夢のないレギオス (歯並び悪い)
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第一話

プロットもなにもないので後々修正することになると思います。


不吉を感じさせるような赤錆びた空

 

命の芽吹きもなく、ただただ荒廃した大地

 

滅びかけの世界で目的もなく延々と彷徨う自立型移動都市レギオス。この世界において唯一人類に残された小さな小さな楽園。大気中を漂う汚染物質に触れるだけでたちまち死に至ってしまう人類を保護する最後の砦だ。

 

 

 

 

 

 学園都市ツェルニに到着したばかりの放浪バスから乗客が我先にと飛び出していくなか、一人だけだるそうな足取りで人波の流れをさえぎる男が居た。

 

「あぁ~、ここがツェルニか、案外悪くなさそうだな~」

 

やる気が一切感じられない間延びした声を発しながら、右手でゴシゴシと眠たそうな目をしきりに擦り、左手で大人2人が入りそうなサイズの旅行かばんを軽々と持ち、伸びをする。

そのまま放浪バスから気だるげな足取りで、後ろではしゃいでいる同乗者の早く降りろという視線に気づきながらも、それを気にも留めずにゆっくりと階段を降りていく。

やがて前方の通行者との間にスペースができ、狭い通路で後ろの同乗者に押しのけられ追い越されたが、やはりそれを気に止めず、相変わらず周りよりも3割ほど遅いスピードで歩いていく。

 

 ホテルにたどり着くと旅行かばんをぞんざいに地面に置き、着ていたコートを脱いでシャワーも浴びずにそのままベッドへダイブし夢の世界へと旅立った。

 

 

 

 

 

 

 

『なんだこのおっさんは』

 

それが目覚めてからの第一声だった。

いやその頃はまだ声をまともに発することもできなかったのだから、第一想とでも言うべきか。

 

目が覚めていきなり目の前に飛び込んだのは血まみれのおっさんの顔だった。

 

その時の俺はずいぶんと可笑しな顔をしていたのだろう。

赤ん坊の顔の区別なんていまだにできないが、きっと当時の俺ははっきりと可笑しいとわかるぐらいには可笑しな顔をしていたはずだ。

その後、おっさんの名前がデルク・サイハーデンと知った時にはきっともっと変な顔おしていたに違いない。

 

そのときは疲れがたまっていたのか、はたまた別のなにかの要因かすぐに目が開けていられなくなり意識を失った。

 

後日、目が覚めたとき目の前にいたのもやはりデルクで、その厳しい顔に意外とマッチする優しい微笑みを浮かべながら、これまたやさしく語りかけてきた。

 

「目がさめたか、お前の名前はレイフォン・アルセイフだ」

 

どうやら俺の名前を教えてくれたらしい。

そう俺は某小説のいつまでも煮え切らない主人公さん、レイフォン・アルセイフになったのだ。

 

 

 

 

 

 

コンコンッ

無愛想なノック音がだだっ広い高級感が漂う部屋に響く。

ツェルニ生徒会長執務室。ツェルニの最高権力保有者である生徒会長の仕事部屋に訪れるものでこうまで無遠慮なノックをしたものなどいままでに何人いただろうかと、生徒会長であるカリアン・ロスの頭にどうでもいいことがよぎっていた。

それを振り払い、態度からして友好的でない相手に気を重くしながらもそれを表に出さないように、努めて愛想のいい声でノックの相手を促す。

 

 

ドアが開き、やはり無遠慮にずかずかとこちらに向かって歩いてくる相手にさらに一段気が重くなる。

連日生徒会長としての激務を笑顔でこなしてきた貴重な経験がなければカリアンの丹精な作り物めいた顔にしわがいくつかできていただろう。それほどに現ツェルニ生徒会長カリアン・ロスはこの相手に対して緊張していたのだ。

 

レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフ

 

武芸の本場とも武芸者の理想郷とも名高い槍殻都市グレンダンにおいて最強12人に授けられる称号『天剣授受者』をわずか10歳というグレンダン史上最年少で授かった少年だ。

そして天剣を授かる瞬間をカリアンは目撃していたのだ。

カリアンには当時の光景が今でもありありと目に浮かぶ。

出場していた武芸者は皆、彼の武芸者に対しての印象を覆すほどに猛者だった。

武器を打ち合うだけで会場の端まで響く衝撃、奇奇怪怪な頸技、

家の事情で高名な武芸者の試合も幾度か見たことがあるが、武芸者ではない自分にも明らかに今まで見てきたそれとはレベルが違う者たちの競い合いに当時若かった自分はずいぶんと興奮を覚えていた。

その興奮を一瞬にして冷めさせたのがレイフォンだった。

かつて見たこともないほどの猛者たちを、まだ青年とすら呼べない子供が身の丈に合わない刀で文字通りなぎ倒していくのだから。

その荒唐無稽でいて、ある種芸術のような光景に魅入られ、驚きも興奮も通り越して涙が流れた。

その後衝動に突き動かされるまま、わざわざ会いに孤児院にまで尋ねた。

 

 

ゆえにその名をカリアンが忘れるはずもなく、入学希望者にてその名を偶然見つけたときは柄にもなく自分の頬を力いっぱいつねったのはいい思い出であった。

そう、過去形なのだ。

確かに今のツェルニにとってレイフォンが入ってきたことは宝くじを一枚だけ買ったら一等賞があたったほどの幸運である。

しかしレイフォンの見るからに非協力的な態度を見、過度な期待をしてはいけないのだろうと思ったのだ。

 

「ここに君を呼んだのは感謝を伝えようと思ったからだよ、君のおかげで一般人に被害がでなったのだからね。レイフォン・アルセイフ君」

 

 

武芸者、それは人間が進化した種とも神様からの贈り物とも言われている。

一度身に付ければ落ちることのない筋肉、技を覚えれば忘れることのないからだ、一般人とは次元が違う身体能力と反応速度。

ただ戦うためだけに存在しているような人間変異種とも言うべきものだ。

 

その武芸者同士がケンカをすれば、近くにいた一般人は無事ではすまないだろう。

本気の戦いともなれば余波だけでも骨折するほどで、運が悪ければ死すらもありうる。

 

その件の武芸者たちは入学式のそれも一般人がたくさんいるところで本気のケンカを始めたのだ。

もっともダイトを抜いた瞬間に急に吹き飛びそのまま気絶したのだが…

 

 

「あの武芸者同しのケンカのことなら、俺じゃないっすよ」

 

敬語にもなってない言葉遣いでぞんざいに応じるレイフォン。

 

「ああ、こちらとしては罰するつもりはないよ、ただ感謝をしたいだけさ。だから白を切る必要はない」

 

「あ、そうっすか。じゃあ用件はそれだけみたいだし、もう帰りますね~」

 

レイフォンにもう少しなにか反応を期待していたが、当人は一切の敬意が感じられないような形すらなってない敬語で話を早々に切り上げ帰ろうとする。

カリアンは少々予想外の態度にあわてて引きとめようとして

 

「まあ、まちたまえレイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフ君。武芸者が2人退学して武芸科に空きができたんだ。そして君はその二人よりも圧倒的に強い。どうだい、武芸科に転科してくれないだろうか」

 

「あ?……あぁ、あんときの銀髪か、髪伸びてたから分からなかったよ。道理で知ってるわけだ。でも、もうヴォルフシュテインじゃねえよ」

 

言外に断りドアの方へと振り向こうとする。

どうやら会った時のことを覚えていたらしいレイフォンは形だけの敬語すらやめていたが、カリアンにとっては覚えていてくれたことが予想外らしく言葉使いのことなど気にならない。

 

「覚えていてくれて光栄だよ。わたしは過去のことを詮索するつもりもない。それで、武芸科には転科してくれるのかい?」

 

「さっきの返答で嫌だと言外に言ったつもりだったが、わかんなかったのか?なんで俺がわざわざガキのお守りしなきゃいけねぇんだ」

 

 

どうやら機嫌を損ねてしまったようでカリアンの方へ向きなおされた顔が僅かに顰められていた。

少々性急すぎたかとカリアンは反省する。しかしそれでも意思を変えるつもりはなく、

 

「確かに君にはわざわざ武芸科に所属するほどのメリットはないのかもしれない、しかしそれでも私は君に武芸科に来てもらいたいのだよ。ツェルニは今セルニウム鉱山があとひとつしかないんだ。これが何を意味するかわからないはずはないだろう?」

 

「……」

 

「誰がこのようなシステムを作り出したかは知らない、だが現実として都市の命、セルニウム鉱石を得るための鉱山を武芸大会で奪い合わなければならない以上、君ほどの武芸者を放置することは私にはできないのだよ。それに、私はこの都市を愛しているんだ。愛しているものが……たとえ、二度とその土地を踏む事がないかもしれないとしても、失われるのは悲しい事だと思わないかい?

 愛しいものを守るために手段を問わぬというのも、愛に狂う者の運命だとは思わないかい?レイフォン君」

 

 

「だから武芸科に転科しろと?結局それで俺にはなんのメリットがあるんだ?」

 

カリアンの演説はどうやらレイフォンの心には届かなかったらしい。相も変わらず礼儀が微塵も感じられない─むしろ悪化している─態度のまま、転科に応じる気もなさそうだ。

 

だからカリアンは仕方なく用意していた手札を切る。

 

 

「君の奨学金は確かBランクだったね。武芸科になりさえすればAランクに上がり学費は全額免除になり、就労活動もいまよりずっと楽になるはずだ。これでも足りないなら多少なら便宜を図れないわけでもないが、なにかあるかい?」

 

本当ならばツェルニの財政から考えても出費は控えたい。学園都市というものはそこまでお金を持っているわけではないのだ。

しかしそうもいかないだろう…

レイフォンほどの武芸者だ、お金に興味が全くないのであれば奨学金で満足してくれるのかもしれないが、もしそうでなければ…

カリアンはただただ祈ることしかできなかった。例え今までも態度からして、その祈りは何処にも届かないだろうと分かっていながらも、祈らずにはいられなかったのだ。

 

「クッ…ははははは!」

 

どうやらカリアンの祈りはやはり聞き届けられることはなかったらしい。

まるでカリアンを嘲るかのようにレイフォンは突然吹き出し、しばらく部屋に笑い声が響く。

しばらくして笑い声も止み、レイフォンはカリアンに向かって指を1本立てて話す。まだ笑いの余韻が抜けきっていないのか、顔はにやにやといやらしい笑みを浮かべながら。

 

 

「面白いことをいうな、お前は。学費程度で都市の命が買えるなどと本気で思っているのか?10億だ。俺を雇いたいなら10億は用意しろ。そしたら武芸科にも入ってやるぞ?」

 

悪夢のごとき一言がカリアンの鼓膜をふるわせた。




僕は小説を読むにあたって、きっと他人よりも矛盾だったり、ご都合主義が気になって気になって仕方がないタイプです。だからそういうのができるだけ少ない話にしていけたらな~とか思っています!


ところでレギオスって設定しっかりしてるようで意外と突っ込みどころありますよね、ツェルニの武芸者の総数とか結局どうなってんだろうか
ウィキとかで300とかそれぐらいだって見た覚えがあるんだけど
小隊に所属してる人数の平均6人だと仮定してそれが17あるだけで102になるわけだからエリートもなにもないって言う…
しかもほとんどの小隊員が上級生だとすると…

というわけでこう言う所の詳しい情報を持ってる方はぜひ教えていただけると助かります!



このお話は僕が夜中に暇つぶしで書いた適当な作品です。
きっと違和感や、誤字脱字そのたもろもろがあると思いますので感想で教えてもらえるとすごくうれしいです。
普通に感想をもらえたらもっと嬉しいです!
でもって褒めてもらえたら泣いて喜びます!



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第二話

書き方のアドバイスなどをぜひお願いします。


「まいどあり~」

 

やや間延びしたやる気のない声を響かせながら、レイフォンはカリアンの執務室から出てきた。

 

カリアンの鬼気迫る交渉で3億まで値切られてしまったが、それでもレイフォンは満足そうで、その手に武芸科の制服を携え、軽やかな足取りで生徒会棟から出て行く。

嬉しさを隠し切れないのか、いつものしまりのない顔にさらにニヤニヤしており、その整った顔の価値をずいぶんと引き下げている。

 

『にしても、本当に儲かったな。これでツェルニでも悠々自適引きこもりニートライフが送れるぜ』

 

考えることはダメ人間のそれだったが、事実レイフォンはすでに働かなくても一生を遊んで過ごせるほどに金持ちだったのだ。

グレンダンを自発的に出てから2年間、汚染獣に襲われた都市を見つけては足元を見まくった法外な報酬を要求して大儲け、戦争で負けそうな都市を見つけてはやはり法外な報酬を要求してボロ儲け。

いままでに巻き上げた金額に比べれば、3億など端金に等しいのだが、

現在レイフォンは手持ちがそこまで無かったのだから今の喜びようも仕方のないものだ。

 

今晩は豪勢に行こうかな

などとつぶやきながらレイフォンは買い物をするため、繁華町へと足を向ける。

 

 

高級食材を豪快に大人買してから家に帰ろうとした時にそれは声をかけてきた。

 

「あなたがレイフォン・アルセイフさんですね?」

 

レイフォンが今まで見たこともないほどの美少女だった。

作り物めいた人形のような顔立ち、透き通るような白い肌、腰まで伸びた長い銀髪。そのすべてが彼女の冷え切った雰囲気とマッチし、周囲に圧倒的な美を振りまいていた。

 

本来ならば、こんな美少女に町中で声をかけられれば飛び上がって喜ぶのだが

この後の展開を知っているだけに気がめいる。

 

「ナンパかな?お兄さんナンパなんてされたこと無いから、どうすればいいか分からないんだ、だからごめんね?」

 

レイフォンは逃げることにした。

 

「私はあなたより年上です。生徒会長と話していた件で話があります。ついてきてください」

 

気にしていたのだろうか、声音は冷たいままだが周囲の温度がいくらか下がった気がした。

そしてレイフォンのふざけた言葉は黙殺するつもりのようで、そのまま踵を返して歩き出す。

 

レイフォンもごねるつもりはないのか、ため息をつきながらその後ろをついていく。

 

「てか生ものとか入ってんだけど、このまんま行かねえとだめなのかな」

 

呟きはやはり黙殺されて、レイフォンは両手いっぱいの食材を手に美少女の後ろを歩くのだった。

 

 

 

 

たどり着いたのは広い殺風景な部屋だった。

武芸の鍛錬に使われるだろう部屋は教室数個分の広さがあり、端には様々な形状に復元されたダイトが置いてある。

ここまで案内してくれていた銀髪の美少女は役目を終えたとばかりに部屋の端にあるベンチへと向かい、座り込んで傍観をきめこむ。

部屋には他にも人が3人いた。

部屋の真ん中に金髪の女、隅で寝転がっている美形の男、その隣に油で汚れたつなぎを着た男がいた。

 

「貴様がレイフォン・アルセイフか」

 

部屋の真ん中で金髪の目つきが鋭い女がこちらを睨んでいた。

 

「わたしはツェルニ第17小隊隊長のニーナ・アントークだ。」

 

レイフォンの返答を待たず、また気にも留めず話を続ける。

そのまま長々と小隊員についての説明を続ける。

当のレイフォンは心の中で『なんで買い物袋引っさげたままこんな話をきかねえといけねえんだよ』と毒づいていた。

事実端から見たらなかなかに滑稽な場面で、壁際の美形がニヤニヤしているのが視界の端に映る。

 

「貴様を第17小隊員として任命する。拒否は許されん。これは生徒会長の承認を得た正式な申し出だからだ。なにより、武芸科に在籍するものが、小隊在籍の栄誉を拒否するなどという軟弱な行為を許すはずがない。」

 

途中から火がついたのか熱弁するニーナという名の少女、

それをレイフォンはつかれ切ったような顔で眺め、やがて小ばかにするように

 

「はっ、許さないって誰が許さないんだ?おまえか?カリアンか?悪いが、俺は軟弱だから小隊員の栄誉は遠慮させてもらう」

 

吐き捨てた。

 

断られることなど考えてもいなかっただろう、身も蓋もないレイフォンの返答にニーナは二の句がつげなくなってしまう。

 

レイフォンはそれを良しとしたのか踵を返し、出口へと向かう。

が、それをさえぎる声があった。

 

「まあ待てよ、新入生。会長のこと呼び捨てにしてるあたり、話は聞いているだろ?いまツェルニははっきり言って崖っぷちなんだ、それでも俺たちはここを守るために頑張っている。お前も武芸者なら都市を守りたいって気持ちはもってんだろ?俺らはお前のこと買ってんだ、小隊に入るチャンスなんてそうそうないぜ?」

 

ニヤニヤしている美形が出口の手前に立っていたのだ。

口元はニヤニヤした笑みを浮かべているが、目は笑っておらず、どうやらレイフォンの言葉に怒りを覚えたようで、どくつもりは無さそうでその手は腰の剣帯近くをさ迷っている。

ダイトを抜くつもりはないだろうが、脅しといった所だろう。

 

「その努力が無意味だったんだろ?じゃなきゃ鉱山があと一個なんてことにはなってねえはずだ」

 

そう言ってレイフォンは嘲るように、見下すように美形に相対する。

脅しは意味を成さなかったようだ。

 

レイフォン本人も美形なためなかなか見ごたえのある絵のはずだが、手に持っている買い物袋からはみ出した食材のせいでどうにも滑稽にしか見えない。

 

そうこうしている内にニーナが再起動した。

その体は怒りでわなわなと震えていて、拳はギュッと握り締められている。

それもそのはずだろう、レイフォンの言はつまりツェルニの武芸者全員を存在価値なしと断じているに等しいのだから。

誰よりも武芸者の誇りを大事にするニーナにとって、その言葉は許されるはずもなく

かといって前回の武芸大会では確かに失態演じた以上自らに義はなく

つまるところ怒りで今にも沸騰しそうな頭を理性によって必死に押さえつけようとしていたのだ。

 

しかしその甲斐なく、理性の戒めはレイフォンによって解き放たれる。

 

「そんなお前たちと仲良く努力したところで高がしれる」

 

─プツンッ

 

ニーナの中で何かが切れた気がした。

ツェルニを守るために自分が積み上げてきた物を侮辱され、黙っていていいのだろうか?

いや、良い訳がない!

 

やがてその手は剣帯へと伸び、

 

「貴様ぁああ!ふざけるな!貴様に何が分かる!レストレーション!!」

 

叫びとともにダイトを復元し、レイフォンにつっこむ。

レイフォンは美形に向き合ったままで、反応しない。

 

そのままニーナはレイフォンを間合いに入れ、元の形状に復元され、剄を纏った漆黒の鉄鞭を振り下ろした。

直撃してしまえば一般人は言うまでもなく武芸者すらも当たり所が悪ければ死に至る。そんな一撃がレイフォンに迫り…

 

ドスッ

 

鈍い音が部屋に響きニーナが吹き飛んだ。

 

その場には両手に買い物袋を携え足を振り上げた体勢のレイフォンがいた。

しかし、やはりカッコ悪かった。




このお話はアンチニーナでできております。
この主人公は風の聖痕の和真を参考にしています。
好き嫌いなどきっとあるでしょうが、それでもこの駄文を読んでもらえるとうれしいです。




にしてもやはり読むのと書くのじゃ違いますね。
ぜんぜん思うようにいかないです。

アドバイスなどありましたら感想にてお願いします。


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第三話

その瞬間、何が起きたのか理解できなかった。

なにせ、殴り掛かったニーナが何故か吹き飛んだのだ。

瞬時に理解が追いつけないのも仕様がないことなのだろう。

もちろん念威によって直後には起きたことを事実として把握していたのだが、その事実もやはり彼女、フェリ・ロスには驚きを禁じえないものだった。

 

 

レイフォンという口の悪い新入生が強いことは分かっていた。

 

彼女は兄であるカリアンとレイフォンのやり取りを念威で盗み聞きしていたのだ。

そのため、カリアンがあの手この手でレイフォンを懐柔しようとし、最終的には色んな特権を認めたうえで3億という大金を出してまで雇ったほどなのだから、その強さは押して知るべしという物だろう。

 

だが、それでも実感が伴わなっていなかったのだろう。

ニーナがレイフォンに殴り掛かった時、おろかにもレイフォンの身を案じてしまったのだから。

本当に案じるべきはニーナの方だったというのに。

 

だがそれも仕方のないことなのだ。

 

故郷でみた高位の武芸者ほどではないが、ニーナは十分に強い。

その十分に強いニーナの全力の、おまけに真後ろからの奇襲と言ってもいい一撃を、いくら強いとは言え、丸腰所か両手に荷物を持った状態で凌ぎ切れるとは思えないのが普通なのだ。

 

その普通じゃないことをあっさりやってのけたのがレイフォンであり、

ニーナを文字通り一蹴したのだ。

 

なるほどこれならばあの兄があそこまで必死になるのも頷ける。などとフェリは納得していた。

 

壁に激突し、気絶したニーナの心配は全くしていない。

念威で生きていることは分かっているし、自分が武芸に関わることになった原因の1つと言えない事もないニーナに対して親しみを抱くことは無かったからだ。

やつあたりに近いことは分かっていたが、やはりフェリにとってニーナは煩わしい存在であることは事実なのだ。

 

ふとレイフォンの方に意識を向ければ、

先ほどの自分と同じように思考が追いつかなかったのだろう、固まっている美形、シャーニッドの横をすり抜けてドアを出るところだった。

 

特に止めることもなく見送り、やがて再起動したシャーニッドとツナギのハーレイがニーナに駆け寄るのを

横目に眺めながらフェリは自分の荷物を片付け始めた。

 

─隊長を気絶させてくれたことにだけは感謝しないといけませんね。

 

フェリは少し腹黒かった。

 

 

 

 

 

 

 

薄暗くなってきた道を、ただただひたすら真っ直ぐ歩く。

 

元々人通りが少ない道なのだろう、すぐに人気が減っていき、やがて無人になった所で彼は声を上げた。

 

「なんか用か?まずはカリアンを呼んで来い、そしたら話を聞いてやる」

 

周囲に人独りいないのだが、彼、レイフォンは何かを確信しているかのように虚空へと話しかける。

 

そして当然のように返答が虚空から響いた。

虚空というよりは、虚空に漂う花びらのような念威端子から、と言った方がいいだろう。

 

念威操者にすぐに思い至るが、彼女からの用件となると心当たりがなかった。

だからてっきりニーナかシャーニッドあたりかと思っていたのだが、

 

「直々にご指名とは、光栄だよ。レイフォン君」

 

予想していなかった相手からの返答だった。

一瞬、驚き固まるがすぐに我に帰り声を紡ぐ。

 

「カリアンか、生徒会は随分と仕事が速いな、いつの間に俺が小隊に入ることになったんだ?」

 

レイフォンの責めるような態度を特に気にすることなく、カリアンは飄々と返事を返す。

 

「そう怒らないでくれたまえ、これは君のためを思っての措置だったんだよ。武芸大会で十全に活躍してもらうためには小隊に所属しいた方がいいと思ってね。もっとも、それも今じゃ意味の無い話だね。アントーク君を気絶させたのは少しやりすぎじゃないのかね?」

 

「余計なお世話だ、それに小隊のことなんて契約には入ってないぞ?」

 

一言で切り捨てるレイフォン。

おまけに言外に小隊に入れというなら報酬を上げろと言ってのける。

 

「指揮系統から独立した状態でも大丈夫かい?」

 

レイフォンの言の意味する所が分からないはずもないが、カリアンはそこを自然に流しつつ責任は取れるのかと言外に含ませて聞く。

 

「当たり前だ。俺独りでも十分勝てるんだから、んな細かいことはどっちでもいいんだよ。」

 

「ふむ。君がそう言うのならそうなのだろうね。まあ、よろしく頼むよ。レイフォン君」

 

レイフォンの答えに満足したのか、それだけ言い残してカリアンとの通信が途切れた。

後に残されたのはレイフォンと、もうカリアンとはつながっていない念威端子のみで

 

「君もこんな中継役させられるなんて大変だねぇ。まあお疲れさん」

 

レイフォンもそう言って踵を返そうとし、

 

「あなたは…」

 

端子からか細い、迷いを多分に含んだような声が聞こえ、動きを止めた。

 

「あん?なんだ?」

 

「いえ、何でもありません。」

 

言うかどうか迷っていたのだろう。

レイフォンの問いかけになんでもないと答えるその声からはやはり迷いが感じられた。

 

「言いたいことあるなら言えよ、そんな中途半端に焦らされたら逆に気になっちまう」

 

「……あなたは、自分の人生に疑問を持ったことはありませんか?」

 

唐突かつ哲学的な質問だった。

少々面食らうが、徐々に思い出す。『そういえばこいつ、原作じゃそんな悩みもってたな』

 

「悪いが哲学はちょっと」

 

聞きたいことが分かっているのに、あえてこんな返答を返すのはレイフォンの捻くれた性分ゆえだろうか。

しかし、相手はそんなレイフォンの戯言を気にもとめずに続ける。

 

「わたしはあります。わたしは生まれつき異常な念威の才能を持っていました。

それが原因で今まで念威操者として当然のように育てられてきました。

才能があるというだけで、です。でも私にはもっと他にも道があるんじゃないんでしょうか?親に決められた道ではなく、私自身で選べる念威操者以外の道が…。

私はこの力が嫌いです。

念威操者の道しか与えてくれないこんな力なんか欲しくなかったんです。

あなたはこのように思うことはなかったのですか?あなたも私と同じく特別な才能を持って生まれてきたはずです。周りに決められるままに武芸者という道を選んだはずです。あなたはそれを疑問に思うことは無かったのですか?」

 

それは切実な悩みなのだろう。

淡々としていて感情が感じられないような声ではなく、

その声音にははっきりと悲痛な叫びがこめられていた。

 

しかし、それはレイフォンにとっては取るに足らないものであった。

ゆえにレイフォンはいつもと変わらぬ、やる気の抜けきったような覇気の篭らない声で答える。

 

「なんだ、そんなことか。それなら簡単だ。」

 

「え?なにがですか?」

 

あっさりと答えが変えてきたことに驚き、

その声に困惑の色が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

「ニートになればいいんだよ」

 

 

空気が固まった気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 




やっと…
やっとここまでこれた。

やっと書きたかった場面が書けました。

ニート志望のレイフォンが原作キャラをニートの道に巻き込んでいく、
というのがこの話のコンセプトです


この場面は次話続きます。


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第四話

「どうやら私は聞く人を間違えたようです。」

 

固まった状態から再起動したのだろう、念威端子から聞こえる声にはもう先ほどのような感情が感じられず、ただただ冷たかった。

レイフォンの言葉に怒ったのか呆れたのか、どちらにしろ、端子の向こうの彼女はこれ以上の会話を無駄と断じたようで念威端子が飛び去ろうとしている。

 

「おい、ちょっと待て。自分から聞いてきたんだろ、なら最後まで聞いてけよ」

 

その言葉に一理を感じたようで念威端子の動きが止まり、しかしそこから声が伝わってくることはない。

聞くだけ聞いて、早く終わらせたいという事なのだろうか、冷たい印象とは裏腹に、意外と義理堅い少女のようだ。

それに気づいたレイフォンは唇の端をほんの少しだけ持ち上げ、言葉を続ける。

 

「人はそもそも何のために働くんだ?

