墓地に送り、進化した姿となって現れろ! 《N(ネオスペーシアン)・マリン・ドルフィン》!」

 

 アクア・ドルフィンの青い体が濃い紺に染まり、その顔つきもどこかシャープなものへと変化していく。

 そしてより一層発達した肉体が従来にはない力強さを感じさせる。さすがはアクア・ドルフィンの進化形態といえるだろう。

 

 

《N・マリン・ドルフィン》 ATK/900 DEF/1100

 

 

 マリン・ドルフィンの効果はアクア・ドルフィンとほぼ同じだ。ただ失敗した際にダメージを受けるデメリットがなくなっているだけである。

 共に優秀なハンデス効果。だが、十代の狙いはその効果ではなかった。

 

「いくぞッ! ネオスとマリン・ドルフィンでコンタクト融合!」

 

 二体が頷き合い、同時に中空へと飛び上がる。

 ネオスとマリン・ドルフィンの飛ぶ軌跡が交差し、二体は重なり合って一つとなる。それこそがコンタクト融合。素材となった二体をデッキに戻し、新たに生まれたのは鋭い背びれにも似た突起を持つ、海のように青い紺碧のHERO。

 

「出でよ、《E・HERO マリン・ネオス》!」

 

 アクア・ドルフィンとネオスの融合体である、アクア・ネオス。それよりも色の濃くなった青を身に纏い、より一層シャープな肉体を手に入れたネオスの新たな可能性。

 鍛え上げられ太さを増した両腕を組み、マリン・ネオスは力のこもった目で暗黒界の悪魔たちを見据えた。

 

 

《E・HERO マリン・ネオス》 ATK/2800 DEF/2300

 

 

「マリン・ネオスの効果発動! 1ターンに1度、相手の手札1枚をランダムに選択して破壊する! 貴様の手札は1枚のみ! さぁ、超融合のカードを捨てろ!」

「く……!」

 

 マリン・ネオスが組んでいた腕を解き、その手から迸る超音波のごとき波動が放たれる。

 それは一枚のみのブロンの手札を直撃し、その手に握られていた《超融合》のカードが墓地へと送られた。

 これでブロンの頼りにする超融合は消えた。更にその手札は0だ。しかし、まだフィールドにはモンスターが並んでいる。

 

 ――まだだ、まだ足りない。

 

 十代はこの程度では自分の怒りは収まらないと示すかのように、更なる行動へと移っていった。

 

「手札から《ミラクル・フュージョン》を発動! 墓地のスパークマンとアクア・ドルフィンを除外する! この2体を素材として現れろ、極寒のHERO! 《E・HERO アブソルートZero》!」

 

 フィールドに氷乱の風が巻き起こり、墓地に存在する二体がその氷の渦の中へと消えていく。

 HEROと水属性。その特殊な融合素材によって召喚されるのは、十代のデッキにおけるエースの一体、氷を司るE・HEROであるアブソルートZero。

 結晶が舞い散る中、白銀のマントを翻して現れた氷のHEROが悠然とマリン・ネオスの隣に並んだ。

 

 

《E・HERO アブソルートZero》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

「更に墓地の魔法カード《NEX》を除外し、《マジック・ストライカー》を特殊召喚! 更に《E-エマージェンシーコール》! デッキから《E・HERO エッジマン》を手札に加える!」

 

 

《マジック・ストライカー》 ATK/600 DEF/200

 

 

 このカードは使い勝手のいい特殊召喚効果を持つ。更には直接攻撃能力や戦闘ダメージを0にする効果を持ち、使い方次第では非常に強力なモンスターとなる。

 続いてエマージェンシーコールで十代が手札に呼んだのは、融合体ではないE・HEROの中では最も元々の攻撃力が高いレベル7のE・HERO、エッジマン。

 そして十代の場には現在、マリン・ネオス、アブソルートZero、マジック・ストライカーが存在している。……何より十代はこのターン通常召喚を行っていない。

 金色の瞳をフィールドに向け、十代は声を上げた。

 

「俺はマジック・ストライカーとアブソルートZeroをリリース! 《E・HERO エッジマン》をアドバンス召喚!」

 

 二体のモンスターが光の中に消え、その光を切り裂いて現れるのは黄金色に輝く体躯を持った雄々しきHERO。通常召喚可能なHEROとしては最高の攻撃力に貫通効果を併せ持つ強力なHEROが地を踏み鳴らして豪快に降り立った。

 

 

《E・HERO エッジマン》 ATK/2600 DEF/1800

 

 

 現れる脅威。だがブロンは今の十代の行動に、馬鹿にするかのように鼻を鳴らした。

 

「クク、攻撃力の差はわずか100か! それだけのためにわざわざ出した融合モンスターを生け贄にするなど……」

 

 非効率的このうえない。そう続けようとして、それはしかし十代の声に遮られる。

 

「この瞬間、アブソルートZeroの効果発動!」

 

 高らかに宣言し、十代はその手をフィールドに向ける。

 その手が示す先をブロンも見る。それは己のフィールド上。そこには光の反射によって煌めく細かな粒が空中を漂っているのが見て取れた。

 それはアブソルートZeroが残した力の欠片。存在するだけで周囲を超低温に冷やしてしまうその力は、仲間たちを助けるため彼が倒れた後にその真価を発揮する。

 

「このカードがフィールドを離れた時――相手フィールド上に存在するモンスターを全て破壊する!」

「ば、馬鹿なっ!?」

 

 魔神レインが持つ効果に通ずる、同じく圧倒的なアドバンテージをプレイヤーにもたらす強大な効果。

 相手フィールド上のモンスターのみを破壊し尽くすという、まさしく理不尽極まりないほどの効果。魔神レインによって十代に与えられたそれが、今はブロンに与えられようとしている。

 その大きく避けた口から呻き声が漏れる中、ブロンのフィールドに漂っていた冷気が、急速にモンスターたちへと集まっていく。

 

「貴様のモンスターなど……誰一人、生かしておくかァッ! ――《絶対零度(Absolute Zero)》!」

 

 瞬間、全身を氷に覆われる暗黒界の神たち。

 最大級の冷気は体の芯までをも冷やしきり、凍り付いた体が音を立てて崩れていく。

 砕け散る氷によって生まれた結晶の嵐がまるでダイヤモンドダストのように煌めいてフィールドの上を流れていく。その美しい光景を、ブロンは茫然とした顔で見つめていた。

 

「わ、我のフィールドが……」

 

 四体並んでいた暗黒界の神たちが、全滅。あと少しでカラレスの召喚も叶うところであったというのに、その計画の全てが氷となって崩れ落ちていく。

 己の目的ごと粉砕した氷が視界の中を飛ぶ。その様を、どこか現実感を得られないままブロンはただ見ていることしか出来なかった。

 そんなブロンの様子に、十代は喉の奥からこぼれそうな笑みを押し殺す。一泡吹かせてやったという愉悦が沸き起こったためだ。

 

「これで貴様のフィールドにカードは0、手札も0だ……」

 

 そう、これだ。こうしてやりたかった。

 ただ倒すだけでは生温い。奴が頼りにするモンスターも、奴の切り札も、手札から場に至る奴を守る可能性のある全てを破壊してやらなければ我慢ならなかった。

 今、それは叶った。

 それを実際に目で見て確認し、十代は嬉しそうに口の端を持ち上げる。

 

「何もできず、希望もなく。俺の仲間たちに懺悔しながら――死ね!!」

 

 酷薄さを隠そうともしない嗜虐性に満ちた顔。喜びの笑みはいつの間にか陰に潜み、その顔にあるのは憎悪と怒りの感情。

 その感情が命ずるままに、十代はブロンの命を刈り取る攻撃の指示を下した。

 

「ゆけ、マリン・ネオス! 《ハイパーラピッドストーム》ッ!!」

「ぐ、ァアッ!!」

 

 

ブロン LP:1200→0

 

 

 マリン・ネオスの放つ波動がブロンを直撃し、ブロンの体が大きく吹き飛ばされる。

 苦痛の声を上げる中、0を刻むブロンのライフ。

 デュエルの決着はついた。――しかし。

 

「まだだッ!! こんなものですませるか……! エッジマンで更に追撃! ダイレクトアタックだッ!!」

「ひ、ヒぃ……!」

 

 激しい痛みにより倒れ、デュエルにも負けたうえでの更なる攻撃。さしものブロンの口からも小さく悲鳴が漏れ、倒れた身体を動かして僅かに後ずさる。

 しかし瀕死の体での動きなどたかが知れている。迫るエッジマンから逃れるにはあまりにも虚しいその抵抗は意味を為さず、エッジマンによる攻撃が倒れ伏すブロンを叩き潰した。

 

「グ、グァァアアァアッ!!」

 

 絶叫を上げ、ブロンの命が潰える。

 その様を余すところなく見届けた十代だったが、ふと断末魔の声を上げたブロンが消えゆく腕をゆっくりと上げるのを見た。

 その腕は十代のほうに向く。

 指をさして十代を示し、ブロンは邪悪に笑う。

 

 ――フ、ハハ……負の感情に満ちた、いい眼だ……クク……。

 

 最後にそれだけの言葉を残して、エッジマンの拳の下でブロンはついに光となってこの世から消滅する。

 同時にエッジマンとマリン・ネオスもまたデュエルが終わっていることもあってその姿を消していった。

 

「はぁッ……はぁッ……!」

 

 十代の勝利。しかし、そのことに喝采の声を上げる者はおらず、讃える者もいない。

 激しい感情に支配されてデュエルを駆け抜けた疲労によるものか、十代は肩で息をしていた。その足元に、ブロンの元から一枚のカードが風に乗って流れてくる。

 

 ――《超融合》のカード……。

 

 それを拾い上げた十代は、仲間の命によって生まれたそのカードをどうしてくれようかと考えを巡らす。破り捨ててやろうか。そう思いもしたが……結局、十代はそのカードを懐にしまうだけだった。

 たとえこれが皆の生贄によって生まれたものだとしても。これを破り捨てることは、皆の命を無駄にしてしまう。これは皆の命そのものなのだから。

 そう思うと、どうしても十代には超融合のカードを破り捨てることなど出来なかったのだった。

そんな十代の姿を、マナとジム、オブライエンの三人が気遣わしげに見ていた。しかしすぐに三人は頷き合い、十代の下へと歩み寄っていく。ブロンが負けて消滅したことでざわめくモンスターたちの視線に晒される中、一人立つ十代の肩にジムは手を置いた。

 

「……十代」

 

 振り返った十代の眼は元の色彩に戻っている。もっともブロンとのデュエルを十代の背中越しに見ていた彼らは、その瞳が先程まで金色に染まっていたことに気付くことは出来なかった。

 ジムの横にマナとオブライエンも並ぶ。

 三人の仲間たち。五人もの仲間が……友が命を落としたことを改めて感じて、十代の顔が歪む。更に遠也とヨハンまでも……。

 悲しみと苦しみが十代の心を襲う。だが、せめてもの仇は討った。怒りと憎しみに塗れた心を僅かに疼かせ、十代は昏く虚しい達成感を覚えていた。

 荒かった呼吸が落ち着いていく。そして十代はジムたちへと振り返った。

 

「……行こう。ここにはもう、いたくない……」

「十代くん……」

 

 能面のように感情がなくなった表情と、平坦な声。それがあまりにも大きな悲しみと辛さに遭い、心が壊れてしまうことを防ぐための自衛によるものだとマナは悟る。

 感情を限りなく薄くし、感じる心そのものを凍らせてしまうことで、十代はこの大きすぎる悲しみから目を逸らしている。だが、それは逃げではない。そうしなければ心が壊れてしまうほどに、十代の精神はギリギリのところにきているのだ。

 それがわかるから、三人は何も言うことが出来なかった。友を失った悲しみは彼らだって同じだ。しかし、自分のデュエルによってその事態が引き起こされた十代の心は、察するに余りある。

 

 しかし、今の憔悴しきった十代の姿はあまりにも……。

 

 マナは泣きそうになる自分を胸の内で叱咤した。ここで自分が泣いてもどうにもならない。今自分に出来ることは、十代の友として、仲間として、彼を支えてあげることだった。

 幽鬼のごとく覚束ない一歩を踏み出した十代。その体を、マナはそっと支えた。今ここに遠也はいない。なら、今は自分で出来ることをやっていくしかない。

 皆が死んでしまったことは、今でも大きな痛みとなって心を蝕んでいる。けれど、十代もジムもオブライエンも、それにタニヤのところに残った三沢、カイザー、エドもいるのだ。

 遠也とヨハンだって、きっと生きている。だから、今は何としても自分たちは生きなければならないのだ。彼らともう一度会った時に、今の自分たち以上の辛さを皆に与えないために。

 そして、未だに安否のわからない遠也とヨハンの二人を無事に見つけ出すために。

 そんな決意と共にマナは十代と共に出入り口に向かって歩く。やがてジムとオブライエンが並び、力仕事は男の仕事だぜ、と笑みを見せて十代の体を支える役をマナと代わる。

 その笑みが強がりであることは誰の目にも明らかだったが、今はその強がりでも必要なことだった。マナは素直に感謝して二人に役目を譲り、ここに来るときと同じように先行して偵察に当たる役割を担うことにした。

 その間も一言も発さない十代に心配の気持ちを募らせながら、三人は静かに暗黒界の砦を後にする。ブロンという指導者を失い混乱が続くモンスターたちは、彼らに手を出す余裕もなくただ去る姿を見つめるだけだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 外で待機していた音速ダックにまたがり、四人は借り受けていた音速ダックを返すため、そして十代を休ませるためにフリードたちのところへ戻ろうとしていた。

乗り手がいなくなってしまった音速ダックたちは、仲間意識でもあるのか何もせずともついて来ている。また今の状態で一人乗せるのは危険ということで、十代はジムと相乗りをしていた。

 そうして細い道を作り出している岩の渓谷を抜けた先。そこで、これまで口を閉ざしていた十代が声を発した。

 

「……止まってくれ」

「What?」

 

 突然の停止の願い。

 それを不思議に思いつつも、ジムは言われるがままに音速ダックを一度止めた。

 それに気が付いたオブライエンも足を止め、先行して飛んでいたマナも引き返してきてジムの元へと集まってきた。

 

「どうした、ジム」

「何かあったの?」

 

 二人の言葉に、ジムは後ろにまたがる十代に目を向けた。

 

「いや、十代が……」

 

 言い切る前に、十代が音速ダックの上から腕を進行方向とは九十度異なる真横に向けて、指を指した。

 つられて三人が視線を向ければ、そこにはやはり荒野が続いている。いや、いささか遠くはあるが、川のようなものも見ることが出来た。

 それを確認した三人を見ぬまま、十代は虚ろな目で呟く。

 

「……皆の墓を作りたいんだ。あそこなら水があるし、そんなに離れていないと思って……」

 

 皆が死んだ場所から。

 言わずとも伝わったニュアンスに、三人は痛みをこらえるような顔になる。皆がいなくなったのはつい先ほどの事だ。忘れるにはあまりにも時間が短く、その痛みは彼らの中に強く根付いている。

 だが、彼らとしても皆のお墓を作ることに否はなかった。彼らは死んだのだ。それを認めざるを得ないことに葛藤はあるが、しかしだからといって彼らの死を何もせずに放り投げてしまうことには抵抗があった。

 フリードたちのところに戻って落ち着いてからとも思っていたが、今回もっとも心に傷を受けた十代が今がいいと言っているのだ。三人はそれに従うことにした。

 帰り道の軌道を外れ、四人は川に向かって音速ダックを走らせる。その間、彼らの間に言葉はない。歓談するような気分でもなく、亡くなった友たちを悼みながらの道中となった。

 そうして辿り着いた川のほとり。そこで四人は地面に降りて早速作業を始めた。

 化石発掘を行うことから土作業に経験のあるジムが中心となり、土を近くにある岩場の陰に盛っていく。そうして出来た五つの小さな土の山。加えてさらに山を作ろうとしたジムに、マナは「待って」と声をかけた。

 

「What? どうしたんだ、マナ」

「……たぶんジムくんが作ろうとしてくれたのは遠也とヨハンくんの分だと思うけど、それは作らないでほしいの」

 

 ジムは反射的に何故と問いそうになって、直前で口を噤んだ。

 遠也とヨハンは明日香たちとは違って明確に目の前でその死を見たわけではない。あくまでブロンがそう言っていただけに過ぎないのだ。

 だから、二人はまだ生きている可能性がある。マナはその可能性を信じたいのだと気づいたからだった。

 

「……OK。オブライエン、何か墓石の代わりになるものはないか」

「皆から預かっていた予備のデュエルディスクがある。……デュエリストならば、これのほうがいいだろう」

「サンクス」

 

 オブライエンの手からデュエルディスクを受け取り、ジムはそれを一つ一つ盛られた山に刺していく。墓標となるそれを突き刺すたびに痛む心をこらえながら、ジムは五つ目のデュエルディスクを手に持った。

 

「……待ってくれ、ジム」

「十代?」

 

 突然声をかけられ、ジムは十代を見る。

 十代は相変わらず力のない瞳をしていたが、しかしその声にはなぜか逆らい難いものが感じられた。

 

「最後の一つは、俺にやらせてくれ……頼む」

「あ、ああ。わかったよ」

 

 ジムはデュエルディスクを十代に渡す。

 受け取った十代は五つのお墓の中で唯一まだ墓標が建てられていない土の前に立って、静かに目を閉じた。

 

「――明日香……」

 

 こぼれるのは、十代にとって恐らくは初めてだろう気持ちを抱いた相手だった。

 一年生の頃からずっと一緒に行動して、いつの間にか自分にとって一番親しい異性となっていた少女。時に激しく、時に優しく。仲間を思う気持ちは人一倍強い奴だったと過去を思い起こす。

 自分が遠也とヨハンを犠牲にしてしまい落ち込んでいた時も、明日香は自分のために怒ってくれた。あの時明日香がいなければ、きっと自分は立ち直れはしなかっただろうと思う。

 二年生の時、斎王に洗脳された明日香を見た時。「明日香らしくない」と嫌に思った。今思うと、あの時から自分が気付いていなかっただけで明日香の事を特別な感情で見ていたのかもしれないと思う。

 けれど、今更気が付いてもどうしようもない事だってある。既に明日香は死んだ。その事実が十代の心にのしかかる。

 何も告げることが出来ないまま。もはや取り返しのつかない現実の中で、十代は今生きている。そこに万丈目、剣山、吹雪、翔、ヨハン、遠也はいない。当然のように、明日香も。

 そのことが――悲しかった。

 

 十代は無言でデュエルディスクを土に刺す。墓標となり、五人の墓としてついに完成されたそれの前で、ジム、オブライエン、マナが黙祷を捧げる。マナの目元にうっすら光るものから目を逸らし、十代もまた皆を思って目を閉じた。

 そうして幾らの時間が流れただろう。数分にも感じられる時間、彼らはそうして祈りを捧げていた。

 やがてジム、オブライエンが目を開き、マナもまた目を開いて辛い現実と向き合い生きていかなければいけないのだと覚悟を決める。

 しかしそんな中、十代だけはいまだに目を閉じていた。しかし急かすような真似は誰もしない。ただ静かに十代の背中を見つめている。いつまでもここで皆といたい気持ちは嫌でも理解できたからだった。

 それゆえ、彼らは黙って十代を待っていた。その時。

 

「……ごめん、三人とも。少しの間、一人にしてくれないか」

 

 十代が、震える声でそう言った。

 泣いているのかどうかは背中からは確認できない。けれどもしそうなら、泣いている姿を他人に見られたくない時もある。

 ジムとオブライエン、マナは素直にそれに頷いた。「じゃあ、少し離れているね」そうマナが告げれば、十代は小さく頷いた。

 それを見てから、三人は十代の姿が見えない音速ダックたちを止めた辺りまで戻った。一分もかからない距離だ。墓を岩場の陰に作ったこともあり、ここからでは十代の姿は見えない。

 誰にも邪魔されず自分の心と向き合い、それで少しでも十代に気力が戻ってくれたらいい。常の明るい十代のことを思い出し、彼らはそう願うのだった。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ジムとオブライエン、マナがいなくなった五人の墓の前で一人、十代は目を閉じて考える。どうしてこうなってしまったのかを。

 自分がユベルを宇宙に飛ばしてしまったのがいけなかったのか。ユベルが他人を傷つけていくのを見過ごせばよかったのか。仲間を作ってしまったのがいけなかったのか。皆と一緒にいたいと願ったのが駄目だったのか。

 遠也、明日香。自分が辛い時、助けてくれた二人はいない。俺は一体どうすればいいんだろう。仲間を助けるために仲間を失って……俺は本当はどうしたらよかったんだろう。

 何が正しかったのか、もはやわからない。完全に己のよりどころを失ってしまった十代は――気が付けば、暗い闇の中に立っていた。

 心の中の、そこは深い深い場所だった。天井も床も壁もない、ただ黒い闇に塗りつぶされた奇妙な空間。空間の隙間を埋めるように、いくつもの無地のカードのようなものが浮かんでいるのが尚更奇異に映る。そのカードの群れは、鏡と言っても過言ではない滑らかさで十代の姿を映していた。

 よくよく見れば、その鏡に映っているのは十代だけではなかった。剣山、万丈目、吹雪、翔、そして明日香。失った仲間たちの姿がそれぞれ映り、そして消えていく。

 そして十代の手には《超融合》のカードがあった。仲間たちの命を糧に生まれた忌むべきカード。……それでいて皆の命そのものといえるカード。

 複雑な表情でそれに目を落とす十代。その耳に、響く声があった。

 

『ふふ、超融合のカードか……』

「……誰だ?」

 

 誰何の声にも力がない。

 そしてその張りのない声に、どこからか言葉が返ってくる。

 

『遊城十代。この世界は、力こそがルール。力がなければ何もできず、守れない』

「……それは……」

 

 そうかもしれない、と十代は思った。

 もっと力があれば、そもそも明日香をさらわれなかったのではないか。もっと力があれば、ブロンを即座に倒して皆の命を散らせることもなかったのではないか。もっと力があれば、遠也やヨハンを犠牲にすることなくユベルと決着をつけられたのではないか。

 そう、もっと力があれば……。

 次第に十代の中で明確な形を得ていく一つの真理。それに伴い、十代の目の前で黒い影のようなものが徐々に人型を形作っていく。

 

『力に善悪はない。が、善ばかりで出来ることはあまりに少ない』

 

 人型はやがて男性の形となり、十代とよく似た背格好になっていく。

 黒い異形は口のあたりを歪ませて言葉を続ける。

 

『悪を倒すためならば、悪にでもなる。争いをなくすためには、争わねばならない。そうしてこの弱肉強食の世界を、力により支配するのだ。そしてその力は今、お前の手の中にある』

 

 はっとして十代はその手に持つカード――《超融合》を見た。そして、再び顔を上げて声の主と向かい合う。

 静かに、しかし力強く語られていく言葉。その言葉が自身の心に染み込んでいっていることを、十代は何となく感じていた。

 

「お前は、一体……」

 

 先ほどの誰何とは違う。今度は明確に、目の前の存在が何者であるのかを知りたいという欲求によって生まれた問い。

 それに応える黒い異形の出で立ちは、十代そのものであった姿から刺々しく攻撃的な鎧を着こんだ姿へと変貌していた。

 そして、ついにその名が明かされる。

 

『我が名は――“覇王”。この世界を支配する者』

 

 厳かささえ感じる声。その響きを、十代は繰り返す。

 

「覇王……」

 

 その名を聞き、十代は覇王と名乗った存在に手を伸ばしていた。まるでそうすることが当然であるかのように、その行動は疑いもなく十代の中で実行に移される。

 十代の眼が金色に染まる。

 そして――。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

「なぁ二人とも。さすがに遅くないか」

 

 ジムはオブライエンとマナの二人にそう問いかける。

 音速ダックと共に一人になりたいと言った十代が帰ってくるのを待っていた二人だったが、ジムの言葉に振り返ると揃って首を縦に振った。

 

「そうだね。いっぱい思うことはあるだろうけど……」

「しかし、ここはまだ安全圏ではない。……十代には悪いが、そろそろ発たねばいけないだろうな」

 

 二人とも十代を急かすようなことになってしまうことに抵抗があるのだろう。それはジムも同じだったが、しかしいつまでもここにいるわけにはいかなかった。野生のモンスターに襲われる可能性もあるのだ。

 人の死に、今の十代や自分たちは敏感になっている。だからこそ、出来るだけそうした危険は遠ざけたかった。

 

「迎えに行こう。ここには、また気持ちが落ち着いてから来ることも出来る」

「ああ」

「うん……そうだね」

 

 やはり気が進まないのだろう、三人の声にはどこか苦渋の色がある。

 しかしこのままここにいることが最善ではない以上、彼らはここを離れなければいけなかった。しかし十代の気持ちもわかる。だからこそ、五人の墓まで再び向かう彼らの足は重たくなっていた。

 しかし今は非常時であり、仕方がない。そうどうにか気持ちを納得させて彼らは岩場の陰に作った墓を見る。

 

 ……だが、そこに十代の姿はなかった。

 

 

「あれ?」

「……十代はどこにいるんだ?」

 

 マナとジムが疑問を口にし、オブライエンが墓の前まで行ってその周囲を探る。

 しかし、どこにも見慣れた赤いジャケットを見つけることは出来なかった。

 

「駄目だ、見当たらないぞ!」

 

 オブライエンの言葉に、ジムとマナは十代までもを失うことになるのかと、さっと心が冷え込んだ。

 そして二人も近くを探すが、十代の姿はどこにもない。マナは空から探すが、しかしそれでも見つかることはなかった。

 離れていたのは数分、十分にもならないはずだ。それだけの時間で、空を飛べるマナにも見つからない距離へ徒歩で移動したとは考えづらかったが……。

 しかし現実に十代の姿はどこにもない。その考えづらい事態が起こったのだと認めるしかなかった。

 一体、十代はどこに行ってしまったのか。三人はそれからも五人の墓を中心に捜索を続けたが、結局十代を見つけることは叶わなかった。

 次第に空は暗くなり、見渡せる範囲も短くなっていく。夜になり、捜索自体が困難になっていく。そうなっては、十代の捜索を一時止めるしかなかった。ここで無理をしてジムやオブライエンまで倒れる、あるいはモンスターに襲われてはたまらないからだ。

 マナにも迎撃できない大物が出てくる可能性もある。そのため、彼らは後ろ髪を引かれながらも一時撤退するしかなかった。

 

 

 

 ――翌日。

 音速ダックを返した後に、フリードらも十代の捜索に協力してくれたが結局十代は見つからなかった。

 一体、どこに行ってしまったのか。

 マナたちは次々といなくなっていく仲間たちに、騒ぐ心を抑えられなかった。

 空に浮かぶ箒星。その輝きを見上げながら、照らされたその表情は誰もが苦しげに歪められていた。

 

 

 

 

 



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第76話 覇王

 

 空に浮かぶ青い彗星。仄明るく世界を照らしているその光もほとんど届かないような深い森の中。

 騒がしく雑草を踏みつけながら、一人の少年が走っていた。

 

「はぁ、はぁ……っ!」

 

 荒い呼吸。乱れる吐息に余裕は感じられず、切迫した状況であることはその恐怖にひきつった表情が物語っていた。

 

 そう、少年は今まさに危機に晒されていた。それこそ命にかかわる大事であり、その恐ろしさ故に少年はいま必死に足を動かしているのであった。

 しかし、所詮は子供の足。更に言えば、森の中という足場の悪い場所であったことも一因だっただろう。少年に死の恐怖をもたらす者たちの足音は、既に背後にまで迫っていたのだ。

 少年は恐る恐る振り返り、そしてすぐに後悔した。そこにはニヤついた目をメットの下から覗かせたモンスター――《バトルフットボーラー》の二人がいたのだから。

 

「あっ!」

 

 しかも後ろに気を取られたためか、足元に転がっていた石に気付かずにつまずいてしまう。バランスを崩し、地面に倒れ込む。すぐに起き上がるが、既に二人のモンスターは目と鼻の先に立っていた。

 

「あ、ぁあ……」

 

 逃げられない。

 それを悟った少年の口から震えた声が漏れ、目尻に涙が浮かび始める。

 その様子を見て、バトルフットボーラーは笑い声を上げた。

 

「へへへへ、運がなかったなガキ。向かってくるデュエリストは倒せと言われているが、他には何も言われてねぇのよ!」

「ヒャハハ! つまり、そうじゃない奴らは皆殺しにしようと問題ないわけだぁ!」

 

 弱者を嬲る快感に酔いしれる二人は、デュエルディスクを着けた左腕を掲げる。それはデュエルを行うという合図であり、デュエリストではない少年に抗う術はない。

 ただ訪れる死を受け入れるしかない現実を否でも理解し、少年は恐怖のあまりに強く目を閉じて震えるしかない。

 

「じゃあな、ガキ!」

「覇王軍の一員たる我らに見つかってしまった馬鹿な自分を恨め! ヒャハハ!」

 

 いよいよその力が自分に向かって振るわれる。

 二人の声を聴いてそれを察した少年は、死にたくないとただ強く願った。

 そして次の瞬間。

 少年にもたらされたのは痛みと恐怖ではなく、柔らかい温もりと浮遊感であった。

 

「――ふぅ、なんとか間に合ってよかったぁ」

「え?」

 

 まるで少女のように高い声。けれど、近くには誰もいなかったはずだった。

 だから耳元で聞こえたその声を疑問に思って、少年は閉じていた目を開いた。

 

 まず視界に飛び込んできたのは先程よりも近い空、そして風に揺れる金色の髪だった。次いで青やピンクといった明るい色合いの服が目に入る。服といっても肌色も多く見られる格好は年端もいかぬ少年であっても、少々目のやり場に困った。

 ついと視線を逸らせば、そこにはエメラルドを思わせる緑の瞳。加えてその宝石を乗せるに全く見劣りしない卵形の小さな顔がすぐ近くで自分を見つめていた。これまでに見たことがないほどに整った顔立ち。それに思わず見とれていると、少女――ブラック・マジシャン・ガールの精霊であるマナは固まっている少年を恐怖が残っていると取ったようだった。安心させようと、にこりと微笑む。

 瞬時に少年の頬に赤みが差した。異性がどうこうという年齢にはまだない少年だったが、家族でもない年上の女の人、その綺麗な微笑みには気恥ずかしさを感じたらしかった。

 

 だが、そんな一種和やかな空気も空を飛ぶマナの下から響く怒声によって掻き消された。

 

「なんだ、貴様は!」

「我ら覇王軍に楯突くのか!」

 

 バトルフットボーラーたちが空を見上げて怒鳴り散らす。そんなドスのきいた声に少年はびくりと体を震わせるが、対してマナのほうはというと涼しげな顔で全く怖がってなどいなかった。

 マナはバトルフットボーラーたちから離れたところに少年と共に着地する。そして、彼らの背後から近づいてくる旅用の外套を羽織った二人を確認すると、小さく微笑む。

 

「うん、楯突くよ。……私だけじゃないけどね」

 

 なに、と訝しげな声を漏らすバトルフットボーラーたちは、そこでようやく背後から近づいてきた二人に気付く。

 距離を幾らかおいて立ち止まった外套の二人組は、頭から体までを覆うそれを一気に脱ぎ捨ててその姿を晒す。

 ジム・クロコダイル・クックとオースチン・オブライエン。既にデュエルディスクを腕に着けた仲間の姿を見て、マナは「もう安心だよ」と少年に笑いかけた。

 

「Hey、お前たちの相手は――」

「俺たちだ」

 

 ジムとオブライエンの声が繋がり、デュエルディスクを起動させる。

 バトルフットボーラーたちも二人に対して慌てたようにデュエルディスクを構えた。

 

「「デュエル!」」

 

 

 

 

 デュエルの結果はジムとオブライエンの勝利で終わった。そしてマナが助けた少年をつれ、三人は彼の保護者である祖父のもとへと少年を連れて戻っていった。

 

 今回の件は、三人が恐慌状態に陥っていたお爺さんを発見したことに端を発する。そのお爺さんに話を聞いた彼らは、孫である少年が覇王軍に対する恐怖のあまりに一人この場を離れてしまったと聞いたのだ。

 また、その後を覇王軍が追っていったとも聞き、マナが先攻して少年を保護。更にジムとオブライエンがその後追いつき、覇王軍の者であったバトルフットボーラーを倒して少年を助けたのである。

 お爺さんは涙を流して孫の無事な姿に、少年は祖父との再会に喜んで抱擁を交わす。その姿を、マナたちは小さな達成感と共に見守っていた。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 ――覇王軍。

 

 それはこの世界で唐突に勢力を拡大し始めた新興の組織である。

 覇王と呼ばれる一人のデュエリストを頂点に、幾多もの強力なモンスターによって構成された軍は精強の一言である。それら強力なモンスターたちを一手に従えていることからも、覇王の実力は疑いようのないものとして恐れられている。

 

 十代とはぐれてから時が過ぎ、その姿を探して放浪する中で三人はこの覇王軍の噂を幾度となく聞いてきた。

 彼らはデュエリストの存在に執着を見せている。そのため、デュエリストでないなら容赦なく殺される。覇王はこの世界の四方全てに軍を向けており、その魔の手から逃れることは出来ない。などなど。

 しかし不思議なのは、その中の一つの噂だった。なんでも覇王は「向かってくるデュエリストは倒せ。ただし、そのデュエルで勝った戦士は献上せよ」という指示を出しているらしいのだ。

 要するに、自分の部下を倒すほどのデュエリストを欲しているらしいのである。それは戦力増強のためなのか、そうではないのか。定かではないが、既に何人か覇王軍の者を倒したデュエリストが連れ去られているという。

 そして守る戦士がいなくなった集落を、彼らは再び襲う。勝たねば奪われ、勝った後も対抗手段がなくなった後で奪う。その非道さゆえ、覇王軍は今や恐怖の代名詞となっていた。

 この世界は弱肉強食の世界だ。それがこの世界のルールなのだと言われれば、そうなのだろう。しかし、現在住む多くの住人は突然この異世界に放り出されたのだ。非力な民衆はあまりに弱く、デュエリストたる戦士が守らねば明日も知れない生活を送っているのである。

 ならば、彼らを守るためにデュエリストが戦うのは必然だった。結果、覇王軍に立ち向かった彼らは倒され、彼らの住処もまた覇王軍によって蹂躙され、破壊されていく。

 そうして覇王軍は勢力を拡大させているのである。

 

 十代がいなくなった後、マナたちはまずフリードのところに戻った。そしてそこで準備を整えて、十代を探す旅に出たのだ。しかし一向に見つからず、そうこうしている内に覇王が台頭してきた。

 覇王の力は凄まじい。その力の強大さは破竹の勢いで進む侵略行為から明らかだった。

 そしてだからこそ、マナたちは十代の身を案じていた。常の十代ならばデュエルで後れを取ることはないだろうが、仲間を失い心に大きな傷を負った今の十代なら話は別だ。

 だからこそ、マナたちが立ち止まることはない。

 何としても十代を見つけ出す。その決意の下、彼ら三人は助けた二人と共にジムが召喚した《古生代化石マシン》を足にして旅をしているのだった。空を飛べるマナはともかく、ただの人間であるジムとオブライエンにとって、車の形をしておりまさしくそのように運転もできる古生代化石マシンは有り難い移動手段になっていた。

 

「ィイヤッホオオォォオゥ!」

「ジム! 飛ばし過ぎだ! 老人と子供が乗っているんだぞ!」

 

 そしてそんな化石マシンを操るジムは、ノリノリでマシンを走らせていた。

 助けた二人を集落に送り届けるために乗せていることもあり、オブライエンは苦言を呈する。ちなみに、マナはあえてマシンに同乗せずに隣を飛んで並走していた。

 

「Hey、オブライエン! Time is moneyだ! 覇王軍がいる今、危険はどこにでもある! なら、多少無理をしてでも時間を短縮した方がいいのさ!」

「それはわかるが……」

「それに、こうして風を感じていれば嫌なことだって忘れられる! 彼らも……俺たちもな」

「ジム……」

 

 オブライエンは神妙な顔になる。

 十代の無事を信じている彼らだったが、しかし全く不安を感じないわけではない。もしかしたらという恐怖は常に心を蝕んでいる。

 だからこそ、ジムはこうして気分転換を図っているのだろう。覇王軍に襲われた彼らの不安と、十代の無事を疑いそうになる自分たちの不安。それらをまとめて紛らわせるために。

 

 しかし。

 

「だからといって……叫ぶ必要がどこにある!」

「愚問だな! そんなの、風が気持ちいいからに決まってるぜ! なぁ、カレン!」

 

 ジムの声にその背で「グァウ」と珍妙な鳴き声で応えるワニ。そんな一人と一頭に、オブライエンは頭が痛いとばかりにかぶりを振った。

 そんな二人の後ろでおっかなびっくり車体にしがみつくお爺さんと少年。そしてそんな彼らの様子を、マナは苦笑して眺めていた。

 

 

 

 

 そうしてやがて二人が暮らす集落に着いた一行は、二人をその集落に下ろして少し休んだ後すぐに出発した。

 集落に住む者たちから感謝を受け、特に集落を守る《絶対防御将軍》のバーガンディと名乗った男には殊更の感謝を受けた。更に出来ればこの集落に残って覇王軍から共に皆を守って欲しいとも言われたが……三人はその提案に首を横に振った。

 彼らには十代を見つけ出すという目的があったからだ。それは一か所に留まっていては絶対に叶うことのない目的である。その理由を告げれば、バーガンディも惜しいと言いつつもそれ以上言ってくることはなかった。

 

 だが代わりにこう聞いて来た。その少年を探すのはいいが、アテはあるのかと。

 

 それにマナたちは頷いて答えた。アテはあると。

 

 それは覇王に関する噂の一つ。覇王は部下を倒したデュエリストがいればそのデュエリストを抱え込もうとしているらしいというもの。既に幾人かは連れ去られていると聞く。十代ほどの強さならば覇王の部下に負けるとは考えにくい。ならば覇王の部下を倒し、既に覇王の手に落ちている可能性も否定できない。さすがの十代も一対一ならともかく軍と呼ばれるほどの多を相手にすれば、捕えられてしまうことも有り得るだろう。

 もちろん絶対の保証はない。しかし、十代がいなくなってから多くの集落や土地を回ったが、一向に手掛かりすら見つからないのだ。ならば、たとえ無理な理屈でも十代がいるかもしれないと思える可能性を頼るしかない。

 ゆえに、三人が目指す目的地はただ一つ。覇王の居城である覇王城。そここそが十代を探す彼らが今目指すべき場所だった。

 

 

 

 覇王城の場所はバーガンディ曰く、この集落からそれほど離れていないらしい。北に存在する岩場の続く渓谷を抜けた先に建つ異形の城。それこそが覇王城であると三人は教わる。

 その時に少し休んでから行けばいいと気遣われもしたが、それはジムとオブライエンが断った。もし十代が囚われているのなら、すぐにでも助けに行きたいと言ったからだ。

 遠也とヨハンのこともある。時間をかけても状況は良くならない。そう主張した二人の強い意志に否を言うものは誰もいなかった。

 そうして三人は集落を出て、バーガンディの情報を頼りに切り立った崖に覆われた渓谷に入る。マナも今は飛ぶことを止め、ジムの操るマシンの上で座っていた。

 悪路をタイヤが踏む音が雑音となって耳に届く。その中、ふいにマナは思い立って口を開いた。

 

「……ねぇ、二人とも。二人はどうしてこんなに一生懸命になってくれるの?」

「What?」

「何の話だ?」

 

 マナの発言に戸惑ったような声を返す二人。

 それに、マナは言葉を付け足していった。

 

「うん、二人は遠也や十代くんと会ってまだ日が浅いでしょ? それなのに、二人やヨハンくんのために命を懸けてまで異世界に来てくれてる」

 

 明日香や翔といった皆が動いてくれたのはすぐに得心がいった。一年生の頃から今まで、彼らを遠也の傍で見てきたのはマナ自身だったのだから。

 しかしジムやオブライエンはまだ会って数か月も経っていないのだ。彼らはまだ他の皆ほどの仲間意識は当初なかったように思えた。

 

「遠也、十代くん、ヨハンくん。それに……皆。……二人はどうして、皆のために命を懸けてくれるの?」

 

 マナからの問い。普通であればいささかならずとも答え辛かろうそれに対する二人の反応は、何を言っているんだと言わんばかりの心外そうな顔だった。

 今更そんなことを訊かれるとは思わなかったと顔に書いてあるが、しかしそういえば改めて口に出したことはなかったなと二人は思い直した。

 オブライエンはマナに向けていた顔を僅かに空へと逸らし、己の心を言葉にする。

 

「……俺が信じる真の戦士は俺の親父だ。傭兵として幾多の戦場を渡り歩き、しかし決して戦士としての誇りは失わない……ダディは俺の誇りだ」

 

 マナやジムには知る由もないオブライエンの父。

 その強く逞しい姿を脳裏に描いて、オブライエンは語る。オブライエンにとって父は今の己を形作る全てをくれた相手といっても過言ではなかった。

 

「そのダディが言っていた。“戦士は武勇を誇るのではない、己が武を振るうべき信念を誇るのだ”と」

 

 事あるごとに戦士としての在り方と戦いの基礎を叩きこんでくれた。ただ強いだけでなく、優しさや思いやりといった人間らしい心もまた強かった偉大な父の言葉。

 それはオブライエンにとっても正しいと思えるものであり、そしてだからこそ今でもその言葉はオブライエンの根幹をなすものとなっている。

 だが、最初から父のようになれたわけではない。オブライエンは父と同じく己にとっての信念を見つけようと、戦いの日々の中で模索していたのだという。

 

「俺にとっての信念……それを探してダディと同じ傭兵として戦ってきた俺は、経験を積み、やがてコブラの下についた。……そして皆と出会った」

 

 コブラの指示の下、十代や遠也の事を探ったこともあった。また、コブラに協力していたことで結果的にデス・デュエルの犠牲に加担してしまったことも事実だった。

 しかしそれでも、それを彼らは責めなかった。アカデミアごと飛ばされた異世界の地。そこで彼らはオブライエンを既に仲間として認め、同じアカデミアの生徒として協力を求めてきたのだ。

 コブラの本性を知らなかったとはいえ、その指揮下にいたのは確かだというのに何故受け入れてくれるのか。そのことを心苦しく感じ、いつだったかオブライエンは遠也に何故かと問うたことがあった。

 それに対する返答を、彼は今でも覚えている。

 

 ――お前がそうやって苦しんでるからだよ。自分で自分を罰してる奴に鞭打つとか、出来ない奴ばっかりでさ。

 

 苦笑しながらの言葉は、遠也の仲間たちを見ながら言われていた。

 そして同じ問いをした十代は「それはそれ、これはこれだぜ。それより、元の世界に戻ったら俺とデュエルしてくれよな!」とオブライエンの肩を叩いた。

 二人とも決して許すと言ったわけではない。しかし、オブライエン自身がそのことに罪悪感を覚えていると知っているからこそ何も言わなかったのだ。

 それをオブライエンは優しさと感じたし、気遣いであると思った。そしてそんな彼らをオブライエンは好ましいと思い、そんな彼らと共に過ごす一員になりたいと思った。

 それが友情というものであるのなら、きっとそうだったのだろう。そしてその思いがついに探していた答えをオブライエンにもたらした。

 

「俺にとっての信念――それは友を、仲間を決して裏切らないことだ。俺が皆と過ごした時間は確かに短いが、しかし共に戦った戦友たちの姿を俺は忘れない」

 

 そしてその信念ゆえに、オブライエンは今こうしている。

 遠也と十代だけではない。当初敵対していた自分に、屈託のない友情を向けてくる皆を。異世界で一緒に苦難を乗り越えた仲間たちを、オブライエンは既に他人と思うことなど出来なくなっていたのだ。

 

「時間など関係ない。遠也もヨハンも十代も、俺の友だ。だから助ける。それだけだ」

 

 そう断言するオブライエン。その言葉に、ジムの声が続いた。

 

「その通りだ、オブライエン。皆、俺にとっても既にFriendだ、過ごした時間の長さは関係ない」

 

 マシンを操りながらも、ジムは迷いのない口調でそう口にする。

 

「遠也とはデュエルを通じて分かり合った。そして十代もまた、俺にとっては友だ」

 

 ジムの脳裏によぎるのは、アカデミアに来てデス・デュエルの騒動が起きる前の事だ。

 散歩に出たカレンの事を探して島の中を歩いていた時、ジムはカレンと共にいる十代を見た。翔や剣山と共にカレンに餌を渡そうとしている姿を見て、ジムは慌てたものだった。

 何故ならカレンは人見知りする傾向にあり、知らない人間にはいささか攻撃的になるからだ。それを知っているジムは焦って十代たちに近づいていったが、しかしその心配は杞憂となる。

 カレンはいつの間にか十代に気を許し、その手の餌を美味しそうに食べていたからだ。

 背中でカレンが鳴く。口元を緩ませつつ、ジムは続けた。

 

「このカレンは、俺以外には滅多に懐くことはない。しかし十代はほんのわずかな時間でカレンと仲良くなってしまった」

 

 そう、カレンはあまり人に懐かない。そのことをあの時、十代にも伝えた。そしてそれに対する十代の反応は、実に小気味のいいものだったとジムは思い返す。

 

 ――そうなのか? けどまぁ、俺とジムが友達だからな。カレンもお前の友達ならって思ってくれたのかもな!

 

 そう言ってカレンの頭を撫でる十代に、ジムは驚きつつも心地よさを感じたものだった。

 

「十代はまださほど交流のない俺に対しても友として接してくれた。そして、カレンともすぐに打ち解けてしまう優しさの持ち主だ」

 

 十代だけではなく、彼らは皆誰かを思いやる心を持った人間だった。だからこそジムは彼らが好きだった。そして彼らに友と言ってもらえることを嬉しく思ったのである。

 

「俺にとって、十代も遠也もかけがえのない友だ。ヨハンも、そして皆もそれは変わらない。Friendのために行動する理由なんて、俺達がFriendだからだ。それ以外の理由はいらないだろう?」

 

 問い返しつつも、しかしジムの言葉には断定の響きがあった。そしてオブライエンはそれにただ頷いて応え、また最初に問いを発したマナもまた笑みと共に首を縦に振ったのだった。

 

「うん。なんていうか……ごめん。ありがとうね、二人とも」

 

 謝罪と、感謝と。

 それが彼らの友情を疑うような問いを投げかけたことに対するものであると二人は察し、しかし同時にそれが本心からの疑いではないと知っていたから二人は笑って「気にするな」と許した。

 しかし感謝。これには覚えのなかった二人は、マナにどういう意味なのかと尋ねる。それに対して、マナは口元に指を添えながら僅かに考え込み、

 

「んー……つまり、私も皆の事が大好きだから、かな」

 

 そう笑顔で答えた。

 遠也と共にアカデミアで過ごしたこの二年余りは長い。その時間は彼らに対する十分な愛情をマナの中で育てていた。

 だからこそ、マナは自分の好きな皆の事を心から友達と思ってくれている二人のことを嬉しく思ったのだ。

 だからこその、ありがとう。

 もちろん二人はそれにも「当然のことだ」と返すのだった。

 

 

 

 

 数十分ほども続いた長い渓谷。岩の壁に囲まれたその細い道を抜けた三人の目に飛び込んできたのは、バーガンディの表現に思わず頷くような光景だった。

 

「なるほど、異形の城か……」

 

 オブライエンが目の前に視線を固定したまま呟く。

 それは緻密な建築技術によって建てられたような城ではなかった。少なくとも外見はそんな文明など感じさせないほどには原始的であり、岩山をそのままくりぬいて幾つかの窓穴を開けただけ、といえばぴたりと当てはまるだろう。

 しかしその岩山が百メートルを超すほどの高さを誇り、かつ槍の穂先のようにその天辺が鋭くなっているとなれば、受ける印象は相当に禍々しさを増す。

 この世界独特の暗い色合いの岩もその印象を後押ししていた。闇色に染まった岩の居城……異形の城という表現は言い得て妙だとオブライエンは思った。

 

「あそこに十代がいるかもしれないんだな」

「ジムくん?」

 

 マナが呟きに対して名を呼ぶが、しかしジムは何も答えずにマシンを発進させた。再び揺れを取り戻す車体の上で、ジムは前を向いたままオブライエンとマナに声をかけた。

 

「Sorry、二人とも。だが、十代があそこにいるならば、時間が惜しい……!」

 

 そう言って一目散に城に向けた進路をとるジムに、二人は問題ないとばかりに頷いた。

 

「気にするな、ジム」

「そうだよ、十代くんを助けたい気持ちは一緒なんだから」

「……Thanks!」

 

 二人の言葉に短く礼を述べて、ジムはハンドルを力強く握って城への道をひた走る。途中の道に障害はなく、覇王軍とおぼしきモンスターの影も見当たらない。今ならば大した危険もなく城へ到達できるはず。ジムはそう考えていた。

 そしてその推測は彼らが一度も妨害に遭うことなく城の前に辿り着いたことで証明される。しかし、普通ならば本拠であるはずの城にこれほど簡単に接近を許すはずがない。

 三人はその順調な行程とは裏腹に表情を緊張させ、大地に降り立った。

 

「……どういうことだ、門番すらいないとは……」

 

 オブライエンが周囲を見回しながら言えば、同じく辺りを警戒していたマナとジムもオブライエンの言葉に同調した。

 

「近くには誰もいないみたいだね」

「だがいくらなんでも、こいつは無防備すぎる――Wait!」

 

 突然ジムが上げた切迫した声。それに対してマナとオブライエンが何故かと問うことはなかった。

 なぜならば、二人もまたジムが声を上げた原因に気付いたからだ。

 それは、覇王城への入り口を潜り抜けた先……すなわち城内から聞こえてくる歓声のようなざわめきだった。ような、と曖昧なのは、それが歓声というにはあまりにも粗暴な叫び声の集まりとしか思えなかったからだ。胸の内に溜まった澱みがそのまま声になったかのような、重みを持った粘つく声。それが束ねられて聞こえてくるのだから性質が悪い。

 恐らくあまりお近づきになりたくはない類の状況が城内で起こっているのだろうことは想像に難くはなかったが……しかし。

 彼らの足が、その程度の躊躇で止まるはずもなかった。

 

「ジムくん、オブライエンくん」

「ああ」

「異論はない」

 

 最早言葉は要らず、二人はマナが言いたいことを正確に読み取っていた。それは二人も同じことを考えていたからである。

 

 ――すなわち、城への突入。

 

 この状況を正確に把握するためにはそうするしかないと、三人とも気がついていたのである。

 互いに頷きあい、やがてマナたちは慎重に城の中へと歩を進めていく。洞穴としか呼べぬような中を進む彼らの足音が狭い空洞に反響する……かと思われたが、実際には足音などまったく彼らの耳に届かなかった。

 なぜなら、奥から聞こえてくる興奮気味な声が一層の密度を増して流れてきているからだ。三人分の足音など、その騒音に紛れて聞こえない。

 それほどまでに覇王軍が高ぶるもの……それは一体何なのか。敵地のど真ん中に飛び込んでいく緊張感から喉に渇きを覚えたまま、彼らはその疑問を晴らすべく進んでいく。

 

 そしてついに狭い洞窟は終わりを告げて、新たな光景が彼らの目に飛び込んできた。

 

 

「――すごい熱気……!」

 

 頬を撫でる風のあまりの熱さに、マナは自然と苦悶の声を漏らしていた。

 視界の先に広がっているのは、これまで通ってきた道とは比べ物にならないほどの広さを誇る大空洞だった。その空洞の高さは十数メートル以上はあろうかというほどだ。屋内であると考えれば、相当な高さである。

 また、その内部を見るに人工的に作り上げたというよりは自然に出来たものであるように思えた。それは、その表面が凹凸の激しい岩壁のままであり地面には溶岩が覗いているからだろう。この異様な暑さはそのためか、とマナは察する。

 そして高い天井を見上げれば、その高さを支える円状に広がった岩壁に多くのモンスターたちが張り付き、思い思いに声を上げながら地面を見下ろしていた。

 よくよく見れば壁には人が立てるような平面がいくつか設けられている。つまりは観客席のようなものといえるが、ならばそこに立つ彼らは一体何を見ているというのだろうか。

 見上げていた視線を三人は下ろしていく。壁だけではなく、下にも蔓延るモンスターの群れの中、僅かな隙間から見えた光景はデュエルディスクを構えた一人の男の後ろ姿だった。

 十代ではない。その背格好から探し人ではないと判断した三人は思わず落胆するが、そんな気持ちを抱けたのは一瞬だけの事だった。

 

「い、いやだッ……ぐァああああああッ!」

 

 その男が発した尋常ではない叫び声。思わず耳を塞ぎたくなるような絶叫に驚く三人だったが、次にその男に起こった変化で更に目を見開いた。

 男はやがてその身を光の粒子とかして跡形もなく消えてしまったのだ。

 

「そ、そんな……」

「く、まさかトゥモローガールたちと同じ……!」

「今の男も、死んだというのか……!」

 

 仲間たちが消えていった時と似た現象。それを見てしまっては、先程の絶叫が断末魔のものであったと彼らも悟らざるを得なかった。

 嫌な記憶が蘇り、声が僅かに震える。しかしそんな彼らに対してこの場に満ちるのは興奮気味の歓声だけであった。

 

「さすがは覇王様だ!」

「いかな戦士も覇王様の前では赤子同然!」

「覇王様!」

「覇王様!」

 

 その声につられて続く、空気の振動を感じられるほどの覇王を讃える声。まるで狂信者のように覇王への賛美を続ける周囲の声に三人は圧倒され、同時に空恐ろしさを感じていた。

 これほどまでのモンスターたちが従うほどのカリスマ性。そしてそれらを従わせられ続ける強さ。この場を埋め尽くすほどの大軍を維持するその絶対的な力は、確かなものであると認めざるを得ないだろう。

 ゆえに、恐ろしい。これほどの力を惜しげもなく振るえることが。そしてそれが他者への攻撃という形で現されていることが。それをおかしいと微塵も思わず、躊躇もない。その事実が、恐ろしい。

 居並ぶモンスターたちの隙間から見えることが出来る覇王の姿――全身を黒い甲冑で覆い、同じく黒い仮面を兜と共に身に着けたその姿は、見るだに禍々しい。

 

「この程度か……」

 

 覇王がそう呟く。マナたちが思っていたよりも若い声。だが、同時に感じられる威圧感がたとえその正体が若くともそんな事は瑣末事だと物語っていた。事実声を発しただけで、歓声が止んでいた。

 そして今度は覇王の側へと幾人かのモンスターが近づいていく。多くのモンスターが取り巻いて見ている中平然と覇王に近づいていくということは、恐らくは覇王軍の中でも高い地位にいる者……幹部たちなのだろう。

 ガーディアン・バオウ、カオス・ソーサラー、熟練の白魔導師、熟練の黒魔術師、スカルビショップ……。彼らは恭しく礼をすると、覇王へと話しかけた。

 

「お疲れ様です、覇王様」

「相も変わらず圧倒的なお力、感服いたしました」

 

 ガーディアン・バオウとカオス・ソーサラーが不敵な笑みを浮かべたまま頭を垂れる。他の三人も同じく頭を下げるが、しかし魔術師の二人は顔を上げて覇王を見た。

 

「しかし覇王様、なぜ捕らえてきた戦士とデュエルを行うのです?」

「奴らは確かに我ら覇王軍の者を下しておりますが、所詮は雑魚を倒しただけ。わざわざ捕らえてくるほどでは……」

「おい、口が過ぎるぞ。覇王様の決定に異を唱えるのか」

 

 身の丈に合わぬ言葉と判断したスカルビショップが、二人の言葉を遮る。それに対して覇王への叛意と取られてはたまらないとばかりに、二人の魔術師は「決してそういうわけでは」と弁明を行う。

 

「……貴様らが知る必要はない」

 

 しかしそんな弁明に耳を傾けることはなく、覇王はただ一言そう断じた。咎めも何もなかったことに魔術師は安心をしながら、他の四人と共に頭を垂れる。

 それを受ける覇王は、不意に幹部たちから視線を逸らした。その眼が向くのは外の門へと続く洞穴である。

 だが、その視線はすぐに戻され、立ち上がった幹部たちを静かに見つめている。それを感じたのか、覇王に一礼しつつ立ち上がった彼らは周囲で見ているモンスターたちに声を上げ始めた。

 

「お前たち、今日の覇王様のデュエルは終わりだ! さっさと仕事に戻れ! まだ我らには制圧していない地区があるのだからな!」

 

 佇む覇王の横でそう覇王軍の構成員たちに働きかけると、彼らは口々に覇王万歳と叫びながらそれぞれ散っていく。外に出るためだろう、マナたちが今来た道へと入っていくモンスターたちもいたが、間一髪で三人は岩の陰に身をひそめたため発見されることはなかった。

 そして暫しの時間が過ぎると、この空洞に残ったのは覇王とその側近五人だけとなっていた。

 

「……城に戻る、後はいつも通りにやっておけ」

「はっ。新たな戦士を探してまいります」

「ああ。――行け」

 

 覇王がそう指示を出すと、五人はこの場から消え去る。瞬間移動、あるいはテレポートでもいいが、随分と能力の高い連中のようだとマナたちは冷や汗をかく。

 それは、もし見つかっていれば一方的にやられていたに違いないと確信したからだ。彼ら三人はそれぞれ実力もあるが、しかし数の暴力には敵わない。覇王軍に加えて幹部、更に覇王本人までいては、恐らくひとたまりもなかったであろう。

 緊張によって高鳴っていた心臓を胸の上から押さえつけながら、歩いていく覇王の背中を見送る一同。

 そうしてやがて覇王の背中が見えなくなると、ジム、オブライエン、マナの三人は緊張ごと肺の中の空気を思いっきり吐き出した。

 

「はぁっ、なんて威圧感だ……! あれが覇王……!」

「さすがに、あれだけの大軍を率いるだけのことはあるな……」

「道理で、恐れられてるはずだよ……」

 

 直に感じた覇王の放つ空気。デュエルしてもいないというのに、感じることが出来るほどのものを、実際に戦って受けてはいかな戦士でも平静とはいられないだろう。そう思わせるには十分な圧力があった。

 まして戦士でもない一般人ならば耐えることなど出来まい。あれほどの力の持ち主ならば、覇王軍を束ねる存在といわれても納得できるというものだった。

 本来ならば、関わりたくない相手なことは間違いないが……しかしそんなことを言っているわけにはいかない。先程の側近との会話で、いま覇王に敗れた男は彼らの部下を倒した戦士だと言っていた。その男が戦っていた以上、十代も覇王軍の者を倒していれば此処にいる可能性が高い。

 ならば、それを尋ねるには覇王軍のトップである覇王に聞くのが最も手っ取り早いだろう。

 それに、だ。

 

「これはチャンスだ」

 

 オブライエンが断言する。それに、ジムとマナも頷いた。

 

「今なら覇王は一人」

「余計な邪魔は入らないってことだね」

 

 そう、今ならば覇王の側近たちもおらず、覇王一人に接触できる。

 たとえ覇王が強大な力を持っていようと、三人ならばまだどうにかなる。今が十代の事を訊く最大のチャンスなのだ。

 そのことを三人で確認し合い、彼らは善は急げとばかりに隠れていた岩陰を飛び出した。周囲にモンスターの姿はなく、側近たちの姿もない。

 これならば覇王に接近できる。彼らが考えていた想像が現実味を増してきて、三人は地を蹴る足に力を込めた。

 

 溶岩が顔を覗かせる大空洞。そこを一直線に走り抜け、覇王が去って行った後を追う。緩い傾斜となっている坂を上り、やがて見えてくる外の光。その光に誘われるようにして三人は外へと飛び出して周囲を確認する。

 そこはあの異形の城の足元だった。彼らが通ってきた大空洞はどうやら正確には城の中ではなかったらしい。見れば、視線の先には鋭く空にまで伸びた異形の岩城。振り返れば、壁のように横長くそびえる崖があった。

 そして、両者の間に横たわる谷。それを越えて互いを結び付けている一本道の上に、覇王の姿はあった。

 地面を抉り取ってできたような、幅の広い道。その下の谷は赤く輝いており、大空洞の中でも見た溶岩が流れていることが見て取れた。

 風が運ぶその熱を感じながら、彼ら三人は顔を見合わせて頷き合った。そして、こちらに背を向けて歩いている覇王に向かって、一斉に駆け出す。

 

「覇王っ!」

 

 ジムが声を上げてその名を呼べば、三人に気付いた覇王が立ち止まって振り返った。

 貫録に溢れた余裕の動作で反転した覇王は、漆黒の鎧に着けられたマントを揺らして三人に向き合う。

 一本道の上で覇王と向き合うことになったジム、オブライエン、マナはある程度の距離を保った状態で足を止めた。何があっても対応できるようにである。相手は覇王、警戒をしてし足りないということはないはずだった。

 なにせ相手は、人を消すことに躊躇がない。さっき見た光景や、これまでの道程で見聞きした覇王軍の噂などがその信憑性を高めている。

 決して弱みを見せてはいけない。そう心に言い聞かせて、覇王から放たれるプレッシャーと彼らは対峙する。

 頭全体を覆う漆黒の兜と、顔を隠す仮面。その異様を正面から見つめながら、ジムが一歩前に出た。

 

「覇王! 一つ聞きたいことがある!」

「………………」

 

 無言。

 ジムの言葉に返ってくる言葉はない。しかし構わずジムは続けた。

 

「お前は強いデュエリストを集めていると聞いた! その中に俺たちの友達がいるかもしれないんだ! 教えてくれ、俺たちの友は――」

「――戦士ならば」

 

 懇願するような響きを持ったジムの言葉。それを遮って覇王が口を開く。

 やはり覇王などという呼び名の割には若い声。それもどこか聞き覚えのあるような声だと感じ、マナは気のせいだろうと頭を振った。

 彼らの前で、覇王はその顔に着けられた仮面に手をかける。

 

 そして、

 

 

「――戦いで語れ」

 

 

 仮面を上にあげ、その下の顔を彼らに晒した。

 

 

「――なッ!?」

「馬鹿な!?」

「そんな……!?」

 

 

 ジム、オブライエン、マナ。三人が三人とも言葉を失う。その表情は驚愕に染め上げられており、彼らの視線は覇王の仮面の下に隠されていた顔から外れることがない。

 呼吸すら忘れたかのように固まる三人。しかし、それも仕方がないことだったろう。何故ならばその仮面の下にあった顔は彼らにとって見慣れたもの。

 共に笑い、共に時間を過ごしてきた彼らの友。そして、彼らがこの覇王城に乗り込んできた目的そのものだったのだから。

 

「――なぜ……なぜだ……! なぜ、お前が覇王なんだ!」

 

 目的、つまりは探し人。彼らにとってかけがえのない友。

 すなわち。

 

 

「――十代ッ!!」

 

 

 ジムの口から信じたくないとばかりに紡がれた名前。

 呼びかけられた覇王は、しかし表情を全く動かすことなく三人を見据えていた。

 金色の瞳から放たれる視線が三人の身を貫く。間違えるはずもない十代の顔。ついに探していた友を見つけたというのに、彼らの心に喜びはなかった。

 

 ただあるのは、どうしてという気持ち。躊躇いなく人を殺し、多くの人々を苦しめている元凶――覇王。

 その正体、遊城十代。彼らはその事実を受け入れることが出来ず、ただ呆然と覇王を見ることしか出来なかった。

 

 

 

 




まさか覇王の正体が十代だなんて(棒)

次話はすぐに更新いたします。


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第77話 覇王Ⅱ

 

 ――家族との団欒を楽しんでいた者、友と気の置けない語らいをしていた者、恋人と寄り添いあっていた者。

 それらを享受していた者は、その全てがいきなりこの過酷な世界に放り出されている。

 

 

 そこに精霊や人間という括りは関係がない。それこそ天災としか言いようのない事態に巻き込まれた彼らはしかし、嘆くだけで終わらなかった。

 無論だれもが悲しんだし、現状を恨んだ。何故自分がと声を大にした。しかし、それでも彼らは腐ることだけはなかったのだ。この弱肉強食の厳しい世界で、彼らは必死に生きようとしていた。

 たとえそれが必要に迫られての妥協の産物であっても、彼らは確かに未来に目を向けて生きていた。それは誇ってもいい事であっただろう。

 だが、そんな彼らを覇王軍は踏みにじった。容赦なく死をもたらし、彼らが築き上げた村々は無残にも崩され、壊された。

 それは物質的な破壊だけに留まらない。彼らが絶望を乗り越えて紡ぎあげた希望という心すら亡きものにする、まさしく外道極まりない行為であったのだ。

 

 ジムはその事実を旅の過程で知るごとに、覇王軍に対して義憤を募らせていた。覇王城への突入に積極的だったのはもちろん十代のことがあったからだが、そんな覇王への対抗心が微塵もなかったといえば嘘になる。

 覇王軍とは、そして覇王とは嫌悪すべき存在。ジムはその考えを当然のものと思っていたし、また正しいと思っていた。

 

 今、この時までは。

 

 

「何故だ、十代! 何故お前がこんなことをしている!」

 

 いっそ悲痛なまでに、ジムの声はかすれていた。それはあまりの衝撃と驚愕によって一気に口の中の水分がなくなってしまったからだった。

 残虐非道な覇王軍、その首魁――覇王。その正体が彼らの友である遊城十代であるなど、どうして予想することができようか。

 義に厚く、そして情に厚い友が一体どうして。その戸惑いを声に乗せて、ジムは叫ぶ。

 

「十代ッ!」

 

 だが、対する覇王の返答にはどこまでも抑揚がなく、感情というものが感じられなかった。

 

「……言ったはずだ。戦士ならば――」

 

 おもむろに左腕を持ち上げると、胸の前で構える。鎧に重なるように着けられているデュエルディスク。コンパクトに畳まれたそれが回転を始め、その遠心力によってカードを置くべきスペースが展開された。

 その左腕をゆっくりと下ろし、覇王はジムたちへと視線を向ける。

 

「戦いで示せ」

 

 臨戦態勢。ただそれだけだというのに、言いようのない迫力を三人は感じ取った。

 まるで覇王から風が巻き起こり、それが彼らに叩きつけられているかのような圧迫感。これがただの闘気なのだとすれば、いったい覇王の力とはどれほどのものなのか。

 知らず噴き出た汗が頬を伝った。

 

「三人で来い。それぐらいでちょうどいいだろう」

 

 彼らを完全に下に見た物言い。覇王の言い方に反感を覚えてその顔を見れば、その表情は変わらず動かぬままだった。

 それを見た時、ジムは悟らざるを得なかった。覇王は心から自分たちなど敵ではないと思っているのだ、と。

 そしてそれは彼が彼らが知る十代ではないと思い知るに十分な態度だった。他人を嘲るかのごとき言葉を、意図してのものではないとはいえ十代が言うはずがなかったからだ。

 

「……本気なのか、十代」

 

 返答はない。そして真っ直ぐにこちらを見据える金の視線は揺らがないままだった。

 ならば、本気なのだろう。十代は、本気で自分たちに求めている。

 命を懸けた戦いを、仲間に対して。

 

「十代くん……」

 

 ジムやオブライエンよりも長く一緒にいたマナの呟きにも反応がない。

 遠也やヨハンがここにいれば、とジムやオブライエンは思わずにはいられなかった。あの二人は十代にとっても親友と呼ぶべき間柄だ。自分たちがそれに劣るとは思わないが、それでも彼らならば十代に影響を与えられたのではないかと思える。

 だが、二人はいない。なら、自分たちでどうにかするしかなかった。

 

「Hey、マナ、オブライエン! どうやら、やるしかないみたいだぜ……!」

「だが、ジム! この世界でのデュエルは……!」

 

 オブライエンが懸念するのはそこだった。この世界では、デュエルに敗北した者は死ぬ。どちらかが死んでしまう戦いならば、それは安易に受けるべきではない。

 その心配は尤もだった。ジムは頷きつつも、一度空へと顔を向ける。天空に流れる青い彗星。それがやがて赤くなって自身へ向かうコースへと軌道を変える。

 その現象は自分だけにしか見えていないのだろうなと思いつつ、ジムは包帯が巻かれた右目に触れる。そしてすぐにその手を離すと、デュエルディスクを起動させた。

 

「ジムッ!」

「オブライエン、俺は十代の命を奪うためにデュエルをするんじゃない」

 

 明確にデュエルする意思を見せたジムに、オブライエンが焦ったようにその名を呼ぶ。

 オブライエンも、もう仲間の命を失うようなことは御免なのだ。だからこそ、これだけ必死になっている。

 そんなオブライエンの気持ちを汲み取りつつも、しかしこれは必要なことなのだとジムは確信している。だから、デュエルディスクを着けた腕をジムは覇王に突き付けた。

 

「十代、俺はお前を必ず取り戻す! それが俺の使命だからだ! ――友よ!」

 

 覇王からの反応はない。だが、それは予想していたことだ。ジムに動揺はなかった。

 しかし、オブライエンは訝しげにジムを見ていた。

 

「使命だと? ジム、それはどういう……」

「Sorry、オブライエン。今は時間がない。またいつ覇王軍が来るかもわからないんだ。その質問には――」

 

 言いつつ、ジムはデッキからカードを五枚引く。

 

「あとで答えるぜ」

 

 既にデュエル開始の宣言をすれば戦いが始まる状態。

 そんなジムにオブライエンは嘆息しつつ、彼もまた自身のデュエルディスクを展開してデッキからカードを五枚引く。

 この状況に納得したわけではない。だが、ジムのことをオブライエンは信頼している。そのジムがこうする以上、何か意味があるのだろう。ならば自分はそれを信じるだけ。オブライエンはジムの隣に並んで立った。

 

「Thanks、オブライエン」

「気にするな、俺も十代を助けたいだけだ」

 

 これで、二人。残すは……。

 

「……二人とも、思い切りがよすぎるよ」

 

 マナはどこか呆れたように言葉を漏らした。

 覇王の正体が十代であると知った時の衝撃は自分と同じはずなのに、二人はすっかりデュエルで十代を取り戻すつもりでいる。自分はまだその衝撃が抜け切れていないというのにだ。

 その即断即決ぶりを見ると、なんだか色々と考えてしまう自分のほうが馬鹿みたいだった。

 

 けれど。

 

「……戦うしかないんだよね」

 

 マナもまたデュエルディスクを装備して起動させる。独自のものである二人のそれとは違い、マナのデュエルディスクはアカデミアの支給品だ。今はもうこの中ではマナしか使う者がいないデュエルディスク。

 そのディスクにデッキを差し込み、マナもまた手札となるカードを五枚引いた。

 その手に握られたのは、遠也から受け取ったカードたち。もともとは遠也のものだった魔法使い族デッキ。それを譲られた時のことを思い出し、マナはそっと目を閉じた。

 

 ――お願い、遠也。私たちに十代くんを助けるための力を貸して。

 

 気休めかもしれない。しかし、マナはただ願うだけでも勇気づけられるような気がした。どこかできっと生きているだろう遠也。きっと、十代が覇王でいることを知ったら遠也は悲しむだろう。

 だから、ここで自分が……自分たちが十代を助けてみせる。

 そう決意を固めて目を開き、ジムとオブライエンに目配せをする。

 それを受けた二人は頷く。そして三人は一斉に覇王へと向き直った。

 

「……ゆくぞ。このデュエルでは変則ルールを用いる。互いのライフは各々4000。最初のターンは全員バトルフェイズを行えない。ターンはお前たち三人が続けて行う。ただし先攻はもらう」

 

 三人の準備が整ったことを見てとった覇王が、淡々と告げる。

 しかしその告げられたルールは驚愕に値するものだった。このデュエルのターンは覇王、ジム、オブライエン、マナの順で進む。それはつまり覇王の次のターンが来るまでに三人のターンを挟むということである。

 圧倒的までに不利な展開。それがわからないわけではないだろうに、覇王の表情には一切の動揺は見られなかった。

 自分から言い出したということもあり、そこまで己の強さに覇王は自信があるのだろう。そしてその自信は溢れ出る風格となって覇王を纏っている。そういった点にあるいは覇王軍はカリスマを見出しているのかもしれなかった。

 そしてその風格は圧力となって敵対者に牙を剥く。叩きつけられる威圧感に三人は意識せずとも竦みそうになる。しかしそんな体を叱咤して、彼らは心だけは負けてなるものかと真っ向から立ち向かうのだった。

 必ず十代を助け出す。共通して抱くその思いを吐き出すようにして、四人の開始宣言が重なった。

 

 

 ――デュエルッ!!

