東方双神録 (ぎんがぁ!)
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プロローグ
転生


……………

 

暖かい………

 

 

ついさっきまでとても冷たく、寒いような感覚だったのに

なぜか今は光に包まれたように暖かく、心地いい。

少年は、ゆっくり目を開けた。

 

「……え? ここドコ…?」

 

目を覚ました少年の視界には、真っ白な空間が広がっていた。いや、空間と言えるのかも分からない、まるでどこまでも進んで行けてしまいそうな不思議な場所。

 

「え?え?ホントどこ?俺今どういう状況なの?」

 

「意識があるなら思い出せるはずじゃよ。自分がどうなったのか」

 

突然背後から声がした。少年は肩をビクッと震わせ、振り向いた。

そこには少年より背が小さい、もっと言うなら腰くらいまでしかない、黒の長い髪をした女の子が立っていた。

 

(こんな不思議空間になんで幼女が…)

 

と、少年は思った。それがまずかった。思った瞬間頭に激痛が走った

 

「ッ!! イッッッテェ!!?」

 

「幼女じゃと…?お前今私の事を幼女じゃと思ったな!?神である私を幼女呼ばわりとはいい度胸じゃな!」

 

「待て待て! いきなり拳骨することないだろ!? つーかなんで心読んじゃってんの!?」

 

よう…少女は「それでよい」軽くため息をつき、言葉を続ける。

 

「お前は私の言った事を聞いておらんのか?言ったじゃろう"神である私"と。つまり私は神、竜神と言う者じゃ」

 

「え!?神様!?こんな幼女が!?…あ」

 

「どうやらもう一発食らいたいようじゃな」

 

衝撃発言につい本音がでてしまったようだ。少年の目の前には拳をワナワナと震わせている竜神がいる。

 

「もう一回反省してこい!!」

 

真っ白な空間に鈍い音が響いた…

 

 

〜数十分後〜

 

 

「いってぇぇ〜…」

 

「お、目を覚ましたようじゃな」

 

少年が起き上がると、竜神は歩いてきて言った。

 

「ちゃんとした自己紹介がまだじゃったな。 私は竜神、お前の居た世界の神じゃ。突然殴って悪かったな。」

 

「あ、いや、気に触る事を言ったのは俺だから、ごめん。俺は神薙双也っていうんだ。」

 

二人で自己紹介を済ませると、竜神が本題だと言って話始めた。

 

「お前は今どういう状況にいるのか分かっているか?」

 

「……いや、わからない。思いつくのは、神様に拉致られたってことだな」

 

「ふざけているのか?神がそんなことする訳が無かろう。…仕方ない、時間をやるから思い出せ。初めに言ったが、意識があるなら思い出せるばずじゃ」

 

双也は座り込み、目を瞑って集中しだした……

 

 

 

 

 

俺は普通の高校生だった。普通の家庭に生まれ、普通に学校に通い、普通に育って、時には変わった出来事が起こらないかなぁなんて思うほどに普通の人生を送ってきた。

 

でも普通の人生に飽きてきたころ、俺はあの子と出会った。

 

その子の名は東風谷早苗。若葉色の髪にカエルと蛇の髪飾りを付けた、一見すれば非行少女に見えなくもない同い年の少女。面倒ごとの苦手な俺は、もちろん初めは関わらないようにしていた。

でもある日、先生に頼まれた重い書類を運んでいる時、俺はつまずいて書類を散らかしてしまったことがあった。

あまりにも多い書類の量に、周りの同級生は見て見ぬふりをする中

 

「ああ! 大丈夫ですか!? なんで誰も手伝ってあげないんでしょう…」

 

そう言いながら手伝ってくれたのは早苗だった。

 

「え? あ、ありがとう…」

 

俺は内心驚きながらも感謝した。だって緑色だぞ?どんな不良でも緑に染める人はあんまりいないだろう。

そんな人が同級生に敬語を使い、書類集めを手伝ってくれた。しかも半分運ぶとまでいいだした。そりゃあ驚くだろう。優しいを通り越して重度のお人好しなんじゃなかろうかこの子は。

 

その時からなぜか学校でも話す機会が増えた。非行少女でないとわかり、心のどこかで作っていた壁がなくなったからかも知れない。たまたま帰る道も途中まで同じだったため一緒に帰る事も多くなった。そんな生活に満足している俺も確かに居た。

変わってしまったのは…そう、あの日…

 

その日はいつものように早苗と一緒に帰っていた。

 

「それでですね!そのロボットは羽が開くと同時にビームサーベルを抜いて敵の大群に向かって行くんです!もう凄いカッコよくて!」

 

早苗のオタクとも言えるガン○ムトークに辛うじて相槌を打っていると丁度交差点が見えてきた。ここからは、早苗とは道が違う。

 

「じゃあ双也さん!また明日、学校で!」

 

「ああ、また明日、早苗」

 

早苗と挨拶を交わし、振り返ろうとした直前、早苗の後ろに見えてしまった黒い影とその手にもつ銀色に光る何か。

 

気付いた時には体は動いていた。早苗を突き飛ばし、向かってきた影と当たる瞬間、腹に響く鋭い痛み。

 

「うぐっ、うあぁぁあっ!」

 

俺は激痛に耐えられず倒れた。犯人は手を離したようで刃物はまだ刺さっている。犯人とっくに逃げたようだ。

 

「双也さん!? 双也さん!!」

 

早苗が叫んでいる。でももう意識が薄れてきた俺には続きが聞こえない。早苗の涙がポタポタと顔に落ちてくる。

もう耳も聞こえず、ほとんど動かない唇で一言。

 

「死にたく…ない、なぁ…」

 

意識はすぐに遠のいてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ……あのとき、刺されて…ってことはもしかして!」

 

「さよう。お前は死んだ。東風谷早苗を守り、その身代わりとなっての。」

 

双也は絶望した。まさか本当に死んでいたとは……

しかし疑問も浮かんできた。死んだならばなぜここに居て、こんなにも意識がはっきりしているのか

 

「いいところに気が付いた。喜べ、お前は転生する事が許されたんじゃ」

 

「………は?」

 

「じゃから、転生出来ると言うておる。ほれ、早く設定を言うのじゃ」

 

竜神の口から放たれた衝撃発言。『転生出来る』。

双也は理解するのに数十秒かかった。

 

「えっと、なんで??」

 

「それは転生してから教えてやる。今は設定を考えるのじゃ」

 

設定ってなに? この疑問がグルグルと頭の中を回った。

これに見かねた竜神が説明してくれた。

 

「いいか? お前は少々特別な理由で転生するんじゃ。いい意味での。そこで転生先の世界でのお前自身の事を自由に決める権利が与えられたんじゃ。行きたい世界も含めての。」

 

自分の事を自由に決めれる。それならば双也は迷わない。

生きていた頃から妄想していたことをハッキリ告げる。

 

「神になりたい!!」

 

「ほうほう、神か…よし、つぎは?」

 

竜神は紙に書くと、次の設定を求めて来た。他は…

 

「特にないかな」

 

「お前意外と無欲なんじゃな」

 

そうだろうか?と双也は首をかしげる。神になりたいなんてそれこそ欲の塊だと思っていたからだ。

 

「最近はどチート能力を求める輩も多いと言うのに…」

 

「…どチート?」

 

「なんでもない、コッチの話じゃ。それより、ホントにこれだけでいいんじゃな?他のありとあらゆる設定がランダムになってしまうぞ?」

 

「いい。これで。」

 

双也は力強く頷き、竜神も頷き返す。

 

「よし、それでは転生させてやろう。次の世界でも元気でな、双也」

 

「ああ、ありがとう竜神。恩は忘れないよ。」

 

双也がそう言うと、竜神はニッコリ笑って手を振った。

瞬間、視界が閃光に包まれた。

 

 

 

 

普通の高校生、神薙双也の第2の神(じん)生が始まった。




初めまして、ぎんがぁ!と申します。
この小説は私の妄想が抑えきれなくなって出来たものです。なのでおかしなところも多くあると思いますが少しでも面白いと思っていただければとおもっています。
これからもよろしくお願いします。

ではでは


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第一章 古代都市編
第一話 危機に陥るは出会いの始まり


さぁ始まりました双神録!
処女作なので後々の展開が心配ですが頑張ります!
双也視点
では始まり〜!


「ハァ…ハァ…ハァ…」

 

よっす、神薙双也です。今俺は前世でもしたことの無い様な速さのダッシュをしています。なんでかって?

フフ、人が必死になる理由、そんなのは単純明快。

 

「グオオオオオオォォォオ!!!」

 

……命の危機が迫っているからである。

 

「チックショウ! なんで転生先で真っ先にこんな目に遭うんだよ!」

 

「グオオオォォォオ!」

 

 

 

〜一時間前〜

 

 

 

「…ん?コレまたよく分かんないとこに…」

 

閃光が止んだ後、目を開けるとそこは森の中だった。

周りを見やり、足元に視線を落とすと紙切れが落ちていることに気が付いた。拾い上げてみると、それは手紙のようだった

 

-双也へ-

 

竜神じゃ。

これを見ているなら無事に転生できたんじゃろう。

さて、転生させた理由じゃが…強いて言うなら、お前の行動が神の目に止まったとでも言うべきかの。大切な友人である東風谷早苗に迫る危機を、自分の身を呈して払い除けた。最近の人間の中でもそんなことの出来る者はそう居らん。そこでじゃ、「こんなに勇気のある優しい人間を、この年で死なせるには惜しい」ということで転生許可が降りたのじゃ。自分を誇るとイイぞ♪ まぁお前に生きる意思が無かったらどうしようもなかったんじゃがの

とまぁそんな訳じゃ。心置きなくこの世界を楽しんでくれ。何の世界かはおのずと分かるじゃろう。ではな。

 

 

竜神からだった。なるほど、現代では俺みたいな人間は珍しいから転生させたと。……本当にそうかな?早苗とかお人好しだからやりそうだけど… まぁいいや、これからどうしようかなぁ

あれこれ考えていると後ろから地響きがしてきた。ドスン!ドスン!と鳴る度に肩を震わせるが恐る恐る後ろを振り返る。するとそこには…

 

「ガルルルルゥゥ…」

 

巨大な熊のような化け物がヨダレを垂らして仁王立ちしていた。

大木も削り折ってしまいそうな鋭い爪、口の隙間から見える猛々しい牙。あこれヤベェ 観察してる場合じゃねぇや

化け物は今にも襲い掛かってきそうだ。

 

(ん?ちょっとまてよ?俺って確か神に転生したんだよな?なら…)

 

震える体を叩いて化け物にパンチしてみた。俺がホントに神ならこんなヤツ吹っ飛ばせるはず!

 

なんて思ったのが間違いだった

 

化け物は吹っ飛ぶどころかただ普通に立っていた。なんかハテナマークまで見える。

俺が攻撃してきたと認識すると追いかけてきた。それから30分、叫びながら全速力でダッシュして、今に至る。

 

「だぁぁれぇぇかぁぁああ!!」

 

「ガオオオオオオオウ!!」

 

俺が走っていると森の出口が見えてきた。そこに人影も見える。おーい!そこのひ…

 

「伏せて!!」

 

「え!?」

 

俺はほぼ反射に近い動きで地に伏せた。え?今なんか頭に掠ったんだけど…

ドスウゥンと後ろですごい音がしたので見てみると、化け物の脳天に深く矢が刺さっていた。

 

「ふう、間一髪だったわね。あなた大丈夫?立てる?」

 

「え? あ、うん 大丈夫。」

 

俺は青ざめた顔で生返事し、助けてくれた恩人の顔を見る。その瞬間俺は固まった。

 

「? なに? 私どこか変?」

 

その人は青と赤で半分に色分けされた服を着ており、手には大きな弓、銀色の綺麗な長髪は結わえられて肩の前に纏められている。 …俺はこの人を知っている。前世の動画や本で見たことがあるからだ。

 

「や、八意…永琳…?」

 

「あら、私の事知ってるの?」

 

驚きでつい声に出てしまっていた。迂闊だった。初対面なのに名前を知ってるのはどう考えてもおかしい!!

 

「…ま、知っててもおかしくは無いわね。私は薬師として結構有名だし」

 

…が、どうやら杞憂に終わったようだ。あぶねぇ…下手したら、怪しいって理由で実験台とかにされるとこだった

……そこまで酷くはないかな?

 

「あなた…今失礼な事考えてたでしょ」

 

「!?」

 

「そんなに驚くことじゃないわ。全部顔に出ているもの」

 

永琳がジト目で見てきた。マジか、俺ってそんなに顔に出るタイプだったかな…

とりあえず永琳が町まで案内してくれるそうなので付いて行くことにした。

途中で名前を聞かれたから「神薙双也です」と答えたら

敬語はいいと言われたので普段通りに話す事にした。

しばらくすると門が見えてきて、そこに二人の兵士が立っているのも確認出来た。

 

「ご苦労様。通ってもいいかしら?」

 

「ハイッ!もちろんでありますッ!」

 

永琳が声をかけると若干顔を赤くしてビシッと敬礼した。

永琳は軽くスルーしてるけど、なんか俺はすごい睨まれた。門を通るときは生きてる心地がしなかった。

そういう訳で無事に到着。門の内側には、想像はしていたとはいえやはり驚く様な光景が広がっていた。

 

「さぁ、行きましょう。…?どうしたの?」

 

コレが…町? 少なくとも俺の知っている町とは程遠い。

コレは町っつーか都市だろ

 

「おーい、双也ぁー?」

 

なんか車っぽいの浮いてるし、スケボーがコ○ンよろしくのスピードであちこち走ってるし

 

「聞こえないの〜? (ヒラヒラ)」

 

てゆうかなんだ、家らしい家が無いんだけどビル群なんだけど。え?アレに住んでるの?みんな?

 

「……………」

 

気が付くと永琳が至近距離で弓を引き絞っていた。

それが視界に入った瞬間俺はしゃがんだ。頭の上では矢が空を切るヒュンッって音がした。

もう何も言えねぇ…永琳怖い…

 

「はぁ、それで?随分驚いていたみたいだけど、あなた…」

 

町の人間じゃないわね?

 

それを聞いた瞬間身体が強張って動けなくなった。

まずい…どうすればいい…? ここで嘘をついて追い出されたりしたら早いうちにさっきのような化け物に食い殺されるだろう。困った…

俺が悩んでいる事もつゆ知らず、永琳はクスクス笑っている。なんだよ

 

「フフフッ 何も心配なんか無いのに、随分必死に悩んでるのね?追い出されるとでも思った? フフフフッ」

 

「!? …全く敵いそうにないな。それで、心配ないってどういうこと?」

 

「ああ、そうね、説明するわね。ずっとここにいるのもなんだし歩きながら話すわ。付いてきて」

 

歩きながら永琳に説明を受けた。どうやら他の町からの移住にはツクヨミという神と話をつけないといけないらしく、今から会いに行くそうだ。話し合いの時は永琳も一緒に居てくれるようなので安心だ。

ちなみに、永琳がさっきあんな質問をしたのはただの興味本意だったようだ。なんでも、最近は妖怪(さっきの化け物の事らしい)が荒れているらしく、移住などは少ないからだそうだ。心臓に悪い。

というわけでツクヨミの部屋まで来た。俺の居る床より少し高いところに座っている、青を基調とした服を着ている凛とした女性。おそらくこの人がツクヨミだろう。

 

「ツクヨミ様、町に移住したいと言う者を連れて来ました。」

 

永琳が声をかけるとうむ、といって俺を見つめ始めた。

10秒くらいするとツクヨミは目を少し見開いてこう言った

 

「ふむ、いいだろう。移住を許可しよう。ただし、双也と言ったか?お主は永琳と共に暮らすのだ」

 

「「…………え?」」

 

永琳と声が重なった。は?何言ってんのこの人?

 

「異論は認めぬ。永琳も、いいな?」

 

「……はい……分かりました」

 

いいのかい!と、喉元まで突っ込みが出かかったがなんとか押し留めた。反論して追い出されたら元も子もない。

素直に従う事にした。

 

「うむ、よし、双也は下がって良い。永琳は少し残れ」

 

「え? はい」

 

永琳は返事をすると先に行ってて、と鍵を渡してきた。

イヤ道わかんないんですけど。

 

「ボタンを押せば案内してくれるわ。それじゃまた後でね」

 

そして永琳と分かれ、家に行く事にした。分かり切ってるけど、ボタン押したらホントに案内してくれた。21世紀もこんな感じなのだろうか?

 

家に着き、中に入ると早速薬品の強烈な臭いがしてきた。

外にいても仕方ないので中に入って待つ事にする。

あー結構きつい。臭いキツイ。

 

少ししたら永琳も戻ってきた。片手には買い物袋を下げている。

 

「ああ双也、少し待っててね。夕飯作るわ」

 

「あ、手伝うよ俺も」

 

おお、永琳の手料理食えるんだ!やった!と思いながらも手伝う事にした。居候なんだ、それくらいやる。

で結果から言うと……とんでもなく美味かった。流石永琳なんでも出来るようだ。

夕飯中は、改めて自己紹介ってことで握手しただけだから割愛。

 

そしてその夜。貸してもらったベットの上でこの世界のことなど、情報を整理した。

まず、ここはおそらく東方projectの世界、そして時代は、多分恐竜が生まれる前、超古代ってとこかな?

種族とか能力は分からないし、今考えても答えが出るわけでも無いのでそれはまた今度という事にした。

 

しばらく目を瞑っているとだんだん眠くなってきた。

さぁ、第二の人生2日目!明日も頑張ろう!

俺は眠気に身を委ね、眠りについた。

 

 

 

 




いかがでしたでしょうか?
1話分の長さとか、いまいちちょうどいい長さがわからないので少し心配です。読みにくかったらごめんなさい。

ではでは


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第二話 能力の開花、道場主さん

どうも

今回で双也くんの能力が判明します!
強いて言うならもう少しあるんですけど。

ではどうぞ!


俺は鼻をくすぐるいい匂いで目を覚ました。リビングに行くと永琳が朝飯を作ってくれていた。見たこともない料理だが匂いでわかる。コレは絶対美味い。

 

「ふわあぁぁ… おはよう永琳」

 

「ええ、おはよう双也。思ってたより早いのね。お昼くらいまで寝ているのかと思ったけど」

 

「ばかにするなよ。これでも俺は現役の高校生だったんだぞ?」

 

「こうこうせい?」

 

「あいや、何でもない」

 

危ない、とっさに前世の事が口から出てしまった。

転生の事が知られると面倒くさくなるだろうしね。

面倒事が嫌いなんだおれは

永琳は未だ首をかしげているが諦めたようで朝飯を食べ始めた。

 

「ところで双也、今日は空いてるかしら?」

 

「空いてるも何も、ここに来て1日目だぞ?予定なんかある訳ないじゃん」

 

「そう、それなら今日は"修行"するわよ」

 

「ほー修行か。そりゃおもしろそ……」

 

………は?修行?………え?

 

「えと…どういうことかな?説明してくれる?」

 

「もちろんするわよ。でもとりあえず朝ごはん食べてちょうだい。冷めちゃうわ」

 

「は、はい…」

 

俺は永琳の言う通り、納得しないながらも朝飯を食べ進めた。お、やっぱコレ美味い。

食べ終わったのを見計らって永琳が話始めた。

 

「それじゃ7時頃になったら稽古場に来てちょうだい。その時に説明するわ」

 

「いや道がわか----」

 

「はい」

 

俺が言い終わるより先にボタン付きの鍵を渡してきた。

2度目なんだから把握はしてるか。永琳だもんな。

そこで永琳とは別れた。7時までは仕事をしてくるようだ。

俺は暇なので家でゴロゴロしていた。そりゃあ居候がこんな事してていいのかとも思ったさ、でもね?する事がないんだもん。

7時に近くなってきたので稽古場へ行く事にした。稽古場では永琳がすでに待っていた。

 

「ごめん永琳。待たせたかな?」

 

「いえ、そんな事は無いわ。気にしないで」

 

会話が完全に恋人になっているが、気にしないにした。

修行に支障が出たらまずいし。

 

「それじゃあ始めるわよ。まず説明からね。最初に覚えてもらうのは"能力"よ」

 

「能力?」

 

「ええ。昨日ツクヨミ様に呼び止められたでしょう?実はね、あの時ツクヨミ様に、"あなたに能力を覚えさせるように"と命令されたのよ。正直あなたに能力があるかはわからないわ。唯の人間に見えるもの」

 

なるほど、能力か。確かに東方の世界ならばあるだろうな。俺は転生した身だし、竜神が何か付けてくれてると思うけど…

そう考えていると永琳が顔を近づけてきた。え!?ちょ、なに!?

 

「え、永琳!?」

 

「そんなに赤くならないで!私まで恥ずかしくなってくるでしょう!?能力見るから、そのままでいて!」

 

そういっておでこをくっつけてきた。心なしか永琳も若干顔が赤い。その状態で約10秒。もうヤダ死にそう、恥ずか死にそう。

俺がこの状態に耐えられなくなってきた頃、永琳はやっとおでこを離した。……若干顔を引きつらせて。

 

「えと、どうしたの?」

 

「……予想外だわ…まさかこんな能力があるなんて…もしかしてツクヨミ様は見抜いていたのかしら…」

 

なんかブツブツ言っている。焦れったいので大きな声で呼んでみた。

 

「永琳!!」

 

「ひゃあ!! え!?あ、ごめんなさい、取り乱したわ」

 

今までの永琳からは想像も出来ない可愛らしい声が出た。コッチまでびっくりする。

 

「えっと、能力ね? 良く聞きなさい」

 

「うん」

 

「あなたの能力は"繋がりを操る程度の能力"よ」

 

? なんだそれ?よく分かんない能力だな…繋がりを操るって、つまりどういうこと何だろうか

 

「わかんないって顔してるわね。無理もないわ。簡単に言うと"結合と遮断を操る程度の能力"よ。あらゆる物や概念を結合させたり、一つの物を遮断して分けたり。両方を同時に発動させる事もできるみたいね。正直言って反則級よ、こんなレベルの能力見たことない」

 

「くっついているものを分けたり、またくっつけたり出来るってことか。まぁ確かに、それなら繋がりを操ってるな。でもなんかショボくないかそれ?」

 

一つの物を分ける、くっつける。それの何がすごくて引きつっているのだろうか?

 

「あなた自分の能力なのに何もわかってないわね。いい?具体例を出すけど、遠くにある的に向かってパンチをすると、当然拳は届かないわ。」

 

「そりゃそうだな」

 

「でも結合の能力を使って"拳圧"と"的"を繋げるとすると、拳は遠くの的にも命中するようになるの」

 

「おお、それはすごいな!」

 

遠くの的にも攻撃出来る。つまり当てられない物は無いって事じゃんか!やった!竜神ありがと!

 

「そしてもう一つ、遮断の能力。こっちはもっとすごいわ。"視線"を遮断したりすれば当然あなたは見えなくなるし、"原子"を遮断とするならありとあらゆる物を切ることが出来るわ。例を上げればキリがないけど…とんでもないわね」

 

おいおい、本当に反則級じゃねぇか。俺みたいなヤツがこんな能力持ってていいのか?

説明を聞けば聞くほど俺まで顔が引きつってきた。すごいもん授かったもんだなぁ

俺が能力を理解するのを確認すると永琳は出口へ歩いて行った。

 

「ちょ、永琳!?何で帰ろうとしてんの!?」

 

「ごめんなさいね?ちょっと規格外過ぎて私の手におえないわ。修行は自分でやってちょうだい。」

 

「はぁ!?」

 

「大丈夫よ。相談には乗ってあげる。修行に付き合うのは無理と言ってるだけよ。じゃあ先に帰ってるから」

 

えぇぇー…永琳本当に帰っちゃった… ふぅ、しょうがないか。まだ8時頃だし、切り替えて頑張ろう。

 

 

 

〜二時間後〜

 

 

 

「ハァ…ハァ……ふぅ」

 

俺は能力をいろいろ試していた。初めは発動の仕方がわかんなかったので、取り敢えず"空気"同士を繋がれと念じてみた。そしたら手のひらにうっすらと輪郭を持つ半透明の玉が出来、そしてそれを投げる事も出来た。着弾点ではポンッ!っと音がなったのでホントに空気で出来てたみたいだ。なるほど、こういう風に繋げると集めることができるのか。

いろいろ試してわかったのだが、どうやら「拳圧を届かせる」みたいな使用法には、その二つの間に何か媒体が必要なようだ。この場合は空気。「拳圧を空気伝いで的に繋げる」みたいな感じだ

 

(あれ…そういえば…何でこんな修行してるんだ?)

 

俺はふと疑問に思った。永琳はツクヨミの命令を受けたから例外として、ツクヨミはなぜ俺に能力を覚えさせようとしてるんだ?ツクヨミには、俺は移住したいから来た、と告げてある。

 

(ただ移住したいヤツに能力……?)

 

何かひっかかる感じがした。もしかして俺の正体は見抜かれているのだろうか?でも見抜いた上でこうさせているのだから何か意味があるんだろう。

今は流されるしかなかった。

 

「神の目は欺けない…か。」

 

俺は一人、修行を再開した。

 

と、そこへ声をかける者が。

 

「あの、すいません」

 

「ん?」

 

俺は声の聞こえた方へ振り向いた。そこには腰まで届く様な長い紫髪を黄色いリボンでポニーテールに結び、ワイシャツの上に胸から伸びた紅衣を纏う少女がいた。

 

「何か用?」

 

「あ、いえ、家の道場で知らない方が稽古してるなと思ったので、声をかけさせていただきました。」

 

おっと、道場主だったようだ。これは挨拶しないとな。

多分これからも使わせてもらうだろうし

 

「すいません。俺は神薙双也と言います。八意永琳と言う人に連れられてココに来ました。」

 

「ああ、永琳様のお知り合いの方でしたか。私は綿月依姫と言います。以後、お見知り置きを」

 

おお、すごい礼儀正しい。前世ではこんな人は周りに居なかったから結構新鮮に感じた

…はて、綿月?どっかで聞いたことある気がする…

まぁいいや、どうせ東方関連だろう

 

「あの、永琳様とはどういう…」

 

「ああはい、説明しますね」

 

 

 

〜少年説明中〜

 

 

 

「というわけだ。」

 

「なるほど、ツクヨミ様のことは気になりますが、そういうことでしたら」

 

事の顛末を話した。出会った時からここで何をしていたかまで。能力の事までは言わなくてもいいかなと思ったが、迷うくらいなら言ってしまえと言う結論に辿り着き、全部話した。

因みに説明の途中で敬語はやめて欲しいと言われたから普段通りにした。なんかフレンドリーな人多いね。それとも何か違和感があるのだろうか

 

「あの、提案があるのですがいいでしょうか?」

 

「ん?提案?」

 

「はい。聞いた感じ、あなたはとても強い能力をお持ちの様です。強い能力には暴走するリスクも考えられるので早く力を付けた方がいいと思うのです。」

 

「まぁそうだな」

 

「はい。なので少しでも早く能力を操れるよう…」

 

私と一緒に稽古しませんか?

 

この言葉から始まった依姫との稽古。正直言ってかなりキツかった。今日の内では依姫の足を動かせる事すらできなかった。ちょっとショック。

その夜、永琳にココってフレンドリーな人多いね、と言ったら全て察したようで、

 

「それはどうかしら。私が思うに、双也の外見で敬語はなんとなく気持ち悪いからだと思うけど」

 

と、返された。俺はしばらく動けなかった。永琳…そんな風に思ってたのか…

今日はかなり濃厚な1日だった気がする。明日の稽古に向けて、俺は眠りについた。




ちなみに、双也くんの東方知識はどの程度かというと、
「動画を見てたら興味を持ったので、ちょいちょい見ていてキャラ設定が少しわかる」程度です。なので主に小説などに出ていた依姫や豊姫のことはあまり知りません。うろ覚えです。

ではでは。


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第三話 成長、そして『設定』の行方

書きたかった双也くんの設定は今回でほとんど出て来ます。
双也運いいなって思ったそこのあなた!転生者は大抵そんなもんです。勘弁してください。

では三話!どうぞ!


朝早くに起き、永琳の美味しい朝飯を食べたら稽古場に行く。稽古場ではもう依姫が待っていた。

 

「おはよう依姫…ずいぶん早いね」

 

「あ、おはようございます双也さん。双也さんこそ、私の予想よりもずいぶん早かったですよ?」

 

「まぁ早起きは三文の得って言うしねぇ。体に染み付いてるんだよきっと」

 

俺は遠い目をして言った。実を言うと俺は前世でもかなり早くに起きるのが習慣になっていた。というのも、朝が超早い上に学校には一時間前に着きたいとか言う生真面目というかバカな早苗に合わせる為に少々無理をしていたのだ。眠い目を擦って腫れ上がるなんて日常茶飯事だった。

 

「それじゃあ早速始めましょうか。準備はいいですか?」

 

「ああ、いいぞ」

 

「では瞑想から始めましょう」

 

そして今日の稽古が始まった。瞑想は霊力を高めるのに効果的だそうで毎日二時間はやるらしい。正直二時間瞑想って結構キツイ。その内尾骶骨変形しちゃうんじゃないかな?

依姫との稽古は、キツイキツイと言いながらも内容自体は簡単な物だ。瞑想したら準備運動して木刀で打ち合い。それに1日使う。

 

「やあぁぁあ!」

 

「まだ甘いですね。そこ!」

 

俺は簡単に隙を突かれ木刀を弾かれる。

 

「剣速が遅すぎます。ちょっと剣術をかじった者ならば簡単に見切られますよ?」

 

「う〜ん、いかんせん木刀重いんだよなぁ。戦闘なんかほぼしたことないし」

 

「まぁ重さにはその内慣れるでしょう。まだ2日目です、焦らず行きますよ」

 

依姫が再開を促す。くそー絶対見返してやるかんな!

木刀を構えたところでふと思う。

 

(でも依姫は木刀を自分の手足のように扱う。どうすれば…ん?木刀が……手足?)

 

いい事を思いついた。実行出来れば剣速問題は解決だ。早速木刀に"能力を使ってみる。"

……よし!

 

「来ないのですか?なら私が攻めますよ?」

 

「いや、今行く。準備が出来たところだ」

 

依姫は訝しげな顔をすると木刀を構えなおした。

そこへ俺が突っ込んでいく

"今の木刀は俺の手と同様だ!"

 

(ッ!剣速が、早くなった!?)

 

おうおう、依姫驚いてる。そりゃそうだ、剣速は今までの比ではなくなっている。擬音で表すなら、ブォンブォンからヒュンヒュンになった感じだ

驚きで隙ができ始めた依姫に、二日目にして初めて勝ったのであった。

 

 

〜お昼〜

 

 

昼頃になってお腹が空いてきたころ、見計らったように永琳が昼飯を持ってきてくれた。特大おにぎりだ。

 

「双也〜、そろそろお昼にしましょう?依姫も食べる?」

 

「はい!いただきます!」

 

なんか依姫嬉しそう。永琳に声かけられたから?まぁいいか。

俺は気にするのをやめ、永琳特製おにぎりを頬張る。モグモグ。

 

「それにしても、何で突然あんなに早くなったんですか?」

 

依姫が会話を切り出した。まぁ気になるよなそりゃあ

 

「(ゴックン)簡単な事さ。"木刀"と"俺"を能力で繋いだんだ。」

 

「双也さんと木刀を?何故です?」

 

「木刀と俺を繋ぐ事で、木刀は俺の身体の一部になったんだ。自分の身体を動かすのに重さは感じないだろ?つまりそういうことさ」

 

「早くも能力を使いこなし始めてるわね、双也…」

 

依姫は手のひらをポンっと叩いて納得している。永琳の声には若干の呆れが混じっている。なんだよ、俺は戦闘狂じゃないぞ!

 

「でも双也、能力の酷使はやめた方がいいわよ?霊力が膨大にあるならいいし、少し時間が経てば回復はしてくるけど、あなたの霊力は大きくないんだから」

 

そうである。いくら転生して竜神にサービスを貰ったとしても俺の霊力は決して大きくない。それこそ今のままでは永琳の半分以下だろう。まぁその為に瞑想してるんだけどね。と、そこで思い出したように永琳が会話を切り出した。

 

「あ!大事なこと思い出したわ!双也、ツクヨミ様から呼び出しがかかっているわ。すぐに行ってくれない?」

 

「え?でも依姫との稽古がまだ…」

 

「私の事ならお気になさらず。ツクヨミ様の呼び出しでは仕方ありませんしね。また明日続きをしましょう。」

 

「そうか、悪い依姫。また明日よろしく!」

 

そう告げると走ってツクヨミの元へむかった。全く、大事なことなら忘れるなよ……意外と抜けてるなぁ

なんて思って走り、気づいたらツクヨミの前。俺は正座で座った。

 

「うむ、ご苦労双也」

 

「いえ」

 

「ふむ、では本題だが…」

 

この時点で俺は薄々感づいていた。よく見ると前来た時にいた召使い的な人たちが全員いなくなっている。ということは大事な話なのだろう。

俺関連の大事な話……アレしかないよなぁ。やっぱ見切ってたか

 

「双也、お前は神であろう?」

 

「……………はい。でも自分で確証がある訳ではありません」

 

「どういうことだ?」

 

「……………………」

 

「大丈夫だ、お前が周りを混乱させまいと黙っていた事はわかっておる。故にここには我以外は誰も居らん。話せ。それとも神である我が信用出来ぬか?」

 

(………仕方ない。黙ってても埒があかないし、竜神にしてもらった神の設定についてもわからないことが多い。ツクヨミは何か分かっているようだし、素直になろう)

 

俺は転生の事と今までの顛末を全て話した。俺は隠し事が苦手なようだ。話したらなんとなくスッキリした。

ツクヨミは始終驚いた顔だったがちゃんと信用してくれたようだ。

 

「…ということです。」

 

「ふむ、双也よ 我がお前の疑問を解いてやろう。よく聞け」

 

「はい」

 

「お前はおそらく神の中でも特殊な部類、『現人神』というやつだろう」

 

「あらひとがみ?」

 

なんだそれ?漢字がよくわからないな。て言うか、前世でもそんな神聞いたこと無いんだけど?

 

「さよう。現れる人の神と書いて現人神。神と人の二面を同時に持つ者のことだ。お前は、神であるはずなのに妖怪が倒せなかったと言っていたな?それは今、お前は人間の面がむき出しになっているからだ。そして我はお前の中に僅かな神力が見えた。このことからお前は現人神だと判断できる」

 

「……現人神の事はよくわかりました。それじゃあどうやったら神の面が出て来るんです?」

 

「それは多分、こうすれば……」

 

ツクヨミは俺に向けて手をかざし、そこから何やら光るモノを放出した。瞬間、俺は自分の力が強くなっていくのを感じた。なんだこれ!?

 

「ふむ、どうやら現人神の力は霊力のようだな…神力は純粋な神にしか持てないということか」

 

「何をしたんです!?」

 

「お前の身体に神力を感じさせただけだ。通常眠っている神や神力を起こすには神力を感じさせればいいからな。」

 

なるほど、つまり今が完全に現人神になった状態か。今までの力は文字通り"半分"だったわけだ。

 

「でも何でそんな特殊な神になっちゃったんでしょう?」

 

「分からん。現人神であるお前だから言うが、実はな、現人神という存在に前例は無いのだ」

 

「………え?じゃあ何故知ってるんです?」

 

「神同士の話し合いの中で、可能性としてはあり得る存在として既存だったからだ。神と人が交わったなら、という可能性のな。だが転生者であるお前は話が別だ。心当たりは無いのか?」

 

俺は竜神の言葉を思い出してみる。すると引っかかる言葉があった。

 

他のありとあらゆる設定がランダムになってしまうぞ?

 

………そうか、そういうことか。理由はわかった。でも………

 

「そんな細かいとこまでランダムだなんて考えねぇよぉぉおおお!!!」

 

「どうした!?わかったのか!?」

 

「ハァハァ、はい 分かりました。しょーもない理由ですけど聞きます?」

 

「あ、ああ頼む」

 

 

 

〜現人神説明中〜

 

 

 

「なるほどなぁ。そんな低い確率に当たるとは、幸運と言うか不幸と言うか」

 

ツクヨミに説明した。こっちが恥ずかしくなる内容を。

つまりはだ、あらゆるって言葉の示す範囲を履き違えてたらしい。俺は身体能力とかその世界にあった力(霊力など)とか、そういう大雑把なモノだと思っていたがどうやら本当はもっとずっと細かいところまでの事だったようだ。今回の事ならば、俺は神になりたいと言った。でもそこでどんな種類、どんな力と細かく設定しなかったため全てランダムになり、現人神に落ち着いたようだ。

 

忘れてた!てへ☆

 

………竜神のテヘペロが脳裏をよぎった。殴りたい、この笑顔

ランダムなのはいいがちゃんと説明しておいて欲しい。

 

「はぁ、じゃあそろそろ失礼します。今日はありがとうございました」

 

「あ、まて双也!まだ少し話がある!お前の神の面の性質についてだ!」

 

「性質?」

 

性質ってどゆこと?どんな神かって事かな?

 

「お前の性質は『天罰神』。天罰を下すことに特化した神だ。天罰自体はどんな神でも起こすことができるが、お前のそれは他の神のとは桁違いのはずだ。それこそ我や姉様…アマテラスオオカミなどの位の高い神を遥かに凌ぐ程の天罰……

双也、力の使い方には気をつけろ。今は何故か発動出来ないようだが暴走したらただでは済まんぞ?」

 

ツクヨミが険しい顔で俺に注意…いや、警告をしてきた。コレは本当に気をつけないといけないな。稽古頑張らないと。

 

「はい、気をつけます。ありがとうございました」

 

「うむ、ではな」

 

そう言って扉を閉めた。やっと自分の正体がわかった。

でもこの先に不安も覚える。俺は暴走せずにいられるのだろうか?

いや暴走しないって気持ちじゃないといけないな

そう決意し、夕暮れに染まる町を家に向かって歩き出した。




やっと双也くんの正体が判明ですね!
天罰に関してはwikiで少しかじったのですが元々の構想と少し違うところがあって……なので「この小説の天罰はこういうものなのかー」と思って頂けるとありがたいです。
近々双也くんの現時点の設定を載せようと思います。まぁ古代編終わったあたりかなぁ。あと二、三話ですが。

ではでは。


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第四話 ツクヨミの頼み、初めての武器

少し原作設定に絡みが出ます。後の展開を想像すると楽しいかも?

ではどうぞ!


「はっ! やぁぁあ!!」

 

「くっ! おぉらぁあ!!」

 

俺が自分の能力と正体を知り、決意を固めてから早四年。

俺は未だに依姫との稽古を続けていた。

ん?展開が早い?タグを見てくれタグを。

 

「そこだ!」

 

「あっ」

 

カンッと小気味好い音がして、依姫の木刀が弾かれた。

そう、俺は毎日欠かさず依姫との壮絶な稽古を続けていた為、剣術に関しては少し依姫の上を行っていた。神という種族のポテンシャルなのか、現人神に目覚めたあの日から俺の霊力は爆発的に上昇する様になり、今では五百年生きたような妖怪をも軽く超える程になった。霊力の上昇に伴って能力で出来る事にも幅が出来、今ではツクヨミを除けば町で一番強いとまで言われるようになった。

…因みに現人神のことは二人に言ってある。帰ってきたら霊力が跳ね上がってて驚かれたので説明した。あ、転生のことは内緒でね。

 

「ま、参りました…」

 

依姫はしゅん…となって小言のように呟いた。

俺は稽古の終わりを促す。

 

「ふぅ、疲れたぁー。そろそろ切り上げようか依姫」

 

「そうですね。もう日も落ちて来ましたし、終わりにしましょう」

 

依姫に手を貸し、起き上がらせると二人で片付けを始めた。今日もいい稽古だったなぁ!

と、そこへ道場に入ってくる者が一人。

 

「すいません。私はツクヨミ様の使いの者です。神薙双也さんと綿月依姫さんですね?ツクヨミ様がお呼びですのでご同行願います」

 

「ツクヨミ様が?しかも依姫も?」

 

「はい。町でも一、二を争う強さのお二人にお願いがあるそうです」

 

おうふ、ツクヨミが俺たちにお願い? 珍しい事もあるもんだな! そんなに信用されてんのかな?あ、強いからって言ってたね。

そんな訳で使いの人に連れられてツクヨミの部屋まで来た。ん?なんか永琳までいるな。いつに無く真剣な顔だし

 

「何で永琳までいんの?」

 

「この場に必要だからに決まってるでしょ。ツクヨミ様の前なんだから私語は慎みなさい双也」

 

おう…冷たく返された…生半可な話じゃあ無いって事か。

そこにツクヨミが会話に入って来た。

 

「永琳。今回はお願いする立場なのだ、そう堅苦しくせずともよい。 さて双也、そして依姫よ、今言った通り我はお前たちにお願いがあって呼んだのだ」

 

「はい、使いの方から聞いております。私たちの力が必要だとか」

 

依姫が答えた。うむ、と言ってツクヨミが本題に入る。

 

「実はな、我々は十数年前から"月移住計画"というものを進めているのだ。最近は永琳の力を持ってしても"穢れ"を抑える事が出来なくなってきてな、穢れの無い月に移住すれば穢れから永遠に遠ざかる事が出来るということだ」

 

『穢れ』。それはつまり寿命や死の事だ。穢れについては前に永琳から聞いたことがあった。大地や自然、妖怪が発する特殊な輪廻のシステムだと。この町はそういった穢れから人々を守る為に建っている。もちろん住居でもあるが、一番の理由は穢れ対策だ。寿命を恐るなんて、現代人、ましてや一度死を体験した俺からすれば呆れた事なのだが。

 

「それがどうかしたのですか?」

 

俺が問うとツクヨミ、そして永琳までも表情を険しくした。

 

「…妖怪達の動きを観察していた兵士から連絡があっての、どうやら膨大な数の妖怪が集まって町を襲う気のようだ」

 

「なんですって!?」

 

依姫が立ち上がって叫んだ。そりゃそうだろう、町にはもし妖怪が紛れ込んだ時の為に兵器が用意してあるが、それはあくまでも紛れ込んだ時、つまり"膨大な数を相手するための設計はされていない"。もしそんな数で攻めてこられたらひとたまりもないどころじゃない、皆殺しになってしまう。

 

「それにな、妖怪達の準備の進みからして攻めてくるのはおそらく……」

 

「月へ旅立つ日にとても近い。故に私たちに残されている時間は短いということよ」

 

ツクヨミの言葉を永琳が受け継いで話した。依姫はもう声が出ないようだ。

俺はというと……俺たちが呼ばれた理由がなんとなく分かってしまった。

 

「つまり、襲ってくる妖怪達を俺たちで食い止めろってことですね?」

 

「……理解が早くて助かるの。端的にはそういうことだ。町で勇士を集い、兵士も含めた迎撃隊を作るのだが、お前たちにはその先頭に立って貰いたいのだ」

 

なるほど、攻めてくる正確な時間は分からないが、攻めてきたら直ちに出発準備&俺たちが出動、迎撃して時間を稼ぐ間に出発し、後から迎撃隊の連中も乗り込んで月へ逃げるって事か。う〜ん…

 

「大丈夫か?依姫?」

 

「わ、私は…」

 

依姫は少し震えている。無理もないだろうなぁ たくさん妖怪が迫ってきたら俺だってビビる。

震える依姫を見てツクヨミが言葉を付け加える。

 

「無理な頼みをしているのは分かっている。これはお前たちの命にも関わることだ、無理強いはせん。だが願わくばこの無力な神の頼みを聞いてはくれないだろうか?我は民を月へ導かなければならなくての、力を貸すことができんのだ。頼む…!」

 

口調からツクヨミの悔しさが伝わってくる。とても歯痒いんだろうな、どちらかしか助けてやることができなくて。

そこへ決意に満ちた依姫の声が響いた。

 

「私は…やります!やらせてください! ここで断ってしまえば、今までの稽古が意味をなさなくなってしまう!」

 

「俺もやらせてください! こういういざって時のために力を伸ばしてきたんです!」

 

俺と依姫は決意した。妖怪たちから町の人々を守り、必ず月へ送り届けると。その声を聞いて、ツクヨミは涙ぐんでこう言った。

 

「ありがとう…!お前たちがこの町にいてくれて本当によかった…!」

 

と、そこへ永琳がなにやら重そうな物を二つ持ってきた。

 

「ツクヨミ様…」

 

「ああ、そうだな。二人に受け取って貰いたい物がある。何も出来ない我のせめてもの餞別だ。」

 

ツクヨミがそう言うと永琳がそれを俺たちに一つずつ渡してきた。コレは……刀か?

 

「依姫に渡したのは『愛宕様の剣』。分かりやすく言うなら迦具土神の神殺しの火を操ることができるわ」

 

「そして双也に渡したのは『祇園の剣』。無数の剣を地より発し、神を封印する刀だ」

 

永琳とツクヨミがそれぞれ説明してくれた。つーかコレ神器って事じゃん!それ位俺たちは期待されてるんだな…これは頑張らないと!

 

「月への出発日、そして妖怪達の侵攻予想日は約二ヶ月後よ。それまでにその刀の力を使いこなせるようにし、侵攻に備えて欲しいの。迎撃隊の訓練は私が請け負うわ。二ヶ月でせめて妖怪10匹は仕留められるようにしてあげるわ」

 

永琳がドス黒い笑みで言った。あの…割と洒落になってないからその笑顔やめてくれない?この場の全員が引きつってるの見えないの?

それから俺たちは刀を操る事に専念した。まぁぶっちゃけ言っちゃうと、二、三日でほぼマスターしてしまったのだが。俺や依姫ぐらいの霊力があればまぁ妥当だろう。

ある日永琳の訓練を見てみたいと思い、訪ねてみたが……

 

「ぜぇ…ぜぇ…っ! はあぁぁああ!!」

 

「うおっ くそっ!おらぁ!!」

 

「そこガラ空きだぁ! ぐあっ、なん…だと…」

 

「ハハハハハ! 調子に乗るからだぁ!おらああ!!」

 

……地獄絵面だった。永琳は大群との総力戦を想定しているようで、迎撃隊全員参加の超乱闘をさせているようだ。

…毎日手加減なしで。元の性格はよく知らないがこれだけはわかる。もうみんな性格が荒んできてるんだけど…

 

「あら双也、来てたの?刀の方はどう?」

 

「あ、ああ。もう使えるようにはなったよ」

 

「そう、なら丁度いいわね。みんなぁ〜!今から新しい人入れるからぁ〜!よろしくねぇ〜!」

 

は!?え、ちょちょ、待って待ってホント待って!俺こん中に放り込まれんの!?この地獄に!?永琳ってキチ○イなのか!?

俺が永琳の言葉に度肝を抜かれていると、一人が叫び声を上げた。

 

「新しい獲物だぁぁあー!!みんなかかれぇぇえー!!」

 

「うぉぉおおぉおぉお!!」

 

嘘だろ!?全員俺の敵!?

永琳の方を横目で見ると爽やかな笑顔を返してきた。

…右手をふりながら。チクショウ!やるしかねぇのか!

 

「永琳覚えとけよ!!」

 

「忘れなければね」

 

俺は祇園様の剣を抜いて走って行った。結果はまぁ、ご想像の通り。

因みに俺が吹っ飛ばした迎撃隊員の治療は全部永琳がやったそうだ。目に涙を浮かべて俺を放り込んだことを後悔していたらしい。ざまぁみろっ!

そんな日々を過ごしていたある日、町に警報が鳴り響いた。

 

「緊急連絡!緊急連絡!町の外壁の向こうより膨大な妖力を感知!住民の方々は直ちにロケットへ乗り込んでください!!繰り返します!街の向こうに……」

 

町の人々は血相を変えて走っていく。と、目の前で子供が転んだ。俺は抱えて立ち上がらせた。

 

「大丈夫?痛くない?」

 

「う、うん!大丈夫!ありがとうお兄ちゃん!」

 

「ああ、じゃあね」

 

子供は急いで親の元へ駆けていく。

そして俺はみんなの方に振り向いて話始めた。

 

「みんな、よく聞いてくれ。今妖怪の大群が迫ってきている。奴らは今の子の様な小さな子、親、親戚…その沢山の繋がりを持つ者達を殺そうとしている。俺たちはこの二ヶ月、町の人々を守ると誓って鍛錬を積んできた。ならばその成果を妖怪共に知らしめる時だ!人々を月へ送り届ける為に!命をかけて!ここを守り抜こう!!」

 

「「「「おおおおおおおおおお!!!」」」」

 

俺の言葉でみんな士気を高めてくれた。 よし、これなら準備万端!最高の状態で戦いに望める!

俺は依姫に声をかけた。

 

「依姫は大丈夫か?」

 

「はい。私も心構えは出来ています。今はただ眼前の妖怪を斬り捨てるのみ!」

 

うん、大丈夫なようだ。俺はひとしきり安心すると、また心を切り替え、祇園様の剣を抜いて前を見据えた。

 

 

双也達の目にはおびただしい数の妖怪達が波のように押し寄せてくる姿が映っていた。

 

 

 




そろそろ双也くん以外の視点でも書いてみたいなーと思う今日この頃です。文才が欲しい!
双也くんの前世の東方projectの事ですが、その中に風神録は存在しません。故に早苗もいないわけで、双也くんは現人神の事をしらなかったんですねー。
補足が多くてすいません。気をつけます。

ではでは。


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第五話 裁きを下す者

有名な人妖大戦です!戦闘描写は初めてなので上手く表現出来てるか心配でなりません…。

三人称視点。

では第五話!どうぞー!


進み過ぎた科学力を持つ町の外壁より向こう、おびただしい数の妖怪達が人間の肉を求めて侵攻していた。

 

「やっとあの邪魔っけな壁の内側に居る人間たちを貪れるんだな!」

 

「ああ、ワクワクするぜぇ、絶望に満ちた顔のまま殺す時程快感なことはないからなぁ!」

 

「アッハッハ!そうだな!何人殺せるか勝負しねぇか!?」

 

「お、いいねぇ!俺はそうだなぁ……」

 

妖怪たちはこちらの気分が悪くなる様な会話を続けていた。余程人間を殺すのは手慣れているらしく、余裕があるようだ。妖怪達が歩を進めていると、町の近くに千人程の人間が立ちはだかるように待ち構えていた。双也達迎撃隊だ。妖怪達はそれを見つけると早速獲物が居たと我先に走り出した。

 

双也は怯えることなく迫ってくる妖怪の波を見据え…

 

「止まれぇぇええええ!!!」

 

そう叫び、祇園様の剣を霊力を込めて地面に突き刺した。

すると双也達の足元から妖怪達に向かって無数の刃が突き出した。妖怪達は突然の出来事に止まることも出来ず、前の方を走っていった妖怪達は無惨に命を散らした。

運良く刺さらずに済んだ妖怪達は足を止め、双也達を凝視する。

そこで双也が声を張り上げた。

 

「妖怪共ォ!こっから先は通さねぇ!人間の力を思い知れ!いくぞォ!!」

 

双也は地面から剣を抜きながら大群に突っ込んで行った。それに続いて依姫、隊員たちが攻めていく。

 

 

 

こうして人妖大戦の幕が切って落とされた。

 

 

 

双也は手始めに目の前に居た妖怪に袈裟斬りを仕掛けた。

妖怪は硬い皮膚を持つ者が多い。その妖怪も例に漏れないようで腕を使って防御をした"筈だった"

 

「そんなモンじゃあ防げねぇよ!」

 

神器である祇園様の剣は切れ味も凄まじく、刃は妖怪の腕ごと斬り落とし、胴体を深く斬りつけていた。妖怪はその場に倒れていく。と、その後ろから別の妖怪が鋭い爪を双也に伸ばしていた。しかしそれを難なく身体をそらして避け、妖怪の勢いを使って横へ切り抜いた。間髪入れず妖怪達が攻めてくる。今度は三体同時に飛びかかってきた。

 

「「「これならどうだ!」」」

 

妖怪達は声を揃えて爪を振り下ろす。双也はただただ冷静に…

 

「お前たち、俺の初撃を見てなかったのか?」

 

薄く笑みすら浮かべ、霊力を込めた剣を地へ突き刺す。すると三体の妖怪の真下から百本程の刃が突き出し、妖怪達は空中で縫いとめられた。

 

(みんな…頑張ってくれ!)

 

双也は妖怪の鮮血を浴びながらもそう願い、剣を抜いてまた群れに突っ込んでいく。

 

その後ろでは依姫が猛威を振るっていた。

 

「はぁぁああああ!!」

 

ゴウッと刀身から炎が噴き出る。それは瞬く間に広がり、十数体の妖怪を一気に包む。炎の後には塵しか残っては居なかった。

依姫の刀は『愛宕様の剣』。迦具土神の炎を操る神殺しの刀だ。噴き出る炎はあらゆるものを焼き尽くす、妖怪を屠るなど造作もない事だった。

 

「炎龍『迦具土』!!」

 

依姫が刀を横に一閃すると、龍の様な巨大な爆炎がとぐろを巻くように広がっていく。そして依姫が刀を鞘に収めたチンッという音と共に炎が弾け、大爆発を起こした。煙が晴れたあとにはただ依姫が立ち尽くすのみ。

それを横目で見ていた隊員達は思う。

 

(なんだあれ?反則級じゃねぇか!依姫様に抗えるヤツなんてこの場にいるのか!?)

 

あまりの無双っぷりに隊員たちは呆れていた。しかしよそ見をするわけにも行かない。すぐに切り替え、戦闘に集中した。

双也や依姫ばかり目立っているが他の隊員たちも決して妖怪を倒せていないわけではない。永琳による(キチ○イ)超乱闘のお陰かうまくコンビネーションして確実に数を減らしていた。

 

「お二人が頑張っているんだ!俺たちも役に立つぞォォ!」

 

「「「うぉぉぉおおお!!!」」」

 

隊員の一人が上げた叫びにより、全体の士気が上がっていく。戦いも人間側に有利な様に見えた。

しかし忘れてはいけない。相手は妖怪。しかも数ではこちらの何十倍の数。人間はいくら鍛えても妖怪を超えることは出来ない上、徐々にだが隊員の数も減ってきた。今はざっと五百人くらいしか居ない。

 

(くそっ!いくら時間稼ぎとは言っても不利過ぎる!もうみんなの限界も近い…ロケットはまだなのか!?)

 

双也がそう思った直後、町の方から炎が噴出する音が聞こえた。

 

「ッ!! ロケットが上がった!全員退避ー!!ロケットへ駆け込めーー!!」

 

双也がそう叫ぶと、残った隊員たちは時々妖怪からの攻撃を受け流しながらも退避していった。しかし、その中に依姫の姿が見えない。

 

「!? 依姫はどこだ!?」

 

双也が見つけた時には、依姫は数十体の妖怪に襲われ、受けた愛宕様の剣があまりの圧力にパキンッと折れてしまったところだった。

 

「ッ!? 剣が!!」

 

「よそ見してる場合じゃねぇぜお嬢ちゃん!!」

 

「がはっ! ぐっ、うぅ…」

 

依姫は妖怪の回し蹴りで吹き飛ばされ、木に叩きつけられた。依姫の霊力は火の多用によって底をつきかけ、最早抵抗する手段が無くなっていた。

 

「さぁお嬢ちゃん、塵にされた仲間達の仇を打たせてもらうぜぇ!」

 

「くっ、まともな仲間意識など持っていないくせにっ!」

 

「よくわかってるじゃねぇか!八つ当たりと思ってくれていいぜぇ?やっちまえ!!」

 

数十体の妖怪が一斉に飛びかかった。が、その中の誰一人として依姫に届いた者は居なかった。

 

「ぐあぁぁあ!」

 

「俺の仲間に手ェ出すな」

 

依姫の前には双也が立っていた。依姫に攻撃が届く寸前に滑り込み、間一髪で蹴りによる衝撃を妖怪達に繋げて吹っ飛ばしたのだ。妖怪たちが吹き飛んだのを確認すると、双也は祇園様の剣を鞘に収めて依姫に投げ渡した。

 

「え?」

 

「持っていけ。ココは俺が食い止める。依姫はロケットへ走れ。その刀で隊員たちや人々…永琳を…守ってくれ」

 

「で、でも双也さんが…」

 

「行け!!」

 

「っ! はい、ご武運を!」

 

依姫はロケットへ走っていった。

丁度そこへ吹き飛ばした妖怪達が集まってきた。どの妖怪も額に青筋を立てている。

 

「よくもやってくれたなぁ…お前らの所為で俺らの数も少し減っちまったぁ…」

 

「そうか、俺らとしちゃ減っていてくれないと困る。でもここからは俺が相手だ」

 

双也は炭素を大量に繋げて作った剣を手に持ち、再び戦闘を始めた。

それから数分後、

 

 

そこには地に這いつくばる双也の姿があった。

 

 

「おお?兄ちゃん大したことねぇなぁ?もう限界かぁ?アッハッハッハッハッハ!」

 

とても不快な笑い声が聞こえてくる。双也は拳を握りしめていた。だが確かに、双也には限界が来ていた。いくら現人神として霊力が膨大になったからといっても、数が数である。一人で未だに一万体以上は軽く残っている妖怪たちを相手に出来るほど双也の力は強くないし、そんな気力も残ってはいなかった。

 

(くそっ、くそっ、くそぉ!ここで終わりなのか!?こんな不快な奴らを倒すこともできずに!ここで死ぬのか!?)

 

双也が悔しさに顔を歪めている時、妖怪達の話し声が耳に入ってきた。

 

「あ〜あ、こんな事ならコイツほっといてさっきの女殺しに行けばよかったなぁ〜」

 

ピクッ

 

「それ俺も思ってたんだ!あんなゴツい男どもとかコイツとか、殺してもあんま面白くないんだよなー」

 

ピクピクッ

 

「そうそう、あの女とかさぁ、ずっと強気な感じだったじゃん?ああいうのを絶望に叩き落とした後に殺すのが一番いいんだよな!」

 

ビキッ

 

双也はスッと立ち上がった。妖怪達が少し驚いている中、双也は一言尋ねた。

 

「一つ聞く、お前たちは殺すのを娯楽か何かだと思ってるのか?」

 

「ああ?何言ってんだ?そんなん当たり前だろ?人間は弱い!俺たちより遥かにな!そんな"下等生物"を殺して何が悪い?アハハハハ!」

 

妖怪達は気付かない。双也の髪が少しずつ白くなって輝き始めていることに。

 

妖怪達は気づかない。満身創痍だった筈の双也が挙げた手に強大な力が集まっていく事に。

 

妖怪達は気づかない。双也の力が、

 

 

 

 

 

霊力ではない、別の"何か"になっている事に。

 

 

 

 

 

瞬間、話していた妖怪達に雷が落ち、一瞬で絶命させた。周りに居た妖怪達は突然の出来事についていけず、ただ立ち尽くすのみだった。

 

「殺しが娯楽…?ふざけんなよ…隊員の中には家庭を持つ者たちも沢山いた。年老いた両親を置いてまで参加してくれたヤツ、一歳にも満たない子とその妻を守るために参加したヤツ!そんな澄んだ心を持ったヤツらが"下等生物"?お前達クズの娯楽の為に死んでいった?冗談じゃねぇぞ!!テメェら全員、此処でぶっ潰す。手加減なんてして貰えると思うな」

 

双也は珍しく怒りに怒っていた。自分の大切な物を守るため、この危険な戦いに参加してくれた隊員…いや"戦友"を下等生物呼ばわりされた事、そしてそんな彼らが妖怪たちの娯楽なんぞの為に散っていった事に。

双也の目は凄まじい殺意に満ちていた。

 

「さ、さっき迄死にかけてたヤツが何言ってんだ!行くぞオメェら!」

 

双也に向かって何十体もの妖怪が飛びかかり、双也の五体をバラバラにしようと爪を伸ばした。そして確かに、妖怪たちの攻撃は双也に届いた。が、それは届いただけだった。

 

「お、お前…なんでそんな平気な面してんだ!?」

 

「邪魔だ、退け」

 

飛びかかった妖怪達は双也の腕の一振りで吹っ飛ばされた。妖怪たちの目には、徐々に上空へ上がっていく双也の姿が写っていた。

 

「お前たち一体ずつを相手にするのは面倒だ。纏めて葬ってやる」

 

双也が片手を挙げると見ているだけで震えが走るような強大な力が集まっていき、空も黒雲が立ち込めてきた。

それは絶え間なくゴロゴロと鳴っている。

 

「俺の戦友を下等生物呼ばわりしたこと、あの世で後悔しろ。

墜天『ギルティジャッジメント』!!!」

 

双也が挙げていた手を下ろすと、黒雲から超巨大な雷の束が落ちてきた。そう、まるで"天"が"堕ちてくる"ような、巨大な雷。妖怪達は成すすべなく、その閃光の中に全て消えていった。

 

 

 

 

「ハァ…ハァ…ハァ…うぐっ、くっ…」

 

双也はゆっくり地に降り立ち、荒い呼吸のまま倒れこんだ。慣れない力を使い、とうとう体力が尽きてしまったのだ。

 

(永琳たちはもう行ったな。依姫達のロケットの発射音もだいぶ前に聞こえた。依姫が俺の覚悟を悟ってくれたんだな。よかった……)

 

双也は自分達が守った者達の安否を思い、一つ深いため息を零した。

 

(でも、もう無理だな…疲れて…眠くなってきた……永琳、依姫…みん、な……じゃあ…な………)

 

双也は最後に今まで過ごしてきた友たちに別れを告げ、深い深い眠りについた。

 

 

 

 

 

 

その様子を遥か上空、"月の近く"で見つめる者が一人。

 

「双也……怒りが引き金となって目覚めたか…」

 

その名はツクヨミ。町に君臨する神であり、双也達に妖怪の迎撃を頼んだ張本人。ツクヨミは遠く離れた双也に向けて呟いた。

 

「済まぬ…双也。我はお前を見た時から、戦力になるとまるで道具のように思っていた。だがお前はそんな我の頼みを受け入れ、民を月へ送る為に死力を尽くしてくれた。この恩は決して忘れぬ…! 本当に、ありがとう、双也!」

 

ツクヨミはしばらくの間地球を見つめていた。

 

 

この言葉が当の本人に届いたかどうかは、定かではない。

 

 

 

 




は、初の4000文字オーバー……想像以上にキツかったです。他の作者さん達はこんなことをやってたの…?

次回の投稿と同時に双也くんのプロフィール?を上げたいと思います。まぁ今回の覚醒についてはタイトルで分かっちゃう人も居るかもしれませんが。

あ、忘れがちかと思うので一応言っときますね。この作品のツクヨミは"女性"です! 初登場あたりでちょっとしか言わなかったからひょっとしたら知らない人も居るかと思って。

ではでは。


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第六話 本当の神は心の中に

タイトルでお察しw

続いて三人称視点です。
どうぞ!


一面に水が張られた蒼い空間。空は晴れ上がり、その全てを水に映している。その空間のほぼ中心に双也は倒れていた。

 

「うっ、う〜ん…ん?ここは…?」

 

双也は目が覚めるとゆっくり起き上がった。なぜか背中は濡れておらず、不思議な空間に居るにも関わらず双也の心はこの一面の水の様に落ち着いていた。不思議に思って一生懸命頭を働かせて居ると、後ろから声がした。

 

「やっと起きたか。早起きなんじゃなかったのか?」

 

「うおおぁぁああ!」

 

双也は突然の声に飛び上がって驚く。声の主を確認しようと後ろを振り向くと、

 

 

 

双也に瓜二つの男が微笑みながら見つめていた。

 

 

 

顔こそ双子ではないかと思うほど似ており、服も完全に同じだった。違うところといえば、双也の髪は茶色っぽい黒であるのに対し、男の髪は白く輝いている。

双也はすぐに起き上がって距離を取り、警戒を始めた。水面には所々波紋が浮かんでいる。そんな双也の様子を見て男は言った。

 

「おいおい、そんなに警戒しないでくれよ。俺は敵じゃないぞ?つーか味方だぞ?」

 

男は両手を顔の前で振って敵意がない事を知らせようとしている。しかし双也は聞く耳を持たない。

 

(言葉で油断させるなんで誰でもできる。しかもこんな不思議な場所にいる限りアイツの手の上のハズ…ここは一発!)

 

双也は勢いよく踏み込み、男にパンチした。が、まるで軌道が分かっていたかのように受け止められた。双也は困惑した。いくら人間と言っても神を含んだ現人神。パンチでも常人が見切れる程遅くはない筈だった。

双也は次々攻撃する。パンチ、蹴り、頭突き…しかしそのどれもが簡単に受け止められ、とうとう拳が掴まれてしまった。

 

「はぁ…いい加減分かれよ"俺"。自分に攻撃なんかできるはずないだろ?」

 

今度は男がパンチしてきた。その速さは双也でも見切ることは出来ず、顔面に直撃すると思われた。が、その拳は他でもない双也の手によって防がれていた。

 

「え!?」

 

双也は再び困惑した。男は次々攻撃してくるが、そのどれもが双也の意思とは関係なく防がれていく。すると男は途中で攻撃をやめ、後ろに下がった。

 

「もう分かったろ?"いくら精神世界としても自分同士で傷つけ合う事なんて出来るはずないんだよ"。だからもう落ち着いて俺の話を聞いてくれ。割とガチで」

 

男は仕方無さそうに笑い、双也に呼びかけた。

双也は言葉を理解するのにしばらく固まっていたが、やっと理解したようで肩の力を抜いた。

 

(なるほど、ここは俺の精神世界。だから俺同士で殴り合っても防がれてたのか。あの水の波紋はちょっとした心の乱れだったんだな)

 

「その通りだ!やっとわかってくれたか!」

 

「……なんで思った事を読んでんの?」

 

「俺がお前自身だからに決まってるだろ?」

 

男…(髪が白いので白双也とする)は当然のように言い放った。それを聞いて双也もああそうだったなと納得する。まだこの状況に慣れきっていないようだ。直ぐに慣れてしまっても可笑しな話だが。

ここで双也には疑問が浮かび上がった。

 

(俺の精神世界ならなんで俺が二人いるんだ?)

 

この疑問を感じ取った白双也が口を開いた。

 

「その事なら、俺の正体と直結する。まぁ先ずは座ろうか」

 

白双也が指をパチンッと鳴らすと双也の目の前に椅子と机、その上にミス○ードー○ツの箱、そしてマグカップに並々と注がれたレモンティーが現れた。双也は唖然としていた。自分よりも心の住人の方が自分の精神世界を使いこなしていたから当然だ。

 

「……なんでこんなモンが出てくんの…?」

 

「精神世界だからな。いわば俺たちの心の中。俺たちが味わったものや触ったもの…まぁ五感で感じた物なら何でも出せるぞ?想像するのはどんなヤツでも自由だからな」

 

双也はもう呆れ始めていたが、自分の精神世界に自分が呆れるのはなんとなく悲しかったので考えるのをやめた。

ドーナツを手に取りながら白双也が話を始めた。

 

「さて、本題だけど…まぁそんなに長い話じゃあない」

 

「長くないのか」

 

「ああ、俺の正体明かすだけだし、焦らすつもりも無いし。じゃあ話すぞ。まず、お前の種族は何だ?」

 

そうして白双也は聞いてきた。その問いに双也はなんの苦もなく答える。

 

「現人神」

 

「そう、現人神。人と神が混在する存在。じゃあお前の能力は?」

 

「繋がりを操る程度の能力」

 

「そうだ。じゃあお前はその能力をどんなモノだと思ってる?」

 

白双也の質問にいまいちピンと来ない双也はだんだんイライラしてきた。それは白双也も感じ取ったようで。

 

「おお!?そんなにイライラするな!起きた時の為にちょっとゆっくりやってるだけだよ!」

 

少し焦った様に双也を宥めている。白双也はため息をついて話を再開した。

 

「はぁ…俺ってそんなに短気だったかな… まぁいいやイライラしてるし、結論から言うぞ?」

 

「最初からそうしてくれ」

 

「うっせ!お前の為なんだぞ! ……俺はお前の中に存在する神の面。所謂"天罰神"だ」

 

「………え!?」

 

双也は少なからず驚いていた。確かツクヨミは、現人神は人であり神である的な事を言っていたはず。なぜ心の中で分かれているのかと。その疑問には当然白双也が答えた。

 

「確かにツクヨミに起こされた時には一つだった。でもあの戦争の最後、絶体絶命の中でお前キレたろ?あの時にお前が無意識に能力を使い、主に人間のお前と、主に神である俺が別れた。まぁあの能力だからまた戻る事はできるんだけどな」

 

「あの時か…でもどう関係するんだ?」

 

「お前の能力は 繋がりを操る程度の能力。あの時にその遮断の力が発動して現人神の中の人間と神が別れ、純粋な神に切り替わったんだ。おそらく、アイツらを潰す為には神にでもなるしかない。そのためには、ってお前の本能が働いたんだろうな。そして俺の能力を使って見事ぶっ潰したと」

 

双也は納得していた。白双也の言い分は筋が通っている。今思い出せば、あの時使った"慣れない力"はツクヨミから放出された力とよく似ている。所謂神力だったのだろう。

そして白双也の言葉に引っかかるところがあった。

 

「"俺の能力"?」

 

白双也は今まで、繋がりを操る程度の能力のことを"お前の能力"と言っていた。その為"俺の能力"と言った白双也の言葉が引っかかったのだ。白双也は思い出したように答える。

 

「ん?そう、俺の能力。…あれ、言ってなかったっけ?神になった状態だと新たに能力が追加されるんだ。それが俺の能力。天罰神としての能力だな」

 

「新たな能力って?」

 

「新たな能力、今は俺の能力って言うけど、俺の能力は"罪人を超越する程度の能力"、そして"力を抑える程度の能力"だ」

 

「何それ?」

 

「まぁそうなるよな… 順番に説明するぞ。まず前者の能力。コレは、お前が罪のある者とみなした相手よりも、あらゆる面でとんでもなく強くなる。まぁつまりは次元の違う強さになるってことだ。天罰神たる者、罪人から反撃されたんじゃしょうがないしな」

 

「なんだそれ…チート……」

 

「そう思う気持ちも分からなくはない。でも天罰神としては妥当だと思うけどな。発動条件も意外に厳しいし」

 

双也は今回何度目になるかわからない呆れを零した。自分の事なのだが、強すぎる能力に頭を抱えていた。こんな能力をちゃんと使えるのだろうか?と。

 

「はい次、後者の能力はいわばストッパーだ。前者の能力に繋がってる。具体的には、罪人の善行の量に応じて自らの力を抑制する能力だ。毎回次元越えてたらいいことをした事のあるヤツまで殺しちゃうしな。必要不可欠な訳だ」

 

「な、なるほどな……無闇やたらには殺さないってことか」

 

「まぁ善行で抑制仕切れなかったヤツは死ぬけどね。裁判でいう死刑ってヤツだ」

 

双也はやっとこさしてすべての内容を理解した。白双也は言いたい事を全て言ったようでドーナツをパクパク食べている。やがてレモンティーも空にすると口を開いた。

 

「さて、俺が言いたかったことはコレで全部だ。あとは自由にしてくれ。頃合いだし、そろそろ起きるといい」

 

「ああ、ありがと じゃあな」

 

「自分に礼を言われてもな……じゃあな!またいつか話そう」

 

白双也は微笑んで手を振ると光になって消えていった。すると同時に強烈な眠気に誘われ、その場で倒れた。

 

 

 

 

 

 

 

精神世界から戻り、目を開けるとそこは……

 

「ん? なんか真っ暗だなぁ。あ、出口っぽいのあった」

 

洞窟の中だった。幸い出口は近かったようで外に出てみると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 

「…………はぁ!?なんでこんなでっかい国ができてんの!?」

 

そう、双也の視界にはいっぱいに広がった家や田畑、それに店、神社。まさに国が出来ていた。

驚いている双也の横の方から声が。

 

「あれは私の国だよ。そんな事より、その洞窟から出てきたみたいだけど…お前何者だ?」

 

そこにはたくさんの兵を引き連れた、大きな帽子の幼女が立っていた。

 




次回からは諏訪大国編です!
諏訪子だよ〜!みんな〜あつまれ〜!

あ、この回と同時に双也くんのプロフィール?を載せておきました。良かったらみてください。

ではでは


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設定紹介
双也"達"のプロフィール?&諸々


前のお話の影響で彼も紹介する事になりました。あとは出てきた武器と技の解説ですかね。


ではどうぞ。


〜神薙双也 (かんなぎそうや)〜

 

二つ名 :繋がれた人と神

 

種族 : 現人神(あらひとがみ)

 

能力: 繋がりを操る程度の能力

 

備考 : 物語の主人公。通り魔から友人の東風谷早苗を守って死んだが、竜神の手によって古代に飛ばされた転生者。容姿は大体中の上。髪は茶色っぽい黒色で瞳の色は黒。いつも死んだ時の服装である学校の制服(ブレザー)を着用していて、身長は大体170cm。体重は約60kg。能力の関係で現人神と神を切り替える事が出来、その神の性質は天罰神。神格化した場合(神になった時)には天罰神としての能力を新たに使えるようになり、髪が白く輝き始める。

能力では、あらゆる物質や概念を結合させたり遮断させたりすることができる。稽古の影響で主に剣術を扱う。その実力は依姫以上。そして人妖大戦を終結させた張本人。

 

 

〜白双也 (しろそうや)〜

 

二つ名:本当の天罰神 または 心の住人

 

種族:神 (双也と別れた時)

 

能力:罪人を超越する程度の能力、力を抑える程度の能力

 

備考:双也の精神世界に住まう現人神の神の部分。本当は神薙双也と同一人物だが、区別をつける為に髪の色の違いを使って白双也と言われている。白い髪を除けば双也と全く同じ容姿をしており、口調までもが同じ。でも精神世界の事をよく知っているのはこちら。人妖大戦の最後、キレた双也の能力によって人間の部分と別離し、神に切り替わった双也に能力を与えた。

能力では、前者は双也が罪のある者と認識した相手を、あらゆる面において越えることが出来る。所謂「罪人キラー能力」。身体能力だろうが程度能力だろうがこの能力の前では通用しない。しかし発動条件が厳しく、双也が、相手が罪人足り得る理由を分かっていないと発動できない。つまり当てずっぽうに罪を着せても発動しない。

後者の能力は、前者の能力に抑制を掛ける為の能力。他人には発動できない。罪人の今までの善行の量に応じて攻撃時の力を抑制する。だがいくら抑制してもダメージが無くなることは無いらしい。

表に出てくる事は基本無いが、出てきてもおそらく他人には違いが分からない。

 

 

 

武器解説

 

 

〜祇園の剣 (ぎおんのつるぎ)〜

 

備考: 人妖大戦の時、ツクヨミの餞別として双也に渡された神器でもある刀。戦争の最後には双也の手によって依姫へと渡っている。双也の願いが込められているようだ。

神器という事もあって切れ味が凄まじく、岩ですら簡単に斬り落とせるほど。霊力を込めて地面に突き刺すと、持ち主の任意の場所、向きで刃を発生させることができる。その量は込める霊力量に比例し、時には波の様に押し寄せる刃の束を発生させることもある。

その力から神の間では「神を封じる刀」と言われている。

 

 

 

〜愛宕の剣 (おたぎのつるぎ)〜

 

備考: 人妖大戦の時、ツクヨミの餞別として依姫に渡された神器でもある刀。祇園の剣と同じく切れ味も凄まじいが、襲い掛かってきた数十体の妖怪の圧力に負けて折れてしまった。愛宕、つまりは迦具土神(かぐつちのかみ)の火を操る事が出来、その火は通った後には塵しか残さない程の高温。火を顕現させたまま納刀するとその火は炸裂するようになっている。人妖大戦時はその力で多くの妖怪を文字通り塵にした。隊員達曰く、反則級である。

その力から、神の間では「神を滅ぼす刀」と言われている。

 

 

 

技解説

 

 

〜炎龍『迦具土』〜

 

備考: 人妖大戦の時、依姫が愛宕の剣を使って放った技。剣で一閃することで放たれる爆炎を、依姫を中心にとぐろを巻くように放ち、剣の機構を利用して広範囲に大爆発を起こす。大量の霊力を使う為連続では使用出来ないが、一対多の場面では大きな効果を発揮する。

因みに、隊員達を最も呆れさせた技でもある。強い的な意味で。

 

 

 

〜堕天『ギルティジャッジメント』〜

 

備考: 人妖大戦の最後、神格化した双也が妖怪たちに対して放った技。神格化していないと発動できない。積乱雲を呼び寄せ、天を覆い尽くすが如き超巨大な雷の束を落とす。

空がそのまま落ちてくるように見える程の大きさの為、逃げることは出来ない。

因みに妖怪達がこの技を食らって死ぬどころか完全に消滅してしまったのは、悪さばかりしていた所為で善行による力の抑制が全くできていなかった為である。通常、このようなことは殆ど起こらない。




いかがでしたでしょうか?愛宕様の剣はもちろん依姫の"あのシーン"から思いつきました。露骨でしたかね?

次回からはホントに諏訪大国です!
はてさて、双也くんはあの国でどう過ごすのでしょうか!?

ではでは。


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第二章 諏訪大国編
第七話 気になる未来、募る不安


今回から諏訪大国編です。いつかの後書きで書きましたが、双也くんは風神録を知らないのでココでは何もかもが初見です。


ではどうぞぉ!


〜某国 ある神社の境内〜

 

 

「ああぁぁああ〜〜…暇だなぁああ〜…」

 

私は洩矢諏訪子。この諏訪大国を治める祟り神だ。

私は今とても暇を持て余している。というのも、つい先日この国で定期的に行われる奉納祭が無事に終わり、その時に散々騒いだ反動が今になって国中に帰ってきたようなのだ。今日は休んでいる店も多く、人通りも少ない。おまけにいつも神社に遊びに来る子供達まで家にこもっている始末。暇で暇で仕方なかったのだ。

 

「ねぇ稲穂〜、何か面白いことない〜?」

 

「もう…諏訪子様!あなたはこの国を治める神なんですから、そんな子供みたいなこと言ってたらダメですよ!」

 

「あーうー…稲穂は厳しいなぁ…」

 

彼女の名は東風谷稲穂。この神社の巫女だ。今年で二十歳になる。国でも有名な美人なのだが、巫女という清楚な仕事柄だからか色恋沙汰が何もない。そろそろ後継ぎの一人くらい作って欲しいところだけど…

と、そこへ一人の兵士が駆け込んできた。

 

「す、諏訪子様!」

 

私は飛び起きて兵士の言葉に聞き入る。

 

「数年前に見つけた洞窟の神力が目覚めの兆候を示しています!」

 

「な、なんだってー!」

 

「……何故そんなに目を輝かせているのですか?」

 

「え!?別にっ!?何でもないよ!?」

 

やっと面白そうな事が来た!コレは行くしかないでしょ!

兵士が怪しそうな目で見てるけど気にしない!早速何人かで隊を編成して向かおう!

洞窟の神力は数年前に偶然見つけたモノだ。戦争で地を走り回っていた時にわずかな神力を感じて辿ったら見つけた。ただその時はまだ小さな神力だったし、戦争中で手が離せなかったので印を付けて放っておいたのだ。それからは定期的に様子を見ている。それが目覚めかけているらしい。興味を引かない訳がない。

 

「それじゃあ行こう行こう!!」

 

「…嬉しそうですね諏訪子様」

 

「そんな事ないよっ! 国に被害が出るようなら潰さないといけないんだから!嬉しいわけ無いじゃんっ!」

 

「……そうですか」

 

「お気をつけて〜」

 

稲穂が微笑みながら送り出してくれた。よ〜し、どんなヤツだろう!?

 

 

 

 

そして現在。私達が洞窟に着いたら入る直前に男が出てきた。しかもソイツは驚く私たちを尻目に なんだこりゃあ!? とか言ってる。このままでもしょうがないのでコッチから声をかけた………

 

 

 

 

 

〜双也〜

 

 

「ココは私の国だよ。そんな事より、そこの洞窟から出てきたみたいだけど……お前何者だ?」

 

横から声がした。その方を見ると、何人かの兵士を連れた大きな帽子の幼女が立っていた。

えっと、話しかけられたの俺だよね?

 

「え?えと、俺は神薙双也。よろしく」

 

「あ、うんよろしく………じゃなくて!お前は何者だって聞いてんの!そんな洞窟に居る神なんて聞いたことないんだけど!」

 

なんか自己紹介したら怒られた。ちょっとヒドイと思う。って、うん?神?……あ

 

「切り替わったままだった。え〜っと、………よし、これで戻ったかな」

 

「ッ!? 神力から霊力になった!?しかも並の力じゃない!! お前ここで何をしてた!!」

 

切り替えるのに発動しっぱなしだった能力を解いたらメッチャ驚かれた。しかもなんか警戒が強くなってない?

ここで嘘を言ってもめんどくさくなりそうなので正直に答える。

 

「えーっと、何してたと言われても、寝てたとしか言いようがないな…」

 

「ふざけてるのか!?そんなのが通用する訳ないだろ!そもそもお前の神力は数年前から感知してた。その間寝てたなんてありえない!」

 

数年前から? もしかしてひどく寝過ごしたのだろうか?精神世界にいると時間の流れが遅いのかな?

……ちょっと今の時代の事が心配になってきた。聞いてみよう。

 

「な、なぁちょっと聞きたいんだけど、今っていつのじだ----」

 

「うるさい!!コッチの質問に答えないなら力ずくで吐かせる!覚悟しろ!」

 

おおっと、少女も切羽詰まってたようだ。でも焦れったいからって攻撃するのはどうなんだろう?まぁコッチにも非はあるんだけど。

と、そんなことを考えていたら攻撃して来た。その場で足踏みしたら拳大の石が大量に飛んできた。どういう原理だよっ!

 

「おっと、ほっ、はっ、あぶねっ!」

 

「!? なに!?」

 

しかし簡単に当たる俺ではない。正直依姫の剣速に比べたら遅いほうだ。身体をそらして避けたり、手で軌道を変えたりして上手く捌いていく。…と、同時にいくつかの石つぶてを少女に繋いでいっている。コレは自主練をしていた時に見つけたカウンター法である。飛び道具をターゲットに繋げていくとカウンターのホーミング弾になる。いわば技を乗っ取っているのだ。その光景に少女は驚いて動けなくなっている。当然そこに球は飛んでいく訳で。

 

「くぅっ!」

 

なんと少女は紙一重で避けた。正直びっくりしたがまだ球は尽きていない。次々と襲いかかっていく。

 

「ふっ、よっ、やぁ!」

 

少女は球を避けたりはたき落としたりしていて意外に当たらない。でも…チェックメイトかな

ついに少女は捌ききれなくなり、球が迫ってくる。

と、ここで俺は繋がりを解いた。

 

「いたっ」

 

直前で繋がりを断たれ追いかける対象を失った球は少女の目の前で勢いを失い、頭にコツンと当たるだけだった。戦うのが目的じゃないしね、少し話せる状況にできればそれで良いのだ。

少女は何やら不満げにこちらを睨んでいる。額をさすりながら。ちょっと悪かったかな…

 

「え、えっと、ちゃんと話し合いさせてくれる?」

 

「…………わかったよ。話し合いするからウチの神社まで付いてきて」

 

なんか拗ねたような声だったがなんとか場を乗り越えたようだ。神社に連れて行ってくれるらしい。おそらく、さっき見えた大きな神社のことだろう。

あ、歩いている間に自己紹介でも済ませようかな。不機嫌なままじゃ何となく気不味いし。

 

「えと、さっきも言ったけど、俺は神薙双也って言う。君は?」

 

「……洩矢諏訪子。あの国を治めてる祟り神だよ」

 

「こんなよ…っと何でもない。気にしないで…」

 

「?」

 

あぶねぇ…とっさに「こんな幼女が!?」って言いそうになった…なんか神って意外とそういうの気にしてるみたいだし、いつかの二の舞になるところだった…

そうこうしていると神社に着いたようだ。境内では何やら巫女さんっぽい綺麗な人が手を振っている。

 

「おかえりなさ〜い!」

 

「ただいま稲穂…」

 

「ほーう、綺麗な巫女さんだな諏訪子」

 

「!! そうでしょそうでしょ!?稲穂は可愛くて聡明で家事万能の完璧な子なんだよ!!」

 

「す、諏訪子様、恥ずかしいです…」

 

巫女さんの事を言ったらすごい勢いで機嫌が良くなった。これで話が変な方に行くこともないかな?

俺は諏訪子の機嫌が良くなったことに少し安堵すると巫女さんの方に向き直った。なんか誰かに似てる気がするな…

 

「いきなり変なこと言って悪かった。俺は神薙双也だ。よろしく」

 

「あ、いえいえ!お気になさらず!私は東風谷稲穂と申します。よろしくお願いします!」

 

…え?こちや!?もしかして早苗と何か関係でもあるのか!?…いや、字が違う可能性もある。聞いてみるか。

 

「あの、こちやってどういう字?」

 

「え?えと、"東"に"風"と"谷"ですけど…それが何か?」

 

「い、いや、気になっただけ。何でもないよ…」

 

おいおい、字まで一緒だったんだけど…じゃあ何?この人が早苗の祖先ってこと?確かに早苗に似てるけどココって東方projectの世界なんだよな?それなら東方に関係する人達と出会う筈だと思うんだけど…なんで早苗の祖先がいるんだ?

俺が自分の持っている情報との食い違いに戸惑っていると諏訪子が声をかけてきた。

 

「そろそろ中に入って話そうよ。 双也だっけ?お前に興味が出たんだ。さぁ早く!」

 

ということで居間。丸い机を俺、諏訪子、稲穂で囲んでいる。諏訪子から話を始めた。

 

「まず双也、お前は何者?神力も霊力も持っているようだし、少なくとも人間じゃないのは分かってるよ」

 

「ああ、初めはその質問を勘違いして悪かった。俺は神と人間の両方の性質を持つ現人神だよ」

 

「神と人間の両方!?そんな人が存在するんですか!?」

 

「……まぁ俺がそうだからね、存在はするよ」

 

稲穂がものすごい驚いている。存在がどうこうって言葉にちょっと引っかかりがあったけどまぁ良いとしよう。

諏訪子は納得した様な顔をして何かを呟いている。なんか知ってそうだな…

 

「そうか、双也があの時ツクヨミ様の言っていた……」

 

「諏訪子?」

 

「ん?何?」

 

「今度は俺から質問するぞ?」

 

「あ、うん。どうぞ?」

 

諏訪子は顎に添えていた手を離し、こっちに向き直った。

それを確認してから俺はずっと密かに心配していた質問をする。

 

「今っていつの時代だ?」

 

「……そうだね、双也はツクヨミ様を知ってるよね?」

 

「え?あ、ああ、一応知ってるがそれがどうしたんだ?」

 

諏訪子が、俺とツクヨミが面識があるのを知っている事に少し驚いた。諏訪子は言葉を続ける。

 

「ツクヨミ様が、遂に現人神を見つけた、と言って神の議会を騒然とさせたのが今はもう昔の話…。双也がツクヨミ様の言っていた現人神だったんだね」

 

「…え?昔?どういうこと?」

 

俺は諏訪子がツクヨミとの事を知っていた事には納得していた反面、昔と言う単語に少しの不安感を抱いた。もしかして…寝過ごしたなんてレベルじゃない…?

 

「ツクヨミ様は言ってたよ。その現人神は我々が月へ移住するときに真っ先に妖怪たちに切り込み、そして死力を尽くしてとんでもない戦火を上げたって」

 

俺の不安は大きくなっていく。コレは……ヤバいな…

 

 

 

 

 

 

「双也、お前が人妖大戦で妖怪を皆殺しにしてから………もう一億年は経ってるんだよ」

 

 

 

 

 

 




伏線ぽくない伏線。正直、私自身物語の方向性がわかっておりません。何だか変な事になっちゃうかも………

分からない事があれば質問してください。物語上で判明している事ならお答えしますので。


ではでは。


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第八話 現状把握

まさかの元旦での投稿w
みなさんあけましておめでとう御座います!今年も双神録頑張っていきます!

もう完全にお決まりの展開ですね。もっとオリジナリティがあったほうがいいかな……


それでは、始まりぃ〜!


「双也、お前が人妖大戦で妖怪を皆殺しにしてから…………もう一億年は経ってるんだよ」

 

 

 

 

 

 

諏訪子の口から放たれた衝撃の事実。それを聞いて俺は……

 

「………きゅうぅ」

 

「ああ!双也さん!?お気をしっかり!」

 

目の前が真っ白になった。ていうか気が飛びそうになった。一億年!?なんでそんな歳月を一瞬にして超えちゃってるんだよ!

そう自分にツッコミを入れる中、またしても疑問が出てきた。しかも今度は幾つか一気にだ。

 

「……本当に一億年経ってるならなんで俺は生きてるんだ?現人神っていうのは人間でもあるんだよな?」

 

「それについては私も考えてたんだけど…思い返してみれば、双也は最初に出会った時神力を持ってたよね?て事は神格化してたって事だから、一億年寝てても大丈夫だったんじゃない?」

 

そういえばそうだった。俺は起きてから現人神に戻ったから最初は神力を持ってたな…ん?待てよ?もしかして大戦の最後に戻ってから倒れてたりしてたら俺はずいぶん昔に死んでたってこと?…………ちょっと複雑だけど運に助けられたって事か。よかった…

俺が次の質問をしようとした時、意外にも俺が疑問に思っていたことを諏訪子が口に出した。

 

「ずっと気になってたんだけどさぁ、双也は何でそんなに霊力高いの?私に匹敵するどころかもう超えてるんだけど…」

 

「あ、俺もそれを気にしてたんだ。起きたら霊力が百倍近くになってるし、諏訪子なら何か分かるんじゃないかと思ってたけど、そうでもないのか」

 

「当たり前だよ。いくら神って言っても全知全能じゃないんだし、強いて言うならイザナギ様とか…あと龍神様くらいだよ。そんなのは」

 

竜神と聞いて反応しそうになったが、押し留めた。知られたら面倒ごとになるに決まってる。

と、その事は頭の片隅に追いやって、霊力が増した理由について考え始めた。諏訪子達も首を傾げている。

 

(霊力……高めるには瞑想が一番だったけど…そもそも寝てたんだし瞑想なんて…)

 

俺は寝ている間に話していた白双也の言葉を思い出した。

"起きた時の為にちょっとゆっくりやってるだけだよ!"

そう言っていた。あの時はゆっくりと言うより自分の情報を振り返る様に細かくやっていた。

…………細かく、振り返る?

 

「あ〜う〜、やっぱりわかんない!コレは双也自身で考えるしか無いんじゃないの?……双也?」

 

「…あ〜、わかったかも諏訪子。多分俺は寝ている間、ずっと瞑想してる様な状態だったんだよ」

 

「瞑想?確かに力を高めるには一番効果が高いけど、寝てたんでしょ?それとも夢でなんかあったの?」

 

意外にも諏訪子は核心に近いことを言ってきた。流石は神、その勘は並じゃ無いってことか。

俺はそう思いながら諏訪子達に精神世界であった事を説明した。ついでに能力の事も。流石に天罰神の能力については引きつっていたが、なんとなく納得したようだ。

 

「ふ〜ん。つまり、その白双也が双也自身の事を振り返る様に質問してたお陰で、自分を見つめ直す様な瞑想の形になって、一億年の間力が上昇し続けたってことね。感謝しなきゃ、白双也に!」

 

「自分に感謝してもな……まぁそうだな。いつかまた精神世界に行けたら言っとくさ」

 

諏訪子は完全に理解したようで、よかったね!って感じで笑みを向けてくる。よし、霊力の事は片付いたな、次だ!

俺は浮かんできた疑問の中である意味最も心配していた事を聞いてみる。

 

「なぁ諏訪子、一億年前に俺やツクヨミが住んでいた町の行方については何か知らないか?」

 

そう、町がどうなったか。あの後は完全に廃墟になったとはいえ、あの技術だ。今のこの国を見るに受け継がれてはいないようだが、やっぱり気になる。

しかし案外あっさりと、諏訪子の口から答えが出てきた。

 

「ああ、あの町?アレなら昔この星に大きな隕石が落ちた時に消えてなくなったよ。なんか狙ったように町の真上だったけどね」

 

「い、隕石?」

 

地球の歴史の中で思い当たる節はあった。恐竜の絶滅の原因になったと言われる隕石。狙ったようにってのは気になったが、おそらくツクヨミか誰かが仕向けたんだろう。ツクヨミだってバカじゃない。あの技術が後世に残ったらマズイ事くらい分かってるだろう。あのまま技術が進み続けたらいつか人間自身が技術に依存して衰え、そして絶滅してしまうだろう。それは人間にとっても神にとっても避けなければならない。神たちがそういう事の分かる奴らでよかった。

話に一区切りついたところで、話に付いて行けなくてず〜っと黙っていた稲穂が俺にとってはとても重要な質問をしてきた。

 

「と、ところで双也さん!今夜の宿はどうするおつもり何ですか?」

 

「あ!忘れてた!そういや泊まる場所ないな…まぁ頑張れば野宿でも行けるけど…」

 

「それはダメです!!現人神と言っても双也さんの身体は人間なんですから!ちゃんと安心できる場所で夜を明かすべきです!」

 

野宿でも大丈夫と言ったら、俺が仰け反ってしまうくらいに稲穂が身を乗り出してダメと言ってきた。早苗に似てやっぱりお人好しだな。いや、早苗が稲穂に似てるのか。取り敢えず体制が厳しいから戻って欲しい。

と、この会話を聞いていた諏訪子が驚きの発言をした。

 

「あ!じゃあさ、ウチに住めば良いんじゃない?」

 

「「……………え?」」

 

俺と稲穂は声を揃えて言った。え?こいつ本気で言ってんの?出会って間もない俺を自分家に泊めようとしてんの?ちょっと普段の生活が心配になってくる。

 

「モチロンただってわけじゃないよ!双也は起きたばっかりだから知らないだろうけど、今の時代はね、戦争に勝つことで土地や民を増やしてるんだよ。私はあんまり得意じゃないからそんなにやらないんだけど、最近戦争を申し込まれる事も多くてね…断るわけにもいかないし、困ってたんだ」

 

「……………それで?」

 

「双也にはそういった戦争の時に出張って戦果を上げてもらうよ!働かざるもの食うべからず、それを条件に住まわせてあげる。それだけの力と功績があれば戦力になる事間違いなし!国も安泰!万々歳!」

 

満面の笑みで万歳して飛び跳ねる諏訪子。正直可愛い。

最初は複雑な顔をしていた稲穂も今は納得したように頷いている。ホントにそれでいいのか?年頃の女性だろう?

そうしてなんやかんやで話は進み、結局俺が折れて承諾する事でこの話し合いはお開きになった。

ふと思った事だが、戦争があるまで俺ってする事無いのかな…?……いや、そんな事はないか。そうだとしても何か手伝おう。

そのあとは、稲穂に勧められたので風呂に入る事にした。一億年の間寝ていたのではきっと汚れが溜まっているだろうから、だそうだ。ふむ…きっと稲穂は良い妻になるだろうな。

 

「いいですか諏訪子様!神様ともあろうお方がそんな事をしていては民に顔向けできませんよ!!」

 

「あ〜う〜…ごめんなさいって稲穂〜 許してよ〜…」

 

風呂から上がるとなんだか騒がしい。諏訪子が怒られているようだ。神に説教する稲穂もすごいと思う。ってそうじゃなくて。

 

「どうしたんだ?」

 

「あ!双也さん聞いてください!双也さんがお風呂に入ってる時に諏訪子様がイタズラしようと入り込もうとしてたんです!双也さんからも何か言ってください!」

 

「許してよ稲穂〜!もうしないってばぁ〜!」

 

「それは私じゃなくて双也さんに言ってください!」

 

どうやら俺が風呂に入ってる間に何かイタズラを企んでいたようだ。まぁ何も起こってないからいいんだけど。

 

「まぁまぁ稲穂、結局未遂で終わってるんだからもういいよ。もう夜だし、あんまり怒鳴らないほうがいい」

 

「双也ぁ〜!」

 

俺は走ってきた諏訪子を手で止めると笑顔で言い放った。

 

「でも諏訪子、次ホントに何かやらかしたら……」

 

 

 

天罰下してやるからな♪

 

 

 

諏訪子の笑みは一瞬にして恐怖に塗り変わった。後ろで稲穂も苦笑いしている。コレでもう何かされることはないだろう。

その夜。俺は割り当てられた部屋でふつーに寝たが、諏訪子は俺の笑顔が心底怖かったらしく、稲穂と一緒に寝たそうだ。次の朝には満面の笑みで起きてきた。意外と単純なんだな。

 

 

そうして諏訪大国での新しい生活が始まった。

 

 




私は諏訪子のファンではありませんが、笑顔で万歳して飛び跳ねる諏訪子を想像したらとても可愛かったですw

諏訪子のセリフで「龍神」と出てきましたが、変換ミスではありません。私は投稿前に何度か読み返すのでそういうミスはほぼ無いと思ってください。もしそんな所があったら何かあるという可能性も……?

ではでは。


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第九話 諏訪での楽しき日々

最近は部活やら何やらがいっぱいで大変です…
フラグっぽいのがありますが、まぁ誰かは分かるでしょう。

前半は双也、最後の方は三人称視点。

ではどうぞっ!


…刃が交わる音がする。戦う者達の活気の満ちた声が響き、土煙が舞い上がる。

 

「うぉぉおおお!!」

 

俺の前に男が現れ、剣を振りかぶる。しかしそれは俺に当たることなく"腕ごと"中に舞い上がる。振り下ろす前に手に持つ刃で斬り上げたのだ。

 

「悪いな」

 

そう言い残して、俺はまた争いの続く場所へと駆ける。

…そう、俺は駆けている。未だ戦いの続くこの"戦場"を。

 

「な、なんだお前は!!?」

 

「ただの居候さっ!」

 

相手国の兵士が集まっているところに空から強襲し、霊力弾を降らせながら、致命傷にならない位置を切り抜いていく。

この青白い刃は『結界刃』。君たちは俺が炭素を繋げて剣を作り出した事があるのを覚えているだろうか?あの時は単に硬いものを作りたかったので炭素にしたが、よく考えてみると"霊力同士"を繋げてしまえば簡単に作れる事を思いついた。

因みに結界刃は自由な形で発動できる。今の様に剣にもできるし、ゲームでよく有る剣閃みたいにも出来る。要は自由自在って事だ。

 

「隙ありぃ!!」

 

「甘いな、そらっ!」

 

俺が敵を斬っていると、横から若い兵士が袈裟斬りをしてきた。正直死角でも何でもない。慌てずに"兵士の剣を斬った"。

 

「えっ ぐあっ!」

 

俺は驚いている兵士の横腹を斬って蹴りで吹っ飛ばした。

実はこの結界刃、結合と遮断を同時発動出来ることを用いて"原子結合を遮断する"という能力を掛けてある。鉄製の剣を斬るなんて造作もない。

 

「ここは通さんぞ妖怪ぃぃ!!」

 

「失敬なっ!!妖怪じゃねぇよ!!」

 

俺を妖怪と間違えたらしい敵国の兵士が集まって矢を大量に放ってきた。全部は斬り落とせないので、新しく覚えた技を使う。

 

魂守りの張り盾(たまもりのはりだて)

 

俺はかざした手の前に霊力を展開する。その霊力の膜に当たった矢はことごとく斬り裂かれ地に落ちていく。

 

「なにぃ!?」

 

「敵から目を離しちゃあダメだ!」

 

俺はすぐさま近づき、いつかの様に蹴りの衝撃を繋げて吹き飛ばした。

魂守りの張り盾は結界刃の応用だ。霊力を展開し、それに触れた物から次々と結界刃を発動して切り裂く。ただの盾で受け止めるのが大変なら斬ってでもして勢いを無くせばいい、と言う考えから出来た技だ。

 

「そこまでだ!よくも我が国の兵を殺したな!」

 

「いや殺してないよ、急所は避けて斬ってるし」

 

なんだこの国の民、勘違い多過ぎだろ。洞察力皆無か?

と一瞬気が抜けかけたが出てきた男をよく見てみる。おお、そこらの兵士よりも数倍はれいりょ……ん?神力?まぁいいや。けっこう高いな。敵さんの大将ってとこか。

 

「おお…!ワカヒコ様が出て来られた!あの男も終わりだな! これで我が国のしょうグボァ!」

 

「うっさい、ちょっと黙れ」

 

さっき吹き飛ばした兵士の一人が気に触る事を言ったので軽い霊力弾を顔面にぶつけてやった。

まぁ敵さん達が興奮する気持ちも分からなくはない。ワカヒコと呼ばれる男の神力はかなり大きい。きっと自国で無双してきたんだろう。敵さんの切り札って訳だ。

 

 

 

 

 

………まぁ人間相手に無双してても俺に敵う理由にはならないけどね

 

 

 

 

「お、お主…何故そんなに霊力が上がっていくのだ!?」

 

「ん?そんなの、今まで抑えてきたのを解放してるからに決まってるだろ?」

 

俺は当然の様に答える。霊力が大き過ぎるから抑える練習をした方がいいと諏訪子に言われたので、まだ完全では無いが抑えていたのだ。抑えを解いたら溢れてくる。当たり前だね。

ワカヒコの顔はどんどん曇っていく。他の敵兵達も不安に駆られているようだ。

 

「ええい!一撃できめる!喰らえ!

天之羽々矢(あめのはばや)』!!」

 

ワカヒコの手の弓に神力が集まっていき、神力の渦を巻きながら放たれた。ワカヒコの最大の攻撃だろう。俺はもう片方の手にも結界刃を作り出し、静かに見据えて……

 

「はぁぁああ!!」

 

上空へ弾き返した。ワカヒコの矢は雲を突き抜けて飛んで行く。今度は俺の番だ!

 

「旋空!」

 

俺が刃を振ると、剣圧が空気を媒体に繋がってワカヒコを切り裂いた。

旋空は俺が前世で好きだったワー○ドトリ○ーの技の一つ。まぁ原作と違って単純に斬撃範囲が広がるわけじゃないが…まぁこの際いいとしよう。

ワカヒコはその場で倒れた。

 

「俺たちの勝ちだな」

 

「ふっ、我々に勝ったところでいつかは大和に負けるのが落ち。遅いか早いかの違いよ…」

 

「そうか。じゃあな……!?」

 

俺がワカヒコから目を離して振り返ろうとした瞬間、倒れていたワカヒコの心臓に先程の矢が落ちてきた。しかも初めよりも強い神力が宿っている。ワカヒコはこの一撃で死んでしまったようだ。殺すつもりはなかったのに…

俺は空を見上げ、気配を探るが何もない。いつもの晴れ晴れとした空だった。俺はワカヒコの言葉にも不安を覚えながらも諏訪子達の待つ諏訪大社へ戻った。

 

 

 

 

 

〜諏訪大社 境内〜

 

俺が神社に戻ると諏訪子達が祝勝会の準備をしていた。

 

「あ、お帰りなさい双也さん!もうすぐ準備が出来ますので少々お待ちください!」

 

「お疲れ双也〜!いやぁ初参戦にしてこの戦果は流石だね!私の目に狂いは無かった!」

 

「住み始めてたかだか一週間で仕事が来るとは思ってなかったけどな」

 

そう、俺がこの神社に住み始めて一週間。戦争なんてそうそう起こる事はないと思っていたがとんだ間違いだった。なに?そんな頻繁に戦争やってんのこの時代?ちょっと落ち着けと言ってやりたい。

 

「ねぇ双也〜」

 

「ちょっと落ち着け」

 

「え!? 何が!?」

 

「おっと悪い。今の忘れて」

 

心で愚痴を言ってる時に突然声かけるから諏訪子に言ってしまった。諏訪子はハテナ浮かべてるけどそのうち気にしなくなるだろう。意外と単純だし。

で、何を言いかけたんだろ。

 

「んで何 諏訪子?」

 

「え、えとさ!今回の戦争中に霊力解放したのを感じたんだけど、そんなに強かった?アメノワカヒコって」

 

「いや、周りがうるさかったからちょっと本気出しただけ。………あそうだ、ワカヒコのことちょっと聞かせてくれないか?もう終わったけど、相手の事は知っとかないとな!」

 

そうか、みんなワカヒコ様って言ってたけど本当はアメノワカヒコって言うのか。諏訪子は国の主と言う事で戦争を仕掛けてきた者の事も分かる。しかも神力を持っていたからワカヒコも神なんだろう。諏訪子に聞けば分かると思ったのだ。

 

「ん〜、終わったんだから知らなくても……まぁいいか。いいよ、教えてあげる!」

 

「ああ、よろしく」

 

諏訪子は少し納得していなさそうだったが仕方ない様な顔をして教えてくれた。

 

「アメノワカヒコはね、元は大和の国のアマテラス様に仕える神だったんだよ。でもある日仕事を任されて出かけたあと、8年間もアマテラス様の下に戻らなかったんだ」

 

「なんで?」

 

「シタテルヒメって人に惚れて仕事を放棄したんだよ。要は神による駆け落ちだね。私も正直バカみたいって思ったよ」

 

「………結構しょうもない理由だな。最近思うけど、神って人間よりも人間臭いよな。思った事をすぐに実行するとかさ」

 

俺は諏訪子を見て言った。諏訪子は祟り神。民が信仰していなければ祟りを降らせる神だ。今まではそんな事したことないようだが、もしやったら簡単に人は死ぬ。そして諏訪子はそれを気にも留めないんだろう。諏訪子は優しい。でも性格よりも性質が問題なのだ。神ってのはそういうモノなんだと思う。

 

「それでそのシタテルヒメ? と国を築いてこの諏訪に攻めてきたと。死人を悪く言いたくないがバカだなアイツ」

 

「うん。民は主に似るようでね、あの国の民はよく勘違いをするって聞くよ」

 

おうふ、あいつらがよく勘違いするのは洞察力云々じゃなくて主が問題だったようだ。まぁその民達も今は諏訪の住人だから少しはマシになると思いたい願いたい。

……ワカヒコのトドメになった矢については黙っておく事にした。諏訪子も全知全能じゃないって言ってたし、無駄に話をめんどくさくするだけだ。

ここで準備が終わったようで、稲穂が最後の料理を持ってきた。

 

「は〜い、準備ができましたよ〜!皆さんもそろそろ出てきてくださ〜い!」

 

ん?今襖の方に向けて言ったよな?誰か居んの?

 

「あの稲穂、そっちにゃ誰が----」

 

「は〜い、わかりやしたぜ稲穂さん!今いくぜ〜」

 

「おお、美味そうな料理!これ全部稲穂さんが!?」

 

「おお〜い、酒はどこだ〜?酒がねぇと始まんないぜ!」

 

……ゾロゾロと兵士たちが入ってきた。あいつら待機してたのか?しかもなんかデレデレしてるし。稲穂って凄いな、この国の男牛耳れるんじゃなかろうか?

と言うことで諏訪子や稲穂、俺とその他兵士諸々、後から来たワカヒコの国の民も集まって祝勝会兼仲直り会をした。要は宴会だ。

 

「ほらほら〜旦那も飲んでェ〜!」

 

「ちょ待てって!それお神酒だろ!?度数が洒落にならグボガボッ!」

 

「あはははは!!双也が潰れたぁ〜!」

 

「まだ潰れ切ってません!私の酒も飲んでください〜!」

 

「ガボボグボガボボッ!」

 

おいおい、みんな顔真っ赤にして酔ってるじゃん!稲穂なんかヤバい量のお神酒持ってきたよ!?遮断の力でアルコール分解してなかったらアルコール中毒で死んでるよ!!

 

楽しい宴会は明け方まで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

〜ある国 神々の間〜

 

「ふむ、アメノワカヒコが諏訪に負けたようですね。よかったのですか"タカミムスビ"?あの弓と矢はあなたが与えた物でしょう?」

 

「だからこそですよ"アマテラス様"。もともとはこの国に尽くす為に与えた物。しかしあやつは使命を忘れるどころか弓と矢の力で国を築いてしまった。当然の報いです」

 

「う〜ん、仕事で出会った女と駆け落ちなんて、とても感動的だと思いますが…」

 

アマテラスと呼ばれた神は、どうやらアメノワカヒコの事を怒ってはいないようだ。若干観点がズレている気もするが。一方タカミムスビと呼ばれた神は怒っているようで、駆け落ちなど言語道断!という心構えらしい。

そこへ別の神が会話に参加した。

 

「まぁまぁ、気を鎮めなさいタカミムスビ。もう手は打ったんだろう?もう気にする事ではない。今は諏訪のことだ」

 

「そうですね。よく言ってくれました"タケミナカタ"。もう攻め入る準備は出来たのですか?」

 

タケミナカタと呼ばれた神は静かに首を横に振った。

 

「いいえ、まだ兵の訓練が終わっていません。恥ずかしながら、あまり進みが良くなくて…もう少しかかります」

 

「…まぁいいでしょう。私達にとってはほんの一瞬ですし。あ、あとタケミナカタ?アメノワカヒコを破った"人間"についてはどうです?」

 

「アマテラス様!その事についてですが、そやつの相手、このタカミムスビに任せては頂けないでしょうか」

 

アマテラスの言葉に反応したのはタカミムスビ。アマテラスは突然の提案に理由を求める。

 

「…なぜです?」

 

「もともとは我が与えた矢。神力のこもった矢をその人間は跳ね返した。どんな人間なのか見てみたいのです」

 

アマテラスはしばし考えると、ゆっくり口を開いた。

 

「今回の戦いの指揮はタケミナカタです。判断は彼女に任せます」

 

「分かりました。ではタカミムスビ、報告は後でする。私は稽古があるのでこれで失礼します」

 

タケミナカタはそう言い残すと部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

新たな災厄が、諏訪の国に迫っていた。

 

 

 

 

 




双也くんが放棄してしまったので旋空について私が解説します。
想像としては、原作の旋空の形で、"伸ばした切っ先の部分"と"本体"との間の刀身がない感じのものだと思ってください。つまり相手との間に障害物があっても斬れるって事です。 分かりにくいですよね? 私も説明が難しくて困ってます。ゴメンなさい…

ではでは。


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第十話 買い物帰りの制裁、戦いの兆し

はい、諏訪での閑話第二回ですね。
やっぱり同居人との交流は大事だと思うんです。

それでは!どうぞっ!


初仕事から一ヶ月。俺はもはや朝の日課となっている瞑想を終えて机の前にいる。目の前には食欲が掻き立てられるような香りの料理が並んでいる。

 

「「「いただきます!」」」

 

手を合わせ、声を揃えてそう言って食べ始める。稲穂の料理は永琳並みに美味い。まぁ稲穂の料理の方が、俺としてはある程度知っている物なので、安心感は別物だが。

 

「なぁ諏訪子。何でも知ってるわけじゃないのを承知で聞くけど」

 

「何? 私が答えられる様なのにしてね?」

 

「ま、まぁ……えと、俺の寿命って今どうなってんのかな?起きた時は神格化してたからいいけど、今はどっちかっていうと人間に近いよな?」

 

俺が密かに心配していたこと、寿命。神がとても長生きなのは知っている。でも俺は半分しか神ではない。そうなるとどっちの寿命に合わせることになるのだろうか?

せっかく神に転生したんだからすぐに死ぬのは御免こうむりたい。

 

「ん〜寿命かぁ…よくわかんないけど、双也は現人神だけど、完全に神にもなれるんだよね?それなら多分神としての寿命に沿うことになると思うなぁ。双也は信仰も必要ないし」

 

「ああ、確かに信仰は必要無いですね。と言うより、信仰を得られる事がまずあり得ないですね」

 

なんで?と口に出かけたがよく考えてみるとそうだ。俺は天罰神。人々に恵みを与えるどころか罰を与える神だ。誰だって自分たちに害をもたらすヤツを信仰したりしないだろう。俺は信仰とは無関係ということだ。

心配ごとが一つ減った気がした。

区切りがついたところで稲穂が思いついた様な口調で俺に話しかけた。

 

「そうだ、双也さん!また買い出しを手伝ってくれませんか?そろそろ食材が尽きそうなんです」

 

「ああ、いいよ。荷物持ちは任せてくれ」

 

「はい。お願いします!」

 

稲穂はニッコリ笑って言った。俺はこの一ヶ月、度々稲穂の買い物に付き合っていた。居候だし、なんか手伝いたかったのだ。これで三度目くらいになる。まぁたまには町に顔を出したいというのもあるが。

ということで出かける準備。外に出るともう稲穂が待っていた。

 

「よし、お待たせ。じゃあ行こう」

 

「はい!」

 

「いってらっしゃ〜い!」

 

境内で諏訪子が送り出してくれた。なんかニヤニヤしてる気がするけど、なんか言ってきたらゲンコツでも食らわそう。

店に着くと稲穂はテキパキと食材を選んで買っていった。食材を吟味するのにも数秒しかかからない。稲穂の家事スキルって相当なんだな。度々驚かされる。

 

一通り買ったら休憩ということで団子屋さんに寄った。

もちろん頼むのはみたらし団子。前世からの好物だ。俺の中ではこれ以外考えられない。稲穂は普通の団子を頼んだようだ。

 

「おお、この団子美味い!今まで食べたこと無いくらいだ!」

 

「フフッ そうでしょう?ここは町に来た時にはよく寄る行きつけのお店なんです。店主さんもいい人なんですよ」

 

「いやぁ稲穂さんには世話になってます!なんたって稲穂さんが店にくるだけでいつもの三倍くらいは客が来るんですからね!」

 

会話が聞こえたらしい店主さんが出てきて言った。確かに人が良さそうな顔をしている。これなら普段でも繁盛していそうだ。

そして振り返ると"いつもの三倍分の客達"がこっちを睨んでいた。なんで?

その様子を察したらしい店主さんが耳打ちをしてきた。

 

「多分、旦那が稲穂さんと一緒にいるから目の敵にしてるんだと思います。ほら、稲穂さんかなりの美人でしょう?この国にゃ稲穂さんに憧れるヤツも少なくないんですよ」

 

それを聞いて納得した。じゃあこいつらストーカーって事か?稲穂が恋人を作らないわけだ。みんな下心丸出しだもんな。よく見ると稲穂も気不味い顔してるし。

……一言言ってやるか。

 

「なぁお前らさぁ、人の迷惑も考えられないのか?」

 

「「「あぁん!?どーゆー意味だゴラァ!」」」

 

「お前らが付きまとってる所為で稲穂が困ってる事にも気づかないのかって言ってんの。お前ら稲穂に憧れてんだろ?好きなヤツの気持ちくらい考えてやれよ。それで困らせてんじゃ本末転倒だろ?」

 

好きな奴がいたらまず第一はそいつの気持ち。そいつを想ってるなら尚のこと自分が困らせてはいけない。コレって普通じゃないか?

 

「るっせぇ!ポッと出の脇役が!俺らはテメェの何倍も稲穂さんのことを分かってるんだよ!口出すんじゃねえ!」

 

「それが自己満足って事にもいい加減気づけ。あと口調が不良みたいだぞ。直した方が稲穂にも好印象なんじゃないか?」

 

ストーカーたちはどんどん青筋が深くなっていく。店主さんもここでは騒がれたくない様で少し苦い顔をしている。

ふぅ、しょうがない。俺は少し霊力を解放して薄く広げた。

稲穂が少し心配そうな視線を向けてくる。霊力を感じ取ったのだろう。

 

「そ、双也さん?」

 

「心配すんな稲穂、乱暴はしないさ。ただちょっと、口で言ってもわからなそうだから」

 

「何だとゴラァ!!」

 

「お前ら、ちょっと頭冷やしてこい」

 

俺はそう言うとかざした手のひらをグッと握った。するとストーカーたちはドサドサと倒れていった。周りの人は驚いた顔をしている。

 

「だ、旦那…何をしたんです?」

 

「ん?いや、ただ気絶させただけだよ」

 

そう、気絶させただけだ。間違っても殺してはいない。

広げた霊力を媒体に遮断の力を奴らに繋げ、間接的に意識を遮断したのだ。少し複雑な技なので咄嗟には使えない。

 

「悪い店主さん。騒がせちゃったな。また来てもいいか?」

 

「え、ええ…そりゃ構いませんが、出来れば今みたいのは今日限りにして下さい…」

 

「ああ、そうする。ホント悪かった」

 

俺は荷物を持ち、稲穂の手をとって店を出た。ちょっとやり過ぎたと後悔している。帰り道、稲穂にちょっと言っておこうと思い、声をかけた。

 

「稲穂、さっきみたいな奴らよくいるのか?」

 

「まぁ…はい。私に何かする訳でもありませんし、好意を向けてくれているのは分かっています。そんな方々を私から突き放すのはなんとなく気が引けてしまって…」

 

やっぱりな…あいつらのセリフだとよくつきまとってるってのは予想してた。それで稲穂が何も言えずにいるんだろうって事も。やっぱり稲穂の家系は他人に対して優しすぎるのだ。優しいのは良いことだけど、度がすぎると自分を苦しめてしまう。稲穂はその典型的な例だ。

 

「稲穂、お前が優しいってのはよく分かってる。でも自分が嫌って思ったことはしっかり口に出して言わないと、もしかしたら別の人も嫌な思いをするかもしれないんだぞ?」

 

「どういうことです?」

 

「さっきの奴らに例えるけど、あいつらは稲穂が嫌がってるのにも気付かずに付きまとってた。そこで稲穂が嫌だってしっかり言っておけばあいつらも気づくだろ?」

 

「はい」

 

「でもそこで言わなかったとする。そうすると、あいつらはもしかすると他の女性にも同じ事をするかもしれない。嫌がられる行動だって気付いてないからな」

 

間違ってる人がいたら、それを正すのは別の人だ。何も言わなかったらどんどん悪化してしまう。キツく言う事も大切なのだ。

 

「…………すみません双也さん。私、そこまで気がつかなくて……」

 

「分かってくれたらいいさ。今回は俺じゃあいつらを説得出来なかったからまた来るだろうけど、そん時に気づかせてやればいいだろ」

 

「はい…!分かりました!」

 

よし、これで大丈夫だろ。稲穂もいい笑顔に戻ったし、一件落着!

俺たちは晴れ晴れした気持ちで帰路についた。

 

が、その心はすぐに曇る事になる。

 

 

 

丁度夕日が沈みかけた頃、俺たちは神社に着いた。

 

「「ただいま(帰りました)〜!」」

 

俺たちはそれなりの声で帰宅を知らせ居間に入った。すると諏訪子が血相を変えて走ってきた。手には何やら紙が握られている。

 

「稲穂〜!双也〜!大変だよ!!」

 

「どうした?」

 

「ちょっと前に矢文が届いてね、戦争を申し込まれたんだよ!!」

 

「なんだ戦争か。前みたいに俺が出て片付ければいいんだろ?」

 

なんの事かと思えば戦争の事だった。ちょっと構えて損したな。

………戦争をこんな簡単に受け入れられる様になってしまった俺はもうこの時代に毒されているのだろうか…?少し悲しい…

 

「そんな単純な事じゃないよ!今回申し込んできたのは……」

 

次の瞬間には俺の顔は余裕から驚愕へと塗り変わっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「アマテラス様の率いる"大和の国"なんだよ!!」

 

 

 

 

 

 

 




ほのぼの日常とか、能力の新しい使い方とかを書きたかったのに……なんか違うものになっている気がする……。

あ、ストーカー達に言ったことは双也くん、ひいては私の考え方なので真には受けないで下さい。
ああそうだなって思ってくれたらそれでもいいですが。

ではでは。


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第十一話 大和との対談

まさか話し合いで一話使う事になるとは…
諏訪編は長くなりそうです。

始めは双也視点。後半は???視点。まぁ誰かなんてすぐにわかりますが。

でわ〜どぞ!


 

 

 

 

 

「アマテラス様の率いる"大和の国"なんだよ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は絶句した。大和の国の噂はここに来て間もない俺でも耳にしたことがある。大和は、この島国の最高神の一人、アマテラスの他にも多くの神がおり、それらに鍛えられた兵達は人ならざる戦闘力を持っていると。

 

「……ホントか諏訪子?冗談なら今言えば許してやるぞ?」

 

「冗談であってほしいのは私の方だよ!大和の国はもう東の国々は平定してる、しかも戦いに特化した軍神までいるらしいじゃん!もし負けたら私の民達も戦いに駆り出されるかもしれない!そんなの……」

 

諏訪子は少し涙目になっている。俺はこの時思った。ああ、きっと諏訪子は神である前にこの国とその民を愛してるんだな、と。戦いになって傷つくのは自分なのに民の事を考えている。それは愛情がなければ出来ない。

……やる事は…決まったな。

 

「諏訪子、提案がある」

 

「ぐすっ…なにさ…」

 

「俺と修行しよう。せめて大和の連中に一泡吹かせられるくらいに」

 

「修行…?なんで?たとえ今から修行しても大和に勝てるかわからない!むしろそれでも勝率は少ない方なんだよ!?そんなことしたって…」

 

「無意味…か?」

 

諏訪子は黙ってしまった。負けたくない、でも勝てない。それを口に出して認めてしまうのが怖かったんだろう。

分かってる、そんな気持ちを俺も経験した事がある。

だからこそ俺が導いてやらなきゃならない。

 

「諏訪子、絶体絶命の時にどうやって道を切り開くかってのは、そいつの必死さが問題なんだ。生き物ってのは必死になればなるほど、自分が思ってる以上に力を出せるものだ。諏訪子は民を守りたいんだろ?戦争が始まるまでにはまだ時間がある。諏訪子にはまだ猶予が残されてるんだ。それを棒にふるのか?」

 

「…………………」

 

諏訪子は答えない。まだ迷ってるみたいだ。稲穂も、コレばっかりは口出し出来ない、といった顔で心配そうに諏訪子を見つめている。

 

「諏訪子、必死になれるかどうか、自分をどこまで伸ばせるかはお前が決める事なんだ。自分を信じて必死になれば、きっと結果はいい方に転ぶさ」

 

俺は説得を続ける。こんなに民を想ってるヤツに諦めて欲しくなかったのだ。強くなる時間はある。あとは気持ち。

それさえあれば何処までも力は伸びる。

そしてゆっくりと諏訪子が言葉を繋いだ。

 

「………分かった。双也を信じる。私も、必死に足掻いてみるよ!」

 

よし、いい顔つきになった。コレならきっと諏訪子も今の何倍も強くなるだろう。それじゃ…

 

「さっそく明日から始めるか?今日はもう日が落ちちゃったし」

 

「いや、待って。修行の前にやんなきゃなんないことがあるんだ。大和とこの国の間にある平原で、向こうの大将と少し話をつけなくちゃならない」

 

おおそっか、開始時刻とか諸々決めなくちゃならないんだった。ちょっと気が急いだようだ、少し反省。

 

「それで、話し合いには諏訪子が行くのか?それなら稲穂と留守番しててやるけど」

 

「いや、戦争を申し込まれた以上私がここを動くわけには行かないんだよ。稲穂は当然ダメだから…必然的に双也に行ってもらう事になる。…いいかな?」

 

諏訪子は少し申し訳なさそうに言ってきた。そんな顔しなくてもいいのに…

 

「そんな顔しなくても、俺が断る理由がないよ。諏訪子の修行の事も考えて話をつけてきてやるさ」

 

「っ! ありがとう双也!!」

 

諏訪子の表情がパァ!っと明るくなって飛びついてきた。

突然だったのでかろうじて受け止める。おおよしよし。

そこで稲穂が頃合いと見て声を出した。

 

「さ!話もまとまった事ですし、ご飯にしましょう!暗い気持ちになったら美味しい物を食べれば元気になります!」

 

こうして俺が諏訪子に稽古をつけることになった。こうなった以上はビシバシ行くつもりだ。

まぁでもその前に話し合い。大将ってんだからきっとアマテラスとかが出てくるだろう。心の準備しとかないと…

俺はこれから始まる戦いに少しの不安と大きなやる気を胸に満たし、その日は床についた。

 

 

 

 

 

〜数時間前 大和の国 ある神社の庭〜

 

 

 

諏訪の国に矢文を届けさせた日の午後。私は稽古を終えて庭の散歩をしていた。

 

「か〜な〜こ!」

 

「ん?何ですアマテラス様?」

 

すると後ろから声をかけられた。まるで友人の様に私を呼ぶ美しい声の正体は最高神アマテラス。

しかし当のアマテラスはどこか不満そうな顔をしている。

はぁ、またか…

 

「もう…神奈子、会議などの大事な場面ではないのですから神名ではなく名で呼んでくださいと何度も言っているではありませんか。私はいつもそうしているでしょう?貴女も"タケミナカタ"と呼ばれるのは違和感があるのでは?」

 

「はぁ、最高神に友人の様に接せられる私の気にもなってください、日女(ひるめ)様」

 

アマテラスというのは神としての名、すなわち神名であり、本当の名は"伊勢日女(いせのひるめ)"と言う。日女様はまさに太陽の様に明るい性格をしており、妹のツクヨミ様とは違って位など関係ないとでも言うような接し方をする。つまりは誰に対しても友人のような態度を取るのだ。友好的なのはいい事なのだが、私の様に位を気にする神にとってはこの上なく恐れ多い。故に話すだけでも一苦労なのだ。本人は気にも留めていないようだが。

 

「それで、突然どうしたんですか日女様?」

 

「ああはい、諏訪との戦の事は神奈子に全て任せたでしょう?戦の準備がどれ程進んだのか気になりまして」

 

「準備ですか、それならほぼ終わっています。午前中に矢文を送っておきました。二日後に中間の平原で決め事をしよう、と。」

 

「そうですか。因みに平原へは誰が?」

 

「私と数名の兵が向かいます。その時にアメノワカヒコを破った人間の事も分かるかと」

 

戦の事?何故それを気にする?日女様は確かにこの大和を治めているが、今回の戦に関しては私に一任して下さった。気にする必要なんて無いと思うのだが…

 

「日女様、何故それを気にするのです?」

 

「いえ、少し気になる事を聞きまして… 神奈子、平原へ向かう者の中に八咫烏を加えて貰っても良いですか?」

 

八咫烏を?そんなに興味がお有りなのか?

八咫烏は日女様が部下として使役している神の一人。太陽の化身と言われるだけあって日女様と視覚や聴覚などを共有できる。なので本当に気になった時以外は使わせない筈なのだが…

 

「え、ええいいですけど…」

 

「それならお願いしますね!二日後に神奈子の所に行くよう八咫烏に言っておきます。それではまた!」

 

日女様は光に包まれてどこかへ消えていった。

いったい何を聞いたのだろう?

私はその事にそれなりな疑問を浮かべつつ、神社の中へと戻った。

 

 

 

 

 

 

二日後、諏訪の国と話をつける日が来た。平原へ着くのは大体正午。私は連れて行く兵を集めた。

 

「よし、全員準備はいいな!話がこじれた場合戦闘も考えられる。装備は入念にしておきなさい!」

 

「「「「はっ!」」」」

 

いくら諏訪の国がこの大和より小さいとはいえこれは戦争。降伏してくれればそれでいいのだが、きっとそうはいかない。毎回言っている降伏条件も、飲んでくれた国は片手で数えられる。あとは大抵揉め事になるのだ。まぁ挑発も含めているのだからそれでも一向に構わないのだが。

 

「八咫烏はちゃんといるか?」

 

「はい、ここに居ります。今アマテラス様と視覚と聴覚を共有させています」

 

「よし、準備はいいな。アマテラス様の仕事、頼んだぞ」

 

「はい、もちろんです。それと、アマテラス様が"日女と呼べ"って言っていますが、どうなさいます?」

 

「………"今は大事な場面ですよ"って言っておいてくれ…」

 

はぁぁ、全く緊張感の無い……たまにアマテラス様が本当に最高神なのか疑わしくなる時がある。今のように空気をぶち壊す時がまさにそうなのだが、きっと緊張をほぐそうとしてくれているのだろう。そう信じるしかない。

 

「では行くぞ」

 

私はそう言って歩き出した。私の他には兵が四名、そして八咫烏がいる。もし戦闘になっても負ける事は無いだろう。

 

暫くして平原に着いた。ここはとても見晴らしがいい。話し合いにはもってこいだ。

ここで少しの間待っていると、向こう側から男が歩いてきた。

 

「初めましてだな、諏訪の国の神…よ?」

 

「…………………」

 

…な、なんだコイツ…私を見るなり黙り込んだぞ…それに持っているのは霊力だから神でもない。その霊力も小さいし、諏訪の大将ではないって事だ。

どういうつもりなんだ諏訪の国は?

私がそう思っているとやっと男が口を動かした。

 

「……俺は神薙双也。諏訪の神の代理で来た。さっそく聞くが…あんた誰だ?てっきりアマテラスが来ると思ってたが、どうやら神力も俺の知る人より小さいし、アマテラスな訳がない」

 

「…ああ、聞かれなくても名乗るよ。私はタケミナカタ、またの名を八坂神奈子という。お前の言う通り、アマテラス様は来ていない。と言うより、戦いには参加しない。この戦は私が任されたからね」

 

この双也という男の"俺の知る人"という言葉には引っかかりがあるが取り敢えずそれは置いておく。

 

「お前達こそ、なぜ代理など立てたんだ?」

 

「残念ながらウチには神が少なくてね、神社を空ける訳にはいかなかったんだ。だから俺が来た」

 

なるほどな、諏訪は大和に比べれば小さい。神が少ないから神社は空けられない、か。理にかなっている。

私がそう思っていると後ろの兵たちの話し声が聞こえた。

 

「神がほとんどいないのか?それなら俺たちの勝利は確実だな!」

 

「ああ、しかも代理にはこんな小さい霊力のヤツを出してきたんだぜ?諏訪の高が知れるな」

 

「ハハハ、こんな事ならわざわざ重い武装をしてまで来ること無かったな。身構えて損した」

 

あくまで小さな声だったがそれは完全に諏訪に対する冒涜だった。軍神として相手を敬う事も忘れてはいない私はそれを注意しようと振り返った。その瞬間

 

「「「ぐわあぁぁあ!!」」」

 

話をしていた兵たちの体に無数に切り傷が入った。辺りには血飛沫が舞っている。

突然の出来事についていけなかった私は我を忘れてボーッとしていたが、男の声によって覚醒する。

 

「お前ら、俺たちを舐めてると痛い目見るぞ?」

 

それは諏訪の代理、神薙双也から発せられた言葉だった。

双也の霊力は最初の何倍にもなっている。私はこの瞬間理解した。この男がやったんだと。自分にも理解出来ない様な芸当をやってのけたのだと。

私は少し笑いが出てきた。

 

「フフッ、なるほど、それだけの力と覚悟があるならば、"信仰を無条件で明け渡す"なんて降伏条件、飲む訳ないよな?」

 

「当たり前だ。そもそも降伏するためにココへ来たんじゃない」

 

双也の放つ霊力がピリピリと肌を刺激する。正直侮っていたな…これ程の者がいるなら、諏訪の国にも誠意を見せるべきだ。

 

「フッ、いいだろう。開戦日時はお前たちが決めろ。それだけの覚悟があるんだ、十二分に準備した状態で…」

 

 

 

 

 

 

 

完膚無きまでに叩き潰してやる

 

 

 

 

 

 

 

私は神力を解放し、双也を睨んで言った。それに臆することなく双也も睨み返すがお互い口は笑っている。

 

「フッ、ならお言葉に甘えるとしよう。日時は一ヶ月後の今日だ! 首洗って待ってろ!」

 

双也はそう言い残して消えていった。フフフ、神薙双也か、諏訪にも面白いヤツがいるものだ。

私はしばらく、諏訪の国を見据えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ、そうですか、彼があの子の言っていた"我々を救った現人神"、ですか。コレは一筋縄にはいかなそうですね。ふふふふふっ」




最近4000文字オーバーが多くなってきました…辛いです…


ではでは。


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第十二話 神の神による神のための修行

諏訪子の修行ですね!まぁ後半なんですけど…。

最初だけ双也視点。

十二話、どうぞ〜!


大和との対談の帰り道、俺は元の通ってきた森の中を歩いていた。

 

「ん〜…八坂神奈子か…アマテラスが出てこないのは良かったが、アイツもかなり強いみたいだな…」

 

俺は先程会ってきた八坂神奈子と言う神の事について考えていた。たしか、タケミナカタって言ってなかったか?て事は諏訪子が言ってた軍神ってアイツの事か、強い訳だな。

 

「しかもあの兵達……結界刃ならもっと深く斬れると思ったけど…切り傷程度だったな。"人ならざる戦闘力"ってのは伊達じゃないな、普通より結合が強いのかも」

 

あのムカつく兵達。ちょっと怒って攻撃したけど、内心少し驚いていた。

俺の結合能力と遮断能力は込める霊力で規模が変わる。

例えば、霊力100で結合を使った場合、霊力50の時の2倍の力で結びつくのだ。単純計算だけど。

結界刃にかけている"原子結合を遮断する"能力も然り。あの時の結界刃はいつかの戦争で鉄製の剣を斬った時と同じだ。つまり、あの兵達の体は"鉄よりも結合が強い"って事になる。結合が強いからって鉄より硬い訳じゃないが、それだけタフって事だ、厄介だなぁ。

 

「向こうにはあのレベルの兵がうじゃうじゃいるんだよな…そうなると、ウチの兵や諏訪子だけじゃ勝ち目が無い………………一騎討ちさせるか?」

 

少数対多数の数の優劣は過去の戦いで身に染みてる。しかも根本的な力量が違うんだから真っ向から挑んでも勝てない。幸い俺なら相手できるので、諏訪子には神奈子と一騎討ちしてもらい、残りは俺が引き受ける。兵達は……

 

「うん、無理だな。無駄死にさせるだけだ、今回は俺と諏訪子でやるのが最善かな?」

 

コッチと向こうの兵の力量の差は歴然。恐らくどうやっても勝てない。民を護りたいのに無駄死にさせるのでは本末転倒、という決断が俺の中で下った。

 

「この作戦、諏訪子が認めてくれるかは取り敢えず置いといて…

諏訪子を神奈子より強くする、かぁ。どうするかな〜…」

 

俺は修行のメニューを考えながら歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

〜諏訪大社 境内〜

 

 

「双也大丈夫かなぁ〜、さっきの霊力と神力、絶対双也と大和の大将だよね〜…」

 

「だ、大丈夫ですよ諏訪子様!双也さんならきっと上手く話をつけてきてくれますよ!」

 

さっきでっかい霊力と神力がぶつかるのを感じた。方向からして平原、双也が向かった方向だ。稲穂は双也を信じてるみたいだけど、私は気が気ではない。何もやらかしてなければいいけど…

そんな事を考えていると、正面から男が歩いてくるのが見えた。

 

「あ!双也〜!お帰り〜!」

 

「ん?おお、ただいま」

 

それは当然のごとく、平原へ向かった双也だった。見た感じ外傷はない。よかったぁ〜…

私はさっそく対談について尋ねた。

 

「どうだった双也?」

 

「ああ、向こうの兵がムカついたから身体中斬ってやった!」

 

そうかそうか、向こうの兵はムカつく奴らだったんだ。

ふーん…………ってそうじゃない!

 

「な に や っ て ん の ぉ ぉ お お ! ! ?」

 

今コイツ向こうの兵斬ってきたって言った!?なんで話し合いの場で攻撃しちゃうの!?

 

「いやだから、ムカついたから斬って----」

 

「そういう事言ってるんじゃないよ!!双也ってバカなの!?なんで攻撃しちゃうのさ!かかって来いって挑発してる様なモンじゃん!」

 

「どうせ勝つ気なんだからいいだろ?」

 

「確かに腹は括ったよ!?でもだからって挑発する事ないじゃん!向こうもきっと活気付いてるよ!」

 

「分かった分かった!ごめんって!でももうやっちゃったんだからしょうがないだろ?諦めて頑張ろう!」

 

コイツ…誰の所為だと思ってるの?全く…

 

「あ〜う〜…もういいよ! それで?話はどうまとまったの?」

 

「ああ、それも含めて作戦を立てたんだ。聞いてくれ」

 

 

 

 

〜バカ人神説明中〜

 

 

 

 

「…ってのはどうだ?」

 

「ふ〜ん、確かに双也の言い分は分かるよ。でもさ、そんな兵を相手に一人で行って本当に大丈夫?」

 

双也は説明の中で、一対多は無謀、みたいに言っていた。なのになんで一人で請け負おうとしているのか疑問に思った。矛盾してるじゃん。

 

「諏訪子、それはあくまで力が同じくらいの場合の話。俺なら…」

 

瞬間、双也からとんでもない量の霊力が吹き出し、私は気が飛びそうになって倒れかけた。心配になって稲穂を見れば凄い汗をかいて膝を付いている。

な、なにこの霊力……。

 

「これだけ霊力があるんだ。簡単に負けたりしない。っとゴメン、当てちゃったか」

 

双也はすぐに霊力を抑えた。何なのこの力…まるで意識をもぎ取っていくみたいな重さと濃さ。桁違いにも程がある。

 

「そ、双也、平原での解放よりも霊力が強い気がするんだけど…」

 

「ああ、あれ感じ取ってたんだ。あれより強い理由なんて簡単。解放の度合いを変えただけだよ。今のが全開放」

 

今のが双也の全開…至近距離で突然解放したらそれだけで何人かは倒せるんじゃないかな…?

町の方にも影響とか無ければいいけど…

 

「い、稲穂、大丈夫?」

 

「は、はい…」

 

「ホント悪かった。突然過ぎたな、ここまでになるとは思ってなくて…」

 

双也は申し訳なさそうな顔をして謝っている。反省はしている様だ。稲穂もやっと回復して息を整えている。

全く、周りの事も考えて欲しい。

っとそれはそれとして、

 

「と、取り敢えず!それだけ霊力あるなら確かに大丈夫そうだね。でも双也、無茶はしないでよ?」

 

「まぁ…努力はするよ」

 

これで話はまとまった。私は神奈子とか言う軍神を、双也はその他の兵や神を相手する。これならまだ希望はあると思う。明日から修行だ!

 

「よし、作戦も立てた事だし、ご飯にしよ!誰かさんが周りを考えなかった所為でお腹減ったし!」

 

「ハ、ハハハ…」

 

「はい。ご飯持ってきますね!」

 

稲穂は台所に駆けて行った。それを横目で見ながら私たちは机についた。あ、そういえば…

 

「双也、修行メニューとかどうするの?」

 

「あ、それ考えてたんだけどな、まぁ明日のお楽しみだ」

 

「あ〜う〜…教えてくれたっていいのに…」

 

「どうせ明日になればわかるだろ。あ、朝7時から始めるから。そのつもりでな」

 

そう話していると稲穂が料理を運び終わった様だ。今日の料理も美味しそう!

あとは何事もなく夜は更けていった。

 

 

 

 

 

〜翌日 諏訪大社の庭〜

 

 

「よし、じゃあ始めるぞ」

 

「う、うん。でもさ、本当に準備とか無しでいいの?修行って何か道具を使うイメージがあるんだけど…」

 

今は朝の7時。修行を始めると言われた時間。私たちは神社の庭に出て向かいで立っていた。双也に言われたから本当に何も持ってないけど、大丈夫かな?

私の問いに双也が答えた。

 

「ああ、何も必要ない。当然修行の内容に関係してるんだが、言っても難しい事じゃない。俺が昔やってた方法さ」

 

「双也が昔に?てことは一億年前にやってた修行?」

 

「そう。唯一必要と言えば根気だ。んじゃ説明するぞ。修行内容は二つ、瞑想と乱取りだ」

 

「えっ それだけ?」

 

「そう、それだけ」

 

意外…難しくないって言ってもここまでとは…。もしかしてあんまり長くやらないのかな?

と思ったのも束の間。次の言葉で根気が必要と言っていた意味が分かった。

 

「まぁ時間割が大きいんだけどな。朝から二時間瞑想、終わったら残りはずっと俺と乱取りだ」

 

「………え?ウソでしょ?」

 

「嘘じゃない。瞑想は神力を高める。乱取りは実践訓練だ。自分より強いヤツと戦うと意外と身につくんだ。シンプルだけど結構効果あるんだぞ?」

 

筋は通ってるけど、あんまりやる気にはなれない内容だった。でも必死に足掻くと誓った手前、愚痴は吐いても弱音は零せず、しぶしぶ修行を開始した。

 

 

 

 

〜瞑想 一時間経過〜

 

 

「あぁぁああ!お尻が痛いぃぃいいい!」

 

「まだ一時間だぞ。あと半分!頑張れ!」

 

一緒に修行と言うことで、双也も隣で瞑想してるけど全然辛そうに見えない。アレかな、やってるウチに尾骶骨が痛くない様に変形しちゃったのかな? う〜そうはなりたくないなぁ… いたたた…

 

 

 

 

〜乱取り 午後の部〜

 

「ほらほら!どうした諏訪子!まだ動きが鈍いぞ!」

 

「くぅ! ならこうだ!」

 

私は地面に手をついて能力を使った。

双也には言ってなかったけど、私の能力は"坤を創造する程度の能力"。要は大地を操る事ができる。コレを使って双也の真下の地面から土柱を突き出す!完全に初見だし、これは入ったでしょ!

と思ったが、どうやら双也を舐めていたらしい。

 

「おっと! せい!」

 

なんと双也は真下からの攻撃をヒョイっと避けて柱を切断。そしてそれをいくつかに斬って飛ばしてきた。

は?そんなのアリ?

 

「…え?うわわわわぁ!!」

 

ピチューン

 

 

 

 

〜一日目終了〜

 

「ふぅ、これで終了! どうだった諏訪子?修行になるだろ?」

 

「ハ、ハハハ…ソウダネ…」

 

「敗因を考えて次に活かしていくともっと良いぞ?何ならなんで避けれたかとかを俺に聞いてもいい」

 

「う〜ん、それじゃあ…」

 

私は乱取り中なんで避けれたのか分からなかった事について聞いた。

 

「私が土柱を突き出した時があったでしょ?アレなんで避けれたの?完全に初見だった筈だよね?」

 

「ああアレか。えっとだな、まず予備動作が大きいのと、使う土だな」

 

「使う土?どういうこと?」

 

「おそらく、お前は地面の土をそのまま突き上げる様にしたんだろ?それだと地面の膨らみとかで分かっちゃうんだ。

例えば…俺の足元にある表面の土を上に組み上げる様に突き出せば、体制も崩れるし出も早いし、今よりもっと良くなる」

 

「な、なるほど…」

 

凄いな…そんな事まで考えたことなかった…。強者と戦うと身につくって言うのはあながち間違いじゃないのかも。

これからは自分でも工夫してみよ!

 

それから一ヶ月。そんな修行をずっっっと繰り返し行い、着実に力をつけていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして遂に、開戦の日がやって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なぜ修行を諏訪子視点で書いたかというと、大変さを双也以外のキャラで描きたかったからです。決して困った諏訪子を見たかった訳ではありません。ホントですよ?

余談ですが、"坤"という字がiPhone5sだと"ひつじさる"とうたないと出てきてくれなくてちょっと焦りました。

ではでは。


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第十三話 開戦、諏訪大戦

転生オリ主のお決まりPart2!!

今回は無双するの前半だけなんで、ご了承下さい。

それではどうぞ〜


「準備はいいか、諏訪子」

 

「うん。覚悟はもう出来てるよ」

 

諏訪子の修行を開始してからもう一ヶ月たった。遂に開戦の日だ。諏訪子も一ヶ月前より見違えるように強くなった。これなら神奈子とも張り合えるだろう。

俺は諏訪子に話しかけながら、大和の方角から伝わってくる膨大な神力と霊力を感じていた。

 

「稲穂も避難したな。じゃあ行ってくる。頑張れよ諏訪子」

 

「うん。いってらっしゃい双也。神奈子に勝って、ここで帰りを待ってるよ」

 

「ああ!」

 

俺は霊力を感じる方角に向かって"自分を繋げた"。

コレは、飛び道具に標的を繋げるとホーミング弾になる原理を利用したモノだ。

俺自身を飛び道具と見立てて移動したい場所に繋げると、その力によって引っ張られて瞬間移動の様に移動する事が出来る。

と言うことで大和の大群の前に来た。みんな俺が突然現れて驚いている。一人を除いて。

 

「一ヶ月ぶりだな双也。降伏でもしに来たのかい?」

 

「んな訳ないだろ。コッチにも作戦があってね。神奈子、お前には諏訪子と一騎討ちしてもらう」

 

「…嫌だと言ったら?」

 

「そうだな…ここでお前含めて全員相手してもいいが、俺が神奈子を倒しても正直あんまり意味が無い。大将同士でやらないとな。

それに、お前らにとっても俺とやるより諏訪子とやった方が勝率はあると思うが?」

 

「………………」

 

神奈子は黙っている。対談の時に力の差が分かったんだろう。恐らくコッチの話には乗る。あとは残りの奴らだな。

俺の力を知らないから一気に向かって来るだろうし、どうするかな…

そう考えているとやっと神奈子が口を開いた。

 

「…分かった、一騎討ちするとしよう。あの神力のあるところだな?」

 

「ああ」

 

神奈子はかなりの速さで駆けて行った。向こうでもすぐに始まる。こっちもおっ始めますか!

俺は霊力を全開にして両手に結界刃を発動した。

 

「さてお前ら、全力で相手してやるから遠慮なくかかってこい!」

 

 

 

こうして諏訪大戦が始まった。

 

 

 

「「「うおおおおお!!!」」」

 

俺が開始宣言した瞬間、予想どうり全員で襲ってきた。

ふむ…まぁでも、人妖大戦の時より数は少ないし、一気に行くか!

 

「神鎗『蒼千弓』」

 

俺は宣言すると、左右に約五百本ずつ針の様な結界刃を並べて発動させた。それを一斉に前方へ射出。青白い千の矢は、大和の兵達を貫きながら飛んで行く。

人妖大戦の時よりも霊力が格段に上がったので、こういう無茶な使い方も出来るようになった。…ホント、白双也に感謝だな。

中には上手く避けた者もいるが大体三分の一は削ったかな?

 

「ん、思ったより残ってるな」

 

「貴様ぁぁ…我ら大和朝廷を舐めるなよ!!」

 

大和の兵達はむやみに突っ込んでも勝てないと判断したのか、矢での後方支援と剣や槍での前衛に分担してきた。流石、戦い慣れてるな。

後ろから延々と矢を放たれるのも厄介だし、ここは一気に!

 

「っ!?お前どうやって…」

 

「さぁ?自分で考えろ!」

 

俺は後方支援をしている兵のど真ん中に瞬間移動し、両手の結界刃で腕や弓をことごとく斬っていった。

中には剣を持った兵もおり、隙をついては斬りかかってくる。

 

「そこだぁ!!」

 

「っとあぶねぇ!」

 

俺は兵の攻撃をギリギリで避けて上に飛んだ。

そして間髪入れず霊力弾を大量に作り出す。

 

「チェックメイトだ」

 

霊力弾をマシンガンの様に放ち、戦場をなぎ払っていく。

殺傷能力は抑えてあるが、起き上がってくるものは居なかった

 

「ふむ、中々やるな」

 

…筈なのだが。

一人だけ平然としている者が居た。見ればわかる、他の兵より何倍も強い。つーか神力大分大きいんだけど…

 

「あんた大和の神か?そこらの兵より大分強いみたいだけど」

 

「そうだな、名乗っておこう。我の名はタカミムスビ。またの名を八神創顕(やがみそうけん)と言う。アメノワカヒコを破ったのはお前だな?ちょいとお前と戦ってみたくなってな。手合わせ願おう」

 

「……そうか、俺は神薙双也。諏訪に居候してる現人神だ」

 

俺も自己紹介した。正直気を抜いては居られない力を感じるので警戒は解かずに言った。つーかタカミムスビ?とんでもないのが出てきたな。神話じゃ皇祖神とか言われてなかったっけ?

そんな事など意に介さず、創顕は少し驚いた顔をしている。なんだ?

 

「ほう!人間と聞いていたが、お前があの現人神か!どうりで強いわけだな!ならば相手にとって不足なし、お前も全力で来い!

分かっているぞ?戦いの最中に、お前が人を殺すまいと急所を避けていたのは。だが…」

 

「がッ!」

 

 

 

 

「そんな事では我には勝てん」

 

 

 

 

瞬間、俺は創顕のパンチによって吹っ飛ばされた。

くそっ なんだこのパンチ!威力がシャレになんねぇ!

気付くと創顕はすでに俺の頭上を取っていた。

 

「どうした双也よ、そんなものか?」

 

創顕の周りに神力を纏った沢山の矢が作られていく。

そしてそれを全て放ってきた。

 

「くっ! 魂守りの張り盾!」

 

俺は間一髪で張り盾を発動し、致命傷は避けた。神力を纏っていた所為か全てを斬り落とす事は出来ず、何発かは身体に掠った。イテェ…

俺は傷口を繋げて治癒しながら立ち上がる。

創顕は何故か追撃せずにこちらを見ながら立っていた。

 

「そういえば能力の紹介がまだだったな。我の能力は"神器を創造する程度の能力"。神力を使って武具を生み出す能力だ。我の武具は神器ゆえに並みの強度ではない。だから…… 殺す気でかかってこい」

 

創顕から凄まじい神力が溢れてきた。手ェ抜いて急所避けてたりしたらやられるな…

俺は先手必勝とばかりに旋空を放った。

しかし

 

「ほう、刀なのに飛び道具も出せるのか」

 

創顕は手に神剣を作り出し、何食わない顔で受け止めた。

だがこれは予想通り、神器と聞いたときに簡単には斬れないと割り切っていた事だ。

間髪入れずに瞬間移動で懐に潜り込む。コレには創顕も驚いた様で隙が出来た。そこを逃さずに斬る!

 

「貰ったッ!!」

 

「ぐっ」

 

創顕は反射的に片手に小手を作って防御した。しかし俺の結界刃も、神器をも斬れるように霊力をかなり込めた物だ。刃は小手ごと創顕の腕を斬り裂いた。

 

「なんのぉっ!」

 

しかし流石は神、怯む事もほとんどせずに真剣で斬りかかってきた。俺は攻撃のすぐ後だったのでうまく踏ん張れないと判断し、両手の刃で受け止めた。しかし懐が空いたのを創顕が見逃す筈もなく、上空に蹴り上げられた。

 

「これで最後だ、双也よ!!

神剣『天元両断の大太刀』!!」

 

創顕は超巨大な太刀を創り出すと、それで突きを放ってきた。突きと言っても切っ先が非常に大きいので、当たれば真っ二つになってしまうだろう。それ程の大太刀だ。

俺は空中で体制を立て直し、こう叫んだ。

 

「勝つのは俺だ!!

大霊剣『万象結界刃』!!」

 

その刃を握りしめて大太刀に突っ込んだ。

俺が発動したのは、簡単に言えば全力で霊力を込めた結界刃だ。作りは単純だが威力は絶大。膨大な俺の霊力のほとんどを込めて発動したのだ。刀身は60cmくらいだったのが2m程にまで伸び、切れ味もこの世のどんな結合も断ち切れる程になっている。"万象一切を斬り伏せる"という意味を込めてつけた名だ。

 

互いの刃はぶつかり合い、競り合う。しかしそんな状態も長くは続かず、間も無く片方の刃が斬り裂かれた。

衝撃で巻き起こった土煙がだんだんと晴れていく。

 

「全く、諏訪にはとんでもないヤツが居るモノだな」

 

「褒め言葉として受け取っておくよ。俺の勝ちだな、創顕」

 

創顕は肩から腰まで深く入った切り傷から血を噴き出し、その場に倒れた。戦いに勝利したのは俺。万象結界刃を解除して創顕の下に歩み寄る。

 

「何故…治しているのだ…?」

 

「俺が今まで急所を避けてた理由を考えろ。……殺しはあまりしたくないんだ。遺された奴らがどんな気持ちになるか知ってるからな」

 

俺は創顕の傷口を繋ぎながら言った。何故治すかなんて言ったら殺したくないからに決まってる。人妖大戦で思い知った事だから。こいつにも必ず繋がりを持つ人達は居る。そういう人達を悲しませたくないのだ。

 

「よし、治ったぞ。あとは自由にしろ。俺は諏訪子達を----!?」

 

「……何故ここにいるのです?"アマテラス様"」

 

「あらあら、負けてしまいましたかタカミムスビ。まぁ仕方ないでしょう」

 

俺は驚愕した。俺が膨大な神力を感じて振り返った場所には、白や赤と言った明るい色の衣を纏う美しい神、アマテラスが立っていた。たしかアマテラスは参戦しない筈、なんでここに居るのか。もしかして負けそうだからって乱入しにきたのか!?……それなら条件違反だ、天罰下してやる…

俺は無意識にアマテラスを睨んでいた。

それを見てアマテラスは、

 

「もう…そんなに睨まないでくださいよ。私は戦いにきたのではありませんよ?戦の条件に違反したら罪ですからね、貴方には勝てません」

 

「ならなんでココに来たんだ?」

 

「それはですね…」

 

俺は次の瞬間、さっきとは別の意味で驚愕した。

いや肩透かしを食らったと言った方がいいかな…

 

 

 

 

「双也、貴方とお友達になろうと思って!」

 

 

 

 

「「………………は?」」

 

俺と創顕は声を揃えて間の抜けた声を出した。

お、お友達?おともだちって…お友達の事だよな?

…………え?

 

この場にはしばらく静寂が走っていた。

 




自分のネーミングが恥ずかしい……

私の中ではアマテラスは天然お姉さんなイメージです。空気読まない所とかね。


ではでは。


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第十四話 決着、諏訪子VS神奈子

はい、今回で諏訪大戦はお終いです。
ちょっと短すぎる気が……

それでは第十四話!どうぞ!


「あ、アマテラス様?ちょっとおふざけが過ぎますよ?」

 

 

 

 

突然現れたアマテラスが俺に言い放った言葉、お友達になりたい。この一言でしばらくこの場が静まり返ったが、静寂を打ち破ったのはタカミムスビ、創顕だった。

それを聞いたアマテラスは少し不服そうに顔をしかめた。

 

「ふざけているわけじゃありませんよ!私はあの子に"双也に出会ったら頼む"と言われたんです。それならお友達になるのが早いと思っただけです!」

 

「しかし、何もこの場で言わなくても…」

 

創顕は、アマテラスの言い分は分かる様だが少し納得がいっていなさそうに言った。俺はそれよりもアマテラスの言葉にわからないところがあった。

 

「アマテラス、今言った"あの子"って言うのは?」

 

「はい、それはあなたもよく知っている人ですよ。

とりあえず、私とお友達になってくれますか?」

 

「え?あ、うん。いいよ友達になろう」

 

なんだかマイペースだな、人の疑問より友達の方が優先なのか。俺は差し出された手を握って握手した。光が溢れてくるような暖かい手だった。

 

「はい!よろしくお願いします双也。私はアマテラス、名を伊勢日女と言います。名で覚えてください」

 

「ああ、分かった日女。それで?あの子っていうのは?」

 

さっきの流された質問を繰り返した。今度は答えてくれるだろう。

 

「そうですねぇ、私の妹って言えば分かりますか?」

 

「ッ!ツクヨミか?」

 

「はい、その通りです。あの子が月へ向かった後、もしあなたを見つけたら気にかけてやってほしい、と頼まれたのです。

心配していましたよ?自分たちの犠牲にしてしまったと少々後悔もしている様です」

 

そうか、ツクヨミか…俺を心配してくれているのか。でもこれはしっかり伝えておかなきゃいけないな。

 

「日女、ツクヨミに伝えて欲しい。俺は今とても元気だ。あの戦に参加した事にも後悔はしていないし、誰も恨んでない。だから思い詰めるのは止めてくれ、って」

 

「……はい、伝えておきましょう。気にかけろとは言われたけど、心配はいらなそうですね。人格もしっかりしているし、能力も暴走はしていない。気軽に話せそうで良かったです」

 

日女は溢れるような笑顔をこぼした。少しそれに見とれたがすぐに切り替えて二人に行動を促した。

 

「さて、日女と創顕はこれからどうするんだ?俺は諏訪子を見にいく。心配だからな」

 

「ふむ、我はお前に付いて行こう。我も戦に参加した身、決着は見届ける」

 

創顕は一緒に来るようだ。日女は……マイペースだから多分帰るとか言うだろうな

 

「私は国に戻ります。目的は達成したし、疲れたので」

 

「そうか、じゃあな日女。そのうち友達として遊びに行くよ」

 

「はい!楽しみにしています!」

 

予想通りだった。俺は日女に別れを告げて、創顕と共にもう一つの戦場へ向かった。

 

 

 

俺たちが諏訪大社に着くと、地形がおかしな事になっていた。所々地面がめくれ上がり、岩がそこかしこに埋まっている。巨大な柱の様なものもいくつか刺さっており、竜巻が起こった後の様に地面が抉れた場所もある。

天変地異でも起こったのか?と思ってしまった程だ。

だが創顕は特に驚いた様子はない。むしろどこか呆れている感じもする。

 

「はぁ、派手にやっとるなぁ神奈子。天変地異みたいじゃないか。いずれ手にする領土の事も考えんか…」

 

「……まぁいいとしよう。諏訪子達は湖の方か?行こう創顕」

 

「ああ、急ぐぞ」

 

創顕の、いずれ手にする領土、と言う言葉に反論しようと思ったがどうせ平行線になると考え直し、口を噤んだ。

湖の方から神力を感じるので急いで向かう。

 

 

 

 

 

〜諏訪大社 裏手の湖〜

 

 

「ハァ、ハァ…ぐっ、やはり簡単には行かないな諏訪子よ」

 

「そりゃあ、いっぱい修行したんだもん…簡単には、負けられないよ…っつぅ…」

 

俺たちが駆け付けると諏訪子と神奈子は湖の上で向かい合っていた。お互い所々傷があり、肩で息をしている。かなりの接戦なんだろう。

先に動いたのは諏訪子だった。

 

「だから…勝つ!!」

 

諏訪子がそう叫ぶと、湖から高圧の水柱が幾つか噴き出し、神奈子に向かっていく。予備動作がほとんど無かった所為か、神奈子は一瞬遅れて技を放った。

 

「っ! 神祭『エクスパンデッド・オンバシラ』!!」

 

神奈子の周りに沢山の巨大な柱が出現すると、向かってくる水柱の方へ飛んで行き、水柱を遮った。余った幾つかは諏訪子へ向かっていく。しかし諏訪子は冷静に、

 

「またそれ?もう見飽きたよ!」

 

そう言い、避ける構えをはじめた。おそらくもう何度も放った技なんだろう。諏訪子だってバカじゃない、簡単に避けられると思っていた。

だが神奈子は不敵に笑い、言った。

 

「私が何も考えていないとでも?」

 

諏訪子は直前でオンバシラの異変に気付き、早い段階で避けようとした。だが何故か、柱は避けた筈なのに諏訪子の腕には少々深い切り傷が出来た。俺は少し驚愕し、神奈子の能力を知っているだろう創顕に尋ねた。

 

「どうなってる、柱は完全に避けたよな?」

 

「…神奈子の能力は"乾を創造する程度の能力"、すなわち天候を操る能力だ。その中でもとりわけ風雨に関する力が強い。おそらくオンバシラに竜巻を乗せていたために生じた細かいカマイタチで斬ったんだろう」

 

天候を操る!?そんな能力アリか!?

俺は神奈子の予想外に強力な能力に度肝を抜かれた。

天候を操るってことは文字通り天変地異をも起こせるという事、自然の力を味方につけているのとほぼ同義だ。

俺は心のどこかにあった不安が大きくなっていくのを感じた。

 

「中々えげつないことするね、神奈子」

 

「これでも軍神なんでね、有利になる事はとことんするのさ!」

 

今度は神奈子が仕掛けた。空に雲を呼び、いくつもの竜巻を起こして諏訪子に向けて放った。諏訪子はそれを目にすると、水柱で竜巻の威力を軽減しながら後退し、地面に着地すると直径2mはあろうかという大岩を作り出して放った。

 

「何!? がっ!」

 

神奈子の竜巻はその大岩を削りきることは出来ず、虚を突かれた神奈子に直撃した。

その隙に諏訪子は後ろに回り込み、現時点では最も強い技を放った。

 

「神具『洩矢の鉄の輪』!!」

 

諏訪子の中で最高の武器、鉄製の輪。フラフープ大のその輪は非常に切れ味がいい。諏訪子はそれを顕現させて神奈子に斬りかかった。

勝った!と思ったその時、

 

 

 

 

 

 

 

神奈子の笑う顔が見えた

 

 

 

 

 

 

「なっ!?鉄の輪が!?」

 

「残念だったね諏訪子。惜しかったけど……私の勝ちだ!!」

 

神奈子はオンバシラを諏訪子に叩きつけて湖のほとりに吹っ飛ばした。あまりの驚愕に完全に我を失っていた諏訪子は当然避ける事は出来ず、防御することも出来ず、地面に思い切り叩きつけられて立ち上がれなかった。

赤く錆びきった鉄の輪は砕けて飛び散った。

 

「諏訪子!!大丈夫か!?」

 

俺はすぐに諏訪子の下に駆け寄った。見ると気を失ってはいない様だが目尻に涙が溜まっている。

 

「ま、まさか"藤の蔓"を使ってくるなんて…もう、私には手が残ってない………」

 

諏訪子はもう戦えないのを認め始めていた。悔しさから拳が強く握り締められ、薄く血が滲んでいる。

 

「……うぅ…ぐすっ…うあぁぁああぁあ!!そうやぁああ!」

 

そして諏訪子は勢いよく俺に泣きついてきた。俺はそっと諏訪子の頭を撫でてやった。

 

「よく頑張った諏訪子。誰もお前を責めたりしない。泣きたいだけ泣け」

 

「あぁぁぁああぁあ!!ごめん…!ごめんねみんなぁ!負けちゃったよぉぉおお!」

 

諏訪子は俺の胸でごめん、ごめんと泣いている。俺は諏訪子が落ち着くまで頭を撫でていた。

 

 

 

 

 

 

 

「落ち着いたか?」

 

「う、うん。ありがと、双也」

 

十数分後、諏訪子はやっと泣き止んだ。まだ少し目尻が赤いがもう大丈夫だろう。

俺たちはいつの間にか消えた神奈子達の事など気にせず、一先ず大社に戻った。

 

「諏訪子、とりあえず何か食べて元気をだそう」

 

「うん…」

 

まだ少し元気の無い諏訪子に声をかけた直後、鳥居の方から歩いてくる者たちがいるのが見えた。

それは何だか不服そうに顔をしかめた神奈子と、何か考えている様な顔の創顕だった。どうやら諏訪子が泣いている間に町に下りていた様だ。

 

「ちょいと邪魔するよ」

 

神奈子は不機嫌な顔のまま、少し挨拶をして俺たちの居る居間に上がってきた。それを横目で見た諏訪子は顔を少しだけ神奈子に向け、落ち込んだ顔と声で言った。

 

「……何さ神奈子、信仰の譲り渡しなら好きにやって。私にはもうどうにもできないし」

 

「その事なんだが…どうやら私たちはお前を越えられなかった様だ」

 

「越えられなかった…?戦いには勝っただろ?どういう意味だ?」

 

俺たちは神奈子の言葉に疑問を持っていた。越えられなかったってどういう…?

それは顔をしかめたままの神奈子では無く、考え事をしていた創顕によって語られた。

 

「今まで町で信仰対象を変えるようにと言ってまわっていたんだがな、どうやら"多大な恵みを与え、比較的平和に国を治めてくれているお前以外を信仰する気はさらさら無い"そうだ」

 

「信仰を得られないのでは勝った意味がない。神だから民に手を挙げるなんて以ての外だし…そういう意味で"お前を越えられなかった"と言ったんだ」

 

神奈子は益々不機嫌な顔になって言った。諏訪子は、今度は嬉し涙を目尻に溜めて俺と視線を合わせた。

 

「そ、双也……」

 

「あ、ああ」

 

 

 

「「やっっったぁぁあああ!!!!」」

 

俺たちは国中に響きそうな程の声で、揃えて歓声を上げたのだった。

 

 

 

 




終わり方が変ですいません。
え!?もう終わり!?と思う方もいるかと思いますが、戦闘描写に慣れてないんです…すいません…

諏訪編ももうすぐ終わりです。あと二、三話…かな?

ではでは。


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第十五話 大和の国へ訪問

今回は少し長めです。こんなにかかるとは…

双也視点です。

どうぞ!


大戦から数日、神と言うだけあって回復が早かった諏訪子と俺、そして避難場所から帰ってきた稲穂は、元の様な生活に戻って一日を過ごしていた。

 

「はっ! そらぁ!」

 

「よいしょ、 ほっ」

 

負けた直後は、それはそれは落ち込んでいた諏訪子も今では元のように元気になった。

だが"信仰が得られないから諦める"なんて言うほど神奈子達は甘くはなく、中々引き下がらなかった。

 

「くっ! そこだ!」

 

「まだだな まだ遅い!」

 

では何故諏訪子が元気になったか。それはずっと難しい顔をして何かを考えていた創顕の言葉による。創顕が考えていたのは"信仰対象を変えずにどうやって信仰の恩恵を受けるか"という事らしく、創顕が眉にしわを寄せて考え出したのが『表裏二神制』だ。

 

「これなら…どうだ!」

 

「っとあぶね! オラァ!」

 

コレは、表に神奈子、裏に諏訪子として、二人で国を取り仕切る方式である。表面上は神奈子が信仰対象として取り仕切るが、本当に信仰を受けているのは実は諏訪子で、二人で国を取り仕切っているから神奈子にも恩恵が来る、という原理だ。正直俺はよく分からなかったが、神の原理を理解しようとするのは無意味と判断し、考えるのはやめた。

 

「神奈子、武器が武器だから遅いのは仕方ないが隙が多いな」

 

「ぐっ……参った…」

 

そういう訳でコッチの神社に移り住み始めた神奈子だが、今は俺に刃を突きつけられている。何故かって?創顕に勝ったと言ったら俺に勝負を申し込んできて負けたからだ。もちろん殺し合いでは無い。

申し込まれた時に、さすが軍神血の気が多いなと思ったのはここだけの話。

 

「二人とも〜!ご飯出来たから来なよ〜!」

 

「ん?もう昼か。 今行く〜」

 

丁度諏訪子が呼びに来たので、俺は刃を引きながらそれに応えた。

因みにだが、諏訪子と神奈子は戦って以来割と仲が良い。接戦だった故にお互い力を認めたのだろう。うん、繋がりを増やすのは良いことだ。

俺たちは、今度は四人で机を囲んでご飯を食べ始めた。

そこで俺は、今日予定があるのを思い出した。

 

「あ、今日俺大和の国に行ってくる。夕方には戻るから」

 

「大和へ?あそこに行ってどうするんです?」

 

「ああ、遊びに行くって日女に言っちゃったからな。そろそろお邪魔しようかと」

 

ひるめ?と質問してきた稲穂はハテナを浮かべているが、その名に反応したのは神奈子だった。

 

「日女様!? なんでお前がそんな気軽に日女様に会おうとしてるんだ!?」

 

「おおそうか、俺言ってなかったな。よく聞いとけ」

 

言ってなかったの忘れてた。俺は創顕との戦いの後にあったことを話した。

 

 

 

 

〜現人神説明中〜

 

 

 

 

「……そうか。相も変わらず、あの方の呑気さは理解が出来んな」

 

「うん、呑気すぎる点に関しては俺もそう思う」

 

神奈子は若干…いや、もう諦めているかの様な表情で頷いた。初対面だった俺でもあのペースには簡単に持って行かれたのだ、長年近くに居たであろう神奈子が諦めたような表情をするのも無理はないと思う。

……あれ?俺、神奈子をこんなにしちゃうような人と友達になったの?不安になってきたんですが…。

ふと浮き上がった不安を振り払い、代わりにちょっとした覚悟を決めた。

 

「「「いってらっしゃーい!」」」

 

「行ってきまーす」

 

午後、出ようとしたら三人が見送ってくれた。諏訪子はいつもの笑顔で送ってくれたが神奈子の視線には少しの同情がこもっていた。二人は並んで立っていたが、なんかもう雰囲気が全然違ってた。神奈子…俺の不安を煽るなよ…

俺は気にしないフリをして神社を出た。

 

 

 

大和の国は、歩いていけば2〜3時間で着くくらいの距離にある。行きだけでそんなに時間を使えないので、瞬間移動で飛ばし飛ばしに進んでいた。最初は一気に大和へ飛ぼうとしたのだが、あいにく出来なかった。恐らく、瞬間移動は能力の工夫によって使っている上に、俺の能力は俺自身が把握している範囲でないと発動しないものだから、把握してるどころか行ったこともない大和には飛べなかったんだと思う。

 

「えーっとー、こっち…だな」

 

因みに、地理に詳しい諏訪子に地図を作って貰ったから迷ってはいない。変な所で子供っぽいのか地図が落書きみたいだが、一応読めるので許容範囲だ。

そのうち俺は瞬間移動を止めて、風景を楽しむ様に歩いて進んでいた。

 

「キラキラ〜ダイヤモンド〜♪ 輝く〜星の様に〜♪」

 

今俺が歩いているのは青々とした森の中。しかしちゃんと日の光は入っており、木々の隙間を通る光の柱が何となく幻想的な風景を生み出している。

そんな中を歩いていたら、いつの間にか"⑨のパーフェクト算数教室"を歌っていた。多分、ココが東方projectの世界ということもあって、印象に残った曲の一つであるこの歌が脳内セレクトされた結果なんだと思う。

 

「霊夢んとこの〜♪ 百万円の〜♪ 壺をだ----」

 

「何ですかその歌。そんなの大声で歌って恥ずかしくないのですか?」

 

いよいよ気分がのってきて大声になってきた所で、その熱を冷ます様な冷たい言葉が上から降ってきた。俺はピタッと止まって声がした頭上を見上げると、そこには足を三本もった大きめの不思議な鴉が木に止まっていた。

鴉は、こちらが視認したのを確認すると、俺の前に飛んできて突然炎に包まれた。

 

「!? 何!?」

 

突然の事で声を出してしまったが、どうやら攻撃ではないらしい。その炎はだんだんと大きくなっていき、弾けるように炎が散ると、そこには目にかかるくらいの若干赤いメッシュの入った黒髪に、鏡のように光る小さな円盤をネックレスのようにしている顔の整った青年が立っていた。

 

「人…いや、神力を感じるし、お前神か?」

 

「はい。僕は太陽の化身、八咫烏と言います。僕のこと覚えておられますか?"大和の兵を斬り刻んだ神薙双也さん?"」

 

ん?対談の時のこと知ってるって事はあの場に居たのか?う〜ん…よく思い出せば、神奈子のデカい神力の影に隠れてた小さな神力があったような… 多分それだな。

俺は曖昧な記憶を引き出して一人納得すると、八咫烏に話しかけた。

 

「ん〜何となくだけど思い出した。それで?太陽の化身様が何でこんな所に?」

 

「国の周辺の見回りをしていたのです。鴉の姿で飛んでいたら、小っ恥ずかしい変な歌を歌ってる双也さんを見つけたのです。日女様の所へ行くのでしょう?日女様の部下として、主の友である双也さんには国の紹介も含めてこの先をご案内しますよ」

 

八咫烏の"小っ恥ずかしい変な歌"と言う言葉を聞き、さっきまでの自分の姿を見られたと思ったら顔が熱くなってきた。八咫烏はその表情を見てクスクス笑っている。コイツ……若干Sなのか…?

八咫烏の視線が痛いので、目を逸らして別の事を考え始めた。すると直ぐに"何で日女と友達になった事知ってんだろ?"という疑問が浮かび上がった。その様子を察したのか、八咫烏が行動を促してきた。

 

「何で友になったと知っているのか、とお考えでしょう。ここでずっと立ち止まってても仕方ないですし、歩きながら話しますよ。…こっちです」

 

「あ、ちょっ 待てって!」

 

八咫烏は人の姿のまま、大和に向かって歩き出した。慌てて追いかけて八咫烏の隣に来ると、八咫烏が話し始めた。

 

「言ってもそんなに難しい事ではありません。僕は太陽の化身。化身と言うのは、他のどんな存在よりもその神に近い者の事なんです」

 

「なるほど。それで、近いとどうなるんだ?」

 

「化身は主の命令は絶対であるのと同時に、それを遂行する為に少し力を分けてもらっているのです。……その一つとして、任意であれば一部記憶の共有も出来ます」

 

「あぁ、そういう事か」

 

「はい、そういう事です」

 

なるほどな。記憶の共有を使って日女が教えたのか。あの性格だし、一番の部下である八咫烏には伝えておきたかったんだろうな。

化身…か、力を分けてもらってるって言ってたな。じゃあそれなりに強いのかな

俺は八咫烏の実力が少し気になった。化身ってのがどれ位力を分けてもらってるかは知らないが、何となく弱そうな雰囲気は感じない。

 

「なぁ八咫烏、お前の実力ってどれくらいなんだ?」

 

八咫烏は少し不思議そうに目を開いてこちらを向き、少しの間の後に口を開いた。

 

「……驚きましたね、双也さんほどの存在が僕の実力を気にするなんて」

 

「ん〜なんだかな、別に深い意味なんてないぞ?なんとなく気になっただけなんだけど…」

 

「…そうですか、まぁいいです。んーそうですねぇ…コレでも最高神の化身ですから、そこらにいるような者よりは遥かに強いと思いますよ。神奈子様に少し届かない位ですかね」

 

「おお、神奈子に少し届かないと。神奈子と比べられるだけすごいと思うぞ?結構強いんだな!」

 

「ウチの軍隊を一人で相手出来る程ではありませんけどね。まぁありがとうございます」

 

八咫烏は俺を見て言った。なんだ皮肉のつもりなのか?戦闘狂とかホントに思われたくないんだけど…

そうこう話していたら森の出口が見えてきた。八咫烏はそれを確認すると小走りで出口まで行き、こちらを振り返ると…

 

「さぁ双也さん着きましたよ!此処が我らの国、最高神アマテラス様の治める大和の国です!!」

 

「………おおお!!」

 

俺の視界には素晴らしい光景が広がっていた。諏訪の国よりも沢山の人々が道を行き交い、活気に溢れている。日女の力なのか国中が優しい光に照らされており、何より大きい。とんでもなく大きい国だった。

俺が大和の国の光景に感嘆していると、目の前に眩しい光が集まってきた。それを見て八咫烏が一言。

 

「あ、今も共有してるって言うの忘れてた…」

 

「………え?」

 

光がだんだん小さくなり、遂に消えてしまうとそこには八咫烏の主、アマテラスオオカミこと伊勢日女が立っていた。

 

「久しぶりですね双也!いつ遊びに来るのかとずっと待っていましたよ!」

 

「……な、なぁ日女、八咫烏とずっと五感を共有してたのか…?」

 

「? はい、五感というか視覚と聴覚ですが、それが何か……ああ、ふふふふっ」

 

日女はそう答えると、何かに気が付いたのか笑い出した。何かと言うか、ホントは俺も薄々分かってる。認めたくないだけ…。

日女は俺にしっかり向き直ると、思い出すように言葉を紡いだ。

 

「えーっとぉ… クルクル〜時計の針〜♪グルグル〜頭回る〜♪ ……でしたっけ? クスクス」

 

「うわぁぁぁあああ!二人も聞かれてたぁぁあぁああ!!」

 

俺は頭を抱えてうずくまった。もちろん顔は真っ赤になってると思う。何であの歌をセレクトしたのか数十分前の俺の頭に問いたい!後悔しか無い!

 

「ふふふふっ さ、双也!せっかく遊びに来たのですから、そんなところでうずくまってないで行きますよ!」

 

「誰の所為だと思ってるんだよ!」

 

「ん〜?私と視覚や聴覚を共有させてた八咫烏の所為では?」

 

「屁理屈か!責任逃れするなよ!八咫烏もなんか言ってくれ!」

 

「あの、日女様。これから双也さんに国を紹介しながら向かおうと思ってたのですが…」

 

「ああ、そうでしたね。ん〜でもここに来るのが今日だけって訳ではないと思いますし、後日に回しましょう」

 

「話を聞いてくれ!!」

 

やっぱダメだ!簡単にペース持ってかれる!神奈子はこんなのを長年耐えてたのか!?素直に尊敬するわ!

そんなことを考えていると日女に肩を掴まれた。

 

「さ、今度こそ行きますよ!私の部屋まで!」

 

日女がそう言った直後、視界が真っ白な光に塗り潰された。光が止んでいるのに気がついて目を開けると、そこはいろいろな装飾の施された和室だった。

 

「今お茶を入れますから、座っていてください」

 

「あ、ああ。ありがと」

 

俺は日女に勧められ、置いてあった座布団に座った。そこでちょうど日女が二人分のお茶を持ってきて同じように座り、俺に手渡すと話し始めた。

 

「さて、双也。一つ聞かせておきたい事があります」

 

「聞かせたい事?何か重要な事か?」

 

「まぁ…そうですね、重要というか知っておいた方がいい事、ですかね」

 

知っておいた方がいい事、か。んーちょっと想像つかないな。

俺は少しだけ考えたが、特に思い当たることは無かった。だがしかし、日女の言葉は俺が興味を持つのに十分な力を持っていた。

 

「あなたも知りたいでしょう?一億年経った今……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたの友人達、月の民がどうしているのか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いやぁ長かった! て言うか諏訪大戦終わったのに長々と続いてしまってますね。もう少しで次の章です。

あと今回出てきた曲についてですが、著作権云々を考えて⑨と表記させて頂きました。いらぬ心配と思う方もいると思いますが念には念を、です。

ではでは。


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第十六話 月の様子、届いた想い

今回は今までで一番短いと思います。
あサボった訳ではありませんよ?区切りが良かっただけです。

双也視点。

ではではどうぞ〜


「一億年経った今…あなたの友人たち、月の民がどうしているのか」

 

 

 

 

 

 

 

「!? 永琳がどうしているか分かるのか!! ちゃんと月に着いたんだよな!?全員無事だよな!?」

 

俺は日女の予想外の言葉に驚き、今まで密かに気にかけていた事が一気に口から出た。自分でも、近年稀に見る焦り様だと思う。

それを見て日女は冷静に話を続けた。

 

「落ち着きなさい双也、全員無事です。あなたが命をかけて護った人々は今も月で暮らしています」

 

「っ!! っはぁ…よかった…」

 

「ただ…」

 

再び俺の中で緊張が走る。何か…あったのか…?

 

「八意永琳は、あなたが地上に残って妖怪達と戦ったと聞いた後、相当落ち込んでしまった様です。最後にあなたを見た綿月依姫も、あなたを護れなかったと暫く塞ぎ込んでいたそうですね」

 

「………そんなに、想っててくれたのか。……心配をかけちゃったな……」

 

「そのようですね。八意永琳は仕事どころか食事も喉を通らないようになってしまって、綿月依姫は部屋にこもりっきり。あの子の姉ですらまともに会話出来なかったそうです」

 

「……そうか……」

 

永琳たちには悪い事をしたな、ろくに別れも告げられなかったし。そんなに塞ぎ込んでしまうとは…… ちゃんと元気でやっているのだろうか

 

「今はもう元気なのか?」

 

「まぁ、かなり元には戻った様です。穢れが無いので寿命も在りませんしね。二人を元気付けるのは苦労したとツクヨミは言っていました。ですがツクヨミの話を聞く限り、偶に寂しそうな表情をする時があるそうです」

 

ははは…命懸けで護ったのに、俺が悲しませてるんじゃ世話無いな。いつか、謝れる日が来ればいいけど…

俺は部屋の天井…いや、その遥か彼方に浮かんでいるであろう月を見上げて静かに願った。

その心を知ってか知らずか、日女が新しい話を切り出した。

 

「さて、湿っぽい話になってしまいましたが、話題を少し変えましょうか。

あ、そういえば、月の技術は今も進歩を続けているようですよ?」

 

「まだ進歩してるのか?あれ以上進歩したらどうなっちゃうんだよ」

 

「えーと、今は"たいむましん"と言うのを開発しているとツクヨミが言っていましたね。でもかなり難航しているようです」

 

「……そりゃそうだろ。いくらあの技術でもタイムマシンなんかほいほい作れちゃったらいろんな意味でヤバいぞ」

 

タイムマシンなんかこの時代に作ってどうするのだろうか?そもそもまだ歴史が浅いんだし、作るほどの価値無くない?もうちょっと生活の役に立つもの作った方がまだいいと思う。どこ○もドアとか。

 

「私も、ツクヨミにどんな物なのかだけ聞きましたが、流石に無茶じゃないかと思いましたよ、はい」

 

日女も俺の言葉には賛成のようだ。て言うか、"タイムマシン"っていう言葉がもうある事に驚き。相変わらず文化が進みすぎだと思う。

 

「また危ないもの作らなければ良いけどなぁ…」

 

「そうですねぇ。進み過ぎた技術や力は自分の身を滅しかねません。そういう意味では、旅立った後に隕石で町を跡形もなく消し去っておいたあの子の判断は正しかったのでしょうね」

 

日女は少しホッとした様な表情で言った。やはり隕石はツクヨミが落とした様だな。俺もそれは正しかったと思う。弊害として恐竜が滅んでしまったが。

……あ、そう言えば

 

「なぁ日女?俺が頼んでおいた伝言は伝えてくれた?」

 

「はい。しっかり伝えましたよ。…ふふふ、あの子ったら、それを伝えたら少し涙目になってそっぽ向いてしまったんですよ?アレは可愛かったですねぇ♪

ふふふふっ」

 

んー何だろう…日女はいつものツクヨミとのギャップを可愛いと言っているのだろうか。まぁ確かに、神ってだけあってツクヨミはかなり美人だったと思う。言葉使いが威厳たっぷりだったからギャップに何か感じるのは分かる気がする

しばらくその時の様子を思い出してにやけていた日女は、すっかり冷めてしまったお茶を啜って区切りをつけると、俺に話を振った。

 

「ふぅ…それでですね双也、ツクヨミからも少し伝言を預かっているんです」

 

「ん?」

 

俺に伝言?俺の伝言は何か言葉を返すようなモノじゃなかったと思うけど…

日女は今までより一層ニッコリして言葉を続けた。

 

 

 

「"またいつか、月に遊びに来い!その時は目一杯歓迎してやる!"……だそうです。良かったですね!双也!」

 

 

 

「…………………」

 

俺は無意識に笑みを浮かべていた。ツクヨミもまた、俺の身を案じてくれていた者の一人。みんなを救えて…本当に良かった……。

と、そんな話をしている間にもう随分日が沈んでしまっている事に気がついた。よく耳を澄ませば、来た時の様な活気あふれた民の声はもう響かなくなっている。

 

「さて、じゃあそろそろ帰るよ日女。今日はありがと、楽しかった」

 

「はい!私も楽しかったです!また来てください」

 

「ああ、じゃあな」

 

俺は瞬間移動を使って元の道を帰っていった。この分なら日が沈み切る前には諏訪に着くだろう。

自分のやってきたことは正しかったんだと、日女の話を聞いて感じることが出来た。日女にも感謝しないとな。

俺は清々しい気持ちで帰路に着いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………のだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「完全にお前が悪いだろう!!人の物を勝手に取るなんて神のすることか!?」

 

「良いじゃんちょっとくらい!神がどうとかって言うなら神奈子だって少しの間違いは見逃すくらい心を広く持ちなよ!」

 

現在は夕飯の席。折角清々しい気持ちで帰ってきてご飯を頂いていたのに、机を挟んだ目の前でギャーギャー騒いでいるバカ神が二人。

 

「大体!諏訪子の方が年上なんだからもうちょっと威厳って言うものを持ちな!民に見捨てられるよ!」

 

「その民の信仰を越えられなかったって言ったのは神奈子でしょ!?何ならも一回勝負する!?今度は負けないよ!!」

 

まぁ所謂喧嘩の真っ最中。神奈子の皿によそってあった御菜を諏訪子が少し横取りしたのだ。悪気はなかったのだろうが、神奈子はそういうのが通用する性格では無い。結果、今まさに第二次諏訪大戦が始まろうとしているのだ。

 

「いいだろう!!今度こそ完膚なきまでに潰してやる!!」

 

そう言ったのと同時に神奈子が拳をダンっ!!と机にぶつけた。その揺れで味噌汁の入った器が揺らぎ……

 

 

 

バシャン!

 

 

 

「…………………」

 

「…………………あ」

 

「あわわわわわ…」

 

俺の足にかかった。正確には腹から足までグッショリだ。

諏訪子はやっちまったって顔をし、神奈子は青くなって大量に汗をかき、稲穂は隣でわたわたしている。

もう……………限界。

 

「お前ら……」

 

「「はひっ!!!」」

 

だんだん白くなっていく俺の髪。

俺が言いたいのはただ一つ。俺の今の想いが全て込められた言葉。

 

 

 

「いい加減にしやがれぇぇえええ!!!!」

 

 

 

その日の夜。下町の宿では大きな落雷が見えたと言う。




初めの方は深夜に書いていたので変なところが無いか心配です…
て言うか、なんか神格化がネタになってきているような………。

ではでは。


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第十七話 悲しみ、旅立ちの決意

諏訪編やっと完結です。まぁこの先もこの調子だと思いますが…。

ほとんどは双也視点。最後の方だけ???視点。
はい、またです。どうせすぐに分かります。

ではどうぞー


諏訪の国としての最後の戦、諏訪大戦から早五十年。表面上大和の国に数えられるようになったおかげで、正直大戦前よりもここは平和になった。強いて言うなら、偶に俺が戦の助太刀(と言う名の制圧)を頼まれるくらいで、ここ五十年戦で死んだ者は居ない。

 

 

 

………そう、戦では(・・・)

 

 

 

「うぅ…ぐすん…稲穂〜…」

 

「今まで……ありがとな、稲穂。おやすみ」

 

今から約二十年前、老衰という形で稲穂は亡くなった。稲穂は諏訪の国の最も大変な時期を見守った人物の一人。平和になった国を見られて良かった、と最後に言って眠るように亡くなった。この時代は仏教とか無いので葬式が無い。故に稲穂の知人が囲うように集まってきた。

 

「ぐすっ…お母、さん……」

 

「ほら倉菜(うかな)、涙を拭きな。稲穂の最後なんだ、笑って送り出そう、な?」

 

「ううぅ……はい…」

 

俺と諏訪子の間で泣いている女の子。この子は倉菜(うかな)。稲穂の一人娘だ。父親は今戦に出かけていて居ない。後から来たから取り敢えずぶん殴っといたけどな。

他にも、いつかだか稲穂をストーカーしてた何人かも大泣きして別れを告げていった。やり方はダメだったけど、あいつらも心底稲穂を想ってたんだよな…それだけはわかる。じゃなきゃ年寄りとしてシワシワしなった顔を、あんなにぐしゃぐしゃにするなんてあり得ない。

 

「…………………」

 

ということがあり、現在。長らく一緒に暮らしていた稲穂が欠けたことによる心の穴もだんだんと塞がっていき、今は自室の縁側で空を見上げている。

 

「……永い時を生きる…悲しみ、か…」

 

そう一人呟き、これからの事に想いを馳せる。

 

「そろそろ、だな。行かなきゃ」

 

スッと立ち上がり、諏訪子や神奈子、倉菜の居る居間へ向かう。居間では三人が机を囲んでお茶を啜っていた。

 

「お、双也やっと起きたか。随分寝坊した様だな」

 

「だらしないですよ兄さん!早起きは三文の得と言うんですから」

 

今兄さんと呼んだのは倉菜だ。歳的に俺は爺さんレベルだが、寿命とかが神に沿っている分見た目の歳は取らない。つまり、転生した時の高校二年生の姿のままだ。ゆえに倉菜は俺のことを兄さんと呼ぶ。

 

「悪いな、倉菜。……少し、三人に話がある」

 

俺はそう言って話し始めた。

三人の視線が集まる。

 

「どうしたの双也?改まって…」

 

「真面目だから改まってるんだ。…あのな、

 

 

 

 

 

 

そろそろ旅に出ようと思ってるんだ」

 

 

 

 

 

 

俺の言葉に三人が目を見開いた。流石に驚くよな、突然だし。

 

「……何でだ?何かあったのか?」

 

「いや、特に何かあった訳じゃない。…やる事があるんだ。でも、此処に留まっていたらそれが出来ない。それに…」

 

三人が押し黙る。心配そうに言葉を待っている。俺は三人の心配を振り払うように、少し冗談じみた口調で言った。

 

「一定の範囲しか見ない天罰神なんて変だろ?いろんなところを回って、いろんな人を助けてやろうと思うんだよ!」

 

それを聞いて三人は少しあっけに取られた様な顔をして、笑い出した。

 

「ふふふっ あはははは! 何だそんな事か! 心配して損したよ!…なら良い。お前がやると決めたなら、そうすればいいさ」

 

「そうだね!それになんか双也らしいと言うか…うん!好きにやるといいよ!でも偶には帰ってくるよね?」

 

「んーどうだろうな?顔を見せには来たいと思うけど、旅だからね。どこまで行くかわからないんだ」

 

嘘だ。本当はどうなるか分かってる。ここは東方projectの世界。正直言ってイレギュラーな存在である俺は、そのうち幻想になってしまうだろう。そしてそうなれば、諏訪子達に会うことはできない。でももう少し別の理由もある。

 

「行っちゃうんですか……兄さん…」

 

そう、倉菜の存在。正確に言うなら俺と親しい関係にある人間の存在。稲穂が亡くなった時に思ったのだ、どこかに留まってしまったら、いつか俺が壊れてしまうかもしれない。前世で死んだ時、両親や友達の事はどうにかして割り切った。でも稲穂は、倉菜は………。

 

「な、何ですか…?兄さん…」

 

俺は無意識のうちに倉菜を見つめていた。倉菜は少し顔を赤くしている。

 

「おやおやぁ〜?どうしたのかな双也〜?まさか、身内に…」

 

「うっさい下世話。その癖直したほうがいいぞ」

 

俺は何か言いかけた諏訪子に能力を併用してデコピンした。いった〜い!って言ってるけど無視する事にする。

一息つこうとお茶を啜っていると神奈子が話しかけてきた。

 

「双也、旅とは言ったが、最初の当てはあるのか?まさかそこらをブラブラするわけではないだろう?」

 

「あ〜っとだな、前に都を見つけたって言ってたよな?とりあえずそこに行ってみようかな」

 

数日前に神奈子が戦から帰ってきた日の夕飯時、持ち出された話題として、戦場の近くで都を見つけたという話が上がった。東方projectで都と言うと…何人か当てはまるキャラがいる。会っておいた方がいいだろう。

 

「ああそう言えば、その都について新しい噂を耳にしてな」

 

「噂?」

 

「ああ。なんでも、十人の話を同時に聞ける人間がいるそうだ」

 

「…………………(ニィ)」

 

ビンゴだ!俺はだんだんと口元が釣り上がっていくのが分かった。そんな人間は東方にも現代にも一人しかいない。

 

「ほほ〜う?それは面白そうだな…。よし!明日の朝出るにするよ。出来れば見送ってくれると嬉しいけどな」

 

「もちろん見送りますよ兄さん!家族の旅立ちなんですから!」

 

真っ先に返事したのは倉菜だった。うん、この子もいい子に育つだろうな。

俺は旅立ちに向けて支度を始めた。

 

 

 

翌日の朝、俺は神社の庭にいた。今から出ようって所だ。

俺の目の前には今まで世話になってきた四人がいる(・・・・・)

 

「まさか帰ってたとは…思ってなかったよ、天次(てんじ)

 

「昨日の夜中に帰ったからな。驚いたよ、突然旅に出るとか言い始めたって諏訪子様から聞いたときはの」

 

彼は天次(てんじ)。今の名字は東風谷。つまりは稲穂の夫、倉菜の父だ。相応に年を取っているが今でも兵として現役でいる。体力はまぁ言うまでもないが、技術に関しては国で一、二を争うと言われている。

 

「じゃあみんなを頼んだぞ。縁があればまた会おう」

 

「元気でね〜!!」

 

「無理はするなよ双也!」

 

「帰りを待ってますよ兄さ〜ん!」

 

「元気でな〜!」

 

俺は四人に背を向けて右手をあげながら歩いて行く。

こうして諏訪での日々に別れを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜とある屋敷 某室〜

 

 

「はぁぁ〜〜… 。今日も疲れましたね…」

 

時刻は夕方。私は毎日の様に訪れる民の話を聞き、答え、その合間には書類をかたずけると言う大量の仕事を終わらせて自室に来ていた。

 

「ですが、これも民の為。平和な世にする為には欠かせない事…」

 

そう独り言ち、自分に言い聞かせていると扉をコンコンと叩く音が聞こえた。

 

「入りなさい」

 

「失礼します…。太子様、お疲れ様です。風呂を沸かしておきました。湯浴みでもして疲れを癒すのはいかがですか?」

 

「ああ、ありがとうございます屠自古(とじこ)。そうさせてもらいます。布都(ふと)はどうしたのですか?」

 

「それが…仕事を終わらせたら何処かへ行ってしまった様で…。全く、アイツどこいったんだよ…」

 

緑を基調とした服に少し巻きのかかった髪、そして時折出てくる少々粗雑な言葉使い。この少女は蘇我屠自古(そがのとじこ)。色々と私の世話を焼いてくれる部下であり友だ。

 

「ふぅ、まぁそのうち戻ってくるでしょう。戻らなかったことありませんし」

 

「ふふふ、そうですね。それでは失礼します。着替えは脱衣所に置いておいたので」

 

「はい、ありがとうございます」

 

屠自古は静かに部屋を出て行った。

さて、私も湯浴みをしてきますか。私は少し伸びをしてから風呂へ向かった。

 

 

私を見ていた視線には、全く気づかなかった。

 

 

風呂の扉を開けると暖かい湯気がフワッと身を包んだ。とても心地いい温度だった。

 

「はぁ〜、気持ちいいですね」

 

「そうですな!この湯加減、屠自古のくせに中々やりおる!」

 

「はい、屠自古は流石……え?」

 

私が声のした隣を見るとそこには、普段は後ろで縛っている白銀の髪をおろし、今は大きな布巾で体を巻いて両手を腰に当てている少女がいた。

 

「何を……しているのですか?布都(ふと)

 

「太子さまのお背中を流そうと参上つかまつった次第であります!」

 

「それにしては狙ったかのような感じで現れましたね。ここにずっといたのですか?」

 

「いえ!太子さまが風呂場に行く瞬間を太子様の自室にて伺っておりました!」

 

「………………」

 

どこに行ったのか分からないと話しておきながら、まさか私の部屋に居たとは……。

この少女は物部布都(もののべのふと)。屠自古と同じく私の部下であり友だ。だが少々頭が硬い様で、欲望に忠実、そして抑えることもあまりしない。私を大変慕ってくれているのは分かるのだが、少々度がすぎることがある。

 

「ふぅ、まぁ仕方ありませんね。では布都、お願いします」

 

「承りましたぞ太子様!この物部布都、誠心誠意お背中を流させて頂きますゆえ!」

 

な、なんか…不安になってきた…。大丈夫でしょうか…。

 

「いきますぞ太子さま!そぉれぇ!!」

 

「へっ!? わぁぁああ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………この後あった事は、心の内に仕舞っておくことにする…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全くもう……」

 

「ムフフフフッ いやぁ良い湯加減でしたな太子さま!」

 

「………っはぁ…」

 

まだ元気そうな布都を見てもため息しか出せない。どうすればこう…もう少し落ち着いてくれるだろうか…。

私は一日を通してひどく疲れてしまったので、食事もそこそこにしてさっさと布団に入った。

 

「また…明日も、頑張らないと…いけませんね……すぅ…」

 

この時の私は知らなかった。

知る由もなかった。

変わらないこの毎日に、変化が訪れることなど…。

 

 

 




双也くんの言葉の意味、分かる人には分かるかもしれません。含みのある展開は慣れてないので感想くれるとありがたいです。

天次の扱いはご容赦下さい。取り敢えず意外とすごい人って事で。

次回から奈良編です。ある意味、少々内容が濃くなるかもです。

ではでは。


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第三章 飛鳥編
第十八話 到着、邂逅


さぁ奈良編ですね!ここまで来るのも長かった気がします。

今回は視点が少し多く切り替わるので注意して下さい。
最初は双也視点。

では奈良編、開幕〜!


「ん〜…あと少しかなぁ…」

 

時刻はだいたい6時頃。諏訪を旅立ってから二日目の夕方だ。神奈子に方角を教えてもらったのでその方向にずっと歩いている。旅の間は朝の瞑想なんてしてられないので昨日と今日だけやってない。都で落ち着いたら始めるつもりだけど。

 

「えーっと、今日の食材……あ、あのキノコとか食べれそう」

 

昨日もそうだが、暗くなってからではその日の食料を集められないので太陽が沈む前には野宿の準備を始めている。ついでに言うと、俺は火を起こせない故に肉を焼けないため、昼飯合わせてキノコ類しか食べていない。都での最初の夕飯は絶対肉ガッツリいってやると決めている。

 

「おいそこのお前!!痛い目見たくなけりゃ持ち物全部置いてきな!!」

 

俺が泣く泣くキノコ採集に(いそ)しんでいると、背後から怒鳴る声が聞こえた。気配から察するに大体六人くらいだろう。

……ひじょ〜に面倒くさいけど、この手の山賊はちゃんと黙らせないととてもしつこいので、仕方なく相手をする事にした。

 

「はい?何ですか?」

 

「だから、痛い目見たくなけりゃ持ち物全部置いてけ!!」

 

「ああ、そういう事なら俺は全部持っていきますよ。山賊にあげるような物は何一つ持ってないんでね」

 

「テメェ…よっぽど痛めつけられてェみたいだな…」

 

俺はわざと挑発していく。その方が攻撃が直線的になって相手しやすいのだ。だんだん山賊たちの額に青筋が浮き出てきている。あと一言だな。

 

「それに……」

 

「……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「痛い目見るのはお前たちだしな」

 

 

 

 

 

 

 

 

そう声を発した瞬間、山賊たちが襲い掛かってきた。うまく乗ったな。初めに攻撃してきたのはもちろん、俺の前にいたリーダー的なやつだ。手に持った剣を振り下ろしてくる。

 

「死ねぇ!」

 

「……ふん」

 

俺は体を逸らして剣を避けると、その腕を掴んで引き寄せ、空いた手の手刀を山賊の首元に放った。

 

「ぐえぇぇぁああ!?」

 

山賊はその場で倒れ、もがき苦しんでいる。

 

「さぁ、どんどんこいよ?」

 

一人が簡単にあしらわれて驚愕している残りの山賊たちに、俺はさらに挑発を加えた。山賊たちは一瞬ビビるが、すぐに目を殺気立たせて俺に向かってきた。

 

 

 

〜数分後〜

 

 

 

「ふむ、能力無しで戦うとこんな感じか」

 

そこには中心に俺、周りを囲うように山賊たちが倒れてもがいていた。俺は最初に声をかけてきたリーダー的な奴に近寄って顔をこっちに向かせた。

 

「なぁ山賊さんよ、これで分かったか?悪い事してると、必ず自分に降りかかってくるってこと」

 

「ひ、ひぃぃいいっ!!は、はい!分かりましたぁ!」

 

俺はいつかだか諏訪子を恐怖させた笑顔で言った。やっぱ怖がってるな。そんなに怖いかな俺の笑顔……。

 

「神はいつだって人を見てるんだ。分ったなら家帰って反省して仕事探せ。力仕事ならすぐに見つかるだろ」

 

「は、はい!!すぐにそうします!!済みませんでしたぁぁああ〜〜!!」

 

山賊たちは一目散に逃げていった。コレだけ言ってやればちゃんと分かったよな?分かってなかったら今度こそ神格化で本格的に天罰下してやる。

俺はもう一度キノコ採集を始めた。

 

 

その夜、俺はキノコも食べ終わって木を枕代わりにして寝転がっていた。

 

「ん〜〜…… 何か…武器が欲しい…かなぁ」

 

今日の戦闘。人間相手だったから能力を一切使わずにやったが、山賊たちを見て思ったことがあったのだ。やっぱり武器はあったほうがいいよなぁ、と。

 

「俺が使うならやっぱり刀だよな。もう昔から使ってて慣れてるし。結界刃で妥協してもいいけど、なんか納得しないな…」

 

まぁまた今度考えればいいか、と考えるのを止めて、俺は眠りについた。

 

 

 

 

「やっと着いたぁぁ!」

 

翌日、半刻もしない内に都に着いた。関所?みたいな門があったけど、特に警備とかはしていない様だ。村…と言うか、町の賑わい様は(さなが)らいつかの大和の国の様だ。

なんかいい匂いがする…あ、あそこにお団子屋さんがある!

 

「すいませーん、みたらし団子二本とお茶下さーい」

 

俺はそう言って団子屋さんに入った。すると中の方から年配の豪快そうな男性が出てきた。

 

「お?見ない顔だが、あんたここ来るの初めてかい?」

 

「あ、はい。ついさっきココに着いたんですよ。歩いていたらいい匂いがしてきたもので」

 

「そうかいそうかい!それなら一回目の団子は無料で食べてっていいぞ!味を確かめて帰ってくれよな!!」

 

おお、ホントに!?諏訪子から銭は一応貰ってあるので支払いはしっかりするつもりだったのだが…お団子屋さんの店主はいつの時代もいい人揃いだ。

うむ、めっちゃ美味い。

 

「あんた、なんだってこの都へ来たんだい?」

 

お団子を幸せに味わっていると、さっきの店主さんが声をかけてきた。

 

「"十人の話を同時に聞ける人がいる"って噂を聞いたもので、その人を見に来たんです。何か知ってますか?」

 

まぁ俺の予想通りなら十中八九知ってるだろうけどな…。

内心そう思いながらも一応聞いた。すると突然店主さんは豪快に笑い出した。

 

「ガッハッハッハッハッ!!兄さん、そんなのは愚問ってもんさ!知ってるも何もその方はこの都じゃ一番の有名人だ!」

 

「ほう?」

 

「それは向こうの屋敷に住んでる摂政、豊聡耳神子(とよさとみみのみこ)さまの事よ!!」

 

やっぱりか。十人の話を聞くとか聖徳太子以外考えられない。ここは東方projectの世界だし、まぁ神子さん以外無いよな。

俺は店主さんにお礼を言うと、また町を散策し始めた。すぐに神子さんとこ行ってもいいけど、どうせ簡単には会えないだろうし、あったとしても接点を作れない。町を見て回った方がいいと判断した。

 

「やっぱ凄い賑わいようだな。下手したら大和の国より………ん?なんだこの音…」

 

町をブラブラ散策していると、どこからかカンッ!カンッ!という音が聞こえてきた。俺は興味を引かれ、フラ〜っと音のする場所に行くとそこには……

 

「ほ〜う?こりゃあいい。ふむ…そうだな…教えてもらったほうがいいかな…」

 

俺は興味のままにそこへ入り、中で仕事をしていた人に声をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

〜同刻 神子の屋敷〜

 

 

「ふぅ〜…取り敢えずひと段落、ですかね」

 

私は豊聡耳神子。聖徳太子とも呼ばれている摂政だ。今私は朝から書いていた書類を捌き終わり、椅子の背もたれに寄りかかって休憩をしていた。

その様子を見てか、隣に居た屠自古が声をかけてくれた。

 

「お疲れ様です太子様。今お茶を入れてきました。少し一服なさってください」

 

「ああ、ありがとうございます屠自古。ズズズ……」

 

はぁ〜あったかい。仕事の合間のお茶は普段よりも美味しく感じられる。なんと言うか、とても落ち着くのだ。

私がお茶を味わっていると、屠自古が思い出したような声を上げた。

 

「あ、そうだ太子様。例のアレ(・・)、完成したそうですので取りに行かせましょうか?」

 

「ああアレですか。もう完成したんですね。正直、私に必要なものだとはあまり思えないのですが…」

 

「何言ってんですか太子様!もっと立場をわきまえてください!あなたはこの都を取り仕切る大切なお方なのですから、命でも狙われたらどうすんですか!?」

 

ちょくちょく可笑しな敬語が混ざっているあたり、屠自古も少し動揺しているようだ。まぁ護身用の武器(・・・・・・)が必要だと迫ったのは屠自古だし、無理はないのかもしれない。

 

「はぁ、分かりましたよ。あそこへは私が行きます。私の為に作ってくれたものを私が受け取らないのでは失礼ですしね」

 

私がそう言うと屠自古は何か言おうとしたが、やめたようだ。私は早速準備をして門のところまで来た。後ろには屠自古をはじめとした数人の家来が居る。

 

「では行ってきますね。留守をお願いします」

 

「「「「はっ!!」」」」

 

「早めに戻ってきてくださいねー!」

 

私は屠自古たちに見送られて町に出た。

 

 

 

 

 

(ふむふむ、民たちは皆平和に暮らしているようですね♪)

 

私は歩いている途中でも民たちに目を配っていた。私の理想は、どうな人でも平和に暮らせる世。その為にはまず民たちに目を向けていかないといけないと思っているのだ。

 

「え〜…あっちですね」

 

民に目を向けながら目的地を確認する。実は、依頼するのも屠自古がどんどん話を進めてしまって、私自身はまだ行ったことがないのだ。だから教えてもらった道を確認しながら進んでいく。

 

「あ、あった!あそこですね!……………!?何、あの人……!?」

 

「そこをどうかお願いしますよ!!教えてください!!」

 

「ダメだって言ってるだろう!うちは弟子を取るつもりは無いし、そんな簡単に教えられる技術でもねぇんだ!」

 

私がそこに着くと、何やら二人が揉めていた。私が来たのは

町でも有数の鍛冶屋(・・・)だ。どうやら、その技術を教えてもらいたくて揉めているらしい。でも私が驚いたのはそんな事ではない。

 

(な、何なの?この人本当に人間!?抑えているようだけど私には分かる……人間が持つには大きいこの霊力……!!それにこの()…たかだか数十年しか生きられない人間が持つ欲?まるで、ずっと先の未来に希望を抱いている様な…)

 

私は少し意を決して、その人間らしくない人(・・・・・・・・)に声をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

〜鍛冶屋前 双也side〜

 

 

「大丈夫です!俺に時間ならたっぷりあるので!教えてください!」

 

「お前なぁ、鍛冶屋の仕事舐めてるだろ?まだいい年なんだからもっと別の仕事探せ!」

 

う〜ん…中々折れてくれない…。俺が音を聞いて入った場所は鍛冶屋だった。どうやら鉄を打つ音だったらしい。

丁度刀が欲しかったところだし買ってみようと思ったのだが、よく考えると俺は刀をずっと使い続けるつもりだし、そうなると刀本体にも何か細工が必要なわけで。

という訳で今こうして刀の作り方を教えてもらえるよう頼んでいるのだ。全然聞いてくれないけど。

 

「お願いします!!」

 

「あのなぁ…」

 

あーだんだんイラついてきているな。でもこっちも引き下がれないし……。

そう思っていると、横の方から声がした。

 

「そこの者」

 

俺が振り返ると、そこには周りの人よりも少し豪華な装飾の施された薄いクリーム色の着物を着た女性が訝しそうな目でこちらを見ていた。誰?なんか見たことある気が…。

そう思っていると、鍛冶屋の人が声をあげた。

 

「み、神子様!?まさか直々にいらっしゃるとは!」

 

「え?みこさま?」

 

みこさまって事は……この人が豊聡耳神子!?俺が知ってるのと全然服が違うんですけど!?てゆうか、特徴的なあの剣も持ってないんだけど!?

俺が内心結構驚いていると、神子が口を開いた。

 

「ええ、私が受け取りに来ました。でももう一つ、たった今用事が出来ました」

 

神子は視線を緩めないまま、こちらに向き直って言った。

 

「あなた……何者ですか? 本当に………人間ですか?」

 

 

 

 

 

 




神子さんの見た双也の欲。
願い、とも言えるかもしれませんね。

ではでは。


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第十九話 為政者への手解き

今回も少し長くなってしまいました…。
いや、これぐらいの方が読み応えあるかな…?

初めの方は双也視点、中盤から久しぶりの三人称視点。

ではどうぞ〜!


「あなた……何者ですか?本当に………人間ですか?」

 

 

 

 

出会い頭に神子から言われた言葉。俺は内心驚いている。まさかいきなり人間とは違うことを見抜かれるとは…。

だが、逆に好機だとも思った。正直どうやって神子と関わろうか困っていたのだが、これなら何かしら接点を作れるかもしれない。

俺はそんな事を考えながら、あえて神子を知らない(てい)で応えた。

 

「質問の意味がよく分かりませんね。俺はただの旅人ですよ?ついさっきこの都に到着したんです」

 

「嘘を吐かないでください。あなたの霊力はただの人間が持つには大きい。それに私は人の欲と本質を見抜く事が出来る。嘘は通用しません」

 

欲と本質を見抜く…俺に正体を尋ねてくるあたり、種族の事は見抜けていない様だな。て事は神子が感じた霊力も全体の量までは分かっていないのかも…。

俺はまだ会話で神子の人物像を探っていく。今度は俺が尋ねた。

 

「仮に俺の正体が人間じゃなかったとして、どうするんですか?」

 

俺の質問に神子は少し考えてから口を開いた。

 

「………あなたがもしこの都に害を及ぼす存在、もしくはそういう気があるなら……今ここで、あなたを倒して追い出します」

 

神子は鋭い目つきで答えた。コレは本気っぽい。なるほど、確かに為政者だな、民の事を第一に考えている。さて、これからどうしようかな…

俺が考えていると、神子から俺に話しかけてきた。

 

「はぁ…話す気がないと言うなら力尽くで聞き出す事にします。旅人よ、名は?」

 

「神薙双也」

 

「では双也、今から私と決闘をしましょう。私が勝ったら、あなたの事を洗いざらい話してもらいます。あなたが勝ったなら…そうですね、その鍛冶屋に弟子入りさせてあげましょう」

 

ほーう?決闘か。よっぽど自信があるみたいだな。神子の霊力は確かにかなり大きいけど俺程じゃない。やっぱり全体の量は把握出来て無いんだな。勝てば弟子入りさせてくれるって言うし、利用しない手はない。鍛冶屋のお頭はかなり不本意そうな顔をしているが、神子の言うことなので反論出来ないのだろう。

俺はそう結論付けると、申し出を受け取った。

 

「いいでしょう、受けて立ちます。ココでは危ないですし、向こうの平原の方でやりましょう」

 

「そうですね。 ………少し待ってください」

 

神子は行こうとした俺を引き止めると、鍛冶屋のお頭に何か言った。するとお頭はすぐに工房の奥へ消え、間も無く戻ってきた。その手には見覚えのある剣が握られており、それを神子に渡した。

 

(なるほど…あれが七星剣か。……すごい剣だな)

 

その七星剣は、素人の俺でも分かるくらいの業物だった。存在感がとても強い。様々な装飾を施され、力強さも感じる。

俺がそう思っていると七星剣を受け取った神子が近寄ってきて言った。

 

「お待たせしました。さぁ、行きましょう」

 

「はい」

 

「………何も言わないのですね、これの事」

 

神子は握っている剣を見て言った。申し訳ないとでも思ってるのかな?神子も根は優しいのかもしれない。

俺はそう思いながら神子に言った。

 

「言いませんよ。勝つために何かを利用するのはズルい事じゃないですし」

 

「……随分余裕ですね。そんなに腕に自信があるのですか?」

 

神子は今この瞬間にも俺の正体を探ろうとしているようだ。だが俺はそんな事は気にせず、何食わない顔で応えた。

 

「まぁね、過去に色々ありまして。…例えそれを使っても、俺には勝てませんよ」

 

俺の一言で神子は俺を刺すような目で睨んできた。神子もかなりの強者なのだろうが、俺の本質を見切れないのはまだ未熟な証拠。そんな者に負けたりしない。

俺と神子は少し不穏な空気の中目的の平原に着いた。

 

「それでは始めましょうか双也。……あなたが口だけでないことを祈ります」

 

神子はそう言いながら七星剣を抜いた。刀身が日の光を反射して眩しいくらいに輝いている。

俺は手に強めの結界刃を発動し、神子と同じくらいの霊力になるよう解放して言った。

 

「まさか太子様と戦えるなんてな…。がっかりさせないで下さいよ?」

 

俺と神子は同時に駆け出し、交わる刃が火花を散らした。

 

 

 

 

 

〜神子の屋敷〜

 

 

「う〜ん、太子様遅いなぁ…剣を受け取るだけならそんなにかからない筈なんだけどなぁ…」

 

神子が屋敷を出て暫く、留守を任された屠自古は予想よりも帰りの遅い神子を心配していた。その表れか、さっきからずっと部屋の中を歩いて回っている。

 

「布都のヤツもまたいなくなってるし、どこいったんだよ…」

 

「我ならここに居るぞ?何独り言をブツブツ言っているのだ?」

 

「うわぁ!?」

 

屠自古が愚痴をこぼした直後、彼女の隣に愚痴の中心人物、物部布都が現れた。突然のことでさすがの屠自古も驚いている。

それを見て布都は大笑いしていた。

 

「あっははははは!!なんだ屠自古!ひっくり返っておるではないか!あはははは痛いっ!!」

 

「いい加減にしとけよ布都…そんなことしてる場合じゃねぇんだよ!」

 

布都に怒鳴った屠自古の拳は固く握られ、若干煙も出ている。布都はたんこぶを抑えながら屠自古に言った。

 

「なんだ屠自古、やけに焦っておるな?何かあったのか?」

 

「太子様が例の剣を受け取りに行ってから中々戻らないんだよ。それでピリピリしてる時にお前が脅かすから…」

 

屠自古は怒りや悔しさに再びこぶしを震わせ始めるが、そんな事は気にせずといった風に今度は布都が声をあげた。

 

「何っ!?太子様が戻らない!?何をやっているのだ屠自古!!太子様に何かあったらどうするつもりだ!!」

 

「いやそれはそうなんだが、太子様自身とてもお強いし、心配無いと思ってな?」

 

屠自古は少し済まなそうに言っているが、布都は一秒でも惜しいとでも言うように屠自古を急かした。

 

「もういい!!早く行くぞ!!太子様に何かある前に!!」

 

そう言って直ぐに駆け出す布都に、屠自古は内心こう思いながら着いていった。

 

(全く…太子様の事となると別人の様になるんだからな…)

 

屠自古は薄く微笑んでいた。

 

 

 

 

 

〜都の外れ 平原〜

 

 

ここでは神子と双也の戦いが続いていた。神子の七星剣と双也の結界刃が日の光で瞬く斬撃の応酬。力は拮抗していた。

 

「ちっ、さすがは太子様ですね。こちらの攻撃が通らない」

 

「あなたの太刀筋は綺麗というよりも、むしろ実践に特化したモノの様ですね。これなら斬撃が…読みやすい!!」

 

そう言うのと同時に神子は空いた双也の脇腹に攻撃を仕掛けた、が

 

「!! 何!?」

 

「そういう太子様も、まだ剣が未熟なのでは?」

 

脇腹を切り抜いた筈の七星剣は、双也の、他でもない脇腹で止まっていた。

双也は神子の剣が当たる瞬間、自らの腹の部分の原子結合を強め、七星剣の斬撃をも防げるほどに強化したのだ。驚きで出来た隙を逃さず、双也は神子を横から蹴り飛ばした。間髪入れずに追撃として旋空を放つ。

 

「はぁぁあ!」

 

「ぐうっ」

 

しかし神子はとっさに霊力を七星剣に込め、体勢を崩しながらも剣で旋空を防いだ。そこへ双也は駆けていき、縦斬りを仕掛ける。しかし持ち前の洞察力と能力によってそれを読んでいた神子は、冷静に体を逸らして避け、霊力を込めた拳を双也に叩き込んだ。

 

「ふっ!!」

 

「がはっ!」

 

もろに受けてしまった双也は肺の空気を吐き出しながら少しばかり吹き飛んだ。その様子を見て神子が言う。

 

「…どうやら、斬撃は防げても打撃は効くみたいですね。ただただ硬くなる能力ではないと言う事ですね」

 

「くっ…思ってたよりやりますね。誰かから戦い方を学んだのですか?」

 

双也のふとした質問に、神子は双也自身も驚くような言葉を発した。

 

「あなたは自分で言っていたでしょう、私の剣は未熟だと。私は戦闘を誰かに習った事はありません。全て独学で戦っています」

 

双也は驚いた。双也自身、依姫との壮絶な稽古の末に上達したこの剣での戦闘。それを神子は誰の手習いも受けずに着いてきている。これが天才って奴か…と双也は少し劣等感を抱いていた。しかし、双也の心には別の感情も湧き上がった。神子には…もっと強くなってもらいたい、と。

 

「そうですか、流石ですね。ならば…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺が少し手解きしてやろう(・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

神子は一瞬で身が震えた。突然双也が敬語ではなくなったのにも少々驚いたが、そんなことよりも双也から発せられる膨大な霊力に恐怖した。初めに見た時には想像もつかない、彼女自身の霊力の三倍以上はあろうかという霊力が、今双也の身体から溢れ出ている。

 

「あなたは…一体何者なんですか!!?」

 

「お前が未熟だと言った理由だけどな……相手の力量をしっかり見抜き切れていないからだ!」

 

双也はそう言って神子へ向かって駆け出した。と言っても、神子からすれば瞬間移動したように見えるほどの速さだが。神子の懐に入った双也はそのまま結界刃で切り上げる。辛うじて反応した神子は七星剣でそれを受けるが、あまりの圧力で体ごと飛ばされてしまった。

双也はまだ終わらないとでも言う様に霊力弾を大量に放っていく。

 

「一つ目、向かってくる攻撃から目を離すな。避けれるものは避け、当たりそうな物は受け切るか叩っ斬るんだ」

 

「うっ…ぐぅ!」

 

神子は数弾掠ったり被弾したりしているが、的確に判断して霊力弾を斬ったり受けたりしている。

双也は放つのをやめると、瞬間移動を駆使して神子の周りを不規則に飛び回り、偶に斬撃を浴びせる。

 

「二つ目、常に周囲に神経を張り巡らせろ。攻撃が読めなかったり、見えなかったりする時は気配を察して対処するんだ」

 

神子は最初の方こそ斬撃を受け続けていたが、だんだんと双也の攻撃を避けたり弾いたり出来るようになっていった。

双也は瞬間移動をやめて、始めのような接近戦を始めた。

 

「最後、ここだと思った隙は絶対に逃すな。一瞬の隙に渾身の一撃を叩き込め!!」

 

双也の斬撃を受けたり弾いたりしている間、神子は双也の隙を探していた。傷だらけの身体で、疲労した体で、剣を受け続ける中で見つけた隙に、神子はありったけの霊力を込めた七星剣を振り下ろした。

 

「はあぁぁぁあああ!!!」

 

爆発の様な音を響かせ、平原の草や土が巻き上がった。

 

舞い上がる土煙の中、双也は神子の一撃を受け止めていた。

 

「上出来だ、神子」

 

双也がそう言って神子の七星剣を弾いた瞬間、いつかの大和の兵の様に神子の身体が一瞬で斬り刻まれた。神子は力無く膝をつき、仰向けに倒れた。

 

「ハァッ…ハァッ…ハァッ…」

 

肩で息をして、苦しそうにしている神子に歩み寄り、双也は神子を見下ろして話しかけた。

 

「神子、もっともっと強くなれ。旅人なんかに負けず、どんな者からも民を守れるように」

 

「ハァッ…ハァッ…っ…はい……」

 

神子はゆっくりとだが頷いた。それを確認して、神子の傷を治そうと手を伸ばすと…

 

「そこの者!!動くな!!!」

 

都のあった方面から怒鳴る声が響いた。

 

 

 

 

双也が気付いた時には、武具を装備した人間たちが周りを包囲していたのだった。

 

 

 

 




キャラにやらせたい事が纏まってると、戦闘描写も長くなりますね!

*今回の開放は双也の全力ではありません。もし全力なら神子さんの五十倍以上はあるでしょうね。

ではでは。


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第二十話 都生活の確立

決闘のあと、です。

もう二十話目ですね…早いもんです。

では、はりきってどうぞ!


現在夕方。都に着いて一日目なのにかなり濃い内容になってしまった。親切な団子屋さんに会い、目的だった豊聡耳神子と会うことにも成功して、何故か決闘することになってしまい、手解き(フルボッコ)してあげた訳だが……

 

「あの…なんで俺こんな拘束されてんですかね…?」

 

「馬鹿者!!太子様をあんな傷だらけにした男が何言っておる!!立場を考えろ!!」

 

神子の傷を治そうとしたところで周りの兵に捕まり、なんか大きな屋敷にて、手足を縛られて拘束を受けている。なんで抵抗しなかったか?…もう疲れてたんです。面倒くさかったんです。

俺の目の前には、白銀の髪をポニーテールにした少女と、フワフワしてそうなカールのかかった髪をしている緑色の少女がいる。まぁ原作を知っているから言うが、物部布都と蘇我屠自古だ。

 

「だから、傷は治そうとしたところだったって言ってるでしょ?」

 

「そんなの信じるわけねぇだろ!大体、太子様は今緊急治療を受けている!それほどの傷をお前なんかが治せるわけねぇだろ!!」

 

「人を見かけで判断しない方がいいぞ?」

 

「コイツ…!!」

 

屠自古は頭にきたようで手を振り上げた直後、扉の向こうから声が聞こえた。

 

「太子様!まだ治療は----」

 

「大丈夫です!このくらい包帯を巻いておけばすぐに治ります」

 

「太子様!」

 

扉が開かれたその先には身体にたくさんの包帯を巻いた神子が立っていた。彼女の元へ布都が駆けていく。

 

「太子様!お身体はもういいのですか!?」

 

「ええ、まぁ。屠自古、双也の縄を解いてあげなさい」

 

「は!?太子様!?コイツは太子様を殺そうとしたんですよ!?そんな奴を…」

 

「良いんです。私が勝負を申し込んだのです。あまりに人間離れしていたものですから…」

 

屠自古は神子の言葉に驚愕している。神子から申し込んだことに驚いているのか、それとも神子に人間離れしていると言わせるほど俺が特殊なことに驚いているのかは知らないが、その場を動こうとしない。

仕方ないな…。俺は縄のあたりに広げた霊力を使って縄の原子結合を遮断し、手足を拘束している縄を切って神子に歩み寄った。

 

「!? お前…いつの間に!?」

 

驚いている布都や屠自古の視線を無視し、若干顔が強張っている神子の肩に手を乗せた。

 

「悪かったな神子。…はい、これで治ったぞ」

 

「え?……傷が…治ってる…!?」

 

神子は信じられない物を見たような表情をして、ゆっくり包帯を取っていく。現れた白い肌には、ひとつの傷も残っていない。

 

「約束は約束だ。ちゃんと守ってもらうぞ? それとは別に、ちょっとやりすぎたお詫びとして俺の事を話してやるよ。知りたかったんだろ?俺の正体」

 

「え!?いいんですか!?」

 

俺は、まぁコレならいい接点になるだろ、と思いつつ頷いた。神子は一見驚いた顔をしているが、好奇心からか目が輝いている。もう俺を追い出す気は無くなったのかな?傷を治してくれる人なら害はないだろう、とか思ってそう。元々都を害する気なんてさらさら無いけど。

俺は神子、ついでに布都と屠自古にも話を始めた。

 

 

 

 

 

〜旅人説明中〜

 

 

 

 

 

「「「か…神ぃぃいいい!!?」」」

 

「そ。神って言っても半分だけどね」

 

俺が説明すると三人とも大声をあげて驚嘆していた。能力の説明の時は、呆れの混じったモノだったが、種族についての驚嘆は純粋な物のようだ。

驚きから転じて最初に声を上げたのは布都だった。

 

「現人神というのは初めて聞いたが、要は神なのであろう!?ならば、何か願い事を叶えてくれるのか!?なぁ!?」

 

「いや、そんなに興味を示されると言いづらいんだけど、俺は天罰神って神だから願い事は…その…」

 

それを聞いて布都は見て分かるくらい暗く沈んでしまったが、その様子を見て屠自古が一言。

 

「どうせ下らない願い事なんだろ?神に願う程の事じゃないだろきっと」

 

「なぁぁんだとぉぉお!?屠自古!お主が何を知っていると言うのだ!!お主だって毎日毎日神棚に願い事をしているではないか!!この前だって太子様と…」

 

「うわぁぁあ!!!何言ってんだお前!!関係ねぇだろんな事は!!今日こそ()ってやんぞ!?」

 

「おお望むところだ!!お前なんぞ燃やし尽くしてくれるわ!!」

 

「「ぐぬぬぬぬぬ…」」

 

いつの間にか喧嘩になってしまった二人はお互いの両頬を抓って睨み合っている。なんでこんなに喧嘩腰なんだ……。

それを見かねてか、神子はいつの間にか持っていた勺で二人の頭を叩いて言った。

 

「いい加減になさい二人とも!双也は今や客人です。そんな人を前に喧嘩とは失礼ですよ!」

 

「は、はい…すみません…」

 

「申し訳ない…」

 

二人はシュンとなって俯いてしまった。まぁ神子の言い分が正論なんだから仕方ない。ずっとこの二人と一緒にいるとは、神子の苦労に頭が下がる思いだ。

神子に少しズレた関心を抱いていると、神子は俺に話しかけてきた。

 

「双也、あなたはここに来たばかりなのでしょう?では宿もまだ無い筈です。今日は泊まっていってはどうですか?」

 

「お、泊まってっていいのか?助かるな」

 

「はい。まぁでも、ずっとここに住まわせる事は出来ないので、住めるような家が見つかるまでですが」

 

「それでもいいさ。ありがとな神子」

 

神子は、お気になさらず、と言って微笑んだ。

という訳で神子の屋敷に一晩泊まったわけだが…"流石太子、いい暮らししてんな…"としか言えない生活だった。夕飯は多いし豪華だし、風呂も無駄にデカイし、一晩泊まるだけの客人に一部屋丸々あげちゃうし。こりゃあ疲れも吹っ飛ぶよな、と思った。

 

 

 

翌日、コレまた超豪華な朝ごはんを三人と食べ、今は神子と約束していた鍛冶屋に来ていた。

 

「ではお頭、お願いしますね」

 

「太子様の言うことでさぁ、断ったりゃしませんが…大丈夫なんですかこのガキ?」

 

ガキ、という言葉が少々俺の怒りを誘ったがグッと堪えた。年上なんだからこんな事で怒ってはダメだ。そう言い聞かせる。

俺の我慢を知ってか知らずか、神子がお頭に言った。

 

「大丈夫ですよ。何も心配はいりません。むしろ、普通に弟子を取るよりは大分有望株だと思いますよ。私が保証します」

 

「へぇぇ〜…」

 

鍛冶屋のお頭は品定めをする様に俺を見回す。一応笑顔を作っているつもりではあるが、引きつっていないか正直心配だ。

 

「ではお願いします。私は仕事があるのでこれで」

 

神子はそう言って帰っていった。神子を見送り終わると、お頭が話し始めた。

 

「さて、こうなった以上は仕方ねぇ。弟子の事なんか全く考えてなかったが、お前を弟子として俺の技術を叩き込んでやる。弱音なんか吐くなよ!」

 

「はい!俺は神薙双也です!よろしくお願いします!!」

 

俺はこうして無事?に弟子入りした。まぁ取り敢えず、納得のいく最高の一振りを作るまではここで技術を学ぼうと思う。なんせあの七星剣を作った鍛冶屋だ。技術をマスターすれば、七星剣に勝るとも劣らない一振りを作れるはず!!

俺は近年稀に見るやる気を出していた。

 

「ここを……こうですか、お頭?」

 

カンッ! カンッ! カンッ!

 

「そうだ。次は色をよく見て……」

 

ゴオオォォォオオオ

 

「あ、コレはこうしたほうがいいですかね?」

 

ギンッ!ギンッ! ギンッ!

 

「よし、いい感じだ。後は…」

 

シュインッ シュインッ

 

「…………よし!取り敢えず完成だ!お疲れさん!」

 

「ふぅぅ…」

 

俺はたった今完成した小刀を見ながら汗を拭った。一日目と言うことで、上手くいかなくても一通りやらせてもらっていたのだ。出来は…まぁうん。如何にも初めてだなって感じ。

初めてとはいえ、予想以上の出来の悪さにちょっとショックを受けていた時、感心するようなお頭の声が聞こえた。

 

「いやぁ…双也おめぇ、ホントに初めてか?大抵のもんは初めてでこんな出来にゃならねぇぞ?」

 

「え?コレ…出来良いんですか?」

 

「おうよ!名刀匠から見れば鉄屑のそれだが、初心者の一振りとしてはこれ以上ない出来だ。これなら一、二カ月で上等な太刀を作れるようになるかもしれねぇな!今日はもうこれでいいぞ。明日からもビシバシ行くからな!」

 

お頭は、さすが太子様だぜ。ホントに有望株連れて来やがった、とか言いながら工房の奥へ消えていった。俺もそろそろ帰ろう。

俺の気分は妙に明るかった。

 

 

 

 

 

「あれ?屠自古?」

 

俺が神子の屋敷に着くと、門の前には屠自古が立っていた。

 

「どうしたんだ屠自古?誰か待ってるのか?」

 

「おお双也、やっと来たか。お前を待っていたんだ。行くぞ」

 

「え!?ちょ、どこに!?」

 

屠自古は振り返らずにボソッっと言った。

 

「お前の家だ」

 

 

 

 

 

「ほ〜…まさか二日目にしてもう住める家を用意出来るとは……」

 

「太子様は仕事が早いからな」

 

「……それだけの理由か?」

 

現在、町の中にある一軒家の前に居る。そんなに大きな家では無い。これからはここに暫く住むのだ。

神子の仕事の早さにはかなり驚くが、まぁ摂政ならこれくらい出来ないとやってられないのかな、とも思う。

もう日は沈んできている。屠自古に礼を言って早速新しい我が家に入ろうとした時、屠自古に呼び止められた。

 

「あ、双也!太子様から言伝(ことづて)を預かってるんだ。"何かあったら手伝って貰うことがあるかもしれない"だそうだ」

 

「……まぁ別にいいけど、会って一日目、しかも一度戦った相手に頼むものかそれ?」

 

頼みごとを聞くのは別に良いのだが、知り合って間もない人を信じてしまうのは大丈夫なのだろうか?少し神子が心配になってくる。

しかし、その質問に屠自古は事も無げに答えた。

 

「太子様は人の本質を見抜ける。信用するに値する存在だって思われてるんじゃないか?」

 

「………そうか」

 

屠自古の言葉にどこか納得した。少し照れ臭くもあったが、悪い気はしない。

俺は今度こそ屠自古と別れ、新たな家で床についた。

 

 

 

 

 




布都とか屠自古とかのキャラはこんな感じで合っているのでしょうか…。一番の心配は神子さんですけどね…

ではでは。


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第二十一話 太子様の頼み事 その1『お面作り」

"あの子"の為のお話です。バレバレですねw


ではどうぞ!


「う〜ん、いったい何すんだろ?」

 

都を滞在を始めて一ヶ月。刀鍛冶の修行は順調に進み、切れ味は悪いし形も不恰好だが、なんとか太刀と言えるモノを作れるようになった。今日もまた修行に励んでいたわけだが、普段と違ったのは途中で布都が俺を呼びに来た事だ。

 

「おーい双也ー!!太子様がお呼びだぞー!!早く出てこんとお前の家ぶち壊すぞー!!」

 

「ちょ待て!!それはヤメテ!!」

 

そんな(超)物騒な事を言われたので慌てて出ると、何となく不機嫌そうな雰囲気を纏う布都が待っていた。

 

「…なんで不機嫌なんだ?」

 

「ふん!お主には関係ない!さっさと来るのだぞ!」

 

そう言うと布都は歩いて行ってしまったが、途中でこちらに振り返って一言。

 

「別に!嫉妬してるわけでは無いからなっ!太子様のお手伝いに慣れていないお前にっ!譲ってやっただけなんだからな!!」

 

「…?」

 

布都は今度こそ走って行ってしまった。なんか典型的なツンデレっぽいセリフだったけどどこか違かった。

布都の去り際の言葉から、神子に手伝いを頼まれた、と理解した俺は、お頭に断って鍛冶屋を出て今に至る。

 

「えーっと、豊聡耳神子関連と言えば……アレかな?」

 

屋敷へ向かって歩いている途中、神子の頼み事に付いて考えていた俺は、ひっっっさしぶりに前世の原作知識を使う事にした。すると、脳内検索に引っかかった事が一つだけあった。と言うか一つしかない。

 

「ふぅー、もしそうなら、ちゃんと上手く作ってやらないとな」

 

俺は少々ウキウキしながら屋敷への道を歩いて行った。

 

 

 

 

「神子〜?入るぞ〜」

 

屋敷に着いた俺は門番の人達に挨拶をして通してもらい、真っ直ぐ神子の部屋に来た。流石に何も言わずに入るのはアレなので、ノックして声をかけた。

 

「あ、はい。入ってください」

 

「お邪魔しまーす…」

 

俺が入ると、部屋の真ん中に大量の紙が敷いてあり、台座と木、その前に神子がちょこんと座っていた。

 

「来ましたね双也。手伝いの内容は聞いていますか?」

 

「いや…なんか、脅されて怒鳴られて勝手に帰られた…」

 

「なんですかそれは…」

 

複雑な表情をした神子は首を傾げながら俺を紙の上に座らせた。よく見れば彫刻刀の様な物もある。

 

「さて、聞かされていないのであれば説明が必要ですね。今から双也にはお面作りを手伝ってもらいます」

 

やっぱりか。原作では(はたの)こころと言う九十九神がいる。その子の大元は神子が作ったと言われるお面なのだ。今日はそのお面作りをする、という事らしい。予想通りだ。

俺は感情を顔に出さないように頑張って神子に質問した。

 

「なんで作ることになったんだ?」

 

「私の部下に秦河勝(はたのかわかつ)と言う者が居りまして、その者の依頼で人の感情を表す面(・・・・・・・・)を作って欲しい、と言うことです。感情を表した上で面を作るのは私だけでは大変だと思い、双也を呼んだのです」

 

「なるほどねぇ……」

 

確かに、面を作るだけなら練習すれば出来なくはないと思うが、面で感情を表現するとなると途端に難しくなる。感情って形にするのが難しい、と改めて思う。

俺は神子の言い分に納得しながら会話を再開した。

 

「どんな面を、とか指定されてるのか?」

 

「いえ、指定はされていません。ですから、どんな面を作ろうか悩んでいたのです」

 

「そうか…じゃあさ、"希望"を表す面にしない?」

 

「希望……ですか?」

 

ちょっと強引かな…と思いながらも希望の面を勧めた。そりゃあ、原作に関連のある事は早めに片付けておきたいからだ。まぁでも、他に理由を上げるなら…

 

「"希望"を宿した人の表情はよく知ってるんじゃないか?聖徳太子様?(・・・・・・)

 

「……あっ」

 

神子は気付いた顔をして早速作業に取り掛かった。

神子の仕事は民や国を平和に導く事。そして、その為に日夜ハードスケジュールをこなしている。自分達のために必死になってくれている神子に向けて、大勢の民が希望に満ちた表情を向けているはずなのだ。

程なくして、面の原案が書き上がった。

 

「こんな感じで如何でしょうか?」

 

「ほー…う? …なんだこれ?」

 

「希望の表情です」

 

「…………う〜ん」

 

神子が書き上げたのは、なんと言うか…形容しがたい人の表情だった。何かこう口元は歪んで笑ってて、目が釣りあがってて怒ってるみたいな…こんな表情ある?って言いたくなる面だった。

流石にダメだと思ったので、もっと原案を書くよう神子に提案する。

 

「な、なぁ神子。一回で決めるのはアレだからさ、もっとたくさん書いてみよ?」

 

「あ…はい。時間はまだありますしね」

 

 

〜数十分後〜

 

 

俺たちの目の前にはたくさんの原案が広がっている。それを一通り見渡して思った。

 

(コイツ…意外とセンスねぇ…)

 

広げられた紙には、最初の一枚と似たり寄ったりの表情が書かれている。正直に言うとほぼ変わってない。

どーすれば良いんだ…。

俺が悩んでいると、部屋の扉が勢いよく開かれた。

 

「太子様!話は聞いておりましたぞ!!希望の面ならこんなのはどうですか!?」

 

扉の先には何か紙を握った布都が立っていた。言葉から紙はおそらく面の原案なのだろうが……なんでそんな事知ってる?

 

「なんで希望の面にしようって話を知ってるんだよ」

 

「ま、まぁ…この子はよく私の部屋に忍び込んでいますから…」

 

神子は疲れた表情をして言った。もしかして今回も潜り込んでたって事か?…まぁいいか。

俺は一抹の疑問を振り払い、神子に渡された布都の原案を覗き込んだ。

 

「コレは…私?」

 

「神子の…顔、だよな…」

 

「さよう!!太子様のご尊顔なのだ!!」

 

布都の原案には、神子の顔と思われる顔がデカデカと描いてあった。

それを見て神子が布都に言った。

 

「布都…気持ちは嬉しいのですが、私達が考えているのは希望の"表情"ですよ?」

 

「はい!だから表情を……表…情?」

 

布都は確かめるように言葉を反復したあと、やってしまった!!と言うような表情をした。デデ〜ンと音が聞こえてきそうだ。

 

「うぅ〜…また失敗してしまった…」

 

「まぁまぁ、元気を出してください布都!ありがとうございますね!その気持ちは嬉しいです」

 

神子は落ち込んでしまった布都を慰めている。

俺は布都の原案をじっと見ていた。

 

「……コレにしよう」

 

「「………………え?」」

 

「これで決まりだよ神子!」

 

「え、はぁ?な、何故ですか?さっき布都にも言いましたが、私達が考えてるのは表情なのですよ?」

 

そう、俺たちが考えているのは希望の表情だ。細かく言えば希望を表した面。失念していたが、この面を作るにあたっては希望が表現できていればいいという事に気が付いた。

 

「よく考えろよ神子!この面は確かに表情じゃないが、しっかり希望を表せてるじゃないか!」

 

「?……………あ、象徴…と言いたいのですね?」

 

「当たりだ」

 

今まで希望を宿した表情に囚われていたが、コレは希望を表すのにはピッタリだ。神子は民達の希望の象徴。故に神子の顔の面は希望を表す面に十分になりうる。

俺たち二人で納得していたが、少々ついてきていない者がいる事に気が付いた。

 

「?? つまりどういう事なのだ?」

 

「お前の案に決定って事だよ。よかったな布都!」

 

「!!」

 

布都はやっと理解して嬉しそうな顔をすると

 

 

どやぁぁあああ!!

 

 

…って感じの表情を"俺に"向けてきた。この瞬間、布都が俺を呼びに来た時の去り際のセリフの意味が分かった。

 

(……アレ、"私だって出来るんだからな!!"って意味だったんだな…)

 

俺は布都に手を伸ばして頭を撫でてやっていた。

 

「…!!? な、何故我の頭を撫でているのだ!!?」

 

「いやぁ…布都は可愛い奴だなと思ってさ」

 

「か、かかか可愛い!?!?わ、わわ、我がか!?」

 

布都は顔を真っ赤にして手をワタワタしている。俺はそこまで鈍感な訳ではないから、自分の言った言葉の意味は分かっているが、ここまで反応が激しいと心配になってくる。

 

「だ、大丈夫か布都?」

 

「だ、大丈夫な訳あるか!!誰の所為だと思っておる!!もう知らんからな!!」

 

布都は立ち上がって早足に部屋から出て行ってしまった。あのハイテンションな性格だから直ぐに立ち直ると思うけど…

そんなことを考えていると、神子の視線が俺に向いていることに気が付いた。

 

「なんだよ神子?」

 

「いえ?別に?ただ女の子を弄ぶのは良くないと思っただけです」

 

「いや弄んでなんかないけど。純粋にそう思っただけ何だけど」

 

「はいはい続きをやりますよ。原案さえあれば私が削って完成できるので、原案を書いていきましょう」

 

神子は次の原案を書く準備を始めた。なんか勘違いされたままな気がするが、恐らく何を言ってもダメそうなので諦める。

原案作りは夕方まで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれが豊聡耳神子…ふふ、これを教えるには十分な逸材ね♪ そしてあの男……さて、どう使おうかしら…ふふふふふ♪」

 

 




因みに、双也くんは前世でも今世でも女誑しではありませんよ?ホントに純粋にそう思っただけなんです。許してやってください。

ではでは。


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第二十二話 太子様の頼み事 その2 『娘探し』

奈良編のバトルシーンその二!
細かいのはカットしますけど。

三人称視点。

では第二十二話!どうぞっ!


双也が都に訪れて約三ヶ月。双也という存在が現れた事を除けば、神子は今まで通りハードな仕事を黙々と続けていた。今日もその例に漏れることはなく、神子は午前に行う民の申し出を聞く仕事をしていた。

 

「ですので太子様!あの橋はそうした方がいいと思うのです!」

 

「いやいや、そんな事をしては他に迷惑がかかるだけですぞ。ここはやはり、私の申し出を…」

 

ガヤガヤ、ペラペラ。そんな擬音が似合いそうなほどに、神子の前に並んだ人達は自分の意見を話している。"十人の話を同時に聞く事が出来る程度の能力"を持つ神子は、当然すべての話を理解していた訳だが、神子の超人並みの眼や頭脳はその裏にある本質をも見抜いていた。

 

(はぁ…どの人も欲にまみれて自分の利益の事だけ考え、周りのことなど見向きもしない…これでは民の声を聞いている意味がありません…)

 

神子が見抜いた本質は、自分さえよければ良いという欲にまみれていた。今まで人間の汚い心を見てきた神子が気を狂わせずに居られるのは、ひとえに神子の精神力の強さ故と言えるだろう。

だんだんうんざりしてきた神子が端の方を見やると、ずっと話さずに座っているだけの若い女性に気が付いた。

 

「…あなたは何も話さないのですか?」

 

「あっ、えと…その…」

 

神子の言葉に気が付いた女性は、少し慌てたような素振りをしてまた黙ってしまった。

 

「大丈夫です。慌てる必要はありませんよ。ゆっくり、自分の言葉で話しなさい」

 

神子がそう言うと、少し安心した様に、女性はゆっくり話し始めた。

 

「あの、ここで言うのはどうなのかと思って今まで言えなかったのですが…広場で遊んでいた筈の私の娘が…き、消えてしまったのです!都中走り回ったのですが、どこにも、居なくて…。ですから、娘の捜索に…手を貸していただきたいのです!」

 

女性は話していくうちに涙声になり、最後には完全に泣いてしまった。泣き喚いている訳ではないが、神子は瞬時にこの女性が本当に助けを求めている事を理解した。

民の事を想っている神子は当然手を差し伸べた。

 

「分かりました。手を貸しましょう。後で私の部屋へ来てください。案内はさせますので」

 

「…!! はいっ!!」

 

女性はとても嬉しそうに返事をし、神子の家来に連れられていった。

 

 

 

 

一通りの仕事が終わり、神子の部屋。そこには座って何かを書いている神子と、向き合うように立っている先ほどの女性がいた。

暫くすると、神子は筆を止めて女性の方に向き直った。

 

「ここに書いてある場所に居る若い男に頼みなさい。この手紙と、私の名前を出せば直ぐに協力してくれるはずです」

 

そう言って手紙を渡された女性は、少し戸惑った表情をして言った。

 

「あの…太子様は手伝って下さらないのですか…?」

 

「私よりも、その男の方がいい仕事をしてくれますよ。心配はいりません」

 

神子は笑顔で言った。少し納得出来ていなさそうだが、女性は頷いて言った。

 

「ありがとうございます太子様!このご恩は決して忘れません!」

 

「いえいえ、直ぐに見つかるといいですね」

 

女性は神子に礼を言って屋敷を出て行った。その足が向かう先は紙に記された場所。

 

 

 

 

 

鉄を叩く音の響く、活気にあふれたあの場所。

 

 

 

 

〜鍛冶屋の工房〜

 

 

「えっと…この紙に…ほっ!………よし、出来た!」

 

双也は現在、工房の中で紙に向かって何かを呟いていた。それなりに付き合いのできた工房の仲間達でさえ首をかしげる様な光景がそこにはあった。

双也がそうしていると、お頭の声が工房に響いた。

 

「お〜い双也ぁ〜!!客が来てるぞ〜!!」

 

「客?」

 

双也は身に覚えがなく、不思議に思いながら外に出た。するとそこには何か紙を握りしめた若い女性が立っていた。

 

「おう双也、この人だ。お前に急用があるらしいぞ。出かける許可はしとくから、頑張れよ」

 

お頭は双也が来るのを確認すると、そう言って工房へ戻っていった。お頭はよく双也が用事で工房を抜ける事があるのを知っている。それを見越しての言葉だろう。

双也はお頭の配慮に感謝しながら女性に話しかけた。

 

「それで、何の用です?」

 

双也がそう聞くと、女性は握りしめていた紙を差し出して言った。

 

「太子様にあなたを頼れと言われて来ました。力を貸してください!」

 

「神子に?コレは…手紙か」

 

女性が差し出してきた紙は神子が書いた手紙のようだった。双也はそれを手に取り、黙読し始めた。

 

 

こんにちは双也。今回は手紙という形であなたに頼みごとをする事になりました。

単刀直入に言うと、コレを渡してきた女性の娘を探すのを手伝ってあげて欲しいのです。広場で遊ばせていたらいつの間にか消えてしまったそうです。都中探しても居なかったそうなので、都の外に行ってしまった可能性があります。同時に、妖怪に連れ去られた可能性も。

今は屠自古も布都も別の仕事で手が離せません。妖怪相手でも双也なら大丈夫だと思い、この手紙を書きました。どうか力を貸してあげてください。 豊聡耳神子より

 

 

双也は読み終わると、顔を上げて女性に言った。

 

「いいでしょう。力をお貸しします。ですが、少々危険がつきまとうかもしれませんので、私に全てお任せください」

 

「あ…ありがとうございます!!」

 

女性は何度も頭を下げて礼を言った。その様子に双也も少し困っていたが、すぐに女性を落ち着かせて準備を始めた。

 

「これをここに貼って…出来た!!」

 

工房に戻った双也は、たった今完成した太刀を腰に差して、女性と共に都の門の前に来た。

 

「ココからは私だけで行きます。大丈夫、安心して待っていてください。必ず娘さんを連れて帰ってきますので」

 

「お願いします!!」

 

その女性に見送られながら、双也は外へ走って行った。

 

 

 

 

双也は神子の手紙に書いてあった事を思い出し、妖力のまとまっているところを探して走っていた。因みに、もう人目のつくところでは無いのでスピードは自重していない。

程なくして、大量の妖力がある場所を見つけた。

 

「よし、あっちだな」

 

双也はさらにスピードをあげて走った。

 

着いた場所には大きな山がそびえていた。

双也は、大量の妖力と山というキーワードに覚えがあった。

 

「参ったな…コレって妖怪の山(・・・・)じゃないのか…?原作でも結構な危険区域の…」

 

双也の前世の知識の中に妖怪の山という物があった。天狗と鬼が住み、立ち入れば即座に攻撃を受けるという危険区域だ。だが入らなければならない理由がある。

 

「う〜ん、でもここに弱い霊力も感じるんだよなぁ…。おそらくは探してる子なんだろうけど…うわぁ、入りたくねぇ…」

 

入れば間違いなく戦いになる。面倒ごとの嫌いな双也は、いつも戦いは面倒ごと以外の何者でもない、と思っている。出来れば自ら戦いを招きたくないのだ。

 

「仕方ない…行くか!」

 

双也は決心をして山に足を踏み入れた。

瞬間、双也の周囲を何かが囲い大量の矢を放ってきた。

 

「魂守りの張り盾!」

 

双也は予想していたように…と言うか実際予想していたが、冷静に盾を発動し、身に迫る全ての矢を斬り落とした。

 

「!…貴様、ただの無謀な人間では無いようだな」

 

「俺はちょっと強いだけの人間さ。つーか、山に入っただけの人間を快く受け入れる事も出来ないのか?天狗ってのは随分短気だな」

 

双也を囲んでいたのは、背に黒い翼を生やし、手に剣や盾、団扇などを持った天狗たち、双也の知識では白狼天狗に当たる者たちだった。

双也の挑発に簡単に乗ってしまった天狗たちは次々に武器を構え、

 

「ぬぅ…お前たち!かかれ!!」

 

という掛け声と共に双也に襲いかかった。

しかし、双也は至って冷静であった。霊力を少し解放し、太刀を抜かないまま(・・・・・・・・・)天狗達に言った。

 

「お前たちじゃあ刀を使うまでもないな。…天狗の力、見せてくれよ!!」

 

天狗達と双也の戦いが始まったのだった。

 

 

 

 

〜神子の屋敷〜

 

 

双也の戦いが始まった頃、神子は自室で大量に積まれた書類を片付けていた。

 

「あと少し、ですね」

 

神子は積まれた書類を見て言った。実は今積まれているのは最初の量からはかなり少なくなった量なのだ。それでも常人がみたらうんざりする程の量なのだが。

再び書類に目を通し始めた神子は、不意に誰かの視線を感じた。

 

「!!……誰?」

 

神子は立ち上がって腰に付けていた七星剣を抜いた。

視線の主はまだ現れない。

神子は以前、双也に教えられた戦いの三つの基本を思い出し、神経を研ぎ澄ませて気配を探った。すると…

 

「そこだ!!」

 

僅かな気配の揺れを感じ、そこへ向かって七星剣を振り抜いた。しかし手応えはなく、そこに誰かいたという感覚だけが残った。

 

「ふふふっ お見事ですね。気配はなるべく消す様にしていたのに」

 

不意に神子の背後から声がした。未だ気配を探っていた神子はさして驚く事もなく向き直って剣を構えた。

そこには、青色を基調とした服と髪、フワフワ浮いているように見える羽衣を纏った女性が、妖艶な笑みを浮かべて神子を見つめていた。

 

「………あなたは…?」

 

「私は霍青娥(かくせいが)と言いますわ、太子様」

 

「何をしにここへ?」

 

神子は警戒を解かない。寧ろ、どこか余裕さえ見て取れる青娥に対して警戒心を強めている。青娥はそれをさして気にもせず言葉を発した。

 

「そんなに睨まないで下さい。私は太子様に提案があって来たのですよ」

 

「……………なんです?」

 

「太子様、あなたは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不老不死に興味ありませんか?(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




書くのが楽しくなって来たら二時間で書き終わっちゃいましたw
毎回この調子だと良いんですけどね…

ではでは。


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第二十三話 新たな武器、刃の頂点

この回ずっと書きたかった……。

ではどうぞ〜


「やぁああ!!」

 

「はぁ…いい加減理解しろよ…」

 

双也に向かい、一人の白狼天狗が突進していく。双也はそれを呆れたように見据え、構えた。

 

「正面突破じゃ何人で来ても意味ないって、さ!」

 

「!! がふぁっ!!」

 

向かってくる白狼天狗は双也に突きを放つが、双也はその腕を掴み、勢いを使って背負い投げで地面に叩きつけた。天狗のスピードと双也の力により、衝突面には小さなクレーターができている。

 

「全く…授業でやってたにわか柔道がこんな事に役立つとはな…」

 

双也は後ろを振り返り、通ってきた道を見ながら言った。

双也は今山の中間あたりまで来ている。そこに来るまで次々と白狼天狗たちが襲ってきて、そして双也はその全てをのしてきたため、双也の通った後には沢山の白狼天狗が倒れて呻いていた。

 

「体捌き足払い背負い投げ…ふつーに真面目に授業やっててよかったかもな」

 

双也は再び歩き出しながら呟いた。双也が今までのしてきた天狗達は、双也の"自称にわか柔道"によって倒されてきた。にわかなどと言ってはいるものの、技術は未熟でも現人神の身体能力と合わさった双也の柔道は、最早にわかなどと言うレベルでは無くなっている。今でも前世の感覚が残っている双也は未だ気付いていないが。

そうして歩いている内にも襲ってくる白狼天狗たちを倒していくと、いつの間にか襲ってくる頻度が下がった事に気が付いた。

 

「侵入者!!止まりなさい!!」

 

不意に聞こえた甲高い少女の声に、双也は上を見上げた。

 

「随分と荒らしてくれたようですが、それもここで終わりです!!大人しく倒されてください!!」

 

そういう天狗は、背に黒い翼を生やし、現代で言うワイシャツの様な服に黒いスカートを履いた少女だった。頭にはボンボンが付いている何かを乗せている。

双也は少女を見ると、少し驚いたように声を上げた。

 

「お?おお!?君って射命丸文? 椛は途中で見かけなかったけど」

 

「あやや?何故私の名前を知っているのですか?その椛というのは知りませんが、やはり怪しいですねぇ…」

 

(……この時代では椛はまだ産まれてないって事か)

 

双也の目の前に現れたのは、東方projectのキャラクターの一人、幻想の伝統ブン屋こと射命丸文(しゃめいまるあや)だった。同じ天狗でこの山に住むという犬走椛(いぬばしりもみじ)の名も出してみたが、文が知らないあたりまだ産まれていないのだろう、と双也は理解した。

文と話していると、次々に白狼天狗に代わって烏天狗が集まって双也を包囲した。

 

「さぁ、もう逃げられません!大人しく降伏して下さい!」

 

文は勝ち誇った顔で双也に叫ぶが、当の本人はそれを気にしない様に周りの烏天狗たちを見回していた。

一通り見終わると、双也は向き直って口を開いた。

 

「ふむふむなるほど。烏天狗ねぇ…。コレなら十分かな」

 

双也はそう言うと、今まで使わなかった太刀に手を掛け、鯉口を切ってゆっくりと抜き始めた。

 

 

現れたのは、霊力を象徴する様な美しい青色の刀身。

 

 

「な、何ですか…その刀は…?」

 

その様子を見ていた文は、焦りとも言える驚嘆の声をあげた。

 

(あの刀…霊力を放ってる(・・・・・・・)…!)

 

刀の異変に気付いた天狗達は、次々と武器を構え直していく。

それを見て我に帰った文は全員に聞こえるように声を張り上げた。

 

「い、行きなさい!!一瞬で片を付けるんです!!」

 

その号令を皮切りに、包囲していた天狗たちは双也に向かって矛先を向けた。

 

「はっ、この展開何回目だろ?」

 

双也はそう言い、焦ることなく刀を抜刀した。

 

「さて、試し斬りといこうか…!!」

 

 

 

 

天狗たちは双也の周囲を囲うように迫ってきた。彼ら烏天狗は天狗の中でも特に速い部類。この襲撃でも風のような速さで攻撃した。しかし

 

「!? 何!?どこへ行った!?」

 

「こっちだこっち!」

 

烏天狗達が前に突くと、そこにはもう誰も居なかった。突然消えた双也に驚愕していたが、上空から聞こえた声に振り向くと、そこには空中で刀を構えた双也の姿があった。

双也は薄く笑みを浮かべ、構えた刀を振り抜く。

 

「旋空!!」

 

振り抜いた刀は透き通った青色の軌跡を描き、そこから合計八つの旋空が放たれた(・・・・・・・・・・・・)

突然の事に反応できなかった天狗達は、あっけなくその場に身を沈めた。

 

「隙ありだ!!」

 

「空中で天狗に勝てると思うなよ!!」

 

空中で身動きが取れない双也に、今度は二人の天狗が攻撃を仕掛けた。

攻撃を仕掛けた本人達もそんな双也を見て獲った!と思っていたが…

 

「な、何だ…!」

 

「貴様何故、空中に立っているのだ!?」

 

奇襲をかけた天狗たちの武器は受け止められていた。双也は霊力を結合させて集め、それを足場にして立って空中で攻撃を受け止めたのだ。

 

「止まってていいのか?」

 

双也の言葉で我に帰った天狗達は、とっさに離れようとしたが片方の天狗は双也から逃れられず、刀で武器を斬られて蹴りによって地面に向かって吹き飛ばされた。

 

「くっ、もう一回!!」

 

「…甘過ぎる!」

 

双也から離れられた方の天狗は、もう一度双也に斬りかかった。しかし正面から来る天狗に双也が隙を見せるはずもなく、天狗の刃は双也が腰から振るった刀によって止められた。瞬間、

 

ザシュッ!

 

「ぐあっ!!? 」

 

双也の刀はたった今天狗の刃を止めている筈なのに(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)、天狗の腹が斬られていた。

双也はその状態から天狗の刃を弾くと、返す刀で天狗の肩から腰までを斬り抜いた。

 

「よし、完っ璧の出来だな!!」

 

双也は刀を見てそう一人呟くと、地面の方に居る天狗たちに向き直って刀を構え、ど真ん中へ突進した。

 

「!?血迷ったか!!」

 

天狗の一人はそう叫んで武器を振るったが、当然双也に当たることは無く、どころか武器もろとも体を斬り付けられていた。

双也はそこで止まることはなく、刀を振るって次々と天狗達を斬り伏せていく。

軌跡を残して進む双也の姿は、まるで蒼い嵐の様だった。

それを見ていた文は、ある不可解な事に気が付いた。

 

(……あれ?…刀を振るう回数と刀傷の数が一致しない…?)

 

文が双也の動きを注意深く見ていたからこそ気づけた違和感。双也が嵐のように進みながら刀を振るう回数よりも、天狗達が付けられる傷の数の方が圧倒的に多いのだ。

双也の実力をある程度まで見抜いた為に、隙を見つける為ずっと双也を凝視していた文は、この事から仮説を立てて作戦を考えていた。

 

(もしあの男の能力が"一振りで二度以上斬りつける程度の能力"なら……)

 

文は双也と少し距離を取り、ありったけの妖力で大量の妖力弾を作り、双也に向けてマシンガンの様に放った。

 

(距離を置いて弾幕を張り、動きを制限する!!)

 

流石の双也も弾丸の中を進むわけにもいかず、その場に止まって迫り来る妖力弾を捌き続ける。

 

「結構な量の妖力持ってるな、文!」

 

「お褒めに預かり光栄ですっ!光栄ついでに…」

 

文は妖力弾を放つスピードと密度を最高まであげた。

 

「死んでください!!」

 

突然激しさを増した弾幕に双也は少し焦り、弾幕を捌ききれなくなってきた。そしてついに妖力弾が一つ当たり、双也がよろめいた。

 

(ここだ!!)

 

そう思った文は、残った烏天狗達に向かって声を張り上げた。

 

「今です!!総攻撃!!!」

 

怯んだ双也に向かって約二十人ほどの天狗たちが襲いかかった。その速さは今までの比ではない。全員が自分の持つ速さの限りを尽くし、双也に刃を向けた。

勝った!! 全員がそう思った。だが次の瞬間、その場には絶望を顔に貼り付けた文だけが残っていた。

 

「ウソ…でしょ……」

 

攻撃を受ける瞬間、双也はよろめいた体を回転させ、その勢いを使って刀を振り抜いた。その瞬間、双也の周囲につむじ風の様な青白い何かが発生し、迫った天狗達をことごとく斬り裂いたのだ。

 

「作戦は悪くない。でも……足りない」

 

双也は絶望に身を浸されて座り込む文にゆっくり歩み寄りながら話し始めた。

 

「弾幕で俺を近づけさせないようにしたのは良かったけど、どうやら何か勘違いしてたみたいだな。この刀の事を話そうか」

 

「………………」

 

文は黙ったまま、虚ろな頭で言葉を聞く。

 

「この刀は俺が作った霊刀、『天御雷(あめのみかづち)』。この刀の(なかご)には札が三枚貼ってあってな、それぞれ能力を打ち込んであるんだ」

 

双也はゆっくり文に近づいていく。

 

「一つ、所有者が霊力を少しでも流せば、瞬時に所有者と結合し、重さを感じなくなる。

二つ、この刀はどんな"力"の干渉も遮断する。

三つ、所有者が少しでも霊力を流せば、瞬時に周囲にある所有者の霊力を集めて、自在に原子遮断結界、つまりなんでも斬れる刃を発生させる」

 

双也は順番に指を立てて、文に向かって説明した。文は座ったまま黙って聞いている。

 

「そしてこの天御雷の刀身は、俺が常に霊力を流しながら鍛えた。だから風化もしないし、それによって札の能力が普段よりずっと強く発動出来る。刀身が青いのはその所為だ」

 

双也は文の前まで来た。すると、ずっと黙ったままだった文が小さく口を動かした。

 

「あなたは…………何者なんですか…………?」

 

その言葉に双也は笑顔で答える。

 

「初めの天狗達にも言った。俺は、ただちょっと強いだけの人間さ」

 

「!? ひぃっ!!」

 

その笑顔を見た文は、背筋が凍りつく様な恐怖を覚えた。妖怪の本能が危険を察知したのだろう。

この人を本当に敵に回したら…………死ぬ。

 

双也は文の気など気にもとめず、今度は普通の笑顔で、文の頭に手を乗せて言った。

 

「まぁこんな事しちゃったけど、向かってきたから反撃しただけだ。殺してなんかいないし、ましてや絶賛戦意消失中の文に手を出したりもしない。元気出せ」

 

「え…あ…」

 

双也は乗せた手で頭をポンポンとしながら言った。我に返ってその状況をしっかり理解した文は少し顔を赤くして言った。

 

「殺しては……いないんですね。あ、ありがとうございます…」

 

双也は少し笑うと、文の頭から手を離して立ち上がり、振り返って言った。

 

「さて、妖怪の治癒力なら治してくる必要もないかな?」

(正直面倒くさいだけだけど…)

 

双也が刀を収めながらそう思っていると、突然強い風が通り抜けた。

 

「コレは…全てお主がやったのか…?」

 

風が過ぎ、双也が目を開けるとそこには、他の者とは段違いの妖力を纏う黒髪の天狗の女性が立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




武器のネーミングについて。
"天"の字は『全て、万象』、"御雷"は日本神話で言う所の『刀、刃』から付けました。私が考える中で一番厨二臭いと思いました。はい。
……タイトルの意味、分かったでしょうか?

ではでは。


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第二十四話 仕組まれた依頼

書くこと無くなってきた……

双也視点です。

どうぞー


「コレは……全てお主がやったのか…?」

 

 

 

 

文たち烏天狗との戦闘のあと、これで先に進めると思った矢先に新しい天狗が風と共にやって来た。しかも今までよりもかなり強い。文もブルブル震えている。

 

「て、天魔様……あの…」

 

「よくやった射命丸文。後は私に任せておけ」

 

天魔?そういえば天狗達の頂点は天魔って名前だったな。今の今まですっかり忘れていた。でも問題はその天狗の頂点が敵意剥き出しだって事なんだけど…

 

「天魔、聞きたい事が----」

 

「質問に答えろ。コレは…お主がやったのか?」

 

取り敢えず行方不明の娘について聞こうと思ったけど、言葉を遮られた。霊力が弱過ぎて正確な場所まで特定できないから天魔なら分かるかと思ったんだが…

天魔は質問を繰り返し、さっきよりも鋭い視線で俺を睨んでいる。

 

「……そうだ。俺がやった」

 

「そうか…」

 

瞬間、天魔の姿が消えた。俺が目で追えないなんて中々やるな。でも…気配が消されていない。

俺は素早く天御雷を半分くらいまで抜き、迫ってくる拳を刀身で受け止めた。その瞬間の衝撃波が土を巻き上げてひろがった。

天魔はギリギリと歯ぎしりをしていた。

 

「よくも……よくもっ!!」

 

「悪いな天魔。向かってくるなら反撃する」

 

俺は鞘で天魔の腹を殴り、距離を開けた。

念の為天御雷を確認するが、ひびは入っていない。

"力を遮断する。"コレは腕力でも能力でもこの刀を破壊出来ないという事。物理的にではなく、概念的に遮断しているのだ。

確認を終えると、俺は天魔に話しかけた。

 

「でも、流石に疲れてきたから戦いたくない。だから…」

 

「!!?」

 

「はい、これで終わり!」

 

俺は天魔の背後に瞬間移動し、肩に手を乗せて言った。

触れたついでに能力も使う(・・・・・)

天魔は慌てて手を振り払い、バックジャンプするが

 

「!? 何!?」

 

天魔は1m程しか跳べていなかった。そりゃそうだ、俺が能力で人間と同じ様にしたんだから(・・・・・・・・・・・・・)

 

「お主!何をした!!」

 

「能力でお前の体と妖力を切り離した。今のお前は、妖力を持たないただの人間同然だ。…話、聞いてくれるよな?」

 

天魔は悔しそうな顔をしていたが、ゆっくり頷いた。

さて、やっと本題だ!天魔に人間の女の子を見なかったか聞いてみる。

 

「早速だけど天魔、この山で人間の女の子を見つけなかったか?」

 

「……見つけていたとしてどうするつもりだ?」

 

「都に連れて帰る」

 

俺がそう言うと、天魔は何故か眉間に皺を寄せて睨んだ。え、なんで?なんかマズイこと言った?

天魔は強い視線のまま俺に言った。

 

「人間というのは自分勝手だな。自らの子を捨てて置いて、今度はまた連れ帰るだなどと----」

 

「待て。自らの子?その子は一人でここに来たんじゃないのか?」

 

女の子の親は都で必死に探していた。俺はその親に依頼を受けてここに来たのだ。

自分の子をわざわざ捨てて探させる?違和感しかない。

そう考えていると、天魔は少し怒った口調で言った。

 

「何を言っている!見つけた部下の天狗から報告があった!その子を置いてどこかへ消えた者が居たと!」

 

「どこかへ…消えた…? 天魔、俺はその子の親から依頼を受けて探しに来た。その言葉だと、女の子は保護してるんだな?話をさせてくれ」

 

天魔は疑いの目を向けていたが、暫くして信じてくれたようで、その子を保護している部屋まで連れてきてくれた。

 

「ココだ」

 

「ありがと天魔」

 

俺は天魔に礼を言い、部屋の扉を開けた。中には木で出来たオモチャで遊んでいる五歳くらいの女の子が、コッチを不思議そうに見ていた。

よく見ると、女の子の周りに散らかっている木のオモチャ、全部手作りっぽい。

 

「……ずいぶん可愛がってんだな、天魔」

 

「う、うるさい。早く行けっ」

 

天魔は少し恥ずかしそうにして俺を急かした。あんまり天魔を弄っても仕方ないので、女の子の前でしゃがんで話しかける。

 

「こんにちは。お兄ちゃんの名前は双也。君はなんていうの?」

 

「えと、華は(はな)って言うの!お兄ちゃん、なんでココに来たの?」

 

「華ちゃんを迎えに来たんだよ。華ちゃんは誰とここに来たの?」

 

俺は軽く自己紹介すると、早速本題に移った。華ちゃんが親とここに来るのはおかしい。なら誰が…

 

「えっとね、キレイな青いお姉ちゃん!」

 

「青い…お姉ちゃん…?」

 

「そうだよ!広場で遊んでたらね、青いお姉ちゃんが来てここに連れてきてくれたの!気付いたら居なくなっちゃったんだけど、ここに居る天狗さん達はいろんなオモチャくれて楽しいんだよ〜!!」

 

華ちゃんの言葉はもう半分聞こえていない。お姉ちゃん?誰の事だ?叩き潰してやらないと気が済まない。あんな娘想いの親から、この子を……。

その者に怒りを覚えながらそう考えていると、天魔の声が耳に入った。

 

「双也、気持ちを抑えろ。華が怖がっている」

 

俺はハッとなった。ちっ、やっぱ顔に出ちゃうな。俺は華ちゃんに笑いかけた。

 

「ごめんな華ちゃん。気にしなくていいから、そろそろ行こうか」

 

「……お家…帰らなきゃダメ?」

 

華ちゃんは少し悲しそうな声でそう言い、俺を見上げてきた。うっ、可愛い…世のロリコンと言われる人種はコレにやられたのか。何となく気持ちが分かった。

俺は湧き上がったイケナイ気持ちを押し殺し、華ちゃんに言った。

 

「華ちゃん、お母さん心配してたよ?華ちゃんが突然いなくなっちゃうから必死に探してたんだよ」

 

「うぅ、ごめんなさい…」

 

「よし、これからは知らない人に着いてっちゃダメだよ」

 

「うん!」

 

そう華ちゃんに約束させ、俺たちは天魔の屋敷の表に出た。今更だが、文は俺が斬った天狗たちの治療をしている。言っても、それを専門にしてる天狗の補佐だけど。

俺は行く前に振り返って天魔に言った。

 

「今日は悪かったな天魔。妖力は戻しといたから、今度来た時にはお茶くらい出してくれよ!じゃ!」

 

俺は華ちゃんを抱えて都の前まで瞬間移動した。

 

 

「ふっ…全く、自分勝手な奴だ。 さて、あの部屋片付けるか…」

 

 

 

 

俺たちが都の門前に着くと、依頼主である華ちゃんの親が待っていた。俺たちを見つけ華ちゃんの存在を確認すると、目に涙を浮かべて駆け寄ってきた。

 

「華ああぁぁああ!!」

 

「わっぷ!お母さん、苦しいよ…」

 

お母さんは叫びながら華ちゃんを抱きしめた。少し苦しそうにしていたが、お母さんが離れると小声で呟いた。

 

「あの…お母さん、勝手に行っちゃってごめんなさい…」

 

その言葉を聞くと、お母さんは再び涙を浮かべて華ちゃんを抱き締めた。俺は、良い親子だな…とその様子を眺めていた。

お母さんは俺に気づくと、何回も頭を下げてお礼を言ってきた。

 

「本当に…本当に有難うございました!!あなたの事は決して忘れません!!」

 

「お兄ちゃんバイバーイ!!」

 

二人は家に帰っていった。俺も二人に手を振って見送った。

さて、華ちゃんの言っていた"お姉ちゃん"の事も気になるが、取り敢えずは神子に報告しないと。

俺は屋敷に向けて歩き出した。

 

 

 

 

俺が屋敷に着いて中に入ると、普段よりも静まり返っている感じを覚えた。

 

「…? みんなもう帰ったのか?」

 

神子の部屋を訪ねても中に居なかったので、屋敷の中を歩いていると、中庭に沿った形で設けられている縁側に座って、顔を出し始めた月を一人ボンヤリと眺めている神子を見つけた。

 

「神子、華ちゃ…娘探しの件、無事に終わったぞ」

 

今までそう呼んでいたせいか、とっさに華ちゃんと言いそうになった。

神子は俺に気付いた様で、ゆっくりこちらに振り向いた。

 

「そうですか。双也なら無事に達成すると思っていました」

 

「ああ。………どうしたんだ神子?」

 

「え?」

 

「何か……悩んでるのか?」

 

俺は振り返った神子の顔が悩んでいる様に見えた。それに…何となく、何かを怖がっている感じもする。

神子は再び月を眺め始め、答えた。

 

「まぁ…そうですね。悩んでいるのかも…しれません。……双也、少しお話があります」

 

「ん?なんだ?相談なら乗ってやるぞ」

 

俺は神子の隣に座った。月明かりに照らされる神子の横顔は、何故か物悲しく見える。

 

「双也…私……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仙人に……なろうと思うんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




今回書くのが少し難しかったです…。未熟な証拠ですね

ではでは。


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第二十五話 神子の決断

難しい!!……それがこの回を書くに当たっての感想です。

それではどーぞー!


「不老不死……か…」

 

日が沈み、月が都を照らし始めた頃、私は縁側でボンヤリ月を眺めて昼間の出来事を考えていた。

 

 

 

 

 

「太子様、あなたは…不老不死に興味ありませんか?」

 

 

双也に手紙を書き、仕事を再開して少し経った頃に現れた霍青娥と名乗る女が言った言葉。

不老不死などある訳ない!…そう思ったけれど、青娥の言葉には私を惹きつける力があった。

 

「そんなものありはしない、と思うでしょう?実はあるのですよ。究極的に不老不死になる方法が」

 

「それは…?」

 

「道教、という宗教を信じ、修行することです」

 

「道教…?」

 

道教なんて宗教は聞いたことがない。私が知らない宗教、それはこの国には存在しないという事。つまり

 

「青娥、あなたはこの国の者ではありませんね? 都を取り仕切る私を引き入れて、この国でその道教とやらを広める。という算段ですか」

 

私の言葉に、青娥は笑みを深くして応えた。

 

「さすが太子様!話が早くて助かりますわ!

ええ、 確かに私がここへ来たのは道教を広める為です。私は大陸の生まれですが、そちらでは強者が多くてですね…」

 

「ならばハッキリしました。私があなたに手を貸す道理は無い。国を平和に治める為に仏教を広めている私が、別の宗教を信じる必要などありません」

 

私はハッキリそう言った。しかし、私に拒絶されたのにそれも計算通りと言うような顔をした青娥はこう言った。

 

「そうですね。太子様は仏教によって国を平和に導こうとしている。でも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このままでは難しいのでは?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

青娥は狙っていたような笑みを浮かべた。それが何とも気味が悪く…。

私は青娥に理由を聞いた。

 

「……何故そう思います?」

 

「太子様ならば分かっているでしょう?仏教を信じきれていない者がいるからこそ、私利私欲の為に動く今朝の様な者達がいるのでは?」

 

「…………………」

 

青娥の理屈は的を射ていた。仏教を広めようと頑張っても、欲に駆られて行動する民達は沢山いる。これでは平和に治めることは……出来ない。

静寂は、青娥が破った。

 

「そこで道教です。道教の目的は全宇宙そのものを理解し、力とし、最終的には不老不死、仙人になる事です」

 

「……今で出来ないならば、仙人になって未来を治める事に勤めろ、と言うことですか」

 

「はい! 端的にはそう言う事ですわ!」

 

巧妙に青娥に乗せられている気はしたが、青娥の言うことにも一理はある。このまま仏教を広めても、国が平和になるとは限らない。ならば……

 

「……修行というのは…?」

 

「やっとその気になってくれましたか!修行というのは、道教の教えに基づいた方法ですわ。こちらはそれなりに時間がかかりますが、手っ取り早く仙人になる方法も実はあります。それは…」

 

 

 

 

私はこの時の言葉を思い出して気持ちが沈んでしまった。月明かりもいつもより暗いように見える。

私がそうしていると、横から声が聞こえた。

 

「神子、華ちゃ…娘探しの件、無事に終わったぞ」

 

私に声をかけたのは双也だった。華、と言いかけたのはきっと依頼の女の子の名前なのだろう。

妖怪絡みだと判断した為双也に頼んだが、怪我は無い様で安心した。

 

「そうですか。双也なら無事に達成すると思っていました」

 

「ああ。………どうしたんだ神子?」

 

「え?」

 

「何か……悩んでるのか?」

 

……少し驚いた。そんなに顔に出ていただろうか。それとも現人神のカンなのか。それはわからないが…双也になら話してもいいかもしれないと思った。

 

「まぁ…そうですね。悩んでいるのかも…しれません。……双也、少しお話があります」

 

「ん?なんだ?相談なら乗ってやるぞ」

 

双也は私の隣に座って言った。私は月を見上げながら双也に小さく言った。

 

「双也…私……仙人に……なろうと思うんです」

 

「仙人…なんでだ?」

 

双也は私に理由を求めた。声からは優しさが伝わってくる。

 

「私は今まで国を、都を平和にしようと努力し、仏教を広めてきました。でも…このまま頑張っても、己の欲の為に周りを気にしない様な民はいつまでも生まれる。これでは平和へ導けないと気付いたんです」

 

双也は静かに聞いてくれている。私は話を続けた。

 

「道教という宗教は最終的に仙人、不老不死になることができます。世を平和にするには時間がかかる。仙人になって未来に生きる民達を救おうと思うんです。でも…」

 

「でも…?」

 

「…その為の修行には同じくらいの時間がかかる。これでは意味がない。だから…私はもう一つの方法を選ぼうと思います」

 

私は少し言うのを躊躇った。それは人としての終わりを意味する方法だから。しかし双也は真剣に聞いてくれている。その目を見て、頼ろうと思った。

 

「それは……一度死に、未来で蘇る事です」

 

「…………………」

 

双也は黙っているが、驚いた感じではない。私の表情から読み取っていたのだろうか。

 

「ですが…怖いんです。蘇り、仙人になるためとはいえ、死ぬのが……とても怖い。死んだら、どうなってしまうのか分からない…。蘇るまでに何があるのか、分からない。….ずっと、暗闇なのかも、しれない…」

 

私はいつの間にか涙を流していた。話すたびに、その量は増えていく。それを止める事も出来ない。

双也は優しく私を抱きしめ、背中をポンポンと叩いてくれた。

 

「……ま---、…---の---よ…」

 

「……え?」

 

胸を貸してくれている双也から、小さく、本当に小さくだが途切れ途切れに聞こえた。だが、私が思考を巡らせる前に双也が口を開いた。

 

「神子、お前が決めたことならそうすればいいと思う。でも後悔だけは絶対にするな。過去には戻れない。やり直すことはできない。それでも仙人になるって言うなら…死ぬのが怖いなら、落ち着くまでこのままでいてやる」

 

双也の言葉を聞いた途端、川が氾濫したように涙が溢れてきた。私はそのまま双也の胸に顔を埋め、泣いた。

 

 

 

 

「ふふ、太子様も意外と純情ですわね」

 

 

 

 

私が泣いているうち、そう声が響いた瞬間、ヒュガガッと音がした。私が顔を上げると、私を片手に抱いたまま刀を抜刀した双也と、何度も斬られた様な襖を背に、少し焦った顔をして立っている青娥がいた。

 

「悪い神子、少し離れる」

 

「そ、双也…!」

 

双也はそう言って手を離し、立ち上がった。

そして双也の髪がだんだん白くなっていくのを目にした。

 

「俺がたった一つ許せないのはなぁ…お前だよ、霍青娥」

 

「あら、なぜあなたが私の名を?」

 

「そんな事は今どうでもいい。忘れてたよ、この時代にはお前が居たってな」

 

双也が何を言っているのか分からない。双也と青娥は初対面の筈。なのに忘れてた?(・・・・・)矛盾している。と、そう考えていると突然思考が掻き消された。

 

「っ!? 何…!?」

 

「神子、その事は今考えるな」

 

顔を上げると、双也が私に手のひらをかざしていた。双也の…能力!?

双也は再び青娥に話し始めた。

 

「神子の話を聞いてやっと気付いたよ。今回の依頼、女の子をあそこに連れて行ったのはお前だろ?」

 

「あらあら、バレていたのね」

 

「…ふざけんな!」

 

双也が再び刀を振るうと、今度は青娥の服の所々と頰が斬れた。青娥の頰から血が伝っていく。

 

「何をしたか分かってんのか?妖怪の山は人間にとって極めて危険な場所。俺を遠ざける為だけにそんな所にわざわざ人間の子を置き去りにして…命を軽く見ているとしか思えない」

 

「!?」

 

私は驚いた。全部青娥が仕組んだことだったなんて…。

双也はまだ話を続ける。

 

「大方、なるべく早く仙人にする為に、神子には蘇りの方法に誘導する様な会話の仕方でもしたんだろ?

………お前、人の命を何だと思ってんだ?」

 

ちらっとだが、風になびいた髪の隙間から双也の目が見えた。その目は今まで見たことがないような激しい殺気を込め、強く輝いていた。

 

「ふふ、既に不老不死である私からすれば、人の命なんて消えても早いか遅いかの違いですわ。早めに死んだからと言って何も変わらない。ただ、太子様には仙人になる価値がある、と言っているだけです」

 

「……命の重みに違いなんて無い。でも、罪を犯せば相応の報いを受けるだけ。軽ければ拳骨、重ければ死…。お前の罪は、命を軽んじ、他人の繋がりを切る事に何も感じないその薄情さ。…神子のためにも、一回死ぬヤツの気持ちを味わってみるか?」

 

双也は持っていた刀をゆっくり振り上げた。それにはだんだんと霊力ではない別の力が集まっていくのを感じた。

こんな力が打ち下ろされたら青娥が…

私は気づいたら双也の前に立っていた。

 

「そこをどけ神子。コイツにはちゃんと罰を下してやらないと気が済まない」

 

「ダメです。そんな力を振り下ろせば青娥は死んでしまう。天罰神とはいえ、人間でもあるあなたが人を殺してはいけない…!」

 

「!」

 

体は震えていたが、私は強く双也を睨んで言った。

すると双也は目を見開いて刀を下ろした。同時に集まった力も分散し、髪の色も戻っていく。

 

「…今回は神子に免じて許してやる。実際は誰も死んではいないし。だが青娥、警告だ。もし神子が仙人になることが出来なかったら、それはお前の所為で死んだ事になる。その時は、今度こそ罰を下してやる。……忘れるなよ」

 

双也はそう言うとパッと消えてしまった。おそらく家に帰ったのだろう。私は力が抜けて座り込んでしまった。

 

月明かりが照らす縁側には、私と青娥だけが残されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、人間。……でも、神としての俺って………?」

 




終わり方…変ですね。ゴメンなさい。

分からない部分があった時は質問して下さい。今回ばかりは展開がおかしいかもしれないと思っているので。

ではでは。


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第二十六話 暫しの別れ

奈良編も終わりです。諏訪編と比べたら若干短いかもです。ついでに言うとこの回も短めです。

それでは奈良編最終話、どうぞ!


神子に仙人になると聞かされてから一週間経つ。都では"太子様が重い病にかかった"と噂が流れていた。確か、原作でのこの文句は神子の死を偽装するために流したモノだった気がする。

俺はいつも通り、鍛冶屋にて刀鍛冶をしていた。

 

「双也、おめぇ太子様の見舞い行かなくて良いのか?仲は良いだろう?」

 

「…ああ、良いんです。喧嘩した訳では無いですけど、そのうち行きますから」

 

俺が作業をしていると、お頭が心配して声をかけてくれた。やっぱり良い人だ。

お頭は心配した様な目で俺に言った。

 

「……双也、今日は休め。太子様の病は重いんだろ?見舞いには早めに行ったほうがいい」

 

「え、でも…」

 

「いいから行け!今日は休みだからな!!」

 

お頭に襟を捕まれ、工房の外に放り出されてしまった。少々乱暴だが、それにはお頭の優しさが詰まっている感じがした。

 

「……ありがとうございます…お頭…」

 

俺は工房の奥に消えていったお頭に小さく礼を言い、神子の屋敷へ歩き出した。

 

 

 

 

「そこをなんとか!一目だけでも!」

 

「ダメだダメだ!太子様は今療養中だ!騒がしくしてはお体に響く!」

 

神子の屋敷の前にはたくさんの人集(ひとだか)りが出来ていた。みんな神子の見舞いに来たのだろうが、家来によって侵入を防がれている。

コレも神子の努力の結果か…と思いながら人を掻き分けて進み、家来の前まで来た。

 

「通してくれないか?」

 

「!… 神薙双也様ですね。あなただけは通すようにと神子様から言われております。どうぞ」

 

俺は家来に軽く会釈して中に入った。後ろからは"なんでアイツだけ!!"とか"お前が一体何をしたんだよ!!"とか聞こえるが、生憎相手してやれる気分ではない。

俺はまっすぐ神子の部屋まで来た。

 

「…神子、居るか…?」

 

「はい。入ってください」

 

扉をノックして言うと、中から返事が帰ってきた。俺が中に入ると、それぞれの布団に入って座っている神子と屠自古、布都、そして立っている青娥がいた。

青娥は俺の姿を確認すると話しかけてきた。

 

「予想通りですわ。御三方も送るのが私だけでは寂しいでしょうから、あなたを待っていました」

 

「ああ。…青娥、俺の警告…分かってるな?」

 

俺は青娥を睨んで言った。しかし、青娥は調子を狂わせずに笑みを浮かべて答えた。

 

「ええ♪寸分の狂いもなく完璧な術式を組ませて頂きましたわ!万が一にも失敗はしません!」

 

「ならいい」

 

俺は三人に向き直って声をかけた。

 

「……やっぱり、二人も一緒にいくんだな」

 

原作知識で分かっていたとはいえ、死ぬつもりでいる人を見るのはやはり少し辛い。少し表情が暗くなったからか、二人はいつものように元気な声を出した。

 

「何を暗くなっておる双也!!我らは仙人になるのだ!祝う所だぞここは!」

 

「祝うのはともかく…お前が思い詰める必要はないだろう。…安心しろ、太子様には私達がついてる。お前は願ってるだけでいいんだ」

 

「…なら、神子を頼む」

 

二人は力強く頷いた。これから自分達も一度死ぬってのに…ホント、優しい奴ら。

俺は神子の側に近寄って話しかけた。

 

「…気分は?」

 

「ええ、少し怖いですが…落ち着いています。双也のおかげでしょうか…?」

 

「ふふ、だといいけどな」

 

神子の手を握る。まだ暖かい、柔らかな手だった。

俺は神子の目をまっすぐ見て言った。

 

「…神子、少しの間は会えなくなるけど………目覚めた先で、必ず会える。神子にも、布都にも、屠自古にも、…青娥にも、必ず会いに行く。みんなの繋がりを…忘れないでくれ」

 

「………はい!」

 

神子は最後に微笑んで応えた。瞬間、三人の下に太極の模様が出現し、光が包み込んだ。光が止んだ後には、目を瞑って横たわっている三人の姿が。

……暖かかった神子の手は、既に氷のように冷たくなっていた。

 

「…………っ…く……」

 

俺は目と頰に熱を感じた。泣くのなんて稲穂の時の以来だ。人の死を見るのは、やっぱり辛い。

 

「術式、完全に成功致しましたわ。双也は少し外に出ていてくれるかしら」

 

「……ああ」

 

青娥にそう言われ、神子の部屋を出る。向かった先は、神子に仙人の事を打ち明けられたあの縁側。そこに座ってボンヤリとする。

 

「……死に際を看取るのは、損な役回りだな…」

 

空を見上げてそんな事を考えていた。看取る側はいつも立場が同じ悲しむ方、辛い方。稲穂の時もそうだった。

そうしてボンヤリしていると、やる事が終わったのか青娥が近寄ってきた。

 

「何をしてたんだ?」

 

「術の最後の仕上げよ。媒体にする道具と一緒に埋めてきたの」

 

青娥は隣に座りながらそう言った。

 

「ああ、そう言えば、蘇りの術式には媒体が必要だったな。

…………ありがと、青娥。ちゃんと成功させてくれて」

 

俺は媒体の事を思い出し、最後までやってくれた青娥に礼を言った。青娥は少し複雑そうな表情をしていた。

そして青娥は、意を決したように俺に話しかけた。

 

「ええ、それはいいのだけど……

 

 

 

 

 

双也、あなたは一体……何を知っているの?」

 

 

 

 

 

「…………………そうだな、口を滑らせたのは俺だったな」

 

俺は一週間前の、この部屋であった出来事を思い出した。俺が青娥のやり方に怒って神格化し、殺しかけた時だ。その時うっかり元々青娥を知っていたような口ぶりをしてしまったのだ。

ここまで来てしまっては、少しくらい言わないと青娥は引いてくれそうにない。

 

「………そうだな…このお話の行く先(・・・・・・・・)…かな」

 

「………え?」

 

青娥は訳がわからないといった顔をしている。でも全部の事を明かす気は無い。俺は立ち上がって青娥に言った。

 

「お前はまた放浪でもするんだろ?俺は旅を再開しようと思う。この刀も完成したしな」

 

俺は腰に挿してある天御雷を見て言った。

 

「…お前にも、神子が目覚める時にまた会うだろ。じゃあな、青娥」

 

俺は青娥にそう言い残し、瞬間移動で家まで来た。支度(したく)をし、家を出る。鍵は誰かが使えるように刺したままにしておいた。もう来ないだろうし、勝手に使ってもらって構わないのだ。

最後に、今まで世話になった鍛冶屋に訪れた。

 

「……お頭」

 

「おお?なんだ双也!今日は休みにするって言っただろ!」

 

お頭は俺が来たのを見て少し怒った口調で言った。

だが、俺は旅に出ることを伝えに来たのだ。休みも何も関係ない。

 

「お頭、俺…旅を再開しようと思ってます。お頭に教えて頂いた技術の数々…このご恩は忘れません」

 

「お、おい双也!それは、ココを抜ける…そういうことか?」

 

「…はい。勝手ながら、この工房の刀鍛冶を抜けます。すいません。でも…やる事があるんです」

 

俺はお頭の目をまっすぐ見て言った。暫くして、お頭は仕方なさそうな顔をして俺に言った。

 

「そうか…残念だが、どうも決意は固いみたいだしな。俺が言っても意味は無いだろう。

………じゃあな双也。元気でな」

 

「はい!短い間でしたけど、有難うございました!」

 

俺は会話を聞きつけて出てきた工房の仲間たちに手を振りながら門へ歩いて行った。門より外は敵だらけ。油断はならない。

 

俺はこうして、奈良の都を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




最後のテンポが早くなってしまった…。

ではでは。


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第四章 竹取物語編
第二十七話 旅の途中、"スキマ"の時間


年代を逆算してこのお話がここに。
遂にあの人の出番です!

では新章、始まり始まり〜!


都を去り、旅を再開して暫く。俺は森の中を歩いている。前世では想像も出来なかった綺麗な森だ。例えるなら…そう、もの○け姫に出てくる森。それが一番当てはまる。

歩いていると、川の流れる音が聞こえてきた。丁度喉が渇いてきたので寄って行くことにした。

 

「こっちから聞こえるな…」

 

草を掻き分け、木の根を飛び越え、辿り着いた川はとても澄んでいて美しい川だった。

 

「少し休憩しようかな〜。お、魚も泳いでる!」

 

川を覗くと魚も泳いでいた。ん〜知らない魚だな。元々魚には詳しくないけど、こんな綺麗な川で泳いでるなら食べても大丈夫だろ。

少し昼には早いけど、水を飲んでから飯の準備をする事にした。

 

 

まずは釣り。

 

「コツとかあんのかな……。まぁ引かれたら釣ればいいか」

 

近くの木で竿を作り、釣り針は石を削って作った。糸はどうにも出来ないから霊力でつる下げておく。耐久力は問題ない。コーティングしてあるし。

これで一匹釣るのに約三十分。

 

 

次、焚き火。

 

「これどーやって火起こすんだ?木どうしを擦ってればつくかね?」

 

木を集め、火を起こす。前回の旅の時は面倒だったからやらなかった焚き火。火を起こすには木どうしで擦ればいい、という安直な発想でひたすら木を擦り続ける。

これで焚き火を作るのに約一時間。

 

 

最後、調理。

 

「ん〜っと、ココ切ってこれ取り出して?かな? あ、火が消える!酸素酸素!」

 

釣った魚の内二匹は刺身、もう二匹は焼く。

先に刺身。木を切り出して作った即興まな板に魚を乗せ、小型の結界刃で切っていく。手捌きは完全にど素人だ。捌き方なんてこれっぽっちも知らないんだから仕方ない。しかも火が消えないように必死で火に酸素を繋げて送り込んでいるので手元に集中もできない。

おかげで刺身は一応食べれるがグチャグチャに。焼き魚は案外上手くいった。

これに約一時間。

 

「…………………疲れた」

 

結局飯に出来たのは大体二時頃。日も傾いてしまっている。…もう…さっさと食べよ…。

いただきます。と言ってから食べ始める。

やっぱり料理はやったほうがいいな…都では親切なお隣さんに貰ってたから…。

そうして食べていると、どっからか声が聞こえた。

 

「あらあら、こんな所に一人でいるなんて、不用心極まりないわね」

 

俺は知らない顔して魚を食べ続ける。

 

「初めまして。私は八雲紫(やくもゆかり)。妖怪よ」

 

俺より少し離れた場所に姿を現した様だが関係ない。もう疲れているのだ。

 

「こんな所に人間が居るなんて珍しいけど、このさいどうでもいいわ。早速…いただきま----」

 

「うっさい!俺疲れてんの!魚食ってんだから静かにしてろ!Are you OK!?」

 

少々ウザったくなってきたので怒鳴ってしまった。コッチの気くらい察しろ!そいつは突然怒鳴られて驚いているのか少し気圧された様な顔をしている。

………って、あれ?この人……

 

「え、あの…あんた八雲紫…?」

 

「だからそう言ったでしょう?聞いてなかったの?」

 

魚に夢中で名前を聞き逃していた。危ない危ない、この世界の主要人物とも言える妖怪をスルーするところだった。

 

「で?なんの用?」

 

一応聞いておいた。まぁ大方予想は付いているが…。

 

「ふふふ…人間がこんな所に一人でいるんですもの。

……食べたくなるのは当たり前ではなくて?」

 

「そっか。……今動かない方がいいぞ紫」

 

「? そんな事言っても無駄な事に変わりは……!! くっ…」

 

「言っただろ。動かない方がいいって」

 

紫が俺の注意を聞かずに前に進もうとしたところ、突然指が切れた。予想ができていた時点で、俺は魂守りの張り盾と同質の霊力で紫の周囲を囲んでいたのだ。

その霊力に触れたから斬れた。当然の事だ。

紫は少しこっちを睨んで言った。

 

「なら、こっちよ!」

 

紫は沢山の目のある空間を作って中に入り、消えた。なるほど、あれが"スキマ"か。実物見ると気持ち悪いな…。

俺は"近くの空間の繋がりが切れる"感覚を覚えたので、そこに向かって天御雷を抜いた。切っ先は頰に汗を垂らした紫の首元に当たる寸前で止まっていた。

 

「だから、動くなって言ってるだろ?魚食べるか?」

 

「っ………戴くわ…」

 

俺は切っ先を紫に向けたまま焼き魚を差し出した。少し警戒しているが、紫は焼き魚を受け取った。

 

「あなた、なぜこんな森の中に居るの?……ん、この魚美味しいわね」

 

紫は魚を頬張りながら俺に聞いた。嘘をつく必要もないので素直に言う。…ついでに名前も。

 

「俺は神薙双也だ。…旅をしてるんだ。俺は会っておきたい人がたくさん居るものでね」

 

「旅…だからここでお昼を食べていたという事ね。随分遅いけど」

 

「んぐっ…それは言うなよ…」

 

紫は少しニヤついている。原作でも紫はとんでもなく頭がいいらしいし、この状況の経緯もお見通しって訳だ。今の言葉…コイツ確信犯だろ…。

 

「紫は今何かしてるのか?」

 

今度は俺が紫に聞いた。もちろん、あの世界(・・・・)の創造をすでに考えているか知りたかったからだ。

紫は少し考える素振りをしてから答えた。

 

「ん〜…特には何もしていないわ。私という妖怪が生まれてからそんなに経っていないしね」

 

「そっか。…って、お前まだ生まれて間も無いのか!?」

 

驚愕。目の前にいる紫はまだ年が浅いらしい。どうりでたいして強くない訳だ。このままだと創造以前に他の妖怪に負けて殺されるかもしれない。困ったな…。

俺がそう考えていると、不思議そうな顔をした紫が声をかけてきた。

 

「ええ、そうだけど……どうかしたの双也?考え込んで…」

 

「ふむ。紫、お前もっと強くなった方がいいぞ。少なくとも"大妖怪"と呼ばれるまでには」

 

それくらいにならないと世界の創造なんて出来ないと思うのだ。大妖怪くらいになって貰わないとこっちも困る。何のために原作キャラと関係持とうとしてるのか……。

そんな俺の思いとは裏腹に、紫は取り乱した声を出した。

 

「だ、大妖怪!? 私が!? 流石に無理よ!どうやってあんな化け物に……」

 

お前もその内化け物になるんだぞ……と思った。でも恐らくこのままだと紫は進歩しない。ここは俺が導かないといけないか……。

俺は紫をどうやって導くか考え、話しかけた。

 

「紫、お前…自分の能力、空間を開くだけだと思ってないか?」

 

「? ええそうよ。私だけの空間を開いて移動できるの。便利でしょ?」

 

やっぱりか…。紫は生まれて間もないらしいので、あの強大な能力をちゃんと把握できていない可能性がある、と考えた。そして予想通り、紫は空間を開くだけの能力だと思ってた様だ。

俺は、本当の能力を教えてやれば紫にも向上心が芽生えると考えた。

 

「紫、お前の能力は空間を開くだけの能力じゃないぞ。俺が見た感じ、本当の能力は"境界を操る程度の能力"だ」

 

「境界を操る? ………ちょっと待って。それってかなり……」

 

「流石、回転が早いな。そう、かなり反則的な能力だ。物事は全て境界があるからこそ存在出来る。海と空は水平線という境界があるからこそ別々に存在でき、世界ってのは現実と幻が分かれているからこそ存在している。お前はその全てを操ることが出来るんだ。でも…」

 

俺は紫に大雑把に説明した。初対面で能力を見抜くとか怪しまれるかとも思ったが、紫が死ぬより断然良い。

紫は少し困った顔をしていた。

 

「…今は能力が使えない、だろ?力が足りてないんだ。でもその能力を完璧に使いこなせるようになったら…もう敵無しじゃないか?」

 

「!!!」

 

俺はニヤついた顔で紫に言った。我ながら良い感じに煽れたと思う。雰囲気で分かる。紫はもう完全にヤル気だ。

 

「いいわ…大妖怪まで昇りつめてやろうじゃない!」

 

紫はそう言って俺に手を差し出してきた。え、なに?

 

「その為にはきっとあなたの力も必要になるわ。だから、お友達になりましょう?」

 

「…え? 友達?………まぁいいか。何かあったら呼んでくれて構わないぞ。出来る限りは力になろう」

 

あれ…なんか既視感があるな…。俺は差し出された手を握って答えた。これで紫が大妖怪になってくれれば、自然と世界創造に辿り着くだろ。

 

「ええ!お願いするわ。これからよろしくね双也!じゃ、また会いましょう」

 

紫はそう言ってスキマに入って消えた。よし、また一つ旅の目的達成だ!

俺は残りの刺身を一気に食べ尽くして、とりあえず野宿の準備を始めた。

 

(んー……次に出会うのは誰かな…思い当たるのは二人…いや、二作品(・・・))

 

俺はそんなことを考えながら、森での一日を終えた。

 

 

 

 

 




ゆかりんの口調が違ってたらゴメンなさい。
若かりし頃、と割り切ってもらえるとコレ幸い。

ではでは。


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第二十八話 十年の旅の報い

さて、タグの超速展開が本気出してきました!
……まぁ他の作者さんたちは百年とか結構飛ばしちゃってるので私などまだまだ甘っちょろいと思いますが。

では二十八話、どうぞー!


「………なぁ紫」

 

「何かしら?」

 

「コレ何ですか?」

 

「何って…ご飯でしょ?」

 

「ご、ご飯?……あの……」

 

都を旅立ち、紫と出会って約十年経つ。その間はもちろんずっと旅をしていた訳だが、紫の修行の手伝いとかピンチに陥ったときの助けとかもしていた。

ただ俺は相変わらず野宿していた為、さすがにそろそろ危険の無い所で一夜を明かしたいと思い、紫に頼んでみた。すると紫は快くOKしてくれた。紫が住んでるのはスキマの中だがそれまでは良かったのだ。それまでは。

 

「何よ、ちゃんと調理してあるでしょ?」

 

「そーゆう事言ってんじゃねーよ!!コレ人肉(・・)だろうがっ!!食えるかこんなモン!!」

 

俺は机に平手打ちをかまして言った。

そう、紫がご飯まで作ってくれるとか言ったから任せたのが間違いだった。紫は調理したとか言ってるが、正直言って形が整っただけだ。一目でわかる人の肉。おぇ…気持ち悪い…。忘れてたよコイツが人食い妖怪だってこと…。

そう言えば初めてあった時は俺を食おうとしてたような……。さすがに十年前の会話なんか覚えてない。

取り敢えずどう足掻いてもコレは食べられないので、臭いを遮断して紫が食べ終わるのを待った。もちろん様子は見てない。と言うか見れない。

食事を終えた紫は食器をスキマに落として片付け、俺に話しかけてきた。

 

「ところで双也、前々から気になってたけど…双也の会いたい人たちってどんな人なの?」

 

「ん?あー、覚えてたのかそれ」

 

紫の記憶力に少し驚いた。それを話したのは十年前。なんで今更聞いてきたのかはあえて考えない。怒られそうだし。

俺は紫に少し関心して応えた。

 

「えっと、少々特殊な人たちかな」

 

「特殊って?」

 

「んーと…例えば……能力持ち、とか?」

 

「人間にも能力を持ってる人がいるの?」

 

「ああ。ごく稀にだけどね」

 

紫は人間に能力持ちが居ることを知らなかった様だ。ちなみに、俺の種族についてはずいぶん前に説明しておいた。紫の中では俺はもう人間では無いらしい。正直傷付いた。

紫は納得した様な声で言葉を返してくる。

 

「まぁそうよね。能力持ちがそこら中に居たら不味いものね。で、双也はそういう人達に会うために十年も旅をしていると言うわけ」

 

「……まぁ、そうだな」

 

曖昧な返事しか出来ない…。ここ十年ずっと旅してきたが、東方projectに関係する能力持ちには遭遇しなかったのだ。妖怪に遭遇する事なら沢山あったが。

そろそろお話が進んでもいいと思うんだけど…。

少し落ち込んでいると、紫が楽しそうな声で話しかけてきた。

 

「ふふ、そこで双也に面白い話があるわ♪」

 

「面白い話?」

 

なんだ?やけに楽しそうな顔してるけど…。

あ待った。これ俺をからかう時の顔だわ。

 

「ええ♪なんでも、もう少し北へ進んだ所に都があってね。その近くには絶世の美女と言われる姫(・・・・・・・・・・・)がいるそうよ?双也って初心(うぶ)そうだから、会ってくれば?」

 

俺はガタッと立ち上がった。紫は予想外の反応に少し戸惑っているようだ。

 

「な、何よ…やけに食いついたわね…近くに私がいるのに、不満かしら?」

 

「いや違う、そういう事じゃない。……探してた人物だ…!! ありがとう紫!!お前が友達で良かった!!」

 

最早紫のからかいなど耳に入っていない。やっと十年の旅が報われる!

俺の言葉で少し顔を赤くした紫を尻目に、俺はすぐに出ようとした。が、

 

「双也?どうやってココから出るつもりかしら?」

 

「…忘れてた。出してくれ紫」

 

「ダメよ。今外はもう夜。安心して寝たいから私に頼んだのではなかったかしら?」

 

あ…喜びのあまり忘れてた…。俺から頼んだのにすっぽかしてはいけないよな…。

紫も少し不機嫌になってしまったようだ。

 

「悪い紫。ちょっと取り乱した」

 

「いえ、いいわ。十年間がやっと実を結ぶんですもの。はしゃいでも不思議はないわ」

 

紫は仕方なさそうな顔で俺に微笑んだ。案外優しいな紫。

 

「じゃあ明日に備えて早く寝るにするよ。おやすみー」

 

「え、ええ…。……雑魚寝でいいのね…布団あるのに…」

 

俺はその場で寝転がって眠る準備をする。

因みに俺なりの安眠法、"周りの熱を繋げる"という札を俺自身に貼っておく。程よく暖かくなって、野宿していた俺からすると天国の様に安らかに眠ることができる。

俺はそのまま目を瞑った。

 

 

 

 

「ふあぁ〜あ。久々にぐっすり眠れた…」

 

翌日(と言ってもスキマの中だから正確には分からない)、俺はぐっすり眠れてかなりサッパリとした気持ちで起きた。掛け布団をどかして立ち上がろうとする。…ん?掛け布団?

 

「あ、もしかして紫が?」

 

周りを見渡して見ると、しっかり布団を敷いて掛け布団に(くる)まり、スゥスゥと寝息を立てている紫がいた。どうやら俺が寝ている間に布団をかけてくれたらしい。通りで寝心地が良かった訳だ。

気持ち良さそうに寝ているので起こすのにも少々躊躇ったが、体を揺らすと紫はすぐに起きてくれた

 

「紫…紫!」

 

「んぅ……何よ…」

 

「起きてくれ。そろそろ出かけたい」

 

「うぅん…あと少し…すぅ…」

 

「おい寝るなって!」

 

……と言うのはただの願いだ。コイツ…この時代からこんなに睡眠欲強かったのか…。

このまま粘っても無駄な気がするので、強行手段に出る事にした。

 

「紫!起きろ!」

 

「……ん?え!? 眠気が……!」

 

俺は能力で紫から眠気を遮断した。ホント色んな事に使えるな俺の能力…。

紫は仕方無さそうな顔をして起き上がった。

 

「はぁ…双也の能力ね。せっかく気持ちよく寝てたのに…分かったわよ起きるわよ…」

 

「いや、悪いのはお前だと思うんだけど…」

 

紫の言い方だと何だか俺が悪者扱いされてるみたいだったのでツッコミを入れておく。

紫はパッパと食事を済ませ、俺は天御雷を腰に差し、準備が出来たところで外に出た。

外は日が傾き始めているところだった。朝じゃないじゃん。

 

「困ったな…。今から進んでも今日中に着くか?」

 

俺は基本的に旅の間は歩いて進んでいる。走ったりしたら無駄に疲れるだけだし、もしかしたら大事な出会いも見逃してしまうかもしれないと思っているからだ。だがその原理で歩いて行くと、今日中に都に着かないかもしれない。俺が頭を悩ませていると、紫が話しかけてきた。

 

「あら、全然間に合うわよ?」

 

「え?どうやって?」

 

「それは……こうすれば!!」

 

満面の笑みを浮かべた紫が指をパチンッと鳴らすと、足元に浮遊感が生まれた。見てみると、たくさんの目が覗く不気味な空間が。

 

「覚えてろよ紫ぃぃいい!!」

 

当然俺はそこに落ちていく。空間が閉じる間際に見えた紫は心底面白い物を見るような目をしていた。

コレが有名なスキマ落としか!こえぇな!!

俺は衝撃に備えて身を固めた。暫くすると地面が見えてきた。

 

「ガフッ!!」

 

衝撃に備えていたとは言え、結構な時間ダイブしていたのでそれなりの威力になり、思わず声が出てしまった。

俺が落ちたところはどこかの竹林のようだ。

 

「いっってぇぇ…アイツ今度会ったらお仕置きしてやる……ん?」

 

気配がしたので振り返ってみると、御輿を担いだ人たちとなにやら護衛みたいな人たちが驚愕の表情を向けていた。

その内の一人が怒鳴ってくる。

 

「き、貴様何者だ!」

 

「え、えと…人間です」

 

「それくらい見れば分かるわ!何処の者だと聞いているのだ!」

 

護衛の人は更に声を張り上げて怒鳴った。そう言えばここ十年妖怪くらいにしか会わなかったから、取り敢えず人間だと答えるのが癖になってしまっていた。確かに人間からしたら不自然だよね。

俺はそう考え直して改めて名乗った。

 

「えーと、ここらを旅している者です」

 

「嘘をつけ!旅人が空から落ちてくるわけがなかろう!」

 

えぇ〜…じゃあどう答えればいいんだよ…。妖怪って答えたらそれはそれで攻撃させるだろうし…。

俺が頭を悩ませていると、御輿の中に居た人が声をかけてきた。

 

「まぁまぁ、いいだろう。お主もあの方に会いに来たのだろう?今までは見なかった顔だが、共に行こうぞ」

 

「し、しかし!」

 

「黙っておれ。見てわからんのか?こやつに敵意は無いだろう」

 

「………………」

 

護衛の人は黙ってしまった。まぁホントに敵意は無いからありがたいんだけど

…護衛の人、睨むのやめて。

 

「じゃあ…ご一緒させて貰います」

 

「よろしい。では御輿の隣を歩くがいい。旅の話を聞かせてくれぬか?」

 

「はい」

 

そうして俺は御輿の人(御一行)と共に"あの方"なる人がいる屋敷へ歩いて行った。紫が正しい所に落としてくれたならば、あの方ってのは十中八九あの子だろう。

俺は旅の話を御輿の人に話しながら、鬱蒼(うっそう)とした竹林を進んでいった。

 

「………ここですか」

 

「ああそうだ」

 

暫くして目的の屋敷に着いた。背景の竹林によく映える、木造の大きめな家だった。

御輿の人は声を弾ませて少し大きめの声で言った。

 

「さぁ待っておれ!我が愛しのかぐや姫(・・・・)よ!」

 

 

 

 

 




会話が自然に成り立ってるのは久しぶりな気がしますw

今回の投稿と一緒に章名の○○○○のとこを変えておきます。なんの章かはもうわかると思うので。

ではでは。


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第二十九話 竹取のかぐや姫

みっじかいです。ご注意を。

ではどぞ!


俺が御輿の人達と屋敷に近づいていくと、別の方角から何人かの貴族っぽい人達も出てきた。その内の一人は俺達を視認すると、何やら笑いを含んだ声をかけてきた。

 

「くくく、何だそのおかしな姿をした下民は。お前の連れか藤原の?」

 

「いや、連れではない。旅の者だ。ここへ向かう途中で出会ってな。こやつもかぐや姫に会いに来たそうだ」

 

藤原と呼ばれた御輿の人は、笑い声になんの素振りも見せずに答えた。それを聞いた貴族の人は、更に笑い出して俺に言った。

 

「ふはははは!!旅の者!?流浪人の間違いではないのか!?そんな下賤の者がかぐや姫に会いに来たとは!身の程を弁えたらどうだ!?ははははは!」

 

この言葉にはさすがにカチンッときた。この態度…あのクズ妖怪どもを思い出す。

俺は怒りに震えながら貴族の人に言った。

 

「おやおやぁ?民を見下すクズ貴族様(・・・・・)がこんな所に何の用で?姫の前で恥かく前に、お家帰ってその下賎の民から巻き上げた金で大福でも食ってれば?」

 

俺はクズ貴族という言葉を強調して言ってやった。その意図は貴族の人も理解したようで、額に青筋を浮かばせて怒鳴ってきた。

 

「き、貴様!流浪人のくせして!我を誰だと思っているのだ!!」

 

「知らねぇなぁ!お前みたいな貴族は覚える必要なんて無い!みんなの為自分の為に、汗水垂らして畑を耕してる農民達の方がよっぽど価値があるんじゃねぇのか!?」

 

貴族の人は青筋の他に歯ぎしりまでし始め、藤原さんと同じ様に連れていた護衛の人達に怒鳴った。

 

「貴様もう許さんぞ!!お前たち!!」

 

「「「はっ!」」」

 

「おお望むところだ!!かかって----」

 

「止めておけ。そろそろ来るぞ」

 

俺が天御雷に手をかけ、鯉口を切ったところで藤原さんに止められた。藤原さんの言葉を聞いて貴族の人、そして俺たちのいざこざを傍観していた他の人達もピッと気を引き締めた様だ。俺は静かに刀を鞘に戻した。

その直後、屋敷の扉がスーッっと開かれた。

 

「お待ちしておりました。皆様こちらへ…」

 

扉の向こうには優しそうなおじいさんがにこやかな表情で立っていた。かぐや姫って言うと"竹取物語"。きっと"竹取の翁"ってのはこの人の事だろう。

そのおじいさんに続いて、集まった人達は次々と屋敷へ入っていく。俺は藤原さんの後に続いた。

 

「さ、こちらです。どうぞごゆるりと…」

 

おじいさんはそう言って俺たちを部屋へ招き入れた。

かぐや姫に会いに来たのは俺を含めて六人。全員並んで座り、対面には顔を隠してはいるがかぐや姫が座っている。おじいさんは部屋の隅に座った。

おじいさんが座ったのを確認すると、貴族達は我先にと自分の良いところをアピールし始めた。俺は求婚しに来たのではないので静かに聞いているが……正直うるさい。そこそこの歳した男達が五人もわいのわいのしてたらそりゃあ耳障りだろう。

そうこうしていたら、こんなにうるさい中でも良く通るかぐや姫の声が聞こえてきた。

 

「皆さん、有難うございます。とても楽しいお話でした」

 

絶対ウソだろ!どこが楽しいんだよ!とツッコミたい気分ではあったが、それを聞いて貴族達もなんかデレッとした顔になったので、言うのは野暮な気がした。

かぐや姫は少し区切りをつけると、また話し始めた。

 

「もう少しあなた方のお話を聞いていたい気分ではあるのですが、残念ながらあまり時間もございません。なのでこうしましょう」

 

貴族達は身をの乗り出して言葉に聞き入る。ここまでくると少し呆れてくる。

かぐや姫は続きを話した。

 

「これから私はあなた方一人一人に一つずつ問題を出します。見事達成出来た方と結婚いたしましょう」

 

貴族達はうおおおお!と歓声を上げた。何回もここに通い続け、やっと結婚の話が出てきたからだろうか。それにしたって恥じらいは持った方がいいと思う。俺は黙ってその様子を見ていたが、今度は俺に向けた声が聞こえた。

 

「時に……そこのあなた」

 

「ん?俺?」

 

「はい。あなたは自分の事を私に紹介する訳でもなく、ずっと様子を見ていただけ。……あなたは私に求婚しに来た訳ではないのですか?」

 

ずっと黙っていたから目をつけられたようだ。まぁ雑音のない中で会話ができるし結果オーライかな。

俺はかぐや姫に答えた。

 

「ああはい。俺はあなたに求婚しに来たのではありません。ちょっとお話がしたいなと思ってまして。出来れば静かなところで」

 

貴族達は呆気に取られた顔をしている。俺といさかいのあった貴族の人なんか"何コイツホントに男か?"って顔をしている。ちょっとイラっときた。

その言葉にかぐや姫は少し驚いたような声音で言った。

 

「そ、それがあなたの願いなのですか?」

 

「はい」

 

俺が平然と答えると、かぐや姫は突然笑い始めた。

 

「ふ、ふふふ…あははははは! 私とお話する為に来たとは…ふふふふ。いいでしょう。それでも願いの一つであることは変わりありません。ならばあなたにも問題を出しましょう。どれもこれも実現するのは至難の技。あなたたちに解けますか?」

 

かぐや姫はそう言って貴族達に問題を言い渡し始めた。

ちなみに藤原さんは"蓬莱の玉の枝を持ってこい"というものだった。未来の話だけど、輝夜のスペカにこんな名前のがあったよな?起源ってコレだったんだ。

一人納得していると、俺の番が回ってきた。

 

「さて、最後です。あなたの名は?」

 

「神薙双也です」

 

「!!………では双也、あなたには"東の地に住む花の妖怪(・・・・)、その花を十本と種を十粒持ってきてもらいましょう"」

 

「…うっっげ………」

 

かぐや姫はそれを平然と言ってのけた。花の妖怪って言うとあの人しかいない。どっちが強いとか関係なく会いたくない人だ。こいつどんな鬼畜問題出したか分かってんのか?

少々先行きが不安になってきたが、コレも試練。そう思って耐えようと思う。

 

「さあ、期限は一週間後です!良い結果をお待ちしておりますよ」

 

かぐや姫がそう言って今日はお開きになった。

屋敷を出たところで藤原さんが声をかけてきた。

 

「お主…双也と言ったか?大丈夫か?妖怪なぞ相手にすればタダでは済まないぞ?」

 

「大丈夫ですよ。関わりたくは無いけど、腕っ節には自信あるので」

 

いやほんと、切実に関わりたくない。怖い。

 

「…そうか。私は藤原不比等(ふじわらのふひと)だ。よろしくな双也」

 

「あ、はい。よろしくお願いします」

 

俺は御輿の人改め、不比等さんと握手をして別れた。

とりあえず今日の宿を探さなければならない。都へ向かう事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのガキ……絶対に許さん…!念には念をだ、邪魔させて大恥かかせてやる…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

都はかなり賑わっていた。もう日も落ちかけ、暗くなり始めた頃だというのに、結構な数の人が町を出歩いている。

 

「もうこんな時代か…早いもんだなぁ…」

 

俺は諏訪の国を思い出しながら言った。あの頃は灯など無い、夜になれば闇しかない時代だった。こんな風景を見ると技術の進歩をヒシヒシと感じられる。俺も歳くったもんだな。

俺がそう考えながら歩いていると、人とぶつかってしまった。

 

「あっ…とゴメンな。大丈夫か?」

 

「ああうん、大丈夫大丈夫!コッチこそごめん。じゃ!」

 

「あ、おい!」

 

去っていった人は少女だった。いくら出歩いても大丈夫な時代とはいえ、子供が出るには遅いと思うが…。

…ん?そういえばさっきの子…どっかで見たことあるような…。

俺はそんな気がしたが、まぁいいか!とアッサリ割り切り、宿を探して都を歩き続けた。

 

 

 

 

 




双也くんは他人を見下す人が大嫌いなのです。

ではでは。


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第三十話 花を愛する妖怪

少し戦闘を長くしてみましたw
少しでも戦闘風景が想像出来たならば幸いです。

準モブキャラ視点

ではどうぞ!


「ぬぅ……全然動かないな…もう六日経つぞ…」

 

僕の名は士郎。この都である貴族の方に使える家臣だ。

まだ二十と少しの歳である僕は当然大勢居る家臣の中でも新米の新米。失敗する事も多くて怒られてばかりだった。

そんな僕に、主様が仕事を下さった。

 

「いいか士郎。これから言う者を一週間見張るのだ。かぐや姫の難題に挑戦している者の一人だ。

……成功出来るとは到底思えんが、万一に備え記録を取り、成功しそうならば邪魔してやるのだ!方法は問わん。して、その者の名は…」

 

 

 

 

「お〜うめ〜!!さすが都の宿!料理のレベルが違う!」

 

宿の自室にて、今昼飯を食べている神薙双也と言う男。

れべるだとか訳のわからない言葉を言っているが、未だ動きがない。もう六日も経つと言うのにだ。

あ、記録取っとかないと。"おかしな言葉を言いながら昼飯を食べている"…と。

そうやって記録を取っていると、神薙さんが宿を出て行きそうな雰囲気だったのでコッチも準備を始める。

もちろん尾行の準備だ。

 

「じゃあ宿屋さん。ちょっと出るから」

 

「あいよ〜。しっかり頼むね〜!」

 

神薙さんは宿に泊まり始めた時からお金を払っていない。なぜそれで宿を貸してもらえてるのかと言うと、こうして宿屋さんの頼み事を全てこなす代わりに泊めてもらっている。今回は買い出しのようだ。

僕はバレないように物陰に隠れながらついていった。

 

 

 

 

〜一時間後〜

 

 

 

 

(やっと終わりか……って言うか、あの人人間か……?)

 

神薙さんの買い出しは一時間後に終了した様だ。しかし一時間前とは姿が大きく変わっている。

両手に大量の野菜や干物、酒などが入った袋を三袋ずつ。背中に背負った大袋には、なんと豚が一頭入っている。首からも袋が下げられ、中には調味料などが大量に入っている。もう普通の人間が耐えられる重さではなくなっていると思うのだが、神薙さんは平然と歩いている。

周りの人も驚愕の視線を送っている。

と、神薙さんは寄り道をしていくようだ。

 

「すいませーん。この紙貰えませんかー?」

 

「はいはい。三勘文ね。まいどー」

 

神薙さんは花屋に寄って行って花を包む紙を買っていった。

確か神薙さんへの難問は花に関することだったはず…もしかして!やっと難問の解決に向かうのか!?

六日も見張った甲斐があった様だ。コレで成果を上げれば先輩方も僕を見直すハズ!

その後神薙さんは真っ直ぐ宿に戻り、荷物を下ろすとまた宿の外に出てきた。その手には花を包む紙が握られている。僕は慎重に着いていった。

 

 

 

 

(こんな所に何を………ん? アレは…)

 

神薙さんが来たのは都から少々離れた林の一角。まだ日は出ていて明るいが、木が邪魔で少々見失いそうになった。それでも尾行を続けて神薙さんを見つけると、隣には何やら紫色の不思議な服を着た女性がおり、神薙さんと話をしていた。

 

(むぅ、話は聞こえないな……)

 

僕が話を聞き取ってやろうと耳を澄ませていると、紫色の女性が手をかざし、そこに目玉がたくさんある気持ち悪い物を作り出した。

 

(あの女の人妖怪だったのか!そんな人と話しているとは…記録記録。それにしても…うわぁなんだアレ、気持ち悪い……。!? アレに入るのか!?)

 

僕が記録をし、目玉の物を気持ち悪がっていると、なんと神薙さんはそこへ入っていった。正気か!?

それを見届けると妖怪は去っていった。目玉の物はまだ残っている。

…あの妖怪、去り際にコッチを見た様な……。

ともあれ、尾行は続けなければならない。主様の為にも、先輩方を見返すためにも。

 

「くっ…なるようになれ!!」

 

僕はそう言って、決死の覚悟で目玉の物に飛び込んだ。中は紫色で、やはり目玉がたくさんある。しかも全てがコッチを見ているものだからタチが悪い。

暫く浮遊感があった後、出口が見えてきた。

 

「痛い!…うう…」

 

僕は着地に失敗し、打ち付けられてしまった。ちょっと足を捻った様だが、尾行が続けられないほどではない。

ゆっくり立ち上がって辺りを見渡すと…

 

「うわあぁぁ……何だこれ…凄い綺麗だ…」

 

そこには僕の知らない花が一面に咲いていた。花びらが黄色く、中央からはたくさんの種が付いている。太陽みたいな花だ。

 

「神薙さんはこの花を取りに来たのか?それだけなら別に難問でもなんでも……!」

 

そう考えながら歩いていると、声が聞こえてきた。僕は素早く花に身を隠し、しゃがんで声のする方へ近づいた。

そこでは神薙さんと、傘を持った緑色の髪をした女の人が話していた。

 

「この花を十本と種を十粒…?あなた、本気でそれを私に言っているの?」

 

「ああ、本気だ。出来れば穏便に済ませたいが…」

 

ガキィン!!…と突然耳をつん裂く様な音がなった。気づけば、神薙さんが振り下ろされた傘を刀で受け止めていた。

 

「まぁ…こうなるよな」

 

そう言って傘もろとも弾きかえす。

凄い…目で追えない様な攻撃を受け止めてはじき返した…。神薙さんは人間じゃないのか…?

僕は記録の事を忘れ、その戦いに目が釘付けになった。

 

「仕方ないから、力尽くで説得して貰ってく!」

 

「やってみなさい。人間が、この風見幽香(かざみゆうか)に勝てるならね!」

 

風見幽香と名乗る人(おそらく妖怪)は神薙さんにすごい速さで突っ込み、傘で横に薙いだ。しかし神薙さんはそれを空へ跳んで避け、刀を構えた。

 

「旋空!!」

 

神薙さんが刀を振り抜いた瞬間、何か青白い物が八つ風見さんに飛んで行く。

しかし風見さんは動くどころか笑みを浮かべていた。

 

「甘いわ。この程度で私を倒せるとでも思っているの?」

 

風見さんは笑みを崩さぬまま、傘をものすごい速さで振るうとバキキキッと音がして、神薙さんの放った青白い何かが砕けて舞った。神薙さんは少し苦い顔をした。

 

「今度は私の番…」

 

そう言って風見さんは傘を構えた。そこには光が集まっていく。

 

「喰らいなさい!」

 

風見さんの傘から大量の光の弾が放たれた。それは嵐の如く神薙さんに襲いかかっていく。神薙さんは初弾が届く前に地面の方へ素早く着地し、回避したり斬ったりしていく。

 

「ちっ! 密度濃すぎだろ! お前ほど強かったヤツは今まで居なかったよ!」

 

「光栄ね。でも……まだ本気じゃないわ!!」

 

風見さんがそう言うと弾の嵐がさらに強くなった。神薙さんは苦しそうな顔をしながらも的確に捌いていく。

なんだよこの戦い……次元が違い過ぎる……。

 

「仕方ねぇ…集束型だ!」

 

神薙さんがそう言うと、彼の姿がパッと消えた。僕はすぐに見つからなかったが、風見さんはすぐに見つけたようで自らの横へ傘を向けて弾を放つ。

当の神薙さんは、薄っすら青いモノを纏って刀を風見さんへ向けている。

 

「神鎗『蒼千弓』!」

 

風見さんの弾は神薙さんに嵐のごとく襲いかかる。しかしそれは神薙さんから放たれた大量の青い矢の様なものによって貫かれ、消えていく。青い矢達は勢いを失わずに風見さんへ迫っていった。

 

「!? くぅっ!」

 

意外だったのか風見さんは反応が遅れたが、所々擦りながらも避けた。その隙に神薙さんが懐へ入り、刀を振るう。

 

「はあああ!!」

 

風見さんは不安定な体制から上空に跳び、神薙さんの一振りを避けた。そしてそのまま落下し、勢いを使って傘を振り下ろす。土煙が舞って見えにくいが、微かにガキッガキッと音が聞こえる。

 

「やるじゃない…!私も、ここまで強い人間に会ったのは初めてだわ!」

 

「そりゃどうも!なら記念に花の数本種の数粒くらい分けてくれよ!」

 

「それはダメね。何故なら…」

 

煙が晴れ、二人に目を凝らすと神薙さんは焦った顔をし、風見さんは深い笑みを浮かべている。

よく見れば神薙さんの足に植物の根の様なものが巻きついていた。

 

「あなたはここで、私に負けて死ぬんだから!!」

 

風見さんは地に足を踏ん張り、とんでもない速さの拳を神薙さんの腹に叩き込んだ。それを何発も何発も、この地面が揺れるほどに叩き込み続けた。

僕はその光景を見つめることしか出来なかった。

 

「おぉぉらぁああああ!!!」

 

風見さんは暫く拳で乱打すると、動きを止め、構えなおして最後の一撃を叩き込んだ。ズドンッと鈍い音が響き、その風圧で並んで咲いた花が大きく揺れた。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ…」

 

風見さんは肩で息をし、とても大変そうな顔をして言った。

 

「ちっ…本当に強いわね、あなた…!」

 

「かふっ……お互い様だ…。まさか強化してもここまでダメージが来るとは…恐れ入るよ」

 

神薙さんは辛そうな表情をしながらもそう言った。

……あの乱打を食らって生きてるなんて…やっぱり普通じゃない…。神薙さんも妖怪なのか?

僕がそう考えを巡らせていると、今度は神薙さんから動いた。

 

「ちょっと、邪魔!」

 

神薙さんがそう言うと、彼の周囲に青いモノが発生した。

それを見た風見さんがすぐ様距離を開けるが、服の裾が当たって切れてしまった。

アレは…刃なのだろうか?

神薙さんは風見さんが着地する前に追撃の準備をした。

 

「風刃!!」

 

地面に切っ先を当てた刀を神薙さんが切り上げると、地面を伝い、風見さんに向かって線が伸びた。そしてその線からは先ほどの青い何かが勢いよく吹き出す。

風見さんはそれを傘で受けるも、体ごと飛ばされてしまった。

 

「頑丈な傘だな!この刀と鍔迫り合いするだけはある!」

 

「く…その青いの、どうやら何かの刃みたいね!」

 

「ご名答!そして……」

 

神薙さんは体制を立て直した風見さんに、まるで戦いを楽しんでいるかのような笑みを浮かべて言った。

 

「まだまだ終わらない。捌ききってみせろ!」

 

神薙さんが空いている片手に青いモノを集めると、なんと刀の形になった。その両刀を構え、風見さんに突っ込んでいく。それを見据えている風見さんもまた、楽しそうな、少し狂気染みた笑顔を浮かべていた。

 

「おぉぉおおおお!!」

 

「はぁぁぁあああ!!」

 

……最早僕の目では追えない。分かるのは、二人が楽しそうに得物をぶつけ合っていることと……

 

「そこぉ!!」

 

「ぐっ!」

 

若干、神薙さんが押しているという事。風見さんもうまく捌いている様だが、時折血が舞い、苦痛の声が聞こえる。

暫くそうした戦いが続いていたが、神薙さんが風見さんを蹴り飛ばし追撃に"旋空"とやらを放って区切りをつけた。風見さんは土煙で見えない。

 

「ハァ…ハァ…ハァ…もう終わりか幽香?」

 

神薙さんは土煙の中にいるであろう風見さんに向かって言った。神薙さんも所々傷があり、肩で息をしている状態だ。

土煙が晴れていくと、傘を神薙さんに向けて立っている風見さんが見えてきた。その風見さんが小さな声で一言。

 

「…マスター…スパーク!!」

 

「!! やっべ!!」

 

瞬間、風見さんが構えた傘の先から極太の光線が放たれた。その光線は地面を抉りながら神薙さんに迫っていく。

神薙さんは少し焦った表情で刀を腰に構え、叫んだ。

 

「大霊剣『万象結界刃』!!」

 

刀は青く強い光を放ち始め、神薙さんはそれを光線に叩きつけた。

バチィ!!と激しい音がして、光線を止めている。

 

「うぐぅ…くっ…くそぉぉ…」

 

だが威力が強過ぎるのか神薙さんが押されている。その間にも、光線から漏れた光の粒が神薙さんに掠って血が流れていく。僕は手で影を作りながらその様子を見ていた。

 

「ぐぅぅぅ……ぉぉぉおおおお!!」

 

このままでは負けると悟ったのか、神薙さんは力み始めた。声に合わせて、光線を受け止めている刀も前に進んでいく。

 

「ぉぉおおらああああ!!!」

 

神薙さんは渾身の力で刀を振り抜いた。すると凄まじい光が起こり、僕は思わず目を瞑ってしまった。

すぐさま目を開けると…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

弾かれた光線が僕の方に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




たまにはこう言う三人称視点も良いなと思ったり…。

風刃について。・・・はい、またあのアニメです。刃は引かれた線の全てから吹き出ます。以上。

ではでは。


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第三十一話 屋敷にて

最早お決まりの戦闘後です。
そろそろバリエーションが欲しいですね。

では三十一話!どうぞ〜!


激しい光が迫ってくる。ああ、これが走馬灯って言うのかな…ゆっくり迫ってくる様だ。

心残りは沢山ある。豪邸に住んでみたかった…元の恋人と仲直りしたかった…親孝行出来なかった……

 

 

…主様や先輩方に、認められたかった……。

 

 

僕の全てが、真っ白に染まった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あれ?……生きてる…?」

 

僕はゆっくり目を開けた。いや死んでなかった事に驚きだけど、取り敢えず目を開けて現状の把握をしようと思った。

辺りは先ほどの光線で地面が抉られ、所々花が巻き添えになって剥げた所もある。向こうには不機嫌そうな顔をした風見さん。目の前には…

 

 

黒みがかった不思議な服を着ている、あの人がいた。

 

 

 

 

〜双也side〜

 

 

「……あっぶねぇ〜…」

 

幽香との戦闘が盛り上がり、疲労困憊の状態で幽香が放ったマスタースパーク。披露状態とは思えない威力だったが何とか跳ね返し、着弾先にチラッと目を向けたら何故か人がいた。なんで人がこんなところにいるのかは不思議だったけど、このままだと間違いなく死ぬので咄嗟に間へ瞬間移動して守った。……スッゲー焦ったわ。

 

「怪我は無い?」

 

取り敢えず怪我がないか聞いてみる。服から考えると…貴族?

その人は少しの間呆けた顔をしていたが、突然我に返って返事した。

 

「…ハッ! だ、だだ、大丈夫です!怪我なんかありません!」

 

「そ、そっか。なら良いけど…」

 

絶体絶命から生還したばかりだからか結構動揺している様だ。ホントに大丈夫だろうか?

まぁ取り敢えず放っておいて、目の前の事を片付けなければならない。

俺は少し不機嫌そうな顔をした幽香に話しかけた。

 

「で、まだやるか幽香?」

 

「……はぁ……遠慮するわ。興が醒めちゃったし。そこの人間の所為でね…」

 

幽香はこの貴族っぽい人を睨みつけた。

うわ怖…俺あんなのに晒されたら生きてられない…。

案の定貴族っぽい人は気絶しちゃった様だし、どうするか…。

そんな様子を見かねたのか、幽香は仕方なさそうに俺に言った。

 

「しょうがないわね…うちに来なさい。お茶くらい出すわよ。……その人間を寝かす必要もありそうだしね」

 

「お、ありがとな幽香。お言葉に甘えるとするよ」

 

俺は目を回した貴族っぽい人を担ぎ上げ、家に向かう幽香に着いていった。

 

 

 

 

 

「ほ〜う…中々でっかい屋敷だなぁ」

 

「まぁね。さ、入るわよ」

 

幽香の家は洋式の大きめな屋敷だった。この時代になんでこのデザインがあるのかは不思議なところだが、まぁ気にしないでおこうと思う。中はエントランスから廊下までたくさんの花で彩られ、歩いていて飽きがこない。…余談だが、その中を歩く幽香の後ろ姿はものすごく絵になってた。さすがフラワーマスター…。

やがて目的の部屋に着き、置いてあるソファに座らせてもらった。貴族っぽい人は隣のソファに寝かせている。

 

「さて、それじゃあ色々と聞かせてもらうわよ」

 

幽香は自分と俺の前にお茶を置いて言った。匂いから察するとハーブティー。

って、やっぱり俺の話聞くために家にあげたのか…。

平静を装って家に上がらせてもらったけど、出来れば俺はさっさと花と種貰って帰りたかった。何故か?この人が怖いからに決まってるじゃん。

 

「……今、失礼なこと考えたわね」

 

「え!?」

 

「顔に出過ぎよ。その流し目やめなさい」

 

今の言葉で永琳のこと思い出した…まだ治ってなかったのか。何年経ってると思ってんだよ俺…。

俺は自分に少し呆れた。まぁでも、さっさと終わらせて帰りたいので観念して幽香に答えようと思う。

 

「で、何聞きたい?」

 

「まず名前。私は一方的に名乗ったから成り行きで知られてしまってるけど、あなたの名は聞いていないわ」

 

そう言えばそうだった。すっかりタイミングを逃してしまっていた。俺は幽香にちゃんと向き直って名乗った。

 

「遅れて悪い。改めて、俺は神薙双也だ」

 

「双也ね…覚えておくわ。次だけど…」

 

幽香はそう言って区切りをつけ、質問を再開した。

 

「そうね…他に言いたいことがあるとすれば、私が最後に放ったマスタースパーク、やっと跳ね返したって感じの割にそこの人間を守る時にはアッサリ打ち消してたわね。何?手加減でもしてたの?」

 

おっとそれが来たか…手加減って言うか、全開で戦ったら周りの花をことごとく斬り倒しちゃって後で恨みを買うと思ったから…。

幽香は明らかに不機嫌な顔をしている。手加減されたと思って苛立ちがこみ上げてきているのだろう。ちゃんと弁解しておかないとマズイと思った。

 

「あのな幽香…手加減って言うよりも、全開で戦ったら花を全部切り倒しちゃうと思ってギリギリの開放にしただけなんだよ。別に幽香を甘く見てたとかじゃなくて----」

 

「私の花達の為、と言いたいの?」

 

「お、おう…そういう事…」

 

突然幽香が割り込んできたから返事が曖昧になってしまった。幽香は言葉の真偽を確かめるように俺を見つめている。気分的にはあまりよろしくない。

少しして幽香は目を離し、口調を柔らかくして言った。

 

「いいわ、信じてあげる。双也も花を大切にしてくれるのね。最近は私の花を勝手に持っていくヤツも居てね。まぁ全部叩き潰して取り返してるんだけど」

 

幽香の声がだんだん低くなっていく。表情を見る勇気は俺には無い。ホントシャレになってないからやめて下さい。

幽香は咳払いして声を戻し、質問を続けた。

 

「コホン…コレで最後よ。あなた普通の人間じゃあないわよね? ここまで強い人間なんて居るはずないもの」

 

やっぱりこの質問くるよねー。……何回説明する事になんだろ…きっと東方キャラ全員出るまで説明し続けるんだろうな…。

先のことを考えて少しウンザリした。

と言うわけで割愛!

 

 

 

 

〜人間?説明中〜

 

 

 

 

「ふ〜ん、現人神ね〜」

 

「あれ、あんまり驚かない?」

 

俺は今までとは違う反応に少し戸惑った。まぁ今までワーギャー騒がれたくらいしか頭に残ってないので仕方ないと自分を納得させる。

幽香はそんな俺を見て、さも当然といった表情で答えた。

 

「そりゃそうよ。私の最高の技をアッサリ打ち消したのよ?妖怪はあり得ないし、人間では無いなら神しかないじゃない」

 

「いや…俺一応人間なんだけど…」

 

「どの口が言っているのよ」

 

「…………………」

 

ちょっと…やっぱり傷付くなコレ…。紫に次いで幽香までも俺を人間として見なくなっちゃったよ…。

俺が落ち込んで下を向いていると、横のソファからガバッという音がした。

 

「えっと…ココどこ!?」

 

「おー起きたか、ここは幽香の屋敷だよ。お前気を失ってたんだぞ」

 

俺たちが話している間に貴族っぽい人が起きたようだ。俺が現状を伝えてやると、片手を額に当てて思い出し始めた。

 

「気を失って…そうだ、風見さんに睨まれて…それで……!!」

 

貴族っぽい人は記憶を掘り出しながら顔を上げた。真っ先に視界に入ったのが幽香だったのだろう、すごい勢いで扉の辺りまで後ずさった。あー完全に怯えてるな。

それを見て幽香が言った。

 

「ちょっと、私を見ていきなり後ずさるのは失礼じゃない?いいから席に戻りなさい」

 

「い、いや----」

 

「戻 り な さ い ?」

 

「………はい」

 

幽香が睨みを利かせて言ったら渋々戻った。きっとトラウマになるだろうなーかわいそ…。

同情しても仕方ないので、貴族っぽい人に事情を聞くことにした。

 

「お前…えと、名前わかんないけど、なんであそこに居たんだ?危険なのは見れば分かるだろ?」

 

「ぼ、僕は士郎です。その…ある方の命令で、神薙さんを尾行していたんです。"神薙さんの難題が解けそうなら邪魔をしろ"と言われて…」

 

士郎は少し申し訳なさそうに言った。ここまで着いてくるくらい覚悟はあったけど、心の底ではどこか不本意だったのかな、邪魔しようとしたこと。まぁこいつが居ようが居まいが難題は解いていただろうが。

それにしても…俺の邪魔をしたがるくらい憎んでる奴なんてあの時のクズ貴族だけだよな…。懲らしめてやろうか…。

俺はそう考えていたが、ふと不可思議なことがあるのに気が付いた。

 

「そういや士郎。お前どうやってここに来たんだ?」

 

俺は紫に頼んでスキマを開けてもらい、そこを通ってここに来た。士郎はただの人間だろうし、そのままでは尾行なんか出来なかったはずだが…。

その問いに、士郎は表情を乱さずに言った。

 

「どうやってって…神薙さんが入ったあの目玉の物を通って来たんですよ?出現したままだったので」

 

「目玉の物? ……ああ…ったく紫のヤツ…」

 

士郎の言った目玉の物ってのは恐らくスキマの事だろう。俺が通った後も出しっ放しにしてたのは、多分士郎の存在にも気付いていたからだろう。なんで士郎を寄越したのかは分からないが、紫の事だし、あらかた"面白そうだから"とか言うんだろうな…。

コレで大体知りたい事は分かった。俺は幽香にお茶の礼を言って出て行こうとした。が

 

「待ちなさい双也。今夜は泊まっていったら?士郎もね」

 

「「………………え?」」

 

「もうすぐ日が落ちるわ。その目玉の物ってのを通ってきたなら道がわからないんじゃない?客を夜道に放り出すのも家主としてはよろしくないし」

 

言われてみればそうだ。直で来たんじゃ瞬間移動もできない。知らない道を暗闇の中歩くのは、俺ならまだしも士郎には危険極まりない。………従うしかないか。士郎はすごい嫌そうな顔をしてるけど。

 

「分かった。じゃあ泊まらせてもらうよ」

 

「ええ!? 神薙さん!?」

 

「士郎、お前暗闇の中を歩いてったら死ぬぞ?」

 

「うっ……」

 

「決まりね。部屋は余ってるし、そこの両脇の部屋を貸してあげるわ。私はお風呂に入ってくるから自由にしてて構わないわよ。…………覗いたら…分かってるわね?」

 

「「覗かねぇよ!(覗きませんよ!)」」

 

そう言って幽香は行ってしまった。自由にしててと言われても、下手なことしたら殺されそうなので俺はサッサと寝ることにする。

 

「じゃあ士郎、俺寝るから」

 

「はい、お休みなさい」

 

俺はあてがわれた部屋のベットで、グッスリ眠った。

 

 

 

 

 




なんだかんだ今まで通りの章の長さになりそうです。

ではでは。


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第三十二話 約束の日、気になる娘

こういう展開は少し不慣れな感じがあります。

ではどうぞ〜!


「ん…ぅう…ムニャムニャ」

 

日の光が目に入る。早起きには絶好のシチュエーションだが、昨日の戦闘で意外と疲れた今回だけはもっと寝てたい。何よりベッドがふっかふかだ。宿屋よりも気持ちいいし、なんかすごくあったかい。

俺は寝返りをうって布団の中に縮こまろうとした。しかし

 

ムニュ

 

「…ん?…何だこれ…」

 

ムニュムニュ

 

寝返りをうった瞬間、何か柔らかくてあったかいものに当たった。気になったので、眠い目をこすりながら何かを確認しようと目を開けた。すると

 

「スー…スー…」

 

…目の前に寝ている幽香の顔があった。しばらく思考停止。

 

 

 

 

「……………………え?…えぇぇぇえええええ!?!?」

 

状況に気づいた途端飛び上がってしまった。

え、何?じゃあさっきの柔らかいのって…幽香の…む、むむむ----

 

「もう…何ようるさいわね…」

 

柔らかいモノの正体に気付いて顔がすごい熱くなった。

そして俺が騒いだから幽香が目を覚ました様だ。何平然と起きてきてんですかねこの人!

 

「お、おい幽香!なんでベッドに入り込んでんだよ!」

 

狼狽した俺の言葉に、幽香はキョトンとした顔で答えた。

 

「このベッドが私の物だからよ?あなた、私が言った部屋を間違えてるわ。ここは私の部屋(・・・・)

 

「…………は?」

 

「私が寝ようと思ったら既に双也が寝ていたんだもの。てっきり私と寝たいのかと思ったのだけど?」

 

幽香は少し頬を赤く染めて言った。お、俺が間違えてたのか?確かに疲れで頭が回ってなかったのかもしれないけど…イヤイヤそれでもさ!

 

「だからって一緒に寝ることないだろ!?俺地味に初体験なんだぞ!?」

 

「あら、それは光栄ね。大丈夫よ、私は花を大事にしてくれる人なら別に一緒に寝たって構わないから」

 

「そういう問題じゃ----」

 

そうして幽香と討論していると、言葉の途中でガチャッと扉の音がした。俺たちが振り向いた時には扉が開く途中だった。

 

「神薙さん〜?朝から騒がしいですよ〜。もう少し静かに…………」

 

「「………………………」」

 

扉を開けた士郎と目が合った。あコレお決まりのやつだ。

 

「へ、部屋間違えました……」

 

「待ってくれ士郎ーーー!!!」

 

俺は全力で士郎を捕まえに飛び出した。両手で肩を掴んでコッチを向けさせる。

 

「士郎!聞いてくれ!コレは事故なんだ!」

 

「そう照れなくてもいいですよ。誰にも言いませんから」

 

「ちがーーーう!!!」

 

完全にお決まりの展開と文句だが言わないよりマシだ!

俺は必死で説明を続け、三十分くらいかかってやっと誤解を解いた。途中幽香が着替えを済ませて茶化しに来たが、決して屈しはしなかった。屈してはいけなかった。

そうして騒がしい朝を迎え、朝食を貰い、幽香の屋敷の前にいる。

 

「それじゃそろそろ行くよ。泊めてくれてありがとな幽香」

 

「あ、ありがとう…ございました…」

 

扉の前で幽香に礼を言う。士郎は相変わらず幽香が怖い様だ。まぁ仕方ないとは思うけど。

そんな様子は気にもせず、幽香は俺に話しかけてきた。

 

「双也、これを持っていきなさい」

 

幽香が手渡してきたのは花と種十ずつ。目的の物だ。てっきりくれないものかと思っていたが。

 

「え、くれるのか?」

 

「ええ、勝負で負けたら素直にあげようと思っていたのよ。勝負に決着は付いていないけど、恐らく…負けていただろうし。だからあげるわ」

 

幽香は少し悔しそうな表情をしながらも花と種を渡してくれた。俺は持ってきた花の包み紙で花を包んだ。

次に会えるとすれば…あの世界かな。

 

「じゃあな幽香。またそのうちに会おう」

 

「ええ。待ってるわ」

 

そう言って俺たちは幽香の屋敷を後にした。まだ朝も早い内だし、正午までには都に着くだろう。

気づけば、士郎が俺の隣でなにやら難しそうな、憂鬱そうな表情をしていた。

 

「どうした士郎?何か悩んで……あ、俺の邪魔を出来なかったからその主ってのに会うのが気まずいのか?」

 

言葉の途中で理由を察した事に驚いたのか、士郎は少し目を見開いた。そしてゆっくり口を開いた。

 

「…はい、その通りです。そのことで少し悩んでいました」

 

「ふ〜ん…あのさ」

 

俺の言葉の繋ぎが気になったのか、士郎は顔をこっちを向けた。俺は横目でそれを確認し、続ける。

 

「気まずいのは分かる。悩んでる事については知らないが、"人の邪魔をしろ"なんて命令する様な主人に仕えてて……辛くない?」

 

「………………」

 

士郎は俯いてしまった。俺は案外優しいヤツだと士郎を評価している。人の役に立つよう頑張れる覚悟はあるし、間違っていることならちゃんと疑問を持てるような性格をしているからだ。……何となく、あのクズ貴族に仕えさせとくのは勿体無い気がするのだ。あの傲慢な貴族には。

士郎は俯いたまま話し始めた。

 

「……僕の家は代々貴族に仕えてきたんです。世の流れで主である貴族が滅んでしまう事はあっても、貴族に仕える、これが途切れることはありませんでした」

 

士郎が話し出したのは家の事だった。多分生い立ちの話だろう。少々予想外だったがそのまま聞き続ける事にした。

 

「僕は今の家では一番下。ここ数ヶ月の内に大伴御行(おおとものみゆき)様に正式に仕えることになった新米です。先輩方は壮年の慣れた人達ばかり、失敗ばかりする僕は両親にも呆れられていたんです」

 

大伴御行? あのクズ貴族の名前か。んー歴史の授業じゃ見なかった名前だな…竹取物語の登場人物なんだろうけど。

士郎は話し続ける。

 

「今回のこの仕事は、御行様から直々に下さった命だったんです。心の内でどう思っていようと僕に任せてくれた。それが嬉しくてここまで神薙さんの尾行を頑張れたんです。でも…それが正しい事なのかどうか…考えていたんです」

 

「仕える主に従うのが正しいのか、間違いを正す事が正しいのか、だな。いや、お前の場合は家の事もあるからもう少し複雑か」

 

「そうですね…少し複雑かもしれません」

 

士郎は話してスッキリ、ではなく更に俯いてしまった。ちょっと悪い事したかな…。

でも、そうだな…やっぱり勿体無いと思う。

 

「なぁ士郎、そんなに悩む必要無くないか?」

 

「え?」

 

「悪いことしてる奴ってのは大抵自分じゃ気がつかないモンなんだ。でもお前は自分の行動にすら疑問を持てる。コレって意外と凄いことだ。そういう"修正力"をお前自身が持ってるなら、お前が素直な気持ちでパッと思い浮かべたモノが、きっと正しい事なんだと思うけどな」

 

俺の言う修正力。持ってる人はあまりいない。特に傲慢な人間は絶対に持っていない。これを持つ者が持たない者に振り回されているのはおかしいと思っている。ホントは逆の立場なのに。

 

「…………………」

 

士郎は黙っているが、表情をチラ見する限りはもう悩んではいないようだ。少し吹っ切れた顔をしている。

あとは互いにずっと無言だったが、少しして都に着いた。日は高く登ってはいるが真上ではない。

 

「じゃあな士郎。上手くやれよ」

 

「はい。ありがとうございました神薙さん。またいつか」

 

そう言って俺たちは道を分けた。そろそろかぐや姫の屋敷に向かわないとだな。俺は幽香に譲ってもらった花と種を確認し、竹林へ向かった。

 

 

 

 

「ダメだってお父様!!そんなにお金使っちゃ破綻しちゃうよ!」

 

「うるさい。少し黙っておれ」

 

俺が竹林へ向かっていると、道中で何か言い争っている人達を見つけた。

 

「あ、不比等さんじゃん」

 

よく見れば、幽香の元へ向かう前に俺を心配してくれた不比等さんだった。そのそばには黒髪の少女がいる。

あれ、あの子って数日前に俺がぶつかっちゃった子じゃね?

 

「竹取物語………少女………藤原………

あっ!!」

 

俺が声を上げたのに気がついて、不比等さん、家臣の人たち、そして少女がこちらを向いた。少し涙目になっているその顔を見て確信に変わる。

 

「あ"ーーーーーーーー!!!」

 

「ど、どうしたのだ双y----」

 

「ゴメンなさいゴメンなさいホントに忘れてましたゴメンなさい長生きし過ぎて頭が回ってなかったんです許してください!!!」

 

ダッシュで少女に近寄り両手を握って必死に謝る。

なんで忘れてたんだよ妹紅(・・)の事!!大事な原作キャラじゃないか!!

妹紅は凄い戸惑った表情をしている。

 

「お、お父様…知り合い?」

 

「あ、ああ…一応顔見知りではある…」

 

「良かった…ホント、妹紅をスルーしなくて良かった…」

 

俺の言葉を聞いて二人が首をかしげた。

? 俺なんか変なこと言ったか?

 

「えっと…双也、だっけ? 私の名は妹紅じゃないよ?(・・・・・・・・・・・・)

 

「…………ゑ?」

 

「双也、こやつは私の娘、焔華(ほのか)だ」

 

「………え? え? ほの…か?」

 

妹紅だと思ってた少女は俺に頷き返す。 いやでもどう見たって……。

そうこうしていると、不比等さんは思い出したような声を上げた。

 

「おっと、こうはしていられない。双也も向かうところだろう?共に行こうぞ」

 

「うぇ? あ、ああ…」

 

突然だったので少し反応が遅れた。未だ納得はできていないが、確かにそろそろ行かないと間に合わない。

そんな折、もこ…焔華は再び切羽詰まった表情で不比等さんに言った。

 

「お父様! お金を使いすぎだよ! そんな女の為にどうしてそんな必死になるのさ!!」

 

「焔華、お前には分からん。金は使う為にあるのだ。お前も伴侶が出来ればいずれ分かることだ」

 

「………………」

 

違う。焔華はこのままでは生活できなくなると言っているのだろう。不比等さんの言い分も分からなくはないが…正直言って詭弁だ。家族を蔑ろにしてまで使うべき金なんて存在しないと思う。恋は盲目、とはよく言ったものだ。

俺はその様子を静かに見ていた。

 

不比等さんと歩き、かぐや姫の屋敷についたのは日が真上に登ってしばらくした後だ。そこには既に他の四人は集まっていた。……大伴御行もそこにいる。

 

「おお流浪人双也殿!(・・・・・・・)妖怪には勝てましたかな!?」

 

「お陰でね腐れ貴族御行様!(・・・・・・・・)!そちらこそ偽物の用意は出来ましたか!?」

 

「もうやめんかお前たち……」

 

早速突っかかってきたので反撃する。ホンット気に食わない奴!!

その様子を傍観者たちは呆れた目をして見ていた。

全員集まったところで扉が開く。

 

「皆様、どうぞこちらへ……」

 

 

 

 

 

 

 




冒頭のハプニング、一度書いて見たかったんですw

ではでは。



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第三十三話 六つの難題、答え合わせ

貴公子を前にした輝夜の口調ってどんななんですかね?

引き続き双也視点。

ではどうぞー!


一週間前に来た時と同じ部屋。再度集まった俺たち六人はゾロゾロと部屋に入り、並んで座る。

最初に声を発したのはかぐや姫だった。

 

「では皆さん、早速解答と参りましょうか」

 

かぐや姫がそう言うと、丁度俺とは真反対の方にいる貴族の人が品物を出した。コレ暗黙の了解って言うのかな?アピールの時は騒いでた人たちがよく…。

そう思っていると、悔しそうな声が聞こえてきた。

……………え?

 

「ふむ…光っていませんね。不正解です」

 

「くっ…」

 

ちょっ…

 

「簡単に燃えましたね。不正解」

 

「くそぉ!」

 

まっ…

 

「コレは作り物ではないですか。不合格です」

 

「なぜ私だけ合否!?」

 

ドンマイ…

 

「かぐや姫よ!これがお望みの"龍の顎の玉"ですぞ!さぁ我と婚約の契りを!」

 

「…!……コレは……」

 

イヤイヤ速すぎ!まるで人がゴミのようにはたき落とされていったぞ!一分かかってないし!凄腕鑑定士か!!

かぐや姫の品物鑑定はスルスル進み、三人落とされた。四人目はあのクズ御行様な訳だが…どういうわけかかぐや姫は何も言わない。……まさか…

 

「どうですかぐや姫!お気に召しましたかな!?」

 

「……これは本物ですね。輝き方、色の種類、全て一致しています…」

 

嘘だろ!?普通の竹取物語と違う!?

かぐや姫も予想外の様で少し困った声をしている。

まずいまずい!このまま進んだら色々まずい!どうする!?

 

「ではかぐや姫!私とk----」

 

「お待ちくださいかぐや姫。私の品をご覧になっておりません」

 

俺が心の中で焦りに焦っていると、クズ御行の言葉に割り込んで不比等さんがかぐや姫に言った。

確かにそうだ!全部鑑定するまで決めきれない!不比等さんグッジョブ!!

 

「………そうですね。確かに本物ですが、藤原さんの品も確認しなければなりません」

 

「藤原の!貴様ァ!」

 

「当然の事を言ったまでだ。文句を言われる筋合いはない」

 

「ぐ、ぐぬぬぬぬぬ…」

 

(はっ!ざまぁ見やがれ!)

 

俺は心の内で言ってやった。これで不比等さんのも本物ならばまだどうにかできるかもしれない!

不比等さんは静かに自らの品物を出した。

 

「かぐや姫、これが私の答え…"蓬莱の玉の枝"です」

 

「!」

 

不比等さんが出したのは、真珠の実をつけた金色の茎と、土から僅かに見える銀の根を持つ木。この空間において強い存在感を放つ品だった。

かぐや姫はそれを手にとって一言。

 

「コレも………本物……」

 

(よし来た!)

 

俺は小さくガッツポーズをした。

首の皮一枚繋がった。ここで婚約が成立してしまったら後々に響く。ここはどうにかしなければならない。

かぐや姫は少し困った声で言った。

 

「仕方ありません。どちらも本物であってはどうにかして決めなければなりません。神薙さんは婚約が願いではありませんでしたが、どうしますか?」

 

「え、あ、あーっとどうするか…」

 

確か竹取物語では、蓬莱の玉の枝は作り物で後々バレるってなってたはずだから、不比等さんが選ばれれば俺の望み通りに事が進むわけだけど、ここで参加しても導けるかどうか…

俺が頭を悩ませていると、部屋の扉が開く音がした。

 

「…士郎?」

 

「士郎!お前何をしに来た!」

 

扉を開いたのは数刻前に別れた士郎だった。突然の登場に俺も御行も驚いた。一体何をしに?

士郎は俺でも御行でも無く、かぐや姫に声をかけた。

 

「…かぐや姫様、僕は大伴御行様に仕える家臣、士郎と言います。無礼を働いたことはお許しください。申し上げたいことがあるのです」

 

士郎はとても丁寧な言葉遣いでかぐや姫に進言した。流石貴族の家臣と言ったところか。

御行は士郎の言葉に何か感付いたのか、声を少し荒げて士郎に言った。

 

「士郎!貴様一体何を言うつもりだ!」

 

「…御行様、僕は考えたんです。仕える主の言うままに全てをこなすのが、本当に正しい事なのか。

……僕は、主を突き落としてでもでも間違いは正すべきと考えます…!」

 

「なっ…!!」

 

士郎はまっすぐな目で御行を見て言い放った。よく決めた士郎!そしてナイスタイミング!

俺は士郎が言おうとしていることを察した。同時に、確信に近い"不比等さんの勝利"を予感した。

 

「…いいでしょう。士郎さん、あなたの話を聞きましょう」

 

かぐや姫がそう言うと、士郎は頷き、少し近寄って話し始めた。

 

「かぐや姫様、僕は見てきました。御行様の今までの行いを」

 

士郎の言葉がそういった直後には、全員の視線は御行に集まっていた。事を察した何人かは少し冷たい視線を送っている。

 

「御行様は、その傲慢な性格で度々非道な行いをしてきました。自らは毎日遊んで暮らし、家族や周りの人には情けも容赦もない。毎月重い税を民に納めさせ、そのくせその民たちを下民だ汚らしい、と罵っていたのです。僕は家臣になって日は浅いですが、その間でもずっとこの様な調子です」

 

「…………………」

 

かぐや姫は黙って聞いているが、影の感じからすると御行の方を見ているようだ。

って言うか御行そんな事までしてたのか?つくづくクズだな。救いようがない。

 

「挙句の果て、一週間前に僕が命じられたのは、"神薙双也の邪魔をして、難題を解けさせるな"です。御行様は自分の為に他人を蹴落とそうとしていたのです」

 

「黙れ黙れェェエエ!!」

 

士郎が言い終わるのと同時に御行が怒鳴った。

士郎の言った命令の内容は若干変わっているが、まぁ許容範囲だろう。間違ってはいない。

御行は懐から短刀を取り出し、士郎に向かっていった。

 

「おっと!」

 

キンッ

 

「…なに…?」

 

このまま進ませたら士郎が死んでしまうので、素早く天御雷を抜いて短刀の刀身を斬った。

天御雷をチンッと鞘に収めながら俺は言う。

 

「士郎に手は出させない。悪いのはお前だからな、大伴御行」

 

「ぐっ…」

 

御行は千切れるんじゃないかと思うほど額に血管を浮かばせて、悔しそうにしていた。士郎の言葉によってどういう結末になるか悟ったんだろう。

俺たちの動きが止まると、かぐや姫が声を発した。

 

「分かりました。大伴さん、私はあなたとは結婚できません。いくら品物が本物でも、そんな極悪非道な方に着いていくことはできません。よって、私は藤原さんと結婚いたしましょう」

 

「待ってくださいかぐや姫!!

こやつh----」

 

「見苦しいぞ大伴殿。かぐや姫は私と結婚するのだ。邪魔立てするでない」

 

悪あがきする御行を不比等さんがバッサリ切り捨てた。こう言うスッキリしたところは嫌いではない。俺はその隙に士郎をこちらに呼んで小声で話した。

 

「士郎、お前部屋の外でずっと待ってたのか?」

 

「はい。神薙さんが僕に言ってくれた言葉から考えた結果です。罪を犯したなら、報いを受けて改心させるべき、と考えたんです」

 

「…そうか」

 

俺は士郎に笑いかけた。やっぱり士郎はいい奴だ。本当ならこういう人間が偉くなるべきなのに、なんで世の中ってのはそうならないのだろうか?不思議に思う。

俺たちが話しているところへ、かぐや姫が声をかけてきた。やっとか…

 

「さて、婚約の話は終わりましたが…神薙さん、あなたの鑑定が終わっていませんね。品物をこちらへ」

 

俺は幽香に貰った花と種を差し出した。かぐや姫は例の如くそれを手に取って鑑定する。

 

「本物…ですね。……意外です。ある意味一番の難題だったのに…」

 

「俺にかかればこんなモンですよ」

 

「いいでしょう。では二人でお話ししましょうか。みなさん静かにしていt----」

 

「ええ〜、二人っきりでお話したいです俺」

 

俺の言葉に一瞬静まり返る。なんだ、そんなに誰か見張りをつけておきたいのか?箱入り娘かよ。

そんなことを思っていると、意外にもおじいさんが口を開いた。しょーがないな。

 

「神薙様それは出来ませぬ。なぜなら----」

 

「そう言えばかぐや姫!最近月がとても美しいですよね!」

 

「……………?」

 

「こういう月を見ると、何だか何か凄いものが降りてくる(・・・・・・・・・・・・)…そんな気がしませんか?」

 

「!!」

 

その言葉を聴いた瞬間、かぐや姫の体がビクッと揺れた。そのすぐ後には声が響く。

 

「…神薙さん以外は全員部屋から出て行ってください」

 

「かぐや姫!?」

 

「いいから」

 

「……………」

 

かぐや姫の言葉で俺以外は全員、渋々だが部屋から出て行った。俺はその直後に能力を使う。

 

「……部屋に防音の結界を張っておいた。もう普通に話していいぞ。蓬莱山輝夜(ほうらいさんかぐや)

 

輝夜は顔が見えない様にかけられていた(すだれ)っぽい物を手であげて中から出てきた。

腰より長く伸びた(つや)やかな黒髪、薄紅色の服を前のリボンで留め、濃い赤色の長いスカートを履いた、淡麗な整った顔立ちの美しい少女。俺の知っている蓬莱山輝夜が、俺を見ていた。

 

 

「さ、お話しようか。輝夜姫?」

 

 

 

 

 

 

 




区切りがあまり納得いっていない私です。どうも。

ではでは。


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第三十四話 輝夜の想い

竹取物語編は短いお話が多い様な気がします。わざとではないんですけどね…。伸び悩んでます。

お気に入り件数50件ありがとうございます!無事に完結できるよう頑張ります!

では三十四話!どうぞっ


簾っぽいのを上げて出てきた輝夜は、俺の対面の座布団に座り、口を開いた。

 

「……名前を聞いた時にもしやと思ったけど……本当にあの神薙双也だったなんてね」

 

「ん?なに、俺の事知ってんの?」

 

他の誰にも聞かれていないからか口調が崩れた。やっぱりこっちの方がピンとくる。

俺の問いに輝夜は少し笑いを含んで答えた。

 

「ふふっ 知ってるも何も、あなた月では知らない人がいないくらいに有名よ?」

 

お?マジ?いなくなった後も名前が語り継がれるってなんか偉人みたいで悪い気はしないな!でもなんて言われてんだろ…。

 

「有名って、どんな風に言われてるんだ?」

 

「馬鹿みたいに強いぽっと出隊長」

 

「なんだよぽっと出って!!有名になっても嬉しくないわそんなん!!」

 

アレか!?戦争の時か!?確かにぽっと出で隊長やってたけどそんなこと言ったら大半の兵がぽっと出の一般市民だったじゃん!!あ軍の兵もいたか。

突然の事で思わず突っ込みが出てしまったが、気付けば輝夜は口を押さえて笑いを堪えていた。

…完全に乗せられたっぽい。

 

「ぷっ…ふふふふふ……じょ、冗談よ。そんな名で呼ばれてるわけ、クスクス…無いじゃない。ふふふ…」

 

「おい、からかったのは何も言わないから笑うのやめろよ」

 

自分で乗せたくせにちょっと笑い過ぎだと思う。話してる合間にも笑われたら気分悪くなるじゃん。

漸く笑いが治った輝夜は、息を整えて話を戻した。

 

「はぁっ 笑った笑った。冗談はこれくらいにして、本当は"伝説の英雄"って呼ばれているわ」

 

「え、英雄……」

 

ちょっとジーンと来るものがある。日女を通して月の様子は聞いていたが、自分が守った人達がこうして思ってくれていると考えるとなんだか胸が暖かくなった。

 

「それはそうと…」

 

「ん?」

 

話に一区切りついた所で輝夜が話し始めた。

 

「双也…あなたなんで私の名と……月からのお迎え(・・・・・・・)の事を知ってるの?」

 

「………えーっと」

 

正直言って少し困った。そう言えば一億年前は輝夜と会ってないな。生まれてすらいなかったのかもしれないが。

お迎えの事も原作知識で知っていたことだ。輝夜の気を引くために言ったが悪手だった様だ。

 

「名は…ほ、ほら!俺ツクヨミに聞いたんだよ!蓬莱山の家にこんな子が生まれたんだぞーってさ!」

 

……うん、我ながらヒドイ言い訳だったと思う。

しょうがないじゃん!こんな質問予想してなかったんだよ!

 

「ふーん…まぁ英雄様じゃ不思議はないわね。お迎えの事は?」

 

アッサリ流されてしまった。不思議は無いのか?