大多数は生きるため、つまりお金のためだろ。

逆に言えばお金さえあれば無理に何かする必要はない、そう思わないか?

俺は、そう思う。そのためにこの力を使ってる。

仕事そのものに目的を求めるならともかく、俺にとって武芸は手段だからな。

お前も念威操者に目的を見出せないんだろ?

他に何かしたいことでもあんのか?」

 

「…ありません」

 

「そうか、ならお前は多分俺と同じタイプの人間だ。

きっと念威操者を手段として割り切ることが一番だと思うぞ。

いつかやりたい事が見つかった時、そっちに進めばいい。

だから、それまでは楽しく楽して生きていこうぜ?せっかく力があるんだ、勿体無いだろ」

 

レイフォンの話は彼女にとって随分新鮮なものだった。

楽して生きようと思っている人を見たことがないわけじゃない、ただその時は愚かな人だと見向きもしなかっただけだ。

幼い頃から念威操者になり、都市のために働くことこそ素晴らしいと教え込まれてきた当時の自分には彼らを理解できなかったのだから。

 

念威操者を手段として生きる。

 

口に出してみれば、とても単純なことで、その割には今まで程の抵抗を感じない。

 

「目的と手段、ですか...

言いたい事はなんとなく分かりました。参考には、させて頂きます。」

 

「そりゃ良かった。手段として割り切っちまえば、もう荒稼ぎするだけだからな。そしてら後はウハウハのニート生活だぜ。悪くないだろ?」

 

急に安っぽくなったレイフォンの言葉に苦笑する。幸い相手は念威端子の向こう側で、こちらのことが見えない。

心が少しだけ軽くなったのを感じながら彼女は言葉を紡ぐ。

 

「少なくともニートという言葉は、とてつもなくかっこ悪いです。」

 

皮肉が出たのはそれだけ彼女に余裕が生まれたからだろうか。

 

「意外とそうでもないぞ。知ってるか、お金持ちのニートってセレブって言うんだぜ?」

 

大真面目な表情でくだらないことを言う。

でも、それは悪い気はしない。

 

「セレブ、ですか…

響きは悪くはありませんね。」

 

「役に立ったのならなによりだ。悩み多き少年少女を導くのも大人の役目だからな~」

 

もう真面目な話は終わったからだろう、口調が随分と砕け、体を弛緩させながら呟く。

その姿は先ほど彼女の悩み聞いていた姿からは考えられないほどだらけ切っていて、そのことにまた苦笑がもれる。

 

「年齢は私の方が1つ上のはずですが。」

 

「でも、お前はどう頑張っても16には見えないけどな。」

 

「フェリ・ロスです、お前ではありません。」

 

「そういえば名前聞いてなかったな。俺はレイフォンだ、これからよろしく、とでも言えばいいのかね?」

 

「そうですね。兄次第、ですが…きっとまた何かするでしょう」

 

「そうか、じゃあそん時はよろしくな、俺はもう腹減ったからかえるぞ~」

 

「はい。今日はありがとうございました」

 

別れの挨拶をして、念威端子はどこかへと飛んでいく。

それを見送りながら、レイフォンもまた家路を急いだ。

 

 

 

 




今回はかなり難産でした。
それっぽい雰囲気出そうと思って頭をひねってみたのですがどうでしょうか?


そして、短くて申し訳ありません。
次からはもうちょっと長文で投稿したいと思います。できたら5000ぐらいで・・・


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閑話

なんだかこのレイフォンのキャラが固まらないので。
このレイフォン根源的なものを書いてみた。






※グロい表現がありますので、ダメな人は注意してください。


夢だ。

自然にそうと分かる。

こういうのをなんと言ったっけ?

…まあ、なんでもいいや。

 

 

それにしても、随分と嫌な夢だ。

 

この時ほど世界を恨み、憎んだことはないだろう。

この時ほど自分に怒り、悔やんだこともないだろう。

 

本当に、嫌な夢だ……

 

 

 

 

 

 

 

 

いずれ、そうなることは、分かっていた。

なにせ自分はある程度の未来が分かっていたのだから。

この滅びかけの世界に生まれたときから、それこそ此処に生きる誰よりもこの世界に詳しいのではないだろうか。

 

だから、それが来ることは分かっていたのだ。

未然に防げないことは分かっている。

だから覚悟だけはしていたつもりだった。

 

 

─グレンダンの食糧難

 

 

 

 

 

 

今世の自分の体は随分と高性能で、すでにスペック面で全てが前世の自分の上回っていた。

体を動かすことが楽しくて、

前世じゃできなかった動きができるのが楽しくて、

そして何よりもそこから更に成長しているのが実感できるから、

俺は武芸というものに熱中していた。

 

外力系衝頸も内力系活頸も拙いながら扱う程度にはできるようになり、

まるで限界が見えず、

どこまでも強くなれるような、

毎日が希望に満ち、輝いているような気がしていた。

 

俺が世界の平和を守るんだ!なんて夢見がちなことも言っていたきがする。

当時はまだ現実を知らず、舞い上がっていたのだ。

言葉のとおり、なんだってできる気がした。

 

 

 

 

絶望は5歳のときにやって来た。

食料の生産プラントで原因不明の病気がはやったために、都市が食糧危機に陥ってしまったのだ。

だれもが少しでもエネルギーを消費しないように、食べる量を少しでも減らすためにただただ家の中でこの危機が過ぎ去るのを待つ。

道を行き交う人も、

公園で元気に遊ぶ子供の姿もなく、

都市は死んだように静まり返っていた。

 

この食料危機に対してグレンダン政府はすぐに対応し、食料はすぐに配給制となったが、その量はとてもではないが足りるものではなく、特に俺のいた最下層の市民居住区は悲惨なものだった。

 

1週間過ぎたあたりからだろうか。

配給される僅かな食糧では限界に達し、生えている植物の葉っぱを食べる人が出てきた。

やがてその植物もなくなっていき、1ヶ月たった頃。

チラホラと裏通りで死体が捨てられ、やがてその死体消えていく。

誰かに持ち帰られ、食べられたのだ。

 

そこからは本当に地獄だった。

 

かつて、お金だの恋だので悩んでいた自分が恥ずかしく、

武芸者の力に舞上がっていた自分がバカらしくなるほどに、

それは凄惨たる地獄だった。

食料の奪い合い、死体の取り合いが頻発し、治安どうこう問題ではなかった。

人々がその日を生き抜くことに必死になり、都市が都市としてまともに機能していなかったのだ。

 

当然俺がいた孤児院も無事では済まなかった。

俺が事前に溜め込んでいた食料のおかげで、暫くは何とか食いつなぐことができたが、

兄弟たちに配給された食糧はスズメの涙ほど。

次第に限界が訪れた。

 

食糧危機が公になってから、養父さんは食べ物をほとんど口に入れることはなかった。

 

内力系活剄

これのおかげで、熟練の武芸者は飲まず食わずでも1ヶ月は戦い続けられる。

 

日がな一日、ただ道場の真ん中で座禅を組んで過ごす。

その姿をみて、俺は何かに心を打たれた気がして……

そして、活頸なら自分もできると真似をして、しかしすぐに自分の未熟さに打ちのめされた。

 

日に日に衰弱していく家族たち。

ただただ無言で佇む養父。

兄、姉たちに向かって「お腹がすいたよぉ」と弱弱しく告げる年の近い兄弟たち。

そして、日に日に数を減らしていく兄弟たち……

 

それを見ていられなくて、でもどうしようもなくて、ただただ自分の無力感をかみ締める毎日。

今思えばこの食糧危機のおかげで随分と活頸がうまくなった。

 

武芸者でもある自分への食糧配給は多かった。

それをできるだけ兄弟に分け与えようと必死に活頸を続けたのだから上手くもなるだろう。

 

 

 

 

 

そう、ある程度の武芸者は活剄を続けていれば、食べ物ほとんど食べる必要がないのだ。

食料の配給は一般人よりも多いというのに、である。

それは仕方のない事だと言うことは理解している。

武芸者は一般人からはかけ離れた存在だ。

その身にもつ力は何も武力だけではなく、権力もまたしかり、である。

武芸者の数が他の都市よりも圧倒的に多いグレンダンであろうとそれは変わらない。

ならば、その権力を持つものたちが権力を使わずにいられたのだろうか?

都市を守るため、平和を守るために犠牲になる。

そんな綺麗ごとではどうにもならない現実の前に人は我慢することができるだろうか。

もちろん、当時はただの一般市民に過ぎない自分にはそうだったと言う確証はない。

でも、今でも自分にはそれがどうしようもなく真実に思えしまう。

 

 

どちらにしろ、権力を持つ武芸者が一般人よりも食料の配給が多いのは仕様がないことなのだ。

 

 

理解は、できる。

でも納得はできない。

一部の人が飢えを我慢するだけで、ただそれだけで衰弱し、死んでいった家族がもしかしたら助かっていたかもしれないのだ。

都合のいい考え方だということは分かっている。

無茶苦茶な理論だということも分かっている。

でも、どうしても、許せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、思えばこのときからだろうか、

 

無能な権力者を嫌うようになったのは……

無力な武芸者を嫌うようになったのは……

 

─グレンダンという都市が嫌いになったのは……




5000字とか言っておきながら、3000にも届きませんでしたorz
本当に文章を書くというのは難しいものです。

これからもがんばって続けていきますので、どうか見捨てないでいただけたらうれしいです。


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第五話

ピッ!ピッ!ピピッ!ピピピピピピピピピ!

 

旧式の目覚まし時計が、けたたましい音を立てて鳴り響く。

 

ガシャン!

 

旧式の目覚まし時計が嫌な音を立ててバラバラになる。

武芸者の力でぶん殴られたそれはきっと2度とその用を果たすことはないだろう。

 

 

「あぁ~、嫌な夢見た」

 

目覚ましを粉砕したことなど全く気にも留めずにレイフォンはだるそうに呟きながらも、のそりと体を起こす。

 

なにも学園都市生活の初っ端からこんな嫌な夢見なくてもいいのにな、と心の中で文句を延々と文句並べる。

なんだかやる気が削がれてきた。

 

ふと、時間を確認しようと時計のあった所に目を向けて、かつて嘗て時計だっただろう何かが目に入ると、ただでさえ殆ど無かったやる気が更に無くなっていき、精神が二度寝という誘惑に負けそうになる。

 

しかし初日からサボリはさすがに問題だと思ったのか、持てる限りの自制心を総動員して、なんとか至福の布団空間から抜け出す。

いそいそと白い武芸科の制服を乱雑に着て、カバンを持ち、適当な果物をかじりながらも、だるそうな重い足取りで部屋を出る。

 

登校初日から無気力なレイフォンだった。

 

 

 

 

「ついに、5年生……か」

 

学生で賑わう通学路でツェルニが誇る最強野生コンビが歩いている。

いや、歩いているのは銀髪を短く刈った大男だけで、その肩に燃えるような赤髪をした小柄な女の子が乗っている。

ツェルニ2大ゴリラが一人、ゴルネオ・ルッケンスと野生児で有名なシャンテ・ライテだ。

この2人がコンビを組めば、単独でとめられる者なしと謳われている。

事実ツェルニ最強の武芸者だった武芸長のヴァンゼであると、止められないだろう。

武芸者としての技量も高いながら、最も厄介なのはその息の合ったコンビネーション。

次から次へと襲い掛かってくる必殺の威力が篭められた頸技に対処するのは至難の業だ。

 

だが、個人の力では限界がある。

2人がいくら強かろうと、それだけで武芸大会に勝てるわけではないのだ。

 

その武芸大会が今年やって来るというのだから、ゴルネオは頭を悩ませていた。

ツェルニは崖っぷちな状況だ。

現在ツェルニのセルニウム鉱山の保有数はあとひとつ。

だから今回の武芸大会でもし、負け越すようなことがあれば、ツェルニは滅びてしまう。

いつか去ることが決まっている場所だとしても、自分たちの家とも成ってくれたこの都市が滅びてしまうのだ。

それは、とてもとても悲しいことであり、

そして、何より自分たちが武芸者として無価値であることの証明になってしまう。

そんなことが許されるはずが、自分たちの努力が無駄になるはずが無い!しかし事実として勝てる保証も無い。

 

そんな理想と現実の板ばさみで、もがき苦しむゴルネオの視界にそれは映っていた。

 

ゴルネオが最初に其れに気づいた時は何かの悪い冗談だと思った。

其れは自分の良く知っている“彼“の顔とよく似ていたのだ。

その“彼“はゴルネオが、圧倒的な才能の違い故に苦手意識を持っていた兄と同じ場所に僅か10歳という幼さでたどり着いた人物。その強さに、才能に嫉妬を覚え、そしてやはり憧れを抱いてしまった人物─レイフォン・ヴォルフシュテイン・アルセイフ

 

「急に立ち止まってどうしたんだ?ゴル」

 

肩に立つシャンテの声にすら気付けず、ゴルネオは呆然とその場に佇んでいた。

天剣が、ツェルニにきた。

無気力がオーラとして滲み出るほどに、全身でだるいと表現しているような姿だが

それこそ武芸科の制服を着ていなければ武芸者であると誰も気付けないだろう姿だが

それでも、ゴルネオは確信を持って其れを化け物の代名詞たる天剣だと断定できた。

身のこなし、にじみ出る雰囲気は誤魔化せても、頸は誤魔化せない。

拙いながらも相手の体に流れる剄が判別できるゴルネオが、レイフォンの剄脈の一部の乱れも無く流れる剄を見間違えるはずがないのだ。

 

しかし、何故だ?

其れが分からない。

このタイミングで天剣がツェルニに来たのはそれこそ比類なき幸運であるが、だからこそ解せない。

 

だが、天剣そのものに苦手意識をもつゴルネオが、何故ここにいる?と聞きにいく勇気がとっさに出るわけも無く、ゴルネオの悩みの日々はしばらく続くことになる。

 

 

 

 

 

 

教室にたどり着いたレイフォンは最後列の座席に直行し、すぐさま突っ伏した。

無尽蔵の体力もつ武芸者であるはずだが疲れきって見える。

登校するという事への精神的ストレスなのだろうか、とにかくレイフォンは精神的に疲れていて今すぐにでも惰眠を貪りたく、しかしそれは近くに座っている男子生徒に遭えなく邪魔されてしまう。

 

「よ、よう、君も昨日緊張で眠れなかったのか?実は僕もなんだ。あ、僕の名前はエドって言うんだ。これからよろしくね」

 

睡眠を邪魔された上に見事な勘違いをかまし、更に自己紹介まで仕掛けてきた目の前の太り気味な男子生徒。

新しいクラスで何とか友人を作ろうとする姿が微笑ましくて、懐かしくて、嘗ての自分を思い出させてくれる。

故に円滑な関係を築くためにもあいさつを返す。

 

「あ~、俺はレイフォンでいいよ。これからよろしくな。じゃ、俺は寝るから、おやすみ~」

 

 

円滑な関係の構築を済まし、レイフォンは今度こそ夢の世界へと旅立った。

 

 

 

 

 

 

「おい、起きろレイフォン。」

 

まるで深い深い水底から、浮上するような心地よい感覚。しばらく其れに身を任せ、しだいに意識がはっきりしてきて……

視界に入ってきた太り気味の男の姿にテンションが水底を突き抜けるほどに駄々下がりした。

 

「ふわぁ~、おはよう、エロ。今日はもう終わりか?」

 

気を取り直しつつ、わざわざ起こしてくれただろう男に一応あいさつしつつ尋ねる。

日の高さからしてまだ昼前だろうが、クラスメイトと思われる者たちが教室からどんどん出て行くためだ。

 

「ああ、今日は初日だから午前で終わり。本格的に授業すんのは明日からだ。たくっ、結局一回も起きなかったな」

 

説明をしてくれた先輩の引きつった顔を思い出し、呆れながら言うエド。

 

「ああ、俺は一日の9割を時間睡眠に費やせるプロのニートだからな。それよりエド、帰って作んのめんどくさいし昼飯食いに行くか?」

 

レイフォンが誇らしげにダメなことのたまうが、其れをエドは見事にスルーする。

 

「ああ、行くよ。この前うまい店見つけたからそこでいいだろ?」

 

レイフォンも特に意見は無いようで、二人は教室を出た。

 

 

 

 

 

「よお、新入生たち、昼飯か?俺も一緒についてっていいか?」

 

校門をちょっと出たところで美形の男に声をかけられた。

その男は長い金髪を後ろで一つに束ね、白い武芸科の鋭角的なフォルムの制服を着、甘いマスクの上に軽薄な笑みを浮かべて立っていた。

その姿が実に様になっていて、周りの女子の目線を釘付けにしていた。

 

そして、其れを見て、エドは何かを思うよりも、条件反射的に心の中で叫んだのだ。

 

 

─モテは滅びろ!




最近おもうんだ、
この話には何かが足りないと。
僕は考えて、考えて、考えて、考え抜いて、そして気付いたのだ

そう、戦闘シーンが足りないと!


というかまともな戦闘描写って未だに書いたことない
人生で一度もない
そして今回も戦闘はない

これはひとえに僕の力不足によるものです。まじで。
そんでもって暫く戦闘がないままが続くかもしれません。
これもひとえに僕の力不足によるものです。まじでごめんなさい。

そして願わくばいつか戦闘描写が出てくるまで見捨てないでください。
切実にお願いします。


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第六話

総合評価 4444pt

嬉しいのだが、嬉しくない……
個人的な話ですが、最近ケータイやパソコンの時計を見るとよく44分だったりします。
これって、なにか不幸の前兆なのか……


まあそれはともかく
UA 13000
お気に入り 400

超えました!
ありがとうございます!
これからも読んでやってください!
そして気が向いたら感想書いてやってください!
やる気もろもろにつながります!


いきなり声をかけてきた優男の先輩を伴って、男3人で店に向かう道中の空気はエドにとって実に重苦しい物だった。

チラチラとレイフォンと優男を伺う周りの女子の目線の、自分を見つけたときのなんとも言えない温度の落ち方が全く気にならないぐらいには重苦しかった。

レイフォンがずっと無言なのである。優男になにか思うところがあるのだろうが、何もいわずに淡々と歩いている。

当の優男は逆にずっとニヤニヤ笑いを浮かべたままで、まるで挑発でもするかのようだ。

 

一般人のエドとしては、万が一レイフォンが怒って暴れたりすれば、冗談抜きで命の危機なのだ。

もちろん怒る可能性など極少なのだろうが、

レイフォンとは今日出会ったばかりで、まだ人となりなも分かっていない……

しかし、だ。

武芸者全般に言えることだが、武芸者と言うやつはとにかくプライドが高い。

小さい頃から特別な存在であることが自然な武芸者は基本的に、他人から見下されることに慣れていないのだ。

つまり何が言いたいのかと言うと、武芸者にはキレやすいやつが多いのだ。

そして一度キレてしまえば一般人にはどうしようもない。本当に困ったものだ。

この前の入学式のときも知らない武芸者が暴れてたこともあって、エドはレイフォンにひたすらビビッていた。

 

そして案内する、などと言った手前、逃げるなどと言う選択肢などあろうはずもなく、エドはただ何処かに存在するかも知れない神様に心の中で祈る(愚痴る)ばかりだった。

 

そしてエドの祈り(愚痴)が天に聞き届けられるわけもなく、男3人連れ立って店に入る。

育ち盛りの男性客をターゲットにした店のようで、席に着いている客の食べている量がなかなかにすさまじい。

太り気味で食べ盛り過ぎるのエドにはピッタリな店である。

エドが席に着き、その隣にレイフォン、そして向かいに優男が陣取る。

 

 

「そういや、名前言ってなかったな、俺はシャーニッドだ!以後よろしく、新入生ども!」

 

席に着くなり優男、シャーニッド先輩が自己紹介してくれた。

ついにこの重苦しい空気が破られたのだから、エドにとっては素直にうれしい。

このまま場を和ませようと、とりあえず自己紹介しようとするが、ため息が聞こえると共にそれを遮る声があがった。

 

「はぁ~、で結局何の用事なんっすか?シャーニッド先輩?」

 

レイフォンだ。

こいつには空気を和ませる気など、さらさらない様で、エドにはひたすらに恨めしい。

しかし口調からして怒っていると言うわけでも無さそうだ。そこだけは一安心。

ただ、言いながらもチラリとこちらを一回見たことは引っかかるが、

『やるなら、一般人のいないところでやろうぜ!』

みたいな意味なんだろうが、エドは自分が被害を被らなければあとは何でも良かった。

 

「いや、大したことじゃあねぇよ、まあ、話は飯食いながらにしよーぜ」

 

シャーニッド先輩が言いながらこちらに向かってくるウェイトレスに目を向ける。

 

 

注文をし終えた後、去っていくウェイトレスを見送りながら、エドはキッチンの方向に縋るような視線を向ける。

今すぐ何かが起きるわけでは無さそうだが、それでも逸早くこの場から離脱したい。

とりあえず武芸者二人は何か話があるようだし、多少不自然でも食べた後なら逃げる言い訳も立つ!

いつしかその気持ちが、興奮が心の叫びとなり、

早く料理持ってきてくれ!そして早く俺を家に返してくれ!

ああ、早く!早くしてくれ!

「早くぅうう!」

 

いつの間にか口に出ていた……

 

 

「ぶはははははは!おっもしれぇ!うはははは!な、なんだよ、早くぅぅうって!く、くくくはははははは!」

 

爆笑するシャーニッド。もう先輩なんてつけない。

 

「クスクス……」

 

そして、それを見て笑う従業員たち。

最悪だ。

これじゃあ、ただの食い意地の張った、頭のおかしいデブじゃないか……

恥ずかしさで自分の席にうずくまる。

もうエドは、逃げるだの逃げないだの、どうでもよくなってきていた。

 

 

 

 

しばらくして、料理が全部運ばれてきた頃にようやく、エドの一人漫才で爆笑していたシャーニッドが落ち着いてくる。

 

「あぁ~久々にこんなにわらったわ。おお、これうめえな!色々とサンキューな新入生。ぶっくくく」

 

思い出し笑いで噴出しそうになるが、口に入れたものは吐き出さずに気合で飲むこむシャーニッド。

どうやらまだ尾を引いているらしい。

 

「そんで結局なんなんだ?いい加減本題はいろうぜ」

 

レイフォンも笑ってはいたが、同時に一緒に座っていたために恥ずかしかったのか、シャーニッドと比べて比較的冷静だ。

さっさと終わらせたいらしく、話をせかそうとする。

 

「そう焦んなよ。本当、たいしたことじゃねぇんだからな。ただの確認だ。

この前のアレ見て思ったんだが、俺らの小隊ができたのはつい最近だ。

本当はこんな時期に小隊つくんのは無理があったんだが、会長が支援してくれてな。

なんでかは、分かん無かったんだが、この前のアレといいタイミングが良すぎるとは思うんだわ。

単刀直入に聞くが、うちの会長が呼んだのか?」

 

この男はどうやら意外と気が利くらしい。

さっきエドに一瞬向けた視線の意味を正確に理解して、その上で話を暈してくれている。

顔といいきっとモテるんだろうな、などと下らない事が頭に浮かんでくる。

レイフォンは自分の中のシャーニッドの評価を上げながら答える。

 

「呼ばれたわけじゃねぇよ、たまたまカリアンが俺のことを知っていただけだ。まあ、あんたらにとっては、そう違いは無いんだろうがな。」

 

「そういうことか、ツェルニにとってはいい事なんだろうな……。ごちそうさん、俺は帰るから、じゃあな」

 

そういって3人分の代金テーブルに置く迷惑料のつもりなんだろうか、

貰えるものはありがたく貰っておこうとレイフォンの中でシャーニッドの株がまた上がったのだった。

 

ちなみにエドはレイフォンたちが話している最中ずっと机に突っ伏したままで、冷めた料理を微妙そうな顔で食べていた。

 

 

 

 

 

 

 

翌日

 

 

 

「やっほ~!ねぇねぇ!君たち、昨日17小隊のシャーニッド先輩と話してたんだよね!だよね!何はなしてたの?教えて?スクープ?」

 

どうやら厄介ごとは連続してやってくるものらしい。

朝、教室でエドとしゃべっていたらブロンドの髪をツインテールに結んだひたすらに五月蝿い女の子に絡まれてしまった。

原因は分かりきっている。

言い訳がめんどくさい事も、……分かりきっている。

レイフォンの中で、昨日随分上昇したシャーニッドの評価が地に落ちた瞬間だった。



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第七話

この前小説情報を見たら
お気に入り登録件数が444件でした。
次は4444件でも目指しましょうかね?