 

 

覇王 LP:4000

ジム LP:4000

オブライエン LP:4000

マナ LP:4000

 

 

「……ドロー」

 

 宣言通り、デュエルは覇王から始まる。

 静かにカードを引いた覇王は、そのカードを一瞥するとそのままディスクに差し込む。

 

「カードを1枚伏せる。ターンエンド」

 

 呆気ないほどに動きもなく終わるファーストターン。

 その威圧感とは裏腹に静かすぎる立ち上がりに、ジムたち三人の心には戸惑いが生まれていた。

 

「カードを伏せただけだと……? 確かにこのデュエル、1ターン目は誰も攻撃はできないが……」

 

 ジムが意図が読めないとばかりに訝しげに言う。それはもちろんオブライエンとマナにとっても同じであり、ジムの気持ちはそのまま彼らの気持ちでもあった。

 

「だが、俺たちが勝って十代を取り戻すには好都合だ、ジム」

「うん、油断はできないけどね」

 

 しかし疑念ばかり抱いていても仕方がないのも事実だった。ここは前向きに捉えるべきだと二人は言い、ジムもまたそんな二人の言葉に大きく頷いた。

 今は十代を取り戻すことに専念すべきなのだ。もしこれが作戦であろうと慢心であろうと、付け込めるならば付け込むだけである。

 

「いくぞ、十代! 俺のターン!」

 

 勢いよくカードを引いたジムは、そのカードを手札に入れて六枚の可能性に目を移す。

 そしてやがてその中から一枚を選び手に取った。

 

「俺は《フリント・クラッガー》を守備表示で召喚!」

 

 

《フリント・クラッガー》 ATK/800 DEF/400

 

 

 カタカタと乾いた音を鳴らしながら現れるのは、恐竜の骨格標本をそのまま動かしたようなモンスターだった。動くたびに鳴る独特の音を響かせながら、フリント・クラッガーは体を丸めて守備の態勢を取った。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 ジムのターンが終わり、次のターンプレイヤーは対戦者である覇王ではなくオブライエンである。

 バトルロイヤルですらなく、三対一というある意味卑怯ですらあるこの構図。しかし十代の事がある今、それで躊躇するオブライエンではなかった。

 ふいに金色の眼と視線が合う。そこから感じる得も言われぬ感覚にぐっと息を詰まらせながら、オブライエンはデッキトップに指をかける。

 

「……俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引いたオブライエンは手札にさっと目を通すと、そのうちの一枚を選び取った。

 

「俺は《ヴォルカニック・エッジ》を召喚! ヴォルカニック・エッジの効果! このカードの攻撃権を放棄することで、1ターンに1度、相手に500ポイントのダメージを与える!」

 

 

《ヴォルカニック・エッジ》 ATK/1800 DEF/1200

 

 

 恐竜を思わせる二足歩行の爬虫類型モンスターだが、れっきとした炎族である。それはその身から僅かに漏れる炎が証明しているだろう。

 エッジの名の通りに全身を刃のような鋭さの甲殻で覆ったヴォルカニック・エッジが、その口から炎を吐き出す。それは一直線に覇王へと向かい、そのライフを削った。

 

 

覇王 LP:4000→3500

 

 

 しかしそれでも覇王には一切の動きがなく、また放たれている威圧感にも変化がない。

 ライフこそ減っているものの、まだまだ余裕ということなのだろう。そう判断したオブライエンは、次のターンにどう出てくるかが勝負の肝であると感じざるを得なかった。

 知らず頬を伝っていた汗を拭う。油断はできないと自分に言い聞かせながら、一つ息を吐く。

 

「……俺はこれでターンを終了する!」

 

 オブライエンのターンが終わる。そして次に訪れるのが、マナのターンだった。

 その細い指がデッキの上に乗る。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 高い声に、いつもの明るさはなりを潜めている。

 その声に込められているのは何が何でも十代を取り戻すという決意だった。彼女にとって、十代は一年生の頃からの付き合いだ。友人としても、十代はかなり近しい位置にいるとマナは思っていた。

 それに何より、十代は遠也の親友だった。なら遠也がいない今、自分が助けなくてどうするというのか。

 

「私は《ジェスター・コンフィ》を特殊召喚! そして速攻魔法《ディメンション・マジック》を発動! 私の場に魔法使い族がいる時、私のモンスター1体をリリースして手札から魔法使い族モンスター1体を特殊召喚する!」

 

 そこまで言葉を紡ぎ、マナは静かに呼吸をした。そして、小さな声で呟く。

 

 ――お師匠様、私に力を……。

 

 このデッキに入っているのがたとえ彼女の師であるマハード本人ではなくとも、その存在に勇気をもらうことは出来る。

 

 ――その力の一端でもいい。この不肖の弟子に友達を助けることが出来る力をください。

 

 最も尊敬し敬愛する魔導の師に願いを捧げつつ、マナはデッキから一枚のカードを手に取った。

 

「魔導を極めし、最上級魔術師! 《ブラック・マジシャン》!」

 

 空間に現れた棺に納められたジェスター・コンフィ。その棺が再び開かれた時、その名から現れたのは艶めく黒衣に紫の長髪が映える一人のマジシャンだった。

 細い杖を片手に持ち、その身から溢れる魔力が自身を照らす。杖をくるりと一回転させて、彼はそれを覇王に突きつけた。

 魔法使い族の代名詞ともいうべきモンスター、ブラック・マジシャン。通常モンスターながら最強の一角に数えられる魔術師が、マナのフィールド上にて滞空した。

 

 

《ブラック・マジシャン》 ATK/2500 DEF/2100

 

 

「……まさか、この目でブラック・マジシャンを見る日が来るとは」

「さすがはブラック・マジシャン・ガールの精霊というところか……」

 

 二人の反応は武藤遊戯の伝説、そしてブラック・マジシャンの希少性を考えれば当たり前のことだった。

 一年生の頃から遠也を見ている仲間たちにとってはそうでもないが、ジムとオブライエンは遠也がマナに魔法使い族デッキを譲った後に知り合った仲間だ。マナがあまりデュエルしないこともあって見る機会はなく、今回が二人にとって初見となるのだった。

 そんな二人の横で、マナは自身のデッキのエースに信頼の光が込められた目を向ける。最初のターンは攻撃が出来ない。ならば、これ以上出来ることは何もなかった。

 

「私はこれでターンエンドだよ!」

 

 あとは自分のカードたちを信じるのみ。そう心の内で呟きながら、マナはターンの終了を宣言する。

 これで全員の1ターン目が終わった。つまり、ここからはバトルフェイズに入ることが可能になったということである。

 そして、次のターンは覇王。一体どんな手で来るのか、そしてその攻撃に耐えることが出来るのか。そういった不安が彼らを苛む。

 覇王から放たれる圧力は確実に彼らの心から余裕を削っていっていた。そしてそれほどまでの覇気を纏う男だからこそ、警戒が緩むことはない。

 E・HEROが持つ力、爆発力を彼らはよく知っている。なまじ知っているからこそどんな手で来るのか考えてしまう。三人は雑念を振り払いつつ、固唾を呑んで覇王の行動を見守った。

 

「……ドロー」

 

 最初のターンの時と同じく、静かに覇王がカードを引く。

 そして――そのカードをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「カードを1枚伏せる。ターンエンド」

「な、なんだと!?」

 

 覇王が取った行動に、オブライエンが信じられないとばかりに声を上げた。

 オブライエンだけではなく、ジムとマナも目を剥いて驚きを露わにしている。まさかこのターンもモンスターを出してこないとは思わなかったのだ。

 同様に驚く三人。しかしその中でもオブライエンの動揺は顕著だった。

 

「壁モンスターも出さず、ターンエンドだと!? わかっているのか!? このターンから俺たちはバトルフェイズを行えるということを!」

「………………」

 

 オブライエンは今の行動がどれだけ考えが足りないものであるかを言い募るが、覇王は黙して答えない。

 それが一層オブライエンの感情を刺激する。

 

「何とか言ったらどうなんだ、十代ッ!」

「よせ、オブライエン」

「ジム……だが!」

 

 オブライエンの前に腕を出して制止するも、オブライエンは気炎を吐き続ける。ジムはオブライエンの肩を叩いて強く言葉を続けた。

 

「落ち着くんだ! 普段のお前なら、もっとCoolでいられたはずだ。覇王の気勢に呑まれるとは、らしくないぜ!」

「ぐ……まさか、この俺が覇王に恐れを抱いていると……?」

 

 オブライエンは自分の手を見下ろす。小刻みに揺れるそれは間違いなく恐怖の証。知らぬ間に覇王が放つ闘気に気圧されているのだと悟り、愕然となる。自分の強さに自信を持つオブライエンにとって、誰かに怯えるなど考えもしないことだったからだ。

 だが、それはオブライエンだからこそ起き得た現象だった。常に戦場に身を置いてきたオブライエンにとって、相手の力を正確に測る能力は必須だった。それゆえ、オブライエンは相対したとき覇王に自分は敵わないと感覚的に悟ったのだろう。

 それをオブライエンは自覚する。しかし、それは認めたくない事実だった。何と情けないと心の中で自分を叱り付け、拳を強く握る。友を助けると言いつつ強大な敵を前に震える自分がいかにも矮小に思えて、オブライエンは悔しげに固く目をつぶった。

 だがふと、拳に温かみを感じたことにオブライエンは驚いた。一体どうしたことかと目を開ければ、そこには己の拳を手のひらで包むジムとマナの姿があった。

 

「ジム、マナ……」

 

 目を見開くオブライエンに、二人は柔らかな笑みを浮かべる。

 

「オブライエン、恐れることはない。俺たちは一人じゃない」

「そうだよ。私たちは仲間でしょ? なら、三人で立ち向かえばいいじゃない、ね?」

 

 オブライエンはそう自分を励ましてくれる二人を見た。どちらの目にも込められているのは、自身に対する信頼。それを感じ取り、オブライエンはこんな時でありながら喜びを心に感じていた。

 これだ、と思ったのだ。これこそが自分の信念。大切な友、己の仲間たち。そうだ、この友たちのためにもここで奮起せずにいつするというのか。

 この二人だけじゃない。今はいない皆のためにも、自分は十代と遠也、ヨハンを助け出す。仲間のために。そのためには、立ち止まってなどいられない。

 

 今一度自身の中に蘇る決意、友への思い。それは染みわたるように心の中へと広がっていく。

 いつの間にか止まっていた震え。そしてオブライエンは一度目を閉じる。数瞬の後、次にその瞼が開かれた時には、その目にあるのは怯えではなく闘志だった。

 その表情の違いを目の当たりにし、二人はオブライエンと繋いでいた手をゆっくりと離した。

 

「ありがとう、ジム、マナ。俺はもう大丈夫だ」

 

 オブライエンは力強くそう言うと、真っ直ぐに覇王を見据えてデュエルディスクを構える。

 その姿を見て互いに頷き合うと、ジムとマナもまた覇王に相対する。再び横一列に並んだ三人に、覇王が向ける視線はどこまでも冷たい。

 それを受けても、もはやオブライエンが気圧されることはない。一人ではないという安心感と仲間への信頼がそうさせていた。

 そして改めて覇王と向き合いながら、オブライエンは「だが」と口を開く。

 

「やはり妙だ。なぜ十代はモンスターを出さない。十代のデッキ――E・HEROの本領は融合だが、何も手札融合にこだわる必要もないはずだ」

 

 落ち着いた声でオブライエンが二人に話しかける。それに対してジムもマナも明確な答えを返すことができず、その顔には困惑がある。二人も覇王の不気味な立ち上がりには違和感を覚えているのだ。

 なんらかの考えがあってのことなのは間違いがないだろう。しかし、それがまったく読めない。その得体の知れなさが彼らの警戒心を更に強固にするが、しかしその中においてジムだけが異なる感情を抱いていた。

 

「そうNegativeに考えるもんじゃないぜ、二人とも。考えようによっては、これは好都合だ。ここで一気に覇王を倒し、十代を取り戻す!」

「だがジム。この世界ではデュエルに敗北することは死を意味する。ただ勝つだけでは、十代を助けることは出来ないぞ」

 

 勢い込むジムにオブライエンが待ったをかける。そしてそのオブライエンが示した事実に、マナもこくりと頷いて懸念を露わにした。

 そう、この異世界ではライフポイントがゼロになることは死を意味する。そんな中で覇王となった十代を倒したとしても、その十代本人が死んでしまっては意味がない。

 ゆえに手詰まり。勝つことも負けることもできず、そもそも勝てるかどうかすら怪しい相手にどうすればいいのか。方針さえ定まらない二人に、ジムは毅然とした態度で一歩前に出た。

 

「No problem。……今こそ、俺に課せられた使命を果たす時だ!」

「使命だと? さっきもお前はそう言っていたが……」

 

 訝しげなオブライエンの声。それに、ジムは答えずに空を見た。

 つられるように、オブライエンとマナも空を見る。青く光る彗星が、尾を引きながら空を横切っている。いつもの通り、この異世界では当たり前のような光景。

 しかし、ジムは二人にとって驚くべき言葉を口にした。

 

「――あの彗星は、空を横切ってはいない。彗星は、俺に向かって落ちてきているんだ」

「なに?」

 

 突拍子もない発言に、オブライエンが思わず懐疑の声を漏らせば、同じような印象を受けたのだろうマナも声を上げた。

 

「ジムくん、一体どういうこと?」

 

 驚きと不可解さと。そんな意味を込めた目で見つめてくる二人に、ジムは小さく笑みを向ける。そして背中のカレンを一撫ですると、その表情を険しいものにして覇王に顔を向けた。

 

「――いずれ大切な友を救う時が訪れることを、俺は知っていた。この右眼が、そのための力だ!」

 

 言って、ジムは右眼に巻かれた包帯を一気に取る。

 これまで常に包帯を巻き、その下を見た者は誰もいなかった。恐らくは失明しており、ひどい怪我の痕があるのだろうと誰もが察していたジムの右眼。

 しかし、そこにあったのは凄惨な傷痕ではなかった。そしてその右眼に、オブライエンとマナは大きく目を見開く。

 何故なら、右の眼窩に埋まっていたのは眼球ではなく、金属の台座に乗った丸い宝玉だったのだ。

 

 ――幼い頃、密猟者の罠にかかりそうだったカレンを助けた時にジムは右目を失った。

 しかし代わりにジムはこの眼を手に入れたのだ。意識を失っていた自分にこの眼を埋め込んだのは、誰とも知れぬ老人。今となっては彼が何者であったのかなどジムには知る由もない。

 だが、彼は言ったのだ。その眼は友を助ける力、いずれ大切な友を救う時が訪れる。その時、その眼が力となるだろうと。

 大切な友……十代。すなわち、今がその時だった。

 

「これこそが俺に授けられた力! ――“オリハルコンの(まなこ)”! 十代! お前を救う力だ!」

 

 ジムがその指を覇王に向けて宣言するも、覇王の表情には依然として動きがない。大いに驚愕した二人とは違ってまったく動揺がないということは、ジムのそれなど何の脅威にもならないと考えていることの証左だろう。

 しかし、ジムはそれが大きな間違いであるとわかっていた。

 確かにこの眼に今は力などない。しかし、この眼はあの彗星によってその真価を発揮するのだ。

 ジムは空を仰ぐ。そして彗星に向かって大きく手を広げた。

 

「彗星よ! 俺に向かって落ちて来い! そしてこの眼に宿り、俺に友を……十代を救う力を!」

 

 だが彗星に変化はない。変わらず空にあり続ける青い星に、彼らの表情は怪訝の色を強くする。

 だが、それはオリハルコンの眼を持っていないからこそだった。

 オリハルコンの眼には、しっかりと見えていた。青から次第に色合いを変え、ジムに向かって落ちてきている赤い星が。

 ジムはそれを拒まない。オリハルコンの眼にだけ見える星の力。それがついにジムへと直撃した――その時。

 ジムの体を中心に荒れ狂う赤い風。その風に思わず目を細める彼らは、ジムを見てその右目の変化に驚きを示す。その右目の宝玉は先程までとは違い、真紅の輝きを放っていたのだ。

 

「――俺のターン、ドロー!」

 

 その輝きを宿したまま、ジムは己のターンを開始する。

 オリハルコンの眼がもたらす光の中、その手をフィールドにかざした。

 

「俺は《フリント・クラッガー》の効果を発動! このカードを墓地へ送り、相手に500ポイントのダメージを与える!」

「………………」

 

 

覇王 LP:3500→3000

 

 

 フリント・クラッガーが崩れ去り、構成していた骨の一部が覇王へと向かい直撃する。ダメージを受けたはずだが、覇王は体勢を崩すことなく佇んでいる。

 余裕の態勢。それを前にしつつ、しかしジムに焦りはない。

 今はただ出来ることをするだけだった。

 

「そして手札のモンスターカード《メタモルポット》を墓地へ送り、魔法カード《標本の閲覧》を発動! 十代、お前は俺が宣言した種族とレベルのモンスターをデッキか手札から墓地へ送らなければならない! 俺が宣言するのは、レベル4の戦士族だ!」

「……デッキから、《E・HERO クレイマン》を墓地へ送る」

 

 クレイマンのカードを覇王が墓地へ送ったのを確認し、ジムはこれで準備は整ったと口端を持ち上げると、手札の一枚に指をかける。

 

「いくぞ! 魔法カード《化石融合-フォッシル・フュージョン》を発動! 俺の墓地の岩石族《フリント・クラッガー》と、十代の墓地の戦士族《E・HERO クレイマン》を除外して融合召喚!」

 

 ジムにとっての十八番とも言うべき戦術。自分の墓地のモンスターと相手の墓地のモンスターを素材にするという独特の融合カードである《化石融合-フォッシル・フュージョン》。

 その力がいかんなく発揮され、除外された二体の融合素材モンスターの力を宿したモンスターが今ジムのフィールドにて形を為す。

 

「来い、《新生代化石騎士 スカルポーン》!」

 

 

《新生代化石騎士 スカルポーン》 ATK/2000 DEF/500

 

 

 騎士とはいっても、その外見は辛うじて人型に見えるだけであり、色濃く化石となっていた恐竜の名残を見ることが出来る。

 極端な猫背、前傾姿勢のそれは獣の攻撃態勢とも見て取れる。しかしその骨だけの体に纏った岩のごとき全身鎧の存在から、知性を持っていることが窺える。その右手に備わった骨の槍もそのイメージを助長している。

 騎士というよりは兵士。ポーンの名に違わぬ姿といえるそのモンスターは、カタと骨を鳴らして覇王へと右腕を振り上げた。

 

「スカルポーンで十代にダイレクトアタック! ゆけ、《ポーンスラッシュ》!」

 

 腕を振り上げたまま一気に接近していくスカルポーン。覇王の場にモンスターはおらず、その進撃を遮るものは存在しない。

 そして覇王の目前へと辿り着いたスカルポーンは、躊躇う素振りもなくその槍を容赦なく叩きつけた。

 

「……ぐ……」

 

 

覇王 LP:3000→1000

 

 

「よし、大きなダメージを与えた!」

 

 攻撃力2000ポイントがそのままライフから引かれ、それを見たオブライエンが感情を込めて拳を握りこむ。

 そしてジムもまた感情を高ぶらせ、その手は自然と握り拳を作っていた。

 

「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ! 十代、俺は必ずお前を連れ戻してみせる! 俺たちの元へ!」

 

 強く握った拳を顔の前に掲げ、ジムは力強く宣言する。しかしやはり覇王の反応はない。いつも明るく活発だった十代とは比べ物にならない覇王の静けさ。

 己の声は十代に届いていないのか。覇王という分厚い壁が、十代の本心へと届くべき声を妨げているのかもしれない。

 だが、諦めるわけにはいかなかった。友を助ける。それこそがジムの願いであり、使命なのだから。

 決意を込めて空を仰ぐ。そして大きな声で叫んだ。

 

「オリハルコンの眼よ! 俺の声を届けてくれ! 十代の……真の心に!」

 

 ジムがそう呼びかけると、それに応えるかのようにオリハルコンの眼が輝きを強める。

 

「なんだ、この光は……?」

 

 赤い輝きはやがて極光と呼んで差し支えないほどの眩しさを放つ。その輝きの前には、さしもの覇王も困惑の声を隠しきれなかった。

 段々と強くなっていく光。その光量に目を開けていられなくなったマナ、オブライエン、覇王は瞼を閉じざるを得ず、やがてその光の中へと呑み込まれていった。

 

 

 

 

 マナとオブライエンが目を開けると、そこは漆黒の空間だった。

 天井もなければ床もなく、壁すらもないそこはどこまでも続く闇の世界。更にその空宙には何枚もの鏡が浮かび、異様な雰囲気に一層の不気味さを与えている。

 

「ここは……?」

「わからん。ジムのオリハルコンの眼が光ったことは覚えているが……」

 

 二人は戸惑いの色を滲ませながら周囲を見回す。

 するとすぐ目の前に、見慣れたウェスタンスタイルの背中を見つけた。

 

「ジムくん!」

「ジム! ここはいった――!?」

 

 駆け寄った二人は、思わず息を呑んだ。

 何故ならジムの背中に隠れて見えなかった体の向こう。ジムの視線の先に、彼らがたった今まで対峙していた友が蹲っていたからだ。

 

「十代!?」

 

 金色に染まった瞳に光はなく、身に纏う空気は陰鬱で生気がない。しかしそこにいるのは間違いなく、オシリスレッドの制服に身を包んだ彼らの友、遊城十代だった。

 思わず駆け寄ろうとするオブライエンだったが、それをジムは腕を横に伸ばして遮った。

 

「ジム、何を……」

「マナ、オブライエン。ここは十代の心の中だ。……まずは十代の声を聞いてみるんだ」

 

 沈痛な面持ちのジム。その言葉に従って十代に注意を向けてみれば、確かにその口は細かく動いており、何事かを呟いているのがわかる。

 二人はその声に耳を傾けた。

 

 ――俺のせいだ……。

 ――みんな……みんな、いなくなっちまった……。

 ――俺が、異世界にみんなを連れてきたから……。

 ――みんな死んだ……。

 ――……明日香も……俺が……。

 ――俺の、せいで……。

 

 それは懺悔であり、呪詛であり、自分自身を刺し貫く言葉の槍だった。放たれた言葉は自分の心を傷つける。誰も裁かないからこそ、自分で自分を罰し続けている。

 どこまでも自分に責を求めて蹲る十代の姿は、痛々しいという言葉ですら陳腐に思えてしまうほどの絶望に包まれていた。

 深く虚ろな瞳に力はなく、ただ同じ自責の言葉を呟き続ける十代には正気というものが感じられなかった。

 その姿を見た三人は思わず目を逸らしたくなった。誰よりも明るく前向きで、気持ちのいい笑顔で皆を引っ張っていた十代。その姿は今どこにもない。普段の十代を知るがゆえにその落差の異常性がわかる彼らは、信じたくない思いでいっぱいだった。

 だが、実際に十代は今こうして壊れかけの精神で身を丸めている。あの十代がこうまでなってしまう、その理由。それは一つしかない。

 

「十代……お前は、そこまで皆のことを……」

 

 ジムは十代がこうなった原因が、仲間たちへの深い友情ゆえだと悟ってやるせない気持ちになる。

 彼らへの思いが強く深すぎたために、十代の心は彼らを失った事実に耐えきることが出来なかったのだ。感嘆に値する友情。だが、それは今や十代にとって責め苦でしかないのかもしれない。

 そう思うと、たまらなく悲しくなるジムだった。

 

「十代くん……! 十代くんのせいじゃないよ! 私がついてきたのは、他でもない私が決めたことだもん!」

「そうだ、十代! 俺は俺の意思で異世界に行くと決めたんだ! 皆もそうだ! 決してお前のせいではない! 十代!」

 

 マナとオブライエンが必死に呼びかけるが、まるでその声が聞こえていないかのように十代は何の反応も示さずに同じ言葉を延々と繰り返している。

 自分たちの言葉がまるで効果がないとわかり、二人の顔にも悲しみが溢れる。しかし、ジムはそのことを奇妙に感じていた。十代との距離は数メートルもない。だというのに、この距離で声が聞こえないということがあるものだろうか。

 思わずそんな疑問が脳裏をよぎった――その時。

 

 

『力だ。力こそがこの世界の絶対的なルール』

 

 

 十代の声。しかしその声は低く、どこまでも平坦だった。まぎれもない覇王の声、それが空間に響き、ジムとマナ、オブライエンは周囲を警戒し、俯いていた十代は僅かに顔を上向かせた。

 

「み、見ろ!」

 

 オブライエンが宙に浮かぶ無数の鏡に指を向ける。

 数えることが馬鹿らしくなるほどに膨大な数の鏡。光を反射させて周囲の闇を映していたその鏡に、次々と人型が映し出されていく。

 漆黒の鎧に仮面をかぶった男……そう、覇王だった。

 

『力があれば、守ることが出来た。力があれば、命を奪い合う必要もなかった。圧倒的な力があれば、脅威は全て取り除かれる。そう、力こそが全てだ』

 

 まるでそれが普遍の真理であるかのように覇王は断定する。そして、十代はそんな覇王の言葉にゆっくりと立ち上がった。

 

「……そうだ。俺にもっと力があれば、皆を守ることができた。明日香を死なせることもなかった。――誰も逆らう気すら起こらない、圧倒的な力。それがあれば……」

 

 いつの間にか十代の手には一枚のカードが握られていた。魔法カード《超融合》。仲間たちの命を捧げることによって生まれ落ちた絶対的な力の象徴。

 それに目を落とす十代の目には、先ほどまでにはなかった光があった。昏く鈍い光を宿す瞳を細めて、十代の口端が持ち上がる。

 似つかわしくない笑み。その姿を見て、たまらずジムは声を上げた。

 

「惑わされるな、十代! 確かに力は必要かもしれない! しかし、覇王が言う力はただの暴力だ!」

 

 懇願するような声で、訴えかける。その声にオブライエンとマナも続いた。

 

「そうだ、十代! それは他人を虐げる力でしかない!」

「十代くん、君が望んだのは皆を守るための力でしょ! なら、その力は違うよ! 十代くんの望むものじゃない!」

 

 十代は確かに力を望んだかもしれない。しかし、それは守りたいからだ。断じて、敵を討ち滅ぼすためじゃない。敵を倒せば守れる、成程そうかもしれない。しかし、前提となる目的が「敵を倒すため」であるか「皆を守るため」であるかには大きな差がある。

 覇王が言うのは前者であり、十代が願ったのは後者である。そこは決して履き違えてはいけないところだった。

 だから三人は声を大にして言う。それは間違っている。お前が本当に願うことはそうじゃないだろうと。

 オブライエンとマナの声に更に続き、ジムが大きく叫んだ。

 

「目を覚ませ、十代! ――My friend!」

 

 だがその瞬間、再び赤い輝きが闇の中に広がっていき、全員が咄嗟に目を閉じる。

 そして再びその目を開いた時には周囲の景色は元に戻っていた。虚ろな目をした十代はどこにもおらず、鏡が浮かぶ闇も見当たらない。

 あるのは覇王城の中の一本道。溶岩の上にかかる道の上で向かい合う三人と覇王だけだった。

 三人が覇王を見る。その表情には一切の揺らぎがない。しかし、その内ではきっと十代がああして自分を責め続けているのだろう。オリハルコンの眼が見せてくれた十代の心の中……そこに秘められていた十代の姿がそのことを彼らに教えてくれていた。

 

「十代……。お前は、あの覇王の言葉に縋らなければ自分を保てないほどに打ちのめされていたんだな……」

 

 ジムの顔に悔しさが滲む。

 その思いをもっと理解してやれていたなら。そうすれば、十代は覇王になることもなかったのではないか。そう思うと友を止めてやれなかった自分が不甲斐なく、そして悔しくてたまらなかった。

 

「十代……お前の心を覆う闇は俺たちの想像以上に厚く大きいようだ……」

 

 三人の呼びかけにも応えなかった姿をジムは見ている。そしてなにより、今こうして覇王となって向き合っている現実が、十代の心の傷の深さを物語っていた。

 本来の性格では到底できるはずもない残虐行為にまで手を出し、それに痛痒を感じないまでに麻痺した心。それほどまでに十代はいま傷ついている。

 もしかしたら、それを癒すことなど自分たちには出来ないかもしれない。一瞬、そう思う。しかしそれは、本当にほんの一瞬の逡巡でしかなかった。

 

「だが……! だが俺は、俺たちは、必ずお前を救い出してみせる!」

 

 ジムはそう言うと隣に立つオブライエンとマナに目を向けた。

 二人は当然とばかりに大きく頷いて口を開いた。

 

「十代! 支えが欲しいなら、俺たちがいくらでも支える! お前は一人じゃない!」

「一緒にいるよ、いつだって! 辛くても、苦しくても……一人で抱え込まないで! だって、私たちは――友達じゃない!」

 

 声が枯れてもいい、どうか十代に届いてくれと願って放たれた言葉は、しかし覇王には何の感慨も与えていないようだった。

 それに、やはり駄目なのかと弱気が顔を覗かせそうになる。しかしジムは一歩も引かずに覇王を見据えた。

 

「十代ッ! もはやどんな言葉もお前には届かないというのなら……!」

 

 デュエルディスクをジムは掲げる。それにはっとして、オブライエンとマナもまたデュエルディスクを掲げて、三人はそれを一斉に覇王へと向けた。

 

「俺たちの思いを! 願いを! デュエルでその身に刻み込むまで!」

 

 そしてその言葉に、オブライエンとマナも頷いて応える。

 三人は改めて誓う。自身以外の二人に、仲間たちに。そして……十代に。

 必ず助け出してみせるという固い意志を心に、十代を取り戻すためのデュエルが今――再開された。

 

 

 

 




覇王とのデュエルは変則ルールとなります。

互いのライフは4000。ターン順は、覇王→ジム→オブライエン→マナ→覇王。
つまり、いわゆる「アポリアルール」です。

要するに覇王様がめちゃくちゃ不利なターン順になっております。


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第78話 覇王Ⅲ

 

覇王 LP:1000

手札5 場・伏せ2枚

 

ジム LP:4000

手札1 場・《新生代化石騎士 スカルポーン》 伏せ2枚

 

オブライエン LP:4000

手札5 場・《ヴォルカニック・エッジ》

 

マナ LP:4000

手札3 場・《ブラック・マジシャン》

 

 

 

「次は俺だ! いくぞ、十代! ドロー!」

 

 オブライエンの声にも力が籠もる。そしてその手札から一枚のモンスターカードを取ると、デュエルディスクに移動させた。

 

「俺は《ヴォルカニック・エッジ》をリリース! 来い、《ヴォルカニック・ハンマー》!」

 

 

《ヴォルカニック・ハンマー》 ATK/2400 DEF/1500

 

 

 ヴォルカニック・エッジが成長し、一回り以上大きくなったような姿を持つモンスター。その効果は、墓地の「ヴォルカニック」1体につき200ポイントのダメージを与えるというバーン効果である。

 そしてヴォルカニック・ハンマーのステータスは、レベル5の攻撃力2400。対して覇王の残りライフは僅かに1000を残すのみだった。

 

「十代の場にモンスターはいない。この攻撃が決まれば俺たちが勝つ。――だが……!」

 

 勝利が目前とわかっていながらも、オブライエンはモンスターへの攻撃の指示を出しあぐねていた。

 何故ならばこの異世界でのデュエルは生死に直結している。ライフポイントがゼロになることは、すなわち命を落とすことと同義なのである。

 それゆえにオブライエンは攻撃できない。攻撃すれば十代のライフが尽きて十代が死ぬ。そんなことを到底できるはずがなかった。

 指示を躊躇うオブライエン。それを見ているマナもオブライエンの気持ちは痛いほどわかるために視線には複雑なものが混ざっている。

 しかし、そんな彼らの迷いをジムが放った言葉が一掃する。

 

「攻撃しろ、オブライエン!」

「ジム!? 何を……」

 

 なぜ十代の命を奪うような行動を促すのか。驚いて横に顔を向ければ、ジムは真剣な表情で赤く輝く右眼を指さしていた。

 

「オリハルコンの眼が教えてくれている……この眼があれば、十代ではなく覇王の意思のみを倒すことができる!」

 

 そう断言するジムの顔に迷いはない。ただ一つ、信じてくれという無言の訴えがあるのみだった。

 

「ジム……! わかった、お前がそう言うならば俺はそれを信じよう!」

 

 志を同じくする友が言うのだ。なら、疑う必要などあるはずがない。

 頷いたオブラインは、ただ真っ直ぐに覇王を見据える。そして覇王を倒すべく口を開いた。

 

「俺はヴォルカニック・ハンマーで十代にダイレクトアタック!」

 

 ついに下された攻撃の指示。その指示に従い、ヴォルカニック・ハンマーが大きく首をのけぞらせ、その口から特大の火炎球を吐き出した。

 その軌道は覇王へと一直線に向かっている。これが直撃すれば、覇王といえどひとたまりもないだろう。

 

「これが決まれば……!」

 

 十代を取り戻す未来に指がかかった、そう思ったマナが意気込んで言いつつヴォルカニック・ハンマーが放った攻撃の終着点に視線を向ける。

 そして、目を見開いた。

 覇王の場に伏せられていた一枚のカードが起き上がっていたからである。

 

「――その攻撃の前にこの罠カードが発動している」

「なに……!?」

 

 オブライエンは焦燥を滲ませながら。覇王はあくまで淡々と。

 カードの効果を説明するべく口を開いた覇王の目前で、そのライフを削り取ろうとしていた炎が掻き消えた。

 

「罠カード《歓喜の断末魔》。相手のメインフェイズ、相手フィールド上に表側表示で存在する全てのモンスターの攻撃力を0にする」

 

 

《新生代化石騎士 スカルポーン》 ATK/2000→0

《ヴォルカニック・ハンマー》 ATK/2400→0

《ブラック・マジシャン》 ATK/2500→0

 

 

 地獄の底に蠢く悪意が凝縮されたような叫び声がフィールドを包む。三人も思わず耳を塞いだその声によって、フィールド上のモンスターたちの攻撃力は最低値である0にまで下がってしまう。

 攻撃力が0ならばヴォルカニック・ハンマーの攻撃は意味がない。覇王の前で攻撃が消えてしまったのも、攻撃力が0になっていたからなのだろう。

 オブライエンが苦虫を噛み潰したような顔になる。だが、歓喜の断末魔の効果はそれだけではなかった。覇王の声が続く。

 

「更にこの効果で攻撃力を0にしたモンスターの元々の攻撃力の合計分、ライフポイントを回復する」

「な、なんだとッ!?」

 

 攻撃力を0にする効果に加え、その数値をそのまま自身のライフに変換する効果。オブライエンでなくとも思わず声を上げていただろうその効果。それによって、1000にまで減らした覇王のライフが急速に回復していく。

 

 

覇王 LP:1000→7900

 

 

 初期値の二倍近くにまで膨れ上がったライフ。これでは敵に塩を送ったようなものだった。

 

「く……カードを1枚伏せて、ターンを終了する!」

 

 苦渋に満ちた顔でオブライエンはターンの終了を宣言した。

 ヴォルカニック・ハンマーのバーン効果も攻撃を宣言してしまった以上は使うことが出来なかった。相手に利することしか出来なかったことを、オブライエンは次のターンプレイヤーであるマナに詫びた。

 

「すまない、マナ……!」

 

 マナはそれに「大丈夫だよ」と笑みを返す。

 実際オブライエンでなくても覇王のあの行動は止められなかっただろうし、覇王のライフをあそこまで回復させてしまったのはブラック・マジシャンなどもフィールド上にいたからだ。そう考えれば、オブライエン一人の責任ではなかった。

 しかしオブライエンが自分を責める気持ちもわかる。ならば、マナはその気持ちも背負って戦うだけだった。

 

「私のターン、ドロー!」

 

 引いたカードを確認し、いいカードが来てくれたと口端を上げる。マナは内心でよしと頷き、そのカードを手札に加える。

 

「私はブラック・マジシャンをリリースして、《ブリザード・プリンセス》をアドバンス召喚!」

 

 

《ブリザード・プリンセス》 ATK/2800 DEF/2100

 

 

 短くも美しい青い髪、白を基調にしたドレスを身に纏う氷の王女。しかしその手に握られた巨大な氷のモーニング・スターが、プリンセスというにはいささか似つかわしくないイメージを見る者に抱かせる。

 マナの場にいたのは攻撃力0のブラック・マジシャン。ならばいっそリリースしてしまえば無駄がない。ブリザード・プリンセスはそういう意味でベストのモンスターだった。

 

「このカードは魔法使い族1体をリリースして召喚できる! そしてアドバンス召喚に成功したターン、相手は魔法・罠カードを発動できない!」

 

 魔法使い族をリリースすれば、攻撃力2800を誇るレベル8の最上級でありながら実質上級モンスターとしての運用が可能になる。

 そのうえ一時的な大寒波の効果まで内蔵しているというのだから、まさにうってつけだった。

 

「ブリザード・プリンセスで十代くんにダイレクトアタック! 《コールド・ハンマー》!」

 

 たとえ伏せカードがあろうと、このターンに限っていればそれは意味がない。更に覇王のフィールドには依然としてモンスターは1体もいないのだ。

 ぶんぶんと風を切る音を響かせながらモーニング・スターを振り回し、ブリザード・プリンセスはその細腕からは想像もできない怪力によってハンマー部分となる氷塊を覇王の目の前に炸裂させた。

 

 

覇王 LP:7900→5100

 

 

 ダイレクトアタックの成功。それによって大きくそのライフを削り取ったのを確認しながら、自分の場に戻ってきたブリザード・プリンセスにお疲れさまと声をかける。

 そして一枚のカードを手に取ると、それをディスクに差し込んだ。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 そして再び、覇王のターンが訪れる。

 

「……ドロー」

 

 カードを引く。そして一枚のカードをディスクに読み込ませた。

 

「魔法カード《テイク・オーバー5》を発動。デッキの上からカードを5枚墓地へ送る。カードを2枚伏せ、ターンエンド」

 

 十代はカードガンナーをはじめ墓地を活用することが多いが、その中でもこれは墓地肥やしにおいて最高峰のカードだろう。デッキから5枚ものカードを一気に墓地へ送れるのだから。

 5枚を選択して墓地へ落とす苦渋の選択ほどではないとはいえ、それでもたった一枚の魔法カードだけで驚異的なまでに墓地が肥えた。

 墓地に落ちたカードが何かはわからないが、恐らくは引きの強い十代のこと。展開に有利なカードが落ちていると見るべきだろう。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

 ジムはそんな思考をしつつカードを引く。

 相変わらず十代の場にモンスターはいないが、その理由を彼は薄々察していた。

 いや、恐らくはオブライエンとマナも既に予想がついているだろう。

 十代は恐らく“ふるい”にかけているのだ。ジムたち三人が自分が戦うに値する戦士であるかどうか。

 こうしてチャンスを与え、自分を倒せるほどの力を持つか否か。それを見極めようとしているのだとジムは思っていた。そしてその推測は実のところ、的を射たものであった。

 まったく舐められたものだ、とジムは嘆息する。普通はそんな倒されることを望むような真似をしようとは思わない。覇王はそれだけ自分の強さに自信があるということなのだろうが。

 しかし、その傲慢が命取りだ。それは自信ではなく驕りであると教えてやる。

 そう息巻いて、ジムはカードをデュエルディスクに読み込ませた。

 

「俺は手札から魔法カード《タイム・ストリーム》を発動! ライフポイントを半分払い、新生代は中生代へと逆進化する! スカルポーンをエクストラデッキに戻し、現れろ《中生代化石騎士 スカルナイト》!」

 

 

ジム LP:4000→2000

 

 

《中生代化石騎士 スカルナイト》 ATK/2400 DEF/900

 

 

 兵士から騎士へ。人型ではあるものの未だ知性を感じるとは言いづらかった容姿のスカルポーンが、今度はより洗練された姿へと進化していく。

 鎧はすすけた黄土色になり、兜と肩当てに脛当てというシンプルなものに。左手には同色の盾を持ち、骨を削っただけの槍は鉄製の大剣へと変化する。

 怪物じみていた体も人間の骨格へと変わったことで、背筋を伸ばして立つその姿はまさしく騎士にふさわしい。

軽く剣を素振りして、スカルナイトはその切っ先を覇王へと向けた。

 

「更に魔法カード《奇跡の穿孔》を発動! デッキから岩石族モンスターの《サンプル・フォッシル》を墓地に送り、その後カードを1枚ドローする!」

 

 ディスアドバンテージの生じない《おろかな埋葬》。岩石族専用の非常に有用なカードだ。

 更に。

 

「罠発動、《岩投げアタック》! デッキから岩石族の《フォッシル・ダイナ パキケファロ》を墓地へ送る! そして相手に500ポイントのダメージを与える!」

 

 墓地へと送られる直前、フォッシル・ダイナ パキケファロが大岩を一つ覇王に向かって投げつける。それは覇王のすぐそばに着弾し、そのライフを削った。

 

 

覇王 LP:5100→4600

 

 

 だが、ダメージはおまけでしかない。ジムの狙いは、岩石族を墓地へ落とすことであった。

 何故ならば彼の手札にある切り札は墓地の岩石族を除外して特殊召喚するモンスターだからだ。そしてその維持にも墓地の岩石族が必要になる。

 ゆえに墓地を肥やした。そしてそれが達成された今、これからすることなど決まりきっていた。

 

「――このカードは、墓地の岩石族モンスター2体を除外することで特殊召喚できる! 俺は《サンプル・フォッシル》と《フォッシル・ダイナ パキケファロ》を除外する!」

 

 墓地に存在していた二体が光と共に消えていく。そしてこれでついにジムの手札にあるモンスターの召喚条件が満たされた。

 ジムはそのカードを掲げ、空へと手を伸ばして高らかに宣言する。

 

「今こそ灼熱の地中より現れろ!」

 

 直後、大地が震え地響きがフィールド上に木霊する。揺れる大地に誰もが地につけた足に力を入れる中、ジムは振り上げていた手を大地に向かって振り下ろした。

 

「来い! 《地球巨人 ガイア・プレート》!」

 

 その名が呼ばれることを待っていた。そう思わせるほどに、ジムの宣言に合わせて彼らがデュエルしている一本道の下――マグマの底から巨大なモンスターが飛び出してくる。

 岩をくっつけて人型を作ったモンスター。言ってしまえばそれだけの容姿。しかしその岩の一つ一つが人間よりも一回り以上大きいのだから、それらが合わさった大きさは筆舌に尽くしがたい。

 巨大であることはそれだけで脅威である。それを実感させるようなモンスターだった。

 

 

《地球巨人 ガイア・プレート》 ATK/2800 DEF/1000

 

 

「これが俺の切り札だ! 出し惜しみはしない……! 十代、全力でお前を取り戻す! 更に罠発動、《化石岩の解放》! 除外されている岩石族1体を特殊召喚する! 蘇れ、《フォッシル・ダイナ パキケファロ》!」

 

 

《フォッシル・ダイナ パキケファロ》 ATK/1200 DEF/1300

 

 

 ジムは決意の言葉と共にその指を攻撃目標へと突きつけた。

 

「バトル! フォッシル・ダイナ パキケファロで十代にダイレクトアタック! 《クラッシュ・ヘッド》!」

 

 

覇王 LP:4600→3400

 

 

「フォッシル・ダイナ パキケファロは攻撃のあと守備表示になる! 更にスカルナイトの追撃! 《ナイツスラッシュ》!」

 

 スカルナイトが指示に従って飛び出し、その手に持った剣を上段に構える。素早く覇王へと接近したスカルナイト、あとはその剣を下ろせば勝負が決まる――その時。

 覇王の場に伏せられていた一枚のカードが表側表示へと変更される。

 

「――速攻魔法《死者への供物》。相手モンスター1体を破壊する。スカルナイトを破壊」

「なにッ!?」

 

 ジムの驚きの声と同時、覇王に肉迫していたスカルナイトは爆発と共に倒れ墓地へと送られていく。モンスター除去系の速攻魔法。そんなカードが伏せてあったとは、とジムは悔しさをその顔に滲ませる。

 

「ただしこのカードを発動した場合、次のターンのドローフェイズは訪れない」

 

 さすがにノーコストで発動できる性能ではないため、そのぶん覇王には次のターンのドローを封じるという厳しいデメリットが課せられる。

 これでこのターンで覇王を倒すことは不可能となった。しかし。

 

「まだだ! ゆけ、地球巨人 ガイア・プレート! 《プレート・テンペスト》!」

 

 それならば、ジムは後の仲間のために力を尽くすまでだった。

 指示が下されるやいなや、ガイア・プレートがその巨体を僅かに沈ませると、一気に空へと飛び上がる。

 その巨体から想像もできない身軽さで中空へとその身を躍らせたガイア・プレートは、何の変哲もない拳を思い切り振りかぶった。

 しかしその拳は巨岩で出来ている時点で純粋な凶器以外の何物でもない。それが叩き込まれればひとたまりもないだろう一撃を引っ提げて、いよいよガイア・プレートが引き絞った腕を覇王が立つ下方に向けて押し出した。

 風を切り、迫る豪腕。そして繰り出された拳は、覇王の前に展開された障壁によって防がれていた。

 

「罠発動、《ドレインシールド》。相手の攻撃を無効にし、その攻撃力分のライフを回復する」

 

 

覇王 LP:3400→6200

 

 

 ガイア・プレートの攻撃力2800がそのまま覇王のライフへと吸収される。それによって再び覇王のライフは大幅に回復し、6200ポイントにまで上昇。

 己のフィールドに戻ってきたガイア・プレートの背中越しに、ジムは涼しげな顔をする覇王に唇を噛むしかなかった。

 

「く……ターンエンドだ」

 

 これで自分のターンは終わった。だが、自分は一人で戦っているのではない。

 ジムは横に立つオブライエンに視線を移す。頼んだ、と信頼の心を眼差しに含めたそれを受け、正しくその意志を読み取ったオブライエンは強く頷いて前を見た。

 

「まだ安心するには早いぞ、十代! 俺のターン!」

 

 デッキから引いたカード、それを確認したオブライエンの口角が持ち上がる。

 それは彼のデッキにおける最強のモンスター。そして今の手札には、その召喚に必要なパーツが全て揃っていた。

 

「いくぞ! リバースカードオープン! 永続魔法《ブレイズ・キャノン》! 更に《ブレイズ・キャノン》を墓地へ送り、《ブレイズ・キャノン-トライデント》を発動する!」

 

 共に永続魔法に分類される二枚の魔法カード。

 ブレイズ・キャノンは手札の攻撃力500以下の炎族モンスター1体を墓地へ送ることで相手モンスター1体を破壊する効果を持つ。

 そしてブレイズ・キャノン-トライデントはその発展系。自分フィールド上のブレイズ・キャノンを墓地へ送ることで発動し、手札の炎族モンスター1体を墓地へ送ることで相手モンスター1体を破壊して500ポイントのダメージを与える効果を持つ。

 発展系というだけあって、手札から捨てるカードに攻撃力の制限はなくなり、更にバーン効果まで付属している。ただし両者とも共通して、この効果を使う場合は自分のモンスターは攻撃できないというデメリットがある。

 ともに強力な除去カードではあるが、いま覇王の場にモンスターはいない。ならば発動しても意味はないが……しかし。

 オブライエンが操るカードの中には、ある特殊な召喚条件を持つモンスターが存在している。そしてそのためにこれらのカードの発動は欠かせないものだった。

 

「このカードは、ブレイズ・キャノン-トライデントを墓地へ送ることで特殊召喚できる! 今こそ煉獄の炎より出でよ! 《ヴォルカニック・デビル》!」

 

 オブライエンの宣言と同時、彼らが戦う場の下に流れる溶岩が間欠泉のごとく下から噴き出して一本の柱となる。

 そしてその中から溶岩を切り裂いて現れたのは、全身を漆黒の装甲に包んだ二足歩行する竜のような外見を持つ悪魔だった。その頭部には溢れる熱が炎となって噴き出しており、体の至る所に赤く発光する火の輝きが線となって走る。

 鋭い眼光、鋭い牙。そして鋭い爪を勢いよく広げて、ヴォルカニック・デビルはけたたましい咆哮を上げた。

 

 

《ヴォルカニック・デビル》 ATK/3000 DEF/1800

 

 

 これがオブライエンのデッキにおける切り札。相手の攻撃を自身へ誘導する効果を持ち、更に相手モンスターを戦闘破壊した時に相手の場のモンスターを全滅させる効果を持つ。

 更にその効果で破壊したモンスター1体につき500ポイントのバーンまで行うというのだから、その強さは折り紙つきだ。猛る炎を凝縮したような効果は、パワフルの一言に尽きる。

 しかもその攻撃力は3000ポイント。たとえ今のように相手にモンスターがいない状況であっても、その攻撃力の高さは立派な脅威であった。

 

「バトル! ヴォルカニック・デビルでダイレクトアタック! 《ヴォルカニック・キャノン》!」

 

 ヴォルカニック・デビルが下された指示に雄叫びを放つ。そしてその頭を僅かにのけぞらせると、勢いをつけて前方へと突き出して口を大きく開いた。

 瞬間、その口腔から飛び出す紅蓮の熱球。高速で放たれたそれは宙を総べるようにして覇王へと向かい、その身を砕かんばかりに襲い掛かった。

 

 

覇王 LP:6200→3200

 

 

 3000ものダメージの直撃。これにはさすがの覇王も堪えたのだろう。わずかに後ずさり、一瞬眉を顰めた。

 

「ヴォルカニック・ハンマーを守備表示に変更! そしてその効果により、200ポイントのダメージを与える!」

 

 

覇王 LP:3200→3000

 

 

 墓地のヴォルカニック1体につき200ポイントのダメージを与える効果。攻撃力0になっているため攻撃しても意味がないが、この方法であれば微々たるものだがライフを削ることが出来る。

 ほんの200ポイントだからと勝ちへと近づくチャンスを逃すほどオブライエンは愚かではない。ましてこのデュエルには十代の身も懸かっているのだ。出し惜しみをしている場合ではないのである。

 

「カードを1枚伏せ、ターンエンドだ!」

 

 フィールドに伏せカードが現れ、オブライエンのターンが終わる。

 そして先ほどのジムと同じようにオブライエンは横のマナへと目を移した。

 それを感じたマナもオブライエンと視線を合わせ、互いに頷く。

 

「任せたぞ、マナ!」

「うん! ジムくんとオブライエンくんの思い、私が届けてみせる! ――私のターン!」

 

 託された二人の意志。それをこのターンで形にしてみせる。そう意気込んでマナはカードをドローした。

 覇王のライフは残り3000。このターンで削り取ることも不可能ではない。

 

 ――ううん、絶対にやってみせる!

 

 二人が繋いでくれた気持ちを決して無駄にはしない。翠の瞳に熱い思いをたぎらせ、マナは真っ直ぐに覇王を見つめた。

 

「魔法カード《思い出のブランコ》を発動! 墓地の通常モンスター1体をこのターンのエンドフェイズまで復活させる! もう一度お願い、《ブラック・マジシャン》!」

 

 

《ブラック・マジシャン》 ATK/2500 DEF/2100

 

 

 再びフィールドに姿を現す最上級魔術師。その背中の向こうで、マナは「更に」と言葉を続けた。

 

「装備魔法《団結の力》をブラック・マジシャンに装備! 私の場に存在するモンスターの数×800ポイント、つまり攻撃力を1600ポイントアップさせる!」

 

 ブラック・マジシャンが己の魔力を高めていく。溢れ出る黒いエネルギーがその力を増幅させていく中、途中で青い魔力もその中へと混ざっていく。

 それはブリザード・プリンセスから送られてくる魔力だった。仲間の力を自身の攻撃力へと昇華させ、ブラック・マジシャンは溢れ出る力を陽炎のように揺らめかせながら、ブラック・マジシャンは覇王のフィールドを見据えた。

 

 

《ブラック・マジシャン》 ATK/2500→4100

 

 

 覇王の場にモンスターはいない。そしてそのライフはブラック・マジシャンの直接攻撃で削り切れる値だ。

 そしてマナの場には攻撃力2800のブリザード・プリンセスも健在である。その総攻撃力は、実に6900ポイントにまで達する。

 

「バトル! ブリザード・プリンセスで十代くんに攻撃! 《コールド・ハンマー》!」

 

 まずはブリザード・プリンセスがマナのフィールドから飛び出し、大きく振りまわして遠心力を加えた特大の氷塊を豪快に覇王へと叩きこむ。

 

「……っ」

 

 

覇王 LP:3000→200

 

 

 たまらずたたらを踏む覇王。そしてこの攻撃が通ったことにより、その残りライフはついに僅か200。

 そしてマナのフィールドには、いまだ攻撃の権利を有するブラック・マジシャンが存在していた。

 

「頼む!」

「決めろ、マナッ!」

 

 ジムとオブライエン。二人の声にマナは頷き、心の中で決死の祈りを続けながらその細い指を空に掲げた。

 

 ――どうか私たちの声を届けて……ブラック・マジシャン!

 

 そして直後、マナの指先は空から地上へと振り下ろされ、天空を示していたそれは覇王へと向けられた。

 

「お願い――! ブラック・マジシャンで十代くんに攻撃! 《黒・魔・導(ブラック・マジック)》ッ!」

 

 マナの、ジムの、オブライエンの。三人の思いが今ブラック・マジシャンの杖先へと集まって一つの巨大なうねりを作り出す。

 ブラック・マジシャン自身を覆うほどの魔力塊となったそれを最上級魔術師は巧みに操って頭上へと結集させると、裂帛の声と共に右手に握った杖を指揮棒のように振るって覇王へと突きつけた。

 瞬間、方向性を加えられた魔力がブラック・マジシャンの頭上から一気に覇王へ向かって流れだす。それはまるで風に押されて突き進む嵐のように。三人の思いによって後押しされた一撃が、覇王を倒す雷となってその身に襲い掛かろうとしていた。

 

「戻って……――十代くんッ!」

 

 願い、祈り。どんな言葉でもいい。マナはただ必死にその結末を望んで声を上げた。

 ジム、そしてオブライエンも同じ気持ちだった。この攻撃で覇王のライフを0にして、十代を取り戻す。覇王という壁を取り払い、十代に自分たちという仲間がいることを思い出させてやる。

 決して自分は一人ではないのだと教えてやるのだ。……打ちひしがれる友を救うために。

 だから。

 

「届け……!」

「届け!」

「届いてっ!」

 

 三人の声が重なる。十代のことを呼ぶ声が。

 そしてその呼びかけが実を結ぶ時は刻一刻と近づいていた。ブラック・マジシャンから放たれた一撃は既に覇王の目前へと迫り、その牙はついに覇王に突き立てられようとしていたからだ。

 勝った――。そう三人の心にそんな安堵にも似た思いが去来した、その時。

 ブラック・マジシャンの攻撃は覇王に着弾する寸前で、弾かれるようにして掻き消えた。

 

「――罠カード《ガード・ブロック》。この戦闘ダメージを0にし、カードを1枚ドローする」

 

 どこまでも無感動、機械的に覇王はデッキからカードをドローする。

 ガード・ブロック。元は遠也がよく使い、そして今では通常パックにも収録されるようになって一般的にも広まってきた罠カード。

 そのレアリティは高くない。それゆえに十代も手に入れ、このカードをデッキに組み込んでいたのだろう。

 

「……そんな……」

 

 マナの口から愕然とした声が漏れる。

 今の攻撃は最高の一撃だった。自分と、ジムにオブライエン。三人の思いを込めた一撃だったのだ。

 それが防がれた。その事実が与える衝撃は思った以上に大きかった。

 

「く……!」

「まだ……まだ駄目だというのか……!」

 

 二人もまた口惜しそうに唸る。最大のチャンスと言っても過言ではない好機であっただけに、一層それを掴み取れなかったことが悔やまれた。

 それに覇王の残りライフは変わらず危険領域ではあるが、次のターンはその覇王である。それを思えば、ここで決めておきたかったというのが正直な気持ちだった。

 それはマナも同じだっただろう。いささか消沈した面持ちで、マナは振り絞るように言葉を吐き出した。

 

「……カードを1枚伏せてターンエンド……、そしてブラック・マジシャンは思い出のブランコの効果で墓地に戻る……」

 

 まるで幻のように消えていくブラック・マジシャン。これでマナの場にはブリザード・プリンセスが一体のみとなった。

 だが、まだだ。まだ諦めるには早い。

 マナはそう気持ちを新たにして自分を奮い立たせる。

 覇王のライフは200ポイント。対してマナのライフは4000のままであるし、オブライエンも同様だ。ジムのライフこそ自身の魔法カードの効果で2000となってはいるが、ダメージを受けたわけではない。

 だから、まだ希望はある。希望がある限り、諦めてなるものか。

 そうしてマナは俯きそうになった顔を上げて前を向く。そして再び視界に覇王の姿を収め――その口が小さく動くのを見て取った。

 

「……ここまでか」

 

 ただ一言。ぽつりとこぼしたその声に、どういう意味かと問いを発する暇もなく覇王は言葉を続けた。

 

「ならば、もういい」

 

 諦めきった口調。失望を滲ませた声で言った覇王に、一瞬マナたちは息を呑んだ。

 そしてその間に、覇王はターンプレイヤーとしてデュエルを進行させていく。

 

「死者への供物の効果により、ドローは出来ない。だがこのスタンバイフェイズ、テイク・オーバー5の効果が発動する」

 

 テイク・オーバー5。ひとつ前の覇王のターンに発動したデッキの上からカードを五枚墓地へ送る魔法カード。

 このカードにはまだ効果が二つある。一つはこのカードが墓地にある限り、自分のカードの効果でデッキからカードを墓地へ送れない効果。

 そしてもう一つは、

 

「スタンバイフェイズにこのカードが墓地にある時、手札・デッキ・墓地のこのカードと同名カードを除外することでカードを1枚ドローできる。ドロー」

 

 自身と同名カードを除外することで、スタンバイフェイズにカードをドローする効果である。

 この効果は除外する枚数を指定していない。そのため、一枚除外するだけでもドロー効果は使用できる。一枚採用するだけで実質ノーコストで墓地肥やしを行うカードに化けるのである。

 ドローフェイズこそ封じられているが、ドローそのものを封じられたわけではない。覇王のこれはその抜け穴を突いた戦術と言える。

 恐らくはここまで覇王は考えていたのだろう。その周到さに、三人は驚きを隠せない。

 そして今。覇王は長い雌伏の時を終え、ついに行動を起こそうとしていた。

 

「このカードは、自分フィールド上にモンスターが存在しない時、手札から攻撃表示で特殊召喚できる」

 

 覇王が静かに口にした召喚条件。

 それにマナは思わず、え、と困惑の声を漏らしていた。

 何故ならば、そんな召喚条件を持つE・HEROをマナは知らなかったからだ。

 三人の中でマナは十代との付き合いが最も長い。それゆえ、そのデッキに存在しているHEROについても熟知している。もちろん他のモンスターについてもだ。

 しかし、そんな効果を持つモンスターをマナは知らない。無論、新たに加わったカードである可能性もあるが……。

 そんなマナの思考に対する答え、それはこの直後に示された。

 

「――来い、《E-HERO(イービル・ヒーロー) ヘル・ブラット》」

 

 現れるのは体格のいい人型のモンスター。どこか昆虫を思わせる節のついた筋肉を黒い甲殻が随所を覆い隠している。背中から生えた羽もやはり昆虫を思わせるものであり、その目は複眼のそれに近い。

 また頭部からは鋭く大きな角が生えており、翼のような見た目でありながら触覚のようにもとれる不思議な印象のそれは、全体的に黒を纏っていることもあり不気味な印象を抱かせるものだった。

 

 

E-HERO(イービル・ヒーロー) ヘル・ブラット》 ATK/300 DEF/600

 

 

 その口元にはこちらを嘲るような笑みが張りついている。腰部から伸びる尻尾を揺らしながら、ヘル・ブラットと呼ばれたそのモンスターは薄ら笑いを浮かべたまま覇王の前に立った。

 そして、そのモンスターを前にした三人は思わず言葉を失っていた。それはそのモンスターの名前が、想像も出来なかった類のものであったからだ。

 すなわち。

 

E・HERO(エレメンタル・ヒーロー)じゃ……ない?」

 

 マナがこぼしたその一言が全てだった。

 十代のデッキに存在するHEROは「E・HERO」だけであったはずなのだ。「E-HERO」など聞いたこともない。

 まして、そのHEROの名に含まれるのは「イービル」――悪魔である。嘲笑を浮かべる邪悪なモンスター。そんな存在を十代が従えているとは、信じられなかったのである。

 だがしかし、現実に十代のフィールドにはそのモンスターがいる。その衝撃が抜けきらぬままフィールドを見つめる三人の前で、覇王は更なる行動を起こしていく。

 

「魔法カード《HEROの遺産》を発動。墓地にレベル5以上のHEROが2体以上いる時、デッキからカードを3枚ドローできる。墓地には《E-HERO マリシャス・エッジ》と《E・HERO ネクロダークマン》、《E・HERO ネオス》が存在している。3枚ドロー」

「ネオス……」

 

 大幅なドローを行う覇王を見つつ、マナは唐突に出てきたその名前をぽつりと呟いた。

 恐らくはテイク・オーバー5を使用した時に墓地に落ちていたのだろうが、十代のエースとして常に活躍し十代を支えてきた彼は今何を思っているのか。覇王となった十代を見ていると、それを間近で見ていたであろうネオスの心情は推し量れないものがあった。

 

「更に、《E-HERO ヘル・ゲイナー》を召喚」

 

 

《E-HERO ヘル・ゲイナー》 ATK/1600 DEF/0

 

 

 覇王のフィールドに現れる新たなE-HERO。ヘル・ブラットとどこか似た容姿を持つ悪のHEROは、ヘル・ブラットがレベル2であるのに対してそのレベルは4とわずかに高い。

 そのためか、その容姿は互いに共通項が見出せるものであっても、ヘル・ゲイナーのほうはより禍々しいものになっている。黒い鎧のような装甲より生える幾つもの刃に、鋭い爪。

 悪魔族に属する異形のHEROたち。これまでの十代ならば有り得ないそれらのモンスターを操る覇王の姿に、彼らは知らず呑まれていた。

 

「――悪魔族専用融合カード《ダーク・フュージョン》を発動。手札のフェザーマンとバーストレディを融合。現れろ、《E-HERO インフェルノ・ウィング》」

 

 十代にとって馴染み深いモンスターであるフェザーマンとバーストレディ。一瞬フィールドに姿を現した彼らもまた、マナたちが知る姿とは微かに異なっていた。

 浅黒い肌に爛々と輝く瞳。正気を感じさせないそんな姿の二体が、覇王の頭上に出現した闇色の渦に吸い込まれて消えていく。

 そうして現れるのは、これまでフェザーマンとバーストレディの融合体としては存在していなかった女性体のHERO。バーストレディを基礎としたのだろう体に、その身を覆ってしまうほど巨大な漆黒の翼。

 顔の半分を隠すバイザーの下で、インフェルノ・ウィングは小さく覗く口に嗜虐的な笑みを浮かび上がらせた。

 

 

《E-HERO インフェルノ・ウィング》 ATK/2100 DEF/1200

 

 

「ダーク・フュージョン……悪魔族専用の融合だと!?」

「十代……お前にとってE・HEROは、もはやE-HEROの踏み台でしかないとでも言うのか……!」

 

 オブライエンとジムの二人が、信じがたいとばかりに声を荒げる。あれほどまでにE・HEROたちを信じ愛していた十代が、彼らの結束の力を悪しき方向へと曲げてしまったことが二人には信じられなかった。

 そして、マナも。彼女は自身もデュエルモンスターズの精霊である。だからこそ、二人よりもある意味においてはE・HEROたちの気持ちがわかるつもりだった。

 実際に彼らの声が聞こえたわけではない。しかし、マナは確信していた。E・HEROたちは今、嘆いている。十代が変わってしまったことに、それを自分たちが止められなかったことに。

 その悲しみはマナにも痛いほどよくわかった。これは精霊にしかわからない気持ちだったかもしれない。

 マナは思う。十代の下に集うE・HEROたちも仲間であると。ならば、十代だけではない。彼らもその悲しみの中から助け出してあげたいと。

 そう決意を新たにするが、しかし。その目的の前に立ち塞がる壁は、高く、そして険しかった。

 

「ダーク・フュージョンで融合召喚されたモンスターはこのターン、魔法・罠・効果モンスターの効果では破壊されない。更に装備魔法《フュージョン・ウェポン》をインフェルノ・ウィングに装備。レベル6以下の融合モンスターの攻撃力と守備力を1500ポイントアップする」

 

 

《E-HERO インフェルノ・ウィング》 ATK/2100→3600 DEF/1200→2700

 

 

 インフェルノ・ウィングの右腕に赤黒く輝く光が集束する。不気味に右腕に融着したそれを、インフェルノ・ウィングは愉しげに笑って見下ろした。

 

「魔法カード《天使の施し》を発動。デッキから3枚ドローし、2枚を捨てる。更に《命削りの宝札》。手札が5枚になるようにドローし、5ターン後に全ての手札を捨てる」

 

 最高級の手札増強カード。残り手札が一枚という状況で発動されたそれに、三人の顔が焦燥に揺れた。

 しかし、覇王の……いや十代の真骨頂はここからであった。

 

「《ホープ・オブ・フィフス》を発動。墓地の「E・HERO」、ネクロダークマン、スパークマン、フェザーマン、ワイルドマン、ネオスをデッキに戻し、2枚ドロー」

 

 いくつかのHEROはフィールドに現れていない。恐らくはテイク・オーバー5か、今の天使の施しの時に墓地に落ちていたのだろう。

 しかし、ここで更なるドローソース。十代が持つ奇跡のドローの力は常にみんなに頼もしさを感じさせてくれていたが、いざ敵になるとそれは脅威と言う他なかった。

 

「魔法カード《残留思念》を発動。墓地のモンスター2体を除外し、このターン受ける全てのダメージを0にする」

 

 何故このタイミングでそんなカードを、と三人の脳裏に怪訝な思いが浮かぶ。

 だが、それを問う暇などなく覇王の行動は続いていく。

 

「ヘル・ゲイナーの効果発動。このカードを2ターン後の未来まで除外することで、自分フィールド上の悪魔族モンスターはこのターン2度の攻撃が可能になる」

 

 ヘル・ゲイナーが不敵に笑いながらその身を光の粒子と化して消えていく。そしてその場に残った光の残滓は全てインフェルノ・ウィングへと吸収されていった。

 攻撃力3600の、更に二回連続攻撃。まさしく脅威としか言いようがない敵を前に、ジムたちの頬に一筋の汗が伝う。

 そんな彼らの前で静止するインフェルノ・ウィングと、その奥で佇む操り手たる覇王。そして、覇王はゆっくりとその右手をインフェルノ・ウィングに向けてかざした。

 

「――バトル。インフェルノ・ウィングでヴォルカニック・デビルを攻撃。《インフェルノ・ブラスト》」

 

 直後、甲高い怪鳥の声を上げて飛び上がるインフェルノ・ウィング。フュージョン・ウェポンが装備された右手にあらん限りの炎が集まっていき、特大の火炎球を形作る。

 嗜虐性に満ちた笑みをその顔に張り付かせ、インフェルノ・ウィングは一気にその炎をオブライエンの場のヴォルカニック・デビルに向けて解き放った。

 一拍、そして直撃。炎属性炎族のヴォルカニック・デビルだったが、灼熱を超える闇の炎を耐え切ることはできなかった。

 苦悶の叫びを上げつつ爆発とともにその身は散り、残るのはその余波である爆風のみだった。

 

「ぐ、ヴォルカニック・デビル……ッ!」

 

 

オブライエン LP:4000→3400

 

 

 腕を顔の前に掲げて爆風を防ぎながら、オブライエンは自身が最も信を置くデッキの切り札の最後に、呻くようにしてその名を呼ぶ。

 だが、余韻に浸ることは許されなかった。なぜなら、インフェルノ・ウィングは覇王の場に戻ることなく、オブライエンの目の前に迫っていたからだ。

 

「なッ……!?」

 

 一メートルも間にない距離で、インフェルノ・ウィングが止まる。そしてオブライエンの顔を覗き込むと、にたりと笑った。

 

「インフェルノ・ウィングの効果発動。破壊した相手モンスターの攻撃力か守備力、どちらか高いほうの数値分のダメージを与える」

「な、なんだと!?」

 

 十代のエースの一体、フレイム・ウィングマンを想起させるその効果。しかしインフェルノ・ウィングのそれはフレイム・ウィングマンの効果を上回るものだった。

 何故ならばフレイム・ウィングマンの効果は攻撃力のみを参照するのに対し、インフェルノ・ウィングの効果は攻守のどちらか高いほうである。つまり、守備に特化したモンスターであっても大ダメージに繋げることが出来るのだ。これはフレイム・ウィングマンには出来なかったことである。

 同じ融合素材を持ちながら、その能力には差が生じる。これが悪が持つ力であるというのならば、覇王は……十代はこの強さが持つ魅力に抗うことが出来なかったのだろう。

 仲間を守れなかった後悔ゆえに。しかしその後悔は十代が持つ優しさの証でもあった。

オブライエンは十代が持つ優しさにつけこんだ覇王に、怒りを覚える。そしてその力の結果ともいえる目の前のインフェルノ・ウィングを強く睨むが、彼女から返ってくるのは優勢を確信した喜悦の笑みのみ。

 そして、インフェルノ・ウィングがゆっくりとその右腕をオブライエンに突きつけた。

 

「――《ヘルバック・ファイア》」

 

 覇王の声。そして直後、オブライエンの体はインフェルノ・ウィングより放たれた豪炎に包まれた。

 

「く、がぁあああぁああッ!!」

 

 

オブライエン LP:3400→400

 

 

 オブライエンのライフが減少する。しかしそれ以上に、この炎はオブライエンの精神を削り取っていった。この世界でのデュエルは死に直結する。今その終末へと一歩近づいた恐怖と、身を焼かれる炎の痛み。それらが合わさり、オブライエンの意識を蹂躙する。

 

「オブライエン!」

「オブライエンくん!」

 

 ジムとマナが絶叫を響かせたオブライエンに駆け寄る。炎が消え去り、インフェルノ・ウィングが覇王の場に戻っていき、オブライエンは膝から崩れ落ちた。

 それでもどうにか倒れこむことだけはすまいと拳を地面に叩きつけて身を起こすが、四つん這いになったままオブライエンは立つことが出来なかった。

 ジムとマナがオブライエンの体に触れる。手に伝わる熱さにオブライエンの負った痛みを感じ取り、二人はぎゅっと口を引き結んだ。

 オブライエンのライフは残り400。それでなくても、かなりのダメージを受けている。このままでは危険だと二人は思わざるを得なかった。

 しかし。

 

「ヘル・ゲイナーの効果。インフェルノ・ウィングはこのターン、もう一度だけ攻撃を行うことが出来る」

 

 覇王の言葉が耳朶を打つ。

 はっとしてジムとマナが顔を上げたときには、既にインフェルノ・ウィングはこちらのフィールドに向けて飛び立っていた。

 

「ヴォルカニック・ハンマーに追撃。――《インフェルノ・ブラスト》」

 

 その右手がヴォルカニック・ハンマーに狙いを定め、再び作り出された炎が勢いをつけて発射される。一直線にオブライエンのフィールドに向けて突き進む死神の鎌。

 だが、オブライエンのフィールドには、体を丸めて守りの態勢をとったモンスターが存在している。通常であればそれで問題はなかっただろう。しかし。

 

「く……インフェルノ・ウィングには、破壊したモンスターの攻撃力か守備力、高い数値のダメージを与える効果がある……!」

「それだけではない。インフェルノ・ウィングは、守備表示モンスターを攻撃した時、その守備力を攻撃力が超えていれば、その数値だけダメージを与える」

「か、貫通効果も……だと!?」

 

 オブライエンの表情が驚愕に歪む。それではよしんば効果ダメージを防ぐ事ができたとしても意味がない。

 すなわち確実にオブライエンのライフを削りきる攻撃。それを悟りながらも、オブライエンはせめてもの抵抗とばかりに膝をついた状態で迫る炎を睨めつける。

 しかし、それで攻撃が止まることなどあるはずがなく。今度はオブライエンの命そのものを燃やし尽くす炎球が、再びその身に襲い掛かろうとしていた。

 その時。

 

「させない――! 罠カード《残像の盾》! そのモンスターの攻撃は私への直接攻撃になる!」

 

 マナの言葉と同時に、伏せられていたカードを起き上がる。

 そしてマナの口から伝えられたその衝撃的な効果に、オブライエンは目を見開いてマナを見た。

 

「な、に……マナッ!?」

 

 オブライエンに駆け寄って傍にいたマナが、立ち上がって距離を置く。

 驚愕の目で自分を見つめるオブライエンとジムに、何でもないとばかりにニコリと微笑んで――マナは炎に包まれた。

 

「きゃぁああぁああッ!」

 

 

マナ LP:4000→400

 

 

 攻撃力3600の直接攻撃。

 耐え難い痛みが体中を駆け抜け、マナはオブライエンと同じく地面に膝をついた。

 

「足手まといを庇うか……」

「くっ……」

 

 足手まとい。そう言われたことに、オブライエンが悔しげに呻く。しかしそれ以上何も言わないのは、マナのダメージが自分のせいであることを自覚しているからだろう。

 しかし、当のマナ自身はそんなこと微塵も思っていなかった。あのままではオブライエンは死んでいた。しかし、自分がこうしてダメージを受けることでオブライエンは今も生きている。

 なら、そこに問題などあるはずがなく、不満など感じるはずがなかった。だからマナは「大丈夫だよ」とオブライエンに笑みを見せ、オブライエンはそれに「すまん」と謝り、次いで「ありがとう」と答えたのだった。

 これで、オブライエンとマナのライフは共に残り400。レッドゾーンに突入している。しかしジムにはまだ2000のライフが残っており、覇王の残りライフは200ポイント。

 ならば、チャンスはある。三人はそう希望を抱く。その意志が瞳に光を宿して覇王を見るが、それを見て取った覇王はただ無表情に嘆息するだけだった。

 

「愚かな。お前たちの抵抗など、無意味なものと知れ」

「なに……!」

「お前たちの力は既に把握した。2ターンもの猶予を与えても、なおこのライフを削り切れぬ輩に――用はない」

 

 覇王はそこで一度言葉を切ると、三人を睥睨した。

 その瞳にはどこか失望にも似た冷たさが宿る。

 そしてゆっくりとその指が手札へと向かい、一枚のカードを手に取った。

 

「手札を1枚墓地へ送る。――見せてやろう。絶対無敵、究極の力。……魂の嘆きが生み出した力の象徴!」

 

 その手にあるのは一枚の魔法カード。それを高々と掲げ、覇王は世界にその名を刻むかのごとく宣言する。

 

 

「発動せよ! 《超融合》ッ!」

 

 

 高らかに告げられたカードの発動。瞬間、世界が鳴動した。

 地は揺れ、空は荒れ、黒雲が立ち込める中、激しい稲光が世界を照らす。

 その雷さえも吸い込むほどのどこまでも黒い渦が天空に生まれ、雷雲そのものでさえも貪欲に吸収していく。まるでブラックホールのように全てを呑みこむ恐ろしい力。

 その影響で吹き荒れる風に、体ごと巻き込まれそうになるのを必死にこらえながら、三人は覇王の口から伝えられたこの現象を引き起こしているカードの名前を脳裏に反芻していた。

 

「十代ッ、そのカードは……!」

 

 それは、暗黒界の狂王 ブロンが作り出した融合カード。万丈目、剣山、翔、吹雪、明日香の魂を捧げて作り出された悲劇のカードだった。

 それを、十代がこうして使うとは。その事実に驚きを露わにするジムだったが、その驚きは次の瞬間更に深いものへと変わった。

 何故なら、ジムの場にいるガイア・プレートが、突然その身を崩れさせたからだ。

 

「なっ……ガイア・プレート!?」

 

 元々巨岩同士が繋がって形を為していたガイア・プレートは、崩れれば岩の集まりでしかない。そしてそれらはこの荒れ狂う風によって宙に巻き上げられ――覇王のフィールドで再び形を為したのであった。

 

「馬鹿な!? 一体どういうことだ!」

 

 コントロール奪取カードなど、覇王は使っていない。だというのに、何故。

 道理の通じぬ事態に直面し驚愕するジム。その疑問に、覇王は淡々と答えた。

 

「超融合を用いれば、自分フィールド上のモンスターと、フィールド上のあらゆるカードを融合素材にすることが出来る」

「な、なんだと……!?」

「そして、超融合をカウンターすることは出来ない」

 

 絶句。

 その効果を聞いた三人は、しばし言うべき言葉を失っていた。

 

「……ば、馬鹿な!? そんなカード、防ぎようがない!」

 

 思わずといった様子で叫んだオブライエンに、覇王はただ頷く。

 

「その通り。これこそ完全なる勝利を導く絶対的な力。その力の前に、己が無力を悟るがいい!」

 

 覇王の頭上に生まれた漆黒の渦に向かって集束していくエネルギー。

 ジムのフィールドに存在していた岩石族、ガイア・プレート。そして覇王自身のフィールドに存在していた悪魔族、ヘル・ブラット。この二体もその渦の中へと吸収されていく。

 そして、荒れ狂う風が止んだ時。呑みこまれた二体を素材とした新たなモンスターの影が黒雲の中に生まれていた。

 

「出でよ、《E-HERO ダーク・ガイア》!」

 

 その名が呼ばれると同時に、翼の羽ばたきによって超融合によって生まれた漆黒の渦が吹き飛ばされる。

 そうして姿を現したのは、岩石を鎧のように纏ったモンスター。その鎧の下にある体はいかにも悪魔らしく闇色に彩られ、大きな翼と尾、それに角がその禍々しさを一層強いものにしている。

 

 

《E-HERO ダーク・ガイア》 ATK/? DEF/0

 

 

 そして、ダーク・ガイアは空中にて、背中の翼を大きく広げて咆哮を上げた。

 

「ダーク・ガイアの攻撃力は素材とした2体のモンスターの攻撃力の合計となる」

 

 素材となった悪魔族、ヘル・ブラットの攻撃力は300。岩石族、ガイア・プレートの攻撃力は2800。

 よって――。

 

 

《E-HERO ダーク・ガイア》 ATK/?→3100

 

 

「く……!」

 

 見る見るダーク・ガイアに満ちていく力。それを確かめるように手を開いては握るダーク・ガイアの泰然とした姿に、ジムは己が追い込まれていることを悟らざるを得なかった。

 そして、ダーク・ガイアの目がジムを貫く。その狙いが自分であることを察したジムは、オブライエンから距離を取ってその目を見返した。

 

「ダーク・ガイアで攻撃」

 

 覇王がついに指示を下し、それに伴ってダーク・ガイアが両手を振り上げてその頭上にて掲げる。

 くるか、と身構えるジムだったが、しかし覇王の言葉は更に続いていた。

 

「そしてこの攻撃宣言時、ダーク・ガイアの効果が発動する。相手フィールド上に存在する守備表示モンスターを全て表側攻撃表示に変更する」

「な、なんだと!?」

 

 ガイア・プレートがいなくなったことで、今ジムのフィールドに存在するモンスターは、守備表示のフォッシル・ダイナ パキケファロ一体のみ。

 守備表示であればこそ、ダメージを受けることはないと安心できた。次の反撃に備えることが出来た。だが、攻撃表示になってしまってはそうもいかない。

 フォッシル・ダイナ パキケファロの攻撃力は1200。それではダーク・ガイアの攻撃を受け切ることなど不可能だった。

 しかし、だからといって今のジムに訪れるその現実を回避する手段などない。故にダーク・ガイアの掲げた手の上に形作られていく炎を纏う巨大な岩塊を、ただ見つめることしか出来なかったのである。

 

「フォッシル・ダイナ パキケファロに攻撃。――《ダーク・カタストロフ》!」

 

 ダーク・ガイアが作り上げた小型の隕石のごときその攻撃が、ついにジムめがけて解き放たれる。そしてそれをどうにかする術を、ジムは持っていなかった。

 ならばせめて背中のカレンを傷つけるような真似はすまい。そう覚悟を決めると、ジムはその攻撃を受けるフォッシル・ダイナ パキケファロに真っ向から向き合い、そして隕石の着弾と共に破壊された際の余波を正面から受け止めることとなった。

 

「ぐ……うぁああぁああッ!」

 

 炎による熱風と岩による衝撃と。それら二つを同時に受け止めたジムは、耐え難い痛みを誤魔化すかのように叫び声を上げて、支えきれなくなった体を揺らめかせて地に手をついた。

 

 

ジム LP:2000→100

 

 

「ぐ、ジム……!」

「ジムくん……!」

 

 同じく立ち上がれずに膝をついているオブライエンとマナが、それでもジムの身を心配して名前を呼びかける。

 しかし、ジムに応える余裕はない。そしてそれ以前に、覇王の行動はまだ続いていた。

 

「更に《O-オーバーソウル》を発動。墓地のバーストレディを守備表示で蘇生する」

 

 

《E・HERO バースト・レディ》 ATK/1200 DEF/800

 

 

 黒く染まった肌に、光のない瞳。荒い息をこらえつつそれを見るマナの目には、バーストレディの身を包む悲しみが見えるようだった。

 しかし、覇王にはそれがわからない。だから、覇王は何の感慨も抱かぬままカードを手に取るのみだった。

 

「魔法カード《バースト・インパクト》。バーストレディがいる時、フィールド上のバーストレディ以外のモンスターを全て破壊し、そのプレイヤーに1体につき300ポイントのダメージを与える」

 

 震える体に乱れる呼吸。倒れ伏す三人はお互いのフィールドに視線を走らせる。

 ジムの場にモンスターはいない。しかし、オブライエンとマナの場には……存在していた。

 

「フィールドにはヴォルカニック・ハンマーとブリザード・プリンセスがいる。よってそれぞれに300ポイントのダメージを与える」

 

 バーストレディの手の中に生まれる二つの火球。それを、ただオブライエンとマナは見つめている。もはや、満足に体を動かすことも出来ないためだった。

 しかし、そんな二人を前にしても覇王の中に容赦という言葉は存在しなかった。

 

「やれ、バーストレディ。《バースト・インパクトショット》」

 

 放たれる火球。先程二人が受けた攻撃に比べれば、本当に小さな攻撃。

 しかしそれでも、今の二人にとってそれは大きすぎるダメージとなって襲い掛かった。

 

「が、ぁああああッ!」

「きゃぁああぁあッ!」

 

 

オブライエン LP:400→100

マナ LP:400→100

 

 

 身を焼かれる痛みに、二人は膝に入れる力すらも失って崩れ落ちる。

 だが覇王の場にもモンスターはいる。バースト・インパクトは覇王のフィールドにも効果を及ぼす。インフェルノ・ウィングはダークフュージョンの効果で破壊されないが、ダーク・ガイアは別である。破壊され、ダメージを受けるはずだった。

 しかし爆煙が収まった時。確かにダーク・ガイアの姿はなかったが、覇王の姿はいまだ健在であった。

 

「残留思念の効果により、このターンに受けるダメージは0となる」

 

 ――あの時のカードは、このためのものか……!

 どこまでも隙がない覇王に、三人はもはや咄嗟に言葉も出てこない。

 ジム、オブライエン、マナ。そのライフは既に残り100しかない。覇王のライフとて残り少ないが、しかし状況が圧倒的に違い過ぎた。

 覇王の場には強力なモンスターが並び、こちらにはモンスターはいない。そして、そもそも今回のデュエルのルールは覇王にとって不利に過ぎるものなのだ。三人の後にターンが回ってくるという理不尽の中でも、しかし覇王は生き残っている。それどころか、三人を追い込んですらいるのである。

 その事実には、戦慄するより他なく、地に伏せた状態でいる三人は、どうにか体を起こすもののその目には微かに諦念がよぎり始めていた。

 

「つ、強い……ッ!」

「三人で挑んでいるのに、こんな……」

 

 ついにオブライエンとマナの口から弱音が漏れる。

 二人の視線が向かうのは、余裕すら感じさせる風格で立つ覇王の姿。カードをデュエルディスクに差すその姿を、二人はただ見ていることしか出来なかった。

 

「カードを1枚伏せ、ターンエンド。……これでお前たちの中にもはやライフに余裕がある者はいない。――圧倒的な力の前に、平伏すがいい」

 

 断定するその口調には一片の揺らぎもない。

 そしてそれに反論するだけの気力を、オブライエンとマナは持っていなかった。

 諦めてはいない。今でも十代を取り戻したいと願っている。だが、体に受けたダメージがその気持ちを表に現すことを拒絶していた。

 震える手が、地面に触れる。後は力を込めて、立ち上がるだけ。しかし、その一押しがどうしても出来なかった。

 敵わないのではないかと疑ってしまったことが、気持ちをセーブしているのだ。立ち上がったとしても、覇王に勝つことは出来ないかもしれない。その恐怖が、二人の体に纏わりつく。覇王から溢れる圧迫感が、そうさせていた。

 二人の心に、じわりと広がる敗北の感覚。時が経つごとに染み渡っていくであろうそれが決定的な終わりを告げようとした、その時。

 

「――く……グ……お、れのターンッ!」

 

 二人の横で、聞こえる声があった。

 伏したまま、二人は視線を移す。二人と共に戦う仲間……ジム。彼は肩で息をしながら、体を震わせながら、しかしそれでもデッキの上に指を乗せて、確かに己の足で立っていた。

 その目は覇王を見据えて離さない。そして、震える指がデッキトップのカードを掴む。

 

「あ、諦めるものか……! 十代、たとえ俺のライフが尽きようとも……! お前を、か、必ず……!」

「じ、ジム……」

 

 

 ――友のために。

 

 そのために立ち上がり、どれだけの逆境であろうと決して諦めない。その力強く気高い姿に、何も感じないはずがなかった。

 オブライエンも、マナも。ジムの、仲間の奮起する姿を見て、力が抜けていた手足に強引に力を注いでいく。

 いまだ体は震え、ダメージは残っている。勝てないかもしれない。そんな恐怖も心のどこかに存在している。

 だがしかし、そんな恐怖など十代を失うかもしれない恐怖に比べればどうということはない。そんな簡単なことを忘れそうになるとは、と二人は自分自身に苦笑をこぼす。

 

「そうだ……俺たちは、諦めん……!」

「……十代くんを、取り戻すまでは……!」

 

 よろめきながらも立ち上がり、ジムの横に二人は並ぶ。

 瀕死であった二人が立ち上がって再び向かい合ってきたことに、覇王は眉をピクリと動かす。あれだけのダメージを受けて立ち上がって来るとは考えていなかったのだろう。

 だがしかし、二人が立ち上がることを確信していた人物もいる。横に並ぶ二人を見て小さく笑みをこぼしたその人物は、心の中に感じる仲間の温かさに尊いものを感じながら強く強く、願った。

 

 ――オリハルコンの眼よ……。俺が……いや、俺たちが十代を取り戻すための力を……。

 

 たとえ自分は勝てなくても、誰かが勝てばいい。そうして十代を取り戻す。それを可能にするだけの力。それを……。

 

 ――頼む! 俺に、そのための力を貸してくれ――!