と言うことでお迎えの事だが…う〜ん…

 

「か、神様ですから!」

 

俺は拳を自分の胸にポスッと当てて言った。

ちょっと言い訳が思いつかなかったので無茶してみたのだ。コレで誤魔化せたらこれからもコレ使うことにする。

 

「神様? 双也って神様なの?」

 

「そ、そう!俺神なんだよ!半分だけどね!」

 

誤魔化せはしなかった気がするが話題は反らせたからいいとする。でもまぁ、またあの面倒くさい説明をしなくてはならなくなったわけだが…。はぁ、割愛。

 

 

 

 

〜英雄様説明中〜

 

 

 

 

「と言うわけで、俺神だから知ってたんだよ!」

 

「へぇ〜!双也って凄いのね!天罰神の現人神なんて…英雄と呼ばれるわけね!」

 

例のごとく、転生の事を端折(はしょ)って説明した。

興味を持ってくれたようで何よりだ。

暫く輝夜は俺に関心を向けていたが、突然思い出したように焦った声を出した。

 

「あっ、そうよお迎えよ!双也どうしよう!私月からお迎えが来るって分かってるのに結婚なんかできないわ!本当は諦めさせるために難題を課したのに…」

 

輝夜が焦っていたのは結婚の事についてだった。それなら心配ない。全部俺の望み通りに進んでるから。

 

「心配すんな輝夜。大丈夫だ、お前は結婚なんてせずに済む。俺が約束するよ」

 

「ほ、ホント?」

 

「ああ、ホントだ。全部上手くいくから、心配すんな」

 

「……ありがと双也!」

 

輝夜は顔を上げて明るく微笑んだ。多分俺がどうにかしてくれるって思ってるんだろうが、生憎そうではない。結婚を断る口実が自然にできるって事だ。

御行の難題が解けた事は意外だったが、多分俺が関与してしまったゆえに本当の竹取物語とは違いが出てしまったのだろう。不比等さんには殆ど関与してないし、原作通りに進むはずだ。結局は不比等さんのも本物のようで偽物だったってことだな。

 

その後は俺の旅の事とか輝夜の月での話とか、談笑で大きく盛り上がった。時間もそれなりに過ぎていった訳だが…まぁあの貴族たちは帰ったのだろう。ココでする事は終わったわけだし、部屋の外に霊力も感じない。

俺たちは襖を開けて、すっかり暗くなった空に浮かぶ満月を見ながら座っていた。

 

「ねぇ…双也」

 

「ん?何だ?」

 

輝夜は月を眺めながら俺に声をかけた。さっきまでの盛り上がりが嘘のように静かな声だった。

 

「私ね、月では八意永琳って人と仲が良かったの。私の教育係って立場ではあったけど、よくお話を聞かせてくれてね」

 

「…永琳…か」

 

この名を他人の口から聞くのは何年ぶりだろう。今でも思い出す、街での日々。

輝夜は一呼吸置いて再開した

 

「永琳のお話にはよく伝説の英雄様の事が出てきたわ。まるで友達であったような顔で、声で、こんな人だったのよって私に言うの」

 

「………………」

 

「憧れたわ…そんな人が本当にいたなら、退屈な月での日々もきっと楽しく過ごせるだろうなって」

 

輝夜はそこまで言うと俺の方に向き直った。その顔は少し赤らんでいた。

 

「双也…」

 

「!? か、輝夜?」

 

輝夜は勢いよく俺に抱き着いた。女性独特の甘い香りがする。

そのまま、輝夜は耳元で話し始めた。

 

「私はね、蓬莱の薬を飲んで地上に落とされたのは望んだ事だったの。退屈な月での生活から逃げ出したいって気持ちもあったけど、もう一つ…地上に一人残った英雄様に会ってみたいって思ったからなの。神頼みに近かったんだけどね、もしかしたら生きているかもって思って」

 

輝夜は少しはにかんだ声で言った。依然輝夜は抱き着いたままだ。

 

「そして本当に出会えた。私が課した難題にも屈せず、心の底から楽しい時間を過ごさせてくれた。

……私あなたと話していて改めて思ったの。こんなに強くて、こんなに楽しくて、こんなに他人思いな人になら、私は………」

 

輝夜はそこまで言って黙ってしまった。代わりに一層強く抱き締められた。

俺はさすがに何を言えばいいのか分からない。輝夜の気持ちをどう受け取ればいいのか分からない。

輝夜は強く抱き締めた状態で囁いた。

 

「ねぇ…双也、私と一緒に…月に戻らない…?」

 

「……なぜ?」

 

「私はあの退屈な日々に戻りたくない。でも双也が居てくれるなら月での生活も良いものになる。だから…!」

 

……輝夜の気持ちには応えてあげたい。気持ちも素直に嬉しい。でも…その為には輝夜の事をもっと知らなくてはいけない。そして、今はそれに費やすだけの時間が足りない。

 

「輝夜…気持ちは嬉しい。でも、一緒に月へは行けない」

 

「え…」

 

「俺はここでやる事があるんだ。この世界をもっと楽しく生きる為に、見届けなきゃいけない事がある」

 

「……………」

 

「それに言っただろ?"全部上手くいく"って。月に戻りたくない、それが願いならきっと叶う」

 

俺は輝夜の肩を掴んで離し、目を真っ直ぐ見て言った。

そしてスッと立ち上がった。

 

「双也……」

 

「迎えが来るのは次の満月の日だろ?俺を信じろ輝夜!大丈夫、お前を悲しませたりはしないさ」

 

俺はそう言って瞬間移動を使って輝夜の屋敷を去った。

一ヶ月後、あいつらが来る。

 

 

 

 

「ふふ… 双也、思った以上に………。

いいわ信じてあげましょう。月に語られる英雄様?」

 

 

 

 

 




なんか…ラブコメ要素が……。
ま、まぁこう言うキャラが居ても悪くはないですよねっ!
ですよ…ね?
念の為言っておきます。"ぐーやは俺の嫁だっ!"と言うファンの方々…すいませんでしたっ!!

ではでは。


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第三十五話 月のお迎え

ネタってどうすれば面白くなるか考えるの大変ですね。私のは面白く出来てるか心配でなりませんが。

あ、あと視点がコロコロ変わります。ご注意下さい。

ではどうぞ!


「ふぅ…とりあえずなんか飲もうかな」

 

輝夜の屋敷へ答え合わせの為に出向き、今宿へ帰ってきたところだ。宿は八畳間の一部屋で、真ん中にちゃぶ台が置いてある。そこに台所で入れたお茶を置いて座る。

 

「ズズズ…ほっ…うまい……」

 

とりあえず一口飲み、その暖かさを身で感じる。やっぱり疲れたあとの熱々のお茶は格段に上手い。団子が欲しくなる。

 

「ズズ……ふうぅぅ〜……身に染みる…」

 

「あら、それなら私にも一杯戴けないかしら?」

 

「おう、ちょっと待ってな…」

 

俺は再び台所に行ってお茶を持ってくる。どうせだからミカンも一緒に持ってきた。

 

「ほれ、ミカンもあるぞ」

 

「ええ、戴くわ。………全く、驚かせようと思って前触れなく現れたのに何よその反応…つまらないわね」

 

「驚かそうって言ったってお前が現れる時は大抵いつも突然だろうよ。いい加減慣れたわ。もう少し頭捻ったらどうだ()

 

前触れなく俺の隣に現れたのは紫だった。実を言うと旅をしていた十年間、紫が普通に現れた事は一度もなかった。いつも独り言にサラリと入ってくるとか振り向きざまに出てくるとか、そんな事ばかりだった。嫌でも慣れる。

 

「それとも俺に構って欲しいのか?俺以外にも友達作った方が痛いっ!!」

 

「余計なお世話よ! 友達くらい私にだっているわ!」

 

俺の言葉の途中に扇子で思いっきり頭を叩かれた。あの扇子どんな強度してんだよ、スゲー痛い。

怒りを完全に押さえ込んだらしい紫は一息ついて新たに話し始めた。

 

「双也、あなたが旅を続けるのは会いたい人たちがいるからだとは何度も聞いたけど、まだ残ってるの?」

 

「ああ、あと数人だな。その人達に会うまで旅は続ける。ズズズズ…」

 

旅をする理由って言うとそれだけじゃ無いんだけど……。

 

「ふ〜ん、でも……迷ったわよね?輝夜に抱き着かれた時」

 

「ぶうぅぅううーーーっ!!!」

 

吹き出したお茶は襖をビッシャリと汚してしまった。いや反射だからしょうがない。って言うか!

 

「お前見てたのかよっ!!」

 

「ええ見ていたわ♪輝夜に抱き着かれて耳元で囁かれて、真っ赤になった双也の顔なんて傑作だったわ♪クスクス」

 

「〜〜〜〜っ!!」

 

紫はとてもにやけた顔で俺を見て笑っている。

くそっ そんなに赤くなってたか!?夜風の冷たさで気づかなかったのか!?あーー恥ずかしいっ!

 

「因みに部屋の外にいた貴族たち、家に送った(スキマに落とした)の私よ」

 

「……さいですか」

 

なんだ、帰ったんじゃなくて被害にあってたのか。ちょっとかわいそうだ、人間の身でスキマ落としを体感するなんてトラウマものだろうに…。

…話がずれた。えっと…迷っただろって?

 

「はぁ…で、迷ったかどうかだろ?確かにキョドりはしたけど迷ってはいない。月に戻るつもりなんてないよ」

 

「ふ〜ん……ねぇ双也、聴きたいことがあるんだけど良いかしら?」

 

「ん?なに?」

 

紫はさっきまでと違い、少々目つきを真面目にして聞いてきた。

 

「どうしてその人達に会いたいって思ったのかしら?」

 

「……う〜ん」

 

ちょっと予想外だった。会いたい理由なんて考えた事なかったな。ただ漠然と会わなきゃいけない気がして…。でも強いて言うなら

 

「この世界を楽しむ為、だな」

 

「楽しむ為? 会わなければつまらないとでも言いたいの?」

 

「そう…だな。多分、会わなかったらこの世界はつまらないものになるだろうな」

 

紫は不思議なものを見るような目で俺を見ていた。まぁ分からないだろうな、紫からすればこの世界は一度目なんだから。

……紫は一度目がここで羨ましいな……。

俺は紫の肩にポンッと手を置いて言った。

 

「この世界が面白くなるかどうかは…紫、お前にかかってると言って過言じゃあ無い。よろしくな!」

 

「よろしくって……」

 

「大丈夫、死ななければ自然と面白くなる。お前の行動も自然に流れていくさ」

 

俺は紫に笑いかけた。さて、創造はいつになることやら。もしかしたら俺が気付いてないだけって事もあるかも…ふふふ、やっぱりおもしろいなぁ。

 

「……まぁいいわ。 さて、じゃあそろそろお暇するわ。お休みなさい双也」

 

「ああ、おやすみ紫…っとちょっと待った!」

 

紫はスキマに入る直前で立ち止まり、こちらに振り向いた。

 

「何かしら?」

 

「輝夜との話を聞いてたなら知ってるだろ?お迎えの話。その日に少し手伝ってもらう事があるかもしれないから、そのつもりでいてくれ」

 

「…ええ、分かったわ。じゃあね双也」

 

「またな〜」

 

俺はスキマの中に消えていく紫を手を振って見送った。

 

 

 

 

「……何かしら、何故か引っかかりが取れないのよね…。……双也…一体あなたは…」

 

 

 

 

〜一ヶ月後 輝夜side〜

 

 

「………いよいよなのね…」

 

伝説の英雄様、双也とお話をしてから一ヶ月経った。満月の夜…お迎えの来る日だ。

私は月を見上げながら双也の言葉を思い出していた。

 

 

大丈夫、全部上手くいく。

 

 

「…まさか本当に願った通りになるなんてね…」

 

答え合わせをしてから数日経った頃、私の元にたくさんの人たちが押し寄せてきた。私には身に覚えがなかったから話を聞いてみたところ、"苦労して作ったのに報酬を貰ってない!"との事だった。その人たちが見せつけてきた紙には作品名・蓬莱の玉の枝(・・・・・・・・・・)と書いてあった。

 

「ホント、あの時は驚いたものだわ…」

 

双也が上手くいくって言ったのはこの事だったのね!…と内心かなり歓喜しながらも顔には出さないようにして、この事を口実に藤原不比等との結婚は取り下げとすることができた。本物ではなかったんだもの、当然の事。

 

「双也は一体どこまで見抜いているのかしら…?」

 

まるで未来を知っているかの様な言動を取る双也。神だから、と本人は言っていたけれど、果たして天罰神にそんな事が出来るのだろうか?違和感が無いわけではない。

 

「でも…もう今日まで来てしまったわよ双也。ここからどう事が動くというの…?」

 

私が目を向けた先には、竹林の土を占領するかのような人数の兵達、帝直属の兵達が居る。

実は私が知らないうちに都の帝に惚れられていたらしく、今晩私が月に帰ると噂が広まったからと言って大量の兵を屋敷に送り込んできたのだ。

……月の技術の前では意味が無いのに……。

 

 

月に戻りたくない、それが願いならきっと叶う。俺を信じろ輝夜!

 

 

「…………………」

 

小さい頃から聞かされ続け、ずっと憧れていた英雄様。その人が言った言葉なら……双也が言ってくれた言葉なら、信じてみる価値は十二分にある。

 

(私は…あんな退屈な日々に戻りたくない、月になんか…帰りたくない!)

 

そう願った刹那、庭の方から大きな声が聞こえた。

 

 

 

 

 

「来たぞー!!迎え撃てーー!!」

 

輝夜の屋敷にある大きな庭。そこに集められた兵の一人があげた叫びは、そこに居る全ての者の耳に届いた。

兵達が見上げた先にあるのは、光に包まれながら雲に乗って降りてくる神々しき月人達………ではなく、大きな照明で屋敷を包むように照らす、巨大な宇宙艦だった。

 

「弓矢隊!放てー!!」

 

兵達は宇宙艦に向かって火のついた矢を放つ。しかし当然の事ながら矢は宇宙艦の外壁を貫く事は無く、傷一つ付ける事も出来ずに弾かれていく。

その様子を窓から見ていた輝夜は、勢いよく庭に出た。

 

「やめて!アレには敵わない!逃げて!」

 

「ご冗談をかぐや姫!我らは命を捨ててあなたを守る為にここに居るのです。今更引くわけには行きません!」

 

「そんな----」

 

輝夜の言葉を遮るように、突然周囲が光に包まれた。目を開いた輝夜の視界には、胸に大きな風穴を開けられたたくさんの兵たちが次々と倒れていく様子が映っていた。

目の前で死んでいく兵達を目の当たりにした輝夜はショックで動けなくなっている。

そこに宇宙艦はハッチが開いた。中からは武装を施した月の住人たちが降りてくる。

 

「くっ!怯むな!斬りかかれー!!」

 

閃光に運良く当たらなかった兵達は、逃げることもせずに刀を抜いて斬りかかる。月人達は無言で銃を構え…………一瞬の内に斬りかかるすべての兵を撃ち殺した。庭はすでに血に染まり、池となりつつあった。

そして完全に地に降り立った宇宙艦のハッチの中からは、輝夜にとってとても大切な人の姿が現れた。

 

「姫様」

 

「…え、永琳…」

 

ハッチの中から現れた月人、八意永琳は弓を持ったまま輝夜に近づいてきた。

 

「永琳!この人達を殺すのは止めて!こんなの----」

 

「姫様、まだ…地上に居たいとお思いですか?」

 

「え…?」

 

永琳は輝夜の言葉に割り込み、確認するように声をかけた。

 

「私は姫様が地上に行きたいと願った理由を知っています。ですから…まだ地上に居たいですか?」

 

他の月人には聞こえぬよう、永琳は小さな声で問いかけたが、輝夜には永琳の覚悟がしっかり伝わっていた。

ゆえに輝夜は、しっかりした意思でハッキリと答える。

 

「……ええ!私、地上に居たい!月には…戻りたくないわ!!」

 

「…分かりました」

 

永琳は簡潔にそう返事をすると弓を構え……月人達に向けて矢を放った(・・・・・・・・・・・・)。永琳が放った矢は的確に月人の脳天を貫き、一撃で沈めていく。

 

「!? 八意永琳!我らを裏切るつもりか!?」

 

「私は裏切ってなどいないわ。…元々姫様の味方よ!」

 

永琳は次々と矢を放つ。しかし相手は屈強に鍛えられた月の兵、月人達は光線銃でそれを迎え撃った。矢は何人かの月人には当たるが、ベテランの兵には避けられ、放たれる光線は次第に永琳でも捌けなくなってきた。

 

「ぐっ!」

 

「永琳!」

 

遂に月人の光線は永琳の肩を貫き、痛みで弓を落としてしまった。永琳はすぐに拾おうとするが……

次の光線は既に放たれていた。

 

(もうダメ…!)

 

輝夜はそう思い、目を瞑った瞬間…バチィィンッ!と何かが弾ける音がした。

ゆっくり目を開けると、輝夜の視界には……

 

 

 

 

「悪い輝夜。ちょっと遅れた」

 

 

 

 

「双…也……」

 

刀を抜き、背を向けて立っている双也の姿が映っていた。

 

 

 

 

 




ありがちです、はい。ありがちな展開です。
大事な事なので(ry

ではでは。


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第三十六話 逃走の手助け、紫の苛立ち

最近お話を作るのが大変になってきました。
ネタって尽きると困りますよねw

では三十六話〜ど〜ぞ〜!


「我らのレーザーを弾くとは…貴様何者だ!!」

 

「驚く事ない。ちょっと強いだけの人間さ」

 

「!? ぐぅっ!!」

 

月人のレーザーを風刃によって掻き消し、輝夜と永琳の前に現れたのは双也だった。彼は天御雷を抜き、二割程の霊力を解放して月人の問いに答える。

双也は一億年以上生き続けた現人神。加えて毎日の瞑想は欠かさない。故に二割ほどの霊力でも月人達を震えさせるには十分だった。

 

「そ…双也…なの…?」

 

「ん?」

 

声に振り返った双也の目が映したのは輝夜ではなく、普段の落ち着き払った目を見開いて驚いた様子をしている永琳だった。

その様子を見て双也は心の内でこう思う。

 

(やっば…レーザーを弾くのに頭がいっぱいで永琳がいるの忘れてた…)

 

「よ、よう永琳っ!一億年ぶりっ!」

 

「…………………」

 

双也は少し引きつった声で言った。

今の双也は"永琳が居るとマズイ"という訳で引きつっているのではない。一億年前、人妖大戦時に一人地上に残り彼女に多大な心配をかけた事を怒っているのではないかと思い、引きつっているのだ。

永琳は双也の言葉に反応せず、無言で近付き………双也の胸に顔を埋めた。

 

「双也っ…生きていて、くれたのねっ…」

 

「! ああ、悪い。心配かけた」

 

そう言った永琳の声は涙に濡れていた。それに気付いた双也は、永琳の頭に手を乗せて少しの償いの言葉を発した。

そのすぐ後、双也は永琳を少し離して言った。

 

「積もる話もあるにはあるが、取り敢えずコレをどうにかしなきゃな」

 

「っ!……ええ!」

 

永琳は涙を拭い、双也は再び月人達に目を向けた。永琳との会話の間に襲ってきてもおかしくはなかった筈だが、月人たちは何やらザワザワしていた。

 

「お、おい…今"双也"って…」

 

「まさか!我らの英雄、神薙双也はとっくに死んでる筈だ!こんな所にいるわけないだろ!」

 

「あの霊力…例えあの英雄ではないとしても、気を抜けばやられるぞ!」

 

月人達は"双也"という名にあの英雄を思い出し、混乱していた。確かに本人ではあるが、月では"旅立ちの時、命と引き換えに(・・・・・・・)民を救った英雄"と伝わっている。つまり死んだことになっているのだ。月人達にとって、いるはずのない死人が目の前にいるこの状況。混乱するのも無理はないのだ。

双也はこの隙を逃さず、輝夜達に行動を促した。

 

「ちょっと予想外だけどチャンスだ!逃げるぞ!」

 

「え?逃げる?」

 

双也の登場の仕方から、てっきり戦うものだと思っていた輝夜は、その言葉に思わず疑問が口から出てしまった。

双也は二人の手を握って走り出しながら応えた。

 

「ああ!戦う利益がない。それに……」

 

そこまで言って双也は永琳を見た。

輝夜も釣られて永琳を見る。その様子を見て輝夜はハッとした。永琳は苦痛に顔を歪ませて、辛そうにしていたのだ。

 

「面目、ないわね…」

 

「かなり血も出てるし、あいつらを撒いて応急処置をする。速度あげるぞ!」

 

双也は言った通り速度を上げ、輝夜の屋敷を出た。後からは月人達がレーザーを放ちながら追ってくるが、だんだん遠ざかっていく。

やがて竹林の一角に身を隠すことに成功し、双也は永琳に傷を見せるよう言った。もちろん威圧のために放った霊力は抑えている。少しの間は見つからずに済むだろうと考えたのだ。

 

「やっぱり焼けて穴が空いてるな…。少し動かしにくくなるかもしれないけど、取り敢えず塞いでおくぞ」

 

「!! 傷が…」

 

双也は永琳の肩の傷に手をかざし、能力を使う。すると傷口はどんどん塞がっていき、最終的には跡も残らなかった。

 

「凄い…」

 

輝夜が感嘆の声を漏らすが、双也は自嘲するように言った。

 

「傷を塞ぐくらいは多分訓練でも積めば出来るようになるだろ。

……これは応急処置、傷口を繋げただけだ。焼けて無くなった部分が戻ったわけじゃないから、筋肉が引っ張られて動きにくいかもしれないけど…我慢してくれ」

 

「いえ、ありがとう双也。十分よ」

 

「ああ。…!見つかったか」

 

双也は返事した後、ある方に顔を向けた。同時に抑えていた霊力も再び解放する。その直後、その方向から月人達が武器を構えて走ってきた。

 

「ここにいたか穢れめ!もう逃げられんぞ!」

 

「ああそうだな。もう道なんか必要無いしな」

 

「…なんだと?」

 

「おーい!紫ー!」

 

双也がそう叫ぶと、双也のすぐ隣に切れ目が入り、開いていく。中からは妖怪、八雲紫が膨大な妖力を発しながら出てきた。輝夜や永琳も含め、全員がかなり驚いた顔をしていた。

 

「…ずいぶん張り切ってるな紫」

 

「もちろん!やっと来た出番ですもの♪」

 

「…そうですか」

 

双也は普段と違う彼女の様子に少し戸惑いながら相槌をうった。

紫が張り切っている理由は二つある。一つは彼女自身が言ったように、やっと出番が来て嬉しくなっている事。もう一つは…

 

「さ、じゃあ早速始めてもいいかしら?」

 

…月人達に会うことができたから。紫は、月のお迎えの事で月について双也に聞いた事があった。その時の話で月に興味を持ち、そして今回、月人とはどんなものかを見れることに興奮していたのだ。

紫は早速交戦しようと何となく双也に許可を求めるが、それは他でもない双也によって却下された。

 

「ダメだ。お前を呼んだのは戦わせる為じゃない。こいつらを逃がしてもらう為だ」

 

「…なんですって?」

 

双也は前に歩みでた紫を手で制しながら言った。紫は当然良いと言われると思って何となく聞いただけだったのだが、予想に反して却下されたことに少々苛立ちを覚えた。

 

「どうせ逃すならこの月人達を倒してからの方が安全ではなくて?」

 

紫は双也に反論の意を唱えた。確かに的は射ている。どちらかが残って逃げるより、二人で戦って殲滅した後の方が安全に逃げられるに決まっている。だが双也があえてそうしなかったのには理由がある。

 

「紫、お前が死んだら俺だって困るって昔から言ってるだろ?」

 

「そんなの勝てばいい話じゃ----」

 

「妖怪では太刀打ちできない、と言いたいのね双也?」

 

紫の言葉に割り込んだのは永琳だった。月の技術の事をよく知っている永琳が、最も早く双也の言葉の意味を察したのだ。双也は同調するように言う。

 

「そう、端的にはそういう事。納得出来ないとは思うが…向こうもそろそろ待つのに飽きてきた頃だし、紫は逃げてる間にでも永琳から聞いてくれ」

 

「!………分かったわ。行くわよ二人とも」

 

紫は何か言おうとしたのを寸前で止め、輝夜と永琳に声をかけた。同時にスキマを開いて中に入っていく。

双也はそれを見届けると、改めて月人達に向き直った。

 

「待たせたな。お前らよく話の途中で襲ってこなかったな。その精神は誇っていいと思うぞ」

 

「……よく言う。貴様が何かしていたのだろう!」

 

「さぁ?何のことかな?」

 

双也は口の端を釣り上げて言った。

双也が現れた時に襲ってこなかったのとは理由が違う。あの時は動揺と混乱から動けなかったが今回は………身体が動かなかったのだ(・・・・・・・・・・・)

 

「まぁ皮肉もこれくらいにして…能力解いてやるから、そろそろ始めるか!」

 

双也は能力を使い、薄く広げた霊力を媒体にして"運動神経の伝達遮断の能力"を月人たちに繋げていたのだ。それによって脳からの伝達が阻害され、月人たちは動けなくなっていた。

双也が能力を解くと、月人達は急いで武器を構えて警戒を始めた。

 

「最早英雄だとかは関係ない!!罪人蓬莱山輝夜の逃走補助の罪で…お前を排除する!!」

 

「……悪いな、罪だとかそういうのは……俺の仕事だ」

 

双也は天御雷を構え、月人達の元へ駆け出した。

 

 

 

 

〜スキマの中 紫side〜

 

 

「こっちよ!」

 

スキマの中を走っていく。私は輝夜と永琳とかいう月人を先導していた。

 

(早く戻って、双也に加勢しないと…!)

 

私はそう思って走る速度を上げた。それを見てかは知らないが、永琳が私に言った。

 

「…無駄よ」

 

「…何がよ」

 

「急いで私たちを逃がして双也に加勢しようとしてるのでしょう?無駄…いえ、足手纏いにしかならないわ」

 

その言葉にはさすがに怒りを覚えた。永琳は私を冷たい目で見ていた。双也もこいつも…何で私をそんなに低く見るのよ!!

 

「あなたは私の力を知らないでしょう!そんな事言い切れないわ!」

 

私は珍しく大声をあげた。それくらい苛立っていたのだと思う。

 

「言い切れるわ。月の技術に力はほぼ関係ない。穢れを祓う、ただそれを目的に高められたのが月の兵器。地上にいるあなた達は知らなくて当然だけど、妖怪は穢れの塊みたいなものよ。あなたが妖怪である限り…月には敵わない」

 

「っ!!」

 

こんなに力をつけたのに、あんなちっぽけな武器にも敵わないって言うの?納得できない!そんなの、納得できるわけないじゃない!

 

「それに…」

 

「…?」

 

「あの双也に、手助けなんて必要ないわよ」

 

 

 

 

〜竹林〜

 

 

紫たちが逃げた後の竹林。戦いはほぼ終わった様なものだった。辺りにはたくさんの月人たちが血を流し、呻いて倒れている。残りはあと数人だった。

 

「ぐ、怯むな!我らは月の兵だ!この様な者に負けるはずはない!」

 

「…誇りは大切だけど、行き過ぎると意地になっちゃうんだよな」

 

月人達はレーザーを放つ。しかし双也には見飽きた攻撃、天御雷で簡単に斬り裂き、掻き消す。レーザーでは勝てないと判断した月人達は剣を抜き、向かってきた。

 

「はぁぁああ!!」

 

「遅い」

 

袈裟斬りを仕掛けてきた月人の腕を掴み、片手の背負い投げで叩きつけて腹に天御雷を刺す。双也はそこで体制を整えようとしたが、双也はすぐ後ろに迫ってくる月人を見逃さなかった。

 

「そこだ!」

 

月人は剣を横に振るが、それは双也には当たらず、刺してある天御雷に当たって止まった。上からは結界刃を上段に構えた双也が迫っていた。

 

「おらっ!」

 

「ぐあ!」

 

月人の剣が当たる寸前、双也は天御雷の柄を踏んで上に跳んだのだ。そのまま重力によって降下し、縦切りを仕掛ける。月人はその場に倒れた。

 

「……バレバレだぞ」

 

「うおおおお!」

 

双也は後ろから迫る月人にそう呟いた。聞こえてはいないだろうが、双也にとっては言葉に出てしまうほどに分かりきった攻撃だったのだ。

双也はその攻撃に対し…

 

(ふう)

 

刺さっていた天御雷を抜いて回転させ、切っ先を地面に当てる

 

(じん)!」

 

そのまま引きずり、風刃を放ちながら斬り上げた。刀身は月人の剣を斬り裂き、風刃は月人自身を斬り飛ばした。

月人は少しばかり宙を舞ってドシャッと地面に落ちた。

 

「後ろから攻めるってのは悪くないけどバレバレだ。これじゃ意味がない」

 

「ぐう…」

 

双也は最後に残った隊長らしき月人に向けて言った。その月人は、戦法が通じないからか小さくうめき声をあげていた。

しかし月人はすぐに武器を構え直すと、覚悟を決めた目で仕掛けてきた。

 

「ぐ、うおおおおおお!!!!」

 

「それでも向かってくる、その意気や良し。

ーー風刃『六華(りっか)宝印(ほういん)』」

 

瞬間、双也は月人の前から消え、後ろに立っていた。一つ違うのは……月人の真下に、正六角形の対角線の様な線が出来ていたこと。

そこから通常よりも出力の高い風刃が噴き出し、月人は蒼い六華模様の真ん中で斬り刻まれた。

 

「輝夜はどうせ殺せないから…

"八意永琳殺害未遂の罪でボッコボコの刑"ってところかな?」

 

双也はそう言い、血を払って静かに刀を鞘に収めた。

 

 

 

チンーー……・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




紫の口調が心配。ただそれだけですはい。

ではでは。


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第三十七話 不死生まれ三人

竹取物語も終わりですね〜。なんか早かった、気分的に。

では竹取物語最終話、どーぞー!


輝夜達の逃走に成功し、天御雷を鞘に収めたところで近くにスキマが開いた。

 

「おお紫、迎えに来てくれたのか?」

 

「…ええ。輝夜達も向こうで待ってるわ」

 

「そうか。さて、こいつらどうするか…」

 

本来ならここで傷を治して月に帰すところだけど、このまま帰すと俺が生きてるって知れ渡って…多分パニックになるよな。つーかツクヨミ、俺が生きてる事伝えなかったのかよ。おかげで疑われたし。

あ、いいこと思いついた。

 

「紫、記憶の操作できるか?」

 

「? 一応出来るけど……ああそういう事ね。待ってなさい」

 

紫は俺の言いたいことを察したのか、倒れている月人たちの頭に手をかざして能力を使っていく。後には安らかに眠っている月人の姿があった。…一応言っておくけど死んだ訳じゃないよ?

 

「よし、そしたら行くぞ。そのうち誰かが見つけるだろ」

 

「そうね。ここに入って」

 

紫の能力で記憶を操り、月に関しての記憶を削ぎ落として貰ったのだ。俺がつけた切り傷も動けなくなる程度に加減したものだし、月に帰さなくてもいい、ここに残しても月の情報が漏れることはない。一石二鳥の策だと考えた。

 

俺達がスキマの中を歩いていると、少し不機嫌な声で紫が俺に問いかけてきた。

 

「…双也、永琳から聞いたわ。私を戦わせなかった理由」

 

「……そうか」

 

「私はやっぱり納得できない。確かに双也と会ったばかりの頃なら簡単に殺されるかもしれない。でもこの十年で私は強くなったでしょう!? 能力の扱いも覚えたし妖力も増した!!それでもあんな連中に勝てないっていうの!?」

 

「………………」

 

紫の気持ちが分からない訳じゃない。確かに紫は格段に強くなった。もう大妖怪と呼んでも良いくらいに。でもそれでも足りない。妖怪で有る限り、マイナスからプラスに傾くことは無い。

……言ってもわからないか。

 

「紫」

 

「何よ……!?」

 

俺は穢れを遮断する能力を乗せた天御雷を紫の首元に突きつけた。口で分からないならその身で感じるしかない。

 

「よく感じろ。これが穢れを祓う力(・・・・・・)だ」

 

「っ!?くっ…」

 

「怖いだろ?それが本能的な恐怖、妖怪が月に勝てない理由だ」

 

紫の顔が少々険しくなってきた様だったので能力を解いて天御雷を引いた。ちょっと厳しかったかな。

 

「まぁ俺の力と月の技術は別物だから、穢れを祓うって一区切りで言うのも少し違うんだけどな」

 

俺は振り返ってまた歩き出した。

……その結果、紫の一言を聞き逃す事になってしまった。

 

 

「絶対に…認めさせてやるわ…」

 

 

 

 

 

〜スキマの先〜

 

 

「お、やっと出口か」

 

スキマの中を歩いているとやっと出口が見えてきた。そこから出ると真正面に輝夜達がいた。

 

「ふう、無事でよかったよ二人とも」

 

「ええ、お陰様でね。でも永琳が…」

 

「ん?」

 

俺の言葉に輝夜がそう答えると、無言で永琳が近寄ってきた。…凄い威圧感を感じる。

 

「え、永琳…?」

 

永琳は俺のそばまで来ると

 

バチィィィイン!!

 

強烈な平手打ちをかました。その後すぐに俺は抱きしめられた。

 

「全く!どれだけ…心配したと、思ってるの…双也ぁ…」

 

「……ホントにごめんな永琳。勝手にいなくなって…」

 

「本当よ…ばか…」

 

永琳は泣いていた。さっきよりも多くの涙を流して。さっき無理やり押し留めた涙とかが、安心して一気に溢れ出たんだろう。俺は優しく頭を撫でてやった。

 

(いいなぁ永琳…頭撫でてもらって…)

 

「どうした輝夜?」

 

「…何でもないわ」

 

「?」

 

輝夜がなんか俺の方を見つめていたので聞いてみたが、なんかはぐらかされてしまった。なんだ一体?

そう思っていると、ずっと蚊帳の外にいた紫が声を上げた。

 

「はいはい、そこまでにして…二人はこれからどうするか決めないといけないわよ」

 

紫は輝夜と永琳に向けて言った。それを聞くと、輝夜と永琳は顔を見合わせて答えた。

 

「それもそうよねぇ…正直双也についていくって言うのも私的にはありなんだけど…」

 

「輝夜、悪いけど俺一箇所にはあんまり留まらないから無理」

 

「だそうですよ姫。どうします?」

 

「う〜ん…」

 

輝夜は困った顔で考え込んでいる。俺も考えてはいるが…良い案は思いつかない。どうしたもんか…。

 

「あ、姫?都を転々と旅するというのはどうです?」

 

「「…………は?」」

 

「あー案外いいかも」

 

「いや良くねぇだろっ!」

 

その案を考えついたのは永琳だった。予想外で紫と共にアホな声を上げてしまった。しかも輝夜は同調してるし…仮にも姫なんだぞ?大丈夫がこいつら。

 

「大丈夫よ。私たちも能力持ちだし、最悪姫がちょっと色気使えば宿くらいはどうとでもなるわ」

 

「うわぁ…仮にも姫様をそうやって使うんだぁ…」

 

永琳の輝夜への扱いにちょっと…いや結構引いた。まぁそんな口がきけるくらい仲が良いとも取れるが。

……二人でいればどうにかなるか。輝夜なんて不死だし。

 

「はぁ、まぁ二人の好きにすると良いさ。

…そう言えば永琳、お前穢れが充満してるここに来ちゃったけど…どうすんの?」

 

ふと気になったことだ。月は穢れが無いから寿命も無いが、ここは地上。穢れが満ちている。

原作通りならもう服用済みって事になるけど…

永琳は懐から小瓶を出しながら言った。

 

「私がそこまで考えてないと思う?姫様が屋敷に置いていった壺から少し貰ったわ」

 

「一体いつの間に…」

 

「私はずっと姫様の味方。先に死んでは意味が無いでしょう?」

 

永琳はそう言って蓬莱の薬を飲み干した。…蓬莱の薬って見た目の変化無いんだな。

っと壺で思い出した。まだやる事があったな。

 

「さて、俺そろそろ行くな。輝夜も永琳も元気でな」

 

「ええ、またいつか」

 

「双也…いつかまた…会いに来てね?」

 

永琳は案外素っ気ない感じだったが、輝夜はなんか名残惜しそうな返事だった。多分アレの所為だと思うけど…。

俺は輝夜の頭にポンと手を乗せて言った。

 

「ああ、必ずまた会える。だからそんな顔すんな。な?」

 

「うん…」

 

輝夜が返事するのを見てから紫の方に向き直った。

 

「紫、こいつらの後の世話頼む」

 

「もう…どこか都の近くに送ればいいんでしょ?仕方ないわね…」

 

「さすが理解が早い。ありがとな」

 

俺はそう言って瞬間移動でその場を去った。

……どうでもいいけど、瞬間移動ってなんかかっこ悪いし、某死神漫画の瞬歩(しゅんぽ)って呼ぼうかな。

俺はそんなことを考えながら都に戻った。

 

 

 

 

都の中を歩いていると、向かい側に焔華を見つけた。不比等さんは一緒では無いようだ。

 

「おーい焔華ー!」

 

手を軽く振って声をかけてみるが、なぜか反応がない。聞こえてないのか?

 

「おーいほの……!?」

 

「……………………」

 

歩いてくる焔華はチラと俺を見たが、無言のままトボトボと去って行ってしまった。その時見た焔華の目は………光の無い殺意に溢れた目だった。

…やっぱりアイツだったか。

俺は"認識を遮断"して焔華についていった。

 

「ここは……輝夜の屋敷?」

 

焔華は輝夜の屋敷に来た。なんで場所を知ってるのかちょっと不思議だったが、多分不比等さんが言ってたんだろう。

そう思っていると、誰もいない屋敷に焔華の声が響いた。

 

「ここにはいないか……本当に月に帰ったみたいだな……逃げられた…!」

 

「なるほど…不比等さんが恥じかかされたから復讐、ってとこか」

 

どうやら輝夜がまだここにいるかもしれないと思ってここに来たらしい。本当はまだこの星にいるんだけどな。

因みに普通に声に出しちゃってるが、認識を遮断してるので焔華は俺がいることに気付いていない。て言うか気づけない。

 

「なら何か… そう言えば帝様に…」

 

焔華がブツブツと何かをつぶやいている。聞く限りだと…やっぱり邪魔をしに行く様だ。

そうやって眺めていると、焔華はまた歩き出した。

 

 

 

 

「やっぱりこうなったか…」

 

今、現代では富士山に当たる山にきている。…先に言っとくけどかなり話を端折った。だってさ、"焔華が倒れて連れてかれ、岩笠たちが神様に拒否られて焔華に殺される"なんて過程見たい人いる?つまりそういうことだよ。

という訳で今焔華が蓬莱の薬を飲もうとしている。ちょっと話をしようかな。

俺は認識遮断を解除した。

 

「焔華」

 

「…何双也?なんでここにいるの?」

 

「神様だから」

 

「そ。邪魔しないでね」

 

焔華は俺の事などどうでも良いと言う様な態度で今まさに口をつけようとしていた。俺はそれを焔華の手から奪い取った。

 

「……邪魔しないでって言ってんでしょ!?」

 

焔華は俺に怒鳴って殴りかかってきた。やすやすと当たるわけにもいかないのでスルッと避ける。

 

「焔華、お前不老不死の意味を分かってこれを飲もうとしてんのか?」

 

「どうでもいいよそんな事!!」

 

「…………………」

 

分からなそうだな。この分じゃ言っても聞かないだろう

……ごめんな焔華。

 

「っ!? あ"ぁぁあ"あ"あ"!!双也っ!なんで!?」

 

「……焔華、痛いだろそれ?とっっても」

 

俺は天御雷で焔華の腕を斬り落とした(・・・・・・・・・・・)。焔華は痛みで倒れている。

 

「痛すぎて、"いっそ死んでしまいたい"とか思うだろ?……不老不死ってのはそれが許されないんだよ」

 

「ぐ、ぐぅううううっ!」

 

俺はそう言いながら、斬り飛ばした腕を持ってきて焔華に繋げた。傷を負う痛みが分かればそれでいいのだ。焔華はゆっくり立ち上がって俺を見た。

 

「死ぬこともできないし、変わることもできない。痛みはどれだけ襲ってこようと受け入れなけばいけないし……いつか、誰もいない世界で生きていかなきゃいけなくなるかもしれない。……蓬莱の薬ってのはそういう薬なんだよ」

 

「…………………」

 

焔華は黙ったままで俯いている。凄い葛藤をしてるんだろう。

この薬は簡単に飲んでいいものじゃない。永琳はスッと飲んだが、あれは長い年月を生きて考え方が人間と違っただけだ。どう考えているのかまでは知らないが。

暫くすると、焔華は覚悟を決めた目で俺を見て言った。

 

「それでも…それでも私は、何かしてやらないと気が済まない!お父様だけじゃなく、私の家そのものをぶち壊したのに!月に逃げられて何も無しなんて耐えられないよ!」

 

「……………そうか、覚悟があるなら構わない。ほら」

 

俺はその目に強い意思を感じた。どれだけ言おうと変わりそうもない。俺は薬の瓶を焔華に渡した。

まぁ本音を言うと、俺がどう言おうと結末は変わらなかった気もする。俺はもうこの世界の住人。"世界の一部"が"世界の決まり"に口を出しても変わるとは思えない。

俺が手渡すと、焔華は心の準備も無しにすべて飲み干した。

瞬間、

 

「え!?何コレ!?なんで…」

 

「ふーん、人間が飲むと変化があるのか」

 

焔華の髪が真っ白に染まり、目は炎の様な赤色になった。

やっぱり、コイツが妹紅だったか。

 

「双也!都の前まで送ってくれない!?」

 

「…分かった」

 

俺は焔華を抱えて、言われた通り都の前まで瞬歩で移動した。するとすぐに焔華は駆け出した。多分家だと思うけど……焔華は気付いていない様だ、自分を見た民たちがとても怯えた目をしている事に(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

「ここから出て行け!!」

 

「うわぁ!」

 

バタンッ!

 

「…………………」

 

俺が不比等さんの家の前で待っていると、大声で怒鳴られて外に投げ出された焔華が出てきた。焔華は無言で立ち上がり、埃を払って俯いたまま出ようとしていた。

 

「どうだった焔華?」

 

「双也……はは、私追い出されちゃったよ…"醜い化け物め、どっか行け!"ってさ…」

 

「しょうがないさ、人間ってのは自分たちと違うものを恐る。そうじゃなくても、不比等さん破綻してイライラしてるのかもよ」

 

俺の問いに、焔華は力なく答えた。都に入った時の覇気はもう欠片も無かった。

 

「取り敢えずここ離れるか。人目につく」

 

「うん…」

 

 

 

 

俺たちは少し森に入ったところで立ち止まった。傷心には緑が良いかなと思ったからだ。図太く土からはみ出ていた木の根に二人で腰掛ける。

 

「落ち着いたか?」

 

「うん。ありがと双也」

 

焔華はそう言ってしばらく黙り、今度は問いかけてきた。

 

「ねぇ双也。私と初めて会った時…何て呼んでたっけ?」

 

「え?ああ…"妹紅"って呼んだな」

 

「それ貰っていい?」

 

「……いいぞ」

 

どうやら焔華は名前を変えるらしい。まぁ家も追い出されたし、新しい人生を歩むならそれもありか。って言うか、なぜか俺が名付け親になっちゃったな。

……あれ?コレって俺…原作歪ませたんじゃね?

ほの…妹紅は立ち上がって宣言した。

 

「私はこれから藤原妹紅(ふじわらのもこう)!不老不死の人間。第二の人生を歩み始める!」

 

そう宣言した妹紅の顔はスッキリしていた。名前を変え、声に出して宣言した事でいろいろ吹っ切れたんだろう。

いつかは輝夜と出会って復讐を再開するんだろうが……本当は二人に殺し合って欲しくないな。まぁこればっかりはしょうがないと思っている。

 

「じゃ、俺もそろそろ行くかな」

 

俺も立ち上がって歩き出そうとする。コレでまた一つ終わりか…次は誰だろーなー?

歩き出す前に妹紅が俺に言った。

 

「双也!! 私、強く生きるから!!また会えるように!!」

 

「…ああ、待ってるよ。じゃあな妹紅」

 

妹紅の声は森に響いていた。妹紅のこれからを考えると心苦しいモノもあるが、今はどうにも出来ない。

俺は妹紅に軽く手を振ってこの場を去った。

 

 

 

 

 




\☆祝!5000文字突発おめでとう!☆/

…全然嬉しくねーです…。超疲れちまったです…。

ではでは。


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第五章 山の四天王編
第三十八話 闇の妖怪、封印


この子の登場もやっとですね〜。
あ、R15警報発令!

三人称視点。

では新章、開幕です!


ある森の中。太陽の光さえもろくに届かず、四六時中真っ暗なその森には、ある二つの存在が相対していた。

 

「あっはっはっは! ここに迷い込んだ事を後悔しなさい!あなたはここで私に食べられてお終いよ!」

 

「…別に迷い込んだんじゃねーよ」

 

心底愉快そうに笑い声をあげたのは、真っ黒な服をにおびただしい量の血を付けた不気味な女性。

対して、余裕綽々そうに返答したのはこの時代ではあまり見ない服を着、腰から伸びた二本の紐に刀を吊るしている少年。しかし、彼の腕はなぜかグズグズに溶けたような傷があり、もう片方の腕で抑えている。

 

「じゃあ自殺志願かしら?私に食べられて死のうとするなんて酔狂な事ね」

 

「…そういう訳でもないし、そんな奴いないだろ」

 

「そ。まぁ今更そんな事はどうでも良いわ。あなたが死ぬ事に……変わりはないんだから!!」

 

女性は人間とは思えない速度で少年に目掛けて駆け出した。その手にはドス黒い何かを持っており……女性はそれを振り下ろした。

 

……時間は一時間前に遡る。

 

 

 

 

「はぁ、そろそろ野宿の準備始めようかな…」

 

都を去った後、双也は再び旅を始めた。目的はいつもと変わらない。……飯の支度も変わらない。

 

「あーくそっ、全然コツが掴めない!どーやんだよコレ!」

 

魚を釣り、火を起こし、刺身と焼き魚だけの夕飯を摂る。ここまではいつもと変わりない。多大な時間をかけ、それでも上手くいかない調理にぐちぐち言いながらも食べ進める。

普段と違うのは魚を食べている最中に風が吹いた時に起こった。

 

「もぐもぐ……ん? 血の…臭い…?」

 

ゆるく吹き通った風に乗って、かすかに血の臭いが双也の鼻に流れてきた。双也の風上は真っ暗な森。血の臭いはそこから流れてくるとすぐに確信した。

 

「妖怪にでも襲われて誰か倒れてるのか?それなら助けないと…」

 

双也は手にしていた魚を焚き火の近くの暖かい所に置き、少し気を引き締めて森の中に入っていった。

 

 

森の中はとても暗い。夜だからというのも相まって不気味さも強く感じる。双也は自らの目に僅かな光を集めて暗闇を対処していた。

中に進むほどに血の臭いは強くなって行き、双也は遂に"血を流しているのは一人じゃない"という事に気が付いた。それでも尋常ではない血の臭い。双也の足は自然に早くなっていった。

 

「おい……何だよこれ!?」

 

双也が辿り着いたのは真っ暗な森の中にある開けた広場。そこにはおびただしい量の人間の死体が転がっていた。全てが血みどろになり、内臓や脳が出てしまっているのもあれば、大量の血が付いた人の骨などもある。グチャグチャに潰されたような死体は血溜まりにプカプカと浮いていた。

どれもこれも五体満足には死ねなかった様な、そんな凄惨な現実が双也の目の前に広がっていた。

 

「うっ、おぇ…… ちっ、さすがにコレはキツイ…一体誰が----!?」

 

さすがの双也もこの惨状には耐えられず、胃のものを戻しそうになる。考えを巡らせようとした瞬間、双也は後ろから殺気を感じた。反射的にその場を離れようとするが、少し遅かったようで腕にかすってしまった。

 

「ぐっ、なんだこれ…溶けてる?」

 

双也は今まで感じた事のない痛みに疑問を感じた。見れば傷口はグズグズに溶け始め、とてもグロテスクな事になっていた。

 

(……なんで傷口を繋げられない…。俺の原子が溶けて流動してるからか…?)

 

双也はすぐに治療を開始するがいつものように出来ない。すぐに仮説を立ててどうにかしようと考え始めるが、思考は目の前に立つ女性によって遮られた。

 

「あっはっはっは!ここに迷い込んだ事を後悔しなさい!あなたはここで私に食べられてお終いよ!」

 

「…別に迷い込んだんじゃねーよ」

 

双也はそう言いながら目を凝らして女性を見てみる。

長くサラサラとした金髪に整った顔。黒い服に黒いスカートを履き、首元に赤いリボンが付いている。何より目立つのが……その服や顔に付いたおびただしい量の血液。一目でこの惨状を作り上げた張本人だと分かる容貌をしていた。

女性は愉快そうな笑みを崩さずに続けた。

 

「じゃあ自殺志願かしら?私に食べられて死のうとするなんて酔狂な事ね」

 

「…そういう訳でもないし、そんな奴いないだろ」

 

そう答える合間にも、双也は目の前の女性が放つ力を解析していた。感じるのは……妖力。

 

(……デカイな…それに濃い。下手したら紫くらいあるんじゃないか…? コイツは…)

 

双也の解析の結果、紫に匹敵するのではないかと思う程の量と質を持つ妖力が感知された。同時に双也の記憶の中に引っかかる存在が一人。あの服装と妖力、恐らく食べるために殺したであろう数多の人間。

 

(コイツは…封印前のルーミア(・・・・・・・・)か)

 

東方project、原作キャラの一人ルーミア。闇を操る程度の能力を持ち、人間を主食としている妖怪。原作では小さな幼女だったが…どうやら封印される前は大人の姿だったらしい。封印されるのにも納得のいく力を放っている。

ルーミアは双也の言葉の返答として言葉を放った。

 

「そ。今更そんな事はどうでもいいわ。あなたが死ぬ事に……変わりは無いんだから!!」

 

瞬間、ルーミアは手にドス黒い何かを作り出して迫ってきた。双也は反射的に霊力を解放、天御雷を抜いてそれを受け止めた。

ルーミアは少し驚き、すぐに嬉しそうな表情をした。

 

「なるほど…ただの人間じゃないのね。うふふ…美味しそう……」

 

「!?」

 

そう言って舌舐めずりをしたルーミアを見た瞬間、双也は背中にゾクッと寒気を感じた。一妖怪の殺気程度で怯む双也ではないが、ルーミアのそれには少し狂気染みたモノも含まれていたのだ。

双也はルーミアを離すべく、慌てて反撃した。

 

「ぐっ…離れろ!!」

 

「おっと」

 

双也が放った蹴りはアッサリ片腕で防がれ、そのまま上空に放り投げられた。ルーミアは即座に双也の頭上に飛び上がり、高笑いをあげながらドス黒い剣を振り下ろす。

 

「あははははは!! そらぁ!!」

 

「ちっ、くそ!」

 

双也はかろうじて天御雷で防ぐが場所は不安定な空中。そのまま地面に叩きつけられた。ルーミアはそこに大量の妖力弾を放っていく。地面は土煙に覆われていた。

 

「何よ、もう終わり?」

 

「…そんな訳、ねぇだろ!」

 

「…ふ〜ん…」

 

ルーミアが見下ろした先には、手をかざして立っている双也の姿が。双也は叩きつけられた後すぐに体勢を立て直し、魂守りの張り盾によって妖力弾を防いだのだ。しかし消耗も激しく、霊力の解放度合いも最初より一割ほど大きくなっていた。

 

「イイわねぇ!ますます食べたくなったわ!サッサと殺して----!?」

 

瞬間、ルーミアはヒュンッと風を切る音を聞いた。同時に頰と脇腹に痛みを感じた。ルーミアが頬を手で触るとベッタリと真っ赤な血が付いていた。

 

「な、何…」

 

ルーミアは再び双也に視線を戻した。すると彼は刀を振り抜いた状態で静止していた。旋空である。双也は強い力で旋空を二つ放ち、ルーミアの身体に掠めたのだ。

彼はゆっくりと口を開いた。

 

「一つ聞く、お前……"食べたい"って理由だけで殺してるだろ」

 

「…………は?」

 

「腹も減ってねぇのに、無差別に殺してるだろって言ってんだ!!」

 

双也が顔を上げた瞬間、ルーミアは目の前の男の力が別の物に変わったのを感じ取った。今までは感じた事のない力。ルーミアは生まれて初めて恐怖というものに向き合った。

双也の力は大きくなっていく。同時に、髪も白い輝きを放ち始めた。

 

「な、何がいけないのよ。妖怪は人を襲い、人は妖怪を恐る!これはずっと昔から変わらない摂理よ!」

 

「自らが生きる為に他の生命を奪うのは構わない。生きている限りは必要な、減らしようのない犠牲だからな。だが俺が言いたいのは…不必要な殺しは明らかな悪だっつー事だ!」

 

「!?」

 

若干の焦りを見せるルーミアに、神格化した双也は鋭く睨みながら告げる。

 

「お前の罪は、不必要に人間を殺して楽しむその非情さだ!!」

 

その言葉を皮切りに、双也は神力で作った弾を次々放つ。ルーミアは飛んで逃げていたが、脇腹の傷が痛み、逃げきれなくなった。彼女は少し被弾しながらも回避を始めた。

 

「くっ、ぐぅ! 重いっ!」

 

「ガラ空きだぞ」

 

「!?」

 

気付けば双也はルーミアの懐に潜り込んで刀を構えていた。

双也は神力弾を大量に精製して停滞させ、順次自動で放つ事によって射撃中に動けるようにしたのだ。

ルーミアは双也の刀を防ぐべく、反射的に闇を使った盾を精製する。しかし

 

「無駄だ」

 

「がっ! なん…で…!」

 

双也の天御雷の刀身はルーミアの盾を容易く断ち切り、盾ごとルーミアの体を斬りつけた。続いて横腹に蹴りを入れ、吹き飛ばす。

 

「ぐあっ くっ 舐めるなぁ!!」

 

ルーミアはそう叫んで体勢を整え、着地地点にて地面に手をつき、宣言。

 

深淵(しんえん)黄泉(よみ)より()づる死怨(しえん)()』!!」

 

ルーミアが手をついた場所を中心に闇が広がり、そこからおぞましいほどの量の真っ黒な手が出てきた。それぞれが高い妖力を纏っている。それを見て双也も宣言した。

 

神罰(しんばつ)(とが)(くだ)雷鳴(らいめい)』」

 

瞬間、双也の背に五つの白い円が出現した。それはだんだん光を強めていき、やがてそれぞれの円から雷鳴にも似たレーザーが放たれた。それは射線上の黒い手をことごとく砕き、消していく。

双也は再びルーミアに向かって走り出した。

 

「嘘でしょ!? 私の最強の技を!!」

 

「罪に染まった身で俺に勝とうなんざ不可能だ」

 

黒い手は次々と襲いかかるが、双也のレーザーと刀はいとも容易くそれを断ち切り、進む。

決してルーミアの技が弱い訳ではない。その黒い手一本で中妖怪は瞬殺出来るほどの威力を持っている。だが相手は天罰神。"罪"に対して絶対的な力を発揮する。ゆえに神格化した双也の前では宙を舞う埃程度の効果しか発揮出来ないのだ。

やがて双也はルーミアの前に辿り着き、言った。

 

「これが報い。お前が殺した人間の分、罰を味わえ。

ーー神剣(しんけん)断咎一閃(だんきゅういっせん)(つるぎ)』!!」

 

その宣言と同時に、双也の背で放っていた雷鳴は天御雷の刀身に集り、巨大な白い刀を形作った。双也はそれを躊躇いなく振り下ろす。

 

「がぁぁぁあぁあああ!!!」

 

強烈な雷を一身に受けたルーミアは叫び声をあげて気絶した。何もかもがボロボロになり、見るも無残な姿になっている。

 

「ぐぅ…くっ、はぁ、はぁ、はぁ…ちとやりすぎたな…」

 

双也は神格化を解き、気絶したルーミアの身体を支える。

人間を殺しまくったルーミアが死なずにいられたのは、今双也が膨大な霊力を使って"魂と体を繋ぎ止めている"からだ。そのままにしていたら間違いなく原作のキャラであるルーミアを殺してしまう、それを考慮した双也は断咎一閃の剣を放った直後に能力を発動し、ルーミアを留まらせたのだ。

双也は少し周りを見渡して叫んだ。

 

「お〜い、紫〜!出てきてくれ〜!」

 

……………………。

 

いつもなら出てくるはずが、中々紫が出てこない。

双也は少し待ってみたが、来なそうなのでもう一度呼んでみる。

 

「スゥゥ〜…ゆっかり〜ん!!」

 

「はいはい出るわよ。はぁ、こんなところ見たくないのに…」

 

どうやら紫はこの惨状を実際に見たくなくて出てこなかったようだ。しかし双也はやってもらうことがあって紫を呼んだのだ。彼女に付き合う気は全くなかった。

早速双也は簡潔に要件を伝えた。

 

「強力な封印の札をくれ」

 

「封印? その子に付けるの?」

 

「ああ。力が強すぎるからな」

 

双也はルーミアを見ながら言った。ルーミアはスースーと眠っている。その頰の横あたりの髪をまとめて札で結んだ。コレで妖力がだんだんと押さえ込まれるはずである。

双也は歩き出しながら言った。

 

「さて、元の場所戻るか…ありがとな紫。ご苦労さん」

 

「ええ。この子どこかに送っておくわね」

 

「ああ、頼む」

 

双也は紫にそう頼み、広場の出口で手を合わせて元の河原に戻った。焚き火は消え、魚は冷え切って冷たくなっていたが双也は全て食べきり、横になって眠りにつく。

 

大きな月は、丁度分厚い雲から出てくるところだった。

 

 

 

 

 




久方ぶりの神格化での戦闘です。やっぱり技一個じゃ寂しいですからね。

ではでは。


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第三十九話 二度目の登山

久しぶりの登場。あと○○○○のとこ直しておきます。

前半は双也視点。

ではどうぞ!


輝夜達と別れてもう数年経つ。旅の間は、偶々襲われた盗賊たちを罰したり、ルーミア程ではないが強い妖怪に挑まれて返り討ちにしたり…まぁうん。飽きの来ない日々だったと言えば間違ってない。

そして今俺は困っているのだが…

 

「やべぇ…もう帰って来ちゃったよ(・・・・・・・・・・・)…」

 

目の前に、見覚えのある山が(そび)えている事。一つ違うのは"入山禁止!立ち入った場合は容赦無し!"と書かれた看板がある事。…………もうお分かりだろうか?

そう、私神薙双也は……

 

「日本一周しちゃいましたっ!!」

 

「一人で何を言っているの双也?」

 

「おお紫、ただいま」

 

「いや何の事よ」

 

サラリと紫が入ってきたから俺の悲しみを込めて"ただいま"って言ってあげた。その気持ちは紫も察してくれたようだ。…いや、俺の顔に出ているだけか…。

 

「何をそんなに悲しそうな顔してるのよ。旅の間にあなたが悲しむ様な出来事なんて一つも無かったでしょう?」

 

「旅の間はな…。いやな?俺が旅を続けるのは出会いが欲しかったからなんだけど、あと二組、まだかな〜まだかな〜って思ってるうちにこの島国一周しちゃった訳なんだよ。どうしたらいい?」

 

「知らないわよそんな事。あなたとはお友達だけど、そんな事まで面倒見れないわ」

 

「もうちょっとかける言葉あるだろ…?」

 

「さてね」

 

紫が案外素っ気ない…。しかも最近胡散臭い空気も出てきたし。コレって俺の扱いを覚えたからなのかな…?

 

「残ってるのは…あの喧嘩っ早い奴ら(・・・・・・・)ポヤポヤ宗教団体(・・・・・・・・)…幸運なのは、一周したのに気が付いたのが妖怪の山の前だって事だな…」

 

俺がボソッと呟いた言葉に紫が反応した。不思議そうな顔で問いかけてくる。

 

「"幸運"ってどういう事かしら?」

 

「ん? えっとだな、残った二組の内片方はこの山で出会えるんだよ。もう来てるのかどうかは知らないけど。気付いたのがここならすぐに行動に移せるだろ?そういう意味での"幸運"」

 

俺の説明で紫はちゃんと納得した様だ。良かった良かった。

俺はこれからどうしようか考え始めた。しかしその思考は紫によって無に帰す事になった。

 

「なら、暫くここに住めばいいんじゃない?」

 

俺はその言葉に唖然とした。こいつ本気で言ってんの?ここ入っただけで八つ裂きにされる様な所だよ?

 

「お前…マジで言ってる?」

 

「マジよ。ほらほら、そうと決まったらさっさと行く!すぐに行動に移せるから幸運だったんじゃないの!」

 

俺は紫に背を押されながら山の入山ラインすれすれまで来た。なんかもう、紫の俺に対しての扱いが親と子供なんだけど…俺の方が年上だよね?

そうすれすれのところで考えていると後ろから押された。

 

「あっ」

 

しびれを切らしたのか紫に再度背中を押されたのだ。したがって俺の片足はバッチリ入山してしまっている訳で…顔をあげればいつかのように白狼天狗たちが集まってきていた。後ろを振り向けば、紫が笑顔で手を振りながらスキマの中に消えて行く姿が目に映った。

 

(紫……覚悟しとけよ……)

 

しばしスキマの閉じた地点を睨んでいると、白狼天狗の一人が怒鳴ってきた。

 

「おい貴様! 看板を見なかったのか!?ここは入山禁止だぞ!」

 

「いや見たよ?見たんだけど半ば無理矢理入山させられたと言うか…」

 

「しかし入った事は事実。看板を見た上で入ったならば我らはお前を処分する!覚悟はいいな!!」

 

うおい、なんでそこで"今すぐ出るなら見逃してやる"とかって発想が浮かばないんだよ。ハナから殺す気満々じゃん!

って、そう言えばここにゃ知り合いが居るんだから頼れば良くね?

 

「なぁ、射命丸文っているだろ?アイツなら俺の事分かるから呼んでくれない?神薙双也って言えば良いから」

 

「何?文様を?…ふざけるのも大概にしろ!!あの文様がお前なんぞのことを知っているわけがなかろう!」

 

「あらら、こりゃダメだな…」

 

さすが妖怪の山、聞く耳を持たないってこういう時にも使えるな。聞くだけ聞いて試さないっていう…まぁそれは置いといて、どうするか…あんまり騒ぎたくないな…。騒ぎを起こした上で住まわせてもらうなんて気まず過ぎる。

 

「もういい!行くぞお前たち!侵入者を排除しろ!」

 

「「「おおおおおおお!!」」」

 

「…なんかもう、いいや」

 

こっちの気も知らずに突っ込んでくる天狗たちを見たら騒ぎがどうのこうのとか考えるのが億劫になってきた。もう…なるようになれ。

いい加減めんどくさくなった俺はそう結論付け、迎え撃つ為に天御雷を抜いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

〜妖怪の山 屋敷〜

 

 

「平和だなぁ……」

 

山頂にある大きな屋敷。その内の一つの部屋で、机に足を乗せて腕を頭の後ろで組み、天井を見上げてくつろいでいる一人の天狗。彼女は妖怪の山に住む天狗達の頂点である天魔だ。

今日は天魔にとっては珍しい休みの日。日がな一日ダラダラ過ごす事を目的に自室に篭っていた。

 

「子供達と遊んでくるっていうのも一つの手だが…天狗の子の相手って疲れるんだよなぁ…でも人間の子供なんて滅多に見ないし……もういっそ羽根引き千切って人間になろうか……」

 

天魔はその体勢のままそんな事を呟いていた。女の身なのに男の様な言葉を使う所為か威厳が出てきてしまい、そういった雰囲気は無いのだが天魔は大の子供好きである。それはもう、天狗の子が生まれたと聞いたやいなやその夫婦のもとに飛んで行って"名前をつけさせてくれ!!"と頼み込むほどである。そういった場合、その夫婦は自分たちの上司の頼みなので断れない。ゆえに今妖怪の山に住んでいる天狗のほとんどは天魔が名付け親なのだ。

 

「また"華ちゃん"と遊んでみたかったなぁ」

 

天魔は、かつてこの山に置いていかれて自らが保護した人間の少女の事を思い出していた。結局は迎えに来たとんでもない強さの男に連れて行かれてしまったのだが。

因みにその時のオモチャは押入れに残っているようである。

 

「なんか面白い事----」

 

バンッ「天魔様!!侵入者です!!」

 

「……お?」

 

天魔が言いかけた所で勢いよく入ってきた天狗の言葉に興味を持った天魔。彼女は席を立ち伸びをした。

 

「んん〜〜…はぁっ。さて、状況は?」

 

「そ、それが……」

 

「なんだ?」

 

「警護担当の白狼天狗達が総出で事に当たっているのですが……恐ろしい強さで、全く歯が立たないのです…」

 

「…なんだと?」

 

天魔はある男の事が頭に過ぎった。今までそんな事態になった事は一度しかない。今まさに思い出していた華という少女の件だ。

 

「……私が行こう」

 

「は、はい!」

 

天魔はまさかな…、と思いながら部屋を出た。廊下で場所を聞き、玄関から出て飛び立とうとした瞬間

 

「うおあ!?」

 

天魔の目の前に傷だらけで気絶している白狼天狗が落ちてきた。空を見上げれば、それに続くようにポンッ!ポンッ!と小気味好い音を響かせて白狼天狗たちが落ちてきた。天魔と、その後ろに着いていた天狗は開いた口が閉じなくなっていた。

 

「え、え?……どういう現象だコレ?」

 

「て、天狗が山積みに……」

 

天魔たちが驚いている間に、落ちてくる天狗は山の様に積まれていた。と、最後に天魔よりも少し後ろでもポンッ!っと音がした。

 

「よし!これで最後だな。ふぃ〜やっと終わった」

 

天魔が振り向くと、担いだ天狗を下ろしている最中の少年がいた。そして、天魔はその声に聞き覚えがあった。

 

「はぁ……やっぱりお主か双也」

 

「おっす天魔。また来たよ」

 

天狗を担いできたのは、天魔の予想通り、かつて華を迎えに来て山の天狗のほとんどを叩き潰した神薙双也その人だった。

天魔は聞きたいことがあったが、声に出す前に双也が答えを言った。

 

「この天狗達な、俺は話し合いしたかったんだけど襲ってきたから返り討ちにしといた。一気に治療できるようにここに順番で運んだんだけど…天魔、そういう類の天狗呼んでくれない?」

 

「…分かった。呼んでおこう。…全く、以前と変わらないなお主は」

 

「俺としちゃお前ら天狗には変わってほしいんだけど…今度からは俺のことわからせておいてくれよ。毎回戦うなんてめんどくさい」

 

「そんなのはこっちから願い下げだ。お主が来るたびにこんな量の治療をするなんて正気の沙汰では無いからな」

 

「俺が悪いみたいに言うのやめてくれよ」

 

双也は少し悲しみを帯びた声で天魔にそう言った。その様子を見ていた天魔は、双也の後ろで震えて剣を構えている天狗に気が付いた。天魔は近くに行って剣を下ろさせる。

 

「て、天魔様!?」

 

「大丈夫だ。こやつは知り合いだ」

 

天魔がそう言って笑いかけると、天狗は渋々ながら剣を下ろしていく。剣を仕舞うのを見届けると、天魔は双也に向き直って言った。

 

「さて双也。何か用事があるのだろう?中で話そう」

 

「あ、ありがとな。 じゃあお邪魔しま〜す」

 

天魔は双也を連れて屋敷へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因みに、後で呼ばれた救護専門の天狗は、後日全身の筋肉痛で布団から起き上がることもできなかったそうな。

 

 

 

 

 

 

 




こういう締め方ってオチがある感じで納得しますw

あ、前回書き忘れたので、双也くんの刀の付け方について補足しておきます。
あの説明で分からない!って人は、"志波一心"でググってください。イメージ的にはあんな付け方です。

ではでは。


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第四十話 先客、喧嘩好きの鬼

もう四十話ですっ!
二十話の時も言った気がしますが、早いもんですね。

久しぶりにオール三人称。

では四十話!どーぞーっ!


「さて」

 

天魔はそう言って双也の分と自分の分のお茶を机に置いた。

向かい側に座っている双也はなぜか正座をしている。

 

「では本題に入ろうか。何をしにここへきたんだ?」

 

「え〜っと…ひじょーに言いづらいんだけど…」

 

そうして何か口ごもっている双也を見て、天魔が"こやつは何かやましい事でも考えているのか"と考えるのは至極妥当なことだろう。

中々言い出さない双也にしびれを切らし、天魔は薄々だが思っていたことを口にした。

 

「なんだ、まさか何の用も無しにここへ来たのか?あれだけの被害を出しながらよく----」

 

「いやそう言うわけじゃないっ!それはホント悪かった!」

 

双也は慌てて訂正した。穏便に山を登りたかった双也としては不本意な入山の仕方だったので、少なからず双也は後悔しているのだ。

緊張が和らいだのか、双也はやっと話を始めた。

 

「えっとな、実は……ここに暫く住まわせてほしい」

 

「…は?なぜだ?」

 

「会いたい奴らがいてな、ここにいないといけないんだ。ちゃんと会えたら…まぁそれは後で決めるかな」

 

「ではなぜ口ごもっていたのだ?」

 

「それは…その…天狗たちを蹴散らした上で頼むにはちょっと気まずい内容だったと言うか…」

 

天魔はそれを聞いて拍子抜けし、大笑いした。

 

「ぷっ……くくく…あっはっはっはっは!!なんだそんな事か!心配するな。あやつらも戦う上で負けるかもしれないという覚悟は持っている。何もこの山へ入ってくるのが人間だけとは限らないからな。負けたら負けたで、あやつらの自己責任だ。お主が気負う事はない」

 

「え、じゃあ…」

 

「ああ、良いぞ。住まわせてやる。ちょうどこの屋敷には部屋が余っていてな。好きなところを使うといい」

 

「ありがと天魔!!」

 

天魔の言葉に双也は心底歓喜していた。思ったよりも円滑に話が進んだからだろう。

天魔は改めて、双也に自己紹介した。

 

「では改めて、私はこの山の天狗を纏める天魔、太刀風(たちかぜ)(らん)だ。よろしくな双也」

 

「おおよろしく。って言うか"天魔"ってのが本名じゃなかったのか」

 

「それは役職名だ。本名はさっき言った通り。ずっとお主に天魔天魔と呼ばれていたのが少し気になっていてな…」

 

「そんなに気にしてたのか?」

 

「まぁな」

 

こうして双也は新しい宿を手に入れ、暫く談笑していたのだが、話の話題として、嵐は気になったことを双也に問いかけた。

 

「そう言えば双也、ここで会いたい者というのは?」

 

双也は言ってもいいか少し考えてから答えた。

 

「えっと、そのうちここに攻めてくると思うんだけど…鬼だよ鬼。一本角と幼女の鬼」

 

「鬼…だと?」

 

双也の言葉を聞いて少し眉を寄せる嵐。それを見て双也はもしや…と思い、嵐に聞いてみた。

 

「嵐? もしかしてもう…」

 

「……ああ。来たよ。もう(・・・・・・)

 

双也の問いを察し、嵐はそれに答えた。

 

「ここは既に、鬼の支配下だ(・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

妖怪の山。主に天狗が住み、役職別に別れてとても組織的に構成されている巨山。その数多いる天狗たちを纏めるのが天魔という役職の天狗。しかし近年、額や頭に角を持った"鬼"と呼ばれる妖怪たちが、圧倒的な力でこの山に攻め入り、天魔も抵抗するがあえなく敗北。現在は山の中間から頂上までは天狗ではなく鬼が新たに住み着いている。

 

「………と言うのが今の現状だ」

 

「なるほどなぁ…てかお前負けたのかよ」

 

「うるさい。それだけ強いってことだ。鬼という種族は」

 

双也は妖怪の山の現場について嵐から説明受けていた。鬼が来るまでここで待っていようと思っていた双也だったが、どうやら鬼に先を越されたらしい。

双也は手を顎に当てて少し考え、嵐に向き直って言った。

 

「ふ〜む…じゃあ明日あたり会いに行くとするよ。今日はもう疲れたから休む」

 

「…そうか。二階の部屋が空いてるから好きなのを使ってくれ」

 

「はいよー」

 

双也はそう言いながら部屋の戸を閉めて出て行った。

 

「はぁ…あやつが会いに行くのか…結果が目に見えるな…」

 

嵐の呟きは、少しだけ暗くなった部屋に響くだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日の昼。昼食を食べ終わった双也と嵐は屋敷の前にいた。これから出ようという時間だ。

 

「よっし行くぞ嵐。案内頼むな」

 

「ああ。だが本当に行くのか? どういうことになるか容易に想像できるんだが…」

 

「まぁ…喧嘩っ早いらしいからな。霊力抑えてけば大丈夫だろ」

 

「だと良いけどな…」

 

双也は準備体操し、嵐はそれを見ながら双也に問いかける。鬼のところは嵐でも出来れば行きたくない領域。やはりあまり気は進まないのだ。

双也が準備体操し終えるのを確認し、嵐が先行して山を登りはじめた。

 

「ふーん、結構妖力が大きいな鬼ってのは。チラホラと大物がいる」

 

「それはそうだろう。天魔である私が中妖怪などに負けると思うか?」

 

「いや、そうは思わないけど……って言うか嵐の本気見たことないから何とも…」

 

「お前があんなことするからだ」

 

「お、おう…」

 

嵐と双也はちょっとした雑談をしながら登っていた。しかし、こんな軽口を叩きながら歩いていられるのは双也と嵐が強者だからだ。双也たちが歩いている山道の左右、そこに生い茂る木々の隙間からチラホラと眼光が覗いている。つまりは鬼たちが登ってきた双也たちを見ているのだ。プレッシャーは並ではない。

そのうち一体が双也たちの前に出てきて言った。

 

「おい天魔ぁ!何だそいつは!人間じゃねぇか!」

 

「…はい。この者が四天王(・・・)に会いたいと」

 

嵐は珍しく敬語を使っていた。対して鬼は態度が軽い。こいつも他人を見下す部類かな…?と双也は思っていた。

嵐の言葉に、鬼は声を荒げて言った。

 

「四天王に? 天魔ぁ、分かってんのか?俺らは卑怯な手を使う人間を遠ざけるためにここに住みついてんだぞ!? 見ればその人間、霊力を放つ刀持ってんじゃねぇか!陰陽師か何かか!?」

 

どうやら鬼たちは人間から遠ざかる為にこの山を乗っ取ったらしい、と双也は理解した。

声を荒げる鬼を前に、嵐は対応に困っている。見れば鬼たちが出てきて周りを囲っていた。

 

「山を乗っ取られた復讐か知らねぇが、そんな奴を四天王に会わせる訳にはいかねぇ!!」

 

鬼はそう言うと、ものすごい速さで嵐の横を通り抜け、双也に殴りかかった。双也はそれを見て一言。

 

「…遅いな」

 

「なに!? がふぁあ!!」

 

拳を受け止め、引き寄せながら刀の柄で鬼の腹に一撃を入れた。鬼は血を吐いて吹っ飛び、5mほどの所でとまって双也を睨みつけた。

 

「テ、テメェ……」

 

「悪い嵐、やっぱりこうなっちまった」

 

「…もういい。覚悟は出来てた…」

 

双也はそう言って嵐に謝るが、当の嵐はため息をついている。双也は未だに睨みつけている鬼を見て言った。

 

「さて、鬼は喧嘩が好きなんだよな?今日は拳でやるとしますか!」

 

「腐れ陰陽師め…後悔するなよ!!」

 

双也と鬼は駆け出し、拳をぶつける。衝撃は風となって周囲へ伝わったが、吹き飛んだのは鬼の方だった。

 

「くそぉっ!」

 

「まだまだいくぜ!?」

 

「!!」

 

双也は瞬歩で鬼の頭上に移動し、能力を併用して拳を打ち出す。拳は空気を伝って鬼に迫り、当たった。

 

「舐めんなぁ!!」

 

しかし鬼も喧嘩好きの実力者。腕をクロスさせて防御し、双也の拳を受け切っていた。地上に降りた双也に向かって鬼が飛び、蹴りを放つ。

 

「うおらぁあ!!」

 

「おっ、とぉ!」

 

蹴りをしゃがんで避け、鬼の足首を持って背負い投げの要領で地面に叩きつける。双也は跳ね返った鬼を蹴り飛ばした。鬼はくの字になって飛んでいく。

少し休憩とばかりに立ち止まり周りを見渡すと、集まっていた鬼たちはなにやらガヤガヤしていた。

 

「いいぞーもっとやれー!!」

 

「おいおい!そこはこう…ガツンといかないと!!」

 

「すげー!あいつつえーなー!」

 

「おいもっと酒飲ませろー!!」

 

(喧嘩で宴会開いちゃうのか鬼って…)

 

みんな酒を飲み、どんちゃん騒いで双也達に何か言葉を飛ばしている。その様子はまさに宴会。鬼が喧嘩好きという証明の一つだった。

 

「なんかもう、こういうの見たらなんかめんどくさくなってきたな…」

 

双也がそう言うのと同時、さっきくの字になって飛んで行った鬼が、まさに鬼の形相で迫ってきて双也に殴りかかった。妖力をこれでもかと込めた拳。鬼の渾身の一撃だった。

 

「これでぇ…終わりだぁ!!」

 

そう叫んだ鬼は、手首を捕まれ勢いを使った双也の手刀を首にくらった。ズドンッと激しい音が響き、鬼は泡を吹いてその場に倒れた。

 

「そうだな、確かにこれで終わりだ。楽しかったぜ、喧嘩」

 

双也がそう言った瞬間、観戦していた鬼たちはワアアアアア!!と歓声をあげた。双也も嵐の所に戻って案内を再開するように頼もうとするが……周囲から、妖力が一点に集まっていくのを感じた(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「いいねいいねぇ!!こういうの奴を待ってたんだ!」

 

空気が言葉を発しているように、その声は場に響き渡った。双也が後ろを振り向くと…

 

「なぁ人間、次は私と喧嘩しないか?」

 

頭から太い角を二本生やし、大きめの瓢箪を持った幼女が双也を見つめていた。

 

 

 

 

 




あの呑んだくれ幼女鬼の口調はこれでいいんでしょうか?
間違いが目立つようだったら感想にでも書いてお知らせ下さい。

ではでは。


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第四十一話 VS四天王、"小さな百鬼夜行"

ついに…あの技たちを使う時がっ…!

双也視点。

ではどうぞっ!!


「次は私と喧嘩しないか?」

 

妖力が集まった中心にいた小さい鬼、俺が会いたかった四天王の一人、伊吹(いぶき)萃香(すいか)は俺にそう言った。周りの奴らを見れば、嵐も含めてみんな身体を震わせていた。

 

「す、萃香様……なぜ…」

 

鬼の一人が小声でそう言うと、それが聞こえた萃香は当たり前と言うような顔でその鬼に言った。

 

「なぜって…そりゃあ山の中でこんなデカイ霊力飛ばされてたらいくら何でも気づくでしょ。来てみたらこの通り、まさか人間が拳で鬼を圧倒してた訳だ」

 

萃香は俺に視線を移した。視線でなんとなく察したが、どうやら喧嘩したくてウズウズしているらしい。

俺は萃香に言った。

 

「しょうがない…連戦だけど、あんまり疲れてもないし喧嘩しようか。俺は神薙双也。現人神だ」

 

「お?現人神なんてのは聞いたことないけど、つまりは神か!私は伊吹(いぶき)萃香(すいか)。鬼の四天王の一人だよ」

 

そうやって自己紹介していると、横から嵐が俺に言った。

 

「おい双也!本気で四天王とやる気か!?いくらお前が強くても四天王はお前の更に上だぞ!?」

 

「嵐、俺はお前の全力を知らないよな」

 

「? ああ」

 

「同じように、お前だって俺の全力は知らないだろ?」

 

「なに? 今までのが全力じゃ----!?」

 

俺の全力を勘違いしているであろう嵐の前で、俺は霊力を解放した。最初に鬼と戦った時の約五倍ほどだ。これも全然全力じゃあ無いけど、大体把握は出来るだろ。

 

「これ、まだ三割だからな。それでも萃香は超えられる」

 

俺の霊力はすでに萃香の妖力を凌駕していた。俺が五に対して萃香が四くらいの割合だ。

俺がそう言って萃香を見ると、頰に汗を垂らして薄く笑っていた。

 

「ますますいいねぇ…ここまで強い奴は初めてだ。でも、単なる打撃じゃあ私には勝てない!行くよ双也!!」

 

萃香はそう言ってかけてきた。腕には妖力が集まっていき………拳が肥大化した。

 

「うぇえ!? そこだけデカくなんのかよ!!」

 

「双也強そうだし、全力で行くよ!!」

 

萃香の腕は本人の何倍もの大きさになって迫ってきた。

俺は対処法を必死に考える。

 

(どうする…能力を使っての拳でアレを止められるか!?繋がりをどう操ったらあんなの止められるんだよ!じゃあ遮断か?遮断遮断遮断遮断……)

 

そうやって考えていると、一つ思い出す事があった。

それを応用し、俺はボソッと呟いた。

 

縛道の八十一(・・・・・・)…『断空(・・)』」

 

俺が地面に向けて横に腕を振るうと、そこには風刃と同じような線ができ、そこから空間を隔てるかのような巨大な霊力が吹き出した。その霊力が萃香の拳にぶつかると、耳をつんざくような大きな音がして…止まった。

 

「!?この拳を…そんな霊力で!?」

 

「空きありだ!!」

 

「! くっ!」

 

俺は断空に驚いて隙が出来た萃香に向かって上空から拳を振り下ろした。萃香は腕を元に戻してそれを避けた。

さっき断空を思いつくきっかけになったのは、月人のレーザーを掻き消す為に風刃を放った時の事だ。あの時は普通の大きさの風刃でも十分に掻き消す事が出来たが、アレでは萃香の拳は止められないと思ったので、天御雷に貼ってある札と同じ"力の干渉を遮断する能力"を付与して大きな風刃を放ったのだ。

噴き出した霊力は上手いこと萃香の拳を止めてくれた。

因みに技名がアレなのは……前世でB○EA○Hが好きだったからである。閑話休題。

俺はまた萃香に向かって駆け出し、殴りかかった。

 

「おらぁ!!」

 

「くっ…」

 

両手を使ってガードしている萃香にラッシュを叩き込む。ダメージは少ないだろうが体力は消耗するはずだ。

 

「おらおらおらおらおらおらッ!!」

 

「ぐ、ぎっ、くぅ…今度はっ、私の番だ!」

 

「うわっ!?」

 

ラッシュの最中、そう言った萃香はパッと霧になって消えてしまった。当然パンチは空振りし、前のめりになった瞬間

 

「ぐあっ!?」

 

「まだまだいくよ!」

 

顎に衝撃を感じ、空中に飛ばされた。最初のように声が響くと、今度は腹に激痛。そのまま地面に叩きつけられた。

 

「ぐうっ! くそっ…」

 

「言ってる余裕なんか無いよ!!」

 

瞬間、俺は目の前で妖力が集まっていくのを感じた。小さく細かく感じるのでおそらくラッシュを仕掛けてくるだろう。…萃香の力でラッシュされたらひとたまりもない。恐らく力だけなら幽香と同等かそれ以上だろう。

俺は前方に霊力を広げた。

 

「うおらぁああ!!」

 

目の前に拳が迫ってくる。しかしその拳は、双也の目の前で鮮血を噴き出して止まった。

 

「痛っ!! なんで----!!」

 

「捕まえたぞ萃香……集まれ!!萃香共!!」

 

ラッシュの直前、魂守りの張り盾を発動し、痛みを与えることで一瞬萃香に隙を作ったのだ。その腕を掴み、霧になった萃香を能力で集め固定して萃香の"ずっと俺のターン"を阻止する。

俺は腕を掴んだまま萃香の腹を蹴り上げ、瞬歩で少し空中に浮いてから、落下を使って振り回しながら地面に叩きつけた。

 

「がはっ!!」

 

「もう一発ゥ!!」

 

萃香が血を吐き出して呻いた。しかし手を抜くつもりは無い。

萃香を上空に投げ、瞬歩で萃香の上を取る。そのままかかと落としでもう一度地面に叩きつけた。

 

「これでどうだっ!!」

 

「がぁあああ!!」

 

ズドォォンと大きな音がして土煙が舞い上がった。俺は少し近くに着地した。

気づけば鬼たちはやけに静まり返っている。

 

「お、おい…なんだよあの人間…今までこんな奴いたか?」

 

「ありえねぇ…萃香様と渡り合うなんて…ましてや人間が…」

 

鬼たちは小声でそんな事を話していた。そのことに気を使っていたのも束の間、土煙の中から大きな妖力を感じた。

 

「ふふふ…はっはっはっはっ!!!いいよ双也!!こんなに楽しい喧嘩は久しぶりだ!!特別に、私のとっておきを見せてやる!! 符の弐『坤軸の大鬼』!!」

 

萃香がそう宣言すると、萃香の身体がどんどん肥大化し、最終的には五階建てビルくらいの大きさになった。流石に圧巻で少しの間フリーズしていたが、天に轟く萃香の声で我に帰り、すぐに対策を考える。

 

「行くぞ双也ァァアアア!!」

 

「うおぁああ!?」

 

萃香が振り下ろした拳は、地面に当たるとものすごい衝撃を起こしてクレーターを作った。俺はなんとか受け身をとって走る。

 

(考えろ考えろ…どうやって萃香を倒す!?何か決め手になるのは……そうだ!それなら出来なくはないはず!その為には……)

 

俺は萃香の正面に周り、天御雷を抜刀して叫んだ。

 

「萃香!!悪いが今の全力で行かせてもらう!!

風刃『六華の宝印』!!」

 

俺は巨大化した萃香の足元で大きくそれを放った。萃香は霊力を探知したのか、避けるためにジャンプした。

 

「地面を這う斬撃…跳べば問題ない!!」

 

「どこ見てんだ?本命はコッチだ!!」

 

ジャンプで避けるのは予想済み。仮に避けなかったとしても打ち上げられる。俺は萃香よりも上空に瞬歩で移動し、霊力を手のひらに込め始める。

放とうとしているのは……決めの一撃。

 

(正直言って初めてだし、消費する霊力も今までの比じゃないだろうな…でも…限界は越えないと意味がない!!)

 

萃香に向けた手のひらからは、だんだんと稲妻が走りはじめる。手のひらで感じる、雷の力。

 

「破道の六十三『雷吼炮』!!!」

 

瞬間、手のひらから霊力を放つ。それは雷となって獣の遠吠えの如く広範囲に衝撃をもたらした。

それをもろに真正面から受けた萃香は…

 

「うああああああ!!!」

 

激しい雷の衝撃に飲み込まれて地に落ちた。

 

土煙が晴れた頃には、大きなクレーターの中心で大の字で力尽きている萃香の姿があった。

 

 

 

 

 




ここでやっとBLEACHタグ。

ではでは。


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第四十二話 VS四天王、"語られる怪力乱神"

タイトル詐欺です。実際は後半からです。ご注意をっ!

あ、あとUA10000突破ありがとうございます!
これからも頑張ります!

ではどうぞ〜


「まさか…本当に勝ってしまうとは……」

 

双也と四天王、萃香の喧嘩に決着がついた直後、嵐はあまりの驚きにそんな言葉をこぼしていた。

鬼が山にやってきた時、天魔である嵐は必死に抵抗した。妖力も完全に開放し、殺気を隠すこともせずに本気で向かっていった。それでも勝てなかったあの鬼、しかも四天王に、人間であるはずの双也は勝ってしまった。嵐にとっては衝撃以外の何者でもなかった。

嵐がそう思っていると、大の字で仰向けになっている萃香が口を開いた。

 

「ははは…ホントに強いな双也は…まさか人間に負けるなんて、面目ないねぇ…」

 

それを聞いた双也は萃香に顔を向けて言葉を返す。

 

「こっちのセリフだよ。鬼ってのはみんなこんなに強いのか?嵐が負ける訳だ」

 

「いやぁ私はこれでも四天王だからね。そこらの奴…さっき双也が戦った奴とかと比べるなら私の方が強いさ」

 

「まぁ…そりゃそうか」

 

双也は萃香に手を差し出し、彼女はそれに掴まって起き上がった。身体中ボロボロである。

 

「いつつ…こんなに傷ついたのはいつぶりかな…」

 

「……ちょっと待ってろ」

 

双也はそう言うと、萃香の肩に手を乗せて能力を使った。例の如く、治癒をしているのだ。

治った萃香の身体を見て、嵐が感嘆の声をあげた。

 

「凄いな…双也は傷も治せるのか」

 

「まぁな。俺の能力は応用範囲が広いから」

 

「それだけじゃあここまで強くなれないと思うけど…」

 

双也の言い分に萃香は少し呆れた声でつぶやいた。

実際、元である霊力がなければ能力は発動できない。戦いの際に双也が躊躇わず能力を使えるのは、毎日瞑想して霊力を増やしてきた双也の努力の証とも言える。

双也は萃香の言葉などは気にせず、呟いた。

 

「さて、他の四天王は…上かな?」

 

双也の言葉には萃香が反応した。

 

「そうだけど…双也、まさか他にも喧嘩ふっかける気?」

 

「俺が発端みたいに言うな。喧嘩しようって言ったのお前だろ」

 

「あんなデカイ霊力出してたら誘ってるようなモンだよ、鬼にとってはね」

 

双也が他の鬼たちの方を見ると、全員が打ち合わせしたようにウンウンと頷いていた。それを見て双也は呟く。

 

「俺は接点作りたいだけなのに…」

 

「鬼と仲良くなりたいなら、"喧嘩して宴会"!コレに限るよ!!」

 

「……………また喧嘩することになりそうだなぁ…」

 

双也は愚痴をこぼしながらまた山を登り始めた。萃香や他の鬼たちはついでにそこで宴会を開いていくらしく、双也には着いて行かなかった。

歩いている途中、嵐は双也に気になっていた事を尋ねた。

 

「なぁ双也、決着をつけた時に雷を出してたが…お前刀を使うんじゃなかったのか?前に来た時は刀で一掃されたと聞いたぞ」

 

嵐の問いに双也は振り返らずに答える。

 

「確かに俺は剣術を使うけど、今回は大体拳でやるって決めてたからな。別の方法にしたんだ。まぁ最後に少し使ったけど…それは置いといて、能力の応用の仕方を変えたんだ」

 

「応用の仕方?」

 

「ああ。今まで俺は結合の能力を主に物質を集める為、つまり物理的に使ってた訳だけど、今回は少し無茶な概念的結合を使ってみたんだ。雷の性質を霊力に結合(・・・・・・・・・・)ってね」

 

「!!」

 

概念の結合。それが凄まじいことだと嵐は気付いていた。"雷を生み出す程度の能力"などとは違う、世の理を捻じ曲げた様な力であると。

程度能力で火や雷を放つのは、本来能力によって霊力や妖力を変換してそのものとする事で出来る。しかし、双也がやってのけたのは性質の結合。つまりそのままのモノに別のモノを付与したのだ。彼はそれを使って雷そのものではなく雷と霊力の性質を持ったモノを作り上げた(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

下手をすれば、地面のように硬い雲や、水のように流れる火など、物理法則を無視した様なあり得ない物を創造する事も出来るという事だ。

嵐は双也の計り知れない力と潜在能力に恐怖すら覚えていた。

 

「お前は…本当に凄い奴だな」

 

「そうか?」

 

双也と嵐がそうして話していると、ようやく山頂に着いた。山頂には割と大きい家が建っており、その玄関の石階段には、座って酒を飲んでいる一本角を額から生やした一人の女性が。

その女性は双也たちを見ると声をかけた。

 

「来たね、お前が萃香を倒した人間かい?」

 

「ああ。俺は神薙双也。お前四天王の一人だよな?」

 

「おうとも!私は星熊勇儀(ほしぐまゆうぎ)!萃香と同じ四天王さ!」

 

勇儀は立ち上がり、自分の拳を胸にドスンと当てた。勇儀は言葉を続ける。

 

「早速で悪いんだけど、萃香との戦いを妖力やらで感じてたら私も喧嘩したくなっちまった。………いいかい?」

 

「はぁ…喧嘩っ早いにも程があるだろ。他の鬼でももう少し脈絡っつーもんがあったぞ?」

 

「悪いね。あんたが来るのをじっと待ってたらもう堪えられなくなってさっ!」

 

勇儀はそう言うのと同時に妖力を解放した。初めの妖力よりも大きくなり、それは萃香と同等かそれ以上。双也も霊力を解放して言った。

 

「鬼と三連戦……キツイけど、萃香が言ってたことももっともだしな…」

 

「アイツがなんて言ってたんだい?」

 

「"鬼と仲良くなるなら喧嘩と宴会"だってさ。だから俺は、喧嘩でもってお前と仲良くなろうと思う」

 

それを聞いた勇儀は勢いよく笑い出した。

 

「あっはっはっはっはっは!!鬼と仲良くなりたい人間なんているんだね!!いいよ双也!面白いじゃんか!ならたっぷり、喧嘩を楽しもう!!」

 

勇儀はそう言って地を蹴った。同時に双也も駆け出す。

 

「「うおらああああ!!!」」

 

勇儀がの拳と双也の拳が重なる。それは爆音と衝撃を放って反発し、互いを吹っ飛ばした。双也はすぐに体勢を立て直し、瞬歩で未だ吹き飛んでいる勇儀の所へ移動した。彼女を打ち返すように蹴りを放つ。

 

「ふんっ!!」

 

「甘いよ!!」

 

「!?」

 

なんと勇儀は、双也の蹴りを空中で受け止め、その体勢で地に足をつけて双也を地面に叩きつけた。

 

「がふっ!」

 

「まだまだぁ!!」

 

勇儀は下になっている双也に向けて拳を振り下ろそうとした。しかし彼女の拳は逆立ちの様にして双也の足に止められ、もう片方の足で蹴り飛ばされた。木を何本か折り倒して止まる。

 

「あぶねぇ…お前の拳なんか食らったらシャレにならないな」

 

「ちっ、よく言うよ。食らってもどうせピンピンしてるだろ?」

 

「どうだか、ね!」

 

今度は双也が仕掛けた。霊力を込めた拳を勇儀に放つ。勇儀は片手でそれを受け流すが、彼はそのまま回転し、彼女の側頭部を狙って裏拳を放つ。

 

「こっちだ!」

 

「うおっと!! あぶない、ねぇ!!」

 

裏拳を受け止めた勇儀は、背を向けている双也を蹴りで吹き飛ばす。双也は飛ばされて地面にぶつかりながらもなんとか受け身を取り、勇儀の方に振り返ると、彼女は上空で拳を構えていた。

 

「くらえええええ!!!」

 

そう叫びながら勇儀は迫ってくる。双也は彼女の動きをよく見、拳を突き出したのと同時に両手で腕を絡む様に掴み、勢いを殺さずに振り回す。

 

「うおぁぁああ!?」

 

「これだけじゃ、終わんねぇぞ!」

 

そこでジャンプし、縦に振り回しながら霊力を込める。その状態で自由落下し、最後

 

秘技(ひぎ)雷転一本背負(らいてんいっぽんぜお)い』!!」

 

込めた雷の霊力を炸裂させながら地面に叩きつけた。ただの柔道と霊力の組み合わせだが、たっぷりとかかった遠心力と相まって直径3mほどのクレーターを作るほどの威力となった。

 

「ぐあぁぁあ!!」

 

「おらぁ!!」

 

双也は叩きつけた勇儀を投げ飛ばした。辛うじてだが、彼女も受け身をとっても着地する。しかしもう身体はボロボロだった。

 

「くう…このままじゃ負けるな…仕方ない、鬼に伝わる大技、双也に見せてやるよ」

 

「流れが萃香と一緒だぞ」

 

「そんなのはどうでもいいんだ。それにあいつのは"大鬼"の技だろ?私のはあんなのの比じゃないよ……ふっ!!」

 

勇儀が拳に力を込めると、双也でも少し驚くような量の妖力が彼女に集まっていった。それはどんどん圧縮され、大気を震わせる。

 

「四天王奥義『三歩必殺』…! 行くぞ双也ァ!!」

 

その声と同時に双也は構える。勇儀は大股に一歩を踏み出した。

 

「一!!」

 

 

 

 

拳は勇儀自身の妖力をも吸収した。妖力が跳ね上がる。

 

 

 

 

「二のォ!!」

 

 

 

 

地面が大きく揺れ、その場にいる者の足場を崩していく。

 

 

 

 

「三!! くらえぇぇぇええええ!!!」

 

 

 

 

双也の目の前に踏み込み、体を浮かせる。そこに正真正銘勇儀の最大火力が叩き込まれた。

 

(もってくれ…!!!)

 

双也は腕をクロスさせて防御の姿勢をとる。勇儀はそれを気にせず、問答無用に拳をいれた。瞬間、初めの比ではない衝撃波が発生し、あたりの木々を吹き飛ばした。同時に二人共(・・・)吹き飛んだ。

 

「双也ぁぁあ!!」

 

戦いを見ていた嵐は勇儀の三歩必殺をもろに食らった双也が飛ばされた方に叫んだ。

 

「おい!大丈夫か!? おい双也!!」

 

「…ぐっ、うぅぅ…いってぇぇえ…。くそっ、バカみたいな威力だな…」

 

土煙の中からは、腕がバキバキに折れた双也が痛そうにしながら出てきた。嵐はそれを見て驚愕する。

 

「アレを食らってそれだけか!?」

 

「はぁ!?こんなに(・・・・)だよ!!あんな必死に防御したんだぞ!!」

 

双也と嵐がそうやって言い合っていると、勇儀が吹き飛んだ方の土煙も晴れてきた。中には膝をついて吐血している勇儀の姿があった。なぜか腹を抑えている。

 

「うっ…ガボッ… っはぁ、はぁ、な、なんで…私に…こんな…」

 

双也と嵐は腕を直しながら勇儀に近寄って肩を貸した。双也は鬼の屋敷に向かって歩きながら説明した。

 

「勇儀の拳が当たった瞬間、能力で"衝撃を勇儀の腹に繋げた"んだ。流石に防御しきれないと思ってね。それでも威力を流しきれなかった…ホント、凄いやつらだよ、鬼ってのは」

 

「はっ…喧嘩に負けて褒められるようじゃまだまだ甘いね、私は。……でも、これで双也ともダチだな…!」

 

勇儀は力ない声で双也に言った。双也はそれを聞き、勇儀に笑いかけて言った。

 

「ああ。腹の内をさらけ出しあったんだ、もう立派なダチさ!」

 

勇儀はそれを聞くと、少し笑って気絶した。

 

彼女を屋敷の玄関に横たえて振り向くと、酒やら肴やらを持ったたくさんの鬼たちが集まってきていた。

 

 

 

 

 

 




妖怪の山は早いですかね〜…。でもまだ先は長いです。

ではでは。


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第四十三話 宴会、"友達"の意味

今回は短いです。切りが良かったので。

ではど〜ぞ〜


「さぁさぁもっと飲め!!今回の主役はお前さんなんだからな!!パーっといかないと損だぜ!!」

 

「そうだぜ兄ちゃん!四天王を倒したくらいだからぁ?酒も結構いけるんだろ!?」

 

「あいや、俺もう結構飲んでるし…つーか肩痛いから離れて…」

 

妖怪の山山頂。勇儀に勝った俺は、直後に集まってきた鬼達の宴会に参加していた。確かに日も沈んできて宴会するにはちょうどいい時間だが…

 

「ほらもっといけもっといけ!!」

 

「ほーう、やっぱいい身体してんなぁ兄ちゃん。このまま鬼の仲間入りしねぇ?」

 

…鬼たちの絡みがひっじょ〜にウザいッ!

事あるごとにバカみたいな度数した酒を飲ませたがり、俺と話す時にはすげぇ力で肩を組む。ヤンキーかっつーの。

それだけでも結構な迷惑なのに、周りを見渡せば…

 

「おいテメェ!!」

 

「あ"ん? やんのかゴラァ!!」

 

「いいぞもっとやれー!」

 

…些細なことで喧嘩を起こす始末。うるさいったらありゃしない。まぁあいつらが楽しいなら良いんだけどね?"慣れてない俺の事も考えて欲しい"とか思ってないからね?

そうして静かに(?)酒を飲んでいると、隣に萃香がやって来た。

 

「よっ双也!昼間ぶり!ちゃんと飲んでるかい?」

 

「お前も酒飲ませに来たのか?」

 

「そう言う訳じゃないけど…コレは宴会での挨拶だよ!鬼と友達になったんだからそれくらい覚えとかないと」

 

友達になったのちょっと後悔してきた……。

萃香の言葉を聞いてそう思った。つまりはそんな事を覚えとかないといけないほど頻繁に宴会してるって事だろ?俺人間だよ?殺す気か。

心の中でそう愚痴っていると、萃香は思い出したように声を上げた。

 

「あ!そう言えば天魔は?さっきから見てないんだけど…」

 

「ああ、嵐ならそこで潰れてるぞ」

 

「きゅうぅぅ〜………」

 

「なんだ早いなぁ。コレでも天狗の長?

ホラ天魔!もっと飲むぞー!起きろー!」

 

萃香は倒れている嵐に近付き、頭をぺしぺし叩いて起こそうとしている。…そして微かに"うっ、ちょ、やめ…もう…"

とか悲痛な叫びが聞こえた。鬼だな萃香。あ鬼だったな。

そうしてその様子を見ていると、屋敷の玄関の方から声が聞こえた。

 

「あぁ〜いってぇぇ〜…。お!やってるねぇ!私も混ぜろぉ!」

 

聞こえた声の主、勇儀はジャンプして俺の隣に座った。いつの間にか大きな盃も持っている。なるほど、コレが"星熊盃"か。すげぇデカイ。

嵐に酒を飲ませていた萃香は、勇儀に気付くと再びこっちに来た。

 

「おお勇儀!もう大丈夫なの?派手にやられたみたいだけど」

 

「ああ、お陰様でね。…にしても双也強かったなぁ!あの…一本背負いっての?アレは効いたね!」

 

「まぁ結構頑張った技だったからな…効いてくれてないとへこむ」

 

「私なんて雷吼炮ってので大鬼状態のまま吹っ飛ばされちゃったよ!こんな強い人間初めて見たね」

 

そんな会話をしながらどんどん夜は更けていった。グチグチとは言っていたけど、なんだかんだで楽しい宴会だった。この時にはもう後悔したなんて感情は消え失せていた。

ほとんどの奴はもう酔い潰れ、残っているのは俺と萃香だけになった。やっぱり静かに酒を飲むのも良い。

…因みに勇儀は酔い潰れたからではなく、疲れたから寝ている。多分ここ重要。

 

「なぁ萃香、四天王って言うんだからもう二人いるんだろ?そいつらはどうしたんだ?」

 

俺はふと疑問に思ったことを口にした。萃香は物思いに耽るように月を見上げ、少し寂しそうな声で言った。

 

「……一人はどっか行っちゃったんだ。"仙人になる"とか言って出て行った。今はどこで何をしてるのやら」

 

「仙人か…」

 

仙人という単語に神子たちを思い出した。でもあいつらは鬼じゃない。鬼で仙人って言うと…一人いた気がするな…うろ覚えだが。

俺がそう考えていると、萃香は続きを話し始めた。

 

「もう一人は………死んだんだ」

 

「!!」

 

「昔から、私たち鬼は人間たちとの真剣勝負を楽しんでた。でもある頃から、人間達は卑怯な手を使って鬼を殺すようになった。正確にいつからかとは覚えてないけど……そいつはその一人目の犠牲者だったんだ。…鬼の四天王ってのは、力の序列を表してるだけで居なきゃいけない存在って訳じゃないから、そいつを超える者が現れない限り死んでも四天王のままなんだ。皮肉だよね…」

 

「……悪い」

 

「いやいいよ。さっきも言った通り昔の話だから」

 

そう言って笑う萃香の表情はとても悲しそうだった。そりゃあ近しい存在が消えたら悲しくなるよな。萃香には悪いことをした。

暫く、二人黙って酒を飲んでいた。互いに酌をしながら、月を静かに眺めていた。

もう月が真上にきた頃、萃香は立ち上がって俺に言った。

 

「さて、そろそろ私も寝るよ。ここに来る前にも軽く宴会やって疲れたからね。おやすみ双也」

 

「ああ、おやすみ萃香。また明日な」

 

俺がそう言うと、萃香は少し不思議そうな顔をしてこちらを向き、すぐ笑顔になって言った。

 

「うん、また明日!」

 

萃香は屋敷の中へ去っていった。

ふと思ったことだが、さっきの笑顔…今日見た中では一番嬉しそうな笑顔だった。萃香が現れた時はみんな震えて恐れていたし、ひょっとして萃香って友達と言える友達が少ないのかも知れない。

 

(その上で近しい存在を二人も無くしてるのか…。辛いだろうな…)

 

"仲良くなるなら喧嘩と宴会"。四天王が特に喧嘩っ早いのは近しい存在を欲している事の裏返しなのかも知れない。

萃香が四天王として恐れられているなら、恐らく勇儀も…。

 

「友達…ね」

 

友達と言う言葉は難しい。この言葉を逆手に他人を利用したり、はたまたただ面識があるってだけの相手の事をそう呼んだり。お互いを支え合い、心を通わせて生きる相手の事をそう呼んだりもする。人によって定義が違うのだ。

四天王の奴らはきっと、心を通わせる相手を求めているのだと思う。生き物ってのは孤独では生きられない。だから心の拠り所を求める。友達を作ろうとするのはある種の生存本能とも言えるかもしれない。

 

「俺にとっては………」

 

友達。俺にとって真にそう呼べる者は……

 

 

 

「………対人関係って複雑だな」

 

俺は考えるのをやめ、そう呟いて寝っ転がった。

 

そうしているうちに、いつの間にか眠りに落ちていった。

 

 

 

 




……………。

シリアス展開は難しいです。

ではでは。


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第四十四話 紫の覚悟

短いですが、妖怪の山編はこれでお終いです。

ではどうぞー!


「ふぁぁあぁあ〜…ふぅ、朝か…」

 

鬼たちとの宴会から数日。俺は嵐の屋敷の一室で目を覚ました。丁度日の当たる部屋を貰ったので、毎日朝が気持ちいい。

宴会の帰り道、予想よりも大幅に早く四天王と会えてしまった為、俺の頼み事(宿云々のアレ)をどうするか嵐に聞いたところ

 

「別に早く会えたからと言って出ていかなければいけない訳でも無いだろう。頼まれた側としても、このまま出て行かれては何となく良い気持ちでは無いし、好きなだけ泊まるといい」

 

と返された。嵐の優しさに当てられて抱きつきそうになった。いやマジで。

 

起き上がり、食堂へ行くために着替えをしていると、ちょうど終わったところで布団の所にスキマが開いた。

 

「おはよう双也。今日もいい朝ね」

 

そこからは案の定、と言うか他にはあり得ないが、紫が現れた。紫はスキマから出ては布団の上に座った。

 

「ああおはよう紫。ちょっとそこ動くなよ」

 

「え?」

 

俺はそう言ってゆっくり紫に近づいていき、真っ直ぐ目を見て紫の両頬に手を当てる。

 

「え、ちょっと双也!?待ってまだ心の準備が…」

 

「そんなの後回しだ」

 

紫は俺の言葉を聞くと少し躊躇った様に目を瞑った。

俺は紫を引き寄せて…

 

グニッ

 

「へ?」

 

グニグニグニィィ〜

 

「や、ひょ、ひょうや!?いひゃいいひゃいいひゃい!!

(や、ちょ、双也!?痛い痛い痛い!!)」

 

…両頬をつねった。それはもう、呂律が回らないくらいに。

こいつなんで目瞑ったんだ?俺がこんな突然キスなんかする訳ねーだろ。何を勘違いしてるんだか。

 

グニ〜〜〜〜

 

「ひょっと!もうやめにゃひゃいよ!

(ちょっと!もうやめなさいよ!)」

 

「だーめ、まだだ。俺の苦労がこんなもので晴らせると思ってんのか?」

 

「へ!?もひかひてまひゃおほっひぇるひょ!?

(へ!?もしかしてまだ怒ってるの!?)」

 

「当たり前だ。この山登る時に俺がどれだけ面倒な事してたか…。お前の所為なんだからな〜覚悟しろ〜」

 

グニ〜グニッグニ〜〜

 

「ひゃ〜!いひゃいわひょ!!もうひゅるひひぇぇ!!

(や〜!痛いわよ!!もう許してぇ!!)」

 

そう、なんで俺がこんな事してるのかというと、この山を登った時の事をまだ根に持ってるからだ。

あの時もう少し考えりゃまだマシな方法も見つかっただろうに。最悪紫がスキマで送ってくれれば済む話だったし。その時の仕返しとして頰をつねっている。ていうか紫って頰柔らかいな。すげぇ伸びるんだけど。

…まぁでも、もう気は済んだし何より紫が泣きそうだからそろそろやめることにする。

パッと手を離した。

 

「うぅぅぅ〜…絶対(あと)になるわ…」

 

「懲りたらもうしない事だ。そうだな…次やったら全力でくすぐって笑い死なせてやるからな」

 

「……もうしません…」

 

紫は両頬に手を当てて、悲しみを孕んだ声で言った。

 

「それで?今日は何があって来たんだ?」

 

「ああそうだったわ。実は双也に話があって----」

 

「長くなりそうなら飯食ってからにしてくれ。朝ごはん無しはさすがに辛い」

 

「…そうね。じゃあそうしましょう」

 

俺はそう紫と話して食堂に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ双也」

 

「ん?なんだ嵐」

 

「成り行きで朝飯を出してしまったが…彼女は誰だ?」

 

嵐は俺の対面に座って、ご飯を食べる手を止めて聞いてきた。そういえば初対面だったか。

…初対面の相手に成り行きでご飯出すとか、こりゃ優しいじゃなくてお人好しだな。

俺は軽く紫の説明をした。

 

「名前は八雲紫。スキマ妖怪。実力は嵐以上俺以下。ついでに胡散臭い」

 

「ついででしかも胡散臭いって何よ」

 

紫が静かなツッコミを入れてきた。間違ったことは言ってないと思う。胡散臭くなってきたのは俺の所為かも知れないけどさ。

嵐は紫を見て更に質問を重ねた。

 

「…なんで頰が赤くなってるんだ?」

 

「それは気にしないで……」

 

まぁ…気にはなるよな。

結構力を込めてつねったので紫の両頬はすごい赤くなっていた。紫は嵐の質問で再び思い出してしょげてしまったようだ。まぁそのうち復活するだろう。

そうして俺たちは(紫にとって)印象的な朝を迎え、今自室に戻ってきていた。布団を片付け、代わりに座布団を敷く。

紫はその一つを受け取って座った。

 

「で、話ってのは?」

 

俺はそう言って切り出した。紫は真剣な目付きになって話し始める。

 

「双也、あなたは……妖怪と人間が共存って…出来ると思うかしら?」

 

「………妖怪と人間が…」

 

…遂にそれを考えるようになったか。

前世では妖怪なんていなかったし、唯の絵空事だったから想像も自由。当時にその質問をされていたら多分"出来るんじゃない?"と軽く答えていただろうが…

 

「普通に考えれば……無理だろ」

 

「…………………」

 

「数年前、あの闇の妖怪も言っていたけど、"妖怪は人を襲い、人は妖怪を恐る"。これは変わりようのない摂理だ。例えどんな場所に居ようとも、そこに妖怪と人間がいれば必ず上下関係は存在する」

 

俺が思い出すのは人妖大戦。あれこそ完全な人と妖怪の構図。妖怪は人を食う為に襲いかかり、人は妖怪という穢れから逃れるために月に逃げた。時たま強い人間が生まれることはあっても、それは全体のほんの一部。雀の涙ほどでしかない。普通に考えれば夢物語でしかない訳だが、紫はきっとこれだけじゃ諦めない。

さて、覚悟を見せてもらおうか。

 

「なんで紫はそんな事を考える様になったんだ?」

 

そう聞くと紫は少し黙り、俺の目を真っ直ぐに見て言った。

 

「人間の優しい心と出会ったからよ」

 

「……なに?」

 

「言ってなかったけどね、あなたとは別の私の友達…人間なのよ。その子と出会ったのは、私が双也を呼ぶ力も残らない程傷ついて、その子の家の近くに迷い込んだ時」

 

紫は懐かしむように語り始めた。

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「はぁ…はぁ…くっ、うぅ……」

 

それは双也と出会って少し経った頃。ある妖怪との争いに負け、死に物狂いでスキマを開いて来た場所。私はそこで力尽き、倒れた。

 

「え、今のは……もしかして妖怪…?

っ!? 大変!ひどい怪我! 誰か!ちょっと来て!」

 

そこで完全に気を失ってしまい、次に目を覚ましたのはどこかの家の中。布団に寝かされていた。

 

「ん…ここは…」

 

「あら、起きた?調子はどう?」

 

その子は私の布団の横で何か本を読んでいた。どうやら看病していてくれた様だった。私が起き上がると、チラと本の題名が見えた。題名は"妖怪絵巻"

 

「あなた…それ…」

 

「ああこれ?ふふ、あなたはなんて妖怪さんなのかなって思って調べてたの。見つからなかったんだけどね」

 

「!? あなた、私が妖怪だって分かってて看病してたの!?」

 

「ええ。ひどい怪我だったし……なぁに?何か悪かった?」

 

「………………」

 

あの時は本当に驚いた。妖怪だと分かってて相手をする人間なんて聞いたことも無かった。そんなのは知っている限り強者である双也だけ。でもその子からは強い力は感じない。本当に不思議だった。

 

「あなた…私が怖くないの?」

 

「? 怖くはないわ。だって、こうしてお話しできるじゃない。それにあなたが怖い妖怪さんだったら、とっくに私は殺されてるわ」

 

そう言ってその子は私に笑いかけた。とても澄み切った笑顔で、思わず見惚れてたのを覚えている。

 

「ねぇ妖怪さん。私、あんまり外に出なかったから親しい人が少ないの。だから…良かったらお友達になってくださらない?」

 

その子はそう言って手を差し出してきた。本当は理解できなかった。人間が、妖怪に友達になろうと言うなんて。考えたこともなかったし、想像もできなかった。でも…私はその手を受け入れた。多分、どこか期待していたのだと思う。その人間の少女と仲良くなれるかも知れない妖怪の私。"共存"という願いが芽生えたのはその時だった。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

「そう…か。そんな事が…」

 

「今でもちょくちょくと会いに行ってるわ。変わらず優しい子よ」

 

「つまり、妖怪が襲うことを抑制さえすれば共存できる、って考えてるんだな?」

 

「…そういう事になるわ」

 

「ふむ…」

 

紫の言い分も分かるには分かる。俺の場合は少し違うが、人間は自分の害になるモノに容赦しない。ならば害にならない事を示せば共存は可能、という事になる。でも………そんなに上手くいくか?

 

「確かにそれなら可能性はあるだろうが…全員が全員賛成すると思ってるのか?」

 

「! いえ、そんな事は思ってないわ。でも根気よく説得すればいつか----」

 

「それは唯の"夢"だ。一人の妖怪を説得する間に、反対派の妖怪はさらに増える。簡単な計算だよ。それじゃあ共存なんて実現できない」

 

「でもこちらの誠意を示せばきっと分かってくれるわ!」

 

「忘れるなよ紫。この世界は善人だけで作られてる訳じゃないんだ。良い人もいれば悪い人も居る。更にその質にも優劣がある。お前だけ誠意を示したってダメなことくらい分かるだろ?」

 

「〜〜っ!じゃあどうすればいいのよっ!!」

 

紫は俺を睨んで怒鳴った。膝の上の拳は固く握られている。ちょっといじめすぎたかも知れない。まぁでも紫の覚悟は分かった。最初の一問くらいで悩んで諦めるようだったらどうしようかと思っていたが、どうやら杞憂に終わってくれた様だ。

俺は紫の頭に手を乗せて言った。

 

「俺が手伝ってやるよ」

 

「え…?」

 

「お前が作った決まりから外れる奴は、俺がどうにかしてやる。俺は天罰神だからな、罰して更生させるのは得意分野なんだ」

 

紫はゆっくり顔を上げて俺を見た。目尻に涙が残っているので多分泣いていたんだろう。

 

「それに、こうなるのをずっと待ってたんだしな…」

 

「え、なに?」

 

「何でもないよ。話はそれだけか?」

 

念の為聞いておく。また長話を後日に回されるのも嫌だし。紫は涙を拭き、再び真剣な目つきになって言った。

 

「いえ、もう一つあるわ。…さっき言った友達に会って欲しいの」

 

「は?」

 

「お願い、双也…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの子を助けてあげて」

 

 

 

 

 




もう次章はお分りですね。
そうです、あの人です。

ではでは。


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第六章 死霊の桜編
第四十五話 出会い


これから新章ですね!やっとこの章まで来た……。

双也視点です。

では新章開幕っ!


「じゃあ嵐、行ってくる」

 

「ああ。迷惑はかけるなよ?」

 

「お前は親か」

 

「私の苦労を知ってから言え。全く、宴会の時なぞお主さえいなければあんなに酔い潰れることも無かったというのに…」

 

紫と話した次の日。俺は玄関先で出かける準備をしていた。今から"紫の友達"なる人のところへ行くところだ。

嵐に挨拶し、玄関を出るとちょうど紫が迎えに来たところだった。

 

「あら双也。ちょうど準備が出来たみたいね」

 

「何言ってんだ。どうせ準備出来るの見計らって出てきたんだろ?」

 

「よく分かってるじゃない」

 

そう言うと紫は薄く微笑んだ。うむ、機嫌は宜しいようで。

俺たちは早速スキマに入り、目的地を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…慣れてるわね、双也…」

 

「当たり前だろ。何回お前のスキマ落とし食らってると思ってんだ。そりゃ空中であぐらかく余裕も出来るわ」

 

入ったスキマはやはり縦方向のスキマだった。踏み入れた瞬間に浮遊感を感じた。でももう慣れた事。紫のスキマは大抵縦方向なのだ。あぐらと言わず、オヤジみたいに寝っ転がることも出来るぞ?

 

「あ、ちょっと出口ズレてたわ」

 

「は? がっ!!?」

 

瞬間、ケツに形容しがたい激痛が走った。ヤバいヤバい今までで一番痛いかもしれないっ!遂に尾骶骨砕けたかっ!?

 

「ズレた分は歩きましょ。ほら行くわよ双也」

 

「て、テメェ…」

 

紫は落下途中で突然足場を作ったようで、その硬い足場にあぐらのまま激突したらしい。そういう訳で尾骶骨が特大ダメージを受けた。効果はバツグンだっ!

紫はスタスタと歩いていく。俺は痛みに耐えながら走って追いつき、スキマを出た。

 

「……すげぇ…」

 

「ふふ、綺麗でしょう?ここは」

 

スキマを出ると、そこは長い長い石階段の上だった。それにも驚いたのだが、一番の要因はその両脇。前世でも見た事のないくらい見事な桜が所狭しと咲き誇っていた。桜吹雪もハンパない。

 

「さ、行くわよ双也。目的地はこの上よ」

 

紫はそう言って階段を登り始めた。

紫の友達……桜の咲き誇るこの階段……。

そうか、ここが…

 

 

 

 

 

ここが白玉楼か。

 

 

 

 

 

「長い……」

 

「あと少しよ。頑張りなさい」

 

「そういうお前だって汗かいてるじゃんか」

 

「う、うるさいわね!少し疲れただけよ!」

 

初めは桜を見ながら割と楽しく登っていたのだが、いくら綺麗でも景色が変わらなすぎて流石に飽きてきた。ついでにそうなってしまうほど階段も長かった訳で……ホント、何でこんなに長くしたの?バカなの?死ぬの?

 

「なぁ、なんでその目的地に直接スキマ繋げなかったんだよ」

 

「合わせたい人が他にも居るからよ。あら、ちょうど来たようね」

 

「は?来たって----!!」

 

俺が言いかけた瞬間、横から殺気を感じた。急いで天御雷を抜くと、それにガキィィン!!と何かぶつかった。見ると、それは長く流麗な太刀だった。

 

「貴様何者だ!」

 

「斬りかかってからそれを聞くのはおかしいんじゃないか?」

 

俺は襲い掛かってきた老人ごと弾き飛ばし、距離を開ける。白玉楼に太刀を使う老人…この人が魂魄妖忌か。

って紫はどうした!?

 

「おい紫!どういう事だコレ!?」

 

「双也にはその人にも会ってもらいたかったのよ。その人、実際に刃を交えないと納得しない人だから、私先行ってるわね」

 

「うぇえ!? おい待てよ!」

 

そう言い残して紫は行ってしまった。残されたのは、かなりの殺気を放っている妖忌と俺。

とりあえず妖忌に向き直って言う。

 

「あのさ…俺紫の友達だからここ通してくれない?戦う理由ないだろ?」

 

「お主に無くともワシにはある。ここから先は力のある者しか通してはならぬのだ。故に、いくら紫様のご友人とあっても安々と通す訳にはいかない」

 

「ふぅ…仕方ないな。じゃあやるか。俺は紫の友人、神薙双也だ」

 

「半人半霊、魂魄妖忌(こんぱくようき)だ。いざ、参る!」

 

互いに軽く自己紹介し、刀を交える。妖忌はやはり二刀流の様だ。

 

「おらぁ!」

 

「甘いぞ。せいっ!」

 

妖忌は俺の縦斬りを短刀で受け、もう一方の長刀で斬りかかった。攻撃には気付いていたので難なく避ける。

二刀流の厄介なところはコレだ。片方で防ぎ、もう一方でカウンター。攻める時には怒涛の連続斬り。守る時には二振りで堅実に守る。扱いは難しいが攻守に優れているのだ。普通の刀なら相性は劣悪だ。でも…舐めてもらっちゃあ困るな。

 

「いくぞ妖忌ィ!!」

 

「ぬ!?なに!?」

 

忘れているかもしれないが、この天御雷は任意で刃を生成できる。広げた霊力の範囲ならば、その場所も形も数すらも自由自在。そうだな…"無限流"とでも言ってみようか。

霊力を広範囲に広げ、いつでも刃を生成できる様にして斬りかかった。

 

「せい!」

 

「遅い---!?」

 

「"反応が"遅いな。そっちにも俺の刃はあるぞ?」

 

「くっ…」

 

妖忌は俺の結界刃に見事翻弄されている。無限流の良いところは、どんな時、どんな体勢でも斬りつける事が出来るところ。避けられてもその先には刃。受け太刀しても斬りつけられる。

ただの勝ちゲーだこんなの。

 

「ぐぅっ!くそぉ!」

 

「終わりだ…旋空」

 

放った八つの旋空は妖忌の身体を掠めて飛んで行った。力試しの結末なんてこんなもんでいい。殺す理由も必要も無い。

……あれ、気絶させた方が良いのかな?その方が後で何も言われないか?

 

「ゴメンもう一発」

 

「はぁあ!?」

 

「大人しくしててくれ?」

 

俺は"意識を遮断する能力"を刀に乗せて一閃した。

力なく倒れる妖忌を受け止め、担ぎ上げる。

…お?

 

「あらら、半霊まで落っこちてるじゃんか。…しゃーないか」

 

落ちていた妖忌の半霊の尾?みたいなところを持って拾い上げる。

おお?なんだコレ!?なんか風船ヨーヨーみたいに伸び縮みする!

 

ビヨン ビヨン

 

「あはは!面白いなこれ!」

 

尾の先を人差し指と中指で挟んでまさしく風船ヨーヨーの様に弄ぶ。半霊ってこんな感じなんだなぁ…。そう思いながら階段を再び登り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ビヨン ビヨン

 

「……何をしてるのかしら?」

 

ビヨン ビヨン

 

「何って…こいつ気絶させて登ってきたんだけど」

 

ビヨン ビヨン

 

「そうじゃなくて……それ、妖忌の半霊じゃなくて?」

 

「そうだよ? なんか伸び縮みして面白かったからさー」

 

ビヨン ビヨン バチンッ 「痛っ!!」

 

「あ、起きたか」

 

妖忌の半霊で遊びながら階段を登ると、終点らしき所には紫が居た。どうやらそろそろ来ると思って迎えに来たらしい。半霊で遊びながら話していると、うっかり尾が指から離れてしまい、半霊の本体にぶつかった痛みで妖忌が起きた。ゴムパッチンみたいな音だったから相当痛かっただろうな。

妖忌は状況に気付くと、俺の肩の上でジタバタし始めた。

 

「お、下ろしてくだされ双也殿!ワシはもう動けますゆえ!」

 

「お、おう…分かったから上で暴れないでくれ」

 

俺が妖忌を下ろすと、紫が妖忌に話しかけた。

 

「どうだった妖忌?双也は強かったでしょう?」

 

「…はい。まさかワシがあそこまで手玉に取られるとは…力試しでなく、真剣な殺し合いならば間違いなく死んでいたでしょうな。まだまだ精進が足りませぬ」

 

「戦闘経験でも私より上だしね。なんたって私の師匠みたいなモノだし」

 

「いや紫、師匠は言い過ぎだと思う」

 

そんな会話をし、妖忌に本題を問いかける。

 

「で妖忌、俺はもう合格だよな?通っていいだろ?」

 

「ああ、はい。双也殿は合格です。ここを訪れる際は強力な結界を張ってから(・・・・・・・・・・・)お入り下さい」

 

「結界?」

 

「はい。なぜなら----!」

 

言いかけた妖忌は俺の後ろを見て何かに気付いたような顔をした。同時に何か良くない気配を感じ、自分の周りに結界を張って振り向くと…

 

「紫?あんまり遅いから私も来ちゃったわ。早く中に入りましょう?そこの男の子も」

 

そこには、柔らかくカールのかかった桜色の髪に、薄い青色の着物を着た美しい少女、西行寺(さいぎょうじ)幽々子(ゆゆこ)が薄く微笑んで立っていた。

 

 

 

 

 

 




戦闘大幅カットォ!!
…はい、あんまり妖忌に時間かけてられないと思ったのでサクッとやられて貰いました。ごめん妖忌……。

ではでは。


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第四十六話 哀しみの過去、目的

独自解釈注意!

ではどうぞっ


「さて、じゃあ自己紹介から始めましょうか」

 

現在、白玉楼の茶の間にいる。俺、紫、幽々子、妖忌の四人で机を囲み、自己紹介をしようというところだ。

初めは幽々子だった。

 

「私はこの白玉楼の主、西行寺(さいぎょうじ)幽々子(ゆゆこ)よ。あなたが神薙双也くんよね?話は紫からよく聞いているわ」

 

「あ、俺の事知ってるのか。じゃあ改めて…俺は神薙双也だ。呼び捨てでいい。よろしく幽々子」

 

「ええ。よろしくね双也♪」

 

幽々子のフリで流れるように俺も自己紹介すると、今度は妖忌が俺に向き直って自己紹介を始めた。そう言えば初対面なの俺だけだった…。

 

「ワシはこの白玉楼の庭師兼幽々子様の剣術指南役、魂魄妖忌だ。先程は失礼した。仕方がなかった事ゆえ、許してもらいたい」

 

「ああいいよ別に。気にすんな。俺も遊ばせてもらったし…」

 

「遊ぶ?」

 

「あいや何でもないっ!」

 

「?」

 

半霊で遊んでたなんて知ったら怒るかな?念の為バラさない様にしないと…。…ちょっと紫こっち見てニヤけるのやめろっ。

紫の事は全員知っているので、自己紹介は飛ばすらしい。そう話がまとまった時はなんとも言えない表情をしている紫がそこにいた。

暫く談笑していたが、幽々子はどうやら妖忌に剣術を教わっているらしい。それなりの腕で、妖忌から見ても護身としては申し分ないそうだ。"ちょっと斬り合ってみる?"と聞かれて正直困っていたが、焦った様子の妖忌に止められていた。冗談で言った様だが…なんか幽々子とは話していて飽きが来そうにない。良いことだ。

 

「あら、お菓子が無くなっちゃったわね。取ってくるわ」

 

談笑の途中、幽々子はそう言って立ち上がり、台所に向かった。どこにあるのかは知らないが、こんなに広い屋敷では少しばかり遠い場所にあってもおかしくはないだろう。タイミングを見計らって、妖忌にずっと気になっていた事を尋ねた。

 

「なぁ妖忌、幽々子からずっと感じる良くない気配…アレは何だ?」

 

そう聞くと、妖忌、紫までも表情を暗くした。

少し間を置いて、妖忌は重い口を開いた。

 

「やはり気になりますか…。アレは幽々子様の能力によるもの…死の気配(・・・・)です」

 

「死?」

 

「はい。幽々子様の能力"死を操る程度の能力"。アレは今制御が効かない状態にあり、常に能力が発動してしまっているのです」

 

死を操る…そう言えばそうだ。原作での西行寺幽々子もそんな能力を持っていたはず。でも…制御が効かない?

 

「それ…どういう事だ?」

 

「あちらに大きな木が見えるでしょう?あれは西行妖(さいぎょうあやかし)と言う桜の木です。幽々子様の能力に制御が効かない…いや、持て余している(・・・・・・・)のは、あの木が原因なのです」

 

妖忌はそう言って、この白玉楼であった過去の出来事を話し始めた。

 

「幽々子様のお父様は、桜をとても愛する歌人でした。よく旅に出かけ、歌を唄い、たまに帰ってきては幽々子様とよく遊んでおりました。それが数年前…」

 

「だからこんなに桜が…」

 

「はい。しかしお父様は、旅を続けるうち病にかかり、満開の桜の木の下で生涯を終える事を望んだのです。それが最初…西行妖の下で眠った最初の人間」

 

「それを幽々子は…」

 

「…見ておりました。自分の父が望んだ最後を迎えるところを。

父が望んだ事だったからでしょうか、幽々子様はその場では涙を見せませんでしたが、当時幼かった幽々子様は、一人になると時折泣いておられました」

 

そこまで話すと、妖忌は一口お茶をすすって喉を潤した。

幼い頃に父を亡くす…身内の死に直面した事のない俺では、悲しみの程は計り知れない。

妖忌は再び語り始めた。

 

「お父様の死を悲しんだのは幽々子様だけではありません。歌人として彼を慕っていた人はたくさん居たのです。そして困った事に、その方々は自らの死をお父様に似せようと、次々と西行妖の下で死んでいき、幽々子様はそのほとんどを看取ってきたのです」

 

「それは……自殺か?」

 

「…いえ、初めは寿命で亡くなられる方ばかりでした。ですが、不思議な事にポツポツと自殺する方も出始め、その数はどんどん増えていったのです。

そして、木の下で死んだ人が二桁になった頃でしょうか、幽々子様と西行妖に異変を感じたのです」

 

「それが死の能力…覚醒か」

 

「はい。元々幽々子様は死霊を操る事のできる特殊な人間でした。その為普通の人間よりも死と言うものに近い存在だったのです。その幽々子様が、看取るという形で死に接し続けた結果、能力に影響が出て変化したのです」

 

「新しい上に強大な所為で扱いきれていない、という事か」

 

「その通りです」

 

なるほど…"持て余してる"ってのはそういうことか。強すぎる力は、持ち主の力が足りてないと扱えない。なんだか昔の紫を見ているようだ。

 

「で、西行妖の異変ってのは?」

 

「西行妖の中に何か力を感じるのです。ワシや双也殿が持つモノとは少し違う…紫様に近い力を」

 

紫に近い力?て事は妖力か?

見てみると、紫はずっと黙っていたがしっかり話は聞いているようだった。

ついでなので紫にも意見を聞いてみる。

 

「その事について紫はどう思う?」

 

「ええ…前に話を聞いて見てみたのだけど…確かに、ほんの少しだけど妖力を感じたわ。推測だけど、能力が変化してしまうほどの死の影響となると、ただの桜が妖怪化してしまってもおかしくは無いと思うの。双也はどう?」

 

「いや、しっかり見ないと分からないな。大妖怪の紫が少ししか感じれないんじゃ、俺も工夫しないと感じれないかも」

 

どうやら紫でも少ししか感じられないらしい。まぁ"意識を西行妖に集中"と能力を使えば大丈夫だと思う。俺の能力は便利で助かる。

紫とそう話すと、区切りがいいところで妖忌が言った。

 

「気付いた異変はもう一つあります。あの桜、どうやら"花が咲く程その妖力とやらが大きくなっていく"のです。花が散ればまた小さくなるのですが…問題なのは、花が咲いて妖力が大きくなるほど、木の下で死ぬ人が増えていく事です」

 

「じゃあ毎年春はどうしてたんだよ!?」

 

「…毎年、花は咲いてもなぜか三分咲きや四分咲き程度なので引き止めるなどの対処も少しはできていたのです。ワシや幽々子様の知らない時に死にに来る人が多く居たので全てとはいきませんでしたが」

 

それを聞いて少し張った気が緩んだ。でも今でも死人は出ているという事か。幸い今の西行妖は花をつけていないので死にに来る人もポツポツだろう。

それにしても…花が咲くほど妖力が大きくなるってなると…恐らくあの桜の妖力は感じるよりも上限は上だろう。どこまでかは知らないが…

この話を聞いていて、紫が"助けてあげて"と言った意味がわかった気がする。早速紫に聞いてみた。

 

「紫、お前…あの桜を封印するつもりか?」

 

「……さすがね双也。そうよ。あの桜を封印する為に双也に助けを頼んだの。

あの桜が幽々子に影響を与えるきっかけ。その影響の所為で、あの子は自分が死に誘う存在になってしまっていることをひどく悔やんでいるの。……それを助けてあげないで友達を名乗る資格なんて無いわ」

 

そう言う紫の目は決意に満ちていた。やっぱりこいつはいい奴だな…。ならば…友達として協力してやろうじゃんか!

 

「いいぜ紫、協力してやる。友達の頼みだからな」

 

「ありがとう双也!」

 

「幽々子様の為ならばワシも協力致しますぞ!」

 

封印には妖忌も賛成してくれたようだ。計画とかは決まってないが、おいおい話すとしよう。

そう話したところで、ちょうどお盆を手に持った幽々子が戻ってきた。

 

「あら?三人で何を話していたの?」

 

「いえ、ただの談笑よ」

 

「そ。お菓子持ってきたから、また食べましょ!」

 

「遅かったな幽々子。摘み食いでもしてたのか?」

 

「そんな事しないわよ。御手洗に寄っていただけ」

 

幽々子が帰ってきてからはまた元通りの談笑になった。何だろう、場を和ませる雰囲気でも持っているのだろうか?幽々子がいると妙に場が明るくなる気がするのは俺だけか?

 

(ま、穏やかなのは良いことか)

 

俺はそう思い直し、三人の輪の中に再び入り込んだ。

 

 

 

 

 

 




懐かし設定、双也は原作の設定が"少し"わかる。
久しぶりに引っ張り出しましたねコレ…。

ではでは。


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第四十七話 月という理想、団子という現実

シリアスはいりまーす。

ではどうぞ〜っ!


翌日。俺、紫、妖忌の三人は西行妖の前に集まっていた。封印するのに必要な情報を集める為だ。

一応幽々子には白玉楼を空けると伝えてはある。ぶっちゃけ幽々子に言ってもいいと思うのだが、準備が整ってから全て話すらしい。まぁそこらへんは紫に任せる事にする。

留守に関しても、幽々子は妖忌が認める程の腕なのだ、多対一にでもならない限りは自衛出来るだろう。…まぁそもそも、普通の人間なら近付いただけで死んでしまうのだが。

 

「本当にデカイ桜だな。一体何年生きてるんだ?」

 

「ワシが西行寺家に仕える事になった頃にはもう立派な桜の木でしたぞ。白玉楼に植えてある桜の木の中でも、取り分け綺麗に咲き誇っていたのはこの木でしたな」

 

「だから幽々子の父さんはこの木の下で死のうとしたのか…」

 

西行妖を見た俺の素直な感想には妖忌が答えてくれた。いや本当にデカイのだ。他の桜の三、四倍はある感じだ。

こうした会話を少しすると、早速計画の話に移そうと思い紫に話しかけた。

 

「それで紫、封印て言ってもどうやるんだ?全くもって素人だぞ俺は?」

 

「そうね…普通なら結界で周りを囲って、力や気配や…まぁその全てを外と遮断するっていうのが一般的なんだけど…これって定期的に力を注ぎ込まないと長くは持たない封印式なのよね」

 

「俺の遮断能力じゃダメなのか?」

 

「あなた、一つの存在を構成する全ての要素を一度に遮断出来るの?」

 

「やってみなきゃ分かんないな」

 

「冗談言わないで。いくら霊力が膨大でも脳が焼き切れて死ぬわよ?」

 

「……そうか」

 

能力ってそういうリスクもあったのか…思わぬところでまた賢くなった。気をつけよう。

にしても、そうなると別の方法を考えなきゃいけない訳か。俺が悩んでも答えは出そうにないが、どうしたもんか…。

俺が悩んでいると、それを妖忌が紫に尋ねた。

 

「別の方法は無いのですか?」

 

「あるにはあるわ。何か媒体を基点にして封印式を組み、力が解放された時にそれを抑え込むっていう方法よ。その為には、"封印対象の力の最大量を知る事"と"そのモノの存在を抑え込むのに足る器を媒体が持っている事"が必要よ」

 

「うーん、とりあえず妖力の最大を知らないといけないわけか」

 

俺は西行妖に近付いて手を添える。…ふむ、確かに妖力を感じるな。でも花はほぼ咲いていない状態だ。もっと工夫して感じないと…。

俺は"自身の全感知能力を西行妖に集中"させた。

 

「…双也?どうしたの?」

 

「双也殿?」

 

俺は数歩後ろに後退り、頰に汗を垂らして苦笑いした。

ははは…嘘だろ…こんな事…

 

「ねぇ双也!どうしたのよ!」

 

「…紫…この桜の妖力………俺よりも上だ(・・・・・・)…」

 

「……………え?」

 

「な…なんと…」

 

能力を使って上限を測ってみた結果、とんでもない量の妖力が感知された。紫にはああ言ったが、正確には俺の全開放よりも少し上という事だ。きっと人の命を喰らい過ぎたのだろう。これが満開なんてしたら一体何人死ぬのか…想像もしたくない。

 

「西行妖を封印するのに足る媒体……そんな物存在するのか…?」

 

思わず思った事が口から出てしまった。紫も妖忌もそれで黙ってしまう。ああ失言だったか、余計に気を沈ませてしまった。

気分を戻すために、俺は二人に声をかけた。

 

「ま、まぁ取り敢えず、探してみないことには始まらないだろ?何もしなかったら封印なんて出来ないんだ。頑張ろう!」

 

「…そうね、やってみないと分からないわ。じゃあ手分けして探していきましょう。二人に札を渡しておくわね」

 

そう言って紫は赤い字で何か書かれた紙を渡してきた。何に使うんだ?

 

「それをモノに貼れば器の大きさが数値化して表示されるわ。そうね…西行妖を封印するなら…三万くらいあればいいんじゃないかしら?」

 

「さ、三万ですと!?」

 

「そんな器…自然界だとどれくらいあるんだ?」

 

「……"あるかどうか分からない"くらいあるわ」

 

「それ"ある"って言わないんじゃ…」

 

「でも存在する可能性はあるわ。やってみないと分からないって言ったのは双也じゃない」

 

そう言って紫は微笑んだ。そうだな、やってみないと分からない。根気よく探す事が大切だ。

ふむ、試しに天御雷の器を測ってみようかな。俺は天御雷に札を貼った。すると札が光り、一万という数字が映し出され、それを見た紫が驚嘆の声をあげた。

 

「その刀そんな器を宿してるの!?なんで……もしかして、長年神である双也と共にあったから?」

 

「俺といると器が大きくなるのか?」

 

「神限定よ。モノや人間よりも格の高い神だからこそ、モノの器を大きくすることが出来るの。でも足りないわ。器を更に大きくするにも時間が足りない」

 

…探すしかないって事か。予想外に器の大きい刀であったが、俺と共にあったからっていうか俺が作ったから?とも思った。まぁ調べる術も無いし良いとしよう。

簡単には見つからないだろうが、今年の花が咲き切る前には必ず見つけなければならない。俺たちはそこで別れ、各々行動を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅぅ〜…中々見つかんないな、やっぱ」

 

外も暗くなった頃、俺は白玉楼の風呂に浸かって呟いた。当然木造で大きい為、一人で入るには大き過ぎて逆に落ち着かない。

二人と別れたあといろいろ回って見たのだが、あいにく器になる物は見つからなかった。まぁ一日目で見つかったらそれはそれでアレなんだけど。つーか、どれもこれも器が六とか十とかばっかってどういう事だよ。三万なんてどんなモノが持ってんのか想像できない。

 

「そういえば…神の近くにあるモノだと器がでかくなりやすいんだったか…神器じゃダメかな。神器……神器?」

 

おっと…良いこと思いついたぞ…そういえば俺の知り合いには神器のスペシャリストが居たじゃんか!

俺は湯船から立ち上がり、体を拭いた。

 

「そうと決まれば…探し出して、見つかったら会いに行こう」

 

そうこれからの予定を定め、風呂を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっと…俺の部屋あっちだっけ…」

 

風呂から上がり、部屋を目指して廊下を歩いている。

実は今日は白玉楼に泊まっていくことになったのだ。嵐には一応伝えてある。

で、絶賛迷子中。何ココ広すぎだろ。こんなの巨大迷宮としてアトラクションに出来るレベルだぞ!

歩いていると、縁側の曲がり角の方からあの気配(・・・・)を感じた。

 

「幽々子?」

 

「あら双也、どうしたの?」

 

曲がり角から顔を覗かせると、そこでは幽々子が縁側に座って団子を食べていた。月も出てるし、月見団子を楽しんでいるのだろう。

 

「あー、ここ広すぎて迷ってたんだ。俺の部屋どこだっけ?」

 

「双也の部屋?それならこの部屋の向かい側よ」

 

「お、そっか。ありがとな。じゃおやす----」

 

「待って双也。折角だから少しお話しない?」

 

部屋に向かおうとしたら幽々子に止められた。まぁ急いでるわけじゃないし、いいかな。

俺は幽々子の隣に座り、幽々子に断って一つ団子を口に放り込んだ。うむ、うまい。

俺が団子を味わっていると、幽々子が話しかけてきた。

 

「知ってる双也?月見団子の本当の楽しみ方」

 

「(ゴクッ)そんなのあるのか?」

 

「ええ。元々月見団子って言うのは中秋の名月の日に食べる物なのよ。でもあの時期って曇りやすいでしょ?だからせっかくの名月も見える事が少なくて…月見団子って言うのは、まん丸のお団子を名月に見立てて、想像してたのしみながら食べるものなのよ」

 

「へぇ…じゃあ今のコレは月見団子って言うよりただのお月見なんだな」

 

「ふふ、そういう事になるわね」

 

幽々子はクスッと笑って団子を一つ摘んだ。それを月に重ねるように掲げると、さっきよりもやや静かな声で言った。

 

「……私はね、小さい頃からずっと想像してたの。お父様が居て、妖忌が居て、使用人の子達が居て、幸せな日々がずっと続くんだろうなって。でも、今はもうただの理想。叶わぬ夢になってしまったわ」

 

重ねた団子と月を見る幽々子の目は悲しそうな光を放っていた。

幽々子の言葉は続く。

 

「…私はこのお団子と同じ様な存在よ。姿形は同じでも、理想と現実は中身も本質も全てが違うもの。…いくら私が理想と同じになりたいと願っても、それは想像するだけに留まって、叶うことは絶対に無い。…幸せな日々は…取り戻す事も、これから作ることも出来ない」

 

幽々子の目からは一筋涙がこぼれた。幽々子がどれだけ今を悔やんでいるのか分かる気がした。

 

「…理想である月と思い描いた想像、現実である団子と今の幽々子…か。確かに、いくら団子で想像しても、それが理想の月になる事は無いけど…作る事が出来ないって言うのは違うんじゃないか?」

 

「え?」

 

「まだ紫や妖忌、俺も居るだろ?」

 

「!」

 

確かに幽々子の家族はいなくなってしまった。でも、幽々子の事を大事に思う紫や妖忌がいる。俺だって幽々子が悲しんでいるのを見たくはない。

 

「まだお前を大切に思う人たちは居るんだから、幸せな日々は取り戻せるんだよ。四人で話してる時、楽しくなかったか?」

 

「!…そうね。そうだったわね。私にはあなた達が居る。四人でいる時は本当に楽しくて、ずっとこんな時間が続けばって思うわ。……ありがとう双也。気持ちが軽くなったわ」

 

「どういたしまして」

 

俺はそう言って最後の団子を食べた。食べている間に幽々子が言った。

 

「あの桜の事も、双也たちが頑張ってくれてるみたいだしね」

 

「んぐっ…ゴクン…あの話聞いてたのか?」

 

「ええ、お手洗いに行ったって言うのは嘘。本当は襖の向こうで聞いていたわ」

 

「なんだそうだったのか…まぁどうせ言うつもりだったらしいから良いんだけどさ。

……必ず媒体は見つける。花が咲き切る前に見つけて、お前の悲しみを三人で断ち切ってやるから、元気出してくれ。紫も妖忌も俺も、悲しむ幽々子の顔なんて見たくないんだよ」

 

「…………本当に…ありがとうね」

 

幽々子は少し笑って言った。先ほどの悲しそうな表情はもうどこにも無かった。

 

俺はその後幽々子の部屋を去り、無事に自分の部屋にたどり着き、布団を敷いた。布団に潜り込んで身体を落ち着けると、俺はすぐに眠りに落ちてしまった。

 

 

 

 

 

 

 




表現が難しかったです。わからなければご質問下さい。

ではでは。


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第四十八話 発見、思惑

コレ書き始めるまで思いつかなかったけどあの子の登場です!

ではどうぞー!


二日後、俺は白玉楼の庭で能力を使っていた。"感知能力を繋げた霊力"を南に飛ばしている。風呂で思いついた次の日から、こうしてアイツ(・・・)を探しているのだが見つからない。今どこにいるのだろうか?

俺は今日の分の探索を諦め、能力を解こうとした時目の前に大きな妖力を感じた。

 

「…なんだよ紫」

 

「あら?気配は消したつもりだったんだけど…霊力を飛ばしてるだけじゃなかったのね」

 

「気配はよく消えてたさ。上手くなったもんだよ」

 

「それは嬉しいわね♪」

 

目の前の妖力は紫のモノだった。昔は気配消すもの下手くそだったが、今ではかなり上達している。教えてた身としては嬉しい限りだ。紫が何をしに来たのかは気になったが、ふと思いついた疑問を投げかけてみた。

 

「なぁ紫、西行妖はどれくらいで満開になるんだ?」

 

その質問を聞き、紫は少し悩んだ顔をした。

そして少し自嘲気味に言う。

 

「…様子を見ないと分からないわね」

 

「じゃあ行くか。これも必要な情報だろ」

 

「そうね、じゃあこのスキマに----」

 

「それに頼りすぎると運動量減って太るぞ」

 

紫は開いたスキマを静かに閉じた。紫は元々のスタイルが一級品な為に、プロポーション関係の会話をすると意外と操れるのだ。大妖怪かっこわら痛いっ!!

 

「さっさと行くわよっ!」

 

「いって〜…また出てたか」

 

紫に扇子で叩かれた。やっぱり俺はポーカーフェイスなる物が苦手らしい。一応練習はしてるんだけどね、嵐の前で。

と、そんなことを考えていたら紫は結構遠くに行ってしまっていた。俺は急いで追いかけ、西行妖の元へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜西行妖前〜

 

 

「…蕾がつき始めてるわね」

 

「妖力も前より大きくなってるな。まだ対処できる範囲だけど…これが全開放だったらどんなに楽だったろうな…」

 

俺たちが西行妖に着くとその枝には蕾がつき始めていた。咲きかけている花は一つもないが、妖力だけは大きくなっていた。

俺の言葉を聞いた紫は俺に問いかけてきた。

 

「今はどれくらいの解放なの?」

 

「そうだな……もう少しで一割に到達ってくらいだな。下位の大妖怪くらいは相手出来るんじゃね?」

 

「わ、私は…どれくらい?」

 

「ん? 紫? 紫は上位の大妖怪だろ。お前近年負けてないだろ?」

 

「そうだけど…よ、良かった…」

 

紫は何の心配をしているのだろうか?誰がどう見ても紫は上位。ぶっちゃけ名を知らない妖怪の方が少ないのではないだろうか。

紫は何故かホッとしているが、俺はそんな事は気にかけず話題を戻した。

 

「で、あとどれくらいなんだよ?」

 

「そうね…」

 

紫はもう一度西行妖を見上げた。

しばらく西行妖を見回すと、一つ頷いて言った。

 

「あと…一、二ヶ月ってところかしら?」

 

「あと一、二ヶ月か…それまでに媒体を見つけないとな」

 

「…そうね」

 

紫は少し不安そうな表情をしていた。やっぱり心配な様だ。

 

「大丈夫だ紫。三人で頑張れば見つかるさ。俺にもあてがあるんだ、だから元気出せ」

 

「双也…そうね、私たちが不安になってちゃしょうがないわよね。頑張りましょう!」

 

「おう!」

 

そう言うと、紫はスキマを開いて俺に言った。

 

「じゃ、私も器探しに戻るわね。あても考えてみるわ。じゃあね」

 

紫はスキマの中に消えていった。

 

………太るぞってさっき言ったばかりなんだけど…?

まぁ太っても自業自得、俺にはかんけー無い。

じゃあ俺も行くか!

 

俺は再び器を探し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ…居た!!」

 

数日後、俺は東西南北に霊力を飛ばしても見つからなかったので、今度は八方位に区切って霊力を飛ばしていた。結果、見事目的の人物を発見する事に成功した。

なぜか昔いた場所よりもだいぶそれた場所に居るようだが…まぁいいだろう。

早速行動に移した。

 

「おーい紫ー!!」

 

取り敢えず紫に伝える。アイツからなら幽々子にも妖忌にも連絡は早くなると考えたからだ。

呼んでから数秒後、目の前にスキマが開いた。

 

「どうしたの双也?媒体見つかったの?」

 

「いや、そういう訳じゃない。二週間くらいここを空けるから、幽々子に妖忌に…嵐にも伝えといてくれ」

 

善は急げだ。俺はそう伝えると早速出かけようとした。が、紫に呼び止められた。

 

「ちょっと双也!?こんな大事な時にどこに行くっていうのよ!?」

 

俺は駆け出そうとした足を止め、振り返って言った。

 

「デカイ器が無いなら…作ってもらおうと思ってね!」

 

「……は?」

 

「じゃあそういう事だから!幽々子を頼むな!」

 

「双也!?」

 

俺は見つけた人物の居る方角に向かって瞬歩を使った。紫の声はどんどん遠ざかっていった。

 

「久しぶりに会うな…もう何十年も経つか……創顕(・・)

 

俺は瞬歩の速度を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜紫side〜

 

 

「はぁ…行っちゃったわね…それにしても"作ってもらう"って…?前に言ってたあての事かしら?」

 

双也はすごい速さで行ってしまった。ああ言っていた事だし、双也が物事を投げ出す様な人じゃないのは知っている。心配はしていないのだが、説明はして欲しかった。

 

「まぁ…双也の事だし、大丈夫よね」

 

そう勝手に結論付け、再びスキマに入ろうとした時後ろから声をかけられた。

 

「紫様、どうかされましたか?何か叫んでいたようでしたが」

 

「妖忌…いえ、何でもないわ。双也が突然どこかへ行っちゃっただけ…あ、二週間程戻らないらしいから、そのつもりでね」

 

「? 媒体を探す時間は一秒でも惜しいと言うのに出かけたのですか?双也殿は何を…?」

 

「どうやら何かあてがあるみたいよ。"無いなら作ってもらう"って言ってたけど…何のことかしらね?」

 

私は少し頭を悩ませながらスキマに入った。伝言の事は妖忌が幽々子に伝えてくれると予想を立てた。

さて、私も探さないと…

 

「………。ただ探しても見つかる可能性は限りなく低い。何か違う方面から考えれば…」

 

私はスキマに椅子を落とし、そこに座って考え始めた。

 

「器の大きいモノって言うのは、大抵存在する物として質の高いもの…そう…例えば神器や、古い経典や、大仏や………」

 

頭の中で例を次々とあげて器の大きい物の特徴を考える。元々私は考えるのが得意だ。あらゆる事柄を計算で割り出す事が出来る。その脳を使って考えていく。

 

すると、一つ思いつくことがあった。

 

「……………穢れ…?神々しさ…かしら?」

 

穢れ、神々しさ、これから割り出される効率的な探し方。

………あったわ。

 

「なんだ、一石二鳥じゃない♪」

 

私は自然と笑みをこぼしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜双也side〜

 

 

「はぁ……はぁ……ちょっと疲れたな…」

 

白玉楼を出て少し経つ。俺は森の中で休憩していた。いくら瞬歩で素早く移動出来るとはいえ結局は能力。脳の負担は存在するのだ。

と言うわけで少し疲れたので休憩を挟んでいた。2m程の段差を水が流れ落ちていたので、水を飲むついでに頭を濡らす。あーー生き返るー。

と、すぐ近くに気配を感じた。

 

「ア〜…おナカすいタわ……」

 

その気配はだんだん近付いてくる。振り返って気配のする方向を見ていると、木陰から何か出てきた。

 

「ミちニモ迷ッたし…コこどこヨ……」

 

それは……なんと言うか、すごいゴツゴツした外殻を纏った妖怪だった。例えるなら…仮面ライダーに出てきそうな怪人?声もなぜか二重に重なって聞こえる。

だが…何か違和感を感じるんだよな…一瞬姿がブレたし。

 

(えーっと、"視覚に影響を及ぼす力を遮断"っと)

 

自分自身に能力を使うと、妖怪の姿どんどんブレていき、最終的には一人の少女になった。

 

「あ〜…もう疲れたよ…ここらで休も……!? 人間!?」

 

その子は、背中に青と赤の変な物体を三本ずつ生やし、全体的に黒の服と黒のニーソックスを履いた少女だった。

原作のキャラにこんな子が居たような……つーかこの時代にニーソックスがあるなんて初耳だ…ってそれはどうでもいいや。

少女は俺を見て驚き、すぐに澄まし顔になって言った。

 

「ふっふっふ…人間、こんな所で私に見つかるなんて運がなかったな!この封獣ぬえ様が骨の髄まで食い尽くしてやるぞぉ!」

 

「………………」

 

暫く沈黙が流れた。驚いた直後の切り返しってこんなにも寂しい物だったのか…なんか悪寒がしてきた。

同時にこの少女の事を思い出した。あんまり見ない顔だったから完全に忘れてたが、彼女が自分で名乗ってくれたおかげでなんとかなった。

そう言えば、この子はなんで突然上から目線になったのだろうか?見た目は人間と大差ないのに…あもしかして

 

「えっと、ぬえ?もしかして姿が割れてるの気付いてない?」

 

「…………え?」

 

「俺にはぬえの正体ばっちり見えてるよ?」

 

そう言うと、ぬえはとても焦った顔をし…

 

「うわぁぁああああ!!!」

 

…顔を真っ赤にして絶叫したのだった。

 

 

 

 

 

 

 




後々の事を考えての登場!
なぜかぬえはいつも腹を空かせてるイメージです。
いやホント何故かわかりませんけどw

ではでは。


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第四十九話 腹を空かせたUNKNOWN

ぬえはどこかお調子者なイメージです。

短め注意。

ではど〜ぞ〜。


「落ち着いたか?」

 

「…うん」

 

私は封獣ぬえ。ここらをフラフラしてる妖怪だ。黒髪赤目でピッチピチの女の子!そして私が誇る物といえばこの"正体を判らなくする程度の能力"!!簡単に言えば見たものの想像通りに姿を変える能力だ! これのおかげでこの森では狩りがしやすいし、襲われる事もない!

…え?なんで狩りがし易いかって?…想像してご覧よ、夜のくらぁ〜い森の中で、後ろから足音がする…振り返ればそこには…!!……分かったかな?

でも最近狩りをし過ぎた所為か獲物も少なくなり、ずっとお腹を空かせている始末…能力を発動させて森の中をトボトボ歩いたんだ。そしたらいつの間にか目の前に人間!脅かしてやろうと(恥ずかしいけど)渾身の台詞を言ったのに……こいつは…こいつは……

 

「にしても面倒くさそうな能力だな〜。視覚情報に干渉するとか…」

 

「へ?…そ、そうだね…」

 

なんでこいつは見破れたんだぁぁぁあぁああ!!!!

しかも妖怪だって分かってるくせに怖がるそぶりも無い!挙句私を落ち着かせて隣に座らせてる始末!!

なに?自殺志願者なの!?隣に妖怪の座らせるとか自殺行為だよ!?ってかこんな森に入ってる時点で危険だって分かってるの!?

 

「えと、ぬえ?腹減ってるんだっけ?」

 

人間は平然と私に問いかけてきた。ムシャクシャするからお前を食べたい。でも正体バレてるし…あそうだ。

 

「えっと、うん。ここ数日何も食べてなくて力が出ないの。だからお兄さんを食べ----」

 

「何も食ってないのか!?ちょっと待ってろよ!」

 

人間はパッと消えてしまった。後には唖然として状況についていけない私が一人。て言うか最後まで話聞いてよ人間のくせに!!……でも一瞬で消えるくらいだし、普通の人間ではないのかもしれない。ここは…

 

「アイツが帰ってく前に…逃げ----」

 

ポンッ「食料狩ってきたぞ。コレで腹一杯に…どこか行くのか?」

 

「い、いや…何でもない…」

 

「?」

 

帰って来るの早過ぎ…しかもすごく大きい猪を一頭持ってきてるし…人間じゃないのかな?いやでも霊力だよねコレ?んー分かんない人間だな。わかんないことが立て続けでなんだかイライラしてくる。…もしかして舐められてる?女だから?こいつ……

 

「取り敢えず食うぞー」

 

なんで私は優しくされてんの!妖怪なのに!!人間なんかに舐められて……ああもう!!

 

「う、うるさい!!私は妖怪だぞ!森に迷い込んだ人間を食らう!お腹が空いたなら…猪じゃなくて人間を食べるんだぁぁあ!!」

 

私はこいつと自分へのイラつきを抑えられずに殴りかかった。ただのパンチだけど妖怪の腕力、簡単に殺せ----

 

パシッ「はいストップ。攻撃してくるなら反撃するぞ?大人しくしててくれるなら首元の刃は解いてやる」

 

「……え?」

 

私は首元を探知してみた。するといつの間にか首周りを一寸切る隙間を残して薄っぺらい霊力を感じられた。多分刃になっているのだと思う。

あ…この人には敵わないや…

 

「わ、分かったから!何もしないからコレ解いて!」

 

「よし、そしたら肉食うぞ。もちっと待ってなー」

 

そう言って男は準備をし始めた。……一体こいつ何者…?

人間は刀で木を斬って集めてくると、手をかざして火をつけた。そしてその上に猪をつる下げて丸焼きにし始めた。

 

「ほら焼けたぞ、いっぱい食え」

 

「あ、ありがと…」

 

私は渡された肉を食べ始めた。さっきのアレでもうとっくに敵対心が消え(正確には萎え)てしまい、特にイライラせずに食べられた。て言うかこの肉美味しい。私が調理するより断然美味しい。

食している間に人間の事を少し聞いた。名前は神薙双也。私の能力を見破った事といい瞬間移動の事といい、気になることが多かったので聞いてみたけど

 

「人間よりもちょっと強いからだよ」

 

といってはぐらかされた。身近で感じる限り"ちょっと"じゃあないとは思うんだけどね。怒らせたら殺されそう…。

 

(あ…眠くなってきちゃった…)

 

肉を食べていたら瞼が重くなってきた。ここ数日何も食べていなかった所為で、お腹いっぱいになった途端睡魔が襲ってきたようだ。私はそのままパタンッと眠ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んぅ……あれ…?ここは…」

 

私は辺りが薄暗くなってきた頃に目を覚ました。一瞬何があったか思い出せなかったけど、空いていないお腹に気付いて思い出した。

 

「あ、猪食べてる間に寝ちゃったんだ…ってあれ?」

 

周りを見渡すと猪の姿が無くなっていた。私が寝た時にはかなりの量が残ってたはずだけど…

 

「まさか全部双也が食べたの…?本当に人間?」

 

双也が人間なのか疑わしくなってくる。そもそもアイツはここで何してたんだろうか?

 

「ん?…これ文字?」

 

居なくなった双也を探して見渡していると、木に刻まれた文字のような物に気が付いた。それを読んでみると

 

 

ぬえへ

本当は挨拶して別れたかったけど寝ちゃったからこの木に刻んでいく事にする。

俺は急ぎの用があるからもう行く。そもそも休憩の為に寄っただけだったし。でも、一時だったが楽しかったぞ。会えてよかったと思う。じゃあな。

 

PS.能力には誇りを持っといて良いと思うぞ。見破れるのなんか俺くらいだから。じゃ今度こそ、じゃあな

 

 

…と書かれていた。偶々休憩していた所に出くわすなんてなんとなく偶然な気がしない。また会える気がする。そしたら今度ころ脅かしてやろ♪

私は一応木に刻まれた文字をかき消し、少し浮き足立った気分で森に戻って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜森を出た直後 双也side〜

 

 

食べている途中で寝てしまったぬえに書き置きをし、俺は森を出た。腹拵えもしたしコンディションは絶好だ。

それにしても…

 

「ぬえが居るって事は…やっぱり命蓮寺も既にあるのか?やっぱり見逃してたのかなぁ」

 

俺が会っておきたい残りの一作品、それは命蓮寺に住むと言うポヤポヤ宗教団体だ。言ってしまえば、この人達に会うために旅をしていた様なモノなのだ。まぁ結果見つからずに日本一周してしまったわけだが。

 

「封印が済んだらまた探せば良いかな…」

 

俺はそう結論付け、創顕の元へ急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、それじゃあ集め始めましょうかね…。待ってなさい…双也!」

 

 

 

 

 




この時点で展開分かっちゃう人とか居るのではないでしょうか?

ではでは。


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第五十話 突き付けられた絶望

ただのモブだと思いましたか?残念でしたっ!

この物語もついに五十話目ですね。折り返しにもなってない進行の遅さに少し呆れる私が居ます…。

ではどうぞ。


「お、見えてきたな」

 

白玉楼を飛び出し五日目。森を抜けると都が見えてきた。大きくはない様だが、その中心あたりから創顕の神力を感じる。

俺は直前で速度を落とし、怪しまれないよう歩いて門をくぐった。

 

「ほー。大和程じゃないけど割と賑わってるな」

 

俺は歩きながら町を見回していた。服装こそ時代相応の質素なものだが、表情は皆明るい。どうやら創顕はうまく都を治めてるようだ。まぁ"表裏二神制"なんて思いつくキレ者がこれくらいのこと出来ないとは思ってないが。

俺は感じる神力に向け、まっすぐ歩を進めた。

 

 

 

「また…階段ですか…」

 

神力を感じる都の中心まで来た。見る限り神社になっている様なのだが、その前に長い階段があった。白玉楼程ではないにしろ面倒には変わりない。全く…なんでこんな高いところに住みたがるかねぇ?

 

人目につくから瞬歩はあまり使いたくない。しょうがないから歩く事にした。

マイペースに登っていると屋根らしきものが見えてきた。それは全体像が出てくるのに比例して大きくなっていく。登りきった階段の上には大きな大きな神社が広がっていた。

 

「おいおいおい…どうしてこんな大きいんだ…東大寺の大仏殿みたいじゃんか…」

 

俺は少し気圧されながらも足を進めた。一度前世の修学旅行で東大寺大仏殿に訪れた事があるが、その時と同じくらいの感動だった。距離感を無くしそうである。

 

「さて、どうやって入ろうかな…久しぶりだし、ちょっと脅かそうかな……はぁっ!」

 

俺は大きな庭の真ん中あたりで霊力を解放した。突然現れた霊力に驚いて出てくるんじゃないだろうか。

 

バンッ「なんだこの霊力は!?」

 

「久しぶり創顕!」

 

「お前…双也か!?霊力も桁違いになっているではないか!!」

 

「コツコツ瞑想してたんでね!」

 

「お前らしいな」

 

「「あっはっはっはっは!」」

 

……みたいな事を想像したが、正直短絡的すぎて自分でも少し呆れた。

そんな事を考えながら解放し続けていると、何やら地響きがしている事に気が付いた。

 

「え、何コレどうゆう展開?」

 

地響きはだんだん音に変わり、ドドドドドと少しずつ大きくなっていく。突然バンッと扉が開いたと思えば

 

「敵は排除する!!」

 

そう言って創顕が突っ込んできた。もちろん神剣を構えてだ。予想外で焦ったが、何とか天御雷で受け止める。

 

「いやいや…突然斬りかかってくるとか正気じゃねぇだろ」

 

「ん?お前…双也か?」

 

「そうだよっ!」

 

俺はそう言って創顕を弾き飛ばした。難なく創顕も着地する。俺たちはお互いに向き直った。

 

「本当に…双也か?霊力も異様に大きいし、諏訪に居たのでは?」

 

「何十年かしてから旅に出てたんだよ。ついでに瞑想も欠かしてないもんでな」

 

「ふっ、そうか…」

 

創顕は一言そう言うと、少し間をおいて俺に言った。

 

「久しぶりだな双也!!大戦以来だ!」

 

「ああ、久しぶり創顕!!元気そうで何よりだ!」

 

俺たちは久しぶりの再開に際して握手した。一度戦った相手だから割と仲が良いのだ。

 

「それでどうしたのだ双也、何か用か?」

 

「ん、ああ。お前に頼みがあって来たんだ」

 

「そうか、まぁ取り敢えずは中に入ろう。話はそれからだ」

 

俺は創顕に案内されて神社の中に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜白玉楼〜

 

 

「妖忌〜!お茶おねが〜い!」

 

「はいただいま!」

 

剣の稽古をしていたところ、居間の方から幽々子様の声が聞こえた。主の命令を無視する訳など無く、返事をして準備した。お茶というなら菓子も必要だろう、オマケに羊羹を添えて居間へ向かう。

幽々子様は外の桜を眺めていた。

 

「お持ちいたしました。お茶と羊羹です」

 

「あら、お菓子も用意してくれるなんて気が効くわね♪」

 

「お茶だけでは味気ないと思いまして」

 

「いいわ、ありがとう妖忌。戴くわね」

 

幽々子様はそう言って、とても美味しそうに食べ始めた。

それを眺めていると、表情は笑っているが少し寂しそうな雰囲気を纏っていることに気が付いた。

 

「…どうしましたかな幽々子様?」

 

「え?」

 

「今の幽々子様はどこか寂しそうな雰囲気を持っています。どうかされたのかと」

 

もう何年もこの方に仕えているのだ、今では僅かな表情の違いで気持ちを理解できるようになってしまったのだ。

幽々子様は少し驚いた顔をした。

 

「…ふふ、さすが妖忌ね。まさか心の内まで読まれるとは思っていなかったわ」

 

幽々子様は笑って言った。しかし寂しい雰囲気は消えていない。

幽々子様は桜に目を戻して話し始めた。

 

「どうしてかしらね…双也も紫も、そして妖忌も、あの桜をどうにかしようと頑張ってくれているけど……私がこうしている間に、皆何処かに行ってしまうんじゃないかって気持ちになるの。そう思ったら…寂しくてね…」

 

「………………」

 

幽々子様は俯いてしまった。主が想ってくれているなど家臣冥利に尽きる所ではあるが、ここは何か声をかけて差し上げるべきだと判断した。よく考えて幽々子様に声をかけた。

 

「幽々子様、ワシたちはどこにも消えたり致しません。紫様も双也殿も、そんな薄情なお方ではありませぬ。幽々子様を一人残して何処かへ消えるなどあり得ぬ事です。いえ、そんな事があればワシが叩っ斬ってやりましょう」

 

「妖忌……ふふ、私はいい家臣を持ったものね。いつもありがと妖忌」

 

「いえ、それがワシの勤めですので」

 

「もう、固いんだから」

 

どうやら少しは元気を取り戻した様だ。心の内で一安心した。

 

「それにしても…双也と紫はどこに行ったのかしらね?」

 

「紫様は存じ上げませんが、双也殿は何か人に会いに行ったようです。何かを作ってもらうそうで」

 

「作ってもらう?今必要な物って媒体なのよね?それを作ってもらうって……現人神は人脈が広いのね」

 

「全くですな。媒体を作れる存在が知り合いに居るなど…」

 

幽々子様は一口お茶を啜り、一息ついて思い出したように言った。

 

「あ、そう言えば紫は妖怪を集めてるみたいだったわね。しかも割と強い妖怪達」

 

「…幽々子様、なぜそんなことを?」

 

「この間紫がお風呂に入ってる時に乱入しようとしたんだけど、その時紫がブツブツ言ってたのを聞いたのよ」

 

「幽々子様…」

 

天然…というか破天荒な主の一面に呆れた視線を送ると、幽々子様は なによ〜 と言って頰を膨らませた。幽々子様のこう言うところには毎度苦労している。

それにしても…紫様は妖怪を集めて何をするつもりなのだろうか?紫様も時間を無駄にする人では無い。と言えば幽々子様の為になる事のはずなのだが…何か企んでいそうである。

ワシは手を顎に添えて考えていたが、幽々子様に話しかけられて我に帰った。

 

「まぁ、紫には紫なりのやり方があるんでしょ。皆頑張ってくれているのに何もしていない私が口を挟むところでは無いわ」

 

「誰もそんな事は思っていないと思いますが…まぁそうですね。紫様に任せましょう」

 

少し不安もあるが、紫様ならば大丈夫だろうという結論に至った。それくらいの知恵と力を持ったお方なのだ。

 

「ではワシは戻ります。何かあれば呼んでください」

 

「ええ、頑張ってね」

 

ワシはそう言って稽古に戻った。これが終われば媒体を探しに行くつもりである。

まっすぐ道場に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜創顕の神社〜

 

 

「ふむ、事情はあい分かった。知り合いの頼みだ、協力してやろう」

 

「ありがとう創顕!」

 

神社に上げてもらい、創顕の部屋らしき所で事情の説明をした。

まぁ大きな器が必要だってことくらいだが、何となく察してくれたようだ。さすが創顕。

まぁ少し話が逸れて俺の天御雷の話題になった時もあったが。

創顕は少し考えて俺に言った。

 

「しかし、その器の数値というのはよくわからん。取り敢えず基準が知りたい」

 

「基準かぁ…じゃあ取り敢えず適当に神器作ってみてくれ。測るから」

 

「うむ。…ふっ」

 

創顕が少し力むと、手から光が漏れ出した。止んだ後には一振りの剣が握られていた。

 

「これでいいか?普段作るのと同じくらいの神力を込めたが」

 

「ああ、十分だ。じゃあ…ペタッと」

 

その剣に札を貼ると、少ししてから数字が浮かび上がった。その数値は………百。

 

「おお!これで百か!望みはありそうだな!」

 

感動した。結構感動した。だっていままで一桁ばっかだったんだよ?それが一桁飛ばして百!嬉しくない訳がない。割と楽に三万まで届きそうだ。

と、そうしていると創顕が難しい顔をしている事に気が付いた。

 

「どうした創顕?」

 

「いや、コレで百となると…三万の神器を作るには時間がかかるかもしれん」

 

「は?」

 

「神器と言うのは神力を込めて形作るもの、しかし一度に大量の力を込めれば形を保てずに爆散してしまうのだ。ゆえに、時間をかけてゆっくり込める必要がある」

 

「三万の器なら…どれくらいかかる?」

 

俺の問いに、創顕は苦々しい顔をして答えた。

 

「……形を保てるようにゆっくり込めるとして……約一年だな」

 

「!!」

 

俺は絶句した。俺たちは一年なんて待っていられないのだ。西行妖が咲けば大量の人が死ぬ。あまりに死んでしまえば、今度こそ幽々子の能力が暴走を始めるかもしれないし、もしそうなれば被害は白玉楼だけにはとどまらないだろう。

 

「すまぬ双也…力になってやれないようだ…」

 

「いや、いいよ。最初から簡単に見つかるものじゃないってのは分かってた事だから…」

 

口ではこう言っているが、正直まだ絶望したままだ。このままじゃ幽々子達を救えない、絶体絶命だ。

 

「双也、取り敢えず今日は泊まっていけ。力にはなってやれないが、お前には休養も必要だろう」

 

「……ああ、ありがと…」

 

今は考える時間が必要だ。創顕もそれを察してこう言ってくれたのだと思う。

俺は言葉に甘えて、今日一日分の部屋を借りた。

 

 

 

 

 




創顕はいい人。

ではでは。


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第五十一話 胸騒ぎ、届かぬ思い

さぁさぁ遂にこのお話です!

視点変更注意。

ではどうぞっ!


翌日、俺は創顕の神社の一室で目を覚ました。いつもよりも若干気温が高く感じる。どうやら精神的な疲れの所為か普段よりも遅くに起きてしまった様だ。

 

「おはよう創顕…」

 

「何がおはようだ、もう昼近くだぞ双也。ショックなのは分かるが生活の順序を乱してはならん。早く着替えて出てこい」

 

俺が起きて居間に行くと、創顕は上の服を脱いで日に照らされながら大量の汗を流していた。素振りをしていたらしい。

俺は創顕の言う通り着替えを済ませ、庭に出た。

……ん?いやおかしくないか?

 

「なぁ創顕、流れでお前の言う通りにしちゃったけど、俺これから白玉楼に戻るつもりなんだけど。なんで庭に出させたんだよ」

 

創顕は素振りをやめ、俺に笑って言った。

 

「お前、まだ気持ちが整っていないだろう?そんな状態で戻っても良い案など浮かばぬ。気分転換でもすると良い」

 

「………と言うと?」

 

創顕は再び木刀を構え、笑みを一層深くして言った。

 

「我と組み手だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せいっ! はぁ!!」

 

…うん分かってた。"庭に出させて気分転換"って事を聞いた時から薄々分かってた。

 

「やっ! そこだ!」

 

「っと!」

 

創顕は確かにいい人だし、知り合いになれたのは嬉しく思う。戦い好きだが喧嘩っ早い訳でもなく、接しやすい人だ。

 

「はっ! そらぁ!」

 

だが…だが一つ言いたいのは………

 

「いくら何でも神剣(・・)でやること無いだろぉ!?」

 

「何を言っている双也!! 我はお前への仕返しを諦めてなどいないのだぞ!!」

 

創顕は作り出した神剣を横に薙ぎながら言った。多分…というか絶対諏訪大戦の時の事だろう。

難なく避けてから俺も反論する。

 

「お前組み手って言ったじゃねぇか!! 組み手ってのは素手でやるモンなの!! お前分かってねぇな!?」

 

「この世の中そんなことを言っていて生き残れると思っているのか!? それに、お前との戦いは緊張感が無くては意味が無い!!」

 

「それただの殺し合いだから!! 組み手の範疇超えてるから!!」

 

アレだ、こいつ脳筋バカだ。強いのは認めるけどこういう行動は勘弁願いたい。バカと天才は紙一重って言うけど、多分創顕のような存在の事を指すのだと思う。バカみたいに突き進んだ結果強くなった、みたいな…

 

ガキンッ「あぶねっ」

 

「ふっ、やっと抜いたな。待っていた甲斐があった」

 

「…へぇ」

 

創顕の一言が俺のセンサーに引っかかった。要は俺に刀を使って戦えと?

 

「お前の"無限流"と言うのはその刀を使うのだろう?一目見てみたくてな」

 

「なるほど…そんなに本気が見たいのか…イイぜ創顕…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボッコボコにしてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この後、創顕が傷だらけになって神社に戻ったのは言うまでもない。

俺はとっっっても清々しい気分だったけどなっ!でめたしでめたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば双也よ」

 

「ん?」

 

組み手を終えて、玄関にて白玉楼に戻る準備をしていると創顕に声をかけられた。

何?

 

「最近妖怪が大規模に移動している様なのだが…何か知らないか?」

 

「大規模に移動?いや知らないな。て言うか、そもそもなんでそんな事を?」

 

「いや、たまに移動途中で腹を空かせた妖怪どもがこの都に入って来ることがあるのだ。原因がわかれば我が直接潰しにいく所なのだが…」

 

「ああ、だから…」

 

俺は昨日の事を思い出した。突然斬りかかってきたのはそういう理由だったか。てっきりトチ○ったのかと…いやいやコレはさすがに失礼だな。仮にも神様に。

 

「その妖怪たちはどこに向かって行ってるんだ?」

 

「…向こうのようだな」

 

ふと気になった俺の質問に、創顕は指をさしながら言った。それは……俺が通って来た道、つまり白玉楼のある方角だ。

何だ…妙に胸騒ぎがする…。

俺の様子を察してか、創顕が心配したような声色で聞いてきた。

 

「? どうした双也?」

 

「いや…胸騒ぎがする。早く戻ったほうがいいかもしれない」

 

「あ、待て双也!」

 

俺が駆け出そうとすると、創顕に呼び止められた。

何だよ早く帰りたいのに。

創顕は俺の手を取ると何かを握らせた。コレは……御守り?

 

「いざという時に、その刀でこれを斬れ。きっと役に立つ」

 

「役に立つって…どういう時に?」

 

「そうだな……窮地に陥った時だな」

 

この御守り…どうやら創顕が何か仕掛けた物の様だが、まぁ一応貰っておこう。悪い物は渡さないだろうコイツなら。

 

「じゃあまたいつかな!!」

 

「ああ、またな!」

 

そう別れを告げ、白玉楼に急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜紫の住居〜

 

 

「もうすぐで全ての準備が整うわね…」

 

スキマの中、私はそこにある椅子に座って計画の確認をしていた。

机の上にはお茶とおやつが置いてある。

…え?もちろん人の肉よ?やっぱり一番美味しいのはこれなのよねぇ♪固いところと柔らかいところのバランスがもう…

っと話を戻しましょう。

 

「穢れの存在しない所ならば…巨大な器を持つ媒体が存在しても何ら不思議は無い。成功させるしかないわね」

 

穢れの存在しない場所、それはズバリ月だ。神力の様に清らかで神々しいモノは器が大きくなりやすいが、実は穢れが少ない事でも器は大きくなる。清らかであることに変わりは無いからだ。月に巨大な器がある可能性は十分にあるのだ。

 

「それにしても…穢れ、か…もしかしたら、双也に出会わなかったらこの方法を思いつきもしなかったのかしらね」

 

双也に出会い、今まで行動を共にしてきた。強くもして貰った。

その中であの月人たちに出会い、穢れの存在を知り、そこから月の情報を得た。

双也に出会わずに幽々子に会っていたら、もしかしたら私は幽々子の事を諦めていたのかもしれない。今まで人間を殺して生きながらえてきたのだから、私がそうしないとは言い切れない。

 

双也に出会わずに生活していたら、能力の事もろくに分からずに今頃死んでいたかもしれない。

 

双也に出会わなかったら…………今の私は存在しない。

 

「……今まで支えてきて貰ったからこそ…今の私を認めて貰いたい!」

 

妖力弾を放った。それは真っ直ぐ進み、スキマを通って外の地面に衝突。後には抉られて大きく穴が空いていた。

 

「双也、私は強くなったのよ。月を攻め落として、媒体を見つけ出して、今度こそあなたに認めさせてやるわ!!」

 

私は、身に溢れる力が高ぶっているのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま〜!」

 

創顕の神社を発って四日、漸く白玉楼に戻ってくることができた。道中では特に問題もなく、スムーズに来れた。まぁ結果二週間近くかかったわけだが。

俺は玄関から上がって廊下を進んでいった。

 

「あら、お帰り双也」

 

「お帰りなさいませ双也殿」

 

居間に行ったら居なかったので縁側に向かった。そこでは幽々子が縁側に座り、その側で妖忌が立っていた。

 

「どう双也?収穫はあった?」

 

「…いや、残念ながらダメだった。作ることは出来るが時間がかかり過ぎるらしいんだ。だから一晩泊めてもらって帰ってきた。悪い」

 

「謝る必要なんて無いわよ。頑張ってくれたみたいだしね。寧ろご褒美あげたいくらいよ?」

 

幽々子は悪戯をする子供のような顔をした。…何だか俺をからかう時の紫に似てる気がする…。

ってそう言えば

 

「なぁ二人とも、紫はどこに行ったんだ?」

 

「紫様ですか。双也殿が出て行かれた頃からはあまり見かけませんな。最後に見たのは昨日でしたかな?」

 

俺が出て行った後から? 何で?

 

「幽々子はどうだ?」

 

「う〜ん…妖怪さんをたくさん集めてた様だけど…居場所までは知らないわね」

 

妖怪を…? 創顕が言ってた妖怪の大移動ってのは紫が仕組んだ事だったのか?

 

…まずい、胸騒ぎがどんどん大きくなってきている。

何だ…何かを忘れてる……原作の紫が…昔起こした出来事………!!!

 

「まさか……」

 

俺は庭に出て霊力を完全解放し、日本中に霊力を飛ばした。感知能力完全放出だ。俺は妖力の反応に注意して紫を探す。

…………しかし紫は見つからなかった。ここから導き出される紫の行き先。

………月。

 

「アイツ……あれだけ言い聞かせたのに…!!」

 

俺は霊力をしまい、怒りの篭った声を漏らした。

事を察したのか、幽々子と妖忌が近寄ってきた。

 

「何か、まずい事になってるみたいね」

 

「双也殿、ワシらは何か…」

 

そう言う幽々子達の方に少し顔を向け、言った。

 

「妖忌、布団とケガの手当をする道具を用意しといてくれ」

 

「うむ」

 

妖忌は頷いて白玉楼の中へ戻っていった。

続いて幽々子にも声をかける。

 

「幽々子は………アイツの好きな物を用意してくれ。それと…………帰ってきた紫の世話頼む。俺じゃダメそうだ」

 

「…分かったわ」

 

幽々子は言葉の意味を察したようで、ちゃんと頼まれてくれた。

 

「双也」

 

「ん?」

 

「紫の事……お願いね」

 

「…ああ、任せとけ!」

 

そう返事し、天御雷を上にあげる。霊力を大量に込め、能力を付加する。

 

(あそこに行く方法は思いついてるが…難しいな。下手に使ったら霊力が空っぽになりそうだ。…でもそんな事は言ってられない…!)

 

俺は天御雷を振り下ろしながら言った。

 

空間の繋がりを切断(・・・・・・・・・)月面空間へ結合させる(・・・・・・・・・・)!」

 

目の前の空間に線が入り、バクッと開いた。スキマのような感じだが、中は真っ暗な様だ。

俺は一気にその中へ駆け込んだ。

 

「待ってろ紫…絶対に死なせねぇ!!」

 

スキマっぽいのを駆け抜けると、そこは広い荒野だった。だが普通の荒野と違うのは……血の臭いが充満していること。辺りは一面妖怪たちの死体で埋め尽くされていた。

そして俺の目が映した風景は……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボロボロで膝をつき、今まさに斬り殺されようとしている紫の姿だった。

 

 

 

 

 




もはや展開がお察しですねw
分かってても読んでいただけると私嬉しいですw

ではでは。


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第五十二話 怒り、溢れる気持ち

戦闘?ナニソレオイシイノ?

ではどうぞ!


「さぁ皆さん!! 美しく! 過激に! 月を蹂躙しましょう!」

 

妖怪達は進んで行った。活気に溢れた声、でもすぐに声は悲痛なモノに変わった。

 

 

 

 

 

「ギャアアアアア!!? 何だっ!? これはっ!?」

 

 

 

 

 

沈んでいく。血の海は広がり続け、無残な"妖怪だったモノ"は飲み込まれていく。

 

 

 

 

 

「話が違うじゃねぇか! 紫さんよぉ!? ッ! がぁああ!」

 

 

 

 

 

なんで?

 

 

 

 

 

「助けてくれ! 俺たちはそそのかされて----ぎゃぁあ!!」

 

 

 

 

 

どうして?

 

 

 

 

 

「穢れごときが月に攻め入ろうなど…なんとも滑稽な。死になさい」

 

 

 

 

 

私は、こんな事望んでいなかったのに。

 

 

 

 

 

「クソがぁあ!! 死んでたまるかぁ!!」

 

 

 

 

 

幽々子を、救いたかっただけなのに。

 

 

 

 

 

「死ね死ね死ねぇ!! 妖怪なんざ敵じゃねぇ!!」

 

 

 

 

 

双也に、認めて欲しかっただけなのに。

 

 

 

 

 

「あそこに立ってるヤツがいるぞ! 撃て撃てぇ!!」

 

 

 

 

 

やっぱり私には、敵わないっていうの?

 

 

 

 

 

「あなたが首謀者ね。自らの行い、存在に後悔する事ね」

 

 

 

 

 

あれだけ修行した。これだけ強くなった。それでも友を救えない? 認めさせられない?

 

 

 

 

 

「月に刃向かったことを、地獄で詫びなさい」

 

 

 

 

 

見返そうと思った私が馬鹿だったのか。

戦いを望んだ私が馬鹿だったのか。

……力も無いのに、誰かを助けようなんて思ったのが間違いだったのか。

 

 

 

 

 

「……死ね」

 

 

 

 

 

いろいろな想いが渦を巻く。そこから答えは出てこない。

何が正しくて、何が間違いだったのか、私にはもう分からなかった。

 

 

 

 

 

「…ごめんなさい皆。さようなら」

 

 

 

 

 

刃が、振り下ろされる音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「諦めてんじゃねぇよ!!」

 

刹那、声が響いた。私のよく知る声、ここに響くはずのない声。

 

「何で……ここに……」

 

刃を受け止める、双也の姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…間に合った。刃が振り下ろされる瞬間に受け止める事に成功した。紫はボロボロになって座り込んでいる。目は虚ろだ。

 

「何で? お前に言いたい事が山ほどあるからに決まってんだろうが!!」

 

俺は久々に頭に来ている。ここまで怒ったのはいつぶりか分からない。

 

「双也…私……」

 

俺は刃とその持ち主を弾き飛ばし、紫に向き直った。そして……

 

 

 

 

バキッ

 

 

 

 

一発殴った。

 

 

「…お前は先に帰ってろ。後始末は俺がする」

 

「双也! 私は----」

 

「いいから行け!!」

 

俺はここに来たのと同様の能力を付加して紫を斬った。

黒い空間が閉じた後には影も形も残っていなかった。

 

「………………」

 

手当は妖忌がしてくれるだろう。紫のメンタルも心配ではあるが……大丈夫だろう。仮にも大妖怪だ、負けた程度で塞ぎ込んでたらまた殴ってやる。

…説教はこれを片付けた後だ。

俺はさっき弾き飛ばした剣士に向き直って言った。

 

「久しぶりだな………依姫(・・)

 

剣士…依姫は驚愕の表情で俺を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

息を飲む。目は開き過ぎて乾ききり、動悸は激しく、息苦しい。思わず握りしめた刀を落としそうになる。

私の視線は、目の前に立つ男に釘付けになっていた。

 

「久しぶりだな………依姫」

 

男は薄く笑ってそう言った。耳は声を聞き入れても、脳が理解しない。この状況を理解する為に、私の頭は焼き切れる寸前だった。

 

やがて一つの結論に達した。

そしてその刹那、私は男に斬りかかった。

 

「おいおい、再開したのに斬りかかるか普通?」

 

「黙れ!! 喋るな!! その姿で動くなぁ!!」

 

私は怒りのままに刀を振り回す。見境など無かった。

 

「あの人は…双也さんは死んだ!! この月にいる人達を護って! 妖怪の軍勢とたった一人で戦った!! その人が…敵である妖怪を助けるなんてありえない!! あの人の皮を被る偽物なんか…許さない!!」

 

純粋な怒り。私はあの人を穢した偽物のコイツに怒っていた。

あの人は、大戦で民を護って妖怪の大軍勢と戦い、死んだ。その生き様は私の憧れる人物像にそっくりだった。…いや、あえて言おう、私は双也さんに憧れていた。羨望といった方がいいかも知れない。あの人の強さに憧れていた。

それを"この男"は、妖怪を助けるという形で踏みにじった。双也さんを侮蔑した!!

 

「お前だけは!! 絶対に葬る!!」

 

全速力で走り、袈裟斬りを仕掛ける。男は刀で簡単にいなした。しかし払った私の刀は地面に突き刺さる。これは私の得意な形だ。

 

「祇園様!!」

 

瞬間、男の真下から大量の刃が突き出る。大抵の妖怪ならこれで終わりの筈だが、男は跳んでいとも容易くそれを避けた。

どうやらそこそこ強いようだ。

でも、どれだけ強かろうと絶対に…

 

「殺す!!」

 

男に向けて叫ぶ。ただただ純粋な殺意の奔流に、呑み込まれていく様だった。

 

「愛宕様!!」

 

私は能力を使用し、刀に神殺しの炎を纏わせる。それを振るって大量の炎弾を飛ばした。

私の能力、それは"依り代となる程度の能力"だ。これは月に移住して修行した結果開花した能力である。自らの身体を神々を下ろす依り代とする事で、神の力を借りる事が出来る能力だ。

 

「おっと! 俺の話を聞け依姫!」

 

「うるさいっ!! 黙れと言ったはずだ!!

炎天『崩天流星弾』!!」

 

宣言し、空に炎を放つ。それは上空で集まって巨大な炎球となり、そこから男に向かって大きな炎弾を飛ばす。それはさながら流星群のようだ。

 

「ちっ、厄介なの使うな!」

 

男は斬ったり交わしたりして対処していた。意識は完全に流星弾に向いている。

…そんな隙は見逃さない。

刀を振るい炎弾を飛ばす。それについていく様に駆け寄り、地面に刃を当てながら斬りあげる。同時に、大量の刃が男に向かって突き出した。私の誇る連携の一つだ。

 

「なに!?」

 

男は炎弾には被弾しながらも刃を防いだ。懸命な判断とは言える。でもまだだ!

私は身体を捻り、足元から背中側に剣跡が残るように刀を振るった。地面から刃が離れた瞬間から、大量の刃が刀を付いてくるように男に襲いかかる!

 

ギャリリリリリッと音がして、刃が止まった。否、見えない壁に阻まれて止められたようだ。

 

「…縛道の八十一『断空』……依姫、俺は本物だ、双也だ。話を聞いてくれ」

 

「黙れ黙れ黙れぇぇえ!!」

 

その壁に向かってがむしゃらに刀を振るう。ガンッガンッガンッとぶつかるが、壊れる気配は一向に無い。

 

頭の中はもうグチャグチャだった。刀を振るうたびに思い出すのだ。双也さんの動きと重なるこの男の動き、刀の扱い方、話し方、纏う雰囲気。どれを取ってもあの双也さんそのもの。

 

"もしかして本物なのでは?"と言う考えも少なからず湧き上がってくる。反面敵だと思っている自分もいる。普段の自分には似つかわしくない様な今の行動も、恐らくは脳の許容を超えた思考への拒絶反応。

 

ただただひたすらに、定まらない気持ちを刀にのせ、それをぶつけて暴れ回る。

 

…やがて刀に手応えがなくなった。

 

「…………………」

 

私の刀は男の肩口を斬り裂いていた。そこからは鮮血が噴き出し、飛び散る。

突然の事で動けなくなっていた私は、気付けば男に抱き締められていた。

 

「え…あ…?」

 

「…悪かった。お前がそこまで思い詰めてるなんて知らずに、勝手に居なくなって………本当に悪かった」

 

抱き締める力が強くなっていくのを感じる。一緒に気持ちが伝わってくる。

暖かくて、後悔に満ちた優しい気持ち。

ああ、ああ、そうだ、この暖かい感じは……

 

「そう、や、さん……そうやさぁぁん!!」

 

「ごめん。ごめんな依姫…」

 

「うぁぁあぁあぁあああ!!!」

 

私は、双也さんにしがみ付き、彼の胸に顔を埋めて泣いた。こんなにも泣いたのはいつぶりだろうか、そう思う程にたくさんの涙を流した。

別れた日を思い出した為の悲しさ、生きていてくれた為の嬉しさ…いろいろな感情が胸の奥で渦巻く中、私は気が済むまで泣き続けた。

 

 

 

 

 




夜中の執筆なので矛盾が無いか心配です。

ではでは。


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第五十三話 すれ違う想い

白玉楼編はシリアス多いですね。まぁ仕方ないとは思いますがね。

視点変更注意。

では五十三話!どうぞー!


白玉楼、その縁側に座って、幽々子と妖忌は二人の帰還を待っていた。

 

「大丈夫ですかな、お二人は」

 

「そうね…心配ではあるけど、大丈夫なんじゃない?双也が助けに行ったんだから」

 

「気楽ですな、幽々子様は…」

 

なんとも呑気な事を言うお方だ、と妖忌は少し溜め息をついた。

二人が会話していると、庭に異変が起こった。

 

「? アレ、双也が使ってたのと同じじゃない?」

 

「ワシは良く知りませんが…行ってみましょう」

 

妖忌が促し、二人はスキマに似た黒いモノに近づいた。

…それが小さくなったかと思うと、そこには傷だらけの紫が座り込んでいた。

 

「! 紫!!」

 

「紫様!」

 

歩いていた二人は、その姿を目にすると走り出して紫に近寄った。彼女はどこかボーッとしている。

 

「紫!大丈夫!?」

 

「幽々子…私、ダメだったみたい…」

 

「取り敢えず手当をしましょう。双也殿の言いつけで用意してあるので」

 

「双也が…?」

 

紫は虚ろな瞳を少し見開いた。

 

「お説教は後よ。今は治療しましょ」

 

紫は妖忌に抱えられ、用意していた布団へと連れて行かれた。

庭に残された幽々子は、空を見上げて独り言ちる。

 

「後はあなただけよ双也。早く帰って来なさい」

 

友の恩人の帰還を願い、幽々子は紫達の元へ戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月面。双也は泣き疲れて眠ってしまった依姫を寝かせていた。

…もちろん血溜まりのないところだ。依姫はスゥスゥと寝息を立てている。

 

「はぁ…依姫には悪いけど、もう戻らなきゃな…」

 

双也は天御雷を掲げ、来た時と同様の能力で帰る準備をする。

そこで、双也には聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「気が早いな。少し我と話していかないか?」

 

振り返った双也の目には、月の神、ツクヨミの姿が映っていた。彼女はにこやかな表情で双也を見つめている。

 

「…一億年ぶりだなツクヨミ」

 

「ああ、久しぶりだな双也。元気そうで何よりだ」

 

軽い挨拶を交わすと、ツクヨミは真剣な目付きになり

 

「すまなかった…!」

 

「………は?」

 

頭を下げた。神が頭を下げる事など滅多にある事では無いが、ツクヨミにとってはそれ程重要な事があった。…人妖大戦の事だ。

 

「姉様から聞いたとは思うが、我の言葉でしっかり伝えねばと思っていたのだ。すまぬ…!」

 

双也はツクヨミの謝罪にかなり戸惑った。一瞬なぜ謝られているのか分からなかったほどだ。

意味を理解すると、ツクヨミに言った。

 

「いや、頭あげてくれよ。これも日女に伝えてもらったことだけど、俺は誰も憎んでないし後悔もしてない。謝られる必要なんて無いんだよ」

 

「し、しかし----」

 

「いいんだよ。仲間は死んじまったけど、結果的に俺は生きてるし、無事にみんなをここへ送り出せたんだから万々歳だ。だから謝らないでくれ」

 

そう言って笑う表情の中に、ツクヨミは隠しきれていない彼の悲しみを見た。

 

「………分かった。ありがとう双也」

 

それを察したツクヨミは、彼にそんなものを背負わせてしまった自分をなおも悔いながらも作り笑いを浮かべた。

 

「そう言えばさ」

 

「ん?」

 

双也は思い出したような声を上げた。日女や創顕と会った時に思ったふとした疑問だが、これからもツクヨミと付き合いがあるとするなら重要な事柄。

双也は問いかけた。

 

「お前の"ツクヨミ"ってのは神名だよな?名はなんて言うんだ?」

 

その問いにツクヨミは少しキョトンと言うような顔をし、間を空けて言った。

 

「ん?えっと…あっ、伊勢月夜(いせのつくよ)だ」

 

「なんと言うか…そのままだな、名字と言い名前と言い」

 

「うるさい。少し気にしているんだ、何も言うな」

 

月夜の言葉の詰まりには双也も疑問に思ったが、何か触れてはいけない気がした双也はあえて言わなかった。

実は、月夜は普段"ツクヨミ様"としか呼ばれないため、自分の名すらも忘れかけていたのだ。神としては恥ずかしいの一言に尽きるそれは正しく地雷だった。怒りを買わなかったと言う意味では、双也は"助かった"と言える。

 

「さて、我の用は済んだな。双也よ、依姫は我が見ておくから、早くあの妖怪の元へ行ってやるといい。……何か言伝は必要か?」

 

月夜が唐突に切り出したのは帰還を促す言葉だった。どうやら、一言謝る事が月夜の目的だったようだ。

月夜は眠っている依姫を抱き上げ、双也に問いかける。

少し考え、彼は言った。

 

「"心配かけた事は本当に済まなかった。あの一太刀で許してほしい。次の機会にたくさん話をしよう"って伝えておいてくれ」

 

「あい分かった。伝えておこう。ではな双也」

 

ああ、じゃあな、と言い残して双也は黒い空間に入っていった。残されたのは依姫を抱えた月夜のみ。

 

「だ、そうだぞ依姫。起きているのだろう?」

 

月夜は依姫に言った。するとはい、と返事をし、依姫が顔をあげた。

 

「双也さん…生きていて…本当に良かった…。でも、なんで妖怪の手助けなんて…?」

 

「それは我が説明してやろう。よく双也観察をしている姉様から聞いているからな」

 

「……一体なにしてるんですか…」

 

他愛のない会話をしながら、二人は都市へ戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………お前、何をしたか分かってるか?」

 

「…………………」

 

白玉楼に戻った俺は紫を説教していた。もちろん今回の愚行についてだ。アレだけ言ったのにコイツは見事無視してみせた。怒るのは当然だ。

 

「俺は警告した筈だぞ。"妖怪は月には敵わない"って。お前は自分の命を捨てに行くのと同じ事をしたんだぞ」

 

「…………………」

 

相変わらず紫は黙っている。何を考えているのかは分からないが、黙っているのでは埒があかない。

 

「あのな、何も言わないんじゃどうしようも----」

 

「どうしてよ……」

 

「…は?」

 

 

 

 

「どうしてそんなに私を弱者みたいに言うの!?」

 

 

 

 

…突然の叫びに声が出なくなった。紫の目尻には涙が溜まっている。続けて俺に叫んだ。

 

「私はもう昔みたいに弱くはないわ! 双也に助けてもらわなくても生きられるくらいに強くなった! なのにあなたはいつまでも私を認めてくれない! なんで!?どうしてよ!?」

 

「………………」

 

…今、理解した。…こいつは俺を見返したかったんだ。自分が強くなった事を、しっかり見て欲しかったんだ。

…どうやら、今までの俺の過保護さが、紫に誤解を与えてしまっていたようだ。

 

「輝夜達の時もそう!あなたは私を戦わせなかった!それは私が弱いって思っていたからでしょう!?」

 

 

 

 

違う…俺はそんな事思ってない。

 

 

 

 

「私はもう弱者じゃない!負けて殺させる側じゃない!

…もう認めてくれてもいいでしょう!?」

 

 

 

 

紫の頰を一筋涙が伝う。それでも目だけは俺を睨んでいた。

 

紫の想いの強さが伝わってくる。そこまで思い詰めさせてしまった事も少しばかり後悔した。

でも………

 

 

 

 

「お前こそ…なんで分かってくれないんだよ!?」

 

 

 

 

「っ!?」

 

「俺はお前に死んで欲しく無いだけだ!! 無謀な戦いに挑んで、消えて欲しくないだけだ!! お前が死んだら悲しむヤツだっているんだぞ!? なんでお前は俺の気持ちを理解してくれないんだよ!?」

 

気付けば、俺は紫に怒鳴っていた。自分でも驚いた事に、俺の頰にも熱く湿っぽいものを感じた。

 

俺は紫の危機にはいつも助けに行った。それは一重に、紫に死んで欲しくなかったから。世界の創造の為とか、そう言うのは関係なく紫に生きていて欲しかった。だから警告した。敵わない相手に挑むのは自殺行為、それを分かって欲しかった。

 

……だが結果、その想いが逆に紫を追い詰めていた。

 

「……悪い、取り乱した。でも、"お前の事を大切に想う奴が居る事"…忘れないでくれ」

 

そう言って部屋を出た。気分は非常に優れない。もう休みたかった。

 

「双也…」

 

「悪い幽々子、アイツの世話頼むよ。元気付けてやってくれ」

 

「……ええ」

 

幽々子達は部屋の襖の向こうから話を聞いていた様だった。幽々子に紫の事を頼んでその場を去る。

 

……部屋に戻っても、頭の中は霧がかかったようにモヤモヤしていた。

 

 

 

 

 




テンポ早かったでしょうか?

ではでは。


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第五十四話 届いた気持ち、気付いた気持ち

はい二人目はいりまーす。
……意味は読んでご確認ください。

ではどうぞー


「………………」

 

白玉楼の縁側。沈みかけた日が照らすその場所に私は座っていた。ボーッとする頭の中では、先程のやり取りが何度も何度も繰り返していた。

 

 

何で分かってくれない!?

 

 

あの時の顔…私は一度も双也のあんな表情を見たことがなかった。双也の涙も、感情の爆発も初めて見た。彼がそうなる程の事に、私は気が付いていないの?

 

 

お前に死んで欲しくないだけだ!!

 

 

私に死んで欲しくない?

近しい者が死ぬ姿なんて誰も見たくない、そんなの当たり前の事でしょう?

 

親が子を守ろうとするのは、子に危険が襲ってこないようにする為の行動だ。それは子に危険を払い除けるだけの力が無いから。そう思っているから。

…双也が私の親だと言うわけでは無いけど、やっぱり彼は私を認めてないんじゃないの?それならあの涙は?あの強い感情は何?

 

………………分からない。

 

「なんなのよ…本当に……」

 

不意に背中に感触があった。これは恐らく、手だ。

労わるように優しく、私の背中に手が添えられていた。

 

「怒られちゃったわね、紫」

 

「幽々子……」

 

その手と声の主は幽々子だった。私の隣に座り、微笑んでいる。

 

「はいコレ」

 

「え?」

 

幽々子は私に饅頭を渡してきた。前に美味しいと話していた物だ。……元気付けようとしてくれているようだった。一口咀嚼すると、気分が少しだけ良くなった。

 

「あんな様子の双也、普段からじゃ想像も出来ないわね」

 

「…そうね…私もあんな顔初めて見たわ…」

 

幽々子は私を叱るでもなく、普段の様に話しかけてくる。

その気遣いに、なんとも気が安らいだ。

 

「死んで欲しく無い、か。 あの言葉、ずいぶん感情が籠ってたけど…紫はどう思ってるの?」

 

その問いに少し言葉が詰まった。多分、自分自身の思いが正しいのか分からなくなっていたからだと思う。

まるで親と喧嘩した子供のように、屁理屈ばかり並べて自分を正当化しようしているのでは、と。

でも、一人で抱えて拗ねていても何も変わらないのは分かっていた。こみ上げる不思議な不安感を振り払って、感じた事を話し始めた。

 

「正直に言って…まだ双也の気持ちが分からないわ。

ああして気持ちをぶつけられた今でも、"双也は私を認めていないから守ろうとするのではないか"って思っちゃうの。もう現実はこの身で味わったのに、子供みたいよね…私…」

 

話していくうちにまた涙が溢れてくる。背中をさすってくれている幽々子の気遣いも、内側から込み上げる何かを誘う。

涙を止めようと堪えていると、幽々子が静かな口調で話し始めた。

 

「ねぇ紫、あの言葉を叫んだ時の双也の表情…覚えてるわよね?」

 

「…ええ」

 

忘れる訳がない。似つかわしくない涙を流した、酷く辛そうな、酷く寂しそうなあの表情。

 

「どうして双也は、あんな表情をしたのかしらね」

 

「…え?」

 

「考えてもみなさいな。双也は私達じゃ想像も出来ないくらいの長い年月を生きてきたのよ?長い生って言うのは、出会いと共に別れも生み出すモノ。…もちろん、人の死も」

 

「!」

 

人の死……近しい人との死別は辛く苦しいモノだ。それは私でも分かりきっている。

…そうか。双也はこういう気持ちだったんだ…

 

「双也にとって、認める認めないは関係なかった…だから私を引き止めたのね。勝てないと分かってる相手に挑んで死なせない為に…失うのが怖かったから…」

 

「そういう事よ。まぁ紫は私や双也くらいしか近しい人っていないから分からなかったのかもね」

 

「ふふ…そうかもしれないわね」

 

双也はきっと、私を下にも上にも見ていない。ただただ大切な人だと、そう思っているのだ。私だって大切な人が死にに行くような真似をしたなら怒る。双也はそういう気持ちだったのだ。

 

「でも…どうして幽々子はそれが分かるの……!」

 

「………どうしてかしらね…」

 

私は言いかけて"しまった…!"と思った。失言だった。近しい人でなくとも、幽々子もまた多くの人の死を見てきた者の一人。それはよく分かっている筈なのに無神経な事をきいてしまった。幽々子の表情は寂しさに染まっていた。

 

「…たくさん死を経験するのはこんなにも苦しい事なのに…これをずっと抱えて双也は生きてる。…一体何を糧にしてるのかしらね…」

 

「……………そうね」

 

幽々子の疑問に同調する。

確かにそうなのだ。人の死に耐えられなくて自害してしまう人間はザラにいる。人に先に逝かれ、耐えられずに自我が崩壊してしまう人間もいる。ただの人間の寿命でもそういう事があるのに、その何倍も生きている双也はどうして狂わずにいられるのか。

……やはり双也は不思議な存在である。

 

「まぁ、いま考えても仕方ないわね。私は向こうに行ってるわ。後で双也に謝っておきなさい紫。気持ちが理解できたならきっと許してくれるわ」

 

「ええ。しっかり謝っておくわ」

 

そう返事すると幽々子は中に戻っていった。私はもう少し、日が沈んで月が出てきた空を見上げていた。

空に浮かぶ月は、雲一つ掛からない満月だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

スー…パタン「………………」

 

すっかり暗くなった白玉楼。その一室の襖を静かに開けて中に入る。白玉楼の端に位置するこの部屋は、ここ数日は双也の部屋という事になっている。先ほどの紫との言い合いで疲れたのか、彼は布団を敷いて寝ていた。

 

「スー…スー…」

 

「ふふっ、本当に気持ち良さそうに寝てるわね」

 

仰向けで安らかな寝息を立てる双也の顔を覗き込む。

紫を助けに行ったのだからどこか傷付いているかも知れないと思っていたけど、どうやらどこも怪我していないらしい。

私は布団の横に座った。

 

「……ありがとね双也。紫の事助けてくれて」

 

双也に語りかける。もちろん彼は眠ったままだけども。

 

「私もね、紫が帰ってきたらいっぱい叱ってやろう!って思ってたんだけど…双也が私の言いたい事全部言ってくれたから、もうよくなっちゃったわ」

 

双也の頰を撫でる。あら、思ったより柔らかい…つついてみたくなるわね。

…起きてしまうかも知れないし止めておきましょうか。

 

「……あなたの気持ち、よく分かるわ。私もお父様が亡くなった時は…酷く辛くて、悲しかったわ。でもあなたは、私がちっぽけに見えて来るくらい、そんな経験をずっとずっと抱えて生きてるのよね…」

 

正確にどれほど生きているのかは知らない。でも、紫の話だと所々に留まりながら旅を続けていたと聞いた。……その中で知り合い、そして別れた人々は一体どれ程居るのだろう。一体どれ程の悲しみを抱えて生きているのだろう。……私には想像できない。でも気持ちは痛いほど分かる。

 

「…あなたは何を支えに生きてるのかしらね。もし何も無しに、気力だけで耐えているのなら……これは、頑張ったご褒美ね」

 

起こさないように気を使い、頭を持ち上げて膝を滑り込ませる。膝枕…初めてやったわね。

双也は相変わらず気持ち良さそうに寝ている。少し目にかかった前髪を払ってやる。

 

「んっ…んぅ…あった、か…ぃ…スゥ…スゥ…」

 

「! …………」

 

恐らく寝言だとは思うけど、そんなこと初めて言われた。実際に言われると結構恥ずかしいわね…。

……よく見れば、可愛い寝顔をしている。

 

神薙双也。

 

紫を救ってくれた、強い人。

 

私を気遣ってくれた、優しい人。

 

自分の気持ちを上手く伝えられなくて悲しむ、か弱い人。

 

出会って数日、そんな私でも分かる双也という存在の性格。ただ悲しんでウジウジ悩んでいた私にはとても輝いて見えた。

不意に、彼が私を励ましてくれた時の事を思い出す。

 

 

悲しむ幽々子の顔なんて見たくないんだよ

 

 

あの言葉、本当に心が軽くなった。そして双也は言葉通り、私を救おうと努力してくれている。

 

…あれ? それって、双也は私の事も大切に想ってくれているって事…?

 

「………………」

 

眠る双也を見つめる。鼓動は激しく、顔はさっきよりも熱くなっていた。

……たとえ、双也自身は私を"友達として"大切に想ってくれているとしても、私が双也に抱くこの感情は少し違う気ような気がする。

 

(……そっか…私、双也の事いつの間にか……)

 

自分の気持ちにはっきり気付く。友達としてではない、でも大切には変わりないこの感情。

……そして、今のままでは叶えられない悲しい感情。

 

(私の力…日に日に強くなっているのを感じる。いずれ双也たちでも手に負えなくなる。そうなったら私は、きっとみんなを………)

 

想像して、どうしようもなく悲しい気持ちになった。涙は自然に流れていく。……絶対にそんな事したくない。してはいけない。

……決心は、今固まった。

 

「その前に…一時(いっとき)くらい、幸せな時間があっても…良いわよね、神様…」

 

双也の頭を静かに戻し……私は布団に潜り込んだ。

暖かくて、とても安らかな気持ちになった。

 

「おやすみ双也………大好きよ」

 

ぬくもりに包まれて、そのまま眠気に身を委ねた。

 

 

 

 

 

 




幽々子さんが主役。 そしてやっぱり良い人。

ではでは。


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第五十五話 束の間の休息

シリアス多かったので閑話です。

ではどうぞ〜!


翌日、俺は白玉楼の自室で目を覚ました。ここの布団はふかふかでとてもよく眠れた。まぁ昨日はあれこれあったし、疲れが溜まってたってのもあるとは思うが。

 

「…ん?」

 

布団をめくろうと手をつく。すると左腕に重みを感じた。

あれ、前にも似たようなこと……

 

「い、いやいや…まさか…」

 

ギギギギギ、と音が出そうな感じで隣を見る。すると俺の腕に絡まってなぜか幽々子が寝ていた。

 

「ぎゃ…っと、大声出したらマズイよな……落ち着け俺ェ…なんでこんな事に…」

 

反射で叫びそうになったが、どうにか押し留めた。幽香の時の教訓はしっかり生きているようだ。

とは言ってもこの状況は変わらない。

俺昨日何かしたっけ……

 

「ま、まさか乱暴な事とか…いや酒飲んだ覚えないし、ありえないよな…」

 

念のため幽々子の表情を見てみる。

何とも気持ち良さそうにスヤスヤ寝ていた。アザとか傷とかは見つからない。大丈夫そうだ。

………なんか、自分の腕に抱き着いた状態でこういう表情されると………

 

ガンッ「……いや何考えてんだよ俺っ」

 

すこしイケない想像に走りそうだったのを理性(という名の拳)で振り切る。俺は誰とも悪質な関係にはなりたくないんだ。

…御行?誰ソレ。

 

「取り敢えず幽々子起こさないと…こんな状態見られでもしたら----」

 

「そ、双也ぁ…?そろそろ起きて………」

 

「「…………………」」

 

少し挙動不審な様子で入ってきた紫と目が合う。状況的には幽香の時と大体同じ。

…ああしまった、さっきのフラグになってたわ。

 

「二度あることは三度あるって…よくできた言葉だな…」

 

「〜〜〜〜ッ!! 境符『四重結界』!!」

 

 

 

 

 

後から聞いた話では、幽々子が勝手に布団に潜り込んだのだそうだ。なんでそんな奇行に走ったのかは知らないが、幽々子はやけに満足そうな表情をしてから、まぁいいかと思った。

紫にはしっかり謝ってもらったけどなっ

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ〜…する事ないなぁ」

 

今俺は廊下を歩きながら今日の予定を考えていた。

朝少し話し合って"少し休みを取ろう"という事になったのだ。まぁどの道封印は満開になった直後でないとできないし、休息は必要なものだ。正しい判断だと思う。

 

……あ、朝食の時に紫が挙動不審だった事について聞いてみた。どうやら、どうやって俺に謝ればいいかを悩んでいたらしく、それに見かねた妖忌が取り敢えず俺を起こしに行かせたそうだ。まぁ、朝の騒動のお陰か俺と紫の間にある雰囲気も普段通り?になり、その朝食の時に謝られた。

……気持ちをよく理解してくれたようで何よりだった。

 

「ん、この声…」

 

白玉楼の道場近くを通りかかると、せいっ、はぁっ!という声が聞こえてきた。

まぁ考えられる限り一人しかいない訳だけど。

 

「頑張ってるなー妖忌」

 

「双也殿。…ワシは稽古を日課にしているのです。今日は時間も出来たのでいつもより多く稽古しようかと」

 

道場に響く声の主は予想通り妖忌だった。短い木刀と長い木刀を振るっているようだ。

えーっとなんだっけ、白楼剣と楼観剣?を模しているのだと思う。

暇なので稽古の様子を見学する事にした。妖忌が"気が散る"って言うなら別のところに行くけど、そうでもないらしいので継続。

妖忌は木刀を構え、目を瞑った。

 

(…! 空気が変わった…)

 

目をカッと開き、木刀を振るう。鋭くも流麗な太刀筋は、まるで舞っているように見える。見事の一言だった。

 

「ふっ…」

 

舞の最中、突然足を止めて木刀を構えた。目は恐らく仮想上の敵に向けられている。

一瞬の間を開け、妖忌は静かに一言宣言した。

 

「……現世斬」

 

瞬間、妖忌はその場より数歩先の場所に現れた。否、高速移動した。それにも驚いたが、もう一つ

 

(空気の爆ぜる音がした…)

 

高速移動の瞬間、ズバンッという音を確かに捉えたのだ。

俺の動体視力で辛うじて見た限りでは、妖忌は移動の最中に長木刀を振るっていた。多分その剣速に空気の流動が追いつかなかった結果だと思う。

……たしか原作だと孫である魂魄妖夢(こんぱくようむ)が使っていた技だったと思う。実際に見るとここまで凄いとは……圧巻だ。

その後も、妖忌は舞に技を組み込みながら稽古していた。

終わったのを見計らって話しかける。

 

「なぁ妖忌、終わった直後で悪いんだけどさ」

 

「何ですかな?」

 

「…俺に剣の稽古つけてくれない?」

 

「……は?」

 

ん?そんなに変な事言ったかな。妖忌は目を見開いてあり得ないものを見るような目をしている。

 

「双也殿は十分強いではありませんか。今更ワシが教える事など----」

 

「あるから言ってるんだろ。昔友人にも言われたんだけど、どうやら俺の剣術は綺麗と言うよりは野性味に溢れた実践型らしいんだ。見た所妖忌の剣術はどう考えても"綺麗"なヤツだし、そういう基礎は知っていた方がいいと思ってな?」

 

多分、俺にそう言った友達…神子も独学だって言ってたから"実践型"の方だと思うけど、基礎は習っておいて損は無い。ここまですごい人が目の前にいるのだ、師事しない手は無い。

 

「ふぅ…分かりました。この魂魄妖忌、力不足ながら剣術指南をさせて頂きます」

 

「お、おう。よろしく」

 

まさかこんな丁寧に了承されると思ってなかったので少し言葉が詰まってしまった。白玉楼じゃ俺の扱いなんて良いとこ"客"なんだからそんなにかしこまらなくてもいいのに。まぁ言ったところで変わりそうもないけど。

という訳で稽古開始。ちょうど天御雷くらいの長さの木刀を持って妖忌と向き合う。

……ん?

 

「あれ、これから素振りとかするんじゃないの?」

 

「双也殿には実践感覚で打ち合いながらの方が覚えやすいかと思いまして」

 

「それって元の俺の型に戻らない?」

 

「大丈夫です。振るい方や扱い方はその度指示いたしますので」

 

「そ、そうか」

 

行きますぞ!と言って稽古が始まった。妖忌が突っ込んでくる。

 

「双也殿!常に六十度以上の角度をつけてワシの剣を受けて下され!」

 

「う、おう!」

 

妖忌の木刀が振り下ろされる。それに合わせて六十度以上で受け続ける…妖忌も剣速は加減してくれている様だが難しい、これは慣れるしか無さそうだ。

少し離れて構える。

 

「…何度か六十度以内になっていましたぞ。それでは受け太刀の状態でも切り落とされる事があります」

 

「了解!」

 

妖忌の説明に納得すると、今度は俺から攻めに行った。妖忌は静かに剣を構えている。

…腹の辺りが空いてるな!

 

「駆け出しからの横斬り、ですか」

 

妖忌は腹を狙った俺の斬撃を、構えた剣を少しズラす事で防いだ。俺はどんどん攻めていくが、妖忌はどれも最小限の動きで防いで行く。

 

「そこだぁ!!」

 

「…甘い!」

 

俺の袈裟斬りを、妖忌は本来鍔のある辺りの刀身で弾き、そのまま突きを放った。それは俺の喉元で止められている。

 

「駆け出しからの横斬り、これは自然体の相手に使うには得策ではありません。刀身をそのまま動かすだけで止められ、反撃されます」

 

「…妖忌はそうやってたな」

 

「はい。そして太刀筋、左手で柄頭を操作して角度を変えるのです。右手は振るう事に集中、いいですか?」

 

「ああ、分かった」

 

妖忌は頷いて木刀の刀身を引き、少し離れてまた構える。

あ、一つ聞きたいことがあった。

 

「なぁ妖忌、俺の猛攻中は最小限の動きで受けてたよな?あれコツとかってある?」

 

妖忌はああ、と思い出したように返事し、話し始めた。

 

「アレは腕の使い方です。刀の中心を軸に円を描くように腕を使う。すると最小限の動きと力で受け太刀ができます。応用としては、ワシが最後に放った突きのように、刀身の根元で剣を弾いて反撃…そんな感じです」

 

「なるほど…」

 

思ってた以上に学ぶ事が多い。どれだけ未熟だったのか思い知らされる。だがまぁ、力の節約とかができれば戦闘にもかなり役立つ。今から教わっても全然遅くない。…今更ながらとても良い人を師事したものだ。

……ふと思ったが、幽々子はこんな感じの剣術を使うんだよな?それってもしかして…単純に剣術勝負したら俺幽々子に負けるってことじゃね?

……あの時斬り合わなくて良かったと思った。

 

「さぁ、次はワシの動きを見切って避けてくだされ!」

 

「来いや!」

 

そうして稽古は、日が沈むまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バンッ!ズバンッ「うおらぁ!」

 

カンッ ヒュボッ「まだ甘いですぞ!」

 

「………やってるわねぇあの二人」

 

「そうねぇ。せっかくお休みになったんだから稽古なんてしなければいいのに」

 

居間。私と幽々子はそこに座ってのんびりしていた。もちろんお茶と饅頭付き。

道場からは割と離れてるはずなのにここまで声が響いてくる。せっかく休暇にしたのに…二人とも意味分かってるのかしら?

遠目で道場を見ながら饅頭を取ろうとすると、山積みだった筈の饅頭はもう無くなっていた。

……幽々子はせっせと口を動かしている。

 

「あ、お饅頭無くなっちゃったわ。新しいの持ってくるわね。あと新しいお菓子」

 

「幽々子……今のがもう四箱目だって事分かってる?しかも私五個くらいしか食べてないし」

 

幽々子は飲み込み終わると、わざとらしい口調でまたお菓子を取りに行こうとしたのでやんわりと止める。

 

「紫が食べるの遅いだけじゃない」

 

「………太るわよ?」

 

「うっ……」

 

幽々子は少し葛藤している様だったが、結局はションボリした表情で座り直した。

全く、大食漢にも程がある。これで夕飯でもご飯五、六杯は普通に食べるのだから驚きである。幽々子のお腹には宇宙でも広がっているのだろうか?

 

「なんだか…お腹が満たされると眠くなってくるわね〜…」

 

幽々子はそう言いながら頭をクラクラさせている。それは"眠い"じゃなくて"半分寝てる"って言うと思う。

そう突っ込もうとすると幽々子はパタンと倒れて眠ってしまった。

 

「もう…世話の焼ける子ね」

 

掛け布団を持ってきて幽々子にかけてやる。

すると幽々子の口がかすかに動いた。

 

「んん……そう…や……スゥ…スゥ…」

 

「………………」

 

朝のくだりで、幽々子の気持ちの変化には薄々気が付いていた。寝言にまで出てくるなんて……。

私はそれを微笑ましく思いながら、冷めてしまったお茶をすすった。

 

「頑張ってね、幽々子」

 

 

 

 

 

私たちの休息は、こうして終わったのだった。

 

 

 

 

 




冒頭はお決まりw

ではでは。


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第五十六話 惨劇の終わり

白玉楼編最終話です……。

皆さんで切ない気持ちになっていただけたらと思います。

ではどうぞ。


朝、俺は言い知れない不快感で目が覚めた。

耳鳴りや頭痛、胸から込み上げる強い吐き気。そして妙に首が痛かった。

 

「うぁ……気分悪い…」

 

そう言ったつもりだった。しかし

俺の耳がとらえた音は、空気が抜ける様なヒュー、ヒューという音だった。

 

「?………!!?」

 

反射的に手を離す。ガシャンと手から落ちたのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

べっとりと血の付いた天御雷。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?…ガボッ…」

 

バチャバチャと、口から血を吐き出す。

痛みに耐えながら、能力で喉の切り傷を治療した。

 

「ぐっ…なんで俺はこんな事………!!」

 

なぜ俺自身に刃を突き付けてたのか分からず、少なからず混乱した。しかし冷静になって不快感の正体を解析すると、すぐに答えが見つかった。

 

「これは……妖力か!?」

 

とてつもない大きさの妖力。それが白玉楼に満ち満ちていた。俺ですら死に誘ったこの妖力には覚えがある。

俺がこんな状態ではあの三人は!?

 

「間に合ってくれ!!」

 

天御雷をもって廊下を駆ける。一番近くにあった紫の部屋の扉を勢いよく開いた。

 

バンッ「紫!!大丈----!!」

 

俺が入ると、紫はクナイを胸に突き刺す直前だった。

咄嗟に紫とクナイの間に手を差し入れて阻止する。

完全にクナイが刺さってしまったが、些細なことだ。

 

「つっ…おい紫!しっかりしろ!!」

 

乱暴に紫の肩を揺さぶる。少しすると、虚ろだった紫の目に光が戻ってきた。

 

「そう…や? 私…何を…」

 

「いいから来い!!話は後だ!!」

 

紫もかなり動揺していたが、説明している暇はない。後の二人が心配だ。紫の手を引いて廊下に出ると、ちょうど妖忌がこちらに来ていた。

 

「妖忌!!無事だったか!!」

 

「ええ、まぁ…」

 

そう答える妖忌の手からは血が滴っていた。どうやら刀を片方の手で止めて防いだらしい。さすが武人、危機には敏い。

後は幽々子だ!

紫、妖忌と共に幽々子の部屋に向かう。何かとても良くない予感がした。

 

「幽々子!!」

 

「幽々子様!!」

 

「…居ない?」

 

部屋の中には幽々子の姿はなかった。どころか、布団も畳まれて丁寧に片付けてある。

 

「血痕がないって事は、恐らくこの妖力には当てられてないな。でもどこに……」

 

「ね、ねぇ双也…アレ見て」

 

外の様子を見ていた紫が震えた声で言ってきた。

近付いて空を見上げると………無数の青白い玉が吸い寄せられる様に流れていた。

 

「アレは……もしかして魂か……?」

 

「霊力を感じます。恐らくはそうでしょうな…」

 

妖忌が同調する。確かに玉からは微量ながら霊力を感じた。つまり、今この白玉楼を中心にした広範囲で俺たちの様な現象が起こっていると言うことだ。正気を保てずに自らに牙を剥く、そして気付かないまま死を迎える。空を飛ぶ魂の数だけ、今もなお人が死に続けているという事。

…この妖力。消えた幽々子。吸い寄せられる魂。

……………最悪のパターンが浮かび上がった。

 

「二人とも、今すぐ西行妖の所に行くぞ。瞬歩で飛ばすから構えろ」

 

二人の返事は聞かず、無理矢理西行妖の元に飛ばした。

それくらい俺は焦っていたのだ。

最悪のパターン、それは生きている者にとっても俺自身にとっても(・・・・・・・・)、最も避けたい事だった。

 

続いて俺も瞬歩で西行妖の元に飛ぶ。

そこでは二人が目を見開いて静止していた。

釣られて目をそこに移す。

俺の視界が捉えたのは、膨大な妖力を完全に解放した西行妖と

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その根元で、胸元から血を流している幽々子の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「幽々子…?……幽々子!!!」

 

叫び、瞬歩によって幽々子を俺たちの元に連れてきた。

脈を測る、しかし動いていない。

 

「嘘…だろ…?なぁ…起きてくれよ…幽々子!!」

 

 

 

 

ーー揺さぶる。反応は無い。

 

 

 

 

「冗談だよな…?いつもみたいな軽い冗談だろ!?」

 

 

 

 

ーー叫ぶ。目は開かない。

 

 

 

 

「皆でまたお茶会するんだろ!?幸せな日々はまた作れるって言ったじゃねぇか!!」

 

 

 

 

ーー願う。息は…止まったまま。

 

 

 

 

「なんで…なんでこんな……皆離れていくんだ…!」

 

「双也…」

 

幽々子の、大切な友達の表情がフラッシュバックする。

 

冗談を言って笑う幽々子。

 

たくさん食べて満足げな幽々子。

 

妖忌に叱られて不満げな幽々子。

 

……昔を思い出して、悲しい表情をした幽々子。

 

溢れる気持ちは、涙よりも別の真っ黒なモノとして湧き上がった。

 

「双也、悲しむのは後にしましょう。あの桜をどうにかしないと益々死人が増えるわ」

 

「………ああ」

 

そう言う紫の頰にも、大粒の涙が流れていた。

 

胸の内にあるのは青く深い悲しみと、赤く激しい憎悪。

それらが混ざって渦巻いて、今まで感じた事のない怒りとなった。ひたすらに強い殺意が身体中を駆け巡り、あの桜に向けられる。

アレさえなければ、幽々子は悲しまずに済んだ。辛い思いをせずに済んだ。…死なずに済んだんだ…!

 

「紫、俺があの桜を抑える。その間に妖忌と一緒に封印する方法を探せ」

 

「でも媒体は----」

 

「やるしかない。あの桜だけは…絶対に封印する」

 

怒りが逆に、俺の思考を冷静にしていく。殺意しか感じないのに、皮肉な事だ。

 

霊力を完全開放する。同時に駆け出して向かってくる鋭い枝を斬り落としていった。

 

(妖力の量では向こうが上。でも枝の力はそこまででもない。……まだ捌ける!)

 

上、横、斜め…次々迫る枝を無限流を用いて捌き、斬り落とす。攻撃は激しい、でも負けるわけにはいかない。

 

「うぉぉおおおお!!!」

 

一気に近付き西行妖を斬りつける。浅くは無かった。そして左手で刀を返して再び斬りつけようとした。が、

 

「!? がぁっ!!」

 

斬りつけた木の幹から、大量の妖力が噴き出した。まるで巨大な鈍器を叩きつけた様な衝撃をもろに食らってしまった。

 

「ちぃっ! ウゼェ桜だなぁ!!」

 

枝による刺突は波のように押し寄せてくる。木の幹からは、度々重い妖力弾も飛んできた。次第に捌けなくなってくる。

 

「っ! しまっ----」

 

遂に追いつかなくなり、鋭い枝に囲まれた。逃げ道は無い。そう思った刹那、静かに宣言する声を聞いた。

 

 

ーー未来永劫斬

 

 

風を斬る音と枝が斬り飛ばされる音が響く。四方八方で俺を狙っていた枝は余す事なく斬り刻まれていた。

 

「…助かった、妖忌」

 

「いえ。助太刀致しますぞ双也殿」

 

俺の目の前には二振りの刀を構えた妖忌が立っていた。未だ感じた事の無い強い気配を纏っている。どうやら妖忌の本気モードらしい。

 

「紫はどうした?」

 

「…封印式に関して、ワシは紫様ほど詳しくありません。助けにはならないと判断しました」

 

「…なるほど」

 

妖忌と一緒に考えろとは言ったけど、どうやら紫の超高度な頭脳の助けにはならなかったらしい。まぁ正直、思ったよりもコイツの相手キツかったから、妖忌の助けは本当にありがたい。

 

「…来るぞ妖忌!」

 

「行きますぞ!!」

 

同時に駆け出した。迫って来る弾と枝を必死で捌く。時々危なくなった時には妖忌が斬り落としてくれた。俺も妖忌を助けようと思ったが、彼は見事な剣舞で枝を斬り落とし、危なくなる事が無かった。

……やはり剣術では妖忌に敵わないかも知れない。

 

「破道の三十一『赤火砲』!!」

 

「迷津滋航斬!!」

 

俺は鬼道、妖忌は剣技を混じえて嵐の様な攻撃を防ぐ。いくら斬り落とそうと、斬った端から再生して攻撃してくる為俺たちは防戦一方だった。

と、気を抜いた瞬間

 

 

目の前に鋭い枝の先が迫っていた。

 

 

(ヤバい…!)

 

天御雷で斬る時間も、結界刃を発生させる余裕も無かった。

痛みを覚悟して目を瞑る。

 

………しかし痛みは襲ってこない。ゆっくり目を開けて見回すと、両隣に妖忌と紫がいた。

 

「間一髪だったわね……」

 

紫は冷や汗を頰に垂らして言った。枝が刺さる直前にスキマで助けてくれたらしい。

そう考えながら西行妖の方に目を移すと…………大量の枝がすぐそこまで迫ってきていた。

 

「っ!! 『断空』!!」

 

反射的に断空を放つ。枝はそれに全て止められた。ギリギリと音を立てているので長くは持たないかも知れない。

その様子を確認してから、紫は俺たちに話しかけてきた。

 

「二人とも大丈夫?」

 

「まぁ…。ちょっとキツいけど…」

 

「同じく。それより紫様、封印式の方は…」

 

妖忌がそう聞くと、紫は苦虫を噛み潰したような表情で言った。

 

「………ごめんなさい、まだ見つかってないわ。あの強大な桜をどうやって封印すればいいのか…」

 

そういう紫は泣き出しそうな顔をした。それだけこれが難しいという事。俺も頭を悩ませる。すると意外に妙案が浮かんだ。

 

「……紫、西行妖の存在だけ(・・・・・・・・)なら……封印できるか?」

 

その問いに、紫は悩ましそうに頷いた。

 

「なら、あの妖力は俺が抑え込んでやる(・・・・・・・・・・・・・・)。俺がアレの妖力と存在を切り離すから、その瞬間に封印しろ。方法は何でもいい」

 

「……大丈夫ですか双也殿?」

 

妖忌が心配そうな表情で聞いてくる。正直大丈夫じゃない。でも…

 

「やるしかないだろ。ここで封印しないと犠牲はどんどん増える。幽々子も浮かばれない。そんなのは…嫌なんだ」

 

俺の言葉に、紫も妖忌も同調したように頷いた。

さて、ここからが正念場だ。

 

「もうすぐ断空が破られる。その瞬間に瞬歩で根元まで行くぞ」

 

ギシギシと断空の障壁が軋み、遂に割れた。ガシャァァアンという音の中、俺たち三人は西行妖の根元に辿り着いた。

 

「妖忌!!枝を防いでくれ!!」

 

「御意!!」

 

そう言いながら、天御雷を根に突き刺した。同時に"妖力を西行妖本体から切り離した"

 

「紫!!」

 

「ええ!!」

 

そう言うと、紫はスキマを展開させた。そこからは…幽々子の遺体が落ちてきた。

 

(そうか……思い出した。西行妖は、幽々子の遺体を鍵にして封印されるんだ…)

 

次々と式が組まれていく幽々子の遺体。なんだかとても切ない気持ちになったが、今はそんな事は言ってられない。

"切り離された妖力を天御雷に繋げた"。

 

「これで刀の中に封じ込まれるはず……!!?」

 

妖力は確かに集まっていく。しかしその総量が思っていたよりも大きかった。このままでは押さえ込み切れない。

 

(くそっ!!どうすれば………!)

 

焦る頭の中、打開策を必死に探す。すると不意に、友人の言葉と渡された物を思い出した。

 

 

 

 

ーーいざという時に斬れ。きっと役に立つ。

 

 

 

 

「…頼むぜ創顕!!」

 

天御雷を一度引き抜き、同時に御守りを出して軽く放り投げた。落ちてくる時を見計らって……御守りごと西行妖に突き刺した。

瞬間、御守りから莫大な神力が溢れ出し、天御雷を包み込んだ。

 

神力の光は刀身に吸い込まれ、完全に見えなくなった。ただ……天御雷が放つ霊力が爆発的に上昇していた。

 

「…考えるのは後だな、今は……全力で抑え込む!!」

 

再び妖力を集める。今度は凄まじい勢いで刀の中に入りきり、ありったけの霊力でもって強固な蓋をした。

 

 

…………封印完了だ。

 

 

「双也!こっちも封印し終わったわよ!!」

 

「双也殿!!」

 

二人が駆け寄ってくる。紫は大量の汗をかき、肩で息をしている。妖忌は息こそあまり上がってはいないが、身体中にたくさんの切り傷ができていた。

 

「はぁ……終わった…んだよな」

 

「ええ。これで幽々子も安らかに眠れるわ…」

 

そう言った紫は、ダムが決壊したように涙を流し始めた。叫ぶのを我慢してはいるが、唇は震えていた。

 

封印された西行妖の広場には、ここで死んでいった人達を弔うかのように、たくさんの桜の花びらが舞っていた。

 

「俺も…もう、疲れた…な……」

 

急に意識が遠退く。視界がグラついて、身体に軽い衝撃が走った。どうやら倒れてしまったらしい。まぁ、命の源である霊力使い果たしたからな。このまま行ったらきっと……死ぬだろうな。

 

「双也!? しっかりして!!お願いだから!!」

 

「双也殿!! 諦めてはいけませんぞ!!」

 

二人が叫んでいる。とても必死で、覇気が伝わってくる。

でももう、疲れたんだ。どうせ間に合わない。

紫の頰に流れる涙を、親指で拭ってやりながら言う。

 

「紫…必ず、また帰って…来るから…絶対に、壊れたりしないで…くれよ…?」

 

「……や!!い……!ひ…り……ない…!!」

 

何か叫んでいる。意識も声も、何もかもが遠くて理解できない。自分の声すらまともに聞こえない。言葉はちゃんと伝わっただろうか?

唯一、顔にポタポタと落ちる何かの熱だけが感じられた。

 

ああ、あの時と同じだ。

昔々、この物語が始まるきっかけとなった出来事。

最も強く記憶に残る、一番最後の感覚。

 

(二度目…か…)

 

どことなく、紫と重なったアイツを思い出しながら、俺は暗闇に意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桜の舞い散るある日の屋敷。最後の命を贄として、惨劇は終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 




……………。

次回から新章。予想はつくかと思いますがね。

一つ、霊力や妖力の量に関する表現について捕捉します。
この物語の中での"全霊力を消費"と言うのは、"生命維持に異常をきたさないギリギリのラインで消費"と言う意味です。

例えるなら、戦闘中に大技を使う。

「やべぇ霊力もう残ってないぜ」

実は生命維持に必要な分だけは残ってる。

…ということになります。
ですから、今回双也くんが死んでしまったのは、"生命維持に異常をきたすレベルまで霊力を放出したから"ということになります。
無理矢理な理論だとも思っていますが、深く考えずにそのまま飲み込んでくだされば幸いです。

ではでは。


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第七章 地獄の裁判所編
第五十七話 愉快な船頭


さてさて、ここから新章ですね。早く双也くんを幻想郷に入らせたいです。

ではどうぞー!


「ん〜…………ん?」

 

ユラユラと揺れる感覚が伝わってくる。背中には何か固い物が触れているのに、妙な浮遊感がある。そう……舟の上で寝そべっているようなアレだ。

……………あれ?

 

(俺死んだんじゃなかったっけ…?)

 

感覚がある。その事に根本的な疑問が湧いた。俺は西行妖を封印する際、霊力を完全に使い果たして死んだはず。未だ意識があるのはおかしいのだ。

疑問は残るが、取り敢えず目を開けてみることにした。

 

(真っ暗だな……)

 

色の混ざった境地と言うのか、俺の視界は他の色が介入の余地の無い程の"黒"だった。それこそ、暗闇というにもまだ足りない、絶対的な黒に染まっていた。もはやしっかり目を開けているのかも定かではない。

 

「なんだ、やっぱ死んだのか」

 

「そうだよ。死んだからここにいるんじゃないか」

 

なんか声が聞こえてくる。ああ、死ぬと幻聴まで聞こえてくるらしい。そう言うのって割と怖くて苦手だから勘弁願いたい。

 

「にしても、賃金がこれだけとは…アンタ随分人に尽くさなかったみたいだねぇ。いや、一人で生きてきたっていう可能性もあるか」

 

賃金? 何のことを言っているのだろうか? 死んだヤツが金なんか持ってるわけ無いだろ。それともこの幻聴はそんなに金が必要なのだろうか? 幻聴のくせに。使えもしない金なんか生きてるビンボーな奴らに渡してこい。

 

「お陰でこんなに川幅が……まぁ仕事だから仕方無いんだけどさ、また怒られたくないし」

 

川幅? 益々何言ってるのか分からない。"お陰で"って…ありもしない金の量で川の幅が変わるとかどんなビックリ世界?

しかもそれが仕事で、怒られる事もあるとか…。どうやら幻聴はやっぱり幻聴な様だ。言ってる意味が分からない。

 

「しかも久し振りに仕事しようと思ったらこんなに長い川幅してるヤツを送る事になるなんて…これじゃサボる時間が減るじゃないか……はぁ〜っ、ツイてないねぇ…」

 

なんか愚痴を言い始めた。と言うか怒られる理由だけは分かった。どうやらこの幻聴、頻繁に仕事をサボっているらしい。それを上司に怒られるようだ。そりゃサボってりゃ怒られるだろ。そもそもそれでクビにならないのが不思議なくらいだ。現代社会じゃ会社をサボろうもんなら速攻クビだろう。いや俺学生だったから予想だけども。

 

「ちょっと聞いてる?さっきから黙って…タダでさえ長い運送になったんだからアタイの話し相手くらいなっとくれよ」

 

再び目を瞑ろうとした俺の目に、新しく色が入ってきた。

赤い髪を頭の両サイドで纏め、青と白の服の襟を普通と逆…つまり右襟を前と、とても縁起の悪い着方をしている。そして何より目に付くのが………大きい胸だ。幽香とか紫とか、決して小さいとは言えない奴らと多く面識があるが、この少女のはその中でもかなりデカイ。見過ぎると目の毒である。

とまぁそんな少女が現れた。しかも声がさっきの幻聴と同じだ。どうやらさっきのはこの子の声だったらしい。

少女はムスッとした顔で俺を見下ろしていた。

 

「……えーっと、とりあえず起きるからどいてくれない?」

 

「おっと、悪かったね」

 

そう言って顔が退いていく。俺はそれを見計らって体を起こし、周りを見てみた。

一言で言えば、真っ黒。前後左右上下、全て黒だった。

そして今俺が乗っているのは本当に舟だったらしい。黒く見えた下側は水のようだ。

振り向くと、少女は俺の後ろ側で立っていた。

 

(なーんか見た事あるな…どうせ東方関連だろうけど……あー、もう前世の記憶も薄れてきてるな…まぁしょうがないか…)

 

なんだか見覚えがあるが、もはや朧げになってしまった記憶からでは中々引き出せない。原作知識ももう当てにならなそうだ…って、死んだんだから必要無いか。

まぁ取り敢えずこの子は"幻聴ちゃん"とでも呼んでおこう。

 

「なぁ幻聴ちゃん」

 

「…なんだいソレ? アタイの事?」

 

「そう。嫌か?」

 

「う〜ん、呼ばれ慣れてはいないねぇ…」

 

お気に召さなかったらしい。それなら……あ、朧げな記憶から奇跡的に出てきた。

 

「じゃサボマイスタ」

 

「なんだいそのアダ名!? 初対面の相手によく言えるねアンタ!! アタイは小野塚小町(おのづかこまち)だよ!!」

 

「おおそっか、悪い悪いサボマイスタ」

 

「小町だってばぁ!!」

 

なるほど、サボ…小町は弄りがいのあるキャラな様だ。

話していて面白い。主に俺のみのようだが。

小町はムスッとした顔を緩めて言った。

 

「全く、面倒な魂だね。アタイが振り回される側になるなんて…」

 

そう言っている割には楽しそうな表情だった。この子もいい人っぽい。

っと、小町の言葉に気になるところがあった。

 

「魂? じゃあ俺やっぱり死んだんだよな? 何でこんな所にいるんだ?」

 

「ああ、死んだとは言ってもまだやる事が残ってるからだね」

 

小町は当然のように言った。てっきり死んだら即地獄か天国だと思ってたが、そうではないらしい。……あれ、ここでも何か忘れてる気がするな。…まぁいいか。

 

「まず第一にこの舟。この舟で三途の川を渡って彼岸に行くことが一つ。その時の川幅はアタイが調節してるんだ。賃金貰ってね」

 

ピンッと小銭を弾いて俺に渡してきた。見た感じは普通の五円玉みたいだけどな。

っていうかさっきの賃金ってこれの事かよ。俺渡してないんだけどどうしよ?

 

「う〜ん…」

 

「お?困った顔してるね。もしかしてアンタの賃金のことで悩んでる? 心配ないさね。中々起きないアンタから、すでに賃金抜き取ってあるから♪」

 

「おいそれドロボ----」

 

「起きないのが悪いっ♪」

 

と言って良い笑顔でデコピンしてきた。でもやってる事犯罪だよね?罰していいですか?

そんな感じで軽く睨んでいると、小町は俺が持ってる五円玉を手にとって言った。

 

「とまぁそれは冗談さ。このお金は、生前その人の為に使われたお金の量を示してるんだよ。これで大体は善人か悪人か分かる。あくまで大体だけどね。それを目安にアタイが川幅を調節してるって訳さ」

 

「なるほどな〜…」

 

納得。幻聴だと思ってた時に聞いた話も大体繋がった。つまりは俺ってあんまりお金使って貰ってないっていう…。

ってちょっと待てよ? 川幅を一々調節してるってことは…何か試練があるって事か?

いやだって、ただ渡るだけなら調節なんて必要ないよね?

 

「な、なぁ小町さんよ。この川を渡るのってアレか? 試練的な何か?」

 

「まぁ…そうだね。賃金少ない魂の川幅が長くなるのも舟に乗る時間を長くする為の事だし、むしろここまで何も出てきてないのが不思議なくらいさね」

 

「マジですか」

 

「マジマジ。そのうち何か出てくるんじゃない?」

 

何とも軽い感じで言われたが、正直不安だ。何が不安って…さっきから自分の霊力を感じないのだ。まぁ使い果たして死んだんだから当たり前っちゃ当たり前だけど、問題はそれによって能力が使えないこと。何か来ても撃退出来ないって事だ。

頭を悩ませていると、パチャンッと言う小さな音が聞こえた。

 

「……なぁ、今のは…?」

 

「う〜ん…ついに何か来たって事じゃない?」

 

「…なんで余裕なんだ?」

 

「だって、ここで襲う役目の奴らもアタイの同僚だし。襲われるの魂だけだし」

 

「同僚? じゃあ人型か?」

 

「いんや、魚だよ? こんな川の中にアタイみたいのがいる訳ないじゃん。死獣って言って大小様々が住んでるけど…さてどいつが来るかね…」

 

なんと…試練って言うだけあって魂には優しく無いようだ。

さっきから悪寒がする。襲ってきた時にどうするか考えないと……。

そう思っていると、ドボォォォンと嫌な音が聞こえた。

そっちを振り向けば、ちょうど"ヤツ"が舟の近くの水面から飛び出す所だった。

 

「おお〜! 珍しい! 最大級のヤツがきた!」

 

「マジでっ!?」

 

舟の上を飛び越える巨大魚を見上げて小町が言う。

ノリ軽すぎじゃない?勝てる気しないんだけど。

 

「小町、これ川に落ちたらどうなるんだ?」

 

「地獄行き決定だね。まぁ頑張って」

 

ポンッと肩を叩かれる。いや頑張れって言うならその同情した顔やめようか。こちとら危機が迫ってるんだから。

そんなやりとりをしていると、どうやらあの魚が迫ってきたようだ。某人食いザメよろしくな感じで近付いてくるのが見える。

 

「いやいやこれどうしろってーの!? 回避出来なくない!?」

 

「そんな事言われても…それが運命なら仕方ないさ」

 

「だからその同情顔やめてくれよっ!」

 

そうこうしてる間に魚の勢いは増し、ついにザバァァァアンと襲い掛かってきた。

俺はとっさに目を瞑った。

 

 

 

………………あれ?

 

 

 

「え、なんで止まってんの…?」

 

衝撃が襲ってこないので目を開けてみると、魚は俺の目の前で大きな口を開けたまま静止していた。いや、正確には震えていた。

 

「ど、どうなって…」

 

「驚いたねぇ…こんな事があるんだ…」

 

魚は震えたままゆっくり後退し、川の中へ戻っていった。

一体何だったのだろうか?

 

「まぁ何はともあれ、助かったんだから良かったじゃないか! アタイは信じてたよ!」

 

「どの口が言ってんだよ。直前まで諦めてた顔だったろーよ」

 

見え見えの嘘をかます小町にツッコミを入れる。割と本気で危機だったがまぁ…何とかなったからいいか。

そんな風に考えていると、小町が何かに気が付いたように言った。

 

「お、見えてきた見えてきた!」

 

「ん?」

 

「見てみな。あれが次のやるべき事がある場所だ。いやぁ長かったねぇ!」

 

小町の指差す方を見る。そこは何だか黒と橙の総称をたくさん施された建物だった。その屋根あたりに掲げられている看板を見てみる。

 

「裁…判…所…?」

 

「そう! あれがアタイの上司がいる場所! そしてアンタの今後が決められる運命の裁判所だ!!」

 

「運命って言うかさぁ……地獄の(・・・)ってバッチリ見えたんだけど…」

 

「そりゃそうさ。だってココ、天国より地獄に近い場所だし」

 

「………………」

 

小町の言葉に、気分がどんどん下がっていくのを感じた。

 

 

 

 

 




ちょっと終わり方が変ですがご勘弁を。

ではでは。


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第五十八話 小さな裁判長

今までのシリアスが吹っ飛びましたw

では五十八話、どうぞ〜!


「ふむ、割とデカイ建物だな」

 

"地獄の裁判所"なる建物を見ながら呟いた。小町の舟から見た時とはスケールが違う。彼岸から裁判所までは結構距離があるらしい。

 

「まぁ行くしかないよな…。裁判所…何だろう、すごい嫌な予感がするな…」

 

理由など毛頭分からないが何となく寒気がする。なにもなければ良いんだけど…ってこれからの事が決まるんだから何も無いわけ無いか、ハハハ。

 

乾いた笑いを心の中で零しつつ、相変わらず色の無い真っ暗な道を歩く。強いて見た色の付いた物といえば、小町と別れた彼岸に咲いていた彼岸花だ。まぁ前世でも俺はあんまり見なかった花だが、こう…一面に咲いていると流石に綺麗だなと思った。白玉楼の桜にここの彼岸花がセットだったらもう完璧。酒とみたらし団子持って来たくなる。

 

歩いていると裁判所が見えてきた。なにやら人が並んでいた。

 

「はい、この札持ってってくださいねー。呼ばれたら入るように」

 

「分かりました…」

 

「あちょっとそこの人!困りますよ抜かしちゃ!ちゃんと並んでください!」

 

……あれ?死後の世界ってこんなに業務的な所なの?札配って呼ばれたら入るって病院かよ。

まぁ疑問で立ち止まっていても始まらない。取り敢えず並ぶ事にした。前には大体四人くらい並んでいる。

 

「なぁ、あんたどんな風に死んだんだ?」

 

前の人が聞いてきた。特にする事もなくボーッとしているときに声をかけられたので少しびっくりしたが、時間潰すのに丁度いいし答えてあげた。

 

「俺?俺は…色々あって霊力を使い切ったんだよ。そのままパタンみたいな感じ」

 

「ほーう。あんた霊力使えたのか。まぁ何やったのかはあえて聞かないが…。俺は強盗しててな、そりゃぁもう東西南北駆け回っていろんなモンを盗んだもんさ!死んじまったから盗んだモンは後世に残したがな。俺の後はどんなやつが継いでくれるのか…」

 

とちょっとした自慢話を聞かされた。

ん?盗んだモンを後世に残した強盗?それなんてル○ンですか?あでもこの人どう見ても日本人だな…似非ル○ンか?

とまぁ実際この人がル○ンかどうかは知らないが、問題はそこじゃない。この人…多分俺が悪人かなんかだと思ってんな?あえて聞かなかったのはそういう事でしょ?ゲンコツ食らわすぞ。俺はあくまで善人として生きてきたつもりだぞ。

 

少しイラッとする時もあったが、まぁまぁ楽しく話してるうちに順番が来た。中は本当に病院みたいだった。主にイスとかソファが。

 

「次の方〜」

 

ウトウトしていたら周りの人も少なくなって、今では俺の後に来た人たちが二人程。みんな静かにしていたが、少しして俺の番が来た。扉のところに立っている人に札を渡して中に入る。

中はすでに裁判の様相を呈していた。

 

「それでは、裁判を始めます」

 

そう言ったのは、三段程高いところに座った裁判長……裁判長? どっかの子供(幼女)が座ってるんだけど

 

「あの、裁判長は?」

 

「…はい?」

 

「いやだから、裁判長来てないみたいですけど、始めちゃっていいんですか?」

 

そう言った瞬間、場の空気にピシッと亀裂が入った気がした。幼女は肩を震わせ、その他の人達は皆汗をかいている。俺何かした?

 

「………が……ちょ…で…」

 

「ん?」

 

「〜〜ッ 私が裁判長ですっ!!」

 

幼女はバンッと机を叩き、ガベルをぶん投げてきた。表情からしてかなり怒っている。ヒョイッと避けた後にはバキンッと言う木の折れる音が聞こえた。なんか擬音多いな。

 

「名は四季映姫(しきえいき)!!地蔵から成り上がった閻魔ですっ!!胸も身長も小さくて例え子供のように見えてもっ!私は立派な裁判長なんですっ!!覚えておきなさい!!」

 

手に持った勺をビシッとこちらに向けてくる。ついでに言うなら若干涙目だ。いやどこに泣く要素があったよ?そんなに気にしてたの?

 

そして名前を聞いて思い出した。この映姫も確か東方のキャラだった。しかも割と人気なヤツだったような…

記憶を掘り起こしていると、なぜか映姫が目の前に来ていた。

 

「被告人神薙双也!!そこに正座しなさい!!」

 

「え?なんで----」

 

「いいから座る!!」

 

「あはい…」

 

なんか勢いに負けてしまった。そう言えば映姫って説教好きで有名だったな。…もしかして俺が説教食らう感じ?

…あんだけのことで?

 

「あ、あの…映姫…さん」

 

「何ですか」

 

「その、裁判はいいんですか?」

 

俺の疑問は至極真っ当だと思う。どこも間違ってないし、下心がある訳でもない。そんな純粋な問いに、映姫はズビシッと勺を俺に向けて言った。

 

「そんな事は後回しで良いんです!!あなたを叱る事が先決です!!」

 

(えぇ〜…裁判長の言うことじゃねぇ…)

 

どうにも逃げられないらしい。他の裁判官らしき人達に目配せで助けを求めるが、どいつもこいつも目をそらして行きやがる。保身の為に俺を売るのかチクショウめ!!

 

「いいですか神薙双也、人を見た目で判断してはいけません。人にはそれぞれ個性というものが………」

 

(始まっちゃったよ…)

 

と言うわけで映姫様によるありがたい(笑)説教が始まった。

どうでもいいけど、世の所謂"ドM"と呼ばれる種族の人達はこういう事でも興奮するのだろうか?いじめられると言う意味では割と同じな気もするし。だがまぁ、そういう人たちには映姫の説教も受けてみて貰いたいものだ。きっとそれでも生き残った奴は"天性のM"として讃えられる事だろう。俺は多分そんな感情一生かかっても理解出来ないだろうがな。

 

バシッ「ちゃんと聞いているんですか!?」

 

「…はい」

 

余計な事を考えていたら勺で叩かれた。案外痛い。

とそんな感じで映姫による説教は予想通り長く続いた。

 

 

 

 

 

 

 

ピンポンパンポーン『只今裁判が長引いております。今しばらくお待ちください』

 

「……この放送何回聞いたかなぁ」

 

「さぁ?もう七回くらいじゃない?」

 

「一体どんな大物が裁判受けてるんだかね…」

 

「「はぁぁ〜〜…」」

 

待合室は既に人が溢れかえっていたそうな。

 

 

 

 

 

 

 

「………と言う事です。分かりましたか?」

 

「……ハイ、ワカリマシタ…」

 

「よろしい。では裁判を始めますよ」

 

………どれくらい時間が経っただろうか。体感では何年も叱られ続けた気がする。もう精神的にもゲッソリだ。正直映姫を舐めていた。これはどんなMでも許容超えてるわ。

内容なんか九割頭に入っていないが、なんか最後らへんは世界平和がどうのこうのとか言ってた気がする。見た目の話からどうやったら世界平和に繋がるんだよ。映姫の議題拡大スキルが気になる。

 

「それでは、これより開廷します!」

 

いつの間にやら持ってきたガベルを打ち付け、映姫が宣言した。裁判官達も起立して礼をした。

椅子に座り直した映姫は、どこからか手鏡をだして言った。

 

「では、これよりこの"浄玻璃の鏡"を使って被告人の生前の行いを投影します。照明を」

 

バツンッと明かりが消え、スクリーンらしきモノに映像が映し出された。映し出されたのだが……

 

「な、何ですかコレは…」

 

「わーお…」

 

映し出された映像は一面砂嵐だった。アナログTVによくあるアレだ。映姫達の反応から、恐らくこういう事は普段無いらしいが、俺には心当たりがあった。

 

(もしかして、今映っているべき本当の映像って…俺の前世か?)

 

俺が他の被告人達と違うことがあるとすれば、それは転生者であるかどうか。行いを映し出すって言うなら前世の事が映し出される可能性も無くはないハズだ。

……まぁ多分、今起こっている現象は竜神の配慮なんだと思う。知られると面倒だからな。ちょっぴり感謝。

そう考えながら見ていると、少し困った表情の映姫が言った。

 

「仕方ありませんね…砂嵐が晴れるまで映像を飛ばしましょう」

 

そう言って鏡をスクリーンに向ける。すると映像の流れが早くなった。まさにテレビの早送りのようだ。

映し出された映像は人妖大戦の時だった。

 

(…懐かしい…あの時は必死だったな。確かあの妖怪たちにムカついて初の神格化したんだっけ…。お、ちょうどココだ)

 

映像ではちょうど、ギルティジャッジメントを打ち下ろす所だった。必死でやってたから気付かなかったが、どうやらあの妖怪たちは跡形もなく消えて無くなったらしい。スッキリだな。

そんな事を考えながら見ていると、かすかに声が聞こえた。

 

「…ん? これは…」

 

「?」

 

映姫は少し首をかしげ、難しそうな顔をしている。

映像は流れていき、今度は青娥のところ。

 

(あー、青娥元気かな…まさか死んではいないだろうし、何してるんだろうな…)

 

かつてはその考え方に激昂して殺しかけたが、結果的には俺も感謝をしている青娥。別れてずいぶん経つが、まだどこかでフラフラしてるのだろうか?まぁ心配はしてないが。

 

映姫は神妙な顔付きで映像を見ている。その頰には少しばかり汗が見て取れた。

そして映像はルーミアのところへ。

 

ここでは確か神格化での技を新たに使えるようになった。

"咎を砕く雷鳴"と"断咎一閃の剣"だ。あの時はどうしてかフッと名前が浮かんだのだが、今でも少し不思議な現象だったなとは思う。これも天罰神の性質とやらなのだろうか?

 

と、少し頭を悩ませていると、突然照明がつけられた。

周りを見てみると、裁判官達、そして映姫でさえも顔をうつむかせている。

 

「え、何コレ」

 

「か、神薙双也…一つ聞いていいですか?」

 

「え? はい」

 

顔はうつむかせたまま映姫が聞いてきた。その声は心なしか震えているように聞こえる。

 

「あなた……本当に種族は人間ですか…?」

 

「え?」

 

基本的な状態では今まで言ってきた通りなのだが、本当の、となると答えは変わる。

俺は当たり前のように、軽々と言った。

 

「人間とは言っても半分です。もう半分は天罰神…俺は現人神です」

 

「ッ!!!」

 

そう言うと、みんながみんな肩をビクッと震わせた。中々シュールな光景ではある。

その光景を眺めていると、極々小さな声だったが、映姫の声が聞こえた。

 

「そんな…うそ…」

 

「え、映姫さん?」

 

声をかけると、映姫はガタンッと立ち上がった。

突然だったのでちょっとのけぞってしまった。気付けば裁判官達も立ち上がっている。

 

「……す」

 

「す?」

 

「す…すすす…」

 

引きずった声でそこまで言い、映姫は顔をバッとあげた。そしてとんでもない速さで俺の前に出てきた。

近くで見たその顔はとても焦っているような表情をしていて…

 

「す…すみませんでしたぁぁあああ!!!!」

 

物凄い綺麗な角度で頭を下げたのだった。

 

 

 

 

「え……何が…?」

 

 

 

 

 

 




はい、少し補足です。本編で双也くんが言って(思って)いたように、もう双也くんの頭にはほとんど原作の知識が残っていないという事になりました。
具体的にどの程度かって言うと、
"名前とか異変とかの大雑把な事は思い出せるけど、容姿の特徴とか細かいことは覚えてない"くらいです。
まぁ一億年以上生きてたらそれくらい妥当かな、と思った次第でございますので、参考程度に覚えていてください。

ではでは。


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第五十九話 有って無い判決

お気に入り件数100件突破ありがとうございます!!
これからもよろしくお願いします!!

ではどーぞー


……やってしまった。

 

野道の地蔵から成り上がり、閻魔となって幾星霜。今までただ見守る事しかできなかった私は動けるようになり、誰に言うでもない感謝の念を胸に真面目に仕事をこなしてきた。

机に向かって書類を書き、裁判で判決を下し、道を外した者がいれば叱って道を正してきた。もちろん部下にも厳しく指導してきた。

でも、そんな私が…よりによって……

 

(こんな恥ずかしい失態を犯すなんてっ!!)

 

生まれて初めて自分の行いを後悔した。私の目の前にいる神薙双也という人物……浄玻璃の鏡で見てみればただの人ではなかった。特別強い存在だとか、何かとてもすごい人の血縁だとか、そういうのであればまだマシだった。

本人に聞いて確認したらまさかの…………天罰神。

 

(ど、どどどうしよう…謝っただけじゃ足りない気がする。土下座? 土下座する私? いやそれでも許してもらえるの? あ〜なんでこんな人に説教なんか…"悪い癖だ"って言われてるのをもっと気にしていれば…!)

 

この死後の世界…強いて言えばこの裁判所には上下関係が存在する。

まず流れてきた魂。言うまでもなく、この世界ではもっとも権限を持たない。死んで流されてきて、裁かれる身なのだから当たり前の事。

その上が死神達。細かく言えば死神と死獣。悪人の洗礼を含めた裁判所までの案内や寿命狩り、その他の雑務をこなす者達。私達閻魔の直属の部下。

そして閻魔…私達だ。先述の通り私達閻魔は死神達の直属の上司だ。裁判を執り行ったり書類を書いたりするのが主な仕事。まぁ裁判長を勤めているのは私を含めた十人のみではあるが。

そしてそのさらに上……それが天罰神。

"裁く者"として最高の力と権限を持ち、存在的な観点から見ても私達閻魔とは格の違う者。滅多に下界に降りてくる事などないが、存在しているのは確かだ。

 

そんな人に……完全に目上の人に……私は長々と説教を垂れてしまった…!!

 

いくら"半分だけ天罰神"と言っても上司には変わりない。この人の格は私より上なはずなのだ。

 

(事前にちゃんと調べるとかしていればこんな事にはならなかったのに……もう頭の中グチャグチャ……)

 

頭を下げたままあれこれ考えていると、神薙双也…様から声をかけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

〜双也side〜

 

 

「あの…顔上げてください映姫さん。ていうかイマイチ状況が飲み込めてないんですけど…」

 

ずっと頭を下げたままの映姫に言った。

いやホントになんで謝られてるのかサッパリ分からない。さっきまであんなに高圧的だったのにこの変わりようは少し異常だ。

そして、そう言ったのに中々頭を上げてくれない映姫さん。

 

「いや、だから頭あげてって----」

 

「できません!天罰神である双也様に向かって説教を垂れるなど…この四季映姫、一生の恥です!どうか罰を下してください!」

 

「罰って…」

 

どうやら映姫は俺に説教した事を酷く後悔したらしい。

理由は…言葉を聞く限り俺が天罰神だからだろう。まぁ考えてみれば、裁判長と天罰神って役柄的に似てるよね。

 

とりまこの状況をどうにかしなくては。真面目すぎるのも考えものだ。

えっと、どうすれば…今映姫は俺に怒られると思ってるんだよな?

……よし。

 

「あの映姫さん?俺怒ってませんから、取り敢えず頭あげて話しましょう?」

 

そう言うと映姫はゆっくり顔をあげ、小さな声で言った。

 

「ほ、ほんと…ですか?怒って…らっしゃらないんですか?」

 

「はい、怒ってません。怒ってないから罰も与えません」

 

「で、でも…私は格上である双也様にとんだ失礼な事を…」

 

頭をあげてはくれたが、今度は人差し指どうしをつつき合わせてモジモジし始めた。なんだか目がグルグルになってるように見える。俺は映姫の頭にポンとて置いて言った。

 

「そもそも俺は天罰神であっても半分だけ。ここに来たこともないし、この力は必要な時にだけ使ってきたんです。だから映姫さんの上司とは少し言い切れません。謝る必要なんてありませんよ」

 

できるだけ優しい声で言った。映姫もそれを聞いて落ち着いてきた様だった。

 

「あ、ありがとうございます…それと、お見苦しい所をお見せしてしまい…すいませんでした…」

 

「いや、良いですよ。それじゃあ裁判再開しましょうか」

 

「「「え?」」」

 

そう言ったら何故か疑問符で返された。ついでにずっと頭下げてた裁判官達にも。どうでもいいけどなんであんた達まで謝ってたの?

ってそれは別にいいんだ、今は問題じゃない。

…俺なんか変なこと言った?

 

「あの…双也様、本気で言ってます?」

 

「え、だって裁判の途中だったじゃないですか」

 

至極当然な事を言ってるはずなんだけど…

映姫は仕方なさそうな顔をして言った。

 

「はぁ…双也様、部下が上司を裁けるわけ無いじゃないですか。たとえその上司が流されてきた魂だったとしても。それに……」

 

映姫の目が、無音で流れ続けている映像に向けられる。

 

「なにか事情があるようですしね」

 

映っていたのは、俺達が西行妖を封印する場面だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ〜〜…なんか面倒な事になってきたなぁ…」

 

地獄の裁判所。ここには閻魔や死神たちの住居もあるらしく、生活スペースが揃っていた。

カクカクシカジカで結局裁判による判決は下されない事になった。"魂として流れては来たけど上司だから裁けない"らしく、蘇らせようと言う事で話がついたらしい。なんでもアリだな閻魔達。代わりにと言うとなんか変だが………仕事する事になった。"霊力が戻り切るまではせめてここで仕事をして貰う"と言われ、仕方なしに引き受けたのだ。その為の部屋も貰い、そこを自室とした。

まぁ住み込みになった上司を遊ばせておく訳無いとは思ってたよ。映姫だし。

因みに今は風呂に入っている。疲れて歩いていたところで見つけたので、許可とかは取ってないけど入らせてもらっている。ま、ちょっとくらいは良いよな。

 

「それにしても意外だったな〜…まさか現世に戻る方法があるとは…」

 

霊力を戻す。それが、俺が現世に戻る方法。"事情"を説明した時に映姫から提案されたのだ。結果仕事をするハメになってしまったが。

因みに霊力を失って死んだ場合のみできる方法らしい。と言っても、自然に戻るまでどれ位かかるかは映姫でも分からないらしい。ただでさえ実体の身体が無い状態なのに、俺の場合は量が多過ぎるのだそうだ。下手したら人間が滅んだ頃でも回復しきらない可能性も……とかなんとかって脅され、言いようのない不安が募ってきたのは想像に難くないだろう。

 

(…紫達大丈夫かな…)

 

ふと気になった。俺が死んだ後、紫達はどうしているだろうか?妖忌は大丈夫だとしても紫は心配だ。いつもはクールに振舞っているが、時折とても感情的になる時がある。喧嘩した時がいい例だ。そんな紫の側から、親しかった俺と幽々子が消えた。寿命とかだったらまだ良かったろうが、あんな別れ方したのでは紫の精神状態が気にかかる。廃人とかにだけはなってて欲しくない。

刀の封印も、緩んでしまう前に戻って抑え続けなければいけないし。…まぁかなり強固に蓋をしたから、よっぽどの事がない限り二千年くらいは保ちそうなモンだが。

 

「今気にしてもしょうがない……か」

 

湯船の手すりに頭を乗せ、今一度リラックス体勢になった。かなり広いし俺一人がどう使おうと影響なんて皆無だ。ザバァァとお湯が湯船から流れ出た。

 

「まぁ、霊力が回復するまでは大人しくしてるか…」

 

それからしばらく湯に浸かり、眠くなってきたので湯から上がって部屋に戻った。別に特別豪華な部屋とかではないが、仕事机やらキッチンやらベッドやら、生活に必要な物が揃った割と過ごしやすい部屋だ。

早速寝ようとベッドを見る

 

「…………………」

 

幽香の屋敷以来のベッド。見るからにフカフカそうで、寝心地はきっと抜群。その何十年ぶりかの安らぎを求めてダイブした。名付けて"ダイナミック就寝"!

…うん、これから毎日これするわ。気持ち良すぎ。

 

フッカフカの布団に包まれて、死後一日目は経過した。

 

 

 

 

 




はい、というわけで、冒頭に死獣が逃げていった理由は"本能的に双也が格上だと察した"からでした。
まぁ獣は危機に敏いと言いますしね。上司ってだけであの映姫様がタジタジになる世界ですからねw

ではでは。


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第六十話 仕事の日々、消えた心配

この章での閑話と言う感じでしょうか?
あ、とても短いのでご注意を。

双也視点です。

ではどうぞっ!


裁判所に住み始めて早数日。現在自室の机に突っ伏している俺である。単刀直入に言おう………もう疲れた。

 

「うあぁ〜…もういやだ〜…」

 

積み上げられた書類を横目で見やる。右側におよそ10数cmの書類の束、左側にも同じくらいの書類の束が積んである。……今やっと半分終わったところだ。もう逃げたい。

 

「大体この仕事今まで誰がやってたんだ?俺がポッと出てきていきなり仕事入るとか普通無いだろ」

 

ガチャ「それは私ですよ。今までは私が代理で(・・・)片付けていました」

 

「お、映姫」

 

扉を開けて入ってきたのは映姫。天罰神とは言っても俺は完全にど素人なので、慣れるまでは映姫が面倒を見てくれる事になったのだ。この書類の片付け方も映姫に習った。

 

コト、と映姫は持ってきたお盆を俺の机に置いた。その上にはお茶と団子が乗っている。

 

「もうそろそろお疲れかと思いましたので、おやつをお持ちしました」

 

「あ〜ありがと。そういえばもう三時ごろか…ピッタリおやつ時だな。はむっ」

 

「書類は…あと半分ですか。まだ慣れきってはいないようですね」

 

少し仕方なさそうに笑う映姫。そりゃベテランから見たら進行は遅いでしょうよ。俺は特別器用ではないんだから。

映姫は時折こうして何か差し入れを持ってきたり、休憩を促したりしてくれる。それには実際すごく助かっているし、俺が仕事を投げ出せない理由でもある。だってさ…逃げたらなんか悪い気がするじゃん?なんて言うか…罪悪感?

因みに、俺が映姫にタメ口をきくようになったのは最初に差し入れを持ってきてくれた時だ。ありがとうございますって言ったら、上司だから敬語じゃなくていいって言われたので遠慮なくタメ口を使わせてもらっている。……心の中ではいつもタメ口だったのを映姫は知らない。

 

「ふぅ、美味かったぁ〜。それでさ映姫、話戻すけど"代理で"ってどういう意味だよ?」

 

椅子を持ってきて一緒にお茶をすすっていた映姫が視線を向けてきた。一瞬何のことか分からなさそうな表情だったが、

ああ…、と言って話し始めた。

 

「そのままの意味ですよ。その書類は、本当は天罰神が書くべきモノなんです。しかし実際は下界に降りてくる事なんてほぼありませんから、閻魔の中で私が代表して書いていたんです。…双也様が来てその必要も無くなりましたが」

 

「……映姫、もしかしてこの書類全部を毎度一日で終わらせてたのか?」

 

「一日じゃありませんよ。半日です」

 

「マジっすか…」

 

一体どんな速さでやったら半日で終わんの?皆目見当が付かないんだが。…でもまぁ、映姫ならやれそうって思ってしまうのが少し不思議だ。やっぱ出来る子なんだな映姫って。

 

そんな会話をしながら休憩し、再び仕事を始める。書類はあと半分、数日これをやってきたら流石に要領も良くなり、八時くらいには全て終わらせることが出来た。…うん、映姫に追いつく日はまだまだ遠そうである。

椅子の背もたれに寄りかかって伸びをする。

 

「んんん〜〜…はぁっ 終わった終わった」

 

「ふむふむ…ちゃんと書けてますね…はい、これで良いですよ。お疲れ様でした」

 

最後に映姫が書類をチェック。合格を貰ったのであとは自由だ。とりあえずなんか飲も。…お?なんかコーヒーみたいのがある。なんでここに存在してるのか分からないけど、まコレでいっか。コーヒーらしきモノをコップに注いで部屋のソファに座った。

一服していると、映姫が対面のソファに座って紙を差し出してきた。

 

「双也様、お疲れのところ悪いのですが、これを」

 

紙を手にとって見る。このような紙に記されているのは今までに裁いた魂の情報だ。そして、その氏名欄に書かれた名は………西行寺幽々子。

 

「先日頼まれた資料です。とは言っても、特殊な判決でしたから私も覚えてはいたんですけどね」

 

そう言って映姫は一口お茶をすすった。

特殊な判決……原作で幽々子が亡霊になってた理由だな。内容は覚えていないが。

……紙を見れば分かるか。手元の紙に目を落とす。

 

「えーっと……"白玉楼を冥界に転送の後、西行寺幽々子に全魂の管理権、及び義務を与える"……なるほど、忘れかけてたけど、アイツは死霊も操れるんだったな」

 

「はい。彼女の遺体は封印に使われてしまったので供養は出来ませんから、天にも地にも送れず、こちらでも少々困っていたのです」

 

「そこで能力に目をつけたのか」

 

「…彼女の能力は魂の管理にはこれ以上ない程の適性を持ちます。どうせ裁けないのならこちらの仕事に協力して貰おう、と判決を出したんです」

 

映姫は紙を手に取り、資料を眺め始めた。

……そうだ、一つ聞いておかなきゃいけない事があったな。

 

「………映姫、アイツの覚醒した能力は今…どうなってる?」

 

それを聞き、映姫はパッと顔を上げた。そして、同情した様な表情で話し始めた。

 

「………"死を操る程度の能力"…ですね。残念ながらそのままです。覚醒した能力を取り除くなんて事は私たちでも出来ません。どうしようもなかったんです…」

 

「…そうか…」

 

死なせたくなんかないのに自分の所為で周りを死に追いやってしまう。それを制御することも出来ない。俺が神格化した時には、"仕事"と割り切って罰を下しているから精神的にまだマシだ。だが幽々子はそうではない。常に死に追いやる事を嫌っている。それでも殺してしまう。死んでしまう。そんな悲しみは幽々子にしか分からないだろう。幽々子のこれからを想うと胸が引き裂かれるような錯覚を受けた。

 

「ですが」

 

顔を上げる。映姫の顔は先ほどよりも明るくなっているように見えた。

 

「それなりの対処はしています。あのまま存在し続ければ生前の罪の意識は消えません。あれ以上悲しみを溜め込めば、彼女はきっと壊れてしまう。なので、生前の記憶を全て消してから亡霊として送り出しました。そして、そのお陰であの能力も記憶の始まった時から感じることができる。……今はきっと安定していることでしょう。昔の笑顔もきっと戻っていますよ」

 

映姫の言葉と笑みに、なんとも安心感を得られた。でも、俺の記憶は無くなってるって事だよな…。

 

(……少し辛いけど、幽々子に笑顔が戻ったならそれでいいか)

 

冷めてしまったコーヒーをすすった。甘いのは少しだけで、後は苦かった。ミルク無しで飲めばきっと顔を顰めてしまうくらい。それらが上手く混ざって、何とも言えない余韻が残る。一気に飲み干し、カップを机に置いた。

 

「ふぅ……よし…ありがとな映姫、調べてきてくれて」

 

「いえ、双也様の頼みであれば断る訳にはいきませんから」

 

「ちゃんと息抜きもしろよ。真面目過ぎて心配になる。ここに来て数日なのに俺がそう思うんだから間違いない。これ命令な」

 

「……はい。分かりました。ありがとうございます」

 

そう言い、眠くなったので寝室へ向かう。因みに風呂はどっちでもいい。魂だから汚れはつかないし、ぶっちゃけ必要ない。……この前?アレはただの気分転換さ。

 

扉に手をかけ、開けた所で立ち止まった。

聞きたい事あるんだった。

 

「なぁ映姫、ここって暴れてもいい様な広い場所(・・・・・・・・・・・・)ある?」

 

「広い場所?……いえ、無いですね。強いて言うなら裁判所前の広場です」

 

ああ、ここ来る時に通ったあそこか。…う〜ん…ちょっと狭いかな…。まぁしょうがないか。

 

「ん、ありがと。じゃあおやすみ映姫」

 

「はい、おやすみなさい双也様」

 

その日は、疲れや安心からかとてもグッスリと眠れたのだった。

 

 

 

 




映姫様の仕事スキルはチートレベルだと思っていますw

ではでは。


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第六十一話 感傷、兆し

閑話+本編?

では六十一話…どうぞぉ!!


「あ〜…こういうの良いなぁ…」

 

「そうだねえ…のんびりするのは良いことだねぇ〜…」

 

一面彼岸花。そこにドボンと埋まった様に出ている岩の上で、俺と小町は寝転がっていた。隣には少しの酒とお菓子がある。

 

「こうも綺麗に咲いてる花があっちゃ、酒と肴は必須だね。旦那もそう思うだろ?」

 

「そりゃあ花と酒はセットみたいなモンだしな。花見には宴会…もう定説だよ」

 

「ふふん♪分かってるねぇ♪」

 

小町はそう言って、注いであった酒をクイッと飲み干した。ずいぶん機嫌が良さそうだ。

 

裁判所に住み始めて約二百年経った。霊力は大体二割程回復し、この調子なら千年くらいで完全回復すると予想している。仕事にもある程度慣れ、二時頃には全て終わらせられるくらいになった。映姫以外の閻魔達とも仲良くなって、もうすっかり立派な上司……になってると思いたい。

 

今日も今日とて早くに仕事が終わったので、久し振りに花見をしようと酒とお菓子(肴)を持って外に出た。百年ほど前に見つけた絶好の花見スポットに来てみたは良いのだが、そこには何故か小町が居り、成り行きで同席する事になった。どうやら俺よりもずっと昔にこのスポットを見つけていたらしい。

そう言えばコイツ仕事終わったのか?……………まぁいいか。本人に任せよう。

 

サァァー‥ と、そよ風が吹き抜け、彼岸花をユラユラと揺らしていった。何とも風流で、心地良い感覚。自然と言葉が漏れる。

 

「……いい風だな。静かで、平和な証拠だ」

 

「同感…透き通るみたいな気持ち良さだねぇ」

 

こうした時間を過ごしていると、何だか少し怖くなるときがある。心も身体も、こんな風に静かで穏やかに落ち着けていると、俺も気付かないうちに自分が無くなってしまうような気がしてくる。でも同時に、自分の全てをさらけ出している様な気もして、風が吹き抜ける度に心が軽くなる様に錯覚する。だからちょくちょくとここに足を運んでいるのだ。

 

「……"夜の如く 時に連ねり 愁いの意 馳せし現世 亡き身と知りつつ"」

 

「…………案外甘いんだね、旦那も」

 

「そうか?」

 

「そうだよ。"死んでもなおアイツが心配"だなんてさ。天罰神とは思えない甘ささ」

 

ふと漏れた短歌。小町は意味を察して答えてくれた。

甘いとは言われたものの、その言葉はしかし責めているようには聞こえなかった。

同情ではなく、肯定するでも無く、もちろん否定する訳でも無く、スラリと言葉を受け入れてくれた。

 

「……ありがとな小町」

 

「どういたしまして、ね」

 

俺も酒を飲み干した。引っかかる事なくスーッと喉を通る感じが美味い。

肴も摘みながら、穏やかに時間が過ぎていった

 

 

ザッ

 

 

と思っていた時期が俺にもありました。

後ろから誰かが来たらしい。それはいい、ここは俺たちだけの場所って訳じゃないし、占領するつもりも無い。誰でも自由に来ていいと思う。でも問題はそれじゃ無くて……

 

 

ゴゴゴゴゴ

 

 

……その人から感じる気配である。

 

「こ、小町…」

 

「………………ッ」

 

顔を見てみると、全面を蒼白に染めて玉のような汗をかいている。所謂焦り顔ってやつだ。

 

ザッ ザッ と歩いてくる音が聞こえる。気配も大きくなり、小町の後ろで止まった。恐る恐る振り向いてみると

 

「……こ〜ま〜ち?」

 

とんでもない覇気を纏う映姫が居た。

表情はにこやかだ。でもその雰囲気が映姫が怒っていることを示している。恐らく怒りを向けられていないであろう俺でさえ、さっきから背中に嫌な寒気がしてならない。

 

「な、なな…なんでしょう映姫様?」

 

「ここで何をしているのですか?」

 

映姫は淡々と言葉を発する。対して小町は、身体どころか声まで震えている。そこにあえて触れず、回りくどく話すあたり映姫も中々にタチが悪い。

小町は震えながら答えた。

 

「な、何って…花見…です、けど…」

 

「なるほど、花見ですか。酒も摘みもあるようですし、随分長くここにいるみたいですね」

 

「あ、はい…なんか早くに仕事が終わっちゃったので…」

 

「小町、なぜ私がここにいると思っているのですか?」

 

「……え?」

 

ここにいる理由?………ああそういう事か。そう言えばこの時間帯は映姫が担当か(・・・・・・)。墓穴掘ったな小町。

 

「言い方を変えましょう。なぜ私が"仕事をしないで"ここに居ると思っているのですか?」

 

「……………あ、やば…」

 

気付いたらしい小町が小声で言う。映姫の暗黒微笑はさらにドス黒くなった。

つまりはだ、小町が彼岸へ魂を運んで来なかった所為で、この時間帯の裁判長を担当している映姫に仕事が回ってこなかったのだ。その異変に気付いた映姫が小町を問い詰めると"早くに終わった"と言った。この矛盾によって、小町が仕事をサボっていた、と映姫は結論を出したのだろう。

 

……うん、小町が悪いな。

 

「小町、ここに正座しなさい」

 

「うぇ!?」

 

「し、 な、 さ、 い ?」

 

最後のがトドメになったらしい。小町は蒼白の表情のまま彼岸花の上に正座で座る。

それを見ていると、映姫の首がグリンッとこっちを向いた。

 

「双也様?」

 

「は、はいっ!」

 

「あなたはもう終わってるんですよね?」

 

「も、もちろんですっ!キッチリカッチリ終わらせましたぁっ!」

 

「……いいでしょう。部屋に戻っていてください。私はこのおバカに説教しなくてはいけませんので」

 

小町が両手を合わせ、涙目でこちらを見つめてくる。

恐らく"助けて!!"と言っているのだろうが、こうなった映姫は俺にも止められない。代わりに、グッドラックと意味を込めて親指を立ててやった。…小町の顔が絶望に染まっていく様は中々に凄かった。

説教の場には居合わせたくないので足早に裁判所に戻る。

 

『何度も言っているでしょう!!あなたも子供では無いんですから…………』

 

『はいぃい!すいませんでしたぁあ!!』

 

映姫の怒鳴る声と悲痛な叫びが聞こえてくる。

……ドンマイ小町、俺はお前を助けられなかった。

 

部屋に戻ると、他の閻魔の一人が来ていた。

 

「あ、お帰りなさい双也様。映姫を知りませんか?」

 

「映姫なら、今絶賛ストレス解消中だよ」

 

「は?」

 

その閻魔は首を傾げていた。まぁそりゃ分からないだろうね。

 

閻魔は俺の机のところから書き終わった書類を取って渡してきた。

 

「双也様、この書類のココ、空白のままでしたよ」

 

「ん? あホントだ」

 

書類を見ていく。すると一つだけ空白の部分があった。

案件の名は"地獄縮小計画"。

 

「ふむ、保留……だな」

 

「え?保留なんですか?」

 

「ああ。今は必要無い事だし、どうせそのうちまた送られて来るだろこの書類?」

 

「適当ですね…」

 

「それ位が丁度いいんだよ」

 

目を通すのは当たり前として、全部のことを深くまで考えていくとキリがない。こういうのは経験が導き出した直感が最も役立つのだ。

それに、確かこれは原作にも絡みがあった気がする。もう少し後でも良い。

 

俺はカフェオレ的なモノをカップに注ぎ、仕事机についた。閻魔に声をかける。

 

「それで?お前は何の用で来たんだ?」

 

「あ、はい。先日送られてきた書類の処理に困っていまして…双也様の判断を仰ごうかと」

 

「ふ〜ん…」

 

差し出される書類を取って見た。

えーっと…

 

「"新世界担当の閻魔選定のお願い"?」

 

「はい。どうも怪しくないですかコレ?まず新世界って話自体聞いたことありませんし…」

 

「……………」

 

新世界……ねぇ……。何でそんなものが?ここ二百年、俺ですら聞いたことないぞ?

 

「これ、差出人は?」

 

「それに書いてあると思いますよ」

 

言われて書面を見ていく。すると一番下の行に、流れ文字で"八雲"と書かれていた。

 

……自然にニヤッと笑ってしまった。

 

「そ、双也様?」

 

「ん、いや何でもない。近々コレに関する会議を開こう。日時とかは俺が書類作るから、それを裁判長全員に渡してくれ」

 

「え!?そんな怪しいモノを容認するんですか!?」

 

閻魔の表情は驚愕に染まっている。事情を知らないなら当然か。

俺は安心させるように笑いかけて言った。

 

「大丈夫、俺が保証するさ。それに怪しいのはいつもの事だし」

 

「え?」

 

「まぁそういう事だから。よろしくなー」

 

ちょっと戸惑い気味な閻魔を送り出す。詮索されても面倒だしね。

まだ熱いカフェオレを一口飲んだ。

 

「思ったよりも上手くいってるみたいだな……紫」

 

立ち直れてはいるのかもしれない。心の傷はまだあるかもしれないが……まぁ元気なら良かった。

 

「幻想郷………完成まであと少し……か」

 

また一口すする。そのカフェオレは妙に美味しく感じた。

 

 

 

 

 

 




"現世"は"うつしよ"と読みます。
短歌初めて作りましたw

ではでは。


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第六十二話 第一次選定会議

なんか裁判所編は閑話が多いですね…まぁ書いていて楽しいので私はいいのですが。皆さんはどうですか?閑話…好きですか?

ではどうぞっ!


「さて、それじゃあ会議始めまーす。きりーつれーい」

 

「いや早過ぎです双也様!みんな追いついてません!」

 

「んな事いーのいーの。どうせ形だけなんだから」

 

「ホントいつも通りですねっ!」

 

ある日の裁判所、その会議室。大きな楕円形の机を十一人の男女が囲んでいた。一人は天罰神である神薙双也、そして彼の両サイドに向き合う形で、映姫を含む十人の裁判長が座っていた。

 

「まぁそれは置いといて、みんな今日集まった理由分かるか?」

 

若い男性の閻魔のツッコミに見向きもせず、双也は閻魔たちに話しかけた。それには如何にも威厳のありそうな厳つい顔をした閻魔、厳治(げんじ)が答えた。

 

「分からない者など居ないだろう。双也殿の配った資料もあるし、何より"新世界"なんて物…今では話の中心になることの方が多い」

 

「それもそうだな。でもまぁ一応会議だし、形保つ為におさらいしとこう。映姫」

 

"形を保つ為"という何とも気の抜けた言葉に閻魔たちは少なからず疑問を持っていたが、それを心の内に留めてスルーしてしまうのは、双也のそういう所を閻魔たち自身が気に入っているからだった。

書類などの仕事はきっちりこなす反面、上司部下の関係にそこまで拘らず、皆友人の様に接する双也。彼に対する閻魔たちの評価は、着任当初から上がることはあっても下がる事はほぼ無かったと言っていい。それだけ信頼関係が築けているのだ。

呼ばれた映姫は、手元の資料を見て話し始めた。

 

「はい。今日の議題は、"新世界に於ける担当閻魔の選定"です。一つの世界を取り仕切る為、唯の閻魔では無く裁判長クラスでないと務まらないと判断して、私たちが召集されました」

 

「ふ〜ん…双也様、なんでこんな怪しい依頼書請け負ったの?」

 

配られた依頼書のコピーを手に取って女性の閻魔が尋ねた。彼女は魅九(みく)。服こそ他の閻魔と同じだが、胸元が開いていたりスカートを折っていたりと、かなりの着崩しが目立つ閻魔である。

双也は腕を組んで答えた。

 

「俺にとっちゃ怪しくない依頼書だったから…かな」

 

「どういう事?」

 

「この"八雲"って差出人が双也様のお知り合いって事ですか?」

 

先程突っ込みを躱された若い閻魔、真琴(まこと)が丁寧な言葉使いで尋ねた。双也は頷いてから返答した。

 

「ご名答。その八雲って人は俺の友達なんだ。生前のな。だから信用できるって訳だ」

 

「…まぁ双也様がそう言うなら大丈夫なんだろうけど…」

 

理由を聞いてなお、少々怪しむ視線で紙を見る魅九。そんな真剣に物事を考える辺りが、彼女の、見た目が派手でも優秀な閻魔である証拠の一つだ。

 

と話していると、一つの紙飛行機が双也の目の前に落ちた。

 

「ん?何でこんなもんが----」

 

「双也様ー!それ私のー!」

 

双也の椅子の横から活発そうな声が響いた。彼が振り向いたそこには、閻魔の正装に身を包んだ…否、包まれた太陽色の髪をした幼女が両手を広げて待っていた。

 

「……陽依(ひより)、何で紙飛行機なんか作ってんの…?」

 

陽依と呼ばれた幼女は平然と答えた。

 

「んー?だってなんか分かんないお話してるんだもん。それでつまんなかったから、丁度机にあった紙で作って遊んでたの」

 

「コレ俺が配った資料!? 一応会議中だよ!? 何してくれてんの!?」

 

特にあくびれもせずに言い放った言葉。双也が驚くのも無理は無い。

そこまで話した直後、陽依の後ろから、黒髪で陽依と同じくらいの背をした幼女がヒョコッと出てきた。二人の顔立ちは何処と無く似ている。

 

「ご、ゴメンなさい双也様! お姉ちゃんを止めようとしたんだけど…私じゃどうにもならなくて…」

 

「もー夜淑(やよい)ったらね! 私が飛行機作ってると邪魔してくるんだよ! ヒドイよね! 私遊んでるだけなのに!」

 

「お姉ちゃん!」

 

「うん…陽依がバカの子って事は分かったよ…」

 

双也はつくづく、この姉妹が裁判長で大丈夫なのだろうかと疑問に思った。

実はこの双子の姉妹、現在天界に居るであろう純粋な天罰神の実の娘達なのである。ゆえに並大抵の閻魔よりも"裁く者"としての素質は桁違いに高いため、異例でここの裁判長に任命されたのである。一応、書類以外の仕事はキッチリこなせているとか。

 

「ほらほら、陽依に夜淑。双也様が困ってるでしょう? 今は会議中だから大人しくしてましょうね」

 

陽依と夜淑の後ろから優しそうな声がかけられた。二人の後ろには、閻魔の正装(ロングスカートver)をしっかり着こなした美人な女性が立っていた。

彼女を確認した双也は安心した様子で声をかけた。

 

「サンキュー流廻(るみ)。二人の相手頼めるか?」

 

「ええ。分かりました」

 

そう言ってふわりと笑うと、流廻は二人を連れて行った。

彼女は、この裁判所にいる閻魔の中でも屈指の"お姉さんキャラ"である。淡麗な容姿とスタイル、場を和ませる笑顔に、女神のように優しい性格。オマケに料理も出来ると、正にパーフェクトな閻魔だった。その魅力は、この裁判所内の男性閻魔や男性死神達にファンクラブ的な物を作らせるレベルである。

 

「全く……この書類広げればまだ使えるよな…」

 

陽依が作った紙飛行機を手に取る双也。しかし折られた書類を広げようとした手は直後に止まった。

 

「あ、あれ? 紙飛行機ってこんなに難しい折り方だっけ?」

 

羽部分を引っ張るーー広がらない。

畳まれた紙を引き出すーー別の所が引っ込む

隙間に指を入れて無理矢理広げるーー引っかけた部分の紙が千切れた。

 

「いや、待て待て待て…俺結構頑張ってコレ作ったんだよ? それこそ普段のティータイム削ってまでさ、丁寧に丁寧にと思って作ったのに……こんな仕打ちヒドくない?」

 

必死であれこれ試してみるが、千切れた部分以外は全くもって最初と変わらない。広げられない。なんでこんなとこばっか得意なんだよ!と内心泣きかけていた双也であったが、魅九とはまた違った着崩し方をした男性閻魔の声で我に帰った。

 

「なぁ双也様ぁ! 俺今日やりたい事があるからちゃっちゃと終わらせたいんだがぁ!」

 

不良の様な口調で言ったのは項楽(こうらく)。服装や言葉使いを見ても"不良"の一言に尽きる彼は、真琴よりも少し大人びた雰囲気をしている。その上裁判長を務めるほどの人物なので、見た目は不良でも聞き分けはしっかりしている。しかしそんな彼に良くない印象を持っているのが……

 

「項楽、そんな我儘を言うくらいなら双也様を助けて差し上げたらどうなの? それとも働くのは口だけ?」

 

この暮弥(くれや)である。一応言っておくが女性だ。彼女は所謂"委員長気質"とやらで、ドジはよく踏むが真面目な性格である。その為、大雑把で不良っぽく見える項楽の事をあまり良くは思っていない。彼の言動が少しでも引っかかると口を出してしまうのだ。

 

挑発的な暮弥の言葉に、当然項楽は反応した。

 

「ああ? どこが我儘なんだよ! 俺は中々進まない会議を見かねて急かしただけだろうが!」

 

「明らかに私情が入っていたでしょう! 自分の言ったことには責任を持ちなさいよ! あなたも一端(いっぱし)の閻魔なんだから!」

 

「ドジばっか踏む奴が何言ってんだ! この前だってお前裁判でやらかしたらしいじゃねぇか! お前こそ責任持ちやがれ!」

 

「それは今関係ないでしょ!? 私が言いたいのは口だけではなく行動もしろって事よ!! そんな事も分からないの!? 本当に不良閻魔ね!!」

 

話が脱線し、唯の喧嘩になっていることに二人は気付いていない。それを疲れた目でボーッと眺めていた双也の元に、真琴と同じくらいの若さに見える男性の閻魔が近づいてきた。

 

「……大変だね双也様」

 

「…ああ、これじゃ会議にならない」

 

この若い閻魔の名は綺城(きしろ)。裁判長、そして閻魔の中で最も双也と気の合う閻魔である。普段から優しく温厚な彼は、裁判所に来てから色々と苦労を重ねている双也の良き話し相手だった。男同士で、しかも見た目年も近い為気軽に話せる相手だったのだ。

 

「後日にする?」

 

「う〜ん…どうするか…」

 

双也と綺城が話していると、喧嘩していた項楽の怒鳴る声が聞こえた。

 

「ああもううるせぇんだよ!!女っ気の無い名前してる癖に(・・・・・・・・・・・・・)!!」

 

その言葉に、二人を包んでいた熱い空気に亀裂が走った。他の閻魔達は今まで通りだが、二人のところだけは違った。

 

「……今…女っ気の無い名前って…言った…?」

 

その精気のない声に、さすがの項楽もヤバッ…という顔をした。瞬間、暮弥から大量の霊力が溢れ出た。

 

「私が…ずっと気にしていることを……絶対に許さない!!!」

 

暮弥は掲げた手のひらに巨大な霊力弾を精製していく。霊力が流し込まれ続けるそれは、時間が経つにつれて大きくなっていく。暮弥は本気で項楽を殺す気だった。

 

「ちっ…おお来るなら来いやクソ委員長がよぉ!! 俺の能力でひっくり返してやるぜ!!」

 

迎え撃つ気満々で構える項楽。

それを眺めていた双也は思った。

 

(なんで…こんな事になってんの…?)

 

映姫は無言で書類と睨めっこし、魅九は何やらメイクを始めている。厳治は目をつむって何か思案しており、真面目なはずの真琴ですら居眠りをしている。

陽依と夜淑は流廻と遊び、綺城は双也の隣でこの状況に苦笑い。喧嘩をしている二人、特に暮弥に至っては、項楽を裁判所ごと吹き飛ばそうとしている。

 

双也の気持ちはもうとっくに"面倒くさい"の一言に染まっていた。

 

「ふぅ……仕方ないか」

 

「え? ----!?」

 

隣にいた綺城は、双也の髪が白くなっていくのを見逃さなかった。その意味を知る彼は咄嗟に身を屈めた。

 

「堕天『ギルティジャッジメント』」

 

双也が手を軽く振り下ろした直後、綺城、映姫、流廻以外の七人に天罰の雷が落ちた。ドガァァァアン!!と激しい音が響いた後には、ポカンとしている流廻と映姫、やらかしたよこの人…と言った風に顔を抑える綺城、そして黒焦げになっている七人の裁判長がいた。

 

「…明日もう一回会議開くからー。時間は今日と同じ。じゃあ解散」

 

バタン!と扉を閉め、神格化を解きながら双也は去っていった。

黒焦げになった部屋で、残された三人は呟いた。

 

「今……双也様怒ってました?」

 

「怒ってたっていうか…この状況に耐えかねたんじゃない?」

 

「……今度肩揉みでもしてあげようかしら……」

 

各々、今日の会議の惨状を見て、酷く後悔したそうな。

 

 

 

 

 




はい、思いつく限りのネタを放り込みました。後悔はしていません。

余談ですが、閻魔'sの名前を考えるのに苦労しました。名前の由来とかは聞かないでください。少し強引なので。

ではでは。


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第六十三話 任命、最高裁判長

タイトルお察しですね。

ではどうぞー


壮絶な一次会議の翌日。十人の裁判長達は再び会議室に集まっていた。その表情はみなどこか暗い。

 

「それじゃ二次会始めるぞ。お前らちゃんと反省したか?」

 

「「「「はい……」」」」

 

ほんの少し苛立ちのこもった双也の問いに、散々騒いだ七人は力無く返事をした。お咎めなしだった三人…映姫、流廻、綺城はその様子を哀れんだ目で見ていた。

 

「さて、昨日言ったからおさらいは無しだ。パッパと決めてパッパと終わらそう」

 

返事をしっかり確認した双也は、そう言って本題に移った。

 

「じゃあ取り敢えず…新世界へ異動したいって奴、挙手してくれ」

 

シーン…と静まり返る会議室。閻魔達は横目で周りの様子をチラチラと確認していた。挙手する者は……居ない。

 

「ふむ、まぁそうなるよな…コレばっかりはしょうがないか…」

 

双也は机に肘をついて閻魔たちを見回した。

実際、この状況は彼も想定内だった。何も情報の無いまま、ただの興味本位で異動をしたがる様な馬鹿な閻魔はここには居ない。ちゃんとした情報を得て、その上で判断するのは裁判も同じ。それが出来ない者はそもそもここに呼ばれることは無い。

ただ、彼が何も言わなければ始まらないのが分かっていた為の切り出し。そういう意味での"取り敢えず"である。

 

「仕方ないなぁ…お前ら、新世界について何か質問あるか?できる限り俺が答えよう」

 

その言葉に、閻魔全員がバッと顔を向けた。その目はどれも"意味がわからない"と訴えている。

最初に口を開いたのは暮弥だった。

 

「双也様…それは、新世界の事を知っていると言う事ですか?」

 

「ん。ある程度はな。俺は少し特殊だから、新世界についてはある程度教えられる」

 

「なんでそんな事----」

 

「おっと!これ以上は話が脱線しすぎる。置いておいてくれ」

 

双也は片手の手のひらを向けて言った。納得いかなそうな表情の暮弥だったが、しぶしぶながら引き下がった。

 

双也が話そうとしているのは、もちろんの事前世の記憶の内容だ。ほぼ忘れていると言っても、彼は幻想郷という世界については覚えていた。"東方projectの世界そのもの"と言っていい幻想郷の情報は、悠久の時を生きてきた彼の脳にも強く焼きついていたのだ。

 

「では…その新世界での仕事はどうなっているのですか?」

 

早くも切り替えたらしい流廻が問う。双也は少し考えてから答えた。

 

「う〜ん…仕事自体は変わらないだろうな。送られてきた魂を裁き、送り出す。ここは今まで通りだ。ただ…」

 

「ただ?」

 

「………本格始動する前に、建物とか器具の調達とか、やらなきゃならない事がかなりあるな…もしかしたら向こうが準備してくれてるかもしれないけど…」

 

その言葉を聞き、厳治が口を開いた。

 

「そうなると、陽依と夜淑は自然と選択肢から抜けてくるな」

 

厳治に視線が集まる。その内夜淑は理由が分かった顔をしているが、陽依は何やら不満そうに頬を膨らませて立ち上がった。

 

「むぅぅ…なんでよげんじおじちゃん!!私たちだって"さいばんちょう"だよ!!」

 

単語を知っているだけの子供のように陽依は言葉を投げかけた。厳治は彼女に視線を向け、仕方なさそうな声で言った。

 

「お前たち…裁くことは出来ても他の事はからっきしだろう?向こうが裁判をすぐに始められる状態ならば良いが、期待はしないのが無難だ。建築に資材の調達…お前達では出来ないだろう」

 

「むぅぅう……」

 

「しょうがないよお姉ちゃん…」

 

諭すように姉を宥める妹。陽依は納得のいかない表情のまま席に戻った。

 

「じゃあ陽依と夜淑は出来ないって事で除外だな。あとは〜----」

 

「あ〜双也様?そういう話なら私も降りるよ」

 

そう言ったのは魅九である。彼女は少し困った顔で言っていた。

 

「私、二人みたいに書類が書けない訳じゃないけど、そういう事務?雑用?みたいなの全然出来ないんだよ。だから降りる」

 

「…そう言ってサボりたいだけなんじゃないんですか?」

 

魅九の言葉には映姫が反応した。彼女は怪しげな目で魅九を見つめている。

真面目な映姫が、少し派手な風貌をしている魅九を怪しむのは妥当な事ではある。そこまで険悪では無いが、暮弥と項楽の仲が悪いのと理由は同じであり、彼女自身が慎みを持って行動する事を基本にしているのも一因である。魅九本人は映姫を嫌っているわけでは無いのだが。

そんな映姫に、魅九は少し不満そうな声で応えた。

 

「そんな事思ってないよ。あんたのとこの小町じゃないんだから。普通に得意じゃないってだけだよ」

 

「本当ですか?」

 

「まぁまぁ映姫、魅九がチャラチャラして見えるのは分かるけど、仕事には真剣だって俺が知ってるから。そんなにつっかかるな」

 

昨日の様に喧嘩が始まると思った双也が、会話に割り込んで鎮めた。映姫もわかっていたのか渋々口をつぐむ。

 

「双也様、魅九がその様な理由ならば、このだらしない男も降ろすべきでは?」

 

会話の区切りを察したのか、指をさして暮弥が進言した。

その指の指す先は………腕を組んで座っている項楽。彼は片眉を釣り上げて"は?"といった顔をしている。

 

「一応聞くけど…なんで?」

 

「このダメ閻魔はダメです。ダメでダメだからダメなのです」

 

「おいちょっと待てやコラァ!!」

 

最早この裁判所ではお決まりとなりつつあるこの現象。一度暮弥と項楽が絡めば、それは超長期口喧嘩、もしくは実力の行使有りの取っ組み合い…所謂"大惨事"の始まりを意味する。

二百年余りをここで過ごしてきた双也は度々その現象も見てきたわけだが、今回のはさすがに項楽に一言言わせてあげなければ可哀想と判断し、少しばかり目と耳を塞いでいた。

…もちろん、危なくなれば止めるつもりではあるが。

 

「ダメダメうるせぇよ!!双也様は理由聞いてんのにそれじゃ唯の嫌味じゃねぇか!!」

 

「ええ嫌味よ!?ただそれでも理由には十分だわ!!ダメな閻魔なんだからこんな大仕事は務まらないって意味よ!!」

 

「んだとゴラァ!!」

 

「大体!!あなた集中力ないんだからそもそも出来ないでしょうが!!出来ない仕事なんか引き受けるべきでは無いわ!!」

 

如何にも項楽の逆鱗に触れそうな言葉。それを聞いた双也は"そろそろかな"と思ったが、項楽の様子を見て"必要無かったか"と割り込む気を霧散させた。

項楽は先程までの怒りを嘘のように消し、キョトンとしていたのだ。

 

「……んだよ、それならサッサとそう言えよ。ちゃんと理由があるなら無駄に怒ったりしねぇのに…」

 

「………え?」

 

「さっきから考えてたんだよなぁ…俺裁判とか書類の片付けとかは出来るけど、どうも長く続かないんだわ。建築なんて明らかに長い仕事になるし、降りるべきかなってな」

 

「な、あ……え?」

 

急に大人しくなった項楽に戸惑いを見せる暮弥。それもそのはず、暮弥は今まで"怒りで乱暴になった時の項楽"しか見ていないのだから。

 

暮弥が真面目な委員長気質なのは周知の事実である。周囲がそう認めるほどの性格である彼女は、真面目すぎる故に、第一印象で相手への接し方をほぼ決めてしまう所があった。そんな彼女が不良のような雰囲気の項楽と出会えば、その末路は誰もが想像できる。

 

事あるごとに項楽へ口を出し、喧嘩になり、結果彼の"素の部分"を見落としていたのだ。

暮弥と項楽、両方の素を知っていた双也は、その光景に少しばかり安堵する己の心を感じ取った。

と、優しい目で二人を眺めていた双也に、項楽は声をかけた。

 

「そういう訳だから、俺を降ろしてくれ双也様」

 

「……ん。分かった。じゃあ項楽は選定から除外する。暮弥……仲良くしろよ?」

 

「…………………」

 

無言で席に戻る暮弥。関係を改めて欲しいと願う双也だった。

 

「ん〜…そうなると、残ったのは俺、流廻、真琴、暮弥、映姫ちゃん、厳治さんの六人か」

 

状況を整理するように綺城が言った。それに頷いて双也も言う。

 

「そうだな。選定対象が減ったのはいいけど…まだ決めきれないな」

 

頭を悩ませる双也。少しして、彼は仕方なさそうな声を発した。

 

「ふぅ…多数決取るしかないか」

 

困った時には多数決。誰が言ったのかは定かでは無いが、双也は最終手段としてコレを考えていた。ただ、十人も居たのでは多数決するにも大変である。そう考えて今まで言わなかったのだ。

しかし今は、なんやかんやあって結果六人。多数決をとってもどうにかなるレベルにまでなった。

やるならば、行き詰まったこのタイミングがぴったりである。

 

「よし、じゃあせーので全員指させ。多かったやつを担当とする」

 

六人の気が引き締まる。双也は全員を確認して言った。

 

「行くぞ?せーのっ!」

 

ビシっと指が差される。バラバラになるかと思われた六人の指は、意外にもほぼ一点に集まっていた。

 

「え……私…ですか?」

 

その指の先は……四季映姫。彼女の疑問に、五人は次々と言った。

 

「だって映姫ちゃん真面目だしね」

 

「若くて活力にも溢れとる」

 

「白黒つける能力は裁判にも適正ですし」

 

「まぁ極論、映姫に任せれば"失敗"はしないってところかしらね」

 

「………だ、そうだ。やれるな、映姫?」

 

五人の言葉に、映姫はキリッとした目になって言った。

 

「…分かりました。この四季映姫、誠心誠意やらせていただきます!!」

 

その宣言にはこの場の十人全てが頷いた。

 

「よし、本日をもって、裁判長四季映姫を新世界に於ける最高裁判長に任命する。頑張ってくれ映姫」

 

「〜〜〜っ はいっ!!」

 

 

 

 

 

 

こうして、波乱の連続だった選定会議はお開きとなった。

 

 

 

 

 




予定通りの結末になりましたね。やっぱり映姫様は最高裁判長でないとw

ではでは。


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第六十四話 日常、プレゼント

切りが良かったので短めです。

あと総UA数20000件ありがとうございます!! 拙い作品ですがこれからもよろしくお願いします!!

ではどうぞー!


「双也様」

 

「ん? なんだ映姫」

 

数ヶ月後の自室。書類を片付けていると映姫から声をかけられた。見てみれば彼女は不機嫌そうな、困ったような顔をしていた。

 

「私は何時になったら新世界へ異動になるんですか?」

 

「ああその事か…」

 

会議にて、映姫を最高裁判長として任命したはいいが、未だいつもの仕事を続ける毎日。映姫はその事に疑問を持っていたらしい。

俺は諭すように言った。

 

「映姫…異動になるのはかなり先だぞ?」

 

「……え?」

 

「だってまだ向こうの世界が完成してないし。この書類ちゃんと読まなかったのか?」

 

そう言って紫が送ってきた書類を見せ、本文の下の方を指差す。映姫は顔を近付けて読み始めた。

 

「………"完成したらご報告いたします。その後担当となった閻魔様をこちらへお送り下さい"って………」

 

映姫はとんでもないものを見たような表情をした。

ってなんで?そんなにショックな事か?

 

「なんでそんなにガッカリしてるんだよ」

 

「何故って……私はあの会議で異動が決まってからずっと待ってたんですよ!?ワクワクし過ぎて仕事が手に付かなかったこともあります!!荷物だって会議の夜に全部まとめて、いつでも出られるようにしてたのに……」

 

……なるほど、張り切ってらっしゃったのね……。

映姫は最後の方では涙目になってしまっていた。仕事が変わるってのにこの張り切り様…ホントに真面目だよねこの子も。

でもま、取り敢えずは慰めてあげないと。

 

「ゴメンな映姫、ガッカリさせたみたいで。最初に言わなかった俺が悪い。ゴメン」

 

「うぅ……双也様が謝る事ないです。私が勝手に思い込んでいただけですから…」

 

…………………。

 

う〜ん…何とも気まずい空気になってしまった。こういう時どうすれば良いのか分からない。なにぶん俺はこんな事になった事がないのだ。ホント、こういう時に経験は大事だと思い知らされる。

 

「………………」

 

「………………」

 

張り詰めた冷たい空気があたりを漂う。この無言と静寂がかなり心に負担をかけてくる。正直逃げたしたい気分だ。でも逃げたら後味が悪いし、何よりこれから先映姫と顔をあわせるのが辛くなる。逃げるわけには行かない。

とは言っても辛いのは確か。このまま進まないようならコーヒーでも入れに行って気を紛らわそうか……。

そうして現実逃避していると、ドアの開く音がした。

 

「双也様〜。ちょっと休憩しに………何?」

 

入ってきたのは綺城だった。俺は無意識のうちに向けていた"GOOD"のサインに気付き、引っ込める。

彼のみならず、裁判長たちはちょくちょくと俺の部屋に来て雑談していく。休憩時間だからではあるが、そもそも俺と裁判長たちは割と仲がいい。恐らくは"接しやすいから"というのが一番の要因だろう。

綺城はドアを閉めて近付いてきた。

 

「…あれ、映姫ちゃん泣いてる?…もしかして双也様に泣かされた?」

 

綺城は映姫の様子に気付いたらしい。ってかその聞き方悪意を感じるんだけど。確かに俺が泣かせたみたいなもんだけどさ。

映姫は特に何も言わず、綺城に頭を撫でられていた。

 

「ダメだよ双也様、小さい子泣かせあだっ!」

 

「小さい子じゃないですっ!」

 

ポカッと映姫が綺城の頭を叩いた。多分"小さい子"って言葉に反応したんだろう。かなり気にしてるし。

当の綺城は、叩かれながらもこちらを向いて小さくウィンクした。

……どうやら状況を察した上での言葉だったらしい。おかげで空気が少しばかり和んだ。ホントお前最高だよ。

 

痛くはなさそうだが、未だポカポカと叩き続ける映姫を宥めて三人でソファに座った。

 

「それで何しに来たんだ?大体予想つくけど」

 

「想像通りだよ。いつものヤツ飲みたいなぁ〜」

 

「全く…ちょっと待ってろ」

 

「あ、私もお願いします」

 

「……ハイハイ」

 

最早恒例となったこのやり取り。休憩時間に誰か来ると大抵俺がお茶を淹れることになっている。暗黙の了解というヤツだ。俺一応上司なのにね、何だろうねこの扱い?

 

まぁきっと友達感覚なのだろう。一応"様"をつけられてはいるが形だけ。友達感覚は嫌いじゃないから別に良いんだけどね。上下関係って苦手なんだ。

 

その後は三人で雑談していた。最近仕事で大変だったことや面白体験の話、裁いた魂の驚きの過去など、ネタは尽きなかった。

途中休憩時間が重なって来た魅九がちょっとアブナイ話を出して映姫がパニックになったり、同じように来た陽依と夜淑姉妹が乱入してきて危うく大騒ぎするところだったりしたが、総じてとても楽しかった。こういう日があるからここでの生活は心地いい。

気付けば時計の針はかなり回っていた。

 

「あ、そろそろ仕事戻らないと…じゃあね双也様、映姫ちゃん」

 

そう言って出て行く綺城に手を振る。バタンと扉が閉まると、映姫も立ち上がった。

 

「さて、私もそろそろ行きますね。今日は裁判が立て込んでいるので」

 

「おお、頑張ってくれ」

 

「はい、お邪魔しました」

 

映姫がカップをキッチンに戻して出て行こうとする。

と、そこで呼び止めた。

 

「ちょっと待った映姫!思い出したことがあった!」

 

「なんです?」

 

え〜っと…確かここに…あった!

机の引き出しをガサゴソと探し、取り出したのは一冊の本。閻魔が使える言語の辞典だ。

 

「……何ですか?そんなもの引っ張り出して」

 

「ちょっと待ってろ…探してる……あったあった」

 

ようやく知りたい言葉の翻訳が見つかった。

不思議そうな顔をしている映姫に向かってそのページを突き出した。

 

「せっかく最高裁判長になったんだから、何かプレゼントしようかと思って」

 

「ヤマと……ザナドゥ…ですか?」

 

「そう!カッコいいと思わない?"四季映姫・ヤマザナドゥ"!!」

 

何か良いものは無いかと考えた結果、カッコいい名前があれば良くね?という結論に至った。意味も吟味して考えた結果、思いついたのが"ヤマザナドゥ"だ。

 

「ヤマザナドゥ……楽園の閻魔…ですか」

 

「そう。お前が異動になった新世界は"楽園"とも称されるんだ。いい名だろ?」

 

そう聞くと、映姫は少し笑みをこぼした。

 

「ふふっ ありがとうございます。まさか双也様から名前を戴けるとは思っていませんでした」

 

「ん。気に入ってくれたなら良かった。また頑張ってくれ」

 

「はい!」

 

映姫は元気よく返事し、俺の部屋を出て行った。機嫌も良さそうだったし、いいプレゼントができたと思う。

 

………ん?なんか…映姫って元々そんな名前だった気もしてきたな…俺が今プレゼントした筈なのに。また何か忘れてしまったのだろうか?

ん〜…コレは本格的に原作知識が当てにならなくなってきたな。

 

少し不安にもなったが、持ち前の"面倒な事が嫌い"な性格に沿ってまぁいいか、と結論を出した。

 

「さて、流れで途中になっちゃったけど、俺も仕事に戻ろうか!」

 

俺は再びペンを取り、書類を書き始めた。

 

 

 

 

 

 




……何の為に書いたんでしょうねコレ?
書き終わってから疑問に思いましたw

ではでは。


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第六十五話 新たな習慣

ちょっと雑になってしまいました…。

ではどうぞ。


『じゃあ、行ってきますね』

 

『ああ、またいつかな映姫』

 

彼岸花の咲き乱れる三途の川。

映姫は小町の船を背にして立っている。

そして、それに向き合う俺と裁判長達。

 

『寂しくなるなぁ、映姫の説教は割と為になるというのに…』

 

『割と、は余計です厳治さん』

 

懐かしむように言う厳治とそれを突っ込む映姫。

この光景も最後である。

 

『『映姫ちゃぁぁん!!』』

 

映姫に飛び込む陽依と夜淑。

映姫は辛うじて受け止めたが口元は優しく緩んでいる。

 

『じゃあね映姫ちゃん…もっと遊びたかったんだけど…』

 

『うぅ…私、映姫ちゃんの事尊敬してた…お説教する時は凛々しくて、カッコよくて…私もいつかそんな風になれるかなぁ…』

 

『大丈夫ですよ夜淑。大きくなればきっとなれます』

 

尊敬していたと言う夜淑に、映姫は優しく語りかけた。

その様にはどこか大人の女性のような雰囲気があった。

 

『映姫も、もっと大きくなればきっと綺麗になれるわよ』

 

そう言って流廻が近付き、映姫の頭を撫でる。

普段ならば"子供みたいに撫でないでくださいっ!"とか言って手を払いのける所だが、此度の映姫はそうではなかった。

 

『……はい。いつか流廻さんより綺麗になってみせます』

 

『ふふっ 待ってるわ。くれぐれも無理はしないでね』

 

『はい』

 

最後だから、と言うことできっと素直になれたのだろう。

普段は隠しているが、二百年映姫を見てきて気付いたことの一つに"映姫は頭を撫でられるのが割と好き"という事がある。ただ、頭を撫でられるという行為が子供っぽいと思っているらしく………まぁそういう訳で普段は嫌がっているように反応していたのである。

 

そんな感じで全員と挨拶を交わした映姫は、船に乗って小町に合図した。

 

『じゃ、旦那ともコレでお別れだね』

 

『そうだな…まぁ、裁判所同士なら連絡取れるし、話し相手くらいならしてやるよ』

 

『いいね!じゃ楽しみにしてるよ!』

 

そう言って小町は舟を漕ぎ出した。行先は新世界の裁判所(建設予定地)である。

三途の川は一つしか存在しない。しかし、数多存在する世界の全てに三途の川は流れている。

つまり、三途の川はあらゆる世界を跨いで流れているのだ。その川を渡るのではなく、流れていく事で別世界へ行くことができる。

映姫達はその方法で新世界へ行くのだ。

 

だんだんと遠くなっていく映姫たちに、俺たちは見えなくなるまで手を振っていた。

 

ー ー ー ー ー ー ー

 

ー ー ー ー ー

 

ー ー ー

 

 

 

 

 

「あれからもう百年…か」

 

「そうですねぇ。映姫達元気でしょうか」

 

部屋のソファに座ってそう呟く俺と流廻。

机には書類の束(厚さ2cm程)が積まれている。

俺はその書類達に目を通していた。部下たちが書いた書類のチェックである。

つーか量少なくね?俺が一人でやってる分の1/5くらいじゃん。

 

「ふぅ〜…流廻、カフェオレ淹れてくれない?」

 

「ハイハイ、あの少し甘いヤツですね」

 

少し休憩。喉も渇いたので飲み物を頼む。ホントはみたらし団子も欲しいが、止まらなくなるから我慢。

同じソファに座ってはいるが、流廻は別に仕事を手伝ってくれている訳ではない。

休憩としてここに寄って、本を読んでいるだけだ。

眼鏡を掛け、長めの髪を耳に掛けて足を組む姿は、どこかの秘書のように見える。

知的な美女ってコイツみたいなヤツの事言うんだろうなぁと思ったのはここだけの話。

 

目を瞑って休めていると、コトッとカップの置かれる音がした。

カフェオレのいい香りも漂ってくる。

 

「あら?双也様、書類が一枚落ちてますよ」

 

「ん?あホントだ」

 

ズズズッとすすっていたカフェオレのカップを置き、書類を拾う。

 

「……ああ、コレまた来たのか」

 

「? なんです?………地獄縮小計画?」

 

流廻が覗き込んできた。

内容をもっと見たそうだったので手渡してソファに座り直す。

う〜ん、そろそろコレも片付けなきゃか。ほっとけないしな。

 

「双也様、"また"ってどういう事ですか?」

 

「その書類な、百年くらい前に保留にしておいたヤツなんだよ。それがまた来たって事」

 

「なんで保留にしたんです?」

 

「まだいいかなと思って」

 

「…ホントに適当なんですね…」

 

ちょっと流廻に呆れられた。今更なんだよ、もう三百年の付き合いだろうが。

でもまぁ"まだいい"と思ったのは嘘ではない。

前は確か原作に絡んでくるからって事で保留にした気がするが、今となっては内容なんぞ覚えてない。

でももう幻想郷が出来て百年経つし、そろそろ縮小に伴ってどこか地獄を切り取らないと"あの姉妹"がいなくなってしまう。

原作キャラが居なくなるのは困るのだ。

次はこの書類を片付けよう。

 

「……地獄……ん?地獄って広過ぎるからこんな話が持ち上がったんだよな?」

 

思い出したことがあったので流廻に確認してみる。彼女は不思議そうな顔をしながらも答えてくれた。

 

「ええ、そのはずですけど……どうかしたんですか?」

 

「いや…どうせ切り離すなら一部は俺が貰っちゃおうかと思ってな(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「…………え?」

 

「よし流廻、行くぞ」

 

「え、どこにですか!?」

 

驚く流廻に、振り返って言った。

 

 

 

 

 

「この計画の責任者のとこだよ」

 

 

 

 

 

そこからの行動は早かった。

この書類を送ってきた閻魔のところへ行き、責任者を聞く。

その責任者のところへ行き"地獄の一部をくれ!"と説得(上司命令)する。

死神や閻魔総出でその地獄に住まう魂や獣を移動させ、灯とする分の火以外を全てを消し、スッカラカンの空洞にした。

 

 

 

そして現在、その空洞の入り口。

 

 

 

「よっしゃぁぁあ!!やっと広い所とったどーー!!」

 

「いや、早すぎるわよ…割と大仕事だったのに、死神と閻魔をほぼ全員動かして半日で完了させるなんて……」

 

俺の後ろで流廻がブツブツと何か言っている。だが今は喜びの方が大きいのでスルーした。

 

「双也様、なんでこんな所を私物化したんですか?」

 

「いやぁ〜、かなり前から欲しかったんだよ。こう…暴れても良いほど広い空間!」

 

「……なんでです?」

 

流廻は全く意味がわからないと言った表情をしていた。

まぁ理由なんて至極簡単だ。それは……

 

「ちょっと修行しようと思ってね」

 

「…………え?」

 

そう、修行である。修行の為だけにこの切り取った地獄の一部を貰い受けた。

西行妖との戦いで思い知ったのだ、"俺はまだ未熟すぎる"と。

能力の扱い、剣術、体捌き…元は普通の高校生だった俺が、そのにわか極まる技術であそこまで生きられた事は自分でも誇っているが、そのにわか技術のままではいつか必ず死ぬ。

 

今度は本当に、戦って傷ついて死ぬだろう。

 

そうすれば今回のように蘇る方法もないし、転生することもない。"俺"という存在の終わりを意味する。

 

…………そんなのは嫌だ。

 

予防出来ることは早めに予防する。

未熟ならば、霊力が回復するまでのこの期間で強くなってやろう。

霊力は全盛期の三割、修行するには十分だ。

ここでまずは、幅広い応用が利く"鬼道"をマスターしよう。

 

「まぁ今日はたくさん仕事したし、もう休むか。行こう流廻」

 

「え、ちょっと、まだ理由を聞いてないんですが!?」

 

「いーよそんなの。お前が気にすることじゃないって」

 

「気に"してる"んじゃなくて気に"なる"んです!」

 

俺はこれからの修行メニューを考えながら自室に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜綺城side〜

 

 

ガチャ「双也様〜、休憩しに………今日もか…」

 

裁判が一区切りつき、疲れたので双也様の部屋に来た。

こうして来ると、前までは机に片肘をついて片手だけものすごい速さでペンを走らせていたり、ソファに座って寛いでいたりだったが、何故か最近姿を見かけない。

今まで"この時間帯なら絶対居る"って思っていた時間に来てもいなくなっている。

……どこいったんだあの人。

 

「う〜ん…書類は全部書き終わってるからサボってるわけじゃないんだよなぁ」

 

机に山積みになっている書類の束(厚さ数10cm)を見やる。綺麗な字とは言えないが、余すところなく書き詰められていた。

………まだ昼前だと言うのに、俺たちの倍以上ある仕事をこんなにも早く終わらせるなんて……あの人の頭の回転速度はどうなっているのだろうか…。

 

しばらく考えていると、バンッとドアの開く音が聞こえた。

 

「双也様〜!なんかお茶くれ〜…って、なんでお前が居んだ?」

 

この粗雑な言葉使い、乱暴なドアの開け方。すぐに項楽だと分かった。

悪い人じゃないのは分かるけど、ちょっと苦手なんだよなこの人…。

項楽はドアを閉めずに近付いてきた。

 

「あ〜?なんだ今日も居ねぇのか。全く、ここ最近ずっとだな」

 

「そうだね…どこにいるんだろ」

 

部屋を見回す。特に変なところは無い様だった。

と、そうしていると、ドドドドドという音が聞こえてきた。

…なんか近付いてくるようだ。

 

「「そ、う、や、さ、ま〜〜!!!」」

 

ダンッと踏み込み、飛び込んできたのは陽依ちゃんと夜淑ちゃんだ。

双也様を目当てに来たらしい。

だがあいにく、飛び込んだ先にいたのは項楽だ。

彼は二人に押し倒された。

 

「ねぇねぇ双也様!言われた通りお仕事終わったよ!だから遊んでよ!!」

 

「わ、私も遊んで欲しいですっ!」

 

……もう一度言おう。飛び込んだ先にいたのは項楽だ。

 

「うおあ!? おいコラガキども!!早くどけよ!!首が締まる!!」

 

「あれ、項楽おにいちゃんだ」

 

「あわわ、すいませんっ!」

 

そう言っていそいそと項楽の上から退く二人。

項楽が怒って暴れなくてよかったと思う。

……まぁ彼もそこまで乱暴じゃないか。

 

「ゴメンね二人とも。今双也様居ないんだ。また今度ね」

 

そう言うと、二人は見るからにガッカリした様子になった。なんか……ホントごめんね。

 

「じゃあ双也様探そうよ!!」

 

「どこにいるんですか!?」

 

二人が訴えかけてくる。

陽依ちゃんはともかく、夜淑ちゃんまでこんな活発になるとは…双也様ずいぶん懐かれてるなぁ…。

なんて考えていると、ドアの方から声が聞こえた。

 

「双也様なら、今旧地獄に居るわよ」

 

全員が振り返る。そこには流廻が立っていた。

すぐさま陽依ちゃんと夜淑ちゃんが詰め寄る。

 

「どこ!?それ!?」

 

「一体何しに行ってるんですか!?」

 

「ちょ、ちょっとまって二人とも……」

 

普段よりも勢いの増した二人に気圧されているようだ。

こういう光景を見ると、彼女もまた苦労人なのだと再確認させられる。

 

「でもよ、ガキどもの言うことも最もだぜ?地獄を縮小した話は知ってるが、そこで一体何してんだ?」

 

腕を組んだ項楽が流廻に聞いた。

彼女は陽依ちゃんと夜淑ちゃんを宥めながら答えた。

 

「ん〜…じゃあちょっと見に行きましょうか」

 

即決。先頭は陽依ちゃんと夜淑ちゃんだった。

 

 

 

 

 

 

ヒュッヒュッと音が聞こえる。何か振るっているようだ。

 

「はっ!やぁ!」

 

ドアを少しだけ開き、その隙間から様子を覗く。

双也様は手に青白い刀を持って舞っていた。

 

「せいっ! オラァ!!」

 

ヒュオッと何かが剣から放たれ、先にあった岩を斬り飛ばした。双也様は高くに飛んだ岩を見据え、手の剣を消した。

そして手のひらをかざし……

 

「縛道の六十一『六杖光牢』!!」

 

六本の光の杭が、岩に刺さって固定した。

 

「縛道の六十三『鎖条鎖縛』!!」

 

太い縄のような光が、杭ごと岩を縛り上げる。

 

そして双也様は、左手を突き出して右手で抑えた。

その左手からはバチバチと稲妻の様なものが溢れている。

 

「破道の八十八『飛竜撃賊震天雷炮』!!」

 

そう叫ぶと、その左手から強大な雷の爆撃が放たれた。

それは爆音と共に旧地獄を振動させ、飲み込まれた岩は文字通り塵となった。

 

その光景を目の当たりにし、俺たちは絶句した。

 

「まさか…双也様がここまで強いとはな…予想以上だったぜ…」

 

「すごぉい…双也様カッコいい……」

 

「アレでまだ三割とは…戦慄するわね…」

 

口々と感嘆の声を漏らす。

それほどに衝撃的な光景だった。

 

「つまり、修行してたってことかな?」

 

俺の問いに、流廻が頷いた。

 

「そうね。理由は知らないけど修行してるらしいわ。……そう考えると、私たち邪魔ね」

 

「……そうだね。帰ろうか」

 

上司の現状を把握して満足した俺たちは、各々仕事に戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…行ったか。カッコつけようと無理しちゃったけど…お陰で凄い疲れちまったな……もう休も…」

 

 

 

 

 




鬼道って……良いですよねw

ではでは。


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第六十六話 容赦無い裁判

閑話です。以上っ

ではどうぞっ!!


「ん? 新しい仕事?」

 

告げられた言葉に、あり得ない速度で走らせていたペンを止める。

俺の前で言葉を告げたのは厳治だった。

 

「ああ。双也殿はいつも早くに書類を片付けてしまうだろう? 追加しても問題ないと思うんだが」

 

「いや問題あるんだけど。仕事終わった後に修行してるの知ってるだろ?」

 

「後回しでいい」

 

「良くねぇよ。日々の積み重ねが大事…っておい!引っ張るなよ!」

 

「話は歩きながらする」

 

「は!? 決定事項なのかコレ!?」

 

反論するも、彼の完璧なスルースキルに敢えなく敗北。

終わっていない書類を残して連れて行かれた。

 

修行を始めて早三百年…つまり裁判所での生活も六百年に達した。

仕事の事も修行の事も、部下の管理でさえ板に付いてきて、百年ほど前からは一般の死神達からも普通に話しかけられるようになった。

もう立場とか関係なくなってきている。

このまま進んで、死神と裁判長たちとの上下ですら崩壊してしまわないか心配が募る今日この頃である。

 

そうそう、最近十人目の新しい裁判長が入ってきた。

一般閻魔からの昇進らしいが、その子がまだ俺のとこに挨拶とかしに来ない為名前とか顔が分からない。

なんか凄いドジを踏みまくるとか聞いたけど……暮弥とキャラ被らないと良いな。

つーか"ドジを踏みまくる新入り"とかテンプレ設定だなぁ。作者もうちょっと頭働かなかったのか?

……なんてシミュレーション仮説みたいな発言もしてみたり。

大丈夫、俺はどこかの人外ではないから。

 

「……ど…! …うや…の! 双也殿!」

 

「ん?」

 

「気付いたか。ぼうっとしていたようだが大丈夫か?」

 

「ああ大丈夫大丈夫、考え事してただけだ」

 

「そうか」

 

今までを振り返っていたら自分の世界に入ってしまっていたようだ。

厳治は少しため息をついて話し始めた。

 

「それで、ワシの話は聞いていたか?」

 

「ああいや、悪い…」

 

「……仕方ないな、もう一度言うぞ?今度はちゃんと聞けよ?」

 

厳治は掴んでいた俺の襟を離した。

歩いていく厳治に付いていく。

 

「仕事を頼んだ本当の理由だがな、早い話が人手が足りなくなったんだ」

 

「は? なんで?」

 

「ここ百年程の現世では技術が進歩していてな。その副作用でそれらを悪用する輩が増えたのだ」

 

技術の悪用……この時代の現世じゃあ戦争は当たり前か。

そりゃ死人も増えるわな。

でもそれだけじゃ仕事量が増えただけだろ?

 

「そんな輩が数多の人を殺し、その輩も別の者に殺される…そんな連鎖が続いた結果、所謂"殺人鬼"と言われるような輩がここにも溢れてしまってな。裁判の際に暴れるそ奴らを抑える為に人数を割いた所為で、人手が足りなくなってしまったのだ」

 

「……殺人鬼ね……」

 

人を殺す。それは明確な罪だ。

人を殺すと言うことは、その人と繋がっていた人たちを絶望のドン底に突き落とすという事。計り知れない悲しみを無理矢理背負わせるという事だ。

よっぽどの理由がない限り、俺はそんな奴を許したことはない。許すつもりもない。

 

「気が変わった。待機室で様子を見て、暴れそうな奴は俺の所に連れて来てくれ。俺が直に裁く」

 

「……そうか、分かった。監視役の死神を一人待機させておこう」

 

「よろしくな。…俺用の裁判所は…もちろん用意してあるんだろ?」

 

「もちろんだ」

 

そう言うと、厳治は目の前のドアを開け放った。

 

「ここが天罰神の最高裁判所だ!」

 

さぁ、判決を下してやろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、一人目である。

俺と数人の閻魔がいる裁判所の扉を開けてズカズカと歩いてきたのは、如何にも罪を犯しそうなゴツい顔をした三十代くらいの男。

 

「あぁん? 何見てんだコラ。裁判だかなんだか知んねぇけど、舐めた真似してっとぶっ殺すぞ」

 

うん、こいつ死刑♪

 

「っ!? 何だおま----」

 

「法廷で裁判長に刃向かったらダメだぜ?」

 

裁判長席から瞬歩で移動。降り立ったのは被告人の目の前。

神格化しながら、中指を親指で抑えた状態の手をそいつの額に突き出す。

 

「ヒゲダルマ秘技『鬼デコピン』」

 

額に向けて指を弾く。

裁判所には、ピンッと弾いた音ではなくズドォォオン!!と言う爆音が響いた。

見ていた閻魔たちは開いた口が塞がらなくなっている。

 

コレは本当はただのデコピンである。

"罪人を超越する程度の能力"によって、威力が超々強化されただけの話。

うん、アイツ全然善行積んでなかったみたいだね。威力が全然軽減されてない。生きてたら死ぬレベルに痛いかもしれないけど、"仕事"だからね。

因みに、発動するのに必要な"相手の罪を認識する"事は、裁判前にそいつの資料を見たからクリア済みだ。

 

さぁどんどん行こう。

 

 

 

二人目。

 

「何だただのにいちゃんじゃねぇか。裁判なんてやめてこの白い粉ヤらねぇか?」

 

「鬼デコピン」ズドォォオン!

 

三人目。

 

「ねぇねぇ知ってる!? 腹も懐も肥えてる金持ちのバカってね、私が股開くだけで簡単に金くれるんだよ!? そのあとは殺しとけば----」

 

「ギルティジャッジメント」ドガァァアン!

 

四人目。

 

「私が開発した兵器はそりゃもう凄いものでね!? 感染するとゾンビの様になってドンドン増えていくんですよ! お兄さんも使ってみない----」

 

「それはアウトだ!! 蒼火堕!!」チュドォォオン!

 

五人目。

 

「I Love Rocket artillery so much! And killing people to use it is very very very fun!!」

 

「何で外国人が居るんだよ! しかも言ってることかなり危険だし! 断咎一閃の剣(結界刃ver)!」ドガァァアン!

 

 

 

 

「ふぅ…ふぅ…疲れてきた…」

 

もう何人裁いただろうか。五十人から先は数えてないから…おそらく二百人は超えたと思う。

俺がストレス発散と共に天罰神の力を振るった所為で裁判所は結構ズタズタになっている。

このまま一人一人やっていたら裁判所壊れるかも…よし…

 

「閻魔さんたちよ、待機室の残ってるヤツ全員集めてくれ」

 

「え?」

 

「ここで全員相手するから」

 

「ええ!?」

 

もう面倒くさくなってきたのだ。

この仕事を引き受けて後悔はしていないが、どうしても疲労は溜まっていくもの。

疲れの原因は纏めて処理した方がいい。

 

というわけで集めて貰った。

総勢五十人くらいの暴れん坊たちが目の前にいる。

んだよ、ガン飛ばしてくんなよ。

 

「さてお前ら、裁判とか面倒なのは抜きで行く。俺の精神の健康と他の裁判長達のために裁かれて(散って)くれ」

 

そう言うと、前の方にいた特にゴツい人たちが怒鳴ってきた。

 

「あぁん!? 散るのはワレじゃボケぃ!! 目ん玉くり抜いたろか!?」

 

「調子こいてんじゃねぇぞボウズ!! こちとら今までやんごとねぇ事してきたんじゃい!! おめぇ一人でどうにかなるもんかい!!」

 

………うんうん、個人的にムカついてきた。

覚悟しろよテメェら、マジの地獄見せたるぞ。

 

「ドンと来いやこの腐れヤクザ共ォ!!」

 

「「「オラァァァアアア!!!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

………結果は言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「や り す ぎ で す ! !」

 

「………はい」

 

現在自室。暮弥に正座させられている俺です。どうも。

 

「なんですかアレは!! せっかくの裁判所がメチャクチャじゃないですか!! 罰を与える為に能力を使って傷つけてしまったのは仕方ないでしょう! ですが大乱戦で壊したなんていうのは論外です!! 分かってるんですか!?」

 

「はい…すいません……」

 

被告達を一気に相手した結果、天罰神の最高裁判所なる物は過去の遺物となってしまった。

ちょっとやり過ぎたとは思っている。でもさ?あんなゴツい人たちが鬼の形相で向かってきたら力加減間違えるのも仕方なくない?

焚きつけたのは俺だけどもさ。

 

「聞いてるんですか!?」

 

「はいっ すいませんっ」

 

少し話を聞き逃したらしい。

怒られてる時って妙に聞き逃すの怖く感じるよな。何でだろう。

っとまた現実逃避しそうになった。

暮弥を見てみると、眉間にシワを寄せてふんぞりかえっていた。

 

「もう、今日の所はこのくらいにしておいてあげます。仕事終わりで疲れているでしょうし、何より反省しているみたいですからね!」

 

暮弥はバタンッと扉を閉めて出て行った。

残ったのは、正座している俺と偶然居合わせた流廻、そして何故か部屋に居た陽依と夜淑。

 

「だ、大丈夫双也様? 暮弥お姉ちゃん凄い怒鳴ってたけど…」

 

「……ん。大丈夫…」

 

「無理したらダメですよ双也様。何か欲しいものありますか?」

 

慰めてくる夜淑と流廻。陽依は暮弥に気圧されたのか黙っている。

取り敢えず…

 

「流廻…」

 

「はい」

 

「……なんか美味しいもの作ってくれ…」

 

「…はいはい」

 

その日は結局、流廻の手料理をたくさん食べて元気を取り戻したのだった。

 

 

 

 

 

 




だんだん流廻の株が上がっていく…w

ヒゲダルマは…まぁあの人です。わかる人には分かるはず。

ではでは。


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第六十七話 天界

この章は長くなると思っていましたが、どうやら二、三話多くなるだけになりそうです。

ではどうぞー!


「ふっ はぁ!」

 

ヒュンヒュンと風を斬る。

もう剣舞にも慣れたもので、我ながらかなり美しい舞いが出来ていると思う。

ここに鬼道が混ざる事でものすごい剣舞になるのだ。

 

「せいっ!」

 

旋空で岩を斬りとばす。

浮いた岩は空高くに打ち上がった。

 

「縛道の四『這縄』!」

 

鬼道で縛り、引き寄せる。

岩はかなりの勢いで迫ってきた。

片手で拳を作り、脇に構える。

 

特式(・・)三十一番『赤焔拳』!!」

 

紅い炎がギラギラと光る拳を岩に叩きつけた。

拳からは爆炎が吹き出し、飛んできた岩は爆発による土煙に紛れて文字通りの粉微塵になった。

 

裁判所に来ておよそ八百年。

霊力は予想通り八割程が回復し、あと少しで甦れるというところである。

修行はもちろん欠かす事なく続けてきた。おかげで今の様な鬼道の応用も出来るように。

この説明はまぁ…そのうちしよう。

 

手をグッパして感覚を確認していると、近くから声をかけられた。

 

「あ、あの、双也様!」

 

「ん? ああ伽耶乃(かやの)か。なんだ?」

 

声をかけられた方を見ると、閻魔の服を着た小柄な少女がいた。

彼女は伽耶乃(かやの)

二百年ほど前に、映姫の後任として裁判長となった元閻魔だ。

白髪のセミロングで、身長は映姫よりも少しだけ高いくらい。因みに身長と不釣り合いなくらい胸は大きい。

魅九程ではないが。

……ってアレ? この子の話したっけ? …まぁいいや。

伽耶乃は言葉を少しつっかえながら話し始めた。

 

「え、えと…修行中に申し訳ないのですが…その…頼み事を…聞いてもらえないでしょうか?」

 

「うん? 頼み事? お前ドジは結構踏むけど仕事は出来る方だろ?珍しいな」

 

「あ、ありがとうございます。ど、どうしても、人手を割けなくて…」

 

「ふ〜ん…まぁいいや。それで?」

 

「あ、はい。じ、実はですね………」

 

 

 

 

「で、来てみたは良いけど……ここ広いなぁ…」

 

現在、俺は雲の上(・・・)にいる。

……ん? 聞き逃した?雲の上だよ雲の上。Above the clouds OK?

 

周りを見渡す。

下は一面白で、上は一面青。見事な対比が成り立っている。

でも日差しが直で当たるため少々暑い。だから"暑さを遮断"しておいた。

 

で、なんでこんな所にいるかと言うと……

 

 

 

『天人の寿命狩り?』

 

『は、はい。近年天人たちの寿命も長くなってきまして…その…お迎えの死神を派遣はするんですけど…脅されて追い返されちゃうみたいで…』

 

『他の裁判長たちには?』

 

『頼んでみました。ですが…み、皆さん忙しい様で…部下の死神たちも派遣出来ないらしいんです…』

 

『それで、脅されても平気な上に比較的暇な俺に頼んだと』

 

『す、すいません…失礼だとは思ったのですが…わ、私も仕事が…ありますし…でも! 出来ないのであれば私がどうにか----』

 

『いや、引き受けるよ。正直気は進まないけど……仕事だからな』

 

『あ、ありがとうございます!』

 

 

 

…………という事があったのだ。

ホントこの子熱心だなぁ、他の裁判長と違って凄い綺麗な敬語使うし。

なんて感想を持ったのは俺だけじゃないはず。

 

で、天界があるという雲の上に転送してもらったわけだが……どうにも広過ぎる。

結構歩いているが未だに誰とも会っていない。

俺が来る前に誰かがやっちゃったとかは流石に無いよね?

 

なんて思って歩いていると、少し先に林が見えてきた。

その下には人影も確認できる。

俺は走り出した。

 

「お〜い!そこの天人達〜」

 

近付くと、数人の男女の天人が木の下で鞠をついて遊んでいた。

彼らの一人は、俺に気がつくと少し嫌そうな顔をした。

 

「なんだお前?」

 

「ちょっと聞きたい事があって。ここらであんたらみたいな天人が沢山住んでるとこ教えてくれない?」

 

俺は結構気前の良い感じで話しかけたつもりだった。

当然、普通に答えてくれるとも。

だが現実は違った。

 

「なによ、また死神? 鬱陶しいわねえ。サッサと向こうにお行き! シッシッ」

 

「ここはお前みたいな汚らわしいヤツが来るところじゃないんだよ。さっさと地上に帰れ」

 

「お前みたいな下賤の者に教える義理なんて無いな。知りたかったら土下座しな、ほら!」

 

頭をガシッと掴まれる。

土下座しろって意味なんだろうけど……誰がテメェらみたいな奴に。

 

「縛道の四『這縄』」

 

「な!? なんだこれは!?」

 

身体中を縛られ、身をよじって逃れようとする天人。

でももう遅い。お前らは俺を怒らせた。

 

「破道の十一『綴雷電』」

 

「ぎゃぁあぁああぁぁあ!!?」

 

バリバリバリッと這縄を通して電流が流れた。

残った天人はプスプスと煙をあげて気絶している。

それを見て他の天人達は驚愕していた。

 

「あ、あんた! 私たちにこんな事してタダで済むと思ってんの!?」

 

「そ、そうだ!! 俺たちに手を出したら龍神様が黙って----」

 

「うるさい」

 

焦った様子の男性天人に"破道の一『衝』"をぶつける。

彼は吹っ飛んで木にぶつかり、気絶したようだ。

…脆すぎだろ。最下級の破道だぞ?

 

「ヒィィィ!! お、お前なんかにぃ!!」

 

「破道の四『白雷』」

 

ズドッと女性天人の胸の辺りを貫く。彼女はそのまま倒れた。

手元を見れば、何かのボタンがコロッと落ちていた。

どうやらすでに押されたものらしい。

 

「寿命狩りね……生きすぎる事が悪い事なのかは分からないけど……人を罵るのは明らかに悪い事だな」

 

一連の会話で完全にスイッチが入った。

こっからは"仕事モード"だ。

気絶している三人に"破道の五十四『廃炎』"を飛ばし、燃やし尽くす。

 

「コレは仕事。今までだって許されない事をした奴は天罰で殺してきたんだ。それが俺の神としての使命だし、存在意義。………割り切るしかない」

 

自分に言い聞かせるように、しっかり言葉に出す。

元々殺す事が苦手な俺だ、切り替えを利かせないと途中で失態を犯すだろう。

 

 

理由の無い殺しはただの殺戮。

理由の有る殺しは即ち正義。

 

 

この言葉をまるきり信じるわけではないけど、この言葉には思うところがある。

"殺さなければならない時だけはこの言葉を信じよう"と心に決めているのだ。

 

「ふぅ……ふっ」

 

霊力を解放する。

多数の力を感じるところを発見し、瞬歩で飛んだ。

目を開ければ、そこは中心に宮殿のようなモノの建つ町だった。俺はその外壁の外にいる。

そして……

 

「貴様か!! この天界に背いた死神とやらは!!」

 

俺の周りには、鎧を着込んだ天人たちがいた。

さっきのボタン、恐らくは救護要請の為のボタンだろう。万一のために持っていたわけだな。クズなりに賢い選択をする。

それと……

 

「俺は死神じゃない」

 

「……では何が目的だ!!」

 

怪しむ目でそう言う兵士の一人に、結界刃を発動しながら言った。

 

「寿命狩りさ」

 

「ッ!! かかれぇぇ!!」

 

同時に兵たちが突っ込んでくる。後ろで弓矢隊も構えており、俺狙いの一点集中砲火をかましてきた。

でもまぁ………ぬるい。

 

「縛道の八十一『断空』」

 

突っ込んできた兵、そして放たれた矢もことごとく断空に阻まれ、地に落ちていった。

 

「既に三人狩ったが、もう少し狩っていかないと仕事したうちに入らないんだよ。だから……覚悟しろよ?」

 

刃を構え、兵達に斬り込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

宮殿の脇、町よりも少し高い所に建てられたその屋敷の縁側で、一人の少女が外を眺めていた。

 

「全く、騒がしいわね…」

 

彼女の視線は町で我先にと走っていく天人たちに向けられていた。

その視線はだんだんと上がっていき、宮殿の下に注がれる。

 

「どけぃ!! 我が先に行くのだ! 邪魔をするな!!」

 

「ちょっと退きなさいよ!! 早くしないとココに来ちゃうわ!!」

 

町の天人と変わらず、宮殿に住まう貴族ですら慌てて逃げていく。

彼女の視線は酷く冷たいモノだった。

 

「はぁ…どいつもこいつも、反抗者くらいで騒ぎ過ぎよ。普段から上座で踏ん反り返ってるからそうなるのよ」

 

肘をついた手の上に顎を乗せ、明らかな批判の言葉を呟く彼女の視線は、町の外…外壁の向こう側に向けられた。

 

「その反抗者もバカよねぇ…桃で鍛えられた天人の軍に勝てる訳ないのに。ましてや一人だなんて……救いようがないわ」

 

詰まらなそうな表情で言う彼女の後ろから、柔らかな声がかけられた。

 

「総領娘様、皆避難していますよ。私達も参りましょう」

 

「いいわよ衣玖(いく)。どうせコッチまでは来やしないわ。ここにいましょ」

 

赤が基調の羽衣を纏う、衣玖と呼ばれたその女性は困った顔をしながら返事をした。

 

「しかし万が一という事もあります。総領様が心配なされますよ?」

 

「いいのよ! 避難なんて面倒な事したくないわ!」

 

「総領娘様……」

 

我儘な彼女に頭を悩ませる衣玖。

自らが目を掛ける相手だけに万一にでも怪我をさせたくない彼女ではあるが、その目を掛けられている総領娘本人はそんな事を気にも止めていない。

日々その事に頭を悩ませる衣玖であった。

 

しばしの沈黙の中、ゴォォォオという激しい音が静寂を破った。

 

「何…あの黒い箱……」

 

彼女の視線の先には、数10mはあろうかという巨大な黒い物体があった。

それは少しの間そこに鎮座すると、ガシャァァンと音をたてて崩れていった。

 

「……衣玖、宝物庫に行くわよ」

 

「…総領娘様?」

 

そう言った彼女のつまらなそうな目が、楽しみを見つけたような輝きを取り戻したのを衣玖は見逃さなかった。

しかし彼女が声をかける前に、総領娘は横を通り過ぎて行った。

 

「っ! いけません総領娘様!」

 

すぐに追いかけ、立ちはだかる衣玖。

しかし総領娘は衣玖を押しのけて進んでいく。

 

「邪魔しないで衣玖。あの反抗者、唯の死神と思ってたら違うみたい。こんな面白そうな事滅多にあるものじゃないんだから」

 

「いけません!!」

 

ズンズンと進んでいく総領娘。

衣玖はその肩を掴んで止めようとするが、それは振り返った彼女によって払いのけられた。

 

「行くのよ!! 私は今できる事を全力で楽しみたいの!!」

 

そう叫んだ彼女に、最早衣玖は反論する気が失せてしまった。

彼女はすでに知っているのだ。この少女が、よっぽどの事がない限り一度決めたものを曲げない事を。

自分が止めようとする事が無駄に等しい事を。

 

ならば、と衣玖は覚悟を決めた。

 

「……分かりました。そういうのでしたら、私も参りましょう」

 

「いいわよ! 私一人で行くから!」

 

「総領娘様に何かあっては私も総領様も悲しみます。止めても聞いてくださらないなら、せめて私が守らせていただきます」

 

衣玖の強い視線に、総領娘は言葉を詰まらせた。

しばらく押し黙ると、彼女は重そうに口を開いた。

 

「……分かったわよ。二人で行くわよ」

 

「はい♪」

 

衣玖はニコリと笑った。

総領娘は振り返り、宝物庫の扉をゆっくりと開けた。

そこにあったのは……緋色に染まった一振りの剣。

 

「この緋想(ひそう)(つるぎ)と要石があれば、私は無敵よ!!」

 

彼女は剣を手に、再び縁側に戻った。

今度は衣玖も隣に並ぶ。

 

「行くわよ。準備はいい?」

 

「はい、いつでも」

 

「じゃあ、楽しんできましょ!!」

 

衣玖は総領娘を守るという誓いを、

総領娘は未だ見ぬ楽しい戦いへの期待を胸に、

二人は飛び立ち、空へと舞った。

 

 

 

 

 




次回は戦闘でしょうねー。
長さは…分かりません。

ではでは。


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第六十八話 愉しむ者、発現

久しぶりのガチ戦闘。

ではどうぞ!


天界に存在する都。一際大きい宮殿を中心に周囲へ民家が広がっている。

民家とは言っても、その全てが天人と呼ばれる人間の一種が住む屋敷(・・)が大半である。

彼らは自らが人間であるにもかかわらず、空に住むか地に住むかの違いで地上の生き物を見下し、その者が天界へ入ってくれば罵る…そんな者達だった。

 

特に死神に対しては、他の生き物よりも態度を悪くする。

天界に成る桃の力によって寿命までも伸ばしている彼らは、"寿命狩り"と称して殺しに来る死神たちを酷く酷く嫌っていた。

故に死神を見れば凄まじい悪態をつき、大抵は一人で来るのをいい事に"兵を呼んで八つ裂きにするぞ"などと脅して無理矢理帰していたのだ。

 

 

しかし、今回は違った。

 

 

「ふん、こんなもんか」

 

都の外壁よりも外。

所々に立つ林と、天界特有の白みがかった地面が美しい風景を生み出すその場所は、普段では到底想像できないような凄惨な光景を生み出していた。

 

「兵とは言っても、経験の足りない三流ばっかりだな」

 

木の半分以上がおり倒され、普段はある程度隠れている地面が丸裸になっていた。

そしてその一面は、身体中から血を滴らせる大量の兵だったモノ(・・・・・)で埋め尽くされており、残った木々にもおびただしい血が飛び散っている。

 

 

 

……その中心に、双也は立っていた。

 

 

 

「初めの頃から比べたら、この技も随分上達したよなぁ」

 

そう言い、自分の手のひらを見つめる双也。

服や顔にも血を飛び散らせ、それを気にせず手をじっと見つめる彼の姿は、傍目から見れば酷く不気味で近寄りがたい空気を醸し出していた。

 

パッと顔を上げ、双也は一歩踏み出した。

足元からビチャッと音がした。

 

「立ち止まってもしょうがないし、さっさと向こうの奴らも狩ってこようか」

 

転がる死体をうまく避けながら、双也は丸裸になった林を抜けた。その先にはすぐに外壁がある。

彼は壁を見て呟いた。

 

「……頑丈そうだな、破道で吹っ飛ばすか----!」

 

ドォォオンッ!!!

 

刹那、双也は後ろへ跳びすさった。

直後に彼の居た場所を雷撃と岩石弾が襲ったのだ。その場所は軽くクレーターができている。

双也が雷撃と岩石弾の飛んできた方を見ると、二人の女性が降りてくるところだった。うち、片方は少女である。

 

「流石に一撃では仕留められませんか」

 

「むしろそうでないとここまで来た意味がないわ。簡単に終わったらつまらないもの」

 

落ち着いた女性は、赤と白を基調としたフワフワ浮いている羽衣を纏い、黒いスカートをはいている。

活発そうな少女の方は、青い髪を風に揺らし、白っぽい半袖と、七色に光る宝石のような装飾がついたスカートをはいている。

 

彼女たちは双也の前を降り立つと、指をビシッとさして言った。

 

「さぁ、天界に反抗した愚かな死神よ!! この比那名居天子(ひなないてんし)が来たからには一歩も進ませないわ!! 覚悟しなさい!!」

 

そう叫ぶ天子の隣で、赤と白の女性は仕方なさそうな表情をしていた。

その視線に気付いた天子がジト目で問いかける。

 

「……何よ衣玖、文句ある?」

 

「いいえ、ありませんよ」

 

ニコリと笑う衣玖。

そんなやりとりを見ていた双也は、古い記憶を引き出していた。

 

(比那名居…天子と……衣玖?……こいつら確か…)

 

原作のキャラだったな、と思いかけた瞬間、彼は再び岩石弾が飛んでくるのに気が付いた。

不意打ちだが、冷静に判断して当たりそうなものだけ斬り落とし、自然体に戻る。

その様子を見て天子が言った。

 

「ふ〜ん、やっぱり不意打ちは効かないか。さすが、ここの兵を蹴散らしただけあるわね」

 

「……攻撃した直後なのに喋る暇があるとは…まるで楽しんでるみたいだな」

 

その言葉を聞き、天子は笑みを深くした。

 

「ふふ…そうよ!! 私は! 戦いを楽しみに来たの!!」

 

手に持つ緋色の剣で斬りかかる天子。

それを双也は難なく受け止め、鍔迫り合いを始めた。

 

「だから、簡単に負けてくれないでよね!」

 

天子が片手を地面にかざすと、そこから土でできた大きな棘が突き出した。

双也は、鋭く迫るそれを体を反らして避けると、天子の剣を弾きながら回転して横に斬りかかる。

 

しかし、その攻撃は双也の目の前を掠めた雷撃によって阻止された。

 

「!? ちっ」

 

「隙有り!!」

 

その好機を逃さず、天子が斬りかかる。

不安定な姿勢では双也でも受け切れず、防御の体勢のまま少し飛ばされた。

彼は着地すると、厄介そうな表情をして衣玖の方を見、話しかけた。

 

「……あんたも参戦するのか」

 

「卑怯、とは思わないで下さいね。私は総領娘様のお目付役なのです。怪我をされては困りますから」

 

「なるほど、な!」

 

「!! 避けられた!?」

 

「気配がダダ漏れなんだよ!」

 

話の最中に斬りかかった天子を避け、裏拳を放つ双也。

天子も腕を交差させて防御したが、身体が浮かされ、吹き飛ばされた。

天子と入れ違えるように空に舞った衣玖は、双也に向けて多数の雷撃を飛ばし始めた。

 

「厄介だなぁ…縛道の八十一『断空』!」

 

雷撃を面倒に感じた双也は、断空によって衣玖の雷撃を防ぎ、続けて唱えた。

 

「破道の五十八『闐嵐』!」

 

かざした双也の手のひらから、巨大な竜巻が放たれた。

それは衣玖の放っていた雷撃を巻き込み、威力を増して彼女に襲いかかった。

 

「!!」

 

「まず一人目だ」

 

撃墜の確信を得た双也。しかしその表情はすぐに曇った。

衣玖と嵐との間に巨大な土壁が出現したのだ。

土と風では相性は最悪である。ただでさせ厚い土壁は表面を削られるだけにとどまり、双也の破道を完全に防いだ。

それが崩れ去ると、そこには無傷の衣玖と天子の姿が。

 

「衣玖! やるわよ!」

 

「はい!」

 

手を構える二人。声を揃えて宣言する。

 

「「激昂『神鳴り様の地捲り』!!」」

 

瞬間、双也の周囲の地面から多数の岩が突き出て空に浮かび上がった。

それは一定まで上昇すると停止し、そのそれぞれに雷が落ちる。

 

「!!」

 

雷を纏い、高速で降り注ぐ岩はまるで隕石のようである。双也はそれをうまく避け、あるいは斬り落として捌いていった。

埒があかないと判断した彼は、状況を打開するために宣言。

 

「破道の六十三『雷吼炮』!」

 

空に向けて放たれた雷吼炮は広範囲に広がり、残っていた岩を粉々に粉砕。

その隙に衣玖へ向けて"破道の一『衝』"を放った。

隙を突かれた衣玖はあっけなく飛ばされ、外壁にぶつかった。

 

「衣玖!!」

 

「余所見すんな!」

 

声に反応し、天子は双也の斬撃を受け止めた。

ギリギリと刃のぶつかる音がする。

 

「あなた、妙な術を使うのね。しかもかなり厄介…!それがあなたの能力?」

 

「…そうだ。これ()俺の能力だ」

 

「も、って事は他にもあるって事ね!」

 

「どうか、な!」

 

双也は天子の横腹を蹴り、空から叩き落とした。

彼女は軽く血を吐いて吹き飛ばされた。

 

双也の能力。それを問うたら、もちろんそれは"繋がりを操る程度の能力"だ。

これは元々彼が持っていた能力、つまり先天的なモノである。

しかし能力というのは後天的(・・・)に発現する事もあるのだ。

 

双也が後天的に発現した能力……

それは"鬼道を扱う程度の能力"。

 

そう、彼が今まで"繋がりを操る程度の能力"を応用して使っていた"縛道"や"破道"の総称が鬼道である。

裁判所にいた八百年の内約五百年間、彼はずっとこの鬼道の修行をしていた。

技の構造、効率、コントロール、それらを考え抜き、また扱える様にする為日々努力してきた。

その結果、鬼道というスタイルそのものを彼は極め、能力として昇華させたのだ。

故に今の彼は"繋がりを操る程度の能力"と"鬼道を扱う程度の能力"の二つを持っているのだ。

 

「縛道の六十二『百歩欄干』!」

 

双也は手に杭を作り出し、天子に向けて放った。

近付くにつれてそれは分裂し、天子の身体に沿って地面に刺さった。

 

「!? 何よコレ!」

 

「特式三十三番『蒼龍堕』!」

 

身動きの取れない天子に対し、双也が放ったのは蒼く光る炎で作られた龍。

それは真っ直ぐ天子に向かい、食らいつかんと襲い掛かる。

しかし

 

「! 甘いわよ!!」

 

天子は、杭の刺さっている部分の地面をせり上がらせて抜き、手のひらを地面に当てて宣言した。

 

「乾坤『荒々しくも母なる大地よ』!」

 

天子の周囲から何本もの土柱が突き出す。それはまっすぐに龍とぶつかりしばらく競り合った。

 

蒼い炎と土の柱が衝突した事で、激しい音を響かせると共に周囲へ衝撃波を広げている。

 

「くぅ…中々強いわね…でも!」

 

天子が力むと、更に土柱が突き出して龍とぶつかる。

すると

 

 

ズドォォオンッ!!!

 

 

「くっ…!」

 

「うぅっ…!」

 

衝突部で爆発が起き、天子の技は双也の技と相殺した。

 

「まさか特式を防ぎきるなんてな…思ってたよりは強いらしい」

 

「ふん! あったり前じゃない! なんたって私なんだから!」

 

彼の"特式"は、"特式鬼道"の略である。

これは双也が編み出した、各鬼道に一つずつ存在する応用技。

その多くは普通の鬼道よりも威力が強い技となっている。

先ほどの蒼龍堕は、破道の三十三『蒼火堕』の特式鬼道である。

普通は爆炎として球で放つ蒼火堕を、量を増した状態で龍のように打ち出す事で、範囲的にもダメージ量的にも威力を上昇させた技である。

彼はこの様な強力な鬼道を修行の中で生み出した。

その鬼道を防ぎきった天子には驚きを隠せないでいたのだ。

 

「どうやら、ちゃんとやらないと………!?」

 

結界刃を構え、言おうとした双也は周囲の異変に気が付いた。

 

「…また厄介な技を使うな! 衣玖!」

 

「…光珠『龍の光る眼』…!」

 

彼の周りには、雷の帯を引く複数対の雷弾が、彼の動きを阻害するように少しずつ距離を詰めて迫ってきていた。

衣玖は少しボロボロになった姿で天子に声をかける。

 

「今です! 総領娘様!」

 

「! ええ! ありがと衣玖!!」

 

衣玖の声に答え、緋色の剣を回転させ始める天子。

それを見ていた双也は、逃げ場を塞がれた空中で、迎え撃つ為に構えの姿勢に入った。

 

剣からは凄まじい緋色のオーラが溢れ出し、集中し切った表情の天子が宣言した。

 

 

 

 

 

「行くわよ…『全人類の緋想天』!」

 

 

 

 

 




二対一には初めて挑戦しましたが……今までで一番難しいです。衣玖の出番がちょっと少なかったかな…?
要改善ですね。

ではでは。


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第六十九話 混乱、決着

話数を跨いでの戦闘は初めてですね。これくらいのほうが読み応えあるかもしれません。

ではどーぞっ!


溢れ出るオーラ。

剣の回転に比例してそれはどんどん濃く、強くなっていく。

その力の感覚に天子は自信を、双也は少々の焦りを感じていた。

 

(マトモに食らうのはさけたいな…かと言って、衣玖の技の所為で避ける事は出来ない…迎え撃つしかない…!)

 

衣玖の雷が作り出す檻の中で、天子の技に対抗しうる破道の構えに入る。

彼の結界刃からは凄まじい雷が漏れていた。

 

(なんか対抗しようとしてるみたいだけど…無駄よ!あなたの気質はもう見極めてる!)

 

その双也の様子を見ても、なおも自身の勝利を確信している天子。

それもそのはず。彼女は自身の持つ"緋想の剣"によって双也の気質を見極め、弱点に該当する気質を放とうとしているのだから。

 

人に限らず、生物にはそれぞれ気質というものが存在する。

それはその存在に宿る"気"そのものであり、気質の種類によってその存在の性格などに影響を及ぼす。

そして放出された気質には相性があり、その様相は天気に表される。

 

天子の持つ"緋想の剣"は、天人にしか扱えないが気質を見極める程度の能力を持っており、そして気質自体を変化させる事が出来るのだ。

 

(アイツの気質は"薄雲"! 薄く覆われた心の中に光を現す気質! つまり、全てを吹き飛ばす"突風"を当てればいい!)

 

天子の剣に宿るオーラは最高まで強くなった。

同時に双也も力を溜め終えた。

まるで息があったように、二人同時に技を放った。

 

「特式八十八番『覇龍撃滅天雷極刀』!!」

 

「『全人類の緋想天』!」

 

双也は凄まじい雷の爆撃が形作った超巨大な刀による突きを。

天子は回転する緋想の剣から溢れた"突風"の気質を纏う赤いオーラを。

お互いの最大出力で放ち、その二つは二人の中間地点で衝突した。

 

(勝負なんてもう着いてるわ! 弱点を突かれて平気な奴なんていない! どんな奴の弱点でもつけるからこそ私は無敵なのよ!!)

 

天子の考えは実際正しい。

どんな強者でも弱点を突かれれば平気では済まない。

そして、どんな強者にも弱点は存在するもの。

緋想の剣さえあれば、大抵の者には無敗を貫けるだろう。

 

 

 

………そう、大抵の者ならば(・・・・・・・)

 

 

 

「……? なんで…押し切れないの…?」

 

異変に気付いた天子。

弱点の気質を当てているはずなのに双也の技を貫けないのだ。

彼女はその想像だにしていなかった事態に困惑した。

 

(なんで!? アイツの気質は薄雲、それは間違いない!それに合わせて突風を当ててるのに…なんで押し切れないのよ!?)

 

天子は知らなかったのだ。

"弱点を突く"という行為そのものに弱点がある事を。

確かに、戦いにおいて弱点を突く事はとても良い判断だ。ましてやどんな状況でも弱点を突ける天子はまさに強者である。

 

しかし、弱点というのは"実力の隔たり"によっては意味を成さない。

 

例えば、左腕を失った剣豪が素人の剣士と戦っていたとしよう。

素人の剣士は、勝つ為に明らかな弱点である左側を狙う筈だ。実際懐に入り込み、左側から剣を振り下ろすとする。

力の拮抗した相手ならばそれで終わっていた。

が、剣豪の剣速が素人剣士よりも数倍上回っていたならばどうだろう。

素人の剣士が振り下ろす前に剣豪が剣を弾き、素人剣士を斬って終わりだ。

 

天子と双也の関係は、まさにこの素人剣士と剣豪の関係と同じである。

 

今まで数々の戦いを経て、霊力も経験も尋常ではないレベルに達している双也(達人)に、たかだか数百年生きただけ、強力な武器を持っただけの天子(小娘)が勝てる要素などどこにもない。

ひ弱な兎が、獰猛な獅子に小突いたからと言ってどうなるというのか。

例え弱点を突こうとも、双也の技はそれを凌駕してしまうのだ。

 

 

ゆえに、天子は双也に届かない。

 

 

「どうやら限界らしいな天子!!」

 

衝突の最中、双也はだんだんと勢いが下がってきている天子に言った。

それを聞いた天子はキッ!と彼を睨んだ。

 

「だ…れが…限、界…よッ!!!」

 

天子は回転させている剣を強く突き出す。

すると吹き出しているオーラの勢いも増し、少しだけだが双也の刀が後ろに引いた。

 

「っ! ぉぉぉおおお!!」

 

「はぁぁぁあああっ!!!」

 

勢いを増した二つの力は一瞬拮抗した。

が、次の瞬間には衝突部から衝撃が噴き出し、炸裂。

そのあまりに強い爆発が、二人と、激しいぶつかり合いで近付けなかった衣玖を襲った。

 

「ぐうぅぅうっ!!」

 

双也は外壁の方に、

 

「きゃぁぁあああ!!」

 

天子は林の方に飛ばされ、

 

「総領娘様!!」

 

衣玖は能力を使って衝撃を受け流していた。

飛ばされた天子を心配するも、今は戦いの最中。飛ばされて思うように動けないだろう双也の隙を逃す手はない。

衣玖はすぐさま彼の方へ攻撃を放った。

 

「隙有りです!!」

 

「!! こんな時にっ!!」

 

放たれる雷撃弾に、双也は苦虫を噛み潰したような表情をしながらも対処を試みた。

不安定な体勢だからか所々擦りはしたものの、致命傷は避ける事ができた双也。そのまま地面に叩きつけられる。

 

衣玖は追撃と言わんばかりに宣言した。

 

「雲海『玄雲海の雷庭』!!」

 

彼女と双也を囲うように、広範囲に雷撃が迸り始めた。

網目状に、立体的に、赤外線センサーのように雷撃が張り巡らされ、そしてその一部は双也を狙って放たれている。

 

その様子を確認した双也も宣言。

 

「破道の五十七『大地転踊』!」

 

双也が地面に手をつくと、地面から多数の岩が飛び上がり、衣玖の雷撃を遮った。

その岩が作り出す隙間は、一直線に衣玖の元へ繋がっていた。

 

「まさかっ!」

 

「少し眠っててくれ」

 

双也はその道を瞬歩によって渡り、一瞬で距離を詰めると"意識を遮断する"結界刃を一閃した。

力無く倒れる衣玖を受け止め、地面に下ろす双也。

衣玖を一瞥すると、彼はすぐさま天子の吹き飛んだ林の方へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いっててぇぇ〜…なによアイツ、思ってたより全然強いじゃない…」

 

飛ばされた先で天子は愚痴を言いながら立ち上がった。

言葉とは裏腹に表情は笑っているが。

 

「にしても、随分と物騒な事やってるものね。こんなに血まみれの林は見た事ないわ」

 

彼女が見渡す限りそこは血塗れの惨状だった。

…彼女が落ちたのは、双也が兵を皆殺しにした場所である。

 

「こんな風には死にたくないわねぇ〜…。ま、私が死ぬ事なんて無いけど♪」

 

そう事も無げに言う天子。

一応、彼女が立っているのは死体の池の真ん中である。

その中で、特に気分を悪くした様子も無く、独り言を言う彼女の光景も中々に不気味であった。

 

「まぁ、あんなつまんない生活を続けてるくらいなら死んだほうがマシよね。コイツらもきっと喜んでるわ」

 

 

 

 

 

 

「……今なんて言った?」

 

 

 

 

 

 

独り言を話していた天子にかけられた重く暗い一言。

さすがの天子もビクッと身体を震わせたほどの殺気が向けられていた。

その方を彼女が見ると、酷く冷たい目をした双也が地に降り立つところだった。

彼は再度問う。

 

「今、なんて言ったんだって聞いてんだ」

 

常人ではとても耐えられないような殺気に晒される天子。

それでも彼女は強気に答えた。

 

「ふ、ふん! つまんない生き方をしてたコイツらからすれば、きっと死ねて本望だったでしょうって言ったのよ!