朝、教室に入ってくるなり絡んできた女子、どうやら名前はミィフィと言うらしい。

 

 頼んでもいないのに勝手にしてくれた自己紹介によると、彼女は週刊誌の出版社に就労するつもりのようで、レイフォンたちから記事になるネタを引き出して、それを持って採用してもらおうと言う腹積もりらしい。

 

 つまり、まとめてしまえば、うざいパパラッチ見たいなものだな。とレイフォンは酷評を下す。

 彼はよく同じ様な手合いに追いかけられていたのだ。この評価も仕方のないことだろう。

 天剣をしていた頃はまだ周りには遠慮があったが、傭兵時代には随分と面倒を強いられてきた。何しろ酷い時は棲家に24時間体制で張り込んでくるほどだったのだから。

 

 実際、何人か切ろうかと真剣に悩んだほどである。ちなみに、さすがにをれを実行には移していない。ただ、レイフォンの滞在していた都市にある出版社の本社ビルがピンポイントで地盤沈下に見舞われたりすることは有ったが、全て都市の老朽化が原因とされている。

 

 

 それはともかく、相手にするのが面倒だと感じたレイフォンはエドに押し付けることにした。

 

「俺はしらんよ、美味しい店知ってるなら俺も一緒にいくぜぇ~、とか言いながら勝手について来たんだからなぁ。な、エド」

 

 だから適当なことを言いながらもエドに話を振り、ついでにエドに顔を近づけて小声で話しかけ、早口でまくし立てる。

 

『この前聞いた話は機密らしいから黙っとけよ、万が一バラしたらあの腹黒生徒会長になにされんのか分からんねぇぞ。それに、あの子、中々可愛いだろう?適当なことを言って仲良くなってしまえば……、後はキャッキャウフフの花の学園生活だぞ!これはチャンスなんだ!お前ならやれる!応援してるぞエド』

 

 口止めをしながらも、悪魔の囁きでエドを誘惑する。

 今まで女に縁が無かったエドにこの誘惑に抗う術などあろうはずもなく……

 

『ああ、分かったよ!必ずこのチャンスを物にしてみせる!』

 

 ガッツポーズをしながらも、熱い決意を小声で語った。

 しかし、自分の花の学園生活を想像しているのだろうか、鼻の下が随分と伸びていて、いやらしい顔をしていた。

 なんだか単純すぎて申し訳なくなってくるが、一応嘘を言ったわけではない。

 

「ねえねえ、二人して何話てんの?わたしも混ぜてよ」

 

 女の子、ミィフィは待ちきれなくなったのだろう、レイフォンとエドに間に割って入ってきて、それにエドが随分と嬉しそうな顔をする。

 

「な、なな、なんでもないよ。き、君が可愛いなぁって話てただけだから!」

 

 緊張しすぎて、噛みまくっているが、いきなりナンパ師みたいなことをドヤ顔で言うエド。どうやら何か勘違いをしているようでだ、言われた側は間違いなく引くだろう。

 発破をかけ過ぎたかと後悔するが、

 

「え?そ、そうかなぁ、そんな事言われたの初めてだよ。ありがとう!えへへ」

 

 ……どうやら、満更でもなさそうだ。正直今のセリフ、言うのも言われるのも死にたくなるほどに恥ずかしい物だと思っていたが、どうやら自分の価値観が周りとずれているのかもしれない……

 これが、ジェネレーションギャップか、とレイフォンは暫くの間呆然としていた。

 

 

 なにやら盛り上がっているらしい2人をポカーンと眺めるレイフォンを引き戻したのは別の女子の声だった。

 

「すまんな、騒がしいやつで。根は悪いやつじゃないんだ、仲良くしてやってくれ」

 

「ひうっ」

 

 クールな長身美少女が話しかけてきた。鋭角的なフォルムの武芸科の制服見事に着こなしていて、その鋭い顔つきを相まって姉御的な印象を抱かせる。

 

 その背後には気の弱そうな女の子がクールさんの背中から顔を半分だけ出してこちらを伺っていて……

 

──さっきから随分とキャラが濃いな。

 などとどうでもいいことが頭に浮かぶ。

 

「ああ、うん大丈夫だ。楽しそうに盛り上がっているからな」

 

 戸惑いながらも疲れが滲み出ている声音で答えるレイフォン。次から次へとやってくるキャラの濃い美少女に、さすがラノベの世界はすごいなぁ、などと内心戦慄しながらも平静をなんとか取り繕う。

 

「私はナルキ・ゲルニ。後ろのがメイシェン・トリンデンだ。同じクラスの武芸者同士よろしくな。」

 

「ょ……ろし……、ひぅっ」

 

 キリッとした雰囲気通り、ナルキはサバサバした性格のようで、それに対してメイシェンは何を怖がっているのか、先ほどから言葉と言えるほどの物を口から発していない。

 

「レイフォンだ、よろしくな」

 

 メイシェンを見て自分のペースに戻ることができたのだろう、レイフォンは何時ものやる気の篭らない声で返事を返した。

 

 

 

 

 その後、会話を適当に続けていると、チャイムが鳴ったため荷物が置いてある席へと戻る女子たち。エドは随分と残念そうな顔をしていたが、レイフォンにとってはそろそろ会話もめんどくさくなって来たため丁度いいタイミングだった。

 夢やら将来の目標やらの話になると、彼女らとレイフォンの温度差が有りすぎて会話があまり弾まなかったのだ。

 

 結局その日も授業は1日中座学で、つまりレイフォンは1日中机に突っ伏して寝ていた。もちろん昼休みには起きて食べていたが、食べ終わるとすぐにまた夢の世界へ旅立っていき、クラスでも武芸者の癖にやる気のない居眠りキャラとして、定着しつつあった。

 

 

 

 

 

 

 夜。

 寝入りの早い者は既に夢を見始めているだろう時間、人気の全く無い外延部上空で何かが時折光を発しながらも踊っていた。

 否、踊っているわけではない、其れは手に刀を持ち、振るっていた。其れは武芸者だった。彼の動き一つ一つが素人目に見ても完成されており、其の技巧を磨き、積み重ねて来ただろう長い年月を感じさせる。鍛錬をしているのだろうが、其れが蝶のようにヒラヒラと空中を舞っていることと相まって一種の芸術を思わせる。

 

 レイフォンだ。

 

 何かを相手にしているのだろうか、空中を縦横無尽に飛び回り、時折刀から剄がほとばしる。その様が美しく、幻想的で……

 偶然其れを見つけた彼女は我を忘れてただじっと眺め続けていた。

 だからだろうか、其の舞が終わったと気付いた時には思わず、あっと言葉にならない音が口から漏れ出て、やっと、自分が魅せられていたことに気付く。

 そして、改めて納得した。兄が欲しがるわけだと。

 武芸者でもない自分にでも明らかに他の武芸者から逸脱しているのが分かるほどなのだ。実際の実力差は自分が感じている比では無いだろう。それこそ、本当に個人で武芸大会に勝利できるほどなのかもしれない。

 其れほどまでに、すさまじく、美しかった。

 自分もまた、そうでありたいと思うほどに彼は、輝いていた。

 

 しかし、其れは自分の勝手な思い込みなのだろう。彼は言ったのだ、彼にとって武芸とは手段に過ぎないと。ならば、この輝きは私が勝手に付加したものであり、確かに彼は特別だが、それだけだ。

 逆に言えば念移操者として私が全力を出せば周りからは私も同じく輝いているように見えることだろう。別段私がこの力をなんとも思っていなくても、この力を疎ましく思っても、周りにとっては関係の無いことなのだから。

 私が今感じた輝きとは、結局その程度の物なのだと、何だか自分の中にストンと納まり、自分が今まで悩んでいたことの答えにも、少しだけ辿り着けた気がした。

 

 

 

 

「覗き見が趣味なのか?」

 

 不意に声が掛けられる。どうやら気付かれたようです。

 

「驚きました。それにしても翼が無くても飛べるものなのですね。」

 

「別にたいしたことじゃねえよ。念威端子が浮いてるのと原理はかわらん、浮くぐらい、ある程度の武芸者なら誰でもできるだろ」

 

本当に何でもなさそうに言うが、実際にやっている武芸者を見たことが無いのだから、言葉通り簡単な物でも無いでしょうね。

 気付かれたことと言い、やはり彼は他の武芸者とは隔絶した強者なのでしょうか。

 普通の武芸者では至近距離に端子を漂わせていても、誰も気付いたような素振りもしなかったのに、随分離れて見ていた彼にはあっさり気付かれてしまったのだから。

 

「そうですか、それにしても、いつから気が付いていたのですか?」

 

 興味本位で、聞く。なんだかんだで、自分の念威操者としての技量には自信があったのだろう、と自己分析。少しだけ悔しいですね。こんな気持ちを覚えるのも、私が念威に対して前向きになれた、ということなのでしょうけど。

 

「いつかって聞かれると……、入学初日からかなぁ」

 

 やる気、元気、覇気が全く感じられない声で、しかし驚きの回答が帰ってくる。その時は兄に言われて細心の注意を払って監視していたのだが、気付いた素振りなど全く見せなかったでしたから。

 

 それにしてもあれ程やる気の篭らない声で言われると少々ムカついて来ます。

 だから返す言葉にはトゲが多分に含まれていても仕方が無い事でしょう。

 

「そうですか、その割には嫌がる素振りが見えなかったので、気付いていないと思っていたのですが……。見られたがりの変態さんなのですね」

 

「まあ、それでもいいが。そういうフェリ様は身長の割にはドS女王様が似合いそうだな」

 

 

 どうやらやる気が全く見られない癖に負けず嫌いみたいですね。

 返って来た言葉にも皮肉が一杯です。

 むしろ女性に対して失礼すぎると思います。

 だから、さすがの寛大な私でも少々手が出たりしても其れは仕方の無いことなのです。

 

「どうやら爆死したいようですね」

 

 そう言って彼のすぐ近くで念威爆雷を多重起動する。

 前後左右上下斜めからなる爆撃の檻だ。一般武芸者どころか、たとえ小隊員だろうと殺れる自信がある一撃。しかしレイフォンを本気でどうにかできるとも思えない、だからこそできた行動ですが。

 予想通り避けられた様だが、服にさえ汚れが全く付いていないのが悔しいです。

 

「ま、まあ、ちょっと待てよ、てか念威使いたくないんじゃ無かったのか?ちょっと積極的過ぎると思うんだがなぁ」

 

 完璧に避けきった割には少し驚いているようですね。私がためらいも無く攻撃したことに、でしょう。いい気味です。

 

「最近、念威に対して少しはやる気が湧いてきたのですよ。あなたのお陰です。

なので、今日の所ははこれぐらいで許してあげましょう。

……でも、覚えていて下さい。

それでは、失礼します。」

 

 

 

 

 

そう言い残して、桜の花びらのような念威端子はヒラヒラとどこかへ漂って行った。




突然ですが、
この作品のレイフォン君は空を飛べます!
前々から思っていたのです
鋼糸が浮かせられて、石が浮かせられて、何故レイフォン自身は浮かないのだろうかと

そもそも物を浮かせること自体ディンくんでも出来ていたと言うのに!
鋼子で汚染獣切ったりするぐらい出力の出るレイフォン君なら浮かないはずが無いではないか!

と言うわけでこの矛盾を解消(え?)するためにも、レイフォンは空を飛べることとします!
皆様の脳内では舞空術みたいなイメージで飛ばしてあげてください。

ちなみに反対意見などは受け付けます。



それはともかく、
最近レイフォンのキャラが中々定まりません
もう少しニートっぽさを出したいのですが、難しいものです。

そしてまともな戦闘も有りません

課題だらけですね……



まあ、おいおい解決できたらいいなあ……


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第八話

戦闘シーンを入れてみた。
にしても戦闘シーンって書くの難しいものですね。
なかなかうまくいかないものです。


あと、設定なんかを纏めたのをチラ裏に投稿してみました。
外伝みたいな感じのどうでもいい話を載せる予定なので、暇つぶしに見てやってください


「お前たちには今から戦ってもらう」

 

 武芸科の初授業。

 カッチリした体型の先輩が開口一番にそんなことをのたまってくれた。

 

「ふわぁあ、めんどくさいなぁ、普通初回は説明回って相場が決まってるだろうに」

 

 あくびをしながら文句をいうレイフォン。今は午後の授業で、つまり今までずっと寝ていたのである。明らかに寝起きと分かる顔で、弛緩した体でめんどくささを表現するレイフォンは周りから少々浮いていた。

 

「言いたい事は分かるがレイフォン、演技でも少しはシャキッとしろ。目を付けられるぞ」

 

 見かねたのかレイフォンと一緒に来ていたナルキが注意する。

 周りの同級生はナルキも含めて皆背筋を伸ばし、期待やら、決意やらに瞳を輝かせている。

 其れに対してレイフォンは、だるそうに背筋を曲げ、瞳からはやる気所か精気すら感じられず、あまつさえ左手でしきりに目を擦っているのだ。

 今前で喋っている先輩には見えずらい所にいるが、見つかれば目を付けられることは間違いないだろう。

 

「あぁ分かったよ、にしても皆なんでこんなやる気満々なんだよ。一般教養のやつらもう下校だぞ?俺らだけとか不公平すぎだろ。」

 

 そう、武芸科生徒は一般教養科目を履修した上で、更に武芸科の科目があるのだ。一般教養科生徒も後々専門授業が増えてくるのだが、少なくとも1,2年のうちは武芸科の方が断然授業数が多いのである。

 レイフォンは其れに対して不満を漏らしつつも、一応はナルキの言う通り背筋だけは伸ばす。レイフォンにとって教師役の先輩に見えないようにだらけるのは朝飯前なのだが、ナルキに注意されるのがめんどくさいのだ。

 

「そういうな、私たちは都市を守ることが使命なのだ、其れを思えばこれぐらいの事当然だろう。」

 

 それは武芸者たちにとっては子供の頃から聞かされてきたこと、正論中の正論、当たり前な事なのだが、レイフォンの心には響かなかった。

 なにしろレイフォンにとって学園都市の武芸科で教わることなど何もないのだ。今まで自分が培ってきたものは言うに及ばず、グレンダンにおける基礎の段階にすら至っていないモノを学んでもしょうがないのである。

 だからレイフォンは、ああ。と気の無い返事を返すのみに留める。いっても仕様が無いことなのだから。

 

 

 

 

 そうこうしている内に、レイフォンの番が回ってきた。

 知らない男子生徒と向かい合い、レイフォンは今までの癖で意図せずとも、相手の情報が脳に浮かび上がってくる。

 細身の長身の男だ。筋肉の付き方からして獲物は槍か棍。体を流れる剄の流れは今この場に集まっている武芸者の中ではまあまあ洗練されている方、どちらかと言えば衝剄が得意と思われる。

 レイフォンからすれば稚拙を通り越して幼稚なものだが、どうやら期待の新人らしく、先輩も注目しているようだ。レイフォンを見て、勝てると踏んだのか、ふっと鼻で見下したように笑った。

 

 当然これには自他共に認めるほどに人間が出来てないレイフォンが我慢できるはずも無く……

 当初順当に負けてやるつもりだったが、今ではどうやって苦しませて勝とうかという事に思考の大半を裂いている。

 

 

「はじめ!」

 

 

 教師役の合図が響き渡り、それと同時に相手がレイフォンに突っ込んでくる。

 左頬に襲い掛かる剄の篭められた右ストレート、それを左に身を捻って掠らせながらもギリギリかわす。

 相手はそのまま体勢の崩れたレイフォン接近し、勢いのままに肩から体あたり。まともに受けてしまい体が浮くレイフォン。

 間髪入れずに襲い来る左拳から繋がる内股刈り。よく訓練されているだろう一連の動作は流れるように自然でスキが無く、そして力強い。

 崩れた体勢のまま、ボディを捌く。だが、足を取られてしまったレイフォンは体が後ろに倒れていき、同時にさらに一歩接近してくる相手。この一撃で試合を決めるつもりなのだろう。地面に打ちつけようと右拳を構えながらも、自らの必勝を確信したかのように口元を歪める。

 事実その拳には先ほどよりも剄が篭っており、十分に上体を捻った体勢が其処から繰り出される威力をうかがわせる。

 

 誰もがレイフォンの敗北を確信した瞬間だった。

 

 そして拳を振り下ろそうとし、相手の足の間にレイフォンの刈られなかった右足が自然と入り……

 

──ドスッ

 

「ぐがぁっ!」

 

 うめき声響き、レイフォンがドザッと音を立てて地面に体を打ち付ける。

 周りの観戦していた者はみな静まり返っていた。

 

 そして、パンパンと身に付いた土を払いながらもレイフォンは立ち上がり、相手が地面に崩れ落ちた。

 

「うおっ、超ラッキー」

 

 そんなことを呟きながらもレイフォンはもがき苦しむ相手をほっといてナルキのいる辺りへと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

「おのれ!汚染怪人!もう許さんぞ!」

 

 懐から赤い錬金鋼を取り出し、ポーズを決めてから腰につけたベルトのバックル部分に差し込む。

 ガチャッっと音がして、錬金鋼がベルトに嵌り、

 

「レストレーション!!!」

 

 叫び声とともにベルトに差した錬金鋼から赤い光があふれ、その光が収まった後其処にいたの者は赤いスーツとヘルメットに身につけていた。

 

「愛と勇気で都市を守る!正義の守護者ブゲイジャー!此処に参上!!覚悟しろ汚染怪人!お前の野望は俺が食い止める!!」

 

 そうポーズを決めながら自己紹介してブゲイジャーは怪人へと猛スピードで突っ込んだ。

 

 

 

 

 

 放課後、家でテレビを流しっぱなしにしながら、レイフォンは机に向かっていた。

 テレビで流れているのは正義の武芸者が世界征服をたくらむ悪の汚染怪人を倒すという何の捻りも無い番組なのだが、これが意外と視聴者受けがいい。

 娯楽の少ない都市だからこそ、こういう物でも人気がでるのだろうか、子供の頃から似たようなのを何度も見たことがある。

 老若男女問わず皆の話題によく昇るが、あいにくレイフォンは興味が無かった。

 レイフォンにとっては前世も会わせればそれこそ飽きるほど見たものであり、使い古されたネタなのだから、左から右へと聞き流すのも仕様が無い。

 

 そして、机には一冊のノートが置かれており、表紙には『予言の書』と汚い字で書かれていた。レイフォンが子供の頃、出来心と必要に駆られて書いたものである。今では見るだけで恥ずかしくなる表紙だが、それを手にとって開き、目的のページを探す。

 

「幼性体が来るのは小隊戦の夜か。もうすぐだな」

 

 近づいてくる闘争に思いを馳せながら……



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第九話

チラシの裏のほうに投下しているやつに
外伝のせました!
レイフォン無双が書きたくて、我慢できずに書いてしまいました^-^;
バカみたいな題名ですが、読んでやってください!


そんなこんなで、ちょっと間を空けてしまいましたが、第九話です!

ご指摘、ご感想、ご意見などなどお待ちしております!
アドバイスください!


「なあ、レイフォン明日の小隊戦見にいくだろ?いっしょに行こうぜ」

 

 朝一番にそう言ってきたエドの顔には胡散臭いほどに清清しい笑顔が張り付いていた。その上随分と顔の距離が近い。理由は分からないが、とにかくレイフォンを誘いたいと言う必死さは伝わってくる。

 

「なんでまた急に?昨日まではそんな素振りなかったじゃねえか」

 

 小隊戦を見に行くどころか、エドとレイフォンの間では武芸科のことすらほとんど話題にあがらない。レイフォンは興味なく、エドも武芸者は偉そうだからという理由であまり好きではないのだ。お互いになんとなくそれを了承している。それゆえにエドが急に小隊戦に誘う理由がわからなかった。

 

「いや、実はな、昨日ミィちゃんに誘われたんだよ!明日一緒に行こうって!だから、な!頼むよぉ」

 

「ミィちゃん?あ、ああミィフィのことか、デートなら二人で行けばいいじゃねえか。と言うか、おい何時の間にミィちゃんなんて呼ぶようになったんだ?」

 

 ミィちゃんと言う聞きなれない呼称に一瞬思考が止まったレイフォンだが、すぐに最近エドと仲のいいミィフィのことだと気付く。ただ、エドから聞くと違和感があるために脳が反応できなかったのだ。それにしてもエドがミィフィとそこまで親密に成っているなどと想像もしなかったため、未だに驚きが抜け切っていない。

 

「こ、ここ最近だよ!レイフォンあんまり学校来ないから知らないだけだよ!そ、それよりミィちゃんたち3人でくるらしいから、俺1人じゃつらいんだ。だから頼むよ!」

 

 言われて恥ずかしくなったのか早口でまくし立てるエド。言ってることは事実で、レイフォンが知らないのはここ数日学校をよくサボるから、あんまり接する機会がなかっただけなのだ。

 

「そういうことか。でも俺小隊戦なんて興味ねぇんだよなぁ」

 

 学校をサボってる話は意図的にスルーして、レイフォンはニヤリとエドの方へと悪意に満ちた笑顔を向けた。付いてきて欲しかったら報酬を寄越せとその笑顔がどんな言葉よりも雄弁に語っていた。

 

「分かったよ!こんどまた飯奢るからそれでいいだろ!?たく、お前金持ちなんだから、何も必要ねえだろ!」

 

「ははは、人から奢ってもらう飯ほど旨いものはないからな」

 

 そう、レイフォンは爽やかに、天使のような無邪気な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

「さあ!ついに、ついに、ついに、ついに、ついに!皆さんお待ちかね……!今期初の小隊戦がやってまいりました!今回ではどんな素晴らしい戦いを見せてくれるのでしょうか!?それではまず、対戦カードから……」

 

 

 野戦グラウンド。森、草原、岩場など多々のエリアを持つ。土地面積ではツェルニ最大の建築物だ。用途は主に武芸者の訓練や試合であり、武芸科での大規模な演習以外では基本的に少隊員が使っている施設である。その野戦グラウンドの一辺には万単位の客を収容できる観客席が設けられており、そこで司会のハイテンションな良く通る声が隅々まで響き、少々煩い。

 

「いやぁ~、さすがは小隊戦、人が一杯だね!もう席全部埋まってるんじゃないかな?早めに来ておいて良かったね!」

 

 だが、レイフォンにとってはテンションではその司会にも負けてないいんじゃないかと思えるほど騒がしいやつがすぐ近くにいるため、あまり気にならないのだ。

 今日、小隊戦は人が多いからと言う理由で登校日よりも早く起こされ、女子の甲高い声が余計に頭に響くため、レイフォンは早々に来たことを後悔していた。

 

 「そうだな、こんなに混むなんて思わなかったよ。ミィちゃんに教えて貰わなかった入れなかったかもしれないな。ありがとうミィちゃん」

 

 そしてレイフォンが来る原因を作ったエドはすぐ前で女とイチャイチャしていた。さっきから似合わないセリフばかり吐いていて、聞いてるレイフォンが嫌になるほどだが当人たちは気にならないらしい。

 

「つき合わせて悪いな、レイフォン」

 

 隣のナルキがレイフォンに声をかける。そのまた隣にはメイシェンが居り、人ごみが苦手なのかナルキの服の端を掴んでいる。どうやら彼女らもイチャイチャしている友人に呆れているらしい。

 

「いや、後からエドで楽しむから大丈夫だ」

 

 こうして、エドのサイフは空前絶後の大ピンチに陥ったのである。

 

 

 

 

 

 

 シャーニッド・エリプトンは自ら所属している小隊に割り当てられた控え室で考え事をしていた。

 自分たちの試合が刻一刻と迫ってきている。

 第17小隊はニーナが作った物ではあるが、実際のところカリアンが居なければ成立することはあり得なかっただろう小隊だ。おまけにカリアンにとってはレイフォンの為の受け皿にするための物だった。つまり、現状では利用価値がほぼ無に等しい。試合で、負けが続けばカリアンは擁護してくれず、解散を余儀なくされるだろう。つまり崖っぷちに立たされているのだ。

 ほとんど人数合わせで新しく入ってきた3年のアレンくんとは、未だ連携もぎこちなく、息が合っているとはいえない。その上アレンくんは緊張で顔真っ青、フェリちゃんはやる気がない、と実際戦力として数えられるのは俺とニーナぐらい。

 

──はっ、泣きたくなるほどに問題点しか見当たらねぇなあ。

 

 どうやら人間、此処まで逆境に追い込まれると少し笑いがこみ上げてくるらしい。

 でも、そんな事は今更だ、と気を引き締めなおす。元からこうなる事は分かっていたのだから。それに、第10小隊をやめた時より、少なくとも状況は好転している。一応小隊に所属しているんだ。

 

 例え偽りに塗り固められた物だろうと、あの誓いは守る。そう決めた。

 ここまで来たら、もう他人に頼ってちゃだめだろ。

 

──舞台はちゃんと整ってんだ、ならばあとは、やれるだけをやるしかないだろ?なぁ、ディン。

 

 

『続は、第17小隊対第16小隊の試合です。両隊位置について下さい』

 

 

 気分が高揚しているのを感じながら、立ち上がる。もはや迷いはない。迷うほどの選択肢もない。ならば、最善を求めて進むだけだ。

 

「よし、行くか!」

 

 そう言って立ち上がる。

 

──背水の陣ってのも、なかなか悪くはねぇな。

 

 

 

 

 

 

 

「おい、起きろレイフォン。」

 

 観客席の一角で惰眠を貪るレイフォンをナルキが起こそうとしていた。

 試合が始まった直後あたりから、レイフォンは夢の世界へと旅立っていた。

 前々から武芸に興味が薄いのだろうと思っていた。事実武芸科の授業にもあまり出てこない。いや、武芸以外の授業もサボりがちだからそれは関係ないかもしれないが、とにかく積極的ではないのだ。

 そもそも小隊戦で寝るなど武芸者としてあるまじき姿なのだが、無理やり連れて来た手前、強くも言えず、目の前でいちゃつくエドとミィを見てるのが嫌というのも理由の一つだろうと思って放って置いたのだ。

 

「っ……ん、あ~もう帰るのか?」

 

 それでも流石に寝起きでいきなり帰りたがるのはどうかと思う。

 このままでは、果たして無事に卒業できるのだろうかと、面倒見のいい性格のナルキはついついダメ人間のレイフォンを心配してしまうようだ。それを聞くとどうせ金はあるから大丈夫と返ってくるのだが、それでは何かが駄目な気がする。上手くは言えないが常識的にだめだろう。

 

「いや、エリプトン先輩の試合だぞ、知り合いだろ」

 

 だから、幾ら武芸に興味が無くても、知り合いの試合ぐらいは見るべきだろう。そしてこれを見て少しはやる気を出してくれればいいのだが、と思う。

 ナルキは苦労性のようだ。

 

「あぁ、別に知り合いっていうほどでもないけどなぁ。ふわぁぁ」

 

 しかしどうやらナルキの思いが届くことはないらしい。レイフォンは依然と興味なさそうで、眠そうで、おまけに欠伸までかましているのだ。

 それを見てナルキは心の中でため息をつくばかりだった。

 

 

 

 

 

 パーン

 

 

 

 試合開始を告げるピストル音が鳴り響く。

 

「行くぞ!」

 

 それとともに第17小隊のアレンとニーナが敵陣に向かって走り出したのが野戦グラウンドの大型スクリーンの一つに映されている。

 

 野戦グラウンドは面積が広大なため武芸者でもなければ何が起こっているのか全く見えないのだ。そのためグラウンドの各地にはカメラが仕掛けられておりそれを通してスクリーンで実況中継される。スクリーンは複数個あり、隠れている隊員以外は何をしているのかが分かる仕組みだ。

 

 

「レイフォンはどっちが勝つと思う?」

 

 スクリーンではなく剄で強化した視力で試合を見ながらナルキはレイフォンに尋ねる。寝かせないためだ。

 

「どうって言われてもなぁ、まだまともに戦ってないし……。あ、そういえば事前の賭けじゃあ16小隊のが圧倒的に倍率高かったから16小隊じゃねえか?」

 

 レイフォンに武芸者をしての見解を聞きたかったナルキだが、帰ってきたのは身も蓋もない答えで突っ込む気力も沸いてこない。

 

 

 

 

 そうこうしている内に試合に進展があったようだ。17小隊のニーナとアレンは16小隊の陣地すぐ手前まで来たていたのだが、目の前に煙がもくもくと立ち上っている。おそらく目くらましのトラップだろう。先ほどまで16小隊の陣地には5人全員いたのだが、今はもう2人しかおらず、2人は何処にいるか分からないシャーニッドからフラッグを守るための武芸者と念移操者だろう、しかし他の3人は何処にも見当たらない。

 やがて、土煙に変化が起きた。渦を巻き煙から3つの影が飛び出す。16小隊の3人だ。影のうち、2つはニーナに向かい1つはアレンの方へと向かっていき、ぶつかる。

 

 カキンッ!