 

 

「ドローッ!!」

 

 勢いよくカードを引きぬく。ジムの手札は僅かのこの一枚のみ。

 願いを込めたドロー。その願いにデッキが出した答え。それを、ジムは即座に発動させた。

 

「魔法カード……《ディーペスト・インパクト》を発動ッ! フィールド上のモンスターを全て破壊し! 互いのライフを半分にするッ!」

 

 彼ら三人のフィールドにモンスターはいない。ゆえに、破壊されるのは覇王が操るモンスターのみである。

 爆音が轟く。

 覇王のフィールドで発生した大爆発は彼の場に存在する全てのモンスターを巻き込んで、荒れ狂う砂煙を発生させる。

 

 

覇王 LP:200→100

ジム LP:100→50

 

 

 これで覇王のフィールドは空になった。互いを遮るものは何もなく、ライフポイントの差もほとんどない。

 今ならば、きっとこの声が十代に届く。そう信じて、ジムは今すぐに休みたいと主張する肺を叱咤して大声を張り上げた。

 

「十代……! 聞こえているか、十代!」

 

 砂煙の向こうから返ってくる反応はない。

 しかし、それでもジムはひたすらに言葉を続けた。

 

「お前にも闇はあるのかもしれないっ! だが、決してそれに呑まれてはいけないんだ!」

 

 闇がない人間などいない。そして時にはその闇に押し潰されそうになることだってあるだろう。しかし、それでも決して屈してはいけないものがあるはずなのだ。ジムはそんな何かがあることを知っていた。

 ジムにとってのそれは、友情。そして十代もまたそんな何かを必ず胸に秘めているはずだとジムは信じていた。

 その十代の良心、あるいは信念とでも言うべき何か。それに届くように、ジムは懸命に訴えかけた。

 さっきまでは届かなかったかもしれない。しかし、互いのライフに大きな差がない今ならば、と。

 

「十代――My friendッ!」

 

 もはやそれは絶叫だった。心の内を余すことなく曝け出し、全ての力を注ぎ込んだ呼びかけであった。

 しかし。

 

「………………」

 

 覇王がジムを見る眼は鋭く、冷たい。そこに親愛の情を感じ取ることなど到底できず、ジムは自らの呼びかけが十代に届いていないことを悟るよりなかった。

 

「駄目、か……。Sorry、二人とも……」

 

 限界まで傷ついた体で無理をしたためだろう、ジムは膝をついて自嘲気味に笑った。

 

「ジム……! くっそぉッ! 俺のターン!」

 

 友の必死の叫び、そしてそれが報われなかった姿を見て、オブライエンの中に燻っていた炎が再び燃え上がる。

 気力で悲鳴を上げる体を捻じ伏せ、ジムが残したこのチャンスを……果たせなかった友への思いを、無駄にするものかと奮起する。

 その思いがデッキにも伝わったのか、オブライエンが引いたカードはこのデュエルに終止符を打つことができるカードであった。オブライエンはそれでも油断なく覇王を見据え、そしてそのカードを発動させた。

 

「俺は《魂の解放》を発動! 互いの墓地からカードを5枚まで選択して除外できる! 俺は自分の墓地から《ヴォルカニック・エッジ》と《ヴォルカニック・ハンマー》を除外し、お前の墓地から《E-HERO ダーク・ガイア》と《E-HERO インフェルノ・ウィング》、《E-HERO マリシャス・エッジ》を除外する!」

 

 今の十代の主力となるモンスター、E-HERO。その中でも脅威の力を見せた二体と、高レベルE-HEROであるらしいマリシャス・エッジというモンスターをゲームから除外する。

 これで脅威はなくなったはず。それを確認した後、オブライエンは最後のキーカードを発動させるべくフィールドに手をかざした。

 

「リバースカードオープン! 罠カード《異次元からの帰還》! ライフを半分払い、除外されている自分のモンスターを可能な限り特殊召喚する! 来い、《ヴォルカニック・エッジ》! 《ヴォルカニック・ハンマー》!」

 

 

オブライエン LP:100→50

 

 

《ヴォルカニック・エッジ》 ATK/1800 DEF/1200

《ヴォルカニック・ハンマー》 ATK/2400 DEF/1500

 

 

 現れる二体のヴォルカニック。ジムのおかげで覇王のフィールドにモンスターはいない。この状況でアタッカーレベルの攻撃力を持つモンスターを複数召喚できた事実は大きな意味を持つ。

 あちらの伏せカードは一枚。もしあれがミラー・フォースのようなカードだった場合、攻撃すれば破壊され、攻撃しなければ覇王を倒せず手詰まりになることだろう。

 しかし、ヴォルカニックモンスターならばそんな脅威を突破することができる。

 

「ヴォルカニック・エッジの効果! 1ターンに1度、このカードの攻撃を放棄することで、500ポイントのダメージを与える!」

 

 ヴォルカニックの大きな特徴の一つ、バーン効果。これならば攻撃を介していないので覇王に直接ダメージを叩き込んだ勝利することができる。

 また、もし伏せカードが攻撃を止める類のものではなく効果ダメージに関するものであったとしても、ヴォルカニック・ハンマーは攻撃権を残したままだ。これならばたとえ効果ダメージを防がれたとしても、ヴォルカニック・ハンマーによる追撃で覇王を倒すことができる。

 二段構えの布陣。覇王の力を認め、最後の最後まで決して油断をせずに、オブライエンは仲間たちの願いを叶えるために全力を尽くす。

 一度大きく息を吐き出し、そしてオブライエンは覇王に向けてその指先を向けた。

 

「今度こそ、十代に届け……! いけ、ヴォルカニック・エッジ!」

 

 オブライエンの言葉を聴き、ヴォルカニック・エッジが口を開く。その口腔に生まれていく炎を見て、オブライエンは自分たちの勝利を確信する。

 しかし、次の瞬間。ヴォルカニック・エッジがその姿を霞のように消失させていったことで、その表情は愕然としたものへと一変した。

 

「ば、馬鹿な……モンスターが消えていく!?」

 

 気付けば、ヴォルカニック・エッジの隣に立っていたヴォルカニック・ハンマーもまたフィールド上から姿を消していた。

 一体ならともかく、二体が同時に自身のフィールドからいなくなるという事態に困惑と驚愕が入り混じる。

 そのとき、覇王のフィールドでは伏せられていた一枚のカードがその姿を露わにしていた。

 

「カウンター罠《神の宣告》。ライフを半分払うことで、魔法・罠の発動、モンスターのあらゆる召喚を無効にして破壊する。異次元からの帰還はこのカードにより無効となっている」

 

 

覇王 LP:100→50

 

 

 妨害カードとしては最高峰の性能を誇る罠カード。加えてカウンター罠ゆえにそのスペルスピードは3であり、最速である。それをカウンターするカードは、オブライエンにはなかった。

 よろめき、膝が地面につく。気力で維持していた体が再び悲鳴を上げ始める。肩を大きく揺らしながら呼吸を繰り返し、オブライエンは自分を見下ろす覇王を見つめた。

 

「十代……お前の闇は、そこまで……」

 

 それ以上は言葉にならなかった。

 ただ荒く息を吐き、疲れと痛みを和らげようと努める。そうしなければならないほどに、もはや体が限界だったのだ。

 

 ――そしてついに、この場で立っている存在は覇王とマナの二人だけとなった。

 

 

「ジムくん……オブライエンくん……」

 

 大きく消耗し、立つことすらままならない仲間たち。痛ましいほどに十代のために力を振り絞って立ち向かった二人。その姿を見つめるマナの瞳が微かに揺れる。

 はっとして滲む視界を誤魔化すかのように首を振り、マナはこみ上げてくる感情に蓋をして覇王に向き合った。

 しかし、どうしても溢れてくる。二人の姿を見ていると、自分では敵わないのではないかと思えてしまう。そんな弱い気持ちを制御できない自分が、マナはどうしようもなく情けなくて仕方がなかった。

 

「お前のターンだ」

 

 しかしそんなマナの内心など覇王が構うはずもない。

 突き放すような調子で告げられた言葉に応えて、マナはゆっくりとその指をデッキトップに置いた。

 今この時、遠也がいたらどうなっていたのだろうか。そんな詮無い空想が脳裏をよぎり、そして長くその顔を見ていない事に改めて気がついて、マナの声は知らず震えていた。

 

「っ……私のターン……!」

 

 カードを引き、手札はその一枚だけ。

 そして引いたカードは《氷の女王》。逆転の一手とはなりえないカードだった。

 しかし、マナはぐっと唇を引き絞り、そしてフィールドに手を向けると声が枯れんばかりに叫んだ。

 

「リバースカードオープン! 《正統なる血統》! 墓地の通常モンスター1体を復活させる!」

 

 これが、正真正銘最後の一手。

 皆の、ジムの、オブライエンの、そしてマナ自身の思いを。それら全てを乗せて、いま墓地からその願いを果たすモンスターが蘇る。

 

「お願い……私たちの思いを繋げて――! 《ブラック・マジシャン》ッ!」

 

 

《ブラック・マジシャン》 ATK/2500 DEF/2100

 

 

 フィールドを流れる光の奔流。その中から現れるのは、漆黒の法衣を身に纏った最上級魔術師。

 かの武藤遊戯の代名詞的な存在としても知られる魔法使い族屈指のモンスターが、マナのフィールド上にて光を切り裂くかのように杖を振るう。

 闇色の魔力を流しながら黒杖をそのまま一回転させ、ブラック・マジシャンは強く力の篭もった瞳で倒すべき脅威である覇王に鋭い視線を投げかけた。

 今、覇王の場にモンスターはいない。それだけではなく、伏せカードすら一枚もない。そしてその手札は……ゼロだ。

 三人で一斉に挑み、それでもなお高かった壁。そこにようやく見えた綻びがどれだけ得難いものであったのかは、余人には想像もできぬことだろう。

 それは三人の奮戦が無駄ではなかったことの証だった。諦めずに訴え続けた声が、思いが、ようやく実を結ぶ時が来たのだ。

 ジムとオブライエンも、精一杯の力を振り絞って顔を上げる。

 

 行け――!

 

 二人の視線から伝わってくるその強い意志に押されるように、マナはすっと息を吸い込んで、その指先を覇王に向けた。

 

「バトル! ブラック・マジシャンで十代くんに攻撃! ――《黒・魔・導(ブラック・マジック)》ッ!」

 

 下された指示にブラック・マジシャンが杖を構えると、空を滑るようにして覇王へと向かっていく。

 紫電を纏う闇色の魔力が杖の先で醸成されていき、やがてそれは大きな威力を秘めた魔力の砲弾となって滞留する。

 いよいよもって訪れるその時。覇王を倒し、十代の心を取り戻す。その何物にも代えがたい目的を達成せしめんと、ブラック・マジシャンがついにその魔力ごと杖を覇王目がけて振り抜いて――、

 

 うっすらと覇王を包む影に、弾き飛ばされた。

 

 

「……え……?」

 

 マナの口から、声と言うにも声らしくない音がこぼれる。

 ブラック・マジシャンの攻撃は完璧だった。どこにも落ち度などなかったはずである。

 それに、覇王のフィールドにはモンスターも伏せカードもなかった。手札すら一枚もないのだ。ならば、どうしてブラック・マジシャンの攻撃を防ぐことが――。

 

「墓地の《ネクロ・ガードナー》の効果発動。このカードを除外することで、その攻撃を無効にする」

 

 覇王の姿を覆う半透明の影。墓地に存在することで一度だけ攻撃を無効にする効果を持つ戦士族モンスター。

 十代のデッキには、確かにそのカードが組み込まれていた。しかし、よりにもよってこのタイミングで、と誰もが思わずにはいられなかった。

 今の攻撃は、正真正銘全力を振り絞った末の攻撃だった。もはやマナの場に攻撃が可能なモンスターは残っておらず、そして攻撃を行う余裕もマナにはなかった。

 もつれる足が体を揺らす。マナはそれでもせめて倒れるまいと歯を食いしばって踏みとどまり、そして絞り出すようにして終わりの一言を口にした。

 

「……ターンエンド、だよ」

 

 そして、覇王がデッキからカードを引く。

 

「――ドロー」

 

 これが唯一の手札。そしてそのカードを、覇王は淡々と発動させた。

 

「魔法カード《地獄の取引》を発動。相手の墓地の攻撃力2000以上のモンスター1体を相手フィールド上に特殊召喚し、墓地の魔法カード1枚を手札に加える」

 

 覇王の宣言の後、ジムのフィールド上に岩石で構成された巨人が再び姿を現す。

 

「《地球巨人 ガイア・プレート》を選択。そして墓地から《命削りの宝札》を手札に加え、発動。手札が5枚になるようにドローする」

 

 反則級のドローカードを再び使用する。それによって一気に増える手札。

 マナたちは痛みと疲労で喘ぐ中、それを眺めていることしか出来なかった。

 

「装備魔法《D・D・R》。手札1枚を捨て、除外されているモンスター1体を帰還させこのカードを装備する。――現れろ、《E-HERO マリシャス・エッジ》」

 

 除外領域から、空間に穴を開けて這い出てくる悪魔族の最上級HERO。

 暗い紫に染まった肉体を覆う太いベルト、鋭利な棘を纏い、その背中には巨大な刃のごとき翼があり、攻撃的なモンスターであることを窺わせる。

 その手の甲からは鋭く尖った爪が三本生えており、計六本のそれは怪しく光を反射させて見る者に不気味なイメージを与えていた。

 

 

《E-HERO マリシャス・エッジ》 ATK/2600 DEF/1800

 

 

 マリシャス・エッジは覇王のフィールド上で、歯が見えるほどに口を裂いて笑っている。それは余裕の現れであると同時に、弱者である彼ら三人を嘲るかのようでもあった。

 

 ――そしてこの瞬間、マナは自らの負けを悟っていた。

 何故ならばマリシャス・エッジの攻撃力は2600。対してブラック・マジシャンの攻撃力は2500である。その攻撃力の差は100ポイント。そしてマナの残りライフはわずか――100ポイントしか残っていなかったからである。

 この世界におけるデュエルは命のやり取り。そして、負けとはすなわち、死である。

 その残酷な事実が、今マナの身に降りかかろうとしていた。それを回避しようにも、マナの手の中にそんな都合のいい手段は残されていない。

 つまり、その現実を受け入れるしかなかったのだ。

 それを悟ったマナは、静かに目を閉じる。そうして脳裏によぎる様々な記憶を思い返し――ただ一言がこぼれるようにしてその口から漏れた。

 

「……ごめんね……遠也……」

 

 それは、何に対しての謝罪だったのか。

 十代を助けられなかったことか、遠也を助けられなかったことか、遠也よりも先に死んでしまうことか。

 きっとそれは、マナ自身にも定かではなかった。ただ、その胸の中に溢れるどうしようもないやるせなさと申し訳なさがそう呟かせたのだった。

 その一言に込められた恐ろしいまでの諦観。もはや自分の命はこれまでなのだと認めたかのような響きに、それを感じ取ったジムとオブライエンは必死に体を動かしてその攻撃を止めようとする。

 

「くッ、マナ――!」

 

 だが、体は言うことを聞いてくれない。残りライフが50にまでなる莫大なダメージのツケがきていることを実感し、その煩わしさに叫びだしそうになる。

 だが、そんな無駄な時間を使うわけにはいかない。二人はならばせめてと、自由になる口を使ってマナの命を刈り取る刃を食い止めようと声を張り上げた。

 

「やめろ! 十代ッ! わかっているのか!? お前は今、仲間をその手にかけようとしているんだぞ!!」

 

 ジムが叫ぶ。懇願にも似た声。

 しかし、覇王の手はゆっくりとフィールドに向けられた。

 

「――バトル」

 

 バトルフェイズの、開始宣言。

 マリシャス・エッジが力を溜めるかのように、体勢を低くした。

 

「やめろっ――やめるんだッ! 十代ッ!!」

 

 オブライエンが叫ぶ。掠れた声、必死の響き。

 それでも、覇王の冷徹な声が紡ぎ出す指示を押し止めるには至らなかった。

 開かれる口。そして、マナはそっと目を閉じた。

 

「マリシャス・エッジでブラック・マジシャンに攻撃。――《ニードル・バースト》」

「――ッ! 十代ィッ!!」

 

 取り返しのつかない行動を実行に移したことに、絶叫が轟く。

 マリシャス・エッジは勢いよく空に飛び上がると、その両手の爪で空を切り裂くようにして十字型に振り抜いた。

 その瞬間、何本もの鋭い爪が中空に作り出されて、それは一気に豪雨のようにブラック・マジシャン目がけて降り注いだ。

 それを避ける術はマナにはない。ジムにも、オブライエンにも、マナを助ける術はなかった。

 それがわかっているからだろう、マナはただ静かに目を伏せている。もはや死への抵抗を諦めたかのような姿。しかし、伏せられたその睫毛が震えているのは、死を受け入れ切れていないことの証左であった。

 考えてみれば当然だ。誰だって死にたくはない。けれど、本当にどうしようもない状況であるから、ただ諦めてしまっただけなのだ。

 本当は、もっと生きたかった。マハード、遊戯を始めとした多くの仲間。十代や明日香といったアカデミアに来て得た多くの友達。

 

 そして――。

 

 脳裏に描き出される一人の少年。出会った時はその特異な境遇や過去に聞いた名であったことから興味を持って接していた、それだけの人。

 けれど、いつの間にかそんな彼が自分の中では大きな存在になっていた。

 決して特別な何かがあったわけじゃない。普通に日々を過ごし、話をして、ただそれだけの関係だったのだ。

 けれど、楽しかった。その日々はマナにとって、とても楽しかったのだった。

 向こうの世界のカードのことを聞くのが楽しかった。この世界との違いを知るのも楽しかった。そして、その世界がどんな世界なのか気になった。そんな世界で彼がどう過ごしていたのかに興味を持った。

 きっと、それだけ。そこから自分たちの関係は始まったのだとマナは思い返した。

 遊戯に言われたからじゃなく、自分が好きで彼の傍にいるようになったのはいつからだったか。

 特別惹かれる何かがあった覚えはないのに、何となく居心地のいい彼の隣。それはきっと、遠也が自分にだけは全てをさらけ出してくれていたからかもしれない。

 それを遠也は「あれだけ情けない姿を見せたんだから、今更飾っても仕方がないだろう」と言っていた。その時のどことなく憮然とした顔を思い出して、ふと可笑しくなった。

 カードの精霊としてでも、魔術師としてでもなく、ただ一人の“マナ”として自分を心底頼りにしてくれたそのことが、マナは気恥ずかしくも嬉しかった。

 だから、自分は遠也の隣に居続けたのかもしれなかった。そしてその気持ちが、やがてこれからもそうしていきたいという願いになり、彼を想う心へと変わっていったのかもしれなかった。

 

 ――もう、その願いは叶わないけれど。

 

 自身の命を削り取る攻撃を前に、マナはそう心の中で呟く。

 マリシャス・エッジの攻撃は確実にこの命を奪うだろう。そのことがマナには悔しく、そして悲しかった。

 もう誰にも、遠也にも会えなくなる。そのことだけがこの最期の瞬間になっても、マナの心にしこりとなって残っている。

 絶望をその表情に浮かべてこちらを見るジムとオブライエンにも責任を感じさせて申し訳ないと思う。けれど、もうどうしようもないのだ。この結末を覆すことなど出来ないことは、彼らもわかっているはずだった。

 だから、マナは胸中でごめんと謝って震える瞼を押さえつけるように更に力を込めて目を瞑った。

 これが、最期。様々なものを残していくことに寂しさと悔しさ、悲しみを滲ませながら、いよいよマナの生を終わらせる攻撃がその身に届く。

 

 

 

 ――その刹那、突如高く世界に響き渡った嘶きがその場を包み込んだ。

 

 

 

「――……ぇ?」

 

 耳朶を打つ甲高い咆哮。それを感じ取って、マナは閉じていた瞼を持ち上げて目を開いた。

 そしてマナの目に映ったものは、視界いっぱいに広がる輝く純白の光。目の前に存在するがゆえに大きすぎて全貌を見て取ることは出来ないが、それがどうやらモンスターの肉体であるということは認識できた。

 そしてそのモンスターがその体を盾にしてマリシャス・エッジの攻撃を遮ってくれたのだろうということも、状況から察することが出来る。

 つまり、このモンスターは自分を守ってくれたのだ。マナは茫洋とした思考の中で、何とかそのことだけを理解する。

 

「な、なんだあのドラゴンは――!?」

「一体、何者だ……!」

 

 ジムとオブライエンがこぼした言葉。それによって、マナは目の前のモンスターがドラゴンであることを知った。

 白く光り輝くドラゴン……。しかし、それだけではやはりまだ判然としない。助けられた身でありながら、相手の正体すらわからないままではいけない。ふとそんなことを思って、マナはその姿を確認しようと、一歩、また一歩と後ろに下がっていく。

 

 そして、気付く。

 

 その白く流麗な体面。大きく長い体。輝く二対四枚の翼。徐々に見えてくるその輪郭、姿に、マナは知らず自身の記憶の中に存在している合致するドラゴンの名前を呟いていた。

 

 

「……セイヴァー……スター……ドラゴン……?」

 

 

 かつて二度見たことがあるレベル10のシンクロモンスター。

 その素材にはスターダスト・ドラゴンが必要不可欠であり、でなければ決して存在することができないモンスターである。

 

 ならば、つまり。自分を助けてくれたのは――、

 

 

「――おいおい、十代」

 

「……――っ!」

 

 

 マナは一瞬、自分の呼吸が止まったと思った。

 聞き覚えのある、などという言葉では表しきれないほどに何度も、いつも聞いていた声。

 数えきれないほどに自分の名前を呼んでくれた、その声の持ち主が誰であるかを心が理解した瞬間。マナの視界がじわりと歪んでぼやけていく。

 

 

「随分と、似つかわしくないHEROを使っているじゃないか」

 

 

 もう、間違いない。

 自分の中で確信へと変わった思いを自覚して、マナは一気に心の底から押し寄せてきた感情に言葉が出ない。

 何を言えばいいのか、どう伝えればいいのか。様々な想いの行き先を探しながらも見失うマナの前で、セイヴァー・スター・ドラゴンの背中から件の人物が顔を覗かせた。

 その瞬間、マナの心の中で渦巻いていた千の言葉が一気に霧散する。それよりもただ一つ。マナはどんな言葉よりも先に、ただ自分にとって大切なその存在の名前を、万感の思いと共に叫んだ。

 

 

「――ッ、遠也ぁっ……!!」

 

 

 涙交じりのその声に当然のように気が付いて、名を呼ばれた彼はマナと視線を交わらせる。

 

 

「けどまぁ、今はとりあえず。――ただいま、マナ」

 

 

 最後は愛おしむような響きを乗せて、遠也は帰還の言葉をマナに告げた。彼女が最も欲しかった、笑顔を浮かべて。

 

 

 

 




覇王様マジ覇王。
最終的にLPは、覇王:50、ジム:50、オブライエン:50、マナ:100。限界バトルでした。
そして遠也くん復活&セイヴァースターも再登場。
セイヴァースターは強くてかっこいい良カードです。惜しむらくは使いにくいことが残念です。

覇王が使った《歓喜の断末魔》は原作効果と効果が異なっています。
これはこのお話を作る際に参考にした某サイトでの表記が、原作効果と違っていたためです。
後で調べて知りましたが、あの箇所の修正となるとかなり大掛かりになってしまうため現在そのままです。また修正案が思いつけば直しますので、ひとまずご了承くだされば助かります。
非力な私を許してくれ……。


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第79話 覇王Ⅳ

 

 マナの前に現れ、マリシャス・エッジからの攻撃をその身で止めてマナの命を守ったモンスター――セイヴァー・スター・ドラゴン。

 その操り手たる男は一度覇王に目を向けると、やがてセイヴァー・スター・ドラゴンの背から飛び降りた。トントンとその体躯の数か所に小気味よく足をつけつつ地面に降り立った彼は、振り返るとセイヴァー・スター・ドラゴンを見上げつつその体を軽く撫でた。

 

「サンキュー、助かったよ」

 

 それに応えるかのようにセイヴァー・スター・ドラゴンは一鳴きし、その姿を薄れさせていく。

 そうして後に残ったのは、デュエルディスクを構えたまま立つ覇王と、傷つき倒れる三人だった。フィールドに出ているモンスターの姿は既にない。強制的にデュエルに介入したため、デュエルそのものがその時点で終了という扱いになったのである。

 ゆえに、この場に残った者たちの目はその乱入者に向けられている。

 白を基調としたアカデミアブルー男子の制服。黒く短い髪が谷底から吹く熱い風に揺れる。その左腕に着けられたデュエルディスクは独特で、その動力部分は虹色の輝きを放っていた。

 それは、彼らがずっと捜していた人物の一人であった。異世界で行方知れずとなり、彼らがこの世界に足を運ぶこととなった切っ掛けともなった男。

 彼らの仲間にして、アカデミア屈指の実力者。シンクロ召喚を世に広めた立役者の一人であり、シンクロ使いとして名を知られたデュエリスト。

 十代の親友にして、マナの恋人。

 

 ――皆本遠也。

 

 その男が今、ゆっくりと彼らのほうへと歩き出した。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 久しぶりの再会というには、素直に喜べない状況。というのが、この場に来た俺の感想だった。

 なにせ友人たちは揃って息も絶え絶えな状態となっており、マナに至ってはもう少しで危うく命を落とすところだったのだ。そして、それをしたのは俺にとって親友と呼ぶべき男である十代だ。これで心の底から喜べるはずがない。

 実際、見るからにボロボロだったマナの身にマリシャス・エッジの攻撃が向かおうとしていたのを見た時は肝が冷えたものだった。

 しかし、こうして助けることが出来た。デュエルに横やりを入れてしまった形になるが、それでマナの命を救えたならば後悔などない。

 そんなことを考えながら歩き、気付けば目の前には座り込んだマナがいる。傷と土汚れで塗れた姿。しかし十代を助けるために必死に戦ってくれていたと伝わってくる姿は、汚れていたとしても尊く輝いて見えた。

 

「ごめんな、遅くなって」

 

 剥き出しの肩には擦り傷。女の子の肌にそんな痛々しい痕をつけてしまったことを悔やみながらそっとなぞると、マナは首を横に振りつつ俺の手を上から握った。

 温かさと共に微かな震えが伝わってくる。マナの目は潤み、涙が頬を伝う。

 

「――遠也……本当に……、よかった……!」

 

 掠れた声だった。

 これほどまでに心配をかけていたのか。俺は自分の手を握る小さな手を愕然とした思いで見下ろした。

 心配をかけているだろうと思いながらも、きっと皆は大丈夫だと俺は思っていた。仲間がいる、友達がいる。だからきっと、大丈夫だと。

 けれど、違ったのだ。そんなことは俺の独りよがりな想像にすぎず、実際には俺が思う以上に心労をかけていたのである。

 考えてみれば当たり前だ。俺だって仲間の誰かがいなくなったら、居ても立ってもいられなくなるほどに不安になるだろう。ましてそれが――マナだったら。俺は自分が冷静でいられる自信がない。

 マナも同じだったのだろう。俺が生死もわからずいなくなったことで、その心にかけた負担は相当だったに違いない。マナもまた俺のことを大切に思ってくれていると信じられるからこそ、俺は自分の浅慮に猛省する。

 だけど、そんな中でも。これだけ想ってくれているんだと実感できたことに嬉しさを感じてしまう俺は、やはりどうしようもない人間だった。

 自嘲する。だが、そんなどうしようもない自分にも、出来ることがある。

 

「……遠也……、――ッ!?」

 

 その肩に置いていた俺の手、それを握っていた小さな手を更に上からそっと掴み、そして強引にその体をこちらに引き寄せる。

 極限まで力を使い尽くした今のマナに抗う力はなく、その体はすっぽりと俺の腕の中に納まった。

 久しぶりに体全体で感じる温もり。その感覚を再び手に取れたことに嬉しさと安堵を感じながら、俺は自分の肩に口元を埋めるマナの頭をぽんぽんと撫でた。

 

「ありがとう……マナ」

 

 俺がいない間、何があったのか。知識として大よそは知っていても、こうして傷だらけの姿を見ると、その苦労、辛さを実感する。

そんな中でも、マナは決して友を見捨てず、仲間のために戦ってくれていたのだ。マナにとっての仲間、そして俺にとっても仲間である皆のために。

 俺は撫でていた手を止めて、マナの顔をぐっと肩に押し付ける。込み上げる愛しさに従い、もっとその体温を感じられるように。

 その想いに、行動に、俺は応えたい。その気持ちが胸の中に湧き起こり、それはやがて一つの決意となって俺の口から溢れ出た。

 

「――大丈夫。あとは任せとけ」

「――っ、うんっ……!」

 

 泣きながら笑う。感極まったように再び涙をこぼしたマナが、俺の背中に腕を回して制服を強く掴む。

 そのいじらしい仕草にこぼれそうになる笑みを押し殺して、俺はしばしその体温を感じていた。

 本当なら、もっとこうしていたい。だが……。

 

『――遠也、無粋なことを言いますが……』

「ああ、わかってる」

 

 だが、いつまでもこうしてはいられないのが現実だった。十代はいまだ覇王として立っている。それを放っておくわけにはいかないのだから。

 俺の耳元で聞こえた声に確たる答えを返す俺を、マナのきょとんとした目が見つめる。

 

「え、遠也……今の声は……?」

 

 不思議そうなマナの問い。しかしそれに俺は答えず、抱き合っていた状態からマナの体を離した。

 次いでその腋の下から彼女の背中に腕を回し、もう片方の腕は膝裏に通す。そして、一気に持ち上げた。

 

「よっ」

「きゃ!?」

 

 いわゆるお姫様抱っこ。そう呼ばれる形でマナを抱え上げた俺は、そのまま倒れているジムとオブライエンのところに歩いていく。

 

「ぅ、遠也……」

「……無事だったんだな、よかった……」

 

 倒れ伏せる二人、その横に抱えていたマナをゆっくりと下ろすと、俺は二人に小さく笑いかけた。

 

「二人も、ありがとう。アイツのために戦ってくれてたんだよな」

 

 俺は全身を鎧で覆った男に視線を飛ばす。

 覇王十代。これ以上傷つきたくないとばかりに着こまれた鎧は、その心を守るためのものなのかもしれない。無表情の下に隠された十代の本心を思うと、なんともやるせない。

 

「遠也……礼ならいらないぜ。俺は、俺のFriendのために全力を尽くした、だけだ……」

「俺も、な。当然のことをしたまで、だ」

 

 ジムとオブライエンの声が届き、俺は視線を二人に戻した。すると、そこにあったのは倒れ伏せながらも晴れやかな顔の二人。友のために戦った自分自身を誇るかのような姿に、俺はありがとうなんて言った自分を恥じた。

 二人にとって、それはわざわざそんなことを言われるまでもなく当たり前のことだったのだ。俺の謝辞は、彼らのそんな友情に水を差すようなものだった。

 俺は頭を掻いて、二人に謝った。

 

「悪い、変なことを言っちまったな」

「ははっ……気にするな、――My friend」

 

 にやりと笑ってジムが言い、オブライエンもそれに頷く。

 そんな二人に、参ったなと俺は苦笑する。心からの友情を感じるその熱い心に、俺は嬉しさを抑えきれなかった。

 自然と浮かぶ笑みを二人に向け、更にその隣に座るマナにも向ける。

 友のため、仲間のために、命を賭して戦った三人。その傷ついた姿に、俺は心からの敬意を抱く。だがいくらその姿が尊くとも、自力で起き上がることすら難しいほどの姿をそのままにしておくことは出来ない。

 俺はおもむろに虚空へ向けて声を発した。

 

「なぁ、傷の回復ってできる?」

『出来ます、精霊界に近いこの世界ならば。……ただし、体力までは戻すことは出来ませんが……』

「そうか……悪いけど、頼めるか?」

『ええ、承りました』

 

 笑みすら含んだ声が返され、直後、三人の体を淡い水色の光が包み込んでいく。

 その不思議な現象に一瞬表情を強張らせた彼らだったが、しかし俺がその直前に言っていた言葉を聞いていたためかその混乱はすぐに収まっていた。

 そして十数秒の後。三人の体に刻まれていた傷痕は綺麗に消え去っていた。そして痛みがなくなったためか立ち上がる力も戻ったようで、伏せていた状態からゆっくりと立ち上がる。

 

「……傷が、治った……?」

「今のは、一体……」

 

 ただ、やはり体力までは戻っていないようでよろめいている。ジムとオブライエンが口にした疑問を聞きながら、俺は真剣な顔で立ち上がった三人を見た。

 もう三人の体は限界に近い。これ以上の無理は命に関わるだろう。

 俺はそう判断すると、くるりと彼らに背を向けた。

 

「まだ体力は戻っていないんだ。そこで休んでいてくれ」

「What……? ――っまさか、遠也!」

 

 俺の言葉に何かを察したジムが言葉を続ける前に、俺は口を開く。

 

「俺は、十代を倒す」

 

 デュエルディスクは既に起動している。デッキのシャッフルはディスクが行っており、いつでもカードが引ける状態だ。だから何の準備をする必要もなく、俺は覇王に向かっていった。

 しかし。

 

「待って!」

「……マナ?」

 

 俺の前に、マナが宙を滑空して降り立つ。

 見た目の痛々しい傷こそ既にないが、その顔に滲む疲労は隠しきれていない。そんな状態でありながら、マナの瞳には強い意志が宿っていた。

 

「私も、一緒に戦う」

「戦うって……」

 

 俺はどう答えたものかと言い淀む。

 体力もまだ戻らないその体で、無理をしてほしくない。それが俺の本心である。マナはもう十分頑張ってくれた。だから、あとは俺に任せて休んでいてほしかった。

 しかし、そんな俺の考えを見透かしていたかのようにマナは首を横に振る。そして、はっきりと言い放った。

 

「私は、遠也のパートナーだよ! だから……」

 

 しかしすぐに、声に微かな震えが混じる。

 俺の姿を映す緑の瞳が揺れていた。

 

「お願いだから……一緒にいさせて……!」

「マナ……」

 

 両腕を広げ、頷かなければ通さない。そんな強硬な態度を示しながら、しかしその表情には恐怖と不安が顔を覗かせていた。

 その理由がわからないほど、俺は朴念仁ではないつもりだった。恐らくは俺がユベルによって生死不明の失踪状態に追い込まれたこと。それがきっとマナの中では大きなトラウマになっているのだ。

 僅かに目を離している間に、消えてしまうかもしれない。そんな可能性を、俺はあの時最悪の形で証明してしまった。その恐怖が、マナにこの行動をとらせているのだろう。

 あくまで俺の推測だ。しかし、間違いないという確信があった。

 俺がマナのことで、間違うなどということがあるはずがないのだから。

 そしてだからこそ、俺が返す答えはたった一つ。マナの不安を解消するための答えは一つだった。俺は小さく息を吐き出す。

 

「――マナ」

 

 名前を呼び、一歩前へ。そして、目の高さにある金糸に彩られた頭を軽く撫でると、俺はそのまま手を後ろへ滑らせて頭を掻き抱いた。

 

「ゎ、ぷ」

 

 僅かにずれる帽子、そしてこぼれる吐息。熱い呼気を一瞬服越しに感じて、俺はすぐにマナを解放した。

 そして、突然のことに目を白黒させている相棒に笑いかける。

 

「一緒にいてもらわないと、俺が困る。いくぞ、マナ!」

「……っ、――うんっ!」

 

 体のことは心配だが、ここで拒絶すればきっとマナの心は癒されない。体がもし完治しても、それでは意味がなかった。

 だから、これで正しいのだ。歩く俺の横を飛ぶマナの嬉しそうな笑顔を見て、俺はそう思った。

 そして僅かな時間の後、俺の歩みが止まる。隣を飛んでいたマナも空中で動きを止めた。

 なぜなら、今立ち止まった位置から視線の先に立つ覇王までの間に、十分な距離が確保できたからだ。

 そう、デュエルをするには十分な距離が。それを確認して、俺は口を開いた。

 

「さて、と。十代、久しぶりだな」

「………………」

 

 答えはない。だが、それはわかりきっていたことだ。だから俺は何も気にすることなく、デッキから五枚のカードを抜き取った。

 

「――デュエルしようぜ。俺たちの気持ちはいつだってカードと共にある。そうだろ?」

「……いいだろう」

 

 今度は返答があった。そして、覇王は既に持っていた手札や墓地のカードなどを全てデッキに戻すと、デッキをシャッフルする。そして再びデッキをディスクにセットすると、そこから五枚のカードを手に取った。

 準備は整った。だが同時に俺の背中から声が飛ぶ。

 

「待て、遠也! 覇王は強い! いくらお前でも、容易く勝てる相手じゃないぞ!」

「十代は……十代は、もはや心の闇に呑まれている。それに……お前は知らないだろうが、皆はもう――」

 

 ジムとオブライエンの声。それに、俺は背中を向けたまま口を開いた。

 

「知ってる。皆のことは」

「なっ……!」

 

 オブライエンが絶句する。そしてそれはジムも、マナも同じだった。

 その場にいなかった俺が何故知っているのか、それが三人がいま抱いている疑問だろう。確かに、普通であれば俺がそれを知る術などない。

けれど、俺は確かに知っている。とはいえそれ、あくまで俺が知る通りの流れであったのなら、の話だが。

 

「……昔のことを夢に見たせいか、色々思い出したからな」

 

 小声で俺は呟く。ジムたちには届いていないだろうが、横にいたマナが訝しげな顔を向けるのがわかった。俺はそれに苦笑だけを返す。

 この世界に来たばかりの頃を、ユベルによって別の場所に飛ばされて意識を失っている間に見ていたからだろうか、俺は忘れていたこの世界の知識の幾つかを思い出していた。

 その記憶があるから、俺は知っているのだ。十代が覇王になる過程を。だがそれは同時に、皆が真実死んだわけではないという事実も俺に教えていた。

 そう、俺はまだ皆が元に戻る可能性があることを知っている。しかし、それを俺は説明することが出来なかった。何故なら、その根拠となる理由が俺以外には理解できないものだからである。

 正直に話したところで、それは他者にとっては根拠のない妄想でしかない。だからそれを言ったところで十代が元に戻るということもないだろう。

 それはこうして覇王十代を目の前にすることで実感できた。今の十代に生半可な言葉は意味を為さない。固く閉ざされた十代の心を思わせる覇王の怜悧な瞳は、そのことを容易く俺に確信させた。

 そして、そうであるならば、俺が出来ることは一つしかなかった。

 俺は後ろを振り返り、握った拳を彼らに突き出す。

 

「――大丈夫! 十代は、必ず取り戻す!」

 

 俺に出来ることなんて、結局デュエルだけだ。けど、そんなたった一つのことを通じて俺たちはこうして同じ場所に立っている。

 皆と出会い、笑い、喜び、時には大きな壁にぶつかりながらも生きてきた。この二年余りのかけがえのない時間は、デュエルを通して得られたものだった。

 だから俺は今もデュエルでこの気持ちを……皆の気持ちを、十代に届けてみせる。それこそが、デュエルで絆を結んできた俺たちの取るべき道だった。

 そんな俺の決意を、意志を、感じ取ってくれたのだろうか。何か言いたげにしていたオブライエンはやがて言葉を呑みこむと、ふっと笑った。

 

「……頼む、遠也」

 

 一言、俺に全てを託す言葉。

 更にジムも続く。

 

「この思い……届けてくれ! 遠也!」

 

 愚直なまでに友を思う二人の男の声。

 当然、俺が返す答えなど一つしかない。

 

「任せとけ!」

 

 そうして二人に再度背を向け、俺は覇王――十代と今度こそ相対する。

 そうして改めて見る覇王の表情は凪いだ海のように起伏がなく、平坦な顔はまるで能面のようでもあった。

 けれど、俺は知っている。あの作られた表情の下に隠された十代の心を。

 確かにこの世界で十代に襲い掛かった現実を、俺は実感としては知らない。知っているのは、元の世界での知識としてあったものだけであり、本当はそれ以上の悲劇があったのかもしれない。

 だが、今この時に限ればそれは関係がないことだった。たとえ十代の身に降りかかったことを俺が知らなくても、何も問題はないのだ。

 何故なら、俺の隣のマナが、後ろにいる二人が、俺に教えてくれている。あれだけ己が身を削ってでも助けたいと願った切なる思い。その真摯な思いは、今この場で三人から十分すぎるほどに感じ取っている。

 ならば、深く考える必要などない。目の前に闇に囚われた友がいて、その救出を願って戦った仲間がいるのだ。であるなら、何も迷うことはない。

 マナと一度視線を交わらせ、互いに頷く。

 そう、何も迷うことはない。俺はただ、カードを取るだけである。

 

「いくぞ、十代!」

「来い」

 

 皆の思いを届け、十代を助ける。

 確固たるその思いを胸に俺は口を開き、戦いの開始を告げる言葉が十代の声と重なった。

 

 

――デュエルッ!

 

 

皆本遠也 LP:4000

覇王 LP:4000

 

 

「俺のターン!」

 

 先攻は俺。そして引いたカードを見て、俺は一瞬驚きつつも表情を緩めた。

 このカードは、十代が覇王となっていることを考えてここに来る前にデッキに入れたカードの一枚だった。それが早速手札に来てくれる。それだけ、このデッキのカードたちも十代を助ける力になりたがっているのだと感じさせる。

 

「……頼むぜ、みんな」

 

 カードに思いを託し、そして力を貸してくれと願いつつ俺は一枚のカードを手に取るとデュエルディスクに差しこんだ。

 

「俺は魔法カード《ソーラー・エクスチェンジ》を発動! 手札の「ライトロード」1体を墓地へ送り、デッキからカードを2枚ドロー! その後、デッキから2枚のカードを墓地へ送る!」

 

 【ライトロード】には必須となる手札交換カード。このカードの優秀さは、単なる手札交換には終わらないことだ。

 ライトロードの特徴でもある墓地肥やし能力。このカードは手札を交換しつつ墓地も肥やせるというまさに一石二鳥のカードなのである。

 もしライトロード限定でなかったら、即座に制限もしくは禁止行きだっただろう。そしてその性能ゆえ、たとえ純ライトロードでなくとも、ライトロード要素があるデッキならば十分に採用圏内となる。

 

「手札から《ライトロード・ハンター ライコウ》を墓地へ! そして2枚ドローし、2枚をデッキから墓地へ送る!」

 

 墓地へ落ちたカード、そして手札に来たカード。その両方を確認して、俺の表情は自然と笑みを形作る。

 

「俺は《ジャンク・シンクロン》を召喚!」

 

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

 

 

 もはやおなじみ。橙色を主とした鉄の体、同色の帽子をかぶり、メガネが特徴的なチューナーモンスター。

 二頭身の体をいっぱいに広げて俺のフィールドに立ったこのデッキのエンジン役、その小さな体に宿った力、早速使わせてもらおう。

 

「ジャンク・シンクロンの効果発動! 墓地のレベル2以下のモンスター1体の効果を無効にし、表側守備表示で特殊召喚できる! 蘇れ、《チューニング・サポーター》!」

 

 

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

 

 大きな中華鍋を頭からかぶった、小さな機械族のモンスター。今のソーラー・エクスチェンジで墓地へと送られていたモンスターである。

 更に。俺は手札のカードに指をかけた。

 

「手札から《暗黒竜 コラプサーペント》を特殊召喚! このカードは墓地の光属性モンスターを除外することで特殊召喚できる! ライトロード・ハンター ライコウを除外する!」

 

 墓地からライコウが消えていき、その直後ジャンク・シンクロンの横に現れる小さな黒球。唐突に現れたその黒いコアを覆うようにして形成されていくのは、小型ながら間違いなくドラゴンであった。

 黒い鱗、黒い翼。手足こそないが、翼と体のねじりを利用して体勢を整える。牙の生えた口を開き、レベル4のドラゴン族、コラプサーペントが小さな咆哮を轟かせた。

 

 

《暗黒竜 コラプサーペント》 ATK/1800 DEF/1700

 

 

 そしてこれで、俺のフィールド上に必要なモンスターが揃った。

 

「早速出番だ。頼んだぜ!」

『――期待に応えられるよう、全力を尽くしましょう』

 

 エクストラデッキから聞こえる声。それにマナが困惑した表情になる。

 そう、これはマナも知らないモンスター。俺がユベルによって別の場所に飛ばされた後にデッキに加わったカードである。

 

「レベル4暗黒竜 コラプサーペントに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! ――集いし光が、いま永久に滅びぬ命となる! 光差す道となれ!」

 

 レベルは7、その種族はドラゴン族。二体のモンスターが織り成す光の中から、青くしなやかな流線を覗かせて、そのモンスターがフィールド上に姿を現す。

 

「シンクロ召喚! 降誕せよ――《エンシェント・フェアリー・ドラゴン》!」

 

 声と同時に溢れる光。それはシンクロ召喚のエフェクトによるものではなく、現れ出ずるドラゴン自身が放つ光であった。

 艶のある青い体表は光を反射して輝き、背中ではためく翼はどちらかといえば羽に近く、名前の通りに妖精を連想させる幻想的な光の鱗粉が羽ばたきによって周囲に散る。

 丸みを帯びた細い体躯に大きな瞳。どこか女性を感じさせるスマートなフォルムと顔つきは、ドラゴンの中にあっても特徴的であった。

 

 

《エンシェント・フェアリー・ドラゴン》 ATK/2100 DEF/3000

 

 

 だが、このドラゴンが他のドラゴンと決定的に異なるのはそこではない。

 エンシェント・フェアリー・ドラゴンとはペガサスさんが世に解き放った六竜のうちの一体。すなわち、スターダスト・ドラゴンと同じく未来において復活する地縛神を倒す存在――シグナーが持つドラゴンなのである。

 その特別なドラゴンであるエンシェント・フェアリーは、守備の態勢をとりつつゆっくりとその顔を俺に向けて語りかけてくる。

 

『さぁ、いきましょう遠也。あなたの友を救うために』

「こ、この声……!」

 

 マナがエンシェント・フェアリーの声を聴いて、得心を得た表情になる。

 先ほどから姿は見せずとも声を発し、マナを含む彼らを回復してくれたのが紛れもないこのエンシェント・フェアリー・ドラゴンだったのである。

 シグナー竜の中でも唯一人語を操る存在である彼女にマナが目を向けていると、エンシェント・フェアリーはそれに対して穏やかな声で応えた。

 

『あなたがマナですね。遠也が言っていた、大切な人』

「え?」

「何を言ってるんだ、おい!」

 

 この状況で話すような内容ではない。

 俺はさすがに現状を鑑みて見過ごすことは出来ないとばかりに叱責する。決して恥ずかしいからではない。

 だが、そんなこちらの気持ちを知ってか知らずか、エンシェント・フェアリーはたおやかに笑う。

 

『ふふ、すみません。ですが、精霊を同等の存在だと心から思い、愛する。それは非常に尊いことであると――』

「あ、愛する……」

「あー、そんなことは後回しだ! 今はそれよりもデュエルだろ!」

 

 これ以上この話題を広げられてはたまらない。そんな思いで叫んだ言葉に、マナが「そんなこと……?」と若干むくれた声を出す。

 だが、今ばかりはそれに構っていられる状況ではない。それよりも今はこのデュエルを制して十代を覇王の状態から解放しなければならないのだ。

 だというのに、なんでこんな空気になってしまっているのか。

 俺は小さく溜め息をつく。……が、微かに込み上げる笑みは抑えきれなかった。

 

 ――こんな空気、大いに結構。真剣であることは事実だが、そんな中でもこうであることこそ、いつもの俺たちだ。

 

 こうしていつでも仲間と笑い合ってデュエルをする。それが、俺たちのいつも通りだろう。

 

 ――なぁ、十代!

 

 そう目で問いかけるも、十代の表情に変化はない。

 十代はやはり、覇王となったことで忘れてしまっているらしかった。

 しかし、忘れているならば思い出させればいい。俺が必ず、そうさせてみせる!

 

「暗黒竜 コラプサーペント第二の効果! このカードがフィールド上から墓地へ送られた場合、デッキから対となるモンスター《輝白竜 ワイバースター》を手札に加える!」

 

 デッキが自動的にシャッフルされ、その中からせり出された一枚のカードを手札に加える。そして間を置くことなく俺はフィールドの妖精竜に視線を向けた。

 それに気づいたエンシェント・フェアリーが首肯するのを受けて、俺はフィールドに手をかざす。

 

「エンシェント・フェアリー・ドラゴンの効果発動! 1ターンに1度、手札からレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚できる! ただしこの効果を発動するターン俺はバトルフェイズを行うことができない!」

 

 エンシェント・フェアリー・ドラゴンが鋭く咆える。

 これは対象モンスターの効果を無効にすることもなくボードアドバンテージを稼ぐ強力なものであるが、そのターンはバトルフェイズを行うことができないために攻勢を仕掛ける時には向かない守備よりの効果である。

 展開後の攻撃を行えないデメリットは通常であれば大きい。しかし。

 

「今は遠也の先攻、もともとバトルフェイズは行えない。あってないようなデメリットというわけか……」

 

 背後から聞こえてきたジムの言葉。それにその通りだと無言で頷く。

 そう、今は俺の先攻ターン。そのためこのデメリットはこのターンに限り意味のないものになる。先攻ターンなら、この効果のメリットのみを活用できるのだ。

 

「俺はこの効果でレベル3のチューナーモンスター《スチーム・シンクロン》を特殊召喚! 更に墓地の闇属性コラプサーペントを除外し、手札から《輝白竜 ワイバースター》を特殊召喚!」

 

 

《スチーム・シンクロン》 ATK/600 DEF/800

《輝白竜 ワイバースター》 ATK/1700 DEF/1800

 

 

 デフォルメされた機関車のようなモンスター。蒸気をその煙突から吐き出しつつ現れたシンクロンと、その横に出現する輝く蒼球。

 蒼球はやがて光に包まれ、その光は青い体皮と白い鱗を形成していき、対となるコラプサーペントのようにドラゴンの姿へと変化していく。

 しかし手足がなく蛇に近しいために東洋の竜に通ずるところのあったコラプサーペントとは異なり、ワイバースターには手足もあるため比較するならば東洋よりも西洋の竜にこそ近いといえるだろう。

 その小さなドラゴン、ワイバースターは、白い熱を宿した火を口の端から漏らしながら小さく唸る。

 これで再び俺のフィールドにモンスターが揃った。そのレベルの合計値は、8。

 

「レベル4輝白竜 ワイバースターとレベル1チューニング・サポーターに、レベル3スチーム・シンクロンをチューニング! ――集いし願いが、新たに輝く星となる! 光差す道となれ!」

 

 スチーム・シンクロンが作り出した三つの輪。その中に身を投じる五つの星。俺はエクストラデッキから取り出した一枚のカードを天高く掲げた。

 さぁ――来い!

 

「シンクロ召喚! 飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 翼を広げ、光の中より上空へと駆け上がる白銀の星。

 輝きを身に纏い空を駆ける竜はやがてその身を地上へと戻し、覇王を威嚇するかのように咆哮を上げた。

 

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

 そしてコラプサーペントと同じく、対となるワイバースターにも当然フィールドから墓地へ送られた時に発動する効果がある。

 

「輝白竜 ワイバースターのモンスター効果! デッキから対となるコラプサーペントを手札に加える! 更にチューニング・サポーターの効果発動! このカードがシンクロ召喚によって墓地へ送られた時、デッキからカードを1枚ドローする!」

 

 これで俺のフィールドにはレベル7とレベル8のシンクロモンスターが並んだことになる。しかしながら、俺の手札はそこまでの展開を行ったとは思えないものだ。

 事実、それに気が付いたらしいオブライエンが俺の手元を確認したのか驚愕の声を上げた。

 

「――ッ、実質消費した手札が1枚だけだと!?」

 

 そう、いま俺の手札は五枚。デュエル開始時の枚数からほぼ変わっていないのである。

 互いに互いをサーチしあう白と黒の竜。その効果がいかんなく発揮された形だ。

 もっとも、その強力な効果ゆえに通常召喚はできず、自身の効果による特殊召喚は1ターンに1度という制約がある。

 だがそれを差し引いてもその効果やはり強い。手札の数とはすなわち可能性の数、その可能性を生み出してくれるのだから大したものだ。

 ともあれ、これで俺がこのターンに出来ることはやった。再び特殊召喚効果を使用することは出来るが、今手札にチューナーはいない。ならばこの後のために温存しておいた方がいいだろう。

 あとは、最後の一手。

 五枚となった手札の中に含まれる一枚のカードを手に取ると、暫くそのカードを見つめる。

 これが、今回のデュエルのキーカードだ。十代を元に戻すべくこの場に来る前にデッキに入れた特別なカード。

実際に発動させる機会があるかはまだわからないが……しかし、賭けてみる価値はある。

 

「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 十代を必ず助け出す。そうカードに誓うと、俺は十代に向けて指を突き出した。

 

「――さぁ、十代! 出し惜しみは無しだ! 全力でやろうぜ、俺とお前のデュエルを!」

 

 拳を握りつつ俺がそう宣言すれば、それに追随して二体のドラゴンが咆哮を上げる。その力強さは俺に頼もしさを感じさせてくれるが、それに向き合う十代は威圧感として受け取ったのだろう。眉を顰めてこちらを見ている。

 その十代の様子に俺はさもありなんといった感じだが、マナたちは全く異なる受け取り方をしたようで驚きの声が上がった。

 

「十代くんが……動揺してる……」

 

 隣でこぼれたマナの一言。俺はその内容に疑問を持ち、視線を横にずらした。

 

「どういうことだ?」

 

 しかし、その問いに答えたのはマナではなく、少し距離を置いて後ろに立つジムだった。

 

「十代……覇王は、どんな事態にも動じなかった。俺たちがどれだけ追い詰めても、ダメージを与えてもな」

 

 更にオブライエンも続く。

 

「だが、いま十代は動揺している。それはやはり、お前を……失ったと思っていた親友を前にしているからなのかもしれない……」

 

 オブライエンがどこか感傷を含ませながら言ったそれに、俺はしばし黙考した。

 オブライエンが言ったことが真実である可能性は確かにあるだろう。十代のことだから決して俺が死んだと信じなかったとは思うが、それでも不安には思っていたはずだ。もしかしたら、と。

 その件の人物が目の前に現れれば、やはり動揺は隠せないだろう。

 それに加え、俺のフィールドにいる二体はただのモンスターではない。赤き竜の加護を受け、地に縛られし神々と五千年周期で戦うという途方もない存在なのだ。しかも今はスターダストだけではなく、エンシェント・フェアリーもこの場にいる。

 ましてここは精霊が実体化する異世界。二体から発せられるプレッシャーは、スターダスト一体の時とは比較にならないはずだった。

 それら二つの要素が合わさったことで、さしもの覇王も動揺が現れたのだろう。だが、覇王の心だけならばそこまで動揺はなかったはずだ。何故なら、そういった感情的な反応は人間らしい心がなければ出来ないものだからである。

 ならば、それだけ十代の心はいま表に出かかっているということ。そう判断した俺は、十代を助け出す明確な希望が出てきたと微かな期待を胸に抱いた。

 それが雰囲気に出ていたのか。十代を向いていたエンシェント・フェアリーがくるりと振り返り、俺を見た。

 

『油断はしないように、遠也。あの者からは強い闇の力を感じます』

 

 俺のそれを気の緩みではと懸念したその言葉に、俺は苦笑した。

 なぜなら、その言葉はいささか見当違いであったからだ。

 

「エンシェント・フェアリー・ドラゴン。忠告はありがたいが……」

『はい』

「俺があいつ相手に油断なんてするはずがない」

 

 はっきりと言い切る。それは俺が十代を親友だと、好敵手だと、仲間だと、そう認めているからこそ断言できることだった。

 友としても、いちデュエリストとしても俺は十代をもしかしたら十代自身よりも認めている。そんな相手に油断なんてものをするはずがないのである。

 

『ふふ、すみません。愚問でしたか』

 

 そのことを感じ取ったのか、エンシェント・フェアリーもまた微かな笑みをこぼして自身の心配が杞憂であったことを詫びる。

 俺はそれに、気にするなと手を振って応えた。

 そして、改めて十代を真っ直ぐに見据えた。

 

「さて――来い、十代!」

 

 決意、使命感、期待……。様々な感情を抱きながら、俺は自分の気持ちが命ずるままに十代に好戦的な言葉を投げかける。

 そしてそれを受ける十代は、静かにデッキの上に指を乗せることで応えた。

 

「……ドロー」

 

 普段の十代からは考えられないような冷たい声音。それに違和感を覚えつつも、俺はその立ち上がりを見守った。

 

「《E-HERO ヘル・ブラット》を特殊召喚。このカードは相手フィールド上にのみモンスターが存在する時、攻撃表示で特殊召喚できる。更にヘル・ブラットをリリースし、《E-HERO マリシャス・エッジ》をアドバンス召喚」

 

 

《E-HERO マリシャス・エッジ》 ATK/2600 DEF/1800

 

 

 見覚えのあるHEROの出現に、俺は微かに眉を寄せた。

 両手甲から伸びた長い爪と、こちらを嘲るかのように笑みを崩さない顔。それはついさっきマナの命を刈り取るべく攻撃を仕掛けたモンスターだった。いい印象があるはずがない。

 同じように、マナの表情も些か強張っていた。

 

「相手フィールド上にモンスターがいる場合、マリシャス・エッジは1体のリリースで召喚できる。――バトル。マリシャス・エッジでスターダスト・ドラゴンに攻撃。《ニードル・バースト》」

 

 そして今度はその爪がマナではなくスターダストに襲い掛かる。

 飛び上がったマリシャス・エッジは爪で空を切り裂くように腕を振り、それによって生じた無数の真空の針がスターダストへと飛来する。

 スターダストの攻撃力は2500、対してマリシャス・エッジは2600。僅か100ポイントではあるが、それは明確な差だ。結果、スターダストは攻撃をまともに受けて苦悶の声と共に倒され、その余波である暴風が俺に吹きつける。

 

 

遠也 LP:4000→3900

 

 

「……簡単に対処してきやがって……!」

 

 顔の前に腕をかざして風を防ぎながら、俺は悔しさを滲ませて愚痴をこぼす。

 しかし、次の瞬間。俺の心に湧き起こったのは、デュエリストとしての本能。自分でも度し難いと思ってしまうほどに、どうしようもない感情が悔しさを押し流して顔を覗かせる。

 

「だが……それでこそ、十代だ!」

 

 それは、こんな時でもデュエルを楽しいと思ってしまう心。こうして十代とデュエルをするのが楽しくて仕方がないと思ってしまう、デュエリストの性だった。

 

「遠也のやつ、笑っている……」

「あいつはまさかこの状況でもデュエルを楽しんでいるというのか……?」

 

 ジムとオブライエンの怪訝な声が耳に届く。

 だが彼らの気持ちも尤もだ。これは十代を助けるための一戦。更に言えば、ここにくるまでに多くの仲間たちが犠牲になっている。それを思えば、このデュエルの中で笑うなんて考えられないことだろう。

 俺だって冷静に考えればそう思う。友達の死を軽んじる奴だと思われたとしても仕方がない。

 しかし、俺はそれでもこの高揚に嘘をつくことは出来なかった。何故なら、デュエルを楽しむ気持ちは決して皆への裏切りではないからだ。

 むしろ、十代や皆のことがあるからこそ、俺は絶対にこのデュエルをただ辛く厳しいものにするつもりはなかった。

 その答えは、至極簡単である。

 隣で、マナが背後の二人に振り返る。

 

「そうだよ、遠也は楽しんでる。けど……不謹慎なんかじゃない」

 

 その言葉に、俺はまた異なる意味の笑みを浮かべた。俺の気持ちを、マナは理解してくれている。そのことが嬉しかった。

 マナを見れば、こちらを見ていた視線をぶつかる。そしてマナもまた微笑みを浮かべていた。

 

「みんな……私も忘れてた。デュエルは楽しんでやるものだって。――そうだよ、私たちの絆はいつだって、そうやって紡がれてきたんだから!」

 

 その言葉には、どうしてそんな簡単なことが出来なかったのか、という後悔があった。しかし同時に大切なことに気が付くことができた嬉しさに満ちていた。

 気付かなかったことは、ある意味では仕方がないことだ。マナたちはずっと極限状態の中で生きてきた。そんな中にあって、デュエルを楽しめと言う方が無茶というものだろう。

 俺がこのデュエルを辛く厳しいものにはしないと思った理由。それは今マナが言った理由に集約される。俺たちの絆はいつだって、デュエルを楽しむ中で生まれ、強められていった。

 

 なら、楽しくないデュエルなんて――俺たちのデュエルじゃない。

 

 心の闇に十代が呑まれている今だからこそ、一層デュエルを楽しむ心が大事なのだと俺は思う。

 怒りでも、憎しみでも、苦しみでもない。デュエルは楽しいものなんだってことを、一番それを体現していた十代に思い出してもらう。

 これは、そのためのデュエルだ!

 

「カードを1枚伏せる。そしてこのエンドフェイズ、ヘル・ブラットの効果が発動。このカードをリリースして「HERO」の召喚に成功したエンドフェイズ、デッキからカードを1枚ドローする」

 

 そして、十代は「ターンを終了する」と告げる。

 それを聴き届け、俺は自らのデッキトップに指をかけた。

 

「俺のターン!」

 

 新たに加えたカードを含めた手札を見るが、マリシャス・エッジを破壊できるカードはその中に無い。

 現在手札にあるコラプサーペントを特殊召喚すれば展開は出来るが、攻撃力2600には届かないのだ。

 ならば……。

 

「俺はモンスターをセット! カードを1枚伏せて、ターン終了だ!」

 

 モンスターゾーンと魔法・罠ゾーンに現れる二枚の伏せカード。これが今自分に出来る最善だった。

 だが、俺が知る十代ならば容易く突破されないとも限らない。十代とカードとの絆は俺もよく知っている。その絆が生み出す驚異的なドローの前には、たとえ鉄壁の布陣を敷いたとしても安心することは出来ないだろう。

 ゆえに、警戒を怠るわけにはいかない。

 

 ――尤も、それは俺が知る十代が相手ならの話だけどな。

 

 心の中でそう呟き、俺は覇王十代へと意識を戻した。

 

「ドロー」

 

 デッキから引いたカードを確認し、十代はそれをすぐさまこちらに見えるように突きつけた。

 

「魔法カード《天使の施し》。デッキから3枚ドローし、2枚を捨てる」

 

 更に、と覇王は続ける。

 

「《HEROの遺産》を発動。墓地にレベル5以上のHEROが2体以上いる時、デッキからカードを3枚ドローする。墓地にはレベル5の《E・HERO ネクロダークマン》とレベル7の《E・HERO ネオス》がいる。よって3枚ドロー」

 

 二体の上級E・HERO。フィールドには現れていないモンスターだ。

 十代がこれらのモンスターを墓地へカードを送るタイミングは今しかなかった。ということは……。

 

「いま墓地へ落とした2枚で発動条件を満たしたのかよ……」

 

 しかも、ともに墓地にいた方が都合のいいカードである。もはや感嘆するよりなかった。

 

「《N(ネオスペーシアン)・グラン・モール》を召喚。更に速攻魔法《速攻召喚》を発動。この瞬間に再び通常召喚を行う。《E-HERO ヘル・ゲイナー》を召喚」

 

 

《N・グラン・モール》 ATK/900 DEF/300

《E-HERO ヘル・ゲイナー》 ATK/1600 DEF/0

 

 

 現れる二体のモンスター。特にイービル――悪魔の名に相応しい凶悪な容姿を持つヘル・ゲイナーはこれまでの十代のデッキには入っておらず、俺としてもこうして見るのは初めてのモンスターだ。

 その沸き立つ邪悪なオーラは、十代が覇王となってしまったことを物語っているかのようであった。

 そして、もう一体。

 

「グラン・モール……」

 

 俺の目に映っているのは、黒紫色の闇にその体を覆われたネオスペーシアンの姿。その目は虚ろで焦点が合っておらず、彼本来の意識がない事が窺える。

 悪しき光に対抗する、優しき闇。そんな正義の心を持つ彼らをも、十代の心の闇は変えてしまったというのか。

それほどまでに、十代の心の闇は深い。グラン・モールの姿は、俺にそのことを悟らせるには充分であった。

 

『なんて無慈悲な……彼の嘆きが、悲しみが伝わってくるようです……』

 

 エンシェント・フェアリーはそんなグラン・モールの姿に、その胸中を斟酌して悲しげな声を出した。

 精霊世界を統べる存在という側面を持つエンシェント・フェアリーにとって、宇宙で生まれたとはいえデュエルモンスターズの一部であるネオスペーシアンもまた、その慈愛の対象なのだろう。

 その声に含まれた本気の悲しみは、俺にもよく伝わってきた。

 

「グラン・モール……無念だったろうな、お前は」

 

 己の主が変わりゆく様をただ見ていることしか出来ず、そして止めることも出来なかった。その無念は察するに余りある。その気持ちは、恐らく他のネオスペーシアン、E・HEROたちも同じだろう。

 

『遠也……このデュエル、彼らのためにも負けられません』

「ああ」

 

 エンシェント・フェアリーの言葉は、そのまま俺の気持ちと同じであった。故に力強く頷き、俺は覇王となった十代を正面から見据える。

 いま十代のフィールドに並んでいるモンスターは三体。マリシャス・エッジ、ヘル・ゲイナー、グラン・モールだ。

 その種族は、悪魔族と岩石族の二種類である。

 ならば、出てくるはずだった。元の世界でも専用デッキが構築されるほどの強力モンスター。E-HEROの代名詞的存在である最上級モンスターが。

 そして、十代がデュエルディスクに手を伸ばす。背後から息を呑む音が聞こえた。

 

「く、くるぞ……!」

「ああ……! Be careful、遠也! 十代の場に伏せられているカードは恐らく――!」

 

 オブライエンとジムの焦燥に満ちた声。その声を聴く限り、恐らく三人とのデュエルで十代はあのモンスターを召喚していたのだろう。

 そして、ジムが警戒を呼び掛ける伏せカード。俺はそれに心当たりがあった。元の世界では召喚制限により件のモンスターをそのカードで召喚することは出来ないが、この世界ならば可能な融合カード。

 それは後の十代を象徴するカードの一枚となる、融合系カードの頂点に位置する最強の融合カードであった。

 

「――究極にして無敵の力を見せてやろう。リバースカードオープン! 速攻魔法《超融合》!」

 

 十代のフィールド上にて伏せられた状態から起き上がり、その正体を晒す。

 伏せられていたのはやはり、速攻魔法カード――《超融合》。

 そのカードが発動されたのと同時に十代を中心として巻き起こる嵐のごとき暴風。その頭上に現れた漆黒の渦へ向かって巻き上げられる砂埃に目を細めながら、俺は小さく舌打ちをした。

 

「……厄介なカードを……!」

 

 当然、俺はその効果を知っている。手札一枚をコストに要求するとはいえ、その性能はコスト以上の成果をもたらすトンデモカードだ。

 それというのも、相手フィールド上のモンスターを融合素材にし、なおかつあらゆるカードにカウンターされないという除去カードとしてみれば最高の性能を持つからだ。

 事実、このカードの前には歴代主人公のエースカードたちも無力である。実質このカードはあらゆるモンスターへのメタとなっていると言っても過言ではないのである。

 とはいえ、この世界にいわゆる属性HEROは存在しておらず、俺が十代に渡したアブソルートZeroのみがその括りに含まれるだけだ。それが唯一の救いである。

 それに、今回は俺のフィールドに運よく融合対象となるモンスターがいなかったため除去カードとしての側面は使用されていない。ゆえにその真価は発揮できていないが……しかしそれを鑑みてもその効果は強力の一言に尽きた。

 さすが、究極の融合カードは伊達じゃないか。頬を伝う汗までが風にさらわれる中、俺はこの現象を引き起こしている一枚のカードに戦慄を覚えた。

 

「手札1枚を墓地へ送り、悪魔族のマリシャス・エッジと岩石族のグラン・モールで融合召喚を行う!」

 

 その宣言の直後、フィールド上に存在していた二体は荒れ狂う風によって黒い渦へと吸い込まれていく。そうして二体を取り込んだ漆黒の歪みは中心に向かって縮んでいき、やがて一体のモンスターの姿を形作っていく。

 

「出でよ……! 《E-HERO ダーク・ガイア》!」

 

 その名が告げられたのと同時、超融合により生まれたモンスターが大きく翼を広げてまとわりついていた黒の名残を吹き飛ばす。

 そうして現れたのは、岩のごとき装甲を全身に纏った有翼の悪魔。HEROに属するだけあって人型ではあるが、その容貌はやはり悪魔族であると感じさせるものだった。

 

 

《E-HERO ダーク・ガイア》 ATK/? DEF/0

 

 

「ダーク・ガイアの攻撃力は融合に使用したモンスターの攻撃力の合計となる!」

 

 

《E-HERO ダーク・ガイア》 ATK/?→3500

 

 

 ダーク・ガイアに気迫のこもった声を上げると同時に、その体に可視化された闘気が満ち溢れてその攻撃力を増強していく。

 マリシャス・エッジの攻撃力2600とグラン・モールの900。足し算とは単純だが、しかし単純故に強力だ。

 今回は片方が攻撃力が低いモンスターだったが、これを上級以上のモンスター同士でやればその攻撃力が5000を超えることも珍しくない。このお手軽に高攻撃力を得られるところが、ダーク・ガイアの強みである。

 しかも、今回に限っては厄介なオマケつきだ。

 

「更にヘル・ゲイナーの効果発動! このカードを2ターン後の未来に飛ばすことで、悪魔族のダーク・ガイアは2度の攻撃を行うことが出来る!」

 

 十代のフィールドに立っていた悪魔、ヘル・ゲイナーがその姿を薄れさせてその姿を幻のように消していく。

 その直後に、雄叫びを上げるダーク・ガイア。恐らくはヘル・ゲイナーの恩恵がその身に宿ったということなのだろう。

 対象が悪魔族限定とはいえ、永続的に二回攻撃の能力を与える効果。しかも自身は二ターン後に戻ってくる。攻撃力3500の二回攻撃がこのままでは毎ターン襲ってくることになる。厄介極まりなかった。

 これだけでも十分恐ろしいが……しかし、ダーク・ガイアには更に厄介な効果があるのだった。

 

「Shit! マズいぞ! あのモンスターには、攻撃時に相手の守備モンスターを攻撃表示にする効果がある!」

 

 そう、ダーク・ガイアは相手のフィールド上に存在する守備表示モンスター全てを強制的に表側攻撃表示に変更する効果を持っているのだ。

 そして、その凶悪さは言わずもがな。ジムが思わず声を荒げたのは当然というものだ。何せ、ただでさえ高攻撃力になりやすいダーク・ガイアの攻撃をこちらは攻撃表示で受けなければいけないのだから。

 ダーク・ガイアの攻撃力を超えることは容易ではない。多くのモンスターはその前に倒れ、プレイヤーのライフを削ることになるだろう。さすがは元の世界で専用デッキが作られただけのことはあるモンスターだった。

 しかし、それでも後ろの仲間たちはまだ冷静だった。それは恐らく、俺の伏せられたモンスターがまだわからないからだろう。

 たとえば仮にゼロ・ガードナーならばこのターンは問題なくやり過ごせる。マッシブ・ウォリアーでもいいだろう。そういったモンスターを俺が持っていることを知っているから、三人はまだ何も言わない。

 しかし……。

 

「バトル! ダーク・ガイアでセットモンスターに攻撃! そしてこの瞬間、ダーク・ガイアのモンスター効果が発動! 攻撃宣言時、相手の場の守備表示モンスターを全て表側攻撃表示に変更する!」

 

 ダーク・ガイアの効果によりまずはエンシェント・フェアリー・ドラゴンが攻撃表示へと変更される。

 そしてもう一体。セットされていたカードから全身を白で包んだ魔導師が一人、姿を現した。

 

 

《スターダスト・ファントム》 ATK/0 DEF/0

 

 

 レベル1、魔法使い族、その攻守はともに0――。

 そしてその表示形式は今、攻撃表示であり、何よりダメージを軽減する効果など持っていない。

 初めて見るモンスターではあっても、どう見ても守備的な効果を持っているとは思えないその見た目。それにオブライエンが焦ったような声を出す。

 

「まずい! このまま攻撃を受けたら遠也の命は……!」

 

 攻撃力0ということは、ダイレクトアタックとほぼ同義である。そのうえ、俺の場には攻撃力2100のエンシェント・フェアリーもいる。

 この二体をダーク・ガイアによって攻撃されれば、俺のライフは尽きる。すなわち、死ぬ。だからこそ、オブライエンもジムも焦っている。

 そして今、その死を告げる一撃がダーク・ガイアの両手に形成されつつあった。

 バスケットボール大の岩が両の手の上に生まれ、その岩を炎が包み込む。小さな太陽のごときその凶悪な代物を、ダーク・ガイアは躊躇なく振りかぶった。

 

「ゆけ、ダーク・ガイア! スターダスト・ファントムに攻撃! 《ダーク・カタストロフ》!」

 

 そして右手のそれを勢いよく投げる。

 それは真っ直ぐにスターダスト・ファントムへと向かい、そして攻撃力0のスターダスト・ファントムにそれを跳ね返すだけの力はない。攻撃力3500と0、スターダスト・ファントムが破壊されるのは最早必然だった。

 

「――っ遠也!」

 

 マナの声。俺はそれに伏せカードを起き上がらせることで応えた。

 そう、スターダスト・ファントムは破壊される。だが、たとえスターダスト・ファントムが破壊されようと、そのダメージをなかったことには出来る!

 

「罠発動! 《ガード・ブロック》! この戦闘により俺が受けるダメージを0にし、デッキからカードを1枚ドローする!」

 

 プレイヤーへのダメージは防ぎ、そしてドローまで行える罠カード。これにより、俺のライフに変動はない。

 ただしガード・ブロックはモンスターの破壊まで防ぐことは出来ないが……、

 

「防いだか……。だが、スターダスト・ファントムは破壊される」

「――ああ、助かったぜ」

「なに?」

 

 破壊されることで発動する効果もある。

 俺はにっと笑うとデュエルディスクの墓地ゾーンから出てきた一枚のカードを手に取った。

 

「スターダスト・ファントムのモンスター効果発動! このカードが相手によって破壊され墓地へ送られた時、墓地のスターダスト・ドラゴン1体を特殊召喚できる! 飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

 高い嘶きを上げて再度舞い降りる星屑の竜。

 その表示形式は守備表示。ダーク・ガイアの表示形式変更効果は攻撃宣言時に発動できるため、もう一度の攻撃権がある今守備表示にしたところで意味はないが、スターダスト・ファントムによる蘇生は表側守備表示に限定されている。仕方がないことだった。

 さて、向こうはどちらに攻撃してくるか。

 

「ならば……スターダスト・ドラゴンに攻撃! そしてダーク・ガイアの効果によりスターダスト・ドラゴンは攻撃表示になる! ――《ダーク・カタストロフ》!」

「く……!」

 

 

遠也 LP:3900→2900

 

 

 もう片方の手に持っていた炎の岩を投擲され、スターダスト・ドラゴンが破壊される。

 ダメージを狙うならエンシェント・フェアリーだっただろうが、ここはより攻撃力が高く破壊無効効果を持つスターダストに狙いを定めてきたか。

 だがこれで、フィールドを空にした状態でターンを迎えることは回避できた。

 

「……ターンエンド」

 

 そして、十代のエンド宣言。

 俺のターンが回ってきた。

 

「だが、ダーク・ガイアの攻撃力は3500! 奴に勝つのは、容易じゃない……!」

「俺たちの時は、結局十代が自分で破壊しただけで、倒してはいない。……どうするつもりだ、遠也……」

 

 二人の声には、ダーク・ガイアという強力モンスターへの恐れが滲んでいた。それはやはり、覇王にあと一歩で敗れるところであったからだろう。

 しかし、ダーク・ガイアがいかに強力であろうと、デュエルモンスターズに絶対はない。必ず突破口は存在するのだ。

 

「俺のターン!」

 

 引いたカードを見る。そして、口元が笑みを形作る。

 まさしくこのカードこそが突破口を開くカードだった。

 

「俺は《ターボ・シンクロン》を召喚!」

 

 

《ターボ・シンクロン》 ATK/100 DEF/500

 

 

 緑に塗装された小さなレーシングカーが命を得たような、小型のチューナーモンスター。そのステータスは弱小と呼ばれるほどのものであり、戦闘を想定した攻守ではない。

 そのため、その利用方法はほぼシンクロ召喚限定である。しかし、このカードには普段はなかなか発揮できないある効果が存在している。

 俺はダーク・ガイアを指さし、ターボ・シンクロンに指示を下す。

 

「バトル! ターボ・シンクロンでダーク・ガイアに攻撃!」

 

 指示に従い、小さなタイヤを回転させて走り出すターボ・シンクロン。

 そのあまりにも無謀に過ぎる特攻に、オブライエンが「馬鹿な!?」と叫び声を上げた。

 

「攻撃力たった100のモンスターで攻撃だと!?」

「ダーク・ガイアの攻撃力は3500だぞ! 一体――!?」

 

 確かに、このままでは俺は3400のダメージを受けて敗北するだろう。

 だが、そうはならない。

 何故なら、ターボ・シンクロンがタイヤを滑らせて直進する先で、ダーク・ガイアは守備の態勢を取り始めていたからだ。

 

「ターボ・シンクロンの効果発動! このカードの攻撃宣言時、攻撃対象モンスターを守備表示に出来る!」

 

 普段はすぐさまチューナーとしてシンクロ召喚の素材にしてしまうため、ターボ・シンクロンの効果は発動させる機会が少ない。いわば隠された効果に近い。

 だが、その効果は決して弱いから使われないのではない。ダーク・ガイアの攻撃力は確かに脅威だが、しかし反面その守備力は――0だ。

 ゆえに、ターボ・シンクロンの前には無力となる。たとえ攻撃力が100しかなくとも、守備力0ならば何も心配はいらない。

 ターボ・シンクロンは勢いよく突き進んでダーク・ガイアへと体当たりを行い、その小さな体は見事にダーク・ガイアに痛撃を与え、ダーク・ガイアは苦悶の声を上げてその身を崩壊させた。

 

「く……!」

 

 戦闘ダメージこそなかったが、レベル1で攻撃力100という低レベルモンスターに単独でダーク・ガイアを倒されたことに、十代の表情にも僅かな動揺が見られる。

 だが、俺からしてみれば動揺することの方が驚きである。低レベルだ、弱小だと言われようと、そのモンスターにはそのモンスターの持ち味がある。この世の中に、決して使えないカードなど存在しない。

 

 ――それは、お前も知っていることだ。そうだろう、十代。

 

 

「更にエンシェント・フェアリー・ドラゴンでダイレクトアタック! 《エターナル・サンシャイン》!」

 

 俺が指示を出すと、エンシェント・フェアリーがふわりと羽を広げる。そして、毅然とした声と共に光が集まっていく。

 

『精霊たちの嘆きを知りなさい――!』

 

 瞬間、目を灼くほどの閃光が覇王に向かって放たれる。聖なる守護の光、とも称されるエンシェント・フェアリーの力。それを真正面から受けて、さすがの覇王もたたらを踏んで後ずさった。

 

「くっ……」

 

 

覇王 LP:4000→1900

 

 

「メインフェイズ2。俺は墓地の光属性モンスター、ワイバースターを除外して手札から《暗黒竜 コラプサーペント》を特殊召喚! レベル4コラプサーペントにレベル1ターボ・シンクロンをチューニング!」

 

 レベルは5。ターボ・シンクロンが作り出した光輪を四つの星が潜り抜けていく。

 

「集いし英知が、未踏の未来を指し示す。光差す道となれ! シンクロ召喚! 導け、《TG ハイパー・ライブラリアン》!」

 

 

《TG ハイパー・ライブラリアン》 ATK/2400 DEF/1800

 

 

 色素の薄い長髪をなびかせ、電子ブックのごときパッドを手にした司書の男。青いバイザーで隠された表情の中で、唯一外気に晒されている口元が僅かに弧を描いてエンシェント・フェアリーの隣に降り立った。

 

「俺のデッキに対となるワイバースターはもういないため、コラプサーペントが墓地へ送られても手札に加えることは出来ない。俺はこれでターンエンド!」

「……ドロー」

 

 即座に始まる十代のターン。そして、その手が一枚のカードを掴み取る。

 

「手札から魔法カード《ダーク・フュージョン》を発動。手札の《E・HERO クレイマン》と《E・HERO スパークマン》をダーク・フュージョン。現れろ、《E-HERO ライトニング・ゴーレム》」

 

 

《E-HERO ライトニング・ゴーレム》 ATK/2400 DEF/1500

 

 

 サンダー・ジャイアントと同じ融合素材にして、その容姿もまたサンダー・ジャイアントに酷似している。

 発達した筋肉により肥大化した上半身と、いささかアンバランスな細身の脚部。だがその巨体は対峙する俺に威圧感を伴って迫る。闇に染まったダークグリーンの体を揺らし、その巨大すぎる腕がぬっとこちらに差しだされる。

 

「ライトニング・ゴーレムの効果発動。1ターンに1度、相手フィールド上のモンスター1体を破壊できる。ハイパー・ライブラリアンを破壊。――《ボルテック・ボム》」

 

 そして、その手から放たれるのは黒い雷。それを防ぐ術はこちらに無く、ハイパー・ライブラリアンの体を直撃した。

 これで、俺のフィールドに存在するモンスターはエンシェント・フェアリーのみとなった。

 

「魔法カード《命削りの宝札》を発動。手札が5枚になるようにドローし、5ターン後に全ての手札を捨てる。《O-オーバーソウル》を発動。墓地から通常モンスターの「HERO」を復活させる。――《E・HERO ネオス》を特殊召喚」

 

 

《E・HERO ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

「ネオス……」

『……ぐ、ぅ……う……!』

 

 フィールドに現れたのは、十代のエースモンスターであるネオスだった。しかし今はエースとしてではなく、恐らくは今召喚できる一番高打点のモンスターだからというだけで呼ばれたのだろう。

 そこに親愛の情はなく、冷たい利己心しか存在していない。その事実は、誰よりもネオスにとってあまりにも悲しく救われない事実だった。

 十代の下、その持てる力を発揮した白銀の肉体には心の闇によって侵された漆黒のオーラがまとわりつき、常に呻き声が漏れている。

 恐らくは浸食する十代の闇に呑まれまいと必死に抵抗しているのだろう。しかし苦しげに漏らす声は、その戦いが一筋縄ではいかないものであることを強く物語っている。

 だがそれでも、ネオスは諦めていなかった。苦悶の声は、その証拠だ。十代が覇王となってからもずっと、ネオスはこうして戦っていたのだ。自分ではなく、恐らくは十代のために。

 呻き声の隙間、こぼれる音が、やがて途切れ途切れの言葉となって耳に届く。

 

『じゅう……だい……、き、キミは……わ、たしが……』

 

 ――助け出す……。

 

 たとえその気持ちを裏切られようと、利用されようと、ネオスは十代のことを信じている。

 漏れ聞こえた誓いの言葉に、俺は十代の強さの源を見た気がしていた。

 こうまでなっても慕われる十代という存在。明るく、人だけでなくモンスターや精霊をも惹きつけてやまない男。

 誰よりも友や仲間を大切にし、だからこそそんな十代に応えようと誰もがアイツのために力を尽くす。

 ジムやオブライエンだけじゃない。万丈目、翔、剣山、吹雪さん、明日香、三沢、カイザー、エド……ここにはいない皆だってそうだった。

 ネオスだってそうだ。俺も、マナだって。

 そう思わせるのが十代という男だった。

 だから。

 

「ネオス――」

 

 お前の思いは俺と……いや、俺たち全員と同じだ。

 だから――!

