ハンマー・プレデター (竜鬚虎)
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序話
次元の何処かにある、剣と魔法の力が世を支えているある世界にて。
とある国の王宮の一室。そこは王宮の部屋と呼ぶにはあまりに質素であった。家具は必要最低限しか置かれておらず、それらもあまり高価には見えない。
その部屋の簡素な造りのベッドに、この国の最高権力者たる少女がいた。彼女は側の台に置かれた通信機を手に取り、誰かと会話をしている。
「ええ、そうなんですか。それは面白そうですね」
何やら世間話を楽しそうにしている。電話の相手はいったい誰であろうか?
「大蛇? 大丈夫だったんですか!?」
『大丈夫だよ。別にそこの近くまで行った訳じゃないし、すぐに退治されたらしいし。ああでも、一度ぐらい見てみたかったかも』
「それはやめてください。あなただって不死身じゃないんですから」
2人の談笑はしばらく続き、ようやく終わりが見え始めた。
『じゃあ、あと10日ぐらいで帰れると思うから』
「ええ、お土産待ってますね。カツゴロウさん」
ある夜の大草原の中で。この日は月明かりも少なく、深い闇に包まれた夜だった。
その黒く染まった草原の上を、何かが走っている。それが何者かというとなんということはない、ただの鹿だった。
一頭の鹿の後ろに、数匹の野犬が追いかけている。どうやら狩りの真っ最中のようだ。
両者は懸命に走り、距離差は中々変わらない。
「キャイン!?」
突然野犬の悲鳴が聞こえた。その直後にもう一頭分の悲鳴も聞こえてくる。よく見ると暗がりの中走っていた野犬の影が、どこにいったのか跡形もなく消えていた。
「?」
自分を追う物の気配が消えたことに気付いた鹿は、一旦立ち止まって野犬のいた方向に顔を向ける。そこに野犬の姿も臭いも、完全に消失していた。
助かったと鹿が安堵した瞬間、自分の足に何かが絡みついてることに気がついた。
「!?」
途端に鹿の後ろ足が消えた。いや地面に吸い込まれて見えなくなってしまっている。
突然の事態に鹿は混乱し、前足をジタバタと動かす。だがそれは何の意味も持たず、今度は鹿の下半身が地中に吸い寄せられていく。
僅かしか光のない夜の闇の中で、鹿の影がどんどん地面の下に吸い込まれて消えていった。
後にその場で何も動く者はおらず、夜の世界は不気味な静寂に包まれた。
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第1話 地下からの襲撃
太陽が空の中心に昇っている時刻、広大な草原の中を、数台の大型馬車が、草原を横断する街道を走っている。
その草原は広く、一面が緑の草で覆われており、まばらに樹木が生えている。小さな丘が凹凸のようにチラホラとあるが、基本的に平らでとても見晴らしの良い平原だ。
その街道は、その平原を真っ二つに割る形で伸びている。
細かく区画されている訳ではないが、草一本生えていない茶色い地面と、ならされたような凹凸のない平面から、かなり昔から、多くの人間の行き来があることが伺える。
ここはエルダー王国という国の南部の領内で、そこを走っているこの馬車の中には、南の国から入国したばかりの者達が乗っている。
乗客は観光客・商人・出稼ぎ労働者など、様々な身分の者が乗っていた。一番後ろの2台には、人ではなく大量の菓子類が詰め込まれている。輸入予定の南の国特産の菓子だ。
この一団は、あと1時間もすれば、この草原を抜けてエルダー最南部の街“パーフェクション”に到着する予定である。
ちなみにこの乗り物、今まで“馬車”と表記していたが、厳密には違っていたりする。
御者が手綱を引っ張り、この10人以上の乗客が座っているこの大型の車を引っ張っているのは、馬ではなく巨大な鳥だった。
その鳥は、池などでよく見かける水鳥のカルガモによく似ている。
全体的に黒く、先端が黄色い平らな嘴・茶色く覆われた羽毛と尾羽・橙色で水かきの付いた足・茶色い羽毛の線が通過した小さな目、外見だけならどこからどう見ても普通のカルガモであった。
だが大きさは全然違っていた。そのカルガモの身体は、人間よりも遙かに大きい。数百キロはある牛馬と同等の巨体を有していた。
その怪物のような奇怪な鳥が、それぞれの馬車に2羽ずつ繋がれており、普通の馬と変わらない力と速さで馬車を引っ張っている。
この巨大カルガモの名前は“ジャイアントダック”という。
エルダー王国で多く飼われている鳥の魔物で、水・陸・空と、様々な場所を移動できる。その有能さから、この国では馬の変わりにこのジャイアントダックが様々な仕事に駆り出されている。
むしろこの国では、普通のカルガモを見かける方が珍しいぐらいだ。
ダック達の体力は凄まじく、もう1時間以上走っているにも関わらず、未だに走りに余裕がある。
いつも通りの快調な通行であるが、周囲の草原を見てきた御者達は、今までにない違和感を抱いていた。
「何か変だぞ? 何で鹿共がいないんだ?」
先頭を走っている馬車の御者がそう口ずさむ。
この草原では大昔から動物の狩猟・捕獲が一切禁じられている。そのためかこの辺りの動物は人間をまるで恐れない。むしろ街道を人が通ると、好奇心で自ら近寄ってくるぐらいだ。
だがこの日は、いつもは必ず見かける動物たちが、今日に限って一頭も見かけない。長年この街道を通っている御者達にとって、こんなことは初めてであった。
馬車の中では、そんなことは何も知らない乗客達が、長旅の疲れからかスヤスヤと眠っているか、騒がしくないよう小さな声で談笑していた。
「しかし村長、移住するにしても、こんな遠出をすることになるとは思いませんでしたね」
「村長はやめろ・・・・・・。シリシャマはもう廃村になったんだ」
若い男性に話しかけられた黒鬚の中年男性が、不愉快そうにそう応える。
「・・・・・・すいませんでした、マードックさん」
「ああ、こっちこそすまんな。悪い態度をとった・・・」
「ええ、まあ前の村では散々でしたからね。大蛇が出たと思ったら、次に得体の知れないトカゲが出たり・・・・・・」
「全くだ。もう蛇など二度と見たくない」
そう言いながら、マードックと呼ばれた男性が、更に顔をしかめて一つ息を吐く。
「しかしこの国は本当に安全なんですかね? 移民の受け入れをしてくれたのは感謝しますが・・・・・・見ましたよね? 向こうの馬車に乗っていった客の姿」
「ああ、あれには驚いたよ。この国ではあんなのが普通に住み着いるとでもいうのか? とうに人生終わっているのに、悠々他国へ観光とは、羨ましい限りだ」
後ろから3番目の馬車に乗っている、ある特殊な客の話題へと二人の会話が変わっていく最中、何の前触れもなく馬車が急停止した。
「うわわわわわっ!?」
今まで快調に走ってきたのだ。それを急ブレーキのように突然停めたものだから、その反動は凄まじく、馬車の中はひっくり返るかのように大きく揺れた。
上のデッキに置いてあった荷物が勢いよく飛び出し、睡眠中の者達は一気に意識を覚醒させられる。乗客達は突然の事態に、悲鳴すら上げられずに動転した。
「何事だ!? 狼でも出たのか!?」
マードックが外の御者に叫ぶように問いかける。
「ち、違う! 蛇だぁあああああああっ!」
“蛇”という単語に、マードックがトラウマを掘り起こされたかのように硬直する。他の乗客が、慌てて御者が乗っている側のカーテンを開け、窓ガラス越しにその様子を見た。
外には確かに蛇のようなものがいた。それは3匹おり、馬車の前にいたダックを襲っていた。
・・・・・・地中から。
「何だありゃあ!?」
乗客の一人が、それに素っ頓狂な声を上げる。
地面から蛇のような細い生き物が、地中からミミズのように這い出ており、それらが数匹かがりでダックの身体に巻き付き、あるいは噛みついているのだ。
その蛇もどきはかなり大きく、太さは成人男性の頭ほどもある。外見も変わっていて、表皮には鱗が全くなく、オレンジ色の滑らかな肌を持っている。顔には目が無く、口元からは細い触角が海老のように生えていた。
「グアッ! グァアアアアアアアアア!」
ダックはもがき苦しみながら蛇もどきに身体を取り押さえられ、地面に押しつけられている。傍らにいた筈のもう1羽のダックは、既に逃げ出したのか姿がない。
突然ダックが押さえつけられていた位置の地面が爆発した。いや爆発ではない。地中に潜んでいたとてつもなく大きな何かが、土を押しのけ一気に地表に飛び出したのだ。
「なっ、な・・・・・・」
乗客達があまりに非常識な展開について行けず、その巨体を呆然と見上げた。
地中から飛び出したのは、蛇もどきではなく、ナメクジのような姿をした奇怪な生物だった。
大きさは象ほどもあり、蛇もどきと同様に、その生物に目や耳はない。
頭部の先端には、鳥の嘴のような黒く硬質的な円錐形の口がついている。それは4つに別れて開く構造になっていた。上顎の嘴は大きく、下顎の嘴は上と比べると細長く、熊手のように三つついていた。
そんな巨大な生物が、上半身を全て地表に上げ、空を見上げるように立ち上がっている。
その巨大な口には、さっきまで地面に押さえられていたダックが、丸ごと咥えられていた。あの蛇もどきは変わらずダックの身体を拘束している。
よく見ると蛇もどき達はみな、この怪物の口内から、触手のように生えていることが判る。
ダックは足をバタバタと動かしながら、必死に抵抗するが怪物には何の影響も及ぼさない。
怪物はダックを加えたまま、地中に戻っていった。捕まっているダックは、蟻地獄に捕まった虫のように、ずるずると地中へと引きずられ、完全に土の中に埋まってしまった。
「「うわぁああああああああああ!」」
地獄のような光景を目の当たりにした。御者と乗客達が、混乱しながら馬車を下りだし、後ろの馬車へと走り出した。
残りの馬車達は、先頭が突然停止したことに何事かと不思議に思いながらも、皆その場で停まっていた。
「一体何が起こった? 何か変な音が聞こえたが?」
「化け物だ。とにかく急いでここから逃げさせてくれ!」
彼らの混乱ぶりに、後ろの御者は事態が判らず困惑する。その最中に、彼らは既に満員になっている馬車の中へと次々と乗り込んでいく。
だがそれは思わぬ形で、止めさせられた。地面から鼻息のような粉塵が上がったと思ったら、彼らが乗り込んだ大型馬車が、玩具のように容易くひっくり返ったのだ。
「うわぁあああああっ!? なっ、何だぁ!?」
御者は突然の馬車の転倒に巻き込まれ、歩き慣らされた街道の固い地面に打ち付けられ、鼻血を垂れ流す。
悲鳴は馬車の中からも聞こえ、馬車のドアの前にいた者達が、何人かそれの下敷きになった。
「なっ!? ばっ化け物!?」
馬車の転倒の原因はすぐに分かった。御者の目の前にあの怪物の巨体が存在していたからだ。
怪物は先程と同じように、上半身を地中から出していた。飛び出した先は馬車の真下。奴の巨体に上から押し上げられ、結果馬車が真横にひっくり返ったのだ。
異変は後ろの八台の馬車にも起こっていた。
怪物は複数いたようで、ある者はダックを襲い、ある者は馬車の側面に姿を現して襲いかかる。怪物の口からはあの蛇もどきの舌が三本伸び、手足のように器用な動きで馬車のドアに触れ始める。
「ひいぃいいいいいいいい!」
乗客達が次々と裏側のドアを開けて、外へ飛び出していく。この平原の中どこへ逃げようというのか、彼らは一目散に馬車から離れていった。
怪物達は地中に戻り、地中から彼らを追った。
逃げる乗客達の後ろに、あの怪物の動きの波動が地表に現れている。サメのヒレが水上を走っているかのように、土の隆起が連続して起こり、もの凄い速度で乗客達を追っていく。
「ぎゃぁあ!」
ついに一人の男性が怪物に捕まった。地面から生え出た蛇もどきの舌が、彼の足に噛みつき転ばせる。そして一気に地面が砕け、怪物が姿を現すと同時に、男性の身体を下半身から丸ごと呑み込む。
「うあぁああああああああっ!」
身体の殆どを呑み込まれた男性は、赤子のように泣きながら、残されていた右手を天にかざす。だが救いは現れず、怪物は男性ごと地中に戻っていった。
犠牲者は彼以外にも次々と出た。
動く地表の隆起があちこちで発生し、それが相当な速度で走って人々を追いつめていく。どうやらこの怪物達は、地中にいながらも獲物の位置を正確に把握する力があるようだ。
今まで異常に静かだった平原は、悲鳴と土の破壊音で満たされ、阿鼻叫喚の地獄となっていく。
そんな中、一人だけ馬車に残っている人間がいた。怪物達は彼を狙おうとせず、何故か遠く離れていく逃走中の乗客達を狙う。
その人物は魔物の生態にある程度の知識があり、この場は動かない方が安全であることを知っていたのだ。
彼は馬車の中に置かれていた魔法通信機を取り、パーフェクションに向けて連絡を取っていた。
「大変だ! “グラボイズ”が現れた! 現在位置は判らない。とにかくたくさんの、10?いや20を超えるグラボイズに襲われている! 早く軍に救援を呼んでくれ! うん?」
周囲を見渡しながら通信している彼の目に、不意に妙な物が映った。それはあまりに一瞬の出来事で、1秒でも顔を向けていなかったら気付かなかったかもしれない。
馬車の窓ガラスの向こうから見える晴れた青空の中に、何かがもの凄い速さで飛んだのだ。
それはかなり遠方の距離にあったらしく、形は視認できない。もしかして飛んでいる虫を見間違えのでは?とも彼は考えた。
その何かは上から下へと真っ直ぐ地表へと落下していき、馬車から遙か東の方角の大地に消えていった。
『どうした!? 襲われたのか!?』
ただならない事態を聞いて焦った通信相手の声が、受話器から聞こえてくる。その言葉に、彼は細く応えた。
「流れ星?」
グラボイズと呼ばれた怪物達が、盛んな狩りを行っている場所から数キロ離れた草原の中に、何ともおかしな物体が地面に突き刺さっていた。
それは長さ数メートルにも及ぶ、太い巨大な筒だった。
全体は銀色で、下部先端は釘のように尖っており、それが地面に貫くように深く突き刺さっている。上部にはクローバーのように三つに分かれた傘が付いており、パラシュートのように筒の上に広がっている。
突然この奇怪な筒から、耳につく機械音が発せられた。そして筒の側面が開き戸のように横向きに開け放たれた。そしてどうやら内部は空洞だったらしい筒の中から、何者かが外に出てきた。
それは人型の謎の生物だった。
身長2メートルを超える巨体で、筋肉質で屈強な体格である。銀色の軽装の鎧を着ており、顔と前頭部には同じく銀色の仮面で覆い隠されている。
仮面には鳥のような鋭い形状の目が付いており、ガラス状でそれで内側から外を見る仕様のようだ。下部の顎の部分が、上部より前に突き出ており、それ以外では特に装飾のないシンプルなデザインの仮面だ。
鎧が取り付けられていない箇所は、網目状の服が着込まれており、その裏側からはその怪人の肌が見える。その肌は両生類のように滑らかで、異彩な色をしていた。
これだけでこの人物が、人間とは異なる生物であることが判別できる。
仮面の後ろの、人間では髪の毛が生えている箇所には、管状の細長い棘が無数に生えている。それらがドレッドヘアのように、この怪人の髪型を形成していた。
怪人の右肩には、銃器と思われる筒状の物体が取り付けられていた。グリップの部分を中心に固定されており、横に回転できるように造られているようだ。
その銃は、誰も触れていないにも関わらず、まるで意思を持った生物のように、縦横にせわしなく動いている。
怪人の右手には大型の武器が握られていた。それは怪人の身長を超える長さの柄の、巨大なハンマーであった。
柄の先にある筒状のハンマーの頭は、鎧と同じく銀色で、横側面に黒いラインがある。
この武装をした謎の怪人は、筒から完全に抜け出て、黒く鋭い爪の映えた裸足で草原に足を踏み入れる。そしてグラボイズが住み着いている危険な平原を、意気揚々と歩き出した。
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第2話 土のドラゴン
緊急救命の通信を受けたパーフェクションは、すぐにこの事実をエルダー王国軍に伝達した。
報告を受けた軍は、すぐに救助及びグラボイズ討伐の部隊を編成し、事件の起きた平原に向けて大急ぎで出発する。
救命報告を出した馬車団には、この国にとってとても重要な人物も乗っていたため、編成は実に迅速にかつ大がかりに行われた。その重要な人物とは、正確には“人”ではないのだが。
それとは別に、グラボイズ出現の報は、王国軍を大いに困惑させた。
“土のドラゴン”とも呼称されるグラボイズは、本来エルダーよりも遙か東方にある草原地帯に生息するモンスターである。魔物としての力はさほど強大なレベルではない。
だが狩りの仕方はかなり特殊である。地中をモグラのように移動し、音で獲物の位置をかぎ分け、地中から人間でも構わず喰らいかかる特性を持っている。
この地上からは見えない対処の難しい捕食方法と、その凄まじいほどの繁殖能力から、魔物の中でも飛び抜けて危険とされ、大量に狩られた。
そのため今となっては過去20年に渡って、グラボイズの目撃例は出ていない。
もう絶滅したのではないかとも言われているが、グラボイズの卵は、地中のどこに隠れて埋まっているのか判らないため、その国では未だに警戒態勢が抜けていない。
だがそれはあくまでその東方の国での話。
このエルダー王国にグラボイズが出現したという記録は、過去数百年に渡って一度たりとてない。それゆえエルダー王国内では、グラボイズの知名度はかなり低い。
それが何故突然にこの国の領内に現れたのか? 王国は何者かが、故意にグラボイズの卵を国内に持ち込んだ可能性が高いと考え、そちらの面でも調査することを決定した。
平原の上空に数十にも及ぶ飛行生物の姿が映る。救助隊が騎乗するジャイアントダックの大部隊だ。
ダックは、飛行能力は便利だが、空を飛ぶときに運べる重量は人間2人分が限界である。
多くの人間を運ぶためならば、陸路で馬車を引いていったほうが、効率が良い。だがここはグラボイズが生息している土地、陸路で渡るのはあまりに危険すぎる。
そのため遭難者全員を空へと乗せられるだけの数のダックを、ありったけ投入したのだ。
部隊は北から、馬車の一団が通る予定だった街道の真上を、沿うように飛んでいる。
道中、この平原の動物たちを全く見かけないことに気がついた。みなグラボイズの餌食になってしまったのだろうか?