なんか文句----」

 

「仲間じゃないのか?」

 

「………は?」

 

「コイツらは、お前と同族の仲間じゃなかったのか?」

 

双也の視線は先程よりも冷たくなり、明らかに天子を軽蔑していた。

それに気付きながらも、彼女は双也のいう事の意味が分からなかった。

 

「…そうね。確かに同族よ。中には昔遊んだ事のあるヤツもいたし、ちょっとした知り合いも居る。でもそれがなんだっていうのよ」

 

その言葉に、双也は明確な怒りを示した。

 

「それは死ぬ事の意味が分かってないヤツの言葉だ!!」

 

突然怒鳴った双也に少し身体をビクつかせる天子。

それには目もくれず彼は言葉を投げつける。

 

「死ぬってのは酷く悲しい事だ!! それを本当に望むやつなんていない!! 周りの人との関わりや繋がりが切れる事に何も感じないヤツなんているか!!」

 

彼の髪は少しずつ白くなっていく。

これは、命を軽く見ている者に出会うたび彼が散々と説いてきた言葉だ。

双也の頭にいつも刻まれていた記憶と経験である。

人との別れは惜しむもの、死別は悲しむものだと。

彼の頭の中には常にこの言葉があった。

 

……ゆえに、その先の天子の言葉には身を凍らせざるを得なかった。

 

「何を…言ってるの?」

 

双也の言葉に、心底分からないという表情を向ける天子。

そんな彼女に対し、さらなる批判を叩きつけようとした双也だったが、それは天子の言葉によって喉から先には吐き出されなかった。

 

 

 

 

 

 

「そんな価値観を持ってるくせに、なんでこんな平気で人を殺せるの?」

 

 

 

 

 

 

白い輝きが弾け飛んだ。

 

 

 

頭の中では、言葉が反復する。

 

 

 

「人との繋がりが切れるのは辛い…確かにそうかもね。私だって衣玖が死んじゃったら多分悲しむ。でも、それが分かってるのに、なんであなたは他人の繋がりを平気で切ってるのよ」

 

 

 

それを飲み込み、理解し、反発する。

 

 

 

「矛盾してるわ。繋がりが切れるのが辛いって思うのは、実際あなたがそうだからでしょ? なのに、他人に対しては平気でそんな悲しみや辛さを味合わせられる。普通、自分の悲しむ事を他人にはできないでしょ」

 

 

 

紡がれる言葉は、なおも頭の中を駆け巡る。

 

 

 

「私はそもそもこの天界自体嫌いだから他の天人が死んでも何とも思わないけど、あなたは違うでしょ? ここの天人たちには良くも悪くも思ってない。そんな他人を平気で殺せるなんて、およそ人のできる事とは思えないわね」

 

 

 

許容しきれない言葉は悪寒となって、

吐き気となって、

頭痛となって、

そして怒りとなって現れる。

 

 

 

「あなた……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人じゃないのね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……縛道の六十一『六杖光牢』!!」

 

瞬間、怒りを孕んだ双也の宣言が響いた。

天子は反応できずに縛られる。

 

「特式七十九番『八十一式黒曜縛』!!」

 

天子の周りを、十八個の黒い塊が囲う。

そのそれぞれが中心の黒塊と繋がり、天子を縛った。

 

その拘束の硬さに少し顔をしかめた彼女だが、なおも双也に言葉をかける。

 

「なによ、ムカつくからって私も殺すの? 人じゃないってのは流石ね」

 

「黙れ…」

 

「まぁそうやってせいぜい人を殺してくといいわよ。そのうち誰かが復讐かなんかであなたを殺してくれるかもよ?」

 

「黙れ黙れ黙れェェェエエエッ!!!」

 

フラフラと揺れながら絶叫する双也。

彼の鬼道はその現れのようにより一層拘束の力が強まる。その強さに少し苦しそうにする天子には目もくれず、双也は右手を突き出して詠唱を始めた。

 

 

「千手の涯 届かざる闇の御手 映らざる天の射手 光を落とす道 火種を煽る風 集いて迷うな 我が指を見よ」

 

 

双也の周りに高濃度の霊力が溜まっていき、無数の巨大な矢を作っていく。

 

 

「光弾・八身・九条・天経・疾宝・大輪・灰色の砲塔 弓引く彼方 咬咬として消ゆ」

 

 

詠唱を終えると、双也の周りには白く輝く矢が無数に出来、その全てが動けない天子に向いていた。

 

と、その瞬間赤い何かが天子の前に現れた。

 

「お待ちくださいっ!!」

 

天子をかばうように両手を広げて現れたのは、双也の能力を振りほどいて来た衣玖であった。

しかし彼女も息が上がっている。

 

「私たちの負けです!! どうかこの方を殺す事だけはおやめ下さい!!」

 

必死で訴えかける衣玖。

それを聞いた双也は一言だけ答えた。

 

 

 

 

 

 

「ダメだ」

 

 

 

 

 

 

矢の放つ光が強くなる。

それはまるでこの空間を白で塗りつぶすかの様だった。

 

 

 

 

 

 

「破道の九十一『千手咬天汰炮』」

 

 

 

 

 

 

光が、解き放たれた。

 

 

 

 

 




戦闘にシリアス追加! なんかベタな展開ですいません…

ではでは。


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第七十話 人として、神として

少し長引きましたね。

ではどうぞ


……なんだよ。

 

 

 

 

 

『なんで平気で人を殺せるの?』

 

 

 

 

 

なんなんだよ…!

 

 

 

 

 

『およそ人の出来る事とは思えないわ』

 

 

 

 

 

なんで分かったような口を利く!

他人の癖に!

 

 

 

ーーそう、他人。アイツは他人。

出会ったばかりの、赤の他人だ。

 

 

 

やらなきゃいけない事なんだよ…

この世界に転生してから、 俺の使命なんだ!

 

 

 

 

 

『あなた…人じゃないのね』

 

 

 

 

 

俺は人だ! 神薙双也だ!

他の誰でもない、俺なんだ!

 

 

 

ーーそう、俺は俺。

人と天罰神の、現人神だ。

 

 

 

とっくの昔に割り切ったことだろ?

なのに…なんでこんなに苦しい……?

 

悪寒がする。

吐き気もする。

頭が割れるようだ。

 

……どうしたら楽になれる…?

 

 

 

ーーそんなの簡単だろ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺せばいいんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…そっか。これがアイツの罪なのか。

 

知らない他人のくせして分かったような口を利く。

 

言葉の応酬で俺を苦しめる。

 

……全部全部…罪なんだ。

 

 

 

 

じゃあ、別にいいよな? 殺しても。

 

 

 

 

 

 

『人間でもあるあなたが人を殺してはいけない!』

 

 

 

 

 

………誰の…言葉だっけ……?

 

懐かしい……そうだ、アイツだ。初めて殺すのを躊躇ったあのときの言葉だ。

 

 

 

ーーでも、俺は天罰神なんだろ?

 

 

 

…そう、俺は天罰神。その現人神。

死んでこの世界に来た、転生者。

 

 

 

ーー……だからなんだよ?

 

 

 

やっぱり俺は、神である前に………一人の人間なんだ!!!

 

 

 

どこか遠くで、舌打ちが聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「破道の九十一『千手咬天汰炮』」

 

放たれる無数の矢。

それは縛られている天子と、彼女を庇う衣玖に向けられた鬼道。

高濃度に圧縮された霊力の塊である。

 

咄嗟に目を瞑った二人へ、白く光る矢は滑らかに空を裂いて迫り……………横を通り抜けた。

 

 

ズドドドドドドーー……・・

 

 

ゆっくりと目を開いた二人の後ろは、まるで隕石が直撃した後の様なクレーターが無数にできていた。

爆雲は今も立ち込めている。

 

突然、天子を縛っていた強力な術が一気に解けた。

 

「っ! …ふぅ、危機一髪だったわね」

 

「はい…もうダメかと思いました…しかし…」

 

「ええ、アイツ…」

 

二人が向けた視線の先には、肩で息をし、片手を額に当てて苦しそうにしている双也の姿があった。

彼に向け、天子は挑発的に声をかけた。

 

「随分と苦しそうね!! 今なら私が殺してあげるわよ!!」

 

それを聞き、苦しそうな表情をしながらも彼は答えた。

 

「残念だけど……今、死ぬ訳には…いかないんでな…」

 

そう言って彼が片腕を振るうと、そこに黒い空間が現れた。

彼はフラフラとおぼつかない足取りで入っていき、黒い空間は音も無く閉じた。

 

残されたのはボロボロの天子と衣玖のみ。

 

「あの方…どうしたのでしょうか。始めとは大違いでしたが…」

 

「……ふん。アイツ、ただのバカだったのね」

 

何か知っている風に言葉を残し、歩いていく天子。

彼女を追いかけていく衣玖にはその言葉の意味はわからなかったが、とりあえずは一件落着の喜びに身を浸した。

 

「何はともあれ、食い止められて良かったです」

 

そう微笑む衣玖に少し笑いかけ、天子は独り言ちた。

 

「覆われた雲の中に光…"薄雲"……ね。はてさて、アイツはそこまでたどり着けるのかしら…?」

 

言葉は、天界の青い空に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う…ぅぅ…く……」

 

足が上手く動かない。

視界も定まらないし、頭が痛くて前も見れない。

おまけに強い吐き気、激しい動悸。

なんだか重い病にかかったみたいだ。

 

フラフラの足取りでゆっくり歩いていく。

振動が伝わるたび頭がガンガンと痛み、今にも吐きそうになってくる。

壁伝いに自室へ向かっていると、前から声が聞こえた。

 

「あれ、双也様おかえり………どうしたの!?」

 

誰か駆け寄ってきて肩を貸してくれた。

声からして多分綺城だと思うんだけど……もう気力が……

 

「取り敢えず部屋のベッドいくよ!」

 

「う…おう…そう、してくれ……俺もう…眠い…」

 

そこでぱったりと、意識は途切れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「一体どうしたってんだよ?」

 

不意に意識がはっきりしてくる。

ふかふかの何かに寝かされているようで、額のところがとても冷たく心地いい。

頭痛もいくらか引いている。

 

「こんなになるほどの強敵がいたのか?」

 

吐き気はまだ少しあるが、今にもって程ではない。

少しくらいなら歩いても大丈夫だろう。

でもまだもう少し寝ていたい。

身体があまりにだるくて動けない。

 

「う〜ん…外傷は少ないし、おそらく精神的な事だと思うわ」

 

周りが何やら話しているようだ。

あー、今日もコイツら俺の部屋来てたのかな。もしかして全員集まってるのだろうか?

まぁそこら辺は普段から許してることだし、騒がないでいてくれさえすれば問題ない。

もう少し寝るかな……。

 

「す、すいませんっ…私が頼んだばっかりに…双也様に…こ、こんな…」

 

……やっぱり起きよう。

 

「別に、伽耶乃の所為じゃないさ」

 

目だけ開き、視線だけ裁判長達に向けて言うと全員がバッとこっちを向いた。

…正直ちょっとビビった。

 

その裁判長達を押しのけ、後ろの方から伽耶乃が出てきてガバッと頭を下げた。

 

「す、すいませんでした双也様!! 私が…も、もっとしっかりしていれば、双也様が天界に行く事も、無かったのに…! 本当にすみま----」

 

「こら」

 

コテッと軽く頭をチョップする。

伽耶乃は目をパチパチさせていた。

 

「だから、お前の所為じゃないって言ってるだろ。誰が悪いだの言い出したらキリがないし、俺がこうなったのは全面的に俺の所為だ。そもそも戦闘でのダメージはそこまででもなかったしな」

 

「で、でも----」

 

「命令だ。頭をあげろ、伽耶乃」

 

「…はい」

 

すこしだけ納得できていなさそうだったが、伽耶乃はしぶしぶ頭を上げた。

そのまま少しうつむいて、近くにあった椅子にストンと座った。

……今度何かあげるか。元気が出るようなもの。

 

「それにしても、何があったんですか双也様?」

 

一番近くにいた暮弥が問いかけてきた。

何があったって……まぁ……

 

「ちょっと…混乱しちゃってな」

 

「混乱?」

 

そう、俺のあの状態はまさに混乱だった。

俺の思ってた事と、やってる事が噛み合ってないことに初めて気が付いた。

流石に混乱せずにはいられなかったのだ。発狂しなかっただけまだマシである。

なんで今まで気が付かなかったんだろう…?

 

「なぁ、ちょっと聞いていいか?」

 

全員がこちらを見る。

俺は天井を見つめたまま独り言のように呟いた。

 

 

「"俺"って…なんなんだろう…?」

 

 

空気が少しピリッとした。

 

「人としての俺ってなんなんだろう? 逆に、神としての俺って…なんなんだろうな…?」

 

部屋が静まり返ってしまった。

みんな考えてくれているのか、それともボーッとしてるだけなのかも分からない。

ただ、空気は少しばかり張り詰めている気がした。

 

しばらくして、野太い声が部屋に響いた。

 

「う〜む…難しい質問をするなぁ」

 

そう言ったのは厳治だった。

他のみんなも同調するように話し始める。

 

「そうだね…双也様がなんなのか、とか、双也様じゃない俺たちが考えても…」

 

「人として……性格的にはなんの問題もないと思わよ。私的にはね」

 

「神としてか……仕事できるし、戦闘も強いし、神としては十分なんじゃねぇか?」

 

上から順に綺城、魅九、項楽である。

綺城の言うことも最もだと思うが、それでは答えが出せない。

魅九と項楽の意見に対しては…方向性が少しズレていると思う。

 

「やっぱり、尊敬できる上司じゃないですか?」

 

そう言ったのは真琴だ。

んでも、言わせてもらうなら…

 

「それってあなたから見ての双也様像じゃないかしら?」

 

そうそれ、俺も流廻と同意見だ。

真琴の意見では、"俺がどういう存在か"じゃなくて"真琴にとって俺がどんな存在か"になってしまう。

俺の求めている答えとは違う。

 

 

「どちらでも無いんじゃないんですか?」

 

 

ふと、割と小さな声だったが、静まった部屋には十分なくらいの声が響いた。

 

「もしくはどちらでもある…それが双也様なんじゃないですか?」

 

声の主は夜淑だった。

流廻の後ろからヒョコッと顔をのぞかせている。

 

「それ…どういう意味だ?」

 

「だって、人の双也様も天罰神の双也様も、双也様である事には変わりないじゃないですか」

 

「!」

 

その言葉に、全員がピクッと反応した。

確かにそうかもとは俺も思う。

 

「そうだな…。人であろうと神であろうと、俺らが普段から接してるのは双也様に変わりねぇ」

 

「人である事も神である事も、双也様の一部って事だな。特に悩むことなんて無い」

 

みんなはウンウンと頷いていた。

…"悩む事ない"…ね

最後、俺はもう一つ尋ねた。

 

「……自分が抑えられない時(・・・・・・・・・・)って、どうすればいいかな」

 

その問いには流廻が答えてくれた。

 

「自分の抑え方なんて、双也様以外が見つけられる事ではないと思います。私たちがいくら頭を悩ませても、結局は双也様の内側の問題ですから。強いて言うなら…心を強く持つこと、じゃないですか?」

 

「……そう、か……」

 

自分で見つける……か。

時間はかけてもいい、自分で見つけて、自分で処理しないといけないって事か。

 

「ありがとなみんな、答えてくれて」

 

「…結局なんで混乱してたのかわかってませんけどね…」

 

ザッとみんなを見回して言った。

真琴の空気を読まない発言は取り敢えずみんなで無視だ。

 

「じゃあ、双也様も回復したようですし、私たちはもういきますね。お大事に」

 

「「おだいじに〜双也様ぁ〜!」」

 

「安静にしとけよ双也様」

 

「今度なんか持ってきてやるわ、じゃあね」

 

「お大事に、双也様」

 

「では、安静にしてて下さいね」

 

「ちゃんと水分を取っておけ双也殿」

 

「じゃ、双也様。お大事に」

 

九人は一言ずつ残して部屋を出て行った。

最後には伽耶乃が残っていた。

 

「あの、双也様……」

 

「ん?」

 

「す、すみませんでした! お大事になさってください!」

 

ペコッと頭を下げ、伽耶乃は去っていった。

それを見送ると、部屋が妙に静まり返った。

もう一度ベッドに潜り込む。

 

「人の俺と神の俺……一体、いつから……」

 

湧き上がった言い知れない不安が溢れる。

このまま目を瞑ってしまえば溺れてしまいそうなほどだった。

 

今の俺は(・・・・)……人…だよな」

 

この日は、いつまでたっても寝付くことができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「双也……こうなってしまったのは私の責任…。必ず…救ってやるからの…!」

 

 

 

 

 




……理解できたでしょうか…?

ではでは。


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第七十一話 辿り着いた世界

長かった…ホントに長かった……

では、地獄の裁判所編最終話…
どうぞっ!!


「準備はいいか?」

 

俺を囲うように並んだ裁判長たちに問いかける。

見回すと、それぞれ頷き返してくれた。

 

「じゃ、頼むな」

 

裁判長達は両手を胸の前で合わせ、全員が呼吸を合わせて霊力を解放し始めた。

 

今俺は裁判所内のある大部屋に裁判長達と共に来ている。

そこはあまり光の通らない部屋で薄暗く、床には巨大な太極紋が描かれている場所だ。

俺はその中心に、裁判長達は等間隔に並んで立っていた。

ここで今から何を始めようかと言うと………所謂"復活の儀式"と言うやつである。

 

そう、この裁判所にきてから約千年経った。

つまり、やっと俺の霊力が完全回復したのだ。

ホント、超長かった。

 

霊力が回復し切ったからといっておいそれと現世に戻れるわけではなく、十人の裁判長による大掛かりな術を受ける必要がある。

その為の部屋がここ、という訳である。

 

裁判長達の霊力はいつの間にかとんでもない大きさになっていた。

 

「みんな…いくよ!」

 

「「「はい(おう)!」」」

 

綺城が掛け声を叫ぶと、全員の霊力が共鳴しているように部屋中に響き始めた。

同時に床の太極紋も光り始める。

 

「「「「輪廻返(りんねがえ)し『流魂顕世対陣回帰(るこんげんせいついじんかいき)(ほう)』!!」」」」

 

全員が両手を床にバンッとつけると、太極紋がの光が一層強くなって部屋に充満。

やがてその光が俺の胸あたりに集まったかと思うと、そこには薄い青色で描かれた小さな太極紋が浮かんでいた。

 

「成功…なのか? 何だこの小さい太極紋?」

 

「それは双也様の霊力を納める器…早い話が身体、です」

 

暮弥が丁寧に俺の疑問を解いてくれた。

一瞬ん?と思ったが、よく考えればここは"あの世"の部類。

肉体が直に存在できるわけがないと言う簡単な話だった。

 

と、言うわけで

 

「お前らともお別れか…」

 

現世に戻る為に彼岸まできた。

裁判長達はみんな少し涙ぐんでいる。

……いい部下を持ったみたいだ。

 

「うぅぅ…双也様ぁぁあ〜…」

 

「そんなに泣くなよ陽依。生き返るんだから祝ってくれよ」

 

「ぐずっ……うん…」

 

いつもは元気いっぱいな陽依は泣きじゃくっていた。

慰めながら、優しく頭を撫でてやった。

なんだかんだいって陽依と夜淑ともよく遊んだなぁそういえば。

 

「双也殿がいなくなると…寂しくなるなぁ…」

 

「厳治、元気でな。あんまり酒飲みすぎるなよ」

 

「分かっとる…」

 

厳治ですら涙を溜めていた事には驚いた。

が、嬉しい事は嬉しい。長生きを願って別れを告げた。

…どうでもいいけど、映姫の時もこんな事を言っていたような…まぁいいか。

 

「双也様よぉ、俺ぁ一回くらい戦ってみたかったぜ…一応、目標にしてたんだぜ…?」

 

「項楽、お前はまだ強くなれるさ。また機会があったら相手してやるよ」

 

「…おう」

 

項楽は手で顔を抑えて答えた。

目標にされてたのは初耳だったが、彼が強くなりたいと思っていたのは知っていた。

…正直に言えば、俺も一度は戦ってみたい。裁判長'sで最も強い奴だからな。

 

「双也様…現世でも…元気でいて下さいね」

 

「ありがとな流廻。なんだかんだ言って一番世話になった。感謝してるよ」

 

「……はい…!」

 

涙を流しながら答える流廻。

映姫が去った後の差し入れとか、休憩中の飲み物とか、結構流廻に頼った部分はたくさんある。

ホントに、感謝の気持ちでいっぱいだ。

 

「そ、双也様…皆さんよりは、短った、ですけど…今まで、ありがとうございました…!」

 

「おう。伽耶乃は出来るヤツなんだから、ドジをふむところだけ気をつけてな」

 

「は、はいっ!」

 

相変わらずの舌ったらずさで言ったのは伽耶乃。

映姫の後任として上司部下の関係になったが、この娘とも短くない付き合いだ。

ドジに巻き込まれた事も多々あったが、楽しい時間だった。

 

「双也様…お別れだね」

 

「ああ、元気でな、綺城」

 

「……うん」

 

綺城とは拳をぶつけ合った。

一番仲が良く、話をした男友達。本当にたくさんの思い出ができた。

そういう意味では綺城にもとても感謝している。

 

最後まで真面目な顔で、それでも涙を流す暮弥。

意外とピュアに別れを惜しんでくれた魅九。

結構な大泣きをしていた真琴。

みんなと別れを告げ、俺は舟に乗った。

みんなは、こちらから見えなくなるまで手を振ってくれていた。

 

これからは、隣にあいつらは居ない。

そう思うと、胸の奥がギュッと苦しくなる感じがする。

やっぱり少し、寂しい。

溢れそうになる涙をグッと堪え、舟に座った。

 

「双也様、普通に現世に戻るんですよね?」

 

俺の乗る舟の船頭をしている死神が聞いてきた。

…勘違いされると困るからちゃんと言っとこう。

 

「いや、幻想郷って世界の裁判所まで行ってくれ」

 

「裁判所? …ああ…」

 

首をかしげ、すぐに何か思い当たった声を上げる死神。

舟はスイスイと進んでいった。

 

 

 

 

 

 

「……や…ま! 双也様!」

 

「ん…?」

 

死神が俺を揺らした事で目が覚めた。いつの間にか眠ってたらしい。

まぁ結構時間かかるとは分かってた事だし、別にいいのだが。

死神は俺の顔を覗き込んで言った。

 

「着きましたよ。ここが幻想郷地域の裁判所です」

 

目の前には、前の裁判所に引けを取らない立派な建物が立っていた。

赤や橙、黒を使った中国風の立派な建物。

うむ、見事だ。

 

「お? おおお!? 旦那じゃないか! 久しぶりぃぃ!」

 

彼岸に降り立つと、横の方から聞き覚えのある元気な声が聞こえた。

それにこの呼び方。

 

「久しぶりだな小町! 裁判所の通信以来だな!」

 

「いやぁホント久しぶりだよ! 実際に会ったの何年前だい?」

 

「ん〜…七百年くらいは経ってるな。小町も変わってないようで何よりだよ」

 

「ふふん♪ 旦那もね♪」

 

相変わらずノリが軽い。

それが小町のいいところであり、俺の好きな所なのだが。

 

「? 旦那、その胸のとこの…それなに?」

 

小町は胸のところの太極紋を指差して言った。

そうだ、報告しないとなっ!

 

「小町、俺ついに霊力が回復し切ったんだ。この紋はいわば俺の器」

 

「おお! ついに生き返るんだね! 良かったじゃないか! 映姫様もその心配ばっかりしてたんだよ?」

 

「映姫が?」

 

こりゃ驚いた。前の裁判所を旅立った後は仕事が多く、映姫に俺を心配する余裕なんて無いモノと思っていたが。

まぁ取り敢えず、顔を出しておこうか。

 

「小町、映姫のとこに案内してくれないか?」

 

「ん。じゃあついてきて」

 

送ってきてくれた死神に礼を言い、小町に案内してもらう。

内装は前の裁判所と大きな違いは無かった。

 

「ほら、ここだよ旦那。私は仕事場に戻ってるね〜」

 

「おう」

 

ドアノブに手をかけ、ゆっくりと捻ってドアを開ける。

覗いた隙間からは机についている映姫が見えたのだが…

 

シュガガガガガガッ

 

もう少し開くと、もはや残像が残るレベルの速さで動いている彼女の手が見えた。

 

「ん? 小町ですか? 覗いてないで用があるなら……」

 

俺の呆れた視線と、映姫の視線が重なった。

 

「…双也…様…?」

 

「お、おう映姫、久しぶり」

 

「双也様ぁぁああ!!!」

 

軽く手を上げて答えると、映姫は走って飛び込んできた。

…あれ? こんな活発だったっけ?

 

「双也様! 七百年ぶりです! 遂に霊力が戻ったんですね!?」

 

「えっ、なんでそれ知ってんの?」

 

突然の事で驚いた俺に、映姫は得意げな表情を向けてきた。

 

「ふふ、何言ってるんですか。霊力が回復するまで裁判所で仕事をする…これを提案したのは私ではないですか。年を指折り数えていたんですよ」

 

「ああ、なるほど…」

 

そう言えばそうだったが。

映姫はやっぱり面倒見がいい。

そうやって話していると、俺の視線は机の上の書類に移っていった。

 

「? あの書類ですか?」

 

「ああ。さっき、随分な速さで書いていたからな。前より早くなってないか?」

 

裁判所に着きたての頃を思い出す。

あの頃は映姫の仕事スピードにひどく驚いた(呆れた)ものだ。

まぁ、今となってはあのスピードを超えた自信はある。あったのだが……さっきの速さを見てその自信は粉微塵に砕けてしまった。常識が全く機能してない。

 

「はい。前よりも速くなっていますよ。今では十五分もあれば全て片付きますね」

 

「いやそれはおかしい。物理法則叩き壊してるから」

 

なんと、俺の四倍の速さだった。

俺は普段一時間で厚さ10cmの書類の束を終わらせているのに……一人で管理してるから自然と速くなったのかな? いやそれにしたって度が過ぎてる。

映姫はきっと天才なんだろう。うんそうなんだよきっと。

 

……うっかり現実逃避しそうになった。

 

 

「それで、これからどうするんですか?」

 

にこやかだが、少し真剣な表情になった映姫。

どうってそりゃ…行くよ、幻想郷に。

 

「幻想郷に入る。ここには顔を出しに来たんだ。せっかく来たのに、映姫の顔を見れないんじゃ勿体無いからな」

 

「ふふ、ありがとうございます。私もまた双也様に会えてよかったですよ」

 

じゃあ、行きましょうか、と映姫は切り出し、何か黒いモノを手に取って部屋を出た。

ついていくと彼岸が見えてきた。

どうやら三途の川を渡るようだ。

 

「お、旦那に…映姫様? なんで??」

 

「小町、私達を向こうまで送ってください。双也様を見送りますよ」

 

「! そういう事なら!」

 

ユラユラと揺れる小舟に乗る。

そういえば、死んでから最初に会ったのが小町だったか…初めは幻聴だと思って、"幻聴ちゃん"とか呼んだな…懐かしい。

そんな事を思ってると、どうやら岸についたらしい。

なんか短かった気もするが…まぁそこは小町の配慮なんだろう。

 

少し岸を歩いて行くと、前を歩いていた映姫と小町が立ち止まった。

 

「双也様、ここに結界が張ってあります。向こうの世界と、この世界を繋ぐ結界が緩んでしまった場所へ繋がっています。この結界を越えれば現世…幻想郷です」

 

「この先は"無縁塚"ってところでね。旦那の好きな桜とか彼岸花がたくさん咲いてるところさ」

 

二人が軽く説明してくれる。

つまり…ここで二人ともお別れって事だ。

 

「うん、ありがと二人とも。ホントに、千年間ありがとう」

 

俺にしては珍しく、ちゃんと頭を下げてのお礼の言葉。

それくらい感謝してるって事だ。

俺の事も、幽々子の事も。

 

「ふふふ、今日くらいは素直に受け取っておきましょうかね、小町」

 

「そうですね。もうお別れですし」

 

普段なら"頭をあげてください!"と言うところだが、今回はしっかり受け止めてくれたようだ。

誠心誠意の感謝の意だ、そういう心遣いはありがたい。

 

「双也様、行く前にコレを」

 

「ん? これは…服か?」

 

頭をあげると、映姫が出がけに手に取った黒いモノを差し出してきた。

広げてみると、それは一着のガウンだった。

 

「私達からの餞別です。双也様はずっとその服を着ているでしょう? もうあちこちボロボロですし、良かったらその服を着てください。私達閻魔の制服と同じ素材で作ってある頑丈な物です」

 

「…分かった。ありがとな」

 

ボロボロのブレザーを脱いで黒いガウンに袖を通す。サイズがぴったりで着心地がいい。

ガウンにはフードが付いており、ボタンはあるものの前が開いていた。

そしてその裾には、白い糸で大きく、一輪の彼岸花が描かれていた。

 

「…いい服だな、コレ」

 

「ありがとうございます」

 

向き直って進み、手を軽く突き出す。

手のひらには確かに結界の感触があった。

 

「じゃあな映姫、小町。またいつか会うまで」

 

そう言って結界の中に身体を進めた。

同時に胸の太極紋が身体の中に入っていき、光に包まれるのを感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い永い旅の果て。

遂に幻想への第一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 




やっと…やっと幻想郷入りですねっ!!

まさか七十話も使うと思ってませんでした。この調子で行ったら完結まで百四十とか必要になりそうですw

あ、今回と一緒に、第二回プロフィール公開を載せました。今まで出てきた単語とか技の説明、オリキャラの説明まで加えたので凄い長さになった次第でございますw。見ていってくれると嬉しいです。

あと一つ補足を。
最後辺りの映姫のセリフ「双也様、ここに結界が〜〜」の部分。
"結界が緩んでしまった場所に繋がっている"、というのは、"結界を超えれば転送される"的な意味と捉えてください。
……無理やりですが、そのまま幻想郷に入ると妖怪の山の裏手に出てしまって…話を作るのが…その…アレなんで。

ではでは。


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設定紹介 その二
第二回 双也"達"のプロフィール?&諸々 【人物パート】


さぁ第二回がやってまいりました。双也くんなどは前回と記述が変わっているので、改めて読んでみるのをオススメします。
あと不要なモブなキャラは飛ばしていきます。

注意事項 : 今回イメージとして双也の挿絵を入れておりますが、iPhoneからのログインで編集したので正しく表示されているかが定かではありません。ダメだった場合は、申し訳ありませんが挿絵は無しという事で了承下さい。

ではどうぞー!


神薙双也(かんなぎそうや)

 

《性別》 : 男

 

《種族》 : 現人神

 

《二つ名》 : 断ち繋ぐ最古の現人神

 

《能力》 : 繋がりを操る程度の能力、鬼道を扱う程度の能力

神格化時 : 罪人を超越する程度の能力、力を抑える程度の能力

繋がりを操る程度の能力、罪人を超越する程度の能力、力を抑える程度の能力は、前回の項を参照。

鬼道を扱う程度の能力は、彼が裁判所にいる間の修行の成果として発現した能力。某死神漫画の鬼道を使う事ができる。その鬼道にはそれぞれ一つずつ、特式と呼ばれる応用技が存在し、その威力はオリジナル以上のモノが多い。

 

《容姿》: 大体中の上ほどに整った顔立ちで、茶色がかった少し長めの黒髪に黒い目を持つ。

外界で着ていた制服(ブレザー除く、シャツの裾出し)に、裾に彼岸花の刺繍が入った黒いガウンを着ている。因みにフード付き。

 

 

【挿絵表示】

 

 

《性格》 : 基本的には面倒くさがり。その行動も自然と楽に済む方へ流れていく。しかし頼まれた事や、一度引き受けたものはしっかりこなす真面目さもある。

気質は"薄雲"と呼ばれ、薄い雲に覆われた心に希望を宿しているという(天子談)

今までの経験からか生き物を殺す事に抵抗があり、また命を軽く見ている者や他人を見下す者には容赦をしない傾向がある。仕事の為に気持ちを切り替えた時には、天罰を下して殺す事も割り切るようにしている。しかし、天子戦の後はその事にも疑問を持つようになったようである。

口癖は"まぁいいか"

神格化時は"お前の罪は〜〜だ!"

 

 

 

 

稲穂(いなほ)

 

《性別》 : 女

 

《種族》 : 人間

 

《二つ名》 : 神と仲良しな巫女さん

 

《能力》 : 特に無し

 

《容姿》 : 薄っすらと若葉色を纏うセミロングの髪をしており、いつも巫女服を着ている。因みに脇は空いていない。

国の殆どの男が憧れる美人であり、彼女が訪れた店は大体繁盛すると言う(理由はお察し)

双也の友人、東風谷早苗に良く似ており、彼は"もしかしたら先祖ではないか"と思案している。

 

《性格》 : 家庭的で、誰に対しても優しい。例え自分が迷惑していることでも"強く言ったら傷つけてしまう"と考えて、一人で抱え込んでしまう。家族の事は大切にしており、天寿を全うする最後まで愛していた。

 

 

 

 

倉奈(うかな)

 

《性別》 : 女

 

《種族》 : 人間

 

《二つ名》 : 若葉色の巫女の娘

 

《能力》 : 特に無し

 

《容姿》 : 見た目としては親である稲穂によく似ている。ただ少しだけ幼さの残る顔立ちをしている。しかし二十歳頃に至っては親譲りの美人になった。

 

《性格》 : 稲穂よりは活発で、元気がある。優しさは親と同じくらいだが、小さかった頃から双也に"優しすぎるのも良くない"と教えられていた為、切り替えはちゃんとつけている。

昔から世話をしてくれた双也を兄として慕っており、"お兄ちゃん"と呼んでいる。

 

 

 

 

 

伊勢日女(いせのひるめ)

 

《性別》 : 女

 

《種族》 : 神

 

《二つ名》 : 日の本最高神 または全てを照らす太陽の光

 

《能力》 : 光を司る程度の能力

光とは、すなわち太陽の事を表し、その光と熱、炎を扱う事を意味する。太陽の光は古来より浄化の力を宿すと言われ、日女が扱う光にも同様の効果がある。その光と熱を使った技の数々は、現時点で存在する神の中でもトップクラスの威力を持つ。

 

《容姿》 : 人間では大抵の者を一目惚れさせかねない美しさを持っている。言い換えるなら上の上。長い髪をしているが、身体から発せられる光のせいで橙色に見える。神特有の羽衣の様な物を着ており、意外と露出が多い。

 

《性格》 : 日本の最高神、アマテラスオオカミなので性格も厳格…と思いきや、他の神達が翻弄されてしまうほど自由な性格。会議などの真面目な場でなければ、他の神達にも"日女"と呼ばせるほど。

快活で常に明るい。そのため自然と笑顔も多く、神社を抜け出ては町で笑顔を振りまく所為で彼女を女として慕う人も少なくないとか。

 

 

 

 

 

八神創顕(やがみそうけん)

 

《性別》 : 男

 

《種族》 : 神

 

《二つ名》 : 神器の皇祖神 または神器のスペシャリスト

 

《能力》 : 神器を創造する程度の能力

その名の通り、自らの神力を使って神器を作ることができる。込める神力の量によって鋭さや硬度が変わる。因みに、込める神力の量が多いほど作るのに時間がかかる。

複数の神器を同時に創造することもでき、空中に無数の矢を生成して雨を降らせる…なんて荒技もやってのける。

 

《容姿》 : 短めに切られた銀髪に、鍛え抜かれた身体を持つ。背の高さは双也より少し高いくらいだが、その体格のせいで一回り大きく見える。

 

《性格》 : 真面目であり、仕事をきっちりこなす。上下関係は割と大切にしており、目上の者には常に敬語を使う。(当たり前の事ではあるが、日女などはそのフレンドリーさからタメ語を使う神も少しだけいる)

日本の神、タカミムスビノカミその人であり、治める国の民の為ならば容赦が無い。それが例え元自分の部下であっても、自分の責任だと割り切ってしまう。

 

 

 

 

八咫烏(やたがらす)

 

《性別》 : 男

 

《種族》 : 神 (化身)

 

《二つ名》 : 太陽の化身 または最高神の部下

 

《能力》 : 核融合を操る程度の能力

太陽の化身だけあり、本来は太陽の内側で行われている核融合のエネルギーを扱うことが出来る。それを使った一撃は日女の技に匹敵するものもあるとか。

他には、化身としての能力で"五感を共有する"などの能力がある。

 

《容姿》 : 目にかかるくらいの長さで、赤いメッシュの入った黒髪をしている。顔立ちは整っており、首には小さな鏡のような物がついているネックレスをつけている。

 

《性格》 : 言葉は常に敬語を使っているが、少々人をからかったりとおちゃらけた一面を持っている。仕えている日女には忠実で、言いつけは必ず守っている。

余談だが、"八咫烏"は神名で、名は明らかになっていない。

 

 

 

 

太刀風嵐(たちかぜらん)

 

《性別》 : 女

 

《種族》 : 天狗

 

《二つ名》 : 吹き荒ぶ頂点の風

 

《能力》 : 旋風を操る程度の能力

風を発生させ、渦を巻き、その風の回転力であらゆる物を粉砕する能力。その気になれば、山をすっぽり包む程の竜巻を起こすこともできる。風の回転速度や量も操れる為、能力発動中の嵐に近付くとカマイタチで斬れてしまったり、暴風によって身体が千切れ飛ぶ事もある。名前のイメージ以上に強力な能力。

 

《容姿》 : 長い黒髪で、所謂アホ毛がピョコッと出ている。服は大体白が基調で、普通の天狗装束の少し豪華なverと言ったところ。

目付きはいつもキリッとしており、とても凛とした雰囲気を持つ。ただし子供絡みになるとそれも消し飛ぶ。所謂カリスマブレイク。

 

《性格》 : 天狗社会の頂点として、いつも真面目でいる。その人柄や強さから、部下の天狗たちからの信頼も厚い。

ただ、超が付く子供好きで、山の天狗の殆どの名付け親となっている。子供であれば人間と遊ぶのも苦では無い。むしろ喜んで遊ぶ。

 

 

 

 

 

厳治(げんじ)

 

《性別》 : 男

 

《種族》 : 閻魔

 

《二つ名》 : 裁判所の雷親父

 

《能力》 : 雷を落とす程度の能力

この"雷を落とす"というのは、彼自身の怒りに比例して落ちる雷である。罪状を聞き、それに対しての怒りが雷となって魂に落ちる。

双也の"罪人を超越する程度の能力"に似ているが、あちらは雷以外のモノでも天罰とすることができるし、双也自身の怒りは関係ないので別物である。

 

《容姿》: まさに厳つい親父さんと言った風貌。白髪を短く切りそろえ、髭を生やしている。服は映姫などと同じような模様の閻魔制服である。

 

《性格》 : 名前の通り厳格。ルールには割と厳しく、周りの事や仕事を優先させる。仲間意識が薄いと言うわけではなく、ちゃんと双也やその他の閻魔達のことも大切な仲間だと認識している。

双也の事は"双也殿"と呼ぶ。

 

 

 

 

陽依(ひより)

 

《性別》 : 女

 

《種族》 : 閻魔 (天罰神)

 

《二つ名》 : 昼の天神娘

 

《能力》 : 罪人を罰する程度の能力

罪人の罪の量に比例して天罰を下す能力。

純粋な天罰神の実子なのでこの能力を持っているが、その性能は双也の下位互換に当たる。まだ幼い為扱いもイマイチで、力を抑える事が基本的に出来ない。

 

《容姿》 : 太陽色の長めの髪をツインテールにしている少女(ロリっ子)。閻魔の制服を着てはいるが少しダボついていて、正装に身を包む、と言うよりは包まれている。

身長は大体双也の腰あたり(双也の身長が約170cmなので大体120cmくらい)。

 

《性格》 : 常に活発で、名前の通り明るい性格。活発過ぎて妹の夜淑によく止められる。遊び半分の気分ではあるが、裁判はちゃんと出来る。代わりに書類仕事が何も出来ない。ホントに、何も。

遊んでくれる人は基本的に大好きであるが、種族が近い為か双也には特に懐いていた。別れる時には大泣きしたほど。

いつも妹の夜淑と一緒にいる。

 

 

 

 

 

夜淑(やよい)

 

《性別》 : 女

 

《種族》 : 閻魔 (天罰神)

 

《二つ名》 : 夜の天神娘

 

《能力》 : 罪人を罰する程度の能力

陽依の項を参照。

 

《容姿》 : 夜のように黒い髪をロングにしている。身長や顔立ちは、陽依の双子の妹なので同じくらい。制服はちゃんと自分のサイズにあったものを着用しているのでダボついてはいない。

 

《性格》 : 話さないわけではないがおとなしめな性格。自分と反対に活発な陽依の歯止め役となっている。長らくそんな立ち位置だったからかとてもしっかりしている。

陽依と同じく、表にはあまり出さないが遊んでくれる人は大好き。しかし双也と遊ぶとなるとその感情が表に出てきて、陽依と似たり寄ったりになる。

 

 

 

 

真琴(まこと)

 

《性別》 : 男

 

《種族》 : 閻魔

 

《二つ名》 : 地獄の菩薩裁判長

 

《能力》 : 改心させる程度の能力

そのままの意味。罪人の罪状を聞き、その事について説得する。能力のおかげで罪人はそれを素直に聞き入れることができ、結果改心する。

この能力の影響で、真琴の担当する裁判では地獄行きになった魂は今の所ゼロである。それゆえの二つ名。

 

《容姿》 : 肩にかからない程度に切りそろえた黒髪をしている。裁判長の中でもかなり"青年"という言葉が似合う部類で、結構細めの身体をしている。

 

《性格》 : 根は真面目なのだが、やる事や話す事が空回りすることがあり(能力は任意発動の為)、そんな発言をした時はみんなで無視するのが暗黙の了解となってしまっている。

感情は豊かで、怒るときはちゃんと怒るし、泣くときは大げさなほどに大泣きする。

常に敬語を使う。

 

 

 

 

項楽(こうらく)

 

《性別》 : 男

 

《種族》 : 閻魔

 

《二つ名》 : 最も強い悪徳裁判長

 

《能力》 : 逆転する程度の能力

身体の回転だろうと勝負の有利不利だろうと、問答無用に逆転させる事が出来る能力。閻魔内最強を誇る項楽らしい反則級の能力である。裁判ではこの能力を使い、罪人の逆転を更に逆転させて、まさに"取り付く島がない"状態にさせる。ゆえに、真琴とは反対で彼の担当裁判では、天国行きになった魂は今のところゼロである。

ただし、戦闘において力の差が大きいと、逆転させてもすぐに形勢を戻されてしまうので意味がなくなる。

 

《容姿》 : 茶色の髪をバックにし、少しだけ纏まった髪が前髪となっている。目つきはあまり良くなく、まさに"不良"といった感じ。閻魔の制服はかなり着崩しており、チャラチャラしている。

 

《性格》 : 見た目に違わず言葉使いは荒い。双也に対しても、"様"をつけてはいるものの大半がタメ語である(殆どの裁判長はタメ語であるが)

やはり不真面目かと思いきや、裁判長なだけあって仕事はちゃんとこなす。

戦闘の強さに関して双也に憧れており、一度は戦ってみたいと思っている。

怒りっぽいがほとんどはすぐ収まる。暴力に出ることも多くはない。ただし理不尽な事については別。問答無用で実力行使に出ようとする。

その性格からか、暮弥とは仲が悪い。

 

 

 

 

暮弥(くれや)

 

《性別》 : 女

 

《種族》 : 閻魔

 

《二つ名》 : 地獄一危険な逆鱗

 

《能力》 : 変換する程度の能力

変換とは言っても一種類のみである。それは、怒り→霊力。自らの怒りを糧として霊力を底上げする能力である。

厳治の能力と似ているが、比率はこちらの方が高い。

その上名前の事やドジをふむ所など、暮弥の怒るポイントは割と沢山あるので"怒らせてはいけない人No.1"と言われている。

 

《容姿》 : 黒く長い髪を後ろで三つ編みにしており、前髪の所にはヘアピンが付けてある。身長は双也よりも少し高く、制服はキッチリ過ぎるほど綺麗に着ている。

 

《性格》 : 一言で言うなら"委員長"である。真面目で仕事もこなし、不良のように見える項楽に対して明確な敵意を持っている。彼との喧嘩は大抵この暮弥の悪口から始まる。

しかし、ある日の会議において項楽の"素"の部分を見、考えを少し改めているようである。

 

 

 

 

魅九(みく)

 

《性別》 : 女

 

《種族》 : 閻魔

 

《二つ名》 : 裁判所の誘惑ねーちゃん

 

《能力》 : 酔わせる程度の能力

"酔う"と付く名前の状態にさせる能力。意外と応用が利く能力で、"酒に酔った"状態にして昏睡させることもできるし、

"自分に酔った"状態にして簡単に隙を生ませる事も出来る。

裁判では"魅九本人に酔った(惚れた)"状態にして、誘惑によって罪を認めさせていた。実は項楽についで地獄行き魂が多い裁判長である。

 

《容姿》 : カールのかかった金髪で、いつも薄い化粧をしている。制服は着崩していて、ミニverのスカートを折ってあげていたり、ボタンを外して胸をはだけさせていたりする。なんとも目のやり場に困る服装である。

"女版項楽"といった感じ。

 

《性格》 : 真面目とは言い難いが、物事はちゃんと考える性格。仕事はちゃんとやるので裁判長になっているが、正直裁判は面倒らしく、能力を使ってパッパと終わらせている。

ギャルと言われれば頷いてしまう風貌だが、言葉使いは普通。双也に対しても"様"を使う。

 

 

 

 

綺城(きしろ)

 

《性別》 : 男

 

《種族》 : 閻魔

 

《二つ名》 : "マトモ"に尽きる裁判長

 

《能力》 : 見極める程度の能力

その名の通り、戦いにおいての技の見切りや、裁判においての真偽を見極める能力。彼の見極めはとても正確な為、それに基づいて行われる裁判もマトモなものになる。

技を見切れるため意外と戦闘も強い。

 

《容姿》 : 目にかかるかかからないかくらいに長い黒髪をしている。顔も結構整っている為、裁判所内の女性陣からは人気がある。

制服は少しだけ着崩している。袖捲りをしたり、ボタンを一つ外している程度。

 

《性格》 : 誰とでも気さくに接する。特に"見た目"年も近い双也とは、気の合う男友達として最も仲が良かった。何事も無難な道を選ぶようにしており、項楽などの粗雑な言葉使いの人はあまり得意としていない。

双也には"様"をつけており、話し方はまさに友達といったところ。

 

 

 

 

流廻(るみ)

 

《性別》 : 女

 

《種族》 : 閻魔

 

《二つ名》 : 癒し溢れるパーフェクト裁判長

 

《能力》: 鎮める程度の能力

人の気持ちや、物理的に揺れ動く物を止めて鎮める事が出来る能力。その気になれば地震ですら止めることも可能。この能力を持つ所為で、彼女の担当裁判では結構暴れる魂が多いらしい。

一応戦闘にも使える能力で、"空気を鎮めて動きを封じる"などといった使い方ができる。しかし彼女自身戦闘は好きでない為、実際に使われることは殆どない。しかし、裁判所内では"実は項楽の次に強いのではないか"と噂されている。

 

《容姿》 : 艶やかな黒髪を腰あたりまで伸ばし、閻魔の制服の中でもロングスカートverの物を着ている。

バッサリ行って仕舞えば、容姿端麗、頭脳明晰、スタイルも抜群で料理もできるという、最早非の打ち所のない程の美人。オマケに女神のように優しい。その美貌に憧れて、裁判所内では彼女のファンクラブ的なものまで発足している。別に何か接触してくるわけではないので、彼女も特には嫌がっていない様である。

 

《性格》 : 先述の通りとても優しい。特に怒ることなど無いし、いつも笑顔を振りまいている。裁判でも魂に対して優しい言葉をかけ、減刑出来ることならば減刑していく。

その優しさから、裁判所内でも屈指の"お姉さん"である。彼女を慕う人も多い。

 

 

 

 

伽耶乃(かやの)

 

《性別》 : 女

 

《種族》 : 閻魔

 

《二つ名》 : 気弱な二代目裁判長

 

《能力》 : 流す程度の能力

あらゆるものを物理的に流したり、"罪を流す"といった事も出来る。ただ、自分のドジは流せない事を悩んでいるらしい。

戦闘には全くもって向いていない能力。そのため彼女は戦闘を一切行わない。魂が暴れた際も、裁判官たちに任せている。

 

《容姿》 : 雪の様に白く、フワフワした髪をセミロングにしている。背は陽依や夜淑よりも少し高いくらいだが、なぜか普通よりも胸は大きい。閻魔の制服はちゃんと着こなしている。

 

《性格》: 気弱で、知り合いと話す時でもつっかえつっかえに言葉を紡ぐ。ある層の人達はその様子が可愛らしくて仕方がないらしい。

映姫の後任として裁判長になったため、ドジが多く(元々多い傾向ではあるが)、助けてくれる周りの人達には感謝をしている。

双也を最も頼りにしている様で、何か頼みごとをする際も双也に頼む傾向がある。

 

 

 




能力とか、考えるの結構苦労したんですよ…。こうやって書き出すと、良くこんなに考えたよなぁ…って自分で関心することもしばしばw

よければ単語パートなども見ていってくれると嬉しいです。

ではでは。


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第二回 双也"達"のプロフィール?&諸々 【単語パート】

単語と技の紹介です。
あ、BLEACHの技など既知の物は飛ばしていきます。

それと挿絵に関しては人物パートと同様です。

ではどうぞ。


【単語紹介】

 

天御雷(あめのみかづち)

 

双也が持っている美しい蒼色の太刀。柄の内側には三枚の札が貼ってあり、それぞれ"あらゆる力を受け付けない"、"霊力を使って変幻自在に刃を生み出す"、"所有者と繋がって重みがなくなる"という能力が打ち込まれている。

刀身の長さは約70cmで、蒼く染まっているのは作る際に双也が霊力を絶えず込め続けた為。

刃を生み出す上で霊力効率が非常に良く、結界刃と比べて後述の旋風や風刃の生み出せる量が多い。

現在は西行妖の妖力を封印したまま、その木の根元に突き刺さっている。

 

 

 

結界刃(けっかいじん)

 

双也が、繋がりを操る程度の能力を使って生み出す刀。霊力で形作っているため蒼く透き通っている。

"原子結合を遮断する"能力が付加されており、極端な話、霊力に限りさえなければこの世に斬れない物は無いほどの斬れ味を持つ。天御雷が発生させる刃もこの結界刃の一つ(形状などはその都度違う)

 

 

 

無限流(むげんりゅう)

 

天御雷を使った際における双也の戦闘スタイル。

刀の能力をフルに使い、広げた霊力の範囲内において絶えず刃を生成し、斬り刻む。

避けても受け止めても斬られる為、双也曰く"唯の勝ちゲー"と化す。

なお、この無限流を用いて倒した人は今のところ魂魄妖忌と八神創顕の二人。

 

 

 

瞬歩(しゅんぽ)

 

某死神漫画の移動法を模した、双也の移動法。目的の地点と自らの身体を繋ぐ事で、引っ張られるように高速移動する。速度は一応自由自在。

 

 

 

特式(とくしき)

 

"特式鬼道"の略。双也の"鬼道を扱う程度の能力"によって使われる鬼道の全てに一つずつ存在する、強力な鬼道。その殆どは元になった鬼道よりも強い力を持っている。

判明している特式は以下の通り

 

赤焔拳(しゃくえんけん)」…破道の三十一番、赤火炮の特式。炎を拳に凝縮し、衝突と同時に一気に炸裂させる。

 

蒼龍堕(そうりゅうつい)」…破道の三十三番、蒼火堕の特式。高い霊力で炎弾を作り、龍のようにして打ち出す。

 

覇龍撃滅天雷極刀(はりゅうげきめつてんらいきょくとう)」…破道の八十八番、飛竜撃賊震天雷炮の特式。雷の強力な爆撃を巨大な刀の形に凝縮し、一点突破力を極限まで上昇させる。因みに、アイデアの元は創顕の技。

 

八十一式黒曜縛(はちじゅういちしきこくようしばり)」…縛道の七十九番、九曜縛の特式。通常の九曜縛に加えて更に九つ打ち込み、全てを中心の黒塊に繋げることで拘束力を高めた物。

 

 

 

(うつわ)

 

紫が封印式を組む際必要となるもの。神力に長く触れていたり、穢れの少ない場所にあったりする神聖なものだとこの器は大きくなりやすい。例えば大仏、古い経典、宝剣など。

目安として、三万の器を持つものは自然界にはほぼ無いと言っていい。創顕が作り出すにしても一年程かかる。

因みに双也の天御雷は一万の器を持っている。

 

 

 

死獣(しじゅう)

 

三途の川に棲む、罪人を襲う魚。位的には死神と同程度で、渡る川幅が長いほど彼らに襲われる可能性が高くなる。そもそも三途の川の川幅をいちいち調整しているのはこの為であり、この死獣に襲われる事なく渡りきる事が魂に課せられた試練に当たる。

 

 

 

【技紹介】

 

魂守(たまも)りの()(だて)

 

結界刃を構成するのと同じ霊力を薄く目の前に広げ、相手の飛び道具を斬り落とす防御技。

単に受け止めるのではなく、斬り落として勢いを無くす事を考えた結果生まれた技。

 

 

 

旋空(せんくう)

 

前方に結界刃を飛ばす技。ただ飛ばすのでは無く、"刀身の延長線上にありつつもだんだん離れていく"という感じで飛んでいく。

某境界防衛機関漫画の技が元。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

神鎗(しんそう)蒼千弓(そうせんきゅう)』》

 

自らの周囲に針状の結界刃を千個ほど形成し、前方へ射出する技。大抵の弾幕はこれだけで全てかき消してしまうほど強力。ただし追尾性能はない。

 

 

 

大霊剣(だいれいけん)万象結界刃(ばんしょうけっかいじん)』》

 

簡単に言えば、ありったけの霊力を込めたただの結界刃。しかし侮るなかれ、先述の通り、結界刃は霊力を込めるほど鋭さを増す。双也の膨大な霊力を持ってすれば、それはまさしく"万象一切を斬り捨てる"強力な刃となる。

刀身は通常よりも伸び、2mほどになる。創顕を破った技。

 

 

 

神剣(しんけん)天元両断(てんげんりょうだん)大太刀(おおだち)』》

 

神力で形作った超巨大な刀で突きを放つ技。巨大なため、切っ先だけ見ても幅1.5mはゆうに超えており、突きといえども当たれば真っ二つになる。

八十八番の特式の元となった技。

 

 

 

風刃(ふうじん)

 

刀の切っ先を面に向けて振り抜く事で、その延長線上に霊力を伸ばし、そこから霊力を媒体とした剣圧で相手を斬り飛ばす技。因みに、その剣圧は伸ばした霊力全部から噴き出る。

旋空と同じく、某境界防衛機関漫画の技が元。

 

 

 

風刃(ふうじん)六華(りっか)宝印(ほういん)』》

 

瞬歩で高速移動するのと同時に相手の足元に三つの風刃を放ち、斬り刻む技。風刃は正六角形の対角線の様に放たれる為、上空から見ると蒼色の六華模様で地面に印をしたように見える。

 

 

 

深淵(しんえん)黄泉(よみ)より()づる死怨(しえん)()』》

 

封印前のルーミアの技。地面に手をつき、そこから広がる闇から高い妖力を纏った黒い手を無数に放出する技。その手一本で中妖怪くらいは瞬殺できる程の力を持っている。

当時、ルーミアの最強の技。

 

 

 

神罰(しんばつ)(とが)(くだ)雷鳴(らいめい)』》

 

神格化状態の双也の技。背後に五つの光る円を作り出し、そこから強烈な神力のレーザーを放つ技。この円は射出方向を自在に変える事ができ、ルーミアの最強の技をことごとく破った。

 

 

 

神剣(しんけん)断咎一閃(だんきゅういっせん)(つるぎ)』》

 

神力をありったけ集めて形作った巨大な刀を相手に振り下ろす技。元々は神力の塊なので、斬れる事はない代わりに凄まじい雷が襲いかかる。

 

 

 

秘技(ひぎ)雷転一本背負(らいてんいっぽんぜお)い』》

 

双也の接近格闘術。相手を柔道の一本背負い投げの形で担ぎ、振り回す。遠心力が高まったところで地面に叩きつけ、同時に雷の性質を付与した霊力を炸裂させる技。

双也のにわか柔道技を用いても勇儀を沈めるほどの威力。

 

 

 

炎天(えんてん)崩天流星弾(ほうてんりゅうせいだん)』》

 

愛宕様(迦具土神)を降ろした依姫の技。神殺しの強力な炎を上空に集めて巨大な炎の塊を作り、そこから流星群の如く炎弾を打ち出す技。大量の炎が絶え間なく降り注ぐため、避けるのは容易ではない。

 

 

 

《ヒゲダルマ秘技(ひぎ)(おに)デコピン』》

 

神格化状態の双也の技。ぶっちゃけて言えばただのデコピンである。しかし罪人を超越する程度の能力によって威力が超々強化されたもので、一発で部屋の壁ごと吹き飛ばすレベル。

因みに"ヒゲダルマ"と言うのは、知る人ぞ知る"あの人"の、娘からの蔑称。

 

 

激昂(げっこう)神鳴(かみな)(さま)地捲(ちめく)り』》

 

比那名居天子と永江衣玖の合体技。天子が打ち上げた大量の岩を、衣玖の雷落としによって隕石の様に降らせる技。岩は当然電気を纏った状態で落ちてくるので威力はかなり高い。

 

 

 

 

 




人物パート程ではありませんがこっちもこっちで疲れました…。何より学校で出された大量の課題と被ってしまったので……。

次回から新章突入です。そしてやっとの幻想入り…はてさて、双也くんはどうやって過ごすのでしょうか?

ではでは。


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第八章 幻想郷"過去"編
第七十二話 "知らない"幻想郷


短めです。まだ導入段階ですし…良いですよね?

では新章、始まりです!


視界を埋め尽くしていた光が止むと、そこは紫色の桜が咲く静かな場所だった。

 

「ここが無縁塚か…確かに桜は綺麗だな」

 

紫色の不思議な桜を見上げながら歩き出すと、なにやら違和感を感じた。

なんだか身体が重くなったような…そんな動き辛さ。

 

「っ…千年間も魂のままだったからかな…身体を取り戻すと意外に重いな」

 

慣れって怖い。肉体を持たない魂のままで生活し過ぎて生前の感覚が無くなっている。まぁ、それですらそのうち慣れるよな。準備運動だけしとこう。

 

「いっちにっ、さーんしっ、ごーろっくしっちはっち…」

グッグッと体を動かして感覚を掴んでいく。

筋肉の伸縮、指の感覚、力の入れ具合、どれも問題はなさそうだ。

 

「……そっか、やっと生き返ったんだな…長かったけど、楽しかったな…」

 

身体を取り戻す。その事に千年間費やした。

今思えばとても長い数字だが、それでもあの場所は居心地が良かった。

思い出はきっと忘れないだろう。

 

「生き返って早々だけど……まずはあそこに行かなきゃな」

 

生き返った嬉しさはひとまず胸の内にしまい、今するべき事を定めた。

すなわち………相棒(・・)を取りに行く。

 

「じゃ、少し飛ばしますか」

 

俺は瞬歩で無縁塚を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

「あ〜…忘れてた…まだ開いてない(・・・・・・・)のか。あの異変が起こるまで待つしかないか…?」

 

無縁塚を飛び出し、俺は上空に来た。

因みに霊力で足場を作ってそこに立っている。

飛ぶ練習もしていかないとダメだな。

 

で、俺は相棒を取りに行く為に冥界(・・)に行こうとしたのだが……あいにく、結界の穴がまだ空いていなかった。これでは冥界に行く事ができない。

……いや待て、俺には空間同士を繋ぐ技があったじゃんか。

 

「なら早速……よっ!」

 

手を振り下ろす事で目の前がバクッと開いた。

簡単そうに聞こえたかもしれないが、これでも結構な霊力を使っている。

それだけ大規模な使用法なのだ。

 

「問題ないな。じゃあーー」

 

入ろうとして動きを止める。

開いた黒い空間に違和感を感じたからだ。

なんか……遮ってあるような隔たりが見える。

 

バチンッ!!

 

「つっ!! これやっぱり結界か。なんだよ、思ったより全然強力だな。まさか能力でも他世界と繋げないとは……」

 

その結界に触れると手が弾かれた。

幻想郷を覆っている結界が強力すぎて能力でもこじ開けられないらしい。

いよいよもって異変が起こるのを待つしかなくなったようだ。

 

「はぁ……生き返ったら最初にやろうと思ってたのに、出鼻をくじかれたか……」

 

先行きを不安に思うところもあるが、できないものは仕方ない。

俺は内心落ち込みながらも地上に降りる事にした。

 

「あ、生き返った事紫に報告した方が良いかな…でももう千年も経ってるし、呼んだだけじゃ来るわけないしな…」

 

まぁ…いつかは会う事もあるだろ。その時に言えば良いや。

グチグチ言われはするだろうけど、怒られたりはしないと思う…多分。

 

そんな事を考えていると地面が見えてきた。

整備されていないような杜撰(ずさん)な獣道だが、かろうじて木々の間を通っている事は確認できる。

 

「ん〜…ここどの辺りなんだろ…幻想郷の地理は前世でもよく知らなかったしな…」

 

道は二手だ。

片方は木々の隙間をかろうじて通っている獣道。

もう片方は木々の隙間をかろうじて通っている獣道。

 

…………うん、どっちに行っても変わんないな。

 

どっちでも良いならもう神様に任せよう。

俺は近くの小枝を折って道の真ん中にしゃがんだ。

 

「さあ、俺はどっちに進むべき?」

 

小枝を立ててやると、ユラユラと揺れてコテッと倒れた。

枝が指した方は木々の隙間(ry。

 

「よし…コッチだな」

 

厄介な事になったら今後はもう信じないからな神様。

獣道を一人歩き出す。

日は少しだけ傾いていた。

 

 

 

 

 

 

 

十分程歩いて行くと、目の前に長い階段が現れた。

そしてそれを見て若干イライラしている俺。

 

「なんで…なんで俺の出会う階段は長いやつばっかなんだよ…」

 

白玉楼の階段、創顕の神社への階段、そしてこの目の前の階段。

なんかもう階段が嫌いになりそうだ。

住む家は一階建てのにしよう。

 

「はぁ……登るか」

 

仕方ないのでゆっくり登り始めた。

 

時間潰しには考え事が最適だ。

そうすればいつの間にか登りきってるはず。さて……

 

(そういえば…今の幻想郷はいつの時代なんだ?)

 

結界に穴が開いてないから、少なくともあの異変(・・・・)より前なのは容易に想像が出来る。

多分近い時代だとは思うけど…

 

(…調べる方法なんてあるか?)

 

最悪能力で原子を繋げていけば、苦労はするが多分なんでも作れる。

人を探して、それを餌に教えてもらえばそれで済むが…その"苦労"が俺にとってはとても苦痛だ。面倒くさすぎる。

他にあるとすれば…

 

「幻想郷縁起…か」

 

幻想郷の歴史が書いてあるという書物。

それを見れば時代の事などすぐにわかるのだが、ここにも問題が。

そもそも俺………人里の場所分かんないじゃん。

 

(溜息しか出ないな、この状況…)

 

少々幻想郷に関しての知識が少なすぎたようだ。

早めにどうにかしないと後で困るかもしれない。

ひと段落したら何とかしようおぉああ!?

 

「あ、あっぶねぇ〜…本気でこけるとこだった……」

 

段差を上がる為に足をあげたら足がどこにもつかず、危うく盛大にこけるところだった。偶にあるよねそういう事。

すごくどうでもいいけど、幻想郷に来ての初びっくりがこんな事ってなんとなく悲しい。

で、前を見てみれば、そこには割と綺麗にされている神社があった。

 

「あ…ここもしかして博麗神社?」

 

神様ありがとうございます。これからも信仰させて頂きます。

訪れた場所がいきなり博麗神社とは中々に運が良い。

何もない状態ならばこの神社程頼りになる場所はないだろう。

なんたって幻想郷の管理者に近い立場だからな。何かと助けてくれるはず。

誰も出てきてくれないところは気にしない気にしない。

 

「えーっと、あの子(・・・)は銭ゲバなんだっけ。じゃあ…」

 

何かお賽銭すれば優遇してくれるかも。能力で金を作ろう。

値段は……まぁ、作れるんだから諭吉さんに出張って貰おうか。幻想郷の金が外界と同じなのかは分からないけど。

一万円札を作って、こう言いながら賽銭箱に投げ入れた。

 

「手札からモンスターカード、フクザワユキチを召喚! フクザワユキチの効果で……」

 

神社の扉がバタンッと開いた。

 

「モンスターカード、ハクレイノミコを召喚!!」

 

「誰がモンスター巫女よ!!」

 

開いた扉からは、赤と白の巫女装束を着た博麗…………

 

「て、そんな事よりあなた! 今いくら入れてくれたの!?」

 

博麗…………どなたですか?

俺の知る博麗の巫女とは違う女性が出てきた。

いや、"原作の絵なんかちょくちょく変わるから容姿固定されてないだろ"とか思うかもしれないけど、明らかに見た目の年が違うし! 俺が知ってるのは少女(・・)。この人は女性(・・)

 

「わぁ!! ホ、ホントに一万円!! ずっと会いたかったわ諭吉ぃ!!」

 

はてさて、コレは一体どういう事なんだろう?

目の前で大喜びするその女性に聞いてみたかった。

 

 

 

 

 

「ていうか、ホントに貧乏なんだな博麗神社…」

 

 

 

 

 




終わり方が変ですいません。

さ、遂に幻想入りした訳ですが…どうなるのでしょうね彼?w

あ、一応補足しておきますが、双也は"紙を構成する原子を結合"させて諭吉さんを召喚しています。

っと、2016.1/18日にご指摘戴いたのですが、大正には諭吉さんの一万円札は存在しないそうです。
私の知識不足で申し訳ないのですが、今から直す事もできないので、そういう事を頭の片隅に置いて、これからも双神録を宜しくお願いします。

ではでは。


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第七十三話 すれ違い、"待つ者"の想い

書く事無い。以上!

では七十三話どうぞぉ!


「さぁ、遠慮せず寛いでいって!」

 

「あ、はい…」

 

博麗神社の和室、木と畳の匂いが香るその部屋の真ん中に、ちゃぶ台を前にして座っている。その上にはお茶の入った湯呑みも一つ。

…一口飲んでみる。

 

「ん、おお? 思ったよりも随分うまいな。中々に良い茶葉を使ってるんだな…」

 

「ふふん♪ そうでしょう! ウチはビンボーだけど生活には困ってないからね!」

 

俺の一言に反応したのは、奥の台所らしきところで何か作っている女性。名前は分からないので巫女さんと呼んでおこう。

そう、俺は彼女に誘われて神社に上がらせてもらっている。いや、元々助けてもらおうと思ってたから別に良いんだけどね。

事の始まりは、俺が一万円札を投げ入れた後…

 

 

 

 

 

 

 

 

『うふふふ、久しぶりのお賽銭…これで少しは贅沢できるわ…うふふふふ…』

 

『あのー、ちょっと戻ってきてー』

 

俺をそっちのけで諭吉さんを愛おしそうに眺める巫女さん。なんか自分の世界に入ってしまったようで戻ってこない。

声をかけて肩をポンポンと叩くと、こっちを向いて思い出したかのような表情をした。

 

『ん、ああゴメンなさい、久しぶりのお賽銭だったからつい嬉しくてね』

 

『いや良いけど…』

 

どうやら本当にビンボーらしい。…ビンボーなのにここまで綺麗な外見をしてるってやっぱすごいな博麗の巫女。

なんて考えていると、突然両手を掴まれ、我に帰ると巫女さんの顔がすぐそこにあった。

 

『改めてお賽銭ありがと! これからもこの神社と私をよろしくね!!』

 

『え、あはい』

 

気圧されながらも返事をすると、巫女さんはパッと振り返ってルンルンしながら神社に戻って行こうとしていた。

…ってちょっと待てや!!

 

『いや待てよっ! 俺ちょっと助けて欲しくてここに来たんだけどっ!』

 

そう叫ぶと、巫女さんは止まって振り向いた。その表情は少し不思議そうだった。

 

『なんだ、そうだったの? 先に言いなさいよそういう事は』

 

いやいや、コッチそっちのけで話進めたのあんただろ。なんてツッコミを入れたかったが、なんか助けてくれそうな雰囲気だったので止めておいた。触らぬ神に祟りなし、口答えして機嫌を損ねるのは好ましくない。

……ちょっと警戒し過ぎか。

 

『ん〜…そうねぇ、あなたにはありがたぁ〜いお賽銭してもらった事だし…そうね…ちょっとウチに上がっていきなさい! お賽銭の御礼も含めておもてなししてあげるわ!』

 

……強気に言った彼女の波には逆らえず、神社に上がらせてもらった。

 

 

 

 

 

 

 

(今考えると、この神社の巫女があの子(・・・)じゃないって事は……もしかして原作よりも前の時間軸か?)

 

なんだよ、まだ原作入ってなかったのか。やっと念願だった幻想郷に入れたのに、まだ先は長そうだ。

そう考えていると、お盆にいくつか料理を乗せた巫女さんが台所から戻ってきた。

 

「ちょうどお昼だし、一緒にご飯食べながら話しましょ」

 

「あ、ご飯まで貰えんの? ありがたいね。じゃあお言葉に甘えて」

 

昼飯まで貰えるなんて思っていなかった。博麗の巫女には現金が効果バツグンなんだな。参考にしよう。

いただきます、と言ってから食べ始めた。思ったよりも美味い。

 

「取り敢えず、あなた良い人っぽいから自己紹介するわね。私は博麗(はくれい)柊華(とうか)。この博麗神社の現巫女よ」

 

悪いやつなら自己紹介しないのか、なんて思ったが、深い意味はなさそうなのでスルーした。

おっと、こうなったら俺も自己紹介しないと

 

「俺は神薙双也。好きに呼んでくれ」

 

「じゃあ"双くん"?」

 

「……やっぱり呼び捨てにして」

 

この人中々面白い。自己紹介したからって初対面の人を〜くん呼ばわりとか。このマイペースさが博麗の巫女たる所以なのかねぇ?

 

さて、本題に入ろう。俺の知識不足をここで満たさないとな。

 

「で、柊華、聞きたい事があるんだけどさ」

 

「良いわよ。元々それが目的みたいだしね」

 

「今っていつの時代?」

 

そう聞くと、柊華は腕を組んで首をかしげた。

 

「…質問の意味が分からないわね。なに、時間旅行でもしてたの?」

 

「あ〜いや、そういうわけじゃないんだけど…ちょっと他世界から来たものでね」

 

「ふ〜ん…外来人か。じゃあ…そうね、外の世界の年代でなら、今は"大正"と呼ばれる時代よ」

 

「た、大正…?」

 

「ええ。…どうかしたの?」

 

「いや…」

 

マジ…なのか? 大正っていったら、俺の居た平成よりも百年くらい前……つまり、"原作の開始まで約百年ある"という事…

 

「ん? ちょっと待って、ホントに大正だったかしら…?」

 

「いや、それくらい覚えてないとダメだろ」

 

「う、うるさいわね。幻想郷では年代とか関係ないからうろ覚えなのよっ」

 

頰に一筋汗を垂らしてあーだこーだと悩み始める柊華。本当に博麗の巫女か?なんて疑われかねないシュールな光景だ。

うんうん唸り通した末、柊華は答えを出した。

 

「うー…ん…た、多分大正よ! そういう事にしときなさい!」

 

「結局そうなるのか…」

 

完全に妥協案だと分かり切ってるが、まぁ確かに年代はそこまで気にしなくてもいい。大正って事にしとこう。

これ以上は柊華も見ててかわいそうになってくるし。

 

(しっかし大正か…なんだよ、全然近くなんかじゃないし…また待たなきゃいけないのか…)

 

せめて二十年とかなら許せたのに…やっぱり神様、あなたは意地悪です。

まぁ、年代が分かっただけでも今は大収穫か。開始までゆったり過ごそう。

 

「そっか、大正か。分かった。じゃあもう一つ、家を建てられるような場所ある?」

 

新たな問題、百年間を過ごす家が要る。人里に紛れて暮らすのも落ち着かないし、どこか静かな場所が良いなぁ

柊華は少し悩んだ素振りをした。

 

「ん〜…幻想郷は基本自由だからねぇ…どこに住んでも構わないと思うわよ。静かに暮らしたいなら魔法の森とかでも良いと思うわ。瘴気に耐えられるならだけど」

 

魔法の森か…確かに静かにはなりそうだな。人なんか寄り付かないって聞いた事あるし。瘴気もまぁ…多分だいじょぶだろ。少し考えてみて、無いようなら魔法の森にしよう。

 

「よし分かった。ありがとな柊華」

 

「お礼言われるほどのことじゃないわよ。博麗の巫女として、外来人を助けるのは当たり前のことよ」

 

「そっか。あ、昼飯美味かったよ。飯に困ったらまた来るかも。じゃあな」

 

「ええ。またいつかね」

 

博麗神社を後にし、俺は少しばかり幻想郷を歩いてみることにした。

 

 

 

 

 

 

 

双也が去った後の博麗神社。彼を見送った柊華は、居間で一人お茶をすすっていた。

 

「ふぅ〜…なんか不思議な外来人だったわねぇ…」

 

そう言ってまた一口すする。博麗神社に響くのはズズズズ…っと言う音だけだった。

 

「まぁ、幻想郷は忘れ去られた者が集う場所。誰も拒みゃしないわね」

 

「よく分かってるじゃない、柊華」

 

「……ねぇ、前から言ってるけど、突然出てくるの止めてくれないかしら、()

 

彼女がそう呟いた直後、居間の扉の所に空間が開き、閉じたかと思うとそこには妖怪の賢者、八雲紫が立っていた。

 

柊華は、面倒くさそうに紫を見ながら話しかけた。

 

「いつからいたの?」

 

「ついさっきよ。…誰かいたみたいね。外来人?」

 

「そうよ。"ちょっと不思議な"、ね」

 

紫は机に置いてある二つ目の湯のみを見て話しかけた。

そしてそれに答え、どこか含みがあるような言い方をする柊華。当然紫も疑問に思い、彼女に問いかけた。

 

「不思議って…何がよ」

 

「外来人だって言ったくせに、内包霊力が強過ぎるのよ、その人」

 

柊華は彼と相対した瞬間にそれを感じ取っていた。抑えてはいるものの、底が見えないほどの強力で膨大な霊力の塊。"外来人"と言うには全くもって不釣り合いなほどの力を。

 

しかし、紫はまた別の事に疑問を持っていた。

 

(…? そんな強大な存在が侵入したのに…この私が気付かなかった…?)

 

幻想郷を管理しているのは、代々博麗の巫女、そして妖怪の賢者と言われる紫である。その彼女が、自らの管理する結界の侵入者に気付かないなど、普通はあり得ないことなのだ。その不可思議な事柄と共に湧き上がる不信。紫は眉根を寄せて柊華に問いかけた。

 

「…危険性は?」

 

「それに関しては大丈夫そうよ。なんたって一万円もお賽銭してくれたくらい良い人だったから♪」

 

などと言って雰囲気を明るくする柊華。紫はひとしきり安心するのと同時に、どこか含み笑いを混ぜながら彼女に問いかけた。

 

「そう…でも、強い者好きのあなたがよく挑まなかったわね。戦うの好きでしょう? 歴代最強(・・・・)、第十八代目博麗の巫女、博麗柊華さん?」

 

そう茶化すように言った紫に、柊華はジト目で睨んで言い返した。

 

「…その呼び方もやめてって言ってるでしょ。……挑まなかったんじゃないわ。挑めなかったの」

 

「…どういう事?」

 

「不用意に挑んで戦ったら…多分私じゃ手も足も出ないと思うわ。戦うなら念入りな準備が必要。まぁ、ああいうタイプの人は相手に合わせて戦ってくれると思うけど、仮に全力で戦ったなら……」

 

紫から見れば珍しく、柊華は冷や汗をかいて苦笑いしていた。歴代最強と言われ、今までも数々の異変を解決してきた柊華がここまでになるほど強い存在。その"強大な存在"という単語に、紫は友人の事を思い浮かべていた。

 

(……双也…早く、戻って来なさいよ…)

 

紫の目の前で、"戻ってくる"とだけ言い残して死んだ、友人であり師匠でもある少年、双也。

死んだのに"戻ってくる"と言った意味は紫もよく分かっていなかったが、それでも彼女は待っていた。千年間、一日たりとも彼を忘れず、ずっと。

若干雰囲気が暗くなった紫に気付き、柊華は仕返しとばかりに茶化し始めた。

 

「ん? なぁに紫、まだ"愛しのお師匠様"の事引きずってるのぉ?」

 

それを聞いた紫は、ニヤニヤ顔の柊華に向かって顔を赤くしながら言い返した。

 

「なっ!? 別に愛しくなんかないわよ! アイツは友達なんだから!」

 

「でも、あなたその師匠の話をする時妙に女々しいんだもの♪ ゆかりんってば乙女なのね♪」

 

「〜〜〜〜ッ!」

 

ますます顔が赤くなる紫。十分に眺めて満足したのか、柊華はニヤけた顔から微笑ましそうな顔になり、語りかけた。

 

「大丈夫よ紫。自分が信じた人が"戻ってくる"って言ったんでしょう? なら信じなさい。この世界は、常に"非常識"なんだから」

 

「……そうね。千年間も待ち続けたんですもの。今更諦めたりなんて出来ないわね」

 

そう言った紫の表情は晴れやかだった。その様子を見て柔らかな笑みを浮かべる柊華。彼女は心の内でこう思う。

 

(ま、本人が言うなら本当に"友達"なんでしょうね。………友達、恋人…ねぇ……いいなぁ…)

 

彼女達は、しばし二人でのんびりしていたそうな。

 

 

 

 

 




あ、章名の"幻想郷"のところに"過去"って書き足しときますね。

ではでは。


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第七十四話 初のマイホーム(仮)

ほのぼの回(?)です。

ではどうぞー!


博麗神社を後にして、俺は幻想郷を歩いてみた。

家を建てるのに良い場所を探していたのだが、キョロキョロしているうちにいつの間にか周りの景色に気を取られてしまって、正直集中できなかった。

うん、自然の美しさはホントに素晴らしいと思う。

でも今回ばかりは気が散って場所探しどころじゃない。

 

ーーと言うことで

 

「魔法の森…なんかすごいジメジメしてるな」

 

最初に紹介された魔法の森まで来ていた。因みに少し奥に進んだところだ。

周りを見ても木、もしくは変なキノコばかりで薄暗く、とてもジメジメしている。

確かに、こんな場所なら人は寄り付かないな。

 

「オマケに…ちょっとクラクラするなぁ」

 

柊華の言っていた"瘴気"とやらの影響なのか、視界がぼやけてクラクラする。

…このままじゃヤバそうだ。

 

「うぅ…"身体から瘴気を遮断"っと…」

 

身体がフッと軽くなった気がした。

ボヤけも良くなり、クラクラしなくなった。

……いやでも、ここで暮らす以上慣れないといけないか。少しずつ能力を解除しながら身体を慣らしてこう。

 

さて、それじゃここで場所探そうか。

俺はもう少し先に進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし…ここにしよう」

 

しばらく進んでいくと、少しだけ開けた場所があった。

それこそ直径5mほどの小さな場所だが、どうせ木は切るし問題ない。

入り口からも離れた場所なので静かに暮らせるし、うってつけだ。

 

「じゃ、始めようか!」

 

俺は袖捲りをし、作業を開始した。

 

まず材料(木)の調達。

結界刃で広場を中心に切り倒していく。もちろん一太刀。

広場はだいたい直径10mほどになって、木もたくさん集まった。

 

次、木を任意の形に切る。

ぶっちゃけ簡単作業だ。手で触れて、原子を遮断してやれば簡単に好きな形に出来る。

少し大きめに切って、後で工夫できるようにした。

 

三つ目、家の構想を練る。

やっぱ一軒家がいいな。

階段はもう要らないって決めたし…。和室とか…襖とかあってもいいな。

間取りとか理想の家を考え、設計を考える。

そんなに複雑でなくも良い…パーツだけ揃えてやれば、俺なら簡単に作ることができる。

 

最後、組み立て。

構想を元に木を組み立てる。

形を変えたかったりした時には能力で切り取ったりくっ付けたりして、パーツを揃えながら組み立てた。

木同士の接合部は、能力で原子同士をくっつけて切断面を完全に無くし、どんな木造建築よりも頑丈にした。

木の面がむきだしなので、朽ちないように遮断能力でコーティングをして……

 

「完成!!」

 

所要時間、約四時間にしてマイホームが完成した。

……まぁ、畳とか襖とか、あと家具とかも揃ってないから本当に形だけなんだけど。

部屋は居間、寝室、キッチン(が入る予定の場所)、風呂場、あと数えて良いか分からないけどテラス、縁側など、約六部屋。居間は八畳間になっていて、寝室と襖(があるはずの桟)で分けられている。ちゃぶ台とかあればだいたい完成かな。

 

「ん〜…今は大体四時ごろ? じゃあ家具作ってもらいに行こうかな…」

 

マイホームの真の完成に向け、家に認識遮断の結界を張ってから森の入り口(・・・・・)に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔法の森の入り口には一軒の家が立っている。

幻想郷の住民たちでは全く分からない、しかし外来人にとっては手に取るようにわかる、そんな物が溢れかえったその一軒家は、"香霖堂"という看板を掲げて営業している古道具屋である。

 

幻想郷で唯一、結界の中と外両方の道具を扱う香霖堂は、一応外来人である俺にとってはもってこいの場所で、そこの店主、森近霖之助(もりちかりんのすけ)は頼めば色々なものを作ってくれる良い店主だそうだ。

魔法の森に入る時にチラッと見かけたその香霖堂に、俺は足を運んだ。

 

で、入り口。

 

「ホンットにグチャグチャしてるなここ…」

 

特に右側だ。

標識やテレビやタイヤや…とにかく俺の見知った道具が散乱していた。原作で聞いた香霖堂のイメージ以上だった。

階段の横に置いてあるたぬきの置物を横目に、俺は香霖堂へ入った。

 

「ごめんくださーー暗っ!」

 

中に入ってみると、夕方ではあるが昼間とは思えない暗さをしていた。

真っ暗というわけではないが何かと見え辛い。

 

「え〜っと…店主さんは…どこだ?」

 

「ここだよ、お客さん」

 

「うおっ」

 

目を凝らして薄暗い中を歩きながら探すと、声と共に目の前の椅子に座っている男性を見つけた。

 

「今灯りをつけるから待ってて」

 

「あ、はい」

 

そう言って店主さん…霖之助は奥へと火を取りに行った。

目が慣れてきたので周りを見回すと、いろいろな道具が所狭しと並べられていた。まぁ、そのほとんどは埃をかぶっているようだが。

……チラホラと俺の見知った外界の道具も見られる。

道具はここから仕入れると良さそうだ。

 

そう考えていると、いつの間にか戻ってきていた霖之助が灯をともしたところだった。

特別明るくなったわけではないが、何となくモダン?な室内になった。

 

「さて、君は初めて見る顔だね。僕は霖之助、ここの店主をやってる。よろしく」

 

「ああ、うん、俺は双也。よろしく霖之助」

 

軽く握手した。

霖之助は勘定をするっぽい所に移動し、話しかけてきた。

 

「それで双也。今日は何をお求めで?」

 

「あうん、えーっと、霖之助って頼めば大体のものは作ってくれるって聞いたことがあるんだけどさ」

 

「ああ、一応作れるよ。あんまり専門的な物は出来ないけどね」

 

霖之助は自嘲気味に言ったが、それでも十分だ。俺が作ってもらいたいのは全然専門的なものじゃないし。

 

「あのな、畳と襖を作ってもらいたいんだ」

 

「畳と襖か…それなら人里に行くと良いんじゃないかな。僕が作るよりも良い物を売ってくれると思うよ」

 

あ〜そっか、人里には畳屋もあるんだ。…じゃあ畳と襖はそっちで買おう。金は作れるし。それなら……

 

「じゃあ、便利そうな家具を作ってくれない?」

 

そう言うと、霖之助は悩んだ顔からパッと明るくなった。

 

「それなら出来るよ。どんな家具が良い?」

 

「そうだな…箪笥(たんす)、机、台所ーー」

 

「台所もかい!?」

 

なんかすごい驚かれた。

どんだけ凝ったものを想像してるんだろ?

まぁ凝ったものなら凝ったもので、俺にとってはプラスにしかならないから良いんだけどね。

 

「ああ、簡単な物でも良いけど…なんか工夫してくれるってんなら、そこは霖之助の良心に任せるよ」

 

「うぅ…そう言われたら凝って作るしかなくなるじゃないか…」

 

とまぁ少しおねだりしてみた。

金はたくさん出すんだから良いと思うんだよちょっとくらい。

 

「あとは…障子を八枚程…かな。とりあえずは」

 

「う〜ん…箪笥に机、台所に障子八枚…大仕事だね、いつ終わるか分からないよ?」

 

「それでも良いよ。気長に待つさ」

 

「そうかい」

 

霖之助は少し厳しそうな表情をしていたが、きっと彼ならやり遂げてくれる…と思う。

まぁ最終手段は"自分で作る"だ。

 

「勘定は…これ位だね」

 

そう言って見せてきた紙に書いてあった値段……おかしいな、0が六個ほど見える。さすがに引きつるぞコレは。

 

「…どんだけ凝った物作る気?」

 

「君がそうさせたんだろう。頼まれるからには良いものを作らせてもらうよ」

 

「しょうがないか…」

 

俺はポケットに手を突っ込み、金を出すフリをして札束を作り、取り出した。

 

「おお、今そんなに持ち合わせがあるのかい? てっきり後払いなのかと思っていたけど」

 

「いや、そんな大金は持ってないよ(・・・・・・)

 

「え? どういう事だい?」

 

「いや、そういう事なんだよ」

 

不思議そうにしている霖之助。

今は"そういう事"って事で納得してもらう。

能力で作った、なんて言ったら、商売で金を稼いでいるであろう霖之助が落ち込んでしまうかもしれない。

考えすぎかも知んないけども。

 

「じゃ、頼んだよ霖之助。出来の良いヤツを期待してるよ」

 

「まいど〜。また来なよ双也」

 

依頼も終わったので、取り敢えずマイホームに帰って寝よう。

硬い床に雑魚寝でも俺にとっては苦にならないし。野宿より全然良いし。

……こんな感覚になってしまった事が妙に悲しいな。

 

(ま、障子とか無くてもログハウスって言えばそれっぽいんだけどね)

 

自作マイホームに感想を抱きながら、俺は眠りについた。

 

 

 

 

 




東方香霖堂読むと、霖之助の間違いを訂正したくてウズウズしませんか?w

ではでは。


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第七十五話 人里へ

…正直、今回のお話を書くのは悩みました。
登場人物の年齢的に。

ではどうぞー


「ん…うん…?」

 

目を開く。俺は目にかかる光で目が覚めた。

障子のはまっていない窓の下で雑魚寝したため、光が直接当たるのだ。

しかもなんか妙に黄色い光だし……黄色い…光?

 

ガバッ「うっわ! 寝過ごした…ってかもう午後じゃねぇかっ!」

 

昨日建築に能力を使い過ぎて脳に負担をかけてしまったらしい。

俺が起きたのは日が傾いた頃…だいたい二時頃だった。

……うん、今日は眠れそうにないね。

 

「今日は買い出し行くつもりだったのに…いや、二時ならまだ歩いても間に合うだろ。今すぐ行こうそうしよう!」

 

俺はすぐに起き上がり、まだ足りていない生活用品の買い出しの為に人里に向けて森の中を歩き始めた。

少し能力を解除して歩いているが、最初よりは慣れたらしい。

まぁ、完全に能力を解いたらきっとすぐにまたクラクラし始めるだろうけど。

 

「あ、そう言えば場所聞いてないな。香霖堂で聞いてくか」

 

なんでこんな致命的な事忘れてたんだろ。場所も分からないのに行こうなんて考えるあたり俺も少し天然なのだろうか?

まいっか。

 

歩いていると香霖堂が見えてきた。

ガチャッとドアを開けて中に入ると、霖之助は椅子に座って本を読んでいた。

 

「おや、昨日ぶりだね双也。まだ何も出来ていないよ?」

 

「いや、それは分かってるんだけどさ、ちょっと人里の場所を聞きたくて」

 

そう言うと、霖之助は少し不思議そうな顔をした。

 

「…君、人里の場所も知らないのかい? もしかして外来人?」

 

「ん、俺が外来人だって言ってなかったっけ? つい最近…っていうか、昨日幻想郷に入ったばっかりなんだよ」

 

「昨日!? 昨日入ったばっかりだって!? よくそんなに平気で居られるね!?」

 

なんかすごい驚かれたんだけど…そんなに不思議な事なのか…?

ってよく考えてみれば、普通の人だったら異世界だって知った瞬間にパニクるな。

多分霖之助はそれに驚いているんだろう。

 

「で、どこなのさ」

 

「っ、ああごめん、あまりに意外だったものだからついね…」

 

霖之助はメガネをクイっと持ち上げながら椅子に座り直した。本をパタンと閉じて話し始める。

 

「人里はこの店の前の道をまっすぐ行けば辿り着けるよ。たくさんの人が居て賑わってるから行けばわかると思う」

 

「そっか、ありがとな霖之助。あと頼んだ物よろしく」

 

そう言い残してドアに手をかけると、霖之助に呼び止められた。

 

「あ、ちょっと待ってくれ! 一つ忠告しておく事がある!」

 

「忠告?」

 

「ああ、人里には妖怪たちも降りてきていてね。比較的温和な部類の妖怪たちなんだけど、最近の"大結界騒動"で少し荒れているんだ。だから買い物をしたらすぐに立ち去ると良い。万が一妖怪に絡まれても、謝ってすぐに逃げるんだ。間違っても立ち向かってはいけないよ」

 

と、少し真剣な表情で言ってきた。

まぁ俺の身を案じて言ってくれているのだろうけど、心配ない。俺は普通じゃないからね。

気持ちだけ受け取っておくとしよう。

 

「ああ分かった。ありがとな。じゃ」

 

俺は今度こそ香霖堂を出て道を進み始めた。

が、一つ気になる事があった。

 

「さっき、"最近の大結界騒動"って言ってたな…」

 

大結界ってのは、十中八九"博麗大結界"の事だろう。

この幻想郷を現実と幻想の境界で強固に隔離している巨大な結界。俺が冥界へ行くのを阻んだ結界だ。

てっきり幻想郷が出来た時にはもう張られてると思ってたけど…つい最近の事なのか?

 

「う〜ん…原作での博麗大結界っていつ張られたんだっけ? 全然覚えてないな…」

 

転生者として少し不甲斐なくなってきた。

転生した利点を完全に失ってしまってるし。

まぁ原作を覚えてなくても生きる事はできる。

そもそも大まかな異変の内容は覚えてるし、どうにでもなるだろう。

 

「んで、反対派の妖怪が荒れてるって事か」

 

荒れてる原因はきっと、幻想郷が隔離されたからなんだろう。

全員に確認とって行動するなんて面倒な事紫はしないし、多分独断でやったんだろうな。

それが妖怪と人間の共存を考えてやった事だとしても、理解されない限りはきっと反対意見は出続ける。

 

……まぁそうなるのが分かってたから、紫と"約束"したんだけどな。

 

「天罰神の仕事…ね…」

 

……今はまだ、どうにもできないか。

 

俺は人里への足を早めた。

 

 

 

 

 

 

 

「…ホントに賑わってるな…」

 

しばらく歩いていくと、和式の建物が立ち並ぶところが見えてきた。

道にはたくさんの人が行き交い、活気に満ちている。

そして、妖力を感じる人もチラホラと見てとれた。

 

「…まぁ、イラついて悪さしてないなら良いか。俺は買い出しだな」

 

ここは人も妖怪も暮らす幻想郷。

悪さをしてないなら俺の出番はないのだ。

さっさと買い出しを済ませよう。

 

「必要なのは……襖と障子、食材、あとー…鍋とかの道具か」

 

他にも必要な物はありそうだが、まぁそのうち思い出すだろう。

立ち並ぶ店を眺めながら買い出しを始めた。

 

 

 

 

 

 

 

〜???side〜

 

寺子屋からの帰り道。

私はいつもの帰路につきながら、今晩の夕食の事を考えていた。

昨日はごく普通の味噌汁と野菜、そしてご飯。

一人暮らしだし、大食漢でもないので簡単に作った質素なものを食べていたのだが……

 

「そろそろ…別の物も食べたくなってきたな…」

 

教師という役職柄、子供達には"贅沢をし過ぎてはいけない"と教えているが、私も人間だ。

あまり質素な物ばかりでは物足りなくなってしまう。

たまには奮発してみようか。

 

私は今日の晩御飯の食材を調達すべく、帰り道とは少し外れたところにある八百屋に寄っていった。

 

「コレと、コレと…あ、あとアレもだ。その大根も」

 

八百屋に並んでいる食材を的確に見分けて選ぶ。

一人暮らしになってから身につけた技能の一つだ。

全て選び終わると、勘定をしている店主が声をかけてきた。

 

「いやぁ先生! いつも娘がお世話になってます! せっかくですから、今回は少し安くしておきますよ!」

 

「おお、それはありがたい。じゃあ頼むよ」

 

この八百屋は、私が寺子屋で教えている女の子の家なのだ。

だからありがたい事に、たまにこうして値段を安くしてくれる事があるのだ。

こういう日は運が良い、と私の中ではいつの間にか運勢診断になってしまっている。だから今日は運の良い日だ。

気分を良くしながら再び家に帰ろうとしたのだが…

 

…浮かれていたせいで、少々危険を呼び寄せてしまった。

 

ドンッ

 

「あ?」

 

周りが見えていなかったのか、前を歩いてきた三人組の一人にぶつかってしまった。

たまにある事ではあるが、こういう時は謝らなければ。

 

「済まない、少し周りを見ていなかった、気をつけるよ」

 

そう言って立ち去ろうとしたのだが…ぶつかった男に、肩を掴まれた。

 

「待てよ、ぶつかっておいてそれだけか? もう少し詫びって物があるんじゃねぇの?」

 

振り向かされ、男の姿がよく見えた。牙が鋭く光っており、耳もとんがっている。

……よりにもよって、妖怪にぶつかってしまったらしい。

 

「俺たち今イライラしてたんだよねぇ。遊郭にでも行こうかって三人で話してたんだけどよ、ちょうど良いからアンタが相手してくれよ」

 

「おお、それが良いな。それを詫びって事にするなら許してやっても良いぜ?」

 

「………………」

 

……少々マズイ状況になった。

満月の日ならば良かった(・・・・・・・・・・・)かも知れないが、あいにく今日はそうではない。

人間の私では妖怪には敵いようがないのだ。

横目で見る限り、周りの通行人たちもここを避けて行っている。

……懸命な判断ではあるな…。

 

「いや、本当に悪かった。許してくれ」

 

「ダメだね。さぁこっち来いよーー」

 

ズドドドッ

 

妖怪が私に手を伸ばそうとした直後、目の前を何かが横切った。

通り過ぎていった方向を見ると……

………何本もの包丁が木の柱に突き刺さっていた。

 

「おいおい、荒れてるからって八つ当たりはいけないな」

 

飛んできた方向には、フード付きの黒い服を着た一人の少年がこちらを向いて立っていた。

 

 

 

 

 




後半の視点人物は……誰か分かりますよね?

余談ですけど今日誕生日! もう少しで成人かぁ…学生の時間って短いですねw

ではでは。


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第七十六話 仕事も約束の内

ちょっと(作者が)迷走したお話なので違和感があるかもです。

ではどうぞ〜!


目を疑った。

最近の人里では"妖怪にはなるべく関わらない"というのが暗黙の了解となっている。

だからこそ、絡まれている私を見ても通行人達は見て見ぬ振りをしていたのだが………

 

「人間の女一人に妖怪の男が三人……さすがに見過ごせないね」

 

私と妖怪たちの間に割って入ったのは、私よりも若そうな一人の少年だった。

黒っぽい紺色の下履きに、裾を出した白い服、それの首元を緩く締めている赤い紐の様なもの。その上に彼岸花の刺繍が入った黒く長い上着を着ているその少年は、こちらに歩いてきて私に背を向けるように立ち塞がった。

 

「ああん!? なんだお前は!! こっちの問題なんだから口出すなよ!!」

 

「俺ら今さらにイライラしてるから、喧嘩なら手加減出来ないぜ?」

 

「さっさとどっか行け人間。怪我したくなかったらな」

 

少年をジロジロ見ながら気分の悪くなる言葉を投げかける三人。

仮に人間だったならば私が注意…いや、頭突きをかますところなのだが、今回はそうもいかない。

それに、今はこの少年を逃がさなければ!

 

「き、君! 私の事は良いから逃げろ! ただの人間では妖怪に勝ち目はない!」

 

そう叫ぶと、その少年は振り返り、軽く笑いかけてきた。

 

「いやいや、文句言いたかっただけだからさ。さすがに気分悪かったんだよ。さっきの見てるとね」

 

「そんな事言っている場合ではーー」

 

言いかけて、少年の後ろの様子に気が付いた。

妖怪が、無防備にも背中を向けている少年に蹴りを入れる瞬間だったのだ。

 

「っ!」

 

思わず目を瞑る。

吹き飛ばされて、横の店の中に血塗れで倒れている少年の姿を想像して怖くなった。

しかし…

 

(…? 音が…しない?)

 

想像とは違う展開に不思議を覚え、ゆっくり目を開ける。するとそこには…

 

「な、なに…」

 

「ただ、喧嘩売るってんなら買ってやるぞ?」

 

少年が、片手だけで妖怪の蹴りを受け止めていた。

 

妖怪は慌てて足を引っ込め、少し距離を取る。

その表情は驚愕に染まっていた。

 

私も、周りの人達も唖然とするしかなかった。

普通の人間が妖怪の蹴りなど食らえば、ほぼ全員吹き飛ばされて気絶する事請け合いだ。

なのに、普通に見えるこの少年はそれを片手で受け止めた。驚かないわけがない。

 

「コイツ…よく見りゃここじゃ見かけない顔だな…俺らに刃向かったからには、無傷じゃ返せねぇなぁ!!」

 

妖怪はそう叫ぶと、妖力を放出し、手元に一本の槍を作り出した。他の二人も同様に、それぞれ双剣と弓を作り出す。

それを見ていた少年は、表情を変える事なく静かに構えた。

 

「さ、喧嘩だろ? 来いよ」

 

「生意気な人間だなぁ!!」

 

額に青筋を浮かべながら、槍と双剣の妖怪たちが向かってきた。後ろでは弓の妖怪が矢を構えていた。

予想よりも遥かに悪いこの状況、私はとても焦りながら少年に反論した。

 

「何やってるんだ!! 妖怪を焚きつけてどうする!? もうさっきみたいにはいかないんだぞ!?」

 

危機迫るこの状況だ、少年も焦っているかと思いきや…振り返った少年は笑っていた。

 

「大丈夫だって。こんなガキ(・・)に負ける訳ないから」

 

「ガキ?」

 

その言葉を不思議に思った私だが、その思考は目の前の光景によって掻き消された。

 

「オラオラオラァ!!」

 

槍の連撃…突き、薙ぎ払い、柄での殴撃。次々と繰り出される攻撃を、少年はいとも容易く避けているのだ。

 

「隙有りぃ!!」

 

そこに双剣も混じってくる。

少年は槍の相手をしながら双剣も捌き続けていた。

槍による突きを頭をズラして避け、直後に来た双剣の両袈裟斬りを半歩下がって避けると、回転しながら二人を殴打して吹き飛ばした。

 

…あまりに衝撃的な光景に、私は驚くばかりだった。

何者なんだこの少年は?

 

「武器の扱いもまだまだだなぁ。小妖怪ってとこか?」

 

「そこだぁ!!」

 

吹き飛ばした直後、残っていた弓の妖怪が妖力を纏った矢を三発放った。

それらは曲線を描きながら背を向けている少年に迫っていった。

 

「危ないっ!」

 

思わず叫んだ。

少年は完全に背を向けており、矢の方を見ていない。矢が刺さり、血が吹き出す光景を想像した。

が、さっきと同じ様に、現実はことごとく私の想像を壊していった。

 

「うそ…だろ…!?」

 

「バレバレなんだよ。妖力ダダ漏れじゃあな」

 

少年の目の前で、折れた三本の矢が無残に落ちていった。

彼の手には、いつの間に持っていたのか、青白い刀が握られている。

 

…? あの刀を形作っているのは……

 

「これで分かったろ? お前らじゃ俺には勝てない。紫に目ェ付けられる前に早く帰れ」

 

少年の言葉に、三人の妖怪は突然怯えた目をした。

 

「ひっ!? ゆ、紫って…あの紫か!?」

 

「そーだ。悪さしてる上に反対派なんじゃアイツはきっと容赦しない。だから早く帰れ。また何か悪さしたら…今度は本気で潰すぞ」

 

さっきまでヘラヘラしていた少年の声が急に低く、重くなった。

同時に、見ているだけの私ですら、身が凍る程の悪寒が走る殺気を感じた。

 

「ヒ、ヒィィイイ!! 逃げろぉぉおお!!!」

 

殺気を間近で受けた妖怪たちは一目散に逃げていった。

妖怪たちが見えなくなった頃、見て見ぬ振りをしていた通行人達はワッと歓声を上げ、こぞって少年に集まって行った。

 

「いやぁあんたすごいねぇ! 妖怪を圧倒しちまうなんてさ!!」

 

「どこに住んでるんだい? ぜひお近づきになりたいよ!」

 

「お願いします! 弟子にしてください! あなたのように強くなりたいんです!」

 

少年に群がる人々からはこんな声が聞こえた。

私はというと、先ほどの殺気のせいで動けなくなっていた。

はしたなく座り込んでしまっている。

 

「大丈夫? 怪我ないか?」

 

差し出された手の主を見てみると、それは群れた人混みから抜け出てきたらしい少年だった。

さっきの強さなど想像もできない、優しい顔をした少年だった。

 

「あ、ああ、大丈夫…立ち上がれないだけだ。ちょっと手を貸してくれ」

 

「ああ。よっ」

 

少年の手を借り、やっとの事で立ち上がる。

まずはお礼を言わないと。

 

「危ない所を助けてくれてありがとう。私は上白沢慧音(かみしらさわけいね)だ。寺子屋の教師をしている。君は?」

 

「俺は神薙双也。最近ここに来た外来人だ」

 

「…え? 外来人!?」

 

「そうだけど…そんなに驚く事じゃないだろ?」

 

いや、みんな驚くだろう。

私も周りの人たちも、あり得ないものを見たような目をしている。

 

博麗大結界は、忘れ去られた者が超える事の出来る結界だと聞いている。

外の世界にはまだ妖怪はいるだろうし、順って妖怪を倒す事のできる人間も忘れ去られたとは考えにくい。

そもそも、あれだけ強い人間ならば忘れ去られる事など無さそうなものだが…不思議な少年である。

 

……ふむ、いいことを思いついた。

 

「ま、まぁ…取り敢えずお礼がしたい。丁度今日は奮発するつもりだったから、夕飯をご馳走しよう。それでいいか?」

 

「えっ、夕飯貰えんの? そりゃあありがたいな。じゃあ頼むよ慧音さん」

 

「"慧音"で良い。ここらでは先生とよく呼ばれるが、君は私の教え子ではないしな」

 

「…そっか、よろしく慧音」

 

「うむ」

 

こうして、夕飯をご馳走する事になった。

 

 

 

 

 

 

 

〜双也side〜

 

包丁を選んでたら襲われてたので助けた。

そしたら夕飯を貰うことに。

 

…あった事を話すならばこの二言で事足りる。

つまり、俺は昨日に引き続いてまたご飯をもらう事になってしまったわけだ。

妖怪から助けてもらった礼、と言われると断り辛いのだが、俺からすれば小妖怪の相手なんて朝飯前だ。

それくらい簡単な事でご飯をもらうってのは、何だか罪悪感がフツフツと湧き上がっきて変な気分である。

 

余談だが、とっさに投げた数本の包丁はきっちり買い取っておいた。

そりゃ勝手に使っちゃったんだし、買わないと損するのは店の人だし…。

まぁ、原作キャラの慧音と知り合えたから対価としては十分過ぎるか。

 

というわけで、今慧音の家に上がらせて貰って夕飯を戴いている。昨日から上がらせてもらってばかりだな。

まぁ"お礼"って事になってるから悪いことじゃあ無いと思う。

 

「う、美味い…やっぱ一人暮らしなら料理できた方がいいのかな…」

 

「そうだな、一人暮らしなら料理は出来ないとまずいぞ。せめて味噌汁くらいは作れないと」

 

「…頑張るかぁ」

 

慧音の料理は、俺にそう思わせるほどに美味かった。

焼き加減とか、調味料の加え方とか、素人の俺でもわかるくらい。

……キノコとか採取してなんか作ってみようかな…

 

料理を堪能していると、突然慧音は箸を置いて問いかけてきた。

 

「それで…本当に君は何者なんだ?」

 

「ん? だから外来人だってーー」

 

「それだけじゃ無いはずだ。君が最後に使った刀…アレは霊力で作られていただろう? ただの外来人が霊力を扱えるわけが無い」

 

「………………」

 

…あんまり人里で騒がれたく無いんだけどなぁ。

"一億年以上生きてる現人神だ"とか広まったら大騒ぎになるだろうし。

昔から変わらず、俺は面倒くさがり屋なのだ。

 

でも何か言っとかないと引いてくれそうにないしな…

悩んでいると、痺れを切らしたのか慧音が話題を変えてくれた。

 

「ふぅ、答えにくいか。なら別の質問をしよう。

君は"紫"と口にしていたが…あの妖怪の賢者、八雲紫と知り合いなのか?」

 

それが来たか。

紫との関係ねぇ…まぁ、"知り合い"くらいなら面倒ごとにはならない…かな?

 

「ああ、一応な」

 

「やっぱりか…なら、霊力の扱いも八雲紫に習ったのかな?」

 

と、思考している慧音。

本当は逆だよ。俺が扱いを教えた側だよ。

なんて思っていたが、"一応"と言った手前言い出すことは出来ず、結局慧音の中では"紫の弟子"的な立ち位置で完結したらしい。

正したいのに正せない、このむず痒さはどうにかならないだろうか…?

 

「それでだ、本題なのだが…」

 

「うん?」

 

区切りがついたっぽかった為また料理に手を出そうとしたのだが、どうやら本題は別にあるらしい。

あの、料理冷めちゃうから早く食べたいんだけど。

そんな俺の気持ちは意に介さず、慧音は真剣な目付きで話し始めた。

 

「賢者の弟子である双也を見込んで頼む。この人里の守護をお願いできないか?」

 

「守護?」

 

「ああ、さっきの妖怪たちも同様だが、最近の妖怪たちの中に乱暴になった者達がいる。困った事に、そういう妖怪達は人里にも降りてくることがあるんだ。だから、そういうもの達からここを守って欲しい。頼むっ!」

 

慧音は頭を下げて俺に頼んできた。正直に言えば…どっちでもいいかな。

暴れてる妖怪ってのはつまり"隔離に反対の者達"ってことだろ? それならどの道紫との約束の内に入るし、俺がどうにかすることになる。

う〜ん、こういう約束は受けた方が効率がいいよな。

 

「ん〜いいよ。人里は俺が守護しよう」

 

「! ありがとう!!」

 

頭を上げた慧音の表情は物凄い明るかった。

ここに生きる人達を大切に思ってるんだって事がヒシヒシ伝わってくる。

 

「俺を呼ぶ用の何かを作って今度渡すよ」

 

「ああ、分かった」

 

そんな約束をし、冷めてしまった料理を食べ尽くしてお暇させて貰った。

帰りはもう真っ暗になっていたが、香霖堂で俺を呼ぶ用の"鈴"を依頼していった。

少々嫌な顔をされたが、百人の諭吉さんをチラつかせたら快く引き受けてくれた。チョロいな霖之助。

まぁそんなに難しい依頼じゃ無いだろう。

形だけ作ってもらったら能力をを使って工夫していくつもりだ。

 

そうして暗い森の中を一人、トボトボ歩いて家に帰ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クソがッ!…もう我慢の限界だぜ!……だがじきに準備ができる…ふふふふふ…これで幻想郷も終わりだなぁ!! ははははは!!!」

 

 

 

 

 




導入ですが、イベントは起こすつもりでいます。

ではでは。


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第七十七話 "一人"の重み

長いです。先日の人物パート並みに。
そしてサブタイトルで分かるようにシリアスメインです。

では長き七十七話……どうぞ


「はい、コレが完成品だよ」

 

「おお〜!…見た目は変わらないんだな…」

 

「ま、まぁ…あんまりケバケバしくても君の和式の家には似合わないだろう?」

 

「…それもそうだな」

 

俺の前に置かれている複数の家具。

見た目は普通の物と変わらないが、色々と便利になっているらしい。

これからはこの家具たちが俺の家の中を彩ってくれるわけだ。中々に嬉しい。

 

幻想郷に入ってから約一ヶ月ほど。

改めて解説するほどの変化など無いのだが、まぁ強いて言うなら生活には慣れてきた。

家でゴロゴロしてる時もあれば、人里に呼ばれて妖怪を懲らしめる時もある。実際これで反対派の妖怪を減らせてるのかは分からないが、何もしないよりはマシだと思っているのだ。

 

今日は香霖堂に来ており、完成した家具たちを眺めていた。

台所を見てみると内側に画期的な収納スペースがあったり、箪笥にはスライド式の部分が組み込まれていたり。

たくさんの諭吉さんを生贄にした甲斐があった。霖之助は予想通りの仕事をしてくれたらしい。

 

ガチャッ「こんにちは〜! 霖之助さんいるぅ〜?」

 

「おっと、客が来たみたいだ。ちょっと待っててくれ」

 

「はいよー」

 

家具を見ているとドアが開かれる音がした。

それを聞いて霖之助も店に出て行く。

今更だが、家具が置いてあるのは店の奥だ。とてもじゃないが、店内は狭過ぎて俺の依頼品を置くスペースが無かったのだ。

ちったぁ片付けた方がいいんじゃないの?

 

「おっじゃまするわよー」

 

「ああちょっと! 毎回言ってるじゃないか! 奥は入るなって!」

 

すぐ後ろから先ほどの声と霖之助の慌てた声が聞こえた。

振り向いてみれば、そこには見知った姿の女性が一人。

 

「あ、双也じゃない。久しぶりね」

 

「俺の事覚えててくれたのか、柊華」

 

軽く言い返すと、柊華はニマッと笑った。

やけに厭らしい笑いだな…

 

「そりゃ覚えてるわよ! 私を愛しの諭吉様と結んでくれたキューピッドなんだから♪」

 

「おーい、迷走してるぞお前」

 

誰かーコイツ助けてあげてー。

博麗神社なんか僻地に住んでるもんだから恋人とかに飢えてるようだ。

飢えるどころかもう餓死しちゃって感覚がおかしくなってる節もあるが。

 

「おや、二人とも知り合いかい?」

 

「まぁね、ここに来た時に世話になったんだ」

 

へぇ、と霖之助は納得していた。

 

「それより柊華! 勝手に上がるのは止してくれって前から言ってるだろう!」

 

「良いじゃない、変わりにいつも差し入れ持ってきてあげてるでしょ?」

 

「むぅ…それは確かにそうだが…」

 

まぁ…霖之助が苦労人だって事は分かった。

博麗の巫女相手にご苦労様です。

 

「そういえば柊華はなんでここに?」

 

俺はふと気になったことを彼女に尋ねた。何か買い物かな?

柊華は襟の内側を漁りながら答えた。

 

「ん〜まぁ特に用事は無いわ。ちょっとゆっくりしていこうと思ってね。これを払って」

 

そう言いながら出したのは数枚の御札だった。

それぞれ強い霊力が込められているのが分かる。

なるほど、これを対価に上がらせてもらってるのか。

 

「ここは柊華の休憩所ではないんだが…」

 

……本人は嫌がってるようだけど。

 

「これは霊力を扱えない人間用の護身札よ。妖怪に投げつければ自動で追いかけて炸裂するっていうね」

 

「中々えげつない札だな」

 

「そりゃそうよ。私が普段使ってる札の応用だもの」

 

「マジかい…」

 

事も無げに言う柊華に少し驚いた。

ホーミングする炸裂弾なんて結構難しいと思うんだけどな…。威厳というか、そういう雰囲気全然無いけどやっぱり博麗の巫女なんだな。

 

「さて、じゃあこの家具達貰ってくな。金は前払いしたからいいよな?」

 

「ああ、そのまま持って行ってくれて構わない。でも結構重いよ? 手伝おうか?」

 

「あ〜…表に出すのだけ手伝ってくれ。その後はどうにか出来る」

 

「? そうかい? ならいいんだけど…」

 

霖之助に手伝ってもらって(柊華は中で一服してる)家具を外に出してもらった。ここからは能力で家に送れば完了だ。内装とかは帰ってから考える事にする。

って、よく考えたら出してもらう必要も無かったじゃんか。

……まぁいいか。

 

「よし……よっと!」

 

地面に手をつき、まとまった家具の下に空間を開いた。もちろん俺の家につながっている。

こんな事に大技使うのもなんか馬鹿らしいが、戦闘するには問題無いだろう。相手弱いし。

 

「完了っと…ありがとな霖之助。助かった」

 

「それはいいけど…君本当に外来人かい? 能力持ちだし…」

 

「ま、まぁ色々とあるんだよ、色々と…」

 

「?」

 

霖之助は不思議そうにしているが、俺は気にせず中に戻っていった。もう一つ、出来上がった物があるからだ。

それを持ち、一服している柊華に声をかけた。

 

「なぁ柊華、今から人里に行くけどお前も来るか?」

 

彼女は視線だけこちらに向け、悩むそぶりをした。

 

「人里ねぇ…長らく行ってないし、久しぶりに行ってみましょうかね」

 

「よし決まりだ。すぐに出るから」

 

俺と柊華はいそいそと外に出た。

もちろん霖之助にはお礼を言って。

 

人里への道を歩いていると、柊華は俺が手に持つ袋を見て話しかけてきた。

 

「……ねぇ双也、あなたが手に持ってるのシャンシャン音が鳴ってるけど……鈴なの?」

 

「ん? そう。これは霖之助に作ってもらった鈴だ」

 

袋の中にはたくさんの鈴が入っており、一歩踏み出すたびにシャンシャンと音を出していた。

これは霖之助に頼んでおいた、俺を呼び出す用の鈴だ。

とは言ってもまだ(・・)普通の鈴だ。これから能力を乗せて特殊な鈴にする。

 

「ふっ…」

 

袋を青い光が包み、次第に小さくなっていく。

 

「何をしたの?」

 

「ちょっと細工をね。この鈴持ってくれ」

 

そう言って一つだけ空色の鈴を柊華を渡す。

それを確認し、俺は袋に入っている鈴を一つとって

 

シャンシャンシャン

 

と鳴らした。

一見ただ鳴らしているだけのように見えるが、実は違う。

 

シャララララー…・ン

 

「あ、こっちの鈴も鳴ったわ」

 

「そ。柊華に持ってもらった鈴は、こっちの鈴に反応して音を出す、所謂"共鳴鈴"だ」

 

「へぇぇ…いい音ね」

 

柊華が持っている共鳴鈴は俺が持つ方(・・・・・)

こっちの鈴…"呼び出し(りん)"とでも言おうか、これは人里の人間たちが持つ用だ。

俺が守護者になって一ヶ月は誰かが毎回呼びに来ていたのだが、これからはそういうこともなくなる。

おまけに呼ばれるときは涼やかな鈴の音で耳に優しい。

ようやく完成したということで、今から配るために人里に行くのだ。

 

「ふ〜ん…霖之助さん器用よねぇ…」

 

「それには同感だ」

 

鈴を眺める柊華に同調する。

いやホントに器用だよあの人は。家具やら鈴やら…色んなものを作ってくれる。発明家になってもきっと食っていけるな。

 

「あ、見えてきたわよ。ここも久しぶりねぇ」

 

「………?」

 

柊華は久しぶりで普通の表情をしている。でも、最近よく訪れている俺には何か違和感を感じた。何か…いつもより足りないような…。

 

「あ、慧音だ」

 

「ん? おお双也じゃないか! 今日はどうしたんだ?」

 

違和感の正体を探して見回していると慧音を見つけた。

ふと漏れた言葉も彼女には聞こえていたようで、振り向いてこちらに歩いてきた。

…ふむ、丁度いいし配るの手伝ってもらうか。

 

「呼び出し用の鈴が出来たんだ。限りはあるけど配りたいんだよ。手伝ってくれない?」

 

「そういう事か。なら任せておけ。数は幾つまでだ?」

 

「んー…二百くらいだな」

 

「分かった」

 

快く返事をすると、慧音は周辺の人たちに聞こえるように大きな声をあげた。

 

「みんなー! 守護者様が呼び出し鈴をもってきてくれたぞー! 先着二百個までだから並べー!!」

 

…とまぁどこかの卸売店みたいな声をあげると、それに気付いた人たちがこぞって集まってきた。

 

「守護者様! 私に一つください!」

 

「俺は二つだ!」

 

「子供と俺の分五つくれ!!」

 

「うおっ、ちょ、ま、ちょっと待ってくれよっ!」

 

我先にと俺に向けて手を伸ばしてくる。

もはや掴みかからんという勢いだ。

お前ら慧音が並べって言ったの聞こえなかったのかよ。

 

ほんの少しだけ湧き上がった怒りを抑えながら何とか配り始めると、隣に居た柊華が茶化す様に話しかけてきた。

 

「人気者ねぇ双也♪ 羨ましいわ♪」

 

「そんなこと言うなら配るの手伝ってくれない?」

 

「イヤよ。なんで商売敵の手伝いしなきゃなんないのよ」

 

「は?」

 

商売敵? なに言って…………あ、博麗の巫女は妖怪退治も生業にしてたんだっけ。

柊華にとっては、人々の前で妖怪退治をする事でお賽銭集めでもしたかったのかもしれない。

なるほど、そう考えると確かに俺は"商売敵"だな。

 

「私向こうに行ってるわね〜」

 

「ああ、終わったら呼びに行くよ」

 

「は〜い」

 

気の無い返事をして歩いていく柊華。

その姿は何だか物悲しいような雰囲気を持っていた。

 

「…なぁみんな、俺ばっかり頼ると博麗の巫女が困っちゃうからさ、あっちにも問題解決頼むようにしてくれない?」

 

ほんの軽い気持ちで言ったつもりだった。

妖怪退治が俺ばかりになれば、柊華の、博麗の巫女としての存在意義が危うくなってしまうからと。

 

 

しかし、ここではそんな甘い考えは通らないらしい。

 

 

「え…博麗の巫女に…ですか?」

 

「俺…あの人は怖ぇよ…昔妖怪と戦ってるの見かけた事があるけど、複数体相手に圧倒してたんだ…」

 

「私、"あの人は妖怪よりも妖怪な人間だ"って…お母さんから聞いたことあるよ…守護者様の方がいい…」

 

「………………」

 

言葉を、失った。

本来人を守る側の博麗の巫女に対して、その守られる側の人々は畏怖を抱いていたのだ。

こんな悲しい事…あるのかよ。

 

博麗の巫女の生業が妖怪退治である限り、その者は必然的に妖怪よりも強くなくてはならない。

そしてそれは、人から見れば"異質"そのものであり、その人たちからはその者が人には見えなくなってしまう(・・・・・・・・・・・・・)

……出る杭は打たれるというが、これはあまりにも悲しかった。

 

(柊華があんな雰囲気を持っていたのは、周囲の人達からの畏怖を感じ取っていたからなのか…)

 

 

 

ーー恋人に飢えている。

 

 

 

俺はそう思ったあの時、軽い気持ちで柊華を馬鹿にしていた。でも今は、その事を酷く後悔した。

柊華はきっと、孤独で寂しかったのだ。

自分をもっと見てくれる人を、求めていた。

 

「……………………」

 

しばらく無言で鈴を配り続けていた。

柊華の悲しみの事を、ずっと考えて。

 

「そ……、双也!」

 

「! …なんだよ慧音」

 

「なんだよではない。ボーッとしてどうした? 鈴はもう無くなったぞ?」

 

「ん? あホントだ」

 

いつの間にか鈴も配り終わっていた。

慧音が呼んでくれなかったらずっとボーッとしてたかも知れない。

 

「何か考え事か?」

 

「ん〜…うん」

 

なんだか柊華がいたたまれなく感じるようになった。

孤独の辛さ、俺ならよく分かる。

だからどうにかしてあげたかった。

 

「……………よし、そうするか」

 

「?」

 

「ありがとな慧音。また今度ー!」

 

「え!? あ、またなー!」

 

いい解決策なのかは分からないが、思いついた。

慧音に別れを告げて、柊華を探し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜柊華side〜

 

もうすぐ夕暮れ。

人里の子達が遊んでいたこの広場にも影が伸びて、子供達の親が自分の子を連れて帰っていく。

居合わせた親達もお互い挨拶し、他愛の無い会話をして去っていく。

 

…………その視線が、私にも向いているような気がしてならなかった。

 

 

ツゥゥー……

 

「! ……やだなぁ、私……」

 

無意識に流れた涙を拭う。

でもまたすぐに滲んできてしまう。

 

「…人里なんか、来るんじゃなかったかな…」

 

人里の人間たちが私を怖がっているのは知っている。

博麗の巫女としての仕事に慣れてきた頃、その恐怖に満ちた視線に気が付いた。

 

双也が鈴を配っている中、手伝わなかったのは別に商売敵と思っているからじゃない。

………周りの人の視線に耐えられなかったから。

 

「っ…うぅ……」

 

拭っても拭っても涙が止まらない。

一度思い出すと、連鎖的に昔の事も思い出して悲しくなってしまう。

 

 

 

ここで一人になると、やっぱりダメだ。

 

 

 

「柊華〜!」

 

「!」

 

広場の向かい側に双也が見えた。その途端、溢れてきた涙もピタッと止まった。

ああ、やっぱり、今まで通りで頑張れって事なのかな。

目尻に残っていた涙も拭い、歩いてきた双也に向き直る。

 

「終わったようね鈴配り。じゃ帰りましょうか」

 

パンパンと袴の埃を払って立ち上がった。

私としてはあまり居たくない場所なのでさっさと歩き出した。が、

 

「ちょっと待ってくれ」

 

双也に呼び止められた。

 

「…なによ?」

 

「柊華、お願いがある」

 

双也が私にお願い? それなら神社にでも香霖堂にでも帰ってからにしてほしいんだけど…。

 

「不思議なこともあるものね。里の守護者様が私にお願いなんて」

 

普段通りの茶化したような口調。

もう随分と慣れてしまった、空元気だ。

 

でも、そんないつもの私(・・・・・)ですら、次の言葉には息を呑むしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺と、友達になってくれないか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………え?」

 

トモダチ……ともだち……友だち……友達!?

頭の中で、言葉が反復した。

それがだんだん形になって、やっと理解出来た。

でも…友達って…!?

 

「え、えと…なんで私と…? 双也なら、里の人達とでも友達になれるでしょ? ほ、ほら、みんな双也のこと気に入ってたし…」

 

真っ白になった頭の中でどうにか言葉を紡ぐ。

湧き出したたくさんの疑問を少しずつ。

ああ、私変なこと言ってないかな…

 

「里の人たちは守る対象ってだけだ。友達になったら優先順位が出来てしまう。それじゃダメだろ?」

 

 

「で、でも、私と友達になっても面白くないわよ? 私は人をからかって、ばっかりだから…」

 

 

「それが柊華の面白いところだろ? 少なくとも、俺は柊華と話してて面白かったけどな」

 

 

「で、でも、いつかは嫌になるかも…人は急には変われないって言うし、私も人間だし…」

 

 

「変わる必要なんてないだろ。面白いところをわざわざ変えたって何にも良いこと無いし」

 

 

「そ、そうしたら私には何にも残らないわよ? それこそ、友達になっても、つまんなくなって…」

 

ああ、だんだん何を言ってるのか分からなくなってきた。

それに双也の言い分にも取り付く島がない。

…少し涙が出てきた。

 

「そ、それにーー」

 

「はぁ…」

 

私の中身のない空っぽな言葉は、双也の溜め息で途切れてしまった。

 

そして次の双也の言葉で、グジグジと考えていた事が、パンッと軽く音を立てて吹き飛んでしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺は、柊華と友達になりたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉が、心の中で反響した。

 

 

 

「……っ…う……うぅ…ぐす……」

 

せき止められていた涙が一気に溢れ出してきた。

拭い切る事なんて絶対できないだろうって程に、大粒で、酸っぱくて、たくさんの、嬉しさが溢れてきた。

 

「お前の悲しみ、分かるよ。今までよく頑張ったな」

 

そう言いながら、双也は私を抱き締めて頭を撫でてくれた。

…すごく、心が安らかになる。

 

「無理なんてするな。心まで強くなる必要なんて無いんだよ。…一人は…寂しいんだから」

 

「うっ…うぁあ…ひっく…うああぁあぁあぁぁあ!!」

 

 

 

時間も、慎みも、自分の事さえ忘れて、ただひたすらに"友達"の胸で、泣き続けた。

 

 

 

 




………………。

割と女の子を泣かせやすい双也くん。依姫に続いて二人目ですね。

ではでは。


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第七十八話 悪い予感

柊華は一応美人な部類って設定です。

ってかいつの間にかUA30000超えてた。
みなさんご愛読ありがとうございます! これからもこの双神録と私をよろしくお願いします!

ではどうぞ!


夢を、見ていた。

 

 

白くて、暖かい光の中に立っている俺。

その周りはずっと先まで暗闇で、小さな光がポツポツと揺れている。

 

 

その光はだんだんと近づいてきて、俺の立つ光の中に溶ける。でも溶けるのと一緒に、俺の周りの光からも少しずつ光が散って行った。

それが何となく嫌で、それを追いかけて手を伸ばす。

でも、触れる前にはフッと消えてしまって掴めなかった。

 

 

光が近づき、溶けていく。その光も散っていく。

それが繰り返されていくと、気付けば俺の周りの光は、最初よりも小さくなっていた。

 

 

…………イヤだ。

 

 

ふと、そんな言葉が浮かび上がる。

小さくなっていく光を見て、どんどん気持ちが強くなっていく。

 

 

 

それを見ていると、暗闇の方に立つ"人"を見つけた。

 

 

 

気が付いた時には、その人は腕をふるって周りの光を散らしていた(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

ーーやめろ

 

 

 

 

光を散らし、掻き消して、少しずつ近づいてくる。

 

 

 

 

ーーやめろよ

 

 

 

 

その人が近づいてくるのに比例して、周りから溶けていく光もなくなっていた。

 

 

 

 

ーーやめろって

 

 

 

 

手が勢いを増し、散らす光の量も多くなっていく。近づく速度はますます早くなった。

 

 

 

 

ーーやめてくれ

 

 

 

 

遂に、その人の手が俺に触れた。その瞬間

 

 

残っていた僅かな光もブワッと消えた。

 

 

暗闇の中、顔を上げるその人。

見るのが怖くて、顔を背けたくなる。

でも体が動かない。声も出ない。

 

少しずつ輪郭が見えてくる。

髪、耳、頰、鼻、顎。

顔を上げ、俺を見つめたその人は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不気味に笑った、俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!! やめろォ!!」

 

「ひゃぁああ!?」

 

起き上がった俺の視界に入ってきたのは、眩しい太陽の光といつもの俺の部屋。

そして…………驚いた表情をした柊華。

 

「ご、ゴメンなさいっ! あんまり柔らかくて気持ちよかったから…止まんなくなっちゃって…」

 

と、寝ぼけた顔を向けた俺に謝ってくる彼女。

いやいや、なんでお前がここに居る。

 

「柊華…なんでお前がここに居るんだよ? ここ俺の家なんだけど? まだまだ早朝なんだけど?」

 

「えっ? えっと…早くに起きちゃったから双也の家に来てみたんだけど、そしたらあなたまだ寝てたのよ。それで…顔覗き込んだら妙に頰が柔らかそうだったからつついてて…止まんなくなっちゃって…」

 

ああ、開幕ゴメンなさいはそう言う理由か。

"やめろ"って寝言みたいなものだったんだけどな、偶然にもタイミングバッチリだった訳か。

 

…………はて、なんで"やめろ"なんて叫んだんだっけ?

なんかものすごく怖い夢を見た気がするんだけど……まぁいいか。

 

 

っていうか

 

 

「んなことより柊華、早起きしたからっていきなり押しかけてくるってどういう事だよ」

 

「え? 友達ならそれくらいするかなと思って…」

 

「いくら友達でも早朝に押しかけるヤツなんていねぇよ」

 

「そうなの!?」

 

鳩が豆鉄砲を食ったように驚愕する柊華。

これくらい常識の範囲内だと思うんだけど…?

…まぁ、柊華は今まで"友達"がいなかったから、どこまでのことをして良いのか分からなかったのかもな。

 

「うぅ〜ん…はぁ、取り敢えず、朝飯にするか」

 

軽く伸びをして、名残惜しくも布団を出る。

…ん? いい匂いがするな。

 

「あ、朝飯なら私が作っておいたわ。ついでだったから」

 

おお、柊華ってここまでするんだ。理由があるとはいえ流石に面食らった。

まぁ作ってもらったなら好都ご……ありがたい。

湯呑みを二つ棚から取り出してお茶を淹れ、柊華の前に置くのと一緒に俺も椅子に座った。

目玉焼きを作ってくれたらしく、早速食べ始めた。

……やっぱ美味え。

 

「〜♪」

 

「…? なんだよ柊華」

 

「いやぁ、友達ってこんなに良いものなんだなって思ってね♪」

 

「…そうだな」

 

柊華の言葉に少しズキッとした。

理由はきっと、その言葉にどれだけの意味が込められてるのか分かるからだろう。

でも、当の本人にはそんな気はサラサラ無いらしい。

いい笑顔をしている。

 

柊華と友達になってから、大体一週間ほど経過した。

あの後、暗くなった頃に柊華は泣き止んで、疲れたのかそのまま寝てしまったのだ。

置いてくことなんて流石に出来ないので、博麗神社まで運んで(もちろん瞬歩)布団に入れてあげた。

 

その日からは柊華と過ごす日が多くなった。

というのも、毎日のように…というか実際毎日彼女が会いに来るからである。

まぁ柊華と居て楽しいってのは嘘じゃないし別に困ってもいないのだが、博麗の巫女としてはそれでいいんだろうか…?

 

疑問に思いつつも朝飯を食べ終え、いつもの服に着替える。

今は懐かしき学校の制服に、映姫にもらった黒いガウン。

今更だがこの裾の彼岸花、中々にオシャレだと思うんだけど…どうだろうか?

 

「それで双也! 今日は何する??」

 

「ん〜…そうだな、特には何もーー

 

 

 

 

シャララララー…・ン

 

 

 

 

ーー先に仕事だな」

 

そう言うと、見るからにガッカリした表情を浮かべる柊華。

仕方ないじゃんか、慧音に頼まれたんだからさ。

 

「んじゃ行くけど……柊華も来るか…?」

 

「………いや、私は遠慮するわ。ここで待ってる」

 

「…そっか」

 

やはり、今でも人里は苦手なようだ。

俺と言う友達が出来たとは言っても、畏怖の視線が無くなったわけではない。

考えてみれば、当たり前のことだ。

 

……いつか、柊華が人里でも笑ってられる日が来ることを願おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「さーて、朝っぱらから騒いでるバカはどこだ?」

 

瞬歩で人里近くまで行き、鈴の鳴らされた場所の探知を始める。

………見つかった。数は大体四体ほどだ。

 

「さっさと終わらせないとドヤされるな」

 

俺は気持ち急いで向かった。が……

 

「ッ! おいお前ら! 行くぞ!」

 

「う、おお!」

 

「………?」

 

その場所にたどり着くと、妖怪たちは俺に気付いた途端逃げて行ったのだ。

守護者になって日は浅いけれども、こんな事は初めてだった。

そもそも、俺を見て逃げ出すんだったら里に降りてきてる他の妖怪達は……

 

「…!?」

 

改めて、里の中を見回してみた。するとどういう訳か妖怪が見つからなかった(・・・・・・・・・・・)

俺の視界に居なかっただけとか、そういうわけじゃない。

人里から妖怪がいなくなっていたのだ(・・・・・・・・・・・・・)

 

(あの時の違和感は妖怪が少なくなっていたからか…)

 

よく思い返せば、ここに訪れる度にだんだんと感じる妖力も少なくなっていったように思う。

多少少なくなっただけなら"降りてくる妖怪が減ったのかな?"で済む話ではあるが、居なくなったのは異常である。

…誰かにに聞いてみよう。

 

「あの、ちょっといいかな?」

 

「はい? あ、守護者様。何ですか?」

 

「なんか妖怪を全然見かけないんだけど、何かあった?」

 

問うと、その若い男性は首をかしげ、少しばかり考え込んだ。

 

「…いえ、特には無いと思います。守護者様を恐れて降りてこなくなったんじゃないですか?」

 

と冗談交じりに言われた。

なるほど、それなら問題は無いだろうが、それだけでは妖怪が居なくなるには理由が足りない気がする。

……何となく、嫌な予感がするのだ。

 

(…まぁ、暴れる妖怪が居なくなったなら…いい…のか…?)

 

現状ではどうしようもない、と心の中で妥協する。

何か起こっても即座に対応すれば良いだけの話だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

その慢心が、取り返しの付かない事に繋がるなんて、今の俺には想像すら出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「"妖怪の喪失"…ねぇ…」

 

机に頬杖をつき、考え込んだ様子の柊華。

家に帰ってきた俺が早速彼女に相談してみたのだ。

 

「なんか心当たりないか? "コレは〜の前兆だ"とか」

 

「無いわよそんなの。自然現象じゃないんだから。ん〜でも、確かに気になるわね…」

 

「現状じゃ対処できないって思ってるんだけどさ」

 

原因は、妖怪退治の専門家たる柊華にも分からないらしい。

こうなると相当手詰まりだ。いよいよどうしようもなくなってきた。

 

 

…そう考えていたのは彼女も同じようで。

 

 

「……そうねぇ…こうも手がかりが無いとお手上げね。異変かどうかも分からないし。何かあるまで待つしか無いんじゃない?」

 

「だよなぁ…」

 

三人揃えば文殊の知恵と言うが、やはり俺たち二人では上手くいかないらしい。仕方ない、と諦めることにした。

 

「それより双也! 帰ってきたんだから遊びに行きましょ! お花畑なんてどうかしら!?」

 

「ん〜別にいいけど、神社空けて大丈夫なのか?」

 

「特別強く結界張ったから大丈夫よ。私を嘗めないで?」

 

「いやそういう問題じゃないんだけどな」

 

今日も変わらず、"寂しがりやな友達"と過ごすことになりそうだ。

 

 

 

 

 




ボソリ(誰か柊華の絵描いてくれる人居ないかな…

ではでは。


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第七十九話 "大親友"へ

また少しばかりシリアスです。

あれ、おっかしいなぁ…書き始めた頃はこんな重い物語にするつもり無かったんだけどなぁ…?

ではどぞっ!


「ふんふふ〜ん♪ ふ〜ん♪」

 

ある日の博麗神社。

巫女として朝早くからする事と言えば、境内や庭の掃き掃除だ。

早朝も早朝、今は四時くらいだと思うが、私は鼻歌交じりに掃き掃除をしていた。

 

「は〜やっく行っきたっいなっと!」

 

「ずいぶんご機嫌なのね柊華」

 

「うわぁああ!?」

 

突然後ろから声をかけられた。

完全に自分の世界に入ってたからかなり驚いたわ…。

 

っていうか! 何回言っても突然現れるのをやめない紫色! 良い加減にしないと本気でしばくわよ!」

 

「全部声に出てるわよ柊華」

 

「あらそう? 好都合じゃない。今度同じ風に現れたらいろいろ封印してやるからね」

 

「え!? そこまでしなくてもーー」

 

「するからね」

 

「いやだからーー」

 

「するからね」

 

「ホントに勘弁ーー」

 

「するからね」

 

「………はい」

 

全く、神出鬼没にも程があるわよ。

どうせあのお師匠様ってのにもやってたんでしょうね…。

ホント、可哀想だわ。

 

『は…はふ…ぶぇっくしょいっ! …んあー? まだ四時じゃねぇかよー。誰だよ噂してんの…』←お師匠様

 

「って、そういえば紫に会うの久しぶりな気がするわね」

 

最近脅かされた記憶がなかった私は、少し怯えた表情をしている紫に言った。

 

「…そうね。大体一ヶ月振りかしら?」

 

「何してたの?」

 

「ちょっと探し物をね」

 

紫は口元を扇子で隠しながら言った。

そういう仕草するから胡散臭いって言われるんでしょうが…。

まぁ、コイツなら幻想郷に害する物なんて呼び寄せるわけはないし、放っておいても問題はない。

そういうところだけは信頼しているのだ。

…敵になったら容赦しないけどね。

 

「話を戻すけど、なぜそんなに機嫌が良いのかしら? 前会った時なんて、境内の掃除放ったらかしてお茶啜ってたくせに」

 

本当に不思議に思っているかのような声音で聞いてくる紫。

そういえば、前会った時はまだ私"一人"だったわね。知らないのも無理はないか。

 

「仕事全部終わらせて大親友(・・・)のところに行くつもりだからよ」

 

「……………え? だいしんゆう?」

 

「そ、大親友」

 

「…………ええっ!? と、柊華にっ、大親友!?!?」

 

私ですら見たこと無い驚愕の表情を向けられた。

なんか失礼ね。本気で驚いた表情なもんだから更にイラつくわ。

 

「柊華、今すぐ案内しなさい。あなたに見合う親友かどうか品定めしてあげるわ」

 

「イヤよ。あなたに品定めしてもらう義理ないし。そもそもそんな立場じゃないでしょ」

 

その台詞は本来親が子に言う言葉のはずだ。

 

「良いから案内しなさい! あなたの場合は"普通の友達よりも意味が重い"でしょう!」

 

「!」

 

….紫、私が人里で向けられている恐怖のこと、知ってたんだ…。

って事は、普段私とからかったように接していたのは、私を気遣って?

……そう思うと、少しは許せるわね、少しは…。

 

「あら? 私は柊華の反応が面白いからからかってるだけよ?」

 

「…心を読むのもやめなさいって何回も言ってるわよね?」

 

「そんな事覚妖怪じゃないんだから出来ないわよ。私の友達もとても顔に出やすい人だったから、慣れてるってだけよ」

 

「じゃあそれを止めてちょうだい」

 

「もう癖だから無理ね」

 

「………………」

 

…やっぱり許せないかも。

からかい文句に加えてこの見下した表情がフツフツと私の怒りを誘ってくる。

 

と言うより、その友達…多分お師匠様の事だろうけど、その人はイライラしなかったのだろうか?

少なくとも、その人と同じくらい私が紫と一緒に居たら、ほぼ間違いなく一度はコイツをボコボコにしてる。

しょうもない理由だけど、その人には頭が下がる。

 

「まぁそれはともかく、ちゃんと案内してくれるかしら?」

 

「はぁ…しょうがないわね…良いわよ、朝ごはん食べたら行きましょ。どうせ断っても突き止めるんでしょ?」

 

「よく分かってるじゃない。じゃあ中で待ってるわね」

 

境内に入っていく紫をジト目で睨みながら、沈んだ気分を取り戻すべく心を切り替えた。

 

…ああ、やっぱり友達って良いな♪

 

やっぱり、彼に出会えて本当に良かったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、どこに居るのよその大親友は?」

 

彼の家に行く途中、スキマから上半身だけ出した紫が問いかけてきた。

随分興味持ってるのね。

 

「魔法の森の奥地よ。静かな場所が良いらしくてね」

 

「魔法の森…じゃあ、もしかして魔法使いなの?」

 

あー、あそこに住んでるとそういうイメージが出てくるのか。

でも…使えないはずである。

霊力は馬鹿デカイけど、魔力は感じないし。

 

「いえ、魔法は使えないはずよ。霊力は冗談みたいにデカイけど」

 

「あ、もしかして前に言ってた"不思議な外来人"?」

 

「ああそうそう、その人よ」

 

「ふ〜ん…」

 

そういえば紫にも話していた。

その時は警戒していたようだけど、一ヶ月問題は起こっていないし危険性は皆無と言って差し支えないはず。

 

しばらく歩き、魔法の森に少し入った頃、紫は心配そうな声音で話しかけてきた。

 

「…ねぇ柊華、どうしてあなたは…その人と友達になったの?」

 

「…え?」

 

一瞬、何を言っているのか分からなかった。

しかし問いかける紫の目を見て、この話が真剣な物なのだと分かった。

彼と友達になった理由……そんなの…

 

 

「彼が、私と友達になりたいって…私を受け入れるって…言ってくれたからよ」

 

 

「………………」

 

「昔から私を見てるあなたなら知ってるでしょ? 私は、里の人達に怖がられてた。小さい頃から巫女としての仕事をしてたから、親しい人なんて居なかったのよ。…いつも一人、神社の庭で蹴鞠でもして遊んでたわ」

 

 

珍しく黙り込んで聞く紫。

真剣に聞いてくれるその態度も少しばかり嬉しかった。

 

 

「小さい頃でも、それは寂しかった。寂しくて悲しくて、何で私がこんな目にって何度も思ったわ。耐えられなくて夜泣いた時もあった。そして時が過ぎて、大人に近付いた頃、私は、私を受け入れることにしたの」

 

 

第十八代博麗の巫女、博麗柊華として、例え人に怖がられようとも、一人になってしまったとしても、それが私なんだと、そういう存在なんだと無理矢理受け入れることで、心を強く保つ事にした。

でなければ……寂しさで、壊れてしまいそうだったから。

 

 

「でも、そうやって空元気を振りまいてた私を救ってくれたのがその大親友。彼は私の寂しさとか、悲しみとか、全部分かってくれてた。"心まで強くなくていい"って……言ってくれたの」

 

 

あの時の彼の言葉は全てが優しくて、心が安らいで。

でも、私を分かってくれる彼からも悲しみが伝わってくる気がして、ああ同じなんだな、と安心したのを覚えている。

 

 

「だから私は、その人の事…大好きなのよ」

 

「………………」

 

最後まで紫は黙っていた。

でも、横目で見た彼女の顔がクスリと笑ったのは気のせいではないはず。

紫もきっと、私の事を心配する事も無くなるだろう。

 

「あ、一応言っておくけど、今の"大好き"って親友としてよ? 私は恋人か友達かどっちか一人が居ればそれでいいし」

 

「今の流れで言う台詞じゃ無いわね」

 

「言わなかったらからかうのに使う気でしょ」

 

「あら、バレてたの?」

 

「夢想封印喰らいたい?」

 

「それは困るわねぇ♪」

 

なんて、"やってみろ"って言うような表情で言われても説得力がない。

封印ならまだしも、力技じゃ足りない事ぐらい分かってるわよ。

本気で倒す気ならちゃんと作戦練るし。

 

…まぁ、軽口を言い合える仲も"友達"の内…なのかな。

 

「あ、見えてきたわ」

 

「ふ〜ん…結構立派な家ね」

 

昔話をしていたら木造の一軒家が見えてきた。

正しく和式というような家で、窓は障子で分けられている。

骨組みである木にはなぜか繋ぎ目が見えないその家は、私の大好きな大親友が住んでいる家である。

 

いつものように、ノックもせずに引き戸を開けて中に入った。

 

「おっはよー我が大親友ぅー! 今日は知り合い連れてきたわよ!」

 

そう言い放つと、障子の向こうから声が聞こえてきた。

 

「ん〜? おお柊華か。上がって良いぞー」

 

「♪ じゃ遠慮なく♪」

 

紫はスキマから出て、私の後に付いてくる。

障子をバッと開けると、双也はちょうど着替え終わったところだった。

 

「ちょうどいいタイミングだったようね」

 

「ああ、なんか四時ごろにくしゃみが出て、そっから眠れなくなって…んで知り合いってのは………」

 

「…?」

 

顔を上げた双也は言葉の途中でなぜか止まってしまった。

…あ、私が紹介するの待ってるのかしら?

 

「あーっと、この人が私の知り合いの八雲………??」

 

後ろに立っていた紫に意識を向けると、こちらも固まって動いていなかった。

………おまけに妖力まで漏れている。

 

「ど、どうしたのよ二人とも…」

 

「…ひ」

 

「…ば」

 

?? 二人は固まったままで"ひ"とか"ば"とか意味のわからない言葉を発している。

そんなお粗末な頭をしている二人では無かったはずだけど?

 

「何をーー!!?」

 

そう思ったのも束の間、私は二人の霊力と妖力が急激に上昇するのを感じ、とっさに強力な結界を張った。

 

「ひ、飛行虫ネスト!!!」

 

「縛道の八十一『断空』!!!」

 

 

 

 

その日、なぜか技を放った二人の所為で、魔法の森の一角が吹き飛んだのだった。

 

 

 

 

 




色々詰め込んだら、再会が一話では収まらなくなってしまいました…。
この章も長くなりそうですね。

ではでは。


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第八十話 千年越しの再会

後半は何が書きたかったのか分かんなくなるかもしれません。なぜかって? 私がポヤポヤしながら書いてしまったからです…。

ではどうぞー!


"出会い"というのは、いつも突然である。

 

生きる事には、常に"出会い"と"別れ"がつきまとう。

生きている限りどんな存在も否応なく、誰かとの出会いは訪れるのだ。

 

生まれて親と出会い、

 

育って友と出会い、

 

街を歩けば、道行く人々とも無意識に顔をあわせる。

 

そして年老い、長い時間をかけて出会った家族と別れる。

 

それらはいつも突然であり、しかし必然でもある。

全ての出会いも別れも、世界の何処かで複雑に絡み合った運命なのだ。

 

 

 

 

 

今思い出せば、アイツとの出会いも突然であった。

 

 

 

 

あの日、妖怪である私は食料を探して彷徨っていた。

生まれて間もない小さな妖怪ではあったが、"空間を開く"能力のおかげで、強い妖怪からはうまく逃げることが出来ていたし、空間に人間を落とせば誰にも邪魔をされずに食べることもできる。

極端な話、空間を上手く使えば妖怪として生きながらえることは容易だった。

 

だが、獲物を探し、食し、また探しの生活をしていては、知能の低い本当の小妖怪と同じである。

せっかく考えることのできる頭を持っているのだから、今よりも少しだけ、ほんの少しだけ強くなりたいと思った。

 

だからあの時、私は最初に声をかけた。

 

『あらあら、こんなところに一人でいるなんて、無用心極まりないわね』

 

森の中、一人石に座って焼き魚を食べる少年。

声をかけても無言を貫く彼であったが、"最初はこんなものなのだろう"と私も割り切っていた。

 

『早速…いただきまーー』

 

『うっさい! 俺疲れてんの! 魚食ってんだから静かにしてろ! Are you OK!?』

 

『ッ!?』

 

今まさに襲いかかろうとした妖怪の私に、ただの人間が怒鳴り散らしてくるなど誰が思うだろう。

弱い妖怪であった私でも人間には恐れられていたのだから、とてもとても驚いたのを覚えている。

 

『なら、こっちよ!』

 

『だから、動くなって言ってるだろ?』

 

突きつけられた蒼く美しい刃。

冷や汗を垂らしながら、あの時の私は"ああここまでか…"と、少しでも強くなりたいなんて考えた事を後悔し、命を諦めていた。

 

それはそうだろう、力の弱い妖怪が、浅はかにも自分よりも強い者に襲いかかり、そして見事に追い詰められていたのだから。

首元で止めてもらえた事ですら普通はあり得ない、奇跡に等しい事だったのだ。

普通なら、すでに首は落とされている。

 

でも、アイツはそうはしなかった。

 

『魚、食べるか?』

 

差し出してきた焼き魚。

自分を襲った相手に対する態度ではないという事くらい、生まれたばかりの私でもよく分かっていた。

ましてや私の立つ場所はソイツの間合い。殺そうと思えばいつでも殺せる範囲だ。

差し出された焼き魚は、警戒しながら受け取った。

 

相手に警戒心を与えないように振る舞い、普段よりもずっと警戒して話をしていた。

が、それがバカバカしくなるほどに他愛もない話だったのは鮮明に覚えている。

 

その上、アイツはこう言い放ったのだ。

 

『紫、お前もっと強くなった方がいいぞ』

 

襲いかかった私に、得体の知れない私に、そして何より妖怪である私に、アイツは平気な顔で言い放ったのだ。

 

能力の正体、力の扱い、戦闘戦術まで、アイツは私に強くなる為の沢山の事を教えてくれた。

そしてそれに報いるために、私は確かに強くなった。

 

"スキマ"からいつも見守ってて、大体は側にいて、いつしかアイツに頼るようになって。

"彼なら助けてくれる"と思って一緒に来た友人の屋敷で

 

 

 

 

 

アイツは突然、死んでしまった。

 

 

 

 

 

『必ず、また帰って…来るから…絶対に、壊れたりしないで…くれよ…?』

 

『双也ぁ!! イヤよ! 一人にしないで!!』

 

"壊れるな"。

彼が最後に言った言葉。

友人を二人、こんな突然で悲惨に失った私は、この言葉を聞いていなければ、心から抉り取られた穴を埋めようと暴走し、遂にはきっと心を壊して狂っていただろう。

…後を追って、自害していた可能性すら十分にある。

 

それからずっと、片時も忘れず、帰ってくると約束した友達を待ち続けた。

 

何年も何年も、雨が降る時には泣いたりもして

 

ずっとずっと、千年間。

 

そしてある日、巫女に連れて行かれた森の奥。

 

 

 

 

二度目の"出会い"もまた、突然であった。

 

 

 

 

 

 

 

〜柊華side〜

 

「けほっ、けほっ、こほっ…ったく、何なのよ一体…」

 

身を包んでいた結界を解き、周りを見渡す。

辺りは砂煙に覆われていて、地面は家の残骸で覆われている。

 

ガラガラガラ「いってぇぇ〜…」

 

「!」

 

瓦礫の中から聞こえた声は双也の物だった。

砂煙で見えないが、立ち上がる様子がシルエットになって見えている。

その反対側にも、もう一つ佇んでいるシルエットがあった。

 

煙が晴れたその場所に立っていたのは、ボーッとして目の焦点がまるで合っていない紫だった。

 

「…紫?」

 

不思議に思い駆け寄ろうとする。

しかしそれは、双也が話し始めた事で止められてしまった。

 

「テメェ…ホントいい加減にしろよコラァ!!」

 

「!?」

 

突然指を差して怒鳴り上げた双也に、私は心底ビクッとした。

だってそりゃ、普段あんなに優しい彼が突然怒鳴り散らすなんて…驚かないわけがない。

 

「なんで再会の挨拶がこんなに苛烈なんだよ!! 意図を察してなかったら普通に吹き飛んでるトコだぞ!!」

 

「…………………」

 

「毎回毎回、出会ってからいつもそうだ!! 現れる時はいつも突然、時にはちょっかいも込み! 突然スキマに落とされたこともあったなぁ!!」

 

「…………………」

 

「今までなんやかんやで許してきたけど今回だけはそうもいかねぇ!! 俺が次の日寝過ごすまで能力使って作り上げた一軒家をお前…早速瓦礫の山にしてくれやがってコノヤロー!! 何? 喧嘩売ってんの? 俺に喧嘩吹っかけてんの? 上等だよ買ってやる、ボコボコにしてやらぁ!!」

 

「…………………」

 

最後の無言は、私である。

驚きで声がこれっぽっちも出なかったのだ。

矢継ぎ早に文句をまくしたてる双也など、今まででは想像すら出来なかったのだから仕方ない。

おかげで頭の回転も遅くなった気がする。

 

「大体お前ーー」

 

「本当に……」

 

「…?」

 

「本当に……双也…なのね…?」

 

「…!?」

 

驚いた。 彼の言葉を遮った紫を見てみれば、彼女の目は大粒の涙を溜め、ふるふると震えながら涙を零していたのだから。

普段あんなに飄々として胡散臭い雰囲気を醸す彼女が、今は見る影もなかったのだ。

 

「……ああ本物だ。久しぶりだな紫」

 

「〜〜っ! 双也ぁぁあ!!!」

 

彼がそれを認めると、突然紫は双也の胸に飛び込んだ。

ゴスッとか、ゴハァ!とか悲痛な音が聞こえてきた。お気の毒に。

 

「そうやっ! そうや! そうやぁぁああ!!」

 

「…ふぅ、ごめんな紫。ただいま」

 

「うぁあぁああぁ〜……」

 

何度も彼の名を叫びながら泣きじゃくる紫。

そして彼女の頭をぽんぽん撫でながら何故か謝り、なぜか帰宅したらしい双也。

………よく分からない。恐らくこの状況についていけてないのは私だけだ。

なぜ紫が攻撃したのか分からないし、なぜ双也が怒鳴り散らしたのか分からないし、"泣きじゃくる紫を慰める双也"という状況もわからない。

…取り敢えず

 

「あの〜二人とも? 私に説明してくれない…?」

 

除け者にはされたくないなぁ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えぇ!!? 双也が紫の言ってたお師匠様!?」

 

「そうよ。まさかもう幻想郷に来ていたなんてね…」

 

「悪かったって。そのうち会うだろって思ってたんだよ」

 

「面倒くさかっただけでしょう?」

 

「ほ〜う? 言うようになったな紫…」

 

「あなたが帰ってくるまでにね」

 

…今日はなんだか驚く事が多すぎる。

まさか双也が紫の大好きなお師匠様だったなんて…。

どうりで強い訳である。挑まなくて良かったと心の底から思った。

 

「っていうか、なんで唐突に攻撃なんかしてきたんだよ。危うく吹っ飛ぶところだったじゃんか」

 

過ちを起こさなかった事に内心安堵していると、双也がとても不機嫌そうな声で紫に尋ねた。

当の紫も済まなそうな表情で答えるかと思いきや……実に飄々とした声音で言うのだった。

 

「前々から、戻ってきたら勝手に消えた罰として少し痛い目に合わせてやろうと思ってたのよ。どう? 少しは痛かった?」

 

「…理不尽だろそれは…」

 

「それに」

 

紫はそこで言葉を区切ると、扇子を開いて口元を覆った。

目線も少しだけ逸れている。

 

「……私の攻撃が防がれれば、本物だって確証が持てるじゃない…」

 

少し小さめになったその言葉も、私達には良く聞こえていた。

扇子で隠したのは、恐らく恥ずかしかったからだろう。隠し事や企み事、そして表情を悟られたくない時など、紫はこうして扇子で口元を隠す。

それはもう紫の癖といって過言ではない。

気付いているかは知らないが。

 

紫の慣れない様子に、少しばかり会話が白けてしまった。

この微妙な空気を変えるべく、私は双也に話題を振った。

 

「で、でさ双也、あなたは一度死んだんでしょ? どうやって蘇ったのよ?」

 

そう、ずっと気になっていた根本的な疑問はこれである。

死んだ者が蘇ることはないというのは至極普通のことである。というより、普通あってはならない。

自分の大親友が蘇生に成功したゾンビとあっては気になるのも仕方ないだろう。

…ゾンビは言い過ぎた。

 

「えっとだな…死んだ後裁判所に行って…それで実は俺がそこの閻魔たちの上司だったって判明して…生き返らせてもらった」

 

「酷くアバウトなのね双也…」

 

「そうとしか言えないからな」

 

「じゃあ、その黒い上着もそこでもらったってことね?」

 

彼岸花の刺繍が入った黒い上着。

紫は双也が身に纏うその服に目をつけ、裾を持ってじろじろと見始めた。

 

「……ふむ、私が双也の侵入に気がつかなかったのはこの服が原因みたいね」

 

「は?」

 

「この服、霊力的な観点から見てとっても頑丈に出来ているわ。それこそ、私と柊華が本気で攻撃してやっと破れるってくらいにね。おそらく、この上着のせいであなた自身の霊力が遮断されて、私の感知に引っかからなかったんだと思うわ」

 

「へぇ〜。全然気がつかなかったな。頑丈に出来ているとは聞いたけどそこまでなのか」

 

私も裾を持ってじっくり見てみた。

…確かに、かなり無理しないと破れないくらい強力だった。

死者の世界も伊達ではないらしい。

 

その状態でしばらく見ていると、双也が思い出したような声を上げた。

 

「あそうだ紫。アレを取りに行きたいんだけどさ、冥界まで送ってくれないか?」

 

「ああ〜ゴメンなさい双也。そうしたいのは山々なんだけど、今少し忙しくてね。送るのは良いんだけど迎えに行くのがかなり遅くなってしまいそうなのよ。だからゴメンなさい…」

 

「そっか…じゃあ仕方ないか…」

 

"アレ"と言うのが何かは分からないが、どうやらとても大切なモノらしい。

双也は珍しくガッカリした雰囲気だった。

 

それにしても冥界ね…私は行ったことないわね。

大結界を超えればどうにかなるとは紫から聞いたことがある。なんでも桜がとても綺麗な場所だとか…。

一度花見に行ってみたいモノだ。死ぬ必要が無いなら。

う、ウチの神社の庭にある桜並木も素晴らしいんだけどねっ! もちろん!

 

「はぁ、じゃあこれからどうしましょうか。双也と私は遊ぼうって思ってたんだけど…紫はどうするの?」

 

紫は少しキョトンとしたが、すぐに表情を戻して言おうとした(・・・・・・)

 

「じゃあ私はーー」

 

「待て紫」

 

「? なによ…!?」

 

言葉を遮った双也の表情は……暗い笑みに染まっていた。

 

「俺の家……直せよ?」

 

「……………はい」

 

結局、紫はしぶしぶ元どおりにしていったとさ。

 

 

 

 

 




そういえばもう八十話ですね。一体どこまで続くのやら…w

ではでは。


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第八十一話 博麗の後継者

今回は短いです。

ではどうぞー


「………………」

 

「はい双也、お茶」

 

目の前にお茶が置かれた。いつもと変わらない上質な香りが立ちのぼってくる。

 

「は〜、美味しいわねぇ…」

 

「………………そうだな」

 

いつものように対面に座り、いつもと変わらない仕草、感想でお茶をすする柊華。博麗神社はいつもと変わらずのんびりしている。

 

………唯一つ…一つだけ変わったことがあるが。

 

「? どうしたのよ双也、黙り込んじゃって。私どこか変?」

 

「いや変っていうか…」

 

「なら早く飲みなさいよ。冷めちゃうわよ?」

 

「お、おう…」

 

思わず返事が片言になってしまった。今日ここに来てからずーっと気になっているある事の所為で頭に余裕がないのだ。

勧められたのにも関わらずお茶を手をつけず、ずっと柊華の方を凝視していたからか彼女は少し不機嫌そうな表情を向けてきた。

 

「さっきから何よもう。そんなに見たって私は何も変わってないわよ?」

 

「いやだったらその背中のモノ(・・・・・)の事説明してくれよっ!」

 

凝視していた対象…柊華の背中で眠る赤ちゃん(・・・・・・・・・・・・)を指差して言った。

 

「背中のって…見ての通り赤ちゃんよ?」

 

「それぐらいわかるっつーの! お前いつの間に男作ったんだよっ。毎日会ってる俺が気付かないなんてさぁ!」

 

「恋人なんて居るわけないでしょ。何言ってんのよ」

 

「お前こそ何言ってんだ。子供がいるってことは夜中布団の中で組んず解れつまぐわった証拠だろうが」

 

「な!? ななな何よそれっ!! そんなのしたこと無いわよ!! っていうかセクハラ!!」

 

…あれ? こういう反応って男に耐性がない証拠じゃなかったっけ? マジで違うの?

 

「え? ホントに違うの?」

 

「そうよっ! 大体私まだしょーー」

 

と言いかけて顔がリンゴ並みに真っ赤になった柊華。

ここは茶化す頃合いと見た。

 

「ふっ、墓穴掘ったな柊華。綺麗なカミングアウトだったぞ」

 

「〜〜〜ッ!! あーもうっ!!」

 

「うわっ、札飛ばしてくるなよっ!」

 

「うるさいこのバカ人神!!!」

 

「うおわ!?」

 

茶化したら頭からボフッと何かが吹き出し、次の瞬間には大量の札が目の前を舞っていた。一瞬柊華が鬼に見えたのは気のせいではあるまい。取り敢えず、これからは不用意に柊華を怒らせない事にしよう。

 

落ち着いたら、柊華はちゃんと説明してくれた。

 

「んだよ捨て子かよ」

 

「そーよ! 勝手に思い込んで全く…」

 

説明によると、背負っている赤ちゃんは捨て子で、通りかかった柊華が引き取って養子にしたらしい。恥ずかしながら早とちりしていたようだ。

 

「っていうか、存外図太い赤ちゃんだよなぁ。あんだけ暴れても起きないとは…」

 

「まーそうねぇ。私が見込んだだけあってタフみたいね」

 

「赤ちゃんをどうやって見込むんだよ…」

 

見込みってのはその人の動きを見てから言う事のはずだ。ウネウネとしか動かない赤ん坊をどうやって見込むというのか。

独り言のつもりでつぶやいた事だが、意外にも柊華はサラッと答えを口に出した。

 

「"勘"よ。私の能力、"勘を的中させる程度の能力"によるね」

 

「ほーう。勘を的中させるねぇ……」

 

………………え?

 

「いや、ちょっと待ってくれよ柊華」

 

「なによ」

 

か、勘を的中させる? なんだその能力反則だろ!!

勘なんてモノ的中させまくったらやりたい放題じゃねぇか!!

項楽とか流廻とか結構反則級の能力は見てきたけど流石にレベルが違う!

 

「お、お前…ホントに人間?」

 

「失礼ね、れっきとした人間よ! それにあなたに言われたくないわ」

 

思わず人間である事を疑いたくなった。

だってそうだろう? 人間にも能力持ちは偶に生まれるが、ここまで強い者は中々いない。流石は博麗の巫女、と言うところだろうか。

 

「まぁいいや…で見込んだって事は…後継ぎにするつもりって事だな?」

 

そうやや真剣な視線を送ると、なぜか当の本人はキョトンとしていた。どうした。

 

「えっ? あ、あー後継ぎ。はいはい後継ぎね。分かったわ理解した」

 

「いや忘れてたよな今! コラ目を逸らすなっ!」

 

なんでこいつはこんな大事な事を忘れているのか。博麗の巫女にとって後継ぎ問題はかなり重要なモノだろうに。やっぱり柊華は天然なところがあるようだ。それが大惨事に繋がらない事を願っておく。

 

彼女は目を逸らしたまま、頬を人差し指で掻きながら言った。

 

「やーだってさ、養子とはいえ私の子供なのよ? そりゃあ、博麗の巫女なんていう危険な仕事には…巻き込みたくないじゃない」

 

恥ずかしそうにしながらも、赤ちゃんを抱いて愛おしそうに見つめる柊華。その様相はすでに一人の母親のようだった。

 

「まぁ、今までたくさんの妖怪を屠ってきた私が言う事じゃないかもだけど」

 

そう言いながら、柊華は自嘲気味に笑みを浮かべた。

考えてみれば当たり前の事だった。親は普通子を危険に晒すのを嫌がる。理由はどうあれ子を守りたがるモノだ。

さっきのは訂正しよう。"母親のようだった"じゃなくて、柊華はもう"母親"だ。

 

「はぁ…まぁ俺が決めなきゃいけない事じゃないし、そこは柊華が自分で決めるのが一番良いな。その子を十九代目にするか、どうか」

 

最終的にはそうなる気がしないでもないけど。

 

「ええ、そうさせてもらうわ」

 

柊華は柔らかい笑みを向けながら赤ちゃんの頭を撫でた。

するとモゾモゾと動き出し、ついには起きてしまった。

ってかカワイイなこの子…。

 

「あうー?」

 

「あら〜起きちゃいまちたか〜♪ よ〜しよ〜し♪」

 

なんだかルンルンした声音で赤ちゃんをあやす柊華。赤ちゃんはまた眠そうな顔をし始めていた。

そういえばこの子なんて名なんだ?

 

「柊華、その子の名前は?」

 

「ん? この子の名は霊那(れいな)よ。博麗霊那(はくれいれいな)。良い名でしょう?」

 

「お、おう、そうだな。良い名だ」

 

あれ…十九代目があの子じゃないのか…まあ百年あったら二代くらい変わってもおかしくはない。気長に待つとしよう。百年くらい、俺が今まで過ごしてきた時間に比べれば一瞬だ。

 

(今日も平和だなぁ。平和過ぎて平和ボケしてるみたいだ)

 

柊華と、彼女に揺られる霊那を眺めながら、そんな事を思う博麗神社の一時だった。

 

 

 

 

 




こっちにも書く事が……。

ではでは。


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第八十二話 その名、妖乱異変

戦争だ戦争だぁ!!

……はい嘘ですゴメンなさい…。

ではどうぞぉ!!


双也が幻想郷に入り、しばらく経ったある日の夜。

彼は自宅の居間にて本を読んでいた。

 

「う〜ん…この本、俺より前の世代が読むヤツだなぁ」

 

香霖堂より買ってきたこの本。

彼は夜、こうして良く本を読んでいる。

しかし忘れてはならないのは、この幻想郷に流れ着く物は全て忘れ去られた物である、という事。

故に彼が買ってきた本、強いては今まで買ってきた本もほぼ全て、彼の好みに合うモノではなかったのだ。

それでもそれを読み続ける理由は一つ。

 

………暇だからである。

 

(最近は妖怪達の騒動もないし、鈴作ったの無駄になっちゃったかな…)

 

そう、先日彼が人里を訪れた時に気が付いた"妖怪たちの消失"はまだ続いているのだ。

その所為で彼の守護者としての仕事が回ってくる事はなく、柊華の居ない夜の時間帯はとても暇なのであった。

 

「まぁ平和なのはいい事だよなぁ」

 

そう独りごちながら寝る支度をする双也。

ちょうど上着を脱ぎ、着替えようとした瞬間

 

シャララララー…・ン

 

「……フラグ回収完了…ってか?」

 

腰に付いていた共鳴鈴が涼やかな音を奏でた。

言わずもがな、人里の救援要請である。

双也は脱ぎかけていた上着を着直し、人里に向けて走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひゃっははははっ!! 食っちまうぞオラァ!」

 

「きゃぁぁああ!! 助けてっ! 誰かぁ!!」

 

人里のある一角。

そこには数人の妖怪と一人の女性がいた。

無論、この女性はたった今襲われた所である。

 

「ひゃああっ! 死ねぇえ!!」

 

「ッ!!!」

 

妖怪が鋭い爪をした手を振り上げる。

それを見た女性は、目をつむって縮こまり、襲ってくるであろう激痛に備えた。が、

 

 

痛みは結局、襲っては来なかった。

 

 

「っ! くぅ…」

 

「こんな夜中に暴れるとか、世間の事も考えろよ。俺も眠いし」

 

振り下ろされた爪は、間一髪で滑り込んだ双也によって受け止められていたからだ。

妖怪はすぐに双也から距離を取り、冷や汗を垂らしながらも余裕そうに言った。

 

「へっ、お早い登場だなぁ守護者様よぉ…」

 

「こういう時の為に、鈴を持たせてるんだからな」

 

チリンと、彼の腰で音を鳴らして存在を主張する鈴。

その音でそれを把握した妖怪は、不敵に笑いながら双也に言った。

 

「はははは! まぁ、駆けつけてもお前が俺より弱かったら意味ねぇけどなぁ!」

 

挑発的な妖怪の物言い。

それが分かっていた双也ではあったが、このまま話しても埒はあかないだろうと予測した彼は、あえてその挑発に乗る事にした

 

 

「はっ、こんな低レベルの妖怪が巣食う場所で負ける事なんて万に一つもないな。例えお前たち全員がかかってきても、な」

 

 

…否、利用して向こうを煽る事にしたのだ。

 

戦いに於いて、挑発に乗るか否かは勝敗を分ける事が多い。

感情的になれば攻撃が短略化、もしくは直線的になり、隙も多くなる。

双也の経験上、小妖怪などはこの手使えば簡単に制圧出来る。今回もその手を使った。だが、

 

「へぇ? 言うねぇ人間風情がよぉ…」

 

妖怪達は、その手には乗らなかった。

いや、正確には先頭の妖怪が、他の妖怪たちを制して止めていた。

 

挑発になど乗る事はなく、いつでも冷静に事を考え、行動する。これは知能の高い妖怪、つまり

 

 

"大妖怪"によく見られる行動だった。

 

 

(ふ〜ん…あの冷静さ、どうやら思ったよりも大物らしいな)

 

小妖怪と高を括っていた彼ではあったが、それを見て警戒を強めた。

それを確認したのか、妖怪たちも各々武器を作り出し、妖力を解放し始めた。

しかし、不思議に思う事も一つ。

 

(大妖怪のはずだけど…妖力が小さい…?)

 

大妖怪というのは、総じて妖力が凄まじく高い。

小妖怪から言わせれば"化け物"レベルである。

しかし、双也の前で不敵に笑う妖怪からは、精々中妖怪程度の力しか感じなかったのだ。

その事に不審を抱きながらも、戦闘を予想した彼は後ろで縮こまっている女性に声をかけた。

 

「…早く逃げてくれ」

 

「し、しかし守護者様ーー」

 

「早く! 向こうも待ってはくれない!」

 

バッと女性は妖怪達の方を見ると、恐怖に染まった表情で一目散に逃げていった。

これで残るは双也と、数人の妖怪達である。

 

ジリジリと睨み合い、静寂の中にザリッと音がした。

先に動いたのは、双也である。

 

「先手必勝!」

 

一瞬で間合いを詰め、袈裟斬り。

流石に軽く避けられ、妖怪たちの剣による反撃が襲ってきた。

 

「特式三十九番『甲閧円扇(こうこうえんせん)』」

 

双也がそう宣言すると、丸い小さな盾が多数出現し、彼の背を覆った。その様は亀の甲羅の様。

妖怪達の攻撃は当然それに防がれ、ガキィィンッ!と甲高い音を響かせた。

 

(今だな!)

 

背を向けたまま、双也は次の攻撃の準備にはいった。

即ち、地面に手をついてからの宣言を。

 

「特式五十八番『闐刃瞬風嵐(てんじんしゅんぷうらん)』!」

 

地面についた彼の手から、一瞬だけ風速100mを超える竜巻が発生し、周囲を薙ぎ払った。

強い風は鋭い刃と化す。竜巻は大量のカマイタチをまとって彼の周囲のモノを一瞬にして斬り刻んだのだ。

 

終わった、と思い、身体を起こす双也。

しかし、周りを見渡した彼は訝しげな表情を浮かべた。

 

「妖怪たちが…いない…?」

 

先程切り飛ばしたはずの妖怪が跡形も無く消えていた。

闐刃瞬風嵐は、斬り刻むとは言っても細切れにするほどではない。

例え細切れになったとしても、それでは血だまりがあるはず。

しかし、彼の周りにはそれらが一切無かった。

 

「どこにいっーーぐあっ!?」

 

瞬間、双也の背中に切り傷が入り、鮮血を散らした。

後ろを振り向いて相手を確認しようとするが、そこは暗くなった人里があるのみ。

彼は結界刃を発動し直し、再び意識を集中させた。

 

(傷は…治療完了。 謎の攻撃…か。気配の察知…)

 

双也は頭の中で状況、対策を文字列として並べ、理解していく。

こうする事で、余計な事は考えずに集中しきる事が出来るのだ。

 

突然、5mほど離れた所で大きな妖力が現れた。

 

(そこか!!)

 

始めと同様、瞬歩を併用して斬りかかる。

普通ならば回避など出来ないくらいの速さ。

しかし、彼の刃に手応えはなく、

 

代わりに、彼の身体に複数の切り傷が入った。

 

「ッ!!? クソッ どういう、ことだ…!」

 

妖力を感じる。攻撃する。切り傷が入る。状況が理解できない双也はそれを複数回繰り返した。

 

結果、彼の周りには大量の血が飛び散っていた。

 

(くっ…傷は直せても血は戻らない…クラクラしてきたな…)

 

血の流し過ぎ、つまり貧血によって眩暈を起こし始めた双也。

しかしそこは長年の戦闘スキルと言うのか、頭では相手に集中していた。

 

(直接は近付かない旋空も使った。それでも切り傷が入る。…全て攻撃後の隙…)

 

直線的に近付いての斬撃。それは避けられ、直後に攻撃される。

なら遠距離ならば? そう考えて使った旋空でも当たる事はなく、彼は攻撃を受けた。

双也は、これがこの状況を打開する鍵だと考えていた。

 

(超遠距離からの攻撃というなら、わざわざ攻撃後を狙う必要は無い。隙を狙う理由…直接斬っているから…か?…ならば…)

 

再び大きな妖力が現れた。

分析し続けている彼は当然、それが囮である事は分かりきっていたが

 

……彼は再び、斬りかかった。

 

(予想が正しければ…)

 

ズダンッという足踏みの音と共に縦斬り。

当然刃に手応えはない。しかし彼の作戦はこれだけでは無かった。

 

(この瞬間!!)

 

攻撃を受ける直前、地面に手をついてもう一度宣言した。

 

「特式五十八番『闐刃瞬風嵐』!」

 

ズザザザザァッ「「「「ぎゃぁあぁああ!!?」」」」

 

瞬間、誰もいないはずの空間に叫び声が響き、血飛沫が舞った。……先ほど消えた妖怪達であった。

 

「へぇ〜。見破ったか」

 

そう言いながら姿を現した先程先頭にいた妖怪。

彼はニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべながら双也を眺めていた。

 

「大方、姿を見えなくするとかそういう能力だろ? デカイ妖力を囮に攻撃を誘い、その隙をついて妖怪たちが攻撃する…考えてみれば何て事はないテンプレな作戦だな」

 

彼の推理を聞くと、妖怪はより一層笑みを深くし、高らかに言い放った。

 

「そう! 俺の能力は"あらゆるものを隠す程度の能力"! 雑魚が使えば雑魚にしかならん能力だが、俺みたいな強者が使えば……こんな事もできる」

 

「? …がぁあぁあ!?」

 

妖怪は腕をあげ、すぐに振り下ろした。

その瞬間、上空から妖力で出来た大量の剣が双也に降り注いだ。

突然の事だったので、彼は少しだけしか剣を弾く事ができず、その剣の雨を一身に受けて膝をついた。

 

「うぐっ…くそ…」

 

「ひゃははははっ!! いいざまだなぁ守護者様よぉ!! 能力のついでだ! 名も教えてやるよ!」

 

妖怪は今まで"隠していた"妖力を解放した。

その総量は大妖怪に恥じない膨大な量。

その妖力の一部を使って生み出した大鎌を双也に向け、名乗った。

 

「俺ぁ迦禍丸(かかまる)! この平和ボケした幻想郷が大っ嫌いな大妖怪だ!! さぁ守護者様よぉ、大人しく死んでくれや!」

 

 

 

 

 

異変が、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……この妖力…量……ちょいとばかしヤバそうね…仕方ない! 仕事だものね、一汗かいてきますか!」

 

 

 

 

 

 




多分、あと少しでこの章は終わりです。

少し心配しているのですが、これから先起こるイベントの事…もう察してる方とかいるのでしょうか…?
もし"もう分かっちまったよ!"って方がいたら、暖かな目で読み続けてくれると私は嬉しいです。

ではでは。


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第八十三話 掌の上

サブタイトルがいかにもって感じになっちゃってますねw

ではどうぞーっ


夜の闇に沈んだ人里の、ある一角にある広場。

そこに対峙しているのは人里の守護者、双也。

そして幻想郷に仇為す大妖怪、迦禍丸である。

 

迦禍丸が双也に向けた大鎌を振り降ろすと、彼の周囲に数体の妖怪が現れた。

彼らは皆、双也に向けて気味の悪い笑みを浮かべている。

 

「…なるほど。能力で妖怪達を隠してたか」

 

「ご名答だ。まぁ何体ストックがいるのかは教えないが…な!」

 

言葉と同時に迦禍丸の周囲にいた妖怪たちが再び消え、彼は大鎌を構えて双也に斬りかかった。

対して双也は…

 

「流石に…俺を嘗めすぎだ!」

 

両手に結界刃を作り出し、それぞれ旋空と風刃を放った。

それらは真っ直ぐ(旋空は曲がって飛んでいく技だが)迦禍丸に向かい、切り裂かんと迫った。

 

「おめぇこそな」

 

しかし迦禍丸は驚く様子もなく、むしろ予想通りと言った表情で鎌を構えた。

彼は鎌で旋空を弾き、その回転と反動で風刃を避け、そのままの勢いで双也に迫り、大振りに振り抜いた。

 

「オラァ!!」

 

「ッ!!!」

 

予想の遥か上の動きをした彼に双也は驚き、反応を遅らせてしまった。

双也は鎌の一振りを後ろに飛びながら避け、不安定ながらも後方に着地した。

……その様子を見た迦禍丸がボソリと一言。

 

「ああ、その辺にも居る(・・)なぁ」

 

「…!」

 

その一言を聞き逃さなかった双也は、とっさに飛び退こうとするがあえなく、隠れている妖怪達の斬撃を食らってしまった。

攻撃を受けながらも移動した場所で、彼は苦々しい顔をしていた。

 

「なるほど…どこにでもトラップがあるって感じか…中々に策士だな」

 

「へっ、お褒めに預かり光栄…と、おあつらえ向きな言葉を送っておくぜ。こんな幻想郷に味方する奴に褒められても、全く反吐しか出ねぇがなぁ」

 

そう言いながら道に唾を吐く迦禍丸。

彼はまるで本当に嫌なモノを見ているような表情をしていた。

 

その様子を見て、双也にはある疑問が湧き上がってきた。

 

「…なぁ、なんでお前は結界に隔離する事を拒んでるんだ?」

 

双也の純粋な問いに、迦禍丸はさらに顔を歪ませて答えた。

 

「ああ!? そんなの"必要もねぇのに俺たちを閉じ込めたから"に決まってんじゃねぇか!!

俺たちは妖怪!! 人を食い、生き永らえる存在だ!! それをあの紫とかいう妖怪は…人と妖怪の共存? はっ、なんだそれ、フザケてんのか? テメェの都合に合わせて俺らをこの地に閉じ込め、暴れ過ぎれば征伐するだと?

アイツはァ!! この大結界はァ!! 俺たち妖怪を根本から否定する最悪なモノなんだよ!!!」

 

再び、今度は凄まじい剣幕を放って彼は双也に斬りかかった。

先程とは比べ物にならない程の速度で双也に肉薄する。

 

双也は辛うじて結界刃で受け止めた。

 

(迦禍丸自身の攻撃はまだなんとかできる。問題は隠れてる妖怪達だ。攻撃するときの殺気をちゃんと感じ分けないと…負ける)

 

周りにも確かな注意を向けながら、迦禍丸の攻撃を捌いていった。

 

「オラオラオラァ!! そんなもんか守護者様よぉ!!」

 

先ほどの会話で火がついたのか、迦禍丸の攻撃はどんどん激しさを増していった。

鎌の大振りな一撃、斬撃の合間に挟む長い柄での殴打、妖力で作った短剣での攻撃。

 

鎌の回転を使った攻撃と、妖力による突発的な攻撃に加え、時折斬りかかってくる妖怪達により双也は翻弄されていた。

 

そして双也は少しずつ、彼の攻撃に反応できなくなっていき、鎌の刃が腰辺りを掠めた。…シャンッと音がした。

 

「っ! 鈴が!」

 

「余所見すんなぁ!!」

 

掠った刃は、双也が身につけていた鈴を斬り裂いた。

その事に気を取られた双也に、迦禍丸は容赦なく追撃する。

 

「はははは! そこだぁ!!」

 

遂に迦禍丸の鎌による一撃が双也に入った。

結界刃で何とか防御しながらも吹き飛ぶ双也。

彼はボロボロになった身体で何とか着地した。

 

「息抜きしてんじゃねぇよ!!」

 

そんな大きな隙を迦禍丸が見逃すはずはなく、彼が初めのように手を振り下ろすと、例の如く双也の頭上に大量の剣が現れ、降り注いだ。

 

しかし、こんな状況にも関わらず双也の口元はつり上がっていた。

 

「…コレを待ってた!

特式三十七番『跳弾反吊星(ちょうだんはんちょうせい)』!」

 

彼が宣言すると、頭上に敷布団のような物が出現し、周りの民家に五つ支点を張った。

降り注ぐ剣達は当然その敷布団に阻まれるが……それだけではなかった。

 

「!? なんだと!?」

 

「これが狙い…お返しだっ!」

 

剣達は阻まれるだけには留まらず、ゴムのように反射した敷布団によって打ち上げられ、そのまま迦禍丸に向かって飛んで行ったのだ。

 

彼はとっさに鎌を振るっていくつかの剣は掻き消したが、多くの剣は消える事なく、彼に襲い掛かった。

 

跳弾反吊星は、縛道の三十七『吊星』の特式である。

普通は受け止めるだけの吊星に弾力を持たせ、止めた物を弾きかえす。

と同時に、持ち主に帰るよう能力で繋ぎとめる事で、防御と攻撃を一体化させた特式鬼道なのだ。

 

対処仕切れなかった迦禍丸の身体には、いくつもの剣が突き刺さっていた。

 

「ガフッ…やるじゃねぇか守護者様よぉ…こんな返し方をされたのは初めてだぜ…」

 

そう言って苦々しい笑みを浮かべる迦禍丸。

 

傷こそないが血が枯渇してきた双也。

傷をたくさん作って満足に動けない迦禍丸。

…戦況は互角だった。

 

(ちっ、鈴が壊れちまったから救援とかに行けない…他で襲われたりしてたら最悪だな…)

 

双也は迦禍丸に意識を向けながら、そんな事を考えていた。

迦禍丸が大妖怪である限り、それに付き従う弱い妖怪たちも少なからずいるはず。

守る対象を持つ双也はそれも気にしながら戦わなければならなかった。

 

 

 

 

 

ーー故に、周囲の殺気の感知が遅れてしまった。

 

 

 

 

「……ッ!!!?」

 

彼が気付いた時には、もう既に殺気が目の前まで来ていた。

結界刃を滑り込ませる隙も、避ける隙も無い。

意識を拡散していた所為で、むしろ周囲を意識できていなかったのだ。

 

「ひゃはははは!! 終わりだぁ!!」

 

勝利を確信した迦禍丸の笑い声がこだました。

双也自身も痛みを覚悟し、目を背ける。

迦禍丸の勝利は目前だった。

 

 

 

 

 

 

 

ーーそう、目前ではあった(・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

ズドドドドドドーー……・・

 

刹那、双也の周囲に何かが降り注ぐ音がした。

否、降り注ぐだけではない。降り注いで、刺さる(・・・)音。

 

「…!」

 

双也が目を開けるとそこには、姿を現した妖怪達を貫いて、地面に無数に突き刺さった針、そしてそれが解けて札になる様子だった。

 

そして、目の前にフワリと降り立つ赤と白の巫女服。

 

「"お師匠様"がだらしないじゃない、双也」

 

「柊華……」

 

降り立ったのは現博麗の巫女、博麗柊華だった。

指の間に数本の針を持ち、もう片方の手には札が握られている。柊華の戦闘スタイルだった。

双也は立ち上がりながら彼女に話しかけた。

 

「サンキュー柊華。助かった」

 

「ふふん♪ 人を助けるのが私の役目だしね♪」

 

軽い口調をしながらも周囲への意識は欠かない柊華の姿勢に、双也は頼もしさを覚えていた。

 

「お前、こいつらをどうやって見破ったんだ?」

 

「勘よ勘。私の能力忘れた?」

 

ふと思った双也の疑問に答える柊華。

双也はああ…と思い出すと、改めて彼女の強さを再確認するのであった。

 

「さて、私の勘だと結構な数の妖怪が潜んでいそうね」

 

「ああ。姿はあの大妖怪の能力で隠れてるが、かなりの量がいると思った方がいい。……いけるか柊華?」

 

「誰に言ってるの。私は歴代最強の博麗の巫女、博麗柊華よ? 姿が見えないくらいじゃ問題にならないわ」

 

「…そうか」

 

その言葉に、双也は自然と笑みを零していた。

これほどまでに頼もしい助っ人、戦力的には圧倒的に有利だった。

が、柊華はそんな中でもある不安を抱いていた。

 

(私と双也、ただの妖怪が束になってかかってきても負ける気はしない布陣だけれど…何かしら、この嫌な予感(・・・・)…寒気がするわね…)

 

嫌な予感。

それは他人にとっては信憑性など皆無に等しいモノだが、柊華にとってはそれ以上の意味を持っている。

それは彼女の能力によって的中する確率があるという事である。未来視ではない為何が起こるのかは彼女には分からなかったが、確かにそんな予感を感じていた。

しかし、今は戦いの最中である。

柊華はその不安を一頻り振り払い、大量のお札を空へと放った。

 

宙に舞い、散らばった札が青い輝きを放ち、柊華の目の前へ集まっていく。形作られていたのはーー霊力を纏った太刀。

 

柊華は目の前に顕現した刀を手に取り、針と刀を構えて臨戦態勢に入った。

 

「じゃ、行くわよ双也。見えない妖怪達は私に任せて、あなたはあの大妖怪をお願い!」

 

「了解!」

 

二人は返事とともに駆け出した。

双也は迦禍丸へ、柊華は妖怪達の方へ。

 

「助けが来たからって調子に乗んなよっ!!」

 

「どうかな。少なくとも…今負ける気はしない!!」

 

力の篭った双也の斬撃。

迦禍丸は顔を顰めながらも捌き続ける。

時折短剣での牽制や鎌の攻撃も繰り出してくるが、双也はなんとか見切りながら攻め続けた。

 

「そこストップ双也!!」

 

「っ!」

 

攻防の中、時折飛んでくる柊華の声。

双也が急停止すると直後に数本の針が彼の目の前をよぎり、隠れていた妖怪たちを命中するのであった。

 

「ちっ! やっぱウゼェ巫女だなぁ!」

 

その度に怒りの声を上げ、迦禍丸は攻撃を激しくしていった。

……双也との攻防は拮抗していた。

 

 

柊華の方では…

 

 

「ほらほら! 隠れてないで出てきなさいよ!!」

 

お札や針を投げ、時折札を重ねて作られた刀で斬りつけたりしながら、彼女は舞うように戦っていた。

 

姿が見えるかどうかなど、彼女の前ではまるで関係なかった。

 

「そこ!」

 

「ぐわぁああ!!」

 

能力で的中させ、次々と妖怪たちを屠っていく。

霊力を纏った刀や札の数々は、いとも容易く妖怪の身体を断ち切り、貫いていく。

 

その威力は、時折混じっている中〜大妖怪をも圧倒するレベルであった。

 

そうして次々倒していく中でも、しかし彼女の嫌な予感は消えてはくれなかった。

 

(何が…起ころうとしてるの…?)

 

そうしてお互い戦うことしばらくーー

 

 

 

 

 

ーー広場の中心あたりで双也と柊華は背を合わせて息を上げていた。

 

 

 

 

 

「ハァ…ハァ…切りが、無いわね…」

 

「ハァッ、ハァッ、コッチもどうにか…なりそうなんだけどな…」

 

柊華は見えない妖怪を相手に舞い続け、双也は迦禍丸との戦いで決着をつけられずにいた。

迦禍丸自身の見えない攻撃によって攻めきる事が出来なかったのだ。

彼も息をあげながら双也の対面に立っているが、その表情はどこか笑っているようだった。

 

「ひっ…くくくくく…」

 

「……なんだいきなり」

 

不気味に笑い始めた彼を睨む双也。

迦禍丸はそれを気にも止めず、話し出した。

 

「くくく…いやぁ、まさかこれ程上手く乗っかってくれるとは思ってなくてなぁ…俺の、掌の上に」

 

「…なに?」

 

 

 

 

 

 

ズドォォオオン!!

 

 

 

 

 

そう言った直後、反対側の人里の方で爆発が起きた。

 

それを目の当たりにし、目を見開いて驚く二人。

そしては迦禍丸は大声で高笑いをした。

 

「ひゃはははは!! おやぁ 守護者様? 鈴が壊れちまったから(・・・・・・・・・・)、助けを求める人間達に気が付かなかったのかぁ? ひゃはははは!!」

 

「ッ!! お前、アレを狙って!!」

 

「マヌケだよなぁホント! 人間の助けに応えられなくて何が"守護者"だぁ? 笑わせてくれるぜ! ひゃはははは!!」

 

「ッ!!」

 

馬鹿にしたようなセリフに反応して飛びかかりかけたところ、双也は肩を掴んだ柊華の手によって止められた。

彼女は冷静な声音で語りかける。

 

「ダメよ双也、挑発なんかに乗っちゃ。アイツの前方、罠くさいわ」

 

「!……悪い」

 

双也はそう言って深呼吸をし、気を静めた。

その様子を見ていた迦禍丸は少し舌打ちをし、吐き捨てるように一言。

 

「ちっ…そのまま突っ込んでくれりゃそれで終わったのによ…面倒くさい守護者様だぜ…」

 

「………双也、さっき"もう少しでなんとかできそう"って言ってたわね」

 

「ああ」

 

「なら、私は向こう側に行って妖怪達を倒してくる。ここを…お願いできるかしら?」

 

柊華の提案には双也も賛成だった。

ここで二人して戦っていても向こう側で人が死に続ける、それでは意味がない。

彼女の提案は最善策だった。

 

だから双也は、返事と共に"約束"をした。

 

「任せろ。こっちが終わったら迎えに行ってやるよ」

 

「…ふふっ、じゃあ頼むわね!」

 

そう言い残し、彼女は屋根などを伝って爆発のあった方へと駆けていった。

彼女の気配が遠くなるのを背中で感じなから、双也は迦禍丸に向き直った。

 

「…追っては行かないのか」

 

「くくく…そのうちあの巫女も殺すんだ。今逃したってかわらねぇんだよ」

 

「…アイツをあまり…舐めない方がいいぜ!!」

 

結界刃を構え、駆け出す双也。

 

こうして再び、刃が交わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ケッ、どうしようともう遅いぜぇ…。全部全部、壊して終わりなんだからな! ひゃはははは!!)

 

 

 

 

 




長い戦闘は描写が大変ですね…

ではでは。


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第八十四話 真の目的

お気に入り件数200ッ!
やっとですよやったぁ!!
みなさんこれからもよろしくお願いしますですっ!

ではどうぞぉ!!


屋根を駆けて風を切る。

目指すは知らぬ間に妖怪達が襲っていた人里の向かい側。

 

(…あんなに人里が苦手だったのに、助ける為にこんな必死になるなんて…なんか変な気分ね…)

 

走りながらそんな事をふと思う。

正直に言えば…助けても怖がられるだけなのだから気は進まない。

自分を避けていく人々を助けるたがる人なんてそうそう居るものではないだろうし、仕方ない事だと思う。

 

それでも私が必死になれる理由…

それは、小さな頃からの"慣れ"と双也の存在。

 

避けられる事に対する妥協した気持ち。いや、諦めた気持ちかもしれない。

"仕方ない事"と割り切る事で心を保つ慣れた方法、

そして"人々が私を避けていっても双也だけは側にいてくれる"という安心感だ。

 

(ふふっ、つくづく支えられてばかりね、私は)

 

そんな事を考えていると、燃え盛る火が間近に見えてきた。

両手に針と札を構えて集中する。

 

「ぎゃぁあぁあ!! た、助けて…」

 

「いやぁあ!! なんでこんな事するの!?」

 

「お母さん! お父さん! イヤだよぉ! 一人にしないでよぉ!!」

 

あちこちで悲痛な叫びが聞こえる。

先ほどの爆発なのか、それとも妖怪に殺されたのか…それは知らないが、この惨状は見過ごせない。

博麗の巫女としても、人としても。

 

(妖力を感じる限り数はそれほど多くはなさそうね。嫌な予感は止まらないけど……考えてる場合じゃない!)

 

屋根から飛び降り、取り敢えず視界に入っていた妖怪に針を投げる。

まっすぐ飛んで、命中した。

 

「あなた達! 私が相手してあげるわ!」

 

襲っていた妖怪達は、私の声を聞くとこちらを向き…

 

何故か不気味に笑った。

 

瞬間、"悪い予感"の正体を知った。

 

「!? なんで…どうしてっ!?」

 

 

私の言葉は、大量の妖力の波に掻き消えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

〜双也side〜

 

ギィンッ! ガンッ!

 

刃同士のぶつかる音が響く。

一つは刀、一つは鎌。

 

ヒュボッ カキンッ!

 

風を切る音。

不意打ちを弾く音。

そして……

 

「いい加減死ねよ!!」

 

「お前こそさっさと倒れろよ!!」

 

…俺と迦禍丸の怒声。

 

剣技が拮抗し、一太刀入れる事ですら難しい相手だった。

やはり大妖怪というのは侮れない。

 

「そこだぁ!」

 

「野次馬は引っ込んでろ!」

 

後ろに切り上げ、斬りかかってきていた妖怪を斬りとばす。

柊華が数を減らしてくれたとはいえやはり量が量。

未だに時折攻撃してくるのだ。

 

「余所見すんなよ守護者様よぉ!」

 

「ッ! チィッ!!」

 

勢いの止まらない迦禍丸の攻撃を捌きながら、俺は勝つ方法を必死に探していた。

 

(決められる技はある。でも当てられるか……)

 

そう、当てられるかが問題だった。

隠れている妖怪達もろとも迦禍丸を倒す技があるにはある。

でもその発動には時間が必要。

避ける余地など与えない、そんな技を使う必要がある。

 

 

 

……そして、ついに見つけた。

 

 

 

「オラァ!」

 

「っ!」

 

振り下ろされた迦禍丸の斬撃を受け止めた。

そして、ここで止まると見えない妖怪達の餌食になる為すぐに行動に移す。

まずは……少しばかり距離を空ける。

 

「破道の三十一『赤火炮』!」

 

地面に向けて放ち、爆発を起こさせる。

爆風で妖怪達との距離を開けたのだ。

そして解放している霊力を広範囲に広げ…宣言。

 

「!? 身体が…動かねぇ…!?」

 

「『天挺空羅』+『六杖光牢』…初めてやったけど上手くいったな」

 

縛道の七十七『天挺空羅(てんていくうら)』は、普通は広範囲かつ多人数に言葉を伝える為の鬼道だ。

しかし今回は、それに縛道の六十一『六杖光牢』を繋げ、天挺空羅の"伝達性能"を使ってその範囲内に居る全ての妖怪に六杖光牢を掛けたのだ。

…今更だが、こんな荒技もやってのける俺の能力って随分とデタラメだよな。

 

ツゥっと目の下に熱い何かが流れる感触がある。多分血だと思う。

広範囲で一気に能力を使った為脳に負担がかかっているのだろう。

 

でもあと少しだけ…保ってくれ!

 

中指と人差し指を立て、口の前に構えて詠唱を開始した。

 

「滲み出す混濁の紋章 不遜なる狂気の器 湧き上がり・否定し・痺れ・瞬き 眠りを妨げる」

 

霊力の濃度が上昇していく。

迦禍丸の表情は焦りに染まっているようだ。

 

「何する気だ……テメェ!!」

 

「爬行する鉄の王女 絶えず自壊する泥の人形 結合せよ 反発せよ 地に満ち 己の無力を知れ!!」

 

霊力が弾け、辺りが暗くなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「破道の九十『黒棺』」

 

 

 

 

 

 

 

超重力と刃の本流に、飲み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒棺が発動し終わり、ガシャァアアンと崩れて月明かりが照らすと、そこには姿を現した、無数に切り傷の入った妖怪達。

そして…傷だらけで呻いて倒れている迦禍丸の姿があった。

 

「ケッ…こんなヤツに…負けるたぁ、情けねぇ…」

 

ドバッと血を吐いた彼を見ているのは少々辛い。

やはり俺は殺すのが苦手らしい。

 

「これでお前の企みも終わりだな。家に帰って反省でもしてろ」

 

そう言って柊華の元に向かおうとした。

が、呻きながらの迦禍丸の言葉に引き止められた。

いや、驚愕して立ち止まった。

 

 

 

 

「ハッ、まだ異変は終わってねぇぜ…」

 

 

 

 

「…なに?」

 

…意味が分からなかった。

コイツを倒したのに異変が終わらない? 他に真の首謀者がいるというのか?

血を垂らした口の端を吊り上げて、迦禍丸は言った。

 

「もう一度言うぜ…俺はこの幻想郷が大っ嫌いだ。何もかも壊してェぐらいにな」

 

「………………」

 

紡がれる彼の言葉を聞くたび、何かモヤモヤしたものが心に広がっていく感じがした。

 

「人里を蹂躙するだけでこの幻想郷を壊せるなんて、大妖怪であるこの俺が本気で思うわけねぇだろ。………なら、どうやって幻想郷を壊す? この強力な結界の、弱点はなんだ(・・・・・・)?」

 

「……ッ!! お前ーー」

 

「ククク…もう遅いぜ…神薙双也ァ…」

 

この妖怪の真の目的を理解し、反射的に怒声を浴びせようとした瞬間、迦禍丸は最後まで気味の悪い笑みを崩さず、妖力で作った剣を喉元に刺した。

 

彼の首元から一気に血が吹き出し……首が吹き飛んだ。

 

「〜〜っ! クソっ!!」

 

自害した彼の死体を一瞥し、俺はすぐに人里の向かい側へ、柊華の元へ急いだ。

 

 

 

迦禍丸の狙いは、最初から"柊華の殺害"だったのだ。

 

 

 

博麗大結界を管理しているのは代々博麗の巫女だ。

本当に結界を壊す気なら柊華の存在は真っ先に消すべきモノだろう。

もしかしたら、結界に関しては紫も関わってるかもしれないが…。

そして反対派の妖怪が集まり、結界を壊そうと反乱を起こしたのだ。

恐らく、人里での妖怪の喪失もその予兆。

 

人里で派手に暴れ、まず俺をおびき出す。

俺がアイツと戦って柊華が到着するのを待ち、来たら向かい側の騒動を教えて分断。

おそらく俺の方にも柊華の方にも、俺たちが想像する以上の妖怪が"隠されていた"に違いない。

もしあまりにも多い数の利を活かして攻められたとすれば……いくら"歴代最強"を誇る柊華でも勝てないかもしれない。

 

「間に合えよっ!!」

 

瞬歩の最高速で向かった。

人里は大きいが都程ではない。すぐに到着した。

そこで目にしたのは血相を変えて逃げていく人々、姿を現した膨大な数の妖怪達、そして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

血を流して膝をついている柊華の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

息が詰まる。

鼓動が激しくなって、大気を揺らしているように感じる。

目の前に光景を、頭で受け入れる事ができなかった。

 

 

 

柊華が…死ぬ…?

 

 

 

視界が激しく揺れていた。

身体中が硬直しているような、痙攣しているような、不快な感覚に包まれる。

 

 

 

イヤだ。

 

 

 

誰かを失うのは

 

 

 

イヤだイヤだ。

 

 

 

心に穴が空くのは

 

 

 

イヤだイヤだイヤだ。

 

 

 

人が死ぬのは

 

 

 

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだイヤだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやダいヤだイやだいやだ嫌だイやだいヤだ嫌だイヤだイやダイやだいヤだいヤダ嫌ダイやだ……

 

 

 

ただひたすらに"いヤだ"。

気付けば、頭を抱えて駄々を捏ねるように、空っぽの言葉をただただ並べていた。

 

 

 

不意に、声が響いた。

どこかで、聞いた事のある声だった。

 

 

 

ーー憎いか?

 

 

 

「憎い」

 

 

 

ーーどこまで?

 

 

 

「殺してやりたいほどに」

 

 

 

ーー殺すの、苦手だろ?

 

 

 

「ああ、苦手だ」

 

 

 

ーーフッ…なら、手伝ってやるよ(・・・・・・・)

 

 

 

 

意識が、プツンと切れた。

 

 

 

 

 




明らかにアレな感じですね。先を察しても言わないでいただけると嬉しいです。…再三申しておりますが。

ではでは。


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第八十五話 最悪の結末

……シリアス…入ります…。

最初は紫視点。

ではどうぞ。


双也が去った後、私は死体の処理や妖怪達の世話などをする為、その地に降り立った。

特に酷かったのはやはり、この異変の首謀者だった迦禍丸という大妖怪。

 

自ら刺した剣によって動脈が切れたようで、吹き出した血の勢いで首が千切れ飛んでいる。

……その表情もまだ笑っていた。

 

「っ………随分と、私も恨まれていたようね…」

 

そんな様子を目の当たりにし、流石に気分が悪くなった。

彼の心をここまで歪ませる原因を作った私自身にも思うところはあるが、もうどうにもできない。

死んでしまったら、戻らないのだから。

 

(でも…間違っては、いないわよね…)

 

人間と妖怪の共存。

永年の夢であるそれを実現させる為に、幻想郷を作った。

無理やりだった感は否めないが、"共存"という平和的な方向へ向かっていることは目に見えて分かることだ。

自分の行いに…悔いは無い。

 

「それにしても……どういう事…? これは…」

 

迦禍丸が従えていた妖怪達を見ていくと、ある事に気が付いた。

戦った張本人である双也と長い時を過ごしてきたからこそ分かる事。

 

 

 

 

 

昔よりも、やり過ぎている。

 

 

 

 

 

「双也が戦っている時は何度も見た事があるけど……こんなに深い傷…場所が悪ければ死んでいるところだわ…」

 

双也は基本的に殺しはしない。

神格化した時は"仕事だ"と言って殺している事もあるが、普段の時の双也は殺すのを好まない。

明確な"罪"が把握できていない時などはその普段の状態で戦っていることが多かった。

 

 

 

 

……そして、その状態の時は急所を外して攻撃する。

 

 

 

 

もはやそれは彼の癖と言ってもいい。

殺してしまうのが怖いから、なるべく急所は避けて攻撃する。

その所為で反撃を受けることもしばしばあったが、彼がそれを曲げた事はない。

 

それが今回はどうだろうか。

急所を外すどころか、場所によってはとても深く斬りつけている。

実際死にかけている妖怪も少なからず居たのだ。

この様子では、今回のこの過剰な攻撃が"初めて"ではない可能性すらある。

 

「…一体、どうしたというの…双也……」

 

彼の異変に湧き上がる不安。

双也がすぐにでも遠く届かない所に行ってしまう様な、やりきれない不安感がブクブクと、泥水の様に湧き上がってくる。

降り出した雨が、その感情を煽り立てている気がした。

 

そんな折、見知った強大な力を感じ取った。

 

「これは…双也?」

 

不安を覚えているところに感じた力。

私は直ぐにそこへ向かった。

柊華が戦っていた、こことは反対側の人里。

 

「ッ!? どう言う…事よ!?」

 

そこで目にしたのは、信じる事など到底出来ない…そんな光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

〜双也side〜

 

なんだろう…身体が沈んでいく気がする。

水の中の様な浮遊感はあれど、足を動かしても進むことは出来ない。

水面に見える場所には光が差し込んでいるようだけど、ここも息はできるし、居心地も悪い気はしないから別にいいと思った。

 

 

そういえば、何してたんだっけ?

 

 

今日は…寝ようとしたところで鈴が鳴って、駆けつけたら妖怪達が人を襲ってたから助けて……。

確か、幻想郷のルール的には違反してないから明確に"罪"とは言い切れなくて……能力は発動しないし、神格化はしなかったんだっけ?

 

それで…妖怪の大群と戦って、勝って……そうだ、柊華。柊華はどうしたんだ?

何か不安に駆られて急いで行ったら、何があったんだっけ?

 

……思い出せない。

 

何か、とても大切な事な気がするのに、記憶が頭から湧き上がって来ない。

穴の空いたスプーンで水を掬おうと、無駄な努力をしているような感じだ。

 

ふと、手に不思議な感触があった。

 

(何だこれ…なんかヌメッとしてる…)

 

手の次は服に重みを感じた。

濡れて重くなっているのかもしれない。

次に顔。飛び散ったように付いた。

……酷く不快だ。

 

(生暖かいし、ヌメヌメした感じが気持ち悪いな……)

 

不快に思いながらも、そのぬめりの正体を掴もうと指を動かしていると、よく知った臭いが鼻腔を突いた。

知っていながらも、かなり嫌いな臭い。

 

 

……血の臭いである。

 

 

(もしかして……このぬめりの正体は…血? なんで……!)

 

「………! ……………………!!」

 

不思議に思った刹那、どこか遠くの方で声が聞こえた。

遠過ぎて聞き取れないが、叫んでいることは分かった。

 

「い…………う……の…!! …んで………こ…!!」

 

また叫ぶ声。

今度は少し聞き取れたが、理解までには至らなかった。

 

(誰が叫んでるんだ?)

 

その叫び声は、驚愕を孕ませた悲痛な感じだった。

聴き続けたら嫌になってしまうような、そんな声。

 

「柊華ぁぁあああッ!!!」

 

(!?)

 

突然ハッキリと聞こえた声に少なからず驚いた。

それにあれは…紫の声だ。

 

滅多に叫んだりしない紫が、あんな必死に大声を上げている。

……柊華に何かあったのか?

 

そう考えた途端、身体を包むような温もりを感じた。

そして小さく、でもハッキリと声も聞こえた。

 

 

「双也、あなたは…優しい。私なんかを、救ってくれた、優しい…人よ。だから…お願い…!」

 

 

今にも息絶えそうな、必死な柊華の声だった。

 

柊華が……死にかけてる!?

 

(柊華…柊華ァ!!)

 

柊華を失いたくない。死んで欲しくない。いつも通り普通に、からかい合って遊びたい。

そんな気持ちが洪水のように溢れてくる。

一刻も早くこんなところから抜け出して、今にも飛び起きたかった。

 

(死んだらダメだ!! 柊華!!)

 

そう強く思った瞬間、もう遠くなってしまった水面から強い光が漏れ出し……声が響いた。

 

 

 

 

 

「いい加減目を覚ますのじゃ。お主はこんな所で終わる存在ではなかろう」

 

 

 

 

 

光が一層強くなり、グンッと体が引っ張られた。

ものすごい速度で水面が近付き、ザバァァン! と飛び出した。

空中で見下ろしたその場所は…

 

 

……一面に水を張られたあの場所。

 

 

意識は、そこでフッと消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

目をゆっくり開ける。

いつの間に瞑っていたのか分からないが、そうして意識が覚醒した。

いつの間にやら降っていた雨が、顔に水滴を打ち付ける。

そして、動こうとすると体に重みを感じ、すぐに耳元で声が聞こえた。

 

それはよく知った声。か細く、震えた声。

 

「…!……よかっ、た…目が…覚めた、のね…」

 

「柊華…?……………!!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

柊華は、結界刃に貫かれたまま(・・・・・・・・・・)俺を抱き締めるように、力無くもたれかかっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え……なん、で…俺は……こ…こん、な……」

 

 

全く理解が追いつかない。

いや、理解出来るはずがない。

大切な友が、目の前で死にかけている。その腹を貫いているのが、自らの持つ刃。思い浮かぶ言葉など、唯の文字列に等しかった。

 

それでも、尚も答えを求め、頭を回転させていた。

…すでにグチャグチャになって、なにも考えられないような頭の中を。ただ必死に。

 

焦点の定まらない目で見れば、柊華は酷く傷付いて、息も絶えだえになっていた。

奥の方には、柊華程ではないが傷付いた紫の姿。

……ますます分からなくなる。なぜ二人は傷付いてる? なぜ柊華は死にかけてる?

 

 

「ふふ……大好きな、親友の為に、命を…使えるなら……本望、って…ものよ…」

 

「柊、華…? おい…柊華……何だよ、命を使うって…!」

 

 

震える手で彼女を揺する。

俺自身の声もすでに震えていた。

溢れる涙も、止まらなかった。

 

 

「死ぬなよ…死なないでくれよ……誰かを失うのは…辛いんだ…!!」

 

 

今の俺はきっと、雨の中でも分かるくらい涙を流しているに違いない。もう肌の感覚ですら失いかけていた。

 

それでも今、何故か(・・・)たった一つだけ感じられるモノ。

それは俺の頭を優しく撫でる、どこか暖かみのある柊華の手だった。

 

暖かさが、心に染み込んでいく様な気がする。

でも、だんだん小さくなっていくそれは逆に、柊華の死が近い事を示しているようで…………

 

"死んで欲しくない"。

その気持ちをどうしようもなく煽り立てていた。

 

「なんで……なん、で……」

 

「そう、や…」

 

「…柊華…?」

 

 

本当に小さな声で、途切れ掛かった声で、彼女は俺の耳元で囁いた。

 

 

 

 

 

ーーありがと。

 

 

 

 

 

それきり、柊華は動かなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

それから先は、よく覚えていない。

後からかすかに分かるのは、ただひたすらに暴れ狂ったという事。

誰かに止められ、意識を刈り取られたという事だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

悲劇を生んだ妖乱異変は、人妖共々の記憶に強く刻み付けられ、幕を閉じた。

 

 

 

 

 




……………。



ではでは。


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第八十六話 断ち切る想い

これがこの章最終話に…なると思います。

ではどうぞ!!


チー…ン…ポク、ポク、ポク

 

異変から数日。ここ博麗神社には、朝から沢山の人が訪れていた。

皆黒い服に身を包み、笑顔を浮かべる者は一人もいない。居てはならない。

 

 

 

博麗の巫女、博麗柊華の…葬式である。

 

 

 

妖怪であり、普段人間と関わらない私だが、今回だけは境界をいじって妖力を抑える事で人間に溶け込み、柊華の知り合いと言うことで参加した。

腕の中にはまだ幼い霊那も居る。

 

……双也の姿は、そこには無かった。

 

「巫女さんよ…救ってくれて、ありがとなぁ…」

 

「今まで済まなかった…ろくに話もせず、ただ怯えてばかりで…」

 

線香を挿していくのと同時に、一言ずつ言葉をかけていく人間たち。

…その様子が、私は少し辛かった。

 

(最後の最後に、死んだ事で認められるなんて…それじゃあ、意味がないのに…)

 

ずっとずっと一人ぼっちで、この広い神社に寂しく住まう柊華を、私は長らく見てきた。

 

 

小さい頃は、誰も居ない悲しみを溜め込んで無理に笑顔を作り、夜中には枕を濡らす毎日。

 

 

大きくなると、それを受け止めようと必死で空元気を振りまき、一人になると静かに涙を流す。

 

 

"最強"ゆえに恐れられ、異変があれば戦いに身を投じ…傷付きながら解決させても、それを認める者は無し。

 

 

そんな可哀想な彼女が認められたのが、死んだ後での事だなんて……あまりにも悲し過ぎる。あまりにも報われない。

 

 

……現実は、誰より必死に生きた彼女に対して、決して優しくなかったのだ。

 

 

そして彼女の死の原因になった者がよりにもよって、彼女の最も大切な"大親友"だなんて、その事に私はたまらない気持ちで一杯だった。

 

本葬儀が終わり、皆に混じって外に出ると、優しく風が頬を撫でていった。

幻想郷が柊華の死を嘆いているような気がして、どうしようもなく悲しくなる。

流れた涙は、腕の中の霊那の頰に落ちた。

 

「あぅ〜?」

 

「っ……」

 

理解などしていないだろうに、霊那はゆっくりと手を伸ばしてやわやわと私の頰に触れ、一緒に涙を拭き取っていった。

慰められているような気がして、思わず霊那をギュッと抱き締める。

 

「霊那っ、あなたは私が、大切に育ててあげるから! 柊華の分まで、守ってあげるからっ!」

 

そう、今は亡き柊華に誓う。

彼女が注いであげられなかった愛情を、せめて代わりに私が、と。

強い強い、誓いだった。

 

「〜〜〜っ………?」

 

いい加減霊那が苦しくなってしまうと顔を上げ、ふと鳥居の方に目を向けた。

何か視線を感じたからだ。そこには…

 

 

 

 

隠れるように双也が立っていた。

 

 

 

 

「ッ! 双ーー」

 

呼ぼうとした直前、彼はフイッと踵を返し、降りて行ってしまった。

私は人間に一時霊那のお守りを頼み、すぐに追いかけた。

 

 

 

「双也!」

 

「………………」

 

名前を呼ぼうとも少しも振り返らず、ただ階段を降りていく双也。

その背中を眺めながら名前を叫び続ける勇気が無かった私は、スキマで一気に距離を詰め、肩を掴んで振り返らせる。

そして、息を飲んだ。

 

「ッ!!」

 

「……………………」

 

振り返った彼の目は、いつもの凛とした目ではなく…いささか濁ったような、生気を感じさせない目だったのだ。

 

「あなた……」

 

「……ここじゃあ話し辛い。家まで行こう…」

 

彼はそう言うと、目の前にスキマに似た黒い空間を作り出し、入っていった。それに続き、私も入る。

抜けた先は、森の奥にある双也の家だった。

 

中に入って目に付いたのは、少々ゴミが散らばっている床、片付けられていない食器など。

前に訪れた時よりも、部屋の中は汚くなっていた。

 

少し見渡していると、居間の座布団に座った双也が話しかけてきた。

 

「紫、結界の方はどうだ…? 問題があったりは…」

 

「……大丈夫よ。柊華が亡くなって、相当に危ない状態ではあったけれど、なんとか私が繋いでいるわ。霊那が大きくなったら管理を任せるつもりよ」

 

「…そっか…」

 

それを聞くと、双也は窓の外を眺めて何か物思いにふけっていた。

私はというと、入った直後の場に立ったままでいる。

…あんな目をした双也を見つめて、しっかりと話せる自信が無かったのだ。

 

そのままでしばらくいると、双也が目を外に向けたままで話し始めた。

 

「俺の事なら…心配しなくていい。今までだって誰かが死ぬ姿は見てきた。もう慣れたよ」

 

「嘘。死に慣れた人が、死を見てあんなに暴れる筈が無い。今のあなたを見ていたって分かるわ、あなたの心は……酷く傷付いている」

 

双也の眉根が、僅かに寄ったのが見えた。

 

「ねぇ双也、我慢する必要なんて無いのよ? 嬉しかったら笑顔を浮かべればいい、悔しかったら怒ればいい、悲しかったら……心が晴れるまで泣けばいいのよ」

 

人は感情を溜め込む生き物だ。

それは、高度な思考力を持つがゆえに周りの事を気にするから。

 

自分が良い成績を取れても、友達が低かったならその嬉しさを押さえ込み、慰める。

 

たとえ自分が嫌な事でも、周囲の人が次々と笑顔を浮かべれば無理矢理笑顔を作り、雰囲気を壊さないよう努める。

 

溜め過ぎた感情はいつか炸裂し、酷ければその人の全てを壊してしまうほどのモノになる事もある。

それを防ぐには、誰かが受け止めてあげなくてはならない。

赤の他人では無い、ある程度近しい誰かが。

……柊華の場合は、危ないところを双也が救ったのだ。

 

「聞いたわよ、柊華にも言ったそうじゃない。"心まで強くなくていい"って。……彼女だけじゃない、あなただってそうなのよ。……気持ちを押し殺す理由なんて、何一つ無いの」

 

双也は、柊華の死の原因となってしまった事で心に深過ぎる傷を負っている。それは誰が見ても分かること。

そして、私に心配させないように強がっている。

なら、その押し殺した感情は誰が受け止める?

 

 

 

…そんなの、私しか居ないじゃない。

 

 

 

「双也、全部吐き出しなさい。溜まった毒を、全部」

 

そう言い彼に近寄って…肩を抱いてあげた。

気持ちを分かつには、触れ合うことが一番だ。

双也は少し俯き、呟くように言葉をこぼした。

 

「そう…だな…。あいつに教えた俺がこんなじゃ…いけないよな…」

 

「そうよ、柊華に笑われるわよ」

 

「はは、アイツらしい…」

 

そう呟いた双也は、私の肩あたりに顔を押し付け、背に腕を回した。

…少しだけ痛いと思う程に、強く抱きついていた。

 

「〜っ……とう、かぁ……!」

 

「っ……」

 

ただただ涙を流して呻く彼。

きっと彼の内では、柊華との思い出、友達になった日の事、からかいあった日々、色々な物がフラッシュバックしているのだろう。

…そしてあの日、目の前で息を引き取った彼女の感触も。

 

それを想うと、どうしても涙を流さずには居られなかった。

自然と大粒の涙が溢れてくる。

 

 

双也が気持ちの全てを落ち着けるまで、ずっと背中をさすっていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ズズッ……ありがとな…紫」

 

「いえ…」

 

しばらくすると泣き止んだようで、双也は回していた手を離して礼を言ってきた。

目はまだ赤かったが、気持ちは吹っ切れたようだ。

 

「ここまで生きてきたのに、壊れてしまう訳にはいかないわよね、双也」

 

「…そうだな、俺は壊れる訳にはいかない。………可能性は低くても…アイツに会いたいしな……」

 

「…アイツ?」

 

彼がボソッと呟いた言葉を、私は聞き逃さなかった。

しかしその内容は私が聞いた事もない事で…

今まで付き合ってきた時間の中でも、そんな事を聞いたのは初めてだった。

 

私に対して聞こえると予想していなかったのか、双也は少しだけ目を見開いて、そして答えてくれた。

 

「……柊華にとって俺が大親友という大切な者だった様に、俺にとっても大切な人が居るんだよ。そいつがどう思ってるかは知らないけど…」

 

双也はそう言いながら、問答はお仕舞いとでも言うように立ち上がった。

そして、私を見下ろしながら言う。

 

「紫、久しぶりに勝負しないか? 弾幕有りの三本勝負」

 

「え…なんでよ?」

 

「気分だよ。とにかく身体を動かしたいんだ」

 

「……仕方ないわね…」

 

「よしっ」

 

少し嬉しそうにしながら、彼は家の扉に向かって行った。元気を取り戻した事による嬉しさを感じながらその背中を見つめていると、不意に"あの時"の事を思い出した。

 

 

 

柊華が死んだ、あの日の"あの時"。

 

 

 

「双也、あなたはあの時………」

 

「ん?」

 

振り返った彼の顔を見て、言い出すのが憚られてしまった。

正直に言ってとても気になることではあるものの、その事を口に出すのは私にとって辛いし、何より双也が一番辛いだろう。

 

「……いえ、何でもないわ。やりましょうか、弾幕勝負」

 

「? おう」

 

疑問は心の内に留め、元気を取り戻した双也と弾幕勝負を始めた。

 

悔いが無い訳ではない、心に煙い何かは残っている。

でも吹っ切れた彼との勝負の中で、私はかなり晴れやかな気持ちになったのだった。

 

 

 

 

 




双也が生きてきた理由…いえ、"糧"が何か…もうお分かりですね。

ではでは。


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第八十七話 悠久の時を経て

前回が最終話と言ったな…アレは嘘だ。

はい、今回が正真正銘最終話です。
ここらがやっと折り返しですかね?

ではどうぞーー!!


「急に押しかけて悪かったよ、慧音」

 

「いや、構わないさ。もうかなりの付き合いだ、遠慮する事はない」

 

ちゃぶ台の前に腰を下ろし、上品にお茶を飲む慧音に声をかける。突然訪れた為に少し申し訳なく思っていたのだが、彼女の寛容な性格のおかげで悩む事も無さそうだ。

 

「…そうだな。もう数十年にもなるのか…」

 

「ふふ、年寄りくさいぞ双也。若者らしく堂々としていればいいと思うぞ?」

 

「……一応お前より年上なんだけど…」

 

微笑みながら、からかうように言葉をかける慧音。

こういうやりとりも意外と楽しいものだ。

 

俺が幻想郷に入ってもう数十年。正確には数えていない。自分の年ですらもう覚えていないし、割と本当に年寄り臭くなってきたかも知れないな。

 

柊華を失った時の傷は少しずつ少しずつ癒えていき、今はもう普通の生活ができている。あの時、紫に全て受け止めてもらった事が大きかったのだろう。

悲しみがもう無くなった訳ではないが…まぁそもそも、この手の傷は完全に癒える事など無いだろう。

俺としても、癒えてしまっては困るのだ。

…一生柊華を忘れない為に。

 

「そういえば…双也、今日も特には…無かった(・・・・)だろう?」

 

「……ああ、みんなちゃんと忘れてる(・・・・)らしい。紫に感謝だな」

 

少し心配そうに慧音は言った。

"忘れてる"と言うのはあの日の事だ。

どうやら俺が柊華を殺してしまったところを影から見ていた人間がいたらしく、人里全体に"守護者様が巫女を殺した"と広まってしまったのだ。

 

人々を逃がすために奮闘した柊華を、里の人間たちはあの時認めた。

その彼女を殺してしまった事で俺にかなりの憎悪を抱き始める人々が出てきたのだ。

それを良しとしなかった紫が、あの時に関する記憶を人々から抹消したのだ。

彼女なりの、俺への救済措置だったのだろう。

 

「…もう怖がる事は無いんじゃないか? あの日の事を覚えている人はもう私以外居ないんだ。気にする事もないだろう?」

 

"私も詳しくは知らされていないが"と付け足して、慧音は一息ついた。

実は、慧音と稗田の直系だけはあの日の記憶を消されていない。

他に理由があるのかもしれないが、俺は紫が"忌まわしい記憶も受け継がねばならない物"と考えているからだと思っている。

直接聞いたことは無いが、アイツなら言いそうな事でもある。じゃなきゃ"幻想郷縁起"なんて保護する訳がない。

 

「そうは言うけど…やっぱり視線ってのは怖いものなんだよ。たとえ俺に向いてなくても、思い込んじまうんだよ」

 

そう、恥ずかしながら、俺は里の人間達の視線を恐れていた。

人と言うのは不思議なモノで、"もう大丈夫"と言われても、心に残った深い傷は思い込みを生じさせるのだ。

俺の場合、"実は覚えてる人が居て、影で憎悪を募らせているのでは"と。

 

人里に訪れる際、必ずと言っていいほど慧音の家に足を運ぶのは、先程の様に慰めてくれる人を求めていたからだ。我ながら、精神的には子供だなと嘆息してしまう。

 

と、その時玄関の戸を叩く音が聞こえた。

 

「ああすまない、行ってくるよ」

 

「ん〜」

 

そう言い、慧音は玄関に向かった。

それを横目で見ながら、淹れてもらったお茶を啜る。…そういえば幻想郷に入ってからお茶くらいしか飲んでないな。

裁判所のカフェオレ(もどき)が恋しくなってきた。

 

そんな事を考えていると足音が聞こえてきた。慧音が戻ってきたらしい。

扉を開けた入ってきた慧音は、少し困ったような表情だった。

 

「? どうした慧ーー」

 

「…………………」

 

その表情の真意は、彼女の後から入ってきた人を見て理解した。

その人は柊華と同じ様な(・・・・・・・)服を着こなし、申し訳無さそうに微笑みながらこちらを見ている。

 

「霊、那……」

 

「……久しぶりですね、双也さん…」

 

 

昔よりも大きく、美しくなった博麗霊那が、そこに立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

"楽園の優しき守り神"、博麗霊那。

 

先代、博麗柊華に養子として引き取られ、しばらくの間愛情を注がれて育つ。

しかし、異変に出向いた事で柊華が亡くなってからは、妖怪の賢者八雲紫によって育てられる。

その際封印術、戦闘術を学び、十三歳の頃博麗大結界の管理を任される。

 

戦闘に関して、先代ほどでは無いにしろ非常に強い力を持っているが、先代の遺した影響によって"博麗の巫女"と"人里"の間にあった畏怖の壁は無くなり、先代とは違って非常に穏和な性格の為、人里の人間達とも仲良く過ごしている。

 

そして、先代博麗柊華の親友であった神薙双也とは面識はあるものの、長い間顔を合わせていない。

 

 

 

 

 

ーーというのが、今の幻想郷に於ける霊那への認識だ。

柊華も霊那も、英雄伝として幻想郷縁起に記されているため、こういう認識が広まっている。

因みに俺の事はまだ載っていない。

俺の詳しい情報を見て、妖乱異変の事を思い出したりしない様に予防するためである。

紫の封印術がそんなに脆い訳はないとは思うが、俺が口を出すべき事ではないのだ。

 

 

 

そして俺は今、霊那に頭を下げていた。

 

 

 

「…いいんですよ双也さん。もう過ぎた事なんです」

 

「いや、それじゃあ罪悪感が拭えないんだ。本当はお前に謝る事でもないのかも知れないけど、ずっと…言いたかった

 

 

 

 

ーーーごめんなさい。

 

 

 

 

そう、心からの言葉を述べた。

 

本当に小さい頃だったとは言え母親を殺されたのだ。その人の記憶が朧げだとしても、湧き上がる怒りは多少なりともあるはず。

今まで、"俺の事を憎んでいるだろう"と思っていた俺に、霊那と向きあう勇気は無かった。だから柊華が亡くなってからは、ほんの五才やそこらの時に会ったきりだ。

自ら関わろうとは、しなかった。

 

でもずっと、一言だけでも謝りたいと思っていたのは事実だ。その為の勇気が無かっただけ。

何度か紫に会いに行こうと誘われた事はあるが、それもその勇気の無さゆえに断ってきた。

 

結局俺は、何に対しても、誰と比べても劣る、臆病者だったのだ。

 

暫く頭を上げずにいると、ふぅ、と少しため息が聞こえ、すぐ後には霊那の優しげな声を聞いた。

 

「仕方ありませんね…双也さん、少しこちらを見てください」

 

「ん?」

 

頭だけ上げ、少し無理をしながらも霊那を見上げると

 

ーービシッ

 

「…!」

 

「はい、これで怒りは収まりました。また昔みたいに、仲良くできますね♪」

 

軽く、小気味よくデコピンされた。

一瞬なぜデコピンされたのか分からなかったが、続く彼女の言葉で真意を察した。

……これだけの事で、俺を許すつもりでいるのだ。

 

「本当に…許してくれる…のか?」

 

「はい。あなたがずっと苦しんでいたのは師しょ…紫さんから聞いていますし、一言謝って貰ったら許そうって思っていたんです」

 

「…もともと、霊那がウチに上がってきたのは"双也が居る"と私が話したからだ。お前は霊那を避けているきらいがあったからな、それではいつまで経っても解決しないと思ったんだ。

間違った事をしたなら素直に謝る。真摯に気持ちを伝えれば、許してくれない人なんていないんだ。

…君が思っている程、人間は酷い生き物ではない」

 

慧音の言葉に、不思議と納得した。

"人間はそういう生き物なのだ"と自然に受け入れる事ができる。

俺自身、半分人間だからと言うのもあるかもしれないが、それを抜きにしても彼女の言葉にはそんな力があった。

 

「…ごめんな、二人とも」

 

「そこは謝罪では無く、お礼じゃないか双也?」

 

「……ありがと。霊那、慧音」

 

「うむ」

 

「ふふ、どういたしまして」

 

「どうしていましてー!…あれ?」

 

さて、ずっと心に引っかかってた事も無事取り除けたし、そろそろお暇………………ん? 今四人目の声がしなかったか?

 

「えっと、どういてたまして? あれれ?」

 

声のする方ーーー霊那の袴辺りに引っ付いている赤、白、黒の混じったちっこい塊に目を向ける。

すると黒い部分がコクコクと左右に揺れていた。

 

「どういたしまして、ですよ」

 

「どーうーいーたーしーまーしーて? あははは! おもしろーい!」

 

霊那がしゃがんでその塊に話しかけると、ゆっくり復唱して微笑む霊那に抱き着いた。

よく見れば、その塊は霊那と似通った巫女服を着た子供だった。

 

「えと、霊那…その子は…?」

 

そう呟くように問いかけると、霊那はその子の頭を撫でながら微笑ましそうな表情で言った。

 

「この子は私の一人娘、霊夢(・・)です。今年で四歳になります」

 

「! お前、子供居たのか」

 

「なんだ、双也はやっぱり知らなかったのか。私は偶に霊夢に勉強を教えているんだぞ。今日霊那がここに来た理由はそちらが主だ」

 

「そうだったのか…」

 

と表では驚いている反面、内側では全く別の事を考えていた。

 

 

そう、子の名前が霊夢(・・)だった事。

 

 

(はは、やっっとここまで辿り着いたか…)

 

この世界に転生してから幾星霜。本当に長い旅だった。

苦難を孕み、たくさん寄り道し、転々と移り住み、生死すら超えて、遂に俺が本当に辿り着きたかった時間軸まで来た。

いや、後十年ほどか。でも、すぐそこまできている事には変わりない。

 

「そ、双也? なぜそんなにニヤけてるんだ…?」

 

「ん? おっと顔に出てたか。いや、嬉しい事があってね」

 

「?」

 

あまりの嬉しさと感慨深さに、気持ちが顔に出てしまっていたらしい。

慧音は少し引いたような表情をしているが、何故だろう?

 

俺は撫でられて嬉しそうな霊夢の近くで屈み、優しく話しかけた。

 

「霊夢ちゃん」

 

「えへへ…ん? にぃに、だぁれ?」

 

「お兄さんは双也って言うんだ」

 

「そうや? そうやにぃだね!」

 

そう言ってニパッっと笑う幼女霊夢。ヤバい、想像以上に可愛い。俺子供好きなのかな…?

 

…おっと、脱線しかけた。

 

「霊夢ちゃん、お兄さんとも仲良くしてくれたら嬉しいな」

 

「え? そうやにぃ、れいむと遊びたいの?」

 

「ん、そうとも言うかな」

 

「ふ〜ん…じゃあ遊びに行こっ!!」

 

そんな会話をし、霊夢に袖を引っ張られながら外に出る。

霊那も黙って見ている辺り、一緒に遊ぶ事は許してくれる様だ。

慧音からは小さく"いや、勉強…"と聞こえたが、知らないフリをした。だって遊ぶより勉強したがる四歳児なんていないだろ。小さい子は遊ぶ事が仕事なんだよ。

 

「やー! むそーふぅいーん!!」

 

「うわーやられたー!」

 

慧音の家の庭で、霊夢とそんな遊びを繰り広げる。

縁側では慧音と霊那が微笑ましそうに眺めていた。

そんな目など気にもせず、俺も柄にもなくはしゃいでいた。

 

 

ある日の、人里の正午を彩る楽しい時間なのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば慧音、俺がここに来てどれくらい経つっけ?」

 

「ん? そうだな…四〜五十年くらいじゃないか?」

 

「マジ? じゃあ俺がここに来たのってやっぱ大正じゃ無いのか?」

 

「おそらくそうだろう。柊華から聞いたのだろうが、彼女は抜けてるところがあったからな。それに、霊那の年をいくつだと思ってるんだ? 大正ならばとっくにお婆さんだ」

 

「あ〜そうか…二十〜三十くらいか?」

 

「二人とも? 女性の年齢の事なんて話し合うものじゃ無いと思いますよ? 夢想封印喰らいたいんですか?」

 

「ああいや…ゴメン」

 

「素直でよろしいですね♪」

 

(…怒らせちゃいけないのはいつの巫女も同じか…)

 

 

 

 

 




幼女霊夢…ゴクリ。っと危ないですねこの表現w

最後のヤツは…まぁ、やってみたかったんです、ああいうの。

そして最後に、過去編完結を記念して一つだけヒントっぽいものを皆さんにプレゼントいたします。
それは………




"物語の最序盤に、ひっじょ〜に分かりにくい伏線が存在します"




という事。

ではでは。


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第九章 紅霧異編 〜見据えた先にあるモノ〜
第八十八話 待ち侘びた"始まり"


異変を、異"編"と掛けてみましたw
っと、それはまぁどうでもいいんです。
『〜 〜』の中身が大切なんです。

あとUA40000件ありがとうございます! 前より間隔が短くなってて私感謝感激でございますっ!

では新章、どうぞっ


あれから十年ほどが過ぎ、初夏の幻想郷。

梅雨に入った影響でこれでもかと雨の降る日が続く。

合間に晴れた日があっても、この魔法の森はタダでさえジメジメしている為、息が詰まるほどに湿度が高く、蒸し暑い。

 

「あ″ぁ〜…身体が…ダルい…」

 

度々猛暑の日々を過ごしてきた俺ですら、居間に寝転がって大の字になっている始末である。

あまりにも高い湿度が、俺の身体から動く気力を悉く奪っていた。

 

「オープンな博麗神社にも行きたいけど……あの始末だからな…」

 

正直に言って、強めの風さえあれば、暑さも含めてこの阿保みたいに気持ち悪い空気はなんとかなる。

その為に異常に風通しの良い博麗神社に行って寛ぎたいのだが……いかんせん、数年前から博麗神社には出禁になっているのだ。

 

と言っても、そこに暮らしている霊夢に手を出したとか、風呂を覗いたとか、そう言った理由ではない。

……単に思春期に入った霊夢が、俺が毎度訪れる事に気を張り始めたのだ。

 

(思い出すと笑えてくるなあの顔…くくくっ)

 

出禁を告げられた時の会話が脳裏に浮かぶ。

思い返すは数年前…

 

 

 

『ちょっと双也にぃ! そろそろウチに来るの止めてくれない!?』

 

『はぁ? 何でだよ、居心地良いし広いんだからいいだろ? 迷惑とかかけてないし』

 

『"ウチにいる事"が迷惑なのよ! お母さんから一人暮らしのコツとか教えてもらったし、私だけで大丈夫だからもう来ないで!』

 

『つれないなぁ、ちっちゃい頃は"そうやにぃ遊ぼー!"ってスゲェ可愛かったのに…』

 

『んなっ!? そ、それは関係無いでしょ!? 昔と今は違うのよっ! 大体今だって私はそこそこ…その…可愛いと…思うし……』

 

『んんん〜? どうした霊夢ちゃん? 可愛いお顔が真っ赤になってるぞー?』

 

『〜〜ッ もううるさぁぁああい!! 早く! 出てってよぉ!!』

 

『分かったよしょうがないな…寂しくなっても知らないからな?』

 

『フン!』

 

 

 

(あの時の霊夢は面白かったなぁ…)

 

顔真っ赤にして、必死で保とうとしてる姿はなんとも言えない面白さがあった。

俺がからかいすぎた感も否めないが、まぁ数年前の事だし、そろそろ落ち着いてると思う。

にしても、思春期だから異性を意識するのは分かるけどさ、昔からの仲ーーっていうか最早兄貴分である俺を追い出すってどこまで心荒れてんだよアイツ。

異性だからってツンツンしすぎだろ。

 

因みに、霊夢は俺の事を、"若作りしまくってる普通の人間"だと思ってるらしい。

俺自身、普段は霊力を極限まで抑えてるし、普通じゃない事に気がつかないのも無理は無いのだ。

柊華には初見で見抜かれたらしいが、決して霊夢が鈍いんじゃない、彼女が鋭過ぎただけである。

原作ではあれだけ最強キャラだった霊夢も、先人達を超える事は出来ないようだ。

………努力を渋ってついついお茶に手が出てしまうのも一因ではあるが。

 

そういえば、最近森の中をフラフラしてると何回か金髪の女性を見かける事がある。

森のパツ金女性って言ったら"白黒"か"七色"しか居ないわけだが…まぁそのうち会えるよな。

あんまり動きたくないから偶然に頼ろう。

 

「にしてもマジで居心地悪い……取り敢えずこのジメジメ地獄から脱出するか…」

 

暑さの難、加えてジメッ気の難を逃れるというなら、取り敢えず香霖堂だ。

この前行った時に現代のクーラーっぽいものが見えたし、もしかしたら使えるようになっているかもしれない。

 

霖之助だけで扱えるようになる可能性など皆無に等しいが、そんな淡い希望を抱いてしまうほどに参っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、ウチに来たという訳かい、常連さん?」

 

「悪いね、俺からすれば地獄そのものだったんだよ森の中は」

 

「…まぁ君はちゃんと代金払ってくれる"お客様"だから、少しくらい良いんだがね」

 

そう言って、霖之助はまた手元の本に目を戻した。

暑っ苦しそうないつもの服は変わらず着ており、その顔に汗は見えない。

つまり"暑くはない"って事なのだが……少々期待が外れていた。

 

「なぁ霖之助、涼しいのに変わりないから別に良いんだけど…」

 

「ん?」

 

「なんでこの前のデカイ白箱(クーラー)じゃなくて扇風機使ってんの?」

 

そう、クーラーを求めて、さらに言うならキンキンに冷えた冷蔵庫と化した室内を求めて香霖堂に来たわけだが、その室内は冷蔵庫ではなく、少しの風が吹き交わす乾燥室だったのだ。

 

淡い期待を秘めていただけに、それを見事に裏切られて内心ガッカリしたのだが、まぁ風が吹いてるだけいいだろう。

最早キノコの巣窟となる恐れすらある我が家よりはよっぽどマシだ。

 

にしても、扱えないならまだしも"無くなってる"ってどういう事だよ。

アレなんか非売品にするには十分価値あるだろうに。

しかもあんなデカイもの、失くす事なんか普通ないと思うんだけど。

その旨を霖之助に伝えると、少々困った顔で説明してくれた。

 

「ああアレね…僕も手元から離したくなかったんだけど…逆らえなくてね…」

 

「は?」

 

「実はアレ、妖怪の賢者が扇風機を直すのを条件に買い取っていったんだ。鬼気迫る表情でね…」

 

「…ウソだろおい…」

 

まさかの紫。

もしや自分だけクーラーで涼しく夏を過ごそうって魂胆か!?

賢者様が住民の事考えないでどうすんだよ!!

そんな事してる暇があったら外界でクーラー買い占めて配布しろよこのグータラ妖怪!!」

 

「そ、双也…そんな滅多なこと叫んだら…」

 

「あ? いつの間に声に出てどわぁああ!?」

 

突然頭上から真っ白な冷たい物がドサドサドサッと落ちてきた。

突然だったので流石にその重量に押しつぶされてしまった。

よく見てみればそれは、夏には溶けてしまって見る事の無いアレだった。

 

「なんで…雪が…」

 

「どう考えても八雲紫の仕業だね。君には見えなかっただろうけど、それスキマから落ちてきたよ」

 

「あのヤロウ…」

 

感情に任せて叫び散らした俺も悪い気がしないでもないが、雪を落としてくる事ないだろう。

アイツは時々ツッコミが苛烈すぎる。どうにかならないもんか……。

 

「はぁ、しょうがないな。コレ固めて目の清涼剤にでもしようか。被ってると濡れるし…」

 

見事に散乱してしまった傍迷惑な雪を集め、雪だるまにして店内の至る所に置いておいた。

ついでに溶けないよう能力を付加して、これでよし!っと納得していた時

 

 

 

 

外が突然、赤暗くなった。

 

 

 

 

「…あ〜なるほど」

 

「どうやら…異変(・・)が始まったみたいだね」

 

外に出た俺たちが見上げた空は、何か赤い霧のような物で厚く覆われていた。

 

 

 

 

 




お察し展開ですいません。

ではでは。


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第八十九話 それぞれの目的で

最近さらなる文章力が欲しくなってきましたw

ではどうぞっ!!


一面の曇り空。もはや幻想郷全土が日陰になっていると言っても過言では無い。

暑い初夏にはとてもありがたい天気だけれど、今日の幻想郷を覆う雲はいつもの雪のような白ではなく……血のような赤だった。

 

それを見上げると、どうしても溜息が出てしまう。

 

「はぁ……どう考えても異変ね。太陽が陰って涼しくなったのは嬉しいけど、その代わりが異変なんじゃ本末転倒もいいとこだわ…」

 

正直、涼しくなったのだから居間に戻ってお茶を啜っていたい気分ではあるが、これ程大規模な異変を見逃す事はできない。

四六時中目に悪い赤色の空を見上げるなんて私が嫌だし、何より、博麗の巫女としてのプライドが許さない。

 

「ならやる事は一つね……さっさと解決して居間で一服する!」

 

グッと拳を握り、一つ決心。

早速神社に戻って、陰陽玉と札を持ってくる。

っと、最近導入したアレ(・・)も必要よね。

引き出しに仕舞ってある数枚の紙を持ち、袖の内側にしまった。

 

近年、私はこの幻想郷に"弾幕ごっこ"なるものを導入した。

それは人間が妖怪と対等な勝負をできるようにし、幻想郷のバランスを保つ為のルールだ。

 

一つ、決闘の美しさに名前と意味を持たせる。

 

一つ、開始前に命名決闘(スペルカード)の回数を提示する。

 

一つ、命名決闘で敗れた場合、残り体力に関わらず負けを認める。

 

………などなどである。

戦わなければ消えてしまう妖怪達、人間と妖怪との絶対的な実力上下…それらを鑑みて、胡散臭い古妖怪と一緒に考えたのが、この弾幕ごっこ…別名"スペルカードルール"である。

今回の異変も、このスペルカードルールの元に解決するつもりである。

相手がこれを知ってるかは関係ない。

異変を起こしたからには、力尽くでもコッチのルールに乗ってもらう。

嫌がったら無理矢理弾幕ごっこに移行させてやるわ。

 

「これで良し! それじゃ……ってあら?」

 

勘を頼りに飛び立とうとすると、人里の方で霊力が広がっていくのを感じ取った。

それは里を覆うように広がっていき、遂には包み込むと固定化して結界となった。

 

その様子を感じ取り、不意にフツフツと疑問が湧き上がってくる。

…一体誰が、結界を展開しているのか。

 

(結界が張れるのは私と紫くらいしかいない。里にはお母さんも居るけど…異変に関しては私に一任してるし…)

 

結界を張る事のできる人物に心当たりが無く、少々不安が募ってくる。

ご丁寧にも里の為に結界を張ってくれているので悪人ではなさそうだが、正体不明というのはなんとも不気味なものだ。

幽霊とかは平気なのに…なんでだろう?

 

とはいえ、私の手間が減った事に変わりは無い。

さっきまで頭からは抜けていたが、霧が及ぼす人体への影響も、誰かが張ってくれた結界のおかげで心配には及ばない。

私は、私の仕事をするまでだ。

 

「じゃ、サッサと終わらせましょうかね!!」

 

陰陽玉を浮遊させ、私の勘が示す方角へ飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

〜双也side〜

 

「ふぅ…これで良いかな…」

 

一息つき、人里の門の前にかざしていた両手を下げる。

久しぶりに大規模な結界を展開したせいか、なんとなく腕が疲労している気がした。

 

香霖堂で霧を確認した後、取り敢えず人里に結界を張っておく事にした。

原作の知識でどんな異変なのかは把握しているが、実際目の当たりにすると色々と心配事が湧き上がってくるのだ。人への影響は、とか妖怪が暴れたりしないか、とか。だから取り敢えず、里を覆うように結界だけ張っておいたのだ。

杞憂かとは思うけど、得体の知れないものを用心しておく事に越した事は無い。

 

結界に綻びが無いのを確認し、早速向かおうと振り返ると、突然スキマが開いた。

出てきたのは当然、先刻俺に雪を降らせたグータラ妖怪。

 

「あら、今度は槍でも降らせてあげましょうか?」

 

「槍は降らせるもんじゃねーよ」

 

スキマから出てきていきなり言うセリフではないだろう。

おそらく俺の顔から読み取ったのだろうが、もう表情だけでわかるレベルを超えていると最近思うようになった。

そのうちスキマ妖怪やめて覚妖怪に転職するんじゃなかろうか。

 

そんな事を考えていると、機嫌が戻ったらしい紫が本題を持ちかけてきた。

 

「今日は少し頼み事があって来たのよ。聞いてくれるわよね?」

 

「どうせこの異変の事だろ? 俺が出向いてくれって言うつもりだろ」

 

そう言うと紫の微笑みが少し深くなった。予想通り、というところだろうか。

彼女は扇子を広げ、口元に当てながら話し始めた。

 

「さすが、理解が早くて助かるわ。正確に言うと、万が一の為に霊夢を影から見守ってて欲しいのよ。今回は規模が大きいし、首謀者も恐らくは強い力を持っているわ。用心するに越した事は無いの。お願いね」

 

「ふ〜ん…」

 

"まぁ今から行くつもりだったけどな"と言おうとして、言い留まった。ふといい事を思い付いたのだ。

紫の言葉に、白々しくも反応してみる。

 

「えー、俺今から帰ろうと思ってたんだけどなー(棒)」

 

「……何よその言い方。私の頼み、聞いてくれないのかしら?」

 

あからさまな棒読みを聞いて、紫も少し苛立ち始めたようだ。眉間に寄せられた皺がそれを示している。

だが、俺は更に畳み掛けた。

 

「条件付きなら聞いてもいいよー(棒)」

 

「………内容次第ね」

 

意外と沸点が低いのか、眉の端をピクピクと震わせながらも承諾してくれた紫。

それでいい、それでいいんだ。快適な夏を奪われた俺からのささやかな仕返しである。これくらいイライラして貰わないと割に合わない。

 

俺の表情を読み取ったのか、紫はドン引きしたような声音で言ってきた。

 

「……言ったはずよね、内容次第よ。例えあなたでも、"襲わせろ"なんてふざけた内容だったら認めないから。というより即殺してやるわ」

 

「お前の中での俺のイメージはどうなってるんだ。そんな事言うわけ無いだろ」

 

長年の付き合いである友人にそんなイメージを持たれていたとあっては、さすがの俺も傷付いてしまう。

俺のハートはガラスでないにしても、せいぜい"陶器"レベルなのである。深い傷は治りにくい。

 

紫の鈍器のような言葉で盛大に溜息が出るが、何とか気を取り直し、人差し指をビシッと指して言い放った。

 

「夏の間お前ん家に泊まらせろっ!!」

 

「………は?」

 

うっ、そんな"何言ってんのコイツ"みたいな表情を向けられると困るんだけど……本当に心当たりが無いのだろうか? アレだけ俺は叫んだのに。

 

「お前香霖堂でクーラー買い取ってったろ! 現在進行形で我が家は住めない状況にあるから、夏の間お前っ家の快適な部屋に住まわせてくれよ! コレ呑んでくれなかったら霊夢のトコには行かねぇ!」

 

自分でも、なんだか駄々を捏ねる子供のようだなと思ったが、実際切羽詰まっているのだから仕方が無いだろう。

幻想郷でも屈指の"おじいさん"である俺が幼児退行してしまう位なのだから、紫もきっと受け入れてくれるはず…

 

「そう、じゃあ他を当たるわ。札さえ渡せば霊那でも良いかしらね〜」

 

「待ってっ!! ホントお願いだから泊まらせてっ!! 死活問題なんだって!!」

 

振り返ってスキマに消えようとする紫を半ば必死で止める。

まさかそんな返答が帰ってくるとは思ってなかったので背中に嫌な汗を感じた。

紫って偶に冷たいんだよな。何故かは知らないけど。

 

「今まで野宿してきた人が何言ってるのよ。サバイバル生活なんてお手の物でしょう?」

 

「うっ…いやまぁ…それは、そう…なんだけど……」

 

挙句言い包められる始末。

会話の優位に立って宿を得ようとした数分前の俺が恥ずかしくなってきた。

反論できずに黙っていると、紫の溜息が聞こえた。

 

「仕方ないわね…いいわ、泊まらせてあげる。その代わり霊夢の件はちゃんと完遂して頂戴。いいわね」

 

「ありがと紫! グータラ言って悪かった!!」

 

「わ、分かればいいのよ、分かれば…」

 

なんだかんだ言って優しい紫に礼を言い、霊夢の霊力を感じる方向へ向き直って脚に力を込める。

 

「じゃ、行ってくるよ。部屋キンキンに冷やしといてくれよ?」

 

「はいはい、行ってらっしゃい双也。心配はしてないけど気をつけなさい」

 

「ああ、要らぬ心配ってやつ…だな!」

 

ダンッと地を蹴り、勢いよく飛び出した。耳には風を切る音しか入ってこない。あの館(・・・)に着くのもすぐであろう。

これから始まる異変の事を考えると、胸のドキドキが止まらなかった。

 

「さてさて、存分に楽しませてもらおうか」

 

呟きは、風の中に掻き消えていった。

 

 

 

 

 




異変で章を区切ると、一章分が短くなりそうで心配です。

ではでは。


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第九十話 普通のご近所さん

少し長めです。まぁ戦闘もあるのでご容赦を。

ではどうぞー。


鬱蒼とした森。

霧の影響で更に暗く不気味になったその中を、全身で風を切りながら直進する。

向かうは当然、首謀者の居る館だ。

 

(霊夢はもうとっくに行ってるか…まぁアイツなら負けないだろうし、少しくらい遅れてもいいか)

 

紫の頼み事に対し、そんな妥協した考えが浮かんでくる。

彼女がこの場にいたらきっと怒りを露わにするだろうが、霊夢の"最強っぷり"は俺が一番よく知っている。

正直見張りとか要らないとも思うが、それは交換条件なので仕方ない。それに友人の頼みだし。

 

そんなどうでもいいような事を考えて直進していると、前の方から爆発音がした。

 

「…やってるなぁ」

 

森の中で壮絶な戦闘を繰り広げているだろう少女たちを思い浮かべ、速度をあげる。

途中バヒュンッと通り過ぎた弾の形は、星型(・・)だった。

 

やがて、森の開けた場所に出た。

 

 

 

「ほらほらどうしたぁ! そんなもんなのか人食い妖怪!!」

 

「うぅ〜! うるさい人間っ!」

 

そこで戦っていたのは、金色の髪に赤いリボンのような飾りを結びつけ、全身を黒い服に包んでいる幼い女の子。

対するは、同じく金色の髪を片方おさげにし、黒い服と白いエプロンのような前掛け、そして深々と大きな黒帽子を被った、箒にまたがる少女だった。

 

状況はどう見ても、帽子の少女が圧勢だった。

 

「ああもう! 闇符『ディマーケイション』!!」

 

小さい子がそう宣言すると、彼女を中心にして交差するような軌道で多数の弾が放たれた。実際弾同士は交差して、どんどん広がっていく。

が、それを目の当たりにしても帽子の少女は軽々と避けていた。

 

「確かに密度は濃くなったが、まだ私を倒すには足りないぜ!」

 

「っ、これからだよ!」

 

少女の言葉に反発した女の子は、両手を前に突き出して新たな弾を追加した。

まるでカマイタチが広がっていくような軌道で新たな弾が放たれていく。

序盤の交差弾も健在であり、弾の密度は更に増した。

 

「っ、ちぃ!」

 

軽く舌打ちをしながら、少女は更に速度を上げて弾幕を避けていく。

その動きはまるで…隙を狙っているようだった。

 

「そこだ!!彗星『ブレイジングスター』!!」

 

「なっ!?」

 

遂に弾幕の隙間を見つけたらしい少女は、高らかにそう宣言すると箒にスキーのように立ち、青い光を纏って凄まじい速度で突撃した。

その様子は、一つの流星を彷彿とさせる光景だった。

 

ズドォォオン!!と激しい音が響き、勝敗が決した。

砂埃の立ち上る地上には、大きな帽子をパタパタと振るう少女の姿が。幼い女の子はどこかに吹っ飛んだようだ。

 

「へっ、私に勝とうなんて十年早いぜ!」

 

少女はポスっと帽子を被り直し、箒にまたがって飛び上がるかと思いきや……こちらを向いて話しかけてきた。

 

「で、誰だか知らないが…お前何してるんだ?」

 

予想外で戸惑うも、目の前の少女…霧雨(きりさめ)魔理沙(まりさ)に返事を返す。

 

「うん? 見物だけど?」

 

「こんな異変の真っ只中にか? 随分お気楽な人間なこった」

 

「お前も見た感じ普通の人間っぽいけどな」

 

皮肉のつもりでそんな言葉を返してやる。

面食らった顔をすると予想していたのだが、魔理沙は口の端を歪ませて言った。

 

「残念! 人間は人間でも…私は霧雨魔理沙、普通の魔法使いだ!!」

 

 

そして、同時に弾幕を放ってきた。

 

 

「うおあっ!?」

 

脈絡も何もなく放たれた星の弾幕に辛うじて反応し、横っ飛びに避けた。

魔理沙の方を向くと、彼女は依然として笑顔を崩さずに箒を手元に戻していた。

 

「いきなり攻撃すんな!! 魔法使いには常識ってもんが無ぇのか!?」

 

「常識は持ってるさ。…先手必勝っていうな!!」

 

そう言って今度は箒に乗り、上空から円を描くように飛びながら弾幕を放ってきた。

文字通り四方八方から降り注ぐ弾幕を、必要最低限に避けていく。

っていうか、俺は見物って言ってんのになんで戦闘になってるんだよ。その事をもっと早くに突っ込むべきだった。

 

「おい魔理沙! 俺みたいな見物人と戦っても面白くないだろ! さっさと止めて異変解決に行けよ!!」

 

「あ? そりゃ本当にただの見物人だったらこんな事しないさ! ただお前は怪しいんだよ! こんな異変にも関わらず弾幕勝負の見物するような命知らずはな!!」

 

「そんなの勝手ーー」

 

「それに、何で私が異変を解決しに来たって知ってる?」

 

「………………」

 

あ〜っと、少しやらかしたっぽい。別に見物(という名の監視)しに来たのというのは何処も間違ってないが、魔理沙に余計な不審を与えてしまった。

どう考えても、俺の嫌いな"面倒事"突入まっしぐらである。

 

「怪しいヤツは、なんか仕出かす前に叩きのめす! 異変防止の最善策だぜ!!」

 

「理不尽過ぎるだろその理論はっ!!」

 

魔理沙の相手をしているとなんとなく突っ込みを入れずには居られない。その分話していて面白いって感じもあるが、まぁ悪い事では無いだろう。それを気に入る人も少なからず居るだろうしな。

…って、そんな呑気に性格判断してる場合じゃねぇ!

 

魔理沙は弾幕を放ちながら、手に持つ物を光らせて宣言した。

 

「魔符『スターダストレヴァリエ』!」

 

魔理沙の周囲に大小様々、そしてカラフルな星型の弾幕が形成されていく。その一つ一つが大きな威力を持っていると、放たれる力の感じで分かる。

 

「弾幕は…パワーだぜっ!!」

 

大量の星が俺に降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

〜魔理沙side〜

 

「弾幕は…パワーだぜっ!!」

 

いつもの決め台詞と共にスペルを放った。ズドドドドドー…という音の後には砂埃が舞っている。

スペルはいわば必殺技。霊力も妖力も感じないこの男では立ち上がれない位にはダメージが入っているだろう。

 

「全く、最近のワカモノは好奇心旺盛過ぎて困るねぇ」

 

なんて、年柄にもない言葉を言ってみる。意味なんて無い、言ってみたかっただけだ。もしかしたらアイツ(・・・)に捻くれ者って言われる原因が"コレ"なのかもしれないが、自分を変えるつもりは無い。

変えたら負けた気になってしまう。

 

「あ、そういえば名前を聞いてなかったな…数ある私の武勇伝の1ページに刻むつもりだったんだが…まぁいいか」

 

私程になると妖怪相手にでも圧倒する事はザラにある。だから今回のような勝負もまた出来るだろうし、刻み込むのはまた今度でもいいと思った。

 

と、私は圧倒した快感で完全に油断していた。

勝負は終わったモノだと思い込んでいた(・・・・・・・)のだ。

 

 

 

 

「簡単に気ィ抜くなよ魔理沙」

 

 

 

 

「ッ!?」

 

突然声が聞こえたかと思うと、舞い上がる砂煙の中からレーザーのような弾幕が向かってきた。

急いで旋回して避ける。

何発か掠ったが被弾には至っていない。

 

「へぇ…意外とやるじゃんか!」

 

少し驚いたが、それは未知への恐怖ではなく、久しぶりに強敵と戦える喜びとして湧き上がった。スペルを食らっても平気、そして反撃までしてくる、そんなヤツはここのところ見ていない。

きっと今の私はさっきまで以上に口元が緩んでいるに違いない。

 

煙が晴れていくと、そこには先ほどと違って片手に青白い刀、もう片手には正方形の青い箱を浮かばせている男の姿があった。

 

この瞬間、私は先程とは別人の様な圧力を感じ、察した。

 

 

 

コイツ…私より強いかもしれない。

 

 

 

「勝負において、気を抜くのは相手の様子を確かめてからにしろよ。じゃないと今の様に反撃を食らう」

 

「……ッ ご教授ありがとうよっ!!」

 

初めと同じように、言葉と同時に弾幕を放つ。

先手必勝とは言ったが、要は"攻撃する前に攻撃する"っていう理論だ。

しかも今度は本気で力を込めた弾幕だ。スピードもあるし、簡単には避けられない。

 

私自慢の星型の弾幕は、流星のような速度で男に迫る。

対して男は、表情も体勢も崩さないまま、ボソリと言葉を発した。

 

「アステロイド・相殺弾(ブレイクシュート)

 

言葉に反応したのは男が浮かべている正方形の箱。

少し光ったかと思うとそれが何分割にもされていき、その一つ一つが弾となって放たれた。それはレーザーの様相を呈している。

おそらく、さっき反撃に使ったのもあのアステロイドって奴なのだろう。

 

その弾は拡散式に広がっていき、私の方に向かってくるかと思いきや………私自身ではなく、私の弾幕に衝突していった。

 

「なっ!? 私の弾幕を…全て撃ち落とした!?」

 

「そういう弾なんでな。…で、名前だったか? ちゃんと聞いとけよ?」

 

そう、驚愕に心を染められている私に言い、男は名乗った。

 

「俺は神薙双也。お前は知らないだろうけど、魔法の森に住んでるご近所さんだ。よろしくな魔理沙」

 

「ご、ご近所さん!?」

 

し、知らなかった…私の近くにこんな猛者が居たとは…知っていたらすぐにでも弾幕勝負仕掛けに行ったのに。

 

…まぁそれはこの際良いとしよう。今実際に出来ているわけだし、異変が終われば家も探しに行ける。

魔法の森は、私の庭同然なのだから。

 

一頻り情報を整理すると、その双也と名乗った男が完全に臨戦態勢な事に気が付いた。

初めとは比べ物にならない力を感じる。

 

「じゃ、続きを始めるけど…俺もそろそろ急がなきゃいけないっぽいんだ。だからちょっと本気出す」

 

「は?……ッ!!?」

 

双也がそう言い、私が気が付いた時にはもう遅かった。

私と双也が戦っている空間のほぼ全てに、小さな弾幕(・・・・・)が充満していた。

 

「アステロイド・低速散弾(スロウトラップ)

 

「ちぃっ!! こんなんで私を止められると思うなよっ!」

 

双也が再び弾幕を放ち始めた。

でもこんなたくさん弾幕を撒き散らされたんじゃ、少し動いただけで被弾してしまう。それこそ、箒でスピードを出せばものの数秒で力尽きてしまうだろう。

……だが、打ち消してしまえば問題無い!

 

「! レーザーで相殺しながら進んでるのか」

 

「そういう事だ! やられっぱなしは柄じゃ無いんだよ!」

 

レーザーを放ちながら飛び、双也に向けても大量に弾幕を放つ。

途中で浮遊している弾に当たって消えてしまうものもあるが、大体は双也に届いた。が、アイツもタダではやられてくれないらしい。

 

「威力は高いけど…直線的過ぎるな」

 

小言を呟きながら、涼しい顔で刀を振るい、私の弾幕を事も無げに捌いていく。

挑発してるのか? いいぜ…乗ってやるよ!!

 

「…良いのか止まって? 言っておくけど、スロウトラップは少しずつ動いてるぞ?」

 

「いいんだよ。こんなちゃっちい弾幕、私のスペルの前では埃同然だからな!」

 

そう言い、ポケットから一枚のスペルカードを取り出す。

 

それは私が最も愛用しているスペル。

そして私の代名詞である、超パワー型のスペル。

 

「いくぜ! 恋符『マスタースパーク』!!!」

 

ミニ八卦炉を突き出し、その砲門から放たれる極太のレーザー。私の十八番、マスタースパークである。

今まで数々の敵を呑み込んできたこの技なら、最早相殺とかは意味が無い。

潔く負けろ! 双也!

 

「…なるほど、アイツ(・・・)のよりは威力が下がってるらしいな」

 

……なに? 威力が…下がってる?

 

そうした疑問も、次の瞬間には掻き消えてしまっていた。

 

 

 

 

「大霊剣『万象結界刃』」

 

 

 

 

私の最強の技が、あろう事か両断されていたのだから。

 

撒き散らされた光の粒が、空に舞った。

 

「な………え…?」

 

「悪いな魔理沙。ちょっと本気出すって言ったろ?」

 

コレが…ちょっと本気…だと?

 

 

ーー冗談じゃない。

 

 

私の最強の技を、あんな容易く両断する事がちょっと本気だと? 喧嘩売ってるのかよ。

 

私は、自分の誇りだった技が簡単に破られた事にショックで、なぜか筋違いな怒りが込み上げてきていた。

今すぐにでも怒鳴って殴りかかりたい気持ちになったが、それは私をそうさせた張本人、双也の言葉で打ち消された。

 

「技の完成度は高いな。普通の妖怪だったら一撃で沈みそうだ。ただ、俺は似たような技に出くわした事があるんでね、そんなに落ち込むなよ。悔しかったら、もっと研鑽するんだな」

 

双也はそう言うと、箱を前に掲げ、言った。

 

「アステロイド・拡散誘導弾(スプラッシュハウンド)

 

気が付けば私は大量の弾幕に周囲を囲われていて、逃げ場がなくなった私はそのまま、ほぼ全ての弾幕を一身に受けたのだった。

 

 

 

 

私の…負けかよ。………ちくしょう…。

 

 

 

 

 




やっとアステロイド登場ですね。いつになったら出そうか迷ってました。

因みに、アステロイド系統は双也の通常弾幕って扱いになります。ただの霊力弾や神力弾もあるにはありますがね。

ではでは。


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第九十一話 癒えぬ傷、進む者達

少し雑な仕上がりかもしれません…。

ではどうぞー!


俺の技により、弾幕勝負の勝敗が決した。

スプラッシュハウンドを全弾モロに食らった魔理沙は、箒も手から離して落ちてきた。

自分でやっておいてなんだが、全身ボロボロだ。

 

バフッ「おっ、とあぶねぇ」

 

魔理沙も身体はただの人間。あの高さから落下したら不味いと思ったので抱きとめた。所謂お姫様抱っこだ。

…うむ、非常に軽いな。

 

「へ? うわぁ!? おい双也! 降ろせよ!」

 

「いや、今降ろすとお前動けないだろ。向こうまで運んでくから暴れないでくれよ」

 

「やめろぉぉおおお…」

 

「ちょっ、痛い痛い!」

 

ググググッと両手で俺の顎辺りを押して引き離そうとしている魔理沙。

確かに暴れちゃいないけどそれかなり痛いからやめていただけると嬉しいです。

 

「うわぁぁあ〜 私の初めてがこんな奴なんてぇ〜…」

 

「誤解招く言い方しないでくれよ!!」

 

異変の真っ只中で人が居ないからいいものの、仮に人里の真ん中とかでこんな事叫ばれた日には、きっと次の日から…いや、その瞬間から俺の社会的立ち位置はゴミ屑以下となってしまうだろう。流石にそれは御免こうむりたい。

 

必死で抵抗する魔理沙を宥めながら、やっとの事で木の根元に降ろした。

うまく座れないだろうから、幹に身体を預けさせた。

 

「イテテ、あーこれじゃあ解決には向かえないな…私は戦線離脱か」

 

「いや、そんな事はさせないさ」

 

「は?」

 

頭の上に大きな疑問符を浮かべている魔理沙に手をかざし、能力を使う。もちろん、傷の治癒とかその他諸々だ。

俺としても、ここで魔理沙に離脱して貰っては困る。

やはり主人公は最後まで戦場に居なければいけないものだろう?

 

「よし、これで動けるはず。立てるか魔理沙?」

 

「ん…おお!! 動ける! さっきまでと大違いだ! サンキュー双也!」

 

そう言って快活な笑顔を浮かべ、バンバンと肩を叩いてくる。

なんか……俺なんかよりずっと男らしくて輝いて見える。

まぁそれを言ったら怒るだろうから、口には出さないけど。

 

「よし、じゃあ元気も戻ったところで行くか! お前も来るか?」

 

魔理沙は箒を魔法か何かで手元に戻し、跨りながら言った。

もちろん行くつもりだが…その前に一つ聞きたい事が。

 

「…なんで、今対立したばっかの俺にそんな友好的なんだ?」

 

ふとした疑問だった。傍から見れば、特段今気にするような事でもない。"さっき喧嘩したばかりなのになんでもう一緒に遊んでるの?"と聞いてるのと同じだ。

 

戦ってばかり、対立してばかりの人生だった所為で、どこか狂ってしまった感覚があるのかもしれない。

それが"発狂"に繋がるのかは、俺には分からないが。

 

予想通りと言うか、魔理沙は当たり前の事だと主張するように言った。

 

「? だって、"弾幕ごっこ"じゃんか。ただ白黒はっきりつけたい時にする遊びであり、勝負事だろ? そんなんで一々相手を嫌いになってたら、幻想郷じゃ生きていけないぜ」

 

"遊び"

弾幕ごっこは、"遊び"

勝負をつけたい時の、"遊び"であると。

 

なるほど、それが"感覚のズレ"か。

戦いを"遊び"と割り切り、人間でも妖怪と肩を並べる。

妖怪と人間の共存…しっかりできてるじゃないか。

今日の幻想郷も平和でなにより。

 

……異変の最中だけれども。

 

「それに、それを言うならお前もそうだろ? 本当に対立してるなら私を倒したままほっとけばいい。わざわざ傷を治す必要なんて無いじゃんか。何に悩んでるのか知らんがとりあえず、"お前は優しい奴だ"って思うけどな」

 

 

 

 

『双也、あなたは…優しい』

 

 

 

 

ズキッ「っ…………」

 

「? どうした?」

 

「いや…何でもない。行こうか」

 

「?? おう…」

 

優しい人…ね。

大切な友を殺してしまった俺が、本当に優しい存在なのだろうか?

それを魔理沙が聞いたら、今度はなんて答えるんだろう。

 

答えは当然出ないまま、俺は魔理沙と連れ立って森を進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

〜霊夢side〜

 

「ん、なんか向こうも騒がしいわね…魔理沙かしら?」

 

能力で空を飛び回り、迫り来る虹色の弾幕を軽々と避けながら意識だけそちらに向けた。

 

強い光と爆発音といえば、筆頭として上がるのが私の親友である霧雨魔理沙だ。

魔法の森に住む、人間の少女。しかし侮るなかれ、彼女は"光と熱の魔法"を得意としていて、その技の数々は強大な威力を誇る。

まさに彼女の口癖である"弾幕はパワーだぜ!"を体現したような物ばかりなのだ。

 

今回もどうせ、異変だー! 弾幕勝負だー! なんてお気楽な思考で異変解決に乗り出しているだろうし、後方の爆発もきっと彼女の仕業なのだろう。

 

なんて全く別の事を考えていると、たった今相手している天然そうな女が弾幕と共に言葉を飛ばしてきた。

 

「ちょっとあなた! 今私と戦ってるのに余所見ですか!?」

 

「よっ、と。 良いじゃない別に。そんな密度の濃い弾幕な訳じゃなし、余所見してても相手くらい出来るから」

 

「ムキーッ! 格闘戦だったら遅れは取らないのに!!」

 

「"郷に入っては郷に従え"。ここは幻想郷よ。勝負事は弾幕ごっこで決める場所なの。大人しく従いなさい」

 

「いきなり弾幕勝負だって言って弾幕打ってきたのあなたでしょ!? 私は素人なんですよ!!」

 

「じゃあサッサと負けて道を開けなさい。私は今お茶が恋しくて仕方ないの」

 

「理不尽過ぎますよ!!」

 

女の半ばやけくそな弾幕をヒラヒラとかわしながら、私は再び弾幕を放ち始めた。

 

 

 

 

 

 

 

〜双也side〜

 

「ん、霧が深くなってきてないか魔理沙?」

 

「そうだな、下は湖っぽいが…こんなに霧が出てるとさすがに迷っちまうな」

 

森の中を進んでいき、開けた場所に出たかと思うと、今度は濃い霧が出てきた。

魔理沙曰く霧の下は湖になっていて、結構広い所為でこのままでは突っ切りにくい、との事。

 

「う〜ん、あんまり下手に動かない方が良いかもなぁ」

 

片手を顎に添えて考える素振りをする魔理沙。

…ふむ、ここは俺の出番だな。

 

「? 何してんだ双也?」

 

「いや、打開策を思いついた。魔理沙、一瞬苦しくなるけど我慢してくれ」

 

そう言って片手を前に突き出す。広げた霊力は準備万端だ。

 

「何をーーッ!?」

 

俺が手を横に払った途端、充満していた霧が消え、代わりに水が現れた(・・・・・)

空中に出来た水は当然下に落ちていき、小規模な雨を降らせた。

視界に広がったのは広大な湖だった。

 

「ッハァ、ハァ…何したんだ一体…」

 

「っふぅ、霧は元々水の一つだからな。集めて水に変えた(・・・・・・・・)んだ。」

 

そう、薄く広げた霊力を媒介に、空気中の酸素と霧の水分子を結合させ、水を作ったのだ。

その際空気を使った所為で、一瞬だけ息ができなくなって苦しくなるのだ。

まぁ最も、すぐに他のところから空気が入ってくるから本当に一瞬なんだけど。

 

その通りに説明したのだが、魔理沙は無表情で頭にハテナを浮かべていた。

魔法は出来るのに化学はからっきしらしい。

 

と、そんな会話をしていると、直ぐ近くで嘆く声が聞こえた。

 

「ああー!! あんた達何してくれてんのよ! せっかくあたいが頑張っていっぱいにした霧をぉ!!」

 

振り向くと、そこには氷の羽のようなものを六枚背にしている青い少女…いや幼女。

そして妖精のような羽をパタパタさせている、全体的に緑色の印象を受ける幼女の姿が。

因みに今叫んでいたのは青い方……たしか、チルノだったか、そちらだ。

 

「ち、チルノちゃん。この人達強そうだよ。謝って帰ろう?」

 

「何言ってんのよ大ちゃん!! あたい今むしゃくしゃしてるの! さっきの赤いヤツは適当に打った弾をどんどん当ててくるし、頑張ってたくさん作った霧はどっか行っちゃうし!こいつらに八つ当たりしてやるんだから!」

 

((ああ、霊夢の仕業か…))

 

なんとなく、"赤いヤツ"と"適当に打った弾を当てる"という言葉で察しがついた。

もう霊夢しか当てはまらないだろこの条件は。魔理沙もきっと同じ事を考えているはず。

 

「あんたたちも黙ってないでなんか言いなさいよー!! 言わないと攻撃するわよ!? アイシクルフォール!!」

 

「いや攻撃はじめてるじゃねぇか!!」

 

「コイツ…どう見てもバカなやつだな、うん」

 

「呑気に解説してんな魔理沙!」

 

仮にチルノがただの青い服を着た女の子だったならまだ微笑ましい光景だったろう。

チャンバラとかで技名を叫ぶ、恥ずかしさを知らない小さな子供のアレだ。

 

でも今の場合は、実際に弾幕を飛ばしてきているのだから困ったものだ。

会話を聞く限り異変には関与していないようだし、無駄なところで時間を使うと霊夢に追いつけなくなってしまう。

そうなったら紫に住まわせてもらえなくなってしまう!

 

そして早く行きたい気持ちは魔理沙も同じようで…。

 

「俺たち、今急いでるんだよ」

 

「かんけー無い奴らにかまってる程、私達は暇じゃないんだ」

 

それぞれ手を突き出し、宣言。

 

 

 

「神鎗『蒼千弓』」

 

「魔符『ミルキーウェイ』!」

 

 

 

いとも容易くチルノのスペルは砕かれ、

星と矢が二人に肉薄した。

 

「へ? うわわわわ!!」

 

「え? 私まで!?」

 

揃って情けない声を出しながら、二人は見事に撃墜。

……ちょっとやり過ぎたかな。

 

「自分でやってこう言うのもおかしいけど…大丈夫かあの二人?」

 

「大丈夫だろ。妖精はすぐに生き返るしな。そんな事よりさっさと行こうぜ!」

 

「お、おう…」

 

相手を気にかけなさすぎる魔理沙に手を引かれ、俺たちは歩を進めた。

 

 

 

 

 




キャラが勝手に動いた結果がコレだよ!!

チルノ達の扱い、雑ですいません。
戦闘ばっかりだと見ていても疲れてしまうと思ったので…。

ではでは。


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第九十二話 最初の関門?

この話書くの結構苦労しました…何故か? 期末テスト期間だったからですっ!

ではどうぞ!


「……見えてきたな」

 

「だな。さてさて、今回の首謀者はどんな奴なのかワクワクするぜっ!」

 

チルノ達に勝利し(強制退場させ)、湖を突っ切ると洋風の館が見えてきた。

あれが目的地、確か……えっと、紅魔…館? である。

 

「にしても赤いなぁ、目がチカチカするぜ」

 

「確かに、こんなの見続けたら目が悪くなりそうだな…」

 

館を目にし、最初に思った事がコレである。

それはもう赤過ぎて赤過ぎて、直視なんてしたくないレベルである。

魔理沙の言う通り、ただひたすらにチカチカする。

 

そんな感想を思い浮かべながら飛んでいると、目の毒だぁ〜、とか言いながら嫌そうな顔をしていた魔理沙が突然声を上げた。

 

「お! 今霊夢が入ってったぞ! 追いついたみたいだな!」

 

それを聞き、彼女の視線の先へ目を向けた。

そこには大きく開かれた巨大な門と、その前にある橋の上で倒れている女性の姿があった。

 

「魔理沙! 今なら行ける! 突っ切るぞ!」

 

「最初からそのつもりだぜ!!」

 

開いた門へ飛び込むべく、俺たちは速度を上げた。

女性が目覚めた感じはない。このままなら突っ切れるはずだった(・・・・・)

 

「ッ!! 魔理沙!!」

 

「あ? うわっ!?」

 

突然背後に殺気を感じ、反射的に魔理沙を横へ突き飛ばした。

同時に俺も反対方向へ弾くように移動する。

 

元居た場所には、回転蹴り後と(おぼ)しき体勢をしている、先ほどまで倒れていた女性の姿があった。

 

すぐに瞬歩で移動し、魔理沙を抱えて距離を空けた。

 

「あちゃ〜…失敗ですか。中々やりますね」

 

彼女は頭を掻きながらこちらに振り向いた。

 

赤い髪の毛をロングにし、中国人だと言われれば頷いてしまうような緑色のチャイナ服。頭には真ん中に"龍"と書かれた帽子を被っており、いかにも武人というような雰囲気を纏っている女性だった。

 

「不意打ちなんか武人のする事とは思えないけどな。随分と礼儀を知らない格闘家なこった」

 

「いえいえ、私は礼儀を重んじていますよ、ちゃんとね。ですが、"敵を通すな"との命令ですので、最善策を取らせていただいたまでです。避けられちゃいましたけど」

 

「でもさっき霊夢を通してたじゃんかお前」

 

「そ、それは言わないでください! 負けちゃったんだからしょうがないんですよ!」

 

そんな軽口を叩いている割には全く隙のない姿勢をしている彼女。今攻撃してもきっと反撃を受けるだろう。

どうせ突破しないと進めないのだから慎重に行こう。

焦って返り討ちに合うのは馬鹿馬鹿しい。

 

「さて、あなた達もどうせお嬢様達の邪魔をしに来たのでしょう? この紅魔館の門番として、この紅美鈴(ほんめいりん)がお相手しましょう」

 

そう言って美鈴が構えた。かなりの迫力を感じる。

 

「よっしゃ! それなら私が相手してやるぜ! 弾幕勝負だ!」

 

そう魔理沙が言うと、美鈴は予想外に嫌そうな顔をしていた。

……ああそういう事…。

 

「……魔理沙、ここは俺が引き受ける。待っててくれ」

 

「はぁ? なんでだよ! さっきからいいとこ無いんだから私にやらせろよ!」

 

見るからにウキウキしていた魔理沙は、当然俺に不満の声をぶつけてきた。

どんだけ弾幕勝負したいんだこの白黒は。

 

「いーから。俺だっていいとこ無いんだからさ」

 

そう言いながらあーだこーだ文句を言う魔理沙を宥めていた。

こういう様子は、年相応の少し子供っぽい感じが出ていてなんだか微笑ましい。

俺に妹が居たらこんな感じなのだろうか?…いや、妹分なら居るな。

 

そんな事を思いつつ、彼女の興奮が治まると俺は未だに構えを崩さない美鈴に向き直った。

 

「…いくら格闘戦の構えをしても、今からやるのは弾幕勝負だぞ? 霊夢に負けて悔しいんだろうが、それがルールだ」

 

「……はぁっ…やっぱりダメですか。このまま流れで格闘戦に持ち込もうと思ってたんですけどねぇ…」

 

ドヨ〜ン、と効果音が付きそうな感じの雰囲気を纏い始めた美鈴。わざとらしいとさえ思える程に肩を落としている。

そんなに弾幕勝負苦手なのか…………まぁやる事は変わらないけど。

 

「じゃ、俺は……カードないから無しでいいや。通常弾幕だけでやる。美鈴は?」

 

そう言って先に提示してやると、少し癪に触ったのか眉を顰めて睨んできた。

 

「……いくら得意じゃないと言っても、そんなハンデを提示されても"舐められている"としか思えませんね」

 

「いやいや、今から考えるのが面倒なだけさ」

 

そんな事はない、とジェスチャーしながら伝えると、ちゃんと理解してくれたのか一つ溜息を零し、どこからかカードを二枚取り出して前に掲げた。

 

「仕方ないですね。私のスペルカードは二枚。あなたは持っていないようなので、勝敗は降参か気絶のどちらかにしましょう。使うタイミングも任意……いいですよね?」

 

「ああ、オッケーだ」

 

「話が通じるだけ、さっきの霊夢って人よりはマシか……それじゃあ心苦しいですが……弾幕勝負、開始です!!」

 

宣言を皮切りに、互いに弾幕を放ち始めた。

 

 

 

 

 

美鈴の弾幕は、とても色鮮やかだった。

赤、緑と始まり、青、黄、紫……早い話が虹色に近く、それを回転する様に撃ってくる。

俺も結界刃で迎え撃とうと構えていたのだが……

 

「……なぁ美鈴、隙間……多くないか?」

 

「に、苦手なんですよ弾幕っ! 黙っててくださいっ!!」

 

怒り?を露わにし、更に弾数を増やしていく美鈴。

それでもまぁ…結界刃で斬り落とすまでもない。

体捌きだけで避けれるられるものばかりだ。

 

「あーっ! 埒があきません! 一枚目、行きます!」

 

不得意なりに必死で弾幕を飛ばしていたが、軽々と避け続ける俺に痺れを切らしたのか、早々と美鈴は一枚目のスペルカードを取り出した。

目の前に掲げて宣言する。

 

「華符『芳華絢爛』!」

 

カードが光り輝き、大量の弾幕が広がり始めた。

赤や黄を主とした弾幕が、低速ながらも華のように広がっていく。

やはり弾幕勝負なので、明後日の方角に飛んでいく弾も多々あるが、ここもやはり弾幕勝負、眼を見張るほどに美しいスペルだ。

見惚れて被弾する奴も、もしかしたら居るかもしれない。

俺も勝負じゃなければ眺めていたい気分だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

でもまぁ、こっちも急いでるんでね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なっ!? いつの間に!!?」

 

「悪いな美鈴。俺は宿がかかってるんだよ」

 

スペルカードは弾の密度が濃い。

それは美鈴の芳華絢爛も例には漏れず、一見すると隙間など無いように見えるが………よーく見れば存在するのだ。

 

俺はその一瞬の隙間を瞬歩で通り抜け、美鈴の懐に入った。

スペルを放つことに夢中だった彼女は、らしくもなく隙だらけだ。

 

「アステロイド・接近砲弾(ブロードカノン)

 

一発に威力を絞ったアステロイド。

それを懐がガラ空きな美鈴の腹にぶち込んだ。

"えげつねぇっ!!"と魔理沙の声が聞こえた気がしたが、きっと気の所為だと思う。

 

弾速が遅くなるために近距離で扱う弾だが、威力は折り紙付き。

着弾の衝撃&吹っ飛びながらの炸裂で大ダメージを狙える弾だ。

 

美鈴のスペルは一瞬でブレイクし、彼女自身は門を巻き込みながら庭へ吹き飛んだ。その先で弾が炸裂した音も聞こえた。

 

………これで終わりだろう。

 

「スペル一枚目だけど、いいのかコレ?」

 

「別にいいだろ。戦闘不能になったら気絶と同じ」

 

「やっぱお前えげつないな」

 

「伊達に長生きしてないんでね」

 

"大して年違わねぇだろ…"と小言を漏らす、俺の年を勘違いしているらしい魔理沙。

弾幕勝負だからそう見えるのかもしれないが、これくらいの事が出来なかったらきっと俺はここに居ない。

とっくの昔に死んでるはずだ。

 

「さぁ行こう。霊夢もきっと先に進んでる」

 

「そうだな!」

 

壊れた門を駆け抜け、屋敷の扉へ向かう。

目先には先ほど美鈴が吹き飛んだ事による砂煙が立ち上っておりーーー

 

 

 

ーーそこから虹色の弾幕が向かってきた。

 

 

 

「ちっ、仕留め切れてなかったか」

 

一応弾幕勝負なので、ブレイクシュートで弾を相殺し、目を凝らす。

砂煙りの中に映るシルエットは、手を前に掲げて何かを持っている。

おそらく使うつもりだった二枚目を発動させようとしているのだろう。

 

……………よし。

 

「一つスペルカードにできそうな技を思いついたけど……今は通常弾幕って事でいいかーーーアステロイド」

 

美鈴に向かって走りながら、両手にアステロイドを構築する。

それを何分割かに分け、弾道や効果を分けるそれぞれの能力を付与した。

 

煙が晴れた時には、美鈴がスペルを発動する直前だった。

 

「まだ、終われない…」

 

美鈴はそう呟くと、目の前で気を練り上げていく。

虹色に輝く気は、光の渦を帯びて次第に大きくなっていった。

 

「魔理沙! 先に中に入れ!!」

 

「おうよ!」

 

言うと同時に飛び上がり、構える。

美鈴はもはや俺を倒すことしか目に見えていないのか、通り過ぎる魔理沙に見向きもしなかった。

 

輝きは強まっていき、遂に

ーーー放たれた。

 

 

「星気『星脈地転弾』!!!」

 

「アステロイド・全弾臨界放火(オーバーフルバースト)!!」

 

 

虹色の砲弾と、様々な射種が入り乱れるアステロイドが衝突し、炸裂した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……終わったか。さっさと行くぜ」

 

「ああ……ちょっと待ってくれ」

 

「…?」

 

扉の脇に座らせている美鈴の手を取り、能力を発動する。

傷は癒えても、彼女は気絶はしたままだった。

 

「これでよし。少し手間取ったな。早く行こう」

 

「おう………なぁ、なんで私にやらせなかったんだよ? いいとこ無かったからーって理由なら私でも良かったじゃんか」

 

少々不満気な視線を浴びせてくる魔理沙の肩にポンッと手を乗せ、ニヤッと笑いかける。

 

「お前だと、楽しみ過ぎて長引きそうだったから」

 

「うおいっ! 私を戦闘狂みたいに言うなよ!! 私は至って普通の恋する乙女だぜ!?」

 

「弾幕ごっこする時点で普通じゃないし、弾幕好きには変わりないし、乙女は自分を乙女って言わないし、そもそもお前本当に恋してるのかよ?」

 

「うぐっ……反論の余地がないぜ…」

 

そんな軽口を叩きながらも、俺たちは急ぎ足に歩を進めた。

 

 

 

 

 




アステロイド本格始動。

この後結局、双也はオーバーフルバーストのスペカを作ったそうです。

ではでは。


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第九十三話 知識の宝部屋

双也視点ですっ

ではどうぞー!


美鈴を撃破し、屋敷の中へと侵入した俺と魔理沙。

途中メイドのような服装をした妖精っぽい奴らが弾幕を放ってきたが、少し打ち返してやると簡単に被弾して逃げていくので、こちら側には然程被害は無い。

 

強いて困っている事と言えば……

 

 

「う〜む……こっちだな!」

 

「よし、じゃ行こう」

 

 

「今度はこっちな気がするな」

 

「お、私もそっちだと思うぜ!」

 

 

「ここはあっちだろ」

 

「こっちも怪しいけど…まぁ行ってみるか」

 

 

「あれ…」

 

「ここ一回通ったような…」

 

 

とまぁこの会話で察してくれたとは思うが、結論から言うと

 

「…完全に迷ったな」

 

「だな」

 

どう考えても外観に合わない内部の広さに加え、勘を頼りに進んできた為見事に迷ってしまった。

んだよ、霊夢のマネして勘なんかに頼るんじゃなかった。ここは無難に"右手の法則"を使えばよかったと今更後悔。

まぁそれでも迷った気がするけど…。

 

「どうすんだよ双也! お前があっちだこっちだ言うから迷ったじゃねーか!」

 

「はぁ? 俺の所為? そもそも前進んでたのお前だろ! 前歩くならしっかりしてくれよ!」

 

「前歩くヤツ=道を知ってるヤツだと思ったら大間違いなんだよ! 私だってここに来るの初めてなんだから道なんか知るわけないだろっ!?」

 

「なら堂々と先導するなよ! 自信満々で進むから安心仕切っちまったじゃんか!」

 

挙句どうでもいい様な事で喧嘩?になってしまった。

男勝りな魔理沙も一応"恋する乙女"らしいので取っ組み合いにはならない(弾幕勝負にはなりそうだけど)が、こんな事で喧嘩とはなんともまぁ情けない話である。主に俺が大人気ない的な意味でだ。

とは言っても、一緒に進んでる奴と仲違いしてもデメリットしかないし、ここは俺が引き下がって場を収めるしかなさそうだ。魔理沙は如何あっても引き下がらない気がする。

一応言うが単なるイメージだ。

 

「あーもう喧嘩はよそう! そもそもこんなに広いこの屋敷が悪りーんだ! そういうことにしとけ!」

 

「うぐぐぐ…それもそうだな……全く、二重の意味で傍迷惑な屋敷だぜ…」

 

異変の事と広すぎて迷う事…ね。

偶に上手い日本語を使うから魔理沙との会話は面白い。

会話して飽きない知り合いは大切なモノだし、改めて仲違いしなくて良かったと思う。

 

と、それは置いといて……

 

「しかし…どうしたもんか…このまま進んでもどうせ迷うしな…」

 

「もう…吹っ飛ばしていいかこの屋敷? 取り敢えずそこの部屋からドカーンと…」

 

「いや何言ってんだお前? 実は傍若無人なヤツなのか?」

 

不味い、魔理沙が暴走しかけてる。

言い出したらやり通しそうだしちゃんと止めておいた方が良いかもしれない。

あれ、でも吹っ飛ばしたところでなんだってんだ? 家主が怒ったとしても結局退治するんだから変わらない気も…いやでもいきなり人様の家をぶっ壊すのは人としてどうなんだろ? あーいや俺とか魔理沙はぶっちゃけ唯の人間じゃないし……………ああもう俺までこんがらがってきた!

 

魔理沙がミニ八卦炉を構える中でウンウン唸る俺。なんだか随分と魔理沙に振り回されている気が…………ん?

 

 

"ミニ八卦炉を構える魔理沙"…?

 

 

「おい魔理沙ーー」

 

「マスタースパークッ!」

 

言い切るより前に、構えられた八卦炉からマスタースパークが放たれ、ズドォオオン!!と向けられていた扉が消し飛んだ。

扉というか周りの壁ごとだったが、それは今どうでもいい。

重要なのは

 

……やっちゃったよコイツ…という事だ。

 

「いやースッキリするぜ! ずっと狭い廊下を進んでたから息が詰まって死にそうだったんだ!」

 

嘘つけ。ところどころ窓空いてたろーが。

 

「…やっちゃったもんは仕方ないか…」

 

おてんばと言うか理不尽と言うか、とにかくやる事がド派手な魔理沙に嘆息する。

流石、"弾幕はパワーだぜ!"とか口癖にしているだけはあるな。決して褒めてはいない。

 

そんな事を心の内で思いつつ、魔理沙を促そうと目を向けると、彼女は何故か吹き飛ばした扉の方をじっと見つめていた。いや、正確には目を輝かせていた(・・・・・・・・)

 

「どうした魔理沙?」

 

「そ、そそ、双也っ 見ろ! 見ろよこれ!」

 

まるで子供の様にブンブン手を振って指差す魔理沙。

声だけを聞いても彼女の興奮具合が伝わってくる。

 

彼女に近寄り、指を指す方を見てみると、そこに広がっていたのは……

 

「ほ〜……でっけぇ図書館……」

 

"無尽蔵"という言葉が最も似合うほどに本が並べ詰められた、巨大な図書館だった。

 

 

 

 

 

 

 

「ヒャッホォ〜ウ!! 本の宝庫だぜぇ〜!!」

 

「おい魔理沙、はしゃぎ過ぎてぶつかるなよ!」

 

「私を誰だと思ってんだ双也ぁ! 魔法使いの私が箒に乗って事故るとかありえなうおぉおわぁああ!!!」

 

 

ガツンッ ドサドサドサドサ……

 

 

勢いよく図書館を飛び回っていた魔理沙は、余所見していたせいで本棚にぶつかって墜落した。

その上からは追い討ちのように本の雨が降り注ぐ。

魔理沙の姿はすっかり見えなくなっていた。

 

「はぁ…興奮し過ぎだろ全く。そんなに本が好きなのか…?」

 

この図書館を目の当たりにした時から、彼女の目は始終キラキラと輝いていた。

見つけただけでそれほどになる人は中々いないだろうし、それだけ本が好きって事らしい。

本っていうか知識? 知識欲が掻き立てられるーみたいな感じなのだろうか?

勉強なんて適当にしかやっていなかった俺からすれば理解し難い事だ。

 

「あっはははははっ!! いやぁこんなに本があるなんて最高だな!! 何冊か貰ってこう!!」

 

「いやもらっちゃダメだろ。せめて借りてくって言おうぜ?」

 

そう言いながら、本の山に埋もれて幸せそうにしている魔理沙に手を差し出す。

意図を察したのか、彼女は俺の手をとって立ち上がった。

 

「いやいや、私の"貰ってく"ってのは"借りてく"って意味だぜ?」

 

「返す気あるのかそれ?」

 

「あるある。拝借期間は私が死ぬまでだ」

 

「…………………」

 

ダメだコイツ。早くなんとかしないと。

 

無理矢理過ぎる理論を展開する魔理沙に頭を抱える。

もう一度見上げ、また抱える。今度は溜め息のおまけ付きだ。

呆れた様子で二度見した所為か、魔理沙は口をとんがらせてフイッとそっぽを向いてしまった。やれやれ。

 

 

 

「それは窃盗って言う立派な罪よ」

 

 

 

何かおかしな空気が漂う俺たちの耳に、小さめだがよく通る声が響いた。

初めは突然で声の主がどこか分からなかったが、次いで聞こえたゴホッ ゴホッという咳に吊られてそちらを見ると、口元に手を添えて少しばかり顔をしかめている少女と、その後ろに隠れるようにこちらを見ているもう一人の少女が居た。

 

「誰だお前? 悪いけど、私達は見ず知らずの病人を看病してやれるほどお人好しじゃないし、そんな時間持ってないぜ?」

 

「必要無いわ、これは持病よ。そもそも、看病してもらう為に他人の前にわざわざ出てくる人なんて居る?」

 

御尤も。

 

「私はパチュリー・ノーレッジ。この図書館の主よ。後ろのは小悪魔」

 

「ど、どうも……」

 

パチュリーの紹介に預かり、後ろから小悪魔がおずおずと顔を出した。怯えているのかカタカタと震えている。

 

「ここに侵入した以上、無傷で帰すわけにはいかないわ。レミィの邪魔にもなるし、何より……本を持っていかれるのは非常に不愉快なのよ」

 

そう言って、目の前に一冊の本を開いて浮かべるパチュリー。

感じる魔力から察するに彼女は魔法使い。そして完全に戦闘する気満々だ。

そんな圧力に晒された俺たち。

魔理沙は隣で一筋汗を流しながらも、口元を歪めていた。

 

「…へっ、結構強そうな相手だな……どうする双也ぁ、アイツは私をご所望のようだが」

 

「…譲ってやるよ。あいつも魔法使いだ、これも何かの因縁だろ。お前も本当は戦ってみたいんじゃないか?」

 

「早くも分かってきたじゃんか私の事! 」

 

箒に飛び乗り、魔法陣を展開させた。

魔力を溢れさる魔理沙は、相変わらず口の端を吊り上げながらも表情も引き締めていた。

 

「私は普通の魔法使い、霧雨魔理沙だ! パチュリーって言ったか? ここの本のためついでに異変解決のために! 潔く吹っ飛んで貰うぜ!!」

 

「やってみなさい。人間の癖に魔法を理解した気でいるみたいだけど…本当の魔法というものを、私が見せてあげるわ」

 

 

二人の弾幕勝負が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜会話中 パチュリー&小悪魔side〜

 

(あわわわっ、し、侵入者…こんな時の侵入者っていえば……こわぁああ〜怖いよぉぉお〜…)

 

(……なんか背中の方がムズムズするわね…こあ震えすぎじゃないかしら…?)

 

背中の痒さを密かに我慢していたパチュリーでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

 




戦闘終わらせるつもりだったのに…!

ではでは。


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第九十四話 ブチ壊すべき物

今回は長めに書いてみました。

はい、完全に気まぐれです。でもちょくちょくこういう回があるかなと思います。

でないと話数がとんでもない事に…

ではどうぞ!!


レーザー用の魔法陣を展開させ、掌にも魔力を集中させる。弾幕を放つ用意は万全だ。

対してこの図書館の主だというパチュリーは、浮かせた本を開いて浮遊している。

魔法使いという同業者の私だから分かるが………

 

 

コイツは、魔法使いとして私より格上だ。

 

 

対峙する事で感じるパチュリーの魔力。

元が人間である私と比べてはかなり上だ。

何年魔法を研究したらあれ程になるのか…正直言って教わりたいくらいである。

 

 

そんな奴と、今から戦おうとしている。

 

 

勝ち目は薄いかもしれない。

魔力の差に加え、おそらくは技術も相当の物を持っているだろう。あの余裕がそれを物語っている。

 

もしかしたら、勝ち目云々は"薄い"では済まされないかもしれない。

アイツは、強者なのだ。

 

 

 

 

 

でも、それがどうしたってんだ?

 

 

 

 

 

"魔法に限界は存在しない"

それは私が今まで魔法を研究した中で、見つけ出した答えの一つ。

 

考えて失敗して、やり直しては繰り返し、私はそうした努力を続けて魔法の力を手にした。

努力した分だけ、結果は本当に付いてきてくれる。

最早それは、私にとってのご褒美なのだ。

 

……人に見られるのは、イヤだけれど。

 

そしてそんな努力の中で、壁にぶち当たる事なんて日常茶飯事だ。

 

中には、今まで欠片も思いつかなかった方法で成功させた魔法もある。試した中で、偶然成功させた魔法だってある。

そういった、頭が焼き切れそうになる程考え抜いた結果生み出されたモノは、十数年しか生きていない私でも少なくない程度には持っている。

何が言いたいのかと言うと………

 

 

 

 

限界は、自分で超えるものだ。

……という事。

 

 

 

 

誰かに引っ張って貰うものではない。

時には壁をぶち壊してでも、その先へ進むのだ。

"限界"なんて、有って無いような物である。

そんな曖昧な物を決定付けてしまうのは、人の心の線引きだ。

決めつけてしまえば、それまで。

それ以上なんて有りゃしない。

 

魔法というのはそれを色濃く現してくれている。

考え抜いただけ、出来る様になる。

繰り返しただけ、上手くなる。

 

…この一戦は、ある種の壁をぶち破る為の、私にとって大きな戦いなのだ。

 

パチュリーの魔力を直に感じて分かる。

アイツは、少なからず魔力や才能に恵まれている。

対して私は、元は何もなかった普通の人間。

魔力なんて皆無だった。

つまり…才能はゼロ。

 

 

だからこその、壁をぶち破る一戦。

 

 

努力は、才能を上回る事が出来る。

その証明戦である。

 

 

魔力が高い ーーだから?

年季が違う ーーそれがどうした?

 

 

それこそが限界の"線引き"。

高い魔力の差だろうが何だろうが、超火力でぶっ飛ばすだけだ。

弾幕に必要なのは"火力(パワー)"なんだから。

どんな限界も、詰まる所壊す為にあるものなのだ。

 

 

「さぁ、締まっていこうぜ!!!」

 

 

相変わらず表情を崩さない"本物"に向けて、弾幕を放ち始めた。

 

 

 

 

 

 

 

〜双也side〜

 

「始まったな」

 

空中で派手に弾幕を飛ばし合う二人を見上げて呟いた。

魔理沙は、俺と戦った時のようなレーザーと弾幕、そして何かボムのような物を投げての戦闘。

パチュリーは、四方に回転するレーザーと花火のように蒔き散る弾幕を放っていた。

その表情はまだ(・・)余裕そうだった。

 

なぜそう思うか、それは魔理沙の表情を見れば分かる。

何か、覚悟を決めたような顔をしているのだ。

決意した者は強い。揺らがない限り、立ち上がる事ができる。

きっと魔理沙はパチュリーを追い詰める事ができるだろう。

 

さて……

 

さてさて……

 

……………………。

 

「俺は何してよう?」

 

訪れた暇。

魔理沙のやりたそうな表情に流されて戦闘を譲ってしまったが、あとの自分の事を考えていなかった。

持て余した暇をどう処理しようか、今から考える必要がある。

…全く、これじゃ魔理沙の事を言えないな。戦闘がなかったら暇になるって十分俺も戦闘好きじゃないか。

 

でも言える。

これだけは言える。

 

俺は……戦闘()ではないっ!

 

 

………さて、じゃあ考えよう。思いついた物に意見していく感じで。

 

戦闘の観戦。

中々いいかもしれない。弾幕勝負なら、見た目が美しいので見ていて飽きがこないし。

でも流れ弾が飛んでくる可能性がある。

ボーッと見てて急所に被弾…なんて事は御免こうむりたい。

 

本を読む。

たくさんある訳だし、俺好みの物もきっとあるだろう。見つかるかは別問題としてだ。

しかし、どうせ読むなら静かな場所がいい。

と言うより、静かな場所でないと内容が頭に入ってこないので、弾幕勝負をしている隣で本を読むのはあまり好ましくない。

 

先に進む。

即決却下だ。俺の時にはちゃんと魔理沙は待っていてくれたんだし、そこまで薄情ではない。

それに恩…と言うと大袈裟だが、それを仇で返すのは気が引ける。

となると…………

 

「………………」

 

何も無いな。

うん、清々しいほどに何も無い。

魔理沙はよく待っていてくれたもんだな。俺が戦闘してる間一体何で暇潰ししていたんだろう?

 

「しゃーない…」

 

そこらをフラフラするか…と踏み出した瞬間、震えたような声をかけられた。

 

「ま、待ってくださいっ! あ、貴方の相手は私でひゅ!!」

 

噛んだ。

非常に美しい流れで噛んだ。

 

「……あの……ドンマイ」

 

「………………っ」

 

余りにも居た堪れなかったため、慰めの言葉をかけてやると、小悪魔はみるみる顔を赤くしていった。

…もしかしたら逆効果だったかも?

 

「と、とととにかくです!! 侵入者であるあなたをフリーにする訳にはいきません!!」

 

まだ顔は赤かったが、仕事優先と割り切ったのか小悪魔は同時に弾幕を飛ばしてきた。

 

だがまぁそんなにどギツイ密度ではない。むしろ隙間だらけな部類だ。魔理沙の方がまだ辛い。

思い返せば、この娘は現れた時もカタカタ震えていたようだし……ふむ。

 

「あれ? どこにーー!!?」

 

「ほら、これで一回分被弾だ」

 

隙間を悠々と通り抜け、瞬歩で小悪魔の背後を取った。

肩にポンッと手を乗せて言ってやると、彼女はビクッと体を震わせて驚いていた。

 

「な、なんで…攻撃、しないんですか…?」

 

「戦意もない奴に攻撃なんてしないさ」

 

侵入者を前に、誰かの後ろに隠れてカタカタ震える……これはどう見ても、恐れおののいて戦意を喪失している証拠だ。長年旅をしてきたからそういう光景も何度か見た事がある。

あ、怖がられてる対象は俺じゃなくてだ。

 

あでもそういえば、俺が怖がられてる事もあったにはあったな。

あー懐かしい、文元気にしてるかな…っと、

 

「そういう訳だから、無理に戦わなくていい」

 

「そ、そういう訳にもいきませんっ! 私だってこの紅魔館の一員なんです! お嬢様達の邪魔をする人なら、戦わなくちゃいけないんですっ!!」

 

「………う〜ん…」

 

中々引いてくれない。

俺としちゃ"戦闘狂じゃないから"あんまり無駄に戦いたくないんだけど…しょうがないか、戦う気満々だって言うなら最早止めるのもおこがましい。

存分に意気込んでもらって、早々に砕かれて貰おう。

 

「しょうがない、パパッと終わらせよう」

 

「っ……や、やってみてください!」

 

「………ああ」

 

こちらから見ても分かるくらいに震えながらも、小悪魔は弾幕を放ち始めた。始めよりは密度は濃い。

 

対して俺は結界刃を発動させ、一瞬だけ(・・・・)霊力を五割(・・)ほど解放した。

 

ドウッと霊力解放の波が周囲へ伝わる。

爆発的に噴き出した霊力は、最早衝撃波に近い。そして、大妖怪数体分以上に匹敵する俺のそれは、周囲の物を悉く壊せるほどの威力を持っている。

これが俗に言う"霊撃"という奴だ。

弾幕も同様、小悪魔の弾幕は一瞬で掻き消えてしまった。

 

「なっ…え?」

 

「ほれ、コレで終わり」

 

掻き消えた弾幕に思考を持って行かれている間に、俺は再び瞬歩で近付き、首元に刃を突きつけた。

 

「これで分かったろ? 無駄に戦いたくないんだよ、俺は」

 

「あ……ああ…」

 

そのまま少しだけ殺気をぶつけてやると、小悪魔はブワッと汗を噴き出して座り込んでしまった。

……至近距離なんだからもっと加減すればよかった。

目の焦点合ってないよ小悪魔……。

 

……っていうか、魔理沙達の弾幕も消しちゃったかな。

まずいなぁ後でどやされるのは勘弁願いたい。

アイツ弾幕勝負大好きそうだから、邪魔しちゃったってバレたら怒りそうだなぁ……もうバレてるか。

まぁとりあえず

 

「戦わないんだから、そこに座ってると流れ弾飛んでくるぞ」

 

「へ…?ーーわぁ!?」

 

ドドンッ

 

座り込んでしまっている小悪魔に声をかけながら手を差し出すと、ちょうどそこに魔理沙達の弾が飛んできた。

小悪魔はギリギリ気がついて避けたが、なんだか震えが大きくなっている気がする。

 

………………震える女の子ってこうも和むものなのか…。

 

果てしなくどうでもいい事が頭をよぎったが、ここでボーッとしているとまた何時とばっちりが飛んでくるか分からない。

俺は中々動き出さない小悪魔の手を引いて、魔理沙たちから離れた。

 

 

 

 

 

少し離れると、本が大量に置いてある机を見つけた。

いや、置いてあると言うには足りないな。

最早山となっていて机として使える部分はほんの少ししかない。

どんだけ読書が好きなんだパチュリー…。

 

小悪魔を椅子に座らせてそんな事を考えていると、不意に目に入った物があった。

いや、この場合は目に入ってしまった(・・・・・・・)と言うのが正しいかもしれない。

 

「……なんだ…アレ…」

 

俺が目を向けた先にあったのは、他とは漂う空気が異質な、鉄製の重苦しい扉だった。

 

太陽光が遮られた、つまり日が差さず常に薄暗い今でも、まるで別空間にあるような異質さを放つ扉。

暇を持て余し、取り敢えず魔理沙たちから離れてきた俺からすれば、結構興味を引くものだった。

怖いもの見たさ故に、というところだろうか?

 

まぁ、何も言わずに離れるのは紅魔館側としても嬉しくないだろう。あくまで俺の立場は侵入者だ。戦わなかったと言ってもそれは変わらない。

座って居る小悪魔に一言かけようと振り返ると……

 

「すー…すー…」

 

「あらら、一応俺は敵の筈なんだけどな…」

 

小悪魔は背もたれに寄りかかって静かに寝息を立てていた。

さっきぶつけた殺気がかなりのストレスになっていたらしい。因みに今のはわざとじゃない。まごう事無き偶然だ。

…で、彼女たちからすれば、今は非常事態の部類のはずなんだけどな…仕方ない事だけど、なんとも呑気と言うか、天然というか。

 

声をかけられないのでは仕方ない。

なんとなく起こすのは忍びないし、寝かせておいてあげよう。

万一流れ弾がコッチにまで来て、彼女に被弾してもさすがに自業自得だろう。俺は悪くない。

 

その魔理沙たちの弾幕勝負の音も遠くから聞こえてくる。

あの分なら決着がつくのはもう少し先だろう。少しくらい探検しても問題ないはず。

 

 

さて、という事で……

 

 

「行ってみますか。ちょっとした肝試しだ」

 

頑丈そうな鉄製のドアの前に立ち、その冷たいドアノブを回す。

ギィィィィ……という特有の音が響く先は、どうやら地下の様だった。

 

(……何だろう…何か忘れてる……それにこの空気…)

 

心の内に陰りが差し出す。

なんとなく嫌な予感は感じるものの、肝試しというのは大抵そんなものだろう、と結論付け、俺はその暗く長い階段を降り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この時は想像すらしていなかった。

 

 

その悪い予感が、"どんな形"で現れてくるのか。

 

 

その悪い予感というのが、今まで一度だって外れた事はなかった事に、俺は気が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜魔理沙side〜

 

「ちっ、やっぱ強ぇ!」

 

「当然よ。魔法使いもどきと比べたらね」

 

「言ってくれるじゃんか、よっ!」

 

パチュリーとの弾幕勝負は苛烈を極めていた。

いや、もしかしたらアイツにとっては苛烈でも何でもなく、ただ"コイツちょっとやるなぁ"位なのかもしれないが、少なくとも私にとっては苛烈だった。

 

私とは違って回転するように放たれるレーザー。

それに加えて周囲にばら撒かれる弾と、私を狙ってくる弾が複数。

 

向かってくる弾の隙間を、迫ってくるレーザーと周囲の浮遊弾に気をつけながら避けなければらならないこの状況。

ウザったくなったからスペルで吹っ飛ばした時もあったが、相変わらず気を休めるタイミングが無い。

 

だがまぁ私が必死こいたお陰で、向こうにスペルを使わせる事も出来た。

弾速とかがっつり変わり、嬉しい事に私的には避けやすかったので見事スペルブレイク。

 

私は残り二枚。

パチュリーは残り、一枚だ。

 

 

「どうしたパチュリー! もうあと一枚だぜ!?」

 

「調子に乗らない事よ盗人。前の二枚は前座だもの。破ったくらいではしゃがないでくれる?」

 

「っ…結構毒舌だなアイツ…」

 

軽口を叩きながらも弾幕を放つ手は休めない。というより休めてる暇がない。

いや、軽口を叩けるようになっただけ最初よりは余裕が出てきたのだろうけど。

どちらにしろ、今波に乗ってるのは私の方だ。

 

「波と来たら乗るに限る! 二枚目行くぜ!」

 

若干押している。

戦況は私に有利なこのタイミングで、追い討ちをかけないわけにはいかない。

弾幕を放ちながら、二枚目のスペルを取り出した。

 

「黒魔『イベントホライズン』!!」

 

小型魔法陣を展開、回転させ、薙ぎ払うような弾幕を放つスペル。

内側に戻ってきた魔法陣からはばら撒かれる様にも放たれる為密度は中々に濃い。

その点に関してはパチュリーの弾幕よりも上な為、相殺しながらでも攻撃できるのが利点だ。

私は力の限り弾幕を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「残念だけど、今日は割と喘息の調子が良いのよね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

弾幕の中、パチュリーの声は驚くほどに良く聞こえた。

 

アイツの指に挟まれた最後のスペルカードが、今までに無い力を放っていた事に気が付いたから。

 

無意識に耳を傾けていた。

弾幕同士の相殺し合う音の中でもはっきり聞こえるほどに。

 

焦りとも言える気持ちと共に、凝視していたのだ。

 

「これで最後よ。三枚目……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月符『サイレントセレナ』」

 

 

 

 

 




気付いた方も居る…というかみんな気付いてると思いますが、この小説では紅魔郷の時点で永夜抄のスペルも何枚か登場させています。

理由は………戦闘を書くのにボリュームが足りなかったから…ですかね。

紅魔郷の時点だとスペルが一〜二枚になってしまって、どうしても戦闘に厚さがなくなってしまうんですよねw

なので一足先に、何枚かは登場させて頂きました。

"そんなの紅魔郷じゃねぇっ!!"って方々、ホントにゴメンなさい…。

ではでは。


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第九十五話 決着、白黒の一大決戦

文字が多くて読みにくいかも知れません。

ではどうぞっ!!


「月符『サイレントセレナ』」

 

 

その宣言を皮切りに、私の視界の中で小粒の弾幕が生成され始めた。

出来上がると同時に真っ直ぐ飛んでくる弾幕のようで密度も少しずつ上がってきているが、今の所密度も速度もそれ程凄くはない。

 

「なんだよパチュリー! そんなのがとっておきなのか!?」

 

「これからよ。ほら、余所見してると被弾するわよ」

 

「はっ、私もスペル発動中だって忘れてーー!!?」

 

刹那、私は目の前に迫る弾(・・・・・・・)に気が付いた。

慌てて首を傾けて辛うじて避けたが、頰に掠ったらしい。ヒリヒリする。

 

って、そんな事より……

 

「嘘だろ…私のスペルが……押されてる(・・・・・)!?」

 

広がる光景に目を疑った。

パチュリーの唱えたスペルの密度は高まっており、私のイベントホライズンと衝突しまくっている。私のスペルに対抗する程の密度になっていた事にも驚いたが、真に私が驚嘆したのはその事じゃあない。

 

 

パチュリーのスペル…サイレントセレナのその硬さ(・・)だ。

 

 

「ちっ、とんでもない隠し球用意しやがって…」

 

弾幕はパワー。

私のその口癖の通り、私の持つスペルは火力重視の物が多い。というかそれしかない。破壊力については霊夢からも太鼓判を押されているほどだ。

今発動中のイベントホライズンもその例には漏れていない。

密度が濃いスペルだが、その威力も他に引けを取らないほどに調節してある。普通の弾幕ならば簡単に押し切ってしまうほどだ。

 

 

しかし、パチュリーのサイレントセレナの弾幕は、その破壊力を上回った硬さをしていた。

 

 

威力重視の私の弾幕が、十数個衝突しなければ相殺できないほどの硬さを持っていたのだ。

さっき目の前に飛んできた弾は、恐らく相殺しきれなかった弾の一つ。

視野を広げて見てみれば、かなりの数の弾が私のスペルを押し切って流れてきていた。

 

「くそっ! これが差だって言うのか!?」

 

「そうよ。これが"本物"と"偽物"の差。分かったらさっさと力尽きてくれないかしら」

 

「だからってそりゃあ出来ない相談だな!!」

 

売り言葉に買い言葉。

パチュリーの挑発には悪態で返した。

が、そんな強がっていられる状況でもないのは確かだ。

スペルのおかげで少しは相殺している為避ける隙間には余裕がある。でもこの分ではすぐにブレイクされてしまうだろう。

早い内に打開策を考え出さなければならない。

 

「はぁ…どうやら簡単には落ちてくれないようね」

 

「当たり前だ! いくらお前が強くても私が諦める理由にはならないんだよ!」

 

当たった壁は超えてこそだ。私より強いパチュリーはまさにぶち当たった高い壁。

諦めてたまるか。

 

そんな気持ちを込めて叫ぶ私に、パチュリーはもう一度大きな溜め息をこぼし、静かに言い放った。

 

「じゃ、次の段階ね」

 

「…は?」

 

次の瞬間、パチュリーは今までの小粒の弾幕に加えて、列のように並んだ大量の弾幕を広範囲に撒き散らし始めた。

アイツの付近は最早弾幕で見えない程になっており、並べられた硬ったい弾幕はことごとく私のスペルを押し切り、怒涛の密度で飛んできた。

 

その物量に圧倒されたイベントホライズンは、曰く二段階目に突入した時点でスペルブレイク。

 

 

私の残りスペルは……一枚のみだ。

 

 

(ヤバいぜ…コレは相当ピンチだ…!)

 

迫り来る異常な密度の弾幕を、それでも必死で避け続ける。でもそんなのが長く続かないのは自明の理。

私のスタミナだって無限じゃないんだ。避け続ければ当然疲れるし、集中力も切れてくる。

 

そうなる前に、この壁をぶち破る方法をーーー

 

 

「考え過ぎて、視野が狭まってるわよ」

 

 

「ッ!!!」

 

その声に気が付いた時には、もう遅かった。

 

腹に一つの強い衝撃。当たったものは物凄い硬さをしている。

……当然、それはパチュリーの弾幕の一つだった。

 

「ぐあッ!! っ! マズイーー」

 

一つに怯めば、次の動作も遅れる。

異常な硬さを持つサイレントセレナの一発に被弾した私には、連鎖的に弾幕が飛来し、嵐の様な攻撃が一身に降りかかった。

 

「うわぁぁあぁああッ!!!」

 

身体中に大量の弾が衝突する。まるで鈍器で乱打されているような苛烈な衝撃が、休む間も無く降り注ぐ。

私は歯を食いしばって、どうにか意識が飛ばないように耐えるしかなかった。

 

やがて体の方が耐えきれなくなったようで、力も入らなくなって落下した。

衝突したらただでは済まないので、なけなしの魔力でほんの少しだけ浮力を生み出し、緩和だけしておいた。

 

「うっ…ぐぅぅう……まだ…負けて、ない…ぜ…」

 

「全く、人間の癖にまだ立つの? そのタフさだけは見習いたいものだわ」

 

放たれる弾幕を一時中断し、パチュリーが話しかけてきた。

余裕ぶっこきやがって!!とも思ったが、生憎そんな悪態をつける状態では無かった。だから震える腕でどうにか身体を持ち上げながら、睨み返してやった。

 

まだ私は負けていない。

身体中は痛いし、関節もギシギシと音を立てている。

正直言ってかなりしんどいが、私はまだ戦える。

 

スペルもまだ残っている。そして何より戦う意思が太陽よりもはっきりしていた。

それが折れない限り、私は立ち上がれる自信がある。

……相変わらず身体は言う事を聞いてくれないけど。

 

(さて………どうやってパチュリーに一泡吹かせるか…正念場だな)

 

私のスペルカード…最後の一枚はマスタースパーク。

最も愛用し、最も威力の高いスペルではあるが……本音を言うと、なんとなくではあるがパチュリーのサイレントセレナを越えられない様な気がしている。

でも、あの固過ぎる弾幕に守られたアイツに当てるには、どの道その装甲をぶっ飛ばさなければならない。

 

私のスペルの中で最も強いマスタースパーク。

例えそれがパチュリーに届かない物かも知れなくとも、私の手持ちの中では最も届く"可能性のある"スペル。

 

……うだうだと"かもしれない説"を考えるのは一旦止めよう。

私にはもう、ただ一心に目の前の相手に精一杯をぶつけるしか道はないのだ。

 

最後の一枚を取り出し、輝かせた。

 

「はぁ…いい加減諦めなさい。偽物がいくら努力しようと本物に勝てる訳はないんだから」

 

「試してもない事…言うなよ…。今までお前が見た事ないってんなら…私が今、証明してやる…!!」

 

力を振り絞り、箒に再び跨った。

同時にパチュリーもサイレントセレナを飛ばし始めた。

再びあの驚異の硬度を持った弾幕の嵐が迫ってくる。

私は勢いよく飛び出した。

 

 

「本物だとか偽物だとか…私には関係ない!」

 

 

迫ってくる小粒の弾幕を躱していく。

 

 

「魔法は努力した分だけ上手くなる! 才能の差なんか、努力の量で吹っ飛ばしてやる!!」

 

 

並んだ弾を、擦りながらも避けていく。

 

 

「実力の違い!? そんなもん知るか!! そんな限界、壊す為にあるようなもんだろ!!」

 

 

少々顔に焦りが浮かんできたパチュリーへ、スペルを掲げる。

 

 

「今! お前っつー才能の壁、木っ端微塵にぶっ壊してやるよっ!!!」

 

 

気持ちを叫びに、叫びを力に。

掲げたスペルの輝きが、一回りも二回りも強くなり……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マスタースパークが、進化した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「魔砲『ファイナルスパーク』!!!」

 

進化した砲撃は、前よりも一層強い光と熱を放った。

私ですら飛ばされそうになった程の凄まじい威力。

ファイナルスパークは、サイレントセレナをことごとく焼き尽くして進み、

 

…………パチュリーを飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

ファイナルスパークを放ち終わった私は、未だ爆雲が立ち込める中をユラユラと降下し、床に降り立った。

 

と同時に、ガクッと膝をついた。

 

「ううぅ………マジできつかった、ぜ…」

 

肩で息をしながら、痛む身体をどうにか支えていると、煙の中から何かが落っこちてきた。

 

落ちてきたのは、身体中ボロボロになったパチュリー。浮かべていた魔導書も一緒に落ちてくる。

…先程までの雰囲気は何処へやら、アイツは目をクルクル回して気絶していた。

 

「むきゅ〜………」

 

「へっ、どうだパチュリー…宣言通り、吹っ飛ばしてやったぜ…!!」

 

聞こえてはいないだろう。現に私の言葉には何の反応もない。

しかし、それがわかっていても言いたかった。

努力は才能を超えられる。見事な限界突破だ。

 

「ふっ…くくく、やってやった、ぜ…」

 

疲れた。本当に疲れた。

私は嬉しさで漏れた笑いも長く続けられず、床に大の字で寝転がった。

視界に入るのは、戦いの苛烈さを物語ったように焼き焦げたり、壊れたりしている本と本棚。

 

「ああ〜…全く、大切な魔導書が…勿体無いな…」

 

しばらくその本棚を見ていると、何処からかドドドドドという地響きが鳴り出し…突然本棚が消し飛んだ(・・・・・)

 

いや、正確には違う。

床ごと吹き飛び、木っ端微塵になったのだ。

まるで、

何かの衝撃で吹き飛ばされた様に(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「なっ、今度はなんだよっ!?」

 

思わず文句が漏れる中、土煙の中から飛び出した影が二つ。

 

「いいから落ち着けっ!!」

 

「うるさいうるさいっ!! あなたは黙っててよっ!!」

 

片方は黒いフード付きの羽織に白いシャツを来た男。

もう片方は、宝石をつる下げた様な特徴的な羽が目立つ、金髪の女の子。

 

 

 

二人は、蒼く長い刀と大きな炎の剣で互いを斬り結んでいた。

 

 

 

「こりゃあ……離れたほうが良さそうだ!」

 

動かない身体に鞭を打ち、ついでにパチュリーを箒に乗せて距離をとった。

 

「全く、居ないと思ったら何してんだよ双也のヤロー」

 

黒い羽織の男…双也に小言を呟く。

 

「面倒ごとにならなけりゃいいけどな…」

 

私の呟きは、二人の戦闘音に掻き消えてしまった。

 

 

 

 

 




厚さを意識した戦闘ってのも案外難しいものですね。
臨場感をどうやって出せばいいか、とか。

ではでは。


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第九十六話 耐え重ね、壊れた想い

少し長めです。
そして矛盾してないか困った回です。

ではどうぞー!


〜数十分前 双也side〜

 

薄暗い階段を延々と降りていく。響くのはカツン、カツンという俺の足音だけ。

空気はひんやり冷たく、夏であるこの時期にとっては中々涼しい。

間違ってもここで過ごそうとは思わないが。

 

ここは最近も使われているようでそこまで埃っぽくなく、さらに道の所々に小さな通気口も通っているようなので、地下だからと言って息苦しくもない。

この先には倉庫でもあるのだろうか。

 

 

………いや、やっぱりその線は無さそうだ。

この階段の先…地下にあるであろう部屋から、大きな妖力を感じる(・・・・・・・・・)からだ。

 

 

(こんな地下に…妖怪? 封印でもされてるのか?)

 

やがて、不気味な階段の先に扉が見えてきた。

入り口の鉄の扉とは違い、木製の普通の扉の様に見える。が、一つ違うのが……ドアノブのところに、妖力を使った南京錠が付いている事。

 

そこまで強力な錠ではないし出来ないこともないが、恐らく内側から開けるのは少々手間がかかるだろう。

俺は躊躇いなくその南京錠を"遮断能力で壊した"。

 

 

………勘違いしないで貰いたいが、別に何も考えずやっているわけじゃあない。

考えてみてくれ。仮にこの南京錠が封印だったとして、なぜそれをここに付ける?

いや、正確に言えば、ここに付けるくらいなら最初の扉にも付けておけよ、という話だ。

本当に封ずる気があるなら錠でも術でも念入りにやるべきである。それが分からない紅魔館勢では無いだろう。

 

更に言わせて貰えば、封印してあるなら埃っぽくない筈がない。

封印というのは、中の物が二度と出てこないように閉じ込める事。埃っぽくないという事は、頻繁に誰かがここに来ているという事を示している。

中を覗けそうな小さな穴はあるが、封印する程忌み嫌う者ならば、わざわざこんな長い階段を降りて来てまで様子を見には来ないだろう。

 

結論、封印じゃないなら気兼ねなく中に入れる。

 

…という訳である。

 

(って誰に向けて説明してるんだ俺は…)

 

思考をリセットする様に頭を少し振るい、ドアノブに手をかけた。ここもやはり、埃は被っていない。

カチャリと言う音と共に引くと、ギィィ……と軋みながら扉が開いた。

 

中はやはり薄暗い。が、微かにベッドやタンスなど、洋式の生活用品が視界に映る。そしてそのベッドに座り込んでいる小さな女の子の姿。

 

「お姉様っ!? ………なんだ…」

 

ベッドに座り込むその娘は、金色の髪をサイドテールで纏め、背中に宝石のような不思議な羽を持っている。

ボロボロのクマのぬいぐるみを抱き締め、こちらを見つめるその目は、少しだけくすんだような赤色をしていた。

 

記憶が蘇る。

かつてはいろいろと知っていたが、時が経った今ではその殆どを失ってしまっている、古い記憶。

 

そうだ、この娘の事を忘れていた。名前だけは思い出せないが、その強烈な個性がまだ頭の中に焼きついていた。

この娘はーーー

 

 

「ねぇ、新しいお人形さん(・・・・・)

 

 

その娘が手を広げる。何かを握り締めようとしている様に。

その動作にとっさに反応した俺はーーー

 

 

「今度はあなたが遊んでくれるの?」

 

 

ーーー目の前を飛び散る、真っ赤な血飛沫を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

が、取り敢えず破裂せずには済んだ。

 

 

「ッ、い"っつ〜…」

 

身体中に激痛が走る。血が噴き出しはしたが、その傷も既に治癒済み。

痛みに耐えてうつむいていた頭をあげると、少女は目を見開いて驚いた顔をしていた。

 

 

そして、それは直ぐに不気味な笑みに変わった。

 

 

「壊れない…! 壊れないよ! お人形さんっ!!」

 

再び手を開き、何度も何度も何か(・・)を握り潰す。

その度に俺の身体はあらゆる場所が裂け、血が噴き出した。

何度も何度も、身体が裂ける苦痛が襲ってくる。

 

「がっ 、ぐあぁ! あ"あ"あ"ぁあっ!!」

 

「あはははははっ!! スゴイスゴイ!! こんなオモチャは初めてだよっ!!」

 

俺の様子を見て高笑いをあげる少女。

羽がある時点で人間ではない事は分かっていたが、苦しむ様子をみて愉悦に浸るというのは、妖怪だとしてもいささか異常である。

 

彼女の能力。

強力極まりないその正体は、今は朧げな記憶の中にもまだ生きていた。

それは"あらゆる物を破壊する程度の能力"。

 

人に限らず、この世に存在するあらゆる物には、最も緊張している一点、"目"という物のが存在する。

彼女は、その"目"を手元に移動させ、握り潰す事で相手を爆散させる事ができるのだ。

さっきから彼女が握り潰しているのは、疑いようも無く俺の"目"だ。

 

では、なぜ俺は爆散せずに生きているのか。

それは一重に、俺が今必死こいて能力を使っているからだ。

彼女が最初に手を開いた瞬間、既に能力を思い出していた俺は、咄嗟に自らを構成する原子結合をさらに強く繋げた。

しかし、目というのは言わば爆破スイッチの様なもので、いくら結合を強めようと一瞬はどうしても離れてしまう。

離れた肉を、能力で引き合わせて再び繋ぐ。

その結果が、コレだ。

 

「ガア"ァ"アアァア"アッ!!!」

 

「スゴイよお人形さんっ!! こんなに壊しても壊れない!! もっともっと壊させて!!」

 

激痛は絶え間なく襲い掛かり、

 

血が噴き出す感覚に吐き気を覚え、

 

肉が離れる不快感を延々と味わう。

 

離れた肉も再び繋がり、その繰り返し。

 

能力を使わなければ待っているのは死。だから解く事は許されない。

でもこの苦痛もかなり耐え難いものだった。

 

…正直言って、ここに来た事を後悔した。

 

「あハっ♪ じゃあじゃあ、コレはどう!?」

 

不意に少女が"俺を壊す"のを止め、突然弾幕を放ってきた。

激痛で身を硬直させていた俺は、反応する事など到底出来ず……全弾をモロに受けてしまった。

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ、やり過ぎだろ…くそ…」

 

吹き飛ばされた先では、壁に激突して半ば埋まり込んでしまった。

それでも、さっきまでの破壊の応酬よりは何倍も楽だ。

少しばかりの小休止に涙が出そうである。

……心からの休息なんてしてられないけど。

 

暗かったのでよく分からなかったが、この部屋は割と大きめの作りをしているらしい。

一人で過ごすにはあまりにも広い空間が広がっていた。

でもまぁ、それも納得の行く話ではある。

この部屋の"壊れ様"、あの少女の"異常性"。………つまりそういう事なのだろう。

 

立ち上った煙が消えていくと、目先に立っていた少女は嬉しそうに頬を歪め、くすんだ瞳で言ってきた。

 

「うふふ…まだ壊れてない…! 今までの"オモチャ"はすぐ壊れちゃったけど、このお人形さんはまだまだいっぱいいーっぱい壊せる…♪」

 

……さっきからこの娘が言っている"壊す"という単語。十中八九"殺す"という意味だろう。

くすんだ瞳に、嬉々として、愉悦を感じながら俺を殺そうとする姿勢。

恐らく…いや、ほぼ間違い無くこの娘は何処かがおかしくなっている。

原作にその理由も書いてあった気がするが、そんな細かい設定などもう忘却の彼方。

こんな時は本当に自分を恨めしく思う。

 

そうやって黙り込んで考察していると、俺が壊れない事に感動しているらしい少女の呟き声が、微かに俺の鼓膜を震わせた。

 

「はぁぁ…♪ お姉様…憎たらしいお姉さま、大っきらいなお姉さま♪ もっともっといっぱい、おねえさまをこわしてあげる…♪ もっともっと、イタイイタイってさけばせてあげる♪」

 

だんだんとかたことの様になっていく少女の言葉。

顔は蕩けたような表情をしていて、ある意味蠱惑的ではある。

だが、その口から漏れる言葉は殺意に満ちていて、怨念のような、呪詛のような、とても正気では語れないようなドス黒いナニカを孕ませていた。

 

この娘の頭は、一体何を考えているのだろう?

言葉から察するには、姉への殺意。あまりにも強い、怨念の様な濁った殺意だ。

でもどこか引っかかる所がある。何か、頭の片隅に納得しきっていない部分があるのだ。

 

 

…この娘の"コレ"は、本当に唯の殺意か?

 

 

その引っかかりを探っていると、少女の妖力が大きくなっていくのを感じた。

 

 

「おねえさま…おねえさまァッ!!!」

 

そう叫びながら、少女は俺に突っ込んできた。

妖力を纏ったパンチ、それは俺が避けた後にあった壁を弾けるように壊した。

腕をズボッと引き抜いた少女は、飛び退いて避けた俺の方を見てグリンッと頭を傾けた。

 

「……よけないで…?」

 

「ッ!」

 

「よけちゃだめっ!!」

 

刹那、とんでもない速度で距離を詰められ、再びパンチを繰り出してきた。

咄嗟に拳を掴もうとしたが速度が足りず、結果拳を弾く形になってしまった。

少女の攻撃はまだまだ続く。

 

「よけないでよけないでよけないでよけないでッ!!!」

 

「くっ…早いっ…」

 

呪文の様に言葉を並べ、パンチや蹴り、はたまた手刀などといった怒涛の連撃が迫ってくる。

早すぎるそれらを必死で捌いていると、"呪文"の中に気になる言葉を聞いた。

 

「よけたらおねえさまをこわせないよっ!!」

 

(!…コイツ…もしかして…)

 

繋がっていく言葉達。この娘の頭の中。狂った末。

俺の予想が正しいならば…………

 

コレは、その裏返し(・・・)か。

 

「こわれて、こわれてよ!!こわれてよォッ!!!」

 

続く連撃。考え事をしている間も割と必死で捌いていた攻撃なのだが、俺はあえて攻撃を食らった(・・・・・・・・・・)

話をするチャンスが欲しかったからだ。

当然、俺の身体は軽々と吹き飛ばされた。

 

「まだ…まだだよ…こわしたりないよ…」

 

激突した衝撃で軋む身体をどうにか持ち上げ、フラフラと揺れる少女に声を掛けた。

 

「……なぁ、お前…そんなに壊したいのか?」

 

「そうだよ…おねえさまを…いっぱい…いっぱいこわしたい…」

 

「…大好きな(・・・・)姉ちゃんを、か?」

 

少女の目を真っ直ぐ見てそう言うと、突然俺は床に押さえつけらていた。

首は少女に鷲掴みにされている。が、首にかかる力を遮断したので苦しくはない。

 

「俺を"姉ちゃんに見立てて"壊しまくって、それで満足なのか?」

 

「だまってッ!!」

 

首を掴む力が強くなる。少女の瞳は揺れていた。

この娘は恐らく、(人形)を姉に見立て、それを壊して気持ちを発散しているのだろう。

最初の言葉を聞く限り、俺の様なオモチャは今までもあったはずだ。何人犠牲になったのかは分からないが、きっとすぐに壊れては取り替え、壊れては取り替え……それを繰り返してきたのだろう。

 

…話を戻そう。

結論から言えば、この娘は恐らく大好きな姉を恨んでいる(・・・・・・・・・・・)のだ。

その心の矛盾が、こうしてオモチャを壊す事に繋がっている。

 

「詳しくは知らない。が、大好きな姉を殺したくなるほどの出来事がお前たちにはあった。でも、それでも大好きな姉を本当に殺す事なんて出来ない。だから代わりに、こうしてオモチャを壊し続ける。…………違うか?」

 

この娘は、どんな恨み言を言っていても内心は姉の事を好いている。

それを裏付けるのは、俺がここに入った時の嬉しそうな声音。

そして、この娘が"人形を壊す事に甘んじている事実"

これほどの力を持っていれば、力尽くで扉を壊し、本当に殺しに行けたはず。

それをせず、人形を姉に見立てて壊す事で我慢しているのは、この娘が本当は姉の事を想っている証拠である。

 

「うるさいっ!! そんな話聞きたくないっ!!」

 

少女は首根っこを掴んだまま、また壁の方へ俺を投げつけた。殴られる程の衝撃は無いのでかなり楽だ。痛いものは痛いが。

そして、少女の言葉にも理性が戻ってきた様だ。

言葉で精神攻撃しているようなモノだから"引きずり戻した"の方が適切ではある。まぁそれは今関係ない。

 

 

大好きだけど殺したい。大好きだから殺せない。

 

 

矛盾したこの気持ちが、人形を壊すだけでは発散仕切れず、溜まりに溜まった精神ストレスがこの娘の心を壊してしまったのだろう。

壊れない俺への過剰な仕打ちがそれを鮮明に表している。

どう考えてもやり過ぎだろう。そろそろ泣くぞ?

 

「知ったような事言わないでよお人形さんの癖にっ!」

 

少女はどこからか光るカードを取り出し、怒りの表情を表しながら宣言した。

 

「禁忌『レーヴァテイン』!!!」

 

少女の手にグニャリと曲がった黒い物が現れる。その先端からは凄まじい炎が溢れ出し、やがて巨大な炎剣を形作った。

 

って、これ結構ヤバくないか?

 

「私はお姉様が嫌い! 憎くて恨めしくて殺したくて! どうしようもないから壊したいのっ!!」

 

「…マズイなぁ、ちょっと刺激しすぎた。どうにかして落ち着かせねぇと

ーーー大霊剣『万象結界刃』」

 

宣言ーーと共に振り下ろされたレーヴァテインを受け止める。炎と霊力が衝突した為強い衝撃波が発生し、部屋を更に傷つけていった。

 

少しの間剣で斬り結んでいたが、少女の斬り上げを受け止めた瞬間、炎の炸裂で吹き飛ばされ、天井を突き破った。

出てきたのはあの大きな図書館。

 

飛んでいる最中にも少女の追撃が襲い掛かってきた。剣幕は先程と変わらず、凄まじい。

 

「いいから落ち着けっ!!」

 

「うるさいうるさいっ!! あなたは黙っててよっ!!」

 

叫びと共に振り降ろされた少女の剣は、空中で特に足場も作っていなかった俺を軽々と吹き飛ばし、本棚と共に床に叩きつけられた。

 

「ぐっ、いてぇっ…くそ、どうしろってんだあんなの…」

 

俺の視線の先には、荒い呼吸で俺を睨みつける少女の姿があった。

 

 

 

 

 




なんかフランの壊れ具合が……

ではでは。


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第九十七話 届いた言葉

なっっっがいです。
ええそりゃもう、今までで一番長くなりました。そして書き始めてから終わるのも一番長かったです。(つまり難産)

ひじょーに精神力を使った一話。

ではどうぞー!


『ねぇお姉様! 一緒に遊びましょ!』

 

『ええ、良いわよ。何をする?』

 

 

 

 

 

なんで………

 

 

 

 

 

 

『お姉様、なんであの人達は怒ってるの?』

 

『………そうね、人間だから……でしょうね』

 

『……?』

 

 

 

 

 

 

なんでこんな……!

 

 

 

 

 

 

『お姉様! イヤだよ! 一緒に行こうよ!』

 

『フラン、あなたは…早く逃げて…!』

 

 

 

 

 

 

なんでコレ(・・)を思い出すのっ!

 

 

 

 

 

 

『(こ、このままじゃ…お姉様が…っ!)』

 

『フラン!! 早く!!』

 

 

 

 

 

 

思い出したくないのに! 今思い出しても仕方ないのに!

 

 

 

 

 

 

『…フラン、これからはここで過ごしなさい。ここから出ることは許しません』

 

『え……』

 

 

 

 

 

 

お姉様…お姉さま…っ!!

 

 

 

 

 

 

『いや…いやだよ…お姉様! ここから出してよ!』

 

『そん…な…お姉様に……嫌われ、ちゃっ、た…?』

 

 

 

 

 

 

イヤだイヤだイヤだっ! お姉様なんて大っ嫌い! こんなの思い出したくないっ!

 

 

 

 

 

 

『お、お願いだっ! 助けーー』

 

『ダーメ。お姉さまが来ないから、あなたで我慢するの。簡単に壊れないでね?』

 

「やめーー」

 

ドパンッ

 

 

 

 

 

 

憎くて憎くて仕方ないのっ! あんなヤツ好きな訳……

 

 

 

 

 

 

トントン

 

『お姉さーー』

 

『妹様、お食事を用意致しました』

 

『………………』

 

 

 

 

 

 

…イヤだよぉ…なんでこんなに期待しちゃうの……?

 

こんなに憎いのに…こんなに殺したいのに……

 

 

 

 

 

 

『…大好きな姉ちゃんを、か?』

 

 

 

 

 

 

ッ!!!

 

お姉様が………好き…?

 

私…が…?

 

 

 

 

 

 

違う…!

 

 

 

 

 

 

 

違う違う違う違う違う違う違うッ!!!!

 

 

私はお姉様が嫌い!

私を閉じ込めたお姉様が嫌い!!

私を裏切ったお姉様が大っ嫌い!!!

 

 

こんな事思い出すのもこの"お人形さん"が悪い! 全部悪い!!

 

 

 

 

 

こんなお人形さん…いらない!!

 

 

 

 

 

それから、ソレ(・・)を思い出す事は無くなった。

 

 

 

 

 

 

 

〜双也side〜

 

少女から放たれる眼光は鋭い。ただの人間なら気絶してしまいそうな程の圧力を感じる。

さて、こんな"怪物"どうやって落ち着けるか……

 

正直言って少し厳しい。

俺が刺激しすぎた事も一因ではあるが、この娘は多分自分の気持ちにすら気付いていない。

というより、矛盾に押し潰されて自分を見失っている。

そんな状態を元に戻すのは中々難しいものなのだ。

 

荒療治でいいなら、"姉を殺したい少女"と"姉が大好きな少女"に分離させて戦わせるなんて事も出来るが、やりたくはない方法だ。

存在を分けるのには相当な霊力が必要になるし、何より"姉の事が大好きな少女"が負けた場合取り返しが付かない。

そんな展開になったら非常に困る。

そう必死に頭を回転させていると、当の少女が言葉を発した。

 

「お人形さん、もう、いらなく、なっちゃった」

 

「………………」

 

「だから…消えて?」

 

少女は先程より更に虚ろな目で呟き、指に挟んだカードを輝かせた。

 

「禁忌『フォーオブアカインド』」

 

光が強まり、見えなくなる程度に輝いたあと小さくなると、そこには少女が四人(・・)で俺を見下ろしていた。

そして、まるで息を合わせたように同時に、さらに一枚宣言した。

 

「「「「禁忌『レーヴァテイン』」」」」

 

「っ!! うわっ マジかよ!!」

 

同時に発動したレーヴァテインは、一本の剣を四人で振り回すとかではなく、四人それぞれに一本ずつ顕現した。

 

……今思い出した。 これは弾幕勝負じゃねぇ。

 

「「「「消えてっ! お人形さんっ!!」」」」

 

「単なる殺し合いじゃねぇか!!」

 

振り下ろされる四人の剣の間を縫い、瞬歩でかろうじて避け、飛び上がった。

普通の服ならば火が燃え移って焼けるだろうが、俺のガウンは特別製。そんな事態には至らなかった。

っと、そんな事より集中しないと。

 

正直に言って、この人数差で剣を交えるのは辛いものがある。

少々無理をして相手しないと、落ち着かせるどころか俺が斬られて終わる。情けなんてあった物ではないだろう。

あまりやった事は無いが、俺は霊力を無理に使い、もう片手にも万象結界刃を発動させた(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「「早く!!」」

 

「「死んでよっ!!」」

 

「ぐうっ!」

 

四人が四方から振り下ろしてきた。

速度的に考えて、その隙間を通ろうとすれば斬り返して来るだろう。その選択はできない。

俺は万象結界刃を交差させ、受け止めようと試みた。

 

(ッ!! 力っ、強っ…)

 

吸血鬼ってのはこんなに力が強いのか…! このままじゃ吹っ飛ばされる!

少女四人の力は想像以上に強いもので、気を抜けばすぐさま飛ばされ、そして追撃されるだろう、と容易に想像できた。

この人数差で受けに回ると、最悪反撃の隙すら見つけられず一方的にやられる可能性もある。是が非でも切り抜けなければ…!

 

一人で四人を相手するには手が足りない。二刀流も大分扱えると思っているが、こうも力が強いとそれも霞んでくる。

そうなると……刃を増やすしかないか。

俺は霊力の解放度合いをもう少し上げた。

 

「お前ら……落ち着けっ!!」

 

「「うわっ」」

 

「「きゃあっ!!」」

 

解放した霊力を使い、追加で二本の結界刃を発動。それで四人の内二人の剣を弾き、もう二人はどうにかして力尽くで弾いた。二人になると段違いに剣が軽くなり、四人よりはだいぶ楽だった。

しかし、目から何か熱い物が流れる感覚を覚えた。

やっぱりこれでは脳を使い過ぎる。相棒(・・)がどれだけ高性能だったか思い知らされるな。

 

とそんな事より、怯んでいる今の内に一人でも数を減らしておかなければならない。

四人で攻められては、この娘をどうしたら落ちつけられるか、なんてとても考えていられない。

三人になっても辛いには変わりないが、それは言葉の綾というヤツだ。

 

「取り敢えず一人っ!!」

 

「ッ!」

 

結界刃で弾かれた一人に瞬歩で迫る。さすが吸血鬼と言うべきか、少女はそれを目で追って反応していたので、目眩まし兼隙作りの為に片手では弾幕を放った。

 

「アステロイド・拡散誘導弾(スプラッシュハウンド)!!」

 

拡散した大量の弾が、少女を球状に包む様に囲み、迫った。魔理沙はこれで力尽きたが…この娘はそうもいかない。

 

「甘いよっ!!」

 

手に持つ大剣を振り回し、いとも簡単に弾幕を掻き消していった。これじゃ目眩ましにはなっていなかったかも。

 

でもまぁ、隙は作れた。

 

「オラァッ!!」

 

その少女の隙を目掛けて迫り、一閃。

少女は身体がズレ落ちる前に妖力となって消えた。

まず一人、次だ!

 

近くに居たもう一人に向けて再び瞬歩。今度は目で追うどころか最初から構えていたので、さっきの手は使えない。

剣一本ならそのまま斬り合った方がいいか。

再び手に万象結界刃を発動し直し、振り被った。

 

が、

 

「「「甘いって言ったはずだよ!!」」」

 

一人に迫り、もう少しで刃が届くというところで重なった言葉。

少女の後方から大量の弾幕が飛んできて、俺の進行を阻んだのだ。

幸い万象結界刃は発動し終えていたので、弾幕に関しては捌ききる事が出来る。

だがさっきの状況の裏返しか、少女はそこで出来た俺の隙に付け込み、大剣を振り抜いたのだ。

 

ガードはしたが踏ん張りは効かず、吹き飛ばされる。

 

 

でも手ぶらで吹っ飛ばされるのはもったいない。

 

 

「アステロイド・全弾臨界放火(オーバーフルバースト)っ!!」

 

飛ばされている状態で、唯一のスペルカードを唱えた。

俺の場合、スペルは一枚使い切ったら負けになるが、これは弾幕勝負ではないので躊躇いなく放てる。

様々な射種の入り乱れた弾幕は、少女二人分の弾幕をどうにか押し切り、二人目の少女を妖力に帰す事に成功した。

 

しかし、そんな事は意に介さずと言ったように残りの二人が攻めてくる。向こうは俺を殺す気しか無いらしい。

 

「ちぃ! 厄介なスペルだな!!」

 

残りの二人は、後方で弾幕による援護と前衛での接近に分かれてきた。

後方支援は厄介だが、少女の剣捌きは失礼ながら素人そのもの。俺が捌けないほどでは決してない。

弾幕には気をつけながらも、これなら考え事が出来る。

 

さて、色々と整理してみよう。少々攻撃が苛烈過ぎた所為で情報が(まば)らだ。

 

まずこの少女。

この娘は心が壊れているようでおかしくなっている。

その原因は、"大好きな姉を殺したい。でも大好きだから殺せない"という気持ちの矛盾。

その精神的ストレス発散のためにオモチャ(生物)を姉に見立てて殺していたが、それもいつの日にか限界が訪れ、心が押し潰されてしまった。

 

ーーという所だろうか?

姉に恨みを持っているようなので、この娘をあの部屋に閉じ込めたのは恐らく姉本人。

しかし、ここで引っかかる事が一つ。

 

 

……あの部屋に度々訪れていたらしい妖怪(・・)の事。

 

 

実を言うと、あの部屋に入る前に思った事は埃に関する事だけではない。

微弱ながら、妖怪の発する妖力も感じたのだ。

 

少女の言葉から、度々訪れている妖怪とは実際に会っては居ないはず。つまり、そいつは中を覗ける小さな穴からそっと見守っていたという事になる。

閉じ込めた奴を見守る。そんな事をする理由は一つしかない。

……この娘の事が心配だったからに他ならないだろう。

 

"この館にはたくさんの妖怪が住んでいる"

 

そう言われればそれで終わってしまう仮説ではある。

でもその条件を肯定させない証拠がある。

 

それは、階段で感じた妖力が少女のそれによく似ていた、という事。

 

霊力、魔力、神力、そして妖力には、扱う人それぞれに違いがある。

"力"とは個人情報に等しい。強いて言うなら気質も関係している為、家族などは似たり寄ったりになる事が多いのだ。

つまり、頻繁に訪れていた妖怪はこの娘の姉、という事だ。

 

閉じ込めたのに心配する姉。

大好きなのに恨んでいる少女。

矛盾だらけのこの関係。

恐らく、それらを繋ぐ要因があるに違いない。

それを二人がちゃんと理解し合えば、この姉妹の歪んでしまった関係は治るはずである。

今やるべき事は、この娘に自分の気持ちを受け止めさせる事だな。

 

…ひとまず整理は完了。

本番はこれから…この娘に自覚させる事から。

 

前衛の少女が振り下ろした剣を受け止め、わざと弾かずに鍔迫り合いを始めた。

 

「お前、本当に姉ちゃんを殺したいのか?」

 

「当たり前っ! 私を裏切ったお姉様なんかいらない!」

 

「ならなんですぐに殺しに行かない? そこの大穴を開けたように、出ようと思えば出られたはずだろ?」

 

「っ! それは…」

 

まず揺さぶりをかける。心が定まった状態では気持ちを動かすことは出来ない。

"この娘が姉の事を好いている根拠"を使って崩していく。

 

「本当は殺したくないんだろ? 大好きな姉ちゃんをさ」

 

「うるさいっ!!」

 

「ぐっ!」

 

少女は剣に渾身の力を込め、鍔迫り合いの最中に俺を叩き落とした。

どんな力を持っていればそんな事が出来るのか不思議なくらいだが、今そんな事には構っていられない。

俺が落とされた先には、弾幕を放っていた少女が待ち構えており、既に攻撃態勢に入っていたからだ。

 

…チャンス

 

「特式四番『白槍(はくそう)雷棘(らいきょく)』」

 

破道の四『白雷』の特式鬼道、『白槍・雷棘』。

それは対象を停滞する白い雷で貫き、その雷自体をその場で炸裂させる鬼道だ。

出もかなり早い鬼道の為、未だ攻撃態勢のままだった少女は呆気なく貫かれ、炸裂によって消し飛んだ。

そしてやっとの事でスペルブレイクだ。

弾幕勝負ではないが、フォーオブアカインド攻略だ。

 

邪魔をするものが無くなってただ飛ばされていた俺は、うまく身を翻して床に着地した。

 

顔を上げ、迫ってくる少女に更に声をかける。

 

「俺が部屋に入った時、お前は"お姉様"って呼んでいた! それは姉ちゃんを求めてる証拠なんじゃないのか!?」

 

「ち、違う! あれは殺したい気持ちが逸っただけ! 求めてなんて無い!」

 

炎剣を受け止める。

目の前にある虚ろな少女の目をまっすぐ見て語りかけた。

 

「嘘だ。本当に殺したい相手が来たなら、あんな風に嬉しそうな声、出るはずがない」

 

「っ………ち、違うっ!!」

 

またもやとんでもない力で剣を振り抜いた少女。

俺は少し身体が浮かされたが、もう何度も飛ばされているためいい加減慣れた。

少しだけ離れたところに着地する。

 

「違う違う違う違う違う違うッ!! 私はお姉様が嫌い! 私を嫌ったお姉様を、私が嫌って何が悪いのッ!?」

 

少女は頭をブンブン振るい、違う違うと必死に叫んでいた。まるで気持ちに気付くのを嫌がっているように。

更に、言葉を放つ。

 

「……お前、姉ちゃんが何度もお前の部屋に来ていたこと、知ってるか?」

 

「ッ!? そ、そんな訳…無い!! 私を閉じ込めたのはお姉様なんだよ!? 私が嫌いになって、要らなくなったから閉じ込めた! お姉様が…来るはずないっ!」

 

 

叫ぶ少女の瞳は激しく揺らいでいた。

心での葛藤が、それだけ激しいという事だ。

凄まじい剣戟で、少女は一刻も早く俺を黙らせようと必死になっていた。

そして……俺は、核心に迫るであろう言葉を言い放った。

 

 

「嫌いな訳じゃ、なかったら?」

 

「…………え…?」

 

 

少女の炎が、弾け飛んだ。

 

 

「姉ちゃんがお前を閉じ込めた理由が、お前を嫌いになったからじゃなくて、もっと別に…そうせざるを得ない理由だったら…って事だ」

 

「そ、そんな…訳…お、お姉様…は、あの時(・・・)の…私を、見て…嫌いに……」

 

「嫌いになったのなら、閉じ込めたあとも様子を見に来る筈がないだろ? よく感知してみな。この辺りにも、妖力の残り香が残ってるはずだぞ」

 

「え…?」

 

少女の身体は少しばかり震えていた。

それでも静かに押し黙り、神経を張り巡らせる。

少しすると、少女の目は一杯に見開かれ…………目に沢山の涙を溜め始めた。

 

「ほ、本当……だ…お姉様、の…力…感じるよ…」

 

流れていく大粒の涙。

ポタポタと落ち、どんどん地面を濡らしていく。

 

ただただ涙を流して立ち尽くす少女に、俺は近寄って頭を撫でた。

 

「お前の姉ちゃんは、お前の事を嫌ってなんかない。何か理由があって、ああしなくちゃいけなかったんだよ。きっとそうだ」

 

「……っ…」

 

「本当は大好きなのに、無理に恨む必要は無いんだ。その理由も、今無くなった。これ以上苦しむ必要も、無くなったんだ」

 

捻じ曲がった黒い物を落とし、少女はコシコシと流れる涙を拭っていた。

でもそれでも、大粒の涙はポタポタと滴っていた。

涙声ながらに、少女はゆっくり言葉を紡ぐ。

 

「信じっ…られない…ずっと、ずっと…お姉様に、嫌われてるって…思ってた、から…っ」

 

「なら、聞いてくるといい。姉ちゃんが、どうしてお前を閉じ込めなくちゃいけなかったのか、二人で話してこい。そうすれば、また姉ちゃんと仲良く出来るさ。きっとな」

 

少女が泣き止むまで、俺はただ優しく、彼女の頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、コイツを霊夢の所に連れて行けと?」

 

「ああ。よろしく頼むよ」

 

「よーし分かったぜ。じゃあ早速箒に乗りな………ってなるかバカッ!!」

 

綺麗にノリ突っ込みを決めた魔理沙。

その様子を見て、少女はポカンとしている。

 

「え…乗せてくれないの?」

 

「ちげーよ! お前じゃなくてコイツに言ってんだよ! やっと戦闘音が無くなって駆けつけたと思ったらいきなり"コイツ霊夢んとこまで送れ"とか! 私はパシリか!?」

 

なんだ俺に言ってたのか。お前とかコイツとか色々代名詞が多かったから分からなかった。

っていうか嫌なのか? 箒だって別に一人用って訳でもないだろうに。

 

「いいじゃんか。どうせ霊夢のトコまでは行くんだろ? 後ろにこの娘を乗せるだけだ。何も変わんないだろ」

 

「変わるわ! 箒って不安定だからバランスとるのが難しいんだよ!」

 

「一人差なんてそれこそ五十歩百歩だろ」

 

「お前なぁ…っ!」

 

魔理沙の表情は怒りからだんだんと呆れに変わってきた。

なんだかんだ言ってもちゃんと引き受けてくれるだろうから、少し真面目に頼めばAll OKだろう。

 

「つーか、それならお前が連れてけばいいだろ? 私が運ぶ必要性は無いじゃんか」

 

「いや、俺はちょっとここで用事があるんでな。ついてはいけない」

 

「……………はっ、しょうがねぇなぁ」

 

「助かる」

 

そう受け答え、ブツクサと文句を言っている魔理沙を見送った。

まぁ、格上のパチュリーに勝った直後にコレは少し酷だったか…と心にもない後悔を抱いてみる。

 

 

…………さて。

 

 

「もう……ダメだわ…」

 

全身に入れていた力を一気に抜き、その場に倒れた。

後頭部とか背中とかを打ち付けたが、そんな事は正直言って二の次だ。

 

「あぁ〜……脳…使い過ぎた…」

 

先程の、"ここに用事がある"と言うのはまっかな嘘だ。

本当の所は、もう動いて戦えるだけのコンディションではなくなったというのが理由だ。

 

初っ端の少女の連続身体破壊、その時に使った霊力と、痛みに耐える精神力。

戦闘に於ける無理な霊力の使用、許容を超えた能力の行使。

 

詰まる所、脳にあまりにも負担をかけ過ぎたのだ。

 

その反動が今返ってきた。

身体中が痛くて動けないし、目や口からも熱い液体が流れていくのが分かる。

意識も朦朧としてるのが今の現状だ。

 

(このままくたばる訳には……いかないんだけどなぁ…)

 

重くなる瞼を受け入れる中、最後に見たのは銀色に輝く何かだった。

 

 

 

 

 




こうしてフランちゃんは姉の真意を知るのでした。
あくまで"知るだけ"ですがね。

少し雑でした…改善の余地アリです。

ではでは。


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第九十八話 目覚め、苦悩の跡

なんとなく、丁度百話でこの章を締めたい欲に駆られています。

では…どぞ!!


「うっ……うぅ〜…ん……ん?」

 

ゆっくりと目が醒める。頭はまだボーッとしていたが、顔を強く照らす光によってなだらかに覚醒していった。

そして徐々に視認し始めた周囲。

まず最初に目に入ったのは……

……知らない天井だった。

 

「………あれ? ここ俺の家じゃない…?」

 

不信に思い、起き上がった。和風で、雰囲気についてはほぼ同じだが、確かにここは俺の家ではなかった。

……じゃあ…ドコ?

 

寝起きでいまいち回らない頭をガリガリ掻いていると、スーッと襖の開く音がした。

 

「あ、やっと起きたんですね!」

 

甲高い子供のような声だった。

そちらを見てみると、緑の帽子に赤を基調とした服。そして帽子の横から飛び出た猫の耳、二又の尻尾が特徴的な女の子が居た。

 

え〜っと、この子の名前何だっけな…思い出せない…。

どこかに行ってしまった記憶の紐を手繰り寄せて唸っていると、その女の子が声をかけてきた。

 

「あ! 喉乾いてますよね! 今水を持ってきます!」

 

「ん、あー、ありがと…」

 

何を勘違いしたのか、女の子は水を汲みにパタパタと去って行ってしまった。

俺が唸ってたのが原因なのだろうか? まぁ理由はともあれ、寝起きに水を貰えるのは有難いな。

 

「ふぅ…」

 

起きがけに色々と考えるのは一旦止め、周りを見回してみた。

割と綺麗にされている部屋だ。なぜ割と(・・)なのかというと…ところどころにゴミが落ちていたり、棚にある本などが粗雑にしまってあったりしたからだ。

何となく急いで片した感がある。

 

机の上は綺麗に整頓されているが、脇に積まれている大量の紙が気になった。

入っていた布団から這い出て、少し見てみる。

 

「っ……何だこれ…訳分かんない…」

 

少し手にとってパラパラと捲ると、それにはXとかYとかΣとかが入り乱れ、複雑に書き殴られていた。

黄ばんだ紙も数枚混じっていたので、随分と前から考え込んでいるらしい。

あ、ここは言葉になってるな……

 

「えーっと……封印術式? 神力を抑えて〜〜〜(ナントカカントカ)……なんだ、神とでも戦うのかここの家主は?」

 

更に捲っていくと、そこと似たような式がたくさん書き込まれている事に気が付いた。

中にはガリガリガリッと線で乱雑に消されている式もあったりと、この人の苦悩が伺える。

しばらくそうして見ていると、開いた襖の方からパタパタと駆けてくる音が聞こえた。

さっきの子が水を汲んできてくれたらしい。

 

「水持ってきましたぁ〜!」

 

「おー、ありがーー」

 

「にゃあっ!?」

 

風景がスローモーションに見えた。

目の前には、走ってきた勢いをそのままに襖の桟に引っかかって転けている女の子。

そして宙を舞うお盆と、中の水をぶちまけながら回転するコップ。

 

 

…なんだこのお決まりの展開は。

 

 

このままだと、俺は顔面に水鉄砲を食らう羽目になる。

もしかしたらその後にコップの追撃もあるかもしれない。

寝起きには丁度いい刺激だとかそんなM思考は持ち合わせていないのだ。

 

 

なので………

 

 

(回避行動あるのみ!)

 

布団から這い出ていたのが幸いだった。初動を早くする事が出来る。

まず女の子を助けるべく、超短距離ながら瞬歩を使って滑り込む。

その時に移動線上にあるコップを掴んでおく。

 

「よっ」

 

「ふぇ?」

 

上手くいった。倒れこんだ女の子が顔面から転けないように抱えてやったのだ。

 

次は水。

さすがに華麗なコップ捌きで水を空中で掬い取るなんて曲芸は出来ない。大体なんだコップ捌きって。生活の上での必要性を全く感じない。

 

なのでコップに水を繋げてやった。

すると宙に飛び散っていた水はいきなり方向を変え、コップの中に吸い込まれた。

手に持つコップには、並々と注がれた水が。

 

 

……作戦完了。

 

 

「はぁ〜! スゴイです!ーーあ」

 

「ん?」

 

ガツンッ

 

突然俺の頭を襲った衝撃。

なんかすごい頭がヒリヒリする。

落ちてきたのは、取り損なった(忘れてた)さっきのお盆だった。

 

「…………………」

 

「あのぉ…大丈夫…ですか?」

 

「……………うん」

 

女の子の気遣いが結構心をえぐる。

しかも結局今の衝撃で水溢れたし。

俺の膝は水で濡れてしまっていた。

 

 

ヤバイな、カッコがつかねぇ………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、ありがと。スッキリしたよ」

 

「いえいえ! お客様にこれくらいの事をするのは当然です!」

 

と、女の子は満面の笑みで言った。明るい性格でとてもよろしい。

 

そうそう、片付けをしている最中に互いに自己紹介しておいた。

この娘は(ちぇん)と言うらしい。この家に住んでいる化け猫だそうだ。

どうりで耳と尻尾がある訳で。

……化け猫と言う割には随分可愛らしいと思ったのはここだけの話。

 

で結局、水は溢れた分を拭いておいて、飲んだのは残った半分程の量だった。

まぁ、頭は水以前にさっきのアクシデントで覚めていたから、水には喉を潤す役を買ってもらった。

うん、美味しい水でした。

 

片付けが終わり、布団の上に座り直して寛いでいると、先程の紙がまだ見ている途中だったのを思い出した。

もう一度手に取ってパラパラ捲り始めると、隣で座っていた橙が覗き込んできた。

 

「この紙がどうかしたんですか?」

 

「ん? ああいや、随分必死に計算してるなーと思ってさ」

 

「そうですねぇ、紫様(・・)はよく時間を見つけてはコレを書いていました。声をかけても気が付かないくらい集中していて……」

 

 

ふ〜ん………………ん? ちょっと待って。

 

 

「今…紫って言った?」

 

「はい。妖怪の賢者と言われる紫様です。……あれ? 双也さんは紫様のご友人だと聞いていますけど……」

 

「ああうん、それはそうなんだけど……え、ココ紫の家?」

 

「はい♪ ここはマヨヒガと言う、私とその主人、そして紫様が住まう家です!」

 

あ、あーちょっとずつ思い出してきた。

この橙という娘は、たしか紫の式神に仕える式神だったんだけっけ? そしてこのマヨヒガは一度入ったら出られなくなるとかいうお化け屋敷みたいな所だって聞いたことが……

でもそういう割には家庭的な設備の整った家だ。

お化け屋敷というのは唯の噂だった様だな。

 

んでも……

 

「あの紫が…そこまで悩む程の結界…なのか?」

 

紫は、結界に関してはスペシャリストと言って差し支えない程の技量を持っている。

加えて、"北斗七星が北極星を飲み込んでしまうまでの時間を瞬時に(・・・)求められる"など、悪魔的なまでの計算能力をも合わせ持っている。

 

この結界式は、その紫がこう何枚もの紙を使って、時間を使って、時には乱雑に消したりもして悩む程のモノだというのか。

 

言葉で書かれている所だけを見れば、これは恐らく神に対抗する為の結界。しかも見た感じ完成には至っていない。

 

一体、アイツは何を企んでいるのか……

 

「…紫様なら、大丈夫ですよ!」

 

「え?」

 

「紫様なら、きっと悪い事なんてしません! だから心配はいりませんよ!」

 

橙はそう言って、両手で俺の手を掴んだ。

もしかしたら、少し紫を疑っていたのが顔に出ていたのかもしれない。

橙はそれを見てこんな事を言ったのだろう。

 

「…そうだな。友達なんだから、信じてやらなきゃな」

 

「はい♪」

 

そうだ。紫は悪さをする奴ではない。そんな事、一番わかってるのは俺じゃないか。

信じてやらなきゃ、友達だなんて名乗れない。

何より紫に申し訳ない。

 

そう考え直し、また暗号のような数式が書かれた紙に目を落とした。

 

「それにしても……紫がこんなに悩む結界って…どれだけ強力なものなんだろうな」

 

「そうですね…想像もできません」

 

そうして、暫く二人で紙を眺めていた。

見ていても答えなんか万に一つも出るとは思えないが、なんとなく、見てしまう。

紫が机の前で悩む姿が、眼に浮かぶようだった。

 

と、そこで聞いたことの無い声が響いた。

 

「ちぇ〜ん! 帰ってきたぞー!」

 

「あ!」

 

その声に反応した橙は、パァァっと顔を綻ばせて走っていった。

その方向からは、「お帰りなさい! 待ってました!」とか「よしよし、良い子にしてた?」とか、まるで親子の様な会話が聞こえた。

 

橙が走っていった方を見ていると、恐らく玄関があるだろう方向の扉が開き、光が差したような笑顔を浮かべる橙と、大きな尻尾を九つも持った女性が入ってきた。

 

「ん? お、目が覚めたのか。紫様も心配していたぞ」

 

「え、ああ、お陰様で。もうバッチリだ」

 

「そうか。それは良かった」

 

女性はそう言うと、少し微笑んでこちらに歩み寄り、手を差し出してきた。

 

「私は紫様の式の八雲藍(やくもらん)だ。よろしくな」

 

「ああ。俺は紫の友人、神薙双也だ。こちらこそよろしく」

 

差し出された手を握り、友好の契りを交わしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、お前を迎えに行った時は驚いたものだ。下手をすれば死んでいたぞ?」

 

「は、ははは…昔から無茶をする事はあったものでね…」

 

「全く、ほどほどにするんだぞ? お前が死んで落ち込むのは紫様なんだからな」

 

「無茶しちゃダメですよ双也さん!」

 

「はい…善処します…」

 

自己紹介をした後は、取り敢えず腹が減っているだろう、という事で飯をご馳走になった。

居間のちゃぶ台を囲んで掻き入れた山盛りのご飯、そしておかず。

久しぶりな所為か、その味は今まで味わった事のない程美味しいモノだった。

 

そして食後にお茶を啜りながら、藍達と雑談していた。

聞いた話によれば、霊夢達は無事に異変を解決させ、そしてその紅霧異変からもう既に一ヶ月経っているとの事。

故に異変後定例の宴会は既に終わっており……

 

……頑張った(死にかけた)のに、結局何一つ得していない事に気が付いた。ひじょーに悲しい。

 

それに、出来れば紅魔館勢ともう少し話をしたかった。

特にあの少女。結局姉とは上手く打ち解ける事が出来たのだろうか? それが出来ていなかったとしたら、今どうしているのだろう? 人里の影響は? 異変の目的は?