 

「バトル。ライトニング・ゴーレムでエンシェント・フェアリー・ドラゴンを攻撃。《ヘル・ライトニング》!」

 

 再びライトニング・ゴーレムから放たれる雷撃。それは過たずエンシェント・フェアリーを撃ち、妖精竜の口から苦痛の声が漏れる。

 

『く、あぁッ……! すみません、遠也……』

「エンシェント・フェアリー……!」

 

 破壊され、消えていくエンシェント・フェアリー・ドラゴン。エンシェント・フェアリーが墓地へと送られた今、俺のフィールドにモンスターはいなくなった。

 

 

遠也 LP:2900→2600

 

 

「遠也……」

「大丈夫だ、マナ。俺は負けない」

 

 二体のシンクロモンスターが倒れ、がら空きになった俺のフィールドを見て、心配したのだろう。そんなマナの声に、俺は大丈夫だと返した。

 だが、それは何も根拠がないわけではなかった。俺はこのデュエルに勝つ。その確信があった。

 だから、自信を持ってマナに大丈夫だと返した。しかし、そんな俺の態度はマナに安心を与えたようだが……同時に不安もまた芽生えさせたようだった。

 ほっとした顔を見せたのも束の間、マナはまた表情を曇らせる。それはきっと、俺があまりにも自信を持って勝つと言ったからだろう。

 普段、俺はあまりそんなことを言わない。そのため逆に不安へと結びついたようだった。

 

「今の十代くんは強いよ、遠也……。だから、油断は――」

「いいや。今の十代は弱い。俺が知るかつての十代よりもな」

 

 断言する。

 俺のこれは油断でも、傲慢でもない。ただ純然たる事実である。

 今の十代は弱い。俺は今の十代に負ける気がしなかった。その気持ちは紛れもない俺の本心だった。

 マナの口から、え、と驚く声が漏れる。しかしそれに応えるよりも前に、十代は次の行動に移っていた。

 

「バトル。ネオスでダイレクトアタック」

 

 ネオスが頭を振り、しかしその指示に逆らうことは出来ずに空へと飛び上がって手刀を構える。

 その瞳に映るのは悲嘆と苦悩、そして虚ろながらも残った意識が俺を認識したのか、友を討とうとしている己への怒りに満ちていた。

 十代を救いたいという思いを同じくするネオスのそんな姿に、マナは見ていられないとばかりに目を伏せる。

 だが、俺は決して目を逸らさない。俺たちの思いは一緒なのだ。

 

 ――だからネオス……必ず俺たちで十代を助け出す!

 

 

「リバースカードオープン! 《好敵手(とも)の記憶》!」

 

 俺のフィールドにて姿を現す、伏せられていたカード。

 通常罠カード《好敵手(とも)の記憶》。……十代、俺たちの願いが、思いが、お前を心の闇から救い出す!

 

「相手モンスターが攻撃宣言を行った時、そのモンスターの攻撃力分のダメージを俺は受ける!」

 

 この効果によりネオスは攻撃をする必要がなくなる。仲間を討たせるような真似をさせずに済んだことに俺は安堵するが、しかし。

 その攻撃力分のダメージを俺は受ける。そしてそのダメージを与えるべく、ネオスの体を覆っていた闇が俺に向かって一気に降り注いだ。

 

「――ッ、ぐ、ぅああぁああッ……!!」

 

 

遠也 LP:2600→100

 

 

 体にのしかかる重圧。それは体だけではなく心にまで侵入してくる。

 心の闇……それがこの攻撃の正体。どこまでも貪欲に心の中へと無遠慮に押し入ってくるソイツの不快感に、俺は叫びだしそうになる。

 血管の中を虫が這いずるような気持ち悪さと苦痛。ネオスはこの感覚にずっと耐えていたというのか。だとしたら、その精神は賞賛に値する。

 十代を助けたいという一心で抵抗を決して止めなかったネオス。なら、俺だってその心に応えてみせる。

 どこまでも、揺るがない己の心。心の深奥にある何人にも侵されない個人の聖域。

 

 “揺るがなき境地(クリアマインド)

 

 その境地へと自らを至らせることで、這い寄る闇は進行を止めた。そして、声高に叫ぶ。

 

 ――消えろ! 十代を助けるんだ……邪魔をするな!

 

 瞬間、視界が白く染まる。

 そして気が付けば、俺は片膝をついて大きく呼吸を繰り返していた。

 

「っ、遠也!」

 

 マナの声に、俺ははっとして立ち上がる。十代が抱える心の闇……あれがダメージを通じて伝わって来たのか。

 俺は呼吸を整えようと一つ息を吐きだし、心配そうに覗きこんでいたマナに対して笑う。

 

「……大丈夫、だ……! ――っそして、攻撃してきたモンスターを除外! 次のお前のターンのエンドフェイズ、俺はそのモンスターの……ネオスのコントロールを得る!」

 

 残っていた痛みを払うように腕を振り、直後に十代の場へと戻っていたネオスが光に包まれる。

 そして除外される瞬間、ネオスの体から一瞬闇が消滅する。除外とはゲームから隔離された空間だ。そこまで心の闇の浸食は及ばないということなのだろう。

 そして消えゆく僅かな時間で、ネオスは十代に振り返った。

 

『十代! 思い出せ! 仲間のことを、友のことを! 前を見るんだ! 君を助けようという友の――』

 

 だが、その言葉は最後まで続かなかった。しかしそれでも、ネオスの言葉は意味があったはずだ。十代は確かにその視線を俺と交わらせたのだから。

 

「ネオスの言葉を聞いたか? あいつはずっと、お前のことを見ていたんだ」

「……くだらん。だからどうしたというのだ」

 

 十代はネオスの訴えを一蹴する。

 その冷たい瞳に動揺はなく、今の言葉が真実であることを俺に告げていた。そのことが、ただ悲しかった。

 

「……お前は弱くなったな、十代」

「愚かだな。お前のライフは僅かに100、俺のライフは1900。比べるまでもない」

 

 俺はにべもなく返されたその言葉に、悲しみを感じずにはいられなかった。

 

「俺の言葉の意味もわからないか……――なら、わからせるまでだ!」

 

 俺の言葉に、十代はふんと鼻を鳴らす。

 

「やってみるがいい」

「はっ、感情が出てきたじゃないか。なぁ、親友!」

 

 俺の言葉に、舌打ちが返ってくる。

 その様子を見て確信する。やはり、ネオスの言葉は無駄ではなかったのだ。

 ネオスが残した必死の言葉が、十代の心に僅かな光を差し込ませていたのである。それが十代の覇王という仮面を揺るがし、感情を表に出させている。

 ならば、あと一押し……好敵手の記憶は、次の相手ターンのエンドフェイズにその真価を発揮する。

 ならば、その時までに何としてでも十代を……!

 

「――遠也。俺はもう、以前の俺とは違う。俺は強く――強くなったのだ!」

 

 その言葉と同時に、風によって巻き起こる砂煙。しかし一時的なものであったそれはすぐに止み、数秒の後にその煙が晴れていく。

 そして再び顔を見せた十代は、変わらず冷たい瞳でこちらを見据えていた。

 

「……強くなった、か」

「そうだ。何も守れなかった俺はもういない。この闇こそが絶対の力……そう、俺は何も取り零すことのない力を手に入れたのだ!」

 

 十代はそう言って拳を強く握る。

 その表情は無表情ながら纏う雰囲気には絶対の自信が感じられる。変わらず氷のように冷たいその瞳にも、どこか熱がこもっていた。

 

「十代くん……やっぱり、あの時のことを……」

 

 マナが声を震わせて十代の姿に嘆きの声を漏らした。

 あの時……つまり、皆を失ってしまった時のことか。それが今の十代には大きなトラウマになっているのだろう。仲間たちへの思いがあまりに純粋であったがために、その悲しみもまた深く、それがこうして十代を覇王にしてしまった。

 今の十代の言葉を聞けば分かる。二度と皆を失うような事態を起こさないために、十代は力を望んだのだろう。そして今、その願いは叶えられた。少なくとも、十代の中では。

 ジム、オブライエン、マナ。この三人の相手を同時にして勝利を収めるほどに。

 しかし、それでも。俺はさっきと同じ言葉を十代に告げた。

 

「――やっぱり、お前は弱くなったよ。十代」

「……戯言を。俺に負けている男が言う言葉に、価値などない。カードを2枚伏せ、ターンエンド!」

「――俺のターンッ!」

 

 十代。たとえお前にわからなくとも、今の俺は以前のお前にあったものを感じられない。

 デュエリストとしての気迫。負けてなるものかという決意。デュエルを楽しむ心。カードを信じる熱い思い。

 今のお前には、それが感じられない。自分の力に自信を持つ今のお前には、そのデュエリストならば持っているはずのものが欠けているとしか思えない。

 だがそれは、本来お前が全て持っていたはずのものだ、十代!

 なら、そんなデュエリストに負けるはずがない。いや、負けられないのだ。

 俺たちが……仲間たち全員が自分の全てを懸けていたもの。それがデュエルだ。そのデュエルに対して、カードを信じず、自分一人の力で臨む今のお前に、負けるわけにはいかない。

 今のお前は、俺たちの友情を繋いできたもの(デュエル)を足蹴にしているのだと気付いていない。

 だから、俺が思い出させてやる。十代、お前が忘れていたものを、必ず――!

 

 

 

 

 



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第80話 覇王Ⅴ

 

遠也 LP:100

手札5 場・なし

 

覇王 LP:1900

手札2 場・《E-HERO ライトニング・ゴーレム》 伏せ2枚

 

 

 

「――手札から魔法カード《調律》を発動!」

 

 このデッキにおいて欠かすことのできない魔法カード。幾度となく使用してきたそのカードを、デュエルディスクに差し込む。

 それによってカードをディスクが読み取り、その効果が発動される。

 

「デッキから「シンクロン」と名のつくチューナー1体を手札に加え、デッキをシャッフル。その後、デッキトップのカードを墓地へ送る! 俺は《モノ・シンクロン》を手札に加える!」

 

 墓地に落ちたのは、モンスターではなく罠カードだった。そのことに俺は一つ頷き、手札に加えたカードをそのままディスクへと移す。

 

「《モノ・シンクロン》を召喚!」

 

 

《モノ・シンクロン》 ATK/0 DEF/0

 

 

 レベル1、闇属性機械族のチューナーモンスター。シンクロンの名を持ち、レベル・属性・種族の全てが恵まれた高性能チューナーであるが、その効果は非常にピーキーである。

 だが上手く使えば、このデッキにおける切り札を召喚するために必要なカードをいとも簡単に場に出すことができるのが、このカードの利点である。

 

「墓地に存在するボルト・ヘッジホッグの効果発動! 俺のフィールド上にチューナーがいる時、墓地から特殊召喚できる! 来い、ボルト・ヘッジホッグ!」

 

 背中からいくつものボルトを生やしたネズミ。名前の通りの姿をしたレベル2のモンスターが短く鳴き声を上げて飛び出してくる。

 

 

《ボルト・ヘッジホッグ》 ATK/800 DEF/800

 

 

 その効果はシンクロ召喚を主軸としたこのデッキにおいてはとびきり優秀なものである。その効果がいかんなく発揮されたことにより、場に素材は揃った。

 その合計レベルは3であり、俺がこの場で呼び出したいモンスターを呼び出すにはレベルの計算が合わない。しかし。

 

「モノ・シンクロンのモンスター効果! このカードをシンクロ素材とする時、他の素材モンスターは戦士族または機械族でなければならず、そのレベルは1として扱う!」

 

 これが、モノ・シンクロンの効果をピーキーと言った理由だ。このカードは二体でシンクロを行う場合はレベル2のシンクロモンスターしかシンクロ召喚できず、応用がきかないのである。

 だが、その効果にも意味がある。ボルト・ヘッジホッグはレベル2。本来レベル2のモンスターをシンクロ召喚することはできないが、機械族であるがゆえにモノ・シンクロンによってその不可能が可能になるのである。

 そして俺の切り札へと繋がるレベル2のシンクロモンスターといえば、一体しかいない。

 

「レベル1となったボルト・ヘッジホッグに、レベル1のモノ・シンクロンをチューニング!」

 

 俺が二体に向けて手を向ければ、ボルト・ヘッジホッグとモノ・シンクロンは心得たとばかりに飛び上がり、その身を光の輪と煌く星へと変えていく。

 

「集いし願いが、新たな速度の地平へ誘う。光差す道となれ! シンクロ召喚! 希望の力、シンクロチューナー《フォーミュラ・シンクロン》!」

 

 輝くリングに星が重なり、その中心から光の柱が立ち昇る。

 そしてその中から現れるのは、カラフルに塗装されたフォーミュラカーを模したモンスター。数少ないシンクロモンスターのチューナーの一体、フォーミュラ・シンクロンだ。

 

 

《フォーミュラ・シンクロン》 ATK/200 DEF/1500

 

 

「フォーミュラ・シンクロンがシンクロ召喚に成功した時、デッキからカードを1枚ドローできる!」

 

 シンクロ召喚で消費した手札を回復してくれる優秀な効果。それにより、俺の手札は五枚となる。

 

「更に《星屑のきらめき》を発動! 墓地のドラゴン族シンクロモンスターを選択し、そのレベルと同じになるように墓地のモンスターを除外する! 俺はレベル8のスターダスト・ドラゴンを選択し、レベル3のスチーム・シンクロンとレベル4の暗黒竜 コラプサーペント、レベル1のスターダスト・ファントムを除外!」

 

 墓地にいた三体が時空の渦の中へとその身を隠していく。そして代わりに、俺のフィールドへと集まっていく輝く粒子の群れ。

 

「そして墓地から選択したモンスター、スターダスト・ドラゴンを特殊召喚する! 羽ばたけ――スターダスト!」

 

 集う光の粒たちがやがて一体のドラゴンの姿を象っていく。

 光に色がつき、質感が伴って、フィールド上へと舞い戻ったスターダストは天へ届けとばかりに嘶いた。

 

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

 俺のフィールドにて、覇王十代と向かい合う二体のシンクロモンスター。くるか、と十代の呟きを聞いた気がした。

 ならば当然、俺はこう返す。

 

「いくぞ、十代! 俺はレベル8のシンクロモンスター《スターダスト・ドラゴン》に、レベル2のシンクロチューナー《フォーミュラ・シンクロン》をチューニング!」

 

 二体のモンスターが弾かれるように上空へと駆け上っていく。翼を広げ、ただただ上へと突き進んでいくスターダスト。フォーミュラ・シンクロンはタイヤを回転させて加速すると、その前へ飛び出してその身を二つの輝くリングへと変じさせる。

 そして、直後にスターダストがその輪をくぐると、一気にスターダストの速度は上がり、もはや視認するのも難しいほどの高速となって空を駆けていく。

 

「集いし夢の結晶が! 新たな進化の扉を開く! 光差す道となれ!」

 

 スターダストを取り巻く風と光の奔流。そのただ中を突き進むその姿が徐々に光の彼方へと突き抜け、白熱した体が白金の輝きを纏っていく。

 光すらも超えた先。そこにある進化の未来。揺るがなき境地の中で見出したその地へ至るために、スターダストは俺の意志とともに加速していく。

 

「――アクセルシンクロォォオオオオッ!」

 

 掲げたカードが、くすんだ色合いから純白の輝きを取り戻す。そうして浮かび上がったドラゴンの姿を確認するまでもなく、俺の頭上から光の壁を突き破って現れる巨大な気配。

 

「生来せよ! 《シューティング・スター・ドラゴン》!」

 

 その身から降り注ぐ光の雨は光速を超えた名残か。逞しく流麗な肉体が白金色に煌めき、視界を眩い白に染め上げる。未だ止まぬ光雨の中、両の腕を荒々しく振るい、流星の名を冠したドラゴンはその身の威容を示すように咆哮を上げた。

 

 

《シューティング・スター・ドラゴン》 ATK/3300 DEF/2500

 

 

 デュエルディスクから一層強く溢れる七色の輝き。その光に導かれるように、俺はデッキトップに指を置いた。

 

「シューティング・スター・ドラゴンの効果発動! デッキの上からカードを5枚確認し、その中のチューナーの数だけ攻撃できる!」

 

 そして一気に五枚を引き抜く。

 目を通せば、引いたカードは《ライトロード・マジシャン ライラ》《クイック・シンクロン》《ジャンク・シンクロン》《増援》《エフェクト・ヴェーラー》の五枚。

 このうち、チューナーはクイック・シンクロンとジャンク・シンクロン、そしてエフェクト・ヴェーラーの計三体である。

 

「俺が確認した5枚の中に、チューナーは3体! よって3回の攻撃を行うことが出来る! ――《スターダスト・ミラージュ》!」

 

 俺の宣言に合わせてシューティング・スターの姿がにわかにブレる。

 そして直後、シューティング・スターは微かに色合いの異なる分身を二体作り出し、三体となってフィールドの上空にて滞空した。

 それを確認し、俺は十代のフィールドに向かって勢いよく指を突きつける。

 

「1回目のバトル! シューティング・スター・ドラゴンで、ライトニング・ゴーレムに攻撃!」

 

 上空から三体の内の一体が高速で滑空してくる。このままいけばライトニング・ゴーレムに直撃というところで、シューティング・スターの眼前に半透明の壁が現れる。そのままその壁に激突して破壊したシューティング・スターの分身は、その身を大気の中へと溶け込ませて消えてしまった。

 

「罠発動、《ドレイン・シールド》。その攻撃を無効にし、攻撃力分のライフを回復する!」

 

 

覇王 LP:1900→5200

 

 

 ドレイン・シールド。そういえば十代はそんなカードも持っていたなと思い返す。

 これで、十代のライフは5200という大きな値になった。だが、ドレイン・シールドがなくなったことで、十代のフィールドにこちらの攻撃を止めるカードはなくなった。

 ゆえに、一気にたたみ込む!

 

「2回目のバトル! 再びライトニング・ゴーレムに攻撃!」

「く……」

 

 

覇王 LP:5200→4300

 

 

「そして3回目、最後のバトル! ゆけ、シューティング・スター・ドラゴン! 十代にダイレクトアタック!」

「……ぐ、ッ!」

 

 

覇王 LP:4300→1000

 

 

 次々と地上へ向けて突撃してくる姿はまさに流星。その高速突撃は十代を掠めていき、その体を吹き飛ばし地面に叩きつけた。

 しかし、十代のライフを削り切ることは出来なかった。

 ライフ1000を残して十代は持ち堪えたのである。倒れ込みはしたものの、それもこの時だけ。鎧が擦れる金属音と共に立ち上がった十代は、変わらず冷たい瞳をこちらに向けてきたのだった。

 俺は切り札の攻撃をことごとく防がれたわけだ。だが、それを見ても俺に動揺はなかった。十代ならば、あるいは耐えるかもしれない。そんな予感があったからだ。

 いや、これは予感というよりは経験則に近いかもしれない。十代という男はそういう男なのだと、二年以上共に過ごした時間が俺に教えてくれるのだ。

 ピンチからの大逆転。それは十代が持つ天性のドロー運とデュエルセンス、そしてここぞという時に応えてくれるデッキとの固い絆によって生まれる奇跡だ。

 三位一体。これら全てが揃って初めて十代本来の強さが発揮される。味方であればこれほど頼りになるものはない。しかし、敵であるならば恐ろしい。……その三つの要素が揃っていれば。

 だが、今はそうではない。今の十代には決定的に欠けているものがあるからだ。

 そう、デッキとの絆である。

 確かにE-HEROは今の十代に協力的だろう。だが、E・HEROはどうだろうか。そして、ネオスペーシアンは。

 彼らは今の十代のことを嘆き、悲しんでいる。そんな彼らの気持ちに気付かず、ただその力を利用している十代に、俺は負ける気がしなかった。

 そして、俺には背負う仲間たちの思いがある。ならば、俺が負ける道理はどこにもない。

 

「俺はカードを1枚伏せて、ターンエンド! ――十代! お前は気づいていない! お前が捨ててしまった大切なものに!」

 

 指を突きつけ言った言葉に、十代は小さく鼻を鳴らすだけだった。

 

「何を言うかと思えば。くだらない」

「くだらないもんか! 孤独は強さじゃない! 思い出せ十代! 俺たちの強さとは友との、仲間との繋がりの中にある! お前の仲間の声が聞こえないのか、十代!」

 

 デッキから聞こえる、これまで十代が信を置いてきたカードたちの嘆き。その声はマナだけではなく、俺にも微かに届くほどだ。それに、持ち主である十代が気付かぬはずがない。

 十代はデッキに視線を落とす。しかし、突如暗い色のエネルギーがデッキを包む。それによってか、十代は何も聞こえないとばかりにすぐ視線を戻した。

 デッキに侵食した十代の闇が深すぎるのだ。気づけば微かに聞こえた声が、俺も聞こえなくなっていた。

 

「遠也、もう私にも聞こえない。ひょっとしたら、心の闇に完全に……」

「く……」

 

 マナからの知らせに、俺は呻くしかない。

 そうだとすれば、もはやカードたちも助けるためには時間がない。闇に侵食されたカードがどうなってしまうかはわからないが、しかし良い結果になるとは到底思えなかった。

 ならば、やはり勝つしかない。

 俺の手札、デッキ、墓地、エクストラデッキ。その全てに対して呼びかける。頼む、力を貸してくれと。

 そして、十代のターンが始まる。

 

「……ドロー」

 

 直後、十代は自身のフィールドに手を向けた。

 

「このスタンバイフェイズ、除外されていたヘル・ゲイナーが戻ってくる」

 

 その手の先で、一体のモンスターが徐々に空間から沁み出るようにして姿を現す。

 ついさっき、ダーク・ガイアに二回攻撃の能力を与えたE-HEROの一体である。

 

 

《E-HERO ヘル・ゲイナー》 ATK/1600 DEF/0

 

 

 続けて、十代の手が一枚のカードを掴む。

 

「魔法カード《ダーク・コーリング》。墓地の《ダーク・フュージョン》を除外し、その効果と同じ、悪魔族の融合召喚を行う!」

 

 いわばE-HERO版ミラクル・フュージョンか。墓地のダーク・フュージョンを除外する必要があったり、融合先が悪魔族全般と広いことを除けば、墓地融合という点でやはりミラクル・フュージョンに近い。

 そして十代の前にやや体が薄れた二体のモンスターが姿を現す。片や両手の三本爪をエモノとする最上級モンスター、片や非常に体格のいい大柄なモンスター。

 二体はやがて混ざり合うようにして一つになっていく。

 

「墓地の《E-HERO マリシャス・エッジ》とレベル6の悪魔族《E-HERO ライトニング・ゴーレム》を除外する!」

 

 体が更に薄らいでいく。同時に濃紫の霧に包まれた二体はその姿を捉えることが完全に出来なくなる。

 そしてその濃い霧が一瞬膨張した、その時。その中心に現れた黒い影を認めるのと同時に十代の口が開かれていた。

 

「出でよ――《E-HERO マリシャス・デビル》!」

 

 濃く満ちる闇の衣を切り裂いて、現れたのはマリシャス・エッジの姿を色濃く残した融合モンスター。

 ただしその逞しかった肉体はよりシャープになっている。余分な肉を削ぎ落とした結果洗練された体は細身であるが、それに反比例して手の甲から生える計六本の爪は長く分厚くなっていた。

 より悪魔らしく生物的になった巨大な黒翼を広げ、マリシャス・デビルは嗜虐的な笑みを浮かべて両の爪を胸の前で交差させた。

 

 

《E-HERO マリシャス・デビル》 ATK/3500 DEF/2100

 

 

「シューティング・スターの攻撃力より上か……!」

 

 元々の攻撃力3500はレベル8の融合モンスターとしても最大のものだ。そしてシューティング・スターの攻撃力を200ポイント上回っている。

 だが、それだけならばシューティング・スターの能力で防ぐことが出来る。問題は……。

 

「そして再びヘル・ゲイナーの効果発動。このカードを2ターン後まで除外することで、マリシャス・デビルは2回攻撃の能力を得る!」

 

 そう、ヘル・ゲイナーの効果だ。永続的に連続攻撃の能力を与える効果は、高攻撃力のモンスターに対して抜群の相性を誇る。

 再びその姿をフィールドより消したヘル・ゲイナー。それによって、マリシャス・デビルは二度の攻撃権を得た。

 そして、シューティング・スターが持つ攻撃回避能力は一度だけである。

 無論そのことを十代も知っている。だからだろう、俺を見る眼には勝利を確信した色があった。

 

「これで終わりだ、遠也。絆など所詮偽りの力。真の強さの前に儚く散るのみ!」

 

 あくまでもその主張を曲げない十代。

 頑固者め、と内心で呟きつつ、しかし俺の口から出た言葉はそれとは異なるものだった。

 

「それはどうかな」

 

 気負いなく笑い、俺は十代を見る。

 十代は一瞬怪訝な顔つきになるが、それも僅かな間だけのことだ。すぐにその表情は元の鉄仮面に戻っていた。

 

「強がりを……。バトル! マリシャス・デビルでシューティング・スター・ドラゴンを攻撃! 《エッジ・ストリーム》!」

 

 マリシャス・デビルが右腕を勢いよく振り抜き、鋭く尖った爪状のエネルギーが風を切り疾駆する。

 だが――!

 

「シューティング・スター・ドラゴンの効果発動! シューティング・スターを除外することで、その攻撃を無効にする!」

 

 翼を広げ、シューティング・スターはその身を薄れさせてフィールド上から姿を消す。マリシャス・デビルの攻撃は誰もいない空間を通過していくだけだった。

 これでシューティング・スターが破壊されることもなく、攻撃はかわした。

 

「だが、その効果は1度のみ! マリシャス・デビルは2度攻撃が出来る! ダイレクトアタックを受けるがいい! 《エッジ・ストリーム》!」

「まだだ! 罠発動、《ロスト・スター・ディセント》! 墓地のシンクロモンスター1体を守備表示で特殊召喚する! ただしその効果は無効化され、守備力は0となり、表示形式の変更はできず、レベルは1下がる! 頼む、《エンシェント・フェアリー・ドラゴン》!」

 

 

《エンシェント・フェアリー・ドラゴン》 Level/7→6 DEF/3000→0

 

 

 墓地より復活する美しく青い輝きを見せるドラゴン。体を丸めて防御を固めるそのモンスターに、十代は指を突き出した。

 

「……ならば、エンシェント・フェアリー・ドラゴンを攻撃!」

 

 マリシャス・デビルが残った左腕を振り抜き、再び放たれた鋭いエネルギーがエンシェント・フェアリー・ドラゴンを直撃する。

 今のエンシェント・フェアリーの守備力は0。たとえ元の値であったとしても耐えきれるものではない。当然のようにエンシェント・フェアリーは倒される。

 

「助かった、エンシェント・フェアリー」

『いえ……よいのです。――遠也』

「なんだ?」

『必ず勝つのですよ』

 

 優しくも毅然とした声で言われ、俺は反射的に問い返す。

 

「それは十代に?」

 

 普通ならば、当たり前だと返ってくるだろう。敵に勝たずしてどうするのかと。

 しかし、エンシェント・フェアリーの答えは異なっていた。

 

『いいえ、あなたが望む勝利を』

 

 エンシェント・フェアリーがそこまで口にしたところで、その姿は墓地へと再び戻って消えていく。

 ただ単にこの勝負に勝て、ということではない。エンシェント・フェアリーの優しさが滲むようなそれに、俺は墓地へも聞こえるように声を大にして返事をした。

 

「ああ!」

 

 必ず、俺は勝つ。

 そう決意を新たにしたところで、十代は手札の一枚に指をかけた。

 

「……カードを1枚伏せる」

 

 そのカードをデュエルディスクに差しこむ。

 そして。

 

「ターンエンド」

 

 エンド宣言。

 それを聴いた瞬間、俺はすぐにフィールドへと手を向けて口を開いた。

 

「このエンドフェイズ、《好敵手(とも)の記憶》の効果発動! この前のお前のターンに除外された対象モンスターを俺のフィールドに呼び戻す!」

 

 俺の頭上にて歪む空間。やがて開かれるだろう異次元からの出口を待ちきれないとばかりに蹴り破り、光を纏った戦士が俺のフィールド上に降り立つ。

 その後ろ姿を前にして、俺は口角を持ち上げ、高らかにその名前を告げた。

 

「特殊召喚! ――《E・HERO ネオス》!」

 

 

《E・HERO ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

 その体を蝕んでいた闇の瘴気は既に存在していない。除外を介し、更にこちらのフィールドに姿を現したことで完全にその脅威は取り除かれたのだ。

 銀色に光を反射する屈強な肉体を誇示するネオス。その横にて、巨大なドラゴンもまた徐々にその姿を取り戻していく。

 

「更に! 除外されていたシューティング・スター・ドラゴンもこのタイミングで帰還する!」

 

 

《シューティング・スター・ドラゴン》 ATK/3300 DEF/2500

 

 

 甲高い咆哮を上げつつ、光の中から姿を現すシューティング・スター・ドラゴン。これで俺のフィールドには攻撃力2500と攻撃力3300の大型モンスターが並んだことになる。

 だが、それだけではない。

 

「ネオス」

 

 俺が思わず零したその名に、フィールド上にて背中を見せていたネオス自身が振り返った。

 

『遠也……ありがとう。私に十代を助けるチャンスをくれて』

「礼はいらないぜ、ネオス。俺たちの気持ちは一つだ。なら、必要なのはそうじゃない」

『ああ! 共に戦おう、友よ!』

 

 ネオスは力強く拳を握り、シューティング・スターの横で十代に向かい合う。シューティング・スターも隣に立つ仲間に感じ入ることがあるのか、その鳴き声には決意のような響きが灯る。

 その声に含まれる希望の光。好敵手ともの記憶によって生まれたこのチャンスを、必ず俺はものにしてみせる!

 

「俺のターンッ!!」

 

 これで手札は四枚。その中に俺が求めるカードは存在していない。

 しかし、取れる手はまだある。

 

「魔法カード《調律》を発動! デッキから「シンクロン」と名のつくチューナー1体を手札に加え、デッキをシャッフルした後デッキの一番上のカードを墓地へ送る! 俺が選ぶのは、《ジャンク・シンクロン》!」

 

 そしてデッキの上から一枚のカードを墓地へ送る。

 更に。

 

「《貪欲な壺》を発動! 墓地の《スターダスト・ドラゴン》《エンシェント・フェアリー・ドラゴン》《TG ハイパー・ライブラリアン》《モノ・シンクロン》《ターボ・シンクロン》をデッキに戻し、2枚ドロー!」

 

 手札を一枚ずつ確認し、俺は一拍置いて息を吐き出す。

 そして調律によって手札に加わったチューナーモンスターを手に取った。

 

「俺は《ジャンク・シンクロン》を召喚!」

 

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

 

 

 再び現れるレベル3の戦士族チューナー。その効果を早速発動させる。

 

「ジャンク・シンクロンの効果! このカードが召喚に成功した時、墓地に存在するレベル2以下のモンスター1体の効果を無効にし、表側守備表示で特殊召喚できる! 《チューニング・サポーター》を特殊召喚!」

 

 

《チューニング・サポーター》 ATK/100 DEF/300

 

 

 レベルを2に変更できる効果は無効となっている今使うことはできない。

しかし何も問題はない。俺はただフィールドの二体に向けて手をかざした。

 

「レベル1チューニング・サポーターにレベル3ジャンク・シンクロンをチューニング! 集いし勇気が、勝利を掴む力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《アームズ・エイド》!」

 

 シンクロ召喚のエフェクトによる光の中から、赤く鋭い爪を持つ機械的な片腕がフィールドに降り立つ。

 それは腕というよりは手甲に近く、守備的にも優れた見た目でありながらアームズ武器の名が示すように高い攻撃力を有していた。

 

 

《アームズ・エイド》 ATK/1800 DEF/1200

 

 

 下級モンスターとしても、アタッカーレベルの攻撃力。しかし、今はその攻撃力ではなくその効果こそが重要であった。

 

「チューニング・サポーターの効果で1枚ドロー! 更にアームズ・エイドの効果発動! このカードをシューティング・スター・ドラゴンに装備する! それによってシューティング・スター・ドラゴンの攻撃力は1000ポイントアップする!」

 

 アームズ・エイドが宙に浮かび、その身を徐々に赤く輝く光の玉へと変じさせていく。やがてその光はシューティング・スターの胸へと吸い込まれていき、シューティング・スターの体を淡く赤い光が包みこんだ。

 

 

《シューティング・スター・ドラゴン》 ATK/3300→4300

 

 

 力強い雄叫びを上げるシューティング・スター。その姿と変化したステータスに、オブライエン達も色めき立つ。

 

「攻撃力4300!」

「マリシャス・デビルを上回った!」

 

 二人の声に頷き、俺は改めて十代に向き合った。

 

「十代、これが絆の力だ! モンスターたちはその手を取り合い、俺に力を貸してくれる! お前も……お前のHEROたちの声が聞こえないのか!」

 

 しかし俺の呼びかけに対して、十代が返したのは不快だと言わんばかりに歪んだ表情だった。

 

「くだらん、何が絆だ。そんなものでは何も守れはしない!」

「そんなことはない! 想いの力は、お前が思っているよりもずっと強い!」

 

 俺はそう断言するが、十代は一層その表情を厳しくするだけだった。

 先ほどまでの無感情だった姿はどこにもない。俺の目に映るのはおぼろげながら怒りを見せる十代。今の自分の根幹を否定する存在に対する苛立ちを隠せない姿だけだった。

 

「遠也、何を言おうとお前にはわからない。俺が失ったもの、その絶望を。――失ったことのないお前には」

「――十代くんッ!」

 

 首を振り、わかりあえることはないと否定する十代。しかしそれに反応を返したのは、俺よりもマナのほうが早かった。

 思わずといった様子で勢い込み、前に出てきたマナ。その肩に手を置いて無言で宥めれば、マナは若干躊躇を見せたが、一歩下がる。

 素直に俺に譲ってくれたマナに感謝しつつ、俺は一言だけ口にした。

 

「――あるさ、俺にも」

 

 失ったことなら、ある。

 それは万丈目や明日香たちのような具体的な人間ばかりではなかったけれど。確かに俺もまた、失ったことがある。

 しかし、それを今更どうこう言うつもりなどなかった。そのことで悲しみ、嘆く時は終わったのだ。そして前を向くことを知った。遊戯さんが、それを俺に教えてくれた。

 ならば、今こうして絶望に沈んだ十代に答えを出すのは、きっと俺の役目なのだろう。

 遊戯さんが俺にしてくれたように。俺も俺なりのやり方で、俺の友達を助けてみせる。

 

「――バトル! シューティング・スター・ドラゴンでマリシャス・デビルを攻撃!」

 

 このデュエルを制し、この心を、思いを、お前に届ける。

 それこそが、今の俺のやるべきことだ!

 シューティング・スターが上空へと羽ばたき、そして一気にマリシャス・デビルに向かって滑空していく。俺の発言に怪訝な顔を見せていた十代ではあったが、バトルに入ったことでその表情は引き締められている。

 そして、向かい来るシューティング・スターを前にしながらも一切の動揺もなくフィールド上のカードを起き上がらせる。

 

「無駄だ! 罠発動、《レスポンシビリティ》! 俺の墓地にレベル5以上の「HERO」が存在する時、攻撃してきた相手モンスター1体を破壊する!」

「この瞬間、シューティング・スター・ドラゴンの効果発動! フィールド上のカードを破壊する効果を無効にし、破壊する! 《スターブライト・サンクチュアリ》!」

 

 スターダストに連なるモンスターに破壊は意味を為さない。そのことは十代も百も承知のはず。

 一体どうして、と思ったその時。十代は更にもう一枚の伏せカードを発動させていた。

 

「その効果も1ターンに1度のみ! カウンター罠《天罰》! 手札を1枚捨て、効果モンスターの効果の発動を無効にし、そのモンスターを破壊する!」

 

 天空より雷鳴が轟き、やがてそこから下界へ向けて奔る一筋の閃光がシューティング・スターを襲う。

 いかなアクセルシンクロモンスターといえど、天の裁きに抗う術はない。苦痛の声を響かせながらシューティング・スターは破壊され、その際に起こった爆発による暴風が地上に巻き起こされた。

 

「くっ……そういうことか……!」

 

 腕を顔の前に掲げて風を防ぎながら、俺はやられたと内心で声を漏らす。

 先に発動させた《レスポンシビリティ》はシューティング・スターに効果を使わせるための囮だったというわけだ。

 まんまと俺はその囮に引っかかったわけか。しかしどのみち効果を使っていなければ、シューティング・スターは破壊されていた。二段構えの罠が仕掛けられていたわけだ。

 もしこの攻撃が決まっていれば、アームズ・エイドが持つ効果により、十代はマリシャス・デビルの攻撃力分のダメージを受けて負けていた。それだけに、十代も確実にシューティング・スターに対処してきたのだ。

 そしてその結果、俺の場にマリシャス・デビルの攻撃力を上回るモンスターはいなくなってしまった。

 

「お前の切り札であるシューティング・スター・ドラゴンは消えた! 絆の力など、所詮は戯言。孤独の中にこそ、真の強さがある!」

 

 それが絶対の真理であるかのように語る十代。

 それを甘んじて聴く俺の前で、ネオスが不意にその体に力を込めはじめた。明らかに攻撃へ移ろうとしている。そのことに誰よりも驚いているのはネオス自身だった。

 

『くっ……これは……!?』

「マリシャス・デビルの効果。相手のバトルフェイズ、相手モンスターは全てマリシャス・デビルを攻撃しなければならない!」

 

 自分の意思と関係なく攻撃の準備を整える肉体に呻くネオスに向けて、十代がその理由を明かす。

 それは自身への攻撃を強制する永続効果。同じような効果を持つモンスターは他にもいる。しかし、攻撃力3500を誇るマリシャス・デビルが持てば、それは単体で相手の自滅を引き起こす凶悪な能力と化す。

 

「まずいぞ! 遠也のライフは残り100! ネオスが攻撃を行えば一巻の終わりだ!」

「だが、遠也のフィールドに伏せカードはない……!」

 

 オブライエンとジムの声。そして同じような不安を抱いているのか、マナの瞳も僅かに心配の色を帯びる。

 確かに俺のフィールドに伏せカードはなく、手札にもこの状況を打開できるカードはない。ともすれば絶体絶命のピンチだろう。

 だが、何も問題はない。フィールドと手札に打開するカードがないなら、それ以外の場所に存在するカードを使えばいい!

 

「俺は墓地の罠カード《ブレイクスルー・スキル》の効果を発動!」

「墓地から罠……!」

「このカードを除外することで、相手モンスター1体の効果をエンドフェイズまで無効にする! よって、マリシャス・デビルの攻撃強制効果はこのターンのみ無効となる!」

 

 墓地から光が溢れ、それがマリシャス・デビルの体を覆う。マリシャス・デビルは苦悶の表情を浮かべ、それによって姿勢を低くして今にも飛び出そうとしていたネオスはその強制力から解放されて体勢を立て直した。

 

『すまない、遠也』

「気にするな。ネオスを守備表示に変更! 更にカードを2枚伏せてターンエンド!」

 

 片膝をついて腕を交差させ、守備の態勢へと移るネオス。更にその後ろに現れる二枚の伏せカード。

 こちらのエースは倒され、対してあちらの場には攻撃力3500を誇る切り札が万全の状態で立っている。いや、二回攻撃能力を付与されている今、強化されていると言った方がいいだろう。

 故にこのターンを凌げなければ俺に未来はなく、そして十代を助けることも出来ない。

 そのため、ジム、オブライエン、マナの三人は固唾を呑んでデュエルを見ていた。そして俺たちが見つめる先で、ついに十代がデッキからカードを引いた。

 

「……ドロー!」

 

 ドローしたカードはそのまま手札に。そして、十代は鎧についたマントを揺らしながら、その指をこちらに突き付けた。

 

「バトル! マリシャス・デビルでネオスを攻撃! 《エッジ・ストリーム》!」

 

 きたか!

 しかしネオスは今守備表示。マリシャス・デビルのこの攻撃はネオスによって防ぐことが出来る。だが……。

 

「リバースカードオープン! 《くず鉄のかかし》! 相手モンスター1体の攻撃を無効にする!」

 

 今ネオスを破壊されるわけにはいかない。

 ネオスの眼前にうらぶれた鉄製のかかしが現れ、ネオスへ向かっていた攻撃をすべて受け止める。これによってネオスは破壊から守られた。そしてくず鉄のかかしの効果により、再びセット状態に戻る。

 これでくず鉄のかかしは次のターンにもう一度発動が可能だ。反面、このターンにはもう使えない。

 しかし、覇王の攻撃はこれで終わりではなかった。

 

「攻撃はもう一度残されている! マリシャス・デビルよ! 再びネオスに攻撃! 《エッジ・ストリーム》!」

 

 再びマリシャス・デビルが攻撃を行おうと両腕を構える。

 その瞬間、俺は手をフィールドに向けてかざした。

 

「リバースカードオープン! 罠カード《ピンポイント・ガード》! 相手モンスターの攻撃宣言時に発動! 墓地のレベル4以下のモンスターを表側守備表示で特殊召喚する! そしてそのモンスターはこのターン戦闘と効果によって破壊されない! 来い、《フォーミュラ・シンクロン》!」

 

 

《フォーミュラ・シンクロン》 ATK/200 DEF/1500

 

 

 フォーミュラカーを象ったシンクロチューナーモンスター。墓地から光と共に復活したフォーミュラ・シンクロンはそのまま守備の態勢を取って体を丸める。

 マリシャス・デビルは二度の攻撃権を持つ。だが、たとえ攻撃してきたとしてもピンポイント・ガードの効果によりこのターンフォーミュラ・シンクロンを破壊することはどうあっても出来ない。

 しかしだからこそ、覇王はフォーミュラ・シンクロンを攻撃対象に選ぶことはないだろう。モンスターの数に変動があったことによる攻撃の巻き戻しがあろうと、再びネオスを選ぶはずだ。

 そしてその予想は正しかった。

 

「それがどうした! マリシャス・デビルよ! 構わずネオスを攻撃しろ! 《エッジ・ストリーム》!」

 

 しかしこれもまた、通すわけにはいかない。

 

「墓地の《シールド・ウォリアー》を除外して効果発動! 俺のモンスターをこの戦闘による破壊から守る!」

 

 くず鉄のかかしに次いで、再びネオスの前に彼を守る存在が現れる。

 堅牢な盾を構えたその戦士にマリシャス・デビルの攻撃が直撃。それによってシールド・ウォリアーの姿は消えてしまうが、代わりにネオスは依然無事な姿でそこにある。

 仲間が協力して仲間を守る。その絆の前に、マリシャス・デビルは一度もその攻撃を成功させることなく十代のフィールドへと戻っていった。

 その十代の顔は、どことなく渋面になっているようだった。

 

「……カードを1枚伏せて、ターンエンド」

 

 どうにかマリシャス・デビルの攻撃をしのぎ切り、生き残った。

 そしてフィールド上にネオスを残すことに成功し、そのうえレベル2のチューナーモンスターを出すことにも成功している。

 そして今、俺の手札にキーカードは揃いつつある。だが、あと一枚。あと一枚が足りない。

 このターンにそのカードを引かなければ、次のターンではヘル・ゲイナーが戻り、そして恐らくは十代も攻勢に出てくることだろう。

 俺はデッキトップのカードに指を乗せた。その指に、知らず力がこもる。

 だがそれは、決して恐怖から力が入ったのではない。そして、勝利しなければという気負いがあるわけでもなかった。

 何故ならそんな必要はない。デッキとの絆、仲間との誓い。その積み重ねてきた想いが、俺に教えてくれている。

 きっと応えてくれると。俺の、皆の、十代を助けたいという想いに。カードたちは必ず応えてくれるのだと。

 そして俺もまたそんなカードの想いに応えるために、思わず力がこもるのだ。

 

「――俺のッ……タァアアアンッ!!」

 

 デッキからカードを引く。

 そして引いたカードを挟んだ指を少しずつ傾けていき、その表面が視界に映りこんだ時。

 俺の口元には自然と笑みが浮かんでいた。

 そしてそのカードを手札に加えると、俺はデュエルディスクの墓地ゾーンに視線を落とした。

 

「墓地の《アマリリース》の効果発動! 1ターンに1度、墓地のこのカードを除外することで、モンスターの召喚に必要なリリースを1体減らすことができる!」

 

 このデュエルの途中、調律の効果により墓地に送られていたこのカード。レベル1の植物族モンスター、アマリリース。その低いレベルもさることながら、その効果は俺のデッキにとって大きな助けとなる。

 手札から一枚を選び取る。それは、レベル6の上級モンスターである。

 

「出番だぜ、相棒! 《ブラック・マジシャン・ガール》!」

「うん!」

 

 隣に浮かんでいたマナが一瞬姿を消し、そして次の瞬間には俺のフィールド上にてフォーミュラ・シンクロンの隣に並んでいた。

 

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000 DEF/1700

 

 

 その攻撃力は2000と決して高くはなく、この状況ではマナ個人として活躍させてやることは出来ない。だが、レベル6であるということは思いのほか応用が利くものなのだ。

 最上級ではなく、上級である。その利点が如実に表れるシステムこそが、シンクロ召喚だ。

 そしてマナもそのことを理解しているのだろう。俺が視線を向ければ、ただマナは頷いて応える。

 俺もそれに首肯を返すと、マナはふっと笑った。そして、こう口にする。

 

『いこう、遠也!』

「ああ! ――レベル6ブラック・マジシャン・ガールに、レベル2フォーミュラ・シンクロンをチューニング!」

 

 フォーミュラ・シンクロンが飛び上がって光の輪と化し、その中心を同じく空へとその身を飛ばしたマナが潜り抜けていく。

 二つの輪に六つの星。それらが重なり合う幻想的な光景の下、俺の手には一枚のカードが握られていた。

 

「集いし願いが、新たに輝く星となる! 光差す道となれ!」

 

 目を灼くほどの閃光。その中から白銀の翼をはためかせて、星屑の名を与えられたドラゴンが光を纏ったまま上空へと駆け上がっていく。

 

「シンクロ召喚! 飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》ッ!」

 

 天空にて身を翻したスターダストは翼を体ごと一気に広げ、それによって散らされた光が星の雨のように地上へと舞い降りる。

 甲高い咆哮が轟き、スターダストは星雨の中を滑りながら俺のフィールド上へと戻ってくる。ネオスの隣に並び立ち、スターダストはもう一度高く嘶いた。

 

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

 E・HERO ネオスと、スターダスト・ドラゴン。俺のフィールドに揃った二体のモンスターに目を向けて、しかし十代の表情に変化はない。

 

「今更スターダストを出したところで、何になる」

 

 それがどうしたと十代は言う。

 確かに、二体の攻撃力はともに2500。マリシャス・デビルには届かない。とてもではないが、十代にダメージを与えることなど出来ないだろう。

 だが、それはネオスとスターダストを単体として見た強さだ。人間がそうであるように、モンスターだってそのカード一枚でその真価を判断することは出来ない。

 どんなカードにも、必要とされる力がある。そして必要とする限り、カードは俺たちの声に応えてくれる。

 

「十代……見せてやる」

 

 それは、俺だけじゃない。十代もまた知っていて、何より実践してきたことだ。

 誰もがそのことを信じて、自分だけのデッキを組みあげるのだから。

 

「これが……!」

 

 二年前のことを思い出す。

 一年生の時、まだ十代と出会って間もない頃。レッド寮の十代の部屋で、俺は十代に二枚のHEROを渡し、そして十代からは一枚のカードをもらった。

 その時に交わした言葉を。

 

「これが、俺たちの絆だ!」

 

 

 

 ――なぁ、遠也。やっぱりそのカードだけじゃ釣り合わないって。だって、誰だって持ってるカードだぜ、それ。やっぱり他のカードを……。

 ――いや、俺はこれがいい。だってこれは、お前を象徴するカードだからな。

 

 

 あのとき十代は俺の言葉に、なんだよそれと首を傾げていた。けれど、これは紛れもなく十代を象徴するカードだと俺は思う。

 たとえ誰もが持っているカードでも。たとえ金銭的な価値がないカードでも。このカードの力を誰よりも引き出した男は、きっと十代だ。

 だからこそ、俺はこのカードを選んだ。遊城十代を語るうえで決して欠かすことが出来ないこのカードを、使用する本人から受け取る。そのことがなんだか嬉しいような可笑しいような、そんな気分になって笑っていたあの日のことを、思い出す。

 

「手札から魔法カード発動!」

 

 そして、あの時十代から受け取ったこのカードこそが、十代を取り戻すための――このデュエルの、真の切り札となる!

 

「――《融合》! 手札またはフィールド上から融合モンスターカードによって決められた融合素材モンスターを墓地へ送り、その融合モンスター1体をエクストラデッキから特殊召喚する!」

 

 俺がかざしたカードとそのカード名。それを確認したことにより、ざわりと背後の空気が揺れた。

 

「融合だと!? 遠也が!?」

「シンクロ召喚以外の、遠也の切り札が《融合》……!」

 

 オブライエンとジムの声が聞こえた直後、俺のフィールド上空に現れる渦巻き状の空間。二体のモンスターの力を一つに合わせる特殊な空間へと誘うその光景を前に、十代が一歩後ずさった。

 視線の先には、目を大きく見開いて俺のフィールドを見つめる十代の姿。

 これまでにないほど大きな動揺を見せる十代に、ジムたちは驚きを隠せないようだ。だが、俺はそんな十代の状態を静かに受け止めて、ただその姿を見ていた。

 

「……――ッ、まさか……! その、カードは……!」

 

 ようやく絞り出したとばかりに幾分掠れた声。問いかけつつも、どこか確信を感じさせるその言葉に、俺はただ頷いた。

 

「そうだ! これは一年生の時、お前と交換したカード! 俺はエアーマンとアブソルートZeroをお前に渡し、俺はお前からこのカードをもらった!」

 

 元々俺は《ミラクルシンクロフュージョン》を持ってはいても、単なる《融合》は持っていなかった。互いに持っていないカードだったのだから、互いに無いものを補い合うトレードの本質に則れば等価といえる。

 《融合》。恐らくは遊戯王史上最もこのカードを使いこなした男、遊城十代。しかしこのカード自体は一般に溢れ、子供でさえも持っている一山幾らのカードでしかない。

 だがそれでも、俺にとってこのカードは特別だった。十代という男と切っても切り離せない関係にあるこのカードが、特別でないわけがない。

 そう考えて十代からもらうカードにこのカードを指定した二年前。大切に持っていたこのカードを今、こうして使うことになるとは思ってもみなかったが……。

 だが、使うならば今を除いて他にない。俺と十代の思い出、互いのカードを渡し合った日の友情。そうして積み上げてきた想いが全て詰まったこのカードの、今がその力を発揮する時だ。

 

「俺はフィールド上の戦士族モンスター《E・HERO ネオス》と! ドラゴン族のシンクロモンスター《スターダスト・ドラゴン》を融合!」

 

 二体が共に頷き合って飛び上がり、頭上に展開された渦の中へと飛び込んでいく。

 融合素材の指定は、ドラゴン族のシンクロモンスターと、戦士族モンスター。この素材で特殊召喚されるモンスターは一体のみ。

 二体を呑みこんだ渦がぼうっと光る。直後、渦の中心から光が溢れた。

 

「――集いし二つの魂よ! 今ここに友を救う力となって現れろ!」

 

 光の中心で徐々に重なり合って生まれる一体のモンスター。二体が一つになったその姿が、いよいよ明らかになるその時。

 そのモンスターは手に持つ巨大な槍を一振りし、満ちる光を切り裂いた。

 

「融合召喚! 絆の勇者――《波動竜騎士 ドラゴエクィテス》!」

 

 手に持った巨大な突撃槍を提げ、人型ではあるが竜の面影を残した竜人とでも呼ぶべき姿のモンスター。その身は青く清廉な鎧に包まれ、金で縁取られたそれが光を反射して輝きを放つ。

 銀の兜から生える暖色の角と、背で広がる翼。そして自在に動く尻尾が竜として強く表れている要素だろう。

 ドラゴエクィテスはその尻尾で地面を叩くと、一層高く飛び上がる。そして地面に向かって下げていた腕を上げて突撃槍を肩に担ぐと、首を小さく回して十代と視線を合わせた。

 

 

《波動竜騎士 ドラゴエクィテス》 ATK/3200 DEF/2000

 

 

「これこそが、俺とお前の友情の証! 俺たちの絆が紡ぎだした答えだ! ――十代!」

 

 その俺の言葉に合わせて、ドラゴエクィテスが肩に担いだ槍でトントンと軽く肩を叩く。そうして佇むドラゴエクィテスに、十代はらしくもなく怯んだようだった。

 だが、それも無理からぬことだろう。このモンスターは、ネオスとスターダスト。十代のエースと、俺のエース。この二体を素材に《融合》した存在だ。

 今の十代はジムが言うように俺が現れたからか、あるいは他の要因によって幾らか情緒が安定していない節がある。最初は垣間見える程度だった感情も、今ではかなり表出していた。

 ジムとオブライエン、マナ。三人によるデュエル。そして俺とのデュエルや、ネオスやあの融合を用いてドラゴエクィテスを召喚したこと。

 それらが積み重なり、ついに覇王が作り出した十代の心へと繋がる壁が崩れようとしているのだ。

 それを確信して拳に力を込めた俺の前で、十代は声を荒げて先程までの自身にはなかった変調を振り払うように腕を横に振った。

 

「だが……それがどうした! ドラゴエクィテスの攻撃力は3200! マリシャス・デビルには届かない!」

「いいや、届かせる! 十代、お前と俺の力を合わせたカードの力で!」

 

 俺は手札のカードに指をかけ、そのカードをすかさず発動させた。

 

「装備魔法《シンクロ・ヒーロー》を発動し、ドラゴエクィテスに装備! 装備モンスターのレベルを1つ上げ、攻撃力を500ポイントアップする!」

 

 

《波動竜騎士 ドラゴエクィテス》 Level/10→11 ATK/3200→3700

 

 

 槍を担いで佇んだ状態のまま、ドラゴエクィテスを光が包んでその攻撃力を上昇させていく。

 シンクロとHERO。二つの要素を合わせたようなこのカードの効果により、ドラゴエクィテスの攻撃力は3700となり、ついにマリシャス・デビルを上回った。

 

「く……!」

 

 十代が呻く。これでマリシャス・デビルが倒されることはほぼ確定したからだろう。

 だが、まだだ。これではマリシャス・デビルを倒すことが出来ても十代を……覇王を倒すことは出来ない。

 だからこそ、ここだ。ここでドラゴエクィテスの力を……いや、墓地に眠る仲間の力を貸してもらう!

 

「波動竜騎士 ドラゴエクィテスの効果発動! 1ターンに1度、墓地のドラゴン族シンクロモンスターを除外することで、そのモンスターの同名カードとして扱い、同じ効果を得る!」

「なに……!?」

「俺は墓地の《シューティング・スター・ドラゴン》を除外する! そしてシューティング・スター・ドラゴンの効果! デッキの上から5枚のカードを確認し、その中に存在するチューナーの数だけ攻撃することができる!」

 

 効果の発動を宣言し、俺はデッキトップから五枚のカードを抜き取る。

 そのカードは、《エフェクト・ヴェーラー》《戦士の生還》《ライトロード・ハンター ライコウ》《ドッペル・ウォリアー》《ターボ・シンクロン》の計五枚。

 

「この中にチューナーモンスターは、エフェクト・ヴェーラーとターボ・シンクロンの2枚! よってドラゴエクィテスはこのターン、2回の攻撃を行うことが出来る!」

 

 ドラゴエクィテスが担いでいた槍を降ろし、その穂先を十代へ突きつけ、その位置で固定する。

 そして背中の翼が限界まで広がり、その姿勢は徐々に前傾へと移ろいでいった。

 

「ネオスの心、スターダストの力、そして――皆の想いを込めた一撃だ!」

 

 ジムとオブライエンに振り向き、次いで精霊状態となって俺の側に戻ってきたマナに目を向け、そして墓地へと送られていったモンスターたちと、十代の闇に染められたE・HEROやネオスペーシアンたちを思い浮かべる。

 そして、この異世界で失われてしまった仲間たち。彼ら全員の想いを乗せて、今この一撃が十代へと届く。

 全てを貫く槍は、必ず十代の心の前に立ち塞がる壁をも粉砕する。

 決意を込めて、俺はその手をフィールドに向けて突き出した。

 

「バトルッ! 波動竜騎士 ドラゴエクィテスでマリシャス・デビルを攻撃! 《スパイラル・ジャベリン》!」

 

 自身の身長ほどもある巨大な槍を片手で軽々と回転させ、ドラゴエクィテスは振りかぶってその槍を一思いに投擲した。

 その速度は尋常ではなく、まるでレーザー光線のように突き進む。回避する暇など与えることもなく、マリシャス・デビルは槍に貫かれてその身を散らせることとなった。

 

「ぐ、ぅうッ……!」

 

 

覇王 LP:1000→800

 

 

 破壊による爆風の余波が十代を襲う。しかしそんな中にありながらも、十代はその手をフィールドに向け、それによって伏せられていたカードが発動された。

 

「ッだがこの瞬間、罠発動ッ! 《ダメージ・インタレスト》! 受けた戦闘ダメージの倍のダメージをお前に与える!」

 

 ダメージ・インタレストのカードから赤い雷が空間を奔り向かってくる。

 十代に与えたダメージは200ポイント。その倍ということは、400ポイントのダメージ。

 通常であれば大したことのないダメージだが、俺の残りライフは僅かに100。400ポイントであろうと十分に致命的だ。

 

『――遠也っ!』

 

 不安げに俺の名を呼ぶマナに、俺は小さく笑んで応える。

 そして、ドラゴエクィテスに向けて俺は手をかざした。

 

「俺たちの絆は、決して揺らぐことはない! ドラゴエクィテス第二の効果!」

 

 俺自身へと向かって来た赤い雷は、唐突に進路を変える。そしてその矛先は俺ではなく、ドラゴエクィテスへと向かっていた。

 

「相手による俺自身への効果ダメージが発生した時に発動! そのダメージを俺は受けず、代わりに十代――お前がそのダメージを受ける!」

「な、なんだと……ッ」

 

 十代の手札はなく、モンスターもいない。そして伏せカードは今発動させたダメージ・インタレストの一枚のみ。

 今の罠は真実起死回生の一手だったのだろう。

 だがそれも、ドラゴエクィテスによって生み出された波動の壁によって阻まれ、俺に届くことはなかった。

 

「――《ウェーブ・フォース》!」

 

 ドラゴエクィテスの眼前にて差し止められていた雷が、反転して十代へと向かう。

 

「ぐ、ぁああッ……!」

 

 

覇王 LP:800→400

 

 

 赤い雷は十代へと直撃し、そのライフを更に削り取った。

 連続しての衝撃に覇王十代も耐えきることは出来なかったのか、鎧の金属が擦れる音を響かせつつ、十代は膝をついた。

 

「……こんなことが……」

 

 信じられないとばかりに呟かれた言葉。それに俺は答える術を持たず、ただ最後の指示を下すべくその手を高く掲げるのみだった。

 

「ドラゴエクィテス!」

 

 呼びかけに応え、再び槍を構えるドラゴエクィテス。

 その姿を膝をついた状態で見上げながら、十代の口からは懺悔のような言葉が零れていく。

 

「……俺は……皆を守る……強さを……」

 

 ひょっとしたら、方法が間違っていただけで、覇王の皆を守りたいという想いは本物だったのかもしれない。

 圧倒的な力で他を押し付ければ、敵がいなくなることで皆を守ることが出来る。それこそが覇王の方法論であり、それだけが本当に行動理由だったのだとしたら。

 十代が願った皆を守る強さ。それを、覇王は叶えようとしていただけなのかもしれない。

 だが、それでも。その行為によって傷つき、泣いた人が大勢いる。ならば、俺はそれを止める他ない。

 一度目を伏せる。そして、迷いを振り切り、瞼を開けた。

 

「――今は倒れろ……覇王!」

 

 だから、せめて全力で、お前の強さに敬意を表する。

 そう決断すると、俺は高く掲げた手を一気に振り下ろした。

 

「波動竜騎士 ドラゴエクィテスで、プレイヤーへダイレクトアタック! ――《スパイラル・ジャベリン》ッ!!」

「……――ッ!!」

 

 高速で解き放たれた突撃槍が十代自身へと向かい、その絶大な威力による衝撃が十代の体を吹き飛ばした。

 

 

覇王 LP:400→0

 

 

 ライフがゼロを刻み、そして地面に叩きつけられたことで兜が外れ、大きな音を立てて地面を転がる。

 砂煙が巻き起こり、十代の体を覆い隠していく。デュエルが終了したことで消えていくドラゴエクィテスの向こうで倒れ伏す十代に向かって俺は駆け出し、マナもまた実体化してそれに続いた。

 

「十代!」

「十代くん!」

 

 二人で大きく呼びかけるも、反応はない。

 砂煙を払いつつ駆けよれば、そこにはうつ伏せに倒れる十代の姿があった。黒い鎧は土に汚れ、兜は離れたところにぽつんと残されている。

 俺は十代の体を仰向けに変えると、抱き起こした。兜がなくなり顔の全体が露わになったせいか、なんだか久しぶりに感じる十代の顔。「十代」ともう一度呼びかけるが、十代はやはり目を覚まさなかった。

 しかし体が消滅することもなく呼吸をしていることから考えて、どうやらデュエルで負けたものの生きているようだった。俺は隣で同じく気を揉んでいたマナと顔を見合わせ、お互い同時にほっと一息つく。

 もしかしたらエンシェント・フェアリーやセイヴァー・スターといったドラゴンたちの力を貸してもらうことになるかもしれないと思っていたが、見た限り大きな影響はないようで一安心だった。

 もしかしたら、直前までデュエルをしていたジムが持つオリハルコンの眼の力か。あるいは覇王にも自我があったとするなら、十代の中には二つの心があったことになる。そしてデュエルで消滅したのが十代のほうではなく、覇王のほうだったというだけなのか。

 真実はわからないが、とりあえず。

 今はただ、友がこうして生きていてくれることを喜ぼう。そう思った。

 

「遠也、十代は!?」

「無事なのか!?」

 

 そして俺と同じく走り寄ってきたジムとオブライエン。心配の念が強く見える二人に、俺は腕の中で眠る十代の顔が見えるように体をずらした。

 

「よく寝てるよ。まぁ、色々あっただろうからな……」

 

 俺の言葉に二人は十代に顔を寄せ、その胸が上下していることを確認すると、あからさまに安堵して大きく息を吐き出した。

 

「……ったく、言葉が見つからないぜ」

「ああ。だが……良かった」

 

 二人はそう言って小さく笑うと、座り込む。

 俺もまた同じく小さく笑い、そんな二人を見ていると、不意にマナが俺の肩を叩いた。

 

「遠也」

「ああ、わかってる」

 

 俺はマナが何を言いたいのかを即座に察すると、十代が纏っていた鎧を手早く剥ぎ取っていく。その下から出てくる見慣れたオシリスレッドの制服に身を包んだ十代。その体を背中に背負い、俺は立ち上がった。

 

「じゃあ、行こうか二人とも」

 

 しかし俺の言葉に、ジムとオブライエンは一瞬呆けるだけだった。

 だがさすがというべきか、オブライエンはすぐに俺の言葉の意味に気付き、ハッとして立ち上がった。

 

「そうだな。ここは敵地だ。ボスである覇王が倒れたとはいえ、安穏とできる場所ではない」

「……I see。そういうことなら、すぐに出発しよう」

 

 俺たちの意図を知ったジムもまた立ち上がり、オブライエンと共にデュエルをする際に放っておいた手荷物を取りに行く。

 一方、俺は少し遠くに転がっていっていた兜を回収していた。

 

「……何をやってるんだ、遠也?」

 

 荷物を手に戻ってきたジムが、俺が兜を拾っているのを見て疑問を口にする。

 俺はそれに、兜を軽くコンコンと叩きながら答えた。

 

「いや、これからすぐにここを離れるわけだけどさ」

 

 言いつつ、兜を顔の前に掲げた。

 

「……“覇王討たれる”ってのだけは、知らせとかないとな」

 

 土に塗れた、覇王しか纏う者がいなかった鎧の一部。覇王による恐怖の支配の終わりを告げるには十分な説得力を持ったそれを手に、俺たちはこの場を離れるべく動き出した。

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 そして、翌日。

 明けなかった夜が終わり、白んでいく空の下。この世界の各地から喜びの声が上がった。

 “覇王軍崩壊”の報が流れだした、直後のことである――。

 

 

 

 

 




覇王編終了です。
「覇王」から「覇王Ⅴ」までだけで10万文字超えてて変な声出ました。
それだけ覇王が強く、大きな存在だったという事ですね。

交換したカードとかいうめちゃくちゃ前の伏線もようやく回収し、エクィテスも活躍させられたので満足です。


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第81話 罪苦

 

 ――時間は遡り。

 遠也がいまだ行方知れずになって幾許かといった頃、デュエルアカデミアを去ったパラドックスは己の根城としているラボにて、静かに目を閉じて自身のD・ホイールの前に佇んでいた。

 

 

 そこは、ゾーンと離れて独自に研究を行うために彼が秘密裏に用意した場所だった。デュエルモンスターズと歴史との関連や、「Sin」の研究を行っていた場所である。

 彼本来の居場所は同志たちと共に最期を過ごした場所であるアーク・クレイドルだが、今の彼にそこへと戻ることはできなかった。

 何故ならば、彼は遠也を歴史から抹消するという役割を放棄してしまったからである。どこからどう見ても自分は裏切り者だ。そんな自分があそこに帰る資格はないとパラドックスは考えていた。

 そこまで考えて、いや、とパラドックスは小さく否定をした。アンチノミーならばこんな自分にも理解を示すかもしれない。最期まで未来に希望を見出そうとしていた、奴ならば。そう思ったからだ。

 しかし、それを自身の未練と甘えであると判断したパラドックスは眉を寄せてその思考を振り払った。

 そして再び先ほどまで続けていた思考を始める。それは彼にとっての転機となった存在――皆本遠也のことだった。

 

 D・ホイールも用いず、ただ想いの力だけで"揺るがなき境地(クリアマインド)"に達し、アクセルシンクロに到達した男。自身でそれを為した男は、歴史上に不動遊星とアンチノミー以外に存在しない。

 そしてアンチノミーには不動遊星という先駆者が存在していたが、遠也にはそれがいない。まして、ライディングデュエルすら存在しない中そこに辿り着いたことは驚嘆に値するといえた。

 実際には遠也には未来の知識があり、そしてレインからクリアマインドのことなどを聞いていたのだが、それをパラドックスは知らない。ゆえに、彼はそのように考えるのだった。

 そして、とパラドックスは更に考えを深める。未来においても存在していなかった力――エクシーズ召喚。それはパラドックスにとってまったくの未知の現象だった。

 未来を知る彼が知らないということはつまり、既に未来が変わり始めているということ。それをパラドックスは悟らざるを得なかった。

 しかし、それを認めることはパラドックスにとって恐怖であった。未来を知るがゆえに全ての犠牲を仕方がないと容認してきた。そして、未来へと続く定めたレールの上を進んでいけばよかった。

 しかし、未来が不確定となった今、それは通じない。それはパラドックスにとってこれまでを否定されるに等しいことだったからである。

 だが、やがてパラドックスは知る。それは当たり前のことなのだと。未来を知ることなど誰にもできない。だからこそ、人間はよりよい未来となることを願って今を生きているのだと。

 遠也という存在に出会ったことで、パラドックスはそんな当たり前のことを思い出した。そして、「もしかしたら」という誰もが心の中に秘めている希望をも抱くようになったのである。

 確定した未来ではない。しかし、もしかしたら。もしかしたら、未来は良くなるのかもしれないと。

 

「……チッ」

 

 そこまで考えて、舌打ちを一つ。

 それは、自分が今までの自分とは正反対のことを考えているからであり、そんな風に自分を変えられてしまったことが何だか癪だったからである。

 だが、悪くはない。その感覚はとうに人間性を犠牲にした自分らしくもない人間らしい感情であると理解しつつ、実際に感じるそれは悪くない感覚だった。

 パラドックスはゆっくりと閉じていた瞼を持ち上げ、純白の輝きを放つ愛機を眺めた。

 遠也と、そして異世界に飛ばされた中で交流した少年たちの姿を思い起こす。この世界を、歴史を、無きものにしようとしていた己のことを知らず、疑うことなく自分を仲間だと考えていた彼ら。

 それは無知からくるだけのものだっただろう。本当のことを知れば、彼らは己を受け入れることなどなかったかもしれない。

 しかしそれでも。小さな希望の火を胸に灯した今のパラドックスは、そんな彼らの信用を無碍に振り払うことなど出来そうもなかった。

 

「忌々しい男だ……!」

 

 それら全ての根源は遠也である。ゆえに、パラドックスは本当に苦々しい顔でそう吐き捨てると、D・ホイールに跨った。

 そしてエンジンを起動させれば、モーメントの放つ七色の光が室内を照らす。そしてゆっくりと開かれていく扉の向こうに広がる外界に目を向けながら、パラドックスは地に着けていた足を離した。

 異世界にその姿を消した遠也を見つけるために、このD・ホイールの機能では足りない。あくまでこれは同一世界上の時間軸を移動するためのものでしかないからだ。

 ならば、新たな機能を組み込まねばならない。そのためには――。

 

「……ゾーン、アンチノミー。私やアポリアとは違い、君たちは心のどこかで希望を抱いていたな。――今ならば、私にもその気持ちがわかるような気がする」

 

 だから許せとは言わない。しかしどうか、今だけは私の思うままにさせて欲しい。

 モーメントが回転し、必要なエネルギーを作り出す。そしてそれがホイールの全てに行き渡った時。轟音を響かせて、彼の姿は外へと飛び出していき、やがて光に包まれてその姿は消えていった。

 

 

 

 

 

 ――数時間後、I2社が所有するある病院。

 そこに今日たまたま視察に訪れていたペガサスの耳に、驚くべき情報が飛び込んできた。

 

「なんデスって!? レインガールの病室に侵入者!?」

「は、はい。どのような手を使ったのか、気付けばその男は病室の中に……」

 

 病院のセキュリティから話を聞いたペガサスは、その表情を苦渋のものに変えると「こうしてはいられまセーン!」と一言残して一目散に駆け出した。

 併せて病院内を案内していた担当者、そしてペガサスのボディガードたちも走り出す。

 

「か、会長! どこへ行くのですか!?」

「決まっていマース! レインガールの病室デース!」

 

 そうして受け答えをする時間すらもどかしいとばかりに、ペガサスはひたすら足を動かして廊下を進む。病院内を走るなど本来もっての他であるが、幸い彼らが今いる場所はI2社でも一部の人間しか入ることのできない研究区画だ。

 患者と呼ばれる存在は件のレイン以外におらず、病人もいない。そのため、非常時ということもあり彼らは一気に廊下を駆け抜ける。

 そうして辿り着いたレイン恵の病室。そこでペガサスの目に飛び込んできたのは、意識のないレインを抱えた長身の男が出てくる姿だった。

 

「待つのデース! 彼女を一体どうするつもりなのデスか!?」

 

 どうにかかどわかされる寸前で間に合ったようだとペガサスは安堵し、そして瞬時に気を引き締めると侵入者の前に立ち塞がった。

 ボディガードたちもペガサスを守るようにその前に立ち、そんな彼らを、男は長い金髪を揺らしながら睥睨する。

 

「ペガサス・J・クロフォード……デュエルモンスターズの生みの親である貴様にここで会うとは、これもまた奇縁か」

「なんのことデース!」

「貴様がそれを知る必要はない。そしてこの女を私がどうしようと、貴様には関係がないことだ」

 

 男は何も問いに対する返答はせず、ただ突き放すように口にして眼光鋭く睨みつける。

 一様に気圧される面々。それほどまでに男には形容しがたい威圧があった。しかし、ペガサスとてそれで引き下がるわけにはいかなかった。プレッシャーに晒されながらも一歩踏み出して男に近づき、声を張る。

 

「私は、遠也からその少女のことを頼まれたのデース! 私は遠也の……家族からの信頼を、裏切るわけにはいかないのデース!」

 

 真っ向から男と向かい合ってそう強く言い切る。髪に隠されていない片目には、力強い意志が宿っていた。

 

「会長……」

 

 周囲の人間は、尊敬の込められた視線でそんなペガサスを見ていた。自分たちのトップがこの人で良かった。そう心から思える幸せを、彼らは噛み締めていた。

 カリスマ性とも呼べるそれが、怯んでいた彼らの心に勇気をもたらす。そして改めてペガサスの前で男と対峙した彼らの目には、先ほどとは比べ物にならないほど強い光が見て取れた。

 それを見て、男は心のうちで「ほう」と声を漏らす。それには紛れもない感嘆の響きがあったが、しかしそれを表に出すことはせず、男は静かに片手をズボンのポケットに入れると、そこに入っていた機械のボタンを押した。

 直後、男とペガサスらの間に巨大な物体が出現する。白を基調とし、竜の頭を思わせる意匠が施されたカウルが特徴的な大型のバイク。

 唐突に現れたそれに、一同は困惑する。そして男はその隙を突いて、レインを抱えたままそのバイクに飛び乗った。

 自失から立ち直り、彼らがパラドックスに視線を戻した時には、既にパラドックスは車上でグリップを握りこんでいた。

 

「……私の名は、パラドックス」

 

 モーメントの回転が始まる。そして響く駆動音の空隙から、男の――パラドックスの声がペガサスの耳に届いた。

 

「私のことは、遠也にでも聞け」

「待っ――!」

 

 思わず制止の声を上げるペガサスだったが、しかしそれよりも早くパラドックスを乗せてその巨大バイクは発進し、その進路上にいる彼らはペガサスを庇いながら脇へと飛び退いた。

 パラドックスは彼らがペガサスの身を守るために道を開けるとわかっていたのだろう。一度だけ振り返ってその様子を一瞥すると、パラドックスを乗せたそれは廊下をいくらか進んだところで光に包まれて消え去ってしまった。

 後には、それを呆然と見送るしかなかったペガサスたちが残される。

 今のは一体誰だったのか、そしてレインをどうしようというのか。それら様々な思考が入り乱れる中、ペガサスはただ一つパラドックスが最後に残した言葉を反芻していた。

 

「遠也……」

 

 パラドックスは確かにその名前を口にした。それも、敵意など感じさせない穏やかな口調でだ。

 ならば、遠也とあの男は面識があるのだろう。そして、ある程度の交流があると想像できる。ならば、確証こそないもののレインにすぐ危害が加えられるということもない、はずだ。