しばらくして一団は街道の真ん中に停まっている、10台の馬車を視認した。
「全員停まれ! アールは下に降りて安全確認。残りは確認が取れるまで、空中で待機!」
先頭を飛んでいたダックの騎乗者がそう言うと、数十羽のダックたちは羽を強く羽ばたかせ、その場でホバリングを開始した。
巨大な鳥が群れをなして空中で停まっている光景は、中々滑稽な光景である。
ただ1羽だけ、アールと呼ばれた人物が騎乗しているダックのみ、地上へと下降していく。
「おいしょっと」
ダックと共に陸上に着地したその人物=アールは、まだ20代ぐらいの茶髪の若い兵士だった。
エルダー王国軍の制服の上に、軽装の鎧を着込んでいる。胸当てにはカルガモを模った紋章が描かれていた。
アールは眼前に存在している馬車の一団を見渡す。
牽引用のダックはおらず、馬車からも人気は全く感じられない。10台のうち2台は横に転倒しており、馬車の底が会ったと思われる地面は、何度も掘り返されたかのように荒れていた。
「王国軍だ! 救助にきた。誰かいないか!?」
試しに叫んでみるが、返答は無く、無言無音の空間が持続する。
アールは細かく調べる前に、突然しゃがみ込み、右手の掌を広げて地面に押し当てる。
一瞬地面についた掌が、茶色く光ったが、それ以降は何も起こらない。アールは目を閉じて何かに集中するように、無言でその場で固まっている。
20秒ほどして、唐突に彼は立ち上がり、上空にいる仲間達に両手を動かして、身振り手振りでサインを送った。
すると今までグラボイズの危険性を考慮して、上空に留まっていた部隊が次々と下降し、ようやく地面に着地した。
大地に60のダックがしゃがみ、それに乗っていた60人の兵士達が、馬車の周りを囲い、内部を確認していく。
だが残念ながら中には誰もいなかった。通信が行われたと思われる馬車にも、通信者の姿はなくもぬけの殻だった。
「アールは引き続きこの場所の安全確認をとり続けろ。何か現れたらすぐに上空に避難するんだ。ロンダはグラボイズ出現の際の準備をしてここに残れ。私を含めた残りの者は、この周辺一帯を捜索しろ。何も発見できなかった場合は1時間後にこの場所に集合だ。全員すぐにかかれ!」
部隊長の言葉と共に、兵士達は次々とダックに再び騎乗し、空へと舞い上がっていく。
そして円を描くように空中で列を組むと、三羽ずつ一組になって、草原一帯の空を分散して飛んでいった。
無人の馬車の傍らに残ったのは、2羽のダックとそれに乗っていた二人の兵士。地面に手を付けて何かを調べていたアールと、ロンダと呼ばれた女性兵士だった。
ロンダは40~50代ぐらいで、あまり手入れされていない適当に切られた金髪の中年女性だ。
救助隊の兵士達は、遭難者を運ぶ際にダックの負担を減らすため、極力荷物などは持たないようにしていた。だがロンダは違っていた。彼女の背中にはとてつもなく巨大なリュックサックが背負われていた。
縦の長さだけでも彼女の身長近くはある。よくこんなものを持ってダックに乗れたものである。
そんな巨大な物を背負っても、ロンダはまったく疲れた様子が見えない。見かけに比べて中身は軽いのか、それとも彼女がとてつもない怪力なのかは不明だ。
「おし。そんじゃアール、ここいらの見張りよろしく」
ロンダはいかにもだるそうな口調で喋った後、リュックサックを無造作にその辺の地面に放る。
そして馬車の中に乗り込み、中を物色し始めた。馬車の中には、鞄などの乗客の荷物がそのまま放置されている。
ロンダはそれらを次々と開けていく。中に財布などを見つけると、現金を抜き取り、自分の懐に入れていった。
「何やってるんだか・・・・・・」
ロンダがしていることに、外にいるアールも気づき、呆れ顔で深いため息を吐く。
アールは再びしゃがみ込み、掌を地面に置いた。
アールは土の魔法を得意とする術者だ。こうやって地面に身体を付けることによって、地中に在住している生命の波動を読み取ることが出来る。その範囲はかなり広い。彼はこうすることによって、この辺一帯にグラボイズがいるかどうかを見極めることが出来るのだ。
アールは大地の波動を読み、グラボイズがまだここには近づいていないことを再度確認する。
近くの馬車では、ロンダが何かをひっくり返したのか、騒がしい音が聞こえてきた。
アール達がいる位置から、少し離れた場所の平原の上空を、3羽のダックが飛んでいる。
それに乗っている部隊長を含めた3人の兵士達は、辺りに遭難者、もしくはグラボイズがいないかを双眼鏡を両目に当てながら、注意深く観察する。
やがて捜し物は見つかった。
草原の中にまばらに生えている樹木。その中のとりわけ大きな木の上に人がいたのだ。
枝と葉で、上空からは判りにくいが、先に相手が飛翔中のダックに気付き、枝を揺らしたり掛け声を上げたりして呼びかける。
それに兵士達も気づき、そちらに向かって飛んでいく。やがてその樹の近くにまで行くと、その樹には最低4人の人間が登っていることが確認できた。
「数人いますね。ダック3羽では一度に連れて行けませんが」
兵士達が、木の根本辺りに着地しようと降下を始める。だが・・・・
「待て! まだ降りるな! いるぞ!」
部隊長の突然の静止命令に、二人の兵士は慌てて停止し、ホバリング体勢に入る。
見ると樹の周辺の地面の土が一部動いている。土が急速に盛り上がり、そしてすぐに沈む。その動きは連続しており、何かが地中を動いていることに気づく。グラボイズに間違いない。
どうやら樹の上に獲物がいることを知り、ずっと周囲で食いつく機会を伺っているようだ。
「相手は一匹か・・・・・・。よし、お前達は空中停止を続けろ! ここは私が行く」
部隊長はグラボイズが動いている位置から100メートル程離れた位置に着地した。
すぐにダックから降り、背負っていた長槍を取り出した。そして何を考えたのか、その槍で地面を叩き始めた。
「こら、化け物! 獲物はここにいるぞ!」
部隊長はそう叫び、槍をハエ叩きのようにバンバンと地面に打ち付ける。
その震動に気付いたのか、樹の周りを旋回していた土の動きが一時的に止まり、今度は部隊長のいる方向へと走り始めた。
グラボイズは真っ直ぐ部隊長目掛けて突進する。
彼が走る度に土の隆起がモグラ穴のように次々と形成されていく。その動きは意外と速く、人間の逃走速度など完全に追いつきそうだ。
危機が急接近している部隊長は、逃げようとは一切しなかった。
地面を叩くのをやめ、得物の長い槍を構え、掴む腕から槍の柄へ、柄から槍の穂先へと自身の魔力を流し込んでいく。やがて槍の刃は多量の魔力を帯び、白く光り始めた。
グラボイズは部隊長の数メートル先まで接近してくる。残り1秒も経たずにグラボイズの、蛇舌が地表に飛び出て彼を捕らえて地中に引きずり込むだろう。
だがその前に部隊長が動いた。
「はあっ!」
部隊長が渾身の力を込めて、槍をグラボイズのいる地面目掛けて刺突する。
魔力によって威力を強化されたその刺突は、土を簡単に貫き、その下にいるグラボイズの肉体にまで届く。
部隊長の全身に強い衝撃が走り、身体が2メートル程押されるように後退する。それと同時に両手から、肉を刺し切り裂く生々しい感触が伝わった。
地面からブホ!と間欠泉のような土埃が吹き、グラボイズによる土の動きは一瞬で止まった。
部隊長はゆっくりと槍を地面から引き抜く。槍にはグラボイズの血液と思われるオレンジ色の液体が、ベッチョリと付着していた。
それは槍だけでなく地面からも出ていた。引き抜かれた槍の穴から、オレンジ色の血が、湧き水のようにわき出て、地面を濡らしていく。
グラボイズは、部隊長に地中から身体を突き刺され、更に自身の突進の勢いで槍に肉体を縦に切り裂かれてしまったのだ。
それによる深い手傷と大量出血によって、グラボイズは絶命して、二度と地面が動くことはなかった。
「よしお前達、降りろ」
部隊長のその言葉は、上空にいる部下達への物であったが、“降りる”という言葉に反応して樹の上にいる者達も次々と降りてきた。
「助かった。もう駄目かと思ったよ」
降りてきた遭難者の一人=マードックが涙ながらに部隊長に感謝の言葉を述べる。
「ああ、全く何でこんな事に。大蛇に村を追われたと思ったら、今度は地中のナメクジか? 何で私達がこんな目に? これは何かの祟りか? 私達が何かバチがあたるようなことをしたか!?」
「知りませんよそんなの・・・・・・」
感謝されたと思ったら、今度は愚痴を聞かされる部隊長。長くなりそうなので彼を無視して遭難者の人数を把握する。全部で5人、あいにく3羽のダックでは一度には運べない。
隣でまだ嘆いているマードックを放置して、残りの4人に問いかける。
「ここにいる他に遭難者はいますか? もしくは他に逃げ込んだと思われる場所は?」
「判らないよ。みんな無我夢中だったから。途中までは10人ぐらい一緒に逃げていた気がするが・・・・・・この大木を見つけて登ったときには、これだけしかいなかった」
「そうですか・・・・・・」
恐らく後ろにいた何人かが犠牲になったおかげで、彼らはここまで逃げ切ることができたのだろう。
「申し訳ありませんが、この人数を一度に運ぶことが出来ません。まずはこの中から3人を選んで・・・・・・」
そう言葉を続けようとしていた矢先、突然地面が揺れた。
「グエェエエエエエエエッ!」
一同が動揺する間に、背後からダックの悲鳴が聞こえてくる。
「何だと!?」
慌てて振り返ると3羽のダック達は、全てグラボイズに捕まっていた。
地中から3匹のグラボイズが顔を出し、それぞれがダック達を身体に噛みついて捕らえ、地中に引きずり込んでいく。
しかもグラボイズはその3匹だけではなかった。
「ぎゃぁああああああああっ!」
今度は遭難者の一人が悲鳴を上げる。別方向から走ってきたもう一匹のグラボイズが、地中から飛び出すように地表に現れ、舌を使わず遭難者の男性に直接かぶりついた。
地表にグラボイズの上半身が飛び出し、てっぺんの口から助けを求める兵士の手が必死に動く。
「クソが!」
部隊長は即座に、グラボイズ目掛けて槍の切っ先を向けた。
槍の先端から白い光があふれたかと思うと、そこから白い光の魔法弾が発射された。
それはグラボイズの腹に見事に命中。腹の肉が一部砕け、オレンジ色の血と肉片が飛び散り、グラボイズが痛みで悲鳴を上げる。だが致命にまでは至らなかった。
グラボイズは攻撃に一瞬怯んだもの、すぐに飛び出させた身体を降ろし、地面に潜っていく。
「うわぁああああああああああっ!」
遭難者達が大慌てで、先程まで登っていた樹へと走り寄ってくる。だが今度はその樹の根本の地面から、待ちかまえていたかのように6匹目のグラボイズが飛び出した。
一人がそれに驚きから躓いて転ぶ。グラボイズの3本の舌が彼の方へと伸び、両足に噛みつく。彼は悲鳴をあげながら、グラボイズと共に地中へ沈められていった。
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第3話 怪人とぬいぐるみ
「ひぃいいいいいい! 何でだ!? 一匹じゃなかったのか!?」
マードックがあまりに理不尽な出来事にそう叫ぶ。
彼らや救助隊が見たグラボイズの動きは、確かに一体だけであった。
だが実際には、その周囲に複数体のグラボイズが潜んでいたのだ。残りの者達は岩のようにジッと動かず、ジッと獲物を待ち伏せていたのである。
動き回っている一匹は囮。もし彼が途中でどこかへ移動してしまえば、樹の上の獲物達は、危機は去ったと思いこんで樹から降りてしまっただろう。
それを残りの者達が、一斉に襲いかかれば狩りは大成功だ。
「うわぁああああああああああっ! もういやだぁああああっ!」
残りの3人は逃げ場を無くし、がむしゃらになって草原へと走っていった。
「馬鹿、走るんじゃない! 音を立てるな!」
部隊長が叫ぶが、彼らの耳には届かない。彼らの足音に反応したのか、5匹のグラボイズ達は、一斉に彼ら目掛けて動き出した。
草原の中どんどん小さくなっていく遭難者達。それに追いつく速度で、グラボイズ達の走る土の隆起が進んでいく。
やがて遠くからの悲鳴と共に、3人の姿が草原から消えた。残されたのは樹の側にいる3人の兵士だけである。
「どっ、どうしましょうバード隊長」
「何って? どうすればいいんだ? 1匹ならまだしも、5匹同時に相手なんかできるか。しかも逃げの足のダックは、既に奴らの腹の中だ」
部隊長=バードはほとんど諦めた表情で絶望的な言葉を返す。
地面の揺れが近づいてくる。グラボイズ達がこちらに近づいているようだ。兵士達は大急ぎで、さきほど遭難者が登っていた樹に走り出そうとする。
「えっ!?」
彼らは不思議な物を見た。兵士達とグラボイズがいるだろう場所の中間位置に、人型をした何かが姿を現したのだ。
現れたのはいいが、その姿形は判らなかった。その謎の存在は透けていたのだ。微妙に風景が歪んだ光景が、草原の中に人型になって立っている。ガラス細工で人形を作れば、これに近い光景を見ることができるのではないだろう?