 

寝起きに一ヶ月経っていると言われれば、こうしたたくさんの疑問が出てくるのは仕方ない事だと思う。

特に今回の場合は、何もせずに気絶した訳じゃないから余計に心配事が多いのだ。

 

まぁ、時間はたくさんあるのだから、一つずつ確かめていけばいいか。

急がば回れだ。どうせ一気に確認するのは不可能なのだから。

 

あそういえば、大事な事を忘れてた。

 

「な、なぁ藍」

 

「ん?」

 

「……紫のヤツ、"約束"がどうとかって…言ってなかったか?」

 

そう、今回俺が動く事になったきっかけであるあの約束である。

今回脳の使いすぎで死にかけたが、この約束を受け入れてくれるかどうかによっては再び死にかける……いや、マジで死んでしまうかもしれない。

 

「約束?……ああ…言っていたな、そんな事。たしか……」

 

 

…ゴクリ

 

 

藍の言葉を固唾を飲んで待つ。

彼女は少し悩むそぶりを見せると、ゆっくり口を開いた。

 

 

「結局霊夢に追いつく事すら出来なかったんだから、泊めるなんて以ての外よ」

 

「ガフッ」

 

「ああ! 双也さん!?」

 

ああ、ダメだったか。

そりゃそうだよな、結局霊夢を見守れてなんかないし、自分勝手に暴れただけだもんな……

ハ、ハハハハ…

 

自然に笑いが込み上げてくる。今までで一番乾いた笑いが。

これから家に帰ってから見る地獄の事を考えると、最早動くのすら億劫になった様な気分になった。

 

「…でも」

 

「…?」

 

その接続詞を聞き、頭だけガバッと起き上がった。

橙は隣で気圧されていた。

 

「"死にかけるくらい頑張ったみたいだから、あなたの家にプレゼントを送っておいたわ"、と言っていたな」

 

「プレゼント?」

 

はて、どんなプレゼントなのだろうか?

彼女からのプレゼント自体相当に珍しい事なので、嫌でも警戒してしまう。

だってあの紫だぞ? 胡散臭いに定評のあるアノ。

そりゃ警戒するっての。

 

「まぁ、紫様はお優しい方だ。そう警戒せずともいいだろう」

 

「それ本気で言ってる?」

 

実に軽く"優しい"と言い切った藍に疑惑の目を向けた。

いや、優しくないとは言わないよ? でも…ねぇ? 今までの所業を考えるとどうも……

…まぁ終わった事につっかかっても仕方がないか。アイツも悪気はないだろうし。

 

……ふむ、今度会ったら軽く仕返しでもしてやるかな。今まで散々スキマ被害にあった俺からの、ささやかな復讐だ。

 

「さて…じゃあそろそろお暇するよ。一ヶ月間ありがとな二人とも」

 

「え、紫様を待たなくて良いんですか?」

 

「ああ、会おうと思えば会えるしな。それにプレゼントってのも気になるし」

 

「そうですか…」

 

ん? なんか橙が少し落ち込んだような? 俺の世話をしている間に愛着でもつけてくれたのだろうか?

それなら、もう少ししっかり別れを言わないとな。

世話をしてくれた恩もある。

俺は橙に近寄り、しゃがんで頭を撫でてやった。

 

「へ?」

 

「またな、橙。永遠の別れってわけじゃないんだし、その内遊びに来るよ」

 

「〜〜っはい!」

 

そう言い残し、玄関に出た。

日はだいぶ傾いたので、恐らく三時頃だと思う。

見送りには、藍が来てくれた。

 

「じゃ、またな藍。紫にも礼を言っといてくれ」

 

「ああ、分かった。じゃあな。………双也」

 

軽く別れを告げて歩き出そうと振り返った時、藍に呼び止められた。

しかも何だが低めなトーンで。

俺何かした…?

 

「一つ言っておくぞ」

 

「お、おう…」

 

振り返って彼女を見ると、先ほどよりもやや険しい表情をしていた。

その何とも直視し辛い表情のまま、藍は口を開いた。

 

 

 

 

 

 

「橙に手を出したら………許さないからな…?」

 

 

 

 

 

 

「…………………へ?」

 

 

え、いや…え?

 

 

「橙に…? な、何だって…?」

 

「じゃあな双也。身体は大切にしろ」

 

パタン

 

「…………………は?」

 

なんか……置いてけぼりを食らっている気分だ。

何故藍はあんな事を突然言い出したんだ? それもあんな険しい表情で。

 

と、とにかく、藍は怒らせない方がいいって事は…分かった。うん…。

 

帰宅前によく分からない言葉をかけられて心底困惑した俺は、取り敢えず帰宅しよう、という判断を下し、頭をひねりながらも一ヶ月ぶりの我が家へ帰宅するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちぇ〜〜ん!! 今日は何をしてたんだ? たっくさん話してくれ♪」

 

「わっぷ! ら、藍様、苦しいですよぅ…」

 

 

 

 

 




やっぱり藍さんはこうでないとww

ではでは。


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第九十九話 二人の真実

この作品でのれみりゃは話し相手のことを"貴方"とか"お前"とかって使い分けています。
一応言っておきました。一応。

ではどうぞ!


青い空、浮かぶ雲。

広い庭に、涼しげな噴水。

少し目を横にやれば、そんな素晴らしい光景を目に入れることができる。

 

紫の家で目覚め、一ヶ月ぶりの帰宅を遂げた翌日である。

俺は異変の後の事を話したいと思い、紅魔館に足を運んでいた。

あ、因みに、紫のプレゼントっつーのはまさかのエアコンだった。

嬉し過ぎて"紫大好き愛してる!!"って叫びそうになった。

いや叫んでないけど。叫んで勘違いされたら困る。

口は災いの元って言うし。

 

…で、紅魔館。

風がよく通るその屋敷のテラスの椅子に、俺はゆったりと腰掛けていた。

目の前には、幼いながらも強い雰囲気を醸す吸血鬼(・・・)の姿が。

 

「それにしても、この幻想郷は面白い所ね。こちらに来て正解だったわ」

 

「? 何が?」

 

「規則よ規則。スペルカードルールだったかしら? 殺し合いをまさか弾幕勝負なんてゲームにしてるなんて、想像もしてなかったわ」

 

そう言い、肩肘をつきながらも薄く微笑む少女ーーレミリア・スカーレット。この紅魔館の当主であり、強い力を持った吸血鬼である。

彼女は、端的に言えば今回の異変の首謀者だ。

先程彼女と話していた事なのだが、なにやら"幻想郷を吸血鬼に住みやすい世界にする"とかいう野望の為、異変を起こしたらしい。

我が儘おぜうさまかっ! っと喉元まで出かかったが、なんとなく怒られる気がしたので頑張ってせき止めた。

 

微笑んだ表情のまま注いである紅茶を啜る彼女に、今度は俺から話しかけた。

 

「でも、面白かっただろ? 俺の妹分の巫女が考え出した、"人も神も妖怪も対等になる為のルール"だ」

 

妹分ってのはもちろん、霊夢の事である。

もう小さい頃から見てるし、それでもいいよね?

 

「ふーん、あの巫女がねぇ……人間が考えたにしてはいいアイデアだと思うわ。それに、確かに面白かったしね」

 

「そりゃ兄貴分としても鼻が高いな。アイツに言ってやれば喜ぶんじゃないか?」

 

「わざわざ、自分を倒した相手の機嫌をとるような事はしないわよ。例えお遊びの戦いで負けたとしてもね」

 

「幻想郷でそんなこと言ってると弱者と一緒にされるぞ。せっかく強い力を持ってるのに」

 

「それは遺憾ね。高尚な私達吸血鬼が、そこらに転がってるような妖怪と一緒にされては困るわ」

 

冗談混じりに交わす会話が意外と楽しい。

案外吸血鬼というのも、俺が思っていたほど凶暴な種族ではないようだ。

……まぁ、見た目は可愛らしいからな、レミリアもあの少女(・・)も。

 

 

……そうだ、あの娘の事も聞いておかないと。

 

 

「なぁレミリア、地下に居る女の子とは、上手くいってるか?」

 

そう聞くと、彼女は微笑んでいた顔をすぐに引き締め、少し眉根を寄せた。

 

「……なぜお前があの娘の事を知っている?」

 

言葉には圧力がかかっていた。

下手な返答をすれば即座に首が飛んでしまいそうな、そんな圧力。

あの娘()を思う気持ちが、伝わってくるようだ。

 

「や、異変の時お前の所に来ただろ。アレを促したのは俺だからな」

 

「…………なるほど、あの娘が言っていたのは貴方のことだったのね。悪かったわ、無駄に圧力をかけてしまって」

 

「いや、気にすんな」

 

…………………。

 

しばし沈黙が訪れた。

レミリアは言葉を考えているのか、先ほどから目線が俺から逸れている。

急かすべき事でもないので、俺は静かに彼女を待っていた。

 

暫くして、彼女はゆっくりと口を開いた。

 

「あの娘との仲は……一応良好よ」

 

「一応?」

 

「……ええ」

 

小さくそう答えたレミリアは、少しだけ目を細めて話し始めた。

 

「あの娘…フランの気持ちを動かしてくれた貴方なら知っていると思うけど…私はね、フランの事を決して嫌ってなんかないわ。むしろ何より大切に思ってる」

 

「……そうだな」

 

「でも……閉じ込めた。あの広くて暗い部屋に」

 

"大切だけど閉じ込めた"

そう語る彼女の表情は酷く辛そうで、フランのことを想う気持ちに嘘が無い事を鮮明に表していた。

 

恐らく、今から語られる内容こそが、矛盾だらけで歪んでしまったこの姉妹を繋げる要因なのだろう。

俺は静かに、レミリアの言葉に耳を傾けた。

 

「……昔話をしましょうか。ある森の洋館に住んでいた、二人の吸血鬼の物語を」

 

彼女はゆっくり目を瞑り、語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昔々、とある森の奥に大きな洋館が建っていました。

 

近くの村にはたくさんの人間が住んでいて、人々はいつも、その洋館の事を"悪魔の館"と呼んでいました。

 

日が差しにくく、一年中薄暗くてジメジメしており、"日が落ちたら入ってはいけない"という掟が付き纏う森。

その奥に悠然と建っている洋館がそう呼ばれるのは、とても自然な事でした。

 

しかし、人々が"悪魔の館"と呼び始めた本当の理由は、実は別にありました。

 

暗くて不気味な森の奥、その洋館に住んでいるのは、二人の吸血鬼だったのです。

 

見た目麗しい二人の吸血鬼姉妹。

人々に恐れられながらも、二人は洋館の中で仲良く暮らしていました。

 

 

『ねぇお姉様! 一緒に遊びましょ!』

 

『ええ、良いわよ。何をする?』

 

 

洋館の中は、二人で遊ぶには広過ぎるほどでした。

わざわざ外に出なくとも、少しくらいならはしゃいでも平気な程に。

だから二人は、外に出て無闇に人に危害を加えたりはしませんでした。

 

大好きな姉と、大好きな妹と、毎日を楽しく過ごしていたのです。

 

しかし、いくら吸血鬼と言えど、何も食べなければ死んでしまいます。

無闇に人を襲わない二人も、食事の時だけは仕方なく、山菜を求めて森に迷い込んだ人間を襲っていました。

それも最小限に、一人を二人で分け合って。

 

しかし、たとえ最小限だとしても、人を襲って食らう吸血鬼姉妹を、村の人々が恐れるのは至極当然の事でした。

 

次第に人々は、吸血鬼姉妹を退治しよう、と考えるようになりました。

皆剣や槍を手に取って、戦いを挑むようになったのです。

 

しかし、人間と吸血鬼では力に大きな差があります。

挑んだ人間達は次々と敗れ、遂に人々は、"恐怖"よりも"恨み"を感じるようになりました。

 

 

『お姉様、なんであの人達は怒ってるの?』

 

『……そうね、人間だから……でしょうね』

 

『……?』

 

 

まだ幼い妹は、賢い姉に尋ねました。

人間達が怒っている理由を、理解できなかったのです。

しかし姉は、人間達が怒っている理由も、自分達だけの責任ではない事もよく理解していました。

 

そんな人々と吸血鬼姉妹の関係は、数年間続きました。

 

ある日、村に一人の人間がやって来ました。

銀のナイフ、銀の拳銃、十字架などを身に付けた人間でした。

それは村の人々が依頼した、吸血鬼ハンターだったのです。

 

ハンターは、すぐさま姉妹を追い詰めました。

十字架は効かなかったけれど、銀の武器は吸血鬼にとてもよく効くのでした。

 

 

『お姉様! イヤだよ! 一緒に行こうよ!』

 

『フラン、あなたは…早く逃げて…!』

 

 

賢い姉は、幼い妹を庇って戦いました。

妹だけでも逃がそうとしていたのです。

しかし妹は、大好きな姉を置いては行けませんでした。

 

 

『(こ、このままじゃ…お姉様が…っ!)』

 

『フラン!! 早く!!』

 

 

大好きな姉が死んでしまう。そう考えた妹は、無意識に能力を開花させました。

 

"ありとあらゆるものを破壊する程度の能力"

 

ハンターと着いてきた人々は、全て一瞬で爆発し、血の雨を降らせました。

妹は、大好きな姉を守る事に成功したのです。

 

それからというもの、村の人々は姉妹に挑む事はありませんでした。

絶対的な恐怖心が芽生えたのです。

人々は、姉妹の退治を諦めたのでした。

 

生き延びた姉妹はと言うと、館に戻っても、以前のようには暮らせませんでした。

 

 

『…フラン、これからはここで過ごしなさい。ここから出ることは許しません』

 

『え……』

 

 

賢い姉は、幼い妹を暗い地下室に閉じ込めました。

誰よりも妹を大切に想っている姉は、"妹の能力は人々に恨みを募らせ続け、いつか妹自身に危険をもたらす"と考え、人との接触を断ったのです。

妹は叫びました。

 

 

『いや…いやだよ…お姉様! ここから出してよ!』

 

 

鍵のついたドアの向こうからは、返事はありませんでした。

当然、妹はこう考えました。

 

 

『そん…な…お姉様に……嫌われ、ちゃっ、た…?』

 

 

大好きな姉に嫌われた、裏切られた、と。

地下室の監禁は、長く永く続きました。

そして次第に妹は、暗い地下室で恨みを募らせていくのでした。

度々送られてくる人間を、姉に見立てて"壊す"事にしたのです。

 

 

『お、お願いだっ! 助けーー』

 

『ダーメ。お姉様が来ないから、あなたで我慢するの。簡単に壊れないでね?』

 

『やめーー』

 

ドパンッ

 

 

大好きな妹の事を想って閉じ込めた姉。

大好きな姉に裏切られて次第に心を壊していった妹。

 

平和に暮らしていた吸血鬼姉妹は、こうしてバラバラにすれ違ってしまったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………………」

 

レミリアの口から語られる真実を、ただただ静かに聞いていた。

姉妹の矛盾を紐解き、そして理解するのはそう難しい事では無かった。

 

「……フランは…お前の気持ち、ちゃんと理解したんだよな?」

 

俺の問いに、レミリアは瞑っていた目を開き、自嘲気味に言った。

 

「……伝えるには伝えたわ。貴方が作ってくれた機会にね。…でも、フランが私を恨んでいたという事は事実。しかも、この話をした時あの娘…受け止め切れていないようだった…。その事を考えると、どうしても気後れしてしまうの。あの娘に面と向かう事が、怖くてたまらない……」

 

「……だから"一応"を付けたのか…」

 

彼女の身体は、小刻みに揺れていた。

大好きな者に恨まれるというのは、それだけ辛くて苦しい事なのだろう。

お互いをこんなにも想いあっているのに、まだすれ違ったままなのは悲しすぎる。

二人が元に戻るのを、手助けしてあげたい気持ちでいっぱいだった。

 

「なぁ、レミリア」

 

「…何かしら?」

 

だから、俺は躊躇なく手助けする事に決めた。

ついでに親睦を深める意味も込めて。

 

 

 

 

 

「みんなで宴会しよう!」

 

 

 

 

 




この双神録のスカーレット姉妹は、実にありがちな"すれ違い"のお話にしました。

なんとなくオリジナルの部分もなくはなくなくない感じに仕上がった……かな?

ではでは。


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第百話 言いたかった"一言"

記念すべき百話目ですっ!

百話に相応しく綺麗に締められたと思っています。
まぁ相応に難産でしたが……

では! 貫禄の百話…どうぞ!!


「……宴会といっても小規模なのね」

 

「そりゃそうさ、今回の主役はお前たち姉妹なんだ。紅魔館勢だけで十分だろ」

 

「それなら双也が居るのはおかしくないかしら?」

 

「違いない。でも発案者なんだから、同席させてくれよ」

 

異変を起こしてから一ヶ月と少し。

私達は今紅魔館の庭で料理を並べて宴会の準備をしていた。と言っても、ほとんどは咲夜がやってくれているのだが。

パチェはずっと本を読んでいるし、美鈴はフランと遊んでいる。私はといえばこの男…双也と雑談していた。唯一まともなのは、咲夜の手伝いをしようとしていたこあだけだ。

あくまで"しようとしていた"だけだ。実際は咲夜の仕事が早すぎて着いていけてないらしい。

 

そもそも何故宴会をする事になったのか。

それは数日前、双也がここに来た時に言ったことが原因だった。

 

 

 

 

 

 

 

『みんなで宴会しよう!』

 

『……は?』

 

なんの脈絡もなく放たれた言葉に、私はただただ驚くしかなかった。

いや、驚くのとは少し違う気もする。まぁ要するに、双也の言葉がよく分からなかったのだ。

彼から見たら私はさぞ微妙な表情をしていることだろう。

 

『…なぜそうなったのかお聞かせ願えるかしら?』

 

『もちろん』

 

彼は両肘を机につき、手を組んで話し始めた。

 

『…まぁ簡単に言えば、お前たち姉妹の仲を取りもちたくなったんだ』

 

『………何故? 貴方は一応部外者の立場のはずよ。そんな気を起こす理由がない。必要もない』

 

私は彼の言葉に内心驚きつつも、あくまで突き離す姿勢を崩さなかった。

 

"私たちの仲を取りもちたい"

その申し出が嬉しくなかったわけではない。ただ……これは私たち姉妹の問題である。

他人が付け入る必要はないし、私がどうにかしなければいけない事柄だったのだ。

 

部外者である双也がそう言った意味が分からなかった。

私も受け入れる気は無かった。

 

………初めは。

 

『確かに必要は無いかもな』

 

『そうでしょう? 貴方がそんな事をする必要はーー』

 

『でも、理由ならある』

 

その時の双也の目は常に真剣そのものだった。

 

『…それは?』

 

『お前たちが仲直りするように促したのは俺だから』

 

彼は、さらりとそんな事を言ったのだった。

言葉は更に続く。

 

『考えても見てくれよ。俺は部外者とはいえ、結果的にフランの過去に踏み入って、お前と話す機会を作った』

 

『…そうね』

 

正確にはフラン()なのだけど。

 

『その上、こうしてお前達姉妹の過去を聞いてしまっているんだ。気持ちを分けたとは言わない。でも、過去はもう共有してるんだよ』

 

『…つまり?』

 

『そこまで踏み入っておいて、未だ完全に修復していない姉妹を放っておくのは人として酷いと思わないか?』

 

『…………なんだ、ただの余計な良心か…』

 

この男の話を要約するならばこうだ。

"姉妹の事情に踏み入ってしまったのだから、ここで助けないのは人としておかしい"

 

なんと…なんと余計なお世話だろうか。

私達姉妹の問題は、人としてのメンツのついでに助けられる程価値の低いものではない。

ずっと悩み続けてきた、大切な大切な問題なのだ。

 

それをこの男はどうだ。

勝手に私たちの過去に首を突っ込んだ挙句、メンツなんてくだらないモノの為に手助けしようとしている。

そんな手を借りるくらいなら悪魔の手でも取っているところだ。

 

真剣な表情なものだからどんな大義名分があるかと思えば……。

私はだんだん、この男に怒りを湧き上がらせていた。

 

『余計な良心ってなんだよ』

 

『そのままの意味よ。特に意味も無い良心なんて受ける気は無いわ。そんなもので片付くほど、私達姉妹は無価値では無い』

 

そう吐き捨て、席を立ち上がろうとした時、未だ真剣な表情を崩さない双也が声を低くして言った。

 

『そうだな。確かに姉妹ってのは無価値なんかじゃない。……だからこそ、助けたいって言ってるんだ』

 

『ッ! お前はまだーー!』

 

振り向き、怒鳴りつけようとした私は、彼の真っ直ぐな目を見て言葉を詰まらせてしまった。

ただの良心で動こうとしている人の目には見えなかったのだ。

 

『よく聞けよレミリア。…お前は妖怪だ。長い時を過ごす事が出来る強い妖怪』

 

『…そうね』

 

『そして姉妹ってのは、同じ時を過ごすことの出来る数少ない存在なんだ。……その大切な存在とすれ違ったままなのは、"勿体無い"なんて話じゃない。…とても悲惨なんだよ』

 

「…ッ!」

 

そう言った双也の目は、恐ろしいほどに力が篭っていて。

反論する気はその力で一気に削がれてしまったのだった。

いや、彼の目の鋭さを考えるならば、"刈り取られた"の方が適切かもしれない。

それ程、誰にも有無を言わせない力が篭っていた。

 

だからこそ、尋ねたくなる(・・・・・・)のは自然な事だろう。

 

『お前は……今までどれだけソレ(・・)を…』

 

『…さてね。数えるのはもう随分前にやめたよ』

 

そうして顔をフイッと背けるのだった。まるで表情が見られるのを拒むように。

 

それを見た私は、身の内に込み上げていた怒りが少しずつ収まっていくのを感じた。

その理由は頭でもしっかりと分かっていて、彼の申し出を拒絶する意思はもうすっかり薄れてしまっていた。

 

『…分かったわ。貴方の提案、呑むとしましょう』

 

『ホントか?』

 

『ええ。先人の言葉は大切だって言うしね』

 

『…ふっ、そっか』

 

 

 

 

 

 

そして現在。

 

紅魔館だけでの小さな宴会は既に始まっていた。

みんなそれぞれ料理を取り、酒を飲み、各々が楽しそうに騒いでいる。

 

「ちょっと美鈴さん! 私の分も残してくださいよ!」

 

へ? はってほあはんは(え? だってこあさんが)ほふのはほほい(取るのがおそい)ほははふいんははいへふはー(のが悪いんじゃないですかー)

 

「モゴモゴ喋らないで下さいよー!」

 

こあが必死に訴えているが、当の美鈴は知らない顔をしている。

ちょっと可哀想ではあるが、楽しそうなので無問題。

 

「へっへー、ぱちゅりーよ〜。もっとのめのめぇ〜!」

 

「…もう十分飲んでるわよ」

 

「あ〜ん? わらしのさけがのめねぇのかぁあ?」

 

「…面倒くさいわね…」

 

こちらはパチェが絡み酒に会っていた。

っていうか、なんで白黒の魔法使いがここに居る。お前は紅魔館の人間ではないだろ。

 

「うるっへ〜れみりゃぁ! えんかいあるところにわらしあり! どこらろうがえんかいがありゃあわらしはいくんらよっ!」

 

「……今戦ったらうっかり殺しそうね」

 

「魔理沙って酔うとあんなベロンベロンになるのか…確かに隙が多過ぎてうっかり殺しそう…」

 

私の意見には双也も同調してくれた。今なら容易に追い返すことも可能ではあるが、わざわざ楽しんでいる者をこの場から追い出すほど私は鬼畜外道ではない。

宴会に限っては"入る者拒まず、去る者追わず"だ。

 

「ワインは如何(いかが)ですか双也様?」

 

「ん、おおありがと。いただくよ。…えっと…」

 

十六夜咲夜(いざよいさくや)です。異変の時には、倒れたあなたの看病をさせて頂きました」

 

ベロンベロンに酔った魔理沙&絡まれているパチェを眺めていると、隣で咲夜と双也の会話が聞こえた。

そちらを向くと、咲夜を見て双也が驚いた顔をしていた。

 

「あっ! 藍が迎えに来るまで看病しててくれたのか! じゃあ改めてありがとう。助かった」

 

「いえいえ、屋敷内で死なれても困りますから」

 

「は、ははは…」

 

あくまで笑みを浮かべている咲夜に、双也は乾いた笑いを送っていた。

まぁ分からなくもないわね。自分の目の前で、助けた理由が"館で死なれなら困る"なんて。

それでは館以外ならどこで死んでも構わないという意味じゃないか。

そんな言葉を笑みを浮かべながら言われたら私でも軽く凹む。

 

ワインを注ぎ終えると、咲夜はパッと何処かへ消えてしまった。

恐らく台所か何処かだろう。もう少し手を休めても構わないのに…。咲夜は少し仕事に熱心過ぎる気がする。

 

…まぁそれで私が困る事なんて無いから良いのだけど。

 

そんな事を考えていると、ユラユラとワインを揺らしている双也に声をかけられた。

 

「なぁレミリア、そろそろ緊張も解けてきたろ?」

 

「……そうね」

 

「なら、ちゃんと伝えたい事は伝えろよ。その為の宴会なんだ」

 

彼はそう言うと、ちょこんと美鈴の隣に座って静かにしていた"あの娘"に声をかけた。

 

「おーいフラン! ちょっとレミリアが話あるってよ!」

 

声にピクッと肩を揺らし、フランはゆっくりこちらに歩み寄ってきた。

…その瞳は少しだけ揺れていた。

 

「俺が出来るのはここまでだ。あとはお前の仕事。……上手くやれよ」

 

そう言い残し、彼は別の集まりに混ざっていった。

入れ違えるように、フランが隣に座り込む。

 

「な、何? お姉様…」

 

「フラン…」

 

近くのグラスを取り、ワインを注ぐ。そしてそれを、フランに手渡した。

 

「え?」

 

「一緒に飲みましょ?」

 

そう言って笑いかけた。

 

さて、まずは緊張を解くところからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでね! 美鈴ったら咲夜に怒られて泣いてたんだよ!」

 

「うふふっ それは可哀想だったわね」

 

そうしてしばらくフランと談笑していた。

初めこそオドオドしながら話してはいたけれど、私が笑って返してやるとどんどん笑顔が増えていって……。

 

"ああ、この娘はこんな表情も出来るんだ"と、

 

"それを私が奪ってしまったのか"と、

 

顔にこそ出さなかったけれど、心の内では酷く後悔していた。

でも、流石私の妹というのか、フランはそれも見抜いていた。

 

「あの、お姉様…? 私のお話…面白くなかった…?」

 

そう上目遣いで問いかけてくるフラン。

少し驚いたけど、頭を優しく撫でてやりながら答えた。

 

「そんなことないわよ。とっても面白かったわ。…久しぶりにあなたとこんなお話が出来て…嬉しいわ」

 

「…私もだよ、お姉様」

 

だんだんと気持ちも落ち着いてきた。

そろそろ…本題に入ろう。

ただこうして話すだけでは解決しない問題が、私達にはある。

 

495年間、

ずっとずっと言いたくて、

ずっとずっと言えなかった言葉。

 

双也が作ってくれたこの機会、逃したら終わりだ。

 

「ね、フラン」

 

「なぁに?」

 

「私の事……恨んでる…?」

 

自分でも驚くほど、弱々しい声が出た。

本当は目を見ながら話さなきゃいけないのに、それも私は出来ていない。

フランの顔を、直視出来ない。

 

うつむく私の手を、フランは優しく握った。

 

「………恨んでるよ」

 

「………そうよね…恨んでる…わよね」

 

分かりきっていた事だ。

昔はいつも一緒で、楽しく暮らしていたのに、たった一日の出来事であんな突き離され方をすれば、恨むのも当たり前というもの。

…でも、それを改めて聞くと…やっぱり…。

 

「でも、勘違いしないでね」

 

「…え?」

 

顔を上げれば、フランは微笑んで私を見つめていた。

 

「確かに、私はお姉様を恨んでるよ、今でも。外に出るのは許されたけど私のお部屋はあそこのままだし、妖精のメイドたちは私を怖がって仲良くしてくれないし」

 

「…………………」

 

「でもね、双也と戦って、お話しして…"なんでお姉様を恨んでるのか"って、考えるようになったの」

 

「なんで私を…恨んでるのか…?」

 

「うん」

 

フランの目線は、魔理沙達と騒いでいる双也へ向かっている。

どこか、昔を思い出しているような表情だった。

 

「色々思ったんだけど、結局答えは簡単だったの」

 

「…?」

 

「私がお姉様を恨んでる理由は、お姉様が大好きだったから」

 

「え?」

 

どういう意味?

恨んでるのに…大好き? 私の…事が?

 

「嫌いな人に裏切られても恨むことなんてないでしょ?"私だって嫌いだもん! べーっ!"で終わりだよ。でも、お姉様は違うの。大好きだったからこそ、裏切られたら傷付くの。大好きだったからこそ…"恨み"が生まれるの」

 

私の手を握るフランの手に、力が篭った。

でも、それは痛みよりもフランの手の暖かさを伝えてくれた。

 

「双也と戦ってて気が付いたんだ。私がお姉様を恨み続けてられたのは、お姉様が大好きだったからなんだって。それを認めようとしなかっただけだったの。"私は嫌われてるんだから、私も嫌っちゃおう"って」

 

フランが"大好き"と言葉にする度、心の中に暖かさが広がっていく。

この娘を突き離した代償に冷たくなった心を、この娘の言葉が包み込んでいた。

 

「私はお姉様が大好きだよ。だから(・・・)今も恨んでる。でもこの"恨み"も、もう捨てようかなって思うんだ。……お姉様から、一言聞けたらね」

 

私からの…一言。

そんなの決まってる。

ずっとずっと言いたかったのだから。

誰よりもこの娘に、

どんな言葉より心を込めて、

 

そう、一言。

 

 

 

 

 

 

 

 

ごめんなさい(・・・・・・)。私も大好きよ、フラン」

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うん! お姉様、だぁ〜い好きっ!!」

 

「きゃっ! フラン!」

 

フランが勢い良く抱き着いてきた。突然過ぎて受け止めることは出来ず、倒れてしまった。

でも、今はそれでもいい。むしろこうしていたい。

 

私達がすれ違っていた空白の五百年。

その時間を少しでも取り戻せるよう、少しでも長くフランと触れ合っていたかった。

 

「上手く伝わったみたいだな、レミリア」

 

倒れた私を上から見下ろす双也。

思い返せば、フランとこんな風に和解する事が出来たのも、この男によるところが大きい。

双也が居なければこの娘は心を壊したままだったろう。

双也が居なければ私は上手く言い出せなかったろう。

 

……本当に、感謝している。

 

「ありがとう、双也」

 

「…どういたしまして」

 

ふふ、照れてるのかしら? そっぽを向いて。

 

「あ! お兄様(・・・)も大好きだよ!」

 

「おお、ありがとフラン………お兄様?」

 

思わず私も目を丸くしてしまった。

双也がお兄様? とてもじゃないが一瞬では理解できない。

 

「えっと…なんで双也がお兄様なの?」

 

「ん〜? だって、私達を救ってくれたでしょ? いつまでも名前呼びするのイヤだったの!」

 

「だからって…俺がお兄様? 俺レミリアと結婚する気なんてさらさら無いんだけど…」

 

「……ちょっと双也? 私もその気は無いけれどそれって"私に魅力が無い"みたいに聞こえるのだけど…?」

 

「そうは言ってないけどさぁ、俺ロリコンじゃないし、レミリアみたいな幼女を好きになることなんかーー」

 

「へぇ〜? いい度胸ね双也。幼女とか言ってるとグングニル飛ばすわよ?」

 

「お、じゃあ弾幕勝負するか? 俺は一枚、レミリアは三枚な」

 

「上等じゃない。その余裕ごと吹き飛ばしてあげるわ」

 

笑い声、煽る声、そして弾幕を放つ音。

愉快な幻想郷での一夜は、こうして更けていくのだった。

 

 

 

 

 

 




紅霧異変、これにて完☆結!

ついでに言っておきますが、レミリアとフランのは姉妹愛ですからね? 断じてガー○ズ○ブではないので悪しからず。

因みに異変時のフランとレミリアの会話では、フランの外出許可、レミリアの真意"だけ"が話し合われました。
カットしちゃいましたけど、そういう感覚ならばこの話も理解しやすくなるかと。

ではでは。


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第十章 春雪異編 〜取り戻した"罪の力"〜
第百一話 極寒に始まる


炬燵で引っ張ったお話。
ちょっとギャグ路線に入ってみました。

……面白さは保証しませんけど……

ではどうぞ!


白銀の雪がシンシンと降っている。

道行く人は皆傘を差し、積もった雪に足を埋めながら半ば大変そうに歩んでいた。

まぁ、そもそも人通りからして少ない訳だが。

 

「やっぱり冬には炬燵(こたつ)だよなぁ」

 

「そうですねぇ…足が暖かいと身体までポカポカしてきますからねぇ…」

 

「冬には炬燵、炬燵には蜜柑、そしてお茶。何となくホッとするな、確かに」

 

火の灯る掘り炬燵に足を入れ、蜜柑とお茶を食べながら和んでいる俺、霊那、そして慧音。

紅霧異変から半年程たった今日は、掘り炬燵完備の霊那宅へお邪魔していた。

 

ん? なんで掘り炬燵目当てでお邪魔してるのかって?

……察してくれ。魔法の森は今地獄と化しているんだ。

今更すぎる事だが、魔法の森って住むにはかなり適さない…どころか環境劣悪だよな。エアコンの暖房が意味を成さないくらい温度下がってるとかどういう事?

建て替えるのも面倒だし、どうにも出来ない問題なんだけどさ。

 

「そういえば…双也さん、最近霊夢の様子はどうですか? この間の赤い霧の異変…あれは霊夢が解決したって聞きましたけど」

 

思い出したように霊那が話を切り出した。

蜜柑を口に放り込みながら聞いてきたのでそこまで心配している訳でもないのだろう。

でも…様子はどうかって聞かれると……。

少し申し訳ない気持ちになりながらも、答えた。

 

「いやぁ…それがさ…もう随分と会ってないんだよね俺」

 

「? 如何してですか?」

 

「数年前にさ、神社で寛いでたら"出てけっ!"って言われてな? 思春期だからだろうけど、それ以来どうも顔出し辛くて…」

 

自分でも"なんと情けない理由か"と思わないでもない。

数年前に一度出てけと言われた程度で出入りに気後れするなど、変なところでピュアなものだ。

どう考えても既に安定している頃だろうに。

 

「異変の時は会わなかったんですか?」

 

「首謀者の妹を落ち着けたら力尽きちまった」

 

「そうですか…」

 

俺の返事にはやっぱりガッカリしたようで、霊那の声は若干弱々しかった。

…いやホント申し訳ない…。

 

「ま、まぁまぁ、霊夢も立派な博麗の巫女なんだ。気にかける必要も無いだろう」

 

この微妙な空気を感じ取ったのか、若干焦りを浮かべながら慧音がフォローしている。

…その行動すら微妙な空気を生み出していることに彼女は気付いているのだろうか…?

 

「まぁ…そうですね。一人娘の事は信じないと。生活とか戦闘のコツは教えましたし、怠け者ですけど大丈夫ですよね」

 

と、初めのような何気ない表情で霊那は言った。

そ、そうだよな。俺たち年長組が信じてやらないと…な。うん…。

 

……話題変えよう。

 

「そうだ慧音、最近寺子屋はどうだ? 冬だし、病気にかかった子とか出てないか?」

 

こうなったら慧音に話題を振るしかない。

幸い慧音は教師だし、話題が尽きることは無い。

日々子供達の相手で愚痴が溜まっていやしないだろうか。

 

そんな思惑を密かに持っていた訳だが、慧音は予想外に不機嫌そうな顔をした。

 

「様子も何もあったものか! 最近はずっと雪が降ってばかりじゃないか! 危険だから寺子屋はずっと休みだ! 正月休みすら明けていない(・・・・・・・・・・・・)!」

 

 

……………え、まじで?

 

 

「そういえばそうですねぇ、この炬燵に焼べる薪ももう底をつきかけてますし」

 

「それは困ったものだな。この寒さでは薪がなければ凍えてしまうぞ…」

 

「まぁお札を使えば如何にかは出来るんですけど……双也さん?」

 

「ん? どうした双也、ボーッとして…」

 

考えてみれば確かに…長いこと雪を見ている気がする。

それによく見りゃ外だってあり得ないくらい積もってるじゃないか。

なんで気がつかなかったし、俺。

 

「いや…少し考え事…」

 

「「?」」

 

って事は、本当はこの時期は春に当たる訳で……紅霧異変の次……!! 春に…雪。

 

「遂に……来た」

 

「うん?」

 

「何がです?」

 

不思議そうな表情を浮かべる二人を尻目に、俺はなりふり構わず大声をあげた。

 

「遂にこの異変がきたぁぁあああ!!!」

 

「ど、如何したいきなり!?」

 

「異変? やっぱりこの雪の事ですか!?」

 

嬉しい!

相当に嬉しい!

幻想入り直後に出鼻をくじかれてから全く気にしていなかったけど、実際この時がくるとすんげぇ嬉しい!!

ヤベェもっかい叫びてぇ!

 

「な、なんだかよく分からんが取り敢えず落ち着け! 次叫んだら頭突きするぞ!」

 

……喜びを叫ぶのは封じられてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

さてさて、異変に気が付いたからにはすぐにでも出発したい所なのだが……どうしようか。

一人で行くのもなんとなく味気ない感じがするし…。

 

紅霧異変の時は通りがけに魔理沙と出会ったから一緒に行ったが………あ、適任がここに居るじゃないか。

 

「…………………(じー)」

 

「…………………えっと…」

 

その考えに至った時には、俺は既に霊那をじっと見つめていた。

それに気が付いた彼女も神妙な顔をしている。

 

「な、なんですか双也さん…?」

 

「霊那、一緒に冥界(・・)行かないか?」

 

「……え?」

 

案の定霊那は目を丸くして驚いていた。

まぁそりゃ、突然冥界行こうなんて言われればそうなるだろう。無理もない話だ。

 

「えっと…なぜです?」

 

「用事があるから一緒に行ってくれないかって事さ。一人じゃ味気ないだろ?」

 

「一応異変解決なんですよね?」

 

「一応な。でも一番の理由は味気ないから」

 

「そんな理由ですか…」

 

「そんな理由なんです」

 

霊那は少し考える素振りを見せると、少しため息をついて頷いた。

 

「ふぅ、仕方ないですね…良いですよ。着いて行ってあげます。暇していましたしね」

 

「よっしゃ、じゃ準備してこい!」

 

促すと、霊那は部屋の奥へと消えていった。恐らく押入れを漁るのだろう。

博麗の巫女として活動していた頃の道具は全部しまったって言ってたし。

 

彼女が奥へ消えるのを見届け、俺は話に入れなくて置いてけぼりをくらっていた慧音に声をかけた。

 

「慧音、お前には留守番頼むよ。先代博麗の巫女の家に押し入る輩なんてそうそう居ないとは思うが…念の為な」

 

「肩書きが家を守ってるみたいだなぁソレ。じゃあ私は昼寝でもしてようか…」

 

「……まぁ好きにしてくれ」

 

「双也さ〜ん、準備出来ましたよ」

 

「お、意外に早かったな」

 

早々に準備を済ませたらしい霊那に目を向けた。

彼女は人里の人々が着ているような着物から、現役の頃身につけていた服……赤と白の巫女服に着替えていた。

ただし霊夢のとは少し違って、袖こそ切り離されているものの赤い紐で繋ぎとめられていたり、スカートではなく袴だったり。

過度な露出がない分、霊那の清楚さを思わせる服装だった。

 

「武器持ったか? 念の為だけど」

 

「この札の中に。うまく扱えるか心配ですけど…身体が覚えていてくれますよね」

 

「………まぁ…お前の剣技(・・)は鬼をも斬り伏せるからな…」

 

「それは買い被り過ぎですよ。鬼の拳を斬って止めるなんて化け物の所業じゃないですか」

 

(…遠回しに"お前って化け物だよな"って言ってんだけど…)

 

軽くそんな会話を交わしながら、俺たちは外に出た。

予想通り、というか予想以上に外は寒かった。

また炬燵に潜り込みたい衝動が物凄いんだけど。

 

「ううう……じゃ、行くか…」

 

「ええ」

 

「二人とも気をつけてな……って心配する必要も無いか」

 

「言葉にするのが大切なんですよ慧音さん。ありがとうございます。行ってきますね」

 

慧音に見送られ、空に飛び上がった。

 

さぁ、待ってろよ相棒(・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜博麗神社 霊夢side〜

 

「はふぅ、やっぱり炬燵よねぇ…あったかいし、五月蠅い音立てないし、おまけにみかんとお茶まで置ける。……もう手放せないわ」

 

「何言ってんだよ霊夢! 完全に異変だって言ってるじゃんか! こんな所サッサと出て解決しに行くぜ!」

 

「聞こえなーい聞こえなーい。騒がしい白黒の声なんて聞こえなーい」

 

「コイツ…ッ」

 

博麗神社の居間はまさに天国。

暖房(炬燵)にマット、蜜柑にお茶。部屋の中も暖かくなってるし、正直言ってこんな生活が出来るなら長い冬の異変なんてむしろ好都合だ。

 

天国からわざわざ出て仕事? そんな馬鹿馬鹿しい話があってたまるか。

私は人生をなるべく損せずに生きていきたいのよ!

 

「このまま冬が続いたら私どこに住めば良いんだよ!」

 

「知らないわよそんな事。そのまま住めばいいじゃない」

 

「今の魔法の森は地獄そのものだっての! そりゃもう地獄最下層と言われるコキュートス並みなんだぞ分かってんのか!?」

 

「五月蝿いわねぇ…」

 

キンキン響く魔理沙の怒鳴り声に耳を塞いだ。

だいぶ切羽詰まってるし本当に困っているのだろうけど……一つ言わせてもらおう。

 

「じゃああんたも早くここから出て異変解決に行きなさいよ」

 

炬燵の魔力(誘惑)が私の魔力より大きかったから出られないんだぜ。悔しいがな!」

 

「ほら見なさい。あんたも同じじゃないの」

 

「霊夢と一緒にするなよ。私はあくまで炬燵に負けただけなんだ」

 

「人はそれを屁理屈って言うのよ、白黒の魔法使い」

 

「そうよ! 大体私に仕事押し付けて自分だけぬくぬく待ってるなんて虫が良すぎ…る………」

 

あれ、今私たち以外の声が……

 

「ほら二人とも、駄々捏ねてないで行くわよ。異変解決」

 

「…なんで咲夜がいるんだ…?」

 

「時間止めて来たんでしょ。スキマ妖怪みたいでホント迷惑よ。しかもちゃっかり炬燵入ってるし…窮屈だから出なさいよ」

 

「外が寒かったんだもの。炬燵に入るくらい良いじゃない。そもそも炬燵って四人で囲むものではなくて?」

 

「むぅ、正論ね…」

 

あくまで落ち着いて対応する咲夜に言いくるめられてしまった。

弾幕勝負じゃ負けないのに、なんか悔しい。

 

ってそんな事はどうでもいいのよ。

 

「で? 咲夜も異変解決しに行くの?」

 

「ええ。お嬢様方が寒さで震えてしまってね。本当は寒いのに"こ、これくらいきゅ吸血鬼であある私達には涼しいくくくらいよっ"って強がっているのを見てたら可哀想になってきちゃって」

 

「鼻血出しながら言われても説得力ないぜ」

 

「うるさいわよ魔理沙。これは忠誠心の表れだからいいの」

 

(鼻血で表せる忠誠心ってなによ…)

 

時々咲夜の人間性が分からなくなる時がある。

巷では"完璧で瀟洒、そして美人なパーフェクトメイド長"とか思わず笑いたくなるような噂が飛び交ってるが、実際関わりを持ってみるとコレだ。レミリア達の話題になるとちょくちょくと鼻血を流す。

しかもそれを忠誠心だとか…本当に分からない。

分かってはいけないということは私の勘が囁いていた。

 

…ある意味人格破綻してるわよね、この女。

 

「さぁ、茶番もこれくらいにして行くわよ」

 

ハンカチで鼻血を拭き取りながら促してきた。

本人は行く気満々のようだが………乗り気でない私達はこの通り。

 

「え〜、私面倒だから行きたくないんだけど」

 

「二人が行ってくれるなら私はここで待ってるぜ」

 

「あんた達ねぇ……」

 

咲夜は青筋を浮かべながら震えているが、そんなの知った事ではない。

面倒くさいったら面倒くさいのよ。そんなに行きたいなら一人でいけばいい。なんで私たちを巻き込むのか。

 

「一人で行ってくれば良いじゃない。完璧で瀟洒なメイド長なんでしょ? こう…チャチャッと解決してきてよ」

 

「そうだぜ咲夜。三人も行く必要ないだろ? ここは新入りである咲夜が勉強も兼ねて行くべきだぜっ」

 

「先輩面したいならせめて着いてきて指導して欲しいものだわ…」

 

寝っ転がって横になっている私の耳に咲夜の盛大な溜め息が聞こえた。

そんな"疲れましたよ"アピールされても行く気はない。

意味無いのに溜め息吐かれるのは空気が悪くなるからやめて欲しいものだ。

あー、そんなこんなしてたら眠くなってきたわね。

布団行くのも寒くて嫌だしこのまま寝ようかしらーー

 

 

 

 

 

 

 

「手伝ってくれたら今度美味しいものご馳走しようと思ってたのに…」

 

 

 

 

 

 

 

ーー…なんですと?

 

「今…なんて言ったのかしら咲夜? ご馳走って聞こえたんだけど」

 

「ええそうよ。でもあなた達行く気なさそうだから辞めることにしたわ。あー勿体無い」

 

はぁぁ〜…っとわざとらしい溜め息を吐いてみせる咲夜。

居間から出て行こうとした彼女を呼び止めたのは魔理沙だった。

 

「あ、あー! たった今炬燵の魔力に打ち勝ったところだぜ! だから異変解決の先輩として着いて行ってやるよっ! 礼は咲夜の料理でいいぜ!」

 

「ちょっとズルいわよ魔理沙! あんたはここでぬくぬく蜜柑でも食べてなさい! 咲夜の料理は私が全部戴くわ!」

 

(……単純な人たちね…)

 

咲夜はメイド長と言うだけあって作る料理は絶品だ。

一人暮らしの私も料理は出来るけど……悔しいが咲夜の足元にも及ばない。

しかも料理目当てで紅魔館に行っても(殴り込んでも)

大体は料理なんて出してくれないのだ。

 

つまり………このチャンスは逃せないっ!

 

「はいはい、手伝ってくれたらちゃんと作ってあげるから喧嘩しないの。それで足引っ張るようならあなた達から料理するわよ?」

 

「ぐぅ…独り占めは無理って事ね…」

 

「ほれ見ろ貪欲脇巫女。欲張ると損するぜ?」

 

「うるっさいわよ魔理沙! あんただって欲望丸出しだったじゃないの!」

 

「私のは欲望じゃなくて本能だ。美味いもん食いたいってのは生物としての本能だろ?」

 

「また正論っぽい屁理屈を……」

 

そうしてドヤ顔をする魔理沙。

殴りそうになったのを抑えるのが中々大変だった。多分拳は普通に震えているだろう。

……仕方ない、妥協案だ。

 

「じゃあもう三人で行きましょ。寒いから早く終わらせたいし。咲夜は終わったら私達二人にご馳走する事。良いわね」

 

「分かったわよ。仕方ないわね」

 

「よろしい」

 

中々炬燵から出てこない魔理沙を、咲夜は引きずりながらも外へ出していった。

そして私は、未だ炬燵から離れたがらない身体をどうにか持ち上げ、いそいそと準備を始めるのだった。

 

さ、料理の為にも頑張りましょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「? コレで強くなったの?」

 

「ええそうよ」

 

「わーいやったぁ! コレで仕返しができるってものよ!」

 

「良かったわね」

 

 

(さて、コレで"くろまく"っぽいかしらねぇ。ふふふふ)

 

 

 

 

 




後半になる程文章力が低下するこの体質……どうにかなりませんかねぇ……

ではでは。


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第百二話 哀れ妖精の仕返し

最近6000文字越えが多い気がする……

ではどうぞ。


春度(しゅんど)って知ってるか?」

 

「春度……ですか? なんですかそれは?」

 

雪の舞う幻想郷の空を飛びながら霊那に尋ねた。

案の定彼女は知らなかったらしく、不思議そうな顔をしている。

 

「春度ってのは、言ってしまえば春そのものの事なんだ。これが集まって、満ち溢れる事で春が訪れる」

 

「じゃあ、今のこの状態はその春度が無い状態って事ですか?」

 

「ん〜…惜しいな。無いには無いんだけど少し違う」

 

流石、先代博麗の巫女だけあって理解力がとてもよろしい。

だが、ほぼあってはいるが、少しだけ違うのだ。

今年春度が集まらなかったのは自然現象じゃあない。

 

「幻想郷がこんな状態なのは、自然になった事じゃないんだ。故意的なもの………つまり、春度は奪われたって事だ」

 

「奪われた!? そんな事出来るんですか!?」

 

霊那はとても驚いた顔をしている。

まぁ確かに、"春を奪う"なんて意味分からない言葉を目の前で肯定されたらそりゃそうなるよな。

 

「出来る!……らしいな、どうやら…」

 

「…なんですか、その曖昧な返事は…?」

 

「えっと…実は俺もやり方が分かんないんだよな、オマケに春度を感じる事も出来ない…」

 

恥ずかしながら、頭をポリポリと掻きながら答えた。

だって"春"と"奪う"って言葉的に噛み合わないじゃん。俺だってよく分かんねぇよ。春なんてどうやって奪うってんだ。出来るもんなら手に持ってみたいよ春。

 

「まぁ…取り敢えず奪えるものなんだよ春度って。 よく分かんないけどそうなんだよ…」

 

「投げやりになりましたね…」

 

うっせ。俺は全知全能じゃあないんだっての。

 

「えっと…じゃあこの異変を終わらせるには、何処かに奪われた春度を解放すれば良いんですね?」

 

「何処かっていうか、これから行く冥界だな。そこに俺も用事があるし、春度が集められてるのもそこ。つまり一石二鳥ってこった」

 

「なんでそんな事知ってるんですか?」

 

「神様だからさ、俺」

 

「答えになってませんよそれ?」

 

うぐぐ、困った時の"神様だから"は霊那には効かないらしいな。

彼女の不審の眼差しが少し痛い。

つーかさ、意外と効かないヤツ多いよなコレ。

なんで困った時にはこう言おうって思い至ったのだろうか?

昔の俺に問いかけたい。

 

暫くすると、霊那は聞き出すのを諦めたのか、ブツブツと情報を整理し始めた。

 

「えぇ〜、今回の異変は春度が奪われた事によって引き起こされた、冬があまりにも長すぎるという異変」

 

「そうだな」

 

「で、それを解決するには冥界に集まった春度を解放する事が必要、と」

 

それとー…と、霊那は要領よく情報を纏めていた。

しばらく聞き流していたのだが、その中に思いがけず引っかかった言葉が。

 

 

 

 

 

「春度を集めて…首謀者は何をする気なんでしょう…?」

 

 

 

 

 

「…!」

 

首謀者の目的………冥界といえば、思い出したくもないあの悲劇。そして、その一番の被害者たるアイツ(・・・)

 

(何だっけ……この異変の目的…)

 

紅霧異変の時と同じだ。重要な所ばかり俺の頭は覚えていてくれない。

こんなに大切な事な気がするのに、全然浮かんできてくれないのだ。

 

でも、大切な事を忘れているのは確か。

 

ノロノロ雑談しながら解決出来るほど、平和な異変でもなさそうだ。

 

(なんだ、待ち侘びたからって喜んでられる異変でもないな…)

 

「? どうしたんですか双也さん? どこか表情が険しいですよ?」

 

「……霊那、突然で悪いんだけど…嫌な予感がするんだ。だから…急いで良いか?」

 

「え? ま、まぁ良いですけど…」

 

「よし、飛ばすぞ!」

 

「あっ、待ってくださいよ!」

 

頭の中にモヤを抱えながら、雪の降る空を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ? 心当たり?」

 

「ええ。雪と言えば寒い、寒いといえば氷。……あんたも前の異変の時に見なかったかしら? あのバカ丸出しの妖精を」

 

「あー、居たなぁそんなの」

 

顎に手を添えながら、魔理沙はウンウンと頷いている。

勘で聞いてみたが、やはり前の異変の時に出くわしていたようだ。

っていうか、あの妖精ーーチルノって言ったかしら? チルノは湖を通る者全てにちょっかいを出しているみたいね…。異変云々を抜きにしても懲らしめておく必要があるわね。

 

「咲夜は知らねぇか? 一応お前ん家(紅魔館)の近くにいんだけど」

 

隣を飛ぶ咲夜に魔理沙が尋ねた。

 

「えっ!? あ、えっと…ええ、知ってるわ」

 

「? どうしたのよ咲夜。らしくないわね」

 

見慣れない彼女の態度に、私は構わず問いかける。

魔理沙の質問に狼狽える要素なんて無かったはずだけど?

ほら、魔理沙もキョトンとしてるし。

 

「な、何でもないわ。早く行きましょ」

 

「「?」」

 

魔理沙と顔を見合わせる。魔理沙も咲夜の様子に疑問符を浮かべていた。

普段はあんな澄まし顔でいる癖に、今日の彼女はどこか落ち着きがない。

どうしたんだろう?

 

少し速度を上げて先導する咲夜に、同じく速度を上げて着いていった。

 

 

 

 

 

 

 

「お、あそこに緑色のやつがいるぜ!」

 

「あー、あの妖精の側にいたやつね」

 

湖に近付くと、霧の隙間に見えた湖畔に緑色の妖精を見つけた。

異変で出くわした時にチルノの側にいた大人しめの子だ。

直接的な目当ての存在ではないけど、一番近い存在でもある。

あの子ならチルノの居場所を知っているだろう。

 

「ねぇちょっとそこの妖精! 聞きたい事があるんだけど……」

 

 

………反応は無い。

 

 

「……………なんだアイツ、聞こえてないのか?」

 

そんなに遠くから話している訳ではないのだけど……

どうやらあの子にはこちらの声は聞こえていないようだった。その証拠に、こちらには全く見向きもしない。

故意にそうしているならぶっ飛ばしてる所だけど…この子は大人しいしやめておきましょうかね。

 

こちらの声に反応しない妖精に首を傾げていると、同じく不思議に思っているだろう魔理沙がさらに近寄って行った。

私もそのあとをついていく。

 

「ーーー! やーーーこーよ!」

 

「…なんか話してるみたいね」

 

更に近付いていく。従って言っている事がはっきり聞こえるようになり……

 

「チルノちゃん! やっぱりやめておこうよ!」

 

「何言ってんの大ちゃん! さいきょーのアタイに逆らったんだから懲らしめてやらないと!」

 

ーーと、聞き捨てならない言葉が聞こえた。

 

「誰が、誰を懲らしめるって?」

 

緑色の妖精の後ろに降り立ち、霧でボヤけたシルエットに向けて大弊を向けて言い放った。

近付いた為霧も薄れ始め、チルノの姿も見えてくる。

 

「ここ通る度にイタズラばっかりするヤツにそんな権利無いのよ! 誰が何したかは知らないけどそんなの私が許…さ…」

 

「何よ! あんたも逆らうならチョー強いアタイがぶっとばすわよ!」

 

霧が晴れ、見えた先には確かにチルノが居た。別に怖くもない怒りの表情をこちらに向けている。

しかし……私が驚いてるのはその事ではない。

 

 

 

「あー!! あんた前の紅白と白黒! あとさっきアタイに攻撃してきたヤツ(・・・・・・・・・・・・・・・)!!」

 

 

 

ーーチルノの身体中にナイフが刺さりまくっていた、という事だ。

 

「「…………………(じー)」」

 

「な、何よ…邪魔してきたから攻撃しただけよ! 悪い!?」

 

私と魔理沙は無意識に焦り顔を浮かべる咲夜へと視線を向けていた。

なるほど、さっきよそよそしかったのはこの所為ね。

でも………さすがにやり過ぎじゃないかしら?

 

チルノの身体は、妖精だけあって人間の幼児くらいしかない。ただでさえとても小さな身体だというのに、その小さな身体に何十本と鋭いナイフが刺さっているのだ。さすがに私でも可哀想だと思うくらいである。

ってか、その状態でよく生きてるわね…。

妖精の生命力には真摯に驚かされた。

 

「お前…幼児をイジメて何が楽しいんだよ? 立派な犯罪だぜ?」

 

「あなたに言われたくないわよ魔理沙! 私だって撃退したあとにやり過ぎたとは思ったわよ!」

 

「いやぁでも…コレはさすがに無いわぁ…」

 

「魔理沙…痛い目に会いたいようね…」

 

挙句、二人が口喧嘩を始めてしまった。

主に魔理沙が原因ではあるが、それに乗ってしまう咲夜も咲夜だ。異変解決の最中だって分かってるのかしら?

ホント、こんな事で騒がないで欲しいものだ。

 

「ほらあんた達! 喧嘩なんかしてないでーー」

 

「アタイを無視するなぁ!!! ついでだからみんな一緒にぶっ飛ばしてやるわ!!!」

 

言いかけた所、チルノの叫び声と弾幕が私達に飛んできた。

妖力の上昇にいち早く気が付いた私はヒョイっと避けてみせる。喧嘩の最中だった二人も難なく避けたようだ。

空に上がって向き直り、悔しそうな表情をするチルノに問いかけた。

 

「さて、挑んでくるなら相手してあげるけど、今すぐこっちの質問に答えてくれたら見逃すわよ?」

 

「答えるわけ無いでしょバーカバーカ! あんた達なんかアタイの氷で凍っちゃえ!」

 

「……なぁ霊夢、コイツ私らに言ってんのか? 一発ぶっ飛ばしてもいいよな? 答えはーー

 

 

刹那、魔法陣から大量の星の弾幕が放たれる。

 

 

ーー聞いてないけどなっ!」

 

不意打ちにも程がある魔理沙の攻撃は、中々の密度でチルノに迫っていった。魔理沙の怒りが現れているようだ。

まぁ、誰もが認めるバカにバカって言われたんだからそりゃ怒るわよね。

私? 私は器が広いから怒ったりしないわよ。

決して拳を震わせてたりなんかしないんだから。ホントよ?

 

高火力を誇る星の弾幕は間断なくチルノに向かっていった。

さっきの緑色の妖精が居る事に関しては何も考えていないようで、緑色の妖精のいる場所は散らばった弾幕の範囲にがっつり入ってしまっていた。

まぁ、私が気にする事でもないのだけど。

 

「…まぁ魔理沙の弾幕じゃあ瞬殺よねぇ…さっさと叩き起こして事情聴取ーー」

 

「はっ? 何だコレ!?」

 

「……?」

 

驚いた声に、瞑っていた目を開ける。

隣では魔理沙も咲夜も驚きの表情を浮かべていた。

釣られて二人が見ているチルノの方へ目を向けるとーー

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー星の弾幕が、全て凍りついていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ、どういう事よこれ?」

 

呆気に取られていると、目の前の弾幕(氷塊)はけたたましい音を立てて崩れ去った。

キラキラと散る氷霧の先には、いかにもなドヤ顔をこちらに向けているチルノの姿が。

 

「ふっふーんだ! さいきょーのアタイにかかればこんなもんよ!」

 

「…どういう事? 力の弱い妖怪の弾幕とかならまだわかるけど、仮にも異変解決者であり、火力重視の魔理沙の弾幕よ? たった一妖精の所業とは思えないわ…」

 

咲夜の解説は尤もだ。

異変解決をするにあたって伴うのは当然実力。私達の中でも、特に高火力なのも当然魔理沙だ。

本気ではなかったにしろ、妖精程度倒すには十分過ぎる威力の筈なのに……妖精が出来る事の範囲を超えている。

となれば、考えられる事は限られてくる。

 

「……力が上がってるのかしら?よくよく感じてみれば、前よりも妖力が大きいし…」

 

「確かに…前よりも大きい気がするわね…」

 

「ちっ、まぁでもやる事は変わんないぜ! 力が上がったってんなら、それごと吹っ飛ばすまでだぜ!」

 

「あっ、ちょっと魔理沙!」

 

防がれた事で闘志に火がついたのか、ろくに考えもせず魔理沙は突っ込んで行ってしまった。

少しくらい警戒すればいいのに、と思わないでもない。

まぁ単純に火力勝負するのはアイツの良いところでもあるけれど。

そうして考察していた私達に先駆け、二人は既に弾幕勝負を始めてしまっていた。

 

「これならどうだよっ!」

 

「へんっ! そんなの凍らせちゃえば怖くないもんねー!」

 

「うざっ!」

 

若干表情に怒りが見える魔理沙の弾幕は、案の定チルノに氷漬けにされて砕けていく。最初のが唯のミラクルではないって事ね。

でも、攻撃に関しては前と何も変わっていなかった。

威力は多少上がっているようだけど、密度が薄っぺらい弾幕。

怒りで頭に血が上っている魔理沙でもかすりもしない程だ。

 

………ふむ、私もさっさと終わらせたいし、ここは協力しましょうかね。

 

「咲夜、少しチルノの相手しててちょうだい」

 

「え?」

 

「頼んだわよー」

 

「ああちょっと! 霊夢!………もう!」

 

何か愚痴を言いながらも、咲夜は魔理沙に代わって少々調子に乗っているチルノの相手を始めた。

咲夜も実力はあるし、任せてしまっても問題は無い。

手が空いた魔理沙の元へ飛び、ちょっとした打開策(・・・)を耳打ちする。

 

「ーーって事なんだけど。やれるわよね?」

 

「へっ、私を誰だと思ってんだ? バッチリ決めてやるよ!」

 

「ふふ、そうこなくちゃね」

 

作戦を伝えると、魔理沙はいつもの快活な笑みを浮かべて拳を突き出してきた。

それにコツンと同じく拳を当て、私は未だ戦闘の続く咲夜の元に飛んだ。

 

「さぁ、作戦開始よ咲夜」

 

「作戦って……私何も聞いてないけど?」

 

「弾幕打ってればいいのよ。あとは火力馬鹿がどうにかしてくれるから」

 

「……作戦なのよね?」

 

「作戦よ。こんなアドリブに付いていけないようじゃ異変解決者としてはまだ半人前ね」

 

「……………言いたい事はあるけどまぁいいわ…じゃ、始めましょ」

 

「ええ」

 

咲夜と並び立ち、踏ん反り返っているチルノへ弾幕を張り始めた。

 

「むだむだぁ!」

 

私が加わった事で弾幕の量は単純に二倍ほどになったはずだが、チルノはそれすら纏めて凍らせてしまい、弾幕は中々届かない。

やっぱり力が上がっている。何故かはまだ分からない。

 

「…やっぱり凍らされるわね。厄介だわぁアレ」

 

「そうね。でもその氷もいくつか弾幕をぶつければ壊せるし、力押しでいけるんじゃないかしら?」

 

「…まぁ、単調な攻撃じゃあ反応されるだけだけどね。 ……ペース上げてくわよ」

 

合図し、弾幕の放つ速度を上げる。

依然凍らされてばかりで一向に届く気配はないが、同時にチルノの攻撃も止まってしまっていた。

"攻撃こそ最大の防御"ってね。今は関係ないけど。

 

「むうぅ…二対一なんて卑怯よ! アタイだって怒るわよ!?」

 

さいきょーならハンデ(・・・・・・・・・・)をくれても良いじゃない!」

 

「こっちは一人じゃあんたの相手出来ない(・・・・・・・・・・・・・・・)のよ!」

 

「あそっか! アタイさいきょーだから二人でかかってきも何も問題なかったわ!」

 

 

やっばり馬鹿ねこの妖精。

 

 

「咲夜ぁ! ラストスパート!」

 

「分かったわ!」

 

弾幕の速度を更に上げる。

比例して凍りついていく速度も上がり………結果、とんでもない大きさの氷塊が出来上がった。

……作戦通りだ。

 

「今よ魔理沙ぁ!」

 

「心得たぜっ!」

 

氷塊が十分な大きさになったところで、待機していた魔理沙に叫んだ。

待ってましたと言わんばかりに、魔理沙は既にミニ八卦炉を構えた状態で、その中心部には光が集まっていた。

 

「恋符『マスタースパーク』!!」

 

極太のマスタースパークは出来上がった氷塊にぶち当たり、チルノの方へ砲弾の様に吹き飛ばした。

 

ま、簡単に言えば、凍らせるんじゃあ止められないくらいの物量でぶっ飛ばそう、という発想だ。

弾幕でチマチマ攻撃しても効果は薄いし、一発で倒せばそれだけ時間短縮になるし。

一石二鳥である。

 

「ナイス魔理沙、これで事情聴取出来るわ」

 

「私にかかればこんなもんだぜ! 咲夜も私を見習うといい!」

 

「私火力馬鹿にはなりたくないし、遠慮させてもらうわ」

 

「なんだとぉ!?」

 

二人仲良く(?)コントを始めたところで、チルノに話を聞きましょうか。

ちゃんと話を理解できればいいけど…………って、ん?

 

「きゅうぅ〜…」

 

「あらら、目回してるわね。起きろーチルノー! ……ダメね…」

 

氷塊の威力が強すぎたのかしら? 頬を叩いても起きないのでは大抵何しても起きない、と言うのは我が兄貴分で実証済みである。

そういえば緑色のもちゃっかり近くで気絶してるわね。

取り敢えず……文句言ってやらないと。

 

「ちょっと魔理沙! 威力強過ぎて起きなくなっちゃったじゃない!どうしてくれんのよ!」

 

「ああ!? 私の所為かよ! この作戦言い出したのお前だろ!?」

 

「起きなくなるまで強くなくても良いじゃない! そこらへんちゃんと考えなさいよ!」

 

「まぁまぁ二人とも…」

 

「「うっさい咲夜!!」」

 

へらへらした表情がなんとなくムカつく咲夜に怒鳴った。

不覚にも魔理沙と被ってしまったが。

ま、コイツとの啀み合いなんて日常茶飯事以外の何者でもないし、切りのいいところで止しましょうか。

 

そんな事を考えながら魔理沙を睨んでいると、近くの茂みからカサッと音が聞こえた。

二人にも聞こえたようで、啀み合いはやめて三人顔を見合わせる。

 

「今…音がしたよな」

 

「ええ…」

 

「追うわよ二人とも。……さっきの音がしたとこ、妖力の残り香がある」

 

先ほど音のした茂みを睨みながら二人に告げた。

感じる限りではそこまで強くはなさそうな感じだが、妖怪の中には極限まで妖力を抑えられる者もいるらしい。かつてそんな妖怪も居たと紫に聞いた事がある。

…用心する事に越した事はないわね。

 

「……行きましょ。ここに居ても何も始まらないし」

 

「お、おう…」

 

「……………」

 

気絶している二人の妖精を横たえ(チルノに関してはナイフを抜いてあげて)、私たち三人は怪しい影の残り香を追って歩を進めた。

 

 

 

 

 




最近筆が進まなくて困ってるぎんがぁ!です。どうも。
この回なんて3週間くらいかけてチマチマ書きましたからねぇ…
内心、そのうち書き溜めが尽きるのではないかと震えておりますw

ではでは。


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第百三話 WIREPULLER?

初めに言っておきます。
今回本当に雑ですっ! ご注意をっ!
次回からは回復すると思いますけどもっ!

ではどうぞっ!


妖力の残り香を辿り、雪の積もる森の上を風を切って飛んでいる。

速度はかなり上げてるし、もうすぐ追いつく筈。

さぁて、怪しい奴は一人残らず懲らしめないとね。

 

更に速度を上げようとした時、隣を飛ぶ魔理沙がボソリと呟いた。

 

「うぅ…なんか…寒くないか?」

 

「冬なんだから当たり前でしょ? 私だって寒いわよ。今すぐにでも炬燵に潜り込みたい気分」

 

「そーじゃねぇよっ。つーか気分に関してはみんな同じだろっ!」

 

魔理沙はそう言うと、マフラーで口元を隠しながら眉根を寄せて言った。

 

「そうじゃなくて……なんか、どんどん気温が下がってきてないか(・・・・・・・・・・・・・・・・)、って事だよ」

 

「気温?」

 

言われてみれば……さっきよりも首元がスースーするわね。

マフラーは巻いてあるけれど、その隙間を通る寒気の冷たさが異常だ。

冷た過ぎて感覚が麻痺していたのかも知れない。肌じゃ冷たさを感じられなくなっているし。

 

……え? 脇? 脇なんて寒く無いわよ。慣れてるからね。

 

「こんな寒い冬はもうゴメンね…早く異変を片付けないと…」

 

「そうね咲夜。丁度妖力の残り香も…………あら?」

 

……おかしい。妖力の残り香がここで途切れている。

正確には、ここら辺で漂って終わっているのだ。

 

じゃあその妖怪自身は何処へ?

 

「どうするのよ霊夢。手掛かりっぽかった妖力はここで途切れてるけど」

 

「はぁっ…どうせ姿を現わす気が無いなら紛らわしい事しないで欲しいわ。無駄足になっちゃうじゃない…」

 

「確かにな。こっちは早いとこ異変を片付けて美味しいご馳走を頬張りたいっつーのによ」

 

「本音がただ漏れね魔理沙」

 

「おっと失礼」

 

ここまで追いかけて手がかり無しっていうのは少し痛い。

あんまり時間を使いたくないっていうのに、向こうはそれも御構い無しなようだ。

 

「そもそも、結局妖力の正体は何だったのよ」

 

「あぁ確かにそうだな。妖力も途切れてるし、姿も現さないし」

 

「八方塞がりねぇここまで来ると。また別の方法で探すしかないんじゃないの? ついでに、運が良ければ妖力の正体もつかめるかもしれないし」

 

三人でそんな事を言い合っていた。

実際私たちは手詰まりの状態である。最初にチルノに聞こうと思ったことは何処かの誰かさんのお陰で出来なくなったし、こうして追いかけてきても当の怪しいヤツは姿を見せないし。

やっぱり勘に頼るしかないのかしらねぇ…。

 

三人でうーんうーんと唸りながら頭を悩ませていた。

情報が無いとはこんなに厳しいものだったか、思い知らされるわね。

 

そして、取り敢えず進もうと促そうとした直前、上の方から女性の声が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「く〜ろ〜ま〜く〜」

 

 

 

 

 

 

 

「「「……………は?」」」

 

上からゆっくりと降りてくるのは、白い帽子に白い服…とにかく白ばっかりの服装をした女性だった。

私たちと同じ高度まで降りてきたところで静止し、女性が顔を上げた。

 

 

「「「……………は?」」」

 

 

「うっ、そんな痛いものを見るような目しないでよ…」

 

「「「実際かなり痛い」」」

 

「…けっこう毒舌ねあなた達…」

 

女性は変に泣くような素振りをし、少しだけ私たちから後ずさった。

そういえば…こいつから感じる妖力、さっきまで追っていたのと同じね。これは早速…聞き出すしか無いわね。色々と。

 

「で? あんた一体誰。五秒以内に答えれば見逃してあげるわ」

 

「しかも理不尽…あなた本当に人間? 実は悪魔とかじゃーー 」

 

「さーん、にーい、いーー」

 

「わー! 分かったから待ってっ!」

 

女性は両手をわたわたと振り回し、落ち着いたかと思うと咳払いをして澄まし顔で話し始めた。

つーか、とっくにもう五秒過ぎてたわね。

待ってあげるなんて私ったらなんて優しい♪

 

「コホン、私はレティ・ホワイトロック。

 

 

 

 

 

 

 

 

この異変の黒幕よ(・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふ〜ん、じゃあ黒幕さん、あなたを倒せば異変は終わるのかしら?」

 

「終わらないわね。雪女は冬に乗じて暴れるだけよ」

 

「よーし二人とも、この黒幕倒してさっさと次の黒幕探しに行くわよー」

 

「そーだな。パッパと済ませるぜ」

 

「何人も黒幕がいるなんて面倒ねぇ…」

 

「ちょ、ちょっとちょっと!」

 

私は大弊を、魔理沙は八卦炉を、咲夜はナイフを構えた所でレティが静止を促してきた。

なんか焦っているようにも見える。

どうでもいいから早くしてくれないかしら黒幕さん。

 

「私黒幕だって言ってるのになんでそんなに扱いが雑なのよ!?」

 

「だって…あんた黒幕じゃないでしょ」

 

「黒幕は自分で黒幕って言わないぜ」

 

「黒幕を倒しても異変が終わらないなんて冗談じゃないわよ」

 

「気にしていた事を……」

 

何より、よく当たる私の勘が言っている。

"黒幕はこいつではない"と。

まぁ証拠が揃ってるから勘に頼るまでもない訳だけど。

 

…あら? ならなんでコイツは黒幕のフリなんて?

 

疑問をそのままに聞いてみると、レティは胸を張って言ったのだった。

 

「さっき言ったでしょ? 雪女は冬に乗じて暴れるだけ。冬真っ只中に起きた異変の黒幕が雪女じゃないなんて、それこそおかしくないかしら?」

 

「いや、その理屈こそおかしいだろ」

 

「珍しく魔理沙に全く同感」

 

冬に起きた異変が全部雪女の所為だなんて、どんな神経してたら思いつくのか…。この幻想郷は頭のおかしい奴が多い。

 

「仮にあなたが黒幕だとして、なにか騒ぎを起こしたのかしら?」

 

頭のおかしい雪女に咲夜が問いかける。

 

「う〜ん…チルノに、復讐する為の知恵と力を貸してあげたわ。あの子の寒気を強めてあげてね」

 

「アレやっぱりあんたの仕業ね…面倒なことしてくれるわ」

 

「その様子だと苦戦したみたいねぇ♪」

 

「苦戦はしてないけど、何かと聞き出せなかったり結果的に今の無駄な時間を過ごしたり……とにかく大事な大事な私の時間が奪われているのよ。あんたの所為でね」

 

威嚇のつもりで霊力を解放する。

ついでに封魔針とお札も構え直す。

私に倣ったのか、後ろの二人も構えたようだ。

 

「というわけで退治決定よ。今更謝ってもーー遅いからっ!」

 

お札と針を大量に放った。

 

さあ、弾幕ごっこ開始よ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ま、もう勝ちも同然だけどね。

 

 

 

「そんな攻撃食らうはず……って、あ…あら?」

 

私のお札と針を撃ち落そうと、レティも弾幕を放った。

しかし…その表情からは余裕が消えていった。

 

それはなぜか。そんなのは決まっている。

 

「なんでそのお札弾幕を避けてくのよっ!(・・・・・・・・・・)

 

「そういうお札だから、ねっ!」

 

更に追加で、全く同じ札を投げつける。

針は相殺されたりしたが、本命はお札だから問題ない。

 

このお札は、先々代が残した書物を覗いた時に見つけた、"投げれば自動で妖怪を追尾して炸裂する札"を改良した物だ。

相殺目的に向かってくる弾幕を避け、同時に追尾して炸裂するという優れものである。

改良に成功したって事で、"私すごい…!"って少しだけ悦に浸った事もあるが、こんな複雑な札を一から作った先々代の技術力には到底及ばない。

そういう意味では、実力の差を突きつけられたみたいで少しだけ嘆息した。

 

レティは、避けていく札に対応する事は出来ずに札の直撃を食らった。

連鎖的に炸裂していく。

 

「うわぁ…えげつねぇ…」

 

「やっぱり鬼畜だったのねこの巫女…」

 

「誰が鬼畜よ! 誰がえげつないよっ! そんな事言ってないであんた達も構えなさい! 速攻で片付けてやるんだから!」

 

「へいへい」

 

「私達必要…?」

 

私がさらに札を投げていく中で、二人も愚痴りながらスペルを構えた。

 

「ちょっ、ま…痛いっ!」

 

「うっさい! 黒幕は潔く撃沈しなさい!」

 

爆発の中からレティの悲痛な声が聞こえてくる。

でも容赦はしない。

妖怪はすべからく私たちの手によって撃墜されるべきなのだ。

 

「行くぜェ…黒魔『イベントホライズン』!!」

 

「幻符『殺人ドール』」

 

魔理沙からは極太のレーザーが、咲夜からは連射される大量のナイフが放たれた。

もちろん私の札による攻撃も続いている。つまりレティは今動けない状態にある訳で。

 

「えっちょ、痛っ…スペル二つは洒落にならーー」

 

「吹っ飛べェェエ!!」

 

 

 

ドォォォォオオン…

 

 

 

魔理沙の怒号と共に、似非黒幕(レティ)は光とナイフの波に消えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で? あんた本当に何も知らないの?」

 

「ホントよ! さっきから言ってるじゃない! 私は雪女だから、異変に乗じて暴れてただけなのよ!」

 

「じゃあ何か? ただ黒幕っぽくなりたかったからチルノにあんな面倒な力まで与えたと?」

 

「アレはただチルノの報復を手伝ってあげただけよ! 何か悪い!?」

 

「はぁ〜…ったくこの雪女は……」

 

私達の弾幕によって気絶したレティを叩き起こし、その様子を見ていた魔理沙たちに鬼畜鬼畜言われながら始めた尋問。

からかっているだけなのは分かっているけれど、あまりに真に迫る言い方に拳を震わせ、殴りたいのを必死に我慢しながら尋問したというのに……

 

 

 

「私異変の原因については何も知らないのっ!」

 

 

 

……この始末である。

 

もういっそコイツを殴ってやろうか。

いや、そうしたらまた魔理沙たちに鬼だの鬼畜だの言われるに決まっている。

ここは堪えないと……。

 

全く、からかうにしても私の兄貴分の方がもう少し優しかったわよ。

……まぁ、もう何年も会っていない訳だけど。

 

「はっ、情報も何も持ってない黒幕たぁ笑わせてくれるぜ」

 

「うるさいわね。トドメの美味しいところだけ掠め取ってった癖に」

 

「ああなんだとぉ!? なら私と一対一でやるか!?」

 

「今年はもう疲れたからまた来年相手してあげるわ」

 

「おい、なんで負けたくせに上から目線なんだよお前!」

 

(……自分がトドメを差されたのにそれを"美味しいところ"って……悲しくないのかしら…?)

 

魔理沙たちが熱くなってきたところで、私は仲裁に入った。

一時の怒りでまた弾幕勝負を始められては、結局私の時間が取られる事に変わりないからだ。まさに本末転倒。

 

少し不満気な魔理沙を一瞥し、レティに話しかけた。

 

「それでだけど、原因は知らなくとも何か気になったこととかあるんじゃないの? 仮にも冬の妖怪なんだから」

 

「"仮に"は余計よ。正真正銘冬の妖怪です。………え〜っと…」

 

レティは手を顎に添え、考え込む素振りをすると、急にパッと顔を上げた。

その表情は"あ、そういえば!"と言っている。

 

「そう言えば、ここらの寒気を感じてて思ったんだけど…」

 

「何?」

 

レティはゆっくりと手を上にあげ……空を指差した。

 

「なんだか、空の方は全然寒気を感じない……どころか、私が眠くなるくらい暖かいのよ」

 

「空だけ暖かい?」

 

魔理沙たちに目配せをする。

彼女たちも、それには心当たりが無かったようだ。

となると……

 

「次に行く場所は決まったわね」

 

「…だな。空だけあったかいとか、どう考えてもおかしいしな」

 

「何か、流れみたいな物は無いのかしら?」

 

「あると思うわよ。空は全体的に暖かいけど、その暖かい空気にも流れはあるみたいね」

 

レティのアドバイスに、私達は顔を見合わせ、頷き合った。

やっと異変解決の糸口が見つかったようだ。

 

「じゃ、早速行って解決して、炬燵に直行よ!」

 

「おうよ!」

 

「ええ!」

 

私達はテンションを上げながら、レティの指差す空へ舞い上がった。

 

 

 

 

 

「いや、異変解決したらもう春だと思うんだけど……」

 

 

 

 

 

彼女の呟きは、残念ながら私たちの耳には届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜その頃 双也side〜

 

「あれ? ここら辺に穴があると思うんだけどなぁ……」

 

「…春度を感じられないとこうなるのですね……」

 

 

春度を辿ろうと考えていた二人は、冥界への侵入口を探して幻想郷の空を彷徨って(迷って)いたのだった。

 

 

「あ"〜見つからねぇ!!」

 

「まぁまぁ、もう少しじっくり探しましょう?」

 

 

二人が結界の穴を見つけるのは、もう少し後の事…。

 

 

 

 

 




筆が本当に進まなくて書き溜めが無くなりそうなぎんがぁ!です。どうも………。

ではでは。


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第百四話 侵し入る五人の生者

閑話多いような……そう感じる私がここに居ます。

ではどうぞー


「にしても、本当にあったかいな。空は」

 

レティの情報を頼りに空へ上がった私達三人は、暖かい空気の流れに乗って飛んでいた。

魔理沙は独り言を呟きながら首に巻いていたマフラーを取っている。私は暑かったから既に取ってあるけど、咲夜は魔理沙の様子を見て取り始めていた。

 

 

……そう、既にここは、"暖かい"と言うより"暑い"というほど気温が高い。

 

 

マフラーの影響もあるとは言え、まさにここだけ春が訪れている様な感覚だ。

 

 

(ここだけ春、かぁ……犯人は春でも集めてるのかしらね?)

 

と、"春を集める"なんておかしな想像をしてみる。

きっとこれを二人に言ったら笑われることだろう。

単なる想像は、胸の内に秘めておく事にした。

 

「異変が終わったらこれだけ暖かい世界に戻るって事よね」

 

「そうだな」

 

「じゃ、速度もっと上げて早期解決を目指しましょうか。炬燵ーーもういいわ、正直に言う。咲夜の料理を頬張る為に頑張りましょ」

 

「おー!!」

 

(結局料理なのね…)

 

そう意気込み、私達は暖気の流れに沿って更に速度を上げた。

と、そうして直ぐの事。私達はおかしな所を見つけた。

いや、私としては洒落にならないくらい(・・・・・・・・・・)重大な問題なのだが(・・・・・・・・・)

 

「ちょ、ちょっと…どういう事よアレ…

 

 

 

 

 

 

なんで結界に穴が空いてるのよっ!?」

 

 

 

 

 

 

「あー、ポッカリいってるなぁ」

 

「暖気はあそこに流れ込んでるみたい……って霊夢? 大丈夫?」

 

結界に穴が空いているなんて…なんで私気がつかなかったの!? 管理どこか間違ってた? いや、私の術式は間違ってないはず…事実それを使った結界の展開はできている訳だし……。

っていうか、結界に穴が空いたら大問題だって言うのに紫は何を…………あ

 

 

(アイツ寝てんのかぁ〜…………)

 

 

忘れてた…アイツ冬眠するんだったわね…しかも今は冬…ガッツリ眠り込んじゃってるんでしょうねぇ……。

 

「ホント…使えない妖怪…」

 

「ん? なんだぜ霊夢? 妖怪?」

 

「……何でもないわ。さっさと行きましょ。早く解決しなくちゃいけない理由がまた一つ増えたわ」

 

全く、こうなったらホントに速攻で片付けないといけないわね。

結界のことは、春になって起きてきた紫に頼めばどうにかなるわ。今は異変優先。

 

私達は暖気が流れ込んでいる結界の穴へ向かった。

 

 

 

「あーちょっと! あなた達お呼ばれじゃないでしょ!」

 

白い帽子の少女が突然前に出てきた。

 

「うっさい! 私苛立ってるから邪魔すると容赦しないわよ!」

 

「邪魔する前に撃ってるじゃない! きゃっ!?」

 

 

しかし瞬殺。

 

 

「ああ! メル姉! よくもーーへっ?」

 

「ブレイジングスターッ!!」

 

 

赤い帽子の娘は星になり、

 

 

「よくも妹達をやってくれたわねっ! 容赦しないわよ!ーーあ」

 

「容赦の前に油断しない事」

 

 

黒い帽子の娘は咲夜に刺殺。

何事も無く結界の穴へ飛び込んだ。

 

「…ねぇ、あの子達アレで良かったのかしら?」

 

「私達の前に立ったのが悪い」

 

「容赦ねぇなぁ霊夢」

 

「一人を星にした奴がそれを言う?」

 

「言っちゃうんだなぁ。それが私だっ!」

 

「あっそ…」

 

魔理沙のよく分からない自己主張を聞き流し、越えた先に降り立った。

そこは私の想像とは違って……

 

 

 

息を呑むほどに美しい、桜が咲き誇っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜双也&霊那side〜

 

「疲れた」

 

一言。

霊那に言う訳でもなく、誰に聞いてほしい訳でもなく、ただ呟いた。

呟いただけなのだが…今の俺の心境を現すにはパズルのピースの様に当てはまる言葉だ。

 

隣を飛んでいた霊那にはちゃんと聞こえていたようで、少し困った声音で言ってきた。

 

「ま、まぁまぁ、飛び回って疲れたなら少し休みましょう? このまま行っても頭が回りませんよ?」

 

「ご尤もなんだけど……早く行きたいしなぁ…」

 

なんだか行き詰まった様な気分になり、溜息と共に肩を落とした。

全く、何年も待ったって言うのにこの仕打ちは何だよ。こんなにも人生は上手くいかないものなのか?

 

「取り敢えず、下に降りて何かに腰掛けましょう」

 

霊那に促され、先導され、まだ雪が降り続く地上に降り立った俺たちは、地面から飛び出た大きめの岩に腰掛けた。

霊那は袖の中をガサガサ漁って札とかの確認をしている。

…どこまで真面目なんだこの人は。

 

「あー…なんか良い方法ないかなぁ…」

 

また呟き、ボーッと視線を落とす。

疲れが精神にまで影響してか、目の前の物を頭が認識していなかった。

偶にある、"特に見ているわけでもないのに視線が一点に止まる"ってアレだ。

俺は朝目が覚めた直後のように、無表情で固まっていた。

 

 

 

 

 

「先代とはいえ、博麗の巫女がこんな所でのんびりしていていいの?」

 

 

 

 

ふと、ボーッとしていた頭が綺麗な声を認識した。

言葉を聞く限り霊那にかけられた言葉のようだったため、目だけ動かしてその声の主を探す。

すると、ザクザクと雪を踏みしめながら、カチューシャをつけた金髪の女性が歩いてくるのが見えた。

 

「いえいえ、私は仕事で来ているのではありませんので」

 

「でしょうねぇ。博麗の巫女が男を連れて異変解決だなんて…見た人誰もが"今度は雪じゃなくて槍でも降るのか?"って思うわよ」

 

二人の会話が耳に入る。

今俺の頭は絶賛停止中なので会話に入る気にはならないのだが、一つ言わせてもらおう。

 

霊那既婚者だから。

 

男なら相手居るから。

 

あ、これじゃ二つだ。

でもまぁ取り敢えず、博麗の巫女=男連れはおかしいって考えたらダメって事が伝わればいい。

口に出してないから伝わらないけど。

 

二人の会話はまだ続く。

 

「あ、自己紹介がまだだったわ。私はアリス・マーガトロイド。魔法使いよ」

 

「私は博麗霊那と言います。こちらは神薙双也さん。異変解決をしたいのは彼。私はただの連れです」

 

いつもの丁寧な言葉で、霊那は簡潔に説明した。

間違ってる所は特にないし、俺も黙って居たのだが……予想外に、反応したのはアリスだった。

 

「神薙…双也? もしかして、あなたが魔理沙の言ってた…」

 

「…ん? 俺の事知ってるのか? アリス・マーガトリング」

 

「何よその強そうな名前は…マーガトロイドよ。マー、ガ、ト、ロ、イ、ド!」

 

「はいはい分かったよ、アリス」

 

「ホントに分かってるのかしら…」

 

ジト目で訝しげな視線を送ってくるアリス。

その様子に苦笑いをする霊那の姿が隣にあった。

 

「ってそうじゃなくて! あなたが魔理沙の言ってた"凄い強い人間"なの?」

 

会話の軸を戻すように、アリスは若干怒鳴りがちに言った。

なんか…アリスはきっと苦労人って立場だな。霊夢と魔理沙に振り回される姿が容易に想像できる。

 

っと、ちゃんと答えないと。

 

「多分…俺の事だと思う。紅霧異変の時にはボコボコにしちまったからなぁ…」

 

「やっぱりそうなのね。魔理沙のマスタースパークを両断したって聞いたけどそれも本当?」

 

「ああ。本当だ」

 

そう答えると、アリスは何やらニヤニヤしながら顎に拳を添え、明後日の方を見ながら一人頷いていた。

なんか…企んでるだろ。

 

そんな予想をしていると、一人何かに納得していたアリスは、改めて俺の方を向き、言い放った。

 

「ねぇ、双也」

 

「ん?」

 

「私と弾幕勝負しない?」

 

「……は?」

 

「私と弾幕勝負しない?」

 

「……え?」

 

突然言い出すな…。温厚そうに見えたから戦闘にはならないと思ったのに…意外と戦闘好きなのかな?

…一応理由聞いとくか。

 

「なんで…そう考えたんだ?」

 

「魔理沙に負けたくないから。あなたに挑んで、そして勝てば…私が魔理沙より強いって証明出来るじゃない?」

 

アリスは、挑発的な表情でそう言った。

まぁ間接的にはそうなるけど、そこまでライバル心を燃やす事なのか? 普通に魔法研究すれば良いのに…

 

まぁ、早く結果を出したいって思うのは当然か。

 

「よし、じゃあーー」

 

「止めておいた方が良いですよ、アリスさん」

 

やるか。ーーと言いかけると、俺たちの会話に霊那が割って入った。

 

「…なんでよ?」

 

「例えやっても勝ち目がないからです。それに、こちらは異変解決の合間に休憩を挟んでいるだけなので、余計に時間は使いたくないんですよ」

 

と、合ってはいるが何処か突き離すような言い方をする霊那。

アリスがそれに食ってかかるのは当然の事で。

 

「勝ち目がないって……やらなきゃ分からないでしょう? 大体、彼はやる気だったんだから」

 

「双也さんは戦闘好きですからね。そういう申し出を断った所を見たことがありません。ですが……それとは話が別ですよ。弾幕勝負だからまだマシですけど、戦闘に関して双也さんに勝てる者なんて幻想郷には居ないんですから。あなたが怪我をしますよ?」

 

声音は柔らかに、しかし突き離す姿勢は崩さずに言った。

アリスはますます首をかしげる。

 

「…どうしてそう言い切れるのよ。過小評価してる訳じゃないけど、魔理沙に圧勝したからって幻想郷一になれる訳じゃないのよ? 妖怪だってごまんと居るし」

 

「それは分かっています。私も巫女ですから。…ですが、そのごまんと居る妖怪の頂点はご存知ですか?」

 

「頂点? えっと……八雲…紫だったかしら?」

 

「そうです。双也さんは、その八雲紫さんの師匠なんですよ」

 

「へぇ〜………」

 

……………………。

 

…………。

 

…。

 

「……………えっ!?!?」

 

しばらく間を置き、アリスは驚愕の声を張り上げた。

驚いた表情で霊那と俺を交互に見ている。

 

「え、えぇ!? 八雲紫の…師匠!?」

 

「あー、一応な」

 

「あなた人間じゃないの!?」

 

「半分だ。俺は現人神」

 

「じ、じゃあ歳は…千年以上…?」

 

「いや一億以上」

 

「……………………」

 

最早受け止めきれない、と言うようにアリスはカクンと頭を落とした。

同時に放たれた大きな溜息がアリスの心労を物語っているようだった。

まぁ、俺が原因なんだけど。

 

「納得しましたか?」

 

「せざるを得ない…わね。そりゃ勝ち目がないって言われる訳よ…」

 

「まぁ、この事は霊那と紫と…一部しか知らないんだけどな」

 

幻想郷にて、俺の素性を知ってる者は意外と限られている。

長年の付き合いである紫はもちろん、アイツを師事していた霊那や…慧音…あと稗田の直系とか。

俺自身普段から自分のことは話さないので、認知度が低いのも別段おかしい事ではない。

知られて騒がれても困るし。

 

「じゃあ、霊夢はその事知ってるの? それだけ生きてるなら、どうせ博麗神社とも関係があるんでしょ?」

 

「………いや、霊夢は知らない」

 

「? どうして?」

 

長年生きている俺が、同じく長年存在している博麗神社と関係があるとアリスが予想するのも、当然な事だろう。

実際、関係はある。確かにある。俺の望まない形ではあるが。

アリスにそう問われた瞬間、傷口に塩を塗られたように錯覚して、言葉が詰まった。

俺が顔を顰めた事を察してか、アリスの問いには霊那が答えてくれた。

 

「…霊夢は、小さい頃から双也さんに構ってもらっていたんです。それこそ物心のついた頃から。なのであの子は双也さんの事を"人間のお兄さん"くらいにしか思っていないんですよ。素性を知ればあの子の対応も変わってしまうと思い、私も言いませんでした」

 

「ふーん…面倒ね」

 

複雑な物を見てウンザリしたような、そんな表情でアリスは言った。

確かに、面倒だ。

隠し事のないカラッとした人間関係がどれだけ楽で爽やかか、突きつけられている気分だ。

 

「……さて、お話に区切りがついた所で……双也さん、私達も行きましょうか」

 

「ああ。そうだな」

 

一つ頷き、立ち上がった。

気持ちの疲れも体の疲れも、すっかり回復していた。

 

…あ、どうせならアリスに少し聞いてくか。

 

「なぁアリス。これからまた異変解決に行くんだけどさ、どこかで結界の穴とか見かけなかったか?」

 

「結界の穴? って、博麗大結界の?………あぁ…」

 

お? ビンゴか?

アリスは少しだけ思い出す素振りをすると、ある方向へ人差し指を向けた。

 

「あっちに穴があったわよ。すぐに異変に関係があるって分かったけど、私は解決者じゃないしね」

 

「お、そうか! ありがとな!」

 

「ええ、役に立って何よりだわ」

 

アリスはにこやかな表情で小さく手を振っていた。

それに手を振り返し、彼女の指した方へ霊那と連れ立って飛ぶ。

 

「にしても、休憩を挟んで正解でしたね、双也さん」

 

「……そうだな」

 

………探し回っていた俺達に対して、偶然発見したアリスに若干の劣等感を抱きながら。

 

こうして俺たちは、無事冥界へ侵入することに成功したのだった。

 

 

 

 

 




アリスは温厚だけど魔理沙に対抗心を燃やしているイメージですw

あ、一応補足します。双也くんの言う"傷口"とは、"あの時"の事と隠し事をしているという後ろめたさの事です。
二重の意味なんですねー。

ではでは。


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第百五話 "魂魄"の剣士

いつもより短いです。
三千に届かなかったくらい…ですね。

あ、初の霊那視点です。

ではどうぞ!


冥界。

 

それは、死者が裁判所の判決を待つ間一時的に住まう死者の世界。

広大な土地の空は常に暗く、上空どころかそこかしこに人魂が浮いており、訪れるものを祝うかの様に、もしくは拒絶するかのように、あらゆる所で踊り狂う。

 

そして、冥界の最も際立つ特徴と言えば………疑う余地もなく、それは桜。

 

どこに視線を移そうとも、必ず何処かに映り込む程の桜並木である。

真の意味で、この世のものとは思えぬ程美しく、優雅な桜達。

それらが風に揺れ、はたまた人魂に揺らされて、ふわりふわりと舞い落ちる花びらが織り成す桜吹雪も、当然現世では見る事が出来ない程の美しい光景である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーのような事を師匠が言っていたんですが…聞いていた通り、素晴らしい所ですね」

 

「…そうだな」

 

「私、こんなに咲いている桜並木を見るのは初めてです。異変が終わったら、ここに花見をしに来るのも良いかもしれませんね」

 

「…そうだな」

 

「その時は、霊夢達も呼んでみんなで宴会するんです。双也さんも来るんですよ?」

 

「…そうだな」

 

今、結界の穴を越えて階段の上を飛んでいる最中。

すぐ横に植え付けられた桜並木に感激しながら、目的地へと歩を進めていたのだが……何故か、双也さんの元気が無い。私が話しかけても同じ返答ばかりを返してくる。

…どうしたんでしょう?

 

「あの…双也さん、どうかしたんですか?」

 

「ん…?」

 

「元気が無いようですが…もう一度休みますか?」

 

念の為、聞いてみた。

先程休んだばかりなのでそこまで疲れているわけは無いと思うが、もしかしたらという事もある。

実際、彼は疲弊しているようだし、私も休憩を挟むのはやぶさかではなかった。

私が問うと、双也さんは視線を落とし、苦笑いをしながら小さく呟いた。

 

「いや…俺は休むよりある事を聞きたい…」

 

「ある事?」

 

「霊那、お前さ…」

 

双也さんは、指を横へと指しながら少し強い口調で言った。

 

 

 

 

 

三十分以上(・・・・・)こんなの見続けて飽きねぇのっ!?」

 

 

 

 

 

「? 飽きませんよ? 綺麗なものは綺麗じゃないですか」

 

確かに、冥界へ潜入して三十分…いや、それ以上は経過しているし、その間ずっと桜を見ていたけれど……驚く程の事?

 

「いや、俺も桜は好きだよ!? そりゃ綺麗な桜を見て気分が高揚したりはするけどさ! さすがに長時間見てたら飽きるだろ!」

 

「双也さん、そんな事いうと宴会に参加できませんよ? 宴会は華のあるところでするものなんですから」

 

「宴会だってずっと花見てる訳じゃないだろっ。料理とか話とかあるだろっ。お前誰とも話さずボーッと桜見てる気かっ!?」

 

「それも良いですけど…え、何処かおかしいですか?」

 

なんだろう、凄く呆れられている気がしてならない。

私の考え方がどこかおかしかったのだろうか?

そういえば、昔霊夢にも宴会で同じ様な事を言われた気も……。

 

湧き上がってきた自らへの不信に首を捻っていると、突然隣を飛んでいた双也さんが止まった。

私も慌てて停止し、前を見ると……

 

 

 

 

 

刀を二本差した、銀髪の少女が立ち塞がっていた。

 

 

 

 

 

「おおっと、コレは…」

 

その少女を見、呟く双也さん。

その視線は、少女自身というよりももう少しだけ別の所に向いているような感じだった。

 

どこか服がボロけた少女は背中の長刀を抜刀し、私達に向けた。

 

「あなた達も侵入者ですねっ!? 我が主の命により、ここから先は通しませんっ!」

 

ーーと、言い切るなり突然迫ってきた。

 

「気が早ーー!」

 

ガキンッと、少女の刀は目の前で止まった。

止めているのは私ではなく……双也さんの刀だった。

 

「言うだけ言っていきなり攻撃とは…早計なもんだ、な!」

 

「く…」

 

弾き返された少女は、身軽なのかクルッと一回りし、元の場所に着地した。

刀は依然、こちらに向けたままだ。

 

「剣士は、まず最初に名前を名乗るべきじゃないのか? なぁ"魂魄"」

 

「? 双也さん?」

 

「なっ!? なぜ私の名を知ってるのですか!?」

 

違和感のあるセリフに、私もあの少女も驚き、彼を凝視した。

その視線には何も反応せず、彼は淡々と告げる。

 

「なに、お前の一族とは面識があるんでな。もっと言うなら…お前のその刀、妖忌が持ってた楼観剣と白楼剣だろ」

 

「師匠の事まで……」

 

双也さんの言葉で、少女は更に訝しげな視線を強めた。

そんな表情のまま、ゆっくりと口だけ動かした。

 

「……そうです。私は魂魄妖夢(こんぱくようむ)。魂魄妖忌は私の祖父であり、師匠です」

 

「アイツは今どうしてる?」

 

「…お答えする必要はありません」

 

「それもそうだ」

 

はは、と軽く笑い、一通り問答を終えた双也さんは片手に刀を作り出し、構えた。

が、

 

「…なんだよ霊那」

 

「この子の相手は私がします。さっき斬り掛かられた借りがあるので。双也さんは先に行ってください。急ぎの用…なのでしょう?」

 

一瞬の間をおいたが無言で頷き、刀を消す双也さん。

私も彼に関しては疑問が増えてきた所だけど、他人の過去に簡単に踏み入るのも愚の一つ。

そもそも、ここで話す事ではない。

あくまで優先するべきは、最初の目的である。

 

「じゃあ、頼むな」

 

そう言い残し、パッと消えると、既にその姿は妖夢と名乗る少女の後方へ消えていった。

妖夢さんも慌てて振り返り、追おうとするが……そんな事はさせない。

首元に針を飛ばし、威嚇した。

 

「あなたの相手は私ですよ。妖夢さん」

 

「あなたは…なんですか? さっき私が負けた三人のうちの一人に服装が似てますが」

 

「ああ、霊夢の事ですか。ふふふ、あの子に負けたんですね」

 

凛々しく戦う霊夢の様子を思い浮かべ、思わず微笑んでしまう。こんなに強そうな剣士に勝ったなんて…我が子の成長が嬉しくてたまらない。

 

「ふふ…では、我が子の成長を見届けた所で、私も名乗りましょうか。私は博麗霊那といいます。先代博麗の巫女を勤めました。よろしくおねがいしますね。妖夢さん」

 

袖から一枚の札を取り出し、横に突き出す。

そこからは光が溢れ出し……

現れたのは、刀身と柄の間に綿のような装飾を施された、一振りの薙刀。

 

現役時代、私が愛用していた武器である。

 

「そうですねぇ、私は弾幕勝負の事はよく分からないので、ハンデをあげましょう」

 

「……そんなものは要りません。弾幕勝負が出来ないのなら、直接戦闘すればいい事でしょう。どちらかといえば、私もその方が助かります」

 

「ですから、するのは直接戦闘ですよ」

 

薙刀を一振り回し、目の前の地面にトンッと突き立てた。

 

 

 

 

 

 

 

「私はここから一歩も動きません(・・・・・・・・・・・・)。好きな時、好きな所に攻撃して下さい。それを全て捌いた上で、あなたに勝って見せましょう」

 

 

 

 

 

 

微笑みを崩さず、あくまで余裕を持って言い放った。

さっき斬り掛かられた分倍以上にして返してやろう、と決意したからだ。

 

当然、挑発とも取れる私の言葉には、妖夢さんも反発した。

 

「〜〜ッ!! 先代博麗の巫女だか知りませんが…私のこの剣を侮辱するとはいい度胸ですね!!」

 

「侮辱ではありません。全て見切って、叩き伏せてあげます、と言っているだけです」

 

売り言葉には、買い言葉で返す。

誰もが知っている挑発の作法。

 

初めに気迫を見て"強そう"、と思ったけれど…

 

「〜〜ッ!!! 覚悟して下さい! 霊那さんっ!!」

 

「やれやれ、これではーー

 

「この楼観剣に…斬れぬ物など、あんまり無いッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

ーー半人前、ですね」

 

 

 

 

 

 

 

刀同士が、火花を散らした。

 

 

 

 

 




霊那が自信家になってる…!!

ではでは。


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第百六話 三つの剣閃は散桜の如く

霊那 VS 妖夢開始ですっ!

さぁ、霊那の実力や如何にっ
(↑ワザとらしい)

ではどうぞ!


桜の花びらが絶えず視界を彩り、その無上の美しさを空間に満たした、冥界のある一角。

 

 

桜吹雪の舞う中で、二つの影がぶつかり合っていた。

 

 

一つは、その場に足を留めて薙刀を複雑に回転させる、赤と白の巫女服を纏った女性

ーー博麗霊那。

 

更に一つは、彼女の周りを鳥の様に動き回り、身の丈に合わない長刀、楼観剣と短刀、白楼剣をせわしなく振り回す少女

ーー魂魄妖夢。

 

 

互いの刃は流麗な軌道で空を切り、その者を断ち斬らんと舞っていた。

 

 

「どうしました妖夢さん、もうバテましたか?」

 

汗一つ浮かべず、余裕のある言葉を放つ霊那。

 

「うるさい、ですよ!」

 

対して、少しだけ額に汗を浮かべて反発する妖夢。

焦りを感じ始めている彼女は、攻撃の手を休めなどしなかった。

 

その場から一歩も動かず、薙刀を回転させて攻防を展開する霊那に、妖夢は負けじと斬りかかった。

 

飛びつきから放つ、二刀による連続袈裟斬り。

笑みすら浮かべる霊那は、一太刀目を柄の先で上に弾き、そのままの回転によって刀身で二太刀目を弾いた。

 

「なんのっ!」

 

両刀を上へ弾かれた妖夢はそのまま回転し、右手の楼観剣のみを上から振り下ろした。

 

先読みしていたかのように、霊那はそれを刀身で難なく受け止める。

その瞬間、妖夢は構えていた左手の白楼剣で、ガラ空きな霊那の脇腹へと斬り上げた。

 

「もらっーー」

 

「甘いですよ」

 

しかし妖夢の白楼剣は、彼女の脇腹どころか虚しく空を切る結果となった。

理由は単純、妖夢の身体が柄の殴打によって霊那から離されていたからである。

妖夢は少し離れた位置で着地した。

 

「く…さすがは博麗の巫女、でしょうか…」

 

「お褒めに預かり光栄ですね。では、私もそろそろ攻撃をしましょうか」

 

そう言うと、霊那は薙刀を上段に構えた。相変わらず笑みは崩れない。

妖夢はその行動を、不思議に思った。

 

いくら薙刀が長物と言っても、妖夢との距離が離れすぎているからである。

いくら何でも、斬撃が届く範囲ではない。

 

(脅し…? いや、そんなのあの人には必要ない筈…そんな事をしなくても十分に強いし…じゃあ、なぜ?)

 

答えは出ぬまま、霊那の刃は振り下ろされようとしていた。

瞬間、妖夢は彼女へ駆け出した。

 

(考えている時間が惜しい! ここは"脅し"に賭けて距離を詰める!)

 

霊那の薙刀は真っ直ぐ妖夢に向けて振り下ろされていく。

対して妖夢は、このまま距離を詰めれば振り下ろし終わった後に彼女に到達する。つまり、ガラ空きな所を攻撃できるのだ。

 

妖夢は神経を研ぎ澄ませる。イメージするのは、相手の首をこの手で断つビジョン。ただ、刀を振り払うのみ。

 

しかし、神経を研ぎ澄ませた結果は、彼女のイメージとは異なるものだった。

 

(ッ!?)

 

殺気、である。

とても鋭く、圧殺されそうなほどの重い殺気。

まるで首元に刃を押し付けられ、今にも斬り落とされようとしている時のような、背筋の凍る殺気を、目の前に(・・・・)感じた。

 

「はぁっ!」

 

霊那の掛け声が響いた。

気が付いた時には、妖夢は駆けるのを止め、横に飛びのいていた。その顔には玉のような汗が滲み出ている。

 

慌てて立ち上がり、先程の場所へと目を移す。

そこで彼女は、絶句した。

 

「なんですか、コレは…」

 

 

 

 

 

 

 

そこには、延々と階段の下まで続く、薙刀の斬撃痕(・・・・・・)が残っていたからである。

 

 

 

 

 

 

もし仮に、大き過ぎる隙にかまけて、そのまま首を狙おうとしたなら。

 

妖夢の頭には、そんな想像がよぎった。

 

神経を研ぎ澄ませていなければ、直前のあの殺気に気がつく事は出来なかった筈である。

そして気付けたとして、それに反応する心構えは決して出来ていなかったであろう。

 

今頃はきっと、真っ二つになった自らの身体が、無惨に、惨めに、惨たらしく、そこに転がっている。

 

「うっ…」

 

吐き気を催す。同時に、妖夢は考えを巡らせた。

そうだ。あの人がこんな単純な距離の相違に気が付かないはずがない。

一歩たりとも足を動かさず、二刀による連撃を捌き続けていたような人が、この程度のミスを犯す筈がないのだ。

 

(やっぱり私は、半人前だ…)

 

妖夢は、霊那への視線は強めたまま内心ではそう考えていた。

しかし、彼女も半人前なりに剣士であり、戦士である。

一時の落ち込みに心を休ませるのは愚の骨頂だと知っていた。

気持ちを切り替え、冷静に頭を働かせる。

答えは直ぐに浮かび上がった。

 

「能力、ですね」

 

「ご名答です、妖夢さん」

 

霊那は構えを取り一瞬だけ、目にも留まらぬ速さで、まるでバトンでも扱うかの様に薙刀を振り回した。

そして次の瞬間

 

 

 

 

 

 

ーードバンッ!! と、彼女の周囲に無数の斬撃痕が現れた。

 

 

 

 

 

 

「私の能力は"あらゆるものを展開する程度の能力"。元の物さえ在れば、それを自由な範囲まで広げる事が出来る能力です。今のは"斬撃範囲を展開"しました」

 

霊那の表情は、未だにこやかである。余裕を残している事は明白であった。

彼女の言葉に、妖夢は今のこの状況の事をやっと理解した。

 

「距離など関係ないから…あんなハンデを提示したんですね…?」

 

「それもありますね。弾幕勝負が出来ないというのも確かな理由ですが」

 

妖夢はもともと、今のこの状況には内心首を傾げていたのだ。

弾幕勝負が出来ないから近接戦闘を選ぶのは納得いく。しかし、だからと言って"一歩も動かない"というのはいささか疑問が残る。言ってしまえば、こちらから仕掛けない限り向こうには攻撃手段は無かったのだから。

 

しかし、能力を聞かされた今では、全て納得がいった。

 

一歩も動かずとも、相手がどこにいようとも、常に攻撃し続ける事ができる。その優位性は計り知れないものだ。

改めて、妖夢は"博麗の巫女"という存在の規格外さを思い知ったのだった。

 

「では、こちらの能力も露呈したところで、もう少しアグレッシブに行きましょうか。ちゃんと避けてくださいね、妖夢さん。じゃないとーー

 

 

「ッ!!」

 

 

ーー気付いた時には細切れになっているかもしれませんよ?」

 

 

瞬間、先程の殺気を間近に感じ、妖夢は身体を横に仰け反らせた。

銀色の髪が、僅かに舞い散った。

 

「くっ…!」

 

妖夢はそのまま側転し、体制を整える。しかし、刀を構えるより先に霊那の攻撃が襲ってくる。

間断なく襲いかかる斬撃と殴打に、妖夢は避けるので精一杯だった。

 

霊那は、(はた)から見れば薙刀を回転させて振り回しているだけに見えるだろう。しかしその実、対する妖夢からすれば、それは斬撃の嵐と同等のモノであった。

 

彼女は薙刀をバトンのようにクルクルと振り回し、その斬撃範囲と殴打範囲を展開している。

つまり、回転と等しい速度で異常なリーチの攻撃が迫ってくるのだ。

普通ならば、避ける事すら非常に困難である。彼女の放った"細切れになるかもしれない"という言葉も、あながち間違いではない。

しかしそれでも避け続ける妖夢は、半人前とはいえさすが剣士だ、というところだろう。

その動体視力は並ではない。

 

(このままではジリ貧……距離を詰めて攻めないと!)

 

怒涛の連撃を紙一重で躱しながら、妖夢は少しずつ距離を詰め始めた。

それに気が付いた霊那も、攻撃の手を早める。

 

しかし、それまでの連撃を躱し続けた妖夢には、少し速度が上がった程度では何の問題もなかった。

すぐに距離を詰め切り、攻撃に入る。

 

「ふふ、あの連撃を躱し切るなんて、中々やりますね」

 

「よく言いますね! それだけ余裕を残しながらっ!」

 

「あら、バレてましたか」

 

霊那は愉快そうに、妖夢の必死な連続斬りを弾き続ける。

正面からも、横側からも、果ては真後ろから斬りつけても、霊那の薙刀はその全てを捌いていた。

背中に手を回して薙刀を操っていたのである。

 

妖夢は度々位置を変え、休む事なく攻撃し続けた。

 

が、三回目の真正面に位置取った時、遂に鍔迫り合いになった。

長物相手をする妖夢からは、最悪の状態である。

 

「そらっ!」

 

「っ!!」

 

霊那は妖夢の予想に外れる事なく、刀身で斬り上げ、刀を弾き返した。

妖夢の身体も、共に宙に舞っていた。

 

そんな隙を見逃さず、霊那は薙刀を縦に回転させると、勢いを乗せて妖夢目掛けて振り下ろした。

 

「しまっーー」

 

 

ズドンッ!!

 

 

妖夢の身体は、階段に強く叩き付けられた(・・・・・・・)

 

そう、叩き付けられた。

叩ッ斬られた、ではなく。

 

柄だったのだ。

確実に仕留められるあの状況で、霊那はあえて柄で殴った。その理由はもちろん、霊那自身の"数倍にしてやり返す"という決意から来るものだった。

このままでは終わらせない、と。

 

何処までも余裕を保つその姿を見、斬られなかった事に安堵すると共に妖夢はある種の恐怖を抱いた。

 

(強過ぎる…!)

 

自らの磨いた剣が、太刀打ちどころか遊ばれている。ここまで刃が立たない相手は、妖夢自身も初めてだった。

 

故に、剣士である妖夢の頭を更に冴えさせた。

 

自分よりも強い相手を、倒す方法を探すために。

 

(距離を詰めてチマチマ攻撃する事自体間違ってたんだ…実力差の激しい相手にそれは無謀……一瞬で仕留めるしかない…!)

 

考えをまとめた妖夢。

その目は更に鋭さを増していた。

 

「これで……決めます」

 

小さな声ではあったが、それには妖夢の覚悟全てが詰まっていた。

即ち……宣言通り、これで勝負を着けるという決意。

 

妖夢は楼観剣を腰に構えると、キッと霊那を睨みつけ、その刹那に地を蹴った。

 

霊那には、一瞬妖夢の姿がブレるように見えた。

 

「現世斬ッ!!」

 

魂魄流に伝わる、基本の技。

しかし、その威力は折り紙付きである。

一瞬消えたかと思う程の速度で放たれる居合斬りは、一閃であらゆる物を両断する。

 

そんな剣が、霊那に肉薄した。

 

 

 

ガアンッ!!!

 

 

 

しかし、霊那も折り紙付きの実力者。

現世斬の軌道をその目に捉え、薙刀で一閃を防いで見せたのだ。

だが、霊那の頭の中には別の疑問が浮かんでいた。

 

(…? そんなに重くない…?)

 

薙刀に掛かる圧力を受け、そう思ったのだ。

放つ前に感じた、鋭い殺気にはとても相応しくない。

まるで偽物の斬撃を受けたかのような(・・・・・・・・・・・・・・)……。

 

そう考えていると、霊那の目の前に居た妖夢は、スーッと小さくなりーー最後には、妖夢の近くに浮かんでいた人魂となった。

文字通りの、偽物に。

 

そこで霊那は気が付いた。

攻撃の瞬間に見えたのは、早過ぎる事による目の錯覚ではなく、確かに二人になっていたのだと。

そしてーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー上から迫る本物(・・)の殺気に。

 

 

 

 

 

 

 

「ッ!?」

 

慌てて上を向く。

そこには、楼観剣と白楼剣を上段に構えた妖夢が、口の端を釣り上げて迫ってきていた。

 

勝利の確信。

それをその目で見た妖夢は、ある行動を行うのみとなった。

 

即ちーー全身全霊をかけて、技を打ち下ろすこと。

 

高く掲げられた両刀は、激しい気を纏っていた。

後は、叫ぶだけ。

 

 

 

 

「成仏…得脱斬ッ!!!」

 

 

 

 

桜色の衝撃が、霊那を襲ったーー

 

 

 

 

 




頑張る妖夢にスポットライト。

ではでは。


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第百七話 憑依

ある小説の文体を参考に書いてみました。途中からですが。
次回作の備えの為、これからは三人称視点でのお話が多くなるかもしれません

よかったら、その感想やアドバイスでも教えていただけると更なる参考になります。

あとお気に入り登録300件ありがとうございます! これからも宜しくお願いします!

ではどうぞ


ーー成仏得脱斬

 

 

それは魂魄流に伝わる技の一つ。

白楼剣と楼観剣を同時に振るい、纏わせた激しい剣気を炸裂させる技である。

その色は、纏わせた剣気の圧縮具合によるが、完成させたこの技の色は………鮮やかな桜色。

 

完成されたこの技の威力は、修行をしたような強者でも瞬く間に斬り伏せる程のモノである。

 

裏をかき、隙を突き、上から振り降ろされた妖夢の剣技は、確かに霊那の姿を呑み込んだ。

 

しかしーー

 

「ッ!!? なんで……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妖夢の眼は、平然と両刃を受け止める霊那の姿を映していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…百式多重結界」

 

そう呟く霊那と妖夢の間には、確かに結界が張られていた。

それに阻まれて、彼女へと刃を届かせることができなかったのだ。いや、刃どころか炸裂した剣気さえ霊那へは届いていない。

 

それ程までに彼女は落ち着き払った態度をしていたのだ。

 

ショックと困惑で動けなくなっている妖夢へ、霊那は言う。

 

「この結界を千枚(・・)も割るなんて…凄まじい威力ですね」

 

「千…枚…?」

 

「はい。ですが、この結界を本気で破る気なら、今の千倍(・・)は力を込めませんと…ね」

 

「…………ッ!?」

 

千枚の結界を破る力の、千倍。

その途方も無い数字に妖夢は絶句した。

 

霊那の発動した"百式多重結界"。

それは、百万枚の結界を重ねて作られた(・・・・・・・・・・・・・・)

、彼女の最高防御結界である。

 

普通、常識外れの霊力を持たない限り百万枚の結界など到底作ることは出来ない。

しかし……結界の規模を最小にまで絞れば実現は可能なのだ。

当然、小さな結界を百万枚作ったところで殆ど意味は無い。攻撃を防いでこその防御結界である。防ぐどころか攻撃との間に割り込ませることができない。

 

だが、霊那には能力(・・)がある。

 

霊那の能力は、展開する程度の能力。

元さえ在れば、広げることができる。

つまり、霊那は百万枚の小さな結界を発動し、それを能力で通常の結界の大きさまで広げたのだ。

霊力の消費も、普通に作る時の五パーセント程で事足りる。少量の霊力で、計り知れない防御性能を持つ結界を作り出せるのだ。

それでも、それを瞬時に作り出す霊那の技量は、やはり彼女が相当の強者である事の証明と言えよう。

 

霊那が、百万枚の結界を作り出したと気がついた妖夢は、驚愕と恐怖を貼り付けた表情で叫ぶ。

 

「あなたは………何処まで"規格外"なんですかっ!!」

 

「幻想郷を、この手で護れる程度には」

 

圧倒的な霊力が、霊那の薙刀を包み込む。

同時に、大量のお札が桜のように舞った。

 

 

 

 

 

夢響(むきょう)夢想霊響陣(むそうれいきょうじん)』」

 

 

 

 

 

無数の斬撃が、解き放たれたーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄く、目を開く。

 

自らの背に硬い感触を感じながら、唯一動かせる瞼だけを、そっと開いた。

意識も朧げな妖夢のその視界には、彼女を覗き込む女性の姿があった。

 

霧が掛かったようにボヤけるその顔は、先程相対していた"規格外な存在"ではなく、どこか母親のような暖かみを持つ"霊那"のモノだった。

 

はっきりしない意識の中に、優しい声が届く。

 

「あら、起きましたか」

 

「霊、那…さん…?」

 

その声に、妖夢は途切れ途切れ答える。

薄くボヤけたその顔は、ゆっくり頷いてみせた。

 

「はい。気絶してしまったので心配しましたが、意識があれば大丈夫ですね」

 

"私が言う事ではありませんが…"と、自重気味の声が聞こえる。

頰に薄っすらと暖かい何かを感じた。

 

「…妖夢さん。あなたはまだ半人前です。門番か、はたまた用心棒か…私は知りませんが、これではその仕事もこなすには足りないでしょう」

 

薄い意識の中で耳を傾ける妖夢に、少しだけズキっと痛みが走る。

それは傷が痛むのか、それとも別の何かが痛むのか。

 

「"我が主の命"。言われたままに動くのは、従うとは言いません。主従とは言いません。あなたに心がある内は、選択するのはあなたなんです。知っていますか? あなたの主人の命とやらで、たくさんの人が困っている事を」

 

少し見開く妖夢の目に、霊那は静かに微笑みかけた。

妖夢の銀色の髪を撫でながら、再び意識を手放そうとしている妖夢へ、語りかける。

 

「妖夢さん、あなたはまだ成長できます。半人前という事は、一人前になる事ができるという事。………今は、お休みなさい。目が醒める頃にはきっと、従者としてするべき事が分かるでしょう」

 

暖かな言葉を心に染み込ませながら、妖夢は再び意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冥界には、おびただしい量の桜の木が植えられている。

それはこの冥界を管理しているある少女の意向によるものなのだが

……それにしたって、量が多い。

"視界を埋め尽くす"という言葉の意味を、まさしく体現している。

 

そして、その桜の木の中でも、一際目立つ桜の木が存在する。

 

 

ーー西行妖。

 

 

そう呼ばれるその桜は、決して小さい訳ではない他の桜たちが見上げてしまう程大きな…いや、巨大な桜の木である。登って見下ろせば、冥界のあらゆる物が米粒以下の小さな点にしか見えなくなってしまうだろう。

 

しかし、他の桜たちが満開と言っても足りない程に咲き誇っているのに対し、西行妖は未だ満開には至っていない。

正確には、あともう少し時間があれば、満開に至るであろう、というところだ。

 

美しい、と言うには少しばかりまだ足りない、その巨大な木の根下。

 

それを彩るのは、お札、星、ナイフ、

そしてーー蝶であった。

 

「ふふふ、元気な子達ねぇ♪」

 

「うっさいわよ!! 余裕かましてる位ならサッサと負けてくれないかしらっ!?」

 

霊夢が大量のお札を連射する。

向かう先に浮かぶ青い着物の少女ーー西行寺幽々子は、その顔に微笑みを浮かべたまま、それこそ幽霊のようにユラユラと避けていく。

…実際彼女は、亡霊なのだが。

 

「ほらほら、もっと頑張りなさいな。気合(気持ち)が足りないわよ?」

 

「あら、気合(殺気)がご所望で?」

 

刹那、ユラユラと浮かんでいた幽々子の周囲に無数のナイフが出現した。

その鋒は当然、円の中心へ向かうように内側を向いている。

 

「ならばここはメイドらしく、ご注文の品をお届けしましょう」

 

咲夜の言葉とともに、銀色に輝く鋭利なナイフが中心の幽々子へ殺到する。

普通の人間ならば発狂モノのシチュエーションなのだがーーあいにく彼女は、普通どころか人間にすら程遠い。

 

「あらあらメイドさん、注文の品と違うわ。出直して来なさい」

 

笑顔は欠片も崩さず、スッと一枚のカードを取り出した。

言わずもがな、である。

よく通る美しい声で、ポツリと宣言した。

 

亡舞(ぼうぶ)生者必滅(しょうじゃひつめつ)(ことわり)』」

 

瞬間、ナイフは嵐とも言える様な量の弾幕に阻まれた。

幽々子からは、青い弾幕が回転する風車の如く放たれる。その量たるや、視界を彩る桜の如し。

加え、同時に放たれる大弾幕が、拮抗していたナイフと弾幕のバランスを崩していく。

 

咲夜のナイフを弾き飛ばすに飽き足らず、幽々子の弾幕は咲夜、魔理沙、そして霊夢に迫っていった。

 

「ちょっ、何よこの弾幕量っ!?」

 

「速かねぇけどこりゃヤバイな」

 

驚愕する霊夢の隣で、魔理沙はスペルを構えた。

 

「だが…避けれない程じゃないぜ!!」

 

その真っ直ぐな性格に従ったのか、魔理沙はその弾幕へと速さを効かせて飛び出した。

若干呼び止める言葉が頭によぎった霊夢ではあったが、彼女も、異変解決者としての魔理沙の実力は知っているし、認めている。

喉元まで出かかった声には歯止めがかかった。

 

「案外隙だらけだぜ!?」

 

風車の如く、という事は、回転するように隙間が生まれるという事である。

その隙間を瞬時に見つけた魔理沙は、躊躇いなどおくびにも出さず、その風車に星の尾を引く。

"流星"には似合いそうもない、円を描く尾だった。

 

「あらあら、バレちゃったわね」

 

「勝手に余裕ぶっこいてろ! こっちは容赦しないからな!」

 

叫んだ魔理沙は、あらかじめ構えておいたカードを突き出し、高らかに宣言した。

 

「恋符『ノンディレクショナルレーザー』ッ!!」

 

彼女の周囲に浮かぶ魔法陣。そこから、それぞれ別の色をしたレーザーが照射された。

スペルカードと言うだけあって、普段彼女が放つレーザーとは桁違いの威力をしている。四方八方に向きを変えるレーザーは、幽々子の圧倒的な弾幕量にも抵抗し、着実に掻き消していった。

 

「おい霊夢! 咲夜!」

 

一人幽々子のスペルに対抗する魔理沙から、二人へ怒号にも似た声が響いた。

それを合図と受け取った二人は、連れ立って幽々子の方へ飛び出す。

 

二人がスペルを構えた頃には、幽々子のスペルはブレイクしていた。

 

三人の前に、勝利は目前。

 

「傷魂『ソウルスカルプチュア』!」

 

ーー斬撃が。

 

「恋符『マスタースパーク』ッ!!」

 

ーー魔砲が。

 

「霊符『夢想封印』!!」

 

ーー光珠が。

 

ようやく笑みの消えた幽々子へ、

肉薄したーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーが。

 

 

ドウッ

 

 

一瞬。

それは、本当に一瞬であった。

刹那に、瞬く間に、須臾の程に、

後ろの、最早満開直前となった西行妖(・・・・・・・・・・・・・)から、三人のスペルを一瞬で吹き飛ばすほどの妖力が放出された。

 

「………ッ!?」

 

「なんだ…コレ…」

 

「………………ッ」

 

三人は、動けなくなっていた。

何も、スペルが吹き飛ばされたショックで動けない訳ではない。もちろん、あの三枚のスペルは本人達にとっても完成度の高いもので、あっさり破られたとあっては当然ショックもあるだろうが……それよりも、三人の身体は別の事に支配されていた。

 

 

西行妖から放たれる、不気味極まりない妖力である。

 

 

見ているだけでも冷や汗が止まらなくなるほどの、大きく、不気味で、不吉な妖力。

場数を踏んできた魔理沙と霊夢でさえ、思わず後退りしたほどである。

 

そんな三人を後ろに、異変の首謀者である幽々子は西行妖に振り向き、呟いた。

 

「あ、ら…? なに…が……」

 

ふらり。

幽々子の体は、先ほどまでのフワフワとした様子ではなく、本当にふらりと力を無くし、ダランと肩を落とした。

そしてそこへ、先程の強烈な妖力が集まっていく。

まるで彼女に取り憑くように(・・・・・・・・・・)

 

しかし、その理由も理屈も今の三人には知る由も無い。いや、そんな事を心配している場合ではないのだ。

 

 

すでに幽々子は、不気味な妖力を振りまいてこちらを睨みつけているのだから。

 

 

先程までのあっけらかんとした、どこかイライラとする様子は、既に産毛ほども見受けられない。

彼女が今放っているのは、突き刺さるような殺気と、どうしようもなく嫌悪感を膨らませる妖力だけだった。

 

睨みつける目にも、光は宿っていない。

肩と、そこから伸びる腕は前でダランとしており、見るからに力は入っていない。

一見無気力そうな印象を受けるその様子は、しかし彼女が正気ではない事を鮮明に表していた。

 

「「「……………………」」」

 

三人は、皆黙って一点を見つめる。その視線の先は、言わずもがな様子のおかしな亡霊の少女。

 

誰が言わずとも、誰もが分かっていた。

分からないはずはない。例え誰かがこの戦いを見ていたとして、実力者でなくともそれは何よりも鮮明に分かる事だ。

 

 

 

 

 

ーー本番は、これからであると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、この妖力……………相当マズイな…。……急がねぇと!」

 

 

 

 

 




え? 霊那の技見覚えある? さ、さぁなんのことでしょぉねぇ〜?

ではでは。


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第百八話 本物の"化け物"

三人称視点って描きやすいですねww

ではどうぞー!


冥界の、西行妖のその根元。

異変解決者として立ち上がった三人は、皆同じ方向を向いて立ち止まっていた。

その頰には、一筋汗が流れていく。

 

「コレは…なんかヤバそうね」

 

「へっ…こんなおかしな異変とは思ってなかったぜ。あの桜、一体なんなんだ?」

 

「さぁ…分からないけど、とんでもなく悪いモノなのは明確ーーッ!!」

 

"ソレ"には、霊夢だけが反応できた。

博麗の巫女として、才能に関しては歴代トップレベルのモノを持つ霊夢だけが、その才能と生まれつきよく当たる勘の元に、一番早く気づく事が出来たのだ。

"ソレ"に長く触れ合ってきたから、というのもある。博麗の巫女という役職上、"ソレ"に関わらずに生きていく事など不可能だ。むしろ、それを拒んでしまえば博麗の巫女としての立場など消え失せる。加えて、八雲紫にもこっ酷く"お仕置き"される事だろう。

内心面倒だと思いながらも、なんだかんだでその役職を続けてきた霊夢が一番早く"ソレ"に気が付くのも、まぁ当たり前というところだ。

 

"ソレ"ーーつまり、爆発的な妖力の上昇に(・・・・・・・・・・)

 

「二人共ッ!! 避けなさいッ!!」

 

「は?ーーがはっ!!?」

 

刹那、魔理沙が何かに被弾し、苦痛の声を上げて吹き飛ばされた。

霊夢も突然の事で反応しきれず、自分の前に結界を張って警告するので手いっぱいだったのだ。

吹き飛ばされた魔理沙に、心配の声をあげる暇もなく、霊夢の張った結界には、今までとは桁違いの威力を誇る弾幕が衝突していた。次第に、結界にもヒビが入っていく。

 

「何よっ……この威力はぁっ!」

 

思わず声を荒げた。

いつも余裕を残して戦う霊夢とは思えない、切羽詰まった声だった。

ここに魔理沙が居たなら、驚いてギョッとしている事だろう。

霊夢は結界で弾幕を防ぎながら、その身体で感じていた。

様子のおかしくなった幽々子から感じる、途方もない妖力を。

大妖怪とも時折手を合わせる霊夢が、感じた事のないほどの強大な力である。それはその弾幕の速度に、量に、威力に、刻々と浮き出ていた。

ーー結界が保つのも、もう僅か。

 

「霊夢っ!」

 

振り返りはしない。そんな余裕は霊夢には無かった。

しかし、声でその主は分かる

ーー咲夜だった。

 

「あんた無事だったのね! 異変解決初心者の癖して中々やるわね!」

 

「時間を止めて隙間を縫っていたわ。この弾幕を避けるのは骨が折れそうだったからね」

 

咲夜の顔にも、汗は浮かんでいた。

結界で防御する事も出来ない咲夜では、この状況に危機感を覚えるのも当然だろう。むしろ、覚えない方がそれはそれでおかしいのだが。

手の甲で額の汗を拭いながら、今も必死で防御し続ける霊夢に話しかける。

 

「どうするの霊夢。アレ、どうにかなるかしら?」

 

「どうにかするしかないでしょっ。私たちしかここには居ないんだから!」

 

そう、霊夢なりに強気の言葉を放った。

しかし、当の霊夢としては思っていたよりも弱々しく、情けない声であった。

彼女自身も、"アレを止められるか"と訊かれれば、自信を持って頷く事は決して出来ない。それ程までに、アレは化け物じみた力を持っていた。真っ向から挑んで、勝てる可能性など殆ど無いだろう。こちらは三人もいて、圧倒されているのだから。

だからこそ(・・・・・)、霊夢は言う。

 

どうにかするしかない、と。

どうにかする、と。

 

それは博麗の巫女のプライドというより、彼女自身の覚悟に近かった。

どうにかしない限り、私達はきっと無事では済まない。

でも逃げてしまえば、取り返しのつかない事になる予感がする。

ならばーー。

 

かつてない危機感に、霊夢の頭脳が冴え渡る。

 

「咲夜! もうすぐ結界も壊される! 合図するから、その後の援護頼めるっ!?」

 

「魔理沙はどうするの!」

 

焦燥を浮かべて叫ぶ咲夜に、霊夢は背を向けながらも口の端を釣り上げた。

 

「大丈夫。あんな攻撃で落ちるほど、私の親友は甘くないのよ」

 

霊夢は知っている。いつだって落ち着かなくて、おしゃべりで、反論すれば屁理屈で返してくる私の親友は、一発で落とされるほどの弱者ではないと。

彼女が積んできた努力も、霊夢は知っている。

私に食らいつこうと成長し続ける彼女も、霊夢は知っている。

彼女の呆れるほどの根性も、霊夢は知っている。

だから言える。

アイツはこんな事では諦めない、と。

 

霊夢の言葉は、咲夜にとっては信憑性の無い事だったけれど、不思議と信じられる力が篭っていた。焦燥に駆られた顔も、次第に冷静さを取り戻し始めていた。

 

「…そう。分かったわ。なら、援護は任せなさい」

 

「ええ!」

 

弾幕は未だ激しい。

嵐の時の雨粒と間違うような量の小弾幕に、時折衝撃波のように放たれる大弾幕。加えて四方八方に飛び交うレーザー。

"メチャクチャ"という言葉が相応しい敵を目の前に、霊夢は、覚悟を決めた。

 

「行くわよ、咲夜」

 

 

ーー3

 

 

「ええ」

 

 

ーー2

 

 

「必ずアレを……」

 

 

ーー1

 

 

「黙らせるッ!!」

 

 

ーー0

 

 

結界が破壊されるけたたましい音と共に、二人は前に飛び出した。迫ってくる弾幕もそれ相応に早く見える。

当たればタダではすまないであろう弾幕の嵐に、二人も同じように恐怖は感じていた。だが、それはそれぞれが決めた覚悟が押さえつけてくれる。二人の覚悟は見事に恐怖に打ち勝っていた。

霊夢は焦りの表情を見せず、ただただ大きな霊力を練り上げ始めていた。

 

霊力を練るのに集中している霊夢は、今とても無防備だ。

嵐の中に無防備な人が入り込むとどうなるかなど、想像するのは簡単だろう。

雨粒は、ただ彼女を打ち砕かんと迫る。

ーーが。

 

 

カチリ

 

 

その為の援護である。

咲夜は自らに迫る弾幕を避けながら、霊夢に迫る弾幕にも目を配っていた。

そして彼女に迫る物があれば、時を止めて処理するか、霊夢自身を移動させて強制的に避けさせる。

 

咲夜の身体にかかる負担は大きいものだ。能力だって無限に使えるかと言われればそうでもない。必ず限界は存在する。

しかし、ここで無理しなければどこでするというのか。これはもう生死をかけた戦いに等しい。相手がこちらに向けているのは紛れも無い殺気で、向こうが考えているのは…"殺す"。それだけである。

 

もはやコレは、弾幕勝負などという"遊び"ではないのだ。

 

幽々子の元まであと少しというところ。援護を行う咲夜にも限界が訪れていた。嵐の如く迫る弾幕を能力の連続使用によって避けていれば、これ程短時間で限界を迎えるのも当然の事だろう。

しかし、幽々子の弾幕は容赦と言うものを知らない。

限界を迎え、咲夜の援護を満足に受けられない霊夢へと、これでもかと強烈な弾幕が飛来する。

ーーその刹那、二人の目の前に閃光が走った。

 

 

咲夜にとっては"見た事がある"。

霊夢にとっては"馴染み深い"。

霊夢の信じた唯一の"親友"、その代名詞である。

 

 

「行けっ! 霊夢ぅっ!!」

 

ボロボロの姿の魔理沙が放ったマスタースパークは、霊夢と幽々子の間に存在した弾幕を消し飛ばした。

 

ーー千載一遇のチャンスである。

 

彼女へと目配せだけ行い、霊夢は練り上げた霊力を解放した。それは、元々大きな霊力を持つ彼女が改めて繊細に練り直した、とても強力なものである。それを用いて弾幕を放てば、そこらの妖怪などいとも簡単に消し飛ばす事が出来るだろう。

"赤子の手を捻るより簡単"。それ程のものである。

その強大な霊力を込め、構えた。

 

「喰らいなさいッ!!」

 

最早、霊夢を阻むものは存在しない。

あるのは幽々子の放つ途方もない妖力、それにぶつかる霊夢の霊力だけだ。

ーーこれで終わらせる

霊夢はそれだけを考えていた。目の前の強大な敵に対し、他の思考などは邪魔にしかならない。彼女の視界には、最早幽々子しか映っていなかった。背景すらも無意味なものと切り捨てる。

目の前に力無く佇む幽々子ーーいや、彼女に取り憑く"西行妖"。それだけを見つめ、それを叩き潰す事だけを考えーー

 

ーー霊夢は、放った。

 

 

「『夢想天生』ッ!!」

 

 

練り上げられた霊力は、"億"に及ぶかと言うほど無数の札に宿り、"西行妖"を叩き伏せるべく迫った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女達は理解していなかった。

 

西行妖ーーそれがどれ程の"化け物"であるか。

遠い昔、この桜の木が、どんな事象を巻き起こしたのか。

 

今まで、自らの物差しの範囲内でしか妖怪を見た事がなかった彼女らからすれば、例え心の内で薄々分かっていようとも、この桜の木を理解する事が出来ないのも当然である。

 

仮に、この場にかつて西行妖と戦った者の一人ーー八雲紫が居たとすれば、彼女は必ずこう考えるだろう。

 

 

 

 

ーーこの程度の筈がない。

 

 

 

 

と。

 

当時でも他と隔絶した力を持っていた三人が、やっとの思いで(・・・・・・・)打ち勝った忌むべき桜。

当時の彼らと比べても、戦力的、実力的に圧倒的に劣る霊夢達が、弾幕を防御できる? 消し飛ばせる?

 

……そんな筈はない。

 

ならば……考えられる事は一つだけ。

 

「嘘……でしょ…!?」

 

今の西行妖の力は、本気とは程遠い(・・・・・・・)

 

正確には、少しずつ力を取り戻しつつあるが、全快と言うには程遠いのだ。

 

霊夢の技は、西行妖から放たれた妖力によって、容易く吹き飛ばされた。

西行妖は、まるで微動だにしていない。

 

「あ、あああ……」

 

本気で放った。

二つ型がある内の、特に攻撃的な型の本気の技。

どこまでも集中し、どこまでも丁寧に、どこまでも力強く発動させた、究極奥義。

それが、いとも簡単に砕かれた。

そのあまりのショックに、霊夢は西行妖の前に佇んだまま動けなくなっていた。

 

彼女の名を叫ぶ二人の声も、まるで届いていない。

 

西行妖は彼女の姿をただ静かに見つめ、さも何も思ってないように…いや、何よりも無情に、再び、弾幕を放つ。

 

 

 

 

今の霊夢に、避ける(すべ)は無かったーー

 

 

 

 




中盤くらいから霊夢達がこのまま勝つと思った人、素直に言ってください( ̄▽ ̄)

あ、あと今回の夢想天生は心気楼varです。

ではでは。


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第百九話 解けかけの封印

文章がようやっと小説っぽくなりましたねっ! この調子で頑張りますっ!!

では、どうぞ!


二人は、動けないでいた。

 

何か動きを封じる術を掛けられた訳ではない。

人質がいて、迂闊に動けないわけでもない。

では何が二人の足を止めているのか

……単純な話である。

 

それはーー"恐怖"

 

目の前の現実から感じ取った、身体中を強烈に圧迫する様な恐怖である。

 

二人から見て、先程の霊夢の技は正直……手に負えない、というレベルであった。

何もその霊力の大きさだけではない。大きさだけならば、今まで必死に彼女に食らいついてきた魔理沙だって、頑張れば到達できない領域ではない。むしろ、魔理沙と霊夢は互いを研鑽し合ってきた仲だ。主に魔理沙が霊夢に挑む事の方が多かったが、そのお陰で、霊夢にとっても修行になっていた事は間違いない。

時には魔理沙が追い抜く事さえあった。努力を惜しまない彼女であれば、怠惰な生活を送る霊夢が追い抜かれるのも頷ける事ではある。…まぁ、すぐにまた追い抜かれてしまったのだが。

 

咲夜に至っては、もっと単純である。

それは一重に、とても強大な妖力を持つ

"(レミリア)"が近くにいたから。

レミリアも、四六時中妖力を解放しているわけではない。むしろ意図的に押さえ込んでいるくらいだ。しかし、常日頃から彼女の側にいる咲夜からすれば底抜けもいいところ。主の強大な妖力は肌で感じていた。言うなれば、"強大な力には慣れていた"。

 

そんな二人が"手に負えない"と思った理由…それは、言ってしまえばその技の全て(・・・・・・)である。

 

大きさこそ二人の常識の範囲内ではあった。しかし、その他の要因…高度に練り上げられた力強さ、繊細な術式、複雑に編み込まれた力…等々。それらは二人の常識の範囲では測れないほどのモノだったのだ。

霊夢の常識外れな才能がなければ到底できない…そんな、超々高レベルな技であった。

 

改めて二人は確認する。分かりきっていた事ではあるが、改めざるを得なかった。

ーー博麗霊夢は、天才である…と。

 

"これなら行ける!"

三人が同じ事を考え、確信していた。三人、というより、誰よりも霊夢自身がそう思っていた。

確かな手応えがあったからである。自らのこの技を持ってすれば、大妖怪ですら敵ではない、一瞬で消し飛ばせるだろう、と。

 

しかし残念ながら、此度の相手は大妖怪ではない。

 

 

正真正銘の"化け物"である。

 

 

"大妖怪"を基準に考えた技で、どうして"化け物"を討ち倒せようか。

答えは単純。否、である。

霊夢の才能が魔理沙と咲夜の"常識外れ"であるなら、その霊夢の"常識外れ"はまさに化け物ーー西行妖である。

そんな次元の違う存在に、技が届くはずはない。

二次元の存在がいくら手を伸ばそうと、三次元に生きる者達に届く事はないのだ。

 

自分達の常識外れが、更にその常識外れに敗れる姿など目にしてしまえば、あとに残るのは恐怖以外に有りはしない。それが敵であれば、尚更。

二人には、するべき事が分からなくなっていた。

 

こんな相手をどうすればいいのか。

恐怖に従って早く逃げればいいのか。

負けると知りながら戦えばいいのか。

それともーー

 

ーーただ必死に、生きる事を選べばいいのか。

 

………そうだ。

死んでしまっては意味がない。逃げてしまっても意味がない。ならば、生きる。

逃げてしまえば、死んでしまえば、幻想郷が終わる。それは、イヤだ。

なら生きるしか道はないのだ。

よく考えろ、私たちは弾幕勝負のプロだぞ。避ける……いや、生きるのは得意分野だ。

攻撃なんて無意味な事はするな。生きる事だけ考えろ。アイツがバテるまで粘ってやる。そして、生還してやる。

 

生きる決意を決めた二人に、最早体の震えは残っていなかった。

恐怖は残っている。消えるはずはない。むしろ、残っていて貰わなければ緊張感が失せてしまう。

 

「すぅぅーー………ふぅぅ……よし」

 

深呼吸をし、心を鎮め、目の前を見据える。

滲み出す妖力は相変わらず強大で恐ろしい。というより、さっきよりも大きくなっている気すらする。

だが、そんな事は今関係ない。どれだけ大きくなろうと、生きれ(避けれ)ば何も問題はないのだ。

 

構えた二人に向け、西行妖は再び弾幕を放ち始めた。

 

 

 

 

 

 

 

〜霊夢side〜

 

彼女は今、倒れ伏している。

巨大な桜、西行妖の…その根元だ。

 

「ッ…はや、く……行かない、と…」

 

立ち上がろうと腕に力を込める。しかし、彼女の腕は立てるどころか動くことさえなかった。動かない代わりに、ギシギシと重苦しい音を立てている。

足も同様。動かそうとすれば耳障りな音がなり、ピクピクと僅かに揺れるだけ。彼女の全身が、動くことを拒んでいた。

別段不思議な事ではない。彼女の体が動かないのは、一重に"ダメージを受けすぎたから"である。回避能力もさる事ながら、結界による防御術まで会得している霊夢は、今まで弾幕を受けたことなどほぼ無かった。この異変に関しては本当に一度も受けていない。

しかし、彼女が受けた弾幕は西行妖によるモノ。

全開放でない事を鑑みても、彼女が相対してきた妖怪とは一線を画す、どころか"次元が違う"。その弾幕の威力も当然、相当なものである。

そんなモノを、至近距離の無防備な状態で受ければ、一気に身体が限界を迎えるのも当然なのである。

唯一少しだけ動く首を傾け、幽々子(西行妖)と対峙する二人を見やった。

 

(防戦一方じゃない…)

 

二人は弾幕を放つ事もせず、ただその視界に幽々子だけを捉えて迫り来る弾幕を避けていた。

普通に弾幕勝負をするなら、"攻撃しなければ話にならない"と二人を軽く馬鹿にする所だが、それは二人の目を見た事によって消え失せた。

 

ーー諦めてはいない、とても強い目をしていたのだ。

 

攻撃はしない。しかし負けることを良しともしていない。つまり……弾切れ(バテ)を狙っているということか。

霊夢のよくキレる頭脳は、瞬時に二人の行動の意味を理解した。

霊夢自身も、それは確かに最善の策だと思った。自らの大技をあんな容易に消し飛ばす化け物を相手に、通常弾幕など意味が無い。それこそ、向こうから見れば"埃"同然だろう。それならば持久戦に持ち込むしかない。どんな化け物だって力に限界はある筈。それが尽きるまで、とことん避けきるのだ。

 

しかし、それはあくまで"最善"。今できる中で、最も善いというだけである。それが相当な難題なのは何処も変わっていない。

事実、霊夢の見る限り、弾幕を避ける二人の顔にも汗が滲んでいた。つまり、避けるのも相当に大変という事だ。

紙一重で避けてはいるが、それは決して"最小限に避けることを意識して行っているから"ではないのだろう。単純に、"避けることさえもギリギリになってしまう"だけだ。

 

「なんとか…ならないの…っ!? あんなヤツ、相手に…」

 

再び、霊夢は立ち上がろうと力を込めた。

二人が尽きるのが早いか、それとも幽々子が尽きるのが早いか。そう聞かれれば、霊夢はすぐに"二人の方が早い"と答えるだろう。

常識的に考えて、だ。人間二人と化け物など比べれば、人間の方が弱いに決まっている。つまり、このままでいても勝ち目がない。ならば、今出来る最善の策とは、狙われていない霊夢がコレを打破する策を見つける。それ以外にない。

霊夢は、動かない身体を霊力で支えながら、どうにか立ち上がったーー瞬間。

 

 

ゾワリ

 

 

「ひっ…」

 

霊夢は全身に、とてもイヤなモノを感じた。

否、それが何なのか、彼女自身も分かっている。

その"イヤなもの"によって、トラウマになる程の痛みと衝撃を、先程(・・)受けたばかりなのだから。

 

「………何……あれ…」

 

 

彼女の視線の先には、モヤモヤと妖力の漏れ出す、木の根元に刺さった一振りの刀があった。

 

 

ゆっくりと近付く。身体が思うように動かないというのも理由の一つだが、それ以上に大きな要因と言えば、それは"警戒"である。自身を叩きのめした者の妖力が流れ出ているのだ、それで警戒しない者はただの馬鹿である。

 

刀から目を離さず、少しずつ近付いて行く。最早、霊夢の耳には上空で争う三人の音など欠片も聞こえていなかった。言い換えれば、彼女の頭は目の前の事で一杯だった。

眼球が乾くほどに凝視し続けながら、刀の元に辿り着いた彼女は、震える手でゆっくりと刀の柄に触れた。

ーーそして、驚いた様にバッと手を離した。

彼女の顔には、大量の汗が噴き出す。

 

「何よ……これ……!

 

 

 

 

 

 

 

まだ十倍以上(・・・・)残ってるじゃないっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

刀に秘められた妖力。それは、今魔理沙たちが対峙している者が発する妖力の、十倍以上の量であった。

そして、そこから少しずつ妖力が漏れ出し、集まっていく。

この瞬間に、霊夢は思った。

このままではマズイ、と。

妖力が漏れ出して供給され続けるのでは、持久戦など無意味である。魔理沙達の見つけた切り口でさえ、その先に希望は見えない。

 

ーーなんとかしなければ。

 

使命感めいたものが、心に沸き立つ。

霊夢は、再び柄に触れた。

 

(この刀から妖力のみが漏れ出すって事は、この刀自体が封印になっているはず……その術式は……)

 

柄に触れたまま目を瞑り、刀に施された封印を読み解く。

解き終わった頃には、霊夢の頭の中には巨大な箱のイメージが浮かんでいた。

その箱の蓋はボロボロになり、かけたところから中身ーー妖力が漏れ出している。

しかし

 

(蓋は外から引っ張り上げられたみたいに壊れてるけど、封印の機構自体はまだ生きてる……なら、後は霊力を込めて"蓋"を修復すればいい!)

 

霊夢はカッと目を開き、残った霊力を絞りあげた。

そして、それを刀へ流そうとした瞬間ーー

 

 

とんでもない殺気をその身に浴びた。

 

 

「ぁくっ……」

 

彼女の呼吸を止めかねない程の鋭く重い殺気。それを放つのは当然ながら、霊夢の行動に気が付いた幽々子(西行妖)である。

魔理沙たちに対峙していた西行妖は、先程までの無気力そうな表情から打って変わって怒りを露わにし、霊夢を睨みつけていた。

 

(早くっ…しない、と…!)

 

殺気に晒されながらも、蓋を修復しようとする霊夢。

西行妖がそれを許すはずは、無い。

 

「■■■■■■■■ッ!!!!」

 

とても聞き取れないような叫び声をあげ、西行妖は全身から逃げ道など存在しないほどの弾幕を放った。

その威力も、下降するどころか上昇している。

全方位に放たれた弾幕は当然、霊夢だけではなく魔理沙たちにも襲いかかった。

 

(ヤバイッ!!!)

 

身体を霊力で支えている霊夢に、最早避ける術は無い。

あんな弾幕を受ければ、人間の身体など簡単に消し飛んでただの肉塊と化すだろう。五体満足なら御の字…そんなレベル。

 

自身の最後を予感し、ギュッと目を瞑った。

少しでも身体が離れないように、自らの肩を抱き寄せて。

 

 

 

ズドォォォォオオオーー……ン

 

 

 

衝撃が大気を揺らす。その音は地響きとなんら変わりはなかった。爆発、というのも生温い。耳をつん裂く程の音撃を霊夢は聞いた。

 

 

そう、聞いた(・・・)。つまりーー

 

 

(生き…てる…?)

 

覚悟した痛みは襲ってこない。自らの身体に何かが触れる感触もない。ギュッと肩を抱きかかえた所為で、腕に僅かな疲労の感覚が残っている。…確かに、生きている。

霊夢は、目を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間一髪だったな。でも…セーフだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そ、双也…にぃ……?」

 

そこには、忘れる事のない兄貴分の背中があった。

 

 

 

 

 




救世主はやはりこの人。

ではでは。


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第百十話 "知らない他人"

後半がちょっと急足でした……。

ではどうぞっ!


「いやぁ危なかったな。一歩遅かったら手遅れだった」

 

目の前の男は、背を向けたまま呟いた。

小さい頃から見ていた、大きな背中。花の刺繍の入った黒い羽織。優しげなその声。全てが霊夢の知っているものだった。

だからこそ(・・・・・)、戸惑う。

 

 

何故、この人ーー神薙双也がこんな場所に居るのか。

 

 

彼女の中での双也という人物は、見た目がとても若々しい唯の兄貴分だ。それこそ、彼女が小さい時から側におり、神社に来ては寛いでいて…彼女が思春期に入り、一番初めに異性として認識した人物でもある。言うなれば、とても近くに居た、知り尽くした人物(・・・・・・・・・・・・・・・・・)なのだ。

なのに。なぜ。

 

「双也にぃ! なんでこんな所にーー」

 

スッと、双也は手で彼女の言葉を遮った。

しかし、今の彼女にとってはそれも煩わしい事で、一瞬口籠もりながらも構わずに言おうとする。が。

それも彼の言葉によって遮られた。

 

「霊夢、刀に霊力を流す準備しとけ」

 

「え?」

 

「さっさとせき止めないと面倒だぞ」

 

なぜそんなことまで知ってる?

霊夢の頭に、当然の疑問が浮かび上がる。しかし、彼の言うことが最もだというのも同時に理解していた。

だから問い詰めるのは後にするとして。

霊夢は再び柄に触れた。

 

「■■■■■■■■ッ!! ■■■ッ!?」

 

再度、西行妖が声とも思えない叫びを上げ、弾幕を放った。その圧力に押され、蓋の修復を止めてまた縮こまろうとする霊夢。

その肩に、双也の手が置かれた。

 

「大丈夫、続けてろ」

 

彼の手のひらが、迫る弾幕へ掲げられる。

そして、一言。

 

「縛道の八十一『断空』」

 

彼の手から現れた透明な結界。それは西行妖の弾幕を、いとも容易く防いでいた。結界にヒビが入る様子も、ガタつく様子も無い。魔理沙たちの方を見れば、彼女の方も同じような結界に守られ、まだ無事であった。

我が身と二人の無事にホッとする中、彼女はただただ驚愕していた。

当たり前だ。博麗の巫女として相当な実力を持っていると自負していた自らが防げない攻撃を、ただの人間と思っていた人が顔色一つ変えずに防いでいるのだから。

そしてーーただの人間と思っていた人が、底が見えない程の途方も無い霊力を放っているのだから。

 

「■■■■■■■ッ!!!」

 

「おうおう荒れてるな。…霊夢、早くしろよ」

 

「あ…うん…」

 

どこまでも余裕そうに自らを守り続けるその男(・・・)。混乱のあまり彼の背中を凝視していた霊夢は、生返事ながら答える。言われたまま、"蓋"の修復を始めた。

 

「■■■ッ!! ■■■■ッ!!!」

 

「いい加減大人しくしてもらおうかーー特式六十一番『光輪天牢』」

 

 

ーー西行妖の周囲に光の輪が現れ、無数の杭に胴体を貫かれる。

 

 

「縛道の六十三『鎖条鎖縛』」

 

 

ーー太い鎖状の霊力が、光輪天牢の上から巻きつく。

 

 

「特式七十九番『八十一式黒曜縛』」

 

 

ーー黒い塊が周囲に八つ、別角度で更に九つ、そして中心に一つ放たれ、空間に繋ぎ止められる。

 

 

そのあまりに強固な拘束に、西行妖の攻撃は次第に弱まり…間も無く完全に消え失せた。

それでも双也を睨みつけたまま何事かを叫び続ける西行妖。それはまるで、かつての憎き相手に罵詈雑言を吐いているような醜い姿だった。

そんな西行妖を見、彼は冷めた目でポツリと呟いた。

 

「…どうやら、俺の事は憶えてるらしいな。…でも、今のお前じゃ相手にならねぇよ」

 

険しい視線を叩きつけながら、双也は再び手を掲げ……振り下ろす。

 

「幽々子から離れろっ! 西行妖!!」

 

 

 

ボワァッ!!

 

 

 

幽々子から不気味な妖力が放出される。同時に、先程まで彼を睨みつけていた目も力を失い、フッと首をもたげた。

妖力が離れたのを確認した双也は、拘束を解いて幽々子のみを引き寄せ、抱き留めた。

 

「はぁ、こんな再会になるとはなぁ…」

 

眠る幽々子を見、そう呟く双也。まるで本当に眠っているだけの様な、穏やかな表情をしている。耳をすませば寝言が聞こえてきそうだ。

しかし、その一時の優しげな表情も一瞬限りで引き締め、双也は集まっていく妖力に目を向けた。

 

集められた西行妖の一部(・・)は、真っ黒な霧の様にモヤモヤとしており、その真ん中に一つ、気味の悪い目玉が付いていた。

妙にギョロギョロと忙しなく動いており、とても気持ち悪い。

 

「そ、双也にぃ! 修復終わったわよ!」

 

その時、霊夢の声が響いた。それは封印し直した事を知らせるモノ。つまり、妖力の回帰を防いだ事の証明である。

確かに、あの気味の悪い妖力が大きくなっていく様子は見受けられない。

それを聞いて一つ頷いた双也は、再び目を向け、言う。

 

「もう…俺の前に現れないでくれ。

 

 

 

 

ーー破道の九十六『一刀火葬』」

 

 

 

 

刹那、地面から刀の鋒を模した爆炎が噴き出した。

それを見つめる霊夢も、魔理沙も、咲夜も、あまりの熱量に手で顔を覆い、熱風に必死で耐えているのだった。

超高密度の霊力の塊であるそれは、今や双也の十分の一にも満たない西行妖の妖力を塵も残さず焼き焦がした。残り香すら残っていない。

ーー完全に、消滅したのだ。

 

西行妖(本体)に咲いている桜の花びらも、ユラユラとゆっくり散っていった。

 

 

 

 

 

 

「これで、異変解決だな」

 

火柱が消えるのを確認し、双也はポツリと呟いた。

抱き抱えた幽々子を比較的平らな所に降ろすと、当初の目的であった"忘れ物"を手に取るため、それに近寄った。

忘れ物ーー彼の愛刀、天御雷は千年以上経った今でも、蒼く美しい刀身を輝かせていた。昔と違うのは、その中に忌むべき力が封印されていることか。

その事に少しだけ悲しさに似たモノを感じながら、双也はその柄に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー瞬間、彼の身体は吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ…」

 

その衝撃は、彼にとってはさほど痛くもない攻撃であったが、逆に少しだけ彼をイラつかせた。

何十年も待って、やっと取り戻したと思った矢先に邪魔が入ったのだ。面倒事が嫌いな彼ならば、その事にイラつきを覚えるのも当然だろう。ましてやそれが……

 

「……何すんだよ、霊夢」

 

「………………ッ」

 

妹分である、霊夢ならば。

 

はっきり言えば、今の霊夢にまともな判断力など無い。

後に春雪異変と呼ばれる今回の異変において、彼女の予想を超える事象が多発し過ぎたのだ。

今まで見たことも無いような"化け物"。

無敵と思っていた究極奥義の敗北。

そしてーーその化け物を圧倒した兄貴分。

 

先述の通り、霊夢にとっての双也は唯の兄貴分である。霊力など殆ど持っていないし、ましてや妖怪を相手にするなど考えられない唯の人間だ。偶に"どうやってこんな長い時間容姿を保ってるのかしら"と不思議に思ったことはあった。しかし霊夢はまだ子供だ。知り得る知識には限界がある。故に、"私が知らない事もあるのだろう"と軽く見逃していたのだ。

 

それが、どうだ。

 

人間であるはず(・・・・・・・)の人が、自分が敵わない(・・・・・・・)相手を圧倒していた(・・・・・・)

 

……信じられるはずは無い。

正確には、その二つの眼で実際に見たのだから、頭は理解しているだろう。しかし、心はそれに付いて行かなかった。

 

双也にぃって妖怪を倒せるんだ。

ーー人間なんじゃなかったの!?

 

双也にぃって実は凄い人なんだ。

ーーどうして戦えるの!? 私が足元にも及ばないのに!!

 

双也にぃには多分敵わないなぁ。

ーーそんなの認められない!!

 

双也にぃは私に隠し事してたんだね。

 

 

 

 

ーーじゃあ、私の知る双也にぃはなんだったのッ!?

 

 

 

 

彼女は、グルグルと答えの出ない渦の中を彷徨っていた。

数年間会わなかったとはいえ、昔から見ていてよく覚えている、双也の姿。

西行妖の攻撃を吹き飛ばした、強い双也の姿。

同じ、しかし異なる彼の姿がフラッシュバックし続けた結果、霊夢の中での双也という人物は、"良く知る兄貴分"から"全く知らない他人"へと変わってしまっていた。

 

"知らない他人"が、たった今封印した刀を引き抜こうとしている。

 

霊夢が邪魔をするのも当然だった。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」

 

「お、おい霊夢、大丈夫かよ?」

 

異変が解決したと判断した魔理沙たちが霊夢の元に降りてきて声をかける。混乱が表出しているのか、彼女の息はとても荒い。魔理沙の問いにも答えることはなかった。

 

「双也? あなた霊夢に何かしたの?」

 

彼女の異常を目の当たりにし、多少心配した咲夜が双也に尋ねた。彼は眉根を寄せ、"心配している"とも取れるような鋭い視線を霊夢に向けていた。

 

「心当たりは…あるな。俺が悪い」

 

表情を崩さぬまま、小声で言った。

双也自身も、霊夢がこうも混乱している理由に感づいていた。そして自らの言動を辿り、霊夢にそう思わせてしまった事を少なからず悔いていた。

 

「…双也(・・)、アンタが何を企んでるのかは知らないけど、この封印に手を出すなら容赦しないわよ…!」

 

「! ……」

 

もう"にぃ"すら付けてくれなくなったか…。

霊夢の変化に寂しさを覚える双也。霊夢に妹の様に接してきた彼からすれば、双也にぃという愛称は心地良いものだった。それが、失われた。

双也にとって、それは寂しさというより空虚さを浮き上がらせていた。

しかしーーそれはそれ、である。

 

「悪いけど、霊夢。今回ばかりは邪魔されたくないんだ」

 

「そう……ならここでーーッ!?」

 

その刹那、双也は既に霊夢の背後を取っていた。

そしてその手は、刀の柄へ。

 

「ッ!!」

 

咄嗟に、霊夢は大弊を横に薙いだ。もちろん、突然現れた双也に向けてである。霊力の籠りやすい作りをしているその大弊は、少しそれを込めるだけで相当な威力を発揮する。それは相手が妖怪でなくとも変わらない事だ。

少しだけでいいものを、霊夢は混乱していることから大量の霊力を込めて振るう。

しかしーー双也相手には通用しなかった。

 

「くっ…」

 

彼は片手で軽く、受け止めていたのである。

口元から苦しげな声を上げる霊夢に対し、双也はしかし攻撃しなかった。理由など分かりきっている。霊夢(妹分)を傷付けたくないからだ。

しかし、そんな事を欠片も考えていない霊夢には大きな隙でしか無かった。

続けて、彼の居る空間へ弾幕を放つ。

 

弾幕の着弾音がけたたましく轟く。それを間近で見ていた魔理沙と咲夜も、それぞれ耳を塞いだり手で埃を掻き分けたりと対処していた。

そして双也は……

 

「………落ち着けよ、霊夢」

 

再び元の場所へと舞い戻っていた。

その手には、蒼い刀身の刀とその鞘が。

そして平然と言葉をかけてくる双也に、霊夢は更に苛立ちを募らせた。

 

「…うるさいっ!!」

 

叫び、構える。

"封印を抜き去った知らない奴"を叩き伏せる為に。

怒りや苛立ち、混乱、それらを全て綯い交ぜに。

 

「神霊『夢想封印』ッ!!!」

 

ーー解き放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢刀(むとう)朧薙(おぼろなぎ)』」

 

 

が、それは容易く断ち切られた。

何処から振るわれたのかすら分からない。しかし、確かに両断されている。

 

霊夢はこの技を知っていた。

得物の大きさは変わらないのに、断ち斬れる範囲のみ伸ばして両断する、ムチャクチャな技。

 

「………霊夢、何をしているのですか?」

 

母、霊那の技である。

 

妖夢を下し、双也の後を追った霊那は、到着した所で霊夢が双也に攻撃するところを見て、剣撃で邪魔したのだった。

双也の隣に降り立った霊那は、普段よりも少しばかり鋭い視線を我が子へと突き立てた。

 

そんな視線を向けられた霊夢だが、彼女は母が現れた事に驚くどころか、怒鳴り上げた。

 

「お母さんっ! なんで邪魔するの!? ソイツ(・・・)は封印した刀を持ち去ったのよっ!?」

 

「!!」

 

彼女の言葉の変貌に、霊那はいち早く気がついた。

そして、その事に最も関係のある双也へ振り向く。

ーー彼は無言で頷いた。

 

「そういう…事ですか…」

 

事の顛末を察した霊那は霊夢に向き直り、先ほどの鋭い視線とは打って変わって心配するような表情をした。

双也が霊夢に隠していた事の内容を知る霊那の瞳には、それを受け止めきれていない我が子の姿が酷く弱々しく映っていた。

 

あの子にも気持ちの整理が必要ですね…。

そう考えた霊那は、隣で少し俯いている双也を促した。

 

「行きましょう、双也さん」

 

「…ああ」

 

小さく頷き、取り戻した天御雷で空を切る。すると、その部分にだけ黒い空間が開いた。双也、続いて霊那が入っていく。

 

「待ちなさいっ!!」

 

「霊夢」

 

黒い空間を潜る直前、霊那は振り向き、優しい声音で言った。

 

「あなたの中の双也さんを、決して忘れてはいけませんよ。でなければ……"兄妹"が仲良く過ごす時間はもう戻ってこなくなってしまうでしょう」

 

ーー兄を、信じなさい。

 

黒い空間が、閉じた。

 

残されたのは、混乱での荒い息が治り始めた霊夢と、その後ろ姿を不安そうに見つめる二人だけだった。

 

 

 

 

 




今回の章…凄い長くなりそうです…。

ではでは。


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第百十一話 白と黒

なんか…シリアスが多くなってきましたね、この作品…。

ではどーぞ!


長い長い冬が過ぎ去り、春の香りが爆発したように桜が舞い散る、薄紅色の博麗神社。

広場には落ち葉こそ落ちていないものの、絶えず舞い散る桜の花弁によって桜色に染め上げられている。

花見の名所だと言っても過言ではない景色を生み出していながら、やはり神社に酒や弁当を広げる者は存在しなかった。

 

春雪異変。冬が長引いて春が訪れないというその異変が解決された、その翌日である。

 

神社内部にある居住スペースの居間には、博麗神社の巫女、博麗霊夢がボーッと座っていた。

ちゃぶ台の上に置かれたお茶は、既に湯気を上げていない。

 

「…………………」

 

霊夢はもう何十分も、この状態のまま動いていないのであった。

朝早くに起きて、日が昇る前に広場の掃除を済ませ、朝食を作って食べた後、ずっとこのままである。その間も常に彼女は上の空だった。

 

理由など、考えるまでもない。

異変の最後にあった、あの出来事である。

霊夢の頭の中は、ここ数十分その事のみを考えていた。

 

双也に出会ったのは、四歳か五歳の頃。母に連れられて行った慧音の家で出会った、年の離れたお兄さんだった。

"双也にぃ"という愛称が定着したのもこの時だ。

彼が博麗神社に訪れたり、慧音の家で会った時にはいつも遊んでもらっていた。慧音の家には勉強の為に通っていたので、勉強を教えてもらう事もあった。彼の優しい顔は今でも記憶に焼きついている。

勉強も大方習い終わり、神社で過ごす事が多くなると、彼は毎日のように神社に訪れていた。そしてよく通る風を感じながら寛いでいるのだった。

その寝顔を見て眠くなり、つい隣で寝落ちしてしまった事がある。起きた後には散々と彼にからかわれたものだ。

そして十歳頃。神社を我が物顔で満喫している彼を見てなんだかイライラし、自分でも理不尽だと思いながらも彼を追い出した。これが"思春期"というやつなのだと後で知った。

それから数年は、音信不通。

彼の家は知らないので、訪ねる事も出来ない。その時は少し、追い出した事を後悔した。

 

(この双也は…白い(・・)のに…)

 

自分の光の中に佇む、明るくて明瞭な彼。

 

(あの双也は黒い(・・)……)

 

真っ暗で何も分からない場所に立つ、暗くて不可解な彼。

 

白と黒。それは彼女が持つイメージの一つである。

小さい頃から接してきて、"なんでも知っている"と断言しても良い程に隅々まで知っている、自分の目に明瞭な彼。

そして、認められないほどに強く、自分が知らない事ばかりを曝け出す、自分の目に不可解な彼。

 

正反対である筈の色がピッタリと当てはまってしまう程に、彼女の中の双也は百八十度その性格を反転させてしまっていた。

すなわちーー"全てを知る知人"から、"全く知らない他人"へと。

 

「霊夢」

 

知らない誰かになってしまった双也の事を考えると、霊夢の視線は自然と手元に落ちてしまうのだった。その目にはもちろん、自分の手などは映っていないのだが。

 

「おい霊夢」

 

彼が今までこの事を隠していたのなら、それはいつからなのだろうか。

最近? ーー私の知らないところで? それは隠し事とは言わない。

神社から追い出した頃?ーー場面的には当てはまる。だが、たかだか数年であれほど霊力が大きくなることなどない。

私が一人暮らしになってから?ーー表情に現れやすい彼なら隠し事など見抜けそうなものだが。

ならばーー

 

 

 

ーー出会った時から…?

 

 

 

「おい霊夢っ! 聞こえてないのかっ!?」パチンッ!

 

「ひゃっ!?」

 

突然目の前に起きた柏手の音に、霊夢は肩を震わせて驚いた。それにつられて、湯飲みは軽く掴んでいた手によってひっくり返り、溢れたお茶は盛大に霊夢の膝を濡らした。

その様子を見て、拍手をした人物ーー霧雨魔理沙は溜息を吐きながら彼女に言葉を零す。

 

「あ〜何ってんだよ霊夢。畳って滲みやすいんだから気ぃ付けないとダメだぜ?」

 

「誰のせいだと思ってんのよっ! 適当なこと言ってるとシバくわよ!?」

 

自分に非はないとでも言うように言葉を放つ魔理沙に、怒れる霊夢は反論として怒鳴り上げた。

広がっていたスカートのお陰で畳には掛かっていないものの、その身代わりとなった彼女のスカートはお漏らしでもした後のようにグチャグチャになってしまっていた。

全面的に魔理沙に非があるのに、自分が注意されるとは何事か。魔理沙が霊夢に"シバく"宣告をされるのも当然である。

 

「そもそもアンタどこから入ってきたのよ! まだ朝早かったから玄関の鍵は閉めておいた筈だけどっ!?」

 

「玄関使ってないからな。そこの縁側からフツーに入ってきたぜ」

 

そう言って彼女が指差した先には、朝日が当たるように障子を全開にしておいた縁側が。

縁側から人の家に入る事を果たして"普通"というのだろうか。

そんな疑問が彼女の頭をよぎるが、窃盗が日常化している魔理沙には言ってもどうせ聞きゃしない、と結論付け、すぐさま思考を頭から追い出すのだった。

 

スカートの着替えだけ済ませて霊夢が居間に戻ると、魔理沙は勝手に注いだお茶を啜りながら寛いでいた。

ちゃっかり引き出しにしまっておいた煎餅も机に出している。

それを目の当たりにした霊夢は、若干顔を引きつらせながらも"いつもの事か"と切り捨て、彼女の隣に座った。

 

「にしても珍しいな。お前が私の侵入に気がつかないなんて。気になる男でもできたか?」

 

「どうしてそんな発想になるのかしら? 嘘でも"恋する乙女"を自称したいならそういうのは控えなさい」

 

「ちぇっ、双也にも似たような事言われたぜ。反論の余地無く言い負けたけどな」

 

ピクッ

 

"双也"という単語に、霊夢の肩が僅かに跳ねた。

その様子を見逃さなかった魔理沙は、静かに計ったような視線を彼女に向け、口の端を釣り上げた。

 

「なんだ霊夢、やっぱり双也の事か?」

 

「…だったら何よ」

 

「別に〜? まぁあの時のお前の混乱ぷりったら凄かったからなぁ」

 

バリッと煎餅をかじり、魔理沙は畳に寝っ転がった。

行儀の悪い彼女には何も言わず、霊夢は俯いたまま彼女に尋ねた。

 

「……ねぇ、魔理沙」

 

「あん?」

 

「アンタは…双也の事知ってたの? さっき、双也にも同じ事言われたって…」

 

弱々しく問いかける霊夢を目だけで見やり、長い話を予想したのか、魔理沙は頭の後ろで腕を組みながら答えるのだった。

 

「ああ。アイツと会ったのは紅霧異変の時だな」

 

「その時の双也は……どんなだった?」

 

その問いは、魔理沙にとっては要領の得ないものだった。

当然である。霊夢が今悩んでいるのは彼の"両面性"による事であり、魔理沙は彼の一面しか見ていないのだから。

しかし、思い悩んだ親友の問いを、分からないからといって無碍にする彼女ではない。

戦った時のことを思い出しながら、語る。

 

「どんなも何も…酷い有様だったぜ。アイツはスペルも使ってないのに、スターダストレヴァリエは防がれるしマスタースパークは両断されるし。ホント、手も足も出ないってこういう事かって実感したぜ」

 

「!………そう…」

 

なら魔理沙が会ったのは"黒い双也"か…。

彼女の言葉を聞き、霊夢は瞬間的に思った。

そして、考える。

ーー私以外には黒いなら、そちらが彼の本性なのだろうか。

ーーやっぱり彼は知らない人だったのだろうか。

ーーもしや私は……こんなにも長く側にいながら、彼を何も理解していなかったのだろうか。

 

考えれば考えるほど、あれだけ家族同然に思っていた人が他人になっていく。離れていく。

彼女は無意識に深く俯き、胸の内から込み上げてくるものを必死で抑えていた。

 

そんな霊夢の暗い気持ちを知ってか知らずかーー

 

 

「あーもう焦れったいっ!! らしくねぇぞ霊夢っ!!」

 

 

ーー苛立った魔理沙は立ち上がって怒鳴るのだった。

そして霊夢の手を掴み、外へ引っ張り出す。

注ぎ直したお茶は再び零れ、今度はしっかりと畳を染めた。

 

「あぁお茶がっ! 何すんのよ魔理沙!」

 

一難去ってまた一難。今度こそ畳に降りかかったお茶を見、霊夢は手を引く魔理沙を睨みつけた。

しかし当の彼女は、そんな事は欠片も気に留めず、霊夢を外に引きずり出しながら叫んだ。

 

 

 

 

「ウジウジ焦れったいんだよお前! 自分以外の奴の事(・・・・・・・・)なんて考えても分かる(・・・・・・・・・・)はずねぇんだから(・・・・・・・・)、もっとシャンとしてろ!」

 

 

 

 

「!」

 

その言葉は、霊夢の心に降り積もった暗い雪を溶かしていった。

そうだ。 心を読めるわけではないのだから、人の本性を考えたって答えは出ない。他人が考えたところで全て理解できるほど、人というのは易しくないのだ。

当たり前の事なのに。

今までだって、思ったままに行動してきたのに。

ーー確かに、私らしくなかった。

 

「……そうね。ちょっと、思いつめすぎたのかも」

 

「そうだぜ! お前の頭の中はいつも春なんだから、らしくもない冬の陰りなんて似合わないぜ!」

 

「ちょっと、それどういう意味よ!」

 

あれやこれやと、言い合う二人ーー特に霊夢ーーは暗い表情から一変、憑き物が取れた様に笑みを浮かべていた。

それは、ここ博麗神社に訪れれば大抵見る事の出来る"いつもの風景"である。

 

「分からないなら聞いてくりゃ良い」

 

「それで気に入らなかったら……」

 

「「ぶん殴る!」」

 

そう、分からないなら知ろうとする。それが気に入らないならぶん殴って、何で隠してたんだ! と言ってやればいい。兄妹同然の仲だ、それくらいしても良いだろう。

 

お互い、微笑みをたたえて拳をコツンと打ち付け、二人は魔法の森へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あ、結界も修復しなきゃ……まぁ後ででいいか)

 

 

 

 

 




最後らへんが雑でした……

ではでは。


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第百十二話 惨劇を越え、千年

紫の頭脳って真の意味で想像できないくらい良いらしいですね。

………その頭脳が欲しいです。勉強辛いです。

ではどうぞ!


霊夢達が魔法の森へ旅立った頃。

当の双也はというと。

 

「…なんだ、来るのが分かってたみたいな表情してるな」

 

「はい。"そろそろ来るだろうから迎えろ"と、仰せつかりましたので」

 

「……まぁ、誰かは想像は出来るからあえて聞かないけどさ」

 

桜の狂い咲きも落ち着きを見せた冥界へーー正確には、彼の記憶に強く強く焼き付いている、懐かしい白玉楼へ訪れていた。

長い階段を登りきり、分かっていたように出迎えた妖夢と軽い会話を交わす彼の腰には、千年以上側になかった相棒、天御雷が二本の紐に吊るされていた。

 

「では、ご案内しますので此方へ」

 

「ああ、頼む」

 

もちろん、いくら広いとは言え、余りにも強すぎる印象の残った白玉楼の事は永く生きてきた彼の頭にも残っている。しかし、せっかく出迎えてくれた少女の厚意ーー強いては仕事を奪うのも野暮というもの。

そう考えた彼は何も言わず、広い白玉楼を妖夢の背に付いていく。

彼の瞳を過ぎていく白玉楼の姿は、千余年前とほぼ変わっておらず、どことなく安心感を覚える反面、あの凄惨な事件を強く思い出させ、彼の心をヒリヒリと痛めさせるのだった。

 

歩くこと数分、廊下を曲がったところで、双也の耳には微かな話し声が聞こえてきた。どちらも透き通るような女性の声である。

そして、彼の前を歩いていた妖夢は、その話し声の聞こえる部屋の前で立ち止まり、膝を折ったーー

 

 

ーーところで。

 

 

「いいわよ妖夢。入りなさい」

 

双也には聞き覚えのある声が、妖夢の行動を制した。

彼女は若干驚いた顔をしながらも返事をし、話していた二人の影を映す障子を静かに引いた。

そこには青い着物を着こなす桜色の髪をした少女ーー西行寺幽々子と、紫色のドレスを着た、

此処へ訪れた際彼が想像した人物ーー

 

 

「…やっぱり来てたか、紫」

 

 

ーー八雲紫の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お茶で御座います」

 

「おお、ありがと」

 

双也用のお茶を、お盆からコトリと置いた妖夢が静かに障子の近くへ下がった。動作の一つ一つが洗練された、美しい動作である。さすがは西行寺の従者だな、と内心双也も感心するのだった。

まだ熱いお茶をズズッと一口啜り、一息ついたところで紫が言葉を発した。

 

「幽々子、紹介するわね。この人が神薙双也よ。いつか話したと思うけど」

 

「あ〜、昔言っていたわねそういえば。貴方が双也くんね。私は西行寺幽々子。よろしくね♪」

 

差し出された幽々子の手に、双也は不覚にもドキッとするのだった。

それは決して明るい気持ちではない。

彼女が意識しているわけはないが、その動作と言葉は、初めて双也と幽々子が出会ったときに交わした言葉にとてもよく似ていたのである。

それを目の当たりにし、彼女との思い出が急速にフラッシュバックしたのである。

もちろんそれは、木の元で自害した彼女の姿を見た、あの時の事も。

 

動きの止まった双也を見て察した紫は、幽々子には見えないように小さなスキマを開き、彼を小突いた。

 

「ッ! あ、ああよろしく…」

 

ハッとし、慌てて幽々子の手を握ると、彼女は花が咲いたように笑った。

双也の"不自然さ"には気が付いているのかどうか、幽々子の掴み所の無さを知っている紫には少々計り兼ねるのだった。……まぁ、気が付いていたとして、その理由について幽々子には分かるはずも無いのだが。

 

三人で暫く雑談を交わす。

何のことはない、人間の友達同士が話すような他愛ない会話である。

最近幽々子がハマっていること。

昔紫が仕出かした笑えるような失敗。

双也が経験してきた大小様々な事件。

時折、障子の近くに控えている妖夢のクスリという笑い声も聞こえる。

元々仲が良かった三人は、例え一人の記憶が無くなっていようとその相性は変わらなかったのだ。

話の種は、尽きない。

 

「そういえば…ねぇ双也」

 

「ん?」

 

幽々子が、思い出したような口調で双也に尋ねる。

その視線は、彼というより…その腰へ向かっている。

 

「その刀…向こうの桜、西行妖の根元に刺さっていた物よね? なんで双也がそれを?」

 

「!」

 

双也は横目で紫を見た。

確認である。"コレは言ってはダメだよな"と。

視線は受けた紫は、僅かに首を縦に振った。

肯定。"もちろん、言ってはダメ"と。

 

確認を得た彼は、言葉を選び始めた。

過去のことに触れず、どうやって説明するか…。

数秒の後、彼は口を開いた。

 

「お前が起こした異変な、俺も解決しにここへ来たんだ。霊夢達の後だったけどな」

 

「ふ〜ん? 私もその霊夢って子の事は覚えてるんだけど、何だか記憶が曖昧なのよねぇ。気が付いたら異変も解決されちゃってて……双也は、丁度私の記憶が飛んでいる所で来たのかしら?」

 

「あー、多分そうだな」

 

十中八九、西行妖の憑依によるものだろう。

双也は瞬時にそう考えた。

西行妖に憑かれた幽々子の様子、あれはとても正気ではなかった。滲み出す妖力も、叫び声も、どれを取っても"幽々子とは言えない"。

そんな状態になるまでに自我を支配されては、回復後に記憶を失うのも当然である。

 

「でね、話は戻るけど…その刀が桜の根元に刺さっているものだから、私もそれを抜こうと思ったのよ。でも、魂が迷うからって妖夢の祖父…妖忌って言うんだけど、その人に止められて……」

 

「……………」

 

魂魄妖忌。

千年前、西行妖を封印すべく双也、紫と共に戦った彼等の戦友であり、友人である剣豪。

双也が霊力を使い切り、息を引き取った後、友の死を嘆く彼の前に今の幽々子ーー記憶を失くした亡霊ーーが現れた。

双也が命を懸けて残した封印()、それを抜こうとする何も知らない幽々子に、彼は遠回しにこう伝えたのだ。

 

 

 

ーーこれは"道標"で御座います。亡くなった者が、この世界へ彷徨い辿り着く為の。

抜いてしまえば、魂が路頭に迷ってしまいますぞ。なので、これはどうかそのままに…。

 

 

 

核心には触れる事なく、しかし真実を。

幽々子が、刀をきっかけに双也を思い出し、連鎖的に悲劇の記憶を思い出さぬように。

双也の最後の言葉は、紫のみならず妖忌にも確かに聞こえていた。

"必ず戻ってくる"。彼もまた、この言葉を信じていたのだ。

ーー故に、道標。

彼の魂が世界へ戻って来れるよう、迷わぬよう、彼の生きた証であるこの美しい刀をそのままに残し、彼が戻るまで守り続けようと。

双也には伝えられてはいないが、実際彼は、生涯を全うする最後まで(・・・・・・・・・・・)この封印を守り続けたのだ。

 

死後の事であるが故、彼自身はその事を知らない。しかし、幽々子にコレ(天御雷)を抜かせなかった事を聞き、なんとなくではあるが、彼も妖忌の心遣いを感じていた。

それを踏まえた上で、なぜそれを自分が持っているのか話そうと、双也は声にならない唸りを上げていた。

それに助け舟を出したのは当然ーー

 

「大丈夫、幽々子。妖忌には確かに止められていたけれど、彼が持っている分には問題無いわ。なんたって、双也には便利な能力があるもの」

 

その言葉に、すかさず双也も反応する。

 

「そ、そうそう。魂が迷わないように、だよな? この刀にあるその能力を、別の物に結合させてやれば問題ない」

 

「そう? なら……良いわね」

 

当然、天御雷にそんな能力は無い。ただ、妖忌が残した言葉に則って彼女を納得させるならば、こうせざるを得なかったのである。咄嗟の思いつきではあったが、無事幽々子を納得させる二人であった。

 

話の方向は元に戻り。

再び始まった雑談は、三人に時間を忘れさせた。いや、幽々子が妖夢を話に巻き込んだ為、今度ばかりは四人か。

妖夢の言葉は、双也から見れば"カチコチとしている"、がピッタリであった。

三人の輪に入り、確かにその会話に花を咲かせてはいたが、彼女から見れば相当に恐れ多いメンツだったので仕方がない。

顔見知りとはいえ、幻想郷を管理している大妖怪中の大妖怪。加え、彼女の師であったと言われる最古の現人神。全ての生き物を死へ誘うことの出来る亡霊。

彼らに何も関係の無い人物がこの輪へ放り込まれたのなら、逃げ出したい気持ちに駆られて言葉を発することもできないだろう。ーー彼らの、至って穏和な性格の事はさて置き。

 

そんな中で妖夢が話すことが出来た(・・・・・・・・・・・)のは、長年仕える幽々子の存在が大きい。

従者と言えど、魂魄家は代々西行寺家に仕える家系。その末子である妖夢にとって、幽々子は主人である前に家族同然なのである。

生まれた時からその優雅な姿は目に焼き付いていて。修行の合間にお菓子を貰い、その優しさに触れて。天真爛漫な性格に苦労を重ねたりして。

そんな家族がその中にいたのだから、妖夢にとってはこれ以上の無い心の支えになっていたのだ。

 

と、そんな妖夢に問う声が掛かる。

 

「なぁ妖夢、聞いてみたかったんだけどさ」

 

「は、はい。なんでしょう?」

 

「お前の剣の腕、どれくらいなのか知りたいな」

 

問うたのは双也である。言わずもがな、彼は今までずぅっと刀に触れてきた。長い年月の間それを扱ううち、その腕は人間から見れば達人の域に達していた。彼にその自覚はなかったのだが、興味だけはそちらへ向くようで。

同じく刀を扱う妖夢の腕を、ふと知りたくなったのだった。

問われた妖夢は、どう答えれば良いか若干困惑しながら、答えを返す。

 

「え、えぇっと……自分では言い辛いのですが…能力に昇華させる程度には修行してきました」

 

「能力? 剣を操る能力か?」

 

「まぁそうですが…正式名称は、"剣術を扱う程度の能力"です」

 

彼女の謙虚さが現れたような、特に誇張するでもない声で答えた。

剣術を操る。そんな能力を持つ少女を前に、当然彼の瞳は鋭さを増す。ただ、口の端がピクリと動いていたのを、紫は見逃さなかった。

彼の次の言葉が容易に想像出来た彼女は、彼が言い出す前に釘を刺す。

 

「…言っておくけど…双也? 戦うのは無しでお願いするわよ? あなたが暴れたらどうなるか分かったものじゃないんだから」

 

「………お前、ホント覚妖怪になった方が良いんじゃないか?」

 

見事思惑を釘に撃ち抜かれた双也は、バツが悪そうに言葉を漏らす。

実際、彼は妖夢の腕を見たいという興味の他に、取り戻した天御雷を使って感覚を思い出したいという思惑を密かに持っていた。しかし、彼と長らく行動を共にした経験を持ち、思考回路なら大体把握している紫にはそれが筒抜けであった。彼女はその事を考慮し、"双也が天御雷を用いて戦えばきっと白玉楼が大被害を被ることになるだろう"と考えたのだった。

 

とは言いつつ、そんな事情など欠片も知らないあの人は。

 

「ええ〜? 良いじゃない紫。私も双也の戦いぶりを見てみたいし。ついでに妖夢の上達具合も見てみたいし」

 

「私は次いでなのですか、幽々子様……」

 

ポツリと呟いた妖夢の銀色の髪を、幽々子は優しく撫でた。妖夢は若干頬に朱を差し、縮こまる。

仕方ないとは分かっていながらも、その発言に少しの呆れを混ぜながら、紫は言い返す。

 

「…この白玉楼がズタズタになっても良いなら止めないわよ」

 

「むぅ…それは困るわねぇ…」

 

そんな言葉とは裏腹に、彼女の表情はニコニコと微笑んでいるのだった。悲観などは全く混じっていない。

彼女にとっては、話に便乗していたというよりも、ただただ友人達との会話を楽しんでいただけなのだろう。

そんな気持ちに気が付いてか、はたまた彼女の笑顔につられてか、妖夢も紫も、そして双也も、日が差したような微笑みを浮かべる。

懐かしい友人の笑顔を目の当たりにし、双也の心はじんわりと暖まっていく。彼もそれを、心地良く感じるのだった。

 

「ま、いつかは剣を交えてみたいけどな」

 

「ふふっ、望むところです!」

 

「…広い所でやりなさいよ…?」

 

「なんだかお母さんみたいねぇ紫」

 

談笑は続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なぁ、紫」

 

「何かしら?」

 

白玉楼の廊下を歩く。見送りしたいという妖夢の申し出を断り、四人の団欒をお開きにした帰りである。

先程の笑顔は何処にも見えず、普段よりもどこか暗い声で、双也は紫に尋ねた。

 

「今回の異変……危うく西行妖が蘇るところだったんだ。記憶の無い幽々子の事だから、興味本位だとかでやった事なんだろうが…なんでこんな事に?」

 

霊夢が刀の封印をし直し、双也が溢れた妖力を滅し、結果的には無事に終わりを告げた今回の春雪異変。

今となっては、幽々子に奪われた春も元の場所へ戻り、その反動からか、幻想郷の桜達は例年以上の狂い咲きを魅せているが…"春が来ない"という異変の裏にあった、"妖怪桜の復活"という異変は、実際相当に危ないところまで進んでいた。

幽々子の記憶が無い理由を知っている双也だからこそ、仕方ない事と割り切ることが出来ていた。理由を察していた紫もまた然り。

記憶が戻ってしまえば、なるほど、確かに異変は起きていなかったかもしれない。しかしその代償に、幽々子自身はまた永遠の悲しみと苦しみを味わうことになってしまう。

背に腹はかえられないのだ。

 

だからこそーー何故こんな事に?

 

西行妖を封印し、妖力開放の鍵たる幽々子も記憶を失くした。当時、それで事は解決した筈だ。それが保たれればこれ程危険な事態に陥る事は無かっただろう。

しかしそうはならなかった。

それは何故?

双也は、問うたのだ。

 

小さな声で、答える紫。

 

「………私のミスよ」

 

「………は?」

 

思わず彼女の顔を見た双也。その瞳が映したのは、悔しげに眉根を寄せる紫の姿だった。

 

「あなたが亡くなった後……私は、所々ぼかしながら事件の詳細を本に記したの。封印は成功しても、あの桜が無くなった訳ではない。封印だって永遠では無いわ。いつかまた…開放される」

 

「……そうだな」

 

そう答える双也も、よく分かっている事だった。

彼が天御雷を取り戻しに来た理由…それはもちろん相棒をそのままにはして置けなかったから。が、それは二の次。

本当の理由は、"常に自らの近くに置き、封印術式を保つ為"だった。

紫が言ったように、封印だって永遠ではない。封印が永遠でないならそれを構成する霊力も然りなのだ。いくら双也が命を落とす程の霊力を込めたところで、結局は変わらない。いつか必ず術式は解ける。

だからこそ、彼は取り戻しに来たのだ。

危うい所では、あったけれど。

 

「簡単には見つけられないよう、でもいざとなれば伝えられるよう、白玉楼の書斎に隠しておいたのだけれど……」

 

「はぁ……幽々子に見つけられた…か」

 

「……ええ」

 

もう一度、彼は溜息をついた。今度は紫に対してではなかった。なんと厄介な物を見つけるものなのか、と。

 

春雪異変、コレを大まかに纏めれば、次のようになる。

 

幽々子が西行妖の秘密ーー満開になることで誰かが復活するーーを知り、昔紫の施した"存在の封印"を解こうとした。その所為で、西行妖の本体という器のみの封印が解けかけたのだ。

妖力は元の器の元へ戻ろうとする。器が蘇ったことで、妖力を封じていた双也の封印が、戻ろうとする妖力の力によって内側から壊され、その際交戦していた霊夢達を殺すために幽々子に憑依したのだ。

しかし、開放されたと言ってもそれはほんの少し。霊夢達では歯が立たなくとも、双也と比べれば天と地の差であった。

駆けつけた双也の一刀火葬。妖力が消滅し、解決した。

 

流れが明確になり、改めて二人は呟く。

この場にはいない、桜色の亡霊を考えながら。

 

「何も考えて無いような顔して………ホントに……」

 

「ええ……末恐ろしいわ」

 

二人の頭に浮かぶその顔は、相変わらず明るく笑っているのだった。

 

 

 

 

 

 

「さて」

 

紫が呟く。その視線の先は、白玉楼の下り階段の始まりだった。気が付かぬうちに廊下を超えたらしい。相変わらず、馬鹿みたいに広い屋敷である。

 

わざとらしく口元を扇子で覆う紫を見、その癖を知っている双也は尋ねた。

 

「………お前、もしかして時間の計算でもしてるのか?」

 

思い出すのは、彼がここを訪れた時。

出迎えた妖夢は恐らく、この紫に指示されて迎えに来たのだろう。つまり、初めから双也の行動を先読みした上で時間を計算していたということ。

そして、彼女がここで"何かを企んでいる時の癖"を見せたという事はつまりーー

 

 

 

「はぁ……ホント、なんでこんな事に……」

 

 

 

「ふふ、勿論…幻想郷の為よ」

 

 

 

現れた紅白の巫女は、若干眉根を寄せて彼らを睨むのであった。

 

 

 

 

 

 

 




さー、どこまで続くんだろうこの章?

マジで二百話行きそうな勢いですw

ではでは。


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第百十三話 殺さぬ為に

書き溜めが尽きそうですっ!!!(涙)

くそースランプ抜け出さないと……。

では苦心の百十三話…どぞっ!!


ーーなんでこんな所に…。

 

訪れた巫女は。

 

ーー何でこう鉢合わせるんだよ。や、紫が仕組んだのか。

 

対する現人神は。

 

よっ、と片手を上げて挨拶する魔理沙と、扇子で口元を隠す紫を置いてけぼりに、双也と霊夢は互いを見つめていた。

少しの睨みを含んでいたそれをスッと移し、霊夢の視線は紫を射抜いた。

 

「……紫、結界治すの頼みに来たわよ」

 

「あら、私に用だったのね。てっきり双也に用があるのかと思ったわ」

 

分かってるくせに…。

双也は密かにそう思う。なにせ、紫は扇子で隠れていても分かるほどに口元を歪ませていたのだから。

それに気が付いているのか、霊夢は眉をピクリと跳ねさせ、答える。

 

「元々はそうだったわよ。でも、家に行ったらそこの馬鹿兄貴は留守だったから先にこっちに来たのよ」

 

霊夢と魔理沙が魔法の森の奥地にある双也宅へ訪れると、中には誰も居はしなかった。畳まれた布団、少しの食器、その他の小物が置いてあるのみであった。それはそうだ。その頃双也は、幽々子たちとの会話に花を咲かせている頃だったのだから。

しばらく待とう、という案も魔理沙が提案したのだが、霊夢には"結界の修復"という大仕事が残っていた。

その為、居ないのでは仕方ないという事で、先に紫の元へ仕事を頼みに来たのだ。

その結果ーー

 

「まさか、二人一緒に居るとは思ってなかったけどね」

 

「まさか俺も、こんな所でお前に会うとは思ってなかったな」

 

双也の横目は、表情の崩れない紫の姿を写していた。

実際、双也と霊夢(+魔理沙)がこうして鉢合わせたのも、計算深い紫の企みによるものである。

今日一日の対象の行動を予測演算し、その上で鉢合わせるように誘導する。そんな超高度な計算は、妖怪ほどの…いや、紫程の頭脳が無ければ到底出来ないことだ。

恐らくこの会話も、彼女には予測済みだった筈である。

 

「この馬鹿兄貴とも話があるから、さっさと結界治して貰いたいんだけど」

 

さっさと終わらせて、双也から真実を聞き出そう。

当初の目的であった彼を見つけ、霊夢の頭の中はその事に染まっていた。

魔理沙に"らしくない"と言わしめる程に彼女を混乱させた内容の答え。

彼女が急くのも無理はない。

 

「ん〜…そうねぇ」

 

ーーだからこそ、次の言葉には

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、双也と戦って、勝ったら(・・・・・・・・・・・)修復してあげましょう」

 

 

 

 

 

 

ーーただただ、不意を突かれたように驚くのみだった。

 

「「…………は?」」

 

「プッ」

 

重なった驚嘆、そして吹き出す声。

紫の発言に、三人はそれぞれの反応を表す。

初めに反論したのは霊夢だった。

 

「ちょ、ちょっと! 勝ったら修復するって何よ! 仕事にそんなの持ち込むつもり!?」

 

「ここは常識の向こう側の世界。どんな事柄も常識で測ってはいけない。それは霊夢、あなたが一番分かっているのではなくて?」

 

「ぐ…」

 

的確な紫の指摘には霊夢も言葉を詰まらせた。

非常識が常であるこの幻想郷に、常識など存在しない。常識と非常識を隔てる博麗大結界を管理する者として、彼女が一番に分かっていなければいけないのはまさにその事だった。紫の言い分は尤もである。

…多少屁理屈が混ざっている気も、しなくはなかったのだが。

 

霊夢と同じく、紫の言葉に驚嘆していた双也は、素っ頓狂な声こそ上げたものの、あくまで冷静に一言だけ呟いた。

 

「…お前、何企んでるんだよ」

 

「すぐに分かるわ」

 

短くそう答えた紫は、相変わらず表情を崩さない。

含みのある物言いはいつもの事であったが、長年付き合ってきた双也でも彼女のこういうところは多少苦手なのだった。

そして二人とは別に、笑いをこらえて吹き出した魔理沙は。

 

「くくく…紫のヤツ、お前の悩み知ってて言ってるよなアレ」

 

「……あいつには何処までも筒抜けだと思うと非常に不愉快だけど……まぁ、そうでしょうね」

 

眉根を寄せて言う霊夢に、愉快そうに笑う魔理沙は彼女の肩にポンと手を乗せ、言う。

 

「ま、良いじゃんか。どうせ双也の事は殴るつもりだったんだろ? 一石二鳥だぜ」

 

「……………」

 

魔理沙は、霊夢の口の端が僅かに釣り上がるのを見た。それを肯定の意思と受け取った彼女も、ニィッと笑う。

戦う意思は合致していた。

 

「おい双也ぁ! 私も混ぜてもらうぜ! お前にリベンジしてやるよ!」

 

「…はぁ…魔理沙もやるのか…」

 

明らかなやる気を出している魔理沙を見、双也は先程の紫の言い方にイラつきを感じながら溜息を吐いた。

彼の中での"何の得もない戦い"は、何時になっても面倒事なのである。

…始まってしまえば、いつの間にか楽しんでしまっていることには彼自身気が付いていない。

 

「ふふ、まぁ妥当な判断ね。私達(・・)相手に霊夢一人だなんて、笑い話にもならないわ」

 

「…私達?」

 

気になる単語が、双也の耳を通り抜けた。

私達? はて、さっきは自分と霊夢が戦うと言っていたはずでは? 突然の食い違いに多少なりとも首を捻る双也。

彼の疑問も仕組まれたのか、それともただの偶然か、その真実は闇の中ーーならぬ、スキマの中である。

唯一それを知る紫は、開いていた扇子をパチンと閉じ、

それぞれの足元を開いた(・・・・・・・・・・・)

 

「ちょっ…!」

 

「うぇっ!?」

 

突然の浮遊感に、解決者二人組は驚愕の表情を浮かべ、

 

「またコレかよ…」

 

「久しぶりねぇ♪」

 

慣れた一人は呆れを零す。

彼らの身体は、突然現れた紫のスキマに、吸い込まれるように落ちていくのだった。

 

「スキマから出たら戦闘開始よ。準備しておきなさい」

 

唯一、"仕掛人"の言葉のみを残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい紫、どういう事だ」

 

腕を組んだまま難しい表情をし、本日何度目かになる疑問を投げつける。幾つかの問いが綯い交ぜになった、しかしその全てを問う究極に簡潔な尋ね方だ。

そんな彼の前にスゥと姿を現したのは、当然ながら紫であった。

 

「ええ、今度こそ答えましょう」

 

手に持つ扇子を開き、先程のように口元を隠す。

まだ何か企んでるのか…?

双也の思いはもう呆れに近かった。

 

余談ではあるが、今現在彼らは落下中(・・・)である。紫の十八番、スキマ落とし。それは何時だって縦穴になっている。何度も食らって慣れ果ててしまった双也だからこそ、"腕を組んで目を瞑り、難しい表情をする"なんて事が出来てしまうのだ。

耐性無い霊夢達ならどうなっていることか…。

"落下物"の事など微塵も気に掛けない賢者である。

 

閑話休題。

 

少しだけ目を泳がせて言葉を選んでいた紫は、フッと目を双也に戻し、語り始めた。

 

「勿論幻想郷の為、と言ったわね」

 

「ああ」

 

短く答える。彼女が言ったことは確かに覚えていた。

 

「単刀直入に言うわ。双也ーースペルカードを作りなさい」

 

「……………は?」

 

スペルカード。

現博麗の巫女、博麗霊夢の定めた決闘ルールに則った技を記した札である。

全ての人妖が使っているわけではないが、言葉自体はこの幻想郷に知らない者は居ない。

勿論双也も知っていた。ーーというより、スペルカードなら一枚は持っている。

紅霧異変の際作成した

"アステロイド『全弾臨界放火(オーバーフルバースト)』"。彼の通常弾幕(という扱い)であるアステロイドの、数ある弾種を全て放出するという見た目デタラメなスペルである。

一枚あれば十分じゃね?

詰まる所、双也はそう思っていたのだ。

 

頭の上にハテナを浮かべる彼に、紫は続けて言う。

 

「霊夢の作ったスペルカードルール……どういうものかは知ってるかしら?」

 

「それくらい知ってるさ。"人も神も妖怪も対等に戦うためのルール"だろ?」

 

「ええ。ではその理由は?」

 

「……理由?」

 

少しだけ目を細め、頭を回転させる。

長年蓄えられた知識を統合すれば、彼にとって答えを導くことはそう難しい事ではない。

数秒も掛からないうちに、彼は口を開いた。

 

「…………力の差、か」

 

「ご名答」

 

続けて言う。

 

「単純な殺し合いで、人間が妖怪や神に討ち勝つ事なんてほぼ無いと言っても過言ではないわ。人間と妖怪が共存するこの世界は、そんな中でバランスを保たなければならない。…まぁ、博麗の巫女だけは例外だけれど」

 

幻想郷には、世界のバランスを保つための掟に近いモノが存在する。

それは"人は妖怪を畏れ、妖怪は人に退治される"というモノだ。

人は妖怪が生きる為に彼らを恐れ、

妖怪は人が生きる為に退治される。

お互いが譲歩し合うという理想の掟である。

しかし、これには致命的な欠点が存在する。

ーーそれこそが"力の差"。

 

「妖怪だって生き物だ。掟だからといってわざわざ殺される事を良しとするわけもない。抵抗する妖怪相手に、人間は無力すぎる」

 

「そういう事よ。今までは代々博麗の巫女が"調節者"として退治していたんだけれど、今代である霊夢が、そういうところを鑑みて提案したの」

 

退治されない妖怪が存在するという事は、人間と妖怪のバランスが保てなくなるという事。今代の博麗の巫女である霊夢も、調節者として役不足な訳では決してないが、手が回りきらないことがあるのも事実。ましてやサボりがちな彼女ではその影響が顕著なのだ。

 

そんな折、彼女がふと思いついたのがーー

 

 

 

 

ーー手が回らないなら、人数増やせば良いじゃない。

 

 

 

 

という考えだった。

 

人間<妖怪なら、人間=妖怪にしてやればいい。力技で勝てるのが博麗の巫女だけならば、どんな者でも妖怪を退治できるようなルールを設けて、退治できる人間を増やせばいいのだ、と。

妖怪の代表ーー投票して決めたわけではないがーーである紫との話し合いの結果、そうして生まれたのがスペルカードルールである。

人も神も妖怪も対等に戦うためのルール。…パズルのラストピースがはまる様に、幻想郷にぴったりなルールだ。

 

面倒な仕事せずに済むし♪ …そんな思惑も裏にあったことは誰も知らない。

 

「……………」

 

スペルカードルールの成り立ちを、理解した双也ではあるが、なぜかその顔は難しいまま。

眉根を寄せたまま、彼は再び口を開いた。

 

「………それがなんで、俺がスペルカードを作る事に繋がるんだ?」

 

純粋な問い。

彼の頭の中では、スペルカードルールの成り立ちと自身がスペルカードを作る事はどうしても繋がらなかったのだ。

確かに、一見何も関係の無いようには見えるが……。

そんな双也に、紫は溜息を吐いた。

 

「……双也、あなたこの間死にかけたわよね?」

 

「…………ああ」

 

パチンッと扇子を閉じる。彼から見えやすくなった眼からは、いささか憤りが放たれていた。

 

「スペルカードルールは、人間と妖怪との争いを"殺し合い"から遠ざけるためのモノなのよ? って言うことはあなた…」

 

ギクリ。

 

紫にはそんな音が聞こえた気がした。

気が付いたらしい双也の目は横へ流れている。

 

「い、いや…アレは仕方なかったんだよ。む、向こうがさ、殺す気で来てたから…」

 

「霊夢は、そんな相手にも無理矢理スペルカードルールを適応させたわよ」

 

「…………………」

 

彼女の返答に対して、双也には反論の余地がなかった。

他の人が成功させているのであれば、自分が出来ない理由にする事は出来ない。完全に双也の敗北である。

 

「全く…あなたみたいな最強クラスの存在がそんな事では、みんなルールを使わなくなってしまうじゃない。そんな状態になったら幻想郷が壊れてしまうわ」

 

「はい…すいません…」

 

言い訳は諦め、わざとらしく怒る紫に双也は一言謝ることしかできなかった。いや、当たり前の事なのだが。

 

「はぁ…分かったよ。作るよスペルカード。要は霊夢との戦闘中に編み出せって事だろ? いいよ、思いつくモンは沢山あるから。なんも困らないから」

 

若干ふてくされ気味に双也は言った。

確かに、簡潔にはそういう事である。霊夢との戦闘の中で作ることで、双也自身に合ったものを作ることが出来るのだ。別に戦闘中でなくとも作ることはできるが…いろいろと考え過ぎて、結果その人に合わないモノが出来ることも多いのだ。そこは、紫なりの配慮なのだろう。強引すぎるのは別として。

 

ブツブツと何か小言を呟く双也に、紫は今まで何処となく呆れと少しの怒りが現れていた表情を一変した。

それはーー彼女が本当に相手を想う時の優しげな顔。

 

「それに…ね、双也。これはあなたの為でもあるのよ」

 

「俺のため?」

 

「ええ」

 

問いかける双也の頰に、紫の手が触れる。

 

「……何かを殺すのが…怖いのでしょう?」

 

「!」

 

一瞬目を見開いた双也は、すぐに俯いてしまった。

しかし…紫には、僅かに嚙みしめる力を強めた彼の唇が見えていた。

 

「あなたの力は強大過ぎるわ。このままで戦えば、きっと死人を出してしまう。少しでも本気を出せば、大抵の存在は一瞬で消えてしまうわ」

 

双也は普段、力を極限まで押さえ込んでいる。それこそ、霊力に敏いはずの霊夢が気が付かないほどに。数字で表すなら…1/10000ほどだろうか。

そんな彼が、スペルカードルールを適応しないまま戦い続ければ、いとも簡単に死人が出てしまう。

春雪異変の際、彼が霊夢に反撃しなかったのも、万が一開放度合いを間違えて殺してしまわないためである。

その事に関しては、双也も重々承知していた。

 

「スペルカードルールを使えば…まぁそれでもあなたは最強クラスでしょう。でも、その大きな力で何かを殺す事はなくなるわ。なんて言っても、"弾幕ごっこ"と呼ばれるくらいに緩い遊びだもの」

 

柊華の一件より、双也が誰かを殺す事に関して以前よりも敏感になっている事に、紫は当然気が付いていた。

だからこそ、殺さない為のゲームであるスペルカードルールを彼に適応させようとしているのだ。

共に古い友人である双也に、優しい紫がそこまでしない理由が無い。

彼女という妖怪は、人をからかうのは好きでも苦しむ姿を見るのは辛く感じているのだ。

それは幻想郷への愛故か、それともそこに生きる存在への愛故か。

 

「………分かった。殺す事が絶対に無いなら…参加させてもらうよ、スペルカードルール」

 

「…ええ」

 

心が決まった二人の遥か下には、眩い光ーースキマの出口ーーが見えてきていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜霊夢side〜

 

「………なぁ」

 

「何?」

 

「長くねぇか?」

 

突然の問いに、問いかけられた霊夢は首を傾げた。

主語が無くて分からない。全く大雑把である。

 

「何が?」

 

「何がってお前…この気持ち悪りぃ空間だよ!」

 

怒鳴る彼女の声に、霊夢は少しだけ眉を顰めるのだった。

 

「紫のスキマは何時だってこんなもんよ。……縦に落とされたのは初めてだったけど…」

 

最後の方は、小声である。

双也程でないにしろ、霊夢だってそれなりには紫と面識がある。博麗の巫女ならば当然の事だ。

しかし…その中で、彼女のスキマ落としに合う者はそれ程多くない。大体スキマ落としが使われるのは、彼女がその人をからかおうとしている時や…敵対している者の不意を突く時だからである。重い役職な為、生真面目な者が多い博麗の巫女には、あまり使われなかったという訳である。

因みに、かつて柊華はコレを食らったことがあったが、霊那は一度だって食らったことはない…どころか存在すら知らない。

 

「全く…困ったもんよね。落とされた直後はどうなるかと思ったわ」

 

「あははは! お前なんかスカートが派手に捲れて白いパンツが丸みeーー」

 

ガツンッ「うるさいわよっ!」

 

反射的に振り下ろした大幣は、帽子があるにも関わらず魔理沙の頭を的確に捉えた。頭を抑えて震える魔理沙に、霊夢は更に怒鳴る。

 

「大体! それならあんただってそうじゃない! 自分の事でいっぱいで見てなかったけどあんたのスカートも派手にめくれたんじゃないの!?」

 

ついでに帽子もっ! と、付け加えてビシッと指をさした。

若干目尻に涙の溜まった魔理沙は、顔を上げて答える。

 

「へっ、私はドロワーズ履いてるからスカート捲れたって問題ないぜ! 帽子も抑えるだけでいいしなっ!」

 

涙目でドヤ顔をする彼女に、いつもの勢いは感じられなかった。というより、そんな顔をしている間も大幣の当たった部分をさすっている始末である。なんとなく罪悪感に似た物も湧き上がってくる霊夢であった。

 

「…まぁなんにせよ、双也を問い詰められるんだから良いじゃんか。お前の得意分野で」

 

雰囲気を断ち切るように魔理沙は言った。

そう、これで謎ばかりの双也を知ることができる。霊夢には、今は他のどんなことよりもそれが大切であった。

彼と戦うついでに紫もオマケでついてきたのだが。まぁそれはただの人数合わせであろう。別段不思議ではない。

 

「ま、やるだけやってやるだけね。あいつを殴る勢いで、ね」

 

握る拳に力が入る。

霊夢にしては非常に珍しくーー彼女はやる気に満ち満ちていた。

 

「さぁ、行くわよ!」

 

「おうよ!」

 

タイミングよく現れたスキマの出口を、二人は勢いよく通り抜けた。

 

 

 

 

 




次回、戦闘開始です…。この戦闘に果たして何話使うのだろうか……自分が一番分からない…。

ではでは。


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第百十四話 炎は灯る

なんだかサブタイトル考えるのが大変になってきてます。
もう少しお話進めばそんな事なくなるんですがね…

ではどうぞ!


スキマを抜けた先は、白玉楼の階段をかなり下まで下った場所。四人が大暴れしたとしても、誰かの被害にはなりにくい場所である。

 

ほぼ同時にスキマを抜けた四人は、"スキマを抜けた事"をきっかけとし、戦闘を開始した。

 

「先手必勝っ!!」

 

飛び出すなり勢いよく叫ぶ魔理沙。その言葉の通り、カードを一枚取り出し、誰よりも早く宣言する。

 

「儀符『オーレリーズサン』ッ!」

 

彼女の周囲に四つの玉が出現し、それぞれレーザーと弾幕を放った。その先に居るのはーー

 

「ん、いきなり俺か」

 

天御雷を引き抜く双也であった。弾幕が迫っているにも関わらず、彼の表情は涼しいままである。

だが、それを不思議に思う者はいない。何故なら、

 

「じゃ、取り敢えず一枚使ってみるか」

 

彼の指の間にも、光り輝くスペルカードが挟まれていたからだ。そこから、強いては彼から感じる強大な霊力を感じ、挑みかかった魔理沙の口の端も自然と吊り上がった。

 

「霊刃『飛燕の蒼群』」

 

蒼い霊力の残滓を残しながら刀を一振りすると、彼の周りに小さなの蒼い刃が無数に飛び回り始めた。

少しずつ直径を伸ばすそれは、魔理沙のオーレリーズサンが放つ小さな弾幕を尽く切り落としながら飛び、およそ二倍程の半径になったところで一斉に魔理沙の方へ飛び立つ。

レーザーはその"蒼い飛燕の群れ"に遮られ、ブレイクこそしないものの双也に届くことはなかった。

 

「うぉあ!? なんだこの密度っ!?」

 

その嵐に晒された魔理沙は驚きの声を上げるも、その小さな隙間を縫ったりレーザーで少しずつ搔き消したりしてうまく避けていく。異変解決者の肩書きは伊達ではないのだ。

 

「ちっ、攻撃する暇がねぇっ!」

 

彼女のそんな愚痴を漏らす声に反応してか、弾幕を放つ双也の頭上から声が響いた。

 

「何やってんのよ魔理沙っ!!」

 

それは当然、魔理沙の攻撃に紛れて距離を詰めていた霊夢だ。

彼女は、現れるのと同時に彼の頭上から弾幕を放ち、急降下してくる。

頭上からの弾幕に晒され、双也は一旦スペルの弾幕を止め、回避に専念した。

だがまぁ、スペルでもない弾幕に当たる彼ではない。スルスルと避けきりーー

 

ガンッ!!

 

振り下ろされた霊夢の大幣を刀で受け止めた。

 

「双也っ!私はあんたに話があんのよ!」

 

「…なんだよ霊夢、戦闘中に話す余裕があるのか?」

 

挑発的な彼の物言いに若干眉を反応させながらも、霊夢は続ける。

 

「余裕どうこうじゃ無いわよ! 私はあんたを問い詰めるために来たんだから!」

 

「問い詰めてどうする気だ?」

 

「ぶん殴るっ!」

 

お互いの得物を弾き合い、身を翻すのと同時に霊夢は弾幕を放った。しかし、同じ様に放たれた双也の弾幕とぶつかり合い、相殺する。

と、そのタイミングで。

 

「隙ありだぜっ!」

 

横から現れた魔理沙が、彼に向かって弾幕を放った。

それには彼も気が付いており、発動中のスペルで対抗しようとするが……ちょうど目の前にスキマが開き、彼女の攻撃を防いだ。

 

「私を忘れないで貰えるかしら?」

 

少し遅れて、スキマの主ーー紫が姿を現し、双也の隣に降り立った。微笑んでいながらも鋭いその眼は、確かに魔理沙を捉えている。

 

「紫、少し魔理沙の相手頼む。…なんか霊夢は俺をぶん殴りたいらしい」

 

「ふふ、分かったわ。任せなさい」

 

少しだけ微笑みを深くし、紫もまた、スペルカードを取り出し、宣言する。

 

「空餌『中毒性のあるエサ』」

 

宣言と同時に放たれた"線"は四方八方に張り巡らされ、突撃する魔理沙の進行を妨げた。しかし当然ながら、それだけには留まらない。

 

「さぁ白黒の魔法使い、せいぜい逃げ惑いなさいな」

 

パチンッ

 

紫の小気味良い指打ちを皮切りに、張られた線を辿るように太いレーザーが放たれる。

 

「うっげ…こりゃ厄介だな」

 

魔理沙は放たれるレーザーより、その軌道となる線を見て顔を引きつらせた。

なにせ、その線を通る隙間は人一人がやっと通れるくらいの幅しかないからである。いくら身軽な少女である魔理沙といえども、速度を出して避けるのは難易度の高い技。加え、レーザーが通ればその隙間は更に狭くなる。

ーーそんな弾幕(?)の四面楚歌。

 

 

 

魔理沙が燃えないはずはない(・・・・・・・・・)

 

 

 

「へっ、妖怪の賢者かぁ…やってやろうじゃんかっ!!」

 

魔理沙は、隠れた努力家だという他にかなりの負けず嫌いという一面も持っている。特に、自らの好く弾幕勝負なら尚のことである。

彼女は双也と勝負する時にも笑って見せた。今回もまた、相手が強敵という事に変わりはない。

彼女の心は闘争の炎を灯していた。

 

「ホントは双也にリベンジするつもりだったが…この際どっちでもいいぜ! 妖怪の賢者サマに人間の底力、見せてやるぜ!」

 

「ふふ、元気の良いこと。なら、見せてもらおうかしら。あなたの力を」

 

紫の表情は何処までも崩れない。

異変解決者たる魔理沙の力…強いては、常に博麗の巫女である霊夢の隣に立つ少女の力を紫もまた、期待しているのだった。

微笑みは、深くなるばかりだ。

 

「私に勝たない限り、双也に勝とうだなんて口に出すのもおこがましい。その底力とやらで、私を超えてみせなさい」

 

「……上等だぜっ!!!」

 

"星"と"クナイ"が、火花を散らした。

 

 

 

 

 

一方、双也達は。

 

「ほー、なかなかやるなぁ霊夢」

 

「くっ!」

 

双也が放つ蒼い飛燕(斬撃)は絶え間無く放たれ、四方八方を飛びながら、その嵐の中に霊夢の姿を捉えていた。

もちろんこれはスペルカードであり、斬撃といえども殺傷能力などそれ程無い弾幕なので、気絶しない自信があるなら受けても構わないのだが…それでも霊夢は、避け続けた。

何故か。理由は単純。

 

「博麗の巫女を…舐めないで貰えるかしらっ!」

 

ーー負けるわけにはいかないからである。

結界の修復のため? それもあるが二の次だ。

彼女の目的は、今やただ一つ。今まで何も言わなかった兄貴(双也)を一発殴ることである。

 

 

仕様のない理由だ。

確かに、必死になるほどの事でもないかもしれない。

けれどそれは"他人から見て"だ。今の霊夢にとって何よりも大切なのは、彼の口から真実を聞き、打ち明けなかったことに対して怒り、そしてーー理解する事である。

普通の家族間にだって、お互い知らない事はある。全てを打ち開けている家族などあれば、きっと霊夢だって気持ち悪がっている事だろう。

血の繋がりのない霊夢と双也なら尚のこと。ならば、聞いて受け入れれば良いことなのだ。

彼だって、霊夢の大切な家族同然なのだから。

 

その為には、どうしても勝たなければいけない。いや、例え勝てなくとも、一矢報いるくらいはしなければこの感情が収まる事はない。

 

霊夢もまた、その心に激しい炎を灯しているのだ。

 

「うぅ…! 弾幕が邪魔で当たらないじゃないっ!」

 

「このスペルのテーマは"攻防一体"だからな。普通の弾幕が通り抜けられると思わない方がいいぞ」

 

「っ…! ならっ!」

 

激しい燕の弾幕の間を縫いながら、霊夢は懐から何かを取り出した。それはもちろん、スペルカード。

一瞬出来た弾幕の隙を突き、宣言する。

 

「宝具『陰陽鬼神玉』!!」

 

カードから放たれた霊力は、突き出された霊夢の掌に集まりながら急速に大きく、陰陽玉を形作っていく。

その間にも当然双也のスペルは衝突する訳だが、一つ一つの弾の圧縮度に差があるため、ぶつかった位では陰陽玉は砕けない。

霊夢はこの"硬さ"に目を付けたのだ。

 

「そのスペル、ブレイクさせてもらうわ!!」

 

彼女の身長の倍はあるかという大きさの陰陽玉。

完成した直後には、双也に向けて放たれていた。先述の圧縮度の差により、いくら燕が衝突しようと陰陽玉は進行をやめない。

彼の周りを飛ぶ燕に陰陽玉が衝突した時、"これスペルじゃ止められそうにないな"と、流石の双也も思った。それほど迫力のある弾である。実際、双也の"飛燕の蒼群"はそこでブレイクされた。

 

しかし、大人しくやられるヤツではない。

そんな事は、霊夢でさえも分かっている。

 

「ふぅ〜……ハァァッ!!」

 

静かに上段へと掲げられた刃は、彼の掛け声と共に陰陽玉に衝突した。耳を劈く程の激しい音が響き渡った。

 

 

 

「…アレを刀で止めるって…どんな化け物だよ…」

 

「そんな事をやってのけるのが双也という存在よ」

 

遠くでそれを見ていた魔理沙と紫も、ポツリとそんな事を呟いていたのは当人達しか知らない事である

 

 

暫し拮抗していた陰陽玉と天御雷だったが、だんだんと刀身が双也の頭に迫ってきた。

当然といえば当然だ。例えるなら、電車の閉まりかけたドアを手でこじ開けようとしているような物なのだから。魔理沙の指摘もあながち間違いではない。

陰陽玉を刀で止める。少しの間でもそれが出来たのは双也が規格外だからに他ならないのだ。

 

しかし、それもそろそろ限界。刀が折れることは決して無いが、手で止めるには無理がある。

そこで彼がとった行動はーー

 

 

 

 

 

「………止められねぇ……なら、砕くか(・・・)

 

 

 

 

 

ーーやはり、諦めなどではなかった。

 

「え…?ーーッ!?!?」

 

刹那、膨大な霊力が双也から放たれた。

一度は西行妖の膨大な妖力を体験している霊夢でさえも、思わず手で顔を覆う程の強力な力である。

驚愕する霊夢を尻目に、彼は動いた。

 

「魂守りの張り盾 〜纏刃(てんじん)の型〜」

 

放たれた霊力は次第に陰陽玉の周囲に集まり、無数の剣閃を生み出した。それはけたたましい音を響かせるだけではなく、着実に陰陽玉を削っていく。

 

魂守りの張り盾。

それは、大昔に双也が作り出した技。止められないなら断ち切って勢いを無くそう、という発想から生まれた技である。

本来は、薄く広げた霊力に当たったものから順次結界刃で切り落としていくものである。しかしーー今回は少しばかり使い方が違う。

本来は広げる霊力で陰陽玉を包み込み、その半径を徐々に狭めているのだ。

触れれば斬れる霊力で対象を包み込む。"纏刃"という単語がよく似合う型だ。

 

陰陽玉を断ち切らんとする剣閃に絶え間は無い。一つ一つの威力だって決して低くない。

ーー陰陽玉の限界はすぐに訪れた。

 

 

 

ガシャァァアアアンッ!!

 

 

 

ガラスの割れるような音と共に、霊夢の陰陽鬼神玉はブレイクされた。

欠片が宙を舞うその光景の先には、霊夢を真っ直ぐ見つめる双也の姿が。

 

「話なら、コレが終わってからゆっくりしよう。…話しながらでも俺と戦えるってんなら、別だけどな」

 

「………………くっ…」

 

不敵に笑う彼の表情が、霊夢にはとても楽しそうに見えるのだった。

 

 

 

 

 




二対二を上手く書こうと思ったらいつの間にか一対一×2になってました…。

でもまぁ、いつも通りの臨場感は出ている…と思いたいです。はい。

ではでは。


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第百十五話 挑むは妹、迎えるは兄

これを書いてる頃に丁度新たな鬼道が発覚するという事実。斬華輪…使えるといいなぁ…

ではどうぞ


異変も終わり、今や其処を彩るのが桜ではなくなった冥界。

たった今其処を彩るのは、桜でもなく、人魂でもなくーーひたすらに大量の弾幕であった。

 

「く……なんで……」

 

空を自由自在に飛び回る紅白の巫女、霊夢は、苦々しい表情をしながら休まずに札や針を放っていた。

小妖怪なら既に蜂の巣になっているであろう。そんな弾幕の連射である。

しかしそれでも、彼女がそんな表情をしているのには理由がある。

 

「なんで……なんでこんなに強いのよっ!!?」

 

「あんまりにぃちゃんを舐めんなよ?」

 

ーーいつまで経っても仕留められないからである。

彼女の札と針による猛攻に対し、双也は未だ涼しい顔で刀を振るい、弾幕を放ち、その猛攻に掠る事さえ無かった。

…流石に、天御雷の能力(無限流)を使いながらではあるが。まぁそれでも、霊夢にとっては全て捌かれている事に変わり無い。

 

「…それなら…これよ!!」

 

連射を止め、彼女が取り出したのはやはりお札。しかし当然ながら唯のお札ではない。

それは、彼女の持つ普通のお札の中では飛び切り高性能な物だと言えよう。

 

「喰らいなさい!」

 

ドバッと大量のお札が、彼女の霊力を込められながら放たれた。それらはその瞬間勢いよく飛び出し、双也へ殺到する。

彼も片手で霊力弾を大量に放ち、相殺を狙う。しかしーー

 

「!? なんだその札!?」

 

「私のとっておきよっ!」

 

彼の弾は一発たりともお札に当たることはない。

というより、お札自体が向かってくるそれらを避けていた。ーーそう、異変の際彼女が何処ぞの雪女に使用したお札である。

いくら威力が高くとも、当たらなければ意味はない。真っ直ぐ飛ぶ彼の弾幕には、最適なお札であった。

 

「ちっ…そんな札があるとは知らなかったな……まぁ」

 

飛んでくるお札を見据え、静かに手を前に掲げる。その掌には、正方形に圧縮された霊力が浮かんでいた。

ーー彼も、タダでやられる気は毛頭ないのだ。

 

「それで勝てると思ったら大間違いなんだけどな」

 

長方形の霊力が、無数に分かれた。

 

「アステロイド・相殺弾(ブレイクシュート)

 

無数に分かれた霊力はお札に向かって飛んでいく。

相殺を目的に放たれたその弾の速度は、お札とほぼ同じであった。

避けても追いかけてくる彼の弾幕に、霊夢のお札も追いかけ回され、遂には、かなりの量のお札は確かに相殺された。

なんとか逃げ切ったお札は双也に辿り着くも、彼の無限流によって切り裂かれ、彼に一歩届かず炸裂する。

結局、このお札でも双也に届くことはなかった。

 

 

 

 

まぁ、霊夢の狙いはそれなのだが。

 

 

 

 

「思ってないわよそんな事っ!」

 

「っ!」

 

札の炸裂による煙で、彼の視界はお世辞にも良くはない。その隙を狙い、霊夢は双也の懐に潜り込んでいた。

 

「神技『天覇風神脚』!」

 

霊力を纏わせ、威力の跳ね上がったサマーソルトを連続で放つ。ただの足技ではあるが、直接攻撃する為威力はそれなりにある。

完全に隙をついた攻撃は、確かに入ったーーと思いきや。

 

「縛道の八『斥』」

 

すんでのところで滑り込んだ彼の手の甲。それに張られた円形の簡素な結界により、衝突した霊夢の蹴りは弾き飛ばされた。

技の不発によってよろめいた彼女の身体へ、双也は畳み掛ける。

 

「特式八番『斥気衝』!」

 

「うぁぅっ!?」

 

数枚に重ねられた"斥"の結界をガラ空きの腹へ叩き込まれ、霊夢は呆気なく吹き飛ばされた。

そもそもが拘束や防御に使われる縛道であるこの特式には、殺傷力は皆無である。しかし、突っ撥ねて引き離すことにはとことん秀でていた。

その能力は遺憾無く発揮され、せっかく近付いた霊夢も最初以上に引き離された。

 

悔しげな表情をする霊夢は、自らの腹を抑えながら言った。

 

「………さっきから、知らない術ばっかり使うわね。私の結界術でも無ければ紫とかの妖術でもない。………また、私の知らない事…」

 

「…そうだ。この術は俺独自の物。長い時間をかけて創り上げた"鬼道"って術だ」

 

「鬼道……」

 

霊夢の頭に、再び"知らない事象"が反復する。しかし、ちゃんと決意を固めた彼女に混乱という物は無かった。

むしろ、兄の事をまた一つ知れて良かったくらいである。

ーー双也は鬼道を扱える。

今まで言わなかった事への怒りがまた少し増える反面、その事をしっかりと頭に刻みつける霊夢であった。

 

「ついでだから、その鬼道を使ったスペルでも見せてやる。……さっき考えたんだがな」

 

そう言って笑い、彼は新たなスペルカードを取り出した。

未知の術、そして今までの例に漏れず強力であろうスペルを予想し、霊夢は改めて構え直す。

 

そしてーー宣言された。

 

「鬼道『一匹足りない百鬼行軍』」

 

瞬間、彼の背後に巨大な陣が形成され始めた。

それは瞬く間に組み上げられ、大気を震わせるかのような巨大な霊力を迸らせていた。

 

「まずは…一から四十九まで」

 

双也が手を突き出すのに反応し、陣から大量の弾幕が放出された。

辛うじて目に見えるかという程の小さな弾幕ーー衝。

真っ直ぐで白いレーザーの弾幕ーー白雷。

蒼く煌めく爆炎の弾幕ーー蒼火墜。

どれも彼の鬼道に類する技である。

色だけ見れば、誰もが目を奪われる程の美しさ。しかしその弾幕に規則性などは殆ど無く、兎に角ばら撒かれていた。

もちろん、前世のある漫画が元になっている鬼道には、双也の知らない鬼道もある。なので正確には四十九つの種類全てを放っているわけでは無いのだが…まぁそれは、霊夢には与り知らぬ事である。

 

「…ふっ、この程度じゃ当たらないわよっ!」

 

"兎に角ばら撒かれる"。それによって一番厄介なのは、弾幕勝負の醍醐味でありコツでもある、パターン作りを行えない事。

弾幕勝負に関してのプロフェッショナルである霊夢でも、普段の弾幕勝負では基本的にパターンを作っている。なので規則性の無いこのスペルには初め面食らった物だがーー彼女の経験、そして勘が良く働き、初見であるこのスペルにも上手く対処していた。

叫んだ彼女の表情は、汗を垂らしながらも不敵に笑っていた。

 

「隙だらけ、よ!!」

 

余裕が出来たからか、暫しの間中断していた攻撃も再開。お札や針が再び双也に迫る。

しかし、同じく余裕を残している双也も、落ち着いて弾幕を斬り落とし、再び手を突き出して言った。

 

「なら次だ。切り替え…五十から八十九」

 

その宣言が響き渡った瞬間、ばら撒かれていた鬼道たちはパッと消え失せ、代わりに、陣がまた巨大な霊力を放ち始めていた。

そして次の瞬間ーー

 

「っ!? 何よこれ!?」

 

「移動制限だ。そん中で弾幕避けろ」

 

「はぁ!?」

 

霊夢は、無数に浮遊する光の杭ーー六杖光牢と、その周囲を回る幾つかの黒い物体ーー九曜縛に囲まれていた。それは双也の言った通り、彼女の移動を制限するものである。越えようとすれば瞬時に攻撃される弾幕の一種だ。

 

彼女の驚愕などつゆ知らず、双也の陣から攻撃が開始される。始めに放たれたのは、灰色の弾幕ーー廃炎だった。

大量に放たれるそれは、炎らしく少しだけ尾を引いて彼女に迫る。

それを見、霊夢は焦らずに弾幕を放った。

 

「はっ、そんな弾幕なら相殺してーー!?」

 

向かっていく弾幕。

相殺する為の弾幕なので、当然狙いは向かってくる廃炎だった。

しかし、霊夢の弾幕は、衝突した瞬間に燃え上り、廃炎を止められた弾は一つもなかった。

 

「それ、避けるしか無い弾幕だからな」

 

「言うの遅いっ!」

 

相殺が出来ないと分かった霊夢は、即座に回避に移った。

相殺出来ないと言っても、密度は高く無い攻撃だ。霊夢にとって避けるのは容易である。

 

「ふむ…次」

 

放たれた廃炎が全て終わると、双也は手を突き出して新たな弾幕を放つ。

廃炎を避け切った霊夢を襲ったのは、とんでもない風速を誇る竜巻ーー闐嵐である。

 

「うぐっ……前が……っ!」

 

瞬間、前方に迫る物に気がついた霊夢は、霊力を込めて大幣を横に薙いだ。

真っ二つになったのはーー岩。

 

「っ………風に乗って…!!」

 

彼女が見据えたその先は、闐嵐に乗って飛んでくる岩ーー大地転踊と、一対になって回転しながら迫る蒼炎ーー双漣蒼火堕であった。

風に乗って回転しながら、それでも霊夢を狙って放たれている。弾幕が大きくなり、その隙間も反比例して小さくなったが、霊夢は狭い移動範囲の中でも大幣を使い、必死に避け続けた。

 

そして、向かってくるそれらが無くなったかと思うとーー霊夢は、周囲に電撃が疾るのに気が付いた。

 

「この段階はこれで最後だーー行くぞ」

 

吹き荒れていた闐嵐を突き破って放たれたのは、巨大で強大な、雷。

 

ーー飛竜撃賊震天雷炮。

 

「っ!!? (まず)いっ……」

 

制限もかかり、避けられない事を悟った霊夢は、反射的にスペルカードを取り出した。

……耐え切るつもりである。

 

「夢境『二重大結界』!!」

 

霊夢の周囲を包んだのは、二重になった四角い結界。

元々防御に使われる結界術である上、二重になったこのスペルには高い耐久力がある。

彼の言葉から、まだ先があると推理した霊夢は迎え撃つのではなく、耐え切ることを選んだのだ。

どちらにしろ、大きく体力を消耗するだろう、とは分かってはいたのだが。

 

備える霊夢を、爆撃は容赦なく呑み込んだ。

 

「〜〜〜〜〜ッッ!!」

 

結界は、当たった瞬間から軋み始めていた。

魔理沙のマスタースパークを上回るかと思われる程の砲撃は、二重に重ねられた防御結界ですら砕きかねなかった。

加えーー

 

ドパンッ

 

「ッ!?」

 

軋む結界に新たな衝撃。数秒毎に襲ってくるそれは、爆撃に混じって飛んでくる雷の衝撃破ーー雷吼炮である。

ただでさえ()っていた彼女の結界に、その攻撃は余りにも辛かった。

 

ーー容赦が無い。

 

霊夢は、双也の更なる一面を垣間見た気がしていた。

 

 

 

「だから…何よっ!!!」

 

 

 

そう、だから何だ。双也が強い事なんて分かっていた事だ。容赦して貰えるなんて初めから思っていない。むしろ霊夢ならば、彼が手加減していたと知ったなら別の理由で彼を殴り倒すだろう。

 

"容赦無い"なんて今更過ぎる。彼の本気に打ち勝ってこそ意味がある。双也がどれだけ強かろうと、霊夢の気持ちが変わることは無いのだ。何せ、"自分より相手が強い"なんて今までと何も変わりはしないのだから。

負けるわけには……いかない。

 

ーー神霊

 

 

 

「夢想封印ッ!!!!」

 

 

 

最早結界も限界、と思われた折、彼女は守りを捨ててスペルを唱えた。

溢れ出した霊力は虹色の弾を幾つも作り出し、次々と爆撃へ衝突する。それは、彼女の想いが反映したように強力なスペルであった。

 

「私はっ…あんたを殴るまで…!」

 

衝突部は強い光を発しーー

 

「負けないっ!!!」

 

 

 

 

 

ーー大爆発を起こした。

 

 

 

 

 




あと四話程は続きそうです。

ではでは。


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第百十六話 挑むは人間、迎えるは妖怪

前話と対になるタイトルにしてみました。
そういう細工をすると上手く書けてるような感じがしますw

ではどうぞ!


ぶつかり合った二つのスペル。相殺し、大爆発を起こした後の煙の中に影が二つ。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ…」

 

「まさか、防ぐどころか壊すとは…」

 

霊夢の底知れない力と才能に、冷や汗を垂らしながら双也は呟いた。たった今相殺された鬼道、飛竜撃賊震天雷炮は、主に攻撃に使う"破道"の中でも八十八という高番号を与えられた強力な物だ。その上雷吼炮も重ねられ、普通ならば相殺など到底出来ない。しかしそれを、霊夢は見事に打ち破った。しかもあれだけ疲労した状態で。

 

どこまで力を秘めてるんだ…こいつ…。

双也が思う事はそれに尽るのだった。

 

だが、まだ終わってはいない。

 

「ちょっと…いやかなり驚いたけど、次で終わりだ」

 

再び彼の背の陣が輝き始めた。

そう、彼のスペルはまだ終わっていない。

一から四十九、五十から八十九と来れば次はーー

 

「九十から九十九。…最後だ」

 

彼はまた、新たな弾幕を放出するべく手を前へ

 

 

 

 

 

「…! がはっ!!?」

 

 

 

 

 

ーー突き出されることはなかった。

吹き飛ぶ体を翻し、見ると目の前には

札を高く掲げた霊夢の姿が。

 

「っ! やっば…」

 

「神技『八方鬼縛陣』ッ!!」

 

叩きつけられたお札は八角形の陣を瞬時に形成し、高密度の霊力を噴出させた。完全に隙を突かれた双也は避けられないことを悟り、気休めながらに結界を張りながら呑み込まれた。

 

 

 

霊夢は確かに、限界に近かった。

 

スペルの二段階目を辛くも退けたが、彼女に次の段階を避けきる自信はなかった。体力もそうだが、二段階目でこれだけ苦戦するスペルの三段階目ーー彼女の、予知に迫る勘が告げていたのだ。

 

ーー次が発動したら、負ける。

 

そんな中彼女が見たのは、陣が輝き始め、双也が弾幕を放出しようと手を突き出そうとしている光景。

 

殆ど、無意識での行動だった。

 

"負けられない"、"次が発動されれば終わり"。その事が頭に渦巻いていた霊夢が取った行動は、発動される前に壊す事(・・・・・・・・・・)だったのだ。

彼女の本能が、身体を動かした。

 

手が突き出されるより前に彼女が唱えたのは、『刹那亜空穴』。紫の能力の様に空間を開き、越える技である。

越えた先は勿論、双也の目の前。飛び出ると同時に大幣で彼の腹を殴り、吹き飛ばしたのだ。

追撃も同様。

刹那亜空穴で懐に入り、八方鬼縛陣を唱えた。

 

「………くっ」

 

結界を張ったとはいえ、至近距離でのスペルの直撃である。彼にとって致命傷でなくとも、発動中のスペルには強く響いた。

霊夢の狙い通り、使用者がダメージを受けたため、三段階目を発動することなく双也のスペルはブレイクした。

 

ブレイクした直後、八方鬼縛陣はドウッと吹き飛ばされ、中から少し不満げな双也が出てきた。

 

「……ちっ、まだ途中だったのに」

 

「発動されたら、ヤバそうだった…からね…」

 

「……まぁ間違っちゃいないんだがー」

 

疲労は残っているものの、少しずつ息の整い始めた霊夢は、"やってやったぞ!"というような笑みを浮かべて答える。対して双也は、スペルを最後まで発動できなかったことに不満を漏らし、後頭部をガリガリとかじるのだった。

 

「…しょうがないな。再開と行こうか」

 

「…! 望むところよ!」

 

勝負の再開に備え、それぞれ獲物を構え直して意気込む二人。

彼らに迫る"飛来物"には、当人達も気が付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜数十分前 紫vs魔理沙〜

 

「ああ厄介だなぁくそ!」

 

「ふふ、ほらほら頑張りなさいな」

 

愚痴を叫ぶ魔理沙は、余裕の表情を讃える紫の弾幕を辛くも避けていた。

彼女が見据えているのは、紫を中心に左右へ広がり、突然迫ってくる真っ直ぐな弾幕と、同じく紫を中心にして回転して広がる大弾。

ーースペル、罔両(もうりょう)『ストレートとカーブの夢郷(むきょう)

 

微笑む紫は、危なげながらも避け続ける魔理沙を愉快そうに見ていた。

 

「やるわねぇ貴女。私のスペルをこれだけ破れる者はそう多くないわ」

 

「ちっ、余裕ぶっこいてて何言ってやがる! まだ全然本気じゃありませんよってか!?」

 

「御名答♪」

 

心底愉快そうな表情をした紫は、手に持つ扇子を突き出し、妖力を更に開放した。それにつられ発動中のスペルもその強さを増していく。

一回り大きく、一回り早くなった弾幕が魔理沙に迫った。

 

「舐めてもらっちゃ困るぜ」

 

しかし彼女に焦りは無い。

ニヤッと笑う魔理沙の取り出したスペルカードは、眩しいほどの強い光を放っていた。

 

 

 

「魔砲『ファイナルスパーク』ッ!!」

 

 

 

構えた八卦炉からは、超高火力を誇る砲撃が放たれた。

マスタースパークの上位互換として進化したこのファイナルスパークは、その大きさも早さも輝きも、そして威力も、今までとは桁違いである。

 

向かう弾幕は悉く光に消えていく。妖力を開放した上での紫のスペルも、火力に特化したこのスペルの前では意味をなさなかったのだ。

その威力に少し驚くも、紫は冷静な思考を止めはしない。

 

「境符『四重結界』」

 

新たに唱えられたスペルは、霊夢の"二重大結界"に似た結界を四つ創り出し、紫を中心に展開した。

 

ファイナルスパークは、結界に守られた彼女を容赦なく吞み込む。激しい閃光に襲われるも、紫の表情は厳しくはなかった

 

「…人間にしては桁違いの威力ね」

 

ファイナルスパークを真っ向から受ける中、彼女が目にしたのはヒビの入っていく自らの結界だった。

少しずつ、ピキピキと音を立ててヒビが広がる。ファイナルスパークが終わる頃には、ヒビの入ったニ枚の結界しか残されていなかった。

 

「…くそ、ファイナルスパークでもダメかよ」

 

「ふふ、でも人間にしてはやるわね。私の結界を破るなんて、人間を超えた威力だわ」

 

「私は人間を辞めるつもりなんて無いんだが、な!」

 

少しの会話の後、魔理沙は不意打ちをするように弾幕を放ち始めた。スペルではない、いつもの星型弾幕である。

魔理沙が期待していた通りの強さであったことに少しの嬉しさを感じながら、紫も弾幕勝負を再開する。

 

星の弾幕は尾を引く流星の如く紫へ迫る。ただ、霊夢のようなホーミング性能のある弾ではないので、紫にとってはいくらか楽であった。

速さを生かして降りかかる星を、紫はスキマを使ったりして避けていく。彼女も反撃として弾幕を放つも、異変解決者である魔理沙には避けられていく。

流石に埒があかないと考えた紫は、新たなスペルを取り出した。

 

「さぁ、次のスペルよ」

 

妖力を込め、宣言。

 

 

 

「紫奥義『弾幕結界』」

 

 

 

溢れ出した妖力は二つの陣を作り出し、魔理沙の周りを回転し始めた。

何が来るか身構えていた魔理沙に対し、その陣は彼女の周囲へ細かい弾幕を放った。それらは真っ直ぐ魔理沙へ向かうのではなく、まるで結界を張るように一定距離で止まっていく。

その様子を見て、魔理沙は経験から推測した。

 

 

ーーあぁ、後々厄介になるスペルだなコレ

 

 

分かっているのにそれをわざわざ待つ彼女ではなかった。

言葉にするより行動する。失敗したらそれはそれ。

そんな言葉が当てはまるようなカラッとした性格をしている魔理沙である。

後で厄介になるとわかっているスペルなら、厄介になる前に壊せばいい。

流石は霊夢の親友というのか、アレだけ性格が違っても何処か似ている部分がある二人である。

魔理沙は静かにスペルカードを取り出した。

 

「しゃらくせぇ! 一気に吹っ飛ばして終わりだぜ!」

 

カードをビッと突き出し、宣言した。

 

「彗星『ブレイジングスター』!!」

 

箒に取り付けられた八卦炉から巨大な光が噴き出す。それは普段砲撃として放つマスタースパークそのものである。

その推進力を利用して高速突進。それがブレイジングスターだ。

強い推進力を得た魔理沙は、厄介になる前の"結界"の穴を突き破り、一直線に紫へ迫った。

 

「喰らいやがれっ!!」

 

「遠慮するわ♪」

 

力技で迫ってきた魔理沙のブレイジングスターに対し、紫は足元にスキマを開く事によって軽々避ける。

彼女がスキマから出てきた時には、通り過ぎた魔理沙が旋回して紫の方へ向かってくるところだった。

 

真正面から突っ込んでくる魔理沙。

その様子を見て、紫は微笑みを深くする。

その手には、少しだけ"妖力と霊力の境界"を弄った妖力が集まっていた。

 

「弟子っていうのは……」

 

魔理沙は迫る。一直線に。

 

「師の技を盗んでこそだと思わない?」

 

 

 

 

ーー破道の三十三『蒼火堕』

 

 

 

 

「ッ!?!?」

 

放たれた蒼い爆炎は、向かってくる魔理沙に直撃し、爆発を起こした。

"被弾"というよりも"衝突"したため、服に燃え移るなんて事は無かったが、代わりに反動でとてつもない衝撃が彼女を襲う。

 

声にならない苦痛の声をあげ、魔理沙は吹き飛ばされた。

 

「ぐぅう! がぁあ!」

 

吹き飛ばされた魔理沙は、空気圧で身動きが取れないでいた。蒼火堕による、意識が飛びそうになる程の衝撃で身体中が痛み、上手く力が入らない。

吹き飛ぶ先には硬い地面が見えている。きっと衝突すればただでは済まないだろう。

そんな時に彼女が考えたのはーー

 

「くっ…止ま、れっ!」

 

箒の推進力を使っての減速である。

元々彼女の魔力を元にして飛んでいた箒。故に彼女の体と同じく力は中々入らなかったが、少しずつ減速はできていた。

だがそれも限界は訪れる。

 

ーーもうダメだ!

 

魔理沙が限界を迎え、強い衝撃を覚悟して目を瞑る。

 

瞬間、ドカッという鈍い音が鼓膜を震わせた。

 

「痛っ!!……何すんのよ、魔理沙っ」

 

「………?」

 

予想した衝撃と違って戸惑う中、空中に止まる。思っていたよりも減速出来ていたようだった。

自らへの非難にそちらを向けば、そこにはボロボロになった彼女の親友ーー霊夢が居た。

 

「何、も…反撃食らって、吹き飛んできたとこだぜ…」

 

「! あんたも…苦戦してるみたいね」

 

「苦戦どころじゃあ、無いぜ。遊ばれてるっての」

 

「………こっちもよ」

 

冷や汗を垂らしながら霊夢が見た先には、未だ汗の一つも浮かべていない双也の姿があった。

 

双也が吹き飛んできた魔理沙の登場に少し戸惑う中、彼の隣にスキマが開き、悠々と紫が出現した。

慣れているのかーー実際慣れているがーーとくに驚きも見せず、隣へ立った紫へ言葉をかける。

 

「どうだ調子は」

 

「好調ね。あなたは? ちゃんと作れたかしら」

 

「まぁ…何枚かはな」

 

彼はバラッとカード数枚を手で広げ、紫へ出来た事を証明する。紫は横目でちらと見て確認した。

 

「……ならいいわ」

 

それだけ答え、自分たちを見つめる二人の解決者へと視線を移した。

 

「ちょうど揃ったし、そろそろ終わりにしないか?」

 

双也は二人に向けて言った。彼はさして悪意を込めて言ったわけでも無かったが、彼女らには挑発しているように聞こえたらしくーー

 

「そんな簡単に終わらせないわよ!」

 

そんな声が響くのだった。

まぁどの道、彼女らがどう答えようとも、二対二ーーつまり紫&双也 vs 魔理沙&霊夢になった時点で、長くは続かないだろう、と誰もが思っていた。

ーー誰が勝つかは、お互い違う二人を想像していた。

 

「さぁ、これからだぜ!」

 

「ふふ、楽しくなってきたわね」

 

双也達は。

 

「…行くわよ魔理沙。気ィ引き締めなさい」

 

「言われなくてもだぜ」

 

霊夢達は。

 

お互い視線で牽制し合う四人。

いつもは静かな冥界も、この日だけはピリピリと空気が張り詰めていた。

 

 

 

 

最後の勝負が、始まる。

 

 

 

 

 




二対二すんげぇ難しいです! うまく書けないから結局一対一になるという始末。ここから頑張ります!

ではでは。


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第百十七話 挑むは解決者、迎えるは最強

魔理沙って、ここぞというときには頭使いそうなイメージですね。

ではどうぞっ!!




苛烈を極めた冥界の弾幕勝負。

霊夢達解決者組と双也達師弟組は、張り詰める空気の中でお互いを見つめていた。

 

「勝負よ双也っ!」

 

口火を切ったのは霊夢達であった。

霊夢は札の性能を活かし、魔理沙は火力を活かし、それぞれが弾幕を放った。

迎える双也達は、その光景を見て言葉を交わす。

 

「ふふ、今更だけれど…師弟で組んで弾幕勝負と言うのも良いものね」

 

「…何言ってる。自分で仕組んだ癖に」

 

「そうだったかしら?」

 

何時もの胡散臭い雰囲気に少しの嬉しさを纏いながら、紫は笑う。とても楽しそうに。

そんな彼女の様子を見て双也は軽く溜め息を溢すが、彼の口もまた、嬉しそうに歪んでいた。

 

ーーと、そこへ弾幕が飛来する。

 

「縛道の八十一『断空』」

 

現れた障壁は飛来する無数の弾幕を悉く拒み、進行を決して許さなかった。手を下ろし、彼は紫に声をかけた。

 

「…まぁいいけど…出遅れんなよ紫」

 

「あら、私を誰だと思っているのかしら」

 

ピッと横に薙いだ紫の手。その指には強く光を放つ物。

 

「"妖怪の賢者"八雲紫よ? 少しは弟子を信用しなさいな」

 

 

ーー幻巣『飛行虫ネスト』

 

 

刹那、至る所に小さなスキマが開かれた。その中からは、妖怪に似つかわしくない光を放つ小さな弾幕が。

現れては消え、現れては消えを繰り返すスキマから放たれるそれは、まるで虫の軍隊の様に進軍し、霊夢たちを襲う。

 

「俺も負けてらん無いな」

 

「そこで見てても良いわよ?」

 

「いんや、俺も行くさ。…ちゃんとやらないと、霊夢の想いに応えられない」

 

双也は刀の柄に手を掛け、引き抜いた。同時に霊力もある程度解放する。

準備万端かと思いきや、彼は紫の方に顔を向けないで言った。

 

「それと……今お前、"信用しろ"って言ったけどさ…」

 

「…?」

 

「俺はとうの昔から、お前の事信用してるから」

 

言い残し、飛び出した。

表情を見ることは叶わなかったが、その言葉に驚愕した紫も、ふっと笑みを溢す。

 

「……ふふっ……なら、頑張りましょうか…!」

 

そう言った彼女は、とても晴れやかな表情だった。

 

 

 

 

「ちぃっ! 小さいくせに量が多くて厄介だぜ!」

 

「愚痴ってもしょうがないでしょ! あの紫のスペルなんだし、当たるのは最低限にしなさいよ!?」

 

「中々理不尽な事…言うぜ!」

 

飛び回り、弾幕を放ちながらスペルを避ける魔理沙は、新たに魔法陣を展開した。今までの弾幕ではなくまた別のーーレーザーである。

 

「面倒な弾幕は破るに限るぜ!」

 

彼女の周囲に展開した四つの陣からは、通常弾幕にしては太めなレーザーが勢いよく照射された。

物量で圧し潰すタイプの紫のスペルは、そんなレーザーには歯が立たずに打ち消されていく。

 

「ははははっ! 意外と大したことーー」

 

「っ!! 魔理沙! 上っ!」

 

「あ?」

 

レーザーの照射によって余裕が出来た魔理沙は、霊夢の叫び声に反応して顔を上げた。

冥界の暗い空をバックに彼女の視界に映ったのはーー

 

 

 

「俺を忘れてやしねーか? 魔理沙」

 

 

 

横に刀を構えた、双也の姿だった。

 

「旋空!」

 

振り抜かれた双也の刀ーー天御雷からは、蒼い霊力を迸らせながら八つの旋空が放たれた。

流麗に弧を描きながら、苦い顔をする魔理沙に迫る。

 

その刹那、魔理沙の視界は横からの影に遮られた。

 

「夢想封印っ!」

 

その影ーー霊夢は、魔理沙と双也の間に入るなり即座に宣言した。

物量的で勝る七色の光珠は、迫る刃を砕きながら双也に肉薄する。

 

「ふむ……大霊剣『万象結界刃』」

 

しかし、旋空を砕いた光珠もすっぱりと両断され、彼には届かなかった。その光景を見た霊夢も軽く舌打ちをする。

 

「あれ…私のマスタースパークを斬った時のーーおっと!?」

 

反射的に、魔理沙は首を後ろへズラした。彼女の視界を横切ったのはーー飛行虫ネスト。

 

「ちっ、そう言えばブレイクしてなかったぜ…」

 

「目の前に気を取られ過ぎないことよ」

 

スキマで距離を詰めた紫は、双也の援護に入らんと発動中のスペル"飛行虫ネスト"を放った。

双也も瞬歩で飛び回り、旋空、風刃、アステロイドなど、彼自身の弾幕で攻撃する。

 

強力極まりない弾幕の二重嵐に晒された霊夢達は、始終辛そうな表情をしながらも避け、時には攻撃しーーしかし被弾させるには至らずを繰り返していた。

 

そんな折、ネストを飛ばす紫が、スキマ経由で双也に言った。

 

「双也、次のスペルを用意して頂戴。私のスペルも時間切れで止まるわ」

 

「オーケィ」

 

言われてすぐ、彼はスペルを取り出した。

それを遠目で見た魔理沙は、何かが来ることを予想し、霊夢に忠告する。

 

「おい霊夢! なんかスペルが来るぜ!」

 

「……反撃する隙が無いわね。どっちかを先にブレイクするしか……」

 

「ブレイクか…」

 

と考えたその刹那、殺到していた飛行虫ネストがパッタリと来なくなった。

ーースペルブレイク(タイムアウト)だ。

それを皮切りに、双也が取り出したスペルカードも強い輝きを放つ。

 

「アステロイド『全弾臨界放火(オーバーフルバースト)』」

 

スペルカードから作り出された二つの正方形の箱。それは次々と分割されていき、彼が両手を突き出すのと同時に放たれた。

 

様々なアステロイドの入り乱れる弾幕は、二人をさして狙うわけでもなく、ただ一息に呑み込んだ。

 

「ちょっと何よコレ! 規則性も何もあったものじゃ無いわね!」

 

「厄介なスペルのオンパレードだぜちくしょうめ!」

 

「そこに私の弾幕も加わるのよ」

 

「「!?」」

 

上からかかった声に向けば、スペルがブレイクして手ぶらになった紫の姿が。

容赦の無い二人の攻撃。霊夢たちは思った。

ーーなんつー組み合わせだよ、こいつら。

ーーこんなの、歯が立たないじゃない。

と。

片方がスペルを発動させれば、もう片方が前衛に回る。タイムアウトすれば交代して続行。

最早ある種のループである。まるで"避ける事だけ集中してろ"とでも言っているかのような。

この戦闘そのものが"耐久スペル"のようである。

 

しかし、これは確かに戦闘。何処かでループを壊さなければ、ただでさえ低い勝率は完全に零になってしまう。

 

一番頭を働かせていたのは、負けず嫌いな魔理沙であった。

 

(紫の弾幕も厄介だが…一番厄介なのは規則性の無い双也のスペルだな……あの箱か?)

 

彼女の視線が射抜いたのは、双也の掌で形成されては分割されて放たれる、正方形の箱。それは幸いにも、魔法陣などとは違う通り抜けぬもの(・・・・・・・)

 

ーー閃いたぜ。

 

彼女の口の端が吊り上がった。

 

「霊夢!」

 

「ッ…何よ!」

 

彼女はすぐに、避けながら弾幕を放つ霊夢に声をかけた。

霊夢が放った弾幕は、紫のスキマの中に消えていく。それを見て霊夢は舌打ちした。

こちらも相当に苦戦している。だがーー

 

「紫の相手する事だけに集中しろ!」

 

「……はぁ!?」

 

「頼むぜ!」

 

そう言い、魔理沙は普段ボムとして使う瓶複数個を下に思いっきり投げた。

幾つかはアステロイドに当たり爆発するも、大多数は通り抜け、スペルの届かない下の方へ落ちていく。

 

双也も訝しげに思うも、スペルの途中で手は離せない。

それを察した紫が代わりに弾幕を放ったーーが。

 

「なんか知らないけどさせないわよ!」

 

「っ…」

 

霊夢のホーミングアミュレットにより、紫の放った弾は正確に撃ち落とされた。次々に放つも、対抗して霊夢が放つ弾幕の前に消えていきーー瓶はついに、着弾した。

瞬間。

 

 

ドパァンッ!!

 

 

「なに!?」

 

現れた何本ものレーザーの内の一本が、双也のアステロイドの発射点ーー正方形の箱を貫いていた。

 

「避けらんなかっただろ? 速さには自信のあるレーザー……アースライトレイだぜっ!」

 

光符『アースライトレイ』。

ボムとして使用する瓶を地面に叩きつけ、そこから瞬間的にレーザーを放つスペルである。

照射方向や発動条件などに問題があるものの、照射速度に関しては彼女のどのスペルよりも速い。そもそも照射方向に関しては、今まで沢山の瓶を投げてきた魔理沙ならある程度調節することができるのだ。

遅ければ簡単に防げてしまう双也に対し、彼女は威力よりも速度を取ったのだ。

その効果は、確かに現れた。

 

「追撃ィ!」

 

突然の事に思考が追いついていない双也へ、魔理沙は追撃として先のような瓶を投げた。

 

ーー魔廃『ディープエコロジカルボム』

 

 

 

今度は、爆発物だ。

 

 

 

「えっ…?」

 

目の前に投げ込まれたそれを見、さすがの双也も(ほう)けた声をあげる。

しかしそれは、その瓶による大きな爆発音に掻き消えた。

 

「双也っ!?」

 

「らしくもなく隙だらけよ紫!」

 

「!!」

 

双也が爆発を食らった事に驚愕を隠せない紫。そんな大きな隙はまさに、霊夢が心待ちにしていたものだった。

刹那亜空穴。再びそれを用い、紫の目の前に躍り出た霊夢は、渾身の力を込めてスペルを宣言した。

 

「霊符『夢想妙珠』っ!!」

 

殺到した光の珠は、隙だらけの紫に直撃。至近距離で放たれたスペルとあっては、大妖怪たる紫にもそれなりにダメージがある。

霊夢が魔理沙の元へ飛ぶ際横目で見たのは、煙を纏って吹き飛ぶ紫の姿だった。

 

「魔理沙!」

 

「おう霊夢。上手くいったな」

 

声をかけるなり、ボロボロで疲れながらに魔理沙は快活な笑みを浮かべて笑った。

しかし、内心二人も分かっている。

ーーこれで終わりでは無い。

と。

 

「魔理沙…いけるわね?」

 

「勿論だぜ。とっておきをお見舞いしてやる!」

 

八卦炉、そして札を構えた二人が見据えるのは、煙の中から出てくる双也と紫であった。

二人とも、ところどころそれなりの傷が出来ている。

 

「いってぇ〜…威力強過ぎ…加減ってもんを知らないのか?」

 

「ふふ、まさかあなたからそんな弱音が聴けるなんてね」

 

「余裕そうだな紫」

 

「まぁそれなりには。でも………今度はそうでもなさそうよ」

 

始めとは違った真剣な眼差し。その視線に双也も釣られてそちらを見ると、如何にも大技を繰り出すと言った雰囲気を醸し出す二人の姿があった。

 

「確かに、こりゃ気を引き締めたほうがいいな」

 

「勿論…迎え撃つわよね?」

 

その問いに、彼はふっと頬を歪めた。

 

「紫、繋げるから重ねろ(・・・・・・・・)

 

「…ええ」

 

二人はお互い、どちらからともなく掌を合わせ、もう片手を前へ突き出した。

双也によって繋がれた霊力と妖力が集められ、重ねられ、その周囲の空間を捩じ曲げる程の圧力を生み出して形となっていく。

 

長い時を共に生きた二人には、こんな簡単な一言だけで通じるのであった。双也もまた、紫の考え方などはある程度理解しているのである。

そういう意味で、彼は紫を信頼していた。

 

「さぁ、行くぜ紫」

 

「ふふっ…ええ♪」

 

合図を取ると同時に、繋がれた霊力と妖力が膨れ上がっていく。

その"発動を意味する膨れ上がり方"に、霊夢達も気を引き締めた。

 

「最終決戦よ。手ェ抜いたら今度から神社に上がらせてあげないから」

 

「冗談キツイぜ霊夢。………私が手なんか抜くわけ無いだろ?」

 

「…それもそうね」

 

勝とうが負けようがこれが恐らく最後。ボロボロでも、疲れていても、二人は笑みを浮かべていた。お互いの笑顔は、お互いに力を与えてくれる。

 

後はーー放つのみ。

 

 

「行くぜ私のとっておき!

魔砲『ファイナルマスタースパーク』ッ!!!」

 

「…負けないっ!! 『夢想天生』!!」

 

 

ーー億に届くお札を纏った、最強のマスタースパーク。

 

 

「何時でも良いわよ、双也」

 

「ああ、行くぜ。

…光滅『王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)』!!」

 

 

ーー霊力と妖力の共鳴する、超強大な蒼い閃光。

 

 

 

 

放たれた二つは、冥界の空に轟く轟音を響かせ、

 

 

 

 

互いを呑み込まんと、剛突した。

 

 

 

 

 




あとほんの少しだけ続きます。

ではでは。


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第百十八話 叫ぶは妹、応えるは兄

五話に及ぶ戦闘も遂に決着です!

さぁさぁ、どうなる?

ではどうぞっ!


真っ暗な冥界に響き渡る轟音、光。

それは地響きのような、もしくはガラスが割れた時のような、重低音の綯い交ぜになった鮮烈な音を鳴らしーー

 

 

冥界を、揺らしていた。

 

 

「ぐぎぎぎっ、なんつー力だよあいつらぁっ!」

 

両手で抑えた八卦炉から超大型のレーザーを放つ魔理沙。その顔を辛そうに歪めながら、彼女は言った。

何時もなら、あらゆるタイミングで魔理沙の言葉にツッコミを入れる霊夢も、今回だけは同感だった。

 

「ホントよっ! こんだけ本気で撃ってるのにっ…!」

 

異変解決者として、幻想郷内でもトップクラスの実力を持つ二人。彼女らが放つスペルも、二人にとっての究極奥義と言って差し支えないモノだ。

"本気の彼女ら"に相手する双也達も、光と轟音の向こうで少々苦い顔をしていた。

 

「…っ…思ったより大分強いな」

 

「そうね。私達が霊力と妖力を合わせても互角……あの子達の底が知れないわ」

 

「ふっ…確かに」

 

僅かに笑う双也の頬に、一筋汗が伝った。

彼が思い出しているのは、霊夢が飛竜撃賊震天雷炮を破ったときの事である。

彼は真摯に、霊夢と、そして魔理沙の才能に恐怖すら感じているのだった。

 

ーーいつかは俺も、負けるのかな…。

 

そんな事を思っていた。

 

 

 

 

でも。

 

 

 

 

「まだ、俺たちの方が上だ」

 

大きな霊力が溢れ出した。

それに合わせる為、紫も同等に妖力を解放していく。

彼らが二人で放っているスペル、

王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)も当然、威力を更に上げる。

 

霊夢達が、押され始めた。

 

「うおっ!? まだ…強くなんのかよっ!?」

 

「ぐ…踏ん張りなさい魔理沙っ!」

 

魔理沙に強気の叱咤をかける霊夢も、最早限界であった。

双也と一対一で戦った際の消耗が響いてきたのである。あの時でさえ限界に近い戦いを繰り広げたにも関わらず、間髪入れずに更に苛烈な戦闘。

薄々感じていた。感じざるを得なかった。

 

ーーこのままでは勝てっこない。

 

魔理沙だって分かっていた。

過去に双也と対峙した時、そして今回紫と対峙した時。彼女はしっかりと彼らを見ていた。

自分が必死になっているにも関わらず、彼らは常に笑っていた事を。

確かに、楽しければ笑って撃ちあえる。撃ち合って、研鑽を重ねる事は、あまり知っている人は居ないけれど魔理沙の大好きな事だ。しかしーー彼らの時は別だ。

 

楽しいというより、勝ちたい。そこにあったのは、撃ち合える楽しみよりも勝利への闘争心だったのだ。

格上にだって勝ってやる!

そんな強烈な闘争心である。

高い目標を目指して戦う彼女が、無意識の内に頬を歪めていた事には、本人は気が付いていない。それだけ目の前の事しか見えていないーーもしくは、必死だったのである。

そんな中でも、しかし彼らは常に笑っていた。魔理沙の必死さとは違う、"余裕の表情だった"のだ。

今だって、そう。

 

ーーこのままやっても、勝てない…!

 

諦めてはいないけれど、しかし現実は非情だった。

 

 

 

 

だから

 

 

 

 

ーー諦める訳にはいかない。

 

絶対勝つ。

それは、勝負の始まる前に二人が決めた事だった。

もともと意思の弱い二人ではない。嘘は多少吐くかもしれないが、頑固な程に誓った事は曲げないのだ。

 

お互いが諦めていない事は、お互いが既に分かりきっていた。それにーー

 

「魔理沙っ…アレ(・・)、やっていいかしら…?」

 

問われた魔理沙はその"アレ"というものを脳内検索した。

少しだけ分からなくなるも、それはすぐに見つかった。確かに、この状況を打開する為の最善策だった。

 

ーー最善策なら確認を取らずとも良いのでは?

 

そう思う者ももしかしたらいるかも知れない。だが、霊夢が確認を取った事には理由があった。それは、"アレ"というものを察した魔理沙も理解している。

アレーーそれは、

魔理沙を犠牲にするに等しい方法(・・・・・・・・・・・・・・・)なのだから。

 

霊夢が非情な訳ではない。そもそもコレは弾幕勝負であり、気絶する事はあっても死ぬ事はない。どこまでいっても"遊び"だからだ。

反面苦痛はしっかりと襲ってくる訳でありーーそれも分かった上で、霊夢は問うたのだ。

"耐えてくれるか"と。

それは、魔理沙という親友に対する、ある種の信頼そのものだった。

 

言葉の意味をしっかりと理解した魔理沙は嫌な顔はせず、むしろ笑って言った。

 

「…コレはお前の為の戦いだぜ。私は勝手に首を突っ込んだだけだ、好きなようにやれよ。私の事はーー気にすんな」

 

ニカッ

 

そんな擬音が似合う、いつもの明るい笑顔。

霊夢も魔理沙も、この時覚悟を決めた。

"最強達"に一矢報いる、この共同戦線。

 

霊夢は、動いた。

 

「スゥゥ〜……発動ーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、突然起こった。

 

双也たちが力を解放し、威力が上がったにもかかわらず中々均衡が崩れていなかった二つのスペル。

それの均衡が突然、破られた。

ーー急に、双也達のスペルが押し始めたのだ。

 

「っ……? なんだ?」

 

その変化に、双也はむしろ不気味さを覚えた。

自らの理解の及ばぬ事が起きれば大体の者はそうなるがーーそれだけではない。

何か、予感がした。

 

足元を掬われるような、そんな不気味な予感。

 

「……何だか分からないけど…このまま押し切るぞ!」

 

「そうね。それがいいわーー

 

 

 

 

その刹那。

 

 

 

 

きゃあっ!?」

 

「!? 紫!?」

 

言葉を言いかけた紫は、何かの攻撃を受けて吹き飛ばされた。

"攻撃された"と分かるのは、その場に大きな力の残滓が残っていたからである。

 

紫が吹き飛ばされ、スペルの制御が崩れそうになる。

彼は慌てて向き直り、力を加える。

が、その時彼は気が付いた。

 

 

ーーマスタースパークに、お札が纏わり付いていない。

 

 

霊夢の仕業か!

瞬間的に思った。

あれだけ競っていたスペルの衝突を、彼女が投げ出す訳がない。それなら、何か策を練っていたという事だ。

紫が吹き飛ばされたのも、恐らくはーー。

 

「ぐっ…なら先にっ!!」

 

一気に霊力が膨れ上がった。このままの状態では、霊夢に仕掛けられた時に対処が出来ない。

彼は先に、魔理沙を倒す事を考えたのだ。

膨れ上がった霊力はスペルに流れ込み、一気に膨張。

それは魔理沙の奥義、ファイナルマスタースパークをも瞬く間に吞み込みーー魔理沙諸共、消し飛ばした。

 

ーー瞬間である。

 

「ッ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

彼の視界には、膨大な霊力を纏って半透明になった霊夢の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

「まさか…スペルの中を通ってきた(・・・・・・・・・・・)のか!?」

 

「終わりよっ!! 双也ぁっ!!」

 

スペルを放ち切った直後の隙。

ほんの一瞬ーーいや、刹那程しかないその隙を狙って、霊夢はありったけのお札を放った。

 

「っ!! 『断空』!!」

 

その数万に及ぶお札を、双也は辛うじて防いだ。しかしーー

 

「無駄よ!!」

 

お札と共に振るわれた霊夢の大幣。

大量の霊力を込めて振るわれたそれの前に、障壁は虚しく砕け散る。

 

お札と、霊夢自身の放つ大弾幕を双也は無限流で捌き続けた。最早神速の域。その札の速度、剣跡、既に目に捉えるのも難しい程になっていた。

時折結界刃を霊夢に向けるも、素通りしてしまって当たらない。

 

「そりゃっ、夢想天生か!?」

 

「そうよ!! 私のっ、奥の手っ!!」

 

霊夢は更に力を込める。

やっと叶った接近でのサシの勝負。

これを逃せば恐らく勝てない。彼女は最早、"本気の本気"であった。

 

 

 

 

『発動ーー夢想天生!』

 

彼女が行った事は至極単純である。

それは、型の切り替え(・・・・・・)

 

夢想天生には二つの型がある。

一つは、強烈な霊力を込めた億に及ぶお札の嵐。

西行妖、そして双也に使った攻撃的で範囲的な型である。

 

そしてもう一つがーー攻撃を無効化した上での一点集中攻撃。

能力を併用して透明化に霊力を使う為、お札の数と一枚一枚の威力が下がるものの、一人に対しての威力は桁違いな特化型である。

 

"魔理沙を犠牲にするに等しい"

その理由は、この型の特徴にある。

一点集中攻撃を目的とするため、接近してから放たなければならない。ゆえに、二人でやっと抑えていた双也達の攻撃を魔理沙一人で受けなくてはならなくなるのだ。

恐らく、一人では抑えられない。

お互いそれを分かっていたからこそ、魔理沙は霊夢に託したのだ。

霊夢と双也の、真っ向勝負に。

 

 

「私はっ! あんたを殴る為に戦ってるっ!」

 

 

弾幕の音の中に、霊夢の声が響く。

 

 

「殴ってやらなきゃ、気が済まないのよっ!!」

 

 

捌き続ける双也も、言葉に耳を傾けた。

 

 

「なんで、何も言ってくれないのよ!!」

 

 

必死な彼女の叫びは、彼の胸を締め付けた。

 

 

「正体明かしたら私が反発するとでも思った!? あいにく! 常識外れな事なんて散々見てきて慣れてんのよ!」

 

 

彼は微かに、歯軋りをした。

 

 

「私はっ、あんたのなんだったの!? 少し近くに居るだけの他人とでも思ってた!?」

 

 

霊夢の頬に一筋、光が伝う。

それは、彼女自身の叫びに吹き飛ばされた。

 

 

「少なくとも私はっ! 〜〜ッ!!」

 

 

大量のお札を纏って接近、お札と膨大な霊力を込めた大幣を振り上げた。

それに何とか反応し、双也も拳を握る。

 

「〜〜ッ! 『赤焔拳』ッ!!!」

 

半透明な彼女に当たるか。

そんな事は、考える余裕は無かった。

 

ーーパチンッと、小気味良い音が響いた気がした。

 

 

 

 

ズドオォォォオンッ!!!

 

 

 

 

振り下ろされた大幣はお札を散らせながら

 

 

 

 

 

ーー双也へ当たる寸前で、止まっていた。

 

 

 

 

 

「……優しい、お兄ちゃん程度には…思ってたわよ…双也にぃ(・・・・)……」

 

双也の拳を腹に受けたまま、霊夢はガクリと気を失った。

 

寸止めされた大幣が、コツンと彼の頭に当たる。

その痛みは、不思議と彼の心に強く響くのだった。

 

そうーー気絶してしまうかと思う程に。

 

「……お前の想い、伝わったよ…霊夢」

 

 

 

 

 

ーーごめんな。

 

 

 

 

苛烈を極めた弾幕勝負は、双也と紫の勝利で幕を閉じるのだった。

 

 

 

 

 




長い戦いだった…(執筆日数的にも)

あと一、二話でこの章はおしまいです。
やー……長かった……。

ではでは。


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第百十九話 知らぬ間の宴会

双也の料理だって、もうそろそろ上手くなってても良いと思うんだっ!

ではどうぞ!


「んっ…ぅ……うん…?」

 

目を開けば、そこは見慣れた天井だった。

見慣れた障子、見慣れた襖、見慣れた布団。朝起きれば必ず目にする、ありふれた家具たち。

ここは、神社にある私の寝室だった。

 

「あれ……なんで……」

 

寝ぼけたようにハッキリとしない頭を働かせ、考える。

なんで私は寝てるわけ…?

障子から差す光を見るにまだ夕方頃。しかも日が沈み切っていない夕暮れ時だろう。障子を通り抜ける橙色の光は、優しげな暖かみを感じる。どう考えても、寝入ってしまう時間ではない。

 

…取り敢えず、起きようか。 こんな時間から寝ていては、またグータラ巫女だのサボり紅白だの言われてしまう。

 

「っ…いった……」

 

……痛い。 身体中がギシギシと痛い。

寝ていたからだろうか、力を入れるまで気が付かなかった。少し拳を握ってみれば、触れたのは掌でなく包帯の感触。そして服の中をまさぐってみれば、身体中にも包帯が巻かれていた。……怪我?

……………あ、思い出した。

 

「冥界で、勝負して……」

 

そうだ、弾幕勝負をしてたんだ。苛烈を極めた、冥界でのあの弾幕勝負。思い返せば恐らく、アレは私のこれからの人生でも三本指に入るくらいの壮絶な戦いだったろう。

究極奥義である夢想天生でも決定打には足りなかった事が、それに信憑性を持たせている。

本来アレを使ったらそれで終わりの筈なのに…。

 

「…そっか……私、負けたんだ……」

 

悔しさを超えた脱力感というのか、私はポスッと頭を枕に戻した。普段、自分でも自覚するくらいに負けず嫌いだったはずなのに、妙に落ち着いている。

本気の本気でぶつかって届かなかったからーー全力を出し切ったから、なのだろうか。

 

「……強かった…なぁ…」

 

思い返せば、ずっと彼の術中にハマっていた気がする。

始終彼のスペルに振り回され、こちらは反撃も満足に出来ず……ホントに、歯が立たないとはこの事か。

こんなに強い人が身近に居たなんて…世の中、知らない事ばかりだ。

 

「…はぁ…やっぱりもう少し寝ようかな…」

 

自分の状態を確認し、そんな事を考えた。実際、とてもじゃないが身体中痛くて動きたくないし、激しい戦闘の後なのだから休んでもバチは当たらないだろう。

再び目を瞑り、夢の中に身を落とそうとしたその瞬間、視界が暗くなって敏感になった鼓膜が、外からの音を捉えた。

 

しかも一つではなくーー何人も、たくさんの人の騒ぎ声が。

 

「つっ…いったい…何…?」

 

痛みを少し我慢して、喧騒の聞こえる境内へ向かう。

するとそこにはーー

 

 

 

「きゃーっ!この魚料理美味しいっ!!」

 

「ワインのおかわり頼めるかしら?」

 

「ふふ、賑やかで楽しいわねぇ♪」

 

「ちょっと遊んできましょうかねー。もちろん弾幕勝負で!」

 

 

 

ーーアイツらが居た。

 

 

 

「ちょ、あんた達私の神社で何してんの!?」

 

思わず、痛みを忘れて怒鳴ってしまった。しかもそれに気が付いてこちらを向いたのはほんの数人。殆どの奴らは料理や話し相手から目を移していなかった。

 

「おー霊夢! やっと起きたか! 今は異変解決の宴会中だぜ!」

 

その事に顔を引きつらせていると、此方を向いた者の一人ーー魔理沙が声をかけてきた。彼女の身体にも至る所に包帯が巻かれており、時折痛そうに顔を顰めているが、周りには上手く隠しているようだった。

 

「ちょっと魔理沙! 料理取り過ぎ!」バンッ!

 

「いっ!? いってぇぇえぇえっ!?」

 

…………痩せ我慢かも知れないけれど。

 

まぁ取り敢えず、立っていても疲れるだけなので私も座る事にしよう。どうせ言っても誰も聞きゃしないし。ホント、非常識な奴ら。

ちょうど魔理沙の隣が空いていたので、痛む身体を引きずって行き、座った。

見渡せば、夕方だと言うのにかなりの人数が集まってワイワイと騒いでいた。

 

「咲夜、ワインが終わってしまったわ」

 

「はいはい、お代わりですね」

 

「…レミィ、ワインばかりは健康に悪いわよ」

 

「引き籠ってばかりのあなたに言われたくないわね、パチェ」

 

「…………まぁいいけど」

 

紅魔館の面々。恐らく、咲夜が異変解決に関わったからという理由でお零れをもらいに来たのだろう。大変だったのは彼女の方なのに、こき使われる姿を見るのは少し可哀想な気分になった。

 

「ねぇ妖夢! このお料理全部食べてもいいのよね!?」

 

「…う、う〜ん…他の人の分も残してくださいよ?」

 

「味見の一口だけ残しておくわ」

 

「やっぱりダメですっ!!」

 

白玉楼の二人。まぁ当然だろう。異変解決後の宴会は言わば仲直り会のような物なのだし、むしろ彼女たちが主役だ。

 

あとはーー騒ぎを嗅ぎつけてきたらしい、道中で出会った者たち、だろうか。まぁ宴会に限っては、賑やかであるに越した事はない。大人数のほうが楽しいに決まっているのだから、まぁいいか、と思った。

 

……そういえば。

 

「ねぇ、魔理沙」

 

「あん?」

 

「この宴会…誰が開いたの?(・・・・・・・)

 

根本的な疑問であった。

寝ていたのだから私ではないし、参加している面々を見てもそんな雰囲気の者など居ない。むしろ、あいつらは勝手に参加して勝手に食い散らかして、疲れたら勝手に帰るという傍若無人極まりない奴らばかり。多少常識のありそうな人も居なくはないが、まぁ期待しない方が良いだろう。

 

宴会の主催者。私の問いは、やけにアッサリと解消された。

 

「あー開いた奴? それなら、あそこでせっせと料理作ってるぜ」

 

彼女が指差したのは、神社の中にある台所。

目を向けたそこにはーー

 

 

「え〜っと、ここ切って取り出し…ジュワッと」

 

シュパッ「次の料理出来ましたか?」

 

「ああ咲夜、コレ持ってってくれ」

 

 

「そ、双也…? なんで?」

 

思わず口に出てしまう。彼の料理する姿こそ見慣れていない上、エプロンまで着けて…意外極まりない光景に驚くしかなかった。

そしてちゃっかりと咲夜も手伝いをしている。本当にご苦労様、である。もはや職業病じゃなかろうか。

……そういえば、咲夜に料理作ってもらう約束してたわね。…あとでもう少し頑張ってもらおう。

それはさて置き。

 

ーーどうしようか。

 

双也を姿を見て、そう思った。

分からないなら聞こうと、彼を追いかけ、戦い、そして負けてしまった訳だけれど…私は、彼に一矢報いる事が出来たのだろうか。

出来なかったとしたら、彼は私の問いには答えてくれるのだろうか。

…また、仲を戻すことが出来るのだろうか。

 

様々な不安が渦巻いていく中、私の視線はいつの間にか下に落ちていた。それを見て察したのか、はたまたいつものノリなのか、隣で料理を頬張る魔理沙は、これまたいつも通りに、こう言った。

 

「取り敢えず、お前もなんか食え! 双也と話すのは、気分を戻してからの方が良いに決まってるぜ!」

 

パパッと、素早く料理を皿に盛り、差し出してきた。

 

「あいつも鬼じゃあないんだ。勝とうが負けようが、聞けば答えてくれるって!」

 

"…多分"と、若干自信無さげに彼女は言う。しかしやっぱり、魔理沙の笑顔は明るかった。

…全く、腐れ縁の親友というのも厄介なものだ。

魔理沙からそんな風に励まされたら、なんでも出来てしまう気がしてくるのだから。

 

「ふぅ…それもそうね。話をするのはあいつが落ち着いてからにしましょうか」

 

「ふ〜ん? まぁ良いけどさ、それだとすんごい夜遅くになりそうだな」

 

「? なんでよ?」

 

魚の天ぷらを加えたまま、魔理沙は差し出してきた皿に盛ってある魚料理を指差した。

 

「あいつの魚料理、大人気みたいだからな」

 

「ふ〜ん?」

 

皿を取り、煮付けを一口頬張った。

ーー瞬間。

 

 

 

 

 

 

「ふわぁぁあぁあぁ〜…♪♪」

 

 

 

 

 

 

……私とも思えない声が出た。

 

なに!? なんなのこの柔らかい食べ物!? 口に入れた瞬間ふわっと崩れるように舌に広がるくらい柔らかいのに形が全く崩れてない! しかも煮付け特有の塩辛さはあんまり無くて、優しい甘さが広がる中にジワジワと刺激してくる! 魚の柔らかさと相まって、一瞬で口の中に広がる旨味…満足感が半端じゃないわ…!!

 

「こ、こここコレをそ、双也がっ…!?」

 

「そぉ〜だぜ〜? 全くスゲェなコレは。こんな料理初めて食べたぜ」

 

「わ、私も初めてよ…」

 

なんだろう、何故だか悔しさが込み上げてくる。一人暮らしだから人並み以上には料理出来るつもりでいたからだろうか。 いや、それにしたって味の次元が違う。

私はいつの間にか、悔しさに歯軋りをしていた。

ーーしかしやはり、その間も箸が休む事はなかった。

 

「ま、美味しいならなんでも良いか…」

 

そんな事を思いながら、双也の仕事が終わるのをみんなと話しながら待つ。

 

 

そんな、午後五時ごろの夕方の事であった。

 

 

 

 

 




久々のほのぼの回でしたねぇ。

ではでは。


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第百二十話 理解の末…

今章最終話です。
長かったですけど、結構楽しかったですね。はい。

ではどうぞ〜!


喧騒の収まった宴会。

太陽に代わり、もはや月明かりが照らしている博麗神社の庭では、大量の料理、食い散らかした皿、そしてその当人達がバラバラと倒れて静かな寝息を立てていた。

 

が、未だ起きている者も少し。

 

一人は、皆が広げたシートの端で、酒と肴を横に月を見上げる現人神、双也。

そしてもう一人は、境内に腰掛けて、彼の背中をじっと見つめる博麗の巫女、霊夢であった。

 

彼女は、言い出せずにいた。

 

夕方より前から始まっていたこの宴会に途中から参加し、魔理沙の促しもあって彼が落ち着くのを待っていたら、逆にこちらが落ち着かなくなってしまったのだ。

具体的には、

ーーどう話を切り出そうか。

ーー何から聞けば良いのだろうか。

ーー聞いたら後は、どうすれば良いのだろうか。

など。

言ってしまえば、彼との話が始まるまでに頭を整理しようとしたら、一周回って混乱してしまっていたのだった。

 

(あぁ〜! 訳分かんなくなってきちゃったわよ! どうすりゃ良いっての!?)

 

こんな言葉を、延々と反復していた。

とそんな時、ある種の焦燥に駆られていた霊夢の鼓膜を、双也の声が揺らした。

 

「霊夢、そんなとこ座ってないでさ…こっち、おいで」

 

「…うん……」

 

表情には出さなかったが、内心では話の進んだ事に対する喜びが溢れる霊夢であった。

寝ている者達をヒョイッ ヒョイッと避けながら、おちょぼで酒を啜る双也の隣に腰掛けた。

 

「…怪我、大丈夫か?」

 

「…うん。血が出る様な傷でもないだろうし、数日もすれば治ると思うわ」

 

「そっか…良かった」

 

ズズッと酒を啜る。口で転がす音が微かに聞こえる事から、彼は何か思案している様だった。まぁ十中八九、話の切り出し方についてだろうが。

ーーなら、今度はこちらから。

霊夢が、話し出した。

 

「そういえば…さ、双也」

 

「ん?」

 

「夢想天生。私が最後に使ったアレは、攻撃も何もかもを無効化するっていう物なんだけど…なんで拳が入ったのかしら…?」

 

霊夢は、彼との弾幕勝負の最後を思い出していた。

確かに夢想天生は発動していたし、現に双也が放っていた刃は彼女の身体をすり抜けた。

しかしその最後、彼と衝突した時のみそれが解除され、双也の痛烈な拳が撃ち込まれたのだ。

それだけが、納得いかなかった。

 

「あー、それな…」

 

「…?」

 

問われた双也は、苦笑いをしながら頭を掻いていた。

それに不思議な念を浮かばせつつも、霊夢は言葉を待った。

 

「あれ、直前で紫が干渉して…透明化を解いたらしいんだな」

 

「…紫?」

 

はて、あいつはちゃんと吹き飛ばしたはずだったが?

霊夢はそう思った。双也と真っ向勝負するに当たり、どうしても紫の存在は邪魔だった。

なので霊夢は、双也に攻撃する前に紫へとありったけの札をぶつけ、落としたつもりだったのだ。

しかし、現に干渉してきたという事は。

 

「…落とせて…なかったのね、アレ」

 

「そういう事だな」

 

「…はぁ」

 

霊夢はため息しか出せなかった。しかし、そのため息は他のどんな言葉よりも彼女の気持ちを表している。

双也だけでなく、紫でさえも倒せなかったとあっては究極奥義の名が廃る。ーーとまぁそういう事だ。

純粋に彼らの実力が化け物染みている、というのも大きな要因ではあるのだが、今の霊夢にはそんな事も関係無く、単純に"まだ未熟だったなぁ"と、ある意味悟りを開いていたのだった。

 

そしてしばらく、二人は他愛の無い会話を続けた。

端から見れば、それはそれは仲睦まじい様子だったろうが、当の二人にとってはーー特に双也にとってはーー距離を縮めたいが縮められない、そんな壁を、霊夢との間に感じていた。

双也ほどではなかったが、それは霊夢も然りであった。

 

 

そんな折ーー

 

 

「……ねぇ、双也」

 

「ん?」

 

「私は…あんたを兄として見て…いいの?」

 

 

ーー口火を切ったのは、霊夢だった。

 

 

「私は、あんたの事を何も知らない。…いえ、"分からなくなった"の方が正しいかしら。兎に角、双也っていう存在を理解出来てないわ。……そんな状態の相手を、今まで通りの"兄"としてなんて…見れない」

 

噛みしめる様な表情で、彼女の唇は思った事をそのままに吐き出した。

兄妹と名乗るなら、お互いを知っていなければいけない。

今までは良かったのだ。霊夢も、皮を被った状態ではあったが双也の事は理解していたし、彼女を小さい頃から見てきた双也も、当然霊夢の事は理解していた。

互いを理解した間柄。兄妹と名乗るに相応しかった。

でも…今は違う。

 

双也は最早、謎だらけの赤の他人。

知っている事など、むしろ少ない。

 

だからーー

 

「…俺は、お前の事は何時だって妹みたいに思ってきた」

 

「!」

 

黙り込んでいた双也の声は、今の霊夢には何よりもはっきり聞こえた。

 

「一つだけ言っておく。お前は、"お前が見てきた俺"と"お前の知らない俺"が別々の人みたいに思ってるのかもしれないけど…それは違う。俺は何時だって俺自身だし、そこに裏表なんて無いんだ。……そもそも、紫曰く俺は嘘を吐くのが下手くそらしいからな」

 

「……………」

 

自重する様に言う彼を、霊夢はじっと見つめていた。

別に信じていないとか、そういう訳では無い。ただ、今から語られるであろう彼の真実を受け止める為、彼女の頭が構えている、それだけの事だった。

 

「……そうだな…それだけ言っても伝わらないよな。約束だし……全部話すよ。……全部、な」

 

「……………うん」

 

知らない事ばかり。

双也の口から語られた真実は、霊夢にとっては想像もつかなかった事でーーしかし、逆にそのお陰で、案外すんなりと受け止められるのだった。変に理屈を交えられない為に、"そういうものなのか"という唯の認識として、彼女の頭は理解していったのだ。

神格化、能力に関しては、霊夢も引き攣らざるを得なかったが、双也からすれば…まぁ慣れた事である。能力の事を話して驚かれなかった事のほうが、むしろ少ないのだ。

 

そうして話していくうち、遂に双也は、一番言いたくなかった事(・・・・・・・・・・・)を話さなければならなくなった。

それは、霊夢という"博麗の巫女"と過去の話をするに当たり、どうしても通らなければならない道。

彼に選択肢は、無かった。

例え、霊夢から恨みを買う事になろうとも。

 

「………なぁ、霊夢」

 

「何?」

 

「…先々代の巫女がどうとか、って…聞いた事あるか?」

 

「先々代? …七十年近く前じゃない」

 

「…ああ」

 

言いたくなかった事。それは、博麗神社ーー特に先々代の巫女、柊華と双也の関係について。

 

知っている者は、ほとんど居ないだろう。いや、上っ面だけは皆知っているが、その裏は知らないというのが正しいか。裏に関しては、紫が記憶を消して回ったのだから。

しかし、双也の記憶と心には、いつまで経っても癒える事の無い傷として、残っていた。

 

「……そんなに知ってる訳じゃないけど…普通に天寿を全うしたんじゃ無いの?」

 

「いや…違うんだ。………先々代は…柊華は……俺が、殺したんだ…」

 

「!!」

 

驚愕する霊夢の瞳には、何かに耐える様に表情を歪ませる双也の姿が映っていた。それと共鳴でもする様に、握られた拳も小刻みに揺れている。

 

ーー怒るべきだろうか。

 

霊夢には、分からない事だった。

先々代とはいえ、彼女には会った事も無いし、血が繋がってはいない事も母、霊那から聞いた事があった。

そんな人間の為に、怒れるだろうか。

いや、怒らなければならない事であるというのは、霊夢も分かっていた。何せ人を殺したというのだから。綺麗事だとしても、怒るべきだ。

しかし…その表情はあまりにもーー悔恨の念が、強過ぎる。

 

「…その気は無かった、とか?」

 

「!」

 

 

双也の肩が、ピクリと揺れた。

 

 

「何も…責めないのか?」

 

「責めないわよ。だって…そんなに苦しそうな顔してる人を叱るなんて、私には出来ないもの」

 

辛い顔をする。それは一重に、殺した事を悔いているという事に直結する。

殺したと語った彼の表情から、霊夢は確信に近く、そう解釈したのだ。

それにーー"今までの双也"も"知らなかった双也"も同じだと言うなら、彼が望んでそんな事をするとは、どうしても思えなかった。

 

今なら分かる。あの時の最後に母が言ったことも。

今なら分かる。双也がこの事を隠していた理由も。

 

ーーあなたの中の双也さんを、決して忘れてはいけませんよ。

ーー兄を、信じなさい。

 

霊夢の中の双也。

面倒くさがりやで、どこか頼りなくて。

変な所で弱気になって、一人になるのがかなり苦手で。

 

そして、そして、ーーとても優しい。

 

彼女の中の双也は、人殺しなんて、出来ない(・・・・)

 

「ね、聞かせてよ、さっきまでみたいに。双也にぃ(・・・・)と、先々代について」

 

「………………」

 

無言のまま、双也は浮かぶ月を見上げ、一呼吸した。

静かになった神社を照らす月は、煩わしいほどに輝いていた。

 

語る間、双也は決して霊夢の方を見なかった。

それは、表情を悟られたくないからなのか、それとも唯単に、月を見上げながらの方が気持ち的に楽だったからなのか。

霊夢はただ黙って、二人の記憶、思い出に耳を傾けていた。

 

「柊華は…強い人だった。…心はいつも泣いてるくせに、誰にだって空元気振りまいて。耐えられない時は、誰もいないところで泣くんだ。…声も上げずに」

 

双也と柊華が友達となった時、彼は実は、柊華の頬に涙がついている事に気が付いていた。それを見た時、彼も"一人の寂しさ"を強く思い出したのだった。

 

ーー何時だって、自分は置いていかれる。

ーー何時だって、悲しいのは自分の方。

 

そんな、同種とも言える様な彼女に、彼が歩み寄るのも当然の事。…いや、それすらも、彼が寂しかったから、というだけの事なのかもしれない。

 

それなのにーー殺してしまった。自らの手で。

 

「……なんで、そんな相手を…殺したの?」

 

「………自分でも、分からないんだ。何故あの時、俺の刃があいつを貫いていたのか…あんな血塗れになるまで…傷付けたのか…」

 

視線を落とした彼の瞳は、小刻みに震える自らの掌を映した。

彼の悔やみは、それ程までに大きかった。

 

「…大丈夫よ、きっとね」

 

「え?」

 

悔しさと不安に震える双也の手は、言葉と共に、霊夢の両手に包まれる。

今の彼は、霊夢の知らない新たな一面。とても弱くて儚い、唯の人間だった。

 

「今話を聞いてて分かったわ。あんたは人を殺せない。そんな、危ない考えを持った存在じゃない。きっと、その時は発狂か何かしてたのよ」

 

「発狂って…」

 

何処か間の抜けた様な使い方に、少しだけ頬を緩ませる双也。それに釣られ、霊夢も軽く微笑む。

 

「双也にぃは双也にぃ。そう言ったのはあんたじゃない。自分の事くらい、信じなさいよ。また発狂して暴れだしたら、私がぶん殴って元に戻してあげるからさ」

 

「…………ああ。よろしく頼むよ」

 

そう言い、二人は笑いあった。

昔の様な面白おかしい様な笑いではなく、とても穏やかな、優しい微笑みである。

 

「……うん、なんだか、双也にぃをちゃんと理解できた気がする」

 

「これで俺は、また"お兄ちゃん"か?」

 

「…そうね。またよろしく、双也にぃ♪」

 

昔通りの"兄妹"に戻った二人。

幻想郷の空は、そんな二人を祝福する様に透き通った、綺麗な夜だった。

 

ーーのだが。

 

 

 

 

 

 

「ヒューヒュー! お熱いねぇお二人さんっ!」

 

 

 

 

 

 

何処か茶化した声が、響き渡った。

 

その声に二人が振り向けば、そこには先程まで酔い潰れるか寝るかしてしまっていた者たちが束になってこちらを見ていた。いつの間に起きたのやら。

そしてその表情は、何処かニヤニヤしている。

 

「まさか霊夢と双也がこんな事になるなんてねぇ…」

 

「わ、わわ私が見た運命通りね」

 

「こんな最強の二人が…まさか…」

 

聞く限り、霊夢と双也の関係を何処か勘違いしている様だ。あくまで兄弟であり、そんな関係では無いのだが…端から見れば、恋仲に見えたのかもしれない。

 

しかしそれにしたって、妙にウザい表情ばかりだった。普段の霊夢ならば、即怒り狂って弾幕を乱射するに違いない。しかしーー今の彼女は、とても上機嫌なのだった。

 

 

 

「あそうだ。霊夢、仲直り記念に、昔みたいに一緒に寝るか?(・・・・・・・)

 

 

 

………………………。

 

 

 

「「「……はぁぁああ!?!?」」」

 

「ああ、良いわよ別に」

 

「「「えぇぇえええ!?!?」」」

 

ーーこんな事が言える程に、である。

もちろん全て、冗談なのだが。

霊夢としては、ニヤニヤしていた面々を逆に驚かす事ができ、内心双也へ"ナイス!"とサインを送っていた。

要は仕返しが出来てラッキー、というのである。

 

「ふふ、まぁそれは冗談なんだけど。実際、何か記念でもあれば良いなぁとは思うわね」

 

「なーんだ冗談か。全くつまらないなぁ」

 

「…ちょっと魔理沙、あんたは事情知ってるはずでしょうが。なんで面白がってんのよ」

 

「そりゃあ面白そうだったからに決まってるぜ!」

 

「屁理屈言わないっ!!」

 

何時もの雰囲気で炸裂した魔理沙の屁理屈、それにツッコミを入れる霊夢の表情は、

特に怒っているわけでもなく、

悲しんでいるわけでもなく、

落ち込んでいるわけでもなく、

 

ーーただ、一心に笑っていた。

 

憑き物が落ちた様な、清々しい笑みを

 

"家族"が戻ってきた嬉しさを

 

 

 

いっぱいに表現しているのだった。

 

 

 

「双也にぃ! 魔理沙捕まえてっ!」

 

「ほらよっ」ガチン

 

「うおわっ!? 何だよこの杭!! 動けなーー」

 

「ま〜り〜さっ♪」がしっ

 

「ひっ…いやあの…すまん」

 

「夢想封印!!」

 

 

 

 

 

この日の霊夢は、いつになく綺麗な笑顔をしていて、いつになく理不尽だったそうだ。

 

嬉しさは、簡単に人のタガを外すらしい。

霊夢は思うままに、嬉しさを振りまくのだった。

 

 

 

 

 




結局、記念として双也は一晩泊まっていったそうな。
霊夢とも仲直りできて良かったです(T-T)

ではでは。


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第十一章 永夜異編 〜連なる再会の時〜
第百二十一話 再三始まる"怪"宴会


萃夢想は閑話的な感じでパパパッと済ませようと思います。後がつかえてるので。

では新章、どうぞ!


春雪異変から数日。

平穏を取り戻した幻想郷の面々は、今日も今日とてゆるゆるとしすぎる日々を送っている。

それは、神社に住まう巫女とその兄も然り。

 

「…ねぇ双也にぃ」

 

「ん?」ペラリ

 

「一体何してるのかしら?」

 

「何って……」ペラリ

 

眉根を寄せ、若干不機嫌そうな雰囲気を纏う霊夢。

彼女に問われた双也は、手元から目を離し、周りを見回しながら一言、言葉を返した。

 

「…本探し?」

 

「それくらい見りゃわかるわよっ!」

 

ダンッと床を踏みつけ、霊夢は怒りを露わにした。

しかし、当の双也は驚く様子もなく、まぁまぁと宥めながら再び視線を本、もしくは本棚へ滑らせていく。

 

「…ちょっと霊夢、怒りに任せて本棚を壊したりしないでよ」

 

「パチュリーは黙ってなさい…今私腸が煮え繰り返ってんのよ…」

 

「…………そのとばっちりを喰らうのは私なのだけど…」

 

すぐにでも弾幕が飛び交いそうな剣幕であったが、彼女自身、彼に攻撃しても通用しない事は分かりきっていたので、爆発寸前のイライラは腹の奥からは出てこなかった。

 

まぁ、それもそのはず。

今日はこの時までずぅっと、霊夢は双也にある事を訴えかけているのに、彼は特に聞く耳を持たなかったのだから。

 

「だから、なんで本探しなんて始めてんのよっ!! 私の話聞いてないの!?」

 

「聞いてるさ。今日の宴会の事だろ?」

 

「そうだけど…そうじゃなくて!!」

 

追求をふらりふらりとすり抜けていく双也に、彼女はますます苛立ちを募らせる。

 

「今週に入ってもう宴会三度目(・・・・・・・)よっ!? どう考えてもおかしいじゃない!!」

 

遂に霊夢は一発の弾を放った。

が、双也は事も無げにはたいて弾き、後方の本棚へ着弾。

数十冊程が、本棚から落ちた。

 

「異変だって言うんだろ? 大丈夫だって、害は無いんだし」

 

「あるわよ! 散らかしっぱなしになった皿を片付けるの誰だと思ってんのっ!?」

 

捲したてる彼女を横目に、双也は尚も指を文になぞらせる。変わらない彼の態度に怒るのも疲れたのか、霊夢はため息を吐き、一周回って落ち着いた口調で、言った。

 

「……ねぇ双也にぃ、気付いてるでしょ? 最近の宴会中、常に微弱な妖力が漂ってる事。これは推測じゃなくて確信よ。…間違いなく、異変」

 

言い切る彼女の言い分は、確かにあっていた。

三週間ほど前から、とんでもないスピードで繰り返し開催される宴会には、不思議な事に、本当に微弱だが彼女の知らない妖力が混ざっているのだ。

おまけに、普段なら神社に来すらしないような人里の人間もちらほらと参加していたり、明らかにおかしい点が多い。

勘が鋭い上に頭の切れる霊夢はいち早くその事に気が付き、双也に相談したのだが…その瞬間から、今の通り。

本を探しに紅魔館まで来ているのだった。

 

「宴会が続くってだけじゃ手掛かりが無さ過ぎるのよ。だから双也にぃを頼ってるのに……」

 

長き生は相応の知識を与える。

人間が想像も出来ないような長い時間を生きてきた双也なら、世の中のあらゆる事を知っているだろう。

…霊夢はそう考え、彼に相談したのだった。

しかし当の本人はこの通り、ひたすら本を探して文字をなぞるばかり。

溜息が出るのも、仕様のない事である。

 

「……今までの日常が、変わっちゃっても良いの…?」

 

ポツリと。

内容的には、大きな異変では無いけれど。

確信もないけれど。

全く見当違いな行動をする双也に、霊夢は言った。

 

異変とは、幻想郷を巻き込んだ怪異の事を指す。それが大きかろうが小さかろうが、代々博麗の巫女や実力のある者が解決するべきものである。

例え表面的には何てこともない内容でも、その裏に隠された本当の異変が動いている可能性もある。春雪異変が良い例だ。

博麗の巫女としても、また一個人としても、解決を望んでいた。

 

そんな、どこか重い言葉に、双也は言う。

 

 

「良い訳ないだろ」

 

 

パタン。本を閉じる音が響く。

 

 

「変わらないさ。今日の宴会で、解決するよ」

 

不敵に笑う双也は、閉じた本をシュッと霊夢に投げ渡した。

その表紙を見てみれば、その題名はーー

 

妖録抗持記(ようろくこうじき)?」

 

「ついでだ。それ、宴会までに読んどけ。勉強になるから」

 

そう言い残し、双也は"さぁ〜て、フランとでも遊んでくるかぁ"などと言いながら去っていく。

ーーちゃんと考えての行動だったのだろうか?

彼の背中を不思議そうに見つめる霊夢には、何故か始めのような怒りはもうなくなっていた。

 

取り敢えず言われた通り読もうと思い、パチュリーが座っている机の椅子にストンと腰を下ろした。

 

「……怒りはもう収まったの?」

 

「う〜ん……まぁ……」

 

「…ハッキリしないわね。珍しい」

 

本からは少しも目を離さず、二人はそんな会話をしていた。パチュリーにとっては、どんな物よりもここにある本が全てであり、それが壊されさえしなければ他の事なんて興味が無いのだ。

彼女は、霊夢がここに来てから始終、怒りで本と本棚が壊されないか内心ヒヤヒヤしていたのだった。

まぁそれも、杞憂に終わるーー

 

「何はともあれ、これで本がダメになる事もーー」

 

「お兄さまぁ〜!!」

 

「おいフラン! いきなり突っ込んでくんながふっ!!」ズドオォー…・ン

 

「…………………」

 

ーー事は無いのだった。

 

双也が突っ込んだ事によって上がった煙の後には、無残に壊された本棚と、床にバラバラと散らばった本の数々の姿が。

相変わらず手元の本から目を離さないパチュリーは、しかし今度だけは、目元をピクピクと震わせるのだった。

 

「……思わぬ伏兵がいたものね…はぁ…」

 

日々の苦労ーー主に窃盗ーーを感じさせる溜息に、少しだけ同情しながら、霊夢はパラパラと本を捲っていた。

 

「…何よコレ、唯の対策本じゃない」

 

今更過ぎるわね。

率直な霊夢の感想である。妖怪も数多しと言えど、彼女は今までにたくさんの妖怪を相手にし、その対策法などは頭に入っているのだ。今更対策法を記した本など、何の勉強になると言うのか。

 

ーーやっぱりふざけてるだけなんじゃ…。

 

そんな思いも湧いてくる。しかし、信頼する兄の考えに基づいて渡された本である。意味が無いように思えても、一応は読んでおこう、と彼女も半ば面倒くさそうに決めるのだった。

 

(まぁ、ちょくちょくと戦った事無い妖怪の事も書いてあるし、勉強には……なってるのかな?)

 

曰く"遊び"を繰り広げている双也とフランの騒音に少しイライラしながらも、パラパラと読み進めていくのであった。

 

今週三度目となる不可思議な宴会まで、刻々と時は迫っていた。

 

 

 

 

 




最近長いお話が多かった所為か、もんの凄く短く感じますね。
初めの頃はこれくらいが普通だった気がするんですけどねぇ…。

ではでは。


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第百二十二話 寂しがり屋な犯人

この作品も、もうすぐ一周年だそうです。早いもんですねぇ…思いつきで始めた小説が、こんなにたくさんの人に読んでいただけるとは……。

みなさん、これからも応援宜しくお願いしますっ!
そして完結まで、もう暫くお付き合い下さいっ!

ではどうぞっ!


わいわい、がやがや。

日も沈み、月が優しく照らし始めた博麗神社の庭では、普段ならありえない様な賑わいを見せている。

 

今日も今日とて宴会三昧。

集まった人妖の表情に疲れは見えても、この異常な頻度の宴会(・・・・・・・・)に気が付く者はそう多くなかった。

皆一心に宴会を楽しもうと、喧嘩にお喋りとどんちゃん騒ぎ。

 

しかし、そう騒がず静かに酒を飲む姿も二つ。

ーー霊夢と双也。

この連日の宴会を異変だと睨んだーーいや、確信した二人だ。

 

「で、この本がどう役立つっての?」

 

酒をちょぼちょぼと飲んでいく隣の双也に、霊夢は尋ねる。差し出された手には、昼間"宴会までに読んどけ"と渡された対妖怪本"妖録抗持記"が握られていた。

飲んでいた酒をクイッと飲み干し、彼は未だ酔いを見せないその顔で答えた。

 

「どう役立たせるかが、お前の腕の見せ所だ」

 

「はぁ? 何よそれ。結局双也にぃの気まぐれだったわけ?」

 

「そんな事ないさ。ちゃんと考えて、それを渡した」

 

「…………………」

 

なんか紫に似た胡散臭さを感じる……。

要領の得ない彼との問答は、霊夢にそんな思いを抱かせた。

多分正しい事を言ってはいるのだろうけど、難し過ぎて伝わらないのだ。

双也は紫の師匠だって言うし、もしかしたら紫の胡散臭さの起源は彼なのかも。

霊夢はそんな推測に辿り着くのだった。

 

「……まぁいいわ。それで? どうやって解決するのよこの異変。正直私は思いつかないんだけど」

 

「ああ、簡単な事さ」

 

解決法が思い付かず、あまり和やかではない雰囲気を醸す霊夢に、それでもなお双也は、何処までも軽く、何処までも余裕そうに言った。

それはそうだ。

双也に言わせれば、こんな異変…唯の人間でも解決出来る(・・・・・・・・・・・)のだから。

 

「なぁ霊夢。宴会って、なんでやると思う?」

 

唐突な問いに、霊夢は一瞬惚けた顔をした。が、すぐに表情を戻し、疑問を持ちながらも答えた。

 

「何でって…みんながやりたいって思うからじゃないの?」

 

「あー、それもそうなんだけど…質問を変えるな」

 

霊夢の応答に少し同調するも、それは彼が望んだ答えでは無かったようで。

少し言葉を選んだ後、双也は再び彼女に問うた。

 

「宴会って、幻想郷の住民にとってはどんな意味合いがある?」

 

「………意味合い?」

 

幻想郷の宴会。

みんなが集まって、料理を食べて、各々でお喋りしながら、偶に起きる喧嘩を眺めて笑い……兎に角騒ぐ。それが終われば、みんないつの間にか仲良くなっている。それが宴会という物のはず。

でも、それが双也の言う意味合いに当てはまるとは思えない。なんだか安直過ぎるし、異変に関係するとも思えない。

ならーー宴会そのものが何の為にあるか、だろうか。

 

「………仲直り…?」

 

「その通り」

 

望む答えの得られた双也は、傍に置いてあった酒瓶を持ち上げ、飲めと言わんばかりにお酌した。

 

「幻想郷での宴会は、言わば仲直り会。つまり、みんなが仲良くなる為の場(・・・・・・・・・・・・)だ」

 

続いて自分の杯を取り出す。

 

「…なら、犯人の目的ってなんだと思う?」

 

酒瓶を霊夢に差し出し、"お酌しろ"とでも言うかのように杯を傾けた。霊夢も少し戸惑ったものの、今回は彼に頼りきりになってしまっているので、仕方なしにお酌する。

 

「……まさか…みんなと仲良くなりたいから、なんて言わないでしょうね」

 

双也の口元が、吊り上がった。

 

察した霊夢は、溜息を吐いた。

 

「…冗談でしょ。そんなことの為に、私は毎度あんな苦労して宴会の準備やら片付けやらをやってたの?」

 

「まぁ、これが終わった時には、お前を手伝ってくれる奴も居てくれるさ。何たって、お前のお陰でこの宴会を開けてるようなもんだからな」

 

皆の騒ぎを楽しそうに眺める双也は、お酌された酒を美味そうに飲み干すと、もう一つ杯を取り出し、隣にそっと置いた。

 

「……いい迷惑よ」

 

「まぁそう言うなって。異変としてでも宴会を開かせて、仲間に加わろうとするような寂しがり屋なんだ。大目に見てやれよ」

 

そして置いた杯に酒を注ぐと、彼は浮かぶ月を見上げて、呟いた。

 

「…その方が良いだろ?

 

 

 

 

 

 

ーーなぁ、萃香」

 

 

 

 

 

 

空気が少し、揺れる気がした。

 

「そりゃあ、またと無い申し出で有難いねぇ」

 

そんな言葉と共に、二人が感じていた微弱な妖力は少しずつ集まって行きーー丁度双也の隣で、姿を現した。

 

「この"寂しがり屋"に構ってくれるってんなら、宴会の片付けだって何だって手伝ってやるさ」

 

「嫌味ったらしく"寂しがり屋"って言わんでよろしい」

 

徐々に色を持ち始めたその姿は、幼い容姿に暖かみのある長い髪、そして何より側頭部から生えた太い角が特徴的な小鬼ーー伊吹萃香であった。

 

彼女は姿を現すなり、双也が彼女の為に用意した杯(・・・・・・・・・・)を手に取り、飲み干す。

 

「何だよぅ、最初に言ったのは双也じゃないか。久し振りの再会だってのにそんな事言われたら、嫌味の一つも言いたくなるさ」

 

「そんなつもりで言ったんじゃないさ。まぁ事実、お前ら四天王が寂しがり屋だってのは確信してる事だけどな」

 

「むぅ…確かに友達が欲しいとは思うけど…」

 

懐かしい友人と再会し、会話に花を咲かせ始める二人。

既に二人の間で雰囲気が出来始めていたのだが…それに全く着いて行けていない霊夢の姿も、そこにはあった。

 

「ちょ、ちょっとちょっと! 何二人で話進めてんのよ! 全く展開に着いていけないんだけど! そいつ誰!? 犯人なの!? そして双也にぃはなんでそいつと知り合いなのよっ!?」

 

捲したてる霊夢に対し、なおも双也も萃香も笑みを崩さなかった。

かと言って彼女をからかうわけでもなく、実に素直に、答えるのだった。

 

「私は伊吹萃香。みんなを集めて宴会を開いてたのは私だよ、博麗の巫女」

 

「で、俺は昔こいつと知り合ってんだ。だから妖力にも気が付けたし、こいつの考えも読めた訳だ」

 

あまりに簡潔な二人の説明に、霊夢はむしろ、特に難もなく理解するのだった。同時に熱くなった頭もフッと冷えていく。

というか、我が兄は一体何処まで顔が広いのだろうか。まさか幻想郷全体に顔が通じる何て事は……。

そんな事を考えられる程、彼女には余裕が出来ていた。

 

「で、 萃香だったかしら?」

 

「うん?」

 

「あんたは、幻想郷に害を及ぼす気、あるのかしら?」

 

少しの威圧を込めて、目の前で笑う小鬼へ言い放つ。

彼女にとって最も重要な事柄なのだから、当たり前である。

その身を包む殺気、威圧感に感心と笑いを零す萃香は、"微笑み"から"ニヤけ顏"へと表情を変えながら、言う。

 

「……いんや、この世界をどうこうしようとは、考えてないよ」

 

しばしの間、二人はお互いの目を見つめ、真意を伺っていた。どこか張り詰めたような空気が満ち、双也を含め、三人の肌をちりちりと刺激する。

が、諦めたのか、それとも見極め終わったのか、先に言葉を発したのは霊夢だった。

 

「………ふん、なら良いわよ。問題だけは起こさないでね」

 

「あいあいさっ!」

 

「…まぁ、そうなるよな。鬼は嘘ってのが大嫌いだからな」

 

「よく分かってるねぇ双也! さすが鬼の友達!」

 

殺気を収めた霊夢は再び酒を注ぎーー今度は自分でーー、クイッと飲み干した。集中を解いた彼女の耳には、再び宴会による心地よい喧騒が聞こえてくるのであった。

そして隣には、再会に際して話に花を咲かせる、二人の会話が。

 

「そう言えばさ、鬼といえば…今日のお前は、お前らしく無かったな、萃香」

 

「………ん? どういう意味?」

 

思い出したような彼の言葉に、萃香は首を傾げた。

自分らしくないとは…?

頭にハテナを浮かべる彼女に、笑いながら双也は言う。

 

「仲間に入る方法が回りくどいって事だ。昔と比べてな」

 

「……ああ、確かにそうかも知れないね。うん、そう考えると、確かに回りくどい」

 

双也と萃香が出会った時。

彼女がとった行動は、当時の双也にとっては呆れるような物であった。彼女に限らず、鬼は皆"脈絡がなさ過ぎる"のである。

その時の事を未だ覚えていた双也は、改めて今回の萃香のやり方を評価したのだ。"回りくどい"…当人である萃香も、認めざるを得なかった。

 

「少し前まではそうしてたんだけどね…人間はみんな、突然喧嘩をふっかけると怖がって逃げちゃうからさ…考え方を変えたのさ」

 

「ふーん…鬼の心情も複雑で」

 

「そうさ、妖怪だもの。一番気にするのは人間の感情だよ」

 

そう語る萃香の目からは、確かに寂しさが感じられた。

そんな雰囲気を感じ取った霊夢も、双也が彼女を"寂しがり屋"と表した理由がなんとなく分かる気がした。

 

と、そんな折、彼女の暗い雰囲気を打ち払うが如き双也の声が、放たれた。

 

「と、そんな萃香にプレゼントがあるんだ」

 

「…は? プレゼント?」

 

「そうとも」

 

妙に明るい彼の声にどこか不思議な印象を持つ萃香と霊夢。

二人の様子はよそに、彼は立ち上がりーー霊夢の肩に手を乗せた。

 

「………え?」

 

「?? 巫女が持ってるの?」

 

彼の行動の意味が分からない。最早二人は揃って首を傾げていた。

萃香の問いに対し、双也は静かに首を横に振った。

そしてーー言う。

 

「霊夢が持ってるんじゃない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーこいつがプレゼントだ」

 

 

 

 

 

 

 

と。

 

 

 

 

 




次で終わらせたいですね。

ではでは。


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第百二十三話 喧嘩に恋し、友を欲し

昔の伏線回収ですね。大した伏線ではありませんけど…。

では萃夢想最終話、どうぞ!


博麗神社、その広間。

今の今まで、様々な人妖が騒いで遊んでいたその宴会場は、この時間だけ、静寂を取り戻していた。

ーーいや、皆息を呑んで、開始(・・)を心待ちにしているのだろう。

 

「準備はいいかい? 巫女」

 

犯人たる小鬼が、問う。

 

「とっくに出来てるわ。むしろこっちが待ってたくらいよ。それと…"巫女"じゃなくて"霊夢"。覚えときなさい」

 

かったるそうな顔で、巫女が言う。

 

二人の間に満ちる雰囲気は、宴会には少し似つかわしくない。そして遊びというにはーー少し、空気がピリピリしすぎる。

しかしそのお陰で、観客たる"宴会に参加した者達"に、野次や煽りを言い放つ余裕を与えなかった。

 

「…分かったよ、霊夢。もちろん覚えとくさ。

ーーこれから、友達となる人の名前なんだからねっ!!」

 

ガゴッ

 

霊夢を友達と称する小鬼ーー萃香の、地面を踏み砕く音が"喧嘩"開始の合図となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふむふむ、順調だなぁ」

 

喧嘩を始めようとする二人の為、場所を開けた観客達の中に、事の発端である双也も紛れて、二人の喧嘩を眺めていた。薄く微笑みながら見ている彼は、端から見ればさぞ上機嫌そうに見える事だろう。

 

そんな、一人静かに眺めていた彼へ、近づいて来る人影が一つ。

 

「隣、いいかしら?」

 

「ん? おお、どうぞアリス」

 

人影、それは魔法の森に住む双也の近所仲間、アリスであった。

酒を飲んで少し顔は赤らんでいるが、完全に酔ってはいないらしい。

 

彼の隣に座り、同じように喧嘩を眺める。

少しの間を置き、アリスは"当然の疑問"を口にした。

 

「ねぇ双也、なんで二人は戦ってるのかしら? 今日は宴会のはずよね?」

 

アリスの疑問は、恐らく観客の誰もが密かに思っている事だろう。

なにせ、なぜ喧嘩が始まる事になったのかも分からず場所を空ける羽目になったのだから。つまりーー観客の誰一人として、事の発端は知らないし、むしろ異変の事さえ知らない可能性すらあるのだ。

 

問われた双也は、微笑みを崩さずに言った。

 

「お互いの為さ。霊夢と、萃香のな」

 

「お互い?」

 

アリスは改めて、続く喧嘩に目を向けた。

見た目からは想像もつかない威力のパンチを放つ萃香。そして、ひらひらとそれをかわしながら時折攻撃に転じる霊夢。その様子は、どう見たってお互いの事なんて考えてないし、むしろ相手を潰そうとしているーーそう、彼女は率直に思った。

 

「普通に戦ってるようにしか見えないけど」

 

「ああ、普通に戦ってるな」

 

「?? どういう事よ?」

 

どこか噛み合っていないように感じる彼との問答。モヤモヤしたアリスは堪らず彼に尋ねる。

どういう意味なのか、と。

 

特に隠す必要も無いので、双也も抵抗無く彼女に答えた。

 

「鬼っつーのはな、喧嘩と酒が大好きなんだよ。それこそ、人間相手にも全力の勝負を望むくらいにな。まぁ、人間からすればたまったもんじゃないが」

 

「そりゃあそうでしょうね。魔法使いである私だって、鬼なんかから喧嘩を申し込まれれば全力で逃げるわよ」

 

鬼というのは、全妖怪の中でも相当の上位に位置する種族。その堅牢な肉体と、岩盤をも砕く怪力は他の妖怪を寄せ付けなかった。

そんな者達が人間へ勝負などすれば、当然恐れられるに決まっている。

さらにタチが悪いのは、彼ら鬼は喧嘩自体が大好きであり、そこら辺の妖怪にも手当たり次第に喧嘩を申し込んでいた事である。

 

妖怪からしたって、鬼は恐れるに値する種族である。人間同様恐怖を募らせ続け、遂にはーー鬼という種族自体が、孤立してしまった。

 

「周りから恐れられれば当然孤立してしまう。そんな過去があったからこそ、鬼ってーのは寂しがり屋なんだ。……その頂点である四天王なら、尚さらな」

 

「まさか…仲良くなるために、喧嘩してるの?」

 

「そういう事だ」

 

はぁ…と、アリスは溜め息を吐いた。

幻想郷の中でも、ある程度"常識人"の部類に入る彼女からすれば、"友達になる為に喧嘩する"など、正直意味が分からないのだ。その溜息からは、"なんで頭のおかしい人達ばかりなのかしら"なんて声も聞こえてきそうだった。

 

「で? あの鬼のメリットは分かったけど、霊夢のメリットは何よ? 言っておくけど、何にもメリットが無いのに戦わされたなんてあいつが知ったら、相当怒るわよ?」

 

少しだけ忠告染みた彼女の言葉は、しかし双也を強張らせるわけもなく、むしろプッと吹きださせてしまう結果となった。

 

「くく、それくらい知ってるさ。何年あいつの側にいたと思ってる?」

 

「……まぁ、確かに…」

 

笑われた事に少しムッとするも、双也のいう事も尤もだったのでアリスは納得するしかないのだった。

笑いを堪え切った双也は、一息ついてから先程同様、包み隠さず話し始めた。

 

「霊夢の場合は簡単な事さ。普通に戦闘の勉強だよ」

 

「勉強って…この幻想郷の中で一番必要ない人間だと思うんだけど、霊夢は」

 

「………いや、むしろあいつが一番必要だ」

 

真剣な眼差しで答える双也の表情を見、アリスは反論の言葉を詰まらせた。

 

「霊夢が考え出したスペルカードルール。徐々に浸透して行ってはいるが、未だ使わない妖怪がいるのも事実。仮にそんな奴が異変を起こしたとして、弾幕勝負をするつもりで挑んでみろ。…一瞬で殺される」

 

「…っ」

 

"殺される"。

スペルカードルールなど無い、本当の殺し合いの中を生き抜いてきた双也から放たれるそれは、温室でぬくぬくと育ってきたようなアリスにはとてつもない圧迫感があった。

一瞬で、は大げさとも思ったが、"人間が妖怪に挑んだ結果など結局は変わらない。殺されるだけ"という思いも確かにあった。

霊夢は、異変の首謀者に対して無理矢理ルールを適応させた事がある。それも双也は承知済みだ。しかし彼は、どうしてもそう何度も上手くいくとは思えなかったのだ。

予防は早めにした方がいい。双也は、殺し合いになるべく近い環境に彼女をおく事で、霊夢の精神と頭脳を鍛えようと考えたのだ。

 

「一石二鳥ってやつさ。萃香は念願だった喧嘩を通じた友達を得、霊夢は俺の渡した本の内容を踏まえながら(・・・・・・・・・・・・・・・・)着実に経験を積める。そして異変は、見事巫女の手で解決…と。一石二鳥どころか、一石三鳥だな」

 

「……なんだか、あの二人が不憫ね。あなたの掌の上で踊らされてるみたいで」

 

「………そう思われても、仕方ないとは思ってるさ」

 

二人が見つめる先には、未だ喧嘩の続く萃香と霊夢の姿があった。

 

「人間にしちゃ、強すぎやしないかいっ! 霊夢!」

 

「そりゃどうも! こっちは必死なのよ!」

 

萃香から放たれるパンチ、キック。おまけに腕輪から伸びた分銅での殴打。

型破りな戦い方に、霊夢は初め面食らった。隙も少しばかり出来たりはしたがそれは、予習知識(・・・・)のお陰ですぐに整理が出来たのだった。

 

(…なるほど、"どう活かすかはお前次第"か。そういう訳ね)

 

兄から渡された、妖録抗持記なる対策本。

大半は戦った事のある妖怪であったが、所々知らない箇所もある。ーーその一つが、鬼に関するページ。

 

「オラァッ!!」

 

(大振りのパンチ。食らえば致命傷…だったかしら)

 

萃香から放たれたパンチを、霊夢は大幣で受ける事もせず、ただ避けた。

飛ばされそうになる程の風圧を纏ったパンチ。顔の横を通り抜けていく拳をちらと見、改めてその警戒度を再確認する。

 

(あと…動体視力はハンパない…だったわよね)

 

そう考えながら霊夢は、パンチがスカされてがら空きになった萃香の腹を、大幣で思い切り薙いだ。

 

「ぐあっ!」

 

「まだっ、終わらないわよ!」

 

少しだけ吹き飛んだ萃香に対し、霊夢は大きめの球を放った。スペル程でないにしろ、大量の霊力が集まったその弾は、いくら鬼である萃香でも"喰らえば厳しい"と思わせるものだった。

 

だから萃香は、殴って壊す事にした(・・・・・・・・・)

 

超級四皇拳(ちょうきゅうよんこうけん)っ!!」

 

空中で身体を翻し、着地すると同時に、彼女の拳は巨大なものへと変わった。

妖力も纏ったそれから放たれるパンチは、霊夢の弾に少しだけ競るも、何事も無くそれを砕いた。

 

ーーのだが。

 

「ッ!? 弾の後ろにっ、札ぁ!?」

 

巨大な弾の後ろに続いて放たれた札。早い話が、フェイントであった。それをすぐに理解した萃香ではあったが、もう手遅れ。

大振りに殴った勢いで、すでに体制を整える事は出来ない。

能力で霧散するにも、時間が足りない。

避ける術が、無かった。

 

 

ドドドドドォォオンッ!!

 

 

放たれた札は、萃香の抵抗に会う事もなく全弾ヒット。

炸裂の音と共に煙を上げ、その中からは吹き飛びながらも未だ意識を失っていない萃香が飛び出てきた。

 

「ぐっ…! まだっ、だあ!!」

 

「いえ、もう終わりよ」

 

「!!」

 

萃香の吹き飛ぶ先。声を聞き、目だけを向ければーーお札を掲げた、霊夢の姿があった。

 

「鬼ってんなら、コレよね」

 

そう呟き、萃香の速度に合わせて掲げたお札を地面に叩きつけた。

 

「神技『八方鬼縛陣』!!」

 

猛攻にあった萃香に、最早避ける力は残っていなかった。

久し振りな全力の喧嘩に微笑みすら讃えながら、萃香は光の中に身を投じた。

 

 

 

「ははっ…参ったよ、霊夢」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「萃香は?」

 

「向こうで寝かせたわ。さすがに疲れたみたいね」

 

「まぁ、喧嘩の後すぐに起きて片付けを手伝えばな…」

 

よいしょと、霊夢は縁側に座る双也の隣に腰を下ろした。

宴会の終わった博麗神社ーー片付けも完了済みーーには、喧嘩と片付けに疲れ切った萃香、見事異変を解決した霊夢、そして裏で二人を引き合わせた双也のみが残っていた。もちろん双也も、もう少ししたら我が家へ帰るつもりではあるが。

腰を下ろし、ふぅと一息吐く霊夢に、双也は話しかけた。

 

「勉強になっただろ? 今日の異変は」

 

「まぁ…ね。事前に情報を整理しておくのも良いかもとは思ったわ。…実際、今回のは双也にぃの本が無かったら危なかったかもしれないし」

 

「はははっ、萃香の見た目に騙されて、あいつの拳を普通に受け止めようとしそうだな、お前は」

 

「……確かにね」

 

"本当にそうしていたら、どうなっていた事か"

そう考え、少しだけ身震いをする霊夢。あんな威力の拳など受けようとすれば、いくら大幣を挟んだとしても相当なダメージが来たはずである。下手をすれば、結界だって破られていた可能性すらある。

大事に至らなかったのは、一重に双也のおかげと言っても過言では無い。

 

そんな手助けをしてくれた双也。

霊夢は改めて、彼が"自分の事を本当に妹と思ってくれているのだなぁ"と思い返し、胸の内がじんわり暖かくなるのだった。

 

「…あ、ありがと…双也にぃ」

 

「………ああ。何時でも、にぃちゃん頼っていいからな」

 

 

 

寂しがり屋が起こした小さな異変は、何事もなく、こうして巫女に解決されるのだった。

 

長かった冬、狂い咲いた春を超え、ジリジリと暑くなり始めた、夏の出来事である。

 

 

 

 

 




萃夢想、完結です。

四天王篇での"四天王は友達が欲しい"説はここで生きてくるわけですねー。まぁ原作での異変を起こした理由は"単に宴会をしたかったから"だったと思いますが、こんな感じの解釈も出来るのでは、と。私の足りない頭で考えてみたりしたわけですねw

ではでは。


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第百二十四話 満月は妖しく輝く

本編開幕です! さーてさてさて、お話の雰囲気も少しだけのんびりと進めていこうと思います。

ではどうぞ!


ある日の事。

 

立て続いた異変も終わりを告げ、一時(いっとき)の平和を謳歌する幻想郷では、やはり静かに、そこに住まう者達は何事も無い日々を過ごしていた。

 

その一人ーー魔法の森に住む現人神、神薙双也は、借りていた大量の本を携えて、紅魔館にある大図書館へと足を運んでいた。

 

「…あなたはちゃんと返してくれるのね」

 

「いや、返すのが普通だと思うんだけど。感覚がおかしくなってるぞ?」

 

「知ってるわ。全部あなたの近所住民のお陰よ」

 

「お、おう…お気の毒」

 

図書館の主、パチュリーとそんな会話を交わしながら、借りていた本を手際よく戻していく。

前までは、"家での暇な時間に読む本"となると香霖堂を利用していたのだが、この図書館の事を知ってから、彼は頻繁にここを利用する様になったのだ。まぁ、外界の本も多少扱っている為、彼がこちらに乗り移ったのも当然といえば当然である。

 

戻し終わった双也は、再び本を数冊取り出し、パチュリーも座っている大机の椅子に腰掛けた。

 

「さぁて、どれから読むか…」

 

「………………」

 

取り出した本数冊を指でなぞりながら、何を読もうかと思案する双也。

やがて彼は、自分を見つめるパチュリーの視線に気が付いた。

 

「………なんだよパチュリー」

 

「…いいえ。…あなたって暇なのね」

 

「俺が暇じゃ無い時なんて大抵異変の時だっつーの」

 

そんなどうでもいい様な会話をしながら、二人は読書という静かな時間に身を沈めていった。

暫くすると、広い広い大図書館に響く音はページをめくる音のみとなった。

 

ーーと、そんな折。

 

 

 

「だぁ〜れだっ?」

 

 

 

双也の視界が、突然暗くなった。

と同時に、瞼に感じる温かみ。

 

「…なんだフラン。また遊びに来たのか?」

 

目を塞がれたまま、なんとも無い様に答える彼に、声の主ーーフランは少し頬を膨らませた。

 

「むぅ…そんなに反応が薄いとつまらないよお兄さま! こういう時はわざとらしくても驚いたフリをするもんだよ!」

 

「そうなのか? 何分(なにぶん)、こんな感じで接せられたの初めてなんでな」

 

「もう…なんだか冷めちゃったよ。私も何か読もうかな…」

 

フランにとっては、時折訪れる双也(お兄さま)は良い遊び相手だ。弾幕ごっこだって出来るし、普通の女の子がするみたいに人形劇に付き合ってくれるし…詰まるところは、双也自身がフランのいいオモチャだった。もちろんそこに、"残酷な意味"など既に無い。

 

そんな彼が今日も来ていたことに気がつき、内心嬉しく思いながら行った不意打ち(目隠し)

フランは、彼の予想外の反応の薄さにどこかがっかりしてしまったのだ。

そうして興の覚めた彼女は、二人に倣って本を読もうかと少しばかり悩み始めた。

 

悩みながら周りを見渡していると、ある所でフランの目に"良い物"が映る。

視線の先はーー机に積まれている本である。

 

「…………………」

 

「…………………?」

 

唐突に静かになったフランが気になり、双也はページをめくる手を止め、視線を横へと移した。すると、彼女はキラキラとした目で積まれている本をじっと見ているのだった。

 

不思議には思ったものの、"その内読み始めるだろう"と考えて再び本に視線を戻したのだが、いつまで経っても、フランは読み始めようとしない。

やがて、フランを気にしすぎて逆に落ち着かなくなってしまった双也は、パタンと本を閉じ、未だ本の背表紙だけを眺め続けるフランに言った。

 

「…………フラン」

 

「なぁに?」

 

「……………………読んでやろうか?」

 

「うんっ!」

 

即答である。

 

フランの席は双也の膝上に決定するのだった。

 

(……レミィが嫉妬しそうね…)

 

パチュリーのそんな思案は、当然二人には聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーでしたとさ。めでたしめでたし」

 

と、物語にはお決まりとも言うべき決まり文句にて、フランへの朗読は終わりを告げた。

膝の上で聞かせているので、最悪寝てしまっても仕方ないと思っていたのだが、双也の予想は見事に外れ、膝上のフランは最後までしっかりと起きて聞いているのだった。読み聞かせる側としては、これ以上無く嬉しい態度である。

 

「ふふ、ありがとお兄さま!」

 

「どう致しまして。どうする? もう一冊読むか?」

 

「う〜ん…どうしようかな…」

 

椅子になっている双也に寄りかかり、フランは考え始めた。

正直に言って、本を読んでもらうことに関しては満足したので、特に要望はなかった。しかし、予想以上に双也という椅子が心地良く、"もう少しだけ座っていたい"という思いの方が、どちらかと言えば強いのだった。

なので、今フランが考えているのは"これから何をするか"ではなく、"どんな事を提案すればもっと座っていられるか"であった。もちろん、双也としてはどちらでも良いのだが、それはフランには知りようも無い。

 

「う〜ん…じゃあ、パチュリーが本を読んで!」

 

「「……え?」」

 

双也とパチュリーは、揃って間の抜けた声をあげた。

その声を聞いても、フランは未だニコニコと笑顔である。彼女が導き出した結論は、結局本を読んでもらうことであった。相手がパチュリーなのは…まぁ、彼女の気まぐれであろう。五百年近く生きていると言っても、フランの精神年齢は子供のそれと何ら変わりは無いのだ。

 

「……フラン、私あんまり大きな声は出せないのだけど」

 

「全然良いよ! 私とお兄さまは静かに聞くから! 小さくても聞こえるよ!」

 

「…………………」

 

無邪気にそう言うフランを見、さすがのパチュリーも強くは言えず。

小さくため息をつきながら、フランに読み聞かせるものとして適当そうなものを魔法で引き寄せる。

なんだかんだ、彼女もフランには甘いのだ。

 

「……面白くなくても文句言わないでよ?」

 

「大丈夫!」

 

双也の上で姿勢を整えるフラン。双也自身も真面目に聞いてくれるようなので、いやいやながらに読むことになったパチュリーも多少機嫌を良くした。

早速本を開き、プロローグの一文を読もうと口を開く。

 

 

ーーが、その先で声を吐き出すことは無かった。

 

 

「……………!」

 

「………………何だ、これ」

 

「……………なんか、変…」

 

パチュリーが感じた異変は、双也とフランの二人も瞬時に感じ取りーーパチュリー同様、天窓から覗く月を見上げた。今宵の月は、神々しいほどに大きく、そして不気味なほどに輝いた満月である。

 

「………おかしいわね。普段の月はあんなに強い魔力は発しない筈だけれど」

 

「なんだか…あの月、イヤだ…」

 

月から発せられる膨大な魔力を感じ取り、それに精通したパチュリーは不思議そうな声をあげる。

対して、今の今まで元気だったフランは、どこか気を落として俯いてしまっていた。

 

「! 大丈夫かフラン?」

 

「…通常、妖怪は月の影響を強く受ける。きっとこの魔力がフランに影響を及ぼしているのね」

 

「……じゃ、月の魔力を浴びなければ良い訳だな?」

 

「…そうね」

 

肯定の返事を受け取った双也は、フランの調子を戻すべく、膝から彼女を降ろして頭にポスッと手を乗せた。

 

「うぅ…お兄さま…」

 

「待ってろ、すぐに良くしてやるから」

 

フッと、双也は能力を発動した。

彼の能力は、手からフランの頭へ渡り、全身を包んでいく。

双也は、文字通り"フランから月の魔力を遮断した"のだ。

 

「これで大丈夫だろ?」

 

「…うんっ! ありがとお兄さま!」

 

彼の能力を受けたフランは、元どおりの明るい笑顔を浮かべていた。その様子に、内心ほっとする双也とパチュリーであったがーー心配の種は、まだ尽きていない。

 

「それで…どう思う、パチュリー?」

 

「どう考えても異変でしょう。霊夢たちならもう気が付いて行動に移してるんじゃないかしら」

 

「ふ〜む…」

 

「…? どうしたのお兄さま?」

 

拳を顎に当て、考え込む双也の姿を見てフランは尋ねた。

パチュリーも同様の事を思っていたのだが、先にフランに言われてしまったので黙っている。

 

やがてそのままの姿勢で、双也は小さく呟いた。

 

「………また、細かい所忘れてるな…」

 

「…え?」

 

微かなその声に、パチュリーだけは反応した。

当然といえば当然である。

異変の事を考えているかと思えば、"忘れている"? 噛み合っていないでは無いか。

本当に小さな疑問ではあったけれど、何故かパチュリーの頭には、喉に引っかかった魚の骨の様に残るのだった。近くにいたフランにも聞こえてはいたはずだが、パチュリーから見て、彼女はその事を疑問には思わなかった様である。さっきと変わらず、ニコニコとしている。

 

「……しゃーない、取り敢えず行ってみるか」

 

「行くって…何処に?」

 

少し歩き出した彼の背中に、パチュリーは問いかける。すると、双也は少しだけ振り返って一言、言った。

 

「もちろん、異変解決さ」

 

「……放っておけばいいんじゃない? どうせ月はその内沈むわ。被害もそれ程大きいとは思えない。…まぁ、力の弱い妖怪なら分からないけど」

 

日が落ちれば月が昇る。やがて月も地平線の彼方に消え、再び太陽が後光を放つ。

こんな事はごく当たり前であり、普通の事。したがって、月が変わったからといっても、結局は時間が解決してくれる。ーーそれがパチュリーの考えである。

確かに、普通に考えればそれが一番手っ取り早い。それは双也だって分かっていた。

 

ーーなら、彼が動こうとする理由は。

 

「パチュリー、ここは幻想郷だぜ?」

 

「…それが何よ?」

 

「そんな当たり前の事、この世界が許すと思うか?」

 

「!」

 

彼のその言葉に、パチュリーもハッとする。

現実的な外界ならば、ただの屁理屈である。しかし実在する幻想の世界ーー幻想郷でのその言葉は、あまりにも信憑性が高いものだった。

"異変など、簡単に終わるはずが無い"

この世界に生きるには、忘れてはいけない事の一つなのである。

 

解決に向かうべく、図書館のドアへ歩き出した双也。

今度こそ出発出来ると思った彼の予想は、しかし"裾を引っ張られた"事で外れてしまった。

 

「……どうしたフラン?」

 

振り向いた彼の視界に映ったのは、彼のガウンの裾を握っているフランの姿だった。

彼が振り向いたことを確認した彼女は、相変わらず笑った顔で、言った。

 

「お兄さま、私も一緒に行きたい!」

 

「……え?」

 

彼は、そんな声しか出せなかった。

 

「え…いや、良いのか? 外に出て」

 

「ダメとは言われてないよ。それに、そろそろお外に出て運動したいし」

 

「………………」

 

ちらり。

返答に困った双也は、未だ席に座っているパチュリーに目線だけで助けを求めた。それにすぐ気がついた彼女は、少しだけため息をつき、静かにーー首を縦に振った。

 

「はぁ……分かったよ、一緒に行こう。月は問題無いだろうし」

 

「やったぁ!」

 

望んだ答えを貰ったフランは、その場に飛び跳ねて喜びを表現する。その様子を見、双也は再び溜息をこぼすのだった。

 

"全く、なんと無邪気なものなのか"と。

 

もちろん彼自身、嫌というわけではないのだが。

 

ただ、フランの思惑には気が付いていなかった。成り行き上双也の膝を椅子にする事が叶わなくなった手前、彼女は別の事を目的とすることにしたのだ。

即ちーーせめて、もう少しお兄さまと一緒にいたい!

……なんともまぁ、子供である。

 

「じゃあ、行こうフラン」

 

「うん!」

 

双也は挨拶をし、フランはドアの閉まるまで手を振り、パチュリーは二人を見送った。

フランだけならば止めていただろうがーーそもそも彼が居なければ、未だに月に悩まされていただろうがーー双也がそばにいれば彼女も安心である。フランの心の支えにもなってくれるだろうと、パチュリーは彼を評価しているのだ。

 

「それにしても……」

 

座り直し、月を見上げる。

大きく丸い満月は、未だその場所を動こうとはしていなかった。

 

「"忘れてる"…ね。不思議な人…」

 

彼女の呟きを最後に、図書館は再び静寂を取り戻すのだった。

 

 

 

 

 




と言うわけで、今回のお供はフランちゃんですっ!
やー、せっかくお兄さま呼びになったのに何も無いと詰まらないですからね。

ではでは。


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第百二十五話 "にぃ" と "お兄さま"

私的には、ヤンデレなフランよりも純真無垢なフランが好きですね。無邪気な感じとか。

ではどうぞ!


「それで、お兄さま」

 

「ん?」

 

「これからどこへ向かうの?」

 

普段よりも一段と輝く月光を浴びながら歩く二人。これから異変解決に向かおうという双也とフランである。

彼の隣を歩くフランは、ふとこれからの目的地を彼に尋ねた。

異変解決をしに行く(という建前)と言うわけで、取り敢えず紅魔館から出てきたものの、フランには全く見当のつかない事だったのだ。

問われた双也は、特に迷う事もなく答えた。

 

「ん、ちょうどそれを教えてもらおう(・・・・・・・)と思ってたんだ」

 

「…教えてもらう?」

 

フランの疑問には何も応えず、双也は少し立ち止まると、大きく息を吸い込み、叫んだ。

 

 

 

「お〜い! 紫ぃ〜っ!」

 

 

 

少しの間を置き、彼らの目の前にズバッと亀裂が入った。

それが開けば、中からは当然ーー

 

「…久しぶりに呼ばれたと思えば、吸血鬼の妹と一緒なんてね」

 

「ああ。一緒に異変解決さ」

 

「あなたも不思議な事をするわね。異変解決をするなら霊那でも誘えばいいのに」

 

「あいつとはこの間行った」

 

「ふ〜ん…」

 

紫は、彼と一緒にいたフランを一瞥すると、特に表情を変えることもなく、再び双也に話し始めた。

 

「それで? 何の用かしら。まぁ大体予想はつくけど」

 

「なら話が早いな。

霊夢は今どこに向かってる(・・・・・・・・・・・・)?」

 

問われた紫は少しだけ微笑んだ。

 

「ふふ、やっぱりね。少し待ってなさい」

 

そう言い残し、スキマを残したままで紫は姿を消した。

そんな光景に慣れている双也は、何も言わずに待っているつもりだったが、スキマなどの突然の事に驚いて何も話せなかったフランは、タイミングを見計らった様に彼に話しかけた。

 

「ねぇお兄さま、今のは誰? すごく強そうだったけど」

 

「ん? あれは八雲紫っていう妖怪さ。俺の古い友人だ。確かにすんごく強いぞ」

 

「…お兄さまって、いっぱい知り合いが居るんだね」

 

「…言う程かな」

 

自分の顔の広さを思い返し、少しだけ首を傾げる双也。

そんな彼の様子を見、フランは彼に羨望を抱いた。

ずっと閉じ込められ続けた彼女からすれば、友人の多い双也は本当に羨ましく思っていたのだった。

 

と、そんな会話を二人が繰り広げた折、開いたままのスキマから声が響いてきた。

 

「ちょ、突然何よ! 代わりに戦うって! ねぇ紫!! 紫ぃ!!」

 

そうスキマの中から叫ぶのは、双也の妹分、そして現博麗の巫女である霊夢であった。

文句を言うのに疲れたのか、霊夢は少し肩を落として息を()く。

と、そこで二人の視線に気が付いたのか、彼女はパッと振り返った。

 

「あら? 双也にぃ…と、フラン?」

 

「よっ、霊夢」

 

「久しぶりだね霊夢!」

 

二人に軽い挨拶をしながら、彼女は窓の様に開いているスキマに近寄ってきた。

"何してんのよ?"と言いながら、彼女は拳を腰に当てた。

 

「お前に聞きたい事があってな。今何処に向かってるんだ?」

 

「え? んーっと…迷いの竹林だけど…なんで?」

 

「や、俺たちも異変解決に行こうかと思ってな」

 

その言葉を聞いた霊夢は片眉を釣り上げ、"ああそういう事か"というかの様に軽く溜息をついた。

 

「成る程、私の勘(・・・)を頼りにしてる訳」

 

「大正解」

 

双也が霊夢に目的地を聞いたのは、これが理由である。

つまり、霊夢の勘によって導き出された場所に、高確率で犯人が居るーーということだ。

隣でそれを聞いていたフランも"おぉ…"と関している様である。

 

「全く、私を犯人特定機みたいに思ってないかしら、双也にぃ?」

 

「いやいや、そんな風には思ってないさ。お前の勘を信用してるってだけ」

 

そんな文句を言いながらも、霊夢の表情は決して厳しくない。むしろ霊夢としては、頼ってくれて少しだけ嬉しいくらいだった。

それも当然かもしれない。ついこの間まで、彼女は双也から隠し事ばかりされていたーーつまりは頼られていなかったのだから。今こそそれらの事を納得の範囲に入れる事のできた彼女ではあったが、ある種の反動が未だに響いているのだ。

 

「まぁ取り敢えず、迷いの竹林だな? 俺らも今から向かうから」

 

「……このスキマを通っていけばいいんじゃないの?」

 

「紫の事だから、どうせ変な所に飛ばされるに決まってる。そんな危険なスキマの中なんて怖くて入れないね」

 

「…どの口が"怖い"なんて言ってんのよ…まぁいいわ」

 

"じゃあね双也にぃ"

そう言い残し、霊夢は背中を向けて紫の元へ帰っていく。スキマはまだ開いていたので、その背中を見つめながら双也も手を振っていた。

フランも同様に見送る

 

ーーかと思いきや。

 

「…待って霊夢。一つだけ言いたいんだけど」

 

「…?」

 

どこか、初めよりも暗く感じるその声に、霊夢も足を止めて振り返った。双也も同様に不思議に思い、彼女の方へ視線を送る。

 

二人の視線を浴びながらも、フランは臆する事なく言った。

 

 

 

 

 

「その双也にぃ(・・)って言うのやめてっ!!」

 

 

 

 

 

………………………。

 

「「…はぁ?」」

 

思わず、素っ頓狂な声が二人の口から漏れた。

何を言うのかと思案していた双也はもちろんの事、一番驚いていたのは霊夢である。

彼女は止めていた足を再び動かし、フランのいるスキマの方へ戻ってきた。

 

「何でよ、そんなの私の勝手じゃない。あんたに決められることじゃないわ」

 

「勝手じゃ無い! "にぃ"って"お兄さま"って意味でしょ!? 私以外にお兄さまをお兄さまって呼ぶのイヤ!!」

 

本当に子供の様な理屈を並べるフラン。精神年齢が子供だという事を分かっていても、驚かざるをえなかった。

特に霊夢は、驚くべき理屈を並べた上で自らの行動ーー言葉ーーを制限されようとしているのだから、少しばかりイライラもしていた。

しかし、"相手は子供だ"と自分に言い聞かせ、怒りを少しずつ鎮めていく。

 

「………随分と懐かれてるのね、お兄さま(・・・・)?」

 

「はぁ…態とらしく言ってくれるな…」

 

二人とも分かっている。相手は吸血鬼、しかも心は幼い子供である。小さな子が誰かに対して抱く"独占欲"というのは、霊夢も双也も経験済みーー双也に限っては前世でーーであり、仕方のない事であると。だからこそ、普段なら即怒る様な内容でも霊夢は見逃しているのだ。

拳は少しだけ、震えていたが。

 

「兎に角! お兄さまは私のお兄さま! 霊夢のじゃ無い!」

 

「私だって別に自分のとは思ってないわよ。ただ、昔っから近くにいたから、呼び方が染み付いちゃっただけ」

 

「じゃあそれ直して!」

 

「嫌よ。気恥ずかしいじゃない」

 

フランの怒りはますます高まる。対して霊夢も、だんだんとイライラを鎮めることが出来なくなっていた。

二人が醸し出すピリピリとした雰囲気に、さすがの双也も頬を引きつる。

 

「だいたい、"あんたと双也にぃ"より"私と双也にぃ"の方が付き合い長いのよ。呼び方を直すならあんたが直しなさい」

 

「やだ! お兄さまは私のなんだから霊夢が変えるの!」

 

「だから変えないって言ってんじゃない! いい加減にしないとホントに怒るわよ!?」

 

いつまでも折れないフランに、霊夢は遂に怒鳴り上げた。

突然の大声にフランもビクつき、少し肩を竦めて小さくなってしまう。

その様子に、霊夢も内心"勝った…!"とガッツポーズを決める。が、彼女の優越もそう長くは続かなかった。

 

なぜならーー

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ…ビンボー脇巫女(・・・・・・・)のくせに…っ!」

 

 

 

 

 

 

 

ーー彼女の逆鱗に、触れたからである。

 

「………あ"?」

 

カチッ

 

双也はそんな音を聞いた気がした。同時に、彼の頬には一筋汗が伝う。

 

「ビンボー脇巫女…? あはは、それって私の事? ねぇフラン?」

 

当然、目は笑っていない。むしろ双也は、悪寒が走る程の恐怖を霊夢から感じていた。

"コレはヤバい…!"

直感的に。

 

「他に誰がいるの! 」

 

そのフランの言葉に、辛うじて笑っていた彼女の表情は、完全に切り替わった。

曰くーー鬼巫女。

目は完全に据わっていた。

 

「……もう我慢の限界だわ。下手(したて)に出てればゴタゴタと屁理屈並べて…」

 

「屁理屈じゃ無いっ!霊夢が頑固なのが悪い!」

 

「へ〜そう、じゃああんたが私に倒されるのは、私を怒らせたあんたが悪いって事ね」

 

「何よそれっ! そんなの知らないっ!」

 

ピッ、と二人はほぼ同時にスペルカードを構えた。

同時に、宣言。

 

「神霊『夢想封印』ッ!」

 

「禁忌『レーヴァテイン』!!」

 

こんな一触即発の状況ですら、展開されるのは遊びである弾幕ごっこ。それは確かに幻想郷の良いところだと双也も思っていた。

ーーしかし、今回だけ、彼も動いた。

 

「ッ…行くぞフラン! ありがとな霊夢っ!」

 

「ちょ、お兄さま!?」

 

「待ちなさいコラァッ!!」

 

弾幕勝負だって、痛みはある。死ぬことが無いというだけだ。気を抜けば刺されてしまいそうなあの雰囲気の中で始められそうになった弾幕勝負は、さすがの双也も危険と判断したのだった。

今の霊夢(鬼巫女)なら、森を一つ焼き払いかねない。

 

咄嗟に、瞬歩でフランを連れて戦線離脱した双也は、そのままの状態で迷いの竹林まで駆けていった。

 

 

 

 

 

 

 

ブゥン。

そんな音を響かせ、戦う紫の下へスキマが開かれた。

出てきたのは、先程放り込んだ霊夢である。

気が付いた紫は、未だ余裕そうな微笑みを浮かべて、帰ってきた霊夢に話しかけた…が。

 

「お帰りなさい霊夢、どうだっt…ッ!?」

 

霊夢の放つ雰囲気を感じ、言葉を詰まらせた。

 

「紫、後は私にやらせなさい(・・・・・・)

 

「…っ…え、ええ…どうしたの…?」

 

「別に、何も」

 

嘘をつけ!

そんな言葉が出そうになった。紫が驚嘆する程に、霊夢の放つ怒りのオーラは尋常ではなかったのだ。普段は何にも興味を示さず、本気で怒ることなど滅多に無い霊夢が、である。理由を追求することさえ憚られた。

 

「あと全部私がやるから」

 

「…ええ…ま、任せるわ…」

 

潔く、紫は戦闘を明け渡す。助けが必要なほど強い敵でもなかったが、今の霊夢には逆らってはいけないと、紫の本能が告げていた。

 

(一体、何したのよ双也…!)

 

そこからの彼女の戦いぶりは、まさに鬼の如きものだったという。

 

 

 

 

 




独り占めしたいお年頃。

ではでは。


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第百二十六話 Stage1 からかい文句の魔法使い組

サブタイからして、この章の進め方が分かっちゃう人もいるはず…。

では、どぞ!!


月明かりの照らす竹林。今宵の竹林には、竹の隙間を縫う影が一つあった。いや、正確には二つだが、

重なっている(・・・・・・)というのが正確だろう。

 

「〜〜♪」

 

「…機嫌良さそうですね、お嬢さん…」

 

と、引きつった表情で呟いたのは、現在背中にフランを背負って駆けている双也である。

"彼女が重くて辛い"なんて事は決してないので、彼も別にそれが嫌というわけではなかった。

とすれば、彼が若干引きつっている理由はーーこうなった経緯にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜霊夢と別れた後〜

 

『…………………』

 

『…………………』

 

十分に距離を取ったので最早彼女を引っ張る必要が無くなり、二人は再び並んで歩いていた。

しかし、そこに流れる空気は、出発直後の様なほんわかした物では無くなっていた。

 

『…………………』

 

(…ヤッベェなぁ…めちゃくちゃ怒ってるなコレ…)

 

無言で歩く隣のフラン。横目で彼女を見ながら、彼は彼女が放つ怒気にヒシヒシと耐えていた。

 

ーー埒があかん!

 

双也は遂に、フランに話しかけた。

 

『な、なぁフラン? 機嫌直してくれよ。あいつも悪気があって言ったんじゃないんだからさ…』

 

『そんなの分かってるよ。でもお兄さまは私のお兄さまなんだもん。横取りしようとする霊夢が悪い』

 

『……え〜っと…』

 

フランが自分の事を兄として慕ってくれているのは、当人である双也も理解していた。自惚れのように聞こえるかもしれないが、実際そんな接し方をされて少々困る事がある位なのだ。ーーまぁ実際今困っているわけだがーーなので彼も強くは言えず、しかしこのままでは、最悪霊夢とフランの仲が険悪に……そんな困った状況に追い込まれてしまったのだった。

 

(このままじゃ先が思いやられるな…)

 

一緒に異変解決を行うと決まった手前、彼女との空気をこのままにしておく訳にはいかない。どの道、霊夢との衝突は引っこみのつかない所まで来てしまっているのだから、この際その事は考えないことにしよう。

 

この状況を打開するためそう心に決めた双也は、早速、単刀直入に、フランに問うた。

 

『なぁフラン』

 

『……なに?』

 

『どうしたら機嫌直してくれるんだ?』

 

ハッキリとそう問うた彼の言葉に、フランは突然立ち止まった。その表情は、前髪に隠れて双也には見えない。

 

やがて、少し俯いているフランからかすかな声が届いた。

 

『……ぶ……て…』

 

『ん?』

 

独り言のそれよりも小さな声に、双也は耳を澄ませる。

フランも同様に、少しだけ声を大きくする。

 

『……んぶ……し…』

 

『なんだって?』

 

少し声が大きくなったのは彼にも分かった。しかし、その声は未だ聞き取るには至らず、フランがどうして欲しいのか、双也には分からなかった。

ーーしかし、なんども聞き返す双也を煩わしく感じたのか、フランはパッと顔を上げ、森に響くかと思うほどの声で怒鳴り上げた(・・・・・・)

 

 

 

 

『おんぶしてッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(全く、おんぶした途端に機嫌良くして…やっぱり子供だなぁ)

 

背中に負ぶさる少女のことを考え、双也はため息混じりにそんな事を思った。

近くにいる者の気分が良くて悪い事など無い。それは双也も同じ事で、今回行動を共にするフランの機嫌があまりにも良い物だから、彼自身もそう悪い気分では無かったのだ。

ただ、彼には少しだけ心配事がある。いや、大した内容では無いのだが。

 

ーーコレ、誰かと鉢合わせたらめんどうなことになりそうだなぁ…。

 

何とも、面倒くさがり屋の彼らしい心配事である。

双也が感知する限りーー響いてくるだけなので居場所までは分からないがーー現在竹林の中を飛んでいる組は四つ。

魔力を放つ二人組、魔理沙&アリス。

霊力二つに小さな霊力一つ、恐らくは幽々子&妖夢。

それなりに大きい妖力と霊力…っぽいもの。レミリア&咲夜。

そして……巨大な霊力と強大な妖力。霊夢&紫。

 

どの組と鉢合わせても、からかわれるくらいは確実にするだろう。特に幽々子と魔理沙は、彼にとってはかなり問題になっていた。なにせ、あの二人は人をからかうのが好きなのだから。

でも、一番彼が会いたくないのは…意外にも霊夢であった。

 

(なんだよあいつ、こんなに霊力荒かったっけ?)

 

普段の、空気の様に流麗で繊細な扱いとは天と地の差。

荒々しく、粗暴で、あらゆる物を削り取ってしまいそうな感じ。普段の彼女からは考えられない程だ。

ゆえにーー

 

(絶対あいつも怒ってるじゃん…)

 

と、いう事だ。

 

フランと彼の取り合いをした霊夢が、仮に今のこの姿を見たとしたら。

…想像するだけでも恐ろしい。きっと殴られるだけでは済まないのだろう。

 

「ま、気をつけてれば問題ないか…」

 

無意識に口に出し、上機嫌なフランを背負ったまま、彼は夜の竹林を駆けていく。

 

しかし、気をつけようと思った矢先。

 

ーー前方に金色の髪の二人組を捉えた。

 

「うーわ、マジかよ」

 

「あ! 魔理沙だ! おーい魔理沙ぁ!」

 

双也と同じく、頻繁に図書館へ訪れる魔理沙を見つけ、フランは手を振りながら彼女へ叫んだ。

対照的に、双也は完全に"やっちまった…!"という表情をうかべている。無理もない、気をつけようとした矢先に警戒していた人物と鉢合わせてしまえば。

 

フランの声に、魔理沙、そしてアリスも振り返って双也達を確認するが、減速はしなかった。代わりに双也が加速し、二人に並んで飛ぶ。

 

「…よぉ魔理沙、アリス」

 

「おっす双也。今日は長い夜みたいだな」

 

「あら、あなたも来たのね。私達だけで十分なのに」

 

「十分も何も、俺ら以外にも三組ほど既に来てるよ。今更だな」

 

「あら、そうなの」

 

魔理沙へ反応しなかったのは、わざとである。双也自身、魔理沙に悪い気もしない訳ではなかったが、今回ばかりは仕方ない。なにせ警戒している人物だったのだから。

 

彼が無視した事に気が付いたのか、魔理沙は少しムスッとし、次いで双也に、こう言った。

 

 

「なんだよ双也、幼気(いたいけ)な女の子をおんぶして飛ぶとか、随分と小さい子好きなんだな?」

 

 

いつものからかい文句の調子で言った為、アリスは特に気は止めなかった。しかし当の双也はーー見てわかるほどに肩を揺らした。

 

「……そんな事言い始めると思ったよ、魔理沙ならな」

 

「あははは! 双也ももうとっくに慣れてるみたいだな、私の扱いに! なんならもっとからかってやろうか?」

 

「遠慮しとくよ。あと俺はロリコンじゃない」

 

「私はそんな事言ってないぜ? 一体、自分を何だと思ったんだお前はぁ?」

 

「…………………」

 

予想通りの面倒臭さを発揮し始めた魔理沙に対し、双也は最早無言のまま、彼女を睨みつけ始めるのだった。ジリジリと伝わる彼の怒気に、魔理沙、そしてアリスすらも頬に一筋汗を流す。

 

このまま続けたらどうなるか。

それを想像し、早くに結果を導き出したアリスは、引きつった表情のまま小声で魔理沙に言った。

 

「(ま、魔理沙、その辺にしときなさい。どうなるか分かったもんじゃないわよ)」

 

「(あ、ああ…こいつの恐ろしさはよく知ってるしな…触らぬ神に祟り無しだぜ…)」

 

早々に結論を下し、彼女らはこの話題を打ち切ることにした。もともと魔理沙が始めた話題である、彼女らから打ち切るのは容易な事だ。

 

「さ、さて、そんな事は置いておいて何だけど…」

 

打ち切った話題の先はーー自然と決まってくる。

双也も、何となく感付いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「ここで会ったのも何かの縁。丁度雑魚ばっかりで退屈してたのよね。だからーー」

 

 

 

 

 

 

 

ーー弾幕勝負、しない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

箒を観客席代わりに、目の前で繰り広げられる弾幕勝負を二人が見つめていた。

弾幕を張り合うのは、珍しく好戦的なアリス。そして申し出を受け入れた双也。

 

つまり、観戦しているのは魔理沙とフランであった。

 

煌びやかな弾幕勝負に目を奪われながらも、二人は多少のお話をしていた。

 

「なぁフラン」

 

「なに? 魔理沙」

 

視線は弾幕勝負に向けたまま、言葉のみの会話を始める。

魔理沙もふと思った事だったので、目線を合わせる必要も特に無かったのだ。

 

「最近は楽しいか? 昔と違ってさ」

 

「…え?」

 

昔。

それは、フランにとっては苦痛に等しい記憶。大好きな姉を恨み、壊れてしまっていた頃。

紅霧異変の際にフランをレミリアの元へ乗せて行った魔理沙は、同時に彼女らの話を聞いていたのだ。詳しいこと勿論は分からなかったが、それでも、レミリアが語る言葉と表情は、この話が相当に重いものなのだと魔理沙に気付かせた。

普段飄々としている彼女も、密かに心配をしていたのだ。

こんな幼そうな少女が、重い過去を背負っていて大丈夫なのかと。

それゆえの、問いである。

 

予想外の問いに少しばかり驚いたものの、フランはすぐに表情を戻し、ポツポツと語り出した。

 

「……楽しいよ。今はもう、お姉さまへの恨みも捨てたの。お姉さまが考えてた事も、やっと理解できたから」

 

「そっか。そりゃ良かった」

 

「今はもうお外に出ても良くなったし、図書館にもいろんな人が来てくれるから、飽きることもないの。…まぁ、日差しの事は注意されるけど…」

 

主であるパチュリーはもちろん、メイドである咲夜、本を盗みに来る魔理沙自身、偶に来る霊夢に、かなり頻繁に訪れる双也。そしてーーフランに会いに来る、愛しいレミリア()

幽閉されていた今までとは180度以上も違う、楽しくて明るい日々。

フランはもう、孤独ではなかった。

 

「ふっ、なら今度私もどこか連れてってやるよ」

 

「ほんとっ!?」

 

「ほんとほんと。次私が行くまでに行きたい場所考えとけよ」

 

「うんっ! ありがと魔理沙!」

 

魔理沙の申し出が心底嬉しかったのか、フランは箒の上にも関わらずキャッキャと騒ぎ出した。突然始まった揺れに、魔理沙も"うおっ、ちょ、箒の上で暴れんな落ちるって!"などと言いながら、箒を安定させるべく魔力を込める。

 

「ふぅ、やっと収まったか…お?」

 

「あ、終わったみたいだね」

 

会話に夢中で、いつの間にか目を離してしまっていた弾幕ごっこだが、アリスが魔理沙の近くまで吹き飛んできたことで"ああ、終わったのか"と二人とも察するのだった。

 

服もボロボロになっているアリスへ、魔理沙は若干笑いながら言った。

 

「おおアリス、負けたか?」

 

「…負けたけど、その聞き方はどうかと思うわ」

 

「ははは! もしあいつに勝てたら、一日中抱きしめてやった上で一緒に寝てやるよ!」

 

「……遠慮するわ」

 

そんな会話をする二人の元へ、双也も刀を納めながら降りてくる。アリスとは対照的に、彼の服にはこれといった外傷は無かった。

 

「全く、反則じゃないその刀。糸を繋いだ端から切ってくれちゃって…こんなに人形を操るのに苦労したのは初めてよ」

 

「長年の相棒なんでな。こいつを使っての戦闘なら、それくらい苦戦してくれなきゃこっちの面子が保たないってもんだ」

 

「苦戦も何も、惨敗だったじゃない…あの時先代巫女が言ってた事もよく分かったわ…」

 

頭をカリカリと掻きながら、アリスは"はぁっ…"と溜息をついた。普段からクールな雰囲気を醸す彼女は、惨敗した事によって周りが思っているそれよりも内心大きなショックを受けているのだ。まぁ、顔にはあまり出さないが。その"癖"が原因で、魔理沙にからかう隙を作っているというのを、アリス本人は気が付いていない。

 

「さて、そろそろ行くか。なぁフラン」

 

「うんっ!」

 

双也の合図を受け、フランは箒から飛び降り、先程までの定位置ーー双也の背中ーーに再び張り付く。最早魔理沙たちのからかいは無かったが、双也の笑顔は相変わらず引きつっていた。

 

「あー、じゃあな二人とも。私達はアリスの治療してから行くぜ。だよなアリス?」

 

「ええ、そうしてくれると有難いわね」

 

「そういう事だ。すぐに追いついてやるからな!」

 

そう言い残して、治療の為に一度地上に降りていく二人を見送る。

フランが二人へ手を振って挨拶をする中、双也はしっかりとフランを背負い直し、再び駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

竹の景色はみるみると過ぎていく。二人に吹き付ける風も夜相応に冷たいもので、服も何もつけようのない野晒しの顔には容赦なく冷気が撫でていった。

そんな風の影響で、通常の何倍も乾きやすくなった眼球を密かに悩む中、双也の鼓膜はかすかにフランの声を捉えた。

 

「ん? そういえば…」

 

「どうしたフラン? 乗り心地悪いか?」

 

風を切って進む中、背中に張り付くフランは思い出した様な声を上げた。当然それに反応した双也も、彼女に聞き返す。

ーーフランは静かに首を横に振った。

 

「ううん、そうじゃなくて…そういえば月、全然動いてないなぁって…」

 

「月が…動いてない…?」

 

速度を急激に落とし、双也はしっかりと立ち止まって月を見上げた。

闇空に浮かぶ満月は相変わらず大きく、発する魔力もとても大きい。そしてーー確かに、沈む気配は毛ほどもなかった。

 

「…やっぱりこの世界(幻想郷)は、簡単に異変を終わらせる気は無いようだな」

 

「…だね」

 

新たに発覚した異変の内容を胸の内に留め、双也は再び空を駆けはじめる。

 

時刻は既に、丑三つ時を回っていた。

 

 

 

 

 




霊夢に張り合うフランの図。

ではでは。


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第百二十七話 ウサギの罠に御用心

ゲームで言えば、道中、ですかね。そんなお話です。

ではどうぞ!