 もちろん、確証がない以上全力であの男の行方は捜させてもらう。部下たちに指示を出しながら、ペガサスは去っていった男の名前を呟いた。

 

「パラドックス……一体何者なのデース」

 

 

 

 

 

 

 

 

 覇王十代とのデュエルを制し、十代を取り戻した俺たちは、そのまますぐに覇王城を飛び立った。

 十代を含め五人もの人間がいるため、これら大人数を一気に乗せることのできるシューティング・スター・ドラゴンに再びご登場いただき、その背に乗って空から脱出したのである。

 そして覇王城を離れる時。あらかじめ拾っておいた覇王の兜を、俺は覇王軍がひしめく地上へと放り投げた。

 幹部と思われるモンスターが指示を出し、彼らは行軍の準備を整えていたようだったが、突然空から降ってきた物体とそれが地面にぶつかって発生した金属音に一時その指示が止み、音の先へと視線が集まる。

 そこには、土に汚れ、無造作に転がる覇王が身に着けていた兜。それが覇王の物である事を知らない者はこの場にいない。それが何故ここに放り捨てられているのか。

 ざわめくモンスターたち。しかしその中で指示を出していた一部のモンスターは即座に空へと視線を移した。そして上空に浮遊するドラゴンを見て、一様にその表情に動揺を浮かべる。

 そして彼らが何かを口にする前に、俺は先んじて声を張り上げた。

 

「――覇王は倒れた! もうお前たちの主はいない! すぐにどこへなりとでも消えろ! さもないと……!」

 

 言いつつシューティング・スターの背を軽く叩くと、心得たとばかりにシューティング・スターはその口からエネルギー弾を放ち、地面を抉る。

 そうして生まれた爆音と衝撃に、ただ長いものに巻かれてこの場にいるモンスターたちが怯まないはずがなかった。

 一瞬の静寂の後、上がる悲鳴と絶叫。それはすぐにこの騒動を理解していない者へも伝播していき、覇王軍は騒然となり浮き足立つ。

 そして怯えた彼らのとるべき行動は、逃亡しかない。何故ならすぐに逃げれば何もしないと既に示唆してあるからだ。

 逃げ出す彼らを幹部のモンスターたちは止めようとするが、しかし彼ら数人で百を優に超える人数を止めることはできなかった。まして彼らは今恐慌状態にあるのだ。正常な判断ができない者たちを制御するには、覇王というカリスマがなくなった今難しかった。

 そうして散り散りにこの場を離れていく覇王軍のモンスターたち。そして、それをもたらした俺たちを憎々しげに見上げる覇王軍の幹部モンスター。しかし俺たちはそれを確認すると、すぐにシューティング・スターでこの場を離れた。

 これでもう覇王軍にこの世界の人が怯えることはないだろう。逃げる覇王軍のモンスターたちを見てそう確信したからである。

 今は早く十代やマナたちを休ませたい。俺はシューティング・スターの背中を軽く撫で、一声鳴いたシューティング・スターは白み始めた空の彼方へと進路をとるのだった。

 

 

 

 

 どこまでも続く固く冷たい岩盤が続く荒野の中、わずかとはいえ緑が生えた小高い丘に俺たちは辿り着く。

 ここならば休むには適しているだろうと考え、いま俺たちはそこで休息を取っていた。

 十代はまだ目を覚ましていない。そんな十代をマナ、ジム、オブライエンは心配そうに見つめていた。無論、俺も心配で仕方がなかった。

 覇王となっていたことが、十代の心に大きな負担となっていたのだろう。その寝顔は苦しげであり、俺たちはそれを歯がゆくも見ているだけだった。

 

『遠也。私はそろそろ元の場所に戻ります。皆を放っておくわけにもいきません』

「あ、ああ。エンシェント・フェアリー、色々助かったよ」

 

 そんな時、俺の背後に現れた青いドラゴンがそう告げると、俺はそういえばエンシェント・フェアリーには戻るべき場所があることを思い出した。

 そのため、そう言ったエンシェント・フェアリーに俺はすぐに頷いて、同時に力を貸してくれたことへの感謝を述べる。

 それに、エンシェント・フェアリーは小さく笑みをこぼした。

 

『いえ、私も精霊と心を通わせるあなたと共に戦えたのは嬉しかった。私自身はあの世界に括られたままですが、カードは残しておきます。必要とあらば、いつでも力を貸しましょう』

「ああ。大切に使わせてもらう」

 

 俺は腰のデッキケースから《エンシェント・フェアリー・ドラゴン》のカードを手に持ち、エンシェント・フェアリーに向ける。

 それを見て満足そうに頷いたエンシェント・フェアリーは、徐々にその姿を薄れさせていく。

 その最中、十代の体が突然淡く輝いた。

 

『無理に心に干渉したからでしょう。高熱が出ていましたが……これで少なくとも体は楽になるはずです』

 

 はっとして十代を見れば、うなされるように歪められていた表情がだいぶ柔らかくなっていた。

 

「ありがとう、エンシェント・フェアリー」

 

 純粋に礼を言えば、エンシェント・フェアリーは頷いて小さく鳴いた。

 そしてその身を包み始める白い光。彼女が本来いるべき場所へと戻るのだろう。そう思って静かに見守っていると、不意にエンシェント・フェアリーが首を振ってマナのほうへと顔を向けた。

 マナが不思議そうに首を傾げる。

 

『精霊であるなら、あなたも私の娘同然。困ったことがあれば、遠也を通じて頼ってきなさい』

「え?」

『私は精霊界の王……。あなたたちの幸福を、祈っています――』

 

 そう言い残して、穏やかな笑みと共にエンシェント・フェアリーの姿は消えた。

 微かに中空を舞う光の粒がエンシェント・フェアリーの存在が幻ではなかったことを示している。そして、俺の手の中にあるこのカードも。

 エンシェント・フェアリー・ドラゴン。封印された身でありながらも力を貸してくれたことに感謝の念を禁じ得ない。俺は改めて心の中でありがとうと呟き、太陽の光を取り戻した朝の空を見上げるのだった。

 と、一人気分に浸る俺だったが。

 

「ねぇ、遠也。精霊界の王ってなんのこと?」

「そういえば、遠也がどうやってこの世界に来たのか聞いていなかったな」

「ユベルによって飛ばされた後のこともな」

 

 マナ、ジム、オブライエンに矢継ぎ早に問いかけられ、俺は見上げていた視線を目の高さまで戻した。

 そこにはこちらをじっと見つめてくる五つの瞳。ちなみにジムの右目になっているオリハルコンの眼は、光を失ってこそいたがジムの目に埋め込まれたままとなっている。

 光が失われているのは、恐らくは十代を覇王から戻すべく力を解放したからだろう。尤も、どういうワケか十代の心の闇は原作より強くなっていたようで、完全に元に戻すことは出来ていなかったようだが……。

 それでも、その心に隔たっていた壁を随分と和らげてくれていたのは確かだった。だからこそ、俺とのデュエルで十代も元に戻ったのだろうし。

 役割を果たしたオリハルコンの眼だったが、元々ジムの体に埋め込まれているものだ。今更外すことも出来ず、ジムは再び包帯でその右目を隠している。そのため、三人いるにもかかわらず五つの瞳という表現になるわけだった。

 

「なんか遠也、関係ないこと考えてる?」

「そんなことはないぞ」

 

 マナからじっとりとした目を向けられて、俺は反射的にそう答える。

 そして未だ目を覚まさず、草の上に敷いた布の上で眠り続ける十代を見た。

 エンシェント・フェアリーのおかげでその表情に苦しさは感じられない。それなら十代が目を覚ますまでの時間に話をするのもいいか、と俺は口を開きかけるが……。

 

「……ぅ……」

「っ、十代!」

 

 その時、寝ていた十代が身をよじり呻き声を漏らす。

 それを聴きつけて、俺たちは一斉に寝ている十代の顔を覗き込んだ。

きつく閉じられていた瞼が緩慢に動く。徐々に持ち上がっていく瞼の裏から見慣れた茶色の瞳が姿を現し、俺たちの顔がその目に映った。

 ジムとオブライエンの表情に喜びが混じるのが見て取れた。

 

「十代、起きたのか!」

「十代!」

 

 呼びかける二人だったが、しかし目を開いた十代はまだ意識が朦朧としているのか目の焦点が合っていない。だがそれもすぐに回復し、覗き込む俺たちの顔を一人ひとり確認していく。

 そしてその目が俺の視線と合った時。数秒固まった十代は、やがて勢いよく体を起こした。

 

「十代、まだ無理を……」

「――遠也! お前、生きて……! 俺……!」

 

 上半身を起こした十代は、オブライエンの制止の声が届いていないようだった。その表情は驚愕と喜びがごちゃ混ぜになったような複雑なものになっており、震える声がその口から溢れて俺に向けて手を伸ばしている。

 目を覚まして一番に俺の名前を呼んでくれるとは……それだけ十代にとっては心のしこりとなっていたのだろう。負担をかけていたことを申し訳なく思いながら、そんな気持ちを隠して俺はその手を笑いながら掴んだ。

 

「落ち着け十代。この通り俺は生きてる。心配かけたな」

 

 十代の手を握る手に力を込めて、幽霊なんかじゃないぞ、と冗談交じりに口にする。こうまで心配をかけてしまった友人の心を軽くしてやりたい。今の俺にあるのはその一心だった。

 しかし俺がそう言った瞬間、十代はほっと一息ついたものの、すぐにさっと表情を青ざめさせて繋がった手を強引に振りほどいた。

 

「十代?」

 

 突然の行動に、俺の口から疑問が漏れる。それは俺だけではない。マナやジム、オブライエン達も十代がとった突然の行動に目を見張っていた。

 なぜなら、それはまるで俺を拒絶するかのような行動だったからだ。

 十代が俺の声にはっとして顔を上げる。しかしすぐに視線を落とすと、その両手で強く目を覆った。

 

「俺は……もう皆と友達でいられない……」

「十代、何を言って――」

「俺はッ! 沢山の人たちを……殺したんだ! 俺のせいで!」

 

 それはまるで血を吐くような声だった。

 叩きつけるような声でありながら、それをぶつけているのは俺たちではない。ただ自分自身を十代は責めていた。

 誰もが口を噤んだ。特にジム、オブライエン、マナは言うべき言葉を失くしてしまったように立ち尽くしている。この世界に長くいた三人は、覇王軍が引き起こした悲劇を俺以上に実感として知っているからだろう。

 

「俺のせいなんだ! 俺がいるから、皆も……関係ない人たちまで巻き込んで! ――俺がッ!」

 

 目を覆っていた手が強く握られて地面に叩きつけられる。どん、という鈍い音がことのほか大きく俺たちの耳に届いた。

 

「死んだんだ……皆……。遠也……死んだんだよ、皆は……」

 

 俯いたまま、十代は懺悔するように続ける。その握りこまれた拳とは裏腹に絞り出す声に力はなく、透明な雫が次々と地面に染みを作った。

 体ごと震わせて自身を責める十代に、かけられる声はない。ジムやオブライエンは何を言っていいのかわからないといった顔で十代に悲痛な目を向けていたし、マナもまた言うべき言葉が見つからないようだった。

 そして俺は三人とは違って、知らない。皆が消えていく瞬間も、この世界の現実も。俺はその時別の場所にいたから、たとえ知識として知っていても実感なんてない。

 まして、皆が現状どうなっているのかこそ知らないが、俺はこの先にある未来を限定的にとはいえ知っているのだ。この世界がフィクションではなく現実である以上、同じようになっているのかなど確認しようがないが、しかしそれでも俺は皆が死んでいない可能性を信じることが出来る。

 それがこの場にいる皆にはない。それは当然のことだし、それが正しいこの世界の人間の姿なのだろう。

 それが、俺は少しだけ悲しかった。俺だってこの世界に生きる一人の人間だが、しかし根底にある感覚はやはり異邦人なのだなと思えてしまうから。

 だが、そんな感傷は今必要なことではない。今俺に出来ることは、きっと違う。

 

「――十代」

 

 俺は異邦人かもしれない。けれど、皆と過ごした時間は本物で、この心に感じる友情だって真実だ。十代に対する親愛だって嘘じゃない。

 

「落ち着け。まだ体調は万全じゃないんだ。興奮するな」

 

 まずは十代の体が心配だ。その気持ちから出た言葉だったが、しかし十代はそれに対して信じられないとばかりに表情を歪ませた。

 

「……なんで、そんな冷静なんだよ。死んだんだぞ、皆は……!」

「十代、それは――」

「俺のせいで死んだんだ! もう皆はいない! お前は、何も感じないのかよ!?」

「言い過ぎだ、十代っ!」

 

 ジムが咄嗟に言葉を挟んで十代を制止する。

 それに、十代も自分が何を言ったのか気付いたのだろう。はっとすると「わ、悪い」とバツが悪そうに下を向いた。

 俺はしかし気にしていなかった。極限状態にある十代にとって、俺の言葉は神経を逆撫でするものだったかもしれないと今更ながらに自覚していたからだ。

 しかし、十代はのほうはそうもいかないようだった。先程も暗い顔をしていたが、今は輪をかけて酷い顔色になっている。自責の念が際限なく十代の中に積み上がっていっているようだ。

 このままでは、十代の心が死んでしまう。そのことを俺は半ば直感的に感じ取っていた。

 仲間たちを失い、覇王として生きた日々。それが十代にもたらした影響はどこまでも深く重い。いま十代は、それに押し潰されようとしているのだと痛いほどわかった。

 だが、どうすればいいのか。生半可な言葉ではきっと十代の心を軽くしてやることなど出来ない。そして俺にそんな話術はなかった。しかしこのままでは十代の心は自責によってきっと壊れてしまうだろう。

 なら、いま俺に出来ることはただ一つしかない。過去も未来も、俺が持つ知識だって関係ない。そんな何もかもを無視して今この瞬間に心の中にある気持ちを、ありのままに目の前の友達に伝えることだ。

 言葉ではなく。そしてその為の方法は、既に用意されていた。

 

「十代」

 

 呼びかけ、十代が顔を上げる。

 

「デュエルディスクを着けろ。……そういや、お前とデュエルするのも久しぶりだな」

 

 アカデミアで支給されている見慣れたデュエルディスク。十代の横に置かれていたそれを掴むと、それを十代に向かって放り投げる。

 

「な、なんだよ……」

 

 それを胸の前で十代が掴む。反射的に受け取ったそれに一度視線を落とし、顔を上げた十代の目には苛立ちのようなものが浮かんでいた。

 

「何言ってんだよ! こんな時にデュエルなんて……デュエルなんて、出来るかよ!」

「心配するな。命のやり取りをしようってわけじゃない。これは本当に、単なるデュエルだよ」

「そんなことは聞いてない! 遠也、お前一体何を……!」

「十代ッ!」

「……ッ!」

 

 大きく声を上げれば、十代は一瞬ひるんだように口を噤んだ。

 

「皆が死んだって聞いても、俺には実感がない……俺はその場にいなかったからな。けどな、死んだとしてもそうじゃないとしてもあいつらは俺にとっても大事な友達だった。仲間だった」

「っ、そうだ……それで、俺が、その皆を……殺しちまったんだ……。責めるなら、責めてくれよ……!」

 

 十代の顔に浮かぶのは、悔恨と悲しみ。そして……僅かばかりの安堵だった。

 それは、俺という存在がいるからだろう。ここにいる人間の中で、俺だけがその時のことを知らない。他の三人はその時の状況を知っているから、十代を庇うかもしれないが……。

 

 ――遠也は、俺を責めてくれる。

 

 そんなふうに自分を罰してくれる存在がいることに安堵し、それが微かに表情に表れているのだ。

 きっと十代は責められたいのだ。自分自身で作り出した己への責め苦――後悔の念が辛すぎるから。

 自分の心が生み出した苦しみは、自分が最も悪いと考える十代にとって上限がない。どこまでもどこまでも自分を責め続けるがゆえに、苦しさは際限なく増していくだろう。

 それが辛すぎるから、十代はきっと誰かに責めて欲しいのだ。今感じている苦しみは十代の心を壊しかねないほどであるから。だから、誰かから責められることで、自分の罪はその程度の責めを受けるのが妥当なのだと教えてほしいのだ。

 本人にそんな考えはないだろうが、自分の心を守るために無意識がそれを求めているのだろう。

 確かに、十代の心は少しでも間違えれば壊れてしまうほどに極限にあるのかもしれない。

 けれど……!

 

「……そうじゃないだろ、十代! お前……なんでそんなことを言うんだよ!」

 

 けれど、それは違う。それは十代の心をどうにか延命させるだけで、問題の解決になっていない。

 だったらどうすればいいのか。それは、上手く言葉にする事こそできないが……。

 そうして言い淀む俺に、十代が怒りの表情と共に立ち上がって詰め寄ってくる。そして、俺に縋るようにして胸倉をつかんだ。

 

「それはこっちの台詞だ遠也……お前に、お前に何がわかるんだよ! あの時、あの場にいなかったお前に! 原因になっちまった俺の、何が……!」

「……っ、わからねぇよ! お前の気持ちなんて、わかるわけないだろ! けどな、だから――!」

 

 俺もまた十代の服を掴み、声を上げる。

 売り言葉に買い言葉。怒声を浴びせ合い、そして俺は強く握った右手で自身の胸をドンと叩いた。

 

「ぶつけてこいってんだよ! お前の気持ちを! 俺に!」

「おい、よせ!」

Calm down(落ち着け)、二人とも!」

 

 オブライエンとジムが制止に入る。殴り合いでもはじめそうな空気になったと危ぶんだのかもしれない。

 十代を二人が俺から引き剥がし、俺はマナに体を押される。小さく俺の名前を呼ぶマナの声にはどこか諌めるような響きがあったが、俺はそれに頷くことが出来なかった。

 離された位置で、十代と目が合う。その瞳には変わらない激情が燻っていた。

 

「く……! お前に、わかるわけない……俺の気持ちが……!」

 

 同時に、その声には悲嘆が籠っていた。まるでこの世を儚むような悲しみの響きが。

 そして、その言葉に俺もまた怒りにも似た感情がこみあげてきていた。

 

「そうだ、俺にお前の気持ちはわからない! けどな……!」

 

 確かに、俺には皆が生きている未来の知識がある。

 けど、しかし。それは元の世界で見たから知っているだけだ。この世界は作り物なんかじゃない……現実だ。なら、皆がこの世界でも生きている保証なんてどこにもない。

 もし、皆がこのまま消えたままだったら、どうする。……そうなったら、皆がどうなるか知っていたのに俺はその時その場にいることが出来なかった大馬鹿だ。皆を知っていて見殺しにした、愚か者という言葉ですら生温いクソ野郎だ。

 ユベルによって瀕死になり、異次元に飛ばされたからどうしようもなかった? それは言い訳にもならないだろう。俺が何とかできなかったのが悪いのだ。

その恐怖と怒りと後悔を、誰も知る由もないだろう。

 俺の事情を知らない以上、それがわからないのは仕方がない。俺だって理解してほしいわけじゃない。けど……けどな……!

 

「お前だって、俺の気持ちはわからないだろう……!」

 

 勝手な怒りかもしれない。けど、それでも言われたくないことだってある……!

 それだけじゃない。十代の気持ちは確かにわからないが、しかし感じ取れるものはある。それが俺に大きな怒りを覚えさせていた。

 しかし、だからといって、ただ怒りを叩きつけ合ってはダメだ。が、同時に言葉でどうにもならない感情があることも理解できる。

 だからデュエルなんだ。俺たちには幸い、言葉によらない理解の仕方がある。だから今回も、俺たちはデュエルで気持ちを伝えあうべきなんだ!

 

「――デュエルッ!!」

「くそ……! 好き勝手言いやがって――デュエルッ!!」

 

 体を抑えていた二人を払い、十代もまた俺の宣言に遅れてデュエル開始の合図を放つ。

 デュエルディスクが起動し、互いのライフポイントが表示される。

 何度もこうしてデュエルした、変わらない流れ。しかしその中で、互いに浮かべる憤怒の表情だけが異なっていた。

 たくさんデュエルをしてきた俺たちだが、こんなふうに怒りによって戦ったことは一度もない。一年生の頃から一緒にいたマナはそれをよく知っている。

 そのため、マナがこちらを見る顔には隠し切れない動揺があった。俺と十代の二人がこんな形でデュエルする日が来るなど、思いもしなかったからだろう。

 そしてそう思っているのはきっと、俺と十代もだ。

 

 

皆本遠也 LP:4000

遊城十代 LP:4000

 

 

「俺のターン! 手札の《レベル・スティーラー》を墓地へ送り、《クイック・シンクロン》を特殊召喚! 更に墓地のレベル・スティーラーの効果発動! クイック・シンクロンのレベルを1つ下げて墓地から特殊召喚する!」

 

 

《クイック・シンクロン》 ATK/700 DEF/1400

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

 

 

「いきなりか……!」

 

 フィールド上に現れた二体のモンスター――ガンマンのごとき風体をした機械族のチューナーと星が背に描かれたてんとう虫を見て、十代が苦い顔で呟いた。

 それもそのはず。この布陣はカード同士の相性故にやりやすく、それゆえに多用するコンボだからである。

 

「レベル1レベル・スティーラーに、レベル4となったクイック・シンクロンをチューニング! 集いし星が、新たな力を呼び起こす。光差す道となれ! シンクロ召喚! 出でよ、《ジャンク・ウォリアー》!」

 

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300 DEF/1300

 

 

 丸いデュアルアイを赤く光らせ、青い鋼鉄の身体をしならせて力強く拳を突き出す。

 このデッキの切り込み隊長でもあるジャンク・ウォリアーの登場に、十代が眉根を寄せた。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンドだ!」

 

 ――いくぞ、十代。

 

 視線にそんな思いを込めて強く十代を見据える。まるで睨みつけるかのように目を向けた先で、十代は視線を逸らすことなく俺を睨み返してきた。

 

「俺のターン、ドロー! ――なっ……!」

 

 噛みつくような声と共にカードを引いた十代の顔が驚愕に染まる。

 引いたカードをゆっくり顔の前に持ってくると、十代はどこか慄くような目でそれを見つめた。

 一体、何のカードを引いたのか。考える前に、十代はぐっと唇を噛んでそのカードを手札に加えると、それとは別のカードをデュエルディスクへと移動させた。

 

「……俺は《E・HERO クレイマン》を守備表示で召喚! ターンエンドだ……」

 

 

《E・HERO クレイマン》 ATK/800 DEF/2000

 

 

 俺は自分の眉が反射的にぴくりと動いたことを自覚する。

 クレイマン1体を壁として召喚。伏せカードもなくターンエンド。無難と言えば無難で、なるほどありえなくはないだろう。

 しかし。

 

「……十代」

 

 俺が相対しているのはただのデュエリストではない。遊城十代である。

 そんなその場しのぎの手を打ってくるような相手ではない。もし同じ手を使うにしても、それは考えがあってのことだろう。しかし、今の十代の表情は苦渋に満ちており、とても何がしかの作戦に基づく行動だったとは考えづらかった。

 

「………………」

 

 十代は何も答えない。先程まであった怒りの表情さえ曇っている。

 ただじっと自分の手札に視線を落として立ちすくむその姿に、俺は何故だか憤りを禁じ得なかった。

 

「俺のターンッ!」

 

 その感情を表すかのように荒々しく引いたカードに目を向け、次いで少し離れて見ているマナを一瞥する。

 それで察したのだろう。はっと表情を変えたマナを確認し、俺は再び前を向いた。

 

「ジャンク・ウォリアーのレベルを1つ下げ、墓地からレベル・スティーラーを特殊召喚! そして……レベル・スティーラーをリリース! 来い、《ブラック・マジシャン・ガール》!」

 

 

《ブラック・マジシャン・ガール》 ATK/2000 DEF/1700

 

 

 ソリッドビジョンが形を為す光と共に現れるのは、まさに今しがた俺が視線を向けたマナだった。

 いつもと同じ、明るいポップな衣装に身を包んだマナは地面に降り立つと同時に、どこか困惑した顔で俺に振り返った。

 

『遠也、落ち着いて……!』

「ああ、わかってる……わかってるさ」

 

 そうだ、今の俺が幾らか冷静さを欠いていることは百も承知だ。十代が体験した苦痛と悲しみはとても深い。だから、本当なら俺は十代の心を慮り労わるのが正しいのだろう。

 マナもきっと、そう言いたいはずだ。そしてこの状況に立ち会えば、きっと誰だってそうするのだろう。

 けれど……。

 

「けど……違う」

 

 しかし俺はそうすることが出来なかった。

 だってそうだろう。十代のことを労わる気持ちは確かにあるが、それと同時に俺は今の自分を責め続ける十代の姿に微かな違和感も覚えているのだから。

 その違和感の正体は、わかりきっている。そう、俺の考えが間違っていないなら、きっと十代は……。

 

「十代。お前……死んでもいいと思っているだろ」

「――ッ!」

『えっ!?』

 

 俺の問いかけに十代は目を見開いて硬直し、マナはそんな十代を驚いて見やった。声を失い立ち尽くすその姿は、雄弁に俺の考えが正しかったことを物語っていた。

 やはり、という嫌な確信が俺の心に重く落ちてくる。

 

「馬鹿な! 十代、どうして……!」

「お前が死ぬ必要など、どこにもないだろう!」

 

 ジムとオブライエンもまた十代の反応から俺の言葉の正しさを察したのだろう。驚きの声とともに問いかけると、十代は気まずそうに目を逸らした。

 

「……けど、俺のせいで皆死んだんだぞ! 俺のせいで……明日香も! みんな、死んだんだ! だったら、俺は……!」

 

 十代が視線を元に戻す。泣きそうでいて、それでいて真剣な表情だった。

 

「俺なんか、いなかったほうがさ――」

 

 そうすべきだという響きが含まれるその言葉を聴いた瞬間。

 かっ、と頭の中が真っ白になった。

 

「それ以上言ってみろ……ぶっ飛ばすぞ十代ッ!」

 

 怒声を張り上げる。はっとして、十代が俺を見た。

 

「お前は言ったな、俺の気持ちはわからないと! じゃあ、お前にだって今の俺の気持ちはわからないだろう!」

 

 俺自身しか感じることのないだろう、未来の知識があるゆえの後悔。それもある。

 だが、それだけではない。

 

「友達に、目の前でいなくなった方がいいなんて言われる気持ちがわかるのか!」

『遠也……』

「そんなこと、何があっても言うんじゃねぇよ!」

 

 俺はマナに視線を合わせた。マナは強く首を縦に振る。その表情に、さっきまでの困惑は既になかった。

 俺が抱いている気持ちがマナにも理解できたからだろう。俺が感情的に十代に向かっていったのは、単に自分のことが理由じゃない。十代の生きる意志があまりに希薄に感じられたからだった。

 

 力のない言葉、気のない瞳……。そのくせ自分を責めてくれという言葉には意志があった。

 

 それが、ただひたすら悲しかった。そこまで十代が自分自身を蔑ろにしていることが。そして同時に、憤った。十代のそれは、あまりにも自分勝手な願いだったから。

 俺や皆が十代に抱いている感情を、それはあまりに軽視していたから。だから、俺は怒った。そして、十代のその考えを否定してやりたかった。

 お前は皆から必要とされているのだと。皆がお前に友情を感じているのだと。だから、簡単にいなくなってもいいだなんて言ってほしくなかった。

 これまでの十代なら絶対に言わなかっただろう言葉。そこまで十代は追い詰められている。そんな状況から十代を引っ張り出すにはやはり、デュエルでこの気持ちを叩きつけるしかない!

 

「バトル! ジャンク・ウォリアーでクレイマンに攻撃! 《スクラップ・フィスト》!」 

 

 ジャンク・ウォリアーが拳を構え、腰を落とした姿勢のまま背負ったバーニアを吹かしてクレイマンめがけて突撃する。

 瞬時にクレイマンへと肉薄したジャンク・ウォリアーはその拳を思い切り振りかぶってクレイマンへと叩きつけ、クレイマンを破壊した。

 

「ぐ……!」

「更にブラック・マジシャン・ガールの追撃! 《黒魔導爆裂破(ブラック・バーニング)》!」

「……ッ!」

 

 

十代 LP:4000→2000

 

 

 マナが手に持った杖の先に黒色の魔力が凝縮されていく。やがて人の頭ほどの大きさへと集束したそれをマナは振りかぶって十代へと向け、杖先から飛んでいったその攻撃が地面に炸裂すると、発生した爆風が十代のみに襲いかかった。

 衝撃に身を竦めた十代。それと同時にそのライフからブラック・マジシャン・ガールの攻撃力の値がそのまま引かれ、一気に俺の優勢へと状況は傾いた。

 

「俺はこれでターンエンドだ」

「俺のターン……っドロー!」

 

 一瞬、十代は声を詰まらせた。少し気になるが、今はそれよりも十代の出方を窺う方が先決だ。

 どうも初手から十代らしさを感じることが出来ないが、クレイマンは墓地に置かれたのだ。恐らくはここから何かしてくるはず。

 たとえ最初にクレイマンしか出す手がなくとも、次のターンで必ずそのリカバリーを行う手を用意している。それが十代というデュエリストだ。

 

「《E・HERO スパークマン》を守備表示で召喚。カードを1枚伏せて、ターンエンドだ……!」

「……なっ……」

 

 

《E・HERO スパークマン》 ATK/1600 DEF/1400

 

 

 しかし、そんな俺の予想に反し、十代が取った手は再び堅実な守備のみだった。普段の十代であればそんな時でもすぐに攻めてやるぞという気概が表情に見えているが、今はそんな迫力などどこにもなく、その目は伏せられ俯くのみだった。

 いや、それよりもだ。クレイマンとスパークマン……この二体が手札にいたのに、別々に召喚して壁にするだけ?

 それはおかしい。融合すればジャンク・ウォリアーと同じ打点かつ、モンスターを破壊できる《E・HERO サンダー・ジャイアント》を召喚できたはずだ。

 都合よく融合がなかった。そう考えることも出来るが、初手融合は十代の十八番だ。今に限って融合を引いていなかっただけと考えるほど俺は考えなしじゃない。

 だが、本当にそうだという可能性もある。

 ならば……。俺は自らが伏せたカードを一瞥した。

 

「そのエンドフェイズに、リバースカードオープン! 《マインドクラッシュ》!」

 

 心を砕かれた男が描かれた罠カード。このカードで確かめる。

 

「俺はカード名を1つ宣言する! そしてそのカードがお前の手札にあった時、それを捨ててもらう! だがもし無かった時、俺が手札1枚をランダムに捨てる……!」

 

 相手の手札にあるカード1枚を捨てさせるいわゆるハンデス系の罠カード。元の世界では《ダスト・シュート》とのコンボにより嫌うデュエリストが多かったカードとしても有名だが、その効果はやはり優秀だ。

 失敗したら自分がランダムに1枚捨てなければならないが、その代わりにこのカードには「本当に相手が宣言したカードを持っていないか確認する」、すなわちピーピングを行うことが出来るという隠された効果がある。

 

「俺が宣言するカード名は――《融合》! さぁ十代! お前の手札に融合のカードはあるのか!?」

 

 十代の表情が僅かに曇る。そして、掠れたような声がその口から漏れた。

 

「……俺の手札に融合のカードは……ない」

 

 十代の答えは、持っていない。ここで十代が嘘を言う必要はない。ならば本当に融合は手札に無いのだろう。しかし……俺は疑念を払拭することが出来なかった。

 

「確認させてもらうぞ……手札を見せてくれ」

 

 マインドクラッシュに付随するその処理を俺が静かに迫れば、十代は先程までの怒りが嘘のようにその眉を八の字に下げる。そして左手に握られた4枚のカードに視線を下ろした。

 やがて諦めたように目を伏せると、ゆっくりとそのカードをこちらに向けて公開する。

 

 《融合解除》《O-オーバーソウル》そして、あとの二枚。

 

 その二枚を見た途端、俺以外の人間の口から驚きの声が漏れた。

 

『――《ミラクル・フュージョン》と《超融合》!?』

 

 最初にマナが驚きの声を上げる。

 しかし、それも当然だろう。十代の手札に存在したうちの二枚はともに融合系カードだ。それも、その発動のために必要な条件は既にクリアしている。

 つまり、サンダー・ジャイアントなどのこちらの布陣を突破するモンスターを十代は出せていたはずなのだ。

 だが、十代はそうしなかった。それは、これまでの十代には考えられない事だった。

 

「What!? 既にキーカードを手札に持っていたのか!?」

「だが、なぜ融合しなかったんだ……!?」

 

 マナに続き、ジムとオブライエンも困惑を露わにする。そう、二人が言う通り、俺のライフを削るためのキーは既に十代の手の中にあった。

 しかし、十代はそうしなかった。

 何かに堪えるように口元を引き結び苦悶の表情を浮かべる十代を、正面から見つめる。

 

「十代……お前、どうしてそのカードを使わなかった」

 

 ミラクル・フュージョンなら、スパークマンを場に出した時点で使うことが出来た。超融合なら、オーバーソウルでクレイマンを復活させてから使うことが出来た。

 そして、そうしなければ十代は更に追い詰められていた。いや、下手をしたらこの次のターンで負けることも考えられる。それがわかっていないはずはないのに、十代はそうしなかった。その理由を、俺は問い詰めた。

 

「――使わなかった、わけじゃない」

 

 ぽつりと漏れる十代の本心。

 俯いていた十代は顔を上げると、悲壮な顔で俺に訴えかけた。

 

「使えなかったんだ! ……怖いんだ……! 皆の命を奪ったカード――《超融合》が! このカードを見ると、あの時のことを思い出すから! それだけじゃない……覇王だった時のことも!」

「十代……」

「覚えてるんだ! 俺の……覇王の指示で、覇王軍が起こした事態を! 俺が融合の力を使い、超融合の力に溺れて、覇王となったばかりに起こった悲劇を!」

 

 それは最早叫び声に近かった。自分が犯した罪を、その事実を、十代は声高に叫ぶ。

 許しを請う懺悔の声ではない。それはむしろただひたすらに自分に罰が与えられることを願う咎人のようであった。

 その痛切な叫びに、誰も何も言えなかった。もちろん「そんなことはない」と慰めることは簡単だったが、それだけで十代が救われることはないとわかっていたからだ。

 ただじっと見つめる先で、十代は超融合のカードを手に取った。

 

「《超融合》……! こいつのために、皆は死んだ! このカードがなければ、きっと俺が覇王になることもなかった! だから……俺は……」

 

 十代はぎゅっと瞼を閉じて、身を震わせた。

 そんな十代を前に、俺は何を言うべきか。答えは一つだった。

 

「――マインドクラッシュの効果処理を行う。融合が十代の手札に無かったことにより、俺は手札からランダムに1枚墓地へ捨てる」

「っ遠也……」

 

 俺の名をこぼす十代の顔には、何故という疑問があった。

 融合を使えないとわかれば、俺がデュエルを中止するとでも思ったのだろうか。まともに戦えないデュエリストを俺が相手にすることはないとでも考えたのかもしれない。

 だとすればそれは――心外だった。

 

「十代。お前は何だ」

「何って……」

 

 十代の目が泳ぐ。構わず、俺は声を張り上げた。

 

「デュエリストだろうが! なら、一度受けたデュエルは最後まで戦え!」

「遠也……」

「ネオス、ハネクリボー。お前たちも十代に言ってやってくれ」

 

 俺が呼び掛けると、十代はハッとして自身のデッキに目を落とした。

 そしてその傍に姿を現すネオスと、心配そうに十代の顔を見つめるハネクリボー。十代の相棒にして最も信頼するカードたち。十代は二体に視線を交互に向けた。

 

『十代。遠也の言う通りだ。君の心が今大きな絶望に覆われているのは痛いほどわかっている。だが……』

「ネオス……」

『君は一人じゃない。私やハネクリボーも君を支える。だから、今だけでいい。共に戦おう、このデュエルだけでも』

『クリー……』

 

 二体はじっと十代を見つめる。あとは十代の決定に任せるということだろう。

 そして十代は、精彩を欠いた表情ながらもゆっくりと顔を上げた。ネオスに掛けられた言葉が心に届いたのだろう。

 

「……わかった。戦うよ……」

 

 とはいえやはり乗り気ではないようで、デュエルそのものに対する姿勢が戻ったとは言い難い反応だった。しかし、何とかこのデュエルだけでも最後までやる決心をしてくれたようだった。

 その十代の決定にネオスは頷き、ハネクリボーも嬉しそうに翼をはためかせる。そしてネオスはおもむろに顔をこちらに向けると、一つ頷いて消えていった。

 言葉はなかった。しかし、俺には伝わっていた。ネオスは俺の思惑を感じ取ってこのデュエルをどうにか成立させてくれたのだろう。だから、『後は頼む』と目で伝えてきたのだ。

 俺の思惑――すなわち、十代の心を救うこと。絶望と後悔に沈んだその心を、どうにかして助け出すことが俺の考えだった。

 責任重大である。しかし同時に言われるまでもない事でもあった。十代を助ける事は俺にとっても心からの願いであったからだ。

 覇王によって支配されていた十代を助けることは出来た。しかし、それだけでは終わらない。十代を本当の意味で助けるためには、その心までも救わなければダメなのだ。

 ネオスは、そのチャンスを作り出してくれた。なら、あとは俺がやるべきことをやるだけだった。

 

「……マナ」

『うん』

 

 ネオスの頷きを見ていたマナには、きっと全てが分かっている。俺の思いも、ネオスの意志も。

 だからこそ躊躇いなく頷いたマナは、やはり俺にとって最も頼りになるパートナーだった。

 

「いくぞ、正念場だ……!」

『うん!』

 

 言葉は少なく、しかし互いに十代を思う気持ちは伝わりあっていた。

 俺たちの視線の先には、ハネクリボーに心配そうに見つめられている覇気のない顔をした親友がいる。どこまでも打ちのめされ、膝を折ってしまった友の心。

 救ってやる、だなんて言うつもりはない。そこまで傲慢になったつもりはなかった。

 俺はただ、思い出してほしかった。デュエルに対する思いを。仲間たちに抱いていた信頼を。

 そのために、俺はこのデュエルに全力を傾ける。

 

「――俺のターンッ!」

 

 デュエルならば、きっとお前と心を通じ合わせることが出来るはずだ。

 そして、深い闇の底に沈んだその心に光を差し込ませてみせる。

 

 ――お前の友として!

 

 決意と共にデッキトップに指をかけ、俺は勢いよくカードを引き抜いた。

 

 

 

 

 



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第82話 再起

 

皆本遠也 LP:4000

手札3枚 場・《ジャンク・ウォリアー》《ブラック・マジシャン・ガール》

 

遊城十代 LP:2000

手札4枚 場・《E・HERO スパークマン》 伏せ1枚

 

 

 

 デッキからカードを引いた俺は、手に握られた三枚のカードに視線を落とす。そして勝つためにはどのようにすればよいのか考えを巡らせた。

 このデュエル、目的は十代を立ち直らせることである。しかしだからといって、ことデュエルに関して手を抜くつもりはない。わざと負けるなどもってのほかだ。

 そもそも勝たせたところで十代が元に戻る保証はない。それに、そんなデュエルでは俺の思いが十代に伝わることはきっとないだろう。

 だから、本気でいく。その気持ちを叩きつけるように十代を見やると、十代はぐっと口元を引き結んで視線を逸らした。

 

 ――十代。今お前が目を逸らしたのは、何故だ?

 

 俺はそう心の中で問いかける。

 当然答えは返ってこない。しかし代わりに、その答えを俺なりに推測する。

 

 ――今みたいな気持ちでデュエルすることに、お前は抵抗がある。だから目を逸らした。

 

 つまりそれは。

 

 ――まだデュエルそのものを嫌いになったわけじゃないってことだ。

 

 デュエルが好きだからこそ、今のような気持ちでデュエルすることに抵抗を覚えているのだ。その後ろめたさが十代に目を逸らさせる。

 しかし、それはつまりまだ希望があるということだった。たとえ融合が使えなくても、デュエルそのものを十代は嫌っていない。恐らくは十代自身も気づいていない無意識のことだろうが。

 しかし、それで十分だ。デュエルに対する思いが失われていないのなら問題ない。それならば、この俺の思いもデュエルを通じてきっと十代に伝わる。

 そう信じる。

 

「俺は《ジャンク・シンクロン》を召喚! そしてその効果により、墓地から《レベル・スティーラー》を特殊召喚!」

 

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

 

 

 待ちかねたかのようにソリッドビジョンとなって飛び出すジャンク・シンクロンと、その効果によって横に並んだレベル・スティーラー。

 俺の声に応えて力を貸してくれる二体のモンスターに向けて手をかざすと、まるでそれがわかるかのように彼らはその体を小さく揺らした。

 

「集いし勇気が、勝利を掴む力となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 来い、《アームズ・エイド》!」

 

 

《アームズ・エイド》 ATK/1800 DEF/1200

 

 

 機械義手のようにも見える腕だけのモンスター。赤く鋭い五本の指が握り拳を作るように一度動き、そして再び手を開くとその爪を一直線に十代の場へと向けた。

 俺が次に起こす行動がわかっているかのような動きだった。頷き、右手を同じく十代のフィールドに向けて振るう。

 

「バトル! アームズ・エイドでスパークマンに攻撃! 《ハンズ・オブ・ヴィクトリー》!」

 

 直後にアームズ・エイドが地面の僅か上を滑るように移動し、その手を大きく広げてスパークマンの眼前に迫る。

 攻撃力ではアームズ・エイドに軍配が上がる。よってアームズ・エイドの爪撃をスパークマンは防ぎきることが出来ず、苦悶の声と共にその身を散らせていった。

 唯一十代の場に存在していたスパークマン。それが除去されたことで今、十代のフィールドはがら空きである。

 これは十代を助けるためのデュエルである。しかし、手心を加えるつもりはない。何故ならそんな手抜きのデュエルでは何も伝わることなどないと思うからだ。

 本気だからこそ伝わるものがある。だからこそ、手を抜くなどとんでもなかった。

 全力でぶつかる。それが今できることだ。

 

「ブラック・マジシャン・ガールで十代にダイレクトアタック!」

 

 俺の宣言にマナが頷き、ふわりと俺の前で飛び上がるとその杖を構える。

 杖先に形成されていく紫電を纏った漆黒の球体。魔力という名のエネルギーを凝縮したそれを、マナは杖ごと振りかぶって一気に振り下ろした。

 

『《黒魔導爆裂破(ブラック・バーニング)》!』

 

 裂帛の声と共に闇色の砲弾が飛んでいく。一直線に十代へと向かっていくそれが命中すれば残りライフ2000の十代のライフはちょうど0をカウントすることになるだろう。

 すなわち、この攻撃が決まれば俺の勝ちだ。しかし俺の中には未だ勝利の予感はない。

 何故なら、十代というデュエリストのことを俺はよく知っていたからだ。

 

「く、リバースカードオープン! 速攻魔法《クリボーを呼ぶ笛》! デッキから《ハネクリボー》を守備表示で特殊召喚!」

 

 

《ハネクリボー》 ATK/300 DEF/200

 

 

 伏せられていたカードがリバースし、同時に十代の場に姿を現す小さなモンスター。

 それを見た瞬間、俺は微かに自分の頬が緩むのを自覚した。

 これが、遊城十代だ。そう思わされたからである。

 

『クリクリー!』

 

 気合たっぷりに勇ましい声を上げるハネクリボーが、迫りくる攻撃から十代を守るように小さな手を広げて立ち塞がる。

 俺はその勇敢な姿に応えるべく声を上げた。

 

「戦闘を巻き戻す! ブラック・マジシャン・ガールでハネクリボーを攻撃! 《黒魔導爆裂破(ブラック・バーニング)》!」

 

 指示を受け、マナが既に放たれていた攻撃を魔術による遠隔操作で軌道をずらす。それによって攻撃はハネクリボーへと移り、ハネクリボーはその攻撃を正面から受け止めることとなった。

 

『クリー!』

 

 ハネクリボーが大きな声を上げる。ともすれば断末魔でしかないそれは、しかし決して負の感情によるものではなかった。

 ハネクリボーは俺たちに背を向けていた。そして十代と向かい合い、まるで十代に伝えるべきことがあるかのように十代を見ながらの声だった。

 何を伝えたかったのか、人間の言葉を話せないハネクリボーの意志を正確に読み取ることは難しい。しかしそれでも、何となく俺にはわかるような気がした。

 そして訴えかけるようなそれを最後に、ハネクリボーはフィールドから姿を消した。十代はそれを呆然と見つめる。

 

「……相棒……」

「これでお前の場にモンスターはいない。だが、ジャンク・ウォリアーで攻撃しても、十代……お前にダメージはない」

「……ハネクリボーが破壊されたターン、俺は一切の戦闘ダメージを受けない……」

「そうだ。ハネクリボーがお前を守ったんだ。自分の身を犠牲にしてな」

「――っ!」

 

 俺の言葉に息を呑み、目を見開く。

 そんな友の姿を見ながら俺は言葉を続けた。

 

「ハネクリボーだけじゃない。お前はいつも、そうやって沢山の仲間に支えられてきたはずだ。そしてそんな彼らに、お前はどうやって応えてきた?」

 

 それが、遊城十代というデュエリストだった。

 カードたちを十代はただのカードとして以上に信頼し、だからこそカードたちもそんな十代を信頼し、力になろうと全力を尽くす。

 そして十代はそんな彼らの力を余すことなく活かし、楽しんでデュエルをすることで応えてきた。

 口で言うだけではない。心の底からそれを無意識に実践し続けているのが十代という男だった。

 そんな男だからこそ、今のピンチにハネクリボーが来てくれたように、カードたちは十代を助けようと力を振り絞ってくれるのだ。

 それは、これまでに十代から受けた信頼を知っているからだ。俺はそう思う。

 

「……俺は……」

 

 下を向き、自問するように声をこぼす十代。

 俺はそれに取り合うことはせず、口を開いた。

 

「メインフェイズ2。俺はアームズ・エイドをジャンク・ウォリアーに装備する」

 

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300→3300

 

 

「ターンエンド。さぁ、お前のターンだ、十代」

 

 俺がターンを促せば、十代は経った今そのことに気付いたかのように顔を上げると、デッキに指をかけた。

 

「俺の、ターン……」

 

 引いたカードを一瞥。そのカードをそのままディスクへと置く。

 

「《E・HERO バブルマン》を守備表示で召喚。場に他のカードがないため、カードを2枚ドロー」

 

 

《E・HERO バブルマン》 ATK/800 DEF/1200

 

 

 ここでバブルマンを引くか。これもデッキの……カードたちの声の一つの形なのだろう。

 カードたちは十代のために持てる力を最大限に発揮している。

 なら、あとはそれをお前自身がどうするかだ……十代。

 

「……カードを2枚伏せて、ターンエンド」

 

 そのままリバースカードを場に出して十代のターンが終了する。

 俺は何も言わず、デッキトップに指を置いた。

 

「俺のターン!」

 

 手札は三枚。その中から一枚のカードを手に取りディスクへと差し込む。

 

「《調律》を発動! デッキから《ジャンク・シンクロン》を手札に加え、デッキトップのカードを墓地へ送る! そしてジャンク・シンクロンを召喚!」

 

 

《ジャンク・シンクロン》 ATK/1300 DEF/500

 

 

「ジャンク・シンクロンのモンスター効果! レベル・スティーラーを蘇生する! 更にアームズ・エイドの装備を解除! モンスターゾーンに特殊召喚する!」

 

 

《レベル・スティーラー》 ATK/600 DEF/0

《アームズ・エイド》 ATK/1800 DEF/1200

 

 

 モンスターゾーンを全て埋める。それにより、必要なモンスターは全て出揃った。

 さぁ、いくぞ十代。

 

「レベル4アームズ・エイドとレベル1レベル・スティーラーに、レベル3ジャンク・シンクロンをチューニング!」

 

 空へと駆け上がる三体のモンスター。一体は三つの輪となり、残る二体は五つの星となり。合わせて八つの輝きが、その光を一層強めて眩く俺たちを照らし出す。

 

「集いし願いが、新たに輝く星となる。光差す道となれ! シンクロ召喚! 飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 極光を切り裂いて現れる白銀の竜。その体からも溢れる光は散り散りになって宙を舞う。甲高い鳴き声を上げながら十代のフィールドを睥睨し、スターダストはジャンク・ウォリアーとマナの間に降り立った。

 

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

 ジャンク・ウォリアー、スターダスト・ドラゴン、ブラック・マジシャン・ガール。三体ともがこのデッキのエースを名乗るに相応しいモンスターたちだ。

 十代、お前にも沢山の仲間がいて、そして頼りにしているエースたちがいるはずだろう。

 それを思い出せ、十代。

 

「バトル! ブラック・マジシャン・ガールでバブルマンを攻撃! 《黒魔導爆裂破(ブラック・バーニング)》!」

 

 俺の宣言と同時に、杖を掲げてマナの攻撃が開始される。

 先ほどハネクリボーへと向けられた攻撃が今度はバブルマンへと向かい、バブルマンは守備の態勢をとったまま破壊されて消えていった。

 

「く……ッ、罠発動! 《ヒーロー・シグナル》! 俺の場のモンスターが破壊された時、デッキからレベル4以下の「E・HERO」を特殊召喚する! 《E・HERO エアーマン》を守備表示で特殊召喚!」

 

 

《E・HERO エアーマン》 ATK/1800 DEF/300

 

 

 バブルマンが破壊された瞬間、即座に十代の場にて発動されるカード。それによって現れたエアーマンが膝をついて防御の態勢をとる。

 俺がかつて十代に渡したカードの一枚。元の世界ではHEROデッキであるならば必須とまで言われたカードだ。何故なら魔法罠の除去とモンスターのサーチをこなす二種の効果を持っているからだ。つまり、勝利へと繋がるキーカードだったからである。

 そんなカードであることを知っているからこそ、このとき俺はある確信を得た。

 

「エアーマンが特殊召喚に成功した時、デッキから「HERO」1体を手札に加えられる。俺は《E・HERO フェザーマン》を手札に加える……!」

 

 十代がカードを手札に加え、デッキをシャッフルしてディスクに戻す。

 バトルはまだ続いている。

 

「スターダストでエアーマンを攻撃! 《シューティング・ソニック》!」

「ぐ……!」

 

 スターダスト・ドラゴンの攻撃がエアーマンを粉砕する。

 これで再び十代の場はがら空き。そして俺の場にはまだジャンク・ウォリアーがいる。

 

「ジャンク・ウォリアーでダイレクトアタック! 《スクラップ・フィスト》!」

 

 背中のバーニアを吹かし、ジャンク・ウォリアーが疾駆する。その拳が届けば、敗北は免れない。

 見つめる視線の先。ジャンク・ウォリアーが向かうその場所で、伏せられていたカードがゆっくりと起き上がった。

 

「リバースカードオープン! 罠カード《オフェンシブ・ガード》! 直接攻撃を受ける時、エンドフェイズまで攻撃モンスターの攻撃力を半分にする!」

 

 

《ジャンク・ウォリアー》 ATK/2300→1150

 

 

 攻撃力半減か。十代の残りライフは2000。つまりどうやってもこのターンで削り切ることは出来なくなったわけだが、しかし。

 

「だが、ダメージは受けてもらう!」

「ぐぅッ……!」

 

 

十代 LP:2000→850

 

 

 ジャンク・ウォリアーの拳が十代に炸裂する。その眼前に薄い障壁のようなものが張られたものの、衝撃は突き抜けて十代へと襲い掛かっていた。

 

「く……オフェンシブ・ガードの効果により、俺はカードを1枚ドローする」

 

 これで十代のライフは1000を切り、もはや一撃でも受ければ危うい領域にまで下がった。

 ……しかし、負けていない。何もしなければ今のバトルで終わっていたというのに、だ。

 

「やっぱりな」

「え?」

 

 俺の感じた確信は間違っていなかった。その思いが自然と口をつき、それを聴きとめた十代が反応する。

 

「やっぱり、お前はまだデュエルを忘れられていない。たとえ融合に忌避感を抱いても……デュエリストとしての本能が、負けることを避けている」

 

 その言葉に、十代は動揺したようだった。

 

「なにを……」

「そうだろう十代。お前は無意識に俺に勝てる手段を考え続けているんじゃないか?」

「……!」

 

 返ってきたのは沈黙だった。そして沈黙とは肯定の証でもあった。

 十代の根っこは何も変わっていない。そんな俺の確信はやはり間違いじゃなかったのだ。

 

「なぁ十代。お前のために倒れていったモンスターたちは、我が身を賭してでもお前を支えてきた。そしてそれに、お前はいつだって応えてきた。彼らの力を信じて、全力を尽くして勝利を目指すことでな」

 

 そうだろう、と十代に問う。

 返答はない。けど何も言い返してこないということは、つまりそういうことなのだ。

 

「みんなのことも、同じだ。たとえばお前がもし命を失ったとしよう。その時、お前は皆の不幸を願うか?」

 

 違うだろう。いや、間違いなく違う。

 そうではなく。

 

「皆が幸せに生きる事を願うはずだ」

 

 さっき十代は言った。お前に俺の気持ちはわからない、と。それは全くその通りで、俺に人の心を読む力なんてないから、人の気持ちはわからない。

 だけど、例えそうだとしても間違いないという想いがあった。

 互いの気持ちがわからなくても俺たちは通じあっている。正確に理解することは出来ないかもしれない、けれど感じることは出来る。

 何故なら、それが俺たちがアカデミアで出会って以来ずっと築き上げてきたもの――絆なのだから。

 

「皆だって同じだ。皆は、お前の笑顔が見たいんだ! 幸せになって欲しいんだ! 自分を責めるなとは言わない! けどな……それだけじゃいけないんだよ!」

 

 徐々に俺の声が荒くなっていく。それは、やはり今の十代の姿が納得し難いものだからだろう。

 何故なら十代が皆の死を理由に自分を追い込むのは、皆の気持ちへの冒涜だからだ。 皆はきっと笑ってくれることを願う。それがいかに難しいことかは普段明るい十代がここまで追い詰められていることからも分かっている。

 俺だって何も感じていないわけじゃないのだ。未来の知識がある俺だってこうなのだ。十代のそれは想像を超えるものに違いない。

 だがそれでも、十代には前を向いてほしかった。

 友達を、仲間を、誰よりも大切にしてきた十代だからこそ、皆の想いを受け取って欲しかった。

 このままでは十代の心が壊れてしまうとわかるからこそ、十代には笑ってほしい。たとえそれが俺のエゴなのだとしても、俺の心にあるのはその一心なのだった。

 俺はそんな気持ちを込めて真っ直ぐ十代を見る。その先で、十代は肩を震わせていた。

 

「……俺だって……わかってるさ……!」

 

 震わせながら、十代は苦しげに呻く。次いで激しい言葉が掠れた声で押し出された。

 

「わかってるけど! 仕方ねぇだろ! 皆もういないんだ! 俺のせいで!」

 

 激昂と共に顔が上がる。そこには悲哀と怒りで歪んだ剥き出しの十代の心が映し出されていた。

 

「笑えるわけないだろ……もう、みんなも……」

 

 拳を握りしめ、飾らない言葉が漏れる。

 

「――明日香も、いないのに……!」

 

 叩きつけるように告げられたその内容に、俺はハッとする。

 最後の言葉に込められた意味……そのことに、ここまで言われて気付かないほど鈍感ではなかった。

 

「お前、明日香のことが……」

「……ああ。――たぶん、明日香は……俺にとって……」

 

 それ以上、十代は何も言わなかった。けれど、そういうことなのだろう。

 そして、その気持ちを伝えるべき相手は、もういない。

 十代が、どこか縋るような目で俺を見た。

 

「――遠也、お前だってマナが目の前で死んじまったら、生きる気力なんて湧かないだろう……」

 

 お前ならわかるだろう。

 言外に込められたその響きを確かに感じ取って、俺は言葉を詰まらせた。

 

 ――マナが、死んだら……?

 

 それは、想像すらしたことがない未来だった。

 もちろん、形あるモノがいずれなくなることはわかっている。それは人間にとっての死であり、物で考えれば破壊だろう。

 だが、マナは精霊だ。それこそ古代エジプトの時代から今なお存在を保っているほどの存在である。

 だから、死ぬなら人間である俺が先だと漠然と考えていた。きっといずれ来る別れはそういう形になるのだろうと、根拠もなく。

 だが……言われてみれば違うのだ。この世の中に絶対はなく、そして得てして物事は唐突にやって来る。それはこの世界に移動してきてしまった俺自身がよくわかっていることだった。

 だから、マナが俺の前で死んでしまう未来が来る可能性も、否定しきることは出来ないのだ。

 それを考えただけで、背筋に氷の柱を差し込まれたような冷たい衝撃が俺を襲う。

 マナは俺にとってかけがえのない存在だ。もはや俺自身と切り離して考えることは出来ず、隣にいるのが当たり前だと思っていた。

 それだけに、可能性の話とはいえマナがもし俺の前から消えてしまったらという話はショックだった。

 もし本当にそうなった時。俺は十代のようになってしまわないと果たして自信を持って言えるのだろうか?

 ふと、そんな疑問がよぎる。そしてその答えを探すようにフィールドのマナに目を向けた。

 ちょうど俺を見ていた緑の瞳と視線が交差する。金色の髪、俺には勿体ないほどに可愛い少女。この、俺にとって一番大切な存在を失った時、俺は本当に――。

 

 

 ――言ったはずだよ、君の全てを僕にぶつけてくれって。

 

 

 不意に、脳裏に誰かが言った言葉が蘇る。

 これは……そうだ。まだ俺がこの世界に来たばかりの頃、遊戯さんと感情のままにデュエルした時に本人から投げかけられた言葉だった。

 何故、今になってあの時のことを思い出すのだろう。けれど、思い出したことにはきっと意味があるはずだった。

 俺はより深くあのデュエルを思い出そうと記憶を掘り返していく。

 

 ――君は逃げている。

 ――君が逃げているのは、“ここが現実だと認めてしまっていることから”……じゃないかな。

 

 あの日、あの時のデュエル。それは俺という存在がこの世界で初めて一歩を踏み出したとも呼べる出来事だった。

 

 ――君の悲しみも、不安も、怒りも、寂しさも! 僕たちが分かち合ってみせる!

 

 そう俺に対して正面から向き合ってくれた遊戯さん。その理由を、遊戯さんはこう言った。

 

 『僕たちはもう友達だから』と。

 

 

 そこまで思い返して、俺はようやく気が付いた。

 俺が十代にあそこまでカッとなった理由。それは、こちらの気持ちを知る由もなく自分の気持ちはわからないと十代が言った言い分が、俺や皆の気持ちを蔑ろにしたものだったからだ。

 確かにそれもある。しかし、それだけではなかったのだ。

 俺はきっと、十代を見て思い出したのだ。あの時の、内側に籠もっていた自分を。

 どこまでもこの現実から逃げていた昔の自分と重ねあわせて、俺は感情を露わにしてしまったのだ。まるで情けなかった自分を見ているようだったから。

 

 そう考えれば、今の十代とあの時の俺は似ていた。

 この現実を認められずに、逃げている。俺は元の世界への望郷のため。十代は犯した罪の苦しみのため。

 俺たちは共にこの現実を認められないでいる。その点で、あの頃の俺と今の十代は共通していた。

 なら、今の俺とあの時の俺の違いとは何だろうか。そう考えた時、出てくる答えは簡単なことだった。

 一人で膝を抱えていた俺に、差し伸べてくれた手があった。友という名の絆を示してくれたその手が……俺たちの決定的な違いだった。

 共に喜び、共に笑い、そして何かあれば手を伸ばしてくれる友の存在。体を張って俺にそれをわからせてくれた遊戯さんのような存在。それこそが今の十代に足りない切っ掛けなのだ。

 悲しみ、不安、怒り、寂しさ、そして苦しみ。たとえ何があろうと分かち合ってくれる存在。そんな存在が確かにいることを俺は心から信じている。いま多くの友を失ったことで十代の中で揺らいでいるそれこそが、今の俺と昔の俺との違いなのだ。

 俺にとっての理解者……それはマナだ。しかし、マナだけじゃない。これまでに俺が出会ってきた仲間たち――その全員がそうなんだ。

 だから、たとえマナが俺の目の前から消えてしまったとしても、俺は独りじゃない。繋げてきた絆がある限り、俺は決して孤独ではないのだ。

 その時に俺を襲う悲しみは大きく、言葉に出来ないほどに苦しいだろう。

 

 けれど、きっと――。

 

 

「……なぁ、マナ」

『うん』

 

 返ってくる声。それが、何気なくも大切なものなのだと改めて思う。

 そのことを実感しつつ、俺は問いかけた。

 

「俺が死んだら、悲しいか?」

 

 何の脈絡もない一言だったが、マナはそれに一瞬言葉を失う。

 そして、ひどく真剣な顔になって俺の目を真っ直ぐに見つめてきた。

 

『……うん。すごくね』

 

 どこまでも真摯な声だった。それだけに重く、同時に嬉しかった。そして俺は一言「そうか」とだけ返したのだった。

 一度瞼を閉じて、心の中にある思いを整理する。そして、再び十代と向き合った。

 

「……十代、お前の言う通りだ。マナが死ぬなんて、想像するだけで気が狂いそうになる」

 

 心に穴が開くとはよく使う表現だが、しかしもしそうなった時。真実そのような空虚さを俺は抱えることになるだろう。

 いっそそんな現実など無くなればいいとすら思うかもしれない。

 俺にとってのマナとはそういう存在だ。だから、十代の気持ちは痛いほどわかった。

 それを、十代は俺が共感してくれたと思ったのだろう。俺を見る目に理解者への共感が混じる。

 

「だったら……!」

「けどな」

 

 しかし、その言葉を遮って俺は言う。

 

「俺は死んでもいいとは思わない」

 

 苦しいだろうし、悲しいだろう。逃げ出したくなるほどに辛いだろう。けれど、きっと俺はそれでもこの世界で生きていく。できるだけ幸せを求めて。

 そのことを十代に告げた。

 

「……なんでだよ……」

 

 十代は、俺が言い放った自分との明確な線引きに愕然となる。そして俺に対して投げかけられたのは、力のない疑問の声。

 

「お前だって、その時になればさ……!」

 

 俺はそれに首を振る。それでも俺はそうならないと言い切って。

 そしてその理由はひどく簡単だ。俺は苦笑いを混ぜて十代に応えた。

 

「だってそんなこと、マナが許してくれないだろうからな」

 

 そう言ってマナを見れば、マナは力強く頷いて俺の隣に立った。

 

『とーぜん! もしそうなったとして、自殺なんてしたら口もきいてあげないんだから!』

 

 ぐっと拳を握りながらそう力説する。

 いささか矛盾した言葉であったが、まあ言いたいことはわかる。だから俺は黙って聞いた。

 

『それに……好きな人には幸せになってもらいたいよ。それは明日香さんも……皆もそうだと思う』

 

 そしてマナは最後にそう十代に訴えかける。

 その表情は悲しげで、今の十代の姿にマナも心を痛めていることが容易に見て取れた。

 その心を慮って隣に浮かぶ小さな肩を軽くぽんと叩くと、俺は再度口を開いた。

 

「十代。俺だって、お前らに出会う前は色々あった。一時は情緒不安定で……この世界そのものを恨んだこともあったさ」

 

 その告白に、十代は驚いた顔をした。あいつにしてみれば、今の俺からはあまり想像できない事なのかもしれない。

 だがそれは事実であり、そしてそんな事実があっても、俺は今こうして立っている。 仲間と共に笑い合えている。それは何故かと言われればその答えはたった一つ。

 俺は独りじゃないからだ。

 

「けど、俺には皆がいる。マナに代わる存在はいないけど……俺のことを想ってくれている仲間が沢山いる」

 

 だから、きっとマナがいなくなっても俺は生きていくだろう。出来るだけ笑って、皆と一緒に。

 脳裏によぎる仲間たちの顔。あいつらと一緒なら、きっと俺は笑える。そう思うことが出来た。それこそがきっと、俺たちが持つ絆なのだ。

 

「その絆がある限り、俺は独りじゃない! それに、もしマナを失ってもマナと過ごした時間が無くなるわけじゃない!」

 

 ならそこに、例え姿がもうなくとも俺とマナの絆もまた存在しているだろう。

 

「俺がいれば、マナとの絆は失われない。十代、お前だってそうじゃないのか。お前と皆が過ごした時間は、お前しか知らないんだぞ!」

 

 いつだって俺たちは一緒にいたというわけじゃない。俺がいない間に十代が皆と過ごした時間が必ずあるはずだった。なら、その記憶はもはや十代がいなくなれば失われる。

 だというのにそれを選択するのは、あまりにも皆が報われないのではないかと俺は思うのだった。

 

「でも、俺は……っ!」

 

 十代が苦しげに呻く。しかし待てどもその言葉の続きはなかった。

 きっと十代だってそんなことはわかっているのだ。しかし、自分自身に科した罪があまりにも重いせいで身動きが取れなくなっている。

 なら、あとは俺の役目だ。その重さに耐えるだけで精一杯だというのなら、その体を引っ掴み強引にでも圧し掛かる重りの下から引きずり出す。あるいは、一緒にその重りを支えてやる。

 それが、友達ってもんだろう。

 

「俺はこれでターンを終了する! ――十代!」

 

 デッキから一枚のカードを抜き出し、十代に向かって投げる。

 それは狙い違わず十代の手元へと届けられ、受け取った十代は訝しげな顔で俺を見た。

 

「遠也、なにを……」

「特別だぜ。お前にそのカードを貸してやる」

 

 俺がそう言えば、十代は怪訝そうにしつつもゆっくりとカードをひっくり返し、その表面を確認する。

 そして直後、十代の目が見開かれた。

 

「な……! これは――《融合》!?」

 

 その声に一拍遅れ、十代の驚きの視線が俺を貫く。

 今の十代にとって《融合》はトラウマそのもののカードだ。そのため、今回の事の発端となる超融合、更にはミラクル・フュージョンでさえ使えなくなっているのが十代の現状である。

 そんな自分に、何故これを。俺を見る瞳にはそんな困惑の念が見て取れた。

 確かに、ミラクル・フュージョンですら使えない……融合全般に抵抗がある十代に、言ってしまえば使えないカードである融合を渡す意味などないように思える。

 だが、俺は十代に融合を使ってほしかった。忌避してほしくなかった。

 それは、融合が十代の持ち味だからということだけではない。

 俺は真っ直ぐ十代と視線を合わせた。

 

「十代。俺にとってお前は友達だ」

「そりゃ、俺だって……!」

「二年前、俺とお前の間で交わしたそのカードは俺たちの友情の証だ。そして融合は、何も俺とお前の友情を表すだけじゃない」

 

 俺は十代から視線を外し、マナを見る。向けられる小さな微笑みに対して頷き、続いて後ろでこのデュエルを見守っているジム、オブライエンを見た。更に十代の傍でその姿を見つめているネオス、ハネクリボー。この場にいる全員を見渡してから、改めて口を開く。

 

「俺たちは一人じゃない。皆との繋がりはこうしてカードによって融合し、繋がっているんだ。俺たちだけじゃない、ヨハンやエドにカイザーに三沢、それにレイやレイン……アカデミアにいる皆とだって今でも俺たちは繋がっている!」

「――ッ!」

 

 たとえこの場にいなくとも。俺たちの絆がなくなったわけじゃない。たとえ離れていようと、心は皆と共にある。

 今、俺たちがここにいること。それが融合というカードに込められた全てだった。

 

「十代、確かに超融合……お前の融合はこの世界を苦しめた。けど、それは融合が悪いんじゃない!」

 

 わかっているはずだ、十代にも。

 本当に悪いのは人の心。覇王という人格、そしてユベルという存在。その歪んだ心こそが全ての元凶なのだと。

 覇王という人格も、ユベルも。共に自分の信じた行動をしているだけだろう。しかしそれが多くの人にとっての不幸になるのなら、止めなければならない。それこそが、十代が向かい合うべき本来の敵であるはずなのだ。

 融合そのものに罪はない。たとえ残虐な手段として用いたものだとしても、融合というカード自身に忌避されるような要素はないはずなのだ。

 何故ならカードとは、俺たちの絆を繋げるもの。

 今は実際に手を下した自身への強い後悔がそれを忘れさせているようだが……十代がカードに込めた意味はそんなものではなかったはずだった。

 カードはまだ出会っていなかった俺たちを一か所に融合し、友情を繋げてくれた。それこそがカードに込められた俺たちの思いであるはずだった。

 ぐっときつく拳を握り込む。そして俺は自分の胸……心臓の上を強く叩いた。

 

「俺とお前の友情がそのカードに詰まっているように! いつだって、どこにいようと、俺たちの心はデュエルで通じ合ってきた! 十代! お前が使う融合には、俺たち皆との思い出がたくさん詰まっているはずだろう!」

 

 カードに宿った思い出は、何も今回の凄惨な記憶だけではないはずだ。デュエルを通じて笑い合い、喜び合い、高め合った記憶もまたカードに宿っているはずである。

 明日香、万丈目、翔、剣山、吹雪さん……。多くのデュエルをし、そして同じ時間を過ごしてきたかけがえのない仲間たち。その思い出は決して色褪せることはない。

 そしてそんな皆との絆は、俺たちの記憶の中に生きている。そして、その絆の証となるものこそ今十代の手の中に存在しているものだ。

 俺の背中を押す、温かい声なき声。確かに感じるそれに背中を押されるようにして、俺は声を張り上げた。

 

「カードをとれよ、十代! 皆との絆は、そこにあるんだ!!」

 

 

 ――自分たちは、カードと共にお前と一緒にいる。

 

 聞き間違えるはずのない、よく知った声。ここにはもういない皆の声が俺の耳に囁く。

 それは、幻聴でも勘違いでもない。

 姿がなくとも伝わる想いは確かに存在している。だから、きっと今の声は俺に届いたのだ。そして、それはきっと十代にも。

 俺の目線の先。十代は、軽く俯いて唇を噛み、何かをこらえるようにして瞑目していた。

 聞こえたのだろう、皆の声が。たとえ何があっても一緒にいるという仲間の声が。

 不意に十代の肩が小さく震える。その目尻に光る何かを、俺は何も言わずただ見つめていた。

 

「……っ……みんな……」

 

 十代がより深く俯く。こらえきれない涙を隠すかのようなその姿勢は、まるで許しを乞うているかのようでもあった。

 じっと見つめる先で十代の口からこぼれる、「ごめん」と「ありがとう」の言葉。誰に対してのものであるか、などと問うことはしない。ごめんの意味も、ありがとうの理由も、俺が一から十まで全てを知る必要はないのだから。

 ただ十代に重くのしかかっていた何かが今、その重みを軽くした。そのことだけを俺は理解していた。

 十代が顔を上げる。袖で己の目元をぬぐい、少し赤くなった目が俺を見る。

 

「十代」

 

 名前を呼ぶ。しかしそれに十代は答えを返さず、代わりに俺が手渡したカードをデッキに入れるとシャッフルし、そして改めて俺と向かい合った。

 こちらを見る視線に先程まで見えていた負のイメージはない。怯えも恐怖も悔恨もなく、ただ前を向いている瞳が俺を映し出していた。

 その姿が意味するところを心の奥まで理解し、俺は思わず口元が緩むのを抑えられなかった。何故ならそれこそ、待ち望んでいた友の姿だったからだ。

 これが俺の知っている十代だった。どこまでも真っ直ぐに前を見て、己の信じた道を突き進む。

 馬鹿かもしれない。賢くはないかもしれない。けれど、そんな姿こそが俺たち全員を惹きつけてやまない十代という男の魅力だった。

 俺が、マナが、ジムが、オブライエンが、ネオスが、ハネクリボーが。皆が目を向ける中で、十代の指がデッキトップに置かれる。

 その指は、もう震えていなかった。

 

「俺のターン――ドロー!」

 

 決意を込めた声で十代はカードを引く。そして引いたカードを確認し、やがてその視線は傍らにて見守っているネオスとハネクリボーに移る。

 そして最後に、対峙する俺へと向けられる。

 手札七枚を持ったまま、十代は静かに口を開いた。

 

「皆はもういない。けど……俺は、生きてる」

 

 確かめるような口調だった。それに俺は頷いて応える。

 

「ああ。そして俺は――いや、俺たちはそれが何より嬉しい」

 

 俺の言葉にマナも、ジムやオブライエンも頷く。

 十代は神妙な顔で目を瞑った。

 

「皆も、そう思ってるのかな……」

 

 それはわかりきった質問だった。だから俺はすぐにこう返す。

 

「当然。あいつらがどんな奴らかだったなんて、今更言うまでもない事だろ?」

「――だよな」

 

 脳裏に浮かぶ、皆で面白おかしく過ごした日々を思い起こしつつ俺は自然と笑みが混ざった声でそう言った。

 そして十代もまた笑みを見せながらそれに頷いた。恐らく、俺と同じ光景が頭の中によぎっているに違いない。

 あいつらが、十代が無事に生きていることを喜ばないはずがない。むしろ、自分を責め続ける十代を怒るような連中だろう。特に一部は「貴様のシケた面など見たくない」とか言って怒り狂いそうだ。

 翔や剣山はそれを宥めるだろうし、吹雪さんはそんなやり取りを快活に笑って流しそうだ。そして気苦労の絶えない明日香はそれを呆れながらも苦笑して見守っていることだろう。

 そんな、最高の仲間たち。

 彼らが仲間の無事を喜ばないなど、思うだけでも有り得ない事だった。

 

 唐突に、パァン、と乾いた音が高らかに響き渡る。

 少し逸れていた気が引き戻され、見れば十代の両手はいつの間にか自身の頬に当たっていた。今の音は、十代が自分の頬を思いっきり張った音だったのだ。

 手を顔から離すと、そこには赤く腫れた頬がある。しかし十代は痛みなど感じていないようで、それどころか、どこか晴れやかですらある顔をしていた。

 手札の中の一枚を手に持つ。そうして俺に向ける視線は、これまで出会ってからずっと近くで見てきたものだった。

 そんな友の姿に、俺は今度こそ隠しきれない笑みを浮かべる。

 皆の声が届いた。そして十代はそれに応えたのだ。それが無性に嬉しかった。

 

「――……いくぜ、遠也! 俺のデュエルは、こんなもんじゃない!」

「ああ、よーく知ってるよ……!」

 

 デュエルに前向きに臨もうとするその姿勢は間違いなく俺が知る十代のものだった。 これまで見てきた幾つものデュエルを思い返し、俺は先程まで以上に気を引き締める。

 同時に、こう思う。一見もとの十代に戻ったかのようだが、恐らくいまだ全てが吹っ切れたわけではないのだろうと。しかしそれも当然だ。今回の件のことを思えば、そんなに簡単なものでもないだろう。

 けれど、十代は思い出したはずだった。俺たちの友達がいかに素晴らしい奴らだったのかを。

 原因になった自分を責める十代の気持ちを知りつつも、きっと皆は言うだろう。気にするな、大丈夫だと。

 そしていつもの十代に戻ってくれることを願ってくれるに違いない。そう確信させてくれる仲間たちが皆だった。

 十代は皆を犠牲にしたと言う。しかし他でもない、その犠牲になった皆が願っているのだ。十代の復活を。

 確かに多くのものを十代は失わせてきた。そんな数えきれない犠牲の上に、今十代は立っている。それはまぎれもない事実だ。

 しかし、だからといって落ち込んでいるだけでは駄目なのだ。立ち止まっていては、何もできないのである。

 何をするにしても、まずは前に進むこと。そこから何をするのかは、十代が決めることだ。再び後ろを振り向き懺悔を願うなら、それもいいだろう。大事なのは、前に進んだということなのだ。

 その上で、十代がどうするのか。それはきっと今後の行動が示していくことだろう。 その中に贖罪が含まれるのかもしれないし、それ以外の何かがあるのかもしれない。

 それが何であるかを今はまだ知る必要はない。ただ今知るべきなのは、たった一つ。

 その心の中にどれだけ複雑な思いが渦巻いていようと、十代は再びデュエルすることを決めた。その事実だけを認め、それを決めた友の気持ちを知り、全力で応えてやることだけだった。

 

「来い、十代!」

 

 息を吸い込み、声と共に吐き出す。

 言葉にはしない多くの思いが今も十代の中にある。けれど、今はただデュエルをする。それがきっと、そんな思いを乗り越えてデュエルすることを決断した友への、一番の応えになるはずだった。

 俺はそんな気持ちを込めて向かってくるだろう十代を迎え撃つために態勢を整える。視線の先で、十代の顔が微かに綻んだ。

 

「……サンキューな、遠也」

 

 返事はしない。ただ目線で再び、来い、とだけ告げる。

 その意思は真っ直ぐに伝わり、十代の顔つきも真剣なものに変わった。

 

「――俺は《天使の施し》を発動! デッキから3枚ドローし、2枚を捨てる!」

 

 そして瞬時に顔つきを真剣なそれに変えると、すかさず手札の魔法カードを発動させる。

 天使の施し……墓地肥やしと手札交換、デッキ圧縮を一枚でこなす恐ろしく強力なカードだ。だからこそ、十代の本気ぶりが窺える。ついさっきまでの十代なら、きっとこのカードは使ってこなかっただろう。

 今の十代は、俺が知るデュエリスト――遊城十代だ。再度そう意識し直し、決意を込めた顔でカードを手に取るその姿を見据えた。

 

「そして……魔法カード《ミラクル・フュージョン》を発動!」

 

 《ミラクル・フュージョン》。

 その名前が口に出され発動された瞬間、俺の後ろで驚きとも感嘆ともとれる声が上がる。

 

「十代が、融合系カードを使った……!」

 

 今の声はジムだろう。その声は喜びの色が多く含まれているのが聞いていてわかる声音だった。

 恐らくは真っ先に覇王であった十代に命がけで立ち向かい、その心の救済を願ったジム。そんな友情に厚い男だからこそ、今の十代にとって大きなトラウマでもあった融合系カードを自ら使った姿を見て、喜ばずにはいられなかったのだろう。

 覇王ではなくなっても、自らの罪の重さに歩みを止めた十代。しかし今、十代は立ち止まることを止めて一歩を踏み出した。それが明確にわかる瞬間だったからこそ、ジムと同じく俺もまた、そんな友の変化が嬉しかった。

 

「俺はもう、恐れない……! 俺の手にあるのは、残酷な結果を作り出した元凶じゃない! ――俺に力を貸してくれるカードという名の絆なんだ!」

 

 たとえ十代がやったことが罪だとしても、それだけは変えようのない事実である。そしてその絆がある限り、十代はどれだけ間違おうとも必ず再び立ち上がる。

 その思いに応えるために。

 

「それを善にするのも悪にするのも俺次第だってんなら……俺は俺のデュエルをするだけだ! こいつらと一緒に!」

 

 発動されたミラクル・フュージョンから光が溢れ、それはやがて十代のデュエルディスクへと吸い込まれていく。

 次の瞬間、十代のフィールドに変化が起こる。バブルマンとクレイマン、墓地に存在している二体のHEROが薄らと姿を現したのだ。

 すなわち、水属性のモンスターとHERO。ならば次に出てくるモンスターは、恐らく。

 

「俺は墓地のバブルマンとクレイマンを除外して融合! 現れろ……極寒より生まれし氷のHERO! 《E・HERO アブソルートZero》!」

 