「何だありゃ? 人か?」
「カツゴロウ様・・・・・・じゃないですよね?」
兵士達は一瞬それが幽霊かと思った。だがそれは違うことはすぐに判った。
それは突然透明化していた身体を元に戻したのだ。まるで瞬間移動でもしたかのように、一瞬でそれの後ろ姿がはっきりと映し出される。
それは長いハンマーを持つ、銀色の仮面を持った謎の存在。最初にグラボイズ達が馬車の一団を襲った直後に、天から飛来してきたあの怪人である。
「何者だ!? いや今はいい、とにかく逃げろ! 喰われるぞ!」
バードが呼びかけるが、怪人はそれを無視した。
怪人はハンマーを振り上げる。するとハンマーの頭部にある黒い横線に、突然赤い光で形作られた奇怪な模様が浮き出てきた。何かの文字のようにも見えるその文様が現れたと同時に、カチカチと機械音のような音がハンマーから鳴る。
するとハンマーの頭頂部分、物を叩く部位から青い光が眩しく放たれた。
(魔法か!? だが魔力を全く感じないぞ?)
グラボイズの一匹が、怪人のすぐ側まで接近してきた。位置は土の動きで簡単に判る。怪人はそこを目掛けて、力一杯ハンマーを振った。
ゴォオオオオオオン!
ハンマーの頭頂が地面に激突すると同時に、その部分を覆っていた青い光が突然爆破した。それによって凄まじい衝撃が、叩きつけた地面に送り込まれる。
その衝撃は、常人なら反動だけで全身が砕けそうな威力だった。だが屈強な巨体を持つ怪人は、その反動を耐え抜いて見せる。
叩きつけられた地面は、凄まじい衝撃で急速に陥没した。爆風と共に、大量の土砂が舞い上がる。土砂だけではない。その下にいたグラボイズの血と肉片も、共に空を飛ぶ。
爆風が止むと、その場にはオレンジの液体で染まった、直径3メートルほどの深いクレーターが完成していた。
光るハンマーの衝撃は、周囲の地面にも広がっていた。その影響からか、他のグラボイズ達は一時的に突進を止めている。
だが怪人の攻撃は止まなかった。再度ハンマーを振り上げると同時に、ハンマーからまたあの青い光が出現する。そしてそれを別の位置にいた、グラボイズいるであろう場所に叩きつけた。
広い草原の中、再び爆音が鳴り、2つめのクレーターが形成される。
怪人はその後も、3匹目・4匹目と、モグラたたきのように地面を破壊し、グラボイズ達を殺していく。やがて5匹全てのグラボイズが、この怪人に狩られてしまった。
「・・・・・・すごい、どこの魔法戦士だ?」
「いや・・・・・・あの仮面は・・・・・・」
二人の兵士が怪人の強さに感嘆の表情を向けた。バードだけが恐怖で震えた表情をしている。
怪人は兵士達の方へと振り向き、ゆっくりと近づいてくる。
「やあやあ助かった♪ あんたはどこの兵士だ? それとも傭兵か?」
兵士の一人が軽い口調で、怪人に近づいてくる。
この世界では獣人・亜人の兵士も存在するため、その人間離れした姿に、彼らは何の不信感も抱いていない。ただ一人バードを覗いては。
「馬鹿! そいつに近づくな!」
バードが必死な声で呼び止める。だが残念ながら遅すぎた。
「え?」
怪人の右手の籠手から、仕込まれていた鋭い刃が一瞬で伸びた。一本刃のかぎ爪だ。怪人はその刃を躊躇無く、近づいてきた兵士に振るう。
ザシュッ!
兵士は何が起こったのかすら判らず、その首を跳ねられた。
「ええっ!」
残ったもう一人の部下が、事態が判らず困惑の声を上げる。一方のバードは明確な敵意を向けて、怪人に槍を構えた。
「貴様、以前アンナ女王や海軍を襲った奴らの仲間だな! 今度は俺たちを狩りに来たか!? それともあのグラボイズ達はお前が・・・・・・」
言葉を最後まで待たず、怪人はハンマーを構えこちらに向かって走ってきた。ハンマーには既に青く発光している。
(いかん!)
あんなものを受け止められる筈がない。二人は接近し、振り下ろされるハンマーを慌てて回避した。
再び衝撃と爆風が発生し、それによる余波で、二人は数メートル吹き飛ばされる。
「くう! なめるな!」
バードはすぐに体勢を立て直して着地し、槍を構える。刹那に槍の先端から白い魔法弾が放たれた。
あの一撃を加えた後の怪人は、その反動により少しの間隙が出来る。素早い対応で発射された魔法弾を、怪人は避けることが出来ず、彼の腹部に命中した。
怪人は呻き声を上げ、数歩後退するが、これだけでは倒れない。
バードは怪人目掛けて走った。槍の先端に魔力を込め、威力を増幅させた槍の一撃が怪人を襲う。
爆音の次は、ガキン!と鈍い金属音が草原に響いた。怪人は持ち直したハンマーの長い柄で、槍の刺突を受け止めていた。
魔力によって強化された槍の一撃は強烈だったが、巨体の怪人との体重差ゆえか、その威力は完全に相殺されてしまった。
怪人は鍔迫り合いに近い状態のまま、右足を大きく上に上げる。上向きの蹴りはバードの槍の柄に命中した。
(しまった!)
上から蹴り上げられた槍は、高く宙を舞う。バードは慌てて腰の短剣に手を当てるが、それよりも怪人の攻撃が速かった。
ハンマーは横向きに振られ、頭頂がバードの右脇腹に命中した。その衝撃でバードの左方へと飛び地面に転がっていく。
「ぐは! ぐぼぉ!」
大量の吐血と嘔吐を出しながらも、バードは短剣を握って、どうにか立ち上がろうとする。怪人のハンマーが再び発光し、バードに近寄ってきた。
「くそっ、お前は一体何なんだ!?」
怪人は何も答えない。そもそも言葉が通じているのかも不明であるが。
そのまま無慈悲にバード目掛けてハンマーを振るう。今日7度目の爆音が鳴り、バードの肉体はミンチのように砕け、一帯を赤い血で染めた。
「ひぃいいいいいいいっ!」
残された一人の兵士が、泣きながらその場へと逃げていく。
怪人がそちらに向くと、仮面の右目の上の部位から、赤くて細い照準光が発射された。照準光は兵士の背中を正確に照射し、狙いを定めている。それと同時に、肩に装着されていた奇妙な形の銃が動き出し、照射された兵士に向けて銃口を向ける。
だが攻撃を始まる前に、その兵士を別の者が襲った。
「ぎゃぁあああああっ!」
突然地面が割れ、そこからグラボイズが飛び出してきた。真正面からぶつかる形で、兵士はグラボイズの開かれた口に飛び込んでしまう。
先程までこの辺りにいたグラボイズは6匹だった。だが怪人が起こしたいくつもの爆音に誘われて、もう一匹が近づいていたのだ。
兵士はあっさり呑み込まれ、グラボイズは身体を上方に掲げ、地中に戻ろうと動き出す。だがそれを怪人は見逃さなかった。
ドギュン!
照準光は兵士からグラボイズへと移り、肩の銃が発砲された。銃弾は金属の弾ではなく、青い光弾だった。光弾の光は、ハンマーから発せられていた物と酷似していた。
その弾は高速で飛び、グラボイズの身体を中に呑み込まれた兵士ごと撃ち抜く。
グラボイズの腹に丸い大きな穴が開き、背中からはオレンジと赤が入り交じった大量の液体が草原の草を濡らす。
結果、この場所には怪人以外は誰もいなくなった。怪人はたった今殺した、地面から上半身を生やしたように死んでいるグラボイズの死骸に近づく。
そしてグラボイズの細い下嘴の一本を掴むと、凄まじい豪腕でそれをグラボイズの口からちぎり取った。
まるで戦利品を得たかのように、怪人はそれを眺める。そしてそれを持ったまま、透明化装置でその場から姿を消した。
「しかしすごいなこれ。何千人分あるんだ? これじゃ全部持って行けないよ」
「持って行くな。そして食うなよ」
無人の馬車の前でアールがうんざり顔で答える。
馬車の一団の一番後ろの台は、乗客用ではなく運搬用だったようだ。中には袋に詰められた、大量のチョコやスナックなどの菓子類が、馬車の中一杯に積み込められていた。
ロンダはその袋を破り開け、中の菓子をボリボリと食べていく。
食べている最中にも手を動かし、袋を開けて中身を物色する。その中で気に入った菓子が見つかれば、傍らに置いた自分の袋に詰め込んでいった。
「本当に持ち帰る気か、それ?」
「おうよ。せっかくここまで来たんだ。このぐらいの土産は必要だろ」
「俺たちは旅行に来たわけじゃないぞ・・・・・・」
アールは今日何度目かのため息をつき、馬車から離れて地面に探知の魔法を使う。その瞬間アールの表情が高速で変わった。
「グラボイズだ! こっちに近づいてきてる! 数は9、東の方から群れで来ているぞ!」
いきなりのアールの大声に驚き、ロンダは口いっぱいに詰め込んだ菓子を、うっかり吹き出した。
「何で来るんだよ!? 折角気持ちよく味わってるのに!」
「知るか! いいから働けよ!」
めんどくさそうにしているロンダを、アールは強引に馬車から引っ張り出す。
ロンダはやれやれと言った感じ、先程無造作に地面に置いた自分のリュックサックに手をつけた。
リュックサックを開けると、内部に入っていたのは武器でも食料でも無かった。入っていたのは大量のぬいぐるみである。
それは子供が欲しがりそうな、デフォルトされた動物のぬいぐるみで、犬・猫・牛・馬・猪と多種多様だ。そしてそれらの全てのぬいぐるみの背中には、銀色の筒が取り付けられている。
その筒の側面には“危険 爆発物”という、判りやすい恐ろしい文字が書かれている。この可愛いぬいぐるみには、到底似合いそうにない。
この筒は火の魔法力を封印した魔術式の爆弾だ。側面上部にはダイヤルが取り付けれており、これで起爆時間を調整した後、上辺にあるスイッチを押すと、指定した時間後に爆発する仕様だ。
「敵は9匹だったよな」
そう言ってぬいぐるみを9個、リュックから取り出す。そしてそれらに付いている爆弾のダイヤルをいじり始める。
「早くしろ! 相手はどんどん近づいているんだ!」
「焦るな焦るな」
ダイヤルの調整を全て完了させると、ロンダは並べられた9個のぬいぐるみに向けて、右掌をかざした。掌からぼんやりとした白い光が放たれ、ぬいぐるみ達に当てられていく。
するとどうだろう、ぬいぐるみが一瞬震えたかと思うと、突然本物の動物のように動き出した。
短い手足を小刻みに動かしてロンダに近づき、お座りの姿勢で再整列する。
ロンダは人形を自在に操る特殊な魔法を扱うことが出来る魔道士だ。動物の形をした物体であれば、彼女の手にかかれば、どんな物でも魂を吹き込むかのように自由自在に動かすことが出来る。
本人がその気になれば、死体だって動かせるのだ。
ロンダはぬいぐるみ達が背負った爆弾のスイッチを全て押した。そして「行け」と一言号令をかけると、ぬいぐるみの軍団は一斉に走り出す。
彼らが向かった先は、先程アールが報告した、グラボイズ達が接近している東の方角である。
もの凄い勢いで突進してくるグラボイズの群れ。それに真正面から近づいてくる可愛いぬいぐるみの群れ。両者の距離はあっという間に縮まっていく。
グラボイズはぬいぐるみの足音に気付いた。もちろんそれが生き物ではなく、爆弾を抱えた動く無機物であるなど気付きようもない。グラボイズはそれらを獲物と判断し、そちらに向けて突進方向を少し変えた。
地中から怪物の口が飛び出し、ぬいぐるみを一呑みにする。
他のぬいぐるみ達も次々と犠牲になっていく。9匹のグラボイズ達は、それぞれぬいぐるみを一個ずつ腹の入れてしまった。
そして再度、アールとロンダのいる方向へと再突撃した。
「耳を塞いどけ。後5秒。4、3、2、1・・・・・・」
ドドドゥゥゥン!