「ん〜、結構進んだと思うんだけどな…」

 

「中々着かないねぇ…」

 

魔理沙たちと分かれて暫く、竹林の中をひたすら進んでいた双也たちは、一旦止まって小休止をしていた。

いかに夜の竹林の中と言えど、今日ばかりは月明かりのおかげでそれ程暗くは無い。適当な所に腰掛け、これからの事を考えていた。

 

「それに……ねぇ?」

 

「ああ…」

 

フランの言葉に同調し、双也は今まで通ってきた道を見返した。その道とも言えぬ道には、たくさんの落とし穴、矢、突き出した針など、およそイタズラとも思えないような仕掛けばかりが残っていた。

 

「こんなに罠がたくさん……よっぽど人を寄せ付けたく無いらしいな」

 

「そうだね。それにーーうわっ!?」

 

ズビッ!

 

言いかけたフランは首を傾け、背を当てている竹には一本の矢が刺さっていた。横目でそれを見ながら、フランは言葉を続ける。

 

「…………ず、随分と容赦無いし…」

 

「…大丈夫か?」

 

「……うん」

 

二人がウンザリするのも無理は無い。何せ、歩いていても飛んでいても罠が発動して二人に襲いかかってくるのだから。

魔理沙たちと分かれて当初、二人は当然飛んで目的地へと向かっていた。しかしある頃から、時折矢が飛んできたり石が投げ込まれたり、面倒な事ばかりが多発したので、歩く事にしたのだ。

しかしそれでもーー

 

ズボッ『うおっ!? あぶねぇ! 中が竹とか殺す気満々か!』

 

シャーッ『うわぁ何コレ!? 毒ヘビ!? 危ないよ!』

 

・・・

 

ズゥン…『丸太とか…普通飛ばすもんじゃ無いだろ…』

 

ブゥゥゥン…『今度はハチ!? うわああ! キュッとしてぇ〜どか〜んっ!』

 

ーーなどなど。罠の種類をあげればキリが無い。まぁそれでも、一発も食らっていない辺り二人はさすがと言うところだろう。

とは言いつつも、二人のスタミナも無限では無い。スタミナというか、むしろ精神面の疲れの方が大きかったが、そんな訳で小休止を挟んでいたのだ。

 

「はぁ…ここに止まりすぎても次の罠が出てきそうだな…次行くか」

 

「うん。……お兄さま、今度は手繋いで?」

 

「……はいはい…」

 

再び襲ってくるであろう次の罠を警戒しながら、二人はまた歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

〜???side〜

 

「むぅ〜〜っ! こんなに発動してるのに何で引っかからないの!」

 

双也達とは少し離れて。竹林の影の中に苛つきを表す少女の姿があった。

黒い髪に長いウサギの耳、服は薄紅色で、背は小さい。特徴的なのは首から掛けられた人参の形をしたネックレスである。

ーーと、この特徴から分かるように、彼女はこの竹林に住むウサギの妖怪である。

名を因幡(いなば)てゐという。

 

この"引っ掛からない"というのは、勿論の事双也たちの事である。

この竹林に潜む罠の数々…それらをイタズラと称して仕掛けたのは、全てこのてゐなのだ。根っからのいたずらっ子気質である彼女は、今日も今日とて竹林に入ってきた存在に対してイタズラを仕掛けて楽しもうとしていたーーのだが。

今回ばかりは、相手が悪かった。

 

「危なくないヤツじゃ効果薄そうだからって際どいもの使ったけど…それも避けられるなんて…なんなのあいつら…! ホントに人間!?」

 

丸太に竹針落とし穴、毒ヘビの投擲にスズメバチの大群。普段は脅かす程度のイタズラしかしないてゐだが、相手が引っかからないとなれば話が別である。今までたくさんの侵入者を引っ掛けてきた彼女からすれば、いくらお遊びと言ってもそれなりのプライドがあるのだ。

故にてゐは、めげずに策を練る。

 

「(もう結構な数の罠避けられちゃってるからねぇ…落とし穴程度じゃ引っかかんないわね……それなら)」

 

てゐは音を立てないように竹の中を駆け、紐のつる下がっているところまで来た。それを握り、嫌らしくニヤついた彼女の視線の先には、手を繋いで歩いてくる侵入者二人組の姿が。

 

「(ここね!)」

 

グイッ

 

紐が勢いよく引っ張られ、罠が起動する。しかし、今までの様な大きな音はせず、竹林の空気はなこ変わらず静かなままだ。

ーーそれもそのはず。この罠は、音が出ないように仕掛けてある物なのだから。

 

ポトリ「…ん? なんか落ちてきた」

 

「?? これ、なぁに?」

 

「………蜘蛛か?」

 

歩いてきた双也たちの足元に落ちたのは、赤と黒の毒々しい色合いをした大きな蜘蛛。首を可愛らしく傾けながら、フランはその見た事もない蜘蛛を眺めていた。

ーーが、異変はその直後に起こった。

 

ボトボトボト「……え?」

 

ボト、ボトリ「……まさか…降ってきてる…?」

 

なんと、二人の上空から大量の蜘蛛が降り注いできたのだ。しかも大きさは最初の二倍ほどであり、ただの人間ならば大パニックになる事だろう。

そういう意味では、フランも同じ様なもので。

 

ボト「………ふぇ?」

 

 

 

蜘蛛の降り注ぐ空を見上げていたフランの顔に、ボトリと蜘蛛が着地した。

 

 

 

「き、きゃぁぁあぁあぁあっ!!?」

 

「うおっ!? 急にレーヴァテイン振り回すなよっ!!」

 

精神的には子供であるフランにとって、顔に大蜘蛛が着地するなどというのは恐怖以外の何物でもなかった。覚悟ができていたならばまだマシだったろうが、あいにくそれは突然起きてしまった。

ゆえにフランは、反射的にレーヴァテインを発動し、泣きじゃくりながら半狂乱になってしまったのだ。

 

「(くくくくくっ、驚いてる驚いてるっ! 男の方が平気なのはなんか癪だけど、この調子であの男も…)」

 

影から二人を眺めながら、てゐはそんな事を考えていた。

未だ降り注ぐ大毒蜘蛛に慌てふためく二人を眺めようと視線を戻したーーが、はやり上手くはいかなかった。

 

「ちっ、フランを…泣かせんなっ!」

 

ヒュンッ

 

暴れ狂うフランが見るに耐えず、双也は刀を抜き放ち、同時に能力を発動した。

その瞬間、蜘蛛たちは空中に居たのも含めて全てが同時に両断された。散り散りになった蜘蛛の破片が降り注ぎ、それに気が付いたフランも少しの平穏を取り戻していく。

そんな衝撃的な光景を目の当たりにし、仕掛人であるてゐは驚くばかりだった。

 

「(なによ今の!? 一瞬で蜘蛛たちが散り散りに…。いくら殺傷力の低い罠って言っても、あそこまでできる奴なんてそんなに居ないわよ!?)」

 

驚く心の内とは別に、彼女は無意識に歯軋りをしていた。こうも上手く行かないことは、彼女にとっても稀なのだから仕方ない。

 

「(次こそその余裕顔ひん剥いてやるわ…)」

 

そう決意を固めたてゐは、さっそく次の罠を仕掛けるべくその場を後にした。

 

 

「…………………」

 

 

彼女のいた竹の影を、双也が見つめていた事も知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

ーーそれからというもの。

 

 

ヒュン「今度は丸太の挟み討ち…」

 

「(大木の丸太を刀で両断ってどういう原理よ!)」

 

 

ーーてゐは幾度となく双也に挑みかかり、

 

 

「弓矢の嵐って…また訳わからん仕掛けを…」

 

「(それを防いでるあんたが訳わかんないわよ!)」

 

 

ーーその度に敗れ、悔しがり、

 

 

「(……まだ足らねぇか)」

 

「(最早コメントすらされなくなったわね……)」

 

 

ーー彼女のイライラは最高潮まで達していた。

 

「(〜〜〜もうっ!! 何だってのアイツ! 何にも効かないじゃないっ!!)」

 

声を出せばバレてしまう為、本当は叫びたいのを堪えて彼女は心の内で文句を垂れた。ここまで来ると、彼女にとっては最早"屈辱的"という領域である。双也達はただの正当防衛なのだが、てゐは勝手に"馬鹿にされている"と脳内変換してしまう程であった。

 

「(ぐぅぅうっ! もう罠のネタが尽きたわ! でもここまで馬鹿にされて仕返ししないなんて考えらんないわ! 何か……ん?)」

 

ネタが尽きたにも関わらず、ズタボロのプライドを少しでも癒すために再び罠を考え始めるてゐ。屈辱に歪んだ顔で双也たちを睨みつけた彼女は、ふと、彼らの先にある"見覚えのある地面"を見つけた。

 

「(アレ…あ、かなり前に仕掛けた奴ね。しかも殺傷力皆無のヤツ。あんなのじゃ引っ掛かるわけ……引っ掛かるわけ……)」

 

思いとは裏腹に、彼女の視線は罠と二人に熱く注がれた。

藁にもすがる思い、と言うのか、最早ネタも仕掛け済みの罠も尽きたてゐは、最後に残ったあの簡素な落とし穴に全てを託すしかなくなったのだ。

 

ーーこれでダメなら諦める。

 

全てをやりきったてゐには、そんな達成感にも似た感情が沸き起こっていた。

 

じっ、と見つめる。それはさながらスローモーションの様で、てゐが感じる時間の流れはおよそいつもの数十倍。

彼らが落とし穴のすぐ前まで来るのに、何度"今か、今か"と思ったか分からない程だ。

 

そしてーーその瞬間は訪れた。

 

ごくっ「………………」

 

双也が片足を上げ、落とし穴の上に着こうとする。

片方の少女は人間ではないと分かっているため、最悪そちらはどうでも良い。せめて(にっく)きあの男だけでも。

そんな思いを込めて見つめていたてゐの目にはしっかりと

 

 

 

 

 

ーー男が罠に落ちる瞬間が映っていた。

 

 

 

 

「〜〜〜〜ッ!!!」

 

反射的に飛び出した。もはやバレるとかは関係ない。自分を馬鹿にしたーーと勘違いしたーーあの男を嘲笑うことに、てゐの頭は染め上がっていた。

 

「あははははっ!! やっっっと引っ掛かったわね! 私を馬鹿にするからそんな目に……合、う………のよ…?」

 

歓喜に歪んだてゐの顔は、みるみるうちに青ざめていく。

それもそのはず。落とし穴を覗き込んだ彼女には、なにも映っていなかったのだから(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

その瞬間。

 

 

 

ガシッ「つーかまーえた」

 

 

 

恐怖の言葉が、響き渡った。

 

ギギギギギ、と鳴りそうな様子で、てゐは自分の服の襟を掴んでいる存在を確認すべく、青ざめた顔で振り向いた。

当然、そこにはーー

 

「全く、引っ掛かったフリしないと出てこないとか…案外タフな奴だな」

 

無表情でそんな事を呟く、双也の姿があった。

 

「………………ッ!!!」

 

大ピンチ。

絶望的なこの状況に、てゐは最早声も出ない。

いや、声など出さなくても結末は変わりそうになかったのだ。つまりーー何を言っても許してくれないだろう、と。

 

「さてフラン、夜食としてウサギ鍋とかどうだ? 食材は今手に入ったぞ」

 

「あ、それ美味しそう!」

 

「ま、ままま待って!! 」

 

反射的に叫んだてゐを、双也は無表情で見つめる。

感情が読み取れない、というのは、絶望的な状況に置かれた者にとってはこれ以上なく恐ろしい。次に何をされるのかが予想できないからだ。

そんな沼に身投げするかの様な恐怖の中、てゐは出ない声を振り絞って反抗した。

 

「あ、ああ謝るから! なんでも言う事聞くから殺さないでっ!」

 

「人を殺そうと罠を仕掛けた奴が今更何言ってんだ。プライドをズタボロにされても殺すのを諦めなかったお前が、命乞いなんてする資格は無い」

 

「……………ッ」

 

正論である。プライドを悉く砕かれても諦めずに殺しにかかっていた者が、逆に返り討ちにあって命乞いをしても、受け入れられるはずがあろうか。

ーーいや、そんな事ありはしない。

そしてその対象となった双也は、その手の行為が最も嫌いである。命を軽んじている者、殺すのを楽しもうとしている者、それらはすべて、彼の断罪に値する者達なのだ。

 

「お前、今までもこんな事して、誰かを殺したのか?」

 

「……いや、ここまでしたのはあんた達が初めて。大抵の人は初めの方で引っかかるから…」

 

「…そうか」

 

それだけを聞き、双也は刀を上段に構えた。

事の重さを空気で感じたフランも、彼の後ろで黙っている。

 

「(ああ、ここで終わりかぁ…)」

 

鋭い殺気を一身に受けているてゐも、諦めていた。

ここまでの事になって、助けるわけがない。彼女は一重に、行いを後悔した。

 

「(せっかく、ここまで長生きしてきたのに…こんな事しなけりゃよかったなぁ…)」

 

言葉には出さない。どうにもならないと分かっているから。

ただ彼女は、今から下されるであろう痛みに備え、目を瞑る事しかできなかった。

 

「反省、しろよ」

 

「ッ!」

 

てゐはいよいよもって覚悟した。痛みを予想し、ギュッと目を瞑る。

 

ーーしかし、襲ってきた痛みは、そんな痛烈なものではなくーー

 

コツン

 

「………えっ?」

 

ーー軽い軽い、拳骨であった。

 

「な、なんで…」

 

心底不思議そうに尋ねるてゐに、双也は襟を離さないまま

答えた。

 

「…殺してないんだろ? なら、まだやり直せる」

 

彼の表情は、先程の無表情と打って変わって、少しの微笑みすら讃えていた。

 

「既に殺した事があるなら、手遅れだ。でも、その顔を見る限り、お前は反省も後悔もしたんだろ?」

 

「……うん」

 

「なら大丈夫だ。おいたが過ぎればどうなるか、分かったんだからな」

 

「……………………」

 

"おいたが過ぎればどうなるか"それはきっと、双也が"あえてしなかった事"の事なのだろう。

不用意に殺しにかかって、逆に殺される。やり過ぎてはいけない、と、双也は暗に語っているのだ。

彼の目にまっすぐ見つめられたてゐも、その意味は十分に理解した。

 

「ただのイタズラはいい。アフターケアもしっかりしてるならな。ただ、お前が俺たちにしたのはイタズラではない。……覚えとけよ」

 

「……うん」

 

彼の説教を真に受け止め、てゐは珍しく反省をした。

当たり前といえば当たり前だ。自分の行動が原因で、殺されるかもしれない状況を作り出したのだから。逆にこれで学ばない者は馬鹿ですらない。それ以下である。

 

「ただ…」

 

説教を終えたため、つかまれていた襟も解放され、地面に下されるーーかと思いきや。

彼女の予想とは違い、双也は未だ襟をつかんだままであった。

 

「それはそれとして、だ」

 

彼はてゐの額に人差し指を添え、良い笑顔で言い放った。

 

「お仕置きは、ちゃんと受けて貰うぞ?」

 

「…ひ、ひゃい…」

 

 

 

ーー破道の一『衝』

 

 

 

そうしててゐは、呆気なく双也の鬼道によって気絶したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇお兄さま、ウサギ鍋食べないの?」

 

「いや、アレ冗談だから…。真に受けんなよフラン…」

 

再び二人は、夜の竹林を駆け出す。

 

月は未だ、微動だにしていない。

 

 

 

 

 




今回のお話にどこか違和感を感じた人…鋭いです。

ではでは。


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第百二十八話 Stage2 迷い出会うは幽冥組

言い遅れましたが、前回は閑話でもあります。

…言うまでもないですかね。

ではどうぞ!


「よっ、せいっ」

 

竹林の中、俺達は向かってくる敵を無力化しながら先へ進んでいた。魔理沙達の言っていた通り、ここら辺に出てくる敵は退屈な程に弱っちぃ。フランの手を借りるまでもなく、俺は何の事はなく天御雷を振るっていた。

 

ーーというより

 

「…なぁフラン」

 

「わっ…と、なぁにお兄さま?」

 

「…別に無理して肩に乗る(・・・・)必要はないんだぞ?」

 

ーーフランがバランスをとるのに精一杯な為、俺が敵に対処するしかないだけなのだが。

はぁ…おんぶ、手を繋ぐと来て今度は肩車かよ。どんだけ霊夢に対抗心燃やしてんだか。

 

「べ、別に無理なんかしてないよ! ただちょっとフラつくだけ!」

 

「それを世間は無理してるっていうんだよ…」

 

そう弁明するフランはどうしても俺の肩からは降りたくない様で。まぁフランは軽いからそんなに苦って訳でもないし、乗っていても別に良いんだが…なんというか…ますます霊夢に会いたくない。殺されそうな気がする。

 

「! ほらお兄さま!次の敵が来たよ!」

 

「ん? ああ、はい…」

 

もうどうにでもなれ。そんな感情が俺の中に広がった。

どうやら俺は押しに弱いようで、そういう意味でアグレッシブなフランには敵わないらしい。

そんな諦めを含んだ返事をし、彼女の促しの通り飛んできた弾幕(・・)を斬り飛ばした。

 

…………ん? 弾幕?

 

「うぉい! これ敵っていうか攻撃じゃねぇか! しかも結構威力高いし!」

 

突然の事に立ち止まり、飛んでくる弾幕を斬っていく。どうやら向こう方も気がついた様で、とんでもない速さで突っ込んできた。そりゃもう、俺の動体視力でも辛うじて捉える事のできるくらいの速度である。

 

「フラン、しっかり捕まっとけよ!」

 

「うんっ!」

 

 

 

ガキィィイン!

 

 

 

刹那、俺の刀は相手方の得物とに衝突、見事止める事に成功した。ガリガリとぶつかる相手方の得物が、此方への敵意を鮮烈に表している。

…にしても、随分と威力が高い。そりゃ俺が止められないほどでは決してなかったが、こんなのそこらにいるような奴では………え?

 

「よ、妖夢?」

 

「! なんで私の名…って、へ? 双也、さん?」

 

斬りかかってきたのは白玉楼の庭師、妖夢だった。なるほど、それなら弾幕の威力が高い事にも納得がいく。こいつを雑魚呼ばわりは出来ないしな。

 

「私の現世斬を止められるなんて、誰かと思えば双也さんでしたか」

 

「ああ、現世斬か。そりゃ速いわけだ」

 

妖忌程ではなかったが。

 

「にしても、なんでお前が向かってくるんだ? 目的地は同じだろ?」

 

「あっ、そうですね…なんででしょう?」

 

同じ方向を向いてるなら、ぶつかる事なんてないはず。当たり前の事なのだが、現にそれが起きてしまっていた。一体どういう事だろうか…。

 

「普通に、道が逸れちゃっただけなんじゃないの? 全くおっちょこちょいね〜」

 

不意に、妖夢の後ろの方から声が聞こえた。

と言っても、誰かなんてのは分かりきっているだろう。妖夢が居るなら、あいつも居る。

 

……全く、警戒してたやつが二連続で登場とは…。

 

「うぅ、すみません幽々子様…」

 

「気にしな〜いの、妖夢。こんばんは双也♪ 此間(こないだ)ぶりね♪ その可愛らしい子は誰かしら?」

 

「ん? ああ、吸血鬼のフランだ。一緒に異変解決に向かってる」

 

「フ、フラン…です」

 

と、フランは若干弱気な声で幽々子に言った。あまり知られてないかも知れないが、フランは結構人見知りする。長い年月を一人で過ごしてきたのだから、別段不思議な事ではない。そもそも、怖がって隠れてしまう程ではないので幾分かマシな位だ。

フランへ向けていた意識を再び幽々子に戻すと、やはりというか、彼女の表情はすでに悪戯っ子のそれになっていた。

 

「それにしても…そんなに可愛らしい子を肩車するだなんて…随分と双也はアレなのね♪」

 

「アレってなんだアレって。絶対誤解してるだろ」

 

「双也さん…そんな趣味をお持ちなのですね…」

 

「妖夢は妖夢でちょっと黙ってろ」

 

つーか妖夢、お前はツッコミ役に徹してれば良いんだよ。無駄にボケに回るな。幽々子だけでさえ大物なのにお前まで加わったら忙しいったらありゃしないんだよ。

 

と、そんな思いを込めて二人をジト目で見つめた。しかし魔理沙たちとは違い、幽々子たちはそれにも臆さずからかい続ける。

 

「もう双也ったら、紫や霊夢だって十分可愛いのにまだ足りないの?」

 

「ダメですよ双也さん。そんな小さな子を相手にするのはいけない事なんですよ?」

 

「………………」

 

…なんだこいつら。幽々子はからかってるだけなのが分かるが妖夢は真面目に説教してないか? もしかして自分がボケに回ってる自覚もないとか?

妖夢の様子にはフランもポカンとしてる様だし……俺もそろそろイライラしてきた。

だからーーそろそろ黙らせよう。

 

「そもそもーー」

 

「おい妖夢。お前、俺が本気でそんな趣味持ってると思ってんのか?」

 

俺は妖夢に向けて少々威圧を込めて言葉を放った。もちろん本気で怒っているわけではないのだが、面倒くさいのは真っ平御免だ。

状況を早くに察したのか、幽々子はとうにからかうのを自重している。しかし威圧を正面から受けた妖夢は、言いかけた言葉を中断し、頬に一筋汗を流しながら一言、言った。

 

「い、いえ…」

 

「ならばよろしい」

 

直ぐに黙ってくれた為、俺のイラつきもフッと消えた。うむ、物分りの良い子は好感持てるな。

取り敢えず、このままは恥ずかしいのでフランを隣に下ろした。……名残惜しそうなフランの視線が痛いが知らない。俺は何も見ていない。

 

「さて妖夢、一つ思いついたんだが」

 

「はい?」

 

「ついでだから、この間約束した手合わせ、しないか?」

 

この間、というのはもちろん、春雪異変後に俺が白玉楼を訪れた時のことである。あの時は被害がデカくなるだろうからという事で紫に止められたが、ここは屋外。しかも異変の真っ最中で、その道中に偶然出会った。

…これはもう、やるしかないだろ。

 

俺の問いーー断らせる気は無かったがーーに、妖夢は意を決した眼をして頷いた。

幽々子の意見は、聞くまでもないだろう。この間の談笑の時もこちらに賛成のようだったし、あいつは面白い事が大好きなのだから。断る理由がない。

 

「では……紫様の師、双也さん。この魂魄妖夢、力不足ながら挑ませて頂きます。

ーー覚悟ッ!!」

 

初めから本気。そんな感じの気迫を漂わせる妖夢が、その牙を剥き出しにして、俺に肉薄した。

 

 

 

 

「やっ! はぁっ!」

 

ーー動きは流麗。

 

ガガガガッ「てやぁああっ!」

 

ーー嵐の様な猛攻。

 

「くっ、ふっ!」

 

ーー鋼のような守り。

そして

 

「現世斬ッ!!」

 

ーーキレの鮮やかな剣技。

 

妖夢の剣士としての実力は、本当に高いものだった。それこそ祖父である妖忌には及ばないものの、彼の劣化、もしくは下位互換と言っていいくらい纏まりが良い。本当にあいつの孫娘なのだなと、改めて実感してしまう。

 

「そこですっ!」

 

「フェイントだよ」

 

ガキッ「ぐぅっ」

 

実力がどの程度か。もともとこの手合わせを申し出た理由であるそれに関しては、妖夢は俺の想像以上の実力を示してくれた。俺だって本気ではないがーー本気でやったら勝ちゲーになってしまうがーーその実力は認めざるを得ない。気を抜いて剣を交えようものなら、案外簡単に、俺の首も飛ぶかもしれない程のものだ。

ただーー

 

「剣術ばかりでは、この世界は生きていけないぞ?」

 

「ッ!…キツイ弾幕ですね!」

 

弾幕勝負には、あまり秀でている訳では無いようだ。

威力は確かに高い。そこらの妖精や妖怪なら簡単にあしらえるし、剣閃を模した弾幕の羅列も美しいと思う。

しかし如何せん、隙と隙間が多い。慣れていないからなのだろうがそれにしたって、直線弾だけなんてのは論外だろう。頭の固そうな性格がこんな所で発揮されてしまっている。

 

ーーなら少し、曲線弾の手解きでもしてやろうか。

 

「妖夢、こっからは本気で掛かって来い。

ーー霊刃『飛燕の蒼群』」

 

「ッ!! 〜〜ッ望む所ですっ!」

 

曲線を描く弾ーー旋空を使ったスペルカード。曲線弾の手解きをするならば適役だろうと判断し、妖夢を見据えながら宣言した。

 

初めは飛んでいく数が少ないので、彼女もそれなりに対処していた。しかし、厳しくなるのはココからだ。

 

「ぐっ、弾幕が増えて…ッ! 捌き切れないっ!」

 

だんだんと群れを大きくしていく燕に、妖夢は対処しきれず飲み込まれていく。ーーいや、この場合は、対処仕切れていないというよりも、弾の軌道が予想出来ずに被弾してしまう、の方が適切だ。

数が多ければ尚更、入り乱れる曲線弾は避ける事を容易には許さない。……ある意味、この"飛燕の蒼群"は曲線弾の境地なのではないか、と密かに思っているのだ。

 

素早い動きを繰り返し、妖夢は少しずつではあるが曲線弾を避け始めた。その様子を見る限りは、"直線だけの弾幕で戦うのは不利"という事を痛感している様だった。

 

「ほら、そのままだと負けるぞ妖夢」

 

「っ、……なら!」

 

燕に刻まれる中、妖夢は俺の声に応じ、何か閃いたようだ。先程までの辛そうな眼に対し、今の彼女は隙を窺っているような眼をしている。

さて、どうくるかな。

 

「っ! ここです!」

 

やがて妖夢は、燕達に隙間を見つけたらしく、勢いよく上空ーー俺の遥か上ーーまで飛んだ。俺たちが豆粒ほどに見える程ではないだろうが、余裕で見下ろせる高さである。

そして彼女が何故そんな高さまで飛んだか。

ーーこのスペルを発動している俺だから分かる。よく気がついたな妖夢。

 

「上側が! ガラ空きですよ双也さんっ!!」

 

「弱点無いとスペルじゃないだろ?」

 

そう、このスペルの弱点を発見したからである。

このスペル 霊刃『飛燕の蒼群』は、始め俺を中心にして刃が旋回し始め、それはスペル発動中延々と繰り返されていく。正面からではその密度によって気が付きにくいが、それによって上空はガラ空きとなっているのだ。

 

「行きますっ! 餓王剣『餓鬼十王の報い』っ!!」

 

上空から、気を纏った刃を振り下ろすべく妖夢が迫る。俺のスペル自身を方向転換する事は出来ないので、天御雷を構えて迎え撃った。

 

 

ガァァアンッ!!

 

 

互いの刃は、勢いよくぶつかり合うも鍔迫り合いはせず、すれ違う。刃のぶつかり際に大きな衝撃を与えたつもりだったが、妖夢はなんの事もなく通り過ぎた。

 

が、正直なところ、なんの捻りも無いこの攻撃に少しだけ落胆した。

 

「…コレだけか? さっきまでと何もーー?」

 

言いかけて、目の前の光景を疑問に思う。何故なら、妖夢の刀に纏っていた気が剣閃のように留まり、目の前を横切っていたからだ。

 

「それだけな訳、無いじゃ無いですかっ!」

 

ただ、それに関して言葉を発する間もなく、妖夢の掛け声とともに気が解放された(・・・・・・・)

 

解放された気は大量の弾幕へと変わり、剣閃の周囲にいるものーー今回は俺だけーーを撃ち抜かんと解き放たれた。しかもそれは直線のものだけではなく、軌道の読み辛い曲線のものも、少なからず含まれていた。

 

「くっ、縛道の八十一『断空』!」

 

とっさの事で身体が動き切らず、俺は鬼道でその場をやり過ごした。

しかし妖夢のスペル終わった訳では無い。曲線の弾幕を覚えた事でーー半ば俺が教えたようなものだがーー彼女の弾幕は更に厄介なものへと変貌した。彼女持ち前の素早さと剣速で、絶え間なくコレを撃たれ続けるとすれば、相当に厄介なものだ。

 

「ここからが…本番ですっ!!」

 

「ーーとか思ってると、そうなっちまうのが世の理…か」

 

先程と同様に、妖夢は気の剣閃を残しながら斬り掛かってきた。

当然ながら、無限流を用いながら二刀を裁くのでそれ自体は然程問題では無い。しかし今回は、残った剣閃にも注意を向けなければならない。…これ程二刀流の厄介さを痛感した事があっただろうか。妖忌と手合わせした時にもここまで思わなかった。

 

「うおりゃぁぁああ!!」

 

脇腹から構えられた刀を斜めに切り上げる。俺がそれを刀でいなして避けると、妖夢の短刀が振り下ろされる瞬間だった。なので天御雷の能力(結界刃)でそれを受け止める。

と、その瞬間、残されていた剣閃が弾け、大量の弾幕が放たれた。

 

「ちっ、ホント厄介だな!」

 

「っ! なら…更に本気で行きますよ!!」

 

妖夢の指の間に、新たなスペルが輝きだす。少しだけ距離をとった妖夢はそれをビッと突き出し、宣言した。

 

「魂魄『幽明求聞持聡明の法』っ!!」

 

妖夢の半身ーー半霊がユラユラと揺らめき、スゥと大きくなる。やがて色を持ち始めたそれを見て、俺は思わず苦笑いした。

そりゃあ、

 

「流石に…キツイぞ」

 

先程のスペルを発動したまま二人に分身すれば、仕方ない事だ。

 

思わず紅霧異変の時のフランを思い出した。四人になった上でレーヴァテインを構えた、あの悪魔のような布陣。ベクトルは少々違うが、妖夢もフランと同等の厄介さを持っているようだ。

 

つーか、スペル二枚同時に発動って出来るのかよ。確かにそんな言及はされてなかった気はするけども。

 

「余所見、」

 

「しないでくださいっ!」

 

「うおっと」

 

意識は共有しているのか、妖夢達はまるで双子のように言葉を分けながら斬り掛かってきた。

 

それはもう、見事な連携技である。

一人目が斬り掛かり、弾かれたり避けられたりすれば、それを補うように二人目が斬り掛かる。一人が攻められ続ければ片方がフォローに入るし、チャンスと思えば直ちに二人にして連続攻撃。加えて、発動したままのスペルカード。

刀の数では、無限流を扱う俺が何倍も上だが、正直捌き切るのはこの上なく辛い。弾幕に関しては一、二発受けてしまった。

ここは……決めの一手で一気に片付けた方が、良さそうだ。

 

「「てりゃぁぁああっ!!」」

 

「はぁぁああ!!」

 

 

ガァアンッ!

 

 

二人で斬り掛かってきた妖夢達を取り敢えず受け止めた。このままでは攻撃が続く為、俺は結界刃を連続して発動する事で二人と距離を取る。

 

そして一枚、スペルカードを取り出した。

 

「ふぅ…これで終わりだ」

 

「ッ! させませんっ!!」

 

妖夢達はこのスペルカードに危機感を覚えたのか、焦燥に駆られた表情で向かってきた。向こうも、これで終わらせる気なのだろう。

 

でも流石にーー遅かったな。

 

 

繚乱(りょうらん)六華印(りっかいん)摩天楼(まてんろう)』」

 

 

向かってくる妖夢達に対し、俺は瞬歩を使う、と同時、無数の六華を地面に刻み付けながら通り抜けた。

 

「っ!?」

 

妖夢も、突然現れた無数の印に驚愕して離れようと試みる。しかしーーもう遅かった。

 

刻まれた印は強く輝き、瞬間、霊力の刃が一斉に吹き出した。天まで届くかのような刃の群は、まるで高層ビルの立ち並ぶ摩天楼の如く、迷い込んだ人間(妖夢)を、悉く呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、これで終わった訳だが…どうする?」

 

気絶した妖夢を抱え、幽々子とフランの元に戻る。二人はいつの間に仲良くなったのか、幽々子の膝の上にフランが座っていた。

 

「どうするって…妖夢の手当てをしたら直ぐに向かうわ。こんなに大きな異変ですもの、楽しまなくちゃ損でしょ?」

 

「…相変わらずだな、幽々子は」

 

「ふふ♪ 褒め言葉として受け取っておくわね♪」

 

魔理沙達と同様、幽々子は妖夢の手当てをしてから復帰するようだ。 なんだか異変解決の邪魔をしているような感じで少しだけ心がざわつくのだが、出会って、戦ったからには仕方ないと思う事にする。

……でも罪悪感はやっぱり消えなかった。

 

「じ、じゃあ俺たちは先を急ぐ事にするよ。行くぞフラン」

 

「うんっ! じゃあね幽々子お姉ちゃんっ!」

 

「またねぇ〜♪」

 

……ホント、いつの間に仲良くなったんだろ? 幽々子お姉ちゃんって……うん、年の事は俺も言えないから黙っておこう。言ったらきっと殺される。

 

密かにそんな事を思いながら、俺とフランは連れ立って飛び出した。

 

目的地まで、後どれくらいだろうか。

 

 

 

 

 




少しだけ、刀の戦闘描写が少なかったかもしれませんね…。

ではでは。


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第百二十九話 Stage3 妹想いの紅魔組

今年最後の投稿ですね。
キリは悪いですが。

あ、あと結構短めです。

ではどうぞ!


幽々子達から分かれて暫く。

時刻で表すならば午前三時ほどだろうか。相変わらずあたりは暗く、虫達の声すら殆ど聞こえない。いくら人外である双也とフランと言えど、やはり寒さを感じる秋の夜。正直、早く明けて欲しいところである。

ーーまぁ、その儚い願いは叶う事などない訳だけれど。

 

「ん、なんか嫌な予感がするぞ」

 

フランを背負って闇を駆ける双也は、そんな事をポツリと零した。肌寒く感じて彼の背中に引っ付いているフランは、彼のそんな言葉に当然疑問を返す。

 

「どうして?」

 

「ん〜…予感だから説明しにくいんだけど…」

 

顔を見ずとも分かる困った声。フランは特に煽る事はしなかった。

 

「なんか、流れ的にさ…魔理沙達、幽々子達ときたら今度は…ってさ」

 

「ああ…確かにそうかも…」

 

フランが納得するのは容易であった。

ジンクス、とでも言うのか、流れというものは案外当たりやすいモノだ。その人の気分にも寄るのだろうが、そういうふっとした予感は意外と当たる。

そして、それが何の障害にも会わず当たった時、それはーー

 

 

 

 

「え…? な、なんでフランが此処に…?」

 

 

 

 

予定調和、というのである。

 

「あ、お姉さまだ! 咲夜も!」

 

双也の背中から乗り出し、フランは現れた紅魔館の二人ーー咲夜とレミリアに声を掛けた。咲夜に関しては、"なぜあまり外にでない妹様が、よりによって異変の真っ最中に出かけているのか"と、変わらない澄まし顔の裏で驚愕していた。表情に思い切り出てしまっているが、それはレミリアも然り。

 

「フラン! 異変の最中なのだから出てはダメでしょう!?」

 

「えぇ〜? お姉さま、話が違うよ。もうお外に出ても良いって言ってたじゃない」

 

「状況を考えなさい状況を!」

 

「お姉さまだって、真面目に異変解決とかする気ないんでしょ? 面白そうだったからーとか、そんな理由のハズ」

 

「うっ…それは、そう…だけど…」

 

慌ててフランを叱るが、逆にレミリアが煙に巻かれてしまう始末。叱っていた筈が、いつの間にか彼女が小さくなってしまっていた。

端から見れば微笑ましい限りなので、双也と咲夜の大人組は静かに見守っていた。

 

ーーしかし。

 

 

「〜〜ッ! 双也ッ! あなたがフランを連れてきたの!?」

 

 

繰り返される問答の中で流されてしまう妹への気持ちは、その同行者へと矛先が変わった。

 

「……ん? 俺?」

 

「そうよ! フランは普段、家ではおとなしくしてるのよ!? それが突然外に飛び出したりして……あなたしか原因が見つからないわ!」

 

「…………………」

 

八つ当たり、だな。

瞬間的に、彼は思った。確かに、フランは双也を追ってこの竹林へと来た。そういう意味では、なるほど、確かに彼が原因だろう。

しかしそもそも、初め双也はフランを連れて行くつもりはなかった訳で、仕方無しに了承しただけなのだ。完全にフランの一存で事は決まった。

 

ーーならば、レミリアが彼に怒るのは、いささか筋違いというものではないだろうか?

 

咲夜も双也も、直ぐにそれには気が付いていたが、どちらも言葉には出さなかった。

どうせ聞きはしないだろう、と言うのも理由の一つだが、何より

 

ーー(フラン)の事で必死になる(レミリア)に、なんとも言えない面白さがあったから、である。

 

「人の妹を勝手に連れ出すなんてどういう了見かしら!? しかも異変の真っ最中なんて! 考えが浅はか過ぎるわ!」

 

ビシッと指差し、双也に言う。

 

「あなた、フランにお兄さまって呼ばれて調子に乗ってるんじゃないでしょうね!? この子の実の姉妹は私なんだから、それを蔑ろにしたら許さないわよ!!」

 

脱線し始めた事には気が付かない。

 

「そもそも何よその状態は! 勝手に連れ出した上におんぶなんて何様よ!! 私だってそこまで積極的になった事ないのにっ!!」

 

終いには欲が見え隠れしている。

 

怒りの解放と同時に、普段から溜め込んでいた色々なものが出てきたらしい。言いたい事がありすぎて、レミリアの頭の中は、端から見ても相当に混乱してしまっていた。

 

最早、怒気というよりは頭に浮かんだ事をそのまま言葉にしているだけの様な、シュールな光景になってしまっていた。

これが所謂、カリスマブレイクという奴なのだろう。

その場の三人共が、同じような事を考えていた。

 

「あ〜もう! 言葉だけじゃやり切れないわ! 双也!! 私と勝負しなさい!!」

 

「…はぁ、やっぱりそうなるのか」

 

あまり驚きはしない。むしろ予想通りである。

唐突に申し込まれた勝負ではあった。しかし双也は、彼女達とはち会う直前に感じた"嫌な予感"から、そのうち勝負になるんだろうなぁ、とは予想していた。

ただ…そろそろ彼も、いちいち戦うのが面倒に感じてきたのもまた、事実。アリス戦、妖夢戦ーーは彼の意思であったがーーを始め、月の光でおかしくなった妖精達の相手も全て双也が担っていたのだから、当たり前である。彼の面倒臭がりは、いつまで経っても消えはしない。

 

「はぁ……一瞬で終わらせる」

 

「ふっ、 やってみなさい!」

 

レミリアは意気揚々と、双也は実にかったるそうに、観戦を決め込む咲夜とフランを置いて空へと上がった。

それぞれ一枚ずつスペルカードを取り出し、構える。

 

「この間の宴会でのリベンジよ! 本気で来なさいっ!」

 

「まだ引きずってるのかよ。もういいじゃんかそれは」

 

「そうもいかないわ! 高尚な私達吸血鬼が、簡単に負けていいはずがないのよ!」

 

「……そうか」

 

そんな、軽い会話を交わし、互いに弾幕を飛ばし始めた。

 

「先ずは…様子見よ」

 

持ち前の素早さで双也の弾幕を避けながら、レミリアは構えたスペルカードを輝かせた。

そしてーー宣言。

 

「神罰『幼きデーモンロード』!」

 

瞬間、レミリアを中心に太めのレーザーが張り巡らされ、同時に大粒の弾幕も放たれた。

強大な吸血鬼という種族なだけあり、様子見と言いつつもそれはそこらの妖怪なら軽く捻る事の出来るくらいのものであった。

ただーー

 

 

 

「様子見? 笑わせんな」

 

 

 

ーーこの少年にそれが通用するかどうかは、別の話だが。

 

 

 

「一瞬で終わらせるって、言っただろ」

 

レーザーと弾幕をするすると避けていく中、双也は霊力を大きく解放し、スペルカードを輝かせた。

言葉通り、一瞬で終わらせるつもりなのである。

 

「光滅『王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)』」

 

解放された霊力が、彼の突き出された掌に集まっていく。

紫と組んで放った時程では無いが、こちらも、空間が歪む程には強力な、霊力の塊である。

そしてそれはーー躊躇いなく、放たれた。

 

「え、ちょっと…! こんなのーー」

 

レミリアの驚愕を孕んだ声は、蒼く強烈な光の元に、掻き消えてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

言葉通り、見事レミリアを瞬殺してきた双也は、やれやれといった表情でスーっと降りてきた。

観戦していたーーと言っても、短すぎて観戦といって良いのかは定かではないがーー咲夜は、あまりの強さを見せつけた双也に引きつった声をかけた。

 

「や、やり過ぎじゃないかしら?」

 

「本気で来なさいって言われたんだから、いいだろ」

 

「…本気でやったの?」

 

「いんや、四分の一も出してない」

 

「…………………」

 

最早笑う事もできない。

咲夜の表情は何処までも微妙な様子で、彼女の呆れ具合がありありと分かるようだ。

…因みに、フランはただただポカーンとしており、その表情が驚き以外に何を表しているのかは、分からない。

まぁ、純粋な驚き、という可能性もあるが。

 

「さーて、じゃあ行くわ。レミリアによろしく」

 

「え、ええ…」

 

なんとも言えない空気を作り出したまま放り投げ、双也はフランを連れて歩を進めた。

 

吹き飛んだレミリアは、"咲夜時間"約十分後に見つけ出されたそうだ。

 

 

 

 

 




雑…でしたね…。特に最後あたりが。
うーん…、書溜めが底をつきかけて焦るのはどうしようもいんですけど、これはひどかったです。

こういう事ないように頑張ります…。

ではでは。


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第百三十話 Stage4 鬼神と化する結界組

皆さん明けましておめでとう御座いますっ!
今年も双神録と私をよろしくお願いしますっ!

ではどうぞ!


「…なぁ紫」

 

「……何かしら」

 

 

ガァン! ドォン! ……暗い竹林に、激しい衝突音が響く。

 

 

「どうしてこうなったんだろ…?」

 

「……知らないわよ」

 

 

その眩い光を見つめながら、静かに会話する影が二つ。

 

 

「あの後、霊夢ったら凄まじい剣幕で…出る敵全て一撃よ? 何があったらああなるのよ」

 

「……ん〜…呼び方争い?」

 

「…何よそれ」

 

 

とても疲れた表情と雰囲気を醸す二人には、激しい光を散らしながら衝突するフランと霊夢の姿が見えていた。

 

 

 

 

 

 

 

〜数分前〜

 

やっぱり寒いとの理由から、再び背に引っ付いたフランと彼女を背負っている双也は、かなり奥まで進んだ暗い竹林の中を尚も駆けていた。

 

本当は双也も眠くなる時間帯であったが、それは今更な話である。冷たく頬を撫でる風に加え、立て続けに戦闘など行えば、眠気も吹き飛ぶというもの。

ゆえに彼の頭は冴えに冴えていた。ーーのだが、実の所、頭が冴えている本当の理由は別にあった。

それはーー

 

 

『(やべぇ、この調子で行くと絶対霊夢達と鉢合う…)』

 

 

ーー所謂恐怖という奴だ。

 

今、彼に恐怖の対象は? と聞いたならば、確実に"霊夢"と返ってくるだろう。

普段ならばそんな事は無い。むしろ、大切な妹分との異変解決ならば彼だって嫌な気はしない。

しかし、当の妹分は今ーー怒っている。

響いてくる霊力の荒さから、双也はそれを悟っていた。

というか、初めに霊夢と分かれた所から、いつか来るかもしれないこの瞬間に戦々恐々としていたのだ。

 

目が醒めるのも当然である。

眠ったらば、待っているのは恐らく死。

 

ーーというのは少し大袈裟だが、ろくな事になりはしないだろう。

 

彼も如何にかしたいとは、思っていた。その答えも分かっていた。ただーーその鍵たるフランが、どうにも動いてくれない状況なのだ。

 

答え、と言うのは即ち、もう少しでもフランと離れて動く事、である。

霊夢は今、フランに怒っている。出会ったとしても、フランだけならば"二人の喧嘩"という事で片が付く。

しかしここに双也が、おんぶした状態で(・・・・・・・・)入ったら、如何だろう?

 

きっと霊夢は"なんでそんな仲良くしてんのよ…あんたも敵だぁッ!!"…という感じで、理不尽に攻撃してくるに違いない。要は、彼はとばっちりに恐怖しているのである。

 

そしてフランも、霊夢に対して対抗心を燃やしている。その幼い独占欲の現れから、如何にかしてお兄さま(双也)を独り占めしたいのである。

その霊夢の前で、お兄さまにおんぶしてもらっている所など見せれば、ダメージになる事は間違いないーーと、考えているのだ。

きっと、恐らく、先の事など考えていないのだろう。それに巻き込まれるかもしれない、双也の事も。

 

そして、いつ来るか分からないその瞬間に内心ビクビクしていたその折。

 

ーー彼は、前の視界に二人の影を見た。

 

『(…遂にか)』

 

そう思った刹那。

視界に捉えていたはずの"赤色の背中"は、唐突に姿を消し、彼の目の前に出現した(・・・・・・・・・・)

 

 

 

『鉄槌『妖怪下し』ッ!!!』

 

『禁忌『レーヴァテイン』ッ!!』

 

 

 

突然過ぎて反応の遅れた双也の頭の直ぐ上。

そこでは、ありったけの霊力を込められた大幣と、炎の大剣であるレーヴァテインが、文字通り火花を散らしていた。

 

ーーもう一度言うが、双也の頭の直ぐ上、である。

 

『うぉい霊夢!! いきなり仕掛けてくんなっ!!』

 

『あら双也にぃ、さっき振りね。元気してた?』

 

『……ッ!!?』

 

 

ーー不釣り合いだ。

一瞬にして、彼は思った。

 

言葉は実に優しい。

言ってしまえば普段よりも、である。

 

だがそれは逆に、底知れない不気味ささえ孕ませた、背筋の凍るような文字の列(・・・・)であった。

怒りを超えた笑顔、とでも形容しようか。今の霊夢は、"鬼"という言葉すら生温い。

 

"鬼神"ーーどうやら、フランは押してはいけないスイッチを押してしまったようだ。

 

『おい、霊ーー』

 

『双也にぃ♪ ちょっと邪魔だから場所開けてね♪』

 

グルン。

腹の強烈な痛みと同時に双也の視界は一気に反転し、続いて背中に何かが衝突した。

いや、何か、など言わなくても彼は直ぐに理解していた。

 

地面。全力ではなかったとはいえ、あの双也が、高い高い空中から一瞬にして蹴り落されたのだ。

霊夢の底が知れない。仕様のない理由であれ、怒りによって覚醒ーーしたような状態ーーの彼女は、そのポテンシャルをフルに発揮した本物の強者であった。

 

『うっ……なんだよ、あいつなんか取り憑いてんのか?』

 

『いえ…そんなはずは無い…と思うけど…』

 

『おお、紫。お前もさっき振り』

 

双也の零した一言に反応したのは、この異変における霊夢のパートナー、八雲紫であった。

彼女も、少々困った表情で上を見上げ、恐らく全力であろうフランを圧倒する霊夢を見守っていた。

…そして双也は、彼女の意識が完全にフランへと向かっていた事で、結果とばっちりを受けずに済んだらしい事に、少しだけ安堵していた。

 

 

ーーそして、現在。

 

 

「ホントに、一体何がどうなったらあんなに怒るのよ」

 

「…………逆鱗に触れたからじゃね?」

 

「……なんて言ったの?」

 

「フランが……ビンボー脇巫女…って…」

 

「……はぁ」

 

"言ってしまったな"と、紫は顔を伏せた。

 

誰にだって、沸点というものはある。

紫だって普段は温厚だが、幻想郷の危機とあらば誰よりも怒り狂う。

双也も、誰もが知っている通り、命を蔑ろにする行為にはとても怒る。

個人差はあるが、霊夢にだって沸点がある。

ただ、彼女が本気で怒る事は殆どと言って無い。軽く怒る事はあるが、本気とまでいく事はほぼ無いのだ。そういう意味では、"沸点が二重にある"と言っていい。

 

今回の事も、なんの前置きもせずに"ビンボー脇巫女"と罵ったならば、確かに怒りはしただろうが、本気とまでは行かなかったはずだ。

だがーー今回は、その前に口論して、イラつきが募りに募った状態だった。

その上に追い打ちとして罵しられれば、いくら霊夢と言えど怒るのは当然の事。フランは、霊夢が"ビンボー"と"脇云々(うんぬん)"という言葉に敏感なのを知らなかったのだ。

 

「はぁ、仕方ないわね。それよりも双也、気が付いているかしら?」

 

どうしようもない、と霊夢の事は区切りをつけ、紫は双也に問いかけた。

 

「ああ、月の異変って言うと…あいつら(・・・・)関係…かな」

 

答えた彼は、未だ闇空に大きく鎮座する月を見上げた。相変わらず、馬鹿みたいな魔力が溢れており、長く見つめ続けるのは彼でも避けたい程である。

 

「月の事情を知ってるやつじゃなければ、こんな月を顕現させる訳がない。となると…あいつらですら、

月をこんなにしなければならなくなる様な(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)事態に陥った(・・・・・・)、と考えるのが普通だな」

 

彼らもまた、"月の事情"とやらを知る、よく知る人物達である。脳裏をかすめるその予想に、二人の表情は自然と引き締まっていった。

 

「……どう思う?」

 

「さぁな。ただ…覚悟はした方がいいかも知れない」

 

どうなるのかは、分からないけれど。

 

「……まぁ、あんな状態の霊夢がいたら、どうとでもなる気はしなくもないけどな」

 

「…ふふっ♪ 全く、その通りね」

 

空気を紛らせるかのような彼の言葉に、紫も固くなった気を少しだけ緩める事が出来た。

そう、今身構えても仕方ない。心だけは気を抜かず、取り敢えずは首謀者の元へ。理由なんかは、その時聞けばいい。

異変の最中、人知れず心を決める二人であった。

 

「…ん、終わったっぽいな」

 

「まぁ、結果は予想通りね」

 

双也は立ち上がり、瞬歩で移動して、地面に叩き落されたフランを抱き留めた。

ーー彼女はやはり、身体中をボロボロに傷付けて気絶していた。

 

「ふぅっ! コレでこの子を黙らせられるってもんね!」

 

「気は済んだか、霊夢」

 

「ええ、そりゃもう。なんかいつも以上に力が出てた気がするけど、まぁ私に掛かればこんなもんよね」

 

「あ、ああ…そうだな…」

 

怒りによる覚醒ーーっぽいものーーに気が付いていないらしい彼女へ、双也は乾いた笑いを溢した。

全く、この巫女は何処までの力を秘めているのだろうか。真面目に修行とかしてたら、全解放状態の双也にも劣らないかも知れない。流石は博麗の巫女、彼の妹分である。

ーーまぁ、結局は"もしも"の話になってしまうのだが。

 

「さて、気分もすっきりした事だし、もう行きましょうか。私の勘に寄ると、目的地はもう直ぐそこよ」

 

「そうか。じゃ、気を引き締めて行こうか」

 

フランの怪我を治癒して背負いながら、双也は言った。

紫も近くへと寄ってきて、霊夢の隣に並ぶ。

 

彼らが進んだその先は、竹林の終わりを思わせるかのように大きく開いており、その中心にはーー

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー大昔のお屋敷のような、日本家屋が鎮座していた。

 

 

 

 

 




鬼神霊夢の一方的展開……怖くて戦闘は書けそうにありませんね…(ガクガクブルブル)

ではでは。


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第百三十一話 屋敷の奥に待つのは

最近は少し短めが多いですかね。

ではどうぞ!


「……広いな」

 

「……広いわね」

 

長かった竹林を抜け、辿り着いたお屋敷。犯人が出てくるのを待つのも馬鹿らしいので、俺たちは早速その玄関をくぐった。

 

中は外の様相と寸分違わず、まさしく日本家屋。

洋装よりも和装の方を好む俺としては、是非この家に住まわせて貰いたい、と結構本気で思う。

ーーただ、今は異変解決に訪れているので、空気に合わないそんなセリフは心の内にしまっておいた。

 

さて、このお屋敷。入ってみたは良いが、予想通りに中がとても広そうだ。空間を広げている紅魔館レベルとは言わないが、何の能力も無しにこの広さは少し異常とも思える。

 

「うーん…纏まって動く利点も多くはないし、手分けするか」

 

「それがいいわね。この面子で勝てない相手が出るとも思えないし」

 

「じゃ、決まりだ」

 

そう取り決め、俺は霊夢達と道を違えて進み出した。

因みに、ずっとフランを背負って行動するのも少しばかり辛いので、目を覚ますまでは紫のスキマに保護してもらう事にした。……まぁ、本気で怒った霊夢の攻撃を受けて、こんな短時間で目を覚ますとも思えないが。実質フランはここで離脱、という事になるだろうか。

 

奥へ進んでいくと分かるが、どうもこのお屋敷は老朽化が進んでいないらしい。

外装もだが、このお屋敷の様式はとても古めかしい物だ。それこそ、江戸時代とかそこら辺の物である。

今の時代、いくら幻想郷と言えどこんな建築をする者はほぼ居ない。昔に比べれば、今の方が耐震やら設備やらが充実しているのだから当たり前だ。未だにこの様式で家を建てていたら、きっと儲かりもしないだろう。

 

なのに、である。

先の理由から、相当に昔に建てられたはずのこのお屋敷なのだが、見渡す限りはどこも傷んでなどいない。どころか、まるで新築の様に綺麗だ。まるで時間でも止まっているのかと思う程である。

 

……? 時間を…止める?

 

「(時間……変化する事が無い…って事か?)」

 

時間が止まる。そうなると、どんな物も動く事はできず、また干渉も出来なくなる。このお屋敷はそんな風に見る事が出来るが…現に、俺たちが干渉してしまっている。つまり、時間を止めるのとは少し違う(・・・・・・・・・・・・・)という事。

時間を止めるのは、言い換えれば"どんな物も変わる事が無い"、という事。

 

ーー変わる事が無い。即ち、変化の拒絶。

 

 

……成る程、やっぱりあいつらの仕業か。

 

 

「会うのが楽しみだなぁ…」

 

一頻りの考察の末、ある結論に至った俺は、進んでいればいつか現れるであろうその瞬間を、楽しみに思うようになった。同時に、なんでこんな異変を起こしたのかも聞いてみたい所だ。アレだけ強い力を持っているあいつらが、なぜここまでの事をしたのか。

…興味が尽きない。

 

ーーと、そんな時である。

 

「(…ん? 人?……いや、人があんな"耳"つけてる訳無いか…)」

 

前方に、ウサギの耳をつけた者を見つけた。

スカートを履いている事から、ほぼ間違いなく女性だろう。初めは人間かと思ったが、その考えは直ぐに切り捨てた。人間があんな耳をしている訳は無いし、何より

ーー少しばかり妖力を感じる。しかも、ただの妖力というよりは……………清らかな妖力?

自分でも何を言ってるのか分からないが、取り敢えずそこらに居るような妖怪の妖力でない事は確かだった。

 

ーー話しかけてみるか。戦闘になりそうだけど。

 

突っ立ってても埒はあかない。進めないよりは、何か出来事のあった方が断然良い。

 

「あのーちょっといいkーー」

 

「ッ!? 侵入者ッ!!? ここから出て行きなさいっ!」

 

 

いきなり弾幕撃ってきた。

会話すら出来なかった。

 

 

「気が早ぇだろっ」

 

思わずそんな事を口にし、放たれた弾幕をスルリと避けた。

チラと見たが、弾幕の形は銃弾のようで、少女の構え方も、よく見れば銃火器を扱うかのような姿勢である。

……なら、こっちも少し付き合おう。

弾幕ごっこは"遊び"だからな。

 

「特式一番『連装衝弾』」

 

片手を前に突き出して発動すると、手の周りに十個程の白い球が形成される。そしてそれは、間髪入れずに鬼道の"衝"を機関銃のように放ち始めた。

この通り、数ある鬼道の中でも連射性能に優れた特式鬼道である。まぁ、威力はそれなりなのだが。

 

「くっ…」

 

少女は少し苦い顔をし、放つ手を早めていく。それによって連装衝弾でも撃ち漏らしが目立ってきた。

撃ち漏らした弾が頰を掠め、少しだけ血が出た。

この鬼道はやはり威力が低すぎる。

 

ーーと、普通は思うのだが。この鬼道の真価はそこじゃない。

 

フッ、と掌に力を込める。そうして集まってくるのは、言わずもがな俺の霊力。

そう、この鬼道は

 

 

「縛道の六十一『六杖光牢』」

 

 

ーー同時に別の鬼道を使う事ができる。

 

 

昔使用した、鬼道同士の結合とはまた別である。

連装衝弾は自動発射なので、他にもう一つ鬼道を使う事ができるのだ。

"衝"で相手の攻撃をある程度削りながら、決めの一手を放つ事ができる。一番だと侮るなかれ。意外と、強力な特式鬼道なのだ。

 

攻撃の最中に縛道を食らった少女は、特に抵抗も出来ずに六本の杭に撃ち抜かれている。痛みは無い筈だが、逃れようと身を捩っていた。

 

「くぅ…っ! 何よこの杭はぁっ!」

 

「力技じゃ解けねぇぞ、それ」

 

「ッ!?」

 

瞬歩で少女の目の前に降り立ち、頭に手を乗せて目線を合わせた。紅い瞳が特徴的な、顔立ちの整った可愛らしい少女だ。

 

「少し、眠っててくれ」

 

「…! …っ、あぅ…」

 

そのまま能力を行使。繋がった目線から(・・・・・・・・)、脳へ直接能力を打ち込んだ。

そうして強く意識を遮断してやると、少女は少しだけ唸るも、カクリと頭を落とした。

……うむ、これからはこれ"白伏(はくふく)"って呼ぼうかな。効果がピッタリ合ってるし。

 

取り敢えず縛道を解き、倒れないよう抱き留めた。

ただ、気絶させた上に廊下へ捨て置くのも何となく申し訳ない気がしてならない。俺は進まなければいけないし……。

 

「…連れてくか。どうせ暫く起きないし」

 

仕方なく、ウサ耳の少女をおんぶして、長い廊下を再び進み始めた。

 

全く、また誰かをおんぶする羽目になるとは。

これじゃあフランを紫に預けてきた意味が無くなってしまうじゃないか。

 

「しょうがないかぁ…」

 

そんな事を独り言ち、ギシギシと音の鳴る様子も無い廊下を進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ん? あの部屋、紫達の力を感じるな…」

 

長い長い廊下を歩き続け、ある角を曲がった所で、隙間から光の覗く部屋から紫達の力を感じた。

戦闘の時のような激しいものではなく、普段のような落ち着いた物である。

紫達が居るのに、俺が行かない理由も無い。

早速扉の前まで行き、スゥっと襖を開けた。

すると

 

 

 

 

ーー目の前が、一瞬で影に覆われた。

 

 

 

 

「双也ぁ〜!!」

 

「へっ…?」

 

その影は、止まる事もなく俺に勢いよく抱き付いてきた。何となくいい匂いがするので、女の子だろう。まぁ、男に抱き着かれたりなんてしたら流石に引くが。

…いや、こんな解説してる場合じゃねぇっ! 既に一人おんぶしてるんだよっ! 危ねぇ危ねぇっ!

 

勢いを殺す為、抱き着かれたままなんとかユルユルと回転した。が、既に背中に一人いる状態。バランスが取れずに倒れそうになった。

って、このまま倒れたらウサ耳の子が下敷きじゃねーか!

 

「ちょっ…紫…! スキマ…っ!!」

 

「はいはい」

 

腹筋を使い、背側に反る身体をどうにか持ち上げながら、紫に助けを求めた。彼女がウサ耳の子をスキマへ送ってくれた為、フッと背中が軽くなった。

 

ーーただまぁ、そうなると耐えるのもそろそろ限界な訳で。

 

 

ドタァァンッ!

 

 

思い切り、背中から倒れた。

もちろん抱き着かれたままである。何だこれ、俺が押し倒されたみたいじゃないか。霊夢が"何やってんのあんたぁっ!?"って叫んでた気がする。必死でろくに聞こえなかったが。

取り敢えず……背中痛い。

 

「久しぶりね双也っ! ずっと会いたかったわっ!」

 

「……ああ、久しぶり、輝夜」

 

上から俺を見下ろしたその影は、予想通り(・・・・)、千年以上前に道を違えた月の姫。

 

満面の笑みを輝かせる、蓬莱山輝夜だった。

 

 

 

 

 




はい、輝夜は相変わらずです。双也にここまで明確な好意を寄せるキャラも少ないですねw

ではでは。


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第百三十二話 真相…?

Stage5? ハテナンノコトデショウ?

ではどうぞ!


「で、どういう事なのよコレは?」

 

と、目の前に座る霊夢が複雑そうな視線を向けてくる。

いや、正確には、俺の隣へ(・・・・)向けているのだろうが。

まぁ確かに、こんな状況では俺だって苦笑いしか出来ない。

何せ……

 

 

 

「どういう事って…想い人に寄り添ってるだけだけど?」

 

 

 

ーー心底上機嫌そうに、輝夜が俺にくっ付いているのだから。

 

先に辿り着いていた紫、霊夢、初めからここにいた永琳、そしてこの輝夜と軽く挨拶を交わし、座った直後からこの調子である。

仮にも姫様がこんな事して良いのだろうか。思い返せば、千年前に出会った時も抱き着かれた記憶がある。天真爛漫にも程があるだろう。女の子としては慎みくらい持つべきだ。

あと輝夜、腕まで絡めて何が"寄り添ってる"だ。それは"寄り添ってる"じゃなくて"抱き着いてる"って言うんだよ。

 

「想い人って…あんたも女の子でしょ? 男の人に突然抱き着くとか正気の沙汰じゃ無いわ」

 

「あら、妬いてるの? 良いわよ、少しくらい双也とイチャついても。 最終的には私がこの人を取るんだから」

 

「なっ!? 妬いてなんか無いわよ! そもそも双也にぃは、兄として見る事はあっても恋愛対象になんかした事無いし!」

 

「そんな事言って、羨ましいだけなんじゃないの? ほら、今だって双也の事を"にぃ"なんて言って、随分と親しいみたいだし」

 

「羨ましい訳あるかっ! 大体私だって抱きついた事くらいあるわよ! ……小さい時だけど…」

 

会話を聞くうち、だんだんと喧嘩になりつつある事を察した。まぁ完全に輝夜の言い分が悪いのだが、やけに上機嫌っぽい彼女にはどう言っても聞かない気がする。

…ただのイメージの話なんだけど。

 

ーー取り敢えず止めよう。また霊夢が怒り出したら、それこそ"悪夢再び"だ。

 

「二人共喧嘩すんなって。白黒付けたいなら弾幕ごっこにしろよ。口喧嘩とか、見ていて気分沈むから止めてくれ」

 

「そうよ! 弾幕ごっこすれば良いんだわ! 私とした事が、失念してたわ!」

 

「上等じゃない。どんな勝負だって、双也の為なら負けないわ!」

 

……火に油だった気がしてきた。

 

失敗したかな…なんて思っている内に、二人は早々と庭に出て行ってしまった。こうなってはどうにも出来ないので、後は二人が無事に帰って来るのを願うばかりだ。

……まぁ、遊びだから無事だとは思うけど。

 

「なんだか、あなたが二人を焚きつけたみたいね。姫様が怪我したらあなたの所為よ?」

 

「うっ…そんな事言うなよ永琳…確かにそうだけど、わざとやった訳じゃ…」

 

「ふふ、冗談よ。あの状況だったら私だってああ言ったわ」

 

うふふ、と、口元に手を当てて柔らかく微笑む永琳。

お互い長い永い時を過ごした為、再会の感動とかはそこまで大きくなかったが、とても久しぶりに見る彼女の笑顔は、やっぱり綺麗だった。

 

「さて、永琳? このまま和んでいても仕方ないし、どういう事か説明してもらうわよ」

 

パチン。

 

紫の扇子を閉じる音は、いやに室内に響き渡り、俺たちの気を再び"異変中"のものへと引き戻した。再会の嬉しい気分が一瞬で冷めてしまった。

まぁそうは言うが、俺もこの異変の真相については知りたいところだったし、紫に反論はしない。

 

「ええ、本当は姫様も居て欲しかったのだけれど…仕方ないわね。……これを見て」

 

永琳の懐から取り出されたのは、一通の封筒。

封は既に切られて、ピラピラと簡単に捲れる様になっていた。

早速取り出し、紫と共に覗き込む。

そしてーー驚いた。

 

 

 

 

 

「月の使者が……ここに来るっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……成る程…だから月をあんな状態にしたのか」

 

「ええ。満月でなければ、使者が来ることもないしね」

 

「うぅ…すみません師匠…御迷惑ばかりお掛けして…」

 

永琳から真相を聞き、そして全て得心がいった。

大雑把に言うと…事の始まりはこの封筒。これが、先程戦ったウサ耳の女の子ーー鈴仙(れいせん)、と言うらしい。本名は長過ぎて覚える気にならなかったーー充に送られてきた事である。

どういう理屈か、月の連中は鈴仙の居場所を突き止め、同時に彼女を匿っていた永琳達をも見つけたらしい。

そしてこの封筒ーー"満月の夜迎えに行く。抵抗しても無駄だ"という内容を見、月の使者が来れないように月に仕掛けを施した、という事だ。

…内容を掻い摘みすぎた気もするが、大体こんな感じである。

 

"月に術をかけるくらいの力量持ってるなら迎え撃てば良いのに"なんて密かに思ったのは、秘密である。

 

……ふむ。

 

「なぁ鈴仙」

 

「…なんですか?」

 

頭の中で内容を整理仕切った俺は、永琳の横で小さくなっている鈴仙に話しかけた。先ほど戦ったばかりだからか、彼女が俺に向ける視線は少しだけ鋭い。

 

「今の月の技術ってのは、今回みたいに"どこにいるかも分からない一個人のみを検索して発見する"なんて事…ホントに出来るのか?」

 

淡い期待で念の為、聞いてみた。

もしそうでないなら、今回のこれは無視しても対して被害は無いという事になる。本当は居場所が判明してないって事なのだから、警戒する必要もない。

まぁ、封筒が届いてしまっている時点で、その確率は零に近い訳だが。

だから本当に念の為、万が一。

 

「そんなの簡単に出来ますよ」

 

呆気なく砕かれた。

 

分かってはいた事だけど、少し悔しい。

 

簡潔にそう述べた鈴仙は、そのまま黙ってジッとしていた。俺と話すことなんか何もないってか。まあ一応の敵同士としては正しいけども。

 

と、それはさて置き。

 

「ふーむ…どうなんだろうな(・・・・・・・・)…なぁ紫」

 

「…そうね…」

 

「? どうなんだろう…って?」

 

思い当たる事があり、紫に問いかけてみると、話の筋が見えなかったのか、永琳が尋ねてきた。

…ちょうど良い、永琳にも相談してみよう。

 

「いやな? この幻想郷ってのは、紫が張った強力な大結界で覆われてるんだよ。それこそ、俺の能力でもこじ開けることが出来ないくらいのな」

 

「えっ!? そんなものがあるの!?」

 

「ええ。ただ…私という妖怪が張ったものだから、もしかしたら月の兵器で壊される可能性も無くはないのよ。 もし月の連中が強力な兵器を持ってきた場合、結界が耐えられないかも知れない」

 

「まぁ逆に言えば、結界が破られない限り迎えは来ないって事なんだがな」

 

簡潔に、紫と俺で言葉を分けながら説明すると、永琳は拳を顎に当てて考えるそぶりをした。

良い案が浮かんでくれることを願う。

 

永琳の頭脳は、紫に及ばないながらもとんでもなく良い。

"あらゆる薬を作り出す程度の能力"など持っているのだから、頭が良くない訳がないのだ。

仮にその能力が、魔法の様にポンッと薬を作り出すものなら違うのだろうが、彼女の場合、地道に調合などして作り出す。つまり、それ相応に大量の知識を持っているという事だ。きっと薬以外の事も、あの頭には入っているのだろう。

………蓬莱の薬を作り出す原理については、未だに俺も分かっていないが。アレはポンッて作り出したのかな…?

 

そんな事考えていると、考え込んでいた永琳がふっと顔を上げた。そしてゆっくり、口を開く。

 

「……その結界というのは、あなただけで創り出したの? これ程巨大なものを、一人で?」

 

「いえ、当時の博麗の巫女…霊夢の初代に当たる人には、少しばかり手伝ってもらったわ」

 

「つまり、霊力も混ざってはいるという事?」

 

「ええ。その霊力と、私の妖力が成り立って結界が張られているわ」

 

「成る程…それなら…」

 

一つ頷き、少し表情を緩めた顔で、言った。

 

「恐らく、大丈夫だと思うわ。妖力だけなら確かにマズイかも知れないけれど、霊力が混ざっているなら恐らく大丈夫。二つで成り立っている、というのも良い感じのファクターね。どちらかが少し欠けても補える」

 

「つまり…特に問題はないって事だな?」

 

「そうね。…月を入れ替えたのも、意味がなかったわけね」

 

"じゃあ、もう要らないわ"

永琳はそう言って、パチンと指を鳴らした。外に変化は見られないが、月の発する魔力は極端に減り、元の月に戻ったらしい。

うるさいほどの魔力がなりを潜め、同時に、繰り広げられる弾幕勝負から発せられる爆音も少しばかり落ち着いた……気がする。

 

………ん? というか、外に変化……無くていいのか?

 

だってもうーー明るくなっても良い時間だろ?

 

「な、なぁ永琳、もう五時過ぎだよな? まだ夜が終わってないみたいなんだけど…」

 

「? 私は月を入れ替えただけよ? それ以外のことは何もしてないし、況してや夜が明けないなんて…」

 

「は? じゃあ夜を止めた真犯人がいるって事か? 誰が……!」

 

ふと、魔理沙の言葉を思い出した。

 

 

ーー今日は長い夜みたいだな

 

 

もしかして魔理沙は、今回の異変が"満月が変化した異変"じゃなくて"夜が明けない異変"だと思ってるのか?

 

だとすると、おかしい。

何がおかしいって…

 

ーーそれにしても双也、気が付いているかしら?

 

……紫が"月が変化しているのを知っている事"がだ。

 

同じ異変なのに、別々の理由で解決に来るって、どういう事だよ。明らかにどちらかが何かを知っている。

 

そしてこの場合、知っている可能性が最も高いのは……。

 

「…………………」

 

「……おい紫、説明しろ」

 

状況を察したのか、はたまた俺に怒られるのが怖いのかーーそんな事はないとは思うがーー紫は黙ったまま澄まし顔を決めている。でも頬を流れる汗が隠せてない。"やっちまった"って思ってるのが隠せてない。

別に怒ってるわけじゃないんだけどな。

 

永琳も、この事については真相を知りたい様で、ジッと紫を見つめている。どうせだから永琳と共に目力で攻めてみようか。

 

「……私がやりました…」

 

程なくして、白状した。

説明は長くなるので省略するが、大まかに言うと"異変解明には調査も必要だったから"らしい。まぁ確かに月の異変とあれば夜の内に調査しなければいけない訳で、夜を止めるってのは合理的ではあるのだが……もうちっと、周りのこと考えろよ。

 

「…分かったか?」

 

「はい…」

 

ーーという感じの事を、正座する紫の前で語って(叱って)やった。

いや、確かに怒っちゃいないが、弟子を叱るのも大切な事だと思うんだ。

 

「じゃあもう戻すぞ」

 

取り敢えず、この異変終わらせてしまおう。

んー、どうやったら戻せるかな。夜が続くって事は、夜と昼が別々に切り離されてる……………みたいな考え方で良いのかな? なら夜と昼を繋ぎ直せば万事解決だなっ!

 

………何言ってるんだ俺。どんな頭してんだ俺。

 

幻想郷の不可思議現象に毒され過ぎだろ。普通こんな無理矢理な理論、成立どころか思い付きもしねーぞ。

 

「はぁ…もう、いいや」

 

「どうしたのよ双也? 何を考えてたのよ?」

 

「いや、なんでもない」

 

うん…ホントに…。

 

「??」

 

会話が一人で完結してしまってるので、永琳はあまり話についていけていない様だ。付いてこれても、それはそれで怖いのだが。

因みに、紫は未だしょんぼりしている様だ。そんなにきつく叱ったつもりもなかったんだけどな。

 

さて、じゃあさっきの無理矢理理論で異変終わらせようか。幻想郷ならきっと上手くいってくれる。

 

「んー…夜と昼を再結合。

……『陰陽繋ぎ』」

 

これも大規模な行使だった為、それ相応に霊力を持って行かれた。だが、その甲斐あってちゃんと戻す事ができた様だ。庭の方から差し込む光は、冷たい黄色ではなく暖かな白だ。

 

「……相変わらずとんでもない力してるわね」

 

「月を入れ替えてた本人が言うなよ」

 

少し、永琳に呆れられた気がする。

というより、こんな事ができるならわざわざ異変解決をしに来なくても良かった気がしてきた。

 

……まぁ、これこそ後の祭りだ。今回は純粋に楽しんだって事で良しとしよう。

 

ーーあ、そういえば、まだ気になる事があるんだった。

 

「なぁ永琳。月の連中は、鈴仙のついでにお前達を捕まえる気でもあったんだよな?」

 

「? ええ、その筈だけど…」

 

「今回はこんな形で解決できたけど……あいつら、それで諦めてくれるのか?」

 

そう、月の連中の、これからの動向である。

ああ見えて意外と執念深い連中だ。一度失敗したからって、諦めるタマとも思えない。もしかすれば、いつかこの結界すら壊して入ってくるかもしれない。

そうなって困るのは、もちろん俺たちだ。

 

「……恐らく、諦めたりはしないでしょうね。新しい兵器の開発にでも取り組む筈よ」

 

「やっぱりか」

 

予想通り。なって欲しくはなかったけれど。

………はぁ、仕方ない。一肌脱ぐか。

 

「しょうがない。俺が話つけてこよう」

 

「…話をつけてくる?」

 

刀の鯉口を切りながら、ようやく弾幕ごっこが終わったらしい庭の方へ体を向ける。

 

 

 

ちょっくら月(・・・・・・)行ってくるわ(・・・・・・)

 

 

 

「……えぇっ!?」

 

まぁ、突然言い出したらそりゃ驚くよな。

特に紫。先程までしょんぼりしていた彼女も、俺の言葉に反応して声を上げた。

 

「ちょっと双也!? 本気!? 月の危険さはあなたが一番よく知っているでしょう!?」

 

「大丈夫だって。戦いに行くわけじゃないんだ。それに…向こうには知り合いもいるしな」

 

「でも…!」

 

「大丈夫だ。師匠の事くらい、信じてくれよ」

 

止めようとする紫を一蹴し、霊夢達と入れ違いに外に出た。う〜ん、朝日が眩しい。

すれ違い際は、どうしたんだろ?みたいな不思議そうな表情をした二人だったが、永琳や紫から話の内容を聞いたらしく、血相を変えてーー輝夜はそれ程でもなかったがーー飛び出してきた。

面倒な事を言われる前に行っちまおう。

フランにはーーまぁ、悪い事したな。今度謝りに行くことにする。

それまで少しだけ、ほんの少しだけお別れだな。

 

「じゃ、行ってきます」

 

能力行使の為、霊力を二割程解放。

爆発的に溢れた霊力が、強い衝撃波になって広がる。幸い、この屋敷は変わらない様になっている(・・・・・・・・・・・・)ので、家屋被害は全くのゼロである。

刀を振るって出来た黒い空間へと、体を沈ませた。

 

 

 

向かうは月の裏側ーー月の都である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、あんのバカ兄貴は何時でも先に行っちゃうんだから!」

 

双也が黒い空間を通った後、残された霊夢はぷりぷりと怒っていた。

行動力というのはあって困る事などないのだが、双也の場合、面倒くさい面倒くさいと言いながら抜群の行動力を発揮する。

思った事はすぐに行動してしまう、とでも言おうか。とにかく、霊夢は、行動力があり過ぎて周りを置いていってしまう兄に怒っていた。

 

「はぁ、負けたのだから、この際双也と兄妹に近い関係なのは認めるけど……なんか懐き方が異様じゃないかしら、あの巫女? ねぇそこの紫色」

 

「紫、よ。……霊夢のアレは、まぁ仕方ないと言うか…一度二人は仲違いして、それからまた兄弟として仲直りしたのよ。だから恐らく、そこらに居るの実の兄妹よりも絆が深いのね」

 

"絆の話なら、私も負けないけど"

紫はそう締めくくり、輝夜にザッと説明した。

成る程、と。

輝夜は、未だに頬を膨らませて兄への文句を垂れているのだろう巫女を見やった。

その眼には、先程の様な独占欲とは違う

ーー羨望が映っていた。

 

「…正直、羨ましいわね。私は双也の事を少ししか知らない。永琳が話してくれた彼の伝説くらいしか、彼の事は、知らないの」

 

「なら、これから知っていけば良いのではなくて? 時間は無限にあるのでしょう、蓬莱人?」

 

「……そうね。いつか、あの子から彼を奪ってみせるわ。…本人はその気は無い様だけど」

 

「ふふ…兄妹、ですからね」

 

完全に顔を出した太陽は、その場の皆を照らし、未来をも照らすかのような輝きを放っていた。

 

 

 

 

 




はい、という訳で、少しばかり月に旅行です。
本当なら儚月抄で行くはずの月なのですが、物語の関係上、永夜異変の延長という感じで行く事になりました。

お話し的には儚月抄を抜かしても良かったんですが、双也と依姫を会わせてあげたいっ! って読者様がいらっしゃったので、こんな形になりました。
まぁ"あの人"ともまだ会ってないですし、結果オーライですね。

……あ、あと永琳との再開、さっくりと終わらせました。幻想郷ができる前に一度会っているので、再会してもそれほど感極まるって事はないかなぁと思い、こうなりました。……ブーイング、来るの怖ぇなぁ…

ではでは。


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第百三十三話 再びの月へ

朝からずっと3G回線&ネットが繋がらなくて嘆きまくってたら、どうやら母が携帯料金を払ってなかったのが原因だったそうです。

焦せらせんなよ母さん…。

ではどうぞ!


ーー月。

 

様々な生物の棲む生命の星、地球の、衛星に当たる星。

この広い広い銀河の中心である、太陽からの光を反射して満ち欠けを繰り返し、そこに人が生きる為の空気などは存在しない、岩の塊。

そして地球の人間達の夢の象徴でもある。

 

 

 

 

 

 

 

ーーと、地球人達は思っているらしい、というのは、昔読んだ本に書いてあった事だ。

 

確かに地球の衛星ではあるし、太陽光を反射して満ち欠けしているのは確かだけれど、空気が存在しないなんていうのは全くの嘘。

当然空気は存在するし、したがってここに生きる人間やウサギ達も居る。なんなら海だってあるのだから、岩の塊というのも、地球人達の勝手な思い込みだ。

 

夢の象徴と言うのはまぁ…昔この月に訪れた人間達の事なのだろう。図々しくも、"自分達のものだ"とでも言わんばかりに旗を立てて行った、忌まわしき事件である。

 

ーーまぁそれは置いておいて。

 

「やっぱり、この場所が一番落ち着くわねぇ…」

 

図々しいし、下等だし、自分勝手な地球人達の住む忌々しい星ではあるけれど、この"静かの海"の浜辺から見渡す地球は、私が見たどんな光景よりも美しい。

 

残念ながら、この静かの海には生き物はいない。何故かは知らないけれど、いない事は事実なのだ。だからこそ、地球のあの海には憧れる。

一体、あの青い海にはどんな生き物が棲んでいるのだろう。

どんな匂いがするのだろう。

どんな景色が見られるのだろう。

 

何処かの姫様と師匠の様に、決して行こうとは思わないけれど、想像して楽しむのは私の自由だ。好き勝手にやらせてもらう。…なんたって、暇なんだもの。

 

今日も今日とて、仕事は真面目な妹がやってくれている。私の仕事を奪ってしまうくらいなのだから、私が暇になってこうしてのんびりしていても仕方の無いことだろう。私は悪くない。きっと悪くない。

 

……まぁ私が悪かったとして、叱る人もあまり居ないのだけど。

 

「それはそれで、好都合よねっ♪」

 

のんびりゆっくりマイペース。

やりたいことをやって、気ままに自由に生きる。そんな生活のなんと幸せな事か。少しくらい、あの子も休んで、私のように生活してみれば良いのに。

 

手に持つ扇子を広げ、暑くもないけど軽く扇ぐ。こういうのは雰囲気が大事。暑くなかろうと、扇いでいれば様になるじゃない。

霊力を込めたらまずいけれど、普通に使うのなら全く問題ない。そういう扇子なのだ。

 

そんな、誰に見せるでもない所作をしながら、美しい地球を眺めていた。週に何度か来るこの場所は、海が満ち引きする音と地球の青さが妙にマッチしていて、心が落ち着く。

 

…でも、そろそろ帰らないとマズイわよね。

 

名残惜しい景色から目を逸らし、妹がせっせと働いているであろう我が家の方へ足を向ける。

 

ーーが、振り返る視界の端に、気になるものが映ってしまった。

 

「? あんなモノ…さっきまであったかしら?」

 

浜辺の近くに鎮座する、黒い裂け目のようなもの。見るからに中は真っ暗で、先を見通すこともできやしない。

 

…興味を持ったら、止まれない性分だ。

自分でも驚くくらいに軽く、その黒い裂け目へと進んでいく。こういうのを、"怖いもの見たさ"というのだろうか。

 

近くに寄ってみてみれば、それは本当に真っ暗な物で、光すら飲み込んでしまいそうな錯覚さえ覚える。

少しだけ覚悟をして触ってみると、意外にも触れた感覚は殆どなく、私の指はその黒い物の中に入ってしまった。

とは言え、やっぱり気味の悪い物だったので、感触を確認したらすぐに手を引っ込めた。

……これは何なのだろう?

 

「不思議な物もあるものねぇ…」

 

思わずジロジロ見てしまう。興味を持ってしまったのだから仕方ない。だって、こんな不思議なもの見たことないんだもの。

 

触る勇気は最早無かったものの、今度は視線で撫でるように見回していく。

 

ーーすると突然、裂け目に変化が起きた。

 

具体的には……

 

 

 

 

 

 

「ん、ちょっとゴメンよ」

 

 

 

 

 

「〜〜ッ!!!」

 

片手に刀を持つ人間が、出てきたのだ。

 

突然の事過ぎて、私は声も出せずに後退りする。だって、得体の知れないものから、何の前触れもなく人が現れたら、そりゃ驚くでしょう?

動悸の所為で胸と喉が苦しい。本当に驚くとこんなに苦しいのか。

ーーってそうじゃなくて。

 

「あ、貴方は? 何をしに来たのかしら?」

 

やった、上手く声出てくれた。

なんて事は当然、頭の片隅で思った事だ。頭の大部分は、突然現れた謎の少年に注意を向けている。

そりゃ、鉄壁といって良いであろう結界を超えてきたのだから、警戒するのは当たり前。扇子にも一応、霊力を込めておく。

端から見ても、私の警戒心は丸出しだったろうに、それでも男は平然と言葉を発した。

 

「ん、俺は神薙双也。ちょっと話し合いたい事があってな。…取り敢えず、綿月依姫って奴知らないか? そいつに会いたいんだが…」

 

 

 

 

ーー警戒度MAX。

 

 

 

 

ゴウッと、我ながら少なくはないだろう霊力を解放する。

この男が言ったことは、そうするに値するほどの事なのだ。

神薙双也? あの英雄は、とっくのとうに死んでいるじゃないか。それこそ一億年以上前にだ。その頃はよくその話を聞いたが、会ったことはない。そんな者が今更現れるわけがないし、幽霊になったって、もう転生しているだろう。

 

そして何より……妹の名が出てきた。

 

月から出た事が無いはずの妹の名を、どうして知っている? 怪しいにも程がある。

 

そうは思うものの、男は未だビビる様子はない。解放直後に少しだけ驚いた様だけど、すぐに表情は元に戻った。

……少しショック。

 

「……なぁ、戦うつもりは無いからさ、その霊力しまってくれよ」

 

「無理を言わないで頂戴? 英雄の名を語り、妹の名まで知っている貴方を前に、警戒を解くなんて事出来る訳ないじゃない」

 

そう言うと、男は驚いた顔をした。

 

「! なんだ、依姫は姉ちゃん居たのか。初めて知ったな…」

 

「そう。私の名は綿月(わたつき)豊姫(とよひめ)。綿月依姫は私の妹よ」

 

「なら話が早い。依姫を呼んでくれよ。あいつが俺を見れば一目瞭然だから」

 

「得体の知れない貴方に、そう易々と妹を会わせるわけにはいかないわ。腐っても姉ですもの」

 

そう、こんな時こそお姉ちゃんの出番。

大切な妹なら、自分の手で守らなければ。

 

「……どうしたら、俺が神薙双也だって信じてもらえるんだ?」

 

「……霊力を、解放しなさい。それで見極めましょう」

 

霊力は、年月を重ねると大きくなっていく。その増加量は多くはないけれど、もし神薙双也が生きていて、さらにそれがこの男だというなら、相当な量の霊力になるはず。

ふさわしくない量の小さな霊力だったら、即この扇子で粒子に変えてやるわ。

 

「……良いんだな?」

 

男が聞いた。

 

「ええ、どうぞ」

 

簡潔に答えた。

 

正直、それを問うた意味が分からないが、解放してもらわなければ見極めようがない。

選択の余地なんて、初めから無かった。

 

「行くぞ」

 

ゴオッ!! 霊力が解放されるーーその瞬間

 

 

 

 

 

 

「〜ッ、っ…あ"っ…ぅ…」

 

 

 

 

 

 

呼吸が、出来なくなった。

 

何も、空気が無くなったとか首を絞められたとか、そんな理由ではない。呼吸が出来なくなった理由はただ一つ。

 

ーーその霊力の膨大さ。

 

最早理解不能というレベルの、圧倒的過ぎる量と質の霊力。

彼はきっと、ただ霊力を解放しているだけなのだろう。でもそれが、たったそれだけの事が、今私の身体を何処までも強く締め、圧迫し、今にも気絶しそうな状態にまで追い込んでいる。

 

「(う…ぁ…い、しき、が…)」

 

私だって霊力は全て解放している。きっとそれが、ある程度は彼の霊力を相殺してくれているはず。それでも、意識が刈り取られそうになる。

意識はただただ朦朧として、平衡感覚すらももう無いが、もしかしたらこの星自体が大きく揺れているのではないだろうか。

 

 

ーーこんなの、化け物じゃない。

 

 

彼が問うた意味が、よく分かった。

 

もう、ダメ…。

 

意識が落ちる中最後に見たのは、心配そうな顔で駆け寄ってくる少年の姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だ、だいじょぶかな…」

 

依姫の姉らしい豊姫と名乗る少女は、現在この浜辺で気を失っている。ーーと他人事のように言っているが、十中八九俺が悪い。

"全開放なんてすれば人に迷惑がかかる"なんてのは、とうの昔に学んだ事じゃないか。いくら豊姫に言われたからといっても、するべきじゃなかった。

 

「んまぁでも、これで信じてもらえるかな」

 

豊姫がどうやって俺を見極めようとしているのか。それは俺でもよく分かる。霊力の量で判断しようとしていたのだろう。

自惚れかも知れないが、正直俺以上に霊力を持っている存在なんて、西行妖くらいしか知らない。霊力の量で見極めようとしてるなら、俺にとってこれ以上の存在証明が他にあろうか。

ーーと、その時

 

「ん…ぅぅ…」

 

豊姫の目が覚めたようだ。

実に短時間の事だったが…一応、謝っておこうか。

 

「あ、えっと…ゴメンな。無理させたみたいで」

 

「…あ、いえ…これは私が貴方を見くびっていた所為よ。謝る必要はないわ。……お会い出来て光栄よ、神薙双也さん?」

 

「…ありがとう。"双也"でいいよ。宜しく」

 

「ええ。私の事も"豊姫"でいいわ」

 

軽く自己紹介し、仲直りもかねて握手をした。

信じてもらえたようで何よりだ。

 

「…さて、依姫に会いたいんだったわね。行きましょうか」

 

「ん、ああそうだな。案内宜しーー」

 

く。という言葉は、目の前を通り過ぎた銃弾(・・)によって掻き消された。

そしてそちらを振り向けば、俺から見て近未来的な、様々な装備を着た月人たちが大量にこちらを見ていた。

 

「豊姫様! ご無事ですかっ!?」

 

「先程の地震と霊力反応は、その男から発せられたものです! 直ちに避難をっ!」

 

ーーああ、これも俺が招いた事か。

うん、マジでこれからは全開放しないにしよう。面倒事が多過ぎる。

 

…取り敢えず、どうしようか。

 

向こうはもう戦闘態勢に入っているわけだし、大体こういう状況に陥ると戦う以外選択肢が無くなってしまう。弁明しても大抵は聞き入れられないのだ。

 

"無力化だけして逃がそう"

諦めを込めた溜息を吐きつつ、俺は仕方なく刀の柄に手をかけた。

 

ーーしかし。

 

 

 

ポン「面倒臭そうね。ほっといて行きましょ」

 

 

 

イタズラをする前の子供のような笑みを浮かべて、豊姫は俺の肩に手を置きながらウィンクをした。

ーー瞬間

 

俺の視界はグニャリとねじ曲がった。

 

「目的の我が家までショートカットォ〜♪ 一名様ご案内よ♪」

 

豊姫の、そんな陽気な声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 




戦闘なんてカットです。大群相手に戦闘したら文字数が大変な事に……。

ではでは。


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第百三十四話 再会は嬉しく、楽しく

豊姫と幽々子さん、性格似てると思いませんか?

ではどうぞ!


〜数刻前〜

 

「ふぅ…」

 

月に存在するある建物、その一室。

そこには、椅子の背もたれに寄りかかって溜息を吐く一人の少女の姿があった。

目の前の机にはたくさんの書類が積まれており、芯が出たままのペンが置いてある事から、まだ書き途中だと窺える。その机の横には素人が見ても長いと思える様な物干し竿(長刀)が立てかけられている。

 

ーー綿月依姫。

 

薄紫色の長い髪を後ろで纏め、濃い赤色の服を着た、実質的に月を統治している姉妹の、妹の方である。

 

彼女は、積まれている書類の内右側の、左側と比べて半分以上残っている書類の山を見て一言、溜息ながらに呟いた。

 

「…………全く、お姉様ったら仕事を置いて何処に行ったのよ……って、海に決まってるか…」

 

 

"え?依姫私の仕事も引き受けてくれるの!? ありがと〜さっすが私の妹! じゃあお願いするわね! 宜しく〜!"

 

 

ーー彼女の姉、綿月豊姫が、去り際に残した台詞である。

 

勿論依姫は、返事などしていない。どころか、"仕事を引き受ける"とも言っていない。要は、姉に仕事を押し付けられたのだ。

最初の頃は彼女も怒ったのだが、いくら言っても聞かない上に何度でも繰り返す為、最早怒るのも億劫になってしまった。そんな自分に、依姫自身少しだけイラつきを覚えている。

 

「…はぁ…お姉様のあの性格、如何にかならないかしら…」

 

そんな、心からの愚痴を漏らしながら、依姫は仕事を再開するべくペンを取った。

 

ーーその瞬間。

 

 

ドウッ!!

 

 

依姫は、凄まじい大きさの霊力を感じ取った。

 

「ッ! …何…この、霊力…ッ」

 

思わず顔を顰め、依姫は手を胸に当てた。

距離は離れているはずなのに、胸を締め付けるような圧迫感を覚えてしまう。呼吸も少しし辛い程だ。

 

周りを見渡せば、部屋のあらゆる物がガタガタと揺れている。どころか、彼女の立つ地面すら揺れているようである。

 

「月が……揺れている!?」

 

これだけの霊力。これだけの圧力。

月自体が揺れてしまっていても不思議では無い。それ程まで強大な霊力であった。

 

ーーやがて、そんな霊力はパッと消え失せ、地震も収まった。ただ、この月に住む住人達の混乱は計り知れないだろう。

鉄壁を誇る月面結界の内側では、緊急事態などは殆ど起こらない。外から危険なウィルスがもたらされたとか、危険な殺人鬼が紛れ込んだとか、小さな事だろうと大きな事だろうと、緊急事態以前に起きる事がない。起こす要因がここに侵入できないのだ。

そんな状態でこのような事態になれば、町中が騒ぎ出すのは自明の理。今だって、依姫の耳には大量の警報ブザーの音が聞こえていた。

 

と、そんな時、部屋の戸が勢い良く開かれた。

 

「も、申し上げます! 先程の"地震の震源地"、及び"強力な霊力反応の発生地"は、静かの海と判明! 現在付近の兵がポイントへ向かっています!」

 

「! 分かりました。 私も直ちに向かいます。持ち場へ戻りなさい」

 

「はっ!」

 

依姫の命令により、兵は自らの受け持つ場所へと戻っていった。

兵の前では平静を装っていた依姫も、実は内心焦っている。ーー何せ、姉が居ると思われる静かの海での事なのだから。

 

依姫は手早く準備を始めた。

と言っても、彼女の武器は一振りの長刀のみ。立てかけられたそれを掴み、感触を確かめる。

武器、として加えて挙げるとするなら、それは彼女の能力だろう。

 

"依り代となる程度の能力"。

効果は単純明快。その身に神を降ろし、その力を借りる事。

下位の神から最高神レベルまで、様々な神を降ろすことができるこの能力は、言ってしまえば相当に反則級な能力である。極端な話、天変地異ですら起こせる可能性があるのだ。

彼女と相対する時には、百を超える神々との戦争を起こす覚悟が必要。ーーそう、月では噂されている。

 

刀の鯉口を切り、抜刀して軽く振り回す。

刃元がグラつくことも無ければ、曲がっている様子もない。つまり万全の状態である。

ヒュヒュッと振り回した後、静かに刀を収めた依姫は、俯く様にその柄を額に当て、目を瞑りながら、微かに呟く。

 

「………此度の敵は、とても強そうです。私が敵うか、分かりません。…でも、あなたが護ったこの月の民達には、絶対に手を出させないと、誓いました。………どうか、見守ってください、双也さん…」

 

それは一億年以上前から…彼女が地上を旅立った時から、強力な相手との戦闘前に呟く、暗示のようなものだった。

 

短い間、でもどの時代よりも充実した時間を共に過ごした友人への…自らがその強さに憧れた"英雄"への、誓いの言葉。

千年ほど前、死んだと思っていたその友人の生存を確認してからも、ずっと続けてきた誓いである。

 

「……よし」

 

気持ちを引き締め、刀を帯び、最早完全に戦闘モードへと切り替わった依姫。

侵入した強大と思われる敵の下へ向かうべく、その手を扉に触れた。

 

ーーと、ほぼ同時。

 

 

 

 

「あらあら、やっぱり依姫は生真面目ねぇ♪」

 

 

 

 

聞こえるはずのない声が、聞こえてきた。

 

「生真面目過ぎて、私達が居た事にも気が付かないなんてね」

 

それはもうとうの昔に聞き飽きた声。

最も身近な、家族の声。

 

振り向いた先には、姉である豊姫の姿があった。

 

「お、お姉様? 何故ここに…? 海に行ったのでは……って、お姉様! 怪我はありませんか!?」

 

「怪我なんて無いわよ、誰だと思ってるの。ココへは普通に能力で来たわ。面倒臭そうな状況だったからね」

 

「面倒…?」

 

いまいち要領の得ない言葉に、依姫は少しだけ首を傾げる。 たがそれも慣れた事。頭は良いくせに無邪気すぎるこの姉とのそんな問答など、星の数ほど経験しているのだ。

 

"こういう時は追求しないほうが良い"

頭が混乱するのを防ぐ為に、彼女がとっている豊姫対策であった。

 

「そんな事より…ね、依姫」

 

「…はい」

 

そっち(・・・)…見てみなさい♪」

 

「? ………ッ!!?」

 

言われるまま、振り向く依姫。

その表情は、姉への不思議そうなモノから一変。この世の核心を見たかのような、驚きに満ちたモノに変わった。

 

「ひ、久しぶり…依姫」

 

「…そ、双也…さん?」

 

彼女の瞳には、少しだけ引きつったような笑顔で挨拶する、友人(・・)の姿が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…なるほど、そう言う事でしたか。……相変わらず、馬鹿みたいな霊力をしていますね」

 

「あ、あはは…騒がせて悪かった」

 

「いえ、そんな大した事では…。むしろ、また双也さんと会えて嬉しいです」

 

同室、三人は腰を下ろして話していた。

侵入者と言うのが全くの無害であると分かったーー依姫の判断で、双也は客人とされているーー為、今現在の月の都は平穏を取り戻している。

警報ブザーが聞こえる事もなければ、騒ぎ立てる人々もいない。普段の月である。

 

「それにしても…師匠達を追いかけるのはやめて欲しい、ですか…」

 

「どうか頼めないか? あいつらは今平穏に暮らしてるんだ。邪魔を入れたくない」

 

双也が話した案件を、依姫は確認するように言直す。それに答え、双也は再度彼女に申し出た。

幻想郷の住民として、平和に暮らす永琳達の生活を壊したくないと考えた双也は、如何にかして彼女たちを守ってやりたかったのだ。

死ぬ事も出来ない身体になってしまって、その上かつての仲間から追われるなんて、彼から見ればとても辛い事だ。

彼が"一肌脱ぐ"と言い出したのも、そんな理由である。

 

「はぁ…」

 

依姫の溜め息。

双也には、肯定なのか否定なのか、決定付ける事は出来なかった。

 

 

ただーー彼女が薄く微笑んでいる事だけは、確認できた。

 

 

「双也さん」

 

「…ん?」

 

「私達姉妹が、どれだけ師匠の事を想ってるか、ご存知ですか?」

 

そう言う依姫の微笑みは、深い優しさを感じさせるものだった。

 

(はな)から、追いかけ回すつもりなんてありませんよ。今回の遠征だって、他の人達が騒ぎ立てるから行かざるをえなかっただけです」

 

「……! ありがとう依姫!」

 

座りながらも、双也は真摯な気持ちで頭を下げた。

本当は彼が言う事ではないのかも知れないが、彼にとっては、それくらい重要な事だ。

昔からの友人が悲惨な目にあった、なんて事があれば、どんな者でもいい気はしないだろう。

最も古くからの友人。その人の生活を護ろうとするのも、彼にとっては当然なのである。

 

「じゃ、真面目なお話はこれくらいにして、お茶でもしましょうか♪」

 

パチン、と、空気を塗り替えるように豊姫は手を打った。

勿論、反対する者は居ない。むしろその提案は双也と依姫にとってもうれしいものである。

約束も、ある事だし。

 

「ねぇ双也、あなたの話を聞かせて? 依姫ばっかりズルイじゃない」

 

「ん、あー別にいいぞ。何から話そうか」

 

「あ、それなら…稽古中のあの出来事とかどうですか?」

 

空気は一転、和やかなものになった。

いや、友人三人が集まる場としては、こちらの方が正しいかもしれない。

懐かしい友人と再開して、暗い話など寂しいじゃないか。

 

「そういえば、ねぇ双也」

 

「ん? なんだ豊姫」

 

会話に少し区切りが見えた折、豊姫は思い出したように双也に声をかけた。

その表情は、今からイタズラをしようとしているかのようなニヤけ顏である。

 

 

 

「依姫のアレ(・・)…聞いた感想は?」

 

 

 

依姫の肩が、ピクリと動いた。

 

「アレ? …あ、あー…アレか…うん…」

 

明らかに様子が変わった彼に、依姫は当然疑問を抱いた。困っていると言うよりは、何か戸惑っているような、そんな様子である。

…というより、自分のアレ(・・)とはなんの事だろう?

耳だけは話に傾けながら、彼女はそれを考えていた。

 

ーーが。

 

 

 

 

 

「うーん…まぁ、俺が信頼されてるってのは…よく分かった、かな?」

 

 

 

 

 

その言葉で、なんの事を指しているのかがハッキリと分かった。

 

ガタン、と、依姫は反射的に立ち上がる。

そしてその真っ赤に染まった顔は、ただ一点ーー双也に向けられていた。

 

「ま、まさか……私の暗示…き、聞いてたんですか…?」

 

「…ああ。初めから聞いてたな」

 

その答えを聞いた瞬間、依姫はボフッと頭から湯気を吹き出した。

まぁ確かに、彼女にとっては恥ずかしい事この上ないだろう。言うなれば、自分が憧れている証拠を本人の前で暴露しているに等しいのだから。

きっと霊夢がこの状況に陥ったならば、コンマ数秒後には既に弾幕が飛び交っている事だろう。

 

「わ、わわ、忘れて下さい双也さんっ!!」

 

「や、別に忘れなくても良いだろ。そりゃちょっとむず痒かったけど…」

 

「私が良くないんですっ! 良いから忘れてーー」

 

「まぁまぁ、良いじゃないの依姫? あなたの憧れは本当の事なんだし」

 

「何言ってるんですか!? そもそもお姉様があんなタイミングで来るのが悪いんじゃないですかっ!!」

 

「あら、私の所為にするの? さっき気絶しちゃったばかりの私にそんな仕打ちーー」

 

「仕事ほったらかしで海に行くのが悪いんじゃないですか!!」

 

ワーギャーと慌てる依姫の姿は、久し振りに彼女と顔を合わせた双也としてはとても面白おかしいモノで。

元気な彼女の姿を確認する事ができ、なんとなくホッとする双也であった。

 

「(あ、そう言えば……月夜と会ってないな…)」

 

ふと思い出したのは、月の神ツクヨミーー又の名を、伊勢月夜。

彼女もまた、双也が世話になった者の一人である。

正真正銘の神ではあるが、ほぼ確実にこの月に居るだろう。

 

「(あーでも、長居するとあいつらが心配するか…)」

 

"しょうがないな"

双也はそう結論付けた。

お互い位の高い神の一人。不死とは行かないまでも、時間なら無限にあると言っても過言ではない。

 

ーーなら、急いで会わなくてもいいか。ここにはまた来れるだろうし。

 

「わ、わー依姫!? こんな事で刀なんて抜かないでっ!?」

 

「お姉様? "こんな事"なんて言えるのなら、何時までもそのネタを引っ張るのは止めてくれませんか?」

 

「や、依姫怖いっ! 目が笑ってないっ!」

 

「あははは、何言ってるんですかーこんなににこやかじゃないですかー」

 

「そ、双也!! 助けてお願いぃ!!」

 

いつの間にか事件に発展しそうになっている二人を見、双也も思わず微笑んだ。

 

「(ふふ、全く賑やかな姉妹だな)」

 

そんな事を思い、再び輪に戻っていく。

 

「豊姫」

 

「な、なによ?」

 

「それは……自業自得って言うんだ」

 

「双也ぁぁああ!!」

 

"一日くらい、月に留まっても良いか…"

楽しそう(?)にはしゃぐ二人を眺めながら、双也はふと、そんな事を考えた。

 

ーー友人との再会は、やっぱり楽しいものじゃないとな。

 

彼の心は、異変の後とは思えない程和やかなものだったという。

 

 

 

 

 

 




むー、締めがやっぱり苦手ですね。
で、でもでも、昔よりは上手くなったんですよ…?

ではでは。



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第百三十五話 孤独の炎

んー、なんかとってつけた感がものすごい一話に…。
難しいですね、小説って。

では、どうぞ!


「さ…て、じゃあ帰るわ」

 

家の庭で、二人に向けて言う。

そう何日もここに居ると紫や永琳…あと霊夢もかな、あいつらが心配しそうだ。別れが辛くならない内に、ここを去ろう。

 

依姫はそれ程悲しそうな表情ではない。

まぁ、俺たちくらい長い付き合いだと、生きている事を確認出来ればそれで満足なのだ。きっと彼女も、そう言う事だろう。

 

対して豊姫は……少しだけ、むくれている。

なんだ…なんでそんな表情してるんだよ? 幽々子と似た性格してるから、こういう時何を考えてるのかよく分からない。

 

「…豊姫、なんでそんなにむくれてるんだ?」

 

「だって…せっかく知り合ったのにこんな早くお別れなんて、寂しいじゃない。 もう少し居ても良いのに…」

 

心なしか、彼女が不機嫌に見える。

"知り合った友達とすぐに別れる"。一応、そんな気持ちは理解できているつもりだ。だからこそ、そんな不快感を抱いている豊姫が不機嫌に見えるんだろう。

 

俺は、ポンと豊姫の頭に手を乗せた。

 

「…?」

 

「まぁ、お前の気持ちも分からなくはない。むしろ、だからこそ今行くんだよ。先延ばしにしたら、ずっとここに留まっちまいそうだからな」

 

「……………分かったわ」

 

まだ少し不機嫌そうだったが、ある程度は納得してくれたらしい豊姫から手を離し、俺は天御雷を抜いた。

 

「……またいつか、双也さん」

 

「ああ、元気でな。依姫、豊姫」

 

"月夜にも宜しく伝えといてくれ"

そう言い残して、俺は黒い裂け目に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

裂け目から出ると、そこは人里と博麗神社を繋ぐ獣道だった。

周囲からは虫の声がチチチチと聞こえ、肌寒い空気が身を包んでいる。

ーー雲一つない、綺麗な夜だった。

 

「あっれ…時間感覚が狂ってんのかな…昼間だと思ったけど…」

 

うーむ…今度月に行く時はその事にも注意しておこう。今は別に、昼でも夜でも関係ない。帰るべき場所に辿り着けた、それが大事だ。

 

ーーさて、我が家に帰ろう。

 

紫や霊夢への報告はーー怒られそうだけどーー後にして。

そう考え、魔法の森へと向かおうと足を向けた。

 

のだが。

 

「……? 火…? あそこは…竹林か」

 

真っ暗で静かな夜の風景に、チラと赤く揺らめくものが見えた。

この距離で見えるくらいでは、実際の大きさは相当なものだろう。

 

「(幸い、みんな寝静まってるみたいで騒ぎにはならなそうだな)」

 

……でも、気が付く奴も同様にいない。

なら、火事になる前に俺が消してこよう。正直、確実に迷っちまうあんな傍迷惑な竹林焼けてもいいと思ってるが、そうなるとあそこに住んでる輝夜たちやてゐも困ってしまうだろう。

水はまぁ…"水の性質"と何かを結合させりゃどうにかなるか。

 

「こんな夜中に火…いや、ありゃ炎か」

 

ーーもしかして。

 

頭に過ぎった予感をしまい込み、俺は急ぎその火の元へと向かった。

 

 

 

 

「うわ…こりゃまた」

 

辿り着いた場所は既に大部分が焼け焦げ、広い竹林にポッカリと穴が開いたようになっていた。

竹林がこのレベルで焼けているとなると、その炎は相当に強力なものだったのだろう。熱で焼けただけではこうはならない。

 

少しだけまだ燃えている部分があったので、地面に降り立ち、"空気と水の性質を結合"ーー自分でも原理が分からないがーーさせ、残り火を消した。

 

ーーさて。

 

「あとはコイツ(・・・)…か」

 

焼け焦げた地面の真ん中には、ボロボロになった少女が、死んでいた(・・・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……? ここは…」

 

ある木造の建物の中。布団に寝かされていた少女は、静かに目を覚ました。

白く長い髪に真紅の瞳、リボンで髪を結んだその少女は、見慣れない天井に違和感を抱き、起き上がった。

 

「ん? お、目が覚めたか」

 

声のする方を振り向けば、そこには、台所と思われる場所で何やら家事をしている男の姿があった。

彼は、少女の意識がはっきりしている事を確認すると、お盆の上に水とお絞りを乗せて近寄ってきた。

 

「ほら、水」

 

「あ、ありがと…」

 

差し出された一杯の水を、少女は一気に飲み干した。

ただ、頭ははっきりしたが、それで少女の疑問が消えたりはしなかった。

ーーどうにも見覚えのある(・・・・・・・・・・)、この男は…?

 

「…あんた…私と何処かで会った?」

 

少女の問いに、男は少しだけ不思議そうな顔をすると、少し微笑んで、こう言った。

 

「ふぅ…俺の事忘れたのか? "妹紅"」

 

「? なんで私の名前ーーッ!!」

 

"妹紅"。

その単語(・・)に、少女ーー藤原妹紅は急速に記憶を呼び起こした。

人間のまま不老不死となり、狂ったような千余年の中で忘れてしまった記憶。

ーー今の彼女の、名付け親。

 

「…そ、双…也…?」

 

「せーかい。思い出したか?」

 

「………うん」

 

男ーー双也は、急速な記憶のフラッシュバックで痛めた妹紅の頭を、ポンポン優しく撫でた。

やがて痛みを耐え切った彼女を確認すると、双也はちゃんとその場に腰を下ろし、話しかけた。

 

「本当に久しぶりだな妹紅。森で別れて以来だから……まぁ千年は経ってるな」

 

「…うん、千三百年くらいじゃないかな。双也もここに来てたんだ」

 

「ああ、色々あったけどな。今はここに住んでる」

 

「ふーん…」

 

双也が未だに生きている事に対して、案外妹紅に驚きはなかった。彼が能力を使ったところを見たことがあるから、というのもあるだろうが、何より、自身が不老不死などという存在になっている事を自覚しているから、というのが大きいのだろう。

ーー望んでやった事では、あったが。

 

少しの間続いた静寂。

しかしそれは、妹紅にとって衝撃的な、双也の言葉によって破られた。

 

「……輝夜と、勝負したみたいだな」

 

「ッ!!? なんでそれ…!?」

 

妹紅は、ここへ来て初めて感情らしい感情を露わにした。

今までの、何処か生気の無い表情とは打って変わり、怒りにも近いと思える驚愕を見せた。

 

対して、そんな迫力のある表情を向けられたのにも関わらず、双也は何処か、悔やんでいるような表情をしていた。

 

「昨日の夜、お前が死んでいるのを見たからな。お前がそんなになるまで勝負する相手といえば、輝夜くらいしかいないだろ」

 

「…輝夜の事、なんで知ってる?」

 

「………………」

 

問いには、答えない。ただただ、俯くばかりだ。

しかし妹紅も、彼を問い詰めるようなことはしなかった。なんとなく、理由めいたものが頭に浮かんでいたし、彼が後悔や罪悪感を抱いている事は明白だったからだ。

 

暫くして、絞り出すような双也の声が、響いた。

 

「…恨んでくれても良い。お前がどんな気持ちだったかは知っていたのに……俺が、お前をこんな人生に導いたみたいなもんだ」

 

「……一つ、訊いていいか?」

 

双也は黙ったまま首を縦に振った。

 

「………私にとっての輝夜は、憎い相手。憎くて憎くて、人間を辞めちゃうくらいには恨んでる」

 

平穏を壊され、家族を壊され、その果てに人生を壊された。

妹紅にとって輝夜とは、間接的ではあれど、自らの全てを破壊した恨み尽きぬ存在。

双也もそれは、重々承知の上である。

 

彼は黙って、言葉を聞く。

 

「…なら、双也にとっての輝夜は?」

 

彼はまだ、俯くばかり。

 

「昨日あいつと殺し合いをした時…いや、もっと前からか…あいつ、地上に残った事を喜んでるみたいだった。……お前が悔やんでるって事は、あいつが地上に残る手伝いをしたのは双也だって事だろ?」

 

 

 

 

 

ーーあいつは、双也にとってそうするに値する存在なのか?

 

 

 

 

双也はようやく、ゆっくりと顔を上げた。

その目は真っ直ぐに妹紅を射抜き、その答えは既に決している、と暗に語っていた。

 

「…ああ。あいつは、大切な友達なんだ。困ってるところを、見て見ぬ振りなんてしたくない」

 

「……そっか、友だち…か」

 

口の中で転がす様に、妹紅は"友達"という言葉を反復した。

友達ーーそう呼べる奴は、今まで自分の周りにいただろうか。

 

「不老不死になって…最初の三百年はさ、身を隠していかないと自分にも周りにも迷惑がかかっちゃう毎日でさ。

次の三百年は、見つけた妖怪をひたすら殺し続けて、必死で自分を保って…。

三度目の三百年は、何にもやる気が出なくなって、ただただなんの意味もない時間を過ごして…。

そしてこの三百年…やっと輝夜を見つけて、復讐を始められたと思ったら、あいつも不老不死になってて……ホント、あいつの所為で私の人生は狂うところまで狂ったよ。……ホントに……殺してやりたい」

 

「………………」

 

「でも……それでも……双也にとってのあいつは、助ける価値のある"友達"…だったんだな。………なら、私がお前を恨むのは筋違いってもんなんだと思う」

 

"そりゃショックではあったけど"

そうはにかみ、妹紅は笑った。少し無理をしたような笑みではあったが、確かにそれで、双也の気持ちを軽くではあるが拭い去られた。

 

「恨んじゃいないさ。私が勝手に望んで、勝手に始めた事だから。むしろ、もう一度輝夜に巡り会えたのは双也のお陰と言ってもいい。気にしないでくれ」

 

「………………」

 

妹紅は、お盆に乗っているお絞りを解いてササっと顔を拭くと、立ち上がった。

怪我の痛みなど無いもののようにーーいや、実際無いのだろう。死んだら、元の体に蘇る。身体が変わってしまう事を悉く拒絶するーーそういう身体なのだから。

 

「腹は…減らないんだったな。もう行くのか?」

 

「うん。一応私も家があるし。ここに長居するのも悪いだろ?」

 

「別にそんな事はないけど……まぁ、お前がそう言うのならそれでいいか」

 

暗い空気が、少しばかりの明るさを取り戻す。

実際会話が明るいものへ変わったのもあるが、妹紅はもう一つ、自身で理由を察していた。

 

「(久しぶりに、"懐かしいと思える"奴に…会えた)」

 

不老不死となって幾星霜。常に孤独と一緒に過ごしてきた妹紅の心は、既に干からびてしまって、しわくちゃになっている。

だが、実に千三百年ぶり。人間だった頃の自分を知る、数少ない存在に出会えた事が、孤独を慣れてしまった彼女の心に響いた。

 

「(孤独に慣れるのは…まだ早いのかもな)」

 

少しだけ、乾いた心に潤いを得たような気持ちを感じながら、妹紅は双也の家の玄関を出た。

 

最早古びた我が家へ。飛び立とうとした折、双也の声に引き止められた。

 

「妹紅」

 

「ん?」

 

「……また何時でも来ていいからな。寂しい時は、誰かを頼れ」

 

「………分かった、ありがと双也。じゃあな!」

 

飛び立つ妹紅の背中に、双也は手を振って見送った。

 

また、輝夜と出会えば殺し合いを始めるのだろう。

それでどちらが死ぬのかは分からないが、どちらかは必ず死ぬ。

双也だって、本当はそんな事して欲しくはない。人同士が争って殺しあうなど、彼からすればどうしようもなく下らない。

 

でも、今の妹紅には何か目標が必要なのだと、彼は考えていた。

不老不死となって、きっと相当に辛い目にあっただろう。それで生きる意味を見失いかけた事もある筈だ。

薬を飲む前に忠告はした彼だったが、それで本当に理解していたかは怪しいところ。

そんな状態で千三百年。人間には長い数字だ。

 

「(でも、今約束した。なら、あいつを信じよう)」

 

生きる意味を見失いかけ、どうしようもなく寂しくなった時に"誰かを頼る事"さえできれば。

人の温かさを思い出すことができれば、きっと、殺し合いで自分を支えるなんて悲しい事をしなくて済むようになる筈。それを信じるしかない。

 

「……あいつも、俺の友達の一人だしな」

 

最早彼女に聞こえる事は無い呟き。

彼女が救われる事をひしと願い、彼は我が家へ戻っていった。

 

 

 

 

 




あれ、なんか最終回っぽい雰囲気が出てる…?
最終回じゃないですよ? まだ三分の一くらいお話が残ってますからね!

ではでは。


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第百三十六話 咲き乱れる幻想郷

もう少し続きますよ十一章! 続いて花映塚です!

まぁ、閑話とでも思って下さい。萃夢想と同じ扱いです。

では、どーぞ!!


月が変わる、という、幻想郷にとっては久々の大異変があった秋。

 

ーーは既に過ぎ去り、今年は無事に長引く事の無い冬を越え、幻想郷は、鮮やかな春を迎えた。

 

博麗神社に植えられた桜並木は、巫女である霊夢が掃除をするのも億劫になる程の花びらを落とし、最早"煌々"という言葉が当てはまりそうな程に、咲き誇っている。

 

「ぁあもうっ! やってらんないわっ!!」

 

ポイッと、霊夢は乱暴に箒を放り投げ、実に不機嫌な様子で縁側にドスッと座った。そうするなり、彼女は隣に置いてある三色団子をぶんどり、むぐむぐと食べ始める。

同じく縁側に座り、お茶と三色団子ーー本当は双也の物ーーを頬張りながら、掃除する霊夢を眺めていた双也は、団子がぶんどられた事には何も言わず、不機嫌極まる妹分に話しかけた。

 

「毎度お疲れ様。あと一息だぞ」

 

「〜っ何言ってんの!? 一息どころか一部も終わってないわよ! つーかいつまで経っても終わらないわよこんなのっ!!」

 

「まー掃いた端から落ちてくるからな。キリがないのは確かだ。 でもさ、それが巫女の仕事だろ?」

 

「私はさっさと終わらせて家の中でゆっくりしたいの!」

 

もう一つ、団子をぶんどって頬張る霊夢。

双也はやっぱり、なにも言わなかった。

ーーと言うのも、彼は霊夢が今日だけでどれだけ苦労しているのかを知っているからだ。

 

今日だけで既に、霊夢は神社の一面を十回は往復している。つまり、今日だけで十日分の掃除をやり終えた計算になる。

そりゃ、双也にだって情は湧くだろう。いやいや言いながら十回も掃除し終えた妹分を眺めていれば。

 

「むぅぅ〜、でも終わらせないと紫にもなんか言われるし…」

 

「なんだかんだ、紫はお前の事気に掛けてるからな。うるさくはなるだろ」

 

「同情するなら代わりにやってよ」

 

「………まぁ頑張ってたからな。ちと待ってろ」

 

 

…………………。

 

 

「え、ホントにいいの!? 絶対断ると思ってたわ!」

 

1テンポ遅れて、霊夢は歓喜と驚愕を合わせた表情を双也に向けた。

その喜び様に内心"やれやれ"と言い零しながら、彼は立ち上がって花びらが少し山になっているところへ歩み寄った。

そしてそこに指を軽く突き刺し、一言。

 

「"落ちた桜の花びらをこの場所に結合"」

 

瞬間、霊夢が掃き切れなかった花びら達が突然蠢き出し、遂には独りでに宙に舞った。

そして一瞬静止したかと思うと、今度は我先にと花びらの山の元へと飛んでいく。

数秒後の博麗神社の庭は、石畳と砂利が敷き詰められたいつもの風景に戻っていた。

 

「はい終わり。頑張ったご褒美な」

 

「…双也にぃ」

 

「うん?」

 

「今度からウチの神主にならない?」

 

「丁重に断る」

 

"俺はマイペースに生きたいんでね"

微笑む双也に、ちぇっ、と霊夢は軽く悪態をついた。

 

「それはそうと、霊夢」

 

「なに?」

 

「仕事終わりで悪いが、この神社からの景色を見て何か感想は?」

 

神社から一望できる幻想郷の景色を指差し、問う。

博麗神社は幻想郷の最東端に位置し、そこへは長い長い階段を登る必要がある。故に、贅沢にも博麗神社からは、色鮮やかな幻想郷を見渡す事が出来るのだ。

 

朝から掃除の事ばかりが頭を支配し、いつものお気楽思考が抜けきっていた霊夢は、"何を今更"と思いながらも、気分転換がてらその景色を覗き込んだ。

 

「感想って…いつもの平和な幻想郷じゃない」

 

「そうだな、確かに平和だ。でも、もう少し目を凝らしてみろよ」

 

「? 別に何もーーん?」

 

促され、それを不思議に思いながらも凝らした霊夢の目は、確かにおかしなものを映し出した。

 

「な? 平和だけど、変だろ」

 

「ええ……何でこんなに…花が咲いてるの?」

 

春の定番、桜などはいざ知らず。

夏に咲くはずの(すみれ)

秋に花を付ける椿(つばき)に、

冬を彩る胡蝶蘭(こちょうらん)

 

二人が見渡した幻想郷は、それら全てが花開き、季節など関係ないとでも言うように咲き乱れていた。

 

「もう一度言う。仕事終わりで悪いが(・・・・・・・・・)、この景色の感想は?」

 

「……最っ悪よ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、ホントに行かない気か?」

 

「行かないったら行かないの! もう今日は疲れたから魔理沙辺りに任せるわよ!」

 

「…全く…」

 

はぁ、と双也は駄々をこねる霊夢に溜息を零した。

博麗の巫女がこんなんで良いのか…。

そう思った彼は、すぐに"まぁ霊夢だもんな…"と考え直すのだった。

 

 

 

『………最っ悪よ!』

 

すぐに異変だと確信した霊夢は、皮肉交じりに叫び散らした。双也も、仕事終わりにこんな事を言うのは気が進まなかったのだが…世の中そんなに甘くない。

彼女の機嫌も承知の上で、仕方なしに、促した。

 

更に気分を損ねた霊夢は、ズンズンと荒い足取りをしながら境内に戻っていった。

支度かな…なんて思って、暫く待っていた双也だったが、どれだけ経っても戻って来ない。

訝しく思った双也が境内に戻ってみると、霊夢は眉根を寄せたままお茶を啜っていたのだ。

 

『……何してんの?』

 

『お茶…!』

 

『異変は?』

 

『行かない!』

 

『…なんで?』

 

『…疲れたから!』

 

頑として、霊夢は動こうとしなかった。最早意地になっているみたいに、立ち上がろうとしない。

 

『そもそも何の危険もないじゃないっ! 行く必要性皆無だわっ!』

 

"ああ、これはダメなやつだ"

霊夢の言葉を聞き、双也はふっ、と思った。

彼女の性格なのか、それともその能力ゆえなのか、霊夢は自分の中で決めた事は中々曲げない。

良くも悪くもではあるのだが、双也に劣らず面倒臭がりな彼女は、比較的悪い方向に頑固な事が少なくないのだ。

 

双也が見てきた霊夢の中でも、こうなった場合は特にそうで。

 

自分が説得するのを無意味に思った彼は、最終確認の意味も込めて、聞いたのだ。

"本当に行く気は無いのか"と。

 

答えは案の定、であった。

 

 

 

 

「紫になんか言われても知らないぞ?」

 

「ふん!」

 

「……分かった。行ってきます」

 

少しばかりの残念感を抱きながら、双也は異変解決をすべく飛び立った。

 

未だ不機嫌な霊夢は、その背中を横目で見つつも、眉根を寄せながらもう一度。

 

「…………ふん」

 

しばらく神社には、お茶を啜る音のみが響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、じゃあ…何処から行くか」

 

博麗神社を出発した双也は、上空を飛びながら、今回の異変について考察をしていた。

 

今回は、季節を問わず様々な花が、そこら中で咲き始めるという異変。

ーーと、人里の人間達は思っているのだろうが、実は違う。花が咲くのは、言わば二次被害なのだ。

 

「花を咲かせてる…っていうか、花に取り憑いてるんだな、あの魂達は」

 

この異変の真の内容、それは、どういう訳か魂が溢れかえり、幻想郷中に満ちてしまっている事だ。

それらが行き場を無くした結果花々に取り憑き、季節を問わずに花を咲かせている。

 

それをしっかりと考慮した双也は、これから行く宛てとして、取り敢えず二つの場所を思い浮かべた。

 

「魂と言えば、あそこ」

 

ーー本来幽霊が存在すべき場所。

 

「そして花と言えば……………あそこ、か」

 

ーー太陽のような背の高い花が広がる場所。

 

そちらに関しては正直、彼としてはあまり行きたくはない場所だった。

なら自然と、向かう先は決まってくる。

 

「じゃあ先ずは、あいつの所を尋ねよう!」

 

"嫌なところは後回しだ!"

そんな言葉は、胸の内にしまって。

 

双也は片足を踏みしめ、結界の穴があるであろう方角を見据えて、飛び出した。

 

「またなんか、やんちゃしてるんじゃないだろうな……幽々子」

 

一抹の不安を抱えながら、双也は冥界が白玉楼へと急いだ。

 

 

 

 

 




思ったのですが、紅魔郷は"紅霧異変"、妖々夢は"春雪異変"、永夜抄は"永夜異変"…と来たら、花映塚や風神録って"何異変"なんでしょうね?

知ってる方、居たら教えてくれると嬉しいです。

ではでは。


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第百三十七話 美しい花には棘がある

と、特に書くことが無い……。

ではどうぞ!


永遠に続くかと思われる程の長い長い石階段を抜け、最近は少し丸くなった様子の剣士を退けると、大きな冥界の屋敷、白玉楼に辿り着く。

冥界の果たす役割の中心部にあたるここには当然、今日もたくさんの人魂たちがユラユラと踊っていた。

 

"役割"、というのは、魂が一時(いっとき)止まる世界として場所を与える事。そしてーーその幽霊達が好き勝手しない様、管理する事である。

 

そしてその役割を一手に担っているのが…

 

 

「私は異変なんて起こしてないわよぅ」

 

 

白玉楼の主、西行寺幽々子。

生前持っていた"死霊を操る程度の能力"に目をつけられ、冥界の永住を許された亡霊。ーーと同時に俺の友達。

 

今回の異変に"魂"が絡んでくるとなると、取り敢えず彼女の下を訪れるのは当然だ。何たって、彼女の怠慢一つで幽霊が暴れ出す可能性もあるのだから。

まぁそんな事はないだろうけど。

 

「ホントに何もやってないのか? だって魂が溢れてるんだぞ?」

 

「むしろ、私が何もしてなかったら、今頃幻想郷は多過ぎる幽霊の所為で気温が下がって、もう一度冬を迎えているところだわ」

 

「む、確かにそうだな…」

 

彼女の反論に、俺は頷く事しか出来なかった。

"幽々子が今管理しているからこそ、この程度の量で済んでいる"と考えた方が良いのかもしれない。それでも相当な量ではあるが……仮に冥界の幽霊たちまで幻想郷に流れ込んだら、なんて…………考えてみたら恐ろしい。現代人では発狂モノだろうな。そこかしこに幽霊が居るんだから。

 

「うーん、じゃあ幽々子は犯人じゃないって事で、御暇するよ。疑って悪かったな幽々子」

 

「ホントよ。私を犯人と疑うなんて、失礼しちゃうわ」

 

「………いや、前科があるんだからそれは言えないだろ」

 

「過ぎた事は気にしないの。じゃあ異変解決頑張ってね双也」

 

"ああ、じゃあな"

軽く手を振る幽々子に、俺も手を振り返しながら白玉楼を出た。

妖夢は相変わらず門の前で掃除兼門番をしていたが、全く捗っていないようだった。やっぱり門番は退屈らしい。

少しだけ応援の言葉を送ってやり、冥界を出た。

 

「さて、そうなると………行くしかないのか…ちくしょー…」

 

幽々子の仕業でない。そうなると、俺は必然的にもう一つの方へ行かなければならなくなる。

……ヤバい、あいつに会うのやっぱり怖いわ。

 

次の目的地を探して辺りを見回す。結構高い所にいるので、幻想郷の大体の範囲は見渡せる。

 

「(……あった)」

 

目指すべき次の場所。

それは、黄色のカーペットを敷いたかのような、美しい向日葵畑だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズズズズ……。

そんな音が、未だ響いている。双也が能力で集めた桜の山は放置してあり、せっかく見えた石畳も、新たな花びらにその面を隠してしまっていた。

境内の中では勿論ーー霊夢が未だ、不機嫌そうにお茶を啜っている。

 

ズズズ…「…………………」

 

「………………」

 

ズズッ、ズー「…………………」

 

「………………」

 

「…………………何よ、文句あんの()

 

やっとお茶から口を離した霊夢は、正面に座ってジッと彼女を見ていた妖怪ーー八雲紫に声を掛けた。

"声を掛けた"…そう言えば聞こえは良いが、どちらかと言うと"悪態を付いた"の方が正しい。実際霊夢は、異変の事にも紫の事にも、始終イライラしっぱなしだったのだから。

 

「いいえ、文句なんて無いわよ。ただ、あなたには他に為すべき事があるのではないかしら?」

 

「…相変わらず回りくどいわね。異変に行けっていうんでしょ? 行かないわよ私は」

 

「誰もそこまで言っていないわ。少なくとも、掃除が終わっていないようでは…ね」

 

含んだような言い方で、紫はにやけ顔を霊夢に向けた。

何時ものからかい文句だとは分かっていながらも、今の霊夢には、文句を言わないなんて事は出来なかった。

 

「うるっさいわね! 師弟そろって何なのよあんたらは! あんなの終わんないわよ! 文句言うならあんたが代わりにやれっ!」

 

「はい♪」パチン

 

ドサッ

 

紫の小気味良い指打ちの直後、霊夢はそんな重い音を聞いた。音源であるだろう外を見てみればーーそこはいつもの博麗神社。砂利と石畳が美しく並べられ、その傍に桜の山が出来ていた。

 

「霊夢、これで異変解決に向かえるわね♪」

 

「…………これだから人外は…」

 

こいつらは皆、人間に出来ないことを平気でやってしまう。そんな、人間と妖怪の違いに改めて気が滅入ってしまう霊夢。その所為か、イライラもフッと覚めてしまっていた。

 

ともあれ…

 

「異変には行かないって言ってるでしょ。今日はもう十分頑張ったもん」

 

「……まだそんな事を言っているの? 博麗の巫女ともあろうものが……霊那なら、私がこんな事を言わなくても出発しているわよ」

 

「うっ…お母さんは関係ないじゃない! 兎に角、行かないったら行かない!」

 

そう言い、霊夢はまたお茶に口を付ける。その余りにも懲りない姿に、紫はただただため息を吐くばかりである。

 

ーー仕方ない。

 

紫は、最終手段に出た。

 

「ねぇ霊夢」

 

「…何よ」

 

「あなた、このままだと魔理沙に抜かされるわよ?」

 

 

霊夢の、お茶を飲む手が止まった。

 

 

「…いや、そんなこtーー」

 

「霊那にも、永遠に追いつけないわねぇ」

 

「うっ…」

 

「こんな分かりやすい異変では、あなたが仕事をサボってるって丸分かりね」

 

「ううっ!」

 

明らかに反応を見せる霊夢の様子に、紫の口元はますます歪む。

 

ーーそして、極め付け。

 

 

「双也にも、呆れられちゃうわよ?」

 

 

「……………ッ!!」

 

最早、霊夢には声も出ない。

長い間彼女を見てきた紫は、彼女が"そういう攻め"に弱い事を良く知っていた。

一度使ったら、その後は中々使えないが故の最終手段であったが、一度この事を弁えてくれれば、その後はもう問題ないだろう。

霊夢は結構、負けず嫌いな性格だから。

 

「ぅぅう…! 分かったわよ! 行けば良いんでしょ行けば!」

 

「そう、行けば良いのよ」

 

腹の立つ紫の微笑みは一先ず無視して。

霊夢はいやいや言いながら、準備を済ませた。

 

「終わったらなんか良い物寄越しなさい」

 

「はいはい、分かったわよ。じゃあ頑張ってね♪」

 

「ふんっ」

 

"まぁ、私が何かしなくても双也がご褒美あげそうだけど"

そんな事を思いながら、紫は青い空に消えていく霊夢を見送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

向日葵、向日葵、向日葵。

どうしようもなく、向日葵。

 

本当に向日葵ばかりが植えられて、その全てがとても元気に育っているものだから、この花畑は一般的に、"太陽の畑"と言われている。

 

花畑、と侮るなかれ。

その単語を聞いて、ぜひ行ってみたい、なんて思ってはいけない。況してや、一本欲しいなんて以ての外だ。

何せここは、幻想郷でも屈指の(・・・)危険地帯なのだから。

"美しい花には棘がある"とは、よく言ったものだ。

 

「ここは本当に久しぶりだなーーって、蘇るのに千年もかかったんだから、基本どこも久しぶりか…」

 

そんな花畑の入り口に、双也は降り立っていた。

ただ、その一歩を踏み出せずにいる。

 

入ったら、事がどう転がっても必ず戦闘になる。 それが弱小妖怪なら問題は無いが、タチの悪い事に、ここで遭遇する妖怪は大妖怪中の大妖怪。

身体能力と戦闘センスなら、右に出る者はいない程の強者である。

 

「…………立ってても始まらない」

 

意を決した双也は、少し気後れしながらも一歩踏み出した。周りの気配に気を配りながら、ゆっくりと、その向日葵で出来た美しい道を歩いていく。

 

「…ここは変わらないな。前来た時と同じ、良く育ってて元気だ」

 

前に来たのは…花と種を取りに来たんだったな。

懐かしい記憶を思い出しながら、目的の人物を探して歩き回る。

そうして進みながら、双也はその時あった事も同時に思い出していた。

 

ーー即ち

 

 

 

 

ガアァンッ!!

 

 

 

 

大妖怪との、凄絶な戦闘を。

 

双也の背後から振り下ろされた"傘"は、しかし彼に届く事はなく、交差するように発動した結界刃によって受け止められていた。

微動だにしない双也の手は、僅かに天御雷の鯉口を切っている。

 

「…久しぶりだな、花妖怪」

 

「久しぶりね、現人神」

 

ヒュンッと、振り向き際に放った旋空により、襲い掛かった花妖怪ーー風見幽香(かざみゆうか)は少し離れた所へと弾き飛ばされた。

 

しかし、彼女は空中で体制を立て直すと同時に能力を発動した。

双也の目の前の地面から、鋭くて太い植物の根が飛び出し、一斉に彼へと襲い掛かる。

 

「破道の三十一『赤火炮』」

 

根は、双也にその牙を突きつけることなく、彼の破道によって焼き焦がされた。

攻撃をした張本人である幽香は、着地したその場で、攻撃を防がれた事には特に驚きもせず、口元を歪ませながらその様子を見ていた。

 

「ふふっ、腕は鈍っていないようね。安心したわ」

 

「……お前こそ、昔から変わらないようで安心したよ」

 

皮肉を込めた言葉で、双也は幽香に応えた。

全く、戦いと花が好きなところは昔っから変わっていないではないか。むしろ、いきなり襲い掛かってくるあたり昔よりタチが悪くなっている気すらする。

正直に言って変わっていて欲しかった所には何も改善が見られず、むしろ強さに拍車がかかった様子の幽香に、双也は嘆息した。

 

「なぁ、俺は訊きたいことがあってここに来た訳で、別に戦いたい訳でもなければ花を取りたい訳でもないんだが」

 

「そうでしょうね。前に会った時、あなたは花達の事を考えながら戦ってくれたし、好戦的にも見えなかったもの」

 

「……じゃあなんで襲ってくるんだ」

 

「決まってるでしょう?」

 

傘の先端ーーいや、銃口(・・)が双也へと向けられた。

 

「私が、戦いたいからよ!!」

 

刹那、幽香の銃口から嵐の様に妖力弾が放出された。

彼女の妖力から考えて、その一発で中妖怪、もしくは比較的力の弱い大妖怪すらも倒せるだろう。

 

紫同様、である。

千年以上の時を生きた幽香は、どの要素を鑑みても、文字通り他と隔絶した実力の持ち主なのだ。

 

「後にも先にも、私が敗北を喫したのはあなただけ! なら、あなたにはリベンジさせて貰わなければならないわ!」

 

幽香のテンションは、そんな理由から最高潮にまで高まっていた。 誰にも負けなかった自分が唯一負けた相手。周囲に戦闘狂とまで言わしめる彼女にとって、戦う理由はそれだけで十分だった。

全力を出すべく、妖力弾はひたすらに双也を狙う。

 

「ちっ…分かってはいたけど、やっぱり他の奴とじゃ次元が違うな」

 

「避けてばっかりね。もう手詰まりなのかしら?」

 

「ンな訳ねーだろ!」

 

無限流と瞬歩を用い、弾幕をひたすらに避けていた双也は、そう言って霊力を一気に三割解放した。

 

強過ぎる霊力の衝撃波ーー霊撃が、幽香の弾幕すらも一気に消し去る。

 

「俺が勝ったら、大人しく答えてもらうからな!」

 

「私が知ってる事ならね!」

 

一瞬作った弾幕の隙を突き、瞬歩で一気に距離を詰める。

そこから放たれた双也の斬り上げは、しかし幽香の傘に受け止められた。

吹き飛ばなかった事に少しだけ驚愕するも、双也は斬撃を重ねていく。幽香も同じく、傘を双也に叩きつけていく。

 

「っ…無限流にここまで付いてくる奴は初めてだ!」

 

「この蒼い刃の事かしら? 霊力が集まる瞬間に反応すれば全く問題無いわ」

 

「っ! そう言われるのも初めて、だっ!」

 

埒があかないと判断した双也は、剣撃の合間、ギャリンッ! と多量の結界刃を一気に幽香へと仕向けた。

しかし、というのか、彼女は双也の予想に反する事なく、発動前に見切って上空へと避けて見せた。

 

軽く着地したその顔は、双也が昔対峙した時のそれよりも、狂気的な深い笑みをたたえていた。

 

「ふふ、前よりも強くなった私のマスタースパーク…喰らいなさいな」

 

彼女の背に大量の植物の根が迫り出した。

その砲門にも見えるそれの中心で、銃口が、重く激しい光を放つ。

 

「華砲『グロウルートブリッツ』」

 

銃口の光が一層強くなったかと思うと、それは瞬時に炸裂し、背の太い根が飛び出す(・・・・・・・・・・)のと同時に(・・・・・)巨大な閃光を放った。

根が砲撃を押し上げ、砲撃が根を引っ張り上げ、相乗効果を生み出しながら掛け算式に威力を跳ね上げていく。

 

迫り来るその圧倒的な火力を見つめ、双也は霊力を、更に一割解放した。

 

「成る程、お前にはここまでの手加減は必要無いらしい」

 

突き出された彼の手、そしてその周囲に、チカチカと、丸みを帯びた沢山の霊力が光った。

 

「光滅『無限装弾虚閃(セロ・メトラジェッタ)』!」

 

先の幽香が"妖力弾の嵐"なら、こちらは"霊力砲の嵐"。

掌に光る霊力の玉は、その大きさからは想像出来ないほどの強力な霊力砲を、マシンガンさながらに撃ち放った。

 

幽香の技も、一般的に見れば途方もなく強力な技だ。大妖怪中の大妖怪である、幽香の本気の技なのだから、当然と言えば当然だ。

しかし、その彼女の何倍も生きた双也には、届かない。

技を、力を、能力を、鍛え続けた彼には、届きようもない。

 

互いの砲撃は、拮抗しているかのようだったが、確実に、幽香の砲撃が削られていきーー遂には、完全に呑み込まれた。

 

「……ふふ、ここまで本気になっても勝てないなんて…。 最早、尊敬に値するわね」

 

リベンジは果たせなかった。

でも、本気でぶつかっても勝てなかったのなら、それはもう清々しいくらいに吹っ切れてしまった。

 

狂気的な笑みではなく、やりきったという感じの微笑みを浮かべながら、幽香は、その嵐に身を沈めた。

 

 

 

 

 




ちょっと戦闘がさっくり過ぎましたかねー。
まぁ閑話扱いですから、これくらいがちょうど良いのかも知れませんね。

………と、言い訳してみる。

ではでは。


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第百三十八話 自分に出来る事

花映塚はこれでお終い。
と同時に今章最終話です。
なんだかんだ言って前章と同じくらいの長さという…。

あと、お気に入り件数ついに500件突破っ!!!
ホントに有り難うございます!! 感謝感激でございますです私っ!!

ではどうぞ!


「…思わぬヒントを貰ったな」

 

太陽の畑を離れ、俺は次なる目的地に向かって飛んでいた。 幽香との戦闘が終わった時点では、むしろ次にどうすれば良いのか迷ってたくらいだったのだが、彼女との会話の中で、思い当たる場所を見つけたのだ。

 

ーー時は十数分前に遡る。

 

 

 

 

 

 

『……え? 今なんて?』

 

『だから、私は何にもしていないって言ってるのよ』

 

『こんなに花が咲いてるのに?』

 

『花は私が何かしなくても咲くでしょう?』

 

『ぐ…』

 

幽香との会話は、こんな感じで始まった。

回りくどく問い詰めるのも野暮……と言うより俺が苦手なので、単刀直入に訊いたのだ。

 

"この異変を起こしてるのお前か?"

 

ーー答えはあの通り。

 

実にサラッと、空振りしてしまった。

俺は多分、無意識に溜息を吐いていたと思う。面倒な戦闘をしてまで問いかけたというのに、こんな報われないオチでは気も滅入るというもの。

 

ふむ、こんな時は花でも見て落ち着こう。幸いここには綺麗な花たちが沢山あるんだ。

 

『本当に、ここの花達は綺麗に育ってるな』

 

『あら、この私が育てているんだから当たり前よ。伊達にフラワーマスターなんて呼ばれていないわ』

 

『ふっ、それもそうか。流石は幽香だ』

 

本当に、流石だと思う。

能力による補助はあるとは言え、数万本はあるかと思われるこの向日葵達を一人で管理していると思うと、彼女の花達への愛情が手に取るように分かる。

……せめて、普段の怖い一面さえ無ければ、幽香は普通の、"花の似合う美人"という事で落ち着きそうなのだが。

まぁそれは願っても仕方がない事か。

心の中でそう結論を出した俺は、ふと、気になることを思い付いた。

 

『なぁ幽香、他の種類の花はどこに植えてあるんだ? まさか向日葵だけって事もないだろ?』

 

『勿論よ。向こうの花壇に植えてあるわ。普段はまだ花を咲かせてはいない時期なのだけど、この通り異変のお陰で珍しい光景を楽しませてもらってるわ』

 

『……お前にとっては嬉しい限りか』

 

軽く会話を交わしながら、その花壇の方へ歩いて行った。

とても先程戦ったばかりとは思えない空気だが、そもそも俺は、幽香の事は怖いだけで嫌いではないし、多分向こうも俺の事は嫌いな訳ではないはず。

となれば、言わばもう仲直りしてしまった俺たちが普通に話して歩いているのも別段不思議ではない。

 

まぁ、不思議に思う第三者が、そもそも居ない訳だが。

 

『さ、ここよ。綺麗でしょう?』

 

『………こりゃ凄いな』

 

俺の視界に映ったのは、赤、青、黄に始まり、橙、紫など、とてもこの世の物とは思えない程美しい光景だった。

季節を問わずに花が咲く異変の為、いつでも何種類もの花を育てている幽香の畑は、"美しい"という意味ではとんでもない事になっていたのだ。

 

『ほ、ほんとにすごいなコレは。こんな光景見たことないぞ』

 

『そりゃ、普通ならありえない光景ですもの。この光景をとっておけるような道具が存在するなら、どんな事をしてでも手に入れるところだわ』

 

『そ、そうだな…』

 

"実は外の世界にはある"なんて、言ってはいけない気がした。そんな事を言えば、きっと彼女は紫を脅してでも外の世界へ行き、そして強盗でもして帰ってくるのだろう。

……それぐらい、本気の目をしていた。

 

と、そんな会話を繰り広げながら花を眺めていると、俺はふと、ある花に目を留めた。

 

赤い花びらが上を向くように大きく開き、雄しべが燃え上がる炎の様に逆立った一輪。ーー彼岸花。

 

『(あれ…彼岸花…?)』

 

どこか頭の中に引っかかる感じがした。何か忘れているような、そんな感じ。

彼岸花をジッと見つめて考え込んでいた為か、そんな俺の様子に幽香も気が付いたらしい。

 

『あら、彼岸花? 私もその花は形が整っていて好きな部類よ。ここら辺だと……再思の道辺りに咲いていたわね』

 

『再思の道?』

 

初めて聞く言葉に、俺は問い返した。

百年近くも幻想郷に住んでいるのに、未だに聞いた事のない地名がある事に内心驚いた。

 

『ええ。魔法の森の奥の奥へと進んだ先にある道の事よ。そこを歩いて行くと、無縁塚(・・・)っていう場所があるわ』

 

『あ、無縁塚…!』

 

その単語を聞き、全ての引っ掛かりが解けた気がした。

 

彼岸花、無縁塚、そして……魂。

思い当たる場所が、もう一箇所ある事に気が付いた。

 

『ありがと幽香! 助かった!』

 

『え、ええ。また来なさい双也』

 

『戦わないならな! じゃ!』

 

それだけ言い残し、俺はすぐに飛び出した。

二箇所を回って空振りした事など、最早微塵も悲しく思わなかった。

魂の事なら、この異常事態の事なら、答えられそうな人物に、会いに行くのだから。

 

 

 

ーーそして、現在。

 

 

 

「灯台下暗し…は少し違うけど、我が家の裏手にヒントがあったとはなぁ…」

 

再思の道。

異変の影響なのか、それとも年中コレなのか、道の脇には大量の彼岸花が咲いていた。

彼岸花は確か、軽い毒がある花だった筈。俺には効かないと思うけど、念の為入るのはよしておこう。

 

少しばかり、その赤色の美しい光景を眺めながら、てくてくと進んでいった。

 

 

 

 

しばらく歩くと、迫り出した岩の上に誰かが寝そべっているのを見つけた。赤い髪をツインテールで纏め、左右逆襟の縁起の悪い着方の服、そして何より、立てかけられた歪な鎌。

 

ーー見たことあるぞ。つーか知り合いだぞ。

 

ぐがーと寝息を立てて、相変わらずサボりまくっているらしい彼女に歩み寄った。

 

そうしてする事など、一つだけだ。

 

「すぅぅ〜〜……起きろ小町ぃいっ!!!!」

 

「うひゃぁあぁああゴメンなさい映姫様これにはふかぁ〜い訳がありまして…………って、あれ?」

 

飛び上がり、息もつかずに勢いよく頭を下げた少女ーー小野塚小町。一応だけど、俺の部下に当たる死神だ。

小町は、見つかった時の言い訳として考えていたのか、妙に流暢な弁明を言い始めると、途中で顔だけを上げてこちらを見てきた。

 

「よっ、小町。久しぶり」

 

「だ、旦那じゃないか! ひっさしぶりぃ!!」

 

さっきまでの焦り様は何処へやら、小町は昔から変わらないフレンドリーな挨拶を返してきた。元気そうで何より。

 

……一応、俺上司なんだよな…。

 

「小町、相変わらずサボりまくってるみたいだな」

 

「さ、サボりまくっちゃいないさ! ただちょっとぉ…休憩をもらってるというか…」

 

「要するにサボってるんだろ」

 

「…そうとも言う」

 

にへら、と、小町は半ば諦めたような笑みを浮かべた。全く、映姫だって結構叱ってるだろうに、まだ懲りてないのか。流石はサボマイスタだ。

 

「はぁ…小町、仕事ってのはやらなきゃいけない事なんだよ。自分の好き勝手ばかりやっても、自分の存在意義を失うだけだぞ?」

 

「うっ………で、でもさ! 旦那はこんな事で怒ったりしないでしょ?」

 

「怒って欲しいなら怒ってやるけど」

 

「いやいやいや! 遠慮しとくよっ!」

 

やれやれ。

身振り手振りで慌てて遠慮する小町の様子に、そんな事を思った。

まぁ彼女のようにゆる〜く生きるのも悪くはないと思うけど、上司としては、そんなこと言って甘やかしてはいけないな。

 

これ以上話すと、ついつい彼女を甘やかす方向に行ってしまいそうだ。次いでだから、俺は小町にも話を聞いてみる事にした。

 

「なぁ小町、今幻想郷で起きてる異変…何か知ってる事ないか?」

 

「異変? ……ああ、魂が花を咲かせまくってるヤツかい?」

 

「そうそう。知ってたら教えてくれないか?」

 

「あーっとだね…心当たりはあるんだけど…ふむ」

 

そこまで言って、小町は一つ頷いた。

 

「どうせなら、映姫様に直接聞いてみたら良いんじゃない? せっかくここまで来たんだ、少しくらい顔を見せてあげたら、映姫様も喜ぶと思うよ」

 

「ん? ああー…それもそうだな…でも、別にここで教えてくれてもーー」

 

「それじゃあ映姫様に会いに行く大義名分が無くなっちゃうじゃないか」

 

「んー、そっか。じゃあそうするよ」

 

小町の気遣いは、素直に嬉しいと思った。サボりはするが、彼女は誰に対してもフレンドリーで、気遣いが出来る。そういう意味では、"映姫も良い部下を持った"と言えるだろう。

 

「さぁ〜て、じゃあもう少し寝るかなぁ」

 

……苦労は絶えない様だが。

 

まぁその点に関しても、元々説教好きの映姫と相性が悪い何てことは決してない筈だ。

 

再び岩に寝そべり始める小町に手を振りながら、俺はこの先ーー無縁塚へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻想郷には、時々外の人間が迷い込む。

幻想と現実の結界で覆われている幻想郷だが、ふと結界が緩んだ隙にたまたま入り込んでしまう者達ーー外来人が存在するのだ。

大きなカテゴリで見れば、別世界である裁判所から来た俺も外来人ではあるが、それももう百年近く前の話。

流石に俺も、"幻想郷住民"とは言えるだろう。

 

ーーさて、その外来人達であるが、ほとんどの者は一人で迷い込んでくる。そしてその場所は完全にランダムであり、運が良ければ人里や博麗神社に出るが、運が悪ければ迷いの竹林、魔法の森など…最悪の場合、妖怪達のど真ん中に出ることさえあるらしい。

そんな理由から、ここで亡くなった外来人達は完全に孤立無縁の仏となってしまうのだ。

主にそんな無縁仏を弔っている場所が、この無縁塚。

 

紫色の不思議な桜が咲いている、それこそ幻想的な場所だ。

 

「………映姫」

 

「お久しぶりです、双也様」

 

無縁塚にて、桜を見上げながら立っていた少女ーー四季映姫。

振り向いた彼女の表情は、優しく微笑んでいた。

 

「ここに来てるとは思ってなかったな。最悪裁判所まで行くことも覚悟してたんだけど」

 

「この幻想郷は私の管轄する地域です。特に、今起こっている事がどれくらいの影響を及ぼしているのか、見ておかなければなりませんからね」

 

「今起こっている事…やっぱり、映姫はこの異変の原因を知ってるみたいだな」

 

コクリと、映姫は黙って頷いた。

もう一度桜を見上げ、ゆっくり歩いていく。

 

「"原因"と言っても、六十年周期で訪れる、言わば"定期的な異変"という事しか、私も知りません。何せ、溢れている魂達は殆ど外界の人間達なのですから」

 

「周期的……じゃあ、特に解決方法は無い…って事か?」

 

「はい。自然に収まるのを待つしかありません」

 

立ち止まり、映姫はこちらを振り向く。

 

「双也様は、この事を訊く為にここまで来たのでしょう?」

 

「…ああ。少しだけ遠回りしたけどな」

 

「ふふ…一直線に答えを求めるより、その方が楽しいかも知れませんよ?」

 

"双也様は面倒臭がりなんですから"

少しからかう様に、映姫は言った。

長い間世話になったお陰か、映姫は俺の行動原理を弁えているらしい。

確かに、楽しい方が、モチベーションは上がるものだ。

 

そうして微笑んでいた映姫は、少し視線を横に移すと、遠くを見るような、少しばかり悲しそうな表情をした。

 

「……一体、外の世界では何が起こっているのでしょう? 大災害にしろ、天変地異にしろ、一度にこんなにたくさんの人が死ぬなんて…酷過ぎます」

 

「………映姫が気にやむ事じゃないさ」

 

「え?」

 

「他人の事を思って悲しくなれるのは良いことだけど…お前はどうやら、気にし過ぎているみたいだ」

 

不思議そうな表情をする映姫に近付き、ポンと優しく、肩に手を乗せた。

 

「いくら裁く者として位が高くても、一個人にできる事には限りがある。内側の世界に生きてる俺たちには、外の世界で起こっている事には手出しが出来ない」

 

手を離し、近寄った桜の木から花びらが落ちてくる。

それはふわりと、広げた掌の上に着地した。

 

「出来ることをするしかないんだよ。外の世界で死んだ者達が溢れてくるなら、せめて公正な裁判で、正しい道を歩んでもらう事を考えろ。……内側に生きるお前には、それくらいしかしてやれないだろ?」

 

「そう…ですね。私は、最高裁判長という位に胡座をかいて、自惚れていたみたいですね」

 

「そこまでは言ってないけど……上司として、アドバイスだ。"思い詰めすぎるな。自分に出来ることさえ、見えなくなるぞ"」

 

「……はい!」

 

表情に明るさが戻り始めた映姫を見て、俺も少し気分が戻ってきた。

自然に収まるのを待つしかないとなっては、最早何かを急ぐのも億劫だ。このまま少しだけ、久しぶりに再会した映姫と語らうのも悪くない。

ずっと立っているのもなんなので、座るのに邪魔になるだろう天御雷を持ち上げて、桜の木の下に腰を下ろした。

 

「……双也様、その刀は…あの時の」

 

「ん? ああ、コレか。そう言えば、俺の裁判の時に見てこれの事は知ってるんだったな」

 

俺が天御雷を手にしたのを見て、映姫が話を始める。

会話が欲しかった身としては、少しばかり嬉しい。

 

「あの少女ーー西行寺幽々子の自殺の原因となった木…それを封印しているんですね。自らの手で」

 

「…ああ。あの木は危険過ぎる。それの元と言っていいこの妖力も。幻想郷の創造主である紫の師匠としては、これくらいしてやらないとな」

 

「"これくらい"……ですか」

 

そう言葉を反復した映姫。

少し間を置いて、彼女は身体をこちらに向けた。

 

「………双也様、一つだけ言っておきたい事があります」

 

「ん?」

 

映姫の視線が、真剣な物に変わる。

完全にこちらに向き直った彼女の目は、真っ直ぐに俺を貫いていた。

 

「西行妖が危険な事は承知しています。双也様が、それを封印する為に蘇りを望んだことも。……でも…それを封印しているあなたが一番危険な立場にいる事を…分かっていますか?」

 

 

真剣な視線の中に、少しばかりの悲しさが見えた。

 

 

「西行妖を封印するーー確かに、生半可な存在では到底できないことでしょう。況してや、この幻想郷に限らずとも強大と言える双也様なら、まさに適任とすら思います。……ですが……あの木の力とあなたの力は、拮抗している。そんな状態の封印は、いつ解けるのか分かりません。

………もしそうなって、一番に呑み込まれるのは…双也様なんですよ…?」

 

「……映姫…」

 

「私は…あなたにもう一度死んで欲しくありません。二百年以上行動を共にした上司に…友人に…危険な目にあってなど、欲しくないじゃないですか……。人柱みたいな真似…しないで下さい…」

 

映姫の頬に、一筋涙が伝った。

泣き叫ぶ様な事はなかったけれど、彼女のその姿が、言葉が、俺の心には重低音のように響いていく。

 

「……大丈夫、そんなつもりは無い。いつか、力で押さえつける以外の方法を見つけてやるさ。そうすれば、問題ないだろ?」

 

「問題とか…そういう意味じゃありません…」

 

歩み寄り、少しだけ頭を抱いてやる。

涙を流す者が一番欲するのは、最後まで泣き切れる"場所"だ。文字通りに泣き切るまで、俺は映姫の頭を撫でていた。

 

 

 

 

暫くして泣き止んだ映姫。

気を紛らわす為、俺たちは何でもない談笑をしていた。そうしているうち、彼女にも笑顔が戻ってくる。どこか、裁判所での日々を思い出させるような時間だった。

 

と、そんな時

 

 

 

 

「あんたが異変の犯人っ!?」

 

 

 

 

ーー聞き慣れた声が、響き渡った。

 

声のした方向を見れば、急いで来たのか、少しだけ息を切らした博麗の巫女ーー霊夢の姿があった。

 

「れ、霊夢? 今回は行かない事にしたんじゃーー」

 

「もうそれはいいの! 事情が変わったから!」

 

「…?」

 

なんとなく要領の得ない言葉に、少しばかり首を捻った。

ただまぁ…理由はどうあれ、結果的に投げ出さなかったことは褒めてあげたい。実は内心、俺以上に怠けまくる霊夢に呆れかけていたところだ。

 

「あなたが博麗の巫女ですか。噂は少し聞いていますよ。神社で日々怠けに怠けているとか」

 

「ええ、怠けてるは余計だけどこの際もういいわ。取り敢えず、異変を起こした理由でも訊きましょうか」

 

「……何か誤解している様なので言っておきますが、私は異変を起こした訳ではありませんよ。コレは周期的に訪れる自然現象です」

 

「……………………ほんと? 双也にぃ?」

 

「ほんとだ」

 

そう言ってやると、霊夢はピタリと動きを止めた。

そして、俺が"どうしたんだ?"なんて思っている隙に、パタリとその場に倒れた。

 

「お、おい霊夢。大丈夫か?」

 

見た感じ怪我はしていない様だったが少しだけ心配になり、近寄って覗き込む。

すると霊夢は……

 

 

 

「ぅうぅ……せっかく今日は頑張ったのにぃ……」

 

 

 

なんて、うつ伏せのまま呟いていた。

 

流石に、今日に関しては同情しようと思う。

よくよく考えれば、今日の霊夢は異変解決に行くのを嫌がっていただけで仕事はこなしていた。

どうして動く気になったかは分からないが、せっかくもう一踏ん張りして解決に乗り出したのに、こんなオチでは気が沈むのも当然だろう。

 

「うぅ〜……紫のバカぁあぁ〜…」

 

「……仕方ない」

 

どうにも動きそうにない霊夢を、仕方なくおんぶ(・・・)した。

 

「ふぇ…?」

 

「じゃあ映姫、またいつか世間話でもしよう。霊夢がこんな状態だから、今日のところは引き上げるよ」

 

「そ、そうですか。ではまたいつか、双也様」

 

「ああ、じゃあな」

 

霊夢をおんぶしたまま、少しだけ別れ惜しいけれど無縁塚を飛び立った。

道中で小町も気が付いたのか、こちらに手を振っていたので振り返し、博麗神社を目指す。

 

「ちょ、ちょっと双也にぃ!? なんでおんぶなんて!?」

 

「今日は頑張ったご褒美だ。博麗神社まではおぶってやるよ。頑張った分だけ休んどけ」

 

「あ……………うん」

 

しばらく飛んでいると、背中から微かに霊夢の寝息が聞こえてきた。

本当にご苦労様、なんて思い、そろそろ日が傾き始めた空を眺めながら帰路に着く。

 

 

 

溢れかえった魂達は、約一週間後に収まりを見せ、余りに派手過ぎた幻想郷は、やっと落ち着きを取り戻したのだった。

 

 

 

 

 

 




なんか、双也が霊夢に甘過ぎる気も……。

まぁ妹ならこれくらいするかなと思って書きました!
私は妹居ませんけど!

ではでは。


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第十二章・序 風神異編 〜災禍の予兆〜
第百三十九話 知らない異変


新章突入です。やっとここまで辿り着いた……。

もしかしたらみんな待っていたかも知れない"あの異変"。

ではどうぞ!



「平和、だなぁ…」

 

開かれた窓から差す日の光。共に流れてくるのは、心地良い風である。

双也は、魔法の森の奥地にある家の居間で、寝転がって目を瞑っていた。

机の上にはもれなく、湯気を立てるお茶と少しの煎餅が乗っている。

 

「こんなに気持ち良いと、うっかり寝落ちそうになるな」

 

「もう、気持ちの良い日なのは分かりますけど、だらけ過ぎですよ双也さん」

 

だらけているーーは言い過ぎとしても、あまり動こうとしない彼の姿を見、丁度双也宅を訪れていた先代博麗の巫女、霊那が口を尖らせる。

 

彼女の言葉を聞き、双也は片目だけ開けて霊那を見やった。

 

「だらけてる訳じゃないさ。今日という日を楽しんでるだけ」

 

「はぁ、どうやら屁理屈も昔より上手くなったみたいですね」

 

「褒め言葉として受け取っておくよ」

 

「褒めてませんので安心してください」

 

ふぅ、とため息をつき、霊那はパクリと一粒の栗を口に放り込んだ。ふにゃぁ、と頬が綻んでいるので、相当美味しい栗だったのだろう。

まだまだ食べる気なのか、霊那の座る椅子と机の前には、沢山の栗を始め、里芋や銀杏やれんこん、長ネギなどの旬の食材が山になっていた。

 

この食材達ーーこれが、霊那が双也宅を訪れた理由である。

人里で行われる、毎年恒例の秋の収穫祭。理由は定かではないが、今年は例年にも増して大量の野菜が収穫できたのだ。しかも味すらどれも絶品。

 

人里の一員として当然参加していた霊那は、予想以上に取れてしまった野菜達の山を見、こう考えたのだ。

 

ーーこのまま保存しても、半分くらいは腐っちゃいますね。

 

"ならばお裾分けしよう"

という事で、昔から世話になっている双也のところへ朝から足を運んだのだった。

 

最近は特に騒ぎもなく、至って普通の平和な日々が続いている。どうせならもう少しゆっくりしよう、ということで、霊那は未だに双也宅に止まっているのだ。

 

「双也さん、栗食べますか? 美味しいですよ?」

 

「ん? あー貰う。投げてくれ」

 

なんとも行儀の悪い事この上ないが、どこか平和ボケした頭の二人にはそんな事を考える事も、それを注意する事もできなかった

刺激がなさすぎて、脳が麻痺しているらしい。

 

「ん、美味い。……平和過ぎて暇過ぎるな。いや、良いことなんだけど」

 

「暇なのは余裕のある証拠ですよ。それでも刺激が足りないなら、試しに最近新しく(・・・・・)できたらしい神社(・・・・・・・・)に行ってみては如何ですか?」

 

「………今なんて言った?」

 

霊那が発した言葉に、のんびりしていた双也の表情がキッと引き締まった。それは、彼が何らかの問題に直面する時無意識に切り替わる、真剣な表情。

霊那は"しまった…!"という顔をしていた。

 

「新しい神社? 初耳だぞ、なんだそれ」

 

「(あー…口が滑りました…霊夢に怒られますね…)」

 

問い詰めてくる双也に少し気圧されながら、霊那はそう思った。昨日交わした、霊夢との約束に触れてしまうから。

 

"仕方ありませんね…"

霊那は渋々、答える事にした。

 

「実はこの間、妖怪の山の頂上に新しい神社がやって来たそうなんです」

 

「やって来た? 外界から?」

 

「らしいですね。それでそこの巫女が、博麗神社までやってきて"信仰を寄越すか取り壊しなさい"と霊夢に言ったそうなんです」

 

「……それは霊夢から?」

 

「はい。昨日、わざわざ人里までやって来て相談されました」

 

 

 

昨日の正午、庭の掃除をしていた霊那の元に、何時にも増して神妙な面持ちをした霊夢が訪れた。

彼女のお気楽な性格を誰よりも知っている霊那は、当然その様子を疑問に思い、取り敢えず家に上げて事情を訊いたのだ。

 

そうして霊夢から告げられたのが、先程の話。

 

『どうすれば良いのかな? 取り壊すのは当然嫌だし、向こうの言いなりになるのも嫌だけど、どのみち渡せる程の信仰も無いのよね…』

 

悩む霊夢に対し、霊那は実に容易に、言い放った。

 

『自分で答えを出しなさい、霊夢。あなたはその方法を、既に知っている筈ですよ』

 

『…………!』

 

霊夢は、パッと頭を上げて立ち上がる。

意を決した、そんな表情で。

 

『ありがとお母さん! 宣戦布告された分念入りに準備してくる!』

 

『ふふ、頼もしい事ですね』

 

本当に、たくましく育った我が子の背中を見つめ、霊那はそれを嬉しく思った。

多少乱暴なところはあるけれど、元気に越したことはない。それに、あの子は優しさもちゃんと持っている。

 

玄関を出、恐らくは明日の殴り込みに備えて準備をしに行ったのであろう霊夢を思い、霊那は微笑んだ。

 

 

「…で、なんで俺に"やっちまった!"って顔したんだよ?」

 

「それは…霊夢に口止めされたからですよ。なんでも、"世話になりっぱなしだから"とか…」

 

「…そっか」

 

一通りの説明を聞き、双也はなんとなく理解を完了した。

霊夢の言葉に関しては、"別に気にしないのになぁ"なんて思ったりもしたが、まぁ言う通りだ。自分でなんとかしたいのだろう。

 

「(心意気は尊重してやりたい………でも、コレは…)」

 

ーーでも、それでも、今回だけはそうも言っていられない。

 

 

 

なぜなら、そんな出来事は彼の記憶に無か(・・・・・・・・・・・・・・)ったから(・・・・)

 

 

 

転生者であり、前世ではこの世界の事ーーつまり東方projectの事を知っていた彼が、である。

 

長い時を生き、確かに前世の記憶の殆どは記憶の彼方へと消えてしまった。それでも実際にそれが起こってしまえば、普通ならば"あーこんなイベントあった気がするな"なんてデジャヴに近い現象が起こる筈だ。

 

今回はそれが、全く無かった。

 

つまり、彼の知らない事象、という事になる。

行かない訳には、いかなかった。

 

「霊那、悪いけど俺、行ってくる」

 

「それは、"刺激を求めて"ですか?」

 

「いや……確認して来なきゃならない」

 

真剣な雰囲気の漂う双也を見、霊那は"彼が遊び気分で行くのではない"という事を察した。

ならば、霊夢に怒られるかもしれないからといって、彼を引き止めることなどしてはいけない。

そもそも、勧めたのは自分だ。

彼女もまた真剣な表情をしながら、しかし少しばかり微笑んで、送り出す言葉を彼に掛ける。

 

「……分かりました。お気を付けて」

 

「ああ、行ってくる。…………霊夢はもう行ったのか?」

 

「いえ、昨日聞いた限りでは、今日の正午に殴り込みに行くと…」

 

「分かった。……行ってくる」

 

そう言い残し、双也は家を、魔法の森を飛び立った。

目指すは妖怪の山、頂上の神社である。

 

「この世界にもう一つの神社…………まさか…な…」

 

ふと頭を()ぎった考えに少しだけ浮き上が(・・・・)る気分(・・・)を感じ、双也は先を急ぐのだった。

 

 

 

 

 




ここでやっと双也の設定に関する伏線回収をした訳ですが…短かったですね。
まぁ序章なのでサクッと終わらせようと思います。



ではでは。


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第百四十話 二人一つの秋

つい最近…っていうか、このお話を書き始めるまでずっと穣子が姉だと思ってました。

ではどうぞ!


妖怪の山。

 

読んで字の如く、沢山の妖怪が住んでいる、幻想郷では代表的な山。桜は無い為春はあまりオススメしないが、秋の紅葉に染まった妖怪の山は実に見事なものだ。

遠くから眺めるだけでも、紅葉狩りが出来てしまうだろう。

 

さて、そんな妖怪の山であるが、そうは言ってもそこに住む妖怪の"種類"には限りがある。ズバリそれは、天狗。

規律の厳しい縦社会を独自に築いている妖怪である。

 

昔訪れた時には鬼も居たーーというより鬼が統治していたが、彼らは地底に潜ってしまったらしいので現代には居ない。山に流れる川には、人間を盟友と称して尻子玉を抜く(殺す)という恐ろしい河童も居るらしいが、会ったことはない。

 

そういう訳で、規律に厳しい天狗は侵入者にも厳しい訳で。

 

「三回目とか……マジ洒落にならん」

 

進めど進めど、天狗達の攻撃が止まなかった。

一度目は用事で来て、二度目は鬼に会いに来て、そして三度目が今回。

 

……良い加減俺の顔ぐらい覚えてくれ。いや千年以上前だけども。

 

「死ねぇっ!!」

 

白い尻尾のある天狗ーー白狼天狗の一匹が弾幕を放ってくる。当たってやる気も無いので、相殺弾(ブレイクシュート)で適当に相殺しておき、近接砲弾(ブロードカノン)をお見舞いしてやった。

 

「ぐぅ…はっ…」

 

「弾幕勝負でそのセリフは戴けないな」

 

弾幕勝負なのに、やけに乱暴な言葉遣いが多い天狗達に向けて言った。まぁ昔からの規律と言うのがあるのだろうが、殺さない為のスペルカードルールなのに"死ね"とはこれ如何に? (らん)に会ったら言っておかないとな。

 

そんな事を頭の片隅で考えながら、山をゆっくり進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぃよしっ! これならどう転んでも負けないわね!」

 

博麗神社の庭では、妙に意気込んだ様子の霊夢が今まさに飛び立とうとしていた。

 

「大幣よし、お札よし、スペルカードよし、あと……霊力も満タン!」

 

その身に持つ武器を点呼し、既に完了した準備に更なる確信を得る。理由は勿論ーー宣戦布告してきた"敵対勢力"をぶっ潰す為である。

この世界には弾幕勝負というものが存在するのだから、それを利用しない手は無い。霊夢に言わせれば、"殺さないためのルール"と言うのは、言い換えれば"どれだけやっても死なないルール"、なのである。

理不尽な要求をしてくる奴には、鉄拳制裁を加えて然るべきだ。その為に、わざわざ霊力を満タンにする為に一日待ったのだから。

 

「…? 山から…戦闘音が…?」

 

微かに、本当に微かにだが、聞こえる音に霊夢は首を傾げた。今回は自分でなんとかするつもりだから、誰にも言っていない筈なのだが…?

彼女が疑問に思うのも当然である。

 

ーーまぁ、魔理沙か咲夜あたりよね。きっと。

 

取り敢えず、そんな考え事は頭から追い出し、霊夢は勢い良く神社を飛び立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ん? こんな所に山小屋…?」

 

襲ってくる天狗達を軽くあしらいながら進む双也の目に、少しばかりボロと化した山小屋が映った。

 

この山には、山小屋などは必要ない。と言うのも、ここに住む天狗にはもっと上の方に住居が密集しているし、河童に関しても、そもそも陸地でなく川に住んでいるからだ。

 

ともすれば、山小屋がある事を彼が不思議がるのも当然だ。

なんとなく興味を惹かれた双也は、少しばかり道を外れ、その山小屋を見てみることにした。

するとーー

 

 

 

ギィ…「何があるんだーー」

 

「うわぁっ!? な、何か入って来たよお姉ちゃんっ!」

 

「な、ななっ、なにっ!? 誰っ!?」

 

 

 

中には、鮮やかな赤色が目立つ二人の少女が居た。

 

二人共双也が突然入って来たことに驚いたらしく、突然大声を上げられた双也もまた、少しばかり驚いた。

 

「ああ悪いっ! 誰もいないと思ったからノックもしないで…」

 

「へっ? に、人間?」

 

「なんだぁ人間かぁ…何の用?」

 

双也が人間ーー半分だけだがーーと分かるや否や、二人の少女はホッと胸をなでおろし、穏やかな表情で彼に話しかけた。

"感情豊かな二人だな"なんて思う反面、何の用もなく訪れて何の意味もなく驚かせた事に少しだけ罪悪感を感じる双也であった。

 

「あ! と、取り敢えず中に入って! 天狗に見つかったらマズイよ!」

 

「さぁ早く!」

 

「あ、ああ…」

 

そう言って手を引っ張られた双也は、言われるまま中の椅子に座らされた。外観からは想像できないくらい、普通の家である。決して豪勢ではないのだが、赤と黄を基調とする室内は、二人の外見によく合っている。

 

「それじゃあ改めて。何の用かな?」

 

「あーいや、山小屋を見つけたから気になって入っただけなんだ。驚かせて悪い」

 

「あら、そうなの? じゃあ入ったついでに少し休んで行くと良いよ」

 

少し申し訳ない気持ちになりながら言った双也であったが、二人は意外にもあまり気にしていないようである。どころか、少し休ませてくれると言う少女に少しの驚きすらあった。

 

「えぇっと、良いのか? 何にも知らない他人だぞ?」

 

「良いの良いの、幻想郷の人間は優しいって知ってるから。……穣子(みのりこ)ー、お芋でも持ってきてあげてー!」

 

「はーい!」

 

穣子、と呼ばれた、帽子を被った少女がお茶と焼き芋を持ってくる。なんとも甘そうな香りが立ち上り、双也の鼻を掠めていった。

 

「二人は姉妹なのか?」

 

「ええ。私は秋静葉(あきしずは)、あの子は妹の秋穣子。これでも一応神様だよ」

 

「え、神なのか? 全然気が付かなかった…」

 

それを聞き、双也は改めて静葉の気配を探ってみる。すると確かに、微量ではあるが神力が宿っていた。

外見もそうだが、この人間に対してのフレンドリーさには神ならざる雰囲気がある。彼が気が付かなかったのも、そんな要因があるのかもしれない。

 

「えっと、俺は神薙双也って言うんだ。これでも一応、俺も神様だぞ」

 

「ええっ!? 神様なの!? やだ、自慢げに言った私が恥ずかしい…」

 

「いや、俺は半分だけの現人神だからさ。そんなに恥ずかしがる事ない」

 

「うぅ…」

 

すかさずフォローした双也であったが、静葉の頬の赤みは中々消えなかった。なんとなく気不味い空気が流れる中、二人の元に、自分と姉の分の焼き芋を持ってきた穣子が戻ってきた。

 

「現人神…? あれぇ、どっかで聞いた事があるような…」

 

「え? 穣子、聞いたことあるの?」

 

「いやぁ、思い出せないけど……まぁいいか」

 

僅かに首をかしげながら、穣子は静葉の隣に腰掛けた。

改めて見てみると、本当に良く似た姉妹である。

 

赤と黄を基調とする服に、黄色の髪。静葉の髪には紅葉の髪飾りがあり、穣子の帽子には木の実のアクセサリーが付いている。

それだけでも、双也が"二人が秋に関する神"だと断定するのに十分であった。

 

「二人はどんな神なんだ? 秋に関係するのは外見から分かるんだけど」

 

「ッ! 聞きたいっ!?」

 

「あ、うん」

 

と、突然静葉は机に乗り出し、言った。

驚いた双也は少しだけのけ反ってしまい、返事も生返事に。

彼の視界に映った穣子が、少しだけムッとしたのは、見ないことにした。

 

「私は紅葉を司る神だよ! この秋の紅葉は、毎年私が手作業で塗っているのっ!」

 

「手作業っ!? この量をっ!?」

 

「ふふん♪ すごいでしょ?」

 

得意げに胸を張る静葉。

確かに、胸を張っても良いくらいの仕事だなぁと双也も思った。

毎年数億枚は下らない量の葉がこの山では赤色に染まる。それが実は、一人の少女のよって塗られたものだなんて、誰が思うだろう。

素直な感心を寄せる双也を前に、ドヤ顔を決める静葉。その隣から、今度は穣子が乗り出した。

 

「これ! 食べてみてっ!」

 

「むぐっ………なんだこれ、すっごく美味い」

 

入った瞬間、芋の優しい甘さが口一杯に広がる。芋自体から蜜が滲み出ているようで、安納芋にも匹敵しそうな風味が漂っていた。

こんな上質な芋は中々作れない。双也はすぐに、穣子がどんな神様かを思いついた。

 

「なるほど、穣子は豊穣の神か」

 

「正解っ!! 私が育てたり、私の周りにある畑はいつも豊作になるの! (秋限定だけど)

 

小声で何か言ったような気がしたが、双也にはほとんど聞こえなかった。まぁ小声になるくらいなら聞かれたくないのだろう、と簡単な結論を出し、穣子にも少なくない関心を寄せる双也。

 

そしてふと、思い出した事があった。

 

「あのさ穣子、人間の里の収穫祭で何かした? なんか例年よりも沢山採れたらしいんだけどさ」

 

今日の朝、霊那が持ってきた大量の"秋の味覚"。確か、なぜかいっぱい採れたから持ってきたのではなかったか?

豊穣を司る神ならば、何かしたのだろうか? と思い、素朴な疑問ではあったが、双也は尋ねてみる。

すると、穣子は少しだけ溜め息混じりに答えるのだった。

 

「あー…今年はね、収穫祭前(・・・・)に人里に行ったの」

 

「…なんで?」

 

「だって、みんな私の力を勘違いしてるんだもの。収穫前に呼んでくれないと豊穣の神力は撒けないのに、当日に呼ぶんだもん。……でも、みんな有難がってくれるから、ちゃんと豊穣にしてあげないとなんだか悪い気がして」

 

穣子は、少しだけ照れ臭そうに言った。

人間の事をこれだけ想い、加護を与えてやれる…それはある意味、凄い事なのではないか。そう双也は思った。

 

「……偉いな、穣子は」

 

「えへへ…」

 

率直で素直な感想だったが、穣子は照れ臭そうーーと言うより照れ照れしながら笑った。

その様子をなんとも微笑ましく思い、双也は表情も微笑ませていた。

 

しかし、彼女の姉は、そうでもなかったようで。

 

「むぅぅ…秋と言えば紅葉でしょっ!? 穣子の加護より私の加護の方が凄い!」

 

「…え?」

 

「ッ! まだ言ってるのお姉ちゃん! 秋と言えば食べ物、食欲の秋! 私の加護の方が秋らしいに決まってるよ!」

 

「ちょっ、二人共…」

 

「「秋と言ったら紅葉(食べ物)ッ!!!」」

 

言い合う二人は、終いにはお互いの頰を抓り合い始めた。

この主張に関してはどちらも引くつもりはないようで、双也が"絶対痕残るだろアレ…"と思う程力強く、抓りあっている。

 

"ここはどうにか俺が収めないと"

双也は慌てて口を開いた。

 

「な、なぁ二人共、どっちが秋らしいかとかじゃなくてさ、二人合わせてこそ秋らしいんじゃないのか?」

 

「「……え?」」

 

抓りあったまま、二人は彼の方を向いた。

 

「どっちかが間違ってる訳じゃないと思うんだよ。秋と言えば紅葉が思い付くし、一般的に食欲の秋って言葉もある。どっちが欠けても、それは物足りない秋になるんじゃないかなぁ」

 

「「………………」」

 

二人はポカンと口を開けている。

しばらくその状態で固まっている二人を、双也は目線だけ動かしながら交互に見やっていた。

 

そして少し間を置くと、二人は口を開けたまま目線を合わせーー

 

 

「「ゴメンね穣子ぉ〜っ!(ゴメンなさいお姉ちゃぁ〜んっ!)」」

 

 

ひしっ、と抱き合うのだった。

 

「穣子の食べ物があってこその秋だよぉ〜!」

 

「お姉ちゃんの紅葉だって無くちゃ秋じゃないよぉ〜!」

 

「………………」

 

微笑ましいながらも勃発した喧嘩から一転。

その様子を見て双也はただ一言、とても強く思った。

 

「(……仲の良い姉妹だな…)」

 

と。

 

"せっかく仲直りしたなら、部外者はそろそろ退散しますか"

双也は貰った美味しい焼き芋をガガッと食べ切ると、立ち上がった。

 

「さて、二人も仲が戻った事だし、そろそろお暇するよ」

 

「え、もう行くの? もう少し休んでっても良いのに〜」

 

「この上に用事があるんだよ。最近出来たっていう新しい神社にな」

 

「ふ〜ん…」

 

少しだけ残念そうに、静葉は軽く頷いた。

やっぱり神っぽくない雰囲気してるな、なんて、その様子を見て改めて双也は思った

 

丁度その時。

 

「あ! 思い出した! 現人神って、上の神社の巫女がそんな種族だって聞いたよ!」

 

穣子の突然の言葉に、双也は耳を疑った。

 

「上の神社って…新しい神社? そこの巫女が現人神?」

 

「確かそうだって聞いたよ。なんか奇跡を起こせるとか何とか…」

 

「奇跡…か…」

 

反復し、頭を回転させる。

奇跡を起こす、となると能力だろうか? "奇跡を起こす程度の能力"? ………彼にはやはり、聞いた事がなかった。

 

「……ありがとう穣子、助かったよ」

 

「え? あぁ、うん。それは何より」

 

「んじゃ、頑張ってね双也! 疲れたら寄ってって良いからね♪」

 

「ああ、またな」

 

また一つ積み重なった、今回の異変に関する謎。

不安にも似た感情を内側に押さえ込みながら、双也は再び、登り始めた。

 

 

 

 

 




秋姉妹って、人気はそんなに高くないけど可愛いと思うんですよね。仕草とか想像すると。

ではでは。


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第百四十一話 神、河童、そして…

早めに序章終わらせないと…

ではどうぞ!


紅葉に染まった妖怪の山。

 

ある一人のーーいや、一柱の神の少女が頑張ってくれた故の、美しい風景である。

比較的高い場所にある紅葉は、緩く吹き抜ける風に揺られて、ヒラヒラと絶え間なく落ちていく。ーーそれらが積み重なってできた紅葉のベッドに、何となく誘惑されてしまうのは、仕方ないのだと思う。

 

さて、そんな紅葉を眺めながら、あるいは襲ってくる天狗達をあしらいながら山道とも言えぬ山道を登って来たわけだが…どうにも、この美しい景色には似つかわしくない、不気味な気配を感じる。

お陰で気を張りっぱなしだ。

 

「……天狗の相手だけでも面倒なのに…何が潜んでるんだよ」

 

百年近く幻想郷に住んでいる俺ですら、未だ知らない所や人物がいる。飽きがこないという意味では嬉しいに違いないのだが…同時に、それが良くない気配ならば警戒してしまうわけで。

面倒臭がり屋の俺には拷問に近い。

 

ソワソワして余りにも落ち着かないものだから、気にしないで歩き続けるというのも難しい。

 

ーーなら、早めに正体を突き止めておこうか。

 

舞い散る紅葉の中、立ち止まった。

 

「なぁ、この不吉な気配を漂わせてるの誰だ? 落ち着かないから出てきてくれ」

 

木々の間に俺の声が響いていく。

ただ直ぐには現れてくれない様で、風が葉を擦る音だけが俺の鼓膜を震わせている。

 

「(………来ないか)」

 

不吉な気配は消えていない。

攻撃の為に力を溜めている気配もない。

俺は、敵意の感じられない向こうから出てくるのを、感覚を研ぎ澄ませながらジッと待っていた。

 

ーーすると。

 

 

 

「………ゴメンなさい、警戒をさせたみたいで」

 

 

 

目の前の茂みから、済まなそうな表情の少女が出てきた。

 

「……この気配はお前のか?」

 

「ええ。私は鍵山雛(かぎやまひな)。ここらに住んでいる厄神よ」

 

明るい緑色の髪を紅色のリボンで纏め、同じような色のドレスを着ている人形の様な少女である。

 

雛と名乗るその少女からは、全く敵意は感じられない反面、目の前に出てきたことでその気配はより一層強く感じる。

 

「…俺は神薙双也だ」

 

戦う気はないものの、また、相手にも戦う気が無い事を理解しつつ、しかし警戒は解かない気構えを整える。

 

そんな様子を見てか、雛は仕方なさそうな表情を向けてきた。

 

「…そんなに身構えなくても大丈夫よ。私に近付かない限りは」

 

「…厄神って言ってたな…この気配は、"厄"か」

 

「正解よ。だからこうして距離を取っているの。近付くと厄が振りかかっちゃうから…」

 

「…悲しい性質をしてるな、厄神ってのは」

 

彼女の厄神としての性質、それを聞き、初対面ながらに少しだけ同情した。

"近付くと周りを不幸にしてしまう"…厄を引き受けて流すーーつまりは汚れ役を引き受けているというのに、自分だけは一人ぼっち。

……なんとも、報われない神だ。

 

「いいのよ、そう言う神だもの。偶に厄病神と間違われるのが唯一不満かしらね」

 

「ふっ、確かに間違えやすそうだ」

 

少しだけ和やかな空気が流れる。ただ、雛から放たれる厄の気配でろくに落ち着けやしない。

こんな状態で和むのも無理があるし、ダラダラと話し続けて目的を見失うのも馬鹿のする事。

 

取り敢えず、本題に入ろうか。

 

「で、雛。こんな世間話をする為に出てきたんじゃないだろう?」

 

「…その通りよ」

 

俺に向けられる視線が鋭く、真剣なものになった。

 

「少しの間後ろをついてきたから分かる。確かにあなたは強いけど……引き返しなさい、まだ間に合う」

 

「…何故?」

 

「何故? ……あなた、天狗と戦争でも起こすつもり?」

 

終いには、俺を睨みつけてきた。

"厄神は基本人間の味方、だから山に侵入した人間に引き返すように忠告する"…それは理解出来る。人間の味方であろう雛ならば、そうしていても別段不思議はない。

 

でも……

 

「戦争なら、もう起こってるみたいなもんだろ?」

 

刀の、鯉口を静かに切る。

 

「……双也さん?」

 

「俺がここに侵入した時に…さっ!」

 

 

ヒュンッ

 

 

同時、俺は振り向き際に刀を切り上げた。

滑らかに空を滑った刀身は、向かって来て(・・・・・・)いた天狗の槍を見事に斬り飛ばした(・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「観念しろ侵入者っ!」

 

「会話の途中に入ってくんな!」

 

槍を切り裂かれた天狗は、腰に付けてある刀を引き抜き、向かってくる。

俺は振り下ろされるそれを結界刃で断ち切り、腹の浅いところを斬り抜いた。

 

「ちょ、ちょっと…」

 

「悪い雛、邪魔が入った。……んでも、ゆっくりはしてられそうにないから、もう行くよ」

 

続いて、天狗達が迫ってきている気配がする。

このままここに居ると雛まで巻き込みそうだ。

 

「雛!」

 

「…なに?」

 

「寂しかったら、話し相手くらいならなってやるからな」

 

去り際、雛の肩に手を置いて能力を発動しておいた(・・・・・・・・・・)

コレで気兼ねなく先へ進める。

 

「じゃな!」

 

ポカンとした様子の雛を尻目に、俺は駆け出した。

 

 

 

 

「……あら? 厄が…霧散していく…? …不思議な人だったわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、ここまで来ればいいか…」

 

雛と離れ、漸く天狗達を撒いたと思うと、俺は川辺に辿り着いていた。

覗き込めば、山の上流だからか水が澄んでいてとても綺麗だ。普通に飲んでも大丈夫なんじゃないか、と思う程である。

 

ーー少し、休もうかな

 

ずっと天狗達に追いかけ回されていたことだし、少しくらい休んでもバチは当たらないだろう。……まぁバチを当てるのが俺の役目なんだけど。

取り敢えず、休むというのに立っているのもバカらしいので、川のすぐ側に座り込んだ。

…うむ、川のせせらぎと景色が見事にマッチしている。

 

「(それにしても……現人神、か)」

 

ふと、穣子の言っていたことを思い出す。

まさか、記憶にない異変を突き止めに来たら同族と出くわす可能性が出てくるとは、全くもって予想外だ。

 

そして、神社。

神社もあるという事は、最悪神の誰かと対決することになるだろう。そんなに信仰の大きくない神ならばどうにかなるはずだが……まぁ気は引き締めていた方がいい。

 

「なんだか面倒な事になって来てる気がするな…」

 

…考え過ぎても、気分が沈むか億劫になるだけだろう。

そう結論に至った俺は、取り敢えず、もう少し別のことを考えることにした。

 

ーーそう言えば、妖怪の山には河童も居るんだっけ。

 

「河童、か…」

 

そう聞いて、想像する姿は大抵どんな人も同じだと思う。

四足歩行で緑色の身体。指の間には水かきが付いていて、口は黄色いくちばしになっている。そして頭には、割れたら死ぬと言われるお皿。

 

…正直、本当に出てきたら恐ろしい事この上ない。

 

少なくとも、俺はそうだ。

俺はただ戦闘に秀でているだけで、怖いものがないわけではない。今でもホラー映画とか見れば普通に怖がるだろうし、なんならキレた時の幽香や霊夢だって怖い。

 

それに比べて河童なんて……。

聞いた限りでは、河童は皆人間の事を"盟友"と呼んでいるらしい…反面、内心見下してもいるとも聞いた。

そして川辺で人間を見つけると、"盟友が遊びに来た"なんて言いながら川に引きずり込み、最後には尻子玉を抜くーーつまり殺すのだと言う。

 

……こんなの怖いに決まってる!!

例え都市伝説でも、そこらのホラー映画よりよっぽど怖い!!

 

「…幻想郷は、変なもんばっかり居るな」

 

なんて、今更な事を考えてしまう。

不思議に溢れる、非常識が世の常。一見魅惑的な言葉だが、突き詰めてみると意外と面倒だ。

そんな事に少し溜め息を吐き、流れる川に再び目を移す。

 

ーーすると、予想外の光景が目に映った。

 

 

ジー「………………」

 

 

川の中から、少女が俺を覗き込んでいる。

帽子と目だけが水上に出て、ひたすらに俺を覗き込んでいた。突然の事過ぎて声が出ない。

 

「………君は、人間?」

 

「え? あ……まぁ」

 

半分だけだけど。

人間には変わりないから、そう答えた。

すると少女は目だけでも分かる歓喜の色を示しーー

 

 

 

 

「盟友が遊びに来たぁぁああっ!!」

 

 

 

 

水面から勢い良く飛び出した。

 

水飛沫が舞う中、俺が捉えた少女の姿は、大きなリュックに水色の服、スカートだった。

 

ストンと川辺に美しく着地した少女は、降り立つなり突然迫ってきて俺の腕を掴む。

 

「さぁさぁ盟友! ここまで来たからにはウチに寄って行きなよ! 面白いもの一杯あるよ!」

 

「ちょ、ちょちょちょ待ってくれ! 俺休んでただけだから! 決して遊びに来たわけじゃないから!」

 

「またまたぁ〜そんな遠慮しなくて良いんだよ? 何たって私達と人間は盟友同士なんだから。故に! ここで出会った私と君も盟友同士! 盟友が盟友の家に訪れたら変?」

 

「いやそういう意味じゃなくて! そもそも遠慮でも何でもないからっ!」

 

…なんと強引な少女だろうか。

"寄って行きなよ"という割にはぐいぐいと引っ張って行こうとするその様は、どちらかと言うと"引きずり込もうとしている"の方が当てはまる気すらする。

 

取り敢えず、このまま掴ませておくと本当に引きずり込まれかねないので、何とか振り切った。

少女の表情は、何となく戸惑っている様だった。

 

「…君、ウチに来るのは嫌?」

 

「や、会っていきなり盟友とか言われても困るだけだろ。そもそも誰さ、お前は? 自己紹介とかしてくれよ」

 

…まぁ、種族については何となく予想がついている。何たって、さっき考えていたものとピッタリ一致しているのだから。そりゃもう、恐ろしいくらいに。

 

「……私は河童の河城(かわしろ)にとりって言うんだ。その…強引に引っ張ったことは謝るよ。確かに、自己紹介の方が先だったね」

 

「ああいや、パニックになっただけだからそんなに沈まないでくれ。…俺は神薙双也だ」

 

「双也、ね。うん、覚えたよ盟友」

 

少女ーーにとりは一つ頷いて微笑んだ。

 

改めて見てみると、大分イメージと違う。

まず身体が緑色でなく普通に肌色、服ですら鮮やかな水色だ。口は黄色くない普通の唇だし、見た感じ指にも水かきは付いていない。

至って普通の少女に見える。何なら顔立ちは整った方だ。

 

「えっと…にとり、お前本当に河童? 河童のイメージと随分違うんだけど」

 

「え、どんなイメージだったのさ?」

 

思わず口に出てしまった問いに、にとりは興味ありげに聞き返してきた。

聞かれてしまったら、仕方ない。

 

「えっと、身体が緑で水かきが付いてて、黄色いくちばしとお皿を持ってる恐ろしい妖怪」

 

「ず、随分と偏ったイメージなんだね。…でもこの通り、河童は君達と同じ様な姿をしてるよ。強いて言うならお皿があるかどうかだね」

 

ポンポンと、にとりは自分の被っている帽子を叩きながら言った。一瞬見てみたいとも思ったが、帽子を叩くだけに(とど)めたあたり、簡単には見せてくれないのだろう。

それならそれで、構わないが。

 

「それで、双也っ。自己紹介も終わった事だしウチに行かないかいっ?」

 

と、にとりは再び表情を輝かせて提案してきた。

まぁ家に行って遊ぶのはやぶさかではないが、こっちにも用事がある。それに……そのまま行ったら溺れるだろ。

 

「うーん、悪いけどホントに休んでただけなんだよ。にとりの家に行って遊ぶほどの余裕も無いし、絶対息も続かない」

 

「あ……そっか。人間は水中では息が続かないのか。…河童はみんな、人間に会うと嬉しくて遠慮が無くなっちゃうんだよね。まぁ水中で息が出来るようになる機械もあるんだけど、そうなるとぽっかり忘れちゃって」

 

「…機械? 河童は機械に強いのか?」

 

「ッ! そうだよ! 河童の作る機械は幻想郷一さ!」

 

俺の問いに、突然テンションを鰻登りさせるにとり。背中の大きなリュックを下ろし、中を弄り始めたかと思うと、彼女は一つの機械らしきものを取り出した。

 

「コレ、音波増幅器! ここに音源を近付けると、この広がった部分から大きくなって出るんだよ!」

 

「へぇ…」

 

と、少し感心するが、見た感じは唯の拡声機だ。少し違うのは、側面にゲージと小さなレバーがある事。

にとりからそれを受け取った俺は、取り敢えずそのレバーを弄って見ることにした。

まずはーー右端にしてみよう。

 

「…ッ! ちょっと待ーー」

 

「わあああああっ!!」

 

 

ズドンッ!!

 

 

瞬間、俺は強い衝撃を受けて後方に吹っ飛ばされた。

 

って、何? 何が起こった? すっごい耳がキンキンするんだけど。

ぶつかった背中に少し痛みを感じながら起き上がると、にとりが心配そうに駆けてきた。

……10mくらい飛ばされたらしい。

 

「………! ………!?」

 

「…?」

 

…にとりが口をパクパク動かしている。全然聞き取れない。困っていると、それに気が付いたのか、にとりは再びリュックの方に戻り、中から小さな機械を持ってきて俺の耳に取り付けた。

 

「…(ぁぁ)ぁぁああ! 聞こえる双也?」

 

「ん、あー聞こえる」

 

「良かったぁ〜、鼓膜が破れてたらどうしようもなかったよ」

 

そう言い、にとりは見るからにホッとした表情を浮かべた。心配してくれたのは嬉しいけど、取り敢えず説明して欲しい。

 

「えっとね、さっき君が弄ったレバーは出る音量を調節するものなんだよ。それを右端ーーMAXの状態で使ったもんだから、音波の衝撃波が反動になって吹き飛んだんだよ」

 

「あー…俺の所為か」

 

「いやぁ、説明しなかった私も悪かったよ。ゴメンね」

 

と、にとりは申し訳無さそうに謝ってくる。

別に危害を加えたかったわけじゃないなら怒ったりしないんだけどな。

妖怪には似合わず、実に心優しい少女である。人間を盟友なんて呼ぶくらいなのだから、当たり前と言えば当たり前なのかも知れないが。

 

「因みに、今耳に付けたのも音波増幅器の小型版だよ。外の音を拾って拡大してるんだ」

 

「へぇ〜…便利なもん作るなぁ」

 

「そうでしょ!? 後はねー、こんなのもあるよっ!」

 

なんてしばらく、にとりの作った機械の説明を受けていた。その間の彼女はものすごく生き生きとしていて、まるで水を得た魚ーーいや、まさに河童だった。

 

先程の拡声機を始め、彼女の発明は凄いものばかりだ。

細かいところは専門的過ぎてよく分からなかったが、物凄い長さまで伸びるアーム、リュックから飛び出るプロペラ、そして服さえも光学迷彩スーツなのだと言う。

どんなオーバーテクノロジーだよ、なんて何度思ったか知れない。

 

ーーと、楽しく会話していたその時。

 

「それでねそれでね! コレは山にある鉱石を使ってーー」

 

「ッ! 伏せろにとり!!」

 

「ひゅいっ!?」

 

強い殺気を感知し、伏せたにとりを抱えて飛び退いた。

そのすぐ後には激しい爆発音が響き、見てみれば、そこは何かがぶつかったように抉れていた。

 

「ちっ…避けられましたか」

 

「……………新手か」

 

声を聞き、見上げる。

感じるのは、今までよりも一回り重くて強力な妖力。

 

「侵入者っ!! 我らの山で随分と暴れたようですが…それもこれも、この犬走椛(いぬばしりもみじ)が斬って終わりですっ!!」

 

紅葉柄の盾、鋭い刀。

白い尻尾、一見巫女のようにも見える服。

 

 

 

 

 

ーーそこには、鋭い気配をした一人の白狼天狗が立っていた。

 

 

 

 

 




にとり、私は可愛いと思います(真顔)

決して尻子玉を抜かれたくはありませんが。

ではでは。


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第百四十二話 天狗のお役目

最初に言っときます。
椛ファンの方すいませんでした……。

ではどうぞ!


取り敢えず抱えたにとりを降ろし、土煙の向こう側にいる"椛"と名乗る天狗を睨む。

不意打ちとは、中々ヤな事してくれるもんだ。

 

「にとり、その場から離れてください。巻き込まれますよ」

 

「ッ! でも椛! この人間は私の盟yーー」

 

「離れて、ください」

 

椛の強い言葉に、にとりは少しだけビクついた。

 

「……ゴメン双也、私じゃどうにも出来ないよ…」

 

「いや、良いよ。ありがとなにとり」

 

そう言って、にとりはこの場を退いた。

話を聞く限りは、二人は友達、もしくは知り合いの様だが、この山特有の縦社会においては椛の方が上らしい。

恐らく、彼女の強い言葉には"巻き込みたくない"という思いもあるのだろう。

 

 

 

 

ーーまぁ、それはそれとして、だ。

 

 

 

 

向こうがあんなにやる気では、何やかんやのうちにここを抜け出す事は出来なさそうだ。そうでなくとも、彼女の気配は中々強力。簡単に逃がす訳はない筈。

俺はゆっくり、天御雷を抜刀した。

 

「あくまで抵抗する気ですか。どうなっても知りませんよ」

 

「こっちにだって事情があるんだ。そう易々と出頭する事は出来ないな」

 

「…そうですか。なら、負けても文句は言わないでくださいね」

 

ーーふと、"敢えて捕まっちゃえば嵐にも会えて、その上和解出来るんじゃね?"なんて事を思い付いたが、すぐに切り捨てた。展開的にもう遅い、何より俺のなけなしのプライドが許さない。

取り敢えず、もう耳も治っているだろうし、にとりに貰った補聴器(?)は外しておこう。

外した二つをポケットにしまい、再び椛を見据えた。

 

「…行きますっ!」

 

掛け声と共に、椛は妖力弾を複数放った。

天狗だからかどうかは知らないが、普通よりもかなり速い。

そして弾幕と同時に、椛も刀を構えて飛び出してきた。

彼女自身も結構速いらしく、弾幕に追いついた彼女はそれを纏っているようだった。

 

「アステロイド・相殺弾(ブレイクシュート)

 

「っ!? 何ですかその弾!」

 

邪魔な弾幕がある時重宝するアステロイド。掌から離れた弾は、一直線に椛の方へ向かい、一発残らず妖力弾を撃ち落とした。

 

纏うものが無くなったと言っても、椛自身の速度は落ちない。勢いのついたその斬撃を、俺は両手持ちで受け止める。

……結構重い一撃だな。

 

「そぅら、よっ!」ガガガガガガンッ!

 

「ぐっ!」

 

鍔迫り合いをしていても始まらない。

俺は妖夢戦の時にしたように連続で結界刃を発動させ、椛を強く弾き飛ばした。ついでに普通のアステロイドも放っておく。

 

「なんのッ!」

 

しかしさすが天狗、地に足を着くこともせず、空中で体を翻す。そして俺のアステロイドを瞬時に見据え、しっかりと斬り落としてみせた。

……割と強めに撃ったつもりだったんだけどな。まぁ解放一割以下じゃこんなもんか。

 

「…意外とデキるみたいですね」

 

「降参するか? まだ受付は間に合うぞ?」

 

「戯言をっ!!」

 

少し怒ったような口調で、椛は再び突っ込んできた。

ただ、先程と違って途中で姿が消えたーー否、俺の周りを高速で旋回し始めた。

 

「これなら…どうですっ!!」

 

どこか響くようにそう聞こえた直後、四方八方から弾幕が放たれた。狙うは勿論、中心の俺。

ふむ、じゃあ俺はこう対処しようか。

 

「魂守の張り盾 〜鎧刀(がいとう)の型〜」

 

例の如く、魂守の張り盾を発動し、広げていく。

ただ、今回は俺を中心にして纏うように(・・・・・・・・・・・・)、である。

"飛び道具の無力化ーーただし限界は有りーー"。攻撃型である纏刃の型の双璧、防御型の張り盾である。

 

飛来する妖力弾は、俺の発動した張り盾によって悉く斬り落とされ、突破される気配は微塵もなかった。

まぁただの妖力弾で突破されちゃ面子が立たないのだが。

 

向こうの攻撃は届かない。こちらは自由に行動できる。

となれば、こちらからも攻撃しよう。魔理沙ではないが、やられっぱなしは性に合わない。

 

「アステロイド・低速散弾(スロウトラップ)

 

アステロイドの元である霊力の箱を、とにかく小さく小さく分けていく。そしてそれを投げる事で周囲にバラまいた。

速い奴には、動きを抑制するのが得策だ。

 

「ぐっ、うあっ!!」

 

ばら撒かれたアステロイドは、僅かに移動しながらも空中に止まる。高速で移動していた椛に避けられる程の隙間はなく、その勢いのままに大量被弾した。小さいが、一発の威力は中々高い。軽いダメージでは決してないだろう。

転げ落ちるように足を付けた椛は既に、少しばかりボロボロになっていた。

 

ーーだが、情をかけるつもりも無い。

 

「旋空!」

 

俺は立ち上がろうとする椛に向けて、多量の旋空を放った。緩いカーブを描きながら、鋭い結界刃が椛を襲う。

 

「ッ! ま、だ…ですっ…!」

 

しかし、未だ致命傷は受けていない彼女は、飛び退いて避けて見せた。

まぁ予想済みだ。なら、俺は絶え間なく追撃を続けよう。

旋空、風刃、鬼道、アステロイド、様々な物を放つが、椛は偶に被弾するくらいで大体は避けている。

ーー代わりに、彼女の攻撃回数は激減した。

 

「最初の威勢はどうしたよ椛!」

 

「うる、さいです!」

 

悪態を付きながら、椛はフラフラながらに一枚のカードを取り出した。

俺の弾幕の隙に輝かせ、宣言。

 

 

天駆(てんく)天翔(あまかけ)一匹(いっぴき)オオカミ』ッ!!」

 

 

「…お?」

 

宣言の直後、椛の周囲に突風が発生し、彼女の動きが飛躍的に上昇した。動く度に弾幕が放出されるらしく、それがあのスペルの効果なのだろう。

 

風の力で空を動き回る椛。放出される弾幕は美しい毛並みのようで、鎌鼬は爪と牙。

……なるほど、確かにアレは、オオカミだ。

 

「やぁぁああああっ!!!」

 

彼女のスペルの前に、今の俺の弾幕は意味を為さなかった。それを見たからなのか、椛は全速力で此方に向かい、その牙を突き立てんと迫ってくる。

 

ーー俺は、天御雷を両手で構えた。

 

「ふぅ…魂守りの張り盾 〜一閃無双(いっせんむそう)の型〜」

 

構えた刀を、回転しながら振り払う。

それはしっかりと、突撃してきた椛の刺突にぶつかり、剣を砕いてみせる。そして椛は、俺の剣跡に残った(・・・・・・)"斬れる霊力"に巻き込まれて、切り刻まれながら空から転がり落ちた。

本当は、一振りで何重にも斬りつける技なのだが、今回は椛を巻き込むのに使ってみた。上手くいってくれたようだ。

 

「ぅ…ぐ…っ!」

 

「…お前の負けだ。殺しゃしないが、これ以上戦うのはオススメしないな」

 

未だ立ち上がろうとする椛。

これだけ傷ついてまでーー俺がやったのだがーー戦おうとするとは、最早関心を通り越して呆れてしまう。

しかし椛は俺の言葉を聞き、諦めるどころか、どこか怒ったような口調で言うのだった。

 

 

 

「ま…だ、です…っ!」

 

 

 

「…………………」

 

ーー少し、イラッとした。

 

「…なんでそんなに戦おうとするんだ? 戦って傷付いて、もしかしたら死ぬかもしれないんだぞ?」

 

「私は、天狗です…っ! 天狗である限り…役目は、全うしなければ…ならないんです…っ!」

 

「……それは、命を懸けてもしなけりゃならない事なのか…?」

 

その問いに、彼女はーー

 

 

 

「当たり前、です…っ! 私は、この役目に命を懸けてるんです…っ!!」

 

 

 

はっきりと、言い放った。

 

「……自分の命を軽く見るのも、ある意味では罪、か」

 

人は争う。妖怪も争う。神だって争う。

争う事は仕方ない事だ。それぞれに理由があって、それぞれの正義があって。

それらがぶつかってしまい、自分の譲れないモノを通す為に争う。それ自体は、悪い事とは思わない。

 

でも、"こんなの"は違う。

 

役目なんて、そんなモノの為に命を懸けるのは、違う。

侵入者を食い止める為に命を捨てるなんてのは、間違ってる。

自分の生を何だと思ってるんだ。

 

「お前は、命の使い方を間違ってる」

 

一瞬だけ、少しだけ、髪と目にチリッと刺(・・・・・・・・・)激を感じた(・・・・・)

 

「ぐ…ぅぅうああああっ!!!」

 

折れた剣を振りかざし、椛は最後の力を振り絞って攻撃してきた。最早ボロボロ、動きもヨロヨロ。とても戦える状態じゃないというのに……"残念ながら"彼女の言葉に嘘はないようだ。

 

ーー掌の原子結合を強化。

 

ガッ「もう止せ。戦える体じゃないだろ」

 

「うるさいっ!!」

 

剣を受け止められても動揺せず、椛は掌に妖力を溜め、こちらに向けてきた。弱々しくはあるが、食らってもダメージが無いというほどでもない。

…其処まで戦おうとするなら、動けなくなるくらいまでしないとダメらしいな。

能力を発動し、向けられた腕の健を結界刃で断ち切った。

 

「ぐあっ!?」

 

「…少し、頭冷やせ」

 

がら空きになった彼女の腹に、浅く一閃。

振り上げた刃を、椛の肩口に振り下ろす。

 

 

 

 

 

 

「待って下さいっ!!!」

 

 

 

 

 

 

ーー直前、そんな叫びと共に突風が吹き荒れた。

 

椛と俺の間に一瞬発生したそれは、その強い力で俺の刀を弾き、同時に俺と椛の体を引き離した。

 

聞き覚えがあるぞ、今の声。

全く、ここに来てから随分探した。

 

「文か。久しぶりだな」

 

「………ご無沙汰してます、双也さん…」

 

少しだけ睨みつけるように、彼女は言った。

 

 

ワイシャツに黒いスカート、黒い羽。

千年前に見た射命丸文(しゃめいまるあや)の姿が、そこにはあった。

 

 

 

 

 




最後少し急ぎ足でした。
あと、椛のお役目に対する気持ちは私の独自解釈ですので、ご注意下さい。

ではでは。


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第百四十三話 込み上げる感情

序章もあと少し。

ではどうぞ!


それ(・・)に気付いた時は、本当に焦りました。

 

朝起きて、上の神社の所為で少しピリピリしている空気にウンザリしながら、"今日も始まるのかぁ"なんて思ったりして。

 

いつも通りの支度をして、外に出て、山の美味しい空気を吸いながら気分良くその周辺を飛んでいたその時です。

 

 

ーー"身"覚えのある霊力を感じたのは。

 

 

もう千年以上昔の話です。それこそ、私がもっと位の低かった頃の話。

もっと私が単純で、

もっと私が臆病で、

もっと私が…弱かった頃の話。

 

忘れたくても、忘れられませんでした。身体が覚えてしまっていたのです。何せ、私の数少ないトラウマの一つなのですから。

 

当時でもそこそこは良い位でした。

部下もいたし、命令すれば動いてくれたし。

でもあの時は、それなりに多く居た私の部下は、流れ作業のように斬り伏せられて…私自身も応戦したけれど、全く歯が立たなくて。

 

恐怖だけしか、感じられませんでした。

どんな事を考えて、どんな奇策を講じても、あの人はそれを凌駕してしまう。あの能力と、反則の様なあの刀で全てを断ち切ってしまう。

みんな斬られて、殺されはしなかったけれど戦闘不能にまで追いやられて。

残るは私、一人だけ。

 

もう何も考えられない程に怖くて、震えるのを通り越してボーッとしていた気がします。

だから、その時に見たあの人の笑顔は何より恐ろしく見えました。

 

"絶対にこの人は敵に回したくない"

 

そう思わせるには十二分な程に、怖い笑顔でした。いえ、怖く見えたのです。

 

 

だから。だから。

 

 

気分良く飛んでいる最中にその霊力を感じ取った時は、本当に血の気が引いていく様でした。

 

ふらふらっとこの山にやってきて、つらつらっと天狗達に強く名前を刻みつけていった少年。

 

その見た目の若さからは余りに比例しない、余りの強さを持った、現人神。

 

 

ーー神薙双也。

 

 

今もたくさんの部下や同僚が彼を止めに行っているでしょう。でも結果は見え透いています。もう三度目ですから、予想なんて生温いものでもありません。

今はただ、"スペルカードルール"のお陰で決して殺されはしない事に安心でもしておきましょう。

それが無かったら、もしかすれば全員殺されているかもしれないのですし。彼の強さを目の当たりにすれば、きっと上手く逃げてくれるでしょう。

 

 

ただ。

 

 

ただ一つ、心配な事は。

 

 

あの娘がちゃんと、そう(・・)なってくれるか、です。

 

 

天狗としてのお役目に従順過ぎるあの娘。

お役目に実直過ぎて、命を軽く見ている節すらあるあの娘。余りにも、危過ぎます。

命を無くせば、意味が無いと言うのに。元も子もないというのに。あの娘は平気で命を懸ける。惜しむ事など決してない。

 

だから、駆けました。

 

何より早く、その場所へ辿り着くために。

友人が、もしかしたら死ぬかもしれないのというのに、恐怖など感じてはいられません。

ただただ、あの娘が、敵を抹殺せんとスペルカードルールすら放棄してしまわないか。

もしくは、あの娘の強情な態度に痺れを切らし、あの現人神がスペルカードルールを放棄してしまわないか。

 

 

ーーそれが、何よりの心配でした。

 

 

もしかしたら、私のそんな考えが、勝手に身体を動かしたのかもしれません。

 

目で見たものを頭が理解するよりも早く。

条件反射にほぼ等しく。

 

気が付けば、ボロボロの椛を背に、あの少年を睨みつけていました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜双也side〜

 

突然弾かれ、元の場所を見てみれば、そこには懐かしい顔があった。

千年以上前に二回程会っただけだが、印象深いのは確かだ。何せ、この天御雷の試し斬りをしたのが、この少女率いる天狗の部隊だったのだから。

 

「文か。久しぶりだな」

 

「…………ご無沙汰してます、双也さん…」

 

睨みつける様な彼女の視線に、しかし怒りはあまり見て取れなかった。むしろ、どこかホッとしている様な、どこか力の篭っていない目線。

ああ、恐らく、文の心は俺に向いては居ないのだろう。多分、後ろの椛に向いている筈だ。

 

「あ…文、様……」

 

「黙ってなさい椛。ここからは私の役目です」

 

「っ…………」

 

少し強めの口調で言い放った文は、視線を動かさなかった。常に俺を射抜いて、警戒している様だ。

 

ーーしかし、警戒していると分かっていても、次の文の言葉は、俺を驚かせるには十分な力を持っていた。

 

「双也さん……

 

 

 

 

 

この娘を、許してあげてはくれませんか?」

 

 

 

 

 

その目から、警戒の色が消えた。

 

「……何言ってんだ?」

 

「この娘があなたを襲った事は承知しています。その上で、双也さんに、この娘を斬る権利がある事も承知しています。でも…この娘は、私の大切な友人なんです…っ!」

 

訴えかけるその目に、戦う意思は無い。

もちろん俺にも、最早戦う意思は無かった。

もともと椛を斬ろうとしたのは、あくまで行動不能にする為だ。向こうから戦いをやめてくれるというのなら、それに越したことはない。

 

………まぁ正直に言えば、椛には少し死に(・・・・)かけてもらって(・・・・・・・)、命の重みを知ってもらいたい気持ちもあったが。

 

俺はゆっくり、刀を下ろした。

 

「…なに、そいつが余りに戦おうとするもんだから、少し動けなくしてやろうと思っただけさ」

 

「じゃあ…許して、くれるんですね?」

 

「許すも何も、怒ってない。ーーいや、少し怒りかけたけど、殺そうとしてたわけじゃないんだ。安心しろ、文」

 

文はホッと、目に見て分かるほどに胸を撫で下ろした。

俺も、戦闘を続けないで済むことに少し安堵していた。殺すのはもちろん、傷付けるのも、好きな訳では決してないのだ。

 

ーーしかし、戦う事を止めた俺達の他に一人、納得していないらしい者がいた。

 

 

 

「何、を…言って、るんです、か…っ!?」

 

 

 

必死に訴えかけるその声に、再びどこか、空気がピリッとした。

 

「文様…! 私達は、天狗ですよ!? 侵入者、は…倒さねば、なりません…!」

 

「…椛、お役目は、命あってこそ遂行できる物です。お役目のために命を捨てるなんて、おかしい事なんですよ?」

 

「おかしくなんて、ありません…っ! 天狗のお役目は、命を懸けて、遂行すべきです!」

 

「椛…」

 

文の説得にも耳を貸さない。挙句、ボロボロの体で剣を取ろうとし、まだ戦う気でいる。

……もう本当に怒りが込み上げてきた。こんなにも命というものを軽くーーいや、軽蔑するヤツは初めてだ。

 

"いっそ本当に死ぬ寸前まで追い込んでみるか"

 

どこか暗い感情が、湧き上がってきた。

昔なら考えられないくらいに暗くて、非情な考えだった。

殺すのは苦手の筈なのに、怒りが込み上げると平気で傷付けそうになる。平気で殺しそうになる。

 

……やっぱり、あまりに生き過ぎて、何処かおかしくなったのかな。

 

何処か、自分から人間としての正常な思考が欠けてきている事に哀愁すら覚える。でも、変わってしまったのなら、戻す事は困難だ。一億年も掛けて変わってしまった俺ならば、尚のこと難しい。

 

でも。

 

でもせめて、まだ正常思考が残っているならーー殺すのに躊躇いを感じていられるなら、人間らしく居たい。

 

だから、今回は文の気持ちに免じて、殺すのは我慢しよう。

 

「まだ、終わっ…てーーッ!?」

 

剣を振りかぶり、ヨロヨロと向かってきた椛の腕を掴み、健を切る。折れてしまった剣は、ガシャリと河原に落ちた。

 

「ぐぅ…っ!」

 

「……眠れ」

 

苦痛に表情を歪ませる椛の顎をクイッと持ち上げ、ジッと視線を合わせる。

 

ーー白伏

 

「ぅ…ぁ…」

 

意識を失った椛は、ガクリと身体を沈ませた。

 

「…文、こいつの世話頼む」

 

「……はい。…あの、ありがとうございました。殺さないでくれて…」

 

「…ん」

 

文は素直に頭を下げてきた。

どうやら、椛の危うさは彼女も心配していたらしい。これで椛が懲りてくれるとも思えないが、いい薬になった事を願うばかりだ。

 

「……上の神社へ、行くんですか?」

 

ふと、椛を担ぎ上げた文が問いかけてきた。

にとりも逃げ帰ってしまったし、もう行こうと背中を向けていた俺は、振り返って答える。

 

「ああ。気になることがあってな」

 

「…でしたら、この娘を許してくれたお礼に、少しだけ忠告しておきます」

 

「…忠告?」

 

文の目に真剣さが戻った。

 

「あの神社には、位の高い神が二柱居ます。加えて、あなたと同じ現人神も一人。……気を付けてください。あなたは怖いですが、死んで欲しい訳でもないんです」

 

「………分かった、忠告ありがとな。あと、もう俺を襲わないでくれって他の天狗に伝えてくれ」

 

「…はい」

 

彼女の忠告を胸に留め、そう言い残して河原を飛び立った。このまま行くと嵐には会えなさそうだが、優先すべきはその神社だ。

 

位の高い神が…二人。

思い当たる懐かしい顔が二つ、頭を過ぎった。

 

もう何千年も前の事。本当に古い友人である二人。

そしてーーもう一人の現人神。

 

「(まさか…本当にあいつらか…?)」

 

不安、疑念、そして嬉しさ。

様々な感情が渦巻いていく中、俺は残り四分の一ほどになった妖怪の山を登って行った。

 

 

 

 

 

怒りと共に込み上げた殺意は、俺の心にはもう既に、影も形も残ってはいなかった。

 

 

 

 

 




サクッと終わらせるつもりが、少し重い話になってしまった件。

ではでは。


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第百四十四話 切れていた繋がり

序章はこれでお終いです。
次回から本編。

あと、次回の投稿は一週間後の2月20日になります。
ちょっと本気で煮詰めたい章なので、ご了承ください。

ではどうぞ。


"世界"、と言ったら、どんなものを思い浮かべるだろうか。

 

 

海と大陸が混在した、この星の事を意味する世界?

ある条件の下に集められた集合ーー"界隈"とでも言えるような世界?

それとも…冥界や現界、神界や天界、そして平行世界さえも一括りにした、真の意味で総合的な世界だろうか?

 

 

はっきり言って、俺は答えが一つではない様に思う。

 

 

そもそも、世界という言葉に様々な意味が込められているのだし、その言葉を使うタイミングによっても意味が変わってくるのだし。

早い話、人によって意味は異なる。

当然、思い浮かべる"世界"というのも変わってくるだろう。

 

 

ーーそう、人によって異なる。

 

 

俺が思い浮かべる世界とは、海と大陸でもなく、条件下の概念でもなく、大きな一括りでもなく、ただ、一個人(・・・)なのである。

 

一人の人間、一匹の妖怪、一柱の神。

そのそれぞれに、実に様々な思惑があり、考えがあり、そしてそれをレンズのよう通して、視界に映るものを理解している。

同じお(さつ)を見ていたとしても、価値観が違えば、それは貴重な生活資金にもなるし、ただの紙くずにも成り得るのだ。

 

 

そう、だからこそ、一個人に見る世界が真実を映し出すことなど、むしろ少ない。

 

 

みんなそれぞれに世界を持っていて、その中の一部分、他の人達と重なったほんの一部分だけを共有し、生活している。

一つの事象ですら、そんな思惑を孕む多数の世界の中で見ているのに、自分ただ一人が真実を見出す事など、不可能に近い。

他人の世界を覗き見て、その思惑を全て理解し、その膨大な情報を駆使して一つの真実を導き出すなんて事は、到底出来ない。出来っこない。

 

故に、当然、俺が見て理解したものが、真実とは限らない。ーーいや、俺の知ってい(・・・・・・)るもの(・・・)とは限らない。

 

この世界の真実(・・・・・)を、俺の世界を通して見ても、それは俺にとっての真実にしかならない。

故に、客観的に見た結果である"世界の真実"には、誰であろうと、中々辿り着けないのであるーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び登り始めてどれ程か、取り敢えず、あと少しの所まで来たのは確かだ。

 

文の働きのお陰か、川を離れてから天狗に襲われる事はめっきり無くなった。あまりにも"そう"なるのが早かったものだから、"天狗達が様子をうかがってるだけなのかも"なんて事も考えたが、曰く速さに自信がある文の仕事なのだから、これくらいが普通なのかなとも思った。

 

何はともあれ、頂上付近まであと少し。俺の疑念を解消できる時も近い。

 

ーーそう言えば、現人神、というのは一体なんなのだろうか?

 

どこか気が抜けたというか、あと少しだという高揚感からか、ふとそんな事を考えた。

何も自分の存在を否定しているつもりは無いが、実際不可思議極まる存在である事に変わりは無い。

 

神と人の両面を持つ存在……そもそも、どうやってそれが生まれるというのだろう?

 

「(半妖ってのは、居るんだよな。妖怪と人間のハーフ)」

 

香霖堂の森近霖之助に、人里の上白沢慧音。よくよく考えてみると、そちらもどうやって生まれたのか分からない。普通に生殖行動をして生まれるものなのだろうか。

 

まぁ、どちらも"生き物"だからまだ分かる。

理解不能と言ったら、半人半霊の他は無いだろう。

 

「(人間と幽霊のハーフって……マジで分かんないな…)」

 

異種族どころか、片方死んでいるのにどうやってハーフになったんだよ。死体に欲情でもしたのか?……いや、流石にそれはないか。

 

……なんだか、妖夢がとても怖い存在の様に思えてきた。

 

全く、正体が分からないというのも案外恐ろしいものだ。

 

「(まぁ、そんな事を言い出したら、転生した俺は何なんだって話になるけどな)」

 

元は人間、普通の高校生。

転生し、今度は半身を天罰神とする現人神。

長く生きて沢山の経験をしたし、その所為でおかしくなってしまった所もある。人間だった当時からでは、考えられない事だ。

もしかしたら、俺は相当に数奇な人生を送っているのかもしれない。

 

「(まぁ、願ったり叶ったりだけど…な)」

 

最早遠い昔となってしまった記憶の事を思う。

思い返せば、あの頃の記憶として残っているものなど、一つだけしかない。

 

家も、街も、学校も、先生も。

そして友人も、親の顔さえ、覚えていない。

全て時の流れに流されてしまった。

 

でも、たった一つだけ。

 

俺にとって、忘れてはいけないたった一つの事だけは、しっかりと覚えていた。

忘れる筈はない。忘れてはいけない。

どれだけの恩があるのか、あいつ(・・・)は知らない。

 

きっと他人にもするように、そうしただけだったのだろう。でも、それが俺には……俺の心には、強く響いて反響した。

 

なんたってーー俺の世界を、変えてくれたんだ。

 

 

 

 

 

だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………あの、どちら様ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーその衝撃は、今までの何よりも辛いものだった。

 

 

 

「あ、参拝客の方ですね! 本殿はあちらですので、ご案内します!」

 

「…………………」

 

俺とほぼ同じくらいの見た目。特徴的なカエルと蛇の髪飾り。そして何より…長くて綺麗な、若葉色の髪。

 

服装は違う。いつも見ていたブレザーではなく、白と青の巫女服。だが見間違える筈はない。だって、忘れた事など一度も無いのだから。

 

ーーでも。

 

 

「……? どうしたのですか?」

 

「…お、俺の事が…分からない…のか?」

 

 

激しい動悸の中で、必死に言葉を絞り出す。

対して、巫女服の少女ーー東風谷早苗は、不思議そうな表情をしていた。

 

 

「どういう…意味です?」

 

「は、は? 俺だ…神薙、双也だ…! なんで……思い出してくれっ! 早苗っ!!!」

 

 

朝は毎日、早くに起きて二人で登校した。

分からない問題は教えあった。

お昼はよく二人で食べた。

帰り道はいつも一緒だった。

俺の最期には……涙を流してくれた。

 

悲哀に近く、怒りに近く。

焦りに近く、狼狽に近く。

俺の頭の中は、最早気が狂いそうになる程グチャグチャになっていた。

ガンガンと頭痛も酷く、心にのしかかる重みに潰されてしまいそうだ。

 

千年以上前からーー稲穂に出会ったあの瞬(・・・・・・・・・・)間から(・・・)、ずっとずっと耐え続けて…折れそうになる心を会いたい一心で支え続けて。

 

……それなのに。

 

「…何を言ってるんですか? 思い出すも何もーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私達、初対面じゃないですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーああ、もう…限界みたいだ。

 

「ぅ…ぅうっ! ぁぁああぁ……」

 

 

気力がもう、保たなくなってしまった。

 

遂に心が、折れてしまった。

 

こんなにも、望んでいたのに。

早苗との繋がりは、俺の気が付かない内に、切れてしまっていたらしい。

 

 

全てが、無駄だった。

出会い、別れを繰り返し、死に行く友人を何人も看取り。

それでも耐えて、どうにか壊れない様に、心を狂わせない様に……生きてきたというのに。

 

「な、んで……そんな……っ! 嘘だ……っ!」

 

切れていた繋がりをもがき求めて、"人生"という、意味を失った拷問に耐えてきたというのか。

既に切れていた繋がりなんて、求めてしまったが故に、無意味な生を、無意味に過ごしてきたというのか。

 

 

 

ーーそう、無意味。

 

 

 

ああ、世界というのは、こんなにも容易く…繋がりを断ち切ってしまうのか。

 

 

 

ーー繋がりにはもう、意味が無い。

 

 

 

だとしたら、誰かと繋がる意味なんて……絆を結ぶ意味なんて、無いじゃないか。

 

 

 

ーーみんな死んでしまう。

 

 

 

繋がりが切れてしまうのはこんなにも苦しいのに。

 

 

 

ーー後に残るのは犯した罪のみ。

 

 

 

最後に残るのは、途方もない悲しみだけ。

 

 

 

ーー生きる事で罪を犯すなら、生きる事こそが最大の罪。

 

 

 

繋がっても苦しいだけなら、絆なんて、無意味だ。

 

 

 

ーー生きる事が罪ならば、命なんて、無意味だ。

 

 

 

なら。

 

 

 

ーーならば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「こんな世界、必要ない」」

 

 

 

 

 




……………。

ではでは。


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第十二章 東方死纏郷 〜Disaster of Judgment〜
第百四十五話 反転


"裏と表は、誰にでも存在する"

ではどうぞ


「ッ!!? 何よ、コレは!?」

 

私が、妖怪の山の山頂より少し下辺りに辿り着いた頃、突然とても激しい地震が起こった。

 

それはもう、二秒立っていられれば上等、と言うくらいの大地震。

視界はガタガタと揺れ、身体は思うように動かず、何よりーー山頂付近から発する強過ぎる力、そして切れてしまいそうなほど鋭い殺気が、私に行動の自由を許してくれなかった。

 

「(う…ぐぅ…っ! こんな力を持ってる奴なんて…幻想郷にいたかしらっ!?)」

 

大気を、大地を、幻想郷を揺れ動かす程の力を持つ者なんて、そうそう居るものではない。

況してや、そんな力を得るに至るまで生き続けられる者が、そもそもほんの一握りでしかない。

 

揺れは約二十秒ほど続き、その後は、揺れのせいでクラクラする頭の中で段々とそれが治まっていくのを感じた。

 

「………っ…やっと止まったわね…」

 

暫く耐えていると、地震は完全に止まった。

身体が動かなくなるほどの大きな力も、感じる程度は少なくなり、息苦しい程の拘束もスルリと解けた。

 

「………にしても、一体誰がーー!」

 

ふと、脳裏を掠める一つの空想。

 

 

黒いガウンの、彼岸花。

蒼く流麗な、一振りの太刀。

 

 

一人の少年が、頭に浮かんだ。

 

 

「(…いや、そんな筈ない! 双也にぃは、あんな殺気は……)」

 

双也にぃは優しい人。本気で殺すような、あんな殺気は放たない。そう信じたい。

信じたい、けど……

 

 

ーーとにかく、山頂まで登り切って、確かめないと。

心に落ちた暗い影、そして広がっていく不安を抱きながら、私は少し震える身体に鞭を打って、山頂へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

山頂付近になると、何処かピリピリとした空気が私の肌を刺激した。

戦闘には慣れているけど、それはあくまで弾幕ごっこの話。だからこの空気の感じは、眉を顰める程度には嫌だった。

 

背筋をゾクゾクと撫でるような、気持ち悪さを覚える空気。

とてもじゃないが慣れてはいないし、こんな中に居たいとも思えない。

 

「………………」ゴクッ

 

見えてきた鳥居に少しだけ不気味さを感じ、無意識に唾を飲み込んだ。

鼓動も激しい。少しだけ耳鳴りもする。でも、歩みだけは止めなかった。

 

そして、鳥居をくぐった先で見たのは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…よう霊夢」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

髪と瞳が白く輝き(・・・・・・・・)、信じられないほどの力を放っている双也にぃだった。

 

 

 

 

そしてその周囲には、この神社の神と(おぼ)しき二人が、血塗れで倒れていた。

 

「…そ、双也…にぃ、なの…?」

 

「ん? そりゃそうだろ。"俺"は双也だ」

 

地面の大半は深く抉られ、木々も荒く折り倒されている。倒れている二人は酷く傷付いていて、ピクリとも動かない。後ろの方には、気を失ったらしいあの巫女が倒れていた。

 

対して双也にぃはーー余裕の笑みを浮かべ、傷付いた様子は何処にもない。

信じたくなかったけれど、あの殺気は彼から放たれていて、手に持つ刀からは……ポタポタと、血が滴っていた。

 

 

誰の目にも明らかだ。

あの二神を追い込んだのは、双也にぃである、と。

 

 

「な、なんでよ…あんなに優しい双也にぃが、なんで…」

 

「優しい、か…ふむ、確かに、呆れるくらいには優しいな。でも、"オレ"は仕事をしてるんでね」

 

「…?」

 

……なんだか、言っている意味がよく分からない。

何処となく会話が噛み合っていないようなーーいや、彼の視界には私が映っていないかのような、そんな空虚感を感じた。

 

それに、今彼が放っている雰囲気はーーとても、怖い。

首元に鋭い刃を突き付けられて、今にも首を引き裂かれそうな、そんな恐ろしさを纏っている。

 

様子が明らかにおかしい双也にぃに、警戒を抱きながら首傾げていると、彼は首をコキリと鳴らして見せた。

 

「ああそっか、この流れだとお前が次なのか」

 

「……………何がよ」

 

「何がって、そりゃ……裁きに決まってる(・・・・・・・・)だろ(・・)

 

 

ーー"裁き"? 何よそれ。

 

 

そう思った、瞬間だった。

 

「お前の罪は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

生きてる事だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーッ!!」

 

メキッ

 

お腹に、鈍い痛みを感じた。

ジワジワと、でも急激に襲ってくる痛み。それの前に、私は声を出す事もできず、一瞬視界が暗転する。

 

そして背中に強い衝撃がきたかと思うと、痛みで出せない声が、肺が押された事によって無理矢理に喉から出ようとする。

でも代わりに、バチャバチャッと鉄臭い何かが口から溢れ出した。

 

 

ーーコレは、血だ。

 

 

「ぅ……ぁ、ぅ…?」

 

殴られた、の?

腹を一発…コレが、拳の威力…?

 

痛みで頭が回らない。

気が狂ってしまいそうなほど痛くて、悶えそうになる。

それを和らげようと叫ぼうとしても、ゴポゴポと血の泡が噴き出すだけだった。

ーー弾幕ごっこでは決して味わう事のない、鮮烈な苦痛。

 

頭が回らなければ、腕も上がらない。足は膝を立てる事もできないし、視界はチカチカとして定まらない。

 

如何にか頭を持ち上げて、その視界が映したのはーー刀を振りかぶって飛びかかる、双也にぃの姿だった。

 

「………ッ……ゥ…!」

 

 

ーーヤバイ。

 

 

このまま攻撃を許せば、恐らく真っ二つにされる。 何も出来ずに、終わってしまう。

私は、今にも途切れてしまいそうな意識を如何にか繫ぎとめ、一枚の札を地面に着けた。

 

「せ、つな…あくぅ、けつ…!」

 

瞬間、私の下に空間が開き、身体は重力に従って落ちていった。

そこから出たのは、入った場所から僅か10mほどの所。

私が座り込んでいた木は、見事真っ二つに両断され、どころかその後ろ数十本すらも両断されていた。

 

「甘ェんだよ」

 

しかしその刹那、私の両方の二の腕は、二つの白い線に撃ち抜かれた。

鋭い痛みに襲われ、思わず手で抑えようとした。だがもう片方も動かなくなっていて、如何にも出来ない。

筋肉は断裂し、腕に力は入らない。辛うじて大幣を手放していない事が最早奇跡だ。

 

ーーでも、

 

 

 

「破道の七十八『斬華輪』」

 

 

 

流石にもう、避けられない。

 

腕も動かない。腹も潰れている。足はもう立たない。意識すら、途切れそう。

 

最早成す術を失った私に、双也にぃの破道が迫る。

きっと、アレを受けたらタダでは済まないだろう。 身体が上下に分かれてしまって、何も出来なくなる筈だ。

 

ーー悔しい。

 

何も出来なかった事に悔しさをも感じて、でもどうにも出来なくて。

私は、ギュッと目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「境符『四重結界』ッ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

劈くかの様な鋭い衝突音が、私の鼓膜を震わせた。

 

そうして驚き、目を開く前に、私の身体は何者かに抱えられ、少しの浮遊感の後に降ろされた。

 

「………ら、ん…?」

 

「動かないでくれ、治療が出来ない」

 

ボヤける視界で見てみると、それは九つの尻尾を持つ九尾の狐、八雲藍だった。

彼女は私にそう言うと、頬に一筋汗を垂らしながら妖術によって私の傷を癒し始めた。

………痛みは中々無くならないけれど、気持ち的には少し楽になった気がする。

 

首だけ動かして周囲を確認すると、私の他三人ーーこの神社の神二人と巫女ーーが横たえられており、

 

 

何時に無く真剣な表情をした八雲紫が私たちを守る様に、様子のおかしい双也にぃに向き合っていた。

 

 

「……一瞬で砕かれるとは…相変わらずのようね、あなたは…」

 

「くくっ…お前こそ、相変わらずオレの邪魔をしてくれるみたいだな、紫」

 

「…………当たり前でしょう」

 

 

……?

 

紫が、双也にぃを相手に…なんでこんなに、ピリピリしているの?

 

確かに、様子は違う。

髪は白くなってるし、瞳も眩しいくらいに輝いて、まるで別人の様だ。

何より私を本気で斬り殺そうとした。

さらに言えばーー

 

 

 

 

彼が放っているのは、妖力(・・)ではないか。

 

 

 

双也にぃは、現人神。人間の面を持つ限り、その力は霊力の筈だ。なのに。

 

ーーでも、まるで双子の鏡写しの様に、似ている。

容姿も声も、何もかも。殺気と髪、瞳以外はどう見たって双也にぃだ。

アレ(・・)から妖力に混じって感じる神力も、なんとなく双也にぃと雰囲気が似ている様に感じる。

 

一体、何がどうなっているの?

 

ただただ困惑している私を他所に、紫は、双也にぃを睨みつけたまま、言い放った。

 

「……藍、スキマで送ってあげる余裕も無いから、少しの間だけ時間を稼ぐわ。その間に、みんなを抱えて逃げなさい」

 

「ッ! 紫様! それではーー」

 

「早くしなさいっ!!」

 

珍しく怒鳴り上げた紫に慄いたのか、藍は唇を噛み締めながら私達を尻尾に抱える。

 

藍の治療のお陰で、身体は動かせないけれど大分楽になった。

私はクリアになった視界でふと、紫を捉えた。

 

「(………あの紫が、焦ってる?)」

 

紫の様子は、過去のどんな時よりも切迫していて、いつも余裕で微笑んでいる彼女からは想像できないほど、纏う妖力がチリチリしている。

 

ーーそれだけ、今の双也にぃが危険だということだろうか。

幻想郷で最も強い、八雲紫が焦るほどには。

 

「幻巣『飛行虫ネスト』ッ!!」

 

藍の様子を確認したのか、紫は双也にぃに向けてスペルを放った。

ーーいや、これはもうスペルカードではなく、普通に技の様だ。完全に、双也にぃを滅する気でいるらしい。

対して双也にぃは。

 

「……変わらないなぁ」

 

 

紫の技を、鼻で嗤っていた。

 

 

「ぐッ!!?」

 

瞬間、双也にぃから膨大な神力の衝撃破が放たれる。

一体何をすればこれ程強力になるのか、そんな思いが浮かんでしまう程の神力は、地面に打ち付けるかの様な、あるいはそれ以上の威力で広がり、紫の技を一瞬で吹き飛ばした。

 

「ッ……まだよっ!!」

 

しかし、紫はそれに臆することなく攻撃を続ける。彼女にもダメージはあったはずなのに、私達を逃がす為だけに、必死になっている様だった。

 

妖力弾に加えて、スキマから飛び出す丸い板のついた棒。挙げ句の果てには、沢山の車輪が付いている何か鉄の塊まで。

ただ無我夢中に、双也にぃに行動させまいと攻撃し続けているが、その双也にぃは、実に余裕の表情を貫いている。

あの刀一振りで、紫が飛ばすあらゆる物を斬り飛ばしているのだ。

それどころか、時折斬撃の様なものが紫に飛来し、彼女の身体を傷つけていっている。ーーそのすべてに、不気味極まる妖力が篭っていた。

 

「紫様っ!」

 

「藍っ!! 早くっ!!」

 

「ッ、はい…申し訳ありませんっ!!」

 

紫の必死な言葉に、藍は涙を飲む様にして言い、空へと飛び出した。

この方面はーー博麗神社だ。

 

まだ少し痛む身体に耐え、戦闘の行方を凝視する。

最早私にはどう足掻いても付いていけない様な戦闘が、目の前で繰り広げられていた。

すると、未だ余裕の表情を崩さない双也にぃと、目が合った。合ってしまった。

 

そう思った、瞬間の出来事。

 

「逃すと、面倒なんだよな」

 

双也にぃは一瞬で紫との距離を詰めて腹を一閃すると、私達の方へと飛んできた。

 

……いや、飛んできたというのも生温い。あれは最早、瞬間移動だ。

 

「ッ!! しまっーー」

 

「遅ェよ」

 

一瞬で私達の前に躍り出た双也にぃは、その刀を高く構えて振り下ろす。

藍に迫る蒼い刀身。

暴力的なまでの妖力が宿るその刃が、私達を一気に断とうと迫る。

 

でも、その刃は、私達を断ち切る事は、無かった。

 

 

 

 

 

「ゆ、紫…様…?」

 

 

 

 

 

もうダメだと思ったその刹那。

 

 

目の前に現れた紫が、私達の盾となって刃を受けていた。

 

 

「…やっ、と…捕まえ、たわ」

 

妖力の迸る刀身で肩口から斬り込まれ、文字通り身体で刃を受け止めている紫は、それでも、双也にぃが次の行動に移る前にその腕を掴んだ。

 

紫が発する"複雑極まる術式"を感じてなのか、その瞳が散大した。

 

「ッ、お前、何をーー」

 

「喰らい、なさい…

封神(ほうじん)架々八天封印(かかやてんふういん)』…!!」

 

「ーーッ!!」

 

一枚の札を、双也にぃに叩きつける。

するとその札から、理解しようとすれば頭がメチャクチャになりそうな程複雑な式が展開された。

 

輝く光が束を作っていき、彼を中心に集まっていく。

苦しそうな表情をした双也にぃは、どこか慌てたようにバッ、と紫から離れた。

 

「うぅ…ぐ…案外…強い術も、使えるじゃねーか…」

 

「ハァ…ハァ…くたばり…なさい…!」

 

「そりゃ、出来ない…相談だな…」

 

光が止むと、双也にぃの身体は八本の杭ーー二つの十字架ーーに撃ち抜かれていた。

彼は苦しそうにしながら、それでも笑みを崩さない。

 

「フッ…また後で、な、お前達」

 

「………………」

 

そう言い残し、彼はフッと姿を消していった。

膨大な神力も、妖力も、もう驚く程に感じなくなっていて、彼が消えた後に残ったのは、死の恐怖から解放されたという安堵と、どこか根深いところまでありそうな、どうしようもなく気になる謎だけだった。

 

「取り敢えず…博麗、神社に…戻るわよ…」

 

「!! 紫様っ!!」

 

あの紫が満身創痍ーーいや、もしかしなくても、圧されていた。私に至っては、何も出来なかった。

 

やるせなさ、恐怖、不安。

マイナスの要素ばかりが頭を支配して離れない中、傷付いた紫達とともに、神社へと帰還するのだった。

 

 

 

 

ーー異変は、始まったばかり。

 

 

 

 




何話でいけるかな…

ではでは。


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第百四十六話 未来予期

"どれ程磨き続けても届かない力"

ではどうぞ。


新しく来た神社ーー守矢神社での一件の後。

傷付いた霊夢達一行は、ふらふらの足取りながらも、無事に博麗神社に辿り着いた。

しかし、神社の庭に降り立つのと同時に倒れ伏してしまう程、皆が皆、消耗し、傷付いていた。

 

「ッ!! おいお前ら! どうしたんだよっ!?」

 

「ぅ……魔理、沙……」

 

「とにかく、全員中に運んでやる! おいお前らも手伝えっ!!」

 

皆の惨状を見、飛び出してきたのは魔理沙だった。

彼女は何時に無く心配そうに、そして焦ったように、彼女の呼び掛けに応じた面々と共に、皆を神社に運び入れ始めた。

 

「全く…一体何がどうなってんだ…っ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

痛むであろう身体に気を使いながら皆を中に運び込み、少しの間休憩を取ると、その空気は何処となく重くなってしまった。

 

当然である。

神社に居合わせた面々ーー魔理沙、咲夜、レミリア、妖夢ーーそれぞれに面識のある二人が、死ぬ寸前まで傷付いて戻ってきたのだから。

今だって、傷の酷かった紫、霊夢、二人の神は、神社の奥の部屋で治療を受けている。

 

「全く、いつも通りの異変解決かと思ったら…地震で揺れるし、二人は死にかけるし…一体何が起こってるんだよ」

 

いささか不機嫌な声音で言う魔理沙は、ガジガジと後頭部を掻きむしった。謎が多すぎて、如何にもイライラしている様である。

 

 

霊夢同様、神社騒動を嗅ぎつけて山を登っていた魔理沙。彼女も当然、あの大地震に襲われた。

しかし、好奇心の塊と言ってもいい彼女は、臆する事もせずに、どころか更にスピードを上げて登ろうとしていた。

それを止めたのが、紫だったのだ。

 

『魔理沙、これ以上進む事は許さないわ。すぐに引き返して、博麗神社で待ってなさい』

 

『はぁ? なんでだよ! 異変解決は私の仕事だろっ!』

 

『あなたの意見なんて聞いていないわ。これは、命令よ』

 

『…何時から私はお前の(しもべ)になったんだ。それに、なんで私がこんな"面白そうな事"放ってーー』

 

『"面白そうな事"…?』

 

その瞬間、紫の雰囲気は取り殺されそうな程鋭いものへと様変わりした。

 

 

『……あなたは、この状況の重大さが分かっていないッ!』

 

 

弾幕勝負では決して見る事のないーーいや、こんな雰囲気を纏ってはいけないという程、鋭い殺気。

それを浴びた瞬間、魔理沙の身体は、無意識に震えたのだ。

 

 

「…あんな殺気ぶつけられちゃあ、言う事聞くしかないぜ…」

 

その時の事を思い出して、魔理沙は頬に汗を垂らしながら言った。

 

霊夢達の負傷、先程の大地震ーー良くないことが連鎖的に起こり、それを鑑みて、俯く妖夢が言葉を零した。

 

「やはり、と言いますか…大分危ない状況な様ですね…」

 

「…そういえば、あなたは何故ここに来たのかしら?」

 

ふと、咲夜は妖夢に問い掛けた。

彼女は半分幽霊であり、冥界にある白玉楼の庭師という仕事を務めている。

冥界への影響ーー主に力の余波ーーがあったとしても、彼女がここにいる理由にはなり得ないのだ。

問われた妖夢は、特に困った顔も見せずに言った。

 

「…あの妖力の余波は、冥界にも響いて来ました。それだけなら私が来ることもなかったのですがーーあれに、幽々子様と似た(・・・・・・・)()を感じたのです」

 

幽々子の力。それは"死に誘う程度の能力"。

咲夜がレミリアの強大な力に慣れてしまっていたのと同様、妖夢と幽々子の間にも、そんな関係がある。

彼女自身がその能力を使う事は滅多にないが、つまりは、長い時間を彼女の側で過ごしてきた妖夢には、その"感覚"が肌で分かる様になっていたのだ。

 

そんな中、彼女に似た性質の妖力を感じ取った。

心優しい少女である妖夢は、一言主に断っただけで、飛び出してきたのだ。

結果的には確かに非常事態にはなっていたのだが、それも見越していたのか、その主たる幽々子は何も言わずに、見送ったのだった。

 

「結界を超えたら、既に妖力も途絶えていたので、取り敢えず博麗神社に急いだのですが…正解だった様です」

 

 

 

 

 

「…ホントにね。不本意だけど、あんた達が居てくれて助かったわ」

 

 

 

 

 

不意に、声がした。

全員が予期していなかったその声に皆がそちらを向くと、そこには身体中に包帯を巻いた霊夢が立っていた。

 

「! 大丈夫かよ霊夢!」

 

「ええ、一応ね。内臓が潰れ掛かったりはしたけど、大丈夫よ」

 

まだ痛みはあるだろうに、霊夢は少しだけ微笑んで見せた。それはとても弱々しくはあったが、取り敢えず、命に別状が無かった事に関しては、皆が皆、のしかかる重りから解放される様な気持ちであった。

 

「後の三人はまだ治療してるわ。特に紫は…重症みたいよ」

 

………………。

 

紫が重症。

その事実は、この件が如何に危険なものなのかを痛烈に叩きつけた。

この中の誰一人として、紫に適う者は居ない。そんな中で、その紫自身が殺されかけたとあれば、皆が戦慄するのも無理は無かった。

 

黙り込む皆を前に、霊夢は一つ溜め息を吐いた。

 

「………怖がっていても仕方ないわ。この異変を解決するには、どうしたって…不本意だけれど、彼と戦う事になる。…取り敢えず……事情を聞かない事には、始まらないわね」

 

そう言った霊夢の視線は、未だ気を失ったままの少女ーー東風谷早苗に向けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……よく、分からないわね」

 

起き上がった早苗から告げられた事に、霊夢はポツリとそう零した。

皆彼女の言葉に反応してそちらを向いているが、その眼は"確かに、そうだ"と暗に語っている。

 

「…何がです?」

 

「全部よ。双也にぃは、百年ほど前には既にこの幻想郷にいた筈よ。あんたはどう見たって普通に十代の女の子だし、出会うはずは無いのに…色々と時間的な矛盾が出てきてる」

 

双也は既に一億年以上の時を過ごし、その最後として、百年ほど前に幻想郷入りを果たした。

それならば、今回初めてここを訪れた早苗が、彼と会っている事は物理的にあり得ない。

 

こうなると、実質正しいと言えるのは早苗の方だ。

彼女はこの事実に従って、彼とは初対面だというのだから。

 

ーーならば、双也は何故早苗の事を知っていたのだろう。

 

勿論、彼女らの誰一人として、この世界における双也の成り立ちを知る者はいない。

だからこそ、結局、皆の疑問はそこに行き着く。

会った事もない人物を既に知っていて、更には彼女が覚えていなかったことで変貌を遂げている。

双也という存在の謎が、また深まったのだ。

 

「あの…すみませんでした。私の所為でこんなことになってしまって…もう、何が何だか…」

 

「いーや、今回はお前の所為じゃないと思うぜ。だって言ってる事は正しいからな。……むしろ、おかしいのは双也の方だぜ。今までも不思議なやつだなーとは思ってたが、ここまでくると、最早別の世界の奴みたいだ」

 

守矢神社の二柱ーー諏訪子と神奈子が傷付いた事も相まって、泣き出しそうな声で話す早苗に、魔理沙は慰め程度に言葉を返した。

未だ目尻に涙が溜まってはいたが、早苗は小さく"有難うございます…"と呟き、再び俯く。

 

「…それで、駆けつけた紫様と霊夢さんが応戦した、と」

 

纏めるようなその言葉に、全員が少しだけ顔を顰めた。

応戦したけれど結果は惨敗だったのだ。それを思えば、皆に戦う意思があったとしても、気落ちするのは仕方がない。

 

「ともかく、情報の共有でもしようぜ。どうせ、この中に逃げ出す奴なんていないだろ? 気落ちなんてしてるより、対策してた方がまだマシだぜ」

 

「……そうね。魔理沙の言う通りだわ」

 

いつでも前向きな彼女の性格は、普段こそ彼女自身が開き直ってしまう原因にもなっているが、こういう時には助けられる。

内心微笑を零しながら、霊夢は繋ぐように話し出した。

 

「正直に言って、共有出来るほどの情報も得られちゃいないけどーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか、そんな……」

 

「…あいつがそんな状態になってるとは…考えたくもないな……」

 

霊夢から双也の状態や強さを聞いた面々は、ただただその表情を蒼白に染めた。

 

霊夢の惨敗

紫の苦戦

そしてそれでも、まだ本気を出していない様な雰囲気を醸す、双也。

 

何故そんな強行に走ったのかは、全くもって分からない。

加えて、そんな双也が無遠慮にその凶刃を振るうとなれば、恐ろしさを感じるのはむしろ自然である。

 

それらの事実は、実質二人よりも実力が低いとされる面々に戦慄すら感じさせた。

 

 

ーーそんなの、どうやって止めりゃ良いんだよ。

 

 

と。

 

「……ともかく、見た運命に従って正解だったという事ね」

 

「はい、お嬢様…」

 

「…何を見たんだ? レミリア」

 

呟くレミリアに、魔理沙は問い掛けた。

レミリアの"運命を操る程度の能力"は、場合によってとても有用な効果がある。戦闘にこそ使用しないが、それは先の運命を見るーー言うなれば未来予知に限りなく近い能力なのだ。

 

ともすれば、その予知を見たというレミリアに、問い掛けない手はない。

 

「……ボヤけて上手くは見えなかったけれど、酷く傷付いた霊夢が見えたの。だからここに来た。彼女が打ち負けるほどの異変になるなら、私たちの力も必要かと思ってね」

 

それとーー。

 

そう言葉を区切り、レミリアは少しだけ目を細めた。

 

「壊れそうなくらい苦しんでいる、双也の姿が見えたわ」

 

「ッ……」

 

ギュッと、霊夢は胸を締め付けられるような錯覚を覚えた。

それが何なのか、なぜ胸が痛むのか、それは彼女自身も分かっていた。

 

 

ーーきっと、怖いのだ。

 

 

小さな時から側にいて、本当の兄の様に接してきて。

一度は仲違いしたけれど、結果的には更に絆が深まった気さえ感じる。

 

せっかく仲を戻す事ができたのに。

昔みたいに兄妹でいられるのに。

当の双也は、また離れていってしまう。それが、霊夢にはどうしても怖いのだった。

 

そんな霊夢には気にも留めず、魔理沙は相変わらず顎に拳を当てて考え込んでいた。

少しの間続いた沈黙は、やはり魔理沙の言葉で破られる。

 

「んでもよ、今の双也は、紫の何やらすごい封印術を食らって消耗してるんだろ? なら、案外そこまで怖がる必要も無いかもしれないぜ?」

 

「…そうね。妖怪の賢者が苦戦したと言っても、無限に体力があるわけでは無いし、何か弱点がある筈よ」

 

魔理沙の言葉に、レミリアも同調して言う。

天界にある"緋想の剣"の特性のようにーー此処にいる者達がそれを知るはずは無いがーー、相手の弱点を突く事は非常に有効である。

 

いくら絶望的なまでの戦力差があろうと、弱点を突いて突いて突きまくれば、もしかしたら勝機が見えてくるかも知れない。

 

魔理沙の考えは、至極妥当だ。

 

しかし

 

 

 

 

 

「そう上手くは、行かないのよ」

 

 

 

 

 

ーーそれを打ち破ったのは、紫の声だった。

 

「…ッ! 紫、もう大丈夫なの?」

 

「大丈夫ではないけれど…ね。境界を少し弄っておいたわ」

 

そう笑顔を浮かべる紫は、やはり少しだけ、苦しそうである。

だが、自力で歩いて、笑える程には回復した事に霊夢はただ一安心した。

 

「…それより、上手くは行かないって…どういう事よ?」

 

霊夢の隣に腰を下ろした紫に、咲夜は的確に問うた。

紫の復活で少しだけホッとした様な空気に、再び緊張が戻る。

 

紫は、心なしか暗い表情をした。

そしてゆっくり、口を開く。

 

「……あの封印ーー架々八天封印は、まだ未完成なのよ」

 

「アレが……未完成?」

 

霊夢の言葉は、完全に無意識だった。そりゃ、アレだけ高度で複雑に編み込まれた術式を見て、未完成だなんて到底思えない。思うはずが無い。少なくとも、霊夢はそうだった。

唖然とする彼女を横目で見た紫は、弱々しく頷く。

 

 

「…あの封印術は、私が長い年月をかけて編み出し、遂に完成し得なかった術。

ーー対双也用の(・・・・・)…ね」

 

 

ーーえ?

 

全員の頭が、たった一つの疑問に支配された。

 

対双也用? という事は、紫はすでに"こうなる事"を知っていた、という事か?

全員が思った事は、ほぼ同じだった。

そしてその事を紫が見抜くのは、赤子の手を捻るより容易なことだった。

 

全員の疑問を解決すべく、紫は、"事の始まり"について、語り出す。

 

「あなた達の想像通り、私は大分前から予想していたわ。ああなった双也の危険性も、恐ろしさも。だからこそ、今の今まで…その時のために(・・・・・・・)架々八天封印を磨き続けた。………でも、どんな工夫を凝らしたって、どんなに複雑な計算を解いたって、あの双也の力を上回る事はーー封印する事は、出来なかった」

 

彼女が彼のアレ(・・)を知ったのは、昔の事。

未だスペルカードルールが確立されておらず、揉め事は実力行使で解決していた時代。

 

「単刀直入に言うわ。アレは、双也が神格化した時の姿。そしてーー双也ではない(・・・・・・)、別の存在よ」

 

 

 

 

ーーそれは、百年近く前に起きた、ある異変での出来事ーー

 

 

 

 




おかしなところがないかとても心配です…。

ではでは。


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第百四十七話 込められた想い

"人々から削り取られた、空白の雨"


今回ちょっと長いです。長くなってしまいました。
いろいろ詰め込みたかったんですよっ

ではどうぞ。


ーーそう、あの日は雨が降っていた。

 

黒々と積もった雲に覆われ、虫の声も消え失せた真夜中に、ざぁざぁと、大粒の雨が。

 

雨は清浄や恵みなど、清らかなものを表す反面、悲しみや惨めさなどの暗い感情も呼び起こす。

 

その日は、"きっと誰かが悲しんでいるのだろうな"と自然に思えるような、そんな夜だった。

 

 

 

 

 

『コレは…双也?』

 

妖怪達の処理をしている最中、紫は突然爆発的な力の増長を感じ取った。

それは、彼女にとっては見知らぬものでは決してなく、むしろ感じ慣れた程のもの。

しかしだからこそーー彼女は酷く焦った。

 

何せ、その時感じた双也の霊力は、完全開放近く(・・・・・・)まで大きくなっていたのだ。

 

加え、ゴウゴウと大気を揺らすようなその霊力は余りにも荒く、"双也の身に何かがあった"事を刻々と示していた。

 

事態を急に感じた紫は、半反射的にスキマを開き、その中に飛び込む。目的地は当然、双也の向かった、人里の向かい側である。

 

『……………ッ』

 

頬に流れる汗を拭う。

しかしそれによって、彼女の焦りに同調するように吹き出す"嫌な予感"が消える事はない。

そんな事で拭いされる程、生温い予感ではなかったのだ。

 

そして、出口。

 

飛び出す様にスキマから出た紫は、ただただその眼を見開いた。

 

『ッ!? どう言う…事よ!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこには、血を浴びた髪と瞳を白く輝かせる双也と、対峙する柊華の姿があったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の視界は他に、斬り結ぶ二人の周囲も鮮明に映し出した。

それは即ちーーズタズタに斬り裂かれ、完全に絶命したと思われる妖怪達と人間達(・・・・)

 

その光景を目の当たりにして、浮かび上がってしまった"悪い推測"。

それに自分自身が驚いて、彼女は首をフルフルと振るった。

 

『(っ……今はとにかくーー)』

 

きっ、と意識を絞り、未だ激しい戦闘を続ける二人を見やる。

一見互いに拮抗している様に見えるが、完全に柊華が押されている。

紫はその合間を縫い、スキマで柊華を引き寄せた。

 

『! 紫…いいところに来たわね…』

 

柊華は紫に向けて軽く微笑んだ。

しかし、その身体に生々しく刻みつけられた傷が、彼女の笑顔を少しだけ苦しそうに見せている。

その姿に、紫はピクリと眉を揺らした。

 

『……一体、何が起きたの?』

 

先程の悪い推測を噛み殺し、紫は静かな声音で問い掛けた。

 

ーーどうか違っていて下さい。

 

そんな、ある種の願いが篭った様な声。

 

彼女の切実な想いはーー

 

 

 

 

 

 

 

 

『……双也が…人里の人間を殺し始めたのよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

いとも簡単に、砕かれてしまった。

 

見事なまでに、紫の予測は当たっていたのだ。

双也と柊華が戦っているという状況。

刀疵(かたなきず)と思しき死体達の傷。

その他細かな情報から、一瞬で導き出してしまった、確信に近い推測。

彼女は初めて、自分の頭脳を恨めしく思った。

親しい人物を疑ってしまう様な頭脳なら、欲しくなんてない、と。

 

『殺し始めたとは、聞き捨てならないな』

 

二人の会話に、突然聞き慣れた声が割り込んでくる。それは当然、双也から発せられた言葉。

しかし、今の二人には、その声がどうしても別の他人の様に聞こえるのだった。

 

『オレは、やらなきゃなんない事をしてるだけだぜ?』

 

『っ……本当にどうしたのよっ! あなたはこんな事をする人じゃないでしょう!? ねぇ双也ッ!!』

 

殺す事がさも当然の様に語る双也に、柊華は真摯な叫びをあげる。

なぜ突然、こんなにも非情になってしまったのか。殺す事を躊躇わなくなってしまったのか。

心を救われ、彼を大親友だと語る柊華には、とても受け入れられない事だった。

そんな彼女に対し、双也は。

 

 

 

 

 

 

『そうだな』

 

 

 

 

 

 

ただ、一言。

 

悩む素振りなど見せず、ほぼ即答であった。

 

『確かに言う通りだ。"俺"はこんな事しない。というより、出来ない。優しすぎてな』

 

 

ーーだから、"オレ"がやるんだ。

 

 

刀を構えた彼から、吹き飛ばされそうなほどの強力な神力が溢れ出す。

その瞳は、眩しいくらいに輝きを放っていた。

 

『……まるで別人みたいな言い方ね』

 

『…まぁ、想像するのは勝手だ。ーーさぁ、裁きの時間だ』

 

ヒュヒュッ

 

剣跡の全く見えない速度で、刀が振るわれた。

辛うじて反応し、身構えた二人だったが、予想外に衝撃は襲ってこない。

代わりにーー地面に大量の神力が、多数の線となって引かれていた。

 

『ーーッ!!!』

 

ドウッ!!

 

神力は刃となり、天を()くかの如く噴出する。

紫達は、間一髪のところでスキマを用い、なんとか上空へと避け切った。

が、その技の威力に二人はただただ驚愕するしかなかった。

 

 

『何よ…この規模はっ!?』

 

 

神力で放たれたその技は白く煌々と輝き、真夜中だというのに幻想郷全てを照らし出してしまいそうなほど、巨大な刃の摩天楼を形作っていた。

大地そのものを断ち切っている様な、そんな錯覚さえ覚えてしまう。

 

"風刃だ"

 

紫は瞬時に結論へと達した。

それは双也が戦闘の際によく使っていた技。地面に引いた線から、霊力の刃を勢いよく噴出する技。

 

ーーそれが、この威力。

 

双也にとっても、決して大技とは言えないあの技が。

 

驚愕のみが二人の心を包んでいた。

きっと"あの双也"にとっても、大技とは言い難い技なのだろう。しかしーーあんな物を自分達が喰らえばどうなってしまうのか、間近でそれを見た二人に、想像は実に容易かった。

 

『……ッ』

 

光が収まっていく中、二人は覚悟を決め、構えを取り、今や敵として立ち塞がる双也を見据えた。

 

 

ーーしかし、そこに彼の姿は既になかった。

 

 

『余所見』

 

『!!』

 

咄嗟に振り向く。

余りの速さで二人のいる上空へと上がってきたのは、当然ながら双也である。

 

二人に向けて掲げられた刀は、今や無慈悲にすら思える神力の雷鳴を纏っていた。

 

『神剣「断咎一閃の剣」』

 

ガァアンッ!!

 

そこらの妖怪が受ければ、コンマ数秒のうちに塵となって消えるだろうその雷鳴は、一瞬の内に打ち下ろされて、その激しい光に二人を容赦無く呑み込んだ。

 

大気が爆ぜるような閃光の後、影も形もなくなったその空間を見据え、神也はポツリと、呟く。

 

 

『…流石ーー博麗の巫女だな!』

 

 

振り向き際に振り払った双也の結界刃は、背後から迫る柊華の刃に衝突した。

 

一瞬だけ、それでも相当な力を込めた結界によって防御に成功した二人は、それが砕かれる直前にスキマで退避し、致命傷を避けたのだった。

それでも相当なダメージになった事は変わりない。今の二人に対して、認めたくはないけれど、双也の力は圧倒的である。

先程よりも更にボロボロの姿となった柊華は、荒い息遣いをしながらも双也を睨みつけた。

 

『辛そうだな。さっさと諦めたらどうだ?』

 

『……諦める訳…ないでしょっ!』

 

"喰らいなさい!"

 

瞬間、ギリギリと鍔迫り合いをしていた柊華の刀は、ブワッと無数のお札に戻り、二人の周囲に舞い上がる。

その全てに、青く視認できる程の強力な霊力が込められていた。

 

 

 

ーー零式・夢想封印

 

 

 

無数の札は、それぞれが瞬く間に小さな陰陽玉へと姿を変え、激しい光を放つ。

直後、その光の玉は中心の双也へと殺到し、その一つずつが、通常の夢想封印の何十倍もの大爆発を連鎖させた。

 

しかしーー立ち昇る雲の様な煙の中からは、さして傷ついた様子もない双也が、平然と空を歩いて出てくるのだった。

 

『………紫』

 

『…何かしら』

 

大技を食らわせ、大したダメージにはならなかった様だけれど一旦地上に降りてきた柊華は、小さな声で彼女に呼び掛ける。

紫はスキマから現れると、柊華の険しい表情を見て更に眉根を寄せた。

 

そして、次の彼女の言葉に、紫は、ただの一言も言葉を返すことが、出来なかった。

 

 

 

 

『……多分、私達じゃ…あの双也には勝てないわ』

 

 

 

 

紫は、黙り込むしかなかった。

 

口に出して認識してしまうのが、怖かったのだ。

 

ここで止められなければ、恐らくは自分達を斬り伏せて、他の人間達ーーいや、もしかしたら、この幻想郷に生きる全ての者を殺すべく動き出す事だろう。

 

どうにかして止めなけらばならない。

でも、止める事など不可能だと思える程に、実力が隔たっている。

たった数回の打ち合いで、それを悟ってしまった。

 

この世界を守らなければならないという重圧と、手も足もでなくてどうにも出来ない遣る瀬無さが、紫の心に渦を巻いた。

それは何処までも暗い色をしていて、気を抜けば引き込まれてしまいそうなほど、ドロドロとしている。

 

 

 

『ーーだから、少しだけ時間を稼いで貰えないかしら』

 

 

 

『…え?』

 

パッと、顔を上げた紫の視界は、柊華の表情を一点にして見つめた。

その表情はやはり、辛そうだ。

でも、諦めているわけでもない。

無謀に挑もうとしている訳でもない。

 

その表情は、何かを願っているようなーーある意味、巫女に最も相応しいと言える表情をしていた。

 

『……分かったわ』

 

一言だけ。

紫はそう呟くと、双也に対峙すべくスキマを開いた。

 

紫だって、柊華の言ったことが正しい事は分かっていた。

彼女自身の気持ちなどはもう関係ない。それが明確な事実。

 

ただーー柊華の表情を見、彼女を信じるべきだと、漠然と思ったのだった。

理由は分からない。しかし、彼女の大親友を想う気持ちに、きっと賭けたくなったのだ。

 

"強い想いならば、きっと届く"

 

ーーと。

 

 

 

スキマから飛び出た紫は、間髪入れずに攻撃を開始した。

幻想郷において最強の妖怪とされる八雲紫、その、本気の攻撃である。

 

『双也ッ!!』

 

『よう紫』

 

妖力弾はもちろん、スキマから放たれるレーザーに、時折放られる多種多様な武器など。

そのほぼ全てが強い妖力を秘め、双也へと向かっていく。

 

しかしその全てが、彼の小さな一挙一動によって弾かれ、防がれ、断ち斬られていく。

紫の劣勢は、明らかだった。

 

『こんなもんか?』

 

『〜〜ッ!』

 

しかし、今の紫に退くという選択肢はない。

逃げれば全てが終わる。この幻想郷に生きる全ての者が、きっと死に絶えてしまう。何よりーー柊華を信じると決めたのだ。

 

紫の攻撃はむしろ、更に苛烈さを増した。

 

 

ガガガガガッ!!

 

 

紫の攻撃は、その衝突音が幻想郷に響いているかの様な激しい音を生み出していた。

全てが全力、絶え間などあってはならない。

彼女の覚悟そのものが表れたかのような攻撃だった。

 

『喰らいなさいッ 「深弾幕結界」ッ!!!』

 

その極め付けは、彼女の最終奥義に類する結界術。

 

隙間など存在せぬ程の弾幕の羅列が、双也を中心に張り巡らされ、結界を形作った。

そして、空間を包み込むように張り巡らされたその弾幕は、中の者を圧殺せんと急激に収縮していく。

 

凄絶な勢いと威力で迫るそれを見据え、双也はしかしーーほんの少しも表情を崩さなかった。

 

『………(ぬり)ィな』

 

 

 

ーー神罰「咎を砕く雷鳴」

 

 

 

弾幕が彼へと衝突する直前。

双也が放つ五つのレーザーによって、一瞬にして、紫の結界は粉々に砕かれた。

弾幕諸共、その剣のように振るわれるレーザーに掻き消され、けたたましい音を上げて崩れていく。

 

心を驚愕に染められ、大きく見開かれた彼女の瞳は……ニヤリと笑う双也の顔を見た。

 

 

ズドドドドッ!

 

 

『ぐぅっ!!』

 

気が付いた時には、彼女の身体は無数の刃に斬りつけられ、噴き出すように鮮血を舞わせた。

 

『まだあるぞ、紫!』

 

それだけには終わらず、双也は距離を神速で詰めて次々と斬撃を放つ。

スキマで回避を試みても、双也の扱う"無限流"によって全くの意味を成さない。

追い詰められるのは、あっという間であった。

 

『〜ッ…く…』

 

『……思ったんだけどさーー

 

結界刃で縫いつけられ、最早身動きも取れない紫を、双也は冷めた瞳で射抜いた。

 

 

 

 

お前って、案外弱いんだな。ガッカリだ』

 

 

 

 

ーー破道の三十三「蒼火堕」

 

 

 

 

無情の炎が、紫の目の前で輝きを放つ。 今にも炸裂してしまいそうなその光を前に、彼女は未だ、強気に双也を睨みつけていた。

 

そして、次の瞬間ーー

 

 

 

 

 

 

 

双也の身体は、強い衝撃に襲われた。

 

 

 

 

 

 

 

強い衝撃を受け、それこそ吹き飛びはしなかったものの、着地した先で、双也は少しだけ顔を顰めてその方向を見やる。

 

 

そこには、無数のお札を周囲に浮かべている博麗柊華の姿があった。

 

 

『……なんだそりゃ』

 

『私の、とっておきよ』

 

今の柊華は、どこか蒼い澄み切った空気を纏っており、周りに浮かぶお札たちは、まるで柊華の指示を待つかのようにフワフワと待機していた。

当然ながら、彼女の放つ霊力も凄まじいもの。ただーー荒さなどは一切無い、流麗極まるものである。

 

 

ーー夢想天生 〜魂憑之神(たまつきのかみ)

 

 

それは、代々博麗の巫女が持ち得る最終奥義ーーその、極致である。

 

通常の夢想天生は、圧倒的な霊力を込めた札を無数に衝突させるものーー霊夢のもう一つの型は彼女独自ーーである。もちろんそれだけでも比類の無い強力な技ではある。

 

しかし、それはまだ完成では無いのだ。

 

完成系ーーつまり"魂憑之神"は、その霊力を完全に掌握し、意識し、無数にある霊力の束(お札)の一つ一つを意のままに操る状態の事である。

無数のお札を一瞬にして攻防に転じ、あまりに硬い防御、あまりに強い攻撃を次々と繰り出すーーそれが、魂憑之神。

 

歴代の巫女達の中に、初代以降この境地に達する者は現れなかった。

実力が無いわけではない。ただ、人間にとってはあまりに高度なのだ。

 

それでも、史上二人目としてその境地に到達したのが、第十八代博麗の巫女、博麗柊華。

 

驚くべきは、その完成度が初代をも凌駕していた事。

 

他の技の完成度ならいざ知らず、柊華が"歴代最強"と言われる所以は、ここにある。

博麗柊華とは、才能の塊のようなーーいわば"真の天才"なのである。

 

『…………双也、必ず…あなたを取り戻してみせる』

 

ゆっくりとお札の刀を掲げる。

すると、無数にあったお札が彼女の周囲を高速で旋回し始め、徐々に上へと伸びていく。

 

そうして圧縮された霊力は、ビリビリと大気を揺らしながら、巨大な刀身を作り上げた。

 

『行くわよッ!!』

 

魂憑之神の性能を攻撃のみに振り切った霊刀。

 

柊華は出来うる限りの速度で、双也へと、その鋭過ぎる刃を向けた。

 

 

 

 

ガァァァアアアンッ!!

 

 

 

 

地響きの様な炸裂音が響き渡る。

 

あまりに激しく、直視など到底できない様な光が、漸くと止んで行く。

 

光の粒とお札が舞う中では

 

 

 

 

ーー柊華が、双也の結界刃に貫かれていた。

 

 

 

 

『うっ…く…ぅ…』

 

『言ったろ、(ぬる)すぎるんだよ』

 

バチャバチャッと、柊華の口から血が噴き出す。

最早力も入らなくなった彼女の身体は、刀に貫かれたまま、双也にもたれかかる形となった。

 

『柊華ぁぁあああっ!!!』

 

紫は、反射的に叫んだ。

普段なら決してあげる事のない、悲鳴に近い叫び。

 

彼女だって、柊華との付き合いは短くない。むしろ、ほぼ毎日の様に会っていた。

絆ーーというと大袈裟かもしれないが、少なくとも、紫の中で柊華は立派な友達なのだ。

 

そんな友達が、こんな惨状になどなれば、普段の振る舞いなど忘れて叫んでしまうのも仕方のない事。

 

すぐにでも助けに行こうと、もう動かなくなりかけている足を曲げる。

そんな紫の目の前で。

 

 

 

柊華は、双也を優しく抱き締めていた。

 

 

 

『や…っと……話、せる…わね…』

 

ゆっくりと、途切れた言葉を紡いで零す。今の柊華には、もう唇を動かす事すら難しくなっていた。

 

 

『ねぇ、双也……私、は…ね、あなたに、救われたのよ』

 

 

白く霞がかかった様な、そんな頭の中で、双也と出会った時の事を思い出す。

 

 

『そりゃ…最初、は…不思議な、人、程度に、しか…思って、なかっ、たけど、ね…』

 

 

一万円もお賽銭してくれるおかしな人で。

時代すら分からない変な人で。

馬鹿みたいに大きな霊力を秘めた強い人で。

 

 

『それ、でも…あの時言っ、て…くれた、言葉……どんなに…嬉し、かったか…!』

 

 

"友達になってくれないか?"

一人じゃないって、分かった時の喜びは、泣き出してしまう程心に響いた。

 

"心まで強くなくていいんだ"

冷え切った氷の様な心が、しとしとと溶けていく様だった。

 

 

『だから…ね…? 私、あなたの、為になら……死んだって、良いくらい…感謝…してる、のよ…』

 

 

思い出して、また涙が流れていく。

もう殆ど血も無いというのに、涙だけは、流れていった。

 

 

『双也、あなたは…優しい。私なんかを、救ってくれた、優しい…人よ。だから…お願い…!』

 

 

消え入る様な願いの声。

 

"その"双也の中で、ドクンと何かが跳ねた。

 

『ぅ……うぁぁああッ!!』

 

 

ドパァン

 

 

白い輝きが全て吹き飛びーー双也は、柊華を持たれかけさせたまま、カクリと膝を落とす。

 

ビリビリと肌を刺激する様な神力は、感じ慣れた優しい霊力に変わっていた。

 

そしてーー程なくして、目を覚ます。

 

柊華の双也を想う気持ちが、双也の内にすら響いて、意識を引きずり出した。

 

"双也に戻ってきてほしい"という、とても強い想い。

 

巫女としてでなく、一人の人間として。

柊華が最後に願ったのは、お金に恵まれた生活ではなく、

幻想郷の平和でもなく

 

一人の少年の、安息だった。

 

 

 

 

 

ーーそう、この日は雨が降っていた。

 

誰かの悲しみを思わせる様な、暗く澱んだーーでも、純粋な悲しみの念。

 

この日の雨を覚えている者は、もう、殆ど居はしない。

 

 

 

 




過去の話を書くのって難しいです。
なんかもう、過去じゃなくて現在形になってる気がする。

ではでは。


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第百四十九話 Bit of hope

"全てを超える力"

ではどうそ


「………………」

 

紫の口から語られた、百年ほど前に起きた異変。

 

その話に、霊夢は喉が詰まる様な苦しさを覚えた。

 

博麗柊華……先々代の巫女であり、歴代で最も強かった人間。その事は、霊夢も昔、紫から聞いた事があった。

もう少し詳しく聞こうとしたけれど、悲しそうな表情ではぐらかされたのを覚えている。

 

……そして、柊華が双也と親しい仲だった事は、双也自身の口から直接聞いていた。

双也が彼女を大切に思っていた事も、殺してしまった事をずぅっと悔いていた事も。

 

なのに。

 

「そんなーーそんな事って…ないわよ…」

 

ずっと悔いていた。

ずっと傷を抱えていた。

ずっとずっとーー耐えていた。

 

双也の中で何が起こったのか…それは彼女には分からない。でも、それを望んでやる筈は絶対にないという事だけは、確信している。

 

双也がいったいどれほどの悲しみを背負っているのか。

霊夢はその、片鱗を見た気がした。

 

何処か暗くなってしまった空気。

それ相応に重い話だったのだから、それは当然なのだが…やはり、それを打ち破ってくれるのは、魔理沙であった。

 

「うーむ…双也の過去にそんな事があるとは…思ってもみなかったな…」

 

「…結局、その時の双也さんが、神格化した状態、って事ですよね? …よく百年近くも、それが出てきませんでしたね…」

 

 

妖夢の言葉に、ハッとした。

 

 

確かに、その通りである。

霊夢だって、その話を聞きはすれどーー聞いたのもつい最近だがーー実際に見た事はない。それは他の皆も同じであり、だからこそ、神格化するとどんな外見になるのかもーーどんな性格になるのかも知らなかった。

 

もしかすれば、もっと早くから今の様な状況になったかもしれない。

即ちーー双也が神格化して、暴走してしまう、と。

 

ーーなら、何故?

 

 

「それは……柊華のお陰、かしらね」

 

 

「……え?」

 

全員が、そう言った紫の方を向いた。

相変わらず、先々代の話をする時の、寂しそうな目をしている。

 

「柊華の最後の封印ーー死ぬ間際に、それを双也の心(・・・・)に施したの」

 

「……それは、神格化を防ぐため…ですか?」

 

「……そうね」

 

妖夢の問いに、紫は少しだけ目を細めた。

 

「柊華の最後の願い…恐らく、それは唯一の友人だった双也の安息だったんでしょう…だからこそ、神格化を防ぐ為に、封印したのよ」

 

あの時ーー柊華が双也の手の中で息を引き取る直前。柊華は、双也にある封印を施した。

それは言わずもがな、暴走する可能性のある神格化を防ぐ為の封印。

死ぬ間際であり、残り少なかった霊力を双也に流し込んで(・・・・・・・・・・・)、ただ一つ勘を頼りして、完璧な封印を施したのだ。

 

 

ーーそれならば、直接神格化した双也を封印すれば良かったのでは?

 

 

…単純な答えである。

それが出来なかったのは、一重に、力がどうしても足りていなかったから。

 

神格化した双也に対して、一度彼を敵に回せば、その力はどこまででも自分を超えていく。

天罰神としての揺るぎないその力を前にしてしまえば、どれだけ柊華が強くとも、どれだけ強力な技を放とうとも、彼の前には意味を成さない。

 

 

ーーだからこそ、双也の(・・・)心に封印を施した。

 

 

恐らくは、柊華自身だってその封印式は理解していなかっただろう。なにせ、全ての術式を勘に頼ってーー能力に頼り切りで組み上げたのだから。

 

しかし、そうでもしなければ決して封印は成し得なかった。

神格化した双也相手には絶望的だが、普段の双也だって途方もなく強い。現時点での倫理や理論を交えたところで、力の差が埋まる訳でもない。

 

ならせめて、まだ望みのある方へ。

 

柊華が能力を頼って組み上げた封印は、"双也の心専用"と言っても過言では無く、確かに、彼の心の一部の封印に成功したのだ。

 

「……でも、今回はそれが外れてしまった。きっかけーーというか、彼の中で何が起こったのかは、よく分からないけれど…」

 

そう言いながら、紫は少しだけ視線を早苗の方へと流した。

決して厳しい視線ではなかったが、それに気が付いた早苗はピクリと肩を揺らし、俯いた。

 

「……その封印っていうのも、百年近く前のものでしょう? きっとガタが来てたのよ。 今までだって、双也にぃが神格化するタイミングが全く無かった訳は無いはずよ。それを無理矢理押さえつけて、更に時間も経ってしまえば……ボロくなるのも当然よ」

 

"自分の所為だ"

そんな事を思っていそうな、暗い表情をした早苗を労り、霊夢はそんな事を言った。

神社を壊せ、なんて無理を言ってきた商売敵ではあるけれど、今はこんな状況である。加え、共に暮らしていたのだろう二柱をあんなズタズタにされ、きっと心は疲れ切っているはずだ。

 

霊夢の優しさを感じ取ったのか、早苗は少しだけ顔を上げ、目尻に溜まった涙を拭うのだった。

 

「……それで、妖怪の賢者」

 

「…何かしら」

 

ふと、ずっと考え込んでいる様なそぶりをしていたレミリアが、唐突に紫に話しかけた。

 

「その歴代最強と言われた巫女の事は分かったわ……でも、そんな人間がーーいえ、彼女が、最強の妖怪とまで言われるあなたと組んで、それでも勝てないなんて………なにか、理由があるのでしょう?」

 

レミリアの視線と紫の視線が繋がる。 紫は決して予想外という様な表情はしておらず、むしろ"やはりこうなるか"といった様な、そんな目をしていた。

 

「……その通りよ」

 

軽く頷き、話し出す。

 

「双也の能力は知っての通り……でも、神格化した双也には、更に二つの能力が発現するのよーーそれこそが、私達が双也に敵わなかった理由」

 

 

ーー罪人を超越する程度の能力。

 

 

紫から語られたその能力の凄まじさに、この場にいる全員が目を見開いた。

天罰神としては妥当ーーそう思いはすれど、相手の全てのステータスを強制的に超える能力だなんて、反則にも程がある。

 

「…でも、要は双也に罪人だと認識されなければ良いのでしょう?」

 

その言葉は、眉根を寄せた咲夜の口から放たれた。

 

"双也に罪人とされなければ発動しないだけ、まだマシか"

咲夜の言葉に、そんな考えが皆の頭に過ぎった。

反則だとは思う反面、咲夜を含め、この場の多くはほんの少しばかりは心を落ち着かせていたのだ。

しかしーー霊夢だけは、違った。

 

「……罪、人…?」

 

彼女の頭の中に浮かび上がる情景は、つい先刻…神格化した双也と対峙したその、直後。

 

 

 

ーーお前の罪は(・・・・・)生きてる事だ(・・・・・・)

 

 

 

その言葉が、強く強く頭に焼き付いていた。

 

「そんな…まさか、今双也にぃは……」

 

 

 

生きている者全てを罪人だと認識している…?

 

 

 

霊夢は無意識に、表情を蒼白に染めた。

その様子を見て、彼女が考えた事の全てを察した紫は、暗い表情のまま、小さく頷いた。

 

「……霊夢の考えは、正しいわ。…あの異変の時の事を考えても、今の双也は恐らく…生きている事自体を罪だと認識している。つまりーー

 

 

 

 

 

ーー生きている限り(・・・・・・・)、双也には勝てないのよ」

 

 

 

 

 

"論理的には…ね"

付け足されたそんな言葉は、なんの気休めにもなりはしなかった。

 

だって、それならどうやって彼を止めろと言うのか。

 

止めなければならないと言うのは、皆が分かっている。

彼が生きている者全てを罪人だと認識しているならば、尚更止めるべきだ。放っておけば間違いなく、この世界の生きとし生けるもの全てが皆殺しにされてしまう。もしかすれば、この幻想郷自体を破壊して、外界にすら進出してしまうかも知れない。

ーーそれだけは、避けなければ。

 

「そんなの…どうやって止めれば良いんですか…?」

 

説得する?

ーー話はきっと通じないだろう。

 

何処か遠くへ転送する?

ーーそれでは解決にならない。そもそもそれが出来るか分からない。

 

ならば……戦う?

 

 

 

ーー勝ち目は、無い。

 

 

 

妖夢の消え入りそうな声に、皆の胸が締め付けられた。

現実を受け入れるのが嫌で嫌で仕方なくて。でもどうする事も出来なくて。

 

胸の痛みか、遣る瀬無さか、魔理沙はきつく握り締めた拳をガンッと畳に叩きつけた。

 

「何だよ…殺すの、嫌いなんじゃなかったのかよ…あいつは一体何考えてんだっ!!」

 

「っ……」

 

あれだけ優しかった双也。

あれだけ楽しそうだった双也。

あれだけ笑っていた双也。

 

そんな彼の表情が、霊夢の中でガラガラと崩れていく。

その事に耐えられなくて、自然と涙が溜まっていった。でもそれでも泣くまいと我慢するうち、代わりに強い歯軋りの音が鳴った。

 

「……もう、私達の知っている双也では…ないのかも知れないわね…」

 

ポツリと、紫はそんな言葉を落とした。

静寂の中に落とされた言葉は、水面に波紋が広がるように部屋に響き、反応はしなかったけれど、皆の心に重しを落すようだった。

 

ーーそんな、暗く冷たい空気の中

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その通りじゃ、妖怪の賢者よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー見知らぬ声が響いた。

 

その声に驚いた面々は、パッとそちらーー博麗神社の庭の方へと視線を向けた。

 

そこに佇んでいたのは、この場の誰よりも幼く見える、黒髪の少女。

膝裏近くまで伸びた艶やかな髪を先の方で紐に纏め、その水色を基調とした着物と袴に、鱗のような模様が施されている。

 

「しかし、お前ほどの頭脳があれば、答えなど容易に導き出せそうなものだがのぉ」

 

見覚えの無いその少女に、皆が不信の目を光らせる。

ただーー声をかけられた紫だけは、違った反応を見せていた。

 

「な、何故…あなた様がここに…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー龍神様(・・・)…?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女ーー龍神は、その端正な口元をニヤリと歪めた。

 

 

 

「久しぶりじゃな、八雲紫。幻想郷の危機に、この龍神ーー天宮竜姫(あまみやたつき)が参ったぞ!」

 

 

 

 




遂に登場。

ではでは。


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第百五十話 双也にとって

ちょっと短いです。

ではどうぞ!


ーー龍神。

 

それは、この幻想郷で崇められている神の一柱、最高神。

この世界の創造と破壊を司ると言われる頂点の存在である。

 

その姿は巨大な龍とも、荘厳な男性とも…多岐に渡って語られており、真の姿を見たものは片手で数えられる程度。

 

そしてその力はーーこの世界に生きる者達よりも、数段上の次元だと言われている。

 

「ほ、ホントに…龍神様…?」

 

目の前に現れた、龍神だと名乗る少女ーー天宮竜姫に、皆が驚きと不信の目を向けていた。

 

当然だ。世界の神、それも最高神がこんなアッサリ出てくるなど、誰が考えようか。

そんな事、"本人を見たことのある者"にしか、信じられはしないだろう。

 

ーーしかし幸いにも、"その者"はこの中にも一人だけ居た。

 

「……龍神様…改めて、お久しぶりですわ」

 

「久しぶりじゃの、八雲紫」

 

紫は、竜姫に向けて軽くお辞儀をした。少なくとも百年以上ぶりの再会なのである。

 

紫が竜姫と出会ったーーいや、竜姫の下を訪れたのは、まさにこの幻想郷を創造する際。

新たに世界を構築するとあっては、それを見守る神が必要である。紫はこの頃、その役目を担ってくれる神を探して彷徨っていた。

 

その最後に出会ったのが、竜姫。

 

龍神というのは、この世界に限らずトップクラスの力を持った存在。普通ならば、たった一つ出来た程度の世界(・・・・・・・・・・・・・)の神の座に座る事など無い。

神を探し、成り行き上竜姫にも頼んでみた紫も、位の高過ぎる彼女に対しては、"この方には断られるだろう"と諦めすら感じていた。

 

しかし存外、竜姫は二つ返事の下に承諾したのだ。

 

それが二人の出会い。百年以上前の事である。

彼女がアッサリと承諾した理由については、紫ですら未だ答えを出すに至っていないが、紫が"片手で数えられる内の一人"となったのはこの時だった。

 

「……本当に龍神様なのか? こんなちっこいのが」

 

「………魔理沙」

 

二人の軽いやり取りを見ていた魔理沙は、イラついた声でそう言った。

紫が制しようとするが、彼女は構わずに竜姫へと厳しい視線を向ける。

 

「とてもじゃないが信じらんないな。こっちはこれ以上なく焦ってんだよ、そんなハッタリ娘(・・・・・)に構ってられるほどの余裕なんざ持っちゃいないんだよ」

 

「ほう……なら、試すか?」

 

僅かに口の端を歪めた竜姫は、その指の間に一本ずつ、計三本の小太刀を顕現させた。

その臨戦態勢と取れる様子を見、魔理沙も黙って八卦炉に手をかける。

 

「お二人とも待って下さいっ!」

 

そう促したのは妖夢だった。

彼女の声が響いたからか、二人は攻撃せずにジッとしている。

 

ーーと、次の瞬間。

 

 

 

「……プッ、くくく…」

 

 

 

竜姫は突然、吹き出して笑い始めた。

 

その行動で更に皆の眼光が鋭くなる中、竜姫は顕現させた小太刀を消し、笑い晴らすようにして言った。

 

「いやはや、中々の気概じゃあないか! あやつをどうにかすると言うからには、そういう奴がおらんとなぁ!」

 

「……龍神様、試すのは構いませんが、万一戦闘になったらどうするのですか」

 

「心配要らんよ、八雲紫。もしそうなったら、すぐに神力で押さえつけていたしの」

 

かっかっか!

竜姫は、その容姿に似合わない高笑いを上げた。

どこか性質の掴めないその様子に、紫は溜息を、その他は首を傾げるのだった。

 

「それで、龍神様。あなた程の方が来たという事は、これがそれなりの大異変でーー」

 

「うむ。解決策もあるにはある、という事じゃ」

 

"解決策がある"

竜姫の放ったその言葉に、全ての者の瞳に光が宿った。

特に早苗は、原因となってしまったかも知れないという責任感の反動でか、涙すら零している。

 

しかし、そう言った竜姫自身は、笑う事もせずに険しい顔をしていた。

 

「ーーが、条件が厳しくての。普通に…言わば今まで通りに、頭数を増やしての力技では、如何あってもあやつには勝てん」

 

そうして皆の喜びを一蹴すると、竜姫は人差し指を立てた。

 

「まず第一にそれが問題じゃ。ただ闇雲に攻撃しても神格化した双也には敵わん。……"あの異変"の時はどうにかなったが…」

 

二本目ーー中指が立てられる。

竜姫は少しだけ目を細めた。

 

「二つ目ーーそもそも、双也に打ち勝つだ(・・・・・・・・)けでは解決(・・・・・)しないのじゃよ(・・・・・・・)この異変は(・・・・・)

 

「……どういう事?」

 

レミリアの問いかけに一瞬だけ目を向けると、竜姫は少しだけ、悲しそうな表情をした。

そうしてゆっくり、口を開く。

 

「……それを説明するには、私の知る双也自身の事を話す必要があるのじゃ。ーーあやつが、転生者である、という事を」

 

 

 

ーー転生者。

 

そう聞いて、一瞬の内にそれを理解出来るものはこの場に居なかった。

当然の事である。転生というのは死後に起こる事であり、その世界にいた者達の耳に"あいつが転生した"、"こいつが転生出来た"などという話が入る事はあり得ないのだから。あったとしても、それに気が付く事はできない。

 

ーーなら、双也が転生者、というのは?

 

皆がそう言った疑問に辿り着いた頃、竜姫は更に顔を俯かせた。

 

「双也はもともと、この世界の存在ではないのじゃ。もとはごく普通のーー力も何も持たない、普通過ぎるくらいの人間じゃった」

 

ごく普通の人間。

そのそれを聞いた瞬間、早苗の肩がピクリと跳ねた。

人間で、この世界の者ではない。それでは自分と同じではないか。ならば、やはり、何処かで出会っていたのだろうか、と。

 

「違う」

 

「…え?」

 

無意識に顔を俯かせていた早苗の様子を見、察した竜姫はキッパリと否定した。

 

「違うのじゃ、東風谷早苗…。お主と双也は出会っておらん。……出会っておらんから、こんな状況になったのじゃ…」

 

そう絞り出す様な言葉を落とした竜姫は、誰が見ても分かるくらいに歯軋りをしていた。

 

「そしてそう(・・)なってしまったのは、私の浅はかな考えの所為。双也の想いを、甘く見過ぎていた」

 

ーー話しておこう。

 

竜姫は静かに、早苗へと指を指した。

 

「双也にとって、"世界"がどんなものか、という事をの」

 

 

 

 

 

 




さーて……書きだめがつきそうです……。

ではでは


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第百五十一話 少年だけの"世界"

"昔々、ある一人の少年の物語"

ではどうぞ!


ーー少年の世界は、"灰色"だった。

 

 

いや、"少年の世界に色は無かった"という方が正しいか。

 

物心が付いて、暫くしたら、いつの間にかその視界に映る世界に、色は無くなっていた。

目に映るもの全て、色の無い白黒テレビ。音も姿もボヤけて、イラつきの拍子に鉄バットで殴りつけたくなるような、そんな、何の面白みも無い世界だった。

 

 

『えっと…神薙双也って言います。趣味は…特に無いです』

 

 

少年がそんな世界を見るようになってしまったのは、ある種、"少年自身の性質"と言えた。

それは、ある意味誰もが望む事であり……

望みはすれど、叶える事は酷く難しい事である。

 

 

『はぁ? なんだよ、お前また平均ピッタかよ。ほんとどうなってんの?』

 

『いいなぁ〜、それって絶対赤点無いって事だよね?』

 

『お前器用だよなー、なんだって並程度には出来るんだからさー』

 

 

ーーそう、それは、普通である事(・・・・・・)

 

この世界の誰しもが、穏便に生を全うしようとする。荒波の中に自ら飛び込んでいくものなど、そうは居ない。

"普通に出来る事"を、誰もが望んでいる。

 

ただーーこの世において、何が起こるか分からないからこそ、そう(・・)ある事は何よりも難しい。

 

 

しかし、少年だけは違っていた。

 

 

何をやっても、並平均。

どんな事も出来る代わり、どんな事にも秀でない。

 

人間関係すら、極々普通の並一般。

人間関係に関して、世間的に何が一般的だと言われるのか定かでは無いが、少年のそれを見た人間は、誰もが口を揃えてこう言ってきた。

 

 

ーーああ、極普通の男子高校生だね。

 

 

普通。それは、不変。

どんな事を言っても、どんな事をやっても、それはそれの平均にしか辿り着かなかった。

偶にそれを打ち破ろうと頑張っても、少年の為す全ての事が、何一つとして、その平均値を上回る事も下回る事も絶対に無かった。まるで世の理だとでも言うように。

 

ーー"失敗しないならいいじゃないか"?

 

とんでもない。少年にとって、失敗かどうかは関係ないのだ。

ただ"何か違う事が起こって欲しい"。

不変の人生なんて、拷問そのものだ。

 

成果の出ない努力。

怠けても取れる平均値。

見え透いた結果。

 

特異点とでも言えそうな、そんな彼の性質は、彼自身の心から、温かみと言うものを貪るように食い尽くしていった。

 

 

『え、えと…そ、双也君の事が好きですっ! 付き合ってくださいっ!』

 

『あ…えっと…ゴメン、誰かと付き合う気は全然無いんだ。……ゴメンね』

 

 

『今日は双也の好きなカレーよ! たらふく食べなさいっ!』

 

『んー、あーサンキュー母さん…』

 

 

温かさーー即ち、愛と言える物を向けられる事はあった。

自分を好いてくれる女の子の愛。

自分を産んでくれた両親の愛。

自分と仲良くしてくれる友達の愛。

 

しかしそのどれもが、冷え切った少年の心を温めるには、余りにも足りていなかった。

 

色黒テレビの画面の向こう。

そんな"別世界"から愛を囁かれたところで、大した感動がある訳でもない。ある筈もない。

 

 

そうして少年は、いつの間にか"色"を失った。

 

 

『放課後どっかで遊ばねーか?』

 

ーーいいよ面倒くさい。

 

 

『二組のあの子かわいーよなー!』

 

ーーそんなのどうでもいい。

 

 

『双也君! この問題教えて欲しいんだけど…』

 

ーー俺より適任がいるだろ。

 

 

声にこそ出さないし、拒否する事もない。しかし、その時の少年の瞳と言ったら、どれ程冷ややかで冷め切ったものだったろうか。

 

軽蔑ではない。嫌いな訳でもない。

ただーーひたすら、つまらなかった。

 

変わった出来事が起こらないかなぁ(・・・・・・・・・・・・・・・・)なんて思う事は、常日頃の習慣にすらなっていた。

 

 

 

だからこそ、少年は、密かに"色"を求めていた。

 

 

 

熱くなるような赤。

冷えるような青。

明るくなる黄。

落ち着く緑。

 

上げれば切りが無いが、ともかく、少年の冷え切った心を温めるには、そんな鮮やかな色彩がどうしても必要だった。

 

そんな時。

少年が、そんな色の無い世界に飽き飽きしてきた頃。

 

出会ったのが、東風谷早苗だった。

 

 

『うあっ……あー、面倒くさいな…』

 

『ああ! 大丈夫ですか!? なんで誰も手伝ってあげないんでしょう…』

 

 

初めの頃はいつも通り。

ただの騒がしい友達(他人)だと、少し目立ちやすい知り合い(他人)だと思って接していた。

様々な理由で、共に過ごす時間は増えたけれど、根本的には普段と何も変わりはしなかった。

 

だって、そうだろう?

 

先生に書類運びを頼まれ、(つまず)いてばら撒いてしまい、それを手伝ってくれた女の子と知り合う。

そんなの、ありきたり過ぎて何の面白みも無い。普通過ぎて、望みが無い。

彼の周囲に満ち満ちている、つまらない現実と全く同じだ。

 

しかし、今までと違う所は、確かに存在した。

 

 

『双也さん双也さんっ! 見てくださいコレ! 双也さんのお陰でこんなに良い点数取れましたっ!』

 

 

『うぅ〜、まさか一番食べたかったケーキが、私の一歩手前で売り切れてしまうなんて……ツイてないですぅ…』

 

 

『もしかして双也さん…今私の事馬鹿にしました…? 失敬な! 私だってこれくらい出来ますよーっ!』

 

 

それは、早苗にとっては全く普段と同じ、誰に対してもそうしたであろう態度だった。

 

嬉しければ良く笑うし、悲しければションボリするし、イラついたなら重かれ軽かれ、確かに怒る。

しかし、そんな彼女と過ごす時間が長くなる内、少年はある事を考えるようになった。

 

 

ーーああ、この娘は"色"に満ち溢れている。

 

 

泣いたり笑ったり、怒ったり沈んだり。

早苗は人一倍感情が豊かで、表情が鮮やかだった。それは最早、冷え切った心の所為で何も思わなくなってしまった少年とは、正反対の存在。

 

少年の心は、隣でそんな鮮やかな"色彩"を解き放つ早苗に、ゆっくりと温められていった。

 

 

『……大丈夫ですか双也さん?』

 

『ん〜…眠過ぎてあんまり大丈夫じゃないな…ホント、早苗って熱心だよなぁ』

 

『勉強は学生の本分ですからね! さぁ、行きましょっ!』

 

『ちょ、急に走り出すなってー!』

 

 

ーーそうして少しずつ、少年は毎日に楽しみを見つけていった。

 

 

『……早苗ってオタクなの?』

 

『え!? 何ですか急にっ!?』

 

『いや…良くお前がガ○ダムとかのアニメに詳しいって噂聞くから…』

 

『ああガ○ダムですか? 確かに大好きですよー! クイズ大会に出たら余裕で優勝する自信がありますっ!』

 

『…マジだったのか…』

 

 

ーーそうして少しずつ、少年の世界は色を取り戻していった。

 

 

『うぅ…赤点ギリギリ、危なかったですぅ…』

 

『まだまだだなぁ早苗。俺は赤点なんて考えた事ないぞ』

 

『双也さんはいつだって平均点叩き出すじゃないですかぁ!』

 

『はははっ、そういう体質なんだよ』

 

『ズルいですよぅ…』

 

 

ーーそうして少しずつ……少年は、早苗の事を大切に想うようになった。

 

 

それは別に、恋愛感情という事ではない。言うなれば、"親愛"というものだろうか。

そもそも、少年の心に正常な恋愛感情など備わっているなら、こんな長い過程など無くとも、とっくのとうに早苗に惚れているだろう。それだけずっと近くにいたのだし、それだけ早苗は魅力的な少女なのだから。

 

ただ、そう(・・)ならなかったのは一重に、少年の心が、あまりに長く、決して正常とは言えない状態を保ってきてしまったから。

 

冷え切った心は何もかもを反射して、今まで決して揺らぐ事はなかった。

だがそれも、早苗の温かみによって遂に変わる。

 

 

早苗は俺の心を溶かしてくれた。

 

早苗は俺に生きる楽しみを与えてくれた。

 

早苗はーー俺の世界を、変えてくれた。

 

 

そうして早苗は、少年の中で誰よりも大切な存在となったのだ。

 

早苗が居なければ、今の彼は成り立たなかったろう。

早苗が居なければ、もしかしたらつまらないこの人生を、自ら終わらせようとしていたかもしれない。

もしも早苗が居なくなったら(・・・・・・・)ーーそれこそ、少年の心は壊れてしまっていただろう。

 

ーーそれは、ある種の防衛本能だったかもしれない。

あの時…少年が早苗に迫る危機を見てしまった時、早苗が居なくなれば自分の心がどうなるのか、無意識に悟っていたのだろう。

だからこそ、少年の身体は無意識に動き出しーー早苗を庇って、刃に貫かれた。

 

 

『双也さんっ!! 死んじゃ…ダメですっ! ダメですよっ!!』

 

『さ、なえ……』

 

 

薄れゆく意識の中に、後悔というものは欠片もなかった。 失わずに済んだ事に安堵すらしていた。

ただーー少年は、彼女の隣にいられなくなった事を、ひたすら残念に思った。

 

 

『死にたく、ない…なぁ…』

 

 

その行動が、気持ちが、神の目に止まるなど、この時の少年は思いもしなかった。

当然だろう、自らの死に際に、そんな非現実的な事を思い浮かべる余裕など、あるはずが無い。

 

しかし、ただ、それが事実である事に変わりはないのだ。

 

少年の、短くもつまらないーーしかし、最後には色鮮やかな夢の様だった人生は、こうして幕を閉じた。

 

そして、人知れず、世界の狭間から、また別の世界へと。

 

一人の神に見守られて、少年は歩き出したのだ。

 

 

 

 

ーー少年の見た世界。

 

それは灰色。

それはモノクロ。

それは、鮮やかな虹色。

 

少年の世界、少年だけ(・・)の世界とは、そんな……"ある筈の色を失った世界"だった。

 

 

 

 

 




……………。

ではでは。


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第百五十二話 Reliable hope

あー、書きたいことが多すぎて収集がつかないー!!

では、どぞ!


「理解したかの。双也がどんな想いで前世を終えたのか」

 

竜姫の言葉が、皆の胸を射抜いた。

そしてその一人一人が、そうした双也の生い立ちに想いを馳せた。

 

ーーとても…辛かったでしょうね…。

 

庭師は。

 

ーーつまらない人生、か。分かってやれない事も……いや、無理だな…。

 

魔女は。

 

ーー双也にぃ……。

 

巫女は。

 

それぞれがそれぞれの事を思い、しかしそれらはほぼ、"彼の過去に同情する"という形で纏まっていた。

 

ただーー

 

 

 

「…あの、それなら何で、私は双也さんと出会っていないんですか?」

 

 

 

二人目の現人神だけは、違った。

 

その表情に彼への同情が無いわけではない。ただーーなまじ自分の話すら出てきてしまった為に、疑問の方が強く出たのだろう。

問われた竜姫の表情は、薄く曇っていた。

 

「……それが、私の過ち…じゃよ」

 

"紫ならば、予想はついているだろう?"

竜姫はそう言葉を区切ると、紫へと目配せをした。

対する紫は、頷く事も返事をする事もせず、ジッと竜姫を見つめ返す。

フッと視線を戻すと、竜姫はその唇を重そうに、ゆっくりと開いた。

 

 

 

 

 

「…この世界はの、あやつにとっては、パラレルワールド(・・・・・・・・)なんじゃよ」

 

 

 

 

 

「…パラレル、ワールド…?」

 

早苗は、竜姫の言葉を小さく反復した。その表情は、困惑の意を強く表している。

 

「パラレルワールドって言ったら…平行世界、もしもの世界…だったかしら?」

 

「その通りじゃ」

 

レミリアの言葉を一言肯定する竜姫。

その目を細めながら、言葉を続けていく。

 

「私の能力は、"次元を統べる程度の能力"。あらゆる次元を掌握し、並行世界すら超え(・・・・・・・・)る事ができる(・・・・・・)…私は双也の転生の際、この能力を使って、過去ではなく別の次元へと飛ばしたのじゃ」

 

「…何故そんな事を?」

 

「タイムパラドックスを防ぐという意味合いもあったが…主には、"今までの関係を全て断ち切り、改めて新しい人生を歩んで欲しかったから"じゃ」

 

"じゃが、それが間違いじゃった"

そう付け足すと、竜姫は周囲からでも聞こえる程の歯軋りをした。

前髪で影にはなっているものの、その表情はおそらく、後悔に満ち満ちているのだろう事は、容易に想像できる。

 

 

 

ーー竜姫は、双也の事を息子のように思っている。

その能力によって、双也の元の世界をも統べているーーあくまで違う世界なので名前だけは少し弄っていたがーー竜姫にとって、それはある意味、彼をこの世界へと飛ばした(産み落とした)彼女としては当然の感情だった。ただそれでも、他人には変わりない双也の事を全て理解するには、至っていなかった。

 

転生とはそもそも、死んで肉体から離れた魂を、新しい記憶と身体に入れて現世へ送り出す事である。

例外の転生者として、記憶を引き継いだ状態で転生した双也でも、なるべくならば、その掟とも言える理に則らなければならない。

そういう意味で、竜姫は敢えて、その能力の元に双也を別次元へと飛ばした。

記憶は引き継いでも、過去の生はそれとして、新しい生もまたそれとして、"この世界"を楽しんでもらいたい、と。

 

 

しかし、この時の竜姫は、双也が早苗に依存している事を知らなかった。

 

 

全く関係の無い世界だったならば、問題は無かったろう。

双也だって、死んでしまったからには割り切っていた。早苗から貰えるだけの温かさを既に貰っていた双也は、"自分が早苗の前から消えてしまったのならば、最早どうしようもできない"と考え、ある意味心を独立させる事が出来ていた。

 

ーーだが、彼が転生した世界には、稲穂が存在した。

 

見た目も性格も雰囲気も、全てが早苗と良く似た、正真正銘、早苗の先祖。

そこで、"もしかしたら早苗に会えるかもしれない"と双也に思わせてしまった事を(・・・・・・・・・・・・・)竜姫は酷く悔いていた。

 

それを糧にして生きながらえてきた部分も確かにある。そのお陰で救われた事すらある。しかし、その結末に心が砕けてしまうのでは意味が無い。

 

"このままではマズい"

双也の前世を理解した竜姫は瞬時に思った。

この世界には、双也という存在は元々居ない。ならば、早苗と出会っても、彼女は双也の事を知るはずがない。

…果たして、双也の心はそれに耐えられるだろうか。

最高神と言われる竜姫にとって、答えを出すのは実に容易だった。

 

ならば、双也を転生させた責任として、私があやつを救ってやる他ない。

 

それが過ちを犯した自らの、双也への償いであり、誓いとなった。

 

「…私はあやつに、平和に生きて欲しかった。できる事ならば、双也と早苗を会わせたくはなかった。……じゃが、こうなった以上は、あやつを救う事に専念する」

 

竜姫の言葉は、強い強い決意に満ちていた。

"ああ、本気なんだ"と、皆に思わせるには、十二分の力が篭っていた。

 

「……ええ、やってやろうじゃないの。双也にぃをあんな状態にしておくわけにはいかないわ」

 

「そうだぜ! あいつにはまだ借りがあるし、それを返す時が来たってもんだぜ!」

 

「私達姉妹を救ってくれたのだから、今度は私達が救う番ね」

 

「はい、お嬢様」

 

「きっと救ってみせます! ね、紫様!」

 

「…そうね」

 

皆がそうして意気込む中、紫だけは、少しばかり冷ややかな空気を纏っていた。暗い空気ーーとは少し違う、どこか不安の漂う空気である。

"そんなに上手くいくのだろうか"

そんな、紫らしくもない弱気な気持ち。

ただ、その場の空気を読めないほど沈んでいる訳ではない。

せっかくいいムードになってきたこの場を白けさせない為に、紫は竜姫に一つ、質問をした。

 

「それで、龍神様…双也を救う方法とは…?」

 

すると、竜姫はキョトンとしたように目を見開き、すぐに目を細めて、少しの憤りすら篭ったような視線を紫に向けた。

 

「……お主は…まだ気が付いておらんの(・・・・・・・・・・・)か?()

 

「…え?」

 

「お主が最も、あやつの近くに居たのだろう?」

 

「…………?」

 

全く心当たりの無さそうな紫に、竜姫は更に言葉を投げかけようと歩み出す。

 

ーーその直後、竜姫の瞳が、大きく散大した。

 

 

「チッ…間に合わんかったか…」

 

 

ゴオッ!

 

竜姫の言葉の直後、地響きのような重い音が響き渡り、全員のやる気に満ちた会話を一瞬で断ち切った。

 

そして、その音と共に、真夜中のように真(・・・・・・・・)っ黒な(・・・)影が落とされた(・・・・・・・)

 

「何…これ…」

 

「空が……雲に覆われてる?」

 

見上げた空は、まだ日の出ている時間だというのにも関わらず、ドス黒い雲に覆われて真っ暗になっていた。一部の隙間にすら、太陽の光が差していない。

同じくそんな空を見上げていた紫は、頬に一筋汗を垂らしながら、その瞳を大きく見開いて言った。

 

「違う…あれは…西行妖の力…!…失念していたわ…どうやって操っているのか分からないけれど…西行妖の力で、無理矢理封印を砕いたのね…!」

 

紫のその言葉に、魔理沙、咲夜の表情に驚きが走った。対して霊夢は、その眉間に皺を寄せながらも、驚いた様子は無い。守谷神社で対峙した際に、ある程度予想は出来ていたのだ。即ちーー今の双也が、西行妖をも操っている、と。

 

「まさか…双也は…」

 

「うむ。西行妖の妖力を使って、一度に皆を殺そうとしているの」

 

咲夜の言葉を引き継ぐ形で、竜姫がそう肯定した。

 

「じゃが、まだ少しなら時間はある。西行妖の力は見ての通り拡散しているのじゃ。即ち、一瞬で死ぬような事は無い。寿命が削り取られていくように、だんだんと死に近づいて行くはずじゃ」

 

"危険な事に変わりは無いが…"

そう付け足すと、竜姫は鋭い視線を皆に向け、言い放った。

 

「ひとまず、妖怪達はまだ大丈夫なはずじゃ。問題なのは人間達…お主ら、すぐに人里へ向かうのじゃ!」

 

「言われなくてもだぜ!」

 

「いくわよ咲夜!」

 

「はい、お嬢様!」

 

「私達も行きましょう、妖夢」

 

「はい!」

 

五人はそれぞれ、連れ立って飛び立ったーー紫と妖夢はスキマを使ったーー。

それに釣られ、霊夢も少しばかり恐怖に震えた早苗を促し、神社の庭へと飛び出る。

 

「ほら、行くわよ早苗」

 

「わ、私は…」

 

「………………もう」

 

 

 

パァンッ

 

 

 

震える早苗の目の前で、霊夢は唐突に柏手をした。

 

「……ほら、怖くなくなったでしょ」

 

「……!」

 

「昔お母さんに教えてらったのよ。誰か怖がってたらこうしろってね」

 

霊夢の迫力ある柏手は、早苗から震えと恐怖を一気に吹き飛ばした。

加え、視界に映る霊夢の優しげな微笑みが、早苗の心に戦う決意を溢れさせる。

ーー心は、決まった。

 

「すみませんでした、霊夢さん」

 

「ん、いいのよ。こんな時だし」

 

軽く言葉を交わし、そうして二人は飛び立つーー

 

 

 

 

「悪いが、お主らには残ってもらう」

 

 

 

 

ーー筈だった。

 

その声に二人が振り向くと、神社に一人佇む竜姫が、片手で"こっちへ来い"と合図していた。

 

「あの、龍神様?」

 

「一体何よ、こんな急いでる時に」

 

戻ってくるなり、そんな文句を飛ばす二人。

竜姫だって、二人の焦る気持ちも理解はしていた。だが、何の策もなしに(・・・・・・・)突っ込んでも、自滅あるのみ。特に、人里の混乱に乗じて双也が出て来たとすれば、それが特に顕著である。

 

「何、お主らには秘策(・・)を授けようと思っての」

 

「…何故私達に?」

 

「…お主らにしか、出来んからじゃ」

 

そう語る竜姫の視線は鋭いながらも、口元は薄く微笑んでいた。

 

 

 

 

 

「"目には目を、歯に歯を"。そしてあやつの、"泣きっ面に蜂"じゃ」

 

 

 

 

 

 




質問があれば御遠慮なく。ぶっちゃけそれが一番心配なので。

実は、ちょっと竜姫の能力が無理矢理すぎた気がしなくも……。

ではでは。


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第百五十三話 彼の下へ

もう何も語るまい……(←書くこと無いだけ)

ではどうぞ!


「夢炮『夢想封印』ッ!」

 

周囲に浮かぶ八つの光珠から、七色に輝く砲撃が放たれる。

極限まで洗練されたであろうその技は、空を切り裂いて真っ直ぐ飛びーー立ち込める暗雲に、呑み込まれた(・・・・・・)

 

「チッ…」

 

その様子を落下ながらに見た先代博麗の巫女、博麗霊那は、顔を顰めながら舌打ちし、地上に着地する。

その隣には、苦虫を噛み潰したような表情で空を見上げる蓬莱人、藤原妹紅が佇んでいた。

 

「ダメみたいだな、霊那」

 

「みたいですね、妹紅さん。あの雲、分厚いだけでなく妖力自体もとても強力……普通の技じゃ、呑み込まれてお終いです」

 

頬に冷や汗を垂らしながら、霊那は妹紅に返答した。

 

「どうする…私は寿命が無いから効かないが、里の人間達はどんどん倒れていってる…あんたも長くは保たないだろ?」

 

「そうですね……結界にも限度がありますから、もう少しすれば破れてしまいます」

 

「早いとこ打開策を見つけたいが…こうも私達の技が通用しないとな…」

 

「………………」

 

現在、人間の里には"死が充満している"。

 

というのは、西行妖の妖力を感じた事のある霊那の例え言葉なのだが、この状況を説明するならば、まさにピッタリの言葉だ。

 

妖力が空を覆い、その力が内側に満ちた事で、"特別それを避けられない者達"がとんでもないスピードで寿命に近付いているのだ。

まだ小さい子供達なら、少しの間ならば大丈夫ではあるが、大人はもちろん、お年寄りなどは次々と倒れて、今にも息を引き取りそうな状況だ。

 

里で唯一結界を扱う事の出来る霊那は、それで自身を守りつつ、駆け付けた妹紅と共にその原因である妖力の雲ーーいや、

死の雲(・・・)を討ち払わんと攻撃を続けていた。

 

里の人間達を結界で守る事も考えた。

だが、いくら里が小さいと言っても、その人数は四桁では収まらない。

一人守るのにも相当霊力を使うというのに、そんな量を霊那一人ではとても補えないのだ。

 

「くっ……こんな歯痒さを覚えたのは何時(いつ)ぶりですかね…」

 

「…泣き言言っても始まらない。今だってどんどん被害が増えていってるんだ。……行くぞ霊那!」

 

「…はいっ!」

 

二人の同時に飛び上がり、グングンと高度を上げる。

妹紅は炎を、霊那は薙刀を構えて、立ち込める死の雲に向けてーー

 

 

 

「夢刀『朧薙』!」

 

「不滅『フェニックスの尾』!!」

 

 

 

ーー解き放った、瞬間だった。

 

「ッ!! 危ないッ!!」ドンッ

 

「!?」

 

 

 

ドガァァアンッ!!

 

 

 

霊那を庇い、彼女を突き飛ばした妹紅は、死の雲から放たれた"黒い雷"に直撃した。

 

「妹紅さんッ!?ーーくっ!」

 

妹紅への一撃を皮切りに、黒雷は次々に降り注ぎ始めた。

それは霊那付近だけではなくーー確かに彼女の周囲の方が量は多かったがーー里中……いや、幻想郷中に降り注いでいる。

 

こんな状況の為、里の人間達は大多数が家の中に籠っている。時間の問題だとは思うが、黒雷が家を貫かない限り被害が増えたりはしないだろう。だが、家の中も危険だと判断して逃げ出し始めた人間達も少なからず存在する。人間の里は、最早大パニック状態だ。

ーー主に外にいるであろう妖怪達は、分からないが。

 

外に居ては良い的だ。そう考えた霊那は気休めながらに物陰に隠れ、妹紅を下ろした。

 

「妹紅さん! しっかりして…くだ、さ…」

 

 

 

ーー肌が冷たい。

 

 

 

「まさか…」

 

顎下の脈を取る。しかし、少しだって動いてはいない。

彼女は確かに、死んでいた(・・・・・)

 

「うそ…」

 

霊那は、その端正な顔を驚愕に染めた。

しかしそれは、妹紅が"死んでしまった事に"ではない。霊那だって、妹紅が不老不死である事は既に知っているのだ。なら、何に驚愕したか。

 

それは、幻想郷の中でも上位の実力を持つ妹紅が、"一撃で死んだ事に"である。

 

今も死の雲の中でゴロゴロと音を立てている黒雷は、落雷の瞬間でも、正直に言ってそれほど驚異的な物は感じられない。

スピードから迫力まで、なんなら自然災害の落雷の方が強力と言えるだろう。

 

ーーという事は。

 

「まさか…あの雷……」

 

 

 

喰らえば、即死する…?

 

 

 

そう思い至った刹那、霊那は強く腕を掴まれた。

 

「ッ! 妹紅さん! 生き返ってーー」

 

「言ってる場合か! 上見ろッ!」

 

「ッ!!」

 

咄嗟に見上げる。すると、バチバチと音を立てる黒雷が、二人の真上で放たれた瞬間だった。

 

"避けられない"

霊那の頭にも、妹紅の頭にも、全く同じ言葉が浮かび上がった。

いくら速くないと言っても、それは自然災害の落雷と比べてだ。落雷というだけあり、一般には十分速いと言える速度である。

反応が出来れば避けられるが、逆に、反応が遅れれば避けられない。

 

霊那は、反応が遅れた。

 

「ッ…」

 

 

 

 

 

しかし、二人を襲ったのは衝撃でなく、浮遊感(・・・)だった。

 

 

 

 

 

「全くもう…(なま)りすぎじゃないのかしら、霊那?」

 

「師匠っ!」

 

落ちた先。そこには、霊那にとって育ての親であり師匠である、八雲紫の姿があった。

 

「あれくらい結界で防げば良いでしょう? 何を学んできたのかしら」

 

「う、すみませーー」

 

「んな事言ってる場合か! なんか出てきてるぞ!」

 

妹紅の忠告を聞き、紫は不敵な笑みを崩さずに前を見据える。すると、彼女達三人の目の前には、黒雷の他に、そこから出てきたであろう"黒い木の怪物"が佇んでいた。

 

怪物は間髪入れず、その細い枝のような腕をビュンッと振るって仕掛けてくる。その先の尖った腕の攻撃は、細さには似つかわしくない強かさが見てとれ、貫ぬかれればタダでは済まないと、明確に語っている。

 

その鋭い先端が、紫を貫かんと迫ったーー刹那。

 

 

 

 

「斬れぬ物など、あんまりな〜いッ!!」

 

 

 

 

ザザザンッ!

 

そんな言葉とともに、鋭い刺突は見事に斬り飛ばされた。刎ね飛ばされた枝は、まるで黒い粒が舞うように、はらはらと宙へ舞っては消えていく。

 

「ナイスよ妖夢。触れたら即死する様だけど上手くいったわね」

 

「ッ!? 先に言ってくださいよそういう事はっ!!」

 

「半分死んでるのに?」

 

「半分生きてるからですっ!」

 

どこかからかう様な紫の言葉に、現れた剣士ーー魂魄妖夢は、心外とばかりに文句を叫ぶ。

そんな問答を繰り広げる二人の前では、木の怪物が既に攻撃態勢を整えていた。

 

 

 

「幻符『殺人ドール』」

 

 

 

しかし、突如飛来した大量のナイフが、嵐の様に怪物へと殺到し、その禍々しい身体を蜂の巣にしていく。

それでも消え切らなかった怪物はーー

 

 

 

「神槍『スピア・ザ・グングニル』!!」

 

 

 

真紅の槍の一撃によって、粉々に砕かれるのだった。

その破片は切り飛ばされた枝同様、黒い粒となって空へと帰っていく。

 

それを見届けながら彼女達の側に降り立った二人ーー十六夜咲夜とレミリア・スカーレットは、緊急事態にも関わらずにどこかおちゃらけた雰囲気を醸す紫と妖夢に、それぞれ言葉を掛けた。

 

「気を抜かないでください二人共。ふざけている場合ではないんですから」

 

「ここに来るまで里を見回してみたけど、あちこちであの黒いのが現れて人間達を襲ってるわ。魔理沙はそっちの援護に回ってるみたいね」

 

そう言いながらレミリアが移した視線の先では、星型の弾幕の流れ弾や、マスタースパークと思われる極太のレーザーが放たれていた。

幻想郷の全ての生命が危機に晒されていると分かり、流石の魔理沙も焦っているのだろう。少し荒さの目立つ攻撃である。

 

「………なるべく頭数は増やしたいところだけど、黒い木を倒さないと被害が増えるばかり……本末転倒よね」

 

レミリアの言葉に、皆一概に頷く。

その提案を良しと考えた紫は、その視線を、霊那へと移した。

 

「霊那、聞いてくれるかしら」

 

「…はい」

 

「今から私達は、この異変を起こした張本人……双也のところへ向かうわ」

 

「…え? 双也さん……ですか?」

 

目を見開いて驚愕する彼女に、紫は語りかける。

 

「ええ。今の双也は、おかしくなってしまっている。西行妖の力すら使って、この世界の生き物全てを殺そうとしているのよ」

 

「………これを……双也さん、が…?」

 

"とても信じられない"

霊那の瞳から、紫はそんな気持ちを感じ取った。

死に誘う雲は今も黒々と空を覆い、

触れれば死んでしまう雷は絶え間なく降り注ぎ、

目の前のものを悉く殺そうとする木の怪物は今も里をーー幻想郷を徘徊している。

 

本当に全ての者を死に追いやろうとしているという事は、この惨状から嫌という程に伝わってくる。でもそれが双也の仕業だという事に、霊那の心はついていかなかった。

瞳が揺れ動き、気持ちが定まっていないであろう霊那に、紫は優しく…しかし決意に満ちた声で語りかけた。

 

「いい、霊那? 私は、どんな手を使ってでも双也を止める。彼が望んでこんな事をする訳がないもの。例え望んでいたとしても…双也の手を、こんな事で汚させたりはしない……その為には、あなたの力もきっと必要なの。………分かるわね」

 

「……………………」

 

霊那は見開いた瞳をそのままに、真っ直ぐ紫の瞳を見つめ返した。

紫の真剣な眼差しに、霊那もひしと、彼女の決意の強さと、双也を信じる心の強さを感じ取る。

 

「…………そうですね。私も、双也さんが望んでこんな事をするとは思えません。誰よりも失う痛みを知っているはずの双也さんが、こんな事……出来るはずがないんです」

 

 

 

 

ーー私にも、手伝わせてください。

 

 

 

 

紫は微笑み、頷いた。

 

差し出された彼女の手を借り、ゆっくり立ち上がると、霊那は落ちてしまっていた愛用の薙刀を拾い、ドンッと地面に突き立てた。

 

「…さて、そうしたら……」

 

紫は、気合を入れ直す霊那を見届けた後、その視線を皆へと移した。

彼女らの視線は、言葉を発した紫をへと、しっかりと集まっている。

 

「妖夢、咲夜……あと妹紅だったかしら? あなた達には、ここに残ってあの木の怪物の相手を頼むわ。……双也の能力は掛かっていないようだし、まだやりようはある筈よ」

 

全員で行っては、人間達が死ぬばかり。双也を相手にするにあたって、人数は多ければ多い程良いが、人間達を守れなければ意味が無い。

紫の人選は的確で、それに反論する者は誰もいなかった。

 

ただーー本当にこのメンツだけで良いだろうか?

 

さすがの紫も、その懸念だけは消えなかった。

 

…………その直後。

 

 

 

 

 

 

「あらあら、そんな物騒なメンバーでどこに行くつもりかしら、妖怪の賢者さん?」

 

 

 

 

 

 

突然響いたその声に、問いかけられた紫は皮肉交じりに呟いた。

 

「…どの口が物騒だなんて言っているのかしら。あなた程物騒な妖怪を私は知らないわ、風見幽香」

 

ストッと、彼女らの側に降り立ったのは、普段太陽の畑で静かにしているーーしかし侵入者には容赦の無い無慈悲な大妖怪、風見幽香だった。

 

ーーしかし、振り返った紫は、普段とは違う彼女の雰囲気に、少しばかり戸惑った。

 

「……あなた、何故そんなに気が立ってい(・・・・・・)()の?」

 

普段の彼女は、自分…もしくは花達に危害が加えられない限り、極静かに暮らしている。

花の水やりや土弄り、紅茶を飲んだりと実に優雅だ。

だが今の彼女はーー何時に無く不機嫌な表情を顔に貼り付け、その強大な妖力を荒々しく迸らせていた。

 

「……言わせないで頂戴。私はこの底知れない怒りをこの異変の犯人にぶつけるって決めたのよ。あなたに当たってる余裕は無いの…!」

 

「っ……」

 

その尋常ではない怒りっぷりに、紫は目の端をピクリと揺らした。

そして一つ、彼女の怒りの度合いから理由を導き出した。

 

"大方、あの花達が枯れてしまったのでしょうね…"

 

ドス黒い雲を見て、思う。

あの雲が死を充満させているとしたら、それは太陽の畑に広がっている花達にも少なからず影響を与えているだろう。

植物だって生き物だ。その生き物を悉く殺されていたのだとしたら、幽香が怒るのも当然だ。いや、"怒る"というのも生温い。"怒り狂っている"のだろう。

 

「あなた達も、あの妖力の中心に向かうのかしら?」

 

「ええ。恐らく、あそこに異変の犯人

ーー双也がいるわ」

 

「っ!…………へぇ」

 

幽香の表情が、ニヤリと歪んだ。

 

「私は行くわ。あなた達、邪魔だけはするんじゃないわよ」

 

ズドンッ!

 

幽香はそんな衝撃が走る程強く踏み込み、真っ直ぐ妖力の下へと飛んでいった。

 

敵に回れば恐ろしくて仕方ない彼女も、今は味方と見て良いだろう。

その事に少しだけ頼り甲斐を感じ、紫を始め、数人が微笑む。

 

「さぁ、私たちも行きましょう。………覚悟、しておきなさいな」

 

プゥンと、霊那とレミリア、そして紫の真下にスキマが開く。

 

それは言わば、決戦への門。

双也という絶対的な強者の下に、友人の下に。

 

三人は決意を固め、そのスキマの先を睨んだ。

 

 

 

 




そろそろ、"東方死纏郷"ってサブタイトルの意味、分かって戴けたでしょうか?

ではでは。


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第百五十四話 切られた火蓋

"それこそが天罰神"

ではどうぞ!


幻想郷には、山が多数ある。

 

とは言っても、決して広くはない限られた空間内にある山だから大きさなどは高が知れているし、数も言うほど多くはない。

ただその中でも妖怪の山だけが突飛出て高い為、幻想郷で"どんな山がある?"などと訊かれれば、十中八九妖怪の山の事が話に出るのだ。

 

そういう意味では、"幻想郷には山が多くある"というより、一回り小さい"丘が(割と)多くある"と言った方が、正しいかもしれない。

 

そしてその幾つもある丘の一つーー幻想郷が広く見渡せる丘の一つに、空に立ち込める妖力の中心があった。

 

 

 

「………霊夢達はどうした?」

 

「……答える必要は無いわ。あなたが正気に戻ってくれると言うなら答えてあげるし、いくらでもあの子との時間を作ってあげるわよ」

 

「はっ、遠慮しよう。オレは別に、あいつとイチャイチャしたい訳じゃない」

 

そう言いながら、駆けつけた紫達に背を向けて幻想郷を眺めていた少年ーー神薙双也がゆっくりと振り返る。

 

 

 

 

ーーその姿に、紫は絶句した。

 

 

 

 

「あなた……まさか…」

 

「あぁこれか。どうやら、代償で侵食され(・・・・)てってる(・・・・)みたいだな、西行妖に」

 

振り返った双也は髪が半分、輝く様な白から暗い灰色へと変わり、その片目が濁った桜色に染まっていた。

 

紫には、その意味がすぐに理解出来た。

西行妖の力、双也の能力、その他の因果関係……それらを一瞬で加味し、導き出した答えは彼女にとって驚くべき事で……同時に、如何あっても理解出来ないだろうと、決め付けるに値する物だった。

 

「〜〜ッ 何故そこまで……自分を死に晒し(・・・・・・・)てまで(・・・)、何故皆を殺そうとするのッ!?」

 

その瞳に一粒涙を溜めて、紫は叫んだ。

 

双也は今、西行妖の力を操る事ができる。彼女が不思議に思ったそれの答えの鍵は、"双也の能力"だった。

 

彼の能力は、"繋がりを操る程度の能力"。

様々な物質や概念を、断ち切ったり結合させたりする事ができる。

 

ーーそう、結合できる。

 

つまり、二つのものを一つにする事ができる。

 

双也はこの結合の能力を使って、西行妖の(・・・・)妖力と自分自身を結合させている(・・・・・・・・・・・・・・・)のだ。

 

封印が壊れて、ただ溢れ出しただけでは暴走するだけだ。無闇矢鱈に死を振りまき、制御なんて出来やしない。

操る為には、その力を自身のものとする他無いのだ。

 

しかしその妖力は、元は全く違うーーむしろ生物にとってこの上無く害悪な物だ。いくら結合させたとて、その能力自体を抑え込む事は出来ないし、むしろ自身にすら影響する。

それは、無限に近い時を生きることができるーーしかし終わりのある生を持つ彼にも、言えることだった。

 

 

故にーー双也すらたった今、寿命に向けて侵食されているのだ。

 

 

幻想郷の生物を皆殺しにする、その代償に。

他の者達とは、桁違いの速度で。

 

 

そうして必死の思いを叫ぶ紫に、双也はただポツリとーーいつかの異変の時のように、実に軽く呟く。

 

「何故ってそりゃーー

 

 

 

 

 

それがオレの成すべき事だからだ」

 

 

 

 

 

冷酷無情。残忍冷徹。

そんな言葉を、彼の一言から皆が連想した。

 

「さぁ、こうして駄弁りに来た訳じゃあないだろ? お前達にはあんまりこの妖力は効かないみたいだし……」

 

 

 

 

ーーオレが直々に、葬ってやる。

 

 

 

 

抜刀音が、響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だぁあっ! 切りがねぇぞっ!」

 

表情を歪めて叫ぶ悪態と同時に、彼女特有の星形弾幕が空を駆ける。

流星と見間違う様な弾幕は、目の前で人間達を襲う黒い怪物に向けて吸い込まれる様に飛びーーその身体を、貫いた。

 

「一体どれだけいるんだあの黒いのは……って、どうせあの雲から出てきてるんだろうなぁ…」

 

疲れた様な、苦々しい様な、そんな決して明るくない声で呟き、空を見上げる。

黒々と空を覆う雲は、今は日が出ている時刻のはずなのに、その太陽光を少しだって通してはいなかった。

 

その雲からは不吉な黒い雷が絶え間無く降り注ぎ、そこから現れた黒い木の怪物は休むこと無く人間をーーいや、人間に限らず妖怪も含めて襲いかかっている。

しかも生半可な攻撃じゃ倒しきれないという所が(たち)が悪い。

少し強いだけの人間では、歯が立たないどころか蹂躙されるだけだ。

 

何より厄介なのは、あの雲から放たれる死の瘴気。魔理沙自身、得意ではない上に超高度な"時空魔法"の一端を用いて防いではいるが、元々長く保つものではない。

"せめて結界が使えればなぁ"なんて思うくらい、切羽詰まった状況である。

 

「全く…こんなの、地獄絵図じゃねぇか…」

 

瘴気、雷、怪物。

一瞬で命を奪い去っていくそれらが蔓延したこの幻想郷。

彼女の他に、人間達を援護してくれる者達がいる事は気が付いていたが、その人数も多くはない。守り切れない部分があるという事は、既に犠牲者も相当数………。

 

悲鳴と嘆きと悲しみと。

そんな悲痛極まる叫びすら聞こえてくる眼下の光景に、呟いた魔理沙の一言は、みるみるうちに叫びや悲鳴に溶けていった。

 

「こんな事して、何になるってんだよ、双也……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

開けた丘の上に、弾幕が走る。斬撃が走る。

 

飛ばされたクナイは呆気なく弾かれ、

薙刀の連撃は軽くいなされ、

真紅の槍は打ち砕かれ、

高出力のレーザーさえ容易く両断される。

 

幻想郷で最も強いと言っても過言ではない四人を相手に、双也はしかし、圧倒していた。

 

「四人掛かりでこの程度かぁ!?」

 

「くっ……!」

 

不思議な事では、決してないのだ。

双也は天罰神で、挑む四人は言わば咎人。そこには絶対的な力の差があり、その"差"は最早、この世界の秩序と言ってもいい。

 

全てを裁く権限と力。

それを持つ天罰神に、咎人は反抗することを許されない。

どんなに咎人が強力な能力を持っていようと、膂力を持っていようと、知慧を持っていようと、それを上回るのが天罰神であり、裁く者としての絶対条件。

その絶対条件を悉く満たす為にあるのが、"罪人を超越する程度の能力"なのだから。

 

「潔く…裁かれろッ!!」

 

「ざっけんじゃないわよッ!!」

 

叫び、弾く。

傘と刀で鍔迫り合いをしていた幽香は、明確な怒りでその力を振るい、双也を弾いた。

 

"体勢が崩れた!"

幽香は追撃とばかりに、隙間の殆ど無い妖力弾を飛ばし、その足に力を込めた。

ガゴッと地面の砕ける音がする。

その音を聞き流して前を見据えた幽香はしかし、踏み出すことができなかった。なぜならーー

 

 

双也は既に、彼女の腹を斬り抜いて背後にいたから。

 

 

事前に放たれた妖力弾は掠る事さえ無く、あろう事か一瞬で距離を詰めて反撃してきたのだ。

驚愕を孕ませた表情で振り返ろうとした幽香の腹に、双也は痛烈な回し蹴りを浴びせ、実に軽そうに吹き飛ばす。

 

が、ただで吹き飛ばされるのも勿体無い。

幽香はどうにか身体を捻り、軋む身体をそれでも無視して、双也へと弾幕の置き土産を残して吹き飛ばされた。

 

ズドドドドドッ!!

 

空気が爆ぜるような音が響き、双也を中心に土煙が立ち込める。

それでも足りないと、まだ終わらないだろうと、煙の中のシルエットに向けて、猛烈な速度で飛び掛かる影が二つあった。

 

「夢刀『閃天朧牙』ッ!!」

 

「夜符『バットレディスクランブル』ッ!!」

 

霊那とレミリア、二人は双也を間に挟む形で、両方向から大技を叩き込んだ。

霊那の霊力を纏った鋭い突きと、レミリアの妖力を纏った悪魔の爪が、彼を一気に引き裂かんと衝突し、激しい衝撃を生み出して炸裂する。

ただでさえ強力な技のぶつかり合いに、土煙に加えて激しく閃光が駆け抜けた。

 

その光、そして煙が晴れていくと。

 

 

 

「ぐっ…ううっ…!」

 

「う、そっ!?」

 

 

 

二人の攻撃は、あまりにも呆気なく受け止められていた。

 

防御結界とか、相殺とかならまだ良かったろう。強力な技には強力な技で対抗する。どんな戦いにだって通用する、定理とも言える戦法。それならば、霊那にもレミリアにも、防がれたなりの理由に納得ができる。

しかしあろう事か、双也はレミリアの攻撃を柄で、霊那の攻撃を素手(・・・)で受け止めていた。

 

何処までも余裕で。何処までも嘲って。

 

「……良い技だとは思うけど…緩い」

 

そう放たれた言葉に、二人は戦慄した。分かってはいた事であり、覚悟もしていた事だったけれど。

改めて戦慄した。

 

"理不尽なまでの強さ"

 

その言葉の何たるかを、目の前で見せつけられた気分だった。

片や先代博麗の巫女、片や上位妖怪の吸血鬼。

それが、この様。

それが、この差。

 

挫けそうになるほどの衝撃に反応が遅れ、二人は旋風のような結界刃で斬りつけられ、吹き飛ばされた。

 

ーーと、その瞬間。

 

双也を中心に、結界が張り巡らされた。

一枚、二枚、三枚…双也の瞬きの瞬間に、それぞれが相当な力を込めて張られた結界が、計四枚で彼を包囲する。

 

「喰らいなさい! 境符『四重結界』ッ!!」

 

紫の宣言と共に、結界の内側が眩い光に満たされる。

攻撃の強力な調節を効かせた結界は、ごうごうと地響きの様な音を鳴らし、やがてーー光の炸裂によって、爆音を響かせた。

まるで爆弾を落としたかの様な土煙が立ち昇る。その爆心地であった丘の地面はクレーターの様に抉れており、紫の技がどれだけ高威力なのかーーひいては、彼女がどれだけ本気なのかを刻々と表していた。

 

しかしーー。

 

 

 

 

「こんな技じゃあ何にも効かないなッ!! これがお前らの全力なのか!? ガッカリだ!」

 

 

 

 

「っ……あれでもダメなの…」

 

それは、実に無情な声音をしていた。

最強の妖怪たる八雲紫の大技。誰が見ても、あの威力はまともではない。それこそ化け物の所業だ。

 

"あれを自分が食らったとして、どうなるか"

もちろん粉微塵になるだろう。

皆がそう考えた。それだけ大きな威力を持っていたし、あれに耐え切れる者などごくごく僅かだろう事は容易に想像できる。

 

ーーしかし、だからこそ、双也を畏怖してしまう。

 

あれ程の技を食らって笑っていられるなど、最早"自分たちよりも強い"なんて言葉では括り切れない。

双也との格の違いに絶望の陰りが見え隠れする。

彼が強いのは知っていた、それでもこれは……。

やりきれない気持ちになり、双也へと声をあげたのは、霊那だった。

 

「双也さん! こんな事やめて下さいっ! こんな事本当は望んでいないのでしょう!?」

 

「嫌だ、やめない。生きる者すべてに罰を与えるまで、オレは止まらない」

 

「なんでそんな事言うんですかっ!? 双也さんは、みんなを殺そうだなんて望める人ではありません!! よく知っています!」

 

何時だって笑っていた双也。母との事に気を病んで、痛む心を抱えて謝ってきた双也。

霊那はそんな彼の姿を思い浮かべた。双也はそんな、残忍な人間ではない。心温かな、優しい人間である、と。

 

しかし。

 

 

「お前に何が分かる…!」

 

 

双也は鋭く、霊那を睨んだ。

 

 

「望んでるさ。オレも、俺もな。だってオレは、俺の為にやってるんだから」

 

 

「………………?」

 

"何を言っている?"

三人(・・)の表情には、そんな言葉が滲み出ていた。双也は一人であり、今戦っているのも一人であり、幻想郷にこんな異変を起こしたのもまた、一人だ。なのに彼は、まるで他人の様な口を利く。その事が、どうしようもなく解さなかった。

ーーそう、ただ、紫だけを除いて。

 

 

「さぁ続けようぜ。尤もここからは…一方的な"処刑"でしかないけどな」

 

 

幻想郷に、更なる影が落ちる様だった。

 

 

 

 

 




そろそろ、双也の事も予想できるくらいにヒント出ましたかねー。

ではでは。


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第百五十五話 怒り

ちゃんと纏められるか心配な今日この頃…。

ではどうぞ


「………………」

 

何もかもを吸い込んでしまいそうなドス黒い雲が、一筋の光も通すまいと厚く空を覆っている。

何かを思案する様に眉根を寄せて、八意永琳は窓から覗く黒い空を見上げていた。

 

立ち込める雲から感じるのは明らかに妖力であり、加えて空を覆い隠すほどのものともなれば、彼女をして相当に強力で膨大なものだと推測できた。

さらに、何処となく寒気の様なものも感じる。

首筋を撫ぜていく殺意の様な(ひや)い空気。

それはもう、まるで死を予感させるか様な、もしくはそのものを体現しているかの様なーー。

もしそうなら、自分には効果が無いと確信できる事柄ではあるのだが…分かってはいても、この感覚は死を味わった事のない彼女にとって酷く不快なものだった。

絶えず感じる不快感に、既に寄っていた眉根をさらに寄せて、彼女は自身の病室のベットに寝ている鈴仙へ声をかけた。

 

「………大丈夫、鈴仙?」

 

「うぅ…大丈夫…とは言えませんね…。あんまりにも身体が重くて、動けないです…」

 

「私特性の薬を使っても治らないなんてね……やっぱり、この妖力が原因なのかしら」

 

永琳には、その正体は掴めそうになかった。

薬学は勿論の事、多岐に渡る豊富な知識をその頭脳一つに詰め込んでいる彼女でも、未知のものでは対処のしようが無い。

推測し、結論立て、それに利く薬を作って飲ませる事は出来るが、実際鈴仙は、それを繰り返しても一向に良くならない。

 

ーーお手上げ、と言い切ってしまうのは、天才薬師としてのプライドが許さなかった。

彼女は今までも不治の病と言われた病気を薬一つで治してきたし、その事柄が偶然のものではなく、彼女の天才的な頭脳によるものだという事は自他共に認めている事だ。

ーー病気になったら永遠亭へ。

そんな認識すら、幻想郷全土に流行り始めている今日である。

諦めるという選択肢は、初めから彼女には無かった。

なら、どうするべきか。

 

「……鈴仙、生きたいわよね?」

 

「ぅえ? ……そりゃあ、生きたいですけど…何故です?」

 

「…いいえ、なんでも」

 

ーー最終手段として、蓬莱の薬の使用も……。

今更そんな事を思い付いた自分を、少しだけ責めたくなった。

 

生きたいと思うのは当然だろう。

むしろ、死にたいと思う者は大抵精神に異常をきたしているか、被害妄想の極端に激しい馬鹿者だけだ。

勿論、鈴仙がその手の者達と同じだとは微塵も思っていない。

だが逆に、永遠に生きながらえようとするのもまた、馬鹿のする事なのだ。

 

あまりに長く生き過ぎるとどうなるのかという事は、あの白髪の蓬莱人を見て誰もが知っている。

鈴仙が仮にそうなった場合、自分達が側にいる分幾らかマシかもしれないが、そんなのは何処までいっても"もしかしたら"の推測でしかない。

本当に良いのは、自分に見合った人生を送り、自分に見合った最期を遂げる事。

 

それが最早出来なくなってしまったというのに、偉そうに命を語っている自分が先に言った馬鹿者の一人だという皮肉の事を思い、内心少しだけ笑いが漏れる。

全く何を偉そうに、私だってとんだ馬鹿者じゃないか、と。

 

ただまぁ、そんな馬鹿者だからこそしてやれる事があるし、理解出来る事がある。

仮に自分がまだ寿命のある人間で、時の権力者達の様に不老不死を強く望む者だったなら、蓬莱の薬を鈴仙に飲ませる事も(いと)わなかったろう。

しかしそうではない。

実際は、永遠に生きるという事の罪深さと苦しみを知っている。

 

不老不死となった事を今更後悔をしている訳ではない。

元々輝夜と共にあるために望んだ身体なのだから、後悔どころかこれで良かったとすら考えている。

でも鈴仙は事情が違う。

彼女は自分達とずっと共にいるなんて契約を交わした訳でもないし、それを強制している訳でもない。

願わくば、身に付けるべき薬師としての知識を全て身につけ、ここから旅立って欲しいとすら思っている。

それが師匠として最低限望むべき事であり、願いでもあるからだ。

 

そんな彼女を、不老不死にする事など出来はしない。

 

いずれ一人にならなければならないというのに、無理矢理に永遠の孤独を押し付ける事など、出来はしないのだ。

 

だから、この問題は他の方法を探すしかない。

自分の知識でどうにかならないならば、どうにかする為に行動を起こすべきだ。

 

永琳はすっと立ち上がり、不意に横たわる鈴仙を見下ろした。

 

「……? なんですか?」

 

 

ただーー。

ただもしーー彼女がそれでも構わないというのならば。

自分達と永遠に歩み続けると宣言するならばーー。

 

 

「……いえ、なんでもないわ。安静にね」

 

「?? はい…」

 

小さく頭を振り、鈴仙の布団を掛け直す。

要らぬ思考を振り消した永琳は、静かに部屋の戸を閉じ、輝夜の下へ向かった。

 

「姫様」

 

「何かしら、永琳」

 

永遠亭の縁側に立ち、輝夜は空を眺めていた。

相変わらず黒々と積もっており、何やら雷まで迸っている。

 

「…ねぇ永琳、こんな天気初めてよね」

 

「そうですね、初めてです」

 

「初めて見る景色って…どんな物でも誰かと共有したい…そう思うのはおかしいかしら?」

 

「…いいえ、とても良い事だと思いますよ」

 

そう答えを受け取ると、輝夜は満足気な表情で振り向いた。

 

「なら、少しだけお出かけしない?」

 

「…仰せのままに」

 

二人はそうして、竹林の奥に佇む永遠亭を飛び立った。

黒い空の下を、雷をスルスルと避けながら。

"長く生き過ぎてしまった"少年を、僅かばかりに心配しながら。

 

ある丘での戦闘の余波は、既に幻想郷中に響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー歯が立たない…っ!

 

強大な天罰神の力を前に、四人は全く同じ事を思った。

どんな隙を突こうと、どんな技を仕掛けようと、彼相手には一切の効果が無く。

どんな術を使おうと、どんなに我慢強くあろうと思っても、彼の一挙一動が及ぼす攻撃には信じられないほどの威力が伴っている。

 

 

「そんな力で、よくオレを止めようと思ったもんだ」

 

 

ーーここからは一方的な処刑。

 

その言葉はまさに正しく、この状況を最も簡潔に表していた。

そしてそこには強かれ弱かれ、四人にこう思わせるには十分過ぎる程の鮮烈さを秘めていた。

 

"彼がその気になれば、私達は簡単に消される"

 

と。

 

 

「あああッ!!」

 

「呆気ないな幽香、お前じゃ勝てないよ」

 

 

ただそれでも、諦めて裁きを受け入れる事など出来はしない。

そもそも、そんな覚悟もない様ではこの場に立ってはいない。

幽香はともかく、紫、霊那、レミリアに至っては双也に恩義を感じている。

そしてそれを無下にするような者達ではないし、皆彼の事を心から想っているのだから。

故にーー諦めなど、頭の片隅にも置かない。

 

 

「そんなっ…!」

 

「舐めてんのか? たった五百歳の吸血鬼さんよ」

 

 

正直に言って、これは一から十までただの精神論だ。

"ただの精神論で埋まる差ではない!"

と有名な言葉があるが、今の彼女らに言わせれば、"埋まらない差を埋めようとするからこその精神論"だ。

力の差は諦める理由にはならず、そしてこの戦いに臨む覚悟は恐らく、双也がどれだけ痛烈な攻撃を加えようと折れることはないだろう。

 

ーーしかしだからと言って、限界が無い訳では決してないのだ。

 

「…ぅ…くっ…」

 

「はぁ…まだ立つのかよ。タフにも程があるだろうよ」

 

いい加減諦めろ。

双也の視線には、そんな圧力が重々と込められていた。

斬ろうが撃とうが、叩き付けようが吹き飛ばそうが、彼女達は何度でも起き上がり、双也へ渾身の一撃を見舞おうと向かってくる。

それに抵抗する事は最早彼にとって難しい事でも何でもない。疲弊した彼女らの攻撃ならなおさら、余所見しながらでも対応出来る程だ。

ーーしかし、彼がどうにも落ち着いていられなかったのは、彼女らーー主に紫の余りの不屈さにあった。

 

レミリアと幽香は既に、地面に倒れ伏して動く事が出来ない。そこまで追い詰めたのは他でもない双也だが、同じ様に嵐の様な猛攻を受けていた紫と霊那は未だ、立っている。

更に言えば、霊那はもう薙刀を杖にしなければ立てない程に傷付いていたのに対し、紫に至っては杖代わりなどは何も使わず、自分の力で立っているのだ。

まるで意地になっているかの様に。

そのしつこさに、彼は沸々と苛つきを感じ始めた。

 

ーー何故そこまで必死になる? 咎人の分際で。

ーー何故いつまでも諦めない? "俺"の事など何も分かっていないくせに。

 

血に塗れ、荒い呼吸を繰り返し、痛む身体を引きずって、それでも彼を睨み付ける紫は、そんな双也の視線に対して、強がりとも取れる微笑みを返した。

 

「どんな手を、使っても…あなたを正気に戻すって…誓ったのよ…!」

 

 

あなたの手を、これ以上汚させないっ!

 

 

ーー僅かに、双也は眉を顰めた。

 

「……もう、遅いんだよ」

 

滲み出る神力が濃くなっていく。

圧倒的な迄に濃密で、絶望的な迄に重いそれは、掲げられた彼の掌に雷という形で現れていた。

 

「俺の手は、もうとっくに血に染まり切ってる。 俺が今までどんな想いでこの手を汚し続けてきたか……お前達には分からないッ!!」

 

瞬間、黒い死の雲の合間で光が閃いた。 双也の掌はバチバチと凄まじい雷が迸り、それに反応する様に雲の合間で雷が光っている。

 

ーーこれは、マズい。

雲の合間に収束しつつある"神力"を感じ取り、紫は危機を感じ取った。

双也の直接的な攻撃ですら未だ感じ得なかった、絶対的な危機感。

彼女はなけなしの妖力を振り絞った。

 

「俺の事は、オレが一番分かってるッ! 離れて行くだけの(・・・・・・・・)お前達なんて、俺には必要無いんだよッ!!」

 

 

 

ーー堕天『ギルティジャッジメント』

 

 

 

幻想郷が、眩い光に包まれたーー。

 

 

 




…………。(←これも書くこと無いだけ)

ではでは。


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第百五十六話 簡単な理由

久しぶりに長かった…!

というわけで長めの一話です。

ではどうぞ


「はぁ…はぁ……ちっ」

 

丘は既に、荒地と化していた。

生い茂っていた草花は土ごと吹き飛び、伸びていた木々は幹が穿たれてちりちりと火の手を上げている。

双也が怒りと共に放ったギルティジャッジメントは、幻想郷を見渡せる程には広いこの丘を丸々と呑み込んでいた。

生きるもの全てを咎人と認識する彼の技は、植物という命さえ瞬く間に刈り取り、幻想郷の自然の一部を悉く焼き払ったのだ。

 

怒りと技による消耗で軽く疲弊した双也は、少し荒さの残る呼吸の中で舌打ちをした。

 

ーー熱くなりすぎた。

 

右手を額に当て、目を瞑る。

それは自身の頭を冷やす為の行動であったが、今の彼には逆効果だった。

 

「…ッ」

 

目を瞑ると、フラッシュバックする。

今まで裁いてきた者達の顔が。声が。そしてその時の"俺"の気持ちが。

 

ーー紫の所為だ。 こんな事を思い出すのは。

薄く目を開き、今度は彼女へと舌打ちする。

今更後になんて引けない。

引くつもりもない。

オレにはやるべき事がある。

だから殺す。全て。その決意に揺らぎは無い。綻びなんて許されない。

 

双也は軽く頭を振り、その決意だけを残して考えを振り切った。

そこには既に、紫の言葉に揺さぶられた彼の姿はもう無い。

ただ一人の、荒々しい神へと戻っていた。

 

「!」

 

そうして彼が決意を取り戻した直後、今は彼しかいない荒地の上に、見慣れた物が現れた。

端を赤いリボンで結ばれた不気味な物体。

中に無数の目玉が蠢く裂け目の様な物。

ーースキマである。

 

「ぐっ…ぅ…」

 

「やっぱり避けてたか。まぁ、俺の能力の前じゃそのスキマもただの"壁"だがな」

 

吐き捨てる様な彼の言葉に、しかし紫は言い返す事が出来なかった。

 

打ち下ろされる瞬間、振り絞った妖力を用いて四人共スキマに逃げ込んだ。

ここは紫独自の空間。

彼女からの許しを得ない限り、中に入ることはおろか、干渉することも出来ない。

 

ーーそう、普通ならば。

紫という咎人を超越した双也に限り、その理は通用しないのだ。

スキマに逃げ込んだとしても、その能力によって双也は彼女の是非など関係無いとばかりに干渉し、こじ開ける事ができる。

そしてそんな彼の放つ技の前で、スキマという境界は紫達との間にある"壁"でしかなく、その衝撃を明確に、確実に響かせるのだ。

中に逃げ込んだ四人にも確かに、決して小さくはない衝撃が降りかかったのだ。

 

ーーでも、正解だった。

紫の超人的な頭脳は確かに最善手を選びとっていた。

死んでしまっては元も子もない。

まともに食らえば塵も残らないであろう技の威力を抑え込めたのであれば、スキマを使った意味は十分にあった。

 

ーーしかし。

しかし、だ。

 

スキマを通して生き延びることは出来ても、戦いはまだ終わってなどいない。

四人のうち幽香とレミリアは既に動けず、霊那も武器を振るえる状態ではない。かく言う紫も…既に限界を超えている。

天罰神を相手に四人でこれだけ立ち回ったことは最早大武勲であるが、忘れてはいけない。

彼女らの目的は彼に勝つ事であり、更にはその先で、双也を正気に戻す事だ。

 

ーーこれだけ頑張ったんだ。

ーー格上にこれだけ食らいついたんだ。

 

だから何だ、という話である。

負けた時の言い訳か? そんなの、勘違いも甚だしい。

勝たないといけないのだから、そんなのは当たり前だ。ただの過程に過ぎないだろう。

 

ーーそれは身に染みるほど分かっていながら、それでも身体は動かない。

 

四人にはもう、精神論で補えるだけの力が残っていなかった。

限界が、訪れたのだ。

 

「…やっと終わりか」

 

冷めた視線が、四人を貫いた。

先程の怒りは驚く程冷め切って、淡々と"殺す"という作業をこなすだけの様な表情だ。

薄く嗤うその顔に、紫と霊那は底知れない冷酷さを感じ取った。

 

ーーこの咎人達は少々目障りだったな。

ーーああ、でも、それも終わる。

 

掲げた刃が、不気味に光る。

 

「この一振りでーー」

 

 

 

 

 

 

 

「終わり、だとでも思った?」

 

 

 

 

 

 

 

刹那、上空から無数の弾幕が雨の様に飛来した。

鋭く早く、それでいて高い威力を秘めたその弾幕は、双也に直撃する事こそ無くとも、彼の行動を完全に阻止し、怯ませるには十分の物だった。

 

土煙の立ち昇る中に降り立つ、二つの影。

地に伏す紫達の前に現れた二人はーー

 

 

「やっほー双也っ、会いに来ちゃった♪」

 

「やんちゃが過ぎますね、姫様…」

 

 

ーー月の民、蓬莱山輝夜と八意永琳。

不老不死の二人組だった。

 

「あらあら妖怪の賢者さん? そんなにボロボロになって、遂に歳なのかしら?」

 

「…っ…うる、さいわね…歳の事を、あなたに言われる筋合いは…ないわよ…!」

 

「そっ」

 

血飛沫と苦言の舞う戦場に来たとは思えない。

そんな感想すら抱かせる輝夜の態度に、紫は僅かに眉を顰めた。

 

気に入らないわねーー。

輝夜の態度は、まるで貴族がお試し気分に戦場へと出向いた様な…そんな"不真面目さ"といえる雰囲気を放っていた。

普段の紫ならば真っ向から叩き伏せて、戦いにおけるその態度をキッパリと改めさせるところだ。

改めさせるところーーなのだが。

 

今の紫には、その態度が"余裕"の様に見えてしまうのだった。

 

"相当参っているらしい"、と自己分析してやると、連鎖的に"こんな事は何時ぶりだろう?"、なんてどうでもいい事を考えてしまう。

きっとこの状態が、彼女らを余裕にみせているのだろう。

大妖怪となって幾星霜、負ける事はおろか追い詰められる事も無くなった昨今、今思えば、ここまで死と隣り合わせの状況になったのは本当に久しぶりだ。

 

輝夜のあの態度は気に入らないものの、助けに来てくれたらしい二人に対して感謝を抱く自分も確かに存在する。

きっと自分の中で、何処か安心した部分があったのだろう。

それくらい張り詰めた空気の中で、窮地に立たされていたのだから。

 

ーー双也を元に戻せるのなら、誰の手でも借りてやろう。

ーー今は少しだけ、あの二人に任せましょうか。

 

限界故に生じた妥協案に、紫は素直に従う事にした。

きっと間違ってはいないだろう。今無理に戦おうとしても、足手まといになるだけだ。任せた方が賢明であり、至極常識的な判断と言える。

そう、足手まといーー大妖怪である自分が、まさか足手まといとなる日が来るなんて。

内心で苦笑を零しながら、紫は輝夜達へと視線を戻した。

 

輝夜(・・)、分かってはいると思うけれどーー」

 

「生半可な気持ちで挑むな、でしょ? 分かってるわよ。双也の強さは、あなた自身の口から何千回と聞いたんだから」

 

心配無いわーー。

 

そう語る輝夜の横顔をちらと見る。

確かに彼女からは、いつもの軽々しい態度こそあれど、侮りなどは見て取れない。変に強い分油断をする事も多々ある彼女に、それが無かった事には安堵する反面、心の何処かに不安な部分も確かに存在した。

 

何せーーあんな状態の双也を、自分は知らないのだから。

 

半身が天罰神である事は知っていた。それこそ一億年以上前に彼の口から聞かされたのだ。

その時の衝撃といったら、今でもその時の事を鮮明に思い出せるくらいには強かった。

しかしーー肝心のその力を行使する瞬間を彼女は見た事がない。

初めて行使したあの時、永琳は月へ向かうロケットの中で双也の帰りを待っていたのだから。

結局、帰還した彼に"おかえり"と言う事は出来なかったけれど。

 

ともかく、永琳にとってその力は未知数。不安が残るのは当然の事だ。

少なくとも、紫や幽香、先代の巫女などを同時に相手して圧倒する程の力だ、相当厳しい戦いになるだろう事は容易に想像できるし、少し極端なことを言えば、全力で戦っても負ける可能性すらある。

 

「(侮りの有無で変わる程度の実力なら、良かったんだけどね…)」

 

相手は双也。

当時ですら、妖怪数万体を相手に勝利を収めた存在。

勝ち目は、良くも悪くも未知数である。

 

ーーそう、何も策が無いのならば(・・・・・・・・・・)

 

「(やってみなけりゃ、分からないわね)」

 

油断ではなく、嘲りでもなく、ただ覚悟の表れのように不敵な笑みを浮かべ、永琳は輝夜と共に、双也を見据えた。

 

「次から次へと…よっぽど俺の邪魔をしたいらしいな、幻想郷の奴らは」

 

「あら、私達はそんなつもりで来た訳じゃないわよ? あんまり暴れすぎる様だから、昔の(よしみ)として拳骨の一つでもと思ってね」

 

「余裕のつもりか永琳? 不老不死だからって死ねない気でいるようだが、何もかもを超えて罪を裁くのが天罰神だ。…勝てるなんて思わない方がいいぞ」

 

「……本当、物騒極まりないわね。 まぁそうでなきゃ、スペルカードルールを完全無視なんて暴挙には出ないわよね」

 

永琳はそう言い、薄く呆れたように笑みを浮かべる。

 

「これは遊びじゃない。オレという神から、罪深い者達への厳正な裁きだ」

 

対し、双也は堂々の態度で応える。

ーー当然の事だ。

そう厳かに語るような彼の態度に、永琳は更に、軽く溜息を零した。

 

「厳正な、ね。"無差別殺戮"が厳正なら、この世のどんな事も正当化出来るんでしょうね」

 

ーーその考え、私達が叩き直してあげるわ、双也。

 

互いの弾幕が、交錯を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーいたぞ! 彼処だ!

 

ーーおい何だこいつっ! 斬っても斬っても…ぎゃぁあ!!

 

ーー早く! 応援を寄越して! 保たないよ!

 

妖怪の山には、そんな天狗達の叫び声が木霊(こだま)していた。

それは、"侵入者に容赦はない"というある種普段通りの声でありながら、しかし何処か悲痛な物を孕ませた、怒号にも近い叫び声だった。

 

ある所では、見つけた侵入者へ臆せずに斬り込む声。

ある所では、その侵入者の異質さや異常さに絶望する声。

ある所では、必死に抵抗するも窮地に立たされている声。

 

強力な妖怪として有名な天狗が、その侵入者に対して追い詰められている事は明白だった。

 

そんな山を根城とする天狗の一人ーー射命丸文。

彼女は、彼女自身も戦闘要員として動員されていながら、上空から山を見下ろして、唖然としていた。

 

「な、なんて数よ…これだけ動員されても、相手をし切れないなんて…」

 

眼下に広がる山肌には、雲によって暗くなった視界の中でもくっきりとわかるほどの"黒い点"が無数に広がっていた。

それこそが、此度の侵入者。

黒い身体をぐねぐねと動かし、その細い枝の様な腕を振るって攻撃してくる怪物。

 

そうーー怪物。

妖怪、なんて生易しい物では決してなかった。

黒い木はどうやら、今まで相対した天狗達をその腕のひと突きで悉く屠ってきた様である。

それは擦り傷であっても例外なく。文字通りのひと突きで。

まさに、"触れたら死ぬ"なんて形容がこれ以上なく当てはまる。むしろ、実際にそうではないかとすら思える。

 

そしてその攻撃をかいくぐり、やっとの事でその細い身体を両断したとしても、黒い木は短時間で再生してしまう。斬りつけただけでは、それこそ一瞬である。

その耐久力といったら、月夜の吸血鬼にも並ぶのではないか。

 

更に厄介なのは、その神出鬼没さであった。

奴らは麓から登ってくるのではない。

たった今頭上でゴロゴロと不気味な音を奏でる黒い雷。その落下点から、まるで木の芽が芽吹いた様に湧き出てくるのだ。

それ故に、白狼天狗を前衛として侵入者を拒んできた、この天狗社会の防御網そのものが崩れ去ったと言ってもいい。

前だけを見ていたら、気が付かぬうちに後ろから刃を差し込まれていたのである。

 

ーー全く、洒落にならない。

笑い話にもなりはしない。

これを怪物と称せずして、なんと呼称しようか。

 

今現在、己を含めた全天狗で事に当たっているが、状況は一向に好転しない。どころか、こちらの兵力はますます削られている。

一部の強い力を持った天狗は何体も斃している様だが、所詮は一部でしかない。

まさに、壊滅の危機。

千年以上続いた天狗社会の崩壊ーーそのカウントダウンが鳴り響いている様だった。

 

「ともかく、私だけサボってる訳にはいかないわね」

 

文は上空で身を翻し、眼下に映った怪物へと急降下した。

その手に団扇を構え、能力で風を凝縮していく。

同時に風を操り、文自身の速度も累乗式で加速していく。

怪物まで残り数mまでくると、彼女の姿は残像すら残らない程となっていた。

 

「巻き込まれたくなかったら少し下がりなさいっ!」

 

怪物と戦っていた白狼天狗達に一言叫ぶ。文はその返答を聞く間も無く、地面に着く寸前に方向を変えて、速度を落とす事なく怪物の周囲を音速で回り始めた。

 

ビュビュッ

 

彼女を敵と定めた怪物が、その姿を捉えんと腕を振るう。

触れれば確実に死に至る攻撃には確かに恐ろしいものがあるが、音速の世界で生きる文にとってはナメクジもいいところ。横目で交わすのにも何ら支障は無かった。

 

そうして竜巻の様に旋回しながら、文は団扇に溜めておいた風の弾丸を連続で放っていく。

ただ、音速で回りながら連射するものだから、実際には四方八方から弾丸を撃ち込んでいる様なものである。

 

捉える事もできず、防御する事もできず、怪物の身体は無惨に抉り取られていく。

文という旋風の内側に入るものを悉く塵に変えていく弾幕の嵐。

 

 

ーー『無双風神』

 

 

文がその脚を地に付ける頃には、怪物の姿は黒い粒となって消え果てていた。

 

「一丁上がり! さてさて、他のところにも加勢に行ってきますか!」

 

一つ不敵な笑みを浮かべ、文はひらりと空に舞った。

自分の力で戦況が変わってくれるなら、どんな力にだってなってやろう。

普段から天狗の仕事を面倒だ何だと愚痴る彼女は、今だけそんな事を思っていた。

妖怪の山が壊滅したらーー更に言えば幻想郷が壊滅したら、そんな愚痴も言えなくなると分かっていたから。

 

ただ、まぁーー。

 

「こんなスクープ、逃す訳にもいきませんよねぇ♪」

 

首から下げるカメラは既に、シャッターに指が掛けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドォン! ズドォン! ーー爆音が響く。

 

「そこッ!」

 

「何処狙ってんだッ!?」

ーー怒号が響く。

 

神と人との決戦は既に、他人の介入の余地すら無い死闘となっていた。

片や、何処までも強くなる天罰神。

片や、彼と同等の時を生きてきた蓬莱人二人。

当然と言えば当然のカードである。

相も変わらず、頑として双也が優勢にあったが、永琳と輝夜も中々どうして、彼に食らいついていく。

 

永琳の動きに至っては、紫ですら目で追うのがやっとの程。

スペルカードルールを除けば、人外というのはこんなにも強いものか。

目の前の戦闘を目の当たりにし、霊那は唖然としていた。

 

「双也さんにここまでついていくなんて……伊達に長生きしていないという事ですか」

 

「……それだけでは無いわね」

 

彼女同様、しかししっかりとした目付きで戦闘を凝視していた紫は、霊那の呟きにポツリと返した。

ーーえ?