 瞬間、十代のフィールドにて突然吹き荒れる吹雪。竜巻のように巻き上がる雪風に思わず目を細め、しかし決して逸らすことなく俺はその推移を見つめ続ける。

 雪の竜巻はやがて更に細く細く収縮していく。そしてその中に人影が見えたと思った時。竜巻を食い破るように中から姿を現すのは、陽光を反射してその体を煌めかせる氷結のHEROだった。

 

 

《E・HERO アブソルートZero》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

 かつて俺が渡し、今や十代のデッキのエースとして定着したE・HERO。その英雄然とした凛々しいモンスターが十代の場に立ち、腕を組んでこちらを見る。

 

「更に!」

 

 アブソルートZeroが場に現れてもしかし、十代の行動が止まる気配はない。

 俺のほうを意味ありげに見て、十代は小さく笑った。

 

「使わせてもらうぜ、遠也――! 魔法カード《融合》を発動! 手札の《E・HERO バーストレディ》と《E・HERO フェザーマン》を融合する!」

「手札融合、それも正規素材でか……!」

 

 なんて、らしいんだ本当に。それがあまりにも十代らしくて、俺は知らず笑っていた。

 そしてその素材で出てくるHEROといえば勿論。

 

「来い、マイフェイバリットカード! 《E・HERO フレイム・ウィングマン》!」

 

 

《E・HERO フレイム・ウィングマン》 ATK/2100 DEF/1200

 

 

 赤と緑を基調としたシャープな肉体。その背には純白の翼を生やし、下に垂れる尻尾は竜のそれを思わせる。

 そして右腕の先、手の代わりに存在するドラゴンヘッドが大口を開けて火の粉を散らす。

 アブソルートZeroとフレイム・ウィングマン。ともにネオスと並んで十代のデッキを代表するエースたちである。

 アブソルートZeroとは線対称の位置に立ったフレイム・ウィングマンは、アブソルートZeroとは異なり腕を組まずその両腕は下げられたままだった。

 何故なら、十代の指示がすぐにフレイム・ウィングマンへと向かったからである。

 

「バトル! フレイム・ウィングマンでマナに攻撃!」

 

 直後、フレイム・ウィングマンが翼を広げ、這うようにして飛んでくる。そしてマナの前まで瞬時に辿り着くと、その右腕の竜頭を眼前に構えた。

 

「《フレイム・シュート》!」

『きゃあっ!』

 

 竜の口から放たれる火炎の息。それはマナに至近距離から襲い掛かる。いかに魔力でその身を守れるマナといえど、攻撃力が上回る相手のそんな攻撃を受ければひとたまりもなかった。

 倒され、フィールドから消えていく。

 

「マナ……!」

 

 

遠也 LP:4000→3900

 

 

 俺のライフが100ポイント削られる。だが、削ったのはフレイム・ウィングマンである。そのモンスター効果は――。

 

「フレイム・ウィングマンの効果発動! 戦闘で相手モンスターを破壊した時、そのモンスターの攻撃力分のダメージを与える!」

 

 マナがいた場所へと向けたままになっていた右腕を、今度は俺に照準する。そして、再び炎が俺に向けて放たれた。

 

「ぐぁっ……!」

 

 

遠也 LP:3900→1900

 

 

「そしてアブソルートZeroでスターダスト・ドラゴンに攻撃! 《瞬間氷結(Freezing at moment)》!」

 

 十代の指示を受け、組んでいた腕を解き、アブソルートZeroが滑るように地面を疾駆する。その先に待ち受けているのは、攻撃力が自身と等しいスターダスト・ドラゴンである。

 そういうことか……! 十代の狙いを悟り、俺は苦い顔になった。

 

「スターダストとアブソルートZeroの攻撃力は互角! つまりアブソルートZeroも破壊される……けどこの瞬間、アブソルートZeroの効果が発動するぜ!」

 

 アブソルートZeroの放つ拳とスターダストのブレスがぶつかり合い、大爆発と共に両者が消えていく。

 しかしアブソルートZeroが倒れた場所からはその残滓である冷気が溢れ、フィールドを漂い始めていた。

 

「このカードがフィールド上を離れた時、相手フィールド上のモンスターを全て破壊する!」

 

 最強のHEROとまで呼ばれたことがあるのは伊達ではない。心持ち寒く感じるフィールドを前に、俺は靄のように立ちこめる冷気の向こうに立つ十代を見た。

 

「スターダストがいればその効果は防がれていた。そのための相打ち、だろ?」

 

 十代は頷く。

 

「そういうことさ! いけ、《絶対零度(Absolute Zero)》!」

 

 自身の名を冠す効果名。それが声に出された瞬間、漂っていた冷気が一気に冷やされて俺の周囲を次々と凍らせていく。スターダスト・ドラゴンがいない今、その脅威を止める術はない。

 そして真っ先にその被害を受けたのは、当然のように俺の前に立つモンスターたちだった。

 

「ジャンク・ウォリアー……!」

 

 氷の彫像と化したジャンク・ウォリアーが、声をかけた直後に粉々に砕けて散っていく。

 同時に漂っていた冷気も急速に晴れていく。後に残ったのは、人っ子一人いない真っ新なフィールドのみである。

 いま俺の場はがら空き。しかし、十代の場にいるモンスターは既に攻撃を終えている。本来ならばここでバトルフェイズは終了し、俺のターンへと移ることだろう。

 だが、俺は覚えていた。マインドクラッシュを使った時。十代の手札にどんなカードがあったのかを。

 

「まだだぜ、遠也! 速攻魔法《融合解除》! フレイム・ウィングマンの融合を解き、その素材となったモンスターを復活させる! 蘇れ、バーストレディ、フェザーマン!」

 

 

《E・HERO バーストレディ》 ATK/1200 DEF/800

《E・HERO フェザーマン》 ATK/1000 DEF/1000

 

 

 フレイム・ウィングマンの融合素材として墓地へと送られていた二体のHERO。それぞれ炎と風を象徴する、E・HEROの中でも代表的な二体がフィールドへと姿を現し、俺に向けて臨戦態勢をとる。

 そう、十代の手札の中にはこのカードがあったのだ。そして融合解除は速攻魔法。バトルフェイズ中の特殊召喚であるため、更なる攻撃が可能となる。

 二体の合計攻撃力は2200。対して俺の残りライフは1900。その事実を認めたことで、ジムたちから声が上がる。

 

「この攻撃を受けたら、遠也の負けだ!」

「やはり融合を使う十代は……強い!」

 

 オブライエンの声には実感と喜びが含まれていた。再び立ち上がった十代の復活をこの一連のやり取りの中に垣間見れたことが、十代のことを友として、戦士として認めているオブライエンにとっては嬉しいのだろう。

 俺もそのこと自体には素直に喜びを感じているが、しかしそれはそれ。これはこれである。

 負けるか否かという瀬戸際である現在、俺にそんなことを考える余裕はなかった。

 

「フェザーマンとバーストレディでダイレクトアタック! 《フェザー・ショット》、《バースト・ファイヤー》!」

 

 フェザーマンから鋭い羽根が混じる風が、バーストレディからバレーボール大の火の玉が放たれ、一直線にこちらへと向かってくる。それは通せば確実に俺のライフを削り切る致命的な攻撃である。

 そんな攻撃にさらされつつ、俺は思う。さっきまでは覇気の感じられない様子であったにもかかわらず、ひとたび心を決めてしまえばここまで強くなる。こいつは本当に凄い奴だと。

 十代がやる気になれば、途端にカードたちが力を貸す。十代とHEROたちの間に存在する信頼は、きっと俺が思う以上に深く尊いものなのだ。

 それが今こうしていかんなく発揮され、俺を倒そうとしている。その繋がりの強さにはさすがという思いが強い。

 

 ――しかし。

 

「そう簡単に負けられんさ! 手札から《速攻のかかし》を捨て、効果発動!」

「ダイレクトアタックを無効にしてバトルを終了させるモンスター……さすが遠也だぜ」

 

 俺と同じようなことを思ったらしい十代に俺は苦笑する。思わず「さすがなのはお前だよ」と返せば、十代は不思議そうに首を傾げた。

 どうやら自覚がないらしい。俺はやれやれとばかりに肩をすくめる。

 

「ったく、融合を使い始めた途端圧倒し始めたくせして……」

 

 冗談交じりに僅かな意趣を込めて言えば、十代はやっと俺が言う「さすが」の意味を理解して、にっと笑った。

 

「これが俺とHEROたちの絆だぜ!」

 

 快活に言い、付け加えるように手札の一枚を抜き出すと、「そして」と言葉を続けた。

 

「メインフェイズ2、俺はこのターンまだ通常召喚をしていない。バーストレディとフェザーマンをリリースして、《E・HERO ネオス》を召喚するぜ! これでターン終了だ!」

 

 

《E・HERO ネオス》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

 ネオス……。アブソルートZero、フレイム・ウィングマンと並ぶ十代のエースモンスター。それでいて十代にとっては特別な意味を持つ特別なHEROだ。

 力のこもった掛け声と共に、その精悍な肉体を躍動させてネオスがフィールドに降り立つ。フィールドに出たネオスはまず十代を見て、次に俺を見る。そしてそのまま俺に体ごと向き合った。

 

『ありがとう、遠也。君のおかげで十代は――』

 

 感謝と喜びが滲む真摯な言葉だった。

 俺はそれに気にするなと返し、片手を振って応える。

 

「ネオス、お前に言われなくても俺は同じことをしていたさ。だから感謝の必要はないぜ」

『しかし……』

「どうしてもってんなら、このデュエルで返してくれ」

 

 それでは気が収まらないとばかりのネオスに、俺はただデュエルでの答えを求める。

 改まって頭を下げるなんて、俺たちの間には不要なことだ。

 

「――来いネオス、十代と一緒にな」

 

 そんなことよりもデュエルである。

 俺たちにとってはそれだけで十分だろう。

 

『遠也……。――わかった、君の気持ちに応えよう!』

 

 俺の意を汲んだネオスは一拍の後に大きく頷き、そして背後に立つ己が相棒へと振り返った。

 

『勝つぞ、十代!』

「おう、頼んだぜネオス!」

 

 互いに頷き合い、二人は揃って俺へと向き直る。

 その瞳に宿るのは決意と闘志。慣れ親しんだデュエリストの気迫が、ピリッと肌を刺すのが心地よかった。

 その意思に応えるのは、やはりデュエルによってしかない。

 

「俺のターン!」

 

 手札の二枚。そのうち一枚をデュエルディスクに差しこむ。

 

「カードを1枚伏せ、ターンエンドだ」

「俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引いた十代が、その手をそのままこちらへとかざした。

 

「バトル! ネオスで遠也にダイレクトアタック! 《ラス・オブ・ネオス》!」

 

 飛び上がり、上空から勢いよく手刀を振り下ろすネオス。

 俺のライフを0にする攻撃を前に、俺は小さく笑ってディスクを操作した。

 

「罠発動、《ガード・ブロック》! この戦闘によるダメージを0にし、俺はカードを1枚ドローする!」

 

 ネオスの放った手刀は俺の眼前に展開された半透明のバリアにぶつかり、火花を散らす。

 やがて攻撃の勢いもなくなったネオスは、そのまま十代の場へと引きあげていった。

 対して俺はカードを一枚引き、確認して手札へと加えた。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンド!」

 

 十代のエンド宣言。それを聞き、俺は自らの手札のカードたちへと思考を傾けていく。

 いま手札にあるのはレベル1のチューナーモンスター《モノ・シンクロン》と《異次元の精霊》の二枚。ともに優秀なモンスターだが、しかし素材となるチューナー以外のモンスターを確保できなければ宝の持ち腐れだ。

 俺のフィールドにモンスターは一体もおらず、シンクロ召喚の下地は何もない状態だ。このまま十代にターンを渡しては、恐らく負けることになるだろう。

 ……まぁ、考えたって仕方がない。次のドローで何を引くかの出たとこ勝負しかあるまい。

 けど、それがこのデュエルモンスターズの醍醐味だ。

 この一枚のドロー。ちっぽけなそれが大きな力を呼び寄せ、生まれたうねりがデュエルを制する。そんな奇跡さえ起こるのがデュエルなのだ。

 楽しいな、十代。心の中でそう呼びかける。

 ただ穏やかに学園の中でデュエルしていた日々。その時のような純粋な気持ちで、俺はカードを引いた。

 

「――俺のターンッ!」

 

 引いたカードは……よし!

 

「《闇の誘惑》を発動! デッキから2枚ドローし、その後手札の闇属性モンスター1体を除外する! 2枚ドロー!」

 

 まずは新たに二枚のドローを行う。……引いたカードは共に魔法カード。

 シンクロ素材となるモンスターは引く事ができなかったが、しかしまだ手は残されている。

 

「闇の誘惑の効果だ。手札から闇属性の《モノ・シンクロン》を除外する。そして《異次元の精霊》を召喚!」

 

 

《異次元の精霊》 ATK/0 DEF/100

 

 

 光に包まれた小さな精霊。大きな瞳をきょろきょろと動かしながら、フィールド上にふわりと浮かびあがる。

 チューナーモンスター単体では現状どうにもできない。まして異次元の精霊は攻撃力が0で守備力が100のモンスターだ。このままではネオスに倒されるだけだろう。

 そして今の俺の手札の中にモンスターはいない。更に罠カードもなく、十代にターンを渡せば敗北は必至だ。

 だが、僅かにでも可能性があるのならばそれに賭ける。最後まで諦めずに。

 故に俺は、一枚のカードを手に取った。

 

「俺は魔法カード《モンスター・スロット》を発動する! 俺の場のモンスター1体を選択して発動! そのモンスターと同じレベルの俺の墓地に存在するモンスター1体を除外し、デッキからカードを1枚ドローする。そのカードが選択したモンスターと同じレベルのモンスターだった時、特殊召喚できる!」

「博打に出たな、遠也……!」

 

 十代が僅かに驚きをその表情に表した。

 十代が言う通り、このカードはモンスターの特殊召喚を賭けたいわゆるギャンブルカードの一種だ。

 場に存在するモンスターのレベルを参照し、それと同レベルの墓地のモンスターを除外することで、場に同じレベルのモンスターを揃えるチャンスを得る。

 成功するかどうかは運しだい。まさしくギャンブルカードと言えるだろう。

 俺は自分をあまり運がいい方とは思っていないので、こういう運任せなことはあまりしたくないのだが……もはや俺の手に残された手段はこれしかない。

 ならば、やるしかなかった。

 

「いくぞ! 俺はレベル1の異次元の精霊を選択し、墓地から同じくレベル1のレベル・スティーラーを除外する! そして……カードを1枚ドロー!」

 

 ドローしたカードが選択した場のモンスターと同じレベルなら、特殊召喚。違っていれば、当然特殊召喚は出来ない。

 そして、俺が引いたカードは――緑色の枠で囲われていた。

 

「――引いたのは魔法カード! よって特殊召喚は出来ない」

 

 そもそもモンスターカードではなかった。よって当然特殊召喚は出来ない。

 背後の仲間たちから残念そうな声が漏れる。そして対戦者である十代が、ふぅと一息ついた。

 

「当てが外れたな、遠也!」

 

 十代の声。それに俺はこう返す。

 

「それはどうかな」

「え?」

 

 戸惑いを見せる十代に、俺はにやりと笑って今引いたカードを見た。

 

「確かに俺が引いたカードはモンスターカードじゃないから、特殊召喚は出来ない。このカードの真価は確かにそこにあるが……」

 

 だが、モンスター・スロットの利点はそれだけではない。

 

「効果で引いたカードはそのまま手札になる。つまり墓地除外がそのままドローソースになるのがこのカードの良い所だ!」

 

 モンスター・スロットの発動に必要なのは墓地からの除外だ。つまり効果で一枚引けば、手札の枚数は変わらず一枚の手札交換ができるのである。

 そして今、俺の手札の中に望むカードが来た。そのカードを十代に向けて俺は勢いよく突き出した。

 

「俺が引いたカードは魔法カード《星屑のきらめき》!」

「それは……スターダストの蘇生魔法!?」

 

 正確にはドラゴン族シンクロモンスター専用の蘇生魔法というべきだろう。

 その効果は、墓地のモンスターを任意の数除外することで、そのレベルの合計と等しいレベルのドラゴン族シンクロモンスターを墓地から復活させるというものだ。

 モンスター・スロットによるシンクロ素材の確保はできなかったが、これならば問題なく戦力を整えることが出来る。

 

「俺は墓地のジャンク・ウォリアーとジャンク・シンクロンを除外する! その合計レベルはスターダストと同じ8だ! よって墓地のスターダスト・ドラゴンを特殊召喚する! ――飛翔せよ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 周囲の空間から光の粒が一点に向かって集束していき、それらはやがて巨大な竜の姿を形成する。

 光によって再び墓地から姿を現したスターダストが咆哮し、十代のフィールドのネオスと向かい合った。

 

 

《スターダスト・ドラゴン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

「けど、それだけじゃネオスと相打ちになるだけだ! 勝つことは出来ないぜ!」

 

 異次元の精霊ともに、これで二体。しかし今俺のエクストラにこの二体で出すことが出来るシンクロモンスターはいない。

 ゆえに、十代の言葉は正しかった。このままでは相打ちに持ち込むのが精いっぱい。異次元の精霊も次のターンには破壊されてしまい、再び俺に敗北の機会が巡ってくることになるだけだろう。

 だが、それはこのまま何もしなければの話だ。

 

「まだ俺には1枚、手札があるぜ」

 

 これはモンスターカードではない。そしてシンクロ素材となる低レベルのモンスターを呼び出すカードでもなかった。

 しかし今の局面において、とても有用なカードだった。

 

「手札から魔法カード発動! 《武闘円舞(バトルワルツ)》!」

 

 発動させたカードが光を放ち、その効果を現実のものにしていく。

 スターダスト・ドラゴンの体がぶれ、二重になって見え始めた。

 

「このカードは自分フィールド上に存在するシンクロモンスター1体を選択して発動できる! そのモンスターと同じ種族・属性・レベル・攻撃力・守備力を持つ「ワルツトークン」1体を特殊召喚する!」

 

 スターダスト・ドラゴンから生まれるもう一体のスターダスト。その体はやや灰色に近い色にくすんでおり、本物との違いは一目瞭然だ。

 スターダストのコピーでしかないトークンだが、しかし重要なのは攻撃力2500のモンスターが二体になったということであった。

 

 

《ワルツトークン》 ATK/2500 DEF/2000

 

 

 隣り合って並ぶスターダスト。圧巻と言っても差し支えない迫力があったが……しかし、その強力な効果ゆえに制約もまた存在していた。

 

「ただしこのトークンの戦闘によって発生するお互いのプレイヤーへの戦闘ダメージは0になる」

 

 そう、このトークンはプレイヤーにダメージを与えることは出来ないのだ。これは自分への反射ダメージにも言えるので完全なデメリットともいえないが、相手にダメージを与えられないのはやはり痛いだろう。

 しかし、ダメージを与えられないのはプレイヤーに対してのみだ。

 

「モンスターに対する戦闘ダメージは発生する! つまりモンスターの戦闘破壊は問題なく行えるってことだ!」

「く……」

 

 つまりワルツトークンでネオスを倒し、スターダストで直接攻撃することは可能だということ。あくまでプレイヤーにダメージを与えられないのはワルツトークンだからである。

 そしてこの攻撃を通すためには十代から妨害されないことが必須条件である。そして十代の場には伏せられたカードが一枚だけ存在している。あれが妨害札である可能性は確かにあるだろう。

 だが、俺は覚えていた。このデュエルの冒頭、マインドクラッシュによって暴かれた十代の手札を。

 

「十代! マインドクラッシュでお前の手札に《超融合》があることはわかっている。だから恐らく、伏せたカードがそうなんだろう」

 

 あれは条件さえそろえば万能の除去とも化す最高の融合カードだ。あれが特別なカードだからというだけでなく、そういう意味でも天使の施しの際に捨てずに手札に残していた可能性は高い。

 また、今の十代の手札が一枚のみという点もその根拠となりえる。超融合はコストに手札一枚が必要であるからだ。

 超融合はそれほどまでに強く便利なカードである。だが、十代のエクストラデッキに存在する融合モンスターの中に、俺が知る限りスターダストを融合素材にしてしまえるモンスターは存在していないはずである。

 ドラゴン族を融合素材に指定するE-HEROがいれば話は別だが、覇王でなくなった今E-HEROは既にない。ならば問題はなかった。

 

「これで終わりだ十代! バトル! ワルツトークンでネオスに攻撃!」

 

 バトルフェイズの開始を宣言し、俺の指示に従ってスターダストを模したワルツトークンがネオスに向かって羽ばたいた。

 十代が迫る脅威を前にネオスを見る。

 

「頼む、ネオス!」

「無駄だ、十代! この後のスターダストの攻撃で、俺の勝ちだ!」

 

 確定された事実。しかし十代は追い詰められているにもかかわらず、にやりと笑った。

 

「それはどうかな!」

「なに!?」

 

 十代の手がデュエルディスクに伸びる。

 その瞬間、伏せられていたカードが起き上がった。

 

「――罠発動!」

「罠カードだと!?」

 

 まさか、手札に残したほうじゃなく、天使の施しで墓地へ送ったほうが超融合だったのか!?

 だとすれば、伏せられていたのは一体……。

 戸惑いを見せる俺の前、十代はその疑問に対する答えとなるカード名を高らかに告げた。

 

「《決戦融合-ファイナル・フュージョン》! 効果は――お前も知ってるよな遠也!」

 

 変わらず笑みを覗かせる十代に、俺はそのカード名から導かれる結論に苦い思いをしつつ答えた。

 

「……互いのプレイヤーは、バトルを行う互いのモンスターの攻撃力の合計分のダメージを受ける……!」

 

 かつて俺とカイザーのデュエルでカイザーが使い、十代とカイザーのデュエルで十代が使ったカード。いずれのデュエルでも決着のカードとなった罠カード。

 それを今度は俺と十代のデュエルで見ることになるとは……。

 

「ワルツトークンの攻撃力はスターダストと同じ2500だ! ネオスの攻撃力2500と合わせて、5000のダメージを一緒に受けてもらうぜ! 遠也!」

「ぐ、お前なぁ……!」

 

 どうだとばかりに胸を張りやがって。

 確かに十代がこのカードを持っているのは知っていたが、ここでこうして見ることになるとは思わなかった。

 俺は小さく溜め息をこぼす。

 

「負けず嫌いにもほどがあるぞ……」

「へへ、懐かしいなそれ。カイザーにも言われたぜ」

 

 そういえば卒業デュエルの時に、そんなことを言われていたっけか。もう懐かしい記憶となっている思い出を掘り返しながら、俺は発動された罠カードを見る。

 決戦融合、か。結局最後まで十代のデュエルを左右するのは融合の名を持つカードというわけだ。こいつを融合系に分類していいのかは甚だ疑問だが。

 苦笑と共にそんなことを思いつつ。俺は心で感じた素直な気持ちを十代に向けた。

 

「――やっぱりお前は、根っからのデュエリストだよ」

「最高の褒め言葉だぜ、遠也」

 

 互いに笑い合う。

 そして俺はすっと息を吸い込んだ。

 浮かべる笑みはそのまま。きっと十代も同じ表情をしているだろう。

 このデュエル、十代の心を襲った様々な感情と思い、そして今回の一連の出来事。それらに対する決着をつけるべく。

 スターダストを見上げ、俺は最後の宣言を行った。

 

「――いけ! 《シューティング・ソニック》!」

「――迎え撃て! 《ラス・オブ・ネオス》!」

 

 ワルツトークンの攻撃にスターダストの姿が重なり、ネオスへと向かっていく。対してそれに立ち向かうネオスもまた力強く右腕を掲げて飛び上がっていた。

 流星のごとき真空の砲撃と決意を込めた全力の手刀がぶつかり合う。火花が散り、光が溢れ、高まりあったエネルギーが生み出した爆発を最後に。

 俺たちのデュエルはここに終結した。

 

 

遠也 LP:1900→0

十代 LP:850→0

 

 

 

 

 

 

 

 

 デュエルが終わり、ソリッドビジョンが消えていく。

 日の光に溶けるように消えていく戦いの残滓に目を細め、次いで俺は対戦していた十代へと視線を移した。

 そこに立つ十代の顔に、デュエルを始める前まで見られた死相にも似た悲愴感はない。あるのは今の現実を受け入れ、歩くことを決めた男の姿があった。

 

「十代」

 

 距離を置いたまま、口を開く。

 声は届くだろうから問題はないだろう。

 

「辛かったら言えよ。力になる」

 

 前に進むと決めたからには、きっと苦しく思うことも出てくるはずだった。その時に十代を支えてやることが、こうしてこいつを立ち直らせた俺の責任のような気がした。

 十代はその言葉になぜか息を呑む。

 そして少しだけ潤んだ瞳に陽光を反射させて、笑った。

 

「ああ……ありがとう、遠也」

 

 俺はただ頷くだけだった。

 それと同時に、デュエルを見守っていたジムとオブライエンがかけてくる。口々に十代の名を呼びながら、十代へと向かっていく二人の姿を見送って、俺は少し離れた位置に下がってようやく一息ついたのだった。

 

「――遠也はいいの? 十代くんのところに行かなくて」

 

 気づけば、マナが隣に立っていた。

 その言葉に、十代のほうを改めて見る。

 そこではジムとオブライエンが十代に自分の力不足を詫び、十代がそれに自分が弱かったからと詫び、互いに互いが謝りあい、そして最後にはキリがないと言って小さく笑みをかわす三人の姿がある。

 そこに翔や剣山、万丈目に明日香、吹雪さんの姿がないのは悲しいが……けれどきっと、今はこれで良かったのだろう。そう思えた。

 

「いいんだよ、俺は。デュエルを通して散々話したさ」

「そっか」

 

 マナはただそう返すだけだった。

 それに対して俺は何を言うでもなく黙り込んだ。すると、不意に手を握られて、思わず隣を見る。

 横目でこちらを見ていたマナと視線がぶつかる。

 

「……遠也が生きてて、本当に良かった」

 

 実感のこもった言葉。そういえば、覇王や今の十代とのデュエルが続いてしまって、しっかり話す時間もなかった。こうしてマナと向き合ったのは久しぶりだったことを思い出す。

 

「ただいまだな、あらためて。心配かけた」

「本当だよ。……本当に心配したんだからね」

 

 ぎゅっと握る力が強くなる。それに切実さを感じて、俺は何も言えなかった。

 マナが言葉を続ける。

 

「今までどうしてたとか、また聞かせてね。……時間はあるから」

「ああ。ありがとな」

 

 傍にいなかった時とは違う。今はすぐにでもこうして話すことが出来る。

 最後に付け足された言葉には、そんな今に対する強い思いが込められていた。マナが感じていた不安や恐怖の片鱗をそこから感じ、俺はやはり何と言っていいかわからなくなる。

 だから、ただ感謝の言葉と共に繋いだ手を強く握った。手のひらから伝わる温もりと一緒に、この言葉にはしづらい思いも伝わってくれるような気がした。

 ふとジムやオブライエンといた十代の視線がこちらを向く。それを受けて、俺は一歩を踏み出した。つられて歩き出すことになったマナに手で十代たちを示せば、そこにはこちらを見ている仲間たちの姿がある。

 マナも理解し、笑みと共に皆のところに向けて歩き出した。

 覇王は倒れ、既にこの世界の夜は明けた。しかし俺たちの心にかかっていた雲は、今この時にようやく全て晴れたのだ。

 空から降り注ぐ太陽の光、その下を仲間たちの元に向かって歩きながらそう思った。

 

 

 

 



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第73.5話 遠也Ⅱ

今回のお話は、第73話「遠也」の最後から続く、異次元に飛ばされた遠也がそこで何をしていたか、というお話になります。


 

「――随分、懐かしい夢を見たもんだ」

 

 この世界に来て幾許かの頃。遊戯さん相手に八つ当たりとしか言いようのない情けないデュエルをした時。今となっては恥ずかしくも必要なことだったと割り切り、遊戯さんへの感謝と共に思い出せる過去の記憶。

 それを夢として見ていた俺は、苦笑と共にいつの間にか寝そべっていたらしい状態から体を起こした。

 頭上には抜けるような青空が広がり、柔らかな草の感触が地についた手に伝わる。緑と青で彩られた大自然。眼下には湖も望むことができ、どうやら俺は山の中腹のような場所に寝ていたらしいと気付く。

 だが、こんな自然豊かで明るい場所などアカデミアが飛ばされたあの地帯にはなかったはず。ならば、ここは一体……。

 

「気がついたか」

 

 その時ふと後ろから掛けられる声。

 思考を一時中断して慌てて振り向けば、そこには何とも意外に過ぎる顔があった。

 

「お前は――」

 

 俺は驚きとともに目の前の男の名前を呼んだ。

 

「お前は――ギース!」

 

 短く刈り上げた髪に、どう見ても堅気には見えない人相の悪い顔。単色の迷彩服とでも言えばいいのか、枯草色の戦闘服に身を包んだ壮年の男。

 まだ異世界に行く前、SAL研究所の地下でデュエルした――“精霊狩り”とも呼ばれる裏世界のデュエリスト、ギース・ハントがそこにいた。

 

「お前、どうして……っていうかここは……?」

 

 それらの疑問が率直に出る。

 確か俺とのデュエルの後、こいつは自分がこれまで虐げてきた精霊たちに連れられて消滅したはずだ。

 ギースの二つ名“精霊狩り”とは、精霊を見ることが出来るこの男がその能力を活かし、精霊を捕まえて好事家に売る仕事を生業としていたためについた名だ。

 恨みを持つ精霊は多かったはずであり、ともすれば死んだのではないかとさえ思っていた。

 それに、ここは一体どこなのか。少なくとも自然豊かで明るい時点でアカデミアがあった場所ではないようだが……。

 恐らく言葉と同様に俺の顔にはそんな疑問が現れているはずだ。そして対するギースはそれを正確に読み取ったのか、にやりと笑って口を開いた。

 

「へっ、俺がここにいるのは単にあいつらに連れてこられたからだ」

「あいつら?」

 

 ギースが親指で奥を示す。

 その先を目で追えば、そこには草原の中で小さな花を手に持って走り回る小さな姿がいくつも見て取れた。そして、その姿は全て俺にとって見覚えのあるものだった。

 なにせ、彼らはみんなデュエルモンスターズでカードとして存在しているのだから。

 

「プチテンシ、キーメイス、ワタポン……あの精霊たちは、あの時の……」

 

 ギースとのデュエルを終えた時に現れた精霊たち。その姿がそこにはあった。

 

「そうだ。それで、お前ならあいつらを見ていればここが何処なのかなんてわかるだろう、皆本遠也さんよ」

 

 ギースの言う通り、俺は精霊たちを見たことでここが何処なのか既にわかっていた。

 彼らはどう見ても実体化して遊び回っている。そして、俺はこの光景に見覚えがあった。現実として見たわけではなく、画面を通して見ただけの世界。

 そう、ここは……。

 

「精霊界……」

「正解だ。ったく、お前が倒れてるのを見た時は驚いたぜ。まさかここでお前の顔を見ることになるとは思わなかったからな」

「……後半についてはまさに今の俺の気持ちなんだが」

「違いねぇ」

 

 くつくつと笑う。

 そのギースの笑みに嫌味な様子はなく、まるで憑き物が落ちたかのように感じが変わっていた。

 俺が研究所の地下で戦ったギースは徹頭徹尾イヤな奴で、それこそ怒りを覚えるほどだった。少なくとも、こんなふうに笑える人間ではなかったはずだ。

 となると、やはりあのデュエルの最後の時が変わった切っ掛けだろう。ギースが精霊たちと共に光に包まれた時、まるで人が変わったように己の過去を話し出した。

 あの時の光に、何かそういった効力があったのかもしれない。自分自身を見つめ直させる、そんな効果が。

 まぁ考えても真偽はわからない。なら今はそれよりもこれからのことを考えた方が建設的だろう。そう、俺が元の場所に……皆のところに戻る方法をだ。

 その意思を新たにし、俺は足に力を入れて立ち上がる。

 

 が。

 

「……あれ?」

 

 僅かに立ったところで、上手く力が入らずに腰が落ちる。意図せず草原の上に座り込んだ俺は、一体どうしてと我が事ながら呆気にとられるしかなかった。

 

「おいおい、無理するんじゃねぇよ」

 

 ギースの言葉に、俺は顔を上げる。どういうことだと目で問えば、ギースは肩をすくめて答えた。

 

「いきなり元のように動けるかよ。半死人だったんだぜ、お前」

「……は?」

 

 半ば死んでたんだよキミ。

 そう言われて、一瞬頭の中が空っぽになった。

 しかしすぐに呆けている場合じゃないと自分に言い聞かせる。

 

「……どういうことだ?」

 

 ギースは半死人だったと言った。しかし改めて俺の体を見回してもそんな風に表現されるような怪我は見当たらなかった。

 だから、問いかける。今の言葉の意味は何なのかと。

 

「どうもこうもそのままだ。……しゃあねぇ、んじゃあ今に至る経緯って奴を話してやるよ」

 

 ギースは頭を掻くと、抜けるような青空を見上げた。そして、ゆっくりと語りだす。

 

 

 ギース曰く、事の始まりは数日前に突然空に黒い穴が開いたことだったらしい。

 陽気な青空に突然穿たれたその穴を誰もが見上げ、ギースもまたその穴を注視していると、突然そこから一体のドラゴンが飛び出してきたというのだ。

 そのドラゴンにギースは見覚えがあった。なぜならそのドラゴンとは、俺が持つ《スターダスト・ドラゴン》だったからだ。スターダストがいきなり飛び出してきたという。

 ギースは精霊世界でまさかスターダストを見ることになるとは思わず、呆然とそれを見上げていたらしい。そしてスターダストはよろめくようにして高度を下げ、やがては墜落に近い形で草原に落ちたのだという。

 そこでようやく我に返ったギースは、他の精霊たちと共に急いで現場へ急行。その頃にはスターダストはその身を光と化して消失させており、残っていたのは傷だらけで今にも死にそうな俺だけだった、ということらしい。

 

 

 

「その後、お前の傷は治してもらって、今に至るってわけだ。俺はお前の世話を任されたのさ、知り合いだからってな。感謝しろよ」

「いやまぁ、感謝はするけどさ……」

 

 あの頃はマジギレした相手だけに複雑ではあるが、受けた恩に感謝をしないほど薄情ではないつもりだ。

 しかし、スターダストが俺を助けてくれたのか……本当に俺には勿体ない相棒だ。だが、一体どうやって……?

 いや、それは後にしよう。それよりも。

 

「結局、なんで俺の傷は治ってるんだよ? 治してもらったって、誰に?」

 

 そう、その根本的な疑問が解決されていない。

 ユベルとの決戦時、俺の体は本当にボロボロだった。短期間で何度も繰り返したデス・デュエルによって、既に限界だったのだ。そのうえでユベルとの闇のデュエルである。

 あの時にはもう精神力で無理矢理立っている、そんな状態だったのだから、体の状態など真っ当であるはずがない。

 その俺の体が今や傷一つないのだ。さすがに自然に完治したとは考えられない。ならばどうして治っているのか。

 ギースは治してもらったと言った。なら、そいつは誰で何者なのか。今ここにいる経緯こそわかったが、そこが全く分からない。

 そんな困惑した俺の疑問に、ギースはにやりと笑った。

 

「今から会わせてやる。お前を治療した奴……この世界の王様にな」

 

 言って、ギースはついてこいと言葉を残して俺に背を向ける。

 精霊世界の王……。そのフレーズを聞いて、俺の中にはある存在が浮かび上がっていた。

 だが、まだ断定するべきではないだろう。俺は頭を振ると、ギースを追うべく足に力を入れた。

 そして、口を開く。

 

「待て、ギース」

「ああ?」

 

 どこか鬱陶しげに振り返ったギースに、俺は中腰のまま足を震わせて、言った。

 

「肩を貸してくれ。立てない」

 

 そういやそうだったな。溜め息交じりにそう言うギースの声が、なんだか申し訳なく思える俺だった。

 

 

 

 

 そんなわけでギースに肩を貸してもらって草原と小さな森の中を歩くことしばし。少しずつ体のほうも慣れてくれたのか、自分の足でも立てるようになり、それからはゆっくりながらも自力でギースについていく。

 体感では十分ほどになるだろうか。万全の状態ならもっと早く着いていたかもしれないが、ともあれ今の状態での精一杯で辿り着いたのは、草原と森に囲まれた中心地。そこにある大きな岩だった。

 見上げるほどに巨大で、三十メートルはあるんじゃないかというほどに大きい。そしてその表面には竜の骨格が化石のように浮かび上がっていた。

 そして、その岩の前。俺たちを待っていたかのように佇んでいる存在。それを見て、俺は確信する。自分の予想は間違っていなかったのだと。

 

「言われた通り連れてきたぜ」

『ありがとう。助かりました』

「ふん、じゃあな。俺はもう行くぜ」

『ええ、またあの子たちと遊んであげてください』

「ちっ」

 

 去って行くギースを見つめる視線には優しさがある。それに反発するように舌打ちを残して、ギースは歩いていった。

 そして俺はそのやりとりの間、ずっと目の前の存在を観察していた。

 青く艶のある体躯は長く、東洋の龍を思わせる。その背に生える翼は、鳥や蝙蝠のようなそれとは違い、どちらかといえば蝶や妖精を連想させる神秘的なものだ。

 細く華奢な腕に、赤い兜のような装飾から背中に流れる緑の鬣。兜の下から覗く輝く大きな瞳が一対、ギースに向けていたそれが俺に向けてゆっくりと動いた。

 

『はじめまして、スターダスト・ドラゴンを担う少年よ。私はエンシェント・フェアリー・ドラゴン。この精霊世界を統べる王です』

 

 女性的な声で紡がれた彼女自身の名。精霊世界の王という単語から俺がした予想に違わないその名前を改めて事実として認識する。

 

 エンシェント・フェアリー・ドラゴン。

 この名前を知らないはずがない。

 

 今の時代よりも幾らかの未来。不動遊星が中心となる物語の中でもトップクラスに重要な役割を持つ存在の一体だからだ。

 五千年周期で繰り返される赤き竜と地縛神の戦い。その中において赤き竜の使徒として戦う五体の竜の一体。いわゆるシグナー竜と呼ばれるドラゴンの一体、それがエンシェント・フェアリー・ドラゴンである。

 やがては龍可をシグナーとして選び、世界を破滅させる地縛神との戦いに身を投じることが運命づけられている、この世界の存続そのものを左右する一端を担う存在だ。

 また、エンシェント・フェアリー・ドラゴンはシグナー竜の中でも人語を操る唯一の存在であり、精霊世界を統べるという役割をも持つ。その意味では、人間世界と精霊世界にとって欠かすことのできない存在であるともいえる。

 そういった存在であることから、この精霊界に存在していることはいい。原作でも初登場は精霊界だったことだし納得できる。

 だが、なぜ姿を現すことが出来る? 確かエンシェント・フェアリー・ドラゴンは五千年前の戦いにおいて地縛神に封印されてしまったはずだ。そしてその背後にそびえる岩の表面を見るに、あの大岩が彼女が封印されている岩なのだろう。

 化石のような浮彫があることから、いまだ封印が解かれていないことが窺える。それがどうして……。

 困惑を隠せない俺はしばし動きを止めて思考に耽っていた。しかしふとそういえば名乗られていたことを思い出し、俺は慌ててエンシェント・フェアリー・ドラゴンに向き合った。

 

「あ、俺は皆本遠也です。……あと、ありがとうございます。傷を治してくれたみたいで……」

 

 ついでに治療をしてくれたことへの感謝も付け加える。

 あれだけの傷がすっかりなくなっているあたり、普通の治療がされたわけじゃないはずだ。きっと精霊の不思議な力で治してくれたのだろう。

 素直な感謝の気持ちと敬意を込めて、俺は頭を下げた。

 それに対して、エンシェント・フェアリー・ドラゴンは厳かに頷く。

 

『敬語は必要ありません。我が朋友の友ならば、私にとっても友……。そうでしょう、スターダスト・ドラゴン』

「え?」

 

 いつの間にかエンシェント・フェアリー・ドラゴンの視線は俺の後ろに向いていた。

 つられるように振り向けば、そこには翼を広げて立つ俺のデッキのエースであり、また相棒でもある存在が佇み、じっとエンシェント・フェアリー・ドラゴンを見つめていた。

 

「スターダスト……」

 

 俺の呟きにスターダストは一度だけ俺に視線を落とし、そして小さく鳴き声をこぼすと再びエンシェント・フェアリー・ドラゴンに向き直った。

 

『久しいですね、スターダスト・ドラゴン……。よもや五千年を待たずこうして顔を合わせることになるとは思っていませんでしたが』

 

 スターダストは同意を示すようにくぐもった声を漏らして頷く。

 

『次の戦いまでついにもう一世紀もない。こうして私が姿を現せるまでに封印が弱まっていることから、地縛神との戦いも近いでしょう。……ですが――』

 

 そこでエンシェント・フェアリー・ドラゴンは俺に視線を戻す。

 

『それでも、シグナーを選ぶにはまだ早い。赤き竜は何故この時期に貴方をシグナーに選んだのか……』

 

 訝しげに紡がれた言葉。それを聴き、俺はエンシェント・フェアリー・ドラゴンの勘違いに気がつく。

 どうやら彼女はスターダストと一緒にいる俺をシグナーであると思っているようだ。

 正確には俺はスターダストの所有者であってもシグナーというわけではないのだが、初見の彼女にはスターダストと一緒にいる俺がシグナーに見えたのだろう。

 しかし残念だが、俺はそんな大層な存在ではない。その勘違いを正すべく俺は口を開いた。

 

「えーっと、エンシェント・フェアリー・ドラゴン……でいいのか?」

『なんでしょう』

「たぶん、勘違いしてると思うけど、俺はシグナーじゃない。スターダストは確かに俺と一緒にいるけどさ」

 

 体中どこを探したって、俺に竜の痣なんてものはない。だから、俺がシグナーではないのは確実なのだ。そうエンシェント・フェアリー・ドラゴンに伝えた。

 のだが……エンシェント・フェアリー・ドラゴンの怪訝な面持ちは変わらなかった。

 

『では何故、あなたに赤き竜の加護があるのですか?』

「――へ?」

 

 次にエンシェント・フェアリー・ドラゴンから放たれたその一言に、俺は一瞬何を言われたかわからなかった。

 俺に赤き竜の加護? シグナーでもない俺に?

 そのことにそんな馬鹿なと一瞬思うが、同時に脳裏によぎった過去の出来事から俺は一概にそうは言えないかもしれないと思い直した。

 そう、確かに思い当たる節はあるのである。

 一年生の頃、トラゴエディアと幻魔との戦い。その時に感じた背中の熱。あの時、俺は何かに導かれるように《救世竜 セイヴァー・ドラゴン》を引いたし、選んだ。

 薄々そうではないかと当時から思っていたが、確信がないため放置していた。しかし、やはりあれは赤き竜の加護だったのかもしれない。

 だとすれば、エンシェント・フェアリー・ドラゴンと同じ疑問が俺にも生じる。

 シグナーでもない俺に、何故そんな加護が?

 ……いや、待て。その前に、当時を知らないエンシェント・フェアリーが、何故俺にそんな加護があるかもしれないことを知っているんだ?

 

「……エンシェント・フェアリー・ドラゴン。どうして、俺に赤き竜の加護があると?」

『あなたがこの精霊世界にたどり着いた時の話は聞きましたか?』

「ああ」

 

 ギースが話してくれたことだろう。スターダストと共に空に出来た穴からこの世界に落ちてきた、という。

 俺の首肯を受け、言葉が続く。

 

『あの時、中空に空いた穴の中からあなたが出てくる瞬間。私は見たのです。スターダストと重なるようにして力を貸していた赤き竜の姿を』

「は!?」

 

 その時に、赤き竜が?

 ということはつまり、赤き竜は俺を助けるために出てきてくれたということか?

 ……そういえば、よくよく考えてみるとギースの話にはおかしな点があった。ここは精霊世界だからスターダストが実体化できたとしても不思議ではない。しかし、ギースは俺がスターダストと共にこの世界に落ちてきたと言った。

 

 つまり、精霊世界に着く前からスターダストは実体化して俺と共にいたということになる。

 

 俺に精霊を実体化させる能力はないし、スターダストにも恐らくないだろう。なら、ユベルに落とされた異次元で、スターダストが実体を持てた理由はただ一つ。外部からの協力に他ならない。

 そしてそれを行ったのが、エンシェント・フェアリーの言葉を信じるならば赤き竜ということになる。

 しかしそうなると、なぜ赤き竜はそこまでして俺を助けてくれるのか、という話になる。これで三度目だ。赤き竜が干渉してくるのは。シグナーでもないただの人間に、赤き竜が何故手を貸す?

 俺はそんな特別な人間はない。何か理由があってしかるべきだろう。

 

 ――俺を助ける理由。考えられる理由としては……。

 

 あったか、一つだけ。

 

「俺じゃなくて、スターダストなんじゃないか?」

 

 唐突な俺の言葉に、エンシェント・フェアリーは『どういうことですか』と尋ねてくる。

 つまりは、赤き竜が助けたのは俺じゃない。スターダストのほうだった、ということだ。

 

「スターダストは地縛神との戦いで必要な存在だ。だから異次元で消えてしまうのを赤き竜は防いだんじゃないか?」

 

 一年生の頃もそうだ。トラゴエディアがいたのは精霊世界。あそこで負けていたら、スターダストのカードはあそこに置き去りとなり、人間世界に戻ってこなかったはずだ。だからセイヴァー・ドラゴンを俺に引かせ、トラゴエディアの勝利に協力した。

 そして幻魔戦。そっちは《ワン・フォー・ワン》による特殊召喚だった。だからセイヴァー・ドラゴンを場に召喚した事自体に赤き竜の力は働いていなかったと思う。

 だが、セイヴァー・スター・ドラゴンの召喚となれば話は別だ。原作においても、セイヴァー・スター・ドラゴンの召喚時は赤き竜の力が関わっていた。あの時俺はセイヴァー・ドラゴンを選んで特殊召喚したが、赤き竜の助けがなければ、もしかしたらセイヴァー・スター・ドラゴンをシンクロ召喚できていなかったかもしれない。

 そしてその結果、デュエルで負けることによってスターダストはあの場で消滅していてもおかしくなかった。となれば、あの時もやはりスターダストを守るためと考えれば赤き竜の介入も納得できなくもないのだ。

 

「つまり、赤き竜が助けたかったのはスターダストで、俺が助かったのは単にスターダストの持ち主だから……ってことなんじゃないかと」

 

 あくまで推測であり、確信はないが。

 しかし、特に何の特殊性もない人間である俺よりは助ける理由に説得力はあると思う。なにせスターダスト・ドラゴンは代えがきかない。そのうえ赤き竜にとっては仲間とも言える存在だ。助けるのは至極当然といえる。

 もちろん推測である。が、我ながらこれしかないとさえ思える理由だった。しかし対するエンシェント・フェアリー・ドラゴンはそうは思わなかったようである。

 

『なるほど、その可能性はあります。しかし――……いえ、憶測を重ねるのはやめておきましょう』

 

 奥歯に物が挟まったような言い方だった。

 それが若干気になるものの、しかし俺はそれを意図して気にしないようにする。

 それよりも、俺は彼女に聞きたいことがあったからだ。

 

「ところで、エンシェント・フェアリー・ドラゴン」

『なんでしょう、遠也』

 

 物憂げだった態度を改め、エンシェント・フェアリーが応える。

 俺の背の倍ほど上にある顔を見上げ、俺は最も聞きたかった本題を切り出した。

 

「俺が元いた場所にはどうやったら戻れる?」

 

 それだけが、今俺が知りたいことだった。

 本当ならあのまま異次元をさまよい続けて死んでいたのだろうところを、この世界に流れ着いて命を拾えたのは本当に僥倖だ。

 そしてそれを為してくれたエンシェント・フェアリーには心から感謝している。本当なら何か彼女に恩を返すのが筋なのだろうが、しかし今はそれよりも優先すべきことが俺にはあった。

 いまだユベルによって異世界にあるだろうアカデミア。いや、ひょっとしたらもうアカデミアは元の世界に戻っているかもしれない。

 だが、十代たちは再び異世界の土を踏むはずであった。ならば俺は少しでも早くみんなと合流してその力とならなければならない。

 特にこの異世界での出来事は十代たちにとっての分岐点ともなるものだ。だからこそ俺は彼らのことが心配であり、それゆえに早く元の場所に戻りたかった。

 赤き竜のことも気になるが、その考察を始めたら長くなるのは間違いない。ならば一番知りたいことを早く知りたかった。

 そんな思いを余すことなく込めた俺の言葉に、エンシェント・フェアリーは申し訳なさそうに首を振った。

 まるで何かを否定するような仕草。嫌な予感がよぎる。そしてその予感は、一拍の後に現実のものとなった。

 

『私には、あなたが何れの世界から来たのかわかりません。なので、送り出すことも出来ない。残念ですが……』

 

 一瞬俺は呆けるが、すぐに態度を直す。その可能性を考えていなかったわけではないのだ。来ることが出来ても、戻ることは出来ない。そんなことは俺が何よりよく知っているからだ。

 だからすぐに気持ちを落ち着け、今度は今の言葉を踏まえたうえで問いかける。

 

「……けど、元の世界の場所さえわかればすぐに戻れるようになるんだろ?」

 

 幾分以上に期待を込めた言葉だった。

 しかしこれにも、エンシェント・フェアリーは首を横に振った。

 

『遠也。世界と世界は、いうなれば遠く離れた島と島のようなもの。その間の空間は常に荒れている海のようなものです。そして私たちに船はなく、羅針盤もない』

 

 それは、つまり。

 

『仮に目的地の場所が分かったとしても、身一つで高波揺れる海へと出るのは無謀です。私としては、とても勧められません。心中察しますが……』

 

 今の俺には元の場所に戻る方法はないということだった。

 俺はさすがに何も言うことが出来ず、立ち尽くすしかなかった。

 

 

 

 

 

 それから少し経って自失から立ち直った俺に、エンシェント・フェアリーはしばらく休むことを提案してくれた。

 この世界は彼女にとって自身の庭に等しい。元々が平和な場所ではあるが、もし何かあってもエンシェント・フェアリーの力によって問題が起こることはない。

 そのため安心して休んでほしいと言われ……俺は結局それに従うことにした。

 それがエンシェント・フェアリーの心からの善意からくる提案であることはわかっていたし、それに実際今の俺に出来ることはあまりにもない。それに未だ全快とはいかない以上、休養をとることは間違いではないはずだった。

 だが、それでも諦めたわけではなかった。休むよう言われてから数日……何度も元いた場所に戻る方法を必死に考えてはいる。

 

 が、しかし。俺の願いも虚しく何も案は出てこなかった。

 

 これが三沢だったら何か考え付くことが出来たのだろうか、と何となく仲間内で最も頭がいい友人の顔を思い浮かべる。そしてすぐにそれが益体のない思考であると気付き、俺は溜め息をこぼした。

 腰を下ろしている草原から、空に向けて視線を上げる。

 憎らしいほどに晴れ渡った蒼天は、鬱屈として俺の内心とは正反対だった。

 決してこの世界が嫌いなわけじゃない。むしろ温かく、居心地がよいこの世界のことを俺は好きになっていた。

 しかし、今はそうも言っていられない。状況を考えれば、一秒でも早くこの世界から俺は出たかった。しかし、空に浮かぶ雲は俺のそんな焦燥とは裏腹にゆっくりと動いている。

 それがまるで、慌てるなと言われているようで、焦りを自覚している俺は何となく反発を覚える。そして直後、雲に対して何を考えているのだと自分の余裕のなさに溜め息をつくのだった。

 

「よう、シケた面してんな」

 

 そんな時、不意に掛けられた軽薄な声に俺はそちらに目を向けた。

 

「……なんだ、ギースか」

「なんだとはご挨拶じゃねぇか。っていうか、ここらで人間の言葉話せるのなんざ俺たちかあの王様ぐらいしかいねぇだろうがよ」

『私のことを忘れてほしくないものだな』

 

 聞こえた別の声はギースの横からだった。もちろん俺も気づいている。大人であるギースと比較しても大きい純白の獅子の姿を。

 

「おっと、そういやそうだったなレグルス。あんたも喋れたっけか」

『わざとだろう、まったく……。なぜエンシェント・フェアリー様はこのような奴に慈悲をかけるのか……』

 

 嘆かわしいとばかりに目を伏せるレグルスに、ギースは小さく笑うだけだった。

 このレグルスはエンシェント・フェアリーに仕える従者のような存在である。外見は金色の鬣と純白の体躯が眩しいライオンそのものであり、大の大人と比較しても大きい体と礼儀正しい態度はいかにも従者・護衛然としている。

 そして人型ではない精霊としては珍しく人語を操ることが出来る。一応他の場所にも人型のモンスターや人語を解する獣型のモンスターもいるらしいが、少なくともエンシェント・フェアリーの封印されている場所に近いこのあたりではレグルスぐらいしか人の言葉を話すものはいないらしかった。

 そしてどうもレグルスとギースは意外と気が合うようだった。少なくとも、俺が見ている分にはそう思えた。

 軽薄なギースと厳格なレグルス。凸凹コンビという表現もあるが、二人の場合はきっとそういう感覚に近いのだろう。

 今も何やら言い合っている彼らに、俺は苦笑しつつ声をかけた。

 

「ギースもレグルスもほどほどにな。それより、慈悲をかけるって何のことだ?」

 

 一人と一頭は俺の言葉に掛け合いをやめる。そしてレグルスが改めて俺に向き合った。

 

『うむ。このたび、このギースを人間界に戻すことが決定したのだ』

「……え?」

 

 思わず漏れた俺の驚きの声を余所に、レグルスの話は続く。

 

『精霊への偏見も既にない。本人もこれまでの行いを反省している。エンシェント・フェアリー様はここ最近のギースの様子を見て、戻しても問題ないと判断されたのだ』

「けっ、俺はもっと早く戻りたかったんだがな」

『人間界にいる精霊にはいかにエンシェント・フェアリー様といえど十分な支援はできん。ゆえに精査する必要があったのだ。そのために時間がかかった』

「わかってるよ。不満はねぇさ」

「ち、ちょっと待ってくれ!」

 

 ギースの軽口にレグルスが真面目に返す。二人の相性の良さが見え隠れする親しげなやり取りの中で、聞き逃せない事実に気付いた俺は口を挟んだ。

 

「帰れるのか!? 元の世界に!」

 

 世界と世界の間を渡るのは危険なことではなかったのか。もし世界間の移動が可能なのだとしたら、自分のここ数日の悩みは何だったのか。

 その思いから思わず大きくなった声に、レグルスが頷いて答えた。

 

『ああ。この精霊界とお前たちが過ごしている人間界は表裏一体。言うなれば、ドア一枚を隔てた向こう側だからな』

「じゃあ、アカデミアが飛ばされた世界にも……」

 

 異世界という点では共通であろう俺が戻りたい場所を口にすれば、レグルスは首を横に振った。

 

『残念だが、お前がいたであろう世界は精霊界側だ。それも、とびきり離れた次元にあったと思われる。もし人間界のように隣接しているなら、あれほど大規模な次元の狭間が生まれることはないはずだからだ』

 

 俺がこの世界に現れた時に生じた穴のことを言っているのだろう。近しい場所であれば、それほどの歪みが生まれて世界に穴を開けることなどなかったはずだとレグルスは言う。

 そして、それが俺がいた場所が遠方にあることの証左になるという。それゆえ俺たちが元いた人間界と違ってアカデミアが飛ばされた異世界の場所は特定できないのだという。

 特定できたとしても、行く手段がない。レグルスが言う言葉は、どこまでもエンシェント・フェアリーと同じだった。

 

「……そうか……」

 

 俺は落胆を隠す余裕もなく溜め息をこぼした。

 いや、わかっていたのだ。そう都合のいい話はないということは。だが、それでも早くあいつらに合流したいという思いが強かったのだ。

 ユベルの件があり、これからの行程には大きな試練がある。特に十代にとっては人生すら変えかねない一大事だ。その時に傍にいられないというのは、あまりにも友達甲斐がないではないか。

 

 それに……。

 

 マナ。

 

 あいつにも会いたかった。泣きそうな顔で穴に吸い込まれていく俺を見ていた顔が思い浮かんで、俺は一層その気持ちを強くする。

 無事だと伝えてやりたかった。一刻も早く。

 その思いが焦りとなっていることは明白だったが、それでも俺はそんな自分の衝動を抑えきることが出来なかったのだ。

 しかし、現実はそう簡単ではない。人間界に戻ることは出来るという。ならば、人間界に戻ったとしよう。

 だが、そこからどうする。俺に異世界へ渡る手段などない。戻ったが最後、手詰まりなのだ。それならまだ精霊界にいた方が皆に近しいはずだった。

 だが、そこから先に繋がる方策がない。どう動けばいいのかもわからない。

 どうする。一体、どうするばいい。

 再びそんな思考に没頭しようとした、その時。ゴツンと頭の衝撃が走った。

 

「いっ……てぇな! 何するんだ!」

 

 頭をぶたれた。それを認識した瞬間、俺は下手人を睨んだ。

 握り拳を顔の前で構えたギースは、呆れたような顔で怒りを露わにする俺を見下ろしていた。

 

「よう、知ってるか? 壊れた電化製品ってのはな、叩けば直るらしいぜ」

「どういう意味だそりゃ……!」

 

 挑発としかとれない台詞に、俺の声もさすがに剣呑さを帯びる。元々あまり良い気分でもなかったところに、理由もなく殴られたのだ。好意的な応対など出来るはずもない。

 しかしそんな俺の視線を受けても、ギースは怯むこともなくふんと鼻を鳴らすだけだった。

 

「どういうも何も、そのままだ」

『ギース、遠也の気持ちも考えてやれ』

 

 険悪な雰囲気になったからだろう。きっかけを作ったギースにレグルスが提言する。

 しかし、ギースは頷かなかった。

 

「いいや、言うね。なぁ、俺はお前のことをもっと熱い男だと思ってたぜ」

「なにを……」

 

 熱い男だなんて、それはむしろ俺よりも十代に相応しい表現だ。それに、そんなことが今何の関係があるというのか。

 そう訝しむ俺に、ギースは更に言葉を募らせた。

 

「そうだろうが。あのお嬢ちゃんが精霊だと知ったうえで、それでも好きだと言い切った男だ、てめぇは。あの時、俺は笑い飛ばしちまったが……」

 

 少し後悔するような表情を覗かせ、続ける。

 

「今は、すげぇと思うぜ。正直な」

「……ど、どうも」

 

 ギースは真顔だった。茶化すわけでも、からかうわけでもなく、本心からそう言っているのだとわかる。

 だが、いきなりそんなことを言われた俺は感じていた苛立ちも忘れて混乱した。そして口からついて出たのはよくわからない感謝の言葉。

 ギースはけっ、と悪態をつきつつも笑った。

 

「だからよ、あん時の熱さを見せろよ。ここでじっと考え込んでんのもいいが、らしくねぇ気がするね俺は」

 

 それだけだ、と最後に付け足して、ギースは俺の胸を拳で小突いた。

 軽い衝撃。俺はそれを呆然と受け止めた。

 そして目の前にいるギースを見れば、なんともバツの悪そうな表情を浮かべていた。

 

「ガラにもねぇことしちまったぜ、ったく……。おい、レグルス。俺はもう行くぜ」

『ああ』

 

 先んじて歩き出したギースに、レグルスが追随する。

 遠ざかっていくギースの背中。かつては本気で怒り、その感情をぶつけた敵であったが、今のアイツに対してそんな感情は微塵もない。

 精霊を慈しむ心を思い出し、人に対する優しさを見せ、そして今こうして俺を励ましてくれたその姿は、敵ではない。

 あいつがどう思っているかはわからないが、少なくとも俺は確かな絆を感じていた。

 

「ギース!」

 

 呼びかける。

 それにギースは振り返らなかったが、足を止めた。

 俺はただその背中に声をかけた。

 

「ありがとな! 次に会ったらまたデュエルしようぜ!」

 

 振り向くことはなく、返ってくる言葉もない。しかし気だるげに挙げられて振られた手が、何よりも雄弁な答えだった。

 そしてギースはレグルスと共に草原の向こうへと歩いていく。俺はそれを背中が見えなくなるまで見送った。

 心の中でもう一度感謝の言葉を呟きながら。

 

「……――さて」

 

 ギースを見送った俺は、一つ息を吐き出して顔を上げた。

 抜けるような蒼天はまるで今の俺の気持ちを表しているようだった。

 俺の心に、さっきまであった鬱屈した迷いはない。何も深く考える必要などなかったのだと気付いたからだ。

 ただ俺は自分がしたいことをきちんと認識していればよかった。そしてそれに向かって走っていればよかったのだ。

それが可能かどうかなんて関係ない。考えて駄目だったなら、行動しろ。それだけのことだったのだ。

 左腕に着けたデュエルディスクを起動させる。モーメントが放つ虹色の燐光が薄らと煌めく中、俺は一枚のカードを手に取った。

 

「……頼むぜ、《スターダスト・ドラゴン》!」

 

 スターダストのカードをデュエルディスクへと置けば、ディスクがその機能を十全に発揮してスターダストの姿を色鮮やかに形作っていく。

 デュエルのさなかとは違い、咆哮もなくその姿を見せたスターダストは翼を広げて滞空するのみで何もしない。戦うべき相手がいないのだから当然だった。

 しかしその代わり、スターダストはその目を真っ直ぐに俺へと向けていた。

 その目に込められているスターダストの意志とは何なのか。超能力者でもなんでもない俺に、それはわからなかった。

 しかし、たとえわからなくても通じ合うものはある。だから俺は心からの信頼を込めてスターダストの目と視線を合わせた。

 

「――スターダスト」

 

 呼びかける。スターダストは何も言わずにじっと俺を見つめていた。

 

「俺に、皆のところに行くアテはない。どうやったらいいのかなんてわからないし、ここのところずっと考えていてもそれは変わらなかった」

 

 俺はどこまで行ってもただの人間だ。異世界出身だろうとそれは変わらない。世界の間を移動する術などなく、ただそれでも何か方法はあるかもと希望に縋って考え込んでいるだけだった。

 だが、結果は出なかった。ならば、同じことを繰り返していても仕方がない。考える時間は既に終わったのだと俺は知った。

 そうだ。知った以上、もうじっとしてなんていられない。

 

「なら、俺は前に進む! こうしている間にも、十代たちは大変な思いをしているかもしれないんだ!」

 

 俺が知る、有り得るかもしれない未来の知識。そこで十代の身に降りかかる数々の苦難は、十代の真っ直ぐな心すら変貌させてしまうほどに険しく残酷だ。

 そしてそれは十代の周囲、仲間たちにも大きく影響する。誰にとっても辛く、救いのない現実が手ぐすねを引いて待っていると俺は知っている。

 彼らはそこに立ち向かおうとしている。いや、もう既にその苦境の中かもしれない。

 だというのに。

 

「それなのに、何もできないなんて我慢できない! 十代の身に襲い掛かる苦しみを知っていて力になれないなんて……俺は自分を許せない!」

 

 一人、のうのうとこの平和な世界で過ごしている。忸怩たる思いを抱えながらも、しかしアテなどない俺はただじっとしているだけだった。

 当然、俺はそんな自分のことを良しとは思っていなかった。

 しかし、一体どうすればいいのかわからなかったのだ。それはギースによって励まされた今でも変わらない。皆と合流できる確実な方法など全く思いつきもしなかった。

 けれど、一つだけ。

 一つだけ、俺には心当たりがあった。

 確証はない。まして、俺なんかに力を貸してくれるのかも。

 しかしそれでも、俺はエンシェント・フェアリーが言っていたその可能性に賭けるしかなかった。

 彼女が言った確実性の乏しい可能性――赤き竜の加護。

 スターダストに出てきてもらったのもその可能性に賭けたからだ。スターダストがいれば、ひょっとしたら力を貸してもらえる確率が上がるかもしれない、とほんの僅かな可能性にも縋る、そんな思いだった。

 俺はその小さな可能性に希望を託し、蒼天に向かって声を張り上げた。

 

「赤き竜! もし聞こえていて、そして少しでも俺のことを気に掛けていてくれるというなら、力を貸してくれ! 何が返せるのかなんてわからないけど……」

 

 俺に特別な力は何もない。重ねて言うが、それは事実だ。返せるものなんて、何もないかもしれない。

 しかし、それでも譲れないのだ。

 

「――頼む、赤き竜よ! 頼むッ!!」

 

 声が枯れんばかりに俺は叫んだ。絶叫に近かったかもしれない。

 間違いなく俺の心からの気持ちを乗せた願いだった。あいつらの力になりたい。苦しんでいるのなら、助けたい。仲間として、友として、そして男として。俺自身という存在にかけて願う心からの叫びであった。

 だが、思いさえあれば何とかなるというのは物語だけの話だ。現実は辛く、厳しい。

 その証拠に、俺の叫びに返ってくるものは何もなかった。一分ほど待っても、それは変わらず。ただ草原に吹く温かい風が俺の肌を撫でるだけだった。

 

「……駄目、か」

 

 少なくない落胆が声にも表れる。もちろん分の悪い賭けではあったが、それでも期待しない部分がなかったわけじゃない。それだけに、やはりこの結果には落ち込んだ。

 赤き竜にとって自らの仲間と呼べるスターダストを介してならばあるいは……とも思ったが、駄目だったようだ。

 むしろ何故それならばもしかして、などと思ったのか。自分の浅慮に溜め息が出るほどだった。

 だが、駄目だったなら駄目だったで仕方がない。どちらにせよ、可能性は低かったのだ。ならばすっぱり諦めて、次の方法を模索するべきだろう。

 

「そうだ。何か方法があるはずだ……絶対に」

 

 動き始めた最初の一歩で躓いたからといって、そこで立ち止まるわけにはいかない。皆は俺にとってかけがえのない存在だ。なら、何としても諦めるわけにはいかなかった。

 とりあえずはもう一度エンシェント・フェアリーを訪ねることから始めてみよう。彼女ならば俺には思いつかない何かを思いつけるかもしれない。一度は無理だと言っていたが、もしかしたらということもある。

 俺は一人じゃないんだ。エンシェント・フェアリーもいるし、スターダストもいる。デッキには俺の仲間たちが眠っている。

 きっと、力を合わせれば何とかなる。そう信じて、今は動くのみ。そう決意を新たにして、俺はスターダストを見上げた。

 

「急に呼んで悪かったな、スターダスト。でもまた頼りにさせてもらうぜ。よろしく――!?」

 

 よろしく頼む。そう最後まで言い切ることは出来なかった。

 何故なら、デュエルディスクに取り付けられたデッキが突然光を放ったからだ。

 眩しい閃光に困惑しつつ、俺は目を細めてデッキに目を落とす。

 すると、光を放っているのはデッキの一番上のカードのみのようだった。俺はゆっくりとそのカードに手を伸ばし、そして手に取った。

 

 突然輝きを見せたカード。それは――、

 

「《救世竜 セイヴァー・ドラゴン》……!?」

 

 スターダストの進化系、セイヴァー・スター・ドラゴンの召喚に必須となるドラゴン族光属性のレベル1チューナー。その姿が手の中にあった。

 何故、という思いが湧き起こる。このカードを俺は確かに持っているが、しかしそれは今デッキに入れていないはずだったからだ。

 セイヴァー・スターも一年生時の幻魔戦以来、全く召喚していない。このカード自体数あったデュエルで一度も手札に来たことがなかったし、俺自身なぜか引ける気がしなかった。そのため、デッキから抜いていたのだ。

 なのに、何故……。不可解な事実に俺は首を傾げた。

 

 その時だ。上空に何か大きな気配を感じ取って俺は顔を上げた。実体がないためか影こそ地表に現れていないが、それでも今目に映っている巨体は迫力と威厳に満ちていた。

 長い体躯は赤く不思議な光沢を放ち、炎のように揺らめいている。視界の全てを覆うほどの大きさで悠々と空を駆け、やがてその存在は特徴的な甲高い咆哮を上げてその頭をこちらに向けた。

 

「……赤き、竜……」

 

 声が震えているのがわかった。

 目の前の存在から放たれる圧倒的な存在感。感じられる不思議な印象に、俺は自分が気圧されているのだと悟る。

 しかし、決して不快感や圧迫感はなかった。それどころか、どこかこちらを包み込むかのごとき安心感がある。じんわりと心の奥が温められていくような、不思議な感覚。

 

 ――これが、赤き竜か。

 

 俺は知識ではない実感として、この時ようやく赤き竜の特別性を知ったのだった。

 

『赤き竜、なぜここに……』

 

 隣から声が聞こえ、ハッとして横を見ればエンシェント・フェアリーが俺と同じく空を見上げていた。

 あまりに赤き竜の存在に圧倒されて、隣に彼女が来ていることにも気がつかなかったようだ。

 エンシェント・フェアリーはどうやら赤き竜の出現を感じ取って、その姿がある直下となるこの場所へと向かって来たようだった。

 そんな中、不意にスターダストが大きく叫んだ。

 空気を震わせる咆哮。驚いて俺とエンシェント・フェアリーがスターダストを見ると、スターダストはその一度の咆哮だけで押し黙った。

 そして今度は空から赤き竜の咆哮が響く。それにもう一度空を見上げれば、赤き竜はゆっくりとその姿を翻し、空を悠然と泳いでいく。

 やがて大気に溶けるようにその姿を薄れさせていき、気がつけばその姿を見ることは出来なくなっていた。

 そうして残ったのは、元の静寂とこの手の中にあるセイヴァー・ドラゴンのカードのみ。

 全てが唐突過ぎて頭が混乱している。けれど、何故かはっきりと確信していることがあった。

 それは、このカードが今の俺にとって何よりも必要なものであるということだった。

 

「は、はは……」

『遠也?』

 

 不思議と、俺は自分がどうすればいいかがわかっていた。このカードに込められた意味も、さっきまでの疑問も、今は嘘のように理解できている。

 その意味を知って思わず漏れた声に、エンシェント・フェアリーが訝しげに俺を呼んだ。

 

「スターダスト!」

 

 けれど、俺はそれよりも何よりもスターダストに声をかけた。

 すると、スターダストはわかっているとばかりに咆哮を上げて俺に応える。

 俺たちの間に疑問はない。ならば、することなど一つだけだった。

 俺はデッキのカードを引くと、デュエルディスクに必要なものを全てセットした。俺はこの身を包む感覚が示すままに口を開く。自然と声に力が籠もった。

 

「集いし星の輝きが! 新たな奇跡を照らし出す! 光差す道となれ!」

 

 デュエルディスクに置かれたのはスターダストの進化を促すカードたち。救世竜がその身を光と変えてスターダストを包み込むと、その姿は徐々に一際大きな姿へと変化していった。

 

「――シンクロ召喚! 光来せよ……《セイヴァー・スター・ドラゴン》!」

 

 瞬間、身に纏っていた光が爆発するかのように吹き飛び、その中から一回り以上に大きくなった白銀の竜が姿を現す。

 白さを増した体表は純白に輝き、その背には二対四枚の翼が雄々しくも美しさを持って存在感を放つ。

 シャープな顔つきと洗練された肉体。神々しさすら感じられるその姿は、まさに二年前に俺が頼りにしたスターダストの進化した姿であった。

 

『こ、これは……スターダストが進化を――?』

 

 エンシェント・フェアリーの驚きの声が聞こえる。ひょっとして、エンシェント・フェアリーはスターダストのこの姿を知らなかったのだろうか。

 そういえば地縛神に挑む赤き竜とシグナー竜たちの姿は、スターダストもレッド・デーモンも通常時の姿であった。五千年前のシグナーは彼らの進化を行っていなかったのかもしれない。

 ならばエンシェント・フェアリーの驚きも当然のものだろう。見知った相手の新たな可能性に驚くその姿を見た後、俺は改めてセイヴァー・スターを見上げる。

 なぜこのセイヴァー・スターなのか。赤き竜は何故セイヴァー・ドラゴンを俺に示したのか。

 その答えを、俺は確認もかねて口に出す。

 

「セイヴァー・ドラゴンは赤き竜の化身。その体には赤き竜の力が宿っている」

『遠也、何を……』

「そして赤き竜には次元を渡る力がある。なら、セイヴァー・ドラゴンにもその力が宿っている」

 

 この次元には時間という意味も含まれる。例えば原作においてパラドックスとの戦いで赤き竜は遊星たちを過去や未来へと運んでいた。赤き竜にとって世界間――距離や時間の隔たりはあってないような物らしい。

 そしてセイヴァー・ドラゴンは赤き竜の化身である。そしてその力が宿っているのだとすれば、その力によって進化したセイヴァー・スター・ドラゴンにも。

 

「セイヴァー・スターにも、その力が使えるようになる……!」

 

 確信を持った俺の言葉に、セイヴァー・スターがその通りだと言わんばかりに空へと向かって嘶く。

 それはまるで俺にとって希望の汽笛だった。

 これで行ける、マナや十代……皆のところへ!