 

 錬金鋼同士のぶつかる音がマイクを通して会場に響き、アレンとニーナは吹き飛ばされた。16小隊は旋剄によるスピードを生かした連携がウリだ。

 速さとは重さと同義であり、旋剄のスピードによる奇襲を避け切れなければ吹き飛ばされるのは道理である。当然16小隊の3人は追撃する。

 

 パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!

 

 しかし其れは突如、連続で鳴り響く銃声により遮られた。おまけに3人の内1人はまともに銃弾を受けた様で倒れ、銃声はなおも続く。

 

 パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!

 

 シャーニッドが木陰から現れ両手に持った黒い鈍い光沢を持つゴツイ少銃を乱射しながら現れ、16小隊の残り2人へと疾走する。そこへ吹き飛ばされながらも体勢を立て直したニーナとアレンが続く。

 

 つまり最初から17小隊の作戦通りだった。罠にかけ、奇襲を成功させたと思った16小隊だったが、その実罠にかけられていたのだ。奇襲を破られ、そのまま3対2のはずが2対3へと形勢を逆転され、更に勢いも衰えてしまった16小隊の2人に勝ち目はなく、フラッグを守っている武芸者も、もはや間に合わない。

 勝敗が決した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、すごかったね、シャーニッド先輩!もう負けちゃう!って思った瞬間に現れて一瞬で試合ひっくり返しちゃうなんてカッコ良すぎるわ!まるで王子様みたい!ファンになっちゃいそう!!」

 

 小隊戦終了後5人でレストランに来たレイフォンたちだが、ミィフィが17小隊の試合、と言うよりはシャーニッドに感動したらしく、ツェルニに入学してから持ち前の情報収集能力によって集められたシャーニッドの個人情報を只管に暴露していた。そして個人情報がひと段落すると、小隊戦の時の素晴らしさ語りだす。もうコレで3回目だ、とレイフォンはうんざりしていた。

 そのレイフォンよりもうんざりしているのが隣に座っているエドである。彼はシャーニッドへの嫉妬に顔を真っ赤にしていて、その丸い顔と相まってまるでトマトみたいだ。そのうち膨らんで爆発しそうで怖いなと、レイフォンは思った。

 

 

 

 

 

 結局小隊戦はエドにとって、サイフのピンチを招き、更に意中の人との距離を開けてくれただけだったと後で気付き大いに後悔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜

 小隊戦での興奮から冷め、寝静まった都市を眺めながらレイフォンは独り酒を飲んでいた。今彼が居るのははツェルニで一番高い場所、生徒会塔の頂上、ツェルニの旗が掲げられている所である。

 既に待ちきれないのか、体が、心が、頸が歓喜と興奮を伝えてくる。

 

──俺も随分と人間から離れたものだ

 と独りごちる。

 

 間もなく訪れるだろう戦場に思いを馳せながら、また一口酒を仰ぐ。

 

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 ウォ───ンウォ───ンウォ───ンウォ───ンウォ───ン

 

 轟音とともに襲い来る振動と、耳をつんざくような都市の悲鳴が聞こえ

 

 

 

 開戦の狼煙があがった。




アレンくんですが、ただの人数あわせです^-^;
特に活躍することもありません
特に背景もありません
特に必殺技もありません
特に個性もありません

期待していた方はごめんなさい!
まあでも、正直なところ
これからの展開何も決まってないからもしかしたら活躍するかもね!


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第十話

最近、リアルが忙しく更新が遅くなってしまいました。



「現状の報告を」

 

 都市の悲鳴のような警報にたたき起こされたカリアンは生徒会室にて、部下から報告を聞いていた。

 

「はい、都市が地盤の弱いところを踏み抜いたせいで、足の3割が谷に取られた状態です。自力での脱出は可能ですが、その…………、取り付かれていますので……」

 

 予想は出来ていた。アラームの音で分かってはいたが、カリアンにとって一番聞きたくない類の報告だ。

 ツェルニは長い間汚染獣に遭遇していない。学園都市の電子精霊は一般都市以上に細心の注意を払って移動しているのだから。一般都市でも数年に1度遭遇するかどうかの汚染獣にそうそう出会うことはない。実際ツェルニが最後に汚染獣に出会ったのは10年も前の話だ。

 しかし、だからこそ出会ってしまえば本当に危険なのである。ここにいる武芸者は皆未熟者、汚染獣との戦闘経験どころか汚染獣を生で見たことがある者が何人いるかすら怪しい。

 

 ──幸い、神がかり的な幸運で切り札が転がり込んできたが、さて……

 

「小隊員を全員招集しろ。彼らには先頭に立ってもらわねば……」

 

「はい」

 

 

 ──切り札はあるのだ。最悪の展開になる事はまず、ない。ならば今回の災悪を少しでもプラスへと導かねばならん。それが、私の仕事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな夜中に起こして、何の用なのですか?兄さん」

 

 先ほどまで全小隊が集結していた部屋に、今は私の兄さんの2人のみ。

 

 用件など、分かりきっていること。

 わざわざ聞くのは嫌だと言う意思表示にすぎない。が、それでも聞かずには居られなかった。

 

 まるで、子供の我侭ですね、と自嘲する。でも、それでも念威の才能を通してでしか自分を見てくれない家族が嫌で……

 ああ、やっぱり自分は子供なんだ、と再度思う。

 

 

 

「フェリ。嫌だと言うのは分かっている。しかし、今は子供の我侭を聞いていられるほど余裕のある状況ではないんだ。ツェルニは現在滅びの危機に瀕しているんだ。本当は、こんな事を妹に押し付けるのは兄として本当に忍びないし生徒会長としても申し訳ないのだが……」

 

 余裕がないとか言いながらも、無駄話が随分と多いです。それだけ兄さんも悪いと思っているのでしょうか?今まではただ私に念威を使わせるための方便だと切り捨ててきましたが、精神的にゆとりが出来たせいか、今では随分と感じ方が変わってきた気がします。

 

 

 今思えば、私が今まで取ってきた方法は随分と馬鹿馬鹿しいものですね。

 兄が私を諦めるまで待つなどと……、本当に無駄のきわみです。

 

 尤も、これは、今だからこそ思えることなのでしょうけれど……、つまりはこれが成長すると言うことなのでしょうね。

 

 

 だから、前の私ならここで意地を張って、駄々を捏ねていたのかもしれませんが、今の私はもうそんな子供ではないのですよ。

 

 だから兄さん、そんなに済まなそうな顔をしないでください。

 

 

 

 

 ──私はもう、新しい道を見つけましたから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「1億円です。」

 

「はいっ!?」

 

「特別に1億円で働いてあげますよ。安いでしょう?兄さん」

 

「……はい」

 

 

 

 こうして、フェリはダメ人間の道の入り口にたったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 生徒会塔の頂上、ツェルニで一番高い場所。都市を象徴する機が揺らめく場所で、レイフォンは座り込んでいた。

 その目には何時ものような疲れは無く、その身から発せられる雰囲気は熟練の武芸者のそれである。

 

「準備がいいですね。」

 

 そこにレイフォンではない者の声が響く。感情をそぎ落としたかのように無機質で、それでいて透き通るような美声にレイフォンは相手の当たりをつける。積極的に行動していることは少々予想外ではあったが、今では寧ろ都合がいい。

 大方いつかのアドバイスが功を奏したのだろう、と自己完結する。

 

「慣れてるからな」

 

 レイフォンは今グレンダンから持ってきた汚染物質遮断スーツを着、腰には剣帯、手には酒瓶と、まさに戦に赴く前の最後の宴と言った姿だ。準備と言う言葉に、死ににいく準備も含まれているかもしれない。

 もちろん、レイフォンはこの程度の雑魚に殺られるつもりはない、油断もしない。これは只の習慣だ。

 傭兵として過ごした間に身に付いた習慣。レイフォンは死なずとも、同じ戦場に出る者皆が皆無事でいる可能性は極小だ。何時死ぬとも分からぬのならば、何時死しても未練が残らないぬように傭兵は宴を開く。仲間を送り出す宴であり、自らを送り出す宴だ。

 レイフォンにとって、天剣をやめ、傭兵を始めてから、未だ一度も死を感じるほどの敵に出会ったことはないが、傭兵をやってるうちに体に染み付いたものだ。1人しかいない今でも、酒を飲まずにはいられない。

 

 

「兄は指示で忙しいそうですので、伝言です。武芸科の学生に経験を積ませるため、危なくなるまでは手を出さないで欲しいそうです。死者が出ないようにフォローもお願いしますとも言っていました。」

 

「金は?」

 

 武芸者ならば死ぬのは自己責任だ。が、しかし学園生の彼らにまでそれを求めるのは少々酷だとも思う。めんどくさいことこの上無いが、その分金が貰えるならば、それでもいいと。言外に告げる。

 

「1億と言っていましたが、渋る場合、最高で4億までなら出せるそうです」

 

「まだ渋ってないんだがな。4億か、キリが悪いがまあいいだろ」

 

 カリアンとしては、フェリに交渉して欲しかったのだろうが、本人にその気は無いらしい。カリアンが財政で悩むのが目に浮かぶレイフォンだが、貰える物をわざわざ手放す筈もない。

 

「キリが悪いのは、私が1億貰ったからです」

 

「合わせて5か……。あいつも大変だな」

 

 その苦労の元凶の張本人が言うことでもないが、と心で付け足す。

 レイフォンはカリアンを少々哀れんでいた。なぜなら、これから起こるだろう事を考えればカリアンの苦労は増えても、減ることは生徒会長である限りあり得ない事なのだから……

 

 そんなことをしみじみ考えながら、ふと思いついてレイフォンはまた口を開く。

「そうそう、一応あり得ないことだと思うがカリアンに伝言だ。

幼性体を全滅させたりした場合、地下にある母体が周囲の汚染獣を呼び寄せるから気をつけろ、と」

 

 確かツェルニの汚染獣についての情報は極端に乏しく、母体の存在すら知らなかったはずだと思い出してカリアンに伝える。どちらにしろ幼性体の殲滅も、母体を殺すのもレイフォンにしかできないと思うが、一応万が一のためにと伝言を頼む。

 何らかの理由でツェルニにそれを知らない凄腕の武芸者がいるという可能性は、一応0ではないのだから。

 まあ、99%あり得ないがな、と心の中で呟く。

 

「…………伝えました。

私は他に何をすればいいのでしょうか?あなたのサポートをする様にと兄さんに言われましたので、指示をお願いします」

 

「おっ、豪く積極的だな。変わりすぎてびびるが、いい傾向だとは思うぞ。ま、それはそれとして母体の位置と進入ルートを割り出してくれ」

 

 本当に驚くほどに念威に対して積極的だ。1億カリアンからぼったくった事と言い、何時かの時とはまるで別人だな、とレイフォンは思う。尤も、悪いことじゃないから、別にいいか、とすぐに思考を放棄した。

 

「はい、少し待っていてください。1億円分ぐらいは働かないといけませんしね」

 

 そう、冗談を言った後、走査に没頭したためか、端子からフェリの声が聞こえなくなった。

 

 

 

 

 こうしてツェルニの財政は真綿で首を絞められていくかの様に、じわじわと少しずつ余裕を奪われていくのである。

 

 

 

 

 

 




本当はこの話でレイフォン無双するつもりだったんですが、始まってすらいないと言う……

もしかしたら、いるかもしれない似非レイフォンの活躍を待ってくださってた方、
本当に申し訳ありませんでした。
次話できっとがんばってくれると思いますので、次も読んでください。


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第十一話

やっと更新です。

感想とかいろいろお待ちしております!


 汚染獣、それはこの荒廃した滅びの世界に唯一適応した最強の生き物である。

 

 人が触れただけでも死にいたる汚染物質を糧とし、それのみで生命を維持することができる生存力、何十メルトルもの巨体が持つ圧倒的な質量、生半可な傷では死に至ることはない馬鹿げた生命力。

 尤もそれは雄性体以上の個体の話であり、幼性体は食べることによって栄養を摂取しなければならないが、それでも一般人では話にならなず、未熟な学園武芸者でも荷が重いだろう。

 

 

 汚染獣、それは箱庭の世界を生きる人類の天敵である。

 

 

 ギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチギチ

 

 あまり表面が滑らかでは無いだろう物同士をすり合わせたような、黒板を爪で引っかいたような、聞く者の背筋をぞっとさせる音があたり一面に鳴り響いている。

 それを奏でているのは千にも登る生まれたばかりの幼性体だ。

 黒に近い紫色の外皮、頭部に灯る赤色の瞳、幼虫と蛹を足して何メートルかに巨大化させたような体躯と、強靭な顎、個体によって多少の違いは有るが額にあたるだろう部位から生える角は人間の命を奪うのに充分なものだろう。

 

 ピギッピギッ

 背の外皮を開き中から自らの体液に塗れた虫のような翅を取り出し、ぎこちないながらも動かす。生まれたてであろうと、本能で体の動かし方が理解できる。やがて、少しずつ翅を動かすことにも慣れ、一匹一匹と空中へと飛び立つ。

 

 

『私の愛おしい子らよ、餌はすぐそこだ。さあ襲い、殺し、食らい尽くしなさい』

 

 

 

 幼性体に知能は無い。

 

 頭に響く母の声と、漂いくる美味そうな匂いのみを頼りに、只目前にある餌場を目指す、己の食欲が満たされるまで只管に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「射撃隊撃て!」

 

「効かないっ!?」

 

「くそっ!目だ!目を狙え!」

 

「ぐぁぁあああああああ!う、腕がああああ」

 

「怪我人を下がらせろ!早く!早くしろ!」

 

 

 そこは地獄だ。大多数の武芸者の攻撃は硬い外皮に阻まれて用を成さず、小隊を中心に何とか一匹ずつ倒すも、数は増えていくばかり。

 現在かろうじて死人が出ないようにしているが、怪我人は後を絶えない

 ツェルニの武芸者では防衛線を維持するだけで、限界だった。

 

 防衛線から離れたところでは空中から落とされた幼性体が小山のように積み重なり、そこから少しずつ防衛線へと向かってくる。

 

 あの山の幼性体が一度に向かってきてしまえば防衛線はたちまち崩壊するだろう。そうなればツェルニは滅ぶ。

 それが分かっているからこそ武芸者たちは焦り、動きは鈍る。

 

 

 

 

「見事な悪循環だな」

 

 そんな阿鼻叫喚な地獄絵図を遠く離れた空中から、頸によって強化した視力で眺めながら、レイフォンは呟いた。

 まるで重力など存在しないかのように、地上数百メートル地点で静止している。

 

 その左手には都市外戦用装備の手袋の上に更にもう一枚白い手袋があった。

 熟練した武芸者ならば、そこから伸びる千にも昇る極細の糸が見え、それが類稀な殺傷力を持つ武器なのだと分かるだろう。

 

 レイフォンは戦いが起きている都市外延部から数キロ離れた地点にいながら、武芸者たちへと襲い掛かる幼性体の数の調節をしているのだ。尤も、本当に危ないところにだけ介入しているため、戦っている武芸者たちには気付かれず、重傷者は今もなお増えている。生かさず殺さずの絶妙な加減である。

 

「目標補足しました。最短ルートを表示します」

 

 本当に容赦が無い、と思いながらもフェリは自分の役割を忠実に果たす。

 念威を通して見える戦場は悲惨な物で、手足が有らぬ方向へと曲がったもの、肉が裂け骨が見えている者、酷い所では腕が千切れているものなどもいるが、レイフォンはそれを全く気にしない。

 おそらく、再生可能であると分かっているが、それでもフェリにとっては見ていて気持ちのいいものではなかった。

 自分もいつか此れに慣れる日が来るのかと思うと嫌な気分になった。

 

「分かった。幼性体を殲滅した後、突入する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおぉお!」

 

 ドスッ!

 己が全力で汚染獣の外皮に掌底を打ち込む。

 

──外力系衝剄の変化 流滴

 練り上げた衝剄を細胞内へと流し込み、内部からの浸透破壊で硬い外皮が部分的に脆弱になる。

 

「おりゃああ!」

 

 そこへシャンテが槍を突き刺し、

 

「燃えろおおおおおおおおおお!」

 

 化錬剄の焔により内部から完璧に命を絶つ。

 

 

「次だ!シャンテ!」

 

 戦況は悪い。俺とシャンテとの連携でなんとか戦えてはいるが、周囲の隊員が押されている。後退しなければ何れやられるだろうが、後退することもまたその結果を先延ばしにしているだけに過ぎない。

 

 そもそもこの戦いに危険性は少ない。幼性体などあの方ならば瞬く間に殲滅できる。だからこの戦いは謂わば茶番だ。恐らくはツェルニの武芸者に経験を積ませようという魂胆だろう。危なくなればあの方が出てきてくれる……

 

 だから、だからこそ、他力本願な自分に腹が立つ。

 

 自分の無力さが恨めしい。

 

 兄と比較され、己の弱さを痛感し、だからこそ故郷から逃げ出したと言うのに、ここでも自分の無力さを突きつけられる。

 鍛錬を怠った日は無い。努力を惜しんだつもりも無い。それ故に1年から第五小隊の隊員として居続けられた。それ故に今では隊長の座にも着けた。

 だが、何故己はこんなにも弱い?幼性体などグレンダンの武芸者ならば鼻歌交じりに虐殺できる。何故己は一匹殺すの此処まで苦労している?己の5年間はなんだったのだ?

 自問が止まず、答えは出ない。

 

 ズンッ

 

 考えている間にも、体は動く。また一匹汚染獣を仕留めるも、達成感は得られない。

 己は何のために生きているのだろうか、こんな弱い己に何ができるのか、

 

 脳は思考へと傾き……

 

 

「ぐがあああぁぁあ!」

 

「ケネースがやられた!誰か後方に下げろぉ!」

 

 

 ケネースがっ!やられた、戦況に余裕は無かったがカバーは出来ていたはずだ!己がぼうっとしているばかりに、部下がっ!

 

「隊長!後退しましょう!」

 

 部下も守れずして、何が隊長か……

 力が、己にもっと力が……っ!

 

『これより、汚染獣殲滅の最終段階に入る。カウントが終わるまでに防衛柵の後ろまで下がれ。10、9、……』

 

 来た。

 汚染獣を殲滅可能な兵器などこの都市にある訳が、無い。

 有りうるとすれば天剣が出てくることのみ。

 もはや用なしだとでも言うように、己の無力を突きつけられたようで……

 

『2、1、……』

 

 

 

──斬!

 

 

 その瞬間世界が止まったように感じた。まるで絶対零度の寒気に侵食され凍りついたかのように汚染獣は唐突に動きを止め、武芸者も事態に追いつかず固まる。

 

 まるで氷りついたような世界の中で、汚染獣だけが、斜めにズレた。

 

 次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と次々と

 次々と上下に別れ、上半分が地に滑り落ちていく

 

 自分が頸技を使って一匹ずつ技を打ち込んでも殺せなかった幼性体が、それこそ豆腐を切るかのような気軽さで切り捨てられていく。

 

 それは幾度も見たことがある光景で、未だに見慣れない光景……圧倒的力による蹂躙だった。

 

 

 

──ああ、これが……力。己にも、これだけの力があれば……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「汚染獣反応あと、674、……358、……、98、54、21、9、6、4、3、2、1、……都市にある全ての汚染獣反応消滅しました。」

 

 

 ツェルニの上空エアフィルターの外、念威端子を伴いながらレイフォンは高速で飛んでいた。

 幼性体は完全に殲滅した。急いで母体を殺さなければ増援を呼ばれることになる。一瞬、それもまた一興かとも思ったが、流石に都市が囲まれたら手に負えないな、と思い返す。

 

 意識が自然と戦闘時のものに切り替える。

 幼性体の殲滅はレイフォンにとって見れば、謂わば作業だ。一方的な虐殺であり、戦いではない。が、死を微塵も感じぬとも、今から行うのは戦いだ。体はそう認識し、自動的に連戦状態へと移行していく。

 剄脈より吐き出される剄が増え、心が、軽くなる。戦闘に関係のない思考悩みを内側へと押し込め、只心を鈍感に、軽薄に外から受ける影響を極小にしていく。

「くくっ」

 と口から笑いがこぼれ出る。ヘルメットをはずせばレイフォンのシニカルに歪んだ口元が見えることだろう。

 今までの経験から積み上げられてきた、レイフォンなりの処世術だ。戦場での心の揺らぎはそのまま死に直結する。不意に何が起ころうとも、仲間が死のうとも、それに動じないための強がり。幼少から続けていたら、いつの間にか自然と笑うことが出来るまでなっていた。

 

 

 

 

 

 都市の足がめり込み、谷間になっている部分へと侵入する。

 

「誘導します」

 

 耳元からフェリの声が聞こえるとともに、レイフォンの目の前に光が灯り道しるべとなる。

 

 

 

 

 やがて、洞窟の中、鎮座する数十メートルの巨体にたどり着いた。

 

 

 腹が裂け、そこから未だ体液が流れ出ているが、此方を睨み付けるように向けられてくる目は死にそうには見えない。

 やがて、それは顎を打ち鳴らし始めた。身の危険を感じ、増援を呼ぼうとしているのだ。

 

「レストレーション。さっさと死ね、死に損ないが」

 

 復元言語に反応して白金の錬金鋼が刀の形をとり、纏わせた剄によって白金に輝く。

 やがて、輝きが巨大な刃を形成し、それを掲げるレイフォンはあたかも神話の竜に挑む勇者のようで……

 

──外力系衝剄の変化 轟剣

 

 刀を持つ手が振り下ろされ、空間全てに光が満ち溢れ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ~帰ったら酒飲も」

 

 

 後にはやる気の無い声だけが響いたのだった。




補足的な何か

・幼性体戦でのレイフォンの援護は上空から鋼糸で危ないところの幼性体の足止めをするってだけです。ばれない様に頑張ってました。きっと念威操者さんたちも気付いていません。
・ゴルネオさんの強さって原作でも良く分からなかったので、シャンテとコンビで体力が続く限りは幼性体をちまちま狩れる程度に。ちなみにゴルネオエリアが苦戦していたのは、レイフォンはあまり援護をしていなかったからと言う設定で……
・刀と鋼糸両方同時に使うためにも、鋼糸は手袋です。リンテンス仕様ですね。




此処まで読んでいただいてありがとうございます。
如何でしたでしょうか?

まだまだ拙い文章ですが、これからも続けますので、読んでいただけると嬉しいです。
あと感想もいただけると嬉しいです。


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第十二話

更新がずいぶんと遅れてしまい申し訳有りません。
いろいろ展開なんかを考えるとどうにもしっくり来ず、長いこと掛かってしまいました。

文才が、ほしいとです。



それはともかく、
祝被お気に入り998!!!
あとちょっとで4桁!
誰か登録してやってください!