0と言った瞬間に、地面が爆発した。比喩でなく、地雷が発動したかのように地面が土の下から、凄まじい爆音を立てて破裂したのだ。
しかもそれは一つではない。一挙に9箇所の地面が爆発し、高い土柱を上げる。
その轟音は凄まじく、アールとロンダは耳を塞いでいるにも関わらず、その音で耳鳴りがしてきそうだ。
グラボイズ達が呑み込んだ、ぬいぐるみに取り付けられた爆弾が、一気に爆発。腹の中から爆破された彼らは、原型を止めないまでに破壊され全滅した。
「いっちょあがりと・・・・・・ぶぺっ!?」
巻き上がる土煙を見上げるロンダの顔に、何かが投げつけられるようにベチャリと付着した。
それはオレンジ色の液体にまみれた、ナマコのような妙な物体=グラボイズの内蔵だった。
爆発で巻き上げられたのは土だけではない。粉微塵になったグラボイズの血や肉片が、無数に分解されて空を舞い、そして地球の重力に引かれて落下していく。
そこら一帯には、グラボイズの肉片が雨あられのように大量に降り注いだ。
グチャグチャグチャ!
気持ち悪い音を立てて、肉片が草原に落下していく。それはロンダ達2名の身体にも、満遍なく降り注いだ。彼らはあっというまに肉片で、服も髪も汚れきった。
「これは予想してなかった・・・・・・爆破見学なんかせずに、馬車の中に隠れてれば良かったよ」
「そうですね・・・・・・」
二人は立ち上がり、この後しばらく汚れを落とすのに四苦八苦することになる。
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第4話 幽霊
バードが飛行していた場所とは、別方角の平原の上空にて。
ここにも遭難者を探して王国兵が騎乗したダックが3羽、空から周囲を散策していた。
「いませんね。ていうかいくら逃げたからといっても、街道からこんなに離れたところには普通来ないと思いませんか?」
「念には念だ。それにたった今、あちら側から妙な魔力を感じたからな」
「魔力? 誰かが魔法でも?」
「知らん。言ってみれば判る」
兵士達は、その魔力の感じたという場所に向かって前進していく。
やがてそこに捜し物の遭難者を発見した。草原の中にこちらを見上げて手を振っている何者かがいる。
「本当にいた! よし降りるぞ!」
周囲にグラボイズの動きがないか、注意深く見渡しながら降下していく。
「なあ、あれなんだ?」
「なんだって決まってるだろ」
接近していくと、次第にその手を振っている相手に、違和感を覚え始めた。
遠方から見るとそれは小さな子供のようであるが、その姿が微妙に透けているように見えるのだ。
地表に着地し、徒歩でその人物に近づいてくると、その違和感の正体がはっきりした。それと同時に兵士達は、その人物が何者かすぐに理解した。
「カツゴロウ様! ご無事でしたか!」
兵士達が彼の名前を上げる。
“カツゴロウ”と呼ばれたその人物は、見かけは10歳ぐらいの少年だった。黒髪黒眼で黄色系の肌色をしており、衣服は浴衣という異文化の装束を着ている。
そしてその少年の身体は、衣類も含めて全て透けていた。その半透明の身体から、向こう側の風景がうっすらと見える。
『来てくれたんですね。助かりました!』
「はあ・・・・・・本当にいたんですね」
救助を素直に喜ぶ透明少年を、兵士達は唖然とした顔で答える。少年の声は、電話越しに話しかけられるような残響混じりの妙な発音の声だった。
このカツゴロウという少年は、物質化幽霊《マテリアルゴースト》と呼ばれる。霊魂の魔物である。
かつてはある地方の山林に野生動物のように住んでいた。そして現在、この国の女王と懇意にしていることで、この国では有名な人物だ。
『今まで外国へ旅行に行ってたんですよ。そして今日帰る途中だったんですけど、何だか変なのに襲われちゃって、それで必死に逃げてたら、この野原の中で迷子になっちゃったんですよ。よく考えたら、僕は幽霊だから、食べられる心配なんて無かったんですけど』
頭をかいて淡々と喋るカツゴロウ。だが兵士達が一番驚いたのは迷子のことではなかった。
「そう長々と説明しなくても判っております。だからこんな大がかりで捜索したんです」
『そうなんですか?』
もう1人の兵士がふと口をはさむ。
「旅行って、幽霊でも普通に行けるものなんですか?」
当然の疑問だ。マテリアルゴーストは普通の幽霊と違って、その姿が霊感の無い人間にもはっきりと見える。
それはそこら辺に普通にいるような者でもないし、人間に害をなす者もいることから、一般的には人間に恐れられる存在だ。
『やっぱりやりづらかったですね。僕が歩いている所は、人はみんな逃げちゃいますし。討伐隊が来たときは本当に焦りました』
「どんだけの騒ぎを起こしてきたんですか、あなたは・・・・・・。ていうか宿とかどうしたんですか?」
『それならアンナさんの招待状があったから、何とかなりました。宿の方々はみんな怖がってて、ちょっと悪いことした気分でしたけど・・・・』
女王公認の旅行だったのか・・・・・・。もはや兵士は、何と声をかければいいのか判らない。
「・・・・・・まあ、とりあえず無事で良かったです。他に遭難者はあなた以外にいましたか? ここに来る途中は一人も見かけませんでしたが」
『判りません。みんな散り散りに逃げた感じでしたから、ていう皆さんは怪物だけでなく、僕からも逃げていた感じでした』
この幽霊と同乗した乗客達は、どんな気分で馬車に乗っていたのだろうか?と兵士達は疑問に思った。
「・・・・・・判りました。カツゴロウ様には我々と一緒に、集合場所に来ていただきます。遭難者を発見したら、一旦そこに集める予定ですので」
『判った。でもちょっと待って』
「何でしょう?」
『今怪物がこっちに近づいてきてるから、そいつらをやっつけてからにする』
「はいっ!?」
驚く兵士の側を通り過ぎ、カツゴロウは草原の一方向に歩いていく。道行く先には、グラボイズの通過による地形の隆起が、2箇所発生していた。
兵士達が武器を構えながら、慌ててカツゴロウを止めに入る。
「危険です! カツゴロウ様は下がってください!」
『大丈夫だよ。僕は幽霊だから食べられても死なないし』
「そんなこと! ・・・・・・いや、確かにそうですな」
『まあ、見ててよ。最初は驚いて逃げちゃったけど、今なら2匹ぐらいならどうにかできるから』
勝五郎は歩いてどんどんグラボイズに近づいてくる。地面の隆起は、カツゴロウのすぐ側まで迫っていた。
するとカツゴロウの姿が透けた。元々透けていた身体だったが、それの透明度が更に上がり、注意深く見ないと消えてしまったのかと思える程の透明度になっている。
地面が砕け、グラボイズの巨大な口がカツゴロウに襲いかかる。カツゴロウは逃げもせずに、そのままグラボイズに呑み込まれた・・・ように見えた。
カツゴロウがグラボイズの口内に消えた直後に、グラボイズの様子が少しおかしくなった。グラボイズが苦しそうな呻き声を一つあげると、途端に静かになって地中に潜っていく。
そして再び地中移動を開始した。兵士達の方にではない。後ろの方を走って近づいてくる、もう1匹のグラボイズの方向にである。
グラボイズは全く躊躇せず、もの凄い勢いで後ろの仲間の方へと走っていく。やがて地中を突進する2匹のグラボイズが、正面衝突した。
ズドン!
大砲が放たれたような轟音が、地中から発せられた。激突した2匹のグラボイズは、お互い頭が潰れて即死していた。
全ては地中で起きた出来事、地上にいる兵士達には何が起こったのか全く判らない。
グラボイズが衝突死した地面から、カツゴロウが出てきた。地面を掘り起こしたわけではなく、一般的な幽霊と同じように土の壁をすり抜けてきたのだ。
地表に完全に這い出たと同時に、身体の透明度は元に戻っている。そして意気揚々と兵士達の方へと歩いてくる。
「あの・・・・・・いったい何を?」
『怪物の一匹の身体に憑依して、もう一匹をやっつけたの』
カツゴロウは答えに、兵士は唖然として「そうですか・・・・・・」と喋る。
カツゴロウは普通の幽霊と違って、誰にも姿が見えるだけでなく、物質に触れることも出来る。
それと同時に非実体化という技を使い、一時的に物質をすり抜けたり、他の生物の肉体に乗り移ることも出来るのだ。
憑依はあまり長時間できず、色々と制約がある。だがかなり意思の弱い人間や、人間より遙かに知能の低い生物ならば、簡単に行うことが出来る。
ちなみに非実体化は、壁抜けは出来るが、宙を浮くことは出来ない。
カツゴロウは兵士達と共にダックに乗り込み、空へと舞い上がっていった。
カツゴロウが保護された頃、別の場所で捜索を行っていた兵士達は、遭難者とはまた異なる異音を発見していた。
まるで空襲でも行われているかのような爆音が、連続して発生して草原を揺らしているのだ。
「これは何だ? 戦争でも起きたか?」
「ロンダが起こした爆発じゃないのか?」
「しかしこの音の方角は・・・・・・集合地点とはまるで逆方向だぞ」
爆音はひとたび止んだかと思うと、また連発する。気にかかった兵士達はその音の聞こえる方へとダックを進めた。
そこにいたのは、グラボイズ狩りを行っていたあの怪人であった。あの青く光るハンマーを何度も振るい、地中にいるグラボイズ達を次々と爆砕していく。
音に敏感なグラボイズ達は、その轟音に引き寄せられて、遠方からも次々とこの場所に集まってくる。怪人はそれらも含めて、次々と粉砕していった。
敵が複数同時に襲いかかってきた場合は、その巨漢に似合わぬ強靱な走力とジャンプ力で、地中からの攻撃を難なく回避する。そして後ろ側に回り込んで、叩きつける。
それが長時間繰り返されたせいで、この一帯の草原には数十にも及ぶクレーターが形作られていた。
上空から草原を見ていた兵士達は、その大量のクレーターを見て、比喩ではなく本当に空襲が行われたのではないかと始めに思った。だが世界一大規模なモグラ叩きをしている怪人を見て、状況をすぐに理解した。
怪人の全身には、噴き上げられたグラボイズの血肉と土が大量に付着しており、一見すると何者か判らない。
だが双眼鏡でその姿を注視していた兵士達は、その体格・体型と肩の銃を見て、それが何者なのか判った。
「おい、あれって!?」
「ああ、間違いない。あの異界魔だ・・・・・・」
その怪人の姿に彼らは覚えがあった。直接見たのは初めてだが、幾つかの資料・報告書で、彼らの存在は、軍内部ではそこそこ知られていた。
4年前にこのエルダー王国は、北方のウェイランド王国に侵略を受けたことがある。その時に、謎の異界の魔物の戦士が、突然戦争に乱入した。
彼は敵味方問わず大量虐殺を行い、更にはこの国の現女王を付け狙った。現在の見解では、女王ではなく、その護衛をしていた兵士が狙いだったというのが有力説だが。
そして一年前には、西方の領海で暴れ回っていた海賊を討伐に向かった、海軍の軍艦が、これと同類と思われる怪人の襲撃を受けた。
その海に住んでいた精霊の協力で、どうにか撃退できたが、艦の乗員のほとんどが殺されてしまった。
その半ば伝説的な怪人が、今この場にいるのだ。怪人は上空にいる兵士達には、気付いていないようで、グラボイズ狩りに集中している。
「とんだ大物が出てきたな。よし、今の内に始末しよう」
「本気か!? 俺たちで倒せると思うのか!?」
「殺すのは俺たちじゃない。グラボイズどもだ」
リーダー格の兵士が腰に差している剣を抜いた。ロングソード型の魔道剣だ。
彼は自信の炎の魔力を、その剣の刃に送りつける。やがて剣身の全体が、真っ赤な炎に覆い尽くされた。
怪人は、上空でそんなことが起こっていることに、未だに気付いていない。
あの不思議な力を持ったハンマーには、エネルギー切れというものが無いのか、何十発と攻撃を放っても、その威力は全く衰えていない。
だが怪人の方には限界があるようで、時間と共に疲労で息が荒れ、その動きが徐々に衰えを見せ始めた。
だが敵も既に残り少ない。現在この一帯にいるグラボイズは残り2体。怪人から見て前方と左方から、こっちに近づいてきている。
怪人は前方のグラボイズ向かって走り出した。
ハンマーは既にチャージを終えており、あの恐ろしい青い光を放っている。大地には、無数に降り注いだグラボイズの残骸で覆われており、それを怪人の大きな足が、ビチャビチャと水たまりのような音を立てて、踏みつぶしていく。
そして突進してくるグラボイズのいる地面目掛けて、今日58回目のハンマーの一撃を放った。
大地が震え、そして砕け、再び粉々になったグラボイズの身体が、一帯に降り注ぐ。
だがこの辺りはすでに大量のオレンジ色の血肉で染まっており、いまさら一匹分増えたところで、風景はさほど変わらない。
残りは一匹。敵は既に、かなり近い距離にまで近づいてきている。怪人は再度エネルギーのチャージを行った。そして敵が間合いに入った瞬間、再度地面を叩こうとする。
だがその時、予想だにしない乱入者が現れた。突然空から、赤く光る炎の弾が一発、流星のように地表に落下してきたのだ。
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第5話 分裂と進化
炎の弾は、狙ったかのように怪人の身体に命中した。衝突と同時に弾は砕け、吹き上がる大量の炎が、怪人の身体を覆い尽くす。
全身に付着したグラボイズの肉片は、ステーキのようにこんがりと焼ける。
怪人は驚きと熱によるダメージ、そして蓄積した疲労も加わって、身体のバランスを失い、仰向けに倒れ込んだ。その拍子に手に持っていた大きすぎるハンマーを落としてしまった。
そうこうしている間に、グラボイズが地面から姿を現した。
地面を砕き、開かれた大口から、蛇に似た捕獲用の舌が3本伸びる。それらは怪人の両足に噛みつき、全身を口の中に引きずり込む。
怪人の下半身が、グラボイズの喉に引っ張り込まれた。
もはやここまでかと思われたとき、怪人の右手の籠手から長い刀が伸びた。以前バード共にいた兵士の首を刎ねた、あのかぎ爪だ。
怪人は左手でグラボイズの巨大な上嘴を掴む。そこを重心に身体を固定し、右手のかぎ爪でグラボイズの上嘴の根本を突き刺した。
「ピギィイイイイイイイッ!」
グラボイズが悲鳴を上げて、身体を揺さぶる。
その拍子に捕獲していた怪人を、口から吐き出させた。当然かぎ爪も肉から抜き取られ、グラボイズの口から、オレンジ色の血液が、吐血のように流れ出てくる。
怪人はすぐにその場で立ち上がった。目と鼻の先には、さっきまで自分を加えていたグラボイズの巨大な口がある。
再度捕らえようというのか、口から血で濡れた蛇型の舌が、怪人に向かって伸びてきた。
怪人はそれらに向かってかぎ爪を振った。一本爪の斬撃が、3筋放たれる。
ザグザグザグッ!