霊那がそう問う前に、紫は彼女へと言葉を続けた。

 

「必死なのよ、あの二人も」

 

「必死…ですか」

 

「ええ。結局はあの二人も、双也を元に戻したいと願う私達の仲間、という事ね」

 

汗に紛れて血を流す永琳と輝夜。

紫はそんな二人を見て、そう思った。

 

彼女がそんな結論に至ったのは、特に難しい計算や難解な思考解読を行った訳では無い。

至極、簡単な事だった。

 

ーー永琳は、最も古い双也の友人。

ーー輝夜は、億単位で双也に焦がれ続けた少女。

 

文字にして二行で収まる、それだけの理由。紫はその事を知っていた。

そして、少なくとも永琳の気持ちに関してはよく理解出来ているつもりだった。

単位こそ違えど、お互いとても長い間双也の友人を名乗った身。

彼が喜べば自分も嬉しくなるし、彼が落ち込めば慰めたくなる。

彼が間違っていたのなら、どんなに苦労してでも正そうとする。

 

そうーーそれだけの事なのだ。

たったそれだけの事で、永琳も紫も必死になれる。

"双也が間違えた。はいそうですか"

そんな淡白な間柄では決してないのだから。

 

「……輝夜、ね…」

 

ポツリと呟いた少女の名に、何処かチリとした痛みを感じた。

紫は、正体の分からないその刺激に少しだけ首を傾げたが、直ぐに考えを打ち切った。

ーーどうやら、戦況が傾いたらしい。

 

「やっぱりしぶといな。流石はオレと同じくらいの時を生きた存在ーーってか?」

 

「はぁ……はぁ……あら、随分強気ね双也。一体いつから、私にそんな口を利けるようになったのかしら」

 

「さぁな。ただ…オレは昔とは違う。 月でのうのうと暮らしてたお前よりも、ずっと濃密な日々を送ってきた」

 

必死に抵抗し、反撃し、それでも届かない双也を前に、永琳と輝夜は片膝を着いていた。

その斬撃の跡は深々と肉を抉っていた。そしてそんな傷を受ける間際にはいつも、蓬莱人としては不思議な事に"圧倒的な恐怖"を感じるのだった。

死ぬ事に対しての恐怖など、蓬莱人にはある筈がない。しかし、"元々は生きていた人"としての本能が危機を察知したのだ。まともに喰らえば死ぬ、と。

蓬莱人の体質、真の意味で無意味となっていた訳である。

そしてそんな彼女らを前に、双也は一切の躊躇いも見せず、突き出した掌に神力を溜めていた。

 

「ーーそれだけでも、人生の価値としてはお前より上だと思わないか?」

 

 

ーー破道の八十八『飛龍撃賊震天雷炮』

 

 

言葉の終わりと共に、莫大な神力で現された強大な爆撃が放たれた。

煌々と輝くそれは、それを前にした二人の視界を光で埋め尽くす程の巨大さを誇っていた。

 

ボロボロの二人があれを喰らえば、どうなるかなどは想像に難くない。

そして、防御し切れる程生温い攻撃でもない。

決定的な絶望の瞬間に、しかし永琳は、未だ冷静な思考を止めずにいた。

 

そして、一言。

 

「輝夜ーー」

 

 

 

 

 

ーーあまりに強力な爆撃が過ぎ去った。

大きく巨大で、それでいて一瞬の閃光のようだったその破道は、通り抜けた空間を削り取るようにして消え入りーー呑み込まれた全てのものを悉く塵に変えた。

 

「……あれだけ粘った割には、呆気なかったな」

 

全てのものが消え去ったその空間を見やり、双也は吐き捨てるように呟く。

最も古い友人と、自らに好意を抱く少女を跡形も無く消しとばしたというのに、その言葉には少しの後悔や罪悪感も含まれていなかった。

そのあまりの非情さが、今の双也の心の有り様を示しているようだった。

 

「さぁ、次はお前達だ…紫」

 

既に両目が濁った桜色に染まった瞳で、双也の視線は紫達を射抜いた。

己の時間も残り僅か。だがそんな時間でも、今の彼女らを屠るには十分過ぎる時間だ。

何せ相手は瀕死なのだから。

 

そう、瀕死。

その事実がーー双也の気を、ほんの少しだけ緩めさせてしまった。

 

 

チクッ

 

 

不意に、首筋に何か細い物が刺さる感覚があった。

眉を顰める程度に刺激を感じた双也は、痛んだ首筋を手で確認した。

そして刺さったが手に触れ、抜いて見ると、それはーー

 

 

 

 

 

 

ーー既に中身の無い、注射器だった。

 

 

 

 

 

 

「なにーーッ!!?」

 

ドクンッ

 

突然襲いかかった痛みに、双也は初めて苦痛の表情を表した。

胸の内から込み上げるその痛みはあまりに鋭く、そして焼き焦がす様な痛みだった。

 

苦痛に耐えながら、誰の仕業かと考えた双也は、直ぐにその人物を思い浮かべる事が出来た。

注射器ーーそんな物を持っている可能性のある者など、一人しかいない。

 

「何を…した…ッ! 永琳…ッ!!」

 

彼が見遣った視線の先には、一本の液体瓶を片手に不敵な笑みを浮かべる、先程消し飛ばした筈の八意永琳と輝夜の姿があった。

 

「"液状内包型皮膚形成体因子"ーーと言って、分かるかしら?」

 

チャプン、と瓶の中の液体が揺れる。

そんな軽い音ですら、その全く得体の知れない物を身体に捻じ込まれた双也には、とても恐ろしく感じるのだった。

 

「これは、身体に含んだ瞬間に皮膚を"力を内に留める性質"…つまり、外に逃がさない様にする性質へと形質転換させる物よ」

 

「な…に…!?」

 

彼女の持つ謎の液体。

その正体を薄っすらと認識した双也は、内に滾る痛みを押さえ込む様に胸を押さえた。

 

「あなたの能力では、どうにもできないわよね? 何せ薬は、罪とか罰とか関係ないのだもの」

 

痛みが膨れ上がる。

焼き焦がす様な熱さは、激痛とともに彼の意識すら朦朧とさせた。

 

「神の様に強い存在が、最も恐れるものって、なんだと思う? それはねーー"自分自身"よ」

 

 

 

 

ーーあなたは自分自身の力で、内側から一気に焼き尽くされる。

 

 

 

 

瞬間、自らの身体が炎を噴き出したように感じた。

 

 

 

 




今回の戦闘はオリジナルって訳では無かったですね。

そうです。なに原さんが藍なんとかさんに掛けた術です!
因みにあれ、封殺火刑って名前らしいです。

ではでは。


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第百五十七話 "終わる"刹那に

後半が雑だったかな、と反省しております…、

ではどうぞ!


蓬莱山輝夜の初恋の相手。

 

それは、会った事も話した事もないある一人の少年だったーー。

 

 

当時の輝夜と言えば、月でも有力な蓬莱山の家に生まれた正真正銘の姫君。

特に、その美しさによる知名度が群を抜いて高かった。

 

言葉を話ようになった頃にはもう、誰が彼女の婿となるかの言い争いなど日常茶飯事であった。

勿論、年相応の知識しか持ち合わせていなかった彼女に、将来誰が自らの伴侶となるべきかなど判断が付く訳もなく。

彼女に群がる男共は、日々輝夜とその家族の住む家へと押し掛けては、母と彼女の前で醜い言い争いを続けていた。

そして彼女は、それを当然の光景なのだと思っていた。

 

人間にして、齢十程の頃ーー。

輝夜の下に、一人の女性が訪れた。

名は八意永琳。

本名はもっと難しい発音をするそうなのだが、呼びやすいからという理由でそう紹介された。

その頃の輝夜はある程度知識も付いてきて…むしろ、両親が優秀な人であった為、同年代の子と比べても知識レベルは高い程だった。

 

ーーそう。高かったからこそ、現在の状況にうんざりとしていた。

 

相も変わらず、自分に集る男共は毎日の様に訪れる。

そして不毛な言い争いを繰り返し、話がこじれたら一言自分に挨拶をして帰っていくのだ。

 

ーーなんとつまらない男達。

ーー婿となるのに、嫁の気持ちは関係無いというのか。

 

輝夜は既に、男達が純粋な好意で婿になろうとしている訳ではない事を見抜いていた。

あるいは地位。あるいは金。あるいは色欲。

皆不純とも言える下心しか身に宿していない事を、輝夜はその洞察力を以って知っていたのだ。

そしてそんな心を隠そうとして、表面だけの笑顔を取り繕う男達を毎日見るのにも疲れていたし、何よりもつまらなかった。

 

ーー永琳は、そんな我が娘を見かねた母が、娘に良い刺激をと思って紹介した女性だった。

 

当時でも、八意永琳と言えば月の頭脳と謳われる程高名な存在であった。

あまりにも有名な人だった為、そんな人が家に…どころか、自分の為だけに来ているなど、当時の輝夜でもすごいなぁと思った。

ただ、その理由に関しては深く考えてはいなかった。

 

永琳は毎日輝夜の下へと訪れていた。

彼女を迎える時の輝夜は何時も笑顔だった。

永林が来てくれる事を心の底から嬉しく思っていたのだ。

群がる男達とは違い、永琳は一人の友人の様に接してくれる。

輝夜としては形式上の主従関係など煩わしい限りであり、永琳が普段自分に対して使っている敬語すら、本当は止めてもらいたいと思う程だった。

 

相変わらず群がる男達の数は減らない。どころか、輝夜が少女へと成長するにつれ、掛け算式に増えていく。

だがそれでも、その頃の輝夜は、昔の様に日々をつまらないと思う事は殆ど無くなっていた。昔よりも笑顔が増えていた。

それらは全て、永琳のお陰だった。

 

そんなある日。

勉強の休憩がてらに聴いていた永琳の昔話に、一人の英雄のお話があった。

 

何千年か昔ーー輝夜達の先祖に当たる月人達が、まだ地上にいた頃のお話。

御伽話のように伝えられる、しかし真実の物語。

 

当時の月人ーーこの時は人間ーー達が、この月へと逃げ延びる道を切り開いた偉大な少年。

当時、彼の他に一般兵もいたそうだが、攻めてきた妖怪の軍勢に押し負け、最後に残ったのが隊長であった少年だけだったそうだ。

そしてその少年は、そんな絶体絶命の危機に瀕しても諦めず、結果未だ数万体と残っていた妖怪達を相手に相打ちを果たしたーー。

 

この伝説は、一般家庭にも語られているほどメジャーな御伽話。

輝夜自身も一度は聞いたことのある話だった。

 

だが、それを語ったのが永琳だったからこそ、輝夜は強く興味を惹かれた。

 

まるで本当にその人を見てきたかの様に、古い友人を懐かしむ様に、永琳は輝夜に語って聞かせた。

彼の性格、ドジを踏んだ時、修行の話、そのひたむきさーー。

会った事もなく、話した事もない相手だというのに、輝夜の中でその英雄の姿を思い描くのに、然程の苦労は必要無かった。

 

そして奇しくも、その思い描いた姿は輝夜が憧れるのに十二分に足る物だったのだ。

 

空想だ、妄想だ。

そもそも既に死んでいる。

 

そんな事は百も承知でありながら、初めて己の心を奪った少年への想いは、天井を知らず募るばかりだった。

その代わり、毎日押し寄せる男達への視線は、無意識の内に冷たくなる一方であった。

 

ーーそんな生活を、一体どれ程続けただろう。

 

百年? 千年? ーーいや、もっと。

気の遠くなる時間を、変わらぬ日々で塗り潰した。

その間何時だって永琳は来てくれていたし、未だ多いには変わりないが男共の数も上限は減ってきていた。

だがそれでも、どれだけ時が経とうとも、輝夜の少年への想いが薄れる事は無かった。

 

長い間ーー本当に長い間、輝夜はその少年の事を想い続けた。

現実味など無く、その想いが届かない事は分かっていながら、それでも。

一億年以上想いを募らせ続け、爆発しそうになるのを耐え、それでも想いは留まる事を知らない。

それまでの長い間、一度だって自慰行為に及ばなかった事実が、彼女の真摯な気持ちを表していると言っても良いだろう。

 

空想で描いた人物を使って、そんなはしたない事をするなんて馬鹿馬鹿しいーー。

 

頭では何処までもそれを理解していた。 何度もその言葉を反復した。

ただそれでも、夜布団に入った折に無性に寂しく思った時、無意識に下腹部へと伸びていた指を何度急いで引っ込めたか。

その回数だけは数知れなかった。

 

そうして更に時が過ぎた。

男共はいつまで経っても答えを出さない。 相変わらず不毛で無意味な口論を続けるだけ。

そうーー無意味。

例え相手が決まったとしても、輝夜にその婚姻を受ける気は欠片ほども無かった。

 

そしてその事に自分自身が気付いた時…輝夜は、今の生活に自身が心底うんざりしている事に気が付いた。

 

永琳といる事は楽しい。

彼女とはもう長い長い付き合いで、主従関係を超えてお互いに遠慮が無くなりつつある。

本当に心配している時や二人だけの時にだけは、敬語を止めてくれる様にもなった。

ーーでも、それだけ。

 

その他の事に、何の面白みも見出す事は出来なかった。

輝夜の周りには、彼女をちやほやするだけで何にも意見しない、彼女と話す事さえ恐怖を感じてしようとしない者達ばかりだった。

 

月という場所では、月人は本当にただ生きているだけなのだ。少なくとも輝夜の周りでは。

空気を吸って、吐いて。

栄養を摂って、寝て。

そんな日々のサイクルを、粛々とこなしているだけ。

そこに人生の楽しみと言うものは存在しない。

 

ーー果たして、それを"生きている"と言えるのか…?

 

輝夜は思い悩んだ。

悩んで悩んで悩み抜いた結果、彼女はやはり、"生きていたい"と思った。

永琳はその願望を、ちゃんと受け入れてくれた。

 

だから輝夜はーー望んで罪を犯す事にした。

 

罪を犯せば、月というこの退屈な牢獄から出る事ができる。

そして地上で、"生きる"事が出来る。

 

しかし一つだけ、不安な事があった。

それは、思い焦がれ続けた少年の事。

 

永琳は、少年は人を超えていたと言った。もしかしたら寿命と言う概念すら超えているかもしれないと。

だがしかし、それを楽観視しようとする輝夜の前に、"相打った"という厳然たる事実が突きつけられていた。

 

"本当は大戦を戦い抜いた"

そう言うのなら、まだこの時代に生きている可能性がある。

だが事実は、"相打った"。

伝説となったその日に、死んでいる筈。

 

地上に行けば、成る程、確かに彼女は生きる事ができるだろう。

だが少年は? この想いは?

今まで、事実を認めないとでも言い張るかの如く想い続けた彼の生存の可能性。 それを、自分の目で否定してしまう様な気がして、どうしようもなく怖くなった。

 

永琳は準備が出来ている。

狙い目の日取りも考えた。

後は、彼女のそうした覚悟だけが必要だった。

 

怖い。怖い。認めるのが、確かめてしまうのがどうしても怖い。

でも進まない訳にはいかない。

私はどうしても"生きていたい"

でもーー果たして、認めてしまった後に"生きていたい"だなんて、思っていられるだろうか…?

 

分からなかった。

分かる筈も無かった。

ただ、今までの自分ではなくなる様な予感だけが、確かにあった。

ーーなら、覚悟しよう。

どちらも譲れない願望。どちらも心からの本心なのだから。

 

どちらも叶えるためには、一度想いを振り切る覚悟が必要だ。

仮に、伝説の通り少年が死んでしまっていた時…そう確かめてしまった時、自分が自分でいられる様に。

 

輝夜はその日の夜だけ、自分を甘やかす事にした。

一億年近く振り切らなかった想いを、振り切ってしまう為に。

一度だけ、たった一度だけ、少年の空想に縋り付く事を自分に許したのだ。

積み重なった感情と我慢の爆発である。

彼が隣に居たら、彼と笑い合えたら、彼が自分のーー伴侶だったら。

そんな空想で一度だけ心を満たし、輝夜は罪を犯す覚悟を決めたのだ。

 

 

故にーーいざ地上でその少年と出会った時の感動は、本当に胸が張り裂けるような大きさだった。

 

 

輝夜の周りには相変わらずつまらない男共ばかりが集まっていた。

"絶世の美女だ"と、口々に言っていた。

ただそんな下心だらけの言葉も、もしかしたら生きているかもしれない少年が耳にして、ちらとでも見に来てくれるかも知れないと考えるだけで、我慢できた。

 

そしてあの日ーー月夜の下、少年との出会いを果たした輝夜は、涙が出そうになるのを必死で抑えながら少年と語り合った。

 

ああ、楽しい。嬉しい。このままずっとこうしていたい。ずっと笑い合っていたい。

少年は、輝夜が思い描いた通りの優しい少年だった。

大戦を生き抜いただけあるとても強い存在だった。

そしてそれが感じられない程、穏やかな人だった。

彼が自分の憧れのままであった事にこれ以上ない程の嬉しさを感じた。いっその事、今ここで押し倒してしまいたい衝動すらあった。

しかし、それは出来ない。

そんな欲望の発露は、一度きりだと決めていたから。

 

だからせめてもの願いとして、少年に、共に月へ帰る事を請うた。

それは何処までも本心からの言葉。

気持ちは余す事なく伝えたつもりだった。

それでもーー少年は、それを断ってしまった。

 

まだやるべき事があるーー。

見届けなければならない事があるーー。

そう語る少年の瞳には強い決意が宿っていた。 そしてそれを曲げる事は、きっと自分には出来ないだろうと悟ってしまった。

その事を本当に残念に思い、泣き出しそうになるのを必死で堪えた。

その気持ちが伝わったのかどうか、それは分からないが、少年は最後に、輝夜へと最高の贈り物をした。

 

生き続ける為の場所、そして時間。

 

会ったばかりである筈の自分達のために動くその姿。

その背中に、輝夜は深い感謝をしながらも改めて惚れ直すのだった。

 

そして時は流れーー幻想郷。

異変での再会を超え、ある丘にて永琳と共に双也に対峙した。

 

睨むかの様な鋭い表情、押し潰されそうな重い雰囲気…様々なものを一瞬で感じ取った末に出した、輝夜の答えとは。

 

ーーこれは、私の求めた双也じゃない。

 

彼はもっと優しい。

彼はもっと穏やかだ。

彼はもっと、人に優しい事ができる。

 

この惨状と、彼の雰囲気と。

思い描いた彼とのあまりの違いを感じ取った輝夜にはもう、一つの事しか見えてはいなかった。

 

双也を取り戻す。

私の大好きなあの人を、連れ戻す。

 

どれだけ傷付こうと、どれだけ彼に罵られようと、絶対に戻してみせる。その為にどんな力も惜しまない。

輝夜の想いは、容易くそれを決意させる程に強かった。

 

その決意があったからこそ、永琳の唐突な要求にも、二つ返事で答える事が出来たのだ。

 

「輝夜ーー出来る限りの"須臾"を集めて、私達に掛けて」

 

須臾、とは時間の最小単位。1000兆分の1を表す、人が認識出来ないほどの短い時間の事である。

輝夜はそれを操り、集めて、誰にも認識出来ない時間の中で行動する事ができるのだ。

 

視界を埋め尽くす光を前に、二人は"この場の皆の認識から外れた"。

そして双也は、突然二人が消えた事を"消し飛んだのだろう"と結論付けた。

…結論付けてしまった事実が、彼の能力から二人を外させた。

 

永琳の狙いは、これだったのだ。

 

双也からどうにかして意識を外し、輝夜の能力によって気が付かれずに近付きーー薬を打ち込む。

 

目の前で光に包まれる双也を、輝夜は何処か安堵した表情で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

爆発的な光に呑み込まれた双也の姿を目の当たりにした霊那。

彼女は目を見開き、その光景に驚愕した。そして同時に、焦った。

 

内側から焼き尽くすーー確かに凄まじい方法であったが、それはつまり、彼が死んでしまう事と同義なのでは?

あくまで彼を元に戻すための戦いだったと言うのに。

そう思い至った霊那は、未だ収まらない光をジッと見つめる永琳に言った。

 

「え、永琳さん! まさか、双也さんを……」

 

「……そんな訳ないじゃない」

 

少しだけ振り向き、横目ながらに答える。

 

「ちゃんと、爆散しない程度に形質転換率を調節しておいたわ。 内側から焼けるのは変わらないけど、せいぜい激痛で気を失う程度よ」

 

その横顔が、僅かに微笑むのが見えた。

この場に、双也の身を案じていないものは一人だっていない。

霊那は、その事を改めて再確認した。

 

紫は弟子として。

レミリアは恩人として。

永琳は古い友人として。

輝夜は彼を心から好く者として。

 

それぞれにしっかりとした理由があり、気持ちがあった。

それを疑う余地などは欠片も存在しない。

 

これだけの想いなら、きっと彼自身にも届くーー。

 

心に陽の光が差した様な錯覚を覚えながら、霊那はふわりと微笑んだ。

 

 

 

ーーが。

 

 

 

「………!」

 

何かが、おかしい。

眩しかった光もだんだんと収まり、今は殆ど土煙だけが立ち込めている状態と言っていい。

故に視覚的には何も確認できはしないがーー確かに、違和感があった。

 

気を失ったならば、地面に落ちる音がするはず。

話の最中だったとしても、こんな中途半端な状況で気を抜き切る馬鹿者はいないだろうし、それならば音を聞き取った者がいても良いはず。

 

更に言えばーー本当に薄っすら、"力"を感じるのだ。

 

それは、髪に埃が付いた瞬間のような本当に微かな違和感だった。

言うなれば、寝ている状態でも感じる程度の大きさ。

だが"その程度"の事でも、今の彼女らには、警戒するには十分過ぎる要素だった。

 

キッと睨み付ける。

緩く流れる風に乗って、舞い上がった土の粒子が掻き消されてく。

その様子を、眼球が乾くほどに凝視していた。

そしてその土煙が薄まり切ったその時。

 

 

 

ーー全員を、神力の衝撃波が襲った。

 

 

 

「ぐっ…」

 

「きゃあっ!?」

 

「うっ…!」

 

警戒していた皆に、それは決して致命傷にはならなかった。

防御の姿勢も出来ていたし、少し後ずさりした程度で何の問題もない。

だが、"問題なのは"そこではないのだ。

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……くそっ!やってくれたな永琳…っ!!」

 

 

ーーそう、双也が戦闘不能となっていなかった事。

 

確かに傷は出来ていた。

初めの頃に比べれば考えられない程に。

そして彼の消耗の具合は、紫達がどれだけ攻撃しようと達する事のできなかった程のものであった。

 

その姿をーー否、自らの秘策が通じなかった事実を目の当たりにし、永琳は珍しく驚愕している。

その視線が捉えたのは…大量の血を流す、彼の足だった。

 

「まさか……痛みを上塗りして、意識を保ったの…っ!?」

 

見抜いたか、とでも言いたげな、そんな視線が永琳に向けられた。

それでも言葉を発しないのは、彼女の秘策でそれ程までに消耗したという証なのだろう。

双也の瞳には、強い殺意が覗いていた。

 

「はぁ…はぁ……殺す…っ!」

 

刹那、その場から双也の姿が消えた。

いや、もう皆が見慣れて知っている。

瞬間移動にも等しい速度の移動法、瞬歩。

ーー彼は一瞬で、紫達の中心に躍り出た。

 

「神撃『罪弾(つみはじ)きの(たま)』ッ!」

 

圧縮された神力が、爆発する様に彼から噴き出す。

霊撃にも似た形のそれは、成す術なく呆然としていた彼女らを容赦なく吹き飛ばした。

 

ーーそして矛先は、輝夜の方へ。

 

「特式六十三番『雷虎ノ咆哮』ッ!」

 

双也の掌から、前へ前へと収束された衝撃が放たれる。

落雷の如く空を引き裂いて飛んだ雷撃は、輝夜を呑み込んで直撃した。

 

「次ィッ!!」

 

続いて、双也は振り向く様にして刀を振り抜いた。

残された神力は刃を作り出し、嵐となって飛ぶ。

その先にはーー紫の姿があった。

 

「くっ…うぅ…!」

 

弾幕の如く飛来する刃。

紫にはもう、殆ど避ける力が残ってはいなかった。

体力は限界を超え、妖力はもう尽きかけている。 スキマに逃げ込む事すらままならない状況だ。

しかし、今の双也に遠慮という物はない。

 

気が付いた時には一閃を振り抜かれ、続いて無数の結界刃が紫の身体をズタズタに引き裂いた。

 

そして霊那、永琳ーー。

今戦う事の出来る四人は、しかし何の抵抗も許されなかった。

抵抗する前に、抵抗する為の力を失う。

双也の攻撃は苛烈を極め、四人を圧倒的な力で切り刻んでいく。

 

彼を止める術など、既に無かった

 

「ぅぅ…ここまで…なん、て…」

 

「……そろそろ、終わりにしよう」

 

スーッと、双也の手が高く掲げられる。

掌に神力が集まっていくのに反応してか、黒い雲が赤く染まり始めた。

何処か、ギルティジャッジメントとの似通った光景である。

しかしそれよりも、禍々しさがとても強い事は明白だった。

 

「知ってるか? 天罰ってのは、基本どんな神でも起こすことができる。それは竜巻だったり津波だったり…所謂"天災"ってヤツだ」

 

神力の高まりによって、地面が揺れ始める。

空はますます赤黒く染まった。

 

「かつて起こった大災害……巨大隕石の衝突も、天災の一部なんだよ」

 

 

 

ーー天滅『ディス・カーディナル』

 

 

 

死の雲を突き破って現れたのは、赤黒く燃え上がった、一つの巨大な隕石。

空を赤く染め上げるほどの、超巨大な"天災"であった。

 

「うそ…でしょ…」

 

紫は思わず声が漏れてしまった。

そのあまりにも現実離れした光景と、それをやってのける双也の力に、かつてない程の恐怖を感じる。

 

あんな物が衝突すれば、この星の大部分が更地と化すであろう。

幻想郷だけではない。 というよりも、幻想郷を丸々呑み込んで、外の世界にも大規模な影響を及ぼす筈だ。

 

この場も誰もがそれを分かっていながら、どうにかしなければと思ってながら、最早身体が動かなくなっていた。

 

ーーこんなの、どうにも出来ない。

 

彼女達の身体自身が、警鐘にも似たけたたましい音を絶えず鳴らしていた。

 

「さよならだ、幻想郷」

 

冷酷な瞳で薄く嗤いながら、双也は告げた。

 

巨大隕石はもうすぐそこ。

赤黒い火を纏って落下してくるそれによって、既に気温が上がり続けている。

いよいよもって、何も出来ない。

 

逃げる事も、止める事も。

何も、出来ない。

 

諦めに近い感情に心を揺さぶられ、一筋涙が頬を伝う。

それを拭う事も忘れて、紫はただ呆然と、迫り来る隕石を見つめていた。

 

ーーその刹那、一筋の光条が閃いた。

 

本当に細い光だ。

厚い雲の隙間をどうにかして通り抜けてきた様な、僅かな光。

しかしそれは、真っ直ぐに隕石へと迫ると

 

 

ズドォォオンッ!!

 

 

ーー瞬く間に、それを粉々に打ち砕いた。

 

本当に衝撃的な光景である。

心の内に諦めすら漂っていた四人は、ただだだそれを見つめ、声も出せずにいた。

 

そして、そんな四人の前に降り立つ一つの背中。

 

服と離れた白い袖。

髪を結わえた大きなリボン。

そんな姿の至る所から、陽炎の様に霊力を揺らめかせている。

普段持っているはずの大幣は、何故か長い錫杖となってシャンッと心地良い音を奏でた。

 

 

 

「…待たせたわ、みんな」

 

 

 

そうして霊夢は、凛とした微笑みを浮かべた。

 

 

 

 




今回は疲れました…いやほんと。

あ、あと、昔スペカ提供師の方から頂いたスペルカード名、やっと使う事が出来ました。
本当にありがとうございました。

ではでは。


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第百五十八話 "弁慶の泣き所"

カッコいいサブタイにしたかったんだけどこれしかなかった…。

ではどうぞ!


『分霊、という言葉を知っておるかの?』

 

博麗神社。

竜姫に呼び止められ、皆が急いで飛び立つ中で止まった霊夢と早苗に、竜姫は唐突に問いかけた。

 

『…えーっと』

 

『当たり前よ。巫女としては当然の知識だわ』

 

悩む早苗を尻目に、霊夢はさも当たり前と言い放つ。

そんな彼女に対して早苗は得心ゆかぬらしい表情をしていた。

早苗の困った顔を横目で一瞥した霊夢は軽く溜息を吐き、続いて確認の意味も込めて、言った。

 

『神社に祀られている神様が、分社とかを建てる際にその力ごと分けて宿らせる事よ』

 

『あ、なるほど…』

 

『その通りじゃ。腐っても巫女じゃの』

 

微笑む竜姫に、霊夢は"余計なお世話よ"と悪態を付いた。

その隣で納得できたらしい早苗は、会話に割り込むように言う。

 

『それで、その分霊がどうかしたんですか?』

 

『うむ。今から二人にはのーー神降ろし(・・・・)を習得してもらう』

 

『……神降ろし?』

 

眉根を寄せて、霊夢が反復する。

彼女の反応に、竜姫は一つ頷いた。

 

『そうじゃ。そして習得したその業でーーある二柱(・・・・)の力を借りるのじゃ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く…龍神様も無茶させるわ。こんなの聞いたことないわよ…」

 

ここまでの経緯を思い返し、そして今現在自分が置かれている状況の事を思い、霊夢は深い深いため息をついた。

 

そしてそんなため息に反応するように、未だ聞き慣れない美しい声が彼女の頭の中で反響した。

 

『そうですねぇ、私も聞いたことありません。 まぁ竜姫ちゃんのする事は大抵聞いたことないものばかりですけどね。平行世界を渡るとか』

 

「…慣れてるのね、日女様(・・・)

 

"うふふっ"と微笑んだのは、たった今霊夢がその身に降ろしている神の一柱。

双也と関わりを持つ者の一人にして、竜姫と並ぶ最高神。

 

 

ーー"天照大御神" 伊勢日女その人である。

 

 

強大な力を持つ最高神をその身に降ろした霊夢からは、霊力が陽炎のようにして身体から噴き出していた。

背後で彼女の背中を見つめていた一同は、ビリビリと強く、しかし温かみすら覚える、威圧感に似た物を感じていた。

 

「れ、霊夢…なの?」

 

「ええ、他に誰が居るのよ」

 

驚愕する紫達に、霊夢は普段通りの言葉で返した。

優しくも冷たくもない、普段通りの空気のような返答。

彼女のそんな性格を長らく見ていた紫には、彼女の背中が暗に語っている事をはっきりと感じ取った。

 

ーー後は任せなさい。

 

と。

 

「さて、と…」

 

一つ区切るように呟き、霊夢は双也を睨み付けるように見やった。

彼はその場を動かず、そして技が容易く打ち砕かれた事にも欠片の驚愕を見せず、ただジッと姿を変えた霊夢を凝視していた。

 

「……お前、一体どんな無茶をしたんだ?」

 

「あら、心配してくれるのかしら?」

 

「抜かせ。オレはただ気になっただけだ」

 

 

 

お前からは、神力を二つ感じる(・・・・・・・・)ーー。

 

 

 

その言葉に、紫達すらも驚かざるを得なかった。

 

神降ろしとは通常、一人の人間に対して一柱までが限度だ。しかも巫女や神主など、神事に通ずる者しか行うことは出来ない。

何故ならーー神を二柱以上同時に降ろして耐えられる器が、存在しないから。

 

少なくとも人間ではそうだ。

一柱が限度であり、それ以上を降ろそうとすれば身体の方が耐えられない。

 

それを、二柱? どんな冗談だ。

 

信じられない。しかし、現に霊夢がそれを成し得ている。

その事実が、彼女以外の者を更に困惑させた。

 

「……まぁいい。どんな力を得ようが変わらない。咎人は須らくオレが裁く。ーーそれに変わりはないんだからな!」

 

思考を打ち切るように言い切り、双也は再び刀を構える。

そして勢い良く、神力と妖力を解放して肉薄した。

霊夢はただ、その姿を目で追いながら、独り言のように呟くのだった。

 

「……本当、無茶な事させてくれるわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ていっ! やぁっ!」

 

輝く錫杖で薙ぎ払う。

溢れ出た炎が悪しきものを呑み込み、瞬く間に塵に変えていく。

弾け飛んだ光弾は滑らかな尾を引きながら敵を貫き、その者を消えぬ炎に包んでいった。

 

そうして次々と悪しき者共ーー黒い怪物を屠っていく中、早苗は盛大な愚痴を零した。

 

「もう、一体どれだけいるんですかぁ〜!」

 

『掃いて捨てるほどは居るだろうな。何せ、この世界が雲に覆われてからだいぶ経っている』

 

早苗の言葉に応えたのは、荘厳な男性の声。聞く者に強さと威圧感を感じさせる声だった。

彼の他人事のような返答を、早苗は少しばかり素っ気なく感じるのだった。

 

『心配は無かろう。お前達(・・・)は、我と日女の力を降ろしているのだからな。むしろ、それで負けるようではお前の実力が低過ぎると言う話になる』

 

「…けっこう辛辣ですね…」

 

苦笑いを零しながら、それでも攻撃の手は休めない。

早苗の一撃は確実に黒い怪物を捉え、そして余す事なく燃やし尽くしている。

早苗が長物を扱うのに慣れていない事も一因だが、それを鑑みても片手間の様に見える程雑な攻撃。

しかしそれでも、彼女の一振りが一撃で黒い怪物達を屠っている事は事実だった。

 

当然である。 彼女が振るう錫杖と炎は、主に日女のーー天照大御神の浄化の力そのものなのだから。

 

神力と妖力は生来、相反するものとしてこの世に存在している。

それは主に、人間の信仰や理想が神の元に、欲望や恐怖が妖怪の元となっているから。

そしてその手の能力を持つ日女の操る浄化の炎や光は、そんな妖力に対してこれ以上なく効果的な力を持っているのだ。まるで水と炎の関係の様に。

 

 

日女の前では、妖怪は何の力も発揮出来ない。

それは、彼女の力を降ろした早苗や霊夢にも然り。

 

 

ともすれば、妖力で形作られた黒い怪物を一撃で屠れるのも当然と言うもの。

怪物はおろか、黒い雷や瘴気さえ、今の彼女らには効果が無いのだ。

 

そうして頭に響く何処か素っ気ない声と会話しながら、早苗は黒い怪物を焼き続ける。

彼女の背後で交戦していた魂魄妖夢は、そんな彼女の様子を不思議に思って、刀を振るいながらも問いかけた。

 

「早苗っ、さん! 一体誰と…話してるんですか!」

 

早苗は光弾で怪物を焼き払ってから振り向く。

すると妖夢の方も、丁度目に見える範囲の黒い怪物を全て斬り捨てた所だった。

 

「えっと、私が今降ろしてる…雨伐戒理(あまきり かいり)っていう神様です」

 

「……神様? 早苗さんって、神降ろし出来たんですか?」

 

早苗の答えに、妖夢は更に不思議な思いを募らせた。

神社での話の流れでは、この人は外界から来たのではなかったか?

 

外界には、神という信仰そのものが薄れてしまっているーー。

その事実は、幻想郷の住民ならば誰もが知っている事だ。

"この幻想郷に神が存在する"

それこそがその証明である。

となれば自然に、外界に住んでいた早苗が神降ろしなど、天地がひっくり返っても出来るはずはないという結論に至る。

こちら側の世界の巫女である霊夢ならばまだ分かるが、どうして外界から来たばかりの早苗が?

伊達に幻想郷の住民をやっていない妖夢が、不思議がるのも当然であった。

 

そんな彼女の純粋な問いに、早苗は目線を若干逸らしながら、小声気味に言う。

 

「えーっと…ほ、ほんとは出来ないんですが…龍神様が能力で…その…」

 

「…??」

 

早苗はその理屈を、ちゃんと理解できていなかった。だからこそ説明が出来ない。

自分の言葉によって困った表情をする妖夢の視線に、早苗はだんだんとたまらない気持ちになった。

やがて耐えられなくなった早苗は、半ばやけくそ気味に言い放った。

 

「と、とにかく! 龍神様の能力で神降ろしが出来るくらいにまで強くしてもらったんですっ!」

 

「………はい?」

 

彼女に降ろされている戒理も、"雑な説明だな…"と呆れ気味に呟く。

早苗は、煩わしいくらい頭に響くその声に、何も反論する事ができなかった。

 

ーー自分よりも圧倒的に強い者の事を、"次元の違う相手"と表現する事があるだろう。

 

何もかも、自分を構成する要素の全てを凌駕する相手。

それは実は比喩とは言い切れず、確かに個々人の強さの次元ーーレベルと言ってもいいーーが違うという事なのだ。

早苗は確かに、神降ろしなど到底できない存在だった。 霊夢もそう思っていたし、何より彼女らにそれを習得させる事を目的とした竜姫ですら、分かっていた事だった。

 

だが巫女に近い役職である限り、その成長の延長線上に、"神降ろしを習得する"という項目は確かに存在するのだ。

早苗は普通の外界の人間とは違い、風祝であり諏訪子や神奈子といった神達とも長らく側にいた。神降ろしという"常識"が無いだけなのだ。

 

だからこそ竜姫は、その能力によって、霊夢と早苗を神降ろしの出来る次元(レベル)まで引き上げた。

否、引き上げる事ができたのだ。

 

「う〜ん…よく分からないですけど、分かりました」

 

妖夢は、早苗の足らな過ぎる説明で理解する事を諦めた。

言葉が矛盾している事は気が付いていながら、取り敢えず無理矢理考えを打ち切った。

 

「ともあれ…霊夢さんは大丈夫でしょうか…」

 

妖夢同様に考える事を辞めた早苗は、ふと、自分と共に飛び立った霊夢の事を思った。

言葉ではそう言いつつ、実はそこまで心配はしていない。言葉の綾というヤツだ。

霊夢は自分よりも優れている。

強さも、冷静さも、"妖怪に対して"という意味では、巫女としてさえ優れているだろう。

そんな言葉か、はたまた気持ちか、早苗の思いを感じ取った戒理も同調した様に言う。

 

『…何度も言うが、心配する事など何もない。我や日女、個々での戦いでは今の双也に勝ち目は無いが、我()日女の力を同時に用いれば、この世に勝てない者など存在せん』

 

「……そうですね。御二方の力ですもんね」

 

言い切る彼の言葉に、早苗は柔らかく微笑みを零した。

彼の言葉の力強さなのか、それとも霊夢を信じているのか、早苗自身にもはっきりした事は分からなかったが、ともかく、今の早苗に恐怖という物は欠片もありはしなかった。

 

『…双也には、長い間娘達を世話してもらった恩があるとはいえ…戦わねばならないというのは、少しばかり辛いものだな』

 

「…そうですね、戒理様…」

 

弱気な言葉にも聞こえるそれに、早苗はただ同調した。

彼を救う為に戦い、勝つ。一見矛盾している様にも見えるこの状況には、確かに心苦しいものがある。

…でも。

 

「……妖夢さん、行きますよ」

 

「え? 何処へ?」

 

「決まってるじゃないですか。今戦っている、みんなの所です」

 

キョトンとする妖夢に、早苗は微笑みかけた。

その眼は強く、心配事など一瞬で消えてしまいそうな力すら篭っていた。

 

「手伝って貰いたいんです」

 

振り返り、空を見上げる。

光すら通していない黒い雲は、未だ重々しく空に居座っている。

 

早苗はそれをジッと見つめ、強い決意と勝算を持って言い放った。

 

あの雲を、打ち払うためにーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なるほどねーー。

 

 

弾幕が飛来する。

霊夢は手に持つ錫杖に雷を宿らせ、タイミングを合わせて振り抜いた。

その動作と同時に迸った電撃は、飛来した無数の弾幕を一瞬で搔き消し、その勢いのまま双也へと直撃した。

 

 

こういう事ーー。

 

 

土煙が舞う中、双也は未だ一歩も動かない霊夢へと無数の風刃を放った。

輝く神力が霊夢を交点として描かれ、照らす。

霊夢はそれに対して、錫杖でトンと地面を突いた。

その瞬間霊夢を中心に陣が現れ、そこを通った風刃を一気に搔き消した。

 

 

"目には目を、歯には歯を"ーー。

 

 

光が収まらぬうちに、霊夢は双也の方へと錫杖を向ける。その先から現れた陣は、マシンガンの様に炎弾を連射した。

だがそれは一発も当たる事はなく、双也は上空へと瞬歩で避け、掌を構える。

そこには、禍々しい妖力が一瞬で収束した。

 

「光滅『黒虚閃(セロ・オスキュラス)』ッ!!」

 

放たれた膨大な妖力が、真上から一気に霊夢を包み込む。

爆音が響く。暴力的なまでのドス黒い力が、確実に大地を抉っていく。

すると不意に、その妖力の波の中で何かがチラと光った。

 

 

そして双也にぃの"泣きっ面に蜂"、とーー。

 

 

それを皮切りに、ドウッと巨大な炎が溢れ出した。

炎はその圧倒的な熱と光を以って

"黒虚閃"を押し返し、炸裂させた。

 

未だ揺らめく炎の中では、円のように抉れた地面の中心に、依然として霊夢が佇んでいた。

 

「…ねぇ、もうやめない?」

 

着地し、未だ構えを解かない双也へと、霊夢は静かに語りかけた。

その言葉に、双也は睨み付ける視線を更に強める。

 

「あんたに勝ち目、無いわよ」

 

「はぁ……はぁ……何、言ってる…!」

 

「………………」

 

呼吸を荒くする双也を、霊夢はジッと見つめる。 彼女はまだ、"待っていた"。

勝ち目が無いと分からせ、異変を穏便普通に終わらせたかった。

何より、敬愛する兄を傷つけたくなかった。

"案外甘いのですね、霊夢"

そんな日女の声を聞き流しながら、待つ。

 

「オレのする事は変わらない…! オレの考えは…変わらないッ!!」

 

ただ、そう簡単に終わってはくれない事は、よく分かっていた。

 

言葉と共に、双也が刀を振るった。

その剣跡から放たれたのは、相も変わらずドス黒く、そして巨大な剣閃だった。

西行妖の死の妖力を大量に含んだ旋空。

この世の大抵の者は、この一撃で簡単に殺す事が出来るだろう。それが妖怪であろうと神であろうと、何でも。

だが今回だけは、相手が悪かった。

 

「……ふっ」

 

霊夢は錫杖へと炎を纏わせると、一振りの刀を形作った。そしてそれを、おもむろに振り下ろす。

するとそれに衝突した旋空は容易く断ち切られ、燃え上がって消えた。

 

「……私から二つの神力を感じる、って言ってたわね」

 

振り抜いた錫杖を戻し、言う。

 

「確かにそうよ。私は今、二柱の神を降ろしているわ。早苗と半分ずつ分霊(・・・・・・)してね」

 

"そのままじゃこっちが保たないから"

霊夢はその両手に、炎と雷を顕現させた。

 

「そしてその二柱の名はーー

 

 

 

 

太陽神 天照(あまてらす)、そして天罰神(・・・) 荒弥憑(あらみつき)

 

 

 

 

「……なんだと?」

 

双眸が見開かれた。

彼の表情は一瞬で塗り変わり、驚愕と不安を合わせた様な物に染め上がる。

この際、霊夢が二柱を同時に降ろしたという規格外の事実はもういい。

問題なのは、その神がよりによって彼と同じ天罰神だという事。

ーーいや、正確には違う。

神として降りる事ができるという事は、彼とは違う純粋な天罰神(・・・・・・)なのだろう。

 

予想だにしていなかったその事実は、今まで余裕の表情をしていた彼を、不安のどん底に突き落とすには十分な威力を持っていた。

 

「あなたの能力は、個人に対して絶対的な力を持つ。でもーー相手も同じ能力を持っていたら?

簡単な事よ。"相手より強くなる能力"をお互いに使いあったら、破綻する。だから単純に、相殺するわ」

 

 

目には目を、歯には歯をーー。

 

 

「そして残るのは、西行妖の妖力。でも、もう分かるわよね?

相殺された後に残ったその妖力も、天照大御神の力の前では無意味なのよ」

 

 

泣きっ面に蜂ーー。

 

 

霊夢はただ、淡々と事実を告げた。

個々では勝てない。荒弥憑だろうと天照だろうと。

だが、龍神の介入によってその両方を兼ね備える事に成功した霊夢は、双也にとって天敵に等しかった。

 

霊夢は今、絶対的有利の状況にいた。

何時でも彼を叩き潰す事が出来るからこその余裕。

故にーー霊夢はまだ、こんな事を言えるのだ。

 

「ねぇ、だから諦めてよ。双也にぃのもう(・・・・・・・)一つの人格さん(・・・・・・・)

 

…双也にぃって呼ぶのも癪だから、神の双也にぃで"神也"とでも呼ぼうかしら。

この時の霊夢の目は、未だそんな事を言えてしまう程に穏やかなものだった。

奪おうとするのではなく、頼む。願う。

今の彼が生まれた意味を理解する霊夢には、"ただただ彼を吹き飛ばして双也を取り返す"などという方法は、考えられなかった。

 

穏やかとも優しげともとれる瞳のまま、ゆっくりと手を差し出す。

 

「ねぇ、神也。お願い…」

 

 

 

 

 

いつもの双也にぃを、返してーー。

 

 

 

 

 




意外とみんな気が付いてたという事実…。
伏線なんてなかったんやっ!

ではでは。


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第百五十九話 彼が決める事

精神的に力を使ったお話。

ではどうぞ!


『二重人格…?』

 

神降ろしを習得し、早速行使して飛び立とうとした矢先。

それを呼び止め、"その前に"とでも前置きをする様に竜姫が語った内容は、やはり双也に関する事だった。

 

だがそれは、思わず霊夢が繰り返してしまう程に予想外な事柄であった。

敬愛する兄が、二重人格であった、と。

竜姫は一つ頷き返すと、ゆっくり、そして重そうに口を開く。

 

『双也がいったいどうやって神格化していたか、知っておるか?』

 

『どうやって…? 現人神ならみんな出来るんじゃないの?』

 

そう疑問を零しながら、霊夢は早苗の方へと目配せをする。

それに気が付いた早苗は、ふるふると首を横に振った。

 

『普通出来ないはずです。人と神の両面を持つからこそ現人神って言うのであって、正確には人と神の間にいる存在の事なんです。だから完全に神になったりはーー』

 

『当然出来ん。あやつが完全に神になれるのは、そういう風に能力を使っているからじゃ』

 

竜姫は早苗の言葉を引き継ぐと、はっきりと言い放った。

"繋がりを操る程度の能力、ね…"

霊夢の呟きに、竜姫はうむと頷いた。

 

『あやつはの、現人神であるにも関わらず、自分の中で人と神を断ち切って神格化しているのじゃ』

 

最初に神格化したのは、一億年以上も前の事。 絶体絶命の状況を打破するために、彼の本能が導き出した方法こそが、神格化だった。

 

自分の中で人と神を切り離し、自らの中心に神の部分を置く。

そうする事で神となり、今まで出会った咎人なる者達に裁きを下してきたのだ。

そしてそれは、必然的に"殺す"事が多かった。 双也が最も忌み嫌い、苦手とする行為である。

 

『"殺すのは嫌だ。しかしそれが己の使命"……ずっとずっとその事を悩み抜いた結果、双也は切り替え(・・・・)を聞かせる事にしたんじゃ。…"仕事"だ、と割り切っての』

 

それは自己暗示にも近かったろう。

忌み嫌う行為を行う時に、心が必要以上の苦しみを感じない様に、と。

 

事実、その暗示のお陰で彼が今まで生きてこれたという部分もある。

誰しも、(サソリ)百足(ムカデ)蜚蠊(ゴキブリ)や、その他の害虫を一杯まで入れた壺に、自分の手を突っ込んでいたくはないだろう。

もしその"気持ち悪い"という不快感を抱えたまま、その壺に手を肩まで入れたならばーーきっと、発狂してしまう。

そうならない為にーー殺し続けた事で壊れてしまわない為に、双也の心が自己防衛の意味も含めて、そんな方法を導き出したのだ。

 

『じゃが、いつからか……そんな神格化を続けるうち、双也の心は完全に(・・・)分かれてしまったんじゃ。 断ち切っていたが故に、それまでもある程度別れてはいたが、今度は完全に、の。

それが優しく寂しがり屋な、人間の双也と、無慈悲で使命に忠実な、神の双也じゃ』

 

『……そんな心の状態じゃ、仕方ないかもしれないわね』

 

『……霊夢さん?』

 

言葉から、なんとなく彼の心を感じ取り、霊夢はポツリと呟いた。

 

『人の時と神の時と、何もかもが違うんだもの。別人だって言ってもいいくらいにね。…自分の心を二つに分けて、感じる事さえ別々にして……そんな状態で何万年と生きてきたら、そりゃ……』

 

『………………』

 

霊夢には、そんな彼の気持ちなどは分からない。

人や妖怪を殺し続ける事の苦しみなど、想像すら出来る筈がないのだ。

 

可哀想だとか、辛かったろうとか、そんな言葉も当てはまるか分からない。

だが少なくとも、きっと誰よりも苦しい人生を生き抜いてきた彼に同情するには、余りにも足りない言葉なのは確かだった。

それを踏まえて彼に言葉をかける事なんて霊夢には出来ないし、その資格が無い事は彼女がよく分かっていた。

 

ーーだから、ここからは我儘だ。

 

『龍神様』

 

『竜姫、で良い。なんじゃ?』

 

『…竜姫様、それを私達に話したのは何故? 気持ちの強さでも、確認したかったの?』

 

 

ーー竜姫は答えない。

 

 

『そんな事を聞いても、今更変わったりしないわよ。双也にぃがどれだけ辛い思いをしてようと、私達が諦める理由にはならないの。私達が戦う理由なんて一つよ』

 

 

みんな、双也にぃに戻ってきて欲しいだけーー。

 

 

その言葉は、決意に溢れていた。

確かに双也は辛い思いをしてきたのだろう。それこそこの世の誰よりも。

しかし、そんな事に心を割いても、今更仕方がないのだ。

同情したって何も変わらない。

慰めたって心は晴れない。

 

なるほど、確かに彼女の答えは、一方的な我儘だ。

でもきっと、それが正しいのだろう。

誰しも相手の過去を見透かして接するなんて事は不可能だ。ましてや、億という単位の時を生きてきた双也なら尚の事。

ならそこに必要なのは、彼と接する人の気持ち。

彼、彼女らが、その人にいて欲しいと思うなら、いるべきなのだ。

いつしか、その人がその場所に居たいと思える様になれば、それで良いのだから。

 

『行くわよ早苗。準備良いわね』

 

『あ、はい!』

 

霊夢はそう言い残すと、早苗と共に振り返った。

飛んでいくその背中を見ていた竜姫は、二人ーー特に霊夢から、確かな強い気持ちが感じ取れるのだった。

 

 

 

 

 

「…………………」

 

竜姫は一人、黒々と積もる雲の空を見上げながら思い出していた。

霊夢と早苗に語った物語を。

双也の苦しみを。

 

「…望んだのは、同情ではない」

 

竜姫はずっと彼を見てきた。

責任として、義務として、償いとして。

常に見守り、彼が安息に暮らせる様にと。

それはもう、彼の心に直接声を掛けてまで。

 

「…お前達を信じていない訳でも、ない」

 

空を見上げる竜姫の視界に、空などは映っていなかった。

ただ、見透かす様に虚空を見つめる。

それは、何かを願っているかの様な瞳にも見えた。

 

「お前達には可能性(・・・)がある。……双也には…必要なんじゃよ…」

 

呟きながら、竜姫はキュッと唇を噛み締めた。

そしてゆっくり目を瞑り、消え入るかの様な言葉を零した。

 

「……私には…そんな資格、ないんじゃからの…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「返して、か……」

 

荒地と化した丘の上は、シン…と静まり返っていた。

戦闘音もなければ、会話する声もない。 当然、虫や鳥などの動物の鳴き声もなかった。

 

そんな張り詰めた空気の中、それを打ち破ったのは、ポツリと呟かれた"神也"の声。

独り言の様に小さな声でも、この場では誰も彼の言葉を聞き逃す事はなかった。

 

「…この際、オレの呼び方なんかは置いておくとしよう。オレと俺が別々の人格なのは確かだしな」

 

薄く笑いながら言う。

それは彼自身が、"自分が二重人格である"と肯定する言葉。

霊夢の背後にいる者達は、信じられないと思いながらもその独白を受け入れるしかなかった。

ただ…紫だけは、やはりか、という表情をしていた。

 

予想はしていたのだ。数多ある可能性の一つとして。

状況によって性格の変わる性質だった、とか。

誰かが乗り移っているのだ、とか。

可能性の低いものでは、実は殺す事をそこまで苦に思っていない、など。

 

紫の超人的な頭脳、そして彼と共に生きた時間や思い出を総動員し、可能性を見つけ出すのはそう難しい事ではなかった。

でもそこから。

ある程度以上絞り込むことができなかった。

 

今回の転生の件もそう。

昔から、双也という人物は謎が多かった。今まで言動に違和感を抱いたことも今回で大分結論を得ることが出来たが、如何せんそこら辺の、彼に対する不思議な感覚が拭えない。

その感覚が、あらゆる可能性を切り捨てる事に抵抗したのだ。

 

彼の近くにいる者として、あの神也という状態にならないようどうにかする必要がある。 そしてその為には、彼のあの状態に関して正確な結論を弾き出すことが必要だ。

そんな慎重過ぎるとも言える気持ちも相まり、ずっと紫は結論を出せずにいた。可能性を集めた所で二の足を踏み続けていた。

 

……その結果、何もかもが後手に回ってしまった。

 

今更結論を得ても、もう自分の力ではどうにもできないところまで来てしまっている。

自分の無力さから溢れる、深い溜息。

紫はそれを、ごく静かに零した。

 

「だけど…"返して"、だと?」

 

 

 

 

 

ーーお前、何様のつもりだ?

 

 

 

 

 

神也の表情から、笑みが消えた。

 

「"俺"は、ずっと堪えて生きてきた。寂しがり屋なあいつが苦手な、死別や別れ、そして罰を与える(殺ろす)事も、全部。……早苗に会いたいって一心でな」

 

 

霊夢はジッと耳を傾けている。

 

 

「そしていざ出会った時…早苗は双也の事を知らないと言った!

その時あいつはなんて感じたと思うッ!?

"別れるくらいなら最初から出会わない方がいい"って、本心からそう感じてたんだッ!!」

 

 

彼の目尻に光る物が見えた。

 

 

「お前はッ! そんな双也にずっとずっと悲しみながら生きろとでも言うつもりかッ!!?

別れる事に苦しみもがきながら、何の意味もない日々を無意味に過ごせと! そう言うつもりなのかッ!!?」

 

 

霊夢は僅かに、目を伏せた。

 

 

「オレは絶対に認めない。

例え"俺"自身の想いに背く事だとしても、オレは"俺"の為に行動する。その為に、生まれたんだ」

 

それは、彼の正真正銘本心を表した言葉だった。

双也は堪えていた。長い永い時間をずっと。そしていつしか限界が訪れた時、双也自身を護る為に確立した人格が神也だ。

使命を果たす度に心を痛めてしまう彼の代わりに。双也の心を護る為に。

 

誰よりも近くで双也の悲痛な叫びを聞いた。もう嫌だと泣き喚く声を聞いた。

だから神也は、双也にそんな思いを二度とさせない為に行動した。

生きる事で双也を悲しませる咎人共を、一(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)人残らず殺す(・・・・・・)……その為に。

 

ある意味、神也は誰よりも双也の味方なのだろう。

その行動原理には必ず、双也の有利不利が中心にある。

双也の為にどんな事でもするし、その事柄が直接、彼の使命である"罪を裁く"という事に直結してしまうのだ。

それが神也という人格でありーー霊夢もその事を、理解していた。

 

「……そうね、そう言う事になる」

 

伏せていた目を開き、決意に満ちた瞳を向けた。

 

「私の我儘だって、理解してるわ。本当に自分勝手な理由よ」

 

双也の想いも、神也の想いも、霊夢には理解する事は出来ない。

そんな馬鹿みたいに凄絶な経験をした事がないから。

でもーー己の想いが本物だという事は、どうしても譲れなかった。

否定されたくなかった。

 

「それでも私は…私達は、双也にぃに戻ってきてほしいのよ。

人も死ぬ。妖怪も死ぬ。それはどう足掻いたって変えられないわ。私達がずっと側にいる事はできない。だからこの先、双也にぃはずっと苦しむのかも知れない…でもだからって」

 

 

 

ーーずっと一人でいる事、ないじゃない。

 

 

 

その言葉に、神也は目を見開いた。

 

「一人でいる事の寂しさ…一番よく知ってるのは、あなたじゃないの?」

 

かつて孤独に苦しんでいた友人にかけた言葉。

神也はその言葉を思い出した。

"心まで強くなくていい"ーー。

霊夢の言葉は、それと意味がよく似ていた。

いつも優しく微笑んでいた双也が、珍しく零した弱気な言葉。寂しさを感じさせる言葉に。

偶然か、それとも狙ってか…どちらにせよ、神也はふわっと思い描いた。

 

ーー誰もいなくなった暗い場所で、一人で啜り泣く双也の姿を。

 

「人は孤独では生きられない。だからこそ絆を結ぶ。……それに意味が無いなんてーー私達との絆が無意味だなんて…例え双也にぃでも言わせない!」

 

睨みつけるように、そしてその瞳に強い光を宿して、霊夢は言い放った。

決して揺るがないという信念の現れた強い強い姿。

それを前にして、神也は俯き、呟く。

 

「……(さい)

 

歯軋りの音が聞こえる。

 

「…るさい…うるさい…うるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさうるさいッ!黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇッ!!」

 

叫びの現れのように解放された神力。

その衝撃波が、霊夢達の髪を激しく揺らした。

 

「何が分かるって言うんだ…所詮他人の言葉だろうが…ッ!」

 

「他人じゃない。私にとって双也にぃは…家族同然のお兄ちゃんよ」

 

「ッ!……ぐっ…」

 

輝く錫杖が、炎と雷を同時に纏った。

ドンッと柄頭で地面を突くと、美しい限りの火の粉が舞った。

 

「終わりにしましょう、神也。どっちが正しいかなんて、どっちが双也にぃの為になるかなんて…

 

 

 

 

 

 

双也にぃが、決めればいいのよ」

 

 

 

 

 

 




深々と双也の気持ちを明かした一話、どうだったでしょう?

一言言わせてもらうと………なんだかんだ言って神也は良い人である。(双也対して限り)

ではでは。


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第百六十話 もう少しだけーー。

長かった…。

ではどうぞ!


『早苗よ、何人に声をかけるのだ?』

 

「一人です!」

 

未だ混乱の最中にある人間の里。

その家々の上を、輝く何かが尾を引いて飛ぶ。

言わずもがな、その正体は早苗である。

 

「銀髪のメイドさんです!」

 

『…あれか?』

 

脳内に響く戒理の声に向けて叫ぶと、丁度目的の人物が見えてきていた。

美しい銀髪をたなびかせ、未だ幻想郷を徘徊し続ける木の怪物へと無数のナイフを放つ。ーー十六夜咲夜だ。

 

彼女のナイフを受けて尚動こうとする木の怪物に、咲夜が攻撃するよりも早く早苗が浄化の炎でトドメを刺した。

 

「あら…随分と雰囲気が変わったわね、新しい巫女。 助かったわ」

 

「咲夜さん、でしたよね!? 力を貸してください!」

 

「は?」

 

「みんなの力を束ねて、あの雲を吹き飛ばします!」

 

「…はぁ!?」

 

相変わらず、説明が足りていない早苗である。 それくらい火急の用であるのは確かだが。

 

早苗と妖夢は、今手分けして戦っている者の所へ向かっていた。

妖夢は妹紅へ、早苗は咲夜へ。

その理由は一つ、幻想郷を包む死の雲を打ち払う為。

早苗も妖夢も、目的の二人を見つけるとこう伝えた。

 

上空で合図が出るから、そこへ最大火力を放ってくれーーと。

 

実は、妖夢に関しては何故これが必要なのか分かっていない。例の如く説明が成されていないからである。

たがまぁ、外界から来たにも関わらず、神降ろしを成し遂げた巫女ならば、信じてみようという気になったのだ。

どの道自分達には、あの雲をどうにかする術などなかったのだから。

 

早苗の簡潔過ぎる説明を受け、咲夜は戸惑いながらも返事をした。

彼女もまた、妖夢と同じように信じる気になったのだろう。

賭けに等しい。でもやってみなけりゃ何も進まない。

早苗はある意味、今現時点における希望の対象であった。

 

「さぁ…いきますよ」

 

『ああ。存分に振るうと良い、日女の技の一つ……』

 

 

『「凝光の八咫鏡(やたかがみ)」ッ!!』

 

 

上空に上がり、宣言する。

早苗の身体から溢れた神力は、太陽の光を思わせる程輝いており、それは早苗の掲げられた両掌に集まって強い光を放ちながら形を成し始めた。

 

そしてそれは、合図が何なのかなど知らずとも分かってしまう程、これ以上無い"合図の証"だった。

 

「ッ! じゃあ行くぜ、私の最大火力…! 魔砲『ファイナルマスタースパーク』ッ!!」

 

 

砲撃がーー。

 

 

「よーし行くかっ! 『フェニックス再誕』ッ!!」

 

 

炎がーー。

 

 

「いきますよ早苗さんッ! 六道剣『一念無量劫』!!」

 

 

斬撃がーー。

 

 

「受け取りなさい! 時符『パーフェクトスクウェア』!!」

 

 

ナイフがーー。

 

 

四つの線を引いて、真っ直ぐに早苗へとーー正確には彼女の作り出した巨大な鏡へと向かっていく。

 

激しい衝突音と光が響きながら、しかしその四つの"力"は拮抗して炸裂したわけではなく、すべて平等に、鏡の中へと吸い込まれた。

 

『八咫鏡は言わばカウンター。衝突した力を吸収し、自らの神力と束ねて撃ち返す技。……これだけあれば十分であろうな』

 

「…そうですね。皆の力、気持ち…全部受け取りました!」

 

キッと空を睨み付け、吸収した力を爆発させんが如く微動する八咫鏡を雲へと向けた。

 

「さぁ、解き放ちなさい八咫鏡ッ! こんな異変…終わらせるんですッ!!」

 

カッ!!

 

言葉と共に、八咫鏡が一際強い光を放つ。 同時にその正面に複雑な陣が何層も形成され、次の一瞬

 

 

 

 

巨大な閃光が、暗い空を駆け抜けたーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悟る、とはこういう状態の事を言うのだろう。

 

極限の状態。 切羽詰まった空気。

そんな張り詰めた状況に身一つで晒されるからこそ、鋭くなった感覚が自らの状態を正確に導き出す。

ーー手の感覚。指先までは力が入らない。下手に打つと得物が離れる。

ーー足の感覚。傷の所為で踏み込めない。 当然走り回るのも難しい。

ーー鼓動。バクバク揺れる。少し苦しい。

ーー寿命。……残り僅か。

 

ならば、一撃で勝負をつける必要があるーー。

 

その導き出した答えこそが"悟り"。

自らの状態を察し、どうするべきかを考え、そして自分がこの先、どの様な事になるのかを悟るのだ。

 

神也はまさに、悟っていた。

 

立て続けの戦闘で流石に力も削がれた。そもそも妖力は大部分を空に放っているため少ない。

そして己の神力も、残った西行妖の妖力も、今の霊夢の前では全く無意味。

それでも諦められない。

 

神也は、残りの神力と妖力を振り絞った。

束ね、収束し、圧縮し、名刀の持つ鋒の様な鋭い力を迸らせる。

 

 

 

そして霊夢もまた、彼のそんな姿に悟っていた。

 

 

 

残り僅かな神力と妖力を搔き集め、今まさに放とうとしている。 どう考えても、斬り合い殴り合いの勝負をする気とは思えない。

故に、次の一撃で終わるだろう、と悟っていた。

終わらせると誓っていた。

 

『…霊夢』

 

「分かってるわよ日女様。一気に来る。ならこっちも、一気にいくわ」

 

『……大丈夫、ですか?』

 

「………………」

 

"何を今更"

ーーとは言わなかった。

神也の放つ言葉に揺れた自分も、確かに存在したから。

彼の気持ち、言葉。確かにあれば真実だったのだろう。

だからこそ心を揺さぶる程の力が篭っていたし、真っ向から否定する事が出来ない。

双也を想う者としては対等……いや、もしかしたら神也の方が上なのかもしれない。

 

ただ、それでも、霊夢の決意は強かった。

自分よりも相手を想う者、その考えを叩き潰し、己の考えを貫こうとする程には。

 

「…大丈夫。私は、ブレてない」

 

神也の言い分は分かる。

後で辛い事を免れるために、先にそれをやってしまう。

理に適った方法だ。 昔からある、最早否定のしようのない方法だ。

でも神也のしようとしている事は、少しだけ違う。

 

言わばあれは、バッドエンド。

誰も幸せになれはしない。

殺される自分たちは当然、双也だって幸せではないだろう。何せ、周りに誰もいないのだから。

寂しがり屋なあの双也が、それに耐えられるなんて到底思えないのだ。

 

「私の気持ちは変わってない。私は双也にぃに、戻ってきてほしい」

 

 

ーーだから、同情して遠慮なんて、しない。

 

 

ドウッ!!

 

錫杖から、炎と雷が激しく吹き出した。

遠慮しないーーその言葉を真なるものだと確定付ける様に、二つの力は弾け、ぶつかり、そして束ねられていく。

 

そしてーー。

 

 

 

「天穹剣『劫々灰尽之罪滅(こうごうかいじんのつみほろぼし)』…ッ!!」

 

「…『日輪(にちりん)天羽々斬(あめのはばきり)』ッ!」

 

 

 

膨大な二つの力が、交錯した。

 

方や神力と妖力を極限まで収束して放たれる一撃。

名の通り、未来永劫の罪全てを灰と化して焼き尽くさんと言うほどの、途方もなく強力な剣。

 

方や膨大な神力を束ねて圧縮し、一振りの巨大な刀を成して振るう一撃。

浄化の力と滅罪の力を融合させた、極めて高い特攻性を持つ刀。

 

二つの力は爆風を伴って衝突し、大地を抉り取りながら、巨大な光柱を生み出した。

最早、間近で戦闘の行方を見ていた四人には霊夢と神也の姿を確認する事が出来なかった。

弾けるような光と強烈な爆風に、目開けていられる余裕も無い。

 

「霊夢…」

 

類を見ない膨大な力の衝突を、紫はただジッと見守る事しかできなかった。

無意識に名前を呟きながら、願うように。

 

やがて光は小さくなりーー消えた。

 

視界を遮るものが無くなり、土煙の中を凝視する四人。

その視界の先に捉えたのはーー。

 

 

 

 

凛と佇む、霊夢の姿だった。

 

 

 

 

衝突の威力をくっきりと表す地面に、神也は倒れ伏していた。

身体はボロボロに傷つき、最早立ち上がるのも容易では無いだろう。

倒れ込んだまま、神也は微かに言葉を零した。

 

「は、はは……本気で力を使ったのに、勝てないなんて、な…」

 

「…当然よ。こっちはいろんな人の力を借りてるんだもの」

 

「…はっ、一人じゃ勝てなくて…当たり前、ってか…」

 

何処までも力無く笑う、神也の声。

霊夢は佇んだまま、その声にはっきりと答えた。

当たり前だ。みんなの力を借りて戦ってるんだ。勝てなかったら顔向けが出来ない。

霊夢は確かに、皆の"双也を取り戻したい"という気持ちを受け取った覚悟を持っていたのだ。

 

重圧、というのは感じなかった。

それは彼女の能力も関係していたのだろうが、更に大きな要因は、それが彼女自身の強い望みでもあったから。

 

周りがどう思うかは関係ない。

ただ、望みが同じだというなら一緒に背負う。

それが、霊夢という博麗の巫女のーー。

それが、霊夢という双也の妹としてのーー。

 

 

覚悟であり、誓いだった。

 

 

「ただ…」

 

ゆっくりと振り向き、神也を見下ろす。

その表情に、大異変を起こした者への恨み辛みは全く表れていなかった。

 

「あなたの気持ちも、よく分かった。だからもう少しだけーー私達に任せなさい」

 

「! ………言うようになったな…霊夢…」

 

 

じゃあちょっとだけ、頼むわーー。

 

 

髪を染めていた灰色が、ブワッと宙へ抜けた。

その、珍しい傷付いた姿は確かに、双也のもの。

 

その姿を中心に、駆け寄る四人を視界の端に捉え、霊夢はポツリと呟いた。

 

 

 

 

 

「おかえり、双也にぃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーその日、幻想郷に二つの光の柱が立ち上った。

 

柱は黒い雲を突き破り、その光は幻想郷に満ち満ちていた瘴気と異形を悉く討ち滅ぼし、未曾有の危機に陥った幻想郷を見事に救って見せたのだ。

 

幻想郷を壊滅の危機にまで陥れたこの異変は、妖力の雲が空を覆った、という意味を込めて後に、こう呼ばれた。

 

 

 

 

 

妖雲異変、とーー。

 

 

 

 

 




この物語最大のイベントもこれでお終い。
ただまぁ…これで全部解決! って訳でもないのは、分かってますよね?

なーんかベタな感じになった気がしますがこの際気にしない事にします。 気にしないったらしないんです!

ではでは。


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第百六十一話 雲が晴れた後、悲哀と憤怒

後日談です。
異変後のみんなの様子、ですね。

ではどうぞ!


二つの人格が、一つの身体を使用する

ーーそれは実際、どんな状況と言えるだろう?

 

一つの身体に一つの人格。

それが当たり前の事であり、二つの人格が共存するなど、本当は異常な事だ。

 

 

ーー……久しぶり、だな。

 

 

一つの身体に一つの人格がある時……その人格は体の全てを支配できる。 当然の事だ。 身体は意思によって動き、その意志を持っているのは人格だけだから。

 

ならば、一つの身体に二つの人格がある時……それぞれの人格はどうなっているだろう?

答えは単純。片方が起きている時は、もう片方は寝ている。 精神の奥底に沈められるのだ。

 

 

ーー恵まれてるなぁ、お前は。

 

 

故に、身体を共有していても経験は全く別物であり、考える事も全く別。 しかし、どちらも"その人"自身である事に、変わりはない。

なんとも、難儀な話である。

 

だとすると、"身体が"寝ている時は、どうなるのだろう。

 

どちらも身体を支配出来ず、意志だけがその中で取り残されているとしたら。

 

 

ーー怖い顔するなよ。 代わりにやってただけさ。

 

 

これも答えは単純。

身体の中で二つの人格が確立し、対立する。

要は二つとも、起きているのだ。

 

意思だけで動く人格は、身体の中で全く別の人物として存在する。

例えその誕生理由や存在理由が、片方の人格に依存するものだとしても。

 

 

ーー…そうかよ。なら、教えてくれよ。

 

 

そしてここで重要なのが、"経験したのは人格だが、それを覚えているのは身体だ"、という事。

共有していると言っても、その身体は両方の人格のものでもある。

故に。

 

 

ーー乗り越えろよ、オレの為に。

 

 

意識だけの会話で、ある程度の物はやりとりできるのであるーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

夜も更け、昼間の騒動が嘘かの様に静まりかえった幻想郷。

博麗神社では、月明かりに照らされた居間で霊夢が一人、座っていた。

ーーその手には、鱗の模様が描かれた一枚の札が握られている。

 

「…目を、覚ましたら……」

 

何処か心配するような瞳で、未だ眠っている双也をーー正確には、彼が寝かされている部屋の方を見遣る。

霊夢の頭の中にあったのは、この札を渡された時の一言であった。

 

 

『双也が目を覚ました時、これを使う事になるじゃろう。本当に必要かどうかは…お主に任せる』

 

 

決着が着き、覆っていた雲も打ち払われて、異変解決が成された後。

集まった面々が博麗神社を去って行く際に、竜姫に言われた言葉だ。

 

どう使うのかは、分かっている。

とても強力で見たことのない術式だが、これは確かに脱気系ーーつまり気を失わせる類の札だ。

ただ、このお札があまりいい意味を持っていない事は、なんとなく分かっていた。

勘というのも確かにある。

それも博麗霊夢の勘といえば、百発百中で有名な程信憑性のあるもの。理由にはそれで十分ではあった。

だが…それよりなにより、何処か納得しきっていない心の一部が存在する。

その事が最も、大きくて確かな理由だった。

 

それに竜姫自身も言っていた。

双也に打ち勝つだけでは終わらない、と。

今ならそれも、なんとなく分かる。

この異変に秘められた、双也の強い感情を知ったから。

自分の我儘で彼を連れ戻したと、分かっているから。

 

「竜姫様は、いったい何を見通しているの…?」

 

顔を上げ、月を見上げる。

キラキラと輝くような月の光は、大異変を退けた幻想郷、そしてその住民を祝福しているように見えた。

……そしてそれが、何よりの皮肉に思えた。

 

「(今回の異変は……犠牲者が出てしまった…)」

 

老い先の短かったお年寄り。

雷に撃たれた大人。

怪物に貫かれ、子供も何人か亡くなったらしい。

 

そんな犠牲の上に見るこの月が、"祝福している様"だなんて。

霊夢はゆっくりと視線を落とした。

 

手。

お札がシワを作っている。きつく握っていたらしい。

突然、ポタポタと手に落ち始めた水滴は、どんどんと数を増やして手を濡らしていく。

視界はぼやけていって、頬に何か暖かいモノの流れる感覚があった。

 

 

霊夢は、泣いていたーー。

 

 

「(なんで…泣いてるんだろう…?)」

 

溢れる涙を指で掬い、ぼんやりと考える。

ーーだって、亡くなったのは私には関係のない人達だ。

ーーなのになんで、私が泣いている…?

 

どうしても分からない。

なぜ関係の無い人間の為に自分が泣いているのか、彼女には理解不能の出来事だった。

なぜ私は泣いている?

なぜ私は悲しんでいる?

なぜ私はーーこんなに後悔している?

 

後悔する要素など、何処にあっただろう?

最善の手を尽くした。 それで無事ーーとは言わないまでも、解決して見せた。そして望み通り、双也を取り戻す事が出来た。それの何処に?

 

「……っ」

 

強く締め付ける様な言い知れない息苦しさに、霊夢はギュッと胸を抑えた。

きっと自分の心は理解しているのだろう。だから無意識に涙が出てくる。

しかし、彼女の頭脳はまだ、理解する事ができなかった。

 

よく分からない感情が渦巻き、その苦しさがとても辛くて。

未だ涙の溢れ続ける顔を俯かせ、キツく目を瞑る。

すると、これもまた無意識に、震える彼女の唇から微かに漏れ出たのだった。

 

 

ごめんねーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この雰囲気は、今までからすれば一言…"異様"と言える。

 

異変の解決後というのは、いつも人里には活気が満ちている。

それは、霊夢達が異変解決後に宴会でどんちゃん騒ぎするのと似た様な理由である。

つまり、解決を祝って皆が騒ぐのだ。

 

八百屋では大幅値引きが始まったり、

行列を作って踊ったり、

時には屋台が迫り出して、本当のお祭りの様になる事もある。

恒例行事となりつつあるその大騒ぎは、異変が解決された翌日には必ず催されてきた。

 

だが今回はーー。

 

 

 

「うっ…うぅ…ぐすっ、貴方ぁ…っ!」

 

「やだよ…お母さん…! やだよぉ〜!!」

 

「婆ちゃん……なんで、こんな事に…!」

 

 

 

黒色に染まる人間の里。

その色の元は、妖雲異変を生き残った者達が纏う喪服であった。

 

夫、母、祖母。

此度の異変は、人里の人間達から大切な存在を奪い取っていった。

残された人々の深い悲しみが、渦巻いて、混ざり合って、人間の里を黒色に染めている。

 

異変解決の祝福など、誰も口にする者はいなかった。

 

「………………」

 

そんな"黒"の中に、霊那と慧音も含まれていた。

巻かれた包帯を内側にして、黒色の服に身を包み、どちらも重い表情を浮かべている。

 

「先代……亡くなった者の中には、子供もいるそうだ」

 

「…はい」

 

「黒い怪物に襲われて、一突き…何人も、亡くなった…らしい」

 

「…はい」

 

「その…中には…っ、私の、教え子も…いるそうだ…っ!」

 

「…………はい」

 

「……くっ、うぅっ…」

 

堪える様に涙を流す慧音を、霊那はそっと抱き締めた。

彼女の涙が服を濡らしていく。 しかし慧音の悲しみの深さを考えれば、それは霊那にとってちっぽけな事であった。

 

「慧音さん…」

 

慧音は、どんな人間からも慕われる人物だ。

いつも表情は明るく、言葉こそ中性的なものだが、それには何処か頼もしさすら感じる。

母性的な性格も相まり、寺子屋に通う子達の両親からは、"第二の母"と認められている節すらあるのだ。

 

そんな彼女が、教え子(我が子)を亡くした。

 

その悲しみは、きっとその心に深く突き刺さっているのだろう。

彼女のそんな弱々しい姿に、霊那の頭にふとした想像が過ぎった。

 

即ちーー霊夢を失った、想像。

 

「……ッ」

 

ズキリと胸が痛む。

それは何かが突き刺さったのだと錯覚するほど鋭く、重い痛みだった。

霊那の頬には、予期せず溢れた涙が、一筋伝っていた。

 

「先代、様…」

 

静かに涙を流す霊那の背中に、彼女を呼ぶ声が掛けられた。

そっと慧音を離して振り向けば、その声の主は、泣き疲れた表情をした一人の青年だった。

 

「……何でしょう?」

 

「此度の異変の…犯人の居場所。……教えて下さい」

 

「……何故?」

 

「"何故"…? …決まってるじゃないですか…!」

 

 

 

ーー復讐しに行くんですよッ!!

 

 

 

青年の瞳に、激しい憎悪が見えた。

 

「俺は、母と姉を殺されました!

母は寿命を迎えた様にしわくちゃになって死に、姉は怪物に滅多刺しにされましたッ!

こんな非道を受けて、何もしないなんて耐えられない! 教えて下さい! 先代様ッ!!」

 

青年の声は、静まり返った人里には煩わしいほどに響き渡った。

その強く歪んだ意思に、霊那はしばし圧倒された。

 

「…そうだよ」

 

そして霊那が言葉を出せずにいると、また何処からか青年に賛同する声が聞こえてきた。

 

「こんな大惨事を起こしておいて、今までみたいに平然と幻想郷に溶け込まれるなんて、考えられないわ!

いっその事、そいつを殺して母さん達の墓前に晒すべきだわッ!!」

 

ーーそうだそうだ!

ーーこんな非道を許すな!

ーーこの恨みを晴らしてやろう!

 

青年の言葉を火種にして、里のあらゆる所から報復を望む声が上がる。

やれ絞首刑だ、やれ晒し首だ、人々はその恨みを晴らすべく、思いつく限りの残虐な死刑方法を叫ぶ。

その中心で言葉を受けるのは、霊那であった。

 

里の中でも、特に敬われる対象となっている彼女だからこそ、その罵詈雑言の矢面に立たされていた。

彼女が動けば、皆が動く。ーー否、動く理由になるのだ。

高い位の者が動けば、その人に嫌な事を押し付けることが出来るから。

人間という生物の醜さ極まる部分だ。

 

周囲の人々からの怒号の様な叫びに、霊那は言葉を出せずにいた。

復讐したい気持ちはなんとなく分かる。でも、それが何も生まない事も分かっている。

それが間違った認識だとも思っていない。

だが、分からなくなっていた。

 

「(心を決めた人間は、強い…)」

 

それはどんな人でも。

人間は気持ちさえ整っていれば、どんな悪逆非道もこなせてしまう生き物だ。

復讐だなんて無意味な事でも、平気でしようとする。

 

そんな真理とも言える事柄を分かっていても、同じく人間である霊那は、彼、彼女らにかける言葉が見つからなかったのだ。

ただ、人々を見回して戸惑うばかり。

 

復讐を叫ぶ人々は、溢れる様に活気付いていく。

最早この騒動は誰にも止められないと思われる程に盛り上がった人間の里はしかしーー。

 

 

 

 

「黙りなさいッ!!」

 

 

 

 

一つの叱咤によって、静まり返った。

 

ゴオッと風が吹き抜けた様に響き渡った声は、人々の怒号を一瞬にして搔き消したのだ。

皆の視線が、息を合わせた様に声の主の方へと向けられる。

 

「復讐なんて物の為に罪を犯すなど愚の骨頂です! 誰かへ恨みを吐き出しても、全く無意味だという事を理解しなさい!

愚か者ッ!!」

 

人々の視線の先。

そこには怒りに顔を歪ませた閻魔、四季映姫。

そして背後に、小野塚小町の姿があった。

 

「異変後の様子をと思って見に来てみれば、なんですかこの騒ぎは。復讐だなんだと喚く暇があるならば、少しでも長く死者を弔ってやるべきです 」

 

「…あんたに何が分かるんだよ!」

 

堂々とした態度で非難する映姫に向け、先程の青年が涙ながらに叫んだ。

彼はどかどかと前に出て、八つ当たりとも言える怒号を彼女にぶつけるべく掴み掛かる。

 

ーーしかし、彼の腕は虚しく空を切った。

 

パパンッ「くあっ!?」

 

迫る腕を笏で受け流し、それを返して青年の頬を(はた)く。

振り抜いた笏はそのまま掲げられーー青年の頭にコツンと添えられた。

 

「……身内を殺され、怒り狂う気持ちは分かります。

でも、理解して下さい。

復讐に心を囚われ、それを成し遂げたとしても…あなたの家族は戻って来ないのです」

 

「……ッ! ぐ…ぅうっ!」

 

青年は、その場で蹲ってひたすら涙を流し始めた。

映姫に諭されるまでもなく、分かってはいることだった。

でも、耐えられなかった。

何処にもぶつけられない怒りと悲しみを溜め込む事に我慢が出来ず、その矛先が"犯人"という丁度いい響きの的へと向かっただけ。

 

そんな彼と、彼の肩をポンポンと叩く小町を一瞥した映姫は、その様子を見つめていた霊那の方へと近寄った。

 

「…行きなさい、先代の巫女。ここであなたに出来ることは、何もありません」

 

「ですが…」

 

「私が、この者達を叱っておきます。…行きなさい」

 

映姫の強い瞳に、霊那は反論出来なかった。そしてそれに、感謝する自分自身を感じ取った。

今の霊那に、悲しみに溺れる人々を諭す事は出来ない。

ならば、成る程。魂の何たるかを知る映姫は、この場を任せるにはまさに適任であろう。

 

霊那はそのまま、足早に立ち去るのだった。

 

 

 

 

 

しばらく歩き、もうすぐ我が家だというところ。

少しだけ息を切らす霊那に、物陰から声がかかった。

 

「ズルいよな、人間ってのはさ」

 

「……妹紅さん」

 

家と家の間。裏路地への入り口の陰に、妹紅が背を預けて立っていた。

彼女は、霊那が自分に気が付いたのを確認すると、目線だけを彼女に向けて、言葉を続けた。

 

「赤い霧の異変の時も、長い冬の異変の時も、あいつらは毎度毎度騒いでた。 異変が解決した、祝い酒だーーってね。

でもそれは、自分達に直接的な被害が無かったからなんだ」

 

「………………」

 

「そんな異変の犯人は平気で迎え入れようとする癖に、身内に被害が出るとあの有様。

"犯人"っていう存在に対しての綺麗な掌返しさ。 自分の都合しか考えてないってか」

 

妹紅は吐き捨てる様にそう言った。

妹紅もかつて、人ではなくなった自分に対しての"掌返し"を、親から受けた事がある。

それはもう千年以上も前の事だし、自分に対しての恐怖が親にそうさせたのだと分かってはいたが、それでもやっぱり、不快感は拭えない。

 

一人の女に目が眩む様な馬鹿親ではあったが、それでも優しさはあった。

それが突然、様変わり。

世間体か、それとも自らへの被害を打ち払おうとしてか、どちらにしろそんな親の姿は、家を追い出された妹紅には

"自分の都合しか考えない(娘を心配すらしてくれない)馬鹿者"にしか映らなかったのだ。

 

そんな親と、人々が酷く被った。

 

「ズルい。人間はズルいよ。自分の周り以外はどうなってもいいと思ってる、そんな奴ばっかりだ」

 

「そう、ですね」

 

妹紅の嫌味にも聞こえる声に、霊那はポツリと言葉を返した。

 

「人間はズルい生き物ですよ。

何かの命を奪って生きているのに、それに大した感情も抱かない。

人の嫌がる事を平気で他人にする人もいる。

…妹紅さんが言う様に、自分の周囲の事しか考えない人だっているでしょう」

 

「…………ああ」

 

「…でも、そればっかりじゃないですよ、人間っていうのは」

 

霊那は、薄く微笑んだ。

 

「考え方なんて人それぞれです。

ズルい人の分だけ誠実な人もいる。

妹紅さんは、私や慧音さんがズルい人だと、思いますか?」

 

「…いや、そんな事はない。 二人はいい奴だ」

 

「…ふふ、そういう事ですよ。

みんな根っから悪い人ではないんです。

ーーただ、今の悲しみが、心の許容を超えてしまっただけ。

……私も人間ですから、もし霊夢が居なくなってしまったら…復讐心にも囚われるでしょうね…」

 

何処か遠くを見つめるかの様な霊那の瞳に、妹紅はふいっと顔を反らせた。

そして少しだけ空を見上げ、呟く。

 

「……大丈夫さ。 万一そんな事があった時は、私と慧音が叱ってやる。……閻魔様みたいにね」

 

「……はい。お願いしますね」

 

そんな約束するかの様な二人の声は、異変の後とは思えない程澄み渡った空へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…レミィ、無茶し過ぎね」

 

「うぅ…面目ないわ…」

 

悪魔の館、紅魔館では、珍しく全員がある一室に集まっていた。

 

絶対全部は使わないだろと言う程大きな家具。

チェス盤などが置かれた可愛らしい机と椅子。

そして無駄に大きくて高級そうなベッド。

 

ーーレミリア・スカーレットの部屋である。

 

レミリア自身は、ベッドで半身を起こして座っている。

彼女の隣で、軽い叱咤を零しながら治療を済ませたのは、レミリアの親友、パチュリーである。

 

パチュリーは軽いため息を吐くと、その眠そうな瞳を再びレミリアへと向けた。

 

「…いくら恩人の危機だと言ってもね、あなたが居なくなったらみんな悲しむんだから。心配させないで」

 

「う……ご、ごめんなさい…」

 

「もう! 無茶しちゃダメだよお姉さま!」

 

「…ええ、ごめんねフラン」

 

「うん! 許してあげるっ!」

 

そう言い、明るい笑顔で姉に抱き着くフラン。

仲睦まじいそんな様子を見て、パチュリーはふと思った。

 

 

あなたが居なくなったら、きっとフランはまた壊れてしまうんでしょうねーー。

 

 

同時に、これは口に出さない方がいい事なのだろうとも思った。

戒めと言えば聞こえはいいが、これはあの姉妹にとってそれだけの意味には収まらない。

そもそも、館の主が病床に着いている隣で言う言葉ではないだろう。

パチュリーは静かに、言葉を飲み込んだ。

 

ストッ「レミリアお嬢様、甘い物は如何でしょうか?」

 

「ええ、ありがとう咲夜。戴くわ。…良いわよねパチェ?」

 

「ええ、傷はもう殆ど治ったし。問題無いわ」

 

「……それでは、どうぞ」

 

咲夜が作ってきたのは、一口大のクッキーと紅茶であった。

サクサクと軽く、そして仄かに甘い咲夜のクッキーは、絶品と言って差し支えない。普段から表情の起伏が少ないパチュリーですら、頰を緩めているほどだ。

しかし、クッキーは沢山あるが紅茶カップは何故か三つしかない。

ということはまぁ、いつものアレという事だろう。

 

「さ、咲夜さん! 私の分はーー」

 

「ある訳ないでしょ。

なんでメイド長が門番の為にクッキーと紅茶を用意しなきゃならないのよ」

 

「そんなぁ〜…」

 

美鈴はガクッと肩を落とし、見て分かる程にガッカリしていた。

レミリアは勿論、パチュリーも最早見慣れた光景だったので"ああ、またこれか"と軽い感想を抱く程度だったのだがーーそんな美鈴にも、救いの手が。

 

「えぇ〜、みんなで食べた方がきっと美味しいよ咲夜! 美鈴の分と咲夜自身の分も作ってきてよ!」

 

「い、妹様…!」

 

「え、ですが…」

 

予想外の横槍に、咲夜は横目でレミリアへと助けを求める。

レミリアはただ、微笑みながら頷くだけだった。

 

「……承知致しました」

 

「よっしゃ…!」

 

小さくガッツポーズを決める美鈴を、咲夜の鋭い視線が射抜いた。

ーー覚えてなさい、美鈴…ッ!

そんな殺気とも取れる視線に、後の事を想像した美鈴は、そのガッツポーズのまま静かに涙を流すのだった。

 

 

 

 

「それにしても……あの時見た双也の運命は、何だったのかしら…?」

 

「…何の事?」

 

カリカリとクッキーを頬張るレミリアは、その合間にポツリと言葉を落とした。

隣にいたパチュリーには当然それが聞こえており、不思議に思った彼女は、小声ながらに問い返す。

 

彼女の問いには、思い出した様な表情をする咲夜が答えた。

 

「ああ、以前仰っていた運命の事ですね。確か…"双也が酷く苦しんでいた"だとか」

 

「そうそう。結局のところ、あの時見た運命が何だったのか分からないのよ。 異変の最中にそんな様子は無かったし…」

 

ジッと考え込み始めた紅魔館の面々。

そんな彼女らの空気に触発されたのか、あまり状況の掴めていないフランが焦った様に問いかけた。

 

「え…。ね、ねぇお姉さま。お兄さまが、苦しんでるの…?」

 

「あ…えっ、と…」

 

フランの縋る様な目付きに、レミリアは咄嗟の返答が出来なかった。

 

確かに、レミリアがそんな双也の運命を見たのは確かだ。

彼女の見た運命をねじ曲げる事は案外可能ではあるが、それにはその"見た運命"の事を意識しながら行動しなければ成し得ない。

そしてそんな事を考えながら行動した者は、一人だっていない。

したがって、レミリアの見た運命は確実に訪れるはずの事だ。

 

「ねぇ、どうなの…?」

 

「…大丈夫よフラン。双也はとっても強いんだから。ね?」

 

「…うんっ、そうだよね! お兄さまなら、心配ないよね!」

 

ーーだが、それをフランに言っても仕方のない事だ。

むしろ、未だ精神的に子供であるフランには、伝えない方が良いかもしれない。

ズバ抜けた頭脳を持っている訳ではないレミリアには、フランがどんな行動を起こすのか予測する事は、とてもじゃないが不可能なのだ。

 

「(それに、フランの心に余計な負担をかける訳にはいかない…)」

 

それは、姉としての妹への配慮だった。

霧の異変の時からそもそも、フランと自分達が触れ合って、狂気を少しずつ抜いていく予定だった。つまり、この子の狂気が完全に治った訳ではない。

 

そこに余計な負担がかかれば、どうなるのかは予想出来ない。

また暴走を始めたら大変だ。

そして、様々な方面から妹を守るのが、姉の仕事だ。

レミリアの第一優先事項とは、フランの安否なのである。

 

「(まぁ、後は霊夢が如何にかするでしょう)」

 

窓から小さく見える博麗神社を眺め、レミリアは再び、一枚のクッキーを口に咥えるのだった。

 

 

 

 

 

 




二日で書いたのに七千文字を超えていたという…。
中々無い現象が起きましたね、はい。

ではでは。


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第百六十二話 雲が晴れた後、それぞれの想い

後日談part2

ではどうぞ!


「すぅ……すぅ……」

 

「ん、早苗はまた寝てるのか」

 

ファサ、と毛布を掛けてやる。

座布団を枕にして板の間で寝ているので、少し寝辛いだろうなとは思っても、当の早苗は実に幸せそうな寝顔をしていた。

そんな彼女の隣に座り、守矢神社の一柱、八坂神奈子は優しく微笑んでいた。

 

「……全く、無茶をしたもんだね」

 

そう呟き、神奈子はゆっくりと頭を撫でる。

早苗はそれに身を捩って、"うぅん…くすぐったいです諏訪子様ぁ〜…"なんて寝言を零している。

彼女の中では、くすぐるなんて行為を自分にするのは洩矢諏訪子のみとなっている様だ。

神奈子は少し不思議そうな表情をして、再び微笑みを零した。

 

「…神降ろし、か。 よくもまぁ、外界出身の早苗にそんな事をさせたもんだ」

 

「全くだね。 龍神様の考える事はいつもぶっ飛んでるよ」

 

「諏訪子。傷はもう良いのかい?」

 

「うん。大体はあの狐が治してくれたみたいだし」

 

守矢神社に祀られるもう一柱、洩矢諏訪子はヒラヒラと軽く腕を振るった。

細くて小さなその腕には、白い包帯がぐるぐると巻かれている。

 

"そうか"と一言返してやると、諏訪子は神奈子の隣に腰を下ろした。

 

「はぁ…災難だったよねーホント。 幻想郷に来て"よしやるぞ"って意気込んでたらまさか、再会した双也にボコボコにされてさー」

 

「フ…そうだな。 再会した事を喜ぶ間もなく、だったな」

 

妖雲異変の時、双也に再会したのは実に数千年ぶりの事である。

本当は涙があってもいい程の長い年月を経ての再会。

だがそれは、決して喜びに溢れたものではなかった。

 

神社の境内でのんびりしていたら突然間近にとんでもない神力を感じ、二人急いで飛び出してみれば、昔とは何処か様子の違う双也が立っていた。

 

「………強かったね、双也」

 

「ああ。…歯が立たなかった」

 

「歯どころか、手も足も出なかったね」

 

「……ああ」

 

二人の姿を確認するのとほぼ同時。

間にいた早苗を腕で弾き飛ばし、刀を抜きながら神速の如く肉薄してきた。

抵抗を試みるも、当時の双也の力は二人の想像を遥かに凌駕して、ほぼ一方的に、斬り伏せられたのだ。

 

反撃の隙を与えず、防御もろくにさせず。

斬り、弾き、殴り、まるで抵抗の許されない自然災害の様な痛撃を前に、二人は何もする事が出来なかったのだ。

その時の事を思い出すと、二人はもう清々しい程諦めの混じった溜息が、無意識に口から漏れてしまうのだった。

 

「…それで、そんな異変を止めたのが私達の早苗だ、って事がもう驚きだ」

 

「神降ろしなんて無茶までして……いや、

"させられて"か。今度龍神様に会ったら文句言わなきゃね」

 

「ははっ、止めときなよ。次元の狭間にでも飛ばされるよ」

 

「あーうー…洒落になってないよ!」

 

納得出来ない様に唇を尖らせる親友の姿に、神奈子はまだ笑うしかなかった。

そしてまた、眠る早苗を見遣って頭を撫でる。

彼女を労わる様な、優しい手つきだった。

 

「…そう、早苗には無茶だった。

いくら巫女と言っても、それほど神事には通じてない現役の高校生だぞ。

…そんな娘に神降ろしを…それも最高神レベルを二柱なんてさせたら、こんな状態にもなるさ」

 

眠る早苗は、相変わらず幸せそうな寝顔をしていた。

 

最近の彼女は、よく睡眠を取る。

神降ろしなどという無茶をした所為で心も身体も疲れきっているというのに、毎朝いつも通りに早く起きて掃除をし、普段通り生活を送ろうとすれば、当然の事である。

過分な睡眠を取らなければならない程、彼女の身体は未だ疲れきっているのだ。

だが、それでも彼女の寝顔が実に安らかなのは、神奈子達が側にいるからなのか、それとも無事に幻想郷が救われたからなのか。

 

「それだけじゃないでしょ。 きっと不安と責任感で一杯だったんだよ。 …今回は、理由が理由だったらしいからね」

 

「双也と、平行世界の早苗の事か」

 

コクリ、と諏訪子は頷いた。

 

「早苗はお人好しだからね。 間接的に自分の所為だって思い込んでても不思議はないよ。…そんな事、誰も思ってないのにね」

 

「…そういう所は、先祖代々だな」

 

「ふふっ、そうだね。 何処で遺伝したのか分かんないけど、この子の家系はみんな揃ってお人好しさ」

 

あはは、と二人で笑い合った。

心なしか、早苗も少しだけ笑っている気がする。

一頻り笑い合い、二人はふぅ、と一息吐いた。

 

「……早苗の疲れが取れたら、三人で何処かピクニックにでも行こうか」

 

「いーねー! せっかくこんな自然が溢れてるんだし、ちょっとくらい信仰集めを遅らせてもバチは当たらないでしょ!」

 

「ふふ、そうだな。きっとバチは当たらないさ」

 

「ふふふっ♪」

 

お昼の守矢神社には、仲良く縁側で添い寝する三人の姿があったというーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妖雲異変に於いて、白玉楼にはこれと言った被害は見られなかった。

強いて言うならば、結界の門近くにあった桜の木が少しだけ枯れたくらいか。

魂だけの冥界で花が枯れることにどれ程の意味があるとも思えないが、それを見た紫の心は、僅かに虚しさを感じるのだった。

 

「幽々子様、紫様。 お茶とお菓子をお持ちしました」

 

「ありがとね妖夢。 戴くわ」

 

「ありがとう妖夢」

 

そう二人微笑み、妖夢は少しだけ頬を赤らめて下がっていく。

パクリと饅頭を一つ、飲む様に食べ切った幽々子は、お茶を片手に紫へ話し掛けた。

 

「それで、その後どうなの紫?

双也にこっ酷く斬り刻まれたって聞いたけれど」

 

「…まぁ、大体は完治したわ。お風呂の時に少し滲みるくらいよ」

 

「あらあら、それは大変ね」

 

「…?」

 

何となく噛み合っていない様な返答に、紫は少し首を傾げる。

しかし、その時の幽々子の表情を見て、ああまたコレか、と思い直した。

 

「だって、傷が残ったら紫のもっちもち肌が台無しじゃない♪」

 

「! ……もう、私をからかわないの」

 

「あら、随分と面白味のない返答ねぇ」

 

そう言いつつも、幽々子は笑顔でお茶を啜っていた。

飄々とした人物によくあるからかい文句なのである。

彼女と長い間親友を名乗る紫には、最早慣れきってしまった会話であった。

 

「(傷、か…。 そう言えば、もう境界を操らなくても死なないくらいには薄まってるわね)」

 

そっと、最初に神也から受けた腹の傷に触れる。

あの時流し込まれた西行妖の力は今だって能力で抑えているが、もうそろそろ解除しても問題はなさそうだ。

異変が解決して以来、少しずつ西行妖の能力は薄まってきているのだ。

 

「(…西行妖……何処までも私達を苦しめてくれるわね)」

 

ズン…と聳え立つ、今はもう花を咲かすことはない巨木を見上げる。

紫は少しだけ、そして無意識にそれを睨め付けていた。

 

当人ですら無意識に行っていたその行為に目敏く気が付いたのか、幽々子は少しだけ首を傾げた。

 

「…どうしたの紫。怖い顔して」

 

「っ、いえ…何でもないわ」

 

ハッとして誤魔化すように笑いかけると、幽々子は"そう"と言ってまた饅頭を頬張り始めた。

気が付けば、山の様にあった饅頭は数個しか残っていない。

犯人の常識外れな早食いに呆れながら、紫も一つ、頬張った。

 

「あ、そういえば…今回の異変、私と同じ力を妖夢が感じたって言ってたけど…結局何だったのかしら」

 

「…………さぁ」

 

「さぁって…。妖怪の賢者様ともあろうお方が、異変に関してそんな認識でいいのかしら?」

 

「いーのよ。 少しくらい適当にしなきゃやってられないわ」

 

嘘である。

紫は幻想郷の管理を疎かにしたことはないーー代理である藍の仕事も含めーーし、幽々子の言う"私と同じ力"という点にも結論を得ている。

ただそれは、彼女の記憶に関わる事なので敢えてはぐらかしたのだ。

 

「もう…まぁいいわ。少しお散歩してくるわね」

 

「ええ。いってらっしゃい」

 

紫の反応に何を思ったか、幽々子はゆったりと散歩ーーといっても屋敷の周りーーに出かけてしまった。

紫はそんな彼女の姿を見送りながら、昔西行妖と戦った時のことを思い出した。

 

「(あの時は……双也が身を呈してアレを押さえ込んでくれたのよね)」

 

封印というには余りにも力技、と言わざるを得ない方法ではあった。

当時、手の内にある最も大きな器であった天御雷に妖力を繋ぎ、集め、それを霊力の蓋で閉じ込めて封印する。

彼でなければ不可能な方法だ。

 

そしてそれが、今ある懸念の一つであった。

 

「(……また、双也の側にあんな危険な物を置いておかなければならないのね…)」

 

繋げて、集めて、蓋をする。

それは言わば、二段階に分けた封印法だ。

異変の際、"封印が壊れた"とは言ったが、厳密には二段階目である"蓋"が壊れてしまったのだ。

元々ギリギリのところで抑えていたのに、彼の精神が激しく揺らいだ為に安定が失われ、結果、蓋が壊れた。

 

つまり、天御雷と西行妖の妖力は未だ繋がったまま。

 

西行妖も死んでいる訳ではない。

霊力と同じ様に生命エネルギーである妖力は、封印されているとは言え、失った分を回復する為に西行妖の中で生み出され続ける。

そして掛けられた双也の能力によって、また刀の中に溜められていくのだ。

 

今はまだ量が少ないので紫が代わりに蓋をしているが、いずれは双也に代わらなければならない。

そうなれば、また振り出しだ。

この先双也が何らかの原因で心を乱し、再び神也が現れた時ーーそれは異変の再来を意味する。

 

「(…そうか……だから"打ち勝つだけでは終わらない"のね…)」

 

竜姫の言っていた事を思い出す。

本当に、最高神という名は伊達ではないらしい。

これ程的確なヒントでは、最早未来予知にすら迫るのではないか。

 

「さすが龍神様、ね」

 

思わず口から出てしまった言葉だった。同時にそれは、彼女の心からの感服である事を示していた。

 

ーーともかく。

 

「(またあんな異変を起こすわけにはいかない。何が何でも)」

 

妖雲異変という、幻想郷史上最大の被害をもたらした大異変などもう一度起こすわけにはいかない。

大量の人が死んだ。

世界が崩壊する危機があった。

そして、再び双也を失うところだった。

また起こる可能性があるならば、その芽はちゃんと摘んでおかなければならない。

 

「(…………?)」

 

ふと、今しがた自らが思い浮かべた言葉に違和感を感じた。

 

妖雲異変は、確かに起こす訳にはいかない。

幻想郷の管理をする上で、大量の人が死ぬ事は看過できないのだ。

世界の崩壊など以ての外だ。 苦労して作り上げた夢の形を、簡単に壊させはしない。

ならーー"双也を失う"?

 

「(……なぜ、"双也を失ってしまうから、異変を起こしてはいけない"?)」

 

思い返せば、異変の最中であっても常に"双也を取り戻したい"と考えていた。 原動力にさえしていた。

ーーなぜ?

この世界に生きる生命は、ちゃんと循環している。

生まれ、生き、死に、草花や虫の餌になり、その虫も食べられ、命を繋いでいく。

双也に限らず、紫もその循環の一部である。

その生命の輪とも言える理は、世界を管理している八雲紫という人物が一番に理解出来ていなくてはならない事柄だ。

 

今回の妖雲異変は、その循環を大きく乱す可能性があった。

だから、世界の管理者として、あの異変を再び起こしてはいけないと思う。

そしてそれは、"世界を守る為"である筈なのに。

 

「(なぜ私は…双也を中心にして考えているの…?)」

 

確かに、双也を元に戻したいとは思った。 それはそれは強く、願っていた。

そうーー紫自身が、自らの夢の形である幻想郷と彼を、無意識に同列視してしまう程。

 

でもそれは、一体何故なのか。

紫はまだ分からなかった。

 

紫にとって、双也とはどんな存在だったろう?

生きる術を教えてくれた恩師?

お互い遠慮なんて欠片も無い友人?

寂しがり屋で中々放っておけない奴?

 

ーー本当に、それだけか?

 

彼がどんな存在か。

そう思い浮かべて並べて行った時、紫にはどうしてもしっくり来るものが思い浮かばなかった。

確かに、紫の中ではどれも彼の正しい姿だろう。

戦い方を教えてくれた事は感謝しているし、遠慮の存在しない会話は実に楽しいもので、寂しそうな顔をする彼はついつい慰めたくなる。

それに嘘偽りは無い。

でも、何か足りていなかった。

それは、なんだろう?

 

「(どの姿も、私の心にしっかりと当てはまる姿じゃない…なぜ?)」

 

これ以上にどんな姿があるというのか。

これ以上に自分は何を求めているのか。

ーー分からない。

 

分からないーーが。

混乱した頭の中で必死に答えを絞りだそうとする中、紫は突然ハッとして、ある確信に近い考えに至った。

 

「(私が……無意識に望んでいる、双也と私の関係…? ーーッ!)」

 

 

 

 

 

ーーお主はまだ…気が付いていないのか?

 

 

 

 

 

龍神に言われた言葉がフラッシュバックする。

壊れそうな程の速度で頭が回転し、痛みに頭を抱えようとするも、それでも彼女は思考を優先した。

気が付いていない? あれは異変の解決方法の事ではなかったのか?

違うとしたら? 別のことを言おうとしたのなら?

そう考えるなら?

結論はどうなる?

気が付かない。

無意識。

関係。

双也ーー。

 

 

「ーーッ!!」

 

 

いつの間にか俯いていた顔をバッと上げる。

嵐の様な思考の中で見つけたその"答え"は、紫の心に何処か引っかかっていた物を綺麗に取り除き、彼女の心にぴったりとはまった。

心臓はトクントクンと煩いほど身体中に響く。それでさえ胸が痛くて、苦しくて。

ギュッと胸を抑えれば、"なぜ今更こんな気持ちを?"と自分に問いかける自らの姿を確認できた。

 

「(私が…私自身が気が付いていなかった気持ち…。

私の中で、双也の存在がどれだけ大きくなっていたのか……)」

 

ーー今ならもう、全てが分かる。

龍神が言おうとした異変の解決法。

自分が何に気が付いていなかったのか。

なぜ輝夜の事を考えた時に胸が痛んだのか。

自分が一体どうしたいのか。

 

 

 

「(私、は……)」

 

 

 

 

 

 

双也を、愛しているんだーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やはり、こうなったか」

 

目を瞑りながら、その脳裏に映っていた映像を見て一言、竜姫は呟いた。

ゆっくりと目を開くと、照明の点いた豪勢な天井が見えた。

 

ここは神界。

ただ天を目指すだけでは辿り着けず、しかし天界よりも遥か上空に存在する神の世界。

 

最高神である天宮竜姫は、広い自室の椅子に座って背を預けていた。

 

「霊夢や早苗も、近い所までは行っていたんじゃが……やはり、双也に寄り添うべきは紫じゃったか」

 

「そうですか? 双也の事が好きかどうかなら、霊夢だって相当兄想いの良い子だと思いましたが」

 

「それだけではダメなんじゃよ日女。それだけでは、双也の側に寄り添うには足りないのじゃ」

 

「ふ〜ん…」

 

納得している様なしていない様な。

判断のつかない声音を聞き、竜姫はなんとなく"こやつは西行寺幽々子に似ているな"と思うのだった。

 

「あ、今思いついたのですが、竜姫ちゃんは双也を救いたかったんですよね?」

 

「? そうじゃが」

 

「誰が、とか探すくらいなら、竜姫ちゃんが彼の側にいれば良かったのでは? あなたには、何が必要なのか分かっているんでしょう?」

 

「…………それは出来ん」

 

表情を暗くし、竜姫は少し俯いた。

 

「私は言わば、あやつがああなってしまった原因じゃ。 そんな者が烏滸がましくも"側にいる"など……口が裂けたって言えんよ」

 

「……そうですか」

 

ーー思い詰めすぎだ。

日女は、いつまでも自分を責め続ける竜姫を見、そう思った。

確かに、突き詰めてみれば原因は竜姫にあるのだろう。

平行世界で彼女が双也を転生させなければ起こりようのない話だったのだから。

 

だがそれは、あくまでも"突き詰めてみれば"だ。

 

これの原因は何だ、ならその原因の原因はなんだーーそんな不毛極まる討論を続けたって意味など無い。

竜姫は双也への深い負い目から、そんな事にすら気が付いていない様だった。

原因が何だったのかなど、今に至ってはどうでもいい事なのに。

 

「竜姫ちゃん」

 

「? 何じゃーーうわっぷ!」

 

ギュッ

 

日女は、俯いていた竜姫をそっと抱き締めた。

それは太陽の様に暖かい抱擁で、暗く沈んでいた竜姫の心をふわりと包み込む様だった。

 

「……誰も、あなたの所為だなんて思っていませんよ。私も、みんなも、双也だって思ってはいないでしょう」

 

「っ…そんな事あるわけーー」

 

「ありますよ。彼がどんな人かは、あなたがよく知っているでしょう?」

 

双也は優しい人間だ。

本来は血に塗れて当然な戦争の最中にだって、一人の死人も出さなかった程。

 

そんな人間が、新たな生を与え、かつずっと見守っていた竜姫を、恨む筈がないのだ。

これは予想でなく、確信。

日女の中には、そんな不思議な確信があった。

 

「怒る筈がありません。 恨む筈がありません。 あなたはちゃんと、それだけの事を彼にしてあげているんです。 自分を責めないで下さい」

 

「……………うむ」

 

消え入りそうな声で頷く竜姫に、日女は優しく微笑みかけた。

そして少しだけ抱き締める力を強めると、そっと頭を撫でる。

サラサラして、艶やかで、まるで彼女の清廉高潔さを表すかの様だった。

 

 

 

 

 

「おっと、取り込み中だったか?」

 

 

 

 

 

不意に、どこか逞しさを感じる男性の声が響いた。

二人にとっても聞き覚えのある声であり、竜姫自身"そのうち来るだろうな"とは予想していた人物の声。

 

「…そろそろ来ると思っていたぞ、戒理」

 

「ああ、その後の話を聞きに来た。ーーのだが…」

 

「? ーーッ!!」

 

言い淀む戒理の陰に、竜姫は"嵐"の姿を見た。

その際の彼女の表情と言ったら、どんなものにも形容し難い凄絶なものだった。

 

その"嵐"は、ヒョコっと戒理の後ろから出てきたと思うとーー驚く程の速度で竜姫に飛び付いた。

 

「久しぶりです竜姫ちゃ〜んっ!!」

 

「ひっさしぶりに遊ぼー竜姫ちゃーん!!」

 

「うわぁあ! 叫ぶな飛び付くな抱き着くなぁあ〜っ!!」

 

彼女に飛び付いた二つの嵐ーーそれは、裁判長を務める双子の姉妹、陽依と夜淑である。

二人は満面の笑みを浮かべて、珍しく焦りまくった竜姫に抱きついていた。

 

「悪いな竜姫。娘共に"竜姫の処へ幻想郷の事を話しに行く"と言ったら、着いて行くと聞かなくてな…」

 

「それなら先に連絡を寄越すのじゃぁっ!! それならば私も心の準備が出来るというのにっ!」

 

陽依と夜淑は、竜姫にとても懐いていた。

というのも、種族関係ではなく純粋な憧れである。

 

竜姫は、傍目からは子供同然だ。

しかし容姿は美しく、何処となく幼い顔立ちの中にも堂々とした凛々しさが宿る。

最高神というだけあって力は強大で、仕事も難なく全てをこなす。

誰が憧れても不思議ではないほどのステータスである。

 

が、そんな彼女だからこそ、同じく子供同然の二人には輝いて映った。

二人と違って仕事はちゃんと出来る。

二人と違ってとんでもなく位が高い。

二人と違ってあまりに強大な力がある。

二人と違って溢れんばかりの高潔さを漂わせている。

 

輝くばかりのその姿を見た時、二人の心は一瞬で持っていかれた。

ーー映姫ちゃんもカッコいいけど、この人もすごいカッコいい…っ!

ーーこの凛々しさ…見習わない手はありません…っ!

 

そんな二人の憧れは強烈なものだった。

出会えば速攻で飛び付くし、

誰かが止めなければいつまででも一緒に居ようとするし、

遊ぶと言って竜姫をあちこちに連れ回した事もある。

 

 

 

ーーよって、竜姫はこの二人が苦手であった。

 

 

 

わーぎゃーと叫び始めた三人を見、半ば呆気にとられていた日女は、すぐにいつも通りの微笑みを讃えながら、その様子を眺める戒理に話しかけた。

 

「…止めた方が、いいんじゃないですか? いつまで経っても話が始まりませんよ?」

 

「…そうだな。竜姫にも迷惑をかけてしまっているしな」

 

ガリガリと仕方なさそうに頭を掻き、戒理は暴走する我が子二人を呼び止めた。

いくらやんちゃを極めた二人でも、荘厳な父親の声には弱い様で。

渋々と手を離す二人の姿に、竜姫は心底ホッとするのだった。

 

 

 

 

「ーーという事は、その後特に問題はなかったのだな?」

 

向かい合って座る竜姫に、戒理は確かめる様に問う。

竜姫はコクと頷いた。

 

「疲れでよく睡眠をとってはいるが、東風谷早苗にも特に影響はない。 安心するのじゃ」

 

「…そうか」

 

戒理は目を瞑り、一つ小さな溜息をついた。 ただ、それと同時に肩が僅かに下がった為、相当に心配はしていたのだろう。

肩の荷が下りたーーそんな表情をしていた。

 

「…双也様が、そんな事になってるなんて…」

 

「うん……」

 

そんな戒理の隣では、深く気落ちしたような表情をする陽依と夜淑の姿があった。

そういえば、こやつらは双也の部下じゃったなーー。

二人の様子を見、竜姫はふと思い出したのだった。

 

「……心配はいらんよ、二人共」

 

「…竜姫ちゃん…?」

 

上司をーーいや、彼女らの様子から察するに、"友達"を心から心配する二人。

その弱々しい姿に、竜姫は優しい声音で語り掛けた。

 

「心配など、する事はない。 何せ双也の事じゃぞ? お前達が信じてやらなくてどうするのじゃ。……友達、なんじゃろう?」

 

「…………うんっ!」

 

励まされた二人は、初めのようにーーただし会話だけでーー騒ぎ始めた。

今度双也に会ったら何をするか、

待つんじゃなくて会いに行こうか、

など。

 

双也を想う二人の姿を、竜姫は少しだけ羨ましく思った。

 

「…なぁ、日女」

 

「なんですか?」

 

「……友達、なら…双也とも上手く付き合えるのかのぉ……」

 

「…ふふ、勿論ですよ」

 

端正なその顔を僅かに微笑ませる竜姫の横顔。

その姿に、日女もまた、微笑みを零すのだった。

 

 

 

 




また長くなってしまいました。

ではでは。


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第百六十三話 生きる為の支え

この章もあと僅か。

ではどうぞ!


妖雲異変から数日。

幻想郷を包んでいた何処か暗い空気は少しずつ抜け始め、だんだんと普段の幻想郷に戻りつつある。

 

博麗神社も相変わらず、参拝客の乏しい状況が続いていた。

 

「はぁぁ〜……」

 

机に突っ伏し、空っぽな賽銭箱の中身を想像して溜息が出る。

幻想郷の空気が明るくなり始めても、霊夢が纏う空気だけはどんよりとしている様である。

 

「……………」

 

上げていた顔を脱力した様に下げると、ゴンッと額と机がぶつかった。

そのまま顔を横に向けると、縁側から神社の周りを囲う桜の木が見える。

丁度、葉が枝から離れてヒラヒラと舞い落ちる所であった。

 

「……どう、しよう…」

 

目を細め、何処か疲れた様な印象を受ける表情でポツリと呟く。

賽銭などのことではなく、もっと重要な何かに思い悩んでいるかの様な表情だった。

 

そんな状態をどれくらいしていたか、何処かぼうっとしている霊夢にはよく分からなかったが、不意に、聞き慣れた声が彼女の鼓膜を震わせた。

 

「おーい、霊夢ー!」

 

「……なに、魔理沙」

 

「……なに、はねぇだろ。何か用がなくちゃ来ちゃいけないのか?」

 

「……そうね」

 

霊夢の素っ気ない反応に、魔理沙は唇を尖らせた。

縁側から上がり、いつもの様に彼女の隣に腰を下ろすと、霊夢の様子を見て、魔理沙は首を傾げた。

 

「お前…どうしたんだ? 薄く隈も出来てるし」

 

「ん〜… ちょっとね…」

 

「大丈夫か?」

 

「大丈夫……じゃない。 けど、気にしないで」

 

「いやいやいや…」

 

"それは無理だろ"と言わんばかりに、魔理沙は頭を軽く横に振るった。

普段からあまり他人の事を気にしない彼女が心配してしまうほど、今の霊夢は疲弊している様に見えたのだ。

それは決して、掃除だとか妖怪退治だとか、そういった事柄によってはありえないと思える程の様子。

第一、弾幕勝負には無駄なくらい秀でている彼女が、そんな軽労働でここまで疲弊するはずがない。

ーーだとしたら、何かストレスでもあるのだろうか?

 

直情的な性格の魔理沙には、"訊かない"という選択はなかった。

 

「…なんかあったのか?」

 

「…まぁね」

 

「話してみろよ」

 

「…話しても、多分解決しないわ」

 

机に突っ伏したまま答えようとしない霊夢。

魔理沙はその姿を不思議そうに見下ろしていた。

ーーなら、言い当てて無理矢理相談させようか。

 

不器用な魔理沙なりの、親友の為の配慮だった。

辛い事は話せば楽になる。 多少の個人差はあるが、ともかく、話して更に辛くなる者など居はしないだろう。

魔理沙は早速、原因を言い当てるべく頭を捻った。

 

「んー…、お茶を飲もうと思ったら切れてたとか?」

 

「違う」

 

「紫にこっ酷く叱られたとか」

 

「…違う」

 

「じゃあ何かグロいものを見たとか」

 

「ンな訳ないでしょ…」

 

「なら、弾幕勝負に負けた! コレだろ!」

 

「………………」

 

相変わらず突っ伏したままだったが、霊夢は遂に黙り込んだ。

お、ビンゴか?

そう思い、魔理沙得意げな顔を浮かべる。

なら、後は慰めてやるだけだ。

魔理沙は早速、彼女にかける言葉を模索し始めた。

ーーが、掛けようとした声は、霊夢の小さな呟きに遮られてしまった。

 

「……ら…いで」

 

「…あ?」

 

「……探らないで…っ」

 

「…!」

 

魔理沙は、絞り出す様に言う霊夢の肩が、僅かに震えている事に気が付いた。

未だ嘗て、彼女がこれほど思い詰めたことがあっただろうか。

それを抜きにしたとしても、親友である魔理沙は、そんな弱々しい姿の彼女に声を掛けずにはいられなかった。

 

「な、何でだよ。 そんなに思い詰めてるお前を放ってなんてーー」

 

「いいから…探らないでっ!!」

 

バンッ!

 

顔を俯かせたまま、霊夢は強く机を叩いた。

あまりにも彼女に似つかわしくない行動に驚き、魔理沙はビクッと肩を震わせる。

自分の行動にハッとした霊夢は、少しだけ狼狽えた目を魔理沙に向けた。

 

「っ…ご、ごめん…」

 

「…いや、気にすんなよ」

 

そうは言うが、魔理沙も内心萎えてしまい、俯いてしまった。

 

霊夢に怒鳴れる事はよくある。

神社に勝手に上り込んだり、勝手にお菓子をつまみ食いしたり。 行ってしまえば日常的に怒られている。

だから霊夢に怒鳴られようと、いつもそう気にはしていなかった。

 

だが、今回は何か違う。

普段の突発的な怒りではなく、何処か頼みにも似た怒り。

魔理沙は本能で、彼女の"踏み込んで来ないで…!"という言葉聞き取っていたのだろう。

 

「っ…お、お茶!」

 

「え…?」

 

「お茶、淹れて来るぜ。…飲むか?」

 

「…うん」

 

気不味い空気に耐えられず、魔理沙は逃げる様に台所へと向かう。

霊夢の横を通り過ぎる魔理沙の手は、硬く拳を握りしめて震えていた。

 

「(…何も、出来ない…のか?)」

 

その悔しさに、無意識に歯軋りしてしまう。

これだけ長く霊夢と居ながら、肝心な時に力になれない。

魔理沙は、そんな無力な自分に怒りさえ感じていた。

 

ーー何が親友だ、これじゃあただのお荷物じゃないか。

 

異変の時も、魔理沙は親友の助けになる事は出来なかった。

彼女の隣に立って、共に闘うほどの力が無かった。

そして今も、彼女の支えになることさえ出来ていない。

 

「……くそっ」

 

お茶を淹れ、自分と霊夢の分を手に持って戻る直前、魔理沙は立ち止まり、少し俯いて吐き捨てる様に呟いた。

あくまで小さく、霊夢には聞こえない様に。

ただーー彼女の悔しさの全てが詰まっている言葉だった。

 

「(…切り替えろ。こんな悔しさ、霊夢の前では見せられない)」

 

魔理沙は一呼吸吐き、再び歩き始める。

居間に戻ると、霊夢はまだ机に突っ伏していた。

 

「ほら、お茶」

 

「…ん。ありがと…」

 

少しだけ顔を上げ、軽く礼を言う霊夢。

未だ暗いその表情に、また先程の悔しさが込み上げそうになるが、魔理沙は必死でポーカーフェイスを貫いた。

そして、コト っと湯呑みを机に置いた。

 

 

 

ーー瞬間。

 

 

 

ドウッ!!

 

近くでとんでもない霊力が溢れ出した。

 

「……はぁ、またか…」

 

尋常ではない力だ。

一瞬気が飛びそうになった程強く、濃い力。

至近距離の直撃だったら、普通の人間である魔理沙なんて一瞬で倒れてしまうだろう。

荒々しいその霊力に驚いた魔理沙の肌は、大量に冷や汗を垂らし始めた。

 

「お、おいこれ……もしかして…」

 

「……魔理沙の想像通りよ。 今奥で霊力を放ってるのは、双也にぃ」

 

「ッ!!」

 

この瞬間、魔理沙は察した。

ーーきっと霊夢の疲弊の原因は、コレだ。

特別勘の鋭い訳ではない彼女でも、これには確信があった。

そしてそれが双也であるなら、霊夢が魔理沙を踏み込ませようとしなかった事にも納得がいく。

予想以上に切迫した状況に、魔理沙は茫然としていた。

 

「魔理沙…悪いけど、今日はもう帰って」

 

「な…! おい待てよ霊夢!」

 

「お願い……帰って…!」

 

立ち上がり、奥へと消えようとしている霊夢の背中に、堪らず叫ぶ。

だが、霊夢は振り返らぬまま、懇願する様に声を絞り出した。

 

ーーダメだ。

 

このまま行かせたら、どうにもならなくなる気がする…!

霊夢の暗い背中、溢れる霊力、この状況。

心をこれ以上なく圧迫するこの空間の中にあって、魔理沙は強くそう思った。

そして同時に、先程の激しい悔しさを思い出した。

 

ここで何もしなかったら、もうあいつの親友なんて名乗れない…!

あいつの隣にいる事は、一生出来なくなる気がする…!

 

悔しさか、恐怖か、魔理沙は震える唇で、再び霊夢の背中へと言葉を放った。

 

「……霊夢、辛かったら私を頼れよ。 これでもお前の事…よく分かってるつもりなんだ」

 

「………………」

 

「じゃあ、帰るな。……また来る」

 

立ち止まった霊夢の背中が横目に後を引く。

それでも魔理沙は振り返って、再び縁側へと出た。

これ以上は何も出来ない。 今の霊夢にしてやれる事は何もない。

ただ、辛くなった時の拠り所になろう。

それが魔理沙の、霊夢の親友としての心構えとなった。

 

「魔理沙」

 

ふと、振り返った魔理沙の背中に声が掛けられた。

思いもしなかった声に振り向くと、霊夢が振り返って、微笑んでいた。

 

「…ありがと。やっぱりあんたは、親友よ」

 

「……おう」

 

一言そう返し、魔理沙は箒に跨って飛び上がった。

風に揺れる髪から覗くその表情は、何処か安心した様な笑みをたたえていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

心の支え、というのは、とても大切な物なのだと強く思う。

 

挫けそうになった時、折れそうになった時、その支えさえあれば、人はまた立ち上がる事ができる。挑み続ける事が出来るのだ。

 

人生とは挑戦の連続だ、という言葉を聞いた事がある。

本当にそうだというなら、成る程、心の支えとはまさに、生きる為の必需品なのだろう。

人という字がどうしてこんな形をしているのか、その答えもそこにある気がする。

 

「(…我ながら、良い親友を持ったものね)」

 

居間から続く、奥の部屋へ続く廊下。

トボトボとそこを歩く霊夢は、そんな事を考えていた。

いつも勝手に神社に上がるし、勝手にお菓子とかを引っ張り出して散らかすし、普段は迷惑な事この上ない彼女の親友はしかし、肝心なところではちゃんと支えになってくれる。

 

霊夢自身口に出したりはしないが、魔理沙は間違いなく、彼女の理解者の一人なのだ。

魔理沙は確かに、霊夢の心の支えとなっていた。

 

だから霊夢は、そんな魔理沙の存在によって"支え"という物の大切さがよく分かっているし、だからこそーー

 

 

 

 

 

「……双也にぃ、起きたみたいね」

 

 

 

 

 

こういう状態(・・・・・・)を、"心の支えを無くした"と言うのだろう、と理解していた。

 

奥の部屋の襖を開けると、そこには布団から起き上がった双也の姿があった。

ただ、前までの凛々しさなどは何処にもなく、廃人の様に蹲って、霊夢へと怯えた視線を向けていた。

 

「ひっ……霊夢…く、来るな…!」

 

「…大丈夫。すぐ楽になるわ」

 

「…ッ!」

 

ピッと一枚のお札を取り出す。

すぐに発動できる様、霊力は既に込められていた。

 

「双也にぃ……」

 

「やめろ…来るなっ!!」

 

枕元に置いてある天御雷を手に取ろうとする。

しかし、そうする前に霊夢の弾が刀を弾いた。

弾かれる刀を絶望に満ちた瞳で見つめる双也は、バッと振り返ると、怯えた表情で後退りし始めた。

 

そしてーー。

 

「……大丈夫、怖くない」

 

ピタッ

 

鱗模様のお札が、双也の額に触れる。

淡い光がスーッと溢れ出すと、怯えていた双也の目はだんだんと閉じていきーー溢れる霊力と共に、眠る様に気を失った。

 

横に倒れそうになる兄の身体を、霊夢は優しく抱き留める。

そして札を懐にしまうと、その手で双也の手を握った。

……彼の頬には、ポタポタと雫が落ち始めた。

 

「……どう、すれば…いいの…?」

 

霊夢の声は震えていた。

 

「分かんない…分かんないよ、双也にぃ…! どうして、こんな事に…っ」

 

大粒の涙が、次から次へと溢れてくる。 双也のーー敬愛する兄の変わり果てた姿が、彼女の心に重くのしかかっていた。

 

「私は、また……仲良く、この幻想郷で、暮らしたいだけなのに…! こんなの…耐え、られないよ…っ!」

 

昔の優しい笑顔が見たかった。

またバカな事で喧嘩してみたかった。

いつもの様に笑っていたかった。

だから必死になって取り戻した。

二柱の神降ろしなんて無茶までして、双也を取り戻した。

 

なのに、その双也が彼女に向けた視線は、恐怖のみだった。

 

彼が目覚めて、初めてその視線を向けられた時、霊夢は無意識に悟った。

ーーこんなの、違う!

ーー望んだ結果じゃない!

元の生活には戻れないだろうという確信。

それを悟ってしまったのだ。悟らざるを得なかったのだ。

 

霊夢という少女の世界に、双也という兄は欠け替えのないものだ。

ずっと昔から一緒にいたし、小さい頃の思い出といえば、彼無しには語れない。

そんな彼から向けられる恐怖の視線、拒絶の言葉。

それが霊夢には、どうしても堪え難かった。死にたくなるほど辛かった。

 

「…こんなの……やだよ…」

 

ズキズキと胸が痛む。頭も痛くて、身体も重い。

霊夢の心は、その重圧に押しつぶされそうになっていた。

 

ーーそんな時。

 

「霊夢…涙、拭きなさい」

 

「っ……ゆ、かり…」

 

優しげな声と共に、ハンカチが差し出された。

見上げれば、最早ボヤけて殆ど見えはしないが、確かに妖怪の賢者、八雲紫の姿が見えた。

いつもは胡散臭いと警戒する霊夢も、こんなの状態でそんな事が出来るはずもなく。

ただ無言でハンカチを受け取り、顔に押し当てて泣いた。

 

「ぅ…うぅ…ぐすっ…」

 

「…私が見ておくから、あなたは休んでなさい」

 

「…でも…っ」

 

「いいから。 無理しないで」

 

ポンポンと優しく頭を撫でる。

その行為と表情に安心したのか、霊夢は小さく"うん…"と頷き、ゆっくり立ち上がった。

 

「…紫、これ…竜姫様のお札…」

 

「…ええ、受け取ったわ」

 

震える彼女の手から札を受け取り、部屋を去っていく霊夢を見つめていた。

お札に視線を落とすと、紫はすぐにお札をスキマにしまい込んだ。

 

ーー使うつもりはない。 これに頼っても、解決なんて絶対にしない。

 

本当は破いてしまいたいくらいだった。

このお札はただ問題を先延ばしにするだけだ。

これを続けたって霊夢も辛いだろうし、何より双也が辛いだろう。

それでも破かずにしまい込んだのは、未だ彼女の中に不安があったからか。

超人的な頭脳を持つ紫にも、これから行う事に"絶対"という言葉は決して使う事が出来なかった。

 

何せーー人の心に関わる事だから。

 

「…双也……」

 

布団を戻し、彼を寝かせ、紫はその隣に座ってジッと彼が目を覚ますのを待つ事にした。

急く事はない。どのみち彼が起きていなくては行動を起こせない。

 

紫はジッと座って、彼を心配そうに見つめていた。

 

 

 

 




これくらい中身重視で書くと、一話で一万文字くらいは必要になってきちゃいますね。
気をつけようと思います。

ではでは。


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第百六十四話 ずっとずっとーー。

今章最終話ーーになるかもしれません。
もしかしたら次になるかも。

ではどうぞ!


双也の為に、自分はどうするべきだろう?

 

そう考えた時、紫は案外あっさりと答えを見つける事が出来た。

いや、もしかしたら、そうして彼女がすぐに思いついたのは、それが都合良く彼女自身の望みに近く、偏ってしまっていたからなのかもしれない。

 

でもそれが例え、紫の願いの一つだとしても、双也の為になる事は確かだった。

そんな考えに至る為の答えを、紫は全て見つけていた。

 

竜姫の言う、異変の解決法ーー。

それはきっと、"双也の心がしっかりと立てるようにする事"なのだろう。

そしてその為には、彼を理解出来る存在が、彼のすぐ側にいる事が必要なのだ。

 

理解、という言葉を軽く見てはいけない。

単なる性格だとか、仕草だとか、考え方だとか。

双也の必要とする理解とは、そんなありきたりな事ではない。 決してそんなレベルの事柄ではない。

 

彼の生き様、本質ーー彼を構成する要素。

何が今の彼を成しているのか。

彼が最も求めているのは何なのか。

 

それらを知り、そして受け止める事が最も必要である。

 

 

ーーそれが紫の辿りついた答えだった。

 

 

「…龍神様は、すべてお見通しだったのね」

 

眠る双也の髪を撫でながら、ポツリと呟く。

ただその頭の中では、龍神という底知れない存在への感服と、ある種の恐怖が浮かび上がっていた。

 

ーー彼女は初めから、こうなる事が分かっていたのだろう。

 

"他者"と呼ばれる者の中で誰が一番双也を理解しているのか、と訊かれれば、紫は必ず竜姫だと答える。

誰よりも、それこそ紫より何倍も何百倍も長く双也を見守ってきた存在なのだ、理解出来ていない訳がない。

 

だが、双也が必要とする"理解"を誰よりも満たしている彼女が、なぜ自分が側にいようとしなかったのかーーそれはきっと、彼への深い負い目からなのだろう。

龍神は優しい人物だ。

最高神の癖して、一つの存在にこれ程加担してしまう程。

だからこそ、"自分などが彼の側にいるべきではない"と考えているのだろう。

紫に真偽は分からない。正直に言うとどうでもいい。

だが少なくとも、彼女の超人的な頭脳はそう解釈していた。

 

「(だから、私。 彼女の次に、私は双也を理解している)」

 

長い間共に過ごして、恐らくは竜姫の次に長い時間、双也を見守ってきただろう。

双也の笑った顔も、悲しそうな顔も、怒った顔も、呆れた顔も。

紫は様々な双也を見てきた。 その中で、双也という存在の性格を無意識に理解してきた。

そしてその果てには…気付かぬうちに、惚れていた。

ーーだからこそ、紫が側にいるべきなのだ。

 

双也を十分に理解していて、

彼を置いて先に逝く事などそうそう無く、

そして何よりーー彼を大切に想っている。

隣で彼を、支える事ができる。

 

 

 

ーーこうして振り返りながら頭を回している時だけは、心を落ち着ける事ができていた。

ただ何もせずに彼が目覚めるのを待っていると、どうにも心がざわついて、そわそわして、身体が強張ってしまう。

現実逃避と表現しても良い。

要は、緊張しているらしいのだ。

 

「(…全く、とんだ笑い話ね。妖怪の賢者と言われる私が、元は人間の少年に惚れた挙句、こんなに心を掻き回されるなんて)」

 

ふぅ、と自嘲気味な溜息が漏れる。

それが決してマイナスな意味を持ったものではない事は、紫自身がよく分かっていた。

 

全く、双也には昔から振り回されてばかり。

輝夜達を助けた時とか、西行妖を封印した時とか。

だから昔から、お返しとばかりに振り回していた。

妖怪の山の時とか、度々スキマに落としたりとか。

 

それを思い出すと、紫はいつも思わず笑いを漏らしてしまう。

それくらい、色鮮やかな虹の様に楽しい日々だったのだ。

そしてそれを今思い出してみると、相変わらず顔は笑ってしまうけれど、もう一つ、改めて強く思う。

 

ーー…一刻も早く、元の双也と笑い合いたい。

 

「(……それなら、待つ必要もない…わね)」

 

恋は、待っているだけでは実らない。

そう聞いた事があった。

千年以上生きてきて、今まで一度も恋などしたことのない紫だったが、その理屈はなんとなく理解が出来る。

 

恋に限らず、何事も待つだけでは何も始まらない。

言葉にしなければ伝わらないのが、人間という生き物なのだから。

 

そっと、眠る双也の手を取る。

少しだけ固くて、暖かい手。

その手の温もりを感じる様に、紫はゆっくり目を瞑った。

 

「ここを…」

 

緻密に、高度に組まれた術を解析していく。

龍神の授けたお札というだけあって、その効力は非常に高い。 霊夢では手も足も出ないだろう。

だがーー"お札に組む封印式の第一人者"と呼ばれるのは、相も変わらず紫ただ一人なのである。

 

「こうして……こう」

 

パキン

 

頭の中で、そんな軽い音が響いた気がした。

目を開くと、眠る双也の額から、薄い青色の光がふわりと消えていく様子が見える。

そして直後、彼の眉がピクリと動いた。

 

「ぅ……うぅ…」

 

「久しぶりね、双也。よく眠れたかしら」

 

「ーーッ!! ゆ、紫…!?」

 

ゆっくりと目を開き、その視界に紫の姿を捉えた瞬間、双也はバッと半身を起こして後退りした。

 

ーーその表情は、霊夢の時のそれよりも酷く歪んでいた。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ、殴って斬って殺そうとしてごめんなさい俺が全部全部悪いんですなんでもするから許してくださいお願いしますーー……」

 

「………………」

 

蹲り、頭を抱え、濁った瞳をガタガタと震わせて、双也は壊れた玩具のように呟き始めた。

延々とただ、ごめんなさい、ごめんなさい、と。

 

まさに、双也は本当に心を壊してしまったかのようだった。

当然か。

神也から記憶を渡されたのだとしたら(・・・・・・・・・・・・・・・・・)、双也は自分の手で、自分の大切な者達に手をかける光景を目にしてしまった、という事なのだから。

 

柊華との一件であの有様だったのだから、今の彼の様子は決して大げさなものではない。

況してや、その自らが殺そうとした紫が目の前にいるのだ。

混乱した双也には、ただ壊れたように謝る事しか出来ないのだろう。

 

そんな変わり果てた彼の様子を、紫はただ、少しだけ悲哀の含んだ微笑みのまま見つめていた。

そしてすっと立ち上がる。

 

「双也、怖がらないで。 誰もあなたを責めたりしないわ」

 

ゆっくりと歩み寄る。

 

「来るな来るな来るなぁっ! 来たら俺はまた…お前を…っ!」

 

錯乱して、願うような瞳で叫ぶ。

 

「…大丈夫、安心して…?」

 

「〜〜ッッ!!」

 

恐怖を表情いっぱいに広げて、涙すら滲ませて叫ぶ双也。

最早紫の言葉すら、今の彼には届いていないようだった。

 

ただひたすらに、紫が近寄る事を拒んでいる。

ーーまた、近寄ったその人を傷付けたくないがために。

 

彼のこんな凄惨な姿を見ると、紫は改めて、"神也の考えも間違ってはいないのだろうな"と思い直すのだった。

"殺させたくないのなら、初めから対象を殺しておけばいい"

一見矛盾しているが、確かにそれならば、双也が誰かを殺す事は無くなる。だって、殺す相手がいないのだから。

 

でも紫達は、それを選ばなかった。

双也がこうして、酷く苦しむかもしれないとは何処かで分かっていながら、それでも選ばなかった。

 

ならば。 これが選んだ道なら。

最後まで、どんな状況に陥ろうとも、双也が立ち直るまでやり通して見せるべきだ。

 

「双也…」

 

「〜ッ来るなァッ!!」

 

一歩一歩、ゆっくりと近付いていく。

どうにか来させまいの策を模索していた双也は、その時指先に当たったものを咄嗟に向けた。

 

 

ーー天御雷。

抜き放たれた刃は、紫の心臓辺りを向いていた。

 

 

「っ!………」

 

仲間に刃を向ける。

あの双也とは思えない行動に、紫は一瞬歩みを止めた。

しかしすぐにまた微笑むと、その刀身を掴み、自らの肩口に押し当てて再び歩き出した。

 

刃はどんどん紫の肩を貫いていく。 彼女は苦痛に耐えながら、それでも微笑みを崩そうとしなかった。

ズブズブ、ズブズブ。

滲んでいく血を目の当たりにし、双也は目を見開いた。

 

「なっ…!? 何をーー」

 

「っ……分かってる、わ。あなたの痛みは、こんなものじゃ、ない」

 

一歩一歩、苦痛に耐えながら、震える双也へと歩み寄っていく。

最早見て分かるほどに、双也の刀を握る手には力が篭っていなかった。

それは紫の予想外の行動に肝を抜かれたのか、それとも歩みを止めない彼女への恐怖が限界を越えつつあるからなのか。

 

「な、なんで…っ! 俺は、傷付けたくないのにっ…なんで止まってくれないんだよ…!」

 

彼の声は震えていた。

大粒の涙を流しながら、必死で訴えかけていた。

弱々しいと言う他ない彼の姿に、紫はしかし、心の何処かでホッとしていた。

ーーああ、やはり双也は、双也なんだ。

と。

 

「そんなの、決まっているわ」

 

優しくて、強くて、辛い事は一人で全部耐えようとする。

その癖寂しがり屋で、一人ぼっちになるのをとても嫌う。

紫は改めて、そんな放って置けない彼に惹かれたのだと、この時自覚した。

 

 

「あなたを、愛しているから」

 

 

ふわりと、震える双也を抱き締めた。

母親が泣き喚く我が子を慰めるかの様に、紫の抱擁は優しくて暖かいものだった。

双也の震えは、少しずつ鎮まっていく。

 

「……………え…?」

 

「一人で…溜め込まないで。辛いのなら頼って。 あなたは…決して一人じゃないのよ」

 

彼の心にちゃんと響く様、紫は彼の耳元で囁いた。

彼女から双也の表情は見えない。 だからちゃんと気持ちが伝わっているのかは定かではない。

しかしーー紫には漠然とした確信があった。

 

真摯に語りかければ、気持ちはきっと伝わる。

 

紫はもう少し、抱き締める力が強くなった。

 

「双也、本音を聞かせて? あなたの本心…本当の事を」

 

「………………」

 

逡巡しているかのような間の後、小さな声で、呟いた。

 

 

 

「…………寂しい」

 

 

 

涙の混じった、声だった。

 

「…寂しいんだ。 みんな俺の目の前から居なくなってく…何度も何度もそれを繰り返して…もう、疲れたんだ…」

 

「………ええ」

 

「寂しい…寂しいっ…もう、いやだ…っ」

 

紫には、耳元で小さく啜り泣く声が聞こえた。

ゆっくりと背中をさすると、双也も紫の背中へと腕を回して、強く彼女に抱き付いた。

 

「…………一人になんてしないわ」

 

抱き締めたまま、紫は彼の頭を撫で始める。

優しく労わるように、彼の心を癒すように。

 

「私は、ずっとずぅっと側にいる。何千年経っても変わらず、ね」

 

「側に……いる…?」

 

「ええ、側にいるわ」

 

「…………ずっと?」

 

「そう、ずっと」

 

「……………っ…」

 

変わらず彼の表情は見えない。

しかし、自身の気持ちがしっかりと伝わったという事は、彼が抱き締める力を強めた事で確信出来た。

 

彼が泣き止む事はない。

ひっくひっくと必死で呼吸を繰り返し、苦しいだろうに、それでもなお泣き続ける。

 

辛かったろうーー誰かを置いて生き続ける事は。

辛かったろうーー心を痛めながら誰かを殺す事は。

 

凄絶な人生の中ですり減った彼の心を理解するのは、容易な事では決してない。

だがそれでも、側で彼を見続けた紫にだけは分かる。

何せ彼女も"置いていく側"であり、"殺す側"でもあるから。

 

紫だって、殺す事を悔やむ双也を見たら、自身が生きる為とはいえ人を殺して食べる事に、何も思わない訳がないのだ。

ふと考えてみれば、殺される瞬間の相手の表情がフラッシュバックする。

そこには必ず、恐怖と苦痛に染め上がった表情だけがあった。

 

だからこそ、紫には双也が理解出来る。

確かに、彼ほど凄まじい経験ではない。 しかし紫は、欠片ほどであっても見て、感じて、殺す事の辛さと悲しみに理解を得たのだ。

 

「ごめん…ごめん、紫…っ! あんなに、傷付けて…!」

 

「…いいのよ。あなたの痛みに比べれば、こんな塞げば治る傷…なんて事ないわ」

 

「…ありがとう…ありがとう、紫…っ」

 

「…ええ」

 

 

 

ーーずっと、一緒にいましょう?

 

 

 

そうして紫は、双也へと優しい口付けを落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかあの紫が、ねぇ…」

 

紫によって双也が鎮まり、溢れ出る霊力も落ち着きを見せた頃。

彼等のいる部屋への廊下には、霊夢が壁に背を預けて聞き耳を立てていた。

 

休んでいろとは言われたものの、やっぱり霊夢には放ってはおけなかった。

竜姫の札を渡しはしたが、その時の紫の雰囲気から、"きっと使うつもりはないのだろうな"と薄々感じていたからだ。

きっと戦闘になる事はない。

しかし、今の双也を見ていると精神的に辛く感じる。

 

"もしも"の時のためにも、霊夢は休まずに部屋の外に待機していたのだ

 

「……全く、うちの馬鹿兄貴は本当に心配かけてくれるわ」

 

その声が少し震えていた事に、霊夢はちゃんと気が付いていた。

紫のお陰ではあるものの、話を聞く限り双也はきっと昔の様に戻るだろう。

優しく強く、ただもしかしたら以前よりも寂しがり屋になって。

 

また昔の様に楽しく過ごせると、そう考えると、霊夢は無性に嬉しくて、泣きたくなるのだった。

 

ーーやっと、取り戻したのね、私達は。

 

溢れてくる涙をぐいっと拭い、霊夢はふわりと微笑みを零した。

心から安堵した、輝く様な微笑みを。

 

そうして彼女は、"もう少し二人きりにしてやろう"と、静かに居間へと戻っていく。

 

その足取りが僅かに跳ねていた事には、霊夢自身も気が付いていなかった。

 

 

 

 

 




はいというわけで、なんかかなり前から言われてた"ヒロイン誰だよ?"の答えは…みんな大好きゆかりんでした。

なんかこう…ラブコメもどき書くのって小っ恥ずかしいですね。 なるべく感動を誘う様には書いてみましたが……ただまあそこは、お立会い、と。

ではでは。


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第百六十五話 もう少し先のお話

やっぱりこの回が最終話でした。
さてさて……完結まであとどれくらいでしょう?

あ、あと今回はコーヒー片手に読むと良いかもです。

ではどうぞ!


「……泣き疲れた、のかしらね」

 

それとも、安心したのだろうか。

微笑む紫の目の前には、目を赤く腫らしたままで眠る双也の姿があった。

 

先程も彼の眠る姿をジッと見ていたが、心なしか、今の彼は先程よりも穏やかな寝顔をしている様に見える。

その理由はやはり、紫自身が双也の支えとなる事に成功したからなのだろう。

そんな表情を見ていると、紫はふわりと心が暖まる気がするのだった。

 

ーーここは、双也宅。

魔法の森の奥地にある彼の住居だ。

博麗神社で散々泣き晴らし、いつの間にか眠っていた双也を、霊夢に断って紫が連れてきたのだ。

 

リラックスするには自宅の布団が一番だ。

眠っている彼がそれを感じていられるのかは分からないが、紫がしてあげられる事は今の所これしかなかった。

とにかく、今は彼を休ませる事が大切なのだ。

 

「(ーーちょっと潜り込んでみたい…けど、ダメよね。今は)」

 

彼の寝顔を眺めながら、ふとそんな欲が頭を過る。

が、すぐにそんな考えは切り捨てた。

 

もともと彼女は睡眠を好む人物である。

ふかふかの布団に寝転がって、もふもふの毛布と柔らかい枕に包まれて眠るーー紫が、最も好む行為の一つなのだ。

 

"目の前に布団がある"という誘惑。

それに加え、その中では愛しい人が安らかに眠っている。

……紫にとっては拷問に近かったが、さすが妖怪の賢者、理性でどうにか押しとどめる事が出来た。

 

落ち着いていく心臓を感じ、紫は軽く息を吐いた。

 

「まったくもう…安心しきった顔して…」

 

そっと手を握る。

すると突然、双也は寝返りを打ち、もう片方の手で紫の手を包んだ。

突然の行動に多少驚くも、紫はまた、愛おしそうな目で彼を見つめ始める。

 

「本当に…もう…」

 

そう呟きながら、飽きもせずに寝顔を眺め続けた。

 

家の中は静まり返る。

透き通る様な静寂の中に響くのは、双也の寝息と、小鳥の囀りと、葉が擦れ合う音。

しばらく続いた静寂にーー不意に、ある声が紫の鼓膜を揺らした。

 

 

「はぁ〜あ、何この雰囲気? タイミング悪かったかしら?」

 

 

誰かなど、その美しい声によって簡単に予想できた。

顔だけ振り向き、その姿を確認するとーー

 

「……妖怪の賢者様が、随分とユルい顔してるわね」

 

蓬莱山輝夜が、呆れた様な表情をして立っていた。

 

突然現れた事に、特に驚きは無い。 きっと能力で突然現れた様に見えただけだろう。 須臾の時間で生きるとはそういう事だ。

紫は敢えて、彼女の言う"ユルい表情"を崩さずに言った。

 

「ユルくもなるわ、望みが叶ったんですもの」

 

「…それはどっち(・・・)の意味かしら?」

 

「どっちもよ。 どっちも叶ったからこそ、今私はこうして双也の手を握り、こんな顔をしているの」

 

この返答が、輝夜に対しての嫌味だとは紫自身がよく分かっていた。

何せ恋敵。

直前まで気が付いていなかったとは言え、"勝者"となった紫が優越感を感じてしまうのも当然といえば当然だ。

聞いた輝夜も、彼女のそんな下心は簡単に見抜いていた。

 

「……ふん。 双也を想っていた時間なら私の方が何百倍も上だっていうのに、相変わらずいけ好かないわ、あなた」

 

「今更悪態なんて無意味よ。 私が無意識の内に彼を好いていたのに気が付いていながら、さっさと行動しないあなたが悪い」

 

「………まぁね。 この私があんなロマンチックな愛を口にしても双也はこっちを振り向かなかった。……その時点で、私が彼の隣にいるには何か足りていないんだろうなって、分かっていたわよ」

 

 

ーーだからある意味では、あなたは相応しいのかもしれない。

 

 

それは、大きな諦めと悲しみの混じった声だった。

どれだけ大きな気持ちを伝えようと、どれだけ彼を想おうと、双也は今まで、輝夜に振り向く事は一度もなかった。

友人だとは思っているのかもしれない。しかしそれは、決して輝夜が双也に求めた感情ではないし、況してや"自分のもの"だなんて程遠い。

 

ーーそう、輝夜は双也を自分のものにしてしまいたかった。

それくらい彼の事を想っていたのだ。

だが反面、彼が求めているのは自分ではないのだろう、と心の何処かで悟っていた。

だからこそ、今や双也と最も近しい立場にいる紫を認めざるを得ない。

例えどれだけ長い間、どれだけ大きな想いを募らせ続けてきたのだとしても、彼が選んだのは輝夜ではなく、紫だったのだ。 それが厳然たる事実であり、同時に確信した。

きっとこの二人に、自分が割り込む余地などないのだろうーーと。

 

でも、涙は見せられない。

弱い所を見せる訳には行かないのだ。何より…眠る双也の前では。

だから、溢れそうになる涙を必死で止めて、さも何も思っていないように振る舞う。

心の中はもうズタズタだというのに。

 

「……いいわよ、恋敵として認めてあげる。 私の心を唯一染めた者を更に染めあげた罪深ぁ〜いヤツとしてね」

 

「ふふ…光栄よ輝夜姫。 色恋に関して右に出る者のいないであろうあなたに勝った。……これから先それを誇って、責任を持って、彼の側にいると約束しましょう」

 

「……ふん」

 

ふいっと顔を背ける。

当然紫に彼女の表情は見えないが、先程の態度といい、今の態度といい、彼女が無理に強がっている事は明白だった。

ーー実際そうなのだろう。

紫だって、輝夜がどれだけ双也の事を思ってきたのかを知っている。 ここへ来たのもきっと、いても立ってもいられなくなったからなのだろう。 彼が目覚める度に、その霊力は大きく幻想郷に響いていたのだから。

故に、ここへ来て二人の姿を見た瞬間から、その想いの重さにずっと耐えているのだ。

紫には、輝夜のその小さな背がとても寂しげなものに見えた。

 

背中越しに、輝夜は言う。

 

「……双也を不幸にする様なら、私はどんな手を使ってでもあなたを叩き潰すわ」

 

「……肝に銘じておくわ。

最も、向こう千年くらいは欠片も薄らぎそうにないけれど。この気持ちは、ね」

 

後ろから聞こえるそんな声に、輝夜は呆れを感じた。

ーーなるほど、これは重症だ。 妖怪の賢者も形無しというところ。

 

内心でそんな愚痴とも悪態とも言える事を考えながら、輝夜は紫にも聞こえない程の小声で呟いた。

 

「……本当、いけ好かないわ。……本当に…っ」

 

ーー帰ったら、一度だけ大泣きしよう。

輝夜は密かに、そう心に決める。

彼女の唇は、キュッと閉じられて震えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一面に張られた透明な水。

空は青いが、それは何処か"空とは違うもの"のように感じる。

まぁ実の所、ここ(・・)が何処かなんて事は、俺が一番に分かっているのだが。

 

「……なんだ、また来たのか? 少し前に来たばっかりだろ」

 

なんとなく呆れた様な顔で、目の前に立つ"オレ"が言う。

ーーいや、"オレ"ではないな。

確か……そう。

 

「何度も来ちゃいけないのか? 何もお前の世界じゃないだろ、神也」

 

「いんや、オレとお前の世界だ。だからまぁ…いいや。 ゆっくりしてけよ 」

 

白い髪、輝く瞳。

俺と瓜二つのもう一人の俺。神也はフッと笑って歩み寄ってきた。

 

 

「その顔だと、ちゃんと乗り越えて来た(・・・・・・・)んだろ? 今身体が眠ってんのは、差し詰め泣き疲れたってところか」

 

 

すれ違い際、そんな事を俺に向けて言うと、神也は背後で指打ちをした。

きっといつかのように、テーブルとレモンティーとミスドーでも広げたのだろう。

振り向くと案の定、神也は木製の椅子に腰掛けてドーナツを頬張っていた。

 

「……ああ、乗り越えてやったさ。 お前の為じゃなく、俺の為にだ」

 

「ほうほう、あくまで自分の為と。 まぁ、それでも良いけどさ。 お前に壊れてもらっちゃオレも困るんだ」

 

「……よく言う。 俺が壊れかけるって分かってて俺の要求を拒まなかった癖に」

 

「…ははっ、あの"教えてくれ"ってやつか?」

 

 

 

ーー当たり前だろ。どれだけお前の心を見てきたと思ってる。

 

 

 

聞いた瞬間、ブワッと怒りが込み上げた。

 

 

ガアァンッ!!

 

 

反射的に抜き放った天御雷の刀身は、気が付いた時には神也の刀に受け止められていた。

 

「そこまで考えてて……なんでみんなを殺そうとしたッ!?」

 

自分でも無意味な事だと分かってる。

ここは俺の精神世界で、その中で人格同士は殺し合えない。

とうの大昔に知った事だ。

 

でも身体が、勝手に動いた。

本能的にこいつを斬り捨ててやりたいと思ったのだ。

沸々の湧き上がる怒りが手に力を込めさせ、ギリギリと刃同士をぶつけ合わせる。

神也はなおも、笑っていた。

 

「意味が分からないな。 "別れる位ならいない方が良い"って考えたのは、どこのどいつだったかな?」

 

「…………ッ」

 

「オレは、お前の為に、お前の望んだ事を代わりにしたまでだ。

異変の間眠ってたお前が、何があったのか知りたいって言うから教えた。ーーお前の望みを、叶えただけだ」

 

「ぐっ…ぅ…分か、ってる…ッ!」

 

そう、分かってる。分かってるんだ。

神也が俺を護る為に生まれた事も。

神也が、俺が悲しんでしまったから異変を起こしたって事も。

そして神也がーー他でもない、俺自身だって事も。

 

だから神也がした事を知った時、こころのそこから絶望した。

その絶望が深過ぎて、暗過ぎて、みんな絶対に俺を恨んでるって疑心暗鬼になって……そしてみんなが、怖くなった。

姿を見るだけで震えてしまう程に。

 

「お前は…何も間違った事はしてない…ッ! 存在理由に従っただけだ…。 だから全部俺が悪い! お前は俺で、俺はお前なんだから!」

 

「………………」

 

俺は神也で、神也は俺。

表裏一体のこの関係こそが、現人神たる俺の姿。

だから、自分で自分を責めるなんて馬鹿げてるって、分かってる。

神也の起こした事が紛れもなく俺の所業なんだって、分かってるんだ。

 

この遣る瀬無さはどうしたら消えてくれるだろう?

俺のした事だって分かってるのに、その事に何故か俺は怒ってる。 その煮え返る様な怒りをどこにぶつけて良いのかが分からない。

きっと神也だからこそーー俺の事をよく分かってるこいつだからこそ、その矛先が向いてしまったんだろう。

 

気が付けば手から力が抜けていて、ギリギリと音を立てていた筈の天御雷の刃は下を向いていた。

 

「……オレは間違った事はしてない。 負けた今だってそう思ってるし、あの異変がお前の為になる事だって考えてる」

 

神也は、俺からスッと天御雷を取り上げ、腰に吊るしてある鞘に納める。

 

「ーーだが、双也。お前は気負い過ぎだ。理不尽に自分を追い詰めるな。所詮オレは、別人格なんだ」

 

そして縦長の箱に入ったドーナツを一つ、差し出してきた。

 

「お前には、紫がいる。 だからお前の事は、今はあいつに任せる」

 

「……知ってたのか? あいつの気持ちを」

 

「…あれだけ双也双也言ってればな。気が付くさ。 だからこそオレも、負けて潔く引き下がれたんだ。

…要は、お前は一人じゃないって事だ」

 

一人じゃないーー。

神也の言葉は、不思議と紫の言葉に重なる様だった。

 

俺は長く生き過ぎる。

その所為でたくさんの人を見送り、たくさんの人を殺しーーもうイヤだと心で世界を蹴った。

 

でも紫は、それも分かってくれると言った。

ずっと側にいると言ってくれた。

 

あんな暖かい言葉は初めてだった。

本当に心が熱を持ったかの様に、ジンワリと暖かくなった。

 

ーーああ、きっと、紫は本当に俺を理解してくれているんだ。

 

そう、素直に思えた。

だから俺も、紫の側に居たいと素直に思える。

理解して、支えてくれる紫の側に。

 

 

"支えてくれる誰かと共にある"

"一人じゃない"って、きっとそういう意味なんだと思った。

 

 

「今のお前には、紫がいる。 あいつの愛が心地良くて今のままがいいって言うなら、それでもいいと思ってる」

 

「………そうか」

 

「……でも、忘れるなよ、双也」

 

神也の言葉と共に、だんだんと俺の身体が光を放ち始めた。

これはーー目覚めの兆候。

 

「確かに寿命は縮まった。約九割だ。……でも残りの一割だって、周りの奴らにとってはあまりに大きい。

ーーいつか、紫とも別れる日が来るって事……くれぐれも忘れんな」

 

 

ーー近くに"爆弾"も抱えているんだしな。 精々気を付けろ、双也。

 

 

神也のそんな声を最後に、俺は強い光に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、起きたかしら?」

 

ゆっくりと重い瞼を開けると、真っ先に紫の微笑みが見えた。

寝心地から察するに、きっとここは俺の家。 彼女が運んできてくれたのかもしれない。

少し気だるさを感じる体を、ゆっくりと持ち上げる。

 

「……んぅ…少し頭痛いな…寝過ぎたかな」

 

「そうね…半日以上は寝ていたかしら? もう夕暮れよ」

 

言われて窓の方を見ると、確かに橙色の光が森に線を落としていた。

太陽は既に沈みかけ。 もうすぐに日が暮れるだろう。

 

日の光が落ちている俺の傍らには、鞘で太陽光を反射する天御雷が置いてあった。

近くに爆弾ーーきっとそれは、西行妖の事なんだろう。

妖力が戻りきったら、また押さえ込むのが難しくなる。そしてそれが解放されてしまったとしたら、俺はまた……人を殺す事になってしまう。

もしかしたら、紫だって今度こそ…。

 

不意に胸が重苦しくなり、眉を顰めた。

視線の先でゆっくりと消えていく太陽の光は、目覚め際に神也の言っていた事を想起させた。

 

 

ーーいつか、紫とも別れる日が来る事……くれぐれも忘れんな。

 

 

ふっ、と紫の方へ顔を向け、ジッと見つめる。

 

「っ…な、なによ双也? あまり見つめられると……その…」

 

その端麗な顔に少し朱を差し、目を逸らす紫。

いつか彼女とも、別れる日が来るーーそう思うと、その表情も何処か儚げに見えてしまう。

 

「紫」

 

「…何?」

 

「………側にいるって言葉……すごく嬉しかった。……ありがと」

 

「……フフ…ええ、どういたしまして」

 

でも、それはもう少し先の事だ。

西行妖の事にしても、寿命の事にしても。

立ち直ったばかり、そして紫の気持ちも知ったばかり。

今くらいは何も考えず、この嬉しさを噛み締めていたかった。

 

だから…そう。

 

何時からか俺も、きっとーー知らず知らずの内に、彼女を愛していたんだと思う。

 

そっと紫の頬に手を当てる。

少しだけ驚いた顔をしたが、彼女も軽く手を重ねてくれた。

 

そして今度は……俺から、彼女へと口付けを交わした。

 

 

 

 

 

 




は…恥ずい…。なんだこの展開。自分で書いててアレですけど軽く自己嫌悪。
やっぱラブコメはニガテです。

あ、あともう一つお知らせをば。

物語の大イベントが無事(?)終了したという事で………ちょっと、ちょっとだけ、一週間だけ休暇くださいっ。

書き溜めもいつの間にやら無くなってきたので出来るだけ溜めを作りたいのです。 ちょうど区切りもいい事ですし。

という事で次話投稿は一週間後の4月24日となります。
ご了承くださいませ。

ではでは。


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第十三章 地霊異編 〜一つ目の答え〜
第百六十六話 雪の中にも湯気が立つ


お久しぶりです。
という事で新章開幕です。

ではどうぞ!


冬が過ぎ、春が過ぎーー季節巡って、戻ってきた冬。

"最悪の異変"と呼ばれた妖雲異変から丸一年と少しの時が過ぎた。

博麗神社にも毎年恒例の雪がしんしんと降り積もっている。

庭の片隅には大きな雪だるまと、ゴテゴテとしたかまくらが作られていた。

 

だが、時間が流れている限り、"変化が無い"事など決して無い。

それは当然、この神社にだって言える事で。

 

「っふぅ〜……あったまるわぁ〜…」

 

真冬の、それも雪が積もる程の気温の中にあって、博麗神社の一角からは湯気が立ち上っていた。

その湯気の元ーー即ち、突如湧き出た温泉(・・・・・・・・)には、霊夢が口元まで浸かってほっこりしていた。

 

「雪景色の中で温泉に入る……なんて贅沢。 貧困生活に耐えてきた甲斐があったわ…」

 

ブクブクブク。

口元のお湯が、吐き出す息で泡を立てる。

何処か子供っぽいとも言えるそんな霊夢の行動は、彼女がいつになく上機嫌な事を実に分かりやすく示していた。

きっと今なら、勝手にお菓子を摘んだりしても怒らないだろう。

贅沢の極みを満喫できる霊夢にとっては、ただただそれが嬉しいばかりだったのだ。

ーー例え、その間欠泉で神社の一角が吹き飛んだのだとしても。

 

「霊夢ぅ〜! 私にも入らせてくれよ〜!」

 

「それ完成したら幾らでも入っていいわよー」

 

「う〜横暴だぞ〜! 」

 

と、湯に浸かる霊夢の後ろで、丸太を担いで文句を言うのは伊吹萃香である。

霊夢は吹き飛んだ神社の修復を、建築に秀でるという鬼に頼んだのだった。

最初は吹き飛んだ事に激昂したものの、それが温泉と分かるや否やこの調子。

なんとも現金なやつだなぁ、と萃香は内心悪態を吐いた。

 

「そうよ霊夢。 せっかく萃香が頼みを聞いてくれたのだから、あなただって誠意を見せるべきだわ。 そういうものではなくて?」

 

「……取り敢えず、勝手に入ってるあんたが言うな」

 

睨みを効かせた視線で、何故か扇子を持って隣に浸かる女性を射抜く。

憎たらしいほど綺麗な体と白い肌、そして端正な顔を緩く微笑ませているのは妖怪の賢者、八雲紫だった。

 

霊夢の睨みすら笑って流す彼女の表情は、彼女としてはいつまで経っても慣れない苦手なものである。

高揚していた気分を少しだけ冷やし、霊夢ははぁっ、と溜め息を吐いた。

 

「それくらい良いじゃないの。 私も一人は寂しいのよ」

 

「……双也にぃ、まだ帰ってきてないの?」

 

「…ええ」

 

紫は、少しだけ弱さの窺える微笑みを零した。

最強の妖怪と謳われる彼女のそんな表情を見てしまうと、霊夢もあまり強くは言えなくなってしまう。

こいつにもそんな感情があるのだなーーと。

 

「……まぁ、スキマを通じて話す事くらいは出来るのだけれど、場所が場所だしね…。 やっぱり、顔を見て話したいものよ」

 

「…双也にぃが出かけてもう半年くらいね。 何処へ行くって言ったかしら?」

 

「神界よ。 龍神様に用があるって言っていたわ」

 

「そりゃまた…相変わらず行動が規格外だわ」

 

霊夢の声には当然呆れが混じっていた。 その言葉に向けられた紫の苦笑は、何処か霊夢に同調している様に見える。

 

現人神は半分が人、半分が神である。 それを神の分類に入れるのならば特に驚く事はないのだが、言い換えると"人でもある"と言えてしまう。

そんな存在が、果たして神界でどの様な扱いになっているのか霊夢には分かる由もなかったが…ともかく、"神界に行く"という事がそう簡単な訳はないだろう事は、なんとなく想像できる。

もしかしたらそんな事ないのかも知れないが。

 

「心配無いわよ。"私の恋人兼あなたの兄"は約束を破ったりしないもの。 その内ひょっこり帰ってくるわ」

 

「"私の兄"はついでなのか…」

 

「当然でしょ? 彼もきっとそう言うわ」

 

「…どうかしらね」

 

なんとなくそれを認めるのが憚られた霊夢は、顔を背けながら素っ気なく言い捨てる。

ーー紫に取られた気がしてなんか腹立つ…。

"人生を共に形作ってきた、と言っても過言ではない存在"ーー双也は霊夢にとって、それくらい親しい間柄である。

そんな彼が紫の恋人となったーーそれはやはり、彼女の中では"双也を取られた"という事と同義なのである。

やっぱり、なんか悔しい。

負けた様な気持ちは確かにあっても、内心では未だ小さな対抗心を抱く霊夢であった。

 

「ーーさて、霊夢。 そろそろ本題に入ろうと思うのだけど」

 

「…はいはい、間欠泉から出てきた怨霊達のことね」

 

「御明察」

 

パチン。

小気味好く扇子が閉じられた。

その先に見える彼女の口元は、少しいつもより引き締まっていた。

 

「正直神社が壊れた事の方が衝撃だったけれど、あれだけ出て来れば嫌でも気が付くわ。 一体何よ、あれ」

 

石に背を預け、溜め息混じりに霊夢が問う。

閉じた扇子をスキマにしまい、紫は一息吐いて太陽に手を翳した。

 

「空の上には、天界があるわ。 傲慢な天人達が遊んで暮らすつまらない場所よ。

ーーでは、こちら(・・・)には何があると思う?」

 

掌を返し、ゆっくりと下げて湯に浸ける。

少しだけ分かりにくいなと思う霊夢ではあったが、思い当たる事は確かにある。

語尾にハテナを添えて、問う様に応えた。

 

「……地底?」

 

「そう。 この地下には地底世界が広がっている。 "ここ"に出すには力が強過ぎて、彼らを半ば封印のように隔離している場所ーー正確には、旧地獄と呼ばれる場所よ」

 

「じ、地獄…」

 

なんとも重苦しい響きの言葉。

霊夢は少しだけ眉を顰めた。

そして思う。

 

今度はそんな所に行かなくてはならないのかーー。

 

全く、溜め息の出るばかりである。

異変の度に、普通なら人間が行く様な所ではない場所へと赴く羽目になる。

その内月にでも行く日が来るのではないか、と…そんな不安すら募り始めている今日の霊夢である。

地獄と聞いて、ため息の出ない訳がなかった。

 

「…先に言っておくけれど、今回は何がなんでも行ってもらうわよ。 この異変の解決は緊急を要するの」

 

「毎回ちゃんと行ってるでしょ…。 って、なんでよ? 怨霊が湧き出ただけでしょ? 今はもう止まってるし、害なんて特にーー」

 

「甘いわね、霊夢」

 

カツン「いたっ」

 

突如霊夢の頭上にスキマが開く。

そこからは、先程放り込まれた扇子がヒョイッと落ちてきた。

軽い音を立てて打ち返った扇子は、湯に落ちる前に再びスキマに消えていく。

 

「…打つ事ないじゃない」

 

「そんな事ないわ。 考えが浅いわよ、博麗の巫女」

 

「むぅ…」

 

キッパリとした紫の言葉には、さすがの霊夢も言い返せなかった。

悔しいが、この胡散臭い妖怪はズバ抜けて頭が良い。 彼女が"浅い"と言うなら確かに自分は浅かったのだろう。そう認めざるを得ない。

 

「怨霊が出てきた事はさしたる問題ではないわ。 重要なのはその"理由"」

 

「?………………あぁ、そういう事」

 

ポン、と心の中で掌に拳を当てる。

見ると紫は、薄く微笑んでいた。

 

「"向こう側(地底世界)が攻めてきたのだとしたら"って事ね。 そりゃ厄介だわ」

 

「ふふ、やはり直感だけは鋭過ぎるわね。 自分の身を切らない様に気を付けなさい」

 

「余計なお世話よ。 深入りなんてした事ないから」

 

なんて軽口を交わしているが、紫の言う"理由"を察した霊夢は内心、確かに焦った。

だって、地底世界にいるのは隔離されている程の妖怪達だ。

紫が隔離に関わっているとするなら、地上の管理者同様に向こう側の管理者とも通じているはずである。

今まで地底の者達の話を聞かなかった事から察するに、地上と地底との間でなんらかの契約が結ばれているのだろう。

例えばーーそう、"互いの世界を侵してはならない"、とか。

 

だが口だけの契約の可能性もある。

向こうの管理者を知らない霊夢だ、予想など幾らでも立てる事ができる。

 

最悪なのは……向こうの管理者が、隔離された妖怪達を引き連れて地上を侵略しようとしているならーー。

 

事は一大事である。

地下からの怨霊が何かしらの合図なのだとしたら…そう考えると、可能性だからと言って切り捨てるにはリスクが大きい。

 

ここまで考えた時点で、もうある程度異変に向かう心構えが出来ている霊夢であった。

 

「はぁ…天国を見るより先に地獄を見ることになるとはね…」

 

「言ったでしょう? あくまで"旧"地獄よ。 地獄の業火が噴いている訳ではないし、当然閻魔様が居る訳でもないわ」

 

「あら、そうなの? なら団扇とかは持って行かなくて済みそうね。 次いでに、もう少し何か情報はないのかしら?」

 

片手間の様に尋ねる。

無いなら無いでしょうがない、と済まそうと思っていた霊夢であるが、案外紫にはまだネタがある様で。

あっさりとこんな事を言うのだった。

 

「その旧地獄、元はと言えば、大昔に双也が地獄から切り離して出来たそうよ。 ざっと八百年くらい前ね」

 

「………………もう何も驚かないわ」

 

あらゆる面で規格外を誇る兄。

その姿を思い描き、少しだけ呆れの篭った溜息を零すのだった。

 

「それともう一つ……そらっ」

 

パチン

 

小気味良い指打ちが響くと、目の前に突然飛沫が上がった。

ーー否、スキマから何かが落ちてきた。

 

1テンポ遅れて上がった飛沫の中には、太い角が二本見え隠れする。

 

「ぷはぁっ! …〜〜っもう何さ紫! 突然落ちたと思ったら温泉にドボンッて! 嫌がらせにも限度があるだろ!」

 

と、ちゃんと衣服を纏わずに入って捲したてるのはやはり萃香であった。

すぐ後ろで建築に精を出していた筈なのに裸で出てきたあたり、スキマの中で何かが一瞬の内に起こったのだろう。

正直霊夢には、それを聞くのが怖く感じた。

 

「ーーで、萃香が何よ?」

 

「これが情報二つ目。 当ててみなさい」

 

「…………………まさか、力の強い妖怪って……」

 

「ふふ、正解。 地底には鬼が住んでいるわ。 大量にね」

 

「うーわ…」

 

"コレ"と同レベルかぁ…。

これからへの憂鬱感に頭を抱える。

一体一体の相手ならば、人間の霊夢でも比較的余裕に捌く事ができる。

何せやるのは弾幕ごっこだ。いくら鬼と言っても、それに関して霊夢には敵わない。

しかしーー大量に、となると話が変わる。

霊夢だって人間なのだ、疲れくらいは溜まってくる。 そして更に質の悪い事に、鬼は総じて喧嘩っ早い生き物だ。

そんな生き物が大量に生息する場所へ赴く……だんだんと頭痛がひどくなってくる霊夢であった。

 

「……あれ、そうすると萃香の同族がいるって事よね?」

 

「……そうだね」

 

ふとした霊夢の問いに、萃香は少しだけ沈んだ声で答えた。

 

「なんで私だけここにいるのか、って訊きたい顔してるね、霊夢」

 

「……ええ」

 

「簡単な事さ。 私はまだ、人間に失望してない。私達鬼と正々堂々戦える人間がいるって知ったからね」

 

「……それって私の事?」

 

ニヤリ、と萃香の口の端が歪む。

それは嬉しそうな顔でもあり、また妖怪特有の"本能に忠実な顔"でもあった。

鬼である萃香に認められていた事を少しだけ嬉しく感じる反面、それを見た途端に再びズンッと気分が重くなった。

ーーこんな奴らのいる場所へ行く羽目になるなんて…。

 

心構えと気分はイコールではない。

霊夢はまさに、心構えは出来ていても、異変に赴く前の気分は最悪なのだった。

そんな彼女の気持ちを察したのか、萃香はニカッと快活な笑みを浮かべて、沈んだ雰囲気を纏う霊夢に肩を組んだ。

 

「だぁ〜いじょうぶだって霊夢! 私に勝ったんだから胸を張れ! 喧嘩っ早いのは認めるけど、するのは何も殺し合いじゃあない!」

 

「そうね、どの道行ってもらう訳だし、先の事を考えて憂鬱になるだけ無駄って話よ。……大丈夫、今回は私もサポートするから」

 

と言って、紫は小さなスキマから陰陽玉に似たものを取り出した。

霊夢の持つものとは違う、何処か禍々しさの宿る陰陽玉である。

それを浮かせて、霊夢に見せた。

 

「……妖怪版陰陽玉って感じね、雰囲気的に」

 

「まさにその通り。 これには私の妖力と、限定的にだけどスキマを発生させられる様に細工してあるわ。 あなたなら、使いこなせるでしょう」

 

ーー問題など全くない。

 

向けられた笑みに、霊夢は紫のそんな言葉を感じ取った。

ここまで二人に背中を押されたなら、しゃーないやってやるか。

はぁ、と一つ軽い溜息を吐くと、霊夢は紫に向けて不敵な笑みを浮かべた。

 

「仕方ないから、やってあげるわよ。 地獄を見に行くってんだから、報酬くらいは用意しておきなさいよ?」

 

「ふふ、生意気な子ね」

 

紫もまた、霊夢のそんな態度に頼もしさを感じた。

今更な話だ。 でも、最強の妖怪と呼ばれる自分にそんな口を聞く人間、というのが居ないのもまた事実。

それが逆説的に、彼女の笑みを頼もしく感じさせた。

 

「でも、その前にもう少しゆっくり……ブクブクブク」

 

「あらあら、あまり長湯すると茹で上がるわよ。……ああ、もし"茹で霊夢"にでもなったら食べてみようかしら」

 

「お、いいね〜! 私に勝った人間がどんな味がするのか、私も気になるなぁ!」

 

「……やめて。洒落になってないから」

 

霊夢が異変に乗り出すのは、もう数刻後の事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、そろそろ行くわ。 世話になった」

 

「ああ。………後悔だけはするなよ」

 

「………ああ、またいつか!」

 

 

 

 

 




実はこの後の展開に悩んでいたり。

ではでは。


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第百六十七話 緑眼の橋姫

お察しタイトル。

ではどうぞ!


「ここが入り口…まさに地獄の門って感じね。真っ暗で」

 

現在地点は妖怪の山、その頂上。

温泉後の火照った体には、ここのひんやりした空気は心地良く感じる。

しかし"そうのんびりもしていられない"という今の状況が、心地良さに抜けてしまいそうな霊夢の気を再び引き締めた。

 

ふぅ、と短く息を吐き、地獄の門ーーもとい、山の頂上に空く大穴を見下ろす。

 

「………なんか、やだなぁ」

 

『嫌でも行くのよ』

 

「うぉわっ!? この陰陽玉喋るのっ!?」

 

突然、隣に浮く不気味な陰陽玉から声が放たれた。

独り言のつもりで言った言葉だったが、唐突に思いも寄らない反応をされて霊夢はビクリと体を震わせた。

そんな彼女の反応に、陰陽玉は呆れの溜め息を零す。

 

『はぁ…"陰陽玉"じゃないわ、私よ』

 

「…もしかして、紫?」

 

『それ以外に何があるの。 言ったでしょう、サポートするって。

能力を貸し出した程度ではサポートなんて言えないわ』

 

「ん…まぁ確かにそうね」

 

フム、と霊夢は納得した。

確かに、能力を貸し出すだけではサポートとは言わないかもしれない。

特に今回は、地底の事についてついさっき聞かされたばかりである。

スキマ能力が扱えるからといって、強力な鬼の巣窟に無知な霊夢を送り出すほど、紫も無慈悲ではないだろう。

何処か"ストン"とした納得を得、霊夢は一つ頷いた。

 

『さ、本当ならある筈の"天狗達との面倒事"もカットしてあげたんだから、さっさと行きましょう?』

 

「それはまぁ感謝してなくもないけど、サポートとか言い出すくらいなら自分で行けばいいじゃない」

 

と、半ば答えの出てしまっている質問を念の為してみる。

紫はそれに、半呼吸も置かずに返答した。

 

『私は万一の場合に備えて地上に居なければ行けないのよ。

それを抜きにしても"条約"に引っかかるから、どの道行けないのだけどね』

 

「じゃあなんで私は行ってもいいのよ」

 

『大義名分があるからよ。 例え何事も無かったとしても、こちらが疑念を抱くような行動をとった向こうに非がある。 博麗の巫女だからこその特権ね』

 

…つまりは、"何も無くても責任を押し付ける事ができるから、遠慮無く暴れられる"という事かーー。

計算高い紫の策に、霊夢は少しだけ"向こう側"への同情と呆れを感じた。

自分に面倒事が残らないのはいい事なのだが、その為に用いる紫の策がなんとも引き攣るエグさを持っている。

 

それでも、こうして自分の身の事も考えた上で乗り込もうとしている私は、やっぱり人間なんだなぁーー。

 

深淵へと続く大穴を見下ろし、霊夢はふと、そう思った。

 

『さぁ、行きましょう。 まずは地底の管理人、古明地(こめいじ)さとりの所へ向かうわよ』

 

「はいはい。行きますよーっと」

 

『"はい"は一回。 それと嫌そうな顔しないの』

 

「…分かってるわよ。 嫌っていうか、ちょっと苛立ってるだけ」

 

侵略なんて馬鹿な事考えてるなら、ちゃんと制裁を加えないとねーー。

 

霊夢はふわりと、真っ暗な大穴へと飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"力に溺れる"という言葉の意味を、火焔猫(かえんびょう)(りん)は目の前の友人を見て理解した。

 

その時ーーある強大な力を持った二柱の神が来るまで、自分達は何時ものように仕事をし、その合間で楽しく会話したりして過ごしていたのに。

 

"その時"が来て、神様に力を与えられた友人は、それを感じてこう言い放った。

 

 

『お燐っ! 私、地上を灼熱地獄に変えてくるよっ!』

 

 

お燐はただただ、唖然とした。

 

だって、当然だろう?

言い換えれば、共に遊んでいた一匹のウサギが突然"人間を皆殺しにしてくるよ!"と言ったようなものだ。

そりゃ、言われた側のウサギは唖然とするしかない。

何を言い始めたんだこの馬鹿ウサギはーーと、そう思うのが普通だ。

 

全く同じ理屈で、お燐もこう思った。

一体何を言い出すんだこの鳥頭はーーと。

確かに二人は妖怪だ。 でも、"たった"二人の妖怪だ。

方や火車、方や地獄鴉。 そりゃ人間相手には圧倒出来るだろう。

でも、地上には他の妖怪もわんさかといる。 言ってしまえば、二人の主人よりも遥かに強い妖怪だっているのだ。

 

どれだけ大きな力を得てもーーそれこそ、核融合なんてありえない力を得たのだとしても、きっと通用しない。 力をもらった程度でどうにかなる程甘い相手ではないだろう。

 

でもそれが、お燐の友人ーー霊烏路(れいうじ)(うつほ)には分からない。

だって彼女は、馬鹿だから。

 

目的も分からない神から力を貰って、調子に乗っているのが丸分かりだ。

まぁ確かに、その力の源となって彼女に取り憑いている(降ろされている)神様は格好良かったし、感じる力も怖いくらいに強かったけど、結局それは、空の力ではない。

彼女が調子に乗るのは、少しだけ筋違いというもの。

 

ーーでも、確かに力は強くなった。

 

一匹の地獄鴉として仕事をしていた頃より何倍も、何十倍も。

だから、その力が彼女自身の力ではないとしても、それを扱う彼女自身の目的は正直…笑い話にもなっていない。

 

だからお燐は、地上に合図を送った。

 

聞けば地上には、妖怪退治を生業とする巫女がいるそうな。

合図に気が付いて、調子に乗る空にキツいお灸を据えてくれれば、お燐としては万々歳だった。

 

あわよくば、同時に地上で暮らしているという"罰を与える神様"にも気が付いてもらえればーー。

 

まぁそれは、欲張りかにゃ〜。

お燐はすぐに思考を切り捨てた。

合図として使った怨霊は大量だった。

間欠泉と一緒に放ったので巫女が気が付かない訳はないだろう。

後は、待つだけ。

 

むしろ心配なのは、あの空の状態をどうやって主に隠し通すかだった。

その主は二人にとって育ての親も同然だ。 だから怒られるのは嫌だ。

お燐は、言えばきっと怒られると分かっていたのだ。

そして空がどう"処分"されてしまうのかが、とても心配だった。

 

だから、隠す。

巫女が解決してくれるまで。

 

今日もいつものように、お燐は主に挨拶をするべく彼女の部屋へと向かう。

ただその足取りは、何処か重そうなものにも見えた。

 

全く、世話の焼ける親友だねーー。

 

目の前の扉を開ける前に息を吐き、心で身構える。

彼女の前では、微塵も空の事を考えてはならない。

考えたら最後、一瞬でバレてしまう。

お燐は気を引き締め、普段の笑顔を仮面に変えて、扉を開け放った。

 

「おはようございます、さとり様!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっと底が見えてきた…」

 

『普通に降りると長いわね。 私はスキマが使えるから知らなかったわ』

 

「太るぞ妖怪」

 

『う…』

 

軽口を交わしながら、長かった大穴の底へと降り立つ。

霊夢の視界の先には、不思議な事にチラチラと灯りが見て取れた。

 

「…底は案外明るいのね。 道中は暗過ぎて土蜘蛛とか潜んでたもんだけど」

 

『地底世界よ? 元は地上にいた妖怪が集まっている場所。 灯り無しにどうやって生活するのよ』

 

「そこはまぁ…鬼特有の気合いとか?」

 

『まさか。鬼だって生き物よ。 精神論が通用するのは化け物みたいな生命力を持っている存在だけ。 鬼の中にだって脆弱な個体はいるわ』

 

「ふーん…」

 

紫の話を横に聞きながら、先へと進んでいく。

地底世界というだけあって、見上げる霊夢の視界の先は暗闇だけだった。

これじゃあ昼夜の感覚が狂ってしまう。 挨拶する時とかどうするのだろう?

歩みを進める霊夢は、真っ暗な空を見てふと、そんな何でもない感想を抱くのだった。

 

街の喧騒が微かに聞こえてくるくらいまで近付くと、霊夢は前方に橋がある事に気が付いた。

 

「なんでこんな所に橋が? 暗くてよく見えないけど、谷でもあるのかしら?」

 

『あるわよ、谷。 元々は地獄の業火が噴き出していた部分ね』

 

「……実際に見るとなんか生々しいわね。 本当にここが灼熱地獄だったって考えると…」

 

『そう思うのが普通でしょう。 何せここは、あなた達人間が死んでなお罪を責められ続ける場所なのだから』

 

「…………さっさと解決して、ここを出ましょうか」

 

霊夢は、自分が地獄跡に来た、という事実に少しだけ気分を悪くした。

さっさと出ないといつか吐くかも…。

そんな先の事を頭の隅で考えながら、霊夢は歩む速度を少し上げた。

 

そして、丁度橋に足を踏み入れた直後の事。

そんな彼女の耳に、何処かどんよりとした暗い声が入ってきた。

 

 

 

「妬ましい…妬ましいわ…」

 

 

 

「っ! ……な、なに?」

 

突然聞こえた不気味な声に、霊夢はピクリと肩を震わせた。

恐る恐るといった具合にそちらを見ると、そこにはーー緑色の目を光らせる少女がいた。

 

……こちらを覗くように身を隠して。

 

(「ブツブツブツーー……」)

 

「……えっと…紫、あの子すごく怖いんだけど」

 

(「ブツブツブツーー……」)

 

『んー…あれは橋姫ね。 放っておいていいと思うわ』

 

(「ブツブツブツーー……」)

 

「そ、そう…。 じゃあ…行きましょうか…」

 

触らぬ神に祟りなし。

霊夢はあの少女に関わる事を遠慮した。

だって、こちらをじっと見つめながらずっとブツブツと何事かを呟いているのだ。

どう見たって関わったら面倒な相手だと思うだろう。

 

 

だが、そうは問屋が卸さない。

 

 

「妬ましいわ…! 私に気付いていながら無視しようとするそのスルースキルも…!

パルパルパルパル…」

 

「うっ…」

 

話しかけられた…!

霊夢は内心で"しまった!"と頭を抱えた。

だって、話しかけられたら反応するしかないではないか。

霊夢自身、あからさまに人を無視するほど落ちぶれたつもりはない。

なので話しかけられる前に通り過ぎたかった、というのが彼女の本音である。

何せ、見た感じ非常に面倒くさそうなんだもの。

 

だが、時既に遅し。

少女にそんなつもりはなかっただろうが、霊夢は見事に逃げ道を潰された。

引き攣りそうになる顔を必死に笑わせて、未だこちらを覗き続ける少女へと振り返った。

 

「えっと…何か用かしら…?」

 

「"何か用"…? あなた本気で言ってる? その能天気さも妬ましいわね」

 

「………………」

 

ああ、コレ完全に当たり引いたわ。

確実に面倒なヤツだわ。

心中でそう呟いた霊夢は、無意識の内に目の端をひくつかせていた。

 

「ここが何処だか分かってるの? あなたが何者かは知らないけど、この先へ行くのはオススメしないわよ」

 

「あ…えっと、忠告してくれてるのかしら?」

 

「それ以外にどう聞こえるの? 本当に能天気なヤツね、妬ましいわ」

 

「(…………ああ、あれ口癖なのか)」

 

"妬ましい"とは如何やら、本当にそう思っているわけではなくーー本当に思っている可能性もあるがーー彼女の口癖の様だ。

それにしては頻度が多いなとは思いながらも、霊夢は未だに少しだけあった恐怖感をわずかに拭った。

理由が分かれば問題ない。

一番怖いのは、自分が何に嫉妬されているのか分からない事である。

 

 

ーーともあれ。

 

 

「………悪いけど、引き返すわけにもいかないのよ」

 

霊夢は、キリッとした目付きで少女を軽く睨み返した。

ここで足止めを食らっている時間はない。

ある意味では、たった今この時にも幻想郷は危機に晒されているようなものなのだ。

異変時の博麗の巫女の意思とは、恐らくどんなものよりも大きく(したた)かである。

 

「こっちは用事があってここに来たの。 通らせてもらうわよ、橋姫さん」

 

再び歩き出す。

相変わらず道は暗いし、橋の下は覗き込むのも憚られる程深い谷。

たが街の灯りはもう直ぐそこだ。 霊夢が進むのに何らの躊躇いもなかった。

 

 

ーーそう、少女が目の前に立ちはだかるまでは。

 

 

「…言ってるでしょう? こっちは用事があって急いでるの。

あんたの訳わかんない嫉妬に付き合うのはまっぴら御免なのよ」

 

「強気な所も妬ましいけど、その無謀さは妬ましくないわ。

この先は鬼の巣窟。人間程度じゃ軽く捻り殺されてお終いよ」

 

「知ってるわ。 鬼の巣窟になってる事も、鬼がどれだけ強いのかも。

でもそれは、私が引き返す理由にはならないの。 …博麗の巫女を嘗めないで」

 

スッと、霊夢は大幣とお札を構える。

所謂戦闘態勢。 霊夢は既に、押し通る気満々であった。

 

そして少女は、何処か得心行ったという感じに一つ頷いていた。

 

「ああ、あなたが博麗の巫女ーー博麗霊夢か。 弾幕ごっことかいうお遊びを広めたがってた"お子ちゃま"の」

 

「誰がお子ちゃまよっ!」

 

「お子ちゃまじゃないの。 決闘をそんなお遊びにしようなんて考えるのは、痛みと怖さを知らない子供のする事よ」

 

少女は少しずつ宙に上がっていく。

その目はますます不気味に光り、その身体からは妖力が迸り始めていた。

 

「私は水橋パルスィ。 あなたの言った通り、橋姫よ。

私はね、ここを通るヤツ結構選ぶのよ。 弱いヤツを通すと、向こうの街を占めてる鬼にあーだこーだ言われるからね。面倒くさいったらありゃしないのよ」

 

心底面倒臭そうな表情で少女ーーパルスィが言い捨てる。

きっと本当に面倒なのだろう。 霊夢だって萃香という鬼の相手をしてきて幾度となく思った事である。

絡み方がウゼェ、と。

 

ただ、それはそれである。

霊夢にとって、パルスィの言い分などは如何でもいい。

共感はするが、それで進むのを諦めたりしない。

霊夢は敢えて、パルスィに不敵な笑みを向けた。

 

「……あら、私は強いわよ? 伊達に妖怪退治してないもの」

 

「それは今から、私が確かめてあげる。

この際あなたの用事とかは如何でもいいのよ。問題なのはあなたの強さだけ。私が認められるくらいあなたが強かったらーー」

 

 

 

ーーそれはもう、妬ましい限りね。

 

 

 

その言葉をきっかけに、橋上の弾幕勝負が始まった。

 

 

 

 

 




書く事ホントにないです最近……。

ではでは。


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第百六十八話 立ちはだかるは

あ、パルパル戦は全カットらしいですよ←他人事

ではどうぞ!


「ふぅ…! まぁこんなもんよ!」

 

『お見事。博麗の名に恥じない戦い振りだったわ』

 

「そりゃどーも」

 

袖の中へお札をしまいながら、霊夢は片手間に紫へと言葉を返した。

軽く息を吐く霊夢の前には、ボロボロになって倒れ伏しているパルスィの姿があった。

 

「ま、まさか…一発も当てられずに負けるなんて…」

 

「嘗めないでって言ったでしょ。

例えあなたが本気で殺しに来たとしても、その程度じゃ私は絶対に負けないわ」

 

もっと恐ろしい殺気を浴びた事があるものーー。

 

霊夢の脳裏に、"白い髪の男"の姿が映る。

その瞬間に霊夢はピクリと眉を震わせたが、その事に反応する者はこの場にはいなかった。

 

「じゃ、行かせてもらうわよ」

 

ちょっと辛いモノ思い出しちゃったわ。

霊夢は、脳裏に映った空想を打ち払うようにして言った。

終わった事はもういい。恐怖するだけ無駄である。

弾幕勝負には完封勝利してやったのだから、さっさと先へ進むべきだ。

霊夢は最後にパルスィを一瞥し、橋の方へと振り返った。

 

「文句は、言わせないから」

 

「言う訳ないわ、負けたもの。

……そこまで強いと、本当に妬ましい限りだわ」

 

「………本当にそれしか言わないのね、嫉妬妖怪。 最初にも言ったけど、あんたの嫉妬に付き合うのは面倒だからもう行くわ」

 

「ええ、行きなさい行きなさい。 あんたの"通行証"は、もう見終わったから」

 

「……ふん。じゃ」

 

片手を上げてひらひらと振り、霊夢は紫の陰陽玉と共に歩を進めた。

街の灯りは直ぐそこにある。 そこから溢れ出るかのような妖力に、霊夢は再び気を引き締めた。

 

「………尤も、強い所為で鬼に絡まれるとしたら、その強さは全く妬ましくないけれど」

 

背後で呟かれたパルスィの一言は、霊夢の耳には欠片ほども届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今の博麗神社には、私一人しかいない。

人間が神を祀るための場所に、まさか妖怪が一匹居るだけとは、人間の信仰なんてまるで無いじゃないか。

やはりここはオンボロ神社と言う他ない。

まぁ元々大勢の人が来る場所じゃあないんだが、少なくとも、大抵はいつも霊夢がお茶を飲んでいるか、魔理沙が遊びに来ているか…ともかく、誰か一人は居ると考えていい。

 

ただまぁ、今は私一人しかいないのも仕方ないっちゃ仕方ない訳で。

 

「あ〜、異変だってのは分かるけどさ、自分の家…しかも神社に鬼である私を一人置いていくとか、それでもホントに巫女なのかってんだよ、霊夢の奴」

 

クイッと瓢箪を傾け、中の酒を喉に流し込む。 やっぱり酒は一気飲みがイイね。 気分がスカッとする。

人間がこれをやると……なんだっけ? 何たら中毒? になるから、人間はやってはいけないらしい。

こんな気分を味わえないなんて、人間は可哀想な種族なぁ、と度々思う。

 

「…霊夢は温泉から上がったら直ぐに出てっちゃうし、紫は紫で家に戻って霊夢のサポートするとか言い出すし……私の事はどうでもいいのかってんだいこん畜生めぇっ」

 

 

ーーつまらん。

 

 

やけくそに叫んでは見たものの、その所為で後に訪れた静寂をより際立って感じてしまう。

シ…ンと静まる神社の中では最早、その静寂は私にとって逆にうるさく(・・・・)感じた。

 

「……静か過ぎるのは、柄じゃないな…」

 

ふと、心地良い喧騒が響いていた数百年前の妖怪の山を思い出す。

よくみんなで宴会したっけね。

やれ誰が喧嘩しただ、やれ誰がぶっ飛ばされただ、事あるごとに宴会をして、よく笑って…あの頃は、翌日の二日酔いすら悪い気分じゃなかったなぁ。

 

今はこうして、鬼とさえ渡り合える人間と仲良くしている訳だけどーーまたいつか、同族のみんなと酒を酌み交わしたいものだ。

 

「……? あ、切れちゃったか」

 

不意に瓢箪を傾けた。

またいつもの様に美味い酒が流れ出ると思いきや、しかしそれからは一滴の雫しか落ちてこなかった。

どうやら、酒を切らしてしまったらしい。

また新しい水を入れておかないと。

………ふむ。

 

「酒が出来るまで、温泉にでも入ってようかな」

 

我が伊吹瓢は酒が出来る。

それはそれは美味い酒が出来る。

でもそれは、決して無から出来る訳じゃない。

元になる水を入れてしばらくしないと酒にはならないのだ。

つまんない時間も、"うるさい静寂"も、私は酒さえあれば如何にか出来るのだが、それがなくなろうとしている今、出来る行動は一つしかない。

 

ーーも一回温泉に入って、今度はゆっくりしよう。

 

と。

 

そうと決まれば善は急げだ。

残念ながら私の能力じゃ分散は出来るけど分割は出来ない。

だから"瓢箪に水を入れながら服を脱ぐ"なんて事はできないが、そこは使い様。

一度薄くなって、別の所で集まって。

瞬間移動の様にして使えば、分割ほどじゃなくても歩く手間は省けてしまうのだ。

 

私が瓢箪に水を入れ、服を脱いで温泉に浸かるまでは多分一分も掛かってないと思う。

 

「ふぅ〜っ やっぱり中々いいお湯じゃないか。 霊夢も幸運な奴だなぁ」

 

一角が吹き飛んだ事は一先ず置いて。

むしろ、自分の家に優良な温泉が湧いたとあっては、家の一角くらい吹き飛んでもまだまだ幸運と言えるだろう。

そもそもその吹き飛んだ一角を直したのは私だし。 霊夢はなんにもしてないし。

 

終わったらいくらでも入っていい、なんて言うから直すの頑張ってたのに、結局入ったのは乱雑なスキマ落とし。

全くもって報われない。

霊夢が幸運なら、私はきっと今最高に不運なんだろうな。

 

「(…後なんにも起きなければいーけど)」

 

ーーなんて思えば、なんとやら。

次の瞬間、私の頭にバサッと冷たい何かが落ちてきた。

いやもう、"何か"なんて分かりきってるんだけど…。

 

「全く…ツイてないねぇ」

 

温泉に溶けていく雪を見ながら、私はもう笑うしかなかった。

 

 

 

そんなこんなで、温泉に浸かってもうどれ位か。

あんまり気持ち良いから数えていなかった。きっと人間ならのぼせるくらいには入っていると思うが、生憎私は妖怪なんでね。 人間よりはちぃっとばかし頑丈なのだ。

……まぁ、とは言っても、だ。

 

「そろそろ、上がるかねぇ」

 

流石に長く浸かり過ぎた。

体がふやけて、拳までふやけてしまったら鬼として恥だ。

きっと勇儀にだって笑われる。

 

ゆっくり立ち上がると、少し立ちくらみがした。 やっぱり長過ぎたみたいだ。

でもその代わり、熱くなった体が外の冷気に触れてとっても気持ちが良い。

冬の温泉というのも中々良いもんだね。 こんなのが家にあるとか、やはり霊夢は運が良い。

 

グググッと背伸びをすると、パキパキパキっと小気味良い音がした。

肩と、背中と、首辺り。

だがそんな音と一緒に、なんかドアを引くような音も聞こえた気がする。

少し耳を澄ませてやればーー。

 

「ただいまー! 霊夢、居るかー?」

 

「お? やっぱり誰か…ってこの声…」

 

……良いところに来たもんだ。

丁度上がってから何しようか考えていたところだし、ナイスタイミング。

あいつも直ぐに出て行く可能性があるが、"お前の妹の所為でこんな思いしてんだぞ!"って言えば少しくらいは付き合ってくれるだろう。

 

なんなら久しぶりに喧嘩したって良いな。

ーーいや、惚気話を聞かされるくらいならむしろそっちの方が何倍もマシか。

 

 

取り敢えず。

 

 

「帰還祝いにあいつと一杯やるとするかね」

 

脱いだ服を着なおし、ちゃぷちゃぷと音のする瓢箪を片手に持って、私は"やっと帰ってきたあいつ"の下へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で? その古明地さとりってのはどこに居るわけ?」

 

『この先の"地霊殿"って言うお屋敷よ。 そのうち見えてくるわ』

 

街に入ると、そこは意外にも人里並みに賑わっていた。

ひょっとしたらそれ以上かもしれない。 まぁ騒いでいるのが人間ではなく鬼が主の妖怪たちなのだから、当然と言えば当然かもしれない。

私はその中を真っ直ぐ進んでいた。

 

商店街、と言ったところだろうか。

左右の店は食事処とか菓子屋とか、あと異様に酒の店が多い。

時折良い匂いも流れてくるけど、何より早くここから出たいから、私の足がそっちを向く事はなかった。

 

「……で、さ…紫」

 

『何かしら?』

 

「この奇異の視線はどうにかならない訳?」

 

ここに入った時から、この視線はとてもヤな感じだ。

何か腫れものでも見るような……そう、"何で人間がここに居るんだ?"とでも言いたげな視線。

正直とても、鬱陶しい。

 

雑魚妖怪ならお札の一発でも掠らせて追っ払うところだが、生憎相手は鬼。 不用意にそんな事をして、鬼の大群で報復に来られたら洒落にならない。

ここは無視して、穏便に通り抜けるのが得策でしょうね。

 

なるべく周りを気にしないようにして、前だけを見て進んでいく。

職業柄、僅かに向けられる妖力はどうしても感じてしまうけど、僅かだから大丈夫。

西行妖の方が何百倍も強かったわ。

 

ーーまぁ、私がそう努力していたとしても

 

 

 

「おいおいおい! 何だって人間がこんなとこにいるんだ!?」

 

 

 

ーー向こうがこれじゃ、意味なんて無いのだけれど。

 

「おい人間! あの橋姫はどうした!」

 

「聞くまでもないでしょう? 負かしたから私はここに居るのよ」

 

「ほほう? なら通行する権利は確かにあるみたいだな!」

 

「でしょう? 分かったら通してくれないかしら。 私こう見えて急いでるの」

 

主に私の精神衛生上の問題で。

ここに瘴気が満ちているーー何て事はないだろうが、何となくまだ吐き気がする。

人間の私に、旧とはいえ地獄というのはヤな所なのだ。

 

だがそんなのは、鬼にとっては理由にすらならないらしい。

 

「いや、むしろ逆だな。橋姫に勝った人間とは、興味があるっ!

易々とここを通したら、次いつ会えるのかも分からねぇんだ。

ここで拳を合わせておくのも悪かねぇ!」

 

「ホント、喧嘩っ早い奴らね」

 

『そうね。昔から何も変わってない』

 

紫の返答に、横目で反応する。

こんな状況なのに、紫の声はやけに上機嫌そうだった。

 

『いいじゃないの霊夢。 戦っておきなさい。 ここで博麗の巫女の力を見せつけておけば、後で何かと有利かもしれないわ』

 

「…何が有利なんだか」

 

こんな時でも、紫は何かを計算しているらしい。

腹の底が見えない相手、というのはきっと、紫のような人物の事を言うんでしょうね。

常に何かを考えてて、先の先までお見通し。 まるで私たちを操っているみたいに。

 

 

ーーまぁでも、やるしかなさそうね。

 

 

「いくぞ人間! 楽しませてくれよッ!!」

 

ドスンと鬼が向かってくる。

その巨体に似合わず割と素早いが、目で追える程度だ。

迫ってくる上からの拳を、私は札と大幣を構えながらふわりと避けた。

 

拳に当たった地面は小さく砕け、亀裂が走っている。

地面を砕くほどの拳とは、全く、恐れ入ってしまうわね。

きっと人体が受けたらひとたまりもないだろう。

だけど、その程度(・・・・)か。

 

「ふむ、スピードも力も萃香より大分下ね。 これならーー」

 

「ふんぬぅぁああっ!!」

 

「ーー楽にやれそう、よっ!!」

 

真っ直ぐ突っ込んできた拳に合わせ、手首の辺りと肘の辺りに手を添える。

そして後ろに足を捌きながら上半身を屈ませてやると、ふわっと巨体が後ろで浮いた感覚があった。

 

 

あとは、流れに任せて手を離すだけ。

 

 

「うおりゃぁぁああ!!」

 

「なあぁぁあぁああ!?」

 

私自身大した力は使っていないが、私の身長を優に超えていた巨躯の鬼は、驚愕の声を上げながら前方に吹き飛んだ。

我ながら完璧に決まったわね。

あいつの力を余すことなく使ってやったから、きっと相当威力は高いはず。

 

……店に突っ込んだようだけど、あいつから仕掛けてきたんだから私は悪くないわよね!

 

「ふんっ どうよっ!」

 

『………流石は双也の妹ね…』

 

何処となく呆れたような言葉が隣から聞こえた。

まぁ悪い気はしないから、突っかかるのはやめておきましょう。

 

鬼は土煙の中から中々出てこない。 そしてギャラリー達はみんな唖然とした表情をしていた。

まぁそりゃ、ひ弱だと思ってた人間がたった一、二発の攻防で鬼をぶん投げたりしたらそうなるわよね。

我ながら、アレはとても綺麗に決まったのだし。

このままみんな戦意喪失して、そのまま通してくれれば万々歳なのだけど…

 

 

「おおっ? 何やら騒がしいから来てみれば、こりゃ楽しそうな事してんじゃないかお前達ぃっ!」

 

 

……そう簡単にも行かなそうだ。

 

快活な声が響いたと思ったら、何やら周りがざわつき始めた。

私が来た時の様なざわつきじゃなくて、もうとこう…畏怖の念が篭った様なざわつき方。

 

振り返りがてらに見回してみると、周囲の鬼は恐怖半分興奮半分といった雰囲気になっていた。

みんな"おい、(あね)さんがきたぞ!"とか"こりゃあ見物(みもの)だな"などと口々に漏らしている。

 

「アレをやったのは、お前さんかい?」

 

そう私に問うてきたのは、額に一本角を生やした豪快そうな女性。

彼女は先程鬼の突っ込んだ店を指差していた。

 

「…そうよ。 向こうが仕掛けてきたからーー」

 

「吹っ飛ばした、かい? いやいや、やるねぇあんた。鬼を吹っ飛ばすなんて中々出来る事じゃあないよ!」

 

「…そ」

 

と、恐らく本音だろう事をカラッと言ってきた。 いやまぁ、褒められてるんだろうから不快ではないのだが、この流れ……なんだか先が読めてきた。

 

札と大幣をしっかりと握り込み、軽く睨みつけるように女性を見つめる。

……すると、女性は口の端を少し歪め、一口グビッと酒を流し込んだ。

 

「ぷはぁ!いい目するじゃないか人間! こりゃ、私も喧嘩のしがいがあるってもんさ! 」

 

「……やっぱり」

 

鬼というのは喧嘩と酒の事しか頭に無いのか。 二言目にはやれ喧嘩だ、やれ酒だ…正直着いて行けそうにない。 これじゃあ萃香の方がまだマシね。

あいつはもう少し話を聞いてくれるし。

 

「突然で悪いんだが、喧嘩に付き合ってもらおうか! 鬼と対等にやれる人間は私も久方ぶりでね!」

 

「嫌と言ったら?」

 

「言わせないさ。 というより、こんな鬼達の真ん中で喧嘩を拒否したら、相当あいつらの反感を買うと思うけどね」

 

「……ヤな奴ら」

 

もう後には引かせないって事か。

鬼達の中で鬼の相手をした時点で、こいつらの言う"喧嘩"に付き合わなければ先へ進めなくなっていたらしい。

でも正直……面倒だ。

 

「紫」

 

隣に浮く陰陽玉ーー正確にはその先にいる紫へと声を掛ける。

"限定的"という言葉の範囲がまだ分からないし、紫自身のスキマを使って、こいつらとの喧嘩を回避する事は出来ないだろうか?

そう思って声を掛けたのだけれど…。

 

『………………』

 

「……紫? どうしたの?」

 

『………………』

 

ーー何故か返事が無い。

本当に突然、何の前触れもなく反応が無くなった。

コツコツと小突いてみても全く反応がない。

原因が何かは知らないけれど、サポートするって言ったならやり遂げなさいよね。

困るのはこっちなんだから。

…まぁあいつがいてもいなくても異変は解決するけれど。

 

とにかく、スキマを使って逃げるという選択肢は消えてしまった訳だ。

紫の自由奔放ぶりと神出鬼没ぶりにはホトホト困っている。全く……溜め息ばっかり出るわ。

 

「(じゃ、腹括るしかないって事ね)」

 

改めて女性を見つめる。

女性ではあるが、その雰囲気は周りの鬼とは比べ物にならないくらいに濃く、強い。

恐らくは相当の手練れ。 萃香と同等か、それ以上かもしれない。

スキマは…使えるかしら? どう使うかがあまり思い付けていない。それに…萃香と同族だというなら、きっとスキマなんて卑怯な手は使って欲しくないでしょうね。

だから多分、この戦いでスキマを使う事は無いと思う。

……さて、そうしたら

 

 

ーー覚悟を、決めよう。

 

 

「……博麗の巫女、博麗霊夢よ」

 

「四天王、力の勇儀こと星熊勇儀だ! …よろしく頼むよ、博麗霊夢!」

 

 

さぁて、修羅場になりそうね。

 

 

 

 

 

 




お休みを貰っても、結局書き溜めは対して増えませんでしたとさ。 めでたくないめでたくない。

ではでは。


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第百六十九話 因果巡って

勇儀っていい性格してますよね。

ではどうぞ!


「あぁあぁぁあ〜…いってぇぜ…」

 

ムクリ。

もう砂埃も舞い切った店の中で、一匹の鬼が唸りながら起き上がった。

その声を聞いたのか、彼の元へ何人か別の鬼が歩み寄ってくる。

 

「おーゴズ、派手やられたな」

 

起き上がった鬼ーーゴズは、そんな言葉をかけてくる鬼を横目で見遣り、ふっ、と口の端を歪めた。

そこに、敗北から来る恨み辛みは、清々しいほどに混じっていなかった

 

「全くだぜ。 何にも出来ぬままぶっ飛ばされたからな。まさか人間の(むすめ)に投げ飛ばされるなんて思わなんだ」

 

「ホントになぁ。 今までそんな奴ぁ一人も……あいや、一人いたか」

 

と、思い出したかの様な口振りで、鬼はゴズの方を見遣った。

その口元は、僅かに笑っている。

 

そしてゴズも、懐かしむ様に口元を歪めていた。

 

「ああ、昔いたよ一人だけ。 ヒョロっと出てきたと思ったら、馬鹿みたいに強ぇ奴でよ」

 

「あん時もお前、似た様な技でやられたよな」

 

「今となっちゃいい思い出だ。 何せ四天王に勝った人間と喧嘩出来たんだからな」

 

「一瞬だけどな」

 

「ハッハッハ! それを言われたら立つ瀬がねぇぜ!」

 

今となっては、いつの事だったか覚えてやしない。

だがその人間の事だけはよく覚えていた。

卑怯になった人間に辟易していた頃にポッと現れた、言わば"世にも珍しい人間"だったから。

今彼はどうしているのだろうか。

心にその姿が焼き付いてはいても、今の鬼達にそれを知る術は無いのだった。

 

「ーーんで、またあいつみたいな強い人間が現れた訳か。 あの娘はどうなった?」

 

「それがな…」

 

問いかけるゴズに対し、鬼はゆっくりと人だかりーーならぬ鬼だかりを指差す。

そして少し興奮気味な声音で、言い放った。

 

「意外に善戦してんだよ! 勇儀姉さんとも!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぉらぁああッ!!」

 

怒号にも似た、力強い咆哮が響く。

同時に放たれた拳は風を巻き込んで空を裂き、キッと彼女を睨みつける霊夢へと真っ直ぐ飛んだ。

 

「…見えてるわ」

 

掠りでもすればたちまち肌が弾けそうなその拳を、霊夢は大幣を剣のように扱って受け流す。

巻き込んだ風が小さく鎌鼬を生み出し、霊夢の頬を薄く切った。

 

そのまま大幣を返し、迫ってくる勇儀の額へと振り払うべく力を込める。

しかしその腕は、残っていた勇儀の左腕によって、動く前に受け止められた。

 

「頭がお留守だよッ!!」

 

掴んだ腕に体重をかけ、勇儀はその場で回転して裏拳を放った。

"相手に体重を掛けて裏拳"なんて常識外れな行動を目の当たりにし、霊夢は一瞬驚いた。

 

が、霊夢も妖怪退治を生業としてきた博麗の巫女である。

驚くのも一瞬に抑え、すぐに冷静な思考を取り戻す。

 

そして瞬時に、三枚の結界を頭のすぐ側に展開した。

 

ガシャァンッ!

 

ガラスの割れるような音が響き、勇儀の裏拳は、ヒビが入っているものの、最後の一枚で受け止められた。

 

結界越しに、霊夢は勇儀へと不敵な笑みを向ける。

 

「誰の頭がお留守って?」

 

「ははっ! やるねぇっ!」

 

嬉しそうに笑い、しかしその闘気は欠片も緩ませず、勇儀は壊れかけの結界に再度力を込めて振り抜き、今度こそ粉々に砕いた。

 

その裏拳を難なく避けた霊夢であったが、その視線の先には、反動を使って更に拳を振るおうとしている勇儀の姿があった。

 

「喰らいなッ!」

 

裏拳で振り抜いた反動を使うべく構え、拳を振るうべく一歩を踏み出す。

それが"殴る"という行為に必要な動作。

 

勇儀は構える、見据える、定める、そしてーー地を踏み抜く。

 

その瞬間、霊夢はポツリと呟いた。

 

 

「……掛かった」

 

 

カッ! っと踏み抜いた地面から光が溢れる。

突然の事に驚いた勇儀の足元には、一枚の札が落ちていた。

 

 

神技『八方鬼縛陣』ーー。

 

 

宣言するその声を、勇儀は遠くで聞いた気がした。

これはちとヤバいーー。

勇儀の意識は既に、足元で放たれようとしているエネルギーへと向かっていた。

 

「はぁぁあああッ!!」

 

前方へ放つ寸前だった拳に急激なカーブをつけ、勇儀は半ば反射的に、地面を強烈に殴りつけた。

 

ぶつかり合ったのは、力の奔流である。

元々力の強い鬼の中でも、更に"力の勇儀"と称えられる存在の拳。

そして、彼女と同じく四天王である伊吹萃香を沈めた、高火力の陣術。

 

無限に続くかと思われるほど高い天井と、それに比例した広い空間にも爆音が響き渡る。

その途方も無い衝撃は、一瞬激しい風と光を巻き起こし、爆発する様に粉塵を巻き上げた。

 

周囲の鬼達が固唾を飲んで行方を見守る中、粉塵から少し離れたところに降り立った霊夢は、その土煙に映るシルエットを見て、苦笑いを零した。

 

「……ったく、頑丈にも程があるわよ」

 

その呆れにも近い言葉を受けたのか、中のシルエットは、巻き上がる粉塵を腕の一振りで払い、その少しだけボロけた姿を現す。

勇儀の拳は、霊夢の陣に打ち勝ったのだ。

 

「はっはっはっはっ! いいね、いいよ、凄くいい! まるで昔に戻ったみたいだ!」

 

「お気に召して良かったわよ。ったく」

 

全くくたびれた様子のない勇儀の姿に、霊夢は皮肉を込めて言い捨てた。

 

本当に、"ったく"である。

悪態も吐きたくなるというもの。

 

鬼の四天王という強大な相手に対し、人間である霊夢は確かに善戦している。

早過ぎる拳は的確に避けているし、反撃にも出ているし、その上勇儀をトラップに嵌めてすら見せた。

観戦している鬼達からすれば信じられない事だろう。

 

だが、その消耗具合には明確に差が現れていた。

 

当然と言えば当然の結果である。

そもそもの身体能力が、鬼と人間では違い過ぎるのだ。

善戦はしていても、もともとそう長く続くものではない。

息が上がっている訳ではなくとも、霊夢にはそれがよく分かっていた。

 

長期戦は不利ーー。

 

次の衝突に向けて、戦闘の更なる構成を練っていた霊夢。

しかし、その思考もすぐに打ち切られる事になってしまった。

 

 

「こんなに楽しい喧嘩はいつぶりか…そうだ、双也(・・)とやった時以来だね!」

 

 

ーーえっ?

と思ったのとほぼ同時、霊夢はすぐに思い直した。

ああ、またこのパターンか、と。

 

もう霊夢に驚きはない。

何せ兄に関しては、驚愕に値する事柄を既に多く聞いていたから。

例を挙げればキリがない。

強いて驚いた例を挙げるなら、彼が億を超える時を生きているという事柄だろうか。

 

だから霊夢は、あくまで淡々と勇儀に言葉を返す。

 

「何、あの人はあんたとも面識があるの」

 

「ん? あぁ、あるとも。大昔に喧嘩した仲さ。 ーーって、その口ぶりだと、お前は双也を知っているのか?」

 

「知ってるも何も……私、あの人の妹同然だしね」

 

 

ーーそう霊夢が言い放った瞬間、勇儀の表情が固まった。

それは嬉しさではなく、悲しさでもなく、怒りでもなくーーそう、無表情だった。

 

感情の全く見えない顔ではあったが、それもすぐに破顔する。

 

「…く…ふふふ、はははははっ!!

そうかそうか、あいつの妹か! これも運命なのかね!」

 

突然の高笑いに、霊夢は内心で首を傾げた。

一体、このタイミングで笑う要素など何処にあったのだろう。

不思議には思ったものの、霊夢はただ笑う勇儀をジッと見つめた。

 

「いや、悪い悪い。 なんだか可笑しくなってきちゃってね。

こんな力のある人間が双也以外にいたのかって思っていたら、まさかあいつの妹とは…全く、世界ってのは意外と狭いもんだね」

 

「…言っておくけど、血の繋がった兄妹じゃないわよ?」

 

「分かってるさ。

お前はどう見ても生身だ、双也と血が繋がっている訳がない。

だがまぁ、それは今どうでもいい」

 

勇儀の纏う雰囲気が、フッと変わる。

何処か楽しんでいる様な感じから、真剣な冷いものへと。

 

彼女をジッと見つめていた霊夢にはハッキリと"見えた"

その雰囲気とともに、彼女の表情が塗り変わったところを。

 

明るく豪快な笑いよりも、ずっとずっと危険な笑み。

対する者に悪寒を走らせるような強者の笑み。

いつか萃香が見せたよりも、もっとずっと野性的な、"果し合いたい"という本能に実に忠実な笑みだった。

 

「あいつに負けてから、何度リベンジを望んだか知れない。

望み望み望み切ったこの時、私の前に現れたのがあいつの妹とは、なんという因果かね」

 

静かにそう呟く勇儀からは、ビリビリと肌を刺激するような妖力が放たれていた。

いや、それだけではない。

霊夢は、彼女の妖力よりもむしろ、放たれる気迫を強く感じていた。

 

「失礼した、博麗霊夢。

人間とやる時は加減をする、ってのは、昔から鬼が人間と喧嘩する時の暗黙の了解だったんだが、あんたに手加減をするのはむしろ大変な失礼に当たるね。許してくれ」

 

「……いえ」

 

「だから」

 

おもむろに上げられる拳。

さして力が入っているとも思えない様子の拳はしかし、地面に打ち下ろされた瞬間にゴオッと空気の衝撃波を生み出した。

 

「ここからは、本気の本気で行かせてもらう。 あんたに勝てなきゃ、双也にだって勝てやしない…ッ!」

 

勇儀の放つ雰囲気は最早、戦闘狂のそれに近かった。

ただひたすらに戦いたい。

己の負けた奴にリベンジしたい。

戦闘に大した関心を持たない霊夢にさえそれが伝わる程、今の勇儀は圧倒的な気迫を放っていた。

 

後戻りは出来ないかーー。

彼女の雰囲気にそれを悟った霊夢は、再び大幣と札を構える。

それを戦う意思と捉えた勇儀は、その口の端をニィっと歪めた。

 

「改めて。 鬼の四天王、星熊勇儀だ。 お前の兄には世話になった。 また思いっきり喧嘩をしてみたいものだよ。

ーーだがまぁ、それはこの際置いておいて、だ」

 

 

 

 

 

続きを、始めようじゃないかーー!

 

 

 

 

 




"あん時の鬼かよッ!"って思った人、挙手。

ではでは。


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第百七十話 怪力乱神

あ、半分くらいが戦闘です。

ではどうぞ!


戦いの最中、霊夢はふとこんな事を考えた。

 

"喧嘩"って何だったっけ?

 

ーーと。

喧嘩というものに明確な定義などはない。

口喧嘩という言葉もある程だ、何も取っ組み合いが全てという訳ではないだろう。

だが、"どの様なものが喧嘩と呼ばれるのか"は、どんな人に訊いても大抵は同じ答えが戻って来る筈だ。

 

二人、またはそれ以上の人達が、何かをきっかけにすれ違い、その自らの意見を通す為に、相手を叩き潰す。

その際の、主に暴力的な一件が一般的に"喧嘩"と呼ばれるものだ。

これは最早一般常識ですらある。

決して褒められる行為ではないのだが。

 

 

ーー話を戻そう。

たった今霊夢は、四天王を名乗る鬼、星熊勇儀と戦闘中である。

序盤こそ彼女曰く加減をしていたとの事で、人間である霊夢でも"ああ、確かにこりゃ喧嘩ね"と無意識に納得していた。

 

が、戦闘が続き、ある時を境に霊夢は先程の疑問を抱いた。

だって喧嘩というのはーー

 

 

「うぉらぁあああッ!!」

 

 

ーー拳圧だけで(・・・・・)弾幕を吹き飛ばす拳など、使わないだろう?

 

勇儀の拳は地を抉る。

直接殴れば当然だが、彼女の拳は直に触れずとも容易く地面を割ってしまう。

理由は単純。

それは、信じられない程に彼女の腕力が強いから。

 

「どうした博麗霊夢ッ! さっきから攻撃してこないじゃないか!!」

 

「あんたがぶっ飛ばしてるだけでしょッ!!」

 

怪力乱神とはよく言ったものだ。

"力の勇儀"という称号も実に似合っている。

彼女はただただ、並外れて力が強いのだ。

そしてその力で振るわれた拳は風を巻き込み、膨張させ、一発一発が衝撃波を生み出す。 全て彼女の腕力だけが成せる技である。

だがそんなシンプルな強さだからこそ、突き詰めれば極めて強力なものとなる。

 

その力を振るえば岩盤すら砕けるだろう。

その力を振るえば海を割るのも不可能ではない。

そう思えてしまう程に、勇儀という鬼の力は並外れている。 桁が違う。

 

一発一発の拳圧に押されていたからではあるが、霊夢は懸命に弾幕を張り続けていた。

あんなのと真っ向勝負をしてはいけないーーと、よく当たる霊夢の勘は、警鐘にも似た音を絶えず掻き鳴らしていたのだ。

だが同時に、このままではいけない、とも思っていた。

 

「(ちっ…切りが無い…!)」

 

撃ち続ける弾幕は意味を成さない。 着弾前に掻き消されてしまうのだ。

だから弾幕以外の方法で、如何にかして勇儀に攻撃を当てるしかない。

いや、当てるのは弾幕でもいい。 当てられるなら何でもいい。

とにかく、今はこの状況を打開する策が必要だ。

 

「(くっ、いつでも日女様を降ろせたら楽だったのに…っ!)」

 

けど、そりゃさすがに無理か。

一瞬切望したその考えはすぐに打ち切られた。

確かに日女の力があれば妖怪など一瞬で沈めることができる。が、あれは霊夢とて故意に出来るものではない。

 

神降ろしを解いた後の疲労感ったら尋常ではなかった。 直後では立ち上がるのも困難な程だ。

そもそも竜姫の助け合ってこその神降ろしなのだから、この場でいくら望んでも仕方のない事である。

 

世の中、そう上手くはいかないものだなーーなんて、少し現実逃避じみた事を頭の隅で考えてしまう霊夢だった。

 

「(って、ンな事考えてる場合じゃないっ!)」

 

ゴオッ! と凄まじい風が体を打つ。

あんな威力の拳を直に受けたら、きっと五体満足ではいられないだろう。

勇儀の圧倒的な膂力に戦慄すら覚えながら、霊夢は一枚の札を取り出した。

 

「神技『陰陽鬼神玉』ッ!」

 

霊夢の目の前で大きな陰陽玉が形作られていく。

弾幕よりもずっと質量のあるその陰陽玉は、勇儀の拳による風圧ではビクともしていなかった。

 

「とりあえず、丈夫なやつを一発よ!」

 

霊夢の身長程に直径を伸ばした陰陽玉は、そんな掛け声と共に勢いよく放たれた。

緩く回転しながら飛ぶ陰陽玉は、霊夢自身の霊力を巻き込み、更に威力を増していく。

 

勇儀はそれを見据え、ニィッと笑った。

 

「やっと中々なのが来たね!」

 

見据え、構え、定める。

勇儀の動作は緩やかに見える程に滑らかで、酷く正確だった。

 

最短距離で正確に構えられた拳は、ゴッと強力な妖力を纏う。

それすらも、殴るという行為を行う為に極められた動きであった。

 

「超級四皇拳ッ!」

 

拳が打ち出されるのと同時に、纏われた妖力が巨大な拳を形作っていく。

高密度に圧縮され、非常に硬く強力になった妖力の拳は、間近に迫っていた陰陽玉と激しく衝突しーー見事に砕いた。

 

「でもまだ、この拳は止められーー!?」

 

「分かってるわ。 萃香にも砕かれたもの」

 

砕け散った陰陽玉の破片の合間、勇儀は不敵な笑みで結界にお札を貼り付ける霊夢を視界に捉えた。

と同時に、自らの上下左右前後から光が発せられるのを確認した。

 

「だから本命はこっち。

神技『八方鬼縛陣・交』!」

 

勇儀の周囲六方向から、高圧の霊力が放たれる。

強い光を交えながら、その霊力は中心の勇儀へと一気に殺到した。

 

八方鬼縛陣の同時展開、である。

相手を中心として、足元、頭上、左右、前後に結界を展開。

そしてそこからそれぞれ、中心へ向かって八方鬼縛陣が発動する。

 

霊夢は、以前の萃香戦の教訓から発想を得たのだ。

真っ向からでは攻撃が出来ない。 だから隙を突いて大技を叩き込むべし、と。

陰陽鬼神玉は文字通りの囮であり、その隙に準備を整え、必殺の一撃をお見舞いする。

霊夢はそれを、完璧にこなして見せたのだ。

 

だが当然の事ながら、勇儀も決して柔ではない。

 

 

「『鬼神の咆哮』ォオッ!!」

 

 

六柱の陣が直撃する寸前、勇儀の宣言と共に妖力の衝撃波が放たれた。

大気を振動させるようなその衝撃波は、奇しくも霊撃の原理とよく似ていた。

即ちーー突発的解放による爆発力を用いた、一瞬の衝撃。

 

だが彼女の放つ衝撃波は、霊撃とは違って連鎖的(・・・)であった。

 

「ぉぉおおおおッ!!!」

 

「くっ…押され、てる…っ!」

 

まるで心臓の鼓動のように、衝撃波ーー妖撃とでも呼ぼうーーは波紋のようにして広がっていく。

ドドドドドッ! っと重い音を響かせながら、徐々に徐々にと陣を押していく。

 

嘘でしょ、この火力よ?

内心に驚きと焦りを孕ませながら、霊夢は必死に陣を放ち続けた。

これが破られれば、正直に言って打つ手が無い。

"夢想天生"という切り札はあるものの、異変の先で何が起こるか分からない現状で使うのは躊躇われる。

直接的なダメージのある接近戦などは以ての外。

弾幕は言うまでもなく。

 

これはーーピンチだ。

 

「(ぐ…ううっ! やっぱ地底とか嫌いだわっ!)」

 

抵抗するも力負け、陣はどんどん押されていく。

そして遂に、勇儀の妖撃の波が基点である結界に触れ、粉々に砕かんと迫った。

 

ーーその時。

 

 

 

『二重結合。 霊夢と俺の霊力を結合』

 

 

 

ブワッと、霊夢の霊力が膨れ上がった。

 

突然の事過ぎて、霊夢には一体何が起こっているのか理解が出来ない。

唐突に膨れ上がった霊力は、霊夢の意思とは関係無しに陣を強化し、勇儀の妖撃すら押し返していった。

陣の制御が上手くいかない事の不安と困惑が、一瞬霊夢の頭を支配する。

が、現状でも明確に分かる事が、一つあった。

 

 

「…何だか分かんないけど、これなら行けるッ!!」

 

 

膨れ上がった霊力をありったけ陣に込める。

現在の自らの霊力に底が知れない恐怖はあれど、霊夢はそれを振り切って思い切り霊力を込めた。

怖がって出し惜しみなんてしていられない。

加減して勝てる相手では無い。

彼女は本能で、それを理解していたのだ。

 

「何っ、だぁっ!?」

 

驚愕の声を上げる勇儀に、膨れ上がった霊力の陣がグングンと迫る。

彼女はその頰に一筋汗を流しながら、妖撃に更なる力を込める。

 

が、底知れない霊力を得た霊夢に、それはほぼ無意味な抵抗であった。

 

「これで…終わりっ!!」

 

最後として。 止めとして。

一気に込められた霊力は、一瞬で爆発的な威力を放ちーー

 

ズドォォオンッ!!

 

勇儀を呑み込んで、炸裂した。

 

 

 

「はぁ…はぁ…」

 

『お疲れ、霊夢。 危なかったみたいだな』

 

「……その声、もしかして双也にぃ?」

 

あの戦闘の中にあって、未だ壊れていない事に少しだけ感心しながら、霊夢は隣に浮かぶ陰陽玉へと問いかけた。

すると、彼女への答えが帰ってくる前に割り込む声が。

 

『ちょ、ちょっと双也!? 何してるのよ!』

 

『うぇ? いや、霊夢と話してるだけだけど』

 

『嘘、何か能力使ったでしょう!?』

 

『ちょっと助けただけだって。問題無いだろ?』

 

『私以外の力で使ったら故障する場合があるのよ!』

 

「……紫?」

 

割り込んできた声は、先程から無反応の紫のものだった。

なぜ今になって通信が復活したのか。

なぜ双也が通信の向こうにいるのか。

そしてその他諸々の事柄の所為で、霊夢の頭は疑問でいっぱいである。

 

誰か説明してーー。

そんな心の声が聞こえたのか定かではないが、通信の向こうにいる紫は簡潔に話し出した。

 

『ごめんなさい霊夢。 突然彼が帰って来たものだから、驚いて通信の事が頭から離れてしまっていたわ』

 

「おい賢者」

 

『まぁそれはいいとしてよ。どうやら鬼の四天王と戦ってたみたいだけど……勝ったのよね?』

 

『危なかったけどな。 俺の能力が間に合わなかったらキツかった』

 

「そこがちょっとよく分からないけど…」

 

『? 簡単な事だろ。 俺の霊力と、紫の妖力と、お前の霊力を結合して足りない分を供給しただけだぞ?』

 

「……………」

 

"ああそう、もう驚かないわ"

霊夢は内心でそんな呆れを零した。

双也の能力が非常に強力なのは知っているが、"霊力の供給"なんて行動は初めて聞く。

相変わらず原理はよく分からないが、結合と言うのだから恐らく、霊夢の霊力=双也の霊力なんてありえない図式を成り立たせてしまったのだろう。

 

相変わらず出鱈目だ。 よくこんな兄を持ったものだ。

霊夢は心の内で、"慣れとは怖いものだな…"と少しばかりの哀愁を感じるのだった。

 

 

「かぁ〜っ! 強いねぇホントに!」

 

 

ピリッ。

響いた声を聞き、肌に刺激が走る様にして気が引き締まる。

霊夢は無意識の内に、視線の先で胡座をかいて座っている勇儀を睨み付けていた。

 

あれで倒れないなんて、冗談にしても質が悪い。

頰に一筋、冷や汗が伝った。

 

「おうおう、そんなに睨まないでくれ。 もう戦えないよ、私の負けだ」

 

両の手をヒラヒラと振る勇儀を見て、霊夢は寄せていた眉間の皺をゆっくりと和らげた。

萃香曰く、"鬼は嘘を吐かない"。

四天王とまで言われる勇儀が、それを分かっていない筈がないのだ。

それに霊夢も、これ以上戦うのは辛いところである。

 

安堵の表れか、霊夢は短く息を吐いた。

 

「全く、梃子摺(てこず)らせてくれたわね」

 

「まぁそう言うなよ。 私も楽しませてもらったし、なんなら一杯奢ってやるが?」

 

「……遠慮しておくわ」

 

こんな所さっさと出たいし。

なんて本音は、さすがに言えなかった。

そこに住む者達の前で"こんな気持ち悪いとこ早く出たい"なんて言えるものか。 況してや鬼達の前だなんて。

心の内ではそれはもう強い強い思いであったが、霊夢は何とか喉奥で言葉を塞き止めるのだった。

全く対人関係とは、かくも難しいものである。

 

「そっか、残念だ」

 

ボロボロの姿ながら、勇儀は本当に残念そうに微笑んだ。

喧嘩っ早いところは評価出来ないが、どうやら鬼というのは良い方にカラッとしているようだ。

 

意外とサッパリしてるわねーー。

 

その微笑みを見て、ふと思う。

深過ぎる関係よりも、たまに会って話す位の方が気楽でいいのだ。

少なくとも霊夢という少女にとっては。

まぁとは言っても、魔理沙や双也などとの関係は大切にしている辺り、やはり霊夢も年頃の少女というのかーー本当に一人になるのは寂しいらしい。

 

霊夢の様子を陰陽玉越しに見ていた紫は、彼女についてそんな事を考えながら、だが"そんな事をしている時間は無い"とばかりに霊夢を促した。

 

『さぁ霊夢、こんな所で道草を食っている場合ではないわ。 先へ進みましょう』

 

「……そうね」

 

勇儀から目を離し、霊夢は簡潔に答えた。

紫の言う通り、立ち止まっている場合ではない。

今は異変解決中であり、もしかすれば首謀者が着々と侵略の準備を進めているのかも知れないのだから。

 

「(あでも、ここからはどう行けば良いのかしら?)」

 

一歩踏み出して、ふと考える。

街に入るまでは、取り敢えず明かりのある方へと目指して来ていたし、街に入ってからはただずっと真っ直ぐ進んでいたーーというより、それしか道がなかった。

だがここは一つの街だ。

大通り一本で網羅できるような街なんてあるはずはないだろう。

恐らくここからは、地霊殿とやらを探しながら進まなければならなくなる。

 

「(……どうしようかしら)」

 

眼前に広がる街を見ながら、心の中で呟くようにして少しばかり思考する。

 

 

 

「…そんな心配はしなくてもいいですよ」

 

 

 

唐突に。

鬼に聞いていくかーーなんて彼女の本意ではない考えに至った瞬間に、霊夢の鼓膜をその静かな声が震わせた。

 

何処か幼いようにも聞こえる声。

幼く大人しそうな少女の声。

霊夢も地底でそんな者の声が聞こえた事にも驚きはしたが、更に彼女が驚いたのは

 

ーーその声が、霊夢の心の呟きに対してだった事であった。

 

「………誰?」

 

少しばかりの警戒をその雰囲気に含め、霊夢は声の方へと振り返る。

 

すると、奇妙な光景が視界に映った。

 

先ずは鬼達。

先程まで霊夢と勇儀の喧嘩を興奮気味で観戦していたのに、今はシン…と静まり返っている。

更には、何か避ける様に離れているのだ。

 

続いて勇儀。

ボロボロの姿で胡座をかいて座っている事は変わらない。

だが、その顔は何処か不機嫌そうに見えた。 先程までの微笑みが、消え失せているのだ。

 

そして最後。

その勇儀が不機嫌そうに見つめる先。

そして鬼達が全員揃って避けている対象。

それは、霊夢と鬼達の間ーー真ん中程に立っていた。

 

 

「初めまして、博麗の巫女。 私は地霊殿の主、古明地さとりと言います」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃ、そろそろ行くかな」

 

ある一軒家。

俗にマヨイガと呼ばれるこの建物の一室で、双也はポツリとそう呟き、立ち上がった。

 

目の前の陰陽玉を介して地底の様子を見ていた紫は、その一言にピクッと反応した。

 

「行くって……また、出かけるの?」

 

「ああ。 まぁそんな遠出じゃないけど」

 

「………………」

 

双也の返答に、紫は何処か悲哀を感じさせる雰囲気を滲ませた。

 

当然だ。

愛する者が半年振りに帰ってきたと思ったら、またすぐに出かけるだなんて。

そんなの、悲しく思わない訳がない。

だが、紫にはそれを引き止めるつもりもないのだった。

何せ、彼が腰を落ち着ける事なんて殆ど無いと、知っているから。

 

だが双也だって、そこまで鈍い者ではない。

 

「心配するなよ、紫」

 

悲しそうな雰囲気を放つ紫に、双也は優しく頭を撫でた。

 

「遠出をする訳じゃないって。 すぐにまた帰って来るよ。 だからそんな悲しそうな顔すんな」

 

「……誰がさせてると思ってるの」

 

「さぁ? 誰かな?」

 

そう戯けて見せて、紫に微笑みかけると、紫もまた笑顔を零した。

帰ってくるなら、それでいいーーと。

紫の笑みには、そんな暖かみのある言葉がこもっている様である。

 

「……行ってらっしゃい。気を付けて」

 

「…行ってきます」

 

彼の見送りに、紫は微笑んでいたという。

 

 

 

 

 

 

 




纏めるのに苦労した一話でした…。

ではでは。


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第百七十一話 更に深く

ちょっと短め。

あと、今夜8時頃に活動報告で大事なお知らせをするので、そちらも目を通しておいてください。

ではどうぞ!


今の私の心を表す一言、と言うなら、"予想外"だと思う。

 

ああ、これだけだと意味が分岐するから、もう少し付け足そうか。

訂正して、三言で言い表そう。

"予想外"と"不安"、そして"不可解"だ。

 

「…私の行動は、どうやらあなたにマイナスなイメージばかりを連想させた様ですね」

 

「ん? ……まぁ、そうかしらね」

 

その原因の元はこの少女。

地霊殿の主だと言う、この古明地さとりだ。

彼女は先刻、鬼達と私の前に現れてこう言った。

 

"地底にようこそ、博麗の巫女さん。 地霊殿までは、私が案内しましょう"

 

ーーと。

これが"予想外"。

 

正直に言って耳を疑った。

だって私は、こいつが異変の首謀者だと思ってここに来たのだから。

まさか向こうから出てきて、況してや"案内する"だなんて。

凡そ地底の管理人たる犯人ーーと思しき者ーーの行動は思えない。

この子もしかしてアホ?

 

「…酷い事を考えるのですね。 いくら嫌われるのに慣れているとは言え、そこまでストレートに思われると傷付きます」

 

「知らないわよ、あくまで私の感想なんだから。 考える事までいちいちあんたの気持ちを鑑みないといけないわけ?」

 

「…尤もな意見です。 私はやはり、少々感覚が違う様ですね」

 

ーーと。

遠廻しだが、"不安"とはこの事だ。

 

まるで私の心を読んでいる様に、彼女は度々私の心の呟きに返答してくる。

口に出さなくても伝わる辺り便利だなぁとは思うが、異変解決の真っ最中で心境を悟られるのは正直困る。

この先で話し合いとかになるなら尚の事。

 

だからさ、どうせ"心を読む程度の能力"とか言うんでしょ?

読まない様には出来ないわけ?

 

「…よく訊かれる質問です。

それでもやめていない辺り、私がどんな答えを返すかは分かるでしょう?」

 

「はぁ、読まない様には出来ないから、嫌われてるわけか」

 

「……正確には、出来ない訳ではありません。 ですが…"読まない様にする"という事は、"私が私でなくなる"という事と同義なんです」

 

「……? ふーん…」

 

なんだろう、さとりは少し悲しそうな声音をしていた。

何故突然そんな心境になったのかは皆目見当も付かないが…なんだか、私が気にする事ではない様に感じる。

ーーと言うより多分、気にしてはいけない(踏み込んではいけない)部分なのだろう。

素っ気ない様だが、そこら辺の線引きは相手が誰であろうとしておかなければ。

 

「…察しが良くて助かります」

 

「こっちも言う必要が無くて助かってるわよ」

 

皮肉交じりにそう返すと、さとりは"ふふっ"と小さく笑った。

もう一度言うが、これは一応皮肉である。

幾ら何でも、"話すのが面倒"なんて人として破綻した考えは持っていない。

故に、心を読まれて助かっている、なんて半分くらいしか思ってないのだ。

さとりもそれくらい分かっているはずなのだけれど。

 

「ふふふ、分かっていますよ。 だから笑ってしまうんです。

"心を読まれて助かる"なんて、例え半分でも思える人間がいるなんて、って」

 

「私が変わり者って言いたいの?」

 

「どう解釈するかはあなた次第です。 ただ、悪意だけは無いので悪しからず」

 

さとりはまた"ふふっ"と笑う。

今度は一体どういう意味の笑いなのだろう。

合間合間に挟むこの笑いは、何故か聞いているとだんだん胡散臭く聞こえる様になる。

そして彼女の含みありげなその笑い方は、何処ぞの賢者と通ずるものがあるのだ。

私が違和感を感じるのも当然の事だと思うのだけど、その辺どうよ?

 

「どう、と訊かれましても…。 不快にさせたのなら謝ります。 ですが、これは癖なので治りません」

 

「治す努力はしたの?」

 

「今初めて言われたので」

 

ああそりゃそうか、地底の住民みんながみんな、紫を知っている訳が無い。

 

「ただまぁ…御名轟く大妖怪、八雲紫さんと似ているだなんて、光栄ではありますかね」

 

「ふーん…」

 

紫と似ていると言われて光栄、か。

心にも無い言葉なのは明白だが、それでも地上では絶対に聞けない言葉No. 1ね、きっと。

だから一応、一言だけさとりに言っておくとしよう。

あんたホントに、ズレてるわ。

 

「……早くも読心に慣れてしまっているあなたが言うのもおかしいと思いますが」

 

「うっさい。 何事にも囚われないのが私なのよ」

 

ところでーー。

と言いかけた折、さとりは唐突にこちらを振り向いた。

その顔はなんとも申し訳なさそうな顔というか……何故そんな顔をしているのかは分からないが、兎角明るい表情ではなかった。

 

「"不可解"、なんですよね、私の行動が」

 

「…ええ。 わざわざ自分から出てきて地霊殿まで案内するなんて、犯人のする事としては酷く非効率的だわ」

 

「……いちいち私を小馬鹿にしないで下さい」

 

そんなつもりはなかったのだけど。

まぁ向こうがそう思ってしまったのなら、そういう事なのだろう。 謝らないけどね。

 

それで、その"不可解"がどうかしたのかしら?

 

「…あなたが来たという事は、やはり異変が起きているのでしょう? その犯人について、お話があるんです」

 

「ほう? 犯人を知っている?」

 

「はい。…というより、身内です」

 

……は?

内心で惚ける私を尻目に、さとりはすぐ隣の部屋のドアをガチャリと開け放った。

 

「先ずは、腰を掛けてお話ししましょう」

 

…まぁ取り敢えず、座っておくとしようか。

立ちっぱなしで話すのはヤだしね。

 

 

 

 

 

「なるほど、ね」

 

「分かって頂けましたか?」

 

「…まぁ」

 

そう言い返すと、心なしかさとりが微笑んだ様に見えた。

そして目の前のさとりから目を外し、彼女のすぐ後ろに控えている猫耳の少女を見てみると、こちらはこちらで心底の安堵の表情をしていた。

彼女は火焔猫 燐というらしい。

怨霊を地上に放ったのは彼女だとか。

 

「つまり、あんたのペット? の一羽が何かとんでもない力を手に入れて、手が付けられないから助けて欲しい、と」

 

「そういう事です。 私も数刻前にこのお燐から読み取った(・・・・・)お話です。 私のペットは元々強い力を持った妖怪ではありません。 それが突然力を手に入れればどうなるかーー」

 

『無責任ね、古明地さとり』

 

不意にさとりの言葉を断ち切り、紫が冷たい声音で言い放った。

確かに、それは私も思っていた。

いや、無責任とまでは考えていなかったけど、つまりこいつらは自分の過失の尻拭いを、私達にさせようとしている訳でしょう?

そんなの私が……況してや紫が、"はいじゃあ懲らしめてきます"なんて二つ返事をする訳がない。

 

「……そうですね。 あなたに地底の管理を任された身としては、酷く無責任だと分かっています」

 

『ならそう簡単に助けなんてーー』

 

「ですが」

 

さとりの言葉が、今度は紫の言葉を断ち切る。

仕返しか何かだろうか。 何かバチバチと弾けてきそうで怖い空気になってきた。

……そう考えると、やっぱりさっきの"光栄だ"っての、心のない空っぽの言葉だったのね…。

 

「私に"強い力で支配する事"が出来ないのは、あなたなら分かっているでしょう?

あなたが私をこの地位に就けたのは、私の能力が嫌われ、疎まれているから。 暴力的な支配力なんて皆無だと知っているはずです。

ーー"力による抑制が必要となる事態"が起こる事を想定しなかった、あなたにも責任があるのでは?」

 

『……………』

 

陰陽玉だから表情は伺えないが、どうやら紫は言い返せない様だった。

紫がこの手の読み合いで黙り込むなんて珍しい、とは思う反面、少しばかりさとりに関心した。

 

この子、意外と大物のようだ。

地底の管理者だとかそういう意味ではなく、もっとこう……カリスマを持っているというか。

 

案外、だから紫は陰陽玉での同行を考えたのかもしれないわね。

話し合いになった場合、心を読まれる事なくフェアに言い合えるのだから。

 

……でもこのままでは、平行線になるだけね。

 

「はぁ…もうこの際、責任云々はどうでも良いわよ。 異変はここで起きてる訳じゃないの」

 

「…では」

 

「気に入らないけどね。 私はただ頼まれた程度で"赤の他人"の尻拭いをする程お人好しじゃない。 地底だけで済む問題なら軽く蹴っ飛ばしてた所だけど……」

 

『そこの火車の話を聞く限りそうでもない……どころか、主に被害を被るのは地上ね』

 

「……そういう事」

 

火車…お燐だったかしら? 彼女の友人である空という子は、手に入れた力に溺れて調子に乗っているらしい。

地底だけでその力を振るうなら何も言わないけれど、その力で地上に攻めてくるとなれば話は別。 途端に私が処理するべき問題になる。

 

全く、迷惑ったらありゃしない。

地底だけでやって下さいって感じだ。

そもそも誰だそんな力を与えたのは?

むしろそっちを懲らしめるべきではなかろうか?

 

いや分かってる。 目の前の問題の方が先だ。

その空ってのにお灸を据えて、元凶には後で懲らしめてやれば良い。

 

「…ありがとうございます、霊夢さん。 引き受けてくれるようで」

 

「引き受けるも何も、もはやこっちの問題よコレは。 偶々あんた達も助かるってだけ」

 

「ふふ、そういう事にしておきます」

 

さとりは薄く微笑んで、ぺこりとこちらに礼をした。

強気な言葉を使った手前、素っ気ない態度しか取れないけれど、彼女のそんな所は少しばかり好感が持てる。

礼儀正しい奴に悪い者は居ない。

ちょっとした私の持論である。

 

『さて、決まったなら進みましょう。 ここで話していても、異変は解決しないわ』

 

「そうね。 ちゃっちゃと終わらせて、元凶に拳骨食らわせに行かなきゃね」

 

紫の促しに応え、私は先へ進む事にした。

途中まではさとり達が案内をしてくれるそうだ。 ただ、戦力にはなり得ないから空のいる所までは行けないそうだ。

まぁ、今一人二人頭数が増えても邪魔になるだけだし、むしろその方がありがたい。

 

ーーというのは流石に黙っておいた。

さとりには聞こえているかもしれないが。

 

ともかく、こうして私は、地霊殿の地下にある灼熱地獄跡へと足を踏み入れた。

 

既に燃え尽きた筈の炎が燃え盛る不可解な光景を眺めつつ、私は真っ直ぐに最深部へと向かった。

 

 

 

 

 




結局、お燐は隠し通せませんでしたとさ。

ではでは。


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第百七十二話 不可思議な犯人

活動報告通り、今話から金曜投稿に切り替わります。
ご注意を。

ではどうぞ!


地獄の底を、更に奥へ。

私は額に浮かぶ汗を拭いながら、ひたすら下へと飛んでいた。

 

っていうか、ここ"旧"地獄の筈よね? 紫も地獄の業火は噴いていないって言ってたのに、なんでここだけ火があるのよ。 あっついったらありゃしない。

 

『…なんでここには火が噴いているのかしら。 百歩譲って熱はあっても、火なんてとうに消えているはずなのだけれど…』

 

「まさかまだ活動してるなんて事は…流石にないわよね」

 

『双也を信じるなら、ね』

 

ふむ、どうやら紫も私と同じ事を考えていたらしい。

幸い、まだ蒸し焼きになる程の高熱ではないのが救いかしらね。

ま、考えても仕方ないか。紫でも分からないなら尚の事。

…それよりも

 

「…紫、この先に感じるコレ(・・)って……」

 

『そうね、それも不可解だわ』

 

 

たった一箇所に、妖力と大きな神力を感じるーー。

 

 

紫の言葉に、私は軽く頷いて返した。

 

妖力はきっと……というか確定でお空とやらの物だろう。

確かに特別強そうではないし、今更どうでもいいが、さとりの言い分も改めて納得できる。

問題なのは、神力の方。

 

「一箇所にだけ複数感じるなんて……まさか双也にぃみたいな現人神?」

 

『いえ、あり得ないわね。 そもそも現人神だって基本的な力は霊力よ。 双也が特別なだけ』

 

「じゃあ…何なのよ?」

 

霊力や妖力、神力は時折色んなものに例えられる。

"指紋"のように同じ物は存在しない、とかが良い例だ。

今回は、"影"に例えよう。

 

影というのは、一人一人が必ず持っているものであり、重なる事はあっても、完全一致する事は絶対にない。

何故か? 全く同じ場所に二人は存在出来ないから。

 

霊力や妖力もそう。

感覚の鋭い者ならば、隣り合っている二人の力を感じる時にも微妙な場所のズレを感じ取れる。

つまり、どれだけ近付いたとしても多少のズレはある筈なのだ。

 

それが、あの妖力と神力にはない。

完全一致してしまっているのだ。

 

不可解には思う反面、少しだけ思い当たる事がある。

答えなど分かりきってはいる様なものだが、一応紫にも聞いてみようか。

 

「……神降ろし(・・・・)、なんて事はないわよね」

 

『神降ろし、か…』

 

そう、神降ろしならば説明は着く。

人の身で神の存在を受け入れ、その身に降ろす。 その体の中では霊力と神力が混在していて、しかし受け入れた事で絶妙なバランスを保つ事ができ、そうする事で神の力を借りる事ができる。

そうすれば、霊力と神力は同時に同じ場所で存在できるのだ。

 

実際にこの身に降ろしたのだから知っている。 体験談という奴だ。

まぁ、普通の神降ろしではなかったけれど。

 

でも、それにもまだ問題がある。

それが"この仮説があり得ないと分かりきっている"理由で。

 

『妖怪が神降ろしなんて出来るはずはないと思うけれど…。

巫女や神主のように神事に通じている訳でもなし。 出来る道理がないわ』

 

「…そうよね。 分かってたわ」

 

『じゃあなんで訊いたの』

 

「確認に決まってるでしょ」

 

やっぱり。

これで神降ろしだという線は消えた。

そりゃ妖怪が神を降ろせたら変よね。 光と闇みたいなものなのだから。

 

だとすると…なんなのだろう?

 

「………会ってみれば、きっと分かるわね」

 

さっきから色々と後回しにしてしまっているが、どうにもならない事を考えるのは時間の無駄というもの。

それならば、さっさとお空とやらに会って説得するなり叩き潰すなりした方がよっぽど効率的だ。

今は目の前の事に集中しよう。

 

思考を止めて頭を切り替えてやると、急にむわっと外気を熱く感じた。

考え事に集中し過ぎて、周りの温度の上昇に気が付いていなかったようだ。

 

そして、不可思議な妖力と神力の接近にも。

 

「……あんたが、霊烏路 空ね」

 

目の前に現れたのは、大きな羽をはためかせる黒髪の少女。

それなりに大きい妖力と、めちゃくちゃに大きい神力を同時に放つ"不可思議"そのものだった。

 

さて、さっき"説得するなり"とか考えたが、よくよく考えると私って長々と話をするの好きじゃないのよね。

それならさっさと、宣戦布告をしてやろう。

 

「さぁ、とっととあんたを叩き潰して、こんな所から早く帰らせてもらうわ!」

 

少女ーーお空は私の言葉に対して不敵な笑みを作って見せる。

職業柄、そういう表情は見慣れている私だけれど、この子にだけはふと思うところがあった。

その表情が果たして余裕の表れなのか、それともお燐曰くのーー

 

 

 

 

「うん、ていうかあんた誰?」

 

 

 

 

ーー馬鹿、だからなのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅいてててっ。 …かー、酒を呑むにも痛むとは、中々派手にやられたもんだね」

 

旧地獄街道、ある宿屋にて。

その店の中でも一際豪華に彩られた一室から、そんな声が聞こえてくる。

部屋の中から襖の外まで、たくさんの鬼達が詰め寄せるその中心には、声の主ーー星熊勇儀が、所々を包帯に包んで布団に座っていた。

 

その傍らにはいつもの如く、愛用の大きな杯と酒が置いてある。

 

「勇儀姐さん、怪我してんだから酒止めといた方が良いんでねぇですかい?」

 

「バァカ言ってんじゃないよ。 私から酒を取ったら生きていけないよ! 大体怪我なんてすぐ治るっつーの!」

 

「いやしかし…」

 

周囲の鬼達は、こうして怪我をした今でも酒を飲み続ける勇儀を宥めているのだった。

彼らだって酒は好きだ。 そりゃもう喧嘩の次くらいに好きである。

出来ればいつまでだって飲んでいたいくらい好きなのだが、怪我人が飲んだら悪影響こそあれ良い影響など無いだろう、という事は分かっていた。

 

自棄酒ーーという訳では無い事は確かだった。 むしろ彼女の気分は良いようである。

いや、そう言うよりは"気分が良いからこそガバガバ飲み続けている"と表した方が合っている。

それ程に勇儀は、遠慮というものがなかった。

 

「おぉい酒がなくなったぞ! 次の持って来いぃ!」

 

「(ああ、こりゃ止まんねぇな)」

 

惜しげもせず、布団の周りに酒瓶を並べまくる勇儀の姿に、集まった鬼一同は心底思い知るのだった。

 

ーーこの人から酒は取れねぇ。 あ、あと萃香さんからも。

 

意気揚々と酒を仰ぐ勇儀を前に、鬼達は小さく溜息を吐いたという。

 

 

 

ーーそんな折。

 

 

 

「て、てぇへんだてぇへんだ! 姐さんいるか!?」

 

鬼だかりを掻き分けて、一人の鬼が血相を変えて入ってきた。

呑み続ける勇儀に呆れ、既に粗方静まっていた一室にはその声がよく響いた。

 

杯を傾けていた勇儀もその声には反応し、口元を拭いながら入ってきた鬼を見据える。

 

「なんだい騒々しい。 今は気分が良いから、あんまり面倒事は持ち込んで欲しくないねぇ」

 

ほんの少しだけ苛つきの混ざった視線に晒されながらも、入ってきた鬼は勇儀の前に跪き、俯きながらも言葉を紡ぐ。

 

「あ、あの時の……」

 

「ん? あの時?」

 

振り切ったように、鬼はバッと顔を上げた。

ーーが、次の言葉は吐き出されなかった。

何故なら……

 

 

 

 

「怪我人が酒なんて飲んじゃダメだろ。 幾らお前が頑丈でも、な」

 

 

 

 

窓際の桟に座る、その姿を見たから。

 

その声、その姿に、室内の鬼達は一斉にざわつき始めた。

かく言う勇儀ですら、その久しい声に目を見開き、驚愕している。

 

ゆっくりと振り向いてみれば……

 

「…そ、双也…なのかい…?」

 

懐かしい顔が、微笑んでいた。

 

 

 

 

「久しぶり、勇儀。 気が向いたから来てみた」

 

 

 

 




短いですけど、今話はこれでお終い。
何故か? キリが良かったからです。
はい、短過ぎてちょっと反省してます…。

ではでは。


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第百七十三話 満ちる声二つ

お待たせしました。

ではどうぞ!


轟、轟。

気温の上がった地獄跡。 ぽっかりとだだっ広く開いた空間に、光と音が駆け抜ける。

 

弾けたような大量の弾の打ち出される音や、大気を引き裂く光線の音。

ガラスの割れた様な、結界の砕かれる音なんかも響いていた。

 

他にも抉られた地面などがこの現状を物語っていたが、兎角、それらの音が表しているのはたった一つの事柄のみ。

 

それはこの空間内で、凄絶な弾幕勝負が繰り広げられているという事ーー。

 

 

 

「っ…くっ!」

 

ピッ 炎の燃え盛る空間に、小さく血液が飛んだ。

飛び散った血は更なる熱の奔流に巻き込まれ、地に落ちる事もなく蒸発する。

 

熱の奔流ーーそれは、異変の犯人たる霊烏路 空の放つ灼熱の光線だった。

彼女の光線は、腕に取り付けられた棒の様な砲台から、敵対する霊夢を撃ち墜とさんと絶え間無く殺到している。

 

「ったく熱いっての! 火傷するじゃない!」

 

『火傷で済めば良いけどね。 あれに直撃してはダメよ霊夢』

 

「んな事分かってるわよッ!」

 

 

夢符『二重結界』ーー!

 

 

バッと振り向き、瞬時に展開された結界が光線と衝突する。

ギシギシと鈍く鳴り響く音は、霊夢に"結界では長く防御する事が出来ない"という事実を無慈悲に悟らせた。

 

「ちっ…」

 

このままでは即座に破られる。

勘に頼るまでもなく辿り着いた結論に、霊夢の脳は高速で回転した。

この場、この状況、それに於いての最善手とは何か。

戦闘の中にも冷静さを失わない彼女の脳は、コンマ数秒の内に答えを弾き出した。

即ちーー。

 

「やられる前にやるッ」

 

即座に弾幕を射出。

結界と光線の外側を囲う様に打ち出された弾幕は、霊夢お得意のホーミングアミュレット。

但しその量は、尋常なものでは無かった。

 

ありったけ放たれた弾幕は、光線の余波に打ち消されるものもありながら、大多数がお空へと殺到する。

 

威力は控えめなホーミングアミュレットではあるが、質より量というべきか甲斐はあり、霊夢に向けられていた光線はフッと消え失せた。

 

が、それで終わる程霊夢は甘くない。

 

「次いでっ!」

 

追撃は基本とばかりに、霊夢は素早く上空に上がり、更なるお札をばら撒いた。

一瞬はらはらと舞ったお札は、突然意思を持ったかの様に急激なカーブを付け、次々とお空目掛けて急降下していく。

 

曰く、"とっておきのお札"

彼女の祖母に当たる先々代の巫女、柊華の開発したホーミング炸裂弾ーー今ではブレイクアミュレットと呼ばれるーーである。

 

 

ドドドドドッーー…!!

 

 

胸に轟く炸裂音が、一瞬にして空間に響き渡った。

並の妖怪なら涙目で降参しかねない威力の弾幕、その直撃を目にし、霊夢は僅かに口の端を上げる。

 

ーーが、分かっていた。

こんな呆気ない終わりはあり得ないと。

こんな楽な筈がないと。

 

だってお空は、悲鳴すら上げていない。

どころかーー

 

 

 

 

「う〜なんかあんたうざったいっ!」

 

 

 

なんて、軽い怒りを覚えた様に文句を飛ばすだけだった。

 

彼女の文句と共に、立ち昇る煙を切り裂いて飛来した光線を、霊夢は紙一重で回避する。

そのまま飛び回り、飛来する光線を避けながら再び隙を伺い始めた。

 

「ちょっと! 倒せるとは思ってなかったけど、なんであんなピンピンしてるワケッ!?」

 

『…神力が微かに残ってるわ。 恐らくは、霊撃の様に神力を放出して搔き消したんでしょう』

 

「そんな双也にぃじゃあるまいしッ!」

 

ゴオッ

太い光線が眼前を通り抜ける。

辛うじて避けたものの、その頰には一筋汗が伝った。

霊夢は、半ば反射的に弾幕をお空へと放ち、回避後の牽制とした。

 

「あの光線が厄介ね…! 紫、スキマで飛ばせたりしない!?」

 

弾幕の雨の中、霊夢の問いは怒鳴るかの様な勢いを持っていた。

 

当然だ。

当たればタダでは済まない一発一発に加え、こちらは有効な攻撃手段を確立出来ていない。

ただそれでも、あの光線をどうにか出来るのならば状況はグッと好転するのだ。

 

ーーだが、望んだ事がそう容易に出来てしまう程、世の中は甘く出来ていない。

 

『……この陰陽玉を介して展開できるスキマは限定的なものよ。 ただの弾幕なら簡単に通過させられたでしょうけど……あの光線は、質量が大き過ぎる』

 

「つまりッ!?」

 

お空へと弾幕を飛ばす。

向こうも機動力はある様で、霊夢の苦し紛れの弾幕はひらりひらりと避けられた。

そして次の瞬間飛んでくるのは、やっぱりやはり、強烈な光線である。

 

そんな中で、紫の声は霊夢にとって、とてもよく耳に入る吉報(・・)であった。

 

『ーーあなた自身の瞬間移動程度なら、幾らでも出来るわ』

 

「……よしっ!」

 

心なしか、紫の声も僅かながらに笑っている気がした。

 

「スキマ展開!」

 

霊夢の飛翔方向、そしてお空の周囲に、人一人以下の大きさの小さなスキマが幾つも展開された。

 

その事象に、頭の残念なお空も少しばかり焦りを感じた。

だってこれはどう見たって……

 

「囲まれてるっ!?」

 

気が付いた時には、既に遅かった。

光線でスキマをなぎ払おうとするも、至近距離で空間移動し続けながら放たれるお札によって砲台を弾かれてしまう。

 

ーーいや、霊夢だって、それを狙ってやっている訳ではないのだろう。

結果的に有利な状況にはなったが、砲台が弾かれて光線が打てない状況にまで持ち込めたのは、運だという他ない。

 

まぁ……夢想天生(・・・・)を使ってお札をばら撒いていれば、運もくそもないという話だが。

 

 

ガガガガガッ!!

 

 

スキマでの空間移動を用い、お空の周囲を絶えず飛び回りながら、霊夢は最高威力を彼女へとぶつけた。

 

夢想天生ーーその範囲型である。

 

スキマとスキマを通る一瞬にだって、夢想天生による弾幕は数えきれない量でお空を襲った。

 

一撃一撃は高威力ではないーー但し並の弾幕よりは上ーーだが、それが砂嵐に踏み込んだかの如く殺到すれば、それは最早どうしようもないくらいの威力となるのだ。

砂は岩をも断ち切れる。

塵も積もれば山となる。

 

四方八方からの嵐に、お空は完全に成す術を無くしていた。

 

ーーが、次の瞬間の事である。

 

 

 

 

『僕の空を、虐めないで貰えますか?』

 

 

 

 

轟音の中にも響く不思議な声が、霊夢達の鼓膜を震わせた。

そしてその事に考えを巡らせる隙など無く、お空からは強烈な神力の衝撃波が放たれ、殺到していたお札の全て(・・)を一息に吹き飛ばした。

 

「何ッ!? ーーッ!!」

 

突然の衝撃波には踏ん張りを効かせた霊夢。

しかし、その直後に放たれた"大量の"熱線は、無慈悲な程の熱を秘めて彼女を襲った。

 

「夢境『二重大結界』ッ!!」

 

辛うじて結界でガードするも、その熱線は今までの比ではないくらいに強く、重い攻撃だった。

 

ーーそれを結界で止めようとしても、一瞬で破れてしまうのは当然の事で。

 

『ッ!! 霊夢、ジッとしてなさいッ!』

 

霊夢の結界が壊れてしまう様を察知した紫は、焦りを感じながらも遠隔で即座にスキマを開いた。

 

「っ!」

 

驚きの表情ではあるものの、霊夢はその意図をしっかり理解した様にストンと落とされる。

 

スキマから出ると、そこはお空の居る位置からもう少し下の場所。

必然的に彼女を見上げる形になる場所であった。

 

「………助かったわ、紫」

 

『…ええ』

 

言う側も答える側も、その額には冷や汗が流れていた。

何せ、何が起こったのかよく理解が出来ない。

紫ですら、今聞こえた声の事もあの力の事も理解が追いついていないのだ。

 

ただ一つ分かるのはーー今の攻防が、お空の意思によって起きたものではないという事。

"何か"が、彼女の近くに居ると言う事だ。

 

「…どうするの紫。あんな攻撃続けられたら、いくら何でもキツイわよ」

 

『分かってるわ。私もあなたに無理はさせたくない。 でもこれは……』

 

先程のお札の嵐によって、お空は疲弊した様子で宙に浮いている。

ただ、その眼にはしっかりと、まだ戦う意思を宿していた。

 

 

ーーやるしか、ないか。

 

 

彼女の瞳を見、霊夢は覚悟を決めて再び大幣を構えた。

ここまで来たからには、きっちり倒して帰る。

異変も解決して、堂々と帰る。

彼女の雰囲気に、紫もまた、内心で覚悟を決めた。

 

ーーその時。

 

 

 

 

「おーおー、派手にやってるな」

 

 

 

 

また別の声が、空間に響き渡った。

 

ただそれは、霊夢にとって"理解不能な声"では決してない。

むしろ…心から安心のできる優しくて強い、そんな声だった。

 

 

 

「そ、双也にぃっ!?」

 

 

 

「久しぶり、霊夢。 妹のピンチに、お兄ちゃんはちょっと助けに来てみた」

 

 

 

 

 




ちょっと短かったですね。

ーーって思う様になったのは、きっと私が執筆に慣れを感じているって事なんでしょうね…。

ではでは。


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第百七十四話 太陽の望み

どうも、今になって小説を勉強し始めたぎんがぁ!です。

ではどうぞ!


「久しぶり霊夢。 助けに来てみた」

 

突然の来訪者に、霊夢は驚愕の声を上げた。

だって、彼はさっきまで紫の所にいたじゃないか。 いつの間に此処に?

少しばかり混乱を起こしている霊夢を横目に、現れた双也はポンと彼女の肩に手を置く。

 

「ちょっと、俺と代わってくれないか?」

 

「え…代わるって?」

 

「あいつの相手」

 

「……は?」

 

双也の指差す先には、当然の如くお空が佇んでいた。

突然現れた彼を警戒しているのか、彼女はジッとそこに立ったまま動かない。

 

ーーそれなら好都合。

今の内に、突然何を言い出すんだ、と文句を言っておこう。

 

お空の様子を横目で確認した霊夢は、再び双也へと視線を戻した。

そして、未だ混乱の中にいる頭で文句を放つ

 

「ちょ、ちょっと何言ってーー?」

 

が、言葉は途中で途切れてしまった。

彼女を見上げる双也の瞳は、何か別のものを写している様に見えたのだ。

 

「…双也にぃ…?」

 

「いいから、代わってくれよ。 勇儀とも戦って疲れてるだろ?」

 

「…むぅ」

 

確かにそうだけどーーなんて弱音は、何となく零すのが憚られた。

それが何故だかは彼女自身にも分からないが、本当に何となく、である。

まるで、"いい所を見せてやりたかったな"なんて兄へのアピールを止められたかの様な、曖昧な気持ちだった。

 

そうこうと考えるうち、双也は霊夢の横を通り抜けて行ってしまった。

それは誰から見ても、"俺が相手だ"という宣言に等しい行動。

空の視線も、先程より鋭いものとなっている。

 

「(………ん?)」

 

前へと出る双也の背中。

黒いガウンをはためかせ、とても頼り甲斐を感じさせる大きな姿。

最早見慣れたその姿にふと、霊夢は違和感を感じた。

 

「……双也にぃの髪、あんな色してたかしら…?」

 

違和感の正体はすぐに掴めた。

それは、彼の髪ーー正確には毛先が、ほん(・・)のりと灰色に染まっている(・・・・・・・・・・・・)のだ。

本当に薄っすらとした変化ではあるが、霊夢にはそれをすぐに発見できた。

 

何故なら……彼女にとってその手の(・・・・)変化は、ある種のトラウマに近いものだったから。

 

「ねぇ、紫…」

 

「…………………」

 

「……紫?」

 

霊夢の問いに、紫は沈黙する。

トラウマの事も相まり、彼女の心は段々と不安な部分が大きくなってきた。

果たして、このまま戦わせて大丈夫なのか?

今の彼は"いつもの"彼なのか?

内心で葛藤する霊夢に、双也は笑って言う。

 

「いいから待ってな。 お前には少し荷が重い相手だと思うぞ」

 

「荷が重いって何よ!?」

 

「そのまんまの意味さ。 ありゃキツイ相手だ。 妖怪って考えない方がいい」

 

そうして双也は霊夢を一瞥だけすると、お空の方へと向き直った。

 

「…随分と強くなったみたいじゃんか。 昇進でもしたか?」

 

「? あなた、いきなり出てきて何言ってるの? 私達は会ったことないよね?」

 

全く噛み合わない言葉を受け、お空は首を傾げながらも返答する。

しかし、返された双也はお空に対して、軽く首を振るうだけだった。

 

ーー当然だ。

双也は、お空に話しかけているのではないのだから。

 

「…お前に言ってるんじゃない、霊烏路 空。 ……分かってんだぞ、そこに居るの。 出てこいよーー"八咫烏"」

 

瞬間、お空の体から巨大な衝撃波が放たれた。

双也こそ微動だにしないものの、霊夢にとっては身構えなければ吹き飛ばされそうになる程の衝撃である。

 

いや、霊夢も分かっていた。

これは衝撃ーーつまり空気圧なんかではない。

巨大な力が唐突に爆発した様な……そう、これは…。

 

「……っ! 何…!? この馬鹿デカい神力……っ!!」

 

爆発後の粉塵の様に広がった神力は急速に集まって行き、少しずつ形を持ち始めた。

 

赤いメッシュの入った黒い髪。

首に掛けてある鏡の様なネックレス。

そしてーーハッキリと感じる強大な神力。

 

 

「本当に久しぶりですね、双也さん」

 

 

現れたのは、嘗て大和の国を治めた天照に仕えていた化身、八咫烏であった。

 

 

「あれ? あなた、あの時の。どこに行ってたの?」

 

「おや、僕の事は覚えててくれたんですね空。 ずっと側にいましたよ」

 

「そうなの?」

 

「ええ、そうです」

 

問いかけるお空に、八咫烏はそっと頭を撫でる。

えへへ、と笑うお空に微笑み返し、八咫烏は再び双也の方へと視線を向けた。

 

「さて、前に顔を合わせたのは大和の国……もう千年はゆうに超えてますよね。

相変わらずの化け物っぷりに呆れすら感じます」

 

「よく言うぜ。 お前も昔より何倍も強くなってるじゃないか。 お前も十分化け物さ」

 

「あの後、僕の神格も上がりましてね。

今では立派に太陽神の一人ですよ。 日女様には敵いませんけど」

 

「……ふん。 で、その太陽神様がこんな所で何油売ってんだよ。 妖怪に取り憑いて(・・・・・)までして」

 

「これも仕事ですよ。 ちょっと頼まれ事をしましてね」

 

「誰に?」

 

「言えません」

 

二人の会話を後ろで聞きながら、霊夢は密かにぶつかり合う力をビリビリと感じていた。

この二人、仲良くする気無いーー。

もしくは、戦わずに済ませようなんて微塵も考えてないーー。

いつ切って落とされるのか分からない火蓋を察知して、霊夢は頰に一筋汗を流した。

 

そんな霊夢に。

 

『…安心しなさい、霊夢』

 

紫はポツリと、そう言った。

 

 

「言ったら怒られるってか。 まぁ当ては付いてるが…太陽神様が何とも不憫なものだな」

 

「僕は日女様の様に偉くはないんですよ」

 

「そうかい」

 

「ただまぁ……」

 

その一瞬、大気の温度が急激に上がった様に感じた。

 

 

「パワーでなら引けは取りませんけどねッ!」

 

 

ゴォッ!!

それは、不意打ちにも近い攻撃だった。

予備動作は、ほぼ無し。 しかしそれに似合わず、八咫烏から放たれたのは、お空の放つ光線を何倍にも強くして、何本にも増やした物だった。

 

「やっぱお前も、化け物だよ」

 

不意打ちに動けなかったのか、それとも動かなかったのか。

どちらにしろ、双也は直前にそう呟き、光線に呆気なく呑み込まれた。

 

「ッ!! 双也にぃッ!!」

 

吹き付ける熱風を腕で遮り、霊夢は目一杯に叫んだ。

見た限り、双也は完全に直撃している。 しかも光線は未だ途切れる事なく、彼のいる場所を焼き払い続けているのだ。

 

「そんな、うそ…っ!」

 

その惨状を乾く瞳で見つめ、霊夢は絞り出す様な声で言った。

そんな、あんな呆気なく?

あれだけ強い双也にぃが?

霊夢の頭は、目の前の出来事を受け入れる事ができなかった。

 

そうして凝視している内ーー霊夢は、炎の隙間に深い蒼色の何か(・・・・・・・)を見た。

 

『だから、心配ないって言っているでしょう?』

 

彼女がそれを確認したのを計った様に、隣に浮かぶ陰陽玉から、紫が彼女を諭す様に言う。

霊夢はそれに、答える事ができなかった。

 

なぜか? それはーー目の前の光景に、目を奪われていたから。

 

 

『私も聞いた時には驚いたわ。 まさか双也が……

 

 

 

 

 

 

 

西行妖と同化して(・・・・・・・・)戻ってくるなんてーー。

 

 

 

 

 

 

 

光線は、瞬く間に溢れ出した深い蒼色ーー深海色の霊力に呑み込まれ、掻き消えた。

そして次の瞬間、ピュンッと軽い音が鳴り響きーー八咫烏が大爆発を起こした。

 

一瞬の事過ぎて、何が起こったのかは理解が追いつかない。

霊夢の視線は、ただ一点に注がれていた。

 

その海の様に深く濃い霊力の中心、恐らくは八咫烏へと攻撃を放った場所の中心には、傷一つ無い姿の双也が、不敵な笑みで爆発後の煙を見上げていたのだ。

 

「不意打ちなんて、随分と余裕の無い真似をするんだな。 うっかり反撃しちまった」

 

「ぅ…く…竜姫様と修行していたという噂は本当でしたか…」

 

僅かな唸りを零しながら、八咫烏はブワッと煙を振り払う。

双也の反撃を受け止めたのか、彼の片腕は少しだけ焦げていた。

 

「不意打ち、ですって?

確かにそうですね。 あなたから見れば、あれは不意打ちだったかもしれません」

 

「不意打ちだろーが」

 

「いいえ、我慢が利かなくなっただけですよ」

 

ポン「…? うにゅ?」

 

八咫烏は、おもむろにそっと、お空の肩に手を乗せた。

何気ない、本当に何気ない動作だったが、双也だけは気が付いていた。

 

今あいつがやってるのは、神力の供給(・・・・・)だーーと。

 

それは明らかに、これから戦闘を始めるぞ、という意思表明に他ならなかった。

 

霊力を迸らせながら、双也もそっと刀に手を掛ける。

そして一言、霊夢へと声を掛けた。

 

「霊夢、お空の相手は頼むぞ。 アレは妖怪(・・)だ」

 

「! オッケー!」

 

「紫も、霊夢のサポート頼む。 多分俺は、そんな余裕ないから」

 

『分かったわ』

 

返事を聞くと、双也は再び八咫烏を睨み付ける。

見上げた彼の口元は、既に大きく歪んでいた。

 

「ずっと待ってたんですよ、こうなる日を。 双也さん、僕は昔から、あなたと本気で戦ってみたかったッ!」

 

ゴォ!

八咫烏の神力が、再び爆発する様な上昇を見せた。

それはまるで、八咫烏の"待ちわびた日が来た"という興奮を丸々体現した様に大きく、激しいもの。

 

何処までも声高らかに、八咫烏は、笑っていた。

 

「戦う時間は大いにあった筈だけど」

 

「ええ、ありました。 でも無意味な時間です。 あの頃の僕では、勝負を挑んでも軽く捻られてしまう。 それは本気の勝負ではありません。

だからこそ、力を得た"今"なんです」

 

興奮と決意の入り混じった彼の言葉に、双也は小さく溜息を吐いた。

 

「……そうかい」

 

やはり戦うしかないらしい。

双也は刀を抜刀しながら、そう結論付けた。

八咫烏から放たれる神力は、殺気にも似て鋭い。 そしてそれが、あまり手加減出来る相手ではないという事を、これ以上なく明らかにしていた。

 

構え、鯉口を切る。

そこから覗く刀身は、周囲の炎に照らされて透き通った蒼色を放っていた。

これが双也の、意思表明。

お前を斬り倒すーーそんな覚悟にも似た、意思の表れだ。

 

「くく、やる気になってくれましたね双也さん。 ならば僕も礼儀の一つとして、名乗りましょう!」

 

強大な圧力を掛けられながら、八咫烏はそれでも興奮を抑えられない様だった。

それはある種、戦闘狂とも言える様な限りない戦闘への意欲。

八咫烏は、炎を顕現させながら、高々と言い放った。

 

「僕の名は陽鷹(ひだか) 鏡真(きょうま)

さぁ双也さん、修行の成果という奴を、僕に見せてください!」

 

「……良いだろう、俺の辿り着いた答えの(・・・・・・・・・・)一つ(・・)、目に焼き付けとけッ!」

 

熱線と剣撃。

二つの交錯を合図として、戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 




仕上がり、もう少し改善したいところですね。

ではでは。


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第百七十五話 同化

最早何も言うまい…。

ではどうぞ!


「やぁぁああッ!!」

 

スペルカード、夢想封印による七色の球が、お空目掛けて殺到する。

迫り来るその光景に眉を顰めたお空は、小さく歯ぎしりをしながら右手の砲台を振るった。

まるでレーザーの様にして熱線が薙がれるが、そこに先程までの圧力も熱量も篭ってはいない。

 

「そんなの、効かないわッ!」

 

衝突した熱線は、一瞬すらも霊夢の球を止める事叶わず、瞬く間に掻き消され、夢想封印は容赦なくお空を襲った。

 

「くぅっ! さっきまでボロボロだった癖にっ!」

 

「じゃ、アレはあんたの力じゃなかったって事よ!」

 

「うるさいよ!」

 

怒号と共に熱線が飛ぶ。

大量の弾幕を纏って放たれたそれは、霊夢に逃げ道というものをほぼ完全になくした。

 

ーーが、それを目の前にしても、霊夢の表情には欠片の動揺も浮かんではいない。

ただ、お札を一枚突き出しただけだった。

 

ドドドドドーー……

 

動かないければ、当たってしまうのが弾幕だ。

大量に放たれた弾幕と熱線は、動かない霊夢へと無遠慮に着弾する。

響き渡る轟音と立ち上る煙。

その様子に、お空は無意識に"やった!"と言葉を漏らした。

 

しかし、その喜びの表情は、一瞬にして凍り付く。

 

「…分かったかしら、力の差」

 

煙が晴れた後には、結界を隔てた向こう側に、無傷の霊夢が冷めた目をして佇んでいた。

 

「妖怪烏の力なんてこんなもんよ。

あの神様は確かに強いけどね、その力を渡されても、あなたが使いこなせないんじゃ意味が無い」

 

「くっ…」

 

悔しげに顔を歪ませるお空に、霊夢は変わらず冷たい視線を浴びせ続けた。

いやーー彼女自身にとって、それは冷たい視線などではない。

ただ、感情の籠もっていない視線。

一欠片の私情も介入を許さない為の、"冷徹"な目だ。

 

一度滅びかけた世界。

でも滅びずに済んだ世界。

それをまた危機に晒そうとするならば、博麗の名の下に成敗するーーと。

 

霊夢の瞳は、それを暗に語っているような力を宿していた。

 

「もう苦戦している訳じゃないのに、長々と戦うのは無駄の極みね」

 

そう言い放ち、霊夢は新たなスペルカードを輝かせる。

それを前にして、お空は更に顔を歪ませた。

 

鏡真が身体を離れてから、彼女の攻撃は霊夢に対して全く効果が無い。

速度も威力も、何もかもが劣ってしまって、弾幕の一つすら霊夢に掠らない。

神力を分けてもらったとはいえ、それを扱い切る事の出来ないお空には、既に打つ手が残っていなかった。

 

「後悔しなさい、霊烏路 空。 あなたは触ってはいけないものに触ったの」

 

 

ーー神技『八方龍殺陣』

 

 

輝くカードは、宣言と共にお札となって飛び散った。

分かたれた八枚のお札は急速にお空へと迫り、彼女を中心に八角形の陣を成す。

陣から溢れ出す霊力が、このスペルカードの威力を物語っていた。

 

「ーー…ッ!」

 

ズドォォーー…ン

 

まるで爆発を結界の中に押し留めたような、腹の底に響く重い音が空間に満ちた。

溢れ出した霊力が爆発的に上昇し、陣の上下に巨大な柱を形作ったのだ。

 

高圧な霊力の本流は容赦無く襲い掛かる。 そして陣内部の物を悉く圧殺する。

最早避ける力も残っていなかったお空は呆気なく呑み込まれーー荒々しい霊力が収まる頃には、力無く倒れ伏して気絶していた。

 

「……終わりね」

 

『ええ、終わりよ』

 

お空の元に降り立ち、完全に戦闘不能となった事を確認すると、霊夢は小さく呟いた。

 

これで、終わり。 異変は解決。

真犯人は後で成敗するとして、取り敢えず首謀者は倒した。

これで地上の危機も遠ざかるだろう。

やっと仕事が終わった事に、霊夢は小さく溜息をついた。

 

だがーーまだ帰る訳にはいかない。

 

 

ガァァアンッ!!

 

 

異変解決を確信した霊夢の背後で、激しい音が鳴り響いた。

 

そう、まだ帰れない。

帰る前に、見届けなければならない。

兄が一体、どういう状況にいるのか。

彼の言う"答え"とは。

 

爆音の方へと振り向き、見上げてみれば、霊夢の視界には二つの影が写り込んだ。

 

「………双也にぃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

剣撃、熱線、弾幕。

 

広々と、だだっ広いとも言える灼熱地獄跡の空間は、そんな三つの物に彩られていた。

鮮やかに、激しく、鮮烈に。

この戦闘を眺める観客がいたとするならば、九割の者がこう言うことだろう。

 

ーーこれは、本当に弾幕勝負なのか?

 

と。

 

 

 

「ぅ…ぐ! 何ですか…その力…っ!!」

 

唸りを上げる鏡真に、深海(ふかみ)色の弾幕が殺到した。

轟々と空気を切り裂いて飛ぶ弾幕は、まさに暴風雨の様に彼を呑み込み、その身体へと傷を刻んでいく。

彼が抵抗として掻き消せた弾幕は、半分にも満たない程だった。

 

「今の、俺の力だよ」

 

にわか雨の様に過ぎていった弾幕の後からは、双也自身が続いていた。

膨大な霊力を纏いながら、刀を構えて肉薄する。

鏡真はそれに対し、大量の熱線を放って対抗した。

 

「……関係ねぇ」

 

が、双也は一言そう呟くと、それを避けようともせずに真っ直ぐ突っ込んで行った。

常人ならば考えられない事だろう。

なにせあの熱線は、核融合という規格外のエネルギーを基にして放たれた物。 近付こうとすればたちまち溶けてしまう。

 

しかし、双也は違う。

 

ズバンッ!!

 

彼を呑み込んだ熱線は、その中腹辺りを一気に斬り刻まれた。

竜巻でも起こったかの様に斬り刻んだそれは、大きく、大量に生成された霊力の刃ーー結界刃。

 

刻まれた炎が、空中でチリリと消え果てる頃には、双也は既に鏡真の目と鼻の先にいた。

 

「この…ッ!」

 

「吹っ飛べッ!」

 

咄嗟に作った炎の剣は、天御雷の前に一太刀で真っ二つとなった。

苦々しい表情をする鏡真を尻目に、双也は間髪入れずに彼を蹴り飛ばす。

 

そして霊力を掌に集め、吹き飛ぶ鏡真へと向けた。

 

「光滅『黒虚閃(セロ・オスキュラス)』」

 

黒い波動が、未だ壁に激突していない鏡真目掛けて放たれた。

かつて神也の放った物よりも若干蒼く、しかし何倍も強力になった様な、閃光だ。

 

鏡真の熱線による抵抗は叶わず、共に呑み込まれる。

 

閃光が黒い線となってフッと消えると、その後には最早ボロボロに傷付いた鏡真が力無く佇んでいた。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」

 

「……あまり、俺の攻撃を喰らわせたくないんだけどな」

 

ダラリと佇み、もう殆ど戦う力は残っていないであろう鏡真は、それでも双也を睨んでいる。

その瞳は、まだ意思が潰えていないという事を双也が悟るには十分過ぎた。

彼の瞳の光を確認し、双也は小さく嘆息した。

 

「修行で…更に強くなったからといって、あまり僕を…見下さないで、くれますか…!」

 

「…見下してるんじゃない。 お前の為に言ってるんだ。

俺の攻撃…敵対意識のある霊力を浴び続けると、魂に良くない(・・・・・・)んだ」

 

「……………」

 

おもむろに掌を返し、双也はその上で霊力を集めた。

視覚化された霊力は、彼が元々持っていた透き通る様な蒼色ではなくーー墨汁を落として混ぜた様に、青黒くなっていた。

 

「……それが、俺の出した答えの弊害。

……俺はな、力を付けるために修行してたんじゃない。 そもそもあれは、修行でも何でもないんだ」

 

「修行では…ない?」

 

双也へと怪訝な視線を注ぐ鏡真に、彼はゆっくりと口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『"繋がる"という事の究極的な意味とは、何だと思う?』

 

戦闘を見守る霊夢に、紫は静かに問い掛けた。

その問いに対し、霊夢は陰陽玉を一瞥して、無返事のまま考える。

そして思い出す。 紫の言った言葉を。

 

"まさか、西行妖と同化して帰ってくるなんてーー"

 

「もしかして…"同化"?」

 

『そう。 私も双也から聞いた事なのだけど、繋がり極まった二つのモノは、一つのものとして同化するの」

 

考えてみれば、至極当然の事だ。

双也の能力は、あらゆる物をあらゆる形で繋ぐ事ができる。

それらを = で繋いだとして、二つのものを事細かに、隅から隅まで繋いでしまえば、それらは最早全く同じものとなる。

紫の言う"繋がり極まる"とは、そういう意味なのだろう。

 

紫は霊夢にそう説明してやると、そこから辿り着くべき結論を、一呼吸置いて告白した。

 

 

 

『……端的に言って、今の双也は西行妖そのもの、という事よ』

 

 

 

「……えッ!? 」

 

その告白は、霊夢にとって驚愕が過ぎた。

何せ彼女は知っている。 西行妖という化け物が、どれだけ自分達をーー双也を苦しめてきたかを。

それ故に、彼女の疑問は更に深まっていく。

一体なぜ、彼はそんな事を?

 

霊夢の揺れる瞳は、彼女の心の内に膨れ上がった不安と疑問をぼんやりと写し出していた。

その様子に、紫は一つ、小さく溜息を吐く。

 

『…心配いらないって、何度言わせるつもり?』

 

「…え?」

 

『双也が何の考えも無く、同化なんて馬鹿げた行動に出ると思うの?』

 

ハッとして、押し黙る。

言い返す言葉が見つからなかった。

 

『西行妖と同化するという事は、あの危険極まりない能力をも支配下に置くという事。

今までの様に力で抑えつけるのではなく、制御し、支配し、暴走のリスクを極限まで削り取る』

 

 

 

ーーそれが、双也の見付けた"殺さない為の答え"なのよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「強くなったのは、俺の中の西行妖が同化したから。 そして同化したのは、能力を制御する為。つってもまだ、力及ばずだが…」

 

自嘲する様に言葉を締めくくった双也は、そのまま少しだけ笑いを見せた。

これもまた、己を嘲る空虚な微笑み。

彼は、己の問題を解決し切る事が出来なかった事をーーそれでも相当良くはなったのだがーー心の内で嘆いていた。

 

ただーー鏡真にとっては、大半はどうでもいい話。

彼は、双也のあまりの強さに疑問を持っただけ。 双也の心の内なんか興味無い。

しかし、その話の中で鏡真は一つの考えに辿り着いていた。

 

具体的には、双也の言う"弊害"。

そしてそれによって、この先をどう戦うべきか。

 

「ふふふ……そうですか、同化ですか」

 

俯かせた頭から、薄い笑い声が流れ出た。

不気味な鏡真の様子に、双也はもう一度天御雷を構え直す。

そして、睨みつけるように細められた視線の先で鏡真はゆっくりと顔を上げーー鋭い眼光が、光った。

 

ゴォッ!

 

眼光の輝きを皮切りに、未だダラリと身体を俯かせる鏡真から強大な神力が溢れ出す。

"まだこんな力があったのか"と、誰もが思うであろう神力の放出が、暴風となって双也の髪を掻き乱す。

 

「ならば、長期戦は絶望的に不利という事ですね。 僕の持てる全ての力で、終わらせます…!」

 

「……そうか、その方がお前の為だ。 受けて立とう」

 

ヒュッと一振り刀を払うと、双也は慣れた手付きで刀身を鞘に納めた。

ただ、鯉口だけは切ってある。

そのまま腰の方で構え、真っ直ぐに鏡真を見据えた。

ーー所謂、抜刀術の構え。

 

対して、鏡真は放出した神力を複数集め、周囲と中心に核融合エネルギーを凝縮していた。

多過ぎる物質は、外殻を破ってでも出ようとする。

凝縮されたエネルギーも同様、抑え込む神力を今にも吹き飛ばしてしまいそうな輝きと熱量を放っていた。

 

そしてーーその留めを外した時、弾けた力は真っ直ぐに双也へと向かう。

 

 

「超新星『ニュークリア・イクスノヴァ』ッ!!」

 

 

鏡真の能力、"核融合を操る程度の能力"の力を最大最高に引き出して放つ、熱線。

ーーいや、それは最早爆撃、それも核融合を用いた凄まじい"光"そのものだった。

星の最後と言われる超新星爆発ーーそのエネルギーをそのまま体現し、撃ち放ったかのようなその熱線は、その光によって視界に捉える事すらできない。

故に本当は、熱線であるかどうかすら定かではないのだ。

 

目の前に迫る滅亡の光。

瞼の裏までも埋め尽くしてしまう熱と光を前に、目を瞑っていた双也は不意にーー口元を緩めた(・・・・・・)

 

「…悪いな、鏡真。 受けて立つとは言ったが……この勝負、勝敗は既に着いてたんだ」

 

 

 

 

ーー絶刀(ぜっとう)天月(あまつき)虚断(こだち)

 

 

 

 

キーー…ン…ーー。

 

鞘から抜き放たれた刀身は、捉える事すら困難な速度で空を駆ける。

膨大な霊力を纏い、空間さえ切り裂くかのように閃いた剣閃は、満ち満ちていた光を、そんな金属音の様な軽い音と共に一閃の下に斬り捨てたのだ。

 

激しい光は粒となって消えていく。

先程までの力など嘘だったかのように。

己の最大最強を、あまりに呆気なく打ち砕かれた鏡真は、消えていく光の中で愕然とした。

 

しかしーーまだ終わってなどいない。

 

剣閃、即ち駆け抜けた刀身の軌道上。

その空間には、まるで斬撃が空間に縫い止められたように、無数の弾幕が停滞していた。

何かの合図を待つ様に、細かい剣撃を模した弾幕が整然と羅列する様は、最早芸術的ですらあった。

 

「速度を極めた抜刀術は、納めるまでが一動作。 ーー俺の勝ちだよ、鏡真」

 

カチンーー…。

 

その、瞬間。

刀を納める涼しげな音が響くと同時に、停滞していた弾幕群は鏡真へと瞬時に牙を剥いた。

 

羅列した弾幕はその形を崩さず、しかし嵐の様な速度で鏡真へ殺到し、容赦無く斬り刻んでいく(・・・・・・・)

 

その速度と威力に、鏡真の叫び声さえ掻き消える。

爆発しない。 炎も吐かない。 しかしその光景は、弾幕勝負に用いるスペルカードとしてはあまりに掛け離れ、鮮烈で強烈なモノだったーー。

 

 

 

 

弾幕勝負とも言えぬ弾幕勝負は、双也の圧倒的勝利にて終わりを迎えた。

空中で気絶し、落ちてきた鏡真を、彼は難なく受け止める。

駆け寄ってくる霊夢を横目に彼を横たわらせてやると、双也はポツリと呟いた。

 

 

「これにて一件落着。 後はーー"彼奴ら"だな」

 

 

その瞳は遥か上…地上の方角を睨みつけていた。

 

 

 

 

 




双也があまりに強くなり過ぎた件について。

ではでは。


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第百七十六話 The first answer. 不殺の意思

やっと一字下げが出来るようになったので、多少見易くなったかも…?

ではどうぞ!


 未だ天高く昇っている太陽の下、双也達は妖怪の山の中を歩いていた。

 灼熱地獄から出てきたばかりなのも相まって、外の空気はまだ冷たく、ピリッと肌を刺激してくる。

 しかし、彼の半歩後ろを歩く霊夢にとってはそんな事よりも、娑婆の空気を吸えるという事の方が嬉しかった。

 地獄に居続けるのは気分が悪い。

 どこまで行っても彼女は、生粋の人間なのだ。

 

「ねぇ、双也にぃ」

 

「ん、なんだ?」

 

「あの子達、大丈夫なの?」

 

「大丈夫だろ。多分」

 

 振り向かず、しかし声だけは明るく、双也は片手間の様にして霊夢に応える。

 何処か興味無さ気にも見える彼の態度には、霊夢も僅かばかり眉を顰めた。

 

「…適当に言ってない?」

 

「適当なわけあるかよ。 あいつらはちゃんとさとりに引き渡したんだ、心配なんてないだろ?」

 

「いやでも、アレは神ーー」

 

「さとりがそう簡単にあいつらを"処理"するとも、出来るとも考えにくい。 俺らが連れてって、起きた時無駄にギシギシするよかよっぽどマシだよ」

 

 確かにそうかもしれないけどーー。

 淡々と論破していく双也に、霊夢は短く嘆息する。

 

 全く、この人にだけは敵いそうもない。 いや、こういう時は"頼りになる"と表現しておこう。

 霊夢は彼の後ろ姿を見つめながら、嘆息する心の裏で微笑みを零した。

 

「ああ、でも」

 

 そんな時、突然双也は立ち止まってポツリと呟いた。

 思い出したかの様に言う辺り、その事柄を大して重要には考えていない様である。

 霊夢はそう考え、何の気無しに尋ねた。

 

「…どうしたの?」

 

「いや、問題無いとは言ったけど、ちょっと鏡真の寿命削り過ぎた(・・・・・・・・・・)かなって」

 

「…………は?」

 

 数瞬の間を置き、霊夢の口からは間抜けた声が飛び出した。

 その時だけは、木々の爽やかな音も小鳥の囀りも、何もかもの音が聞こえなくなったかの様に感じた。

 最早時の流れすら感じる余裕が無い程に。

 いや待て、聞き間違いかもしれない。 そうーーこれはきっと、先程まで彼に抱いていた不安が引き起こした空耳だ。

 脳内で凄絶な現実逃避とも取れる自問自答を経て、霊夢は恐る恐る問い直した。

 

「い、今…何て…?」

 

「ん? いや、寿命削り過ぎたなぁーーって」

 

 じゅ、寿命? 今、寿命と言ったか?

 声の軽さと言葉の重さがあまりにも合致しない返答に、霊夢はみっともない位にポカンと口を開けた。

 そして、一瞬の間をおいて我に帰る。

 

「ちょ、ちょっとどういう事よそれ!? 寿命を削った!? 何を言ってるの!?」

 

「うぉっ!? ちょ、落ち着けよ!」

 

「これが落ち着いていられるか!!」

 

 ブワッ! という擬音がピッタリ合う様に、霊夢は双也に詰め寄った。

 だって、寿命だろう?

 そんな軽い言葉で語る内容ではないだろう?

 妖雲異変以来の"寿命"というキーワード、そして軽口で"それを削ってしまった"と語る兄への不安が、形容し難い混沌とした色を伴って渦を巻いていた。

 

 ーーいきなり訳が分からない。 何を言い出したんだこの人は?

 

 故に、落ち着く事なんて到底出来なかった。

 

「ちゃんと説明ーー」

 

『霊夢ッ!』

 

「っ!?」

 

 急速に落ち着きを失った霊夢を叱責したのは、双也ではなく紫だった。

 普段は物腰柔らかに、怒鳴ることなど滅多にない彼女の怒声は、熱くなった霊夢の頭を一瞬にして冷やし切る。

 

『落ち着きなさい。 あなたらしくないわ』

 

「……ええ」

 

『よし。 それじゃあ…双也?』

 

「ああ、分かってる」

 

 紫に促され、双也は一つ頷くと、また目的地に向かって歩き出した。

 それに倣って霊夢も歩き出す。

 彼女が双也に肩を並べた頃、彼は淡々と語り出した。

 

「…妖雲異変以来、俺がどうにかしなければならない問題としてまず直面したのが、西行妖の能力だ」

 

「死に誘う能力…」

 

「そう。 それがある限り、俺が西行妖を封印していても幻想郷のリスクは変わらない。

俺はもう、誰も殺したくないってあの時誓ったんだ。 だから、同化する事を選んだ」

 

 一年半前起こった"最悪の異変"。

 大量の人が犠牲となったその原因は、一重に西行妖の能力、"死に誘う程度の能力"によるものだった。

 もちろん、その際暴走した力を幻想郷に向けたのは神也だが、"死の原因"と問われるならば、それは確実に西行妖だろう。

 

 故に、"殺さない"という誓いを守る為に壁となったのが、その能力だった。

 

「同化する事の意味は…紫が説明してくれたんだよな?」

 

『ええ、簡易的にだけれど』

 

「ん、ありがと」

 

 同化すれば、その能力は妖力ごと双也自身のものとなる。 それは即ち、双也がある程度西行妖の能力を制御できる様になる、という事だ。

 能力を制御さえ出来れば、双也自身のーーそしてそれが"ここ"にあるという幻想郷そのもののリスクはグッと減る。

 今までの様に、力で抑えつけるよりもずっと確実性のある方法なのだ。

 

 ーーなら、何故それを今までやらなかったのか。

 

 頭に浮かんだその疑問を、霊夢は直ぐに解消した。

 

 簡単な話、その時にしか出来なかったから。

 

 妖雲異変の後、西行妖は大半の妖力を失った。

 霊夢と神也の衝突で上った柱でーー或いは早苗の放った光の柱でーー空を覆っていた妖力は全て吹き飛んだ。

 それによって、この時双也の中にはほんの僅かな妖力と、効果の乏しい能力だけが残っていたのだ。

 

「(少しずつ……西行妖の能力を打ち消しながら繋がないと、自分の寿命すら削ってしまうから……)」

 

 そう考える霊夢の脳裏には、当時の神也の姿が映っていた。

 恐らくは白かったであろう髪を、八割強も灰色に染めて、輝く瞳を濁った桜色に染めて。

 抑えの効かない死の能力を、そのまま繋いでしまったから、己の寿命すらも削ってしまったのだ。

 もちろん、妖雲異変後の一年間少なからず西行妖の妖力も回復していた訳だが、その量は双也にとってなんら多くはない。

 能力を打ち消しながら繋ぐのに問題のない量だった。

 

 感覚的に、今しかないと分かっていたからこそ、双也はハッキリさせる為に神界へーー竜姫の下へ向かったのだ。

 

「この方法自体は、竜姫に教えてもらった。 そしてその完了も、竜姫に見届けてもらったんだ」

 

「あぁ、だから神界に…」

 

「ああ。 ……だが、あくまで"完了"。 "完成"じゃあない」

 

「……! それじゃあ…」

 

『死に誘う程度の能力を…制御出来ていないということ?』

 

 二人の心配そうな声に、双也は少しだけ悲しそうに笑いかけた。

 己の力不足を嘆くような、何処か空虚なその表情は、それを見た二人の胸をキュッと締め付ける。

 

 まだ、彼は苦しんでいるんだーー。

 

 その表情に耐えられず、霊夢は直ぐに目線を逸らした。

 

「少しずつ回復していく妖力をその端から同化させていって、半年掛かってやっと同化し切る事に成功した。

……でも、あの能力を完全に抑え込む事はできなかった。 完全に俺の力不足だよ」

 

「それじゃぁ…双也にぃは何の為に半年間も……」

 

 無駄に終わった彼の努力を、嘆く他なかった。 それ位しか、同情するくらいしか霊夢には出来なかったのだ。

 多大な努力の上に得た失敗が、どれだけその心に重くのしかかるのか。

 努力の足りない霊夢でも、ある程度は想像出来る。

 だからこそ、意味の無い事だと分かっていてもそうするしかない。

 そこでわざわざ、"もっと精進すればいいじゃない"なんて突き放す程、彼女は他人に厳しくはないのだ。

 

 ーーしかし。

 

 

「おっと、早とちりするなよ霊夢」

 

 

 当の双也自身は、あまり悲観してはいなかった。

 

完全には(・・・・)抑え込めなかった、って言ったろ? 俺が何の成果も無しに戻って来ると思うか?」

 

「……?」

 

 首を傾げる霊夢に、双也は軽く嘆息する。

 そして、薄い笑みを零しながら告げた。

 

 

「能力のオンオフは出来ないけど、ハイロウは付けられるようになったって事だよ」

 

 

 聞き覚えのない横文字ーーもちろん彼女自身は横文字だとも知らないーーに、霊夢は眉間の皺を深くして更に首を傾げた。

 

「はい…ろう……?」

 

『"強弱"の事よ、霊夢。 成る程、だからそんなに明るいのね』

 

「そーいう事だ」

 

 ニカッと一つ笑うと、双也はまた歩き出した。

 一変した彼の雰囲気に呆気にとられたが、すぐに我に帰ると、霊夢は早足に着いて行った。

 

「具体的に言えば、極限まで能力を抑える事で、削ってしまう寿命を極々僅かにまで減らせるようになったんだ」

 

「どれくらい?」

 

「ん〜…大体、霊力を使った攻撃一発につき、三秒かな。 まぁ削ってしまう事に変わりは無いんだけど」

 

「三秒…! じゃあ、普通に弾幕ごっこする分には大した問題は無くなったって事…!?」

 

「そうだな。 喰らい過ぎると良くないのも確かだけど」

 

 そんなの、些細な事じゃない!

 霊夢のそんな声は、感慨深さに喉が詰まってしまった故に吐き出されない。

 しかし彼女の気持ちだけは、その表情からありありと滲み出ていた。

 

 だって、それはつまり、ずぅっと苦しんでいた問題が解決したという事だろう?

 確かに寿命は削れてしまうかもしれない。 喰らい過ぎるのも良くないのは確かだろう。

 でもそんなの。 たった三秒なんて。 実質無害と言っても良いくらいだ。

 以前に比べれば、雀の涙も同然ではないか。

 

 まるで自分の悩みが綺麗さっぱり解決したように、霊夢は満面の笑みを讃えていた。

 とても嬉しそうに。 とても幸せそうに。

 そんな彼女の表情は、その高揚具合を感じた双也と紫の表情すらも柔らかくするのだった。

 

「良かったわね、双也にぃ♪ 長年の悩みが解決してさ!」

 

「…ふふっ、そうだな。 やっと一つ目、解決出来たよ」

 

『良かったわ。 ……本当に』

 

 小鳥の囀る音を聞き流し、三人は森の中を談笑交じりに進んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…見えてきた」

 

 やがて、三人の視界に目的地が映り込んだ。

 妖怪の山を歩いている時点で何となく予想は付いていた霊夢だが、正直確証が無かった。

 何せ、関連性が見つからない。

 今回の異変に、ここーー守矢神社がどう関わっているというのか。

 

 長い石階段の脇から出て、三人は残りを登った。

 とは言ってもほんの数メートルの間である。 疲れる程の長さではない。

 登り切り、少しだけ色の禿げた鳥居を潜ったその先には、ザッザッと枯葉を掃く少女の姿があった。

 

「…? あ、双也さん! 帰ってきてたんですね!」

 

「よっ、早苗。 半年振り」

 

 少女ーー早苗は双也の姿を確認すると、駆け寄ってきて"お帰りなさい!"とお辞儀をした。

 そして素早く向き直り、霊夢や紫の方にも満面の笑みで挨拶を交わす。

 

 相変わらず、双也と早苗の仲は良好なようである。

 妖雲異変解決直後は、それこそ双也の姿を見る事さえ抵抗していた早苗であったが、今ではこの通り。

 双也の打ち解けやすい性格もあってか、早苗は最早、双也を普通の友人として認識する迄になったのだった。

 双也としては再び早苗と仲良く出来る事を心から喜んでいた。

 が、あまり顔には出てこないので、その事実は彼のみぞ知るというところである。

 

「あいつら、今居るか?」

 

「あ、はい! 中においでですよ! 呼んできますか?」

 

「………いや、いいよ。 自分で呼ぶ」

 

「…?」

 

 少しばかり考える素振りをした双也は、そう言って早苗の横を通り過ぎて行った。

 丁度早苗と神社の中間辺りで立ち止まると、調子を確かめるようにコキキッと首を鳴らす。

 霊夢には、彼が今から何をするのか何となく分かっていた。

 そして隣の陰陽玉から、霊夢は小さな溜め息を確かに聞いた。

 

「自分から出てきてもらおうか……このバカ神共っ!」

 

 ゴォッ!

 言い放った瞬間、双也から溢れ出した霊力は、神社を包み込むように放たれた。

 見ているだけでも、"殺気は含まれていないようだが、それでもあの量は食らいたくないな…"と思わざるを得ない量である。

 早苗は少しばかりオロオロしているが、霊夢と紫はただただそう思って同情した。

 

 飛び上がってすぐに出てくるであろう、曰く"バカ神"の二柱にーー。

 

「ちょ! ちょっと何この霊、りょ…く……」

 

 

 ーー目玉の付いたおかしな帽子が。

 

 

「一体何だいッ! この馬鹿でかい力…は……」

 

 

 ーー厳かな注連縄が。

 

 それぞれひょこっと、境内から顔を出す。

 その表情は、警戒している引き締まった物から一瞬で青ざめていった。

 何せ視線の先ではーー

 

 

「お前ら、ちょっとここに正座しろ♪」

 

 

暗い笑顔を浮かべた双也が、仁王立ちしていたのだからーー。

 

 

「説教、始めるぞ♪」

 

 

 

 

 




次回であの子登場かな?
全世界No. 1のあの子です!

ではでは。


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第百七十七話 悔いで成り立つ想い

ちょっとお馬鹿な神奈子と諏訪子。
……良いと思います!

ではどうぞ。


「で、反省したのか?」

 

「「ご、ゴメンナサイ…」」

 

 やっと終わったーー。

 双也の前に正座する二柱、神奈子と諏訪子は内心で大きく嘆息した。

 そろそろ本当に足が痛い。 神とは言え、女性を地べたに正座させるかフツー?

 二人して全く同じことを考える。 しかし、そんな文句をこの状況下で漏らせる程、二人の肝は据わっていなかった。

 何せ双也が、珍しく怒っているんだもの。

 言ったら最後、何が飛んでくるのか分からないのだもの。

 

 

「(ーーなんて事、考えてそうだなぁ)」

 

 

 目の前で黙り込む二柱を見て、双也はふぅ、と息を吐いた。

 そして一つ、咳払い。

 二人はビクッと震え、その顔には汗が滲んだ。

 

 たとえ双也でも、彼女らの心の中を見透かせる訳ではない。 悟り妖怪ではないのだから当然だ。

 しかし、二人の考えそうな事などとうの昔に把握している彼である。

 二人の凡そ反省の見られない思考を咳払い一つで吹き飛ばすのも、実に容易い事であった。

 

「じゃ、改めて罪状を述べやがれ」

 

「わ、私が地獄鴉に…八咫烏を降ろさせた事…」

 

 大量の汗が滴る、神奈子が言う。

 

「何が悪かった?」

 

「…わ、私達の考えていた事…全部…」

 

 異常に焦点の合わない瞳で、諏訪子が言う。

 

 二人の自白を聞き、双也はまた一つ大きな溜め息を吐いた。

 また少し縮こまった様にも見える二柱に、彼はゆっくりと、しかし苛つきをも孕んだ言葉を紡いだ。

 

「…いいかお前ら。 何度も言うけど、幻想郷はこれ以上豊かになる必要はないんだ。 つーか、なっちゃいけねー」

 

 お前らのアイデアは以ての外だ!

 双也の呆れた視線に晒された二人は、聞こえるはずもないそんな文句を聞いた気がした。

 何せこれは、お説教だ。

 しかも滅多に怒ることのない、双也からのお説教だ。

 二人がビクビクするのも無理はない。 二人はとうの昔に、彼を怒らせるととても怖いという事を知っている。

 ただただ、怒りという名の嵐が過ぎ去っていくのを、縮こまって待つしかないのだ。

 

 ーーそう、双也は怒っている。

 今回、二柱が起こした行動に。

 

 とは言っても、実際に彼女らが何をしようとしていたのかを知ったのは、このお説教の最中における彼女らの自白による。

 此処まで来たのは、また別に飛ばしたい文句があったからである。

 

 ーー地獄鴉に神なんか宿らせて、何しでかすか分かんねーだろうがコノヤロー!!

 

 飛ばしたかった文句はしかし、彼女らの目的を聞いた瞬間に摩り替わってしまっていた。

 何せ、"幻想郷に産業革命を起こそう"だなんて。

 何を考えているんだ、と

 

 故に、双也がこの場所に結論を得たのは、彼の行った推測によるものだ。

 

 双也は、一連の騒動の犯人を絞り込む一歩として、こう考えた。

 "そもそも、太陽神を利用できる程の奴とは?"と。

 八咫烏たる日鷹 鏡真だって、曲がりなりにも太陽神。 この国で最も崇拝される神の一人だ。

 それをあたかも"部下"の様に、特に優れている訳でもない一匹の地獄鴉に取り憑かせ、更には"名前を出したら怒られる"とさえ思われていた。

 

 ーーそう、部下。

 部下だったなら、得心がいく。

 

 鏡真は太陽神としては新米だ。

 その暦は、恐らく日女の一割だって満たしてはいないだろう。

 つまり、太陽神として神格が上がる以前の上司なら、彼にある程度融通を効かせる事も出来るはずである。

 

 ーードンピシャだった。

 双也の脳裏には、その条件を十二分以上に満たした者がハッキリと浮かんでいた。

 ならあとは、そこへ出向いて拳骨の一発でもかませば良い。

 そんなつもりで、双也は守矢神社に乗り込んだのだった。

 

 苛立ち、呆れ、その他諸々。

 様々な感情の見て取れる彼の視線に、二人はビクつきながらも神経を尖らせる。

 子供が親に叱られる時の様に、言葉を一言一句聞き逃さない為に。

 

「確かにな、外界から来たばっかりのお前達にはここの生活は辛いだろうよ。 電気もろくに通ってないし、夜は真っ暗だし、どうせテレビとかも点かなくなって、もう一年半も経つってのに毎晩嘆いてるんだろ?」

 

「うっ……」

 

 諏訪子が小さく呻いた。

 

「でも、幻想郷はそうでなくちゃいけないんだ。 豊かになり過ぎちゃいけない。 それじゃ外の世界の二の舞だからな」

 

 それは、諭す様な声音をしていた。

 彼の些細な一動にすらビクついていた二人には、その声はあまりにもすんなりと耳から入り、そして脳にまで辿り着いた。

 

 そうだ、幻想郷はこのままでなくてはいけない。

 昔のまま、自然と生き物とがお互いに譲り合っていた、"古き良き日本の姿"でなければならないのだ。

 そうでなければ。

 忘れられたままでなければ。

 幻想郷は、人と自然の在るべき姿を忘れた、外の世界と同じになってしまう。

 幻想郷すらも、"在るべき姿"を忘れてしまう。

 

 それ即ち、崩壊。

 

 この世界の存在意義ごと巻き込んだ、全ての崩壊を意味する。

 

 ーー何をやっているんだ私達は。

 ーー何の為にこの世界へ来たと思ってるんだ。

 

 この場所へ苦労して……それこそ、神社を丸ごと引っ括めてまで此処へ来た理由を、蔑ろにしようとしていた。

 俯く二柱に、双也は締めくくる様に言う。

 

「お前らがやろうとした事は、幻想郷そのものを壊しかねないものだったんだぞ。 反省してくれないと、困る」

 

「「………………」」

 

 二柱に、何かを言い出す余裕はもう無かった。

 反論は勿論、謝罪だって、喉の奥に詰まって中々出てこないのだ。

 罪悪感もある。

 罪の重さに言葉を吐き出せない事は、人間にだってザラにある現象だ。

 ーーしかし、この突っ掛かりは、違うと分かっていた。

 そしてその喉に何かの突っ掛かりを覚える理由も、二柱には何となく分かっていた。 そしてそれが、余計に言葉を詰まらせる。

 

「(双也は…きっとまだーー)」

 

「(…後悔……しているんだろうね…)」

 

 俯いた頭が上がらないのは、拗ねているからではない。

 何の言葉も言い出せないのは、反発しているからではない。

 二柱はもう、過ちには気が付いた。

 が、それは同時に、"あの異変"に残された悔いーーその上に成り立っている、彼の幻想郷への想いに気が付く事と同義だった。

 

 きっと双也も、その悔いを意識してこの話をしている訳ではないだろう。

 悔いを常に意識したまま生きるなど、ただ過去の過ちにクヨクヨして前に進めない愚者のする事だ。

 ただーーそう。

 双也の言葉に、彼のそんな感情を感じるのはきっと、彼の"悔い"が心の底にまで根付いている証拠だ。

 意識するかは関係無い。

 むしろ、無意識の内にそれ(・・)を端々に(こぼ)してしまうから、"根付いている"と言うのだ。

 

 双也の幻想郷を護ろうとする言葉には、それが雨粒の様にポロポロと溢れていた。

 

「ともかく! 分かったら二度とすんなよ! ちゃんと世界の事考えろ神なんだから!」

 

 改めて釘を刺す双也の言葉に、二柱は、彼に見えない程度の小さな笑みを零した。

 反省はしている。 しかし、"悔い"に気が付いた二柱にはどうしても、その言葉から幻想郷への想いばかりが伝わってきてしまう。

 それこそ、最も主である筈の怒りよりも強く。

 "誰かが、何が護ろうとする気持ち"

 それに触れた二柱は、ただただふわりと暖かくなった様に感じる胸を受け入れ、笑みを溢さずにはいられなかった。

 

「分かったよ。 ゴメンなさい双也!」

 

「悪かったよ。 反省している」

 

「……………?」

 

 ーーはて、何故こんなに明るいんだ?

 二柱のハッキリとした謝罪を聞いた双也は、そんな呟きの聞こえてきそうな表情で首を傾げた。

 だが、その理由を彼が知る事は無いだろう。

 何せその理由自体、彼が無意識にやっている事が発端なのだから。

 

「…まぁ、いいだろ。分かればよろしい」

 

 そうして、双也のお説教は終わりを告げた。

 締めくくった彼の言葉が何処か釈然としていない声音に聞こえても、神奈子、諏訪子を始め、霊夢や紫すら何も口に出さなかった。

 

 この場にいる双也以外の全ての者が、奇しくも全く同じに感情を、彼から感じていたのだった。

 

 

 

 

「さて、じゃあ……帰るか」

 

 振り返り、双也は霊夢達に目配せした。

 それを受け、彼の背後でお説教を眺めていた彼女も一つ頷く。

 

「ええ、帰りましょ」

 

 簡潔にそう返し、霊夢は陰陽玉と共にふわりと身を翻した。

 それに続き、双也も早苗達に軽く手を上げてから歩み出す。

 さて、これで異変も完全解決。

 帰ったら一体何をしようか。

 そうだ、取り敢えず紫の所に行こう。 考えるのはそれからでもいいな。

 やる事を終えた双也は、既にそんな甘ったるい事さえ考え始めていた。

 

 ーーが、彼の歩みは突然停止する。

 

 いや、正確には停止させられていた(・・・・・・・・・)

 

 先へ進んでいく霊夢を横目に引きながら、双也は自らの袖に目を向ける。

 停止したのは、袖を何かに引っ張られた様に感じたからだった。

 神奈子や諏訪子が引き止める訳も無し。 霊夢は物理的に不可能だし、早苗だって諏訪子達の隣に居る。

 ーーでは、誰だ?

 

 未知に対する僅かな不安を抱えながら向けた視線。

 そこにはーー緑髪の少女が双也を見上げていた。

 

「まだ帰らないでよ。 お話が終わるのずぅっと待ってたんだから」

 

 少女はそう言いながら、プクゥと頬を膨らませた。

 

「私、古明地こいしって言うの!」

 

 そして、双也がそれに何かしらの反応を返すよりも早く、少女は満面の笑みでこう言った。

 

「ねぇお兄さん……私と弾幕ごっこ、しよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 な、なんだ突然この子……?

 俺の抱いた気持ちと言えば、その一言に尽きる。

 

 諏訪子達の説教も終え、やっとこれで休めると思った矢先の出来事だ。 そりゃあ多少は困惑するに決まってる。

 何せ、頭の中は既に異変の事から離れていたから。

 

 だから当然、突然"弾幕ごっこしよ?"なんて言われても正直困るだけであるからして。

 

「えっと…こいし? なんで突然弾幕ごっこなんて?」

 

 少しとはいえ、混乱した頭で考えたって答えなんか出やしない。

 早々に考える事をやめた俺は、未だ袖を離してくれないこいしに問いかけた。

 こいしはコテッと首を傾げた。

 

「え? だって、お兄さんに許可してもらわないとダメって事でしょ?」

 

「……何が?」

 

 連ねた問いを受け、こいしはゆっくりと腕を上げて行く。

 その突き出した小さな人差し指が示したのはーー神社の方だった。

 

「私のペットも、お空みたいに強くしてもらいたいの!」

 

 こいしは笑顔で、そう言った。

 その瞬間、俺は話を蒸し返された様な不快感と共に、あらゆる事への得心がいった。

 何より、この子の事を"思い出した"のだ。

 

 俺は前世の記憶を持っている。

 それは名前であり、性格であり、知識であり。

 だが、長い年月を生き過ぎた為にその大半は失ってしまった。

 当然だ。 何でもかんでも覚えていたら、とっくのとうにパンクしてしまっている。

 しかしその中で、時折思い出す記憶として代表的なのが、"原作知識"と呼ばれる物。

 

 ーーもう説明するまでもないだろう。

 そう、その知識の中で、こいしを見つけた。

 

 無意識を操る、種族すら捨てた悟り妖怪。 古明地さとりの実の妹。

 彼女の小さな身体に巻き付いた青いコードと第三の目が、そのどちらの要素をも確定付けている。

 

 だから同時に湧き上がった不快感も、"仕方ないな"と割り切るしかなかった。

 

 そりゃ、多少の怒りやイラつきも覚えたさ。

 散々説いた説明を、側で聞いていたらしい子が無邪気に完全無視を決め込んできたら、誰だってイラつくだろう?

 

 でも、この子はそれを"無意識"にやっているのだ。

 比喩じゃない。 本当に無意識なのだ。

 彼女はあらゆる者の無意識に入り込み、無意識に行動し、無意識に何かを考える事すらやってのける。

 何から何までを無意識に身を任せている、と形容すれば良いのだろうか。

 悟り妖怪が、心を読むのをやめた果て。 種族を捨てた代償だ。

 

 従ってーーこの子の"コレ"は間違いなく本音で、そこに悪意なんてものは一欠片だって無くて。

 そして何より……この子に物を分からせるには、基本的に忘れやすい言葉だけでは足りない。

 

「……そっか」

 

 ポンポンと軽く撫でると、こいしは不思議そうな表情をした。

 うん、まぁ。

 そりゃ不思議には思うよな、突然頭を撫でられたら。

 

「どうしたの双也にぃ……って、誰その子?」

 

 そうしていると、背後から霊夢の声が聞こえた。

 あんまり遅いから戻ってきたんだろう。 少し悪い事をしたな。

 んでももう少し、我が儘に付き合ってもらいたい。

 

「ああ、悪い霊夢。 もう少し待ってくれるか?」

 

「良いけど……何するの?」

 

「ちょっと分からず屋な女の子に、物を教えるだけさ」

 

 もう一度こいしを撫でる。

 すると霊夢は、察してくれたのか一つ頷くと、"じゃ、そっちに居るから"とだけ言い残して行った。

 うむ、実に良く出来た妹だ。 誇らしい。

 

 ーーさて。

 

「じゃあこいし。やるか、弾幕ごっこ」

 

「! うん!」

 

 子供相手にやる気なんて起きないが、物を教えるのも年長者の役目だと思うんだ、俺は。

 

 

 

 

 




何が書きたかったのか、自分でも若干分からない…。

あと今更ですが私、こいしのファンでございます(笑)
幽々子さんも大好きなんですけどねー。

ではでは。


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第百七十八話 大好きだから

戦闘シーン? 何それおいしいの?

ではどうぞ!


 ーーさて。

 

 ーーさてさて。

 

 弾幕勝負、である。

 相手はこの子、古明地こいし。

 読心を止めた悟り妖怪の少女。

 

 場所はここ、守矢神社。

 観客は霊夢、紫、もしかしたら早苗達。

 因みに紫は、普通にこちらへと姿を現している。 "もう地上にいるのに陰陽玉を介するのは馬鹿らしい"との事。

 まぁ彼女が居てくれた方が、なけなしのモチベーションも低下は防げるだろう。

 格好悪い所は見せられないし。

 もしかしたらそれが狙いで来たのかも。

 不甲斐ない所は見せるなよーーと。

 元々そんなつもりも無いけれども。

 

 ーーさて。

 

 ーーさてさて。

 

 弾幕勝負、だ。

 相手はこの子、無意識少女。

 ちょっとばかり分からず屋と思われる。

 

 無意識とは何とも、面倒で厄介なものだ。

 文字通り"心"に刻み込まないと、俺の言いたい事はきっと分かってはくれないだろう。

 だから少しだけ、荒療治と行こう。

 

 

 ーーよし、整理終わり。

 

 

「早速一枚目、行くよ〜!」

 

 対するこいしが、一枚目のスペルカードを掲げた。

 それからは、眩いばかりの虹の掛かった光が放たれる。

 それに対して、俺はジッと弾幕の展開を見つめるだけだった。

 刀は抜いていない。

 子供相手に刃物向けたら、人として終わりだと思っている。

 

 ーーと言うのはまぁ、冗談だ。 本音は本音だけど、冗談だ。

 俺はただ、ちゃんとこいしに先程の話を分からせ、その上で"ペットに神を宿らせる"なんて蛮行をやめて欲しいだけ。

 刀を抜く必要がない、というだけである。

 

「こいし、分かってるな?」

 

「分かってるよ! 一発当たったら負けだね!」

 

「そう。一発でも当たったら負けだ」

 

 それ故に、"気絶したら負け"なんて長引きそうなルールではなく、"一発当たれば負け"という至極明確なルールを定めた。

 言うなれば、ちょっとばかりショッキングな出来事(・・・・・・・・・・・・・・・・・)と共に諭すだけ。

 長引くのは彼女としても俺としてもよろしくないのだ。

 

 ーーと、言うわけで。

 

「(ちょーっとだけ、"ズル"しようかな)」

 

 いや、これも俺の技だからズルにはならないのかな。

 いくら万が一にも負けられないと言っても、所詮遊びの範疇。 真剣な殺し合いの様に無法極まる戦闘を繰り広げる訳ではない。

 俺だってルールは守るつもりでいるが……まぁ、ダメだったら紫が何か言うよな。

 

 よし、方針決まり。

 霊力も展開して、準備完了だ。

 

「行くよっ! 表象『夢枕にご先祖総立ち』!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 霊夢と紫は、神社の脇にある木陰に陣取っていた。

 ここからならば観戦はし易いし、何よりも木に寄り掛かることが出来る。

 紫はスキマの縁に座れるので、霊夢は気にせず適当な木を選んで背を預けるのだった。

 

「全く、やっとお茶が飲めると思ったのに」

 

 上空へ上がっていく二人を見ながら、霊夢は口を尖らせた。

 異変もやっと終わりを迎えた後。

 本当ならば、神社で煎餅でも摘みながら熱いお茶を楽しんでいるところ。

 霊夢は、お茶を楽しめない原因たる兄を見遣りながら小さく嘆息した。

 

「少し待つくらい良いじゃない。 どうせ長引く勝負ではないわ」

 

「……いや、何でそんな事が分かるのよ」

 

 紫の言動としては少々無責任に感じる言葉に、霊夢はやんわりとしたツッコミを入れた。

 だってそりゃ、紫は胡散臭い奴だけれども。

 どんな時も理屈立てて"予測"するじゃないか。

 今のそれは、どう考えたって"予感"だろう?

 言ってしまえば、らしくないのだ。

 少々不満げな表情の霊夢に、紫は少しだけ微笑んだ。

 

「分かるわよ。 双也の事は、私が一番良く分かっているもの」

 

 誰よりもーーね。

 何かと微妙な表情をする霊夢に、紫はそう言い放つ。

 その薄く微笑んだ表情は、"何処までも双也を信じている"と霊夢に語りかけるような優しさを含んでいた。

 

 ーー……やっぱり何か、悔しいんだよな……。

 

 紫の言動に、霊夢は何となくそう思った。

 前にも抱いた、雲の様に掴み所のない感情である。

 だが、まぁ。

 それ程気にすることもないだろう。

 どうせコレは、軽い嫉妬か何かだ。

 兄離れ出来ていない妹の、微笑ましい嫉妬に違いない。

 

「はぁ……」

 

 そこまで思って、霊夢は軽い溜息を零した。

 紫は相も変わらず微笑んでいる。

 どうせこちらの気持ちなんてお見通しのくせに、凛とした澄まし顔である。

 その表情にもう一度溜息を吐くと、霊夢は"もう考えるのはよそう"とばかりに軽く頭を振るった。

 そして、見上げる。

 上空では、こいしと双也が戦闘を始めていた。

 

「……勝負は長引かない、って言ったわね」

 

「ええ。 多分彼は、真面目な弾幕勝負なんてしようとしていない。 ……と言うより、弾幕勝負だと思っていないんじゃないかしら」

 

「え? ーーあぁ、そうかもね」

 

 紫の言葉に、霊夢もすぐに理解を得た。

 それは、例え彼の恋人でなくとも分かる事柄であった。

 双也は弾幕勝負をしようとしているんじゃない。

 何か別の事を始めようとしている。

 それは何よりも、抜刀されていない天御雷が確証を示していた。

 

「……しょーがない、待ってやるか」

 

 そう言って、霊夢はもう一度溜息を零した。

 話の流れから察するに、どうせまた説教か何かだろう。

 そんな事を思いながら、霊夢は紫と共に戦闘の行方を見つめた。

 

 

 

 

 双也にとって、この勝負はあまり重要とは言えないものだ。

 勿論、勝ち負けの存在する明確な対決ではあるものの、彼にとってこれは、"こいしの心に分からせる為"の手段に過ぎない。

 

 言葉で言うだけでは、きっと無意識少女は忘れてしまう。

 そしてそうなった時、またペットを強くしてもらおう、なんて考えが思い浮かんでしまう様では、言葉で言う事に米粒ほどの意味も無いだろう。

 

 故に、はっきり言って、双也は勝負を真面目にやる気はさらさら無かった。

 

「ちょ、ちょっと……!」

 

「ん、なんだ?」

 

 煌びやかな弾幕が、神社の空を彩っている。

 ハートやバラを象った美しい弾幕は、しかし歪な形で空を覆っていた。

 厳密には、まるで鋭い歯型の様な三角形が、弾幕の雲を削り取っているのだ。

 

 削り取っている要因。

 それはもう、説明するまでも無いだろう。

 

「なんでそんな平気なの!? 当たってるよねっ!?」

 

「いーや、当たってない。 正確には、当たる直前で斬り落としてる」

 

 心外だ! とばかりに叫ぶこいしに、双也はケロリと言ってのけた。

 飛来する煌びやかなな弾幕は、一つの群となって双也へと襲いかかっている。

 しかしその弾の一発一発は、彼に衝突する寸前で発生した刃によって、一つ残らず両断され続けていた。

 

 ーー魂守りの張り盾。

 

 双也の周囲には、深海色の霊力が取り巻いていた。

 

「う〜! これじゃあジリ貧……!」

 

 スペルカードだって、もう何枚も破られていた。

 こいしのスペルカードーーいや、弾幕そのものが、彼の前に何の成果も上げられずにいるのだ。

 

 このまま続けても無駄ーー。

 

 と、そう思ったのは、こいしではなく双也の方であった。

 元々長引かせるつもりの無い勝負。

 こいしを見下す訳ではないが"歯が立たない苦痛"を長々と味わわせるのはこちらとしても心が痛い。

 

 双也は、弾幕を放ち続けるこいしに優しく話しかけた。

 

「なぁこいし。 お前には、大好きなものってあるか?」

 

「?? 何で今そんな事?」

 

「いいから」

 

 丁度弾幕が放ち終わる。スペルブレイクだ。

 こいしは間髪入れずにカードを取り出し、輝かせた。

 そして展開と同時に、言い切る。

 

「勿論、お姉ちゃんだよ!」

 

 宣言されたスペルカードが大量の弾幕を生み出し、双也へと殺到する。

 ーーが、例の如くである。

 双也は弾幕を指して気にした様子もなく、一歩、前に踏み出した。

 

「それは、何でだ?」

 

「……そんなの、"お姉ちゃんだから"に決まってるよ!」

 

 こいしの理屈に、双也は一つ小さく頷いた。

 確かにそれは、理屈立てた理由ではない。 矛盾が生じてさえいる。

 しかし双也はそんは理由でも、すんなりと納得出来ていた。

 彼にもその理由は説明出来ない。 何となくーーそう、無意識で納得したことだから。

 しかし、彼の中にはちゃんと、明確に煌々とはっきりした納得があった。

 

「……分かる。 理由や説明が必要無いくらいに、全部が好きなんだよな」

 

 一歩、もう一歩。

 弾幕の波の中を、ゆっくり進んでいく。

 

「でもな、こいし。 そういう大好きなものって……失うと、死ぬ程辛いんだよ。

  ……きっとお前が思ってるよりずっと、な」

 

 諭すような声音をしたその言葉は、弾幕の中にあっても不思議な程に良く聞こえた。

 

「だから、共感しろとは言わない。 だけど分かって欲しいんだ。

 多分俺は、お前がさとりの事を好いてるくらいに、幻想郷を好いてる」

 

 双也にとっては、一度滅ぼし掛けた世界。

 でも、滅ぼさずに済んだ世界。

 そしてーー紫の生きる、そして彼女の愛する世界。

 そんな世界を彼が好かない訳がなかった。 "守りたい"と、そう思わない訳がなかったのだ。

 彼の言葉の節々には、そんな想いが滲み出ていた。

 

 そしてそれは、少なからずこいしの心に響いていく。

 想いの篭った強い気持ちは、心にすら届き得る。

 

「こいし。 またお空の様な妖怪が現れたら、俺の大好きな世界はまた危機に晒される。 神を降ろすってそういう事なんだ」

 

 

 ーーだから、諦めて欲しい。

 そして願わくば、お前も幻想郷の事を良く考えて欲しい。

 

 

 遂に、双也はこいしの目の前に辿り着いた。

 その雰囲気に圧倒され、彼女は既に弾幕を放ててすらいない。

 双也はこいしの頭に手を置くと、労わるような笑みを浮かべた。

 

「お前だって、さとりが居なくなったら悲しいはずだ。 ……同じなんだよ、俺も」

 

 ーーポンッ

 

 小気味良い音を響かせて、双也の放った一発の小さな弾が、こいしの額に弾けた。

 唐突の事過ぎたのか、はたまた呆気にとられているのか、こいしは不思議そうな表情で自らの額に触れる。

 そして小さく、呟いた。

 

「…………負けた?」

 

「そう、負けた。 今回は勝たせてもらうよ、こいし」

 

 "……そっか"

 残念そうなこいしの言葉に対して、双也はぽんぽんと頭を撫でる。

 落ち込む子供をあやす様に。

 そしてまた、彼女の目を真っ直ぐに見て、言葉を紡ぐ。

 

「お前がまた良く考えて、それでもその願いを聞き入れてもらいたいって言うなら、今度はちゃんと相手してやる。

 だから一先ず、今回は諦めな。 それがルールだ」

 

「……うんっ」

 

「よしよし、いい子だ」

 

 頷くこいしを、双也もう一度、今度は少々粗めに撫でた。

 これできっと、こいしの心には刻み込めたはずである。

 失う事の怖さ、失わせる事の罪深さが。

 そりゃ、口では言えないかもしれない。

 彼女はまだ幼くてーー歳はそうでもないかもしれないがーー、"近しい者が居なくなったら"、なんて想像するのも難しいだろう。

 でも、それでもいい。

 頭でなくて、心で分かっていれば、それでいい。

 むしろ彼女には、そうでなければいけない。

 

 双也は内心で、ちゃんと伝えられた事に少しばかり安堵した。

 

「じゃあ、私帰るよ。 負けちゃったし」

 

「ああ、そうしな。 ……また遊びに来な。 ここは、誰も拒んだりしない」

 

「…うん!」

 

 地上に降り立ち、そう告げるこいしに、双也は微笑み掛けた。

 それに釣られて笑顔を浮かべた彼女は、軽いステップを踏む様に帰っていく。

 

 そして不意に、振り向いた。

 

「またね、お兄さんっ! また今度遊ぼうよ!」

 

 振り向いたこいしに向けて、また手を振り返す。

 本心からの笑みを浮かべて、こいしの姿はスーッと景色に溶けていった。

 

 

 

 

 

「……さて、お待たせ」

 

「言う程待ってない」

 

「そ、そうか…」

 

 こいしを見送った双也は、半ば駆け足の様にして待っていた(観戦していた)二人に駆け寄った。

 とは言っても、スパッと言い切った霊夢の言葉の様に、それ程時間は経っていない。

 最早弾幕ごっこと言うのかすら怪しい勝負ではあったのだから、同然と言えば当然か。

 押され気味に返事をした双也は、内心でそう思った。

 

「……ふぅ。 じゃ、帰ろうか」

 

「ええ、帰りましょ」

 

 仕切り直すかの様に初めの問答を繰り返す二人は、今度こそ誰の邪魔もされずに歩き出した。

 この時間をどれだけ待ち望んだ事か……!

 既に神社でのオヤツに想いを馳せる霊夢の後ろ姿は、心なしか疲れも抜けている様にも見えるのだった。

 

「これにて、一件落着」

 

 残された場で空を見上げた紫は、パチンと扇子を閉じる。

 そこから覗いた口元は、薄く笑っていた。

 

 

 

 




何となく平和的に終わった一話。
そろそろ双也も、紫とイチャつきたい頃かな…?

ではでは。


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第十四章 宝船と神霊異編 〜彼の望む事〜
第百七十九話 幻想郷縁起


 サブタイで御察しの通り、完全なる閑話です。
 後、とても長いのでお気を付けを。

 ……まぁ次回作は毎話この文字数で行こうと思ってますけど……。

 ではどうぞ!


 "衝撃的な出来事が重なり過ぎて、ある一つの事柄を忘れてしまう"

 

 ーー誰しも一度は、こんな経験があるのではないだろうか。

 

 例えば……学習塾で宿題が出されていたが試験勉強が忙しく、そちらをこなしているうちにそれを忘れてしまう。

 例えば……喧嘩をして家に帰ると家族によるサプライズパーティ開かれていて、驚きと楽しさに乗せられて怒りを忘れてしまう。

 何らかのきっかけで浮かれていた気分が、その後の大量の不運ーー足の小指を箪笥にぶつけたりーーによって一気に忘れてしまう、何てこともあるかもしれない。

 

 兎も角、小さな事柄が、他の事柄の数に訴えた圧力で消え去ってしまう、という状況の事だ。

 これは案外、記憶を持つ生物なら大抵当てはめる事のできるシチュエーションである。

 何せ記憶は、忘れていくものだから。

 とどのつまり何が言いたいのかというとーー。

 

 

「ね、双也。 今まで忘れてしまっていたのだけど……」

 

 

 どれだけ優れた妖怪だろうと、"忘れるものは忘れてしまう"という事だ。

 

「いや忘れるなよ」

 

「仕方ないじゃない。 いろいろな事が起き過ぎたのよ。

 異変は起こるし、あなたは神界へ行ってしまうし。 後回しにしているうちに忘れてしまったの」

 

 ーーと、何処となく言い訳に聞こえる言葉を放ったのは、双也の向かい側に座る紫だった。

 ここは魔法の森奥地にある双也宅。

 今は丁度、朝起きて朝食をとっているところであった。

 朝から双也を訪ねてきた紫は、ご飯や味噌汁の置いてある卓袱台を挟んで、そう話を切り出した。

 

「んで、何を忘れてたんだ?」

 

「ええ、実はね、随分前にある人が"あなたの事を知りたい"って言い出したのよ。

 さっきも言った通り、私もあなたも忙しかったから、その時は空返事で済ませてしまったのだけど、今なら色々と落ち着いているし、その用事を済ませてもらおうかと思って」

 

「ふーん……」

 

 ーー物好きもいるものだな。

 返事を返す心の内で、双也はポツリとそう思った。

 双也は長らく幻想郷で暮らしているが、彼の事を進んで知ろうとする者は今までいなかった。

 人里の人間に至っては、"神薙 双也がどんな姿をしているか"何て事も余り知られていないくらいだ。

 勿論、彼自身と触れ合っている内に情報を得、結果尋ねる必要がなくなってしまった者は少なからずいる。

 だがしかし、そうは言っても、彼は幻想郷でも名だけは知れている。

 地底に居ようと彼の噂を知っていたお燐が良い例である。

 しかしそれでも、"そういう者"はいなかった。

 故に、特に深く考えた訳ではなくとも、双也がそんな感想を抱くのも当然と言えば当然の事であった。

 

「まぁ、俺の事を話すくらい何て事ないけど……。 どうすれば良い?」

 

「そうね……私もこれから用があるし、霊那のところへ向かってもらえるかしら」

 

「……もしかして、人間の里か?」

 

 尋ねる双也に、紫は少しだけ申し訳なさそうな表情を向ける。

 返ってきたのは、小さな頷きだけだった。

 

「霊那に会ったら、こう伝えて頂戴」

 

 

 稗田 阿求(ひえだのあきゅう)に用があるーーと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーという訳で。

 紫の言いつけ通り、俺は人間の里に住む霊那を訪ねた。

 彼女にも一応話が通してあるらしく、恐ろしくスムーズに話が進んだ。

 相変わらず仕事が早い。 いや、話が早いな。

 

 元々避けていた場所だし、件の異変で更に足が遠退いた人里だけど、紫に頼まれたんじゃ仕方ない。

 現在、俺は霊那先導の下、稗田家を目指して里を歩いていた。

 

「それにしても、意外ですね」

 

 チラとこちらに目を向け、霊那は唐突にそう言った。

 それは一体どっちの事を言ってるんだ?

 俺が阿求に呼ばれた事? それとも俺が人里まで来た事?

 

「えっと、何が?」

 

「今まで双也さんが、阿求さんに呼ばれていなかった事が、ですよ」

 

 よ、呼ばれていなかった事…?

 見事に予想の中間をぶっちぎったな…。

 まぁ、それは兎も角として。

 何だか、呼ばれているのが当然とでも言いたげな口振りだ。

 そう言えば、稗田 阿求って何処か聞いた事あるような……?

 

「意外な事か? 俺だって別に、人里の人間とそこまで親しい訳じゃないぞ?」

 

「親しさなんて関係ありませんよ。

 ただ、双也さんはこの幻想郷の歴史に残るべき人なのに、随分今更だなって思っただけです」

 

「……歴史?」

 

 もう一度ちらとこちらを見遣った霊那は、少しだけ微笑んでいた。

 歴史ね……幻想郷の歴史って言うと、思い浮かぶのは"幻想郷縁起"だ。

 この世界の主要な人妖神と、場所などが記された歴史書だ。 確か、紫や霊那、柊華さえ載っていたはず。

 

 ーーってまさか。

 

「えっと……稗田 阿求って、もしかして幻想郷縁起の……?」

 

「? はい、編纂者の事です。

 え、知らなかったんですか?」

 

「…………いや、知ってたぞ? 知ってたけども」

 

「?」

 

 正直に言おう。 知らなかった。

 っつーか忘れてたんだ。

 幻想郷に暮らしている為、幻想郷縁起自体の話は前から聞いていた。

 がしかし、だ。

 あまり長く名前を聞いていないと、どうしても忘れてしまうのが人の脳という奴だ。

 いつの間にか、稗田 阿求という編纂者すら忘れてしまっていたらしい。

 確か五十年くらい前までは覚えてた気がするんだが……。

 っていうか、なんで幻想郷縁起と阿求をワンセットで覚えていなかったのか。 今更ながら、俺の頭はどっかおかしいのだろうか。

 

「ーーまぁ、それは兎も角として」

 

 考え事に耽っている俺に、霊那の呆れたような声が掛けられた。

 思い返せば確かに話が脱線し掛けていたな。

 ーーどうでも良いけど霊那、その溜め息は傷付くからやめて欲しいな。

 

「聞かれた事には正直に答えるんですよ? 嘘はダメです」

 

「隠し事は?」

 

「アリです」

 

 アリなのか。

 まぁ、そういうのはプライバシー面を考えても当然か。

 こちらとしても、無駄にシリアスな話をして向こうを困らせるのは気分的によろしくない。

 "人には隠したい話"なんてのは、得てして周りの気分を沈ませるものだ。

 

 そうしてしばらく歩き続け、俺たちはある大きな家の前に辿り着いた。

 もう霊那に言われなくても分かる。

 この大家が、稗田家だろう。

 ……本当にデカイな。 ウチの五倍以上あるんじゃないだろうか。 色々と。

 

「さ、行きますよ」

 

 霊那に促され、俺達はその敷地へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日は良い日になりそうです。

 

 ……唐突でしょうか。

 でも、私にとってコレは、随分前から楽しみにしていた事なのです。

 やっとの事で紫さんに許しを貰ったのも、既に半年以上前の事でしょうか……。

 それまでも何度か頼みはしていたのですが、その時漸く許してくれたのです。

 即ち、幻想郷の天罰神様ーー神薙 双也さんについて。

 

 私、稗田 阿求はこの世界の歴史を纏めています。

 正確には"私達"……九代にまで続く御阿礼(みあれ)の子達なのですが。

 まぁそれはこの際置いておきましょう。

 今代は私。 それが全てです。

 というより、先代も先々代もその前の代もずっと初代の生まれ変わりなので、詰まるところ全て私なのですが。

 まぁそれもそこらに置いておきましょう。

 私は私。 それが全てなんです。

 

 さて、そんな訳で。

 今日は待ち侘びた日です。

 この話の事は、紫さんの口から双也さんに伝えてくれるそうなので、もうすぐいらっしゃる筈ですね。

 もうお話を聞く準備は出来ているので、後私に出来る事は、若干そわそわしているこの胸を鎮める事くらいです。

 一体どんなお話を聞けるのでしょうか?

 っとその前に、どんな人なのかを想像する方が先ですね。

 人柄を把握する事は、他人の性質を紙に纏めていく私には必要不可欠な事ですし。

 

「(……と言っても、如何せん情報が少ないんですよねぇ)」

 

 火のない所に煙は立たないーーとは少し違いますが、元となる情報がなければ想像も何もありません。

 双也さんは大分昔から幻想郷にいるそうですが、何故か人里には彼と交流のある人が居ないんですよねぇ。

 その御名は知られているのですが、彼の外見を知る人が居ません。

 だから仮に彼とすれ違っても分からず、人里の人間には会話する機会が与えられない、という事です。

 先代博麗の巫女である博麗 霊那さんや、彼女の友人でもある上白沢 慧音先生はお知り合いのようですが、余り彼の事を話そうとはしません。

 ……というより、人里で会話に出す事を避けている?

 偶に、そう感じる事もあります。

 

 もしかしたら、案外シャイな人なのかもしれませんね。

 

 だから普段から人里には顔を出さず、いつの間にか人間の知り合いが居なくなってしまったのかも知れません。

 うん、そう考えた方が幾分か自然です。

 

 そうですねぇ、後は……あまり怖い人でないと良いのですが。

 何せ私も女の子です。

 女の子にとって男性の方は、憧れもある反面恐怖の対象でもありますから、やはりそこら辺の不安は残ってしまうというか。

 怒らせるような事は訊かない様に、注意して臨みましょうか。

 普段から気を付けてはいる事なので、大丈夫とは思いますが、念の為です。

 何せ双也さんは天罰神、ですからね。

 "怒らせたら怖い人"筆頭です。

 

「阿求様」

 

 襖の向こうから、私を呼ぶ声が聞こえました。

 この大き過ぎる家の管理をしてくれている、侍従の方です。

 どうやら、いらっしゃったみたいですね。

 

「博麗 霊那様がお見えです」

 

「側にもう一人居ませんでしたか?」

 

「はい。 少年が一人」

 

 少年? はて、早速想像を凌駕してきましたね。

 天罰神と言うからにはもっとこう……厳つい感じの方かと思っていました。

 これは偏見と言う他無いのですけど。

 でもまぁ、双也さんで間違いないですよね。

 時間も丁度ですし。

 

「お二人共、こちらへ通して下さい。 心配無いと思いますけど、無礼の無いように」

 

「承りました」

 

 さてさて、楽しみですね。

 墨汁を擦り直す自分の手が、心が躍っている現れの様にも見えました。

 

 

 

 

 

 さて、そういう訳で二人を招き入れた私の私室。

 活け花や掛け軸、そして筆諸々が置かれている机が、質素に彩っている八畳間の落ち着いた部屋です。

 お二人には、簡単にお茶と菓子をお出ししました。

 部屋の広さ的に、何処か収まりの良い形になっていますね。 いや、どうでも良い事なのですけど。

 

 私から見て、左手。

 毛先が少しだけ灰色をした髪の、黒い外衣を纏った少年ーー見たところ本当に十代後半の少年に見えますーーが、双也さん。

 その傍らには、座る時に脱いだ一振りの刀が置いてあります。

 そして右手。

 そちらには言わずもがな、巫女服ではなく着物を身に纏った、霊那さんが座っています。

 こうして見ると、何だか親子みたいですね。

 いやいや、彼女の子が霊夢さんだという事は、承知の上なのですが。

 

 ーーまぁ、何はともあれ、そろそろ始めましょうかね。

 

「改めて、私は稗田 阿求と申します。

 この度は私の申し出に応えて頂き、有難うございます」

 

 礼儀は何よりも大事。

 お二人に向けて、心からの感謝です。

 

「えっと……知ってるだろうけど、俺は神薙 双也だ。 よろしく。

 ……次いでだけど、あんまりかしこまらないで欲しい。 苦手なんだ、そういうの」

 

「……では、堅苦しい敬語は外しますね、双也さん」

 

「うん? それがデフォルト……?

 ……まぁいいや」

 

 はい、デフォルトです。

 私、敬語しか使わないのです。

 

「私は……いりますか?」

 

「「いりませんね(いらないだろ)」」

 

「ですよね……」

 

 霊那さんが自己紹介する意味なんて今更ありません。

 私はもう既に知り合っていますし、見た感じだと双也さんとも親しいようですしね。

 聞きたい事は山ほどあります。

 時間短縮もマメにしておかなければ。

 

「では、簡潔に挨拶も済ませた事ですし、始めましょう。

 幻想郷縁起を纏めるに当たって、双也さんには私の質問に答えて貰います。

 勿論、言いたくない事は言わなくて結構ですが、嘘だけはやめて下さいね?」

 

「分かってるよ。 ここに来る時霊那にも言われたからな」

 

「ならば良し。 どうぞ身構えずに、茶菓子でも摘みながら気楽にお答え下さい。

 では早速、一つ目ですーー」

 

 さぁ、待ちに待った時間の始まりですよ!

 

 

 

 

 

 

 

「ふむふむ、成る程。 最近はしたい事をしていると」

 

「ああ。 特にする事も無いんでな。 ここの人間は悪さしないし、実に平和だよ」

 

 どれ位時間が経ったのか、私にはよく分かりません。

 ただ漠然と、"ちょっとお腹が空いてきたなぁ"と思う位です。

 それ程ーー時間を忘れてしまう程、双也さんのお話は興味深いものでした。

 

 長く生きれば、相応に知識は溜まっていきます。

 実は私が興味深いと思ったのはそこなのです。

 双也さんは億に及ぶ時を生きてきた天罰神ーー本当は現人神と言うらしいですーー。 その知識量は当然、私如きが計り知れるものではありません。

 想像出来ないならば、本人から聞いてやろう、と。

 

 特に、幻想郷が出来る以前のお話は実に勉強になりました。

 当時の妖怪や、人々の暮らしや……後は、災害のお話なんて物もありましたね。

 双也さんは知識の宝庫です。

 

 あいや、ちゃんと双也さん自身の事も尋ねましたよ? むしろそれが今日の目的なんですから。

 大なり小なり、話が脱線する事は間々あっても、目的を忘れたりはしません。

 そもそも"忘れない"という能力ですし。

 

 その点のお話を聞いていてひしと思ったのは、"絶対に双也さんを怒らせてはいけない"という事ですかね。

 彼の能力や、霊力や……その他諸々の事情を聞いていると、そう思わずにはいられませんでした。

 この事は、幻想郷縁起にも是非書いておきましょう。

 

「あと、何か質問はあるか?」

 

「そうですねぇ……」

 

 何かあるでしょうか?

 彼自身の事は大体聞き終わりましたし、後は……

 

「あ、そう言えば気になっていたんですが」

 

 一つだけ、思い浮かぶ疑問が見つかりました。

 ここでお話を終わらせたら次にいつ会えるのか分かりません。

 次いでですから、今訊いておきましょう。

 

「紫さんとは、どういったご関係で?」

 

 私がこの取材を頼んだ時、紫さんはやけに双也さんと親しい雰囲気でした。

 勿論、彼女が双也さんの事を知っている前提で頼んだ事ではあるのですが、それはあくまで"この幻想郷を管理している方だから"、という理由です。 そこに他意はありませんでした。

 そうしたら、どうでしょう。

 紫さんも双也さんも、お互いあまりにも親しげじゃありませんか。

 気になるのも仕方ない事だと思います。

 双也さんは、"それが来たか"と言いたげな表情でゆっくりと口を開きました。

 

「うーん、一言でいうなら……弟子兼恋人、だな」

 

「弟子兼……恋人?」

 

「ああ、恋人だ。 ……なんだ、変か?」

 

「い、いえ、変っていうか……」

 

 意外。 驚愕。 それらの言葉しか当てはまりませんね……。

 あまり大仰に驚くとはしたないので平静を装ってはいますが、心の内では相当に驚愕しています。

 所謂ポーカーフェイスというヤツです。

 だ、だって、恋人……ですよ?

 最強の妖怪と言われるあの紫さんと……ですよ!?

 そりゃ、驚く意外に心の選択肢などありましょうか。

 いいえ。 ありません。 これは言い切れます。

 幻想郷に住む者なら、当然の反応です。

 無論、お似合いではあります。

 お二人とも整った顔をしていますし、怒らない限りは実に穏やかな雰囲気のお二人ですし。

 それらの点に関しては、最早理想的ですらあります。

 ですが、やはり。

 踏み込むつもりは毛頭ありませんが、少々経緯に興味が湧いてきました。

 

 というか、聞けば聞くほど規格外ですね、この人は。

 本当に何から何まで予想の遥か上で……若干気疲れすらしてきますよ。

 そんな事を思い浮かべていると、何処か虚空を見つめた双也さんが、感慨深そうな声音で話し始めました。

 

「紫はな、俺の全部を理解してくれてるんだ。 本当に全部を。

 その上で、あいつは俺に愛をくれる。 だから俺もあいつを理解して、愛してるんだよ」

 

「は、はぁ……」

 

「双也さん……師匠との惚気話ならまた今度にして下さい……」

 

 な、何だかスケールが大きく感じますね。

 "全部を理解してくれている"なんて、生半可な愛では語れませんよ。

 二人の間で、これまでの長い時間の内に何があったのかは分かりませんが、きっと沢山の出来事を経て着実に絆を深めていったんでしょうね。

 でなければ、こんな嬉しそうな表情で語る事なんて出来ませんよ。

 まぁ、それだけお互いに信頼しているという事なんでしょうけどね。

 少しだけ羨ましいです。

 

 ーーさて、この話も霊那さんに打ち切られてしまった事ですし、大体全てを聞き終わりましたね。

 いやぁ本当に、双也さんには始終驚かされてばかりでした。

 能力と刀の事を聞いた時には戦慄すらしましたね。

 私もある程度の数妖怪の取材をして、彼らの視点や価値観も多少は理解しているつもりです。

 ーー理解しているからこそ、双也さんの規格外さが人間の私にも良く理解出来ました。

 能力は反則級、ですね。

 文句の付けようのないほどです。

 今まで沢山の能力を見て聞いてきましたが、これ程世の理屈を捻じ曲げられる能力は見た事がありません。

 しかも能力を幾つか持っていると言うから驚き。

 これは、書く事に困らなそうです。

 筆が進みますね。

 あ、でも如何してか、今現在は"罪人を超越する程度の能力"とやらは使えない様です。

 そこら辺の理由は不自然なくらいにはぐらかされてしまいましたが、どうしたんでしょう?

 霊那さんも何処か素っ気なかったですし……。

 ……ふむ、これは書かない方が良さそうですね。

 彼の"それ"が、この世界の抑止力にもなっているのでしょうし。

 

 ーーとまぁそんな感じに。

 約半日と少しの間でしょうか。

 間に幾つもの雑談を挟みながら、双也さんの取材は終了しました。

 質問に答える次いでに、双也さんは他のいろいろな事も話してくれたので、実に取材し易かったですね。

 

「それでは、本日は本当に有難うございました。

 これで幻想郷縁起を書き進められます」

 

「ああ、どういたしまして。

 また何かあったら呼んでくれ。

 俺に出来る事なら、力になるから」

 

「あ、有難うございます。 そうさせてもらいますね。

 ーーところで、一つ相談があるのですが……」

 

 取材の終わりを告げた手前ですが、次いでだから相談してしまいましょう。

 正直、一人でこれを考えるのも意外と骨が折れるのです。

 

二つ名(・・・)……何か提案はありますか?」

 

 二つ名。

 それは、その人の性質や本質を表した呼び名です。

 幻想郷縁起に纏める際には、本名の横に必ずこれを入れる様にしています。

 あった方が、読む方は理解し易いですからね。

 読み手の事を考えるのは、書き手の基本です。

 

「二つ名かぁ……今までは……なんて呼ばれてたっけ?」

 

「ふむ……昔、師匠が何となく口走ったのを聞いた事がありますね。

 確か……"断ち繋ぐ最古の現人神"だとか」

 

「おぉ……あいつそんな事考えてたのか」

 

「ああ、良いですねその二つ名。

 まさに双也さんの性質を表していると思います」

 

「ですが、それをそのまま、と言うのも何処か引っ掛かりますよね」

 

 その通り。

 引っ掛かるのは勿論の事、それは言わば昔の名というヤツです。

 今の双也さんを記すのですから、今の二つ名でないといけません。

 となると……。

 

「俺のことを表す言葉なら、罪とか罰とかだと思う。

 自分で言うのもなんだけどさ」

 

「そうですね。 私もそれを考えていました。 そうなると……」

 

「あ、思い付きました」

 

「「えっ」」

 

 相談しておいて何ですけど、なんだかあっさりと思い浮かびました。

 恐らくキーワードを聞いたからでしょうね。

 双也さんを表すなら罪とか罰……言い得て妙です。 確かに、それ以上に彼を表す言葉が見つかりません。

 

 なのでそれにちょっと付け足してーーさらさらっと。

 

 思い付いた言葉を並べて、文字で繋いで。

 私は、頭に浮かんだその二つ名を紙に描きました。

 

「……ほう」

 

「成る程、ですね」

 

「じゃあ、これで決まりです!」

 

 お二人共、感心した様に頷いてくれました。 お気に召した様です。

 

 幻想郷縁起に書き記す、神薙 双也さんの二つ名。

 それはーー

 

 

 

 ーー罪、罰、そして絆の神様

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…! やっと書き終わりました……!」

 

 双也さん達との会談から、暫く。

 外はもう真っ暗です。

 あれからもう少しだけお話をして、お二人はおやつを食べてから帰りました。

 あれからも面白いお話が沢山聞けたので、とても充実した時間だったと言えるでしょう。

 今思えば、霊那さんも双也さんとはどういったご関係なのでしょう?

 あまりに会話が自然だったもので、今更になって疑問が浮かびます。

 

「(霊那さんの師匠は紫さん……そして紫さんの師匠は双也さん……と)」

 

 ……なんでしょう、この関係。

 上には上がいる、と言う言葉を体系化したかの様な状態ですね。

 じゃあもしかして、霊那さんも間接的に双也さんの弟子、という事でしょうか?

 師弟関係の常識など私には分からないので何とも言えませんが、その手の繋がりで知り合いだという可能性もない事はないですね。

 

「やっぱり不思議な人ですねぇ……」

 

 いやぁ、本当に。

 

 さて、仕上げです。

 間違いがないかの見直しです。

 何事にも見直しは大切ですからね。 況してや多くの人の目に触れるものであれば尚更。

 机に広げてある紙を、そっと手に取りました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(〜罪、罰、そして絆の神様〜)

 神薙 双也

 

 能力 : 繋がりを操る程度の能力

    鬼道を操る程度の能力

    罪人を超越する程度の能力

    力を抑える程度の能力

 種族 : 現人神

 人間友好度 : 低

 危険度 : 低

 主な活動場所 : 幻想郷全土 (人間の里には低頻度)

 

 遥か昔、一億年以上前から生きている、人間と天罰神の両面を持った現人神。

 尚、同じ現人神の東風谷 早苗との関連性は不明。

 人間友好度は低であるが、妖怪や人外との友好度は極高。

 永きに渡る生と修行により、完全開放するだけで星を揺らす程の強大な霊力を持ち、またそれを完全に扱い切る技巧を身に付けている。

 嘗て、月にてそれを行い、大騒ぎになった事があるそうだ。

 なので、例え弾幕勝負であっても生半可な気持ちで戦いを挑むのはお勧めしない。 瞬く間に滅多撃ちにされてしまうだろう。

 因みに、普段は霊力を極々少量に抑えているそうだ。

 

 天罰神とは、その名の通り人間や妖怪、生のあるものの罪に対して罰を下す神様である。

 その程度は罪の大きさによって決まり、軽ければ拳骨程度、重ければ死、と幅広い基準がある。

 半身ではあるが彼もその一人。

 罪の内容や重さはその天罰神の一存で決まるが、彼の基準はただ一つ。

 生き物を大切にしているかどうか、である。

 基本的に穏やかな性格で、滅多な事では怒ったりしないが、誰かを蔑ろにする発言や行動には敏感。

 本質の一つが天罰神なので、彼の前で、彼を怒らせる様な行為は絶対にしてはいけない。

 したが最後、キツい天罰が下る事だろう。

 

 人里には滅多に現れないので、彼に何かしてもらいたい時や、悪い人をやっつけてもらいたい時は里の外へ行く必要がある。 しかし、それは人間にとっては危険だ。

 なので、彼に何かを頼みたい時は先代の巫女に伝えると良いだろう。

 彼女とは親しい間柄なので、伝えておけばきっと頼みを聞いてくれるはずだ。

 

 因みに、彼は意外な程人間味のある人物なので、無視されたり怯えられたりすると傷付くそうだ。

 なので、仮に道ですれ違ったりしたら気さくに挨拶をしてあげよう。

 普段から優しい人物なので、快く挨拶を返してくれるだろう。

 

《太刀》

 彼の特徴といえば、それは間違いなく腰から下げた刀だろう。

 今時幻想郷でも刀は珍しく、鍛冶屋はあっても刀鍛冶は居ないのが現状だ。

 故に、彼の特徴として十分と言える。

 この刀の銘は"天御雷"。

 千年以上も昔に彼自身が鍛えた刀だそうだが、不思議と傷は一つとしてない。

 刀身を見せてもらったが、息を呑むほどに美しい透き通った蒼色をしていた。

 これは、彼がこの刀を鍛える際に霊力を流し続けた結果現れた色らしい。

 茎に貼ってある能力を発動しやすくする為だそうで、戦闘がグッと楽になるらしい。

 どうか、その刀を向ける相手が人間でない事を祈りたい。

 

《対処法》

 基本的に対処法は必要ない。

 というより、用意した所で強さの次元が違うので全く意味が無い。

 彼の逆鱗に触れてしまった場合は、無駄に抵抗せず潔く罪を認めよう。

 もしかしたら、それで罰が多少軽くなるかもしれない。

 補足だが、彼と仲良くなりたいのなら、気軽に話しかけると良いだろう。

 人間の里で見かける事は余りないが、一度話しかけてみれば結構話しやすい人だという事に気が付くはずだ。

 一億年生きていると言っても、外見や中身はまるきり少年のそれなので、気軽に話しかけ、気軽に接して、仲を深めてみると良いだろう。

 きっと良い友になるはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーふむ、大丈夫そうですね。

 書いてはいけない事は書いていないし、私が思った事は全て書けています。

 これで、完成としましょう。

 ふぅ……これでまた一頁、歴史が増えました。

 

「はぁ……」

 

 ふと、目の疲れを癒す為に外へと目を向けます。

 窓から満月が見えました。

 一つとして欠けていない大きな月です。

 こうして幻想的な風景をジッと見つめると私はいつも同じ感想が心に浮かびます。

 紛れもないその本心が、そして口から漏れてしまう。

 ーーほら、今も、喉から勝手に。

 

 

「色々な人妖神。 本当に……幻想郷は、不思議で魅力的な場所ですね」

 

 

 私の呟きは、満天の星空に溶けていく様でした。

 

 

 

 

 




 今後の方針として、最終章までを閑話風味に書いていこうと思います。

 今更ハイボリュームの油ぎっしりは読んでいても辛いと思うので。

ではでは。


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第百八十話 空を飛ぶのは……?

もうすぐ貫禄の二百話ですねぇ。
この調子だと、完結には二百二十くらい必要ですかね(笑)

ではどうぞ。


「はぁ? UFOが飛んでる?」

 

「そうなんです! そこら中にですよ!?」

 

 若々しい木の葉と共に、爽やかな風が流れている。

 ふわりと暖かい風は、幻想郷に春の到来を告げていた。

 ここ、魔法の森も例外ではない。

 常にジメッとしている空気も、吹き抜ける風を感じるには程良いファクターと化している。

 

 そんな春先、魔法の森に居を構える双也の家では、ある問答が繰り広げられていた。

 

「あのなぁ、いくら漫画が好きだからって現実に投影しちゃいけないだろ。

 それじゃお前、ホントにオタクって言われるぞ?」

 

「そんな事してませんよ! そもそも現実に投影なんて低レベルな事この私がするワケーーって何言わせるんですかっ!」

 

「……わぁお、酷いカミングアウトを見た……」

 

 顔を真っ赤にする早苗を前に、双也は呆れた様な苦笑いを零す。

 それは何も、早苗が予想以上の漫画好き(・・・・)である事だけではなかった。

 今はまだ春になったばかりーー日付的にも卯月の初め。

 外の世界では学校で新年が明けるめでたい時期だというのに、双也の耳に最初に入ってきた話題が、まさかの"UFOを見た!"なのだ。

 

 そりゃ、双也だって嘆きたくもなる。

 何故こんな時期にそんなゴシップを聞かなければならないのかと。

 

「大体UFOを本当に見たとして、それをどうしようってんだ?」

 

「どうも何も、異変ですよコレは!

 異変ならば解決して然るべきです!  同じ巫女の霊夢さんだってきっと動くはずですよ!」

 

「……まぁ霊夢がUFOだって分かってるならそうかもしれないけど……」

 

 参ったなぁ……。

 双也はカリカリと頭を掻いた。

 早苗の剣幕は中々激しいものである。

 それが異変に対して多少なりとも怒っているからなのか、はたまたUFOという未知との出会いに興奮しているだけなのかは定かでないが、少なくとも面倒事に巻き込まれかけているのは確かだった。

 

「そういう訳で、私と同じ元外来人で現人神の双也さんに協力してもらいたいんです!

 他の人にUFOがぁ〜って言ってもよく分からないんですよ!」

 

 ーーおまけにこの始末である。

 この時点で、双也は若干の気疲れを起こしていた。

 

「……なぁ紫、どう思う?」

 

 考える事を億劫に感じた双也は、茶の間でお茶を啜っている紫に判断を仰いだ。

 彼女もそれを予想していたのか、静かに湯呑みを卓袱台に置くと、少し微笑んでこう言った。

 

「良いんじゃないかしら?

 こう言っては何だけど、あなたが解決に向かってくれるなら余計な心配をせずに済むわ」

 

「……マジか」

 

「じゃあ決まりです! 早速行きましょう!」

 

 紫の返答に、早苗の勢いは更に増した。

 満面の笑みでグイッと彼の手を掴むと、引っ張る形で足を進める。

 半ば引き摺られる様に玄関へ向かう双也には、柔和に微笑む紫の姿が見えた。

 

「い、行ってきま〜す……」

 

「行ってらっしゃい。 困ったら呼んで頂戴ね」

 

 はぁ、今日は紫とのんびりしようと

思ってたのに……。

 そんな心の呟きは、溜息となって外へと放たれた。

 

 

 

 

 

 そんな経緯を経て、二人は上空を飛んでいた。

 異変の影響は毎度の如く、既に妖精達は何かしらの興奮を得て二人を攻撃してきていた。

 だがしかし、正直に言って、今更そんな攻撃は何の妨害にもなりはしない。

 半分と言えど神に類する二人である。 妖精の攻撃など、埃を払う様にあしらえるのだ。

 そうして難なく妖精の波を退けると、双也は一息を吐いて立ち止まった。

 

「で、どうするんだ? 手掛かりとかは?」

 

「う〜ん、そんなのはありませんが取り敢えず……あ、ありました!」

 

 何かを見つけた様に早苗はふわりと上昇すると、その"何か"を掴んで双也の下へと戻って来た。

 訝しげな表情をする双也に、早苗は笑って両手を開く。

 

「先ずは実物から見てみましょう!