 汚染獣、幼性体による突如の襲撃から一夜明けた朝。ツェルニでは何時も通りの朝が訪れていた。学生たちは些か疲れが残っているものの、皆、己の学び屋へと歩を進めている。

 汚染獣襲撃の翌日では有るが、平常通りに授業を行うと言うのだ。グレンダンのような異常なほどに汚染獣戦慣れした都市ならば納得のいく事であるが、ツェルニのような一般の学園都市の域を出ないところからすれば異常でしかない。

 

 翌日と言っても襲撃が終わった頃に空が白みだしたので、実際はほぼ1日空いているのではあるが……

 

 生徒会の発表によると色々と予定が押しているため、仕方ない事らしいが、実際の所は汚染獣の恐怖から無理やりにでも学生たちを遠ざけたいと言う狙いの方が本音なのだろう。尤も、重軽傷者こそ無数に出たものの、1人も死者が出なかったのも大きな理由だ。これが1人でも戦死者が出ていれば、少なくとも一週間は休校が続いていたに違いない。

 

 そこまで思い至って、今日学校あんのって俺のせいじゃん、とレイフォンはため息をついた。それから、周りを見渡して、1人ぐらい死者出しとけばよかったなぁ、と武芸者というより人間としてあるまじき後悔をする。

 レイフォンの思考がマイナスと言うかダークと言うか、とにかく良く無い方向に向かってる理由は簡単だ。ツェルニ中が祝勝ムード一色だからだ。どうも生徒会が昨夜の戦いの情報を、汚染獣相手に犠牲無しで快勝したとかなんとか誇張して流しまくったからだ。

 理由は分かる。セルニウム鉱山が残り1つしかないことは周知の事実だ。そのため都市全体に不安な空気が漂っていた。言うまでも無く、これは良くない現象だ。モチベーションが下がれば勝てる物も勝てなくなるのは当然で、上級生の中にはツェルニから出て留学しようとする者までいる始末だ。この重苦しい空気を払拭させる意味でも今回の戦いの誇張宣伝は理解できるし納得もするが。ただ、効果が有り過ぎたのだ。

 元々武芸大会で勝てるのかと武芸科の実力を心配していた事も手伝って、登校時間だと言うのに彼方此方の一般人がギャーギャーと騒いでいる。ツェルニ最強!とか、俺たちは無敵だぁぁああああ!など……

 

 要するに、有体に言ってうるさい。

 

 只でさえ登校で早起きしたからだるいと言うのに、彼方此方から耳障りな声で騒いでるのが頭に響いてくるためにレイフォンのテンションはマックススピードで地面に沈んでいく。

 

 とそこで、騒がしい学生の中でも更に一際うるさい一団が声を掛けてきた。正確には騒がしいのはその一団の中でも1名だけなのだが、そんなことは些細な事だ。うるさいことには変わりないのだから。

 

「やっほ~!!!何時にもましてやる気が無さそうだねレイフォンくん!!!!こんなにめでたい日なのに、そんな辛気臭い顔してたら幸せが逃げていくわよー!!!!!」

 

「そうだぞレイフォン!」

 

 ミィフィとエドだ。そしてそのすぐ後ろに所々包帯を巻いた微妙に居心地が悪そうなナルキとおどおどしたメィシェンがいる。が、それも些細なことだ。なぜならうるさいのはミィフィなのだから。

 

 お前らに会っただけで充分不幸だよ、と言ってやりたいレイフォンだった。

 

「お前らに会っただけで充分不幸だよ」

 

 なので願望に任せて言ってみた。

 

「えぇ~、ちょっとちょっと、エドロン!今日のレイフォンおかしいよ!なんだか何時もよりも私への当たりがきつい気がするよ!」

 

 どうやらミィフィはレイフォンが彼女に対して思うところがある事には気付いているらしい。あまり好きなタイプではないが、表に出すつもりは無かったレイフォンは自分の失敗に少々驚き、それでも絡んでくるミィフィに対して少しだけ高感度をあげた。

 ちなみにエドロンというネットリしてそうな響きの固有名詞はエドの愛称である。ミィフィは人に愛称をつけるのが好きらしくエドもその被害者の内の1人なのだが、本人は最近寧ろ呼ばれて喜んでいるようだ。きっとMだ、一緒にはなりたくないと思うレイフォン。

 ともかく、レイフォンに付けてない所からしてもレイフォンが距離を置いていることに気付いている証拠であると言えるだろう。このまま距離を縮めてしまえば自分もエドの様な恥ずかしい愛称を付けられる可能性が否めないこともあって、ミィフィとはこのまま一定の距離を置こうと思うのだった。

 

「きっとミィちゃんの可愛さに照れてるんだよ!男は好きな子をいじめたくなる物だからね!でも、ミィちゃんは渡さないぞレイフォン!」

 

「ちょっ、やだエドロン、私たちまだ付き合って無いんだから、そんなこと恥ずかしいわよ……」

 

「それでもだよ、ミィちゃんは僕が守るからね!」

 

「エドロン……」

 

 見詰め合う2人……

 だんだん縮まっていく距離……

 

 いつの間にか寸劇を開始した2人を呆れた目で眺めながら、はぁ、とため息をつく。ただでさえ面倒だと言うのにレイフォンは疲れが倍になった気分だった。

 

「おはようレイフォン」

「お、おはよ……っひぅ!」

 

 そうこうしてると、一団の残りメンバーが声をかけてきた。ナルキは覇気が無さそうで、何故か知り合ってそれなりのメィシェンが未だに怯えているが、見ていて先までの疲れが癒されていくので特に気にならない。寧ろレイフォンとしてはもっと怯えさせたい所だが……

 

「大丈夫だとは思っていたが、無事だったんだな、レイフォン。見当たらないとかで、昨日ミィたちが心配てたぞ」

 

 開口一番にミィフィが心配していたと告げられる。本当に何時の間にミィフィにこんなに好感を持てれたのか疑問であるが、

 

「そうよ!見当たらないと思って調べてみたら、何処のシェルターにもいないし、端末も通じないしで……、汚染獣に特攻しにいったのかと思って心配したよ!」

 

 ほぼ正解である。

 勿論真っ正直に、汚染獣に特攻しに行ったんだ、なんて教えても何も得をすることはないし、寧ろ面倒なため、レイフォンはとぼけるために口を開く。

 

「ああ、昨日はな、生徒会塔に居たんだよ」

 

「シェルターでいいじゃない、なんでまたそんな所に居たのよ?」

 

「簡単な話だろ、災害に際して一番安全な場所ははるか昔っから政治家の近くだって決まってるからな。だからずっと生徒会塔で隠れてたのさ」

 

 先ほどまでとは打って変わって、しれっと胸を張って嘘をつくレイフォン。その姿は何故か自信満々で、理由は分からないが生気に満ちていた。

 事前に用意してあった答えだ。端末に残る着信履歴をみた時から考えていた言い訳である。

 

「うわぁ~、一番安全な所に1人で隠れてたのね。なんか心配して損したわ」

「まあレイフォンらしいと言えばらしいが……。だから言ったろ、レイフォンが汚染獣に特攻などするわけないと。残念だが、レイフォンほど武芸者らしくない武芸者も中々いないからな」

 

 それを聞いて一気に呆れた顔になったミィフィ。

 そしてナルキはなにやら予想通りだ、とでも言うような顔をしている。実際は汚染獣に単身特攻をかました訳ではあるが、ナルキの評価自体は正しいのだ。レイフォンのことをやる気の無い武芸者と思っているのだから。

 

「まあ、とにかく早く教室に行きましょ!遅刻するわよ!」

「あ!ミィちゃん待ってよぉ」

 

 レイフォンの裏切り(?)行為からのショックからさっさと立ち直ってミィフィは学校に向かって独りで走り出す。それを追いかけてエドも走り出す。何処までも自由なミィフィを見て苦笑しながら3人は校舎に向かうのだった。

 

 

 

 こうしてまた平和な一日が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 日も落ち、街灯が付き始めた時間。レイフォンはツェルニで二番目に高い場所にあるレストランで一人料理に舌鼓を打っていた。レイフォン自身も料理はできるし、そこらの店よりは美味いものを作れるという自信は有ったのだが、さすがにこのレベルには届かない。

 同種の中から稀にしか発見されない変異種の高級素材、緻密な計算に基づき口だけではなく目でも楽しめるよう配慮された盛り付け、見栄っ張りな男性のサイフを中身ごと掻っ攫っていくような値段、この店はあらゆる面においてツェルニ最高なのだが、レイフォンはまるでファミレスにでも居るかのごとく次から次へと料理を注文し、そのまま飲み込んでいるとしか思えないようなスピードで胃に収めていく。

 レイフォンは大いに浪費をしていた。

 

 周りの席に着いているのは全てカップル客だ。男性はバラつきがあるが、女性は全員が容姿端麗の見目麗しい美人である。楽しそうに談笑する男女もいるが、女性を口説き落とすためだろうか、男性がしきりに話しかけ、それをあしらわれる光景も良く見て取れる。かわいそうなものだ。

 

 そんなロマンチックな雰囲気漂う店内で唯一男2人で座っている席があった。片方は次から次へと高級料理を惜しげもなく飲み込んでいくレイフォン、もう片方の男は巨漢の美丈夫で、銀髪を短く刈り、強面ながらも若干の愛嬌が感じられる顔を青ざめさせながらレイフォンを見ている。ツェルニが誇る第5小隊の隊長、ゴルネオ・ルッケンスだ。

 

「あの、……卿、お代を持つと言った手前大変申し訳ないのですが、それ以上ですと流石に持ち合わせが……」

 

 その屈強な外見に似合わず、かなり弱々しく切り出すゴルネオ。もしこの会話をツェルニの学生聞いているのならば、耳を疑うだろうほどの低姿勢だ。

 

「その呼び方はやめてくれと言っただろ、もう天剣はやめたんだ。それに此処じゃあんたの方が立場が上なんだから呼び捨てでいい。にしても、意外と小隊員って貰って無いんだなぁ、やんなくて良かった。」

 

 武芸者として到底有り得ない言葉がレイフォンから飛び出し、一瞬眉をしかめるも直ぐに思い直す。もう天剣ではないとは言え、あの兄と同じく常識外のバケモノだ。自分たちの常識を当てはめるほうが間違いなのだろう、と自分に言い聞かせる。

 

「ですが、呼び捨てにするのは恐れ多いと言いますか……」

 

 自分もその一員である小隊を貶められたと言うのに怒る所か未だ低姿勢のゴルネオ。ここに来る前からもレイフォンはずっとやめろと言い続けてきたが、どうやらかなり真面目なようだ。こういう所からもグレンダン住民の天剣に対する絶対視が見て取れる。力こそ全てである武芸者の中ではそれが特に頸著に現れる。ゴルネオにとってレイフォンに意見することは単身で老性体と相対するほどの暴挙なのだから。

 

「はぁ、もう好きにしろ。とにかく人前でこんな態度とるなよ、面倒にしかならんからな」

 

「はい。善処いたします」

 

 その頑なさに呆れたのか、ため息を一つついてレイフォンは取りあえず妥協することにした。どの道会うことは少ないのだから、面倒さえ持ってこなければあとは何でもいいという判断である。

 

 そのままゴルネオが会計を済ませ2人で店をでる。レイフォンは人目につかないように気をつけながらだ。

 

 そもそも、男2人で此処にくる事になったのは、いきなりゴルネオがレイフォンを訪ねてきたからである。

 挨拶が遅れて申し訳ないとか、汚染獣戦で手を煩わせて申し訳ないとか、とにかく謝るばかりだった。

 前半はともかく後半は確かに頷ける内容でもあったのでメシを奢れとレイフォンは言ったのだ。

 初対面相手にそんな事を言える面の皮の厚さこそ彼の一番の才能だろう。が、ゴルネオが道中も頑なに低姿勢を貫くのは予想外だったらしく、ここに来るまで細心の注意を払っていたのだ。

 

 

 だからいつかのように話が広まったり、ミィフィまで伝わることは絶対に無いのである。

 

 

 

 

 

 

 ちなみにゴルネオはほとんど空になったサイフを時折眺めながら、とぼとぼ帰って行ったという。

 やはり人に奢ってもらう飯より美味いものは無いね、と再確認するレイフォンだった。




正直この話はツェルニが平和になったよ!ってだけの話です。

正直2巻部分って原作から持ってくるものがあまり無いんですよね……
小隊が成長する話だけど、小隊自体入ってないわけですからね……

多分オリジナルの堕で駄な展開(?)かさらっと老性体まで行くかのどっちかになっちゃいますね。

ともかくエタったりはしないようにしますのでよろしくお願いします!


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第十三話

ご指摘、ご感想、お待ちしております。


 コンクリートの壁を爆砕させられるほどの威力が篭った拳が凄まじい速度で迫って来る。

それを後ろに身を仰け反らせてやり過ごす、そのまま地面に手を付け、バック転の要領で距離をとる。相手も深追いは禁物と判断したのか追撃は来ず、5メイルほどの距離を隔てて両者がにらみ合う。

 

 いや、実際睨んでいるのは片方の短い金髪を逆立たせた男だけだ。もう一方、防戦に回っていた男からはそこまでの覇気が感じられない。なんと言うか目が死んでいる気がするのだ。何が彼をそこまでさせるのかは分からないが、とにかく姿勢、表情、雰囲気から一切のやる気が感じられない。そんな状態で金髪の男の猛攻をギリギリとは言え凌いでいたのだから、むしろ中々すごい事なのかも知れない。

 

「ちょこまかとっ!」

 

 やがて、痺れを切らしたのか金髪の男が再び突撃を敢行する。

 

 

 

 

 2人の周りでも似たような光景が繰り広げられていた。

 あちらこちらから肉を打つ鈍い音や、痛みを堪える呻き声が聞こえてくる。

 

 

 ここは、錬武館。

 武芸科1年の体術の授業の真っ最中だ。

 だが、授業と言っても何か大したことを教えている訳ではない。特に最近はひたすら組み手をしていくだけで、講師役の先輩が偶に問題があった部分を指摘したりするだけである。

 武芸者とは生まれたときから戦うことを義務付けられた者たちだ。学園都市に入学する年齢の者ならば例外なく何らかの武術を収めている。世界的にメジャーな流派もあるにはあるが、基本的に誰かと被る事は無い。

 おまけに未だ錬金鋼が使えず、衝頸が授業で取り扱われることが無い今の段階では、講師役の上級生も教えようが無い。だからこそ、明らかに動きが理に適っていない生徒を注意したり、生徒一人ひとりの実力を把握することに留めているのだ。やる気が無いわけではなく、組み手以外にすることがあまり無いのである。

 

 

「両者そこまで!次の者は前へ出ろ!」

 

 ドスンッという人体が強かに壁に打ちつけられた音とともに、講師役の厳つい声が錬武館の片隅にてこだまする。

 

「いたたたた」

 

 壁に打ち付けられた男がそう呟きながら、のろのろと立ち上がる。声からして痛そうには聞こえないが、手は打撃を貰った部分をさすっていて、強がっているようにしか見えない。

 

 そのままゆっくりとした歩みで観戦者の群れに混じり、彼、レイフォン・アルセイフは、ふぅ、と一つため息をついた。後悔のため息だ。

 

 暇つぶしに、と軽い気持ちで武芸科の授業に出てみたものの、見事に全ての先輩に目を付けられていた。どうやらブラックリストか何かに乗せられたみたいだ。ずっとサボっていたのだから自業自得である。

 そして、問題児と見なされたせいなのだろう、組み手の相手は実力はあるが、素行が悪いことで有名な生徒であり、監視するような上級生の目とも相まって精神がガリガリと削られていく。おまけに組み手が終わった今でも睨み付ける様な上級生の視線は離れてくれない。

 

「災難だったな、レイフォン」

 

 この空間内で唯一レイフォンにとって友人と言える関係であるナルキが声を掛けてくる。思えば、随分寂しい学園生活である。なにしろ男友達がエド1人しか居ないのだ。

 そもそも入学して一ヶ月足らずで半分以上サボっているのだから友達など出来るわけが無いのだが……

 まあ前世と合わせれば軽く40は超える年齢なのだから今更友達が欲しいとも思えないしな、などど心の中で言い訳をし、自己完結する。誰に言うわけでもないが、レイフォン自身のプライドを守るために必要なことなのだ。

 

「全くだ。蜥蜴のごとく嫌われてんのな、俺。あんなのと当てるなんていじめ以外のなんでもねえよ」

 

 レイフォンの組み手の相手は1年生全員に敬遠されていたのだ。なまじ実力があるため、一撃一撃が重く、手加減を知らないのか今まで数人対戦相手を医務室送りにしてきたらしい。

 らしい、と言うのは勿論レイフォンがサボっていたため実際に見てないからだ。

 

「それだけ授業サボってるんだから当然だ。寧ろこれで私より評価が高かったら、私はこの学園をやめるぞ」

 

 なかなかに厳しいお言葉だが、唇の端が少し上がっているあたりレイフォンをからかっているのだろう。

 

「くくくっ、その言葉覚えてろよ?後で泣いて謝っても……そうだなぁ、知り合い皆の前で泣いて土下座して謝るまで許さんぞ?」

 

「ふっ、大丈夫だ。レイフォンが今の調子なら、何があっても私は負ける気はしないからな」

 

 そういってクールに胸を張るナルキ。そんな所が女性ばかりにモテる原因だと言うのに何時までたっても気付かなさそうだ。その慎ましい胸には何も魅力が感じられないと言うのに……

 ナルキの胸をじっと見つめながらレイフォンがそんな事を考えていると、キッっとレイフォンを睨み付ける。コンプレックスに感じているようでしばらく視線が和らぐことは無く、レイフォンはそれを気にした素振りも無く、始終ニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべていた。

 

 そしてナルキはレイフォンのニヤ付いた顔の意味を理解することは終ぞ無かったのである。

 

 

 

──本日、学園都市ツェルニ・武芸科1年、ナルキ・ゲルニは人生最大最悪の過ちを犯してしまったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レイフォンが練武館を出る頃、すでに太陽が地平線の向こうへと沈もうとしていた。珍しく、雲ひとつ無い晴れ渡った空がオレンジ一色に染まり、その中にあって何時もと寸分も違わず爛々と輝く月がいいアクセントとなり見ている者に言葉になら無い感動を与える。美しい空だ。こんな滅びかけた世紀末のような世界だというのに、いや滅びかけているからこそ、これが最後とばかりに輝くのかもしれない。そんなどうでもいいことしか頭に浮かばないほどに空はきれいで、そしてレイフォンは一心不乱に空を見上げている。

 

 

 レイフォンの隣を歩くナルキも、ほうっとため息をつく。ただ、レイフォンと違い、空を見上げている訳じゃない。陶器のような白い肌、西洋人形のごとく作り物めいた顔立ち、感情を失くしたかのような怜悧な瞳、儚げで、神秘的で、透き通るような美少女が夕焼けに照らされ、長い銀髪を風に靡かせながら空を眺めている。ただ、そこに佇んでいるだけだと言うのに、ナルキはその少女から目を離すことは出来なかった。

 

「きれい……」

 

  思わず、呟きが口からこぼれた。月並みな言葉だが、ナルキには他どんな言葉よりも彼女に相応しい言葉に思えた。語彙が、少ないのだ。

 

「ああ、そうだな。空がきれいだな」

 

 ナルキの言葉にレイフォンもまた同感の意を示す。その目は一心不乱に空へと向けられており、心なしか口調には諦めの色が滲んでいた。ナルキには意味が分からなかったが、レイフォンが良く分からないのは今に始まったことでもないからいいか、とスルーすることにする。

 そして、ナルキが再び先ほどの美少女に目を向けるようとし、驚く。その美少女が此方へと真っ直ぐに歩いて来ているのだ。

 良く見ればそれはナルキの知っている顔だった。なにも知り合いと言うわけではない。ただナルキが一方的に知っているだけである。何しろ現生徒会長カリアン・ロスの実の妹にして、第17小隊の念威操者であり、おまけに前回のミス・ツェルニにまで輝いたあのフェリ・ロスなのだ。娯楽の少ない都市内において、これだけの話題性に富んだ人物もそうはいないだろう。寧ろ彼女を知らない者がいるのか怪しいほどだ。

 だが、そのフェリ・ロスが何の用で歩いてきているのかがナルキには分からなかった。先ほどから挙動不審のレイフォンと関係が有るのかもしれないが、当の本人はなかなか現実に戻ってこようとしない。どうしようかとナルキがヤキモキしている間に、フェリが眼前ににまで来ていた。

 

「こんばんは、レイフォン、入学早々女の子を侍らせているなんて、いいご身分ですね」

 

 眼前と言うのはレイフォンの眼前である。そして、フェリはそのままナルキに一瞥をくれることもなくレイフォンに向かって話しかけた。先ほどまで緊張していた自分が馬鹿みたいだ、とナルキの顔が赤くなる。

 

「えっと、まあなんだ、いつにも増して随分とトゲトゲしいですねフェリ先輩」

 

 そんなナルキに目を向けることなくレイフォンは何時も通りに返事を返すこの2人はどんな関係なのだろうか……? 

 レイフォンは顔も良く、金も有り、さらに武芸者でもある、とモテるのに必要な要素が凡そ全て揃っているのだが、サボって学校に来ないため自分たち以外の友人と話すのを見たことがないナルキは思わず邪推をしてしまう。が、レイフォンの顔が少し引きつっている辺り推測が外れる可能性の方が高そうだ。

 

「事実を言ったまでです。それよりも、この前は楽しそうなことをしていましたね」

 

「え゛……、いやぁ、何のことでしょうか?心辺りはないですねぇ」

 

 ナルキに聞かせたくない何かを言われたのだろうか、レイフォンは明らかに狼狽していた。しかしナルキが疑惑の眼差しをレイフォンに向けるも、黙殺される。そして、ナルキが根負けした。

 だが、レイフォンから視線を外したナルキは、今度は期待を籠めてフェリを見つめる。その縋るような視線はいつもの強気なナルキと相まって凄まじい破壊力を生み出した。

 

「そうですか。それなら思い出させてあげましょう。この前ゴル」

「だぁあああ、もう分かった、分かりました!思い出しましたので大丈夫です。それがどうかしたんですか」

 

 核心に迫るかと思われた矢先、レイフォンの強引な妨害に後一歩と言うところで阻まれる。恨めしげにレイフォンを睨むもやはり黙殺されてしまった。

 

「いいえ。ただ、楽しそうだな、と思っただけですよ」

 

「あぁ、もう。分かりましたよ。今度奢りますから。これでいいでしょうか、先輩」

 

 そしてレイフォンは物で釣る作戦に出たらしい。見たところ、フェリも満更では無さそうで、結局ナルキに教えてくれるつもりは無さそうだ。

 尤も、他人の秘密を根掘り葉掘り聞こうと思うほどナルキも無礼ではない。ただ、目の前であからさまに隠し事をされると流石に気になる。結果は焦らされて悶々としただけだが、それは仕様がないとも思う。しかし、この恨みは必ず晴らそうと心に決めるナルキだった。

 

 

「はい、楽しみにしています。それと、フェリと呼び捨てにしてくださいと言ったはずです」

 

 

 

──恨みを晴らすのは結構簡単そうだ。

 

 ナルキは密かに邪悪な笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それからレイフォン。兄からの伝言です。あれが来ました、と」




後半書き方の練習でナルキ視点っぽい感じで書いて見ましたが、しっくり来ないです……
ドラえも~ん!文才がほしいよ!