グラボイズの三本の舌は、かぎ爪の恐ろしいまでの斬れ味で全て斬り落とされた。
グラボイズは更なる痛みで苦悶の鳴き声を上げる。
怪人の仮面から赤い照準光が発射された。光はグラボイズの口の真ん中、喉の奥を狙っている。肩の銃も、その位置へ正確に銃口を向け、そして発砲した。
青い光弾がグラボイズの喉を貫く。そして食道を突き抜け、内臓を破壊し、そして下半部の背中の辺りの皮を突き破って、外に飛び出した。
前と後ろの穴から、大量の血が河のように流れ、グラボイズはその巨体を地面に倒して、2度と動かなくなった。
怪人は先程、炎の弾が飛んできた方角の上空を見上げる。そこにはホバリング中の、3羽のジャイアントダックがいた。
「おい! 気付かれたぞ!」
「やば・・・・・・」
ダックに騎乗している兵士達が、自分たちの方に顔を向けた怪人の姿を見て、焦り出した。先程怪人に炎の攻撃を加えたのは、言うまでもなくこの兵士達の1人である。
怪人の仮面から再び照準光が発射された。今度の標的はグラボイズではなく、上空にいるダックの1羽である。
照準光の効果距離はかなり長く、数百メートル離れた位置にいるダックを、正確にロックオンしている。
「逃げるぞ!」
言い終える前に、3人は一斉に後方回転して逃走を開始した。
怪人の銃が発砲される。一発目はカルガモの身体ではなく、こちらに背を向けていた兵士の腹に命中した。
「ぐぼぉ!?」
腹に風穴を開けられた兵士は、当然絶命し、そのまま落馬(落鳥?)して、地上へ向かって壊れた人形のように落下していく。
残されたダックはこの事態に驚き、主が落ちたのに構わず、大慌てで逃走を続けた。
怪人は更に2発目を放った。今度はダックの右翼に命中した。
「うわぁあああああああっ!」
その威力でダックの翼は千切れ、ダックの身体は騎乗していた兵士と共に、勢いの落ちた紙飛行機のように墜落していく。
怪人は更に3発目を放とうとしたが、残りの一騎と怪人との距離は、大分離れてしまっている。すでに銃の射程距離から離れてしまったようで、怪人は追撃を諦めた。
そして先程撃ち落とした、ダックの墜落位置に歩き出した。
「ううっ、くそが・・・・・・」
墜落したダックの騎乗者、さっき怪人に炎の魔法攻撃を放った兵士は、よろめきながらもどうにか立ち上がった。そして少しでもここから離れようと、足を進める。
グチャグチャと、グラボイズの肉片を踏みつぶす、嫌な感触が足から走る。だがその踏みつぶす足音がさっきよりも増えていることに気がついた。
「ひいっ!」
振り返ると案の定、怪人がすぐ後ろにまで迫っていた。かぎ爪を構えてどんどんこちらに近づいてくる。
「くそがぁ! くたばれ!」
兵士が剣を怪人に向けて剣を突き出す。剣が一瞬で赤い魔力で包まれ、そこから強大な火炎放射が放たれた。
紅蓮の炎が怪人の全身を襲う。それなりに効果はあったようで、怪人は手で顔を覆いながら、数歩後退した。だがその程度の足止めが限界で、倒すに至るはずがない。
やがて剣に溜め込まれた炎の魔力が使い切られ、火炎放射は一旦打ち止めになった。
その場には今だ五体満足の怪人が立っている。兵士はすぐに剣に魔法を再充填しようとするが、その前に怪人が間合いに踏み込み終える方が速かった。
高速のかぎ爪の一閃が、魔道剣を兵士の手から払いのける。そして右足で兵士の腹を蹴り飛ばした。
その衝撃で、今度は兵士が仰向けに倒れる。彼が最後に見た光景は、倒れた自分を見下ろす怪人が、自分に向けてかぎ爪のついた右手を振る光景だった。
オレンジ色の血肉で染まった草原の中、一点だけ赤い血で染まった場所が出来上がった。
その大量のクレーターと肉片が散らばるその場所から、怪人が去って数分ほどして、そこにまたもやグラボイズが現れた。爆音につられてやってきた者が、出遅れて到着したのだろうか?
だが今回は少し様子が違った。その場には獲物になりそうな者は誰1人としてない。にも関わらず、グラボイズは地表に姿を現したのだ。
しかもいつもなら地面に出てくるのは、口部分か上半身だけであるが、今回は全身を地表に現した。
全身をくねらせ蛇のように前進し、尻尾の先が地中から出てくる。グラボイズのナメクジのような太った身体が、地表に堂々と姿を現した。
「グゥウウウウウウウウッ・・・・・・」
グラボイズが低い唸り声を上げる。だがそれ以上は何もしなかった。ただその場で留まって、何度も何度も唸り声を上げ続ける。
口からは蛇型の舌がはみ出ており、力なくだらんと垂れ下がっている。さらに10分が経過しても、グラボイズは何もせず、ただその場にいるだけであった。
もしここで狼の群れなんかと出くわしたりしたら、あっというまに彼らの餌食になってしまうだろう。ここまでいくと、何かの病気なのではないかと思えてしまう。
更に数分して、ようやく変化が起きた。
ただしグラボイズが動き出したわけではない。唸り声が止んだかと思うと、グラボイズの太った脇腹が僅かだが膨らんだ。膨らんだと思ったら、すぐに引っ込み、すかさず膨らみ始める。内部から何かが腹を押しているようにも見える。
バリバリバリ!
そうこうしている内に、突然グラボイズの脇腹の皮が、紙袋のように裂け始めた。
裏側からグラボイズの血が、ドバドバとバケツから水を撒いたかのように吹き流れ、裂けた皮の裏から、血まみれの動く物体が複数飛び出してきた。
それは生き物だった。確かに呼吸し動いている。
そしてその姿は、頭部だけならばグラボイズにそっくりであった。
グラボイズの4つ又の口を持った頭を、縮小したような白い頭。その頭の後ろには、卵のような丸っこい胴体がついている。そしてその胴体の両脇には、鶏のような細い足が2本生えている。
その生物の大きさは、グラボイズと比べるとずっと小さいが、それでも人間以上の大きさがある。
彼らはその2本足で地面に立ち、完全な二足歩行で地表を動いている。グラボイズのように地中に潜ったりはしない。
全部で3匹おり、周囲をくまなく見渡している。
時々顔の部分の皮が羽のように開き、内部からピンク色の器官が露出する。ここがこの生物の目なのであろうか?
この一連の光景を誰かが見ていたならば、グラボイズの体内に寄生していた何者かが、グラボイズの腹を食い破ってきたと思ってしまうかもしれない。
だがこれは寄生ではない。“脱皮”である。
芋虫が蛹に、蛹が蝶に変体するように、グラボイズも古い皮を脱ぎ捨てて進化する。
地中のみを移動できる大型生物が、陸上移動ができる小型生物へと変体・分裂するのだ。この形態を“シュリーカー”と呼ぶ。
ここだけではなく、現在この草原で生き残っている全てのグラボイズが、このシュリーカーに変質していた。
シュリーカー達は、餌を求めて周囲を探索する。口から一本の、細長い触手のような舌が伸びる。その舌は地面をペタペタと舐め回した。
舌は、一帯に散乱しているグラボイズの肉片に触れるが、その味はお気に召さなかったようで、舌を引っ込めてしまった。
周囲には獲物になるような動物は一匹もいない。だが格好の食料は別にあった。
それは一本の樹に吊されていた、一個の肉塊である。先程の怪人が起こした振動で、細い木々はみな倒れてしまっていたが、一本だけあった太くて丈夫な樹が、振動を耐え抜き立っていた。
そこにあるものは、動物からすればそれはただの肉であるが、人間が見ればあまりのおぞましさに吐き気をもよおすだろう。
それは人間の死体だったのだ。その死体は両足をロープか何かで縛り付けられ、ロープの先は、樹の太い枝に巻き付けられ固定されている。そこから全身が、食肉工場の牛のように、樹の上から吊されていた。
更にその死体は、なんと全身の皮を剥ぎ取られていた。剥き出しになった肉と血管から、大量の血がこぼれ、下の地面を赤く濡らしている。あまりに猟奇的な殺人現場だ。
このような姿では誰にも判らないが、この死体の身元は、先程この場所で怪人に殺害された兵士である。
これはあの怪人の所業であろうか? 何の意味があるのか謎であるが、あまりにひどいことをする。
シュリーカーの舌が、地面に滴り落ちた人間の血を舐め回す。どうやらお気に召したようで、シュリーカーは口を上方に大きく開け、死体からこぼれ落ちてくる赤い滴を口に入れていく。
もちろんそれだけでは満足せず、口から触手状の舌が伸び、吊されている死体を掴もうとする。
だが死体は結構高い位置に吊されており、シュリーカーの体高と舌の長さでは、どうしても高さが足りない。
そうしている内に、別のシュリーカーがその場にやってきた。
二匹のシュリーカーが頭上の死体を見上げる。すると最初に死体を見つけた一匹が、後からやってきた者の背中に、飛び跳ねて乗り上げた。シュリーカー同士の肩車である。
乗られた一匹は特に嫌がったりせず、そのまま静止して、自分の背中に乗っている一匹の体重を支え続ける。
一匹分の体高を得たシュリーカーは、再び舌を、吊された死体に伸ばした。
今度は高さが届いた。舌は死体の左腕に巻き付く。そして仲間の背中を踏み台にして、一気にジャンプする。シュリーカーの口が死体の左腕にかぶりついた。
バリバリと肉と骨が噛み砕かれる音が、草原に静かに鳴り始めた。
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第6話 殺戮
「・・・・・・遅いですね」
集合場所に定められた、無人馬車が放置されている街道で、すでに多くの兵士達が集まり、次の命令を待っていた。ちなみに発見された遭難者は、現在カツゴロウ一名のみである。
必死で逃げ帰ってきた兵士の1人から、この草原にあの怪人が出現していることは、既に一同に伝わっていた。
通信でパーフェクションに設置されている対策本部にも、この事は伝えている。全員集合次第、直ちに本部に帰還するよう指示が出た。
だが捜索に向かった兵士達の内、バード隊長の分隊だけが、いつまで経っても戻ってこないのだ。
「やっぱり何かあったのでは? グラボイズに襲われたか・・・・・・」
「いや、案外例の怪人に狩られたかも」
ロンダが正解を言い当てるが、現段階その正否を確かめる手段はない。
馬車の中ではカツゴロウと数人の兵士達が、荷物の菓子を大量につまみ食いしていた。マナーがなってない食べ方をしている者がおり、袋からこぼれたチョコ菓子が、辺りの地面に散らばっている。
そんな中、通信機を手にとっていた兵士が声を上げる。
「向こうから連絡が来ましたよ。あと10分経っても戻ってこなかったら、隊長抜きでも帰還しろと」
「・・・・・・10分か」
それまでの間、ずっとこの場所で、敵の襲撃を待ちかまえていないと行けないわけである。
グラボイズ対策の、ロンダの爆弾人形はまだ余裕がある。またさすがに怪人でも、50人を超える武装した兵士達は、容易に襲えないだろうと高を括る。
現在アールが、ずっと地面に手を伏せて、グラボイズ接近を確かめ続けている。今のところ、周囲にグラボイズの気配はなかった。だが・・・・・・
「おい何かいるぞ!」
双眼鏡で周囲の様子を眺めていた兵士が声を上げる。
彼の目線の先に、何か動く者が多数、こちらに近づいてくるのが見えた。最初は怪人か、もしくは遭難者かと彼は思った。
だが相手がこちらに近づくにつれ、それがそのどちらでもないことに気付く。それは二本の細い足で、飢えながら集団で走ってくる、白い異形の生物だった。
「シュリーカーだ! こっちに来るぞ! 数はかなりだ! 10、いや数十匹はいる」
「何だって!? もう脱皮したっていうのか!? 早すぎるぞ!」
兵士達が動揺する中、それはどんどん彼らとの距離を縮めてくる。肉眼でも確認できる距離に至るまでに、そう時間はかからなかった。
「まじかよ! 本当に来た!」
100匹近いシュリーカー達が、狼のように群れをなして、もの凄い速度で走ってくる。標的はもちろんここにいる兵士達であろう。
「全員射撃体勢に入れ! 私の合図と共に一斉に撃つんだ」
副隊長のケイトがそう叫ぶと、魔法を使える者、もしくは銃を装備している者達が、一列に並んで、攻撃態勢に入る。
やがてシュリーカーの群れは、兵士達との距離300メートルにまで接近した。
「撃てえ!」
号令と共に整列していた40人の兵士達が、一斉に各々の得意な遠距離攻撃を放つ。ある者は長銃から銃弾を放ち、ある者は魔道剣から火・氷・雷・風と様々な色の魔法攻撃を放った。
「「ピギィイイイイイイイイッ!」」
草原にシュリーカーの悲鳴の多重奏が響き渡る。真正面から突っ込んでくる者達に、攻撃を当てることなど簡単だ。
一斉攻撃はシュリーカーに次々と命中した。ある者は銃弾で身体を貫通され、ある者は火球で全身を焼かれ、ある者は風の刃に切り裂かれ、ある者は雷に撃たれて感電死した。
群れの後ろ側にいたシュリーカーが、仲間の死骸を押しのけて前に出るが、彼もまた連続して放たれる魔法と銃弾の嵐に倒れていった。
やがてそこには幾重にも積もった、シュリーカーの死骸の山が出来上がった。
動いているシュリーカーが一匹もいなくなったことに気がつくと、兵士達は一様に安堵の息をもらした。
早すぎるグラボイズの脱皮に、大量に襲いかかってくる飢えたシュリーカーの大群。対処はできたとはいえ、突然の出来事の連発に、兵士達の恐怖感を深いものだった。
それゆえに仕方がなかったのだろう。全員が前方にいるシュリーカーの存在に気を取られて、後方から忍び寄ってくる、もう一つの敵の気配に、誰1人気付かなかったことは・・・・・・。
兵士達が陣を組んでいる方角から逆向きの位置、馬車と馬車の間にそれはいた。
それは形は見えるが姿は判らない、ガラスのような透明人間だった。
その透明人間の頭部と思われる部分から、赤い照準光が放たれる。光はシュリーカーの群れに見入っている兵士達の1人の背中に当たった。
狙いを定まった直後に、怪人から青い光弾が発射された。光弾は兵士の背中を貫通し、更にその前方にいた、二人目の兵士の身体を貫いた。
「あれ?」
兵士は突然の焼けるような痛みと、自身の腹にぽっかりと空いた風穴を凝視しながら、何も判らぬまま倒れた。
「「誰だ!?」」
兵士達が一斉に、光弾が発射された後方に振り返る。だがその前に敵は足を進め、彼らの陣地に踏み込んでいた。
透明な腕を振るって、刃物と思われるもので、兵士の首を斬り落とす。突然の襲撃に浮き足立った兵士達は、反撃の隙すら与えられず次々と斬り捨てられていく。
兵士達の悲鳴が幾重にも発せられ、鮮血が大地の植物を赤く濡らしていく。
「何をしている! 撃て撃て!」
シュリーカーの相手をしていた兵士達が、次々と敵に向かって魔法や銃弾を放つ。
だが水のように透明な敵の姿は、非常に視覚で捉えにくく、しかもかなり素早い速度で動いているため、攻撃は全くといっていいほど当たらない。それどころか味方の攻撃が当たって、倒れる者が多く現れた。
敵は混乱する兵士達の間を縦横無尽に動き回り、無双状態で兵士達を殺していく。あっというまに、部隊の半数が敵の攻撃で命を落とした。
(駄目だ! こんなの勝てねえ!)