 これが件のUFOです!」

 

「……??」

 

 早苗が捕らえてきたのは、緑色をした小さなUFOだった。

 正確に言うと、黄緑色をした小さな円盤の様なもの。

 確かにそれは、外界人で言うところのUFOに近い形状であり、また時代の遅れた幻想郷に住む者達には中々分かり得ない物である。

 

 ーーしかし、実物確認のつもりで見せたUFOを目にしても、双也の表情は釈然としていない様だった。

 その光景に不思議そうな表情をする早苗をちらと見やり、双也は首を傾げながら口を開く。

 

「コレが……UFO?

 少なくとも俺の知ってるUFOとは全然違うな……」

 

「……え?」

 

「だってコレ……ただの木片じゃないか(・・・・・・・・・・)

 

 早苗は一瞬、口を開けたまま硬直した。

 いやだって、こんなにUFOの形をしているのに?

 これをUFOと呼ばずにどう呼ぶというのか?

 予想外な意見の相違に早苗が目をパチクリさせる中、双也は再度深く考え始めていた。

 

「ん……? こんな現象、前に何処かで……」

 

 古い記憶の中で、何処かに引っ掛かりがある。

 それは漠然としながらも、確定付けるには十分な違和感だった。

 "俺は何処かでこんな現象を見たことがある"

 

 深い記憶の中を探っている内、双也はいつの間にか、周囲を妖精達に囲まれていることに気が付いた。

 

「双也さん、とりあえず考えるのは後にしましょう」

 

「……そうだな」

 

 考える事を一先ず止め、刀を引き抜いた。

 残る剣跡が蒼く煌めき、同時に霊力が溢れ出す。

 

「チャチャッと、ケリをつけよう」

 

「はいっ!」

 

 二人それぞれの指の間で、スペルカードが輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(はぁ〜……綺麗なのは良いけれど……)」

 

 桜の舞い散る博麗神社。

 毎年の如く吹雪となって降り注ぐ花びらは、当然霊夢に掃除という職務を押し付けている。

 

 現在は誰もいない神社では、一人それを嘆くのも逆に寂しくなるというものである。

 内心では面倒だ面倒だと喚きながら、霊夢は黙々と職務に勤しんでいた。

 

 ーーそんな折。

 

「……ん? この霊力……双也にぃ?」

 

 ふと、流れる風に乗って霊力を感じ取った。

 最早感じ慣れ果てた霊力ではあったが、それは普段とは少しだけ感覚が違った。

 そう、これはーー

 

「双也にぃ……戦ってるの?」

 

 優しいふわりとした霊力ではなく、何処かピリリとした尖った霊力。

 彼に限らず、誰であろうと敵意を表せば力はそうなる。

 双也もその例に漏れず、たった今彼の霊力は尖っていた。

 ーー当然、全力には程遠い様だったが。

 

「珍しいわね……」

 

 何がってそりゃ、大勢で双也に挑む輩がいた事が、だ。

 双也が戦う事自体は特に珍しくはない。

 彼から挑む事は滅多にないが、彼が能力の制御に成功してからは、氷の妖精とか魔理沙とか、主に力試し感覚で彼に挑む者は多少居るし、彼もそれを拒まない。

 かく言う霊夢も、紫に修行がどうのと言われた際には相手をしてもらったりしていた。

 ーーまぁ当然、惨敗だった訳だが。

 

 しかし、今回はどうやら違う。

 相手が数人……いや、数十人単位で戦っているらしいのだ。

 まるで、異変の時の様に(・・・・・・・)

 

「……少し、警戒はしておいた方が良いかもね……」

 

 呟き、暗示の様にして気を少しばかり引き締めた。

 異変なのか分からない以上、下手に動く事はできないのだ。

 勿論、異変と分かっていれば急いで解決に向かうべきなのだが、何事も無いのに博麗の巫女が動くという事は、無用な不安と混乱を招く可能性もあるという事と同義だ。

 それを幻想郷はーー紫は望まない。

 少なくとも、何の理由も無しに乗り出す事は。

 

「(はぁ……お茶、飲んでいたいんだけどなぁ……)」

 

 彼女が魔理沙によって異変を確信するのは、もう少しだけ後の事ーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……あ、相変わらずの規格外さですね、双也さん……」

 

「言ったろ? チャチャッと終わらせようってさ」

 

 上空。

 先程まで(さか)っていた妖精達は一匹たりともそこには居らず、肩で息をする早苗と涼しい顔で刀を鞘に収める双也の姿だけがあった。

 

 妖精の大群は波の様に押し寄せてきたが、二人ーー主に双也ーーの弾幕と剣戟の前に軽く捻り潰され、呆気なく落ちて行ったのだった。

 弾幕勝負に少々不慣れなだけあり、また先程よりも大分量が多かった為、早苗はかなり苦しそうである。

 

「お、同じ現人神なのにここまで違うなんて……ちょっと悔しいです……」

 

「……いや、悔やむ事じゃなくね……?」

 

 俺が異常なだけじゃないか?

 ゼェゼェと息をする早苗をの言葉に、双也はふとそう思った。

 むしろ、早苗の方が現人神としては正しい姿なのだ。

 "神として力は強く、しかし人間の範疇を超えない領域"

 双也が他を超越しすぎてしまったのは、成る程、そう考えれば確かに彼が(・・)異常なのである。

 勿論、それは今更過ぎる話ではあるが。

 

「……さて、じゃあこれからどうするか……」

 

「そうですね……」

 

 早苗の息が整ったのを見計らい、周囲を見回しながら双也は独り言の様に呟いた。

 最早手掛かりは無し。

 先程双也の感じた違和感の正体も、結局思い出せず終いである。

 

 ーーそう都合よく記憶が蘇ったりはしないしなぁ。

 

 内心で、湧き上がってこない自身の原作知識に悪態付く。

 仕方のない事、と割り切っていても、やはり"覚えていればどれだけ楽だったか"なんて無意味な想像はしてしまう。

 双也は、他でもない自分自身に対して、小さく溜め息を零した。

 

 ーーその、直後の事だった。

 

「……? 辺りが暗く……っ!?」

 

「な、何ですか……これ!?」

 

 不意に辺りが暗くなる。

 それは、太陽が雲に隠れるのと同じ様に何の音も前触れもなく、ごく自然に落とされた影だった。

 

 しかし、どうもおかしい。

 

 何せ影は、一部にしか落ちていないのだ。

 雲に隠れたならば、少なくとも今の十倍は広く影になるだろう。

 森なんてすっぽり入るだろうし、人里なんかは言わずもがな。

 

 ーーならば、なんだ?

 

 見上げた二人は、その影の主を視界に捉えた。

 

「こりゃあ……船か!?」

 

「船が……飛んでるっ!?」

 

 驚愕する二人の頭上には、一隻の大きな船が悠々と空を飛んでいた。

 

 

 

 

 




というわけで、今回のお供は早苗さん!
ここを逃したら彼女の出番なくなってしまいますからね……。

ではでは。


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第百八十一話 遠慮なんてしてられない

 最近、やっと鈴奈庵を買いました。
 一言だけ感想言わせてもらうと………

 小鈴ちゃん激烈カワイイッ!!!

 ではどうぞ。


 ーー"好奇心とは、何にも勝る原動力である"

 

 ……別に有名な誰かの言葉ではない。 俺の言葉だ。

 でも、俺の言いたい事を伝えるには十分な言葉だと思う。

 

 人を動かすのは、人の気持ちだ。

 それは興味だったり、楽しさだったり、はたまた重圧だったり、憎しみだったり。

 結局の所、人は何か原動力がなければ行動しない……いや、行動出来ないのだ。

 そりゃ、何も感じない奴が行動なんて起こせる筈がない。 何も感じないんだから。

 あまり使いたくない言葉だが、廃人とかが良い例かな。

 

 そして、そんな多彩に存在する"原動力"の中で一番力を持つのが、俺は"好奇心"だと思っている。

 誰しも、自分がやりたくもない事を一生懸命になってやるのは辛いはずだ。 投げ出したくもなるし、実際諦めてしまう事だってある。

 でもそれが、自分のやりたい事だったならば、という話だ。

 

 自分が進んでやりたいと思う事ならば、人は身体が限界を迎えるまで行動する事が出来る。

 例えるならば、マイペースな奴。

 時間にルーズで怠ける時は怠けるが、一度好奇心を刺激されれば抜群の行動力を生んだりする。

 何故か?

 それがそいつのやりたい事だったから。

 

 少々長く話したが、結論を言うとこうだ。

 不可思議すぎて普段なら絶対に行かない様な所でも、興味をそそられればついつい行ってしまう。

 

 そんな有りがちな現象の要因は、人の(さが)に他ならない、という事ーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーなんて弁解を考えてみたんだが、どう思う?」

 

「どうも何も……必要ありますかソレ?」

 

 双也の問い掛けに、早苗は苦笑いで応える。

 その表情は、彼女が暗に"何の話をしているんだコイツは"とでも言っている様にも見えた。

 髪を撫ぜていく風も、虚しい返答をされてしまった双也には何処か冷たく感じた。

 

「……念の為さ。 もし穏便に済ませられるなら、その方がいいだろ?」

 

「……いやいや、穏便になんてそんな、私達の言えるセリフじゃないですよね!?」

 

 

 ーーだって、無断侵入してるんですよっ!?

 

 

 まぁそうだけども。

 双也は早苗の反応に満足したらしく、少しだけ笑って言った。

 

 現在二人は、ある場所に無断で侵入していた。

 これは最早、長々と無駄に答えを焦らす必要すら無いだろう。

 そう、上空で二人の頭上に影を落とした、空を飛ぶ不思議な船である。

 異変解決を目的に行動していた二人としては、当然この船も調査対象に当たるのだ。

 ただそう(・・)は言っても、無断侵入とは、異変の最中には不可抗力的に犯してしまう罪なので、双也にとっては躊躇うまでもない行為だった。

 しかし元現役高校生である早苗には、少々分からない感覚の様である。

 穏便に、なんて言葉も、無断侵入した時点で争い事は避けられないので、全く以って無意味である。

 

「早苗、異変の主犯者、もしくはそいつのいる建物とかに遠慮なんてしてたら、異変解決なんて出来ないぞ?」

 

「うっ……! て、天罰神とは思えない言葉ですね……!」

 

「生憎だな。 俺は今神格化してないからちょっとくらいの悪知恵は働くんだ」

 

 と言われると、早苗は何となく"なんかズルいなぁ"とふとした感想を抱くのだった。

 そしてそんな感情を抱くのと同時に、こんなことを考える。

 何というか、最近の彼は遠慮が無いな、と。

 前からーーとは言っても早苗からすれば一年半という短い期間ーー双也は行動力のある方だった。

 それは勿論、妹である霊夢だって分かっているし、あまり長くは接していない早苗でも知っている事である。

 紫に至っては、それを知らない、なんて事は天地がひっくり返ったってあり得ないだろう。

 

 今はそれに、歯止めが無いというか。

 兎も角早苗には、何となく双也が、これまでにも増して自由に行動している様に見えた。

 自由奔放。 天衣無縫。

 今の双也は、そう形容するのが相応しい。

 

「ーーって、こんな話してる時間は無いな。

 誰か出てくるのを待ってる理由も無いし、さっさと入ろう」

 

「うぅ、分かりました……。

 諏訪子様、神奈子様、どうやら私、悪い子になっちゃったみたいです……」

 

「ンな大袈裟な」

 

 早苗の悲痛な呟きには適当な相槌を返しながら、双也はスタスタと歩いていく。

 ここは言わば甲板。

 降り立ったというだけで、中に入ってはいない。

 そういう意味ではまだ無断侵入ではないが、どちらも早苗には同じ事である。

 少しだけ縮こまりながら、早苗は双也の後に続いて進んでいく。

 

 その後を、青い光の球がスーッと横切る。

 その事に、二人は全く気が付かなかったーー。

 

 

 

 

 

「……人がいないな」

 

「こんなに大きいのに……」

 

 船内へと侵入を果たした二人は、内部を見回しながら歩いていた。

 しかし、如何にも人影が見当たらない。

 大きな船には相応の人出が必要なはずであるが、兎も角二人には、船員(クルー)の一人すら見当たらなかったのだ。

 船内は奇妙な程に静まり返って、歩みを刻む自らの足音すらうるさく感じる。

 そんな内部の様子に、双也はふとした想像を口にした。

 

「……もしかして、無人船?」

 

「……え? む、無人船っ!?」

 

 突然、早苗の声がなけなしの静寂を打ち破った。

 何処か興奮した様なその大音量の声音に、双也は少しだけ肩を跳ねさせて振り返る。

 彼女はどうやら、わなわなと震えている様だった。

 

「もしやコレは、巨大な空中航海自動式戦艦という事ですかっ!?

 幻想郷もいつの間にかそんな技術を……」

 

「いやいやっ、何処からその発想が出てきた!

 確かに河童連中なら実現できるかもしれないけどさ!」

 

 双也自身、欠片の想像もしていなかった早苗の反応に、半ば反射的な返答を返す。

 突然何を言い出したコイツは。

 異変の最中であってもある意味ブレない早苗には、双也も軽く嘆息せざるを得なかった。

 そしてふと考える。

 っていうか、それって何処の戦艦ヤ○ト? あいや、あれは自動船じゃなかったはずだけど。

 ーー勿論これは、内心で呟いた言葉である。

 

「だって、人が誰も居ないのに動いてる巨大戦艦ですよっ!?

 しかもそれが進むのは青い空!

 きっと何処かに武装が隠されていたりするんですっ!!

 分かりますよねこの浪漫!」

 

「いや分かんねーよ」

 

 早苗の興奮冷めやらない様子に、幾分か冷やかな言葉を投げ掛ける双也。

 彼にとっては、こういう状態(・・・・・・)の早苗の相手はお手の物なのだ。

 何せ、前世でだって同じ様に接してきた。

  "船"から"戦艦"にランクアップしているのをスルーしたのも、早苗の扱いを心得ているからである。

 勿論、彼女とのそんな会話を楽しく感じる彼もそこにはいる。

 そして、平行世界でも早苗は早苗なんだな、という妙な安心感に心を浸す彼も、そこにはいた。

 

「いやぁ是非ともこの戦艦の動力部を見てみたいですねっ!

 見ても全然分からないと思いますけど、やっぱりゴツゴツした機械がガシャガシャ動くのはカッコいいですからね!」

 

「知らん。 俺はロボット系見てなかったし」

 

「……………あの〜」

 

「えっ!? じゃあガン○ムとかもですかっ!? 勿体無いですよソレは!! 永遠の名作ですよっ!?」

 

「あー、お前はガン○ム好きだったな、そう言えば。

 でも生憎、俺はB○EAC○派なんだよ。 ロボットはあんまりだな」

 

「ちょっとぉ〜、あなた達ぃ〜?」

 

「B○EAC○? それって双也さんの世界の漫画ですか!?  この世界には無いタイトルですねっ!!」

 

「えっ、そうなのか? てっきり普通にあると思ってたけど。

 ……あー、残念。 お前なら絶対好きになるのに……っていうか前の世界じゃその漫画で二時間以上お前と話せたよ」

 

「………………」

 

 二人の会話は、他ならない二人の予想を超えて盛り上がりを見せた。

 双也ですら、簡単に話を切り上げるつもりがいつの間にかのめり込んでしまっている始末である。

 ミイラ取りがミイラになる、とは正にこの事だ。

 

 話が脱線している事に、二人は清々しいほど気が付かない。

 話の中に入り込んだ人々というのは、周囲から何かしらのアプローチが無ければ得てして気が付かないものである。

 更に言えば、二人の相性などは今更検証の余地などない程に良い。

 時間が経てば話が詰まる、というのも"話が終わる"一つのパターンではあるが、この二人にそれは無いも等しいのだ。

 時間による路線修正は絶望的である。

 故に。

 ミイラ取りは、指摘されなければミイラになった事が分からない。

 況してやこの二人には。

 

 ーーそう、何かしらのアプローチが無ければ。

 

 

 

 

「〜〜っ、良い加減気付きなさいよこの侵入者共ォッ!!」

 

 

 

 

 ゴォッ!!

 広がり続ける無駄話(・・・)を切り裂いて響き渡ったのは、実に意味明朗な怒号であった。

 船内の空気すら震わせたかと思う程のその声は、いつの間にか予期しない盛り上がりを見せた話すらも吹き飛ばし、一瞬で二人の頭を冷やしていく。

 

 ーーああ、また癖が出ちゃいました……。

 

 早苗は。

 

 ーーおっと、ついつい乗っかっちまってたな。

 

 双也は。

 

 唐突に引き戻された二人は、そのまま少しばかり硬直してしまった。

 

「ちゃんと説明してさっさと帰って貰おうと思ってたけど、変更よ!

 話も聞かない失礼な侵入者には、鉄拳が振り下ろられて然るべきだわっ!!」

 

 カチャリ、といった軽い音を聞いて我に返った二人は、息を合わせたようにそちらを振り向く。

 そこには、巨大な雲を背景に二人を睨みつける、頭巾を被った少女が立っていた。

 

「え、えぇと……何ですかあの後ろの?」

 

「さぁな。 知らない、がーー」

 

「行くわよ雲山っ!

 鉄拳……

 

 

 構えと同時に、背後の雲が形を成す。

 それはハッキリと、巨大な拳の形をしていた。

 

 

 ーー制、裁ッ!!」

 

「敵であるには、変わりねーだろっ!」

 

 少女の小さな拳に合わせるように、雲の鉄拳が途轍も無い迫力で打ち出される。

 空気を巻き込んで飛ぶ拳は、無礼な侵入者を吹き飛ばさんと真っ直ぐに伸びて行った。

 まるで遠慮など無い、"これが鉄拳か"と悟らざるを得ない様な、圧倒的な拳である。

 

 双也は咄嗟に、早苗を後ろへと追いやった。

 

「特式三十一番『赤焔拳』ッ!!」

 

 赤く煌めいた拳が、その何百倍もあろうという大きさの鉄拳に衝突する。

 しかしその衝突による強烈な衝撃が船を揺らすのは、実は一瞬の事だった。

 

 ーー単純。

 赤焔拳の爆発が、雲の拳を散り散りに吹き飛ばしたのだ。

 

「ッ!! 雲山の拳をいとも容易く……っ!?」

 

「あらら、そちらさんはここがどこだか分かってないのか?

 ここは、美しさこそが強さを証明する世界、幻想郷だぜ?」

 

 双也の依然とした態度に警戒を増しながら、少女は再び構え直す。

 そんな彼女に、幻想郷の法の番人(・・・・・・・・)は静かに告げる。

 

「そんな場所で暴力行為とは、頂けないなぁ?」

 

「くっ、入ってきたのはそっちでしょうに……っ!」

 

 カチッと、双也は響かせる様に刀の鯉口を切った。

 それは、相対する少女に対してのある種宣言でもある。

 ーー暴力は、暴力で捩伏せるぞ。

 そう、暗に語っている様な雰囲気であった。

 少女は一筋、汗を流す。

 

「弾幕勝負じゃないから、俺が相手する。

 ちょっと待っててくれ、早苗」

 

「え、あっ、はい! ……え?」

 

「よし」

 

 早苗が反射で答えたことは、誰よりも双也が分かっていた。

 敢えてそうしたのは、殴り合いになりかねないこの少女と早苗を戦わせない為である。

 暴力沙汰は、俺が引き受けよう。

 ルールも正せて一石二鳥だ。

 双也の思惑は見事に成功していた。

 

「神薙 双也だ。 叱ってやるからには、遠慮なんてしないからな?」

 

「……雲居 一輪。 そして雲山。

 まずはあなたから、とっとと出て行って貰うわッ!」

 

『〜〜〜〜〜ッ!!!』

 

 一輪の背後の雲ーー雲山が、地鳴りの様な声を響かせる。

 拳と刃が交錯したのは、その刹那の後だった。

 

 

 

 

 




 というわけで、いつか小鈴ちゃんを中心にした小説も書いてみたいなーなんて思ってます。
 あ、次回作じゃないのは確かですけどね。

ではでは。


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第百八十二話 UFOの正体

最近シャドウバースってアプリを始めたんですけど、やっぱりTCGは難しいですね。
あとガチャ運足りない。

ではどうぞ。


 結局の所、戦況は一方的であった。

 

 双也の力は、余りにも他と隔絶している。

 それは天罰神の能力を使えずとも変わらない、厳然たる事実だ。

 早苗をして、今回双也と対峙した一輪という少女も、実力的には相当高い位置にいる。

 雲山と呼ばれる入道雲から放たれる一撃は空気を引き裂き、まるで大気に亀裂でも走るかの様な拳である。

 それを操る一輪自身も高い実力を持っている事は、傍から見ていた早苗にも分かることだった。

 

 しかし、その程度(・・・・)、だったのだ。

 

 一撃必殺の拳?

 双也はそれを容易く打ち砕く。

 

 大気を揺らす衝撃波?

 双也は一振りで空間すら引き裂くだろう。

 

 一輪は確かに善戦していた。

 双也の斬撃や、初めて見るはずの鬼道すら避けて見せ、反撃などは数え切れぬほど打ち込んだ。

 それはそれは、余程の接戦を繰り広げている様に見えただろう。

 

 しかし、当の一輪自身が誰よりも分かっていた。

 己と、目の前の男との、明らかな差を。

 

「(くっ……! なんて……)」

 

 斬撃は擦りながらも避けれど、少しずつ確実に避けられなくなっていく。 

 ーー刀傷は、深くなっていく。

 打ち出した拳は、単なる足捌きで避けられる。

 ーー刃は常に、襲い掛かってくる。

 挙句、双也は薄く笑っていた。

 

 力の差を、感じざるを得なかった。

 

「(なんて……強さなのよッ!?)」

 

 一輪は半ば自棄になって、しかし洗練された形をそのままに拳を打ち出す。

 雲である雲山に疲れは無く、一輪の気合いによって、拳の威力はむしろ上昇していた。

 強烈な衝撃をもたらす剛腕が、大気を裂いて飛ぶ。

 

 ーーしかし、現実とはかくも厳しい物である。

 

「風刃」

 

 刹那、伸びていた剛腕は、床から噴き出した複数の霊力の刃によって乱斬りになった。

 自棄になってまで打ち出した拳は、明確な力の差の前に甲斐なく敗れたのだ。

 一目瞭然の差。

 一輪は散り散りになった雲山の破片の合間に、双也を睨み付けた。

 

「(……私の負け、ね……)」

 

 寄せていた眉根から力が抜け、体からも力が抜け落ちる。

 握っていた拳は既に、いつの間にか緩み始めていた。

 一輪は、自身のその身体にやっと追い付いたかの様に、ふと、しかしすんなりと、"負けた"という事実を飲み込んだ。

 

「霊刃『飛燕の蒼群』」

 

 (とど)めに放たれた無数の刃は、不思議と、それ程痛くはなかった。

 

 

 

 

 

「さて」

 

 キンッ、と軽い音を立てながら、双也は刀を鞘に納めた。

 それによって戦闘の終わりを確信した早苗は、少しばかり小走りに彼へと駆け寄る。

 一輪は、双也の視線の先で倒れていた。

 

「気絶なんかしてねーだろ雲居 一輪。 加減したし。

 さっさと起きてくれ」

 

「うぅ……容赦ないわね……」

 

 のそ、と少しばかり気だるそうにして身体を起こす。

 加減したといっても、結局疲れやダメージは無くならない訳であって、やはり身体は重くなる。

 ーー自分でやった癖に、情けの欠片もないなんて。

 初対面とは言え、双也の事を若干苦手に感じる一輪である。

 

 ……やめだ。 考えていても仕方がない。

 一つ息を吐き、一輪は心で愚痴るのを止めた。

 その代わり、その思考は初めへと立ち戻る。

 そもそも、自分は何をする為にこの者達の前に現れたのか、と。

 勝負に負けてしまった今、それすら意味の無い事だと分かってはいても。

 

「……それで、どうするつもり?

 言っておくけど、この船は宝船でも何でもなければ、何処にもお宝なんて積んでないわよ」

 

「……は?」

 

 そら来た、その顔。

 勝手に思い込んで、勝手に入ってきた挙げ句、勝手に落胆して勝手に帰る身勝手だ奴らの顔だ。

 首を傾げる双也の様子に、一輪はむっとしながら思う。

 

「"空飛ぶ宝船の噂"を聞いてきたんでしょうけど、それ、全くのデマだから。

 苦労して来た上に私を負かした所で悪いけど、完全な無駄足だったわね。

 ゴメンなさい?」

 

 と、一輪は分かりやすい表情で二人ーー主に双也ーーを皮肉った。

 当然だ、こちらは何も悪くない。

 噂が広まったのは不可抗力だったし、それを信じて侵入して来たのは向こうの責任。

 宝船ではないことを説明しようと姿を現し、その扱いに不満を持って勝負を挑んだのは他でもない一輪だが、それすらも元を辿れば、侵入して来た二人が彼女の逆鱗に触れただけの事。

 

 ーー多少扱いが雑になるのも、一輪としては当然の事である。

 要は倒され損、だったのだから。

 

 しかし、当の二人の反応は、彼女の想像とは大分かけ離れた物だった。

 

 

え、宝船って何の事だ?(え、宝船って何の事ですか?)

 

 

「…………は?」

 

 一呼吸置いて、一輪からも間の抜けた声が漏れる。

 それに続いて、双也達も"え?"と声を重ねた。

 はて、こいつらこそ何を言っている?

 宝船がどうこうと奪いに来たのは、そちらだろう?

 一輪は、大きく剥いた目を段々と細め、訝しげな視線を二人に向けた。

 

「……あなた達、この船へ宝を探しに来たんじゃないの?」

 

「いや違うし、その噂も初耳だ」

 

 その視線に妙な居心地の悪さを感じた双也は、取り敢えず、ここに自分達が来た目的から話してみることにした。

 噛み合っていない会話は、どちらかが譲歩する事で解決出来るのである。

 

「えっと……俺達がここに来たのは、異変の調査の為だ。

 ……お前らが犯人じゃないのか?」

 

「……異変?」

 

「はい! 幻想郷の空に沢山、こんな物が飛んでいるんです。

 心当たりはありませんか?」

 

 と言って、早苗はいそいそと先程捕まえた物体を取り出す。

 早苗には相変わらずUFOに見えているようだったが、双也も相変わらず、それはただの木片にしか見えていなかった。

 そのどちらかだろう、と暗黙の内に予測していた二人は、しかし盛大に裏切られることになる。

 

 ーー即ち。

 

 

「……ッ!! それ、飛倉(とびくら)破片(はへん)じゃないのッ!」

 

 

 一輪の瞳には、また別の物として映っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、宝船ってのは?」

 

「ん〜見つかんないな」

 

 まるで他人事の様にあっけらかんと言い放つ魔理沙に、霊夢はさらに苛つきを募らせた。

 霊夢としては、"異変解決と称して"宝船を捜しに来たのだから、そろそろ何かしらの進展が欲しいのである。

 

「ちょっと、うまい話があるって言うから来たのよ?

 言い出しっぺのあんたがそれでどうすんのよ!」

 

「見つかんないもんは仕方ないぜ。 私だって、何処ぞの天狗みたいに千里眼を持ってるわけじゃねーんだ」

 

 それに、簡単に見つかったら面白くないだろ?

 魔理沙は一発、大幣で叩かれた。

 

「屁理屈も程々にしなさい」

 

「ったく容赦ねーなー」

 

 帽子の上から頭をさすりながら、魔理沙は軽く愚痴を零した。

 文句が出ないのは、彼女自身が霊夢の言い分を理解しているからである。

 

 ーー霊夢! 宝船の異変だぜっ!

 

 魔理沙が神社を訪れた時、初めに放った言葉である。

 勿論これは、"霊夢なら絶対に食い付くだろう"という、彼女の経験則に基づいた推測を鑑みて発した言葉だ。

 つまり、魔理沙は食い付くと分かっていたそう言った。

 

 飛び立つまでは予想通り。

 しかし、そこからは計算外だった。

 

 巨大だと言われていた船は中々見つからず。

 どころか、見知らぬ円板状の物体まで飛んでいて。

 挙げ句延々と空を漂う羽目となり。

 

 言いだしといて情けねー。

 もう少し作戦とか考えとけば良かったなぁ。

 

 文句を飛ばせない程度には反省し、そしてそれすら後の祭りだと認識する。

 魔理沙は、言い返せなかった。

 

「まぁ何にせよ、飛び回るだけじゃ効率悪いって事だな。

 もっと良い方法探そーぜ」

 

「調子いい奴……」

 

 でもまぁ、そうするしかないわよね。

 口では魔理沙を皮肉りながら、しかし内心では納得していた。

 時間が無駄になった感じは否めないが、今更それは戻って来ない。

 ありきたりな言葉ではあるが、前だけを見るべき、という格言は正しく真理を表している。

 降って湧いた考えでも、霊夢はちょっぴり、関心した。

 

「で、そうなると必要なのは手掛かりね。

 丁度怪しいのがここにあるけど」

 

「お、流石霊夢。 私と考えが同じだぜ」

 

 懐から、先程飛び回っていた際に見つけた見知らぬ物体を取り出す。

 形は同じだったが、霊夢のと魔理沙のとでは色だけが違った。

 

「こんな形した物、なんかで見た事あるわね……なんだっけ?」

 

「えっと確か……ゆ、ゆ……UFOだ!

 香霖堂にある本で見かけた事あるぜ!」

 

 それだ! とでも言うように、霊夢は魔理沙へと簡単な目配せをした。

 そう、確かUFOだ。

 未確認飛行物体だか何だかという。

 霊夢の勘はやはりというか、この上なく怪しい物をぴったりと探り当てたのだった。

 

「んだが、このUFOが手掛かりだっつっても、どう宝船と関係してくるんだ?」

 

「それなのよね……」

 

 顎に手を添え、考える。

 確かに怪しい物ではあるが、宝船とUFOなど余りにも関連性が乏しい。

 強いて言うならどちらも飛んでいるものだそうだが、正直幻想郷に空を飛ぶものなどわんさかといる。

 何なら人間だって飛んでいる世界だ。

 

 ならば、何か。

 

「えーと……済まない、君達。

 聞きたい事があるんだが」

 

 思考の奥深くまで沈んでいくその意識は、唐突にも第三者の声によって引き上げられた。

 ハッとして気が付くも、その声に聞き覚えはない。

 それは魔理沙も同様のようだった。

 

 なんとはなしにそちらを振り向けば、其処には灰色の大きな丸い耳のある妖怪が立っていた。

 

「……妖怪?」

 

「ああ、私はナズーリンという。 少し探し物をしていてね、丁度君たちが居たから訊いてみようと思ったんだ」

 

 ーー妖怪が自ら話しかけてくるなんて。

 

 霊夢も魔理沙も、内心で少なからず驚愕した。

 幻想郷で、博麗の巫女の名を知らない者はいない。

 それは当然、"妖怪の敵"としてのイメージを強く孕んだ上で広まっている名だ。

 もちろん一部の妖怪は彼女と親しくしている訳だが、それは彼女らが強者だから。

 他大部分を占める弱小妖怪にとって、博麗の巫女に話しかけるという事は自殺志願に等しいーー少なくとも妖怪にはそう思われているーーのだ。

 そんな中で、彼女に話しかける妖怪とは。

 

「(……怪しい)」

 

 少なくとも、この幻想郷に慣れているものではなさそうだ。

 私を博麗の巫女と思わずに話しかけたのか、それともその"一般常識"すら知らないだけなのかーーいや、丁度いい仮説が立てられるではないか。

 霊夢は少しだけ、目つきを鋭くした。

 

「おでんのような形をしていて、真ん中が光っている宝塔というーー」

 

「ねぇあんた……ナズーリン?

 その前に一つ聞かせてくれるかしら?」

 

「何だい?」

 

 唐突に会話を断ち切った霊夢にも嫌そうな顔をせず、ナズーリンは彼女を見上げる。

 霊夢は彼女を、睨み付けた。

 

「あんた……宝船、もしくはこのUFOに、心当たりはない……?」

 

 霊夢の視線は鋭かった。

 並の妖怪ならばたちまち逃げ果せるか、その場で縮こまり兼ねない程の眼光。 ある意味、殺気とも取れるその瞳。

 ーーしかし、皆が皆、弱いからといって矮小な心を持ち合わせている訳ではない。

 少なくともナズーリンは、そんな眼光など気にもとめず、むしろ別の物を凝視していた。

 

 

「君……それは……飛倉の破片かいッ!?」

 

 

 いやUFOだけど。

 なんて無粋な指摘は、しなかった。

 心当たりがあるならば何でもいいのだ。

 この物体がUFOだろうが飛倉なんちゃらだろうが、霊夢にとっては関係ない。 更に言えば、魔理沙にだって関係ない。

 何せ二人の目的は宝船、なのだから。

 

「ふぅん? 心当たり、あるみたいね?」

 

「宝塔探しは一旦中止だ。

 君、その破片を貰えないだろうか?

 大切なものなんだ」

 

「あら、これは私の物よ? さっき其処で捕まえたんだから

 珍しいし、家に飾っとこうと思ってたんだけど」

 

「……君が持っていても、何の意味も成さない木片だよ。

 飾る程の物とも思えない」

 

「それは私が決める事よ。 なんなら其処の魔理沙も持ってるけど、私と似たようなこと言うと思うわ」

 

「……どうしたら貰える?」

 

「どうしたら貰えると思う?」

 

 二人の会話には、始終棘があった。

 それは、近くで聞いていた魔理沙にさえ苦笑いをさせる程悪い空気を醸し出していたのだ。

 霊夢にそれを渡す気は無く、

 ナズーリンは彼女の態度に業を煮やし、

 魔理沙は話に入れず苦笑いをするばかり。

 

 この時点で、話の帰結は確定したようなものだった。

 

「……この世界には、弾幕勝負と言うものがあるらしいね」

 

「あるわよ。 因みに私達はそれのエキスパートよ」

 

「……いいだろう。 大願を成すならば、其処にどんな壁があっても私の望むところ。

 ーー力尽くで、貰い受けることにするよ」

 

「いい度胸じゃない!」

 

 霊夢とナズーリンは同時に距離を取り、これまた同時に懐からカードを取り出す。

 戦闘開始の合図も無いようで有る、という状態で、戦闘は開始した。

 

「結局こうなるのな、この世界じゃ……」

 

 まぁ、分かってたけど。

 魔理沙の呟きは、弾幕の風を切る音に掻き消された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その頃、双也と早苗は。

 

「いやぁ、飛倉の破片をわざわざ持ってきてくれるなんて嬉しいわ! ありがとう!」

 

「い、いえ……私達はそんな……」

 

「………………」

 

 興奮で痛みを吹き飛ばした一輪は、船の中へと二人を案内しながら頻りにその嬉しさを語って聞かせていた。

 それに対する早苗の対応は、それはもうぎこちない事この上なかったが、興奮してある意味周りの見えていない一輪には、気が付く事はできなかった。

 

「(そ、双也さん、変わって下さいよ! もうそろそろ私この人のテンションについていけません!)」

 

「(我慢してくれよ。 せっかく"それを持ってきた(てい)"でこいつらに介入しようとしてるんだからさ

 ……それにテンションの事言ったらお前も負けてないぞ?)」

 

「(このタイミングで要らない告白!?)」

 

 小声で訴える早苗を、双也は実に軽くあしらった。

 高いテンションは確かに苦手だし、何より早苗でもう十分だったからなのだが、最大の理由は其処では無い。

 彼はまた、考え事をしていたのだ。

 

「(飛倉の破片……木片が、UFOに見えていた? ……でも、俺には初めから木片に見えてたんだよな……)」

 

 先刻抱いた疑問が、再び浮き上がってきた。

 そして先程よりも何処か、思い出せそうな予感がしていた。

 木片……空を飛ぶ……UFO……物体…………認識?

 

「……!」

 

 ハッとして、双也は周囲を見回した。

 しかし彼の周りには、語り口をやめない一輪とそれに愛想笑いを返す早苗のみ。

 他には何もいない。

 

「(……いないならいないでも、いいか)」

 

 心の内でそう結論を出し、考えを頭の隅に追いやった。

 

「おっと、はぐれちまう」

 

 双也は騒ぐ彼女らの後に続くように、船の廊下を小走りに駆けて行った。

 

 

 

 

 




最後の最後が少し駆け足でしたね……。
あ、双也がって意味じゃないですよ?

ではでは。


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第百八十三話 役者は揃う

最近サブタイトルに困る事が多くて……。

ではどうぞ。


 進み始めて少し経ち。

 一輪に連れられた双也と早苗は、ある大きな一室に到達した。

 勿論その間、一輪の相手は早苗が勤めていたので彼女の顔は若干の気疲れを催していたが、その部屋に着くなり、一輪は早苗から少し離れて行く。

 

 やっと終わった……。

 そんな呟きの聞こえてきそうな溜め息を吐く早苗に、双也はポンポンと、彼女の頭を撫でた。

 

「村紗ー! ちょっと来てー!」

 

 二人よりも前に出た一輪は、そう声を張り上げた。

 その声の反応として、グォングォンと鈍い音を奏でる船内に"はーい"という返答が響き渡る。

 声の主は、そのすぐ後に現れた。

 

「よっと。 んで何、一輪?」

 

 二人の前、かつ一輪の隣に降り立ったのは、外界で言うところの白いセーラー服と、頭に碇の模様のある帽子を被った少女だった。

 新たな妖怪の出現に、早苗は無意識の内に構えそうになるが、それは双也がさせない。

 今は"協力している体"をしている身である。

 警戒心を煽る行動は、少なくとも今は良くない。

 双也の軽い小突きは、上手く早苗を制していた。

 

 "村紗"と呼ばれた少女は、一輪への問い掛けの返答も聞かぬうちに二人へと視線を向けると、何処か訝しげな表情をした。

 

「……誰、こいつら? 言っとくけど、客だからってもてなす程優しくないよ私は」

 

「えっとね、この人達わざわざ飛倉の破片を持ってきてくれたのよ!

 折角だから、乗せてあげない?」

 

「お! 本当!? そりゃありがたいね! お茶出しとこう!」

 

 

 ーー変わり身早え……。

 

 一輪の一言のみで百八十度変わった村紗の態度に、二人は少しばかり呆れを零した。

 なんというか、ちゃっかりした性格してそうだな、と。

 物で吊られそうな、現金な人ですね! と。

 だが、彼女のその性格のお陰で衝突する事はまずあるまい。

 追風(ついて)に帆を上げた感じは否めなかったが、話がこじれたらその時はその時である。

 二人は一先ず、話に乗っかる事にした。

 

「えー、紹介するわ。 こちらこの船の船長であるーー」

 

村紗(むらさ) 水蜜(みなみつ)だよ!

 この度は破片を持ってきてくれてありがと! 助かるよ!」

 

 眩しい程の笑顔で差し出された手を、早苗は若干戸惑いながら取った。

 "フリ"をしている身としては余り良くはない反応だが、早苗ならば仕方ないか。

 彼女が先祖共々のお人好しであると知る双也は、ふとそんな妥協とも取れる甘い結論を心の内で繰り出すのだった。

 

 ーーが、それが本当に甘い結論だとすぐに思い知る事になる。

 

「は、はい。私は東風谷 早苗って言います。 こちらは神薙 双也さんです。

 ……えっと、村紗さん? 早速一つお訊きしたいのですが」

 

「何かな?」

 

「この……飛倉の破片? これは何に使うんですか?(・・・・・・・・・・・・)

 

「(前言撤回っ! こいつ今の状況何にも分かってねーっ!)」

 

 協力している(という体の)者が、その目的も知らない。

 これは絵に描いたように矛盾した状態である。

 目的も知らないのに協力するなんて、そんなのは相手方からすれば、"怪しい"という印象を得るのに十分な理由であろう。

 フリをしているーー言い換えれば相手を騙している二人からすれば、それは自らの立場を悪くする明らかな悪手であった。

 

 だのに早苗は、それを堂々とやってのけた。

 

 何なら彼女は、双也に横目でウィンクを飛ばしていた。

 

 お人好しだからフリをするのは得意ではないだろうーー。

 そんな考えが角砂糖のように甘っちょろい考えだったのだと、早苗の様子を見ながら、双也はひしと感じた。

 いや、もしかしたらこれは彼女なりの作戦なのか?

 協力している立場を利用して目的を訊きだそうとしているーーなんて馬鹿な事を考えたという事なのか?

 実際、この双也の考えはぴったりと当たっている訳だが、それはこの際どうでもいい。

 問題なのは、そんな間違った考えを堂々と早苗が実行してしまったという事ーー。

 

 

 

「ああ、えっとね、ある人を復活させるのに使うんだよ」

 

 

 

「(あ、あれ……?)」

 

 それは全く以って、予想外の返答だった。

 

「復活? どなたをですか?」

 

「私達の恩人よ。 私も村紗も、その人に大きな恩義があるの。

 本当はもう一人居るんだけど……まぁその内来るわ」

 

 三人の会話には軋轢の生まれるどころか、むしろ輪が形成されつつある。

 気付かぬ失言を零した早苗に、一輪と水蜜は平然として受け答えをしていたのだ。 それこそ、不信感などまるで無いように。

 しかし、双也だって"フリ"をしている身である。

 "お前ら、今の発言に違和感無かったのか?" なんて問いは当然出来るはずもなく。

 双也には、最早蚊帳の外となった立場で黙々と疑問を募らせる事しか出来ないのだった。

 

「じゃあ、その白蓮って人が封じられてしまったので、彼女を封印から解き放つ事で恩に報いようと……」

 

「そう! まさにそういう事よ!

 いやぁ話の分かる子で嬉しいわ!」

 

「まぁ理由も聞かずに破片を集めてくれたくらいだからね!

 この子は最早、私達の同志よ!」

 

「(あぁ、あいつらの中ではそういう解釈になったのか……)」

 

 はぁ、と。

 双也は人知れず、その呆れとも疲れともはたまた安心とも取れる、小さな溜め息を零した。

 兎も角、ここまで来ては仕方ない。

 早苗も何故か二人の話に乗ろうとしている様だし、これはもう文字通りの"乗り掛かった船"である。

 話を聞く限り、今回は幻想郷に悪影響を及ぼす現象ーー即ち、異変の成分は皆無な様だし、もうどうにでもなってしまえ。

 異変ではないと確信して力の抜けた双也は、投げやりにそう結論を出した。

 だって、影響無いんだからいいじゃん?

 

「という事ですよ双也さん!

 折角ですし、最後まで手伝っちゃいましょうよっ!」

 

「あー、いんじゃね?」

 

「決まりですっ!

 その白蓮さんには義理も恩義もありませんが、頑張る人には恵みを与えるのが神様ですよっ!」

 

「おおっ! 流石っ!」

 

「頼りにしてるよっ!」

 

 如何やら、協力する事は決定した様だ。

 三人は楽しそうだし、幻想郷に危険は及ばない様だし、今回は特に頑張る必要も無いのである。

 強いて心配する事があるとすれば、異変だと乗り込んできた霊夢達に、協力している自分達が怒られないかどうかだけだ。

 

「(まぁ、その点に関してもーー)」

 

 もっと異変らしいモノはあるから、それを餌にすればいいか。

 

 双也は振り向き、歩いて来た廊下の向こうーー外を見透かす。

 そこに飛んでいたのは、興奮した妖精、何処からか飛んできた弾幕、UFOに見える飛倉の破片、そしてーーふいよふいよと緩やかに浮かぶ、青白い光の玉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やぁっと見つけたわ!」

 

 ふんす、と、霊夢は溜め息混じりの鼻息を零す。

 そんな彼女の背後では、少しだけボロけたナズーリンが渋々と肩を落としていた。

 見つけたのは私なんだがね……。

と小声ながらに呟くナズーリンの肩に、魔理沙はポンと手を乗せた。

 

「まぁ諦めろ! 負けたんだからしょうがないさ!」

 

「……"勝った方の要求を呑む"なんてルールも、聞いた事が無いんだがねぇ……」

 

 皮肉混じりの返答にも笑って返す魔理沙を見、ナズーリンは大きな溜め息を零した。

 全く今日はツイていない。 踏んだり蹴ったりだ。

 主人の代わりに宝塔を探さなければならなくなったし、探し始めたら理不尽な巫女に叩きのめされるし、挙句案内役までやらされるとは。

 ナズーリンは、如何やって船に乗り込むかを思案する霊夢の背中を見上げた。

 

「(……いや、待て。 これはこれで、好都合じゃないか?)」

 

 ーーだって、結局飛倉の破片は船に入る訳だし。

 

 中には仲間も居る。 何より神の代行人である主人がいる。

 船の中にさえ入れてしまえば、そこはもう我らの根城。 人間から物品を奪うのなんて、さもない事なのでは?

 

ポンポン「まぁ何にせよ、助かったぜナズーリン!」

 

「!」

 

 不意に頭を撫でられ、ビクリと震る。

 手の伸びる方を向けば、魔理沙が快活な笑みをナズーリンへと向けていた。

 

「(……何を考えているんだ、私は)」

 

 妖怪とは言え、仮にも七福神の弟子が"人間から奪えばいい"だなんて。 笑い話にしても質が悪い。

 魔理沙の屈託の無い笑みを目の当たりにして、ナズーリンはそう思い返した。

 人に恵みを与える神、その弟子である自分が、数にものを言わせて奪い取る……そんな事、神の弟子がしていい事ではないのだ。

 それは、妖怪であるが神の弟子でもあるナズーリン自身が、許せない事でもあった。

 

 人のものが欲しいのならば、奪うのではなく貰い受ける。

 それが正しい行動と誠意というものだ。

 そんな基本的な事にも気が付かないとは、先程負けて少々血が上っていたらしい。

 ナズーリンは改めて、そして何より自分自身に向けて、大きな溜め息を吐き出した。

 

「ん? 如何したナズーリン?」

 

「いや別に……。 って、君随分と馴れなれしいんだね」

 

「昨日の敵は今日の友ってな! まぁ私は戦ってないんだが」

 

「加えて、"昨日"と言うほど時間も経ってないしね」

 

「にししっ それもそうだ!」

 

 ーーま、過ぎた事はしょうがないか。

 

 魔理沙との会話に少しの面白味を見出しながら、ナズーリンはそう思った。

 過ぎた事を嘆いても意味はない。

 反省する事柄でもない。

 ならば先を見据えよう。

 きっと師匠も主人も、そうした方がいいと言うだろう。

 

 ナズーリンには何となく、根拠も無く、上手くいくような予感がしていた。

 元々彼女自身が望んだ目的ではなかったが、主人の望んだ事である。

 神の弟子がするべきは、神の勅命を受ける事と恵みを与える修行をする事ーー極限まで簡潔に言えば、生きとし生けるものを笑顔にする事でもある。

 ナズーリンは、子供のように喜ぶ主人の姿を思い浮かべた。

 

「(上手くいったら、ご主人は喜ぶかな)」

 

 確信はないが、予感がある。

 何の根拠もないのにそれを信じずにはいられないのは、彼女が神を師に持つからか、それとも楽観思考な主人を持つからか。

 

「さぁ、仕方ないから案内してあげよう」

 

 それを聞いた霊夢の笑みは、期待にはそぐわぬ不敵な笑みだったが、まぁそれはさて置き。

 ナズーリンは、"負けたから"という大義名分と成功の予感を胸に、船の方へと飛び上がった。

 

 

 

 

 




ナズーリンは何故かクールなイメージ。

ではでは。


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第百八十四話 お手伝いの二人

早めに章完結させたいのに中々ストーリーが進まない……。

なまじ文章力が身に着くと書くことが多くなって大変ですねw

ではどうぞ!


 事の概要を説明するならば、こうだ。

 何、難しい事は何もない。 実に簡単、且つ良い話である。

 

 要は、"大昔ーーと言っても俺からすれば半年前くらいの感覚ーーに封印された妖怪達が、大恩人を救う為に奮闘する話"である。

 異変のつもりで家を出てきたと言うのに、そんな概要を理解した時は何とも言えない肩透かし感に襲われたもんだが、よくよく考えてみれば、それってむしろ良い事だよな。

 

 よくある話だ。

 "杞憂に終わる"と表現される事が間々ある。

 何事かを心配して動いてはみたけれど、結局それは取り越し苦労で、何の心配もいらなかった、と。

 全く、異変かも知れないという俺の懸念はまさに杞憂に終わった訳だ。

 ……いや、早苗に無理矢理連れて来られた感が否めないから、ここは"無駄骨だった"と言っておこう。

 

 まぁ、何事も起こらない訳だから、良い事には良い事なんだけど。

 

 さて、そんなこんなで、結局俺達は一輪達の手伝いをする事になった訳だが、これが如何にも面倒事が多いようだ。

 何がって、まず散らばって飛んでいる飛倉の破片を集めなければならない。

 どれほどの数が必要なのかは聞いていないが、まぁ二、三個ではないだろうな。

 

 そして次に、飛倉の破片を集めた上で魔界に突入しなければならない。

 正確には"法界"というらしいが、まぁそれはさて置き。

 幻想郷と外の世界のように、魔界だって別世界だ。

 ただ、幻想郷側にも扉がある分外の世界よりも多少(・・)行き来しやすいと言うだけ。

 そう、多少という部分が重要だ。

 だがまぁ、いざとなったら俺がどうにかして空間を割けば良い話だし、実はそこまで(うれ)いてはいない。

 むしろ、もう一つが最も面倒臭いと思っている。

 即ちーー

 

 

 

「ほぉぉおうとぉおお〜!

 どこですかぁぁあああっ!!」

 

 

 

 ……この威厳も糞も吹き飛んだ、神の代行人の探し物である。

 

「……なぁ星、もう少し落ち着いて探してくれないか?

 それじゃむしろーー」

 

ドンガラガッシャーン「わぁぁあぁあっ!? 積んであった物がぁぁあっ!!」

 

「…………散らかるだけだからさ……」

 

 物を探すのと同時にあらゆるものを散らかしていくこの慌ただしい女性は、寅丸(とらまる) (しょう)という。

 これでも一応七福神の一柱、毘沙門天の代行者だそうな。

 詰まる所、彼女らの目的を果たすのに必要なもう一つの要素と言うのが、彼女の持つ"宝塔"らしい。

 

 例の如くどう使うのかは聞いていないが、問題なのはそこではない。

 その宝塔を、このうっかり屋が失くしてしまったと言う事だ。

 探し物が得意な部下に探してもらっているそうだが、いつも頼り切りなので自分でも船内を探しているのだとか。

 

 ……ホントに代行人なのかよ?

 もう少し威厳ってもんがあっても良いと思うんだけど。

 

「双也さぁん! ボーッとしてないで手伝って下さいよぅっ!」

 

「はぁ……」

 

 全く、何でこんな事に。

 いや、そりゃね? 確かに今俺が出来る事って言ったら何も無いのが現状だけど、だからって"あ、双也、暇なら仲間の探し物手伝ってくれない?"なんて言うのはどうなんだ?

 ……いや、探し物を手伝わされたのはこの際良いとしよう。

 俺が言いたいのは、"あいつら絶対自分が手伝いたくないからって俺に押し付けただろ"って事だ。

 だってこいつ、そう思わずにはいられない程面倒事ばっかり起こすんだ。

 

ドドドドッ「きゃっ!? な、なんでこっちの物まで崩れて……」

 

 ほれ見ろ。

 歩く不幸かこいつは。

 

「あーもう分かったから、ちょっと退いてろ星」

 

「へ? は、はい……」

 

 こいつに任せてたら日が暮れるどころか年が暮れる。

 正直投げ出したいところだが、生返事でも手伝うと言ってしまった手前それは出来ない。

 しょうがないから能力を使おう。

 

「ここら辺のはそこに積んで……そこに散らばってんのは中に入れればいいか?」

 

「え……はい……」

 

「ん」

 

 少しばかり霊力を解放。

 小さくはない、という程の室内目一杯に霊力を充満させ、結合能力を発動する。

 床に散らばりまくって足の踏み場すら覆い隠してしまっていた物品達は、各々が俺の能力の導かれるままに宙を漂い、指定した場所へ戻っていく。

 三十秒もかからない内に、室内は元どおりの整頓された部屋に戻った。

 

「はぁぁ〜! スゴイですね双也さん! とても便利な能力ですね!」

 

「……んー、この手の使い方が便利だって思うのはお前だけなんじゃないか?」

 

 これ程散らかす奴はそうそういないだろうし。

 そもそも俺の能力の本質はこういうモンじゃないし。

 ……まぁいいか。

 

「さて、それじゃあ別の所も探すか。 まだ探してないところは?」

 

「え? あ、あ〜えーと……その、ですね……」

 

「……?」

 

 あからさまに目を合わせようとしない星。

 なんだ、ここはもう探し切ったし、別のところを探すのは当然だろう?

 

 ーーいや待て、待てよ。

 俺はここに来てから、一輪達に押し付けられたからこいつと一緒に探してる。

 んで、俺が来た時には丁度星がここを探していた。

 でも、星は俺が来る前から船内を探し回っていたわけで……。

 

「……おい星、まさか……」

 

「は、はぃ……えっと、必死で探してる内に、ですね……」

 

 

 

 ーー実は別の部屋全部、散らかり過ぎて探し物どころではなくなってるんですよ……。

 

 

 

 ……やっぱ、投げ出したくなってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ、私、何もする事無いんですか?」

 

 ガッカリしたような驚いたような、そんな声が一室に広がる。

 相変わらず鈍く響くごうんごうんという音に混じっても、それはしっかりと相手に伝わっていた。

 

「うん、そだよ?

 ホントは飛倉の破片をもっと集めて欲しいところだけど、封印を解くのに全部の破片が必要な訳じゃないし、あと少し足りない分は一輪が取りに行ってるし」

 

「そ、そうですか……」

 

 水蜜のあっけらかんとした口調の説明に、早苗は何となく肩透かしを食らった気分だった。

 そりゃ、大分意気込んで手伝いを申し出たのだから、当然と言えば当然の事。

 ただ、何もする事がないからといって投げ出す程、早苗は悪辣に育ってはいない。

 何かする事はないだろうか、と探し始めるのが普通の人間の心理であり、また、曰く先祖共々お人好しである早苗であろう。

 そして早苗にとって、すべき事はすぐに見つかるのだった。

 

「……何やってんの、早苗?」

 

「お祈りですよ。

 巫女の仕事は、神様に祈る事です。

 恵みを下さい、とね」

 

 その場で座り、手を合わせ、早苗は祈りを捧げていた。

 本当は実際に祈りを捧げた事など片手の指で足りる程に少ないーー祈りたいなら祀っている神様本人に言えばいいからーーし、細かく言えば風祝と巫女では少しだけ違うのだが、早苗にとってそれはそれ程重視する問題ではない。

 兎に角、何もしないのが嫌だったのだ。

 

 双也も一輪も、先程顔を合わせた星もここに居る水蜜だって、何かしらの仕事をこなしているのだからーー。

 

 

 

「いや、そういうのいいからさ、私とお話でもしてようよ?」

 

 

 

「……へっ?」

 

 先程と同じ調子であっけらかんと放たれた言葉に、早苗は思わず間の抜けた声を漏らした。

 え、お話? 仕事はどうしたの?

 放ったらかしていい事なの?

 頭の中で渦を巻く疑問に翻弄され、口を開けたまま固まる早苗。

 そんな彼女の姿に、水蜜は直ぐに察した。

 ああこの子、勘違いしてるな、と。

 

「えっと……勘違いしてるみたいだから言うけど、私も結構暇よ?」

 

「……え?」

 

「自他共に船長とか言ってるけど、飾りよ飾り。

 そもそもこの船、自動船だもん」

 

「えええっ!?」

 

 あーやっぱりか、と。

 早苗の驚き様に、水蜜はカリカリと頬を掻いた。

 水蜜は舟幽霊。 ある海域で船を沈没させて遊んでいた所を白蓮に拾われ、立場上この船の船長という事になっているだけ。

 自動船であるこの船に船長など、正直な所必要ないのだが、水蜜は"管理人だと思ってればいいか"と妥協しているのである。

 故に、水蜜が忙しいなどとんでもない。

 現在の早苗同様の、暇人であった。

 

「星の探し物を手伝う気にはなれないし、船のメンテナンスとかはしっかりしてるし、やる事ないのよね。

 だからさ、お祈りなんかしてないでーー」

 

「あ、あのっ!」

 

 水蜜の言葉を断ち切って、早苗は思い切った様に声を掛けた。

 不思議に思って彼女を見れば、早苗は、水蜜に向けるその視線をキラキラと輝かせていた。

 

「自動船、なんですよねっ!?」

 

「えっ? う、うん……」

 

「じゃあ、何かスゴイからくりがあるって事ですよねっ!?」

 

「う、う〜ん?」

 

 はて、そんな大層なからくりなどあっただろうか?

 首を傾げる水蜜を気になどせず、早苗は更に申し出る。

 

「あ、あの! この船の動力部とか武装とか、その……中身を見せてもらえませんかっ!?」

 

 水蜜は既に、早苗の勢いに押されていた。

 そりゃもう、この子こんな好奇心旺盛な子なの? と思わず考えてしまうほどの勢いで迫られれば、ほぼ初対面である水蜜に彼女を押し返すほどの力などあろうはずもない。

 苦笑いを零しながら、頷く事しかできなかった。

 

「わ、分かったよ。 動力部……とかだね?」

 

「はいっ!!」

 

「…………(こりゃあ、変わった子だね……)」

 

 内心で早苗の人柄を改めながら、水蜜は渋々と彼女の先導を始めた。

 この船は割と広く大きい。

 廊下や部屋が乱立して、迷い易いといえば迷い易い構造である。

 目的の場所へと導くのは必要な事なのだが、現時点においてその役である水蜜へ、始終早苗が期待の眼差しを向けているものだから、水蜜には苦笑いを零さずにいられないのだった。

 

 ーーと、そんな時。

 

ドォオンッ!「きゃぁあっ!!」

 

 水蜜達の目と鼻の先。

 その廊下の壁が吹き飛び、叫び声が響いた。

 本当に唐突な事で、二人は事態について行けず固まるばかり。

 しかし、その土煙の中で立ち上がるシルエットを見て、水蜜が叫んだ。

 

「星っ!? どうしたのよ!?」

 

「えっ、村紗? 悪いけど後でーー」

 

「駄弁ってる余裕あるのかしら?」

 

 これも、唐突に。

 星の吹き飛んできた壁の穴の向こうから、聞き慣れない声が響く。

 新たに現れたその姿を見て叫んだのは、早苗だった。

 

「れ、霊夢さんっ!?」

 

「あら、あんたも居たの」

 

 煙の中に見え隠れするのは、大きな赤いリボン、艶やかな黒髪、使い古された大幣。

 

 ーー現れたのは楽園の巫女、博麗 霊夢であった。

 

 

 

 

 




あと三話以内には星蓮船終わらせたい……。

ではでは。


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第百八十五話 来たる日に馳せる想い

長めです。
ちょっと久しぶりなシリアス成分。

ではどうぞ。


 ーー時は、数分前に遡る。

 

 星のカミングアウトを受け、心底から面倒臭く思った双也は、取り敢えず何か効率のいい方法がないかを模索していた。

 その最中も隣で星が申し訳なさそうにチラチラと見てくるものだから、その集中力散漫っぷりといえば相当なものだったが、双也は何とかして、方法を導き出したのだった。

 

 その方法とは。

 

『そ、双也さん? 甲板まで出てどうするんですか?』

 

『見つけるの面倒臭いから、宝塔の方から来てもらうんだよ』

 

『……はい?』

 

 首を傾げる星に、双也は心配無いと微笑み掛ける。

 だが、心許ないのは当然だろう。

 百聞は一見にしかず、聞かせて安心させるより、見せて納得させた方が良いに決まっている。

 双也は甲板の中心に立ち、霊力を解放した。

 

『……何をするつもりです?』

 

『昔な、この方法で友人を見つけた事があったんだ』

 

 脈絡などない。

 しかし、星は何も言わずに耳を傾ける。

 

『その時は今ほど霊力が無かったから、この国中に霊力を飛ばして感知する事しか出来なかったんだけど……霊力が倍近くになった今なら、感知した上で(・・・・・・)能力も(・・・)掛けら(・・・)れる(・・)……!』

 

 ブワッ!

 瞬間、双也から大量の霊力が周囲へと放たれた。

 だが霊撃の様に荒々しいものでは決してなく、ただただこの世界に満ちる様に広がっていく。

 ーーやがて、双也が反応した。

 

『……見つけた!』

 

 それと同時、広がった霊力は急速に彼の元へと戻って来る。

 如何やら、見つかった宝塔を霊力と共に引き戻している様である。

 星には、収束されるその霊力が風を吹かせている様に感じた。

 

『……あ! 来ました宝塔!』

 

 やがて、星の視界にも飛来する宝塔が映り込む。

 霊力と共に、まるで撃ち放たれた弓矢の様に、宝塔は真っ直ぐと双也の掌に向かって来ていた。

 それを確認し、双也はニヤリと笑う。

 星も、探し物が見つかった喜びに顔を綻ばせていた。

 

 ーーしかし。

 

 

 

 

『あら、なんか飛んでる』

 

 

 

 

 双也の手元まであと数メートル。

 明らかな空中であるその場所で、宝塔は飛行を唐突に止めた。

 ーー否、唐突に止められたのだ。

 

 『……何よこれ、なんか変な力を感じるんだけど』

 

 宝塔を飛来の途中で掴み取った手。

 その手の主は、偶然にも掴んだ宝塔を眺めながら不思議そうに呟く。

 それに応えるように、双也は甲板の端に歩み寄りながら、手の主へと声を掛けた。

 

『お、霊夢。 お前も来たのか』

 

『ん、 双也にぃ……?』

 

 手の主ーー博麗 霊夢は、宝塔を手で弄びながら双也の側に着地する。

 そのすぐ後ろからは霧雨 魔理沙、そしてナズーリンーー双也には面識がないーーが順に着地し、それぞれが様々に軽い挨拶を交わした。

 

 魔理沙は、その陽気な性格から"その事"に何の考えもしない様だったが、霊夢とナズーリンは、それぞれ観点が違えども多少なりとも違和感と警戒をしていた。

 ーー即ち。

 

何で双也にぃがこの船に?(何故君はご主人の側にいるのかな?)

 

 正直な所、双也に驚きは無かった。

 霊夢の疑問は事前に想定していたし、ナズーリンの疑問に関しては、彼女が現れた時点で想像が出来ていた。

 そりゃあ、相手方からすれば自分は見知らぬ者だし、そんな者が自らの主と共に居れば、警戒されて然るべしである。

 だから双也は余計な誤解を生まぬ様、簡潔にこう答えた。

 

『ん、異変じゃあないって分かったからさ、こいつらを手伝ってるんだ』

 

『……はぁ?』

 

 片眉を釣り上げながら、霊夢は首を傾げる。

 一体こいつ何を言ってる?

 異変じゃないなら異変じゃないで、何故手伝いなんか?  と。

 しかし実際は、口でそう言いながらも彼女自身、双也に"そういう所"があるのは承知の上であった。そこまで疑っていない、と言うのが本音である。

 そして、こういう時には必ず溜め息が漏れてしまうというのが、霊夢の一種の癖であった。

 

「(成程、それでご主人の側に……。 だが……)」

 

 ならば警戒は必要ないのかも。

 ナズーリンは、霊夢と話す"得体の知れない男"を見やりながら、ふっと僅かな警戒を解いた。

 手伝ってくれるのならば好都合。 先程宝塔が飛んでいたのも、彼が引き寄せたと言うなら合点がいく。

 ーーだが残念ながら、ナズーリンの、強いては星の不安はまだ続く。

 

『それで、博麗の巫女。 君はそれをどうするつもりでいるんだい?』

 

『ん? コレ?』

 

『そ、そうです! それ私が失くした物なんですよ!

 ……返してくれますよね?』

 

 星の懇願する様な視線に晒された霊夢は、相変わらず弄んでいる手元の宝塔に視線を落とした。

 輝く玉に台座と屋根のような物が付いていて、掌から少しだけはみ出るほどの大きさの物体。

 一見唯の高価な置物程度にしか見えないそれに、しかし霊夢の感知力は、その小さな物体に込められた"不思議で大きな得体の知れない力"をしっかりと感じ取っていた。

 

 勿論、星やナズーリンは勿論の事、ある程度の説明を受けた双也もその力が"法力"と呼ばれるものだという事は知っている。

 だからこそ、法力がどんな物かを知っている双也は、この件が異変ではないと結論付けた訳だがーー霊夢にそれは、正直な所関係がないのだ。

 

『(……双也にぃはああ言ってるけど、得体の知れない力ってのは得てして得体の知れない使われ方をするもんなのよね……)』

 

 博麗の巫女にとって大切なのは、如何に物事を推察し、妖怪の成す事柄に対処していくかである。

 偶然にも今回の件に関与していると見られる者達の大切にしている物を手に入れた霊夢には、十分な熟考の余地があった。

 そもそも、敬愛する双也の妹である以前に博麗の巫女である霊夢としては、異変に関する物などそう易々と渡せるものでもないのである。

 なら、どうするか。

 そんなの決まっている。

 

 

 

『私に勝ったら返してあげるわよ』

 

 

 

 弾幕勝負の使い所だ。

 

『えぇっ!? そのまま返してくれないんですか!?』

 

『物事は弾幕勝負の勝敗で決定できる。……そういうルールだしね』

 

 と言いつつも、れっきとした理由はあった。

 確かに妖怪の起こそうとしている物事への対処は博麗の巫女の仕事である。

 予防も必要だろうし、極端な事を言えば、"妖怪は見つけ次第に対処する"という霊夢の考えも一理はある。

 だがそれ以上に、起こされた異変の対処こそが博麗の巫女の一番の仕事だ。

 異変と妖怪退治は大抵の場合がイコールの関係である。

 仮にここで宝塔を穏便に渡し、そしてそれが原因で大規模な異変が起きた場合だって、例外ではない。

 結局、"それ"に異変の可能性があるならば、渡そうが渡すまいが霊夢が動く事に変わりないのだ。

 

 なら、ここで渡さなくても良いじゃないか。

 どうせ戦う事になるなら、予防線は張っておくべきだろう?

 

 霊夢は不敵に微笑みながら、大幣を構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーって訳だな。 霊夢にも困ったもんだ」

 

「成程……霊夢さんらしいと言えばらしいんですけどね」

 

「っていうか、それなら双也が止めてくれれば良いのに……」

 

 時は戻り、船内廊下。

 星と霊夢の戦闘が目の前で繰り広げられる中、双也は早苗と水蜜に事の顛末を説明していた。

 苦笑いながらも同調する早苗とは対照的に、水蜜はどこか双也を責めるかの様な視線をしている。

 やはり、船が壊れる状況の中で止められる立場にいながら、しかし止めなかった彼には、少しばかりの悪態が口から漏れ出てしまう様である。

 だがそんな視線を受けながらも、双也は微笑みながら返した。

 

「それも考えたんだがな、多分霊夢だって色々考えての行動だと思うんだ。

 それくらい重要な立場にいるんだし、何より決して馬鹿じゃないって事を俺が知ってる」

 

「でも……」

 

 双也の言い分に理解は得つつ、しかしやっぱり納得出来ない様子の水蜜。

 まぁ仕方ないよな。 と、双也も内心で妥協しつつ、水蜜の頭をポンポンの撫でた。

 

「え……?」

 

「だいじょーぶだって。 俺だってお前達の手伝いをしてる身なんだ、そう易々と諦めたりしないよ」

 

 もう一度、ポンポンと。

 若干子供扱いされている気がした水蜜だったが、それが双也の本心であるとその表情から悟ると、彼女はコクリと頷いた。

 

 さて。

 

 振り返り、確認する。

 水蜜の悩みの種となっている二人の戦闘は果たして、どうなったのか。

 星が勝っているならば問題は無し。出る幕はない。

 霊夢が勝っているなら、はてさてどうしたものか。

 十中八九、霊夢が勝つだろうなぁと心の片隅で思いながら、目を上へと向ける。

 見上げた双也の視界には、丁度吹き飛ばされて床に激突する、星の姿が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらず、無茶苦茶やってるわねぇ……」

 

 溜め息を吐くような口振りで、紫はポツリと呟く。

 彼女の視線は、掌ほどの大きさに開いたスキマの向こうーー双也達の様子を見守る様に注がれていた。

 

 見守る様に、と優しく表現したが、それはあくまで見た目の話。

 その溜め息に含まれる成分には、しっかりと"呆れ"も混じっていた。

 それは、背後で入れられるお茶のコポコポという音に混じって、マヨヒガの空間に染み入っていく。

 

「また双也様が何かしでかしたのですか、紫様?」

 

 そんな紫に、掛けられる声が一つ。

 それは、丁度彼女の後ろに控えている八雲 藍の声だった。

 手元のお茶が程度良く冷めるのを待ちながら、藍は微笑ましい表情で紫に問う。

 紫は、"ふふ"と小さく笑った。

 

「そうね、しでかしたと言うより、何だか変な方向に話が進んでいるみたいよ」

 

「というと?」

 

「双也は、今回の件が異変になり得ないと判断したらしくてね。

 普通そこで帰ってくれば良いものを、まさか向こう側の手伝いを始めるなんて、思いもしないでしょう?」

 

「そ、それはまた……」

 

 双也の予想外な行動を聞き、藍は苦笑いを零した。

 なんともまぁ、どこまでも常識外れなお方だ、と。

 ただ、そこに呆れは多少あろうとも、軽蔑や幻滅は含まれていなかった。

 

「ですが、双也様がそう決めたのならば、紫様は止めるつもりなどないのでしょう?」

 

「そうね。 信じているもの」

 

 明らかに間違った時は、正してあげるだけよ。

 最後にそう付け足し、紫は再びスキマの向こうを見据えた。

 どうやら今は、双也が霊夢を説得か何かしている様だった。

 弾幕ごっこで賭けた宝塔とやらの事だろうか?

 本当ならば、あの虎の妖怪が負けた時点で霊夢に所有権がある訳だが、双也なら、それくらいの障害で手伝いを放り投げたりはしないだろう。

 紫は歪んでしまう口元を扇子で隠しながら、これから先に何が起こるのかを内心でワクワクしていた。

 

 その様子を背後で見、藍は。

 

「……ふふ、双也様も幸せ者ですね」

 

 紫にこれだけ想われているのだから。

 ーーと付け足す前に。

 藍は、その言葉に反応したらしい紫の視線が、いつの間にか己の方を向いていることに気が付いた。 正確には、そういう視線を感じた。

 顔を上げてみれば、確かに紫が、少しだけ不思議そうな顔をして藍を見つめていた。

 

「……紫様?」

 

「……ねぇ、藍。 今更だけれど、その"双也様"って、何?」

 

「……え?」

 

 何ってそりゃ、彼の事だろう?

 他に誰がいる?

 藍の固まった表情にそんな言葉を感じ取った紫は、更にもう少し言葉を続けた。

 

「その、"様"って? どうして付けているの?」

 

 それは、紫の素直な疑問だった。

 藍の主は紫である。

 それは、八雲 紫という妖怪を知っているならば藍のことも知っていて当然と言うほどに、広く知られた事実だ。

 そして藍も紫のみに忠実な式であり、彼女の他に(へりくだ)った態度を取る者は存在しない。

 なら、"様"というのは?

 それは双也を、敬っているということか?

 

 その疑問が真なるものなのは確かだが、とうの藍自身にとっては、実は違った。

 むしろ、"紫ならば(・・・・)そう驚くことでもないだろう"とすら思っていた。

 だから、次の言葉は、紫の不意を突いた様な形で藍の口から漏れ出たのだった。

 

 

 

「え……? そりゃ、双也様もすぐに私の主人になるでしょうし。

 敬うのは当然の事ではないですか」

 

 

 

 ーー紫の時間が、暫く止まった。

 いや、それは紫の体感時間であって、藍にとってはほんの一瞬だったのかもしれないが、紫にはその言葉を理解するのに一瞬(数時間)の時を要した。

 そして、必然か。

 紫の顔は次の一瞬で、真っ赤に染めあがった。

 

「……な、なな、何を……っ!?」

 

「? 何、と言われましても……"運命の契り"、でしょうか。

 紫様と双也様が築いた絆と愛は、既にそれ程のものであると私は判断していますので」

 

「〜〜〜〜ッ!!」

 

 藍の淡々とした口調に、紫は益々顔を染め上げる。

 何の躊躇いも恥ずかしげもなく"愛"だの"絆"だのと口にする彼女の姿こそが、何よりも紫の心を沸騰させる原因となっていた。

 

「紫様、この際だから言いますが、私は昔から心配していたのです。

 紫様はそれだけの智慧と力と美貌を持ちながら、余りにも性に無頓着であると」

 

「あ、あぅ……」

 

 紫には、言い返す事が出来ない。

 藍の言い分が至極正しい事なのだと理解しているのだ。

 

 紫は、双也を想うようになる以前に誰かを愛した事はない。

 妖怪間の抗争や実力をつける為に、そんな時間がなかったと言えばそうなのだが、何よりもそんな欲が一切無かったのだ。

 ーーいや、もしかしから、その頃からずっと、内心では双也の事を想っていたからなのかもしれない。

 だがそれは、本人ですら知る由のない事である。

 紫だって、気が付かぬうちに彼を好いていたのだから。

 

 「良いですか紫様? 生物の端的な目的は子孫を残す事です。 そして紫様の遺伝子を継いだ子を成すともなれば、それは直接的にこの幻想郷の為にもなるのです。

 そしてそのお相手には、紫様以上の強大な力と非常に強い絆を持った、双也様こそ相応しいと、私は思っているのです」

 

「ちょ、ちょっと藍……?」

 

「私も、紫様と双也様が愛を育む際に邪魔など一切致しませんし、もし子が産まれたならば、お忙しい紫様に代わって精魂込めてお世話をする覚悟も既に出来ております。

 ですから紫様、もう少し素直になられても良いのではないかとーームグッ」

 

「ス、ストップ! 一体どれだけ先の話をしているのっ!?」

 

 咄嗟に、紫は藍の口に手を当てた。

 それ以上は話さないで! というのである。

 藍の態度に恥ずかしさや照れの限界を超えた紫は、その顔を更に赤く染め上げていた。

 藍は、予想以上の反応に内心で小さく驚きながら、当てられた紫の手をズラして更に続ける。

 

「……何故そう恥ずかしがるのですか? 紫様と双也様は、恋人となってもう既に一年以上も経っているでしょう?

 幾ら妖怪でも、性欲くらいあって当然だと思うのですが」

 

「そ、そりゃ、私だって……」

 

「……?」

 

 ふいっ、とそっぽを向いた紫の耳は、やはり顔と同じように赤く染まっていた。

 しかし、藍の注目する場所はそこではなく、紫の雰囲気そのものが若干変わった、というところだった。

 大きな違いではない。 相変わらず紫は恥ずかしがっているし、耳も赤い。

 だが、そりゃ……と言いかけた時の紫の雰囲気はーーそう、少しばかりの優しさを含んでいる様に思われたのだ。

 

「……双也ね、神界から帰ってきてからは、前にも増して自由に行動するようになったの。 本当に、したい事を片っ端からしているようにね。

 ……その双也が、私と"そういう事"をしたいってまだ思わないなら、私は待とうと思うの。 私も、私の我儘で無理矢理したいとは思わない。    

 ……だから、待つわ」

 

「紫様……」

 

 双也の事を真に理解している事。 それが、紫が双也の恋人である事の証明である。

 紫から見て、帰ってきた双也は、西行妖の件以外には行動に変化が現れていた。

 自由奔放にマイペースに。

 元の彼が戻ってきたと言えばそうだが、長らく彼を見てきた紫をして、それとも少し違う。

 双也をそう理解した紫には、彼が間違った事を選ばない限り、無理に彼の道や選択を捻じ曲げる事など出来はしないのだ。

 紫と双也の間に、強い信頼がなければ出来ない事である。

 

 紫の語りに深い愛と絆を感じた藍は、彼女の姿に柔らかい微笑みを零した。

 ーーしかし、その二人の絆の中で、ふとした疑問が浮かび上がった。

 なんて事はない。 "もしかしたら"の話なのだが、藍は訊かずにいられなかった。

 

「……紫様」

 

「何かしら」

 

「もし……もし、紫様よりも先に双也様が亡くなるかもしれないとしたら……どうしますか?」

 

 ピクリと、紫の肩が僅かに揺れる。

 それに、藍が大した反応も示さなかったのは、紫が悩むだろうと判断し、答えを急かさない為である。

 程なくして、返答は帰ってきた。

 

「……その時は、多少我儘になるのも一興ね♪」

 

 顔だけを振り向かせた紫は、少しだけ頬を染めて微笑んでいた。

 その表情のなんと(あで)やかな事か。

 藍はその表情に息を呑み、返答が返せなかった。

 

「とは言え、藍?」

 

 そんな藍を気にもせず、紫はそっと丁度良くぬるくなったお茶を手に取る。

 藍は、ハッとして彼女の言葉に耳を傾けた。

 

「私達が一緒になったとしても、その"様"っていうのは止めておきなさい。

 彼には既に、十一人の優秀な部下達が居るのだから。 混同してはいけないわ」

 

「は、はぁ……」

 

 勿論、この部下達とは、地獄の閻魔達の事なのだが、藍にはそれを知る由も無い。

 ただ理解を得ぬままに空返事を返すことしか出来ないのだった。

 

 お茶を啜りながら、少しだけ日の傾き始めた空を仰ぐ。

 紫は遠い先の事を見据えていた。

 

「(……死の訪れによって、私達が離ればなれになる時、か……。

 そうしたら……私は一体、どうなるのかしら……)」

 

 晴天の空は、紫をその答えに導く事は当然なかった。

 

 

 

 

 




予想では二百十話位で完結する気がします。

ではでは。


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第百八十六話 新たな住人

魔人と妖怪の違いィ? 知らんなそんなモンは。

ではどうぞ。


 ーー法界。

 

 幻想郷にも扉が存在する屈指の危険地帯、"魔界"の一部と言われる、強力な結界に包まれた世界。

 

 人間にとっては毒にもなり兼ねない濃密な瘴気と協力な妖怪ーーいや、魔人達が跋扈する魔界とは異なり、法界は異常な程に空気が澄んでおり、そこに住む妖怪達はとても穏やかな暮らしをしている。

 

 ーーというのは、星 曰くの話である。

 

 俺自身法界なんて所には行った事が無いし、何なら今回初めて聞いた名前だ。

 なら何で星は知っていたのか、という話だが、実は、そもそも白蓮の封印の解き方を一輪達に教えたのは星なのだとか。

 それなら納得だ。

 封印法を知っている者が、その場所の事を知らない訳がない。

 まぁ、もともと星が嘘を吐く奴とは思っていない訳だが。

 

 そんなこんなで何とか霊夢を説得ーー主に今回の件には危険がない事ーーし、飛倉の破片を集めに行っていた一輪とも合流し、総勢八人に及ぶ魔界突入パーティが結成された訳である。

 

「はぁ……なんで私がこんな事……」

 

 甲板にちょっとした椅子を作り出して座っていると、隣でぶつくさと小言を垂れていた霊夢が大きな溜息を零した。

 俺が説得に成功してから、彼女はずっとこうである。

 きっと俺と同じように肩透かし感を食らって気が滅入っているのだろう。

 

「いいじゃんか。 どうせこの船の奴らも幻想郷の住民になるんだ。

 顔は売っといて損しないぞ?」

 

「そうかもしれないけど……。

 そもそも双也にぃが悪いのよ。 異変じゃないって分かったならさっさと帰れば良かったのに 」

 

「あー、なんか紫にも同じ事言われそうだ。

 まぁでも、良いんだよ。 自由に過ごすのが一番さ。 よく知ってるだろ?」

 

 それどういう意味……?

 ジト目で睨まれたが、軽く さぁね? と返した。

 そうしたら、軽く大幣で叩かれた。

 

 ーーそう、自由に過ごすのが一番だ。

 生にとても短い限りのある人間ならば尚の事。

 好きなように食べて、好きな様に寝て、好きな様に運動して、好きな様に恋をして。

 そして好きな様に、死んでいく。

 勿論、怠惰を貪る事が良い事とは思わない。 けど、人生ってそうあるべきなんじゃないかと、最近思う様になったのだ。

 

ポフ「……? 何よ?」

 

「お前は幸せ者だな、霊夢」

 

「はぁ?」

 

 そういう点、霊夢は本当に自由に生きていると思う。

 気が向くままに行動して、気が向くままに気持ちを誰かにぶつけて。

 見ていて本当にこう思う。

 "こいつは誰にも縛られないんだな"と。

 だから霊夢は、本当の意味で幸せな人生を歩んでいるんじゃないだろうか。

 兄貴分として、誇らしい。

 

「(ーーなんて、考え込むのは柄じゃないな)」

 

 霊夢を軽く撫でていた手を止めて、そう思い直すと、無意識のうちに自嘲気味な溜息が漏れた。

 全く、年を取るとどうでも良い事を考えてしまって仕方ない。

 俺の心は、一億年前から十七歳の現役高校生のままだと言うのに。

 

 

 ーーいや、どうでも良い事ではないか……。

 

 

「……さて、そろそろ時間かな」

 

 立ち上がり、グッと背伸びをした。

 星達の準備が終わるまで暇だったのでここに来たが、案外悪くない時間だったと思う。

 すぐ後ろでは、霊夢の立ち上がる音も聞こえた。

 そしてーー。

 

「その通りだよ」

 

 すぐ近くの扉から、そんな声が聞こえた。

 

「準備が終わった。魔界に突入するから、中に入ってくれ」

 

「はいよ。 行くぞ霊夢」

 

「はいはい……」

 

 ナズーリンの後に付いて、ドアを閉めてすぐ後。

 

 魔界に突入したと思わしき、大きな揺れが船を襲った。

 

 

 

 

 

 

 揺れが止むと、八人は揃って甲板に出た。

 船が動き続けているので侵入したことは確実だったが、やはり、この事を悲願としていた一輪達としては、自らの目で確かめたかった様だ。

 扉を開けたその先の光景はーー。

 

「……何もないんだな、法界って」

 

「そりゃそうですよ。 ここは一人の魔法使いを封印する為だけに出来た世界なんですからね」

 

 魔理沙の率直な感想に、星は至極簡潔な説明を施した。

 ーーそう、法界は、ただ一人の魔法使い、聖 白蓮を封じる為だけに生じた世界。

 かつて人間と妖怪を共存させようと願い、そして忌避され、封印されるに至った大魔法使いの為だけに。

 

 同じく魔法使いを名乗る魔理沙からして、それは十分畏怖するに値する事象だった。

 簡潔に説明されただけでも、その壮大なスケールに圧倒されそうだ。

 "一人を封印する為に世界を使うなんて、一体どれだけ凄い奴なんだ?"と。

 畏怖すると同時に、それは魔理沙の興味を強烈に駆り立てた。

 同業者として、興味の湧かない訳がなかった。

 

 "封印された魔法使い"というフレーズに興奮冷めやらない様子の魔理沙とは対照的に、周囲の空気は何処か張り詰めていた。

 元々乗り気ではなかった霊夢も、その周囲の空気に乗って黙ったまま。

 早苗すら、一言も話さない。

 双也を含め、誰もが甲板の先を見据え、目を凝らし、待ち望んだ瞬間の訪れを心待ちにしていた。

 船の突き進むごぅんごぅんという鈍い音の中、空気はますます張り詰めていく。

 

 ーーかくして、想望の瞬間は訪れた。

 

「あ……あれっ!!」

 

 ピンッ!と張った糸を断ち切る様に、水蜜の高い声が全員の鼓膜を刺激した。

 全員が息を合わせた様に、彼女の指差す向こうを見る。

 さてさて、どんな奴なのかーー。

 大魔法使いとは気になるぜ!ーー。

 聖……やっと……っ!ーー。

 それぞれが様々な思いを抱き、見つめるその先。

 彼女らの熱い視線を感じてか、はたまた船の進む音に反応してか。

 一輪達の強い思いの中心は、ゆっくりと、振り返る。

 

「……あなた達……?」

 

 小さく呟いた彼女は、驚愕と期待の綯い交ぜになった表情をしていた。

 上空を飛ぶ皆の目にも映った彼女は、紛れもなく、一輪達が慕って止まない、羨望の中心。

 

 ーー聖 白蓮であった。

 

「聖っ!!」

 

 後ろから弾かれたように叫んだ一輪。

 彼女の声と気持ちに反応したかのように、船は鈍い音を響かせながらゆっくりと降下を始めた。

 ーーしかし、船のそんな動きは、一輪や水蜜、星にとっては焦らされているも同然だった。

 彼女に再び会う事を夢見てきた面々は、船が底を地に着けるまでもなく甲板から飛び出す。

 そして涙すら浮かべながら、地に待つ白蓮へと飛び込んだのだった。

 

「聖……聖! 聖ぃっ!」

 

「やっと……やっとここまで……!!」

 

「……そう、封印を解いてくれたのは、あなた達だったのね……」

 

 感極まり、心が揺れ、その感動と歓喜が涙となって溢れ出る。

 どれだけこの時を待ったか、どれだけこの瞬間を心待ちにしていたか!

 一輪も水蜜も星も、雲山すら、一輪の背後で男泣きしていた。

 唯一ナズーリンだけは、一歩後ろで微笑んでいる。

 しかし、彼女も嬉しくない訳ではないという事を、その表情が示していた。

 泣きじゃくる皆を、聖は聖母のような微笑みで抱きしめている。

 

 その光景を眺めながら、双也を先頭とした霊夢達は、船が着地するのを待ってから飛び降りる。

 霊夢は少し面倒そうに、魔理沙は興味津々そうに、早苗と双也は、手伝った身ということもあって、薄く笑っていた。

 

「いやぁ、封印されてたのにピンピンしてるな。

 衰えててもおかしくなさそうなもんだが」

 

「それだけすごい魔法使いってことだろ!? なぁ!」

 

「魔理沙さん、落ち着いて……」

 

 それぞれの思いを口々にしながら、双也達はゆっくりと歩み寄っていく。

 その声に気が付いた白蓮は当然ながら、静かに警戒を含んだ視線を向けた。

 

「……あなた達は?」

 

「いや、別に怪しい者じゃないんだが……ああいや、この言い回しは無意味だな」

 

 警戒するのは、まぁ当然の事である。

 幾ら身内と同じ船に乗っていたと言っても、白蓮にとっては他人も同然。

 それに加えて馴れ馴れしく話しかけなどすれば、警戒するのは至極当たり前のことだった。

 故に、怪しい者ではない、などと双也が弁明しても、無意味である。

 だが、彼が無意味と言ったのには、もう少し含みがあった。

 

「聖! この人達は昔の人間達とは違うよ! 私達を手伝ってくれたんだよ!」

 

「……え?」

 

「聖を封印した人達の様に、酷い人達じゃありません。

 警戒なんて必要ありませんよ」

 

「そう……なんですか?」

 

 水蜜と星に視線を遮られ、白蓮は戸惑った様に返事をする。

 視線を向けられた双也は、万一にも余計な誤解が生まれぬよう、軽く頷くだけだった。

 

 そう、結局のところ、双也の口からどんな弁明が出てきたとしても、それは白蓮にとって信じるに値しないものである。

 双也も、白蓮が封印された経緯については説明など受けていないーーそもそも手伝うだけの者に深い事情まで説明する理由がないーーのだが、きっと警戒するだろうなぁ、とは薄々思っていた。

 自分の言葉なんかを重ねても、結局怪しまれるよなぁ、と。

 

 なら、余計な口を挟まなければいい。

 自分たちの行動を理解している白蓮の身内に、説明して貰えばいい話である。

 手伝ったのは事実だし、少なくとも双也と早苗には、そこに悪意など微塵もなかった。

 強いて言うなら、これから幻想郷住民となるであろう新入りがどの様な人物なのか、という興味があった程度である。

 双也としては、出合頭から険悪な関係など作りたくないのだった。

 

「(ま、こうして手伝う事で新入りの性質が把握できるなら、手伝った甲斐はきっとあったよな。

 ……紫にも恐らくは、必要な情報だろうし)」

 

 と、不意に虚空を見つめて。

 恐らくは見守ってくれているであろう彼女の事を想う。

 そういえば、今日は紫とゆっくりするつもりでいたんだったか。

 突然出て行ってしまって、内心では寂しく思っていたのだろうか?

 不意に想うと、連鎖的に思い出す。

 双也も本当は、彼女との時間をもっと大切にしたいのに。

 

 ーーさっさと帰ろうかな。

 用事は済んだんだし。

 

 そう思い返し、双也は白蓮達の方へと振り返る。

 どうやら、もう彼女達は船へと乗り込み始めている様だった。

 白蓮にとっても星達にとっても、復活したなら長居は無用である。

 元々魔界は危険区域、もし仮に閉じこめられたりしたら、どうなるのか分かったものではない。

 双也も気持ち急いで、船の方へと駆け出した。

 

 ーーその時。

 

 

 

 ピュンッ!

 

 

 

 一発の弾丸が、双也の眼前を通り抜けた。

 

 それは一瞬感じただけでも身震いする様な、凄まじい妖力と力強さを兼ね備えた、正しく"凶弾"であった。

 その余りにも強い一発の弾丸は、彼の眼の前を通り過ぎた刹那、遥か向こうで大爆発を起こしていた。

 

「グルルルルルゥ……」

 

「……魔人、って奴か?

 法力の結界が解けて、外から入ってきたって感じか」

 

 冷静に推察し、簡単に双也は結論を得た。

 妥当な判断である。

 法界の妖怪達はおとなしい者が多いらしいと聞いていたし、事実ついさっきまで襲っててくる者は一人としていなかった。

 ならきっと、人間の肉を喰らいに外から入って来たのだろう。

 双也は静かに、天御雷を抜刀した。

 

「そ、双也さんっ!?」

 

 爆発に反応したのか、それとも解放された霊力に反応したのか。

 船に乗り込みかけた面々は皆双也の方へと向き直り、焦りの含んだ視線を向けていた。

 

 心配されているのは分かっている。

 だが、優先するべきは皆の帰還。

 双也の取る行動は、初めから決まっていた。

 

「お前ら! 早く乗り込んで出口へ向かえ!

 時間は稼いでやる!」

 

「そ、双也はどうするの! ここに残るつもり!? 」

 

「いいから早くしろ!」

 

 続々と集まってきた魔人達を前に、双也はいつもと変わらない口調で言う。

 叫んだ水蜜は、答えを返さない彼に向けてもう一言叫ぼうと口を開いた。

 ーーが、それを制したのは霊夢であった。

 

「……いいわ、行きましょう。

 私達が出られなかったら意味がないもの」

 

「〜〜ッ、あんた、あいつの妹なんでしょ!? こんな危険地帯に置いておいたまま見捨てて帰るつもりッ!?」

 

「はぁ? そんなつもりないわよ」

 

「……えっ?」

 

 霊夢の言葉は、とても面倒臭そうな声音をしていた。

 

「心配なんてするだけ無駄よ。

 ひょっこり戻ってくるでしょ。

 仮にここに閉じ込められたとしても、空間か何か引き裂いて帰ってくるんじゃないかしら?」

 

「え、えぇ?」

 

「そーそ。 心配なんて無用だぜ」

 

 困惑する水蜜の肩に、魔理沙はいつもの快活な笑みをたたえて手を置いた。

 水蜜に限らず、残ろうとする彼を多少なりとも心配する面々へ向けて、霊夢は何処か誇らしげに、こう言うのだった。

 

「心配無いわ、死にゃしないわよ」

 

 

 ーーだって、双也にぃより強い奴なんてこの世界には存在しないんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、なんか魔人達と戦って時間を稼ぐ事になった訳だが。

 いやぁなんつーか……魔人、強そうなんだよね。

 そりゃ俺が倒せないなんて事は万一にも無い訳だが、量が多い。

 一体一体相手にするのはちょっと面倒だ。

 ……まぁ取り敢えず。

 

「紫、船の援護頼めるか?」

 

『……分かったわ。遠慮なく暴れて頂戴』

 

 虚空に向けて呟いてみる。

 すると予想通り……いや、期待通りに紫は答えてくれた。

 暴れてもいいにせよ、船が守れなかったら意味がない。

 だからこういう時には、遠慮なく紫に頼っているのだ。

 ホント、色んな面で頼りにしてる。

 

 さて、これで問題はない。

 後は迫ってくる魔人達をひたすら切り捨てて、様子を見ながら撤退するだけ。

 なんだ、そんなに難しくないかも。

 

「グォォオオオッ!!」

 

「早速です、かっ!!」

 

 飛びかかってきた魔人の爪を刀で受け止める。

 衝撃は強かったが何とか受け止め、弾くと同時に結界刃で斬り飛ばした。

 が、休む暇は無さそうである。

 

 魔人達は必死に俺の肉を喰らおうと牙を剥き出しに、あるいは爪を光らせて襲いかかってくる。

 怒涛の勢いという奴だ。

 受け止め、斬り、隙を見せたら滅多斬りにして、遠くにいる奴は鬼道で焼き尽くす。

 戦闘方法を確立できてはいるんだが、ふともう一度考えてみると……この量、結界刃が使えなかったらしんどかったんじゃないかな? いや、鬼道も使えるからどうにかなるとは思うけども。

 一対多でも問題なく捌くことが出来るのが無限流なので、現状が余りにもキツい訳ではないが……まぁいいや。

 そんなIFを考えたところで意味なんて無い。

 戦闘に雑念は必要ないのだ。

 

 ーーふむ、早速面倒になってきたな。

 

「邪魔だテメェらっ!」

 

 一斉に襲ってきた魔人達に向けて、思わず怒号が飛んだ。

 やっぱ量が多過ぎる。

 ……ちょっと戦闘方法変えようか。

 先ずは、距離を開けよう。

 

 ズザザッ!と目前にいた魔人を斬り刻み、取り敢えず隙間を作る。

 一瞬出来た俺の隙を突こうと大量の魔人が押し寄せてくるーーが、もう遅い。

 

「特式七十八番『万開斬華(ばんかいざんか)』ッ!」

 

 ドッ、と刀を地面に突き立て、宣言。

 俺の霊力を元に、突き立てた地面を中心に無数の斬華輪が花開く。

 邪魔な物を悉く切り捨てながら開く華が、俺の周囲にいた奴らごと大量の魔人を斬り刻んだ。

 

 さて、こうして隙ができたら……

 

「霊力……解放」

 

 放つのに必要な分の霊力を解放し、刀を鞘に納める。

 ただし、鯉口は切ったままだ。

 霊力を納めたままの刀身に込め、目の前を見据える。

 相変わらずな様子で魔人達は迫ってきていた。

 そのまま集中を高めていく。

 敵は目の前にいる。

 放つのは刃だ。

 研ぎ澄まし。

 真っ直ぐに。

 一振り。

 鋭く。

 放つ。

 

 

 

 全てーー叩っ斬るッ!!

 

 

 

「絶刀『地断(ちだち)(ひらめき)』」

 

 

 

 抜刀し、振り抜く瞬間に込めた霊力を使って風刃を放つ。

 放たれた風刃は全部で九つだ。

 刀身と、その背後に並んだ八つの結界刃から一発ずつ。

 そしてそれら全てが全く同じ軌道を描く事で互いに相乗しあい、爆発的に威力を跳ね上げ、一瞬にして前方を剣閃で白く染め上げる。

 地響きを鳴らしながら、魔界の空を衝くかの如く天高く聳え立った風刃が、迫ってくる魔人達を悉く呑み込んだ。

 

 これが、西行妖の妖力を得て成し得た、二つ目の"絶刀"。

 "天月ノ虚断"が旋空の究極系なら、この"地断ノ閃"は風刃の究極系なのだ。

 剣閃の間合いーー遥か彼方まで届く刃ーーに入るもの全てを巻き込んで、断ち切る。

 実戦用の殺傷型となれば、山一つくらいなら簡単に巻き込み、その向こうの大地まで抉り取るほどの威力だ。

 ……基本的に弾幕用で使うから、打ち所が悪くなければ今回は気絶か昏睡にとどまる筈だが。

 

 轟々という重い音を響かせながら、青白い剣閃が消えていく。

 俺はその光景を背に、静かに天御雷を鞘に納めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんですか、コレは……」

 

「言ったでしょ。 魔人如きに負ける訳ないのよ。 分かった?」

 

「………………」

 

 一同はその光景に、絶句していた。

 正確には、双也の事をあまり知らない者達は。

 目の前に広がるのは、白。

 禍々しい瘴気と妖怪、そして魔人に満ちる魔界には、余りにも似つかわしくない、美しく青白い光であった。

 それが、数多の魔人を巻き込んで立ち登り、まさに法界を両断している。

 この地を断ち切っているのだ。

 

「こ、これ程とは……」

 

「とは言っても、あの技はスペルカード用だけどね」

 

 冷汗すら流しながら感嘆するナズーリンの言葉に応えたのは、船の防衛に当たっていた紫であった。

 相も変わらず不気味なスキマから、甲板に姿を現す。

 

「……紫」

 

「あら、霊夢。 残念ね、手柄を奪われてしまって?」

 

「……それはいいけど」

 

 自慢気に出てきた紫が何となく気に入らなくて。

 軽い皮肉を言ってやろうと思った霊夢は、それすらも見透かされているかのように、紫自身によってタイミングを逃してしまったのだった。

 

「(相変わらず、こいつは恋人自慢が好きね……)」

 

 霊夢の思いは、言葉ではなく溜め息として漏れ出るのであった。

 

「新しい幻想郷住民の皆様、改めて。

 私は幻想郷の管理者、妖怪の賢者、八雲 紫と申します。

 歓迎いたしますわ」

 

 白蓮達に向き直り、妙な程に恭しく。

 そしてニッコリ笑って。

 

「そしてあちらが、幻想郷の法を司る天罰神、神薙 双也ですわ。

 ……以後、お見知りおきを」

 

 その笑みは何処か、"勝手な事はしないように"とでも言うような、裏のあるものにも見えたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーその後、双也は船へと搭乗。

 法界に閉じ込められることもなく、無事に全員で幻想郷へ帰還した。

 船を含め、白蓮達は、当然のように幻想郷に住む事を決意。

 人里の近くに船を変形させた寺ーー命蓮寺を建設し、皆そこで暮らすようになる。

 

 

 

 

 

 ーーだがその時既に、新たな異変の火蓋が、切って落とされていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、そういえばあいつの事忘れてたな……。

 まぁ普段何処にいるのか分かんないし、そもそも異変にゃ関係無いし、見つけた時にでもちょっと話すかぁ」

 

 

 

 

 




"地断ノ閃"を想像するなら、"FF零式、アレキサンダーの「聖なる光」"を思い浮かべると良いですよ。
何ならYouTubeに動画もあるので、参照オススメです。

ではでは。


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第百八十七話 ちょっと惨めな大妖怪

ゴメンなさいっ!!
投稿予約日を設定し間違えていましたっ!!

ではどうぞ。


 ある森の一角。

 宝船騒動が集結し、幻想郷にもある程度の平穏が戻ってからしばらく経ったある日の事である。

 もう春先、大抵の人間ならばその暖かさと気分に浮かされて、のほほんと家でのんびりしていても可笑しくはない時期。

 だと言うのに、根っからの面倒臭がりを自称する双也は、まるでそんな事など気にしていないかの様に外を飛び回っていた。

 

 勿論、何の理由も無く飛び回っている訳ではない。

 現にこうして、彼は目標としていた人物を追い詰める事に成功しているのだ。

 

「全く、いい加減諦めろよ。

 もうあの事件から大分経ってんだぞ?

 子供って歳じゃないだろお前は」

 

 と、酷く面倒臭そうな表情で、目の前の人物に告げる。

 彼の雰囲気こそ、張り詰めたものでは決してなかったが、それを向けられたその相手としては相当気分を害した事だろう。

 何せ、本心を包み隠さずに表した言葉だったから。

 案の定、それを向けられたーー言い換えて、追い詰められた人物は、心外だとばかりに喚いた。

 

「歳の事なんかあんたに言われたくないよ!!

 何さちょっと脅かしただけでムキになっちゃってさ!

 そっちの方が子供なんじゃないの!?」

 

 ビシッと指差し、双也に向けてこれでもかと文句を飛ばす。

 その相変わらずな様子に、双也は頭をガリガリと掻き毟った。

 

「ムキになんかなってないし。 そもそも驚いてないし。

 ……じゃなくて、そういう事言いたいんじゃねーよ。

 いい加減諦めて、一言でいいから白蓮達に謝れっての、"ぬえ"」

 

 ぬえーーそう彼に呼ばれた少女、封獣(ほうじゅう) ぬえは、彼の言い分に"むむむむぅっ!"と唸っていた。

 

「やだねっ! 今更謝る気なんてないもん!

 そもそも、妖怪がイタズラとかしちゃいけないわけっ!?

 あんたはあたしらを根絶やしにするつもりっ!?」

 

「うるさいな。 そこまで考えてねーよ。

 そもそも、んな事しなくても人間は今日も平和に妖怪を恐れてるよ。

 その心配は杞憂ってやつだ」

 

「はぁ!? 何もしない妖怪を人間が恐れる!? ハッタリも良い加減にしときなよ!

 何もしなかったらあたしの存在意義が危ぶまれるでしょうーがっ!!」

 

「………………(あぁ〜もう面倒臭ぇなコイツ……)」

 

 諦めずに屁理屈を並べ続けるぬえに、双也は段々とイラつき始めていた。

 それも当然だろう。

 何せ、この手の言い合いは何度も勃発し、その度になんやかんやと逃げられ続けて来たのだから。

 

 初めは、宝船騒動が収まってから数日後だったろうか。

 簡単に言えば、ぬえが双也を驚かす事に失敗したのが発端であった。

 

『がぉぉおおっ! 食べちまうぞぉお!』

 

『………………』

 

 能力によって、巨大な怪物の姿(のつもり)で襲いかかってきたぬえに、しかし双也は無言で苦笑いする。

 勿論だ。 何故なら、双也にはぬえの能力が殆ど効いていないから。

 要は、本体である少女の姿が見えているからだ。

 大昔に初めて出会った時でさえ、双也は能力を発動したぬえの姿に違和感を覚えていた。

 当時よりも格段に強くなった双也に、今のぬえの能力が効く道理など微塵もないのである。

 

 彼の様子に、明らかな違和感を覚えたぬえ。

 様々な疑問が浮かび上がる中で、彼女はふと"あれ、なんか前にもこんな事があった様な……"と思い返した。

 そしてそれがきっかけであったかの様に、次々と復元されていく昔の記憶。

 双也の事を思い出した時には既に、その顔は真っ赤になっていた。

 

『うわぁぁあんっ! また失敗したぁぁあああっ!!』

 

『うぉいっ! ちょっと待てよっ!』

 

 羞恥を隠す様に逃げ出したぬえを、双也は咄嗟ながらも追い掛けた。

 実は双也の方も、ぬえにちょっとした用があったのである。

 ただ、もともと"偶然会ったらでもいいか"と後回しにしていただけに、突然現れた彼女に不意を突かれたのだった。

 しかし、ぬえだって仮にも長い時を生きた大妖怪の一人。

 その身体能力は、そこらの木っ端妖怪とは格が違う。

 双也も咄嗟に追いかけ始めた為、その時はあっという間に見失ってしまったのだった。

 

 そんなこんなで、なんやかんやと逃げられ続けた双也は、やっとの事でぬえを森の一角に追い詰める事に成功していた。

 既に、ぬえがその能力によって当時飛び回っていた飛倉の破片にイタズラしていたことは知れている。

 そしてそれを認めていながらもぬえは頑として謝ろうとはしないのだった。

 何度も何度も、それこそぬえを見かける度に説得を試みる双也であったが、成果は未だ得られない。

 そのまま、今の今まで、ズルズルと先延ばしにしてしまっていた。

 そんな経過を経て時既に大分経ち、彼のイラつきもピークに差し掛かりつつあったが、ここまで来れたのならもうどうでもいい。

 後はどうにかして、こいつを命蓮寺まで連れて行くだけだ。

 双也は軽く深呼吸し、突沸しそうになる心をどうにか鎮めた。

 

「あのなぁぬえ、そりゃ妖怪にとって恐れられることは存在するのに必要不可欠だけど、無理矢理恐がらせる必要も特に無いんだよ」

 

「はぁ?」

 

「お前だって分かってるだろ?

 そもそも幻想郷は"そういう前提"の元に作られてるんだ。

 "人は妖怪を恐れ、妖怪は人に退治される"っていう掟を前提にな。

 お互いに譲歩して共存を成し得てるのに、そこでお前が大なり小なりやり過ぎれば、成敗の対象になる。

 俺だって別に、お前を成敗したくて追い回してるんじゃないんだから」

 

 危ういバランスを保つ中で自分を主張しすぎるものがいれば、天秤が傾かない様に取り除く必要がある。

 それが殺す事に直結する訳ではないが、痛い目にあうのは確かだ。

 ぬえだって馬鹿な訳ではない、それくらいの頭は使える筈である。

 そもそも、双也は驚かされたのを憤って追い掛けていた訳ではないし、"ぬえが最近暴れてるから退治してほしい"と紫に頼まれた訳でもない。

 色々と、すれ違いが起きているのだ。

 

「……でも、妖怪の本分には変わりないじゃないの!

 だからやめようとも思わないし、イタズラしたって謝んないからね!」

 

 ふいっ、とそっぽを向き、ぬえは再び空に飛び上がった。

 追い詰められた為上方向にしか逃げられないのだろう。

 その様子に、双也はもう一度深い溜め息をついた。

 

「はぁ〜……仕方ないな。 ちょっと手荒だけど……引き摺っていくからな」

 

 ーー縛道の六十三『鎖条鎖縛』

 

 放たれた霊力の綱が、空飛ぶぬえの足首に巻き付き、続いて身体中を巻き上げた。

 

 ーー縛道の六十一『六杖光牢』

 

 続いて現れた光の錫杖は、勢い良くぬえの身体に突き刺さる。

 

「何時までも懲りないお仕置きっつー事で、次いで」

 

 ーー破道の十一『綴雷電』

 

「ぎゃぁぁぁあああっ!! 痛い痛い痛いぃっ!!」

 

 鎖条鎖縛の綱を伝い、バリバリと電撃が襲い掛かった。

 死んでしまうほどの威力ではない故にお仕置きにはちょうどいい破道なのだ。

 "そうだよ、最初からこうしてりゃ良かったじゃんか"と、双也も内心で呟いた。

 

 双也は"綴雷電"を止めると、プスプスと少しだけ黒い煙を上げるぬえを引き寄せ、文字通り彼女を引き摺り始めるのだった。

 向かうは、人里近くの命蓮寺である。

 

「ぅぅうっ、鬼ぃ! 悪魔ぁっ! 幼気(いたいけ)な女の子を簀巻きにして引き摺るなんて何事だぁっ!」

 

「はいはい、幼気幼気」

 

「何だその言い方はぁっ!!」

 

 縛り上げられて引き摺られる。

 余りにも惨めな姿となったぬえの叫びは、森中に木霊していたという。

 

 

 

 

 

「ところで、ぬえ」

 

「……何さ」

 

 ズルズルと引き摺る音の中に、ぬえの不満気な返答が混じる。

 最早文句を飛ばし続けるのにも疲れたぬえは、ただただそうして不満の意を目と声で発信するしかできないのだった。

 しかし、当の双也は何処吹く風。

 彼女の不満などないものの様に、言葉を返していく。

 

「お前、まだ何かイタズラしてんのか?」

「……は? 何言ってんの?」

 

「いや、まだ俺に幻覚見せようとしてんのかと」

 

「……はぁ??」

 

 心外だ。

 そんな叫びが聞こえてきそうな程にぬえは声を歪めた。

 だって、自分は追いかけ回された上に電撃を浴びて、挙句簀巻きにされて引き摺られているのだ。

 これ程惨めな姿は無い。

 そこから更に疑われるなんて。

 あまりと言えばあまりの扱いに、ぬえは瞬間的に怒りを滾らせた。

 こんな惨めな状態で発露する怒りが、同様に惨めな物だと何処かで分かっていながら、それを心の内で叩き伏せられる程度には。

 

「あんた、そこまでしてあたしを悪者にしたいのか!!

 そもそも、あたしの能力は通用しないってあんたが一番知ってんでしょうーが!」

 

「いや、確かに効かないんだけどさ……なんか、幽霊がたくさん見えるから、幻覚なのかと……」

 

「幽霊ィ??」

 

 他意なく、且つ素直な疑問だとぬえはなんとなく察したが、それで怒りが萎えることはない。

 その程度で萎える様な怒りを覚える程、ぬえは真っ直ぐな性格をしていないのだ。

 隙さえあれば難癖付けて、次いでに悪戯できたら万々歳。

 そういう意味では、ぬえは実に天邪鬼な妖怪だった。

 

 とは言っても、双也の口にした話に気が向かないと言えば嘘になる。

 疑われたのは心外だったが、同時に、自分の仕業ではない事柄となるとどうしても気になるものだ。

 

 ーーまぁそうは言っても、幽霊なんて木っ端妖怪と同じくらいいると思うけど……。

 

 自分の考えも心の内で浮かばせながら、やっぱり気になる。

 そもそも、"幽霊が珍しくない"なんて事は、自身よりも長い間ここにいる双也だって分かっている筈だが?

 若干の違和感を覚えながら、しかしその興味の向くままに、ぬえは動かしにくい首をどうにか回して周囲を見渡す。

 ーーその拍子だった。 ぬえの強烈な怒りが消し飛んでしまったのは。

 

 

 

「〜〜ッッ!!?!??!?!?」

 

 

 

 すぐ、目の前に。

 それこそ、もう少し近付けば唇が触れてしまう程近くに、それ(・・)は居た。

 曖昧な姿、透き通った身体。

 漂う冷気と、辛うじて確認出来る虚ろな瞳。

 眼球が飛び出るのではと思う程見開きながら低い声で唸り、息が掛かる程の至近距離でぬえの瞳をジッと見つめている。

 唐突過ぎる出現に、ぬえは声にならない絶叫を上げた。

 

 ーー目の前に、幽霊の顔があった。

 

「あっ、あがががっ、そ、双也ソウヤそうやぁっ!! ゆ、ゆゆゆ幽霊ゆーれいっ!!」

 

「おぉうなんだなんだ!

 ーーってなんだソレか。 だぁから幽霊たくさんいるんだけどって言ってんだろさっきから」

 

 ぬえの震え切った声に少し驚くも、双也の声音はすぐに面倒臭そうなものに切り替わった。

 ーーホントこいつ、あたしと居る時は面倒臭そうな顔ばっかするわね!

 相変わらずな彼の態度に怒りが再燃しかけるぬえだったが、今はそれよりも、驚きの所為で激しく拍動する心臓が、文句を飛ばす事に抵抗していた。

 だから、懲りもせず視線だけで意を唱える。

 

「ほら、俺ばっか睨んでないで、周り見てみろよ」

 

「うん? ーーッ!!」

 

 顎で示された方へ首を回す。

 先程はそれで完全な虚を突かれたが、今はもう心構えが出来ている。

 だから、大して驚かないつもりでいた。

 ーーつもりではいた、のだが。

 

 二人が見回した視界には、異常な数の幽霊が、ゆらゆらと映っていた。

 

「な、何、この数……! 異常だよこんなの……」

 

「……って事は、ぬえの仕業じゃないのか」

 

「まだ疑ってたのかっ!! 

 ーーってそれはもういいよ! 問題なのはこれが普通じゃないって事!」

 

「……確かにな」

 

 ぬえの訴えに、双也も素直に同感した。

 そもそもよく考えてみれば、ぬえの能力は幻覚を見せる事ではなく、物体を別の物に見せる事だ。  仮にぬえの能力が発動していたとして、幽霊達の正体が何の物質か分からずとも、こんな数の宙に浮く物体など双也は知らないし、聞いた事もない。

 だからどの道、ぬえの仕業ではない。

 内心で彼女にちょっとした罪悪感を感じながらも、双也はそれを無視する事にした。

 彼女の言う通り、それは今問題ではないからだ。

 

 更に、双也に言わせてみれば、たった今漂っている幽霊達が、唯の幽霊の様には感じられなかった。

 これだけの異常事態である、異変である事は最早明確だとしても、原因や概要が分からない以上、彼の不安はやはり拭えなかった。

 

「……あれなんだ? ただの幽霊って感じじゃないんだけど」

 

「……あれ、神霊ってヤツだよ。

 確かに普段から存在はするけど、普通こんなには出てこない。

 ……なんか、あたし達が思ってるよりも大変な事になってるんじゃ……」

 

「……ふむ、神霊か」

 

 ポツリと双也は呟いた。

 何か心当たりがあるのか、それとも唯の納得の証なのかはぬえに判断が付かなかったが、彼が何かを思案している事は分かった。

 

 ーーま、まぁ私が何かする訳ではないんだけどねっ!

 

 成り行きで深刻な雰囲気になってしまい、ふとそのまま自分が異変解決に参加させられる気がしたぬえは、慌てて心の中で反論した。

 勿論双也に聞こえる訳はないのだが、自分の意思を改めて確認する事はできる。

 だから何を言われても反抗する心構えがこの時出来た。

 

 よし、絶対こいつに協力なんてしないぞ。

 頼まれても絶対断る!

 頼まれる可能性自体低くはあったが、この際それはどうでも良かった。

 頼まれないなら頼まれないで手伝うつもりが無かったからだ。

 だから、頼まれた場合の対応だけが重要なのだ。

 そして散々と双也に振り回されたぬえとしては、最早神霊云々よりもそちらが大事だった。

 これは唯のプライドの問題である。

 そしてぬえにとってプライドに勝る理由はない。

 だから。

 

 ーーズルズル。

 

「……?」

 

 不意に、ぬえの視界が横に流れ始めた。

 最早説明の必要など微塵も無いが、まぁ当然、双也が再び引き摺り始めた為である。

 しかし、ぬえはそれを少し不思議に思った。

 いや、不思議というよりも、不自然に感じた。

 

「あの〜、双也? この神霊達はどうするつもり?

 っていうか、何であたしを簀巻きにしたまま移動を始めてるのかな?」

 

「ん? いや、別に理由なんて無いけど。

 神霊達に関しては、まぁ霊夢が何とかするだろ。 霊に関する事だから、今回は妖夢も来るかもしれないな」

 

 いや、その妖夢ってのは知らんけど。

 それはぬえの求める答えとは違った。

 

「いや……え? 何、あんた異変解決しに行くんじゃないの?」

 

「はぁ? 何で俺が異変解決しなきゃならないんだ?

 成り行きとか、頼まれたならまだしも」

 

「……えっ?」

 

 ぬえは、只々ポカンとしていた。

 ちょっと頭がショートしていた。

 

 え、あれ? こいつって異変解決者じゃなかったっけ? だって前の異変の時船に乗ってたよね? あ、でもあれって厳密には異変じゃなかったらしいし……ああいや、でも解決に出た時点では異変だって思ってた訳で、異変解決に乗り出した訳であって……。 あれ? そもそも何でこいつこんな事言い出すの? あんたの妹、異変解決者だよね? 手伝ってあげてるんじゃないの?

 

 グルグルと意味のない疑問が渦を巻く。

 そしてぬえはそこから抜け出せないでいた。

 直前とはいえ、あれだけ想定して今度こそ振り回されまいとした彼女の対策は、双也の前に呆気なく敗れ去ったのだった。

 そりゃ、想像の斜め上をいく返答を返されれば、ショートしてしまうのも珍しい事ではない。

 ただ、ここまでの経過を経たぬえにとってはそれが屈辱でもあり。

 

「ほら、俺達は構わず命蓮寺に行くぞ」

 

「〜〜ッもうヤダこの人〜っ!!」

 

 ーー再び、彼女の悲痛な叫び声が、幻想郷に響き渡る羽目となるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーーこれは一体、どうした事だろう?

 

 聖 白蓮は困惑した。

 只々困惑して、それを表に出さないように偽ろうとするのに精一杯だった。

 寺の中はいつも通りだ。

 朝起きて、軽く掃除をし、教えを説く準備を整える。

 大抵はこの間に一輪や星や水蜜が起きてきて、食事の準備とか、寝間着の回収だとか、そういう手伝いをしてくれる。

 そしていつも、午後には説教を始められる状態である。

 

 そこまでは今日も同じだった。

 いつも通りに人が集まり、そして妖怪が集まる。

 現に、自分は今だって皆の前で教えを説いているところだ。

 

 ーーしかし、ただひたすらに集中できないでいた。

 

 始終ずっと上の空というか、自分が何を言っているのか理解できていないというか。

 目が右に左に泳ぎまくっている事だけは確かだ。

 幸いなのは、それが白蓮だけではなく、目の前にいる一部の妖怪達も同じ状態に陥っているという事だろう。

 これが白蓮一人だけの様子だったら、さすがの彼女も恥ずかしくて説教なんて続けられない。

 

 だが、余りにも集中を欠いているのは事実である。

 "目の前にユラユラと揺れ動く神霊達を見て"、白蓮は心の中で深い溜息をついた。

 勿論口だけは動いている。

 動かして喉を震わせているというだけで、意識などほんの一欠片だって相手には向いていないのだが。

 

「(……やっぱり、アレ(・・)の所為ですよね……)」

 

 口と意識を切り離しながら、器用にもそんな心配を膨らませる。

 とういうのも、この事態には少しだけ、心当たりがあるのだった。

 大分前の事だが、自分達が幻想郷へ来た時に施したある"予防線"。

 そしてその予防線となっている自分自身の力が足りなかったという事実。

 白蓮は思わず、大きな溜め息を吐きそうになった。

 

 ーーっといけないいけない。 あくまでもお説教中でしたね……。

 

 白蓮はハッとして、再び思考を元に戻した。

 こんな大勢の前で突然溜め息なんかしたら、どんな目で見られるか。

 少しだけ臆病とも思えるそんな恐怖感でどうにか思考を持ち直し、白蓮は今度こそ集中しようと前を見た。

 

 ーーそんな折の事である。

 

「………………」

 

「(……?)」

 

 静かに側に寄ってきた一輪に、ちょんちょんと肩をつつかれた。

 何事かと不思議に思ったが、白蓮が問いかける前に一輪は顔を寄せ、そっと耳打ちをした。

 

「! そうですか。 では、説法の方は星に頼んでおきます」

 

 あくまで小声で。

 白蓮はそう一輪に言い残すと、すっとその場を後にした。

 向かうのは客間である。

 何でも、彼女に客が来ているらしい。

 勿論、唯の客だったならば、説法を抜け出してまで相手などしない。

 だが、今回はそうもいかないーーというより、白蓮自身も少し頼みたい事のある相手だった。

 

「(向こうから来てくれたのならば、丁度いいですね)」

 

 心の内でそう思いながら、若干申し訳ない気持ちも湧き上がってきて。

 何とも複雑な気持ちのまま、白蓮は静かに客間の戸を開けた。

 そして、微笑みかける。

 

「お待たせしました。 歓迎しますよ、双也さん」

 

 客間には、既に双也と見知らぬ妖怪(簀巻きにされたぬえ)が座っていた。

 

 

 

 

 




ぬえって弄り甲斐のあるキャラですよね(笑)

ではでは。


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第百八十九話 かつての約束

先週は、設定のし間違いで投稿が遅れてしまい申し訳ありませんでした。
これからはもっと気を付けます。

では、どうぞ。


「さて、それでだな」

 

 向かいに座る白蓮へと、そう話を切り出す。

 "それで"とは言っても前置きとか何もしてないから、白蓮はちょっと不思議そうにしていた。

 うん、そこで何も言わないあたり彼女の優しい性格が伺えるな。

 

「今日来たのは、ちょっと今更な用事があってだな」

 

「今更……とは?」

 

「今更は今更だ。 ホント、どうしようもなく今更な用事なんだよ」

 

 と、ぬえに聞こえるように少し含んでみる。

 相変わらず簀巻きにしたままなので彼女には一切の抵抗が出来ないが、代わりに低く唸りながら睨んできた。

 おーおー、微笑ましいなこのやろー。

 

「お前が復活する直前ーーまぁ、星達が頑張ってた頃だな。

 その頃の話、あいつらから何か聞いてないか?」

 

「本当に大分前の話ですね……。うぅん……」

 

 先ずは白蓮が覚えているかどうか。

 覚えていなかったら別にいいという訳ではないのだが、覚えていてくれたら話が早い。

 白蓮は、虚空に目を泳がせながら思案している。

 大分前の事だから、やっぱり覚えていないのかな。

 

「それは飛倉の破片の事かい、双也?」

 

 そんな折だった。

 戸の開く音と同時に、問い掛ける声が聞こえた。

 中性的な口調の、落ち着いた少女の声。

 そちらに視界を寄せれば、其処には予想通り、ナズーリンが立っていた。

 

「ああ、そうだナズーリン。

 あと、久しぶり」

 

「久しぶりだね、双也。

 元気にしてたかい?」

 

「退屈だったかな。 面白い出来事が何もなくて」

 

「ははっ、君らしいと言えば君らしいが」

 

 白蓮の側へと寄っていくナズーリンに、軽口含みの挨拶を交わす。

 彼女とは話しやすくて良い。

 話し相手の望む受け答えをしてくれる分、話していて飽きないのだ。

 ……まぁ紫ほどではないんだが。

 

 ナズーリンは白蓮の隣に座ると、会話を一先ず断ち切るように軽い咳払いをした。

 そして、少しだけ申し訳なさそうな表情を浮かべた。

 

「悪いね、双也。 聖は少々抜けているところがあるものでね、そんな前の話は恐らく覚えていないんだろう。

 代わりに私が話を進めようか」

 

「うぅっ……言葉が刺さります……。

 ……まぁ弟子に小馬鹿にされるのも慣れてしまいましたが……」

 

 ああ、どうやら白蓮が覚えていないのは"大分前の話だから"以前の問題らしい。

 ナズーリンもきっと責めるつもりで言ってるのではないと思うが、何やら本人的にはそうでもない様だ。

 白蓮ってちょっと不憫な人だよな。

 強いのに。

 

「どうせだから、聖も聞いて思い出すと良いよ。

 どうやら双也は、その事で用があるらしい」

 

「そう……ですね。 すみません双也さん、私の記憶力が乏しいばかりに」

 

「いや、気にすんなよ。

 ナズーリンが説明し直してくれるならこっちとしてもありがたい」

 

 あと、用があるのは俺じゃないけど。

 というのは勿論、心の内で思った事だ。

 

「あの頃の不可解な事と言えば、飛倉の破片に関してしか思い当たらない。

 その事で来たのなら、ちょうど良いと言えるね」

 

「何かあったのですか? 飛倉の破片は問題なく集められたと聞きましたが」

 

「問題っつーか……まぁナズーリン達が法力の事を知ってたからこそ問題なかったんだがな」

 

「……実はね聖。 当時の飛倉の破片は、どういう訳か全く別の物の姿をしていたんだよ。

 だから初めは、集めるのにも苦労したんだ。

 何せ、本物かどうかを判別するのにコツが必要だったからねぇ……」

 

 と、当時の苦労を思い出したのか、ナズーリンは目を伏せて溜め息を吐いた。

 

 飛倉の破片は周囲に法力を纏っていた。

 だからこそ飛び回っていたし、日頃から法力を感じ慣れている星達には、姿が違くとも判別出来たのだ。

 多少苦労はした様だが。

 

 だからこそ、だ。

 こいつ、星達にも判別出来なかったらどうするつもりでいたんだ、と。

 

「で、早い話が、その犯人を捕まえてきたんだ。

 せめて一言謝らせようと思ってね」

 

「犯人?」

 

「……もしかして、それがそちらのぐるぐる巻きになっている……」

 

「"なってる"んじゃなくて"されて"んのっ! 見りゃ分かるでしょ!」

 

 簀巻きにされたままで心底不機嫌なのか、ぬえは言いかけた白蓮に怒鳴り上げた。

 俺も正直驚いたし、ナズーリンも珍しく驚いている。 白蓮なんて跳ね上がったくらいだった。

 つーか、こいつ何で逆ギレしてるんだ。

 お前今回謝る立場だぞ。

 

「おいぬえ、逆ギレしてるんじゃねーよ。

 お前加害者だからな? 怒る立場にないからな?」

 

「うっさい! そもそもあんたが無理矢理連れてきたんでしょーが!

 あたしは謝る気無いって言ってんのに何様!?」

 

「敢えて言うけど天罰神さまだ。

 愛憎そういうマナーには厳しくてな」

 

 少しだけ嘘。

 俺自身に怒りはこれっぽっちだって無いが、謝るのは礼儀だとしてここに連れてきた。

 だから、天罰神云々は関係無い。

 言いくるめるにはちょうど良い肩書きだから使っただけである。

 まぁそれくらいで大人しくなるとは思ってないけど。

 

「むむむっ、何度も言うけどヤだからね!

 そもそもあたしは妖怪として間違った事はしてないもん!

 幻想郷のルールとやらも結構守ってるし、口出しされる謂れはないねっ!」

 

「はぁ〜……だからルール以前の問題だっちゅーに……」

 

 ぬえは非常に捻くれた妖怪だ。

 それは今までの問答で火を見るよりも明らかである。

 説得するにも結局失敗して、文字通り引き摺ってくる羽目になった訳だし。

 でも少しだけ、"後戻り出来なくなったら諦めるかな"とも思っていた。

 無理矢理でも連れて来れば、一言謝るくらい妥協するのでは、と。

 一言、ポソリとでもゴメンなさいと言ってくれれば、俺としてもすぐに解放するつもりだった。

 ーーだが、この有様よ。

 

 捻くれた上に強情とは、厄介極まりない性格してるな、コイツ。

 ぬえの相変わらずな態度に溜め息が漏れ、更に言葉を重ねようと口を開く。

 

 ーー直前。

 

「ぬえさん……でしたよね?」

 

「……そうだけど。

 何さ、あんたもあたしに謝れって言うつもり?

 愛憎だけど、あたしはそんな気毛頭ーー」

 

「いいえ、謝らなくて結構ですよ」

 

「…………え?」

 

 白蓮の一言に呆気にとられたのか、ぬえはポカンと口を開けて固まってしまった。

 その様子を見て、白蓮は優しく微笑んだ。

 

「妖怪として間違った事はしていない……その通りです。

 飛倉の破片を別の物に見せていたのも、自分が妖怪らしくある為。 謝る道理などありません。 謝られる理由もありません。

 それに、結果私はここにいる訳ですから」

 

 白蓮の言葉は、まるで決まり文句のように放たれた。

 いや、言い方が悪いな。

 そんな風に言葉が出てくるのは、そへが本心だという証である。

 つまり白蓮は、ぬえは妖怪として正しい事をした。 だから謝る必要はない、と言いたいのだ。

 何というか、お人好しだな。

 

「妖怪は妖怪らしく、そして人間は人間らしく生きて、共に暮らす。

 それが理想だと、私は思っています。

 だから、そんなに張り詰めないで。 胸を張ってください」

 

「………………」

 

 ……なるほど。 白蓮がかつて忌まれていた理由が分かった。

 つまり、"妖怪は殺すべき者"としていた時代にですら、妖怪と人間との共存を唱えていたと。

 そりゃ、当時からしてみれば妖怪の味方をしているも同然なのだから、忌み嫌われるのも当然と言える。

 そういう意味では、ある意味さとりより立場が悪かったのかもしれない。

 

 ーーでも、だからこそナズーリン達にも慕われているんだろうな。

 ……いや、こいつ(・・・)もかな?

 

「……聖 白蓮、か」

 

 ポツリと、俯きながらにぬえが呟いた。

 静かに落とされた呟きは、まるでその名を噛み締めて咀嚼するかの様にも聞こえた。

 

「……ん」

 

 俺は、ぬえに掛けていた縛道を一気に解いた。

 霊力が霧散して、粒となって消えていく。

 驚いた表情でそれを見たぬえは、不意に俺を見上げて、不思議そうに言った。

 

「……双也? 何で……」

 

「もう必要無さそうだからな。 好きにしろ。

 それでも謝りたいなら、俺は一向に構わないが」

 

 そう言うと、ぬえは若干の逡巡を間に挟んで、躊躇うようにゆっくりと座り直した。

 相変わらず、その視線は手元に落ちている。

 ーーだが暫くして、ぬえは重そうに、だが思い切る様に口を開いた。

 

「……あ、あんた、は……分かるんだね……そう言う、妖怪らしさ、とか」

 

「理解出来る存在でありたいと、思っています。

 人も神も妖怪も、元を辿れば同じ、この世界に生きる一つの生命です。

 その中で何かが蔑まれて、何かが崇められて……そんな差別程、無意味な物は無いと思っています。

 それぞれの生命が、それぞれの"らしさ"持って生きていけたら、素晴らしいと思いませんか?」

 

「……そっか……あんたはそう言う、人間、なんだね……」

 

 そう呟くぬえの声は、少しだけ嬉しそうなものにも聞こえた。

 本当の所、白蓮は既に人間を止めて魔法使い……どちらかと言うと妖怪に近い存在となっている。

  ーーだが、不粋だろう?

 こんな空気の中で"いや、白蓮は人間じゃないけどね"なんて無意識にでも口走れるほど、俺の肝は据わっていない。

 いや、こんな空気でそれを言える奴はきっとここじゃうまく生きていけないだろうな。 みんな空気は大事にするから。

 

 ともあれ、だ。

 ぬえのこの変化を、俺は嬉しく思う。

 誰かに理解されるのはとっても嬉しいって、俺は知っている。

 俺には紫で、ぬえには白蓮だったというだけの話。

 この変化がいい方向に向かってくれれば文句は無いのだが。

 

「……あたしらしくいるべきだ、って言うなら、あたしは謝らないよ。

 恐れられる事は妖怪として忘れちゃいけない事だって、今でも思ってる。

 例えこの土地が、その必要の無い土地なのだとしてもね。

 でも……ね、そのぅ…あ、ありがと……」

 

 ーーうむ、問題無し、だな。

 ぬえの改めた態度に、一人内心で大きく頷く。

 結局謝らせる事には失敗したが、これはこれで成功と呼べる結果になった気がしないでもない。

 まぁ少なくとも、ノーマルエンドくらいには思っている。

 一件落着ーー自己満足に近いがーーである。

 

 だがこの一件が、白蓮の中では本題に移る前の壮大な前置きでしかないという事を、俺は心の何処かで気が付いていた。

 それは本当になんとなく、でも白蓮の雰囲気からはそれが確かに感じ取れる。

 ……決してぬえの一件を軽視している訳ではない、という事だけは言っておこう。

 

「……コホン。 では、こちらの話に移ってもよろしいでしょうか?」

 

「ん……ああ、構わないぞ」

 

 真剣な、そして何処か申し訳し無さそうな眼差しが、ジッと俺の方へと向けられる。

 内容を察したのか、ナズーリンの視線も心なしか真剣なものに感じた。

 

「単刀直入に言います。

 ーー双也さん」

 

 

 

 ーー私の頼みを、聞いてくれませんか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 所変わり、ここはある建物の中。

 大量の神霊が周囲に浮かび、ゆらゆらと揺れる中を、俺は進んでいた。

 中は少しばかり薄暗く、埃っぽくもあるのだが、集まった神霊達がどういう訳か七色に光っているものだから、ここはある種のプラネタリウムーーいや、宇宙空間そのものにも見える。

 まぁ、進んでいて飽きないのは確かだ。

 白玉楼の桜とは違うらしい。

 

「……ねぇ、双也」

 

「ん? なんだ紫」

 

 そうして歩いていると、不意にすぐ隣で俺を呼ぶ声がした。

 横目に視線を送って答えると、当然ながら紫がスキマから上半身を覗かせている。

 彼女は少しばかり不思議そうな声音で言った。

 

「あんな安請け合い、しても良かったのかしら?」

 

「安請け合いって?」

 

「聖 白蓮の頼み事の事よ。

 彼女が嘘を吐いている訳ではないのは分かるけれど、それにしたって不用心だわ」

 

「………………」

 

 うむ、まぁ紫の言う事も一理ある。

 考え無しに何でも請け負うのは優しさでも気遣いでも何でもない。 ただ無謀なだけだ。

 そういう意味では、彼女の頼み事を二つ返事で了解したのは良くなかったかもしれない。

 紫に心配をかけさせてしまったようだ。

 彼女は、今度は上半身だけではなく、全身をスキマから現し、隣を歩み始めた。

 

 白蓮の頼み事。

 それは、簡潔に言えば"危険地帯の調査"だった。

 何でも、命蓮寺を建設した際に見つかった"何かとんでもないもの"を、今の今まではずぅっと白蓮本人が無理矢理蓋をして押さえ込んでいたらしいのだが、これ以上は保たないとの事。

 神霊が集まるようになってしまったのがその現れなのかもしれない、とも言っていた。

 だから、抑え込めなくなる前にそれが何なのかを調べてきてほしいと言うのだ。

 

 ーーそれで、ここ。

 

 命蓮寺の地下に存在する、薄暗いながらも神秘的な空気を満たす建物の中に来ていた。

 因みに、ぬえは白蓮の話を聞いた直後に飛び出して行ってしまった。

 何事かと驚きはしたが、追いかけるのも無粋かと思って放っておく事にした。

 

 で、俺があまりにも不用心だからか、一緒に来てくれた紫は少しばかり不機嫌そうである。

 折角景色が綺麗なのに。

 

「別に、信じていない訳ではないわ。

 あなたは何があってもちゃんと帰ってきてくれる。 だから私は安心して送り出せる。

 ……でも、落ち着きと慢心は別物よ」

 

「分かってるよ、それくらい。 これは慢心じゃない。

 言ってたろ、調査なんだ。

 中を見てくるだけ。 問題無いのなら放っておく。 何もちょっかいは出さない」

 

「……その"とんでもないもの"が襲ってきたら?」

 

「叩っ斬る」

 

「そうよね、もう好きにして……」

 

 呆れて疲れたような紫の声に、俺は少しばかり頬が緩んでしまった。

 分かってる。 無茶はしないさ。

 紫に心配をかけたくはない。

 でも、かけさせてしまったのなら、誠意くらいは見せないと。

 

「……ふふっ、ありがとな紫。

 心配してくれて」

 

「……分かっているなら、心配させない努力をして下さいな。

 あと、笑いながら言うと軽く見えるわよ」

 

「失礼、心配されるってのがこんなに嬉しいとは思わなくてな」

 

「……本当、口が上手いわね……」

 

 本心だ、と言うと、また何か言われそうな気がしたので呑み込んだ。

 きっと紫も分かってくれている。

 俺が冗談でそんな事を言わないのも知っているはずだ。

 

 だが、一つだけ。

 これだけは紫に言っておかないといけない。

 

「でもな、紫。 俺は、ただ何となく白蓮の頼みを聞いた訳じゃないんだ。

 だから本当に、慢心じゃない」

 

「……? それは?」

 

「さっきのは、俺の予想通りでなかったらの話だ。

 心配はいらないーーって言ってもするんだろうけど」

 

「……言わせないで」

 

 おっと、これまた失礼。

 

「そして俺の予想が正しければ……紫にも紹介しておきたい奴が、居るんだよ」

 

 そう、紫には紹介しておきたい。

 俺の予想が正しければ、ここにいるのはきっと、あいつら(・・・・)だ。

 ならば、是非とも。

 何せ……紫よりも古い付き合いの奴らだからな。

 

「まぁ、行ってみればはっきりするさ」

 

 少しばかり不安気な紫へ、俺は心配ないともう一度言い聞かせる様に、微笑み掛けた。

 

 

 

 

 

 




今になって昔の文章を見ると、すっごく穴に潜り込みたい衝動に駆られます。
やっぱ過去の文章って黒歴史になりかねないんですね……。

ではでは。


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第百九十話 "だからこそ"、願う

はい、今回は主にシリアスがメインの話なのですが……またまた、コーヒー飲みながらだと丁度良いかも知れません。

はー、恋って大変ですねー(棒)

ではどうぞ。


 暗い建物の中は、依然神霊の星空が照らしている。

 ぼんやりと暗闇を照らす星々の景色は、これぞ幻想郷、とばかりに幻想的で美しい。

 真っ暗で何も見えない、という程でもない、丁度いい暗さである。

 そんな中を、紫と並んで歩いていた。

 

「……大分広いのね」

 

「そうだな。 飛んで行ってもいいんだが、こんなに景色が綺麗だとなぁ」

 

 この建物の中も大分進んだと思うが、まだもう少し先がありそうだ。

 唯一救いなのは、この星空が、白玉楼の桜並木の様な飽きのくる美しさではない事だな。

 神霊達は点滅を繰り返し、虹色に光ってゆらゆらと揺れる。 簡単に言えば蛍の様だ。

 

「……飛ぶのは勿体無いわ、歩いて行きましょう?

 ……お互い、こうゆっくりする時間は多くはないのだし」

 

「ああ、そうだったな」

 

 紫の言葉に、ふと思い返してみた。

 

 俺達がこうして一緒になってから、もう大分時が経つ。

 大雑把に言えば異変二つ分だ。

 "ずぅっと一緒にいる"と誓ったお互いではあるのだが、それにもやはり限界はある。

 習慣的な会う機会と言えば、せいぜい朝一に会いに来てくれるくらいだ。

 だから、その中でこうしてゆっくり過ごす時間は意外と少ない。

 何せ紫は多忙だから。

 

 別に責任を全部押し付ける気はないが、紫の多忙さ故に一緒にいられない事は多いーーそれでも見守ってくれてはいるみたいだがーー。

 普段は結界の管理やら何やらで意外と多忙で、冬になれば彼女は寝てしまう。 生態の様なものなので、こればっかりはどうしようもできないし。

 "そんなに嘆くなら一緒に寝るとかしろよ!"なんて言われたらアレだが、そもそも俺は冬の間ずっと寝てる何て事は出来ない。

 絶対どっかで起きる。

 つーかそもそも、そんな状況んなったら心臓ばくばくで寝れねーわ。

 

 

 

 ーーなんて、みっともなくも、一緒にいられない事にちょっと言い訳してみる。

 

 

 

 まぁあれだ、結局出てくるのは言い訳ばっかりで、何処かモヤモヤしたこの現状を愚痴ってるだけなんだ。

 解決策なんてものが欠片も思い浮かんできてくれない。

 無駄に知識ばっかり詰め込んで、逆に開かなくなった頭の箪笥をぶち壊してやりたい気分である。

 

 ……まぁ、だからこそ、ゆっくり出来るこの時間を楽しもうって事なんだよな、紫が言いたいのは。

 

 どの道、目的のものを見つけるまではもう少し掛かるだろう。

 ならもう少し、道中に花があっても罰は当たらない。

 この建物の調査がてら、もう少しだけ、この愛しい少女と語らっていよう。

 

 それにーー。

 

「……紫」

 

「なぁに?」

 

「………………」

 

 柔らかく微笑み、その優しい視線を真っ直ぐに向けてきてくれる紫。

 じっと見つめると、その綺麗な瞳に吸い込まれそうになる。

 昔から含みのある物言いは変わらないが、根は慈愛に溢れ、物事を何処までも正しく理解していると、俺は知っている。

 智恵に溢れ、美しく、ずっと側にいてくれると言ってくれた人。

 

 ああ、やっぱり、紫が隣にいてくれて良かった。

 心の底からそう思う。

 ……だからこそ、彼女との時間をもっと大切にしなければ。

 本当は一秒すら惜しい。

 一分では短過ぎる。

 一時間では物足りない。

 一日とは言わずに、もっと長く。

 

「……ありがとうな」

 

「! ……ふふっ、こちらこそよ」

 

 俺に残っている時間も(・・・・・・・・・・)決して多くはな(・・・・・・・)いのだから(・・・・・)ーー。

 

 

 

 

 

 ーー暫くの時が経ち。

 

 虹色に輝く星空の下である。

 薄暗く、埃っぽく、けれども何処か幻想的であるその建物ーー夢殿大祀廟(ゆめどのだいしびょう)の更に奥。

 深淵へと向かうかの様に続く洞窟の中で、二人の足音は美しく響いていた。

 暗闇に満たされ、一歩先も見えないであろうその洞窟はしかし、此度に限っては恐怖などとは程遠く、むしろ感嘆の吐息を漏らすに恥じない景色を生み出していた。

 

 まるで恐怖など感じない。

 感じる余地すら無いほど、輝きながらゆらゆらと揺れる神霊達が、何らかの祝福を上げている様にすら見えてくる。

 ーーそれが、双也には何となく嬉しかった。

 

 気の遠くなる程の時を経ても、未だに思い出せる。

 ほんの数ヶ月の付き合いだったにも関わらず、双也の脳裏には確かに、三人の少女との記憶が焼き付いていた。

 

 初めて会ったのは鍛冶屋の前ーー初めは疑われて戦う事になったんだっけか。 あの頃も結構強かったよな、あいつ。

 あのお面のデザインは、彼女が出したものだったーーあの時はすごい嬉しそうだったよなぁ。

 よく屋敷には怒号が響いていたーーあれはあれで、優しさの表れだったんだよな、きっと。

 

 思い出せる。 記憶を辿れる。

 きっと双也にとっても、あの頃は新鮮で楽しくて。

 そして当然の如く、別れを悲しむに十二分値するものだったのだ。

 

 もう流石に、あの時の感触は覚えていない。

 でも、間際になってとても苦しくなったのは覚えている。

 あの頃は既に、双也の"苦しみ"は続いていた。

 親しくなる程苦しくなると、気付き始めたのはあの頃だった。

 だから双也にとって、あの頃はある意味、彼の人生の節目でもあったのだ。

 

 ーーだからこそ、こうして約束を守りに来た。

 

 かつん、かつん。

 響いていた二人の足音が、不意に止まった。

 反響する靴の音が、今まで歩んできた道の長さを象徴するかの様に、長く響いて、ゆっくり消える。

 その音がふつと空間に溶けた切った頃、双也はやっと目を開き、前を見据えた。

 

「……長かった」

 

 満天の星の下。

 キラキラと光輝く空間の中に、三つの棺が、置かれている。

 埃を被って、でもあまり風化はしていない。

 棺の表面上には、小さく対極の紋が描かれていた。

 それをそっとなぞると、無意識に言葉が漏れる。

 

「……迎えに来たよ。 約束、したもんな……」

 

「……!」

 

 その言葉に悲しみが含まれている事を、紫は当然、見逃さない。

 それは、ここ最近は見る事のなかった酷く寂しげな、弱々しい笑顔であった。

 それを見た瞬間に、彼女は悟った。

 

 ーーやはり、やはりそうか。

 ーーそれ程までに前から、なのか。

 

 双也の事を真に想い、理解する紫だからこそ至った境地であった。

 その壊れそうな横顔を見れば、(おの)ずと分かる。

 自分と出会う以前から、彼がどれだけ悲しんできたのかを。 どれだけ背負ってきたのかを。

 彼のこの笑顔が、どれだけ重いものなのかを、紫は我が身の如く夢想して。

 そしてそれ(・・)だけでは、彼と全く同じ苦しみに至るには足りない事も、悟った。

 

 ーーでも、背負うのは一人でなくてもいいだろう?

 

「っ! ……紫?」

 

「………………っ」

 

 ほぼ無意識の行動である。

 紫自身ですら、自分が何をしたのか一瞬では判断が付かなかった。

 しかしそれを認識しても、彼女は止めようとはしない。

 繋いだ手を離そうとはしなかった。

 寄り添った身を離そうとは、しなかった。

 

「……紫、紹介するよ。

 ここに眠っているのが、豊聡耳 神子、蘇我 屠自古、そして物部 布都。

 俺がお前と出会う前に死別した、古い友人達だよ」

 

「……ええ」

 

 余計な言葉は要らない。

 慰めは必要ない。

 今更、そんな事で埋まる傷ではないという事が、紫にも分かった。

 だからせめて気持ちが伝わる様に、紫は指を絡めて、強く握り直した。

 

「……何度でも、言うわ。

 ……"今は、私が傍にいる"」

 

「……うん」

 

 双也の手にも、力が篭る。

 それが紫には、何処となく、何かに耐えている様にも感じた。

 

「ね、双也」

 

「ん?」

 

「この三人との事、聞かせてくれないかしら。

 興味があるわ」

 

 そうして穏やかに問い、覗き込むと、双也はきょとんとしていた。

 そんな彼の表情に、紫は更に笑みを深く、優しくする。

 

「……この棺を見れば分かる。

 もうすぐ、目覚めるのよね?」

 

「ああ」

 

「だから、彼女達を迎えに来たのよね?」

 

「……ああ」

 

「もう、すぐに再会できる……そういう事よね」

 

 じっと双也の瞳を見つめ、その奥にある悲しむ心を撫でる様に。

 

「もっと前を見ましょう?

 悲しむのはこれきりにして。

 また会う時をもっと望んで。

 後ろを振り返らず。 手は繋いでいてあげるわ。

 だから先ずは"想起"じゃなくて、"思い出"を、私に聞かせて?」

 

「………………」

 

 掛けられる紫の言葉に、双也はじっと黙って耳を貸す。

 そして暫くして、彼は小さく自嘲気味な溜息を零した。

 

「……もう、お前がいないとダメみたいだな、俺は」

 

「あら、私もあなたがいないとダメよ?」

 

「……そうだと、嬉しいんだが」

 

 ふわりと笑い、双也はもう一度、今度は力強く手を握り返す。

 少々痛むも、紫はそれを大した問題とは思わなかった。

 

「さて、それじゃあお嬢さん。

 この爺めの昔話、聴いてくれるか?」

 

「……ふふふっ。 ええ、喜んで」

 

 一つ一つの思い出を念写でもするかの様に。

 また、それを懐かしむ様に。

 双也はゆっくり語り出した。

 彼女らが目覚めるその時まで、昔々の思い出に、ゆっくり身を浸すようにーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー 一方、命蓮寺では。

 日課でもある説法を終え、そわそわと落ち着かない時間を無事に乗り越えた白蓮は、敷地内にある居住スペースにて、気疲れを癒している最中であった。

 ここは洞窟から少しばかり離れているので、本堂ほど多くの神霊はいないーーそれでも他所よりは多くいるーー。

 加えて、双也に調査を頼んだ事で、"とんでもないもの"を抑えきれなかった事への若干の気負いや心配もある程度払拭され、彼女にも普段の調子が戻って来ていた。

 

「はい聖、お茶」

 

「あ、ありがとう村紗」

 

 居間の座布団に座り、疲れた様子の白蓮の元へと、熱いお茶が差し向けられる。

 白蓮がそれをしっかり受け取ったのを確認すると、水蜜は彼女の隣に腰掛けた。

 一口、ズズズッとお茶を啜る。

 どうやら、水蜜のお茶は丁度良く緩くしてある様である。

 

「地下の調査、双也に頼んだって?」

 

「……はい。 適任かと思って」

 

「うん、まぁ、どうこう言うつもりはないよ。

 ここに船を下ろすって聞いて何も言わなかったのは私だし、双也なら安心して任せられるしね」

 

 軽い口調で、水蜜は本当に何の心配もしていないかの様に言う。

 それだけ彼を信用しているということだろうか。

 双也とそれ程深い付き合いをした訳ではない白蓮にとっては、それが少々不思議に感じた。

 

 そりゃあ確かに、彼が途方もなく強大な力を持っている事は知っている。

 魔界から脱出した際に見たあの鮮烈な光景が、未だに脳裏に焼き付いている。

 ーーだが、力と信頼はイコールではないだろう?

 況してや、その信頼関係が人と妖怪では。

 

「……随分と彼を買っているのですね、村紗」

 

「まぁね、助けてもらったからね。

 飛倉の破片の事も、魔界から逃げる時も。

 少なくとも、そこらの妖怪に頼るくらいならあいつに頼る、ってくらいには信用してるよ」

 

 不思議な事もあったものだ。

 舟幽霊が、人間を信頼するなんて。

 いや、半分は神だったか。

 それでも、幽霊という一種の妖怪が信頼する相手としては、些か珍しい事例である。

 

 妖怪は人間を蔑むもの。

 人間は妖怪を忌避するもの。

 そんな前提があったからこそ、白蓮は今こうして、寺で説法を解いている。

 一方でその前提を覆し、動かし、世の中を変えていければと望んでいた。

 だが同時に、白蓮の封印された時代から今まで、世の中はこれっぽっちも変わってはいない。 人と妖怪との溝は未だに深く切り立っている。

 いやむしろ、幻想郷がなければ消え去るままになってしまう妖怪がいる分、少しばかり悪化すらしているのだ。

 ーーだからこそ、説法を解き続ける事を望みながら、説法を解き終える事を期待していた。

 そしてそれは、未だに叶わぬ夢である。

 

「不思議な人です、双也さんは。

 今まで散々と人と妖怪の共存を解いてきて、未だに遠い夢のままだと思っていましたけど……双也さんを見ていると、それもすぐ手の届く所にある様な気がするんです」

 

「……なんとなく分かる。

 あいつは……あいつ自身が、人と人外を両立させてる存在だからね」

 

「それだけじゃありませんよ」

 

 お茶を啜りながら、水蜜は横目で白蓮を見遣った。

 

「私がそう感じるのはきっと……彼が、彼と関わる人達を繋ぎ合わせているから……だと思います」

 

 まるで車輪のハブの様に、彼を中心にして皆が繋がっている様な。

 当然の事とは思う。 何せ、対人関係は普通、生きた年月とほぼ比例しているから。

 だが同時に、生きた年月と反比例して、その対人関係を保つ事は難しくなってくるものだ。

 意識を持つ者は少しずつ記憶を忘れていくし、妖怪や人だっていつまでも一箇所にいるとは限らない。

 そんな中で、あれ程たくさんの関係を保つなど。

 そういう意味で、白蓮は双也に感心していた。

 何より、半分が人間の身でありながら、純粋な大妖怪と心まで通わせている事に。

 

「……そうだね。 この世界にはあんな奴が居るんだ、案外聖の夢も、不可能ではないのかもね」

 

「ふふ、俄然やる気が出てきましたよ、私。

 目の前真っ暗の中で進むのは怖いですからね」

 

「空回りしない事を切に願ってるよ」

 

「うっ……! それ、わざと言ってますよね?」

 

 苦笑いを向けてくる白蓮に、水蜜は何処かいやらしい笑みを浮かべた。

 本音は本音だけれども、彼女をからかうのは実に楽しい。

 水蜜のそんな胸中を、白蓮はガラス越しの様に見透かしていた。

 見透かせる、笑みだった。

 

「でもま、本当にそう思うよ、私も。

 双也が中心になって繋がってるってのは納得する。 あいつがいなかったら、知り合わなかった奴だっているだろうしね」

 

「……噂をすれば、みたいですよ」

 

 ポツリと、白蓮がそう言った直後の事。

 この建物中に響き渡るかのような大声が、二人の鼓膜を揺らした。

 

「白蓮〜! 用があるんだけど〜!」

 

「ちょっと邪魔するぜ〜!」

 

 声の聞こえた、玄関の方へ。

 白蓮と水蜜が向かえ出ると、そこには案の定、二人の少女が立っていた。

 

「いらっしゃいませ。 何の御用でしょうか」

 

 ーー霊夢さん、魔理沙さん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ーーと、まぁこんな事があった訳だな」

 

 神子達の墓前にて、物語を締めくくるように声が響く。

 紫にかつての"思い出"を懐かしむように語って聴かせた双也は、彼自身が想像した以上の満足感を得ていた。

 全く以って、想像以上。

 昔を語る己の口調が、悲しみを想起するような悲痛な物ではなくなっていた事に気が付いたのは、語り始めてすぐの事である。

 ーー前を向くとは、こういう事か。

 "今になって"気が付いた、という事に、双也は内心で苦笑した。

 

「……スッキリしたかしら?」

 

「ああ、お陰様で」

 

 にこりと微笑む紫に、双也もまた優しく微笑み返す。

 本当に、彼女には助けられっぱなしである。

 その事を少しだけ申し訳なく思っている事に、双也は自身で気が付いていた。

 しかしそんな思いも、こうして互いに微笑み合うだけで、不思議な程綺麗に消え去るのだ。

 決して、紫は嫌々ながらに助けている訳ではない。 彼女が助けたいから、助けているのだと、心の底から感じる事ができる。

 それに対して申し訳なく思うのは、それ以上に失礼な事なのだ、と。

 その度に、双也は紫に、心からの感謝を抱いていた。

 

「……さて、それでは、私は調査の結果を聖 白蓮に報告しに行くわ。

 あなたは……」

 

「うん、よろしく頼む。

 神子達が目覚めた時に、俺がいなかったら意味がないからな」

 

「……ええ、分かったわ」

 

 それじゃあ、後でね。

 紫はそう言って、顕現させたスキマに身を沈めていく。

 その様子が何処か後ろ髪を引かれるように見えたのは、きっと双也の思い込みではない。

 何せ、彼自身も似たような心境だったから。

 

「(だが、仕方ない事だ。

 千年以上も前の約束を、果たさない訳にはいかない)」

 

 目を瞑って、何処か強引さを感じながらもどうにか理由をこじつけると、双也は軽く頭を振って目を開けた。

 そうしてまた虚空を見つめて、疲れたように溜め息を吐く。

 

「……あーくそ、何時もならこんな事ないのに……。

 さっきまで隣にいた反動か……?」

 

 ガリガリと後頭部を掻き毟り、自分の腑抜けぶりに嘆息する。

 そして双也は、僅かに眉を顰めた。

 さっきまで隣にいた紫が、今はいない。

 頭の中で振り切ろうと頑張っても、それにどうしても違和感を感じてしまう。

 普段なら、隣に居なくとも見守ってくれていると分かっているから、それ程寂しくはない。

 しかし、一度隣で話した後だと、彼女が消えた後に言い知れない物足りなさを感じるのだ。

 

 改めて双也は、自身の心がどれだけ彼女に染められているのか、思い知った。

 

「(…………この願い(・・・・)は、俺の我が儘……なのかな……)」

 

 そこまで考え、不意にある事を思い直した。

 それは、今の彼の願い。

 何事にも代えがたく、かと言って酷く実現の難しい願いである。

 その事をふと考えた彼の表情は、寂しさに耐えられなかった"あの頃"とよく似ていた。

 

 今にも泣き出しそうな表情。

 目を離した隙に涙が溢れかねないその表情はしかし、すぐに彼の顔から消え去った。

 

 単純な理由だ。

 それは、驚いたから。

 背後から聞こえた音に。

 何かをズラす様な音に。

 

 本来、これ程暗い洞窟の中で聞こえたら恐怖で逃げ出したくなる様な音でありながら、双也はそれを感じなかった。

 ただただ、嬉しさのみ。

 その音を聞いただけで、双也の寂しげな暗い表情が消し飛ぶ程に。

 

「………………」

 

 少しだけ緊張を含みながら、ゆっくり振り向く。

 そして後をつける様に移動した視線が、やっと目的のものを捉えた。

 

 それは確かに、"蓋の開いた棺"であった。

 

 

 

 




最近一話が長くなりがちですね。
余談ですがこの双神録、このサイトの機能の一つである文庫本モード(?)にすると、ページ数なんと、2600ちょいあるんですよねw

我ながら、よくこんなに書いてきたなと呆れておりますです、はい。

ではでは。


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第百九十一話 思い出の導

か、過去最長かもしれません今回……。
色々と詰め込み過ぎた気がします……。

ではどうぞ!


 本当の所、『夢』とは一体どんなものなのだろう。

 

 これは、誰しもが一度は考えた事のある題材の筈だ。

 簡単に形容するならば、『夢』とは現実と異なり、それこそ幻想郷と質の近い"幻の世界"と定義付ける事が出来る。

 別に、"夢とは人の意識の中で起こる架空の世界だ"とかいう説明を聞きたい訳ではない。

 "人が、レム睡眠中の最後の十分間に見る感覚の総称である"だとかの科学的な結論が欲しい訳でもない。

 はたまた、"夢とは人が生きる為の目標とするべき将来の事だ"なんていうとんちを聞きたい訳でもない。

 双也はただ、夢というものが一体なんなのかを知りたかった。

 ふと、そう考える事が偶にあったのだ。

 

 夢は人が眠っている間に見るものーーそれは確かにそうだろう。 疑う余地もない。 誰だって夢は見るものだ。

 でもその内容は人それぞれに違うし、起きた時には覚えていない事が大半である。

 夢の中でどれだけショッキングな出来事を体験しても、起きた時にはけろっと忘れている事が一般的にあるし、逆になんて事のないつまらない夢でも、不思議と鮮明に思い出せる事もある。

 

 ーーなんとも、曖昧な現象ではないだろうか。

 

 その現象の存在が曖昧だと言うのではない。

 『夢』というものの持つ意味そのものが曖昧で不可解で、どうしようもなく不明瞭なのだ。

 

 夢の中は不思議な事に満ち満ちている。

 本来ならばありえない事象を平気で受け入れて、その場に顕現させる事のできる"自由奔放な世界"である。

 時には、自由自在に夢の中を操れる"明晰夢"なるものを見る事すら、人にはあるのだ。

 でも、その顕現した事象に意味などあるのだろうか?

 いや、そもそも、仮に意味があったとして、目覚めた時に忘れているのでは意味がないのではないか。

 万物には生まれてきた何かしらの意味があるーーと、何処かの哲学者が唱えたかもしれないが、果たしてその"夢の世界"そのものに意味などあるのだろうか。

 

 人は何の為に夢を見るのかーー?

 ふとそんな疑問に辿り着くことがあっても、今まで双也には、その答えを見つけ出す事は出来なかった。

 というよりも、確かめようが無さ過ぎて諦めた、という方が正しい。

 『夢』が存在する意味なんて、この世に生きる限りーーもしかしたら死んだ後でもーー確かめようのない事である。

 真実は常に真っ暗闇の中。

 光が照らす余地すらない。

 そんなものの意味が分かるのは、それを生み出した神のみだろう。

 

 ーーでも、この時になって双也は、その意味が分かったような気がした。

 

 夢の中は不思議に満ち溢れている。

 自分の思った事がその世界では顕現するし、そして無意識に望んでいた事すら、夢の中では叶う事がある。

 ーーこう考えてはどうだろう?

 夢の内容は"忘れてしまう"のではなく、"覚えている必要がない"のだと。

 

 夢の中では誰しもが一人ぼっちだ。

 偶に自らの知る人物達が現れる事はあっても、言ってしまえば、それは夢を見ている本人の想像の産物。

 夢の中では、人は真の孤独に襲われる。 そして、人が孤独では生きられないという事実は、双也が最も理解している事である。

 もし、夢を見なかったのならば。

 簡単な話だ。

 誰もが経験したように、眠りという時間の間隙を一瞬で飛び越える。

 その際に、真っ暗な闇の中を真っ直ぐに突き進む事になるのだ。

 たった一人で。

 誰の声も、姿も、温もりも感じる事ができず。

 真の孤独の中を突き進む。

 

 ーー果たして、普通の精神を持った人間が、何の補助も無く己の身一つでそれに耐えられるのか。

 

 ……そう、"眠り"というものを何千回と経験していながら、それがどれだけ辛く厳しい事なのかを、皆知らない。

 だのに、その辛く険しい眠りの道を、誰一人と脱落する事無く乗り越えているのだ。

 

 ーー話を纏めよう。

 そこまで考えると、ある結論に辿り着く事が出来る。

 人々が、実は恐ろしい眠りの中を何事も無かったかのように乗り越えて来られるのは、極端な話、突き進むその間に"孤独を感じていない"から。

 否、感じてしまっては、乗り越える事ができない。

 そしてその為に、眠りに落ちる人々が孤独で潰れないように。

 無意識下で行われる自己防衛本能に近い何かが、『夢』という、ある意味己に最も甘い世界を見せているのではーーと。

 だからこそ、夢から覚めた時に、不必要となった『夢』は忘れ去られるのではーーと。

 

 そして更に、もう一つ。

 人に限らずとも、生きとし生ける存在全てには、死という眠りが待っている。

 いや、これでは語弊があるか。

 死んだらその後、魂が肉体から抜け出て、三途の川を超える。

 閻魔の裁きを受けて、冥界に暫く留まり、遂に転生する。

 魂の輪廻とはこういうものだ。

 ーーしかし、その輪廻から外れてしまった者は?

 

 例えば、不老不死。

 死ぬ事もなければ老いる事もない、現世に留まり続ける肉体と魂。

 例えば、亡霊。

 成仏を拒み、己の最後を知っていてさえいるのに、ありのままを望む異端。

 例えばーー尸解仙。

 一度死に、眠りに着いて、百では数え足りぬ時を超えて蘇る仙人。

 

 彼女らは、その永い永い眠りという恐怖の中で、一体どの様に過ごしているのだろうか。

 『夢』に(すが)って、恐怖と孤独を吹き飛ばしながら乗り越えるのか。

 はたまた、夢の中に沈む事も出来ず、あまりに永い暗闇と孤独の中を一人ぼっちで歩いてくるのか。

 

 その結論に思い至った時、双也はひしとこう思った。

 出来れば、眠った彼女らがせめて、孤独に襲われませんように。

 『夢』が、彼女らを無事に連れてきてくれますように。

 そうであってほしいなーーと、虹色の星の下で、思い馳せるのだ。

 

 双也はそうして、僅かに開いた棺を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある街中に、一人の女が歩いていた。

 特に目立った特徴のある女ではない。

 むしろ、茶を基調とした服装をしている分些か地味ですらある。

 それもこれだけ人通りがあり、夜には夜間照明などで一層煌びやかに輝くこの街では、それが顕著であった。

 しかし、彼女はそれを気にした風もない。 それは道行く人々も同様で、彼女に対して少しの関心すらある様子ではなかった。

 あくまで自然に、それこそ通り慣れた歩道を我が物の様にして、悠々と歩いていく。

 "人の営み"を街行く人々から、信号機の音から、車の風切り音から、BGMの様にして聞き流しながら、女は薄く笑みすら浮かべて足を進める。

 

 ーーやがて女は、人や車が絶えず駆ける大通りから、すっと抜け出た。

 人通りの少なくなった小道は夕暮れの様に静かで、その場を支配するのは、何処かから響いてくるごぅんごぅんという鈍い工事の音のみ。

 完成前に廃棄されたか、会社が倒産したか、最早使われなくなった鉄筋コンクリートの塊が、寂しい風の音を響かせながら森を形作っている。

 一人悠々とここまで来た女は、不意にある建物の陰で足を止めた。

 何かを探す様にぐるりと一回り周囲を見回すと、彼女は薄く歪ませていたままの口で、呟いた。

 

「おぉい、そろそろ出てこんか?

 出て来やすい様にわざわざ人目を避けてやったというのに、焦らされるのは好きではないのぅ」

 

 その声に応えるかの様に、また別の建物の影が、グニャリと歪んだ。

 女はそれに驚いた様子もなく、影が形と色を持ち始める様をジッと見つめている。

 やがて歪んで大きく膨らんだ影は、大きな尻尾を持つ茶色の動物ーー 一匹の狸となっていた。

 ツンと尖ったその口で、狸が言う。

 

「……お気を遣わせた様で」

 

「いやいや、気にするでない。 儂が勝手にやったお節介じゃよ。

 ……しっかしまさか、"影"に化けられる様になったとは、同胞の成長に胸が熱くなるの」

 

「……あなた様は、万物に化けられる大妖怪にございます」

 

「ふぉっふぉっ、礼儀もなっとる様で安心するぞよ」

 

 そう嬉しそうに笑うと、女は突然、煙に包まれた。

 風が吹いて、砂埃が舞った訳ではない。

 かと言って、彼女のすぐ足元に火の手が上がった訳でもない。

 その煙は何処か現実味のない白い煙で、普通ならば薄っすらと透けて見えるはずが、その白煙はまるで絵の具を塗りたくったかの様に中のものを覆い隠している。

 ーーそれは、彼女自身が出した煙だった。

 まるで幻術でも見ているかのように不気味に立ち上る煙が、数瞬の間をおいてやっと消えていくと、その中からは、新たに大きな尻尾と獣の耳を生やした、先程の女が立っていた。

 

「ーーお久しぶりでございます、二ッ岩 マミゾウ様」

 

 影から現れた狸は、目上を敬う様に恭しく頭を垂れる。

 その様子に、女ーーマミゾウは うむ と頷き、その口に何処からともなく取り出した煙管(キセル)を咥え込んだ。

 

「どうじゃ、最近の調子は?

 上手く化かせておるのかのーーっと、先程の術を見てからでは杞憂というものか」

 

「……はい、人間の中に溶け込んで暮らす事に、特別な障害はありません」

 

「それは何よりじゃ」

 

「マミゾウ様も、お元気そうで何よりに御座います。

 人間の暮らしを謳歌しているようで」

 

「何を言うておる。 何処で何をしていようが儂は化け狸じゃ。

 人間の暮らしを謳歌なぞしとらんよ。

 世に名を轟かせる大妖怪、団三郎狸じゃぞ?」

 

 言葉こそ戒めるようであったが、その表情は柔らかく微笑んでいる。

 それは温厚な性格である彼女の、部下に対する茶目っ気の一部だった。

 人間がこの世界を支配し、その技術力を科学という方面で進歩させ始めて久しい。

 それは同時に、人間達が妖怪という幻想の存在を否定し始めた事と同義だった。

 そんな世界の変化に危機を感じ、各地に散らばってからも、同様に久しい。

 マミゾウは、再び巡り合った同胞が上手く生きていてくれた事に強い歓喜を感じた。

 

 そうーーまるで、生き別れた家族と再会したかのように。

 いや、マミゾウからすれば、同胞も家族も同じものと言って間違いではなかった。

 彼女の下に付く狸達は皆マミゾウを慕い、尊敬し、畏怖している。

 反対にマミゾウも、己の傘下にいる狸達には惜しみなく心を配る。

 そこにある関係は、『家族』と言うに相違なかった。

 

「それで、今日は如何したんじゃ?

 与太話をしに来た訳ではないのじゃろう?」

 

「……これを届けに」

 

 ボンッと、狸の口元でマミゾウが放ったものと同質の煙が上がる。

 消えた後にあったのは、細い口に咥えられた一通の手紙だった。

 

「手紙? 誰からじゃ?」

 

「……ぬえ殿からに御座います」

 

「! ほうほう、久しく聞いていない名が出てきたのぅ」

 

 徐ろに近寄り、狸の口から手紙を受け取る。

 今時珍しい、和紙と筆で綴られた手紙だった。

 

 ぬえーーその名前を聞くのはそれこそ、現代で言うところの数世紀ぶりである。

 同じ大妖怪の端くれとして、当時の妖怪世界を担ったーーとは言い過ぎとしても、マミゾウとぬえは見知った仲であった。

 彼女が何処へ消えたのかは分からなかった。 知らなかった。 そもそも気にしていなかった。

 知り合いとはいえ馴れ合う仲ではない。

 マミゾウ自身の柔和な雰囲気が、二人の関係を辛うじて"友人"の様な形態に保っただけである。

 ーーそしてそんな過程も、この時のマミゾウには最早、如何でも良い事の様に感じた。

 

「ーーほう!」

 

 マミゾウは、興味と感激の声を漏らした。

 

「如何されましたか?」

 

「ふぉっふぉっふぉっ! 如何やら儂は、知り合いに恵まれている様じゃ!」

 

 くるりと踵を返し、マミゾウは再び煙を噴き上げた。

 そして煙が消え去るより早く、その中から一匹の鳥が飛び出す。

 何処か飛ぶ事に慣れていないかの様に歪な飛翔を見せるその鳥は、上空で大きく円を描くと、高い声で一つ、鳴いた。

 それを皮切りに、何処へとも知れぬ空の彼方へ鳥はーーマミゾウは去っていった。

 

 残された狸は、その様子をジッと見つめていた。

 そして不意に視線を戻すと、やっと消えた煙の中から、先程の手紙が己の足元に落ちてくるのが見えた。

 拝見する気など初めから無くとも、その視界は否応なしに開いた手紙の中を捉える。

 狸は、彼女の飛び立った空を見上げて、もう一度頭を垂れた。

 

「……どうか、お気を付けてーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僅かに開いた棺を見たとき、自分の鼓動が無意識に激しくなるのを感じた。

 ばくん、ばくんーーと、俺の心臓は、強張った身体に血液を送ろうと必死になって動いている。

 ーー不安が、あったんだ。

 神子達との約束を忘れた事はない。

 神也の一件で放棄しかけた事はあったが、忘れた事は一度もない。 勿論、放棄しかけた事を良しとした訳ではないが。

 

 何せ約束を交わしたのは千年以上前の事。

 時期を割り出すのに必要な"原作知識"は、最早風前の灯火の如く失いかけ。

 正確な場所の特定も必要だーーと、不安要素を上げ出せば本当に切りがない。

 全く、何でこんな穴だらけの約束をしたんだか。

 今の俺なら、絶対にこんな無謀な約束はしないな。 断言できる!

 

 ーーいや、本当は分かってる。

 きっと当時も、無謀な約束だと考えた筈だ。

 それでも約束したのは一重に、神子達を安心させたかったからだった。

 仙人になるーー。

 そう神子から打ち明けられた日、彼女は死ぬのが如何しようもなく怖いと言った。

 暗闇に一人で旅立つのが恐ろしいと言った。

 それを、少しでも和らげてあげたいと思ったのだ。

 それが出来なくとも、彼女達が暗闇を抜けてくる目標になれるなら、俺としてはそれ以上に望む事はなかった。

 

 ーーその苦悩が、今実を結ぼうとしている。

 

 時期はバッチリ、場所も確定、俺の心の準備……実は、出来てない。

 

 いやいやだって、突然だったんだ。

 蓋が動く音がしたの、本当に突然だったんだ!

 いくら長年生きてきたと言ってもな、瞬間的に心の準備なんて出来るわけないんだよ!

 相変わらずばくばくとうるさい心臓の音に張り合って、そんな弁明をしてみる。

 そうでもしないと落ち着いていられない。

 緊張がどんどん高まっていく。

 これは本当に、時代を跨いだ再会である。

 ーーああ、神子達が俺の事覚えてなかったら如何しよう。

 ーー身体が何処か腐ってたりしないよな? ミイラで出てくるとか勘弁してくれよ?

 ーー 一体初めに何て言えば良いんだろう? 上手い言葉が浮かんでこないんだが。

 意味のない問答が頭の中でぐるぐるぐるぐる。

 逃げ出さないだけマシかなとすら思ってしまうんだから、俺は本当に仕方ない奴だなぁと思う。

 心臓の働きも虚しく全く動かない身体は、未だジッと棺を凝視していた。

 そしてまた、ごとりと鈍い音がする。

 その音に震える事もなく、瞬きすらせずに見つめ続ける。

 その時間の隙がとても長く感じられ、同時に、比例して心臓はますますうるさくなっていた。

 緊張の興奮が限界まで高まっている事が感じられる。

 

 ーーかくして、棺からずるりと出てきたのは。

 

 

 

「んっ……ふあぁぁあぁ〜あ……。

 ……はれ……? ここは?」

 

 

 

 酷い寝癖をした、神子だった。

 

「……あ、そうや。 おはようごらいまふ……」

 

「お、おはよう神子……」

 

「ん……んん? なんらか、からだがおもいれふねぇ……」

 

「あ、ああ……今、手伝うから」

 

「あは、ありあとうごらいまふ……」

 

 眠たそうに瞼を擦りながら起き上がろうとする神子に、肩を貸す。

 如何やら身体の使い方を忘れてしまったようで、歩き方が覚束ない。

 あはは、なんだなんだ、案外元気そうじゃないかこいつ。

 

 

 

 …………………。

 

 

 

 ーーってそうじゃねえっ!!

 何を和んでるんだ俺は!

 

 俺の緊張と神子の雰囲気にあまりに差があり過ぎて、一瞬現実逃避してしまっていた。

 と言うより、想像だにしていなかった神子の様子に、こちらの緊張が一瞬でもぎ取られたようだった。

 なんというか、珍しい神子を見た。

 今まで凛とした格好良い姿しか見て来なかった分、今のふにゃっとした雰囲気がどうもしっくりこない。

 つーか、寝起き感が半端ないな。

 なんだあれ、髪? 逆立って獣耳みたいになってるんだけど。

 いや生前もある程度立ってたけど、ざっと二倍くらいの大きさに見える。

 ーーと、兎に角落ち着こう。

 俺が慌てても意味はない。

 まず少しずつ整理していこうか。

 

「あー、神子? お前今の状況分かってるか?」

 

「ふぇ? ……らんか、ろうくつのなかみたいれふね……?」

 

「そう、それで?」

 

「それで……」

 

 相変わらず開ききらない瞼を乗せた瞳が、周囲をゆっくりと見渡す。

 そうして元の位置に戻ってくると、神子は徐ろに欠伸を漏らし、こう言った。

 

「……あ〜、なんらかまたれむくらって……そうやもいっしょにねまふか?」

 

 

 な ん で そ う な る ッ

 

 

 叫びそうになったのを必死に堪えて、代わりに溜め息を吐き出した。

 なんだか、俺の見ている世界と神子の見ている世界に相違を感じる。

 もしかしてアレか、こいつ、寝ボケてるのか。

 いくら生前が超人とは言え、千年以上も寝ていれば寝ボケくらいあっても不思議はない。

 寝ボケで済むのか、って話になりそうだが。

 ……兎も角だ。

 この状態で外に出すのは色々と心配だ。

 それにまだ二人も起きていない。

 死んだ時、術が発動した時間も三人とも同じだったので、目覚めるのもきっともう直ぐである。

 取り敢えず、今はこの"ふにゃっと太子"をどうにかしなければ。

 

「もうぅ〜げんかいれふぅ〜……」

 

 ……放っとくと、また眠りの沼に沈んじまいそうだからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 見ていたのは、"思い出"だった。

 

 この世界に生まれ落ち、時を経て、あの時眠りに着くまでの思い出。

 まるで白昼夢の様に曖昧な映像達ばかりだったけれど、その一つ一つに確かな暖かみを感じた。

 そして、それを酷く心地よく感じた。

 

 かと言って、楽しい記憶ばかり都合良く思い出させるほど、『夢』というのは甘い相手ではない。

 辛い記憶もあれば、死にたくなる程恥ずかしい記憶だってある。

 でもそれも最早、良い思い出の一つである。

 加えて、眠りに着く私たちにとって『夢』は道標に近かった。

 それがなければ、私はきっと暗闇の中で一人泣き喚いていただろうと容易に予想できる程に。

 夢は、最早中毒的なまでに心地よい暖かみに満ちていた。

 

 『夢』を見ていた時間は長くはなかった。 もしくは、長く感じなかった。

 思い返せば本当に一瞬だった様に感じる。

 そんな曖昧で宙ぶらりんな状態で見ていた夢だけれど、私がちゃんとその道標を辿っていけたのは、"もし立ち止まれば後から付けてくる暗闇に吸い込まれてしまいそうだ"、という恐怖に駆られていたから。

 そしてその思い出達が感じさせてくれる暖かみを、必死に求めていたからだった。

 

 不自由のない暮らしに、やり甲斐のある仕事、信頼できる部下。

 それらの思い出達は特に暖かく感じた。

 暗闇に溶け込んで、忘れてしまいたくはなかった。

 それでも足が縺れて、転んで、そして迫る暗闇に捕まりそうになった時、私に力をくれたのもまた、思い出。

 ーー最後に交わした、双也との約束だった。

 

 死んだ後の世界で、迎えてくれるーーと。

 ずっと待っているーーと。

 その約束こそが、私に道標を追う力をくれた。

 きっとそれは、私とは別々の場所で眠っていた屠自古と布都も同じはず。

 皆それぞれが、再び蘇り、そして目覚めた場所で共に生きる事を願って、私達の友人と再会する事を望んで、突き進んだのだ。

 

 ーーそんな『夢』の事を、私は朦朧とした意識の中で、双也を見ながらに思い出していた。

 

 夢は忘れるものだ。

 それは私にだって同じ事。

 でも、この時の夢だけは鮮明に覚えていた。

 何故かは分からない。 でも、漠然とした根拠がある。

 何よりも、(こら)えきれないくらい嬉しさに満ちたこの胸の内が、何処か理由染みていると思った。

 ああ、本当に約束を守ってくれた。

 本当に迎えに来てくれた。

 その事が、私は形容し難い程に嬉しかった。

 きっと、私が死んでから千年以上も経っている。

 術の発動前に受けた説明では、"千年前後"とされていたのだ。

 それなのに。

 それ程の時が流れたはずなのに。

 気の遠くなる様な話なのに。

 

 ーー感謝してもしきれない。

 私達を導いて、そして約束まで守ってくれた。

 これ程胸の中がいっぱいになる様な感動が、他にあろうか。

 双也は既に、ただの友人ではない。

 そんな区切りにしておくのが申し訳ない。 何より私が耐えられない。

 私にとってこの人はーーそう、最早、屠自古や布都と同じくらい、大切な人なのだ。

 

「(ーーありがとうございます、双也)」

 

 この気持ちを精一杯に乗せて、私は双也へと微笑みを向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神子がちゃんと目を覚ましてから、もう大分時間が経つ。

 未だに少しだけ頭が回っていない様子は見て取れるが、心配するほどではない。

 途中で起きてきた屠自古や布都とも再会し、少しだけ談笑した後、俺たちは洞窟の出口に向かって歩いていた。

 

「しっかし、双也お主、全然昔と変わっとらんなぁ。

 黒い服を羽織っただけじゃないか」

 

 相変わらずな元気っぷりで、布都は下から俺の顔を覗き込んできた。

 姿で全部を判断するのはどうかと思うが、姿が変わってないのは確かな事だ。

 俺は、神様だからな、と軽く返してやった。

 

「あーそう言えば、そんな事を昔言っておったようなーー」

 

「"ような"じゃなくてちゃんと言ってたわバカタレ。

 そもそも全く同じじゃないだろ、もっとよく見ろ。

 霊力が桁外れになってるじゃないか」

 

「お、屠自古には分かるのか、俺の今の霊力」

 

「そりゃあね。 ……いや、普通分かるよ、それだけ大きけりゃ。

 布都が未熟なだけだ」

 

「なんじゃとぉっ!? 我が未熟だなど何を戯言を!」

 

「事実だろうがこのアンポンタン!

 未熟でないってんならここで私相手に証明してみるか!?」

 

「おーおー受けて立とうぞ!

 我を未熟者呼ばわりした罪は重いぞっ!」

 

 うん、この展開懐かしいな。

 屠自古と布都はまさに水と油と言うか……兎に角昔から喧嘩が絶えなかった。

 今の様に、気がついたときには既に取っ組み合いとなっている事が多いのだ。

 まぁ、喧嘩するほど何とやら、と言うけどな。

 

「くすくす……仙人となった今でも、二人は何も変わっていないのですね」

 

「そうだな。 何も変わってない。

 昔のまんま。 きっと喜んでいい事なんだろうな、これは」

 

 そう言って神子に視線を向ければ、彼女も小さく頷いていた。

 二人を見る彼女の瞳の奥には、やはり、千年経ても変わらないでいてくれた二人への感謝すら滲んでいる様だ。

 

「……全部、双也のお陰ですよ」

 

「? 何がーー!」

 

 唐突に。

 言いかけた俺の口は、閉じられる事もなくそこで止まった。

 二人は未だに睨み合っているが、どうやら神子は気がついたらしい。

 ーー丁度いい、ナイスタイミングだ。

 

「……神子、取り敢えず、この世界のルールから教えていこうと思うーー」

 

 暗闇を見透かす様に見つめた先。

 俺は確かに、二人の少女の霊力を感じた。

 

 

 

 




締めに若干納得いかないぎんがぁ!でありました。

ではでは。


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第百九十二話 "勘"という予兆

なんだかんだ言って今回も8000文字超えてしまうっていう……。

ではどうぞ!


 博麗 霊夢の『勘』と言えば、あまりに鋭い事で有名である。

 少なくとも、彼女と一度でも戦闘を行った事のある者は、その正確さに少なからず驚愕してきた。

 単純に物事を言い当てるに留まらず、罠の位置、攻撃の予測、背後から迫る弾丸まで、彼女はその『勘』に基づいてあらゆる事象を感覚で悟り、回避する事が出来る。

 一部の者には、まるで世の出来事全てを知る神の様だとまで言わしめる"超直感"である。

 その『勘』を能力として、霊夢以上に扱っていた博麗 柊華という例もある程だ。 彼女はその能力と才能を磨き上げ、未だに歴代最強と伝えられる。

 神に仕える巫女ーー何の神に仕えているかを知らずともーーとしては、ある意味当然とも言える能力を、霊夢は十分以上に発揮してきた。

 その勘の正確無比さや、彼女自身の弾幕ごっこへの適性、扱う結界術の才能ーーその他諸々を鑑みた上で、彼女は"天才"と呼ばれるのだ。

 彼女は、異変の最中に起きた弾幕勝負にて敗北した事はない。

 当然の結果だ。

 弾丸を避けるタイミングは、目だけでなく勘でも捉えられ、攻撃は純粋な才能に裏付けされた強力な一撃。

 いくら妖怪と言えど、彼女に打ち勝つ道理を持った者が、そもそも少ないのだ。

 

 ーーでは、彼女の『勘』は完全無欠な能力か?

 

 答えは、否だ。

 直感で全ての答えを導き出す力ーーそう言えば、確かに完全無欠最強無敵の、生まれ持った勝者の素質の様に聞こえるだろう。

 事実、彼女は異変における弾幕勝負にて無敗を誇る。

 

 しかし、真の意味で万能な能力など存在しない。

 その力では、その『程度』の事しか出来ないのである。

 それは、厳密に"能力だ"と呼ばれてはいない彼女の『勘』にも該当する。

 魔理沙には、科学を扱う事はできない。

 咲夜には、時間を巻き戻す事はできない。

 早苗には、必然を覆す事はできない。

 妖夢には、銃器を扱う事はできない。

 

 全ての能力に限界があり、そして"それ"が出来る代わりに、相反する事が出来なくなる。

 稀に輝夜や双也の様な、相反する事象を丸ごと操る能力も存在するが、それにだって限界がある。

 能力など結局はその『程度』の、人の形に収まってしまう代物なのである。

 

 詰まる所、霊夢の『勘』という力にも、不便な所があるのだ。

 それは、単刀直入に、結果だけしか悟れない事。

 "漠然と"何か来る。

 "何故かは分からないが"、この場所は危険だ。

 霊夢の『勘』は何事かを悟っても、それが何かを悟る事は出来ないし、そうなるまでの過程も分からない。

 勿論これは、日常生活での話だ。

 弾幕勝負に用いる時は、特に問題にはならない。

 何せ、悟れない"何か"が弾丸だと決まり切っているから。

 

 だが、そんな不便な能力を持つ霊夢でもーーいや、そんな能力だからこそ、彼女のたった一言が、周囲の肝を急激に冷やしてしまう事がある。

 結果のみを悟る事で確定し、過程が分からない事で恐怖する。

 そう、その言葉はーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何か、ヤな予感がするわね」

 

 ぼんやりと暗い洞窟の中を飛びながら、霊夢はポツリと言葉を落とした。

 その表情は何処か不安そうで、そして不機嫌そうに眉を顰めている。

 隣を飛ぶ魔理沙は、彼女のそんな言葉を受けて嘆く様に言った。

 

「……おいおい、こんな時に不吉な事言わんでくれ。

 アレか、お前は肝試し気分か。

 私を怖がらせてそんなに楽しいか」

 

「私を幽霊扱いしないでくれる?

 違うわよ、そういうんじゃなくて……こう、なんか……うん」

 

「つまり、分かんないって事だろ。

 使えん勘だぜ」

 

「……勘を未来予知と比べられても困るんだけど」

 

 実際、魔理沙には霊夢の勘を未来予知として捉えている節があった。

 前例を挙げればきりがないが、兎も角魔理沙がそう信じ込む程の実績が、霊夢の勘にはある。

 彼女自身何でもかんでも勘任せになどはしていなかったが、魔理沙の中でそれは、最早確定事項となっているのだ。

 ーー霊夢がそう言うなら、この先何かヤな事が起こる。

 それがいつ来るのか、何が来るのか、そしてそれが、何にどう影響してくるのか。

 肝心な部分で役に立たない霊夢の不便な勘を、魔理沙は心からの言葉で"使えん"と吐き捨てたのだった。

 まぁ、都合のいい時だけそれを信じ込むのが、魔理沙という現金な奴なのだが。

 

「ま、心の隅にでも留めておくぜ。

 用心にはなるだろ」

 

「……そうね」

 

 本来、勘とはそう言うものなのだろうな、と僅かに思いながら、霊夢は魔理沙に賛同した。

 鋭過ぎる勘で我が身を切るなーーとは、いつかの紫の言葉である。

 中途半端に先の出来事を知覚出来る事で無駄に張り詰め、逆に大怪我をする……なんて、笑えない結末を警告しているのだ。

 魔理沙の言葉を受けて、霊夢も思わず、使えない勘だなぁ、と思ってしまうのだった。

 

「(……とは言え、今回は何だか奇妙な感覚ね)」

 

 感じた嫌な予感について、霊夢はふとそう思った。

 改めて考えてみると、"この感覚を言葉で表せ"と言われたら口籠ってしまうのも当然なのではないか、という言い訳のような疑問が湧いてくる。

 霊夢は、眉を顰めたままで小さく嘆息した。

 

 『勘』で物事を判断する事は、今迄も良くあった。

 それを鵜呑みにした事はないけれど、参考や可能性として織り込む事は最早、物事を考える上での癖と成り果ててしまっている。

 そんな中で、今感じた"奇妙な予感"に似た感覚も何度か感じた記憶があったのだ。

 何かこう……確かに目の前の事も厄介事ではあるのだが、少しだけ"ズレ"ている……様な。

 中途半端に悟った事実を言い表す事も出来ず、霊夢は思わず苦笑を零した。

 苦笑いしか、出なかった。

 

 ーーま、用心だけしておきましょ。

 結局、霊夢の辿り着いた結論はそれだけだった。

 魔理沙の言う通り、心の隅に留めておくのが一番良いのだろう。

 それが勘というものの本当の使い方である。

 勘なんて信憑性の薄いもので、物事を易々と動かしてはいけないのだ。

 それが例え、霊夢の"それ"の様に的中率の極めて高いものであっても。

 『勘』は『勘』。 所詮その『程度』。

 それ以上でも、それ以下でもない。

 

「ほら、さっさと行くぜ、霊夢」

 

「……そうね、早く行きましょ。

 早く帰ってお茶でも飲みたいわ」

 

「全くだ! ーー飛ばすぜっ!」

 

 一先ず霊夢は、考えを頭の隅にでも寄せておく事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幻想郷のルール。 掟。

 "人間は妖怪を恐れ、妖怪は人間を襲う"というこの世界の基盤である。

 そして、その中でバランスを保つ為に確立された決闘方法が、所謂"弾幕ごっこ"。

 ある程度の殺傷力を削ぎ落とした無数の弾を用いて行うお遊びの様な戦闘だ。

 弾幕ごっこでは美しさや優雅さを競い合い、その中では、スペルカードと呼ばれる弾幕を広義的に"ボム"と呼び、戦闘中の技として使用することが出来るーー。

 

 

 

「ーーはい、大体分かりました」

 

 

 

 一通りの説明を受けた神子、布都、屠自古は、もう一度言葉を咀嚼する様に頷くと代表した神子が言った。

 ただ、全員が全員内容を理解し切っている訳ではない事は、その表情を見れば明白だった。

 

「な、成る程! つまりはその弾幕?とやらを打ちまくって、相手にぶつければ良い訳だなっ!」

 

「弾幕ってのを撃つだけか。

 そんなのが"決闘"とは……」

 

「……お前らホントに分かってんのか?」

 

 訝しげに放たれる双也の言葉は、二人ーー特に布都ーーの図星をギクリと突いた。

 本当に理解したらしい神子は、そんな二人の様子をクスクスと笑いながら見ている。

 それに気付き、布都はわたわたと弁明を始めるのだった。

 

 布都の慌てぶりーーひいてはその元気一杯な性格は、生前と何一つ変わっていない様に感じる。

 何かに付けては神子の身を案じ、"太子様"と常に慕い、従い続けている。

 神子や屠自古、そして双也にとっては、それが何となく嬉しく感じた。

 千余年も眠り続け、それぞれ孤独を乗り越えてきた先で、昔と何も変わらない仲間が迎えてくれる。

 それは、戸界仙となった三人が必死に求め続けてきた暖かさそのものと言えよう。

 きっと布都自身も、そう感じているはずである。

 

「ーーまぁ兎に角だ、この幻想郷ではそういうルールが存在する。

 この世界に生きる人妖と神の為に、それを守ってもらわにゃならないってことだ」

 

「それ、仮に破ったらどうなるんだ?」

 

「俺が拳骨落としに行く」

 

「……おぉ、なんと無情な罰じゃろうか……」

 

 想像し、自らの脳天にそっと両手を添えて震える布都を横目で一瞥すると、双也は"という訳で"と言葉を繋げた。

 

「早速、実戦演習だ」

 

 彼の言葉と同時に、二対の足が着地する軽い音が響いた。

 こんな所になぜ人がーーとは、誰も口にしない。

 特に双也は、舞い降りた二人を微笑んだまま見ていた。

 

「……はぁ、こういう展開にはもう慣れたわ」

 

「全くだ。 毎回毎回、何故か私達の行く先々に双也が居るんだよなぁ」

 

 開口一番、視界に入ってしまった双也の姿に、二人は何の気なしに悪態付いた。

 その反応として、双也はまぁまぁと頰を掻くばかりである。

 対して神子たちは、突然の来訪者に若干驚きながらも、ジッと二人を見つめていた。

 

「双也、この子達は?」

 

「ああ、俺の妹分とその親友。

 二人共、幻想郷屈指の実力を持った、異変解決者だ」

 

「異変……?」

 

「お前達が蘇ったことが、地上ではちょっとした騒ぎになってるって事だ」

 

「……つまり、私達の演習相手と言うのは……」

 

 納得の光を呈する神子の視線が、霊夢と魔理沙を射抜く。

 つまり、私達の弾幕ごっこの最初の相手がこの二人であるーーと。

 その視線に神子の意思を確認した霊夢は、少しばかりかったるそうに拳を腰に当てた。

 

「演習相手ってのはちょっと分かんないけど、今からする事は良く分かってるようね」

 

「ええ。 弾幕ごっこ、でしょう?

 先程双也から説明を受けました。

 何とも愉快で、面白そうじゃありませんか」

 

「……なんか余裕そうね。 言っとくけど、そんなに甘い戦いじゃないわよ?」

 

「分かっていますとも。

 でもせっかくの遊びなら、楽しまなくては損じゃありませんか」

 

 ーー双也は一体何を言ったんだ。

 神子の微笑みを目の当たりにした霊夢は、訝しげに双也を見つめた。

 幾ら幻想入りしたばかりとは言え、弾幕勝負はそれなりに苛烈な戦闘である。

 少なくとも、説明を受けた直後に"ユニークで面白そう"などと抜かす輩を、霊夢は今まで見たことが無い。

 そして、そこら辺の事実を分かっていない双也ではあるまい。

 視線で彼女の考えを察した双也は、相変わらずの笑みのまま口を開いた。

 

「ま、良いじゃないか。

 何事も楽しまなきゃ損だって考えは別に間違った事じゃない。

 それに、あんまり神子を嘗めない方がいいぞ?」

 

「誰に言ってんの。 私が油断なんかする訳ないでしょ」

 

「なら、良いけどな」

 

 懐からお札を、腰から剣を。

 二人はまるで申し合わせたかのように自らの得物を構えた。

 これから始まるは弾幕勝負。

 お遊びと呼ばれつつも、時には苛烈を極める事もある正真正銘の"決闘"である。

 霊夢も神子も、自然と表情を引き締めた。

 

「ではそこの白黒の! お主の相手は我がしてやろう!」

 

「お? 良い度胸じゃんかお前。

 ご指名とあらば、受けて立つぜ!」

 

 その隣では、布都の宣言を受けた魔理沙が空中へと飛び上がる。

 先を越された屠自古は、小さく舌打ちしながらも双也の隣へと寄っていった。

 此度の観戦者は、双也と屠自古の二人である。

 

「飛ばしていくわよ!

 霊符ーー」

 

「ともかく、先ずは使ってみましょうか。

 仙符ーー」

 

 決して狭くはない洞窟の中で、鮮やか極まる美しい決闘が、今始まった。

 

 

 

 

 

 繰り広げられる戦闘は、やはり苛烈だった。

 いや、これは想像以上だった、と形容した方が正しいだろう。

 少なくとも、布都と戦っていた魔理沙はそう思った。

 弾幕勝負は初心者の筈だが、何故か異様に強い。

 人外が強いのは何時もの事だが、今回は妖怪達とのそれとは質が違う様に感じた。

 なんと言うのか、少しばかり感じるやり辛さ。

 まるで人間そのものを何倍も強くした存在と戦っている様な、正攻法過ぎるやり辛さである。

 特別強力な能力を持っている訳ではない。

 純粋に強いのだ。

 その動きが、その弾幕が、その戦闘スタイルが。

 異変解決者たる魔理沙を予想外に苦しめていたのだ。

 

「なんじゃなんじゃ、その程度なのか白黒の!」

 

「うっせぇなっ! 白黒じゃなくて魔理沙だっつーの!」

 

「はっはっは!怒るな怒るな! シワが増えるぞっ?」

 

「余計なお世話、だっ!」

 

 降り注ぐ星の弾幕をするりするりと避けていく。そしてブワッと反撃の弾幕が魔理沙を襲った。

 それを避け、また放ち、返され、避けーー。

 基本に忠実な攻防を展開する二人。

 熟練者である魔理沙でも、布都という"人間上がりの戸解仙"相手には攻めきる事ができなかった。

 どうするか。

 このままではジリ貧だ。

 人外との体力勝負なんて馬鹿げてる。

 そこまで考え、ならばとばかりに、魔理沙は"行動を単一化"し始めた。

 

「(予想通りならーー)」

 

 そもそもが面白みのないループだった戦闘が、魔理沙が意識してそうする事によって更に収束していく。

 避け方が単調になった。

 スペルを使う気配もない。

 幸い相手はこの戦闘自体を楽しんでる。

 変化に気が付く様子もない。

 なら、弾幕も直線弾だけでいいか。

 撃ち、避けられ、撃たれ、避け、撃ち、避けられ、撃たれ、避けーー。

 行動をただの作業に、更に更にとシャープにしていく。

 魔理沙はそれを狙っていた。

 最早意識とは遊離して身体のみで戦っているかの様な、言わば"体が慣れた状態"へと持ち込んでいくのだ。

 それによって、どう有利になるのかーー。

 

 弾幕を放つ。

 流星の如き弾幕が、今まで通り布都に降り注ぐ。

 布都はそれを、今まで通りの動きで避けた。

 そしてまた、今まで通りの弾幕を放つ。

 ーーその瞬間だった。

 

「恋符ッ!」

 

 今までとは違い(・・・・・・・)、魔理沙はスペルカードを輝かせた。

 向かってくる弾幕は止まらない。

 今まで通りだ。

 そしてこれまた今まで通りに、このタイミングでは布都は動けない。

 体が慣れ切ってしまって、反応しきれないのである。

 正攻法で攻めきれないなら、虚を突いてやればいい。

 飛んでくる弾なんて、気にしない。

 

「マスタースパークッ!!」

 

 素晴らしいタイミングで放たれた巨大な閃光が、暗闇を切り裂いて飛ぶ。

 それの前では、布都の放つただの弾幕は何の障害にもなりはしなかった。

 ただただ、光の中に消えてゆくのみである。

 

「あわわわっ! やってしもうたぁぁあっ!!」

 

 そして、完全に虚を穿たれて動けなくなっていた布都も、呆気なくその大火力に呑み込まれたのだったーー。

 

 

 

「いやぁ、思ってたより強かったぜ。

 まさかこんなに苦戦するとは」

 

「妖怪達とは違っただろ?

 だから嘗めるなって言ったのに」

 

 目を回して気絶している布都を担ぎ上げながら、双也は笑いながら魔理沙に言う。

 彼の自分に対する評価が底見えした様に感じられて少々不快だったが、魔理沙は"勝ったからいいか"と投げやりに自分を納得させた。

 

「妖怪達は素が頑丈だから、多少弾に当たっても気にしないんだよな。

 でもこいつら、元は人間だから"攻撃は避けるべき"って染み付いてんだよ」

 

「……あぁ、あのやり辛さの正体はそれか……」

 

 妖怪達は、言わば"当たってくれる"のだ。

 勿論避けようとする事は多々あるが、布都ほど徹底はされていない。

 自身の頑強さに自信があるからーーもしくは人間如きの弾なぞ、と見下しているから、気にせずに攻撃してくる。

 だから大抵、大量の弾幕を当て続けていればその内向こうが尽きてくれるのだ。

 だが布都は、避けていた。

 人外である事は一目で分かったが、その頑強さに驕らず、実に正しい戦闘をしていた。

 それが妙に人間臭くて、やり辛かったのだ。

 

 ーーそれなら、霊夢の方は?

 

 不意に浮かんだ疑問に、魔理沙は素直だった。

 見たところ自分の相手だった布都よりも、霊夢の相手である金色の奴の方が断然強そうに感じた。

 もし彼女も布都と同じ様に戦う人外ならば、霊夢にとってこれ程やりにくい相手はいないのではないか。

 一抹の不安を抱えながら、魔理沙は繰り広げられる弾幕の嵐を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ーー神子を嘗めない方がいい。

 戦闘の最中、霊夢は兄から送られたこの言葉を噛み締めていた。

 戦闘は、霊夢が優位に立っている。

 弾幕を絶えず放ち、攻めているのは紛れもなく霊夢である。

 対して神子は、少々の攻撃と回避を繰り返すだけ。

 一般人などから見れば、神子が反撃の隙すら与えてもらえていない様に見えるだろう。

 ーーしかし、当事者である霊夢には分かっていた。

 神子は攻撃出来ないのではなく、観察しているだけなのだ、と。

 

「ふむ、大体把握しました」

 

「っ! くぅ!」

 

 それが分かっていた霊夢にとって、神子のその言葉はある意味恐れていたものだった。

 彼女が非常に強いのは、最序盤の撃ち合いでハッキリしている。

 それこそ、霊夢が認めざるを得ないほどだ。

 大量の弾幕を遠慮無く放ち、しかし初心者である筈の神子は、それを避けながら解析まで行っている。

 こちらの隙はあった筈なのに、それに脇目も振らず、徹していた。

 初めにスペルカードを唱えていたがそれもきっと練習目的だった筈だ。

 神子の言葉は、そんな状態で僅かに拮抗していた筈の戦闘が一気に崩れ去る合図の様に思えた。

 ーー確実に、ここから攻めてくる!

 悟った霊夢は、少しばかり焦りながら弾幕の量を増やす。

 迫り来る弾幕を、神子は静かな瞳で見据えた。

 

「少々本気で行きますよ。 あなた、強いですから」

 

 その言葉を皮切りに素早く振り抜かれた剣を、霊夢の動体視力は見逃さなかった。

 振り抜かれ、刀身に当たった弾幕がまるで紙切れの様に断ち切られる様を。

 その余波が、周囲に展開していた大多数の弾を一気に搔き消した所を。

 

「反撃はーーここからですッ!!」

 

 そして、そこに残った剣跡から、眩いばかりの光が放たれた所を。

 

 溢れた光はまるでレーザーの様にして、真っ直ぐに霊夢へと突き進んだ。

 光の速度ーーとまでは行かずとも、弾丸を数段上回る速さである。

 霊夢は辛うじて、それを避けた。

 そのまま旋回し、反撃とばかりに弾幕を放つ。

 しかし、其処にはもう神子の姿は無かった。

 

「何処に撃っているんです?」

 

 声が聞こえたのは、すぐ上。

 神子の姿を確認する前に、霊夢は回避行動に出た。

 兎に角、この場を離れなければならない。

 姿を確認している暇は無い。

 横へと跳び退き、ちらと元の場所を見てみれば、その空間は何処からともなく現れた三本の黄金の剣に貫かれていた。

 

「ふふ、やっぱり強いですねぇ。

 今のは当たったと思ったのですが」

 

「……あんた、本当に初心者かしら?

 妙に戦い慣れてるわね」

 

「ええ、まぁ。

 大昔、一度双也に手解きをされてるので。 未だに戦い方が染み付いているのですよ。

 弾幕勝負だろうと同じ事です」

 

 小さく漏れた舌打ちが果たして神子へのものなのか双也へのものなのか、霊夢には分からなかった。

 兎も角、ちまちま戦っていては勝てない事が分かった。

 こちらに余裕が無い事も、理解している。

 その上でどうすればこの強敵に打ち勝てるのか。

 霊夢の脳が鋭く、そして高速に回転する。

 

「……行くわよ」

 

 小さく呟き、霊夢は飛び出した。

 弾幕を放つ事も忘れない。

 半ば弾幕を纏う様にして飛び出した霊夢に対して、神子も同様に弾幕で迎撃した。

 周囲の弾幕が剥がされる中で、それでも霊夢は止まらない。

 そして、彼女の大幣と神子の七星剣が、激しく衝突した。

 

「ッ 考えた結果が、特攻ですか……っ」

 

「そう思うんなら……そう思っときなさい!」

 

 二人同時に弾き、後退する。

 ただ、霊夢は身を翻しながらも周囲にお札を放った。

 ぼんやりと赤く煌めき、それらは唐突に、丁度体制を整えた直後の神子へと飛び出した。

 

「ブレイクアミュレットッ!!」

 

 無造作にばら撒かれたお札が、意思を持った様に神子へと殺到する。

 霊夢が誇る弾幕のとっておきである。

 放たれたお札は次々と炸裂し、周囲に煙を巻き始めた。

 

「(ーー落ち着け。 焦るな。 音で、分かる。 目で見えなければ、気配を察しろ)」

 

 煙の中、全てのお札を斬り落とした神子は、静かに耳を澄ませた。

 どんなに注意を払っていようと、音は出る。 空気は動く。

 そして空気の揺れは、そのまま音となって響く。

 神子の特別な耳は、その微かな音も捉えられるのだ。

 神経を研ぎ澄まし、双也の教えに従って周囲を探る。

 煙はまだ濃く立ち上っていた。

 

 ーー瞬間。

 

 ぶわっ、と豪快に煙を払って、霊夢が突撃してきた。

 対して神子はーーしっかりとその気配を捉えていた。

 霊夢の飛び出してくる方向を予測し、既に剣を構え、迎撃の為に力を貯めてすらいた。

 全てが神子の予測通り。

 後は、霊夢の飛来するタイミングに合わせて、この力を撃ち下ろすだけーー。

 

「私だってねぇ……」

 

 僅かに霊夢の呟きが聞こえる。

 ぐっと腕に力を込めた。

 

「結界術関連なら……」

 

 声に力が篭ってきている。

 神子は刀身の力を収束させた。

 そして、躊躇いなく振り下ろす。

 

「双也にぃの真似くらい出来るのよッ!!」

 

 ーー縛道の八十一『断空』

 

 微かに、そんな宣言の声が聞こえた。

 

 

 

 




久方ぶりの戦闘回でしたね。
これまでの戦闘よりも描写が上達している事を願っています。

因みに、ウチの屠自古さんは足あり設定です。
特に意味はありませんが……。

ではでは。


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第百九十三話 強襲の化け狸

や、ヤバい。 文字数多過ぎ……っ!
前回……いや、前々回に引き続き、8000文字越えでお送りします。

ではどうぞ。


 ーー結局の所、霊夢と神子の戦いは案外呆気なく幕を閉じた。

 別にどちらが劣っていたとか、優っていたとか、そういう話ではない。

 それを言い始めるならば、二人の力は拮抗していた、と言って差し支えないだろう。

 そういう話ではなくて。

 ただ、単純な攻防の末に片が付いたのだ。

 霊夢が神子の攻撃を弾いて、反撃した。

 それだけの話である。

 だが、それがレベルの低い戦闘だったかと言えば、決してそうではない。

 

『縛道の八十一「断空」ッ!!』

 

 何より、霊夢に凄まじく虚を突かれた。

 鮮明に思い出せる。

 霊夢が神子に突撃し、彼女の一撃が振り下ろされる直前、霊夢は驚くべき事に"断空"を発動したのだ。

 恐らくは見様見真似だろうし、俺のそれには到底及ばない代物だったが、あれは確かに"断空"だった。

 事実、神子の渾身の一撃を完全に防いで見せ、霊夢に夢想封印を放つ隙を与えたのだ。

 おかげで、洞窟を出る際に俺が神子を背負う羽目になった訳だが。

 まぁ、それは横に置いておこうと思う。

 霊夢の誇らしそうにする顔は忘れられない。

 珍しいとすら思った程、満面の笑みをしていたのだ。

 何というか、本当に霊夢は天才なんだなとつくづく思う。

 断空だって、ひょいっと真似出来るほど緩い技ではない筈なんだけどな。

 ……そう言えば、紫も"蒼火墜"を使えるらしいな。

 なんで二人とも使えてしまうんだろう、俺は実現するのに苦労したというのに。

 

 とまぁ、そんなこんなで。

 紫が、恐らくは一番気を揉んでいたであろう白蓮達に話を通しておいてくれたお陰で、この件は事なきを得た。

 元々神子たちが復活する弊害で神霊が現れていただけだったし、彼女が気配やら何やらを抑えれば収まるだろう、という事で全員意思が合致したのだ。

 後から聞いた話だが、霊夢と魔理沙の他に妖夢と早苗も動いていたらしい。

 まぁ二人が来る前に俺たちで異変を片付けてしまったので、仕方ないと言えば仕方ない。

 来るのが遅い二人が悪いのだ。

 

 異変から数日経った今日。

 その後の様子が気になり、俺は神子たちの元を訪れていた。

 いや、正確には命蓮寺だ。

 住む場所が見つかるか完成するまでは、三人は命蓮寺に居候しているのだ。

 

「で、何か困った事とかあったか?

 ちょっとした世話くらいなら幾らでも焼いてやるが」

 

 座布団の上に楽な姿勢で座っている神子に、本題の切り出しとして言った。

 もう少し世間話していても良いのだが、ぐだぐだと駄弁るのもまた違うと思う。

 俺の言葉に、神子は苦笑を零した。

 

「ふふ、そこまでして貰わなくても大丈夫ですよ。

 ここの者達も良くしてくれますしね。

 宗教的に対立した立場なのが少し複雑な所ですが……」

 

「ああ、それはそうか。 道教と仏教だもんな。

 ま、そこは文句言えないだろ。

 幾ら聖徳太子っつっても、今は居候だからな」

 

「ええ。 文句を言うつもりは毛頭ありませんよ。 私の気持ちの問題です」

 

「それならいいが」

 

 如何やら、白蓮達が世話を焼いていてくれたらしい。 神子自身もある程度は心を許している様で一安心だ。

 "幻想郷の管理者の恋人"を名乗るからには、俺自身も住人の暮らしには目を向けていかなければならないのだ。

 知り合いならば尚の事。

 しかし、神子達に暮らしの不自由はなさそうで何よりである。

 

「ま、助けが必要無いに越した事はないさ。

 正直な所、お前達に限ってはそんな心配はしてないがな」

 

「では何故訊いてきたんですか」

 

「念の為だよ。 先住民としての情けとでも思えばいい。

 問題が無いなら、それでいいさ」

 

 少しだけ不思議そうな表情をする神子に軽く笑いかけ、立ち上がった。

 もうここに用は無い。

 十分世間話は出来たし、何より三人 への心配は必要無い事が分かった。

 紫が待っているだろうし、あんまり長く神子を引き止めておくのも、布都と屠自古に悪いと思ったのだ。

 

「あ、ちょっと待ってください双也」

 

「ん? まだ何かあるのか?」

 

「いえ、大した事では無いのですが……」

 

 引き止める声に立ち止まり、振り返ると、神子も同様に立ち上がっていた。

 一体、何だろうか。

 

「双也、青娥にはもう会いましたか?」

 

「いんや、会ってないが。

 そう言えば姿を見てないな。 お前達が復活する時には来ると思ってたが」

 

「実は、少し前に来たのですよ。ここに」

 

 霍 青娥。 久々に聞いた名前だった。

 神子達と同様、当時彼女らの仙人化に一役買った人物であり、俺と共に最後を看取った人物だ。

 懐かしいな、あいつに対して本気でキレた事もあったな。

 神子達の復活とあれば必ず立会いに来ると思っていたが、姿は見ていない。

 何があったかは知らないが、神子達にだけ会いに来て去ってしまった様だ。

 何とも水臭いというか。

 いや、昔から風来坊気質だった様だから、あいつらしいといえばあいつらしいのか。

 何にせよ、神子の用とは青娥の事らしい。

 

「そっか。 なんか言ってたのか、あいつ」

 

「特には。

 青娥もあなたと同じ様な事を訊きに来ましたよ。 不自由はしてないか、とね。

 でも、双也にもよろしく伝えておいてくれ、と」

 

「……そうか」

 

 千余年ぶりである。正直な所、青娥とも会いたかった。

 神子同様に積もる話があるのだ。

 更に言えば、襲ってくる死神達に苦労してないか、とも聞いてみたかった。

 まぁ俺はむしろ死神達側の立場なので、聞いてどうしようとも思ってないが、出来ればそこら辺の武勇伝でもなんでも聞いてみたかった。 話の種として。

 でも、神子の言い分から察するに、今も達者でいるらしい。

 相変わらず風来坊の如くそこらを彷徨っているのかも知れない。

 現状確認としてはそれでも十分である。

 元気なのが分かれば、それでいい。

 

「じゃあ、今度こそ。

 またな神子。 二人にもよろしく」

 

「はい。 いつでも来てください」

 

 三人ーーいや、四人の安否を確認して安心したのか、手を振って別れる際の俺の心は、不思議なくらいに落ち着いていた。

 

 

 

 

 

 命蓮寺は人里の近くにあるーーとは、最早人里でも知れ渡っている事だ。

 寺としてはこの世界に一つしかない貴重な存在だ、ある程度有名になるのは当たり前である。

 そこから出たりすれば、当然それは人里のすぐ近くに当たるわけで。

 俺は里の近くを通る際は、いつもフードを被っている。

 相変わらず人里への苦手意識が消えていないのだ。

 自分の女々しさに呆れの溜息を零したのも何度か知れない。

 でも、フードで顔を隠す事だけは止められなかった。

 未だトラウマの様になっているのだ。

 当然今も。

 

「(ーーそう言えば、そろそろ食材が尽きる頃だな)」

 

 タイミング悪くも思い出してしまった事に、思わず舌打ちが漏れた。

 家に着いてから思い出せば、そこらに生えているキノコで我慢する所なのだが、あいにく人里は目の前。

 ここであまり近付きたくないからと言ってスルーしても、それこそメリットの一つもない。

 そんな結論を得た俺は、渋々ながらも八百屋を目指して人里へ入ったのだった。

 

 ーーと、ここまで経緯である。

 

 命蓮寺を訪れたのは正午前だったので、現在の太陽は若干赤みがかってきている。

 ちらちらと向けられる視線を意識の外に追い出しながら、八百屋への道を歩いていた。

 

 確か、家には殆ど野菜が残っていない。

 米は前に大量買いしたものが残っていたはずだ。

 人参や大根、芋、小松菜とかーー兎に角、必要なものがたくさんある。

 そして、あまり暗くならないうちに帰りたい。

 あらかじめ紫には遅くなるかもとは言ってあるし、そもそも何処かから俺を見ているだろうが、あまり待たせるのもよろしくないのだ。

 主に俺の心持ち的によろしくない。

 そう思い、俺は若干歩く速度を上げた。

 ーーその時だった。

 

 

 

「ーーお主が標的かの?」

 

 

 

 ぼそりと囁かれた言葉に、反射の様にして振り返った。

 しかし、背後には誰もいない。

 すれ違い際に囁いた人物の姿は、影も形もなくなっていた。

 

「……?」

 

 不審には思うものの、いないのではどうしようもない。

 そもそも空耳かも知れないし。

 ーー兎に角、買い物を済ませてしまおう。

 すんなりとその出来事を忘れるのには、ほんの数分も掛からなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 博麗大結界は、幻想郷をすっぽりと包み込んだ超巨大且つ非常に強力な結界である。

 それは、幻想郷住民ならば誰であっても知っている事。

 幻想と現実という曖昧な境界に線を引き、完全に断ち切って概念的に外の世界を隔てている。

 この結界は言わずもがな、八雲 紫の力が膨大に篭った物だ

 こちらの事実も、当然幻想郷では一般常識である。

 

 故に紫は、博麗大結界に関しては我が身と同様、と言っても過言ではない程に密接に繋がっている。

 結界が綻びれば知覚するし、穴など開けようと思えば開けられる。

 そしてーー他の存在が入り込んだ事も、肌が何かに触れるのと同じ様に感じる事が出来るのだ。

 

「……紫様」

 

「ええ、分かっているわ」

 

 マヨヒガ。

 普段橙とその主、八雲 藍、更には紫が住まうお屋敷である。

 当初双也宅で彼の帰りを待っていた紫も、現在はマヨヒガに戻って来ていた。

 双也から"遅くなるかも知れない"と伝えられたのもあったが、主には別件である。

 側に控える藍に向かって、紫は少々真剣な口調で言った。

 

「……"何か"、入って来たわね。

 あなたも感じたのでしょう?」

 

「はい。 突然、大きな妖力が現れるのを感じました。

 それも……()と同質の」

 

「……あなたの様な九尾の狐なら、少々対処が必要になるわね」

 

 紫の口調は、普段の柔らかなものとは掛け離れた凄みを孕んでいた。

 それだけ、入って来た"何か"を重要視しているという事。

 それが藍と同じ力の質ならば、新たな九尾の狐の可能性すらある。

 もしそうならば、その狐が無闇に人や弱小妖怪達を食い散らかす前に何かしらの対策が必要になる。

 それも、大妖怪と相見えるともなれば、相当な。

 

「(いざとなれば双也もいるけど……本来彼は管理者の立場ではない。

 私達が何とかしたい所ね……)」

 

 幾ら紫の恋人と言っても、結局の所、双也はただの幻想郷住民に過ぎない。

 彼の厚意で、規律を保つ為に力を貸してもらってはいたが、紫にとってそれは本意でない。

 管理者はあくまで、紫である。

 そして補佐するのは藍。

 結界の軸となるのは霊夢。

 これは、変わらぬ役割なのだ。

 

 しかし、どうしたものかーー。

 九尾の狐と争うのならば、それなりに広い場所を選ぶべきだ。

 周囲にどんな影響が出るかわからない。

 しかし、そんな場所などあったろうか。

 紫はじっと黙って考え込んでいた。

 藍との会話も無く、ただじっと。

 そして一つ、ある事を考えついた。

 それは決して対策などではなかったが、忘れてはいけない可能性の一つだった。

 何も、相手が九尾の狐とは限らない。

 狐と同質の力を持った妖怪は、他にもいる。

 

「藍、今回の侵入者……狐ではないとしたら……」

 

「はい。 私も少し考えておりました。

 まだ、外の世界にいた可能性は十分にあります。 ここでは見ませんからね」

 

 一つ頷き、藍の言に賛同した。

 狐ではなくとも、こちらはこちらで少々厄介である。

 なにせ、化かす事に長けた大妖怪ともなればきっと、その術から抜け出すのも、防御するのも至難の技だろうから。

 

「狐か"狸"か。 どちらにしても、厄介な存在が入り込んだものだわ。

 常識のある妖怪なら良いけれど、ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 既に日は沈みつつあった。

 人里の活気は昼間からでは見る影もなく、所々に店をしまう音と光が漏れるのみである。

 未だ僅かに日の光があるものの、焼ける様な夕日が影を作る時間帯では、店を閉じるのは賢明な判断と言える。

 夜は、妖怪達の時間帯である。

 幾ら人里に下りてくる妖怪達が比較的温厚な部類だと言っても、結局日の下に住む者達は、影に潜む者達を恐れなくてはならないのだ。

 ーー故に、未だ人里の道を歩いているのは、人外に類する双也のみであった。

 

 その手首から下げられているのは、はみ出し気味な程に詰め込まれた野菜達。

 相変わらずフードを被りながらも、如何にか買い物を済ませた帰りであった。

 

「(……夕暮れの人里は静かだな。

 森に住んでる俺としては、こっちの方が性に合う)」

 

 トボトボと歩きながら、そんなどうでも良い事に思い耽る。

 それほど最近の幻想郷が平和なんだろうなと、双也は短絡的に結論を出した。

 本当に平和な日々である。

 最近で最も大きかった事件と言えば、白蓮達の星蓮船騒動くらいだ。

 そしてそれすらも年を跨いで過ぎた事である。

 神子達の騒動も、結局の所事件性は皆無。 むしろ彼女達ならば、悪影響どころか人里の生活に貢献すらしてくれるだろう。

 もともとは都を治める立場だったのだから。

 

「安泰で何より……。 紫も喜ぶだろな、きっと」

 

 幻想郷の安定は紫の使命である。

 普段から落ち着いた態度の彼女だが、この世界がより安定した方向に向かってくれるならば嬉しくない訳がないはずだ。

 そして、双也がその事を見抜けない訳もないのだ。

 ーー早く帰るか。

 彼女の姿を想像し、早く帰らなければと気が急いた。

 その急いた気に従い、双也は意識的に歩む速度を上げていく。

 

 ーーしかし、彼の歩みはたった数歩進んだだけで止まってしまった。

 

「……なんだ、この違和感」

 

 ふと、埃が触れた程度の違和感を感じ、双也はポツリと呟いた。

 不意に周囲を見回すが、ざっと見た限りの変化はない。

 夕暮れ時の人里の風景である。

 人間達は家に引っ込み、灯りは殆ど消えている。

 活気は当然消え失せて、聞こえるのは静かな虫の鳴き声だけだ。

 

 ーー虫の、鳴き声?

 

「…………なんで人里のど真ん中で、こんなにも虫達の鳴き声が聞こえる。

 森の中じゃねーんだぞ」

 

 そう強めの口調で呟いた瞬間、僅かに残っていた人々の声が一瞬で消え失せた。

 まるで驚きで声が突然出せなくなったかの様にぴたりと止まり、虫の鳴き声がより一層響いて聞こえる。

 すると不意に、手元で軽い爆発の様な音が響いた。

 

「…………なんだこれ」

 

 警戒しながらも視線を落とせば、双也の手には大量の野菜ではなく、数本の木の枝とキノコが握られていた。

 そこから立ち上るのは、絵に描いたように透けない白い煙。

 

 野菜が何かにすり替えられたのではない。

 手は動かしていない。

 力が加わった感触もない。

 双也は直ぐにその正体に結論を出した。

 何より、突然現れた白い煙が確証である。

 双也は気疲れを起こした様に大きな溜め息を吐くと、頭をがしがしと乱暴に掻いた。

 あーあ、やられたなこりゃ。

 こんな経験久しぶりだ。

 大昔の体験を思い出しながら、自嘲する様に鼻で嗤い、手に持つ木々を投げ捨てる。

 

 ーーまさか、化かされるとはなぁ。

 

 

 

「ほう、見破られたか。

 見掛けに依らず侮れんのぅ」

 

 

 

 声が聞こえた、瞬間だった。

 一際大きな音と同時に、双也の周囲が白い煙に包まれた。

 深い霧ーーそんなレベルではない。

 まるで視界の全てを絵の具で塗り潰したかのような、圧倒的な"白"が双也の周囲を包んでいる。

 周囲に広がっていた街並みが、人里が、丸々と白い煙となって消え去ったのだ。

 黙々と次第に消えていく煙は、同時に周囲の正体を明らかにした。

 

 日は完全に沈み切り、影を作るのは月の光。

 頰を撫ぜていく風が、ざわざわと音を立てる。

 双也の立つ場所は、決して人里などではない。

 ーー鬱蒼とした、森の中であった。

 

「人を見かけで判断しないほうがいいって、言われた事ないか?」

 

「はて、何分儂に何か物申す者をあまり見ないでの。

 (わっぱ)の時分には言われたかも知らんが、流石に覚えてないのぅ」

 

 双也の問いに答えたのは、いつの間にか彼の正面に立っていた女性だった。

 こんな時間に何してるーーなんて無粋な事を、双也は尋ねない。

 その背後で揺れる大きな尻尾を、見逃してはいなかった。

 

「さっきすれ違ったな。

 あの時から俺は化かされて、ここまで誘導されたって訳か」

 

「正解じゃよ。 化かされた瞬間まで当てるとは、こりゃ儂の術もまだまだじゃの」

 

「いや、十分だろ。 自惚れるつもりはないが、俺を化かせる奴はそういない」

 

 そう親しげに話しながらも、双也は目の前の女性を警戒していた。

 単純に自分を化かせる実力もさる事ながら、ボロを出さず気が付かれず、ここまで誘導して見せた。

 恐らくは双也が虫の声に気が付いたのも、ここまでの誘導が完了したからこそのちょっとした実力診断に近かったのだろう。

 結果、見破った事で彼女の中の印象がどのように変わったのかは知る由もないが、少なくとも油断はしていないはず。

 内心では、双也は既に戦闘態勢に入っていた。

 

「ところで、俺に何の用だ?

 初対面のはずだが」

 

「何、ちょっと助けを求められての。

 とんでもない奴が出てくるらしいから、幻想郷の妖怪達の助っ人になってくれ、とな」

 

 ーー助け?

 その言葉に若干の違和感を感じたものの、双也は目の前の彼女の目付きが鋭くなったのを感じると、ゆっくりと刀の柄に指を掛けた。

 狙われる心当たりは全く以ってなかったが、あちらが攻撃してくるのなら迎撃せねばならない。

 どんな事情があろうと、易々と負けてやるほど、プライドの低い双也ではないのだった。

 

「儂は 二ッ岩 マミゾウ と言う。

 見ての通りの化け狸じゃ。

 久々の強敵との戦いでの、少々加減が出来んかもしれんが……まぁ許せ。 妖怪達の為じゃ」

 

「……俺は神薙 双也。

 あんたとの因果に心当たりなんざ全くないが、襲ってくるなら……叩っ斬るまでだ。

 ……あと、終わったら俺が買った野菜全部買い直してもらうからな」

 

「ふぉっふぉっふぉっ! 面白いやつじゃ! この雰囲気でそんな事を抜かすかっ!

 良いじゃろう。 ならば、せいぜい儂に倒されん事じゃなッ!!」

 

 地を踏み砕く音が、暗い森に響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある森の一角。

 もう太陽も沈み、真っ暗闇となった森の中に、一人の少女が佇んでいた。

 黒い服を纏っている所為で視認はし辛いが、少女は僅かに落ち着かない様子をしていた。

 周囲を頻りにきょろきょろと見回しているのだ。

 赤い三枚の翼に、青い三本の尻尾。 大きな赤い瞳を光らせる少女ーー封獣 ぬえである。

 

「……う〜ん、遅いなぁ。 来ても良い頃だと思うけど……」

 

 頰を流れた汗を拭き払いつつ、ぬえポツリとは独り言ちた。

 それに答える声もない。

 もう一度周囲を見回すと、彼女は落胆したかのように座り込み、近場の木に寄りかかった。

 

「はぁ〜、ちゃんと手紙は届いてるよね……。

 妖怪は通れる結界だから、マミゾウもこっちには来てるはず……」

 

 そう呟きながら、自らが助けを求めた大妖怪を思い描く。

 こっちの気も知らずに飄々としている気がして、ぬえは無意識に眉を顰めた。

 

 ぬえがマミゾウに助けを求めたのは、白蓮の話を聞いたからだった。

 何かとんでもないものが地下に眠っている。

 そして、それを抑え込むには白蓮でさえも力不足。

 その事を聞き、ぬえの脳内では急速に、そして若干暴走気味に思考が加速したのだ。

 ーー要約すれば、こうだ。

 地下に封印されているのは白蓮でさえ及ばないとんでもない化け物。

 そして今、その封印が解けようとしている。

 封印されているほどの強力なやつならば、出てきた途端に周りの奴らを敵に回して、暴れまわる可能性だってある。

 そしてそれにはどう考えても妖怪達は含まれていて、大半の弱小妖怪は死に絶えてしまう。

 ーーこれはマズい! 助っ人を呼んで対抗しなければ!

 

 こうして呼ばれたのがマミゾウである。

 もちろん、この考えに様々な不確定要素がある事を本人は気が付いていない。

 それを、双也や白蓮などに口に出して相談していたならば彼女の暴走は起こらなかっただろうが、生憎彼女の脳内のみで巻き起こった思考だ。

 それを止める術などないし、況してや突然寺を飛び出した彼女を止める動機も、双也と白蓮にはなかった。

 結論から言えば、マミゾウは完全にぬえの勘違いで巻き込まれただけである。

 その彼女と待ち合わせているのが、今のぬえだった。

 

 ーーしかし、マミゾウは一向に現れない。

 何をしているのかなど見当もつかない上、ぬえの心の内にはどんどんと不安が募り始めていた。

 

「(ち、ちゃんとこの世界には来てるよね……?

 外の妖怪達の間でも有名らしいし、場所の説明は手紙に書いたし……書いた、よね?)」

 

 再び、ぬえの頰には汗が伝った。

 

「(あ、あれ? ちゃんと書いたよね、書いたはず……あでも、こっちに来てからの地図はちょっと雑だったかも。 

 ……まさか、それで迷ってるなんて事は……?

 い、いやいや、あれくらいの地図なら全然読める範囲……の筈、多分、きっと……)」

 

 終いには、顔を真っ青にしていた。

 

「(地図は大丈夫だとして、なんでこんなに待ってるのに来ないの……?

 約束を破るような奴じゃ……。

 ……あ、そう言えば、手紙には"とんでもないやつがでるから"としか書いてないな……)」

 

 ーーもしかして、勘違いして誰か別の人と戦ってるとか?

 

 そう思い至った瞬間、ぬえは勢いよく立ち上がった。

 顔色は、最早蒼白と言って差し支えないほどに生気を失っていた。

 

「白蓮より強いやつ……それと勘違いするくらいに強いやつって言ったら……ま、まさか……」

 

 ーーまさか、あいつか……っ!?

 

 もしそうなら、ヤバい。

 何がヤバいって、その誤解が解けた後がヤバい。

 ぬえは二人にこっ酷く叱られる様を夢想して僅かに震え出した。

 そして、不意に遠くから聞こえた炸裂音にびくりと一際大きく体を震わせる。

 

「あ、あわわ……」

 

 は、早く行かなければ!

 もし戦っているのなら、二人が本格的な戦闘に入る前に止めなくては!

 

 ぬえは半ば自棄(やけ)になりながらも、震える体に鞭打って、炸裂音のした方向へと飛び出した。

 

 

 

 




もうだいたい分かってると思いますが、ウチのぬえちゃんはおっちょこちょい属性強めです。
慌てて空回りするぬえちゃんに魅力を感じるぎんがぁ!でございますです。

ではでは。


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第百九十四話 上には上がいる

今章最終話です。
あ、マミさんの能力については大部分が独自解釈なので、それを忘れずに。
いやぁ、あの人ならこれくらいできてもいいと思うんですよね。

ではどうぞ!


 『化かす』という事がどういう事なのか、双也は戦闘の最中に、その意味を如何に理解していなかったのかを思い知った。

 

 化かすとは、主に狐や狸が何かに成り切ったり、それらが人間を驚かす、という意味で使われる。

 実際、その手の事例は数多くあるし、最も一般的な認識と言える。

 だが、双也が噛み締めた事象は、その程度の甘っちょろい術ではなかったのだ。

 『化ける』とは即ち、別の物として姿を変える事。

 ならば『化かす』とは、どう捉えられるのか。

 確かに驚かすという意味もあるだろう。 一般的な言葉の使われ方としてはむしろそちらが正しい。

 ーーしかし根本的な意味としては。

 あるものを別の物として見せるーーつまり、"姿を変えさせる事"を『化かす』と言うならば。

 最早それは、物質を金属に作り変えると言われる錬金術に近い。

 いやむしろ、何に作り変えるのかを限定しない分、より強力な術と言えよう。

 そんな能力を操る者と対峙したのならどういう立場に立たされるのか、最早想像には難くないはずだ。

 つまりーー。

 

「厄介極まりねー能力だなっ!」

 

「お主の周り、全てが儂の攻撃範囲と思ってくれて構わんぞ!!

 そぅらッ!」

 

 マミゾウの放った大量の石ころ。

 それは白い煙を噴き出すのと同時に姿を変え、多くの手裏剣となって双也に襲い掛かった。

 石ころが"化けた"と言っても、それは本物の手裏剣と大差はない。

 触れれば切れるし、当たれば刺さる。

 『化かす』事によるマミゾウの猛攻を受けていた双也は、敢えて前方へと駆け出した。

 

「アステロイド『相殺弾(ブレイクシュート)』ッ!」

 

 放たれた弾が、中心を駆ける双也の周りで弾けて消えていく。

 最短距離を最速で駆け抜けた双也は、急速にマミゾウへと肉薄すると、躊躇いなく横に一閃。

 ーー斬り裂いたのは、"木の壁"だった。

 

「危ないのぅ!」

 

 大きく仰け反って避けたマミゾウは、そのまま後方へばく転し、次いでとばかりに双也が斬り飛ばした木に能力を掛けた。

 白い煙が噴き出し、現れたのはーー元の木ほどはある巨大な木刀。

 それが、真下にいる双也目掛けて襲い掛かる。

 

「それで終わりでは、ないぞ!」

 

 遠慮はなかった。

  マミゾウとて久方ぶりの強敵との戦闘である。

 巨木刀だけでは足りないと、彼女は小枝を鋭い刀へと化けさせ、大妖怪の名に恥じぬ速度で一瞬にして双也の周囲に立つ木々を断ち切った。

 切れれば、木は当然倒れる。

 巨木刀が落ちてくるよりも早く、周囲の木々が双也にのしかからんと倒れていく。

 潰されれば、人の身では到底耐え切れないのは確かな程の重量である。

 マミゾウは、僅かに口元を釣り上げた。

 ーーしかし。

 

「特式三十七番ーー」

 

 落ち着き払った表情で霊力を練る双也の姿が、彼女の背筋をぞくりと震わせた。

 

「ーー跳弾反吊星!」

 

 双也の頭上に張られた座布団のような霊力が、倒れてくる木々と巨木刀を一気に止めた。

 驚愕するマミゾウを尻目に、双也は更に手を突き出す。

 掌から溢れ出る雷を視界に捉え、マミゾウは慌てて防御体制をとった。

 

「特式六十三番『雷虎ノ咆哮』」

 

 その宣言とほぼ同時。

 止められていた木々がまるで意志を持ったかのように浮かび上がり、マミゾウ目掛けて勢い良く飛んだ。

 その先駆けとして着弾したのは、鋭く収束された雷の衝撃波である。

 弾けるような炸裂音と共に、マミゾウの身体はいとも簡単に吹き飛び、それを追撃するように木々の超重量が襲い掛かる。

 

「っ! まだ、じゃよッ!」

 

 吹き飛ぶ身体を踏ん張って止めながら、マミゾウはきっと正面を睨んだ。

 迫る木々。 変化は解いても結局は木が飛んでくる。

 この状況でマミゾウが選べる手段は、自ずと限られていた。

 

「ーーはぁッ!!」

 

 納めていた膨大な妖力を、一瞬だけ解放する。

 妖力版の霊撃ーー所謂、妖撃である。

 大妖怪たるマミゾウのそれは、相応しい威力で木々に衝突。

 突風を巻き上げながら、襲ってくる巨木達を粉々に砕いた。

 

「はぁ、はぁ……成る程のぅ。

 こりゃ、とんでもない奴じゃ。

 木々を破壊するでもなく投げ返してくるとは、中々に焦ったわい」

 

「……その能力も大概だな。

 そこら全てが危険に見えて仕方がない」

 

「ふぉっふぉっ! 最早それも皮肉に聞こえるのぅ!

 その余裕が恐ろしい限りじゃよ!」

 

 双也にとっては、それは皮肉でもなんでもなかった。

 彼の言ったことは全て事実であり、全てが本音である。

 マミゾウの能力を、彼は心底厄介に思っていた。

 その応用力のみを見れば、"繋がりを操る程度の能力"にすら匹敵しかねない強力な力。

 それをよく分かっているのだ。

 化ける、もしくは化けさせる事による攻撃の多彩さは、今まで対峙してきたどの妖怪とも比較にならない。

 次の瞬間には一体何が襲ってくるのか、全く以って予想出来ないのである。

 

「(霊力をもっと解放しても良いのかもしれないけど……そうすると周りの被害がな……。

 こいつに勝つためだけにここら一帯更地になんてしたら、絶対紫に怒られるし……)」

 

 森にいるからこそ掛かってしまう、能力の制限だった。

 解放度合いを上げれば、成る程、マミゾウに勝つだけなら容易だろう。

 それこそ全解放したならば、この場を動かずとも次の瞬間には目の前の景色を丸ごと消し去る自信はある。

 ーーしかし、実際問題そんなことは出来ない。

 人道的にも道徳的にも、言ってしまえば双也の性格的にも不可能な事だ。

 力を制限しながら、ある程度被害を出さずに済ませる必要があるーー。

 

「……ふぅ」

 

「ん? なんじゃ、バテたのか?

 それなら潔く負けてくれないかのぅ。

 疲れたなら、休みたいじゃろ?」

 

「バカ言うなよ。 あれくらいじゃ疲れないし、はいよと負けてやるつもりもない」

 

「じゃあ何の溜め息じゃ」

 

「……正直、俺も早めに終わらせたい気持ちはある。

 そりゃ本気でやればすぐに終わるけど、周りの被害がでかすぎてな」

 

「……まだ、本気ではないと。

 分かりやすい挑発じゃ」

 

「そう思うならそれでも良い。

 だからまぁ、少し視点を変えてだなーー」

 

 ゆっくりと、反射して輝いていた月光が小さくなっていく。

 蒼い刀身が隠れて行き、終いにキンッと軽い音を立てる。

 ーー双也は、天御雷を鞘に納めた。

 

「……?」

 

 そして、訝しげな視線で睨むマミゾウに向けて、両の手を突き出す。

 双也は不敵に、笑っていた。

 

「"被害を出さないように"、じゃなくて、"被害が出る前に倒す"方向で、戦おうと思う」

 

 ーーアステロイド「速射爆裂弾(ルゥインバレット)

 

 その、瞬間。

 マミゾウの直ぐ横を駆けた一閃の光が、後方で凄まじい炸裂音を響かせた。

 振り向かずとも、背後から届く鮮烈な光と音が、その威力を端的に物語っていた。

 そして、その光の弾丸を少しだって目で追えなかった事実が、マミゾウを戦慄させた。

 

 ーー止まっている場合ではないッ!

 

 その驚異的な速度と威力に止まりそうになった思考を、マミゾウは無理矢理回転させた。

 怖がって動かないのでは確実に当たる。

 怖いからこそ、動いて躱すべきだ。

 マミゾウが咄嗟に飛び退いた地点では、次の瞬間には弾丸の嵐が吹き荒んでいた。

 

「なんっじゃその弾はぁっ!?

 お主、程度ってものを知らんのかっ!?」

 

「失敬だな。 確かに当たれば痛いが、せいぜい気絶する程度だ」

 

「痛みでショック死しかねんではないかっ!」

 

 文字通り、目にも留まらぬ速度の弾丸が機関銃のように放たれる。

 着弾した地点からは光が炸裂し、その度に汗を浮かばせるマミゾウの姿を夜闇の中に浮かび上がらせた。

 例えこの世界の自然に影響がないとしても、当たれば致命傷は確実である。

 それこそ、マミゾウにはその弾丸が、痛みによる気絶を通り越してショック死しかねない威力に見えた。

 まさに"滅びの弾丸(ルイン・バレット)"。

 笑えないネーミングである。

 

「ちっ! 避け続けても不利かの!」

 

 大妖怪と言えど、体力が無尽蔵にある訳ではない。

 それこそ双也程の強者と相対したとなれば、その消耗は本人が思う以上のものとなるだろう。

 マミゾウはそれをしっかりと理解していた。

 理解していたからこそーー攻めの一手に出た。

 

「(あの弾丸の威力は計り知れん。

 しかし、一発で万物が滅び果てる様な理不尽な物ではない。

 ーーそこに勝機がある!)」

 

 マミゾウは、嵐の如く襲い来る弾丸にその身を掠らせながら高く飛んだ。

 浮かび上がった大きな月を背に、彼女の瞳が鋭い光を放つ。

 

「万物を化かす儂の本気ッ!!

 受けてみよッ!!」

 

 その、瞬間。

 マミゾウの振り絞った妖力が、二人の頭上で巨大な煙となって"爆発"した。

 その轟音は凄まじく、また巻き起こった突風が、森中の木々の葉を掻き鳴らす。

 絵の具の様な不可思議な白煙は黙々と立ち上って、その中身を徐々に明らかにしていく。

 現れたのはーー空を覆うかと思われる程巨大な、岩。

 否。 それは最早、突如現れた隕石そのものだった。

 

「儂が誇る最後で最高の術、『大気の変化』ッ!! 

 止めてみるのじゃ、神薙 双也ァッ!!」

 

 最早マミゾウには、妖怪達の助っ人などという目的は頭になかった。

 ただただ、目の前の見た事も聞いた事もない程強大な存在の、力の底を見てみたかった。

 自分がそれをこじ開けられるとは思っていない。 しかし、その片鱗が見られれば彼女としては満足だった。

 だからこそ、世の化け狸の中で彼女のみが辿り着いた変化の境地ーーこの世に無尽蔵に存在する"大気の変化"を発動したのだ。

 大気そのものを変化すれば、事実上どんな物でも、どれだけ多くとも、どれだけ重くとも、正に万物に化かす事が出来る。

 "究極の変化"こそがマミゾウの底力。 これこそがマミゾウの真の実力。

 彼女は、その大きな瞳を精一杯に開き、己の本気を向けた相手を期待と興奮の眼差しで見つめた。

 

 

 

「……だから、被害がでかいっつーの」

 

 

 

 既に、"滅びを運ぶ弾丸"は放たれていない。

 そしてその強烈な炸裂音が響かなくなった事で、マミゾウは、双也のそんな呟きを聞いた気がした。

 

「特式九十六番ーー」

 

 膨大な霊力が双也の掌で溢れ出し、炎の様に揺らめいている。

 危機的状況とは思えぬ程にゆっくりとした動きだったのはきっと、マミゾウの感覚遅延が理由ではない。

 目を瞑り、双也はただ掌の霊力を練り上げる事だけに意識を向けているのだ。

 揺らめく炎が激しさを増していく。

 深海色の霊力がはち切れんばかりに詰め込まれ、しかしその統率を失わず、掌の上で時が満ちるのを待っている。

 パチンーー。

 いやに響く柏手と共に、炎が、弾けた。

 

 

 

「ーー『八刀(やとう)劫紅封滅(ごこうふうめつ)』」

 

 

 

 弾けた炎は掌からでなく、隕石の芯を捉える様に地面から噴き出した。

 煌々と紅く煌めく炎が立ち上ったかと思うと、その鋒を模した劫炎は一瞬の内に隕石を貫き止めた。

 その圧倒的な熱が、硬い岩肌をも溶かし貫いているのは遠目にも分かる。

 何千度かも計れぬ灼熱が、周囲の空気すら焦がして天を衝いているのだ。

 

 ーーしかし、それだけではない。

 一刀が隕石を貫いたのを皮切りにして、球を形作る様にその周囲にも爆発的な炎が噴き出していく。

 現れた七つの炎は、一刀目の中心を狙う様にして次々と弾けた。

 

「な、何じゃ……こりゃあッ!?」

 

 二刀、三刀、四刀、五刀ーー。

 その進行を妨げる岩肌を物ともせずに、一瞬で溶かしては突き崩し、遂に八つの巨大な炎刀が、幻想郷の夜空に奇妙で巨大な磔架を作り上げたのだ。

 

 巨大な隕石を巻き込み、地面に着けさせる事はなく、周囲の空気すら焼き焦がして発現した灼熱の磔架は次の瞬間ーー八刀の交点、中心から弾けて、幻想郷の空を暫し紅蓮に染めたーー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だぁぁあああっ!! 負けじゃ負けじゃ! 勝てる訳なかろうこんな奴にッ!!」

 

 灼熱によって焼け焦げた森。

 その中心で、マミゾウは自棄になったかの様に喚いた。

 最高の技をあんな派手に打ち破られては、マミゾウも堪らないというものである。

 そしてそれを涼しげに行使するこの神薙 双也という男も、マミゾウはジトッと睨みつけた。

 

「さて、色々と話を聞かせてもらおうか。

 誰に呼ばれたのか、目的の詳しい説明。 あと、俺を襲った理由をな」

 

 特に怒った表情をするでもなく、双也は静かにマミゾウを睨み付け、蒼い刀身を彼女の鼻先に向けた。

 そう。 そもそも、双也にはマミゾウとの因縁や因果はない。

 全くの初対面で、突然彼女は襲い掛かってきたのだ。

 彼にとっては謎だらけである。

 少しでも解いておかなくては、夜も眠れない。

 暫し視線の交錯が続き、最早虫の声もなくなった森の静寂が二人を包む。

 そして、やっとマミゾウが口を開いたーーかと思えば。

 

 

 

「ちょっ! ストップストップちょっと待って二人ともぉぉおおっ!!」

 

 

 

 少女特有の甲高い声が二人の鼓膜を揺らし、続いて二人に割り込む形で、間に土煙が舞った。

 

「いたたた……じゃなくて!

 ちょ、ちょっと落ち着こうよ二人共! ねっ? 戦っても意味ないからさ! ねっ!?」

 

 小さな煙から姿を現したのは、黒い服に赤い羽根、青い尻尾の大妖怪。

 彼女は、いつにも増して狼狽した様子であわあわと言葉を吐き出した。

 

「……ぬえ? なんでここに?」

 

「……あー、忘れとったわい。 そう言えば待ち合わせしておったな」

 

「待ち合わせ? じゃあもしかして、マミゾウを呼んだのはーー」

 

「左様。 この封獣 ぬえじゃよ」

 

 成る程ーーと、双也はすんなりと納得した。

 あの時命蓮寺から飛び出したのは、マミゾウを呼ぶ為か。

 もともとそれ程気にしていた訳ではなかったが、謎が一つ解けて少しすっきり、である。

 まぁその代わり、他の謎がその分深まってしまった訳だが……。

 

「……じゃあなんでマミゾウを呼んだんだ?

 確か妖怪達の助っ人……だったか? そんなのが必要になる程危険な状態か……?」

 

「……え? だって、なんかヤバいのが寺の地下から出てくるんでしょ?」

 

「……ヤバいの?」

 

 はて、そんな奴いたか……?

 この時点で、双也には何となく会話が噛み合っていない様に感じていた。

 寺から出てきたと言えば、神子達三人である。

 今は命蓮寺に居候していて、人里や命蓮寺にとっては人出が増えて、助かりこそすれ問題など起きようはずがない。

 ーーもしかして、神子達をそんなヤバい奴らだと思っているのか?

 そう結論に至った時、双也は、自分が無意識に溜め息を吐いているのが分かった。

 

「……おい、ぬえ」

 

「なにーー痛いッ!」

 

 ごちんっ、と、双也は取り敢えず、軽く刀の峰でぬえの脳天を打った。

 不意打ちに怒りそうになったぬえだったが、顔を上げた瞬間に視界に映った双也の目が、酷い呆れの光を呈していた事で言葉を詰まらせた。

 ーーなんかあたし、呆れられてるっ!?

 

「全く、暴走するのも大概にしろよ。 悪戯が過ぎるかと思えば今度は一から十まで勘違い?

 何か事件になったら動くの俺なんだぞ。

 お前は俺を過労死させる気か?」

 

「いや、あのーー」

 

「言い訳すんな」

 

 ごちんっ。

 ぬえは頭を抱えて蹲った。

 その様子にもう一度大きく溜め息を吐くと、双也は刀を鞘に納めた。

 

「……時にぬえよ、さっきの言葉何じゃが……」

 

「な、なに……?」

 

「意味がないーーとは、どういう事じゃ? それに勘違いとは……?」

 

 あからさまにギクリとしたぬえの様子に、彼女を見下ろしていた双也は軽い溜め息を零した。

 彼はもう察していた。

 ぬえのおっちょこちょいぶりに散々と振り回された双也だからこそ、ぬえが今回何をしでかしたのかがよく分かったのだ。

 次いでに、自分がマミゾウに襲われた理由も。

 

「えっと、そのぉ……事後で本当に申し訳ないんだけど……」

 

「なんじゃ?」

 

「………………あ、あたしがマミゾウに倒して欲しかったの、こいつじゃないんだ!

 本当は別のやつを相手しもらいたかったんだけど、あたしの言葉が足りなかったばっかりに勘違いさせて……ご、ごめんっ!」

 

 ぬえの突然の謝罪に、マミゾウは唖然とした表情を浮かべたーー訳ではなく。

 むしろ、彼女は微かに笑ってすらいた。

 頭を下げたままのぬえには、もちろん見えるはずもなかったが。

 マミゾウも、予想はしていたことだったのだ。

 彼女もぬえの性格くらいは知っている。 その落ち着かない様子も然り。

 初めに双也との会話が噛み合っていないと感じた時点で、"ああ、これは人違いをしてしまったかもしれないな"と、彼女自身も考えていた。

 ーーただ、それをぬえの所為だとは思っていない。

 責任転嫁など虚しい事をする程、彼女は落ちぶれていなかった。

 むしろ、笑い飛ばせるくらいに余裕があった。

 

「ふぉっふぉっふぉっ! 構わんよぬえ、儂は別に怒っておらん!」

 

「……え?」

 

「お前の落ち着きのなさは知っておるからの、少し間違ったくらいでお前を打つほど、儂ゃ器の小さい狸ではないでの。

 そう嘆くな」

 

 ーーこの神薙 双也と戦えたことも、いい経験になったしの!

 にかっと笑うマミゾウを見上げ、ぬえは目尻に溜まっていた涙を慌てて拭った。

 やはりいい奴だな、と。

 彼女が許してくれた事を確認して、ぬえもまた、マミゾウに笑い返すのだった。

 

「全く、お騒がせな奴らだ。

 つーか、なんで俺は巻き込まれたんだ。 買い物行ってただけなのに」

 

 二人の和やかな空気を見て、双也は軽く愚痴を零した。

 言ってしまえば、双也は今回の件に関しては完全に巻き込まれた側である。

 面倒臭がりな彼が自然と愚痴ってしまうのも、当然の事だった。

 

「傍迷惑この上ないな……」

 

「ホント、迷惑な人達よねぇ。

 こんな夜中にドンドンガラガラと……」

 

「全くだ。 こっちの気も考えろってーーッ!!?」

 

 瞬間、双也は背後からの奇襲に身体を硬直させた。

 いや、奇襲ではない。 襲われた訳ではないのだ。

 ただ、すぐ後ろから今だけは会いたくなかった者の声が聞こえたから。

 その会いたくなかった者に、後ろから抱かれて動けなくなってしまったから。

 

「ねぇ、双也……この森、こんなに開放的だったかしら?」

 

「……あ、え……っと……」

 

 その突然の変化には、マミゾウとぬえの二人もすぐさま気が付いた。

 現場の三人の中で最も堂々としていた者が、一瞬にして縮こまった様子に様変わりしたからだ。

 そちらを見てみれば、彼の後ろには一人の影が。

 双也を背後から抱き締め、しかしその抱擁に優しさなど欠片もない。

 

「ねぇ双也……この場所は、昔からこんなに焦げ臭かったかしら?」

 

「……ゆ、紫……?

 なんか……ふ、雰囲気が……」

 

 普段の何倍も色っぽい声で、紫は双也の耳元で囁く。

 しかし彼にとってそれは、むしろ背筋を駆け抜ける悪寒にしかならなかった。

 背中に愛しい女性の温もりがあるはずなのに、今の双也には、それを感じる余裕すらなかったのだ。

 

「ねぇ、双也……私が今からしようとしてる事……分かるかしら?」

 

「な、なぁ紫? 聞いてくれ、ああでもしないともっともっとでかい被害がーー」

 

「そ・う・や?」

 

「…………ご、ゴメンナサイ……」

 

 正座で地面に座り、潔く説教されている双也。

 突如現れた見慣れない大妖怪の姿を眺め、マミゾウは思わず苦笑した。

 

「(何じゃ、あやつにも弱点はあるんじゃないか)」

 

 紫の前で先程よりも小さくなる双也の姿に、マミゾウは溜め息混じりの笑いを零す。

 上には上がいるもんじゃなぁーーと、彼女は疲れたように背後へと体重を落とした。

 

 ここから見える夜空は、清々しいほどに美しい満天の星空だった。

 

 

 

 




マミさんはいい人イメージが強いです。なんとなく。

ではでは。


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第十五章 喪心異編 〜最後に為すべき事〜
第百九十五話 対立する宗教家


新章開幕ッ! ……そんなに長くする気も、今の所ありませんけどね。

あ、あと今回、いろいろごちゃごちゃしてるので注意。
次からは気を付けます。

ではどうぞ!


 ーー昔からふと、不安に思う事があった。

 

 誰にも話していないーーいや、誰にも話せない事だから、思い浮かんではすぐに忘れ、思い浮かんではすぐに忘れを繰り返していた。

 だから未だに解決する事も、答えを得ることも出来ていない。

 ……いや、違うな。

 例えどんなに頭を捻っても、例え天地がひっくり返ったって、きっと解決なんてしないし、答えなんて出やしない。

 全ての『結果』は、俺の目の前の風景……この世界そのものなんだと思う。

 

 この世界は、現実だ。

 紫や霊夢や魔理沙や早苗や……みんなが生きている正真正銘の現実。

 疑いようもない。 みんなが息をして、自分の世界を持って、ちゃんと存在しているんだ。

 ーーでも、俺はどうだろう。

 みんなの世界があるように、俺にも俺の世界がある。

 今はもう色鮮やかで、二度と失いたくないと思える美しい世界。

 ……だが、俺の中では未だ、"画面の中の世界だ"という認識も残っているのだ。

 どれだけ時間が経とうとも、例え他のどんな記憶を忘れてしまっても、その認識は薄れこそすれ、消えることはなかった。

 

 そんな俺が、"余所者"の俺が、その世界に入れ込んでしまったら、どうなるのだろう? 介入してしまったら、どうなるのだろう?

 今更過ぎる、と笑ってくれていい。

 もう遅い、と蔑んでくれていい。

 俺がこの世界に転生した時点で、俺の介入はもう始まっているのだ。

 普通この世界にあってはいけない、"画面の中の世界"の記憶は、その時既にこの世界に入ってしまった。

 そして俺は、その世界の人達と浅からぬ関係を持ってしまった。

 

 それがこの世界にどの様な影響をもたらすのかは、俺にも分からない。

 俺自身がこの世界を壊滅させかけた事例はあるが、それを除けば今の所は、世界がぶっ壊れてしまう様な影響は出ていない。幸いな事だ。

 みんな俺が"元から知っていた通りの"性格だったし、俺の影響によって誰かが欠けたりする事もなかった。

 

 ーーただ、これからもそうなのかは、分からない。

 俺はもともと、"ある時点"までの記憶しかーー消えかけてきているがーー持っていなかった。

 そしてその記憶の末端が、もう見えてきている。

 その先の事は俺も分からないし、知らない。

 仮に"画面の中の世界"での正史とは違っても、俺にはそれを戻そうと頑張ることはできないし、気付くことも出来ない。

 その先は、受け入れるしかないのだ。

 

 ーーならば、俺はどうするべきか。

 責任を負う者として何が出来るのか。

 ……答えは、決まっている。

 今まで誰も欠けさせずにこの時まで来れたんだ。 例え俺がこの先の事象の変化に気が付く事ができなくても、正史に近い道は辿れるはず。

 俺の所為で、本来いるはずの存在が消えてしまったなんて、笑えない。

 だから。

 だから。

 

「この世界の行く先は見届ける。

 そして、自分の不始末は自分でつける」

 

 自分に言い聞かせる様に、俺ははっきりと宣言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "宗教"とは、不思議なものである。

 仏教やキリスト教を始め、様々な宗教がこの世には存在する。

 それぞれがそれぞれの価値観や考え方を持ち、そして"何かしら"を信仰して人々の心を握るのだ。

 大きなものから小さなもの、真の意味で全ての宗教を数えたならば、その数たるや星の数程。

 中には、日本でいう"ヤクザ"の様な神を信仰する宗教すらあるのだから、全く驚きである。

 

 そこで何が不思議なのかと言えば、それは結局の所、ほぼ全ての宗教の帰着は同一していると言うこと。

 即ちーー宗教は人々の心を鎮め、慰め、そして掌握するためにあるのだ。

 掌握する事で人々を纏め、また神は、その信仰によって力を得るーーまぁそれは結果論としても、だ。

 宗教の必要性はそこにある。

 誰かが人々の心を纏め、統率しなければ、そこにいる人々は混沌に包まれるのだ。

 無秩序で、ルールも何もない。 何をしても誰も何も言わず、皆が皆好き勝手に暴れて、その内自らの居場所を自分で壊す。

 宗教による統治は、必要不可欠なのだ。

 特に、サイエンスよりもオカルトに重きをおく幻想郷ではそれが顕著である。

 

 ーーそして、その宗教というもので人の心を握るのにも、必要不可欠なものがある。 それは宗教側にではなく、人々の側に、だ。

 神などといういるかどうかもわからないものを信じる……当たるかどうかもわからない予言を信じる……ほぼ全てに於いて説得力の欠ける、言わば"戯言(たわごと)"を、人は何故信じようとするのかーー。

 

 そう考えると、なんだか人の弱さと言うものが露呈してくる様で、何か怖い。

 人がその不安や恐怖を取り除くためにそれを壊そうとするーー即ち、大規模な戦や戦争が起きるのも、きっとその弱さからなのだろう。

 そして、それぞれの形で人を纏めようとする宗教が、同じ地域で同じ様に勢力を拡大しようとすれば、こう(・・)なってしまうのも当然か。

 

 ーーそんな事を、双也はふと賽銭箱の隣に座りながら、ぼんやりと考えていた。

 いつにも増して博麗神社が熱気に包まれているのは、別に特別気温が高い日だからではない。

 いつにも増してここが騒がしいのは、虫や鳥が大量に発生したからではない。

 全て全て、この博麗神社に集まった人間達の熱狂が、そうさせていることだった。

 この寂れきった博麗神社に、である。

 

 勿論理由はあった。

 博麗神社に限らず、最近の幻想郷ではこの手の光景はよく見られる。 この現象を起こしている原因が、博麗神社の庭にも現れた、と言うだけの話だ。

 では、それは何かーー。

 

「神霊『夢想封印』ッ!!」

 

「恋符『マスタースパーク』ッ!!」

 

 不意に、庭で激しい音と光が響き渡った。

 ぼんやり眺めていた双也の目にも、それはしっかりと映っている。

 その衝撃で突風と砂煙が舞い上がり、人々はしんと静まった。

 ーーそして、煙の中から現れる一つのシルエット。

 一人佇む霊夢を見た瞬間、人々は雄叫びにも聞こえる大きな歓声を上げた。

 

「うおおおお! 流石巫女ッ!」

 

「無敵の博麗ー!」

 

 ある種狂気的にすら聞こえる歓声が、博麗神社に響き渡った。

 その声に気を良くしたのか、霊夢は普段あまり浮かべる事のない自慢げな笑みを浮かべ、ゆっくりと神社の庭に足を付ける。

 人々を流し見ながら、霊夢は軽快に境内の方へと歩いて来た。

 気絶した魔理沙は、放ったらかしである。

 

「ふぅ! 全く魔理沙には困ったもんだわ。 宗教家でもない癖に首突っ込んで来てさ」

 

「まぁ、面白そうな事にはとことん関わろうとするのがあいつだからな」

 

「確かにね」

 

 すとんと腰を下ろし、霊夢は一つ溜め息を吐いた。

 双也にはそれが、戦闘を終えた後の一息の様にも聞こえたが、彼女にとってはきっと違う。

 魔理沙の快活さに引っ張られる霊夢を想像して、双也は小さく苦笑を漏らした。

 

「それで、どうだ?」

 

「どうって?」

 

「だから、人気は集められそうか?

 人気を集めて、博麗神社の信仰を復活させようって作戦だろ?」

 

「あ〜……どうかしら? 騒いでる奴らはちょちょいっと華麗に倒してるけど、そんなので信仰って上がるもんなのかしら?」

 

「頼りない巫女だな……」

 

「仕方ないじゃない。 今までこんな事態になった事ないんだから」

 

 唇を尖らせる霊夢を横目に、それもそうかーーと小さく呟く。

 双也の視線は、先程の熱狂などなかったものの様に神社を去っていく人々の背中を、じっと捉えていた。

 

 異常ーーと言えば、それは大袈裟だと笑い飛ばす者はいるかも知れない。

 しかし、今現在の幻想郷……特に人間達が少々おかしくなっている事は確かだった。

 誰かが言い始めたのだ。 "幻想郷に於いて、人間が他に与える影響など皆無だ"と。

 妖怪達が(ひし)めき合い、異変という災害に震えることしかできない人間は酷く非力で、故に、自分達が何かをしようとしても何も変わらないのだ、と。

 ーーならば、もっと一瞬を楽しもうではないか。

 何をしても変わらない。

 何もしなくても変わらない。

 ただただ怯えながら嵐が過ぎ去るのを待ち、暗い心を引き摺って生きるくらいなら、もっと刹那的に快楽を求めても良いじゃないか。

 

 ーーそう言い出した後は、止まらなかった。

 好き勝手に、思うままに行動を始めた人間達は次第に統率を失い、崩れ始め、しかしそれを止められる者はいない。

 恐怖や無力感から来る心の闇が解き放たれた様に、人々は狂気的に一瞬の楽しみを見出す様になったのだ。

 

 言うなれば、これはただ人々が集団で"開き直った"結果と言える。

 しかし、その所為で人里は崩壊しかけている。

 人里の崩壊即ち、幻想郷の崩壊にも繋がる。 言わずもがな、人妖のバランスが崩れてしまうのだ。

 

 ーーそこで立ち上がったのが、霊夢達宗教家だった。

 

「でもま、泣き言も言ってられないだろ。 幻想郷の平和は博麗の巫女が守らないとな」

 

「……簡単に言ってくれるわねぇ。

 仏教寺として白蓮も出て来たし、あの神子も参戦してるのよ?

 簡単にいくとは思えないわね」

 

「そりゃそうだろうけど、このまま神社が廃れていくのもヤだろ?」

 

「……うん」

 

 命蓮寺に住まう尼、仏教の白蓮。

 現在は別空間に居を構える仙人、道教の神子。

 霊夢の他に、我こそはと立ち上がった二人である。

 どちらも宗教家、人々を纏め上げる立場にいる者だ。

 まさに人々が混乱の渦を形作っているこの時に、名乗りを上げない訳がなかった。

 

 全く、この世界は本当に飽きが来ない。

 呆れるくらいに不可思議ばかりで、すんなりと上手く行くことなぞ殆ど無い。

 漏れそうになったのは、皮肉染みた弱音だった。

 楽しそうにしている双也の隣で言うのは何となく憚られ、霊夢は言葉を口の中で転がしてから呑み込んだ。

 面倒なのは、本音である。

 

「あーあー、また何かしけたツラしてるなぁ霊夢!

 倒された後にそんな顔されちゃこっちの肩身が狭くてしょうがねぇっ!」

 

「……何よ魔理沙。 倒されたら倒されたで文句を飛ばすくらいなら、最初から挑まないでよ。

 あんた関係ないんだから」

 

「関係無くはないだろ! 幻想郷中で騒いでるんだ、私抜きで盛り上がるなよ!」

 

 戦闘によって僅かにボロけた服には気を留めず、魔理沙はそう愚痴を放ちながらも霊夢の隣に座った。

 相も変わらず憎まれ口を叩き合うが、それでも二人は親友だった。

 

「はぁ……自分から乗り出した事とはいえ、面倒よねぇ……。

 なんかこう……パパッと簡単に解決する方法とかないかしら?」

 

「うーむ、地道にやるしかないんじゃないか?

 心でも操れたら楽なんだろうが、そんな事出来ないしな」

 

「魔理沙の言う通りだ。

 霊夢、お前は確かに天才だけど、そういう所は直した方がいいと思うぞ。

 もっと地道な努力って物を知った方がいい」

 

 ーーとまぁ、言ったところで霊夢は大抵何でも出来てしまうのだろうが。

 内心でそう思い、しかし口は噤んでおく。

 甘やかし過ぎは良くないとでも、言うようだった。

 とは言っても、面倒臭がりなのは双也も同様だ。 霊夢の気持ちが分からない訳ではない。

 人々を導くために立ち上がったは良いが、同じような理由で出て来たもう二人。 宗教の関係上対立する事は避けられず、やると決めた以上争わざるを得ないのだ。

 しかし、地道な努力を経験する良い機会に変わりない。

 変わりないーーのだが。

 そんな双也の気持ちを霊夢が汲むかどうかは、また別の問題である。

 

「あ、楽な方法思いついたわ」

 

 ポンと一つ拳と掌を合わせると、双也と魔理沙が反応するよりも早く、霊夢は隣に座る双也に詰め寄った。

 彼女の純黒の瞳は、困惑する双也を真っ直ぐに射抜いていた。

 

「双也にぃが手伝ってくれれば良いのよ。 私の身内として」

 

「「……はぁ?」」

 

 漏れ出た声は、見事な具合に同調していた。

 霊夢の突拍子のない提案には、流石の魔理沙も堪らずに反論した。

 

「おいおい霊夢、"宗教家でもない癖に首突っ込むな"とか言ってたのは何処のどいつだったか思い出せよ」

 

「確かに私はそう言ったわ。

 宗教に関係ないどころか関心すらない魔理沙が関わるべきじゃないってね」

 

 ーーでも、双也にぃはそうでもないでしょ?

 魔理沙の追求を物ともせず、霊夢は唄うように告げた。

 魔理沙の歪んでいた表情は更に皺を深くしたが、当の双也には、彼女の言わんとしていることがなんとなく想像出来た。

 ーー成る程、そう来たか。

 と。

 

「双也にぃは厳密に言うと現人神よ。

 しかも、本来は祀られて然るべきである位の高い天罰神。 加え、言ってしまえば私の身内。

 魔理沙、あんたよりもよっぽど参戦する理由ーーいえ、義務があるわ!」

 

 霊夢には見られないよう、双也は陰で苦い顔をした。

 魔理沙には上手く隠せているのかもしれないが、霊夢の弁には幾つか誤った箇所がある。

 

 先ず、確かに双也は現人神であるが、そもそも現人神は祀られる者ではない。

 早苗が良い例である。 現人神は人間でもある影響で、信仰による存在の維持には無関係なので、祀られる必要はないのだ。

 加え、天罰神はもともと信仰の必要ない神である。

 

 次に、これは双也もあまり言いたいことではなかったが、霊夢と血の繋がりはない為"身内"で括るのは無理がある。

 立場と経緯上お互いが兄妹と認めているだけである。

 それに、"双也の身内"と括るならば、どちらかと言えば霊夢よりも紫だ。

 どちらも、心の内で密かに思った事だが。

 

 最後に、実は双也自身も宗教には興味がない。

 元を正せば仏教徒であるーー日本人故にーーのだがそれは前世の話。

 一体どんな考えで、信仰を必要としない天罰神が他の宗教を信仰すると言うのか。

 

 結論的にーー双也に参戦する意思は、全くなかった。

 

「ね、良いわよね双也にぃ!?

 私を手伝ってよ!」

 

「………………(う〜ん、しかしどうしたもんか……。

 期待を裏切りたくないのも事実なんだよなぁ)」

 

 しかし、やはり妹とは可愛いもので。

 期待の眼差しを向ける霊夢の提案を、きっぱりと斬り捨てられる程双也の心は強くなかった。

 助けを求めようとしても、魔理沙は既に興味を失ったのか、帽子から取り出した煎餅ーー内部がどうなっているのかは分からないーーをかりかりと齧っている。

 自分でどうにかするしかないかーー。

 思った、その時だった。

 

「はぁ……こっちでもコレなの……?」

 

 呆れたような疲れたような、しかし双也にとって最愛の人の声が、不意に聞こえた。

 三人がそちらを向いたのは、ほぼ同時である。

 視線の先には予想通り、僅かに疲れた表情の八雲 紫が、佇んでいた。

 

「……紫、どうしたんだ?」

 

「どうしたもこうしたも……私も困り果ててあなたを呼びに来たのだけど……」

 

「……は?」

 

 疑問符を返す双也に対して、紫は無言のまま溜め息を吐いた。

 彼女にしては珍しい、心の底から困り果てた表情である。

 紫は伏せていた目を薄く開くと、ちらと霊夢と魔理沙の方を見た。

 

「……あなた達も来る?

 どうせなら、全部一緒に話を付けてもらいたいのだけど」

 

「「……え?(はぁ?)」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 内心では、人間関係も相当に面倒なものだと言う認識を確かに認めていた。

 長い時間を過ごしてきた双也だからこそとも言える認識だが、実は皆、無意識には知っている事なのではないだろうか?

 人は、人の気持ちを考えなければならない。

 会話するのにだって何にだって、どのような人がどんな事を聞いて、どんな事を思うのか、予想を立ててから行動しなければならないのだ。

 皆無意識にやっていることではあるが、言葉か文字に起こせばほら、どんなに面倒な事をしているか。

 

 機嫌を損ねれば喧嘩になるし、逆に機嫌を取れば仲良くもなる。 しかし、常に心にも無いお世辞を並べていれば良いのかと言うとそうでもない。

 加えて、その程度は人によって事細かに異なる。

 双也自身、人間関係とその扱いというものにどれだけ辟易してきたか、と訊かれれば、目を逸らしながら苦笑いを零してしまう程だった。

 

 ーーそしてこの時、双也はかつてない面倒臭さを感じた。

 "人間関係って、やっぱりめんどくせーなッ!!"とは、彼のその後の弁である。

 

 博麗神社からスキマに入った四人は、相も変わらず気味の悪い内部を歩いていた。

 先頭は紫、続いて双也、霊夢と続き、魔理沙は霊夢の隣を歩いている。

 

「んで、何があったんだ?」

 

「行けば分かるわ。

 まぁ、一言で言うならあなたに客よ。

 二人(・・)ね」

 

「……二人って、まさか……」

 

 そう呟いたのは、霊夢であった。

 当然双也も、この時点で検討はついていた。

 きっと彼女も、全く同じ想像をしているはずである。

 

「その二人が来たようだったから、あなたの代わりに私が相手をしたんだけど、なんだか話が拗れてしまって……あぁ、二人の間でね」

 

「……うーん、てことはやっぱ……」

 

「……ご想像の通り。

 どうやら、あの二人も霊夢と同じ事を考え付いたらしいわよ」

 

 新たなスキマが開く。

 そこから覗いたのは、青々とした木々の葉、そして魔性のキノコ類だ。

 踏み出せばそこは、魔法の森の奥地ーー双也宅の目の前である。

 スキマから出た一行は、その瞬間に紫を困り果てさせた原因を突き止めたーーもともと検討はついているがーー。

 

「神子さん、あなたの言い分も御尤もなのですが、やはり道教よりも仏教の方が、今回に関しては向いているのでは?」

 

「だから譲れと? 白蓮、確かにあなたには恩がありますが、ここは引き下がれません。

 そもそも、人を纏める上で私は誰にも引けを取らない自信があります。

 ここは、あなたが引き下がるべきです」

 

 双也宅の目の前で議論を熱くする二人の姿。

 表情だけはにこやかに、丁寧な口調で話してはいるが、二人とも目は笑っていない。

 お互いに喧嘩腰なのが火を見るよりも明らかだった。

 

「……おい、なんだアレ」

 

「簡単に言えばあなたの取り合いよ。 全く、考える事はみんな同じなんだから……」

 

 ーーと、言う事は。

 紫の言葉で結論を出そうとしたその時である。 不意に、議論を交わしていた二人の視線が双也に向いた。

 どちらが申し合わせた訳でもないのに、二人はずんずんと歩み寄った。

 その、威圧感と言ったら。

 

「「双也! 手伝ってください!(双也さん、手伝ってください!) あなたがいれば勝ちも同然ですっ!(あなたの力が必要です!)」」

 

「うぉいちょっと落ち着けっ!」

 

 押され気味に制止を促すも、長い事口論を続けていた二人には耳に入らず。

 お互いに、議論が平行線をを貫いていた事に余程苛ついていたのか、我先にと捲し立て始めたのだ。

 なんと、面倒な事になったものか。

 どうやってこの場を収めたものか。

 双也は二人それぞれの言い分を聞き分けることもできず、たじろいでいた。

 ーーともかく、何が言いたい訳……?

 言い分を聞くことは諦め、双也は結論を二人に求めた。

 

「ーーで、何が言いたいんだ?」

 

「「この尼を吹き飛ばすのを(この仙人を打ち倒すのを)

手伝って下さいっ!(手伝って下さい!!)」」

 

「オーケー分かった、取り敢えずマジで落ち着け」

 

 ジトッと自分を見つめる二人を前に、双也は内心でどうしたものかと困っていた。

 双也にとっては二人共大切な友人である。 幾ら弾幕ごっこという遊びとは言え、どちらか片方に手を貸してもう片方を吹き飛ばすと言うのも非常によろしくない。

 落ち着けと言った手前、しかし何も言い出すことが出来ずに黙っていると、そんな彼を急かすかのように更なる追い討ちが。

 

「ちょっとあんた達っ! 何勝手に話進めてんのよっ!

 双也にぃは私を手伝う義務があるんだから、どっちが手伝ってもらうかなんて勝手に決めないでくれるっ!?」

 

 ーーああ、こいつやらかしやがった……。

 内心で、双也は頭を抱えた。

 

「義務? 何を言ってるんですか霊夢さん、そんな私的な義務、この宗教戦争に於いては通りませんよ」

 

「だったら白蓮、あんたの主張も通らないわよ。 神子をぶっ飛ばしたいって、ただライバルを消したいだけじゃない!」

 

「義務だの主張だの言うのならどちらの話も通りませんけどね。 やはりここは私がーー」

 

「「それこそダメよッ!(それこそダメです!)」」

 

 ぎゃいぎゃいと言い合う三人を見つめるのは、呆れ切った紫、我関せずと言った具合の魔理沙、そして歪んだ苦笑いを零す双也の視線。

 話が余計に面倒臭くなり、もうどうにでもしてくれと嘆くような溜め息が漏れた。

 全く、当人の事など何も気にしていない三人である。

 

「まぁ……アレだ。 お前も苦労してるな」

 

「…………同情するくらいなら場を収めるのを手伝って欲しいんだが」

 

「それは遠慮しておくぜ。

 お前の問題はお前が片付けないと、お前の為にならないからな!」

 

 ニカッと笑う魔理沙を前には、最早屁理屈に文句を飛ばす元気も湧かなかった。

 はぁ、と一つ大きな溜め息を吐き出すと、双也は仕方なさそうに頭を掻く。

 しょうがない、俺が話を纏めるかーーと。

 幸い自分の意思は決まっている。 それを告げるだけだ。

 問題なのはその後である。 参戦の意思がない事を話した後、きっと文句を投げつけてくる三人をどう切り抜けるか。

 頭の隅で考えながら、双也が口を開いたーーその時だった。

 

 

 

「ねぇ……あなたが神薙 双也?」

 

 

 

 少女の声が、双也を呼び止めた。

 聞き慣れない声だった。 双也は勿論のこと、騒いでいた三人に魔理沙、紫でさえも聞いたことのない声。

 その声の主を確かめるべく振り向けば、そこにはいくつかのお面を浮かべた、まるで感情の読めない表情の少女が立っていた。

 

「……そうだけど。 俺に何か用か?」

 

「うん。 私、(はたの) こころ。

 取り込み中の様だけど、あなたに用がある」

 

 実の所、彼女の登場には多少の嬉しさを感じる双也であった。

 イレギュラーには違いないが、だからこそこの八方塞がりな空気を打破してくれた。

 そこには少しばかりの感謝すら感じる。

 しかし同時に、何処かもやっとした感じも否めなかった。 彼女の登場が、果たしてどう転ぶのかーーその答えは、彼女の次の言葉がこれ以上無くはっきりさせた。

 

「現人神の神薙 双也、我々(・・)はお前にーー」

 

 

 

 最強の座を掛けて勝負を申し込むッ!!

 

 

 

「………………はぁ??」

 

 ポンポンと、魔理沙と紫は、彼の肩を優しく叩いた。

 

 

 

 

 




色々詰め込んだら長くなってしまった……。

ではでは。


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第百九十六話 違和感

こころちゃん、私、大好きです。 以上。

ではどうぞ。


 最近の人間の里は、少し様子がおかしい気がします。

 いえ、"里が"と言うよりも、住民の皆さんが何やら騒がしくしているのです。

 私ーーこの稗田 阿求や、上白沢 慧音先生はそんな事ないのですが、みなさん、各地で起こっている戦闘を見に人里を空けています。

 最低限の食事の準備などを済ませただけで、中には仕事を放ってまでして、まるで必死に楽しみを見出そうとでもしているかの様に。

 これは異常です。

 集団で陥っている分、狂気的な何かがこの里を包んでいる様な気すらしてきます。

 本当に、皆さんどうしたのでしょう?

 

「……また、異変が起こっているのかもしれないな」

 

「異変……やはり、そうなのでしょうか」

 

 隣に座って表情を険しくする慧音先生が、呟きました。

 私も薄々感じていた事です。

 幻想郷に起こる災害や、人為的な異常事態ーーならば、これも例に漏れず異変と言えましょう。

 何が目的なのかは分からないとしても。

 

「何が起こっているのでしょうか。

 皆さんが陥っている状態は、私も見た事がありません。

 異変だとして、犯人は何をしようとしているのでしょう?」

 

 人為的なものだとすれば、あまりにお粗末な現象だと言わざるを得ません。

 だって、人々に統一性は全く見られず、個々が思うままの場所を彷徨っているのです。

 この現象の必要性が分かりません。

 故に、目的が全く見えません。

 私の意見は尤もだと、慧音先生も頷いていました。

 人々が仕事をしなくなったのは確かに問題ですが、これが更に大きな影響を生むかどうかと言われると首を傾げざるを得ないのです。

 そんな現象の何処に、異変としての意味などあるのでしょう?

 

「はぁ……もう霊夢さん達は動いていますよね」

 

「当然だろう。 これだけ騒がしければ、この状況の話は嫌でも耳に入るさ。

 まぁ、いざとなれば双也がなんとかしてくれるだろうから、大した心配は要らないのかも知れないが」

 

 慧音先生はそう言い、一口お団子を頬張りました。

 そんなリラックスが出来るほど、彼を信頼していると言う事でしょう。

 私も少し落ち着いた方が良いのでしょうか。 どの道何が出来る訳でもありませんが。 取り敢えずお団子を……。あ、コレおいし。

 ここの店主さんがこの空気に当てられていなくてラッキーです。

 もう一つ、ぱくり。

 

「……そう言えば、さっきの子は何だったんでしょうねぇ?」

 

「ん? さっきの子というと……あの妖怪か?」

 

「はい」

 

 お団子を食べたからか、思考に余裕が出てきました。

 すると真っ先に思い浮かんだのが、先程私達に尋ねてきた一人の少女の事です。

 いや、少女と言っても妖怪ですけど。 お面が幾つか浮かんでいたので、"面霊気"というやつでしょう。

 可愛らしい子でしたが、尋ねてきた内容は不思議なものでした。

 

「あの子、"幻想郷で一番強い人"なんて訊いてどうするつもりなんでしょう?

 いや、答えてしまった後に今更なんですが」

 

「ふむ……考えられる事はなくもないが……考えたくはない事だな」

 

 ああ、言わんとしている事は分かります。 あの苦笑いは、きっと私と同じ事を考えている顔です。

 強い人が誰か、などと訊いて、次に彼女が起こすであろう行動は限りなく絞られてきます。

 

「う〜ん……確かに考えたくはないですね……。 教えた私達に罪悪感が……」

 

「……確かに。 しかも妖怪だからな、私達の考えが及ばない行動に出る可能性もある」

 

 うぅ……想像を始めるとどんどん悪い方に行ってしまっていけませんね。

 話題を切り替えたいところですが、生憎他に面白い話題もありません。

 

「はぁ……失敗だったかも知れませんね、素直に答えたのは」

 

「かも知れないな。 あんな訊き方をされれば想像も付くはずなのに、何も考えずに答えてしまった」

 

「……あの子が怪我したら、私達の所為ですかね……?」

 

「………………」

 

 ちょっと、無言は怖くなるからやめて欲しいんですけど。

 なんて、確かに本音ですが、口に出来よう筈もありません。 慧音先生もきっと私と同じような罪悪感に苛まれている最中でしょうから。

 にしても、やはり失敗でしたね。

 幻想郷に強い人達は沢山いますが、その中のトップとは遥かに差があります。

 それを分かっていた筈なのに、想像できた筈なのに。

 馬鹿正直に、"神薙 双也という現人神です"と言ってしまいました。

 

「何もなければ良いんですけどね……」

 

「……そう、だな」

 

 再び震え始めた心の臓を鎮めるために、私と慧音先生はもう一つ、口にお団子を放り込みました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 んで、結局訳も分からないまま戦闘になる、と。

 上空に創った結界に立ちながら、双也は何度目かも分からぬ溜め息を吐いた。

 今日この日、彼が何か決定した事柄などあっただろうか。 何から何まで、トラベレータ式に話を運ばれた気がする。

 この状況だって、そう。

 何だか分からぬ内に、双也はこころと名乗る妖怪の相手をすることになったのだ。

 それも、最強の座とか何とか、彼の全く頓着しない事柄を掛けて。

 

 いがみ合っていた三人は、相変わらずむすっとしながらも戦闘を見る気でいる。 魔理沙と紫も、どうやら止める気は無いらしい。

 そして当のこころはーー

 

「準備できた。 いつでも始められるよ」

 

 双也に相対して、青い薙刀を顕現させて構えていた。

 どうやらそうこうしている内に、もう双也の取れる行動は一つしかなくなってしまったらしい。

 ーー何となく、気に入らないな。 何から何まで勝手に決められてるのが。

 眉を顰めながらも、双也は少しばかり思考を開始した。

 

「(そうだな……色々と訊きたい事はあるんだけど、今訊いたところであんまり意味ないんだよな)」

 

 何故挑んできたのか。 何故最強の座などに拘るのか。

 訊きたい事と言えば簡単に思い浮かぶし、そういう話をする内に何やかんやで状況を有耶無耶に出来ないかとも考えたが、こころはもう戦う気満々だった。

 それは得策ではないだろう、と直ぐに双也は斬り捨てる。

 引き下がれないところまで、いつの間にか連れ込まれてしまったのだ、と。

 なら、どうしようか。

 

 双也の心に浮かぶのは、何となく燃え出した反抗心であった。

 ここまで何一つ決定権など持てずに、周りの決定でこの面倒な状況に持ち込まれてしまった。

 ーーなら、少しくらい反抗してやろうではないか。

 あいつらが戦闘を楽しみにしているというならば、楽しむ間も無く終わらせてやれば程良い抵抗を見せることができる。

 こころも、最強の座を狙うと抜かすならば、手加減などは望んでいないだろう。

 ーー丁度良い。 こころには悪いが、軽い憂さ晴らしと八つ当たりの的になってもらおう。

 双也の左手が、刀の鯉口を切った。

 

「良いぜ、いつでも来い。

 それなりに本気で、相手してやる」

 

「うん、そうする」

 

 浮かんでいたお面の一枚が、ふわりとこころの半顔を覆う。

 赤と白で狐を模したその仮面は、何処か彼女の雰囲気を鋭い物に塗り替えた。

 

「……いくよ」

 

 その、瞬間。

 こころは目にも止まらぬ速度で双也へ肉薄すると、無防備に立っている彼へと躊躇いなく薙刀を振り下ろした。

 彼女の無気力そうな表情からは想像も出来ないほどの速度と一撃である。

 並大抵の者ならばこれで勝負は付いているだろう。

 しかし、相手が誰であるのかを忘れてはいけない。

 

 果たしてーーこころの刃は、深海色の結界刃に呆気なく受け止められていた。

 双也は未だ、ピクリとも動いていない。

 

「ふむ、速いな。 一撃も重い。 強者と言って差し支えない。 だがーー」

 

「………………ッ!」

 

 影になっていた双也の瞳が、こころを射抜いた。

 普段の柔和な瞳とは掛け離れた、凄まじい戦意に満ちた眼。

 瞳を動かしただけだと言うのに、至近距離でその"空気"を浴びたこころは、ぶわっと冷や汗が吹き出すのを感じた。

 ーーこの男……想像してたよりも遥かに強いっ!

 

「"最強"には、程遠いんじゃないか?」

 

 一閃。 ほぼ前触れなく発動した結界刃が、刹那の隙に空を裂く。

 霊力の集中に辛うじて反応したこころは、慌てたようにバックステップ。腹に刃を受けることはなかった。

 ーーしかし、それすらも双也の想定通りである。

 

「ッ、 結界ッ!?」

 

「背後には気を付けろってな」

 

 ステップによる間合いの確保は、予め仕掛けられていた結界によって阻害された。

 斬撃を避けられても、双也との間合いはほぼ離せていない。 彼女の驚愕の隙を、彼が逃すはずはなかった。

 

「特式八番『斥気衝』」

 

 慌てて体制を整えようとするこころの目の前にあったのは、中指を引き絞った双也の手。

 それが放たれたのは、視界に入れた直後である。

 何のことはない唯のデコピンに見えるそれはしかし、衝突と共に凄まじい衝撃を周囲に放ちながらこころの額を打ち抜き、彼女を弓なりに弾き飛ばした。

 とても鬼道の八番とは思えぬその衝撃は、一瞬の暴風となって周囲を襲う。

 

 斥気衝は、衝撃のみに特化した鬼道である。 ダメージは皆無だが、その弾き飛ばす力は途轍もなく強い。

 常人ならば首が千切れ飛んでもおかしくない衝撃を額に受け、体ごと吹き飛んだこころは、その無表情な顔で苦悶の声を漏らした。

 

 ーーしかし、立つ。

 諦めてはいなかった。

 

「……もう一度……!」

 

「ああ、そう来なくちゃ。 戦闘はここからだぜ」

 

 双也は未だ、不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「かぁぁ、あいつも大変だよな。色々とさ」

 

 上空で繰り広げられる戦闘を仰ぎ見ながら、魔理沙はからっと呟いた。

 流石の魔理沙も、今日に限っては彼に同情していた。 その理由については最早語るまでもないだろう。

 憂さ晴らしなのか何なのか、彼女には知る由もないが、その視界に映る双也は何となく荒れているようにも見えた。

 何と言うのか、普段通りの拮抗した戦い方ではなく、圧倒的な実力差で押しつぶそうとしているような。 相対する相手の心をへし折ろうとでもしているかのような。

 ともかくーー魔理沙にとっては、見ていてあまり面白いものではなかった。

 

「……んでも、あの妖怪も結構やるなぁ。 見たことも聞いたこともない奴だが、強いな。

 そこんとこどう思うよ、妖怪の賢者さん?」

 

「……そうね。 確かに、並ではないと思うわ」

 

 秦 こころと名乗ったあの妖怪。 人間の魔理沙からして、彼女も見る限りは強者である。

 今ボロボロにやられているのは双也が強過ぎるからだと切り捨てるとして、あの初撃の他に彼女が放つ攻撃は、強者と呼ぶに相応しい威力を誇っていた。 それは、衝突の度に襲い来る突風が物語っている。

 

 魔理沙の問いに、紫も頷いていた。

 最強の妖怪たる彼女からしても、こころは並大抵の妖怪ではない。 その強さが紫に届くかどうかは別問題として。

 余談だが、魔理沙が敢えて紫に尋ねたのは、彼女がこころの強さを図る一種の基準であるからだけではなく、単純に、他に尋ねる相手がいないからだ。

 魔理沙の親友である霊夢ーー加えてその他の宗教家二人は、戦闘を見上げながらもピリピリと雰囲気だけで牽制し合っているのだ。

 わざわざそんな中に、自ら飛び込むほど魔理沙の肝は据わっていない。 そういう喧嘩なら他所で勝手にやってくれ、と。

 

 ともあれ、今回の戦闘は、魔理沙からしてあまり気持ちのいいものではないように感じた。

 イライラしているのは分かるが、八つ当たりというのもどうなのか。

 魔理沙は心の隅で理解を示しながらも、その表情を複雑に歪めた。

 だが、他にする事もないので、結局戦闘は見る羽目になる。

 複雑な表情のまま見上げると、そろそろこころの方も限界に近付いているように見えた。

 ーーするとふと、魔理沙は何か違和感を感じた。

 

「(…………? 何だ……なんか、変だ)」

 

 埃に触れる程度の違和感である。

 彼女を意識の中心に捉えたとしても、意識を集中させなければ気が付かないほどの僅かな違和感。

 しかし、それは確かにあった。

 魔理沙が今まで出会ってきた妖怪達の、どの雰囲気とも違う。 殺気だとか迫力だとか、そういう話でもない。

 ーーそう、もっと。 もっと何処か根深いところに感じる違和感である。

 何処、と挙げる事はできないが何かが、違う。

 それは確信だった。

 

「……珍しい。 あなたは探知にそれ程優れてはいないように思っていたけれど」

 

「なんだ、お前も気が付いてたのか紫。 ……つーかなんだその言い方。 私が鈍感だって言いたいのか?」

 

「我を通す性格だとは思っていたわ」

 

 それ、自己中心的ってことかっ!?

 拳を震わせて睨む魔理沙を、紫は涼しい顔で受け流す。 紫にとって魔理沙は、霊夢に次いで実にからかい甲斐のある人間なのだ。

 紫に怒る事が無意味だと悟った魔理沙は、ふっと拳から力を抜き、その大きな帽子をかぶり直した。

 さっきから頻りに飛んで来る突風の所為で、いつの間にかズレてしまっていた。

 

「はぁ……。 つっても、もうそろそろ決着だろうよ。 全く、面白味のない戦いだったぜ」

 

「……まぁ、それには多少賛成するわね」

 

 呟く紫には横目で視線を送り、しかしすぐに上空へと戻す。

 相も変わらずつまんねぇ戦闘だなぁ、と魔理沙は僅かに肩を竦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この戦闘が唯の八つ当たりである事は、誰よりも双也自身が理解していた。

 大なり小なり気分を損ねたすぐ後に、切迫した戦闘を素直に楽しめるほど双也に心の余裕はない。

 だからこそ憂さ晴らしを、と始めたこころとの戦いは、果たして双也の優勢を保っていた。

 いや、優勢というのも程度が低いだろうか。

 こころの力を遥かに超えた量の霊力を解放した双也相手には、最早彼女は全く手も足も出なかった。

 未だ双也が動いたのはーー否、こころが"動かせた"のは一、二歩程度である。

 瞬間的に襲い来る無数の刃を、確かにこころは上手く捌いていた。 反撃もしている。 しかし、まだ足りない。

 ボロボロの身体を動かして、こころはもう一度薙刀を構えた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

「………………」

 

 変わらず無表情、しかしその眼でしっかりと睨み付けてくるこころを見据え、双也は訝しげに少しだけ首を傾げた。

 

「(……なんだろう、この感じ。

 それに、始めよりも力が上がっているーー?)」

 

 観戦していた紫と魔理沙ですら気が付いた違和感に、相対する双也が気が付かない訳がなかった。 それこそ、二人よりも濃密にその気配を感じる。

 加え、既に満身創痍であるはずなのに、こころの力が未だ上昇傾向にあるのだ。

 それは単純な威力に限らず、速度や反応などといった身体能力にまで及んで。

 普通ではない。 "並の妖怪でない"というよりも、双也からしてこころは"異常な妖怪"とも言えた。

 ーーこれ以上長引くのは良くないかも知れない。

 再度、刀を握り直す。

 そしてその切っ先で狙い澄ます様に、ゆっくりと構えた。

 

「……分かった、全力で行く」

 

 その空気によって双也の意思を悟り、こころも薙刀を握る手に力を込めた。

 その高ぶりに答えるかの様に、こころの周囲には薄っすらと大量の仮面が姿を現す。

 人間の感情を司ると言われる六十六の仮面。 彼女が普段浮かべているのは三枚だけであるが、その他数多の仮面をも浮かび上がらせた彼女の姿は、何処か凄みすら放っていた。

 

 力を込めるこころを見据え、しかしその凄みに気圧される事はなく、双也の視線は静かに真っ直ぐこころを射抜いていた。

 

 ーーそうして真摯に向き合っていたからこそ、彼は気が付けたのかも知れない。

 彼女が浮かび上がらせた感情の面の数々……その中の一つに、"違和感"を凝縮した様な物があったことに。

 

 しかし、今は取り敢えず戦闘を終えることが大切だ。

 その仮面に少なからず驚きはしたものの、その思考はすぐに元に戻った。

 

「ーー大霊剣『万象結界刃』……八刀顕現」

 

 静かな宣言の下、双也の周囲に現れたのは刀身約六尺七寸に及ぶ八振りの大太刀。 普段は使っても一振りであるその刀を八振りーーそれが、言わば彼の"本気度"を現している様だった。

 その全ての切っ先はこころに向けられ、切れてしまいそうな程の殺気を向けている。

 

「……来い」

 

「……うん」

 

 一瞬だった。

 初撃を明らかに超えた速度ーー言わば瞬間移動の如く前に飛び出したこころと、いつの間にか全ての刀を振り抜いた姿で立つ双也が、交差してすれ違った。

 衝突があったのは、放たれた暴風で確認できる。しかし、眼では捉えられない。 何処が如何ぶつかり、どちらがどちらを斬り抜いたのかーー観戦する五人には見分けが付かなかった。

 

 かくして、刃の欠片が零れ落ちる。

 それをきっかけにして、刃全体にヒビが入り、音を鳴らして、砕け散った。

 砕け散る自らの刃と僅かな腹の痛みを認めてーーこころは、敗北を悟った。

 

「負け、ちゃった……かぁ……」

 

 急激に意識が遠退き、こころの体はがくっと崩れ落ちていく。

 まだまだ最強には程遠いらしい、と頭の片隅で考えながら、彼女はふっと意識を手放すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご苦労様ね」

 

「ホントだよ……」

 

 気絶したこころの体を抱えて地に降り立つと、双也は紫からそんな言葉を掛けられた。

 ああもう、この如何しようもない感じはどうにかできないだろうか。

 憂さ晴らしにはなったが、今度は本当にこころに申し訳なくなってきた。

 苛ついていたからとは言え、関係のない彼女になんと酷いことをしたのか。

 次から次へと襲い来る心労を考えて、双也は深い溜め息を吐いた。

 

「まぁ勝ったんだからいいじゃないか。 私がやってたら負けてたかもな」

 

「それは……そうかもな。 こいつは大分強かった」

 

 ーーと言ったら、魔理沙は怒るだろうか。

 あの違和感について確信を得るために放った言葉だったが、彼女は仕方なさそうに笑うだけだった。

 という事は、魔理沙もきっと俺と同じ様に違和感を感じたのだろう。 彼女が気が付いたなら、恐らく紫も。

 霊夢達は知らない。 今は関わりたくない。

 

「それで双也、その子を如何するつもりかしら?」

 

 彼女の眼が、その言葉がそのままの意味ではないという事を明らかにしていた。

 その"異常な妖怪"を如何扱うべきなのか。

 実は、双也はその答えを既に決めていたのだった。

 

「その事なんだけどな……こころは、俺が面倒を見ようと思う」

 

「「「…………ええっ!?(はぁっ!?)」」」

 

 と叫んだのは、当然いがみ合っていた宗教家達である。

 三人は睨みを効かせることも忘れ、双也に勢い良く詰め寄った。

 

「ちょ、ちょっと双也にぃっ!? 私を手伝ってくれるって約束は!?」

 

「約束なんてしてねーだろ、何でっち上げてんだ」

 

「双也さん! その子の面倒を見るよりも先にする事があるのでは!?!?」

 

「異変の事はお前らに任せるさ。 俺は宗教家でも何でもない」

 

「そ、双也! その子と私、どっちが大切ですか!」

 

「その聞き方はやめろ。 誤解されるから」

 

 追求をするりと抜けられても、三人の瞳に抛棄(ほうき)の意思は宿っていなかった。

 未だ詰め寄って来る三人の勢いに、一つ溜め息が漏れる。

 三人共、俺に手伝いを乞うほど弱くはないだろうに。 何をそんなに必死になってるんだか。いや、勝利を確実にするためにやってるのかも。

 ふとそんな事を思い、同時に"こころを理由にすれば切り抜けられそうだな"と画策していた。

 勿論、これは結果論である。

 こころの面倒を見る事が今は最重要であり、その結果として三人のうち誰かを手伝う事は出来なくなるのだ。

 今日この時、双也が唯一我を通した瞬間だった。

 

「ともかく、俺はお前らを手伝えない。 それより、こいつのことに関してやらなきゃならない事があるんだ」

 

「……本当はそれも訊きたいところですが、あまり踏み込むのも良くありませんよね……」

 

「……分かりました。 双也がそう言うなら……」

 

 白蓮と神子が、不満気な表情ながらも一歩引いた。

 敢えて、ありがとうとは言わない。断った事に対して、双也には口惜しさは欠片も無いのだ。

 ただーー霊夢は未だ、むすっとしていた。

 

「……霊夢」

 

「……あぁもう、分かったわよ。 双也にぃを困らせたくないし……」

 

 ぷいっとそっぽを向くも、霊夢は渋々引き下がった。

 あわよくば、久しぶりに兄と異変解決もしてみたかったがーーと小さな呟きが聞こえたのは、きっと双也の聞き間違いではないだろう。

 長年の付き合いだ、霊夢の考えも多少は読める。

 双也は仕方なさそうに笑うと、霊夢の頭をポンポンと撫でた。

 

「ーーさて、そう言う事ならもう解散としましょう。 意味もなくここに止まるくらいなら、さっさと異変解決に向けて頑張って下さいな、宗教家さん達?」

 

 会話の隙を縫うように放たれた紫の言葉で、一先ず全員が解散した。

 宗教家三人は、ここで争う事もなくそれぞれの目指す場所へと去っていく。 魔理沙は、異変だと理解しつつも盛り上がりに乗じるつもりらしく、彼女もまた何処かへと去って行った。

 双也宅の前に残されたのは、紫、双也、そして気絶したままのこころのみである。

 

「……さ、取り敢えず中に戻ろう。 こいつを寝かせる所も必要だしな」

 

「そうね。 面倒を見ると言うなら、やはり手伝いは必要かしら?」

 

「……ふふ。 よろしく頼むよ、紫」

 

 幻想郷には、未だ人々の歓声が響き渡る。 狂ったように騒ぐ民衆は、また愉しむに相応しい戦いを求めて彷徨っていた。

 幻想郷は、未だ異変の真っ只中にある。

 

 

 

 




Wikiによれば、二次創作物のこころちゃんはひた向きな良い子が多い傾向にあるそうですね。
うちの彼女もその流れになった方が良いのかな……?

ではでは。


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第百九十七話 可笑しなお面

はい、文字数ガクッと下がったので少し物足りなく感じるかもしれません。
ですが勘違いしないよーに。そもそもこれがデフォルトですからねっ!?

ではどうぞ。


「さて、そういう事になったわけだがーー」

 

 ちゃぶ台を挟み、座布団に座るこころに対して、双也は軽く微笑みながら言った。

 彼女が起きてから取り敢えず食事を共に摂り、事の経緯を説明し終わった所である。 始終相変わらずの無表情であったが、特に拒絶しているわけでもない様に感じて、内心で少々ほっとする双也である。

 自分を拒む相手の世話をするというのも、精神的には辛いものだ。

 

「何か必要な物とかあったら言えよ? 面霊気……だっけ? そのお前独自に必要なものとかは、言ってもらわないと俺分かんないから」

 

「そんなものは特に無い。 だから苦労はかけない……と思う。

 だけど……」

 

「?」

 

 半顔を覆っていた"女"の面が、ふわりと別の面に入れ替わる。 何処か困った様な表情に見える面だった。

 

「……なんでお世話なんてしてくれるのか分からない。 それに、暫くってどのくらい? その後は、やっぱり私は何処かに出て行かなきゃいけないって事?」

 

「…………面倒見る理由……聞かなきゃ納得しないか?」

 

「うん」

 

 きっぱり言うなぁ。

 双也は苦笑いを零しながらガシガシと頭を掻いた。

 正直、あまり説明とかはしたくない。 と言うよりも、説明した所できっと納得はいかないだろう、と推測が出来ているのだ。 何せ、これは双也の前世の記憶に関わる話である。

 しかし、こころも引き下がるつもりはなさそうだ。 なんなら、隣に座る紫すら若干の興味の視線を彼に寄越している。

 言い逃れは出来ない。 ならどう話をぼかそうか……。

 暫くの後、双也はゆっくりと重そうな口を開いた。

 

「こころ、ちょっとお面出してくれないか? 全部だ」

 

「……分かった。狭くなるけど、我慢して」

 

 一瞬の間を置き、三人の周囲には大量のお面が姿を現した。

 面霊気特有の、人間の感情を表した六十六に及ぶ面である。 不気味な物から間の抜けた物まで、実に様々な表情をしたその面達がふわりふわりと浮かぶその様は、戦闘の最中ではない今でさえ言い知れない圧力を醸し出した。

 

「出したよ。 それで?」

 

「ん……この面、手に取っても大丈夫か?」

 

「本当はあんまり触って欲しくないけど……うん、分かった」

 

 このお面は感情の形そのもの。 手に取る行為は正に、面霊気の心に触れるも同然の行為である。 こころの言葉で何となくそれを察した双也は、ある面にそっと手を伸ばす。

 "んっ"と言うこころの呻きに僅かな罪悪感を感じながらも、双也は一つのお面を手に取った。

 ーー白い不思議な質感の下地に、燻んだ血のような赤色で模様が描かれた、不気味な面だった。

 

「! 双也、それは……」

 

「……俺がお前の面倒を見るって言った理由は、さっきこの面を見たからだ。

 こころ、これは何の面なんだ?」

 

「…………"絶望の面"、だよ」

 

 ポツリと呟かれた言葉が、双也には不思議と脳にまで響いた。

 

「人の感情には裏表があるの。丁度天秤みたいに、心の中でバランスをとってる。"喜び"に対して"悲しみ"、"愉快"に対して"苛つき"ーーどっちが表か、とかは特に決まってないけれど、ほぼ全ての感情にそうした二面性がある。 このお面達もそう。

 ーーそして人の感情の中には、未来を夢見る"希望の感情"もあるんだよ」

 

「……なら、"絶望の面"があるのも当然だ、と」

 

「うん」

 

 絶望の面ーー聞いた時には肝を抜かれた気になった双也だったが、改めて説明されれば、なるほど、確かに絶望の感情があるのは当然である。

 "絶望"という単語のインパクトに気圧されただけだったのだ。

 しかし、問題がそれで解決した訳ではない。

 むしろ、あって当然の"絶望の面"が双也達の目に留まった事自体が問題なのだ。

 

「あるのが当然……か。 違和感の中心は確かにコレなんだけどな」

 

「……やっぱり、双也達は気が付いたんだね。そのお面のおかしさに」

 

「……どういう事かしら?」

 

 僅かに滲んだ不穏な空気を見逃さず、紫は真剣な目付きでこころを睨んだ。

 対するこころは、やはり無表情のまま、少しだけ俯く。

 やがて、その小さな唇から言葉が漏れた。

 

「……最近、そのお面だけなんだかおかしいの。私が呼び出したんじゃなくても勝手に出てきたり、それが出た途端に意識を引っ張られる様に感じたり」

 

「……それは、危険な感じか?」

 

「どうだろう……? 意識の方はまだ普通に保てるくらいだし、お面が勝手に出てくるのもあり得ない事じゃない。 気持ちって、突拍子もなく自然に生まれるものだから。

 ……でも、異常と言えば異常だよ。 お面が無理矢理被られようとしてくるのは」

 

「ふむ……私達が違和感を感じたのは勘違いではない、という事ね」

 

「………………」

 

 お面が勝手に出てきて、更には意識を乗っ取ろうとしてくる。 それは一体どういう事なのか。

 こころの言葉が、頭の中で何度も響いた。 そしてその度に同じ疑問が湧いてくる。

 ーー全く、何と厄介な。

 現状を整理して、双也は一つ溜め息を吐いた。

 

 一先ず、目の前の問題を片付けよう。

 幸い、"そういう類"の厄介な力を抑え込む方法は心得ている。 どんな者にも大抵当てはめることの出来る確実な方法だ。

 双也は、再度こころを見た。

 無表情は変わらないが、何処か不思議そうにしているような気がする。

 

「……兎に角、俺達がああ決めた理由はそういう事だ。

 お前の"絶望の面"に、妖怪とは思えない違和感を感じた。 幻想郷の管理者として、またその近縁者として、放っておく訳にはいかないんだよ」

 

「……分かった。けど、じゃあどうするつもりなの?」

 

「簡単な話さ」

 

 とん、と卓袱台に頬杖を突き、双也はじっとこころの瞳を見つめる。

 その口元は、不敵に笑っていた。

 

「その面を叩き伏せられるくらい、お前が強くなればいい」

 

「…………え?」

 

 この時こそ、こころが双也の(仮)弟子となった瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね! だからナズ、私達もやりましょうよ!」

 

「そう言われてもだね……」

 

 人里のある一角ーー最近はめっきり里に馴染んだ命蓮寺では、ある二人の問答が行われていた。

 片や押し売り業者の如く詰め寄る一輪、片や困り果てて苦い顔をするナズーリンである。

 普段ならば白蓮が間を取り持つのだが、生憎彼女は出かけていて居ない。 故に中々収拾が付かないのだった。

 

「私達だけ普段通りなんておかしいわよ。 命蓮寺の一員でしょう?」

 

「確かに一員だが、私達が行ってもあまり意味は……」

 

「……何してんの、あんたたち?」

 

 言い合う二人の会話に紛れて飛び込んで来たのは、水蜜の声だった。

 暇そうに腕を頭の後ろで組みながら、彼女は二人の顔を覗き込む。

 言い合ってはいたが、喧嘩とも違うらしい。

 答えたのは、ナズーリンだった。

 

「いや、最近聖達が何やら布教に熱心だろう? それを見て一輪がーー」

 

「私達もこんな所で暇してないで、聖に習って動くべきだと思わない!?」

 

「ーーと言うわけだ。 私はそうすべきではないと思うんだけど、困ってしまってね……」

 

「ははーん、成る程……」

 

 一輪は熱心だなぁ、なんて他人事の様な感想を抱きながら、意見としてはナズーリンに賛成だった。

 確かに一輪の言う事も尤もだし、手伝いたい気持ちは湧き上がってくる。それはきっとナズーリンも同じだろう。

 しかしーー彼女達が動かない事に賛成しているのにも、理由があった。

 

「いい、一輪? 確かに私達は命蓮寺の一員だし、聖が何かしてるってなったら手伝いたくもなるけどさ……よく考えて見てよ、私達の立場をさ」

 

「立場?」

 

「人妖平等を謳う命蓮寺の門下と言っても、私達は所詮妖怪。里の人間からすれば敵も同然というわけ。

 そんな奴らが布教活動なんてしてみなよ、布教どころか怖がられて、門下増えなくなっちゃうじゃない」

 

「まぁ、聖が今やっているのは布教とも少し違うのだけどね……」

 

 だが、概ね言う通り。

 少し補足はしたものの、ナズーリンはうんうんと頷いていた。

 白蓮が布教に出ていられるのは、元が人間である上に温厚な人物だと人々に根付いているからである。

 しかし、そんな白蓮がいくら布教したところで、門下の妖怪達が怖がらせているのでは本末転倒。一輪には、興奮のあまりそれが見えていない様だった。

 

「だからさ、今回は諦めなよ一輪。

 きっと聖なら"お気持ちだけで十分ですよ一輪"、なんて聖母みたいな笑顔で言ってくれるよ!」

 

「そうだね、今回私達に出来ることはきっと無いだろう。大人しく彼女の帰りを待とう」

 

「……いえ」

 

 "……はい?"

 一輪の僅かな呟きに二人が反応するのと、一輪が顔を上げたのはほぼ同時であった。

 その眼に宿るのは、未だに尽きぬやる気の炎。

 諦めの文字など映ってはいなかった。

 

「例え布教は出来ないとしても、何か手伝える事はあるはずよ!

 此処でじっとしてるより良いわ!」

 

「あちょっ、一輪ッ!?」

 

 二人の制止も聞かず、一輪はその心の赴くままに飛び出した。その背に浮かぶ雲山も、心なしか気迫を放っている。

 このまま行かせては何をするか分からない。勿論先程の話は理解している筈だから、無茶な事はしないだろう。

 しかしやはり、懸念は残るのだ。

 特にあれだけやる気を出して空回りしてしまわないか、と。

 

 二人申し合わせた様に顔を見合わせ、急いで一輪を追い掛け始めた。

 しかしてーー二人は直ぐに一輪に追い付いた。

 何しろ、彼女は命蓮寺を出た所で何故か立ち止まっていたのだ。

 

「一輪! ちょっと待ちなさ……うん?」

 

「よ、水蜜。元気してるか?」

 

 一輪を挟んで向こう側にいたのは、比較的水蜜達と友好のある神薙 双也だった。

 釣られて、水蜜も挨拶を返す。彼と出会った時のパターン化したやり取りである。出会ったからには命蓮寺へと招き入れたい所だが、取り敢えずは一輪を止めるのが先決である。

 佇む彼女の腕を掴み、顔を覗き込むとーー 一輪は、不敵に微笑んでいた。

 

「ところで双也、一つ聞いても良いかしら?」

 

「なんだ?」

 

「……そこの、こっちにガンガン殺気飛ばしてくる子は誰?」

 

 一輪の言葉で視線を移してみれば、確かに、双也の側に見慣れない少女が立っていた。

 桃色の長い髪に、寝間着の様な青い服、おまけに周囲を浮かび回るお面達が、彼女が妖怪である事を表していた。

 双也は"ああ、こいつな"と呟くと、少女の頭に手を乗せて言い放つ。

 

「こいつ、俺の仮弟子だ。秦 こころって言う。んで突然ながら本題なんだが……なぁ、一輪。 ちょっと頼みがあるんだ」

 

「……なに?」

 

 会話の蚊帳の外にいた水蜜とナズーリンにも、次の展開は容易に予想できるものだった。

 あのこころという少女が放つ気迫は答えを言っている様なものであり、それは一輪も悟っている様である。

 加えてーー双也の表情が、戦闘前の不敵な笑いによく似ていた。

 

「私とーー」

 

 ゆらりと揺らめいた霊力が、しだい形を成していく。すぅ、と伸びて固定された霊力は先端を鋭く硬め、その刃に反りを生む。

 青い薙刀が、突き付けられた。

 

「一騎討ち、して。 雲井 一輪。私の修行の為に」

 

 笑みの浮かぶ唇で、ぼそりと一輪は呟いた。

 

「……上等じゃないの。この歯痒さを晴らすには丁度良いってものよ」

 

 

 

 




相変わらず締めが苦手なぎんがぁ!です、どうも。

ではでは。


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第百九十八話 迫る異常

ああ、もう二百話目前だぁ……。

ではどうぞ。


 こころの周囲に浮かぶお面達。

 それは人間の持つ六十六の感情を表した、面霊気の心の一部そのものだそうだ。

 火男の面だったり女の面だったり、ああ、戦った時には狐の面も着けていたな。 まぁともかく、その量たるや一目では覚えきれない程。きっと俺が想像もしていない様な感情を表す面も存在するのだろう。

 だからーー"その面"を見つけた時には息が止まったかの様に感じた。

 

 こころ曰く、"絶望の面"。

 感情には裏表があり、希望の感情があるからこそ絶望の感情が存在するのだと説明された。

 それならば成る程、絶望の面があるのは納得しよう。

 だが……正直な所、驚いた理由は絶望の面がある事(・・・)ではない。

 問題なのはその形状……そしてその面から、言い知れない違和感を感じる事だった。

 

 紫はその面が、"何か違う"と考えている。その何かについては分からない様だった。つまり、彼女の神掛かった頭脳を持ってしても正体が解明出来ないという事。

 ーーいや、正確には違う。

 紫ですら分からない、のではなく、紫だからこそ分からない。広く言えば、この"世界の人間"である限り誰にも分からないのだろう。

 霊夢は勿論、魔理沙も早苗も幽々子も輝夜も。 きっと、何故あの面に違和感があるのか分かるのは俺だけだ。

 

 では何故俺だけか。

 ……理由など簡単だ。 あの面が、きっと俺の所為で生まれたものだからだ。

 遥か昔……神子達と共に過ごしていた頃、彼女の頼み事でお面を作った事がある。神子が覚えているかは分からないが、恐らくこころはその時の仮面達の付喪神だ。何せ、なんとなく見覚えのある面が多かったし、あれを作ってから千年はゆうに超えている。付喪神の生まれる条件としては成立しているのだ。

 詳しい事は思い出せないが、あの頃は確かに、まだ"原作知識"を覚えている時期だった。そしてそのお面作りすら、未来(現在)でこころが誕生する事を見据えた上で神子に協力した、という事を未だに覚えているのだ。

 つまり、絶望の面があれ程までに違和感を持つのは、俺の記憶がこの世界に入り、そしてこころの誕生にすら俺が深く関わってしまったから。

 俺の記憶がどう世界に影響したのかだとか、そういう明確な原理とかはさすがに分からないが、俺はそうだと解釈している。

 だって、そうでなきゃあんな形状の面が生まれたりしないはずだし、(あまつさ)え違和感を持ったりはしないだろう。

 あんなーー(ホロウ)の面のような物が。

 

「(まさか、こんな形で影響が出るとはなぁ……)」

 

 一輪と苛烈な戦闘を繰り広げるこころを見上げ、溜め息ながらにそう思った。

 俺の記憶には、本来この世界にあってはならない物が幾つかある。

 忘れかけの原作知識は言わずもがな、俺が扱う鬼道もその類のもの。元はある漫画の術だ。

 絶望の面ーーいや、この際もう"虚の面"として話そう。あの違和感の塊であるお面も、本来はあるはずのないその漫画の中のものなのだ。

 故に、どう考えても俺が原因でああなってる。

 いや本当に、こんな形で憂慮していた事態が起こるとは思っていなかった。

 

 俺の僅かな溜め息にも気が付いたのか、突然すぐ隣の空間が裂けて紫が顔を出した。

 

「どうしたの? まだ何か心配事が?」

 

「ん、まぁな」

 

「……一応聞いてみるけれど、それはあの子のお面の事かしら?」

 

「……ああ」

 

 やっぱり、なんて呟きが聞こえた。

 案外、紫も結構こころの事を気にしているようだ。

 まぁ確かに管理する立場としては気の置けない存在かもしれない。

 それに、きっと紫が気にしてるのは絶望の面以外の事でもだろう。

 絶望の面の事の他に、俺も少し気になっていた事があった。

 

「あの子のお面……どう見ても数が合わなかった。 一枚足りないのよ」

 

「分かってる。確かに六十五枚しかなかった。 多分、あいつが俺に挑んできたのは"そっち"の事で何かしら意味があったんだろうな」

 

 少なくとも、絶望の面がおかしい事を解決しようとして俺に挑む、なんて言うのはあまりにも辻褄が合わな過ぎる。

 辻褄が合わないと言うならどちらも同じではあるのだが、消去法に基づいて考えた結果、俺はそうした結論に辿り着いた。

 きっと何か意味があったんだ。

 戦う事で失われた感情を取り戻すーーとか、戦いの中で奮起した感情を元にお面を作り直すーーとかな。 まぁそれはただの空想だけれども。

 

 ま、どちらにしろ今はできる事をやるしかない。

 お面の数の事は確かに気になるが、とにかく今は彼女を鍛え、絶望の面を抑え込めるようにするのが先決だ。

 一先ずは、こころが一輪との勝負を無事に終えるところを見守ろうと思う。

 

 激しい接近戦を繰り広げる上空の二人を、俺は紫と共に見上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正直なところ、言われた直後は"丁度良いタイミングだ"とすら思った。

 

 今日の宗教家達(+α)は人里の人間達を纏める為に奮闘している。まぁ身もふたもない言い方をすれば"宗教としての人気集め"なのだが、我らが聖 白蓮もそれに参加して人々の為に頑張っているのだ。

 それを見ていて何もしない自分自身を歯痒く思うのも、私の性格からすれば当然の事だと思った。

 だからこそ、その燃え上がる様な心を持ちながら何も出来る事がないと諭されて、更にいてもたってもいられなくなった。

 歯痒さが更に募り、気が付いた時には寺を飛び出していたのだ。

 

 何が出来るとも考えていなかった。

 ナズと村紗の言い分は尤もだと理解していた。

 でも、身体を動かしていないと堪らなかった。

 そんな心境の時だったのだ、双也とこの面霊気に会ったのは。

 その面霊気に、"一騎打ちをしろ"と頼まれたのは。

 

「(なんて、鬱憤晴らしのつもりで受けたけれど……)」

 

 ビュンッ、と横薙ぎに振るわれた薙刀を、余裕を持って後方に避ける。

 無表情に戦う面霊気ーーこころは、空振りした事に驚きもせずーー無表情だけにそう見えるだけかも知れないがーー冷静に弾幕での追撃を放ってきた。

 

「(中々どうして……強いじゃないの!)」

 

 弾幕は雲山が薙ぎ払い、私はその懐で構えに入った。

 雲山は己の意思でも動けるが、私の動きとも連動している。片手で薙ぎ払い、もう片手は私と共に腕を引き絞るのだ。

 雲山の腕が払われた直後には、再び薙刀を構えたこころが猛烈な速度で突っ込んで来る。

 ーー予想通りだ。

 

「そろそろ一発、喰らいなさいッ!」

 

「ん、遠慮するよ」

 

 そこからの彼女の行動は全くの予想外。まさにその一言だった。

 打ち出された雲山の烈拳を前に止まろうともせず、むしろ更に速度を上げて突っ込んで来たのだ。

 薙刀は突き刺す様に構えられ、拳と鋒が衝突したーーその瞬間。

 雲山の拳の速度をそのままに受け流し、また梃子の原理を利用して上空に回転回避して見せたのだ。

 なんと凄まじい体捌き。この世界にはまだこんな妖怪がいたのか、とその姿に一瞬目を奪われた。

 

「そっちこそ、そろそろ一発喰らってよ」

 

 そんな声と同時、凄まじい遠心力の掛かった薙刀が、こころの手から離れて飛んだ。勿論狙いは私。

 完全に条件反射だった。己に迫る絶対の危機を前にして、私の身体が勝手に動いたのだ。

 防ごうと重ねた雲山の剛腕を両断して飛来した薙刀を、私は奇跡的に両手で挟んで止めた。真剣白刃取りだ。

 しかしそうすると威力が軽減できない。どころか、真正面から受けた所為で踏ん張りすら効かなかったのだ。

 呆気なく、地面目掛けて飛ばされて厳かに撃突。

 身体へのダメージは、思ったよりも随分大きく感じた。

 

「う、雲山……大丈夫?」

 

「〜〜〜〜〜……!」

 

「……ふふ、そうね」

 

 雲だから、と雲山は平気そうな顔をした。あの妖怪の強さに若干萎え気味でもあるらしいが、私のためにも頑張るとの事。

 ……本当、雲山が萎えてしまうのも分かる気がする。得意なはずの接近戦でこれ程遅れを取るとは。

 雲山と共に萎んでしまいそうな気持ちをなんとか奮い起こし、私は立ち上がった。

 

「……あなた、随分強いじゃない。正直予想以上だわ」

 

「……ううん、まだ全然。修行中だもん」

 

「それ、必要かしら」

 

「うん、必要だよ」

 

 地に降り立ち、再び薙刀を顕現させると、こころはそれを深く構えた。

 相変わらず無表情ながら、その端正な顔の半分を覆うお面はどこか凄みを帯びている様に見える。

 

「私には、自分でどうにかしなきゃいけない事があるから」

 

「……いいわね、そう言うの。事情は知らないけど、そういう直向きな姿には好感が持てるわ。

 そういう事なら、私がちゃんと修行をつけて上げないとね」

 

 自分で何かを成し遂げようと奮闘する。そしてその為に、初対面の私にすら修行(勝負)を申し込む、なんて。

 自分勝手な妖怪が多い感が否めない幻想郷では、良い意味で珍しいと言えるだろう。

 初めに"一騎打ちしろ"なんて言われた時は、タイミングがタイミングだけにあまり良い印象は抱かなかったが、こうして見ればなんだ、案外良い子じゃないか。

 ならば、修行相手として選んでくれた期待にはせめて応えなければ。

 雲山と共に、私は改めて構え直した。

 そして、こころと私、息を合わせたようにガゴッと地を踏み砕き、勢い良く飛び出す。

 

 ーーその時だった。

 

 地を踏み抜いたはずの脚がかくりと力を失い、目の前でこころが倒れた。

 慌てて踏み止まってよく見てみれば、こころは地面に蹲り、頭を抱えて震え始めている。

 顕現した薙刀はゆらりと消え、代わりに大量のお面が周囲に飛び出した。

 

「ふっ……うぅ……ッ! い、たい……よ……ぉ!」

 

「え、ちょ、どうしたのよ!?」

 

 思わず駆け寄って覗き込めば、その表情の無い顔にも苦悶が窺えた。それだけ辛いという事だろうか。

 突然の事過ぎてどうすれば良いかも分からなくなっていると、観戦していた双也と八雲 紫、村紗とナズも駆け寄って来た。

 

「そ、双也! これは一体……」

 

「………………」

 

 険しい表情を現した双也は、無言のままこころの額に手を添えた。

 双也が僅かながらの霊力を込め始めると、周囲のお面達がカタカタと忙しなく震え始めた。

 異様な光景だーー。私は、既にそんな事しか考えられなくなっていた。

 あまりに理解出来ない事柄がいっぺんに起き過ぎて、整理が追い付いていない。苦しむこころを前にして何もしてやれない虚しさが、何処か初めに聖に抱いていた気持ちと似ているな、とふと思った。

 

「く、ぅう……っ! あたまが……い、たい……っ」

 

「大丈夫だ、こころ。ゆっくり、ゆっくり深呼吸するんだ」

 

 苦しそうながらも、荒々しかったこころの呼吸が少しずつ深く、緩やかになっていく。

 言葉に従って深呼吸を繰り返す彼女に、双也は変わらず微弱な霊力を流していた。

 何をしているのかは分からないが、恐らくは能力を掛けているのだろうと思う。その証拠に、きつく瞑っていたこころの瞼は次第に軽くなっていきーーやがて、荒かった吐息が静かな寝息に変わっていった。

 

「……ふぅ、一先ず安心だな」

 

「何したの?」

 

「こいつとお面達との繋がりを弱めた。感情が希薄になるのと同義だが……応急処置にはなる。安定したら戻しとく」

 

「……そう、良かった」

 

 言われて見回せば、ガタガタと揺れていたお面達は次第にその姿を薄めていた。

 ……面霊気のお面は、感情そのものだと聞いた事がある。と言うことは、このこころの惨状は彼女自身の感情が原因だと言うことだろうか?

 詳しいことは私には分からないーーが、なんとなくそう信じられる気がする。それは単に双也をある程度信頼しているからなのか、それとも……"異様な雰囲気を放つ不気味な面"が、視界の端に入ったからか。

 

「悪いな、一輪。こっちから挑んでおいて」

 

「いえ、いいわよ。それより少し心配ね、その子。さっきのは何だったの?」

 

「詳しい事はまだ分からないが……心配ない。俺が面倒見てるから。紫もいるしな」

 

「……そう」

 

 双也がそう言うなら、心配する必要はない。ーーそう見て良いだろうか?

 勿論彼を信用していない訳ではないし、その件に私は全くの無関係だろう。しかし……やはり心配にはなる。直前まで戦っていたのは私なのだから。

 

「ま、まぁまぁ、双也がそう言うんだから任せときなよ一輪。私達は元々部外者な訳だし」

 

「そうだね、私達が関わる事じゃない。一旦落ち着くべきだと思うよ」

 

「村紗、ナズ……」

 

 そうして諭されて、少し気持ちが楽になった気がした。まるで重荷が取れたように、僅かばかりに感じていたこころへの罪悪感が、拭えた気がした。

 二人の方を振り向けば、優しげな笑顔で頷き、私を見ている。

 そして一つ、私も頷き返した。

 

「……分かった、任せるわ。

 何か困った事があれば、手伝うわよ」

 

「ああ、サンキュー。……それじゃあな」

 

 双也に負ぶさるこころの背中を、私は暫し見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(全く世話の焼ける……)」

 

 帰路に着く森の道中、双也は周囲に聞こえない程度の溜め息を吐いた。

 背中からは、未だすやすやと眠るこころの寝息が聞こえる。それが何処か能天気な響きに思えて、また溜め息を吐きたくなる双也であった。

 

「……ま、アレだけ苦しんだ後じゃ仕方ないか」

 

「その子の事? 確かに尋常ではなかったけれど……本当に何が起こったのかしら?」

 

「……さぁな」

 

 思案に没頭する紫に対して、双也は何処か投げやり気味に答えた。

 ーーまだ、こころの身に起こっている事については双也も答えかねるのだ。

 実を言えば、先程の現象に双也は少しだけ心当たりがあった。……いや、心当たりと言うよりは"気が付いた"と言うべきか。

 紫の言葉に適当な相槌を打ちながらも、双也はその事について考えを巡らせていた。

 

「(何だろうな……あの時、お面達の気配が薄かった様な……)」

 

 無論、震えて音を立てるお面達は視界に入っていた。だから認識出来ないほどの薄さでは決してなかったのだが、確かに違っていた。確実に気配が薄く……いや、存在が薄くなっている様にすら感じられたのだ。

 

「……バランス、か……」

 

「ん、何か言った双也?」

 

「ああいや、何でもない。んで何だっけ?」

 

「……まぁ良いわ。それでねーー」

 

 ーーもしもそうなら、強くなるだけでは意味がないかもしれない。

 相変わらず紫の話を聞き流しながら、双也は内心で表情を険しくする。それに紫が気が付く事は、残念ながら無かった。

 

 ーーこころが目覚めたのは、一日後の事である。

 

 

 

 




因みに、"虚の面"については調べれば簡単に画像が出てくると思います。種類はいろいろありますが、設定上では一護(BLEACHの主人公)の物ということになっています。

ではでは。


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第百九十九話 鍛錬の背後で

こころちゃんの口調とか、こんな感じで良いんでしょうか……?

ではどうぞ!


 ーーこころが目覚めてから、もう三日程だろうか。

 未だ異変は収まっておらず、相変わらず宗教家三人を始めとした何人かが、幻想郷を鎮めようと奮闘している。

 正直に言って、俺も戦闘を観戦したい気持ちはある。しかし、そこはグッと堪えて。

 この三日間は、ひたすらこころの修行に付き合っていた。

 

「ほら、追い付かなくなってきたぞ」

 

「ーーくっ」

 

 その最中、"強い妖怪がいる"とい聞き付けて数人がこころに挑みに来たが、その何れをも彼女は余裕を持って蹴散らしていた。勿論苦戦したのもいたが、大体は自分の力を過大評価した愚かな中級妖怪とかだ。

 こころはそも、そんな次元の強さじゃなかった。

 幾らイラついていたからと言って、"あの時"の俺とあれ程斬り結べる者もそうはいないと思う。……まぁ、俺にもだいぶ余裕があったのは事実だが。

 だが、こころの修行になっている事は確かである。いつ何処で噂が出来上がったのかはよく分からないが、思い当たる節と言えば、一輪くらいだろうか。

 もしかしたら、修行になると見越して噂を流してくれていたのかも知れない。有難い話だ。

 

「やぁああ!」

 

「上手い、けど甘いな!」

 

 そう言えば、目覚めた後にこころから話を聞いた。頭痛が始まった時の話だ。

 やはり思い出しても辛かったようで、始終萎れた表情のお面を被っていたが、ちゃんと話してくれた。

 曰く、一輪の言葉を受けて少なからず感情が高ぶっていた、との事。

 思い返せば、今までも絶望の面が出てきた時は大抵気持ちの高ぶったタイミングだそうだ。……ならなんで俺の時には出てこなかったのか疑問だったが、その理由についてはこころには分からないようだった。

 まぁ多分……俺が関与してるからって事だと思うけど。やはり俺が一番の原因と見て良いだろう。

 

「そらっ」

 

「うあっ!?」

 

 となると……やはり俺の"予測"は正しい、という事だろうか。

 まだ色々と分からない事はあるし、確定付けるのが早計な事も分かってはいるが、はてさて……。

 ま、取り敢えずーー

 

「チェックメイトだ、こころ。

 これで午前の五十本、五十対零で俺の勝ちだ」

 

「うぅ……これ程歯が立たないなんて……」

 

 尻餅をつくこころに鋒を向ける。

 修行として取り入れたこの"乱取り"だが、午前の分はこれで終わりである。

 強くなると言っても、それは霊力に限った話ではない。仮に霊力が大きくなったとしても、それを扱える技量が無ければ話にならない。得物の力を引き出せないようでは何を持っても所詮三流、という事だ。

 懐かしいな、俺も昔はこうやって修行してたっけ、依姫と。

 

「まだ、やる気はあるか?」

 

「………………」

 

 ふらりと揺れながら、こころが立ち上がる。それは続ける意志の表れに他ならなかった。

 弟子がまだやれると言うならば、汲んでやるのが師の務め。

 もう一度、天御雷を構えたーーところだったが。

 

「はいはい、もう辞めにして頂戴。 午前の分は終わりだって自分で言っていたじゃない、双也。

 何事もリズムは崩すべきではないわ」

 

「紫……」

 

「ほら、あなたも。 そんなボロボロで戦って、万一にでも勝てると思っているのかしら」

 

「…………確かに」

 

 唐突に割って入った紫に促され、こころは薙刀を消し去った。

 言われてみれば、確かに紫の言う通りか。 どんな生き物も休養は大切な事。体を作った後にこそ鍛錬は成立するのだ。

 

「じゃあ、一先ず休憩としよう。 丁度正午だ」

 

 見上げれば、爛々と輝く太陽が俺達を見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 当たり前だが、最近は三人で食事を摂る事が多い。

 知っての通り俺は元々一人で食べていたのだが、そこに紫が加わり、そして一時的とは言えこころが加わったのだ。

 霊夢や早苗が居ても楽しくなるとは思うが、大した差ではないとも考えている。誰と食事を摂ったとしても、一人じゃなければきっと食事は楽しくなるだろう。

 

「双也、醤油を取ってくれるかしら」

 

「ん? ああ、これか。ほら」

 

 受け取った醤油を流れる様に注ぎ、紫は冷奴を食べていた。釣られて俺も含んでみるが、うむ、中々良い出来である。最近は俺の料理の腕も上がってきた様に思う。……冷奴を料理と呼んで良いのか分からないが。

 

「こころも醤油掛けるか?」

 

「あ、うん。貰う」

 

 そっと醤油を受け取ると、こころは三、四滴だけ醤油を垂らし、そして冷奴を切り分けながら少しずつ食べ始めた。一見すれば"食欲が無いのか"とも取れる様子だが……こいつはいつもそうなのだ。一応、その事については何度か言ってはいるんだが。

 

「……なぁこころ、別に遠慮する事ないぞ? むしろ、一番疲れてるのお前なんだから、もっとガツガツ食え」

 

「……でも、私は結局居候だし。鍛えて貰ってる身なのに、そんなに食らいついたらいけないと思う」

 

「妙な所で気を遣ってるわね……」

 

 本当、紫の言う通りだ。

 こうして言う度に、気を使う必要はないのに、と思う。勿論、これはこころが良い子だからだと言う事は理解しているが、身を引き過ぎるというのも考え物。むしろ、妖怪ならば貪欲になって然るべしだと思う。

 ……ふむ、無欲な性格か。

 

「……ねぇ、双也、少し思うのだけど……」

 

「ああ、お前とはやっぱり考える事が同じ様だな」

 

 ちらと紫を見て、軽く頷く。その瞳にはやはり少々の驚きもあったが、すぐに得心行った風な微笑みを現した。

 

「なぁこころ。俺は正直な所、人を強くするのはそいつ自身の向上心だと思ってる。そして向上心ってのは、言わば欲の塊だ。それはよく知ってるだろ?」

 

「……うん。知識欲って言葉があるくらいだから」

 

「そう。だから俺は、乱取りの中でお前自身が自分の足りないところを見つけて、俺に尋ねてくるってのが理想だと思ってた。だが、お前の謙虚過ぎる性格を見る限り、そんな事微塵も考えてなかったろ」

 

「…………うん」

 

 やはり。こころは少し気まずそうにしながらも小さく頷いた。

 素直なのは評価出来るんだが、欲には素直になれないのだろうか。面霊気だから、ある程度の感情の操作は人より上手い……とか?

 ……まぁそれは置いておいて。

 

「俺は何点か足りないところは見つけてる。でも、聴いてこないからってお前を放って置く訳にもいかない。そこで、だ」

 

 

 

 ーーお前に、会わせたい奴がいるんだ。

 

 

 

 そう言うと、こころは僅かに首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……それで、この子に武器の扱い方を教えろ、と?」

 

「ああ。弾幕とか、お前の分かんない事は教えなくても良い。

 まずこいつに薙刀の扱い方を教えてやってくれ」

 

「それは、妖力の乗せ方もですか?」

 

「妖力の乗せ方も、だ」

 

 現在時刻は、大体二時頃でしょうか。

 昼食を摂り終わり、食器を洗っていた最中だったのでそれくらいの時間帯だと思われます。

 二人が訪ねてきたのは、食器洗いも一段落ついて大きく深呼吸した所でした。

 最近は幻想郷が騒いでいる、と言うことを認知してはいたのですが、まさかそれ関連で私の所に依頼が舞い込んでくるとは思っても見ませんでした。

 それも、ただでさえ来るのが珍しい双也さんと師匠から、なんて。

 

「霊那、あなたの使い方を丸々教えろ、と言う訳ではないわ。あくまで基本と、ある程度の応用でいいわ」

 

「分かりました」

 

 師匠の追言に一つ返事で頷きます。

 いやぁしかし、薙刀の扱い方を妖怪に教えろ、とは。

 人としてそれなりに長く生きてきましたが、こんな依頼は初めてですね。

 ですが、基本と応用だけで良いなら気も楽というものです。私自身の扱い方を教えろなんて言われたら、正直投げ出す所でした。

 ……え? だって私の扱い方ーー回転を軸にした使い方ーーは、全部感覚のみを頼りにしたものですから。教えろと言われても教えられないのです。

 

「んじゃ霊那、頼むな。お前がやり残した家事とかはやっておくから」

 

 そう言って、双也さんは台所の方へと消えて行きました。

 師匠は縁側で眺めているつもりらしく、ゆったりと腰を下ろして扇子を開いています。

 ……あくまで観戦するためであって、家事が出来ず手伝えないからではない、という事を思わず願ってしまいました。

 

「それではこころさん、準備は良いですか?

 先ずはどの程度か知るために、私と軽く手合わせして貰いますが」

 

 札に納刀されている薙刀を顕現させながら、私はこころさんを見遣ります。

 彼女はとてもおとなしい雰囲気の可愛らしい妖怪でした。無論霊夢程ではありませんが。

 彼女は何処か掴み所がないというか、何を考えているのか分からないというか。でも、きっと気は合うと思います。何せ同じ薙刀使いですからね。

 私の問いに対して、こころさんは薙刀を顕現させるでもなく、僅かに首を傾げるだけでした。

 

「……ちょっと訊きたいんだけど……あなたは幾つ?」

 

「……はい?」

 

「人間、だよね。幾つ?」

 

「えっと……三十路はもう大分前に超えましたが……」

 

「! 意外……実齢より大分若くみえる」

 

 あ、あら? なんかよく分からない内に褒められてしまいました。

 本当は三十路どころか五十路すら近い身ですが、幾ら妖怪の言葉と言えど"見た目が若い"と言われて嬉しくない女性はいません。本当の事を言っているのかお世辞を言っているのか、いまいち分かりませんが。

 ーーといっても、その問いにどんな意味が?

 そう思っていたところで、こころさんはやっと薙刀を顕現させてくれました。

 

「良かった。それなら、戦闘経験も豊富だよね。

 幾ら教えてくれる人だといっても、結局は人間だから少し心配してたけど……大丈夫そう」

 

「! ……ふふ、先程謙虚だと聞きましたが、妖怪としての気位は持っているようですね。

 ご心配無く。これでも私は、数多の妖怪をこの一刀で斬り伏せてきましたから、飽きさせはしませんよ」

 

 言葉と同時に、体の覚えている通りに薙刀を構えます。こころさんも釣られて構えますが……ふむ、確かに基本が無いようですね。隙だらけな訳ではありませんが、所々致命的に脆い部分があります。

 これは俄然、やる気が出てきました。教え甲斐のあるというものです。

 

「では、始めましょうか。いつでも来てください」

 

「分かった。よろしく……お願い、します」

 

 こころさんの刃と私の刃。交差したのは、そう言った刹那でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「相変わらず、惚れ惚れする程綺麗な捌き方ねぇ」

 

 お互い地に足を着けているものの、空中戦を思わせるような激しい戦闘を二人は繰り広げていた。

 とは言っても、押しているのはやはり霊那だ。彼女の薙刀捌きは、今までに類を見ない美しさと鋭さを誇っているのだ。

 長らく生きてきて、幾度か薙刀使いの退治屋とも戦った経験を持っているが、霊那程扱い方の上手い人間は見た事がない。

 こころも妖怪として強い方だとは思うが、得物を持っての戦闘では彼女に手も足も出ていない。

 

「全く、博麗の巫女は呆れるほど天才揃いね……」

 

 霊夢は言わずもがな、独学でここまで薙刀を極めた霊那も十分に天性の才能を持っている。

 遡れば、"真の夢想転生"を完成させた初代から始まって十数代……歴代最強を誇る博麗 柊華も当然天才と言えよう。

 正直に言って、歴代の巫女達とは私も良く考えて付き合って来た。

 言わば協力関係にある為、敵対する事などあってはならない事だが、あまり怒らせたくはない連中なのだ。

 まぁ、霊那が怒るところなんて見た事はないけれど。

 ーーそうして二人を眺めていると、すぐ隣に誰かが腰を下ろす気配を感じた。

 

「家事は終わったのかしら」

 

「ああ、殆どやり終わった後だったから、あとは片付けるだけだったよ」

 

「そう」

 

 すぐ隣に腰を下ろした双也に、私は適当な相槌を打った。

 それに返答は当然無かったけれど、彼は気を利かせてくれたのか、熱いお茶の注がれた湯呑みを差し出して来た。

 やはり、どんな戦闘も、観戦するに

は飲み物は必須。受け取って一口飲めば、何処かほっとした心地良さを覚えた。

 

「……それで、何か話があったんだろ。何だ?」

 

「ふふ、やっぱり気が付いてくれていたのね」

 

「気が付くさ。明らかに二人で話をする場所を作ろうとしてたろーよ」

 

 そう言って、もう一口。一息吐いて、そうだろ? と同意を求めて来た。それに私はーー頷く。

 

「少し訊きたい事があったのよ。こころの前では話しにくくてね」

 

「お面の事か?」

 

「そうと言えばそう。だけれど……正確にはあなたの事(・・・・・)よ、双也」

 

 横目に覗く双也の視線が、私の視線とぶつかった。

 そこに多少の驚きはあれど、不思議に思う色は少しも無かった。

 

「……珍しい。頭の良いお前が俺に訊きたい事なんてな。俺の考える事は全てお見通しだと思ってたが」

 

「そうね。普段ならそう思っていてくれて構わないわ。だから、こうして訊くのは今回限りだと思うわ」

 

 双也の言葉は全て正しい。私は誰よりも彼を理解し、その性格も考え方も手に取るように分かる。だからこそ、彼が普段考える様な事は読心でもするかの様に分かるのだ。

 でも、だからこそ、たった今私が直面している不可解な謎の事を、訊かずにはいられない。

 二人といない彼の理解者だという自負からくる、欲だとも言えるかもしれない。

 

「単刀直入に訊くわ、双也。あなたーーこころが陥っている状態の正体に、気が付いているわよね? そしてそれを私にすら話さないで、隠している。……違うかしら?」

 

「………………」

 

 双也の横顔が、僅かに眉を顰めたのが見えた。

 

「こころの指導に迷いがなさすぎるわ。

 勿論あの修行方法に実績があるのは分かってる。でも、まだこころの状態に何の手掛かりも掴めていないのよ? それにこの間の……あれを見て、"修行で抑えられる見込みがだいぶ薄い"という事は明白でしょう?」

 

 疑っている訳ではない。そうとしか思えないのだ。

 半ば問い詰める様な口調になってしまっていた事には、私自身が気が付いている。それに確かな心苦しさと申し訳なさを感じるも、問わずにはいられなかったのだ。

 かくしてーー彼の口から漏れたのは、溜め息混じりの苦笑だった。

 

「ふふ……紫、やっぱりお前は凄いよ。そこまで推理して、俺が隠し事してるって見抜いてるんだもんな」

 

「当然の事よ。……それで? そこまで見抜いた私に何のご褒美もないのかしら」

 

「何が欲しい?」

 

「分かり切った事訊かないで」

 

 茶化し始めた双也の脳天に、私は軽く扇子を振るった。勿論痛いはずはないのだが、そんな私を見上げる彼の眼は、少しだけ困った様な光を宿していた。

 

「私が訊いている事は初めから変わっていないわ。別に私は訝しんでいる訳ではないの。……気になるのよ」

 

「…………悪いけど、答えられない」

 

 双也の返答は、実に簡単な拒否の言葉だった。

 

「……どうして?」

 

「お前がーーいや、お前達が知ったらいけないからだ。そうとしか、言えない。……ごめんな」

 

 ーーそれは一体どういう事?

 私を見つめる双也の瞳に、私は再度そう問い直す気を一気に失ってしまった。

 きっと何度問い直そうと、彼は頑として語らないだろう。それが何らかの欲からくるものではなく、真に私を想っての事。ーーそう確信するには十分過ぎる気持ちが、彼の瞳には宿っていた。

 

「でも、こころの件は俺がちゃんと解決する。だから……信じてくれ」

 

「あ……」

 

 そっと、双也の手が頰に触れた。暖かくて、優しさに溢れる手。

 知らぬ間に顔が強張ってしまっていたのか、彼の手の温もりを感じた途端に頰が緩んだ気がした。

 

 そうか、初めから悩む必要なんてなかった。

 私は、双也がどんな人なのかをよく知っている。でも、どんな間柄にだって明かせない事柄は多少なりとも存在する。それもまとめて、私は全て受け入れると決めたのだ。

 ならば、後は彼を信じるだけ。

 私の知る双也という愛しい人を、信じ切るだけでいい。

 私は、添えられた彼の手に自分の手を重ね合わせた。

 

「双也……」

 

「紫……」

 

「……あのぅ、お二人共? 人の家の縁側で何をイチャイチャしてるんですか?」

 

「「ッ!!?」」

 

 意識の隙間を突いたかのような言葉に、私は計らずも体を震わせてしまった。どうやらそれは双也も同じだったようで、どちらからともなく繋がっていた視線を切る。

 声の方向へ目を向ければ、霊那は案の定呆れた表情をしていた。

 その隣には、態とらしく見えないふりして指の隙間から覗くこころの姿が。

 

「いえ、イチャついていた訳ではないのよっ? ただ改めて彼と信頼関係をーー」

 

「別にイチャつくのを悪いと言ってる訳じゃありませんよ。場所を考えて欲しいというだけです。

 ここ、私の家ですよ? 手合わせを終えて戻ってみれば、何ですかこの状況は」

 

「いや、本当に違うって霊那! 紫に話があるって言うから話してただけでーー」

 

「話し合うだけの何処に見つめ合う要素があるんですか。

 ほら、こころさんも何か言ってやってください」

 

「…………大丈夫。私は何も見てないよ」

 

 ーーと、バレバレの嘘を吐くこころ。それを隠す気もないように、彼女は相変わらず指の隙間からしっかりとこちらを覗いていた。

 いや、こちらにも非はあるけれど、あまり露骨にからかわれると傷付く。

 特に、今。

 

「反省してますか、双也さん、師匠?」

 

「……あーはいはい、今度から気をつけるよ」

 

「善処するわ」

 

「……困った二人だね」

 

 こころの嘘偽りない一言に一瞬イラつきを感じるも、如何にか心のうちに押し留めた。

 そりゃ、今現在で最も"困った要因"である彼女にそんな事言われれば、流石の私も反論はしたくなる。

 今回何を言わなかったのは、霊那の暗い笑みに少し背筋がざわついたからだ。

 

「はぁ……まぁそれは置いておくとして、これからこころさんの指導に入ろうと思うのですが」

 

「ああ、自由にやってくれ。教え方には何の口出しもしない」

 

「分かりました。ではこころさん、少し休憩してから始めましょう」

 

「休憩はいい。さっさと始めたい」

 

「……そうですか。では、始めましょう」

 

 こころの意向に従い、二人は連れ立って再度庭の上に立った。

 真剣に教える霊那と、それに応えるこころ。きっと彼女は強くなるだろう。今よりも、ずっと。

 それが目的の為になるのか私には分からないが、一先ずは信じてみようと思う。

 この世で私が最も愛し、最も信頼した人を。

 

「……早く、解決しなきゃな」

 

「……そうね」

 

 こころと霊那、二人の鍛錬は暗くなるまで続いた。

 

 

 

 




角砂糖を数個程度放り込んでおきましたが、後悔も反省もしていません。

ではでは。


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第二百話 二人目

後書きにお知らせがあるので、目を通しておいてもらえると嬉しいです。

ではどうぞ。


 その事(・・・)に気が付いたのは、ついこの間の事です。

 ……いえ、この言い方では少々語弊がありますね。正確には、この間に気が付いたのは"違和感"でした。

 

 私は、人々の欲を見ることが出来ます。それは単に心を読んでいるわけではなく、私の高い洞察力と話術によって相手の動きを観察し、そこから相手が何を望んでいるのかを推察するのです。勿論他の事もいろいろと分かりますが、今はいいでしょう。

 

 さて、そんな訳で。

 私は人の心の動きを読み取れます。

 心の動きとは即ち、感情の変化に直結します。

 考えてみれば当然の事でしょう。人は欲求を元に行動を起こす生き物ですし、感情があるからこそ欲が生まれるのです。

 私が気が付いた違和感とは、それについての事でした。

 そして今ーー戦闘後の観客達を見回して、それは確信に至ったのです。

 

「……ふむ、やはり妙ですね」

 

「? どうかしたんですか太子様?」

 

 一歩下がった後ろから、私の従者ーー屠自古が尋ねてきます。

 因みにもう一人の従者である布都は、先程私に打ちのめされた河童を起こしに降りています。流石に気絶させたまま放置は出来ませんからね。

 

「……屠自古、あの観客達に何か感じることはありませんか?」

 

「観客達? 太子様の戦いに馬鹿騒ぎしていた煩わしい限りのあいつらですか?」

 

「ま、まぁ……はい」

 

 屠自古の荒んだ認識に少し呆気にとられるも、しっかりと頷きます。

 彼女は眼下の人間達を見回してーー小首を傾げました。

 

「特に変わった所はない様に思いますが……強いて言えば、初期よりも大分淡白になった気がしますね。

 戦闘が終わった途端、突然興味を失ったかの様に静かになりますし」

 

「やはり、そう思いますか」

 

「太子様もそう感じるのですか?」

 

「はい。……恐らく、屠自古よりもはっきりと感じています」

 

 淡白ーー屠自古の形容の仕方は、的確に的を射ていました。

 そう、まさにその通り。人々は何故か、異変の初期よりも淡白に……心の動きが無くなっているのです。感情が薄くなっている、と言ってもいい。

 感情が薄くなっているから、湧き上がる感情は後を引かない。一瞬で湧き出ては一瞬で消えていく。

 私の目には、様々な欲が目まぐるしく明滅を繰り返す異常な心が映っていました。

 

「感情……か」

 

 感情。その単語を聞いて思い出すものといえば、私には一つしかありません。

 かつて双也と共に作った、六十六の感情のお面。"希望の面"には確か、私の顔が使われていましたね。

 

 ーー私の推測では、此度の異変の中心にはあのこころという妖怪が存在します。お面の事といい、感情の事といい、それならばある程度の辻褄は合うのです。

 しかし、あくまで"ある程度"。私の頭脳を持ってしても解明しきれていない事が、いくつかあります。それが見えてくれば、恐らくこの異変は解決へと向かうでしょう。

 ですが……何でしょうか、この不安感は。知らず知らずのうちに深淵への一歩を踏み出してしまっているかの様な、黒い靄が心に掛かっています。

 

「……屠自古、解決を急ぎましょう。嫌な予感がします」

 

「! はい、分かりました!」

 

 ともかく、なるべく早く解決へと向かわねば。

 予感の正体は何か分かりませんが、それが非常にマズいものである、という確信は何処かにありました。

 きっと、この異変はタダでは済まないーーと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幻想郷に於ける強力な存在ーーそう問われれば、双也には幾人かが思い当たる。

 取り敢えず自分は含まないとして、まず初めには、紫。幻想郷最強の妖怪として最も有名、そして事実上でも最強の部類である。

 次に霊夢。圧倒的戦闘センスを持ち、それは単なる弾幕ごっこに留まらない。そして伸び代に関しては、双也ですら戦慄する程。

 加えて、勇儀や萃香など鬼の四天王、相手を指すら動かさずに殺す事の出来る幽々子、破格の身体的スペックを持ったスカーレット姉妹ーー上げ出せば、案外キリがないくらいに多い。

 現実的には誰より強い双也も、望んで戦いたくはない連中ばかりだった。

 特にーー絶対に戦いたくない奴が、一人だけいた。

 勿論、その者も実力的には彼に劣る。それこそ霊力の半分と三分の一と解放せずに打ち勝つことができるだろう。

 ーー違う。彼が戦いたくない理由は、そうではない。

 

 その者の戦いへの姿勢が、その凄まじい覇気が。

 双也にとってーーいや、対峙する全ての者にとって、危険なのだ。

 そう、その者の名はーー。

 

 

 

 

 

「ねぇ、双也。今度はどこに行くの?」

 

 煌々と輝く太陽の下、こころは先導する双也へと尋ねた。

 何をするのか、などと言う今更な質問はしない。ここ最近は修行詰めだし、何より彼女自身がそれを望んでいるからだ。

 ただ、今まで来たことがない場所だけに気になっただけである。

 双也は歩みも止めず振り向かず、簡潔に答えた。

 

「次の相手の所さ。ただし、今回は霊那の時みたく教えてもらいに行くんじゃない。(そもそも教えてくんないだろうし……)

 

「……?」

 

 最後の方がよく聞こえなかったが、取り敢えず納得。でも、教えてもらうのではないなら何をするのだろう?

 ふと思い浮かんだそんな疑問に、こころは少しだけ頭を悩ませる。

 しかしその結論を得る前に、思考は何処かへと揉み消されてしまった。

 目の前に広がる光景に、心の底から感嘆したのだ。

 

「……ここは?」

 

「今日の修行相手のいるところ。"太陽の畑"って言うんだ」

 

 眼前に広がる向日葵、向日葵、向日葵。鮮やかな黄色が太陽光に反射するようで、とても眩しい。

 間違いなくこの光景は、今までにこころが見た風景の中で最も鮮烈で眩しく、そして美しかった。

 ああ、こんな場所に住んでいる妖怪とは、どれだけ優雅で美しいのだろう。

 向日葵たちがどれだけ大切にされているのか、素人目にも一目で分かる。一体、どんな妖怪なのだろうか。

 変わらない鉄面皮の下で、こころはひしとそう思った。

 

「今日はなーー」

 

 目に映る向日葵たちから目を離せないでいれば、不意に双也の声が耳に入ってくる。

 視界をそのままに話を聞いた。

 

「そいつと、戦ってもらおうと思うんだ」

 

「……え?」

 

 こころの視界に、不敵に笑う双也が映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最近の幻想郷が何やら騒がしい、とは、嫌でも入ってくる風の噂だった。

 例えその噂を聞かなかったとしても、己の肌でその空気そのものを感じてすらいた。

 普段は花に囲まれた屋敷で静かに暮らしている分、少々煩わしいと眉を顰める事もしばしば。

 そちらで騒いでいる分こちら(花達)に被害が及ばないという点については、指先で摘むほどにはメリットとして考えていたが、それでもやはり侵入者は存在する。

 異変に際して例の如く興奮した妖精やら妖怪やら、果てはあまり近付いては来ない人間まで。

 その人間達にも僅かな違和感を感じたが、彼女はさして気にも留めなかった。

 我が領域に入らば、須らく散るべし。

 彼女ーー風見 幽香のモットーである。

 

 そんな訳で、幽香は少々機嫌が悪かった。

 自らの手塩に掛けた花々の煌々と煌めく姿を眺めながらの優雅なティータイムでさえ、普段よりも幾分か詰まらなく思う。

 全く頁の進まない本、殆ど口の付けられていない紅茶、そして僅かに顰めたその眉が、彼女の気分を実に分かりやすく示していた。

 

「……ふん」

 

 内容の全く入らない本を閉じ、組んでいた足を下ろす。僅かに感じる足の痺れが、幽香にどれだけ無駄な時間を過ごしたいたかを思い知らせた。

 

 近頃はあまり運動をしていない。故に彼女にはフラストレーションが溜まっていた。欲求不満と言い換えてもいい。

 念のための補足だが、ここで言う運動とは即ち、戦闘の事である。ただ体を動かすだけならば、侵入者を蹂躙する際に十分動かしているのだ。しかし、彼女にとってそれは戦闘でもなんでもない。ただの暇潰しに等しい。

 

 無為なティータイムを放り出し、しかし特にはやる事を見出せずにいた幽香は、結局花達に少し早めの水遣りをする事にした。

 輝く太陽の下で、向日葵達は元気に咲いている。

 耳を澄ませばその声が聞こえてくるようだ。

 その声に応えるべく、彼女は水遣りに使う如雨露を取りに家の裏へと歩き始めたーーその時だった。

 

 

 

「よう、幽香」

 

 

 

 突然耳に入ってきた声に、珍しくも幽香は驚いた。

 強力な大妖怪として知られる自分が気配すら感じず、大声でもない言葉をはっきりと聞き取れるまでに接近させてしまった事実に、一瞬ながら驚愕したのだ。

 ーーそう、一瞬。彼女が驚いたのは一瞬で、その後には一切の感情が挟まれなかった。

 納得したのだ、その声に。その声の主ならば、自分がそれくらいされても仕方ないと。

 振り向いた先にはーーやはり、彼がいた。

 

「……久しぶりね、双也。気が付かなかったわ」

 

「気配を遮断して入らないとお前はすぐに襲ってくるからな。予防線さ」

 

 と軽く言ってのけるのは、幽香が生涯で唯一敗北した現人神、神薙 双也。

 彼の後ろには見慣れない妖怪が佇んでいたが、幽香は一先ず気にしない事にした。

 

「……珍しい。スキマ妖怪は来ていないのね。近頃じゃいつも一緒だとか訊いたけど」

 

「ああ、用事だと。管理者ってのは伊達じゃあないらしくてな」

 

「そう。まぁどうでもいいのだけれど」

 

「じゃあなんで訊いたんだよ……」

 

 困ったように息を吐く双也を前にして、幽香はくすくすと笑った。

 内心、嬉しかったのだ。

 分厚い雲に差した一筋の光明ーーは言い過ぎとしても、このタイミングで双也が訪ねて来た事は彼女にとって僥倖と言うべきである。

 何せ、彼がいれば退屈はしないのだから。

 何なら、軽く挑発でもして戦闘に持ち込んでやってもいい。彼との戦闘が自分を満たすに十二分である事を、既に幽香は知っているのだ。

 しかし、脈絡というものは大切なので。

 幽香は心の裏で、"予想が外れますように"と願いながら、一応(・・)尋ねた。

 

「それで、何の用かしら。後ろの妖怪絡みなのは、なんとなく分かるけれど」

 

「さすが、察しがいい。今日のお前の相手は俺じゃなくこいつ、こころだ」

 

「…………よろしく、お願いします」

 

 促され、彼の背後からおずおずと出て来た彼女、こころを一瞥する。

そして幽香はーー落胆した。

 

「(……どんな物かと見てみれば……)」

 

 弱い。

 双也と比べるまでもなく、当然自分と比べるまでもなく、その妖怪は弱かった。

 確かにそこらの中妖怪程度ならば軽く遇らうくらいには実力があるだろう。大妖怪は目前とも言える。

 ーーしかし、足りない。大妖怪中の大妖怪である幽香が求める闘争を、彼女が満たせるとは到底思えなかった。

 さらに言えば、そんな妖怪をあの双也が連れていること自体が信じられないのだ。

 悪態は、息を吐き出すように放つ事が出来た。

 

「……ふん。そんなチンケな妖怪をこの私と戦わせようなんて、何を考えているのかしら」

 

「不満か?」

 

「見れば分かるでしょう? そいつも今までの奴らと変わらない、蹂躙される側の存在。私が相手にするべき妖怪ではないわ。ーー双也、あなたも同じよ」

 

「……誰を相手にするかなんてのは俺が決める事だ。とやかく言われる筋合いはないさ」

 

 空気が冷りつく。晴天の空の下にあって、この場だけは肌を刺激する程に気温が下がったように感じる。

 ひたすらにーー良い空気だった。

 苛立ちを込めた挑発の言葉に対してか、双也は口元を不敵に歪めながらも視線を鋭くしていた。

 知っている。双也は、誰かを蔑ろにすれば簡単に怒る。

 このまま戦闘に入ってしまえば、こちらの望みは叶ったも同然である。

 あんな雑魚妖怪の相手などせずに済むーー。

 

「待って」

 

 ジッと交わされる視線の間に、青い刃が映り込んだ。

 そこから視線をずらし、小さな鍔、長い柄ときて、その次にはーー表情の変わらないこころの顔が、映り込む。

 幽香が眉を顰めたのは、完全に無意識での事だった。

 

「っ……あなたの相手をするのは、私。双也じゃない」

 

「馬鹿な妖怪ね。相手を選ぶのは私の権利よ。あなたが頼んできて、私はそれを断った。それが全てでしょう」

 

「でも諦めて帰れない。せっかく双也が選んでくれた私の相手だもん、無駄には出来ないよ」

 

「それはそっちの都合でしょうが……」

 

「でも」

 

 ーー退屈はさせないよ。

 

 鉄面皮の下で、確かにこころが笑った気がした。

 

「……何処から来るのかしら、その自信は」

 

 いや、挑発か。

 すぐに思い直す。しかし、敢えて幽香はそれを拒まなかった。

 弱い妖怪が、格上に対して対等に戦えると宣う。それがどれだけ命知らずな事か。

 一般的に、欲望と自尊心に忠実なのが妖怪である。個々に違いはあれど、幽香のそれは特に強烈な物だ。こころの口にしたその言葉は、確実に彼女の自尊心を踏みにじっていた。

 "勇気がある"のでもなく、"酔狂"なのでもなく、ただーー身の程知らず。

 こころへ向ける幽香の瞳は、蔑みの色に満ちていた。

 しかし、だからこそーー。

 

「いいわ、受けてあげる。その無根拠な自信、粉々に躙り潰してあげるわ」

 

 挑発に上手く乗ってしまった、という事実は理解していた。相手の思い通りとなってしまっている事に苛立ちも感じる。

 しかし、幽香にとってそれよりも重要なのは、己のプライドを踏みにじったこの矮小な妖怪を叩き潰し、足蹴にして、侮蔑の瞳で見下ろしながら高笑いする事だった。

 

 なんと強烈な自我だろうか。

 何者にも染められず、何者にも揺らされない、決してブレない強固な意志。

 双也が恐れる彼女の本質とは、これだった。

 

「……簡単には、負けないよ」

 

「どうかしら。それは、私の気まぐれに依るわね」

 

 二人、どちらからともなく空へと舞い上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なんか勝手に話が纏まったな……まぁ、結果オーライと思って観戦するかね。

 ーー確かめたい事もあるし」

 

 一人、草原に腰を下ろす双也であった。

 

 

 

 




久々の幽香さん登場。




✳︎お知らせ

ご愛読ありがとうございます。ぎんがぁ!です。
今回のお知らせは、また投稿間隔についてです。
実は私、今年受験がありまして、本当なら勉強してなければいけない訳です。まぁそれでも何とか今までちまちまと投稿していたわけですが、とうとう執筆が追いつかなくなってきました。

なので、これからは基本今まで通りで行きますが、丁度一週間での投稿が出来ない時があるかも知れません。
なので、更新されていない日があったら"まぁそのうち更新されるだろ"くらいの気持ちでお待ち下さい。
よろしくお願いします。

ではでは。


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第二百一話 侵食

いやぁ、ゆうかりんっていい性格してますよねーw

ではどうぞ。


 光が駆ける。刃が駆ける。

 凄まじい速度で迫ってくるが、何の苦もなく避けてやる。

 続く弾幕は威力こそまぁまぁあれど、目で追う事すら難しい事ではなかった。掻き消し、撃ち返し、果ては素手ではたき落す。痛くはない。若干痺れるだけ。

 追撃とばかりに迫ってくる彼女に向けて傘を振るえば、呆気ないほど簡単に吹き飛んだ。

 そこに追撃の光弾を打ち込む。何発か衝突した手応えがあった。

 

 ーー何だ、これは。

 

 飛び出して来た影に傘を振り下ろすと、激しい音と共に受け止められた。ガラ空きになった脇腹を蹴り飛ばし、間髪入れずに妖力を充填。溜まった瞬間に、レーザーを放つ。

 光に呑み込まれたのを、目視した。

 

 ーー何なのだ、こいつは。

 

 光から抜け出し、変わらない表情でジッとこちらを見遣る少女ーーこころ。

 その視線を受けて、幽香はピクリと眉を揺らした。

 

「……話にならないわ」

 

 軽く構えていた傘を下ろす。それが意味する事は最早明白であった。

 彼女のこころを見る目は、苛立ちでも蔑みでも、況してや怒りですらない。

 完全なるーー無関心だった。

 

「何が"飽きさせはしない"よ。馬鹿にするのも大概にしなさい」

 

 まるで路傍の石を見るように。そしてそれは、道端に捨ててあるゴミを見た時の様な不快感すら伴わない眼。

 プライドを踏みにじった挙げ句、結局今までの奴らと何も変わらない蹂躙劇を自分に演じさせた矮小な妖怪への、存在すら否定するような声音だった。

 

 確かに、叩き潰したい気持ちは大いにあった。その気持ちを糧にして、暫くは戦闘に付き合っていたのだ。しかしいつからかーー馬鹿らしくなった。

 何故私は、これ程無価値な戦いをしているーー?

 何故私は、こんな妖怪を相手にしているーー?