 喜びと興奮で俺の顔は今きっとだらしなく緩んでいることだろう。そして俺は一秒ですら惜しいとばかりにセイヴァー・スターの背に乗せてもらうべく一歩踏み出した。

 

『遠也』

 

 エンシェント・フェアリーの呼びかけ。俺は歩みを一度止めて彼女を振り返った。

 

『あなたは何故、そこまで元の場所に戻りたいのですか?』

 

 エンシェント・フェアリーはそう俺に問う。

 その声には疑問というよりは単純に知りたいという思いが強いように感じられた。

 問い自体は俺にとってもはや当然のように答えが俺の中にあるため簡単だ。そして彼女はこの世界に来てすぐに治療を施してくれたし、途方に暮れた俺をこの世界で過ごさせてくれた。その恩にこれで報いることが出来るとは思わないが、少しでも報いることになればと思い、俺は口を開いた。

 

「ああ、戻りたい。向こうの世界に……いや、皆のところに戻りたい。あいつらと一緒にいたいんだ」

『やはり、人間であるあなたに精霊世界は肌に合いませんか?』

 

 俺はその問いかけに心底驚いた。

 

「まさか! ここはすごくいいところだと思うし、また来たいと思う。ギースだって俺と同じ気持ちだろうさ」

『私は迷っています。ギースをこちらに招き、彼に精霊と親しませるよう仕向けたのは私ですが……人である彼にとってそれは良いことであったのかと』

 

 エンシェント・フェアリーは僅かに目を伏せた。

 

『精霊と心通わせたことを思い出してほしい。ギースはその願いに応えてくれました。そして精霊を慈しむ心を持ってくれた。しかし、それは彼から人としての時間を僅かなりとも奪ったからこそ』

 

 エンシェント・フェアリーは続ける。

 

『元の世界に戻り、人の社会に戻った時。私のしたことは良い事であったのか、と。時おり考えるのです』

 

 元の世界で精霊とは稀有な存在だ。会う機会は本当に少ない。そしてギースのような精霊世界に来てしまった者は、精霊世界にいた時間だけ行方不明になっているはずだった。そういった人が社会復帰をするには、しばらくの時間を要するだろう。

 もしかしたら職にあぶれる可能性もある。精霊に関与したばかりに不利益を被るのならば、するべきではなかったのでは。

 精霊の王として精霊の気持ちを考えるあまり、人の気持ちを考慮していなかったのではと考えるのだという。

 俺はエンシェント・フェアリーの優しさに頭が下がる思いだった。

 ギースは精霊を迫害していた。その迫害されていた側が、迫害した加害者に改心を要求するのは当然のことだ。しかしエンシェント・フェアリーはそれは此方の一方的な希望であり、加害者のその後を思えば果たしてよかったのかと気に掛けている。

 慈悲深く、そして気高い。エンシェント・フェアリー・ドラゴンはやはり精霊を滑るに相応しい存在なのだと俺は改めて認識した。

 

「この世界に来てよかった。俺たちは間違いなくそう思っているよ。後悔なんてするはずがない、それぐらいにな」

 

 心からそう思う。俺たちはこの世界に来て間違いなく良かった。

 それが心底からの言葉であるとエンシェント・フェアリーにも伝わったのだろう。顔を上げた彼女は小さく笑った。

 

『ありがとう、遠也。少し、救われました』

 

 釣られて俺も笑みを浮かべた。

 

「俺なんて、彼女が精霊だぜ。人間と精霊なんて今更だ」

 

 冗談めかして俺が言うと、エンシェント・フェアリーは大きな目を更に開いて驚きを露わにした。

 

『精霊が……あなたの恋人?』

「そうだよ。だから関係ないのさ、そんなこと」

『そんなこと、ですか……フフ』

 

 精霊も人間も変わらない。俺たちは生きていて、意志を通わせることが出来る。そこには確かな絆があるのだ。なら、それで十分だった。

 しかしエンシェント・フェアリーは俺の物言いの何が琴線に触れたのか小さく噴き出した。気になるが、まぁいいかと気を取り直して俺は最初の問いに再び答える。

 

「エンシェント・フェアリー・ドラゴン。俺は皆のところに戻る。マナや十代がいるあそこに。仲間なんだ、皆」

 

 一緒にいたい。そう思える仲間たち。

 そんな大事な仲間に危険が迫っているのだ。ここで行かなくてどうするというのか。

 だから行く。そう言い切った俺に、エンシェント・フェアリーは頷いた。

 

『引き留めてすみませんでした、ありがとう遠也』

「気にするなよ」

『はい。では、行きましょう』

「ああ。……ん?」

 

 今、何か信じられない言葉を聞いた気がした。

 俺は再び歩き出そうとした足を止めて、エンシェント・フェアリーを見た。

 

『どうしました? 行きましょう、遠也』

 

 どうやら、聞き間違いというわけではなかったようだった。

 

「いや、エンシェント・フェアリー。お前も来るのか?」

『はい。迷惑だったでしょうか』

「いや迷惑ではないけど。けど、この世界のこととかいいのか?」

『この世界は平和で、私がおらずともしばらくは大丈夫です。レグルスもいますから』

 

 確かに、地縛神が復活でもしない限りはこの世界に危害が及ぶなどなさそうではあるが、そういう問題なのだろうか。

 頭を悩ませる俺に、エンシェント・フェアリーの言葉が続く。

 

『それに、私はあなたのことが気にかかるのです』

「俺?」

『はい。赤き竜の加護もそうですが、精霊と愛し合うその心です。精霊と人の関係はいまだ難しい……あなたとその恋人の姿は私の希望でもあります』

 

 マナとのことを出され、俺は何とも気恥ずかしくなった。

 

「いや、俺とマナはそんな大層なもんじゃ……」

『ええ。あなたにとっては当たり前のことなんでしょうね。けれど、あなたとそのマナという者との関係は私にとって大切なもの。それは変わりないのです』

 

 人と精霊。その双方に関係を持ち、精霊の王までやっているエンシェント・フェアリーにとって、よほど俺とマナのことは関心事であったらしい。

 それに加えて赤き竜のこともある。エンシェント・フェアリーのついてくるという意志は固そうだった。

 まぁ、俺としても仲間が増えるのは歓迎できることだ。ましてエンシェント・フェアリーは非常に強力なモンスターであり、俺を治療したような特殊な能力があり、精霊でありながら人間と会話できる存在だ。一緒に来てくれるというなら是非もなかった。

 

「わかった。力を貸してくれ、エンシェント・フェアリー・ドラゴン」

『はい。よろしくお願いします、遠也』

 

 微笑み交じりの声を残し、エンシェント・フェアリーの体を光が包む。そしてその光はやがて手のひらサイズの四角形へと集束していき、光が消えるとそこには一枚のカードが浮かんでいた。

 それを俺は大切に手に取る。

 《エンシェント・フェアリー・ドラゴン》。そのカードを俺はデッキケースのエクストラデッキの中へとしまうと、改めてセイヴァー・スターを見上げた。

 

「セイヴァー・スター! 頼む、俺を皆のところに!」

 

 セイヴァー・スターは頷くと、その首を下げて地面に着ける。俺はその首を伝ってセイヴァー・スターの背中に乗る。そしてもう大丈夫だと手でその背を叩いて伝えると、セイヴァー・スターは徐々に空へと浮きあがった。

 緩やかに離れていく地面。そして近づいていく空。やがて途中で滞空したセイヴァー・スターはまるで赤き竜を思わせる甲高い声でけたたましい咆哮を上げた。

 音が衝撃となってびりびりと伝わる。思わず目を瞑り、そして再び開いた時にはセイヴァー・スターの目と鼻の先の空が割れていた。

 そこから覗く紫とも黒ともとれる深淵。俺がユベルによって放り込まれた穴から見えた空間によく似ている。

 

 深淵を覗き込む時、深淵もまたこちらを見ている、か。

 

 どこかの誰かの言葉が思い出され、俺は口の中の唾液を嚥下した。

 だが、恐れる必要はない。俺にはセイヴァー・スターもエンシェント・フェアリーも、そして……こいつらもいる。

 デッキに触れれば、こいつらの頼もしさに心が安らぐ。そして、俺が今から向かうのは大きな危機に立ち向かっているだろう仲間たちの元だ。躊躇う要素などどこにもない。

 俺は一つ深呼吸をする。そして気持ちを落ち着かせると、セイヴァー・スターの背中を軽く撫でた。

 

「行こうぜ、セイヴァー・スター・ドラゴン!」

 

 俺の声に応えるようにセイヴァー・スターが嘶いて、その巨体が深淵に向かって加速する。

 近づく闇。その向こうへと繋がっている俺が向かうべき場所。そう思えば、何も怖いものなど無かった。

 セイヴァー・スターが燐光を散らせながら空の狭間へとその身を躍らせる。精霊世界の青空が背後へと急速に遠ざかっていく中、俺たちは闇の中を目的地に向けて全速力で突き進んでいった。

 

 

 

 

 



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第83話 接触

 

 十代とのデュエルの後。俺たちはすぐに移動するようなことはせず、同じ場所に留まっていた。

 理由は複数あるが、まず一つに休息を取るべきと判断したからだ。十代だけでなく、直前まで覇王と戦っていたジムたちも消耗しているのは変わらない。傷に関してはエンシェント・フェアリーが治してくれたが、精神的な疲れなどは残ったままだ。そのため、全員休んだ方がいいと思ったことが一つ。

 他には、目的ははっきりしていても目的地がはっきりしていない事が挙げられる。目的はヨハンの発見、ひいてはユベルの暴挙の阻止であるが、そもそもヨハンがどこにいるのかわからないため、今のままでは闇雲に探さざるをえない。

 それはいくらなんでも非効率的かつ確実性に乏しいため、まずは何か指針を打ち出すべきだと判断した。そのための時間が必要だということも一つ。

 そして最後に、現在いる前の階層の世界に残してきたらしい仲間たちのことだ。十代が覇王となりこの世界に君臨していた時期は短くない。ならば、彼らはもうこの世界に足を踏み入れているはずである。

 なら、一度彼らと合流した方がいいのではと考えたのだ。そのことを含めて今後の指針をどうするのか、休みながら話そうというのが今ここに留まっている理由である。

 

 ――結果から言えば、その判断は正しかったことになるのだろう。

 

 この場に留まることを決めた約一時間後、この丘に向かってくる三人の人影を認め、俺は片手を大きく天に伸ばして左右に振った。

 向かってきていた彼らは、こちらが大きな反応を見せたことで視点を俺に定める。そして俺とあちらの視線が交わったと思った直後、三人の目が驚きに大きく見開かれた。

 そして、歩いていた彼らはこちらに向かって駆け出した。

 駆けてくる彼らの名前は、丸藤亮、エド・フェニックス、三沢大地。俺が知る限りでは前の階層に残ったのは三沢だけだったはずだが、カイザーとエドも残ったとマナから聞いた時は意外に思ったものだった。

 しかしそんなことは関係なく、俺は三人の顔を再び見ることが出来たことに喜び、僅かな時間の後に丘を登ってきた彼らを笑顔で迎えた。

 

「や、三人とも。久しぶり」

「遠也!」

「無事だったか……!」

 

 カイザーとエドが軽く息を弾ませながらそう言えば、少し遅れてきた三沢もまた息を整えることなく俺に詰め寄ってきた。

 

「遠也……!」

「おう」

 

 返事をする。そんな俺の顔を見るなり大きく息を吐いて、三沢は小さな笑みを見せる。

 

「いや、お前のことだ……生きていると思っていた」

「それは信頼されてるって受け取ればいいのか?」

「当たり前だ。まったく……無事で良かった」

 

 本心からそう思ってくれている。そうわかる笑みと共に三沢が言えば、カイザーとエドもまたそれに頷いてくれる。エドはやれやれとでも言いたげなジェスチャーつきだったが、まぁそれもエドらしい。

 俺もまた、皆に会えて本当に嬉しかった。カイザーやエド、三沢だけじゃない。ジムやオブライエンだってそうだ。

 ユベルに負けてあの穴に放り込まれた時は、さすがに死んだと思ったからな……。

 その時のことを思い出しながら、俺は思う。そのことを考えれば、こうして生きてまた会えたことは望外の喜びであった。

 ジムやオブライエン、十代もまた三人の合流に表情を明るくしている。マナもそうだ。そしてカイザーたちはそんな皆にも目を向け――、

 そして、首を傾げた。

 

「……翔や吹雪たちが見当たらないようだが、別行動でもしているのか?」

 

 当然と言えば当然なカイザーの疑問。

 しかしその質問に対する反応は劇的だった。

 誰もが目線を落とし、先程までの明るさが嘘のように顔つきが沈痛になる。

 そんな様子を見て何も感じないほど三人は鈍くなかった。

 一歩エドが前に出て、十代を見る。

 

「いったい何があったんだ、十代」

「Hey、エド。それには……俺が答えよう」

 

 ジムが十代の前に立ち、エドと向き合う。

 さすがに十代の口から事の顛末を告げさせるのは酷だと思ったからだろう。それには俺も同意だった。

 そしてジムは三人に話し始める。三沢、カイザー、エド。三人を残してこの階層に進んだ自分たちの身に、何が起こったのかを――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 愕然、あるいは呆然と言えばいいのか。

 ジムから顛末を聞いた彼らは言葉もなく、ただ目を見開いて立ち尽くすのみだった。

 

「……翔……吹雪……明日香……」

 

 特に実の弟と親友を失ったカイザーは、三人が死んだと聞かされて大きな衝撃を受けたようだった。

 エドや三沢もまた言葉を失っていたが、カイザーの様子はその比ではなかった。

 エドや三沢にはまだ「本当なのか?」と問いを返す余裕があったが、それもない。しかし、それも当然と言えば当然だろう。彼にとって最愛の弟とも呼べる翔が死んだと聞かされたのだ。その心中は察するに余りあった。

 言葉無く立ち尽くすカイザー。その様子を隣で痛ましげに見てから、エドがこちらに声をかけてくる。

 

「……そんなことがあったとはね……。僕も十代たちについていたほうが良かったかもしれない」

「かもな。けど、残酷なようだが今更だ。……今が全てなんだよ、何を言ってもな」

「ああ、そうかもしれないな……」

 

 ともすれば酷薄ともとれる言い方であったが、それが真理であると理解はしているのだろう。エドは俺の言葉に沈痛な面持ちで頷いた。

 俺の言葉は、同時に俺自身に向けた言葉でもあった。たとえ知識を持っていようと、その場にいなければ何もできない。間抜けにもユベルによって別行動をさせられていた俺が、しっかり十代たちといればこんなことにはならなかったかもしれない。

 だからこれは俺に向けた自戒でもあった。……エドと同じように、俺も自分の不甲斐なさが悔しかった。

 視線をずらせば、そこには翔たちを失った衝撃に晒されたままのカイザーを見つめる十代の姿がある。その内心を読み取ることは出来ないが、しかし想像することは出来た。

 きっとまた十代は自分を責めているのだろう。翔を失ったカイザーの姿を見て、改めて自分の罪を自覚したはずだからだ。

 しかし今回俺はそのことについて何も言う気はなかった。

 エドも三沢も、カイザーでさえ、それでも十代を責めない。本質的に悪いのは暗黒界の連中であったと理解しているからだ。

 もちろん、理解しているからといって感情を制御できるわけじゃない。しかし、十代は彼らにとっても友人以上に大切な仲間だった。その信頼と友情が、十代に感情の捌け口を求めることを良しとしなかったのだ。

 高潔な友情。しかし責められた方が十代にとってどれだけ楽なことか。

 それがわかるから、俺は十代が自分を責める姿を見ても何も言わない。今はそれが十代にとって必要だとわかっているからだ。

 先ほどまでと違い、もう十代が死を意識するほどに自分を追い込みすぎることはない。デュエルを通じてそれがわかっているから、現実から目を逸らすまいとカイザーを見つめる十代を、俺は見守るのみだった。

 そんな俺と十代の姿に何かを察したのか、三沢は十代に顔を向けるも何も言わない。次いで俺を見てきたので、どうした、と俺は三沢に向き直った。

 

「いや……本当のこと、なんだな」

「ああ」

 

 三沢も、アカデミアで苦楽を共にしてきた仲間たちが既にいないという現実を受け入れがたいのだろう。その声には間違いであってほしいという願望が含まれていた。

 しかし俺が肯定すれば、大きく息を吐いて静かに目を閉じた。黙祷を捧げているかのようなその所作。その後に再び瞼を開けた三沢の目に、戸惑いは既になかった。

 が同時にその顔には隠し切れない苦味が混じっていた。

 

「……まったく、度し難いよ俺は。こんなことを聞いたばかりだというのに、俺の頭は“皆が死んだとして次にどうするか”を考え始めている」

「三沢……」

「何があろうと頭の回転だけは止めるな、とはツバインシュタイン博士に教わったことだが……今ばかりはそんな冷血な態度しか取れない自分が嫌になる」

 

 拳を握りこんで俯く三沢の顔に浮かぶのは、間違いなく怒りだった。

 こんな時でも俯瞰的・客観的に物事を捉えようとする科学者然とした思考回路が、三沢を苦しめているのだ。

 それはきっと科学の道を歩み始めた三沢にとって稀有な能力だ。しかし今に限って言えば、それは三沢の心を苦しめるものでしかなかった。

 感情のままに悲しみたくとも、思考がそれを阻み論理的な予定を組み立てていく。自然とそうなってしまう自分自身に、三沢は怒っていた。

 

「三沢」

 

 そんな三沢の肩に、俺は手を置く。慰めようというわけではない。ただ、三沢が決して冷血な人間などではないと俺は知っている。それを伝えたかった。

 

「お前がそんな人間じゃないことぐらい、皆わかってるさ。お前が本当に悲しんでいることだって、きちんと理解している」

「遠也……」

「皆が皆、悲しみに暮れているわけにはいかない。お前はそんな俺たちの中で、一番に先のことを考えてくれている。悲しみながらもな。……だからそんなに卑下するなよ、本当に頼もしいと思ってるし感謝してるんだぜ、俺たちは」

 

 いまだ十代、ジム、オブライエン、マナ、俺の心の中には悲しみがある。そして、その悲しみをきっちり心の中で区別して先のことを考える、そんな器用なことは必要と分かりつつも出来ていなかった。

 三沢は、その必要なことをしてくれているのだ。例えば俺たちが一個の人間だとして、頭がなければその実力は発揮できない。人間は知恵があるから地上を支配できたのだ。その知恵を生み出す頭なくして、どうして動くことが出来るだろう。

 三沢はその頭の役割をしてくれている。俺たちに出来ないことをやってくれている。だから、三沢が自分を冷血漢だと貶めることを俺たちは良しと出来ない。

 俺たちにとって、三沢は間違いなく仲間思いの頼れる友なのだから。

 そんな俺の言葉を聞いた三沢は顔を上げた。

 そして「すまん、ありがとう」とだけ答えて、いくらか表情に余裕を取り戻した。俺はそれにただ頷くのだった。

 そしてカイザーとエドを見る。エドはまだ何とか大丈夫そうだが、カイザーはやはりショックが大きいようだ。未だにどこか茫洋としているその表情を見て、俺は皆に対して口を開いた。

 

「もう少し休もう。俺たちには、気持ちの整理をつける時間が必要だ」

 

 その提案に、異を唱える者はいなかった。

 

 

 

 

 再び丘の上で休むことにした俺たちは、申し訳程度に生える草の絨毯の上に腰をおろし、ちらほらと互いの近況を詳しく話し合いながら時間を潰していた。

 たとえば三沢の隣にタニヤがいないこと。俺の知識では一緒にいたはずだが、どうも聞いてみるとタニヤは一層の街に残ったようだった。

 三沢曰く、「俺の護衛をしつつ力を貸してくれると言ってくれたがな。カイザーやエドが一緒だったし、これまでの秩序が崩壊して大変なのは向こうだ。だからあの街で別れたのさ」ということ。

 恩を返す機会を得られないことにタニヤは渋っていたらしいが、街の仲間たちを見捨てることも出来なかったようだ。俺たちに激励を贈りつつ、彼らを守りあの街に新たな秩序を築くために残ったらしい。

 また、そうして話を続けるうちに、カイザーも時おり会話に混ざるようになった。まだ衝撃から抜け切れてはいないようだが、それでも今の状況で何もせずに悲しんでいるわけにはいかないと決意したらしい。

 

「この一連の出来事に決着をつける。それが……翔たちに報いる術だと、俺は信じる」

 

 そう話すカイザーの瞳には隠しきれない悲哀があり、俺たちはただ頷くことしか出来なかった。

 こうして幾らかの時間が過ぎた頃。ふとオブライエンが俺を見て口を開いた。

 

「そういえば遠也。お前はあの後、一体どうしていたんだ?」

 

 その発言に、全員の視線が俺に向けられる。

 オブライエンが言うあの後とは、まず間違いなくユベルによって異空間に放り込まれた時のことだろう。まぁ、あの時以降皆の前に顔を出したことはないのだから当然だが。

 確かに、あれから俺がいかにしてこの場に辿り着いたのかは皆にしてみれば知りたいことの一つだろう。エンシェント・フェアリーのような存在も見ていることだし。

 俺は悩むそぶりを見せつつカイザーに目を移す。今は先程に比べて落ち着いているとはいえ、まだ動揺は残っているだろう。それに十代たちだってまだ十分に休んだとは言えない。あれから数時間しか経っていないのだから。

 なら、まだ本格的な行動に移すには早い。未だ休息が必要な状態であることを考えれば、話す時間ぐらいはあるか……。

 

 そう判断して俺が口を開こうとした――その時。

 

 

『遠也!』

 

 

 マナの鋭い声が飛ぶ。

 どうした、と問いかける必要はなかった。

 何故ならマナが声を荒げた理由は明確に俺の視界の中でも起こっていたからだ。

 

 それは歪む空間だった。そしてそこから徐々に顔を覗かせる不気味な黒い霧。

 俺たちが今いる丘から数十メートル先。空中に突然出現したそれを見て、俺たちはそれぞれ何があっても対応できるように身構えた。

 

「なぁ、遠也。なんだ、あれ」

「わからん。けど、あまりいい予感はしないな」

 

 十代の至極もっともな疑問に答えつつ、俺の視線はその異質な現象から離れなかった。それはもちろん十代や他の皆も同じことだ。一様にその空間を見つめる視線には警戒の色が強く見られる。

 この世界で俺たちの味方とはすなわち俺たちだけだ。だからこそ、警戒は必須である。

 そしてこの階層の明確な敵であった暗黒界は既に滅びた。となれば、残る俺たちの敵といったら、その答えは一つしかない。

 そんな俺の考えに応えるかのように、黒い霧はやがて人型を象る。その姿かたちを見るにつれて驚愕に染まっていく仲間たちの顔を見つつ、俺はそれも仕方がないと心の中で思う。

 何故なら黒からやがて本来の色を取り戻していき、その全容を見せたのは俺たちにとって見覚えのある人物。

 今回皆が異世界に来る切っ掛けとなった一人――ヨハン・アンデルセンだったのだから。

 

「よ……ヨハン!?」

 

 十代が驚きと共にヨハンの名を呼ぶ。青みがかった逆立つ髪、そしてその面貌はどこからどう見てもヨハンその人だった。その身に纏う服装が黒いレザーかつ両腕が剥き出しになっているという奇抜なものであろうと、その容姿だけは間違えようがない。

 驚愕からしかし、十代はすぐに立ち戻る。次いでその顔に広がるのは歓喜の感情だった。なぜならヨハンと俺は、自分のせいで異世界で犠牲になったと十代が自分を強く自分を責める原因となった人間だ。その帰還を喜ばないはずがなかった。

 だが、すぐにその表情に困惑が混じった。何故か。答えは簡単だ。

 ヨハンが空中に浮いていたからだ。

 

「……ヨハン?」

 

 俺たちの間にある数十メートの距離。その間を埋めようと十代が一歩踏み出す。

 しかし。

 

「待て、十代」

「遠也?」

 

 俺はそんな十代の前に立ってヨハンとの間を遮った。

 そんな俺の行動に十代は驚き、同時に後ろの皆は警戒したまま俺の行動を見守っていた。

 空中に浮かんでいるのだ。それだけで、ヨハンではないということはわかる。たとえその姿が本物のヨハンと瓜二つであってもだ。

 それに。

 

「……どうやら、その滲み出る性悪さまでは隠せなかったみたいだな」

 

 ヨハンに言葉を向ければ、俯き隠されていた口元が緩やかに弧を描いた。距離は離れていても聞こえているらしい。

 ならば、その正体を早速問い質させてもらおうか。

 

「――ユベル」

 

 その名前を告げた瞬間、背後の空気がざわついた。皆の驚きの声は、やはりそうかと思いつつも、目の前の男がどう見てもヨハンにしか見えないからだろう。一面を見ればそれは正しい。なにせその体自体はヨハンのもので間違いはないのだから。

 ただ俺はその中身が今は別人であることを知っていた。だからこその言葉だった。

 

「……本当にユベル、なのか?」

 

 十代もその外見からヨハンだと信じたかったのだろう。だが、心のどこかでヨハンではないとも思っていたに違いない。どこか確信を込めたような声で確認の誰何をする。

 そして、ヨハンはその呼びかけに顔を上げる。そしてゆっくりとこちらに向かって水平に移動してくるにつれ、明らかになってくるその顔。その目には俺たちが知る優しげな光は欠片も存在していなかった。

 

「……フフ。まったくひどいよねぇ、十代。性悪だなんて、いくら僕でも傷ついちゃうよ」

 

 その口から紡がれた声は間違いなくヨハンのもの。しかし、その内容はヨハンであれば口にしない類のものだった。

 だからこそ、俺の言葉が正しいと確信したのだろう。十代は一気に表情を厳しくさせると、ヨハンの姿をしたユベルを睨みつけた。

 

「ユベル……! お前、またマルタンと同じように……!」

「そうだよ十代。この体はヨハンとかいう奴のもので、僕はちょっと間借りしているだけさ。嬉しいだろう? 何せ君は、こいつを探しに来たんだから」

 

 肩をすくめて小さく笑う。挑発としか見ることが出来ないその態度に、俺は眉を顰めた。十代も、そしてマナもきっと似たような態度を見せていることだろう。

 それは背後にいる皆もそうだろうと思ったが……。突然、大きな声がその中から飛んだ。

 

「ユベルッ! 貴様、よくも翔をッ!」

 

 それは、カイザーだった。冷静沈着で、泰然としたイメージのカイザーからは考えられないような激した声。

 翔、吹雪、明日香。特に関係の深かった彼らを殺されたこと、それにカイザーはこれまでにないほどの怒りを露わにしていた。特に、翔はカイザーにとって何よりも大切な弟だった。

 その翔を失った悲しみは、俺たち以上に深かったのだ。鬼のような形相となったカイザーから、そのことがひしひしと伝わってきた。

 

「君は……ああ、カイザーだっけ? 翔っていうのはあの十代の腰巾着のこと? そうか、確か君たちは兄弟だったね。ご愁傷様」

「――ッ、貴様ぁッ!!」

 

 心底興味なさげに放たれた心無い言葉に、カイザーが激昂してデュエルディスクを構える。

 しかし、そんな肌を刺すような強い怒りを向けられても、ユベルの態度は変わらなかった。「怖い怖い」と肩をすくめてみせるだけで、エドやジムたちがカイザーに落ち着くよう呼びかけているのを笑みすら浮かべて見ていた。

 

「ユベル……お前、なんで急に俺たちの前に現れたんだ?」

 

 このままカイザーとユベルの話を続けさせるのは良くない。そう思った俺は、ひとまずユベルに別の話を振った。

 とはいえその質問自体は本当に疑問に思っていたことなので、話を逸らすだけが目的なわけではなかったが。

 ユベルは俺の問いに、カイザーから顔をこちらに向けた。

 その顔を憎悪に歪ませながら。

 

「……またお前か、皆本遠也。ゴキブリのようにしつこい奴!」

「嫌われたもんだな、本当に」

 

 あんまりな例えに苦笑を浮かべ、しかし油断なくユベルを見据える。

 数瞬睨みあうこととなった俺たちだったが、その時間は向こうが舌打ちと共に視線を外したことで終わりを迎えた。

 それは暗に俺の質問に答える気はないということだろうか。どうでもいいが、ヨハンの姿でそういう態度をとられると違和感がある。あいつは決してこんな態度をとる奴ではなかったからな。

 

「ユベル、お前は俺と話がしたいんだろう? ならヨハンは関係がないはずだ! まずはヨハンの体から出てきてくれ!」

 

 今度は十代がユベルに呼びかける。すると、ユベルは体ごと十代に向き直り、柔らかく微笑んで首を横に振った。

 

「違う、違うよ十代。僕は君に僕の愛の深さを知ってもらいたいんだ。君から受け取った愛を、今度は僕が君に返してあげなくちゃ。だって、愛し合うってそういうことだろう?」

「そのことに、どうしてヨハンが関係あるんだよ!」

「どうしてって、君はコイツに何かあれば悲しむだろう? ああ、もちろん君が愛しているのは僕だとわかっているから、安心して。優しい君は擦り寄ってきたこいつやそこの虫けらを振り払えなかっただけだ」

 

 虫けらってのは俺のことか。

 

「優しい君は、そんな虫にも愛を分けてあげたんだね……。腹立たしいけど、それが僕の好きな十代でもある。それを認めるぐらいの器量はあるつもりだよ。でもやっぱり癪ではあるからね。皆本遠也にヨハン・アンデルセン……こいつらはどうにかしてやりたいとずっと思っていたよ。そうすれば、こいつらに同情とはいえ気を許していた君は、たぶん傷つくんだろうね。――それって最高だろう?」

 

 ユベルはそこまで言うと、楽しそうに笑みを浮かべて大仰に両腕を広げた。

 

「だって、僕は気に入らないこいつらを処分できて、しかも君の心は傷つくんだ! 僕によって! それはまさに君が僕にくれた愛を返すことになるんだよ! 君から受けた苦しみ! 痛み! ああ、それを今度は僕が君に返せるなんて……君と愛し合えるなんて、最高じゃないか!」

「……お前が言っている事が、わからないよ……ユベル……」

 

 こんなに嬉しいことはないとばかりに快哉を叫ぶユベル。それを前にして、十代は悲しげにくぐもった声を漏らした。幼い頃の十代にとっては何にも代えがたい相棒であったはずのユベル。そのあまりの変容に、十代も堪えたようだった。

 そしてその声は隣にいた俺には聞こえたが、ユベルには届いていないようだった。だからだろう、ユベルはいささか興奮したような態度のまま、十代に指を向けた。

 

「さぁ、デュエルをしよう十代! ……と言いたいところだけどね、ここは僕と君が愛を伝え合うにはちょっと相応しくない。目障りな連中も多いしね」

 

 目障りな連中とは聞くまでもなく俺をはじめとした十代以外の人間のことだろう。

 元からそういう奴だと知っている俺はそうでもないが、これまでのユベルの言い方といいムッときた人間は多いようだった。その中でもカイザーは今にも飛び掛からんばかりにユベルを睨みつけている。

 さっきに比べれば落ち着いたとはいえ、その怒りは消えることなくカイザーの心を燃え上がらせているようだった。

 その時、唐突にユベルがパチンと指を鳴らす。すると、その背後に音もなく巨大な扉が出現した。

 ざわりと俺たちの間に動揺が広がっていく。なにせいきなり俺たちの背の三倍以上は背丈がある黒く物々しい扉が現れたのだ。驚かないわけがない。

 そして空中に浮かんでいたその扉はゆっくりと地面に降りていき、地響きと共に大地へと設置された。

 ユベルは俺たちに背を向けるとその扉の前まで飛んでいき、やがて扉の前に立つと軽く押すようにして開いた。どう見ても鉄製であり、そんな程度では開かないように見えるが、何か特別な力が働いているのかもしれない。

 ユベルがこちらに振り返る。

 

「僕は先に行って君を待つことにするよ、十代。僕たちに相応しい場所を用意しておくから、君はゆっくり追いかけてきてほしいな。邪魔な周りの奴らは何とかするからさ……フフ」

 

 それだけを言い残すと、ユベルは再び俺たちに背を向けた。

 

「ま、待て! ユベル!」

 

 咄嗟に十代が呼ぶも、ユベルは小さく笑みを残すだけで足を止めることはなかった。扉の向こうへと消えていくユベル。しかし扉は開かれたままだ。追って来いと、そういうことなのだろう。本人もそう言っていた。

 隣を見れば、十代が決意を込めた目で扉を見つめていた。そこには先程まであった弱さはない。ただ己のすべきことをしようという男の意志だけがあった。

 

「行くのか、十代」

「ああ。ユベルは……俺が決着をつけないといけないんだ」

 

 迷いのない言葉だった。

 今回の事件すべての黒幕である存在、ユベル。その行動の発端は幼い日の十代にさかのぼることが出来る。それゆえに十代は全て自分のせいだと抱え込み、長く回り道をしてきた。

 仲間を失い、覇王となり、ついには自責の念から自らの命すら投げ出そうとした。

 しかし、今の十代は違う。自らに責任があることは自覚しつつ、その責任に見合った為すべきことを為そうとしている。

 なら俺に出来ることなど、一つしかない。

 

「わかった。ならユベルのことはお前に任せる。頼んだぞ、十代」

「ああ!」

 

 頷いて、十代は後ろを振り返った。

 

「みんな、俺はユベルを追って奴を倒す。カイザー……ここは俺に任せてくれないか」

 

 十代の視線が向かうのは、激昂してユベルへと立ち向かおうとしていたカイザーのところだった。

 カイザーは翔を失い、その原因であるユベルに挑発を受け、普段の冷静さとはかけ離れたその激情を爆発させようとしていた。

 その気持ちは誰もがよくわかっていた。俺たちにとって仲間であり、そしてカイザーにとっては何よりも大切な弟である翔の死を、あれほど馬鹿にされたのだ。俺たちだってユベルに対して憤りを感じたが、カイザーの感じたそれはきっと俺たちの比ではないだろう。

 だからこそ、十代もカイザーに声をかけたのだろう。十代にとっての為すべきこと、ユベルを倒すという決意を現実にするために。

 十代の言葉を受けたカイザーは数瞬目を閉じる。そして次のその目が開かれた時には、決然とした光を持って十代を見つめ返していた。

 

「……わかった。ユベルのことはお前に任せよう。十代――負けるなよ!」

 

 最後に感情を込めて紡がれた熱い言葉に、十代は力強く頷いた。

 

「ああ。任せてくれ!」

 

 そうして、十代は再び扉へと向き直る。

 その後ろに立つ皆もまた巨大な扉を見上げた。

 カイザー、三沢、エド、ジム、オブライエン、マナ、そして俺。十代と共に歩む仲間たち。その心にあるのは一様に、たった一つの思いだけだった。

 

 ――ユベルを倒す。

 

 そしてこの悲しみに塗れた一連の出来事全てに終止符を打つのだ。

 声に出さずとも、その思いが一緒であることは不思議と伝わってきた。俺たちは改めてそれぞれがその意志を胸に刻み、このラストデュエルに臨むための心の準備を完了させた。

 

「行くぞ、みんな! これが最後の戦いだ!」

 

 十代が決意を声に出して一歩を踏み出す。

 続いて俺たちもまた足を踏み出し、丘を降りた。そしていよいよ扉に向かおうとした、その時。

 

「待って、みんな! 扉の向こうから、誰かが……!」

 

 はっとした声でマナが呼び掛けたその声に、俺たちの足が止まる。そしてその言葉が示す先へと目を向けてみれば、確かに扉の奥に広がる闇がゆらりと揺れているのが見えた。

 ぼんやりと人の形に揺れるそれは、人影に間違いなかった。しかしだとすれば、それはいったい何者なのか。ユベルということはありえないだろう。あそこまで言った以上は、十代を待っているはずだからだ。

 となれば、目の前の人影は一体。そう考えて皆が警戒を強める。俺もまた同じく警戒するが、その内心は皆とは少々異なっていた。俺には人影の正体に心当たりがあったからだ。

 この時期まで生き残っている人間は少ない。かつて俺が見たこの世界のことを思い出せば、おのずと答えは絞られてくる。

 そう、俺の考えが正しければ、あの人影の正体は……。

 思考の間にも件の人物は一歩一歩こちらに向かって歩を進め、徐々にその姿を露わにしていく。そしてようやく視認が可能になったその姿を見た瞬間、誰もが絶句し一瞬言葉を失った。

 その中で真っ先に自失から立ち直った三沢が、その人物の名前を大きく叫んだ。

 

「お前は――アモン!?」

 

 赤い逆立った髪に、理知的な眼鏡。その面立ちからは想像できないほどに鍛えられた肉体を覆う、袈裟にマントを羽織ったような独特な衣装。

 三沢が呼んだ名の通り、こちらに歩いてくる男は間違いなく俺やヨハンのようにこの異世界で行方不明となっていたであろう男、アモン・ガラムであった。

 直後、ジムの喜びの声が聞こえてきた。

 

What a relief(よかった)! アモン、お前も無事だったのか!」

 

 やはりアモンもまた俺と同じく行方不明となっていたようだ。だからだろう、ジムと同じく一同の顔に一瞬安堵や喜びといった表情が混じる。

 が、その表情はすぐに引き締まることになった。カイザーが放った一言が原因である。

 

「……待て。何故あいつは扉の向こう側からやって来たんだ?」

 

 全員がその言葉にはっとなる。そう、あの扉の向こうはユベルがいる場所へと繋がっている。ついさっき、ユベルが扉の奥へと向かうのを俺たちはみたばかりなのだ。間違えるはずがない。

 ならばつまり、その奥から現れたアモンは……。

 俺たちから幾らかの距離を開けて、アモンが立ち止まる。そして俺たち全員を睥睨した後、十代に目を向けて口を開いた。

 

「ユベルとの約束だ。十代、お前だけは通す。さっさと行くといい」

「What!? アモン、何を言っているんだ!?」

 

 ジムは信じられないとばかりに声を上げる。友情に厚いジムのことだ。今の言葉がアモンの立場を明確にするものであったとわかっていても、それでも一度は友と思った人間のことを信じたいのだろう。

 だが、アモンはそんなジムに首を振って応えた。

 

「わからないか、ジム。僕は今、ユベルとの契約によってここに立っている。つまり、君達の敵というわけだ」

「何故だ……アモン。行方不明になってから、お前に一体何があったんだ?」

 

 オブライエンの問いは、俺も同じく抱いたものだった。

 特に俺はアモンが何故ここにいるのか、そのことに大きな疑問を抱いていた。何故なら、俺が知る中において、アモンはユベルとのデュエルによって命を落とし、この場に来るようなことはないはずだからである。

 もっと言えば、ユベルが来るよりも前に俺たちはアモンに会うはずだった。それが何故こんなことになっているのか。その答えを俺も知りたかったが……アモンは何もその質問に対して答えなかった。

 

「今の僕にあるのは、エコーの思いを叶えるという願いと、この世界の王になるという目的のみ。そのためならば、僕はどんなことでもすると決めたのだ」

「一体何を言っているんだ、お前は」

 

 脈絡のない発言に、エドが眉を顰めながら問い返す。しかしアモンの表情に揺らぎはなかった。

 

「わかってもらおうとは思っていない。王となるには強さが必要であり、そして僕のそれはまだ足りない。ゆえに!」

 

 アモンの指がこちらに向けて突き出され、一人の人間を示す。泰然と立つ男、カイザー亮を。

 

「カイザー! まずはあなたを倒し、そして次にユベルを倒す! そうして最強になってこそ、王は王として完成される!」

「ちょっと待て! ならなんで十代を先に行かせるんだ。お前が言っていることは矛盾している!」

 

 アモンの宣言に、三沢が口を挟む。確かに三沢の言い分は尤もで、ユベルを倒すのが目的の一つであるなら、ユベルを倒そうと考えている十代を行かせるのは目的と矛盾している。

 その点を突くが、アモンは矛盾などしていないと真っ向から否定した。

 

「ユベルは強い。奴に勝つには通常にはない大きな力が必要だ。ならば、行かせたところで問題はない」

「通常にはない、力……」

 

 十代はアモンに力不足だと言われたにもかかわらず、逆に何か心当たりがあるかのように押し黙った。それを訝しげに見てから、再びアモンは口を開く。

 

「問答はここまでだ。僕がカイザーと戦う間、君達にはこいつらの相手をしてもらおうか」

 

 こいつら?

 そう俺たちが思ったのも束の間、アモンの言葉が合図であったかのように背後に聳え立つ扉がゆっくりと大きく開いていく。

 そしてそこからこちらに向かってくるのは、のっぺりとした黒い影のような異形だった。辛うじて人型ではあるものの、時折その形すら揺らいでおり、まるでスライムが無理矢理人型に収められているかのようだ。

 そんな存在が、ざっと見るだけでも数十体。アモンの背後に控えていた。

 

「僕の腕にはかつて、ユベルの力が宿っていた。これはその力を使って作り出した力の残滓だ」

「残滓ってわりには数が多い気がするんだけどな……!」

 

 俺たちは一気に警戒を上げて身構える。それぞれがそれぞれのデュエルディスクを取り出して装備する中、カイザーが突然何かに気付いたのか声を上げた。

 

「待て! あれは……クロノス教諭!?」

「なんだって!?」

 

 カイザーの言葉に、全員が弾かれたようにその視線の先へと目を向ける。果たしてそこにはカイザーが言うように見慣れたクロノス先生の姿があった。

 だがその顔から正気を感じることは出来ず、目の下は隈のように黒く染まり、覚束ない足取りで体を揺らしながら、それでもデュエルコートだけはしっかり装着してデッキに指をかけていた。

 

「アモン! お前、なんのつもりだ!」

 

 十代はクロノス先生までもが異常な状態で、あの異形の中に混じっていることに憤りを露わにしてアモンを詰った。これがアモンの仕業であることは明白だったからだ。

 しかし、アモンは動じることなく淡々と話すだけだった。

 

「僕はただ、彼がエコーと共にいたから彼も利用させてもらっただけだ。恐らく、彼もまたこの異世界への転移に巻き込まれたのだろう」

「エコー? さっきも言っていたけど、それは……」

「君には関係がないことだ。さて、クロノスはデュエルアカデミアでも屈指の実力を持つと聞く。君達は対抗できるかな?」

 

 アモンが挑発するように小さく笑えば、ジムとオブライエンがいきり立ってデュエルディスクを構えた。

 

「侮ってもらっちゃ困るぜ、アモン!」

「俺たちを弱いと思っているのなら大間違いだ」

 

 奮ってそう言い放つ二人だったが、俺はそれが強がりであると気付いていた。なにせ覇王とのデュエルがあったのはまだ数時間前のことだ。この二人は特に怪我がひどく体力も削られている。

 怪我のほうはエンシェント・フェアリーの力で治ったとはいえ、体力までは戻っていまい。事実、その顔には疲労の色がいまだ強く見られた。

 当然、それに気がつかない周囲ではない。

 

「無茶はするな二人とも! 二人は休んでいるんだ!」

「ま、そういうことさ。クロノスは多少厄介かもしれないが、こんな連中は僕と三沢だけで十分だ」

 

 三沢が二人を気遣い、エドはいかにも余裕があるとばかりに肩をすくめてみせる。

 ……って、ちょっと待て。僕と三沢? カイザーはアモンの相手をするとして、誰か忘れちゃいませんでしょうかね。

 

「あのー、エドさん? 一応俺もいるんだけど」

「わ、私も……」

「はぁ?」

 

 俺とマナがさりげなく自分をアピールすると、エドは何を言っているんだこいつらはとばかりに眉を寄せて俺たちを見た。

 

「君たちは十代と一緒に行くんだろう? なんで数に含めないといけないんだ」

「え?」

 

 俺とマナが揃って呆けたような声を出せば、エドは溜め息をついた。そして、横から三沢が苦笑しつつ加わってくる。

 

「確かに俺たちは離れていても切れない絆で繋がっている。だが、やはり仲間が傍にいれば違うものだろう? 十代だって誰かが傍にいる方が心強いはずだ。その役目は、この中で誰よりもお前が相応しい」

「三沢……」

 

 笑って頷く三沢。周りを見れば、エド、ジム、オブライエン、カイザーも、その通りだとばかりに頷いていた。

 三沢は俺と十代、二人の肩に手を置いて、ぐっと力を込めて掴んだ。

 

「行け、十代、遠也! この場は俺たちが引き受けた!」

 

 肩を掴んでいた手を離し、三沢が俺たちの背を押す。一歩、たたらを踏むように皆から離れた俺たちは、振り返ってもう一度みんなの姿を見る。

 そこには、俺たちを信頼の目で見つめる仲間の姿があった。同時に、その目は自分たちを信じて安心して行けと無言で物語っていた。

 なら、その意志に応えるのが俺たちに出来る返答なのだろう。そう思って隣を見れば、十代と目を合った。その目を見て互いに同じことを考えていることを察した俺たちは、同時に頷くと扉に向かって走り出した。

 

「行ってくるぜ、みんな!」

「ここは任せたからな!」

 

 直後、後ろから返ってくる「ああ!」という力強い声。その声に押されるように、俺と十代は扉に向かって進んでいく。

 

「通っていいのは十代のみだ。遠也、君を行かせるわけがないだろう。影たちよ!」

 

 そこに、正面からアモンの言葉が投げかけられる。

 扉までの距離はまだまだある。そして扉を塞ぐように黒い影の群れ。それぞれがくっついて壁のようになっているそいつらに、後ろから突然水の奔流が襲い掛かった。

 

「いけ、《ウォーター・ドラゴン》! 《アクア・パニッシャー》!」

 

 三沢の援護。それによって、水流は壁を貫通して扉の奥へと消え去っていく。一部の影も同時に吹っ飛んでいったが、それによって出来た穴はすぐに塞がってしまった。スライムと最初に評したのは間違いではなかったらしく、うねうねと動いて周りの影が穴を塞いでしまうのだ。

 ちらりと見ればアモンは既にカイザーの元へ。クロノス先生はエドと対峙しており、手が離せそうになかった。

 

「く……《ヴォルカニック・デビル》!」

「《地球巨人 ガイア・プレート》!」

 

 その様子を見ていたのだろう、ジムとオブライエンもどうにかモンスターを呼び出して援護を試みる。しかし、どの攻撃も効果がなかった。ガイア・プレートが前に出て出来た穴にその身を挟みこんでみるも、その隙間を埋めるように影が覆い、結局人が通れる隙間は出来ない。

 もちろんマナの攻撃も通じず、一か八か思いっきりタックルして飛び込んでみたが、跳ね返されて終わった。

 しかし、十代だけは影の壁をすり抜けて向こうに抜けることが出来た。どう識別しているのか疑問だが、十代が通れるならばまずは十代が先に行っておくべきだろう。

 もう一度今度は指で壁をつついてみるが、やはり俺は通してくれないようだ。俺は溜め息をついた。

 

「しょうがない……。十代、先に――」

「遠也ッ!」

 

 行ってくれ、そう言おうとして俺は自分が油断していたことを知った。

 指でつついた壁が突然広がって俺を呑みこもうとしてきたからだ。敵が生み出したものだというのは明らかだったのに、なんて間抜けな。

 スライムってことは体を覆われてしまえば窒息の危険もある。これはまずいと、どうにか後ろに飛びのいてみるが、影は更に俺に向かって伸びた。

 やばい。そう直感するも無理に後ろへと飛んだせいでもう体勢は直せない。

 影が俺の腕を伝って体全体を覆い尽くす。そんな未来を幻視した瞬間――。

 

 

「――……先輩、油断しすぎ」

 

 

 鈴の音のような小さな声が耳朶を打ち、上から降り注いだ闇色の霧が俺の腕と繋がっていた影を引きちぎった。

 その間に俺は転がるように影の壁から距離を取り、十代やマナも離れた俺を追ってくる。そしてすぐに今の攻撃を行ったであろう存在を確かめるべく一斉に上を見上げた。

 そこにいたのは、黒い鱗を鈍く光らせる一体のドラゴンだった。側頭部から平行に伸びる巨大な角、胸部の鋭い目と禍々しい牙が生え揃った悪魔のような顔。このモンスターは元の世界でこそポピュラーだが、この世界では恐らくまだ生まれていないカードだ。

 

 《ダークエンド・ドラゴン》。持っているとすれば、俺を除いては一人しか知らない。

 

 更に驚く事態は続く。突然そのドラゴンの隣の空間が歪み、そこからバイクが飛び出してきたのだ。白いカウルが特徴的な超巨大バイク。それにまたがっているのは、見覚えのある長い金髪の偉丈夫だった。

 

 その姿を見間違えるはずもない。なら、やはりこのダークエンド・ドラゴンの持ち主は――。

 

 そう考えている間に、滞空していたダークエンド・ドラゴンが地面に降り立つ。

 その背に見えるのは、銀色になびくツインテール。その特徴的な髪を持つ少女がひらりと竜の背から降りると、彼女はその眠そうな目を俺たちに向けた。

 

「……ご無沙汰、です……先輩」

 

 そして、なんだか気まずそうに、レイン恵はそう口にしたのだった。

 

 

 

 

 



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第84話 邂逅

 

 ――I2社の病院からレイン恵を連れ出したパラドックスは、そのまま己のラボへと帰ってきていた。そしてまずパラドックスが始めたのは、レイン恵の修理……治療であった。

 パラドックスにとって、レイン恵は何の思い入れもない存在である。同じ組織に身を置いているとはいえ、ゾーンによって作り出されたアンドロイドであるレインは、ゾーンと志を同じくして誓いを共有した“仲間”ではない。

 パラドックスにとってはあくまで使い潰しが前提の、数あるロボットの一体でしかなかった。

 それはたとえマナにレインのことを頼まれていようと変わりがない。そもそもパラドックスはマナに言われたからといって、レイン恵をどうこうするつもりなど欠片もなかったのだ。

 しかし、ある別の理由からパラドックスはレイン恵の修理に着手することを決めた。その理由とは、究極的には“作業効率アップ”のためといえるだろう。

 

 パラドックスは遠也の行方を知るべく異世界へと渡る方法を模索していた。彼のD・ホイールは未来の技術により時間の渡航を可能としていたが、異世界への扉を開く機能は備わっていなかったからだ。

 しかし、それ自体は大きな問題ではなかった。パラドックスは自分自身が異世界へと行くという得難い体験をしていたことで、比較的早く異なる時空へとアクセスする方法に見当がついていたためである。

 しかし、そこで問題となったのが時間であった。研究、実験、そして実践。それら全てを一人でこなす自信がパラドックスにはあったが、それらを出来るだけ早くとなれば話は全く異なる。

 自分だけでは早くて一か月ほどは時間を費やすのは間違いない。そう結論を出したパラドックスは、ならばどうするかと考えて、思いついたのだ。

 

 自分と同じ知識を持つ者の力を借りることを。

 

 今の時代にはちょうどそんな存在がいる。レイン恵、ゾーンの配下であるアンドロイドだ。

 ゾーンの直轄であるレイン恵にはある程度の専門的な知識が与えられているはず。それを思い出したパラドックスは、レインに己の研究を手伝わせることを決めた。

 もし役に立たずとも、足りない部品があった際の保険になる。そういう意味でもレイン恵の存在は邪魔にはならないはず。

 そうと決めたパラドックスの行動は迅速だった。I2社の病院からレインを連れ出し、その体を直す。ゾーンの意志に逆らうことにはなるが、パラドックス自身すでに遠也抹殺の命を半ば投げ出しているようなものだ。今更という思いがあった。

 パラドックスにとって生体アンドロイドなど既知の技術であり、その修復は容易だった。数日でその作業を終えると、パラドックスとレインは早速異世界へと向かうべくその研究を開始した。

 レインもパラドックスから話を聞き、その研究が遠也を助ける事に繋がると知れば、協力こそすれ拒む理由はなかった。レイのことが気にならないと言えば嘘になるが、それでも遠也の危機を放っておくことは出来なかったからだ。

 そうしてパラドックスとレインが奇妙な協力関係の下、研究を始めて幾許か。何度かの実験を経て、ついにその技術は実用に足るものへと至ったのである。

 そして、パラドックスはモーメントの出す特殊なエネルギーの感知機能まで追加していた。この時代でモーメントを持っている存在など、彼を除けば遠也だけだ。ならば異世界でその反応さえ探していけば遠也の元へと最短で辿り着けるはずであった。

 抜かりはない。その確信を胸に、パラドックスは己の愛機に跨る。そしていよいよ出発しようというところで、機体が僅かに揺れる。そして後ろに何かが乗る感覚。

 振り返れば、レインが何も言わず同じようにD・ホイールに跨っていた。

 

「降りろ。お前の役目はもう終わっている」

 

 パラドックスの冷たい言葉に、しかしレインは首を横に振った。

 

「……私も、行く」

 

 そしてすぐに言葉を続けた。

 

「……協力者の、権利」

 

 率直に言ってパラドックスはその主張を怪訝に思った。これまでレインはパラドックスが提示した研究の目的とその助力に、ただ頷いてついてきていたからだ。

 唯々諾々と従うその姿はなるほどアンドロイドらしいと思っていたのだが、まさか今になってこんな態度をとるとは思ってもみなかった。

 だからパラドックスは尋ねた。

 

「何故、そこまで固執する」

 

 レインは答えた。

 

「……遠也先輩がいないと、レイが悲しむ……」

 

 それに、と呟きのような声が漏れる。

 

「……私にとっても、大切な先輩……」

 

 その返答を聴いたパラドックスは柄にもなく溜め息をつきたくなった。

 あの男に関わって変わったのは自分だけではないらしい。そう思うと、まるで自分が凡百の輩と同じになったように感じたからだった。

 未来を変える使命を帯び、その責務を成し遂げてみせると覚悟を背負った自分が、変わったものだ。何よりそれを不快に思っていないという事実が、パラドックスを驚かせていた。

 その事実を再認識して、パラドックスは今度こそ溜め息を吐き出した。

 そして無言でスロットルを開ける。連動してモーメントが強く輝きを放ち始めた。

 

「――振り落とされても、責任は取らん」

 

 それが承諾の意を含むものであると悟り、レインは「……わかった」と言うと同時にパラドックスにしがみつく。

 直後、D・ホイールは急激な加速と共にパラドックスの拠点を飛び出して、光と共にこの世界から姿を消したのだった。

 そしてモーメントの反応を頼りに辿り着いた先。そこでは遠也がいきなり黒い壁に迫られてピンチになっているのが見えた。

 D・ホイールがあの世界への転移を終える直前。視界に収めたその光景。レインはD・ホイールから身を投げ出して転移先へと飛び込んでいた。

 一枚のカードを手に持って。

 

「……きて、《ダークエンド・ドラゴン》……!」

 

 デュエルディスクがそのカードを読み取れば、闇が竜の形となって姿を現す。

 レインのデッキのエース。そう呼んで差支えない己が相棒の背に乗って目的地である世界の上空へと飛び出したレインは、ダークエンド・ドラゴンにすぐさま指示を下す。

 

「……《ダーク・フォッグ》!」

 

 闇色のドラゴンから放たれる漆黒の一撃。それは過たず遠也へと襲い掛かっていた敵へと炸裂し、遠也は何とかソレから距離を取る。そのことを竜の背から確認し、レインはほっと息を吐くのであった。

 

 

 

 

 

 

 ダークエンド・ドラゴンと共に俺たちの前に降り立ったレイン。それを見て真っ先に反応したのは、他の誰でもない。マナだった。

 

「レインちゃーん!」

「……マナさん……ゎぷ」

 

 文字通り飛び掛かっていったマナに抱き着かれ、レインはその胸に顔を埋めて少々苦しげな声を漏らす。

 しかし文句を言うこともなくレインはマナの抱擁を受け入れていた。それはマナの心底嬉しそうな声と、その目にうっすらと滲んだ涙に気付いたからかもしれなかった。

 そして俺と十代もまたマナに遅れてレインへと声をかける。

 

「レイン、ありがとう助かった」

「心配したんだぜ、レイン。けどまぁ、あれだ」

 

 俺と十代は顔を見合わせ、マナはレインから少し体を離してにっこりと微笑みかける。

 

 ――おかえり、レイン。

 

 俺たちの声が重なり、レインは半開きだった瞼を僅かに見開いた。

 

「……ただいま……」

 

 恥ずかしそうにぽつりと呟かれた言葉。ほんのりと朱が差した頬を隠すように顔を俯かせたレインに、俺たちは小さく笑みをこぼすのだった。

 そして直後、モーメントが回転する独特の音を響かせながら、機械の巨躯が俺たちの傍へとやって来て停止する。

 もちろんその操縦者である男は俺にとって既知の人物だ。マナや十代にとってもそうだろうが、未来を知っているという点において俺はこの男に妙な親近感を抱いていた。 それが俺からの一方通行のものであることは自覚しているが、それでもやはりこうして会えたなら嬉しくなるほどには、俺はこの男に気を許しているようだった。

 

「パラドックス!」

 

 D・ホイールにまたがったまま、パラドックスは金色の瞳を俺に向けた。

 

「無事だったか。悪運の強い奴だ」

「おかげさまでな。お前との約束もあるし、そう簡単にはくたばれないさ」

 

 未来を変えてみせる。約束というよりは俺の決意表明でしかないそれは、しかし俺にとってはパラドックスに誓った果たすべき約束だった。

 その決意は今でも変わらない。なら、その思いを嘘にしないためにも俺はそう簡単に死ぬわけにはいかなかった。

 パラドックスはそんな俺の言葉に、「そうか」とだけ素っ気なく返して、今度は十代やマナたちを見る。そしてカイザーたちのほうを見て、最後に俺たちが向かおうとしていた扉へと視線を向けた。

 そして、一度そこで視線が止まる。俺はもう一度パラドックスに声をかけた。

 

「なぁ、パラドックス。レインのことなんだけど、お前が助けてくれたんだろ? ありが――」

 

 言葉は最後まで続かなかった。何故なら、パラドックスが突然D・ホイールのモーメントの回転をより強くし、その音が声を遮ったためである。

 

「お前たちの目的地は、あそこなのだろう」

「え、あ、ああ」

 

 問いかけに、十代が頷く。

 その直後、パラドックスの乗るD・ホイールに驚くべき変化が起こった。

 なんとシート部分がぱかっと開き、シートが車体後部へと移動し始めたのだ。そして元はシートがあった場所には、下から新たなシートが出現。あっという間に複数人が乗れるスペースが出来上がった。

 その様子を呆気にとられて見ていると、パラドックスはアクセルを吹かしながらこちらを見た。

 

「こんなところで時間を無駄にする必要はない。乗れ、突っ切るぞ」

 

 言うが早いか、どんどんとモーメントの輝きが強くなっていく。

 俺は慌ててパラドックスの後ろに乗り、まだ何のことやらと言った顔をしていた十代の手を引っ張って後ろに乗せる。その後、レインが落ち着いた様子で座り、マナは横で苦笑いを浮かべて浮かんでいた。

 

「行くぞ」

 

 短い出発の言葉。

 直後、D・ホイールは爆発的な加速を生み出して扉へと突進していった。

 なるほどこれほどの勢いならばあの影の壁も突破してそのまま扉の先まで行けるのは間違いないだろう。俺は確信と共にそう心の中で頷く。

 だが。

 

「Gが! Gがやばい! 手が離れる!」

「お、おい遠也やめろよ! お前の手が離れたら俺まで落ちるんだぜ!」

「……先輩たち、うるさい」

『いざとなったら私が支えるから、もう』

 

 精霊状態のマナは風の抵抗とかを受けないらしく、平然と俺たちの横を飛んでいる。

 そんな騒がしい俺たちの様子に対してか、パラドックスの小さな舌打ちが風に乗って俺の耳に届く。ごめんなさい。

 とはいえそんな間もD・ホイールはスピードを緩めることなく進み続け、影の壁もものともせずに突き抜けると、俺たちはその勢いのまま扉の奥へと向かっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 こんな時であってもどこか普段通りというか賑やかな面子を見送り、カイザーは少しだけ笑みを見せる。

 ユベルに対する怒りは今も燻らずに胸の中にあるが、しかしその憎悪にも似た怒りは、いま耳に届いて来た遠也や十代の声で少なからず別の感情に取って代わってしまった。

 

 ――デュエルは楽しいもの。お前たちならばきっと、そう言うんだろうな。

 

 遠也と十代ならば、きっとそう言うという確信がカイザーにはあった。そしてそれは己自身も共感した思いであるはずだった。

 ならば、この怒りはデュエルに対して相応しくない。怒りではなく、必ず打倒するという純粋なる闘志こそが今は必要なのだ。二人の姿を見て、カイザーはそう思いを新たにする。

 怒りと憎しみはまさに闇そのもの。それを受け入れつつも克服することこそが、光と闇の両方を手に取ったこの丸藤亮のデュエルである。

 改めて自身の在り方を見つめ、認識する。そしてカイザーは自らの前に立つ敵に向き合った。

 

「さぁ、デュエルだ。アモン・ガラム!」

 

 熱く、それでいて怒りや憎しみなど微塵も感じさせない声に、アモンはほうと驚いたように声を漏らした。

 

「さすがはカイザーと呼ばれる男。並みではないな」

「世辞はいい。デュエリストが向かい合ったならば、やるべきことは一つだ」

 

 カイザーのデュエルディスクが起動する。

 それを見て、ふっとアモンの口元に笑みが浮かぶ。

 

「いいだろう。最強、そう呼ばれる者を全て平伏せ、僕は真の王になる!」

 

 応えるようにアモンもデュエルディスクを起動する。

 そして数瞬、無言で視線を交わらせる二人。やがて同時に二人の唇が動いた。

 

 ――デュエルッ!!

 

 

丸藤亮 LP:4000

アモン・ガラム LP:4000

 

 

「先攻は俺だ! ドロー!」

 

 カードを引き、手札を確認すると、カイザーはそのうちの一枚を手に取った。

 

「俺は《ヘル・ドラゴン》を召喚!」

 

 

《ヘル・ドラゴン》 ATK/2000 DEF/0

 

 

 全身が黒く、悪魔のような風貌を持つ禍々しいドラゴンがフィールド上に姿を現し、翼をはためかせてカイザーのフィールド上にて滞空する。

 攻撃力は2000と下級としては高打点。ただし下級モンスターでありながらその攻撃力が許されているのは、自身から攻撃できないというデメリットを抱えているためだ。尤も他にも効果があるので、デメリットしかないわけではないが。

 カイザーがこのカードを選択したのは、様子見が主な理由だった。アモン・ガラムがイースト校でチャンピオンに輝いたという話はカイザーも知っている。それ相応の実力があることもわかっている。

 だが、カイザーは今のアモンから得体のしれない雰囲気を感じ取っていた。それがカイザーに慎重な初手をとらせたのだった。

 

「カードを2枚伏せる。ターンエンドだ」

「カイザー亮にしては消極的なことだ。……僕のターン!」

 

 アモンはドローするやいなや、その手札から一枚のカードをディスクに差しこんだ。

 

「僕は《天使の施し》を発動! デッキから3枚ドローし、2枚を捨てる」

「く……」

 

 いきなり天使の施し。さすがのカイザーもこの初手には唸らざるを得なかった。

 天使の施しはその強力な効果ゆえ現在制限カードに指定されているカードだ。カイザー自身も頻繁に使用するためその強力さはよくわかっている。

 必勝のコンボに必要なカードを高速で揃える一助となる、極めて警戒すべきカードだ。一体どんなカードを引いたのか。カイザーはデッキからカードを引いて手札を見るアモンを注意深く観察した。

 

「僕は更に《エア・サーキュレーター》を守備表示で召喚。エア・サーキュレーターのモンスター効果。このカードの召喚に成功した時、手札を2枚デッキに戻し、シャッフル。そして改めて2枚ドロー出来る」

 

 

《エア・サーキュレーター》 ATK/0 DEF/600

 

 

 見た目は扇風機に手足がついて立ち上がったような、奇怪な出で立ちをしている。機械族にしか見えないが水族という変わった種族であるが、いま問題なのはその点ではなかった。

 カイザーは自身の中で僅かに疑問が生まれるのを感じる。しかし今はその疑問を追及することはせず、アモンの行動を見守った。

 

「カードを4枚伏せて、ターン終了」

「俺のターン、ドロー!」

 

 4枚もの伏せカード。守りの一手となるには早すぎる。こちらを誘う罠か、あるいは攻勢に出るための布石か。

 一瞬思考を巡らせるが、判断をするには材料が少なすぎる。となれば、カイザーが取る手は一つであった。

 

「俺はヘル・ドラゴンをリリース! 出でよ、《サイバー・ドラゴン》!」

 

 銀色に輝く鋼鉄の巨体。カイザーが修めるサイバー流を代表するカードにして、カイザー自身の代名詞。彼が最も信頼するしもべが、機械的な甲高い嘶きと共に姿を見せる。

 

 

《サイバー・ドラゴン》 ATK/2100 DEF/1600

 

 

「ほう、ついにきたか……」

 

 カイザーを知る者ならば誰もが知るエースの登場に、アモンの口からも感嘆が漏れる。

 それを前に、カイザーはサイバー・ドラゴンに向けて手をかざした。

 

「サイバー・ドラゴン! エア・サーキュレーターを攻撃! 《エヴォリューション・バースト》!」

 

 相手が何を考えているのか、今の状況では判断がつかない。ならば攻める。その真っ直ぐさこそがカイザーにとってのデュエルであり、勝利への方法論であった。

 サイバー・ドラゴンの口から放たれたレーザーのごときエネルギーがエア・サーキュレーターを一撃で消し飛ばす。その余波が衝撃となってアモンを襲うも、アモンは眉一つ動かすことはなかった。

 

「……破壊されたエア・サーキュレーターの効果発動。このカードが破壊された時、デッキからカードを1枚ドローする」

 

 淡々と効果処理を進めていくアモン。その姿にやはり何か違和感を覚えるも、カイザーはアモンの考えている手を読むことが出来ないでいた。

 わからないものは仕方ないが、しかし油断だけはすまい。そう気持ちを引き締め、カイザーは一つ息を吐いた。

 

「ターンエンドだ」

「僕のターン、ドロー」

 

 そして、アモンは一枚のカードを発動させた。

 

「僕は魔法カード《成金ゴブリン》を発動。これは僕がデッキからカードを1枚ドローする代わりに、カイザー、あなたのライフポイントを1000回復するカードだ」

「……どういうつもりだ」

 

 成金ゴブリンはカードをドローさせるも、相手にライフを与えてしまう。強欲な壺が禁止カードとなった今、確かにドロー出来るこのカードは魅力的だろう。

 だが相手にライフを与えるデメリットから好んで使うプレイヤーは少ない。ゆえにカイザーは警戒して問いかけるが、それにアモンは答えなかった。

 ただ、うっすらと口の端に笑みを乗せた。

 

「更に僕は成金ゴブリンにチェーンして罠カード《強欲な瓶》を発動! 更にチェーンして《八咫烏の骸》を発動! そして更に罠カード、《積み上げる幸福》!」

「なに!?」

 

 怒涛のチェーン。それによって次々と明らかになっていくアモンの場に伏せられていたカードたちに、カイザーは驚愕を隠すことなく声を上げた。

 強欲な瓶、八咫烏の骸、積み上げる幸福。当然、カイザーはそのカードの効果を全て知っている。それぞれがそれなりに名の知られたカードだ。間違えるはずもない。

 しかし、だからこそ。

 

「逆順処理により、まずは積み上げる幸福の効果を処理する。これはチェーン4以降にのみ発動できる罠カード。僕はデッキからカードを2枚ドローする」

「………………」

 

 これら三枚には共通点がある。それは、全てがドローに関した効果を持つ手札増強カードであるということだ。

 

「次に八咫烏の骸だ。これには効果が二つあるが、一つはスピリットモンスターが存在する時に2枚ドローする効果。当然、僕の場にスピリットモンスターはいない。よって一つ目の効果、カードを1枚ドローする効果を使う」

「……まさか」

 

 相手にメリットを与えてでも手札の充実を重視する。無論手札の重視はどのデッキにあっても言えることであるが、こうまで極端に手札補充に傾くデッキ。

 

「そして強欲な瓶の効果。僕はデッキからカードを1枚ドロー。最後に成金ゴブリンの効果で1枚ドロー。カイザー、あなたのライフを1000ポイント回復する」

 

 

亮 LP:4000→5000

 

 

「アモン、お前の狙いは、まさか……!」

 

 手札をことさら重要視するドロー加速デッキ。カイザーの頭には、その中でも最も有名なコンボデッキが浮かんでいた。

 暗にそれを問うも、アモンはそれに答えることはなかった。

 

「カイザー、自分の手の内をバラすデュエリストがいるとでも?」

「……確かに、その通りだったな」

 

 アモンに言われ、我ながら無粋なことをしたと思いながらカイザーは呟く。

 相手の考え、狙い。そんなものはデュエルで聞けばいいことだった。

 

「更にもう一枚罠カードを発動。《強欲協定》。お互いにデッキからカードを1枚ドローする」

 

 更なる手札増強。それを終えた後で、アモンは手札の一枚に指をかけた。

 

「僕は《ディープ・ダイバー》を守備表示で召喚。カードを1枚伏せて、ターンエンド」

「俺のターン、ドロー!」

 

 カードを引き、アモンを見据える。

 

「お前の狙いが何であろうと、俺は俺のデュエルを貫くのみ! 俺は《プロト・サイバー・ドラゴン》を召喚!」

 

 

《プロト・サイバー・ドラゴン》 ATK/1100 DEF/600

 

 

 サイバー・ドラゴンよりも小柄で、些か意匠が異なる機械の竜。銀というには若干黒ずんだ装甲を鈍く光らせながら、サイバー・ドラゴンの隣にプロト・サイバー・ドラゴンが並んだ。

 

「プロト・サイバー・ドラゴンはフィールド上に存在する限り、そのカード名を「サイバー・ドラゴン」として扱う! そして!」

 

 カイザーは手札から一枚のカードを抜き出す。二体のモンスターが溶けあうように描かれた魔法カード。

 

「《融合》を発動! サイバー・ドラゴンとサイバー・ドラゴンとして扱うプロト・サイバー・ドラゴンを融合する!」

 

 渦に呑まれるように二体がその姿を一体としていく。そして直後に光が溢れ、次の瞬間、カイザーの場にはより大きく雄々しい姿となった二頭を持つ機械竜が鎮座していた。

 

「――《サイバー・ツイン・ドラゴン》!」

 

 

《サイバー・ツイン・ドラゴン》 ATK/2800 DEF/2100

 

 

 カイザーの宣言に応えるように咆哮が上がる。圧倒的なまでの威圧感。カイザーにとっては頼もしいその姿を一度仰ぎ見て、アモンの場に向けてその指を向ける。

 

「サイバー・ツイン・ドラゴンは1度のバトルフェイズに2回攻撃が出来る! 行け、サイバー・ツイン・ドラゴン! 《エヴォリューション・ツイン・バースト》!」

 

 サイバー・ツインの両頭がそれぞれ口を開き、その口腔に光が集束していく。やがてそれは同時にそれぞれの口から発射され、空中で一つに纏まり一直線の光条となると、雷音を響かせてディープ・ダイバーへと直撃した。

 再び暴風が吹き荒れるアモンのフィールド。そんな中において、アモンは風の音に負けないほどに声を張り上げた。

 

「破壊されたディープ・ダイバーの効果発動! このモンスターがバトルで破壊された時、デッキからモンスターカードを1枚選んでデッキの一番上に置く!」

 

 デッキから抜き出した一枚のカード。それを指に挟むと、アモンはカイザーにも見えるように高くカードを掲げてみせた。

 

「僕が選ぶのは――《封印されしエクゾディア》!」

「やはり――!」

 

 カイザーの中に渦巻いていた予感が確信に変わる。

 【エクゾディア】は古くから存在しているデッキテーマの一つだ。手札に《封印されしエクゾディア》《封印されし者の右腕》《封印されし者の左腕》《封印されし者の右足》《封印されし者の左足》の五枚が揃った時、デュエルに勝利するという効果を持つ。

 リターンは破格と言えるだろう。なにせ問答無用でデュエルに勝つのだ。たとえどれほど強いモンスターがいても、エクゾディアには関係がない。その瞬間、デュエルは勝利という形で終了してしまうからだ。

 だが、使用者は少ない。何故ならエクゾディアパーツは数が少なく、またかなり尖った構築をしなければならないために使いこなせる者が現れないからだ。

 近年になって、ようやくキング・オブ・デュエリストと呼ばれる武藤遊戯がまともにエクゾディアを揃えたが、以降彼がエクゾディアを使ったという話は聞かない。その後、エクゾディア使いはなかなか現れず、カイザーもこうして相対するのは初めてのことだった。

 手札に揃えるという特性上、そのデッキはいかにドローを加速させるかにかかっている。そのためデッキにはドロー系のカードが多くなる傾向が強い。それゆえに、アモンのデッキがエクゾディアではないのかとカイザーは疑っていたのだった。

 そして今、それは確信に変わった。アモンのデッキはエクゾディア。なら、その狙いはエクゾディアを手札に揃えることに他ならない。

 そこまでわかれば、やるべきことは一つである。

 すなわち、揃える前に倒す。

 カイザーはサイバー・ツイン・ドラゴンを見上げて手をかざした。

 

「サイバー・ツイン・ドラゴンはもう一度攻撃をすることが出来る! 《エヴォリューション・ツイン・バースト》第二打ァ!」

 

 サイバー・ツインが放つ光の砲撃がアモンに向かう。しかし、それでもアモンの表情に揺らぎはなかった。

 

「その攻撃が通っても僕のライフを削るには至らない。次のターンで僕の勝利が確定する!」

 

 アモンの言葉からカイザーは即座に理解する。アモンの手札にはエクゾディアパーツが既に四枚揃っていることを。

 だが、そんなことは関係がなかった。

 

「まだ来てもいない未来に酔うなど、ロマンを語るには早いぞアモン! リバースカードオープン! 速攻魔法《リミッター解除》!」

「なんだと!?」

 

 このデュエルが始まってから初めてアモンの表情が変わる。焦りを含ませたその顔を前に、サイバー・ツインが高く咆哮した。

 

「リミッター解除により俺の場の機械族モンスターの攻撃力は倍になる! よってサイバー・ツイン・ドラゴンの攻撃力は5600まで上昇!」

 

 

《サイバー・ツイン・ドラゴン》 ATK/2800→5600

 

 

「エクゾディアがいかに強力であろうと、五枚全てが揃わねばその真価は発揮できない。ならば、揃える前に倒すまでのことだ!」

 

 相手のライフよりも高い攻撃力で攻撃すれば勝てる。エクゾディアなど関係ない。それこそがカイザーが抱く勝利への方法論である。

 それに則って勝つ。それだけのことだった。

 

「ゆけ、サイバー・ツイン・ドラゴン! アモンにダイレクトアタック! 《エヴォリューション・ツイン・バースト》ォ!」

 

 サイバー・ツインの双口にこれまでとは比べ物にならない規模のエネルギーが集まっていく。攻撃力5600。その値を体現する巨大な光が空気を削り取りながらアモンへ向かって直進する。

 通れば一撃でライフが消し飛ぶ攻撃。デュエルの決着となるか否かの、その瞬間。アモンが動いた。

 

「カウンター罠《攻撃の無力化》を発動! その攻撃は僕に届かず、無効となる!」

 

 アモンの眼前に現れた時空の渦。サイバー・ツインの攻撃はアモンに命中する前に時空の彼方へと吸い込まれ、そのライフポイントを削るには至らなかった。

 轟音が消え去った静寂の中、カイザーは小さく詰めていた息を吐き出した。

 

「やはり、そう簡単にはいかないか……」

「いや、さすがカイザーと言わせてもらおう。既にリミッター解除をその手に握っていたとはな」

 

 アモンは思う。攻撃の無力化がなければ恐らく今の攻撃で負けていたと。そういう意味では紙一重であったのだ。

 だが。

 

「ここまでのようだな」

 

 次のターンのドロー。そこでエクゾディア最後のパーツが手札に加わり、自分の勝利は確定する。

 その確信を覗かせた言葉に、しかしカイザーは小さく否を唱えた。

 

「いや、まだだ」

「なに?」

「メインフェイズ2! リバースカードオープン、速攻魔法《手札断殺》! お互いのプレイヤーは手札2枚を選択して墓地へ送り、新たに2枚のカードをドローする!」

「な、に……!?」

「アモン、お前の手札は5枚。そして次のターンでエクゾディアが完成するならば、既に4枚がその手札に含まれているはずだ。つまり、お前は確実にエクゾディアのパーツを捨てなければならない」

 

 言葉を続けながら、カイザーは自らの手札を二枚選択して墓地へと送る。そして新たに二枚を引いた。

 そしてアモンへと目を向ける。アモンもまた手札二枚を墓地へと送っているところだった。そして新たに二枚を引く。しかしその表情はカイザーとは異なり、苦々しいものであった。

 ディープ・ダイバーの効果により、今アモンの手札には《封印されしエクゾディア》が加わったはずだった。元の手札のままであったなら、その時点で勝負は決まっていたことだろう。

 しかし、それはもう関係がないことだった。何故ならパーツが墓地へ送られた時点で、エクゾディアの完成は不可能になったからだ。

 もちろん次善の策はあるのだろうが、しかしカイザーにはそれを打ち破る自信があった。そしてその自信は今までカイザーを裏切ったことがない。

 油断はしない。だが、確実にアモンを追い詰めた。カイザーはそう考えた。

 

「カードを2枚伏せ、ターン終了。そしてリミッター解除の効果を処理する。オーバースペックを引き出す無理の反動を避ける術はない。サイバー・ツイン・ドラゴンは破壊される」

 

 自分フィールド上に存在する全ての機械族モンスターの攻撃力を二倍にする速攻魔法という強力無比なカードであるがゆえに、そのデメリットもまた大きい。その恩恵を受けたモンスターはエンドフェイズに自壊する運命が決定づけられているのだ。

 爆散するサイバー・ツイン。しかしその役目は果たしてくれたとカイザーは感謝の念を消えゆくサイバー・ツインへと向けて見送った。

 

「……僕の手を瞬時に見切り、そして即座に対応してくるその力。まさしくカイザーといったところか」

 

 アモンの言葉が聞こえ、カイザーは再びアモンへと視線を戻す。

 

「実力だ……と言いたいが、運もあった。手札断殺がなければ、次のドローでお前の勝利が確定していただろう」

「それを呼び寄せるのもデュエリストの力だ。まったく、だからこそ――」

 

 くつくつとくぐもった声が響く。それは間違いなく、アモンの口から漏れる――笑い声だった。

 

「倒しがいがある! ――僕のターン、ドロー!」

 

 カードを引くと同時に、アモンのデュエルディスクの墓地から光が溢れた。

 

「僕は墓地に存在する魔法カード《究極封印解放儀式術》の効果発動!」

「なに!? まさか手札断殺の時に……!?」

 

 これまで一度もデュエルに出てこなかったカード。であるならば、墓地へ送る機会は先程の一回を除いて他にない。

 アモンはその疑問を肯定するように、口の端を軽く持ち上げた。

 

「究極封印解放儀式術は手札および墓地に「封印されし」と名のついたカードが5枚ある時に発動できる! まずは墓地に存在する「封印されし」と名のつくカードをデッキに戻す!」

 

 アモンのデュエルディスクの墓地ゾーンから、一枚のカードがせり出してくる。手に取ってカイザーに見せたそれは《封印されし者の右腕》。これもまた、手札断殺の時に墓地へ送っていたカードであった。

 それをデッキに戻すと、シャッフルしたのち再びディスクにセットした。

 

「そして手札から「封印されし」と名のつくカードを2枚まで……僕は《封印されし右足》、《封印されし左足》を墓地へ送る! その後、デッキまたは手札から――《究極封印神エクゾディオス》を特殊召喚するッ!」

 

 アモンは手札の一枚を手に取ると、ディスクへと叩きつけるようにしてそのカードをフィールドへと現出させた。

 

「こ、これは……!?」

 

 その瞬間、アモンだけではなくカイザーの場まで巻き込んで激しい風が巻き起こる。目を開けていることすら難しい強風に、腕を眼前にかざしてカイザーは突如発生した現象に当惑した。

 風によって舞い上がる砂煙。同時に響く地鳴りのような音。その発生源であるアモンのフィールドを、カイザーは窮屈そうに目を細めながらどうにか確認を試みる。

 だが、濃い砂煙によって阻まれてその詳細までは見ることが出来ない。しかし、そのシルエットだけは確認することが出来た。

 この異常の正体。それは、地面から徐々にせり上がってくる巨体であった。シルエットであろうと明らかに屈強とわかる体躯。サイバー・ツイン、いやサイバー・エンドにも匹敵するほどの大きさである。人型であるそれは、まさに巨人という言葉が相応しかった。

 そのモンスターが発する威圧感、そして溢れ出る力がこの風を、地面の鳴動を引き起こしているのだとカイザーは悟る。

 カイザーの頬を冷や汗が流れ、風にさらわれていく。間違いなく脅威であろう存在が到来したことを確信したためであった。

 これほどの力を持つとは、一体どんなモンスターなのか。カイザーが胸中で抱いたその疑問、それに対する答えが今、弾けるように霧散した砂煙の向こうから姿を現した。

 

「――なに!?」

 

 カイザーは目の前に現れたモンスターの姿に目を見張った。

 エジプトにおける縞模様が特徴的な王冠ネメスをかぶり、闘気に満ちた精悍な顔がカイザーのフィールドを強く睨みつける。筋骨隆々と表現するに相応しい肉体は褐色で、胸から肩にかけて黒く大きな鎧がその体を覆っている。

 その姿はどう見ても。

 

「え、エクゾディアだと……!?」

 

 シルエット、出で立ち。どこを見てもカイザーが知るエクゾディアと瓜二つであった。

 しかしエクゾディアは通常フィールドに完全体として姿を現すことはない。それゆえにカイザーはその有り得ない事態が起こっていることに困惑を隠せなかった。

 が、しかし。アモンはそんなカイザーの驚きに対して静かに首を横に振り、それは違うと示した。

 

「このモンスターはエクゾディオス! 残念ながらエクゾディアではない。が、その持てる力はエクゾディアにも劣らない!」

 

 

《究極封印神エクゾディオス》 ATK/? DEF/0

 

 

 喰いしばった歯の隙間から唸り声をこぼしながら、エクゾディオスは身じろぎひとつすることなく静止している。それはまるで、今にも爆発しそうな力を抑え込んでいるかのようであった。

 そしてアモンの手が、エクソディオスを指す。

 

「エクゾディオスは破壊されず、相手の魔法・罠・モンスターの効果を受けない! そしてエクゾディオスの攻撃力は墓地の「封印されし」と名のつくカードの枚数×1000ポイントとなる! 今、僕の墓地には2枚の「封印されし」と名のつくカードがある。よってエクゾディアオスの攻撃力は2000!」

 

 

《究極封印神エクゾディオス》 ATK/?→2000

 

 

 唸り声が徐々に大きくなっていく。おおぉ、と這うように響く声にカイザーの顔つきが厳しくなっていく。

 

「更に魔法カード《禁止薬物》を発動! 僕の場のモンスター1体は、1度のバトルフェイズに2回攻撃を行うことが出来る!」

 

 カードの使用により、エクゾディオスの盛り上がった筋肉に、太い血管が浮かび上がる。口から洩れる唸り声は、もはや叫び声に迫るほどの大きさとなっていた。

 

「バトルだ! エクゾディオスでダイレクトアタック! そしてこの時、エクゾディオスの効果発動! このカードが攻撃する時、手札かデッキから「封印されし」と名のつくカード1枚を墓地へ送ることが出来る!」

「な、なんだと!?」

「僕はデッキから《封印されし者の右腕》を墓地へ送る! これによって墓地にある「封印されし」カードが増加! エクゾディオスの攻撃力もプラスされる!」

 

 もはや雄叫び。いや、絶叫に近い裂帛の咆哮。空気を伝わってビリビリと肌を刺すエクゾディオスの圧力に、カイザーは思わず体を後ろにずらしてたたらを踏んだ。

 

 

《究極封印神エクゾディオス》 ATK/2000→3000

 

 

 地面を揺らし、エクゾディオスが咆哮と共にカイザーへと迫る。振り上げられた拳が強く握られる。その流れを見つめて、カイザーはぐっと口元を引き結んだ。

 

「ゆけ、エクゾディオス! 《天上の雷火 エクゾード・ブラスト》!」

 

 エクゾディオスの拳が振り下ろされる。その直前、カイザーのフィールドに伏せられていたカードが起き上がった。

 

「罠発動! 《リミット・リバース》! 墓地の攻撃力1000以下のモンスター1体を攻撃表示で蘇生する! 俺が選ぶのは、《カードガンナー》だ!」

 

 

《カードガンナー》 ATK/400 DEF/400

 

 

 十代、遠也、二人のデッキにも入っている下級の機械族モンスター。墓地肥やし、アタッカーなどとして非常に使い勝手がよく、また機械族であることからカイザーもデッキに投入したカードである。

 手札断殺の時に墓地へ送っていたそのカードがフィールドに移動し、オモチャのロボットそのままのモンスターが姿を現す。

 だが、その姿はエクゾディオスの前ではあまりに弱々しい。そしてその印象を外れることはなく、エクゾディオスの一撃によってカードガンナーは粉砕。その余波がカイザーへと襲い掛かった。

 

「ぐ、ぉぉおおおッ!」

 

 

亮 LP:5000→2400

 

 

 一気にカイザーのライフポイントが削られる。地面に拳が叩きつけられた衝撃で後方へと吹き飛ばされるも、なんとか態勢を整えて踏ん張り、カイザーは即座に口を開いた。

 

「この瞬間、罠発動! 《ダメージ・ゲート》! 俺が戦闘ダメージを受けた時、そのダメージ以下の攻撃力を持つモンスター1体を復活させる! 《プロト・サイバー・ドラゴン》を守備表示で特殊召喚!」

 

 

《プロト・サイバー・ドラゴン》 ATK/1100 DEF/600

 

 