兵士達が次々と戦闘を放棄し、休ませていたダックの方へと走っていく。我先にとダックに乗り込み、大急ぎで空へ逃げるため、手綱を強引に引っ張り上げる。
飛び道具は当たらないと見て、数人の兵士達が剣を握って接近戦を挑んだ。敵は右手の透明状態の武器で、彼らの剣撃を払いのけ次々と斬り伏せる。
彼らとの剣戦で一瞬動きが鈍った敵を、1人の兵士が長銃で狙い撃った。
ズドンと一声の銃声が鳴る。弾丸は見事敵に命中した。だが響いた音は、肉が弾ける音ではなく、ガキン!という硬い金属音だった。
(何だ、今のは!? 鎧か!?)
僅かに動揺するものの、狙撃兵はすぐに二発目を放とうと、再び銃で敵を狙う。だが彼の存在に気付いた敵が、彼に向けて照準光を放つ。光は彼の顔の額をロックオンしていた。
狙撃兵が引き金を引くよりも早く、敵の肩から青い光弾が発射された。
それは照射光の軌道通りに飛び標的に命中した。光弾をくらった狙撃兵の頭は、スイカのように赤い汁を吹き出して破裂する。
次に敵は上空を見上げるような動作をする(透明なので正確な動きは判らない)。
見上げる上空には飛び立ったばかりのダックが5羽、空へと舞い上がっていた。逃走中の兵士達が乗っているダック達だ。
敵は彼らを見逃してはくれなかった。照準光が今度は上空に放たれる。
一体どのようにして狙いを定めているのか、照準光の狙いは恐ろしいほど正確で、空中で動いているダックにかすかな間違いもなく的確に狙う。
光弾が5発、上空へ発射された。それらは全てダック達に命中した。5羽のダック達が次々と、虫のように簡単に撃ち落とされていく。
最後の1羽が墜落を始めた直後、敵に向かって何やら細くて長い物体が、不意を打つ形で襲いかかった。
ガシャン!という金属同士がぶつかるような音が鳴る。それは長い一本の鎖だった。先端部分には拳大の鉄球が取り付けられており、そこが重心になっているようだ。
鎖は慣性の法則を無視した不規則な動きで飛び、敵の左腕と思われる部位(透明なのでこれも推測だが)に巻きつき、引っ張り上げるように拘束した。
鎖の先には、ケイトが鎖を両手で掴み、綱引きをしているかのように、それを引っ張っている。
この鎖は“魔道縛鎖”と呼ばれる魔法の鎖で、持ち主の魔力と意思に呼応して、蛇のように自在に動く、捕縛用の武器である。しかも今ケイトが使っている品は、捕縛以外の別の機能も付いていた。
「捕まえたぞ! 黒こげになれ!」
ケイトは力強く握った拳から、鎖に向けて、自身の雷の魔力を流し込んだ。
金属製の鎖はそのエネルギーを伝導し、電気柵の線のように、高速で敵のいる向こう側の鎖へと流れていった。
敵の腕に巻き付いた鎖から、敵の身体へ大量の電力が流し込まれる。
バチバチバチバチッ!
敵の身体が、そう鳴りながら、全身からいくつもの電光を放出する。
その影響からか、敵の透明化能力が解除された。水中から身を上げてきたかのように、透き通った身体が実体を帯び、敵の正体が暴き出される。
現れたその姿は、言わずもがな、グラボイズ狩りを盛んに行い、バード隊長を殺害したあの怪人である。
「はぁああああああああああっ!」
ケイトは一切気を緩めず、怪人に向けて雷魔法の電流を流し続ける。
鎖全体から、雷雲のように大量の電気があふれ、目が痛くなるような白い光を放ち続ける。怪人の身体にもその電光が、波のように判りやすい動きで流動し、身体から漏れ出てくる。
これだけの電気を肉体に受ければ、常人ならば感電では済まされない。何処の誰だか判らないぐらい無惨な、真っ黒な炭と化しているだろう。
だが怪人はそうならなかった。10秒以上に渡って、強烈な雷魔法を受け続けているにも関わらず、ダメージを受けている様子は全く見られない。大量の電光がほとばしっているが、その身にはどこにも火傷一つついていないのだ。
怪人は全力を出し続けるケイトの姿を、まるで呆れているように傍観し続けているのだ。
(何故だ!? 何故倒れない!?)
全く効いた様子がない敵の姿に、ケイトは焦り出す。
残念ながらケイトの能力では、この怪人とは相性が悪すぎた。この怪人は落雷の直撃を受けても何ともないぐらいの、恐ろしく帯電力の高い肉体を持っているのだ。この程度の電撃を与えても、怪人に与えられる痛手など、たかが知れている。
全力を出し尽くしたケイトは、息を切らしながらその場で片膝を付いた。怪人の左腕に巻き付いた鎖も、それに応じて拘束力が弱まる。
怪人は右腕のかぎ爪を、手元の鎖に向けて鎌のように振った。業物の鎖は、絹糸のように簡単に切断されてしまう。
怪人の銃が、再び青い火を吹いた。ケイトは為す術もなく、胸に丸い風穴を開けられ倒れた。
怪人は狩り終わっていない獲物がいないか、周囲を見渡した。
周囲には立っている兵士の姿は一つも見えない。全員倒してしまったのか、それとも皆逃げてしまったのかは、調べてみないと判らない。
だが兵士はおらずとも、怪人以外の“動く者”はまだそこに存在しており、それはいつのまにやら、怪人の目と鼻の先にまで近づいていた。
足下から聞こえる小さな足音に気がついたのか、怪人は地面に顔を向けた。
「?」
そこにはピョコピョコと可愛い動作で歩く、一個のぬいぐるみがあった。
それはデフォルトされた、子供向けのカルガモのぬいぐるみだった。大きさは本物のカルガモより、一回り小さいぐらい。そして背中には“危険 爆発物”という文字が書かれた一本の金属の筒が、粗末なガムテープで巻かれて取り付けられている。
怪人は、それが何なのか判らず凝視している時、ぬいぐるみが背負った金属の筒から、カチッ!という音声が鳴った。その瞬間そこは光に包まれた。
ボウンッ!
凄まじい爆音をあげて、ぬいぐるみが爆発したのだ。対グラボイズ用の爆弾が、地表で起爆し、怪人を爆発に巻き込んだ。
怪人は爆発の衝撃に吹き飛ばされ、その巨体が紙人形のように数メートル空を舞う。そして空中で一回転して、爆破地点から数メートル離れた地表に墜落した。
「やったかな?」
無人の筈の馬車の一台から、二人の兵士が顔を出した。ロンダとアールである。
二人は怪人の襲撃があった時、即座に混乱する兵士達の間をかいくぐり、この馬車の中に隠れたのだ。
そしてロンダが自身の人形魔法の力で、爆弾付きのぬいぐるみを一個操作し、こっそりと怪人のいる場所へと接近させていたのだ。
試みは見事に成功した。爆弾は起爆時間ギリギリのタイミングで、怪人の足下に到着した。そしてグラボイズを粉々にできるあの大爆発を、怪人に直接喰らわせたのだった。
怪人は地面にうつぶせに倒れて、しばらく昏倒していたもの、それほど深傷は負っていないようだった。両手で胴体を持ち上げて、ゆっくりと起きあがる。
起きあがると同時に、馬車の方角にいるロンダ達の存在に気がついた。
「おい! 顔見られたぞ!」
「やば! どうしよ?」
慌てて顔を引っ込めるがもう遅い。怪人は今の爆発が、二人の仕業と読んだようで、今度は馬車に向かって発砲した。
「ぎぇえええええっ!」
光弾は馬車の壁をぶち破り、ロンダの目線すれすれを通って、裏側の窓を砕いて外に飛び出す。二人は壊れた裏側の窓から、外へと飛び出した。
二発目が放たれて、今度は馬車の車輪が砕かれて、馬車全体が傾いた。
二人はその馬車から離れ、すぐ後ろのもう一つの馬車へと駆け込んだ。そして怪人の視覚の方角から隠れるように、馬車の壁に回り込む。
標的の姿が隠れてしまうと、怪人はかぎ爪を振り上げて、二人が潜んでいる馬車目掛けて一直線に走り出した。
「おい向かってきてるぞ! 早く爆弾を!」
「判ってる!」
ロンダは急いで二つ目のぬいぐるみ爆弾を動かそうとするが、焦っているせいか、起爆装置のダイヤルを上手く回せない。それ以前にどのぐらいの時間に調節すれば、爆破を怪人にぶつけられるのかが判らない。
あたふたしている間に、怪人はどんどん二人に接近してくる。
『待て!』
突然両者との間に割り込む者が現れた。それは先程の怪人とは別タイプの透明度を持った少年、カツゴロウだった。
彼はシュリーカー襲来の際に、兵士達に別の馬車の中に避難させられていた。だがこの惨状に見てられず、とうとう自ら出てきたのだ。
カツゴロウは倒れた兵士の剣を拾い上げ、突撃してくる怪人の真ん前で、仁王立ちで迎え撃つ。
(直接戦っても勝算はない。剣を向けると見せかけて、こいつの身体に乗り移ってみよう。こいつに憑依が効くかは判らないけど・・・・・・それしかない)
カツゴロウは適当な構えで剣を持ち、どんどん接近してくる怪人を迎え撃つ。そして僅か数メートルの距離まで迫ったとき、カツゴロウは瞬時に非実体化を発動した。
物質能力を失った手から、剣がカラリと地面に落ちる。そして怪人がこちらに刃を振った瞬間に、その胴体に飛び込もうと動き出す。だが・・・・・・
(あれ!?)
怪人はカツゴロウに襲いかかって・・・・・・は来なかった。怪人はカツゴロウの存在を完全に無視して、彼の脇を通り過ぎ、まっすぐ馬車の方へと走っていく。
自分のことなど、まるで眼中にないといった相手の対応に、カツゴロウは激怒した。
『僕を無視するな!』
非実体化を止めたカツゴロウが、落とした剣を拾い上げ、自分に背を向ける怪人を追いかけていく。
幽霊でありながらカツゴロウの身体能力はかなりのもので、小柄で素早い動きで、瞬く間に怪人に追いついた。そして挑発用のつもりだった剣で、怪人の身体を力一杯刺突した。
「グオッ!?」
怪人が短い悲鳴を上げる。カツゴロウの剣は、怪人の背中に見事に突き刺さった。怪人の背中から、緑色の異色の血が流れる。
突然の背中からの痛みに、怪人はバランスを崩して倒れそうになるものの、なんとか持ち直した。そして急いで振り返り、カツゴロウと対面する。
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第7話 パーフェクション
(うわ、どうしよ・・・・・・)
剣はさっきの勢いでうっかり落としてしまった。カツゴロウは非実体化で攻撃を逃れようとする。
怪人の仮面から照準光が放たれ、それにそって肩の銃が発砲された。だがそれがカツゴロウに当たることはなかった。というか怪人は何も狙ってはいなかった。
(え?)
怪人が撃った先には誰もいなかった。
当てるべき標的のいない光弾は、ただまっすぐに飛んで、草原の向こうの遙か彼方に飛んでいく。今まで正確に敵を狙い撃っていた怪人の攻撃にしては、あんまりな射撃ミスだ。
怪人は用心しながら周囲を見渡す。近くにいる敵を探っているのだ。
だがおかしなことに、怪人はすぐ目の前のいる、自分を刺した張本人であるカツゴロウには全く注意を向けない。
「グォオオオオオオオッ!」
怪人は怒声を上げて、四方八方に発砲する。いくつもの光弾が草原の上を無差別に飛んでいく。よくわからないが、怪人は相当に苛立っているようだ。
(・・・・・・なんで?)
怪人の奇行にカツゴロウは訳が判らない。
ふと近くを見ると、これも兵士達の遺品であろう槍が一本落ちていた。
カツゴロウはそれを拾い上げてみる。そしてさっきと同じように、何もない平原を注意深く観察している怪人に向かって突進した。
槍の鋭い先端が、怪人の脇腹に深く突き刺さった。怪人は更なる痛みに苦悶し、その隙にカツゴロウは素早く別方向に回り込んだ。
怪人は腹に食い込んだ槍を、即座に引き抜いた。
脇腹から明らかに人間とは異なる緑色の流血を垂れ流しながら、槍が向かってきた方角に発砲した。当然その先にカツゴロウの姿はない。
(もしかしてこの人・・・・・・僕の姿が見えていない?)