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第十四話

ちょっと短いですけど切がいいので……


──ゴォオン、ゴォオン

 

 

 轟音が響き、それに合わせて地面が、いや都市が揺れる。

 

 ここは外延部の地下にある、都市外稼動施設格納庫と言う名の放浪バスや、ランドローラーなど専用の倉庫である。

 さらにこの倉庫は主に都市からの緊急脱出のための放浪バスを格納するためにあるものであり、基本的使用されることは無く、またその必要に駆られる事も無かった。そのため、定期的に清掃や点検はされてはいるが、基本的にカビ臭く、埃っぽい。

 

 その中にあって、一台だけ埃を被っておらず、新品同様に輝きを放っている物があり、そのバスの傍に10人ほどが向かい合い、互いの代表と思われる精悍な男と目つきの鋭い青年が言葉を交わしている。

 

「遠いところからわざわざご苦労様です。私はこの学園都市ツェルニの生徒会長のカリアン・ロスです。よろしく」

「おう、こりゃ丁寧にすまんな。俺はトニー・トリントス、傭兵だ。トニーって呼んでくれ。レイフォンの小僧に頼まれてコイツを運んで来たんだが、あいつはどこだ?」

 

 片側はツェルニの制服を着ており、生徒会長のカリアンに始め、武芸長、技術学科長、副生徒会長のツェルニの現最高権力者たちだ。学園都市とは言え、6万人の頂点に立つものだけあり、一人一人が風格のようなものを纏っていた。だが今その気迫は鳴りを潜めており、カリアンを除く者からは少しばかり気後れが感じられる。

 その原因は相対する7人の男女にあった。リーダーっぽい男の言葉通り傭兵なのだろう、全員の腰には剣帯が巻いてあり錬金鋼のものと思われる膨らみが見て取れる。そしてその身から滲み出る覇気はツェルニ側の比ではなかった。

 彼らは何も威圧している訳ではない。むしろ非常に友好的な態度であるのだが、数多の視線を潜り抜けただけあり、一目見ただけでも彼らが只者ではないと分かるだろう。

 

 ただそこにある。それだけでツェルニの最高権力者たちは気圧されたのだ。

 

「アルセイフ君ならば、さきほど授業を終えたばかりです。もう直ぐ来ますので、暫く待っていてください」

「おう、そうか、サンキューな。にしても、聞いたかよあいつが授業に出てるんだとよ!くくくっ、想像できねぇなあ!老性体でも出るんじゃねえのか?くっくはははは!」

『はははははははっ!!』

 

 カリアンの言葉が随分とトニーのつぼに入ったらしい。我慢しきれなくなったのかとうとう爆笑を始めた。それにつられて他の傭兵も笑い出し一気に倉庫内が騒がしくなる。

 授業に出るレイフォンと言うのは、彼らの頭の中にあるレイフォン像とは180度間逆のもので、彼らからすれば信じられないような話だからだ。それこそ天変地異や老性体の襲撃ぐらいには常軌を逸した事態なのだ。

 

「何笑ってやがる。マジで老性体の前に放り出してやろうか?」

 

 そんな楽しげな雰囲気に冷たい声が割って入って来る。声のした方へ全員が顔を向けると、入り口のドアが開いており、そこに2つの人影があった。レイフォンとフェリである。

 

「ぷくくっ、冗談だ、本気にすんなよ。それにコイツ持って来てやったんだから、そんぐらいは良いだろ」

 

「仕事は仕事、これとは別だろ。てか随分報酬弾んでやっただろうが、寧ろ感謝しろよ」

 

 そう言いつつも、特に気にしていなかったのか、レイフォンの視線は既に真新しい放浪バスへと向けられる。

 

 それは一般に知られる放浪バスとは違った形をしていた。

 

 何しろバスの天井部分に大砲が前後2門も鎮座しているのだから。──剄邏砲、ツェルニにも設置されている居り、武芸者が練りだす剄のエネルギーを砲弾として打ち出す大砲である。どの都市にもあるこの時代の主力兵器だ。その威力は十キロメル単位で離れた場所へも熱波を伝えるほど凄まじい。ただし打ち出すためにはツェルニで100人単位の武芸者が己の限界近くまで剄を練りだし集剄石と呼ばれる剄を溜め込む部位へと送り込まなければ為らないのだが、レイフォンならばそれを1人で充分まかなえる。

 見た目で分かる違いはそれだけではない。

 基本、放浪バスはタイヤではなく蜘蛛のような脚によって移動するものである。荒廃した大地では直ぐにタイヤが磨り減って使い物に為らなくなるからだ。しかしこのバスには脚の他にタイヤもついていた。脚による走行とタイヤによる走行を自在に切り替えられるようになっている。タイヤで走ったほうが速いためレイフォンが注文したのだ。

 そう、この放浪バスはレイフォンがその個人で持つには有り余る財力でもって特注したものである。トニーらはそれをツェルニまで運んできたのだ。

 もちろんレイフォンの注文は他にも多岐に渡っており、放浪バスと言うより、むしろ放浪戦車とでも言ったほうが正しい代物ではあるのだが、その名前が改められる気配は残念ながら、今のところない。

 

「にしてもレイフォン、俺たちは此れに乗ってきたからこそ分かるが、少し遊びに走りすぎたんじゃぁねえのか?お前、コイツに幾ら掛かけたんだよ」

 

「あぁ、もう言うな。俺もやりすぎたと思ってんだよ。なにしろ稼ぎの大半ふっとんだからねぇ、ただいま絶賛貯金中だ。」

 

 そうしてレイフォンとトニーたちが和気藹々とした雰囲気になろうとしたが、それを良しとしない者がいた。

 

「楽しくおしゃべりいしてる最中にすまんが、アルセイフ君、あれは何の冗談だね?」

 

 カリアンだ。何時もの済ました余裕のある態度は鳴りを潜め、一応、笑顔ではあるが額には青筋が幾本か浮かんでいる。さらに、声のトーンも何時もより高い。どうやら余程頭に来ているらしい。

 

「何って、どっからどう見ても放浪バスでしょ?」

 

 対してレイフォンは怯むことなく、とぼけた風に返す。

 実はレイフォン、放浪バスをツェルニに置かせてもらう許可を取るときに『ちょっと変わった機能がついたバス』としか言っていないのだ。カリアンも言い方に多少思うところはあっても、堂々と剄羅砲を据えているとは夢にも思わなかったのだろう。

 

「もちろん、今から許可を取りけすなんて言わないですよね。生徒会長」

 

 レイフォンが更にそう、念を押すと、カリアンは渋々といった感じで頷いた。

 放浪バスをツェルニ置く許可をレイフォンがカリアンから貰った(奪った)のは入学当初の話である。レイフォンが武芸大会でツェルニを勝たせる代わりに要求した権利の中の一つなのだ。

 

 カリアンからすれば、本来普通の放浪バスをレイフォンが個人で所有するだけの大したことのない話だった。その割にはなかなかの譲歩を引き出すことが出来たとことも覚えている。だが、まさかこんなふざけた代物だとは思わなかったのだ。

 錬金鋼の個人所有、これですら制限があるのだ。ましてや剄羅砲を個人で所有するなど公の事になってしまえば面倒は避けられないだろう。が、しかしカリアンには断る術はなかった。ここで断ってしまえば、レイフォンに武芸大会に出てもらう契約自体が白紙になってしまうからだ。

 

 レイフォンがカリアンの事を『生徒会長』とわざわざ言ったのはつまり契約を白紙に返してもいいのか?と言う意味での脅しであるのだ。

 

 ツェルニ側からは非難の視線、傭兵側からは「最低だ」などと野次が飛ぶがレイフォンは気にしない。ちなみにフェリは無表情である。

 

「んじゃ、話も付いたみたいだし、俺たちはもう行くぞ。金はいつもの所でいいぞ!それと、俺たちは第1宿泊施設にいるから後で遊びにこいよぉ~」

 

 野次を飛ばして満足したのか、トニーたちは踵を返し、口々にそう言って倉庫から出て行く。

 

「しょうがないですねぇ、使用には必ず私の許可を取ってください。それじゃ、私たちも仕事があるので、失礼するよ」

 

 それを見送ってから、カリアンらもレイフォンにカードキーを手渡し去っていく。

 

 あとにはレイフォンと、着いて来たはいいが口を挟むタイミングも見つからず、かと言って帰るのは憚られるからとずっと黙っていたフェリだけだった。

 兄に言われ、レイフォンの授業終了まで1時間以上外で待たされ、さらに道案内までさせられたのに、この仕打ちである。

 

 こうして彼女は後日は高いものを奢らそうと1人決心するのだった。




この作品にはチート要素が含まれております(笑)

バスと剄羅砲ですが、結構最初から考えていた設定ですね。
サリンバン持ってるしいいかなぁっと
集剄石とかは適当ですが

そしてここからは少しずつオリジナル展開へと移っていく……かもしれません
バタフライ効果で行ける所まで行ってみようかと思います!

こんな作者ですがお付き合い頂けると嬉しいです!


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第十五話

感想を……
地球の皆、オラに感想を分けてくれぇぇええええ!


 私は神様を信じていた。

 武芸の力は神から私たちへの贈り物だと。

 武芸者は神の祝福を受けた者だと。

 

 だから望めば神様はきっと力を与えてくれる、努力すれば何れ頂に届くのだ。

 そう、思っていた。

 

 特に理由はない。神様に会ったわけでもないし、見たことも、実在した話を聞いたことも、ない。この身を巡る剄の原理も、剄脈の仕組みも知らない。

 ただ、物心付いたときから当たり前のように其れは有って、当たり前のように私には使えて、当たり前のようにそういうものだと教えられた。

 だから私は当たり前のように信じて、そしてそれが私にとっての当たり前になったのだ。

 私は特別だった。

 なにしろ神様に祝福された、選ばれた一握りの人間なのだから。

 都市の平和を守ると言う使命を帯びているのだから。

 だから私は生まれた時から特別な存在なのだ。

 特別な私を、神様が特別に祝福してくれて、特別な力を手に入れた。

 それが私にとっての当たり前で……

 

 だから、特別な私は当たり前のように信じていた。

 努力すれば実ると、武芸者の義務を果たせると、願えば叶うのだ、と。

 

 

 

 

 

 

「何故ですか!?」

 

 感情を抑えきれず、上司相手にも関わらず、声を荒げてしまう。

 

「何故も何も、必要だからだ。せっかく居るんだから使わなきゃ勿体無いだろ」

 

 理解は出来る。だが、やはり容認はできない。今まで培ってきた常識が、自分の中の当たり前が頭の中で否、否と唱え続けている。だからこれは一武芸者として当然の事で、当たり前な感情なはずなのだ。

 

「だからと言って、何故武芸の力をお金を稼ぐ道具にしか思っていない者を雇う必要があるのですか?私たちでも充分に武芸者としての使命を果たして見せられますし、どうしてもと言うのならばツェルニの者でいいでしょう?」

 

 都市を守るための警察が、神聖な武芸を貶める傭兵を雇うなど、一武芸者として看過できることではないのだ。

 

「はぁ、ったくゲルニ、お前は才能もある、実力もそれなりだが、その頭の固さだけはどうにかならないもんかね。めんどくさい案件が楽に片付くんだからいいだろうが」

 

 そういって、本当にめんどくさげにため息を付く上司、課長のフォーメット・ガレン。歯に衣を着せぬ物言いは相変わらずだ。そこは別に嫌いではないし、寧ろ美点とさえ思える。が、それは今回の話とは関係はない。

 

「だからと言ってやつらの金儲けに加担してやることはないでしょう?」

 

「は?全く、考えることがガキだなお前は。そんなのはお前の気にすることじゃねえ。そもそも今回は犯人どものおかげで放浪バスが止まってるからって傭兵どもが名乗り出てきたんだ。剛毅なことに報酬も気持ち程度で良いんだとよ」

 

 そう言って、呆れた目で見つめてくる課長。だが、それでもまだ納得はできず、

 

「しかし、それでも……」

 

「しかしも案山子もねぇよ。それ以上グダグダ言うとメンバーから外すぞ」

 

「……っく」

 

 食い下がろうとするも完封されてしまう。ふと横を見れば苦笑している同僚の先輩の姿が目に入る。現状を、受け入れているのだ。

 傭兵を雇うということはつまり、私たちでは役者不足と思っていると言う事だ。私たちでは勝てないと、私たちでは使命を果たせないと思っている。

 

 つまりは、なめられているのだ。

 信用されていないのだ。

 

 

──このままでいいのか?

 

──そんなわけが無かろう!

 

 都市を守るべき私たちが武芸者の使命を放棄したものに都市を守って貰う訳には行かないのだ。他の皆がそれを良しとしても、私は嫌だ。そんな他人任せな事など、出来るはずがない!

 

 都市を守るのは私たち都市警の役目であり、存在意義だ。

 

 私が、武芸者の使命を、都市を守るんだ!

 

 

「はぁ、そんなに力むなよ。こっちの手に負える内は向こうさんも出張らないし、まあやれるだけやってみろ」

 

 私の決意を感じ取ったのか課長がそんな事を言ってくる。

 

 ああ、やってやるさ。

 誇りを、使命を忘れた武芸者に頼る必要などないと、我々ツェルニの武芸者が見事使命を果たし、都市を守れるということを必ず証明してみせる。

 

「そんじゃ、ミーティングだ。会議室に皆集まれ」

 課長の暢気な声に若干のイラつきを感じながらも私はそれに従い、会議室へと足を向ける。

 どちらにしろ私たちだけで片付ければいい話なのだ。やることは変わらない。信念を持たない傭兵も、そして課長も、ただ見ていればいいさ。

 

 私は再び固く決心し、独り拳を固く握り締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜。

 時刻は既に0時を大きく回り、昼間活気に溢れていた都市は昇り来る次の朝日に備え静かに、安らかに刹那の休息を堪能する。家々の窓に灯る光の数も次第に減っていき、今では僅かに残るそれと街頭がひっそりと都市を照らしているのみ。

 

 静寂に包まれた都市の外来者宿泊区の一角が剣呑な緊張感に包まれていた。

 授業が始まったこの時期、何時もは人気の少ないこの通りで、一つの宿泊施設を完全装備した都市警察が取り囲んでいる。

 

 最前列に立つのは武芸者だ。

 錬金鋼を何時でも抜けるようにと手は常にに剣帯に置かれていて、一触即発の空気が当たりに蔓延している。

 私もその武芸者の中の一人だ。

 初めての対人実戦。

 数はこちらが少し有利。だが、手に持つ錬金鋼は安全装置が付いたもので、相手は真剣。その上相手はある程度場慣れしていると思われる。その盗賊が如き所業から考えて少なくとも此れが初めてではないだろう。

 

 しかし、何を恐れることがあろうか。

 所詮相手は人間だ。一撃を食らわせばそれで倒れる、それで終わる。数も5人のみ。強靭な生命力もなく、恐るべき物量もない。私たちと変わらない人間。ならば私たちが恐れる理由はない。先日の汚染獣襲撃をも乗り切った私たちにとって、今更盗賊5人では恐るるに足らない。

 多少経験があろうと、錬金鋼が殺傷設定であろうと、私たちだけで充分制圧できる戦力のはずだ。

 

 ならば、後は力を示すのみ!

 

 

ドォォォオオーーン!!

 

 宿泊施設の出入り口が爆破によって吹き飛ばされるとともに轟音が当たりに響き渡る。

 緊張が、高まる。

 

 爆煙から2人の人影が転がり出てきた。

 

 とっさに錬金鋼を剣帯から抜き、眉を顰める。

 

 交渉役のツェルニの学生だ。

 哀れ無意味な降伏勧告の役目を言い渡され(押し付けられ)た先輩武芸者である。

 相手が降伏するなど誰一人として微塵も思っていないのにも関わらず、形式的に必要と言う理由で貧乏くじを引かされた先輩らには心から同情する。

 が、ここは既に戦場だ。一瞬の気の緩みが命取りになる。

 集中しろ。気を配れ。私なら、できるはずだ。

 

 先ほどの爆発はおそらく衝剄。先輩らに向かって放たれたものと思われる。出てきたタイミングからしてギリギリでかわしたのだろうが、その割にはなぜか先輩らはボロボロでとても満足に戦える状態ではない。

 

 宿泊施設の入り口はまだ爆煙がもうもうと立ち込めており中の様子が……

 

──っ!

 

 理由はない。ただ突如背中を走る悪寒に反射的に身をよじり……襲い来る激痛に呼吸が止まる。

 

 切られた、そう自覚する間もなく、衝撃で吹き飛ばされ、壁に叩き付けられる。

 

 体が、寒い。

 まるで熱が体から流れ出ていくかのように、休息に冷えていく。

 

 頭が揺れる。思考が定まらない。

 それでも懸命に目を開け、立ち上がり錬金鋼を構えようとして気付いた。

 

 視界が、赤い。

 

 血だ。

 

 私の血が肩口からドクドクと流れ出ていく。それに伴い体も急速に冷めていき、呼吸も満足にできない。活剄で止血を試みるも、剄すら上手く練れない状態だ。

 

 死。

 

 手足が動かない。切られた右腕だけではなく、四肢が凍りついたかのように言うことを聞かない。

 情けない!死がすこし脳裏を過ぎっただけで、この様だ!

 

 眼前には迫り来る凶刃がはっきりと映し出され、それがスローモーションのようにゆっくりと近づいてくる。今から動き出しても充分間に合う速度だ。なのに、腕はおろか足すらも動かない。

 

 死。

 

 僅かばかりそれに触れただけで、私はこんなにも弱くなるのか。

 いや、弱いのは元から、なのか。

 

 ははっ、無様だなぁ。

 本当に、無様だ。

 

 あれだけ豪語したのに、自分の力で都市を守るなどとのたまったくせに、

 こんなにもあっさり、呆気なく、錬金鋼を合わせるどころか向けることすら許されずに殺される。

 

 眼前の刃は尚もゆっくりとだが着実に私の首を刈る軌道を描き、私にはもはや抗う術すらない。

 

 全く持って、滑稽なものだ。

 何が都市を守るだ。何が使命を果たすだ。私には何も出来ないじゃないか。

 

 

 

 なんと、愚かなのだろうか。

 

 誇りもあり、信念もあれば必ず勝てるなどと思っていた私はなんと滑稽なのだろう。

 大儀を掲げ、使命を心に刻めば神が導いてくれると信じていた私はなんと幼稚なのだろう。

 

 誇りも、信念も、使命もなんの役にも立たないかったと言うのに、それを盲信していた私はなんと愚かなのだろう。

 

 そんな事を思うと、何だか思考がすっきりした気がする。

 まるで閉じ込められていた何かが解き放たれたかのように、頭の中に掛かっていたモザイクがはがれたかのように。

 

 ああ、今ならば何となくだが、理解る。

 

 何故誇りを持たぬ者が居るのか、

 何故課長傭兵を雇うのか、

 何故レイフォンがあんなにもやる気がないのか、

 

 最後のは理由はないが、何となく通じる物があるような気がする。

 そうだ、ということにしよう。

 どの道もう、確かめる術はないのだから。

 

 

 凶刃はもう私に到達する寸前だ。

 このまま些かの抵抗も無く私の首が切り裂かれるのだろう。

 到達するまでは随分とゆっくりだったが、切る最中もそのままだろうか。

 それは、嫌だなぁ……

 

 結局女の子らしいことは何一つ出来なかったなぁ。

 

 今じゃ、もうそれだけが心残りだ。

 

 

 視界が、霞む。

 

 どうやらもう、限界みたいだ。

 

 正直自分が切られる様を見なくてもすむのは正直嬉しい。

 

 

 ミィ、メイ、レイフォン、エド、……さよならだ。

 

 

 

 やがて視界が白く染まっていき、薄れいく意識の中最後に見たのは迫る刃に割り込む何かで……

 

 

 

 

 この日から、私は神様を信じるのをやめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「たくっ、こんなあっさりやられるなんて近頃の若いのは情けねえなぁ」

 

 そう独り言を漏らしつつ男は今正に少女の首を刈り取ろうとした剣を自らの剣で持って弾く。本来彼は自分たちをただの保険ぐらいにしか思っていなかった。

 盗賊5人に対する都市警察の戦力11人。盗賊にも然程手ごわそうな者はおらず、問題なく制圧され、自分たちの出る幕は無いと思っていた。が、その予想は見事に裏切られたのだ。

 

「そう言うこと言わないの。学園都市なんて何処もこんなものでしょ?レイフォンみたいなのがうじゃうじゃ居るよりは全然良いじゃない」

 

 男の独り言に返事が返る。対峙している盗賊ではない。

 声がする方を向いてみれば、少し離れた所で輝くような金髪を腰の少し上まで伸ばした美女が此方を向いていた。仲間の1人であり、剄によって強化された五感で姿はくっきり見えるし声もはっきり聞こえる。彼女の足元には気絶した盗賊が転がっており、どうやら自分の持ち受けを終らせて暇しているらしい。

 すぐに終らせるからだ、と思うが、確かに眼前の盗賊程度では彼は到底楽しめない。故にしょうがないか、と思い直し相手をすることにした。眼前の盗賊も相手にしつつ、だ。

 

「あんな化けもんが早々いてたまるかよっ!」

 

 旋剄によって速度を上乗せされた盗賊の剣を半身をずらす事でかわし、すれ違いざまに鳩尾に拳をめり込ませる。

 

「ふふっ、確か似そうね。あれは特別を通り越して異常の領域だものね」

 

 バランスを崩し地面に突っ込んだ盗賊が立ち上がるの棒立ちで待つ。が、盗賊はなた状態で衝剄を放ってきた。不意打ちのためか、剄の練りが甘く、剄を纏った剣を無造作に振り、剣圧で衝剄を散らす。

 

「そうだな。にしても此処のガキどもは温過ぎねぇか?奇襲とは言えこんな雑魚にぼろくそなんてよぉ」

 

 衝剄に隠れ接近してきていた盗賊の剣を返す剣で弾き、壁に蹴り飛ばす。

 

「そうかしら?出入り口を派手に壊して学生を放り出して注意を引き付け、殺剄で上から奇襲なんと悪くない作戦だとは思うわよ。全員が全員気付けないのはどうかと思ったけどね」

 

 盗賊はダメージが深刻なのか、尻餅をついたまま起き上がることが出来ない。男は一歩一歩盗賊へと歩いていき、剣を振りかぶった。瞬間、盗賊が男へと剣を突き出し、

 

──外力系衝剄の変化 轟剣

 

 剄で形成された刃が男へと迫る。

 

 が、男はそれを一瞥もせず、剣を振り切った。

 

 キンッと金属同士がぶつかる音がして、盗賊の剣がその手から叩き落とされた。

 

「だから温いって言ってんだよ。この程度の奇襲、力づくで破れなくてどうすんだ」

 

 そう呟きながら剣を待機状態の錬金鋼に戻し剣帯にしまう。

 

 

 その呟きに顔をしかめているツェルニの学生たちを気にも留めずに……




補足
・ミーティングから作戦開始まで2日ぐらい時間またいています。
・盗賊さんの強さですが、原作レイフォンが手だれとか言っていた割には、ツェルニの学生が緊張してなければ勝てる的な描写があって良く分からなかったので勝手に作者の想像で決めました。
・傭兵さんは恐らくもう出番が無いので名前がありません。


今回はまあ言わば閑話ですね。
大してストーリーの大筋に影響の無い話です。

ただナルキがダークサイドに堕ちるだけですから!

次は誰を堕とそうかな(オイ






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第十六話

夜、レイフォンは部屋で独り机の前に座って本とにらめっこをしていた。

 勿論勉強をしている訳ではない。

 そもそも自宅で勉強するほど勤勉なわけでもないし、また予習復習が必要なほど成績は悪くない。

 

 

 レイフォンは武芸者だ。それも凄腕の、世界中を見渡しても早々見かけることが無いほどに凄腕の武芸者なのだ。

 彼は音速をも超える速度で動き回りながらも、周りの情報を逸早く収集し、分析し、的確に次の行動につなぐことが出来る。

 それほどの高速処理を可能とする彼が授業内容に着いていけないはずが無いのである。

 

 武芸者と言うのはつくづくチートな生き物である。

 

 だから彼が手に持っている本と言うより、ノートは勉学で使うものでは無い。そもそもその特殊な文字からして恐らくツェルニで読めるものは彼以外には居ない。

 

 そのノートの表紙には汚いミミズの這ったような字で『予言の書』と書かれていた。

 

 

 

「うるっせぇなあ、一瞬で終るだろうに何を一々長引かせてるんだか」

 

 レイフォンは不機嫌だった。その顔は眠たそうで目からは既に生気が抜け落ちている。尤も生気が感じられないのはいつもの事であるが、今は何時にもまして、だ。

 彼は今、その不機嫌で眠たそうな顔で届きもしない相手に悪態をついているのである。

 

 

 

 原因は都市の端っこの方で現在進行形で起きている戦闘にある。

 夜部屋で寝ていたら、一般人でも聞き取れるほどの轟音が静寂に包まれていた都市に響いたのだ。武芸者である彼は条件反射で目を覚まし、これまた条件反射で活剄によって聴力を強化して現状の確認に勤しんだ。10年以上戦場に身を置いてきた彼は何も意識することなく、一瞬で状況を把握し、臨戦状態だった自らの気力を萎えさせた。

 何のことは無い、何時もよりちょっと派手ではあるが都市警のドンパチである。彼に影響が及ぶことがあるはずも無く、またトニーらの気配も戦場に感じられるため事態が悪化することも無い。

 戦闘に備えて錬金鋼を何時でも復元できるよう、手に取っていたと言うのに拍子抜けも良い所である。

 

 そして場面は最初に戻り、レイフォンは予言の書と題されたノートの1ページを見つめていた。

 

「とすると、今のがデータチップ事件で、もう直ぐカリアンに呼ばれるのか……」

 

 そのノートを見つめながら彼は核心めいたように呟く。

 

 ノートには箇条書きで色々と書かれており、レイフォンが見ている部分を挙げると

 

・幼性体襲撃後の小隊戦で17小隊が14小隊か何処かに敗れる

・ツェルニから情報を盗んだ盗賊を都市警察と共に捕まえる

・カリアンに呼ばれて老生体へと脱皮する直前の汚染獣の写真を見せられる

・複合錬金鋼を貰う

・単身老生体へ挑むためランドローラーに乗り込んで1日離れたところへ行く

・汚染獣が脱皮すると共にツェルニが反転、全力で逃げる

・何故かニーナとシャーニッドが来る(なんでカリアンたち止めないのさ?