「更に破壊されたカードガンナーの効果発動! このカードが破壊され墓地へ送られた場合、デッキからカードを1枚ドローする!」

「さすがはカイザーと呼ばれる男! だが、エクゾディオスの攻撃はもう一度ある! そしてこの時、再び「封印されし」と名のつくカード《封印されし者の左腕》を墓地へ送り、攻撃力が更に上昇!」

 

 

《究極封印神エクゾディオス》 ATK/3000→4000

 

 

「その邪魔なモンスターを粉砕しろ! 《天上の雷火 エクゾード・ブラスト》!」

「ぐぅ……ッ!」

 

 プロト・サイバー・ドラゴンがエクゾディオスの攻撃を受けて爆散する。

 カイザーのライフはどうにか残ったが、しかしエクゾディオスの攻撃力は更に上昇。 状況は刻々とカイザーの敗北の未来に向けて進み始めていた。

 それをアモンも感じているのだろう。その表情には軽く笑みさえ浮かんでいた。

 

「やはり最強とまで呼ばれた男、伊達ではないな。ターンエンド」

 

 エクゾディオスがアモンのフィールドに戻る。静かにまるで壁のようにカイザーの前に聳え立つその姿を一瞥し、カイザーはアモンに向き直った。

 

「……さて、俺の身には余る評価だ。それに、さすが、とはこちらの台詞だアモン。エクゾディアが揃えられずとも、ここまで万全を期してあるとは……」

「……カイザー、あなたは一つ勘違いをしている」

「なに?」

 

 アモンのタクティクスを賞賛するカイザーに、アモンはそれだけでは足りないとばかりに首を振る。眼鏡を指で押し上げ、アモンは不敵に笑った。

 

「いつ、僕がエクゾディア完成を諦めたと言った? エクゾディオスの効果はもう一つある。墓地に「封印されしエクゾディア」のパーツが全て揃った時、僕はデュエルに勝利する!」

「墓地で成立する特殊勝利だと!?」

 

 カイザーは驚愕も露わに呟いた。そんな条件を持つ特殊勝利など聞いたことがなかったからだ。

 そして従来、エクゾディアといえば手札に揃えるものと決まっていた。まさか墓地でエクゾディアを揃えることで勝利するなど、想像すらしていなかったのだ。

 

「ふふ、しかもエクゾディオスは攻撃の度にエクゾディアのパーツを墓地へ送る。この意味がわかるか?」

 

 その言葉を聞き、はっとする。

 今、アモンの墓地に存在しているのは《封印されし者の右足》、《封印されし者の左足》、《封印されし者の右腕》《封印されし者の左腕》の四枚である。

 つまり。

 

「あと1ターンでエクゾディアが完成する……!?」

「そう、つまりはカイザー。あなたの命もまたわずか1ターンということだ! 次に僕のターンが訪れ、エクゾディオスが攻撃した時……あなたは――敗北する!」

「……ッ!」

 

 それが定められた未来であるとばかりに断言するアモンに、カイザーも思わず言葉を失った。確かにこのままではその未来は高確率で現実のものとなってしまうからだ。

 エクゾディア、そしてエクゾディオス。揃った時点で無条件の勝利をもたらすその効果は、やはり脅威であり強力の一言に尽きた。相対して初めて知ったその恐ろしさを、カイザーはいま身を以って実感していた。

 そんな中、カイザーはある一点が気になっていた。それはアモンがエクゾディア完成を狙っているのではないかと思った時から抱いていた疑問である。

 その疑問がふと口をつき、アモンへの問いかけとなってこぼれる。

 

「アモン、お前は一体そのカードをどこで手に入れた? エクゾディアはあの武藤遊戯さんも使用していた伝説のカード。現存する数は極端に少なく、その勝利条件故に専用デッキを構築すること自体が奇跡のような積み重ねの上にあったはずだ」

「………………」

 

 それだけではない。カイザーにとって最も不可解なのは、もう一つの疑問だった。

 

「それに、俺が噂で聞いたお前のデッキは《雲魔物(クラウディアン)》だったはず。だが、これはおかしい。これほどのデッキを持ち、使いこなすならば、お前の名はエクゾディア使いとして広まっていたはずだ」

 

 噂では雲魔物使いとして知られながらも、しかし現実にはアモンのデッキはエクゾディアである。雲魔物の要素はどこにもない。手を抜いていたという見方も出来るが、デュエルを通してカイザーにはわかった。この男はそんな姑息な真似をする男ではないと。だからこその疑問だった。

 

「………………」

 

 言外に何故と問われたそれに、アモンは答えず、ただ静かに目を伏せた。

 この時、アモンの脳裏にはある記憶がよぎっていた。それはエクゾディアを手に入れた時。この世界で己の最愛の人と再会した、その時のことである。

 

 

 

 

 

 

 ――エコーとクロノスが異世界へとやって来たのは、偶然によるものであった。

 十代たちがおのおののエースカードの力を借りて異世界への扉を開いた日、クロノスは鶏の世話の為に外に出いていた。そしてエコーは自信が最も敬愛する男、アモンの消息を知るためにデュエルアカデミアを訪れていた。

 エコーは島に上陸。その時はちょうど次元が揺らいでいる時であり、エコーは異常が検知された森の中を目指していた。

 外で鶏の世話をしていたクロノスは見慣れぬ人間が島内にいるということで、エコーの後を追った。そうして二人ともが森の中に入った時、十代たちが開いた異世界への扉から溢れる光が彼らをも包み込んでしまったのだ。

 そして、二人は異世界へと来ることとなった。周囲に人間はおらず、頼れる者もいない。過酷な環境であると言えるが、唯一同じ境遇であるお互いがいるからこそ、何とかやってこれていた。

 少なくとも、クロノスにとってはそうだった。

 

「……はぁ。本当にここはどこなノーネ。あの時の異世界とは違う気がすルーシ。散々なノーネ」

「……悪かったわね」

「シニョーラ・エコー、あなたを責めているわけじゃないノーネ!」

 

 異世界の荒野を歩きながらクロノスがこぼした不満に、エコーが苦々しく謝罪を口にする。それをクロノスはそういう意図ではないと弁解するが、実質自分のせいでクロノスが巻き込まれたことをエコーは理解していた。

 エコーはガラム財閥の人間である。そして幼い頃よりアモンと共に過ごし、今はアモンの付き人として様々な面で彼をサポートしている。事務作業はもとより、生活全般、また武力行為に至るまでだ。

 今回、アモンが異世界で行方不明になったことを受けて、エコーはガラム財閥お抱えの私兵の指揮を任されていた。アモンをくれぐれも頼むと当主からも言われたほどである。

 そしてエコーは軍服を模したガラム財閥の衛兵服に身を包み、潜水艦でアカデミアまでやって来たのだ。

 そして手がかりを探すべく上陸。そこをクロノスに見つかり、制止の声を振り切って強引に島内へと押し入った結果が……今の状況である。

 つまり、自分がいなければクロノスはこんなことになっていなかった。そういう意味ではクロノスが怒るのは正当な権利であるとエコーは思っていた。

 だからそのことに対してならエコーは頭を下げる。しかし、その発端となる行動を起こしたことについては謝るつもりはなかった。

 何故ならアモンの消息を知ることはエコーにとって必要なことだったからだ。エコーが理想としていただくアモンの姿。その姿にアモンはなっているのか。それだけを願ってエコーは今ここにいるのだから。

 

「それにしテーモ、こうも何もないと気が滅入ってしまうノーネ。早くシニョール十代たちと合流しなイート」

「……そうね。きっとアモンとも、彼らといた方が……」

 

 アモンも見知った顔が多くいる方が恐らく接触してきやすいはず。それに探す手は多くあった方がいい。そう判断してクロノスの意見にエコーは同意する。

 そして二人が目的を再確認して歩き出そうとしたその時、ふと二人の耳に声が届く。

 

「いや、その必要はないよ。エコー」

「っ!」

 

 エコーは息を呑み、はっとして声が聞こえた方へと顔を向ける。

 自分たちが進もうとしていた方角から右に逸れた前方に立っている人影がある。まだ少し距離が遠いが、自分が彼を見間違えるわけがない。

 エコーは確信した。アモンだ、と。

 

「シニョールアモン!? 無事だったノーネ! 嬉しいノ――」

「アモンッ!」

 

 クロノスが両手を突き上げて喜びを露わにする横を、感極まった声を上げてエコーが走る。

 自分が求めていた人の姿がそこにある。その事実だけでエコーの胸は張り裂けそうなほどの感情に満ちていた。歓喜、安堵、期待。それらの感情が入り乱れ、ただアモンの名を呼びながらエコーは走った。

 それを柔らかな表情で立ち見つめているアモン。そして道中のエコーの様子から二人の関係を察していたクロノスが何も言わず優しく見守る。

 そしてついにエコーがアモンへと手を伸ばした、その時。ふとエコーの心に浮かんだ疑問が、駆け寄る足を止めさせた。

 

「……? シニョーラ・エコー?」

「………………」

 

 エコーは確かにアモンの姿を見た時、歓喜した。そして無事であったことに安堵した。それは間違いがない。

 そして同時にエコーは無事であったアモンの姿を見た時に、期待していた。そう、期待していたのだ。

 彼が自分の理想の姿でいることに。

 だが、今の彼はまだ自分が知るアモンのままだった。少なくとも、エコーの目にはそう映った。それが、エコーの足をその場に留めさせた。

 

「アモン……あなたは、叶えたの? この異世界で、私たちの理想を……」

 

 エコーは幼い頃からアモンを、アモンだけを見てきた。

 優しく、努力を惜しまず、類まれな頭脳を持ち、スポーツ万能、デュエルにも才能を見せた麒麟児。それがアモンだった。その才能を弟の幸せのために埋もれさせていった姿も、エコーはずっと見てきていた。

 エコーはずっと、心の中で思ってきた。アモンこそが至高の存在。世界の王になるべき男であると。

 彼が王となれば世界はきっとより良くなる。その確信があった。何故なら彼はアモン・ガラムだからだ。それだけでエコーはその未来の正しさを信じることが出来た。

 しかし、元の世界でアモンには既に数多くのしがらみがついて回っていた。だから、そう思いつつもその実現が不可能に近いこともエコーは理解していた。苦々しく思いながら。

 だが、ここは違う。そんなしがらみが一切ない異世界だ。だからこそ、エコーはアモンが異世界に残ったと聞いた時、密かに喜び期待したのだ。その世界でならば、きっとアモンは王となることが出来ると。

 その姿を確認することこそがエコーの最大の目的であった。そのために、彼女はアカデミアを訪れたのだ。

 しかし、こうして会ってみればどうだろう。アモンに別段変わったところは無い。見た目もエコーが知る彼のままだった。

 少なくとも、王という特別な空気を感じ取ることは出来なかった。あくまでも感覚的なものであるが、違う、そう思った。

 止まった足はその困惑ゆえだった。アモンならばきっと王になっていると信じていた。なのに何故。エコーの頭の中はその疑問で埋め尽くされていた。

 

「エコー」

 

 そして、そんなエコーの心情をアモンは誰よりも理解していた。エコーと同じように、アモンもまたエコーのことをよく見ていたからだ。

 それゆえ今のエコーが何を考えているのかを十分に理解したうえで、アモンは言葉を紡ぐ。

 

「安心してほしい。僕は王となる。間違いなくだ。……だが、まだそのためには力が足りない。そのために、君のことが必要なんだ」

「私、が……?」

 

 アモンがパチンと指を鳴らす。

 瞬間、ぐにゃりと言葉では形容しがたい奇妙な感覚を伴って彼らが立つ場所が変容していく。

 どこまでも続く荒れ果てた大地は消え失せ、薄暗くじめっとした閉鎖的な岩場に成り代わる。上下も岩壁で覆われているところから、ここが洞窟の中であることが窺えた。つまり、アモンは何らかの力を使ってエコーとクロノスを移動させたのだった。

 

「ど、どういうことなノーネ!? ここはどこなノーネ!?」

 

 クロノスは突然の超常現象に戸惑いを隠せない。それはエコーも同じで、突然切り替わった景色に視線を彷徨わせていた。

 

「エコー」

 

 呼びかけられ、はっとエコーはアモンに向き直る。

 アモンは何も言わずに自身の背後を示した。

 

「あれだよ、エコー」

「あれ……?」

 

 エコーはアモンが示す指の先を見た。

 アモンの後ろ。そこには池と呼ぶには浅く規模が小さな水たまりがあった。沼、とかろうじて呼べる程度のものだ。その先には地面に対して垂直にそびえる高い岩壁がある。そしてその岩壁には、洞窟の中に相応しくない、明らかに人工物と思われる巨大な扉があり――、

 突然、ドンッ、とその扉が大きく揺れ、扉にはめ込まれた格子の隙間から大木のような巨腕がぬっと飛び出してきた。

 だが、格子によって阻まれ、それ以上手を伸ばすことは出来ていない。それでも十分に近くで腕がゆらゆらと揺れて、再び扉の中へと戻っていく。それを一部始終見ていた。

 

「……こ、これは……!?」

 

 驚きと恐怖から声を詰まらせるエコーに、アモンは笑みすら浮かべて諭すように言葉をかける。

 

「力さ。僕が王となるために必要な、大いなる力だ」

「アモン……」

「けれど、僕がこれを手に入れるには、君が必要なんだ。だからエコー」

 

 アモンは手を伸ばす。手のひらを上に向け、まるでダンスに誘うかのような気安さで。

 

「僕の為に、来てくれないか?」

 

 エコーは差しだされた手をじっと見つめる。よくよく見れば、その腕は人間のものではなかった。悪魔のような異形の腕。一体どうしてそうなってしまったのかはわからないが、少なくともエコーが知るアモンの腕ではなかった。

 後ろからクロノスの声が飛ぶ。

 

「よすノーネ、シニョーラ・エコー! アモンはなんだか様子がおかしいノーネ! ここは慎重になるべきでスーノ!」

「心外だな、クロノス教諭。あなたが生徒をそんな色眼鏡で見るとはね」

「私は教師でスーノ! 等身大の生徒を見つめることこそ私の使命なノーネ! 認めづらくとも、あなたの様子が変わってしまっているのは私にもわかるノーネ! それを生徒だからと認めない方が色眼鏡で見ていることになるノーネ!」

「お説ごもっとも。けれど、そのご高説が僕たちに関係があるかと言えば、それはまた別の話だ」

「なんでスート!?」

 

 アモンの言葉にクロノスはエコーを見る。そこには、アモンの手を掴もうと手を伸ばすエコーの姿があった。

 

「シニョーラ・エコー!?」

「クロノス教諭。あなたには理解できないかもしれないが……これが僕たちなんだ。エコーは僕の為ならたとえ全てを犠牲にするとしても厭わない。僕は心の底からそれを信じているんだ」

 

 アモンの確信を含んだ声。それを肯定するように、エコーはアモンの手を掴むとクロノスに振り返った。

 

「これが私の道。私の生はアモンの理想と共にある。そのためならば、私は――」

「シニョーラ!」

 

 それでも、クロノスは呼びかける。それはきっと何かが違う。そんな漠然とした違和感を抱いていたからだった。しかし自分でも説明できないそんな感覚を、彼らが理解できるはずなどない。クロノスの声を無視して、アモンがエコーの手を引いた。

 

「ありがとう、エコー。……さぁ、僕に力を! この世界を統べる、強大な力をッ!」

 

 そう叫んだ瞬間、扉の格子から再び腕が伸びてくる。それはアモンの隣にいたエコーを正確に目指し、その巨大な手がエコーの体を覆うように握りこんだ。

 

「エコー」

「アモン、私は……――」

 

 最後に互いの名前を呼びあい、しかしその後の言葉が続くことはなく、エコーは光の粒となって腕の主へと吸収されていく。

 それを表情を変えることなく見つめるアモンと、目を見開いて見届けたクロノス。クロノスはエコーの死を目の当たりにし、アモンに対して鋭い眼を向けた。

 

「アモン……あなたはなんてこトーヲ!」

「クロノス。理解してもらおうとは思っていない。それに、あなたにそんな余裕はない」

「なにを……!?」

 

 クロノスは気づいた。扉が何か物音と共に揺れていることを。

 それが中から扉を叩く音であると気付くのに時間はいらなかった。すなわち、あの中にいる者――あの巨腕の主が外に出ようとしている。クロノスの目の前で、扉に亀裂が走った。

 

「さぁ、今こそ我が力となって現れよ。封印されし、その最強の力を存分に振るえ! 《エクゾディア》!」

 

 その宣言を待っていたかのように、扉が轟音を響かせて崩れ落ちていく。

 そしてその向こうから現れたのは、巨人。十数メートルは超えようかという鍛え上げられた肉体に、恐ろしげに歪められた顔。ジャラリと両腕と両足についた鎖が音を立てれば、あわせて一歩を踏み出し地面が揺れる。

 その姿はクロノスが教科書を通して何度も見てきた姿だった。デュエルモンスターズを代表するカードの一つ。《封印されしエクゾディア》に間違いなかった。

 

「こ、これは一体……どういうことなノーネ……!?」

「クロノス」

 

 アモンは腕をさすりながらクロノスを見る。異形と化していた腕がぼろぼろと剥がれ落ちていき、その下からアモン本来の腕が現れる。それをにやりと笑って確認してから、アモンはクロノスに向き合った。

 

「僕はこれからこの力で、僕の最強を証明してみせる。あなたにも協力をしてもらおうか……」

「……ッ!?」

 

 アモンが腕をクロノスに向ける。その腕がぼうっと光った。

 それがクロノスの意識が最後に認識した光景であった。

 

 

 クロノスの姿が消え、エクゾディアとアモンだけとなった洞窟の中。アモンはふとエクゾディアを見上げた。

 その瞳には先程までの強さは微塵もなく、ただ労わるような光だけが宿っていた。

 

「エコー……僕は君の為にも必ず……」

 

 そんな呟きだけを残して、アモンは洞窟を去って行く。カードとなりデッキに収まったエクゾディアの頼もしさを確かに感じながら、ユベルのもとへとアモンは向かう。

 そしてアモンとユベルは約束を交わす。アモンは十代とユベルを会うわせることを。そうすれば戦いに応じると。ユベルはアモンが戦う邪魔をしないことを約束する。アモンがカイザーのような強者と戦うことへの邪魔はしない、もちろん後で十代と戦うことへも文句は言わない。

 ニヤニヤと笑いながらその約束をしたユベルを一瞥してから、アモンは十代たちの元へと向かったのであった。

 

 

 

 

 

 

「――あなたには関係のないことだ」

 

 記憶の反芻から戻り、閉ざしていた瞼を開いたアモンは、カイザーの問いに対してただそう答えた。

 

「そうか」

 

 もともと応えてくれると期待した問いかけではなかったのだろう。カイザーはただそう言って引き下がった。

 しかし、そんなカイザーの予想とは裏腹に、アモンは言葉を続けた。

 

「だが、僕はこのカードを手に入れた時に誓った。このカードに込められた祈り、願い、想い。それに応えるためにも、僕は僕自身の願い――争うことも、貧富の差も、妬みや憎しみもない、理想国家を統べる王となると!」

「アモン……?」

 

 まるで自分の決意を再確認するかのように、アモンは叫ぶ。カイザーがそれを訝しげに見る中、アモンは自分の心に宿る思いを改めて見つめていた。

 そうだ、エコーのためにも。自分のためにも。自分は王とならなければならない。自分が理想だと思った世界の王に。それこそが自分の使命であるともう一度覚悟する。

 

「その願いのためにも、僕には君臨するための力が要る! だから、僕の糧になってもらおう! カイザー丸藤亮!」

 

 正直に言ってこの瞬間、カイザーはアモンのことを大した奴だと思った。

 アモンが語った願いは、きっと誰もが一度は思うもその困難さ、不可能さを知って挫折し、諦めていく願いだった。世界が平和であればいい。言葉にすればそれだけの、なんてことはない願い。

 それを馬鹿正直に信じ、理想とし、そのために研鑽を積んできたアモンの姿を、少なくともカイザーは一笑に付すことなど出来なかった。

 ただ、大した奴だとアモンのことを認めた。この男は自分たちとはまた違う強さを持っている男であると。

 ならば、カイザーに出来ることなど一つしかなかった。

 

「アモン……お前の崇高な気持ち、伝わってきたぞ」

 

 デッキの上に指をかける。

 男があれだけの決意を吐露したのだ。その覚悟に報いるには自身も全力を出して当たらねばならない。今までも手を抜いてはいなかった。しかし、改めてその思いを強くする。

 

「お前のように、俺は先を見ることが出来ない。遥か未来を見据えて戦うお前にとって、俺が戦う理由は恐らくちっぽけに聞こえるのだろうな」

 

 自嘲気味にカイザーは笑うも、その表情には確かな誇りが見て取れた。それは自分の選択が間違っていないという自信に満ちた、そんな表情である。

 

「……その理由とは?」

「――友の為」

 

 アモンの問いに、カイザーは即答する。

 

「今、俺の友がこの悲しみの連鎖を断ち切るべく立ち向かっている。ならば、その成就を支えてやるのが俺の役目! 先のことなど、俺にはわからん! ならば今、この時! 仲間の助けとなることこそが、この俺のすべきことだ!」

 

 カイザーは自分がデュエル馬鹿であることなどとうに承知している。難しい事を考えるのは出来ないわけではないが、やはり苦手である。

 ならば、自分が迷いなく信じることをやり通すだけだった。自分の心が「そうだ」と断言できる行動をするべきであった。

 それこそがカイザーにとってのデュエルであり、仲間という存在そのものであった。

 アモンはその答えを聞き、一つ息を吐き出す。呆れたというよりは、残念だ、というようなニュアンスを含んだものだった。

 

「つまり、僕とあなたは相容れないというわけだ」

「ああ。そして、相容れぬならば戦うしかない。そして、勝つしかないのだ!」

「しかし、あなたはあと1ターンで敗北する。そのわずか1ターンでやられるつもりは毛頭ない」

 

 アモンの目に獰猛な光が宿っていく。デュエリストとしての矜持が見える光だった。

 

「相手はあなただカイザー。油断も慢心もするつもりはない。全力で勝つ。それだけだ」

「光栄だな、アモン・ガラム」

 

 ふっと一瞬相好を崩して笑う。

 しかし、すぐさまその表情は引き締められたものへと変わった。

 

「しかし――たとえどんな状況であろうと、決して可能性はゼロではない。それが、わずか1%の可能性であるとしても」

 

 1パーセントもあるのならば、信じるに足る。何故ならそれは、確実に可能性は存在しているということなのだ。

 このデッキの中に。0パーセントという不可能ではなく、1パーセントでも可能性があるのならば。

 

「必ず俺は引き寄せてみせる! 俺のターン――ドローッ!!」

 

 引いた一枚を確認する。そしてカイザーの中で瞬時に判断が下された。

 

「カードを2枚伏せる! ターンエンドだ!」

「伏せカードが2枚か。そのカードがあなたの勝利への希望ならば、僕がそれを打ち砕く! 僕のターン、ドロー!」

 

 アモンはデッキから引いたカードを手札には加えず、そのままデュエルディスクへと差し込んだ。

 

「僕は魔法カード《大嵐》を発動! 場の魔法・罠カードを全て破壊する!」

 

 カイザーが伏せた二枚の伏せカード。それら全てを無に帰す効果を持つ魔法カードの発動により、いよいよアモンの勝利が近づいたと思ったその時。

 カイザーの場に伏せられていたカードが起き上がった。

 

「チェーンしてリバースカードオープン! 《威嚇する咆哮》! 《リビングデッドの呼び声》!」

「っ、そうくるか……!」

「リビングデッドの呼び声の効果により、俺は《カードガンナー》を蘇生する! そして威嚇する咆哮の効果により、お前はこのターン攻撃宣言できない!」

 

 次々と発動するカード効果。その中でカイザーの蘇生したカードガンナーは即座に破壊されて再び墓地へと戻っていった。

 

「大嵐によってリビングデッドの呼び声は破壊され、同時にカードガンナーも破壊される。そしてカードガンナーが破壊されたことで、俺はカードを1枚ドロー!」

 

 アモンは唸った。大嵐の発動の前に発動させておけば、確かにリビングデッドの呼び声の効果は使用できる。だがそのままでは結局蘇らせたモンスターも破壊されるだけだ。

 それを破壊時にドローする効果を持つカードガンナーを対象とすることでメリットに転換、そのうえ威嚇する咆哮とは。

 

「エクゾディオスは攻撃宣言しなければエクゾディアパーツを墓地へ送れない。考えたな」

 

 それがわかったから、アモンは今のカイザーの対応に唸るほかなかった。これでこのターン、エクゾディアを墓地へ送る手段はアモンにはない。

 しかし。

 

「これでこのターンは繋がった。だが……」

 

 カイザーの表情は晴れない。それも当然というもので、結局は状況の打破には一切繋がっていないのだ。

 ただの現状維持。これではまた次のターンで負けるだけだった。

 

「僕はカードを1枚伏せ、ターンを終了する。わかっているみたいだな、もうあなたに敗北を避ける術はない」

「――まだだッ! 俺のターン、ドローッ!」

 

 引いたカードを見る。そしてさっきのカードガンナーの効果でドローしたカード、手札にあったカード。

 それを見て、カイザーは確信する。まだ希望を捨てるには早いと。

 

「魔法カード《早すぎた埋葬》を発動する! ライフポイントを800支払い、墓地からモンスター1体を特殊召喚し、このカードを装備する! 俺は《サイバー・ドラゴン》を特殊召喚!」

 

 

亮 LP:2400→1600

 

 

《サイバー・ドラゴン》 ATK/2100 DEF/1600

 

 

 カイザーの代名詞。サイバー・ドラゴンの再びの登場。しかしアモンの表情に変化はない。今更サイバー・ドラゴン程度でどうにかなるような状況でもないと理解しているためだった。

 

「魔法カード《流転の宝札》を発動! デッキから2枚ドロー! ただしこのターンの終わりに、俺は手札1枚を捨てるかライフを3000ポイント支払わなければならない!」

 

 再び手札確認。そして、望んでいたカードが二枚の中に含まれていたことに力強く頷いた。

 

「《サイバー・ヴァリー》を召喚!」

 

 

《サイバー・ヴァリー》 ATK/0 DEF/0

 

 

 サイバー・ドラゴンを小型化したようなモンスター。ただその姿は開発途中であるかのようであり、目に当たる部分は空洞であり些か不気味な雰囲気を纏っている。

 しかしその攻守はゼロと戦闘では意味がないステータスを持っている。カイザーはそんなサイバー・ヴァリーに一枚のカードを向けた。

 

「更に魔法カード《機械複製術》を発動! 攻撃力500以下の俺のモンスターを選択し、その同名モンスターをデッキから特殊召喚する! 現れろ、《サイバー・ヴァリー》!」

 

 

《サイバー・ヴァリー》 ATK/0 DEF/0

《サイバー・ヴァリー》 ATK/0 DEF/0

 

 

 更に同じモンスターが二体。アモンはそれを訝しげに眺めた。

 

「攻撃力0のモンスターが3体……。なにか強力な効果を持っているということか」

「サイバー・ヴァリーの効果は強力だ。そしてその効果は三つある」

 

 カイザーは頷いてその効果を説明していく。

 一つ目、攻撃対象となった時、自身を除外して一枚ドローしバトルを終了させる効果。

 二つ目、自身と自分の場の表側表示モンスターを除外して二枚ドローする効果。

 三つ目、自分の墓地のカード一枚を、自身と手札のカード一枚を除外することでデッキトップに戻す効果。

 それら全てを聴いたアモンは、眉を寄せた。

 

「どういうことだ。この状況で一体その効果に何の意味がある」

「確かに、普通であればそうだろうな。だが……」

 

 カイザーはデッキに指を伸ばした。

 

「お前に勝つには、無茶をしなければならないと判断したまでだ! サイバー・ヴァリーの二つ目の効果を発動! 自身と場の表側表示モンスター1体を除外して、デッキからカードを2枚ドローする! 俺は2体のサイバー・ヴァリーを除外し、2枚ドロー!」

 

 手札はこれで三枚。その全てを確認し、カイザーはぐっと唇をかみしめた。

 勝つためにはまだ足りていない。だが、諦めるわけにはいかないと前を向く。

 

「いくぞアモン! 俺は《融合》を発動! フィールド上のサイバー・ドラゴン! サイバー・ヴァリーを融合する!」

 

 二体が溶けあうように中空に現れた渦に吸い込まれていく。やがてその体を一つとした時、フィールドには巨大なドラゴンの影が姿を現していた。

 

「現れろ、《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》!」

 

 風が吹き荒れ、その中からその巨大な体躯を覗かせる銀色の機械竜。しかしその出で立ちはカイザーが従来使用してきたサイバーのドラゴンたちとは一線を画すものであった。

 円盤を縦にして繋げたような数珠状の胴体は巨体に似合わず華奢な印象を受け、またその顔つきもまた鋭いというよりは丸みを帯びていた。目の部分にはレーダーのごとき丸い球がはめ込まれており、サイバー・ドラゴンの系譜であるのは間違いないのだろうが、どこか異彩を放つ姿であった。

 

 

《キメラテック・フォートレス・ドラゴン》 ATK/0 DEF/0

 

 

 見上げるほどの巨大なそのモンスターを背後に従え、カイザーはアモンのフィールドに向けて手をかざした。

 

「このカードが融合召喚された時、このカード以外の自分フィールド上の全てのカードを墓地へ送る。そしてこのカードは融合素材としたモンスターの数だけ攻撃が出来る。だが攻撃する時、ダメージ計算は行わない」

「なんだと? そんなことに何の意味が……」

「キメラテック・フォートレス・ドラゴンが攻撃した時、相手に400ポイントのダメージを与える!」

「なにっ」

「そしてキメラテック・フォートレス・ドラゴンは融合素材としたモンスターの数だけ攻撃を行うことが出来る!」

 

 それでも今回の素材は二体であるため、総ダメージはわずか800ポイントに留まる。しかし、それでも良かった。これが今の全力ならばそれを続けるのみだ。

 小さいダメージだからといって、その手を選択しない手はいない。それに、これが後にチャンスに転ずることもあるかもしれないのだから。

 

「ゆけ! キメラテック・フォートレス・ドラゴン! 《エヴォリューション・リザルト・アーティレリー》!」

 

 数珠つなぎの円盤、その一つの中心を閉ざしていたシャッターが開き、中から小型の機械竜の首が姿を現す。その頭部が動きアモンの姿を見つけると、口を開いて光を集束させていく。

 そしてあと発射するだけとなったその時。アモンが声を上げた。

 

「罠発動! 《封印防御壁》! 究極封印神エクゾディオスがいる時、相手モンスターの攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了させる!」

 

 エクゾディオスが両手を突き出し、それによってエネルギーの壁が出来上がる。それを前に口へと集まっていたエネルギーは霧散。竜の首は再びキメラテック・フォートレスの体の中へと格納されてしまう。

 

「……ッ、防がれたか……」

「カイザー。僕は既に王となることを心に決めた男だ。この道、この意志、たとえあなたの友を想う心がどれほど強くとも阻むことは出来ない!」

 

 自信と決意に満ちた宣言。堂々と言いきったアモンの姿に、カイザーも僅かに気圧される。しかし、カイザーとて譲れぬもののために戦っている。

 翔や吹雪、明日香……。多くの友のために今、十代たちは戦おうとしている。ならば自分がその助けとならなくてどうする。散っていった仲間たちの想い、そしてこの悲劇を終わらせるために、諦めるわけにはいかなかった。

 

「カードを1枚伏せる。エンドフェイズ、流転の宝札の効果により手札を1枚捨てる……ターンエンドだ!」

 

 今伏せたカード。これがカイザーに残された希望。この発動が通るか否か。そしてその結果次第で、全てが決まる。

 

「僕のターン、ドロー!」

 

 アモンのターンが始まる。アモンは当然のように、エクゾディオスへと手を向けた。

 

「これで終わりだ、カイザー! エクゾディオスでキメラテック・フォートレス・ドラゴンに攻撃! この時――」

 

 今だ。カイザーは即座にディスクのボタンを押す。

 

「その瞬間、速攻魔法発動! 《コマンドサイレンサー》! その攻撃宣言を無効にし、バトルフェイズを終了する! そして俺はカードを1枚ドロー!」

 

 ――きた。

 引いたカードを見たカイザーは逆転の一手となりうるカードが来たことに一瞬気を高ぶらせる。

 だが、まだ足りない。あと一枚。あと一枚が必要だった。

 ならばあとは自分のターンのドローに賭けるしかない。だがそのためには、アモンが何事もなくターンを終えなければならなかった。

 カイザーはアモンの次の手を注意深く見つめた。

 

「まだ粘るとは、その勝利への執念には敬意を表するよ。ターンエンド」

 

 ターンエンド。

 つまり次はカイザーのターンだった。

 カイザーにとっての希望は既に彼の中で形となっていた。その脳裏に浮かんでいるのは一枚のカード。それを引くことだけを考えてデッキに指を乗せた。

 

 ――来い!

 

「俺のターン――ドローッ!」

 

 勢いよく引き抜いたカードを、ゆっくりと表に向ける。そしてその表面に描かれたイラスト、名前を確認した時。

 カイザーの目に強い光が宿り、その口元が一瞬だけ弧を描いた。

 

「俺は速攻魔法《次元誘爆》を発動! 俺の場の融合モンスター1体をエクストラデッキに戻す! そしてお互いに除外されているモンスターを可能な限り特殊召喚する!」

「僕には除外されているモンスターはいない……!」

「そうだ! よって特殊召喚するのは俺のみ!」

 

 カイザーの場にて威圧感を放っていたキメラテック・フォートレス・ドラゴンが光の粒子となって姿を消す。

 代わりに現れるのは、キメラテック・フォートレス・ドラゴンよりもずっと小型の二体のモンスターだった。

 

「出でよ、《サイバー・ヴァリー》よ!」

 

 

《サイバー・ヴァリー》 ATK/0 DEF/0

《サイバー・ヴァリー》 ATK/0 DEF/0

 

 

 これで準備は整った。

 このターンのドローで手札に来てくれたカード。それを手に持ち、カイザーは高らかにそのカード名を宣言した。

 

「魔法カード――《オーバーロード・フュージョン》を発動ッ! 俺のフィールド上、墓地から決められた融合素材モンスターを除外し、機械族・闇属性の融合モンスターを融合召喚する!」

「な、に……?」

 

 カイザーが融合しようとしているのは、カイザーのデッキの中でも屈指の火力を誇る存在だった。サイバー・ドラゴンと機械族という指定で融合召喚されるモンスター。このモンスターの驚異的な点は、融合素材の数に指定がないことだった。

 カイザーは手を空に掲げて声を上げる。

 

「墓地のサイバー・ドラゴンよ! フィールド上、そして倒れていった仲間たちの力を糧に、来いッ! ――《キメラテック・オーバー・ドラゴン》ッ!!」

 

 雷が落ちたかのような轟音が響き、カイザーの場を激しい風が流れていく。その風の中をものともせず徐々に姿を顕現させるメタリックグレーの巨大な竜。

 その首はまるでヒュドラのように複数あり、一つの胴体から四方八方へと伸びている。黒みがかった装甲に揺れる首の影が落ちて、不気味にその体躯を彩る。

 七つの首を持つそのドラゴンがカイザーの背後で一斉に雄叫びを上げれば、吹き荒れていた風は収まり、空気を震わせた衝撃がアモンの肌を突き刺した。

 

 

《キメラテック・オーバー・ドラゴン》 ATK/? DEF/?

 

 

「キメラテック・オーバー・ドラゴンはサイバー・ドラゴンと機械族モンスターでのみ融合できる! そしてその攻撃力と守備力は融合素材としたモンスターの数×800となる! 融合素材となったモンスターの数は――!」

 

 サイバー・ドラゴン、プロト・サイバー・ドラゴン、サイバー・ツイン・ドラゴン、カードガンナー、サイバー・ヴァリー3体。

 それはすなわちキメラテック・オーバーが持つ首の数に他ならない。

 

「7体! よってその攻撃力は5600となる!」

 

 

《キメラテック・オーバー・ドラゴン》 ATK/?→5600 DEF/?→5600

 

 

「エクゾディオスを上回っただと……!」

 

 キメラテック・オーバー・ドラゴンが更に力強く咆哮する。だが、キメラテック・オーバー・ドラゴンの恐ろしさはここからだった。

 

「更に! キメラテック・オーバー・ドラゴンは融合素材としたモンスターの数だけ相手モンスターに攻撃できる!」

「な、なんだと!? ……いや、待て……!」

 

 ふとアモンは気づく。もしあの時カイザーが800ダメージというあまり意味がない効果しかなかったはずのキメラテック・フォートレス・ドラゴンを融合召喚していなかったら。

 当然次元誘爆は使えなかっただろう。となれば、サイバー・ヴァリー二体はキメラテック・オーバー・ドラゴンの素材に含まれていなかったはずだ。

 その場合のキメラテック・オーバー・ドラゴンの攻撃力は4000。エクゾディオスを超えるには至らない値だ。

 

「まさか、ここまで計算してのことか!?」

「いや、オーバーロード・フュージョンと次元誘爆を引けたのは偶然だ。さすがに未来がわかっていたわけではない」

 

 だが、とカイザーは続ける。

 

「デッキは俺の心に、想いに、応えてくれた! ただそれだけのことだ! そしてわかっているな、アモン! エクゾディオスの効果、その欠点を!」

 

 カイザーに言葉を投げかけられたアモンは、その表情を苦々しいものに変えて、絞り出すように答えた。

 

「ッ……エクゾディオスは、破壊されないモンスター……!」

「そうだ! それゆえエクゾディオスを倒すことは出来ない! だが――」

 

 それは破壊できないというだけだ。発生するダメージがゼロになるわけではない。

 つまり。

 

「戦闘ダメージは受けてもらう!」

 

 キメラテック・オーバー・ドラゴンがその口腔に莫大なエネルギーを溜めこんでいく。一体だけでも驚異的なその攻撃が、七つも存在しているという事実に、アモンはただ厳しい顔でキメラテック・オーバー・ドラゴンを睨むことしか出来なかった。

 そしていよいよカイザーが手を上に向け、アモンのフィールドに立つエクゾディオス目がけて振り下ろすと指を突きつけた。

 

「ゆけ、キメラテック・オーバー・ドラゴン! 《エヴォリューション・レザルト・バースト》第一打!」

 

 直後発射された一筋の閃光がエクゾディオスへと直撃する。エクゾディオスは両腕を交差させて耐えるも、その衝撃は彼の背後にまで流れてアモンへと襲い掛かった。

 

「ぐ、ぅうッ!」

 

 

アモン LP:4000→2400

 

 

 閃光が過ぎ去った時。破壊耐性を持つエクゾディオスは無事だった。しかしアモンのライフはエクゾディオスの攻撃力を上回る攻撃を受けたことで大幅に減少。

 だが、攻撃はまだこれだけでは終わらない。

 

「続いて第二打! 《エヴォリューション・レザルト・バースト》ッ!」

 

 二つ目の首から放たれた一撃が再びエクゾディオスに襲い掛かる。同時にアモンにも余波が及び、そのライフを削り取っていく。

 

「ぐ、ぁあ……ッ!」

 

 

アモン LP:2400→800

 

 

 一度の攻撃で減らされるライフの値は1600。そしてアモンの残りライフは800。キメラテック・オーバー・ドラゴンに残された攻撃回数はあと、五回。

 アモンは衝撃によってふらつく体に力を入れて立ち、カイザーの場にて次の一撃の充填を始めたキメラテック・オーバー・ドラゴンを見据えた。

 

「……馬鹿な……王となる、この、僕が……ッ」

 

 エコー……。アモンの脳裏によぎる最愛の人。その犠牲の上に手に入れた力が今、敗れようとしていた。

 アモンは、ただ呆然と立っていた。

 

「最後だアモン! 《エヴォリューション・レザルト・バースト》最終打ァッ!!」

 

 カイザーの最後の攻撃が迫る。キメラテック・オーバー・ドラゴンの三つ目の首から放たれる光がエクゾディオスを包み、そしてアモンをもその光の中へと誘った。

 体に走る衝撃。同時に頭の中に流れていく記憶。理想を抱き、彼女と過ごした日々が蘇る。自分の願いは彼女の願いだった。だからこそアモンは自分の願いを叶えたいと願った。それが彼女の喜びであると知っていたからだ。

 だがそれも今、終わりを告げる。デュエルに後悔はない。しかし、理想を叶えられない事だけが心残りだった。

 

 ――エコー、君を犠牲にしたというのに、僕は……。

 

 その心残りが最後の瞬間、アモンの口をついた。

 

「く、エコー……! すまない……エコーッ……! う、ぉおおぉおッ……!」

 

 最後の一撃によって大きく体勢を崩し、アモンの体は激しく吹き飛ばされる。地面を転がり、土埃を上げながら、アモンはうつ伏せになり、ついにそのライフを散らせたのだった。

 

 

アモン LP:800→0

 

 

 そして、アモンの体が光となって消えていく。デュエルで敗れた者の末路は決まっている。消えていくデュエルの残滓の向こうからアモンが消えゆく姿を見ていたカイザーは、見届けると踵を返した。

 その結末をカイザーは忘れていたわけではない。だがデュエリストとして、そして男として、決意を持って臨んだアモンに全力で応えないという選択をカイザーは持っていなかった。

 その結果がこれだというのなら、自分はアモンの命を背負って生きていく。それがカイザーの覚悟だった。

 

 カイザーはクロノスや影と戦っていたはずのエドと三沢の元へ向かった。すると、やはり二人がかりであったことも助かってか、二人は既にデュエルを終えていた。

 寝かせられたクロノスをジムとオブライエンが介抱し、エドと三沢はその横に立っている。そんな四人にカイザーは近づいていく。

 

「クロノス教諭は無事だったか?」

「カイザーか。影も消えたところを見ると、勝ったんだな」

「ああ」

 

 エドとカイザーの言葉は少ない。決着がついたことでアモンがどうなったのか、追求しないでいてくれるのがカイザーには有り難かった。

 続いて三沢が口を開く。

 

「カイザー、クロノス先生は大丈夫だ。デュエルによって消滅したのはクロノス先生を操っていた意識のみ。先生には異常は見当たらない」

「そうか、よかった」

 

 本心から安堵し、カイザーはようやく肩の荷が下りたとばかりに息を吐いた。

 そして十代たちが消えていった扉を見つめる。エドと三沢、ジムとオブライエンもまたカイザーに続くようにして扉を見つめた。

 

「――勝ってこい。頼んだぞ、十代、遠也……」

 

 それは願いであり、心配であり、激励であった。彼らの行く手に立ち塞がるのは全ての元凶、ユベル。その強大さは想像を絶するはずだった。

 だが、十代なら。遠也なら。そう思わせてくれる何かがあの二人にはあった。なら、あとは彼らという心強い仲間のことを信じて待つだけだ。

 そう結論づけると、疲れた体を揺らして、カイザーたちは地面に倒れるようにして座り込むのだった。

 

 

 

 

 

 

 カイザーたちと別れて扉の中へと突撃してから数分。パラドックスのD・ホイールは霧に包まれた内部を順調に直進し続け、俺たちはユベルが待っているだろう奥へと進んでいた。

 その間、やはり相手がユベルということで思うところがあるのか十代は口を開かなかった。合わせて俺やマナも何も話すことはなかった。やはりユベルという存在の厄介な点、そして強さを俺たちは知っているからだ。

 一筋縄ではいかない相手だ。十代が負けるとは思わないが、それでも油断していい相手ではない。パラドックスもレインもそんな俺たちの緊張を感じ取ったのか、それとも話す必要性を感じなかったのか、口を閉ざしたままだった。

 ただモーメントの回転音だけが響く道なき道。ただひたすらに進み続けた先で、何か変化を見つけたのかマナが叫んだ。

 

『あれ見て!』

 

 前方を指さすマナにつられて俺も目を凝らして前を見る。すると、立ち込めた霧の向こうにうっすらとそびえる何かが見えた。

 パラドックスがアクセルを開ける。それによって徐々に近づいてくるその何かの全貌が明らかになった。

 塔だ。白銀の鉄板をつぎはぎに付け合せて作り上げたような、円柱状の大きな塔。それが何かの正体だった。

 

「あそこに、ユベルが……」

 

 背後から十代の声が聞こえる。いよいよ最後の決戦だ。その緊張、闘志が声からにじみ出ているような、そんな力のこもった声だった。

 

「あんまり気負うなよ、十代。お前はお前のデュエルをすればいいんだからな」

「ああ。元々考えるのは得意じゃないんだ。なら、俺の出来ることをするだけだぜ」

 

 そう言い切る十代に、俺は頼もしさを感じつつそうだなと頷いた。

 十代に対して俺は何も心配することはなかった。もう長い付き合いだ。無条件にコイツのことを信じられる、そんな言葉にはしない確信が互いにあると感じ取っていた。

 今の言葉を聞いて、気負いがあるわけでもないと知れた。なら、もう本当に俺が言えることは何もない。あとはただその時を待つだけだ。

 そう思って近づく塔に視線を戻した。

 

 

 

 

『――ようやく、見つけましたよ』

 

 

 

 

 声が響いた。

 同時に、D・ホイールの前方に現れる真っ白な穴。

 パラドックスがハンドルを切る。

 回避は間に合わない。

 咄嗟にそう判断した結果、俺は反射的に背後の十代を地面に向かって振り落としていた。

 

「遠也――!?」

 

 十代が落ちれば、その後ろに座っていたレインも落ちる。

 マナだけは飛んでいるので影響はなかった。

 地面に転がる十代とレイン。とりあえず大きな怪我はなさそうだとそれだけを確認してほっとした瞬間、俺はパラドックスとマナと共に白い穴の中へと飛び込んでいった。

 

 

 

 D・ホイールが辿り着いた先は、真っ白な空間だった。パラドックスの駆るD・ホイールが急ブレーキをかけて停止する。その衝撃で転がるようにホイールから降りた俺は、すぐに顔を上げて後ろを振り返った。

 俺たちが通ってきた穴は既にない。戻ることはできなさそうだった。隣にはマナがいて、視線をかわして互いが無事であることを悟るとひとまず胸を撫で下ろす。

 じゃあパラドックスは、と運転をしていたパラドックスの姿を見ると、パラドックスはどこか恐れを含んだような驚愕の目で遥か前方を見つめていた。

 俺はこれまで見たことがないパラドックスの表情に驚き、そしてその視線の先を追ってパラドックスが見ている者を確認しようとして――。

 

 同じく、絶句した。

 

 

『異なる次元に行っていたとは、いささか驚きましたよ。パラドックス』

 

 

 そいつは浮かんでいた。機械づくりの卵のような不思議な形状をした揺り籠のような何か。その中で仮面をかぶった何者かが逆さまになって俺たちを見ていた。

 

『それもレイン恵を直し、皆本遠也と行動を共にしている』

 

 マナはそいつを怪訝な顔で見ている。きっと、俺とパラドックスがこんなにも驚いている理由を、マナは理解できないだろう。

 だが、それも仕方がない。何故なら目の前の存在は今はまだ生まれてもいない男だからだ。

 未来における最重要人物。レインの上司にしてパラドックスの同志。そして破滅の未来を救済するべく過去改変を目指した5D’sにおけるラストボス。

 

『さて』

 

 遠い距離をゆっくりと詰めつつ、そいつは俺に目を向けた。

 

『はじめましてですね、皆本遠也。あなたに会いたいと思っていました』

 

 Z-ONE(最後の一人)。ゾーンがそこにいた。

 

 

 

 

 



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第85話 邂逅Ⅱ

 

「――遠也ッ!!」

 

 勢いよくバイクから落ちた十代は、一緒に落ちたレインをどうにか庇いながら体勢を立て直すと、真っ先に親友の名前を叫んだ。

 しかしそれに応える声はない。それどころか十代の声以外に何の音も存在していなかった。まるで最初から遠也やパラドックスなどいなかったかのように。

 しかし、十代はしっかり覚えていた。パラドックスが操り、自分たちが乗っていたバイクが白い不思議な穴に吸い込まれていくところを。遠也が自分を咄嗟に振り落とし、マナやパラドックスと共にその中へと消えていったことを。

 

 ――まさか、またユベルが……!?

 

 十代の手が強く握られる。その心を占めるのは、後悔だった。

 

 ――また俺は、仲間を……!

 

 自分がもっと機敏に何かしらの反応をできていれば、もっと結果は違ったのではないか。遠也が身を犠牲に自分だけを助けたように、遠也を助けられたのではないか。

 そんなことを考え、そして結局そうは出来なかった自分自身に悔しさがこみ上げる。

 もし、あれがユベルの仕業なのだとしたら、俺は……!

 そう昏い決意が心をよぎったその時、ふとその手に誰かが触れた。

 この場において十代以外に存在している者は一人しかいない。

 

「レイン……」

「……遠也、先輩は……」

 

 レインの目はいつもと変わらなかった。

 

「……今の十代先輩を、望んでいないと、思う……」

 

 その変わらない目で、真っ直ぐに十代を見ていた。

 そしてその言葉に、十代はハッとする。

 自分は今何を考えていたのか。それを改めて思い返し、十代はユベルに対して闇にも似た感情を抱いていたことに愕然となった。

 それは、自分の弱さだった。覇王という経験を得て、それは自分の弱さなのだと知っていたはずだった。他ならぬ遠也によってそう教えられたことだったというのに……自分は何をしているのか。

 まったく成長していないじゃないか。そう思った瞬間、十代は自分が恥ずかしくなった。昏い感情に身を任せては、あの覇王の二の舞になるだけだ。そのことを強く自覚する。

 ぱん、と自分の頬を叩く。横でレインが僅かにびっくりしたように肩を揺らす。

 遠也は無事だ。マナも無事だ。パラドックスだって無事だ。そう信じる。そして俺が今ここにいるのは、ユベルというこの一連の事件を引き起こした存在を倒すためだ。そしてこの悲しみの連鎖に終止符を打つためだ。

 遠也は、それを俺に任せたのだ。俺のことを信じて。なら、それに応えるのが男というものだろう。それに、これは今のユベルという存在を生み出してしまった俺がつけなければいけないケジメなのだ。

 その思いを強く強く意識する。そして十代は顔を上げた。その目にもう迷いはなく、ただ敢然と目の前に聳える塔を見据える。そこに自分が打ち倒すべき敵がいるとばかりに。

 あとはあそこに向かうだけだが、その前に。十代は後ろを振り返った。

 

「ありがとうな、レイン。おかげで目が覚めたぜ」

 

 危うくまた同じ過ちを繰り返すところだった。その過ちを犯す前に自分を止めてくれたことに対して、十代はレインに感謝していた。

 

「……いい。十代先輩は、私の……」

 

 そこで、少しだけレインは恥ずかしそうに目を伏せた。

 

「……仲間、だから……」

 

 まるで言い慣れない言葉を使ってしまったと言わんばかりの態度だった。そして、その言葉を受けた十代の反応は。

 

「――ははっ」

「……なんで、笑うの……」

 

 むすっとしたレインの言葉に、十代は悪い悪いと謝る。しかしどこかそれがおざなりに見えたのだろう、レインの憮然とした表情は元に戻ることはなかった。

 しかし、それすらも十代にとっては笑い出したくなるような衝動を生み出すものだった。何故なら、あまりにも嬉しかったからである。

 

「そうだな、仲間だもんな。俺には、たくさんの仲間がいるんだ」

「……先輩……?」

 

 この場にいなくても、絶対に切れることはないと確信できる絆で結ばれた仲間がいる。たとえもう会うことは出来なくても、その絆だけは生きている。十代は遠也にも言われたそのことを、改めて実感していた。

 

 そうだ、俺には仲間がいる。なら、何も不安に思うことはない。俺が間違っても、助けてくれる仲間がいる。間違えそうになったら、今みたいに止めてくれる仲間がいる。

 みんな俺を信じてくれているんだ。俺なら大丈夫だと。

 その気持ちに応えること。それが俺に出来ることだ。そう十代は思う。

 

 これは義務じゃない。責任なんて堅苦しいものでもない。そうではなく単純に、みんなの想いに応えたいという俺自身の願いでしかないのだ。

 仲間の想い。皆との絆。それを確かなものだと信じているからこそ、その信じている気持ちに嘘をつかないために今こうして立ち向かっているのだ。

 なぜならユベルの行いはそれを否定するものだからだ。それを認めるわけにはいかない。だから自分はこんなにもユベルに反発しているのだ。そのことを十代は今はっきりと自覚したのだった。

 自覚したなら、あとは行動するだけだった。目の前に聳える塔にて待つユベルに、胸の中に抱くこの気持ちをぶつける。それが今為すべきことだった。

 ユベルを拒絶したいわけじゃない。けれど、今のユベルは間違っている。だから、まずはユベルを倒す。そして沢山話し合えばいい。お互いの気持ちを伝え合えばいい。

 デュエルでならきっとそれが出来る。十代はそう確信して、よし、と自分に気合を入れた。

 

「いくぞ!」

 

 レインと共に、十代は塔に向かって駆け出す。ユベルへの想い、そして仲間への思いを胸に秘めて。

 

 ――ユベルのことは任せとけ、遠也!

 

 そう力強く親友に呼びかけながら、十代は勢いよく地面を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……さて、端的に言って、今の俺は相当テンパっている。

 その理由はひとえに俺が持つ知識が原因であると言って差し支えない。すなわち、原作知識。遊戯王シリーズにおける第三作、“5D’s”に関する知識を持つがゆえに、俺はいまただ呆然と目の前の男を見つめるしかなかった。

 ゾーン。表記としてはZ-ONEとも書き、それはアルファベットの最後の文字である「Z」と数字の一を意味する「ONE」により、「最後の一人」を表しているのだと言われている。

 では、何の最後の一人なのか。その答えは、パラドックスと同じ境遇の存在であると言えば伝わることだろう。

 つまり、彼もまた破滅の未来からやって来た男ということである。

 ただ違うのは、ゾーンが本当にこの世界における最後の一人であったということだ。ゾーンは未来においてただ一人生き残った人類だったのである。

 その事実が持つ重み、感じた絶望、思い……。それは他者には推し量ることのできないものだ。アニメの中ならいざ知らず、ここは現実だ。俺が知らない生々しい出来事だってたくさんあったはず。

 それを全て乗り越えた上に、この男はいる。そしてその未来を背負ったうえで、過去を変え未来を救おうとしている。

 人類の終末を加速させた忌まわしき存在、シンクロ召喚を滅ぼすことで。

 俺はちらりと隣を見た。そこにはどこか後ろめたそうな顔をしたパラドックスがいる。落ち着いた姿が多いパラドックスのそんな顔を見るのは初めてだった。

 本来、俺の抹殺指令を受けながらもこうして行動を共にしているのだ。ましてゾーンはその命令を出した人物。パラドックスの心境はかなり複雑に違いあるまい。

 だが、それを慮る余裕は今の俺にはなかった。

 目の前にいるゾーンは恐らくその目的のために俺を処分したいはず。それを何とか回避しなければならないのだから。

 知らず渇いていた口の中を潤すため、俺は無理やり唾液を呑みこんだ。

 

「……ああ、はじめまして。皆本遠也だ。えっと……」

『これは失礼。私はゾーン。パラドックスの仲間であり、レイン恵を作り出した存在と言った方が、あなたには理解しやすいでしょうか』

 

 機械越しのマシンボイスが耳朶を打つ。

 確かゾーンはその体の大部分を機械化して生命を維持しているのだったか……。

 

『そしてあなたが、デュエルモンスターズの精霊……』

『あ、はい。マナっていいます』

 

 俺の少し後ろに浮かぶマナが、どこか戸惑いながらも小さく頭を下げる。その素直な反応を横目に見ながら、知らないってのは幸せなことだなと俺は少しマナを羨ましく思った。

 だが、何も知らないマナの姿を見て、少し気持ちが和らいだのを感じる。俺は小さく息を吸って吐き出すと、慎重に口を開いた。

 

「ということは、破滅した未来の……」

『……どうやら、話は聞いているようですね。レイン恵からか、それともパラドックスからかはわかりませんが……』

 

 ゾーンの目が不意にパラドックスへ移る。その目に感情は浮かんでいない。少なくとも、俺が見る限りではだが。

 しかし、パラドックスも俺と同じように感じたようだった。居心地悪そうにゾーンに向き合っていた。

 

『パラドックス……あなたに私は指示を出していたはず。――皆本遠也を歴史から消すように、と』

 

 瞬間、マナが息を呑む音が聞こえた。

 そういえば、マナはパラドックスが俺を殺そうとしていたことは知っていても、その背景については詳しく知らなかった。事情を知っている俺とパラドックスが二人とも話していなかったからだが。

 そのためこれが初耳となるマナは、その指示をパラドックスに与えたのが目の前の男だと知り驚いているようだった。

 

「……もちろん覚えている、友よ。私は確かに君と約束した。その任を果たすと」

『しかし、あなたがやっていることは真逆のこと。皆本遠也を助け、共に行動している。……まさかとは思いますが、我々の目的を忘れたなどとは』

「違うッ!」

 

 パラドックスは、そんな疑問を抱かれること自体が心外と言わんばかりに叫んだ。

 

「それだけは断じてない! 私の理想は今も、君達と共にある! 破滅の未来を救う、その目的を忘れたことなど一度たりとて無い!」

『ではなぜ、あなたはそこにいるのです。まるでシンクロ召喚の発展を助けるかのように』

「ゾーン、私はただ……」

 

 パラドックスはそこで言葉を切ると、俺を見た。その一瞬の行動は、俺にはわからないが何がしかの意味があったのだろう。一つ頷くと、真っ直ぐにゾーンに向き直った。

 

「ただ、希望を見た。それだけだ」

 

 ゾーンは一瞬、驚いたように声を詰まらせた。

 

『希望……ですか。あなたの口からそのような言葉が出てくるとは、驚きました』

「ああ、私も驚いている。だが、事実なのだ。我々の手法では、多くの犠牲が出る。それを私は已む無しとし、それを背負い世界を救う覚悟を持った。だが、この男は違った」

 

 パラドックスの口元に、小さく笑みが乗る。

 

「未来の破滅を知っても、己が殺されそうになっても、この男は諦めなかった。人には可能性がある、そう言って死を間近にしながらも決して希望を捨てなかった。挙句、自分を殺そうとした相手に手を差し伸べるような、馬鹿な男だ」

 

 失礼な。

 

「私たちの未来で、この男は表舞台に現れなかった。それが何故かはわからないが……しかし、この歴史においてこの男は台頭した。そして遠也は確かに人が持つ可能性の一端を私に見せたのだ」

『ほう』

「ゾーン、君の危惧はわかる。事実私も同じ思いでこの男の抹消に頷いたのだ。しかし、あえて言おうゾーン! 待ってくれと! 癪ではあるが……私はこの男の築く未来に賭けてみたくなったのだ……!」

「……パラドックス……」

 

 俺は、今のこの気持ちをなんて言えばいいのかわからなかった。

 まさかパラドックスがここまで俺のことを買ってくれているとは思ってもいなかったのだ。

 あの時のデュエルの後から俺を殺そうとはしなかったことから、ある程度の歩み寄りはしてくれていると思っていた。しかし、ゾーンを前にして、ここまではっきりと言い切るほどに俺のことを認めてくれているとは。

 普段の寡黙な様子からは想像も出来ない事だった。同時に、そう思ってくれていたことが嬉しくもあった。

 俺がパラドックスのことを信じ、仲間だと思っていたように。パラドックスもまた、俺のことを信じてくれている。その事実が何より嬉しかった。

 

『ねぇ、遠也。一体どういうことなの?』

 

 そして、全く今の状況がわかっていないマナが何とも言えない困惑した表情で俺の耳に口を寄せた。

 俺は元の世界での知識があるため二人の話を理解できるが、マナは未来だの破滅だの言われても何のことやらだろう。

 この状況の中で、マナだけが取り残されている。しかし悠長に説明するにはこの場は不釣り合いすぎる。ならばせめてと俺が掻い摘んで事情を話そうとした時、先んじてゾーンの言葉が空間に響いた。

 

『……確かに、彼という存在は我々の歴史で名前が出ることはなかった。この歴史ではシンクロ召喚の発案者とも言われているほどの人物であるというのに。ならばその差異に、あなたが希望を見出す気持ちもわからなくはありません』

「ゾーン……」

『この歴史では、異なる未来を形作るかもしれない。なるほど。その可能性もあるでしょう』

「ゾーン、では――!」

『しかし、彼の手にあるのがシンクロ召喚である以上、訪れる未来は破滅以外にない』

 

 確信を含んだゾーンの声に、勇み声を上げたパラドックスの言葉が途切れた。

 そして、ゾーンはどこか諭すような口調でパラドックスに語りかけた。

 

『わかっているはずです、パラドックス。未来の破滅の原因は、シンクロ召喚と人の欲望でした。肥大した人間の闇とシンクロ召喚が、モーメントという叡智の暴走を招き、未来は滅びたのです』

 

 ゾーンは瞼を閉じ、深い悔恨を滲ませる声で更に続けた。

 

『モーメントは、人の技術の延長線上にある。たとえ過去に戻り修正を加えても、科学と人間の歴史は切っても切り離せないもの。いずれモーメントは必ず生まれてしまうでしょう。人の心の闇もまたしかり。……しかし、シンクロ召喚は違う』

 

 シンクロ召喚はデュエルモンスターズがあるから生まれたもの。そしてデュエルモンスターズは、ペガサス・J・クロフォードがいなければ生まれなかったもの。そして、例えデュエルモンスターズが無くても、世界は歴史を紡いでいく。

 ゾーンはそう語った。

 

『ゆえに、パラドックス。あなたはペガサス・J・クロフォードを殺害するという手段を思い付いたのでしょう。全てはシンクロ召喚を生み出さないためだったはず』

「……その通りだ、ゾーン」

 

 僅かな沈黙を経て、パラドックスはゾーンの言葉に頷いた。確かに初めて会った時、パラドックスは言っていた。未来を変えるためにデュエルモンスターズの生みの親であるペガサスさんを殺すと。

 すべては未来を変えるため。しかしその行動をとらなくなったのは、パラドックスの言葉を信じれば俺がいるからだという。

 ……俺は、正直に言って自分のことをそんなに大層な奴だとは思っていない。せいぜい少し特殊な事情を抱えたデュエリストというぐらいだ。

 だが、そんな俺にパラドックスは未来を賭けると言った。その決定的な理由とは、やはり……。

 思い当たる節を浮かべながらパラドックスを見れば、パラドックスの金色の瞳と一瞬目が合う。直後、パラドックスは再びゾーンに向き合っていた。

 

「しかし、私は見たのだ。遠也が行ったシンクロ召喚とは異なる召喚方法。そこに未来が変わるきっかけを」

『シンクロ召喚とは異なる召喚方法……?』

 

 訝しげなゾーンの声。まったく予想していなかった言葉を聞かされた、そんな反応だった。

 

「だからゾーン! 私は遠也を殺せという君の指示には従えない! 許してくれ……!」

『……パラドックス』

 

 ゾーンが驚いたように声を出した。パラドックスがここまで頑なに抵抗するのが意外だったのかもしれない。それは志を同じくする者同士と心底信じていたからだろう。

 今でも未来を破滅から救うという目的は同じはずだ。しかし、その方法論で二人には差が生まれてしまった。そのことに、あるいはゾーンも大きなショックを受けているのかもしれなかった。

 そう思ったが、しかし、再び紡がれたゾーンの声にはそんな動揺など微塵もなかった。ただどこか決然とした響きだけがあった。

 

『……わかりました、あなたがそこまで言うのです。しかし、ならば私にも考えがあります』

 

 そこでパラドックスに向き合っていたゾーンが、その身を収める機械ごとこちらに向いた。

 

『皆本遠也』

「……はい」

 

 切り込むように名前を呼ばれ、俺は思わず背筋を正して返事をした。

 

『レイン恵、そしてパラドックスがこれほどまでに固執するあなたの力を私に見せてください』

 

 一瞬、俺は言われた言葉の意味が分からなかった。ゾーンに、俺の力を見せる?

 ということはつまり……。

 

『ただし、もしそれが未来に良い影響をもたらさないと私が判断した時は……』

 

 俺がゾーンとデュエルするということ、か?

 あの遊星すら勝ちを諦めたようなこの男と?

 

『当初の予定通り、あなたのことを歴史から抹消し、指示に背いたパラドックスにも罰を受けてもらうこととなります』

 

 だが、そんなデュエルに対する不安は、最後の言葉を聞いた瞬間に消し飛んだ。

 

「……パラドックスに罰!? なんでそんな!?」

 

 驚いてパラドックスを見やれば、そこには致し方なしとばかりに目を伏せて黙するパラドックスがいた。罰を受けること自体に文句はない、そう言っているようだった。

 

『彼は私の指示に反した。その罰は受けねばなりません』

「けど、二人は同志……仲間なんだろう!?」

『そうです。しかし、今やパラドックスの主張は私と相反する。同じ目的のために行った独断専行も褒められたことではありませんが、真逆の目的とあらば尚のこと罰しないわけにはいかないでしょう』

 

 俺が詰るように言っても、ゾーンの言葉に変わりはなかった。やはりパラドックスに罰を与えるという。

 確かに、仲間とはいえ組織でもある以上、部下の不始末に対処するのも上司の仕事だろう。信賞必罰。おかしなことはない。けれど……。

 

「お前は気にするな」

 

 納得がいかない俺に、件の男から声がかけられた。

 憮然としていると自分でもわかるままに顔を向ければ、パラドックスは真剣な顔で俺を見ていた。

 

「私は私がやりたいようにやっているだけだ。お前が気にすることはない」

 

 パラドックスはもう一度俺に気にするなと言った。

 

「お前はお前のことを気に掛けていろ。ゾーンは容赦しない。負ければ……死ぬぞ」

「っ……」

 

 脅しではない。ゾーンは間違いなくそうするのだという確信が感じられる声だった。

 未来を救うという大義のため、あらゆる手を尽くす。ゾーンはまさにそんな人物だ。 俺が知る限りでもそうだし、パラドックスが知る限りでもきっとそうなのだろう。

 だからこそ、パラドックスは俺に忠告しているのだ。他の事にかまけている場合ではない、と。

 

「……わかった」

 

 俺は頷いた。

 パラドックスの扱いについては納得いかないが、しかし俺自身も今は命の瀬戸際にいるのだ。このデュエルで勝てなければ、俺はきっと死ぬのだから。

 俺は一つ深呼吸をした。これまでにも、命を懸けたデュエルはやってきた。だから、たとえ相手があのゾーンだろうと、大丈夫だ。そう言い聞かせる。

 

「マナ」

『うん』

 

 頼りになる相棒は間断なく俺の声に応えてくれる。その声に勇気づけられる。

 よし、と心の内で自分を叱咤した。

 

「また命がけだ。頼むぜ」

 

 マナははぁと溜め息をこぼした。

 

『こっちは心配で死にそうだよ。まだ遠也が戻ってきて一日も経ってないのに』

 

 じとっとした目を向けられる。俺は気まずくなって遠くを見た。

 すると、マナは諦めたように『ホントにもう』と声を漏らした。

 

『心配ばっかりかける誰かさんに、言いたいことが沢山あります』

 

 俺はそんなマナの物言いに少し首を傾げ、すぐにハッと気づくと苦笑して答えた。

 

「ああ。心して後で聞くよ」

『うん、約束だからね』

 

 マナは俺の答えに満足そうに頷いた。

 要するに、絶対に勝とうと言っていたのだマナは。なにせ、勝たなければ後で話を聞くことなんて出来ないのだから。

 俺はそんなマナの気遣いに感謝しつつ、ゾーンに向き直った。

 心の内にあるのはデュエリストとしての闘志。そして、必ず勝つという意志だった。

 

「ゾーン! 力を見せろって言ったな……なら、デュエルだ!」

 

 デュエルディスクを起動させ、デッキがシャッフルされる。そしてその中から俺は五枚のカードを手札として引いた。

 その一連の流れを見届けてから、ゾーンが後方へと機械の体ごと移動する。そしてその前方に巨大な装置が姿を現す。

 俺にとっては見覚えがあるそれは、ゾーンにとってのデュエルディスクみたいなものだ。

 そしてゾーンの頭上にいくつもの巨大な石板が現れ始める。俺は予想がついていた光景であったが、隣のマナは呆然とそれを見ていた。

 そんな俺たちの前で石板は光を放つと巨大なカードとなって中空を滑るようにゾーンの前に現れたデュエルディスク代わりとなる装置へと吸い込まれていく。

 そうして完成したのは、巨大なカードが収められたゾーン専用のデュエルアイテム。

 更にゾーン本体である機械の両側から巨大な腕が二本出現する。そのマシンアームは大きさからは想像もできない繊細な動きでデッキに手を伸ばすと、そこからカードを五枚引き、その指先に持った。

 俺もかつて画面越しに見たことがある、ゾーンの戦う姿。そのものの姿がいま目の前にあった。

 つまり、デュエルの準備は整ったというわけだ。

 

『あなたの力、見極めさせてもらいましょう』

 

 その一言が合図であった。

 俺が頷きを返した直後、互いの声が重なった。

 

 

 ――デュエル!!

 

 

皆本遠也 LP:4000

ゾーン LP:4000

 

 

 ゾーンと向かい合いながら、俺は奇妙な気持ちを抱いていた。まさか俺がゾーンとデュエルすることになるとは、夢にも思わなかったからだ。

 シンクロンを使っていることからもわかることだが、俺は5D’sに強く影響を受けている。当然、その中で出てくる様々な人物の姿に俺は一喜一憂したものだった。

 であるから、その中でもラスボスであり、またその特殊な事情を持つゾーンにも大きな関心を持っていた。そう、持っていたのだが……自分がこうしてデュエルをすることになるなんて本当に人生分からないものだ。

 そのことに言葉にはしにくい感慨を抱く。

 だが、今はそんなことを気にしている場合ではないと頭を振った。たとえ相手が遊戯王史上でも屈指の強さと言われたゾーンであっても、勝たねばならないのだ。

 勝たなければ、それこそ俺に未来はない。パラドックスとも約束したのだ。未来を変えると。ならば、負けられない。約束は守るものだ。

 それに、俺にはある推測があった。破滅の未来に至った原因であるシンクロ召喚、モーメント。だが、未来が破滅した原因には、もう一つ原因があるのではないかという推測が。

 それをどうにか出来れば、そして俺を含めた人々がもっと気をつければ、あそこまでひどい未来にはならないのではないか。そんな考えが俺にはある。

 本当にそれは原因たり得るのか。また、原因であるとしてどうにか出来るのか。それはわからないが、しかしやらないよりはマシだろう。

 だから、それを確かめるためにも負けるわけにはいかない。

 ……加えて。

 

『遠也!』

 

 隣で俺と共に戦ってくれている存在を、悲しませるわけにはいかないしな!

 

「俺の先攻! ドロー!」

 

 改めて決意を固めつつ、俺は六枚となった手札を眺める。

 相手はゾーン……となれば、使うカードは当然あのカテゴリになるだろう。

 その強大さを思うと今から既に冷や汗ものだが、しかし俺は俺のカードたちを信じて戦うだけだ。

 

「俺はチューナーモンスター《ライトロード・アサシン ライデン》を召喚!」

 

 光を纏いフィールドに姿を現したのは、浅黒い肌の鍛え上げられた肉体を持つ光の暗殺者。ライトロードの中でも異色の肩書を持つ男だった。

 

 

《ライトロード・アサシン ライデン》 ATK/1700 DEF/1000

 

 

 両手に持った金色の大刃短剣を自然体で構え、その瞳はじっとゾーンのほうを見つめている。

 

「ライデンの効果! メインフェイズに1度、デッキの上から2枚のカードを墓地へ送る! この時ライトロードモンスターがその中に含まれる時、このカードの攻撃力は200ポイントアップするが……今回は含まれていない」

 

 墓地に落ちた二枚は共にライトロードではなかった。

 だが、問題ない。もともと攻撃力アップの効果はオマケのようなものなのだから。

 

「カードを1枚伏せて、ターンエンド! ライデンの効果により、エンドフェイズ更に2枚のカードを墓地へ送る」

 

 これでまず俺のターンが終わる。渇いた口の中を潤すように、俺は唾液を呑みこんだ。

 向かい合っているだけでこの威圧感……。向こうは何も行動を起こしていないというのに、落ち着いた佇まいからでも感じられるこのプレッシャーはなんだ。

 これまで戦ってきた相手とは、ワケが違う。俺は知らず粟立った肌を見て、そのことを実感していた。

 

『私のターン、ドロー』

 

 巨大な機械腕がカードを引く。

 相手はゾーン。ならば、恐らくは使って来るカードは俺が知っているあの……。

 

『私は《時械天使》を召喚』

 

 

《時械天使》 ATK/0 DEF/0

 

 

 光と共に現れたのは、天使と言いつつも機械によって構成された異質な存在だった。細く無機質なそいつはただ不気味で、冷たい印象しか感じさせない。

 そのモンスターの登場に、俺はやはりと内心で頷く。

 時械天使が出たということは、確定でいいだろう。ゾーンのデッキは俺が知る通りのもの――【時械神】だ。

 本来、こうして相手のデッキを事前に知っておくというのは大きなメリットだ。なんせ対策が出来るし、出来ないまでもある程度それに合った対応というものが出来る。

 だが、この時械神に関してはそういった利点はない。

 何故か。強すぎるからだ。そんな小細工が問題とならないぐらいに。

 

『時械天使でライトロード・アサシン ライデンに攻撃』

 

 その言葉にはっとすると、時械天使がゆっくりとライデンに向かってきていた。

 ライデンの攻撃力は1700。対する時械天使は0。だから、この攻撃の意味は別にある。

 

『この時、私は手札から罠カード《愚者の裁定》を発動』

『て、手札からトラップ!?』

 

 マナが素っ頓狂な声を上げる。やはり手札から罠というのはそれだけ驚きのことなのだ。

 一応この世界には《トラップ・ブースター》という手札からの罠を可能とするカードもあるが、それとてコストが要求される。こんなふうに前触れなくポンと使われるとは夢にも思わないだろう。

 

『私への戦闘ダメージを0にします』

 

 時械天使がライデンに突っ込んでいくも、ライデンは手に持った短刀で難なくそれを防ぎ、返しの攻撃で時械天使は破壊される。

 確かにゾーンにダメージはいかないが、マナは何がしたかったのか、と困惑気だ。だが、この男がそんな無駄なことをするはずがないのである。

 

『そして戦闘で破壊された時械天使の効果。フィールド上の全モンスターを手札に戻す』

「く……!」

 

 時械天使が存在していた場が光り、やがてその光は俺の場へと一直線に伸びると、ライデンが光に包まれてフィールドから姿を消す。そして、俺の手札に再びライデンが戻ってきた。

 

『更にこの瞬間、手札から罠カード《魔術師の至言》を発動。手札に戻したカードの数×300ポイントのダメージを相手に与える』

「なに!?」

 

 ゾーンが発動した罠カード。それによって、フィールドに残留していたモンスターの光が球体を形作る。そしてその球は弾丸のように俺へと襲い掛かった。

 

「ぐ、ッ!」

 

 

遠也 LP:4000→3700

 

 

 ダメージはわずかに300ポイント。

 さながら、小手調べってところか……!

 

 

『私はカードを1枚伏せて、ターンエンドです』

 

 我が身を包んだ衝撃に思わず目を瞑り、そこから改めてゾーンを見据えれば、そこには悠然と佇む男の姿がある。

 何の感慨も浮かんでいない。マシンボイスであろうと、それがありありとわかる態度だった。

 しかし、それも当然か。ゾーンにとって俺はイレギュラーではあっても、障害ではない。不確定要素だから消そうとしたのであって、邪魔になるから消そうとしたのではない。

 あくまで自身の計画の確実性を上げるために俺の存在を失くそうとしていたのだ。そこに敵という認識はなく、ゾーンにとっては俺なんてそこまで意識を割くに値する人間でもないのだろう。

 

「………………」

 

 ……なんだろう。なんか、そう考えると腹が立ってきたな。

 俺だって生きているし、自分の考えがある。俺のことを想ってくれている奴もいれば、大切だと言ってくれる仲間もいる。

 俺自身の生を軽んじるということは、そんな皆の俺に対する気持ちを蔑ろにすることに他ならない。

 俺にだって、譲れないものはある。マナや十代、仲間たちがそうだ。

 きっと待っていてくれているはずだ。十代も、皆も。十代だけではなく、俺もまた笑って帰ってきてくれると信じて、願っていてくれるはずだった。

 なら、俺が死ぬということは、そんな皆を悲しませることだ。それを許す気など俺には毛頭なかった。

 そうだ。“もし”が起こったら不安だから死んでほしい、なんて理由で死んでやるわけにはいかない。

 そう思うと、意識が変わった。

 時械神は強い。だが、それがどうした。勝てないかもしれない。知ったことではない。

 勝つのだ。そして、そのために俺は頑張るのだ。

 たとえゾーンが俺が知る限り最強に近いラスボスだろうと、時械神がどれだけ強かろうと、びびっているわけにはいかない。

 どんな時でも、どんな相手でも、全力を尽くす。そして勝つ。

 それが、俺のデュエルだ。

 

「ゾーン!」

『………………』

 

 ゾーンに反応はない。

 いいさ。これは俺が俺のためにする意思表示だ。

 

「俺は死んでやるわけにはいかない! 仲間が、皆が、俺のことを待ってるんだ!」

 

 正直に言おう。たった今まで俺は気圧されていた。

 このゾーンという男が持つ気迫、未来に対する使命感、そして事前知識により。俺は大きなプレッシャーを受けていたのだ。

 だが、そんなことでは全力を出すことなど出来ない。ましてや勝つことなど。だから、俺は一つのことだけを考えるようにする。仲間たちのことを。皆と一緒に笑う結末を。

 そのために。

 

「ゾーン! お前に、勝つ!」

『ほう……』

 

 このデュエルを、俺の力を見極めるためとゾーンは言った。

 だが、そんな考えでは足元をすくわれるぞ。そんな意味を込めて俺が言ったその言葉に。

 

『私の目的は変わらない。あなたの力を見極め、その後に判断を下すのみです』

 

 ゾーンは変わらない返答をする。

 しかし、俺にはそれで充分だった。もとより、俺は俺自身に決意表明をしたかっただけだ。

 だから何も問題はない。

 俺はすぅっと息を吸い込むと、吐き出した。

 

「マナ」

『うん』

「勝つぞ!」

『うん!』

 

 これからゾーンが繰り出すであろう敵は強大だ。だが、それでも俺は勝って、未来を掴んで見せる。

 その意志を込めてマナを見て、そしてパラドックスを見る。頷きもせず、何も言わないパラドックスだったが、その強い眼差しは俺を真っ直ぐに見ていた。

 パラドックスもまた俺の仲間だ。その前で友として恥ずかしくないデュエルを見せなきゃならない。

 

『あなたのターンです』

「ああ! ――俺のターン!」

 

 相手はゾーンだ。俺の全力を尽くしても敵うか知れないほどの相手。

 だから俺は全力以上の力を絞り出してでもこのデュエルに臨む。

 メインデッキ、そしてエクストラデッキ……。俺が信じて、そして俺を信じてくれているカードたち。

 どうか俺に力を貸してくれ。

 そう願い、どこか温かみを帯びたように感じるデッキトップのカードに指を乗せ、俺はその一枚を一気に引き抜いた。

 

 

 

 

 

 




これでストック消化しました。
次のお話はまた先のことになると思います。

年末年始、三が日含めてずっと仕事なのでなかなか時間が……。
またしっかり時間を作って書いていきたいと思います。


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