標的である本人は、ふとそんな考えが浮かんだ。
霊体であるカツゴロウは、生きている人間よりも遙かに気配が読みにくい。だがそれでも、実体化したその姿は、誰の目にも見えるのだ。
すぐ目の前にいるのに、彼の存在に気付かないなどということは、まずありえない。
だが怪人のさっきからの行動を見ていると、カツゴロウの姿が全く視界に入っていないように見える。
カツゴロウは首を傾げながら、ロンダとアールが隠れている馬車の方角へ歩いていった。
「何が起こってるんだ? あれもカツゴロウの力か?」
アールが馬車の裏から顔を覗かせて、疑問の声を上げる。怪人の奇行は、ここの二人も目撃していた。そうこうしている内に、カツゴロウがこちらに向かってくる。
よくわからない内に、カツゴロウは二人の前にやって来て話しかけてくる。
『すいませんおばさん。さっきのぬいぐるみをくれませんか?』
「へ? ああ、いいけど・・・・・・」
ロンダは頭に疑問符を浮かべながらも、さっき怪人に対して使おうとしていたイノシシのぬいぐるみと、もう一つの犬のぬいぐるみを、カツゴロウに手渡した。
カツゴロウはそれを両手に持ち、再び怪人の方へと歩いていく。
怪人は、未だに自分を攻撃した敵を見つけられず、困惑していた。カツゴロウは極力足音を立てないように怪人に近づき、ぬいぐるみ爆弾の起爆スイッチを押した。
起爆時間は3秒。カツゴロウは二つのぬいぐるみ爆弾を、怪人の所へと放り投げる。
二つのぬいぐるみが、コロコロと怪人の足下に転がっていく。その音が聞こえたのか、怪人はぬいぐるみに顔を向けた。
その瞬間、ねいぐるみが光と共に弾ける。そしてさっきの2倍の威力の爆発が、怪人を襲った。
二連奏の爆音がなり、大量の土柱と共に、怪人の身体がさっきよりも高く空を飛んだ。怪人は頭から地面に激突し、3回ほど地面を転がっていく。
ヨレヨレになりながらもどうにか立ち上がったが、身体の各部から緑色の血が垂れ流れている。相当効いているようだ。
怪人はそれ以上、敵を探そうとはしなかった。
左腕の籠手についているスイッチらしき物を押す。すると怪人の透明化能力が発動し、その姿が再び消えた。
(逃げている?)
カツゴロウの感覚能力が、怪人がこの場から離れていくのを確認した。どうやら敵は退散したらしい。
再び馬車に隠れている二人の元に戻り、ようやく危機が去ったことを告げた。
「一体どうしちまったんだか・・・・・・。極度に霊が見えにくい体質なのか? まあ、おかげで助かったよ」
次から次へと襲いかかってくる驚異からの疲れも含めて、ロンダが更に深い安堵の息を吐いた。
度重なる襲撃で生き残った者は、カツゴロウを含めてたった10名。
伝達されていた退却時間をまだ過ぎていないものの、これでは任務にならないと部隊はダックに跨って、ようやく退却していった。
1時間後。誰もいなくなったその惨劇の場所に、また新たなる来訪者が現れた。それは怪人でも兵士でもない。一匹のシュリーカーだった。
グラボイズから変体・分裂したシュリーカー達は、先程の王国兵達との戦闘で、ほとんどが殺されていた。だが一匹だけ、群れから出遅れて生き残っていた者がいたのだ。
シュリーカーは細い足でテクテクと歩き、ゆっくりと馬車へと歩み寄ってくる。
馬車のすぐ側まで近づいてきたときに、足下に何かが大量に散らばっていることに彼は気がついた。
それはさっき兵士達が食い散らかした、大量の菓子だった。
馬車の中にあった菓子袋の幾つかが外に出され、袋の蓋や破れ口から、幾つもの菓子が散乱している。
シュリーカーは、口から蛇のように動く細い舌を出し、その菓子を舐め回した。食べられる味だと判別したようで、舌でそのチョコ菓子を掴み、口の中へ運んでいく。
シュリーカーの口が盛んに動き、ボリボリと音を立ててチョコを噛み砕き、呑み込む。シュリーカーは舌を何度も動かして、菓子を次々と平らげていく。
やがて満腹になったのか、食べるのを途中で止め、「ゲエッ!」と汚い声を上げる。
「ゲエッ! ゲエッ!」
しかもそれは一回ではない。奇声を何度も上げ続ける。いい加減うるさくなってくるが、突然シュリーカーの口から、何かが吐き出された。
それは白い膜に覆われた、謎の球体であった。
大量の粘液と共に吐き出されたそれは、ビチャリと音を立てて地面に落下する。
汚物感漂う光景だが、それは人間が出すような嘔吐物とは、どうも違うようだった。
白い球体はゆらゆらと生きているように動いている。やがて白い膜が破れ、卵が孵化したかのように、中から何かが出てきた。
それはシュリーカーだった。吐き出した者よりも遙かに小型であるが、大きな口・白い体色・鶏のよう足、とその姿形は間違いなく、シュリーカーの特徴を全て備えている。
動物が、自分と同じ動物を口から出すという、何とも異様な光景。この親子?は地面の菓子を再び貪り始める。
地面に落ちている菓子を食べ尽くすと、大きい方のシュリーカーが、置いてあった菓子袋に噛みつき、袋の皮を食いちぎる。そこから更なる大量の菓子が、雪崩のように地面に落ちていく。
そして2体は再び菓子を食べ始めた。 さっき吐き出された小型のシュリーカーは、おぞましいほどの成長速度を見せた。
食べ続ける度に、小型シュリーカーの身体は、打ち出の小槌を振られたかのように、どんどん大きくなっていく。そしてあっというまに、親と同じぐらいの大きさになってしまった。
一方で親のシュリーカーは、二度目の子供を吐き出した。
その子供もまた、すぐに立ち上がり菓子を貪り始める。更に成長しきった子のシュリーカーもまた、同じように口から子供を吐き出す。菓子から栄養を取りながらそれを繰り返し、彼らはどんどん仲間を増やしていった。
外に出された菓子袋が全て食べ尽くされた頃には、シュリーカーは10匹程に増殖していた。彼らは餌が無くなると、馬車の中に乗り込み、内部に残されていた菓子を食い漁る。そしてますます増殖を始めていく。
餌はどんどん減っていくのに、餌を欲しがる者達は無限に増えていく。結果馬車の中の菓子はあっという間に空になった。
餌の菓子を完全に食い尽くしたシュリーカー達は、今度は何と一帯に倒れている兵士の死骸にかぶりついた。
口を血で汚しながら、ボリボリと人肉を食べるシュリーカー達。そしてそのたびに彼らは、ねずみ算式に数を増やしていった。
エルダー王国南方の街“パーフェクション”。
木造の建築物が多い、人口が千人にも満たないこの小さな町に、今回出動した救助隊の対策本部が置かれている。
あまりに唐突に出現したグラボイズに、更にそれらを救助隊もろとも狩りに現れた怪人。
連続する事件に、本部はてんやわんやと議論を続けていた。恐らく最終的には、本国から更なる討伐部隊を要請するという結論に達するだろう。
怪人の驚異から逃れて帰還できた兵士は、僅か9名。一応報告にあった幽霊は救出には成功した。だが壊滅的な大被害だ。
負傷した兵士達は即座に病院に運ばれ、無傷だったアールとロンダは、町の周辺の警備に回されていた。
アールは街の入り口の辺りにいた。地面に手を付けて、周囲にグラボイズが近づいていないか確認し続ける。現在の所、グラボイズの気配は町の近くにはいない。
(まあ、シュリーカーへの変体が終わったんだから、グラボイズはもう出てこないだろうが・・・・・・。シュリーカーは・・・・・・あそこで倒したのが全部だと良いんだが)
シュリーカーの増殖能力はあまりに恐ろしい。一匹逃しただけで、どんな大被害が起こるか判ったものじゃない。
現在この草原の動物が、極端に減少していることが確認されている。おそらくグラボイズの餌食になっていったのだろう。彼らの餌になるものが、この草原には殆ど残っていないだろうと、僅かな希望を抱いていた。
空を見上げると1羽のダックが、彼方からこちらに近づいてくるのが見えた。偵察に向かったロンダが帰ってきたようだ。気のせいか、かなり急いで飛んできているように見える。
やがてロンダのダックが、町の入り口に着陸する。切羽詰まった表情で慌てて下馬してきたロンダは、ただいまの挨拶の前に、大声でこう叫んだ。
「やべえぞ! シュリーカーの群れがこっちに来てる! さっきよりもずっと多い! 200だか300だか、私にもわからねえ!」
アールの淡い希望は、無惨にも打ち砕かれたようだ。
数百にも及ぶ飢えたシュリーカーの大群が、バイソンの群れのようにもの凄い勢いで走っている。向かう先にはパーフェクションがある。彼らはそこに餌があると確信しているようだ。
彼らの位置から町の建物が、どんどん大きく見えやすくなってくる。その町から彼らに向かって走ってくる、謎の一団がいた。
それは背中に爆弾を背負った、動物のぬいぐるみ達だった。もう言うまでもないと思うが、ロンダが操っている特攻隊である。
数は全部で20。背中の爆弾は、既に起爆装置が動いており、あと数秒で爆発する。
草原の中、シュリーカーとぬいぐるみの群れが激突した。
シュリーカーはぬいぐるみなど目も暮れず、町へ向けて前進を続ける。ぬいぐるみ達は、シュリーカーの脚に轢かれ、無惨にも踏みつぶされていった。
やがて起爆時間が過ぎ、ぬいぐるみの背負った爆弾は、彼らの足下で大爆発した。20の爆音が一斉に鳴り響き、近くに人がいたなら、確実に耳がいかれてしまう。
シュリーカーの群れの中で、20の火柱が立ち、爆風に乗って大量のバラバラになったシュリーカーが舞い上がった。運良く爆発に巻き込まれなかった者達も、爆発の衝撃で次々と転倒していく。
群れは一時混乱状態になったが、彼らの動きを永遠に封じることはできなかった。生き残ったシュリーカー達は、転倒からすぐに立ち直り、再び町に向かって突進していく。
ぬいぐるみの自爆で爆死した者、爆発で負傷し、仲間に踏みつぶされた者達は、群れ全体の4割に及んだ。だが残りの6割の驚異は、未だに去っていない。
町の入り口前に、魔道剣や長銃を装備した、総勢30名の兵士達が整列する。彼らの目線に、シュリーカーの群れが、肉眼で確認できる距離まで近づいてきている。
彼らは各々の武器を構え、以前草原で行われた戦闘と全く同じ手順で、迎撃態勢をとった。やがて敵軍は、彼らの攻撃射程内に入った。
「撃てぇ!」
指揮官の命令と共に、無数の魔法や銃弾が、敵軍に向かって飛んだ。その攻撃を受けて、シュリーカー達が次々と倒されていく。
身体を焼かれたり、穴を開けられたりしたシュリーカーが次々と死んでいく。後続の者達が、味方の死骸を踏み越えて突進を続ける。
次々と撃ち倒されるシュリーカー達。だが群れの数はあまりに多かった。
例の怪人の襲来によって、派遣された部隊は兵力の大半を失っている。現戦力だけでは、あの大群を全滅させるのは難しかった。
シュリーカー達は数を減らしながらも、どんどん近づいてくる。やがて部隊から残り数十メートルの距離にまで至った。
「かかれ!」
部隊は射撃攻撃から、接近戦に戦法を変えた。魔道剣を持った兵士達が、剣を構えて敵軍に果敢に挑んでいく。魔力を帯びて斬撃力を増幅された剣が、シュリーカー達を次々と切り刻んでいく。
その場は瞬く間に混戦状態になった。長銃を持っていた兵士達も、携帯していた短剣を握って戦闘に参加する。
だが全てのシュリーカーの動きを封じられた訳ではなかった。混戦から抜け出た数匹が、兵士達の目をかいくぐって町の中に入り込んでしまっていた。
「すごい音が聞こえるな。あたしは人形使いで良かった」
町の中に、長銃を持ったロンダとアールが、入り口の喧噪を聞きながらダックに騎乗して町の道を歩いている。
先程のシュリーカーへ与えた攻撃で、ロンダは手持ちの人形を全て使い尽くしてしまった。前戦に向かない彼女は、探索専門のアールと共に、後続で町の監視に回されていた。
現在この町は、部隊の素早い対応で、全町民を避難させていた。元々人口の少ない町なので、大きな混乱はなく、避難はスムーズに進んだ。
「しかし全く安全というわけでもなさそうだ」
「はい?」
アールの言葉に反応し、彼の向いている方角に顔を向ける。そこにはシュリーカーが一匹、町の無人の大通りを、我が物顔で歩いているのが見えた。
シュリーカーは2人の存在に気付くと、まっすぐそちらに突っ込んでいく。
2人はダックに乗ったまま、同時に銃を構える。そして向かってくるシュリーカーに発砲した。1人2発ずつ、計4発の弾丸が飛び、そのうちの1発が標的に命中する。
シュリーカーは、グラボイズと同じオレンジ色の血しぶきを上げて倒れた。
町内に入り込んだシュリーカーは他にもいた。数匹が町の中の探索し、舌を伸ばして手当たり次第触れまくり、食べられそうな物を探す。
食べ物はすぐに見つかった。それは町の野菜屋の棚の上にあった。急な避難だったため、店の商品は全て放置されている。
シュリーカーは舌で一本の芋を掴むと、即座に口に運ぶ。その動きに気付いた他の数匹のシュリーカーも、次々とそちらにやってくる。
野菜屋のすぐ隣には肉屋もある。この場所には、シュリーカーにとって魅力的な食べ物で満ちあふれていた。
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最終話 青い太陽
「何だかあちら側から騒がしい音が聞こえるな」
「確かあそこには商店街があったはず・・・・・・」
さっきから町の一方から聞こえる唸り声に、ロンダとアールは嫌な予感を覚えた。そして即座に逃げの姿勢を取り、一歩後ずさった。
だが本当の驚異は別の所からやってきた。今まさに逃亡を始めようとしていたロンダの視界に、相変わらず唐突に赤い点光が見えた。
(やばっ!)