・集中が削がれて複合錬金鋼が壊れかける

・ニーナの囮作戦で勝利

 

 

 等と書いてある。途中でツッコミが入っているが、どちらにしろ今となっては関係のないことだ。

 

 今のレイフォンはこの『予言の書』に書かれているレイフォンとは出自は兎も角中身は全くの別物であり、彼はは17小隊に入っていないのだから、ニーナ・アントークとシャーニッド・エリプトンが彼の援護に行くことは無い。

 

 もはやこの世界は彼の知っている物語とは別の流れを辿り始めている。予言の書に書かれている事が全て宛になるわけではない。

 書かれているのはレイフォンが物語り通りに行動したときの起こりうる事象と結果。其処から未来を予想することも出来なくは無いがやはり信憑性は大きく下がる。

 せいぜい参考にする程度が丁度いいのだろう。

 

 それでも老生体と遭遇することは確実だ。

 

 個人がどう足掻こうと世界の、それも人間の社会に関わらない物の流れが変わることは早々起こらない。

 

 事実予言の書に書いてある通りに幼性体の襲撃が有ったのだ。

 レイフォンがちょっと違う行動を取っただけで、老生体は何処か他所へ行ってくれるなんて事が起こるはずがない。

 

「くくっ、久々に楽しめそうだな」

 

 尤も彼にはそもそも老生体を何処かへ行かせようという気は無いらしい。

 寧ろ口角を吊り上げ、あさっての方を向き、老性体と戦うことに思いを馳せているようだ。

 

 

 

 静かな部屋でレイフォンの不気味な笑い声だけが響いていた。

 

 

 

 

 

 

 翌日

 カーテンの隙間から差し込む朝日に照らされ、自然に目が覚めるレイフォン。

 

 もう既に三代目と為っている目覚まし時計を見れば、まだ7時を少し過ぎたあたり。授業開始が9時のため時間にはたっぷりと余裕がある。寧ろ有り過ぎる。

 二度寝をしようと布団を被ってみるが、本格的に意識が覚醒したらしく、どうにも寝付けない。体が動きたくてうずうずしている。

 

 久々に全力を出せる機会が来るのだと、体が歓喜している。

 

 思えば彼は我慢の連続だった。

 充足感を感じられる戦場には一度も出会えてない。

 

 幼性体では話にならない。

 雌性体も一撃ですり潰した。

 

 武芸科の授業など、そもそも論外。全力を出す所か剄をまともに練ることすら躊躇われるほどの低レベルな組み手。

 勝ったり負けたりしているが、武芸者以前の未熟者相手にどう満足しろと言うのか。寧ろ手加減具合を調節するのに無駄にストレスが溜まる。

 勝ち誇る相手の顔面を爆砕したい衝動を我慢し続けるのは意外と神経を削るのだ。

 

 傭兵時代はまだマシだった。

 偶に出会う汚染獣は雄性体でありながらも、それなりに楽しめた。

 都市戦では多少相手になる者も居た。

 それでも本当に満足出来る戦場だったかと問われれば微妙だが、少なくとも未熟者のママゴトに付き合う必要は無かった。(尤も彼は武芸科の授業に出た回数はそれこそ片手で数えられるほどなのだが)

 

 今ならば分かる。

 グレンダンが武芸者の聖地と言われる由縁が。

 安い賃金なのに出て行く武芸者が殆どいない理由が。

 天剣のバケモノ共が惹かれるように集まる訳が。

 

 自らの力を十全に振る得る場。

 

 簡単そうに思えるがその実、武芸者にとっては限りなく得がたい物なのだ。特にレイフォンのような武芸者の中でも突出した者にとってはそれこそ天国なのだろう。

 

 だから、彼はグレンダンを嫌いながらも、どこか未練を覚えていた。グレンダンを出たことを後悔していた。外の世界にはお金はそれこそ腐るほど有ったが、満足できる戦場には終ぞ巡り会えなかったのだから。

 

 だが、その未練からももう直ぐ開放されるのだ。

 

 老生体

 

 繁殖行為を放棄し、ただただ戦闘力だけを追い求める汚染獣。

 その力は強大で、一般の都市ではまず太刀打ちできない。

 脱皮を繰り返す毎に更に強力に為っていき、老生2期からは個体毎に特殊な能力を得ることもある。が、例え老生1期でも一般的な都市を少なくとも半壊には追い込める。

 質量兵器、剄羅砲等を使っての、運が良くて半壊だ。そこら辺の武芸者では束になった所で塵芥と大して変わらない。それほどまでに強大で規格外な存在なのだ。

 尤も繁殖行為に自らの命を犠牲にするほどの執着を見せる汚染獣が、その繁殖を捨ててまで手に入れた力なのだから妥当といえるかもしれないが、それはどうでもいいだろう。

 

 レイフォンにとって大事な事は老生体は強い。それだけだ。

 

 それに、17小隊に入っている訳でもない為、老生体との戦いに邪魔が入ることもない。思う存分に老生体との死合を楽しめるのだ。

 

 

 

「カリアン、早く呼んでくんないかなぁ~」

 

 都市の危機を待ちきれないレイフォンは鼻歌を歌いながら部屋を出て行くのだった。

 

 軽快なリズムを刻み、今にも踊りだしそうなほどにウキウキしている彼を知り合いたちは本気で病気を心配していたとか……

 

 

 彼は今夜興奮で眠れないかもしれない。

 

 

 

 

 が、レイフォンの期待とは裏腹にその日は何も変わったことも無く普通に過ぎて行った。エドやミィフィに心配されたり、ナルキが休んだため心配するフリをしたりしていたが、そんなことは今の彼にはどうでも良かった。

 

 その日、彼は興奮で目が冴えてしまい、日が昇るまで寝付くことは無く、次の日の学校は順当にサボった。

 

 

 

 

 

 

「ハァ……、まだこねぇのかよ」

 

 

 

 サボった日も、その次の日も、その次の次の日も、レイフォンには何も知らせは無かった。

 

 最初はまだ発見されていないだけと思っていた。が、一週間も経つと興奮の熱も冷め始めてくる。

 都市警のドンパチから、もう直ぐ2週間だ。だが、知らせは一向にやって来ない。ここまで来ればもはや諦めも着いてくるという物だ。

 何がどう影響したかは知らないが、レイフォンの行動のせいで老生体鉢合わせコースからツェルニが逸れたのだろう。

 レイフォンはどんよりした気分で頬杖を付きながら自室の窓から空を眺め、ため息を着いていた。

 興奮などとっくの昔に抜けきり、残ったのは透かしを食らった何とも言えない虚無感と、体にしこりのように残る熱の燃えカス。

 ……ぷすっぷす、と未だに燻り続けている。不完全燃焼なのだ。

 此処最近はずっとこの調子だった。

 溜めた力の使いどころが突然無くなってしまい、それでも開放を求めてさまよい続けている。

 毎晩、都市外延部にて剄をぶっ放して少しは落ち着いているが、フラストレーションは溜まり続けるばかり。

 今彼が武芸科の授業に出てしまえば、万が一ではあるが、手加減を間違えてしまう恐れがあるほどに……

 彼は一週間ほどの間ずっと悶々としていたのである。

 

 

 

 

 今日は小隊戦の日で休日だ。ナルキも怪我が完治し学校に復帰した。今日は小隊戦を見に行こうとも誘われたがどうにも気分が乗らなかったため断った。

 何しろ今の欲求不満状態のレイフォンが小隊戦を見ても余計にフラストレーションを溜めるだけなのだから。(いろんな意味で)

 ともかく、彼にとっては小隊戦などどうでもいい些事なのだ。

 

 

 一体何が老生体との遭遇に影響したのだろうか?

 

 そんなことばかりがレイフォンの頭に過ぎっては消えていく。

 後に残るものは未練ばかりで……

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ……

 

 

 

 唐突に都市が横に揺れた。

 その後も真逆の方向へと全力疾走しているのを感じる。

 

 どういう事だ?とレイフォンが考えていると念威端子が近づいてきた。

 

「レイフォン君!」

 

 其処から聞こえるのは、焦燥に駆られたカリアンの声。

 レイフォンの中で疑問が期待へと変わった。

 

「レイフォン君、巨大な汚染獣が都市へと迫ってきているのを妹が確認した。討伐を頼みたい」

 

 期待が歓喜へと変わり、そこへ再び疑問が蘇って来る。

 

「それで、さっきの都震ですか。所で幾らなんでも発見が遅くは無いですか?」

 

 少々不自然な問いではあるが、汚染獣、恐らく老生体が迫っているのだ。言葉を選んでいられるほどの時間は無いのだろう。だが、それでも疑問は解決したい。

 戦場に迷いを持ち込むのは避けるべきだし、何よりも気になるのだ。

 それに、此れぐらいなら相手が何とでも勝手に解釈してくれる。

 

「それが、私としても都市外を警戒すべきとは思ったんだけどね……、恥ずかしい限りだが、予算に余裕が無くてね」

 

 予算が無い。

 物語の中ではそんなことは無かったはずだ。

 

 ならば、何故か?

 

 

 

 

(俺の一週間の悩みはなんだったんだあああああああああああああ!!!)

 

 

 

 身から出た錆である。




感想ください。
どんどん下さい。
お願いします。


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第十七話

あけまして、おめでとうございます。
今年も頑張って書きますので読んでやってくださいね!


「はぁ……」

 

 心中で叫びながら深いため息を一つ、つく。

 それで気持ちを切り替えたのか落ち着きを取り戻したレイフォンは何時ものやる気の無い声で言葉を紡いだ。

 

「そんで、報酬は出せるのか?」

 

 どうやら、未だ懲りていないらしい。

 ツェルニの財政など知った事かと言わんばかりの態度で悪魔の契約を取り付けようとする。

 

「こちらは予算が無いと言ってるのに、全く鬼だね君は」

 

「俺は働くのが大っ嫌いでな、ましてただ働きなんぞ死んでも御免だ」

 

「それでもこれから未来へ羽ばたく若き雛たちを守るために一肌脱ぐくらいはしても良いんじゃないかね?」

 

「ようは安くしろってことだろ、もっとストレートに言わねぇと伝わらんぞ?」

 

「ツェルニのために一回ぐらいはボランティア精神でサービスすべきだとは思わないかい?」

 

 レイフォンが今まで貰ってきた、──と言うよりは奪い取ってきたと言ったほうが妥当な報酬からすれば、一回位無料で働いても一般人的には充分に破格なのだが、彼はそれを良しとはしない。

 

「馬鹿言え、何処の誰が命懸けのボランティアなんぞするかよ」

 

「はは、君の場合命が懸かって無くてもしそうにないと思うがね。──っと、時間が無くなって来たようだ。そろそろ本題に入ろう。……レイフォン君、汚染獣討伐の長期契約を結んで欲しい」

 

 カリアンの態度の変化と言われた内容に、レイフォンは沈黙で返す。

 将来起こりうる展開と損得について考えているのだ。

 最早一生遊んで暮らせるだけの貯蓄があるというのに、何処までもがめついやつである。

 

「……年、10億だ。時間も無いようだからな、交渉は受け付けん。これが最安値だ」

 

「ハァ、分かっていたが、聞いただけでも頭痛がするよ。…………いいでしょう、お金は後で用意させます」

 

 10億と言う金額はツェルニからすればポンッと出せるような額ではない。だがしかし、映像越しとは言え迫り来る汚染獣の姿をカリアンは見てしまったのだ。

 先日襲ってきた汚染獣が何故幼性体と呼ばれているのか、それを否が応にも理解させられた。今特急で飛んできているアレに比べれば確かに先日の汚染獣は幼子としか言いようがない。だが、その幼稚な汚染獣にすらツェルニは滅ぼされかけたのだ。

 それを回避するために、4億。最善だったと思っているわけではない。このまま続けばいずれ限界が来るのも分かっている。だが、生徒の、都市の命が金で買えるのならば安い物ではないだろうか。

 

 何故かは分からないが、ツェルニは立て続けに汚染獣に遭遇している。これが偶然ならば問題ないが、もし何か理由があるとするなら……、もしこれからも襲われることがあるのなら……

 

「はぁ……………」

 

 深く、深くため息を吐き、背に腹は代えられないと仕方なしに納得するカリアン。何時もの余裕は無く、その声音を聞いただけでも彼が頭を抱える様がありありと脳裏に思い浮かぶ。

 

「お前も大変だな。それで、汚染獣の映像出せるか?」

 

 レイフォンが言い終わったときにはもう彼の目の前の空間に汚染獣からの生中継が投影されていた。

 都市から遠く離れた地点の映像をリアルタイムに、しかもこれほど鮮明に映し出す。こんな事が出来る念威操者は世界中を探し回ってもそうは見つからないだろう。ここツェルニでは唯1人しかいない。カリアンの妹、フェリだ。

 気を利かせているのかそれともめんどくさいのか会話にこそ参加しないが、仕事は完璧にこなしているあたり、さすがは天剣に並ぶ才能を持つだけはある。

 

 「今レイフォン君のところに此方の手元と同じ映像が映し出されたはずだ。武芸の事は良く分からないから単刀直入に聞くが、……勝ち目はあるかね?」

 

 尋ねる声には縋るような響きが混じっていた。

 

 空間に映し出されたのは空飛ぶ汚染獣の姿。映像ゆえに具体的な大きさまでは測りかねるが、下を高速で通り抜ける荒廃した風景に混じる小山等から、その体躯が尋常ではないほど巨大であることが伺える。映像越しでも伝る威圧感に空気が震える。先日の幼性体がゴミに思えるほどの迫力である。

 それがツェルニへ一直線に迫ってくるのだ。

 カリアンらからすれば悪夢にも等しい光景だろう。事実彼はレイフォンの返答を何ら音を発せず押し黙り、待っている。彼にとって見ればレイフォンの否は即ちツェルニ、ひいては自分への死刑宣告その物なのだから。

 

「くくく……、随分と心細そうじゃねえか。あのクール眼鏡がここまでなるとは思わなかった。まあ、心配すんな。報酬分はキチンと働いてやるからよ」

 

「そう言ってくれると心強いよ。他には何か必要かい?小隊員に召集を掛ける用意は出来ているが」

 

「召集なんて間違っても掛けんじゃねぇぞ。戦力どころか足手まといにしかならん。生きた囮に使って良いなら使うがな」

 

「はあ、本来ならば君に頼らず、彼らに経験を積んでもらわねば学園都市としての意義に反するんだが……。流石に今回は、ね」

 

 カリアンとしては悔しい限りなのだろう。言葉の端々に悔しさと遣り切れなさが滲んでいた。

 尤も周囲に居る者に言い聞かせる意味もあるのだろうが。

 

「まぁ、そう悲観するな。あれは老生体って言ってな単体で普通の都市を滅ぼせるような化け物だ。アレ相手に経験積んだ所で大して役には立たんよ。」

 

「ははっ、まさか悩みの種の君から慰めの言葉が聞けるとは思わなかったよ」

 

 レイフォンの言葉が余程予想外だったのかカリアンから笑みが零れる。そこには強がりも含まれるのだろうが、レイフォンの言葉を受けて余裕が生まれたことが一番の要因だろう。

 

 そんなツェルニの存亡の危機だというのに、まるで世間話をしている様な朗らかな空気が漂う中、感情のない寧ろ蔑む様な冷たい声が響いた。

 

「汚染獣の到達まで後2時間と18分です。男同士気持ち悪く微笑み合ってないでやることをやって下さい」

 

 言葉には多分に毒が含まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「避難訓練?なんで急に?ねぇねぇ、ナッキは何か聞いてないの?」

 

 レイフォンと細かい作戦の打ち合わせが終った後、カリアンはすぐさまツェルニ全域へと汚染獣の襲撃を想定した緊急の避難訓練を発令した。汚染獣襲撃を想定したものであるため、訓練への参加は強制であり、それ故に都市民からは困惑の声が上がる。

 

 

「私も何も分からないんだ。と言うか避難訓練のこと知ったのも今さっきだし、このまま配置に着けとのお達しだ」

 

 

 都市民からすれば、急すぎるのだ。

 それもそうだろう。何しろ計画された物ではなく、突発的に決定されたのだから。尤も汚染獣の襲撃にしても突発的に発生するものであるため、かろうじて言い訳は通るのだが。

 

 

「それホント!? 幾ら汚染獣想定してたって、流石にこのタイミングは急すぎるわ! これはきっと何か裏があるわよ! 私のジャーナリスト魂がそう言ってるわ!! 」

 

 それでも、不自然である事に変わりはない。

 本当ならば、今日は小隊戦が予定されていた日なのだ。荒廃した世界を単独で彷徨う都市において、小隊戦は数少ない娯楽の一つである。ツェルニに住む者の大半が楽しみにしているのだ。

 

 何故、わざわざそれを取りやめてまで避難訓練なんぞを行うのか。

 疑問に思うことは別段おかしな事ではなく、寧ろ自然なことである。

 

「ま、また危ないこと、起こるの?」

 

「大丈夫さ。ミィたちを守るのが私たちの、……仕事、だからな。だから心配ないよ」

 

 怯えるメィシェンを安心させようと励ますナルキだが、その目には迷いがあった。

 先日のデータチップ強盗事件を思い出したのである。

 

 何も、出来なかった。

 

 自分たちの力だけで都市を守ってみせるなどと大言壮語をはいたと言うのに、賊を相手に手も足も出なかった。動くことも出来ず、ただ迫る凶刃を眺めることしか出来なかった。

 危機が迫ってきたとき、そんな自分が果たして本当にメィを、都市を守れるのだろうか。

 そんな疑問がナルキに言葉を詰まらせる。が、それでも、言い切った。

 

 心細そうにしているメィシェンにこれ以上心配はかけまいと、自らを叱咤して言い切った。

 メィシェンはそんな彼女の迷いには気付けず、それがまた罪悪感とり彼女を締め付ける。

 

「……それじゃ、私はもう行くよ。メィたちも気をつけて行くんだぞ」

 

 まるで、嘘をついた様な、そんな居た堪れなさに苛まれ、逃げるようにとナルキは跳んだ。

 近くの建物の屋上に上がり、そのまま消えていく。

 

 

 

 

──生徒会の意図を誰も理解できず、だがそれでも権力には逆らえない。しぶしぶ、と言った形で学生たちはシェルターへと向かう。

 

 

「ぐ、ぐふふふふ……、これはビッグニュースよ!これを記事に出来たら週刊ルックンでもきっと大きく取り立てられる!今までは1ページしか貰えず目立たないような記事しか書かせてもらえなかったけど、これを掴めば表紙を飾るのも夢じゃないはずよ!これはきっと神様がくれたチャンスなんだわ!──そうと決まればこうしちゃ居られない!メィっち行くわよ!まずはエドロンとレイフォン捕まえて、みんなで今回の事件を暴くのよ!!」

 

 

 

 

 向かう……筈だ。




予算の話で感想にて良くご意見などを頂いたりしていますが、一応ここで釈明というか作者の脳内設定を

レイフォンの報酬はツェルニの防衛予算から出ています。そこで16話で登場した、というか登場できなかった探査機も制作費は防衛予算から出ていると言う設定です。つまり防衛予算は中々ピンチなわけです。
他の予算はきっとまだ大丈夫です。
今は大丈夫なはずです。
これからどうなるかは分かりませんが




どうでもいい話をしようと思います。


先日16話を投稿した後、この作品がなんと日間ランキングで1位に輝きました!!
おめでとう歯並び!
お前ならいつか取れると思っていたよ!

きっとほとんど誰も知らなかっただろうから言ってみた。


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第十八話

皆様、お久しぶりです。
結構長い間更新をサボっていて申し訳ないです。

こんな作者ですが、見限らずにこれからも読んでくれると嬉しいです。
マジで読んでやって下さいお願いします。





 人気のない静まったツェルニの商店街。所狭しと並ぶ店は全て閉じられており、広めにとられた道路には所々紙くずが落ちているのみ。常日頃の学生たちで賑わう姿を知らない者が見ても、一抹の寂しさを覚えずにはいられないだろう。

 

 その通りの端をコソコソと移動する2人の学生がいた。

 

「くそ~、レイフォンはまた連絡つかないし、エドロンったらシェルターから出て来れないなんて、この裏切り者め!こうなったら私たちだけで真実を突き止めて、悔しがらせてやるわ!いくわよ、メィッち」

 

「ミィちゃん、……もうやめようよ。エドくんも来ないし、私もなんだか怖いよ……。シェルターに行こ?」

 

「なに言ってるのよ。特大スクープ撮って、あの頼りない男どもに目に物見せてやるんだから!それに、大丈夫よ。どうせ訓練なんだから何も起きないわよ」

 

 ミィフィとメイシェンだ。目立たないように道の端を移動しているが、ミィフィの声が大きいため、あまり意味がない。

 だがそれでも2人が誰かに見つかることは無かった。今回の事件の顛末をしる生徒会には都市内をくまなく捜索をするほどの余裕が肉体的にも、精神的にも無かったからだろう。

 

 だから、幸か不幸か2人はそれを見つけてしまった。

 

 

「ミ、ミィちゃん……あ、あれ何?」

 

 最初に見つけたのはメィシェンだった。

 それを見つけたのは唯の偶然か、それとも遠くからでもそれが発するプレッシャーを感じ取ったゆえの必然か。ともかく、周囲に並び立つ建物の隙間からたまたまそれが見えてしまったのである。

 

 それが何なのか。

 そんなことはこの世界に住むものならば誰でも分かる。

 それでもメィシェンが聞いたのは現実を受け入れたくなかったからなのだろう。何も見えないよ、目の錯覚だよとミィフィに否定して欲しくて、そんな一縷の望みに縋りながらも、尋ねるメィシェンの声は震えていた。

 

「ん?どれどれ……。ちょっと、な、何よ……あれ……。」

 

 そしてメィシェンの言葉を受けて、彼女の見てる方へと振り向いたミィフィも見つけてしまった。

 

 其れはさながら御伽話ドラゴンのようだった。

 長い胴体をくねらせ、背中に生える3対6枚の虫のような翅で一直線に此方へと飛んでくる。

 距離が遠いため、大きさが今一分からないが、それでもハッキリと姿形を認識できるまでには近づいて来ている。

 

──汚染獣

 

 その単語に脳が至る。瞬間、ミィフィの体が震えた。

 人類の敵、汚染獣。

 謎に包まれた生命体だ。

 それがどうして生まれたのか、なぜ人を襲うのかは未だ解明されていない。

 

 分かっていることは、汚染獣は人間が触れただけで死に至る汚染物質を糧に生きていること、恐ろしいく繁殖能力が高いこと、……そして、都市を滅ぼせることだ。

 

 唇が震えて声がでない。

 足が震えて満足に動けない。

 

 恐怖に支配される中、それでもミィフィは懸命に首にヒモで掛けられたカメラを震える手で取り、ピントを合わせ、震える指でシャッターボタンを──押した。

 

 

 ドン!ドン!!ドン!!!ドン!!!!

 

 突然耳をつんさぐ爆音が断続的に響く。

 ミィフィたちはたまらず耳を押さえ、瞬間、閃光が走り、視界が真っ白に染め上げられた。

 事態は尚も止まらず、都市が小刻みに揺れ動き、突風が吹きぬける。

 

 ミィフィたち等知ったことかと次から次へと動く事態。それを何とか確認しようと、ミィフィは懸命に目を開けようとするが、

 

 

 

 轟!!!!

 

 

 先ほどよりも更に大きな轟音が響き、そして叩きつけるような衝撃に襲われてミィフィとメィシェンは意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 汚染物質に満たされた外の世界。荒廃した大地に吹き荒れる砂塵も届かぬ遥か上空にて、レイフォンは眼下のツェルニへと真っ直ぐに迫り来る老生体を見ていた。

 その身には黒い都市外戦用装備を纏い、左手には更に復元された手袋型錬金鋼、顔はヘルメットで隠されている。故に外からでは彼の表情は見て取れないだろう。しかし、それでも近くに誰かが居たなら、その身から発する喜色を何ら間違いなく感じ取ることが出来ただろう。

 

 レイフォンは歓喜していた。いや、むしろ狂喜と言うべきだろう。頭部が隠されているため、その表情をしかと見て取れるものはフェリしかいないが、その無感情を体現したようなフェリを以ってしてもはっきりと難色を示すほどの笑みを浮かべていた。

 それは獰猛な笑みだった。瞳は鋭利な眼光を宿しながらも爛々と輝き、口は半開きで気持ち悪いほどに釣り上がっている。まるで獲物を仕留めうる核心を得た猛禽類のような、そんな狂気を感じさせる。グレンダンに居た者がこれを見れば、即座にサヴァリスを思い浮かばせるだろう、戦闘狂の笑みだった。

 

「ククッ、とうとう来たか……」

 

 興奮ゆえか、レイフォンから独り言が漏れる。

 数年ぶりに見る老生体。

 全長数百メイルは優に有るだろう巨体と鋭利なフォルムの頭部はかつて前世にて語り継がれてきた空想上の生き物、東洋龍を思わせる。

 ただ眺めているだけでもビリビリとしたプレッシャーが感じられ、またそれが心地いい。

 

 こんなにも心躍る戦場は久しぶりだ、と心中で独りごち、少しだけグレンダンに居た頃に思いを馳せる。かつての故郷で渡り歩いた幾多の戦場は、今でも全て鮮明に思い出すことができる。最後まで好きにはなれなかった都市ではあったが、それでもこの身に宿る闘争本能だけは満たしてくれた。幼少時の初陣も、初めて雄性体を殺したときも、初めて武芸者の死を眼にした時も……。グレンダンの戦場では常に死が身近に感じられた。其れは天剣になってからも変わらない。だから、何時までも変わらないのだと思っていた。グレンダンを出てからも変わらないのだと、そう思っていた。

 何時からだろうか、戦闘に感じる興奮が減っていくと気付いたのは……

 何時からだろうか、戦うことに飢え始めたのは……

 何時からだろうか、満足に力が振るえない現状に渇きを覚えたのは……

 傭兵になり、戦場を荒らして周り、それでも飢えと渇き癒えてくれはしない。返上した天剣はもう手元に戻ることはなく、残るはもどかしさと後悔。

 

 だからこそ、ツェルニに来たのだ。

 別に物語にそこまで興味が有った訳ではない。世界に命運にしても自分が居なくても何とかなるだろうと思っている。英雄願望もさらさらない。

 求めているのは、ただ満足できる戦場だけだ。

 この飢えを、渇きを癒してくれる戦場のみを求めて物語の表舞台まで出張ってきたのだ。

 

 そして、その戦場が今目の前にある。

 

 

 

 老生体はまさにレイフォンの真下を通過しようとする瞬間───轟音が響いた。

 

 ツェルニから剄羅砲が発射された音だ。

 本来ならば、ツェルニの武芸者が100人で剄を籠めなくては使えないような使い勝手の悪い兵器。ツェルニで直ぐに使える状態だった2台と、レイフォンの放浪バスに備え付けてあった2台、その4台に限界ギリギリまでレイフォンが剄をこめただ。それら全てが発射されたのである。

 

 念威操者であるフェリの緻密な計算により、発射された剄弾は狙いあまたず、汚染獣に着弾する。閃光が弾け視界が一瞬だけ染まり、衝撃が四方に拡散し眼下の砂塵が汚染獣を中心に花を描く。

 

 URrAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA

 老生体は苦悶の叫びを上げた。

 がしかし、深刻なダメージには至らなかったようで眼に怒りを灯して一層速度を上げてツェルニへと迫る。

 

 やはり、そうこなくては。

 

 剄羅砲による砲撃。幼生体ならば塵も残さず消し飛ぶ。雄性体でも致命傷だっただろう。

 さすがは老生体である。所々鱗が剥げ、血を垂れ流しているが、それだけだ。致命傷どころか飛行能力にすら異常が見られない。寧ろ速度が上がっているぐらいである。

 

 予想していたことでは有ったが、現実として改めて確認すれば感動すらもこみ上げてくる。

 不意に懐かしさが込み上げて来て、口から零れた。

 

「……ただいま」

 

 そんな、この場には全くそぐわない言葉。聞くものからすれば狂人のそれとしか取れないだろう。でも、だからこそ自分には相応しい。

───俺は、バケモノだったんだな

 この世界に生を受けて15年、自分の言葉をうけて、心からレイフォンはそう思った。

 

 そして、レイフォンは動く。

 

「レストレーション」

 