 そう考え付いた瞬間、幽香は一瞬で熱を失くした。

 戦って勝とうが、何のメリットも存在しない。悦楽が一時身を染めるだけである。"唯一保っていた気持ち"すら失くしては、こんな戦いの意味など皆無ではないか。しかも、当のこころは既にふらふら。満身創痍もいいところ。

 "この程度の戦闘で……"と小さく呟きながら、幽香は徐ろに傘を開いた。

 幽香の目元に、影が落ちる。

 

「あなたもあなたよ、双也。こんな無駄な事をする人だとは思っていなかったわね」

 

「………………」

 

 ああ、今日も日差しが眩しいーーそんなどうでもいい事を考えながら、幽香は下で見守る双也へと文句を投げ掛ける。

 そう、そもそもは彼が悪い。彼がこころを鍛えているというなら、彼女が自分に敵わない事など分かり切っているはず。それなのに何故連れてきたのか。さらに言えば、何故嬲られるだけのこの戦闘を止めに入らないのか。

 当の双也は、薙刀を使って立つこころをジッと見つめている。

 幽香には、それらが不思議で仕方なかった。

 

「……ふん。気が済んだら、さっさと立ち去りなさい」

 

 ただ、それもすぐにどうでもいい事だと切り捨てた。

 他人の考えなど、気持ちなど、幽香には関係ない。立ち入った者はとにかく叩き潰すーー彼女は、たったそれだけの不可逆的な思考の持ち主である。

 

 幽香は、普段のようにゆったりと歩み出した。

 そう言えば水遣りをする前だった。少し時間が経ってしまっているし、皆喉を乾かしている。早く水をあげなければ。

 通り際にすれ違うこころには何の関心も抱く事はなく、ただ存在しないかの様に通り過ぎる。

 幽香の頭の中には既に、こころという妖怪は存在しなかったーー

 

 

 

「ち……が、う……の……」

 

 

 

 ーー筈、だった。

 途切れ途切れに聞こえた言葉に立ち止まり、幽香は改めてこころを認識した。

 彼女は相変わらず、薙刀を杖にして立っている。だが、その息遣いは痛々しい程に荒くなっていた。

 

「なん、だか……くらくら、する……。頭は、痛くないのに、気が……遠くなって……」

 

「……何、こいつ」

 

 こころを見る幽香の目には、初めて侮蔑以外の感情が宿っていた。それは即ちーー不審。あり得ないモノを見た時の様な疑いの目である。

 実際、あり得ないことが起こっていたのだ。少なくとも、幽香の知る原理の下では成立し得ない現象。

 つまりーー得体の知れない何か大きな力の発現。

 

 見た限り、妖力を内に隠していた訳ではない。妖力とは違う濃密な気配と力が、ぐんぐんと上昇していく。それは普通あり得ないことだ。

 あり得ないことなのだがーーしかし確かに、それによって幽香はこころへの関心を取り戻していた。

 

「……何が起こってるのかは知らないけど……"それ"、まだ続けるってことかしら?」

 

 こころの身に何が起こっているのかーーそんな事はどうでもいい。

 幽香が唯一、少しだけ気にしているのは、こころが放ち始めた得体の知れない力が何なのか、である。

 勿論、それを確かめる術を自分が持っていない事は幽香が一番分かっていた。それを得ようとも思っていない。

 問題なのは、そんなこころが既に構えをとっている(・・・・・・・・・・)事。

 

 無表情には変わりなく、しかし酷く辛そうに見える。吐息は荒く、肩で息をして、瞳の焦点もぐらぐらと揺れていた。とても戦っていい状態ではない。

 

 それに対し、幽香は一つ息を吐き出すと、再び構えた。

 こころを見据えるその眼には、大した感情は篭っていない。

 侮蔑の色こそ消え失せているが、代わりに色を浮き上がらせたのは"面倒臭さ"だった。

 起きた変化はあり得ない現象でも、その上昇量的には幽香の力に及ばない。先程と違ってまだ戦おうとしているものだから、仕方なく付き合ってやろうか、という投げやりな感情である。

 

 さて、それじゃあ軽く一発ーー。

 構えた傘の先端に妖力を込める。瞬く間に収束したそれは、そこらの妖怪など消し飛ぶ威力でありながら、幽香にとっては牽制の一発である。

 構えたまま動かないこころへ向けて、光が弾けるーーその、直前だった。

 

「ーーッ!!?」

 

 ぞわり。

 今まで感じた事の無いような強烈な悪寒が背筋を舐めた。

 まるで、恐ろしい化け物の舌なめずりを眼前で目の当たりにしたかの様な、凄まじい危機の感覚。

 一瞬頭を真っ白に染められたが、幽香は直ぐに気が付いた。

 これは、強烈な殺気そのものだ。

 ーー反射で飛び退いた後には、首を狙った刃の風切り音が、煩いくらいに耳に飛び込んできた。

 

「ッ!! お前ーー」

 

「………………」

 

 薙刀を振り抜いたこころは、そのままの遠心力を使って突きを繰り出す。何か得体の知れない力を纏ったそれは、傘で受け止めようとした幽香を呆気なく吹き飛ばした。

 

「う……くっ、見誤ったわッ!」

 

 体勢をどうにか戻しながら、忌々しげに吐き捨てる。どうやら、あの力を見くびっていた様だ。

 先程の突きの威力もさる事ながら、何よりも速度が異常だった。強者として名高く、実際幻想郷でもトップクラスの実力を持つ幽香が目に捉える事すら出来ず、殺気を感じるまでに背後に回り込まれた事にも気が付かなかったのだ。

 こんな事があるのか、こんなーー。

 唐突に直面した事実は容易には受け入れられない。特に、幽香の様な自信家ならば尚の事。

 自分よりも格段に劣っていると思っていたものが、量では全く足りていない力を用いて唐突に自分を凌駕してきた。

 衝撃を受けない方が、どうかしている。

 

「疾ッーー!」

 

「………………」

 

 幽香の放った弾幕を目にも留まらぬ速度で駆け抜け、こころは迫る。

 懐に入り込んだ彼女に向けて渾身の力で傘を振り下ろすが、こころは薙刀を回転させて打ち返し、そのまま半回転させて斬り上げを放った。

 完璧なタイミングである。体制の崩れた幽香に対して容赦もなく、触れるもの悉くを断ち切るであろう凶刃が迫る。

 避けることは、できない。

 

「(ーーなら、避けなければ良いッ)」

 

 幽香は弾かれた勢いに敢えて逆らわず、ただ僅かに片足を前へと出した。

 傍から見れば"切断希望"とさえ捉えられてしまうその足はしかし、斬り上がる薙刀の鍔辺りを捉え、刀身に僅かにすら触れる事なく幽香の身体を跳ね上げた。

 そのまま一回転。着地の瞬間にレーザーを照射。

 

「………………」

 

 容易にレーザーを避けられた事を確認した幽香は、上空から迫る気配に気が付いた。

 いや、"気が付いた"というのは少々語弊がある。気が付いてから動いたのでは、今のこころの速度ならば十数回斬り付けられるだろう。

 だから、気配を感じた瞬間に生じた、完全なる反射だった。

 

「ふっ……!」

 

「………………」

 

 薙刀と傘が衝突し、激しい空気の衝撃波が眼下の向日葵達を揺らす。

 このままではまたすぐに見失う、と幽香は鍔迫り合いのまま傘を腕力で振り下ろし、押さえつけるようにして、こころを自分のいる高度に叩き下ろす。

 ここで初めて、こころの動きが止まった。

 

「中々、やるじゃない。さっきまでのはお遊びだったって訳ね」

 

「………………」

 

「何が起きているのかよく分からないけれど、取り敢えずどうでも良い。今は何故か強くなったお前との勝負を、素直に楽しむことにするわ」

 

「………………」

 

「……? ちょっと、聞いてーーッ!?」

 

 そこで漸く、幽香は気が付いた。いや、こころが動きを止めた今だからこそ、気が付くことができた。

 幽香の言葉に、こころは何の反応も示さない。不審がってその目を見てみればーー彼女の瞳は既に光が消え失せ、瞼の閉じる寸前であった。

 そんな状態で、彼女は幽香を圧倒していたのだ。

 

「(こいつ……もう殆ど気を失ってーーッ!!)」

 

「…………っっ」

 

 こころが僅かに力むのが見えた。しかしそれは一瞬で、次の瞬間には抜けるような青空が視界に映る。一瞬訳が分からなくなるも、感じる手の痺れから直ぐに結論が出てきた。

 ーー鍔迫り合いの状態から、弾き飛ばされたのだ。

 

 そう気が付いた時には、もう遅い。

 一瞬致命的に判断の遅れた幽香は、その一瞬を突いて攻撃してくるこころに反応が出来ない。

 身体を起こそうと頭を持ち上げると、目の前にーー黒い斬撃を放とうと肉薄する彼女の姿が。

 

 禍々しい、見た事も感じた事もない力を一杯に纏った刃が、振り下ろされようとしていた。

 苦し紛れに傘を振るうも、内心では"ああ、きっと紙切れのように斬られるだろうな"と感じていた。

 

 黒い斬撃と、妖力を纏う傘の一撃。

 二つが向日葵達の上で交差するーーその瞬間だった。

 

 

 

 ーーこころの薙刀は、鍔から先が唐突に消失した。

 

 

 

 傘は何物にも触れる事なく空振りし、その刀身の消えた薙刀は、幽香の眼前で止められている。ーー否、受け止められていた。

 吹き飛んでいた筈の身体はいつの間にか勢いを失くし、背中に当てられた腕に抱きとめられている。

 視界の端に映った手の指先にはーー黒い力をだんだんと萎ませていく、薙刀の刀身が見えた。

 

「……サンキューな、幽香。お陰で確かめる事が出来た」

 

「……はぁ。いつ出てくるつもりなのかと思えば……本当にギリギリだったわね、双也」

 

 頭上にある微笑みに溜め息を吐くと、双也は徐に刀身の無い薙刀から手を離し、呆然とするこころの額前で中指を引き絞る。

 

「今回はここまでだ、こころ。少し休め」

 

 ぺちんっ。

 あまりに軽い、柔肌の打たれる音。

 そんな一発の下に、こころの身体はふっと崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「成る程、じゃああなたは烏滸がましくもこの私を利用したと、そういう事ね?」

 

 腕を組み、足を組み、眉根を寄せる女王様然とした態度の幽香に、双也はただただ複雑な表情を零す。

 柔らかいふかふかのソファに座っていても、あまり居心地は良くなかった。

 

「いや利用したっていうと言い方悪いと思うんだけど……」

 

「利用したのよね?」

 

「適任がいなかったんだって。訳あって俺は相手出来ないし、紫は用事でどっか行っちゃうし……」

 

「利用したって事でしょう?」

 

「こころの修行に協力してもらっただけだってば。確かに俺自身にも打算的なアレはあったけど……」

 

「だから、利用したって認めてるじゃないの」

 

「………………まぁ……はい。ゴメン……」

 

「ふん」

 

 双也に出していたお茶とクッキー。

 その一枚を幽香は摘み上げ、自分の物のように口へと放り込む。

 幽香自身にもクッキーとお茶が出してあったが、双也は敢えて何も文句を言わなかった。ただ申し訳なさそうに頰を掻く。

 

「それで、あの子をどうするつもりかしら」

 

「…………そうだなぁ」

 

 正直に言ってあまり強い興味はなかった。しかし、あんな力の行く末が指先でつまむ程度には気になるのは事実。

 あの力に関して双也は何かを知っていて、今回の戦闘で何かを掴んだーーそんな確信が幽香にはあった。

 それを問うたとして、彼が答えてくれるかどうかは、別問題だが。

 

「さっきも言ったけど、お前とこころを戦わせたのはあの力を引き出して貰う為だったんだ。その状態を見て、対策を練ろうと思ってたんだが……」

 

「……そう悠長に構えていられる状態ではなかったーーかしら」

 

「……ああ。出来れば紫にも見ておいて欲しかったが……まぁいないんだから仕方ないな」

 

 はぁ、と双也は悩み煮詰まった様に溜め息を吐く。

 打つ手無しーーと言う程ではなさそうだが、彼は何かに気の進まない表情をしていた。

 はてさて、これから彼はどうするつもりなのかーーなんて、そんな大して関係はなく興味もない事を考えそうになるも、やはり幽香はそれを直ぐに切り捨てた。

 運動不足の欲求不満を解消した今、風見 幽香は、静かに過ごしたかった。

 

「……ま、ずっとここに居座るのも悪いな。そろそろ引き上げるよ」

 

「ええ。丁度視界がうるさいなと思っていたところよ」

 

「悩んでて悪かったな……」

 

 苦笑を零しながら立ち上がると、双也は最後のクッキーを口に咥えた。

 立てかけてあった天御雷を手に取り、片手をひらひらと揺らしながらドアへと向かう。

 その背中に、幽香はポツリと言葉を落とした。

 

「……気が向いたら来なさい。お茶くらい出すわ」

 

 一瞬の間の後、幽香の耳に届いたのはそっと閉じられる扉の音。廊下から聞こえてくる足音は、こころを寝かせている部屋へと向かって行った。

 

 再び、屋敷の中が静まり返る。

 初めは退屈だったこの静寂も、今の幽香には心地よく感じる。それは苛つきが解消されたからなのかーー。

 

「……まぁ、無事に異変が解決するように、とでも祈っておこうかしらね。一応」

 

 ズズズッ。

 清々しい香りを放つハーブティー。こくりと飲み干した彼女は、その余韻を楽しみながら、読み掛けの本を開いた。

 

 

 

 




此間のお知らせのことですが、あとで考えてみると、受験が終わるまでは休載するのも手かなと思い始めました。
もしそうするなら、再開は二月中旬ですかねー。
そうなった場合は、どうか御了承ください。

ではでは。


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第二百二話 真意

ゴメンなさい! お待たせしました!
あ、あとまたもや後書きにお知らせをば。

ではどうぞ。


 暗くなった夜道を一人、トボトボと少女が歩んでいた。

 まるで力が入っていないかのようにゆらゆらと進むその姿には、何処か近寄りがたき重い空気が纏わりついている。

 

 昼間には人間や僅かな妖怪達が闊歩する人里も、活気とともに明るかった日がすっかり落ちきり、代わりに煌めく月が世界を照らしている。

 ひんやりした風は、少女の頭や思考を冷やしてはくれるけれど、しかし、その思考に答えを導いてはくれない。どころか、ただただ同じ質問と自答を繰り返させるだけだった。

 

「双也は……何で……」

 

 手に持つ一枚のお札に視線を落とし、少女ーーこころはその鉄面皮に確かに不可解と哀愁を漂わせながら、独り言ちた。

 夜中の人里には何者の気配も無く、その問いに答える者もいない。

 当然だとは思いつつも、閑静な夜の人里を歩いていると自分が一人ぼっちになったようで、こころは無性に悲しくなった。

 

 ーーいや、実際に今、彼女は一人だった。

 彼女に何が起きたのか。それを察する事などは出来なくとも、彼女にとってその出来事がどれだけ衝撃的なのかだけは、その横顔を見れば理解出来るだろう。

 ちらと空を見てみれば、満天の星空が広がっている。

 ああ、今日はいい夜だな。

 だのに、こんなに暗い気持ちなのは勿体無いな。

 目を背けるように空から視線を外す。考えれば考える程に重くなっていく脚を引きずって、こころは所在無さげに人里を歩んでいく。

 

 ーー時は、数時間前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ん……んぅ…?』

 

 目が覚めると、見覚えのある天井が視界に映った。

 ここ数日で何度見たかも分からない、白い木々で建てられた一軒家の天井だ。身体はやけに重く感じるが、自分が寝ている布団はふかふかで、起きたばかりの今でさえ未だに眠りを誘っている。怠惰の道へと引きずり込もうと企む圧倒的な誘惑に、こころ大した抵抗すら見せずに再び瞼を瞑った。

 ーーと、これまでの出来事を思い出したのは、その時だった。

 

『……ッ! そうだ、あの時気を失って……』

 

 僅かに脳裏を過る記憶。まるで二日酔いの朝のようにーー実際に経験したことはないがーーはっきりとしない記憶ながらも、そのざらついた映像を確かに認識する事が出来た。

 今現在、師匠としてともに暮らしている神薙 双也という現人神。彼に連れられて行った美しい花畑で、想像に違わない美しい妖怪と出会った。そして予想外にも戦闘を始め、直ぐ、意識が朦朧とし始めてーー。

 

『(また……絶望の面が……)』

 

 そこまで思い出し、こころは若干寝癖の目立つ頭をぷるぷると振るった。

 寝起きの脳を動かす意味合いも確かにあったが、それ以上に"また面の力に負けてしまった"という恥ずべき思考を追い出す為でもあった。

 感情を司る面霊気が、たった一つの感情すら操れないーー況してや半ば乗っ取られた状態にまで陥るなんて。彼女という面霊気にとっては口にもしたくない事であり、こころの目下最優先に解決すべき事柄である。

 だからこそ、自分の力で押さえ込む為に双也に師事しているのだから。

 

 ーーもう起きよう。そして、双也達のいる居間へ行こう。

 一つの溜め息気味な息を吐き、いそいそと布団を片付けたこころ。ぐぐぐっと背を伸ばしたところで、背後から戸の開く音が聞こえた。

 こちらもやはり、最近となっては聞き慣れた声である。

 

『あら、起きてたのねこころ』

 

『うん。おはようございます、紫』

 

『ふふ、もうお昼頃だけれど。まぁいいわ、おはよう』

 

 柔和な微笑みで挨拶を返すのは、八雲 紫である。どうやら、自分が眠っている間面倒を見てくれていた様だった。その手にあるお盆に乗せられているのは、お絞りである。

 ーーふと、それを見て思い返した。確か以前気絶した時にもこの様な光景を目にしている。という事は、今回も双也と紫に迷惑をかけたのだろうか。

 二重の意味で、基本的に感情が表に出やすいこころは、気が付いた時には既にその問いを口にしていた。

 

『……また、迷惑を掛けたかな』

 

『迷惑? ああ、双也はそんな事気にしていないわよ。何せ"こころの面倒は俺が見る"って言い切ったんだから。

 仮にも弟子なんだから、むしろ迷惑なんて沢山掛けなさい』

 

 姉弟子からのアドバイスよ。

 そう付け加えた紫は、笑みを崩さず身を翻す。

 持ってきたお絞りをそのままに、そして戸を開け放ったままにして、彼女は来た廊下の影に身を消した。暗に早く来い、とでも言っているようである。

 それに抗う理由などを持たないこころは、彼女の後に続きとてとてと部屋を出た。

 

 

 

 

 

『いや、別に迷惑とかは思ってないけどさ。そもそも俺が気絶させたんだし』

 

 居間に入り、取り敢えず先日ーー話では丸一日眠っていたらしいーーの謝罪を口にすると、双也は苦笑いを零しながらそんな言葉を放った。

 紫の言葉は正しかった様で、ちらと見えた彼女はくすくすと笑っている。

 

 とは言っても、例えどう言われようがどの道謝るつもりではあった。師事させてもらっている上に何度も気絶していては、多少面倒に思ったこときっともあったはず。仮に何も思わなかったのならば、お前は聖人君子か、と言わざるを得ない。

 紫には笑われたが、こころとしては一言言えただけで満足だった。

 

『ーーそれで、今日は何をするの?』

 

『そう、だな……』

 

『……?』

 

 何処か判然としない双也のその反応は、こころを若干の困惑に導くのには十分だった。

 いや、大した困惑ではない。せいぜい"あれ、どうしたのかな?"程度の軽い疑問である。普段ならば"まさか始終のメニューがもう決まってるのか!?"とでも言いたくなるほどの即答で修行内容を告げる彼が、顎に手を当てて何事かを思案している。

 勿論、その内容を察することが出来るほどこころは観察眼が優れてはいないし、極端なことを言えばそこまで気にする事でもない。少しだけ不思議に思った。それだけの事。

 

『んー……まっ、取り敢えず昼飯にしよう。ああ、こころにとっては朝飯か?』

 

『どっちでもいいじゃないの。じゃあ双也、お願いね』

 

『藍に頼むって手はないのか……。まぁいいや、二人とも座って待ってな』

 

 ーーしかし今思えば、この時には既に気が付く事は出来たはずなのだ。そうすれば、彼の言動の節々から"理由"を推測する事が出来たのに。これ程悩む必要など、なかったかも知れないのに。

 目覚めた直後の朝ーーいや、昼はそうして過ぎて行った。

 そして、そんな双也の口から信じがたい言葉が放たれたのは、

 

 

 

『こころ……申し訳ないが、修行はこれでお終いだ』

 

 

 

 ーーその日の、夕食の後だった。

 双也手製の料理を食べ終わり、一息吐いた拍子のことである。

 普段の例からして、三人で卓を囲むのはこの日の内では凡そ最後、と言うことから、恐らく双也は話出す機を窺っていたのだろう。

 疲れた身体が跳ねる様に喜んで、今日も頑張ったと内心で達成感に浸っていたこころには、非常に痛い不意打ちであった。

 

『此処を出るに当たっての荷物とかは元々無かったよな。何かする為の資金やら何やらは一応出すけどなるべくならーー』

 

『ち、ちょっと、待って……!』

 

 決定事項の様にこれからの事を語り出す双也を、こころは慌てて遮った。

 それを悪いとは思わない。事実双也もすぐに止まってくれた。ただーー全く以って、納得はいかない。

 突然修行の終わりを告げられ、突然ここを出て行くことになって。いや、百歩譲って後者は理解しよう。元々終わりを迎えたらここを出る事になるだろうとは察していたのだ。しかし前者は? あまりにも唐突ではないか。

 

『あの……と、突然過ぎるよ双也……! 私、まだ面の制御が出来ない。それが出来るくらい強くなってないよ! それなのに……そんな……』

 

 ーーそんな、まるで追い出すみたいな言い方で。

 そう吐き出そうとした喉は、か細い空気を細々と通すだけだった。

 こんな呆気なく打ち切りにしたくない。成果をなんの形にも出来ていない。これだけ必死に成し遂げようとしていた事を断たれるのは、こころにとってとても辛かった。こんな時、感情を表情に出来ない事を本当に恨めしく思う。

 

『何か……怒らせたなら謝るよ。素質が足りないなら努力するよ……! だから、そんな突き放し方……』

 

『…………ごめん。俺が力になれるのは、ここまでなんだ』

 

 瞑目し、静かにそう告げた双也は、振り切る様に立ち上がって寝室へ去って行く。その背中に声を掛けることが、こころには出来なかった。

 納得はいかない。終わりにはしたくない。しかし、だからと言って双也を一方的に糾弾する事は憚られた。それは単に糾弾する元気も残っていなかったからなのか、それとも双也の背中に"そう"出来ない何かを感じたのかーー。

 

『…………私、は……』

 

『………………』

 

 残された二人の間を、耳の痛い沈黙が支配する。静かな空間に満ちるのは、困惑の極みに泣き出しそうな、こころのか細い呼吸の音のみ。

 その中で小さく言葉を落としたのは、紫だった。

 

『……見送りくらいはするわよ、こころ』

 

『………………うん』

 

 その言葉に落胆はしなかった。確かに望んだ答えーー即ち、自分を引き止めてくれる様な言葉ではなかったものの、こころは紫にそこまでの期待は抱いていない。

 双也の決定には底まで理解を示し、そして道を外していない限りは凡その事を是としてしまうのが、紫という妖怪である。今回の決定に何も口を出してこないという事は、彼女もこころが出て行くべきだと考えている、という事なのだろう。

 確かに、その素っ気なさには少々悲しみが滲む。でもだからと言って、無理に留まって二人を困らせるのはもっとよろしくない。

 ーーこころは、ゆっくりと立ち上がった。

 

『……紫、は……理由、知ってるの?』

 

『知っていたとして、どうするつもり?』

 

『……ううん、何も……』

 

 それだけ言葉を交わし、何処か所在無さげに玄関を潜る。

 言った通りに見送りに来てくれた紫をちらと見るとーー 一枚のお札を、差し出して来た。

 

『……これは?』

 

『お守りみたいなものよ。双也が、あなたに持たせておけって』

 

『…………分かった、持っておく』

 

 その意図に少し疑問を抱くも、考える元気すら持ち合わせがないこころの頭は、直ぐにそれを霧散させた。

 受け取ったお札をしまい、こころはゆっくり歩き始める。

 未だ困惑の中にいたが、名残惜しさだけはやはり感じた。短い間でも、ここでの思い出は、記憶に残るには十分鮮烈である。

 後ろ髪を引かれる気持ちを引きずりながら、こころは森の闇の中に身体を沈めていく。

 

 ーーそして、現在。

 

 思い返しても、やはり気分は晴れたりしない。疑問は解けない。

 相変わらずの沈んだ空気とドロドロの悲壮を引き連れて、こころはとぼとぼと人里の道を歩んでいた。

 月明かりのお陰で、基本的に真夜中は明かりの灯らない人里も大分明るい。俯きながら、そして足元に視線を落としながらでも十分に歩き回れる明るさである。

 

 こうして気分が沈んだ時、自分はどうして欲しいのだろうか。

 回らない頭でぼんやりと浮かんだ疑問は、あっという間に空白だった思考を染めていった。

 

 一人……そう、一人。

 真夜中の人里を歩むこころは、精神的にも身体的にも確かな一人ぼっちだった。

 身体を撫ぜる風は冷たく、お月様は照し見てくるだけで手は差し伸べてくれない。暗い里の中は静まり返って、世界には自分一人しかいないかの様にすら思える。

 ああ、寂しい。一人はこんなに寂しいものだったか。こんな中で悲しみを抱かなくてはならないなんて、それはそれは酷い話だ。

 

 誰かーー誰かいないか。

 一人で歩む私を。今にも暗闇に沈みそうな私を。この冷えた感情を。紡いで結んで、暖めてくれる様な人はいないのか。

 こんなに怖い暗闇を一人で歩いて行くなんて、そんなのーーただ、"絶望"でしかない。

 

 ーーそんな時だった。彼女の悲痛な声を聞き届けたのかどうか。

 こころは唐突に視界の上部に映った紅色に足を止めた。

 暗ければ全く見えない、しかし今の明るさなら丁度色が認識出来る程度のその色は、こころにも薄っすらと見覚えがあった。

 顔を上げれば、当然の如く。

 

「見つけたわ、秦 こころ」

 

「お前は……博麗、霊夢……」

 

 目の前の霊夢は、お世辞にも友好的とは言い難い空気を放っていた。握られた大幣が何よりの証拠である。

 受け答えたこころも、その空気に当てられて何処か口調が強くなっていた。

 

「私に……何の用?」

 

「何の用? 此の期に及んでしらばっくれる気?」

 

「ーー異変の犯人だ、と疑われているのですよ、あなたは」

 

 言葉に次いで、不機嫌そうに顔を歪める霊夢の隣にはためくマントが降り立つ。続き、紫掛かった特徴的な長髪が。

 

 二人ーー豊郷耳 神子と聖 白蓮。

その雰囲気に霊夢と同質のものを感じ、こころは静かに悟った。

 ああ、これは……少しマズい。

 

「この三人で掛かるのは、少し申し訳ない気もしますが……」

 

「何言ってんの? 犯人に容赦なんて必要無いわよ。人様が迷惑してんだから、退治されて然るべきよ」

 

「ーーと、そういう事です。少々気になる事はありますが、解決するならば倒してしまうのが手っ取り早い」

 

 そう言い、各々が得物を無造作に構える。大幣、剣、そして経典。三人から感じる空気は肌を刺す様で、その敵対心という分かりやすい拒絶の反応は、暗く沈んだ心にとっては追い打ちに他ならない。

 双也に拒絶され、紫に拒絶され、助けを求めて放浪すれば、挙句の果てに大した関わりも持たない三人からすら拒絶される。

 私は何か悪いことでもしたのだろうか。気が付かぬ内に世界の反感を買う様な事をしでかしていただろうか。

 闇色をした心に便乗する思考が、そんなどうにもならない事を考え始める。

 ーー兎に角、今はどうにか切り抜けるしかない。

 戦える程の精神状態ではないと何処かで自覚しながら、こころはその手に薙刀を顕現させた。

 

「ほう? やはり抵抗はしますか」

 

「……するよ。戦ってむざむざ倒されるんじゃ、鍛えてくれた双也に申し訳ないよ」

 

 今はもう、見限られちゃったみたいだけど。

 不意に口を突いて出そうになった言葉を、こころは反射で押し留めた。

 考えただけで、認識するだけで胸がきゅっと締まる。その感覚がたまらなく嫌で、こころは握り締めた薙刀を一振り。ドンッと、地面に突き立てた。

 

「ふん、準備は万端って訳ね。んじゃあさっさと……終わらせるわよッ!」

 

 静まり返った人里に、四つの力が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ月が照らす元、所戻って森の中。

 こころを見送った紫は、その物憂げな背中が闇に消えるまで見送った後、家の中に戻って、扉を一つ開けた。

 三人で過ごしていた居間から進んで、差し込む月明かりと行灯がぼんやりと照らす寝室の中。

 腕を前に曝け出し、気怠げに机に突っ伏す双也の姿を視界に捉えた。

 

「…………はぁ。全くもう……」

 

 その姿に一つ溜め息を吐くと、紫はそっとその近くに腰を下ろし、背中を向け会う形で脚を崩した。

 

「だから、私が代わりに言おうかって訊いたのに」

 

「うるさーい……。俺だってやりたかなかったよ……」

 

 突っ伏したままの姿から聞こえる声は、やはり気怠げな様に聞こえた。

 

「……想像以上にキッツいなぁ、あんな言い方するの。親が子供を叱る時どんな気持ちなのか分かる気がする……」

 

「いい勉強になるじゃない」

 

「こんな辛いもんが勉強なら、寺子屋の子供達は化け物集団だな」

 

「あらあら、重症ねぇ……」

 

 この程度の事で、とは言わない。双也にとっては正しく身を引き裂かれる様な気分だったろう。

 事双也に関して、紫は気持ちの推移に敏感である。そして、双也がこころに対して少なからず入れ込んでいたのは、彼女の目には筒抜けだった。

 繋がりや絆といった分野に何よりの重きを置く双也にとって、仕方なかった事とはいえ、暫くの間寝食を共にしたこころを無理矢理突き放すのは何よりも辛かったはずだ。

 それはもう、突き放す為には強く言わなければいけない場面だったのに、思わず"謝罪"という名の甘さが出てしまったほど。

 

 ーーまぁ、そんな甘い所も愛おしいのだけれど。

 双也には見えないのをいい事に、紫はくすりと笑った。

 

「とはいえ、こうしなければどうにもならないのでしょう? こころのあの力は」

 

「……ああ、多分な。力で抑え込められれば楽だったんだが……はぁ。どうもそんな上手い話はないらしい」

 

 背中に身体を預けられる感覚がある。身体を起こした双也が、寄り掛かっているのだ。

 直ぐ後ろで、溜め息が聞こえた。

 

「やっぱり詳しい事は分からないけれど……まぁ、今回はあなたに全て任せるわ。大丈夫、困ったら助けてあげるわよ」

 

「はは、そりゃ頼もしいね。お前が助けてくれるなら、何でも出来る気がするよ。手は一応、打っておいた訳だしな」

 

 力無く笑う声が、背中を隔てて聞こえてくる。

 それだけで、双也が今どれだけ精神をすり減らしているのか分かる気がした。

 もう何度目かも分からない溜め息の後に、紫は小さく口を開いた。

 

「辛いなら、今日は一緒に寝てあげましょうか?」

 

「魅力的な提案だが……また今度な。その代わりというか……もう少しこうしてたい。……いいか?」

 

「…………好きなだけ」

 

 ぼんやりとした優しい闇の中、唯一感じるのは、背中を伝ってくる互いの温もりのみである。

 暫くして聞こえてきた静かな寝息に、紫は微笑混じりの溜め息を吐くのであった。

 

 

 

 




☆お知らせ
どうもぎんがぁ!です。
前々からずっと仄めかしていた事なのですが、遂に執筆が投稿に間に合わなくなりました。今回間に合わなかった原因もそれですね。受験勉強&テスト勉強&小説の執筆を同時にこなすのは私の腕と精神力では不可能でした……っ!

なので、この『東方双神録』を一時休載しようと思います。再開は恐らく二月中旬……遅ければ三月初旬ですかね。受験に落ちて意気消沈している私がいるかもしれないので……。
中途半端なところで申し訳ありません。せめてこの章を終わらせてからにしたかったのですが、私も人生が掛かっておりますゆえ、ご理解を頂きたく思います。

それでは。


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第二百三話 覚醒

ほんっっっとうにお待たせしました!
受験も終わって時間がたっぷりと出来たので投稿再開ですっ!

ではどうぞ!


 夜も深まり、静まり返った夜の人里には、四つの影が飛び交っていた。

 弾丸の空を切る音、刃のぶつかる甲高い音――そんな、苛烈な戦いの音のみが、月光の照らす人里を彩っている。

 

 刃を、弾丸を、或いは拳を。

 高速且つ激烈にぶつけ合うこの戦闘に於いて、やはり、優勢なのは宗教家達――霊夢、神子、白蓮の三人だった。

 何も不思議な事ではない。片や三人が三人とも大妖怪すら相手に出来るほどの力を持つのに対し、相対するこころの実力と言えば、大妖怪だと区別するにはいまいち物足りないのが実状。

 そんな両者の間に出来る有利不利など、火を見るよりも明らかだった。

 

「そら、喰らいなさいッ!」

 

「遠慮、するよ!」

 

 月を背に浮かぶ霊夢が、大量の弾幕を放つ。飛来する色とりどりの弾幕を前に、こころは妖力を乗せた薙刀で文字通り薙ぎ払った。

 スペルカードならまだしも、ただの弾丸ならば打ち払うのが手っ取り早いし、場合によればそのまま攻撃に転じる事が出来る。

 こころは振り抜いた勢いのまま回転し、勢いを付けて霊夢に突進を仕掛けた。

 

 勢いの乗った刺突は、弾幕程度では止められない。微塵も勢いを殺さずに突き進み、遂にその切っ先が霊夢を捉えた――と思った、瞬間だった。

 

「おっと、私達を忘れて貰っては困ります」

 

 伝わったのは、硬いものを穿つような強烈な痺れ。聞こえたのは、金属同士が衝突した甲高い響音。

 霊夢を捉えたと思ったこころの刃は、その寸前で、割って入った神子の剣の腹に受け止められた。

 

 こころの薙刀と、神子の七星剣。両刀の間で散った火花の隙間に、こころはちらと、神子の歪んだ唇を見た。

 それが意味する事など明白である。こころは考えるよりも早く、追撃が来る前に反射的にそこから飛び退いた。

 ――彼女のいた空間は既に、黄金の剣と大量の弾幕で埋め尽くされていた。

 

 しかし、チャンスである。

 攻撃後というのは得てして隙が生まれるもの。況してや、巨大な剣と弾幕で眼前の視界が埋め尽くされた今、神子と霊夢にとってこころの位置はまさしく死角だった。

 ただでさえ反撃のチャンスが少ない三対一のこの局面、生まれた好機を、逃す手はない。

 

「昂揚の――ッ!?」

 

 宣言、しようとして。

 上から感じた圧力に、震えていた喉がキュッと締められる。唐突に呼吸を止められたからか、身の危険を感じてか、心臓が一つ、ドクンと大きく波打った。

 完全に、感覚による反射である。

 顔に被されかけていた獅子の面を払いのけると、こころは咄嗟に刃の腹を胸の前で構えた。襲い来るであろう衝撃に備えて無意識に足で踏ん張りも効かせ、意識を鋭く構え――果たして、襲い掛かってきたのは、聖 白蓮の強固な拳。

 

 衝突した刀身にヒビが走る。が、受け止める事には成功した。

 

「っ……甘い!」

 

「いいえ、甘くなどありませんよ」

 

「――ッ!?」

 

 次の、瞬間だった。

 白蓮の身体から何かの力が噴き出たかと思うと、突然途轍もない衝撃がこころを襲った。

 一瞬の出来事である。浮遊感と共に意識が暗転し、気が付いた時には、こころは何かに背中を付けて、五体を投地していた。

 ――いや、違う。入れようとしても、力が入らないのだ。

 身体中が、力を入れようとする度に悲鳴を上げて全然言うことを聞いてくれない。呼吸をすれば胸を刺される様な痛みに襲われ、おまけに意識も朦朧として、霧が掛かった様にはっきりとしない。

 ギシギシと痛む頭をどうにか傾けてみれば、見えたのは横向きになった里の景色。

 ああ、そうか。

 今、私――地面に倒れこんでるんだ。

 

「……っ……〜ッ! く、ふぅ……っ」

 

 思い上がっている訳ではなかった。油断している訳でも、驕っている訳でもなかった。自分の弱さは自分が一番よく知っているから。自分は、自分の力さえ制御出来ないような三流妖怪だと分かっているから。ただ、負けてはいけないと思ったから、戦っているだけだった。

 でも――こうして実際に叩き伏せられると、力の無さを思い知らされているようで、どうにも、堪らない気持ちになる。

 十数分間の戦闘で、これだけ思い知らされたんだ。

 

 ああ、なんで私はこんなに弱いんだろう。面の力も制御出来ず、世話をしてくれた師匠にも見限られて、挙句こうして叩き伏せられて、地べたに寝転がっている。

 ――とっても、惨めだ。

 悲しくて、悔しくて、ぐじゅぐじゅとした気持ちが胸の奥から湧き上がってくる。

 このまま、私は一人になってしまうのだろうか。何も出来ない付喪神として、忌避されたり、罵られたり、排斥されたり……それはなんだか、怖いなぁ。

 渦を巻いたドロドロの感情が頭の中を支配していく。瞳に溢れ出てきた熱い雫を、拭う気力すら起きない。

 

 ――本当は、こころも分かっていた。

 霊夢達の言う異変とやらが、自分の所為で起こっていること。だから彼女達が――異変解決者達が異変を解決する為に挑んできたこと。

 感情を司る自分が、その中の一つである“希望の面”を失くした事で、この世界の人間達に影響が出てしまっている。ならばなるほど、それはまさしく、霊夢達がこころを倒そうと襲い掛かってくるのには正当な理由だろう。 

 異変を起こしたならば、弾幕ごっこで打ち倒すというのがこの世界のルールなのだから。

 

 でも――でも、違う。違うんだ。

 

 起こしたくて起こしてる事じゃない。迷惑を掛けたくて掛けているんじゃない。

 本来消えるはずのない、体の一部と言っても過言ではないお面が何故か突然失くなって、どうすればいいか分からなくて、でも、だからこそどうにかしようと双也を師事して。

 自分を打ち倒しても解決はしない。そして、それを言ってもきっと、あの三人は信じてはくれないだろう。犯人の言うことなんか鵜呑みにする程、この世界の人間は甘くないのだと、こころは知っている。

 

 ならばどうする。

 ……どうしようも、できない。

 

 全ての手立てを失い、こうして追い詰められているこころには、最早どうすることもできなかった。

 面の制御は未だ出来ない。

 頼みの綱だった双也と紫は、最早助けてはくれない。

 こころの言い分は、きっと霊夢達には伝わらない。

 

 どうして――こんなにも……。

 

「……へぇ、まだ立つのね。結構根性あるじゃない、秦 こころ」

 

(もう……いやだよ……)

 

「……何?」

 

 身体は痛い。頭も痛い。気分最悪。それでもこころは、ゆっくりと立ち上がった。

 戦いたい訳じゃない。でも、立たないと上手く言葉に出来なかった。例え聞き入れてもらえないとしても、様々な圧力に押しつぶされそうなこころには、ただ小さな弱音を吐き出す事だけが、今にも崩れそうな心を少しでも慰める手段に思えた。

 だって、頑張ったんだ。どうにか自分で解決しようと、出来る限り頑張った。そう胸を張って言えるんだ。

 でも結局……解決、出来なかった。自分の力じゃどうにも出来なかった。

 それなら――それなら、少しくらい弱音を吐いたって、良いじゃないか。

 例えそれが、敵対する三人なのだとしても。

 

 ――吐き出す声は、涙に濡れていた。

 

「みんなに……迷惑なんて、掛けたくないよ……」

 

「……それなら、こんな異変さっさと終わらせてよ」

 

「私じゃ、どうにも……出来ないんだよ……」

 

「ならば、打ち倒せばどうにかなる、という事ですか?」

 

「例え私を消したとしても、きっと……何も、変わらない……」

 

「それなら、どうしようも出来ないじゃないですか。どの道どうにもならないのなら、元凶は取り除いておいた方がまだいいのでは?」

 

「………………」

 

 ああ、やっぱり。信じては貰えないか。

 これは落胆ではない。初めから分かっていた事だ。例え自分がどんな涙を見せて、どれだけ悔いた様子を見せたとしても――表情なんか今も昔も変えられた事は一度もないけれど――、彼女達はきっと、自分の納得のいく手段で異変を終わらせなければ、それこそ解決した事にすら納得しないかもしれない。

 考え過ぎか。彼女らもそこまで悪辣とはしていないか。――でも、そんな事は正直、どうでも良いんだ。私には、関係ない。

 

 私はこれから、どうすれば良いんだろう?

 目の前には三人がいる。私は、何をすれば良いのか分からなくてただ立ちすくんでいる。誰も動かない。誰も何かを始めようとしない。

 なら取り敢えず、斬り掛かってみるか。さっきの続きだ。

 考える事も億劫になってしまった今、出来ることと言ったら、目の前の三人と少しばかり“お遊戯”するだけだ。

 そう、お遊戯。

 弾幕ごっこという名の、お遊戯。

 異変解決という名の、お遊戯だ。

 彼女らは正義の異変解決者を演じたいようだから、私は仕方ない、悪役に徹してやろう。そして派手に負けて、お決まりの捨て台詞を吐いて。

 挙句“私を倒しても異変は終わらないのだー”なんて台詞を言ったら、彼女達はどんな顔をするだろうか。

 呆れて物も言えないか。

 小首を傾げてハテナを浮かべるか。

 憤慨して、もう一度私を打ち倒しに掛かるだろうか。

 異変がちゃんと解決するまで――つまり私を、ずっと、何度でも。

 

「………………っ」

 

 引き摺るように足を前に出す。進めているから問題ない。掌に力を溜めて、薙刀を作って、そして振り下ろす。

 あれ、避けられたようだ。まぁこんなにゆっくりとしていては当たり前か。もう一度、今度は横に薙ぐ。止められた。しかも素手で。そんな事すれば掌が切れるだろうと思ったけれど、なるほど、鍔よりも下の柄を掴んだなら切れはしない。

 ゆっくり過ぎるのだろうか。でも仕方ない。これ以上の速度は出ないんだ。何故かって、“何故か”だ。そんな事知らない。どうでも良い。

 なんだか、もう――どうでも良い。

 

「……ねぇ、やる気ある?」

 

 弾かれた。その勢いのまま薙刀が手から離れて、視界の端でからからとゴミ屑のように転がるのが見えた。

 構成が甘かったのか、それは瞬く間に妖力の粒子に変わって、跡形もなく消えてしまった。

 まるで、初めからそこには無かったかのように。

 

「……ああ、そっか……」

 

 やる気なんて、初めから無い。無駄な事だと知っている。どうにもできないと知っている。この異変はこころの仕業であって、こころの仕業ではないのだ。

 努力は結局報われず、全てが徒労に終わったのだと、確信した。最早こころに、何を成す気力も残ってはいない。

 そしてそれに気が付いた時。

 こころはやっと、この感情の名を知ることが出来た。

 ――否、知ってしまった(・・・・・・・)

 

 

 

 この真っ黒でドロドロした感情こそが、“絶望”と呼ばれるものなのだ――と。

 

 

 

「っ ……何、この嫌な感じ……?」

 

「……ッ! 霊夢! こころから離れてくださいッ!」

 

「え――ッ!?」

 

 瞬間、身体の内側から何か冷たいものがこみ上げてくるのを感じた。

 それは一瞬で溢れ出し、こころの身体の外側へと爆発する様に噴き出した。

 でも、不思議と、違和感はない。

 何かおかしなものが噴き出ていると言うのに、こころは何の違和感も感じ取ることが出来なかった。

 ああ、当然か。だってこれは、きっと、私の絶望そのものなんだ。元々持ってる感情なんだから、溢れ出たっておかしな事はない。

 心配は、必要ない。

 

 何となく重く感じる頭を僅かに上げ、三人を見てみれば、各々が驚愕の眼差しをこちらに向けていた。

 それでも得物を構えるのを忘れない辺り、流石と言うべきだろうか。

 未だ戦う意思を潰えさせない三人に対してこころは、

 

 

 

「…………ふふっ」

 

 

 

 ――ただ微かに、笑いを零した。

 

 ああ、今なら分かる気がする。何故"絶望の面"が扱えなかったのか。

 絶対の窮地に立たされ、内側から込み上げてくる黒くて冷たい何かを感じながら、こころは遂に気が付いた。

 感情は心の形。それを扱えるものは、無意識に、本能的に、それがどういうものかを知っている。

 喜び、悲しみ、怒り、嫉妬、落胆――。六十六あると言われる感情を、使いこなすことが出来る。

 

 簡単な、話だった。

 突然信頼していた師に放り捨てられ、暗い夜道に心を削られ、挙げ句の果てに圧倒的な力で叩き潰されようとしている。これを絶望と呼ばずしてなんと呼ぶのか。

 こころは此の期に及んで遂に――“絶望”を、理解してしまった。受け入れて(・・・・・)しまったのだ。

 本能的に拒否していた感情を、遂に。

 

「これが、絶望なんだね……。理解できなきゃ、上手く使える訳がないんだ……」

 

 ブツブツと、まるで呪詛の様に言葉が零れていく。自分が自分でない様な感覚に囚われ始め、思考が何処か暗い湖の中に溶けていく。

 身体の内側から、何か黒くてもやもやしたものが出て行き、視界は直ぐに暗くなった。

 意識がまどろんでいくその感覚を味わい、それに何か心地良さすら覚え始めた頃にはもう――こころの感情は、ドス黒く塗り潰されていた。

 

「………………」

 

 目の前にいるのは、塗り潰すべき純真の心。そして貪り喰らうべき(・・・・・・・)――感情の塊だ。

 

 

 

 




リハビリがてら、少しずつ勘を取り戻していこうと思います。二ヶ月も執筆してませんでしたからね、訛ってる感は否めないかと。

ではでは。


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第二百四話 暴食

相変わらずの約8000文字。

ではどうぞ。


 ――それは、見た事もない光景だった。

 

 目の前では、今異変の元凶、秦 こころがその身体から何かを放出して佇んでいる。意識があるのかどうかも分からない有様で、次の行動も全く予測できない状態だ。

 ――そう、“何か”。

 霊力でも妖力でも法力でもない。今まで霊夢達の感じた事のない異質なナニカが、こころの身体からほぼ可視状態で溢れ出ているのだ。

 力の放出は何度だって感じたことがあるし、見たこともある。濃密に圧縮された力は、まるで霧が水滴になるように目で捉えることができるようになるのだ。双也だって紫だって、なんなら霊夢だって出来ない事ではない。

 ――違う。危惧しているのはそんな事ではないのだ。

 

 問題なのは、その得体の知れないナニカが可視状態――つまり、濃密に圧縮され、膨大な量で溢れ出してしまっている事だ。

 目の前の空虚なこころを見て、霊夢の本能が言っていた。叫んでいたのだ。

 アレは生物――特に、自分達人間にとってとんでもなく害悪なものだ、と。

 確証はない。しかし、霊夢の勘が気魂しい警鐘を掻き鳴らしていた。アレは恐らく――場合によっては、西行妖レベルに危険なものだ。

 

「なんかヤバいわね、これ……」

 

 背に伝う冷たい汗を感じながら、小さく呟く。

 途轍もなく、でも何処か掴み所のない嫌な感じだ。

 刃を向けられている訳でも銃口が突きつけられている訳でも、況してやこころは戦闘態勢すらとっていないというのに感じる、このジリジリと気持ち悪い空気。

 忘れもしない、西行妖のような直接的な死の感覚ではないのに、身体の奥深くから冷たい恐怖が湧き上がってくるようだった。

 それが逆に、なにか取り返しのつかない事が起ころうとしている――そんな予感を加速させる。

 

「先手必勝――って言いたい所だけど、正直アレに突っ込んでいくと……」

 

「どうなるか、分かりませんね。彼女があそこからどんな行動に出るのかも未知数である以上、無闇に攻撃して隙を作ってしまうのは得策ではないと思います」

 

 霊夢の呟きを、白蓮が苦しげな声で引き継いだ。

 彼女の言葉通り、相手が何をしてくるか分からない――加えて、一撃喰らう事が致命的なミスとなるかもしれないこの状況に於いて、隙を晒すことは避けたかった。

 先程霊夢と神子に対してこころがそうしたように、攻撃後というのは隙が生まれやすい。そしてよりハイレベルな戦闘ほど、その一瞬の隙を突かれる確率は高くなる。先程はその隙を逆に利用してこころに大ダメージを負わせたのだが、それもおおよその力が測れていてこその戦法だ。

 当たり前で、ごく初歩的な事でありながら、現状に於いてこれを思考から欠く事は避けねばならない。

 

「ちっ……厄介ね。ならいっそ、一撃だけ死ぬ気で防御して――」

 

 様子を見るか、と言い切る直前。

 霊夢の言葉を、神子の驚愕を孕んだ声が断ち切った。

 

「何ですか……これは!?」

 

 言われて、周囲に意識を拡大する。

 相変わらずの暗い街並み。煌々と煌めく月。自分達以外に音を奏でる者のいない、静かで冷ややかな空気。

 何もないじゃないか――と思考を断ち切ろうとした直前、霊夢は気が付いた。

 

 もう真夜中。静まり返っている事からも分かるように、もう完全に妖怪達の時間帯。何なら妖怪ですら眠る者が存在する時間帯。

 そんなこの時間に――大勢の人間達が、道の脇でジッとこちらを見上げていた。

 そして、それだけではないのだ。

 

「みんな……生気がない……?」

 

 無表情、と言えば普通の事の様に聞こえるかもしれない。誰もが意識的に(・・・・)作ることのできる、ただ表情筋を動かしていないだけの、最も簡単な表情だろう、と。

 しかし、違う。それとは明らかに違う点を、霊夢は敏感に感じ取っていた。

 

 人は、例え無表情でも何かしらの感情を含んでいる。

 例えば、下らない会話を聞いて返答を拒む時――そこには“呆れ”がある。

 例えば、大切な物を失くして茫然としている時――そこには“悲しみ”がある。

 表情は感情を外に伝える手段の一つであり、それが無いからと言って感情がない訳ではない。必ず何かしらの感情があって初めて、表情を変えるのだから。

 

 それが、無い(・・)

 無表情は無表情でも、霊夢はその瞳の中に映る感情を、誰一人からも感じ取ることができなかった。

 それは単純にして明確な、異常である。それこそ、真夜中に人間達がぞろぞろと外へ出てくる事以上に。

 人間達の表情は、明らかに“人間がしていい表情”ではなかった。

 

「一体……何が起きてんのよッ!?」

 

 堪らず叫んだ霊夢に、神子と白蓮の二人は無言を貫く。

 全く以ってその通りだ。返す言葉が見つからない。そしてそれに答えるだけの確信が、今の二人にはなかった。

 そして、それ故に、この状態にどう対処すべきなのかも見当がつかない。

 勿論こころを倒せば――最悪消し去れば(・・・・・)どうにかなるのかも知れない。元凶が彼女なのだから、十分に可能性はある。

 しかし、それはある種危険な選択でもあった。

 

 彼女は得体の知れない巨大な力を発している。先に言ったように先手を取れない上、確実に強くなっているであろう彼女を相手取るのは骨が折れる。かと言って、事態が刻一刻と進行する現状に於いて、時間は掛けられない。

 加え、直前、彼女は“自分を倒しても意味はない”と言った。それを鵜呑みにするつもりはないし、疑ってかかるべきなのは百も承知だが、結局それも真実は分からない。本当かも知れないし、嘘かも知れない。それを見極められるほど、三人はこころの事を知らないのだ。

 時間を掛けて倒したけれど異変は解決しませんでした、では済まされない。

 

 話し合う余裕も時間も残されてはいない。既に事は起こっているのだ。一度退いて体制を立て直す、などという戦略は、意味を成さないどころかただの悪手。このまま進行を許せばどうなるのかは分からない。最悪、幻想郷の生きとし生けるものすべてから感情が消え去り、この楽園が廃人の掃き溜めと化す可能性もある。

 しのごの言ってはいられない。しかし、手立てがない。

 ――それでも時は、止まってくれない訳であり。

 

「…………ッ!?」

 

 初めに気が付いたのは、神子だった。

 意識は外さず、しかし拡大して周囲とこころに気を配っていた三人のうち二人――霊夢と白蓮は、ふっと過ぎった神子の息を呑む様子に鋭く反応する。

 しかしそれを問う前に、二人も続いて気が付いた。切羽詰まる状況により鋭利な針と化した感覚が、敏感に感じ取ったのだ。

 ――人間達から、こころの放つものと同(・・・・・・・・・・)質のものが溢れ出して(・・・・・・・・・・)、収束している。

 

 ――まさか、まさかまさか。

 彼女は。こころは。

 人々の感情という力を(・・・・・・・・・・)喰らっている(・・・・・・)のかッ!?

 

 神子には、心当たりがあった。

 彼女は人の欲を見ることができる。そして欲とは、その大元を感情とする一種の産物。それを見ることができる神子は、――元々人の機微には敏かったが――常人よりも何倍も感情の動きに敏感だった。

 思い出す。そして、納得が出来た。

 以前思考の端に引っかかった違和感――つまり、人々があまりにも淡白に、心の動きが無くなったことに。

 その違和感に確信を得た時点で、この異変の中心にこころという妖怪がいることには気が付いていたが、それがどう絡み廻って、人々から心の動きが無くなるのか分からなかった。

 しかし、今確信した。理解した。

 今こころが纏っている得体の知れない力は恐らく――なんらかの感情(・・・・・・・)の一つ。

 そしてそれがどういう訳か大きくなり過ぎた影響でバランスを失い、遂には周りの(・・・)感情すらも呑み込み始めているのだ(・・・・・・・・・・・・・・・・)――と。

 

 それならば、より悠長にはしていられない。

 感情は人の力。心の力。人間が有するモノの中で最も強い、そして時に妖怪すら凌駕する“意志の力”だ。

 それを喰らっているのなら、時間を掛ければ掛けるほど、こころの力に手が付けられなくなる。

 動き出しを待っている余裕など欠片もない。今この瞬間に動き出さねば、やがてこの世界の行き着く先は破滅である。それほどの力と影響力が、今のこころにはあるのだ。

 

「霊夢、白蓮ッ! 今すぐこころを――……」

 

 そう、忠告し掛けて。

 神子は言い知れない不快感に声を詰まらせ、そのまま動けなくなった。

 酷い寒気がする。身体が震える事すら許されない程の、身体の――いや、心の芯(・・・)から冷え切るような異常な寒気だ。

 彼女の前方に佇む霊夢も、白蓮も、同じようにピクリとも動かず、ただその大きな瞳を見開いて、対するこころを凝視し返して(・・・・)いた。

 

 ――見つめられている。

 遂に顔を上げたこころに。その深淵のような黒い感情に。

 溢れ出していた黒い力は周囲に撒き散るのをやめ、虚ろな彼女の眼前で濃密に収束し、だんだんと形を持ち始めた。

 人の頭骨を思わせる白い下地。そこにズブリと窪んだ穴が、切り長な目穴を形作る。中央に溜まった力が次第に下地の右側へと広がる様に流れていき、ふつと消えた後には、放射状に広がる血色の模様が現れる。

 

 不気味極まるお面が、こころの顔に張り付く様に顕現した。

 

「――ッ」

 

 それは、感じたことのない感覚。

 現れたお面に、そこから微かに覗く虚ろな瞳に。

 睨まれている訳でもなく、むしろその視線は“無関心”が最も当てはまる程に空っぽなのに、身体の内側を抉られるような不快感がある。

 思わず鳩尾の辺りをギュッと握り、大きく呼吸をする代わりに、乾いてねばつき始めた唾液を吞み下すと、ごくり――と思った以上に固い音が出た。

 

 ――と、次の瞬間。

 

 すぐ近くで、唐突に鈍い音が響いた。そして同時に耳を掠めた、か細く息を吐き出す音。

 反射的にそちらを向けば――、

 

「なに――ッ!?」

 

 そして再度、反射的に体を動かし、神子と霊夢は咄嗟にその場を飛び退いた。次の瞬間視界に飛び込んできたのは、先程の場を斬り裂いた(・・・・・)無数の斬撃。

 ――薙刀を振り抜いた、こころの姿だった。

 

「(そんな――馬鹿なッ!?)」

 

 再び、神速で視界から消えるこころを意識を振り絞って探しながら、刹那の隙間に神子は内心で大きく叫んだ。

 あり得ない。どれだけ意志の力が強かろうと、こんな――“他人の意識を置き去りにするほどの速度”など出せるはずがない。大妖怪にはまだ遠い彼女が、あろう事か物理限界をすら無視しているではないか。

 これ程までの速度で、速度と共に比例してより強力となる“空気の壁”を突き破れる者は、神子が知る限りでは双也以外に存在しない。

 当然、神子にもできない事だ。

 

「(空間転移ッ!? いや、面霊気の能力をどう応用した所で、空間転移などできる訳がない!)」

 

 あるいはあの面の力か――。

 そこまでコンマ零一秒以内に結論を出して、神子は辛うじてこころの居場所、気配を察した。

 刹那で白蓮を吹き飛ばし、即座に動いたこころが次に現れたのは……背後。

 つまり、次の標的は、神子自身だ。

 

「ッ!」

 

 振り向いては間に合わない。視線を合わせる事すら無駄な行為。こころの欲を見抜く事で行動を先読みする事はできず、防御する術がない。七星剣を背に回したとしても、恐らくは好都合とばかりに突き折ってくるだろう。

 背後から感じる、殺意ですらない何か(・・・・・・・・・)

 迫り来る力を前に時間を緩慢に感じる中で、神子はただひたすら、間近で迸る“感情の力”に恐怖した。

 いや、気持ちを強く持たなければ。感情を食らうならば、それ以上の強固な精神で迎撃するべきだ。

 しかし、これは――と思ったその刹那、神子の上空から、無数の光が降り注ぐ。

 

「油断ッ、してんなァッ!」

 

 直感か、上空から霊夢の放った弾幕は、すれすれで神子には被弾せず、見事にこころの攻撃のみを遮ってみせた。

 しかし神子は次いで、より鋭敏になった感覚で予測する。

 こころが消えた先は、どう考えても――。

 

「霊夢ッ!」

 

「分かってる!」

 

 刹那、振り上げた視界に映ったのは、結界で防御しながらも地面へ吹き飛ばされる霊夢。そしてやはり、こころの姿だった。

 

 ――逃さないッ

 霊夢の事は確かに心配だが、結界に僅かなヒビを入れながらも防御出来ていた。博麗の巫女はその程度では落とせない。

 ならば自分が行うべきは、こころへの牽制。神速で動き回る彼女が一瞬動きを止めるこの瞬間を、逃してはいけない。

 神子は一瞬で七星剣を鞘に収めると、霊力を込めてもう一度抜き放った。

 込められた霊力は刀身の中で圧縮され、光を放ち、そしてそれ自体が質量を持って刃と化す。

 神速に対する光速。放つのと同時に思い切り踏み込んだ神子は、神速に及ばないまでも出来る限りの速度で更に上空へと駆け上がる。

 神子には、しっかりと見えていた。

 ここで牽制するのは自分だけではなく――こころの更に上にも、既に構えている人物がいる事を。

 

「「せやぁぁああッ!」」

 

 容易く光刃に対処されるも、それを先駆けとして下から神子が、上空から白蓮が迫る。

 強力な霊力を込めた七星剣と、大魔法使いの名に恥じぬ膨大な魔力を纏った拳。最早加減などする余裕もない――故に、全力で力を叩きつけようとするその迫力は、並の大妖怪では震え上がって硬直してしまう程のもの。

 

 果たしてそれは――事も無げに、止められた。

 

 神子の刃を薙刀で受け、白蓮の拳は手首を鷲掴んでいなし、物の見事に威力を殺された。

 驚きはない。しかし、代わりに苦悶の声が漏れた。倒すまでいかない事は分かってはいたが、ここまで容易く対処されては立つ瀬がない。

 そして――二人が接近して来た好機を、こころが逃すはずはなかった。

 

 そこから神子の刃を弾きながら、白蓮を地面へと凄まじい速度で投げ飛ばすと、こころはその勢いと共に刀身に黒い力を纏わせた。

 ――底知れない威力を秘めているのが、一瞬見ただけでも分かる。

 底冷えするような空気は違わず、その色はまるで何もかもを喰らい尽くして染め上げようとする意志の表れに思えた。

 まともに喰らえば、どうなるのか想像ができない。

 両断される可能性もあれば、そのまま感情を喰らい尽くされる可能性もある。或いは力に押し負けて身体が全て消し飛ぶかも知れない。

 どちらにしろ、()のない斬撃。致死の一撃。

 そして神子には――体勢を崩されたままの神子には、それを防ぐ術が、ない。

 

 次の瞬間――、

 

「ぐぅッ!!」

 

 凄まじい衝撃が、神子を襲った。

 まるで鋼鉄の壁を有らん限りの力で叩きつけられたような。最早斬撃ではなく、それは面としての打撃だった。

 視界が一瞬暗転し、頭の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜられたような不快感が神子の意識を蹂躙する。平衡感覚を一瞬で打ち壊され、何処へどう吹き飛んでいるのかすら分からない。

 あまりに強い衝撃に体勢を立て直す事も出来ない神子は、そのまま衝撃に従って吹き飛び――地面に叩きつけられるすんでの所で、奇跡的にも滑り込んだ霊夢と白蓮によって、地面に転がりながらも受け止められた。

 

「っ、だから余所見してんなって言ってんじゃないの!」

 

「大丈夫ですか……神子さん?」

 

 それぞれに言葉を掛けてくる二人も、既にあちこちに擦り傷を作ってボロボロの状態だった。

 

 ――こころがあの状態になって、たった数度の打ち合いしかしていない。

 客観的に見ても、こちらは大妖怪を相手にしたとしても軽く捻り潰せる戦力だ。まさに幻想郷でもトップクラスの戦力と言っていい。

 なのに、それをこうも圧倒するこころとは――?

 物理限界すら超えているかも知れない速度。感情を抉り取ろうとするべく振るわれる黒い刃。深淵を体現したような虚ろで冷たい瞳。

 刻一刻と増していく彼女の力――もはや、危惧していた“手のつけられない領域”にまで達しているというのか。そしてたった今も、精神の比較的弱い人間達から感情を喰らって、力を増しているのか。

 だとすれば、もうこちらに手立ては――。

 

 ――?

 いや、待て。

 これ程の実力差があって、何故こちらは擦り傷(・・・)程度で済んでいる?

 

 白蓮は初めに一撃――つまりこころの速さを知る前の、完全な不意を突かれて吹き飛ばされた。本来なら擦り傷で済むような一撃ではないはず。

 霊夢は次――弾幕を放った後の隙を、防御はしていたが正面から喰らった。あれ程の威力なら、結界など容易く砕いても何らおかしくはない。同じく、擦り傷で済むはずはない。

 決め手は神子自身――彼女自身が感じたように、先程の一撃は両断されてもおかしくはなく、仮に生きていても感情をごっそりと抉られる可能性があった。だが、どうだ。現に神子の身体は繋がっているし、感情もしっかりとしている。強いて言えば、地面を転がった時の擦り傷(・・・・・・・・・・・・)しか外傷はなく――。

 

「……まさか」

 

 顔を上げ、こころを見遣る。

 月を背に佇む姿は美しくもあったが、滲み出す黒い力がそれ以上に恐怖を煽る。自分達を相手に圧倒し切るその力はまさに“上位大妖怪”のそれだ。

 それを凝視し――気が付いた。

 

「あれは……お札?」

 

 こころの胸の辺り。彼女自身の濃密な気配に隠れて、一枚のお札が浮かんでいた。

 ここからではどんな術式なのかは分からないが、意識を集中してみれば、一つだけ分かる。

 

「……双也にぃの霊力ね」

 

「ええ。間違いなく、双也が使役しているお札です」

 

 神子と同様に気が付いたらしい霊夢に同調し、更なる確信を得る。

 恐らくは、あれがこころの攻撃をある程度防いでいるのだろう。防いでいるか、もしくはこちらがお札と斬撃の“余波”で吹き飛んでいるかだ。

 余波程度であれ程の衝撃を伴うというのは戦慄に足る事実だがしかし、“そう”なってくると話は変わってくる。

 

「なら、これは双也さん自身が想定していた状況である、という事ですか」

 

 白蓮の問いに、無言を以って肯定を示す。

 そう、“そういう事”ならば。

 双也がこの状況を想定してこころにあの札を持たせ、実際にこうなった場合は攻撃を遮るようにプログラムしたとすれば。

 彼は、恐らく――。

 

 ――と、そんな思考の時間を長々と与える程こころも気が長い訳ではなく。

 こころの力の増大に、三人は聡く身構える。

 恐らく、また。あの神速の斬撃も伴って肉薄してくるはず。そして幾らお札が防御するといっても、あれは何度も受けていい衝撃では断じてない。

 少なくとも、迎え撃つ姿勢と心構えは整えておかなければならない。

 かくして――こころが動いたのは、その刹那ほど後の事。

 

 分かってはいても速過ぎる。“意識すら置いていく速度を努めて意識する”など、文字に起こせば矛盾だらけな事に気が付けたのは、目の前に危機が迫っている故の走馬灯現象からか。

 一瞬で距離を詰めたこころは、横薙ぎを振り被った姿勢で目の前に現れた。避けられない。構えは出来ていても、間に合う速度じゃあない。

 そのまま石ころのように吹き飛ばされる――そう思ったその直後である。

 

 

 

 ――唐突に、こころの姿が消えた。

 

 

 

 え? と声を漏らす間隙もない。

 続いて三人の視界に映ったのは、一瞬の雷鳴(・・)だった。天から雷電の傘を被せたかのように、上空から地上へそれが閃めくと、凄まじい速度で上空から何かが墜落し、地面に激突する爆音と共に轟々と砂塵を吹き上げた。

 

 理解の全く追いつかない三人の前にはためいたのは、白いドレスの裾と扇子。

 

「ふむ、見事に上手くいったわね」

 

 そして上空から、彼岸花の刺繍をひらりと舞わせて降りてくる。黒塗りの鞘が、月光に反射して光っていた。

 

「ああ、タイミングぴったりだ。流石」

 

 

 

 現れたのは――言わずもがな。

 

 

 

「お疲れ様、三人共」

 

「あとは任せて、休んどけ」

 

 

 

 そう言って、双也と紫は、不敵に笑った。

 

 

 

 




後半が少しだけ雑だった気が………。
もう少しリハビリが必要ですね。

ではでは。


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第二百五話 独り善がりな

ぎ、ぎりぎり一万越えずに済んだ……。

ではどうぞ。


 さてさて、状況確認といこうか。

 休んでおくよう促しながら、俺は三人の状態を見遣った。

 目に付くような傷はなく、三人とも擦り傷程度の軽い怪我――怪我と言えるかも怪しい傷だ。

 疲弊してはいるが、まぁ怪我がないなら万々歳。この状況を創り出した、言わば“責任者”としては、三人に罪悪感が残らなくて非常に宜しい。

 

 次、こころの状態。

 先程紫との連携で、上空から雷吼炮で叩き落とした。お札はこころの攻撃を阻害するように組んではあるが、森の方にも響いてきた“力の波”を考えると、それでも相当な余波があったはず。至近距離で喰らい続けるのがあんまりよろしくない事を考えると、先程の連携は間一髪だったと思う。

 

 もくもくと立ち上る土煙の中、月光にシルエットを作らせて立ち上がる影。煙が晴れてきた頃に見えたのは――案の定、“(ホロウ)の面”兼“絶望の面”を被ったこころだった。

 

「ふむ、あんまりダメージにはなって無さそうだな、アレ」

 

「不意打ちで鬼道の直撃を受けてほぼ無傷……上位大妖怪相当に考えるのが良さそうね」

 

「そうだな。……全く、厄介な面だなぁ」

 

 多少は痺れて動けないようには見えるが、その程度だった。

 幾ら霊力を抑えた状態とは言え、雷吼炮は“破道の六十三”。元のこころが受けたら、軽く見積もっても一撃で立ち上がれなくなる程の威力だ。

 ……やはり、俺の推論は間違ってなかったらしい。こころは――絶望の面は恐らく、周囲の感情を喰らって肥大化し続けている。それも上位大妖怪相当に強くなったならば、相当な量――単位が“量”なのかは分からないが――の感情を呑み込んでいるはず。人里の人間達は既に餌食になっていると考えた方がいい。

 

「どういう事、双也にぃ?」

 

「ん? 何が?」

 

「何がって……この状況よ!」

 

 一体何がどうなってるのか、霊夢は分からない様子で尋ねてきた。

 こころがなぜあんな状態になって、俺たちがそれを知った様子でここに来たのか、という事だろうか。

 まぁ、頭の良い霊夢が分からないのも仕方ない事とは思う。この状況の意味は、こころと数日間一緒にいた俺と紫にしか分からないだろうから。

 でもまぁ取り敢えず、答えずにいるとまた何か言われるだろうから。

 俺は出来るだけ優しく笑って、困惑する霊夢の頭を軽く撫でた。

 

「ぁ……」

 

「ごめんな、終わったら説明するよ。もうそろそろ、こころも動き出す。終わるまでちょっと待っててくれ」

 

 何か言いた気な霊夢達の前に一枚お札を落として、簡単な結界を張った。多分これで余波はある程度防げるだろう。

 

 一歩前に出て、天御雷を抜刀する。月明かりが強い所為か、刀身がいつもより数段美しく輝いているように思えた。

 ……恐らくは、苛烈な戦闘になる。“意志の力は偉大”とはよく言ったもので、今のこころからはそれ程までの非常に強い力を感じるのだ。

 油断は出来ない。そして、この異変を解決するのは俺の義務。この異変だけは、俺の手で解決しなきゃならない。

 こころがこうなってしまったのは、元はと言えばきっと、俺の所為だから。

 

「さて紫、手伝ってくれるのか?」

 

「今更ね。あの子はあなたの弟子であり、私の妹弟子でもある。道を踏み外さないよう正してあげるのは、私()の仕事よ」

 

「……そうだな。じゃ、頼むよ」

 

 当然とばかりの肯定を受け取り、霊力を解放。里の建物を壊す訳にもいかないので、しっかりと調節しながら事を運ばなければ。うっかり巻き込んで壊しでもしたら、目も当てられない。紫の結界もあるから、どうにかなるとは思うが――。

 

「――なぁこころ、少し見ない間に随分と雰囲気が変わったな」

 

 ジッと佇むこころは、意図の読めない仄暗い瞳で俺を見つめている。“誰の所為で”なんて責められているように思えるのは、やはり俺の心に罪悪感が残っているからか。

 でもだからこそ、ちゃんと解放(・・)してやらねばならない。それで、ちゃんと謝っておかなければならないのだ。

 俺がこの世界に転生してしまったばかりに、彼女に辛い思いをさせているのだから。

 こころに非は、無いのだから。

 

「心配すんな。その趣味悪いお面引っ剥がして、すぐに助けてやる。もう少しだけ、待ってろ」

 

 こころが薙刀をゆっくり構え。

 紫がスキマを開きやすい自然体を作り。

 そして俺が、切っ先を狂い無くこころに合わせる。

 

 そうして――一瞬の後。

 お互いの刃が、甲高い音を月夜に奏でた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――戦闘が、始まった。

 霊夢は、双也が張った結界の内側で魅入るように戦闘の行方を追っていた。

 片や、最強最古の現人神と最強の妖怪。

 片や、強大な力をたった今にも上昇させ続ける面霊気。

 三人が繰り広げる戦闘は、辺りが仄暗い事を抜きにしても霊夢が付いていけるレベルではなかったが、それでも眼だけは離さなかった。

 何も出来ない自分の、せめて“今できること”の一つなのだ。

 

「変わりませんね、双也は」

 

 ふと、そんな言葉が霊夢の鼓膜を揺らした。

 “誰か”など考えるまでもなかったが、その響きには懐かしさを超えて感慨深さまで現れているように感じた。

 ――そういえば、こいつは昔の双也にぃを知ってるんだっけ。

 そんな事を思い、霊夢はちらりと隣の神子を見遣る。

 

「面倒臭がりな癖に、ああやって大事を背負う事ができる。一見矛盾しているようですが、それも偏に、彼の根が優しいという事の証明なんでしょうね」

 

「双也にぃは昔から……あんたの時代から、ああなの?」

 

 霊夢はその短い寿命から、双也の全時間のほんの一瞬しか共有出来ていないし、現に出来ない。その事を思い、故に浮かんだ素朴な疑問に、神子は小さく頷いた。

 

「……双也はよく、私の仕事を手伝ってくれていました。鍛治の修行にも、もっと打ち込みたかったはずなのに。都の子供が妖怪に連れ去られてしまった時なんかは、私の依頼を何の文句もなく受けてくれました。……その頃から、あの人は何も変わってない」

 

 ――彼女が何を思ってそう語るのか、読心術を持たない霊夢には知る由もない。だがその瞳に映る光には、僅かな“安堵”が見えた気がした。

 

「(安堵……何に関しての安堵なのかは、なんとなく分かる)」

 

 神子は尸解仙――ほぼ不老不死と言っていい存在であり、ごく最近目覚めたばかりな太古の存在。そして“人間には想像できない程の時を生きる”という意味では、双也も同じだ。

 そんな存在達が――人間よりも遥かに強い者達が、恐れるもの。長き時を移ろう人外だからこそ生まれる、恐怖。

 霊夢はそれを、“あの異変”を経て知っているのだ。

 だからこそ(・・・・・)、双也の隣には紫がいるのだ――と。

 

 ――ふと、霊夢はそこで思い出した。

 そう、思い出したのだ。今まで、暇に陥った時に何の気なしに思い浮かべていたような些事を。しかし今度は、“神子の安堵”を明確なきっかけとして。

 

 

 

 ――双也が目の前から消えたら、自分はどうなるのだろう、と。

 

 

 

 万が一、いや億が一。那由多の果てにもあり得ない未来。だがしかし、神子の瞳を見た霊夢には、真剣に(・・・)想像せざるを得なかった。

 たくさんの人と出会った。出会って知り合って、いつも周囲にはその者達がいた。間違いなく、霊夢の記憶を彩り支えているのは“彼女達”だ。

 なら、双也は? 自分が彼の事を忘れたことなど――一度でもあったか?

 否、だ。断言できる。

 双也は、霊夢が本当に小さい頃からすぐ側にいて、成長を見守ってくれた兄だ。実の兄ではないにしても、記憶の根幹にある存在の一つなのは間違いないのだ。

 “忘れられる”のは、失ってもさして影響がないと分かっているから。

 “忘れられない”のは、失えば自分がどうなるのか分からないから。

 ただ――それはひたすらに恐ろしい事だ、と。

 理解及ばぬ頭で、そう理解する。

 

 結局、何処まで考えても霊夢には答えを得ることはできない。当然だ。“自分ではなくなった自分を明確に思い描く事が出来る”なんて、おかしい。狂っている。

 

 そこまでぼんやりと考えて“詰まり”を感じた霊夢は、もういいとばかりに思考を打ち切った。

 考えても仕方がない。こんなの、ただ怖いだけで収穫など何もないのだから。

 

 ――はて、と。

 何故こんなにも真剣に、双也がいなくなった時のことなど、考えているのだろう、と。

 自分で“数量の彼方にすら可能性は皆無”と定義付けた癖に、こんな仮説を論じる必要は何処にあるのか?

 いや違う、と霊夢は自らの問いを切り捨てた。

 確かに神子の瞳を見て思い至ったのは事実。しかし、そんな瞳を見ようとも、普段なら真剣に考えることなどないだろう。そも、暇な時に考える程度の些事(・・・・・・・・・・・・)だったのだから。

 なら何故――その答えは、すぐに見つかった。

 

 感じ取ったのだ。

 心配するな、と頭を撫でた兄の背中に、何か大きな物を背負っている影を見た。

 もちろん何かは分からない。勘が告げているだけ。

 しかし――“あの異変”の記憶が、不安を煽るのだ。彼がまた何処かへ行こうとしているのでは、と。

 きっとそれが――。

 

「……どうかしたのですか、霊夢?」

 

「……っ!」

 

 耳を突き抜けた声に、霊夢はハッとして顔を上げた。神子の視線は不思議そうで、微かに不安の色を呈している。“なんでもない”と慌てて返すと、彼女はやはり不思議そうにしていたが、本人が言うのならばと視線を戻す。

 

「それよりも霊夢、見ていなくていいのですか?」

 

 問いに頷き、霊夢も再び視線を戦闘へと戻す。

 そうだ、見ていなくてはいけない。解決者なのに解決出来なかった身として、顛末は見届けなければならないのだ。

 ――まぁとは言っても、双也にぃと紫が負ける心配なんてしてないけれど。

 思考が脇道に逸れてしまっていた言い訳。でも嘘ではない。

 霊夢は軽く頭を振って思考を追い出し、目の前で、結界を挟んで繰り広げられる激闘に意識を集中させた。

 

 戦闘は、早くも佳境に差し掛かりつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はっきり言って、こころは俺よりも弱い。

 それはお面で爆発的に強くなった現在にも言える事で、事実苦戦はせずにいるのが現状だ。

 今の解放具合でもこれなのだから、完全解放なら言わずもがな。正直、もしそうなったのなら文字通り塵も残さずに消し飛ばせる自信はある。ま、一緒に幻想郷自体も心中する羽目になるから、現実問題それはない訳だけれど。

 

 では、何故未だに戦闘を続けているのか。

 自分よりも弱いなら、戦闘なぞさっさと終わらせればいい。長引かせる理由など欠片も無いのだ。

 ――そう思われても仕方ない。事実俺は、こころに対して攻めあぐねていた。

 理由は先述に戻って、“俺の霊力解放具合”に関係する。

 

「……っ」

 

「ッ! ちぃっ!」

 

 瞬時に背後へ現れたこころ目掛けて刃を振るう。鋒にブレはなく、速度もあり、決して鈍くはなかったはずの一太刀は、しかし誰もいない空間を引き裂く事になった。

 そして、今度は上空に気配。

 迫る殺気に対して結界刃で遮ると、ガラスをぶっ叩いたような甲高い音が鳴り響いた。

 誰かなど考えるまでもない。再び刃を振るい、今度は数枚の結界刃と共に斬り掛かるも、やはり、虚空を裂くだけでこころには当たらない。

 ――そう、こいつはとにかく、疾いのだ。

 

「(自惚れるつもりはないけど、無限流ですら捕まらないとか――ッ!)」

 

 早い、速い、とにかく疾い。

 斬撃の威力も確かに眼を見張るものがあるが、何よりもその速度が飛び抜けていた。それこそ、俺の動体視力をもってしても捕まえられない程に。

 紫もスキマを用いて居場所を“固定”しようと奮闘しているが、頬を伝っている汗の存在が、その困難さを何よりも表している。

 ――霊力の解放具合。勿論更にあげれば付いていけるようにはなる。当然の事だ。

 ならやれよ、と? ……違う、だからこそ困っているのだ。

 解放度合いをあげれば単純に俺の戦闘能力は上がる。それは当然霊力に始まり、視力腕力脚力そして速力など。そしてそれを統合した、“破壊力”までもが上がるのだ。

 解放度合いを上げれば、なるほど容易にこころを捉えることが出来るだろう。だがその時の破壊力は? 周囲に及ぼす影響は(・・・・・・・・・)

 

 ――要するに。

 

「(“調節”が際ど過ぎて攻めに出られねぇっ!)」

 

 少しでも調節を間違えれば、周囲を巻き込んで人里を破壊する可能性がある。だが低くすると、今度はこころを捉える事が難しくなる。ありがちなジレンマである。低過ぎてもいけないし高過ぎてもいけない。しかも失敗が許されないから尚タチ悪い。それでここまで苦労するとは夢にも思っていなかった。

 

「(紫がいてくれて助かった……! 速度で足りない分は連携で補える可能性がある!)」

 

 いくら早かろうと、現れる先が分かるならば攻撃は可能だ。先回りして待ち伏せれば済む話である。それがこころに対して出来ないのは、単純にこちらの意識が付いていけていないから。

 現れる瞬間には否が応でも一瞬動きが止まる為、お札の効果も相まって防御くらいは問題なく出来るのだが、攻撃するには速度が足りず、避けられる。だが、スキマを用いて現れる場所を誘導してしまえば、速度など気にしなくてもよくなるのだ。

 そしてその上で問題なのが――紫ですら、こころを捉え切れないという事。

 

「(今の俺じゃあ捉え切れない。ならどうにかして紫がこころを捉えられるようにしなきゃいけない、か!)」

 

 四方八方から飛来する斬撃を捌きながら、紫を見遣る。瞳を頻りに動かしていることから、どうにかして動きを追おうとしているようだ。だが、あまり良くは見えていないだろう。

 つーか、俺や紫ですら追えないとか本当にどうなってんだ、こころのスピードは。これじゃ、霊夢達三人が圧倒されるのも無理はない。

 

「ほんっと、ちょっと見ない間に強くなったなこころよぉッ!」

 

 思わず出た皮肉と共に、こころの斬撃を受け止めて結界刃で奇襲を掛ける。やはりというか、避けられた。

 ……これでは本当に拉致が空かない。どうにかしなければ。

 

「(感情……感情か……)」

 

 こころは面霊気。感情を司る六十六のお面を持ち、実際に感情を操る。そして今は、周囲の感情を喰らい尽くそうと暴走中。確かに、刃を合わせる度に何処か気が遠退く感覚がある。きっとそれが、“感情が奪い取られる”感覚なんだろう。非常に不快な感覚だった。

 ――そんな彼女を、どうにかして捕まえなければならない、か。

 

 戦況は変わらず拮抗中。斬撃を受け止め、避けられ、受け止め、避けられの繰り返しである。だからこそ戦闘中に考えを練ることもできる訳だが――戦闘に変化が起きたのは、そんな時だった。

 

 弾き返すと、こころは今までのようにすぐさまの回避ではなく、少しばかり離れた場所で何かしらの構えをとったのだ。

 間合いは遠い。当然誰も斬撃範囲には入っていない。それはまるで、遠距離攻撃(・・・・・)にでも転じるかのような状況と体勢……まさかッ!

 

「紫ッ! 霊夢達を守れッ!!」

 

 咄嗟に叫んだのとほぼ同時。こころの身体から爆発的な力が噴き出し、刀身を包み込み始めた。

 黒い力は圧縮され、質量すら伴って刃を形成していく。そう、それはまるで俺の知る(・・・・)――あの技のような。

 

「おいおい、まさか“月牙天衝”まで使えんのか……ッ!?」

 

 こころが放つ前に、俺自身も左右に巨大な結界を張り、人里への被害に備える。予想が正しければ、あれは超広範囲かつ高威力の遠距離斬撃。その破壊力は俺の虚閃(セロ)にも及ぶ。並の結界では瞬時に消し飛ばす威力である。

 ――かくして、放たれた黒く巨大な斬撃は、結界に罅を入れながら迫ってきた。

 

「ちっ、『万象結界刃』ッ!!」

 

 掌に霊力を注ぎ、もはや使い慣れた長大な大太刀を形成。天御雷と刃を重ね、怖気が走るほどの衝撃をどうにかして受け止める。

 

「(くそっ、砲撃系を使わなくて正解だったな!)」

 

 この硬度、この威力。今の解放度合いで放つ砲撃系の鬼道では、恐らく数秒すら止められずに、むしろ周囲に散らばって余計に結界を傷付けるかも知れない。

 咄嗟の判断とはいえ、少々自分を褒めてやりたいくらいだ。

 ――だが、正直しんどい。

 この威力の斬撃を腕力で受け止め続けるのはかなりの難題だ。自動ドアと押し相撲しているようなものである。

 となれば当然、搔き消すしかなくなる訳で。

 

「神鎗『蒼千弓』……ッ!」

 

 結界に大霊剣に純粋な腕力。この状態でも大分辛い状況だが、ここで止まる訳にはいかない。

 鋒を黒い斬撃の側面に向けて、約千本に及ぶ結界刃の刃を羅列生成する。

 “面”が垂直一点に掛かる力に弱いのは、どの世界でも常識だ。斬撃の側面に放たれた千本の結界刃は、それをことごく貫き――轟音、衝撃波と共に見事打ち砕いてみせた。

 

「くそ、何処に――ッ!!」

 

 もうもうと立ち込める土煙。それを切り裂いて飛来する黒い斬撃が視界を掠めた。

 先程よりも随分と小さな斬撃だが、油断は禁物。しっかりと霊力を乗せた天御雷で以って打ち砕く。

 ――だがまぁ、そんな“牽制”だけで終わる訳もなく。

 

「(おい、マジかッ!)」

 

 鬱陶しい限りの土煙を剣閃で振り払うと、その先にあった光景は――まさに四面楚歌。

 全方向から襲い来る、黒い斬撃の暴風雨。

 

 あの黒い斬撃は、“絶望の力”を凝縮した力だ。故にこそ、一撃でも食らうのは避けたい攻撃である。

 全方位からの致死の一撃。しかし、今の俺にこれを防ぎ切る術は……無かった。

 

「(全方位をカバー出来るような術は殆どが結界を消し飛ばせる威力……だからって霊撃じゃ渾身の力で撃っても火力不足だし、一つずつ砕くのは論外鬼道で薙ぎ払っても着弾には間に合わないどうするどうするどうするッ!?)」

 

 結界で身を守ったとしても、この物量では恐らく砕かれる。そしてあの斬撃を多段で喰らえば、恐らくは俺の感情も喰らい尽くされるだろう。

 一つならば、能力を用いてどうにか出来るかも知れないが、運良く一発だけ当たってその他が外れるなんて事、有りはしないし望みも出来ない。

 万事休す、か?

 ――そう思った刹那、視界の端に、不敵(・・)な笑み(・・・)が見えた。

 

「ゆか――」

 

 一瞬で俺の視界を呑み込んだのは黒色ではなく、紫色。ギョロギョロと忙しなく視線を彷徨わせる不気味な目玉の群。

 スキマが、紫が間一髪で助けてくれたようだった。

 

「(紫があそこで笑った(・・・)のは、恐らく――)」

 

 愛する者の助けに喜びを感じる暇もない。嬉しいは嬉しいが、後回しだ。

 紫は何処までも計算高い。あの笑みが、助けるだけの笑みとは、どうしても思えなかった。

 だとするなら。

 

 背後に光が見えてきた。スキマに漏れ出た月光に目を眩ませながら、しかし前方を見失わず、俺は天御雷にありったけの霊力を込めて振り被る。

 

 ――スキマを出た先は、連続攻撃によっ(・・・・・・・)て動きの止まった(・・・・・・・・)、こころの背後。

 

「流石だ紫ッ!!」

 

 飛び出たのはすぐ後ろだ。既に振り下ろすだけの状態の為、こころの速度を以ってしても避ける事は不可能。

 ドンピシャのタイミングと空間座標を設定した紫に惜しみない賞賛を叫びながら、天御雷を力一杯振り下ろす。

 

 ――霊力の圧縮された刃は結果として避けられず、受け止められた(・・・・・・・)

 

「(マジかよ、振り向き際で止めたのか……っ!)」

 

 深海色の霊力とドス黒い絶望の力が、大気を揺らして拮抗する。幸い結界に及ぼす力は僅かなもので、この状態で壊される心配はない。

 ――そして、鍔迫り合いにまで持ち込めたのなら、好都合だった。

 

 絶望の力は、触れた者から感情を貪り喰らう。それは鍔迫り合いしている俺にも言える事であり、だからこそ普通ならば触れる事自体が危険な代物だ。まるで西行妖のように。

 

 だが、俺の場合は少しだけ違う。

 触れるとしても、一発だけならどうにかすることが出来るのだ。それは勿論、能力によって。

 感情も、喰らうことが出来るという事は概念としてしっかり存在するという事だ。概念として存在するならば、能力で操ることが出来る。

 俺の感情を、俺から離れないように定着強化。こころの絶望の力で引き剥がされるのを、綱引きの要領で妨害しているのだ。

 それによって鍔迫り合い――要は、完全にこころの動きを封殺。

 そして終いに。

 

「特式三十三番『蒼龍堕』!」

 

 ゼロ距離の特式鬼道。掌から放たれた蒼い龍は、その顎にこころを噛み潰さん勢いで咥え、諸共地面に叩き付けた。

 そして、ここで間髪入れず。

 

「紫ぃ! 結界ッ!!」

 

「分かってるわ!」

 

 未だ潰えぬ蒼炎を、薙刀の一振りで払うこころ。彼女が次の行動に出るより前に、紫の強固な結界によって動きを止める。だがまぁ、それで完全な拘束はきっと出来ないだろう。だからその間に、俺は更なる鬼道の詠唱を始めていた。

 

「雷鳴の馬車 糸車の間隙――……」

 

 結界内で暴れるこころの周囲に、六本の光の杭が顕現し始める。

 

「鉄砂の壁 僧形の塔 灼鉄熒熒 湛然として終に音無し――……」

 

 そしてその頭上では、御柱にも似た巨大な柱が五本、現れた。

 そして、

 

「……光もて此れを六に別つ」

 

 ――縛道の七十五「五柱鉄貫」

 

 ――縛道の六十一「六杖光牢」

 

 紫の結界が破壊されるのとほぼ同時。“二重詠唱”の完了した二つの鬼道が殺到した。

 五つの柱に五体を止められ、六つの杭に体を穿たれ、未だ動こうとはしているものの、完全にこころを封殺することに成功した。

 ――さて、あとは。

 

「ふぅ……お疲れ、紫」

 

「あなたもね。予想外のハンデを負う事になったようで」

 

「あー、まぁな」

 

 指打ち一つ、里の被害を抑えようと張っておいた結界を消し去る。

 里にも被害はないようで、見てみれば霊夢達にも怪我はほぼない。結果としては大勝利である。

 俺は動けなくなったこころに近寄り、絶望の面に鋒を合わせた。

 

「………………」

 

「……待たせた、こころ」

 

 がり、と。

 お面に刃を押し付けると、絶望の面は呆気ないほど簡単に崩れ始めた。

 元から白かった下地は次第に輝き始め、血色の模様は消え失せ、やがて光がこころ自身すらも包み込むと、それらは集まって上空へと打ち上がった。

 俺の鬼道すら打ち砕きながら昇ったそれは、きっと呑み込まれた皆の感情の塊だったのだろう。闇夜の空で拡散した光は次第に消えていき――否、宿主のところへと戻っていった。

 これで人里も、また安らかな眠りにつく事だろう。

 

「……ぁ……そう、や……」

 

 ――と、空を見上げていると、目の前で横たわっていたこころが起き上がった。

 ……少しだけ怯えているように見えるのは、やはり修行の終わりを告げた時にあんな言い方をしたからだろうか。

 いや、俺だってあんな言い方したくなかったんだが、どう言えばいいのかも分からなくて。

 同じように、今この場で何を言えば良いのかも、よく分からない。

 取り敢えず……安心させるためにも、優しく。

 

「えっと……お帰り、こころ。待たせたな」

 

「……助、けて……くれ、たの……?」

 

「ま、まぁ――な」

 

 なんだろう、ここではっきり言うと恩着せがましくなる気がする。確かに助けたのは事実だが、それも結局は俺が自分のためにした事だ。

 こころを助けることになったのは“結果”。そしてその過程では……こころに大分、酷いことをしたのだ。最悪どんな罵詈雑言も受け止める所存である。

 どんな言葉が飛び出てくるか内心で戦々恐々としていると――思いの外飛んできたのは言葉でなく、こころ自身(・・・・・)だった。

 

「うぇっ? こ、こころ……?」

 

「怖、かった……よ……怖か……った、よぉっ!」

 

「…………そうだな。ごめん」

 

「ぐすっ……ぅうぅううぅ……」

 

 そりゃあ、そうか。絶望に塗り潰されて、自分が自分でなくなるのはそりゃ怖い事だ。そして、自分ではない自分が誰かに酷い事をするのは――何物にも耐え難い辛苦である。

 よく知っているからこそ、この子にそれを強いた事に酷く心が痛む。助けてあげられたとはいえ、結局この事実は、帳消しになんてなりはしない。

 だから取り敢えず、細やかな罪滅ぼしのつもりで。

 俺が紫にしてもらったように――俺はこころを、優しく抱き締めた。

 

「大丈夫だ。お前は誰も傷付けてない。全部元通り――お前自身も、きっと……な」

 

 泣き噦るこころの頭を優しく撫で、泣きつかれるまで胸を貸す。……女の子を泣かしといて罪滅ぼししている気になるとは、俺も大概アレな人間だよな。こころに無理させたのは俺の癖に、彼女を助けて挙句に泣かせるとは。なんと独り善がりな人間なのか。

 なんて自嘲気味に笑いながら、こころが泣き疲れて眠るまで、ずっとそうしていた。

 

 異変が解決したという事で、霊夢や神子、白蓮も、一通り人里の様子を見回ってから帰宅。俺も、眠るこころを連れて紫と我が家へ帰宅した。事後処理とかは霊夢がやってくれるそうなので、こっちはこっちでなんとかしよう。

 

 “仕上げ”の為、俺が神子の下を訪ねたのは、この翌日の事である。

 

 

 

 




因みに、後ろでジト見している紫には、気がつかないフリをしている双也であった……。

次回で今章最終話かと。
さぁ、終わりも近いですね。

ではでは。


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第二百六話 終止符の旅

つ、遂に一万文字超えました……。

では、今章最終話、どうぞ。


 抜けるような、青空だった。

 もうすぐ南中を迎えようとしている太陽は、遮るもののない空より大地をその後光で照らしている。少々暑さの目立ってきた空気は僅かに湿り始めているものの、今日に限っては通り雨すらも降りはしないだろう。

 まるでこの気持ちを代弁しているかのようだな――なんて、獣道を征く少女はぼんやりと考えた。

 

 ――あの異変で、たくさんの迷惑をたくさんの人に掛けて、苦悩に悶えて、狂いかけもして。

 それでもここで地を踏みしめることのできる嬉しさが、思わず微笑みとなって口から漏れる。

 

 ああ、そうだ。こんな自分でもまだここに居られるのだ。

 何も出来ない役立たずで、その上あれだけの事をしでかした疫病神だと決めつけていたその認識はしかし、この世界の住民をして、“それがなんだ?”と。“関係ないだろ”と。

 

 紅白の巫女は言った――あの程度の異変なら何度か経験したから、今更拒むほど器が小さくはない、と。

 尸解仙である聖人は言った――あの異変に悪意がないのは十も承知。ならばこの世界があなたを拒む道理もまたなし、と。

 寺の尼僧は言った――悔いているのなら、努力は出来るはず。糧に出来る限り、誰もあなたを拒みはしない、と。

 そして――黒い羽織の、現人神は。

 価値のない存在なんてこの世にいない。少なくとも、お前は弟子として俺と繋がっ(・・・)てる(・・)んだから、俺にとって価値があるんだ。お前がいなくなったら、俺が悲しいだろ? ――と。

 

 少女はその言葉達を思い出して、また、胸の内から込み上げるものを感じた。

 こんなに迷惑な奴なのに。こんなに役立たずなのに。それでもここで、存在する価値がある、と。それを嬉しく思わない薄情者(大馬鹿者)が、何処にいようか。

 

 それに応えるのは己の義務であると、少女は一つ深呼吸して、再確認(・・・)

 役立たずと自分が思うなら、納得するまで努力すればいい。迷惑だと思うなら、改善すればいい。それが義務で、“自分が自分を認める為”の必要条件。

 まだ少しだけ怖くて、身体が震えたりしちゃうけれど。

 やれる事をやって、みんなに認めてもらいたい。

 

 差し当たり、まずは――。

 

 一枚のお面を胸に強く抱き締め、少女は少しばかり小走りに、また歩き出す。向かうのは、“仕上がったら来い”と予め言われていた場所である。獣道は、もう少し続くようだ。

 

 ――“喪心異変”から、今日で既に数週間が経とうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天気のいい日は昼寝に限る。

 

 ――とばかりに、双也は腕を枕にして縁側で寝転がって寛いでいた。本当は紫の膝枕とか期待していなくはなかったのだが、生憎彼女はこの場にいない。まぁ賢者は多忙なのが常、と切り替え、瞼を超えて差し込む陽光に感じ入っているのだ。

 

 何気に破滅の危機にまで至り掛けた喪心異変から数週間、あの晩の事が夢か何かだったと思える程に今は長閑(のどか)である。事実、双也はここ最近散歩か読書か昼寝くらいしかしていない。まるでニートのようだ、とは努めて考えないようにしているのは、蛇足に過ぎる情報だろうか。

 

 本気で寝入ってしまわないように、時々唾を飲み込んだりして細々と眠気に抵抗していた双也は、不意に掛けられた声に、片目で見遣って応えた。

 

「んで、ちゃんと話してくれるんでしょうね? “もう少し後でなー”って散々はぐらかされてきたけど」

 

 むすっと不機嫌な様子でそう言うは博麗の巫女、霊夢である。

 昼ご飯を貰って寛いでいた(・・・・・・・・・・・・)双也は、“そうだな”と言って身体を起こした。

 残った眠気を、あくびと伸びで振り払いながら、

 

「ま、“あいつ”もそろそろ出来上がるって言ってたし、いい時期だよな」

 

「……昼ご飯挟む必要あったの?」

 

「いや特に無いけど。偶には霊夢の飯も食べてみようかなって思っただけさ。……あぁ、美味かったよ飯」

 

「……ホントに自堕落な生活してるわね」

 

「平和の代償とでも思っとけ」

 

 屁理屈とは分かっていながらどうにも反論出来ないでいる霊夢に軽く微笑み掛け、双也は卓袱台の前に腰を下ろした。

 

「えーっと、お前は何処まで知ってるんだ?」

 

「今回の原因があの面霊気って事、双也にぃが“それ”を分かってて世話してた事、それと――全て知ってた上で、此間の戦闘を誘発させた(・・・・・)事」

 

 なるほど――と、双也は僅かに笑みを深めた。

 勘に頼り過ぎてあまり考えない子だったのが心配だったが、なんだやればできるじゃないか。

 そこまで分かってるなら、後は少しずつ話を修正していくだけである。霊夢の話は、概ね合っていた。

 強いて訂正するならば――、

 

「ま、こころが原因ってのは少し違うけどな」

 

「……は?」

 

 こころが原因の異変――確かに傍から見ればそうだろう。彼女は感情を司る妖怪で、その暴走により今回の異変を迎えた。確かにそうだ。何よりこころ自身もそう思っているだろう。

 だが違う、と。

 双也は少しだけ困った笑顔で、霊夢に言った。

 

「あいつが原因って言うか……詳しいことは言えないが、大元の原因は俺だよ。より正確には、あいつを創ったのが俺と神子だったから、だな」

 

「双也にぃが……創った?」

 

 おや、聞いてなかったのか。

 意外そうに問う双也に、いや知らない、と霊夢。

 取り敢えず根底からの説明が必要と感じた双也は、さらさらっと、軽く概要を説明した。主に、こころがどういう存在かを。

 

「うぇぇ……そんな所にも双也にぃの過去の痕跡が……。ほんと規格外な人生してるわね」

 

「規格外っつーか、数奇だよな、ほんと」

 

 そりゃもう、転生云々諸々含めて。

 

「――で簡潔に言えば、こころが自我を持ち始め、俺に近付いてしまった事で力のバランスが崩れ、異変を起こす羽目になったと」

 

 どういう原理かは双也にも分からない。ただ、要因を見る限りそうとしか思えないのだ。

 双也がこころを創った際に彼の記憶が影響、“絶望の面”が“虚の面”と化し、そして彼に近付いた事で、絶望の面が更に影響して膨張。結果釣り合っていた感情の力が傾き、均衡崩壊。

 恐らく、こころが失くしたと思っている“本来の希望の面”も、実際は失くしたのではなく絶望の面に呑み込まれたのだろう。

 こころ本人も、異変が終わっても希望の面は戻らなかったと言っていた。

 今となっては恐らく、それなりに長い間呑み込まれていた所為で喰らい尽くされてしまったのだろう。

 

「こころの力が均衡崩壊したのは、俺に近付いた所為で絶望の面が膨張したからだ。希望の面が失くなった当時のこころには多分、何が起こったのかすら分からなかっただろうな」

 

「…………じゃあ、ちょっと悪いことしたかしらね、あの子に」

 

 決め付けて退治しようとしたことを、霊夢は少しだけ後悔していた。勿論、博麗の巫女として正しい事をしたのは自明の理。何を言われる筋合いもない。しかし――今回の異変は、異変解決=妖怪退治の方程式が成り立たない。こころ自身もどうすればいいか分からなくて、怯えていたに違いないのだ。

 それこそ、敵であった自分達三人に弱音を零すほど……。

 

「まぁ、そう落ち込むな。今回のは一種の事故だよ。俺もこころも、誰も予測は出来なかった。あんま自分を責めんな」

 

「……うん」

 

 事実、予兆もなければ判断材料もなかった。誰が予測出来るはずもない異変だったのだから、原因の一端があるとはいえ双也ですらも仕方のない事だったと諦めている。

 もう終わった事をうじうじする必要はない。その後悔を活かせればそれでいいのだ。

 未だに若干引きずっている様子の霊夢。その空気を切り裂くべく、双也は次の話題に移った。

 

「――でだ。原因の一端である俺が、責任を持って世話をしようって決めた訳だな。勿論、さっきの“感情を喰らう”云々に気が付いたのはもう少し後だったけど」

 

「世話って……ずっと思ってたけど、一体何をしてたのよ? ただ養うだけって訳じゃないでしょ?」

 

「愚問だな。責任を負ったんだ、ちゃんと自分で力を押さえつけられるようにと修行させたさ。霊那の手まで借りてな」

 

「何気にお母さんまで関わってたのね……」

 

「……まぁ結果として、それじゃ無理だって分かっただけだったけどな」

 

 どんな力も、自身――要は器を鍛え上げれば操れるものだと思っていた。事実、大き過ぎる霊力は扱う本人の技量がなければ本領を発揮しない。むしろ破滅すら齎すだろう。身の丈に合っていない、という事だ。

 それと同じ要領で始めた修行だったが、それは双也の中で段々と疑念に変わっていったのだ。

 

「あいつは誰から見ても頑張ってた。努力は報われるって言葉を信じるなら、あいつはとうにお前を超えてるだろうよ」

 

「……いや、流石にそれは――」

 

「お前、毎日俺と五十本乱取り出来るか? 真剣と殺傷弾幕を使った、文字通りの殺し合い。あ、あと自主練」

 

「………………」

 

「……ま、殺し合いっつっても限度は弁えてたが。要は“殺す気のない殺し合い”さ」

 

 器を鍛えれば力を制御できるようになるなら、こころは何の懸念もなく面の力を操れたはずだ。そうではない、と双也が気が付いたのは、言わずもがな一輪と幽香に依る戦闘を見たからである。正確には、確信を得たのは幽香戦だった。

 実際に戦闘をして、双也の思惑通りならより力を制御できるようになるはずだった。しかし――。

 

「戦闘中に何か発作起こして倒れる始末。今になって思えば、あれはきっと膨らんできた絶望の面に抗った弊害だったんだろうな」

 

「……どういう事?」

 

「気持ちが高ぶると、それだけ絶望の面が喰らう感情も増えるって事だ」

 

 戦闘中というのは、多かれ少なかれ感情が高ぶりやすい。それは常人がスポーツに興じる時の心理状態と同じようなもので、こころ風に言うなら“釣り合っていた天秤が一時的に傾く”のだ。

 

「餌がありゃ喰らう。抑えの効かなくなった絶望の面(ケモノ)なら尚更な。高ぶった感情を喰らったお面が、遂に幽香戦で表に出てくるまで強くなっちまった。

 ――俺のしてた事は真逆の結果を生んだ訳だ」

 

「双也にぃ……」

 

 結果として解決はしたものの、結局双也がしていた事は面の力を増強させる一方だった。そしてそれに気が付いた時にはもう遅い。

 無意識に情けない顔をしているであろう双也を見て、霊夢は気遣うような視線を向けていた。

 

「……だが、ま。幽香戦でお面が出てきてくれたおかげで対応策も思いつけた訳だがな。それを敢えて考慮するなら、全く無駄でもなかったかな」

 

「それよ。一体何したの? あの晩、あっさりと解決してみせてたけどさ」

 

「簡単な話さ。押さえつけられないなら、一度壊してバランスを取ればいい」

 

「……は?」

 

「散らせたんだよ、絶望の力を。それ以外に方法がなかった」

 

 大きくなり過ぎた絶望は天秤を傾かせるどころか、それ自体を呑み込んで収拾のつかない状態にまで進行していた。そこまできたら、押さえつけられないのは自明の理。

 天秤すら呑み込まれるという事は、既に自分の制御下にない(・・・・・・)という事だ。制御下にないものを制御するなど、できる訳がない。

 唯一の対処法といえば、“リセット”する事。

 一度壊して、天秤を空にするしかない。

 

「こころは感情が発露する時にお面を被る。絶望が発露してお面が出てくれば、感情の集合体であるお面を壊す事も可能だと考えた」

 

「それで……あの戦闘を誘発したのね」

 

「あんなに早くお前達がこころに挑むとは思ってなかったけどな。おかげで寝過ごした」

 

「…………あのお札、ね」

 

「大正解だ」

 

 あの晩の出来事は、双也が想定したシナリオの上での出来事だった。ならば、“それが起こった”という事を双也自身が感知できなくてはいけない。

 それを鑑みれば――彼が唯一関連した要因といえば、あのお札しかない。

 

「あのお札には、俺が駆けつけるまで出来るだけ被害を縮小する為の“こころの攻撃を遮る”という式と、“お面が覚醒したら俺にコールする”って式を組んでおいた。そうなった時にすぐさま駆けつけられるようにな」

 

「……事情は分かったけど……双也にぃ、それって結局――」

 

「分かってる」

 

 言い掛けた霊夢の言葉を、悔いを帯びた双也の声が断ち切る。

 彼は少しばかり、俯いていた。

 

「――結局、俺はこころを利用したって事だ。それも、あいつに酷い事言って、怖い思いをさせるって最悪な形で、な……」

 

 感情の発露と同時にお面が現れる。

 それが意味するのは、“絶望の面を表に出すにはこころを絶望のどん底に落とさなければならない”という非情な事実。

 これに気が付いた時、双也はこころがどんな恐怖に襲われるのかもほぼ予想できていた。何せ似たような恐怖を、彼自身も味わった事があるのだから。

 自分が知らない所で、“ダレカ”が自分の身体で見知った者を傷付ける。それは死ぬ事が許されないまま身体をズタズタに引き裂かれるような辛さなのだと、双也は痛いほど知っていて。

 ……そしてそれを、親しい者に自らの手で強いなければならない、なんて。

 

「――もう、さっき自分で言った事もう忘れてんの?」

 

 徐に上げた双也の視界に、霊夢の呆れたような表情が映った。

 

「今回の異変は一種の事故。ならその解決法も偶発的に発生したやむを得ぬ事故よ。確かに辛かったかもしれないけど、後悔するのは何よりこころに失礼よ」

 

 それに――と、霊夢は続ける。

 

「こころだって、助けてくれた(・・・)双也にぃに泣き付いてたじゃないの。怖かった、ってさ。それが全てなのよ」

 

 きっと分かっているだろう――と。

 況してや恨んでなど――と。

 霊夢の微笑みは、何処となくそれを納得させるに足る暖かみがあった。

 きっとこころも、“利用された”などとは思っていない。むしろ、救ってくれて感謝すらしているはずだ。

 双也がいくら“自分の為に利用した”と言い張っても、こころが悩み悶えていた事に変わりはないのだ。それを解決して、感謝こそすれ恨んでなど――。

 

「ま、元気出しなさいって。どうしても悩んじゃうなら紫にでも……なんなら私でもいいわ、全部吐き出してスッキリしなさいよ。双也にぃ、意外と臆病(・・)な所があるんだから」

 

「……そ、だな。ありがと霊夢」

 

 ――臆病、ね。

 霊夢をしてそう評された双也は、思いの外心当たりがある事に内心苦笑した。

 妖雲異変を筆頭に、諸々。なんだ、霊夢も結構知ってるんだな。流石、我が可愛い妹だ、と。

 思わず溢れた笑いを見られぬよう、双也は頬杖を突いて視線を逸らした。

 親しんだ者だろうが、自分の笑みを見られるのは、少しばかり恥ずかしい。

 

 ――と、そんな時だった。

 

「来たよ。双也……」

 

 聞こえた少女の声に、双也は視線を外へと向けた。

 この居住スペース――居間は、境内を正面にして若干斜め後ろに建てられている。故に開け放たれた障子の向こうはよく見渡せた。

 果たして、障子の向こうからこちらを覗くのは。

 

「噂をすれば、だな。待ってたぞ、こころ」

 

 一枚のお面を胸に抱いたこころが、僅かに微笑んだ気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無事にここまで辿り着いたこころに、俺はちょいちょいと“おいで”をした。

 それを見るなり、何の抵抗もなくストンと俺の隣に座った辺り、さっきの霊夢の言葉は本当なんだな、と思う。

 ま、その言葉を信じてなけりゃ俺だって“おいで”なんかしなかった訳だが。

 

 ま、この話は一先ず打ち切るとして。

 俺は早速、言われた通りに来てくれたこころに進捗状況(・・・・)を尋ねた。

 

「で、どんな感じだ? 馴染めそうか?」

 

「……完璧過ぎて、少し扱い切れないけど……もう少しで上手く釣り合いが取れると思う」

 

「そっか。なら良かったよ」

 

 こころが胸に抱いていたお面を差し出してくる。何処かで見たデザインの、白い木を使ったお面だ。

 彼女に断って手にとってみると、まだ新しく柔らかい木の感触が伝わってくる。

 なるほど、昔よりは上手い出来になったらしい。

 

「ちょっと、それ何よ?」

 

 若干の訝しげな雰囲気を含み、霊夢が尋ねてきた。

 霊夢も、こころとの蟠りは殆ど消え失せている。知り合いと何でもない会話をする時の、何でもない話題を振るように、霊夢は不思議そうな顔をしていた。

 

「新しい“希望の面”さ」

 

 お面を返すと、こころは霊夢に見せるように突き出して続ける。

 

「失くなったの戻らなかったから……神子に、作ってもらった」

 

 はぇっ? と少々間抜けな顔で驚く霊夢。

 滅多に出てこない表情に如何にか笑いをこらえながら、ざっくりと説明。

 

「異変が終わった翌日な、神子のところに行ったんだよ」

 

「そのお面、作って貰う為に?」

 

「ああ。快く引き受けてくれた」

 

 あの晩の戦闘で、こころの内にあった“絶望の力”は殆どが霧散した。同時に呑み込まれていた感情の塊が解放――長い間取り込まれていた為、元の“希望の面”は始終戻らず――され、事なきを得た訳だが、当然それで終わりという訳ではない。

 霊力然り妖力然り、力というものは例え散っても、時間が経てば回復してくるもの。感情――言い換えて“意志の力”だって同じだ。

 気持ちが高ぶって何かを為した後、反動でもきたかのように無気力になってしまうのは、“意志の力”を一時的に使い果たしてしまったから。ならばそれは、今回強引に散らした“絶望”にも言える事。

 

 だが、一度散らすことができれば、後はどうにでも出来るのだ。

 

「絶望の力は巨大だった。それこそ、対の感情を吞み込めるほど。でも一度散らせられれば、後は釣り合い(・・・・)を取るだけで如何にかなるのさ」

 

「――あっ、だから新しく作ってもらったのね」

 

「……そう。絶望の面と対になってるのが希望の面。新しいお面があれば、釣り合いをとって、安定させられるの」

 

「そういう事だ」

 

 俺とこころの説明を聞き、霊夢は納得の吐息を漏らしていた。

 ま、霊夢も面倒臭がりなりに博麗の巫女を務めている。後始末の全完結を見て、安心したんだろう。

 俺も少し疲れたので、喉を潤す為にお茶を呷る。

 ……ん、少し冷めてた。そんなに長話してただろうか。

 

「あ、あのさ……」

 

 自分のお茶を注ぐ次いでに、こころの分のお茶も用意。丁度彼女の分を注ぎ終わったところで、霊夢は何かに気が付いたような、少し不安そうな声を上げた。

 

「お面の事は分かったわ。納得もした。でも……絶望の力はまた戻るのよね? それってつまり、もう少ししたらまた同じ事態になるって事じゃ……?」

 

 先述の通り、霊力や妖力同様感情の力もその内回復する。という事は、時が経てばまた絶望の力が希望の力を超え、再び異変が訪れるのでは――と。

 霊夢の指摘は鋭い。確かにその通りだし、こころがこれからも幻想郷に居続けるという事は、同時に俺と比較的近い距離に居続けるという事だ。ならば回復した絶望の力がまた異常増大するのは想像に難くない。

 実は俺も、その事に悩んでいた訳だが――。

 

「あーそれな、実はこころ自身が解決したんだ」

 

「……え?」

 

 霊夢が向ける驚愕の視線に、こころはこくりと頷く。

 

「実はね……絶望の面、ある程度は制御できるようになったんだよ」

 

 それは、問題の完全解決を意味する言葉。俺も聞いた当初は驚いたものだった。

 異変解決後、俺のプランをこころに打ち明け、先程の問題点を説明した時、彼女の口から放たれたのが、この事実。

 

 簡潔に言えば、“絶望の感情も受け入れたから”らしい。らしい、というのは、俺は感情の専門家でもなんでもないので、こころの説明に生返事で納得を偽装する事ぐらいしか出来なかったって事だ。ま、要約すればそういう事らしい。――うん、らしいんだ

 ……いや、全く理屈が分からん。科学の概念が息してない。あでも今更か。

 

「力が小さい今のうちから押さえ込んでいけば、新しい希望の面とも釣り合わせられるよ。だから……心配しなくても大丈夫」

 

「……そ。なら良かったわ。……正直、もうあんなのと戦いたくないからね」

 

「お、霊夢が弱音とは珍しいな。じゃあ先に備えて修行でもするか?」

 

「えっ、いや! それは遠慮、するわ……!」

 

 全ての問題、疑問――それらが消化され、納得した後は、もう心配することなぞ何もない。

 こころは大人しい子だし、意外と人懐こい。この世界で暮らしていく分には、何も困る事はないだろう。困ったら俺とか霊夢とかを頼ればいい話だし。

 

「さて、それじゃ――」

 

「宴会、と洒落込みましょう♪」

 

 不意に、すぐ隣で空間が口を開いた。言うまでもない、見慣れたスキマである。

 唐突現れた紫は、一升瓶を軽く掲げて微笑んでいた。

 っていうか、仕事してたんじゃないのかよ。しかも宴会とか。

 

「まだ正午過ぎだぞ? 昼間から酒飲む気かよ」

 

「良いじゃないの。こころの異変、まだ宴会していないでしょう?」

 

「いやそうだけども」

 

 異変解決後は、関わった者達をできるだけ集めて宴会もとい仲直り会をするのが通例だ。確かにこころの異変の分はまだしてないが……昼間から宴会って、何処のホームレス? 金が入った瞬間に酒に費やすみたいな。

 

「ほら、せっかくみんな連れてきたんだから」

 

 そう言って指打ち。開いたスキマからぞろぞろと出てきたのは、神子たち尸解仙の三人、命蓮寺の面々、そして多少の人里の人間達だった。

 その数およそ二十人ほど。みんなそんなに酒飲みたいのか、と呆れざるを得ない。

 っていうか、もしかして。

 

「もしかして紫、珍しく双也にぃと一緒にいないと思ったら、宴会の人集めしてたわけ?」

 

 浮かんだ俺の疑問を代弁してくれた霊夢に、紫。

 

「勿論。偶にはこういうのも良いと思わない? お昼からみんなで宴会、とか♪」

 

「毎度展開も片付けも私がやってるって分かってんの!?」

 

 紫と口喧嘩のように談笑する霊夢。

 開始はまだかー、なんて喚いている布都や、手伝いでもするかと意気込む水蜜。それぞれ自由に動き始めた面々に、こころは不思議そうな視線を向けていた。

 まぁ、表情は変わらないから、お面とかでの判断だけども。

 

「ま、これが現実ってことさ」

 

「……え?」

 

 こころは異変が終わった後も、自分なんかがここにいて良いのか、なんて事に悩んでいた。だから俺は、俺含め霊夢や白蓮などの言葉を聞きに行かせた。誰もこころに遺恨など残していないんだ、と分からせる為に。

 それで多少は気が軽くなったようだったが、まだ少しだけ納得できていない部分もあるはずだ。

 “百聞は一見にしかず”と言うように、聞くのと見るのとでは感じるものが大きく違う。

 ――そう、今ここにある風景こそが、みんながこころを受け入れてくれる、という何よりの証明なのだ。

 

「心配するな。みんな気のいい奴らだよ。

 神子のとこに付いてる二人はよく喧嘩してるが、側で会話を聞いているだけでも楽しい。

 白蓮のとこに付いてる奴らは、みんな白蓮の事が大好きで、だからこそ空回ったり突拍子も無いことを考えついたりする。混ざって何かするのも面白いと思うぞ。

 霊夢のとこには、俺や紫がいる。あいつは知り合いが多いし、何より、魔法使いである親友がまた面白いやつなんだ」

 

 ――だから安心して、みんなと繋がってこい。みんな、喜んで受け入れてくれるから。

 

「……うん」

 

 こころは、小さく頷いた。

 

「ありがと、双也。何から何まで」

 

「気にすんな。俺がやりたくてやった事だよ」

 

「うん。でも……ありがと」

 

「……まぁ、どういたしまして、だけ言っておくよ」

 

 礼を言われるのはあまり慣れていない。自分から言うのはなんでもないんだが、言われるのは小っ恥ずかしいのだ。こころみたいに無表情だと、余計真面目な言葉のように思えて恥ずかしい。

 

「……ほら、行ってきな。みんな準備を始めてる。霊夢にでも付いてくと良い」

 

「分かった。……あとでね」

 

「……ああ」

 

 俺の言葉に促され、てとてとと霊夢の背を追いかけていく。

 その若干浮き足立った様子を見ていると、ああ全部終わったんだなと、なんだか感慨深くなる。

 

 霊夢を筆頭に、着々と準備が進められていく。

 

「………………全部……終わった、な」

 

 ――盛大な宴会が、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すっかり日も落ち、昼間の暑さはちょうど良い涼しさへと様変わりした。

 既にもう夜遅い。

 正午過ぎから始まった宴会は大きな賑わいを見せ、もう月が天高くに登っている。

 晴れた月夜の、みんなの静かな寝息が聞こえる真夜中だ。

 

 そんな中に、身体を起こしているのは二人のみ。

 酔いも程よく冷め、境内の段に腰掛けて静かに月見酒を楽しんでいた。

 

 ――双也、そして紫である。

 

 言葉を交わさずとも、二人寄り添って酒を飲むだけで、紫は幸せを感じた。

 

「今日は……良い日だったわね」

 

「そうだな」

 

 あんな瀬戸際の異変だったにも関わらず、人間も含めてみんなが快くこころを受け入れた。それは紫の夢――“人と妖怪が共存する世界”というものの、縮図のようだった。

 夢は、叶ったのだ――と、実感する。

 

「ふふ……本当に、何から何まであなたに助けてもらっちゃって」

 

 昔から、双也には助けてもらってばかりだった。

 双也が受け入れてくれなければ、紫は己の夢に自信すら持てなかっただろう。双也がいなければ、そもそも弱肉強食の世界で生き延びる事すら出来なかったかもしれない。双也がいなければ、彼が帰ってくる場所を作ろうと、必死にもなれなかったのではないか。

 双也がいなければ――そんな仮定は、幾らでも出てくるのだ。

 何から何まで、紫の心に変わらず在り続けるのは、双也への深い感謝と、愛である。

 

「あなたがいてくれて……良かった」

 

「…………ああ。……俺もだよ」

 

 月明かりが大地に染み込むように。

 耳元で聞こえた声は、紫の心に染み入っていくようだった。

 酒の酔いもあるかも知れない。でも、その響きがあまりに耳当たりが良すぎて、心地良くて――だからこそ、紫はふと、不思(・・)議に思った(・・・・・)

 

「双也……? 何故……震えているの?」

 

「っ……」

 

 双也の手が、小さく震えている。顔を覗き込んで見れば、彼は何時もよりも数段思い詰めた様に歪んでいた。

 ――分からない。何故今、彼が震えているのか。

 怒り? 違う。それならばもっと眉根が寄っている。

 悲しみ? 違う。それならばむしろ力無さげに歪めているはず。

 呆れ? 断じて違う。肩を竦めるのが彼の癖だ。

 ならばこれは……この表情は――。

 

「怖い――の?」

 

「紫……っ」

 

「え――きゃっ!?」

 

 ゆらりと揺らめいた双也を不思議に思えば、次の瞬間――紫は、彼に押し倒されていた。

 当然ながら、双也の方が力は強い。片手は紫の手首を掴み、もう片手は指を絡めて握り合っている。押し倒されれば、身動きは取れないのが当たり前。だから、こうなってしまえば、もう紫は、双也の為すがままになるしかない訳であり――。

 

「そ……そう、や……?」

 

 まさか、ここで? このタイミングで?

 時間はいいとしよう。もう真夜中だ。“そういう事”をするならまさにちょうど良い時間だろう。だが、この場で――即ち、みんなが寝ているすぐ近くで、なんて。

 心臓がばくばくと鼓動を刻む。

 このままでは破裂するのではと思うほど、紫の心臓は激しく鼓動し、全身に灼熱の血を送る。もうきっと、顔は真っ赤になっているだろう。

 

「(は、恥ずかしい……っ! でも、でも……双也が、望むなら――)」

 

 ぎゅっと目を瞑る。これより先へ進んで、自分の状態を自分の目で認識してしまったら、きっと恥ずかしさで死んでしまう。

 為す術もなく、かと言って全然嫌な訳ではない紫は、そのまま双也が動くのをじっと待った。

 

 じっと、待って――彼が動こうとしない事を、また、不思議に思った。

 

「ど、どうし――っ!」

 

 目の前に映った双也の顔は、紫の予想を大きく超えて、“恐怖”に歪んでいた。

 手はやはり、震えている。むしろ、さっきよりも震えは大きくなっていた。黒い瞳は今にも涙を落としそうで、彼が“そういう事”を望んで押し倒したのではないのだと、紫に悟らせるには十二分だった。

 真っ直ぐに紫の眼を見つめ、ゆっくりと、声を紡ぐ。

 

「紫……お前は、俺と出会った事を、嬉しいと、感じてくれるか……?」

 

 それは、絞り出す様な声音で。

 

「俺と作った思い出が、幸せだったと……想ってくれるか……?」

 

 どうしようもなく悲痛に、震えて、濡れていて。

 

「俺を……愛しいって……言って、くれる、か……?」

 

 溢れた涙が、想いに熱く、恐怖に冷たくて。

 

 紫には、何故双也がこんなにも思い詰めているのか分からない。唯一無二の理解者と言っても、思考を読める訳ではない。せいぜい思考を察して、彼にとって最善の動きができる程度。“知らないものを知る”ことはできない。

 でも……だからこそ。

 今彼が求めているものが、この行動に対する疑問ではなく――紫の心からの言葉なのだと、確信できた。

 目一杯、優しく、微笑んで。

 

「――はい。私は……あなたを心から、愛しています」

 

 一層溢れた涙を落として、双也の濡れた顔が近付いてくる。

 もはや、その意図を考えるまでもなかった。

 受け入れた口付けはどこまでも暖かく、いつよりもずっと強く愛を感じ、彼の想いの深さを、紫の心にじんじんと染み渡らせる。

 

「――んっ……ふぁ、は……」

 

 離れた唇を繋ぐ、銀色の糸。

 それがふつと切れた時、目の前にあった彼の顔は、少しばかり、安堵していた。

 

「ありがと……紫。俺も、愛してるよ」

 

 そう言って、すぅと離れた双也を追い、紫も身体を起こした。

 何故か……どうしようもなく不安だ。彼の瞳に何を見たのか、自分でも分からない。でも、このまま行かせたら取り返しのつかない事になる気がして――。

 

「ま、待って……双也……っ!」

 

 神社の鳥居へ歩んでいく双也の背中に、手を伸ばす。

 どうしてか、身体が動かない。彼が何か術を掛けたか、それともさっきの口付けで力が抜けてしまったか。

 

「(いや……だめ――ッ!)」

 

 双也の姿が、霞んでいく。もう中心に捉えた彼の姿以外、ノイズのような砂嵐で何も見えなくなっていた。

 ダメだ。行かせてはいけない。襲い来る不安はもはや恐怖と遜色ない程に膨れ上がり、更に更にとノイズを大きくする。

 

 不意に、双也がゆっくりと振り返った。

 

「――……」

 

 もう顔は見えない。ただ――微かに動いた唇だけが、僅かに見えて。そして、

 

 

 

 ――紫の意識は、ノイズの中に掻き消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もう、良いんじゃな?」

 

 少女が、悲痛な面持ちで問う。

 

「ああ……頼む」

 

 少年が、握り締めた拳を解いた。

 

「まぁ……祈っててくれ」

 

「ああ……祈っておるよ、心から」

 

 少年は頷き、先の見えぬ虚空へと、姿を滲ませた。

 

「……あ、あの」

 

「ん?」

 

 背けた少女の横顔は後悔に歪み、絞り出した言葉は消え入りそうで。

 

「…………すまぬ……っ」

 

 微笑んだ少年は、静かに背を向け、旅立つ。

 

 

 

 ――この日、この時。

 

 

 

「いいよ、謝らないでくれ」

 

 

 

 ――一人の、少年が。

 

 

 

「……行ってくる」

 

 

 

 ――この世から、姿を消した。

 

 

 

 

 




次回から最終章開始です。
いやー何話掛かるかなーってか私に書き切れるのかなー(白目)

念の為に言っておきますが、ここからは投稿が遅れたりするかもしれません。冗談抜きで、私の文才で想像した通りの描写を描ききれるか分からないので……。

あ、完結しないかもって意味じゃないですよ? はい。

ではでは。


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最終章 東方双神録 〜The guilty break〜
第二百七話 リヴァイズド・スタート①


も、文字数が大幅に減りましたね……。もう少し安定させたい――なんて今更な悩みに苦悩するぎんがぁ!で御座います。ワラエネェ。

ではどうぞ。


 さて、初めに気が付いたのは一体誰だったか――。

 少なくとも、初めのうちは大した違和感ではなかった。森の中を歩いていればいつの間にかヒルに引っ付かれていた、くらいのものである。

 “例え人が一人死んだとしても世界は変わらず回り続ける”と宣う者が少なからず存在するご時世、その程度の違和感では大騒ぎする者など幻想郷でも皆無であり――いや、幻想郷だからこそ、異能異形と不思議に溢るるこの世界だからこそ、“常識”の範疇であるとして毛ほどの興味も持たれなかった。

 せいぜい、引っかかりが気になって眠りにくい、くらいの。

 実に有りがちな、違和感。

 

「……う〜ん? なんだろうなぁ、脳の裏っかわに海苔でも沸いたかぁ?」

 

 だが、気になる者には気になる事でもある。神経質な者ならいざ知らず、異変解決者としてある程度の鋭い神経を持った魔理沙は、朝からこの違和感に悩まされていた。

 気になり過ぎて研究に没頭出来ない。脳の内側が痒い。まるで脳に何かが引っ付いて取れなくなっているかのような、妙な違和感があるのだ。

 お陰で、今日行った実験は殆どが“調合のミス”という形で失敗している。まぁ、まだ二回くらいしかやっていない訳だが。

 

「はぁ……無駄だな。材料が徒らに減るだけだぜ」

 

 きっぱりと切り替えた魔理沙は、今日の実験は終わりにしようと、手早く材料と用具を片付けた。

 まだ日は登り切っていない。何ならまだ朝と言って差し支えない。こんな時間に実験を終わらせるのは初めての事だが、まぁ予想外に悪質なコンディションだから、今日は仕方ないなと、魔理沙は一人頷いて、お気に入りの帽子をぽすっと被った。

 

「ま、んなら何処かに出掛けないとな。さぁて……」

 

 やる事がないからって家の中に引き篭もっているのは、どう考えても魔理沙の性に合わない。暇なら何処かに出掛けて、目ぼしい物を見つければ貰って(・・・)いって、適当にそこらで迷惑吹っかけて帰って来る。それが魔理沙のライフスタイル。異論は大絶賛だ。全て屁理屈で返り討ちにしてやろう。

 

「ふーむ……まぁ取り敢えず、人里にでも寄ってみるか」

 

 博麗神社という案も筆頭として出てきたが、風の噂に寄れば昨日は宴会をしていたそうな。魔理沙は魔法の研究が佳境にあった為珍しく参加しなかったのだが、結構大所帯だったらしい。

 となれば、自然と選択肢からは外れてくる。だって今行ったら、霊夢の奴に片付けを手伝わされるに決まっている。それは果てしなく面倒臭い。

 だからまぁ、取り敢えず安定の。

 面白くなければ場所を変えればいいのだ。

 博麗神社にはまぁ、片付けが終わった頃行ってみることにする。

 

「んじゃ、行きますか!」

 

 愛用の箒に飛び乗り、勢い良く空へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 改めて言うと、魔理沙はやはり“異変解決者”だった。

 幻想郷に起きた異変――その兆候を鋭く感じ取り迅速に対応する、力を持った人間。

 まぁ魔理沙に限れば、“興味本位”が動く主な理由だが。幻想郷を救う為とか、霊夢の様に生業にしているとか、そんな大層な理由なんて彼女にはない。楽しい事なら何でもいい。

 しかし――例えそれが真実でも、魔理沙が数多の妖怪を蹴散らしてきた強者であることに変わりはない。その神経はやはり異変解決者として研磨されてきたし、これと言って馬鹿な訳でもない。

 結論から言って――魔理沙が人間の里へと向かった事は、“正解だった”と言えるだろう。

 何より――これから思い知る事の、ヒントくらいにはなるはずだ。

 

 箒から降り、人間の里をふらふらと見て回り始めた魔理沙は、ふと見覚えのある後ろ姿を見た。

 知り合いを見つけたなら、声を掛けない手はない。

 

「おーい慧音ー!」

 

「ん? おぉ、魔理沙。久しぶりじゃないか。どうしたんだ?」

 

「いや、どうしたって言われても、暇だから見て回ってただけなんだがな」

 

「ん? そうなのか。まぁ君に言うのもあれだが、楽しんでいってくれ」

 

 それだけ言って、また歩き出す慧音。

 

「いやっ、ちょちょちょ」

 

「ん? なんだ、まだ用が?」

 

「なんだって……なんか素っ気なくないか?」

 

 有り体に言えば、慧音らしくない。

 彼女はその柔和な人柄で知られる人物だ。何も用がないからといって、出会った知人にすぐさま“知らん振り”を決め込むような人ではない。

 だからこそ、今の反応はいささか以上に違和感があった訳だが――。

 

「あ、ああ悪い、少し考え事をしていてな。対応が雑だった。謝ろう」

 

「や、そこまで言わせるつもりは無かったんだけどな……で、考え事って? 相談には乗るぜ?」

 

 “私で良ければ”と敢えて前置きしないのは、慧音に有無を言わせぬ為である。絶賛暇を持て余している魔理沙には、失礼ながら慧音の考え事自体が僥倖だと思えたのだ。

 勿論、解決出来るかどうかは、また別の話という事で。

 

「いや、相談に乗ってもらうほどのことでは――」

 

「いいからいいから、話してみるだけで変わるかもしれないぜ?」

 

「むぅ……本当に大した事じゃないぞ?」

 

 少し考え込む慧音に、魔理沙はそれなりの期待の目を向ける。それに若干やり辛そうに肩を竦める慧音だが、暫くすると、観念したように溜め息を吐いた。

 

「……なんだかな、朝から妙に“嫌な感じ”がしてな……」

 

「嫌な感じ? ……それって勘か何かか?」

 

 よく聞く言葉に、“嫌な予感がする”なんて決まり文句があるが、その類だろうか?

 そう尋ねる魔理沙に、しかしそれとも違う様子で、慧音は小さく「いや……」と呟く。

 

「予感とか、そういうのではないよ。……多分」

 

「なんだ曖昧だな。珍しい」

 

「ああ、曖昧だから困ってる。そこら辺がはっきりすれば、この喉元につっかえた様なもどかしさも失くなるんだろうが……」

 

 ――うむ、これは解決不能だな。

 悩む慧音を前にして、魔理沙は内心できっぱりとそう断じた。

 本人ですら曖昧な感覚を、魔理沙が――言わば“外”から如何にか出来るはずもない。記憶に干渉する魔法というのも存在はするが、“魂の再構築”と同じ様な禁忌(タブー)の類だし、何より魔理沙の得意とする分野ではない。恐らくはパチュリーでもそう簡単には使えないと考えられる。

 ――よって、無理だ。悪いな慧音、私では力になれん。

 

 自分で相談を持ちかけておいて早々と諦めた魔理沙の内心を悟るそぶりもなく、慧音は目の前で黙々と頭を悩ませている。どうやら、“相談に乗る”なんて不用意に宣った所為で本格的に悩ませる羽目になったらしい。

 取り敢えず、解決策の見えない問題は悩み始めると止まらなくなるので、なんとなくアドバイスっぽい何かをしてこの場を撒く必要がある。勿論それが本当に解決に繋がるかは魔理沙の与り知らぬことである。

 魔理沙の狡賢さ渦巻く思考は、案外あっさりとそれっぽいものを導き出すことに成功した。

 

「なぁ慧音、あんまり悩むんなら、阿求にでも尋ねてみたらどうだ?」

 

「阿求?」

 

「ああ。なんか嫌な感じがするんだろ? ひょっとしたら何か病気なのかもしれないし、そうじゃなくてもその状態について阿求が何か知ってる可能性はある。どうだ?」

 

「うーむ……」

 

 親身になって相談に乗るフリをする表面とは裏腹に、魔理沙の内心はとっととここから離れて面白いものを探しに行くことに傾いていた。

 正直、慧音の悩み事は面白いことでもなんでもない。自分には絶対に解決し得ない事に挑戦するというのは、ただの鎖を知恵の輪だと言って渡されるようなものである。そんなものに面白みなど見出せる訳もない。それが魔理沙ならいざ知らず。

 ただまぁ、慧音に言ったことも案外的を外してはいないのではないだろうか? 半分が咄嗟の空っぽ文句であるのは確かだが、逆にもう半分はそれなりに説得力のある文句である。慧音の助けにならない事も、まぁ……なくはなくなくない……のでは?

 

「……うん、そうだな。魔理沙の言う通りだ」

 

「お、じゃあ?」

 

「今から行ってくるよ。もしかしたらこの気持ち悪さが本当に病気かもしれないしな」

 

 魔理沙の助言を馬鹿正直に受け止めたらしい慧音の笑顔に、思わず少しだけ胸が痛んだ魔理沙。素直過ぎて慧音が心配になってくる。

 そのまま一緒にいるのも気が引ける――というよりさっさと何処か行きたい――ので、魔理沙は笑顔が引攣らないように気を付けながら慧音に背を向けた。

 

「そ、そっか。じゃあ私は御役御免って事で、じゃな!」

 

「ああ、ありがとうな」

 

「お、お安い御用だぜっ」

 

 ひらひらと片手を振る慧音に同じように手を振り返しながら、魔理沙は里の出口へと駆け出した。

 あまり里の中で魔法を使うのは宜しくない。里の中で人外の力を使えば、その安全性に疑問を持つ者が出てくるからだ。

 少々面倒臭いな、と決まりに悪態付きながら、魔理沙は門を潜り抜けたその勢いのまま箒に飛び乗る。

 

 博麗神社には、もう少ししたら向かう予定だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――まぁ、結局の所慧音も伊達に長生きはしていない訳で。

 子供の要求くらい察せなければ、寺子屋の教師なんてとてもではないが勤まらない。詰まる所、慧音の瞳には魔理沙の内心が明け透けていた訳である。

 慧音は去り行く魔理沙の背中を見送って、一つ苦笑を漏らした。

 

「全く……あれで異変解決者だというんだから、この世界のいい加減さときたら」

 

 まぁ確かに、人が為す事に意志が付いてくるかどうかというのは、結果にはあまり関係ない。

 内心でどう思っていようと、他人が見て認識するのは結果だけである。彼女も最終的には異変解決に貢献している訳だから、その内側がどれだけ子供染みていても異変解決者な事に変わりはない。

 ……大きなことを成すのに、一志の鉄貫すら必要無いとは。なんともまぁ、緩くて曖昧でいい加減な世界である。

 

 とは言え、人の悩み事なんぞ聞いて心から楽しむ、なんて質の悪い行動に魔理沙が走らなくてよかったと思う。早々に見切りをつけて去って行った彼女の判断は、ある意味正しい。

 間違った方へは走っていないのだろう――と、慧音は一人、溜飲を下げる事にする。

 

「さて、では言われた通り行ってみるとしようか」

 

 とは言え、魔理沙の助言もあながち間違ってはいない。長年生きてきた慧音ですら見覚えのない症状だ、もしかしたらとても珍しい病気に罹っている可能性は無きにしも非ず。こう言う時は阿求に聞くのが一番確実である。

 慧音は頭の片隅に感じる違和感に眉を顰めながら、稗田家のお屋敷へと向かった。

 

 

 

 

 

 程なくして辿り着くと、何やら塀の向こう――屋敷の方が何やら騒がしい。

 何の事態かは見当もつかないが、バタついているのならば謁見は出来ないかもな、なんて少し諦念を感じながら、慧音は取り敢えず門番に尋ねてみる事にした。

 

「済まない、阿求に用があるのだが」

「む? おお、慧音殿。丁度いい、今遣いを向かわせるところでした」

「……何かあったのか?」

 

 ――どうやら、自分も無関係ではないらしい。

 門番の言葉にそう確信した慧音は、少しだけ目を鋭くして問う。門番は、門を開きながら一礼し、

 

「その事については、阿求様直々にお話があると思われます。どうぞ、中へ」

「……失礼する」

 

 稗田家の庭は、お屋敷だけあってそれなりに広い。門を潜った瞬間から、慧音の視界にはバタつく使用人達が映っていた。

 一体、何があったのか。

 そして、慧音が呼ばれる理由とは。

 そうした疑問を胸に、庭に敷かれた石畳を、綺麗に磨かれた廊下を、阿求の自室まで、歩く。

 

 障子には、小柄な影――恐らく阿求と、数人の大人の影――恐らく使用人が映っていた。一声かけて、障子を開く。

 

「あ、慧音先生。お呼び立てして申し訳ありません」

 

「いや、私も用があってきたんだ。気にしないでくれ」

 

 広がっていたのは、いくつかの巻物とそれを囲む大人達。皆が懸命に巻物を睨め付けており、その雰囲気には事態の逼迫さがありありと滲み出ていた。

 その、巻物を見て、

 

「それは……幻想郷縁起?」

 

「はい。実は――」

 

 話が早い、と阿求は焦燥の伺える瞳で言う。

 

 

 

「幻想郷縁起が――改竄された可能性があります」

 

 

 

「――何だって!?」

 

 幻想郷縁起は幻想郷唯一の歴史書。真の意味で、幻想郷創世記からの出来事を記してある貴重な書物だ。

 それが、改竄された……? それはマズい。

 何より、それが屋敷の外に知れるのが一番マズい。幻想郷は出来事と一緒に妖怪についても記録されている。そして人間の里に住む人間の、妖怪に関する知識の大元の出所はほぼ幻想郷縁起である。改竄されたとの報が知れれば、人里は忽ちパニック状態に陥るだろう。

 今までの知識は、実は役に立たないものなのではないか――と。

 

「今、別箇所に痕跡がないか調べている最中です。慧音先生をお呼びしたのは、あなたの知る歴史で正誤の照らし合わせをして貰いたいのです」

 

「事情は分かった。私の用は後回しにしよう。それで、改竄が認められたきっかけは?」

 

「こちらに」

 

 差し出されたのは、現在阿求が編纂している最新の縁起。丁重に受け取り、開いて流し見てみれば――それは、明らかな形で現れていた。

 

「一部分が、丸々消えている……?」

 

 文字の書き連ねられた巻物。端から見始めて、その文字の羅列は寸分違わぬ感覚で記されている。僅かに大きな空行も確かにあるが、それは項の切り替え故にだ。

 しかし――見つかった空白は、それどころではない。

 人物の欄一部分が、丸々一つ分消えているのだ。

 

「これ程大きな空白など、私は空けた覚えはありません。空ける意味がありませんから」

 

「……ここに書いてあったはずの内容は?」

 

「……すみません、思い出せないんです」

 

「……なに?」

 

 阿求が、思い出せない? いや、それはおかしいだろう? だって阿求は、“完全記憶能力”を持っているはずなのだ。忘れたくても忘れられないのが、阿求という少女である。

 ……“忘れる”?

 ふと、何かの引っ掛かりを、慧音は感じた。

 阿求でさえ忘れる何か……繋がるようで繋がらない、一本の糸。

 

「(いや、まて……そうか、この違和感は――)」

 

 

 

 記憶の、欠落――か?

 

 

 

「……阿求、実はな……その記憶の欠落、私も起こしているんだ」

 

「……え?」

 

「いや、確定的なことは言えないな。ただ――何か大事な事を忘れている気がする。もしかしたら、君に起きた記憶の欠落も、何かしら関係があるのかもしれない」

 

 確実には言えない。でも、何かが抜け落ちている感覚。その中身は欠片も見通す事は出来ないが、漠然とそんな認識だけがあった。

 阿求でさえ何か忘れている。それが、突然慧音自身に起こった違和感に関係しないと考える方が不自然だ。

 

「だとすると……この欠落が誰かの能力にせよ、現象にせよ……」

 

「……うむ。何かが、起きているな」

 

 再び、白紙となった巻物の一部分を見て、思う。

 そのぽっかりと空いた空白が、二人には何かとんでもなく不気味なものに見えた。

 

 

 

 




お察し展開ですね。

ではでは。


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第二百八話 リヴァイズド・スタート②

“穿たれた孔は、巨大な程ソレを無惨に壊し尽くす”

……どうでもいいですけど、何気に初めて誤投稿してしまったという……。先日はお騒がせしました。

ではどうぞ。


 ――透き通るような青空も、胸を焦がすような夕焼けも。

 ――陰り積もった鉛色の曇も、凍てつかせるような氷天の雨も。

 今のこの瞳に映るのは、“虚無”以外の何色でもない。それ以外の色彩が映り込むことなど、果たしてあるのだろうか。

 今ここに感じる寂しさを、上塗りしてくれる色など……あるのか?

 一人、灰色の思考で、ふと問い掛ける。

 

 ……いや、それは無駄なこと、あり得はしない事だと、心の何処かで分かってはいるのだ。

 ただ……これが懺悔なのだ、と。こうして心を軋ませるのは、今出来る唯一の償いなのだ、と。

 せめて一人で苦しませはしない。共に砕けるのなら、それもまたよかろう。後のことは――正直、何も考えていないが。

 

 少女は空っぽな顔で、感情の消え失せた瞳で、全てを見透かしていた。

 見上げているのは天井ではない。彼女の瞳に映るのは、この世の全て。

 

 そして、手を伸ばし。

 顕現させた一振りの太刀を手に取って。

 一言だけ――僅かに光を灯した瞳で、呟く。

 

「さて――征くか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 永遠亭へと出向くのは、正直嫌いではない。

 あそこにいる玉兎は確かにちょっとばかり上から目線な所があるけど、根はいい奴だ。

 あそこにいる薬師は、怒ればとんでもなく怖いが、普段はただの優しい女性である。

 そして、あそこにいるお姫様は、ちょっと引き篭もりの癖に誰より美しいという“ズルい奴”だが、お転婆な所が可愛らしくもある。

 面白い所だとは素直に認めているのだ。少なくとも、ずぅっと健康にしか気を使ってこなかった自分が、多少なりとも興味を惹かれる程度には。

 だから今日も、何となーく永遠亭に向かっていた。

 行ってみれば、取り敢えず暇は潰せると、彼女――因幡 てゐは知っているのだ。

 

 迷いの竹林は、その名の通り入れば必ず迷って出られなくなってしまう危険な場所だが、てゐにとっては関係ない。慣れ親しんだ“庭”で、どうして迷子になどなろうか。

 スタスタと歩いて、途中で筍とかを適当にとって土産代わりにしながら。

 

 果たしててゐは、そうして辿り着いた永遠亭で――初めに“叫び声”を聞いた。

 それはやはり、見知り聞き知った声。琴を奏でたかのような美しい声の、耳を劈く悲痛な絶叫だった。

 

「な――何事……っ!?」

 

 持っていた筍達が、ボトリボトリと手から離れて落ちていく。

 てゐはそれを気にした風もなく、絶叫の下へと走り出していた。

 一体何が起きたというのか――。

 彼女にしては珍しく、その表情には焦燥と狼狽が滲み出ていた。争い事が“殺し合い”から切り離された幻想郷において、あれは響いてはいけない声だ。生まれてはいけない声だ。久しく聞いていなかった、押し潰されそうなほどの恐怖を孕んだ絶叫に、自然と、警鐘を掻き鳴らすように鼓動が波打つ。

 

 向かった先は、奥の部屋。人間が診断に来た時に入るよりももっと奥の、所謂居住スペースの一番奥。

 てゐは着くや否や、その焦りのままに襖を開け放ち――絶句。

 

 

 

「いや……いやァッ! なにっ、何なのコレ(・・)はッ!? 誰よ、誰なのよぉッ!!?」

 

 

 

「姫様、落ち着いて下さいっ!」

 

「輝夜……お願いだから、大人しくして……っ!」

 

 ――その光景を、てゐは茫然と見つめていた。理解が追いつかなかった。

 確かに、叫び声が聞こえた。それは誰が聞いても、只事ではないと理解するに足る判断材料だった。勿論てゐも、ある程度は心構えもしていた。

 しかし――これは。

 

 てゐが見たのは――輝夜が発狂寸前まで追い詰められている姿だった。

 美しい黒髪を振り乱し、何かに怯えるように頭を抱える姿は痛々しく。ガタガタと揺れる瞳は光を失いかけていて、頻りに、そして独り言のように“これは誰だ”と喚き散らす。

 その姿に、普段のお転婆で明るい彼女は面影もなかった。

 突然、玉兎である鈴仙の声。

 

「ああてゐッ! 姫様を抑えるの手伝って!」

 

「――ッ、う、うん!」

 

 鈴仙と二人掛かりで、今にも壊れてしまいそうな輝夜を押さえつけ、やっと薬師である永琳の注射が行われた。

 恐らくは睡眠薬か何かだったのだろう、注射されたその瞬間から、輝夜の瞼はゆっくりと閉じ、彼女は死んだように眠りについた。

 

 見回してみれば、部屋の中も中々酷い有様だった。

 布団はグチャグチャに乱され、畳の所々に引っ掻いた跡と小さな血痕がある。風流を意識した掛け軸も何かが当たったのか破れかけて落ちており、その下にあった花瓶を巻き込んで畳に染みを作ろうとしている。掛け軸の墨は水に濡れて滲んでいた。

 ――本当に、一体何が?

 驚愕にいつもの軽口すら叩けないてゐにかけられた声は、意外にも永琳からの感謝だった。

 

「はぁ……今回ばかりは助かったわ、てゐ。ありがとうね」

 

「あいや、別に――って何、あんたも辛そうじゃないの!」

 

 かけられた声に永琳を見遣れば、彼女も明らかに疲れとは違う脂汗をかいていることに気が付いた。

 面食らうてゐと鈴仙に、永琳は全くの余裕を伺わせない苦笑で返す。

 

「まぁ、ね……私も、正直……気が狂いそうになってるわ。理性で何とか、繋ぎ止めているけれど……ふふ、私も寝ていた方が良いかしらね?」

 

 浮かべた苦笑は痛々しい。普段から強かな永琳の苦しむ姿は、てゐと鈴仙に少なくない衝撃を与えた。

 狼狽する鈴仙は慌てて、

 

「な、なら急いでお布団を敷きます! そっちに――」

 

「ま、待って鈴仙! 理性で繋ぎ止めてるっていうなら、眠るより何かしていた方が良いよ! 寝る瞬間って気が抜けるから……」

 

「……そうね、その方が助かるかも」

 

 その瞬間を思い描いたのか、永琳は苦々しく呟いて目を伏せた。

 重症である。彼女がここまで参ってしまうのは今までに例を見ない。そもそも、“身体が変化を拒絶する”故に病気とも無縁な永琳達蓬莱人が、如何にしてこの様な状態に陥るのか、てゐには想像が出来なかった。

 自然、浮かんだ疑問は口に出る。

 

「一体どうしたってのよ? あんた達がこんな事になるなんて……」

 

「…………何だかね、“妙な影”が見えるのよ」

 

「影……?」

 

 永琳の言葉を鸚鵡返しする鈴仙。

 そういえば、何故鈴仙には何も異常がないのだろう、と一瞬思うも、てゐは永琳の話を聞くのが先決だと決め、耳を傾けた。

 

「いえ――“影が見える”って言うと語弊があるわね……。何だか、記憶のあちこちに妙な人影がある、と言えば良いかしら」

 

 語る永琳の表情は、やはり優れない。考えて言葉を紡いでいる為、理性を繋ぎ止める助けにはなっているはずだが、その人影とやらの事を考えるのもまた辛いようである。

 永琳は薄く目を開き、

 

「性格も、声も、顔すらも分からない。思い出せないんじゃなくて、そこには誰もいなかったはずなのに……なのに、私の記憶の中にこんなにも強く根付いているのは、何故……?」

 

 不安げな永琳の言葉。

 どうすれば良いのかも分からず、てゐは鈴仙と顔を見合わせた。

 残念ながら、てゐにも鈴仙にもカウンセリングの知識は無い。永琳の苦悩を少しも和らげる事が出来ないのだ。その歯痒さが、鈴仙の視線から伝わってくる。

 

「(ともかく……解決するのを待つしかないかね……)」

 

 少なからぬ不安の色を瞳に灯し、てゐは一人頷いて、取り敢えずは、輝夜の布団をかけ直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔理沙が降り立った時、博麗神社はやはり散関としていた。

 それも当然か、何せ宴会を行なった後である。参加した何れもが酔い潰れ、脳を金槌で打つかのような頭痛に絶賛苦しんでいるであろう翌日のこの時間に、再び宴会会場だった場所に戻ってくる程タフなものなどそう多くもいまい。

 魔理沙は若干酒の臭いの残る庭を抜け、賽銭箱の前に立った。

 

「……?」

 

 ふと感じた違和感に、魔理沙は僅かに小首を傾げた。

 ――何も無さ過ぎる(・・・・・・・)

 人の気配どころではない。今の博麗神社は、住人(霊夢)がいること自体疑わしい程に生活のニオイがしなかった。

 相変わらず伽藍堂な賽銭箱。風に揺れることもない鈴。立て掛けられた箒。そして――真っ暗な住居。

 

「……イタズラにしては質が悪いぜ、霊夢……」

 

 イタズラなどする様な人間でない事は百も承知。どちらかと言えば自分の方が何倍もイタズラに対する適性はあるだろう。しかし、そう悪態吐かずにはいられない重苦しい雰囲気が、今の博麗神社にはある。

 これが本当に霊夢の稀なイタズラで、今も住居の自室で魔理沙の登場を心待ちにしているならば、ちょっと本気で彼女を殴りたい気分だ。

 その憤りの表れか、それともこの雰囲気にあてられたか。魔理沙は無意識に拳を握り締めると、境内へと足を踏み入れた。

 

「(……ホントに……変だな)」

 

 外と同様、境内から続く廊下もその内装も、何一つとして“弄られた”痕跡がない。博麗神社ほどボロい建物でなくとも、何かをぶつけた後や床の軋み、畳の傷くらいは普通にあるものだ。

 “ニオイのしなさ”の原因はこれか、と内心頷く魔理沙の前に、やはり重苦しい空気は続く。

 ――そうして魔理沙は、普段から霊夢が過ごしている居間へと辿り着いた。

 

「外から見て影がなかったから境内から入ったが……やっぱり誰もいない、か」

 

 予測通りに誰もいない。何もない。

 掃き掃除を終え、居間に戻った普段の霊夢なら今頃ここでのほほんとお茶を啜っているはずだ。そしてこの状況を目にして、「あら、やっとあんたも礼儀を覚えたのね」なんて軽口を飛ばしてくるに決まっている。

 ――机の上には湯呑みもなく、のほほんとした雰囲気は冷やい空気に成り代わっていた。

 

「(……起きてない、のか? 昨日は宴会だったから飲み過ぎて二日酔い? いや、あいつはあんなナリでも酒豪だ。そんなはずは――)」

 

 その脚がそろりそろりと霊夢の寝室へと向かったのは、もはや願望の類だったと自身で感づいていた。

 ただ起きてきていないだけであっててほしい――と、魔理沙は心の内に湧き上がるどろりとした不安の汚泥を振り払おうと必死になっていた。

 廊下を進む足取りも、重苦しい神社の空気にあてられて鈍重になっていく。日が差しにくい関係で、進む程に暗くなっていく廊下の風貌も、見てはいけないものを見せまいと、どこか魔理沙を拒んでいるように思えた。

 

 ――辿り着いた一室の襖。

 普段覗いたりすることも気にすることもない部屋だが、そこが霊夢の寝室だと言うことは知っていた。

 

「…………っ」

 

 一人、意を決して指を掛ける。

 魔理沙は一気に襖を開け放った。

 そして――。

 

 

 

「――っなんだ、寝てるだけかぁ……!」

 

 

 

 そこには、こちらに背を向けて布団に寝転がる霊夢の姿があった。

 

「(そうだよな、あの霊夢に限って大事になることなんざある訳がねー)」

 

 霊夢は幻想郷を代表する異変解決者であり、妖怪退治を生業としてきた当代博麗の巫女。そもそも彼女に何かあれば幻想郷全土に影響が出るし、その事実があるからこそ博麗の巫女に手を出す事は禁忌とされているのだ。

 

 そうだ、よくよく考えてみればそういうことだ。

 魔理沙は雰囲気にあてられた所為で無用な心配をしていたのだ。

 博麗の巫女に手を出す事は禁忌。出そうとすれば恐らく八雲 紫が出てくるし、例え出てこなくとも自分の為にならない。メリットが全くないのだ。

 

 確かにこの時間まで寝てるというのは意外だし珍しいが、霊夢だって人間だ、そういう事があっても何ら不思議はない。偶々昨日は普段よりも多くの酒を呑んだのだろう。

 

「全く、心配して損したぜ……兎も角、起きろ霊夢! もう昼だぞぉ!」

 

 魔理沙は安心して近寄り、眠る霊夢の肩を乱暴に揺すった。

 もしかしたら眠りを妨げられたことに怒り始めるかも知れないが、今日の魔理沙には“昼まで寝てたグータラ巫女”という弱みが手の内にある。怒り出しても沈静化は容易だ。

 

 回数にして約三回。肩を揺すってコールしてを丁度繰り返し終わったところで、霊夢はゆっくりと起き上がった。酔いがあるのか、俯き気味で表情は窺えない。

 

「……まり、さ……?」

 

「おうよ、魔理沙ちゃんだぜ。

こんにちは(・・・・・)、霊夢?」

 

「――……」

 

 さてなんて返してくる? ――と身構えた魔理沙の心境などつゆ知らず、霊夢はすぅと立ち上がると、少しばかりフラついた足取りで寝室を出て行った。

 拍子抜けして固まっていた魔理沙だが、すぐに我に返って霊夢の後に続く。

 ――さっきのからかいについてはもう諦める事にする。一度スルーされたからにはもう反応は望めないだろうから。

 

 魔理沙が居間に着くと、台所の方でカチャカチャと音が聞こえてきた。湯呑みや急須のぶつかる音である。

 さっきから少々無視気味なのは気に食わないが、お茶を出してくれるようならば文句は言えない。なんだかんだ言って優しさのある親友を想って笑うと、魔理沙は座ってお茶のもてなしを待つ事にした。

 

「お、来たか。煎餅がないのはちと残念だが、まぁ文句は言うまいよ」

 

 果たして、霊夢はやはり二つ分の湯呑みをお盆に乗せて来た。匂いからしてやはり出涸らしだが、それはもう今更な話。無い物ねだりをするほど魔理沙も我儘ではないつもりだ。

 

 ずずず、とお茶を啜れば、横目に同じような所作でお茶を啜る霊夢の姿も確認できた。彼女の普段の動作を実際に見て、得られた安心感がより確定的なものになる。

 やっぱり霊夢は霊夢だ、と。

 

 お茶を啜って一息着いた魔理沙は、ここに来て大した話題も持ってこなかった事に気が付いた。勿論普段から話題を用意してここに来る訳ではないのだが、大抵は何を話そうかなどは道中で勝手に思い付く。ただ、今日はそうでもなかった。

 

「(ふーむ、何かあったかな)」

 

 あ、ならこうしよう。

 咄嗟に思いついた話題を、魔理沙は半ば反射的に口に出した。

 

「なぁ霊夢、昨日の宴会はどうだったんだ? 寝過ごすぐらい呑んだって事は、結構盛り上がったんだろ?」

 

「………………」

 

「私は研究に夢中だったからなぁ、噂だけで聞いてたんだが……誰が来るって言ってたっけ?」

 

「………………」

 

「お前が寝過ごすレベルまで呑むって事は、鬼とかか? あいつら人間様(私たち)にも容赦ねぇからなぁ」

 

「………………」

 

「……おい、何とか言えよ霊夢」

 

 まさか、睡眠を邪魔された程度でそこまで怒るタマでもあるまい。

 魔理沙はよく知っていた。表面上で怒りはしても、彼女の沸点が限界を超える事は殆どない。具体的には覚(・・・・・・)えていないが(・・・・・・)、その筈である。

 

 魔理沙の抗議の声に、しかし霊夢は何も答えない。お茶を啜って、湯呑みを置いて、そのまま石像のように動かなくなっていた。か細く呼吸はしているが、そこにいつもの覇気は感じられない。

 さすがに不審に思って、魔理沙は肩を揺すろうと手を伸ばした。

 そして、触れる直前で――、

 

「(――待て、おかしくないか?)」

 

 ピタリと、止まり。

 

「(なんでこいつ……巫女服のまま(・・・・・・)なんだよ?)」

 

 霊夢の巫女服は当然ながら寝るのには適さない。肩部の布が存在しないのもそうだが、何より元は“戦闘服”に近いものである。着替えるのが面倒だった、なんて理由でそんな物を寝間着代わりにするほど、霊夢は横着ではない。

 それに加え――、

 

「(昨日は宴会があったんだろ? なら片付けはどうしたってんだよ)」

 

 宴会は夜通し行われることも多い。ここに着いた時に酒の臭いが残っていたのだから、昨日の宴会もそうだったはず。ならば必然と片付けは翌日――今日行われるはずなのだ。

 だが霊夢はああして寝ていた。一度起きていたのならそれなりの痕跡があるはずだから、ちゃんと昨日の夜から寝ていた事になる。

 ――一体、誰が宴会場を片付けたというのか。

 

 この思考に辿り着くまで、約三秒。

 違和感が、浮き上がる形で次々と繋がった。魔理沙は目の前に座る親友の肩を思い切り掴み、引っ張るようにして振り向かせた。

 振り向かせて――目の当たりにしたのは、

 

「――……は、はは……なんの、冗談だよ……」

 

 無表情に固めた死人のような顔。

 濁り切った泥色の瞳。

 魔理沙を真っ直ぐに見つめる――いや、視界に入れるだけ(・・・・・・・・)のその視線に、何を感じ取ることも出来ない。

 歓喜も無く、悲哀も無く、憤怒も悔恨も焦燥も侮蔑も陶酔も、無い。

 何も無い、中身の抜け落ちた空っぽの霊夢が、そこにいた。

 明らかに正気ではない。意識があるのかすら定かではない。今の霊夢は、呼吸をするだけ上等な品質の人形に他ならなかった。

 思う。ひたすらに、叫ぶ。

 

 ――一体……一体何の冗談だッ!

 

「おい霊夢ッ! しっかりしろよッ! どうしたんだよ!?」

 

 力任せに、霊夢を揺さぶる。それに合わせてカクカクと揺れ動く“人形”に、やはり反応はない。

 

 明らかだった。魔理沙の察した“嫌な感じ”は、最悪の形で目の前に現れたのだ。

 一度安心したのを嘲笑うかのように。霊夢に対する思いを弄ぶように。

 ――次第に、目頭が熱くなるのを感じる。

 

「何が起きてんだよ……ッ! どうすればこいつは――ッ」

 

 回らない思考を回そうとして、だが何も思い付かず、むしろ疑問が増えていくばかりで。

 霊夢の身に何が起きたのか。

 昨日の夜何があったのか。

 そもそも昨日の夜からなのか。

 誰がやったのか何が目的なのかなぜ霊夢なのか幻想郷が無事なのは何故なのか紫はこの事を知っているのか他の人達への影響はどうなのか一体何が起きているのか――。

 そして、今自分はどうすればいいのか。

 

「どうすりゃいいんだよ……霊夢……っ!」

 

 揺さぶる手が、ずるりと肩から落ちた。同時に溢れたのは、熱い雫と弱気な言葉。

 霊夢は掛け替えのない親友だ。物心ついた時からの一番の友達。それがこんな形で引き裂かれるのは、あまりにあまりだ。

 

 ――こうしてはいられない。

 魔理沙はぐしっと涙を払うと、指を振るって魔法陣を展開した。

 どうすればいいのかは分からない。しかし、何かしなければ始まらない。魔理沙やパチュリー、アリスらが扱うのは魔法。魔法とは普通ではあり得ない事象を引き起こすことができる超常の力。こんな時に役立てず、いつ役立てるというのか。

 人間の上に大して高尚な魔法使いな訳ではない魔理沙に、今の霊夢のような状態の人間を元に戻す魔法は知り得ない。触りやどの系統なのかも分からない。しかし、そんなの虱潰しでもやってみなければ、魔法など完成しないのだ。少なくとも、魔理沙はそういう考え方をする魔法使いである。

 まず手始めに――と、魔理沙は指先の魔法陣を輝かせた。

 人体実験のつもりはない。ある程度自分で試して、大丈夫そうなら使っていけばいい。霊夢の負担はほぼ無いと言っていい。

 そうして、さらに展開しようとして――、

 

 

 

「――無駄じゃよ」

 

 

 

 突然の声に、思考が止まった。

 

「無駄じゃ、霧雨 魔理沙。“ソレ”はどうにもならんし、もう戻らん」

 

 紡がれて、放たれて、鼓膜を揺らしたその言葉が、脳内に響いて木霊する。

 ――聞きたくない言葉。

 

 振り返った魔理沙は、現れた人物を見て、図らずに歯軋りをした。

 はためく鱗模様の着物。長く艶やかな黒い髪。幼い顔立ちにそぐわぬ凜とした雰囲気。そして――一切の反論を許さぬ、厳しく冷ややかな空色の瞳。

 だって、この人がそれを言ったら――“確定”してしまうじゃないか。

 

「やめろ……」

 

「そやつはもう既に――」

 

「やめろォッ!」

 

 

 

 ――何もかもが壊れておる。

 

 

 

 現れた龍神――天宮 竜姫は、冷たく無慈悲に、そう告げた。

 

 

 

 




…………。

ではでは。


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第二百九話 “絆”を求めて

始めに言っておきます。
……今回だいぶ雑なのでご注意下さい(泣)
この調子の波、どうにかならないもんですかね……書く時間も減る一方だし……。

ではどうぞ。


 暗い――ひたすらに真っ暗闇な空間の中。大気の動きも上下左右も、果ては時間の流れすらも分かり得ないここは、“次元の狭間”。

 人間が辿り着くことなど輪廻転成を経てさえ不可能に等しいそこで、魔理沙は目の前を征く龍神――天宮 竜姫に付き歩いていた。

 魔理沙のさらに後ろ――彼女に手を引かれて歩くのは、空っぽの人形と化した霊夢である。

 繋いだその手を握り締め、魔理沙は“興味がない”とばかりに歩む竜姫を睨み付けた。

 

「(くそっ……何だってんだよ……! 一体誰が……)」

 

 ――誰が、何の為にこんな事をしたのか。魔理沙の疑問はただひたすらにこれだけだった。

 自然現象でこんな事(・・・・)になりはしない。必ず何者かの手が回っている。それは確かなのに、魔理沙にはその特定が全く以ってできなかったのだ。

 その歯痒さ故の苛立ちが、怒りとなって表出する。魔理沙自身にも、歯止めが効かない。

 

「(今は……龍神様に付いて行くしかないって、事か……?)」

 

 凜とした後ろ姿。しかし、その中に何処か焦燥を感じさせるその背中に、魔理沙はふと、彼女が博麗神社へと訪れた時の事を思い返した――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 声が鼓膜を揺らし、耳小骨で響かせてうずまき官が脳へ届ける。その電気信号が脳へ到達し、言葉を理解したその刹那に、魔理沙は竜姫に掴み掛かった。

 避けも受け止めもせず、黙って襟を掴まれた彼女の意図は、魔理沙には分からない。

 

「やめろって……言ってんだろうが――ッ!!」

 

「事実じゃ。何故拒む」

 

「拒むに決まってんだろッ! あんたが言ったらまるで――」

 

「“本当の事みたいじゃないか”、か? だから事実じゃと言うておる。拒むも何もありはしない」

 

 淡々と告げるその瞳には、微塵の感慨も映ってはいない。ただ本当に事実を告げただけだ、と。

 本来は人の意思など少しだって鑑みない、神の本質たるところを体現したかのような態度だった。

 

 言っている事は分かっている。全て正しい。反発する道理も根拠もありはしない。“事実”に対して、後に“他者が感じる感情”に意味など無いのだ。

 ただ――感情で動く人間故に“納得が出来ない”。だからこそ魔理沙は、これ以上言葉を返すことが出来なかった。

 

「…………ッ」

 

「諦めるのじゃ。お主がどんな試行錯誤をしたとて、ソレを直す事はできん」

 

 無意識に腕の力が抜けていく。遣る瀬無さ故の無力感が、だんだんと魔理沙の身体すらも蝕んでいた。

 魔理沙の拘束から離れた竜姫は、彼女へ一瞥もくれずに横を通り過ぎる。

 もう一度掴み掛かる気力は、もう無かった。

 

「……何が、起きてんだ」

 

「それを知って、どうするつもりじゃ?」

 

「どうするも何もねぇだろ……私は異変解決者だ。霊夢がこんなになっちまった今、私が動かずに誰が動くってんだよ……! 教えてくれ、誰かが裏にいるはずなんだッ!」

 

 魔理沙の必死な訴えかけに、しかし竜姫は大した反応も示さない。その態度が何処か逸る気持ちに変わって、魔理沙は拳を握り締めた。

 その、焦燥と憤怒を孕む視線に、竜姫は。

 

「――今、何故幻想郷が無事なのか……分かるかの?」

 

「……あぁ?」

 

 空っぽの瞳で見上げる霊夢を、見下ろしながら。

 

「幻想郷は、巨大な結界に包まれて形を成しておる。現実と幻想を別つ結界……それを失えば、この世界は忽ちに崩壊する」

 

「………………」

 

 それくらいのこと、魔理沙だって知っている。わざわざ偉大な龍神様にご高説を垂れて貰う程のことでもない。それは彼女も分かっているはずである。

 しかし、彼女の雰囲気にあてられたか、それを直接口にする事は出来なかった。

 今更何の話だよ――と。

 そんな魔理沙の心を見透かしたのか、振り返った竜姫はやはり無関心な瞳で、言う。

 

「――私が、結界術で維持しているんじゃよ」

 

 天井を……博麗神社を見上げて、

 

「博麗の巫女がこんな状態では、結界の維持が困難になる。そして時を経て結界の基点すらも脆くなっていた本殿では、私が後から手を加えることも困難じゃ。故に――神社を、初期の完全な状態に上書き(・・・)した」

 

 幻想郷を包む大結界――博麗大結界は、博麗神社を基点として代々の博麗の巫女、そして八雲 紫が維持している。それも幻想郷住民の一般常識であり、誰もが知っている事。

 分かっている。だからこそ、霊夢がこんな状態になって何故幻想郷が無事なのか疑問だったし、気が急いていた。

 竜姫が代わりに維持している、というのも納得は出来る。しかし――

 

「上書き……?」

 

「……この空間の位置する次元を弄って、完成当初の頃の次元と座標を合わせた。つまりは、まごう事なき新品に成り代わったんじゃよ」

 

 “新品に成り代わった”。その言葉によって、脳内で点と点が繋がった。

 竜姫が結界に干渉するには、基点として十二分だった“新品の神社”が必要であり、ここに来た時に生活のニオイが全くと言っていいほどに無かったのは、“この神社に初代の巫女が住み始めて間もなかったから”だ。

 彼女がそうして行動していなければ幻想郷は今頃どうなっていたか――想像するだけ恐ろしい。

 

 だが、同時に魔理沙は疑問に突き当たった。

 話の理解は出来た。なるほど竜姫が行動を起こさなければ、幻想郷はただでは済まなかったわけだ。

 ただ――それが何だ(・・・・・)? と。

 それを、今話す意味とは? と。

 

「――分からぬか?」

 

 ハッとして、顔を上げる。

 竜姫の冷やく鋭い視線に、貫かれた。

 

「今この時この瞬間――この事変に於いて、お主が出来ることなぞ何もない、と言うておる。霊夢を元に戻す事も、解決も」

 

 ――何も出来ない。

 叩き付けられたその言葉(建前)の裏に、“何もするな”という言葉(本音)が隠れている気がした。

 確かに、魔理沙には霊夢を元に戻す方法は分からない。結界に関しても、彼女は全くの専門外である。何も出来ない――いや、何も出来なかった。

 だから、竜姫は“邪魔だから引っ込んでいろ”と、言外に言っているのだ。

 気持ちだけでは意味がない、と。

 

「それにの――」

 

 竜姫は魔理沙から視線を外すと、振り返る勢いで腕を振るった。

 その一閃で切り裂かれたのは、所謂“次元”と呼ばれるもの。それは彼女の“次元を統べる程度の能力”によって開けられた、空間の孔だった。

 

「こんな“もの”異変でも何でもない。ただの――ケジメ(・・・)じゃよ」

 

 そう語る竜姫の表情は、背中越しで伺えない。何処か悲愴や後悔を感じさせる冷たい声音に、魔理沙は何も言い出す事が出来なかった。

 竜姫は視線だけをこちらに向け、

 

「……よくよく考えれば、お主は“あやつ”のご近所という奴じゃったの。……ならば、いる意味は無きにしも非ず、か」

 

「……なに?」

 

「霧雨 魔理沙よ。私の言うことは変わらぬ。この先、お主に出来ることなぞ何もない。それは事実じゃ」

 

 魔理沙に改めて放たれたのは、やはり拒絶と無関心の言葉。しかし、真っ直ぐに彼女の瞳を射抜く視線は、ほんの少しだけ光が宿っているように見えた。

 それは竜姫が彼女に僅かでも価値を見出したからか、それとも無力感から生じる錯覚か。

 

「じゃが……何が起きたのかどうしても知りたいのなら、それは構わん。邪魔さえしないのならば――付いてくるのじゃ。霊夢を連れて、の」

 

 道は示した、とばかりにそう言い残すと、竜姫はふわりと踵を返し次元の孔に姿を消した。

 残されたのは静かな神社、虚ろな霊夢、口を開けたままの次元の孔。そして……迷う魔理沙自身。

 

「くそ……なんだってんだよ……!」

 

 未だ嘗て、これほど無力感に喘いだ事は無かった。異変だって何だって、この世界では弾幕ごっこの強さがモノを言うからだ。その為に魔法も技術も努力してきた。

 だが――突き付けられた現実が、ここにきてその努力を踏み躙ってきたのだ。

 

 分からない事だらけだ。竜姫の行動の意味も、これから何をするつもりなのかも分からない以上、付いて行った結果時間を無駄にする可能性も否定はできない。

 彼女は“何が起きているのか知りたければ来い”と言った。決して“霊夢を元に戻したければ来い”とは言っていない。現状に於いて、魔理沙の最優先は霊夢である。親友をこのままにはしておけない。

 

「(……いや――だからこそ、か)」

 

 霊夢を放ってはおけない。それは魔理沙の中では確定事項だ。例え自分が彼女を救う直接的な要因にはなれなくとも、戻ってくれさえすればそれでいい。大事なのはあくまで安否。評価や感謝ではないのだ。

 ならば、今起こせる行動を起こさなければ。ここで悩んで燻っているより、示された道を歩むのが定石である。

 魔理沙は、座ったまま動かない霊夢の手を引き、立ち上がらせた。

 

「いくぞ霊夢。悩んでるよりも、何が起こってるのかを知った方が、お前を元に戻す近道になるかもしれない」

 

 反応はない。霊夢は手を引いた魔理沙を、何も映さない瞳で眺めているだけだ。

 打てば響くように反応してくれていた親友が、こうも無反応を示す――それは確かに寂しくもあるが、今はそれを戻す為にこそ頑張らなければ、と。

 

 立ち上がらせて、振り向く。そこには暗い孔が鎮座していた。

 

 ――もしや、その孔が未だ消えないのも霊夢を自分で連れて行かなかったのも、全て魔理沙がどう行動するか分かっていたからなのでは?

 

 ふとした憶測が脳裏を過る。掌の上? 上等じゃないか。御丁寧に用意してくれたのだから、それを踏み台にしてしまえばいい。

 魔理沙は一つ頬を叩いて気合いを入れると、黒い孔――その先を睨み付ける。

 

「――行くぞ」

 

 霊夢の手を引き、魔理沙は意を決して、次元の孔へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ずっと、考えていた。

 何が始まりだったか、間違ってはいないか、何故こうなったのか。そして……これからどうすればいいのか。

 

 たくさんの人間や妖怪、時に神をも見てきた。生き生きとしている者あれば、暗々と顔を俯かせる者もまた存在した。そんな彼らと今まで少しずつ関わって来たけれど、結局最後はいつも同じで、死別とか死別とか死別とか――……。

 

 そうして繰り返して来た長い人生。そういう星の下に生まれ直したのだと、受け入れようと考え始めたのははて、いつだったか。

 赤黒く、炎の橙赤色が明滅する壊れた空を見上げて、ふと思う。

 

 その果てが、ここで為すべき事なのだ――と。

 

 得物を握り締め、前を見据える。そこにあったのは、相対する不敵な笑みだった。

 鋒を突き付けて、言い放つ。

 

「さぁ――最後のお別れ(・・・・・・)を、始めようか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 孔を抜けて出て来たのは、ある森の中だった。

 魔法の森ではない。長年住み続けて来たあの森とは、空気が既に違う。

 変わらぬ無表情で孔から現れた竜姫に続き、魔理沙と霊夢は少し遅れて孔から出た。

 

「……ここ、何処だ? 魔法の森じゃあないな」

 

「お主は来たことがないのか。――いや、それもそうか。望んで人間を入れるほど寛容的ではないからの、あやつも」

 

「?」

 

 小首を傾げる魔理沙に、竜姫は一瞥だけしてまた歩み始めた。

 周囲の空気に若干の違和感を感じつつ、魔理沙は霊夢の手を引きながらその後に続く。

 やがて、目の前に一軒の屋敷が見えて来た。旅館――という程ではないものの、それなりに大きな家である。少なくとも、五人程暮らしてもまだ余裕はありそうだ。

 門らしき二つの柱の中心を抜け、竜姫は我が家のように脚を進めていく。

 

「――失礼するぞ」

 

 やがて辿り着いた一つの部屋。竜姫は一言だけそう言うと、静かに襖を開けた。背後に付いていた魔理沙は、その拍子に部屋の中を覗くことが出来た。

 そして――驚愕。

 

「……やはり、か」

 

「まさか……そいつ(・・・)も、なのか……?」

 

 空間に満ちていたのは、“無音”。

 部屋には二人存在するというのに、その空間では何もかもが動くという事をせず、ただじっと固まって動かずにいる。明らかに異様な雰囲気が満ちていた。

 その中でゆっくりと“石像”が――動かなかった狐の頭が、こちらを向いた。

 

「あ、貴女様は……」

 

「八雲 藍」

 

 振り向いた藍の表情は、疲れ切り絶望し切り、それでも何も出来ずにいる彼女の惨めさが浮き出ているようだった。

 彼女が――九尾の狐がこれ程までになるとは、やはり……。

 

「紫は、朝からこうかの?」

 

「……は、はい――……ッ」

 

 か細く、そして噛み殺したような声で一言告げる藍の横を、竜姫はするりと通り過ぎて行った。その脚はやはり、縁側で座っているだけの、紫へと。

 

「ゆ、紫様、は……どうしたの、でしょう……? 昨日はあんなに、元気でおられたのに……」

 

「藍……」

 

 泣き出しそうな……いや、声は震えている。既に涙をポロポロと落とす彼女に、如何な魔理沙でも声をかけずにはいられなかった。声をかけずにはいられず――しかし、不用意に触れることも出来ない。

 今の彼女は、ヒビの入った硝子細工だ。不用意に触れれば、忽ち崩れてしまう壊れかけの硝子細工。

 成瀬なさが込み上げてきて、拳を握り締める。

 

 その時――。

 

「呆気ないもの、じゃな」

 

 竜姫の、何の感情も含まない声が。

 

「神に比類する能力を持った大妖怪――しかし、無理矢理穿たれた孔には抗えぬ、という事か。……少しばかり期待もしていたのじゃがな」

 

「な、何を――」

 

 その言葉に何を感じ取ったのか、藍は不安げな瞳で竜姫を見遣る。

 彼女はちらりと魔理沙、そして藍を見ると、目を伏せて、

 

「少し、こやつを借りるぞ」

 

 瞬間、二人の背後に黒い孔が出現し、それぞれをばくっと飲み込んだ。秒を刻むよりも疾い出来事、二人には全く反応出来なかった。

 ――次元の孔だ。先程魔理沙たちが通ってきた、黒い孔と同質のもの。ということは、何処かに転移したと考えるのが妥当だろうか。

 

「紫様――ッ!」

 

 その直後、二人は押し潰されそうなほど巨大な力の脈動を感じ取った。大き過ぎて、魔理沙にはその発生源は探知出来ないが、紫に及ばぬまでも大妖怪である藍には特定出来るようである。

 

「藍! 場所分かるよな!?」

 

「ああ。行くぞ!」

 

 藍は紫の式である。式は主に尽くす為にその力を補正として取り入れる他、部分的に能力も使用可能となる。

 藍は自分と魔理沙達の前にスキマを開くと、目配せで“入れ”と言ってきた。

 躊躇う余地はない。流れからして、この力は恐らく竜姫の放つ神力だろう。強大過ぎて別物のように感じるが、圧力は今までに感じたことのない程巨大なモノで、事態が逼迫している事を示しめいた。

 霊夢と二人、スキマに飛び込んでひた走る。辿り着いた先では――。

 

 

 

 竜姫が、紫の首筋に刀を突きつけていた。

 

 

 

「――紫様ッ!!」

 

 反射的に、藍が竜姫目掛けて弾幕を放つ。それは弾幕勝負に用いるような甘いモノではなく、完全な殺傷用の弾丸だった。

 空を裂き、尾を引くほどの速度で飛空した弾頭はしかし、竜姫の指に構えられた三本の刀(竜の爪)によって悉く斬り裂かれて消えた。

 そして苛立ちの篭った瞳で、

 

「……邪魔をするでない」

 

 ――一瞬。

 竜姫が残像すら残らない速度で腕を振るうと、隣にいた藍が爆裂音を響かせて後方へと吹き飛んだ。

 木々を何本も折り倒し、血を吐いて気絶したのは何十メートルも後ろ。

 魔理沙は息を呑んで、しかし竜姫から放たれる重圧に声も出せず。

 

「(何だ……何なんだよ!?)」

 

 分からない。

 分からない分からない分からない!

 竜姫が何をしようとしているのかが、何にも分からない!

 彼女は“何が起きているのか知りたければ来い”、と言った。そうして連れてこられたのが八雲 紫の住処で、でも彼女は今の霊夢と同じような状態で。その紫を連れ出したと思えば、刀を突きつけて殺そうとしている?

 分からない。分かる訳がない。一体、竜姫の目的は――ッ!?

 

「習慣、というのは中々身体から抜けきらないものでの。性格やそこから派生する癖なども、身体が覚えてしまえば無意識にでも出来てしまうものじゃ」

 

 弛まぬ圧力に悶えながらも、魔理沙が凝視する先で。

 竜姫はその刀――蒼く澄んだ色の刀身(・・・・・・・・・)を、首筋から頰に滑らせる。

 

「数多の戦いを潜り抜けてその度に敵を打ち滅ぼし、遂には楽園を築き上げて久しく――その死線を超える感覚、忘れてしまっ(・・・・・・)たのではないか?(・・・・・・・・)

 

 そして――一閃。

 目にも留まらぬ速度で振りかぶり、竜姫は同等の勢いで刀を振り抜いた。

 高さは丁度首の辺り。当たれば即座に首が飛んで、血飛沫の雨を降らせるであろうその一閃は。

 しかし……首の肉を断ち斬ることはなく。

 

 ――他でもない紫に(・・)、弾かれていた。

 

「……それが出来るなら安心じゃ」

 

 最早、魔理沙がどうこうと口を挟める状況ではない。紫に何故刀を向けたのか、首を刎ねようとしたのか、それは当然分からない。

 しかし――そう呟いた竜姫の小さな笑みに。

 このより先に、その意味がある気がして。

 

「さぁ、八雲 紫――お主が、全てを取り戻すのじゃ!」

 

 虚ろな瞳で構える紫に、竜姫は強く、言い放った。

 

 

 

 




質問があれば遠慮なく。

ではでは。


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第二百十話 記憶と想い

大変お待たせしましたぁっ!!

なんだかスランプ気味なんですかね。今更こんな時期に。
ここまで来たらまた投稿間隔変更とかはしたくないので、頑張っていこうと思ってます。

では苦心の二百十話、どうぞ。


 ――一体、どういう事だ?

 藍はふらふらと定まらない思考の中で、ひたすらにそれを繰り返していた。

 

 龍神――天宮 竜姫は、この世界の神の座に座る最高位の神。紫が幻想郷を創った時に、彼女の頼みを聞き入れてこの世界の主神となった。言わば協力関係にあると言っても良い。

 

 それがまさか……こんな時に敵対するとは。

 

 今朝、紫の異変に気が付いてすぐに藍は行動を開始した。思い付く限りの刺激を虚ろな紫に与え、駄目ならば次へ、また駄目ならば更に次へ。

 あらゆる手を尽くし、試行錯誤し、それでも得られなかった紫の“目覚め”。

 何も出来ずに絶望していたその時に現れた龍神に、藍はどれ程救われた気持ちになったか。

 

 自分らしくないことは分かっている。大妖怪たる九尾の狐が神に縋るなど、木っ端妖怪にさえ鼻で笑われるだろう。

 一向に構わない、と思ったのだ。それで紫が――敬愛して止まぬ主が目覚めるのならば。

 

 既知をさえも覆す、驚天動地を超えて尚言葉足りぬ力の持ち主。知力資力考力武力、何を取っても遥か高みにいる存在――それが藍にとっての紫である。崇拝するに足る人物なのだ。そんな彼女を取り戻すのに、周囲の言葉などどうでも良いし関係ない。外耳道を通して鼓膜を揺らすことさえ体力の無駄。神に縋る程度の事を躊躇う余地はない。

 ――それが、何故敵対してしまっている?

 敵対して、そして――。

 

「ッ!!」

 

 ハッ、と。

 意識を完全に取り戻した藍は身体を起こそうとして、身体中に走る激痛に顔を顰めた。

 何本か骨が折れている。内臓にも損傷があるかも知れない。妖怪にとってその程度の傷は大した問題ではないが、藍は傷の一つに触れて更に顔を顰めた。

 ――やはり、神力による攻撃。それも超高密度の、濁り気の欠片も存在しない澄み切った神力だ。藍にとっては……妖怪にとってはそれが致命的である。

 竜姫にとってはほんの牽制の一撃だったろう。だからこそ藍は未だに命を繋いでいるわけだが……その神力は確実に、彼女の身体を蝕んでいた。

 ――だが、そんな事でここに倒れているわけにもいかない。

 藍は鋭く痛む身体をゆっくり起こし、ふらふらと脚を進めた。

 そうして藍は――それ(・・)を目にした。目に、してしまった。

 

 

 

 ――血みどろで倒れ伏す、敬愛すべき主の姿を。

 

 

 

「ゆ、かり……さま?」

 

 そんな、まさか。

 はは、いやいや御冗談を。お巫山戯が過ぎますよ紫さま。

 だって、あなたが膝をつくなんて事ある訳がない。だからあれはきっと、能力を使って瀕死を装っているに違いない。そして竜姫が近寄ってきたところで必殺の一撃を御見舞いする気に決まっている。

 そうさ、だから心配はいらない。いつものように、敵が紫の掌で弄ばれる様を見下すように眺めてれば良いだけだ。

 そう、いつものように。

 腕でも組みながら踏ん反り返って。

 眺めていれば良いのだ。

 眺めてれば……良い、だけ――……。

 

 

 

「ゆかりさまぁぁああッッ!!」

 

 

 

 脚を一歩踏み出す。地を踏み砕いたそれは、身体の芯を自ら揺るがすような一歩だったにも関わらず、身体を真っ直ぐ前に打ち出して目の前のモノを悉く屠り去ろうと、凄まじい衝撃を生み出した。

 

 認めたくない。でもそれ以上に、目の前の光景が事実なのだと、他でもない藍自身が認めていた。

 分かっている。我が主はわざわざ瀕死を演出したりなどしない。その程度不意打ちをするくらいなら、もっと遥かに上等複雑理解不可能な不意打ちを成し遂げるに決まっている。

 それに、今の彼女にそれほどまともな思考が出来ているとはとても思えないのだ。

 あの眼を思い出す。淡紫色の美しい瞳が、まるで墨汁で満たしたかのように濁り切っていた、あの瞳を。

 

 ――違う! 今そんな事は重要ではない!

 

 今すべき事は主の敗北を悼む事ではなく、あの憎っくき神をこの世から消し去る事。

 紫を殺した竜姫を、この手で殺す事!

 

「ぁぁぁぁああああああッ!!!」

 

 もはや、理性が残っているかすら定かではなかった。込み上げてくる怒りと悲しみが溶け合うまでに混ざり切り、際限無く膨張して溢れてくる。それを止める方法を、藍は知らない。

 溢れ出る感情に任せて叫び咆哮し、力の限り周囲を破壊し尽くしたとてきっと収まりはしないだろう。

 紫の喪失とは、藍にとってそういうものなのだ。

 蔑まれたっていい。見下されたっていい。極めて高い知能を持っていながら、そんな野狐の如く振舞うことを、どれだけ哀れまれたっていい。

 例え野生に帰って(退化して)でも、あの神を殺し尽くす事のみ成し遂げられればいい。

 それだけが、今考えるべき最も重要な事!

 

「よくも……よくもォッ!!」

 

 殺す。

 殺す殺す殺す。

 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す死んでも殺す絶対に殺す殺してやる。

 

 ちらと見遣った竜姫の瞳が。

 あまりに無感動で、透明だった故に。

 

「あまみやァ……たつきィイッ!!」

 

「おい待て、藍ッ!!」

 

 魔理沙の制止を聞き流し――否、耳に入れながらも理解出来ず、藍は踏み抜いた脚を基点に砲弾の如く飛び出した。

 ありったけの妖力を込め、拳を血の滲むほどに握り潰し、視界には倒れた紫と透明な瞳をした竜姫だけを映して。

 

 ――そして、届かずに。

 

「――……ッ! は、あ゛ッ!?」

 

 背中に衝撃。自分の口から漏れたとも思えぬ濁った呻きと共に、赤くどろりとした鉄の味が溢れ出す。

 今度は完全に内臓が潰れた。感覚では骨も断ち切られている。腹が大きく抉り斬られて、肉片と共に赤黒い血が湧き出ていた。

 痛い。今すぐにでも気絶してそのまま死ねる程に痛い。

 

 ――でも、それがなんだ。

 死ぬならせめて、あの女を道連れに。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ!!」

 

「待てって! 今起き上がったら……」

 

「うるさい! ――ッ、ぐ、がぼ……ッ」

 

「お、おいっ!?」

 

 せり上がってきた耐え難い苦痛に、藍は膝をついて血を吐き出した。

 横であたふたしているのは、見やる余裕もないが魔理沙だろうか。

 ……それ以外にはない。そんな事も分からなくなっているのか、私は。

 少しだけ冷えた頭で、藍はふとそんなことを思う。そして改めて、“まぁそれでもいい”と思った。

 

 知性を身に付け終に九尾となった。それは間違いなく至上の喜びだったし、妖怪として頂点の一角に加わった明確な証。

 だが、それを役立てるべき主がいないのであれば、そんなもの必要ない。

 獲物を殺し喰らう為の力があれば、生きるくらいはできるのだから。

 だから、野生だっていい。何も分からなくなったっていい。紫の仇さえ惨たらしく殺せれば、藍とってそれ以外はどうでもいいのだ。

 

「邪魔をするなと……言ったはずじゃが」

 

 心底苛立った瞳で。

 刺すような視線を、叩きつけながら。

 

「殺すッ!!」

 

「待てっつってんだろッ!」

 

 再び殴り掛かろうとした藍の肩を、魔理沙が咄嗟に掴んで止めた。

 何故止める。邪魔だ。お前も殺されたいのか。

 怒りに任せて、竜姫に向けていた拳を魔理沙へと振り向かせる。

 まずはこいつを殺してからでないと、また邪魔される。ならば彼女を殺すのに何の躊躇いもない。紫の弔いに比べれば、魔理沙(ニンゲン)の命などこの星に比べた砂粒のようなもの。

 藍は何時に無く鋭く冷たい激情と殺意を込め――消し飛ばそうと、して。

 

「――ッ!?」

 

 どくん、と。

 藍は確かな鼓動を感じた。――否、心臓の鼓動ではない。言うなれば“妖力の再燃”。先程まで感じなかった妖力の鼓動を、藍は確かに感じたのだ。

 これは――紛れもなく、紫の妖力。

 

「……だから、待てって言ってんだよ」

 

 妖力の存在は、そのものの存命を表す。

 烈火の怒りは、次第に熱い雫となって瞳から溢れ出した。だって、だって、それならば。

 滲む視界で、藍は確かに見た。

 横たわる主人の身体が、僅かに動いたのを。

 

「龍神様は紫を殺してなんかないぜ。血があんなに出てるのは、ただ切り傷が多いからだ。ずっと龍神様は――紫の身体の、表面しか斬ってない」

 

 次第に起き上がる紫は、相変わらず虚ろな目をしていた。身体から大量の血が抜け、ふらりふらりと揺れるその様はいっそ幽鬼のようだった。

 でも、確かに生きている。その手を伸ばして、何かを――求めるようにして。

 

「ずっとああだ。いくら斬られようとあの手だけはずっとああして向けてるんだ。……霊夢も、な」

 

 ああ、確かに向けている。紫も霊夢も、その空っぽな瞳で何かを見つめて、竜姫に手を伸ばしている。

 確かに不思議だ。意識を失っている彼女達が何を思って――否、無意識に求めているのか、その手の先を見据えるだけではよくは分からない。

 でも、今はそんなこと――……。

 

「お、おい藍!?」

 

 突然に力が抜け、藍はその場にぐしゃりと倒れた。抵抗はない。抵抗する気力も残っていなかった。或いは、紫の無事を知って一気に気が抜けたか。

 恐らくは後者だろうな、なんて考えながら、藍はボヤける視界でゆらり揺れる紫を見た。

 

 ――ああ、紫様。よくぞご無事で。

 その手で何を掴もうとなさっているのかは、この無能な式には分かりません。しかし、あなたがそれを望むとあらば、私は全てを肯定しましょう。

 あなたの手に、掴めぬものなど何もない。

 その手で、望むもの全てを捕まえる。それが、あなたという大妖怪だ。

 

 

 

「ご武運、を――……」

 

 

 

 そうして、藍はふつと気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――竜姫には一つだけ、理解出来ぬが(・・・・・・)故に(・・)信じているものがあった。

 

 竜姫の力は次元を超える。

 それは彼女自身が、他の存在と文字通り次元を異にした存在であることの証明である。

 その力で次元(全て)を知り、その力で次元(全て)を絡繰り、そしてその力で次元(全て)を超える。その果てに生まれた全知全能に限りなく近い神――それが天宮 竜姫という存在である。

 

 次元の渦に数多存在する無数の命。竜姫はあらゆるそれをその眼で見て、漏れなく理解してきた。

 天地に起こる自然現象も然り。

 あらゆる存在の行動の裏に潜む真実を常に見透かし、その先に起こり得る事象をも推測・観測して終に理解し。竜巻や大地震、火山の大噴火に至るまで、その大元の原因とそれに影響される全ての事象を観察し切る。

 彼女の眼の中には、全ての理解があった。

 

 

 

 ただ――そう、たった一つ“絆”というものを除いて。

 

 

 

「……立ったな。そうでなければならん」

 

 ゆらりと立ち上がった紫を見て、竜姫は僅かに呟いた。そして手に持つ刀を向け、意識がそれに向いていること(・・・・・・・・・・・・・)を確認すると、また一つ、不敵に笑う。

 

「そうじゃ、求めるのじゃ。お主の求める答えは、その先にある」

 

 その手で求めるものは。

 自分自身を救うためには。

 竜姫は刀身に付いた血を一振り払うと、改めて鋒を紫に突き付ける。

 そしてそのまま――物理限界をさえ嘲笑う(次元を異にした)速度で斬りかかった。

 深く斬るつもりはない。殺そうと思えばすぐにでも殺せるのは確かだが、それは竜姫の目的とは大きくかけ離れている。

 あくまで、その身体に刻み付けるため。

 その感覚と刺激を、身体で感じさせるため。

 

「ふっ……!」

 

「………………っ」

 

 空を裂いて振るう蒼色の刃は、しかし紫の強力な結界によって阻まれて止まる。竜姫はそれに驚いた様子もなく、もう片手に構えていた三振りの刀(竜の爪)を斬り上げた。

 次の瞬間映ったのは、ばくりと開いたスキマ。

 

「……退避して爆破、か」

 

 その声を掻き消すように、スキマの内部から無数のお札が飛来する。表情も変えずに佇む竜姫を、爆風が包み込んだ。

 

「………………」

 

 絶対的な力を前に、弱者が必死に食らいつく。竜姫はこの状況に、何処か既視感を覚えていた。

 否、“覚えていた”には語弊がある。なにせ、思い当たることは一つしかないのだ。

 ――妖雲異変。

 あの少年が起こした、悲しい異変だ。

 

 あの時、あの異変が解決できたのは決して当然の結果ではない。

 竜姫自身が皆に提示した案自体が推測に近いもの、霊夢と早苗の神降ろしに至っては、文字通り奇跡に近かった。

 

 確かに竜姫は、二人が神降ろしを行えるように力を貸した。しかし、結局の所必要なのは当人達の実力と精神力である。

 神降ろし――人に在らざるモノをその身に移し、その力を使役する業。

 どれだけ優れていようと、人間である限りそれは上限無く至難の業だ。

 竜姫が二人に与えたのは、あくまで神降ろしを行う“資格”の一つ。成功するかどうかは、二人次第。

 

 

 

 ――では、何故竜姫は、神降ろしが成功するのだと確信できていたのか。

 

 

 

「……稚拙じゃの」

 

 小さく呟き、無造作に竜の爪を一閃。閃いた斬撃は飛来したレーザー(・・・・)を断ち切りながら飛翔し、照射源であるスキマをも斬り裂いた。

 ――舞い上がる土煙に紛れる、無数のスキマ。

 それらが次々と輝くと、一斉に超高出力レーザーが空間を埋め尽くした。

 

「――“空疾凪衝(からときなぎのつき)”」

 

 瞬間、宣言が言霊のようにして響くと、耳を劈く爆音とともに周囲にヒビが走った(・・・・・・・・・)

 周囲の空間全てが、一枚のガラスを銃弾で穿ったようにヒビに侵され、スキマもレーザーも土煙も、何もかもが停止し砕け散る。

 後に残ったのは、ただ凪いで静閑とした空間。

 

 仕掛けた紫は、息を上げて佇んでいた。

 

「……そのままでは、“奇跡”は起こらんぞ」

 

「………………」

 

 相も変わらずに無言を貫く紫に、竜姫は静かに告げる。

 そのままでは、いくら攻撃しようとこの戦闘は終わらない。竜姫は紫のどんな攻撃も防ぐことができ、紫は竜姫の攻撃を避けきれない。そして竜姫に、紫を殺す気はないのだから。

 終わるとすればそれは――。

 

「手を伸ばすだけでは何も掴めん。それに触れて、自らの意思で握らなければ、ただ指の隙間から滑り落ちていくだけじゃ。――触れる機会は、さんざあったはずじゃがの」

 

 その身に受けた刃の傷が。

 この刀――天御雷もどき(・・・・・・)で振るう一閃の全てが。

 

「私はお前達(・・・)を信じているのじゃ。私が唯一理解の出来ぬ力――あらゆる障害をも超越し乗り越えるその力を、のう」

 

 竜姫が、霊夢と早苗を信じることができた理由。それは、二人の想いの強さを知っていたから。

 霊夢は少年を兄と慕い、その帰還を心から願った。早苗は少年の心を労わり、心に寄り添い、そのお人好しな性格で責任をも背負おうとした。どちらもやはり、少年を心から想ってのこと。

 その意思の力――言わば、“絆の力”を。

 誰よりも少年と強く繋がった、この大妖怪に。

 だが――。

 

「……足りぬか」

 

「………………」

 

 虚ろな紫を見、竜姫は思った。

 確かに、紫がこのままでは戦闘は終わらない。しかし、竜姫がこのままでも、きっと埒が明かないだろう、と。

 彼女に与える刺激には、今までの斬撃はきっと弱過ぎるのだ。もっと――そう、彼女の“記憶の核にすらなり得る記憶”に、刺激を与えなければ。

 

「(やってみるかの)」

 

「…………っ」

 

 そう思った直後、紫は無数のスキマを展開。先程と同様に光輝させ始めた。

 あの“座標”では“空疾凪衝”は使えない。空間を座標に見立ててそのものを砕いてしまうあの技をここで使えば、紫をも巻き込んで砕いてしまう。それはいけない。

 怪しく光るスキマの妖力は、撃ち出されると同時に紫の前方へと収束。極太レーザーとして、竜姫に肉薄した。

 

「“六蹊風別(むつのみちかぜのわかち)”」

 

 収束したレーザーは竜姫へと飛来すると、その直前で何かに衝突し、爆発するように拡散した。

 ――それは、次元の壁。

 二次元の存在が三次元の存在に干渉できぬように、今この瞬間に別の次元へと存(・・・・・・・・・・・・・)在を切り替えた(・・・・・・・)竜姫を前に、紫のレーザーは何の効果も与えられない。

 

「まずは――ここじゃ」

 

 レーザーを事も無げに防いだ竜姫は、瞬時に紫の目の前へ転移。

 丁度しゃがんだ辺りの高さから、“紫の首元へと刀を振るい――寸前で、ピタリと止めた”。

 

 ――これは、“出会いの記憶”。

 

 紫の瞳が、僅かに揺れた。

 

 上空から、落ちてきた車輪のついた鉄の塊――廃電車が落ちてくる。その側面に付き従うは、道路に建てられているはずの標識。

 飛び退く紫を視界の端に、竜姫は竜の爪と天御雷の両刀で乱舞した。

 流星の如く降り注ぐ標識を斬り分けて、廃電車を終に両断。

 巻き上がる土煙を切り裂いて、竜姫は飛び退いた紫へと再度肉薄。“そのまま通り過ぎ際に、天御雷で腹を一閃した”。

 

 ――これは、“絶望の記憶”

 

 紫の口から、僅かに呻きが漏れた。

 

「(最後……)」

 

 通り過ぎた竜姫は、そう思いながら後方から迫る弾幕をちらと見遣った。

 並みの大妖怪では一撃で消し飛ぶであろう妖力弾が、視界を埋め尽くすほど大量に。

 竜姫はそこで急停止をかけ、振り向き際に竜の爪を振り上げた。

 刀跡は巨大な斬撃となり、空間に無骨な亀裂を入れる。その衝撃波が弾幕をある程度打ち消すも、紫の弾幕はそれだけでは止まらない。

 しかし竜姫はそれに驚く事もなく、紫に向かって勢い良く駆け出した。

 

「――“天刃魅塵顎(あめはみちりのあぎと)”……ッ!」

 

 身体から高密度の神力が噴き出す。

 高速で駆ける竜姫はその神力を纏い、段々と尾を引いて形を成していく。

 現れたのは、眩く白光する巨龍だった。

 大顎を開き、眼だけは血のように赤く光らせ、猛然と空を駆るその姿は、妖怪にとっては致死性であるにも関わらずもはや神々しい。

 現れた白龍は弾幕など物ともせず――というより衝突する前に蒸発すらさせながらその大顎を、その牙を、紫へと突き立てる。

 そして――

 

 

 

「思い出すのじゃ、八雲 紫ぃッ!」

 

 

 

 竜姫は敢えて、“天御雷を肩口へと突き刺した”。

 

 収束した神力は一瞬のうちに消え去り、轟音の後に残ったのは手を額に当てた紫と、彼女の肩を天御雷で貫いた竜姫のみ。

 

「これが……“誓いの記憶”じゃっ! お主が受け入れたあやつの痛みを……今ここで、思い出せ!」

 

「…………っ」

 

 竜姫は、再度刃を肩口へと押し込んだ。らしくもなく手を震わせながら、更に更にと押し込んでいく。

 彼が――双也が紫をこうして刺した時。紫がそれを受け入れると言った時。双也だけではなく、竜姫自身も救われた気持ちになったのを覚えている。

 どれだけ彼が苦しんでいたのかを竜姫は誰よりも知っている。誰よりも長くこの目で見てきた。ずっとずっと罪悪感に囚われながら、それでも救おうと見守ってきた。それを、紫が救ったのだ。

 双也に寄り添うという形で。罪悪感は残るものの、その行為は確かに竜姫を慰めたのだ。

 

 だから、このままでいいはずがない。

 受け入れると言った紫が、一時でも双也を忘れていいはずがないのだ。

 例え、“こう”なるのを承知で双也が行動したのだとしても。

 

 この一撃でダメならば、もう竜姫にはどうする事もできない。

 紫に記憶を取り戻させる方法が、もう思いつかなかった。今幻想郷全土で起こっている記憶の欠落は、それ程までに深く強力な概念によるものなのだ。

 だから、あとは“意志の力”に任せるしかない。

 どうにも出来ない状況をどうにかする力。陳腐な言い方ではあるが、それは竜姫ですら理解出来ない強大な力である。

 双也と紫の絆を信じて。

 失った記憶を取り戻し、更にその先で――。

 

 竜姫はその状態のまま、じっと紫を見つめた。

 記憶の蘇る瞬間を見逃さぬよう、何かの反応を期待して。

 しかし――、

 

「………………ダメ、か」

 

 少なからずの落胆の色を瞳に映し、竜姫は小さく呟いた。

 無理もない。意志の力はたった一つの希望だったのだ。それが折れ、全ての手段を失ってしまったのでは、落胆する意外にあるまい。

 竜姫は小さく歯軋りをした。

 何故こんなにも、上手くいかないものなのか。どれだけ双也に辛い思いをさせなければならないのか、と。

 死ぬか生きるかの境を彷徨う(・・・・・・・・・・・・・)彼に、帰る場所も作ってやれないとは――と。

 

 無力を感じ、竜姫は遂に手に力が入らなくなってしまった。手が下がり、従って刀身もずるりと紫の方から抜け落ちる。

 呻きがあったということは、無意識でもやはりこれは痛いのだろうか。

 そんなことを思って――ふと、竜姫は腕が垂れ下がらない事に気がついた。

 

 指に熱い感触がある。刀身から垂れてきた血が指を伝い、ポタリポタリと地に落ちている。これは、刀身が未だ肩に刺さっていないとあり得ない。

 竜姫はゆっくりと顔を上げ、己の腕、鍔、血の付いた刀身と見ていき――最後に、刃を掴む紫の手を見た。

 

「龍神……様?」

 

 瞳に光を灯した八雲 紫は、ほんの小さく、そう零した。

 

 

 

 




竜姫の双也への想いが爆発した感じのお話ですね。
はい、時間がかかった割に雑でございます。本当に申し訳ない。

……次から本気出す。

ではでは。


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第二百十一話 行方

“二人の幸せとは、己の死を受け入れる事だった”

お、お待たせして本当に申し訳ない……。
本当にあと少しの物語なんですが、もう不定期投稿にしちゃいますかね……。悩み中です。

ではどうぞ。


 

 意識を取り戻した紫は、魔理沙に軽く支えられながら一つ溜め息を吐いた。様々な思いを込めた、重い溜め息である。

 その拍子、腹に受けた一文字の傷がズキリと痛む。手で触れてみれば、やはり多量の血が溢れ出ていた。

 徐に、口から漏れる。

 

「……少し、やり過ぎでは、ありませんか……龍神様?」

 

 同じような痛みを身体中に感じ、紫は目の前で自分を見下ろす竜姫に言葉を投げかけた。

 竜姫はやれやれといった表情で、

 

「やり過ぎなものか。お主がさっさと起きれば良かった話。それは必要な傷じゃろうて」

 

「…………お手数を」

 

「気にするな」

 

 その通りだな、と思う。

 竜姫が“天御雷”を見せた時点で意識を取り戻せば、彼女は此れほどまで刃を振るう事はなかったのだ。

 それを、自分が鈍かったばかりに。

 ……いや、きっと竜姫も分かっているのだろう。双也との記憶が喪失し、抜けた孔が大き過ぎるが故に意識にまで影響を及ぼした状態では、この身体中の傷は付けざるを得なかった――まさに“必要な傷”だったのだと。

 

 ――そう、そうだ。

 私は双也の事を……最愛の人の事を、忘れていたのだ。

 

 ふと思い出した途端、紫は内側から湧き水の如く膨れ上がる自己嫌悪に襲われた。

 あれだけ共にいて、あれだけ感謝して、そしてあれだけ愛した人を、どんな事情であれ一時忘れていたなんて。

 頭が、さぁ――と冷え切るのが分かる。その直後に襲ってきたのは強烈な吐き気だった。胃のモノどころか臓物の全てを吐き出してしまいそうな、痛いほどに不快な吐き気。

 妖怪は精神に依存するというが、大妖怪たる彼女がこれほどまでになるならば、やはり彼女にとっての神薙 双也とは、それ程までに大きな存在だという事だろう。

 手で口を押さえ、目の端に浮かぶ涙に抗いもせずに、紫はうずくまりそうになるのを必死で押さえながら呻いた。それに竜姫は――、

 

「……辛いじゃろう。そうだろうとも。……あやつも酷な事を敷いたものじゃよ」

 

 呟くようにそう語り、竜姫は膝をつく紫の頭を優しく撫でた。

 すると何処か吐き気が引いてきて、気が楽になっていく。それは、烈火の如く親に怒られた子が他でもない親の抱擁でホッとする心持ちのような。

 万物の創造主――龍神という母なる神の微笑みが、心に染み入るようだった。

 紫は一つ深い息を吐くと、未だに涙の浮かぶ瞳で竜姫を見上げた。

 

「龍神様……一体、何が起こっているのですか? 何故、貴方様が双也の刀を……?」

 

「いや、これはあやつの刀ではないぞ」

 

「え? でもそれは……」

 

 見飽きる程多く目にした黒い柄。霊力に由来した特有の蒼い刀身。

 身違うはずはない。あれは、どんな時も双也の傍にあった霊刀、天御雷である。

 訝しげな紫に、竜姫はふるふると首を振った。

 

「これは、私が手元の次元を変質させて創った、似ているだけの贋作じゃよ。本物のように刃を作り出すことは出来ん。お主を目覚めさせる為に必要と考えて、創った」

 

「目覚めさせる、為……」

 

「そうじゃ。お主が――お主達が双也と繋がってさえいれば、きっと――……」

 

 消え入る言葉の端に、竜姫は淡い希望を滲ませていた。

 そう、淡い――淡くて淡くて、もう溶け行って消えてしまいそうな、小さな希望を。

 紫は、ちらと見遣った竜姫の瞳に確かに“後悔”を感じ取った。後悔しながら、でもそれ以外には無かったとばかりの遣る瀬無さ。

 竜姫はふつと目を伏せると、小さく息を吐き出した。

 

「……何が起こっているのか、じゃったな」

 

 ゆっくりと開いた瞳に、何処か決意を宿らせて。

 

「よく聞くのじゃ、八雲 紫。あやつは――双也は今……」

 

 

 

 

 ――並行世界(パラレルワールド)……別次元の世界にいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――どうすれば、俺はみんなを殺さずに済むのか、教えて欲しい。

 

 ……発端といえば、この一言だった。

 妖雲異変が終わって少し経った頃、双也が竜姫の下を訪れて言い放った言葉。悲痛な面持ちで、深く、ずしりと重い言葉だった。

 だが、それを聞いた竜姫には正直……驚愕と言うほどの驚愕はなかった。

 簡単に予想できる事だ。龍神ともあれば尚の事。

 今まで苦痛に耐えながら裁きを下してきた双也は、あの異変で遂に身近な者達に手を掛けてしまった。見ず知らずの他人を裁く事にも抵抗を示す彼の心が、それに耐えられる筈はない。必ず何か方法を見つけようと熟考するだろう、と。

 そしてそれは結局見つけられず――(龍神)の下を訪れるだろう、と。

 

 彼が抱えていた問題は二つあった。

 まず一つは、西行妖の能力。

 高密度であれば触れるだけでその者を即死させる力を持った、非常に危険な妖力。異変時に霧散させたものの、妖力が霊力や神力と同じような生命エネルギーの一種である限り回復はしてしまう。そしていつかまた抑えきれなくなれば、また暴走が始まってしまうのだ。そうなれば、また双也は大量の存在を殺してしまう事になる。

 故に、一つ目の問題。

 

 だが竜姫にとっては、取るに足らない問題だった。この解決方法に関しては、既に見当がついていたのだ。

 それが、妖力の隷属化。西行妖との同化である。

 量が膨大であったが故に半年もかかったが、双也はそれを無事にやり遂げた。

 ここまでは、竜姫も大して心配はしていなかった。彼の強さは誰よりも知っているから。

 

 真に問題なのは――二つ目。

 

 双也の内に潜む、天罰神に関してだ。

 

 天罰神が内にいる限り、双也は使命として人を裁き続けなければならない。それは、度々人を殺さなければならないという事である。

 善人はいる。小悪党もいる。拳骨程度の軽い天罰で済む者は、確かにごまんといる。しかし――死を持って償わなければならないほどの大罪人もまた、存在するのだ。

 天罰神がいる限り、双也は延々と人を殺し続ける事になる。

 しかし、人格すら別れてしまった今では、今更一つには戻れない。もし戻ろうとするならば、きっと人格が下手に混濁して正気を失うだろう事が目に見えていたのだ。

 では、どうするか。

 

 ――……一つだけ、方法はあった。

 

 しかしそれは酷く危険で、予測不能で、そして限りなく――可能性が、低かった。

 広大な砂漠でたった一つの砂粒を探し出すようなそれを伝える事は、暗に“死ね”と言っているも同然であり――だがしかし、それだけがたった一つの可能性でもあった。

 他のどんな方法でも、双也のこの問題は解決出来ない。ゼロパーセントだ。だがこの方法だけは、ほんの僅かに可能性がある。コンマ幾つ下だろうと、“不可能”ではないのだ。

 だから竜姫は、意を決してそれを告げた。

 

 無謀ながらも不可能ではない可能性。

 

 

 

 “人格を分離し、自らの手で天罰神を討ち滅ぼす”という――荒唐無稽な唯一策を。

 

 

 

 竜姫は、双也と同等のレベルで“繋がりを操る程度の能力”に理解を得ている。どこまでのことができて、どこまでのことができないのか。

 結論から言って、今の双也の能力を以ってすれば出来ないことなどほぼない。強いて挙げるならば、それこそ“命と身体を繋ぎ直して死者を蘇らせる”などの世の理を踏み躙る行為くらいである。

 だからこそ現れる選択肢だった。

 

 だがそれは、嘆くほどに危険な賭けだ。

 かつての紅霧異変にて、双也がフランに施そうとした一策とほぼ同じである。

 人格を切り離せばそれらは対立し、生き残った方が主人格となる。当時の双也も、仮に“正気のフランが負けた場合取り返しがつかない”事を考慮して、結果それは施さなかった。

 

 ――“負けた場合”。

 悲嘆的だ、と思うだろうか?

 

 いいや、事実として、考えてしかるべき可能性である。無視出来るほどの低確率ではない。

 神也の能力は、陳腐に言えば“相手を超える能力”。常に相手より強い状態を維持する能力である。そんなものを相手に挑むというのに、負けた場合を考慮しないのは白痴の愚者がすることだ。

 

 だから竜姫は、双也に言った。

 “覚悟を決めたら来い”と。

 “せいぜい余生を楽しむさ”と双也は答えた。

 きっと、双也自身も勝ち目が殆どない事は分かっていたのだ。

 そんな考えが滲み出るようなその言葉が、竜姫にとってどれだけ辛かったか彼には分からないだろう。

 彼の運命を散々振り回した挙句、寿命でゆっくりと生き絶える安息も与えてやることが出来ないかもしれないのだ。嘆かずにいられようか。

 

 竜姫はこの瞬間、悠久に続く自らの時間ひと時、この時だけは全てを彼に尽くそう、と心に決めた。

 償い、なんて高尚な言い方はすまい。これはただの自己満足だ。

 双也はきっと、そんな竜姫には“気にするな”と言うだろう。優しい彼の事だ、竜姫の所為でこうなった、など死んだって口にはしない。

 だから、竜姫の自己満足。

 征く時、背中で“助けはいらない”と語った双也に対する、想いの形である。

 

 双也に言われた通り舞台(・・)を用意し、彼が戻ってくるための道標として“絆”を取り戻す。

 

 それが、竜姫が双也の為にしてやれることの全てだった。

 後は――そう、祈るのみ。

 

 彼が()に打ち勝つ事を。

 そして絆を辿って、無事に帰還する事を。

 ただただ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前がオレを生み出した理由、覚えてるか?」

 

 そこは果てしなく荒寥とした、既に滅びた世界だった。

 大地は裂け、木々は燃え、火山は絶え間なく噴火を繰り返し、汚れた炎と腐った灰が空を覆う。

 およそ生物の生きられる環境ではない、何なら生物が発生し始めた原初の地球の方がまだマシだったと言い切る者すらいてもおかしくはない、壊れた世界だった。

 

 そんな世界にただ二人――容姿瓜二つの少年達が、存在した。

 

 白く輝く髪に、白光する瞳。

 高密度の神力で形作られたと思われる刀を片手に、少年――神也は朗々と、問い掛ける。

 

 誰に? 彼に。

 自らの生みの親に。

 罪の意識に潰れかけた哀れな主に。

 そして――、

 

「なぁ、片割れに傷一つも付けられない……弱っちぃ現人神、神薙 双也」

 

 

 

 刀を杖にして辛うじて片膝で立つ、弱過(・・)ぎる(・・)相方に。

 

 

 

「はぁ……はぁ……っ、忘れる訳、ねぇだろ……!」

 

 頭部から流れ落ちる血に片目を瞑りながら、双也は荒い息で答えた。

 そう、忘れる訳はない。神也は、双也が双也自身を罪悪感から逃す為に生まれた。

 罪人を裁く(殺す)時の命乞いから。裁く(殺す)時の絶叫から。殺す時の怨嗟の視線から。

 その罪悪感で、自身の心を壊さないように。

 傷の痛みで中々言葉を紡げない双也を察し、神也は心の内を読むようにして語る。

 

「そう、オレはお前の苦痛から生まれた。苦痛から生まれて、お前の痛みを全て請け負う為に存在する。……オレは、“お前の罪の権化”なんだ」

 

 手に持つ刀を見上げ、神也は刀身をぐっと掴んだ。

 すぅと指の間から血が滲み出し、刀身を伝ってポタリポタリと地に落ちる。

 その、滴る血をじっと見つめ、

 

「お前は、オレがお前自身ならば“罪人を超越する程度の能力”も発動しない、なんて考えてたのかもしれないが……違うな。考えが甘い」

 

 すっと刀身から手を離し、一振り血を振り払う。

 びちゃっ、と生々しい音がした。

 

「こうしてオレとお前が分かれた時点で、俺たちはもう他人だ。能力はオレが持ってる。オレとお前が同じだった頃(・・・・・・・・・・・・)にしてきた殺し、そしてその罪悪感を他人(オレ)に押し付けてきた弱さ――」

 

 血の、溢れ出す、手を。

 双也に開いて、濡れた手から、血が零れ落ちる。

 

「オレは、誰よりお前の罪を知ってる。――お前の手は、殺してきた奴らの血に汚れ切ってるんだよ、“大罪人”神薙 双也」

 

「っ…………」

 

 その血を見て、双也は図らずに苦々しい顔を浮かべる。それは紛れも無い、悔恨と自己嫌悪を示した表情だった。

 全て正論である。双也が神也に罪悪感による心の傷を押し付けてきたのは確かだし、それからも逃げてきたのだ。

 ――“大罪人”。

 皮肉だが、ぴったりじゃないか。

 

 ――でもだからこそ……それが分かっているからこそ、双也は今ここにいるのだ。

 

「分かってんだよ……そんな事……」

 

「……あ?」

 

 もう一度拳に力を入れる。血で滑りそうになる柄を両手で掴み直して、双也はゆっくりと立ち上がった。

 言われなくたって、自分の罪など自分が一番分かってる。わざわざ突き付けられる必要もない。

 だから、これからは罪を重ねてしまわない為に、自分(神也)を打ち倒そうとしているのだ。

 

「俺は、今までお前としてたくさんの奴らを殺してきた……それは確かに俺の罪だ。言い逃れなんてしない。

 でもだからこそお前を――天罰神を捨てる事で、殺さなきゃならない使命を、この手でぶち壊そうとしてるんじゃねぇか……ッ!」

 

 勝ち目がない? 知ったことか。そんな事では止まれない。この先も誰かを殺さなきゃならないよりは、何千倍もマシなんだ。

 

 それに――願わくば俺は、愛しい紫よりも先に――……。

 

 双也は改めて霊力を解放した。今までの戦いのように加減なんてしていられない。問答無用の全解放だ。

 西行妖と同化した深海色の特徴的な霊力は、燃え盛る大火のように掴み所なく視覚化。そして重過ぎるそれが地殻すらも刺激し、火山は更に激しく大噴火する。

 流れ出る血を拭い、双也は刀を担ぐ神也を睨んだ。

 

「ああ……知ってるさ。お前がこうしてオレと相対している理由はな。たが……違うぜ、お前は何にも分かってない(・・・・・・・・・・・・)

 

「うるせぇ、行くぞ――ッ!!」

 

 下手な攻撃は神也に何のダメージも与えられない。大技も防御しようとすれば防御出来るだろう。

 天御雷にありったけの霊力を込め、一撃一撃を高めて極めて何処までも鋭く、この大地をも真っ二つにする気で。

 神速で肉薄し、振りかぶる。

 

「ああ――何にも分かってないんだ。全てお前に掛かってるんだぜ、双也。早く気付けよ……?」

 

 大気すら灼き切る一撃を、振り下ろす。

 

「誰でもない、オレとお前の為に(・・・・・・・・)、さ」

 

 瞬間、大地が弾けた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――何処だ。

 何処だ何処だ何処にいるッ!?

 

 無数に存在する空間の“枝”。それを力一杯に手繰り寄せて、それを吟味して、違ければまた次へ。

 目の前に広がる途方もない数の時空を、紫は血涙すら流しながら探していた。

 傍から見ればきっと酷い形相をしている事だろう。表情筋が今までにないほど強張っているのが自分でも分かるのだ。

 時々意識が遠のく事もあるが、意識がなくなってしまう事さえないならば関係ない。例え命を削ってでも、探し出さなければならないのだ。

 だって双也も、命を懸けて戦っているのだから――!

 

「何処……何処にいるのよ双也……!」

 

 形振り構ってはいられなかった。

 竜姫に事の顛末を聞いた瞬間に、紫は無数のスキマを開いて双也の存在する次元を探し始めた。

 並行世界同士を繋げる事は、紫の能力を以ってしても限りなく困難である。存在意義からして“次元を跨いでいる”竜姫と違い、紫は正真正銘この次元のみで生きる存在である。そんな小さな存在が全く別の次元に干渉しようなど、本当ならばあってはならない事だ。

 同時に幾つもの次元を無理矢理繋げてたった一つの存在を見つけ出すなど、理屈を考えるより前に誰もが“無理だ”と口を揃える。

 並行世界は横に広がる世界。“無数”という言葉は並行世界の数を表す為にある。砂漠に落とした砂粒一つは、例え目で追っていても再度見つけ出すのは困難なのだ。事実、竜姫でさえ再度双也を見つけ出すのは困難であり、彼が自身で帰ってくるという、那由多の果てにすらあるか分からない可能性を信じて待つしかない。

 

 

 

 ――だから何だッ!?

 

 

 

 止まれない。止まれるはずがない。双也が自分の知らない所で死んでいくなんて、紫には絶対に耐えられなかった。

 例え血反吐を吐いてでも、理性を失ってでも双也を見つけ出して、必ず連れて帰る。そしてなんて事ない日々を二人で過ごして、いつか彼の側で息を引き取る――それが紫の夢なのだ。

 こんな所で、自分の手の届かない所で死なれるのは耐えられない。

 頬を伝う血を拭って、紫は更にスキマを開いた。

 

「……紫」

 

「………………」

 

「紫……っ」

 

「………………」

 

「……紫ッ!」

 

「……ッ、なんですか龍神様ッ!?」

 

 背後から鬱陶しくも(・・・・・)名を呼ぶ竜姫に、紫は図らず怒鳴り散らした。

 視線を向ける余裕はない。本当ならば言葉を紡ぐのも体力の無駄という領域である。

 しかしそれも構わぬとばかりに竜姫は言う。――否、突き付けた(・・・・・)

 

「無駄じゃ。やめろ。世界とは、我武者羅に見つけられる程矮小なものではない」

 

「我武者羅なんかではありません! 揺れの大きい双也の霊力を辿って――」

 

「そのまま続ければ、お主が死ぬぞ」

 

「――……ッ」

 

 言葉は返せない。紫自身も薄々は感づいていた。

 妖力を真に使い切れば、紫は死ぬ。地の妖力がいくら膨大といっても、無理な使い方を続ければ当然底は見えてくるものだ。

 スキマを開く手が、僅かに止まった。

 

「お主の記憶を戻した理由……しかと話した筈じゃぞ。お主に死んだら、誰があやつを迎えると言うのじゃ」

 

「でも、双也が帰ってこれるかは――」

 

「くどいッ! お主が信じずに誰が信じるッ!?」

 

「っ……」

 

 竜姫の怒号に、紫はびくりと肩を揺らした。

 それは決して言葉に恐怖したからではなく、むしろハッと霧が晴れたような――。

 

「何度も言わせるなッ! お主達の絆の力……私はそれを信じてここに来たのじゃッ! “帰ってこれるか”ではない! お主があやつを導くのじゃッ!」

 

「………………」

 

 遂に、手が止まる。

 開いていた無数のスキマは次々とその口を閉じ、一気に空間が静まり返った。

 響く音は、握り込んだ手から滲み出した、熱い血の滴る音のみ。

 

「……私は霊夢を目覚めさせてくる。繋がった絆は、多ければ多いほど良いからの」

 

 言う事は全て言い切ったのだろう、竜姫が背後で身体を翻して去っていく音がする。

 紫は、佇んだままだった。ただ握り締めた拳だけが小刻みに震えていた。

 だって、こんなにも無力な事が他にあるのか?

 この世でただ一人心から愛した人が、自分の知らない所で命を懸けて戦っている。その為に自分は何もしてやれない。ただ祈って待つ事だけ、なんて……。

 

 なるほど、竜姫の言葉は確かに。

 何故こんなにも酷な事を、双也は紫に強いたのか。

 こんなにも辛いことを、双也は――……。

 

「龍神、様……」

 

 気が付けば、引き止めていた。

 

「何故……なぜ、双也は……こんな、ことを……?」

 

「………………」

 

 声が震えている事を、隠し切る事はできない。気丈に振る舞っていられるほど、紫は安定した精神状態ではなかった。

 理由は聞いた。これ以上自分の犠牲を出さない為だと。それは実に双也らしい考え方だと思う反面、何処か紫に、彼の焦燥を感じさせた。

 やりようならまだ探す時間はある筈。何なら、唯一神也を一時的に封じ得た“架々八天封印”を共に研究し、どうにかして完成させる事でも犠牲を出さずに済むはずである。

 まぁ、大部分は感覚なのだけど――……。

 

 足音の止まる音がする。頰に血とは違う熱い雫を感じながら、紫は竜姫言葉を待った。

 そして、紡がれた言葉は。

 

 

 

「……双也は、お主よりも先に死にたいそうじゃ」

 

 

 

 だから、神を捨てる――と。

 本当の人間になる――と。

 紫はぐしゃりと崩れ落ちた。最早全身に力が入らなくなった。

 双也の強過ぎる想いを感じて。そしてそれに応える事ができない今の自分の無力感に苛まれて。

 ただただ――、

 

「ぅ……うぅうぁぁああああ……ッ!」

 

 際限無く溢れる涙を、止める事も出来ず――。

 

 

 

 




悩み中っていうか、もう既に不定期投稿になりかけてんじゃねーか、と。

と、取り敢えず、次回の投稿もおそらく金曜日には間に合わないので、そのつもりでお願いします。

ほんと、楽しみにしてくださっている方々ゴメンナサイです。

ではでは。


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第二百十二話 “生きる”ということ

“全ては、想う気持ちが故に”

お待たせしました。
これで全ての伏線も回収出来た……ト、オモイマス。

ではどうぞ。


 ――もう、どれ程の時間が過ぎただろうか。

 朦朧とする意識の中に、もはや時間という概念は存在していなかった。

 ただ疲弊した腕を振るい、霊力を絞り出し、そして吹き飛ばされては、よろよろと立ち上がる。

 そんな惨めなループに、双也は今、囚われていた。

 未だ嘗て、此れほどまでに痛めつけられた相手などいただろうか。これまで敵のいなかった双也を、まるで“お前は御山の大将だ”とでも嘲笑するかのように、相対する“彼”は容易に双也を凌駕する。

 

 当然か。だって双也は、どんなに足掻いたってやはり、“大罪人”なのだから。

 

「ぉぉおおあああッ!!」

 

 残る霊力で爆発的に加速し、佇む神也に肉薄する。恐らくは大妖怪でさえ捉えられぬその絶速の一太刀はしかし――神也を捉えることは、なく。

 

「甘めぇ」

 

「ッ!?」

 

 瞬時に動いた神也を、双也は全く捉えることが出来なかった。目の前から姿が消えたと思った瞬間には吹き飛んでいて、斬られたことを後から認識したかのように、傷口から遅れて赤黒い血が噴き出す。踏み止まりながら能力ですぐさま傷を塞ぎ、前を睨めば――既に背後を取られていて。

 

「神剣『断咎一閃の剣』」

 

 初めから反応の遅れた双也に、それはもはや必中のタイミング。結界を展開する間も無い双也の頭上に、光輝する天雷が剣の如く突き刺さる。

 飛来した雷は流星のように地面を割り、またその衝撃で軽々と双也を吹き飛ばした。

 飛びかける意識を、どうにか繋ぎ止め、

 

「ぐっ……う……ッ!」

 

 体制の優れない中空で、双也はなけなしの霊力を掌に込めた。

 迸る光。もはや息をするように放つことの出来る、使い慣れた強力な術である。

 反撃するならば、土煙でお互いの姿が目視出来ないこの時しかない。

 うっすら霧のかかる思考でそう考えながら、双也は大雑把に照準を定めた。正確に狙う必要はない。大体方向があっていれば、全て飲み込んで塵に変えてしまうのがこの“術”である。

 

「破道の、九十一……『千手皎天汰炮』ッ!」

 

 解き放ち、見据えたその先では、

 

「神剣――……」

 

 腰に刀を構えた、神也の姿。

 

「断咎一閃の剣――“陽飛衝(ひひしょう)”」

 

 抜刀と共に飛んだ爆雷の砲撃。それはまるで巨大な剣で突きを放つかのように、空を駆けて迫ってくる。

 相対する双也の術は――埃を払うように散り散りと。

 

「――ッ!!」

 

 双也を呑み込んだ雷撃は、勢い緩まず彼方まで駆け抜け、天上の灰と雲を一部打ち払った。

 凄まじい衝撃を真正面から受けた双也は、踏ん張り切れずに力を失い、煙の尾を引いて地に落ちた。

 後から落ちて来た天御雷が、少しだけ離れた所に突き刺さる。

 

「……っ! が、は――ッ」

 

 全く歯が立たない。

 双也の講じる策と術の全てが、神也の前には何の意味も成さなかった。

 血濡れの身体はもう殆ど感覚が無く、力を込める事にも激痛が伴う。失血か鋭痛か、もはや何が原因かなど分からないが、意識が徐々に遠のいていく。

 酷い眠気だった。それは暗くて冷たくて、しかし優しく、安心するようで――。

 

 

 

「何だ、もうへばったのか?」

 

 

 

 ――覚醒。

 

 ろくに動かぬ腕を立たせ、ろくに見えない瞳で睨む。

 鋭い眼光で、睨み返されている気がした。

 

「まだ序の口だぜ。お前が背負った罪の断罪は、この程度じゃ済まされない」

 

 ――早く立て。

 神也の言葉は、裏で確かにそう語っていた。

 

「それとも、お前の覚悟はその程度だったのか?」

 

「ふざ、けんな……ッ!」

 

 震える膝を立たせ、血の雫を大量に落としながら、双也はどうにか立ち上がった。

 そうだ、倒れている場合ではないのだ。罪の事もそうだが、何よりもまだ目的を達成していない。神也を、倒していないのだ。

 

「お前、に……覚悟がどうとか……言われる、筋合いは……ねぇぞッ!!」

 

「ああ、そうだな。だからその覚悟を、オレに証明しろって事だ。まぁ、いつまでもその体たらくじゃあ、話にならないがな」

 

「……ッ」

 

 今の双也に、返す言葉はなかった。

 いつもそうだ。神也の言葉はどこまでも正論で、正しくて、そして無遠慮にこちらを追い詰めてくる。彼が天罰神たるところの本質を、言動に現しているかのようだ。

 今回もそう。神也からすれば、双也は覚悟を持って挑んできた挑戦者だ。それがこうも呆気なく圧倒され、そしてここに折れかけている。そんな体たらくで、彼に示せる覚悟など高が知れているのだ。

 

 だが、双也はただ一つ知っていた。

 神也の言葉は正しい。反論の余地もないほど。だがそれは“正しい”というだけであって――双也の覚悟が“ニセモノ”である証明には、ならない。

 

「分かってる、さ……」

 

 分かってる。

 神也の言う事が正しいという事は。

 

「でもな……お前に何を言われても……諦められない事が、俺にはあるんだよ……ッ!」

 

 大罪人だろうが、ちっぽけな人間だろうが。

 望む心の強さは、誰しも同じである。

 

「勝って、紫の側に帰る……ッ! それが出来ないなら、お前と一緒にここで死ぬ(・・・・・・・・・・・)ッ!! ――それが俺の覚悟だッ!!」

 

 胸の内に込み上げる想いが、爆発するようだった。

 紫への想い、幻想郷への想い、今まで出会ってきた、友人たちへの想い。込み上げるそれがどれに属するものなのかは、双也にも分からない。ただ心の中で渦巻いて、絡まるたびにキラキラと光る綺麗な繋がり。

 その光が力に変わるかのように、双也は喉を枯らす勢いで叫んだ。

 

 能力で天御雷を引き寄せ、構える。

 

「行くぞ……もう一度だッ!」

 

「………………」

 

 双也は駆け出した。もう霊力も殆ど残っていない。ただ腕力のある限り――いや、腕力がなくなっても刀を振るい続け、神也を打ち倒す事だけが頭の中を占めていた。

 そんなので勝てるのか? ――否、勝つしかない。勝てないならば死ぬだけ。選択の余地なんて、初めから無い。

 

 まずは佇む神也の懐に潜り込む。そして勢いに乗せて斬り上げろ。体重も使って、一刀両断する気で。

 ――そうして双也は、ちらと、前髪に隠れた神也の瞳を見た。

 

 それは、侮蔑(・・)――……。

 

 

 

(「……分からず屋が」)

 

 

 

 ――次の、瞬間だった。

 神也を捉えていたはずの視界が一瞬で赤黒く染まり、力で漲っていたはずの身体はゆらりと膝をついて倒れた。

 身体が鉛のように重くなり、身体の芯から熱い魂が抜けて行くような感覚があった。

 

「(なにが……起きた?)」

 

 襲い来る寒気、激痛、意識の混濁。横たわったまま少しも動けないことを確認した時には、もう双也の意識は真っ暗な沼の中に消え入る寸前だった。

 かろうじて理解できたのは、先の一瞬で身体中を斬り刻まれたということ。そしてその一瞬で、残っていた気力をも全て、そして呆気なく切り崩されてしまったということだった。

 抗う気すらも呑み込む濁流のような眠気に、終に遂に負けそうになって――、

 

「おい、なに寝ようとしてる」

 

 ガッ、と側頭部に強い衝撃。直接的なその刺激は、沈みそうになっていた双也の意識を僅かに、しかし無理矢理引き上げた。

 ……神也が、頭を踏みつけていた。

 

「う……ぐ……ッ」

 

「おい双也、まさか死ねる(・・・)なんて思ってんじゃねぇだろうな?」

 

 身体中の痛みに混じって、側頭部を踏み躙る鈍痛がある。

 双也の頭を踏みつける神也は、静かな殺気を含ませて言葉を落とした。

 

「なぁ、お前は本当に何も分かってねぇんだな。昔からずっとそうだ。お前は分かってるフリして、命っつーものがどういうものか何もかも理解してねぇんだ。…………いい加減にしろよ、本当に……!」

 

 明確な怒気を含めたその声と共に、双也は勢い良く腹を蹴り上げられた。 

 抵抗は出来ない。抵抗する為の力が残っていないのだ。されるがまま、双也は無防備にも仰向けになった。

 

 その腹に――刀が、突き刺さる。

 

「ぐ……ぁあ゛……ッ!」

 

「痛いか? 痛いだろうよ。だがこれ以上の事を、お前は今までしてきたんだ」

 

 更に、押し込んでいく。

 

「あ゛あ゛あ゛ッ!?」

 

「理解してる訳がない。お前は今まで傷付(・・)いてこなかった(・・・・・・・)んだから。傷付かないように他人に押し付けて、これをやって来たんだからな」

 

 刀身を、捻り回して、

 

「は……ぐ、あ゛あ゛……ッ!!」

 

「ずっと逃げて来たんだ、そろそろそのツケを払ってもいい頃だと思わないか? なぁ双也――なぁッ!?」

 

「……ッ!?」

 

 刀を鍔元まで刺したまま、神也は強く双也を蹴り上げた。衝撃によって刀が折れ、神力のかけらが双也の身体を傷付けながら宙に散る。

 

 ――もはや、何の抵抗をする気力も残ってはいなかった。

 鉛のように重い体。激しく痛む傷。尽き掛けの霊力。何もかもが重くて、辛くて。

 僅かに残って彼を支えていたモノが、神也の拷問のような責めによって悉く切り崩されてしまったのだ。

 もう、自分の力では立ち上がることもできない。

 酷く眠くなってきた。

 このまま瞳を閉じれば、今すぐにでも眠れそうだ。

 その先にある暗闇がどこか安らいでいて、求めてしまうのは、果たして何故だろう。

 

「……ふん、もうダメか。多少期待してたが、結局お前はその程度って事だ。――ああ、“負けるなら一緒に死ぬ”、だっけ?」

 

 何処か遠くに、声が聞こえる。

 

「ならお望み通り殺してやる。そうしたら、並行世界を渡って裁き回るっていうのもいいな。竜姫みたいな能力ではないが……まぁどうにかなるだろ」

 

 足音は、何処か掠れて遠ざかっていく。双也にそれを、追いかけることはできない。

 

 ああ――負けたのか。てことは今、俺は死にかけてるのか。

 霞のかかる思考で、双也はぼんやりと考えた。

 そりゃそうか。考えてみれば、根性論でどうにかなるような相手ではないじゃないか。それをただ気持ちがあれば何とかなるとか、致命的に楽観視なんかして、自身を過剰評価して。

 

 開き直ってみれば、この策が穴だらけであることが容易に分かる。確率論を持ち出すならば、確実に廃案となるような策である事は明白だった。

 それを、強い気持ちがあればどうにかできる――なんて。

 とんだ大馬鹿者じゃないか、と双也はぼんやり己を嗤った。

 勝てもしない戦いに挑んで、紫を想う気持ちだけ一丁前に強くて、挙句こんなボロボロになって死にかけてる。こんな奴が、よくも今まで生きてこれたものだな――……と。

 

「(なんだか、もう――疲れた、なぁ……)」

 

 思考が負の連鎖に囚われていることは、何となく理解できた。だがそこから抜け出す要素がないのもまた事実である。

 どれだけの間戦っていたか、もはや定かではない。いつ終わるかもわからないその戦いで衰えずに気力を振り絞るのは、いくら双也とて簡単ではない。

 そして――遂に全てが尽きた。

 明確な死を前にして、双也にはもう、何もかもがどうでもよく感じられてまうのだった。

 

 自然な事とも言えよう。悠久の時を過ごして来た双也は、その人生の中で何度も死を空想することがあった。ただ、早苗に会わなければならないという使命感染みた意識があった故に、どれだけ傷付こうとも生きることを選んで来ただけ。

 この戦いだって、死のリスクを知っていたからこそ、思い残しのないようやりたいことを全てやってから臨んだのだ。

 ある意味では、死ぬ用意(・・・・)も出来ていたと言える。

 それが、脱力感に拍車をかけていた。

 

「(ああ、痛い――痛い……もう辛いな……)」

 

 傷付いた身体がズキズキと痛む。死ぬ寸前は魂が離れるから、きっと楽なんだろうなと思っていたけれど、そんな事は全くない。

 痛みがなくなったりなんかしなくて、身体が冷え切ってきて、感覚も意識も秒刻みになくなっていく。

 

 ――こんなに辛い感覚を、俺はいろんな奴に無理矢理味合わせて来たのだろうか?

 

 だとしたら――いや、どう考えても。己はどうしようもない大罪人で、死んで当たり前の極悪人。生きる価値なんて、やっぱりないじゃないか。

 

「(それなら……このまま……)」

 

 紫に合わせる顔はない。死ぬ覚悟で挑んで案の定死ぬなら、納得もできる。ただ……この先あの世界がどうなるのかだけが、気がかりだけれど。

 この痛みから、この辛さから、この 悲しみから。

 逃れられるのなら、もうそれでいい――と。

 

「――……のが……れる……?」

 

 ……何から、逃れようと?

 痛み、辛さ、悲しみ――色々と思い浮かぶけれど、何か違う。何処か腑に落ちない。

 ぼんやりとした双也の頭脳は、漠然とそんな違和感を感じ取った。

 確かに双也は逃げてきた。でも何からだ? 一体自分は、何から逃れようとしてる?

 

 

 

『ずっと逃げて来たんだ。そろそろツケを払ってもいい頃だと思わないか?』

 

 

 

 逃げてきた。

 辛い事から? 悲しい事から? ――違う、そうじゃない。きっと、俺が逃げてきたのはそんな事じゃないんだ。もっと大きくて、取り返しがつかなくて……。

 

 

 

『おい双也、まさか死ねるなんて思ってんじゃねぇだろうな』

 

 

 

 ああ、そのつもりだったさ。

 何故かお前は殺そうとしない。こちらはもう虫の息だというのに。

 何故? ――いや、問うまでもない。そんなの……死んではいけないから(・・・・・・・・・・)に、決まっている。

 

 

 

『――誰でもない、オレとお前の為に、さ』

 

 

 

 ――…………。

 

 

 

 ふらり、と。

 最早空気の中に消え入りそうな雰囲気すら漂わせて、双也は極々ゆっくりと身体を持ち上げた。

 否、もう身体は意識から離れかけている。身体が勝手に動いているようなものだった。そこに彼自身の考えなどなく――ただ今は何をおいても、神也に言わなければ(・・・・・・・・・)ならないことがある(・・・・・・・・・)、と。

 

「……なんだ、まだ動けんのか」

 

 地面に突き刺さる天御雷を、途中で抜き取る。幽鬼のように引き摺りながら、双也は一歩一歩足を踏み出す。

 神也までは、あと数歩。

 

「……俺は、今までずっと……逃げてきた。悲しい事から、辛い事から、罪悪感から……」

 

 ずっと人を裁き続けなければならない運命にどれだけ嘆いたか知れない。その辛さは他の誰にも理解し難く、一人で抱えなければならなかった。そしてそれを抱えながら、殺した人々への罪悪感に、悩まされ続けてきた。

 それを全て――神也に押し付けて目を背けてきた。

 

「でも……俺が目を向けなきゃならなかったのは……そんな事じゃ、なかったんだな……」

 

 辛さも悲しさも罪悪感も、それは全て双也の気持ち――被害妄想(・・・・)だ。本当に辛かったのは他でもない……自分が殺した人たち。自分に殺された人たちに決まっている。

 

「お前の言う通りだ。“死ねる”なんて、俺に思う資格はない。沢山の人達を……殺したんだ」

 

 目を向けるべきは自分ではなく。

 償いとして死ぬべきではなく。

 逃げてきたのは、自らの苦悩では、きっとない。

 

 双也が気が付かなければならなかったのは。

 向き合わなくてはならなかったのは――。

 

「なぁ神也……俺は、生きるよ。

 償いの為に死ぬんじゃなくて、俺が奪った命の為に、その分生きる。……それが、罪滅ぼしになるんだって……お前のお陰で、気が付いたんだ」

 

 目の前。

 ゆっくりと、天御雷を振りかざして、

 

「俺は、お前を卒業する」

 

 徐に、振り下ろす――。

 

 

 

「……上出来だぜ、双也」

 

 

 

 瞬間、神也の身体を走った刀傷は、眩い光を放って弾けた。

 丸い光の粒が、目の前にいた双也すら包み込むようにして宙を舞い、ふわふわと飛び上がっていく。

 光に照らされた神也の表情は――安堵したように、笑っていた。

 

「ようやく分かったようだな、双也」

 

「……ああ」

 

 動かずに、短く答える。

 

「そう、お前は奪った命に対して、罪悪感だけじゃなくて感謝もしなければならない。その行為も含めて今のお前があり、今の世界がある。

 全て背負って向き合って、精一杯生きる事――それがお前に出来る、たった一つの罪滅ぼしなんだ」

 

 神也はきっと、それをずっと前から分かっていたのだろう。

 誰よりも双也の味方である神也には、何が双也にとって最善なのかなど生まれた時から最優先思考事項である筈なのだ。

 

 人は生物を殺して生きる。虫や家畜に限らず、資源を利用するという意味では現在進行形で“この星”を殺している最中だ。

 それは生きる上ではどう足掻いても避けられぬ事であり、生きている限り仕方ない事。

 考えるべきは、“だからこそ奪った命をどこまで無駄なく出来るか”。殺してしまったからと、その責任から逃げてはいけない。

 

「お前は生きなきゃならない。そうさ、最後にお前に殺されるのは、今までのお前(オレ)だ。

 ――全ての命を背負って、お前は生きるんだ」

 

 そう語る神也の空気に、殺気や怒り、苛つきに侮蔑、その他多くの負の感情は一欠片だって混じってはいなかった。

 世話を焼いた子の成長を喜ぶかのような優しさだけが、光の玉と一緒に伝わってくる。

 

 そう、きっと、神也はこうなる事を望んでいた。

 双也が生きるという事の意味に気が付いて、自ら望んで神也に頼る事をやめ、そしてこうして――双也によって消え去る事を。

 

 彼はずっと言っていた。自分は双也の味方だと。誰よりもお前のことを考えている、と。

 その言葉の真意、そして行き着いた究極的な行為――それがきっと、こうして消え去る事。

 神也の心が、初めて分かった気がした。

 

「ああそうだ。ちゃんと理解出来た褒美に、一つだけお前の望み(・・・・・)を叶えてやるよ」

 

 最早身体の半分以上が光に包まれた神也。思い出したようにそう呟くと、消えかけの手で双也の額に人差し指を添えた。

 

「オレはお前自身。こうして別れた後でもそれは変わらない。だが、オレの能力はしっかりとお前に適用できるんだ。……お前の力、少し借りるぜ」

 

 指先に白い光が集まると、それはゆっくりと離れて双也の中へと溶けていった。

 それが何なのかは全く分からないが、何となく……決して悪いものではないように思えた。

 神也の笑みがそう思わせるのか、それとも警戒するほどの気力が残っていないだけなのか。

 

「これでよし。後はオレが消えるだけだ」

 

「……なぁ、神也――」

 

「言葉なんていらねぇぞ」

 

 双也の言葉を、神也は無理矢理遮った。それは字面ほど厳しい言葉ではなく、ただ“もう言葉なんて必要ないだろ”という、確認に過ぎない。

 続けて、

 

「今までの事は全部、オレが勝手にした事だ。オレのお節介であり、同時にオレの使命だっただけ。此の期に及んで、お前にかけられる言葉なんざあるわけねぇさ」

 

 光に包まれた神也は、ふわりと空気のように浮かび上がった。その足先は既に光の玉となって散り行き、膝辺りに差し掛かろうとしている。

 しかしやはり、神也は始終穏やかな表情をしていた。

 消える事に恐怖などないとばかりに。それが本望だとばかりに。

 散り行き消え果て、終にその使命を終えよう――と。

 

「さよならだ、双也。もうお前にオレは必要ない。神は必要ない。ただの人間として――幸せに暮らせ」

 

「……神也」

 

「あ?」

 

 光となって消え、もう殆ど身体を失った神也。

 妖雲異変を含め散々と対立してきたが、最後は意外とあっけないものだ。

 だが――今はそんな(昔の)事なんかどうだっていい。

 消えゆく神也に、双也は精一杯の気持ちを込め、最後の言葉を、言い放つ。

 

 

 

「――世話になった。……ありがとう」

 

 

 

 そうして――遂に光となって、神也は消えた。

 

 最後の言葉が届いたかは定かでない。しかし、言わなければならなかった事を言えた事に、双也はどことなく安心した。

 白い光の玉が降り注ぐ。それはあの荒ぶる神から生まれたとは思えぬ程に暖かくて、そして儚かった。

 双也は空を見上げて、その最後の一つが消え果てるまでを見送っていた。

 

 溢れた言葉は、無意識の如く。

 

「じゃあな……相棒」

 

 この言葉がきっと届くと、そう願いながら――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なぁ双也、お前はオレを自分自身だって言うけど、オレは本当は違うと思ってたんだ。

 

 オレは確かにお前の半身だ。記憶の共有も出来れば、能力の貸し借りもできる。

 でも大事なのは――心があるかどうかだって、思うんだよ。

 

 お前は心が弱かった。だから心の強いオレを生み出した。

 思うことも違ければ、考える事も理念も違う。それを本当に自分自身だって、お前は言えるか?

 

 オレはお前の“苦痛”から生まれた。それは誰よりもお前の痛みを知ってるってことだ。

 心を護るために生まれたオレが、お前を護ろうとするのは当然のこと。

 お前を苦しませるあらゆる要素から、全てを排除してでも護るのが、オレの使命だった。

 ――そして最後に消えるべきなのが、オレ自身なんだって、ずっとずっと昔から、気が付いてた。

 

 悲しみなんてない。本望さ。

 オレは、お前を救いたかったんだ。ずっとずっと、死別に傷付いてきたお前を。

 確かにお前は逃げてきたよ。でも逃げてしまったのは、もう何度も傷付いてきたからなんだろ? それが怖くて怖くて、仕方なかったからなんだろ?

 

 オレ(天罰神)が存在したら、お前はいつまでも他人を殺さなければならなくなる。そしてその度に、お前は益々壊れていくんだろう。

 オレにはそれが耐えられないんだよ。

 お前の痛みを知っているからこそ、これ以上傷ついて欲しくないと思う。当然の事さ。

 

 だからさ――“ありがとう”なんて、言う必要はないんだ。

 オレが勝手にしたことなんだ。オレが望んだだけなんだ。

 

 そんな事を言う暇があるなら、さっさと紫のところへ帰れ。

 きっと心配してる。心配してないはずがない。

 

 オレはもう消えるけどさ、お前には紫や霊夢や、みんながいるんだ。

 オレがお前を任せるって認めた奴らだ、安心しろよ。

 安心して――今度こそ幸せになれよ。

 

 俺がいなくても、もうお前は大丈夫。人間として、きっと素晴らしい人生を過ごせる。悲しみも辛さも罪悪感も、全て背負って、立派に立てる。

 

 心から祈ってる。信じている。

 

 だから、もうさよならだ。

 

 

 

 それじゃあな――……相棒。

 

 

 




結局神也は良い人であった まる

もうお終いも間近です。あーどうやって締め括ろう……? 作品を終わらせるの初めてなのでわっかんないんですよねぇっ!

……まぁ、頑張ってみます。次回も間に合うかは分からないので、そのつもりでお願いします。

ではでは。


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第二百十三話 穿たれようとも――

ちょっと遅れてしまいました、申し訳ないです。

すこーしだけ短めですが、切りがいいので。

ではどうぞ。


 ――歯車は、再び回り始めていた。

 

 ハブが壊れて、繋がっていたそれぞれが外れそうになって、ガタガタに崩れ去ろうとしていたその世界は、ある神によってある程度の修理が施されていた。

 ただ形だけは保てるように。中心がなくなっても、それぞれが繋がりあって、崩壊だけはせずに済んだのだ。

 揺れる枝。舞い散る葉。咲き誇る花。優しい風。――そして、人間と妖怪。

 形の保たれた世界は、これまでと同じように時を送っている。

 変化はあったが、世界が停滞してしまうほどの大きな変化ではない――否、その程度の変化に収められていた。

 

 穿たれた孔を、記憶を取り戻す事で一時的に埋める。

 神――竜姫が施したのは、そんな応急処置だった。

 孔が大き過ぎて、記憶に明確な異常をきたした者にのみ施したその処置は、確かに人格的には元に戻せたが、しかし――それはむしろ、彼らにとって親しい“人物”が、この世界から消えた事実を何よりもはっきりと示した。

 

 ある者は立ち尽くし、ある者は泣き喚き、ある者は彼を探し出そうと行動を起こそうとした。

 しかしそれを止めたのは、他でもない天宮 竜姫と――八雲 紫だった。

 

 時空に干渉することは、例え出来たとしても影響力が未知数である。

 “世界”と“存在”に干渉するその行為は、下手をすれば大惨事を招きかねない。そんなリスクは避けなければならなかった。

 でも――そうして動こうとした者たちが行動を止めた最大の理由は、そうした理屈的な竜姫の言葉ではなく、もっと抽象的で曖昧な、紫の想いからだった。

 

 存在が消え去るかもしれない。それは確かに許容できる事でなく、何をおいても止めなければならない事だ。世界の管理者である紫ならば、そうした危険から住民を守るのは義務である。

 でも、紫が彼らを止めたのはそんな理由ではなく――、

 

『彼が帰ってきた時……あなた達に何かあれば、彼はきっと悲しむわ。だから……やめて頂戴』

 

 その想いに、信頼に、行動を起こそうとした者達はみな呆然とし、涙し、最後に探す事を、諦めたという。

 ただ待つしかないのだ、と。

 その時のために、帰る場所を創っておこう、と。

 

 歯車は、既に回っている。

 後は、中心のハブを嵌め込むだけ。

 きっとあるべき場所を探して、それは何処かを彷徨っている。

 世界――幻想郷の住人達が出来るのは、待つことだけ。

 

 神薙 双也が消えてから――およそ二年が経とうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 博麗神社は桜の名所である。

 勿論、冥界に建つ白玉楼ほどではないが、それでも顕界で最も桜が美しく映えるのは、間違いなく博麗神社と言えるだろう。

 まぁ、そもそも博麗神社以外の場所には、桜など殆ど植えられてすらいないのだが、それは余談である。

 

 両脇に植えられた桜並木は、近年稀に見るほどに咲き誇っていた。

 風が優しくそよぎ、儚く散った花弁がひらりひらりと宙を舞う。程良い陽気と光に照らされたそれは、いっそ薄い桜色に輝いているようですらあった。

 

 ゆらりゆらゆら、そっと舞い落ち――酒の水面に、ひとひら浮かぶ。

 

「あら。……今日は何処まで花見酒日和なのかしら」

 

 水面に落ちた桜の花に視線を落として、霊夢はぽつりとそう零した。

 あまりに良い日だからと、少々だらしないと思いながらも日がまだ昇り切っていないこの時間に酒を出したが、あながち誤った選択でもなかったようだ。

 程良い気温に、満開の桜。神社は静かで、風は暖かく眠気を誘う。こんなに春を感じる日和は、近年では本当に稀である。例え少しだらしなくても、こんな日を逃すことの方がよっぽど損だと霊夢は思う。

 酒は楽しめる時に楽しまなければ。

 

「……そういえば」

 

 ふと後ろを振り返り、霊夢は静かで少し薄暗い居間を眺めた。

 もう何年も住んでいる我が家。真ん中にちゃぶ台があって、その奥に台所がある。机の上には飲みかけのお茶と煎餅が出ていて――。

 

「……最後にゆっくりと話したの、こんな日だったかな……」

 

 最後にあの人(・・・)とゆっくりと話したのも、こんな陽気の良い日だったと思う。確かこの縁側で寝転がって、ずっと寛いでいて――というより、陽気に誘われて眠りかけていたっけ。

 その後、夜に異変解決の宴会があって、結局一言二言交わしただけになってしまって――その日、彼は……双也は姿を消した。

 

「双也にぃ……もう、二年だよ……」

 

 そう零して――は、と。

 決して弱気になるな、信じて待てと自分に言い聞かせたのは、もうずっと前だ。何を今更気弱な声なんて出しているんだ。

 

 龍神様に目覚めさせられて、現状を聞かされて、そして紫の言葉を、聞かせて貰った。

 ふざけるな、と思った。

 例え神也を打ち倒して帰ってこれても、誰も覚えていなかったら意味がないじゃないか。そうなるリスクが見え透いているのに、何故そんな無茶をしたのか、と。

 だが、双也がどれだけ苦悩していたのかを霊夢は知っている。だからこそ、この行動に彼がどれだけの覚悟を持っていたのかも自ずと分かった。

 そう思った時――霊夢はふと気が付いたのだ。

 きっと双也は、自分たちを信じている(・・・・・)のだ、と。

 

 この次元から消えた双也は、確かに霊夢達の記憶からも消え失せた。それは世界の“修正力”とも言える強力無比な力が生んだ作用であり、きっと自力で思い出す事は誰にも出来なかったはずだ。

 でも――思い出した。

 双也はきっと、皆が再び思い出してくれると、信じていたのだ。

 盲信だ、と思うだろう? 当然だ、霊夢もそう思っていた。

 でもきっと……双也は確信していたはずだ。

 

 “繋がり”を操る双也はきっと、他のどんな存在よりも人と人との繋がりの強さを知っている。絆の強さを知っている。それは、例え忘れていても決して切れない血縁のようなもの。

 きっと繋がる者達を束ね導き、巡り合わせてくれる――と。

 

 ならば、こちらも信じなければ。

 最愛の兄が信じられないならば、妹だなどとは口が裂けても言えはしない。

 信じて待つと。

 そう、あの日に誓ったのだ。

 

「〜〜っ、ぷあっ! ……よし!」

 

 器に残った酒をぐいっと煽る。

 少々強めの酒であるそれは、きりりと刺激しながら霊夢の喉を駆け抜けた。爽快感の伴うその感覚に、霊夢は一つ掛け声。

 すく、と立ち上がる。

 

 ――と、その時だった。

 

「朝から酒とは、あまり関心しないわね、霊夢」

 

 その声は、何処からともなく霊夢の耳にするりと入ってきた。もはや聞き慣れた声。高く滑らかで、そして何よりも艶かしいその声音に、霊夢は“ああ、あいつか”と思いつつ目を伏せた。

 溜め息一つ――。

 

「何よ紫、文句あんの?」

 

「文句なんて。あなたもあと数年で成人だもの、母でもない私がそんな無粋な事言うわけないでしょう?」

 

 すう、と音も無く開かれた空間から出てきた紫には目もくれず――否、“それは皮肉か”と零さないよう意識して無視しながら、霊夢は慣れた手つきでお茶を注ぐ。冷めてしまっているが、まぁ冷茶というのも悪くはないだろう。

 自分が座る場所の反対側へ湯呑みを置くと、いつもの事ながら無遠慮に侵入した紫は、何処か優雅にその場に座った。

 自分はさっき酒を飲んだから別にいらない。

 

「で、何の用?」

 

「いえ、特に用は。ただ……あなたが寂しがっている(・・・・・・・)のでは、と思ってね」

 

「!」

 

 その言葉に、霊夢はぴくりと眉端を震わせた。

 まさか、また聞かれていたか。それが分かってて出てきたのか。盗み聞きとは、相変わらず趣味が悪い。

 一瞬のうちに様々な言葉が出てきたけれど、その何れもが口から漏れることはなく。

 霊夢には低く小さく唸ることしかできない。だって……その推測は正直、正しいのだから。

 

「……だったら何?」

 

「何も。あなたにも可愛いところがあるんだ、って思っただけよ」

 

 のらりくらりと問答する紫。その様子は昔から変わらないが……何処か、彼女自身に空虚さを感じるのは、果たして気の所為か。

 だとしても、おかしくはないことだ。常に傍を離れまいとしていた者がいなくなって、空虚感を感じない方がどうかしている。

 ――その言葉は、完全に無意識だった。

 

「紫は――寂しく、ないの?」

 

「………………」

 

 その言葉など、まるで聞こえていないかのように。

 目を瞑って冷めたお茶を啜る紫の姿に、霊夢はすぐに後悔した。

 完全に失言である。そんな分かりきった事をわざわざ答えさせようとするなんて、なんと馬鹿なことをしたものか、と。

 ――そう、分かり切っている。双也を失くしたこの世界はきっと、何処かで寂しさを感じているのだ。その寂しさをすら見えないように日々が巡って、季節が回って、もう二年。

 双也を中心にして、どれだけの人たちが繋がっていたのか、今更になって思い知る。

 

「……別にね、双也が帰ってこない事自体は……そんなに悲しくはないの。そりゃあ、側にはいて欲しいけれどね」

 

 その声は、徐に紡がれた。

 

「帰ってこないなら待っていれば良いの。今更な話なのよ。だってあの人、一度私を千年も待たせているんだもの。ほんの二年程度、文字通り五百倍マシだわ」

 

 でも――。

 そう続いた声からは、普段の飄々とした口調の裏にはっきりと、悲しみを感じた。

 

「彼が――双也が、生きているのかどうかさえ分からないのが、一番……辛いわ」

 

「……そうね…………そう、よね」

 

 それ以上の言葉は、続かない。

 恋人の生死すら分からず待ち続ける紫に、かけるべき言葉を霊夢は持っていなかった。

 ただ、底知れない不安と溢れ出る遣る瀬無さだけが、硬く霊夢の口をつぐませる。

 

 ――と、その時。

 

「ほら霊夢、そんな暗い顔しないの」

 

 むぎゅ、と。

 突然頰が一人でに動いた――否、抓られた。

 横目で見やってみれば、顔の両側には手の生えた小さなスキマが。

 

「ふふ、霊夢ってば、ほっぺがお餅みたいに柔らかいのね」

 

「…………何してんの?」

 

 むぎゅ、むぎゅう、と。

 文字通りお餅のように頰を捏ねる(抓る)紫に、霊夢は無意識に不機嫌な声を漏らす。

 紫はそれすら楽しそうに、くすくすと笑っていた。

 

「ほら、笑いなさい霊夢。あなた、なんだかんだ言っても可愛らしいんだから」

 

「…………あんたに言われても嬉しくない」

 

「あら、じゃあ双也に言われたら嬉しいかしら?」

 

「…………まぁ――って何言わせんのよ!」

 

 反射的に放った霊夢の怒号に、紫は変わらず微笑みを絶やさない。

 その様子にまた怒鳴ろうとして――ふと霊夢は、“もしや紫も、寂しいからここに来たのでは?”と。

 そう考えると、普段なら苛つく要因でしかない彼女の忍笑いも何処か可愛らしいものに思えてしまって、霊夢は開きかけた口をゆっくりと閉じた。

 

「全く……からかうのも大概にして欲しいわ」

 

「あら? 怒らないのね、珍しい」

 

「怒られたいの? なら早めにそう言いなさい、ちゃんとブン殴ってあげるから」

 

「やだ怖い」

 

 まぁ、それならそれでもいいか――と霊夢は思った。

 紫は確かにムカつく奴だが、決して悪い妖怪ではない事を彼女は既に知っている。寂しいというなら勝手に来て勝手に話して、そして満足した――もとい寂しさが和らいだ頃に勝手に帰ればそれで宜しい。

 友人や知り合いなんてその程度の、お互い気が楽な関係であれば良いのだと霊夢は思っている。

 

「(まぁ……“お互い様”とでも思って……)」

 

 霊夢も寂しい。

 紫も寂しい。

 ならば片手間でもいいから顔を合わせて、適当に話をすればきっとそれでいいのだ。

 残念なことに(丁度良い事に)博麗神社はいつだって静かで、他愛もない話をするのに最適な場所だから。

 

 喜んで良いのかな、なんてふと思い、霊夢は軽く息を吐いて空っぽの湯呑みを手に取った。

 お茶はやっぱり冷たいが、まぁ一服するのには申し分ない。トポトポと何処かホッとする水音を耳に心地よく感じながら、湯呑みに冷茶を注いで――。

 

「…………!」

 

「? どうしたの紫――っ」

 

 僅かに目を見開いた紫に続いて、霊夢は“それ”を敏感に感じ取った。

 あまりにも小さな変化。普段ならそれほど気にもしない変化。だがそれは現場に於いて――特に紫と霊夢に対して(・・・・・・・・)は、非常に大きな可能性を示す変化だった。

 

「紫……」

 

「………………行くわよ、霊夢」

 

「……ええ」

 

 多くの言葉は必要ない。ただ、思っていることが同じだと言うことをお互いが分かっていたが故に。

 撫でるようにスキマを開いてその中へと入って行く紫に続き、霊夢は一つ唾を飲み込んでから後を追った。

 

 その行為が、何処か“覚悟のようだな”なんてふと思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 繋いだスキマの先は草原だった。

 本当に何もない場所であり、普段なら誰か来たりもしない。来るに足る理由が、この草原には無いのだ。

 だが、紫はしっかりと意志を持ってこの地に足を踏み入れた。

 だって、先程ここで、“結界の揺らぎ”を確かに感じたから。

 

「………………」

 

 とても静かな場所だった。

 何も無いが故に何者も干渉しないこの地は、まるでここだけ時が止まってしまったかのように静かで、そして全てが澄んでいた。

 唯一の音は、草花や木々の葉が奏でる爽やかな葉掠れ音のみ。吹き抜けて行く暖かな風が、何処までも心地良い。

 

「どう、紫?」

 

 背後からは、紫に続いてスキマを出た霊夢の声が聞こえた。

 ちらと見やれば、やはり彼女も期待混じりの心配そうな表情をしていて。

 紫は、再び前へと視線を戻して、見据える。

 

「この辺りのはず……」

 

 感じた揺らぎは微弱なものだった。それこそ、普段なら無視してしまうほどの小さな。

 つまりそれは、直接的に博麗大結界に干渉したわけではないという事。

 なにもないボウルの中で、温度低下によって水が発生するようなもの。

 干渉した感触ではなかったけれど、確実に結界内に何かが入り込んだ――そんな確信。

 

「………………」

 

「……どう?」

 

 再びそう問う霊夢の声音に、何処か心配の色を強く感じる。

 微弱過ぎたその感覚は、同等の薄さで空間に痕跡を残している。霊夢にはその薄過ぎる痕跡――霊力が、感じ取れないようだった。

 だが――目を瞑れば、確かに感じる。

 

「…………そうね――」

 

 例え薄くても、どんなに儚くても、紫には分かる。

 それは、どんな時もすぐ側にあった優しい霊力。けれど“別のもの”によって少しだけ冷たくなった霊力。

 いつだって忘れた事はない、いつだって求めていた、愛しいあの人の霊力――。

 

「来るのが、遅いわよ」

 

 

 

 ――双也が、この世界に帰ってきた。

 

 

 




ラストだからこそゆっくりと描きたい……この心情、分かってくれる人いますかねぇ……。

まぁあと一、二話ですので、ゆっくりもなにも無いかとは思いますが。

ではでは。


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最終話 果てに見る夢

短いですが、最終話です。

では、どうぞ。


 ――その報は、瞬く間に幻想郷全土へと広がった。

 

 すぐさま彼を探し始めた紫と霊夢を筆頭に、各地で次々と彼を知る人物たちに依る捜索が行われ始めたのだ。その拡散速度といえば、耳の早い幻想郷住民は流石という所だろう。

 人伝に聞いた者いれば、噂を聞きつけた者もいた。風のように広く早く広まったそれは、耳にした者の悉くを動かしたのだ。

 ――その報が、幻想郷を動かしていた。

 

 

 

 人里では、先代の巫女や半妖の教師などが行動を起こした――。

 

 

 

『双也が帰って来たというのは本当かっ!?』

 

『ええ。ですが霊力が微弱で、追跡が難しいとの事です』

 

『……分かった。なら私は向こうを見てこよう。先代はこちらの方を』

 

『分かりました。では……行きましょう』

 

 

 

 紅魔館では、吸血鬼姉妹を中心にして従者一同が動き始めた――。

 

 

 

『お姉さま! 早くお兄さまを探しに行こうよ!』

 

『ええ、分かっているわ。彼は私達の恩人だもの、きちんと迎えてあげなきゃ、誇り高い吸血鬼の名に恥じるわ。――咲夜!』

 

『ここに』

 

『指揮は任せるわ。何としても双也を見つけ出してやるんだから』

 

『仰せのままに、お嬢様』

 

 

 

 永遠亭では、輝夜とその従者達が捜索を始めた――。

 

 

 

『てゐ、うさぎ達を総動員して広範囲を探して! 鈴仙もてゐをサポートしてあげて!』

 

『り、了解ですっ!』

 

『はーい!』

 

『永琳!』

 

『輝夜……私たちも行くわよ』

 

『……ええ!』

 

 

 

 妖怪の山では、二柱と天狗一派、そして早苗が、捜索のために空を駆った――。

 

 

 

『神奈子様、諏訪子様! 双也さんが……』

 

『分かってるよ早苗。私達も行こう!』

 

『では、頼むよ天魔』

 

『ああ、こちらも双也には世話になった。空は私達天狗に任せるのだ! 行くぞ!』

 

『『『おおッ!!』』』

 

 

 

 その他にも、仙人達や妖怪寺の弟子達、幽霊楼閣の二人、面霊気――……嘗て双也と関わり、そして強かれ弱かれ絆を結んだ者達が、それぞれの方法で彼の捜索を開始した。

 きっと――いやどう考えても、この狭い世界でただ一人を探し出すのに、これほどの大人数は必要ない。誰かが見つけ出すのを待っていれば、自ずと会う機会はやってくる。

 だが――そうではないのだ。

 動き始めた者達は、皆双也に会うことだけが目的ではないのだ。

 会うだけならば待っていればいい。違う。皆が皆、己の手で彼を探し出そうとするのは一重に――双也を、その手で迎えたいからだ。

 彼を中心に、幻想郷が動いている。きっとそれが、双也の紡いできた絆の証。

 

 そして、その想いが最も強く最も深いのは、恐らく――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここへと足が向いたのは、本当に何となくだった。

 

 双也を探し始めて、もう数刻だ。色々なところで色々な人物が動き出して時間が経つが、未だ双也を見つけ出したという話は聞いていない。

 きっと双也は、霊力的に酷く弱っているのだ。それがなぜかと言われれば、はっきりとした事は言えないけれど、きっと並行世界を渡る事は彼の膨大な霊力を用いても容易なことではないということなのだろう。

 彼はきっと弱っている。だからこそ痕跡を辿るのは難しい。

 

 目で捉えるだけの情報量では、たった一人を探し出すにも限界がある。

 かく言う紫も、草原で感じたきりぱったりと霊力を感じられなくなり、先程までスキマで飛び飛びに探していたのだ。

 そんな時、ふと、この場所へと来なければならない――と。

 霊夢すらおいて、ふらりと訪れた。

 

「…………博麗神社」

 

 幻想郷を広く見渡せる丘の上に立つ最古の神社。双也が昔から可愛がってきた霊夢の家。そして紫の――夢の証。

 紫は、そんな博麗神社へと続く階段に、ゆっくりと足を踏み出した。

 

 長い階段。

 一歩一歩力を込めて踏み出さねば、先へは進めない坂道。

 それは何処か、今までの長い道のりを彷彿とさせた。

 

 生まれた時のことなど覚えていない。妖怪は人間の畏怖や恐怖から生まれるが、果たして自分が、人間のどのような恐怖から生まれたのかはついぞ分からなかった。今では、それを知ることすらどうでもいい――とさえ思っている。

 強大な妖怪から逃げながら人間を捉え食べ、徐々に力が付いてきて、ある日川辺で双也と出会った。

 あの頃は師匠でこそあれ恋人になるなんて、夢にも思っていなかった。彼の旅を眺めて楽しみ、共に歩いて研鑽し、そしていつしか、いなくてはならない存在になった。

 そうなるまでに千年以上も経っているなんて、本当に時が過ぎるのは早いものである。

 

 夢にまで見たこの世界。その夢の中で、双也に看取られながら命を尽くす。それは紫の夢だった。それを叶える為なら、どんな苦難だって乗り越えられると断言できる。

 ただ――紫は、それよりも大切なことを知っている。否、この二年間で気が付いたのだ。

 己の夢も大切だけれど、それよりももっともっと大切なのは――愛する人と最後の最後まで生を共にする事。

 

 双也より後に死にたくなんかはない。彼を失って自分がどうなるのか、想像するのも恐ろしいほどなのだ。

 でも――そんな事(・・・・)より。

 彼が側にいない寂しさの方が、きっと何倍も辛い。

 双也が無事に人間となって帰ってきたならば、確実に彼は紫よりも先に死ぬだろう。それはやっぱり怖い。

 でもだからこそ、彼が死ぬまでの時間を全て、二人のために使おう――と。

 美しい思い出でいっぱいに染め上げて、“その時”にお互いが笑って別れられるように。

 どれだけ寂しくても、ふと思い出せば思わず微笑んでしまうような思い出を。

 

 それが――紫の望み(・・)だ。

 

「………………っ」

 

 ふと上げた視線に鳥居が映ったのは、そう思い返したのと同時だった。

 鳥居。神社の門。夢の証の、その象徴。

 ここに来なければならないと思ったのは、きっと偶然ではないのだと不思議と思えた。

 だって、こんなにも震えが止まらない。何故か、この先で待ち受ける何かに、紫の全てが震えているのだ。

 訴えかけている。踏み出せ――と。

 この先が、一つの終着点なのだ――と。

 

 ここまで己の意思で訪れた紫に、今更それに従わぬ選択はない。

 ただ、何処かふわふわとした心地で、ゆっくりと踏み出していく。

 

 鳥居を超えた先は、光り輝く桜吹雪。

 そして――。

 

 

 

「そう、や……?」

 

 

 

 桜の中で一人佇む、少年の姿。

 静かなその雰囲気を纏って境内を見上げるその後ろ姿に紫は、大きく息を呑んで、ただじっと、その姿を見つめた。

 色々な想いが溢れてきて、しかしそれは言葉にならずに、散っては染み行き、心を震わせる。

 かける言葉すら出ては来ないその間に、少年は、ゆっくりと振り返った。

 それは、変わらぬ愛しい人の、優しい微笑み。

 

「ああ、紫――」

 

 

 

 ――ただいま。今、帰ったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ……ここね」

 

 降り立った階段を見て、霊夢は一つ息を吐き出した。

 紫の妖力はここ――博麗神社から感じる。まさかお茶を飲んでサボっている訳ではないとは思ったが、どの道彼女の力を借りた方が効率はいい。

 上がる息を整えながら、霊夢は階段を上がり始めた。

 

「全く、突然いなくなって……困るのはこっちだってのよ」

 

 逸る気持ちがあった。

 早く双也を見つけて、色々と言ってやりたいことがあった。それはたった今でも同じ。

 だから、紫がいなくなった時は正直に言って……焦った。故に、先に紫を探し始めたのだ。

 

「(……いえ、違うわね)」

 

 紫を追いかけたのは、よく考えれば、多分そんな理由ではない――と、霊夢は思い返した。

 知っているのだ。紫がどれだけ双也を想っているのか。どんな気持ちで彼を待ち、そして探していたのか。

 その紫が突然いなくなって、この博麗神社に訪れた。

 きっと意味があるのだ――と思うのは、自然な事だろう?

 

 一つ、霊夢は唾を呑みこんだ。

 なぜそんな事をしたのかは、霊夢自身定かではない。だが何処か、落ち着いたように感じたのは確かである。

 

 階段を登り続けて、鳥居が見えて、少し駆け足になって、視界が広がって。

 変わらぬ桜吹雪の中で霊夢が見たのは――。

 

「! ………………全く、相変わらずね、あんた達(・・・・)は」

 

 ぽつりと溢れた言葉は、誰かに向けた言葉ではない。広がる景色に思わず漏れて、そして思わず微笑んでしまっただけ。

 霊夢はすぐ側の鳥居に背を預けて、片目を瞑ってその“幸せな光景”を見遣った。

 その、重なる二人の姿(・・・・・・・)に、目の端が少し熱くなる気がして。

 

「……ふふ、やっぱり来て正解だったわね。…………私たちの下に、この世界に――」

 

 

 

 ――おかえりなさい、双也にぃ。

 

 

 

 双也と紫。

 満開に咲き誇る祝福の桜の中で、二人の重なった姿は、夢幻の美しさに映えていた――……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                 Fin.




ここまで読んで下さった読者様方、ご愛読有難うございました。 一先ず、拙作“東方双神録”はこれにてお終いとなります。

――が、後日談を含めもう少し書きたいことがあるので、あと少しだけ付き合っていただけると幸いです。物語としては、後日談の一話を含めて本当におしまいとなります。

まぁあとがき(後日談投稿後)にて色々と語ろうと思うのでここでは控えますが、もう一度、読者様方には重ね重ね感謝申し上げます。本当にありがとうございました!

ではでは、後日談で。


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Plus story
After S 紡いでいく幸せ


お待たせしました、後日談ってやつです。
あ、活動報告のあとがきも見てくれたら嬉しいですはい。

ではどうぞ。


「……ふああぁぁあ……あふ」

 

 ――透けるような晴天だった。

 あまりにも澄んだ青色が広がるものだから、少しだけ眩しい気がして、手で影を作る事もせずに目だけを細める。そうして大きく息を吸い込むと、その拍子に大きなあくびが出た。

 霊夢はそれに抗いもせずに、博麗神社の縁側で、平和だなぁ、と一人思い耽る。

 

「………………」

 

 “暇なのは幸せの証”と言うが、“暇は人間をすら殺す”とも言う。絶賛暇を謳歌中の霊夢は、どちらも本当にその通りだなぁとぼんやり思った。

 

 確かに、今日は予定が入っている。なら準備すればよろしい、と言われるところだが、生憎準備など欠片も必要のない用事だ。しかも最近は特に忙しくもない――異変もそれ程起こっていない――為に、神社の掃除などの雑務を除けば霊夢は何もすることがない状態だった。

 

「暇なんかにゃ殺されないと思ってたけど……こりゃまた意外と強敵ね……」

 

 寝転がって、そうぽつりと呟いた――その時だった。

 

「おいおい、そんなのにお前が殺されるなら、お前に勝てない私は何に殺されるってんだ?」

 

 聞き慣れた声だった。片目を開けてみると、そこに映ったのは案の定、寝転ぶ自分を覗き込む――、

 

「……いらっしゃい魔理沙。今なら弾幕ごっこで殺してあげるわよ? 暇だし」

 

「お前の暇で殺されたくもねぇよっ! ……まぁ、そうじゃなくても今日は遠慮するぜ。備え(・・)とかないといけないからな」

 

 そう言いながら、魔理沙は霊夢の寝転がる縁側の隣に腰を下ろした。青色の空に揺れる彼女の金色の髪は、やっぱり眩しい。

 霊夢は溜め息ながらに“そう”と呟くと、寝転がったまま大人しく目を閉じた。

 ――と、思い出したように。

 

「……備えるって、まだ始まるまで時間あるでしょう? 一戦するくらいなら変わらないと思うけれど」

 

「甘いな霊夢。“どんな時にも油断しない”のは勇者(・・)の基本だぜ?」

 

盗人(・・)の間違いでしょ。最近はあんまりしてないみたいだけど」

 

「おっと……そりゃ確かに」

 

 いつもの軽口の応酬に、霊夢は少しだけ微笑んでから小さな溜め息を零した。

 これは疲労によるものではない。偏に、いつもの軽口がいつもの調子で繰り返されることに、またじんわりと平和を感じたからだった。

 

 そう――幻想郷はのんびりとした時を送っている。

 人間も妖怪も神様も、皆が皆好きに動いて好きに話して、そして好きに生きている。

 もちろん異変だってあった。でもそれはやっぱり霊夢が解決したし、魔理沙や早苗や妖夢や――人間達(・・・)の奮闘の末、何事もなく収まっている。まぁ、そのお話はまたいつか語るとしよう。

 

 今はただ――この平和な時を、謳歌して。

 

「ま、時間があるっつってもあと二、三時間だろ。早めに行こうぜ」

 

「……それもそうね。ダラダラと時間を潰すよりは、その方が良いかも」

 

 魔理沙に促され、霊夢はよっこらせと立ち上がった。

 持ち物は特にない。強いて言うなら“期待する気持ち”でも持っていけば、まぁ失敗はしないだろう。

 

 霊夢と魔理沙は連れ立って空へと飛び上がった。

 空は青い。もうそろそろ南中を迎えそうな太陽は、空気を程よく暖めている。

 

 ――今日は、絶好の宴会日和だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは行ってきますね! 諏訪子様、神奈子様!」

 

 ――守矢神社。

 博麗神社と変わらず暖かい陽気に包まれる中で、早苗の声は何処か響くようだった。

 居住区の玄関の前で、諏訪子と神奈子は、出かけようとする早苗を見送るところである。

 

「まぁ良いんだが、少し早くないかい早苗? もう少しゆっくりしていても――」

 

「そんなことありませんよ神奈子様! 何事も早め早めに行動するのが、充実した生活を送る秘訣なのです!」

 

「急ぎ過ぎちゃダメだよ早苗? のんびりすることも大切なんだから」

 

「はい! 了解です諏訪子様!」

 

 元気に微笑む早苗の姿は、やはり活力に満ちていた。異変もなく、元気が有り余っているだけなのかもしれないが、彼女を娘同然に思う二人からすればそれはただただ嬉しいだけだ。

 そうして飛んでいく早苗を見送り、二人は息を合わせるでもなく居間に戻っていく。

 参拝客もやはり多くはなく、二人も暇といえば暇なのだった。

 

「あ〜あ、私も行きたいなぁ」

 

「我慢しろ諏訪子。本来なら神は神社から動き回ってはいけないんだと知っているだろう?」

 

「でもさでもさ〜、珍しいんだよこんな事(・・・・)は! 神奈子だって知ってるでしょ? っていうか神奈子も本当は行きたいんでしょ?」

 

 見た目相応の駄々を捏ね始める諏訪子の言葉に、神奈子はしかし同感だった。

 やれやれ、と溜め息を吐きつつ頷いて、

 

「知っているさ。お前も私も、大昔の事とはいえあいつとは長い付き合いだからな。人となりなんかはとっくのとうに把握しているさ」

 

「で、行きたいんでしょ?」

 

「…………まぁな」

 

 諏訪子の追求に小さく頷く神奈子。

 本心としては確かに諏訪子の言う通り――というより、全く同じ気持ちだった。

 神奈子も、正直なところは早苗と共に出かけたかったのだ。理由なんかは特にない。友人と共に過ごすのに理由なんかいらないのだから。

 しかし、それでも優先しなければならないのは己の使命。

 こんな時だけ、なんで自分は神なのだろう――なんて卑屈にも聞こえる思いが込み上げてくる。いや、字面ほど重い意味などないのだが。

 

「――でも本当に珍しいよね、双也が自分から宴会を開こうって持ちかけてくるなんて。しかも何のお祝いでもないのに」

 

「あいつはそれほど活発じゃあないからね。言われればやるが、言われなければいつまででもぐぅたら出来る奴。――ふむ、何かあったと見えるな」

 

「例えば?」

 

「例えば……そうだな……」

 

 ふと思考を巡らせて、すぐさま思い至った可能性の一つに、神奈子は思わずニヤけてしまった。

 なるほど、それなら集めるのも納得がいく。それほど多くの人数を呼ばなかったのも、双也の性格を考えれば当然とも言えた。

 そうして突然ニヤけ始めた神奈子に、諏訪子は当然訝しげな視線を向ける。

 

「なぁに神奈子、なんか分かったの? っていうかその笑い方ちょっと気持ち悪いよ?」

 

「……一言多いぞ諏訪子。なに、考えてみればすぐに思いつくよ。可能性だがね」

 

「え〜? 全然思いつかないんだけど……ヒントとかないの?」

 

 神奈子は、そう問いかける諏訪子を見てまた少し笑ってしまった。

 鈍い奴だ。普段ならしないことをしてまで人を呼ぶ奴の目的なんて、粗方予想が付くだろうに。

 神奈子はわざとらしく“そうだなぁ”と前置きして、

 

「――やっとか(・・・・)、って感じだな」

 

「何それ? ヒントになってないよ!」

 

「そうかい? 大ヒントだと思うが?」

 

 隣でわーぎゃーと喚く親友を片手で宥めながら、神奈子はゆっくりと青い空を見上げた。

 本当に良い天気だ。まさに宴会にはぴったりな日。そしてああする(・・・・)にも、ぴったりの天気といえよう。

 視界にふと映った番いの鳥達を見て、神奈子は一つ、笑いを零した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 よく晴れた今日のような日は、本当に風が気持ちいい。

 程よく暖かく、強過ぎない程度に頰を撫ぜるこういう風は、博麗神社で寛いでいても気持ちいいが、開放的な場所だとさらに心地いいのだ。

 そう――こんな草原(・・)だと特に。

 日取りを狙ったわけではなかったのだが、この日にみんなを呼んで正解だったと思う。

 

「あー、ねむ……」

 

「寝ちゃあダメよ双也? 何の為にみんなより早くここに来たと思ってるの?」

 

「はいよーそうだったなー」

 

「もう……」

 

 と、溜め息気味に言葉を返してくるのは紫である。隣に座って、仕方なさげに微笑む彼女はやっぱり美しくて、ふとこちらまで嬉しくなった。

 

 今日は、この草原に集まって小宴会を開くことになっている。それも珍しく俺から誘うという形で。

 別に気まぐれとかじゃあない。そもそも俺はあんまり活動的じゃないし、宴会にも誘われたり何かしら関与したりしたら行くことにしているのだ。

 では、何で今回は“俺から誘う”なんて大胆極まる行動に出たかだが――。

 

「双也、そのままじゃあなた寝ちゃうでしょう? 体は起こしておいたほうがいいわよ?」

 

「うーん、そうだな……」

 

 紫の二度目の催促に、俺は渋々身体を起こした。別に眠くなんかはないのだが、やはり紫は俺が寝てしまうことを危惧しているようで。

 だが、みんなが来るまで座ってジッとしているのも勿体無い気がする――というのは、果たして俺の我儘なのだろうか。だって、こんなにも気持ちの良い日はなかなか無いんだぞ? 紫も一度寝転がってみれば、俺の気持ちが分かると思うのだが。

 ――ふむ。

 

「なぁ紫、ちょっとこっち……」

 

「何かしら――って、きゃあっ!?」

 

 呼ばれて更に寄って来た紫を、俺はそのまま抱き付くようにして後ろに倒れこんだ。不意打ちに近かったので、流石の紫も面食らった顔をしている。

 ふふ、一本取ったぞ。いつも尻に敷かれてばっかりだからなっ。

 

「どうだ? 寝転がると気持ちいいだろ?」

 

「うぅ……確かに気持ちいいけど、いきなり押し倒すことないじゃない……っ」

 

「こうでもしないと、お前は寝転がってくれないだろ? いっそ一緒に倒れこんじまえば、俺の気持ちも分かるかと思ってな」

 

「! 全く、ブレないわねぇあなたは……」

 

「褒め言葉として受け取っておくよ」

 

 遂に諦めたのか、紫は小さく溜め息を吐きながら仰向けになった。

 腕も枕にされてることだし、俺も仰向けになって空を見上げる。

 ――青く澄んだ空が目に焼き付いて、何処かほうっ、と安心出来た。

 

「……紫」

 

「なぁに?」

 

「俺……人間になれたんだな……」

 

「……そうね」

 

「帰って……来れたんだな」

 

「…………そうね」

 

 そう短く答える紫の声に、どうしようもなく嬉しくなってしまう俺は、きっと本当に染められているんだな、と思った。

 紫とこうして寄り添って、二人草原に寝転びながら空を見上げてゆっくりと過ごす。それがこんなにも幸せだとは、昔の俺なら考えもしなかっただろう。

 ――いや、違うな。それ以前の話だ。きっと、ただ紫が側にいてくれることが――何より嬉しいんだ、俺は。

 一緒に過ごして、一緒に生きて、そして一緒に――

 

一緒に死ねる(・・・・・・)なんて素敵だなぁ――なんて思ってる?」

 

 そう、心を見透かすように問うた紫の声に、俺は思わず彼女の方を見遣っていた。視界に入った紫は、いつの間にか俺の方に身体を向けて、優しく微笑んでいた。

 

「……なんで分かった?」

 

「分かるわよ、あなたの事だもの。それに……私も同じ気持ちだったわ」

 

 一緒に死ねる事が、私も嬉しい――と。

 紫の言葉が、まるで残響のように俺の心に沁み行っていく。それはやっぱりえも言われぬ心地で。

 

 そう――これは贈り物(・・・)だ。

 神也が残してくれた、最後の贈り物なのだ。

 

寿命を繋げる(・・・・・・)なんて――最後にとんでもないことをしていったものね」

 

「でも、そのお陰で今こうしていられる」

 

「……ふふ、そうね」

 

 紫と俺の寿命を繋げる――そんな世の理に背くような事、俺の能力では到底出来ない。死人を蘇らせる事ができないのと同様である。そも、それが出来ないからこそ俺は紫よりも先に死にたかったのだから。

 だが神也なら――俺を超越し、同様の能力を扱えたあの時の神也なら、それが出来たのだ。

 俺の能力の使用限界を超えて、寿命を繋げるという荒唐無稽な使い方を。

 俺たちの、最後の願いを叶えるための贈り物として――。

 

「こう言っちゃあアレだが……死ぬことすら楽しみだよ、俺は」

 

「ふふ、それは確かにそうだけれど……もっと先にやる事(・・・・・・・・)があるでしょう?」

 

「おっと……そうだったな」

 

 そうして微笑みあって、ゆっくりと距離が縮まって――

 

 

 

「あーあー何やってんのよあんたらこんな場所でー!」

 

 

 

 突然響いた声に、俺達は反射的にピタリと動きを止めた。

 確認するまでもないが、取り敢えず見上げて、

 

「お、来たか霊夢。顔が赤いけどどうした?」

 

「誰の所為だと思ってんのっ!? 数秒前の自分達を思い出しなさいッ!」

 

 怒りか恥ずかしさか――十中八九後者――顔を赤くして怒鳴る霊夢に、俺はワザとっぽく笑う。相変わらず、可愛いくらいに初心なところのある妹である。

 正直なところは、これくらいそろそろ慣れてもらわないと後継問題が云々……。初心なままで恋人の一つもできないとなると、真剣に霊那と話し合い(・・・・)を始めないといけなくなるし。

 まぁ最悪の場合、見込みのある人里の子供を見つけ出す事になる。霊夢に独り身のままでいて欲しくないのは本音だが。

 

「アツアツなのは構わんが、あんまり外でそういうの(・・・・・)は感心しないぜ双也? 霊夢もこのザマだしな」

 

「このザマって何よ魔理沙!」

 

「もちろんそのザマだぜっ。取り乱し過ぎっつー事さっ!」

 

「ぐ……」

 

 霊夢の後について来たらしい魔理沙に、俺は軽く手を上げて挨拶だけした。

 彼女の手には、どこから持って来たのか一升瓶が握られている。宴会好きの魔理沙のことだ、わざわざ買って来てくれたのだろうか。

 

 二人は一頻り軽口を言い合うと、俺と紫の側に腰を下ろした。

 俺にか魔理沙にか、霊夢は一つ溜め息を吐くと横目で俺を見て、

 

「それで? 小宴会やるのは別に良いんだけど、何のために呼んだのよ? 暇だからってわざわざ宴会開いたりしないでしょ、双也にぃは?」

 

「流石よく分かってる。実は話したいことがあってなー。まっ、それは全員集まってからにするとして――」

 

 と、ちらり霊夢の陰に隠れる魔理沙を見遣る。

 彼女は軽く準備運動しながら、しかしどこかそわそわとした雰囲気を醸し出していた。今か今かと声の聞こえて来そうなその視線は、確実に俺の方に向いていて。

 

「おう双也! こっちは準備オーケーだぜ!」

 

「挑んで来た方っぽくないな、そのセリフ……まぁいいや。じゃ、やるか!」

 

 実は、今日は小宴会と同時に魔理沙と弾幕勝負をする事になっている。挑んで来たのは彼女の方だ。

 最近はあまり動いていないし、丁度いい運動になると踏んで引き受けたのだ。

 魔理沙は捻くれた性格してる割に隠れた努力を常にしている。事実、彼女は常に少しずつだが強くなっているのだ。

 俺との戦いが、その美しい努力の糧になるというなら本望――というのは、ちょっと格好付けた綺麗事か。

 

「よし、じゃあ行くぞ」

 

「おうよっ!」

 

 横に置いておいた天御雷を手に取り、俺と魔理沙は蒼天の空に飛び上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上空で撃ち合う双也と魔理沙を眺めながら、地上に残された紫と霊夢はのんびりと酒を飲み始めていた。もちろん酔ってしまうほどの量ではない。酔わない程度に、軽く喉を潤す程度に飲む酒は、やはり少しだけ物足りないけれど、宴会前とあっては仕方ない。

 そう一人で納得する紫は、物足りない徳利の酒をまた少しだけ呷った。

 と、そんな時。

 

「……変わらないわね、双也にぃは」

 

 霊夢の声は、静かに漏れた。

 

「なぁに? 突然どうしたのよ?」

 

「いや……人は変わるものだってよく聞くけれど、双也にぃはちっとも変わらないなぁって。結構色んなことがあったはずなんだけどね……」

 

 どうしてそんな事を言い始めたのか――なんて問いは、愚問なのだとすぐに分かった。

 異変を始めとして、霊夢の周りでは大抵の場合双也を中心にして事が起こっていた。そしてその度に何かしらの影響が残り、次々と連鎖していったのだ。それが遂に集結し、今では平穏な日々を送っている。

 ――色々な事があったのに、双也は全然変わらない。きっとそれが不思議であり、嬉しくもあるのだろう。

 紫はその言葉を聞き、少しだけ笑って、

 

「人が変わるのは、その周囲が変わるからよ。人も環境も何でも。双也の場合は、そうね……人外が多いからねぇ」

 

「……まぁ、確かに神とか妖怪とかとばっかりつるんでるけれど。博麗の巫女の兄って自覚あるのかしら?」

 

「あら、妖怪神社の巫女が何を今更」

 

「……うっさいわね」

 

 少し不機嫌そうに眉を顰める霊夢の姿に、しかし紫は、その姿がやっぱりどこか面白く感じた。

 やはり、霊夢はいつまでも“お兄ちゃんっ子”なんだなぁ――と。いつまでも兄離れ出来ないでいる霊夢に、紫は諭すように言う。

 

「変わらないのは良いことよ。印象とか接し方とか、急に変わると面倒だから。でも変わる事自体は人には必要な事。関係性は流動的で、時間の経過に否応無く影響されるものだもの。どうしても変わっていってしまうものよ」

 

「……何が言いたいの?」

 

「あなたも、ちょっとずつ変わっていかなければね、と言うことよ」

 

 霊夢は若干要領の得なそうな表情をしているが、言いたい事を言えた紫は何処吹く風。見えないフリして酒を呷る。

 これを機会にさらに成長して、ちゃんと兄離れが出来れば霊夢にも“春”がやってくると思うのだが。きっと双也も、それを願っているだろう。

 口に含んだ酒をコクリと呑み込み、空を見上げてそう思う。

 ――と、その時だった。

 “待っていた声”が、紫の鼓膜を揺らした。

 

「それ、変われない私達に対する皮肉かしら?」

 

 霊夢の時と同様、振り向くまでもない。透き通るようだけど何処か大人びたこの声は、紫の知る限り一人しかいない――というより、そんな推測すら本当はする意味がなかった。

 だって、この人は今回の話には欠かせないのだから。

 

「そんな事……私がそんな陰湿な事言うわけないでしょう永琳? ――っと、早苗も一緒に来たのね」

 

「は、はい! 途中で会ったもので!」

 

 こんにちは! と元気に挨拶する早苗に、紫は挨拶程度に微笑みかける。

 そして永琳の方を再度見て、見透かすように目を細めると――、

 

「……あなたも来たのね、輝夜(・・)

 

「……なによスキマ、私のことは放っといてよ」

 

「姫様……そんなにヘソ曲げないでください」

 

「だって永琳……」

 

 永琳の後ろから渋々と姿を現したのは、相当に憂鬱そうな表情をした輝夜だった。その理由についてははっきりしていたが、だからこそ紫は敢えて輝夜に構う。それは別に、彼女を馬鹿にしていると言うわけではなく、むしろどちらかと言えば歓迎(・・)するような気持ちで――。

 

「……なんで私まで呼んだわけ? 当て付けかしら」

 

「いいえ、そんなつもりじゃあないわ。言ったでしょう? “あなたに勝ったことを誇らしく思う”って」

 

「……やっぱり、嫌い」

 

 輝夜はふいとそっぽを向くと、ちょうど永琳に隠れて見えない辺りの位置に腰を下ろした。少々嫌われてしまっているようだが、それが悔しさ(・・・)の現れであることを紫は知っている。だからそれを、つべこべと言いはしなかった。

 

 ――さて、これで全員だ。

 双也が呼んだ――輝夜だけは紫が呼んだ――のは合計で五人。霊夢、魔理沙、早苗、永琳、そして輝夜である。

 この面子である理由は……まぁ、顔を合わせることが多いから、真っ先に伝えようと思ったのだろう。

 揃ったのを確認し、上空で戦闘中であるはずの二人を呼ぼうとしたところで、二人は丁度戦闘を終えて降りて来たところであった。

 

「お帰りなさい、双也。どうだった?」

 

「ああ、ただいま。いい運動にはなったよ。ただまぁ、まだ詰めが甘いな魔理沙」

 

「くっそぅ……強くなった気がしないぜ……」

 

 ボロボロの様相を呈する魔理沙から察するに、今回も双也の圧勝だったのだろう。事実双也は息も上がっていないし、服も傷付いていない。

 人間になってもこの強さだというのだから、我が恋人は本当に規格外な存在だな、と紫は改めて感心した。

 ――と、直ぐに我に帰り、

 

「さて、じゃあ全員揃ったことだし、そろそろ始めましょう?」

 

「そうだな。みんな、ピクニック程度のちょっとしたお喋り会みたいなもんだが、楽しくいこう!」

 

 ――双也主催の小宴会は、こうして始まりを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 双也曰く“お喋り会”というのは、全く以って正しい表現だったと言えよう。

 何せ集まっているのは合計でも七人。寺子屋で仲良しグループでも作らせれば容易に届く人数である。そこに良過ぎない程度の酒と少しのお菓子、そして澄み渡る大空に草原とくれば、それはもう明らかにピクニックの様相である。

 その構成人物の大半が人外なのは、まぁさて置くとして。

 

「永琳、その酒美味しそうじゃない。ちょっと寄越しなさいよ」

 

「あなた、もう少し自重したら? あんまり酔われても困るのだけど」

 

「いいじゃないの、ピクニックでしょ?」

 

「ピクニックの意味履き違えてねーか霊夢?」

 

 永琳の諌め言葉に若干の赤ら顔で答える霊夢に、魔理沙がポツリと突っ込みを入れる。

 確かにほろ酔い程度の軽い症状のようだったが、あまり酔われるのもやっぱり困る――と、永琳は苦い顔をしていた。

 

 そんな霊夢の様子を見ては、輝夜。

 

「永琳、困るなら睡眠薬でも打っておきなさい。寝ててくれた方が静かでいいわ」

 

「なによ輝夜! 双也にぃと二人っきりになりたいからって不意打ちしようとすんじゃないわよ!」

 

「ちぇ、勘の鋭いやつね……」

 

 策略を一瞬で看破した霊夢に、双也に引っ付く(・・・・・・・)輝夜はやはりその形のいい眉を顰めた。

 双也と共にある時の彼女の目的は、いつだって一つだけ――双也と二人っきりになる事だけである。

 確かに紫には負けたが、それは決して輝夜の気持ちが消滅した事の別称ではない。

 恋人にはなれずとも、側にいたいと思うのは逆らえぬ乙女の性――というのは当然輝夜の弁。それに、紫に勝ち誇られるのも気に入らない。

 正直なところ、引っ付かれる双也自身も困るところであるが――。

 

「な、なぁ輝夜? あんまり引っ付かれると…….」

 

「ふふふ、なに双也? 私に引っ付かれるとどうなるの?」

 

「なんていうか……あとが怖いんだが……」

 

 ――と、見つめる先には当然紫。

 彼女も双也の直ぐ側に座っていて、さらに言えば輝夜の引っ付く姿もばっちり見えているわけだが――意外なことにも、彼女は変わらぬ澄まし顔で。

 

「……私は何の心配もしていないわよ双也? 輝夜が前から“こう”なのは知っているし、双也の事、信じているもの」

 

「お、おう」

 

「ただまぁ――」

 

 徳利を置き、パッと開いた扇子で口元を隠すと、紫は若干冷ややかな目で、輝夜を睨んだ。

 

「あんまり見せつけられるのも、癪よねぇ」

 

「ちょ――ッ!?」

 

 ――と、その瞬間。

 輝夜の足元に開いた大きなスキマが、彼女を問答無用で中へと引きずり込んだ。その直前に見えたのは、犯人たる紫の悪戯っぽい笑み。

 輝夜が落ちて来たのは、ちょびちょびと静かに酒を呑んでいた早苗の上――。

 

「うきゃあっ!? な、なんです突然――ッ!?」

 

「いつつ……ってちょ、ちょっと暴れんじゃないわよ! 起き上がれないじゃないの!」

 

「輝夜さんこそ、暴れないでっ、ください……! お、重いですぅ……!」

 

「なんですって!? スキマの前にあんたを吹っ飛ばしましょうかっ!?」

 

 さらりと侮辱された輝夜はプンスカと怒り出し、早苗はあわあわとそれを苦しそうに彼女を宥める。それを、元凶である紫は扇子に隠した笑みを以って眺めていた。

 

「放っておいて大丈夫なのか?」

 

「放っておいて大丈夫よ。宴会なんてものの行き着く先は、大体てんやわんやの大騒ぎなんだから」

 

 それをお前(元凶)が言うか――と漏れ出そうになった言葉を、双也は直前で呑み込んだ。

 

 まぁ、一理はあるな、と。

 騒がしいのは苦手だが、賑やかなのはむしろ好みである。七人と少人数ではあるが、わいわいと予想以上の盛り上がりを見せるこの光景がどちらなのかと言われれば、それはもう間違いなく“賑やか”な方に決まっている。

 止めるのは、むしろ野暮というものなのだろう。

 

「さて、それなら盛り上がってるうちに」

 

「……そうね」

 

 良い感じに場が温まって来たところで、と。

 双也が促すと、紫はこくりと頷いた。

 それを確認すると、双也も一つ頷いて、

 

「おーいみんな、ちょっと聞いてくれ」

 

 ――さぁ、本題といこうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、“いずれ行き着く場所”だったとも言えるだろう。

 特別な事ではないし、普通に生きていれば誰にだってある事だ。

 いつだったか藍も言っていた。それは生命の端的な目的であり、間接的には幻想郷のためにもなる――と。

 

 そんな“あって当然な事”を、何故皆を集めてまでして発表するのかと言えば。

 それはまぁ――やっぱり“おめでた”であるからして。

 

「「「…………こ――っ」」」

 

 と、双也と紫の目の前で、輝夜と永琳を除いた三人はぽかんと口を開けて驚愕の表情。

 あり得ないものを見た――というよりは、“あまりにもかけ離れ過ぎて言葉がない”といった表情。

 その表情に小首を傾げる双也に、一同は返して、ただただ――絶叫した。

 

 

 

「「「子供(・・)が出来たぁぁあッ!?」」」

 

 

 

 響き渡る絶叫が大気を揺らしたように感じたのは、果たして双也の気の所為だろうか。

 何事もないようにそれを言ってのけた二人に、初めに声を出せたのは早苗だった。

 

「え? ええっ!? 双也さんと紫さんの、ですかあっ!?」

 

「お、おいおい……ほんとかよ? 冗談とかじゃないだろうな?」

 

 ――と、訝しげに問う魔理沙に、永琳。

 

「本当よ。人間と妖怪の子供なんてかなり出来にくいはずなんだけどね…………相当頑張った(・・・・)のかしら?」

 

「……おい永琳、そんな目で俺を見るな」

 

「あら、何のことかしら」

 

 永琳は飄々ととぼけて、事の顛末を語るべく改めて皆に向き直った。

 

 めでたい事実にあたふたする早苗に、意外と冷静な魔理沙。予め永琳から聞かされていた故に先程以上のつんとした雰囲気を醸す輝夜に、何故か顔を赤くしたまま固まっている霊夢。それぞれが様々な反応を示しているが、一番驚愕したのはきっと自分だろう、と永琳はふと思った。

 何を隠そう、ある日突然永遠亭を訪れてきた紫を実際に診たのは、永琳なのだから。

 

「紫が訪れてきたのは……二週間くらい前だったかしら。吐き気と頭痛が酷いって言ってね。今思えば、あなた自分で当てが付いていたんでしょう?」

 

「まぁ、ね。悪阻(つわり)があんなに辛いものだとは思っていなかったけれど」

 

 そも、紫ほどの大妖怪なら滅多に体調など崩さない。それが突然体調不良で駆け込んできたというのだから、応対した永琳の困惑ぷりったら相当なものだったろう。

 だって、まさか紫に悪阻が起こるなんて咄嗟には思いつかない。原因が見当たらないのだから、当然といえば当然の困惑だったのだ。

 

 それで色々と検査して、最終的に行き当たった答えが、“妊娠”だった。

 

「双也も、あの時は驚いていたわね。見た事ない顔だったわ」

 

「そ、そりゃそうだろ? 俺だって何の心構えもなかったんだからさぁ」

 

 永琳の言葉に、双也は少しだけ目を逸らしながらそう零す。

 否定は出来ないのが現状だった。弁論の余地もないほど驚いたのは事実だったのだ。

 もちろん嬉しかったのも本当だが、なんて言葉はやはり恥ずかしいからか、終ぞ口から零れ落ちることもなく。

 

「ま、まぁ良かったじゃない? 正直双也にぃのイメージと違って戸惑ったけど、まぁ普通のことだし? 双也にぃが紫と何しようが関係ないし?」

 

「……おい霊夢、今お前が考えたであろう失礼な事を今ここで言ってみろ。まだ拳骨で許してやるから」

 

「はぁっ!? 言える訳ないじゃないの何言ってんのよっ!?」

 

「……それが答えを言っているようなものだって事分かってるのかしら?」

 

 溜め息を吐きつつ零す永琳に、霊夢はハッとして一睨み。勿論飄々と受け流される始末だが。

 そんな彼女の視線を遮るように、一歩乗り出して声をあげたのは、魔理沙だった。

 

「なぁなぁ! もう名前とか決まってんのかっ!?」

 

「……いや、まだ決まってない。考えてはいるんだがな」

 

 魔理沙の興奮気味な問いに、双也は少しだけ笑いながら答えた。

 言った通り、考えてはいるのだ。だが結論はまだ出ていない。そう簡単に決められるような事柄でないのは、双也も紫もよく分かっているが故だった。

 “じゃあさ!”――と、魔理沙が言い出すのは、当然予想の範囲内で。

 

「――“みんなで考えようぜ”、か?」

 

「へへ、いいだろ? 三人寄れば文殊の知恵っていうし、名前ってのはよぉく考えなくちゃならないからな!」

 

「うーん……まぁそれはそうだけど」

 

 どうする? ――と、双也は目線で紫に尋ねる。こればかりは独断で決められないし、紫が嫌だというならそれを蔑ろにする双也でもない。

 問われた紫は、しかし少しだけ微笑んで、

 

「まぁ、良いんじゃないかしら? 最終的に決めるのは私たち二人だけれど、参考程度に色々と案を出してもらう分には私は構わないわ」

 

「……そっか」

 

 双也も少しだけ笑い返して、再び魔理沙に向き直る。ただ、その視界は自分を見る五人の姿を映していた。

 既にどこかウズウズとした様子の魔理沙に――なんだかんだでやる気な五人に、双也は、言った。

 

「じゃあ……俺達の子の名前……一緒に考えてくれ」

 

「「「おー!」」」

 

 ――七人で、どれだけ多くの案が出たのかは、語るまでもないだろう。

 魔理沙が言った言葉は、本人が若干意味を履き違えていた感は否めなくとも、全く的外れではなかったのだ。

 

 ただまぁ、一つだけ言えるのは。

 全員が、提案した全ての名前にしっかりとした意味を込めていたという事。

 実際に名前が付けられるのは、もう少しだけ後の事――という事だけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――二人が自らの子にどんな名前を付けたのか。その名にどんな想いを込めたのか。この後どんな時間を過ごしたのか。そして……どんな最期を迎えたのか。

 

 彼らの一生を描くには、余りにも時間が足りない。文字が足りない。

 だがここまで(・・・・)が、そんな彼らの、特に意味のあった時間であったことだけは、ここに記しておこう。

 

 この宴会の日、集まった誰もが、見上げた空に澄み切った青色を見た。

 人の感情に色があるとは言わない。だが、この時七人が、その素直なままの心で見た色は少なくとも、暗く湿った色でなかった事だけは確かだ。

 幸せの色――定かでないそれを彼らは見たのだと、祈ろう。

 

 

 

 

 

 これは、ある一人の少年の物語。

 

 ある日突然死に襲われ、転生し、紆余曲折を経て本当の幸せを掴む物語。

 彼の人生の中には、当然様々な人間や、妖怪や、神様の生も絡み合い、間違えそうになったこともあった。

 でも、人生ってそんなものだろう――と。

 全てを乗り切った少年は、胸を張ってそう言える。

 

 だが、まぁ。

 一先ずは、これでおしまい。

 少年の物語は、これでおしまいだ。

 

 彼のこの先。残った寿命。その中でどんなことがあったのかは、また別のお話。

 彼らの幸せを祈って、そして一つの様式美として、最後にこう締め括ろうと思う。

 

 

 

 めでたしめでたし――と。

 

 

 




本編としてはこれで全て終了です。
堅苦しい挨拶は最終話でしたので省きますが、改めて。

ご愛読有難うございました!

ではでは。


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Another S 描き続ける軌跡

 
“大切なことを教えてくれた、あの人の為に”

とても長くなったので、時間のある時に。
ではどうぞ。


 

 これだけ長い間、“誰かに尽くしたこと”などなかったように思う。

 

 そもそも、誰かに尽くす為には何かしらの感情が必要な訳であって、自分にそれが備わっているのかすら、当時は分からなくなっていたのだ。

 

 歓喜だの、悲哀だの。

 焦燥だの絶望だの友情だの恋愛だの。

 こと心というものが生み出す概念に関しては、理解こそすれ信じる気など毛頭なく、また何億年と時を重ねようが納得はできなかった。

 まぁ、“絆”というものに関しては多少の興味はあったが。それも唯一理解ができなかったからこそだ。

 

 “存在意義”としては、それで正しいのだと理解していた。

 あらゆる生と死を見通し、その運命を管理し、真の意味で世界を回すのが自らの役目。そこに“私情”とやら(・・・)は一片の介入も許されることはないのだ。

 

 だから、感情というものに納得はできない。

 だから――あの少年に尽くしたこの時間全てが、自分自身が、堪らなく不思議でならないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ん? この人間……もう死ぬ(・・)のう」

 

 覗き見る次元の狭間。その先を見据えて、竜姫はぽつりとそう零した。

 こうして日常的に世界を覗き見ていれば、人の死に居合わせる(・・・・・)ことはむしろ日常茶飯事である。見慣れてしまったいつもの光景に、竜姫はなんの感情も抱くことなく小さく息を吐いた。

 

 輪廻転生に携わって幾星霜、もはや単純作業と成り果てた“死者の魂を送り出す”という行為は、少しずつ精神を麻痺させていく。

 数億年それを続けての影響かは定かでないが、この時の竜姫の感情の流れというものは限りなく希薄だった。

 

 次元の狭間から世界を覗く。

 それはいつだって面白くもつまらなくもない。

 見ていて楽しいものではなく、かと言って悲しいかと問われればそうでもない。

 どんな生き様も死に様も、いつの時代だったか既に見飽きたパターンばかりで心動かず、革命を起こした偉人に対してすら、既にその手(・・・)の先人を飽きるほどに見た。

 

 感動的だとか、理想的だとか、そんな虚妄の言葉に意味はない。

 だって、自分は全て理解しているから。

 見飽きた映画を幾度も見て、何を感じる事などあるものか。

 

 だが、今回の人間は――。

 

「……ほう、今時珍しい人間がいたものじゃなぁ」

 

 覗き見たその人間の最後は、昨今の現世には中々ない英雄的(・・・)なものだった。

 

 仲の良い異性の友人に迫る危機を間一髪で阻止して見せ、代わりに自分が身代わりとなって生き絶える。

 ああ、なんと感動的な最後だろうか。彼が救った少女は、差し詰め“お姫様”というところか。彼女が死ぬ寸前の少年を抱いて涙を落とす姿はまさに、映画のワンシーンのようである。

 ――まぁ此の間(何百年か前に)似たような光景を何度か見たが。

 

 いつも通りだ。そのパターンももう何度も見た。

 確かに感動的な場面なんだろう。人間は自分達が何か大きなことを成し遂げて散る様に美しさを幻想する。

 だがそんなことはこの世界の長い歴史の中で繰り返されてきたことだし、使い古されたネタ(・・)なのだ。

 

 この時代の言葉で罵ってみようか。

 “はいはい天丼乙”。

 わざわざ同じネタをお疲れ様。終わったらさっさと次行ってくれる?

 

 だが、ふと――竜姫は思い当たる。

 パターンの繰り返しなのは確かだ。目新しいものはなく、あらゆる事象が使い回しの古びた映画フィルムである。

 だが――この死した少年のように“今時珍しい”ということは、何かしら違う展開を生み出す鍵となるのでは?

 

 そう思い至った瞬間、竜姫は僅かに胸が跳ねた気がした。

 この少年は、今ここで死なせるにはちと惜しい。

 気まぐれに近いのは確かだ。だが惜しいと感じるのもまた事実。

 ならば、“何か新しいモノを見せてくれるかもしれない”、なんて下心は本音にしておいて、“ここで死なせるには惜しい心の持ち主だ”というのを建前にしてみよう。

 

 そうして、彼の一度は終わった物語(・・・・・・・・・)に、新しい頁を用意しよう。

 

 竜姫は、いつの間にやら頰が引きつっていたことに気がついた。

 いや違う。引きつっているのでなくて、これは笑っているのか。

 長らく表情筋など動かしていなかったが、案外まだ動くらしい。

 

 ならばよろしい。少年と会うのに無表情では怖がられてしまうかもしれない。

 竜姫は一つ咳払いをしてから、死した少年の魂をこの地に呼び起こした。

 (時間)(空間)に支配されたこの世界において(唯一)として存在する竜姫には、その程度のことは造作もなかった。

 

「え? え? ホントどこ? 俺今どういう状況なの?」

 

 おや、自分がどうなったのか覚えていないらしい。

 真白な空間で一人座り込み、オロオロとする様子はまるで生まれたての赤ん坊のようだ。

 

 さぁ、君はどんなモノを見せてくれるのか。

 ここまでしたんだ、何かしら目新しいものを見せてくれなければ、君を怒らざるを得なくなるぞ?

 

 内心で苦笑して、竜姫はゆっくり口を開く。

 これから新たな生を歩む事になる、この少年へ。

 

「意識があるなら、思い出せるはずじゃよ。自分がどうなったのか――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ日女、日女よ」

 

「? 何ですか竜姫ちゃん」

 

「その、だな……」

 

 神宮――神界に於いて神それぞれが住まうその一つにて、竜姫は沈痛な面持ちで問い掛ける。それを受け取るのは、先程の顕界から戻って来た太陽神天照、伊勢 日女である。

 

「どうしたのですか? そんな顔、珍しいですね」

 

「うむ……ちと、マズイこと(・・・・・)になってな……」

 

 日女の問い掛けに、竜姫は以前に見た“記憶”を思い出す。それは、未来(現代)において転生させた少年の記憶。少年の人格の核にあたる記憶だった。

 

 ふと気になったのだ。昨今の人間が滅多に取らない行動をしてみせた彼は、ならばどんな過程を経てそうすることができる(・・・・・・・・・・)に至ったのか。何がその英雄的な人格の核になっていたのか。

 それを、ただ知って理解したい――と。

 

 それが間違いだったのだ。いや、間違えたと言うならば、この世界に彼を転生させたこと自体が既に大きな間違いだった可能性がある。

 少年があの時、少女を身を呈してまで助けられたのは、偏に彼女が、少年にとってそうさせるほど大きな存在だったからだ。失ってはならないものだと無意識的に知っていたからだ。

 

 彼女から離れ離れになって、さぞ絶望したことだろう。

 そして諏訪大国にて、彼女の先祖にあたる東風谷 稲穂に出会って、希望を見出したことだろう。

 しかし――パラレルワールドであるこの世界では、少女に少年との記憶は存在しない。

 

 果たして、そんな事実を彼が知ってしまったら――。

 

「……変わりましたね、竜姫ちゃん」

 

「……なに?」

 

「そうして彼の身を案じるその表情は、あなたが納得できないという“感情”を間違いなく現しているようですよ」

 

「それは……」

 

 そんなは事ない――とは、言い切れなかった。

 少年に課してしまった過酷な未来に気が付いた時、竜姫は確かに心臓を締め付けられるような感覚を覚えた。嫌な汗が吹き出た。頭の中が真っ白になった。

 いままでそんな状態に陥ったことなどなく、しかし竜姫は、なぜ自分がそうなったのかをすぐに悟った。

 

 これは、“後悔と罪悪感”だ――と。

 

 ドス黒く、粘つくような泥と腐敗した塊が、心の中で渦を巻くような。

 圧倒的な不快感を伴うそれが、膨大な質量で竜姫の心を圧迫し、ギシギシと軋ませていた。

 少年に対して、竜姫は確かに感情を抱いている。それが例え深淵のように暗く深いものだとしても、日女の言うことは――確かに、的を射ていた。

 

 だからこそ――。

 

「……日女」

 

「なんですか?」

 

「あやつは……双也は……どう、だった?」

 

「………………」

 

 不明瞭だな――と、竜姫は問うてから思った。何を問いかけているのか、具体的な事が何も言えていない。

 しかし、そうとしか言えないのだ。曰く感情を抱いたこの心が、日女に何を求めているのかが、竜姫にはまだ分からない。

 ただ――如何にかして、この擦り潰されるかのような圧迫感から救い出してほしい、と。

 

「……何も(・・)

 

「……は?」

 

「何もありませんよ。彼は彼の生きたいように生きていました」

 

「……なんだと?」

 

 ――竜姫は、柄にもなく呆けた声を出していた。

 

「竜姫ちゃん、私はあなたが分かりません。あらゆる世界のあらゆる時間を行き来し、そしてすべてを同時に観て(・・)いるに等しい所業を日常的にしているあなたを、私は理解出来ません。きっと今もその頭脳と心は、私の知り得ぬ未来や過去を観ているのでしょう? 言わせて貰えば――どうしようもなく、狂っているとすら思います」

 

「………………」

 

「あなたがずっと双也を気にしていることは知っていました。ですがその理由までは知りません。だから、あなたが何故そこまで思い悩んでいるのかも分かりません。ですが――」

 

 淡々と語る日女は、そう言葉を続けながら竜姫の前に屈み込む。そうして流れるような手付きで彼女の俯いた顔を上げさせると――柔和な微笑みで、その双眸を射抜いた。

 

「“思い悩む”だけで足を止めるのは愚者のする事……私はそう思っています。あなたは、愚者なのですか? ――龍神様」

 

 その言葉は、竜姫の胸にズキリ(・・・)と響く。いつか聞いたことのあるような、既視感の塊のような言葉なのに、それは竜姫の中で燦然と煌めきながら反響し、染み入っていくようだった。

 

 ああ、こんな経験はいつぶりか。

 こんなにも言葉というものが己を支配(・・)する。それが果たして感情と呼ばれるものの所為ならば、ああ、心というものはあまりにも面倒なものだ。

 言葉なんて誰にでも作ることが出来る。そしてそれは質の悪い事に、その内側にあるモノの性質を反映しない。仮に反映するのならば、きっと先の未来で“詐欺”なんぞという言葉は生まれるはずがないのだ。

 そんな安価なものに、心というものは案外簡単に、動かされる。

 

 だがこの時だけは――それも悪くないと、思った。

 

「いいや、日女よ」

 

 頰に添えられた手を、ゆっくりと触れて下ろして、竜姫はその手をきゅっと握った。

 その瞳は、きっと何処までも空色に透き通って――、

 

「私は次元を統べる最高神、天宮 竜姫じゃ。例え気が狂っていようと、愚者などと揶揄するのは一億年早いと知れ」

「ふふ……はい、失礼しました、龍神様」

「よろしい」

 

 竜姫の不敵な笑みに日女も安心したのだろう、彼女は握られた手を優しく抜き取ると、瞬きの間に光となって消えた。己の宮へ戻ったのだろうことは、竜姫にもすぐに分かった。

 

「……感謝する、天照大御神」

 

 ぽつりとそれだけを零して、竜姫は早速思考を始めた。

 立ち止まっている場合ではない。能力をフルに活用してでも、今だけは少年に尽くそう。せめてもの罪滅ぼしになるのなら、幾らだって無茶をしよう。

 

「さて、差し当たり先ずは――」

 

 少年の未来を、この手で護る。

 覚悟は――今、決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――正直に言って、非常に危険な状態だ。

 少年の内に潜む神が大きくなり過ぎたのも確かにそうだが、何よりもそれが顕現してしまったことが何よりマズい。

 

 仕方のないこと――そう言えば確かにそうだ。竜姫とて、伊達に数千年少年のことを見守ってきてはいない。

 彼が幻想郷に来て早一ヶ月ほど。その短期間において、彼の中であの博麗の巫女がどれだけ大きな存在になっていたのかは察していた。

 少年は寂しがり屋で、心優しくて、だからこそ似た者同士であった巫女に惹かれた。そんな彼女が目の前で死にかけているとすれば、その恐怖は瞬く間に怒りに変わり、彼女を追い詰めた敵へと襲い掛かる。

 

 ――その、心の揺らぎを、彼奴(・・)に突かれた。

 

「ちっ……あやつめ、憎たらしいほどよく分かっておる……」

 

 いや、妥当か――と思い直す。

 彼奴はいつの間にか分かたれていた少年の心そのもの。むしろ、この世で最も少年の事を理解しているのは間違いなく彼奴だ。心の隙を突いて表に出てくるなど造作もなかったろう。

 が、このままで良い訳はない。

 何せ奴の目的は――。

 

 片手を翳し、竜姫は能力を込めた。早く少年の心を引き摺り出さねば、今奴と戦っている二人は勿論、下手をすれば外の世界まで滅ぼしかねない。

 しかしその思いとは裏腹に――手元で開きかけた“次元”は、拒絶するように竜姫の手を弾いた。

 

「っ! ……くそ、彼奴の精神支配下では私も“対象内”か……!」

 

 戦いの場にはいないものの、それでも己の力を超えられた(・・・・・)事実に歯噛みする。彼奴の何より厄介な点といえば、この途方もなく強大な能力だった。

 彼奴が完全に少年の心を支配している内は、最高神の能力ですら干渉することができない。“オレの心に触るな”と、案に言っているようだ。

 

 このままではマズい。ほんの少しでもいいから奴の心に綻びを――即ち、少年の心が覚醒しなければ、触ることもできない。

 私も参戦するか? いやしかしそんな事をすれば、例え欠片程の少年の心が覚醒したとて、引き摺り出すことが出来なくなる。加え、戦っても勝てる見込みは限りなく無に等しい。

 

 どうするどうするどうする――ッ!?

 

 竜姫の焦燥はかつてないほどに膨れ上がり、そして状況も刻一刻と移り変わって行く。竜姫がこうして手を拱いている間にも、今戦っている二人は傷付けられ、夥しい血を流していた。

 

 己の無力さが突き刺さる。少年の為に尽くすと誓ったのに、大事な時に何も出来ない。

 何が最高神だ。たった一人の人間さえ守れずに、ただ傍観しているだけなんて。

 こうして歯痒さを感じるのも心の所為ならば、自尽してしまいたくなるこの気持ちさえ心の所為なのだろうか。

 握り締めた掌に血が滲む。

 何も出来ないこの手など、そのまま砕けて散ってしまえば良いのに。

 

 果てしない自己嫌悪の渦。鉛色した汚い泥が、ズブズブと身体を引き摺り込んでいくようだ。

 

 ――しかし、そんな現状に光が差したのは、その直後だった。

 

「……ッ!! 巫女――ッ!」

 

 世界を覗き見るその瞳が写したのは、奴が巫女を刺し貫いた光景だった。

 夥しい血飛沫が飛んでいる。儚く散った霊力残滓の光と共に、それらは淡く光って降り注いでいた。

 そんな景色の中で、巫女は少年に(・・・)語り掛ける。

 

『――だから……お願い……!』

 

 瞬間、奴の心に揺らぎを見た。

 

「ここじゃ――ッ!」

 

 もはや条件反射。

 竜姫は手元の次元を開き、その中に手を差し入れる。

 先程の反発が嘘のように、少年の心へと直接開いた次元は、するりと彼女の手を呑み込んだ。まるで“助けを待っていた”とばかりに。

 そして――掴んだ(・・・)

 

「いい加減……目を覚ますのじゃ! お主はこんなところで終わる存在ではなかろう!」

 

 そう、こんなところで彼奴に負けてはいけない。呑み込まれてはいけない。今諦めれば何もかもを失う事になる。

 世界を、居場所を、そして友を。

 全てを失って、その果てにあるのはきっと彼自身の死(・・・・・)だ。そんな悲しい最期……そんな悲しい結末など、絶対に観たくないッ!!

 

 必死だった。少年と出会う前の、心も感情も納得の出来ない希薄だった頃には考えられないほどに。

 その昔、日女が竜姫に言ったことは、なるほどまさに正しかったということだろう。

 そうだ。竜姫は少年を見守る内、知らぬ間に感情というものを受け入れた。真の理解を得た。

 大切なものへの愛おしさ。尊いものへの慈しみ。心に刺さる故の悲しみ。上手くいかぬが故の苛立ち。

 これら感情と呼ばれるものが、それを持つものに力を与える。原動力を与えるのだ。

 この時の竜姫には、紛れもなく、少年を護りたいという確固たる意志が力を与えていた。

 

 掴んだ腕に思い切り力を入れる。少年の精神はそれはもう深くに沈められて、彼がどれだけ絶望していたのかを如実に表していた。

 だが、手を伸ばしている。引き上げてくれと叫んでいる。ならば、それを今できるのは私だけ――ッ!

 

「こいッ!!」

 

 握り締めた拳が、次元の穴から引き抜かれる。

 そこには何も握ってはいなかったけれど、竜姫には確かに感じる事が出来た。

 掴んだ少年の腕を思い切り引っ張って、深い海の底に沈められたその意識は、確かに外へと這い出したのだ。

 

「……っ、間に合ったか……双也はっ!?」

 

 成功の余韻に浸る間も切り捨て、竜姫は急いで次元の穴を覗き込んだ。

 きっと少年の意識は戻っているはずだ。そして何とか生き延びた二人に多少怒られながらも迎えられ、今頃三人で笑っているだろう。

 そんな、何処か楽観視とも言える想像を膨らませて。

 しかし、竜姫が目の当たりにしたのは――。

 

『あぁぁあぁあああああ――ッ!!』

 

 降り出した雨の中、息絶えた巫女を抱く少年が泣き叫んでいるのが見える。

 それはとても悲痛で、重々しく、こちらの心にすら巨大な楔を打ち込んでくるようでもあって。

 打ち砕かれた幻想を想って、竜姫はがくりと、崩れ落ちた。

 

「ぁ……双也……泣い、て――……」

 

 悲哀の叫びが耳に突き刺さる。

 徐に伸ばした手は、少年の姿を映していた次元の穴を掻き消すだけで、その悲しみに寄り添うことはできない。

 穴と共に掻き消えた叫びの後には、気が狂いそうな静寂だけが、その場に座り込んだ竜姫を包み込んでいた。

 

「………………」

 

 ――私は何を言っている。間に合ってなんかいないじゃないか。

 奴を止める為に、少年の大切な友が少年の目の前で息を引き取った。そんな悲しい思いを少年にさせたのは、手が出せないからと傍観していた自分自身じゃないか。

 奴を止めたとて、絶対に取り返しのつかないことを、自分はしたのだ。

 

 また彼を――絶望させてしまったのだ。

 

「……なぜ……なぜ、私は……こんなに、無力なのじゃ……!」

 

 すぅと溢れた涙と共に、譫言のような震えた言葉が漏れる。いつの間にか握り締めた拳には、薄っすらと血が滲んでいた。

 

 ――悔いていたのだ。

 己の興味で一人の少年の人生を狂わせ、何度も絶望させて、挙句に未だ彼を救えていない。

 あの時、確かに誓った。

 日女の言葉に諭されて、少年の未来を護ると、そう――誓ったのに。

 

「私は……わたし、は……っ!」

 

 大き過ぎる後悔と少年への罪悪感、そして圧倒的な無力感が、熱い雫となって絶え間無く頬を伝う。

 ぽたぽたと握り締めた拳に落ちる涙は、焼け付くように熱く感じた。

 

 なんで。

 どうして。

 こんなにも強く想っているのに。

 どうして彼に何もしてやれない? どうして彼を悲しませている?

 彼を救う為に、あと何回こんな事を繰り返せばいい?

 

 少年の悲痛な叫びが、頭の中で木霊する。脳を揺さぶるかのように響き渡るそれが、止めどなく涙を溢れさせる。

 声を上げて泣き出したいくらいだった。でも胸が詰まって、上手く声を出せなくて、あらゆる負の感情がぐるぐると身体中を駆け巡る中で、竜姫は押し留めるように嗚咽を漏らすほか出来なかった。

 

 するとふと、何処かで――“まだ足りない”と、怒鳴り散らす声が聞こえた。

 

 何が? きっと、それは覚悟だ。

 一人の人間を救うと誓った。だがまだ足りない。覚悟が足りない。他人から諭された言葉で漸く立てるような誓いなど、何の覚悟にもなりはしない――と。

 

「かく、ご……」

 

 覚悟が、足りていなかった……?

 思い浮かべたのは、日女に諭された時のことだった。

 思い悩むだけで立ち止まるのは愚者のすること――その言葉は、“失態を犯したならば取り戻すために努力すべきだ”という意味だと解釈していた。きっと取り戻せる、と。

 

 ――違う。これで足りないのだ。

 これは責任感(・・・)でしかない。少年の人生を狂わせてしまった責任を、どうにかして取ろうと罪滅ぼしをしている気になっていただけだ。

 ならば……十分な覚悟とは?

 

「(っ……くる、しい……)」

 

 不意に、竜姫は片手拳を胸にきつく当てる。

 手に伝わる感触は、ドクンドクンと苦しそうに跳ねる心臓の鼓動だった。

 

 ――辛かった。苦しかった。

 泣き叫ぶ少年の姿を見て、竜姫は心臓をぎゅうっと握り潰されているかのように感じたのだ。思わず崩れ落ちて、無意識に涙を流すほどに。

 だが、“感情”に理解を得た竜姫には、自然とこれがなんなのかを知ることができた。

 きっとこれは――責任感ではない、全く別の気持ちの表れなのだ。

 責任感なんてつまらないものではなく、もっと尊く儚いもの。でもだからこそ――どんなものよりも原動力としての力の強いもの。

 竜姫は拳を胸に当てたまま、震える脚で、俯きながらにゆっくりと立ち上がった。

 

「……分かったのじゃ、竜姫(・・)。私は……どうしようもない程に、甘かった」

 

 自分自身に宣言する。覚悟が足りなかった、まだ甘かったと。

 少年の心に触れて、竜姫は心や感情と呼ばれるものの何たるかを知った。でもそれに報いるための責任感だけでは、少年に課した辛い運命を償うには余りにも足りないのだ。

 でも――今なら分かる。心を知った今だからこそ、竜姫は自分がどんな気持ちでいるのかを言葉にできる。

 

 

 

 私は、きっと、双也に泣いて欲しくないんだ――と。

 

 

 

 他に諭されたが故の責任感ではなく、己が望む道へ突き進むが為の“己の意思”で。

 少年が泣く姿を見たくない。正真正銘竜姫の本心であるところのその意思は、必ず、どんな無茶でも無理でも成し遂げる為の力をくれるのだと確信できた。

 

 例えどんな代償を支払うとしても、この意思にだけは――嘘を吐きたくない。

 きっとこの時――竜姫は本当の意味で、“少年の未来を護る”と心に誓うことが、出来たのだ。

 

 何を犠牲にしてでも――と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遂に、出てきたか」

 

 脳裏に映るその光景に、竜姫はその空色の瞳を細めて呟く。

 可能性の一つではあった。少年のことを見守りながらあらゆる思考を巡らせてはいたが、どうしても消し去る事のできない可能性だったのだ。

 

 ――少年の内に潜む神は、巫女が施した封印の綻びを突いて顕現した。

 

 その場に居合わせた二柱の神、そして当代博麗の巫女を痛めつけ、駆け付けた賢者の封印術によって辛くも退けられたものの、その危険性が計り知れないものなのだと知らしめた。

 

 ――だが、何より問題なのは。

 

「双也……早苗に記憶がないことを知って、どれだけ……」

 

 大昔に危惧していた事である。そもそも、この可能性があったからこそ竜姫は行動を起こしたのだ。

 だが――いくら行動を起こしたとて、少年の心の内にある少女への依存性は、欠片も揺らぐことがなかった。

 この時点で……今のこの現状は、確定してしまっていたのだろう。

 

 少年が過去最大の絶望に囚われた事で、少年は己の意思で、そして完全に精神の海の底へと沈んでしまった。以前のように、その意識を刺激して引き摺り出すことは事実上不可能である。

 顕現した内なる神との衝突は、避けようのないものとなった。

 

「……じゃが、それでは終われないのう?」

 

 そう呟き、上げた竜姫の表情は意外な事にも――笑っていた。

 

「ふん……内なる天罰神よ、お主が顕現する可能性を考えた上で、私が何も対策しない訳がなかろう?」

 

 そう、竜姫には秘策(・・)があった。

 “こう”なる可能性を思慮に入れていた。ならばそれに対抗する策を考えておくのは当然のこと。

 昔、外の世界の大陸では戦争が頻発していた。その中で戦況を操作していたのはそれぞれの国の“軍師”と呼ばれるものたち。彼らは戦況を予見し、予測し、その頭脳を活かし切って先の先の先を読み、その為の対策を何重にも敷いて戦っていた。

 人間ですら昔から行ってきたそれを、最高神たる竜姫がしない訳はない。

 

「竜姫ちゃん。言われた通り、来ましたよ」

 

「いつだったか、お前が言っていたのはこの時のことだろう? さっさと行くぞ」

 

 不意に、扉の方から二人の声が聞こえた。

 一人は女性の声。透き通るような声音が何処か温かみを感じさせる、輝くような美しい女神――太陽神 天照、伊勢 日女。

 一人は男性の声。荘厳なその声音は彼の厳格な性格を窺わせるようだが、しっかりと物事の分別を、“概念”の次元で弁えているであろう若々しく凛々しい男神――天罰神 荒弥憑、雨伐 戒理。

 両者ともに、前々からこの時を予見して協力を要請していた、二人の高位神である。

 

「前から、顕界に現れた半天罰神には挨拶をしておこうと思っていたのだ。娘達が世話になった事だしな」

 

「ああ、あやつらか。あの落ち着きのない嵐共……今度戻った双也にも注意してもらうか……」

 

「その前に、私たちの力で双也を元に戻してあげませんとね♪」

 

 最高神レベルの神を、三人束ねて漸く並べる強さ。

 その強大過ぎるかの神には畏怖すら覚えるが――正直、負ける気がしない。

 現に三人は既に、勝った前提の話を無意識にしていた。それは自惚れでもなんでもなく――ただ、自分達が勝ち、双也を救うと信じているが為に。

 

「(そしてその後には――双也の側に、誰かが……)」

 

 こうして、忘れられた楽園 幻想郷に。

 ――最高神が、舞い降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 率直に言って――非常に、焦っていた。

 何年も前に一人旅立った溺愛する息子が、事前には何も告げずに突然帰ってきた時の母親の心境――そう言えば多少は分かり良いだろうか。

 これは“焦り”と銘打ちながらも、しかし“焦燥”とはまた違う感情だと竜姫は思った。ここまで生きてきて、未だ嘗て感じたことのない感情が存在することに驚きもあったが、しかしその驚きも、それを上回る“焦り”が無残に掻き消して頭の中を支配していた。

 

 言葉に表すなら、そう――

 

 

 

「(な、何を話せばいいのか全然分からないのじゃ……!)」

 

 

 

 眼前に座る少年の姿に、竜姫は確かに、焦っていた。

 

 おかしい事ではなかった。

 億年見守り続けた少年に対し、竜姫は言わば母性愛のようなものすら感じている。この世界へと産み落とした(転生させた)という意味では、まさしく彼女はこの世界における少年の母親のようなものだが、そもそも竜姫は少年と面を合わせて話した事などない。強いて挙げるなら、転生させる直前の業務的な会話だろうか。

 

 少年は何の連絡もなしにここ――神界に存在する竜姫の神宮へとやってきた。

 最高神とは言っても、感情を知り得た竜姫にはやはり感じるものがある。心の準備くらいさせて欲しかった、と。

 

 見守り続けた少年が、今、目の前にいる。何の前触れもなく我が元へとやってきた。

 ――その口が、罪深い自分に対して何を語るのか。

 何よりもそれが、怖くもある。

 逃げ出せるならどれだけ楽だろうか。でも、自分には少年が何を言おうと受け止めなければならない義務があるのだと竜姫は既に知っている。

 心の中は決して穏やかとは言えないものの、竜姫は静かに、待っていた。

 

 ――と、そんな竜姫に。

 

「……先ずは、礼を言わなきゃな」

 

 少年は微笑んで、そう切り出した。

 

「今回は本当に世話になった。お前が霊夢達に力を貸してくれなかったら、絶対に俺は絶望に負けてた。だから――ありがとう、龍神」

 

「っ…………」

 

 ――ああ、日女の言っていたことは本当だった。

 少年はやっぱり竜姫の知る少年で、こうなった原因は竜姫にあると言うのに、恨み言の一つも言わずに礼を述べた。

 そんなの、必要ないのに。当たり前のことなのに。

 

 思わず潤みそうになった目を逸らし、竜姫は呟くように、こう返す。

 

(「……たつき、じゃ」)

 

「……え?」

 

「私の名は……天宮、竜姫じゃ……。知らぬ仲ではなかろう……? これからは……そう呼ぶのじゃ」

 

「……分かった、竜姫」

 

 何気ない自己紹介。だが、竜姫にとっては単なる自己紹介以上に意味があった。

 ただ“龍神”と、誰もが知っている名で少年に呼ばれるのを、竜姫はやはりよくは思わなかった。

 自分が特別に思っている者にくらい、本名を知っていてもらいたかったし、何より――己の息子同然の少年に、“龍神”だなんて、他人行儀に呼ばれたくはなかった。

 

「――それでだ、竜姫。少し、頼み事があってここに来たんだ」

 

「……何じゃ」

 

 いよいよ本題か――と、竜姫は少年の真剣な眼差しに確信する。

 ただ、大方の予想はついていた。

 少年の性格やその成り立ち、そして今までの出来事を踏まえるならば。

 大方の事は何でも出来てしまう少年が、竜姫という最高神に頼らざるを得ない内容と言えば。

 十中八九、それは――

 

「俺が誰も殺さないようになる方法を、教えて欲しい」

 

「………………」

 

 ――やはり。

 そうは思っても、口には出来なかった。いや、正確には言葉が出せなかった(・・・・・・・・・)のだ。

 元々はただの人間だった少年が、今やこんなにも悲しい悩みを抱えている。そしてその原因を作った自分に、助けを求めているのだ。

 そんな(てい)で、彼に掛ける言葉などあろうはずもない。口にすればきっと――少年が傷付く以上に、自分が傷付く。

 だから竜姫は、無言で立ち上がって――少年に背を向けたまま、執務机に手をついて俯いた。

 

「……それは……どっち(・・・)の事じゃ?」

 

「どっちも、だ。俺の周囲を脅かす物全てを、俺は排除したいんだ」

 

「……なるほど、お主らしいの」

 

 その声には、僅かに悲しみと自重の嗤いが混じっていて。ああ、きっと自分が思っている以上に、自分は少年を大切に思っているのだな――と、竜姫はぼんやり認識する。

 最高神としては決して褒められたことではないが、まぁそんなの今更だ、とあまり気にも留めなかった。

 自分の心に誓ったことを、そんな物で反故にしたら、きっともう立ち直れない。

 

「竜姫、お前は最高神だ。全知全能に限りなく近い神。だからきっと、俺にどうしようもないことでもどうにかできると踏んでここに来たんだ。……頼む、教えてくれ。どうしたら俺は誰も殺さずに済む?」

 

「……一方は――西行妖については簡単じゃよ。お主と同化させてしまえば、何の問題もない」

 

 ――明かしてしまえば、例え少年がどんな懇願の仕方をしたとしても教えるつもりでいた。

 少年の問題は少年が一番よく分かっているのだから、きっとそれを解決しに動き出すだろうと、予測はした。だからこそ、竜姫はその対策も事前に考えていたのだ。

 

 西行妖については、少年にも言った通り手順を踏めば何の問題にもならない。その手順自体も、最も過酷な部分(妖力を限りなく散らす事)を成り行きで既に達成できている状態だ。

 後はゆっくり時間をかけて、西行妖の妖力が回復した端から己に繋げていけば、最終的に同化を果たせる。妖力を支配下に置くことができるのだ。

 

 その旨を伝えると、少年は「分かった」と一つ返事で返して来た。

 量が膨大故に時間は掛かるだろうが、まぁゆっくりと馴染ませればいい。どうせ竜姫も側でサポートするのだから。

 

 何より問題なのは――もう一方。

 

「それで、もう片方……神也の方は……」

 

「………………」

 

 ――教えても、良いのだろうか。

 竜姫は再度俯いて、少年の視線から逃げようと背を向けた。

 これは、賭けだ。しかもあまりにも部の悪い大博打。成功するのは、百度やって一度勝てる数千、数億分の一以下の確率である。

 そんな、殆ど負けたようなものの賭けに無謀にも挑ませて、果たして本当に良いものなのか。

 

 迷っていた。少年を泣かせまい、絶望させまいと行動して来た竜姫だからこそ、この場面でどうしても二の足を踏む。

 これに失敗すれば少年は悲しむだけでは済まない。その命すらも落とす。しかしこれに賭けなければ、この先ずっとずっと少年は思い悩み続け、きっと恐怖に怯え続けるだろう。

 

 ――一体、自分はどちらを選べば良い……ッ!?

 

「竜姫」

 

 一人思い悩む竜姫に、掛けられたのは心を決めたような少年の声だった。

 ゆっくり恐る恐る振り向けば――少年はこちらの葛藤を見抜いたかのような強い目で、竜姫を見ていた。

 

「双也……」

 

「竜姫、俺はお前がどんな方法を導き出したのかは知らない。でも今のその葛藤が、俺の為を想ってくれてるからだって言うのは、なんとなく分かる。きっと……とんでもなく危険な方法なんだろ?」

 

「………………」

 

 ああ、そうだとも。君が今まで体験した何よりも危険で、どうしようもないほど勝ち目のないものなんだ。

 ――的を射る少年の言葉に、しかし竜姫は何も言えない。どうしても言うことが躊躇われる。

 それをやはり後ろめたく感じて、竜姫は視線だけを少年から逸らす。が、それを遮るように、

 

「だが、これは俺の意思だ。どんな無茶をしてでもやらなきゃいけない事なんだ。……お前は、それでも助けてくれないのか?」

 

「…………その言い方は、ズルイじゃろう――っ!」

 

 ああ、ズルイ。ズル過ぎる。

 そんな事を言われたら、教えるしかなくなってしまうじゃないか。

 竜姫は、憎らしく思いながら少年を睨みつけた。その瞳が、何処か弱々しいものだと確かに感じながら。

 

「……信じても、良いのか?」

 

「それ以外に、納得出来る方法があるのか?」

 

「……ふん、生意気じゃのう、お主は」

 

「怯えて何もしないよりマシさ」

 

「……言うようになったのう、双也」

 

 いや、きっと“成長”ではないのだろうな。

 天井を――その向こうに広がる空を仰ぎ見て、竜姫は悲しげに目を細める。

 無謀な賭けに挑む事を、勇気だと正当化してはいけない。だからこそ、無謀な挑戦のことを人は“蛮勇”と、勇気とは違う言葉で表現する。

 

 だが少年にとっては――例え蛮勇でも挑まなければならないほど追い詰められている、という事なのだろうな。

 

 目を瞑り、竜姫は一つ深呼吸をした。

 

「――良いじゃろう。私はお主を信じる」

 

「……ああ、ありがとう」

 

「……いいか? これは果てしなく負けに等しい賭けじゃ。最高のハッピーエンドを迎える可能性は、広大な砂漠からたった一粒の砂粒を見つける可能性と同等か、それ以下か……それでも、やるんじゃな?」

 

「……ああ。それでも、やらなきゃいけない理由がある」

 

「……分かった。では教えよう。お主が人間となる(・・・・・)方法を――」

 

 ――“天罰神と分離して己の手で打ち倒し、数多ある並行世界からどうにかして戻ってくる”。

 ……竜姫が少年に語ったのは、そんな方法だった。

 少年は始終眉を顰めていたが、決して弱い眼をしなかった。どれだけ無理難題だろうとやり遂げてみせると、その眼が叫んでいたのだ。

 語る間、竜姫はその眼を見る度に唇を止めそうになった。

 少年を護るつもりが、今自分は少年を無謀な賭けへと導いている。それに身が引き裂かれるような苦しみを感じた。

 

 全てが自業自得だ。何よりの発端は竜姫自身なのだから。でもそれがあったからこそ、竜姫は少年から心を学び、感情を学び、誰かに尽くすという事の覚悟を学んだ。

 少年の泣く姿を見たくない――その意思は未だに揺らいではいない。ならば、自分に出来ることを考えて、少年を信じきることだけを考えるべきだ。

 竜姫の意思は――今、決まったのだ。

 

「――それでも、やるか?」

 

「ああ、やらせてくれ」

 

 最後に問うたその最終確認も、少年に何の躊躇いを生ませることはなく。

 即答した少年は、すぅと立ち上がると、扉の方へと歩み始めた。

 聞き出すことは聞き出した、とばかりに。

 

「妖力に関しては、このまま神界でやっていく。どうやらここの方が調子がいいみたいだ」

 

「それがいい。私もサポートはしよう」

 

「だが……神也のことはもう少し待ってくれ。死ぬかもしれないその前に、やらなきゃいけないことがあるんだ」

 

「……ああ、待とう。覚悟が出来たなら、もう一度ここへ来い」

 

「はは……せいぜい、余生を楽しむさ」

 

 その言葉を最後に――少年は、去っていった。

 

 神界は広い。きっと何処か心身の落ち着く場所で、妖力を繋ぐ作業に入るつもりなのだろう。一度ここを出ていったのは、葛藤し精神の疲弊した竜姫への彼なりの配慮か。

 

「……私も――せめて出来ることを、しなければな」

 

 椅子に座り、遠慮なく背を預けた竜姫は、ぽつりとそう零す。

 

 次に少年が訪れたのは、それから四つの異変を跨いだ後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ん……少し、寝ておったか……」

 

 未だ僅かに重みのある瞼をあげれば、そこには快晴の空が広がっていた。

 程よく暖かい空気は眠気を誘うようで、竜姫は上げ掛けた頭を再び下ろす。

 背に感じる柔らかな草花の感触が、いつまでもそこに寝転がっていたい衝動を掻き立てる。

 それは、時間はたっぷりあるじゃないか――なんて、こちらを誘惑してくるようでもあった。

 

「(……懐かしい、夢じゃった……)」

 

 思い描いた夢の内容に、竜姫は無意識に柔らかく微笑んだ。

 何億と時を重ねてきたが、その中でも一際強く輝く、大切な記憶。大切なものを学んだ最高の記憶だった。

 今思えば、あれだけ世界に飽いていた自分が人に尽くす事になるなど、不思議なこともあるものだな――なんて。

 でもきっと、今こうして笑えるのは、あの時間があったからこそなのだろう。偏に――あの少年のお陰なのだろう、と。

 

 竜姫は一つ深呼吸をした。

 優しい風が頰を撫ぜていく中で吸い込むその空気は、その胸を世界への愛おしさでいっぱいにするようだった。

 

 ――世界は、絶えず回っている。

 生命が生まれ落ち、何かを成し遂げ、そして死に、輪廻転生を経てまた帰ってくる。たまに長い生を持つものも生まれるが、それも変わらず世界の歯車の一つ。

 小さな、しかしとても多くの歯車が絶えず回って、歴史を形作り、子孫を紡ぎ、代を重ねて世界が回る。

 いつまでも変わらないその理の中で、竜姫は今では、その生命達を見守るのが楽しみになっていた。

 

 色々な生命に触れ、温かみを共有し、時には寂しい思いをしたりして、最後には別れを惜しみ。

 それでも幸せに生を全うしていく生命を、竜姫は愛おしく思う。

 そしてそれは――すべて、あの少年から学んだことだ。

 

「……ん?」

 

 深呼吸して、大きく息を吐いたところで、竜姫はふと声を聞いた気がした。

 本当に微かで、幻聴と思っても何ら不思議ではないが、竜姫は確かに“声”なのだと確信していた。

 何故なら――共に寝転がっていたはずの、あの子(・・・)がいない。

 

『竜姫さま〜っ!!』

 

「……ああ、あそこか」

 

 見つめた先で手を振って走ってくる子がいる。

 竜姫はよっこらせと立ち上がると、側に置いてあった刀を掴み、ゆっくりと歩き出した。

 

「何をしていたのじゃ?」

 

「えっとですね! 休憩中に竜姫さま寝ちゃったので、一人で練習してました!」

 

「ほう? 良いことじゃ。成果はあったのか?」

 

「はい! 前より早く使える(・・・)ようになりましたよっ!」

 

 そういうと、その子は霊力を解放して軽く腕を振るった。するとそこには薄紫色の小さな結界が発生した。

 ドヤ顔で竜姫を見るその子を有意義に無視し、竜姫がその縁に触れると――指先が、僅かに切れた。

 

「ふむ、確かに上達してきたみたいじゃ。偉いのう〜」

 

「えへへっ」

 

 竜姫が頭を撫でると、その子は嬉しそうにふにゃっと笑った。

 まだまだ未熟だが、この子には才能がある。現に、竜姫が寝てしまう前まで発動させていた結界よりも大きさは倍近く、強度も多少は上がり、何より斬れ味はとても良くなっていた。

 その子は撫で続ける竜姫の手を両手で取り、胸の前に持ってくると、その輝く桔梗色の瞳で竜姫を見つめて、

 

「絶対みんなより強くなって、竜姫さまのその刀、譲って貰うんですっ! 待っててくださいね!」

 

「ほ〜う? その為には博麗の巫女にも追いつかなければならないが、大丈夫かのう?」

 

「っ……絶対、やってみせます! 家宝の刀を、いつまでも竜姫さまに預けたままじゃいけませんから!」

 

「……そうじゃな。お主が、これを持っても恥ずかしくないくらい強くなれたら、返してやろうかの」

 

「はい!」

 

 ――きっと、この子はまだ“強さ”の本当の意味を知らない。ただ戦いに強くなればいい訳ではないのだと、理解できるほど大人ではないのだ。

 だから、“強さの証”たるこの刀は、この子が大勢の友や仲間と触れ合ううちに強さの意味を学んだ時、譲ろうと竜姫は決めていた。

 

 今まで、この子の家系の人間の中に、この刀に辿り着けなかった者は存在しない。きっとこの子も、いつかはちゃんと強さの意味を理解する日が来るだろう。

 だから、それまで見守ってやるのも悪い気はしない。子供の成長を見守るのは、どうにも楽しくて仕方がないのだった。

 

「ならば、もっと練習しなければな。そろそろ行こうかのう」

 

「はい! 竜姫さま! 今度は何処へ?」

 

「ふむ、そうじゃな――……」

 

 二人連れ立ち、草原を歩いて行く。活発に動き回るその子に中てられてか、竜姫の顔にも優しげな笑みが浮かんでいた。

 

 ――世界は回る。生命を重ね、代を重ね。

 紡がれるその歴史を、最高神 天宮 竜姫はいつまでも愛おしそうに見守る。

 愛おしい生命が生きるこの世界を、竜姫が愛さない理由はない。いつまで続くのかは分からずとも、それは“今”ではないのだから、変わらず見守り続けよう――と。

 

 竜姫に大切なものを学ばせてくれたある少年と、彼に寄り添ったある大妖怪が、心の底から愛したこの世界を。

 

 ずっと、ずっと――。

 

 

 

 

                 END




正しく、“もう一つの物語”
ではでは。


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Secret S 言えなかったこと

 
“思い描いた光景を、ただ想い望んだが故に”

ではどうぞ。


 

 

 

 ――ふとした瞬間に思い浮かぶのは、いつも同じ表情だった。

 底抜けに明るくて、子供のように無邪気で、でも何処か空虚さを感じさせる儚げな笑顔。

 

 愛おしい、と思った。それは自分に懐く小動物を愛でる気持ちにも似て、しかし人としての守護欲を掻き立てるようでもあったと思う。

 今となっては分からない。もしかしたら、ただ似た者同士だっただけなのかも知れない。

 だが、血に濡れたその姿を見たとき、引き摺り込まれそうになる程の虚無感を覚えたのは確かだ。

 

 守らなければならなかった。

 失ってはいけなかった。

 そしてその事に気が付いたのは、全てが終わった後だった。

 何故あの時身を任せてしまったのか。どうしてあの時止められなかったのか。もっと早くに気が付けば、こんな事にはならなかったのに。

 なんで。どうして。なぜ、なぜ、なぜ――……。

 

 繰り返す度に脳髄を刻んでいくような呪いの問い。それはいつまで経っても答えを導かず、そしていつまでだって心を苛む。これはきっと罰なのだろうと、随分前に、開き直ったけれど。

 

 ――思い浮かぶのは、いつも同じ表情。

 空っぽのくせして無邪気に笑う。

 今となっては、その綺麗な笑顔が怖くて仕方ないんだ。

 血に濡れたその瞳は、きっと怨嗟と呪いに濁っているのだろう、と。

 

 “後悔先に立たず”という諺を知っている。

 この言葉を詠んだ賢者曰く、終わったことを後悔しても、もう元には戻らないらしい。

 それを思い出す度、何か苛つきが込み上げてくる。

 そんな事は分かってるんだ。もう何もかもが遅い。後悔しても意味はない。ただ、心はそれに着いていかなくて――。

 

 その言葉が、惨めさと一緒に現実を叩きつけてくる。

 今更後悔しても遅いなら、今更それを諭す事にだって意味はない。言うも言われるも、どちらにしろ手遅れだというのに。

 ……どうにもならない現実。確定した真実。俺はそれらを

 

 

 

 ――心底、嫌悪する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――気が付いた時にはこの場所にいた、というのが正しいだろうか。

 何せどういう訳か、ここに来るより前の記憶が曖昧で、そもそもどうやってここに来たのかも覚えていない。

 地面を踏みしめて歩いた後の僅かな倦怠感すら、双也の足には一欠片だって残ってはいなかった。

 

「……どこだ、ここ?」

 

 次第に意識が覚醒してきた双也は、徐に周囲を見回した。

 木、木、木。そこは薄暗い森の中のようで、遅れて知覚した地面の感触も、何処か湿って柔らかい。

 魔法の森のようだな――と思った。日は殆ど差しておらず、目に入る光景の中には必ず一つ二つの担子菌類が傘を広げている。僅かに鼻腔を突く瘴気の臭いは、やはりまだ少しだけ慣れない。

 いや、しかし――と。

 双也はもう一度周囲を見回して、そして目を細めた。

 

「(本当に……魔法の森か?)」

 

 広がるのは、見たことのあるような木々だ。そこに生える植物も見たことがあるようなものばかりだし、空気の湿り気や瘴気の臭いだって嗅いだことのあるようなもの。――そう、ようなもの(・・・・・)ばかりで、何かしっくりとこない。

 魔法の森だけど魔法の森でない――そんな曖昧な気が、漠然としたのだ。

 

 兎に角、動き出さねば始まらない。

 埒の明かぬ現状になんとなく辟易した双也は、静かにそう決めて一歩を踏み出した。

 ここがどこであろうと、ジッとしていては何も解決しない。もしこれが妖怪の見せる幻術なのだとしたら正直、今の双也には手加減して懲らしめる事なんて出来そうになかった。

 なんと下らない幻術を、なんと悪いタイミングでかけてくるのか、と。

 

 定かではないその可能性に、しかし沸々と憤りを感じ始めながら――双也は、ふと背後に気配を感じた。

 反射的に振り返れば、

 

 

 

 ――白い袖の裾(・・・・・)が、ちらと木々の影に消えていった。

 

 

 

「ッ!? 待て――……」

 

 引き留めるその声は無意識で、そして予想も出来ないほど小さく弱かった。

 一瞬躊躇った(・・・・)自分に苦しげな舌打ち一つ、双也はすぐに後を追って駆け出す。

 

 見覚えがあった。故に本当は怖かった。仮に引き留める事に成功しても、きっと顔なんて合わせられないと分かっている。

 でも、それでも――。

 

「待ってくれ! ……おいッ!」

 

 その姿の影は、木々の間に現れては消えを繰り返す。後を追う双也は、何故かそれを捉えることができない。

 虚ろな森の中を右へ左へ、まるで導かれるようにその後を追う。

 景色は変わらない。いつまでもどこまでも木、木、木。追いかける事に必死だからか、次第に双也の意識も白濁としていく。しかしそれでも、ぼんやりとした使命感に背中を押され、我武者羅に後を追う。

 そうして、やっとその背中に手を伸ばして――空を切った手の先には、“七色の景色”が広がっていた。

 

「はぁ……はぁ……っ、ここは……」

 

 これも、見覚えがあった。

 足元には、淡い色を大空に向けて咲かせる小さな花々。それが延々と続き、双也の前に広がっている。

 広い花畑。そこは別に、毒のある鈴蘭が咲いているとか人形の妖怪がいるとか、そんな危険の存在する場所でもなく。

 ただただ広大に、赤や黄や橙や、様々な花が静かに風に揺られている。

 

「……なんで、ここに?」

 

 森の中と同様、双也の記憶には確かにこの場所の事が残ってはいるが、やはり何処か違う気がする。

 花達はとても美しく咲き誇っているが、あまりにも静か過ぎて、なんとなく“表面だけ”の光景に思えてしまう。

 その内側を覗く気には、残念ながら今はなれない。

 

「…………なんで、こんな時に……ここに……?」

 

 この光景を目の当たりにして、浮かび上がる情景はたった一つしかなかった。

 その情景にふと微笑みが溢れそうになるも、その何百倍もの後悔が全てを黒く塗り潰して殺し切る。

 この花畑は今の双也にとって――ただ、絶対の辛苦でしかなかった。

 

 

 

「ねぇ……また、ここで遊びたいわね」

 

 

 

 かけられた声に、振り返る。そこには当然声の主の姿はなく――ただ、辛うじて認識できる程度の小さな獣道が細々と続いていた。

 

「“今度はこっち”……か」

 

 そんな声を聞いた気がして、双也は小さく息を吐く。

 こっちの気も知らないで、お前はなんだ、遊んでるつもりか――と。

 一歩、双也は歩き出した。

 先程まで追いかけていた者の姿は、しかし今度は影も形もない。ただ導かれるように、そしてそれに対して双也は素直に、細い獣道を歩んでいく。

 

 やがて見えた開けた場所は、それとなく整備された“大通り”だった。

 

「ここは……人里への道だな」

 

 踏み慣らされた地面を見下ろし、双也はぽつりと呟く。

 ここは魔法の森と人里を繋いでいる大通り。かく言う双也も、人里に用があるときは必ずと言っていいほど通る道。

 ここに何かあるのか――そう思い、双也は徐に周囲を見回した。

 改めて言うまでもないが、感じる空気は初めから同じ。

 空気は熱くも冷たくもなく、風は何処か乾いたような大気を撫で付けてくるだけ。空は青いが不思議と大きいとは思えず、そっと手を伸ばせばすぐに天井へと付いてしまいそうな錯覚があった。

 そして、もう一つ――。

 

「……香霖堂」

 

 老舗感を漂わせる古い外観。外の世界のガラクタで溢れたその周囲は、双也の知るものとはやはり寸分だけ(・・・・)違う。

 何よりも人の――霖之助の気配が、全くしなかった。

 

「(出掛けてる……って訳でもなさそうだな。そもそも生活感自体が感じられない)」

 

 確かに香霖堂は訪れる人数は少ないし、店主である霖之助も客集めには執心していない。それは、この店がもともと趣味の為だけに建てられたものであり、商売自体には霖之助が無頓着だからだ。

 だが妙なのは――人が立ち入った形跡すらもない、という事。

 手っ取り早く言えば、霖之助が使った形跡さえ無い、という事だ。

 やはり、ここは幻想郷とは少しだけ違う――そう確信を得た、その時。

 

 

 

「あの頃は、こんな事になるなんてちっとも思ってなかったのにね……」

 

 

 

 耳に届いたその声に。

 聞き覚えのある鈴のような声音に。

 双也はしかし振り向きもせず、ただ、呟く。

 

「ああ……本当に、な……」

 

 双也の言葉に返事はなかった。ただ無機質な風が吹き抜けるだけで、どんなものも反応しない。

 でも、それで良かった――と。

 むしろ、この言葉に対した“予想される返答”に、どういった言葉で返せば良いのか双也には分からないのだ。

 

 一つ、意を決める。

 次に行くべき場所は、何となく目星がついていた。

 森の中、花畑、香霖堂――そう辿ったならば、終着点はきっと一つだけ。

 双也は未だに怖がる脚を無理矢理動かして、ゆっくり歩き出した。

 その拳を、無意識の内に握り締めて――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 “罪悪感”――そう言えばまだ、聞こえはいい。

 実際はもっと泥臭く、卑劣で、何よりも血みどろな理由なのだと心の何処かで分かっていた。

 こうなってしまったのは、全部自分の所為。

 自分が弱かったばかりに、抑えられなかったばかりに、失ってはいけないものを失ってしまった。その喪失感はいっそ無慈悲なぐらいに痛く切なく、隙間風が吹き込むように冷たい。

 

 だが――それでも向き合わなければならない。

 

 双也は、もうボロボロになったその心を無理矢理に奮い立たせる。

 どんな言葉も受け入れてみせる。それでも許してもらえないのなら、その時は自害でも何でもすればいい。

 双也はそう心に決め――続いていた階段の最後の一段を、登り切った。

 

 広がっていたのは、薄紅色。

 視界を覆い尽くすかと思われる程の花びらが、陽に照らされて輝くように舞っていた。

 “博麗神社”――双也の前には、幻想的なまでに美しい光景が……しかし、心の何処かで思い描いていた情景に良く似た景色が、広がっていた。

 

 鳥居を抜けて庭へと上がると、本殿の前――正確には、賽銭箱の上に座る人影があった。

 白い袖。赤い袴。長く艶やかな黒髪は絹糸のように柔らかく揺れ、舞い散る桜に負けぬ程美しく輝いている。

 脚を投げ出しながら空を仰ぐその姿は、確かに――。

 

「…………柊華(・・)

 

 その声に、人影――博麗 柊華は徐に振り返る。何処か不思議そうだったその表情は、すぐに無邪気な微笑みを見せ、

 

「……あら、見つかっちゃったわね。最後はヒントとかあげたつもりなかったんだけど」

 

 よっ、と賽銭箱から飛び降りる柊華は、改めて双也に向き直って眩しく笑う。散桜に映えるその笑顔は、いっそ儚いとすら思える程透き通っていた。

 双也は――しかしそれを、見ていられない。

 

「ん? なによ、どうしたの?」

 

「………………」

 

 変わらないその笑顔を見るのが、認識してしまうのが、怖かった。

 許されないことをしたというのに、それでも相変わらず明るく優しく、無邪気な笑顔を向けてくる柊華。それは安心するよりもむしろ、その内側にあるであろうドス黒く淀んだ感情を浮き彫りにさせているようで、とても恐ろしい。

 あれだけまた会いたいと思っていたのに、いざとなればこれか――と、双也は強く下唇を噛みしめる。

 

「何かあった? 悲しいなら、慰めてあげようか?」

 

 飄々とした口調で、柊華は俯く双也を覗き込む。それでもやはり、双也は彼女の顔を見ることもできない。

 ――仕方なさそうに、息を吐く声が聞こえた。

 

「冗談よ。……ごめんね」

 

 肩にそっと手を乗せて、柊華の声は背後へと移動していく。

 かけられたその言葉に、双也はズキリと胸を痛めた。

 だって、なんで柊華が謝る? 謝らなければならないのはこちらだと言うのに。

 庭を散策するように歩く柊華へ、双也は振り返って口を開く。

 ただ、言葉だけは、放つこともできずに。

 

「…………っ、……」

 

「……ムリしなくていいわよ、双也」

 

「え……?」

 

「分かるもの。あなたがどれだけ痛い(・・)のか。……今の私は“こんな”だからね、きっと同じくらい……すごく痛いの」

 

 胸に手を当て、顔を顰めながらも笑顔を作る柊華に、双也は開きかけた口を閉じる。

 その様子を了解したのか、柊華は小さく頷いて、またゆっくりと庭を歩き回り始めた。

 

「――“なんでこんなところにいるのか”って、初めに思わなかった?」

 

「………………」

 

 花びらの舞う空を仰ぎ見て歩きながら。

 その言葉に、しかし字面ほど“疑問がある”とは思えぬ声音で。

 

「“ここは何処か幻想郷とは違う気がする”――って、思ったでしょ?」

 

 ちらとこちらを見遣り、そう断定する柊華は、まるで“それが正しい”とでも言うように微笑んでいた。

 はた、と立ち止まり、

 

「それはね――あなたが、後悔(・・)しているからよ」

 

 柊華の言葉に、双也はハッとした。

 思い当たる節はいくつもあったのだ。

 悲しみ、己に怒り、絶望して終に、後悔する。

 この(ごろ)はそれを繰り返してばかりで、双也の心は既に焼き切れそうになっていた。

 柊華の指摘は的を射ていて、それに何処か納得する自分も、双也は認識した。

 

「うん……それも分かるわ。だってこんなに切なくて、酷く痛い……」

 

「……柊華……お前は、何でこんなところに……?」

 

「…………それは、なんとなく分かってるんじゃない?」

 

 胸に手を添えた柊華は、双也の問い掛けに苦笑を漏らす。

 彼女の言う通りだった。なんとなく理由は分かっていた。だが、それを自らの口で語るのは、何処か烏滸がましい(・・・・・・)気がして、言葉には出来ない。

 それを察したのか、柊華は双也の方へと歩み寄りながら、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。

 

「あなたが後悔して、ここに来て……だから私はここにいる。だって、そうでなきゃ始まらないでしょ?」

 

「………………」

 

「ここはね、そういう場所。あなたが望んだから、あなたはここにいる。あなたが望んだから――私は、ここにいるの」

 

 だからね――そう、聞こえた直後。

 双也のいつの間にか冷たくなった手は、柊華の暖かな手に包まれていた。

 

「言って、双也。あなたは今、どうしたいの? 私に……どうして欲しいの?」

 

 ――真っ直ぐだった。

 双也を見つめる柊華の瞳は、黒く澄んで、輝いていて、そしてどこまでも真っ直ぐで。

 まるで双也の心を見透かすように、自分の心を曝け出すように、しかしその中には、欠片の怨嗟だって篭っていない。

 

 “恐怖”が、揺れた。

 

「俺、は……」

 

「うん」

 

「………………」

 

 ――本当に、言っても良いのか?

 此の期に及んで未だに踏ん切りのつかない自分に腹が立つ。

 だが、それは未だに恐怖があるからなのだと何処かで分かっていた。

 柊華に対して負い目があるから。

 望む(・・)資格が無いのだと分かっているから。

 双也はそこで行き詰まる。言葉を紡げずに目を逸らす。

 

「……怖い?」

 

「………………」

 

「……そりゃそうよね。あなたが私を怖がるのも、普通のことだわ」

 

 僅かに諦観の篭ったようなその言葉を、双也は胸を突き刺されるが如き痛みと共に耐える。

 それを労わるようにか、はたまた彼女もそれを感じたのか――柊華は、ふらりと双也の胸に寄りかかった。

 そして、囁くような小さな声で。

 

「でもね、双也……分かって。私は、あなたの事を大親友だと思ってる。私を唯一救ってくれたのは、間違いなくあなたなの。あなたを救えるなら――死んだっていいって、思ってた」

 

「っ! お前、それ……」

 

「だから……お願い、双也……これ以上、私の為に、苦しまないで……」

 

「――ッ!」

 

 その声が、涙に濡れていたが故に。

 そしてその声に、どうしようもなく胸を締め付けられたように感じたが故に。

 双也は握られたままの手を強く握り返し、枯れそうな喉で、言葉を絞り出した。

 

「……柊華……許して欲しい……っ! 俺は、お前に、あんな――ッ!」

 

 自分勝手なのだと分かっている。

 都合がいいと分かっている。

 自分の失敗を棚に上げて、その皺寄せを一身に受けた者に対して、そう請うことのなんと浅はかなことか。

 自己嫌悪の渦に巻き込まれながら、しかし双也は必死で言葉を繰り出していた。

 ただ、赦されるならば、許してほしい――と。

 

「うん――ちゃんと、言えたね」

 

 言いながら見上げる柊華の瞳は、まだ潤んではいるものの確かに微笑んでいた。

 その露を、指で掬い払いながら、

 

「私は欠片(・・)だから、あんまりはっきりとしたことは言えないんだけれどね――」

 

 いつの間にか双也の頰にも伝っていた雫を、離れ際に掬い取って、柊華はまた境内の方へとゆっくり歩いて行く。

 その一歩を踏み出す度に、舞い散る桜が、吹き荒れていく気がした。

 

「双也。私のことは、きっとあなたが一番よく分かってる。私がどんな事を考えて、どんな事を思うのか……わざわざこんな所に来なくても、本当は分かっていたはず」

 

 柊華の言葉はどこまでも確信に満ち溢れていた。

 自らが大親友と言って憚らない者の事を、私だってよく分かっているのだから――と、公言するように。

 

 

 

「ただ――さっきの言葉を、私に言えなかった事が、心残りだったんだよね」

 

 

 

 そして、そう――双也の心を見透かすように。

 

「分かるはずよ。分からない訳がない。博麗 柊華という人間が、どんな応えを返すのか」

 

「許して……くれる、のか?」

 

「さぁて、それはあなたが考える事。初めに言ったわ、ここは“そういう場所”だって。あなたの望みを叶える為に、ここにいるんだって、ね」

 

 柊華は、そう言って微笑んだ。

 今までだって見た事がないくらい心の籠もった、優しく暖かく、何より美しい笑顔だった。

 それに見惚れていたからか、ふと気が付けば、周囲の景色は白と桜色に染め上げられて、視界に映るのは古びた神社と彼女のみ。

 

 柊華も周囲を見回して、呟くように言った。

 

「もう時間か……。案外早いものね」

 

 そして、変わらぬ微笑みのまま双也を見て、

 

「もう、ここに来ることが無いようにね、双也。それはあなたが後悔してるって事なんだから。大丈夫、他でもないこの(・・)私が、護ってあげるからさっ」

 

「柊華……ありがとう、な」

 

「うん」

 

 視界が白に消えていく。

 最早境内すらも消え失せて、目の前には優しげに微笑む柊華の姿だけがあった。

 意識すらも白み始めた最後の視界の中で、微かに見えた、柊華の口元――

 

「――……」

 

 その言葉に、双也は無意識に、言葉を返す。

 

「ああ――俺もだ」

 

 心地良い光に包まれながら、双也の意識は、白光に消え失せたのだった。

 

 また、先へと進むために――。

 

 

 

 




Plus story含め、これで全てお終いです。ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。

ではでは。


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