ロンダは反射的に、ダックの背中から滑り落ちた。さっきまで彼女の顔があった空間に、青い弾道が通り、これに驚いたダックが、ガアガア!と騒ぎ出す。
間一髪で攻撃を避けたロンダと、すぐ隣で起きた出来事に動転したアールは、光弾が放たれた方角を見た。そこには案の定、道の真ん中で立ち上がっている、あの怪人の姿があった。
怪人からまたあの照準光が放たれた。標的はまたロンダである。
「うわぁああああっ!」
彼女は凄まじい反応で走り出し、近くの家屋に飛び込んだ。光弾が家のドアを粉々に破壊する。
「馬鹿! お前は刺したのはあたしじゃねえよ!」
叫びながら家の裏手へと逃げていく。怪人はそれを追って家屋に向かって走り出した。
「ピギィイイイイイイイイッ!」
だが獲物を追う怪人を呼び止めるものが現れた。
怪人のいる道の向こうから、甲高い声が聞こえてくる。振り向くと、いつのまにやってきたのか、一匹のシュリーカーが道の真ん中に立っていた。
怪人がこちらに振り向いたと同時に、シュリーカーは怪人に向かって突っ込んでくる。
自分に対する敵意を察した怪人は、すかさずシュリーカーに向けて発砲した。それをシュリーカーはジャンプして回避する。彼の足下の地面が、光弾によって深く抉れた。
「!?」
怪人は、シュリーカーの意外な動きに僅かに動揺するも、すぐに2発目を発射した。
標的はそれを横に飛び跳ねてかわす。怪人は次々と発砲するが、シュリーカーはそれを全て、機敏な動きで避けきった。
怪人も、傍観していたアールも、様子のおかしさに気がついた。このシュリーカー、運動神経があまりに良すぎる。
本来のシュリーカーではあり得ないほどの、細かな動きで、襲い来る光弾を次々と回避する。時に後ろ向きに宙返りし、2回転して着地するという体操選手も顔負けの技まで披露する。
怪人は一旦発砲を止め、この異常なシュリーカーに警戒の構えを見せた。
「ビギッ! ビギッ! ビギッ!」
シュリーカーは相対する怪人に向けて、妙な鳴き声を上げる。右脚をそちらに振り上げたりして、何やら相手を挑発しているようにも見える。
すると突然敵に背を向けて、一目散に逃げ出した。
ロンダはとうに遠くに逃げてしまっている。怪人は、標的をこの奇怪なシュリーカーに変更したようで、そちらの追撃を始めた。
シュリーカーの逃げ足は速く、怪人は中々追いつけない。町の通りをグルリと回り、商店街の所まで鬼ごっこは続いた。
そこでシュリーカーは突然足を止めた。そして立ち止まったまま何もしない。怪人はすぐに追いつき、彼にかぎ爪の刺突を繰り出した。
シュリーカーは無抵抗のまま、それの串刺しになる。その瞬間シュリーカーの身体から、何かが煙のように沸いて出た。
『よし、成功!』
シュリーカーの中から出てきたのは、カツゴロウだった。
今までずっと、このシュリーカーに憑依していたのである。カツゴロウは非実体化状態のまま、家の壁を抜けて何処かに逃げ去った。
怪人はカツゴロウの脱出に気付かず、あまりにあっさりと仕留めたシュリーカーからかぎ爪を抜く。だがすぐに彼は、自分の置かれた状況に気がついた。
怪人の目の前には、店の食品を食い荒らす、数十匹のシュリーカーの群れがいたのだ。
群れは一斉に怪人に注目する。そしてそれを獲物と判断すると、一斉に怪人に襲いかかった。
「グォオオオオオオオッ!」
罠にはめられた事に気付いたのかは不明だが、怪人は強い唸り声を上げて、シュリーカーに向かっていった。
最初の一匹が、怪人の強靱な足で蹴り飛ばされた。その一撃だけでシュリーカーの身体が砕け、オレンジの血しぶきを上げて即死した。
鋭いかぎ爪が幾重も振るわれ、シュリーカーを斬り刻む。肩の銃口から青い火が噴き、敵の白い身体を粉々に砕く。
一匹が怪人の左脚に噛みついたが、怪人は動じずに左手で拳を握り、足下のシュリーカーを殴りつけた。シュリーカーは脳天を、リンゴのようにたやすく粉々にされて絶命する。
見事なまでの怪人の一騎当千。怪人の足下には、瞬く間にシュリーカーの死体の山が気付かれた。
「グォオオオオオオオオオオオオオッ!」
全ての敵を仕留めた怪人は、天に向かって、先程より更に大きな勝利の雄叫びを上げた。
だがその勝利の余韻を邪魔する者が現れた。カツゴロウである。
彼はどこからか持ち出した槍を構えて、店の脇から飛び出して怪人に襲いかかった。カツゴロウを視覚できないらしい怪人は、対応が遅れてその攻撃をまともに受ける。
「グガァ!?」
槍は怪人の左脚、鎧の隙間にある網目状の服が着込まれた肌に命中した。小柄な体格の割に、かなりの力があるカツゴロウの槍の一撃は、脚の肉に深々と突き刺さる。
『てやっ!』
カツゴロウは更に力を込めて、槍の柄を押す。槍の刃は、更に深く食い込み、怪人の脚から緑色の液体が再度飛び出る。
脚に深傷を負った怪人は、その場で仰向けに倒れ込む。カツゴロウは倒れた怪人の腹の上に、その小柄な身体を乗り上げた。そして持ってきていたもう一つの得物、一本のナイフを鞘から抜き、その刃を怪人の腹に力一杯突き刺した。
「ガァアアアアアアアアアッ!」
ナイフの刃の殆どの部分が、怪人の腹の肉に埋まる。怪人のかぎ爪が動くと、カツゴロウは即座に腹の上から離脱した。そして今度は怪人の脚に突き刺さった槍を、思いっきり引き抜く。
怪人は更なる痛みで悲鳴を上げるが、それが原因でこちらの位置がばれてしまった。
怪人は片腕で体重を支えて、上半身を半分起きあがらせ、カツゴロウがいると思われる位置に顔を向ける。そして肩に装着されている銃を発砲した。
(うわ!)
カツゴロウに迫りくる光弾。カツゴロウは焦りながらもそれを間一髪で回避する。照準光を当てていない射撃は、命中率があまり高くないようだ。
怪人が2発目を放とうとすると同時に、カツゴロウがその銃口目掛けて槍の刺突を繰り出した。今まさに光弾が放たれんと青い光が漏れだした銃口に、槍の一撃が命中した。
光弾のエネルギーが、銃口内にはまった槍の先端に衝突し、暴発が起きた。怪人の顔の脇で銃が爆発し。その衝撃と飛び散った破片で、怪人の首筋が負傷し、仮面の一部が破損した。
カツゴロウは穂先が無くなった槍の柄を、横から思いっきり怪人の顔を叩きつけた。
その一撃で怪人の仮面が外れ、横に弾け飛ぶ。その結果、カツゴロウの目の前で、怪人の素顔がさらけ出された。
「グゥウウウウウウッ!」
怪人の目が、カツゴロウのいる方向を睨み付ける。その顔は人間とは明らかに違う異形の者だった。
前頭部に髪は無く、額もろとも平らに広がっている。その周辺を細かい突起群が囲っていた。肌は身体の皮膚と同じく、両生類のような異色な物である。
両目は人間と同じく白黒の色をしている。眼球と瞼の周りには、厚い皮膚で囲まれており、目が窪みの中に沈んでいるように見える。
口の周りには、カニの脚のような鋭い爪のような器官が、左右に2本ずつ、計4本生えている。それらは虫の脚のように、細かく動いていた。その妙な足に囲まれた口には、唇はなく、鋭い犬歯と切歯が剥き出しになっている。
常軌を逸した、あまりに醜い顔であった。だがカツゴロウは、多少の予備知識があったため特に驚かなかった。それに彼は以前、これ以上に醜いと思える生き物にあったこともある。
怪人とカツゴロウの睨み合いは、しばらく続いた。だが途中で怪人が、支えていた腕を下ろし、半起きの上半身を倒した。
足は自由に動かず、飛び道具の銃も破壊された。怪人は実質戦闘不能の状態である。
決着が着いたその場所に、ダックの足音が近づいてきた。
「カツゴロウ様、無事ですか!? うわ!? 何だこいつは!?」
ダックに乗ってやってきたのは、今まで置いてけぼりにされていたアールだった。そこで倒れている怪人の素顔を見て、大いに驚く。
『ええ、もう大丈夫です。この人はもう・・・・・・て、何してるんですか?』
カツゴロウが説明をしようと、怪人に振り向くと、彼は妙な動作をしていた。
左腕を顔の前に出し、右手の人差し指で、左腕の籠手にあるスイッチのようなくぼんだ部分を押した。ピッ!と小さな音が聞こえると、籠手の金属部分が、びっくり箱の蓋のようにパックリと開いた。
籠手の蓋の裏側には、五枚の長方形の窓のような物が、大部分を覆っていた。その窓の下には、これもまたスイッチと思われる窪みがあった。
怪人は右手の人差し指で、そのスイッチを次々と押した。何らかの順番が決まっているのか、不規則な順に押していく。そのたびにピッ!ピッ!と奇妙な残響の音が聞こえてくる。
全てを押し終わると、窓から赤い光で形成された、奇妙な文様が浮かび上がった。
それは楔形文字のような形をしていて、ピー!ピー!と音を立てながら、各線が点滅している。そして点滅の度に、その線が一本ずつ消えていく。
『・・・・まずいです』
「えっと、何が?」
青い顔(幽霊なので判りにくいが)をするカツゴロウに、アールが不思議そうに訪ねる。だが回答の時間は与えられなかった。
『すいません! このダック借ります!』
言うが早く、カツゴロウは非実体化して、アールが乗っているダックの身体に潜り込んだ。ダックが背中を揺らし、乗っているアールを振りほどく。
「ちょっと!? 何をするんですか!?」
落馬したアールが非難の声を上げる。だがカツゴロウが憑依したダックは、それを無視して倒れている怪人に駆け寄った。
ダックの巨大な嘴が、怪人の右肩を加えて、その巨体を持ち上げる。そしてその場で力強く羽ばたいた。
あんな巨漢の生物を持ち上げて、そうそう簡単に飛べるわけがない。だがカツゴロウの力で身体能力が上がっているのか、ダックの身体はすぐに空へと舞い上がった。
怪人とダックの二つの巨体が、どんどん地表を離れていく。
「あれは何だ?」
町の入り口付近で、シュリーカーとの戦闘を終えて一息ついた兵士達が、西方へと町から離れながら飛翔しているダックの姿を見た。
その嘴に咥えられている、何か大きな物体も見えた。
「あのダック・・・・つまみ食いでもして逃げ出したか?」
限られた情報で彼らが推察できたのは、その程度だった。
空中にて、怪人の籠手からは、未だに奇妙な音が発せられている。点滅している紋様は既に殆どが消えていた。
そして今、最後の一本が消滅した。
その瞬間、大空に青い太陽が生まれ出でた。
ゴォオオオオオオオオオオオオオオオッン!
ダックが飛んでいた地点を中心にして、巨大な青光が発生する。
そしてそれはとてつもない速度で膨張する。その大きさは城一つ飲み込みそうなほどであった。
そしてそれは風船のように破裂し、一帯に嵐のような凄まじい爆風を撒き散らす。
「「うわぁあああああっ!?」」
傍観していた兵士達が、風に巻かれて吹き飛ばされていく。
町の家々の屋根が次々と剥がれ、枯れ葉のように何処かへと飛んでいった。中には、屋根どころか建物全体が倒壊する場所もあった。
「ふぎゃ!?」
町の上空を見上げていたアールは風に煽られて腰から倒れ、その顔に風で飛んできたグラボイズの内蔵がベチャリとくっついた。鼻に生臭い臭いが走り、口内に苦くて酸っぱい味を感じた。
爆風は数秒で止み、青い光も嘘のように一瞬で消え去る。
「なっ、何が起こったんだ?」
ロンダはとある家屋の中に隠れていたが、突然その家屋が崩れ落ちて、慌てて外に出た。そして光が消えていく上空を見上げる。
「うん?」
光が消えた空をしばらく凝視していると、その地点から何かがこちらに近づいてきていることに気がついた。
それは小さすぎて、最初はよく分からなかった。しばらくしてようやく形が見える距離にまでやってきた。
それは野球ボールほどの大きさが青く光る球体だった。怪人の銃から出た物ではない。
それはふよふよと風船のように空を漂いながら、ロンダのいる場所へ寄ってくる。
ロンダは警戒して短剣を構えた。やがて球体は、彼女の目の前にやってくる。
『ロンダさん。終わりましたよ』
「えっ!」
突然球体から聞こえてくる幼い声に、ロンダは僅かに驚く。その声に彼女は聞き覚えがあった。
「・・・・・・もしかしてカツゴロウ様ですか?」
『はい。さっきのでかなりの力を使ってしまって、元に戻るのは結構時間がかかりそうです。ははっ』
穏やかに笑い声を上げる球体=カツゴロウ。事態を全く理解していないロンダが、とりあえず笑い返してみた。
半壊したパーフェクションに残りの兵士達が戻ってくる。そして小さくなってしまったカツゴロウの話を聞いて、怪人の脅威が去った事を知った。
その後、引き続き遭難者の捜索が行われた。結果草原の各地で、樹や岩の上で難を逃れていた生存者が21名発見される。更に馬車を牽引していた9羽のダックも発見された。
一方でグラボイズ・シュリーカーに関しては、3日に渡って捜索が行われたが、結局一体も発見されなかった。
まもなく彼らは全滅したと軍は判断した。また例の怪人に関しても調査はされたが、判明したことは何一つ無かった。何しろ調べられる物が殆ど残っていない。怪人本人は空の上で、骨も残らず塵とか化したのだ。
絶滅したと思われたグラボイズが、何の予兆もなく、突然現れた事実。
そしてこれもまた唐突に出現し、グラボイズと捜索の兵を見境無く殺害した怪人。この草原で何が起こって、怪人が何をしに現れたのかは、誰にも見当が付かない。
一部であのグラボイズは、狩りの標的にするために、あの怪人が解き放ったという説も出たが、それを確かだと言える根拠は何一つない。
多くの謎を残しながらも、この事件の捜索は打ち切られ、真相は全て闇に消えた。
だがいつか未来で、この事件の手がかりが得られる時が来るかも知れない。あの怪人は、何度でもこの世界に現れるだろうから。
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