 起動言語を唱え、右手に持った錬金鋼を復元。手には自動的に白金に輝く手袋が装着される。

 千にも及ぶ鋼糸を全方位へと伸ばし、化錬剄の伏剄の要領で剄を鋼糸の外側へと纏わせていく。

 先ほど散った剄羅砲の残滓をかき集め、纏め上げる。

 やがて、鋼糸が限界に達し、普段はほぼ眼に映らない糸が赤色を帯び空中に浮かび上がる。その鋼糸に更に剄を籠め、纏め上げた剄羅砲の残滓と混ぜ合わせ、一つの技と為し、老生体に叩きつける。

 

 

 

「ククッ、外力系衝剄の連弾変化 龍落とし。なんてな」

 

 風化する右手の錬金鋼を気にも留めず、レイフォンは眼下に広がる惨状を眺め、皮肉気に呟く。

 

 眼下にはさながら爆心地の如き巨大なクレーターが誕生していた。

 その中心に横たわる、老生体。剄羅砲を4発その身に受けても平然としていた先ほどの姿からは考えられないほどに満身創痍の様を呈していた。

 レイフォンの剄技が直撃したであろう部位は鱗が剥がれ落ち、半ばほどまで肉がつぶれ、赤黒い色合いをした血液がクレーターに流れ落ち池を形作ろうとしている。3対6枚あった翅も大半が根元から捥がれてしまい、辛うじて残る2枚もあらぬ方向へとグチャグチャに折れ曲がっており、とても飛べそうには思えない。つい先ほどまでは神の如き存在感を放っていたにも関わらず、現在では吹けば消える灯火程度に弱々しく見える。

 

 初撃で機動力を奪う。

 

 汚染獣戦のセオリーであり、至上の命題だ。

 そも、汚染獣戦とは、基本的に都市に迫る汚染獣を迎え撃つことである。

 都市というご馳走が五万と用意されている餌場が目の前に存在するというのに、路傍の小石に彼らが目を向けることはない。故に、汚染獣に意識を向けられることがない初撃にて、どれ程効果的なダメージを与えられるかが汚染獣戦における武芸者の生存率、はては都市の存続が懸かっているといっても過言ではない。

 つまり、もっとも厄介な飛行能力を如何にして初撃で奪うか、が戦闘の勝敗を分けるのだ。

 

 その点、ツェルニはこれ以上ないほどに上手くこの命題を達成することができた。

 都市からの砲撃で注意をひきつけ、死角からレイフォンが全力の一撃を叩き込む。

 圧倒的火力を持つレイフォンを擁するから出来ることとは言え、完璧な作戦である。

 そして、その結果が眼下の惨状であり、虫の息とも見て取れる汚染獣だ。普通に考えれば、体の中ほどを物理的に潰されて、生物が生命活動を維持できるとは常識的には考えづらい。その身から流れ出た血によって出来た池もどんどん広がり、その命が刻一刻と失われていくように感じられる。

 しかし老生体の目だけは変わることなく爛々と怒りの焔を灯しており、その輝きは次第に激しさを増して行く。

 やがて上半身を動かし、怒りの咆哮を轟かせた。

 

URAAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa

 

 驚異的な生命力であった。

 その身に受けたのはかつて天剣にも上り詰めたレイフォンの全力の一撃である。

 天険を所持していた時期ほどの威力はなくとも、そこらの都市にでも放てば確実に凄惨たる結果をもたらす程の代物だ。

 それでも老生体は立ち上がった。脚も無いため立ち上がると言うには語弊が有るかもしれないが、ともかく老生体は上半身を持ち上げ、世界の王者たる自らへと不遜にも攻撃を加えた者を注視する。

 勢い良く流れ出ていた血液も次第に止まり、鱗が剥がれ落ちた部分が黒く硬質的に見える何かが覆っていく。

 

 次第に快調へと向かう老生体を見て、レイフォンはほくそ笑んだ。

 全力の一撃だった。手加減はしていない。戦いを楽しみたいという欲求はあるが、それで自らを制限していては本末転倒だ。だから、先の一撃は現状出せる全力の一撃で、それをまともに受けても尚も向かい来る老生体に心が躍る。

 視界の端に高速でこの場を離れようとするツェルニが映り、彼は笑みを一層深くした。

 これで細かいことを気にせず、思いっきり戦える。

 

 左手から伸びる鋼糸20のうち1本を手繰り寄せ、括り付けた物を右手で持ち、唱える。

 

「レストレーション」

 

 復元言語を聞き届け、それは白金に輝く刀へと姿を変えた。

 あらん限りの剄を籠め刀が眩い光を放ち、それと同時に汚染獣へと向って自由落下を遥かに超える速度で突き進む。

 

 接敵と同時に叩きつけた。

 力任せでいて、技とはとても言えない何か。

 それでも、籠められた剄に比例した威力を発揮し、鱗に覆われていない部分の黒い硬質的な何かを突き破り、刀身半ばまでめり込む。白く眩い光を放っていた刀身は何時しか赤色を帯びていて、レイフォンは錬金鋼を老生体に突き刺したまま離脱する。

 暴れまわる老生体の攻撃範囲から離脱、左手から伸びる一本の鋼糸に剄を通した。

 

───繰弦曲・魔弾

 

 本来は、突き刺した鋼糸を通して相手の体の内側へと衝剄を送り込む技。今、剄を送り込む先は赤く灼熱した錬金鋼であり、元々限界近く系を注ぎ込まれていた其れは容易く臨界点を突破し、衝剄を老生体の体内に撒き散らしながら爆発した。

 

UURRREAAAAaaaaaaaaaaaaaaaaAAAAaaa

 

 再び響く苦悶の叫び。

 爆風が晴れた後、錬金鋼が刺さっていた所には大きく抉られて出来た様な穴が出来ていた。

 

 が、それでも老生体はレイフォンをにらみつけることをやめない。

 戦いを放棄しようとはしない。

 戦力差は圧倒的で、上空から一方的に嬲られる状況であることを理解しているにも関わらず、その目に映る殺意に一部の揺らぎもなかった。

 

 故にレイフォンは笑う。

 一度失い、追い求め、もう手に入ることは無いと思っていたものが此処にあると。

 

「ククク……、ハーハッハハハッハ!!いいぞ!その生命力、その殺意!それでこそ老生体だ!!さあ、お前の命と俺の錬金鋼どっちが早く尽きるのか比べあおうじゃねぇか!!」

 

 左手から伸びる19本の鋼糸の内一本を手繰り寄せる。

 

「レストレーション!!」

 

 

 

 刀を片手に眼前の巨大な生物へと突進した。




補足

・剄羅砲
 空間を完璧に把握できる念威操者様がいらっしゃいますからね。外れるわけが有りません。多分。
 ちなみに砲手はヴァンゼくんか誰かががんばってくれているんだと思います。作者がうろ覚えのアニメを元にイメージしているのでおかしな所が有るかもしれませんが、細かいところはお見逃しいただけると嬉しいです。


・龍落とし
 要するに蛇落としが強力になって帰ってきた感じです。でもって老生体がドラゴンっぽいからそれを地に叩き落すのと掛けてみた感じです。


以上レイフォン無双でした。
ミィフィとメィシェンに別状は有りません。汚染獣を生で見てしまった精神的ショックが大きいですから、身体的にケガなども有りません。
次話ぐらいにまた出てきますので楽しみにしていてくれると嬉しいです。


さて、やっと原作2巻部分の終わりが見えてきました。
長かった……
そして今までお付き合いいただいた皆様には本当に感謝で色々が一杯です。
そして今までは原作沿いでしたが、そろそろ原作がおかしくなり始めます。
これからも末永くお付き合いしていただけると嬉しいです。


所で最近1評価が増えてきた。
まだアンチ始まっていないのにこの状況だと、アンチが始まったらどうなるのだろうか……
恐ろしい。


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第十九話

2時に書き上げようとしてたら、もうすぐ4時半……
書くのって難しい。


ご指摘、ご感想お待ちしております。


 生徒会会議室。ツェルニの中心に聳え立つ尖塔の上部に位置するこの部屋には、現在ツェルニ各部門のトップらが集まっていた。殆どが最上級生であり、任期も短くはあるが、それでも現状、彼らがツェルニの支配者であることには変わりない。

 皆、各々の分野で頂点に立つものだ。それに相応しい能力を持ち、また相応しい風格を纏っている。

 そんな彼らが集まる会議室では、ツェルニの行く末を占う議論が交わされるのが常だが、今日は異様な緊張感に満ちていた。誰もが口を開くことはなく、身を強ばらせ、瞬きも呼吸も忘れて室内の壁際に備え付けられた巨大なモニターに目を向けている。

 静か過ぎる室内。時折、誰かが思い出したかのように息を吐き出す音さえも良く響き渡り、それも直ぐ静寂にかき消されていく。

 

 モニターには暴れまわる巨大な汚染獣と、それに刀を持って挑む1人の姿が鮮明に映し出されていた。

 其れはまるで御伽噺のようで、全く持って現実味が感じられない光景だった。

 人間の何千倍も巨大な生き物に対して、人間が刀片手に単独で挑む。誰かに話しても、与太話とさえ受け取ってもらえないような、作り話にしてももっとマシな物があるだろうと思わせるような、そんな光景だった。

 たかが人間の一撃。その巨大な体躯にとってみれば、針の一刺しとなんら変わらないような一撃に汚染獣はもがき苦しみ、地面をのたうつ。

 

 嘘だ、まやかしだと否定できたら、どんなに気が楽になれるだろうか。しかし彼らにはそれを選択することが出来ない。既にその汚染獣を目撃してしまったのだから。

 遠く離れているはずなのに、直視しただけで体から噴出す汗。今にも身を引き裂かれてしまいそうなプレッシャー。恐怖に全身が金縛りに会い、指一つ動かすごとすら儘ならない。

 今でも鮮明に思い出せる。自らが被食者だと一瞬にして自覚させられ、思考が絶望一色にそまった感覚。その後汚染獣が叩き落されていなければ、確実に発狂してしまっていただろう。

 

 だからこそ、眼前のモニターに映し出される光景が恐ろしいのだ。

 その圧倒的な怪物に今まさに止めを刺さんとする更なるバケモノの姿が。

 ましてや、そのバケモノが自分と同じ都市で生活している事が。

 

 そしてそれは、室内の端で独り佇むフェリにしても変わらない。常時感情を映さない彼女の瞳には確かな恐怖の色が浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 空中からレイフォンは汚染獣を見下ろす。

 この荒廃した世界の王者たるはずの其れはもはや虫の息といっても相違ない様相を呈していた。体の至る所に斬撃の後があり、噴出す血は一向に止まる様子を見せない。

 未だ眼光は鋭さを宿したままではあるが、最早体を再生させる力も残っていないほどに、汚染獣の生命力は限界に達していた。

 

 その姿を見下ろしながら、レイフォンは満足げな笑みを浮かべる。

 用意した予備の錬金鋼20本は残すところあと8本。天剣を持っていないとは言え、都市を崩壊させるほどの威力が籠められた攻撃を10回以上その身に受け、それでもまだ原型を保てている。弱点を集中的に狙っていないと言うのも原因の一つではあるが、それでも驚嘆に値することだ。

 

 だから、敬意を籠めて丁寧に自らの内に剄を練り上げる。

 両手に掲げた刀が太陽のごとく輝き、巨大化して行き

 

──外力系衝剄の連弾変化 轟剣

 

 叩きつけた。

 

 

 

 グレンダンを出て、幾つもの戦場を渡り歩いてきたが、全力を出すに値する戦場には終ぞ巡り合えなかった。儘ならない現実に蓄積されていったフラストレーションを晴らすため、色々と試しては見たものの、やはり満たされることはなかった。それ故に、戦いに意味を求め、金銭を求めた。それでもやはり満足することは無かったが、それも過去の話。

 老生体との戦いに確かな充足感を得られたのだから。尤もそれでも金銭を求めることをやめることは無いのだが。

 

「ありがとう」

 

 だからレイフォンは最早動かぬ老生体に感謝した。

 もう、二度と手に入らないとも思えたものを再び手に入れられたのだから。

 再び全力を振るう機会を得たのだから。

 満足させてくれたのだから。

 

 

 そんな風にレイフォンが独り、感慨に耽っていると耳元に声が響いた。

 

「……お疲れ様です。放浪バスのポイントまで案内しますので指示に従ってください」

 

 そんな言葉とともにヘルメットにの端に付近一帯の物と思われる地図が投影され、ある一点が赤く点滅している。

 

「……あぁ」

 

 都市から遠く離れた地点で、瞬時にこうも正確なサポートが可能な念威操者はそうそう居らず、一言褒めてしかるべき場面であるはずだが、レイフォンの返事は何とも気のないものだった。

 

「何をぼーっとしているのですか?都市は今でもかなりのスピードで貴方から遠ざかっています。早く移動をして下さい。」

 

「ああ、すまん。ちょっと余韻に浸っていてな」

 

 そんな言葉とともに、のそのそと歩き出すレイフォン。

 戦いへの渇望が、熱が体から徐々に抜けていく。それに伴い思考も冷えていき、高揚した気分が落ち着いてくる。

 

 一般人よりも早い程度の速度で歩きながらもふと、一抹の寂しさを覚えた。

 

 老生体。

 一生に一度もであえないであろう怪物。

 かつて都市を転々と渡りながらも終ぞ巡り合うことがなかった天災。

 それ相手でしか渇きを癒すことが出来ず、これから何時巡り合えるかもわからない。

 ツェルニにいる内はまだ、大丈夫だ。

 物語の表舞台。

 その幕が下りぬ内は少なくともグレンダンにも負けず劣らず汚染獣の襲撃に晒され続けるだろう。

 だが、その幕が下りてしまった後はどうすればいい。

 世界の敵が倒され、平和な時代が訪れてしまったら、この持て余した力を振るう場所が無くなってしまったら……

 体が震えた。

 考えているうちに恐ろしくなってしまったのだ。

 最早自分は人間ではなく、武芸者という名の化物だ。今更人間らしく生きるなど、出来るはずもない。

 そう思えばあの化物の巣窟が恋しく思えてくる。

 尽きぬ強敵、終らぬ戦い、永遠に超えられないだろうと思わされた圧倒的上位者。

 あそこには自分が求める物が全部が揃っていた。

 そして全て自分で捨てたのだ。

 それを今更戻りたい等と考えている自分がいる。女々しくて、情けない。

 それでも、もし、もう一度戻ることが出来たなら……

 

 そんなことをレイフォンがつらつらと考えていると、耳元から響く声に思考がかき消された。

 

「……聞いていますか?」

 

 念いたんし越しに響く、あからさまに不機嫌な声。どうやら、何かを話していたらしい。思考に没頭しすぎて全く気が付かなかった。

 

「その様子だと聞いていなかったようですね。ぼーっと立ってないで早く目標地点に向かってください」

 

 レイフォンはいつの間にか足は止まっていたことに、言われて気がつく。

 それほど深く考え込んでいた。

 

「ああ、悪い。急ぐよ」

 

 言いながら、歩く速度はそこまで変わらない。

 疲れているのだ。

 活剄で誤魔化せるとはいえ、無理は必ず後で跳ね返って寝込むはめになる。

 だから無理せず、歩いているのだ。

 

 しかし、思えば、フェリも疲弊しているはずだ。

 日をまたぐほどではなかったが、それでも数時間に及ぶ戦闘。それもレイフォンが全力を出すほどのもの。普通の念威操者ならば捕らえることすら困難を通り越して不可能に近いほどのスピードのそれ。それを遠く離れた都市からサポートし続けていたのだ。精神的な疲労は相当な物のはずである。

 それでも一言も文句を言わず、未だ放浪バスの地点をレイフォンの視界の端に表示してくれている。

 

「全く、何時まで余韻とやらに浸ってれば気が済むのですか?何時もはやる気のかけらさえ見当たらないくせに、ナルシズムにでも目覚めましたか?」

 

 いや、文句は結構言っていたかもしれない。

 

「そういえば、先ほどまでは随分とやる気に満ち溢れていましたね。それに何か面白いことも言っていたような気がします。確か、何でしたでしょうか?」

 

 ちくちくと針を突き刺すような、刺々しい口調でフェリはレイフォンを攻める。

 レイフォンがやばい、と思ったときにはもう遅かった。

 フェリは念威操者である。全ての情報を脳内でデータ化して保存、再生することが可能だ。勢いでやってしまった恥ずかしいあんなことや、こんなことまで皆永久保存されてしまう可能性がある。基本的に、油断してはいけないのだ。しかし、今回レイフォンは久々の戦いに気持ちが高ぶり、油断してしまったのだ。

 

「そうそう、『お前の命と俺の錬金鋼どっちが早く尽きるのか比べあおうじゃねぇか!!』でしたね。随分と暑苦しいことを言いますね。まるでうちの隊長みたいです。ふふっ」

 

 そんな心を抉るような言葉と共に聞こえてくるのはかすかな笑い声。衝撃的な事実である。ミス・ツェルニに輝くほどの美貌をもつフェリだが、一方で氷の女王様とも言われており、笑うことが無いことで有名だ。

 そのフェリが笑ったのだ。

 それこそ笑顔の写真が1枚なん万で売れるほどに貴重な出来事。写真ではなく声だけでも、その手の者が聞けば気絶する代物。

 

 悲しいことに今録音できないから意味が無いのだが、しかしレイフォンはそれを悔しがる余裕も無かった。

 

 それは、レイフォンの視界の半分ほどを占拠している映像のせいである。

 

 何の前触れも無く、突然自分の昔の言動を思い出し、独りで恥ずかしくなり悶絶する。一通りもがき苦しんだ後、自分以外の誰も覚えていないだろうことに思い当たり、また独りで安心して落ち着く。そんな経験は誰にでもあるものだろう。

 

『……ただいま』

『外力系衝剄の連弾変化 龍落とし。なんてな』

『ククク……、ハーハッハハハッハ!!いいぞ!その生命力、その殺意!それでこそ老生体だ!!さあ、お前の命と俺の錬金鋼どっちが早く尽きるのか比べあおうじゃねぇか!!』

『ありがとう』

 

 だが、レイフォンの恥ずかしい言動は全て映像として記録されてしまっていた。おまけに、本来ならば都市外強化装備のヘルメットで一番重要な顔が隠されているところを、フェリはその類稀な処理能力でリアルタイムな表情を細部まで拘って再現してくれやがったのである。

 

「あ゛あ゛ああああぁぁぁああああああああ!! やめてくれぇぇええええええええええええええええ!!!」

 

「大丈夫ですよ、今のところは誰かに見せる予定はありません」

 

 絶叫に対して、何時に無く楽しげな声で答えるフェリ。

 

 

 

 レイフォンの悶絶は暫く続き、そして何時までたっても安心することはできなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 繁華街を独りで歩く。

 特に目的は無いけれど、スクープになりそうなネタが転がってたら嬉しいかな。

 独りで練り歩くのは楽しいけど、何か物足りない気がする。なんでだろう?

 まあ分からないってことは大したことじゃないよね。

 

 

 なんだろ?

 いつもは砂塵しか見当たらない空に黒い点が見える。

 それがだんだん大きくなって……いや、近づいてきてる?

 少しずつだけど、ぼやけてた輪郭がはっきりしてきた。

 

 って、ちょっと、なによ? あれ!?

 なんなの、あの怪物は!?

 

 怖い。

 

 逃げたい。

 

 でも、体が動かない。

 

 だれか、助けて。

 

 ナッキ、レイフォン、エドロン!

 誰か助けてよ。

 

 もう、目の前だ。

 怪物は口を大きく開いて私に向かって突っ込んでくる。

 でも、体が震えて動かない。

 

 だめ。

 今なら開いた口から覗いている牙の数も数えられる。

 あの口に食べられるのかな。

 あの牙に噛み砕かれるのかな。

 痛いのは、嫌だな……

 

 

 

 

「ッハ!?」

 

 ベットから飛び起きる。

 心臓が痛いくらいに暴れまわっていて、肺が酸素を求めて小刻みに伸縮している。

 荒い呼吸もそのままに、慌てて体の確認。

 シーツの下には何故か一般教養の制服。なんで?

 でも、手も足もちゃんとついてる。

 何処も痛くない。

 

 良かった、まだ生きてる。

 さっきのは、夢か。

 

 怖い夢だった。

 あの怪物を今でも鮮明に思い出せる。けど、思い出したくない。脳裏に浮かべるだけで身震いがするから。

 こんなに怖い夢を見たのは何時振りだろう。

 夢から覚めたいまでも、未だに気分が悪い。気を抜くと吐き気がこみ上げてきそうだ。

 自他共に認める元気娘の私が、こんなにテンションを上げられないなんて……

 

 制服越しにもかかわらずシーツはかなり湿り気を帯びている。額を拭ってみれば、べちょっなんて音が聞こえてきそうなぐらい脂汗にまみれていた。着ている制服も当然汗まみれで不快感を伝えてくる。気持ち悪い。

 

 隣を見ればメィっちが別のベットで仰向けに寝かされていた。

 悪夢でも見ているのか、顔色が悪い。

 しかし、メィシェンの顔からの目線がすぐさま他の物に吸い寄せられた。

 制服越しであるにも関わらず、シーツを下から押し上げる2つの山。

 けしからん山である。

 むかつく。

 直ぐにでも潰してしまいたい。

 それにメィっちは魘されているのだ。早く助けてあげるのが親友の務めだと思う。

 そのメィシェンを起こすためにも、やはりあのけしからん山を潰しておくべきではないだろうか?いや、そうに違いない。

 

 そうと決まったら直ぐ行動に移さないと行けない。

 思い立ったら即行動。それが私のアイデンティティー。

 そろり、そろり。物音を立てないように自分のベッドから降り、メィシェンへと近づく。

 メィシェン、いや山に気付かれないように少しずつ手を伸ばして行き……

 

 ガチャッ

 

 突然ノックもなしにドアが開けられた。

 ふと、そちらを見るとエドロンが立っていた。

 こっちに気付き、目がいやらしくなる。

 

「えっと、何してるの?」

 

「や、山遊び?」

 

 テンパって良く分からないことが口から出てきた。

 

 

 

 

 

「えぇぇええええ!? 都震?」

 

 エドロンから私とメィっちの事を説明してもらったが、自分の事なのに全然ピンと来ない。

 なんでも、都震に備えての避難訓練終了後、倒れている私たちが発見されたらしい。そして此処に運び込まれたと。

 どうやら此処は医務室のようだ。そして私たちは外傷も無く、多分都震で軽くどこかを打ったかショックか何かで気絶したと診断されたのだとか。

 どうも、おかしい。避難訓練があった事までは思い出せるけど、そこからの記憶があやふやだ。たしか……

 

「ミィちゃん覚えてないのか?すごい揺れだったんだぜ。シェルターに行ってなかったら今頃怪我人続出だったんだろうな。ミィちゃんたちもスクープなんか探してないで避難すれば良かったのに。普通の都震だったんだから、何も見つからなかったでしょ?」

 

 思考の海に沈もうとして、エドロンの声で呼び戻された。

 スクープ!

 そうだ、カメラだ!

 何をとったかは思い出せないが、確か写真を1枚撮ったはず。その感触は未だ手に残っている。

 それを見ればこのもやもやとした感覚がきっと晴らせるだろう。

 近くを見回し、枕元に見つけた。

 飛びつくように、逃がさぬように手にとって、データを確認する。

 何故か震えが出てきた。

 冷え汗が背中から流れ出して止まらない。

 何故だろう、見たらいけないきがする。

 でも、見なければ、真実を知らなければいけない。そもそも此処まで来て我慢できるはずも無い。

 震える指も、流れ出るあせも、こみ上げる吐き気も、ついでに私の行動について来れてないエドロンも無視して、気力でボタンを操作する。

 

「ミィちゃんどうし──」

「こ、これよ…… これだわ!」

 

 見つけた。心配そうに尋ねようとしてくるエドロンの声をさえぎり、叫ぶ。叫びでもしなければ気が保たないかもしれない。それほどまでに、恐ろしいのだから。

 夢に見た怪物、それが夢の住人ではなく、写真にはっきりと写っているのだから。

 

「エドロン、これ見て」

「え? ってなにこれ!? なんだよこの怪物は!! これは本物なの?」

 

 写真に写っているこの怪物。恐らく汚染獣だろう。比較するものが無いため大きさは分からずとも異質さは充分に伝わってくる。

 

「私も信じたくないわよ、こんな物。でも、本物よ。見たのを、覚えてる、わ」

 

 覚えてる、と言うより今思い出したと言ったほうが正しい。そのせいで余計恐怖が嵩む。声の震えが止まらない。気丈に振舞おうとしても、体が命令を聞いてくれない。目を閉じれば開かれた口が迫って来るのを、自分が殺されるのを幻視してしまいそうで、唇の裏を強くかむ。鉄の味が口いっぱいに広がった。

 

「でも、これでハッキリしたわ」

 

「え?何が?」

 

「都震は起きてなかったって事よ。生徒会長の言う避難訓練は汚染獣に備えるため、あとは事実の隠蔽かしらね」

 

「でも、実際にすごい揺れたぞ?もう立っていられないぐらいだった。流石に都市を揺らすせるような汚染獣なんていないでしょ」

 

「確かにそうかもね。そこまでは分からないわ。でも、これだけは分かるわ、これは本物のスクープよ!!生徒会の欺瞞、絶対に私が暴いて見せるんだから!!」

 

 私に此処までしておいて、ただですますもんですか!

 

 

 

 

 そんな八つ当たり気味な決意をミィフィは固めたのだった。




ミィフィの一人称難しい。
女の子らしさが出せない。
実力的にも精神的にも……
でも読んでいて違和感感じられましたら、おっしゃってくだされば、精神的なほうの壁を乗り越えられるかもしれませんので。感想のほうでお願いしますね。


所で皆さん、昔の自分を思い出すと悶絶することはありますか?
僕はしょっちゅう有ります。
フロに入ってるときは、時々思い出してうめき声を上げたりしています。
きっと何年かたってからこの話読み返したらうめき声上げたくなるんだろうなぁ。



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